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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

『月百姿』と芳年

今夜8/28は皆既月食の日らしい。よくわからないが、家から見える月は微妙な欠け方を見せていた。

先日、後楽園の礫川美術館に出かけた。開館記念展からニ、三度でかけたが、どうも間の悪いことになるので、今回の訪問は久しぶりだった。
何しろ今回は芳年の『月百姿』を中心にした展覧会なので、やはり見ておこうと思った。

月百姿シリーズは、’92年に初めて実物を見た。大丸で開催された芳年回顧展。ここには清姫の絵もあった。大丸と高島屋の企画はよいものが多い。同年、今は亡きDO!FAMILY美術館でも展覧会があり、そこでも芳年を楽しんだことが忘れられない。

百のうちどれくらい見たのかちょっと思い出せない。そのときの図録もあるが、あちこちで見て歩いたから重複してたり忘れたりしているだろう。大体シリーズ物でコンプリートといえば、今回の藝大の江戸百景や浪花百景くらいしかない。
まぁ月百姿は月下のあやかしがメインだから、うすぼんやりくらいの方がいいのかもしれない。

旧幕時代、まだ国芳の<弟子>でいた頃とは違い、明治からの芳年の線にはある種の特徴が見られる。
縮れ。チヂレとしか書けない。布線がビリリリリと縮れている。細かい線もあれば、スパンの長いものもある。

明治になって芳年は激しい神経衰弱を起こし、一旦は回復したようで、それを機に名も大蘇と名乗るようになった。しかし芳年は土蔵で幽霊を見てしまうくらいだから、やはり神経に響くのは止められなかったようだ。

ところでこの『月百姿』はとらさんの丁寧な紹介がある。こちらへどうぞ。http://cardiacsurgery.hp.infoseek.co.jp/JA073.htm#070812b

賊巣の月 小碓皇子 明治になり浮世絵に使う色も変わって、トルコブルーが現れる。
小碓皇子はヤマトタケルである。その名は熊襲により贈られた。熊襲を殺す際に、贈られたのだ。絵は少女の装いをした小碓皇子が今しも熊襲兄弟の寝所へ忍び込もうとする図だった。白い衣服にチヂレがある。

はかなしや波の下にも入ぬへし月の都の人や見るとて この歌を詠み有子は琵琶を弾きながら泣く。その有子の表情などがいい。そこにもチヂレがある。
そうしたチヂレが描かれたキャラたちの心の有様などを示しているようにも見える。

南海月 波濤の中の岩上に座す観世音菩薩。西方浄土には阿弥陀如来がおわすが、南海浄土は観世音菩薩が教主なのだ。足を組む姿は菩薩独自のもの。

月の発明 寶蔵院 槍の流派の始祖・寶蔵院が猿沢の池に映る月を突くことで、槍道の本質を悟る。なんとなくここの流派を思うと、エピソードとしての宮本武蔵や柳生兵庫助を思う。

白蔵主が月を仰ぎ見る。三日月の下、ススキの原を行く狐の顔は怖い。狂言の世界では「猿に始まり狐で終わる」と言うくらい、この白蔵主は大事な演目なのだが、この狐は黒塚の鬼女に劣らぬ恐ろしさと、どうにもならない何かを感じる。

伊賀局が天狗と対峙する図は前から好きなものだが、金目の天狗もこの大力・沈着・豪胆な女官には歯が立たない。何しろこの天狗の出自は恨みを呑んで死んだ男なので、イキイキ元気に生きる女に敵うはずがないのだった。

その一方、源氏物語の夕顔のはかなさ。ほっそりした横顔に哀れな影が差す。

ここまでは月百姿の感想だが、ここからは少しばかり場所を変えて、太田記念で見た芳年の作品を呼んでくる。

佐倉義民伝の絵がある。磔刑にされた宗吾の怨霊が出ている。磔刑にされたままの姿で、その腕には蛇が巻きついている。それを見た女中は恐れおののいてひっくり返っている。
なにしろ佐倉宗吾の怨霊は恐ろしい。悪い殿様・堀田候はこれで倒れてしまった。

