美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

アラビアの道-サウジアラビア王国の至宝

東博の表慶館でサウジアラビア王国の古代からの至宝をみた。
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サイトから引用。
「古代より交易路が張り巡らされ、人々と諸文明が行き交ったアラビア半島。
本展では、その躍動的な歴史と文化を示すサウジアラビア王国の至宝を日本で初めて公開します。100万年以上前にさかのぼるアジア最初の石器、5000年前に砂漠に立てられた人形石柱、ヘレニズム時代やローマ時代に賑わった古代都市からの出土品、イスラームの聖地マッカ(メッカ)のカァバ神殿で17世紀に使われた扉、サウジアラビア初代国王の遺品(20世紀)など、400件以上の貴重な文化財をとおして、アラビア半島の知られざる歴史をお楽しみください。」


サウジアラビアといえば石油の産出国というのがまず第一にアタマに浮かぶのだが、メッカを忘れてはいけない。
ここはサウド家が絶対君主制を敷いている国。
そしていつからこの国が大きくなったかというと、第二次大戦後から本格的に石油産出国となったから・・・
というのを神坂智子「T.E.ロレンス」で読んで知った。
「T.E.ロレンス」は「アラビアのロレンス」と呼ばれたあの英国のロレンスのことで、この作品はとてもよかった。
そしてロレンス没後も話が少しばかり続いていて、その中でサウジがアメリカと組んで大きくなってゆくことが示されていた。

政治と宗教とが複雑に絡み合う国なので、そのあたりをあえて措いておいて、見せてもらったものについてだけ挙げてゆく。
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入ってすぐのホールにはこのヒト型の柱がお出迎え。
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わたしのアタマの中にはモーリス・ジャールの作曲した「アラビアのロレンス」が流れだしている。

ああ、綺麗な壁画だな。
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石に刻まれた美
物語はそこに集められる。


首の無い像たち。
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ライオン・ライフ。
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山羊かな…
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山羊もいるしほかの動物も。
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コンコンコン
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ガオーーーッ

綺麗な文字のプレート。
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一言も読めないが。

画像がどうしてもひっくり返るものはツイッターで挙げた。












ついつい浮かれてパチパチ撮り倒し、きちんと説明・来歴などを見ていなかったので、今度ゆくときはきちんと見よう。
それにしても魅力的なものがとても多かった。

3/11まで。
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加島美術で「アニマルワールド」

東京の京橋にある加島美術さんへは二度目の訪問となる。
前回は渡邊省亭の展示の時。
今回はタイトル通り゛アニマルワールド」を見に行った。
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可愛かったー
チラシにある通り「日本画の動物ってこんなにかわいい!」…ホンマにその通り、可愛すぎてくらくら。
とはいえ、専らこの応挙のわんこにヤラレたわけですが。

わたしが行った日はワークショップの後でバタバタされてたけれど、それも大盛況だったようでよかった。
美術商のお店がこうやって一般に門戸を開いて、言えば啓蒙してくれるのはいいことだと思う。

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いい絵を見せて貰えたのは嬉しいし、こうした気持ちを多くの人と共有できるのも幸せ。
それにしても日本画のどうぶつたちを見ていると、心が安定してくるのを感じるわ。
西洋絵画とは全く違う立ち位置にあるからだろうか。

2/25まで。
もうワークショップやイベントはないけれど、見るだけでも楽しいから多くの人がゆけばいいと思う。

運慶 ―鎌倉幕府と霊験伝説

神奈川県立金沢文庫特別展「運慶 ―鎌倉幕府と霊験伝説」は良い展覧会だった。
先般東博の「運慶」展を見たが、あれは彫像そのものを前面に出したダイナミックな展覧会で、時代背景や歴史的な意義など考慮せずとも、その空間に、運慶仏と共に在ることに喜びを覚える展覧会だった。
金沢文庫は「文庫」という特性で以て展覧会を構成していた。
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展示リストをそのままお借りした。pdfなのでお気をつけて。
全部漢数字なのでちょっとびっくりした。

地蔵菩薩坐像 康慶作 一躯 木造彩色玉眼 像高八四・八㎝ 治承元年(一一七七) 静岡・瑞林寺
もろに平安末期ではないか。あと数年で平家滅亡。その時に運慶パパの拵えたどっしりしたお地蔵様である。ここのお寺は黄檗宗だそうだ。

