美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

天理図書館 古典の至宝 後期

天理参考館特別展「天理図書館 古典の至宝」展の第三期に参りました。
通期券は200円ほど安いのだけど、完全に行けるかどうかわからなかったので、まぁええかで来たけれど、それでも安価でこんなスゴイのを見てもいいのかと。
さすが天理図書館としか言いようがないね。
感想も1と2それぞれ挙げてます。
その1
その2

日本書紀神代巻 乾元本・下 1303 卜部兼夏筆  「天稚彦」の話辺りが出ていた。  
ここらのを読むと安彦良和「神武」を思い出すのよね。アジシキタカヒコネノカミと似ていて云々なのだけど、安彦作品では憤りに理屈を入れてた。
死者に似てると言われての憤りではない理由を。
イメージ (463)

古語拾遺 暦仁本 1328 寛英筆  「畜産療病」という一語が見えたよ。色んなことを記した辞書でもあるし。

面白いのは次。
石清水八幡宮権別当田中宗清願文案 1223 定家筆  定家の字だから読みづらいけど、これがかなり面白い。別当になりたい・させてと言う願文の下書きで、中に「あるまじきまひなひに及ぶ」とある。まひなひ=まいない=賄賂。
読んでて「おっ!」と思ったよ。
まあ一つでも位が上がれば・・・
「縁にふれてあるまじきまひなひに及ぶ 神意をあふくともから むしろ・・・
濫望をとどめて」

三宝類字集 高山寺本 鎌倉初期写  女偏の字を集めました。今ではないような字もあった。読み仮名もある。音訓漢和辞書。

作文大躰 観智院本 鎌倉中期写  作文のノウハウ本。うむ、今でもあるよな。わたしなんぞは大方これでゆくと落第や。

今回の源氏物語は「御法」「若菜上」「朝顔」。

奈良絵本を見る。
去年の奈良絵本展、良かったなあ。
当時の感想はこちら

大方は出ていたのだが、三期共に前回出なかったのを見たいがために来たのですよ・。・

いはやものがたり 室町末期写  継母に殺されかける対屋姫。舟から溺死されそうなのを憐れんだ夫婦が岩屋にかくまう。
絵は屋形舟が明石に向かう所。
後に二位の中将に見出され妻に迎えられる。
素朴な絵柄だが大きく描いていていい。
立ち話する海人夫婦の会話も書き込まれ、姫が中将の下僕の背に負われる様子が描かれる。

熊野の本地 室町末期写  ついに王と妃と王子と僧が天竺を見捨てて、多数の猿をお供に日本へ飛び立つシーン。これは去年も出ていた。
いい絵だなあ。
あともう一枚は王と妃の愛の日々。ただし他に女官たちもいる。宮廷の華やかさと無惨さとが同居する一枚。
イメージ (464)

鼠の草子絵巻 室町末期写  姫が去った後の嘆き。このシーンは去年見なかった。姫はたくさんの贈り物を捨てて逃げた。琵琶、着物、什器、遊び道具などなど。いずれも権守が良いものを集めて贈り、姫もそれを喜んでいたが。
なので権守の追憶が止まらず、彼は両袖を目に押し当てて泣くしかない。

鼠の草子絵巻別本 室町末期写  こちらはまた別物で、出ていたのは婚礼の支度シーン。ネズミたちはそれぞれ異なる髷を結うていて、中には江戸初期に禁止された茶筅髷のネズミもいる。こういうのを見ると平田弘史の「茶筅髷禁止令」を思い出すのだ。
鉈豆煙管をくゆらせるものもいる。
胸乳を露わにしながら伸びをする雌鼠もいる。
料理・材料運び・掃除全て滞りなく。権守はサウナで蒸される。
なかなかみんな可愛らしい。

まんぢうのさうし 室町末期写  今回はこれが目的の一つ。「まんぢう」とは何か。
室町末期だと丁度中国から饅頭のレシピが伝わったはず。
具材を詰めた中華まんみたいなのも、甘いのも同時に来たようで・・・
というようなことを思い、「まんぢう怖い」は江戸のシャレだわな、ではこの饅頭は一体・・・
とそこまで妄想が進んだ地点で現物を見れば、「多田満仲」のことだったのだ。
ああ、さうかさうか。
ただまんちゅう・・・いえ、ただのまんちゅうですがな。
要するに息子の美女御前(美女丸という名の話もある)が仏道修行をさぼるので殺してやる、ということになり、家来が自分の出来の良い息子・幸寿丸に身代わりをさせるという話。
それぞれが悔いて、みんなそれを契機に立派になると言うが、一殺多生どころか、困った話である。
上下関係・親子関係の不条理、更にはコミュ障と今なら診断されるかも。

あま物語 江戸初期写  これは去年も好きになった一冊。夜の海を見つめるせつない海女の心。海女でありながら入水自殺を遂げる、なかなか難しいと思うがそれでも決行する。

舟のゐとく 江戸初期写  これも記憶がないので見たいと思ったが要するに「舟の威徳」くらいの意味らしく、舟の効用について書かれたものだった。
ありがたき舟というキモチが登場人物たちに具わっている。

やひやうゑねずみ 寛永頃写  弥兵衛鼠。なかなか智慧のある白鼠で、よく働き、ヒトに福を招ぶ。恩義を受けた人間も弥兵衛鼠を大事にする。

・俳諧関連
夢想の俳諧 1683.8.8 西鶴自筆  「鳴るハはかなき泪にて」云々。

世継翁画賛1679 西鶴自画賛  「吉書也 天下の世継物語」ああ、この「吉書」キッショと発音 は今も老齢の大阪人が使う言葉の一つ。

そして大イベントも成功した西鶴はそのことを記した手紙を出している。

鹿島紀行 1687 芭蕉自筆  月見したのをネタに。桃青、ソラ(曾良)ら門下の名がある。

月雪とのさばりけらし年の暮れ 芭蕉自筆・杉風画  火鉢前でくつろぐ芭蕉が描かれている。

あかあかと日はつれなくも秋の風 芭蕉自画賛  夕日と萩とがある。丸い夕日の外線。

萩鹿図 芭蕉画  躍動感ある鹿ップル。

蕪村も一つ。夜半亭句集から。
永き日を云はでくるゝや壬生念仏
時季外れだが、壬生念仏のガンデンデンという鉦の音色が聴こえてくるようだ。

遠いけれど行った甲斐ある展覧会、というものでした。
11/27まで。
スポンサーサイト

北斎 ―富士を超えて―

今、大阪で一番集客しているのはあべのハルカス美術館の「北斎 ―富士を超えて―」展だと思う。
京都だと間違いなく国宝展。
国宝展は既に三度行き、いずれの御時・・・いや、いずれも大満員の中でがんばって見たのだが、この北斎展はまたたまらなく混んでいた。
18時に着いて、これなら少しはマシかなと思ったら「整理券です、あなたの入館は19時からです」という待機状態に突入することになった。
オイオイオイオイ、待て待て。
まあ考えたらデパートなんだから美術館の夜間開館よりもずっと夜は混むわな。
いっそ諦めようかと思ったが、この日はウィング棟で「近鉄あべの店80周年記念 大鉄百貨店からハルカスへ」展があったし、夕食も済ませることも叶うしで、待つことにした。

19時に着いたが実際に入館できたのは15分後になるか。
ようやく入ったが、本当に凄い人出で、200点余りあるうち、本気で間近で見れたのはごくわずかだった。
だからそのことだけを記す。
イメージ (466)

季節ものの連作のような作品群がある。
ライデン国立民博が所蔵する文政7―9年の連作物。
・節季の商家  猫が寝てる。算盤ぱちぱち。
・花見  必ずお出かけ。
・端午の節句  物干し台は江戸時代からの産物らしい。そこに立てている。
・初夏の浜辺  巨大な碇が放り出されていて、子供らがそれによじ登ったり寝転んだり。
・行楽図  丁稚小僧二人が棒に通した風呂敷包を運ぶ。なかなか可愛い。提重という感じのではない。

大川楼上図  これはまた好ましい。浴衣姿の女二人と客の男一人がきげんよく遊んでいる。よい灯りもともる。
中華風な円卓にはごちそうが並ぶが、チリレンゲまであるのには嬉しくなった。

