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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

富野由悠季の世界展に行く その4

まだガンダムとイデオンにはたどりつけないが、ここで第六部へ。
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この頃のわたしはアニメそのものを全く見なかった。
特に1999年は体調が大変悪く、毎朝生きて目を覚ましたことに安堵する日々を過ごしていた。
当時、アサヒグラフを読んでいたが、そこに富野監督の新作が紹介されていた。
「∀ガンダム」である。ターンエーガンダム。
紹介文がよくなかったのか、それを読んだこちらが悪かったのか、妙な妄想がわいて、それで見るのをやめた。
やめたことを後悔はしなかったが、ある日この歌をyoutubeにおススメされて、興味が初めてわいた。
「月の繭」である。

この名曲を聴いて、もう何年も前に終わってしまったアニメを見たいと思った。

そして今回のこの富野由悠季の世界展の掉尾を飾る作品が「∀ガンダム」と「ガンダムGのレコンギスタ」。
安田朗の油彩イラスト原画が数点並ぶ。とてもよい絵だった。
登場人物たちが描かれている。わたしはかれらを知らない。しかしこの数枚の油彩画を見ただけで深く惹かれた。
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モニターで「∀ガンダム」の印象的な、というより深い意味を持つシーンばかり意図的に抽出したシーンが流されていた。
解説をよむと「とりかえばや」やフェミニズムといったキーワードがある。
「Zガンダム」でフォウに絶望を叫ばせたときから歳月が過ぎ、こうした地点に来たのか、と感慨深く思った。

話も世界観も何も知らずとも目に入る映像を見るだけで心は動くものだ。
産業革命の文化に巨大メカという合わせ方もよく、映像の美しさにも惹かれた。
地球の人々の暮らしぶりを描いた美術ボードがたいへんよかった。
リアリズムが世界を支える。
ただ、同時にそのあたりの様子が二馬力の仕事にも似ている、と思いもした。
まだ何か未来への希望を感じさせる時代の文化がそこにあり、人々の思惑が交差する。
静かな感動が自分の心に満ちてゆくのを感じた。

最終話の数分間が映される。
雪の夜の別離の接吻、車内でその様子を知りつつそっと見ないふりをする貴女。
失敗し壊れる人力飛行機、納屋から出され疾走する自転車、若い女がたどりつく夜の森、ブリキの金魚のおもちゃが池に投げこまれる。
こうした一連の動きが何を物語るかはわからないままに、離れがたい魅力を見出し、わたしは今からでもこの物語に没頭したいと思った。

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緩やかな動きが大きく描かれ、空間把握が出来た頃、その存在の大きさに気付く。
映像を見ながら、この20年前の物語が復活してくれることを願った。
結局ここにかなり長くいて、ついに退出時間になった。
惜しい、と思いながら何度も巡り、そしてここでまた同じ感銘を受けた。

壁面には筆文字で「月の繭」の歌詞が記されていた。
ここで初めてわたしは自分の勘違いをいくつも知った。
「七たび身を変える」をわたしは「鳴き風に身を晒す」
「青にLALALU LALALU」を「青に流る」だとばかり。
本当に名曲だ。

やはり富野監督の作品はいい。
改めてそのことを思い知った。

続く。
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富野由悠季の世界展に行く その3

なかなかガンダムとイデオンにはたどり着けないが、今回は第四部へとぶ。

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リアリズムとファンタジーは両立しないかのように思われるが、実はそうとは言い切れない。
細部のリアリズムがファンタジーの世界を支えることも多い。

聖戦士ダンバイン これはもう完全にリアルタイムに見ていた。たいへん好きな作品で、今も折々脳内再生する。
現に目の前にロマンアルバムがあり、すぐに取り出せる。
OPもEDも素晴らしく、これもザブングル同様MIOのカッコいい歌声が印象的だ。
OP「ダンバイン飛ぶ」を聴いていると、自分もバイストン・ウェルへ召喚されてしまう気がする。
そしてED、歌が流れる中、チャム・ファウがずっとゆっくりと走り続ける映像を見ていると、時間の観念が薄れてゆく。
それでも最後には貝になって終わるのだが。