箱根山縁起并序 一巻 紙本墨書 三〇・二×五五二・六㎝ 寛正五年(一四六四) 神奈川・箱根神社
箱根と興福寺の奈良仏師との関わりを記したそう。内容はわたしにはわからない。
後日調べるとこういう話が出てきた。pdf注意

言泉集(堂供養) 称名寺聖教274函1-32 一帖 紙本墨書 一六・五×一二・七㎝ 鎌倉時代 神奈川・称名寺(金沢文庫管理)
安居院の澄憲とその息子の聖覚とが編纂した唱導集。伊豆堂のこと、東大寺のことが記されていた。
安居院の澄憲というだけでちょっとときめくのは、平家物語がお好きな方にはわかっていただけるだろう。
安居院の唱導・・・素敵だ・・・

他に特別展示でこういうのもある。
転法輪抄 田中家旧蔵文書典籍類 二帖 紙本墨書 一六・〇×一三・八㎝ 鎌倉時代 国立歴史民俗博物館
澄憲の唱導集。

釈門秘鑰 称名寺聖教273函3-7 一帖 紙本墨書 一五・五×一一・七㎝ 鎌倉時代 神奈川・称名寺(金沢文庫管理)
しゃくもん・ひやく と読むそうだ。法会で読みあげる唱導(尺)を編纂したもので、前掲のものと関係が深い。
この辺りをもっと勉強しないといけないな・・・

阿弥陀如来坐像 一躯 木造金泥塗泥地古色彩色 像高五五・五㎝ 鎌倉時代 埼玉・慈光寺
髷が消失してしまった。天台宗のお寺。頭飾りもない。

月輪形銘札(不動明王立像納入) 一枚 檜薄板製墨書 縦七一・五㎝ 文治五年(一一八九) 神奈川・浄楽寺
マイク型というかしゃもじ型というか・・・和田義盛発願。

永福寺跡出土品 一括 鎌倉時代 鎌倉市教育委員会
鈴もあり、瓔珞も残り、肘まである・・・幡の細部と躰のパーツ。天衣、小手、炎髪・・・
香雪美術館で見た悉有仏性―全てのものに仏性がある―「磨滅の美。」佐藤辰美コレクションを思い出す。
当時の感想はこちら

天王立像 一躯 木造彩色玉眼 像高九二・〇㎝ 鎌倉時代 神奈川・大善寺
かなり剥落しているが衣装はよくわかる。しかし割れているのもすごい・・・

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十二神将立像 十二躯 木造彩色玉眼 像高六七・八~九一・四㎝ 鎌倉時代 神奈川・曹源寺
ずらりと並ぶ十二神将だが、説明を読むと、並べ方は元々の干支順にしてあるが、頭上に坐す動物たちが後補のもので本来の干支と合うてないそうだ。中には合うのもあるが、基本別である。
わたしがあんまり熱心に見て、更にこれはあれかな?と推理している様子に監視員さんが気の毒に思われたようで、正答をくださった。ありがとうございます。誤とはアタマの動物の一覧である。
正: 子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥
誤: 卯・戌・丑・寅・申・巳・午・子・未・辰・酉・亥
ただし、わたしの目には違って見えた。
犬らしきものが二つもあるのがそもそもよくない。
なお、手に持つ得物を干支順にあげてゆく。
矢・三鈷杵・三叉戟・斧・三叉戟・刀・斧・矢・三叉戟・独鈷杵・刀・棒
色々あるなあ。

毘沙門天立像 一躯 木造彩色玉眼 像高七一・七㎝ 鎌倉時代 神奈川・清雲寺
和田の合戦の際、和田義盛に代わって矢を受けたという。兜は着脱可能のもの。手に五輪塔を載せる。
和田の合戦と言えば木原敏江「夢の碑」の「風恋記」にその模様が描かれている。

四天王立像(大仏殿様) 木造彩色玉眼 像高三九・九~四一・〇㎝ 鎌倉時代 岡田美術館
截金がよく残っている。それだけでもきれい。

ああ、大きいのが出ているな・・・
菩薩面 一面 木造彩色漆箔 二三・二㎝ 鎌倉時代 神奈川・鶴岡八幡宮
舞楽面(陵王・散手・二ノ舞) 3面 木造彩色 面高三三・〇~二三・六㎝ 鎌倉時代 神奈川・鶴岡八幡宮
龍が大きく前に出てたり、大笑いしてたりの面。なんだかニガテでしてな。