大絵馬の曽我兄弟がいる。富士の巻狩り図で、五郎らしき男が潜む。
北斎は読み本もいい。櫛カタログがあって、そのモデルがかなり綺麗に描かれていた。

富嶽三十六景や諸国滝巡り、諸国名橋などのシリーズもいい色のものが並んでいたが、それらはみんな大英博物館の所蔵だった。

天保年間の花鳥図シリーズもいい。
これらは1990年の「花博」でも見たように思う。
ずらりと並ぶ花鳥。トリも珍しい種類のものやよく見かけるものまで多種多様、花は今に至るまで咲いているものが選ばれていた。
東博で見ることがあるものもあるし、持っている画集にあるものもある。
だがこうして一括展示されているのを見る楽しみは尊い。

若衆図 1840  床几に座る美青年。桜柄の着物が綺麗。色々と妄想が膨らんでゆく…

端午の節句図 1844  花菖蒲を熨斗にさして兜に。こういうのもいいな。

北斎にも武者絵はあるが、やはりこの分野は国芳がかっさらった。
松田修「刺青・性・死」に面白いことが記されていた。
北斎の孫は不肖のもので晩年の北斎を悩ませていたが、火消・がゑんの者になった。これは背中に刺青を入れないといけない職業なのだが、その当時かれらの間では国芳の武者絵が流行していた。
この若いものも国芳風の刺青を入れたのではないか、そうだとすれば北斎の苦みは僧倍のものだったろう…という内容だった。
わたしもその説をとりたい。

水滸伝の花和尚魯智深の肉筆画がある。「花和尚」というのは全身に刺青があるからだが、北斎はそうは描かず、全身をほてらせたように赤く描くにとどまった。雀らが激しく逃げていくのだが、それよりなにより魯智深に目がゆく。

堀川夜討図 これは縦長画面で色の対比が巧い。赤衣の義経、黒姿のの静、白の僧衣姿の弁慶。

老人図  こ、これは!!!というくらい怖いじじい図。「ドント・ブリーズ」の恐怖の老人と同じヤバイ匂いしか感じないぞ…

カレンダーがあった。一人獅子舞の男がなかなか素敵だったな。

小布施から出てきたものもある。
ああ、これはなかなか。
わたしも22.3の頃に行ったな。
イメージ (465)

自分の好きなものについてでしか言葉に出来なかった。
展覧会も11/19でついに終わった。

凄い内容のものが揃っていた展覧会。
多くの人々が楽しんでいたこともとてもよかった。
またいつかこのように内容の濃いものがみたい。

ミライザ大阪城 旧・陸軍第四師団司令部 その2

屋上から。
IMGP0218_201711171714575a9.jpg


IMGP0225_2017111717150683b.jpg

側面のタイル
IMGP0226_20171117171508825.jpg





3階へ
IMGP0227_20171117171510043.jpg


IMGP0229_20171117171512a32.jpg


階段が好きだ。
IMGP0228_20171117171511268.jpg


IMGP0230_20171117171514cbb.jpg


IMGP0231_20171117171515e41.jpg


IMGP0232_201711171715178fe.jpg


玄関回り
IMGP0233_2017111717151897e.jpg


IMGP0234_20171117171520353.jpg


外観をみる。
IMGP0235_201711171715211cc.jpg


IMGP0236_20171117171523776.jpg


IMGP0237_201711171715248f6.jpg


IMGP0238_201711171715519a9.jpg

これからも多くの人々に愛されますように。

ミライザ大阪城 旧・陸軍第四師団司令部 その1

長らく冬眠状態だった旧・陸軍第四師団司令部がミライザ大阪城として新しくオープンした。
わたしにとってここは前身の大阪市立博物館で、よく通った。
今調べると閉館してから16年も経っていたようだ。
そうだよなあ、大阪歴史博物館も開館16年だもんなあ。
熊谷直実ではないが「16年は夢じゃ夢じゃ」ですがな。
そしてその大阪市立博物館時代の内部写真はこちら

今回はMIRAIZA OSAKA―JOとしてオープンしたばかりの施設を見学+撮影し倒した。
1階の物販はあまり見なかったが、2階3階のレストランフロアはとてもシックでスタイリッシュで、しかもややクラシックな南洋風というイメージがあって、素敵だった。
行ったその日は大雨でとりあえず中へ逃げ込んだので、先にそこから行く。

内部あれこれ
照明と階段など
IMGP0205_20171110172208af9.jpg


IMGP0206_201711101722100a2.jpg


IMGP0207_20171110172211f64.jpg


IMGP0208_20171110172213119.jpg


IMGP0209_20171110172214ec5.jpg


IMGP0210_2017111017221652c.jpg


かつての照明と同じものをそのまま使ったのか、新規に作成したのかは知らないが、とても凝っていて素敵だ。
中には太閤の千成瓢箪をイメージした装飾のものもある。

IMGP0211_201711101722172d9.jpg


IMGP0212_20171110172219065.jpg


IMGP0213_20171110172220309.jpg


IMGP0214_20171110172222cf0.jpg


IMGP0215_20171110172223146.jpg


IMGP0219_2017111717145919f.jpg


IMGP0221_20171117171501c43.jpg

ステンドグラスがこうして生きているのも嬉しい。

IMGP0220_201711171714595e7.jpg


IMGP0222_2017111717150229e.jpg


IMGP0223_2017111717150327a.jpg


IMGP0224_2017111717150547d.jpg

次は屋上へ出る。

ひねもす蕪村

逸翁美術館は今「開館60周年記念 ひねもす蕪村」展を開催している。
もともとここは蕪村のいいのを多く所蔵しているので、とても楽しみにしていた。
それに前日に天理参考館で蕪村のいいのを見たので、ますます楽しみになっている。
で、蕪村を見た後は名古屋に芦雪を見に行ったから、この日は18世紀京都画壇dayになるかと思ったら、最後にリカちゃん人形展を見に阪急に行くところがいかにもわたし。

先般「若冲と蕪村」展が開催されたが、そこで改めて蕪村の飄々とした良さに心地よさを感じたなあ。
イメージ (461)
蕪村は絵と俳句とを同時に作品にした。絵の心を句にし、句の味わいを絵にした。だからどの作品にも抒情が活きる。

蕪村は芭蕉をとても尊敬していたそうで、それだから「奥の細道」を何本か絵巻にしていたし、肖像画を描くときもわざわざ道服に頭巾と言う姿にして想いを示した。
芭蕉の行った先を歩くという「聖地巡礼」もし、ファンとして嬉しい日々を過ごしたようだ。
それらが作品となって、後世のわたしたちは大いに楽しめることになる。

淡白な面白味を味わったが、これはやはりそのまま芭蕉を楽しんだのではなく、元禄の芭蕉の後の時代にいた蕪村のフィルターであっさりした味わいに変わったものをわたしたちが愉しんだというべきだろう。
芭蕉の句にたまに感じる脂っぽさが巧い具合にさらりとしたものになって、蕪村風味になる。

とはいえ蕪村の絵が全て淡々としたものではない。
中国を舞台にした絵などを見るとそのことがわかる。

晩秋遊鹿図屏風  月下で三頭の鹿がそれぞれ好きに立っている。その鹿の胴回りなどを見ていると確かな肉付きがあって、触ると存外重たそうだと思わせてくれる。そこがいい。

イメージ (462)

闇夜漁舟図  親子で漁をする。舟には小さな篝火があり、そして程近い自宅には母親がつける灯りが闇に広がる。広く遠くまで広がる明かり。
こちらの心にも光が拡がる。

後赤壁図、帰去来辞図、濯足万里流図 これら故事に基づいた絵もいい。
一種の物語絵として人々が活きている。

和歌浦に遊んだ蕪村はその印象を絵にしている。私淑する米芾の技法を使って奇岩などを描く。
そしてそのことをこのように記す。
「紀州和歌浦奇岩磊磈尽如香木有紋理甚可弄翫本邦■如米海岳…」

蕪村の書簡もある。
上田秋成との交友もあれば、大好きな鳥貝が高値だということを記したものもある。タケノコの粕漬けを貰った礼状もある。
生活者としての蕪村の姿が垣間見えて楽しい。

俳句短冊もいい。そこに小さな絵が入るのがとても愛しい。

やっぱり蕪村が好きだと思った。
なんとなく気持ちよくなる展覧会だった。
12/17まで。

最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア