美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

やっぱり赤福

今の時代、大阪にいる限りどこの地方のおいしいものも、大概かんたんにいただける。
しかし、やっぱり作りたては格別だと思ったのは、『伊勢の名物・赤福餅』だった。

宇治山田に行かれた人がお土産に、と赤福をくれた。本店に出向いて氷の赤福を食べ、作り立てのを持ってきてくれたのだ。
おいしいなあ、餅が伸びる伸びる。作りたて数時間後の餅。

8/30の餅だから、その日のお伊勢さんの神事舟の絵柄が入ったカードがついていた。
いいねえ。ライブ感がある。
今日は8/31だから、明日は朔日餅だな。
そんなことを考えながらおいしく今朝も引き続きいただいた。
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尾上松之助と時代劇スター

目玉のまっちゃん、と呼ばれた活動写真の大スターの展覧会を見る。

フィルムセンターに着くと、ものすごい大混雑の行列でびっくりしたが、これは大ホールの上映会のお客さんだったのだ。
それにしても凄い。成瀬巳喜男の回顧上映だ。係員にそっと聞くと、『浮雲』のときはもっとすごいそうだ。
『浮雲』わたしにとっても、ベストシネマの一本だ。少し前に世田谷文学館で成瀬特集があり、オンリーさんの頃のゆき子の家のセットが展示されていたが、ここにも持ってきてあるらしい。けっこうなことだ。
ここで映画を見るのが好きだが、大阪人のわたしには難しい。
二三年前か、東千代之助が見たくて、夜行日帰りツアーを決行したことがある。あの時は夕方に『笛吹童子』三部作を、夜から『夕日と拳銃』を見たのだ。それ以来、なかなかここで映画を見られないわたし。

京都文化博物館には、様々な日本映画のサビ部分ガラシーンを見ることの出来る施設があり、かなり以前から私は尾上松之助葬儀などを見ていた。だから彼の児雷也や岩見重太郎より先に、まず思い浮かぶのは、真っ白な葬儀模様なのだ。
会場内は良い構成だと思った。ここでは一度もハズレはない。御園コレクション、フリッツ・ラング展などなど・・・いいなあ。
蝦蟇の映像を見て、私は赤影のOPを思い出した。

昔の活動写真の名優たちのプロマイドなどを見る。VTRも流れる。
かなり以前から私は、伏見直江のファンなのだが、忠治旅日記のラストがすてきだと、ときめいた。かっこいいなあ。
栗島すみ子を見ると思いだす話が二つある。一つは久世光彦のエッセーの中にある、おっとりした栗島の素顔、もう一つは福富太郎のエッセーにある、伊藤晴雨の責絵に彼女の顔写真を貼り倒していたおじいさんの話。何故、そんなことを覚えているのだろうか。

松之助は無声映画の時代の俳優だが、今見てもなんとなく楽しいのは、エライと思う。どれだけ人気があったのかは、ポスターや双六、お葬式からもよくわかる。いくら娯楽がすくない時代だとしても、やはり大衆の心を掴む力が、彼には具わっていたのだ。
見に来てよかった。

ロシアの絵本と児童文学

国立児童図書館へ行く。上野から歩いた。科学博物館、国立博物館、博物館動物前駅跡、黒田記念館、奏楽堂…などのすてきな建物を見遣りながらの終着点にこの図書館がある。

長らく図書館そのものに来ていない。IEが発達したからとか、活字離れとか、色々言われる理由の外に、私の『理由』がある。

ここへ来た目的は、ロシアの絵本や児童文学が見たかったのだ。その展覧会を見に来ている。特にイワン・ビリービンが目当てで。
少し前に芦屋と庭園美術館でロシア絵本展が開催され、とても感銘を受けたり色々感慨深く眺めたりしたのだが、そのキモチがまだ残っている。

私は普段は、モダニズムやアールデコが好きなのだが、革命以後のロシアのシンプルでわかりやすい『子供のための』絵やデザインより、革命前の優雅でそのくせ多少土俗的なところのある、描きこまれた絵が好きだ。
だからイワン・ビリービンが楽しみで来たのだ。
ロシアの児童文学は大変に日本と縁が深く、ああこれこれ、と言う作品が沢山ある。三匹の熊などは今でも面白い。スープを飲み、椅子を壊し、ベッドに寝ていた女の子は、森から逃げ出した後、どこへいったのだろう。そして気の毒なくまの家族のその後は…

ビリービンのかえるのお姫様は、ソ連アニメの傑作『蛙になったお姫様』なのだが、あのアニメの美麗さは、ビリービンの絵に負うところが大きいと思う。
帝政ロシアの最後の光芒のようなビリービン…

ユーリ・ノルシュテインのアニメ『青サギと鶴』の原作もあり、『霧の中のハリネズミ』の関連もみつかった。
他にもニコライ・バイコフ『偉大なる王』立派なアムール虎の一生の話だ。好き好き大好き…。教科書にも掲載されていた『初恋物語』が懐かしい。今の気分でこうしたジュブナイルを読めば、また新鮮かも知れない。チェブラーシカもいる。社会主義体制の下でも、名作は必ず生まれるものだ。

ただ、マルシャークが『健全な』作品を世に送るため、少女のためのメロドラマを書いていた作家を告発したというのが、大変気に入らない。
自分の作品を一番にするためなのか、純粋にメロドラマがいやなのか、他にどんな理由があるのかは知らぬが、少女にはメロドラマや悲劇の物語もまた必要なのだ。全て健全でどうするのだ。
そうした意味で、かなり気分が悪くなってしまった。

ビリービンの作品をもっと見たいと私は思った。

清家清の仕事

建築会館と汐留ミュージアムで、清家清の展覧会が開催されている。
今回の東京行きの目的は大体クリアしてきたが、これは大きな楽しみとして残していた。
まず田町の建築会館を訪れると、開館直後時間なのに熱心なファン・研究者が既に数組来ていた。
普通は清家清と言えば、まず『わたしの家』なのだろうが、私は清家清といえばまず『家相の科学』なのだ。
子供の頃、おばあちゃんが熱心に読みふけっていたのを、私も継いでいる。
山本山のように上から読んでも下から読んでも清家清という名前にも、子供らしい興味を持った。

家を建てるとき、母は棟梁と話し合っていたが、家相についてもかなり熱心に話し合っていたと思う。妹も熱心なファンで、後年最初に勤めた某不動産販売会社では、妹の意見つまり、清家清の『家相の科学』の受け売りが、かなり幅を利かせていたようだ。(考えればコワイ話だ)
だから我が家では現在でも、風水よりまず家相の科学なのだ。(ビミョーにずれているが)

設計図と模型を見ていると、清家清の思考法がなんとなく伝わってきて、とても納得がゆく反面、個人的な共感は起こったり起こらなかったりする。
小原流家元会館などの一連の建物群は、私の地元だけに大変興味深く眺めた。
ああ、これかそうなのか、という発見などもあり、とても楽しい。
失敗を失敗と認めて、次にはそれをクリアするところがとても立派だ。

出てから少し別な場所へ行く。それから新橋の汐留ミュージアムに行き、清家清のアトリエ再現や、ダバダーダーダーのネスカフェ違いのわかる男、のCFを見たりする。ここは松下のショールームと言う性質上、色んなお客さんが来るので、こうした分け方は成功していると思う。
若い人も熟年の方も高齢の方も、みんな楽しそうに清家清の仕事を眺めている。いいことだと思う。私もその中に入る。

建築家への尊敬の念が、こうしてまた高まるのだった。

後漢から盛唐へ

同じ森ビルの展覧会。

中国の文物も歴史も大好きだが、エジプト同様最近ちょっと食傷気味になっていた。しかし、来た以上は愉しんでしまう。

後漢が好きだ。
前漢も大好きだ。特に秦から漢に変わる時代が大好きだ。殷周の時代もよいが私は子供の頃から項羽と劉法の話が好きなのだ。実は三国志より好き。

さて、その文物を見る。実は今年の春かな、国際美術館で中国の至宝を見て、それから梅雨前位に天王寺で唐美人を見て以来だが、やはりすばらしい。特に馬車と人の、言ってみれば模型が素敵だ。
これは漢時代によく製作されていたので他でも幾つか見ている。兵馬俑は秦の時代のウルトラリアリズムハニワだが、(言いきった)漢代以降は小さいのが増えて、とても可愛い。目的が違うからこそ、そう言えるのだが。

正倉院に納められている御物のそれとよく似たガラス碗や銀盆などもよいが、さすが中国だけに玉の美には目を見張った。
陽刻された壁画も、玉の美同様の力がある。獅子が人頭をガブッ…色が残っているがそれが血しぶきに見えてしまう。いいなあ。
獅子狩文錦もある。これを見ると私はすぐに、初代龍村平蔵の一代を思い、胸が熱くなるのだ。わたしは龍村美術と川嶋織物が大好きだ。

ソグド人の風俗を描いたものも展示されている。漢民族とは異なる文化。唐時代は世界の中心でもあったのだ。様々な交易商人が行き交い…文明の十字路である地もまた、唐の治世の只中にあり…ときめくなあ。

正直、フィリップスコレクションより私はこちらのほうが好みかもしれない。とてもよく出来た構成だったし。
ああ、面白かった。

フィリップスコレクション

六本木ヒルズには初めて来た。
来て驚いた。お客の多さに、ではない。インフォメーションや警備員の数の多さに、である。
私は方向音痴である。そのため地図を見ていても理解できないことが多いので、下手なことをする前に人に聞くことにしているが、ここでは尋ねる相手がとても多いので、困ることもなかった。しかし、ものすごい人件費だと思う。
繁盛しているからそうなのか、ひと様を雇うこと自体で活性化するのもあるんだろーなー・・・・・・大阪よ、見習え。

二千円を払ってフィリップスコレクションと中国・漢から盛唐まで、と展望室見学を決めた。
52Fまですぐだ。先月都庁やあいおい損保から町並みを見下ろしたが、それ以来の高層ビルである。

フィリップスコレクション。
グレコとゴヤのペトロが並ぶ。ふと『ジーザス・クライスト・スーパースター』でのペトロの『知らない!』を思いだす。
アングルの水浴の女。今京都にルーブル展が来ているが、その中のあれの習作なのだろうか。ここにも女性と少女がいる。
ドラクロア。海から上がる馬、脳の海馬やギリシャ神話や、エクウス、ブリキの太鼓を思いだす。シベールの日曜日の馬は森の中から来たのだった。
パガニーニの肖像画を見て、クラウス・キンスキーの制作・主演したパガニーニが見たいと思った。

ドーミエは地元伊丹で風刺画をよく見るが、油彩はめったに見ないので興味深かった。それからドガ。足を上げる踊り子二人。不意にフィラデルフィア美術館にある『室内』が見たくなった。
今回、私はだめかなあと思ったことが一つある。
ゴッホの『アルルの公園の入り口』をみて、絵葉書コレクターの私は、あれば絶対買うぞと意気込んだが、ツレは『エーこれは私は買わないよ』・・・感性の違いではなく、別な何か。
この絵はゴッホの回復期の頃の作品だが(結局回復しなかった)多分私はまたやったのだ。高校生の頃、初めて松園の絵で見たのが『花筐』だったが、そのとき至上の美だと感じたのだ。それを口にしたとき、非難されたのと今は、多分一緒だ。

ボナールも好きだ。都会的で、静かで。マティスもよかった。
60点だったのが、実は少なく感じるほどだった。
しかしグッズ販売で絵に合わせたクッキーを売っているのは受けたなあ。私は買わないが、なんだか楽しい。

アートコレクション

ホテルオークラで毎夏恒例のアートコレクションが開催されている。
誘いのDMが届いたので、機嫌よく向かう。
ちなみに私の東京アルキには、一つのパターンがある。
弥生美術館―野間記念館―紀の善―泉屋分館―大倉集古館こんな感じ。
(永青文庫と早大が入ると、歩き方はまた異なるが)

第一回目から見学に来ている。
当初は確か、企業や私人が秘蔵している芸術品を展覧するものだったが、段々と一般公開されている作品が増えてきて、毎年のコンセプトにあわせた展覧会に変容してきた。
しかし、それはそれで良いことだと思う。
ただ、第一回目のときに小出楢重の『枯れ木のある風景』を見たときのような衝撃は、今では求めることが出来ないのだが。
今回は美人画である。一番好ましい、展覧会。洋画から始まり、日本画へ至る。
ここ数年、ブーグロー、ブーシェ、ヴーエ、ディアズの美麗な女性たちの絵を見る機会に恵まれている。何故か、この四人を固めての展覧が多い。ファーブル美術館、山形後藤美術館、MOT・・・・・・見ていてとても気持ちいいのだ。
考えれば印象派は美人画を書くのが主目的ではなかったし、ルネサンスでは衣装の豪華さのほうに目を奪われてしまう。
それに波があるのだろう。印象派は日本人の最愛だから別として、少し前はラファエロ前派が流行り、今はこちらかもしれない。微妙にずれがあるにしても。

我が地元の西宮大谷からもなじみの裸婦が二点出品されていた。クールベと児島と。『やあ、出てきたね』と声を掛けたくなるような絵もあれば、『初めまして』と言う絵もある。
ルノワールの片方の胸だけはだけた少女や、牛と羊を連れた女は二度目の出会いだ。こんにちは、という感じ。

日本画からも美人続々。大倉集古館からは伊東深水の吉野太夫など、清方もあるし、福富コレクションからは池田輝方と蕉園のなじみの絵が出ている。私は輝方の娘が好きだ。
前田青邨の浴女図を見ていて、少女と女性の違いをまざまざと感じたり、松園のおっとりした美人ににっこりしたり。

日本洋画からは武二と岡田三郎助が出ていた。
武二の女はとても魅力的だ。特にお葉さんをモデルにした横顔の女のシリーズなどには不思議な魔力があるようにも思われる。
ここにも彼女がモデルらしき女の絵があった。夢二より、武二や晴雨の絵のときの方が彼女はいい女だ。
三郎助の女はこれもいい女だ。重い色彩感覚がすてきだ。しかしそれは私がファンだからかもしれない。デッサンが変だ、パースが狂っているという声を聞いた。明治ー大正の和装の女の体つきがそうさせたのだと説明しようとしたが、多分、理解されまいだろうとやめた。
劉生の妹照子はチャイナドレスを着ていて、北方ルネサンスの影響の濃い、美人画に仕上がっていると思う。ちょっとデロリなところがいい。
麗子。清春にある八歳の麗子の赤いチェックワンピースの水彩画と、同じ時に描かれたような油彩と。面白い対比だと思う。そしてご近所さんの泉屋分館から来た二人の童女ののみ取りの様な絵。
子供の頃は、麗子のグロテスクさが怖かった。ところが大人になり、麗子のよさに目覚めた。不思議な感じがする。小出もそうだ。昔は嫌だったのが今は大好きなのだ。しかし、未だに萬鉄五郎はダメだ・・・拒絶してしまう。
宮本三郎の華やかさにも喜んだ。

十二分に楽しませていただいた。この展覧会はチャリティイベントなのだから、どんどんお客さんがきてくれれば、それだけ善意の輪が広まるのだ。
見た後は、大倉集古館と泉屋分館が待っている。併催してくれているのだ。これも、とても嬉しいことだ。
さあ、行こう。

ルネさんのパンダ

弥生美術館に行く。考えれば'91年からここの会員なのだ。

内藤ルネの展覧会である。以前もよかったが、今回もよかった。
子供の頃、パンダが来た。
カンカンとランランである。そこへ内藤ルネのパンダイラストである。
私が思うに、その当時の子供はみんな大抵はルネのパンダやイチゴ、トマト、ピーマン、目を閉じた子供、にゃんこ、わんこのキャラクターグッズを何かしら持っていたはずだ。そして、今も必ず家のどこかにあるだろう。
水森亜土グッズとルネグッズは、大変にポピュラリティあふれるポップでキュートなものなのだとつくづく思う。

私は'82年頃、学校の近所のファンシーグッズショップで『わーなつかしーパンダだ、レモンだ』と言ってシールを購入した記憶が今も鮮明だ。
それから二十年経った現在でも、やはりパンダは可愛いし、トマトやレモンのプリントされたクロスは、調味料を並べる棚に敷かれている。

大人になった今、改めてルネさんの世界を眺める。
ファンシーグッズだけでない世界に私は微笑んでしまう。
ご本人がカミングアウトされているのではっきり書くが、薔薇族の表紙絵などがとても清潔な筆致で、逞しい少年への溢れるばかりの愛情に満ちているのだ。いいなあ。そして公私共にするパートナーの方との暮らしなど、とてもほほえましい。それを隠さずに幸せだとご本に書かれているのが、これまた可愛くて可愛くて。
入院されてもセンセイにときめいて、それで早くよくなったと言うのが、なんだか童女のようで愛らしい。
変な喩えだが、宇野千代のエッセイに通じる、正直者の幸福を味わった気がするのだ。

修善寺に美術館があるそうだ。いつか行きたいと思う。
いつまでも可愛らしい人でいてほしいな・・・あのパンダのように。

鍋島と浮世絵

渋谷の戸栗美術館で鍋島焼をみる。私は鍋島と高麗青磁が最愛だ。
初期から最盛期にかける名品を並べるだけでなく、適宜に説明が入るので、とても見やすい。私が好きなのは色鍋島だが、青磁染付もすてきだ。じっくり見て回る。陶磁器は見る者と作品との距離が密接しているから、各人の対話が深い領域で繰り返される。だから、とても静謐な空間なのだ。得難い時間がこのように美に満たされるのは、磁器の特性だろう。
次は原宿の太田浮世絵美術館だが、私は井の頭通りを行き、公園の緑を見つつ蝉の声を聞き、夏を堪能する。
ペットを描く浮世絵展だけに親子連れが多い。猫と狆と犬。國芳が猫好きなのは有名だが、春信もよく描いてる。うまい脇役として。面白いのは狆が犬と認識されず別な存在とされてたのが不思議な感じ。わんこも応挙のようなころころもいるがやせた奴も多い。見ててとても楽しかった。 よい企画だった。明るい江戸時代。

レジェール・ソルティ

私は北摂という、おいしいケーキ屋さんの多い地域に住んでいる。
西宮芦屋も近いのでそちらにも足を舌を伸ばすし、梅田に出れば百貨店に出店しているおいしいケーキ屋さんも沢山知っている。
しかし。

しかし言いたい。
東大阪吉田にあるレジェール・ソルティのおいしさと値段の嬉しさと店員さんのよさとを。
二年前初めて奈良の帰りにわざわざ寄ったのは、スルッと関西の宣伝紙に掲載されていたからだった。
他にも掲載されていた店に行ったその帰りで、先の店が合わなかったので『どうかな』と思っていたのだが、これはびっくりした。
イートインのサービスも良いが、持ち帰りのケーキがこれまたすばらしい。フルーツも良いし、生クリームもスポンジもすばらしい。
それでいて安価なのだ。
北摂にこんな良心的な店はないと思った。
住んでる私が言うのだ。
店員さんにも『おいしい、北摂まで来てとは言わないがせめてミナミかキタに出てくれたら嬉しいのに』と伝えた。
はにかむ店員さんとパティシェと。
あああ、すごく、いい感じ。

それからこの沿線に来るたび、と言うか奈良に行くときは必ずフリーチケットを購入して、生駒からこの東大阪線に乗り換えて吉田に来ることにしている。他人と一緒のときはなおさら、ここへ寄る事にしている。
ケーキにうるさい、カルチャーセンターで仲良しの芦屋や箕面の奥様方をご案内したときも『誉れ』というのか、喜んでもらえたことが我が身のように嬉しかった。

花園からここまで雨の中、友人とわくわくしながら、ちょっと荒涼とした道路を延々と歩いたのも、ソルティの味を求めてのことだ。

今日はランチを食べた。
エスカルゴだった。ケーキもおいしい。こういう発想があるのか、と言う味だった。
私はケーキはこのレジェール・ソルティ、和の甘味は神楽坂の紀の善が最愛だ。本当に、そう思っている。

北原照久コレクション

雨の中、北摂から東大阪・花園ラグビー場となりの東大阪市民美術センターへ、北原照久コレクションを見に行った。

この美術センターでは、私は今までハズレなしである。
尼崎芸術センターと同じく、ここも当り率が高い、嬉しい場所だ。
近所の八戸ノ里に司馬遼太郎記念館があることから、ここで須田剋太画伯の『街道を行く』原画展もよく開催されている。

今回はブリキの玩具やポップドール、引き札、ホーロー看板の展覧会。
数年前、大津歴史博物館でも開催されたが、いつ見てもこうした展覧会はとても娯しい。
ぜんまい仕掛けのからくりが時間ごとに動く実演もあり、わくわくした。特に気に入ったのは、魚の結婚式。そのぎょっとした感じが可愛いし、オノレ・ドーミエか諸星大二郎か、のような顔つきがいい。
ちょっと澁澤龍彦の『犬狼都市』の一節を思い出したりもした。
銀行の貯金箱キャラたち。
私の持つミラーマンはなかったが、ああ、これこれと言うのが多くて、とても楽しかった。
ペコちゃんもいっぱいいる。
考えれば昭和はとても面白い時代だった。

明治から大正、昭和初期の看板などに世相が見える。ちょっと笑えるものも多い反面、『・・・おいおい』もある。
クラブ白粉の化粧品ガラス棚は、以前から何度か見ていたが素敵だ。
それ自体で完成されている。

機嫌よく楽しんで、ここを出た。次も良い企画を期待している。

ももももももももも

お盆と言うことでお供えをいただいたが、桃だった。
今年は桃が豊作なのだろうか。

みさわの桃。
丸々しておいしそう。

私の今夏は、桃だ。多分、あと四十年はこの桃夏のことを覚えているだろう。

しかしこんな贅沢で豊穣なことはない。
来年も桃に当るかといえば、そんな確証はどこにもないのだから。
桃に恵まれた今年は、思う存分桃を堪能しよう。

昔、家人が入院したとき、毎日お見舞いのメロンと巨峰もしくはマスカットをいただいたことがある。
あの年はメロンと贅沢葡萄の年だった。
六年前、私の体調が悪い夏は毎日毎食スイカとトマトだった。それだけしか食べなかった。

大体私は一度ハマルと延々と続く。
だから、今年の夏は桃だ。
桃も桃も桃も。

もういちだん、怖かった話を。

先日も東北での体験を書いた私ですが、弾みがついて、もう一つ書いてみます。
これは知る人ぞ知る大阪北摂のとある洋館の話です。

『ねこ屋敷』

大阪梅田まで電車で15分というよい場所にあるのに、その洋館は長らく放置されたままだった。
今ならいつ頃に建てられたか推察出来たろうが、二十年以前の子供の目には、ただただ古い古い洋館にしか見えなかった。
隣の小学校の校区にあるので、中学生になるまで近い割には行かなかったが、行くのも憚られるような『何か』があった。
ねこが大量に棲んでいたと言う話や、一人暮らしのおばあさんが死んだ後、猫がどんどん増え続けたとか、色々と耳にしたが、そのどれもが本当のようで、嘘のようだった。
判断する材料はない。

あるとき女性週刊誌にもその洋館が取り上げられていたので、やはり世間でも取り沙汰されているのだと、子供心にも妙に感心した。
中学になり、隣の小学校の連中からあの洋館の中に入ったと言う話を聞かされた。中は一階までしか入れなかったが、ぼろぼろで床があちこち腐っていたり、蘇鉄が巨大化してジャングルみたいだったり、プールに土が埋まっていて、猫が走っていた、と言うような話ばかりだった。

「・・・行こうか」「二人でか」
私とツレとは多少野次馬な元気少女だった。
私はおばから犬の散歩にその洋館前まで来たときの、恐怖体験を聞いていたので、ちょっと逡巡したが、真昼だし、と言うことで賛成した。

私たちがついたときには、やはり洋館は鎖されていて、巨大な蘇鉄が屋根より高く伸びていたし、二階の塔屋の窓は外から板張りされていた。
門には有刺鉄線が巻かれている。
それでも足をかけた途端、どこからともなくピアノの音がした。
この界隈はお屋敷町で、ピアノの音など珍しくもないが、まるで私たちの行動を見守っているように不意にピアノの音がしたのだ。
足を外すと、ピアノは止まる。かけると始まる。
その攻防が何度続いたかわからない。
とうとう無視して木に手をかけながら有刺鉄線を乗り越えようとすると一段と激しくピアノが鳴り続けた。
私たちは恐怖に駆られながらも、それでも門の一番上に手をかけようとしたが、何の弾みか、いきなり私はそこから滑り落ちた。
膝に痛みが走る。見ると、まるで『巨大な猫が爪で引っ掻いたような』三本の傷が走っていた。ピアノは鳴り続ける。
叫びそうになったとき、向こうから同じクラスの少女が現れた。
その途端、ピアノの音色が、確かに変わった。

結局その子の家で足の怪我を治してもらったが、私は長らく膝に『猫の爪痕』を持つようになった。

二度とそこには行かなかったが、残像は常に瞼に残っていた。
妙に気だるい気分と共に。

そして、十年後、新聞に小さな記事があった。
市がとうとうあの土地をさる企業に売却することになり、屋敷を壊すために解体屋と職員と、牧師さんを派遣したところ、土で埋まったプールから何か小動物の骨らしきものがぽろぽろと出てきたそうだ。

今ではその屋敷跡はこぎれいな社宅になり、周囲のお屋敷もマンションにだいぶ姿を変えた。
しかし、今でもあの屋敷を知る者は多くいる。私の膝の傷跡は今では全く見えなくなったが、あのピアノの不思議さも傷の形も、いまだに深く記憶に刻まれている。一体なんだったのか、未だにわからない。わからないし、わかってはダメだとも思う。

ある一定以上の年代の人で、北摂に今も住む人なら、もしかすると似たような経験がある、というかもしれない。


東アジア中世海道展

期待して暑い最中に谷四の大阪歴博まで出たが、期待したほどには面白くなかった。

ただ、メルカトル図法の地図や、フィリピン辺りの名産物が蜜蝋だったりしたのには、ちょっと感銘を受けた。
蜜蝋。これを聞くとすぐに思い出すのは、澁澤龍彦の『高丘親王航海記』だ。そう、読んだ方ならわかるミイラ取りの話。
そうした二次的な喜びはあったが、全体として多少退屈な展覧会だった。史記なども出ていて、それは面白かったが、やたら模本が多く、それはそれで立派なのだが、何か物足りない。

ただ、浦上記念館所蔵の青白磁の逸品を色々と見れたことは嬉しかった。それからバリ島の獅子、琉球のシーサー、中国の獅子・・・
本当に、それだけが楽しかった。

あかつき

東北の友人から桃をもらった。
『あかつき』という品種。先日の『あらかわの桃』とはまた味の違う、しかしこちらもめちゃめちゃおいしい桃だった。
私は桃とスイカでこの夏を生きている。

それにしても幸せだ。

オカルト体験

我が家と言うか、親戚一同、怪談は多いです。不条理なのからオバケまで。
*数年前、蔵王温泉に友人らと行きましたが、対応がおかしい。予約したものが出ない、湯に浸かると体が痺れるのは、硫黄泉だからとしても、妙な感じ。
三人枕を並べて寝ようとするとラップ音。しかも音が部屋中をぐるぐる回るのが、わかる。目に見えるはずないのに、音が回っている。仕方ないので喋りながら夜を過ごすことに。
しばらくして、左端の運転手のツレが布団かぶっていきなり寝入り、真ん中のツレが私の布団に入ってきて話を続ける。依然ラップ音はくるくる回る。
私は飽きてきて、音に対して無感覚になる。明け方までその調子。
翌朝、予定より早出になり、『大変な目に』と言いかけると二人のツレが私を睨む。宿の者は出立する我々に手拭いだかなんだか手土産をお詫びとして渡そうとする。車はすごいスピードで走り去る。怒ってるんだ、と解釈した私は車内で再び『昨日の夜は』言いかけては、二人から無言で睨まれる。
…やがて車は山形県を抜ける。車は路肩により、運転のツレが大きな息を吐く。
「あーーーもう、怖かった!ついてきてたのを払うのに必死だったのに」
何のことかと思えば、ラップ音の主がついてきていたらしい。
「なのにあんたは白々しくぺらぺら喋ろうとするから…」
わたし、見てないよ、そんなの。
「私が昨日の夜いきなり布団かぶったのは理由あるのよ」
つまり、運転手の枕元に『彼』が立ったらしい。そして真ん中のツレも言う。
「私の枕も踏まれたから、あんたの布団に逃げたわけよ」
なんのこっちゃと言いたいが、私の目にはついに見えなかったのだ。
「そもそもあんたがあんな怪談をするから出てきたに違いない」
二人から責められてしまった。

『あんな怪談』については、ここで書いてもよいけれど、一旦沙汰止みにする。お化けも怖いが私が一番コワイと言われてしまった。
でも、わたしも音は『見えた』のよ…怖さよりうるさかっただけ・・・

しかし二度と蔵王に行こうとも、茂吉ゆかりの宿に行こうとも、誰も言い出さない。

天国への階段

昨日、今日と偶然まったく別な方向からレッド・ツェッペリンの名曲『天国への階段』を思い出させてくれる人々がいた。

一人は人気マンガ家、一人は二次創作作家。
二人ともその作品世界がめちゃくちゃ好きだが、誠に失礼ながら多少壊れているのではないかと疑いを持ちたくなるような処のある方々だ。

漫画家の方は一日中『天国への階段』を聞いていたと書き、作家の方は改めて聞いて、あの曲が自分の書き続けている小説世界を現しているのではないか、と書いていた。

私は中学二年のとき、初めて『天国への階段』を聞いた。
異常な衝撃を受けたが、アルバムを買うことは出来なかった。
あまりに衝撃を受けたため、手元に置くことに危険性を感じたのである。自己防衛本能とでも言うのか。
そのくせ、友達への誕生日プレゼントにあのアルバムを買っている。

コーダ。・・・

今は自分の手元にあの曲があるが、実はCDでもMDでもレコードでもない。カセットなのである。
理由は一つ。あのアルバムを、あの曲を、手元に持っていること自体に激しい重荷を感じるからである。
カセットはゆるやかに壊れてゆく。音が微妙にずれ始め、ひずみが生じ、元々の形が歪み始める。ゆるやかな退廃。そうして廃れてゆくのを私はただただじっとみつめている。

そうして私は気づかされる。崩れても壊れても廃れても、どのように虐げられようと、『天国への階段』は決してその美を失うことなどないことを。
そしてわたしの愛も苦しさも、損なわれずにそのまま保たれ続けているのだと。

あるとき、カラオケに行った。
『天国への階段』が入っている。歌ってみる。自分の声での歌だが、歌詞も曲も無論私のものではない。
しかし自分の身体を使うことで、曲への親密度は増してゆく。
歌詞を改めて眺める。理解する。そして想う。
息遣い、息継ぎ、呼吸。

かつてこの曲を『美の極限』だと評した人がいた。その言葉は永劫だ。
どのような状況下にあろうと、『天国への階段』は永遠に美しく、魂を削らされてしまう力をみせている。
輝きは決して消えない。

愛しているから、ただただ私はつらいのだ。愛していなければ、こんな形であの曲と向き合うことなど、しないのに・・・・・・・・・

六甲

山上の涼しさ!秋の虫が真昼に大合唱。神戸の街は霞んでる。色の残るあじさい、紫の穂綿の花、遠雷、秋津と呼ぶにふさわしいとんぼ。気持いいなあ 歩くのにいいだろう。
ケーブルカーに乗るのは比叡山以来。気持ちいいなあ。
内部見学。見ましたよ、ケーブル巻き上げ機。
駅舎内の三連巻き上げ機はここと高野山のだけらしい。日立の動力だ。油が黒光りしてきれいだ。

歩く。今日は色んな山荘を見て回る。朝に見た阪神名所図絵にもあるように確に六甲は外人さんの避暑地だ。ヴォーリズの設計した山荘は天井に押し菱があり竹が多用されていた。タウトもそう。ニホンは竹の国。

神戸カンツリーゴルフのクラブハウスから見える芝生の健やかさ、丘陵の美しさ、ときめいたなあ。
ゴルフ場で『ゴルフって楽しそう』と思ったのは初めてだ。
クラブハウスの受付などのカウンターも素敵。窓は鳥の瞼と同じで、下から上へ。
うーん、今日一番いいかも。

元サントリーの別荘へ。今は外人さんが住んでいるが、とてもご親切な方で楽しいお話を聞かせてもらう。玄関は鬱蒼たる木々で隠されていて、中に進むと初めて家が見える。いいなあ!憧れた。

RCN小さな美術館でお茶にする。何とはなしにのんびりしたが、展示物のほうには案外関心が向かなかった。
私は技巧に技巧を重ねたものが好きだからかもしれない。
皆さんにお別れして、バス停に行くと途端にバスが来て、ケーブル駅に着くと、一休み後に貸切状態でケーブルに乗れたし、トンネルも、行き逢うケーブルカーもキレイに撮影できた。ケーブル下につくとバスがこれまた巧く来たし、おしゃべりするうちに阪急六甲につくわ、電車来るわ、なんだかんだでうまくいきましたねー。

淀川の花火はここでは見ず、私は地元で見ました。きれいだったなー。
よい一日だったわ。

甲子園

いよいよ夏の高校野球が開幕した。開会式まで見てから出ていき阪神電車に乗ると、甲子園で沢山下車していった。応援がんばって。ふと見れば、全体がタイガースになったタクシーがいた。 今日はわたし、六甲に行くから野球見れない。帰りは淀川の花火だ。まず芦屋にいき名所図絵見てくるよ。
芦屋を歩くと(市会議員田原俊彦)看板発見!VOWに投稿するならコメントは〈こんな処にいたのか〉かな。

大正六年の新聞連載【阪神名所図絵】見る。
赤松麟作、水島爾保布、野田九甫らが版画で南摂とも呼ばれた地域を描き、洒脱なコメントをつけている。
昔はこの辺りも農家やのんびりした風景が広がっていたのかと感慨深いものがある。参考資料にかつての写真絵葉書があり、香枦園の海水浴場や芦屋浜の姿などがよくわかる。月を撮影したものもある。
微妙にわびしい館内を出て、石屋川にゆき2号線沿いの御影公会堂にてオムライスランチ。スープもおいしい。外観撮影していたがバスが来たから片側を残してしまった。また今度だ。

さすがに六甲まで来るとクマやアブラでなくミンミン蝉だな。ケーブルトンネルが可愛いしあじさいがきれいだ。行き会うケーブルカー。トンネルこえると涼しい!

どきっとうれしい

修羅の刻が始まった。予告通り雷電と『仕合』うのだ。今月は陸奥父娘が雷電の前に現れたところで終わり。
楽しみで仕方ない。まだ名は明かさない陸奥は珍しくオジさんだ。四十五。ちびの娘は口が達者だ。この一族は男はのんびりクールで女は勝ち気なのだなあ。しかしちびでも陸奥の血を受けついでいる。大鬼小鬼。雷電は温厚だがやはりその身に恐ろしい力を封じている。風貌はファン・ガンマ・ビゼンのようだ。掴み処のない茫洋さ。これがいかに鬼の顔を晒すのか。期待は否応なくふくらむ。早く次が見たい、そればかり思う。

カペタがアニメになるのはやはり当然なのだな。シャカリキの昔からキャラの粒が立っている。誰一人中途半端な奴はいない。話の展開もさることながらキャラの魅力が際立つから、みんなときめくのだ。

あらかわの桃

近所の人にあらかわの桃をもらった。
白い皮、白い果肉、白い歓び。おいしかったー。
水気も甘味も私を本当に喜ばせてくれた。

夏の小さな楽しみには、必ず強い歓びが潜んでいる。
薄い闇、セピアの空、夕方のせみの声、極楽の余り風、線香、日焼けした肌、夏化粧、わらう顔、纏いつく髪・・・

不条理なほど、しあわせ。
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