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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

安宅コレクションを観る

安宅英一の眼 安宅コレクション・美の求道者 そう題された展覧会を東洋陶磁美術館で見た。
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わたしがまだ少女の頃に、世界的に有名な安宅コレクションの東洋陶磁を一括購入した住友グループの寄贈でこの美術館が建ち、それから四半世紀が過ぎた。
この美術館に通い始めてからは安易に安宅コレクション、と口に出してはいるものの、その安宅コレクションの出自を私は知らなかった。
チラシを見るだけでなく、親に聞く。安宅産業の終焉は当時、たいへんな大事件だったという。日本十大商社の一つが崩壊し、伊藤忠商事に吸収されたのは確かに大事件だったろう。ナマナマしいことに「放出されたクーラーが一万円で販売された」と聞かされた。
今日ではなく、三十年前の話である。それだけでも驚いた。
絵画のうち速水御舟の作品は山種美術館に入り、今日では山種コレクションの名品中の名品として、世に知られている。
今回も『炎舞』と黒猫が苔の上にいる二枚のレプリカが飾られていた。

そして陶磁器である。その行く先は国会でも審議されたそうだが、住友グループにより大阪市に寄贈され、縁故の深い中之島に美術館が建てられた。
それらの事情は館内のプレートにも刻まれているが、今回の展覧会ではコレクター安宅英一の、各品の購入に至るまでのエピソードが添えられての展示である。
美術館館長の伊藤氏は往時、安宅英一の手足となり、安宅英一の眼に捕らわれた名品を、世界各地からその手元に収める働きをされた。
伊藤氏によるエピソードからは、ひとりの稀代のコレクターの恐るべき眼力と、美への執着心が伺えて、たいへんに興味深いものがあった。
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朝鮮陶磁の美品を眺める。
これらは安宅コレクションの中核をなし、常設展として常に我々の眼を心を楽しませてくれる名品たちである。 
しかし伊藤氏による詞書が添えられたことで、作品を<ただ、作品として見る>だけでなく、その背後の安宅英一の美意識を思いながら対峙することになった。

わたしにとって最愛の(もしくは偏愛の)陶板。
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数年間この作品がアメリカに渡っていた時期がある。安宅コレクションの巡回は世界に及ぶのだが、その間たいへんに淋しく思った。あの静謐な美の世界に遊べぬことがこんなにつらいとは思わず、帰還するまでの二年ばかり、殆どこの美術館に足を向けずにいた。
この白い水鳥は鶴たちだと言う。
顧歩・唳天・啄苔・疎翎・舞風・警露という6つの動きを見せているという。
優美にして静謐な世界。安宅英一もその静けさに惹かれたのだろうか。

恐ろしくも面白いエピソードがあった。
安宅コレクションの充実にあたっては無論、古美術商との対話または闘いがある。
多くの場合アルファベットなどで記された店名や某氏と記される元の持ち主のなか、フルネームで書かれた美術商が二人ばかりいる。
中でも廣田氏と言う美術商との鬩ぎあいが凄まじい。
「一旦見せたが最後」と思い詰めた名品を封印までしていた廣田氏が、どうにも安宅英一の押しに敵わず、それを見せてしまう。無論「最後」である。
激しい攻撃がある。廣田氏は巻紙で断り文をしたためる。
しばらくして安宅邸に呼ばれた廣田氏は、長くその間に置かれ、所在無く掛け軸を見て絶句する。自分の断り状が表装され、そこに掛けられているのだ。そしてすーっと襖が開きそこに安宅英一がいる。
執意の深さにおののくようなエピソードだった。

その素晴らしい名品を眺める。これまでは「ああ発色もきれいでヨゴレもないな」と見ていたのが、それだけでは済まされなくなってしまった。
だから古美術の世界は恐ろしく、そして深い愉悦に満ちている。

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面白いことがあった。
この油滴天目茶碗、多くの人から愛されている。無論私も深く愛している。
わたしは背が高いので見込みをのぞくことが出来る。内側の油滴が楕円から徐々に丸い点になる様をはっきりと見て取れる。しかし隣に立つ見知らぬ奥さんにはそれが出来ない。
わたしは奥さんに問われるまま解説する。「内側は青紫色にも見えますね」
ついで外側にも眼を移し、「斜めの位置から見てください、楕円が今度は長く延びて銀の光線に変わります」などと言う。
ふと気づけは人だかりがして、全員が私と奥さんと同じように身体を斜めにして、その銀色の光を眺めようとしていた。
わたしは香具師になれるかもしれない。

梅瓶と鶴首と、どちらも好きである。これらは安宅コレクションで名品を多く見たことから生まれた嗜好である。わたしも安宅英一の眼により鍛えられていたのだ。
鶴首の、その細い首に走る貫入に、背筋が粟立つ。
貫入は大きければアールデコ美術にも見え、小さければ小さいほど、宇宙の欠片のようにも見える。貫入はひびに過ぎない、とは言えない。そのひびが花びらを思わせもし、深い官能を見出させもする。
釉薬が重なり合う場の貫入には、言葉で示したくない深い愉楽がある。
そして鶴首の細い首の貫入には、人を溺れさせる力があった。

その鶴首について立原正秋の随筆が引用されて、パネルに飾られていた。
読んでいてはっとなった。
わたしは子供の頃、立原の『冬の旅』『恋人たち』『はましぎ』などに惹かれていた。それらは最初ドラマで見て夢中になり、原作を図書館で借りて読み耽り、そこから立原正秋に惹かれていった。立原の小説にも随筆にも、朝鮮陶磁器の美について深い愛着が流れていた。わたしは実物の陶磁器を見るより先に、観念の上でそれらに憧れを懐いていた。
偶然ながら立原の死後すぐに私の叔父が韓国へ赴任し、帰国の都度すばらしい青磁を土産に持ち帰るようになった。わたしは立原をしのぶ気持ちでその青磁を眺めていたが、いつの間にか立原を忘れて青磁に向き合うようになっていた。
それが今、高麗青磁を偏愛する自分の原点が何かを、ハッキリと思い出させられたのだ。

立原正秋は安宅コレクションを深く愛する人だった。
わたしは彼の文章からまだ見ぬ高麗青磁に憧れ、実物に触れたことからますます愛情を覚え、そして安宅コレクションと言う名品を目の当たりにして、とうとう溺れてしまったのだ。
安宅英一の眼力から、こうして信徒が生まれてゆくのだった。

画像はないのだが、衝撃的なことを知った。
今回この展覧会で初めて、デジカメのノーフラッシュ撮影の許可が下りていた。
撮影可能な美術館は東博と民博位だと思っていたので、カメラは用意していない。
金の三彩に一つだけ素晴らしい名品があり、それは初見だっただけに、このことを知っていればデジカメを持ってきたのに、と残念に思った。
白椿または白木蓮を刻花している。黄色と緑が優しい色調で縞模様を作っている。
この作品は初期の頃に買い求めた唯一の中国陶磁器だったそうだ。
とても可愛らしかった。

他にいつも楽しい法花壷の側面を見て、惜しいことをしたとまた思った。
黄色い蝶の飛ぶ情景もあったのだ。これまで気づかなかった。
来春大阪に帰還し、また撮影が可能なら試みてみようと思う。

そして青磁象嵌辰砂彩は、今改めて対峙すると先日なくなった高山辰雄の絵画のようだと思えた。どちらも深く静謐な世界を有している。

古美術賞玩だけでなく安宅英一の仕事は他にもあった。
若い音楽家の後援である。名前を見て深く感心する。辻久子・五十嵐喜芳・中村紘子・・・錚々たる人々の名がそこにある。(わたしの学校ではすぐれた音楽家のライブに触れる機会を多く作り、これらの方々の演奏会がしばしば開催されていた)
嬉しい気分が湧き出した。

本当にすばらしい内容だった。200点の名品を深く味わえ、幸せだった。
この展覧会は今月末まで続き、それから東京・金沢などに巡回する。その間、東洋陶磁美術館は休館して工事をするそうだから、来春にはまたこれら名品に会えるのだった。
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東京のチラシもいい感じだと思う。
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コメント
安宅信徒
こんばんは。
遊行さんの記事を読み、私の入り口はどこだったのか、思い出していました。
チラシも、図録も、伊藤氏のコメントも奥深いもので、全てが安宅氏に捧げられていました。三井の旅の後、東京でどんな展示になるのか楽しみです。
美を感じるものへ深い理解とすさまじい執着、育つ人々には援助を惜しまなかった安宅氏。社会的な眼もあった、事業コレクターなのだと思いました。
無事に器達が遠征してくる事を願いつつ、
再会する日を待ち望んでいるところです。
2007/09/23(日) 22:23 | URL | あべまつ #-[ 編集]
美術館の雰囲気そのものがいいですよね。
特に、前半が落ち着けます。
近くに、国際美術館が出来て、さらに魅力倍増です。
いつも地下鉄ですが、今度は歩いて行ってみたいです。
秋の予約をしないと。
すでに、京都は満室。
2007/09/23(日) 23:06 | URL | 鼎 #-[ 編集]
☆あべまつさん こんばんは
今回安宅英一という人の凄まじさを思い知らされた感じです。伊藤氏の追想を読むだけでも、図録の価値は高いです。
思えば中之島は明治の頃から住友の文化提供の地、そして平成になり住友が三井と手を携えたことが、今度の三井記念館での開催につながっているような気がします。
古美術専門の美術館の、耐震設備を信じたいところです。



