美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

ムットーニ・パラダイスに溺れて

世田谷文学館のリオープン記念展は「ムットーニ・パラダイス」である。
元々ここには「山月記」「猫町」「月世界旅行」の三点が収蔵され、毎日決まった時刻にショーをみせてくれていた。
その後作品数も増え、また2007年2月には「ムットーニのからくり書物」展も開催されている。当時の感想はこちら
イメージ (541)

先ほど「ショー」と書いたが、実際それは「ショー」と呼ぶべき「見世物」なのだ。
時間が来れば箱が開き、眠っていた人形や装置たちが歌いだし演奏し、ゆるく踊る。
ジャズや時にはカンタータもある。歌声は別な歌い手によるものだが、演奏はムットーニによるものも少なくない。
わたしは入館前に並び、早い時間からの観客になる。
受付からタイムテーブルが書かれた表をもらう。60分の間にいくつものエリアに分かれた先でショーが行われ、同時刻のものは一つを選ぶしかなくなり、見れなかったものは次に見る算段をしなくてはならない。
イメージ (543)

エントランスには世田谷文学館の顔とも言える「山月記」「猫町」「月世界旅行」の三点が並ぶ。大体5分前後の作品で、続けさまに開始される。しかし彼らは1時間に2度の上演となり、あわせて15分上演後は15分休み、また15分上演しては15分休む、という律儀なリズムを繰り返している。
必ずどの時間でもどこかでショーが上演されている。
ただ、土日のある時間帯は休止し、彼らのメーカーであるムットーニが来場し、口上を聴かせながら自らの手で装置を動かすそうだ。
その時だけショーは恣意的な運びを見せる。
イメージ (542)
不思議なことに自動タイマーで動き出すときの方が、彼らが人形であることを忘れることが多い。

エリア1
「漂流者」「摩天楼」「眠り」といったなじみの作品がある。
中でも「摩天楼」はベンチに座る二人のほのぼのとした様子がよく、特に事件も起こらないものの、ゆっくりと動くその情景に和む。
イメージ (539)
「漂流者」は漱石「夢十夜」の第七夜。ゆっくりと海へ落ちてゆこうとする男の悔恨とどうしようもないあがきと絶望感と。
「眠り」は確か村上春樹の小説からだった。
ムットーニの低く魅力的な声が語るこの物語には、薄闇の恐怖が広がっている。

今回、「アトラスの回想」という二年前の作品を初めて見た。地球を背負わされるアトラスと地球と、そして現れる女と。
これは中也の「地極の天使」をモチーフにしたものらしい。
詩を読んだ今となっては少し不思議な感じがある。
イメージ (538)

エリア2からは荘厳な音楽の後に賑やかなジャズが聴こえてくる。
「グロリア マリアが来たりて」の後に「ジャングル・パラダイス」が始まったのだ。
明るく元気よく、何かを振り捨てるかのように力強い歌声と演奏。
禁酒法時代、地下に展開するジャズクラブ、ジャングルを移住し、動物を人に扮装させて演奏しているのでは? 
そんな妄想が湧いてくる。

「サテライト・キャバレー」は「ジャングル・パラダイス」からハシゴした先にあるホール。
さっきとは趣は違うけれど、ここも違法の、そして享楽を味わえる場所…

疲れた体を鞭打つように次へ向かう。
「ヘル・パラダイス」…蝙蝠のシルエットが突端に見える。そして開かれたボックスからは棺が…
釈迦やキリストの復活とは違う、夜の魔物の眼ざめの時間、髑髏が元気よくジャズを演奏する。
クラブかと思ったらそうではなくて、そのまま地獄なのだった。
あまりに楽しくて威勢が良くて、そのまま地獄へ一直線。

ふと気づけばとっくに地獄の底にいた。
「蜘蛛の糸」 縦長の空間にお釈迦様の手のシルエットが浮かび、そこから蜘蛛の糸が…
カンダタ、よく見ればメガネにタイなしスーツ姿ではないか。いつの時代に地獄へ落ちたのだろう…

妖しいカンタータに始まり地獄でしめる。
エリア2は何度も何度もぐるぐる回ってしまう空間だった。
出口を見つけるのに苦労し、やっと他のエリアに行ってもまた戻る…


イメージ (540)

エリア3
「ワルツ」「マイ・メランコリー・ベイビー/ユー・ドント・ノー・ワット・ラブ・イズ」「インターメッツオ」
いちばん観念的な作品が集まっているのかもしれない。
そしてムットーニの言葉が蘇る。
「見る人の数だけ物語がある」
イメージ (544)

疲れたときにはここで休み、静かに作品を見る。

エリア4は面白い構造だった。
一つの舞台に幾台もがずらりと並び、時間が来れば早速歌いだし、パフォーマンスを見せる。
カエルも骸骨もいれば、セクシーな女もいて、そしてだみ声が素敵な黒人歌手もいる。
こういう並びもいいな。

エリア5ではメイカーであるムットーニのショーが開かれるのだろうか。
メイカーとは神なのだ。神の舞台を不在の間にのぞきこむ。
三本の作品の合計時間が5分30秒というのが短いようで長い。

エリア6
ここで世田谷文学館のレギュラーが再び姿を見せる。
「カンターテ・ドミノ」はメイカー・ムットーニの手元にあるが「スピリット・オブ・ソング」と「アローン・ランデブー」はここの所蔵・
荘厳な音楽を奏でるのは楽器ではなく天使の羽音かもしれない。
そして宮沢和史の音楽と共に動く人形をみる。
最後はアストロノーツ。

とても快い空間だった。
空間とはパラダイス。
パラダイスの語源はペルシャ語の「閉じられた庭園」
ここを出てしまえば当分は味わえなくなる歓び。

ときめきを心に残し、この世界を閉じよう。

6/25まで。
スポンサーサイト

ファッションとアート 麗しき東西交流展を見た

ファッションとアート 麗しき東西交流展 を見た。
開港150年記念の展覧会が神戸、横浜で開催され、時代の転換期に流行ったものが集められているのは、面白かった。
イメージ (527)

1.東西文化の交差点 YOKOHAMA
幕末から明治初頭の横浜の新しさ、覇気、とても好ましい。
その時代の横浜を描いた小説やマンガも好きなものが多い。
平岩弓枝「新・御宿かわせみ」、石川淳「至福千年」、大和和紀「ヨコハマ物語」などでは一足先に新時代を迎え、そこで働く人々がいる。

会場内へ入ると素敵な設えが目に入った。
明治半ばに輸出用に作られた和風な装飾のティーガウンと室内着が三着、モザイクが可愛いチェステーブル、豪勢な芝山細工の飾り棚といった家具に、菊柄のカップ&ソーサーなどがある。
いずれも日本製。形は全て外国製に合わせつつ、表装は和風なのである。
イメージ (533)

この芝山細工の飾り棚はとても大きい。金地に螺鈿の抽斗の表や引き戸など、本当に凝っている。
わたしがこれまで見た中でも最大のサイズの芝山細工である。
そして次の設えにも芝山細工の屏風が出ているが、これもまたとても大きい。
これまで小さいもの、大きくてもせいぜい額やアルバムくらいのものしか見ていなかったので、びっくりした。
そちらは黒地に花鳥図で下は透かしの木彫。本当に凝った作品である。
そして盛り上がる作りの芝山細工の額ものは花をモチーフにしていた。
その「室内」では明治初期の輸出用室内着が三着、そのうちの男性用のものは現代でも着れそうだった。
こちらは宮川香山のデミタスカップ、高浮彫の大花瓶がある。
イメージ (529)

これらを見ていると山岸凉子「ドリーム」に現れる明治の洋館を思い出す。
その洋館は装飾家具を全て和風なもので揃えていて、明治の西洋人の邸宅のように設えていた。建て増しに次ぐ建て増しのその邸宅は、奥に行くほど普通の家屋になり家具も現代のものになるのだが)

輸出業務に熱心だった高島屋の飯田新七、ここにもその仕事が少しばかり出ている。
高島屋史料館でも時折その時代の資料を主にした展覧会があった。
こちら

ここでは日常のものはなく、全て服飾品、装飾品そして客用のものが集まっていた。
その中でも特によかったのは薩摩焼のバックル、ボタン、ブローチである。
また、廃刀令により失職した刀装具職人らが活路を見出した仕事も少しばかり出ている。
刀鐔や目貫を拵えていた職人が製作したに違いなさそうな精妙巧緻きわまる小さなブローチがとても愛らしかった。
とはいえ、なにか物悲しくもある。
…横浜焼も芝山細工もやはり時代の徒花なのかもしれない。
その華やかさがせつない。

