美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

鶴清の床

ずっと以前から『床』に憧れていた。
ずっと以前から『鶴清』に行きたかった。
だから鶴清の床を楽しめたことは、とても嬉しかった。

うちの母から鶴清は行きやすいよと聞かされてはいたが、正直、敷居が高かった。カネの問題ではなく、トシの問題。
しかし誘った人のトシも悪くなく、私自身もナマイキだと思われるほどコドモではないので、機嫌よく玄関前に立てた。
とはいえ、その前に四条から五条上がるの鶴清までの道で、嬉しい建物を二つほど見かけている。
一つは『大傳』ここも近代建築で素敵だったが、工事中の人に『もしや・・・』と思いながら訊くと、やはり膳所漢ぽっちりさんだった。
建物の本来の良さを残し、それを味わわせてくれながら、おいしい中華料理を提供する。よいお店だ。それがここに生まれるとは、とても楽しみだ。
仏光寺まで来ると『きた村』発見。お餅のきた村だ。やっとみつけた。今度食べたい。

某・元料理旅館の今は多少勘違い系の店はスルーして、鶴清につく。
素晴らしい唐破風。鶴の紋。いかにも料理旅館な建物。近代和風建築の楽しさに満ちている。提灯に一文字ずつ『納』『涼』『床』『料』『理』と灯が入っている。
わたし達は予約より早い時間に来たのだが快く招じ入れられた。
建物に執着の深い二人組は、イブニングの女将さんにおねだりして、建物のあちこちを案内されて撮影し倒す。三階の二百畳敷きの大広間は折上げ格天井で、床の間も素晴らしく、外観・内観に共通する美意識もうかがわれ、感心しきりだった。他にもステンドグラスがキレイだった。
二箇所あったが、どちらもきれいだ。建具や桟もすばらしく、屋根と軒の重なり合う箇所など、わたしのツボもある。

さて、床。
そんなに暑くもなく、川風も吹き、心地よい。
ここから見た本館の壮大さにまたまたわたし達は喜ぶ。
お料理もよかった。
梅酒はすっきり、八寸の昆布締めも口当たりよく、イクラもおいしく、メインのハモシャブもダシからおいしい。
お造りも鱧の梅肉が大変おいしいし、鯛もシャッキリ、マグロも悪くないし、頼んだ冷酒にも良く合って嬉しい限りだ。
キンシ正宗かと思う。
ソーメンもシイタケ・小芋・温泉卵・青物・穴子が入ったところへ柚子ダシをかけていただく。おお・・・おいしいなあ。
魚は鮎。ちゃんと蓼酢が。私は蓼酢が大好きなのだ。手が器用に動けば鮎のアタマとホネと尻尾だけ取り外す妙技をご披露できるのだが、生憎そうもいかずに、崩してしまった。蓼酢もおいしく、飲んでしまいたかった。
てんぷらはえびの衣が霰と、もちっとの二つにお芋と素揚げのしし唐にこナス。抹茶塩がこれまたおいしい。幸せだな??
まだある。魚ソーメン。これは関西にしかないのではなかろうか。これとアンペイは。とろろがすられているがダシと絡めて食べると本当においしい。
ご飯に私もツレも抹茶塩をまぶしてしまった。おいしいがな??
とり貝の酢の物もよかった。
デザートはスイカと葡萄。大好き。

ああ、とても機嫌よくわたし達は過ごした。
満員御礼なので他にも大勢のお客さんが来ていて、みんな楽しそうだ。
夕暮れも訪れて提灯の灯りもきれいだったが、旅館を出ると、もう暗くなっていた。唐破風の前でもう一度、床を見返る。本当に、楽しそう。
わたし達はその『楽しい』場所からさよならしていった。
良い気分を身につけたままで。
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おみやげ

昨日のフレンチはおいしかったが、その席上でお土産交換会が行なわれた。
私は、リクエストに応えて目黒・地蔵通りの御門屋のおかきと、プルーンやジャーキーなど寄せ集めのオヤツを。一人は韓国土産の袋物とハーブエキスのフェイスシートを。もう一人は和菓子・雷鳥の卵を。それからまた別に小布施の栗羊羹をくれた。

色々持ちかえった私は、母に私の土産を渡す。
心斎橋の出光ビルの1階にある東北物産店で買うたホヤと、たらこだ。

ラ・エトワール

心斎橋の、長堀通りに面したビルの4階にその店はある。
ラ・エトワール。その名の通り、フランス料理店。
私は学生の頃からここに通っている。

今日はエトワールコースにした。
前菜とメインとスープにパン、ケーキとお茶。
最近私も友達もみんな肉と魚を一緒に食べられない。夏ばて以前の問題かもしれないが。
前菜に私は、カエルのプロヴァンス風を頼んだ。カエルの骨が細い。味はよく言われているようにササミみたいだが、確かに軽やかではある。
人気メニューになっているそうだ。
こちらの手製のりんごバターは絶品だ。学生の頃からしばしば持ち帰っているが、今日もそのつもり。
おいしいなあ。

そば粉のクレープに生ハムとチーズをはさんだものを食べていた友達も喜んでいた。
そしてメイン。私はえびと貝柱のソテーにしたが、一人は鴨のオレンジソース、一人はラムだった。ぱくぱく。
おいしいです。実に。

ケーキもピーチを選んだが、これまたおいしいなあ。

幸せな気分でごちそうさま。
店長さんと好調タイガースの話をしたりして、機嫌よく帰る。

空の文字

午後1時過ぎ、会社の窓から空を見上げると、飛行機雲かな、文字が書かれていた。POCARI SWEAT ポカリだ。三国にポカリの工場があるけど、なんか妙に楽しい。でも、すぐに消えてしまった。
そこが楽しい。

シュークリーム

部長がおやつにくれたプチシュークリームがとてもおいしい。
伏見町と新地の本通に店があるそうな。
小さいくせに中のクリームがどんっと入っていて、幸せな気分。
Sucrer L’art
知らない店だが、捜しに行こう。美味しかった…

杉浦日向子の死

落ち込んでいるときにニュースで杉浦日向子の死のニュースを聞き、びっくりした。

時代考証家の彼女はよくテレビに出ていたが、私は彼女のマンガが大好きだった。引退して、隠居なのよとインタビューなどに答えていたが、わたしは彼女の作品をいまだに何回でも読み直している。

特に好きなのは『百日紅』『百物語』『とんでもねえ野郎』。
実質デビュー作の『合葬』は、出た当時新聞の書評で読んで関心を持ったのだ。珍しい、と思ったのだ。
歴史物でありながら、その当時のマンガでは全く珍しいことに、無名の人間が主役だったからだ。
歴史マンガはたいていが、史上の人物を描いている。
こんなオリジナルはなかったと思う。

子連れ狼の小島剛夕のところへゲンチャで着物を着て通勤していた、と言うのを何かで読み、ますますファンになった。
路上観察学会の一員でもあるのが、ますます好ましくなった。
銭湯巡りをして、熱い湯のときの我慢法などを書いているので私も試してみた。ぎゃって感じがした。

そのうち時代物でも、私は近藤ようこの世界に奔ったのだが、時代考証家の杉浦日向子のファンであることは、全く変わりがなかった。
漫画家を引退されても、江戸アルキ帳などの楽しい本が沢山出ていたからだ。

全く残念だ。しかし、彼女の作品は時代を超えて生き続けるだろう。
日本人のDNAから『江戸時代』が脱落しない限りは。

エレクトーン

とうとうエレクトーンをやめてしまった。

習い始めて十年、やめてしまった。
この七年、ただただつらいだけの習い事に化していたから、やめてよかった、と皆は言うのだが・・・・・・

大人になってから軽い気持ちで習い始め、当初はとても楽しかった。
先生も相手が社会人の、別に今からプロらなるわけでもない相手だというのでのんびりさせてくれた。
しかし次の先生が厳しかった。このときにやめておけばよかったのだが、タイミングをなくしずるずる・・・・・・
次の、つまり今の先生になり、だいぶやりやすくなったのだが、段々とつらくなった。
悪い人たちではない。とても、まじめ。しかしその真面目さが私を追い詰めるのだ。

指には番号がついている。12345だ。その通りに弾かないといけない。1・3の指定があればそうする、決して2・4で弾いてはならぬのだ。・・・それがつらかった。気分が乗って弾いていても、指の間違いを指摘され、やり直し。その繰り返し。
終いには、と言うか、最近は、ゲシュタルト崩壊が起こるのを体験した。キーボードも、譜面も、意味がわからなくなったのだ。
何を意味しているのか、全くわからなくなったのだ。
自分が何をしているのかも、わからなくなった。

しかし、習い事の日が来れば行かねばならない。宿題と言うか、予習復習、反復練習はしなくてはならない。
それがつらいと思うのは、自分の怠惰のせいだと思い、しかし、エレクトーンに向かうのがつらいので、弾かなくなる。その状態でレッスンに行くから、ますます弾けなくなる。悪循環。これがもう、何年も続いていた。

外を歩いていると、ピアノの練習音が聞こえたりする。それが私を責めている。責められている、と感じるのは自分がちゃんと練習していないせい。しかし、練習しても、突き抜けることは出来ないし、そんな境地に至りたいと思う気持ちもない。
軽く弾いていたかっただけなのだ。

個人でピアノ教師をするツレがいる。
彼女にそれを言うと、教師が悪いと言う。遊び気分の社会人にそんな教え方をしてはいけないのに、と。確かにそうだ。正論だ。
しかしその一方で私は、期待に答えられない自分が悪いと思うのだ。
何の期待か。プロになるわけでもないし、発表会にも不参加な私が、誰に、なんの、期待をされていると言うのか。
自分の自尊心のためか。自分はもっと出来る、と思っているから、この状態がいやなのか。

わからない。わからないことだらけだ。
お金のことを語るのは好きではないが、ここに語る。
年十二万円。これだけかけている。楽しくない、つらいことにそれだけお金をかける私を、阿呆だと親は言う。エレクトーンが出来る、と言う自慢がしたいのか。わからない。わからない。わからない。


今年になってから、肩や腕や指、手首などの、『手』の怪我が多い。
ふと考える。これはもしや、小学生が学校行きたくなくて熱を出したり、おなかが痛くなる、あれか。
今日も右手首が不意に痛くなったのでシップをしている。
しかしそのシップした手でこうして機嫌よく・・・パソコンを打ち続けている。私は社会不適応者なのかもしれない。
自家中毒に苦しんでいる。年柄年中、苦しんでいる。偏頭痛が消えてからはその領域に妄想が住み込み、毎日毎日色んな妄想にかられている。
しかしそれは半分は、楽しい。少し、壊れているのかもしれない。

エレクトーンの退会理由に怪我の療養の為、と書いたらなんとなく、泣けてしまった。
休会だと、また行かねばならぬのだ。行ってどうするのか。休会と言うことは、また行かねばならぬ、と言うことなのだ。
いくのがいやだと思っている者が、半年後の復活などありえるはずが無いのだ。

私はダメだ。とりあえず、自分の中で考えたいと思う。出口も無いのに。

エピソード3追記

敵にグリーバス議長と言う存在がある。
彼を見て『あれれ』と思った。うーん・・・何かな。
わかった。グリーバスはエヴァっぽいのだ。それもシトの方。
外見だけでなく、走り方が何よりも。

ツレは言う。アナキンがダース・ヴェイダーに化る手術シーン、ショッカーの手術を思い出した。
ああ、そうか。私は同じ石森章太郎(石の森、以前の)よいどれ探偵テッカマンを思い出したけど。こんなタイトルかどうかは忘れているが。最早人間には、生身には戻れないというのは、同じ。キャシャーンとはまた異なる手術メソッド。


仮面をかぶることで人間性を消失する。
彼が再び元の善なるアナキン・スカイウォーカーに戻るのは、息子に腕を切り落とされ、息子と皇帝どちらを選ぶか悩まされ、苦悩の果てに皇帝を放り落とし、深手の中、息子の腕の中で仮面を外し恐ろしい素顔を晒すとき。

別な人格を得た彼は、それまでの人生全てを否定し、そしてこれまで生きてきた時間を悪に転換させるために恐ろしいスピードで、走り始める。外見の恐ろしさが彼を、より浸食してゆく。
美青年をキャスティングしていたことが、よりそのおぞましさを顕らかにする。

456でのルークは(怪我をする以前の、つまり4)明るい美青年だった。ルークを演じたマーク・ハミルの不幸な事故もあったが、彼がただの少年から『新たなる希望』として立った頃までは素直そうなかわいい顔をしていたが、最後にして最新の、ジェダイになるや、暗い面立ちを見せるように変わっていた。白の服から黒のジェダイ服に変わったことが原因だという以上のものを、当時感じたものだった。
ルークは時代の要請もあって、三年で落ち着き払ったジェダイになってしまったが、アナキンは、十余年の歳月を経てゆっくりと浸食されていったのだ。
1のラストで、彼に微笑みかけるパルパティーン。2で、歳の近い師匠に不満を持つアナキンはパルパティーンを父のように慕う。そしてついに・・・美青年がその美しさを失い、人間性を剥ぎ取られ、怪物化する姿をまざまざと目の当たりにさせられながら、皇帝とダース・ヴェイダーの新たな門出には、容貌の恐ろしい変化と言う項目が重要なのだと思い知らされた気がする。

昔、ルーカスはマーク・ハミルに夢中になって、彼が『さよならジョージア』という映画に出たとき(主演ではなく出演者の一人)全く何の縁もないのに、マーク・ハミルのために彼の演技指導をノーギャラで勤め、日参したと言う。5の監督を降りたのも、マーク・ハミルが顔を怪我したからだと言う噂もあった。
しかし、それから歳月が降り、美少年アナキン坊やが美青年アナキンになり、ついには二目と見られぬ姿になった上、サイボーグ化され、ダース・ヴェイダーとして『新生』したのには、意味の深いものを感じるのだ。ルーカス御大ご自身の、意識の変容も含めて・・・
ただの妄想に違いないが、そうしたことを考えさせられるのも、やはりこの壮大なサーガの持つ力ゆえか。

まだまだ見に行くぞ!

エピソード3 シスの復讐

ついに・・・スターウォーズ エピソード3 シスの復讐 をみる。

言葉では言い表せない。
7/8、国際フォーラムでアートオブエピソード3展に行き、映画に使われた小道具やセットや、ミニチュアその他を見ていたが、それらが一本の映画の情景として組み込まれているのを目の当たりにし、感動が押し寄せた。
あの日、ルーカス御大と同じ会場にいた、と言うのは生涯の自慢になるが、この映画を全て見たと言うのもまた、一生の幸せだろう。
一瞬の瞬きでさえ、惜しかった。
アナキンが徐々に蝕まれてゆく姿が、唐突に『完全に暗黒側』に墜ちゆく姿が、何もかもが胸にこたえる。
そして今回ほど、R2-D2がせつなく見えたことは、ない。
R2は全てを、見ていたのだ。自分の大好きなアニーが堕ちてゆく様を。
ストーリー的にも、とても納得がゆくものだった。たとえ評論家が何か粗を捜し出したとしても、そんなものは気にしなくていいのだ。
STAR WARSはSTAR WARSとして、それ自体で完成されているのだ。
今回もクラシックな20世紀フォックスが映り、ルーカスフィルムのロゴが出て、A LONGTIME AGO GALAXY FAR FAR AWAY・・・に続き、STAR WARSのタイトルロゴと、そして文字列が現れたときには、いつものことながら、拍手をしてしまった。

本当に胸が痛くなる。私はジェダイの帰還(復讐)以来のファンだが、涙が出てしまった。
こんなにどきどきするのはいつ以来だろうか。六年前の、ファントムメナスが公開されて以来か。十六年待って、エピソード1がこの世に現れそして三年ごとに続いた壮大なサーガ・・・その締めくくり。

ドゥークー伯爵の死は必然的なもので、クリストファー・リーの立派な顔が目に残る。かつてのドラキュラ伯爵は、死に際まで立派な顔立ち・立派に態度なのだ。たとえ裏切られての死であろうとも。

父たるパルパティーン。クワイ・ガン・ジンを失くしたアナキンの、『父』なる存在。善き父と悪しき父。師と弟子は擬似父子関係なのだ。
だから、オビ=ワンではアナキンを統御できなかった。彼はいみじくも叫んだ。『弟のように思っていたのに』更にI LOVED YOU。そう、しかしその言葉はもっと早くに伝えるべきだった。
父を持たない子供は光の父を失った後、闇の父に出会い、そして自身は父であることを、その死の間際まで亡失している。
それだけで、ときめく。

愛くるしいアニー坊や、ハンサムなアナキン、それがムスタファの溶岩流で二目と見れぬ姿に変貌する。
丁度、彼の闇の父たるパルパティーンが秀麗な容貌を失って、醜い銀河皇帝になったのと同じく、ダース・ヴェイダーとして再生したときには、怪物と化している。

ムスタファの溶岩流は、メイキングビデオでもみていたが、これが映像になると、こんなにも恐ろしい情景になるのかと息を呑んだ。
こわかった。とても、こわかった。映像なのに、その業火が我が身を焼くのではないかと思ったほどに。

ヨーダとパルパティーンの戦いの中で印象的なせりふが一つ。
「緑色の、我が小さき友よ」
ウケたなあ、個人的に。
一緒に見ていたツレが中島らもに似たナリをしていたので、最初それに笑ったのが、終映後、隣にいたのが『緑色の、我が小さき友』だったのに気づいたときには、笑ってしまっていた。個人的、笑い。

子供のパダワンも全滅。なんとなく、狼と七匹の仔山羊を思い出す。
そしてパドメの美しさは、まるでロセッティの絵のようだった。更に葬列。これはツインピークスのキャッチコピー『世界で一番美しい死体』を凌駕する、美しさだった。花に囲まれた姿は、確かにオフィーリアのようだった。
チューイが現れたとき、思わず画面に向けて手を振る私。彼は走るヨーダをひょいと肩に乗せる。ここもなんとなく、クラッシャージョウを思い出した。安彦良和的、大きい者の小さき者への気配り。

タトゥイーンの二重太陽をみつめる若夫婦と、赤ん坊。これが4のルークの姿に重なるのだ。
2ではリビドーの波に溺れていたアナキンが、秘められた婚姻によって得た幸せ。そのときの彼の幸せそうな顔は、とても可愛らしい。

彼がヴェーダー卿としてクローンの連隊を率いて歩く姿を鳥瞰図として捉えるショットが好きだ。
感心したのは、フェルーシアのシーン。展覧会で、ガレやドーム兄弟のガラス工芸のような作品を見たのだが、それがこのフェルーシアに使われていたのだが、ほぼ5秒程度でしかなかったのではないか。
なのにあんなにもすばらしい作品を沢山作っている。
フェルーシアの語源は恐らく、フェリシア=幸せからきているはずだ。その美しい星でも殺戮と虐殺は行われる。
ジェダイの殲滅。敗残するジェダイ。銀河中に分散し、潜伏するしかない。しかし、4の時点では最早ジェダイは伝説と化している。

展覧会では、ヨーダがダコバに到着するシーンのイラストがあったから、もしかすると、特典映像などになるかもしれない、と思った。

瀕死の、しかし生きる可能性の高いアナキンの無惨さは、野田昌弘の翻訳した小説6のシーンを思い出させた。
それにしても、彼が息子を助けるか皇帝を見守るか悩む姿は、実はこんなときからその萌芽がみえていたのだ。つまり、メイス・ウィンドウかパルパティーンか悩む姿である。
アニーよ、銃を取れ。違う、(しかも古い!)

これらは全て、『予告された殺人の記録』なのである。にも拘らず、私は思わず映像に向かって手を差し伸べそうになっているのだ。

すばらしい時間は、瞬きを憎ませた。
とうとう終わってしまった・・・
本当に?

また、近々見に行く。

アストロ球団

サンテレビから朝日に阪神戦のリレー中継がある。
チャンネルを替えた途端、懐かしき中島徳博のアストロ球団がーーーっ
知りませんでした、使われているの。

リアルタイム時には読んでないが、文庫本で揃えたのがもう大方二十年以上前・・・泣けるなあ。
中島の熱い作品はとても好きだった。
朝太郎伝もいいが、私はがくらん海峡が好きだった。バイオレンス特急それからそれから・・・

本宮一門のあの熱さは本当に好きだ。
少し前までゴラクで黒咲一人がお遍路さんをする私小説ならぬ私マンガにも心を打たれたが、その作中に中島を偲ぶよすががあり、オールドファンの私などは、とても嬉しかった。ご子息が出家なさっているというのもそのマンガで知ったのだが・・・

現在はクールなのがいい、という感じだが、やはりあの熱さは捨てがたい。いや、それどころか、年年歳歳ときめくものが・・・

やっぱりいいなあ。

祇園祭り

去年に続いて宵々山。一年は早い。去年一緒に来た従姉妹は豪州に新婚旅行中、私はやはりぶらぶら。
蛸薬師から入り、少し下がって蟷螂山を見ると緑のカマキリがある。南観音山等を回ると屏風を見せてくれる軒先もあり、加山又造画伯のウチワや原画がある。町家を店にするのは何も個人会社だけではない、松坂屋の配送センターがあり、遊楽図と鎧を展示している。良いものを次々に見る。ニ階にも有田や屏風を飾る町家もあり、巡行にはきっとよい景色だろう。露天も出ているので、から揚げを食べるとおいしいのですな、これが。機嫌よくふらふら歩くと、新町に交通規制がかかったので脇にそれる。くろちくさんが何やらお客を集めているので、私も混ざり、夏向けと秋向けの麻織りコースターを買う。金魚二種と兎二種。おじさんと機嫌のよい会話を交わしてから、室町辺りをぶらつき、私が通称『鬼ビル』と呼んでいる某会社の建物を通り過ぎて、烏丸をわたる。
文化博物館は、祇園祭の間、夜八時半まで開けてはるそうな。
てくてくとたどりつくものの、先にイノダへ行き、コーヒー少な目のカフェオーレを頼む。私はお子様で、夕方四時以降にカフェインを取ると夜が眠れないのだ。(結局、寝れなくて1:11の現在も、わざわざ起き出してこんな文をタラタラ打っている)おいしくレモンパイもいただいてから、千総の着物の後半展覧会へ。
前回の展覧会については、精述したし、写真も載せたが、今回はかなり沢山が展示換えされていて、個別のことは書き切れない。岸竹堂の、トラが可愛いのは当然にしても、椿柄の着物を来た舞妓さんの絵が可愛い。舞妓もいいが着物が可愛いのだ。椿が大好きな私は、とても欲しくなった。
本を買う。買う価値はある。応挙のスケッチだけでもえらい。本を買うてから河原町へ向かう。生祥小学校へ。このそばの革島医院の建物はすばらしい。その向かい、つまり小学校・幼稚園の隣の風呂屋に入る。本日二度目の銭湯。こぢんまりとした、お風呂屋さんで、ちょっと熱い。
今日はこれで、お終い。

船岡温泉

東山二条からバスで北大路経由大徳寺まで乗り、そこから鞍馬口を行く。西陣。場所の定義は曖昧だ。文化財の風呂屋に行く前に、その兄弟分で、今はカフェのさらさに入る。マヨルカタイルが美美しい。すばらしい。今や床下収納になった丸風呂も見た。カフェの砂糖は和讃盆混じりのおいしい味で、並ぶ本はドグラマグラにビートニク。そこから船岡に行く。二度目だが料理旅館の名残が強い、良い建物だ。欄間は肉弾三勇士に謡曲、格天井は彩色木彫で鞍馬の牛若丸。別バージョンのマヨルカタイルに色ガラスがきれい。二時間後に入浴予定。
先に智恵光院寺之内にある松翠園に帯を見に行く。CPパターニングによる機械織りが可能にした世界。絵画を綾なしたのだ。見事な技術は千年の伝統に裏打ちされている。ドガやモネの睡蓮を見る内に思い出した。私の祖母は刺繍が上手で、森の風景を刺繍で作ったのを額装していた。なにか懐かしい。邸宅を出ると向かいにも織物会社があり、和館に隣接した洋館が見えた。嬉しいおまけだった。
戻って入浴。ホント、温泉気分満喫。遠いがまた来よう。日替わり露天風呂、今日は桧だったから次は岩風呂を目指そう。

絵葉書の魅力

去年暮れから巡回が始まったエスティ・ローダー寄贈の明治から昭和初期絵葉書展をみる。以前、やはり欧米に流出した絵葉書展を見たが、今回も大変良かった。
何が良いかと言うと、洋画の大家と呼ばれた画家たちが何だか楽しそうに余技のような、手すさびのような気楽で自在な作品を沢山残しているからだ。立派な明治人というより江戸の洒落た戯作家たちの残影が見えて、とても楽しい。 また、夢二や非水、五葉らのグラフィックデザインもあり、興味は尽きない。中でも小林かいちと言うイラストレーターは初めて見たような気がする。しかし実は一度は見ているが、初めて認識したと言うべきかもしれない。街の悲哀、彼女の青春、教会の前、など一連のシリーズがあり、エスプリがきいている。こうしたおしゃれさはアールデコからモダニズムの時代だからこそのものだろう。ナンセンスな一発ギャグも多い。楽しくて仕方ないが、残念なことに本は売り切れだ。また見たい企画だった。 実はおまけでエスティ・ローダーのルージュセットの小さいのをいただいたことがまた、嬉しいのだった。

コミックバトンがきた

コミックバトンが来たので、まあ書いてみよう。

*(本棚に入ってる漫画単行本の冊数)
 ・・・2000冊くらい。以前在庫表を作っていたが、消失したので数えるのを停止。

*(今面白い漫画)
 ・・・ハンターxハンター、海皇紀、キーチ、AMAKUSA1637、バンパイヤ

*(最後に買った漫画)
 ・・・海皇紀24巻

* (よく読む、または特別な思い入れのある5つの漫画)
 ・・・暗黒神話、キリコ、じゃりンこチエ、修羅の刻、ICHIGO
  他にもまだまだあるが・・・

例によって、私の手からバトンは直には渡さない。よろしければどうぞ。

小林古径

東京国立近代美術館で小林古径をみる。
京都にも来るが、たまたまこのすぐそばのホテルにいるので、一足先に見ることにした。会場は朝早く来たのに、満員御礼だ。

小林古径の展覧会は、11年ぶりだ。今回も初期から晩年までの名作を網羅している。院展の三羽烏と謳われただけに、歴史画や時代性を感じさせる絵も多く、見ごたえがある。桜下美人図のような作品ですら、官能性は低く清澄な美がそこにある。
金屏風の紫苑と紅蜀葵には胸を衝かれた。
石川淳の『紫苑物語』を思い出したせいもある。国の守は狩を好んだ。この一文で始まる稀代の名作には、これまで私の中で映像が浮かばなかったのだが、古径の紫苑を見た瞬間、物語と絵画の融合が生じていた。
勝手な妄想だろうが、私にはそれが活きている。

道成寺絵巻はこれまでにも何度か見ているが、抑制の効いた筆致で物語の無残さを忘れさせている。大蛇の表現も高麗辺りの壁画のように、美しい。『日高川』の清姫は何人もの画家が描いているが、例えば村上華岳の清姫は目を閉じて彷徨し、森田曠平の清姫は血走った目が恐ろしい。古径の清姫は女として描かれているのでなく、物語の人物として遠景から描かれている。だから表情も少ないが、決してそれは、無表情ではない。髪の流れにかの女の激情が見出せる。『かの女』カノジョではなく、カのジョと言うべき女。お能の登場人物のような抑制が効いている。

エジプト壁画の模写などを見ていて気づいたことがある。
模写である以上、自分の個性を出すのではなく、いかに原本に近づくかが眼目なのだろうが、面白いことにどう見ても小林古径の絵にしか見えぬのだ。
杉山寧や平山郁夫が模写しても当然そうなるだろうが、やっぱりなにか古径だなあという感じがした。ただ、その模写が古径芸術に影響があるのかどうかは、わからない。

筒井筒、賢そうな童女と童子。こんな賢そうな筒井筒は初めて見た。古径の描く子供らは、皆どこか賢そうだ。阿新丸だけではない。琴爪をつけ、銘仙を着た少女も、蛍か何かを追うおかっぱさんも、神崎の窟の赤子も、みんな賢そうな顔をしている。
というより、古径の人物で阿呆な顔はいない。『伴大納言絵巻』の模写で、応天門の火事に右往左往する民衆ですら、阿呆な面をさらさない。しかし、それは却って多少の弱点にもなるのかもしれない。古径が阿呆面を描くのがキライだというのを感じたりもする。

果物や花が美しい。柿にいたっては『おいしそうー』だ。器がまた、すばらしい。青花の、金魚とハスの絵がきれいな器に盛られた柿は、オヤツに食べたいと思わせてくれる。りんごも洋ナシも。

修善寺町に所蔵されている琴三味線の女たちにも、久しぶりにお目にかかった。
山種で見たのだったか、ちょっと思い出せないが。
ことはともかく、三味線と言うのは比較的新しく入ってきた楽器なのである。
谷崎の盲目物語や、出雲阿国などのかぶきに出ているのは、『新しい』からなのだそうだ。この女たちも髪型や着物だけでなく、そのことで時代を推理できるが、遊楽大好きな私には、嬉しい絵だ。

『異端』が見たかったが、生憎展示替えだった。
これは以前に一度だけ、見ている。見た直後に鏑木清方の『続こしかたの記』だろうか、オマージュの文章を見つけ、一人で嬉しがったものだ。
しかし絵葉書を手に入れることが出来て、それだけでも随分嬉しく思った。

私は昭和初期と言うより戦後しばらくまでの近代日本画が好きだ。明治後期から大正、昭和初期、そして戦後しばらくまで存命した画家たちの絵が。
この展覧会が京都でもこうした人気を得ることを、願った。

ファーブル美術館展

展望台から眺めた損保ビルへ向かう。上から見たときはビル並が、まるで刑事ドラマの刑事達のように立ち上がっているかに見えたが、当然ながら地上を行く分には適度な距離感がある。
最近革命以後のフランス絵画に関心が高い。特にカバネルやナルシス、ヴーエが好きだ。ブーグローとカバネルに縁のある弟子達も好きだが、彼等はむしろイギリスのレイトンの先達のようだ。ドラクロワのアルジェ女達、ときめくなあ。私は彼のオリエンタリズム絵画が好きだ。画家の名は知らぬが、ハーレムの白人女の化粧風景がよかった。微妙にジャポニスムで。世話をする黒人女ももう一人の白人女も、三人とも奴隷なのだが、視点の違いが分かる。
気に入ったのはアベルの死。ほぼ全裸の美青年の遺体は大理石のように美しく、半開きの目も口もなまめかしい。彼の叢は髪と同じ色合い、やや固そうな手触りに見える。カインはこの美しい弟の遺体にすら己への情けなさを感じたのではなかろうか。妄想が広がる作品だ。
ロマン派への萌芽がここには沢山ある。本を買うか否か。葉書に不満があるから買うべきだが、荷が重く諦めた。カリエールは本にしかないのに。

残したい景観

都下のアマチュア画家さんらが、残したい建物や景観を描いている。同じ風景でも手が違うと、全く別物に見えるのが面白い。近代建築保存運動のためでもある、絵画展。千住の槍掛け団子の店を見て食べたいと思う。いいなあ。
パンフは写真だ。もらって帰る。建築ガイドでもある、よい構成だった。

都庁にて

目黒から新宿へ、という回り方をしていると東京から動き始めた双六も半分まで来た、と言う気になる。
新宿の地下を行く。都庁に向かう。シャトルバスがあるが、180円分を歩く。都議会に用があるが、別に演説したりデモをするわけではなく、残したい建物や景観の写真や絵の展覧会がみたいのだ。
先に中庭に立つ。巨大なサンクンガーデン。低い半円を背に、天へ向かう二つの塔を眺める。設計者が誰かは知らない。ふと、実感としてこれは現代風スパニッシュだ、と感じた。ガウディからアールヌーボーの装飾性を排除して、アールデコにオマージュを捧げたような外観は、しかしサグラダファミリアを想起させる。ガラスと鉄と新しい建材で再構築した聖なる塔。(中身は別だ)くらくらした。あの空中楼閣のぎざぎざにも人はいると思うと、つくづくテクノロジーへの違和感と感心にめまいがするのだ。南展望台にあがる。1分くらいで45階。東京ドームが見え、ヒルズ、オアゾ、近いところで代々木のNTT、眼下には深い明治神宮が広がる。回ればキャロットタワーも見えるし、晴れてたら富士山も…
車の動きも緩く見え、距離がもたらす感覚の狂いを不思議に思った。 北より南が私にはいい

アート オブ エピソード SW

今日から国際フォーラムと目黒で展覧会があるので、万難を排して時間前に並ぶ。大阪から来た甲斐があった。
御大ジョージ・ルーカスとへイデン・クリステンセンが来場! 知らなかった!うわっ!て感じ。嬉しい、めっちゃ嬉しい! メカを楽しもうと来たが、ぼぉっとなったままだ。くらくらする。30分足らずの滞在だが、一つの空間で同じ時間を共有し、同じ場所にいることに感激した。ああ!涙出そう。嬉しい!
やがて去られたが、ルーカス御大の作られた世界に今から私は溶け込もうと思う。本当にMay the force be with you が実感として分かる気がした…

音楽バトンか・・・

こういうものが届いた。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/Musical%20Baton
ああ、そうなんだという感じ。
内容は悪くなかったので、私も書いてみる気になった。
ただし、次の人は指定しない。このブログを読んだ人で、やりたい人が続けばいい。ひとに負担を持たせるのは、ニガテだ。

1音楽ファイルの容量・・・うーん、ぱそこでは、聞かない。
2今聞いてる曲・・・ホントの『今』は何も聞いていない。
3最後に買ったCD・・・うわっ、これはなんだかな。実は虎造かも・・・
4特別な思い入れのある5曲・・・谷山浩子『犬を捨てに行く』『地上の星座』長渕剛『シリアス』甲斐バンド『ブライトンロック』石川さゆり『天城越え』

まあ、こんな感じで。

七夕

今年も七夕飾りを作る。
笹を少しだけ切って、折り紙で作った短冊やちょうちんや月、きゅうり、なすび、網などをつる。無論ワッカも三角の連続もつる。
雨なのでやめようかと思ったが、毎年してるのに今年しないのもいやなので、した。して、さあ飾ろうかとした途端、雨。
わはは。こんなもんですわ、人生。

でも、なんとなく楽しかったから、それでいいのです。

サヴィニャックのポスター

続いてサントリーミュージアムへ行く。
チケットをいただいた、それ自体がとてもうれしい。

東京のサントリー美術館がどちらかといえば古美術を専門にするのに対し、こちらはポスターやコンテンポラリーなどもよく開催する。随分昔、一括して某コレクションを譲られた記念としての展覧会を見たが、あれはどちらかといえば世紀末のものが多く、今回のレイモン・サヴィニャックは現代を駆け抜けた人だった。
牛のお乳が牛乳石鹸になる、ポスター。明快な色彩と力強いライン。
それが出世作となり、サヴィニャックはポスターを作り倒した。
どれもこれも楽しい。パリシャンらしいエスプリと、誰にでもわかる親しみと。ロメールの映画のポスターもこの人だったか、と初めて知った。国鉄運賃半分のお報せはお客さんの身体も半分になっている。
こう言うセンスが楽しくて仕方ない。

やがて時が過ぎ、広告代理店の力が大きくなり、広告媒体が絵から写真へ移るとサヴィニャックもヒマになる。しかしこの人のえらいところはそれでも、自分らしさを失わなかったことだ。
やがてシトロエンと組んでガンガンいって大復活をとげ、日本の豊島園のポスターも手がけ、長生きしてあの世に行った。

商業デザインは失われやすいが、こうした展覧会は大事だと思う。いつか見たことがあるよ、と言うのがだいじなのだから。

大阪市立近代美術館『春』コレクション

出光美術館の跡地にこの展示室が永続すれば、といつも思う。

モディリアーニからマグリットまでという副題の通り、エコール・ド・パリの画家が中心である。
バブル期アタマの痛くなるような大金で購入したモディリアーニの裸婦を、間近に見て思う事。きれいな胸をしている。本当にきれいな胸。色んな裸婦を見てきたが、こんなきれいな胸はない。
両手でこの胸を抑えてみたい欲望に駆られる。ああ、いい胸だなあ。
パスキンのサンドリヨン、即ちシンデレラは本のための版画だが、娼婦と少女しか描かない画家の描くサンドリヨンは、痛い。
下着姿でしゃがむ少女の肉のラインが目を打つ。また、彼女の意地悪な姉たちはどれもこれもみんな悪趣味な淫売にしかみえない。いかにもパスキンらしい視線での作品だが、これは完全に大人向けだろう。
不意に思った。
そもそもシンデレラを子供向けの物語にしたのは誰なのか。ペロー一人の責任ではないはずだ。
官能性の高いシンデレラを見て思い出したのは、女優岸田今日子の小説『セニスィエンタの家』だった。
そして現代日本でシンデレラを描けるのは、山本容子だけだった。アリスは金子國義に尽きる。

ローランサンの少女たちは犬を何匹も描いている。ユトリロ、ヴァラドン、ヴラマンク、ドラン、キスリング。
キスリングのオランダの少女の絵には久しぶりに会った。今は亡き北浜三越で回顧展があり、そのときに見て以来だ。
まだある。
ボーシャンの果物棚。ツレが洋ナシが87個あると言う。数えていたのか。私は鳥の数を数える。正面向きのフクロウらしき影がある。まるで諸星大二郎の世界のようだ。不条理と惨劇とがどこかに隠されている。
箱のオブジェで有名なコーネルの作品も並んでいた。絵よりも、箱の方が面白いと思った。
雑誌や商業デザインにもよいものが多く、それらを保管しているのはすばらしいことだと思った。
見ごたえのある、よい展覧会だった。

出光ビルの一階に東北物産ショップがある。秋田のふきのとうを買う。私はホヤが好きなのだが、月末にしか入荷しないそうだ。
ホヤと平泉の餅膳料理が食べたくて、それだけで東北へ行こうとしたこともあった。ちょっとした、幸せがここにはある。

龍圃の酢豚

あべのにHOOPという商業施設があり、その地下一階にこの店はある。私は天王寺にあまり来ないが、人と一緒なら必ずここでランチにする。一人なら、美術館の地下の瑠樹だ。
絶品。何がかと言うと、酢豚。

雨で、やや早めに来たことが幸いか、すいっと入れた。
私もツレもここの酢豚にハマッている。紹介した人全員が、ここの酢豚にハマッた。会社の後輩にも教えたが、その母上も感動して、母上は母上でお友達を引き連れて出かけたそうな。口コミはすごい。

私もツレも最近ちょっと弱っているので、ランチ一人前を頼むと食べきれなくなる恐れがあるので、酢豚セット一人前と、えびワンタン、蒸し鶏の中華パンサンドを頼む。取り皿をもらい、二人で『仲間で』食べるのだ。仲間で、というのは大阪弁で一緒に分けて食べる、の意。
汁物はわたしが飲んだが、チャーハン、小龍包、酢豚は半分コ、別頼みのものも仲間で食べた。

ここの酢豚は黒酢で、とろみも酢も甘さも絶品。全部舐めとりたい。野菜も素揚げしたサトイモ、長薯、慈姑がからめられ、ライチまで加わっている。特に慈姑の食感の軽やかさにはびっくりした。我が家では母が慈姑が嫌いなので、私はここに来るまで食べたことがなかったのだ。
前回、母を連れてきたときに初めてそれが慈姑だと知り、悔しい思いをした。
澁澤龍彦が慈姑の薄切りから揚げが好きで、と言うことは知っていたが、すごく、実感としてわかった。おいしいのだ。本当に。

小龍包も、お汁を逃がさずに食べれた。おいしいなあ。むふふ。
中華パンに味噌と鳥や野菜をはさんで食べるとき、ツレが言い出した。
「あたし、北京ダックが食べたくて横浜の中華街をさ迷ったことがあるよ」「ほう、食べれたん?」「アカン・・・食べ損ねた」「まあ、最近あれはハヤリではないからなあ。今度食べに行こか、知ってる店あるし・・・」
新しいお店では、最近北京ダックはないのである。私はリーガロイヤルホテルの王府に彼女を連れてゆくつもりだ。
平野町にある頃は、王府によく通った。やっぱりここの酢豚が好きで好きで・・・(涙)

中華料理店で特別に好きな店と言うのは何軒もあるが、私は案外中華街には思い入れがない。神戸では敦睦に行くと決めているが横浜ではこれだ!がないし、遠い長崎にも無論ない。むしろ長崎では卓袱がわたしを待っている。

デザートの杏仁豆腐、マンゴープリンも分け合って食べたが、そりこそ甲乙つけがたいというやつで、すっかり弛緩してしまった。幸せだなあ。相席の母娘は揚げそばに海鮮あんかけを食べていた。これもおいしそうで、たまらない。
今度はこれを頼もう。
昔、551の蓬莱がそごうの地下でカウンターを開いていたとき、海鮮あんかけか天津飯がわたしのお気に入りだった。
それが食べたいだけでそごうによく通ったことが思いだされる。

幸せは、夜まで持続した。

カザールコレクション

これまた久しぶりにカザールコレクションの、根付や印籠や蒔絵の香合を沢山見た。

江戸時代の職人の腕の確かさは、世界に誇れるものだ。
神は細部に宿るというが、その言葉通り、日本の職人は、より小さく、より繊細に、より美しいモノをこしらえてきた。えらい。
本当に偉い。
こうした技術が現代では失われていることはただただ遺憾極まりない。職人はいずれ消滅するのだろうか。

こうした小さく精密で可愛い日常品は、明治期に海外流出したが、買い戻す方々もいて、たとえばここのカザールコレクションのほかなら、芦屋の俵美術館、清水三年坂美術館、たばこと塩の記念館で保管されているし、名古屋のボストン美術館にも常設されている。

わんこが可愛い。耳のねた仔犬。目つきの鋭い鴛鴦とカワセミ、大津絵の鬼、行水の女、寿老人の頭を押さえ込む大黒。
愛嬌と、ユーモア。他にも、伊勢物語、源氏物語、住吉大社をモチーフにした装飾。古美術が好きなら、必ずこの辺りは押さえていないといけない。

日本の伝統工芸は、いいなあ・・・

興福寺の仏像

昨日、雨の中JR天王寺にでて、大阪市立美術館を目指した。
公園内に入った瞬間、七夕飾りが見え、短冊を支度されていたので、私も書いた。願い事の内容は、内緒。

美術館では興福寺の鎌倉時代の仏像を中心にした展覧会が開催されていた。
大阪から奈良は隣なのでこの場所でしなくても、と思ったが、ここだから却って来れる人も多いようだ。
来週末で閉展だからか、お客さんは多い。雨なのに皆えらい。

私は四天王や十二神将が好きだ。武装系に見ごたえを感じる。
それに、四天王に踏みしだかれる邪鬼たちが可愛くて仕方ない。
これは、私一人の感覚ではないだろう。
里見のエッセーのような青春小説のような、『若き日の旅』と言う作品にも、邪鬼たちへの愛らしさを言及した文がある。
皆そうなのだろう。作った仏師が一番そうかもしれない。

興福寺といえばすぐに思い出すのは阿修羅像だが、あの繊細な優美さ、ときめきはなくとも、鎌倉時代の造形にはずんと心に響くものがある。金剛力士像の胸筋、ふくらはぎ、すてきだなあ。
信仰の対象として眺めるのではなく、彫刻としての造形美に惹かれる。左右に巨大なほとけさまが立たされている。
こういうのが怖いのだ。
わたしは、巨大仏像がこわい。怪獣のように襲ってきそうなことはないが、無言の圧力を感じる。これは畏怖心からきているのだろうか。だから等身大の彫刻には、ぬれた目を向ける。

帝釈天の冠は中国のお役人のようだ。彼は端正な顔をしていた。
隣の梵天よりこちらの方が美男だ。
頭部だけ、と言う仏像がこわいので、そちらには近寄らない。
いぶし銀のように輝いている。安寧よりも畏怖の対象だ、
飛天がキレイだが、珍しいことにハガキ売り場でみた飛天の方が、実物よりすてきにみえた。つまり、造形そのものより、カメラマンの視点が上回ったのだろう。

彫刻もさることながら、絵画が充実していた。
陽明文庫から渡辺始興の模写による『春日権現験記』がかなり沢山出されていた。
藤原氏の氏神は鹿島の神である。それを奈良においたのが春日大社の始まりだという話だ。だから鹿がわんさかわんさか湧き出している。とはいえ、ここらの微妙な関係を石川淳は『六道遊行』で描いていた。
その絵巻の中で僧兵たちが被るのが、カトウとかいうもので、字は『裏』に似た裹頭とかいう目だしのもの。中に一人、僧兵でないのに被る者がいて、その目の涼やかさに私はときめく。
僧兵と鹿の大群。鹿は大ツノの旦那(ハイジかい)もいれば、バンビもいる。

稚児が神仏だった絵巻もある。これはなかなか可愛いが、僧たちの目つきがリアルで笑えた。
他にもあれは面白い、と思ったのが聖徳太子絵伝。人魚が俎板に。日本の人魚は皆、不気味な存在だ。笠置山の図もあり、三蔵法師の旅もある。法相宗だからか。彼の旅は無残なたび旅でもある。天山山脈を越えるのに馬も人も落ちてゆく。(このイメージは本日最後に訪れたサビニャックのポスター『湖のランスロット』を見たときに再び甦るのだが)

春日大社と興福寺の社寺境内図がある。
私は遊楽図が好きで社寺境内図は正直、コワイ。建築は好きだが図面を見るのが好きではない、と言うのにも繋がることかもしれない。'99年に佐倉の歴博でこんな催しがあった。『何がわかるか、社寺境内図』・・・私はわかってはいけないことをわかったのかもしれない。ここでも左上に、山に隠れようとするのか現れようとするのか、巨大な日輪がある。夕日ならば日想観、朝日ならまた別な信仰からの日輪。山越えの阿弥陀はこの日の影に?影向するのはどの神なのか?

春日の奇跡は続く。この展覧会にあわせた常設展でやはり春日大社の絵があった。薄暗い、黒く澱んだ変色の中、三つ並んだ春日の鳥居の道にだけ、ぼんやりと白い光が現れている。

僧の絵も多い。すごく素敵な柄の袈裟を纏った人がいて、竹内栖鳳の『絵になる最初』を思い出した。
一方、唯識。全ての事象はわが心の在り様にある。そう解釈した私は、ちょっと励まされた気分になる。
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