美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

今村昌平追悼そして

今村昌平が亡くなった。
その前日のニュースでは岡田真澄と元・井筒親方が亡くなったとあった。

十年ほど前、友達のお父さんに連れられて大阪場所のとき、井筒部屋の後援会パーティに参加した。
たいへん楽しいパーティで、寺尾関と2ショット撮影したり手形をもらったりした。友だちは逆鉾関ファンだ。
そのとき元・鶴ヶ峰関だった当時の井筒親方にもご挨拶して
「うちの母が親方の大ファンなのです」
「ほうそれはそれは・・・ありがとうございます」
母の代わりに握手してもらった。
真正面から眺めた親方は『サンダーバード』のザ・フッドによく似ていた。今でもそのことを覚えている。

岡田真澄と言えば私が子供の頃はドラマや映画でよく見たが、最近は舞台で素敵なオジサマぶりを魅せてくれていた。
特に市村正親と組んだ『ニジンスキー』でのディアギレフはすばらしくよかった。あんまり良すぎて本物のディアギレフの写真を見ても、岡田真澄を思い浮かべてしまうくらいだった。
若い頃の細くて綺麗な姿といえば、川島雄三の『幕末太陽傳』を思い出す。わたしは'90年代からの川島ファンなので上映会などを細かく見て廻った。

その川島雄三の弟子が今村昌平なのだが、わたしは師匠より先に弟子のイマヘイ作品を知り、そのファンなのだった。

『復讐するは我にあり』
これが多分最初に見た作品だ。
あんまり凄すぎて、ラストシーンが怖くて、長らく大分のケーブルカーに怯えていた。それが怖くなくなったのは阪本順治の『顔』で佐藤浩市と藤山直美が乗るのを見てからだから、随分長かった。
先の作品中では三國連太郎と倍賞美津子が緒方拳の骨をばらまくためにケーブルに乗る。散骨というより棄てるのだ。それが怖くて怖くて仕方なかった。殺人より何よりこれが一番怖かったのだ。

『神々の深き欲望』
なんと言っても、わたしの偏愛ベスト3に入る作品。
この作品に魅せられて南方への妄想が広がったのだ。
これについて語る場は他に設けたいと思う。あんまり愛しすぎて混乱するくらいだ。三國連太郎への愛がいよいよ高まった作品でもある。
映画の原型となった戯曲『パラジ 神々と豚々』も面白かった。
常に意識の底に流れる作品である。

『豚と軍艦』
これは笑いすぎて苦しかった。重喜劇と称する一群の作品の中でも特別よく笑った。
若い頃の長門裕之が桑田佳祐にそっくりで、わたしなどはそこにも笑ったのだが、とにかく横浜だか横須賀だかの進駐軍の残飯を払い下げてもらって、それで養豚するヤクザたちの人間模様がおかしくて仕方なかった。
コロシた反目のヤクザの死体処理を巡る状況や、兄貴分丹波哲郎(すばらしいハンサム!)がただの胃痛を胃がんだと信じて自殺しようとしたり、殺し屋に頼んだりする一連の動きがブラックジョークに満ち満ちていて、笑いすぎて苦しかった。
挙句、豚がトン走ならぬ遁走して、ヤクザたちが踏み殺されてトン死する。めちゃくちゃ笑ったが、このセンスは好悪が分かれると思う。

『にっぽん昆虫記』
左幸子がよかった。とにかく小沢昭一がヘンでヘンで・・・殿山泰司演ずるいかがわしい新興宗教のオヤジもヘンだが、それを受ける左幸子がこれまたヘンで。吉村実子がたくましかったな。

どんな作品であっても今村昌平の描く(というか)あぶりだすニンゲンたちは誰も彼もがアブラギッシュで石川淳の言葉を借りれば「殺してもくたばらぬ気配に」見えた。ニンゲン、生きねばならぬのだ。どんな状況でも。
しかし近年の『カンゾー』や『赤い・・・』が世界的な評価を受けていたことを思えば、本当に残念だ。

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矢橋邸のステンドグラス

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これはわたしが三月に見学に出かけた矢橋邸に飾られているステンドグラスである。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-398.html
大正の終わり頃の邸宅。それを飾るステンドグラス。
もう一つある。

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これ、ふくろうというよりトトロみたいですな。無口なトトロ。
可愛い。

ナゼいきなりこういう記事かと言うと、実はやっと現像したフィルムなのである。いきつけの店がどんどん閉鎖していったのでショボンもショボンだったが、数ヶ月ぶりに何とかこうして日の目を見たのだ。

デジカメを購入した理由の一つがこういうことなのかもしれない。
とりあえず、この写真を撮影してくれたカメラよ、ありがとう。

あましん・世界の貯金箱博物館

尼崎信用金庫と言っても知らない人は知らないだろう。
この信金は地元に密着して健全経営を続けている。
生憎わたしの徒歩および自転車走行圏外に支店があるため、縁がなかった。
この信金はある事で有名である。それは何か。
数年前、阪神タイガースが優勝すれば7%の利子をつけるというモノ凄い企画をたてて、一年だったか、2500億円集めた実績があるのだ。
今年はしているかどうかは知らない。
なんにせよ、えらいものだ。
それからもう一つ、これはすごく楽しいことだ。
『尼信・世界の貯金箱博物館』これを併設してくれている。

子供の頃、特撮ヒーローのポップドールを銀行から貰うのがわたしの楽しみだった。
二頭身のヒーローは貯金箱なのである。
今も手元にミラーマンの貯金箱がある。
以前金融機関は各自のキャラクターを持っていた。合併などでわけがわからなくなるまではそれぞれ独立していて、違いを楽しんだものだ。
確か一勧がキティちゃんでOLキティというトンデモ系のカレンダーを私は持っていたように思う。わたしは昨日の記事でもわかるようにトムとジェリーグッズ欲しさに某銀行に口座を開いたが、今では終了している。ならばと言うわけでちょきんぎょ集めに精を出しているところだ。
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さて尼信・世界の貯金箱博物館。ここには世界中のあらゆる素材・あらゆる形・あらゆる仕掛けの貯金箱がずらーーーっと並んでいる。ただ並ぶだけではなく、きちんと分類わけされているので、各国の事情や嗜好や、時代の変遷も見えて面白くて仕方ない。
動物やキャラクターや建物型ばかりではなく、ちょっとしたからくり人形もある。
コワイような黒人さんのや、悪徳役人のや、ウィリアム・テルとか。
そしてSTARWARSのフィギュアのもあり、ボタンを押すとダース・モールを相手にオビ・ワンとクワイ・ガン・ジンが戦ったり、ダース・ヴェーダーが動いたりするものもあった。
嬉しくて仕方がない。
陶器の物の中には綺麗な染付もあり、美術工芸品のようなものも多かった。
また信仰心を形にしたようなのもあった。(宝は天に積むものなんですけどね)
ビルの一階二階を会場にして、二階ではジオラマまで作られていた。
感心する。本当に面白い。とても楽しい。
やっぱり人間、おカネを貯めよう。

今日一緒に遊んでいた友達は元行員だったが、変なシュミがあり、証書などを見るのが好きだと言った。貯金通帳の比較も楽しいと言う。
うーん、わたしはやっぱり貯金箱でよいです。
しかし何万点あるのだろうか。
立派なコレクションだが、本当に楽しいコレクションでもある。

他に明治からこちらの日本の紙幣、世界の小銭の展示もある。それを見て回るのも楽しい。
本館にはまた別な展示がある。
そちらには尼崎の歴史資料が並んでいる。
桜井松平氏のご城下であるだけに、鎧や鉄砲などが残っている。
尼崎は平安時代末期から既にあった。
義経記などにもある義経が九州へ向けて船出しようとするのは、大物浦つまり尼崎の港からだし、江戸時代には近松門左衛門も生まれている。
旧藩主桜井氏の子孫は尼崎が市制を取ったときの初代市長であり、洋画家でもあり、勝海舟とも縁戚となった。その作品については以前に書いている。http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-105.html

また、今回森コレクションという個人の方が集められた古陶磁の展覧会があり、それも楽しませてもらった。京焼に影響を受けた明石焼(たこ焼きではない)、古九谷、須磨焼などなど。
珍しいところで遼三菜があった。
ご本人がおいでだったので、少しお話をして楽しませてもらった。

尼崎は庶民的な街だが、このような文化的側面も持っているのだ。
買い物するだけでなく、寺町などもぶらぶら歩けば新発見も多いだろう。
ああ、面白かった。

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最後に。
忍たま乱太郎の作者尼子騒兵衛さんは尼崎の方で、その縁もあってこの尼信のキャラクターあまちゃん・しんちゃんを描かれている。

トムとジェリー

最近毎朝『トムとジェリー』を見てから会社へ行く。
わたしは子供の頃からハンナ&バーベラ系のcatoonが好きで再放送のたびに何度でも見てしまう。
だから今日見た話にも記憶があったりするのだが、3本立てのうち好きなのは大体決まっている。それぞれアニメーターも演出も替わっているので、特徴がわかりやすい。
ただし以前の再放送では真ん中の話は違うシリーズだったのだが、今回はそのままトムとジェリーが放映されている。

今朝見たのは、お城の警備をする衛士トムがパーティのご馳走を警備しないとギロチンで首を落とされるという話だった。
これ、覚えてました。挿入歌まで覚えていた。
ジェリーとその甥のちびっこはうまうまとご馳走を得るのだが、揚々たる帰還の折、振り仰げばギロチンが落ちる影が・・・
トム、可哀想。

実はこのアニメーターと演出と美術のグループが一番好きなのだ。
彼らの作品でトムがテノールとして『フィガロの結婚』のアリアを歌うものがある。これはオスカーを獲ったそうな。
そしてわたしはこの作品で
♪oh???フィガロフィガロフィガロフィガロ・・・・・・・・
を知ったのである。

わたしは二十年位前から日本のアニメを見なくなってしまった。
マンガは延々と読み続けているのだが。
そしてこうした'50-'60年代のアメリカやソ連(当時)の作品ばかり再放送や上映会の度に喜んでみている。
今ではスイスのピングーとロシアのチェブラーシカがお気に入りだ。
会社も自宅もそれらのグッズだらけ。
スイスに行ったときはピングーのイラストがプリントされた服を着て本屋やおもちゃ屋に通い、それで意を通じてもらった。
しかしイタリアやフランスでは聖闘士星矢の方がメジャーだった。

元に戻ってハンナ&バーベラのcatoonだが、ブラック魔王とケンケンがこれまた大好きだ。
それも『チキチキマシン猛レース』より
♪敵はホッピー一匹だけさシャバダバシャバダバ追いかけろ・・・ 
の方が好きだ。
あとは『幽霊城のドボチョン一家』これは南利明が名古屋弁でドラキュラを演じていたのが楽しかった。
それから『ドラドラ子猫とチキチキ娘』などなど。
お笑いには無関心なのだが、こうしたスラップスティックは好きらしい。
自分でもよくわからない。