東寺講堂御仏所被籠御舎利員数 称名寺聖教222函13 一巻 紙本墨書 二七・六×二五三・八㎝ 鎌倉時代 神奈川・称名寺(金沢文庫保管)
修理中に舎利を一般公開したそうだ。大勢の観客が来た。今もあまり変わらない。1197-1198年の話。

金剛力士立像(東寺南大門様) 二躯 木造墨書 像高(阿形)三三・〇㎝/(吽形頭部欠)二四・六㎝ 江戸時代
わぁ、右側の吽さん、アタマないですがな。力強いのは確か。

梵天立像 伝運慶・湛慶作 一躯 木造彩色 像高一〇六・五㎝ 正治三年(一二〇一)頃 愛知・滝山寺
チラシの彩色像。平安時代に東寺にあったのを、鎌倉時代になってから翻刻(!)したとある。翻刻というのか、こういう像も。
いや、そんなはずがないので、わたしの見間違いだと思う。
フルカラー。なんだろう、これはやはり英語のfigureという感じが強い。

今回、読める資料でいちばん興味深かったのがこちら。
滝山寺縁起 一冊 紙本墨書 三〇・七×二〇・二㎝ 寛永二十年(一六四二) 愛知・滝山寺
内容についてはこちらに詳しい。
引用する。
「惣持禅院の堂は、鎌倉右大将家の御為なり。彼の鬚と歯を仏身に納め、彼の等身を、仏の寸法として造るなり。(略)右大将は正治元年己未正月十三日に崩御す。土御門の正治二年庚申月日より造り始め、同三年正月十三日に供養を遂ぐるなり。第三年に当たる故なり。本尊は聖観音、脇士は梵天・帝釈なり。仏師八条の運慶・同子息湛慶18才。両界の曼陀羅泥絵・八祖の御影、右大将家御菩提の為に、式部僧都寛伝造立す。建仁元年に供養す。」
このほかにも鐘の由来について記されている。
「鐘 寛元四年三月十三日 鋳之衆徒合力也」前の鐘は「平家争乱」で「伊勢平氏」により壊されたそうで、その後は蓮花寺の阿弥陀の鐘を用いていた。その鐘も一緒に鋳したらしい。
他に仁王堂についても言及されている。

大威徳明王像 運慶作 一躯 木造彩色玉眼 像高二一・二㎝ 建保四年(一二一六) 神奈川・光明院(金沢文庫管理)
チラシ左上 これは胸に金が残り、一面は欠落しているが、いい。腕も2本しか残っていないが、いい。
以前に撮られた写真、なかなか男前だった。
この像は頼家、実朝の養育係を務めた大弐殿(局、女性)の発願によるもの。

ところで次に見た仏像、ほっぺたがむき出しで傷んでいるようだった。
それもそのはず、通称「頬焼阿弥陀」というそうな。
阿弥陀如来立像及び両脇侍立像 三躯 木造漆箔玉眼像高(阿弥陀如来)九七・〇㎝/(観音)六一・二㎝/(勢至)六一・二 鎌倉時代 神奈川・光触寺
金はよく残るがホッペタは黒い。
そしてこの三尊を描いたものもある。
阿弥陀三尊像 一幅 絹本著色 一二八・〇×六九・二㎝ 鎌倉時代~南北朝時代 神奈川・光触寺
絵の方が後。
更にその由来もある。わたしが見たのは下巻。
頬焼阿弥陀縁起絵巻 二巻 紙本著色(下巻)三二・八×一二一二・三㎝鎌倉時代 神奈川・光触寺
もう既に修理中の場面が出ていた。
詳しい話はこちらのブログに。
疑念による処刑と信心と仏による身代わりと・・・
仏師が修理しても身代わりとなった仏の頬焼けは治らない。奥にはどうやら元々のこの仏像を頼んだ女主人ら三人の女がいる。酒を注ぐ者もいる。犬が嵯峨人形風なのも面白い。
疑念から仕える者を無慈悲に罰すると、日頃信心の仏の力が顕現し、無実は明らかになるが、主人の罪は却って消えなくなるものだ。家から別な地に堂を建て、やがてその面前で往生する女主人。
最後は救われたのか。

舞楽面 運慶作(抜頭) 二面 木製彩色 面高(陵王)縦三二・四㎝/(抜頭)三二.・二㎝鎌倉時代建保七年(一二一九・抜頭)鎌倉時代(陵王)神奈川・瀬戸神社
大きい!かぶると重たそうではある。

