美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

五月も終わり

今日で五月も終わり。毎年五月はあまりよい感じで過ごせていなかった。楽しく遊んでいても、日常がうまくゆかなかった。

でも明日からは六月。テンプレートも睡蓮に変えた。睡蓮大好き。蓮と睡蓮、どちらがいいかなあ。

共にあちこち見て回った。でも六月の花はアジサイと花ショウブ。今年はどこへ見に行こう。
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たそがれどき

子供の頃からたそがれ時が大好きだ。

薄い闇が滲むようなオレンジ色と肌色の間の空、ぼんやりした外灯、まだ遊べるが、帰らなくてはいけない気になる時間。

今日は暑くて夏のようだった。
七時少し過ぎに帰ると、庭の木が妙に薄暗く、咲き誇るランタナが白い部分に墨を忍ばせて、気だるく、心地のよい情景が広がっている。

暗くなる前の少しの時間。初夏から夏までの宝石。

ああ、こんなときは薄ぼんやりした日本の怪談が見たい。

御所のそばのイタめし

同志社大学見学後、大丸ヴィラへ行く前に、CASA BIANCA でランチを取る。イタめし。サラダ仕立てのカルパッチョはおいしく、パンがこれまた三口大の食べやすい大きさで、数種類。かじかじしている。パスタは二種から選ぶが、私はトマトソースの海老とズッキーニにした。これだけでも十分なのに、更に焼きすずきのハーブつけがつく。おいしいわ、とても。最後にデザート。こちらはヨーグルトシャーベットとティラミスとくるみケーキ。なかなかナイス。しかしデミタスカップのエスプレッソはきつかった。味がやや濃いので、最後の締めがこのエスプレッソではちょっときつかった。

見学会が全て終わり、河原町御池上がるくらいの場所に果物屋さんがあり、そこでフレッシュジュースを飲む。私は清見オレンジジュースにした。手絞りである。大変おいしかった。店内には芍薬が飾られていて、なんとも言えずよい香がしている。
熱帯魚を数多く飼っていて、面白いムードがあった。

京都のヴォーリズ

阪急電鉄と日本建築士会の主催で、京都に残るヴォーリズの建築を見て回る見学会に参加した。このツアーは毎度すばらしい目玉が用意されているが、今回は特別すばらしかった。

出町柳から叡電に乗り、茶屋まで下車し、北白川の街中を行く。この界隈はかつて京大の先生方の社宅が多くあった場所で、現在もしっとりしたよい建物や、ほほえましい学生向けアパートなどがある。又、少し歩けば京都造形大学もあるし、北白川温泉という可愛い洋風の銭湯もある。
今回は、駒井邸。今ではナショナルトラストの管理を受けた、素敵なおうち。

ヴォーリズは一柳米来留と日本名を持つほど深く、日本に関わり、日本を愛して、日本人として生を終えた。
それだけに駒井邸の居住空間の心地よさは、本当にすばらしい。
従来の日本人的発想では、お手伝いさんや『ねえや』の部屋は薄暗く狭い場所と決まっていたのを、明るく・外に出やすい場所に置いたのは、ヴォーリズの優しさだろうか。
和室の心地よさといい、台所の日当たりといい、とても居心地がよい。二階の駒井博士の書斎は窓が二面開き、奈良の志賀直哉の書斎とも共通する気持ちよさがある。書斎を締め切った空間にするか、開いた空間にするかは個人の嗜好にもよるが、私は明るいほうが好きだ。
備え付けの和箪笥の愛らしさ。また、箪笥を置くスペースに、実は貴重品を隠す仕掛けまであるし、屋根裏へ逃げる仕掛けも隠されている。
ああ、本当に一個人たる人が、家族と共に住まう住居なのだとしみじみ感じた。

以前も何度か訪れているが、今回は書生部屋だった離れなどにも入る。また、瓦が当初はスパニッシュを予定していたのに、普通の日本瓦になったことで、周辺住居と全く違和感のないムードを醸し出している。こうしたところにヴォーリズの『日本性』を感じるのだ。だから、玄関のたたきが、網代な敷き詰め方をされているのにも、嬉しくなるのだ。
ああ、すばらしい。百年・二百年と保ち続けて欲しい。


続いて同志社大学のアーモスト館に向かう。
同志社の創設者・新島襄はアメリカで学業を修めた。その縁でこのアーモスト館がある。庭から眺める。まだ泰山木に白い花が残っている。ハコネウツギという、名前の割には海側によく咲く木の花がこれも愛らしく咲いている。
ドイツトウヒの木もある。みずみずしい芝生・・・

同志社の偉いところは、建物を似たタイプで統一しているところだ。今出来であってもちゃんと煉瓦風にしている。
アーモスト館はシンメトリーも美しいが、庭から向かって右の煙突には梯子がついている。左にはない。また、煙突の形は相楽園の小寺邸にも似ている。イギリス積みの煉瓦(ただし全てがそれではなく、これはあくまでも装飾なのだ)
和館もいい。和風モダニズム。時代を感じさせる、モダニズム。

ランチを挟んで、いよいよ目玉だ。

大丸ヴィラ。完全に諦めていた、京都の大物中の大物。京都大丸さんのご好意で見学が。
細かいことを言葉には出来ない。すばらしい、の一言だ。よくぞここへ入れてくださった。阪急電鉄と日本建築士会と大丸に感謝感謝、本当に感謝。
建物はヴィラだけあって、本当に山荘スタイルだ。つまり、大山崎山荘とも共通するものがある。内部の木彫は葡萄やアーカンサスなどで、神戸の乾邸にも似ている。あちらは渡辺節、こちらはヴォーリズだが、時代の流行だろう。ハーフティンバーがすばらしい。外壁に日時計もある。庭には鷲をレリーフした井戸もある。玄関ポーチは、太陽が燦燦と輝くような石の張り方がされているし、奥庭へのアプローチの小さな塀には煉瓦による窓が作られて、まるで蘇州の明時代の庭園のようだ。
完全にここはパラダイスだ。パラダイス=ペルシャ語で『閉じられた庭』の意。私は暗い書庫と、緑の濃い、閉じられた庭が好きだ。
庭には動物の顔をレリーフしたすばらしい噴水風のオブジェもある。伊東忠太や渡辺節だけが動物造詣の巨匠ではない。ヴォーリズもまた、東華菜館などでわかるように、生物レリーフが巧みなのだ。ここには、魚が口を開けて睥睨している。そして外灯カバーには1931の数字が打たれていた。
内部に入る。玄関のボールトは私のカメラでは捉え切れない。
ガラス戸も素敵なデザインだが、一階奥のホール天井は、『大丸』なのである。実に大丸。大丸心斎橋の、趣をここにも感じるのだ。ステンドグラスは、フランス式のではなく、焼付けのものだろうか。矢羽根が可愛い・・・二階への階段がまたすばらしい。
大きな壁に何面ものタピストリーが飾られているが、柄から推測するに、ベルギー産のものではないか。兎と犬と草花のモチーフと、女達。
ああ・・・何をか況や。すばらしい・・・

酔った気分のまま、今度は個人的に、本日限りの登録文化財の和風邸宅を見学に行く。河原町から木屋町に入る辺りの、御池より少し上がる場所にあるお寺廣誠院。ぎりぎり飛び込み、中へ。ここは山県有朋と縁故のあった伊集院兼常の邸宅跡。現在は臨済宗のお寺。お庭は例によって植治。沓脱ぎ石が巨大な真黒石。橋は長い石。床の間の襖絵は元禄頃の風俗画らしいが、もう少し時代が上がるように思う。室内遊楽図。庭で蹴鞠をしているが、歯磨きをするものや柱巻きする者もいて、実に楽しい絵である。
一方、地袋は辻が花を貼り付けている。すごいなーと思っていたら、床の間の縁は春慶塗。竹の使い方も見事で、数奇屋建築の粋を凝縮したようだ。説明によると、この後に對龍山荘が造営されたようで、植治も伊集院の薫陶を受けて、いっそうの名庭師になったそうだが、そうすると・・・・・・

とにかく、今日は眼福の一日であった。

AMAKUSA1637のこと

佳境に入ってきたなあ。これからどうなるんだろう。伏線が張られているけど、本当にどきどきものだわ。ここには正統派少女マンガのどきどきがある。一体どうなるのかしら・・・来月が待ち遠しい、と思わせてくれるSF歴史マンガなのでした。

ときめいたガンダムオリジン

どきどきした。安彦良和のガンダムオリジン。予想はしていたけれど、ときめいた。後に赤い彗星と呼ばれるだけのことはある、彼のその手法の鮮やかさ。
S&Wと羊羹という取り合わせが、実は巧妙なのだ。なるほどそちらに目をひかせる。そして自分の手は汚さずに消去し、なりすます。
こんな坊やの頃から、坊やではない男。
ああ、くらくらした。彼の鮮やかな生き方に。

赤いろうそくと人魚

びっくりした。
「赤いろうそくと人魚」の物語は最早なかばすたれているのだろうか。
会社でろうそくの話から波及して、小川未明の名作を私が口にすると、’61生まれと’76生まれの人間が知らないというのだ。私はその間に産まれているが、大メジャーな話だと信じて疑わなかっただけに、めっちゃショックだ。
なんで…というのが正直なところ。いわさきちひろも確か絵本にしていたし、他にもあるのに。
あんまりにも可哀想と言うか、憐れな話だから、みんな読まなくなったのだろうか。読ませなくなったのだろうか。

私が知っているのがおかしい、とは絶対に思わないが。
それにしても……物語はどんどん日本人から剥落して行くのか。

あんかけ

ツレがくれた業務用あんかけを使う。
豆腐とまいたけをダシで炊いたところへそのあんかけを混ぜると・・・おお、濃いな。かつおダシのあんかけ。
大変おいしかった。
私はあんかけが何でも好きで、うどんもあんかけうどんが好きだ。生姜をイーーーっパイ入れて食べる。
甘酢あんかけも当然好きだ。

吉野葛でなくても、ちょっとマシな片栗粉でいくらでも作れる。
ああ、おいしかった。

修験者のひと

 会社に、さるメーカーのえらいさんが来られた。
そのひとはなんと、本物の山伏さんだったのだ。無論会社に来たときはきちんとスーツを着ておられる。
しかし大峰山の山開きなどにもちゃんと世話役として名を連ね、行を行っておられるそうだ。
来週などは滝谷不動尊で護摩炊きをするらしい。
ケータイの写メールに不思議な光景が写っていた。
火の形が不動明王または観音に見えるのだ。何も興味のない人なら別に大したことのないことだろうが、やっぱり私はびっくりした。
しかし、当然ながら大峰山には女は入れず、ツアーには金がかかる。だから私は行くことはないだろう。

ドナウの漣?

エレクトーンで『ドナウの漣』を弾いている。練習不足もあるが、例の長胸筋マヒとやらのせいで右手と左手を交差して演奏するのが大変に苦しい。
漣と言うより大波小波なドナウなのかもしれない。

先日ハンガリーのジョルナイ工房の展覧会を見たが、現地ではドナウといわずにドゥナと呼ぶそうだ。たゆたう流れ・・・

転覆しそうな大荒れの『私の』ドナウの漣・・・・・・

白雪長寿蔵十周年によせて

 伊丹は十年前の阪神大震災から見事に復興し、白雪酒造はお酒を使ったおいしい料理を提供する人気レストランを開いている。もう十年になるそうだ。早い。今日は阪神尼崎からバスで一本という嬉しい白雪でランチをした。
櫻井忠剛をみてからここでランチをし、耳長斎を見るのだ。
いつもはアラカルトだが、たまにはと思い、ランチセットにして、酒粕ピザだけ頼んだ。私はヨーグルトとパインジュースのカクテル、ツレは日本酒にライムのカクテルを頼んだ。なかなかおいしいではないか。
ピザは酒粕だということを強く主張していた。ランチのビールで炊いた肉とキャベツの・・・これはなんというのかな、シチューの親戚みたいな・・・おいしかった。ポタージュもよかった。
しかしサラダはシーザーで、のどにつかえてしまった。昼から食べ過ぎて苦しい。デザートのチョコケーキはお酒で作ったケーキなのだ。これはおいしい。アイスティーも本格的だ。
このブルワリーレストランはいつでも満員の人気店で、代行運転の支度もちゃんとしている。よいお店だ。また来よう。私はここのカクテルなら、飲むのです。

アンソール『キリスト受難』とドーミエの戯画

先週、庭園美術館で見たばかりのジェームズ・アンソールのリトグラフによるパッション、つまり『キリストの受難』を伊丹で見た。実は二回目。2003年の暮れにも見ている。しかし今回は違った目で眺めることが出来た。それはやはり展覧会で他の作品もじっくり見たからだろう。
聖母昇天とキリストの鞭打ちがとてもよかった。油彩よりリトグラフの方がグロテスクさも少ないので見やすいということも、ある。

オノレ・ドーミエの戯画パリジャンのシリーズを見る。
耳長斎や国芳のような戯画は好きだが、外国の場合、その国の政治や社会情勢や宗教を知っておかないと、楽しみにくい。だからこちらも多少わかりにくいところがある。しかし、人間の普遍な感情はわかる。そうした作品にはにやっと笑える。解説文も翻訳も、ブラックユーモアをわかりやすくするのは難しいだろうといも感じる。

柿衛文庫

 耳長斎を見に来たのだが、併設の柿衛文庫にも入る。こちらは俳句関係の美術博物文学館だが、今日は『刷り物と絵俳書』を展示している。元禄から明治までの刷り物は、なかなか凝っている。結局は俳句仲間の楽しい同人誌なので、きれいに丁寧に作られ、配られた側も喜んで大事にしたのだろう。
技法もエンボス加工の刷り物なのである。俳句のことは詳しくないが、五・七・五で全てが定まる世界と言うのは、奥が深すぎる。発句・対句・歌仙を巻く。はまれば面白いのだろうが、生憎そのシュミがない。
だから刷り物に話を絞る。
大方は花鳥風月・野菜果物の刷り物で、下欄に俳句が並んでいる。無論テーマに沿ったものなのだろうが、読むに読めない。読んでも楽しめるかどうかは私の場合、別問題だ。刷り物として眺めればデザイン構成もきれいなのだ。
エンボス加工が(無論この時代、そんな名称ではなかったろうが)版画を立体的に見せている。こうした工夫は江戸時代の趣味人のセンスの良さの証明だろう。庶民が生活に趣味を持ち込んで楽しめたのは江戸時代のおかげだとこの展覧会を見て、思った。

耳鳥斎!にヤラレタ

 大阪は昔から諧謔に満ちている。
今の、芸のないお笑い芸人たちも舞台やTVよりも素のときの方が面白いのではないか。

耳鳥斎にちょうさい。江戸時代中期の商人で絵師。チラシをもらったときから早く行こうと思いつつ、行き損ねて最終日に来たら、やっぱり悔いた。めちゃくちゃ面白いのである。本も完売。残念なり。戯画だが、政治批判の趣はない。大阪は昔から、太閤さんのあとからは上に誰も持たぬので、自由な気風がある。―それが色々な意味で弊害も齎すのだが。
耳鳥斎も洒脱というか、当意即妙に機嫌のよい絵を多く残している。全てマンガチックというか、ギャグなのだ。

『世界ハ是レ一つノ大戯場』だと言ったそうだが、まさにその通りで、縦横無尽にケッタイでシュールなギャグをてんこもりにしてくれた。
忠臣蔵が好きで(昔の日本人はみんなそうだ)彼も十二段をそれぞれ描いているが、なんだか楽しい。悲劇なのに、それこそ全員が鷺坂判内のようなのだ。地獄図巻といった絵巻は、亡者を道具に鬼たちが楽しそうに三味線の稽古をしたり、煙草を吸ったりしている。亡者のほうも苦しそうではなく、なんだかへんに楽しそうな顔をしている。地獄で家庭菜園でもしてそうな感じ。
人を楽器にした絵は、バルチュスでもみたが、あの不安な感じはどこにもなく、弾くほうも弾かれるほうもアラエッサッサッなのである。ベロをだした時平なんかあまりに可愛らしくて、フィギュアにほしいくらいだ。
同時代人の戯画も楽しい。蝦蟇の大きな白い腹が可愛いな、と思ったらその隣に百福図と称して、わらわらわらわらーっと蛙の大群がいる。並べ方にもヤラレタ!
大津絵も崩されて、ワハハなことになっている。楽しい展覧会だ。浮世絵の国芳や河鍋暁斎のギャグとはまた趣が違うが、それは大坂と江戸の気質の違いでもある。上にえらいさんがいる・いないでは大きく違うものだ。
しかしギャグばかりの耳鳥斎ではなく、一枚だけ美形の絵があった。しかも墨絵に朱を使ったきれいな絵である。猩猩が後姿で月を見ながら大盃を傾けている。手の描線のしなやかさ、赤い髪の美しさ。顔を描くことなく、後姿だけでときめかせてくれた。
最後に一つ。
チケットのもぎり部分に絵があるのはどうかと思う。切れて残念無念だった。

明治の洋画家

尼崎市初代市長で洋画家の櫻井忠剛展を見た。尼崎藩の藩主の子で姉が勝海舟の長男に嫁した関係から、川村清雄に洋画を習った。今年目黒で川村の回顧展をしたが、フランスでアカデミックな教育を受けたにも関わらず、明治の世が未だ本格的な洋画を受け入れられないことを悟ったのか、川村は大変日本的な洋画を描いた。油絵師ということだ。その弟子なのである。
以前から川村の弟子・伊藤快彦は知っていた。京都の近代美術館で何度か目にしている。弁慶が三井寺の鐘を力任せに引きずる絵だとか、護良親王が長持ちに隠れようとする絵とか。―つまりその頃の日本人の誰もがよく知る物語を洋画で表現していたのである。
櫻井はその相弟子で、板に直に油彩画を描いた。杉の木目を利用したようなバラの活けられた花瓶や、能のお道具の絵を多く描いた。尼崎は義経の時代既に知られた町でもあり、近松門左衛門などを生み出した土地柄だけに、旧家も多い。
櫻井の絵の所蔵は、そうした旧家によるものが多く、あとは星野画廊の所有と尼崎市がによる。
バラの絵はピンク色の使い方が大変によかった。一体バラが日本の風土にいつから根付いたのか、私は生憎それを知らない。しかし明治中期には既にバラを描く洋画家がこうして存在するのだ。
バラはその少し前時代のフランス・アカデミックな様相を呈している。同時代すでに後期印象派がフランスに育っているというのに、こうした前近代な絵を描く状況が、当時の日本だったのかもしれない。しかし夭折した青木繁と言う例もあるので、これはなんとも言えないのかも知れない。
櫻井の絵は温厚で、不穏なところは一つもない。その当時の日本家屋に似合う油絵なのだ。洋間はなくとも、これらの絵はまるで扁額か絵馬のように飾られていたのではないか。
私はバラより白椿と白梅に惹かれたが。

師匠の川村が創案した漆塗板絵を櫻井も踏襲した。
その大方はお能の絵である。漆はその性質上、長持ちする。そこに油絵の具で描かれたのは能面と謡い本などである。
正直、これが凄まじかった。どう凄まじいかは、見たものでないと感じられないのではないか。
能面が生きている。いや、生存していると言うのではなく、死体のようなナマナマしさがあるのだ。ただし本人は別にグロテスクな趣味・嗜好で描いたわけではないだろう。しかし見る者はこれらの能道具の絵の一群にある種の気味悪さを感じるのは間違いないだろう。
小面と尉などが枕に寝かされている。開いた口、顔に当る影。重ねられた謡本。なにか情死したようなおとことおんな、そんな感じがするのだ。私一人の感性ではないだろう、きっと・・・

師匠の川村や浅井忠や伊藤の絵も出展されている。浅井のは京都市立美術館や近代美術館で今もよく展示される絵が並び、川村は勝海舟の肖像画などだ。川村も伊藤も能面や演目を題材にした絵を残している。前述したが、伊藤は弁慶や太平記を描くだけでなく、ここでも熊野や道成寺を描いている。物語を描く対象に選ぶところに伊藤のロマンチストな感性を見たが、伊藤は気の毒に回顧展がないので、詳しくは知らない。しかし技法は別として、イギリスのラファエロ前派と同じ世界ではないか。
熊野は童女を共に母の元へ帰ろうとしている。能面ではなく、平安時代の女の姿を描く。その裏面には花の絵がある。
山内愚僊という画家は初めて知った。大阪市立近代美術館準備室に所蔵されている『朝妻船』と赤松麟作『孔雀』が並ぶが、朝妻船に乗るのは烏帽子をかぶる女で、池か沼には睡蓮が咲いている。孔雀は表装も面白かった。こちらも鳥なのである。更紗かもしれない。
共に油絵であることを強く感じる。

絵のほかに尼崎や櫻井の資料が並ぶ。
大阪から西へ向かったときの最初の主要都市であるだけに、尼崎には昔から様々な産業がある。櫻井は旧藩主の息子だけに、市長となって長い間、尼崎に尽くしたようだ。立派だと思う。元の殿様は時代が変わっても領民のために善政を敷いたようだ。
尼崎から大阪市内の一部と北摂の一部の地図が何枚か出ている。
明治、大正と見るうちに興味深い発見などもあり、時間をかけて眺めた。尼崎はこういう点、自分たちの都市に懸命だと思う。文化的だと感じる。
櫻井忠剛のスナップ写真も見たが、なかなか好青年で、二十歳前後の写真はちょっと清潔な色気に溢れていて、好感度が高い。また、宴会で女物の着物を着た櫻井もきれいだと思った。
やはり殿様なのである。
よい展覧会だった。

やったぜ兄貴

昨日の虎は見事に鷹をがぶり、でしたね。前夜松中にやられたのを即やり返した兄貴・金本のかっこよさにはシビレました!今日もがんばれタイガース!
二年前には全く勝てなかった福岡で勝ったんだから未来が開いたんですもんね。とにかくうれしい。
しかし中継がいつも中途半端なのがめちゃくくちゃ悔しいな。

フルーツティ

自分で作るフルーツティほどおいしいものはない。

上海の花園飯店で朝食にフルーツティが毎朝出ていた。
大き目のポットにりんごとオレンジが紅茶で炊き込まれたものだった。あまりのおいしさに、私は延々とそればかり飲み続けた。
あと他に焼きうどんに香酢をかけたものと。この二つばかりで私の上海の朝食はすまされた。
滞在中、ずっとそうだった。

あれから二年がたち、私は毎朝自分の作るフルーツティを飲んでいる。飽きが来ない。いつまでも飲み続ける気がする。

SWE3の海賊版ニュース

昼のニュースでSTARWARSエピソード3が公開された日に、ネット上で海賊版が流れたと報道されていた。しかもどうやら内部からの流出らしい。ハリウッドは徹底的に究明すると言っているようだが、その成果は…どちらにしろ、私は映画は映画館で見る体質なので、日本上陸をひたすら待ち続けるぞ。そりゃ見たいですが、苛々しながら待つことも大事だと思う。やはりあの大画面で見るからこその醍醐味もあるんだし。(負け惜しみも必要だ)
予告編を劇場で見た数分間、私は幸せだった。たった数分間だが、本当にどきどきした。アナキンがダークサイドに堕ちてダース・ヴェイダーになることはもうわかりきっているし、二十数年後に息子の腕の中で静かな死を迎えることもよーーーーくわかっている。でも、それでも、ハラハラどきどきするだろう。このドキドキが大事なのだろうな。
あ゛ー早くみたい。でもいいんだ、待つぞーーーっ。

松坂の甲子園

 松坂が甲子園で敗れた。
西武ライオンズだから交流戦がない限り、甲子園では投げることが出来なかった。投げて、檜山に2ランを打たれた。彼は甲子園で初めて負けてしまった。プロだから、明日がないと言うわけではない。今日は負けた、それだけだ。しかし見ている者の胸には何かしら感慨が沸いてくる。松坂世代と言われるピッチャーは阪神にもいる。他ならぬ杉山と藤川だ。二人とも松坂ほどの実力がないと謙虚にこたえているようだ。
もし松坂がパでなくセのピッチャーならどうだったろう。こんな感慨は湧かないだろう。
阪神は松坂に打ち勝ったが、やはり凄いピッチャーだと言うのを見せ付けられたように思う。鉄人・金本が松坂に1000個目の三振を取られたことからもそれは確かだと思った。

小磯良平と金山平三・・・

続いて小磯良平を見る。
清楚で優雅な人々。労働者であっても彼らはとても品がある。しかし、以前大学生が私にこう言った。『小磯の女の口許はとても色気がある』と。私はびっくりしてしまった。そんな眼で見たことがなかったのだ。――それ以来、その言葉に逆に支配された私は小磯の女性の口許をじっと見るようになっている。

金山は最上川周辺の風景画が多いが、私はそれよりも彼の女性像のほうに魅力を感じる。そして更に彼の芝居絵が大好きだ。
今回展示されていたのは、主に『鏡山』だ。尾上と岩藤、草履打ち、尾上の自害、刃傷の仁木、見ていて本当に情景がよくわかる。不思議なことに洋画家の方が却って上手に芝居を描いているように思う。たとえば須田国太郎は、能狂言の一瞬の動きを見事に描いている。三年前にその動きを捉えたデッサン展を伊丹で見ているが、すばらしかった。武智鐵二と八世坂東三津五郎の対談集『芸十夜』にも戦時中の断弦会などで須田が熱心にデッサンしているのを見ていた二人の話があるが、洋画家が日本物を描くと不思議な味わいが出るのは確からしい。

安井仲治の写真

 安井仲治の展覧会がドレスデン美術館展と同じ兵庫県立美術館で開催されている。移転前の近代美術館の所蔵だ。彼の写真は去年秋に松涛美術館で見ている。大方の出品はこちらからだった。
 安井仲治は大正から昭和初期に主に関西で活躍したカメラマンで、夭折している。
 
大正時代のカメラマンは誰もが皆、モダンだ。これも松涛美術館で七年前に都市生活者としてのカメラマンの展覧会があったが、そちらも大変にモダンだった。絵画的な撮影から写真を開放した時代だったためか、風景写真やシュールレアリズムや肖像であろうとも、全てがモダンに見える。安井は丹平写真倶楽部に所属し、沢山の作品を残した。この倶楽部にはどうやら手塚治虫のお父さんも所属していたようで、関西のモダンボーイのメッカだったようである。
 
安井の流氓ユダヤの緊迫感溢れる画面と、曲馬団の娘たちのショットの違いが大変に面白い。この娘たちは言ってみれば、中山岩太の上海から来た女にも通じるものがあるが、ユダヤ人のほうは映画監督フリッツ・ラングの撮ったワンシーンのようだ。

私は基本的には都市風景にしか関心がないが、子供が猫を抱っこしている写真を見て、猛烈に猫が触りたくなった。猫の毛に実感がある。シュールも蝶の羽を透かしたような技法で撮影していて、とてもすばらしい。

美術館は彼の技法を解説したチラシも配っていてくれて、これはなかなか親切だと思った。

ドレスデンを見に来たにもかかわらず、私は随分長い間、こちらを見て回っていた。

ドレスデン美術館展を見る

最初にあるのは天球儀だ。黄道12星座が並び周囲を他の星座が埋め尽くす。科学的な展示が続き、オスマン帝国の展示がある。ここでは華やかなモスリム作品が飾られているが敵意と畏怖が憧れになる経緯が面白い。
イタリア。一つザクセンのみの憧れだけでなく、全ドイツ人の夢の地ではないか。ミニョンは歌う。“君よ知るや南の国” 当然画家たちはその風景を描写する。そしてルイにも憧れたアウグスト二世は見事な礼服とダイヤに身を飾り、豪華な肖像を作らせる。男たちの上に立つ、騎馬像。
一方柿右衛門にも憧れた王はマイセンを開発させるが、気の毒なベドガーは若死にする。伊万里の模倣は見ごたえがあった。勘違い的な良さもある。安南が南宋を模したのとはまた違う。
オランダ絵画ではレンブラントが人気だったようだが、幼児ガニュメデスの誘拐は、良弁のようだ。鷲にさらわれ杉に引っ掛かり東大寺に育てられ高僧になるが、この赤子はギリシャの神々の酌夫になる。
フェルメールは実の所よくわからない。何年か経てばよさがわかるかもしれないが、今は・・・
ドイツロマン派。先日ベルリン美術館展で沢山見たところだが、ここでも同じ画家のを見た。ゲーテやシラーを思い出す。私は実はゲーテは、ファウストやウェルテルより前述もしたヴィルヘルム・マイステルの方が好きなのだ。特にミニョンの話が。

数日の間にベルリン、ドレスデンと二つの大都市の広大な美術館展を見たが、ドイツとの友好関係がもっと深まり、共に不況から脱出できればよいとしみじみ思った。

ドレスデン展の前に 「クラバート」のこと

行く前に私の知るドレスデンその他のことを書く。ザクセン公国の首都ドレスデンはアウグスト二世の頃に文化と支配力が頂点を極めたらしい。その時代の伝説を題材にしたO.プロイスラー『クラバート』について記す。
東方の三博士に扮した物ごい少年クラバートは仲間と離れ、ある水車小屋の粉引き職人の徒弟になるが、そこは魔法学校でもあり、親方以下12人の弟子が学び、働いていた。(この構図は丸谷才一×山崎正和対談でキリストと使徒の裏返しだと指摘されている。)
中世ドイツ語圏で水車小屋は謎めいた場所として認識されていた。つまり人里はなれた場所にあることが逃亡者のアジールまたは革命家のアジトにもなることが多かったからである。それは梅津時比古×三上かーりん対談で示されているが、なるほど畏怖と忌避の対象らしく、この小屋では大晦日に死者を一人必要とする。そして新年以降に補充がある。
親方は上に大親方がいるが魔法の大家で、アウグスト二世に戦争の継続を勧める。親方が悪なのは明白だが弟子らはその支配から逃れられない。クラバートは実力を認められ後継ぎに目されるが拒絶し、やがて愛した少女の助けで自由になる。魔力は失われたが、粉引き職人として生きる道が開く。
ザクセン選帝侯アウグスト二世のイメージが鮮明に記されているだけでなく、様々な主題を抱えた傑作である。

楠の匂い

 道を行くと楠のよい匂いがする。花が開いていて、それが芳香として漂っているのだ。
 楠は神戸市の木らしいが、詳しいことは知らない。ただただよい匂いだと気持ちよくなるばかりだ。
 樟脳の原材料。虫が来ない。こんなによい匂いでも虫にはイヤなのか。楠は大木になり、日陰も気持ちよい。
 
 太平記によると、後醍醐天皇の夢に木の南にいる者こそが天下の忠臣だとお告げがあった。それが即ち楠正成だと言う話だ。その通り楠公は後醍醐天皇の為に戦い続け、遂には戦死した。
 直接には関係がなくとも、楠と言う語韻だけでそんなことが想起される。戦前には太平記も気の毒な利用をされてしまい、今では人気もないが、私は平家物語に次いで太平記が好きなのだ。
 丁度野間記念館で松岡映丘の『池田の宿』を見たから、よけいにそう思うのかもしれない。

 それにしてもよい匂いだ。この匂いが続く限りうっとりしていよう。

LからNへ

デスノートを読む。ニアの目つきがいきなり変わった。ちょっとこわすぎ。Lには可愛げがあったが、後を継ぐ者たちは二人とも変だ。Lとの戦いのときは月よりLを応援したが、今は月を応援したい気分だ。

ハンガリー建築のタイル

 昨日INAXギャラリー東京で唐桑村の船大工の仕事などを見たうえ、ショールームのクイズラリーに参加してビスコのミルクコーヒー味をもらったりしたのだが、大変なことを忘れていた。
 地元大阪四ツ橋のINAXでハンガリーのジョルナイ工房のタイル展が終わりかけているのだった。
 ジョルナイ工房といえばエオシン釉を開発し、ハンガリーの建築に多大な影響を与えた集団ではないか。十年前、私は京都国立近代美術館で『ドナウの夢と追憶 ハンガリーの建築と応用美術展』を見て☆印をつけていたくらいなのに。
 あわてて大阪へ帰る。

 見ました。ジョルナイ工房のテラコッタとタイルを。すぱらしい。十年経っても忘れられなかったエオシン釉の輝き。
 以前からブダペストには憧れていたが、ますます行きたくなった。東欧の真珠――ドナウ川にかかる世界一美しい鎖橋、その周辺から市内全域に点在するジョルナイ工房製のタイルとテラコッタ。1896年にマジャール人の国が建国千年を迎えて、レヘネル・エデンの設計で様々な建物が生まれたが、それらを飾ったのがジョルナイ工房の作品だった。ZSOLNAYジョルナイ。
 ペーチュという町に本拠地を持ち、県庁舎・ホテル・電話公社などを飾っている。一時国有化されたものを民営に戻し、現在も活躍中だという。
 ブダペストには動植物園・国立応用美術館・国立地質学研究所・ゲッレールト温泉・国立リスト音楽院などなど・・・これらは写真で展示されていた。
 一部が展示されてもいる。たとえば日本の菊水のような、花が波に浮かぶレリーフなどのタイル。ピラニアのような魚、三彩のような緑と黄色の瓦、あちこちに多用されている群青色のテラコッタ。見ていて全く飽きない。
 ブダペストといえば、『暗い日曜日』という映画で実に魅力的に描き出されていたが、ロバート・キャパもここの出身だった。
 見れば見るほど行きたくなる。ああ、無茶をしてここへ来た甲斐のある展覧会だった。

野間記念館名品展

 早いもので野間記念館が会館五周年を迎えるという。
 私はこの野間コレクションが一般公開される日をずっと待っていただけに開館されたときの嬉しさは今も忘れられないでいる。
 
 なるほど名品揃いである。
 院展・帝展関係なしによい作品を揃えてきたのがよくわかる。講談社は偉い。
 日本画の美を堪能した。
 またこのコレクションの中核をなすのが画家に依頼した色紙である。簡単なものではなく、正方形の枠の中で、それぞれが趣向を凝らし鮮やかに描ききった見事な色紙たち。
 十二ヶ月シリーズはこれまでにも何人もの手で見てきたが、歴史上の人物を描いたものなどは初めて見た。ここらはさすが講談社と言うべきだろう。川崎小虎の光明皇后は春野で童子に花束を渡すという情景を、この画家らしいうっとりするような筆致で描いている。ロマンチックと言うよりむしろ、ファンシーなのだ。
 青邨のローマ少年使節、馬に乗る少年武士。この本絵は院展に出されて、現在は早稲田大学内の会津八一記念館に収められているが、こちらはそれのエスキースの中から生まれた小品だろう。
 本絵の煌びやかさは無い代わりに、自在さがある。

 伊東深水の横目の少女は艶やかだし、土田のタンポポは人間より丈が高いことに不意に気づいたり。
 本当によい展覧会だった。

東海道五十三次

 日本人は昔から旅が好きだ。
 実際に旅に出れない人は、昔なら双六をして東海道を下ったり、諸国噺などを読んだりする。今なら旅番組を見たり、という項目も入る。
 一口に旅と言っても古代から中世、そして近世、近代へ至るときの流れの中では『旅』の意味も意義もおのずから異なるものだ。有馬皇子の旅と照手姫の旅と弥次喜多の旅とでは全く性質が違う。今回見たのは、行楽の旅である。つまり、弥次さん喜多さんの旅。
 『真夜中の弥次喜多』映画もヒットしたようだが、たばこと塩の博物館では物語としての弥次喜多の五十三次だけでなく、無数の人々の五十三次を展開した。
 広重の『東海道五十三次』はかつてお茶漬けのパックに入っていたので、それで知る人も多いと思う。しかし彼一人の専売特許ではなく英泉も描いているし、二人でコラボレートしたものもある。また、嵌め絵には宿場を描きこみ、役者絵を描いた国貞や国芳もいたし、北斎は『富嶽三十六景』で東海道の宿場を描いてもいる。
 国芳の『猫飼好五十三匹』みょうかいこう・ごじゅうさんびきと読むのだろうが、これに至っては爆笑だ。とにかく『地口』で宿場を読み替え、猫でその模様を表現する。たとえば『四日市』は『よったぶち』つまりぶち猫が寄り集まっているのだ。『石薬師』は『いちゃつき』猫ニャンニャン。『大磯』は大きな蛸を銜えた猫が『おもいぞ』・・・好きだなあ。前々から好きだが、改めて好きだわ。
 こうした戯画のほかにも、純然たる紀行絵もあり、文体によって区別されている。隷書・草書・行書。変わり絵もある。ポピュラリティーな絵の別バージョン。山本山のCMに使われている日本橋、あれの違う版は初めて見た。
 そしてやはり膝栗毛。その挿絵が浮世絵で出ていた。これが面白い。弥次喜多の旅の考察は松田修の著作集で、目からうろこだったが、ここではそれに触れず、一般に捉えられている滑稽道中としての面だけで眺めてゆけばかなり楽しい。
 私は福田清人が子供向けに直した東海道中膝栗毛を愛読したが、本編はまだ読めていない。泉鏡花は枕元に必ず何輯かを置いているほど、好きだったそうだ。江戸文学は好きだが、とりあえず今は絵を眺めるに止めよう。
 お客さんもかなり沢山来ていた。コンセプト次第でこうしてお客を呼び込めるものだと感心もした。
 これからもがんばってほしい記念館なのだった。

ベルリンの至宝を見る

早めに来て開館を待つ。エジプト、オリエント、ギリシャ、中世ヨーロッパから近代絵画までをセクション毎に展示している。解説文もわかりやすい。 大羊がスフィンクス然に居座る前には人の姿があり面白い。線刻のホルス神やアヌビス、猫、ウジャト…大分日本でもお馴染になったエジプト信仰の対象。猫彫刻はきれいだが惜しくも金のイヤリングは消失したみたい。なくても可愛いし立派な姿だ。
アナトリアの壁装飾に浮彫り獅子像があるがこれはモザイクで、見事だった。国が違うと同じように制作しても随分異なるもので、ギリシャの彫刻を見ると、オリエントとはなんの縁もないかに見える。
キリスト教の時代に入ると、木像が増える。ポプラや樫、クルミ等で聖人や磔などをこしらえる。聖アグネスは美少女で、羊を足元にまといつかせている。
ボッチチェリのヴィナスは黒地に浮かぶ裸体が美しいが、なにか真面目で、その向かいの壁にある彼女はやや淫らだが可愛らしい。 美少年の天使より聖セバスチャンの殉教が色っぽいのも面白かった。
モネの『温室』には蘭が咲くが、フリードリヒのニーチェは花に囲まれたテラスにいても既に病んでいる。 海辺の絵は明治日本洋画風だと思った。つまり山本芳翠や中村不折などの世界。ドイツロマン派の展覧会は’99に奈良そごうでも見たが、それよりも今回の方がよかった。セクションごとの解説も面白く、神戸に来ることはわかっていたが、ここで見てよかったと思う。

Jアンソールを見る

 庭園美術館でベルギーのJアンソール展を見る。最初にアンソールを見たのはメナード美術館で骸骨や仮面に囲まれる自画像だった。今回もその流れ。版画は山本容子の作品からエスプリを抜いて再構築した感じ。強烈すぎて普通の作品にも何かを求めてしまう。ピンクが好きらしく綺麗な色合いだった。
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