2.日本 洋装の受容と広がり
明治半ばの和洋折衷ファッション。取捨選択の流れを見るのは面白い。

昭憲皇太后着用大礼服(マントー・ド・クール)全長は大変な長さなのだが、本体のドレスは140cmくらいだろうか、とても細くて可愛らしいドレス。華奢な方だったのだなあ。それにしてもこの裳裾、本当にキラキラしている。すばらしい。
イメージ (532)
見事な刺繍。萌黄色に菊が咲き乱れる。

御真影を元にした油彩画がある。庭園美術館所蔵。日本人で最初に洋装を公式の場で常に着けられたのだ。
インターネットミュージアム事務局のツイートにドレスとこの肖像画が一緒に見られる画像がある。

蜂須賀侯爵家、寺島伯爵家の旧蔵品の礼服やドレスが並ぶ様子、とても華やかで鹿鳴館の時代を想像させる。
上村一夫「修羅雪姫」で刺客・鹿島雪が依頼を受け鹿鳴館に潜入する話がある。修羅雪姫はなんでも出来る女性なので、諸国の大使とダンスに興じたかと思うや、山出しの少女に変身し、最後は刺客としての正体を見せる。
鹿鳴館の大混乱、そして鹿鳴館の終焉。
「修羅雪姫」はこの時代が背景なので、ところどころに日本人が西洋のものを受容してゆく情景が描かれている。
ズロース、記念写真、スェーデン体操…

山本芳翠 園田ケイ(金偏に圭)像  洋装の婦人。髪はひっつめている。昼のジュエリーであるロケットを首に下げている。
わたしはジュエリーに詳しくないので、時間帯によりジュエリーが決まっているのも知らなかった。
ロケットと言えば中に写真などを入れるものが多く、それが元で事件が起こったり、事件の核心がここに、というのをよく見たり読んだりする。

五姓田義松 細川護成像  細川家の嫡子で、末弟の護立を養子に迎えた。まだこの肖像画は数え二十歳になるかならない頃。端正な青年である。

明治の浮世絵師・周延の絵が何点か出ている。
幻燈写心競 女史演説と洋行とがある。1890年 憲法発布の年の絵で、女性も政治家になり演説をしたいというものと、外国へ行きたいという女性の絵。どちらも夢想なのだ。
本当にこれが叶うのはもっと後。
芳年の洋行したい女性の絵もある。そして楽しそうに散歩する若奥さんの図など。
やはり明治になるとそういうキモチが生まれているのを浮世絵師は捉えて絵にするのだ。

欧州管弦楽合奏之図 これはよく知られた絵で、男女の混合合奏図。若い人たちの晴れやかな表情の合奏がいい。周延は上流階級の人々の絵が多い。

安達吟行の貴女裁縫図もある。みんな洋装でミシンや火熨斗ならぬアイロンをかけたりこまめに働く。

他にも当時の女性を描いた浮世絵風俗画が色々。

浮世絵の次は三越のポスター。
知らない絵師のものだが明治末から大正元年のもの。
やや古めかしい。

岡田三郎助 ダイヤモンドの女  三郎助らしい可愛い女性の指にきらりとダイヤが光る。
これで思い出したが、黙阿弥の明治になってからの芝居で「島鵆月白浪」 ( しまちどりつきのしらなみ )に芸者・弁天お照がかまぼこ型の指輪をしていて、それが芝居でなかなか重要な役回りを果たしていた。1881年の初演。
それからやはり「ダイヤモンドに目がくらんだか!」と間貫一に蹴られる宮さん。
明治のダイヤの話はこれくらいにしよう。

清方の絵も色々出ている。鎌倉の記念館からの出向。明治のアイテムが色々描かれている。
・あさ露  バイオリンを弾く令嬢。二日月の下、白薔薇も豊かに咲いている。
・「魔風恋風」口絵  ハート形に囲まれたキャラの娘など。
・あしわけ舟  子爵をめぐる女たちの話らしいが、洋装の令嬢たちの集団の口絵。
・早春 これは大正の作品だが、アールヌーヴォーな髪飾りに菫色のショールがいい。
・嫁ぐ人 盛装の令嬢たち。中には当時流行の婦人向け海中時計を首飾りとしてかけている。孔雀柄の帯も明治以降のもの。
イメージ (535)

