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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

北海道ツアー 旭川篇

いよいよこれで北海道ツアーも終わり。
旭川へ向かう。

旭川と言えば今のわたしにとっては「ゴールデンカムイ」の第七師団の本拠地があったというだけでヒーッなのですよ。
てか、そのあたりも長居は出来ずとも行けると言うので喜んで参加したわけですがね。

道々みえる草ソテツ、蕗、クマザサがいいな。
まずは北海道護国神社。
このお向かいに北鎮記念館のある自衛隊の駐屯地が広がる。
最強…あああ…わたしのアタマの中には初登場時の尾形上等兵の頬のこけた顔が思い浮かぶよ。
はぁはぁ。ああもうほんと、苦しいわ。



宮司さんのご案内でまずは神社を参拝する。
巨木がある。内地では大概樟だがこれは楡。樹齢400年。
北海道は楡、エルムの樹だわな。
そういえば昔よく通ったお店の名前、エルムだったが楡のことだったのか。
楡と言えば水野英子「にれ屋敷」は名作だ。










ときめくよなあ。



ちゃんと陸軍の星がついておる。

そのお向かいにはあれ。


今丁度鶴見中尉の装束を再現しているとかなんとか。ひーーーっ

そしてここのお隣にはスタルヒン球場も。


スタルヒンは戦時中「須田博」として生きざるを得なかったそうだ。
この人の生涯はやはりお気の毒なところが多い。今こうして旭川に彼の名をつけた球場があるのはせめてもの供養になると思う。

ところでわたしは旭川には来たことがないと思い込んでいたが、アイヌの「川村カ子ト記念館」に大学の時に行ったので、一度は来ていたことになる。
あの大学ツアーの時、引率の中村先生と言う憲法の教授は普段は気さくで冗談ばかりの酒飲みの虎党のオヤジさんだったが、ここへ向かうとき真剣な面持ちでアイヌの人々の歴史についてレクチャーなさり、決して決して軽い気持ちで行くなと言われた。
先生はアイヌの人々の人権を尊重されていた。わたしは当時「シュマリ」「コタンの口笛」「森と湖の祭」は読んでいたが、本当の方々に会うのは初めてだったので、強くそのことを意識した。
今以上に当時は無頼で無礼だったわたしだが、丁寧にあいさつし、真面目にお話を伺ったり展示を見たことを覚えている。


バスはやがて中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館へ。
そう、こここそが陸軍第七師団偕行社なのだ。


日露戦争直前の1903年に竣工。

あああ、鶴見中尉もここに…!!!←「ゴールデンカムイ」にどこまでのめり込んでいるかよくわかるね。







将に白亜の殿堂。そして内部は黒で統一と言うシックさ。
内部撮影もさせていただいたのだが、挙げていいのかどうかまだ未連絡なのでここには挙げない。






わははははは

なお展覧会も少々愉しむ時間があり、中原の「若きカフカス人」、ロダンや舟越父子の作品なども見れたのは嬉しい。

すばらしい建物だった。またいつか再訪したい。




煉瓦の倉庫、再び。
今度は合同酒精工場






面白いものを見たなあ。

さて今度は元は個人邸宅、今はお蕎麦屋さんであり、地元の冠婚葬祭に使われる名建築へ。








こんなの見たの初めて。













お昼になったのでおそばをいただく。



お庭も素晴らしかった。
普段京都の庭を見慣れているので、こうしたお庭が新鮮だった。

車窓から見える様々な家。








ほぼ廃墟なので非常にもったいなかった。
こんなものまである。






さあここまで。
いよいよ新千歳空港へ。
途中のSAのスタンプ
イメージ (1981)

今回のわたしのいったところ。細い黒線がそれ。
イメージ (1984)


解散後、わたしは日高昆布などを購入。
いいツアーだった。

苦しい日常から離れると気分が明るくなるので、やはりこうしたツアーをこれからも出来るだけしたいと思っている。



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北海道ツアー 帯広から北見、層雲峡篇

朝食のバイキングによつば乳業のヨーグルトなどあり、オニオンフライもおいしく、これはいい感じではないかとにこにこ。
もっちりしたマッシュポテトもいいなあ。

早速帯広市内をバスがゆく。
農業と経済がうまくいってるので、帯広はそんな寂れ感はない。

煉瓦造りの宮本商店が可愛い。



この近所の飲み屋さんの集合した建物、大正と昭和の合体品だそう。
拵えはウナギの寝床風。

さて少し行くと今はもう廃園となった帯広双葉幼稚園。
これがもう可愛い可愛い。


お庭がまた夢のよう。

ソ連映画「愛の奴隷」、英国映画「小さな恋のメロディ」、米国映画「レッズ」のいくつかのシーンが蘇るよ。


ここは赤い屋根だね。
わたしの幼稚園は建て替え前は緑の屋根で、歌も「緑の屋根の下 にこにこ元気な笑顔」という歌詞があった。

中へ。
スマホでは撮れたね。




ここはもう廃園だが長い歴史、多くの子供の記憶が活きる場所。
戦前に贈られた「青い目の人形」が二体ある。大事に隠されてきたのだ。


戦前の某女学校でもみたが、やはり大事に守られてきたのが嬉しい。
焼かれた人形の痛ましさに胸が噛まれる。



大阪の愛珠幼稚園、奈良の聖公会の幼稚園、そしてここ。日本三大幼稚園。
ここが現役でないのが惜しいな。





道の消失点に大雪山がある。ラスボス感すごいな。
それであれだ、わたしが最初に「大雪山」を知ったのは柴田昌弘の名作「大雪山の魔女」からなのだよな。
今もとても好きな作品。

道の駅でシーベリーを使ったアイスと桜じゃが大福を購入。わたしはソフトクリームはムリなのでアイスを食べる。
大福はかなり後に食べたが美味しかったわ。


こういうのが突然現れるからどこも侮れない。


この形の橋と言えば川西と池田を結ぶ猪名川の橋・新猪名川大橋(ビッグハープ)が地元にあるな。

ずーっと続く。


さすが北海道だけに終わることのない風景がある。



足寄についた。
ここに来るのも大学の時以来。
あのとき、まだ松山千春の人気が高く、われわれの先輩方は「ちぃ様」と呼んでいたそうな。
今はすっかりじぃ様だが、かれも若い頃は人気が高かった。
同じHAGE系ミュージシャンではチンペイこと谷村新司、さだまさし、松山千春が三大教祖だった。
ラジオ局の廊下で会うと互いに互いを「HAGEペンギン」「HAGEカマキリ」などと罵っていた、とチンペイちゃんが言っていた。
チンペイご本人はなんと呼ばれたかはついに言わなかった。

そしてその当時「足寄より」を出していた千春の人気の高さのあまり、家へ押し寄せる女子大生が多かったらしい。
引率の先生は「君たちはそんなアホなことをしてはいかん」と言った。
わたしも別に千春にそこまで愛着はないし、第一わたしはその当時甲斐よしひろ、浜田省吾、長渕剛に惹かれていたので、千春の家はどうでもよかった。
とはいえ、やっぱり物見高くバスの車窓からのぞいたら、どでかい看板が
「松山千春の家」
と存在をアピールしていた。先生によると、訪ねると千春の父上がサインをくれるらしい。
まぁ足寄と言えばその記憶ばかりがある。

わりとのんびりと寂れた町で、そこでお昼を食べたが、やたらと茶碗蒸しが甘い。これは昨日の「ふじもり」でもそうだが、栗の甘露煮が入っているからか、甘いのだ。
関西人は卵の甘いのはお菓子だという意識があるから、あまりみんな進まない。

幻の橋になりつつあるタウシュベツ橋へ向かう。
上士幌町字ぬかびら源泉郷。
熊が出るかもしれない道を往く。葉っぱでふわふわしつつも芯は固い。まるでコルクのようだ。
ところどころ面白い木々がある。


やがて橋が見える位置に来た。
かなり遠い。間近で見るには別なプランに参加するしかない。
でもそれでいいやと思った。
わたしが見たのはこんな感じ。



ますます走る。
ついについた北見。ここにはラグビーの強豪・北見北斗高校があるが、どのあたりか想像もつかない。
薄荷の総本山へ。




よく北海道フェアで購入するハッカ飴のところ。
あああーいい匂い!!眠たいわたしの目鼻すっきり!!メントール最高!!
樟脳とメンソールと硝煙が最高だな。
オイルとクリームを購入。キモチいいわー。
イメージ (1977)

ここからほど近き…車ではな、ピアソン記念館へ。
こちらはヴォーリズの設計図を基に拵えたおうち。
天井の感じもよかった。
ヴォーリズはやはり可愛い。
キリスト教関係なので、玄関には葡萄の木彫飾りも。


中ではピアソンの紹介番組も流れていた。語りはマジメな声の竹中直人。
イメージ (1978)

ここまでが見学でその後は層雲峡のホテルへ向かうのだが、運転手さんのご厚意で層雲峡名物・銀河、流星の滝へ。

うおおおおおおおおおおおっっっ
ええ滝やわー
あーマイナスイーオーーンー―――――

実を言うと大学の時ここへくる直前のバス内で、たまたま隣り合わせた一つ上の子からいきなり「ねえ、『私説三国志』って知ってる?」と話しかけられたのが運のツキだった。
そりゃわたしはほぼ生まれながらのフジョシで、小学生の頃からあれでしたけど、この当時は丁度『キャプテン翼』にのめってたのだよな、それで小説JUNEからはむしろ遠ざかっていた。
元々JUNEよりALLANを購読してたからちょっと方向性が違ったのだ。
が、バス内でxxxの話がキてめくるめくような螺旋思考になり、とうとう名物・銀河流星の滝が目に入らなくなったのだよーっ
あーごめんなさい、滝。ようやくまともに対峙しました...
オシンコシンの滝のことはちょっとばかり思い出せるが、こちらは名前だけで後は何が何やら。

ホテルの夕食バイキングもよかったよ。
食後は皆さん銘々楽しんでるのだが、わたしは思いっきりけん玉にも温泉卓球にも無能ぶりを発揮したよ。
ははははは。困ったなあ。

温泉に行くとどなたもいてないんだけど、まぁこちらもやがて人が来た。
それにしてもすごいな層雲峡の水量。
部屋にずーーーっとゴーゴーゴーと流れる音が響き続けていたよ。







今日も早めに寝る。
旅行中だけ早寝するのだ。


北海道ツアー 夕張から帯広篇

快速エアポートで新千歳空港へ。
到着時間が大阪も東京も遅れている。
皆さんがなかなか来ないので多少焦る。
…おお、集合。お久しぶりです。
というわけでこれより団体行動。
今回も前回に続き写真はツイッターから。
その他の資料はまた別。
建物の細部撮影とかはまた別項。

バスに乗る前に新千歳空港の側溝を見る。






あとクラーク像もあったようだ。撮り損ねていた。
まあ仕方ない。今回も画像は主にツイッターから。
なお、いくつかミスを発見したのでツイッターを削除し、改めてこちらへ挙げたのもある。

バスバス走るバスバス早い…小学校で習った歌。
というわけで最初に「北の錦」酒造へ。
夕張ね。

レンガの酒蔵とか初めて見たわ。

建物は意図せずに顔になる時がある。


昔の受付のところに大正から戦前のポスターなどがある。
美人画の方は作者誰だろう…



中庭に面白いものがあった。

こういうのに宮崎駿風味を感じたりする。

いい天気ではあるが、そんなに暑くもなかった。
こういうのが助かるよね。



酒蔵を案内してもらう。
日本酒が斜陽産業、というのも哀しいことだ。
在華坊さんらの様子を見ていると、日本酒も復権したのかなと思っていたが、そうでもないわけだ。
飲まない・飲めないわたしにはよくわからないことだが、なんとか上向いてほしいなあ。

このレンガが素人職人つまりここの杜氏さんらによる手仕事だと知ってぴっくりした。しかも左官仕事も同じく。
それでこんなけ出来てるのだから、昔の人の手仕事のレベルの高さ、凄いなあ。
風情のあるところなので、多くの映画のロケ地にもなっているそうだ。



中へ入る。記念館の方。
いい感じに装飾タイルも貼ってある。



もう閉鎖した酒蔵もいい匂いが残っていた。
それを思いながら資料を見る。
そうそう、昔はラベルも手製の版画もの。



座敷に宴会の再現。

けっこうなことです。

わたしは灘五郷の酒蔵巡りし地震前に何年も続けたけど、丹波篠山の杜氏さんらの慰安やそのときの唄などを以前に資料館で見たよ。
どことも懸命に働く杜氏さんは偉い。

いいものを見せてもらった後、おうちの方へも。ここも素敵でした。
こちらは撮影禁止。
そしてお接待をうけた。前掲の落雁と甘酒とお抹茶と。
ごちそうさまでした。

二代目のご主人は虎好きだったそうだ。




ところで夕張と言えば
・財政破綻
・髪の伸びる人形→今は岩見沢市のお寺にある
・「ゴールデンカムイ」の剥製師・江渡貝くぅんの住居
・閉鎖するまでは凄かった夕張炭鉱
・夕張メロン
というのがわたしのアタマに浮かぶ。

あの繁栄はどこへ消えたか、ものすごく侘しい。
マンホールは可愛かった。



それでようよう夕張の中心だった通りへ。
なんとなくマカロニウェスタンみを感じるな。
つまりわびしいのよ、なんもなくて。
わたしはロードムーヴィーもニガテだが、あれはやはり「何にもない寂しい場所」がいやだからなのだよ。
田舎がニガテとはそういうことだ。

日本聖公会・夕張教会 可愛い。


内部も愛らしい。


ところで日本聖公会と言えば奈良の幼稚園などが思い浮かぶが、北海道はロシアから正教会が来たのでハリストス正教会関係かと思いきや、英国系の聖公会なのですな
ここらあたりのことはわたしにはわからない。

今年の三月末にはJR石勝線夕張支線が廃線になったそう。ただしこれは市側からの申し入れ。
でも新夕張かな、なにか走るのが見えたよ。


ここから滝ノ上発電所へ向かう。
またしても
バスバス走る バスバス早い


まあとりあえずそういうことだ。



とても立派な煉瓦の発電所。尤も今はご隠居。







小屋組みがよくわかる。






それですぐそばの川へ



大きな流れだった。



かなり良いものをみた。
この日は実は夏日だったらしいが爽やかだったので感じなかった。

やがて帯広へ。
ルートインに宿泊したが、ここは天然モール温泉と人工ラドン温泉があるそうな。
楽しみ。
TVつけると野球中継。


やっぱり野球はいいな。

さて集合して外出。
なにやら一軒めだつ店がある。
東洋軒に似た感じ。
その前を観光の馬車がゆく。
馬もなにかしら働かないとならない。



とかなんとかいうてたら、その派手な店が本日のお店。





豚丼は初めてだったけどおいしいな。
蒲焼なわけか。
荒川弘「銀の匙」を思い出すよ。

わいわいと楽しく食べ終わり、ホテルへ戻る。
どうも偶然にも今日は女性客が少ないらしく、一人で温泉を独占した。
とても気持ちよろしい。
上がったらお仲間のおひとりが。おやすみなさい。

この日も珍しいくらい早くに就寝。
また明日。

北海道ツアー 札幌篇

久しぶりに北海道へ参りました。
いつ以来かと言うと…このブログを始める前以来だから相当前になるかな。
これまで行ったのは大学のツアー、社内旅行、スキー+観光、建築探訪、そして今回で五回目。
何処へ行ったのかというとこれまた長くなるからおいおいに。

今回は24~26日を建築仲間の皆さんと。23日をフリーで札幌。
実に楽しく有意義な旅でしたわ。

ところでわたしは三半規管が元々あんまり強くないので飛行機に乗ると耳が駄目になります。
行きはよかったけど、帰った今はまだきちんと戻っていない。
飛行機がニガテなので遠出できない、と言うのもある。
でもそんなこと言うてたら何も出来ないので、後の不自由さをおして旅に出るのも板場の修行~←途中から何か違う。

今回は非常口座席なので足はとても楽。わたしは背が高い分足が長くてな。
新千歳から1070円の快速エアポートに乗る。札幌に入る手前でジブリ感のある工場の何かを見たが撮影できず。
宿は北口近くのところ。荷だけおいて早速お出かけ。
札幌は地下鉄が良いのだが、わたしの向かう先は歩いて行った方が合理的なところなのだった。
ああ、ライラックが咲いている。そうか五月はライラックの時期か。


道を歩くとところどころに変わった民家があり、それもパチパチ。
人間の住まいの形と言うものは地域により大きな差異がある。
そして思想の違いも露になる。

躑躅の色が全然違う。思えば関西で見るものは霧島躑躅だ。
ここにあるのはそれとは違うもの。


北海道大学。
近年オープンした北大総合博物館が目当て。
とはいうものの北大にはたいへんたくさんの名建築が点在する。
それらを撮った分はまた後日にまとめる。
今回の写真は全て一旦ツイートしたものに限定しよう。
写真以外の資料はまた別。

さすが北海道だけに五月の今、様々な木花、草花、庭花が咲き乱れている。
タンポポとゲンペイコギクの親族のようなのが仲良く一緒に咲き乱れている。
タンポポはやたらと茎が長く花が大きい。アメリカタンポポとはまた違うようだ。
夢のような景色。


春楡もある。漢字で書くと浪漫的。
ハルニレになると遠い国の英雄を生んだ樹。
アイヌ神話の英雄オキクルミの母はハルニレ。
大阪からは遠い北海道。
しかしここで会えて嬉しい。


建物と草花や木々が美しい共演を見せて、いよいよ訪問者を喜ばせる。

黄色いアイリスはこれまで絵で見る方が多かった。



北大出版部も元の用途は知らないが、とても魅力的。
何に使われているのかわからない小屋も愛らしい。





これが北大総合博物館!!
素晴らしい。ここの中で見たものはまた別項。

今回はショップで一筆箋購入。アイヌの刺繍をモチーフにしたもの。
ウトゥラノ シノタン ロ 一緒に遊びましょう 
ピッタリやないですか。
アシリパさんを想いながらこの一筆箋を北海道ツアーのハイカイ録に使う。
イメージ (1974)

セルフサービスのカフェでランチ。ステンドグラスが可愛い。


さて見学…
とんでもなく素晴らしいところでしたわ。
リアルタイム中継したので北大総合博物館さんからもRTなどあったり。
ここは本当に素晴らしい博物館。
みんぱく、東博、科博、歴博そして阪大、東大、京大の博物館共々素晴らしい知の集積体。
ああ、旧七帝大の博物館を全部行きたいものですな。






二時間いてもまだ足りない。
展示物の素晴らしさと建物の素晴らしさと。
またいつか札幌に行く日があれば、丸一日を博物館、美術館だけの日に設定しよう。

イメージ (1975)

近くの清華亭へ。

ここがまた素晴らしい。可愛い民家。
ばちばち撮り倒したのでこれも別項。
お庭の庭木もいいな。
躑躅が内地と違う色で咲く。

牡丹もあるね。巨大タンポポも。





そこから一旦街中へ出る。右へ行けば道立美術館、左へ行けば六花亭。
土地が広いから一郭が大きい。
六花亭へ。喫茶は満員だがイートインは座れた。

マルセイアイス220円。可愛いしラムが利いている。
二階にこのコーナーがある。

さあがんばろう。
というわけで北大植物館に沿って延々と歩く。
フキと何か白い花の植物が繁茂。


アシリパさんが杉元に教えてフキを食べる描写が思い出される。
わたしもフキは好きだが、生で食べる習慣がないのは大阪人だからだな。
いつか生のフキをかじってみたい。



先に三岸好太郎美術館へ。実に久しぶり。
社内旅行以来。なんとここは全館撮影可能。うぉー。
時間が足りないので見ながら撮ることでなんとか補えそう。

今回はピエロ特集。わたしの大好きな蝶々は一枚のみ。
貝殻はなし。だけど少女の絵や素描など良いものをたくさん見せてもらった。


そのまま草原の中を往く。擬木などで道が出来ているはずだが、草で遮られている。
先に知事公館。ハーフティンバーの可愛らしい建物。






ここもパチパチ撮り倒す。素敵なところだ。

庭の一隅というかここは全体が一つの園になっている。
藤が良く咲いていた。

やがて最後に道立近代美術館。
三岸のところとここの常設展とで820円のチケットがあるのでそれを使用。
ここは撮影禁止。

蠣崎波響の特集展示。
これが素晴らしい。熊親子、虎、蝶々と狆などなど。
そうだ、久しぶりに中村真一郎「蠣崎波響の生涯」を読もう。

建物の真ん中に筒状の螺旋階段があり、それが二階への道。
二階へはかなりぐるぐる。方向音痴のわたしは目が回るよ。

フジタとフランク・シャーマンの交友についての展示。
以前に目黒区美術館でだったか、見たようにも思う。
シャーマンとのやり取り、絵画、シャーマン所蔵の上方浮世絵などなど。

階下の特別展は相原求一郎。川越でも見たなあ。
図書室でしばらく休憩。
残念ながら波響の絵ハガキの良いのはない。

外観が池に映り、なかなか。

五時なのでもう中島公園は諦めた。

そこからわりと近い大通公園の西端の札幌資料館、旧札幌控訴院へ向かう。
ここは七時まで。初夏の今、日暮れも遅いので助かる。

控訴院とは今の裁判所。なので装飾も裁判にかかわるもの。
目隠しされた正義の女神、天秤…










そういえば丹波篠山の美術館も元は裁判所だった。あちらは完全に和風。


「滝の白糸」を思い出す。
あと何故か天理市内で販売されてる…

つくづく素敵だ。


おおば比呂司さんの記念室もあった。「焼き鳥なら布袋」とか「ドジョウ掬い饅頭」のパッケージの人。
そこは撮影禁止。

六時半ころに出た。
花に囲まれている。

素敵だ…


ここから大通公園をずーっと歩く。テレビ塔まで歩く。途中ライラックまつり、肉まつりなどが開催中。
わたしもまざろうかと思ったが、こうしたところで飲食はわたしにはハードルが高すぎるのでやめる。



大通公園で見たもの色々。




噴水があった。鬼?とか蘭陵王とかそんな顔面が張り付けてあり、水ががーっと。
似ても似つかないが、何故か凱旋門の真下を思い出す。

少しばかり歩きすぎて戻って、ようよう時計台。
既に七時を回っている。しかし明るい。

中でコンサートをするようで、小屋組みの見える二階へ。ああ、よいものだな。

雪印パーラーも終わり。
結局駅前の商業施設の中のラーメン共和国へ。
ぐるっと回って戻る。呼び込みの子が感じいい店に入る。

隣席の若い韓国女性が激辛を注文したので、やはり韓国の人は辛いのが好きなのかとみてたら、途中から水を入れだした。
気の毒なので、丁度わたしも水を飲もうと思ったから、英語で話しかけ、水を注いであげると喜んだ。
そりゃやっぱり辛いよなあ。辛いのも限度を超えると辛い=ツライよな。

さすがに疲れて藻岩山からの夜景とかタワーからの夜景とかやめて、銭湯もやめて宿に戻り、珍しく早めに寝る。
初日これで終わり。

翌日からは皆さんと合流。




「長崎は今日も(案外)マシな天気だった」の巻 その3

いよいよ最終日。
この日は快晴で暑くて暑くて。ついに袖なしで歩いて日焼けする状況になっちまいましたわ。
10/7長崎おくんちの始まりの日。
とりあえず生中継で諏訪神社の様子を見る。
おおーすごいな。

ホテルのチェックアウトは11時なのでそれまでにと長崎駅方面へとことこ。
これまで来たことのない26聖人殉教の碑を見に行く。

前日に大浦天主堂で学んだことを思い出し、まだほんの子供もいることに胸が痛む。
浦上での「信徒発見」の話は感動的だったが、やはり殉教は痛ましい。

記念館は開館前なので入れず、なんだかガウディぽいなとか堂本印象ぽいなと思ったが、設計は今井兼次だった。
早稲田の会津八一記念博物館や坪内博士記念演劇博物館や内藤多仲邸などの人ね。
ちなみに内藤多仲邸は以前撮影した。こちら。
内藤博士旧自邸見学


ほんで駅に行き、色々お土産を物色。やっぱり長崎は「クルス」を買わずにいられない。
会社の後輩yが「イチゴ味をぜひ」というので買う。さがほのかが使われているそう。
わたしはバニラジンジャーが好き。色々かいました。

二駅だけど路面電車に乗りホテルへ。
友人は荷物を送り、わたしは荷物を預けてチェックアウトし、そこからバスで小菅修船場へ。
ここは海のきわきわで産業遺産。


たくさん撮影したのでまた後日。
ボランティアの人の説明がかなり良かった。これまでいろんな説明を聞いたけど、この人のは大変良く、色々と納得し、質問もした。
こういう件は珍しい。

一旦中華街へ出てランチ。
どこにしようかと思いつつ、二人からのセットの店に入る。
角煮バーガー、麻婆豆腐、酢豚、餃子、杏仁豆腐…
まあまあ。それでいちばんおいしかったのは餃子。これはよかった。
町を出て出島の端をみつつ電停へ向かう。

次は石橋まで出て、孔子廟へ。
ここも修学旅行以来のごぶさた。
ああ、いい風情。レンガ塀がね。
中庭もいいなあ。パチパチ。
撮りすぎたのでまた別項に。



当時既に諸星大二郎「孔子暗黒伝」、中島敦「弟子」を読んでいたので、孔子の弟子たちがずらーっと並ぶ様子に「これは誰だ・ああ、彼か」と感慨深く眺めたものでした。
そしてここでわたしは珍しくおみくじを引いたもので、それを思い出して今回もおみくじを引いたところ、まさかの大吉。いやー嬉しいわ。
まあ尤も、久しぶりに来て同じことをするわたしに孔子さまが「ヨシヨシ愛い奴じゃ」と接待してくれはったのかもしれないが。

博物館もあったが、これがまた面白くてじっくり眺めた。
あの当時はここまで楽しめなかったから、やはり知識が増すというのはよいことだ。今だからとても面白い。

近所の教会と銭湯とがとてもいいな。
これは入りたいわ。



それからまた長崎駅方面へ戻る。一つ手前のところで降りて酒屋さんへ向かう。
全国各地のお酒を扱ってはるのは素人のわたしらにもわかる。
こうした酒屋さんは貴重だと思う。

ものすごく暑い中、おくんちを眺め、ちょっと負けた。
交通産業会館へ入り、カステラアイスを食べてクールダウン。
暑い…ほんまに暑い。

祇園祭、岸和田のだんじり、長崎のおくんち…みんななんらかの形あるものをこしらえて、それを運ぶ。
そこには愛情と熱狂が生き続けている。

ようようクールダウンしてから路面電車でホテルに戻り、空港直行バスを待つ。
来るまでの間、ちょっとばかりぐったり。よいホテルでしたわ。
バスで空港まで小一時間。
大村にあるので後輩yおすすめの大村寿司を買いに行くと、残り3つ!!!やばかったなあ。

なかなかこちらには来れないだけによかったよ。
残念なのは軍艦島へ行けなかったことだけ。
あれも中学の時に長いめのコマーシャルで見たのだよな。
そうそう、卓袱を食べ損ねたな。花月に行けなかったのも惜しいわ。
吉宗の茶碗蒸しは銀座で食べるか。

伊丹についてからは速攻でタクシーで帰る。
長崎はやっぱりよかったよ…
余韻を味わいつつ、現実へ戻る。
いいツアーでした。
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