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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

チャイナドレス、ゆかた、制服 ―素敵な「衣服」の展覧会をみる

首都圏で衣服に関する三つの展覧会を楽しんだ。
・チャイナドレス…横浜ユーラシア文化館
・ゆかた…泉屋博古館分館
・制服…弥生美術館

過去の展覧会でこれらを見たものがあるかと探すと、チャイナドレス関連の展覧会が多かった。
そこから始める。

装いの横浜チャイナタウン 華僑女性の服飾史
イメージ (2017)
この展覧会は横浜と言う地の利を生かした内容だと思った。
巨大な中華街があること、それだ。
実際に横浜に住まう中国人の家庭から貸し出されたチャイナドレスが並び、家族ごとの歴史や嗜好がそこから読み取れもする。
祖母―母―娘へと引き継がれたチャイナドレスがウェデングを彩る衣裳にもなる。

イメージ (2019)
80年近い前の娘さんたち。にこにこと楽しいほほえみを浮かべている。
時代としてはこの年の12月からいよいよ日本はアメリカとも戦争状態に突入する。
中国大陸へは既に日本兵が出兵している。

この展覧会は広岡今日子さんと言う方の尽力があったそうで、素晴らしい講演会も開催された。
それについてはこの方がメモをとられツイートされている。
誠にありがたい。

この広岡今日子さんのコレクションは2017年に関学博物館で見ている。
装いの上海モダン―近代中国女性の服飾
当時の感想はこちら

こちらは当時のチラシ
イメージ (530)

素敵なチャイナドレスが並ぶのを見るだけでも楽しいのに、そこに物語も付随すると趣が一層深くなる。
丁度みごとな茶道具にまつわる逸話を愉しむのと似ている。

イメージ (2018)

花釦ばかりを集めたものもあり、こうした細部にそれぞれのこだわりを見出す。
いいなあ、本当に素敵。
聘珍樓の女系に伝わるチャイナドレス、セピア色の写真もともに展示されていて、来し方を想う。

チャイナドレスはモダンな時代の衣服なのだが、現代ではほぼ「何かちょっとしたパーティ」用のドレスになっている。
日常で着用するのはたとえば中華料理の店員さんがムードを出すために制服として、というような感じだが、数十年前までは間違いなくおしゃれな日常を演出する衣服だったのだ。

五年前、ブリヂストン美術館でみたチャイナドレスの現物と、それらをモチーフにした絵画も素晴らしかったのを思い出す。
描かれたチャイナドレス─藤島武二から梅原龍三郎まで
当時の感想はこちら
そしてその同時代の官展絵画を集めたものの中にはチャイナドレスの美人画もあった。
東京・ソウル・台北・長春 ―官展にみる― それぞれの近代美術
当時の感想はこちら

綺麗なものを見てうっとりした。
6/30まで。

つぎはわが日本で江戸時代に発展した浴衣である。
ゆかた浴衣ユカタ 泉屋博古館分館
イメージ (2015)
浴衣は今日も人気の夏のアイテムである。
今では若い男性にも人気があって、花火大会などのある日にカップルで着用する人々を見ることも多い。
わたしは別に着物警察なぞではないので、楽しそうに着ている人々を微笑ましく眺めるばかりだ。

やはり藍染めや白地に藍の入る浴衣がいとしい。
江戸時代の人々のデザイン性の高さは今更言うを俟たないが、どれを見ても本当に素敵だ。
そして現物だけでなく浮世絵の展示があるのもいい。
浴衣と染付のうつわの近似性を想い、とても嬉しくなる。
どちらもとても魅力的なのだ。

イメージ (2016)

浴衣のデザインは江戸時代から今に至るまで、さまざまな人々が成してきた。
職人性の高いひとからデザイナーまで実に色々。
浮世絵師系の美人画家・鏑木清方も浴衣デザインの仕事をしたし、竹内栖鳳の描いた絵から浴衣を拵える人もいた。

こちらは岡田三郎助 五葉蔦 チラシでは昭和表記になっているが、1909年 明治末。
イメージ (2025)
かれは女性物の素敵な衣裳のコレクターなので、この浴衣も実際にあったのではないかと思う。

わたしの好みはチラシにもある大正から昭和初期の白抜きの団扇文様の浴衣。
他にも着てみたいものがたくさんあった。
どうしてもこうした展示は「自分が着たいもの」「着たらどうか」を中心に考えながら見てしまうな。

この展覧会は6/16までが前期で、6/18からは後期、大幅な入れ替えがあるそうだ。

六本木一丁目の駅から美術館へ至るまでにこれだけの看板があった。



七夕までの素敵な展覧会。
七夕に浴衣を着るのもいいと思う。


最後に制服の展覧会。
ニッポン制服百年史 弥生美術館
イメージ (2014)
先年セーラー服だけの展覧会を見たが、今度のは制服そのものの展示で、集大成といってもよさそうに思う。
江口寿史の可愛い女の子二人。
こういうのを見ると、なるほどわたしは前世紀のやぼったい女子高生だったなあと改めて思い知らされる。