山村耕花 婦人愛禽図  おお、ここの所蔵の。耳隠しをした五人の婦人たちがそれぞれ自分の愛鳥を自慢している。
みんな帯高でアールヌーヴォー風の髪飾りをつけている。

着物にアールヌーヴォー調のものは似合うが、アールデコはあまり合わないように思う。
時代が先走ったが、そんなことを思った。

束髪を生み出したのは大成功だと思う。
今に至るまで束髪もどきのヒトがいるくらいだから。
周延も束髪の色んなのを一枚絵にしている。中にはわたしもしたことのある髪型が出ていた。
その束髪に使える「束髪簪」がずらり。
大きいのはスペイン簪と言うたようだが、鼈甲製からセルロイドまで色々。アルミもある。
アールデコ風なものもあり、色々あるのがよかった。

この他にも帯、指輪、帯留めなどが綺麗に並んでいた。
時代は大正から昭和初期に進んでいた。
モダンな生活が広がり始めていたのだ。

帯びもいいのが多い。薔薇柄、小林かいちが描きそうなトランプと思わせぶりな何かの柄。
銘仙の着物もある。
華宵や加藤まさをが描いた少女たちが身に着けていたようなものばかり。

モダンライフを描く日本画や写真がある。
勝田哲 朝 この絵は好きな絵。ベッドに寝転びながらレコードを聴いているモダンな女。
山村耕花 少女 モダンな装いの少女。バッグも靴も素敵だ。
丹羽阿樹子 奏楽 二人の和装の女が合奏。どちらの着物いい。こうした着物と帯の取り合わせのセンス、本当にいい。
この画家は近年になり取り上げられるようになり、本当に良かったと思う。
もっともっと発掘され再評価されれば、と思っている。

3.西洋 ジャポニスムの流行
時代は再び遡る。

ジュール・ジョゼフ・ルフェーブル 扇の言葉 西洋婦人たちが日本のファッションや美術に夢中になる様子がとても興味深い。
キモノを着た西洋婦人の絵をちょっと思い出すだけでも…たくさんあるなあ。
そして彼女らの手には扇がある。
イメージ (536)

サテン、絹シャル、楊柳…様々な素材が使われたドレス…
竹に雀、花菖蒲といった和物の定番文様が新鮮な驚きを以て愛され、受け入れられたのだ。

しかし丸きりのキモノではなくアレンジがきちんとなされ、自らの体型・社会に沿う形に変わる。
イメージ (534)

川上貞奴の公演ポスター。これは最初に見たのはサントリーがグランヴィレコレクションを手に入れたときだったか、それとも工芸繊維大の…ちょっとわからない、
アメリカ公演をする貞奴を描いているが、色々と面白い様子なのがいい。
今でもこの時代の勘違いは生きているのを時々目の当たりにする。

バルビエのファッションプレートが何点も並ぶのも嬉しい。
そしてポワレ、フォルチュニィのドレスがある。
それだけでなく日本の文様に影響されたイブニングドレスがスゴイ。
青海波をイメージしてるのだが、その表現はシルバービーズとライトストーンとで構成されている。

面白い文様も多い。虎が向き合うイブニングコートなどもある。
やはり1920年代は素晴らしい。

ラリックの時代が来た。
イメージ (530)
どれを見ても魅力的なものばかり。

ジャポニスムの熱狂は食器にも及ぶ。
イメージ (531)
三菱一号館の所蔵品がずらり。あの復元された建物にこれらが所蔵されている、というのはそれだけでもときめく。

最後はアールデコ。
ラリックの香水瓶や花器のよいのが並び、そしてジャン・デュナンの化粧コンパクトに目がゆく。
彼は日本人に習ったアールデコの作家。
欲しいな、使いたいな、と思った。

とても心躍る展覧会だった。
6/25まで。

鴎外の〈庭〉に咲く草花―牧野富太郎の植物図とともに

文京区の鷗外記念館では鷗外の愛した草花についての濃やかな紹介があった。
鷗外は家庭生活を愛した人だったが、庭の草花への愛情も深かった。
イメージ (506)

展覧会の紹介文にすごいことが書いてある。
「鴎外は自身の作品の中にもたくさんの草花を登場させています。その数500種以上、植物専門家でもないひとりの作家が取り上げる数としては、並外れた数といえるでしょう。」
そう言われれば、と鴎外の作品に現れる草花を思い出す。
そして今回の展示では、鴎外と同い年の世界的な植物学者・牧野富太郎の植物図がそれこそ「花を添え」、鴎外の文章世界と描かれた草花との見事なコラボを楽しむことになる。

1.観潮楼に咲く草花
バショウ、シラン、モモ、ウメ、ボケ…それらが当時要する作品名も記されている。
日記も花の事が書いてある。
庭いじりの楽しみが身についているのを感じる。

数年前回顧展のあった宮芳平のハガキがある。鴎外との温かな関係を思い出す。
彼の落選した絵は「椿」だった。
当時の感想はこちら

鴎外から奥さんへの手紙にはレンゲの押し花も。
こまめな人だなあ。優しくていい。
豪奢な花でなく草花を愛した、というところも好ましい。

貝原益軒「大和本草」の付録などが出ている。昨日もちらりと書いたが、日本の本草ものは魅力的。
山川草木という言葉があるものなあ。

本多錦吉郎「日本名園図譜」、籬島軒秋里(秋里籬里)らの「築山庭造伝」が紹介されている。
「日本名園図譜」は国立国会図書館のデジタルコレクションにある。
桂離宮、修学院離宮、銀閣の庭園、黒谷さんなどの著名な庭園の写真と紹介文が綴られた素敵な本だった。
挙げられているのは全て京都の庭園なのがまたよろしい。

籬里の「摂津名所図会」も人気だが、この本も当時のベストセラー・ロングセラーだったそうだ。
この内容はこちらのサイトがワードで読めるようにもしてくれている。
かなり実践的な内容である。

イメージ (507)

2.作品に咲く草花

いい感じの装幀がある。
「塵泥」ちりひぢ この表紙可愛いなあ。

そして鴎外の草花を愛するキモチが作品にあふれているのを掬い上げて紹介してくれる。
鴎外ファンでもあった石川淳が書いた言葉が挙げられているのも、石川淳ファンとしてはとても嬉しい。
「鷗外は花卉草木の詩人であつた。」
いい言葉だ。断定が石川淳らしくてたまらなくいい。
石川淳の語る鴎外像にいい感情が流れてゆく。

鴎外の作品がいくつか挙げられている。
「うたかたの記」「藤棚」「田楽豆腐」「サフラン」「伊沢蘭軒」…
そこに描かれた植物の紹介や関連する絵葉書などが出ているのがいい。
見たいものが出ているのは嬉しい。

いい絵葉書がある。小石川植物園に咲く藤と躑躅、芍薬、花菖蒲、桜などなど。
昭和初期のもので手彩色ではないと思う。綺麗なフルカラー。
長いこと小石川の植物園にも行っていない。
久しぶりに行きたくなってきた。
そういえば1992年の映画「外科室」は小石川植物園が主な舞台だった。
つべに映像が少しある。

高輪の岩崎邸の写真もある。そうか「藤棚」はここがモデルか。
戦前の大邸宅を見るのが好きだ。小川一真のいい写真。
これも国会図書館のデジタルコレクションにある。
とても嬉しい。

牧野の植物画といえば、先般小磯良平記念館で見ている。
当時の感想はこちら
わたしはそのときこう書いた。
「小磯は植物の皮膚を・牧野は内臓を描いている。
小磯にある情緒は牧野にはないが、情報が詰まっている。」
今回もその考えは変わらない。
牧野の植物画は本草を描いた絵から出発し、やがて「牧野式植物図」と呼ばれるようになる。
その変遷を見る展覧会が練馬で開催中。イメージ (520)
イメージ (521)

鷗外記念館でこのチラシを貰い、初めてここのことを知った。
アクセスもよさそうなので好きな植物が咲くころに行きたいと思う。

3.草花を見つめた二人

鷗外はしばしば小石川、向島といった植物園や花園に出向いている。
1918年の手紙をよむと正倉院の曝涼に立ち会いに来た鷗外が、奈良の子供らがどんぐりを「かっちん」ということを記している。
これは櫟の木の団栗だから本当は「いっちん」ということを書いていて、それでわたしもその言葉を覚えたりもする。
ちょっとしたことだが、それも展覧会の楽しい思い出になる。

この展覧会のリストのラストページには鷗外と牧野の交流略年譜が書かれている。
この年譜が「草花を見つめた二人」の様子を想像させる。
濃密ではないようだが、やさしい心持で互いに対していたことが伺える関係性だと思う。
よい展覧会だった。

なおモリキネカフェではこの展覧会の間、花をモチーフにした生和菓子を提供している。
こちらの自慢の紅茶と共に味わうのもよいことだと思う。

展覧会は7/2まで。


江戸の生きもの図鑑 ―みつめる科学の眼―

最近「博物画」を見る機会に恵まれている、と思う。
2013年には「大野麦風 大日本魚類画集と博物画にみる魚たち」展を見た。
あれは待ち望んでいただけに二度も見た。
あの展覧会を見たからこそ、博物画への愛が生まれたと言っても過言ではない。
当時の感想はこちら。大概長いな。

薔薇を特に愛したルドゥーテの絵もそう。
それからキャプテン・クックの航海に同行したバンクスが諸国の植物などを記した、キャプテン・クック探検航海と『バンクス花譜集』展も見たな。
最近では静嘉堂の「挿絵本の楽しみ」展もそう。当時の感想はこちら

徳川美術館で「江戸の生きもの図鑑 ―みつめる科学の眼―」展をみた。
展覧会の紹介文をサイトから引用する。
「博物学は、動植物など自然物を観察し、その種類や性質・産地などを分類して記録する学問です。日本では、東洋医学における薬学である「本草学(ほんぞうがく)」として古くから研究され、江戸時代には中国や西洋の新たな手法による研究の影響を受けながら大きく発展しました。「図譜(ずふ)」はその研究成果の一つで、今でいうところの図鑑であり、対象が正確に、わかりやすく記録されています。ただ、写真のように対象をあるがまま写し取るというわけではなく、科学の眼で取捨選択された情報によって構成されているのが特徴です。
 知的好奇心と、探求への情熱に満ちた博物図譜の諸相をご覧いただくとともに、伊藤圭介らの活動を中核とする尾張地域の博物学についてご紹介します。」

とても関心が湧いて、いそいそと出向いた。
イメージ (499)

展示は蓬左文庫で行われている。
徳川美術館の武具・能・茶の湯・嫁入り道具などをみてから文庫へ入る。

1.美しき図譜

本草図説 195冊のうち 高木春山筆 岩瀬文庫  これがまた途轍もなく凄い。様々な「生きもの」が描かれている。
ここにあるのは鮎、オコゼといった魚類、芍薬、烏頭の漢方薬になる植物、そして見開き+継ぎ足し紙に描かれたセグロサギ。
フルカラーでこれらが非常に丁寧に描かれている。
この感想を書くにあたって徳美のサイトを訪ねると、紹介があった。
「植物だけでなく、昆虫・動物・鉱物など、あらゆる自然物を採り上げた手描きの図譜です。作者の高木春山は、全ての項目に詳細な図が備えられた図譜を製作するため、遠くまで実物の調査に赴き、財産をなげうって「本草図説」を製作したと伝えられています。」

こうした情熱があるからこそ、後世に残る名作も生み出されるのだなあ…
先日初めて岩瀬文庫を訪ねたが、あの膨大な知の集積施設が無料だというのも驚いたな。

この本は東博にもあるそうで、画像検索可能。
ちなみに岩瀬文庫のサイトには動画まである。
そして国立国会図書館デジタルコレクションはこちら

更に荒俣宏さんの本まであるようだ。

本草図譜 岩崎灌園著 1830 蓬左文庫、岩瀬文庫  日本初のフルカラー本だそう。「山草」「喬木」の項目をみる。
イメージ (504)

この本は国立国会図書館のデジタルコレクションでも見れる。こちら

国立公文書館も一部公開している。

やっぱり博物画を大事に思う人が多いということなのだ。

草木花実写真図譜 川原慶賀著 江戸―明治 蓬左文庫  先般展覧会があったが、行き損ねたが、こうして一部でも見ることが出来て嬉しい。
凌霄花、栴檀、辛夷の絵が出ていた。色々詳しいことがわかりやすく書かれていた。
国立国会図書館デジタルコレクションはこちら
この本は他に早稲田、長崎大、外国にも収蔵されている。

飯沼慾斎というヒトに描かれた魚図鑑がある。いずれも名古屋市東山植物園蔵。
魚譜  ウスバハギの大きいのがページいっぱい。  
魚介譜  白描によるオコゼなど。
禽虫魚譜  …リアルやな。
幕末から明治のヒトは工芸だけでなく絵画も「超絶技巧」な人が多いのだろうか。

イメージ (500)

伊藤圭介筆・編の著作がずらり。名大附属図書館蔵 江戸―明治の刊行
錦窠植物図説 きんか・しょくぶつ・ずせつ。
この「きんか」シリーズがたくさんある。錦窠は伊藤の号。
シーボルトの弟子で、日本初の理学博士。随分長生きし、「花粉」「おしべ」「めしべ」という言葉を拵えた人だそう。
・・・花粉症のことを知ったらどうされていたろう。

ところで展示説明によると、
「圭介の図譜のうち伝存する手稿本(しゅこうぼん)の多くは、自作に限らず蒐集した図や印葉図(いんようず)(植物の拓本)も貼り込まれています。」 
とのこと。 
出ていたのは桐の写生、クルミなどの拓本、椿もある。

全く知らないことばかりなので、とても興味深く見、そして後日こうして調べるのが楽しい。

虫譜、魚譜、獣譜のシリーズもいい。グジが出ていた。アマダイ。
そして伊藤の使った顕微鏡もある。ヨーロッパ製。島津製作所はまだ。

安喜多富貴印葉図 宮越精之進作・伊藤圭介識 1882  拓本を取ることで葉脈の細かい所まで余さず写せる。
以前に聞いたが、写真よりも正確なのだそう。
巨大なフキの葉っぱの印葉。コロボックルが雨宿りに使えそう。

萬花帖 巻9 24冊のうち 山本章夫筆 江戸―明治 岩瀬文庫  ユリの絵が選ばれていた。山本は大阪の森徹山に学んだ。
他に果物で葡萄、禽品で鶉が出ていた。
そして獣類写生 ミダヌキ(アナグマだろうか)、ベロを出す豹の子、虎子、毛並みのいいロバなどなど…

このコーナーだけでも随分楽しめた。

イメージ (501)イメージ (502)

2.日本の本草学略史

・江戸時代前期
本草綱目が出ている。1ページに4コマずつ展開する。
何度か見ているが、本当に興味深い。
貝原益軒も本草関係の本を出している。

・江戸中-後期
平賀源内らの登場。時代がいよいよ博物学を更新・昂進させる。
阿蘭陀のを元にした本草ものもある。菩提樹の成分もかいてある。
リアルな絵が多い。
しかしどこか優しい。

3.園芸の流行と植物図
江戸が世界的にも植物大好き時代だということはよく知られている。
品種改良もうまいこといった。
江戸の染井、上方では平井山本が植木屋さんの総本山。
接木太夫の碑が山本駅のそばにある。
尤も接木太夫は江戸時代より百年前のヒトだが。

菊、朝顔、万年青などの本がずらーっ椿の比較図もある。可愛いなあ。
万年青と言えば明治のうさぎブームのとき、万年青もブームになっていたのだったな。
投機目的なので熱が下がれば早く人気が無くなる。

4.尾張の本草学
大名に博物学ブームが来たというのは知られていること。
去年、和歌山まで殿様の所蔵する博物学関係の品々をみてきたところ。
当時の感想はこちら
イメージ (503)

それにしても本当に奥が深い。
植物、禽獣、さまざまなものを描き・調べ・発表する。
ここでは伊藤圭介の本がたくさん出ていた。
標本も素晴らしい。

5.尾張の殿様と本草学

百鳥図 1886 立派な図鑑だ…中国の花鳥画写しと言うことだが、東アジアの花鳥画の系譜を想うと、本当にこの本は素晴らしいと思う。
西は西。東は東なのだが、植物画というか、花鳥画というものがある界隈に活きていることが嬉しくなるのは、こんな時だ。

ところで天保4年(1833年)にアザラシだかオットセイだかアシカだかか来たらしい。見世物でなく、勝手に泳ぎ着いて。
銅版画もある。置物まである。どうやらゴマフアザラシだったようだが、大騒ぎになっていたようだ。
全然関係ないが、再開したNHKのコント番組「LIFE」でオットセイに扮した連中の話があり、ハーレムを作れなかったオスの悲しみをやってて、ラストのオチがまさに落ちで、笑えたなあ。

大名自身の仕事もある。
砂糖鳥というインコの仲間の鳥の絵を描いた人もいる。
尾張家14代目さんは自ら収集するだけでなく執筆もしている。
時代だなあ。泰平だからやっばり学問しなくちゃな。
中でも群蟲真景図はコウモリやトンボもいる。よく出来ていて面白い。
構成もいい。

標本もとても丁寧に拵えて飾りも綺麗にしている。縁は墨流しにしてみたり。
植物標本は「腊葉」サクヨウというそうな。

この展覧会でいろんなことを教わった。
チラシの魅力に引っぱられて本当に良かった。
図録はないが、今の時代はありがたいことにある程度はデジタルデータを見ることも可能だ。
とはいえこの集まりを再現するのは不可能。
やっぱり実際に行くのがいちばん。
7/9まで。


京都文化博物館の常設展は楽しいゾ

テーマを決めての展示だから、「常設」というのもちょっと違うのかもしれないが、京都文化博物館の2階の展示室はいつも面白い。
今回は、先週終了した「いつだって猫」展に協賛?対抗?して「京都だって猫」展、「大津絵」展、それから祇園祭コーナーでは放下鉾の展示があった。

「京都だって猫」とかいて「ウチだって猫」と読む。そう、ここにはようさんニャンコいてますのよ。
なにしろ猫好きの帝もいてはったし、猫寺もあるし、養蚕関係で洛中ではないけど狛犬ならぬ狛猫さんもいてはるのだ。
尤も京都には他に狛猪もいやるけどね。

猫が活躍と言うか罪作りをしたのが源氏物語の若菜上。
猫が飛び出したおかげで罪深い恋が育まれ、多くの人が苦しむ原因を拵えた。
しかし猫に罪はないし、このシーンはドラマチックなので、みんな描く。
ここには西川祐信の絵があった。
更にその二次創作もある。昔は「見立て」と言うたのですね。
女のヒトの着物の裾にいる猫の絵

色んな猫絵がある。
西村五雲の猫スケッチのリアルさ。いいなあ。
92年にここで「動物に魅せられた京の画家」展があった。五雲の師匠・弟子と三人の展覧会。

子猫同士のこんな様子を見たら、今ならすぐにSNSに挙げるね。
イメージ (494)
リアルな様子。耳を後ろにしてる猫の表情がいいなあ。




三輪晁勢の日光眠り猫の絵が可愛い。こういうのを見ると日光に行きたくなるな。
高山泰造の陶芸猫もいい。リアルな表情と様子が可愛い。

朏コレクションの猫の郷土玩具もたんまり。
このみかづきコレクションは90年にみたのが最初かな。
イメージ (495)
住吉っさんの「初辰さん」もいてやる。小さいのからだんだん巨大化してゆく猫やん。

次に祇園祭コーナーへ。放下鉾特集。
何というても胴懸の朝鮮毛綴が素晴らしい。この虎ちゃんが可愛い。
イメージ (496)
他にも獅子のシリーズがあるが、それがもう丸い目玉の可愛い怪獣みたいな奴らで…
珠取り親子獅子なんかは絵本作家・瀬川康男の原画かと思うくらいのファンキーさがあった。
こういうのを見ただけで嬉しくなる。
追記:京都文化博物館のツイートにいてた。


来月の祇園祭が楽しみ。

最後に大津絵。
昔ながらの素朴なものではなく、大津絵にインスパイアされたり、自分らも新しいのを拵えよう、とした画家たちの仕事が集まっている。
イメージ (497)
京都画壇の寄合大津絵屏風から。元からかけ離れないのが多くて、それだけに面白味が増す。
面白くないのはその遊び心を無視したというか主旨をスルーした麦僊くらいで、あとはみんななかなか。

リアルな絵で鬼の念仏や浮世又平を描いたのは鈴木松年。リアルにすると怖いがなw
浅井忠のデザイン感覚と遊び心が横溢した大津絵もある。

一方、小川千甕のように「西洋風俗大津絵」もある。
西洋ハイカイの頃に見かけた人々の様子を大津絵に倣って描いたもの。
それだけに楽しいものが多いし、また「これはあれかな?」と思うものも色々。
イメージ (498)

上段は元の大津絵に似せようとした、純・大津絵風な楠瀬日年の絵、下は多分それらをモチーフにしたのだろうな、という並び。
洒脱で楽しい。

こういう展覧会はいくらでも見ていたい。
6/18まで。

最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア