美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

上諏訪温泉の片倉館、2004年3月

2004年の3月4日から6日の二泊三日、上諏訪温泉を拠点に諏訪湖周辺をぐるぐる回った。
宿からすぐ近くに重文指定をうけた「片倉館」があり、喜んで三日間通った。
ここはもともと片倉製糸が女工さんらの慰安と地域交流のために1928年に拵えた素敵な施設で、今も日帰り温泉として安価で心地よく過ごせる施設として繁盛している。
この当時は見学会もなかったが、今ではあるようなので久しぶりに訪ねたいと思う。
詳しくはこちら
諏訪へは大阪からバスが楽である。

以下、写真はすべてフィルムものなので褪色しつつある。修整はしていない。

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たそがれ時の片倉館

朝になり、ぐるぐると見て回る。
装飾が素敵だ。
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屋根の感じも窓もいい。
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塔、三態
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細部まで丁寧。
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快晴になった。
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中へ。
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いい階段。

入浴施設なので内部は写せない。
ところどころの装飾
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外には洋風の池もある。タイルが可愛い。
コイが泳いでいるが、二枚目をよぉくごらんあれ。
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そう、氷が張っている。
この二枚目は三日目の朝の写真。
一日目曇天二日目快晴だったのに、三日目なんと大雪だったのだ!
ホテルから片倉館まで徒歩2分もかからないのに、この日は雪をかき分けかき分け、えらい目に遭うたわ。

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三月の上諏訪、いきなり大雪ということもあるのだなあ…
またいつか出向きたい。
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石洞動物園・寧楽動物園それから

夏は地獄だ、オバケだ、どうぶつえんだ!
・・・とわめいたのを納得してくれる方はそれこそナカーマだ。
暑いから地獄とか出かける先が動物園で夜にはオバケが、というのでもなくて今夏の展覧会の話。
地獄関係は奈良博、三井、出光が開催し、オバケは浮世絵太田、横浜歴博、埼玉歴民などがあり、そんなのコワい救済してほしいという向きには、東博のタイ展、ハルカスの西大寺展、それから地獄と背中合わせの極楽を見れる奈良博、出光の展覧会がピッタリ。
最後の「動物園」、天王寺でも王子でも上野でも京都でもない。
絵画や工芸品の動物を集めた展覧会が今夏、わたしが見ただけで3カ所開催中。
新宿歴博、石洞美術館、寧楽美術館。
今日は石洞と寧楽のどうぶつえんのことを挙げたい。

石洞動物園はあいにく既に閉園したが、寧楽は9/10まで開園中。
先に石洞から入ろう。
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獅子頭部 インド 2-3世紀  経年劣化でか削れてるからか、ちょっとインコみたいにみえる。角に設置された像だったと思う。なのでこういう丸みが出来たような。

ラスター彩獅子文大皿 スペイン16世紀  この獅子の爪の大きさに目がゆく。

色絵花鳥文大皿 日本 1655-1670年  青い鳥が二羽とこれは枇杷かな。

加彩牛 中国 7世紀  これはあれだ、コッテ牛。赤い強そうなやつ。

古染付四牛図詩入皿 中国 17世紀  おお、老子が曾て乗って云々。過去を読む形だね

染付鹿図タイル、染付鳥図タイル オランダ 17世紀  シンプルに絵付け。これを見ると以前にlixilで見たタイルを思い出すわ。

バーナード・リーチの鉄絵馬図タイルもある。 こちらは1970年。

交趾亀形香合 中国 17世紀  薄青く綺麗な亀。一色と言うのもいいものだ。

宋胡録鉄絵鳥形合子 タイ 16世紀  フクラ雀風の可愛いもの。

白磁海駝形水滴 朝鮮 20世紀  青白磁。近現代のものでもこうした色のものがあるのはいいな。海駝は幻獣。朝鮮語ではヘテと読むそうな。中国では獬豸 カイチというそう。

黄釉緑褐彩鳥形笛 中国 9世紀  これは可愛いな。小さい鳥笛。尻尾が立っている。

ナーガ インド 2世紀  土偶風なのが面白い。この当時のアジア全域の共通認識なのか。

パナマのクナ族の女性たちの民俗衣装MOLAというものもあった。
造り方は布を重ねて切りだして形を拵えるというもの。アップリケとは違う。トリか爬虫類らしきものが4匹。可愛い。

駒井哲郎の版画もある。飛ぶ鳥が静か。

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再びインドの獅子頭が現れた。こちらは5世紀のもので、片眼が失われ耳もない。赤薄地にそばかすのようなものが散る。

染付狐文中皿 スペイン 17-18世紀  可愛いな。手をじっと見ている。なんとなく「手袋を買いに」を思い出す。

古染付山羊形向付 中国 17世紀  鋭い眼の山羊。他に見返り・睫毛有バージョンもある。
古染付馬形向付 中国 17世紀  こちらは見返り馬で葦毛。どこか井上洋介を思わせるような馬。安易に人語を解しそう。
古染付馬図火入 中国 17世紀  ヒンヒン、パカパカ、ぐるっ という動き。
古染付瓜栗鼠文鉢 中国 17世紀  巨大な栗鼠やな…
古染付葡萄栗鼠図皿 中国 17世紀  ブドウの木にリス3匹が。おいしそう。
古染付豚形向付 中国 17世紀  日本にはない柄だが猪と豚は中国では同じだしなあ。
古染付水鳥形向付 中国 17世紀  5皿だから5羽いるがみんな眼の形が違うのが面白い。

黒釉犬 中国 10-14世紀  姿は洋犬でサルーキー風な。
白釉馬 中国 10-14世紀  この犬と仲良し風。

埴輪朱彩猿 日本 6-7世紀  ちょっと賢そうな。

道八の狸の香合もある。和尚さんではなく、ぽんぽこぽんとおなかを打ちそうな奴である。

ラスター彩ウサギ文大皿 スペイン 16世紀  これまた可愛い。皿の見込みいっぱいにうさぎさん。

染付の踊るウサギの絵柄の鉢もいい。

戦うゾウ インド 12世紀  なかなかリアルだが、ゾウさんなので可愛さが先に立つ。

仏伝「託胎霊夢」 パキスタン 1-2世紀  こんにちはなゾウさん。
仏伝「酔象調伏」 パキスタン 3-4世紀  なだめられて撫でられるゾウさん。

人面牛体・獅子面牛体 インド 2世紀  件(くだん)となにか幻獣だよな…こわいわ。ナラシンハはいないよ。

石洞はここまで。

寧楽動物園へ。
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奈良博の地獄の帰りに行きましたよ。

こちらの本当のタイトルは「いのちあるよろこび」

白玉金宝玉象嵌有蓋壺 乾隆帝期  鸚鵡を玉で表現。その重なり具合が鸚鵡の筋肉のよう。

猿廻し図 英一蝶  放下の猿。よく働く。

猿置物 道八  可愛い喃。無邪気そうな顔つき。

青磁蓮弁文多嘴壺 蓋の摘みが犬。ニッパー君ぽい。

花鳥図屏風 山本梅逸  おお、ここにもあったのか。南画風な筆致で花鳥が飛び交う様子を描く。

青磁鯉型瓶 明末  大きな口が上部に開く。これはあれだ、ローマの食堂で出てきた水の容器の仲間だ。

旭波に鯛図 西山完瑛  三匹の大きなタイが波間に力強く躍る。家族な感じがする鯛たち。

唐代の青銅鏡がいろいろ出ていた。
前漢の鏡もある。こちらの彫刻がシンプルだがわかりやすく可愛い。
九尾のキツネ、杵もちウサギ、三本足の烏。蝦蟇、などが三重円内を走る。

他に戦国から前漢ころの帯鉤がぞろり、そこには蝉型文などが入る。
饕餮くんも動物園の仲間入り。
戦国から後漢くらいの鈕もたくさん。羊、馬、駱駝などなど…

初代中村宗哲 凡鳥棗  これは「鳳」のことね。遊び心でつけた銘。

いい動物園でした。

こちらは今東京都美術館で開催中のボストン美術館展の英一蝶涅槃図
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ずらりと動物たち。
ZOOではないがね。

秋の正倉院展の目玉はこれ。
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この羊や後ろの木の猿についてはまた展覧会になってから。

動物ものはやはりとても楽しい。 

「タイ 仏の国の輝き」展に行く

東博で「タイ 仏の国の輝き」展が開催中。
九博からの巡回。
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そう言えばわたしはタイには行ったことないんだよなあ。
いや、そもそもタイ料理もわたしは無縁。
とはいえタイにはいつか行きたいと思っているのは確か。
行ったことないのなら、とりあえず歴史や文化を学ぼう。
・・・というわけで、東博のタイ展に出向いたわけです。

第1章 タイ前夜 古代の仏教世界
第2章 スコータイ 幸福の生まれ出づる国
第3章 アユタヤー 輝ける交易の都
第4章 シャム 日本人の見た南方の夢
第5章 ラタナコーシン インドラ神の宝蔵
 
5章に分かれてタイの仏がお出ましなのね。
タイと言えば昔はシャム。
シャムと言えば「王様と私」。
それから「暁の寺」。
イメージはこんなところだったりする。

数年前の「インドの仏」展(別名・インドのイム)を思い出す感じかな。
当時の感想はこちら

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チラシ、いいお顔のブッダ。

第1章 タイ前夜 古代の仏教世界
5世紀から13世紀の様々な遺宝が集まる。

ナーガ上の仏陀坐像 1軀 スラートターニー県チャイヤー郡ワット・ウィアン伝来 シュリーヴィジャヤ様式・12世紀末~13世紀 バンコク国立博物館  
チラシの仏像。綺麗なお顔をしていて、ムチロンダ君が雨にかからぬように気を遣っている。光背のように広がる。ナーガのムチロンダ君はタイヤのような屈強な体。

どうしても「聖☆おにいさん」を思い出しますな、わたし。
それでついついムチロンダ君と親しく呼んでしまった・・・
(近年のわたし、地獄は「鬼灯の冷徹」、仏教とキリスト教は「聖☆おにいさん」のイメージがとても強いのですよ・・・)

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さて本格的に拝見しましょう。
印章(洋上船図) 1個 ナコーンパトム県 5~6世紀 バンコク国立博物館  
おお、ほんとに舟に乗る図が。

ドヴァーラヴァティー銘銀貨 3枚 ナコーンパトム県プラプラトーン区 ドヴァーラヴァティー時代・7~8世紀 バンコク国立博物館  「大いなる徳の持ち主であるドヴァーラヴァティー王」とか書いてあるそうな。
王を褒め称える文化があったわけですな。

ドヴァーラヴァティー銀貨 5枚 スパンブリー県ウートーン郡 コ-クチャーンディン遺跡出土 ドヴァーラヴァティー時代・7~8世紀 ウートーン国立博物館   
それでこのおカネがみつかったことで、実在が確認されたそう。ナゾの国だったらしい。
ほかに銀貨も出てきたが、旭日柄とかほら貝とかあって面白い。
こうなると旭日は日本オリジナルでも日本占有ものでもなくなる。

仏陀立像   1軀 ノンタブリー県ワット・チョーンター仏塔出土 ドヴァーラヴァティー時代・7~8世紀 バンコク国立博物館   
両手で説法印を結ぶ、らしいが昔の芸人で「指パッチン」の人がいたが、それを思い出すよ。

タイは「ほほえみの国」と言っていたのを覚えている。そして熱心な仏教の国、というイメージは確かにある。
タイの人々と触れ合ったことはないが、仏像を見ていると「ほほえみの国」はここからかも、と思えてきた。

タイにはとても法輪が多いそうな。
法輪と言えばわたしが思い出すのは四天王寺さんのそれか。自分でぐるぐる回せるようになっている。

法輪柱 1基 スパンブリー県ウートーン遺跡第11号仏塔跡出土 ドヴァーラヴァティー時代・7世紀 ウートーン国立博物館
  上に花飾り、下にガチョウが四面。いい柱。インドの装飾柵の欄楯を思い出す。

法輪頂板 1基 ナコーンパトム県ワット・プラメーン遺跡出土 ドヴァーラヴァティー時代・7~8世紀 プラパトムチェーディー国立博物館  四面に力強いヤクシャのようなコワモテの者がヤンキー座りする彫刻が施されていた。膝に手を置いている。
かなり凄い笑顔?をみせていた。

舎衛城神変図 1面 アユタヤー県ワット・チーン伝来 ドヴァーラヴァティー時代・7~8世紀 バンコク国立博物館   
舎衛城神変図奉献板(縁起法頌銘) 1面 ラーチャブリー県クーブア遺跡出土 ドヴァーラヴァティー時代・7~8世紀 ラーチャブリー国立博物館
どちらもブッダがその法力を見せるシーン。タイの人々はこのシーンにシビレていたのだ。
マンゴーを実らせたりなんだかんだ。
この気持ちはわかる。見たいシーンというものこそ、こうして図像化されるのだ。

菩薩立像 1軀 ラーチャブリー県クーブア遺跡第40号仏塔跡出土 ドヴァーラヴァティー時代・7世紀 バンコク国立博物館   スゴイくねり方をしている。顔の重さと体の細さのアンバランスがこれを支えているのかも。

菩薩立像 1軀 ラーチャブリー県クーブア遺跡第30号仏塔跡出土 ドヴァーラヴァティー時代・7世紀前半 バンコク国立博物館  こちらも体をくねりニンマリ。

アルダナーリーシュヴァラ坐像 1軀 ウボンラーチャターニー県 プレ・アンコール時代・8~9世紀初 ウボンラーチャターニー国立博物館  これはシヴァとパールヴァティーが合体したもので、半男半女の像。

本生図結界石 1基 カーラシン県ファーデートソンヤーン遺跡出土 ドヴァーラヴァティー時代・9世紀 コーンケン国立博物館  みんなまったりしている。ゾウさんも一緒。インドラと妃たち、ゾウは過去の出会い、鳥を差し出す女もいる。どこかシーギリア・レディーを思わせるような美女もいる。

観音菩薩立像 1軀 カンチャナブリー県ムアンシン遺跡出土 アンコール時代・12世紀末~13世紀初 バンコク国立博物館  体つきがクメール仏風だと思ったら、やはり影響下にあったそう。立派ないい身体。

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第2章 スコータイ 幸福の生まれ出づる国
主に14,15世紀。
スリランカの影響が濃く、遊行像も多い時代。

ナーガ像 1面 スコータイ県シーサッチャナーライ郡ワット・チェディーチェットテーオ遺跡出土か スコータイ時代・15世紀 サワンウォーラナーヨック国立博物館   マカラの口からノバーッ

仏陀遊行像 1軀 スコータイ県シーサッチャナーライ郡ワット・サワンカラーム伝来 スコータイ時代・14~15世紀 サワンウォーラナーヨック国立博物館   一足動かすのもまた遊行。

ハリハラ立像 1軀 スコータイ県ホー・テーワラーイ・マハーカセート・ピマーン遺跡出土か スコータイ時代・15世紀 バンコク国立博物館   細い身体。黙って笑っている。やはりハリ・ハラは諸星大二郎「孔子暗黒伝」に尽きる…

仏陀遊行像・仏足跡 1軀 チエンラーイ県チエンセーン遺跡出土 ラーンナータイ様式・1481年 バンコク国立博物館   動かないと足の裏に踏まれた治も足跡もなくなるものねえ。

白褐釉刻花瑞鳥唐草文水注、鉄絵唐草文水注  こうしたやきものもいい。

第3章 アユタヤー 輝ける交易の都
かつてはにぎわったろうその跡地。

金象 1体、金冠、金鎖,、団扇・払子・杖(神器ミニチュア)、金葉 アユタヤー県ワット・ラーチャブーラナ遺跡仏塔地下出土 アユタヤー時代・15世紀初 チャオサームプラヤー国立博物館  いずれもとても精巧。フィギュア。金葉の凄さにも驚く。

玉座模型 1基 チエンマイ県ホート郡ワット・チェーディースーン出土 ラーンナータイ様式・16~17世紀 バンコク国立博物館  すごすぎる、なにこれ…!

三界経 1帖   アユタヤー時代・17~18世紀 タイ国立図書館  絵入り写本。地獄が出てた。鬼ではなく人による虐待。この方がコワイな…これは前に何かで見たな。しかし思い出せない。天界もある。

第4章 シャム 日本人の見た南方の夢

山田長政らの資料が出てきて懐かしかった。
人形劇「真田十勇士」に山田長政が出てくるエピソードがあった。それで彼を知った。
他にTVドラマ「 南十字星 コルネリアお雪異聞 わたしの山田長政」を小学校の担任に勧められて見たが、家族には不評だった。
わたしが覚えているのは長政が妻の不義を知って絶望のあまり荒れ狂うところ。
今調べたら林隆三が演じていたのか。1978.12.1放送…

アジア航海図、朱印状、山田長政像などなど。
琉球の「おもろさうし」まであった。これは実物見るの初めて。平凡社の東洋文庫か岩波文庫かのどちらをチラチラみた。
昔の歌謡集だが、当時は理解していなかった。今だと読めそうな気がする。

更紗も何種かある。サロンとして使われていたようなのもある。
カティナ(功徳衣)法要図 1帖   ラタナコーシン時代・1918年 タイ国立図書館
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ゾウに乗って、というとハンニバル将軍だったかな、あったな…

今回はシャムの話だが、同時期にはルソンとの交易もあり、その後のじゃがだら文などを思うと、日本人は本当に遠くまで出掛けていたのだなあ…

第5章 ラタナコーシン インドラ神の宝蔵

ラーマ2世王作の大扉 1面 バンコク都ワット・スタット仏堂伝来 ラタナコーシン時代・19世紀 バンコク国立博物館  撮影可能。素晴らしい彫刻が施されていた。
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この扉を一枚持ってきたのか…!!!

チラシのあちこちに姿を見せる銀色のゾウさんがいた。
騎象仏陀三尊銀像 1体 ラムプーン県ワット・プラタートハリプンチャイ伝来 ラーンナータイ様式 20世紀 ハリプンチャイ国立博物館
金のゾウも銀のゾウもどちらも可愛いなあ。

やっぱりタイには行かないといけないな。
わたしはワット・アルンにも行きたいしお寺もまわりたい。
ただ、辛いものがニガテなのでいつ行けるかは全く分からないのだが・・・

柳原良平さんの誕生日と命日に・・・

今日は柳原良平さんの誕生日だそう。
1931年8月17日 にうまれ、 2015年8月17日になくなった。
丁度一回り。小津安二郎もそうだった。
5月から7月に尼崎で回顧展があり、とても楽しませてもらったのに、感想を挙げられなかった。
今日、遅ればせながらお誕生日おめでとうと三回忌への気持ちをこめて、小さな感想を挙げたい。




行くと、子供の頃からの作品が現れた。



ツイッターで挙げたとおり、子供の頃の手書き同人誌にびっくりした。
物凄く細密で丁寧で考証もしっかりしているのだ。
当時の自宅を発行所にしているのも可愛い。

こんな小さいうちから、と思う一方で、やっぱりこんな小さいうちからでないと、とも思う。すばらしきマニアックな世界。
柳原良平さんは船を愛したが、原コレクションの原さんは鉄道を愛した。
この二人に共通することは幼児期から生涯その愛が変わらなかったこと。これだ。
「成長しない」ではなく、最初に見出した愛を生涯かけて大きく育んだ、と言うべきなのだ。

絵は最初から本当に巧い。
これは実際自分の子供の頃からのことを思い出すと、クラスに必ずやたらと絵の巧いこと言うのはいて、かれらの才能には誰も太刀打ちできなかった。
だからやはり巧い子は巧いのだ。
「嵐」の大野智くんも絵がうまく、子供の頃からの絵を何かで見たが、やはり相当うまかった。きちんと習ったのではない、自分が描きたいと思ったものを描く力がこうした子供たちには具わっていて、それを伸ばせるかどうかはその子の環境によると思う。
柳原良平さんはその才能を伸ばした。




寿屋、今のサントリー。「トリスを飲んでハワイへ行こう」などの名コピーの時代はあいにく知らず、歴史として見聞きした。
なので「ルパン三世」第一作目に「ルパンを逮捕してヨーロッパへ行こう」がこのパロディだと知るのも後年の事だった。1stルパンも再放送で見たクチなのだ。
わたしが開高らを知ったのは小説家としてだったし、アンクルトリスもリバイバルコマーシャルで見たのが最初のように思う。
だが、古臭さはまるで感じなかった。昭和のまんなかというのは感じるが、古さよりも違う世界のキャラという風に受け止めていたと思う。

今ちょっとググッたら、わかりやすいサイトがあったのでご紹介する。こちら

絵本もちょっとばかり挙げる。
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柳原良平さんは数多くの船の模型も所蔵していた。
今はなき、なにわの海の時空館には柳原良平さんのギャラリーもあった。
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お祖父さんが築港を開いた一人だという。
生まれる前から海と関わる方だったのだ。
当時の感想はこちら


会場では柳原良平さんの装幀の仕事なども紹介があった。
絵本も少なくない。シンプルでわかりやすく、そして力強い作風がいい。

わたしは図録を購入した。脂が乗った頃の作品は画集で見ることが叶うが、子供の頃の絵はこれ以外ではなかなか・・・

またどこか、柳原良平さんの愛した横浜にでも記念館があればと思う。
亡くなったのは二年前だが、まだまだ遠くなった感じはしない。作品は活き続けている。

良い作品を世に贈ってくれてありがとうございました。

芳年 妖怪百物語 その2/ 丹波コレクションの世界Ⅱ 歴史×妖×芳年

昨日の続き。

金太郎捕鯉魚 御届明治18年(1885)7月 大判竪2枚続 個人蔵  金ちゃん頑張る。その様子を上の岩から眺める美人母。その背には柴とユリが見える。

奥州安達がはらひとつ家の図 御届明治18年(1885)9月 大判竪2枚続 個人蔵  鬼婆が故主の唖の姫様のため胎児の肝を取ろうとし、妊婦を逆さ吊り。実はこの妊婦こそ奥州に行った母を探しに来た婆の娘・恋衣だったのだ。そうと知らず婆は臨月の娘を殺し初孫の肝を奪う。
縦二枚の凄い構図。妊婦は腰巻一枚にされて逆さ吊り。
この絵に撃たれた責め絵で有名な伊藤晴雨、何人目かの嫁さんが臨月の時に実地体験をしようと医師の立会いの下で実行。
その写真を見たが、びっくりしたなあ。

袴垂保輔鬼童丸術競図 御届明治20年(1887)9月1日 大判竪2枚続 太田記念美術館蔵  伝説の盗賊vs術者の戦い。上段には大蛇の上に立ち、直垂に刀を手挟んだ袴垂。下段には目を閉じ印を結び、維摩行する鬼童丸、その表情がまたいいのですよ。鬼童丸からは雀が猛禽になったような鳥たちが蛇に向かってゆく。
ここでも芳年得意のビラビラな線が着物に使われる。

平維茂戸隠山鬼女退治之図 御届明治20年(1887)11月1日 大判竪2枚続 太田記念美術館蔵  これが集大成かな。美人とその水鏡に映る顔は鬼。水色と赤色の鮮やかさはさすが明治。

羅城門渡辺綱鬼腕斬之図 御届明治21年(1888)12月20日 大判竪2枚続 太田記念美術館蔵  これも凄い迫力。激しい風雨と、上にいる鬼と下の綱とのにらみ合い。朱の柱の鮮やかさ。

さていよいよ「新形三十六怪撰」シリーズが現れる。
昨日の和漢百物語にしろ月百姿にしても、連作物は楽しいてならない。
明治22年(1889)から明治25年(1892)まで続いた傑作。
こちらの画像も国立国会図書館デジタルコレクションにもあるし、昨日紹介した「妖怪うぃき的妖怪図鑑」さんのところにもある。

貞信公夜宮中に怪を懼しむの図  昨日も挙げた鬼が刀を取ろうとしてアリャ―なことになる様子。鬼よりこの人の方がずっと豪胆。

さぎむすめ  芳年の作画中、特に綺麗な絵の一つ。白無垢に黒帯・黒傘、すりよる鷺たち、そしてタイトル欄の薄紅色。

武田勝千代月夜に老狸を撃の図   斬られる木馬が妙に可愛い。

大森彦七道に怪異に逢ふ図  こちらは太平記の人だが、シチュエーションは美女に化けた鬼との遭遇というもの。おんぶする彦七だが、ふと足元の水面を見れば背負う美女の影に鬼の角・・・!これも歌舞伎舞踊になり、たまに出てくる。

清玄の霊桜姫を慕ふ乃図  元祖・大ストーカー。桜姫故に地位も名誉も何もかも失くし、その上に当の桜姫からも嫌がられ、病に伏しつつも桜姫への妄執は尽きず。死んでからも亡者としてつきまとう。
芳年は連作「雪月花」で百日鬘の清玄が桜姫を想う図を描いてもいる。
この絵はぼーっと出てきた清玄の霊を嫌がる(全く怖がることもない)桜姫。
古狂言もあるが、南北の「桜姫東文章」がやはりいちばん面白い。

鬼若丸池中に鯉魚を窺ふ図  叡山にいた頃の少年時代の弁慶。袴姿で岩から怪魚を窺う。このポーズがね、そのまま少年マンガの先達だと思えるのね。

老婆鬼腕を持去る図  空を駆けゆく老婆の高笑いが聴こえてきそうな図。

小町桜の精  「関の扉」が元ネタ。花魁姿の小町桜の精。背景のグラデーションがまたとても綺麗。雪のように花びらが舞う。

為朝の武威痘鬼神を退く図  日本一の強弓を背たろうた為朝の前から、ブサイクな病神の連中が飛んで逃げていった。

清姫日高川に蛇体と成る図  「百物語」とポーズも構図もほぼ同じだか、こちらの方がやはり情念の高ぶりを感じる。
もう安珍の絶対的な最期はこの時点で決まった。
鱗柄の着物、蛇腹を思わせるような帯、噛みしめた唇と小さな強そうな歯。
92年の大丸「芳年展」で受けた衝撃は大きかった。
あのときの図録はあいにく半分が白黒だったが、それでもこの絵のために買った。

内裏に猪早太鵺を刺図  煙の中でとどめを刺す。

鍾馗夢中捉鬼之図  表情がそれぞれいい。鍾馗にしても怯える鬼にしても。そしてチリリリリと縮れる鍾馗の衣の線。
 
蒲生貞秀臣土岐元貞甲州猪鼻山魔王投倒図  キッチュな色遣いで見物する阿弥陀もヘンなら投げ飛ばされる仁王らしき魔王?もヘン。周囲にはモンシロチョウが群生。

藤原実方の執心雀となる図  菜の花と雀たちがあふれる。都へ帰りたいと願う実方のココロモチ、それを載せて飛んでゆく雀たち。
こういうのを見ると立原正秋「冬の旅」のラストシーン、中上健次「奇蹟」のクライマックスシーンを思い出す。
前者はかもめ後者は小禽だが、群成す鳥たちが主人公の死を示す。
「鳥は死、魚は生」このことがどこかに流れているのかもしれない。

バージョン違いのものが並ぶ。
地獄太夫悟道の図  一は端坐する地獄太夫のみ。一は髑髏たちのシルエットが映るもの。
地獄太夫は暁斎が多く描いたが、芳年もこのように描いている。風俗は吉原の太夫風のもの。

平惟茂戸隠山に悪鬼を退治す図  鬼女は髷を結い、大盃に鬼が映る。

藤原秀郷龍宮城蜈蚣を射るの図  ここでは宮殿の楼閣の一隅から蜈蚣を狙うように見える。俵の藤太はややおじいさん風。龍女は「百物語」とは違い、腹に一物という感じもない。

皿やしきお菊の霊  筒型の井戸の側に侍女姿のお菊さんがうすぼんやりと佇む。合わせた袖口からは緋縮緬がのぞくが、それが陰火にも見える。
シクシクと泣くお菊さん。

葛の葉きつね童子にわかるるの図  障子の影はもう狐。憐れな話。

布引滝悪源太義平霊討難波次郎  「今から叩っ殺してやる!」という気概にあふれた怨霊。
横浜歴博のチラシ表を飾る。
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仁田忠常洞中に奇異を見る図  富士の人穴を探検すると白い蝙蝠たちが・・・

清盛福原に数百の人頭を見る図  「百物語」では雪の庭の怪異だったが、こちらは襖にドクロが浮かぶ。秋草に満月の襖絵で引手が髑髏の眼に化る。
剛毅な清盛はそんなもの恐れもしないが、こんなものが現れ出すあたり、やはり運勢が蝕まれてゆく徴でもある。
襖絵にもののけが大きく浮かぶ、それを最初に見たのは美内すずえ「黒百合の系図」クライマックスシーン。怨霊・鬼姫のクッと嗤う顔の恐ろしさ・・・!いまだにトラウマ。

秋風のふくにつけてもあなめあなめをのとはいはしすすき生けり 業平  罪によりザンギリ。一人でしょぼんの業平のもとへ声が。小町の頭蓋骨がススキに眼窩を貫かれているのを発見。
日本霊異記だったか今昔だったか忘れたが、旅人がやっぱりそんな髑髏を見つけて供養したらお礼を言われた、という話がありましたな。

奈須野原殺生石之図  玉藻の前が石に背中を持たせかけながら雁行をみる。忽ちぐにゃぁと落ちかかる。毒があるからねえ。

蘭丸蘇鉄之怪ヲ見ル図  例の妙国寺の泣き蘇鉄。「百物語」と違いこちらは蘭丸一人。

三井寺頼豪阿闍梨悪念鼠と変ずる図  折角王子が生まれるように祈祷して成功したのに、叡山への「忖度」のために願いが叶わず、激怒して憤懣のなか、憤死する。死んだ途端にネズミになって叡山の大切な巻物を齧り倒す。
この話を最初に知ったのはもしかすると谷川健一「魔の系譜」だったかもしれない。

ほたむとうろう  牡丹燈籠ですわ。ここの女中は既にモノノケなツラツキ。お露さんは何故か遊女風。圓朝の落語を聞いて打たれたのだろうなあ。
わたしはこの元ネタの瞿佑の話から入り、大人になってからこちらの方を知った。
怖いのは元ネタの方な。こちらは人の心のあさましさがこわい。

大物之浦ニ霊平知盛海上ニ出現之図  知盛のこのカッコよさはいいなあ。わたしは「子午線の祀り」、司馬サンの「義経」以来、新中納言知盛が大好き。芝居でも渡海屋銀平実ハ平知盛の姿がカッコ良かったなあ。
波の上に立ち、シャープな横顔を見せて本当にカッコイイ。
これに対峙するのが「月百姿」の静謐にして力強い武蔵坊弁慶。

小早川隆景彦山ノ天狗問答之図  木を切らざるを得ない小早川とそれを推しとどめようとする天狗。しかし日本人的事情を正論として押す小早川の論理により、天狗は負ける。
身もふたもない説明やな。

やとるへき水も氷にとぢられて今宵の月は空にこそあり 宗祇  出ると噂のところに泊まったら案の定出てきた薄い影のヒトたち・・・宗祇も歌を返すことで仲間入り、いえ、勝ちました。

二十四孝狐火之図  赤姫である八重垣姫が赤地に菊柄の綺麗な着物で諏訪法性の兜を持って飛ぶ。周りには姫を盛り立てる狐火たち。「翼が欲しい、羽が欲しい」と泣いた姫もこの力で勝頼のもとへ。

源頼光土蜘蛛ヲ切ル図  今回のチラシ。この絵を見て「オカンにいつまで寝てんねん、起きやと起こされる息子の図」という評があったなあwうまいわ。
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節婦の霊滝に掛る図  例の「箱根霊験躄仇討」の初花が殺された後も滝に打たれて祈る図。しゃがんでるところが明治の幽霊。「牡丹燈籠」以来、日本の幽霊にも足が出来た。

茂林寺の文福茶釜  荒れた寺の一室で狸の和尚さんスタイルで机に凭れる。これでは茶釜じゃないですよ。白蔵主のナカーマの、建長寺の狸和尚の方が近い。
ただ、目つきが狸でも猫でも時折こんな目をするので、やはり物思いにふけっていると思う。

四ツ谷怪談  まだ綺麗だった頃のお岩さんが赤子に添い寝。衝立から降りる紐が蛇のよう。怪異はお岩さんの死後からだが、既に不吉な予兆が現れている。

おもゐつつら  これで終わり。婆さんの驚き方は「百物語」の方が凄いが、これはこれでいい。オバケたちも婆さんの反応を楽しんでいる。

面白い展覧会でしたわ。8/27まで。
そして9月からは「月百姿」が登場。

続いて横浜市歴博へ。
「最後の浮世絵師が描いた江戸文化」という副題がある。
作品は全て丹波コレクション、神奈川県立歴史博物館に収蔵されている。

1.芳年とその作品
芳年漫画 舎那王鞍馬山学武術之図 1888  大天狗に武術を学ぶ稚児輪の舎那王。ちょっとほっぺたもぷっくりしている。

鉢の木、曽我五郎を描いた絵がある。
鉢の木は丁度佐野が大切な盆栽を叩き壊そうとしているところ。
五郎は必死のパッチで馬に乗り駆ける姿。
この絵の構図は菊池容斎「前賢故実」の五郎時致から、ということでその絵も出ている。

報知新聞の絵もある。生け花の(切り花)梅から花が咲いたとか。

東名所墨田川梅若之故事 この絵はもうあぶな絵の1シーンと言ってもいいような色気があふれている。
だまされて京都からこんな東国までつれてこられた美少年・梅若丸が、とうとう命を落とすところ。人買い・信夫の惣太の前で崩れ落ちるのだが、本当にこれはもう男を誘っているとしか。

ほかにも有名どころの絵が並ぶ。
新撰東錦絵お富与三郎話  お富さんの家をそうと知らずにゆすりに行こうとする直前の与三郎と、そのゆすりの指南役・蝙蝠安。
道には犬も寝るし、流しの新内語りもいる。
幕末の退廃的な魅力が明治にも活きている。
この芝居は現在もよくかかる。

芳年は芝居絵も描く。
五世菊五郎が一つ家の老婆を演じる図もある。バックにはへちまがなっている。1890年のこの作では鬼婆の肌がビロビロだが、そんなに猟奇的なものではない。やはり前述のあれは凄い。あっちはこの五年前。

遊郭の様子を描いたものもある。それからシリーズ風俗三十二相から「めがさめさう」と「むまさう」。
この辺りは純然たる美人画。

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2.歴史を描く
・過去を描く
大日本史略図会から「崇徳天皇」「高倉天皇」が出ている。
崇徳院は讃岐に流されてからの姿で、荒れた庵室でぼさぼさの髪に、もうそろそろ叫びだしそうな様子。
高倉天皇と言いながら、これは重盛諫言図。

・金太郎 師弟の競演 
国芳、芳年それぞれの金太郎が集まる。金太郎は歌麿のも大好き。いいなあ。

・同時代を描く
激動の時代でしたなあ。

信州小田井城合戦之図  生首コロコロ。 師匠の所にちょっとだけ来ていた幼い暁斎は同時代に生首コロコロなのを拾って平気で写生したが、芳年はそれはなかったんだなあ…

東台 山王山戦争之図  明治も7年になるとかつてのことを描いていいようになったのだね。
血まみれの彰義隊が可哀想…

そして明治10年になると西南戦争の図がいくつも。
女たちが長刀をふるう図、桐野利秋と野津少将の一騎打ち、小舟の上で切腹する西郷などなど…

最後は「新形三十六怪撰」シリーズがずらり。
ここのもいい摺。

どちらも楽しく見て回った。やはり芳年はいい。

今年の4月には美術館「えき」でもわたしは芳年展を見たが、感想を挙げられなかったので、今回こうして挙げれてよかった。
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今年は三つの芳年展を見たことになるが、いずれもとてもよかった。
京都の方は総花的な内容で、兄弟弟子の芳幾との競合作品「英名二十八衆句」シリーズなどもあった。
あちらもとてもよかった。
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来月の「月百姿」も楽しみ。何度見てもいいものはいい。
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