美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

雪村 奇想の誕生 

「ゆきむらではなくせっそんです」
雪村と言うヒトの話。
この字でユキムラだと歌手に雪村いずみがいた。
それから「幽☆遊☆白書」にも雪村螢子という少女がいる。
で、セッソンはというと、室町時代に関東で活躍した雪村周継(せっそん・しゅうけい)このヒトくらいしか知らないし、現にこの人が対象の話になる。
「雪村 奇想の誕生」
東京藝大美術館で彼の大々的な回顧展が開催されている。
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既に後期が始まり、大幅な展示替えをしたというのに、今から挙げるのは前期の感想である。
例によってやることが遅いので仕方ない。

ところで今回のチラシ、キャッチコピーがなかなか楽しい。

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第一章 常陸時代 画僧として生きる
雪村は生涯が案外知られていない部分も多いそうだ。
生まれたのは常陸の部垂(ヘタレ)という場所だとある。
この時代で自分から僧になる人と言うのはどういった経緯・思考の末にそれを選んだのかとか、色々妄想が生まれるが、それはわたしの勝手な愉しみに過ぎない。
どうやら確かなのは「雪村になる以前、かれは廃嫡されたらしい」ということ。
それをどこかに含んでおいて、絵を眺める。

滝見観音図 雪村の描いたものと筆者不明のものとがある。
大体同時代。同じ茨城県、昔の常陸。
雪村はこの絵を手本に自分の絵を拵えたのか。
タネ本の方は、善財坊やは左下で拝している。観音はふっくらさん。
雪村はまず滝が違う。左から右下へ・次は左下へ、という流れを背後に描く。滝見と言いながら今はそれよりちびの様子を見てますよ、という観音。
浄瓶もある。坊は観音を見上げる。観音はやや細面。

先般「高麗仏画」の名品を鹿ケ谷の泉屋本館と根津美術館とで見たが、そこでも観音に面会に来た善財坊やの絵のよいのをたくさん見た。
あれらはカラフルで装飾も豊かだったが、時代が下がると表現も嗜好も変わる。
海を渡ってシンプルな方へ向かう、と言うのも考えれば面白い。

葛花、竹に蟹図 黒いカニである。つまり茹でられもせず生きて動いている。葉の緑がいい。葛の花と言えば二つのことを思い出す。
釈迢空「葛の花 踏みしだかれて、色あたらし。この山道を行きし人あり」
野坂昭如「骨蛾身峠死人葛」
カニはチクチク歩いている。

書画図 大和文華館 見た記憶があんまりないのだが、スルーしてたかな??三本に分かれた滝がドウドウと流れ、少年たちは立ち働く。その場にいる人々の顔立ちはわからない。

瀟湘八景図帖 雪村のには小さいけれど人がいる。人がいる自然風景。これはほっとする。
いくら「帰帆」があっても人の姿は見えないのが大半。
混み過ぎるのもいやだけど、適度なヒトの姿はあると安心する。
しかし雪村以外はなかなかそんな人の姿は描き込まないか。
そのあたりがもしかすると発想が違うのかもしれない。

柳鷺図 鷺たちがなかなかマッチョではないか。しなやかではなく筋肉の在り処を見た気がする。飛ぶのも佇むのもみんななかなかエネルギッシュ。

陶淵明図 柳の下で詩人がふと振り返る。琴を持ってついている少年が「ここでまた何か思い浮かんだのかな」と思っているのかもしれない。

白衣観音図 ぼてっと座っている様子がどことなく占いの人みたいにも見える。
描かれている人も神もみんななんとなく面白い。
蕭白ほどのケッタイなのはいないが、なんとなくアクの強い様子。

第二章 小田原・鎌倉滞在―独創的表現の確立
この辺りから本格的に面白い絵が出てくる。

蕪図 日々食べるものとしての姿を写したのか、何かしらそこに禅の悟りを反映させたのか、そんなことは知らないが、全く以て蕪である。
後世の徳岡神泉の蕪図が妙に思想の深淵を思わせるのとは対照的に、「この蕪は皮がちょっと堅そうやな」という感じがするくらいである。

高士観瀑図 右下に小さく滝。それ見てて「GJ!!」と指立ててるらしい??

列子御風図 中国の仙人で、風に乗って術をかけているところ。

こういう故事説話などを描いた絵は大抵がイキイキしている。

欠伸布袋・紅白梅図 三幅。左右に白梅、紅梅の絵がおかれ、中に気持ちよく欠伸をする布袋さん。

百馬図帖 鹿島神宮所蔵か。いろんな馬たちがあちこちにいて仲良くしている。可愛いなあ。外線のみ。シンプルな良さがいい。
そういえば日本固有の馬の産地と言えば木曽に相馬に・・・
茨城は知らんなあ。

古天明十王口釜 関東の釜で、「得月」のサインがある。

第三章 奥州滞在ー雪村芸術の絶頂期 
ここで奇想爆発!

呂洞賓図 チラシにもなったあれは大和文華館の名品の一つ。
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けったいなおっさんを乗せた竜のドヤ顔がなかなか。
煙から生成されたような竜もいてます。

こっちのは新発見。
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これ実は最初のチラシでは出てなかったのだよ。
下のチラシ見てわかるようにその場所には釈迦と羅漢たちが煙から出た竜を見上げる図が入ってたのだ。

へんな煙が出て来て何かが現れる、というのはもう近年では見なくなったけど、昔はランプの精とかそんなのがおったもんなあ。←ちょっとチガウ。

鍾馗図 ぎろりとした目玉のオッチャンとして描かれている。コワモテだけど妙な愛嬌もある。
結局そこがええわけです。

寒山も巻物半開きでニター。
唐子と遊ぶ布袋も嬉しそう、みんな見た目ちょっと変やけど楽しそう。
風景もただ山水ではなく、そこに生き物がいるのがいい。

花鳥図屏風 白椿に白梅に雁や鶺鴒などもいる。左にはガチョウに鷺にもいて柳や蓮もみえる。季節は廻らず同居する。
また別なそれには、木に止まる白鷺らの良さを描き、槍梅もあり、こいのぼりみたいな顔の奴までいたりする、
ほのぼのはしないが、こんな静かでそしてにぎやかな花鳥画はいい。

第四章 身近なものへの眼差しイメージ (242)

野菜香魚図 おいしそう。茄子や細大根などが描かれている。茄子は食べたくなる。

芙蓉にクンクンする百舌鳥とか丸々した瓜に三方に跳ねるカヤツリ草など、面白い取り合わせの絵が続く。
猫小禽図などは虎柄の猫が可愛いが、竹に止まる鳥はなんか憎らしそう。
コロコロに肥えた短足なところが可愛い大猫。

やっぱりコロコロに肥えた雀らが竹にいる図もいい。

第五章 三春時代 筆力衰えぬ晩年
面白い絵が集まっている。なんだか好きな題材を好きなように描いている雰囲気がある。

蝦蟇鉄拐図 3本足の蝦蟇はお約束だが、このガマ仙人の楽しそうな様子がいい。蝦蟇がビューッとしてるのを喜んでいるようだ。
鉄拐も負けじと芸を披露中。

猿猴図 こ、これは惨劇を予想させる図。チラシの「猿蟹合戦ファィッ!」のあれね。チラシだけ見てたらガチンコの1対1かと思ったが、そやなくて、なんとこの猿の後ろに猿軍団が控えておるのだよ。しかも「やれーやってまえー」とエキサイト気味。ヒーッ
やんきーな猿たちには困るで。カニ、恐らくアウト。これならそりゃ復讐・仇討アリですわな。

孔子観敧器図 これは中村不折も描いているが、水の入った器のバランスと政治のバランスとを示すシステムを孔子が見学する図。フルカラー。
ところでこの絵、大和文華館のだが、あちらでは見たことないなあ。

金山寺図屏風 これは名刹として有名な中国のお寺で逸話も多いのだが、ここではやたらと塔が多いように描かれている。
実際には時代の変遷があるので、本当にこんなに塔があったかどうか。今のは清のもの。雪村がいた時代はどうだったかは知らない。

それにしてもどんな風景にも人がいるのはいいな。
他の絵師だとヒトの姿を消すことも多かったり、点景の一つにすぎないのに、雪村は人もまた自然から現れたものとしてその風景画に描き込む。

なにやら囲い込む場があり、そこへ入るとちょっと違う展示があった。
テーマ展示 光琳が愛した雪村
光琳描く高士や仙人らは雪村の影響下にあるものが多いそうな。そうか、そう言われてそうだなと同意する。
例の小西家伝来の光琳関連資料にも雪村のなんだかんだがあり、光琳が雪村に夢中だったことがわかる。

第六章 雪村を継ぐ者たち
画僧だけでなく狩野派や他派の絵師たちの作品もある。

カラス図 以天宗清 室町時代 けっこう凶悪そうでいて可愛いカラスが二羽いる。目が△に尖っている。

狩野洞秀も呂洞賓を描く。好奇心旺盛そうな竜がいた。煙から飛び出す竜。

江戸時代、絵師の間には雪村ブームがあったのかな。
狩野派の絵師による鍾馗、布袋、蜆子図などがあるが、けっこう雪村の絵のイメージが強い。
明治になっても模写してた人もいるようだ。

狩野芳崖 竹虎図 おおーなかなか。がおーっなのがいい。
これは橋本雅邦に「雪村のこんなの観たよ」とスケッチしたのを見せたもの。

その本歌があるが、さすが芳崖、うまいこと捉えてる。ひしゃげたような頭の形と言い、じわじわなシマシマといい。目は枇杷の実のように丸くて可愛い。そして手の甲のふっくらさがいい。

昇龍図 橋本雅邦 飛んでくところ。こちらも目が可愛い。

雪村、どういう気分でどんな心持で描いていたかは知らないが、ファンキーなものが多くて、笑うに笑えないが笑ってしまうものが少なくなかった。
また後期もきちんと見て、大いに楽しみたい。
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「絵巻マニア列伝」は凄いぞ

サントリー美術館で「絵巻マニア列伝」を見たが、まずこのタイトルがよろしい。
よろしい、というより本当にそうとしか言いようがない。
そういう風にリードされたからだろうが、物凄く納得した。
なんでこの世に中世の煌びやかな絵巻がこんなにもたくさんあり、それらが大事に残されているかを考えれば、やはりそこには「絵巻マニア」の存在がなくてはならず、しかも彼らマニアに権力・財力・執着力、この三つが具わっていたからこそだと頷ける。

さて院政期の美麗な作品から展示は始まる。
以前に「美麗 院政期の絵画」という展覧会が奈良博で開催された。
当時の感想はこちら。
その1

その2

そのときに仏画の美や絵巻の麗しさを思い知らされていたが、十年後の今、この時代から室町、江戸時代の「絵巻マニア」の存在を知ったことで、改めて絵巻の美と面白さとを思い知らされた。

序章:後白河院
後白河院と言えば梁塵秘抄の著者であり、頼朝に「日本一の大天狗」と罵られたり、好き放題したお人でございますね。
先に色々知識を詰め込んでおくと、この人が蓮華王院の宝蔵にお宝の絵巻を収蔵したので、以後そのお宝蔵が絵巻収納場所として多くのマニアたちの聖地となるわけですね。

最初に病草紙を三点みた。
不眠の女、居眠りの男、頭の上がらない乞食坊主。
みんな寝てるのにせつないよね。ちょっと「ハガレン」のアルを思い出した。かれは眠りのない状況になってしまったものなあ。
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突然居眠るのはナルコレプシーかな、と前々から思っている。阿佐田哲也が牌持ったまま瞬時に意識を失い、そのままで復活する…
アタマが云々は首の問題かな。
どちらにしろ周囲の人々の視線は冷たい。

法然上人絵伝 巻十 これが出ていた。絵巻に描かれているのは御所、水鳥、桜の頃。
法然と後白河院との関係は深い。
それについてはこちらに詳しい。(pdf注意)

吉記 承安四年八月記 藤原経房 19世紀写 江戸時代後期 五冊のうち一冊  院よりコレクションをまとめ、分類せよと命じられた、そのことを記している。
他に「玉葉」も出ていて、そこにはお宝が散逸したらどうしよう、という不安が綴られている。

蓮華王院は絵巻の宝庫だった。つまり三十三間堂はその本堂に当たる。
・・・千体の観音は警護のための?とついうっかり思ってしまいそう。
なおその三十三間堂の前にはわれらが京都国立博物館が鎮座ましましているから、この界隈に宝物蔵があったというのもなんだか今に至るまで納得。

田中親美が模写した年中行事絵巻、複製の伴大納言絵巻、これらも後白河院のコーナーにある。

後三年の役を描いた絵巻もある。義家が清衡に加担しての戦時。なかなか勢いのある絵で、戦死者も続々。

コラム・京文化マニア実朝と絵巻
父親が京文化を拒否したのと対照的に、時代が過ぎたからか、この文人肌の息子さんは日本脱出を夢見たり、京文化に憧れたり。政治家の母親からも色々言われても、ひたすら憧れと夢が強まるばかり。
絵合わせを楽しんだり色々しているが、言うたらなんだが、やっぱり暗殺されてしまうしかないわな…お気の毒ながら。

前九年合戦絵巻断簡 砂金豪族の頼義が安倍を攻略した話。季節は秋。家臣が鎮守府将軍となった頼義にそっと話をするシーンが出ている。
この絵巻を実朝は見ているらしい。大江広元が持ってきたそう。

このコーナーで一番はっ となるのはまさかの九相図巻。
わたしがみたのは17世紀の模写。とはいえよく描けている。
犬たちがはぐはぐ、烏もパクパク、骨がガランガラン、やがてバラバラ。
シーン3つにはそれぞれ名がついている。
「噉相」くらう、という意味。「骨相」、それから「散相」。
納得。
わたしが最初に見知った九相図と言えばやはり「ドグラマグラ」なのですよ。
それから近藤ようこさんが「妖霊星」でも描いている。
杉本苑子「檀林皇后私譜」、あとは京都文化博物館の今は亡き素晴らしい映像作品か。

第一章:花園院 
父の伏見院への礼状がイキイキしている。蓮華王院の絵巻を楽しめたことへのお礼。
「万事なげうって」おいおい…
17歳のときめきですな。
ここでもいい絵巻が出ている。

春日権現験記巻9 興福寺へ我が子をやる母親の話。お坊さんも来た少年が可愛いのでニコニコ。しかしそれからほどなく、母親は危篤になり、僧となった息子に会いたいというて、可愛い坊やは剃髪。その時の師坊のがっかりな表情がいいよなー。
残念、勿体ない、というのがアリアリ。

石山寺縁起絵巻1 みんなで土木してるところ。近年わりとこの絵巻もよく見るようになったな。滋賀近美での感想はこちら
谷文晁も模写をしている。それはこのサントリーで展示されたが、巻数は違ったか。

久保惣からも駒競行幸絵巻が来ていた。嬉しい。
頼通の屋敷での管弦の宴。竜頭鷁首も出ていて、紅葉も華やか。舟をこぐ少年たちは可愛いし、奥でいちゃつく男女もいい。

矢田地蔵縁起絵巻 これが来ていた。地獄ツアーする満米上人の話。地獄の閻魔大王らからご招待を受ける。案内の官吏がおんぶして「ここですわー」。実は誰も受戒してなくて、ちょっと困ったわけで、それで上人を招いて一同受戒するのです。
それで晴れ晴れとなった閻魔大王が「よかったらご覧ください」とツアーを。
上人が地獄めぐりすると、お地蔵様が働いているのに出会ったり。
そして地上へ戻ったら戻ったで、ずーっとお米に不足しないようにしてもらえたわけです。
地獄のお礼はなかなかよろしいな。
地獄にいる怪獣が妙に可愛い。がおーっと吠えている顔、犬類だろうと思う。なかなか勇ましくも可愛い。
亡者は地獄門辺りで色々と大変。

さてこの時代には蓮華王院から絵巻類が仁和寺へ移管されたそう。
理由は知らない。
そして義満から問い合わせがくる。
随分前のだけど立派な目録があったはずなのに、それすら見つからないよね、という意味の話。
大体お宝というものはいつの間にかこういうことになるのが多いよな。
正倉院の管理はそう思うとすごいな…

第二章:後崇光院・後花園院父子
ヒトのことは言えないが、マニアも度を過ぎるとムチャクチャやがな、という見本のような父子。
伏見宮貞成親王の「看聞日記」嘉吉元年1441年の夏の頃が出ている。複製。
吉備大臣、伴大納言、彦火などの絵巻を見たことが記されている。

ラインナップあげてゆくだけでも大概すごい。
というかなんでやねんなものもある。
個人的には彦火、玄奘三蔵絵、天稚彦物語、芦引絵が出ていたのは嬉しい。
他にはとんち物語みたいなのとか痛烈なギャグとか品のないのとか色々ありましたなー
天稚彦の鬼パパに無理難題吹っかけられて困ってる姫を助けるアリたち、虎に怯える三蔵法師一行、喉から釣り針取られる殆ど人間ポンプ芸の魚人、彼氏である僧にたまには帰郷したいという若君と、かれの暗殺を企む継母らの顔つきが面白い。

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第三章:三條西実隆
絵巻製作のコーディネーター!こういう解説いいなあ。
石山寺縁起巻4はこの人の詞書。

たまらん絵巻がある。絵自体はやや稚拙。それだけに話はロコツ。
地蔵堂草紙絵巻 室町 奈良絵巻というところかな。修業中の坊さんがいて、写経してる時にある女に一目ぼれ。もうこうなるとアカン、千日写経をやった後、速攻で女と一緒になる。女に連れられ、そうと知らずに竜宮城。そこで楽しく暮らすが、ある日ふと女の足元に鱗があることに気付く。天衣をめくるシーンがけっこうリアル。
それでゾゾッとなって元のところへ戻りたいと話すと、女が黙って例の写経を出してくる。
開くとそこには経文はなく、ただただ「女と寝たい」ということしか書かれていない。
女の勧めでもっかい最初から修行のやり直しをすることになった。
享楽が果てて、女の方ももぉ別にいいやになったのか、それともやっぱりこれはアカンわと思ったのかは知らないが、女がクニへ帰って修業をし直せ、と勧めるところがなかなかいいな。

伊吹山系の酒呑童子絵巻、当麻寺縁起絵巻、桑実寺縁起絵巻などもあった。
いいものばかり。桑実寺縁起絵巻は太子33歳の厄難の話に始まり、天智天皇のころに阿閉女王が病にかかったのが治る話とかいろいろ。カラスとウサギが木にいるところが可愛い。日月ですなあ。
琵琶湖から薬師如来ご一行様が出現したりもするし。そしてお堂が完成するのを遠くから眺める仏さま。

第四章:足利将軍家
室町時代になるといよいよ物語が増す。
ここでの絵巻マニアは応仁の乱の足利義持。
もう殆ど絵巻狂いと言うてもいいだろう。

南大阪の誉田(コンダ)宗庿縁起絵巻 内容はこちら参照
欽明天皇が応神天皇陵の前に建てた由来とかね。八幡宮だから境内に鳩がいる。

禁裡御蔵書目録 絵巻の目録。玉藻前、玉取尼(まま)、酒天童子、弁慶、有明物語などの名が見える。

長谷寺縁起絵巻もあった。大津に霊木が来るシーンと、村人らにタタリが降りかかるところ。
何度か見ているが、
神はタタリ成すもの、仏は救うもの、という構造があるが、この場合は仏が祟っているような。

硯破草紙絵巻 これは細見美術館蔵なのか、本拠では観ていないな。
この物語は日本画を修めた絵本画家・赤羽末吉さんが「春のわかれ」という名品で再話している。
こちら
硯自慢の大納言が不在の折に、使用人が誤ってその硯を割ってしまう。それを知った若君が彼をかばって父上に「わたしが割りました」と言ったところ、大納言大激怒、跡継ぎの若君を追放する。
追われた若君はショックのあまりに早々と病に倒れ空しくなる。
激怒し追放したことを悔いた大納言は妻を伴い慌てて息子を迎えに行くが、既に若君は死んでいる。
あまりに弱いけれど、仕方がない。硯を割った当人もここでようやく告白。何もかもみんな手遅れ。
大納言夫婦も犯人もみんな泣きながら出家。
これは奈良絵本でも見ているが、説経節の「愛護の若」と、この「硯破り」とは本当に救われない。
だれもかれもが救われない。
日本人はサクセスストーリーと同時に悲惨な物語も好きなのだ。

コラム・珍重され続けた蓮華王院の宝物:土佐日記を例に
日野富子が管理していたそうだ。定家本があった。

終章:松平定信
以前の石山寺縁起絵巻展でも、谷文晁展でも松平定信の執心は伝わってきていた。
仕事もハキハキした人だし、人材登用を見ても色々納得がゆく。
こういう有能な人がマニアなのだから、きちんきちんと分類したり模本拵えるのも納得がゆく。

法然上人絵伝 流罪されるシーンが出ていた。鷺が淀川の上を飛ぶ。鳥羽から神戸の経が島辺りへ。平相国云々の文字が見えた。白犬や虎猫がいる。遊女たちの舟もある。琵琶法師らも法然を見に行く。

古画類聚 松平定信の編著。人物篇・兵器篇などがある。兵器と言うても馬に乗る人々の様子。
つまり古い絵巻からいろんな人々や様子などを分類して模写したデータベースである。
す・ご・い・わー。
こういうのがいかにもマニアやわな。しかも彼らしさが出ている。

蒙古襲来絵詞 河野通有を見舞う竹崎季長。リアルな表情。蒙古への防護壁のところに座る武士たち。石築地。そして出陣へ。
思えばこの絵詞は鎌倉幕府に「私はこんなにも働いたんですよ」という証明のために拵えられたものなんだが、文章ではなく絵巻にするあたりに、執心がみえるような…

逸翁所蔵の春日権現絵巻もあった。鹿が寛ぐのが可愛い。

そして最後に谷文晁に描かせた石山寺縁起。絵はうまいが、この琵琶湖のシーンは元の絵巻の方が良い感じがある。

観終わると「ゆうらぶえまき」の文字があった。
チラシを再び見る。
「ういらぶえまき」とある。
観ているわたしは
「あいらぶえまき」である。
そして最後はこのように、
「ゆうらぶえまき」と問いかけられる。

絵巻マニア列伝、出品作がいいのは当然ながら、この視点が良かった。
かつてのマニアの人々、本当に凄かった。
後世まで残してくれてありがとう。
今、そういうキモチでいっぱい。

面白い展覧会だった。


シャセリオー 19世紀フランス・ロマン主義の異才

西洋美術館でシャセリオー展を見た。
「19世紀フランス・ロマン主義の異才」という副題である。
文学・音楽・美術、とロマン主義が席巻したその当時に憧れる。
シャセリオーの作品をこんなにたくさん一度に見ることが叶うとは本当に嬉しい。
そして彼のみならず彼に影響を受けた象徴主義のモロー、シャヴァンヌ、そして師匠のアングル、友人のデ・ラ・ペーニャらの作品も併せて展示されている。
とても豪勢な内容なのだった。
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1.アングルのアトリエからイタリア旅行まで
16歳の自画像がある。 一目見て「女優の高畑充希に似てるな」と思った。
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フランス人の父とクレオールの母との間に生まれた子のひとりだという。
父はプエルトリコの領事などもしている。
お気の毒に若いうちに仕事上のあれこれで自殺されたそうだ。
テオドール本人も長命ではないが、しかし温かな家族や優しい友人らがいて、師匠とは芸術上の問題で袂を分かったが、あんまり難儀な人間関係はなかったようである。
(ただし、女性関係は措く)

リストに沿って感想を記そうとしたが、年代を飛び越えて印象的な位置に展示されている作品もある。
また要所要所に手紙やパスボードなどの資料もあり、それらも興味深かった。


お仲間の絵がある。同じ額縁で同じサイズの小さめの絵。
ナルシス・デ・ラ・ペーニャ 木陰に立つ若い女
テオドール・ルソー 小道に立つ羊飼い娘と犬 
もしかするとモデルと場所は同じところかもしれない。そんな感じがある。
夕暮れの中、消失点は中央のペーニャ、小さいながらも白犬だとわかるルソー。
キモチが優しくなる。

いよいよ怒涛のロマン派なのが出てくる。アングルの弟子だけに描写は正確だがドラマチックである。

放蕩息子の帰還 右手に赤衣の父と、左にはその父に取りすがり、やや上目使いの次男。ただし目は本当には何処を見ているのやら。
わたしは長女なので弟妹のこういうしたたかさ・甘えというものがイヤだ。

黒人男性像の習作 アングル先生の依頼を受けて色んなポーズを描き、ついでに言われた以上の仕事をするシャセリオー。
おお・・・空に全裸黒人男性が浮かんでいます、という情景。手だけ浮いてたりもするのはシュール。
いい身体。ときめくわ。
で、これを元にしたアングル先生は「サタン」にしてしまうわけです。
鉛筆描きのが出ていた。

若いシャセリオー、画力は最初からかなり高かった。
オリーヴ山で祈る天使 21歳でここまで描くか。大きな天使とキリストとが密着。

物語性が高くなる絵がだんだん出てくる。
アクタイオンに驚くディアナ 女神は後姿。他にも何人もの女たち。
もう早やアクタイオンはほぼ上半身は鹿になり犬たちに取り囲まれている。
鹿男あおによし ならぬ 鹿男あなかなし。
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石碑にすがって泣く娘(思い出) フィアンセの墓に取りすがる。小さな花がひっそり咲くのも哀しみを増す。知人の娘さんを描いたものだそう。

イタリアツアーでだいぶ意識も変わったらしく、絵もどんどんイキイキしてくる。
岩に座るナポリの若い漁師 まだ少年のような肢体。日焼けした肌、エキゾチックさとリアリズムとがある。

ポンペイの町を描いたものもいい。現地の人々を描いた絵はいずれも彼らの個性が強い。
母子像もあるが、やさしい空気が漂う。

2.ロマン主義へ―文学と演劇
いよいよ20歳になりましたが、早世するだけに既に完成されている。

女性半身像 むっとした女の表情がシンプルでいい。わたしもついつい写したが、この顔は描きやすそうな雰囲気がある。

見捨てられたアリアドネ テーセウスに置き去り、叫びながら彼を探す様子がリアルに迫ってくる。

アポロンとダフネ 両腕を上げたダフネは取りすがるアポロンをもう恐れず、なにも忖度することなく目を静かに開くだけ。
身体は半ばまで木に変わりつつある。アポロンの嘆きは遠い。
この構図は気に入ったか、同一のものがあり、更にモローもこれを参考にしたか、位置は逆だが似た構図のものがある。
並べてあるので比べることが出来るのも面白い。
モローとシャセリオーは仲良しだったのだ。
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モローは神秘的な絵が多いが、先生として生徒をとても大事にして慕われたし、こうした友人関係にも恵まれていた。
母親とのつながりは強いが、実質婚していた人もいたしで、そんなに偏屈な人ではないのだった。

他にルドン「目を閉じて」もあった。

シャセリオーはサッフォーもいくつか描いている。絶望的な状況だが、彼女たちの存在感は強い。

ヘロとアンドロス(詩人とセイレーン) 構図は結構シュール。これは女のもとへ灯りを頼りに通う男の話で、あるとき灯りがなくなり死亡、女も死ぬという物語。しかし女は冷たい顔で男を見ている。そこから二つ目のタイトルが出てきたのかもしれない。
元の物語は日本でもよくあるもので、佐渡情話、椿の乙女などがある。

面白いのは連作「オセロ」
これは本当にドラマチックで面白かった。
オセローを取り巻く人々の中には「プロスペロー」みたいなのもいる。イアーゴーが案外いい。
デズデモーナとその傍らにいる女の対比もいい。名場面に沿って物語は進む。
とうとう妻殺し。ムーア人の男の疑いの根にはコンプレックスがあった、それが表情にある。
枕落としで妻殺害、そして自身も破滅。

モロー 牢獄のサロメ ここにこの絵があるのも意味深だ…

ドラクロワ 連作「ハムレット」も並ぶ。たいへん嬉しくなる。
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オフィーリアの死

モローのサロメの関連習作がたくさんあるのが嬉しい。
それにしてもいかにモローがこの題材に力を入れていたかがよくわかる。
小さなシーンばかりだが、ドラマティックな様相を見せている。

シャセリオーはマクベスも描く。ドラクロワも同じシーンを描く。
マクベスが三人の魔女から予言を与えられるシーン。
かれはとてもマクベスが好きだそうだ。
そういえばわたしが最初に知ったシェイクスピアもマクベスだった。

気絶したマゼッパをみつけるコサックの娘 こういうのを霊威の高い娘と言うべきなのだな。
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アリス・オジーという美人に翻弄されるシャセリオー。
ヒトの事だからあまり言えないが、色々と気の毒。
しかしそれで名作が生まれたのなら、彼の苦しみも多少は報われた…のか。

泉のほとりで眠るニンフ これがアリスの肉体。素晴らしい。

クールベ 眠れる裸婦 これも彼女なのかどうかは知らない。一人寝のあれね。

それにしてもたいへんロマン主義。ドキドキする。

3 画家を取り巻く人々
ここでパリの市街地マップがでる。
シャセリオーとお付き合いのある人々の住まいが表示されているが、おおー、友人知人の多いこと。
ヌーヴェル・アテネ地区はロマン主義だらけ。
素敵。

そしてシャセリオー描く肖像画が並ぶ。
チラシに選ばれた黒髪の美女もいる。たいへん綺麗。
この目がまた魅力的。

友人たちもみんな個性的。最後まで彼に親切だった人、ちょっとシニカルな人、色々特性が顔に出ていた。

4 東方の光
オリエンタリスム。エキゾチックな世界。
アラブの宝飾品や室内履きのスケッチがいい。
アラブの女性たちの魅力は深い。
眼に魅せられる。

コンスタンティーユのユダヤ人女性 すごい目。この目に惹かれて描いたのではなかろうか。

ドラクロワ、ルノワールに至るまでのときめきのオリエンタル。
西洋美術館所蔵の名品が並ぶ。

5 建築装飾―寓意と宗教主題
シャセリオーの大仕事の一つ、そして失われてしまった建物。
オルセー駅の前身には会計検査院があった。
そこの大階段のための巨大な壁画。
その為の素描がまだ残されているが、それをみるだけでもいかに立派な作品だったかが偲ばれる。
全く惜しい。

最後にモロー、シャヴァンヌらの作品が現れたが、それは彼の死を悼んだものも含まれている。

シャセリオーの宗教的主題の作品が最後に来たのもなんとなくせつない。

ロマンティックで本当に素敵だった。



横山大観と木村武山 革新から、核心へ

野間記念館では2009年以来久しぶりに「大観と武山」展を開催している。
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大体ラインナップは似ているかな。
当時の感想はこちら

同じお仲間とはいえ、大観に比べると武山はあまり知られていない。
春草は目立つし、観山も話題作が多いが、武山はなんとなく知る人ぞ知る的な感じがある。
しかしいい絵を描く人なのは確かで、ここでも名画がいくつもある。
ただ、所蔵し、展示する場が少ない、という不運がある。
その意味では野間記念館という存在は本当に尊い。

最初に武山の「富士百種」から四点が出ている。
いずれも1928年。これはなんばの高島屋が同年の七月七日(七夕!)から28日まで「霊峰富士山大博覧会」のために制作されたもの。
講談社主催。高島屋の全体を富士山に見立てて、1Fから6Fまで写真展示などで登山道の雰囲気を作り、6Fと8Fにこれらの絵画作品(色紙)や富士山の模型や絵図、秩父宮さまの登山のグッズなどを並べたそうだ。
これは大変な評判を呼んだと高島屋史料館の資料で見ている。

武山の富士は四季の頂上周辺の様子である。
白い雲の上にゼリーのようにプルンとしたものが出ていたり、かき氷のようなのは夏なのか、白のみ・青のみもある。

武山 春暖 八つ手の葉っぱに瑠璃鳥がいる。葉っぱの外線がみずみずしい。
新芽が伸びている。たらしこみも使って表現。

大観 白鷺ノ図 大きな笹の葉の下にいる。トボケた表情をしている。
ちょっとばかり星新一描くホシヅルにも似ている。
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武山 錦魚 金魚です。白睡蓮の咲く池に赤いのが二匹潜む。
金魚の絵は後に出てくる12か月色紙シリーズでもよく出てくるので、好きなのかもしれない。

大観 松鶴図 六曲一双屏風 左右に一羽ずつがいて毛づくろい。シンプルな構図ながら祝い事などにふさわしい、立派な屏風絵。

武山 鴻門の樊噌 雑誌「キング」1930年12月号「世界史上の華絵巻」として項羽と劉邦の大きなエピソードの一つ・鴻門会の情景を描く。
この樊噌の力強さ。目なども怒っているが、その瞼の形と握りしめた拳とが似ているのも面白い。
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武山 金波 男波の頂点の上に日輪がのぞく。その日の左側はトルコブルー、他は金泥の濃淡で表現されていて、幻想的。

大観 飛泉 「墨に五色有」を標榜した大観らしい墨絵。巨大瀑布を描く。滝は右向きに力強く流れ落ち続ける。松にも垂れ下がる植物があるのが、その松の長い時間を感じさせる。
大観、応挙の滝の絵などを見ると、実際にマイナスイオンを感じるような気がする。とても涼しい。

大観 月明 これもまた「墨に五色有」。濃淡で距離感・空気感が見事に描かれている。月はとても小さく遠いのに、その明かりが松まで照らし出す。
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大観 訪友 中国の高士が山中の友人に会うという図。木々の中にある白いシンプルな建物。そこから少し離れたところで立ち話をする二人。ぼうっとにじむような霞むような様子がいい。
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大観 夜梅 こちらも「墨に五色有」にさらに淡彩。黒い枝が伸びた先に白い梅が咲く。これはもう梅が「夜香」の花だということを改めて知る、そんな空気感がある。
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大観 春雨 これは大きな絵で実は本当の春より初夏に見るのが好きな絵。
大きな縦長の空間に桜と松と椿が見える。山の中、杜鵑が飛ぶ。峡谷の美。

生々流転のコピー絵巻が出ていた。
これはなんと1924年3月発行のもの。大震災の半年後に発行されたとは思えぬほどよく出来たコピー。
こんな立派なのを拵えたことで、復興気分が大きくなったそうだ。

その震災の炎上図もある。これは多くの画家に描かせたもので、表紙絵を大観が担当した。
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大観は今もある池之端の自宅を下谷郵便局に貸し、被害がなかったこともあり本人が威勢よくシリッパショリをして避難民の人々の救援をしたそうだ。

第二室へ入ると、富士山の絵が並んでいたが、それよりなにより目を惹くのが武山の観音図。
とても若くて美人の観音がパステルカラーのような色調でカラフルに描かれている。顔を挙げた若き観音の美貌と華やかさ。とてもいい。
そしてその向かい合う位置には同じ色調で描かれた「慈母観音」がある。
こちらはやや年長で、そして足元の幼児を見る優しいまなざしがいい。
こんな美貌の二人の観音図をこの配置で見ることが出来たのはとても嬉しい。

随分前にブリヂストン美術館で武二「天平時代」の美人と青木「わだつみのいろこのみや」とが戸口を挟んだ左右に配置されるという絶妙なものを見たが、それ以来の心地よさ・魅力を感じた。

第三室では仏画がメイン。
大観 千代田城 霞む松がしっとりしている。

武山 神武天皇 久しぶりに会う一枚。
この神武の飾り物もとても丁寧に表現されている。
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武山の八幅対の仏画が並ぶ。1932年
観世音、虚空蔵、文殊、普賢、勢至、大日如来、不動明王。
それぞれ紺地金泥、彩色の豊かなもの、金泥地に抑えた彩色のもの、と表現が変えられているのもいい。
これらは武山が大日堂建立を志した時に野間清治が賛助金を出したことへのお礼らしい。

最後の部屋は圧巻の十二か月色紙。全て武山揮毫。
1927、1928、1930、1932には4種も描いている。
花鳥画、虫も出演と言うものだが、月次図ではあるものの雀の出現率がとても高く、その愛らしさはチュン死するレベルである。
あまりに可愛すぎてこちらは振り回されてしまった。
くーーーー!チュンチュン言う奴らが小首をかしげてこっちを見ていたりすると、もぉ本当に可愛さにイライラするくらいだ。
それでもう「えーい、引っかからないぞ!」と知らん顔をしようとした途端、筍の影から無心に出てくる雀の絵を見てしまうのだ。
ヒーーーッ

あああ、可愛すぎてクラクラした。

5/21まで。

江戸と北京-18世紀の都市と暮らし-

江戸東京博物館で「江戸と北京」展を見た。
正式タイトルは「江戸と北京-18世紀の都市と暮らし-」。
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そう、江戸も北京も都市機能が充実し、政治的な首都として大きな顔が出来るのはその時代以降ではないかと、ぜーろくのわたしなどは思っている。

江戸も北京もどちらも同じ時期に首都になった。
徳川幕府の成立と明を滅ぼし清朝を開いた時期の一致は、しかし偶然だと思う。
偶然だが、時代の転換期というものがこの東アジアに起こったのは確かだ。

司馬遼太郎の最後の小説「韃靼疾風録」は将にその時代に活きる人間を描いている。
平戸藩のはぐれものの武士が韃靼の公女をかの地へ送り届ける使命を藩主から受ける。
かれはその地で厚遇され友人として迎えられるが、藩主からの帰還命令を待ち続けるうちに、日本の鎖国令を知るのだ。
公女を妻としたかれは、明人として故郷の平戸へ帰還する。
妻は日本の暮らしを喜ぶが、却ってかれはあの草原を想う。

「江戸と北京」というタイトルを聴き、その都市生活の比較と共通点を見出す展覧会だと知った時、わたしの脳裏に「韃靼疾風録」が浮かんだ。
とはいえ小説ではどちらの地もさして深く厚く描かれることはない。
ただ、どちらも新政権の首都としてそれより後、発展し続ける。
現在もまた共に首都として大きな存在であり続けている。

展覧会の狙いはこちら。
「江戸の人口が100万人を超え、都市として発達を遂げた18世紀は、北京が清朝の首都として最も繁栄を極めた時代でもありました。日本と中国には文化交流の長い歴史があり、江戸時代の「鎖国下」においても中国貿易は公認され、長崎を窓口として、文物の流れが滞ることはありませんでした。
 本展では、18世紀を中心に、江戸と北京のなりたちや生活、文化を展観し比較します。これまで清朝の芸術や宮廷文化に関する展覧会は数多くありましたが、北京の都市生活を江戸と比較する企画は、今回が初めてです。展示を通じ両都市の共通性と差異を明らかにすることによって、友好と相互理解を深める契機にいたします。」

都市の内部へ入り込んでゆこう。

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第1章 江戸・北京の城郭と治世  Section One: The Fortifications and Government of Edo and Beijing
様式は異なるがどちらも城郭があり、それが中心となって都市が繁栄した。

江戸名所之絵(江戸鳥瞰図)A bird's-eye view of Edo 鍬形蕙斎/画 1803年(享和3) 1枚 江戸東京博物館
江戸城内廓絵図(惣廓御内之図)Ground plan of the inner bailey of Edo castle 江戸後期 1枚 江戸東京博物館
北京内外城地図(清朝の北京地図)Map of Beijing during the Qing dynasty 趙宏/画 清 1枚 首都博物館
これらの資料で大体の都市の大きさなどを把握する。

明清北京朝陽門城楼模型(朝陽門上の楼閣の模型)Model of Beijing’s Chaoyangmen gate tower as it appeared during the Ming and Qing dynasties 1点 首都博物館
この模型は木製。巨大な城郭のごく一部なのだが、その大きさを想像させるのに十分。

紫禁城の巨大さを感じたのは「ラストエンペラー」の映画だった。
そしてその二千数百年前が舞台の「始皇帝暗殺」でも、中国人が巨大建造物を拵えるのを厭わないのを見たように思う。たとえ後者はセットであっても。

萌葱地葵紋付小紋染羽織 Haori jacket belonging to TOKUGAWA Ieyasu 徳川家康/所用 江戸初期 1領 江戸東京博物館
とても細かな文様。この小紋は凄いわ。

梨子地水車紋散蒔絵三葉葵紋金具付糸巻拵 Sword presented to DOI Toshikatsu by the second shōgun, TOKUGAWA Hidetada 17世紀前半 1点 江戸東京博物館
秀忠と土井利勝の関係性がみえるね。

東直門出土瓦当(軒先を飾る瓦の先端部分)Roof tile excavated from the site of Beijing’s Dongzhimen Gate 清 1点 首都博物館
正陽門正脊上銀質圧勝宝盒(正陽門に納められた鎮具類)Silver treasure box from the ridge of the Zhengyangmen Gate 明 1式 首都博物館
獣面緑瑠璃瓦 Green glazed ridge-end roof tile (in form of animal’s head) 清 1点 首都博物館
黄瑠璃獣頭 Yellow glazed roof tile with dragon design 清 1点 首都博物館
黄瑠璃龍紋瓦当(先端に龍の装飾文様をもつ軒先を飾る瓦)Yellow glazed eave-end tile with dragon design 清 1点 首都博物館
やきものの色合いがとても綺麗。グリーンというより黄色がかった緑の獣面、獅子の横顔が黄色めのもの、なかなかコワい竜の顔など。
こういうものも間近で見れて楽しい。

明黄色納紗彩雲金龍紋男単朝袍(雍正帝の礼服)Yellow garment with embroidered polychrome design of golden dragon and clouds. Formal robe worn by the Yongzheng Emperor for state occasions 清 1領 故宮博物院
黄色は皇帝の色、龍も5本指が皇帝の印だったかな。サテン地。

鉄嵌緑松石柄金桃皮鞘腰刀(乾隆帝所有の腰刀)Imperial sword that belonged to the Qianlong Emperor 清 1振 故宮博物院
トルコ石の嵌め込まれた刀。

「乾隆八旬万寿慶典図巻」(下巻)The Qianlong Emperor’s eightieth birthday celebrations
1797年(嘉慶2) 1巻 故宮博物院
長い長い絵巻。5頭のゾウの行進まである。6頭めのゾウはなかなか来ない。登春台には時計も設置。乾隆帝の頃の時計は根津美術館にも展示されているがモノスゴク豪華である。
皿廻し、お手玉といった雑技もあり、あちこちで演奏も。
ゾウ像、桃の献上、花にまみれた門の設営、薔薇の這う亭では二胡に笛の合奏もある。
これは乾隆帝80歳のお祝いの様子を描いたもの。
緻密な描写で細部にまで神経が行き届いていて、山口晃くらいしか今ではこんなの描けないでしょう、という凄さ。鼓笛隊もいる。とにかく凄い規模だったことは間違いない。
観ていて本当に面白かった。

これを見ただけでもよかったわー。

第2章 江戸・北京の都市生活  Section Two: Urban Life in Edo and Beijing

熈代勝覧(日本橋繁盛絵巻)The Kidai Shoran (picture scroll depicting the prosperity of
the Nihonbashi district)1805年(文化2) 1巻 ベルリン国立アジア美術館
おお、久しぶり…と言いたいところだが、現物は確かに久しぶりだけど、有難いことにこのパネルを見る機会があるところが嬉しいね。
観ているだけで江戸の活気を感じる。

要するにわたしが山水画に関心がないのは、俗っ気がないのと活気がないのがしんどいからだろうなあ。

胡同の模型、江戸の長屋の模型などを見る。
四合院模型(二進式)Model of a Siheyuan or ‘courtyard house’ 1点 首都博物館
割長屋・棟割長屋模型
Model of the ‘row houses’ that provided cheap accommodation for townsmen during the Edo period 三浦宏/製作
三浦さんの模型は一葉記念館などでもおなじみ。
すばらしいなあ。

ここからはもうタイトルにこだわらない。

たくさんの看板がある。
黒木猴(帽子屋の猿看板) 可愛いやん。
路上の床屋さん、両替屋さん、酢屋さん、質屋さん、塩屋さん、薬屋さん、靴屋さん、とわかりやすいのが続くが、次がさすが北京。
回民小吃幌子(イスラム教徒用の軽食店看板) フイフイ教と言うてたかな、確か。
こういうのを見るのは本当に楽しい。
日本だと天理参考館に北京の看板がたくさん集まっていた。
都市生活の消費には目立つ看板が必要なのです。
大阪のように遊び心?満載のもあるかな。

お江戸の看板は浪花と江戸ではまたちょっと違ったのだったかな。
それぞれ集めているのをみている。
くらしの今昔館、深川江戸資料館、看板ミュージアム…

満州族の女性のオシャレグッズが出ていた。
以前に清朝末期の西太后の化粧道具などを見ているが、そこまで贅沢でなくても綺麗なものが揃っている。
唐、宋、明、清と大発展を遂げた時代は都市生活の楽しみを極め、また問題も多く抱えた。

日本の浮世絵は庶民の暮らしを映す。
そのまんまというわけではないがリアルなところも多い。
国貞、歌麿、清長の作品が出ていて、街中で暮らす人たちの年中行事が描かれていた。
お食い初めのセットは大正のものが出ている。

月次行事の楽しみもある。
お花見、お月見といった風情を楽しむものから雛祭、端午の節句など子供の成長を願うものなど。
また中国の重陽を楽しむための色々なものも出ていた。

それにしても満州族の可愛い靴。彼らは漢民族と違って纏足文化はないので(騎馬民族がそんなのしてたら馬に乗れんよなあ)自由な足だが、それを収める靴がなかなかの拵えだった。
盆底鞋(満州族の女性靴) 字の通り、底がスゴイ。木で出来たカナてこみたい。ローマのコルティジャーナ・オネスタ、吉原の太夫が外を歩くときの履物みたいでしたな。
男性用のもなかなかいい。

筥迫が二つばかり。どちらも可愛い拵え。わたしも小さい頃は筥迫を着物の胸の辺りに差し込まれていたな。実際に入っていたのはティッシュくらい。

北京の子供向けの虎頭帽が可愛い。虎の顔の帽子。変な虎やけどベロ出してるのもいい、これは魔除けのベロ出しかな。可愛いわー
虎の靴もあるし…
これはあれやな、元祖・阪神タイガースのファングッズやな!!!←チガウ

正月風俗を描いた絵を見ると、北京では一家で餃子づくりにいそしんだりするのか。
そういえばわたしが最初に中国の正月行事てどんなものかを知ったかと言うと、横山光輝「狼の星座」の馬賊の人々の様子だったな。
あれは20世紀初頭から戦前の話だけど、人々の正月風景はなかなか変わらなかったようだし。

過酷な科挙にも抜け目のない奴はカンニングをするようで、そんなのも出ていた。細かい字だ。。。

閙学童図(学習中に騒ぐ学童) 可愛いぞ、こいつら。どこにでもヨダレクリはいるものさ。

猫式端石硯 わっ黒猫!!可愛い!土方久功の彫刻ぽいがなんとも愛らしい!

寺子屋に入る子供は自分で机を持ってゆくのだけど、その現物があった。
「寺子屋」はもうわたしはやっぱり芝居が思い浮かぶが、勉強の様子などは岡本綺堂「半七捕物帳」などにも詳しい。

北京はさすがにコオロギの遊び方が発達してるからその檻などもなかなかのもの。日本はそこまでないか。

あっ鳩笛がある。黒くて小さい。
鳩笛と言えば楳図かずおのモノスゴーーーーく怖い話があるよな…

京劇の衣裳などがある。わたしは「覇王別姫」を思い出してちょっと泣くよ。
先般、逸翁美術館でも中国の芝居の隈取をたくさん見たなあ。
あれも面白い展覧会でした。

それに対して江戸は歌舞伎。
大道具の様子の絵もあった。

中国の相撲は服を着ながら何組も同時にしているようだが、これは漢民族のかモンゴルのかがちょっとわからない。
フジタも中国の相撲取りの絵を描いているが、あれもモンゴル風にも見えた。
そうそう白鶴美術館の壺に相撲なのか格闘技なのかの絵が描かれたのもあるし、水滸伝でも実は浪子燕青は相撲の名手でしたな。

一田庄七郎の籠細工の絵がある。これを最初に見たのはINAXでだった。
見世物好きなのはあのころから変わらない。

江戸ではウズラ合わせがブームだったそうだ。
その絵があるが、本当にわたしはこないだまでウズラ合わせを知らなかった。
鳥がニガテと言うのもあるが、まあウズラが鳴き声の美声なことは、知らなんだ。屏風絵になっているが、品評会というか戦いの日なのでなかなかたくさんのウズラが集まっていた。

第3章 清代北京の芸術文化  Section Three: Art Culture in Qing Dynasty Beijing
乾隆帝の頃を頂点とした工芸。絵画は明末からの絵師も多く、いいのが揃っていた。

八大山人の叭叭鳥の絵がある。目つきの悪さが可愛い。
沈銓の鹿ップルの絵もある。
どちらも日本で愛された絵師たち。

工芸品の見事なのもあった。
ああ、やっぱりすごいわ、18世紀。

とても楽しい展覧会だった。
4/9まで。
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