多くのマンガ家の描く可愛い制服も出ていた。
わたしはあまりに「学園もの」から遠い場所にいるので、実はこういうのを見るのは苦痛だ。
というか、実は現役の女子中学生・女子高生(決してJCやJKなんて表記しないぞ)の頃から、いちばん嫌いなものは「学園もの」のラブコメだった。
要するに自分が「可愛い少女」ではなかったことが根底にあるからだと思う。
そして学校にいた頃、いいことがほとんどなかったことが思い出されるので、やっぱり制服を見ていると苦痛なのだった。
何しろこんな可愛い制服を着たとしても、わたしはわたしのままであるだろうからだ。
申し訳ないがそういうわけでわたしはさっさと三階の華宵のコーナーへ行き、そこから夢二美術館へ向かった。

そういえば今わたしが、学園に通う少女や少年が主人公のマンガで読んでいる作品と言えば二つだけか。
日本橋ヨヲコ「少女ファイト」
なきぼくろ「バトルスタディーズ」
どちらも高校スポーツの話だ。
そしてめちゃくちゃ一生懸命かれらを応援している。
制服に関してもこの二作は作中で語られるシーンがある。
ああ、やはりラブコメはニガテだが高校スポーツマンガは好きなのだよなあ。

色々苦い思い出と共に新たに気づかされることもある展示を見たのだった。
6/30まで。
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「ご存じですか?大坂画壇」 ―もっと知ってほしいと思うよ。

かつて江戸時代には京、江戸だけでなく大坂にもよい絵師が少なからずいた。
「金儲けばかりしてたんじゃないの」というのは大いなる誤解で、いや、誤解とまでは言うまい。
つまり、儲けたお金を文化に活用していたのだ。
偉い。企業メセナの魁。

絵と言うものは描きたい人が描いたらええわけだが、当然ながら他者の眼をも最終的には気にする。
いや、ヒトによっては最初気にしてついには気にならない境地へ行くか。
まあしかし職業として絵師を選択すれば、やはり儲からないといかんのである。

あのマティスでさえもそうだ。
世界的に巨匠になってからも、自分の絵をたくさん購入してくれるコーン姉妹に「いつもありがとうございます。今度の絵はこんな感じです、いかがでしょうか」とおススメの手紙を出しもしている。

幕末から明治の絵師・森一鳳はお城のお濠に繁茂する藻を刈る「藻刈船」を描き、大いにヒットした。
「藻を刈る一鳳」 もをかる一鳳  儲かる一方
というわけで縁起絵として人気が高かった。
大坂は旧い土地柄から吉祥を尊ぶ。

なんにせよ絵を飾るには座敷のどこへかけるか、床の間だ、というわけで座敷に絵を飾るレベルの人が良い絵を購入した。
そうしてそれらが世に伝わった。


いつものように前置きがやたらと長いのも、大阪画壇の知名度の低さによる。
大坂画壇の絵師の絵を所有し、かつ展示されるところはきわめて少ない。
大阪歴史博物館は常設展示室で常に数点の絵を展示しているが、それも宣伝なぞしないので、知らないままスルーする人がとても多い。
なんと勿体ないことをするか。もっと宣伝せんかい。

所蔵するも展示のタイミングがなかなかないのが
・関西大学博物館
・大阪商業大学商業史博物館
・池田歴史民俗資料館
・逸翁美術館

比較的よく展示してくれるのが
・頴川美術館

こんな感じか。
今回、八幡市立松花堂美術館で個人所蔵のコレクション展示なのだが、上方浮世絵まであって明るいラインナップだった。
そしてその展覧会のタイトルがこれ。
イメージ (1995)

丸い菊になんとなく見覚えのある人は少なくないと思う。
これはこの十年くらい案外人気者になった琳派の中村芳中の菊。
大体あれだ、〇に・で菊にするのは芳中が私淑する光琳以来か。
まあ目玉親父の親戚にも饅頭にも見えるところが可愛いわな。

他に田植え図があるが、早乙女たちの笠をこの〇に・でやってるから同じパターンが面白い。

上の青い鳥は上田公長「枯木唐鳥図」。
この絵師と言えば逸翁美術館の猫が思い浮かぶ。
どんなにゃんこかと言うとこちら
猫もいいが、この青い鳥もいい。
全体図
イメージ (2001)
廻りをほぼ墨絵淡彩で鳥だけはっきりした青を使うので印象が強くなる。