メカはどこか有機的な外観でダンバインもビルパインも曲線が目立つ。
キャラ表をみる。わたしはマーベルとミュージー・ポーが好きだった。
湖川さん描く女性はアニメなので若年設定だが、実際には+5歳以上くらいだろう。
それがかっこいい。
このドラマもキャラの大半が死んでいくのだが、この辺りの紹介が少ないのは残念だった。
全ての元凶ともいえる野心家のショット・ウェポンが、最後の最後に利用していただけの筈のミュージーへの愛を自覚し、落下する彼女を抱きしめた瞬間に消滅する。あのシーンは富野監督描く様々な愛の形の中でも、わたしには特に感動的だった。

ところでリアリズムと言えば、バイストン・ウェルの人々が一挙に地上へ押し出された後、地上の人々とそれぞれ同盟を組んだのだが、中でスト権の主張をするシーンを見た時にはかなりショックだった。
まだ学校に行っていたわたしには労働者の権利と言うものがよくわかっていなかったからだ。

そういえばザブングルでは高荷義之さんの重厚なイラストがあったが、ダンバインは生賴範義さんだった。
今回その展示がないのは残念だ。

「リーンの翼」が映像化されていたのは知らなかった。わたしは小説では途中まで読んでいた。
なかなかえぐいシーンがあり、団鬼6な描写もあり、今もその印象が強い。
結局そのあたりが厭で読まなくなったという経緯がある。
「リーンの翼」主人公の迫水真次郎は帝国陸軍の兵士だった。そのために美術ボードには横田基地、東京大空襲などの風景がある。

「重戦機エルガイム」 これは二つのOPがどちらもたいへん魅力的だった。
「エルガイム-Time for L-GAIM-」「風のノー・リプライ」

だが、この途中からついてゆけなくなり、見なくなったので、後の「ファイブスター物語」も知らない。
次に見た時は丁度最終回で、見た限りの展開にびっくりした。

映像が流れていた。主人公ダバ・マイロードが自分はカモン・マイロードだと自認し、その出生に基づいて、地に接吻するシーンが出ていた。
後年、桑田投手が日本球界に復帰してグラウンドに接吻するのをみたとき、「ダバか」と思ったものだ。

やがて1985年を迎えた。
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ZガンダムのOPが日本の作曲家でなく、二―ル・セダカの曲なのにはあの当時本当に驚いた。
洋楽は1980年代初頭、現在と違って中高生にも近い存在だった。
MTVをはじめいくつか洋楽チャンネルがあり、わたしもよく見ていた。
時代が変わった、とあの頃思った。
そして歌の中で主人公カミーユがカメラ目線でこちらに親指を立てるシーンがあるが、今でもカラオケで歌うとき、映像に合わせてこちらも同じタイミングでカミーユに向けて親指を立ててしまう。

1stガンダムの主要人物たちのその後と新しいキャラとのドラマだった。
ただし安彦さんはキャラ設定のみ。シャアは名を変えて(実に多くの名を持つ男だ)クワトロ・バジーナとして活躍していた。
かっこいいが、当然ながら違和感を感じていた。

永野護カラーが強い作品だと改めて思う。
北爪さんのイラストがある。カミーユと強化人間フォウの二人がいる情景。
フォウは即ち4である。つまり彼女は本当には名はもたない。
フォウの苦悩をドラマは描いた。だが、その叫びがあまり富野節すぎて、当時のわたしはもう受け入れられなくなっていた。
大仰だと感じたのである。

やがて「逆襲のシャア」が映画化された。友人と二人ドキドキしながら見に行った。
展示ではセル画がいくつもあった。
この映画については詳しいことは何も言いたくないし書きたくない。
見終えた時、わたしたちは無言で去った。
映像作品としていい・わるいという感想ではなく、シャアをよくもよくもこんなにもおとしめてくれたな、という感情があった。
ロリコン扱いされているのにもショックを受けた。
そしてドラマで34歳と言うシャアを受け入れられなかったのだ、まだ夢を見ていたわたしたちは。
「青春が終わったな」
2人とも同じ思いだった。そしてその失望感は長く続いた。