☆鼎さん こんばんは
この建物は和やかで良い建物です。主張しすぎないところが好きです。
来年あたりここと国際とが京阪電車でつながりますから、それでいよいよ繁盛するかもしれません。梅田から歩くのも楽しい場所ですよ。御堂筋の秋は最高です。
>すでに、京都は満室。
大阪に止まることをお勧めします。三都どこにでも行けますから。
2007/09/23(日) 23:39 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
こんにちは
立原氏の朝鮮青磁の随筆をもう一度よみなおしてみます。拙blogに広田コレクション展についてコメントしました。
2007/10/15(月) 23:50 | URL | ak96 #-[ 編集]
ak96さん こんばんは
広田コレクションは東博のそれなんですってね。今からコメント読みに行きます~~
2007/10/16(火) 18:57 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
一個人の公私混同が会社を潰す一因となり、
おかげで、至福の名品を楽しむことができる。
いつの時代でも、よく聞く話ですね。
本当に散逸しないでよかったものです。

私も、中学生時代。焼き物を窯から取り出した
ときに起こるパシパシとひびの入る音が大好き
でした。
それを貫入と呼ぶことを知ったのは、ごく
最近、お茶をはじめた頃からですが、私も
あのひび割れには、本当に愛着があります。
この世の中の不思議のひとつだと思います。
2007/10/24(水) 02:38 | URL | 一村雨 #-[ 編集]
一村雨さん こんばんは
>一個人の公私混同が
虎は死んで皮を残す・・・そんな感じがします。バヴァリアの狂王は普請道楽を極め、ロココの女王は流行を作り上げた・・・

ときどき皮膚をじっと眺めて、貫入だと感じるときがあります。
青磁で貫入の入ったものなど、その溜り部にこたえられない歓びがあります。
ときめきますね・・・
2007/10/24(水) 18:38 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
コレクションの舞台裏
伊藤氏が語る名品getのいきさつや舞台裏の話が興味深いですね。図録にでていた高麗青磁の瓢形水注がみたかったのですが。
2007/10/25(木) 14:12 | URL | いづつや #RK0OJ0uw[ 編集]
いづつやさん こんばんは
ああ、出てなかったのですか瓢形水差・・・
あれもいい感じでした。
伊藤氏の裏話が面白くて仕方なかったです。
最早伝説どころか神話になったような感がありますね、面白かったです。
それを読んだ眼で改めて作品を見ると、安宅英一の手が闇の中から現れ、陶磁を賞玩する様が見えてくるようです・・・
2007/10/25(木) 22:49 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
三井の安宅コレクション
こんばんは。
今日三井に行ってきたのですが、80点ほど大阪より少なく、それも私好みがごっそりなく、が~~~ん!でした。
名だたる名器はお出でになったのですが・・・大阪に行って本当によかったと
つくづく思ったのでした。
中国の加彩婦女俑がにっこりお出迎えで
オープンの時を思い出しました。
2007/10/26(金) 22:44 | URL | あべまつ #-[ 編集]
あべまつさん こんばんは
>80点ほど大阪より少なく、それも私好みがごっそりなく
オヨヨ!それはそれは…
うーん・・・・そうなるとやはり今回、あべまつさん大ラッキーでしたね。
うーむうーむ。
唐代の加彩婦女俑は豊に愛らしいので、とても好きです。
馴染みになったおねえさんのお出迎え。
それがとても嬉しいんですよね。
2007/10/26(金) 23:38 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
こんばんは。器とともに生々しいエピソードがまた興味深く感じられました。よく分からないのですが、安宅産業が潰れてしまったのは、氏が作品収集に熱を上げ過ぎてしまったということもあったのでしょうか。だとすると少し複雑な気分ですね…。

現在、これだけの名品をしっかりと管理している大阪市も大したものだなと思います。末永く楽しめると良いです。
2007/10/29(月) 00:41 | URL | はろるど #GMs.CvUw[ 編集]
はろるどさん こんばんは
>安宅産業が潰れてしまったのは
…それも大きいようです。うちの親の話を聞くと、その当時のナマナマしさが押し寄せてきます。
なんとなく『桜の園』、溥儀の紫禁城、などを思ったりします。

大阪は民間の力はよいのですが、市がしっかりしてないので、ちょいと不安ですが、これは大阪一個の宝ではなく人類の宝ですから、これからもしっかりしてほしいと思います。
2007/10/29(月) 19:10 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
 七恵さんの人生と書物遍歴、安宅の運命と今回の陶磁器の美が折重なるblogで、一層今回の展覧会の深さを知りました。ひとつの器のエピソードでさえ深いですね。
2007/11/22(木) 12:00 | URL | panda #-[ 編集]
pandaさん こんばんは
ありがとうございます。
この展覧会はある意味で「自分を振り返る」展覧会でもありました。
しかしそれにしても一つ一つのエピソードには呆然となります。
安宅鋭一の執着は善悪の彼岸を超えている…そのことを強く思い知らされたのでした。
2007/11/22(木) 22:46 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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