下ののんびりしたラクダは長山孔寅
この人の絵も府中市美術館の「春の江戸絵画祭」あたりで見知った人もいると思いたい。
もっちゃりしたラクダは実景によるらしい。1821年に見たようである。
ゾウも孔雀もラクダも日本に来てたからリアルな絵もあるし、実物からそんなにかけ離れてもいないのだ。
虎はさすがに来なかったねー

西山芳園の絵が結構多い。松村景文の弟子。四条派。この人の息子・完瑛の絵もある。
完瑛、寛瑛どちらが先の雅号だろう。そのあたりは不勉強で知らない。
棲鳳から栖鳳へという人もいるから簡単な字へ変わった…わけではないわね。
いつか調べよう。

やさしい雰囲気の雁カプ、墨絵の龍に張子の虎風なのの対、西王母に寿老人、機織りする二人の女などがある。
イメージ (1998)
西王母の手には桃、寿老人の傍らには鹿。この爺さんはカノープスの化身でしたな。

イメージ (1999)
庶民的な女二人。和やかに働く。

どうでもいいことだが、昔は農家でなくとも機織りを持つ家も少なくなかった。
母から聞いた話だが、母の父のきょうだいたちが家の中でかくれんぼをしていた時、誰もいないはずの機織り部屋からギッタンバッタンと機織りの音がする。みんなで見たら飼い猫の古いのが手拭を姉さんかぶりして、機織りをしていたそうだ。
子供らに見られて猫は飛んで逃げた…
大正半ばの話。

寛瑛 妓女図  リストには父親の生没年が記されているが、父・芳園は幕末に没し、息子は明治30年に没している。
二人の芸妓がそれぞれ笛、月琴を演奏。月琴は明治30年頃で廃れるが、幕末はなかなか人気だった。
坂本竜馬の妻となった竜子は家事がダメだが月琴はうまかったらしい。
そうだ、横溝正史「女王蜂」でも月琴は重要なアイテムとなっていた。
上村一夫「修羅雪姫」でも月琴を弾くシーンがある。
ここには賛が記されているがそこに「明楽」とあるので、どういう意味かと考えたが、もしやあれか、中国から来た音曲と言う意味で「明楽」なのかつまりミン・ガクなのか。
wIkiにもそんな記述がある。

昆虫図 上田耕甫 上田耕冲の子。昭和に亡くなってるのだが、このリストだと父の生没年が記されているな。
見たときは何も思わなかったが、こうして感想を拵える時に調べるとアレレが多いな。
いや、この人だけでなく他に参加した絵師もいるからよいかもしれない。
クロアゲハ、モンシロチョウ、カマキリ、トンボ、コオロギ、バッタ、クモ、タガメ…
リアリズムの博物誌風な昆虫たちだった。

近年とても人気の出た大坂の絵師がいる。
耳鳥斎(にちょうさい)かれの絵が一点。
歳晩図  年の暮れだとて河豚を調理…中にデコッ八までいる。
イメージ (1989)
それにしてもでかい河豚だな。

松川半山 住吉踊り図  御田植の時の。立派な花笠の下で支度をして待機中。この構図自体は後の菅楯彦、生田花朝も踏襲している。
わたしはこの伝統行事を見たことがないのだが、友人はわざわざ見に行っている。
なかなかにすばらしいらしい。

岡田玉山 三番叟図  蜀山人の賛がある。「あら玉の年 六六三番叟 とうとうたらりたらり」表具はどうやら蛍らしき虫の刺繍が。

中井芳瀧 官女図  打掛が華やか。小袖にも薄いセピア色に近い色で小花の文様が入る。
イメージ (2000)
打掛は百花。季節を超越して咲き誇る花々。

岡熊岳 蘭亭図  木々に人々が隠れるように立つ。こういう蘭亭図は知らないなあ。
文人画らしいのが続く。

絵師たちが集まってテーマごとに描いた画帖も楽しい。
それぞれ画風が違うのがやはり面白くあるのだ。

松渓読書図 森琴石  高士の理想的な生活らしいが…
イメージ (1996)
侍童は静かに煎茶の支度。


上方浮世絵もいろいろ。
貞信、芳瀧、貞廣らの京阪を中心とした風景+美人画などが楽しい。

三世歌右衛門の法界坊を描いたのもいい。関三十郎もいて、いいキャスト。

北英 中村歌右衛門大当狂言尽  三世歌右衛門は「兼ネル役者」の称号をいただいた名優。
池田文庫などにも多くの彼を描いた浮世絵がある。
ここでは11役の歌右衛門が描かれている。
清正、団七、師直などなど・・・

月岡雪鼎 官女図
桜の下に佇む美女。
イメージ (1997)

いいものをたくさん見れてよかった。
もっともっと大坂画壇の絵が見たい。
以前のまとまった展覧会と言えばこんなのがあった。
近世大坂画壇をのぞく
当時の感想はこちら
多くの人が大坂画壇の良さを認識してほしいと思う。