阿弥陀如来坐像及び両脇侍坐像 三躯 木造漆箔像高(阿弥陀如来)六七・六/(その1)二五・四/(その2)二六・〇鎌倉時代 静岡・伊豆山浜生協
所蔵先にまず「え゛」だった。それで今調べると、資料が出てきた。こちら
そこには常行堂の本尊だとあるが、金沢文庫の解説では「上常行堂の本尊」であり、脇侍は下常行堂にあったそう。更にこの脇侍たちの本尊は広島の耕三寺にあるのがそれだとか。
流転したのだねえ。
皆それぞれ欠落がある。脇侍らはどちらも両腕を失くしている。膝下もない。
しかし三体は1968年から1981年まで奈良博に出開帳してはったそうです。

阿弥陀如来坐像及び両脇侍立像 宗慶作 三躯 木造漆箔玉眼像高(阿弥陀如来)六七・六/(左脇侍)二五・四/(右脇侍)二六・〇
建久七年(一一九六) 埼玉・保寧寺
金具は取り付けがはっきりしている。金がよく残っているのがめだつ。

不動明王坐像及び両脇侍立像 三躯 木造彩色玉眼像高(不動明王)七六・四㎝/(矜羯羅)五一・〇㎝/(制吒迦)五〇・〇㎝建久七年(一一九六)頃 個人
明王のデコの皺はアンテナが立っててつながりやすい状態を示すあれに似ている。
セイタカはスカーフの結び部分を掴み、裳裾は膝下、コンガラは合掌で総髪にし、裳裾は足首まで。

勢至菩薩立像(阿弥陀如来坐像及び両脇侍立像のうち) 実慶作 一躯 木造漆箔玉眼 像高六七・六㎝ 鎌倉時代 かんなみ仏の里美術館
おお、手の印は影絵をするときの狐の顔。ちょっと寄り目なのもなんだか親しみやすい表情になっている。

大日如来坐像 実慶作 一躯 木造漆箔玉眼 像高一〇三・六㎝ 承元四年(一二一〇) 静岡・修禅寺
随分と髷が高い。

薬師如来坐像 一躯 木造漆箔玉眼 像高九〇・七㎝ 建久八年(一一九七) 神奈川・養命寺
どっしりとしたご婦人のようである。

薬師如来坐像 一躯 銅造鍍金 像高五三・五㎝ 鎌倉時代 神奈川・寿福寺
薬壺は木製だが、全体は銅仏。金っけの下の赤色がよく出ている。

阿弥陀如来坐像 三躯 木造古色塗玉眼 像高五一・九㎝ 鎌倉時代 神奈川県立歴史博物館 
とても静か。衣の裾が擦り切れているが、それが却って魅力的。

不動明王立像 三躯 木造古色塗玉眼 像高五三・三㎝ 鎌倉時代 埼玉・地蔵院
片方に長く伸ばした髪を括ったのを下げている。わたしはこの髪型をみると必ず「ザブングル」のラグを思い出す。
刀を担ぐ不動。片手には縄。凶器準備集合風・・・

不動明王立像 一躯 木造古色塗玉眼 像高四二・〇㎝ 鎌倉時代 長野・仏法紹隆寺
安定のぐりぐりヘアである。

読める文はわりと一生懸命読んだが、勘違いも多いと思う。
例によって勝手なことを色々書いたが、とても興味深い展覧会だったのは確かだ。
そして、もっと勉強しなくてはという心持になった。

この展覧会は多くの集客のため、普段と違う入り口から入館する。
3/11まで。




薬師寺の名画 板絵神像と旧福寿院障壁画

奈良国立博物館で薬師寺が所蔵する旧福寿院障壁画の数々をみた。
修復が終わっての記念だそうだ。
チラシがまず魅力的だ。
こんな女神の微笑みには抵抗できない。
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ところでその旧福寿院障壁画33面はだれが描いたかというと、このチラ見せだけで「おお」となるでしょう。
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そう、芦雪。魅力的な襖絵が復活して本当に良かった。

今回の展示は以下の如く。
・薬師寺鎮守八幡宮伝来の堯儼(ぎょうごん)筆板絵神像 1295年
・上記の復元模写 2013年
・障壁画33面 芦雪
・明誉古磵(みょうよこかん)富士図、雲竜図
・獅子像と狛犬像。
詳しいところはサイトへ。注意:pdf