実際のところ、この失望感が払われ、わたしたちが救われたのは安彦さんのoriginか世に出てくれたからだった。
あれがないと、今も恨みを懐き続けていたと思う。
そしてここで一旦わたしはアニメから離れてしまった。
なのでこれ以降の富野監督の仕事は知らないのである。
だが、2019年12月、状況が変わろうとしていた。

続く。



富野由悠季の世界展に行く その2

つづき。
本来なら第二部の感想なのだがそちらは長くなりすぎるだろうから、先に第三部の感想。

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・無敵鋼人ダイターン3
・戦闘メカ ザブングル
・ラ・セーヌの星
あと3本がここに紹介されているが他は知らない。

ダイターン3はエンタメの面白さ、小粋さを楽しめる作品だった。
期間限定だが公式サイトが1話と33話を挙げている。

いやもうとにかくダイターン3はわたしの中ではイェーイな作品だった。
会社もセンスも違うが銀河旋風ブライガーと並ぶイェーイな作品だ。
それはやはり主人公・破嵐万丈の粋さにあると思う。
万丈のカッコよさはエンターテイナーのそれなのだが、一方で宿敵メガノイドへの執拗な敵意、容赦なさは物語に様々な憶測を生んだ。万丈自身が実はメガノイドではないか、という疑念もあったくらいだ。
あの余韻の深いラストシーン、唐突な展開の最終回の果てのシーン、非常に印象深いものだった。

チラシに出ている老紳士は万丈の執事・ギャリソン時田。かれはいつも鷹揚で優雅でそして有能だ。
派手な万丈に静かに仕え、時にはかれ自身がダイターン3を操縦もする。
決まり文句「世の為、人の為!メガノイドの野望を打ち砕くダイターン3!!この日輪の輝きを恐れぬのなら、かかってこいっ!!」もギャリソン7が言うと「この日輪の輝きを恐れぬのなら、かかって参られい」となる。
2人のタイプの違う美女とおっちょこちょいの坊やも加わって、この五人組はとてもユニークでユーモアがあった。

展覧会には出ていないが、かつてアニメージュか何かの記事で富野監督は自分は破嵐万丈は描けても、いなかっべ大将のような泥臭いギャグは出来ないという意味のことを語っていた。
それはいなかっべ大将をおとしめるのではなく、冷静に自分の作家性について、特にギャグセンスについて分析した話だった。

キャラ設定の塩山さん描くポスターがあった。万丈と二人の美女・レイカとビューティーの三人の楽しそうな様子を流線型の彩色で描いている。
今回の展示で初めて知ったが、敵のヒロイン・コロスはイデオンのバッフ・クラン人に似ていると思ったら、彼女らのキャラ設定は湖川さんだった。大納得である。

確か富野監督はこのキャラを使い、今風で言うなら現世パロ小説を書いている。そこでは何でも屋さと言うか探偵だったような気がするが、それははっきりしない。

ダイターン3のダイカスト製のロボットが置かれていた。額部分に日輪があるのが特徴。
「この日輪の輝きを胸に秘め」とOPでも歌われているが、あのOPのカッコよさと言うのも普通ではない。
そしてダイターン3は鉄扇を武器にする。これは「彼岸島」の吸血鬼の首領・雅、「鬼滅の刃」の上弦の弐・童磨も使うが、今のところ元祖ではないかな。

・戦闘メカ ザブングル この頃からようやくわたしもリアルタイムに観ている。
湖川さんによるキャラ設定だが、前作のイデオンと違い、丸顔の主人公ジロン・アモスをはじめ、わりに可愛い、面白いキャラが多い。美形と言えばアーサー様だけ。

今あらためてこの世界観・世界設定をみていると、萩尾望都さん「マージナル」、山下和美さん「ランド」と共通することに気付く。
囲い込まれた住人達は自分らが実験体だとは知らぬままその地におり、別な地の者たちがこちらの状況を見守る。やがて囲い込まれた住民たちの反乱などがおき、コントロール不能の状態へ至る。
しかしそれは破綻する。破綻させようと画策するものが現れもする。ここではアーサーさまの一派である。
その実験場というべき地がユートピアかディストピアかはさておき、必ず何らかの破壊が行われるのだ。
「進撃の巨人」とはまた違うが、「ザブングル」を嚆矢に、こうした設定は現在にも続いているのだ。
ザブングルにおいてそうした破壊者が殊更に元気で健康でワイルドなキャラ達だというのは頬に表れている。

ザブングルはいい歌が多かった。串田アキラ、MIOの歌う歌はどれもみんな心に残る。

映画化ポスターが展示されているが、ダグラムと一緒になったポスターだった。
暗い作風のダグラムが映画ではけっこうふざけたノリでちょっとBL風味なのもあったようだ。
高荷義之さんの重厚なイラストもある。こうしてみると映画「ザブングル・グラフィティ」は力の抜けた作風かと思っていたが、こうしたところに力が入っていた。

意外なことに「ラ・セーヌの星」の終盤の演出が富野監督だと知ったが、そう知るとあのラストは納得できる。
この作品は確かキャラ設定は杉野昭夫さんのはずだ。
杉野さんのキャラと富野監督と言うのも面白い組み合わせだ。

展示されているのはラ・セーヌの星であるシモーヌが今度は権力側と戦うことになるシーン、マリー・アントワネットの処刑シーンである。この展開はこうしてみると、いかにも富野監督らしさがあった。
ラストでの逆転である。

この章での他の作品は知らないので何とも言えない。
続く。



富野由悠季の世界展に行く その1

兵庫県美術館で富野由悠季の世界展が開催されているが、もうすぐ閉幕と言う今になってようやく行けたが、3時間ばかりいて、そんなので終わるはずないという状況になった。
とりあえず少しずつ挙げて行こうと思う。

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安藤忠雄のコンクリ打ちっぱなしの壁面にプロジェクションマッピングとして数々の映像が浮かび、そこに主題歌がかぶさってゆく。とてもいい出迎えだった。

富野監督はお父上が与圧服の開発などされるのを目の当たりにして育ち、1941年生まれの子どもとしては例外的なまでに宇宙への関心も高く、憧れも強いお子さんだったそうだ。

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その与圧服の現物レプリカや資料写真がある。
そうか、富野監督の父上はテム・レイ技師なのか、と短絡的な納得をする。

若い頃に描いた戦闘機や宇宙関係の絵が抜群にうまい。
マンガもあった。絵の描ける演出家なのだ。
そして虫プロ入りし、やがて高畑勲・宮崎駿と言った人々とも共働する。
富野監督は高畑さんの影響を受けたと公言する。
「どこかだろうか」と思いつつ、展示を見るうちにところどころに納得がゆく。

初期作品として絵コンテ作品のアトムが紹介される。
やはり始まりは東映か虫プロかだよなあ。

富野監督の初期作品3作がある。
海のトリトン、無敵超人ザンボット3、勇者ライディーンである。

トリトンは羽根章悦作画監督の素晴らしさが目に残る。そしてあの素晴らしきオープニング。

わたしはトリトンはアニメから入ったので、後に手塚のマンガを読んで逆に仰天した。
「えっ!トリトンこそがポセイドン一族にとって致命的な敵だったのと違うのか」ということである。
つまり富野監督は手塚が考えなかった・描かなかったラストを創造したのだ。

トリトンのせいで憐れなポセイドン一族1万人は全滅。
ショックだったなあ。

後年、イデオンでキャラ全滅と言う史上初の物凄いことをやってくれた富野監督だが、既にこの時点で立ち位置が変われば善悪も変わるということを子供らにみせてくれていたのだ。

そしてそれはザンボットも同じ。
こちらは宇宙人の末裔一族3家族が地球を守ろうと戦うのだが、地球の誰からも理解してもらえないのだ。
挙句は主人公の少年のガールフレンドの身体にそうと知らず爆弾が埋め込まれ、基地に収容した少女が大爆発を起こす。
映像では丁度そのシーンが流れていた。
わたしは本編は再放送で見たのだがあれは中3だったと思う。
とにかくもう無惨でどうにもならない。懸命に戦えば戦うほど地球の被害は大きくなり、人には怨まれる。
一族の者たちはどんどん死んでゆく。
破天荒な金田伊功の動画で笑えるシーンもあるが、もう本当に救いようがない展開になる。
作画はキャラ設定だけ安彦さんで監督は別人なので回によってクオリティがばーらばら。
最終回の敵との対話の情景動画も出ていたが、悲惨さが身に沁みる。

話は違うが藤田和日郎「うしおととら」で世間の人々がうしおの記憶をなくし、うしおの孤独な戦いが続く話があるが、あれを読んだときザンボットの神一族の孤独な戦いを思い起こしたのだった。

勇者ライディーンは当時ブームのオカルティズムに則った作品だったそうだ。
これもわたしは再放送からのクチなので、当時の流行を知らない。ただ、ライディーンの顎のしゃくれは有名で、小学生は顎のしゃくれた人をライディーンと呼んでいた。更に中学に上がった頃にYMOの名曲「ライディーン」が流行し、わたしは混乱した。

フェードインという単語も、やはりいまだにライディーンの様子が浮かぶ。
物理的にはおかしいのだが、まぁあまりつっこんではいけない。
この作品にはプリンス・シャーキンという仮面の美形がいる。
安彦さんの作画が素敵なのでシャーキンのファンと言う女子も多かったそうだ。
安彦さんがライディーンのファンクラブ用に描き下ろした素敵な絵は「安彦良和画集」で初めてみた。
そして今回その現物を見たわけだが、敵のガンテの迫力におおおとなり、更に安彦さんの作画の魅力の一つ・腿の確かな筋肉にもときめいた。
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今回知ったが、富野監督は諸般の事情で無念の途中降板になり、あとは長浜監督が引き継いだそうだ。
わたしはそこまでは知らなかった。

続く。

「驚異と怪異」展にゆく その5

ついに二階へ上がる。
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上がって一階を鳥瞰すると、怖かったものがハリボテに見える。なんだ、と思う。
けばけばしいもの・色褪せたもの・紛い物の仰々しさに、理性という名の正常バイアスが作動する。
なんだ、大げさな。
だが、と自問する。
本当にあれらは作り物か?
作り物にそこまでざわめくか。
もう一度じっくり見なくてはならない、と声がした。だがそれは今ではない、後で回るのだ。

第Ⅱ部 想像界の変相
・聞く
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ここで初めて<見る>以外の展示が現れた。

⽿⻑お化け(キサラリ) 北海道 NME アイヌの子供の遊びである。室内にいる子供らに向けて、室外から三本枝のものを振りながら、この世のものではないような声を出して脅かすのだ。
これは「ゴールデンカムイ」で教わった。アシㇼパさんが村の子供らにやるのをみて杉元も試すが、全然ダメ。迫力が足りない。
だが、後日偽アイヌの村で杉元はこの世のものとは思えぬような声を出した挙句、偽アイヌたちを殲滅してしまう。アシㇼパさんは絶句する。

『絵本百物語』より、⼩⾖あらい(パネル) ⽇本  「ゲゲゲの鬼太郎」では準レギュラーくらいな立ち位置にいたかな。特にわるいことをするでもない妖怪だそうだが、しょぎしょぎと音が立つのを山の中で聞くのは気味の悪いものだろう。

みんぱく映像⺠族誌「常ならざる⾳ー⽿を通して異界とつながる」( ダイジェスト版 13分) ⽇本 NME ビデオテーク No. 7247  これが凄かった。暗い部屋にスクリーンが垂れて、そこに音声の文字化かが現れる。
様々な音声のうち、個人的にどきどきと嬉しくなったのは、やはり歌舞伎の幽霊登場の「ヒュードロドロ」である。あれを聞くと「来た!」とやけに嬉しくなる。これは怪談芝居が好きな人にはわかってもらえると思う。落語の鳴り物も加わっていた。

・ ⾒る
・描かれた驚異譚と怪異譚 ジョン・マンデヴィル『東⽅旅⾏記』(複製) フランス NME(原本 フランス国⽴図書館)  何かのおばけが描かれているが、これが山海経での刑天によく似ていた。

展示替えが色々あったようだが太平記に登場する妖怪たちを集めている。
わたしが見たのは大森彦七が遭遇する化け物。
平家物語での怪異は清盛の見る髑髏のかたまりやネズミの話があるが、他は案外ない。しかし太平記は「妖霊星を見ばや」と舞う天狗の姿もあれば、化け物と戦う話も多い。

・幻獣観察ノート
変なものをみたという記録を人は記す。

「⼤坂城異獣の図」 ⽇本 国⽴歴史⺠俗博物館   うーん、妙に可愛いぞ。大体大坂城に出るようなのは愛嬌もんが多い。その点、白鷺城のガチの魔族一門とは違うのである。

「雷奇獣 寛政⼋年六⽉肥後国熊本」 ⽇本 国⽴歴史⺠俗博物館  雷関係の話も色々とある。桑原村に雷が落ちてそれ以来「くわばら、くわばら」と言うようになった話もある。

・諸国⾒聞録
これがまた怪しい。

マンデヴィル『世界の驚異の書―東⽅旅⾏記』(複製) スペイン NME(原本 スペイン国⽴図書館)
マルコ・ポーロ『東⽅⾒聞録』ラテン語版(コロンブスの書込み有、複製) (現ベルギー)ア ントワープ NME(原本 セビリア⼤聖堂 コロンブス図書館)
確信犯的にでたらめを本当のように言うてからに・・・と思いつつ、ドキドキする荘厳さがある。
そういえば「東方見聞録」について魚戸おさむ「イリヤッド」ではかなり面白い解釈がなされていた。
あれは面白すぎた。

三好想⼭『想⼭著聞奇集』より、⻯の卵 ⽇本 個⼈蔵  龍は卵生らしいが、 どれくらいの大きさだったのだろう。
佐藤さとる「龍の卵」は面白い作品だが、長く再読していない。久しぶりに読み返そう。

・予⾔獣
くだんのことか、と思ったら違った。
「肥前国平⼾において姫⿂⿓宮より御使なり」 ⽇本 国⽴歴史⺠俗博物館   何かをつたえるわけです。
そうなると「イワナの怪」などもそれに当たるのか。

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・ 紐の⽂学
ブラジルのペーパーブック。中身はわからないのだがなにやらマジカルリアリズムぽいような。
表紙はすべて木版画。とてもそそられる。読みたいものが多い。ブラジル北東部地⽅でしか販売していないのか。邦訳はなさそうである。
「やきもち焼きの⼥の夢」 「ダニエルと悪魔」「⻯と戦うランピオン」
「マリア・ボニータと悪魔」 「混乱と猛獣」 「ロバになったプロテスタント信者」
「悪魔に引きずられた男」 「悪魔と吸⾎⻤」 「⻯と王⼦」 「蛇と悪魔」
「背に上られた⽝」「⻯との戦い」 「ヴァレンタイン」 「若者と⻯」 …

・幻獣観光と商品化
幻獣の最たるものというか、世界的にみんなが大体知ってるものというとやはり
・ネス湖のネッシー
・ヒマラヤの雪男
が二大スターかと思う。
ツチノコ、広島のヒバゴン、フランスのジェヴォーダンの獣あたりは地元っ子人気だろうが、なかなか全世界人気を獲得というわけにはいかない。

ネッシー関連グッズをはじめ、ヨーロッパに伝わる幻獣モチーフの絵ハガキ、果ては土産の菓子などなど。
四国たぬき伝説「たぬきまんじゅう」、菓⼦「ヒバゴンの卵」…みんな可愛い。
ちなみに四国の狸というのは金長たぬきの話で、ここのお社を移転する・しないで色々とたいへん。
昭和初期にこの話を基にした映画で大もうけした映画会社がお礼に拵えたのだったかな。

パンポチェ寺院とクムジュン寺院のパンフレット ネパール ソルクンブ郡 個⼈蔵  ここらにはイェティの頭皮や手があるそうだが、何故それがあるのかというのも面白い経緯があったりする。

・知る
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怪物の地理学
昔の世界地図にはいろんな怪物・天使・動物などが描かれていた。
ヘレフォードの世界地図(複製) イギリス ヘレフォード NME(原物 ヘレフォード⼤聖堂) これは特に傑作。この世界観はファンタジー。実際にこんなのがいたらヤバいのだが、三浦建太郎「ベルセルク」の現在の世界相がこの地図に近いかもしれない。

『アレクサンドロス物語』が描き込まれた世界地図(ポスター) インド 個⼈蔵(原本 ベルリン イスラム美術館) こういうのもあるわけだ。

そしてネパールの占術ダイアグラムがなんだかもう凄すぎて…
日本の「万国⼈物図絵」は諸外国の民族を描いたりもしてるが、これがもうどこから情報を得たのか知らないが、面白すぎるのだった。
中にはなるほどというのもあるが。
他にもいろいろ出ていた。地図は面白い。実際の情報と希望を投入しているところもいい。

・驚異の知識体系
版画の挿絵がとめどなく面白いのだ。

プリニウス『博物誌』(パネル) イタリア ヴェネチア  真実が入るので見ていないものがリアルになる。

ディオスコリデス「ギリシャ本草」ナポリ写本(複製) イタリア NME(原本 ナポリ国⽴図書館)  どうみても諸星大二郎えがく「ヒトニグサ」なのがある。いいよなあ。

プトレマイオスの地理学(複製) イタリア ナポリ NME(原本 フランス国⽴図書館) 記された地に行ってみたいような…

ウリッセ・アルドロヴァンディ『怪物誌』 イタリア ボローニャ NME   これまた諸星大二郎えがく「あんとく様」としか…

ヨハネス・ヨンストン『動物図譜』 これが幕末の日本の絵師たちの種本。西洋風の絵を描いた絵師たちも浮世絵師もみんなここから。
この本が日本に入ったおかげで楽しいような不思議なような絵が生まれたのだ。

・怪異の知識体系
怪しい・・・

『⼭海経』 愛知県 名古屋市 NME  嬉しくなるよねえ。中国の怪しい生命体がてんこもり。
この本に興味が向いたのはやっぱり諸星大二郎のおかげ。

寺島良安 『和漢三才図会』 ⽇本 NME  これも実に膨大…江戸時代の百科事典。
わたしが最初に見たのは平凡社の東洋文庫、あれがたまたま目に入った。
となりに全然主旨の違う「デルスウ・ウザーラ」と「みかぐらうた」があった。
古書店で見たと思う。そうそう、「捜神記」を探してたのだ。

中村惕斎『訓蒙図彙』 ⽇本 兵庫県⽴歴史博物館 場⾯替えあり
唐⼟訓蒙図彙』 ⽇本 NME   タイトルは知ってても読んでないのだ。不勉強なのだ。←アライさんみたいなのだ。

元⾏ 『針聞書ハリキキガキ』 ⽇本 摂津(現⼤阪) 九州国⽴博物館   ははは、これ九博のキャラになってる奴らの本だなw

次から次へと怪しい本がずらずらと。
最後には朝比奈の浮世絵も。かれも諸国漫遊キャラとして幕末には高い人気があった。

ところで驚異の部屋というとやはりこれだな。
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この部屋にあるものたちについて、前掲の図鑑・事典類が絵や知識を開いてくれているのだった。

・創る
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五⼗嵐⼤介 圧倒的な画力で世界を創造している。
今回の展覧会のエンブレムも。
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いいなあ、ほんと、この通り。

そして墨絵で抽象的な表現で今回の展示のイメージを描く。
「⽔」 「天」 「地」 「聞く」 「⾒る」 「知る」 「創る」
最後は「異類の⾏進」

ヤン・シュヴァンクマイエル ⼩泉⼋雲『怪談』挿絵 チェコ  やっぱりきしょくわるいな…

江本創
龍、⼀⾓獣⼈ など、みんなとてもうまい。

最後にファイナルファンタジーXVがきたが、これはもう完全に知らないので見るだけしか出来ない。
そう、世界は広く深い。わたしは知らないことが多すぎる。

面白い展覧会だった。
またこんなのが見たい。

最後にこわいものを。
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いやいや、あかんて。

なお、こちらは常設で見たものたち。
この展示に出てきても不思議ではなかった。


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