7/7まで。

国宝一遍聖絵と時宗の名宝展

京博で国宝一遍聖絵と時宗の名宝展が開催されている。
イメージ (1986)

諸国を遊行した時宗の開祖一遍と二祖真教の出会いから別れ、そして宗派を次代へとつないでゆくその姿…
一遍の行動、言葉の一片たりとも見聞きもらさずわが身のうちに収め、という弟子たち。
教団の同坦歓迎は当たり前だが、一遍と言うカリスマに対して果たして弟子たちは同坦歓迎でいたろうか。


近年、しばしば藤澤の遊行寺へ行くようになった。
大阪からはなかなか行きにくいのだが、一旦道を開くと行きやすくなるもので、よく行くようになった。
行く理由は展覧会を見るためだが、わたしの場合は主に小栗判官と照手姫関連の展覧会を楽しみに出かけている。
なので申し訳ないが、時宗関連の展示は案外見ていない。
誠に申し訳ない。「遊行七恵」を名乗る割にこの為体である。
とはいえ、全くの無縁とは言えない。
わたしの住まうのは大阪であり、古い関西人の血が活きている地にいるからだ。

イメージ (1987)

空也上人立像がある。あの有名な像と同じく口から六文字・六体仏を吐いている。
この遊行寺蔵の像は随分昔の展示に出たようでその写真があるが、これがそれか確定するのに長年かかったそうだ。
色々と大変である。
全然関係ないが、コスプレで空也上人をなさる方がいて、物凄いインパクトがある。
それでこの方はけんかの仲裁がうまいらしい。
やっぱり空也上人の威徳と言うやつだな。

善光寺如来像もある。善光寺の仏像の話も非常に面白いが、ここにあるのは最古のもので、金銀の加飾もある。

装飾浄土三部経 鎌倉時代の美麗な経巻で見返しにはちいさな仏たちや、仏を囲んで拝む女たちの絵がある。
更には手からビームも出す。ほとけびーむ。
少しばかり読むとアジャセ王の悪業の話だった。きちんと読めそうな感じもあるが、時間がないので走り読み。
韋提希夫人の蜜の話とか悪い奴に唆されてやらかしたとか色々あるが、やはりこの王舎城の話は無残だよな。
尤も「前提」からして無残なんだけど。
わたしのアタマには手塚治虫「ブッダ」のこの話のところが浮かんでいる。

群青の目立つ當麻曼荼羅図もいい。これはあれか修復したからこの色なのかな。

二河白道図が二点ある。
清凉寺 鎌倉時代  フルコースと言うかきちんと設定全部描きこみ。白象、黒犬、豹がいる。
そして面白いことに火炎側の林の中に台があり、そこに法華経が置かれている。
これはどういう意図で描かれたかというと、「自力」での救済より「他力本願」が正しいというのを示すがための描き込みらしい。
法華経自体は尊いお経、解釈違い・同担拒否いろいろもつれる…

遊行寺 南北朝  珍しい構図。二仏がずーんと対岸に立つ。そして善導和尚が佇む。選択肢ないのう。
たまに思うのだが、「地獄は一定住処ぞかし」の心持はともかく、イメージはどのあたりなのだろう…

熊野権現影向図 檀王法林寺  だん王さんは時々「おおお」な寺宝を見せてくれる。これもそう。
雲と言うか霧と言うか煙と言うか、それから出現する仏さんなのだが、児雷也ぽいんだよなあ。
昔のキネマ風でいい感じ。そう、尾上松之助的ななにか。

「踊る」または「躍る」
踊躍 ゆやく。
色々考えることがある。
一向上人と言う人も踊念仏をしていたそうだ。かれは時宗の人ではないようだが、一遍同様空也の血脈なのに違いはなさそう。
そうなるとやはり空也の「出現」というものは衝撃的な出来事というか、影響がとても大きかったのがわかる。
しかしかながら、仏教をあんまり知らないわたしなどだと、「空也」とは何か・誰か、と言われて頭に浮かぶのは
「口から目刺しみたいなん吐いてる人」または「銀座の最中屋さんで人気すぎてとても買いにくい」
これだと思う。
空也でさえそれなのだから一向上人をわたしが知るはずもなかった。

一遍の後に二代目として時宗を盛り上げた真教上人像を見ると、これも目からビームのクチだった。
この目や額からビームが出た先には幸せな往生を遂げる人があるわけだが、普通はビームで撃たれるといててててて…
その真教上人直筆の六文字を見る。相当な達筆だった。

ムシロをリメイクした「阿弥衣」が時宗のユニフォーム。絵を見ててもよくわからないが、これを着ていたそう。
こちらのチラシにあるあれね。
描かれてるのは裾の短い装束だが、やっぱりこの阿弥衣なのか。単に一遍が長身だから裾が短いのかと思っていたが、実際はどうなのか。
イメージ (1985)

踊ってニルヴァーナへというのはお釈迦様の本国天竺にもある。
ムンバイ辺りに多い。そう、ボリウッド映画。
だからか、こちらにも可愛いマラカスみたいなのがある。
ただし名前は「持蓮華」。蓮のつぼみをデザインしたものらしい。大小セットもの。

持ち物と言えば遊行に必要なのは笈。
十二光筥 名前もきれいだ。とはいえ旅のお供なので外観は別にキラキラしてはいない。
実用的なもので、時宗の12グッズを入れるもの。

遊行上人縁起絵 これは一遍没後に起こった後追い自殺行の様子の巻が出ていた。
みんな入水自殺である。
七人が後を追った。ここでは足ばかりが外に出ている。
つまり足から入ったのではなく、頭から飛び込んだらしい。そして足が出る。
どうでもいいことだが、犬神家の助清は凍ったからああなったのである。
また「大菩薩峠」でも妙なシーンがあるが、あれも…
七人と言うと「七人みさき」を想うのだが、最初に一遍上人の死があるから、数は合わない。

自殺を思いとどまったのは賦算を求められたからだった。
他者の心の安寧の為のものが、真教上人の死を止めるものにもなったのだ。
秋の野草が咲きそろう背景がいい。

イメージ (1992)

いよいよ国宝と明治末から大正にかけての模本による国宝・一遍聖絵の展示を見る。
久しぶり。
以前から絵巻を見るのは好きだったが、サントリー美術館の「絵巻マニア列伝」展以来、異なる楽しみも増え、いよいよ絵巻への愛が高じている。

絵の良さは当然のことながら、やはり細部が面白い。
この前日に藤田美術館所蔵の玄奘絵を見て「神絵師だぜ高階さん」などと思っていたところだが、この聖絵もとてもいい。
円伊がどういう人かは知らないが細部の濃やかさがあるから、絵が活きている。

牛馬の可愛い善光寺手前、サウナがメインのお風呂、町にいる犬、とおりすがる琵琶法師。
四天王寺から高野山そして熊野へ。道は確立されていた。
郷里の伊予に戻り勧進する。

そういえば「聖☆おにいさん」でイエスががりらやで布教がイマイチだったことを「故郷がいちばんアウェイなんだよね」と言っていたのを思い出した。

京都の因幡堂に止る一遍一行。丁度龍谷ミュージアムで因幡堂の展覧会が開催されていた。
床下には乞食と犬一家が休んでいる。
鎌倉に入れない一行。足止めを食らい野営する。
三島大社の池に白鳥もいる。別なところには鵜も多い。

これがなかなか凄い。
イメージ (1993)

ところで英訳がわかりやすい。
賦算とは何かというのの説明…Fusan paper Talisman printed with the Nenbutsu

一遍の最期、間近で見るとなるほど下書き線がみえる。
こちらの画像は数年前の新聞記事から。
イメージ (1994)

英訳で気に入ったところがある。
例の後追い自殺のところ。
「往生しようと」を tried to commit suicideではなくtaking their ownlives なのだなあ。
こういうのを知るのも楽しい。

それにしても信仰と言うものはここまでしないとならぬものなのか。

前掲チラシにもある後醍醐天皇像の模本を見る。
どうもこの絵がとても怖い。以前からニガテな絵。
髭が黒々と長いのが怖いのかもしれない。
なんというか、この帝の生涯については太平記などでしか知らないが、この絵を見ると魔界の道真よりもっと生理的に怖い。

洛中洛外図舟木本 岩佐又兵衛  来ていた。嬉しいね。
イメージ (1988)
ここに時宗寺院の御影堂新善光寺が描かれているそうな。

涅槃図 多くの動物も一緒にいる図と、まさかの三人きりのものと二点。
どちらにも阿難陀がいて泣いている。

最後に色絵金字阿弥陀経(蝶鳥経)の綺麗なのをみた。キラキラしていた。見返し紺紙金地で極楽が描かれている。


とても面白く眺めた。
6/9まで。そして形は違うが遊行寺宝物館と神奈川歴博とで展覧会がある。

「知られざる?!大和文華館」

大和文華館のあまり展示されない作品を集めた「知られざる?!大和文華館コレクション」展をみた。
メインビジュアルは全身に針の後のある土偶で、これは秋田から出土したそうだ。
だいぶ前に見た。
なんでもそうだが、解釈はどんどん変わってゆく。
これは完全な形のもの。

割られてから埋められる土偶だが、一部しか伝世しなかったものもある。
首部しかない土偶が二点並ぶ。
きわめて簡素な構成のもの、「ミミズク型」のものなど。
ミミズク型の者は東博にほぼ全体が残るものがあるので形は想像できる
前者はキリコの絵やブランクーシの作品を想わせる。
大体の人間の想像力と言うのはある程度同じ枠の中にある。それを超える人もいれば、少ない人もいる。
なのでこの二つの顔立ちについても想像がつき、認識が共有されて「ああ」となる。
ただ、古代においてそうした人類共有の認識や想像力と言うのはどのようにして出に入れたのだろう、と思うこともある。

体操座りしながら合掌する土偶もある。合掌は後世では神への祈りの動作になる。この土偶のポーズは何に基づくのだろうか。

大きな縄文の壺がある。
丈夫に装飾のある加曾利式、胴にテナガザルが何匹も巻き付くようなものもある。
そしてUFOを思わせる形の土器もあった。
焼成温度は700度前後と低い。

弥生式土器を経て古墳時代には土師器が現れる。
これが今のかわらけにつながるものだという。
かわらけといえば壬生狂言の炮烙割を思い出すが、かわらけは清い存在だと見なされている。
そのことを少しばかり想う。

鷹狩りの埴輪の柔和な顔に嘴は勾玉のようだが可愛いアタマの鳥。
口元を黒く塗って髭を表す埴輪は裾が水玉模様。
地域により色々個性がある。
家型の埴輪も変わったのがあった。
棟上に堅魚木が六本並ぶ。家自体は入母屋造り。網代の線刻も。更に両の妻に棟持柱がある。
神明造を埴輪で表現。この柱があるのは珍しいそうだが、実際他にあったか思い出せない。
やっぱりこれがとても珍しいのだろう。

古墳時代の刀装具もある。柄頭がいい。忍冬透かし、龍文、鬼面透かし、蕨手…
翡翠の勾玉もある。古代の美意識に惹かれる。

大阪や奈良の古刹から出土した三尊塼仏(要するにタイルである。レリーフではなく3D)もある。
大体が倚像
行基開創の太平寺、王仁氏系の西文氏の氏寺・西琳寺、伝・橘寺。
ちなみに西文氏は「かわちのふみうじ」と読む。
朝廷には文筆を専門に仕えたとあるから、書記とかそうした仕事をしていたのか。
東の方は「東漢氏」やまとのあや・うじ。
駒もこの一族か。山岸涼子さんの絵が思い浮かぶわね。

可愛いミミズク尊が一対。前漢。泉屋博古館にもあるが、こちらも可愛い。首が取り外し可能。
胸元に墨描きで羽毛の様子。灰陶なのでシロフクロウ。

漢代には鳩車もあったようで、背中に子鳩をのっけた鳩車の明器(同葬のミニチュア)が可愛い。
そういえばエジプトは1/1スケール、古代中国はミニチュア。色々違いがあるものです。
いや、始皇帝は1/1。兵馬俑。
とりあえずここにあるのはミニチュア、ままごとサイズの可愛い(こわい)鴨と鯉のいる池舎。






唐代とは違う南北朝の馬やラクダの埴輪。
赤く塗られた「誕馬」は装いも美々しい。これは冥府へ先導するための馬らしい。
目つきがカッコいい。
zen116.jpg
これは八年ぶりの再会。
以前の感想はこちら。
大和文華館の中国美術コレクション展

ラクダはラクダで吠えている。魔よけのコワモテの面をつけた袋が下がっている。

唐代の塑像武人俑も顔立ちが違うのが面白い。
カラフルであごの大きい、目鼻のはっきりしたものは胡人かと思われるし、丸顔でおとなしそうなのは漢民族か。
細くて小柄なのはアスターナ出土の大谷探検隊の将来品。
これら塑像はスサ(寸莎)とよぱれるツナギがつかわれているがそれらは藁や麻を細かく刻んだものらしい。
なお調べたところ、他に草冠に切という字もスサ。

イヌの塑像は車内釣りにも登場。あれは洋犬だった。
どういう動機で制作されたのか…

統一新羅時代、最初に開かれた寺・興輪寺や、善徳女王の時代に百年近くかけて建てられた国家的な大寺・芬皇寺などから出土した瓦が出ている。飛天、鳳凰など。
ところでこのお寺のことを調べると面白い記事に行きあたった。こちら

マニ教の六道図だという絵は去年の九月以来。
決めては中心の男性の衣服に「セグメンタム」があることからだそう。
ああ、あれか。改めてそれを見たが、逆にわたしは景教を想った。

大威徳明王図像  かなり大きな下絵で色指定もされている。完成しなかったのか、それとも別な紙で完成させたのか。
色々と色っぽいことを思ってしまい、ちょっと反省。

大津絵の不動、雷などが可愛い。素朴でかわいい。

みっしりな涅槃図。木版に彩色。道益という人の絵。
そして面白いというか珍しい涅槃図を見た。
日蓮聖人涅槃図  集まった人々の名前がわかるように名札つき。
木々の所にもそれがあると千社札にも見えてしまうなw