清姫がいる。執意の激しさがヒトからオニへ変える。サントリーでも今回清姫の絵巻が出ていたが、あれは夜ではなく真昼の出来事だと言うことに、おののく。
芳年の清姫はまだ蛇体にならず、美しい女のままである。娵ではなく娘だと感じる清姫は、長い髪を両手に掴み、身を屈めている。これは旧幕時代の作だが(和漢百物語シリーズ)構図の巧さにも惹かれる。清姫の着物は網代に青海波のうねりが走り、その上に花が散っている。帯は青海波と無地の縞柄である。その青海波が鱗になるのが予測されるだけでなく、清姫の頭上に舞い散る花、これが着物から逃げ出した花のように見えるのだ。
少女マンガでキャラが花を背負って描かれるシーンがあるが、これはその逆で、花が逃げ出したのだ。たいへん怖い絵だった。

川を前にした清姫mir229.jpg


夏にはやはり芳年を見ていたい。
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コメント
月蝕の月百姿
東京はその時間雷雨で皆既月蝕はテレビで見ました。
拙いホームページをご紹介いただき恐縮です。

>夏にはやはり芳年<
同感です。
2007/08/29(水) 09:09 | URL | とら #8WYMted2[ 編集]
こんばんは。さすがのご感想ですね。私など画題も分からずに、ただその美しさに見入るばかりでした。このエントリはとても勉強になります。

>大丸で開催された芳年回顧展

この時は一揃い全て展示されたのでしょうか。回顧展が見たいです!!
2007/08/29(水) 21:27 | URL | はろるど #GMs.CvUw[ 編集]
☆とらさん こんばんは
とらさんが百姿の画像を手間を惜しむことなく挙げてくださったおかげで、「これがそれか♪」と中身がつながるようになりました。
>雷雨
やっぱり夏にはおどろ系がナイスです。なんとなく芳年が呼んだのかも、とか思ったりしています。


☆はろるどさん こんばんは
おほめいただき照れるばかりです。

>大丸
あの時は10枚ほど出てました。
水滸伝の九紋竜史進などが素敵でした。
あと'94.9芸術新潮が芳年特集で、これは見かけたらゲットされることをおススメいたします。
2007/08/29(水) 22:04 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
芳年と月
月=狂気=芳年と連想します。
それにしても、清姫おそろしい。
青海波→蛇のうろこ。なるほど、
そうですねぇ~と思わず膝を打ちました。
2007/08/30(木) 08:26 | URL | 一村雨 #-[ 編集]
一村雨さん こんばんは
歌舞伎などでも着物の柄で何かを暗示させたりしますから、清姫の衣裳はぴったりですね。
(斬られる花魁が紅葉柄の打掛を着ていたり、三人吉三でも殺される男女は犬の因果を見せるために、斑の着物を着る)

ヨーロッパでは月=ルナティック=狂気ですから芳年も・・・
2007/08/30(木) 19:05 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
明治の色
こんばんは。

国芳と芳年の共通の特徴の一つは鮮やかな色でしょうか。
トルコブルーと聞くと、ああトルコ石の色か、と勝手に納得。ショッキングな赤も含めて舶来の色を効果的に取り込んでいるような気がしました。
2007/08/31(金) 00:00 | URL | キリル #pQfpZpjU[ 編集]
「月百姿」出展作品の一覧
折角、ご紹介いただいたので表を作ってみました。↓
http://cardiacsurgery.hp.infoseek.co.jp/JA073.htm#070812b
2007/08/31(金) 00:26 | URL | とら #8WYMted2[ 編集]
☆キリルさん こんばんは
国芳の頃はぎりぎり新色がなかったくらいですが、彼の弟子たちは明治に生きたので舶来ものを使っていますね。
芳年も、彼の兄弟弟子・落合芳幾も赤とトルコブルーの使い方がとても巧いです。弟子筋ではないですが、同時代の豊原国周も色の鮮やかなのを好んだ絵師でした。


☆とらさん こんばんは
素敵な表です!これでいつでも見れる&話もわかる、になりますよ。
このシリーズなどを見ていると、昔の日本人は上から下まで、みんな歴史や稗史や説話の教養に長けていたなぁ、と感じます。そしてそれを存分に楽しんだ。いいですねえ。今の世の中とは違いすぎですね。
2007/08/31(金) 00:45 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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