ディズニーもクラシックは好きだが、今のには関心がない。
ジブリにも、今放映されている諸作品にも、関心が湧かない。
凄く面白いと人に勧められても見るのがつらい。
(ドラマも何も見ないのだ)
それでいてこうした作品には一人できゃっきゃっ言うてる。
・・・側溝を歩いているのかもしれない、わたし。
いつかきちんと調べようと思いながら、とりあえずこんなところです。

シャガール 愛の旅人

国内の美術館や著名コレクターから集めたシャガールの展覧会が大坂天保山のサントリーミュージアムで開催されている。六月末頃まで。
今日わたしは仕事で南港に行き、その帰路に寄ったので、人にもまれることもなかった。

シャガールのファンはとても多い。会場にもカップルが目立った。
みんなシャガールの絵の恋人たちのように寄り添っている。
わたしがシャガールを知ったのは、二十年ほど前のことだ。
長渕剛の"Time goes arround"という歌の中に
壁にかかったシャガールにもたれながら
という一節があって、それでシャガールに眼を向けたのだ。
そしてパリ・オペラ座の天井絵や死亡記事などで関心が湧いた。

今回、油彩・水彩・版画の名品が並んでいる。
シリーズ物の『オデュッセイア』『旧約聖書』『ダフニスとクロエ』などが並んでいる。

わたしはシャガールファンとは言いがたいが、それでも特に好きな作品が何作かある。今日、特別気に入ったのは『オルジュヴァルの夜』である。img044.jpg
これは花嫁衣裳の女とそれに寄り添う男の表情に心惹かれた。

ところで以前からシャガールの絵にはそれこそ天地無用なものを感じていたが、解説プレートを読んで納得した。
「絵は360度どこから見ても見えなければならない」
そんな理念があったので、こういう重力から解き放たれたような作品が生み出されていたようなのだ。
だからこの絵も、右から見たり左から眺めたり下からのぞいたり上から・・・という風に味わうことが出来るのだった。
はっはー、そうやったんか!
長年の不思議が解消した。


そういえばわたしはシャガールの村祭りの絵を見ると、『屋根の上のバイオリン弾き』の"Sunrise Sunset"が耳に蘇る。
これも納得する理由がシャガールにあるのだが。

個々の作品を論じても仕方ない。
シャガールの作品の大方のイメージとして、色彩の豊かさと恋人たちと動物などが挙げられるだろうが、確かにそれは間違いではないし、シャガールの作品を知っていても名を知らない人に説明するには、これらのことを口にすれば良いように思う。

しかし先ほどの『オルジュヴァルの夜』の他に心惹かれた作品をもう一枚上げろといわれれば、ポーラ美術館所蔵の『休息、ベラと花』を推したい。
シャガールが愛妻家だと言うことは彼を知った直後から資料として聞いていたが、実際にその作品に触れるとヒシヒシと実感する。
自画像が多いのもこの画家の特徴だが、描かれた恋人たちも恐らくは自分とベラとの姿に違いないようだ。
それを考えると、「・・・すごい」としか言えなくなる。

ところで画商ヴォラールのために製作したシリーズを見ると、なんだかシャガールが多作家なのは人柄の良さもあったからではないかと思ったりした。それがいいことかそうでないかは別として。

旧約聖書シリーズでは、ロトと娘たち、サムソンとデリラが特に良かった。女の姦計・奸計・カンケイ。
シャガールの作品として旧約聖書を眺めると、これらのエピソードが実に面白く見えてくる。特定宗教の聖典というより、ユダヤの今昔物語のようである。

オデュッセイアでは、ナウシカとの出会いがよかった。
(そういえば『風の谷のナウシカ』のヒロイン名について宮崎駿はこのギリシャ神話のエピソードを語っていた)

ダフニスとクロエ。
牧歌的と称されていることが多いが、100枚以上の絵物語として眺めてゆくうちに、これはもしや愛の神エロスの実験に選ばれた少年と少女の物語ではないか、という疑いをもってしまった。
しかしそれにしてもなんだか気恥ずかしいような感じ。
波乱万丈の二人なのだ、と絵を見るうちに思ったりもする。

一人で見るよりカップルで見るほうが楽しいような展覧会だと思う。
シャガールの作品の恋人たちのように、みんな仲良く互いを大事にすればいい。そしてそこから周囲にも目を向けよう。
優しい気持ちになれるから ―――そんなことを思わせる力がシャガールの作品にはあるような気がした。

世紀末愛好者に50の質問

わたしは世紀末同盟に参加しています。
盟主の千露さまが今回綺麗で素敵な質問を配布されたので、例によって嬉しくQ&Aしました。

うれしい一日

近所に、と言っても交通に無理がある場所にさる有名古書店がある。今時の新古書店でなく老舗の総合系。
車で行くのにはよいが徒歩や自転車では辛いから、ここ数年ご無沙汰してたが、帰り道にふっ とその気になっていきなり走り出した。
最大の難関に来た時、驚いた。トンネルができて人や自転車がゆうゆう行き交っているではないか。
いつのまに…
私の感慨はおくにしても、このトンネルは住人にはありがたいものだろう。

わたしは長い坂をなんとか駆け登り、本屋についたが、途端眼に飛び込んできたのは、皇室の名宝と題した薄い画集である。
そう、500円台のシリーズ物。あれが100円台なので色々物色した。
正倉院、琳派、黒田清輝などなど・・・
つい先日京都博物館で楽しんだ大絵巻展で見かけた華厳宗祖師絵伝の、掲載されていないシーンや、三の丸にある又兵衛の小栗判官絵巻もある。
嬉しいゾ。
わたしが選んだのは、三の丸尚蔵館収蔵品本、菅原道真・怨霊から天神への二冊である。
そして昔の美術雑誌を眺めていると、’75年の『古美術』が森派の特集なので、めくるとそこには先日大倉集古館で見た、森徹山の『雨中の狸』がいるではないか。美術館が発行したリーフレットにも姿を見せなかった狸がここにいる。
更に、狙仙の猿が桃を持って小猿らといる絵、これも先日京都で見た絵だ。
それらが掲載されていた。
こちらは先ほどのに比べ倍価だが、わたしを待っていたとしか思えないタイミングなのである。
わたしは時々こういう幸せにめぐり合える。
本がわたしを待ち、わたしが本を得る。

他にもうろうろ見回すと、色々欲しいものが出てきたがまあこちらはなんとか後日に回して、二階に上がる。
建築関係がいつの間にか充実し、先月出たばかりの『建築のハノイ』があるではないか!しかも4カケ。
嬉しくて仕方ないところへ、とっくに品切れになっていたINAXの『病院建築のルネサンス―聖ロカ病院』があった。
この展覧会に行き損ねたことが未だに心の傷(たいそうな・・・)になっていたわたしは、考える間もなく義務のようにかごに入れてた。

そして本日入荷コーナーを見ると、以前から欲しかった『小樽の近代建築』まであった。札幌もあったが、こちらはやめて小樽を選ぶ。
ああ、嬉しい。
ふと見ると、知り合いの学芸員さんが今年出した本もあった。
めくるとなかなか良いのだが、これは今度にしよう。
(いつか縁がある気がする)

店を出れば七時前で、まだまだ日は落ちていない。
嬉しくて仕方ない。自転車を飛ばしすぎてはいけないと思いつつ走りに走って家に着くと、母がもんじゃ焼きの支度をしていた。

実は大阪人でありながらうちの母はお好み焼きよりもんじゃ焼きが好きなのだ。野球を見ながら機嫌よくもんじゃ焼きを食べた。
そして新聞を開くと、山村流が『ちょろげん』という幻の舞踊を復活させたという記事に眼がいった。
これは実は杉浦日向子『百物語』にも現れていた大道芸なのである。歌の文句もナリも同じ。
なにかしら不思議な偶然のようなものを感じた。

良い日というのはこんなものかもしれない。

王朝の息吹 歌ごころの世界

逸翁美術館で『王朝の息吹―歌ごころの世界』展を見る。
この展覧会は逸翁の集めたやまと歌の色紙などと茶道具、そして王朝文学をモチーフにした絵本などで構成されている。

益田鈍翁、高橋箒庵、松永耳庵ら近代の大茶人の次世代に逸翁や即庵らがいる。
鈍翁が主体となって大正八年断簡となった佐竹本三十六歌仙の一人『藤原高光』が今回展示されている。
初春の出光の三十六歌仙展に出演しなかった彼は、静かにここに現れた。
当時、児島嘉助氏と言う人が八千円で落札したが、今ではここにある。籤番も展示されている。細い棒で銀が酸化したような色に、小さく二十七と朱文字が入っている。
大正八年、その場の残照がここにある。

若くてなかなかハンサムな高光さまだが、お仲間に再会できなくて残念だろうと思う。
ここに書かれた歌が解説文に出ている。

かくばかりへがたく見ゆるよの中に
 うらやましくもすめる月かな

その歌から作られた茶碗も展示されている。粉引茶碗で銘『澄月』である。中をのぞくと、七つの茶色い星が円を書いている。ベージュの地に丸い星。シックで可愛い。
昔の人は雅なものだとつくづく感心した。

同じ粉引でも呉器茶碗になると、また変わってくる。形は禅院で使う塗碗の台が高いものだと思ってほしい。歌銘『春草』である。

少し先走ったが、実はこの展覧会の最初に現れるのは紀貫之なのである。
確かに王朝の、と来れば彼が巻頭に来るのがふさわしいだろう。
宣房本三十六歌仙絵切がその似絵を描いている。
扇子を広げた、ちょっとえっちくさい目つきの男。

延喜六年初在位 天慶九年卒
醍醐 朱雀
さくらちる このした風はさむからで
 うちにしられぬ 雪そふりける

天慶といえば純友の乱の時代か。帝の名前が並び、そして優雅な歌が続く。
桜を雪に見立てる。
素敵な歌。

他にも古今集の切が並ぶが、定家の息子・為家の筆だと伝わる古今和歌集がある。
これは綺麗な文字で、父親よりよっぽど綺麗に思う。
わたしは学生の頃国文学を学んだが、定家の字には苦しまされた。
だから余計そう思うのかもしれない。

上田秋成の『源氏物語短冊貼交屏風』があった。解説によると、この屏風を逸翁に見せてもらった与謝野晶子は感銘を受け、『源氏物語礼賛短冊』を作り、逸翁に贈った。
二次創作から三次創作へ。よいエピソードだと思う。

鵺退治で有名な源頼政の筆だと伝わる和漢朗詠集があった。うわっという感じ。ぬぬぬ。

老人
昔為京洛声花客今作江湖遼倒翁 白
老眠早覚常残夜病力先衰不持年 白

伝小野道風のあまつかぜ は継紙できれいだった。

絵巻に移る。
西行物語が色々あった。室町から江戸時代の作まで三本ほどが展示されている。西行にしろ刈萱にしろ身勝手で困るが、物語として昔の人々には随分愛されたのだ。
源氏物語も必ずここに現れる。
源氏と伊勢は王朝どころか古美術には必須の作である。
なかなか綺麗な絵が並ぶが、これらが今まで生きてきた経緯を考えると、やはり「もののあはれ」を思う。
好悪を越えた存在。

奈良絵本が出ていた。
伊勢と落窪。
落窪の原典は御伽草子では利生譚ではないのだが、奈良絵本では六角堂の観音の利生譚になっていた。
*申し子をする夫婦の前に現れる観音の化身。
*良き夫となるべく人にめぐり逢えぬことを嘆く姫が庭で乞食にそのことを語る。
*乞食は実は三位の中将で、姫は亡母形見の着物を着て、父や継母に夫となった中将ともども会いに来る。

なかなか面白い話が多いので、わたしは御伽草子や宇治拾遺物語などが好きである。

他にも狭衣草紙などがある。やはり古美術品が好きだと思うのは、こういうときだ。
物語の伝播と変容。それを見たときにそう思うのである。

茶室の室礼にも心を惹かれる。
逸翁は決して古いものばかりを、東洋ばかりを礼賛したわけではなく、ヨーロッパ製のものにも眼を向けている。
今日の茶道具は昭和二十九年六月の再現である。茶会記があるので間違われずに、道具が並べられる。
その中で目を引くのが、フランス製の青いガラス鉢である。
たいへん綺麗で、そこにお菓子が盛られているというのを読むだけで、初夏の匂いがする。

良い展覧会だった。img043.jpg

小林一三の演劇観 

池田文庫にゆく。
小林一三の演劇観―国民劇の創造と劇場経営―
今日は昼から講演会があるのでそれまでに見学しないといけない。
http://www.ikedabunko.or.jp/

わたしは文化人であり茶人である企業人の中で、小林一三が一番好きだ。
次が畠山一清。それから五島慶太。
というより、彼らの遺した美術館の在り方が好ましいからそう思うのだろうが。
池田文庫は主として映画・演劇などの資料を収蔵している。
逸翁小林一三の美術品は、すぐそばの逸翁美術館で見ることが出来る。

200点以上の資料が展示されている。
つまり宝塚少女歌劇の時代から東宝歌舞伎、日劇ダンシングチーム、そして今の宝塚歌劇、東宝ミュージカルまでの流れがここにある。

リーフレットの紹介文を掲載する。

 小林一三は、演劇が一部の特権階級の娯楽ではなく、良いものを広く大衆に、安い料金で見せるために、生涯を通じて様々な取り組みを行いました。例えば、大劇場の建設や劇場の全国チェーン化、国民劇の創造やそのための育成など。その試みの代表的なものに、宝塚歌劇、東宝、コマ・スタジアムがあります。しかし、これらの演劇事業は、火災や戦争などの災難にたびたび見舞われました。小林一三は如何に新しい演劇を創り、育て、また立て直しをしたのでしょうか。常に新しい時代感覚を取り入れ、大衆本位の演劇事業を行った、小林一三の演劇観を、関わった演劇、劇場の資料によって辿ります。

興味のない方にはそれがどうした的な展覧会だが、わたしのような者には面白くて仕方なかった。

小林一三の仕事や人となりについては、阪田寛夫の評伝『わが小林一三』や戸板康二『ぜいたく列伝』の『小林一三の宝塚』を読むのが一番面白いと思う。
そこに現れたエピソードの裏づけが、ここに出ている。

例えば昭和十年一月に宝塚大劇場が焼失した直後、小林一三は『四月一日開場』と宣言した。
三交代の突貫工事で三月三十一日に竣工し、以前よりずっと設備の良い劇場が四月一日には『開場』している。
その当時の新聞記事や(号外である)歌劇のポスターが展示されている。
「今太閤」は嘘をつかなかった。

わたしの祖父は裁判官だったが趣味が広い人で、絵を描いたり(伊藤彦造と机を並べていた)阪大で犬養博士の万葉集の聴講生をしたり、宝塚を毎回楽しんだりしたそうだ。
だから小林一三が世にある頃の歌劇は全て見ていたと思う。
その娘である母は歌劇に無関心で西部劇とラテン音楽に熱中していたので、まことに残念ながらわたしは往時の宝塚歌劇の話を聞くことが出来ない。(祖父はわたしの幼時に没)
だからこうした資料を、より熱心に眺めるのだ。


敗戦から何十年も後に生まれているので、進駐軍がどうのと言われても実感がなく、よく耳にする『アーニー・パイル劇場』の意味がわかったのも、今回の解説からである。
それが返還されて東京宝塚劇場になり、その記念すべき第一回公演が名作『虞美人』である。
池田文庫の展覧会などで以前から『虞美人』のポスターや舞台写真を見ているが、本物の馬なども出て、とても大掛かりなお芝居だと思っていた。またそのポスターの美しさは絶品である。
それを東京での復活の演目にしたのは、見事だと思う。
もし当時生まれていたら、祖父と共に見に行っていた可能性が高いだろう。

興行師・小林一三の仕事は歌劇だけではない。
歌舞伎を、一般大衆に安価に提供しようとしたのだ。
このことについては歌舞伎関係の本などで以前から色々と知っていたが、それらは松竹サイドの話や役者のサイドからのものなので、仕掛けた東宝サイドの話をこの展覧会から読み取ることも出来、たいへん興味深く思った。
当時、松竹の下でくすぶっていた若手役者が東宝へ入り(やがて元の松竹へ戻るのだが)そこら辺の話はなかなかナマナマしく面白かった。
写真も出ている。
寿美蔵(後の寿海)、もしほ(後の十三世勘三郎)、芦燕(十四世仁左衛門)、蓑助(後の八世三津五郎)などである。
当時の記事が展示されているので、その反応も見えたようである。

映画では林長二郎の事件がある。後の長谷川一夫。頬を切られ包帯姿で横たわる写真が出ていた。なんともナマナマシイなあ。

一方小林一三は若手噺家たちにも活躍の場を提供した。
その辺の話が桂米朝師の『私の履歴書』に出ていて、読んで思わず笑ってしまった。
以下抜粋。

(宝塚遊園地内で場を提供されたのだが)放送が入る。
「ただいま遊園地ではアシカの曲芸、タヌキの綱渡り、第二劇場では若手の落語会があります」
「わしらタヌキの綱渡りの後や!!」

・・・なにが好きと言うても、こぉいうネタが一番好きだ。

‘50年代に入ると日劇ダンシングチームも活躍し(伊東深水の描いた傑作がある)OSではヌードショーもし、梅田コマ劇場・新宿コマ劇場も設立する。
やがて今も続く『ラ・マンチャの男』『放浪記』の舞台も始まる。
そして宝塚歌劇も九十周年を迎える。

これらの流れがポスターや記事やパンフレットなどで見えてくる。
興味のある方には、たいへん面白い展覧会だと思う。

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猫の絵本

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今日は自分の持っている猫の絵本・童話本などを出してみる。
これは幼稚園のとき毎月もらう絵本の四月号、つまり入園直後にもらった絵本だ。
渡辺三郎の絵本はその後も少し手に入れることが出来た。なんともいえない味があって好きである。

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これはもらいもの。丁度春休みや夏休みにTV放映された東映動画の作品を見た直後だったのでタイムリーだったのを覚えている。
猫のトリックスター。

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だいぶ以前になるが一番可愛がっていた猫くろりんに死なれ、その面影を求めてくろりん風な猫グッズを集めていた頃に出会った絵本。
孤独な猫が必要な猫になり、船で働くようになる。丸善でみつけた。

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大仏次郎『スイッチョねこ』安 泰による絵本。
朝倉摂のも好きだが、子猫の毛のふわふわ感がよくわかる。
大仏記念館も朝倉彫塑館も、共に猫の彫刻が溢れていて、楽しい空間だ。

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これは書評で見て買いに出た絵本だが、元々このヨゼフ・ウィルコンのファンなので嬉しかった。従妹が幼稚園のときこのお話をしてあげたが、話し方がベタベタの大阪弁だったからか、我が家のことだと思い込み、彼女は今でもうちの家の猫を虎や豹だと信じている。

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アンソロジー。光吉夏弥さんといえば『ひとまねこざる』や『ちびくろさんぼ』の翻訳者だが大変な猫好きらしく、ここに集められたお話や挿絵は本当に珠玉としか言いようがない。

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三年ほど前のボローニャ国際絵本展で購入したフランスの絵本。わたしは英語・ドイツ語なら自力で辞書を引き引き翻訳しようとするが、フランス語には全く歯が立たない。この猫は一種のトリックスターのようだが、今うちにいるツキちゃんにそっくりなので、それが嬉しい。

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二年前の『幻のロシア絵本展』で購入したが、ラッキーだった。
ときどき幸運がある。本に関しては幸せを感じることが多い。


しかし一つギャンと泣いてしまうことがあった。
佐野洋子の『おれはねこだぜ』が見当たらないのだ。
理由がわからない。どこにあるのだろう。
『100万回生きたねこ』は有名すぎるので、出さないことにした。

ねこの絵本で一つ欲しいものがある。
『くらいくらーいはなし』だ。絶版なので私は図書館で眺める以外にない。いつかそのうち・・・
でもその前に『おれはねこだぜ』を探すことにしよう。

(絵は全てクリックすると拡大します)

『龍―RON―』が終わった。

とうとう『龍―RON―』が終わってしまった。
昭和初期から敗戦間近までを主な舞台にした傑作だった。
わたしは戦前のモダニズムが好きなので色々な資料を集めているが、この作品上でわたしの知る資料写真などが使われているのを見るととても嬉しく思い、ますますファンになった。
15年間、本当に面白かった。

京都へ訪れる龍の孫。インドの血を引く青年。
しかし龍の面影を宿している。
高齢となっても祇園で生きる小鈴。
やっと最後に小鈴も報われて、ほんとうに良かった。
そして龍もていも『死んだ』ことになって、やっと気ままに生きることが出来るようになった。

このラストはとても良かった。
老境に到り、天地自然のあるがままに暮らせることは、本当に幸せだと思う。
他にこうした終焉を迎えた作品を思い起こす。


本宮ひろ志の『斎藤道三』のラストにもそれがある。
道三は死なず元の油屋のときの嫁と二人、隠居生活を送る。
川原正敏の義経も山上たつひこの西門慶もそうだった。
みんな歴史マンガ系か。
つまり読者も作者もそれを願っているのだ。

戻って、小鈴は孫娘や青年と平安神宮そばの武徳殿へゆく。
『道のために来たれ』この言葉が物語の始まりと終わりに現れる。
静かな感動があった。

わたしは先週の日曜、丁度そこにいた。
無論わたしは『彼ら』とは会えない。
しかし、同じ地を踏んでいた。
そのことだけでわたしは胸がいっぱいになる。
今はただただ静かに物語の余韻に浸っていたい。

五月雨

会社の引き出しに入れてある絵葉書をながめる。
五月雨
窓の外の雨を物憂げに眺める女。
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雨が降ります雨が降る 厭でもおうちで遊びましょう

子供の頃に聞いた怖い歌。とくにラストの
♪厭でもおうちで遊びましょう 
には二の句が告げなくなるような強圧的なものを感じた。
しかもメロディはヅンヅンヅンと来るのである。

それから詩でこわいものが一つ。

母さんいなくて悔しいな 金魚を一匹絞め殺す

どちらも北原白秋の詩だと知ったのは随分後だった。
なんとなくどちらもが絡み合っているような匂いがする。
先の詩は女児、後の詩は男児の心の動きを映しているように見える。

半年ほど前、買い物に出ていた母が帰って来るや留守番していたわたしに

母さんいなくて悔しいな 金魚を一匹絞め殺す

囁くように「この詩、知ってるかな」と言い出した。
前後の脈絡もなしに。

すぐにわたしは
「知ってるよ、白秋でしょ。ママの高校の校歌も白秋と山田耕筰のコンビだったでしょ」と話をすり替えた。
―――そうしなければならぬような薄ら寒い何かを感じていたのだ。
母は高校の話になると機嫌が良いので、ぱっ と変化したが、あれは一体なんだったのだろうか。

雨が降ると必ずこんなことを思い出す。

美術館・博物館好きさんに50の質問

美術館・博物館好きさんに50の質問

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千露さまのところからまたまたお借りいたしました。

以前にも別な形の質問を楽しませてもらいましたが、あれから数ヶ月、少し考えが変わったかもしれないし、以前のままかもしれないかな、とかなんとか考えながら。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-367.html
わたしは実はQ&Aて大好きなのですよ。ちっとも苦にならない。
それどころかいつか自分でも何か作りたいとおもいます。

中国古代の暮らしと夢─建築・人・動物

細見美術館で開催中の『陶器が語る来世の理想郷 中国古代の暮らしと夢─建築・人・動物』
を見に出かけた。
http://www.emuseum.or.jp/Pages/event_meiki.htm
細見は古美術をメインにした展覧会が多いのだが、中国古代の美術品は初めてだそうだ。
これは大倉集古館にも巡回するはずだが、先にこちらで見ておこう。


館内には珍しく若い男性客が多い。もしかすると建築関係なのかもしれない。

つまり展示品は陶器で作られた塔屋や住居や台所、井戸などである。ただしこれらは正確に実物を写したミニチュアではない。
ドールハウスなどではサイズも世界的に規定されているが、これはそうしたものではなく、副葬品ということで、死後の世界用と性質から、わざと微妙に現実の用品とは異なるように作られている。
明器というのが、副葬品の呼称である。
中国では死後の世界と現世とが殆ど似た状況だという設定がなされている。
だから兵馬俑も始皇帝があの世にいる前提で、ずらーっと行列していたのだ。

漢代から唐代のそれらが並んでいる。
アヒルやぶたや犬もいるし、塔には射手もいる。
なかなか細かく作られていて、中をのぞけばへんなオジサンがいたりする。
中国のあの世は賑やかで猥雑だ。

そういえばこんなことを思い出した。
中国では死後も現世と変わりがないのでお金がいる。そのために紙でお金を拵えてそれを焼く。焼くことであの世に送金するのだ。
ずっと前だが、母の具合が良くないとき、死んだ父が夢に出て来て競馬でスッたのでお金を頼むと言われたそうだ。
わたしはまだみなしごハッチになりたくないので、中国人ではないが紙をチョキチョキして金額を書いて、それを焼いた。
以後母は父の夢を見なくなったらしい。

駒田信二の中国を舞台にした小説や小話が好きだった。
その中では鬼(日本における幽霊というくらいの意味である)となった死人たちは平気で生死の垣根を越えてやってくる。
死後の世界でも役人は賄賂を取るし、罪科も罰せられる。
なんだかへんにあっけらかんとした世界観だな。

並んでいる塔などを見ると、水木しげるの妖怪城にも似ている。
明器が一堂に会した展覧会は、やっぱりちょっとキモチ悪いところもある。しかし見ようによってはこの展覧会、鬼市のようにもみえる。
そう、オバケの夜市。
怪しいなぁ。とりあえず『面白い』展覧会だった。

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大絵巻展

京都国立博物館が気合を入れて開催している『大絵巻展』にこちらも気合を入れて出かけた。
大盛況とか大繁盛とか大混雑とか、とにかく何を聞くにも『大大大』だ。
入り口のチケット売り場はそんなに並びもしていない。
丁度会員券が切れていたのでこの場で友の会に入会した。
事前に用意していた展示目録と鉛筆を持ってイザイザと入るが、ギョギョもギョギョ。
予想以上の人出ではないか。『大大大』の次は『人人人』だ。
用意していた資料も館内でもらった資料も全く役に立たない状況なのだ。
とにかく何を目当てに行こうとか、そんな甘い考え・強い欲望が粉砕されるような人出なのだ。
これが九時半開館の十五分後の現況なのである。

四期に分けての展覧の、第二期目を見に来たはずだが、わたしは一体何を見たのだろうか。
とはいえ、幸いと言うか慰めと言うか、前からの古美術ファンということが多少の有利を呼んだか、見知っている作品がなかなか多かったのである。
個人蔵の未公開なものはともかくとして、たとえば『源氏物語』などは数年前五島美術館で国内の優品を一堂に集めた展覧会で全容を見ることが出来ているし、『一遍聖絵』も京都と奈良の共同展覧会で沢山の巻数を見ている。
関西の寺院が所蔵する作品が多く出ていることもあって、全くの初見は多くはない。
しかし、それでもこうして出てきた限りは見ずにはいられぬのだが、はたしてわたしは見て回れるのか。―――そんな危惧が生まれている。

わたしは背が高い。それが少し役立つのはこんなときだが、『源氏』と『鳥獣戯画』には歯が立たなかった。中央室にあるそれらは見るだけで丸一時間並ばねばならない。
どちらも既に見ているからそんなにショックもないが、しかしそれにしてもメチャクチャな行列である。
推察するに、普段展覧会に無関心な方々もこれだけは見ておこうと発念されたのだろう。
だから他を犠牲にされてもこれだけは・・・・・・
そう思わなければこんな行列、出来ないゾ。
しかし忍耐力はわたしにはない。わたしは見れそうなものばかりを選んで見て歩くしかない。

『粉河寺縁起』 猟師の家では獣皮が干されてる。千手観音を村人たちが拝んでいる。
そんなシーンだけが今、蘇る。

『華厳宗祖師絵伝 義湘絵 四巻のうち 巻二 』 これは僧に恋する娘への哀れさより、なにか「えらいものだ」という感想が湧く物語である。安珍清姫とは違い、この娘は蛇体にならず龍になり、唐から新羅へ行く男の船を自分の背に乗せて、嵐の中を無事に送る。
可哀想なのかもしれないが、娘が化身した龍は見るからに立派で、そして懸命なのだ。
描き手の意図に乗せられたようだが、こういう満足を得るのもよいかもしれない。
龍が海を行くシーンは以前にも見ている。六年前の『日本の国宝展』で見て、ハガキを持っている。

『泣不動縁起』 安倍晴明が祈祷するシーンを見ている。何で見たか。実は映画『陰陽師・2』の頃に京都文化博物館での『安倍晴明と陰陽道』展でみたのだ。
可愛いオバケがいっぱい出ている。

『当麻曼荼羅縁起 巻上』 今年は当麻曼荼羅の当たり年らしい。映画『死者の書』である。
その物語のもと。奈良朝だが風俗は平安風に描かれている。泥田で働く人足、井戸で糸を染める女たち。輝く石に鑿を当てれば弥勒菩薩が現出する。織りあがる曼荼羅。そして阿弥陀聖衆の来迎。
物語が伝わりやすい構成になっていたと思う。

『地獄草紙』『餓鬼草紙』『病草紙』の混雑ぶりは人人人ではなく、火火火ですな。皆さん好きなのだなあ。
わたしは以前見ているか。どうも極楽図より地獄の方が人気が高いらしい。
『二形図』はちょっと面白かったが、これが占い師だという所に色々思い出すことがある。
グルジア辺りの伝説だったか、そうした人たちは必ず占い師にならねばならぬそうな。
ヒジュラも古代はそうだったかもしれない。

『鳥獣人物戯画 四巻のうち 乙巻』 これは見えたが、戯画ではなくこの分はスケッチのような感じで、馬は馬連れ・牛は牛連れ、鷹は鷹連れ・犬は犬連れ・・・でもみんな目つきがちょっと怪しい。
虎ファミリーは可愛かった。考えたら鎖国中の平安朝に動物園があったわけでなし、みんな前代の唐渡りの本などからの知識で、こんなに絵を描いてるんだからえらいなぁ。

『紫式部日記絵巻』 今日見たのは五島のと東博のだが、綺麗に色が残っているのがいいなぁ。

『住吉物語』 継子いじめと姫の幸せと。これもみているなぁ。今のところ「初見」なしだな。

とか何とか言うてると『絵師草紙』は初見だった。
 
『一遍聖絵』 これは四年前に京都と奈良だったかがコラボして全巻展示を目論んだはずで、そのときここで12巻見ている。上人が目をつぶった直後から絵巻を描き始めたらしくて、すごく似ているという話だ。日焼けした黒い一遍さんは精力的に国内を遊行している。

ところで今回の展覧会はコンセプトがあって、そのために同一の作品であっても展示場所を分けているらしい。

再び『華厳宗祖師絵伝 七巻のうち元暁絵  巻二 』 これは繁盛している市場の様子で、巻物に書かれた詞を別仕立てで現代語訳してつけてくれている。
リアルだな、どつきあってたり、大猪をドナドナするオヤジとか(親猪について走る仔猪が可愛くて可哀想だ)買い物する人たちなどなど。

白描の『善教房絵巻』 先日サントリーのメルマガでこの作品をごらんになってくださいね、と来ていたので、見れてよかったと思った。この大きさからゆくと、くるくるっと巻いて割りと気軽に眺めていたのかもしれない。

『尹大納言絵巻 名月巻』 これも白描。『中宮物語絵巻』も。線描の細さを実感できる作品なのだ。

大好きな『十二類絵巻 三巻のうち 巻上』 干支の連中が機嫌よく話し合っている。着物の柄にもご注目してくだされ。
狸がみんなにしばきあげられたところで上は終わりなのかな。
’99.11にここの平常展で見ている。丁度十年前には大阪の展覧会でも見ている。
面白い表現が多くて好きな作品だ。


『信貴山縁起絵巻 延喜加持巻』 わたしの大好きな剣の護法童子が現れるシーンだ。
これを見ているだけでなんだかわくわくする。
働き者の子ども。実は私は生まれる前にこの山との縁がある。親族一同で拝みに来たそうな。

再び『一遍聖絵』ラストだ。上人の往生なのだ。実に多くの人が集まっている。ちょっとした涅槃図だ。

高僧の生涯を描く絵巻も多くある。
一遍の他にも法然、玄奘、弘法、日蓮など。
やはり以前に見ているが、じっくり眺めるわけにいかない会場では、一瞬の凝視と記憶の宮殿の二つながらの作業で、「見た」気持ちになるしかないのだ。

『玄奘三蔵絵』 藤田美術館蔵。以前藤田で「お持ち帰りどうぞ」と何冊もの図録が置かれていて、機嫌よく戴いた中に『三蔵法師の道』があり、そこにこの絵巻が全巻出ていた。
とはいえ多分ナマで見るのはこれが最初だ。
山を行く情景などは唐三彩を思わせる色彩で、ちょっと興味深い。

『慕帰絵』 これも以前に新聞紙面で見ている。台所の情景などを見ていた。関西にいるとやはりこうした絵にはよく当たるのだ。
絵を見ていると西本願寺の巨大な佇まいが蘇ってくる。
飛雲閣、白書院、唐門・・・

『弘法大師行状絵』 真魚ちゃん、と呼びかけたくなるような美少年・真魚が剃髪するシーンを見ていて、あれれと思ったのは、その顔つき。なんだかせつなげな面持ちをしている。
実際剃髪するのが勿体ないような美童なのだ。惜しいなぁ。

『日蓮聖人註画賛』 一遍は色黒、日蓮は眉太というのが定番というか決まりというか。それが約束事なので、わかりやすい。
わたしの見て廻り方がまずかったか、赦免が届くシーンから始まるのにそれをラストにしてしまい、こういう流れも面白いなとかなんとか思ってしまった。間違いに気づいたのは、帰宅後の図録を見て以後のことで、アチャーである。物語の流れが崩れてしまった。私の認識はもう再構築しようとしない。時々こんなことがある。
そういえばわたしは故意にだが、三島の『豊饒の海』を『天人五衰』から読み始め、『春の雪』『奔馬』『暁の寺』再び『天人五衰』と読むようなことをした。ワルイヤツメ。

『西行物語絵巻 巻の一』 つまり武士・佐藤さんの話です。
これはとにかく何をしても皆さんに褒められたおす状況なのですね。
ここだけ見てたら本当にいいこと尽くめ。何で出家なんかすんねん、という感じです。

寺社の縁起絵巻はかなり面白い物語構成だと思う。
聖人伝も数奇と奇跡の物語だが、縁起絵巻は伝奇ものだ。奇妙なほどの残酷さに彩られていて、異様に面白い話が多く伝わる。

『清水寺縁起』 後半部を見た。
白い着物の女が母の生まれ変わりの馬の消息を追う。行く先々ですれ違い。母を尋ねて。(見た日は母の日だ)
やっとたどり着いたが馬は死んだところだ。二度目の死。輪廻の中で定められた事柄なのか。
女は泣き泣き馬の首を持って京へ戻る。

『由原八幡宮縁起』 いきなり八つ頭の鬼が雲の上で弓を手にしたまま、その首を切り落とされて体勢を崩している。
こちらでは鬼を倒した武士団が弓を構えている。
解説を読むと、仲哀天皇が異国の鬼・塵輪を倒そうとする情景らしい。しかし天皇は流れ矢で崩御。
鬼にしろ仏にしろ神にしろ、複数の頭を持つのはアジア特有のことなのか。キリスト教以前の各地の妖怪はやはり一つ頭で、二つ頭と言えば『くるみ割り人形』の鼠の女王くらいしか思い出せない。

物語へ戻る。
『酒伝童子絵巻』 ぐでんぐでんで寝る姿が出ている。考えればこの酒天童子(書き文字に正解はないものだ)の物語は実に面白い。またここから派生した物語もとても多い。
源頼光という武将の生涯の大仕事と言えば、この大江山の鬼退治に尽きるし、足柄山で熊と相撲していた金太郎も成長してから坂田金時になってこの物語にいる。
渡邊綱と茨木童子。羅生門の鬼。鬼の腕。
茨木童子の出自と山への逃避の物語それ自体も面白い。
ときめくばかりだ。
稗史でなく正史に現れる異形の存在は、この大江山の「しゅてん」童子だけではないか。
今回はサントリーからの出品だが、以前海外のコレクターのを見たこともある。絵だけでなく、物語そのものへの魅力をコレクターたちも感じたに違いない。

最後に岩佐又兵衛の『堀江物語』が出ていた。
こちらは長野県のお寺の所蔵。
わたしが最初にこの物語を知ったのは、御影の香雪美術館であった。香雪と京博の二箇所でかなりの分量を見た。
謡曲『藤坪』を基にした物語だというが、たいへん面白い絵巻で、又兵衛の豪華絢爛な絵にも眩惑されたことを覚えている。
丁度四年前である。復讐の物語。強欲没義道な祖父へ孫に当たる太郎の復讐。悲惨な物語は、しかし異様に煌びやかであった。
今回出ているのは、復讐という事業を成し遂げた太郎が豪壮な屋敷を築かせているシーンである。その当時の大工仕事がわかるような絵で、人々の表情も面白い。
よく言われる「又兵衛は信長に滅ぼされた荒木村重の子であるためにこうした物語を描いたのではないか」という言葉に今回も行き当たった。だから、わたしは荒木村重がその折に死んだものだと信じていたのだが、事実は違った。
伊丹市の史書から知ったのだが、村重は出家してなかなか長生きしたらしいのである。これは稗史ではなく伊丹市の正史にある。
・・・「え゛ーっ」という感じだった。


本を購入する前にめくると、大方は掲載されていたがないものもあった。例えば『十二類絵巻』で狸がみんなから蹴られるシーンがなかった。しかし大方は綺麗な図版で掲載されている。
2200円。
昨日の『江戸の誘惑』同様、よい図録だと思った。


しかしこの大混雑はやはり怖いようである。
会場にいるとき、自分自身がもっと上から眺める存在の眼には、どう映っているのだろうかと考えていた。
絵巻に描かれる人々と、それを眺めようとする群集。
二重写しの構図がそこにあり、それを見る目にはこの狂騒状態は、『飛倉』の群集または応天門炎上で右往左往する群集、それらとなんら変わりなく見えたのではないか。

わたしはそんなことを思いながら会場を出て行った。



京博の平常展

大絵巻展のあと、平常展へ向かった。
今回、何が展示されているか下調べナシで出ている。

ハイビジョンシアターでは先ほど展示されていた『信貴山縁起絵巻』の加持祈祷の巻が上映されているので観客になる。
わたしの大好きな剣の護法童子の解説が楽しい。
一人だけ向きが違う話がある。なるほど、という感じがする。
そう、彼は動きのある存在なのだ。
帝の夢に現れることで祈祷が効いたことが確認される。
護法童子の装いを注目するとなかなか面白いのだが、これは先ほどの展覧会場で見れたのが嬉しい。

仏画を見た。
『帝釈天』 ところが肝心の仏は姿を失い、白い象だけがいる。
この象がまた可愛い。あんまり可愛くてヘタなラクガキまでわたしはノートに描いてしまった。
不意に三上寛『大感情』の歌詞を思い出す。
白い象の群れがみえる みえる みえる・・・・・・

これの対が『火天』像なのだが、これまた仏の姿は見えない。青羊だけがいる。
梁塵秘抄のように仏の姿は明らかでなくともそこに坐ますということなのか。(単に剥落なのだろうが)
こちらの羊も面白い顔なのでラクガキをノートに続ける。
西大寺蔵。

明恵上人縁の『仏眼仏母像』がある。
上人の書かれた賛がある。賛というより詩か。イチイチ、二の語の言うな、ろくでなしの七恵。
この前で耳切りされたそうな。
耳切りにゴッホの先達がいたわけだが、明恵上人はこれから「無耳法師」と名乗られているのだ。
もう二十年前だがモーニングで『凶獣よ荒野へ』という殺人と悟りのマンガがあり、主人公は耳を切っていた。
安吾の『夜長姫と耳男』や八雲の『耳なし芳一』とは違う。

国宝を目の当たりにしてこんな感慨しか湧かないのも問題があるかもしれない。

『竹生島弁才天像』 弁天を中心に左側に吉祥天や象の頭の歓喜天、右側に青大黒に荒神さんらがいて、島の下半分には15人の美少年がいる。
うーん、小さい島なのに人口いや神様密度高いな。
当たり前か。

『花鳥遊魚図巻』芦雪。
出だしは雀たち。ちゅんちゅん湧いている。十羽くらいかな。中にわんこわんこわんこ。
これが実に愛らしい。白やカツギに茶系のわんこたちがかみ合ったりほたえたり。ほたえ方が愛しい。
今からちびわんこプロレスに参入するゾみたいな黒チビもいる。ああ、可愛い。
それからゲラがキツツキしてたりで池に着く。
おお、鯉だかフナだかよくわからんのだが巨大な魚がバシャッッ・・・周囲の魚たちも元気よさそう。
ああ、楽しい絵だった。

平福百穂旧蔵の『探幽縮図』が面白い。これは二重の意味で興味深いものだ。
古画・中国絵画を模写する探幽→それをあるいは手本にしたかもしれない百穂。
いいなあ。

応挙の琵琶湖や宇治川の写生図巻もある。自然なスケッチで、赤の修正も入っていたり。

『猿図絵馬』 むろん森狙仙による。柿本神社蔵だというが、先日柿本神社のことを少し書いている。
大ザルが大桃を手にして、小猿たちがそれにまといついている。いい感じ。

中国絵画に一つ素敵な屏風が出ていた。
『楼閣山水図屏風』 袁江という絵師の手によるのだが、絵は明るく良い感じだがそれ以上に工芸品として見応えがあった。
八面の絵の下にそれぞれ木彫彩色(ただしフルカラーではない)の牛や馬や龍などがイキイキと張り付いていて、これが中華料理店にあれば、さぞ上等なお店だろうと思わせてくれた。
妄想は果てがないな。


なかなかこちらも楽しんで、わたしは機嫌よく出口へ向かった。
するとそこには行列が。
・・・あああ。皆さん、がんばれ。

白鶴の古美術鑑賞入門1

神戸で浮世絵を見てからランチを終え、雨の中の神戸祭りを少し楽しんだ後、わたしは二人に別れて阪急電車に乗った。
久しぶりに御影の白鶴美術館に来た。
なにやらチラシを始め解説文も模様変えしたようだ。
古美術入門と銘打ってることからしてもそれは確だ。
しかしいつに変わらぬ静謐な空間で、わたしは一人うつわや絵画と対峙する。

玉壺春瓶と呼ばれる下ぶくれに細首の瓶がある。龍泉窯の青磁だが、色より形がいい。
天目も色々な種類のものが並べられている。油滴と禾目は兄弟だとか、木の葉が…などと書かれているが、とにかく並ぶ茶碗たちが愛らしい。鼈甲のような玳玻や花柄、鸞、その他。
薄緑の勾玉がある。それをネックレス状に飾り付けているが、その鎖に特徴がある。兵庫鎖と呼ばれる繋がれ方をしたもので、これならわたしも欲しいと思った。
掻き落しもある。それらを一つ一つ見て回ると、自然と心が静かになる。

曽我物語の冊子本が出ていた。五枚の美麗な絵と別頁の文。奈良絵本かと思ったが違うようだ。
兄弟の祖父祐親の〈無恥ぶり〉から始まる構成。頼朝の子つまり我が外孫を溺死させる件り、捕らわれ斬首される今になっても領地への執着を忘れず往生を願わぬ件り、そもそも工藤祐経は被害者だったのだが。兄弟の父三郎が殺され座敷で皆が嘆く中、下の箱王はあまりに幼くて父の死をわからず無邪気に人形や犬張り子等で遊んでいる。
曾我物語は無惨な話だといつも思う。しかしこんなにも煌びやかなのでは、因果律も不条理もどうでもよくなってしまう。

住吉派の源氏物語がある。わたしは住吉も土佐も好き。
古美術への愛はいよいよ高まるばかりだ。

窓の外には美しい庭園が開けている。躑躅、満開。花菖蒲も咲く。雨に濡れる緑のことは言葉に出来ないほどだ。

出てから新館のペルシャ絨毯を見に行くと、一番好きな作品が出ていなかった。少し模様替え展示換えしたらしい。しかしこれまた小鳥や花が楽しそうな柄の絨毯も出ているので見応えはある。
先日並河萬里が亡くなったことで、いっそう絨毯が愛しく思える。

雨の中、気持ちは良いが疲れたまま山を降りていった。

江戸の誘惑

神戸市立博物館で開催中の「江戸の誘惑」展を見に行く。
友人二人と行くのだが、一人の返事が面白かった。
「ぜひ行くわ!めっちゃ楽しみ 江戸の疑惑」
疑惑、魅惑、誘惑・・・
八丁堀の七人か大岡越前か。

ボストン美術館のビゲロー・コレクションの初公開らしい。
今年は海外の素敵なコレクション展が多い。
ビゲロー氏の写真がある。股旅なかっこをしておられる。
なんとなく、納得。
フェノロサの知己を得て、渋る彼を押して浮世絵を蒐集したおし、ボストン美術館で百年の眠りにつかせた。
今回の展示品は全て肉筆浮世絵なので、その百年の眠りがいかに重要だったことかがよくわかる。
まるでつい先ごろ完成したばかりのような鮮やかな作品ばかりなのである。
ありがとう、ビゲロー殿。

展覧会のコンセプトは以下の通り。

1. 江戸の四季 雪月花をめで、四季の風物を楽しんだ江戸人の暮らしぶりを紹介。
2. 浮世の華 吉原を筆頭とする遊里ではぐくまれた、独特のあでやかな文化。
3. 歌舞礼讃 江戸の大スターである歌舞伎役者を描いた姿絵や、芝居小屋の絵看板。
4. 古典への憧れ 有名な古典を当世風パロディとして置きかえた機知的な「見立て絵」。

http://www.city.kobe.jp/cityoffice/57/museum/tokuten/2006_01_boston.html

今回、あんまりよかったので、延々と書くことになる。

猫マンガ好きさんに30の質問

またもや千露さんのところから楽しいQ&Aをお借りしてきました。
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そうです、猫マンガですよ???

猫マンガ好きさんに30の質問

なにをなくしているのか

今日はさるお屋敷を見学に出かけた。
数年前物納された庄屋屋敷で来歴も古い、立派な邸宅である。
わたしは以前から近代建築探訪を続けている。
主に洋館を見て回っているが、和風住宅にはあまり目を向けぬことにしている。だから今はやりの町家も好まない。
理由は何か。
・・・わたしは没落地主の末裔なのである。
和風邸宅を見れば母や祖母や親戚から聞かされ続けた諸々の口惜しい話が蘇るのだ。

わたしはかつて栄光に輝いていたものが失われる、と言うのを見るのが嫌いだ。せつなくて泣きたくなる。
紫禁城は清朝が倒れたからこそ、世界中の観光客が訪れることができるようになったのだし、チェーホフの『桜の園』も没落したからこそ、いまだに舞台で観客の涙をしぼれるのだ。
この庄屋屋敷も物納したからこうして見学と言うことになり、ボランティアの案内人が胸を張って「わたしたちの宝です」などと言えるのだ。

その案内人。
今回、腹に据えかねることがあり、そのためにわたしは今日訪れた場所の名も地名も書かぬのだ。

その家への(建造物として、だけでなく)尊敬心はないのだろうか。
庄屋の制度は幕末に終わり、明治にはここは貴人の訪れを持たなくなったそうだが、最後の輝きを求めたか、当時の当主は玄関を新築し巨大な式台を作った。
それは案内人によると「駕籠でなく輿で上がれるというのを見せるために見栄を張って作ったんですな、はははは」ばかなことを、というニュアンスの入った説明をした。
そして贅を凝らした欄間や釘隠しや船底の天井などにもそれは及んだ。
そのくせ京都の町家で名高い某家より良いものを使っている、などと自慢するのである。

案内人はウケ狙いでそんな軽蔑まじりの物言いをしたのかもしれない。
本当は尊敬心があるが自虐に近い形で悪く言うのかもしれない。
しかし。
今回の見学会メンバーは大方が京都人なのである。
それもご年配の方が大半を占める。
メンバーは誰も相槌も打たず、反応も見せず、説明もきかなくなった。
白々しい空気の中で、案内人の無駄に長いしゃべり声だけが流れていた。

帰り道、教授と二人きりになったとき、元の持ち主の方がお気の毒だと言う話をしみじみとした。
しかしああいうヒトが多いのはどことも同じだと言われる。
なるほどそうか。
わたしは「没落して何故わるい」と腹を立てていたが、さすが先生だ。
あとはすばらしい建て方をされた母屋と離れと茶室の話に終始したが、昨今のような、失敗をしても直そうともせず、恥じようともせず、それを次代の為の架け橋だと開き直るような状況は、この屋敷が建てられた時代にはなかったのだと言われて、深くうなずいた。

建物が生き残るのはうれしいが、このことからわたしの『保存』の考えが動き始めているのは、確かだった。

並河萬里・追悼

並河萬里が死んだ。シルクロードに寄り添ってイスラーム文化があることを教えてくれた写真家だった。
私にとって我が国でのイスラーム文化の三大教導者は井筒俊彦、片倉もと子、並河萬里だった。もう片倉氏しかいないのだ。
写真展を見て、ときめいたのはいつだったか。
’98.9の大丸心斎橋での『神秘の形象イスファハン』が最初だった。次が二年後のやはり大丸で『並河萬里2000』だ。
恐らく行くことはない場所の風景・形象・そして匂いや天の高さまで感じさせてくれる作品群だった。
並河氏は世界文化遺産の救済に立ち向かっていた人だった。
現今のイスラーム社会のことは新聞やニュースなどでしか知ることはないが、文化的側面はこうした先人たちの遺してくれた仕事のおかげで多少は知ることも出来る。
しかしそれも並河萬里の死によって途切れた気がする。

私が一番好きなのは、巨大で真っ赤な溶鉱炉のような太陽に、飛び込むように身を躍らせている男の後姿を写した作品だった。手元になくとも網膜にも記憶にも焼き付いている。
一瞬の情景。そして長い時を刻んだ建造物をみつめる目。それらが同時にその作品にはあった。

素晴らしい写真をありがとう。ただ、ただ。

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今日、なにを読んだか。

会社が始まった。
でも今日は良い日なのだ。
しかし最初の出だしは暗いなぁ。

『デスノート』月、死にましたか。一応噂には聞いてましたから驚きはないけれど、あ゛?あ゛という感じですね。残念だが仕方ない。

『こち亀』タイトル見たとき「なにかな」と思ったら納得しました。考えようによっては、これは一種のファルスかもしれない。しかしあの表紙絵の名所案内図見ていて、江戸時代のそれを思い出した。両さんのいろんな本はあるけれど、名所案内ムックとかあるのかな。ないなら出たら買いたいと思う。池波正太郎か秋本治かというくらい、現代の名所案内人だと思う。

『海皇紀』おお??ファン、かっこええなあ。皆さんの訛りはこれは広島弁なのかなぁ。なんか妙にカッコイイぞ。ファンに「騙され」て皆・・・
だいたいこういう主人公は川原以外には見ないな。予測できない。行動も発想も。
海皇紀からの連想と言うか、なんと言うか。
先日奈良からまっすぐ大阪南港へ向かい、なにわの海の時空館に行った。
本物の浪華丸もあり、色々学んだ。
なんしか『海皇紀』ファンだが、海のことも船のことも全然知らない。
王海走レースのとき船の艤装のトリックがあったが、言葉や流れからなんとなく納得してたが、実際に理解したのはこのミュージアムに来てからだ。
マカオの博物館では沈没した交易船のサルベージした品物とかそんなのをみたが、ここにあるのは『船』そのものなのだ。
これはかなり面白い内容だと思う。更に体験コースというのがあり、映画を見ながら座席が揺らぐのよ。船酔いしましたわ。
まあ、とりあえずそういうのを踏まえたうえで『海皇紀』を読むと、また新鮮で深い楽しみが生まれてくるようです。今月号は海も船も関係なかったけど。

『孫六』 えーいもぉ、さだやす圭のマンガを読むといつも奥歯を噛み締めて力と気合が入るので、後でメッチャ疲れるのだった。しかしなんとかなるような予感が走るところで来月号か。
く???面白い!!!

『王家の紋章』 ああ、やっとキャロルがメンフィスに再会して助けられたので、心の底からホッとした。今月のカラーのキャロルの口許がとても可愛かった。小学生のときから読み続けてるけど、いつもハラハラしますな。ところでそろそろアイシスのその後が知りたいよ。

『クリスタルドラゴン』 竪琴の弦が切れた。アルハ・ガワンになってる谷の中でも、この竪琴の音色がなんとか制御というか防護壁になってたのだが・・・バラー見るの久しぶり。これはなんです、地にありながら水中にいるのですか。

『傀儡師リン』和田慎二は本当に稀代のストーリーテラーだと思う。
そりゃこういう作品を見せられた日には、「絶対絶対連載して???!!」と叫ぶよ。
人形の動きを見ていると『からくりサーカス』の藤田とはまた発想が違うのだなと思うけれど、とにかく面白いのよ。

しまったタイトル忘れた。長岡良子がついに江戸初期に来たか。近藤ようこの描く部分と重なるかな。この話、大変魅力的なのに尻切れトンボなのは残念。続編が欲しいよ。ていうか、構想の途中のようなお話ですな。信貴山縁起絵巻の飛倉の絵巻をなかなか巧く織り込んでいる。
平安朝のシリーズより、いいような気がする。もう奈良時代は描かないのかなぁ・・・

『テレプシコーラ』 またまたトラブルの予感が・・・。巧いとしか言いようのない山岸涼子の話の進め方。次回がどうなるのか心配なくらいですよ。六花ちゃんも千花ちゃんもがんばってほしいです。ひとみちゃんも可哀想だし・・・空美は気の毒すぎてその後の消息を知りたくないような気がするよ・・・

今日は松本かつぢの画集を買うた。弥生美術館の展覧会の名品を収録している。
河出書房とこういうタイアップをするのは大賛成だ。このシリーズも私は熱心に集めているよ。

それから買いそこねていた『修羅の刻』15巻も買えてご機嫌です。作品も面白いけど、『刻』は巻末の川原エッセーが面白い。謎は謎のままに、か。うぉぉぉぉぉっ。そんな気分。
今度はいつの時代の陸奥を描くのかしら。どきどき。

とりあえず本屋さん、今日はさよなら。

信仰の美・世俗の美 大和文華館

大和文華館へ行く。
信仰の美・世俗の美と銘打って主に大和絵でそれらを構成する。
佐竹本三十六歌仙『小大君』が出ている。出光の『歌仙の饗宴』で東京まで出かけてはったのが、ご帰還されたのだ。
「こんにちは、先日はどうも・・・」「ようお越し」「お疲れも取れましたか」「まぁだいぶ・・・」
架空の対話を終えてから、『笠置曼荼羅図』に目を向ける。
「太平記」をご存知の方なら、笠置山の意味はおわかりだろう。わたしはあまり仏画は好まぬが、この絵はかなり好きだ。
今現在、摩崖佛は焼失し、光背のみ岩肌に刻まれたままになっている。
ハイキングでそれは確認していた。

本地垂迹という思想は考えれば日本でないと生まれ得ぬご都合主義なのだが、それを確立させるために次々と名作が生まれ続けたことは喜ばしくもある。
『柿本宮曼荼羅図』 月下の寺社境内図には小さく柿本宮があり、人麻呂との関連がわかるのだが、絵画としては小さすぎて確認しづらい。研究者の目には面白い物件なのだろうが、絵画としては果たしてどうなのか。
『春日曼荼羅図』 珍しく鹿がいない。藤も見当たらない。月に並ぶように仏たちがおわす。釈迦も弥勒も善財童子も。
こうした境内図と言うものは、人の姿が多く描き込まれれば遊楽名所図になり、人の姿がなくなれば仏画になるという性質があるように思う。

室町になると禅宗の思想が絵画にも溢れて一大ブームになり、水墨画を好まないわたしには長らく『鬱陶しい』時代だったのだが、最近は考えも変わった。
室町時代はなかなか享楽的だったことがやっと飲み込めてきて、その反動で禅宗の高僧や山水図を描くようになっていたのだと思えば、なかなか楽しくなってきた。
『松雪山房図』 賛にはこんなことが書いてある。雪と松 それぞれ天と地にあり清浄の気を伝える、と。

厳島神社が台風の被害を受けて、急遽社宝を奈良やその他の地区で展覧して、言ってみれば勧進したことは記憶に新しい。
ここに出ている『一字蓮台法華経』は平家納経とは違うが、同時代の優雅にして華麗な法華経巻子である。
雅な絵がある。僧たちの読経を聞く公家と女房たち。そしてそこから法華経が一字一字蓮台に乗せられて、綴られてゆく。普賢菩薩勧発品、と注意書きにあるがその深い意味は知らない。

そういえば前述の厳島社宝展のとき、同時開催していたのが多武峰と談山神社展だった。’05.1 そのとき私は藤原鎌足公の像に亀裂が走ることで吉凶を占う御破裂と言うのを知り、唖然忙然となり、爆笑してしまったことがある。申し訳ない。
今回またもや『多武峰曼荼羅』として鎌足公と長男・定慧、次男・不比等との三位図があったのでそれを思い出したが、しかし数日前の『歴史マンガ好き50質問』で『眉月の誓』などを読み返していたため、違う感慨にふけった。

南北朝の『白衣観音図』は柔和な面持ちで描かれ、『子守明神』は十二単の婦人が赤ん坊を抱いているが、そちらもにこやかに描かれている。ただしこれは実は鬼子母神の十二単姿なのである。仏に自分の子を取られてからは、世界中の子どもの守り神になった女神。インドから始まる神様、ああこれもまた垂迹なのか。
私は鬼子母神と言うとすぐに高階良子の『赤い沼』を思い出すのだが。

遮莫という僧が描いた寒山拾得は温和な顔をした童子風である。
寝る虎をソファにする豊干に二人は会釈する。虎の顔の可愛らしさときたら、長谷川等伯の虎もビックリ仰天である。

他に雪舟、一休、維摩などの肖像が並び、『信仰の美』巻末に桃山時代の婦人像があった。これは追善のための作品で、時代に沿うて辻が花を着ている。img024.jpg


一口に美人と言っても、追善絵と遊楽の美人たちとは違うようだった。

世俗の美にさしかかる。
やっぱり私はこうした享楽的な絵が好きだ。
国宝の中でも特別楽しい『松浦屏風』が出ている。いやもう実に好き。見れば見るほど好きになるし、細かいことに気づいたりして、いつも新しい楽しみがある。
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それから阿国歌舞伎草紙、これもクリスマスに見たばかりだが、楽しい絵で、わたしの好きなキャラもいた。img028.jpg

左端の観客のお姉さん。

総勢七十人ほどの女たちが輪になって踊る『輪舞図屏風』。店は餅屋のようなのがあるが、少ない。しかし彼女たちは何を踊るのだろう。マイムマイムだろうか。
もしそうなら間違っても私はお仲間に加われないな。いまだにマイムマイムがどうしても出来ないのだ。わたしはオクラホマミキサーとジェンカしか出来ない・・・

天明六年八月十八日、応挙が東山の料亭でお仲間と遊んだときの絵がある。
『東山三絶図』 詞書から月日が確定できる。丙午秋分後三日とあるからだ。
わたしも東山辺りの料亭でお昼ご飯なといただきたいな・・・誰を誘おうか。

宮川長春の美人は笹柄の着物を着た寛政美人だが、そういえばこの世俗の美には狭義の意味での浮世絵はなかったな。近世風俗画を主体にしていた。img025.jpg


しかし、最後の締めくくりとして、明治の菱田春草の『晩秋図』の淋しい心細さ。小さい鳥が舞い舞いしている。この作品が並ぶことの意味を少し考えた。

最後に琳派の美が並ぶ。光琳の筆による工芸品などである。京の裕福な人々はこうした素晴らしい工芸品を手元においていたのだ。
散逸せず、壊れず、本当によかった。
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司馬遼太郎記念館

司馬遼太郎記念館に行く。東大阪市小阪の自宅敷地内にあるのだ。二度目の来訪。
たいへんお客さんが多いが、まだ時間が早いからこれでもマシらしい。
入り口から、庭園(雑木林の面影の濃い)、ガラス張りの通路、内部へと至るアプローチ。記念館は安藤忠雄の設計によるが、何より素晴らしいのは、司馬さんの蔵書の一部を再現した吹き抜け空間だ。
ボルヘスの架空の図書館に勝るとも劣らない。それが実在として目の前にある。
ただしここは図書館ではないので手に取ることは許されない。
一人の人間の脳髄にこれら膨大な図書が行過ぎていったのだ。海馬はこれらの文字の海を飲み込んでは他の部分に伝達させていったのだろうか。

『妖怪』から『功名が辻』まで 司馬遼太郎が描く戦国時代

地図がある。畿内の地図。描かれた戦国時代の人々の足跡がついた土地の地図、物語の舞台の地図。
その地図以上の広がりが司馬文学にはある。

沢山の小説の中でも戦国時代に限り、こうして展示されているのを見ると、ある種の感慨が湧く。
これは実際にこの場に立つか・司馬さんの戦国時代の小説群ばかりを読み耽らないと伝わらないものだ。

挿絵が飾られている。岩田専太郎、風間完たち。すばらしい。
私は全く無念なことに連載中の小説を読めなかった。単行本にならない限り読まなかった理由はちょっと思い出せない。小学生の頃から司馬さんの本を読み始めていたのに。

・・・ここの記念館は文学館ではないことをこの辺で伝えねばならない。

「司馬作品との対話、自分自身との対話などを通じて何かを考えることの出来る空間」でありえたい、と言うのがこの記念館の願いだと言う。
司馬遼太郎の偉業を顕彰するための場所ではなく(もしそうであったとしたら、勧められる以前にこちらが自然と司馬さんを尊崇してしまうのだが)生きている人々とのコミュニケートの場でありたいというのは、考えれば凄いことだと思う。

しかしコミュニケートの場というのは、九割がた成功しているのではないか。
駅からこちらへつくまでのあちこちにシニアボランティアの人々が立っている。館内にもその人々が居て、幸せそうに・嬉しそうに・楽しそうに、そして誇らしそうに皆さんがこの記念館に関わり、来るお客さんと関わろうとしている。
これは河内人特有の人懐こさという特性も大いに影響しているのだろうが、何より皆さんが司馬遼太郎の純然たるファンだということがやはり大きいと思う。

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帰りしなに記念館のはんこを押した。なんとなく、楽しい気分。
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湯木美術館の掛け物―近代日本画

ニヶ月振りに来たら、真向かいに東横インが建築中だった。
湯木、珍しく近代日本画の軸の展示だ。会期中何度か展示換えがあるらしく、表を見て少し残念なことをしたと思った。

菅楯彦の洒脱で楽しい桜の宮の花見図がある。幕末風俗だが、板前が鯛を調理していて、そこに○に吉の字の入った提灯がいっぱいあったのは、湯木が吉兆だからのお遊びかもしれない。椿も咲いていて、少女が椿を糸つなぎしていた。
花朝女の童遊は四天王寺の蛸踊りだ。これは以前から書いてるように大好きな作だ。
小出楢重も楯彦も描いている。

たいへん珍しい清方の○軸がある。賛には明治百年 九十翁清方とある。清方は新年にこの○を描くのを習いとしている。先師からの習いだと言うが、言えばその時にしか描かない作品で、年もはっきりしているのだ。なかなかの珍品なのである。
土牛の鵜がいい。賢そうな目の色、働き者か怠け者かはわからないが。

須磨対水という食通の日本画家がいたそうだ。私は知らないが、この人が吉兆の名付け親らしい。千鳥が群れて飛ぶ。はっ となるようないい絵だ。『月に翔千鳥』うーん、すごく好ましい。
このよさは童画の良さと通じる。なんと言うか、好きな向きにはたまらなく嬉しい作品。私は大好きだ。
柿の絵もあるが、そのタイトルがいい。『果実中第一品』さすが幕末・明治初生まれの人間だ。
清方の随筆の中で、家に来る按摩さんに指圧後に柿を出すと「柿ほど美味いもなァがぁせんな」と言うエピソードがある。なんだか時代の空気がわかるなぁ。

ここにも放庵の『花咲爺』がある。赤い日の下で壷から灰をまいて花を咲かせている。これは「ここ掘れわんわん」のシロの骨壷だろうか。先日の兵庫県美術館の同工異曲。

矢野橋村『翡翠の図』 かわせみですが、目つきワルいぞお前。龍子の『獅子頭』の方がまだ可愛い目をしている。歯はご立派なのだが。

『晴潮』 松が一本くねりを見せつつ立っている。白砂青波。カモメが少し向こうににゃおにゃおいる。

本当に良い絵が多い。
秋艸道人会津八一のさらっと描いた菩薩図に自歌がある。
「ひそみきて たかうつかねそ さとふけて ほとめもゆめに いりたまふころ」(観音堂に住みし頃)
秋艸道人の歌は全てかなである。わたしは釈迢空と白秋の歌が好きだ。

ところでベタな冗句がある。
森徹山の婿養子・一鳳は『藻狩図』で大ウケして、どんどこ描き倒した。
それで皆さんから「藻を狩る一鳳」=儲かる一方、と呼ばれたそうな。
五島慶太が強盗慶太と呼ばれるのと同じで、私なんぞはこんな話、大好きだ。
ここにあるのは『競べ馬』なのだが。

他にも良い絵がたくさんあった。あと一ヶ月あるし、5/16から入れ替え作品があるのでまた見に来てもええなぁ。
やっぱり日本画が好きだ。

http://www.yuki-museum.or.jp/exhibition/index.html

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香合と茶道具―藤田美術館

藤田美術館に行く。昔の男爵の美術館。古美術の宝庫。藤田家二代が集めた名品は春秋二度の公開を待たれている。今回は香合と茶道具展であいにく国宝・曜変天目茶碗は出ない。
こうして考えると明らかに私は古美術に重きを置いている。

小さいものへの偏愛がある。
私だけではなく日本人の意識にはそれがある。だからこそ香合などにも様々な意匠が見られるのだ。
海外でそのコレクターとしてジョルジュ・クレマンソーが著名だ。
今回カラー冊子があるので買うが、一番気に入った竹輪蓋置が掲載されてないのは無念だった。
祥瑞だから明代のもので、柄がたいへん気に入った。ジャンク船が行き交う海上、砕ける波、月の中には花、波の上には兎。謡曲竹生島に見える情景だが、これはそのように明に発注した可能性が高い。可愛くて仕方ないから余計残念だ。

仁清の冊子形香合は巧い。清水焼だから色合いは青と緑である。それで朝顔を描く。鮮やかだ。更にこれが源氏物語だとわかる。ニクいなあ
乾山の白梅も可愛い。こんな小さい形のものに無限の技法がある。
堆黒の周茂叔観蓮図の細かさ、砂糖をまぶした薄い煎餅のような志野焼、蒔絵、古九谷、さまざま。
一閑張りもある。
明代の曲輪蕨手渦文は炎のように見え、縄文のようにも見える。一方唐花文はアールヌーボーのようで、技法は同じでも原初的な力に満ちたものとモダンで優美なものに見えて面白い。

寒山拾得に虎を連れた豊干が会う図もある。この後の展開が四睡図かと思うが、それを堆朱で作る。見事な出来栄えだ。
唐子らが機嫌よく遊ぶのも楽しいし、他に見つけたのが、交趾で蟹の甲羅だけ緑なのが面白い。
ゆがくと♪取?れ取れピチピチかに料理?とBGMが流れるだろう、そんな感じ。
無論牛や獅子もいるが蟹が一番楽しい。
香合だけではない。銅鑼があるがその吊り台の螺鈿が素晴らしい!葡萄と花。可愛いな。
こういうものを欲しく思うのよ。

軸も藤だが、入り口に本当の藤が置かれていたのがいい感じだった。
デルフト窯の白鳥は仁清の鶴を思い出す。同じようにメイド・イン・外国の器は他にもあって、タバコ葉文様の水指だが、どうみても車の「若葉マーク」なのだ。ちょっと笑った。

そうだ、一つすごい瓶を見た。鶴が飛び交うのだが、交通渋滞を起こしそうだ。それほどに飛び交っている。しかし釉薬が地味なのでうるさくはない。眺めると楽しい気分になる。
さすが李朝の青磁だけある。
唐子が外向きに三人手を繋ぐ金輪があるが、こいつらには見覚えがあるよ。
それから茶碗、ノンコウの赤楽があったが、さすがに飲み口の薄さ、持つ場の肉み、巧いと感嘆するばかりだ。楽はノンコウに尽きるな、私の場合は。

松花堂旧蔵の碁盤型蒔絵香合がお雛様のお道具のそれのようで愛らしい。柴舟蒔絵の盆を見ると、柴の束ねが椿のようにも見えた。

いや実に楽しい展覧会だった。数も78点。丁度良いと思う。
小さくうつくしいものと対峙する歓びはその前に立たないとわからないだろう。
私はここから京橋に出て京阪に乗り換え淀屋橋に向かうぞ。
途中でケーキなぞいただいてから。5/3

歴史マンガ好きさんに50の質問

千露さんがとても楽しい質問を配布されましたので、わたしも乗りかかろうと思いました。
http://rosaaltaji.hp.infoseek.co.jp/question.html

Rosariumでは他にも色々素敵な質問が配布されています。
わたしはこちらを楽しみました。


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龍からデスノまで

『龍―RON―』がいよいよ最終回を迎えようとしている。
’91から連載開始されているので15年の歳月が流れていたのだ。
チベットへ妻子と共に飛んだ龍はどうなるのか、と思った途端、『そして56年の歳月が流れた』にはびっくりした。
‘01.8.18の上海で、’56年当時ダライ・ラマがインドへ亡命する供に龍の写真があるのをみつける文龍、同日香港で今や成功者として家族と誕生日パーティを開く雲龍がTVに『人販子』が流れるのを見て「この子どもはわたしだ!!」と泣き叫ぶシーン。
次回が最終回なのだが、実感として終わったのだ・・・という感覚が生まれている。
面白かった、この十五年。
昭和三年に始まり昭和二十年八月十八日まで物語は進み続け、終焉を2001年に迎えようとしているのだ。
次回は拾遺として眺めるべきなのだろうか。

わたしは村上もとか作品は『赤いペガサス』をリアルタイム時に読み始め、『六三四の剣』、『龍―RON―』へと読み進んできた。
『赤いペガサス』のラストシーンは今も尚、瞼に焼きついている。言葉に出来ないある種の感銘があった。
そしてこの『龍―RON―』はどのようなラストシーンをみせてくれるのだろうか。
コミックスは今現在40巻を数えているので、41か42が終巻になるだろう。
わたしは37巻まで手に入れているので、早く続きを買わねばならない。
深い思いが生まれている。


最近このように楽しみにしている作品が終わり続けているので、ちょっと淋しい日々を過ごしている。
YOUで連載していた『かんかん橋を渡って』もついに最終回を迎えてしまった。これもたいへん面白い作品なのだが、何故かコミックスにならない。前半部分だけはなっているが、現今の面白い流れが何故かコミックスにならないのだ。
早く出版して欲しいと思う。

大好きだったAMAKUSA1637が終わった後、今度は新連載『暁のARIA』が始まった。大正期の声楽少女ありあの奏でる物語だ。赤石路代作品で音楽と来れば『あるとのあ』を思い出すが、赤石路代の充実ぶりを思えば、絶対に面白い作品だと期待できるのだ。終わるものもあれば始まるものもある。ただただ、期待し続けている。


『デスノート』もいよいよラストらしいし・・・・・・

華宵の異国趣味

華宵の異国趣味

挿絵画家・高畠華宵は上京後、浅草オペラなどに耽溺していたそうだ。それが華宵の艶麗豪奢な作品に大きな影響を与えていると言える。
そしてそれが発露したのは、ヨーロッパ風の風俗を描いたものではなく、インド、東南アジア、エジプト、ギリシャ、中国などの、ヨーロッパから見たオリエントの風俗を描いた作品だった。
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彼が主に好んだのは、サロメ、バタフライダンスなどだが、サロメは恐らく松旭斎天勝の実演を見て感銘・刺激を受けたからだと思う。
写真で見る限り、天勝のちょっとエロがかったポーズなどは今見ても綺麗である。
昭和初期か、舞踏家・崔承喜の菩薩ダンスに梅原、清方ら一流どころも大いにインスパイアされたが、こうした魅惑的な舞踏家や手品師に心惹かれるのは、当然のことだろう。
それは洋の東西を問わない。
黒人のレビューの女王ジョセフィン・ベーカーをモデルにしたデザインはパリ、ベルリン、NYで大量に生み出されている。

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大正から昭和初期の少女たちにとって文字通り『異国』は本当に『異国』なのだ。遠い遠い憧れの地。情報も少なく、周囲に行く人も少なかった時代。
更に叙情画の掲載されている雑誌を買うこと自体が、恵まれた環境にあることだったのも確かなのだ。
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これらの作品は現在、弥生美術館で展示されている。
6月末まで。

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