明誉古磵(みょうよこかん)といえば去年大和文華館で大きな回顧展があった。
「没後三百年 画僧古磵」当時の感想はこちら
薬師寺で大活躍した画僧。その古カンのダイナミックな富士図と雲竜図が四面ずつ展開していた。
彼は元禄期の人なので、芦雪より前にこの絵を描いている。
そしてどうやらこの絵は対かもしれないそうだ。
まあ納得行くはなしですな。

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板絵神像から。
男神と女神とが6面ずつ。
それぞれの背景にはこのように木々が描かれているが、それはその神の坐すところと密接な関係を見せもする。
松や藤、そして龍田明神には楓。女神もかわらない。少女マンガは背景に花を描くが、垂迹図はアイテムとして木を描いていたらしい。
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女神の方も6面あり、それぞれ背後に木が描かれているが、やはり男神に比べるとはるかに華やか。
優美な表情や剥落しているとはいえ本当に華やかな装束を身に着けている。
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そしてかれらの復元模写があり、そちらで往時の美麗さを偲ぶ。
このプロジェクトには北村昭斎さんも参加しているそうな。


では芦雪の障壁画。
まずは板戸に描かれた松に鶴図  横向きの鶴が目を見開いて立っている。

竹雀図 4面  右1に雀が1羽。2,3面にささやかな竹。

虎溪三笑図 4面  ロング。右1に杣人らしきのが一人、松がのびのび。2面に橋が架かり二人。3面には侍童もいて二人。
4面には物売りらしき人もいて、その背後には滝。

岩浪群鳥図 4面  上斜めから降下する叭叭鳥らしき鳥3羽。
対して岩の上には目つきの悪い叭叭鳥3羽が何やら文句を言うている。

山水図 4面  上下で変わる風景。上は広々とした空、下は満々たる水。そこに小さな帆舟。

仙人図 4面  二人の少年がいるが、一人はどう見てもタブレット端末らしきものを持っていた。いつの時代も少年は早いものだ・・・←チガウ。笑ながら座る。
3面に二人の仙人、4面には見た目と行動のおかしい仙人。

松虎図 8面  これがあれ。虎と雀の競演。
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尻尾の長ーーーい虎。雄々しくも可愛い。

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飛んだり止まったり跳ねたりの雀たち。
スズメを描かせたら芦雪か竹内栖鳳かですな。

そう言えば6年ほど前、薬師寺花会式に行ったことがある。
当時の様子はこちら

また薬師寺にもいかなくては。
展示は「お水取り」ともども3/14まで。

東博で見たもの いろいろ編 2018.2

やきものの他にも無限に楽しめるのが東博の所蔵展示です。
いいよねえ。

国宝 大聖武「賢愚経」
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字が大きいので大聖武。かっきりしたいい手蹟。好ましい。わたしは奈良時代の楷書が好きなの。
波斯匿王女金剛品  これは醜いペルシャの王女が仏の力で美人になる話。醜女縁起とかいうみたい。
正直「オイオイ待て待て」なんだが、過去の事案(!)に文句を言うことは出来ない。
しかし読み進めると、けっこうコワイぞ。


群仙図
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海千山千ならぬ群仙たち。仕える坊やの中には竜の出現に怯えるのもいる。

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孫思邈図 1幅 狩野探幽
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「重たいがな!」と文句言うてるようにしか見えない探幽の虎だが、案外かまってちゃんかもしれない。
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探幽縮図もあった。
近年は素描や縮図を見るのが楽しくてならない。

猿猴図 1幅 狩野山雪
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アーイアイ、アーイアイ おさるさーんだよー
丸顔の猿。ニホンザルは森狙仙を待とう。
この木は柏かな。柏は新しい葉っぱが出て来るまで古いのががんばるそうな。
「エースをねらえ!」に書いていたよ。

渡邊崋山の描いた肖像画も出ていた。
個人的理由である絵を見たとき、暗い気持ちになった。
ちょっとノイローゼ気味かもしれない。
それがわかっただけでもよかった。


厚板 藍地唐獅子模様



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このパターンで色違いの獅子たちが続々と出現する。


明治初めの古写真を見る。横山松三郎撮影 壬申検査関係写真
上から北円堂、興福寺の外壁、般若寺山門、唐招提寺金堂
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廃都の魅力というてはいかんかもしれないが、しかし惹かれるのはこうした佇まいなのだ。
京都にはない魅力だと言っていい。


庭園を見る。さかしまがいい。
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ではまた来月。
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