修験道の聖地・大峰山の全図があった。江戸後期の図。
細い道、地名もあり、寺社もある。行くことは出来ない(今も女人禁制)が、それだからこそときめく。

尾形光琳と関係の深い中村内蔵助の屋敷図があった。写したものだが素晴らしい。
今の下立売室町東あたり。平安女子大の辺りらしい。

ああ、面白い展覧会だった。
実際滅多に観ないものが多くて面白かった。
こういう内容、いいなあ、
7/7まで。

「ラファエル前派の軌跡」展にときめく

美麗なもの、ロマンティックなものが好きでよかったとよく思う。
その中でもラファエル前派は特に浪漫的で表現も美麗だ。
都内でモロー、クリムト、ラファエル前派と見歩いたが、世紀末芸術の魅力を改めて思い知らされた。
今回は三菱一号館という魅力的な場所での展示である。
イメージ (1967)

今年はジョン・ラスキンの生誕200年ということでその記念展だという。
わたしが最初に見たラファエル前派展と言えば1989年6月の「ヴィクトリア朝の絵画」展だった。
あの時に見た作品のいくつかがここにも来ていたので、嬉しい再会となった。
そしてジョン・ラスキンと言えば1993年3月の「ジョン・ラスキン」展があった。新宿伊勢丹でのこと。
その時にラファエル前派の人間関係について教えられたのだった。

少しして坂田靖子の描く英国を舞台にした作品を読むようになり、直接的ではないが、かれらの関係性について色々と思うところも生まれた。だがそれについてはあえてここには記さない。
かれらの人間関係は他の方がより詳しく記されているから、わたしが何か書くよりそちらを読まれる方がよい。

他方、英国的な感性も坂田さんの作品から学び、それを経たことでよりラファエル前派を愛するようになった。
ドイツは青池保子さん、英国は坂田さんの作品があればこそ、深く愛せるようになったと言える。

この展覧会はあべのハルカスにも巡回する。
モローもだ。だが、どちらの展覧会も一足先に見たかった。
欲望に忠実でいたことは正しかった。
ときめきが全身を貫いて、外にまであふれだしていったのだ。
イメージ (1964)

1.ターナーとラスキン
実はそんなにターナーの風景画に心動かされない。
元々泰西名画の風景画に関心が持てないということもある。
わたしにとってベスト風景画は浮世絵と新版画なのだ。
そこに情緒が、湿った空気がないとだめなのだ。
なので申し訳ないが、ターナーの良さがやはりわからないままだ。

しかし、ターナーの描いた春画を近年に見て以来、ターナーに少しばかり親しみを懐くようになった。
これはコローの風景に関心がないのにコローの美人画が好きなのと同じ感覚だと思う。
そしてそのターナーの春画の多くはラスキンが「彼の名誉を汚すものだ」と焼却したという話もある。
後にラスキンは妻から「結婚は無効だ」と訴えられて離婚したが、更に後年ある少女に夢中になり何度も結婚を申し込んで拒まれる。このあたりがとてもヴィクトリア朝の話だと思う。

ラスキンはオリジナル絵画より、建造物の写生などの画がよかった。
精緻な筆致で、柱頭の装飾彫刻やライオン型の放水口などを描いている。
建築に関心があるので、これらはたいへん興味深く眺めた。

イメージ (1970)

ラスキンはホイッスラーと大々的なトラブルを起こすのだが、ラスキンにせよワイルドにせよ、どうもろくなことにならなかった。
そんなことをせずに作品にだけ力を入れておればよかったが、そうもいかんわけである。

2.ラファエル前派
前述通り89年以来のラファエル前派ファンだが、この30年の間に素晴らしい展覧会をいくつも見てこれたのは、本当によかった。
近年ではブンカムラの展覧会が素晴らしかった。
そして今回の三菱一号館での展示で良いのは、やはりその空間で見る、ということだ。
明治のレンガ造りを再現した重厚な建物で浪漫にあふれた美麗な作品を観る喜びは深い。
しかもある一室では撮影可能だったのだ。これは凄い。
わたしもドキドキしながら撮った。
ファム・ファタールに魅惑されるのはなにも男に限るものではない。
描かれた彼女たちに魅了され、我を忘れて熱狂するのは女も同じだ。
実際わたしも執拗な視線を彼女らに絡め続け、細部に固執した。

物語の鬱屈を帯びた絵、創造された感情をそこに封じ込め、形にした絵。
文芸性の高い作品を愛する喜びとときめき。
それを愉しむ。

フォード・マドクス・ブラン トリストラム卿の死 1864  トマス・マロリー「アーサー王の死」を基にした絵。
ここではトリスタンではなくトリストラムである。赤い布が広がるのは血の比喩か。
トリストラム卿は王に殺され打ち倒れている。イゾルデの嘆き、王の憤り、マルチーズがそれをみている。窓の外にいる人々もこの現場の目撃者。しかし誰も真実は口に出来ない。
マロリー「アーサー王の死」は15世紀に成立したが、この時代にとても人気があった。
ビアズリーもこのテキストに魅力的な絵をつけている。

ジョン・エヴァレット・ミレイ 滝 1853 
イメージ (1965)
滝と言うより渓流ではないのだろうか。岩が大きく集まる川、その岩と地の間に女が坐して寛いでいるように見える。
どういう状況でのことかはわからない。
ふと思ったが、吉田博「精華」もこの仲間に入るかもしれない。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 王妃の私室のランスロット卿 1857  
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そうです、アーサー王妃グィネヴィアと湖水のランスロットは愛し合ってます。
かれらの不義密通はほぼ公然の秘密で長年続く。昔からこの二人の物語はとても人気が高く、トリスタンとイゾルデ、ランスロットとグィネヴィア、シャロットの女、アーサー王の物語の中でも絵画や芝居になるのはこのあたり。
この絵はもうラストの方かな。破滅するあたりか。

ロセッティ 廃墟の礼拝堂の中のガラハッド卿 1857-1859
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ランスロットの息子。ただしこの出生にもいろいろドラマがあり、王妃グィネヴィアはランスロットの「裏切り」を長く許さず、ランスロットはそのために一度狂気に陥る。
しかしこのガラハッドはとても高潔な人物でドロドロとは無縁。彼だけが聖杯に触れることもできた。

ロセッティ ボルジァ家の人々 1859
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中央の金髪美女が妹ルクレツィア、向かって右が父ロドリーゴ、左が兄チェーザレ。そして他の人々。
ドラマになるのは名を挙げた三人。
この一家を描いた小説もマンガも名品が多い。

ロセッティ ボテバルの前で告発されるヨセフ 1860
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エジプトですな。旧約。装束が素敵。悪い女。

ロセッティ 「夜が明けて」ファウストの宝石を見つけるグレートフェン 1868
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熱心に見つめる目がいい。

ロセッティ ムネーモシューネー記憶の女神 1876-81
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パンジーが落ちている。それが記憶の暗示。
チラシにも画像はあるが、額縁も入れたかった。

ロセッティ 祝福されし乙女 1875-81
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死んでしまった乙女。彼女を思う男。
細部を見る。
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二段ともよい絵だ。
そして素晴らしい額縁。

ロセッティ 魔性のヴィーナス 1863-68
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綺麗なものだけで構成されている。

ロセッティ クリスマス・キャロル 1867
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何の楽器なのだろう。

ウィリアム・ホルマン・ハント 甘美なる無為 1866
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このタイトルの作品は他の画家にもあるが、あちらは古代風だった。これはその時の現代風。
細部を見る。

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アメジストが綺麗。

鏡の様子
20190505_165304.jpg
あらら…

ハント 「誠実に励めば美しい顔になる」1866
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なんの格言だ???

ポットはウィロータイプだな。
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撮影はここまでにした。

アーサー・ヒューズ リュートのひび 1861-62  森の中で寝そべるマーリンとヴィヴィアン。物思いにふける女。
彼女はマーリンの愛人になるが、その代償として彼を監禁し、魔力を奪う。


ラファエル前派周辺
ここでも好きな画家の作品が多い。

フレドリック・レイトン 母と子(さくらんぼ) 1864-65
イメージ (1972)
優雅な母子。背後には百合と日本の鶴の屏風が。
イメージ (1971)
レイトンは優雅な作品が多く、最初に見た展覧会の時も孔雀のいる絵ハガキがよく売れて完売していた。

ジョージ・フレデリック・ワッツ エンディミオン 1868-73
おお久しぶり。30年ぶりの再会。絵はがきも図録もあるからそんな遠い前とも思えないが、89年以来か。

シメオン・ソロモン 三点ばかりある。かれは気の毒に同性愛者であることを理由に迫害を受け、画家の脂がのりきった時に投獄され、だめになってしまった・・・

バーン・ジョーンズの特集がある。
慈悲深き騎士 1863 
イメージ (1966)
イエスの像に祈っているとイエスが動き出して騎士にキスを。ひなげしが愛らしい。

赦しの樹 1881-82
イメージ (1968)
アーモンドの木から出てきた女が男を抱きすくめている。アーモンドは桜によく似た花。
表情がいい。

他にも多くの作品が出ている。
連作「いばら姫」の習作もあった。

最後にモリス商会の工芸品が紹介されていた。
可愛いタイルもある。
生活に美を。

いちごどろぼうをあげておく。
これはハルカスだけかもしれない。
イメージ (1973)


綺麗なものを見つめ続けたが、美に対して麻痺することもべつになかった。

6/9まで。
ハルカスは10/5から12/15

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