美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

細見美術館リクエスト展'06

細見美術館の夏恒例リクエスト展に出向いた。
この美術館は大江匡の傑作だと思う。
その居心地のよい空間で細見コレクションの名品を味わう。
夏の、愉しみ。

今年の一位は雪佳の『金魚玉図』だった。
どーんと金魚が正面向いている。
私はこれに投票していないなーと思いつつも、描き表装でそれが葦簾張りになっていることに気づいた。
夏らしい一枚だったのだ。img269.jpg

うかつな私。
でもわたし、JAのチョキンギョは大好きなのよ。
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好きなものは遊楽図とかねがね公言しているので、当然そちらをリクエストしていた。
おおすばらしい。
現代のフーゾクはキライだが、こんな時代の遊楽は大好きだ。
(尤も二次元的認識だけだからそう言うのかもしれない)
『男女遊楽図屏風』 女の一人が孔雀柄の着物を着ていることに初めて気づいた。

出た『糸瓜群虫図』 Takさん命名『11匹いる!』図。
デンデンムシも虫なんだよなー。
蝸牛を見るたびにコロボックルのマメイヌを思い出します。

同じ若冲の『鼠婚礼図』の台所で立ち働くネズミーズ、かわいい。
メメがカワイイのよ。くりっとしている。
青物屋さんの若旦那、店先走る鼠の写生したり空想したりで、丁稚小僧からも「エエ加減にしてくんなはれ、若だんさん」と叱られてたりして。それでひとりごちる。
「雪舟かてネズミ描いてたがな」
簡単にスルーされてたかもしれない。

雪佳の『百々世草』からは三面が出ている。
竹に群青朝顔、菊慈童、白砂青松。雪佳の青は本当に綺麗だ。
しかし最後の琳派らしく、人物はまるまっちい。
琳派で美人という絵は殆ど見ないな。

室町時代の『梅花小禽図』 これも好きだ。ころころことり。
ハイジが喜びそうな小鳥。img271.jpg



『やすらい祭り・牛祭り図屏風』 牛祭りの画像はある。
マダラ神の行列。img272.jpg

京都文化博物館で祭りに使う紙の面とか見ているが、これも奇祭のクチですな。
それと『やすらい祭り』。これは山本健吉の評論でなかなか面白いのを読んでいる。笠が素敵だ。
「やすらへ花よ」声が聞こえてきそうな行列。

平安時代の『普賢菩薩像』が艶かしくてきれいだ。白い顔、朱唇。
普賢だから象に乗るが、その象の頭にも三体の仏が。
巨大化してカクニンどーぞimg270-3.jpg

全然関係ないが思い出したことがある。
仏像のシブガキ隊。モックン、ヤックン、フックン。文殊、薬師、普賢・・・・・・ええんかいな。

北斎が二枚ある。
『五美人図』 室内でそれぞれ反物みたり煙管で煙草吸うたり色々くつろぐ。明治になるまでは女も気楽でよかったのだなー。
江戸の楽しさを感じる作品だ。img270-2.jpg


とはいえ『夜鷹』もいる。
このヨタカさんはムシロではなくカラカサもっている。見返り美人。
何を見返るのか。

わたしは源氏絵は土佐派のが一番好きだ。
ここにある『初音』も着物の柄も細かく、雅できれいだ。
人物の大きさは国宝の絵巻が標準とすると、こちらは少し小さく細い。
リカちゃん人形の出始めの頃にアメリカから来たバービーの細い版、あんな感じ。

志野茶碗『弁慶』 銘の意味は簡単だ。茶碗に橋の絵が描かれていて、それを五条の橋に見立てたのだろう。
桃山時代の志野は可愛くて好きだ。

ここまでが大体リクエストに現れた名品たち。
しかし展覧会は実はそれぞれコンセプトタイトルをつけていた。
・神仏の世界
・琳派
・若冲と近代絵画
・遊楽さまざま
・かざりと雅
それらのうちから私が好むものをピックアップしよう。

赤い愛染明王図がある。大体赤いのが多いな。衣の柄は花柄。ちょっとキャミソールみたいな感じ。
色彩がよく残ることに感心した。

『金銅種子五鈷鈴』 ・・・どう見てもクリスマスベル。しかしこれは房にいる坊さんたちを起こすための鈴かもしれない。
クリスマスの日にこの鈴でコロンコロンと鳴らすと楽しいような気が・・・・・・。

『金銅透彫尾長鳥唐草文華鬘』 向き合う尾長鳥がかわいい。このミニチュアで風鈴が欲しいな。鈴じゃないか、鳴らないね。

『色絵唐子図筆筒』 乾山の唐子を見たのは実は初めてだ。
赤絵で唐草を背景に西遊記の紅孩児みたいな唐子が立っている。
火とか吹きそう。img273.jpg



先日来、大倉で『虫太平記』を見ているが、今度は『きりぎりす絵巻』か。
こちらはきりぎりすの玉虫の君のお輿入れ風景。蝉の右衛門守と。りーんりーん と声がするような絵巻だった。

『江戸名所遊楽図屏風』 出光にあるのがいちばん有名だろうが、こちらの屏風もなかなかよろしい。
門前で焼餅を売る女。(子供の頃、競馬場で焼餅を食べさせてもらったなー)
ジャグリングする放下師、茶屋では碁を打ったり双六したり。かむろや稚児もいて芝居もにぎやかだ。京の都のような風俗があることを考えれば、まだまだ江戸初期の頃かな。
浅草か。それに向うには梅若の悲話・木母寺がある。今ウメワカと打ったら埋め若と出たが、実際梅若は埋められて、その塚を訪ね当てた斑女の方の悲しい物語を思い出す。

『時代不同歌合戦絵巻断簡』 これは出光でも白描のを見ている。言えばリーグ・オブ・レジェンドですかな。ドリームチームの対戦です。
赤染衛門vs殷冨門院大輔。

『羅什三蔵伝絵巻』 荒海に難渋した為、経巻を海へ投げ入れ(捧げる)、海を鎮めようとする図。陸には女神がいる。仏とおんぶしあう姿もある。

『硯破草紙絵巻』 すずりわり。1495年の作。この物語は赤羽末吉さんの絵本『春のわかれ』の原典でもある。
かなしい物語。イントレランス、不寛容と後悔の物語。
硯だけでなくけなげに床しい少年の命も消えてしまったのだ。

根来塗りが二点出ていた。
黒根来に朱の蝶が描かれているのが気に入った。
仏具に使われたのだろうか。

『蘆屋霰地楓鹿図真形釜』 これは蓋を細見古香庵と釜師とで新しく拵えたのだが、鹿がいるので春日野、山は三蓋山ということで、蓋の取っ手を鳥居型にしたのが面白い。
こんなの他に見たことがない。
かなり面白いと思った。img270-1.jpg

拡大すると鹿がよくわかる・・・

機嫌よく見て廻った。どうも遊ばせてもらってありがとう。
また来年にはどんな名品がランクインするかなぁ。
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白蛇伝を見る

二日の間に三本の映画を見た。
・白蛇伝
・死者の書
・山中常磐
週末には川本喜八郎リスペクトとして短編映画も上映されるので、川本作品はそちらでまとめたい。
また山中常盤も稿を別に取りたい。

京都は映画発祥の地だという意識が強いので、文化博物館では古い日本映画をその月ごとに何本も上映する。
東京のフィルムセンターにも提供したフィルムもあるようだ。
そこで東映動画の傑作『白蛇伝』を上映した。

子供の頃、春休み夏休み冬休みになると必ずTVで放映されたのが東映動画の長編アニメーションだった。
今では放映されない名画たち。
白蛇伝、わんわん忠臣蔵、どうぶつ宝島、西遊記、シンドバッド・・・
'00夏に川崎市民ミュージアム、'05正月に大丸などでこれらの東映動画の回顧展が行なわれていた。
わたしは今はアニメどころかTVそのものを殆ど見ないので昨今の状況は知らない。

白蛇伝。京劇にも残る演目を'58当時、日本最高のスタッフで製作した名作である。

物語の概要はgooから。
宋の時代の中国--西湖の畔に住む少年・許仙は、可愛がっていた小蛇を大人たちに叱られて泣く泣く捨てた。何年か後、成人した許仙は、ある朝、自分の吹く笛の音につれて鳴る不思議な胡弓の音を聞いた。彼の子分、パンダ(白黒熊)とミミ(猫熊)は、妖しい少女に誘われて古寺から胡弓を見つけ持ち帰った。翌朝、許仙は、道で昨日の少女・少青に会ったが、彼女の導きで立派な御殿に連れてゆかれ、胡弓の持主という美しい白娘に引会わされた。許仙は一目で恋におちたが、白娘は昔、許仙が可愛がっていた白蛇の精、少青は青魚の精だった。許仙が白蛇の精と恋におちたことを法力で知った高僧・法海は、彼を何とか救おうと考えた。一方、許仙と白娘が結ばれたのを喜んだパンダとミミ、それに少青は、御殿の中の木彫りの竜で遊んでいるうちに、竜は、みんなを乗せたまま空へ舞上り、宝物殿へ落ちた。そこにあった二つの宝石を国宝とも知らず少青は二人のために持帰ったがこれを政府の役人に発見され、許仙は遠く蘇州へ流され、労役につかされた。パンダとミミも蘇州へ来て許仙を探すが、一方の白娘と少青も蘇州の街外れの古塔で許仙の現れるのを待っていた。白娘の妖気が、夜な夜な許仙の体にとりつき白蛇の幻となって現れたため許仙は苦力仲間から追放されたがやがて彼は古塔に白娘とめぐり会うことができた。が、これを見た法海が許仙を救おうと白娘と術を競い、白娘が敗れて逃げるのを追いかけた許仙は崖下に落ちて絶命した。法海は島のお寺に許仙を葬ってやろうとした。しかし白娘は許仙を救おうと命の花を貰いに竜王星の竜王のもとへ飛び、自分が術の使えない人間となることを条件に命の花をもらって島へかけつけた。が、白娘をあくまで妖怪と信ずる法海に追返された。そこで少青は海底の大なまずに頼み、島を水攻めにし、許仙を取戻そうとした。海は大荒れとなり島の寺に襲いかかった。舟に乗って命の花を届けようとする白娘は、今は術をもたぬ身、大波に溺れようとしている。そのころ少青の力で命の花は許仙のところに着き、許仙は生き返った。溺れようとしている白娘めがけて許仙は海へ飛びこんだ。これを見た法海は、今こそ白娘が人間に返り、許仙との恋の固さを知って舟を差のべてやった。二人は舟に乗って幸せの国へと旅立った。

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今回三種類ばかり見て検討した結果、これが一番ちかいように思った。
しかし労役につく、というのではなく<船引人夫になったが、力足らずのためカネも大して稼げず>と変えた方がよいかもしれない。

パンダはそのままパンダ、レッサーパンダはミミィという名である。
この二匹がたまらなく可愛く、そして人間よりはるかにアクティブなのだ。
子どもの頃からこのパンダの流す涙が可愛く思い、下手な絵まで描いたことを忘れない。
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許仙はこの美しく、楽しい蘇州にいても楽しめない。
今この街は祭の最中で、ありとあらゆる大道芸人が様々な芸を見せている。
短剣をジャグリングする者、口から火を吐く者、皿回しなどなど・・・
憂鬱に許仙はため息をつく。
作り物の龍を掲げて歩き回る群れから遠く離れてため息をついている。
ふと見れば黒豚とイタチが歩いている。その姿が自分の仲良し・パンダとミミィに見えてくる。
許仙はただただ淋しい。

黒豚やイタチはナレーションによると<街の愚連隊>だという。時代を感じるなぁ。
こいつらは色々チームを組んで物売りの屋台から野菜などを盗んでいる。
親分は大ブタ。アヒルもいる。面白い歌を歌っている。
ここであることに気づく。
許仙には<人間>の仲間が一人もいないのだった。
苦力連中とは元々合わない。子どもの頃は大人に叱られて蛇を野に捨てている。
長じて一人笛を吹いて暮せる身分になっても、友達はパンダとレッサーパンダだけなのだ。
そして愛した相手は白蛇の化身で、その侍女は魚の化身。
最初から<人間世界>との縁が薄いのだった。
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鏡花の描く人物で幼時に神隠しなどに遭う子どもは、長じて後には人の世からドロップアウトするか、もしくは軍人になるかしか道が残されていなかった。
そして『風の谷のナウシカ』。
王蟲の幼虫を隠そうとする幼女ナウシカ。大人に取り上げられ泣くしかなかった幼女は長じて王蟲と心を通わせて生きる。
許仙は人の世に迎えられても、自らその外へ出ようとする性質がある。
まるで諸星大二郎の『塔を飛ぶ鳥』の青年のように。

そのことを思い出した。

許仙は人生の最初から人の世の外に生きて行く定めがあったとしか思えない。
だからあのくそ坊主はいらぬ手出しをするべきではなかったのだ。
子どもの頃からそう思っていたが、久しぶりに見た今も同じ気持ちがある。
それどころか、和尚が実は嫉みから二人を引き裂こうとするのかも、と邪推するくらいだ。
これが愛を完全なものにする通過儀礼だとは到底思えない。
高等遊民で笛吹くしか能のない許仙にまともな仕事が出来ると思っているのだろうか。
白蛇に取り殺されようと、白蛇と心中ならそれはそれで人の勝手なのだ。
動物たちや化生の者たちとしかつきあえぬのはわかっているだろうに。

やっぱり感情レベルで、このくそ坊主が嫌いだ、わたしは。

映像の美しさ・演出の優雅さにときめくのは当然で、脚本が矢代静一、原画に大塚康生らがスタッフとして名を連ねていた。
子どもの頃の許仙と白蛇との顛末は影絵のように描かれている。
ワヤンのような美しさがそこにあった。
西湖のほとりの邸宅での恋物語、花々に彩られた楽しい夢。
『紅楼夢』を絵画化したような、中国流の歓び。
それらを今のわたしが楽しめている。img264.jpg


二人の恋を応援する動物たち。
パンダの強さに負けて子分になるブタたち。みんなで許仙の行方を探している。
復活した許仙に抱きついて喜ぶパンダとミミィ。にこにこする動物たち。
しかし今や人間になった白娘と許仙は舟に乗って<幸せの国>に旅立つ。
二人きりの旅立ち。img267.jpg


が、その幸せの国とは一体なんなのか。
二人だけの世界はその国でないと成り立たないのか。
それはこの人の世にある国なのか。まるで補陀落渡海のような・・・。
今回、そんなことを考えている。
しかし純然たる喜びが消えることはなく、見終わったとき、「よかったわぁ」と声をあげているのだ、昔と同じく。
何度も何度も見続けている作品ではあるが、こうして新しい発見もあり、やはり見に来てよかったと思うのだった。
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星野道夫の残したもの

星野道夫がアラスカで逝って十年が過ぎている。
そんなに時間が過ぎていたとは知らなかった。
彼が残した写真、彼が残した文章、彼が残した何か。
・・・それがこの会場にあるようだった。

星野道夫。名前から既に旅立つ人だったのか。
星 野 道 夫。
留まる人ではない。アラスカで若かった彼は何を見て、何を思ったか。
巨大なパネル展示に、その一端が浮かび上がっている。

アラスカの地を走る。
生あるものだけが走る。
巨大な食物連鎖の中で生き残るワイルドライフ。
表情のわからない鹿の群れが水飛沫を上げて走る。
逆光の写真が意図的なものか、星野の目に映るそのままのものかは、わからない。

ムース ヘラジカ。
どこでだったか、一度鹿類の角を撫でたことがある。
奈良の鹿ではないと思う。
滑らかな触感。樹と異なる質感。触らなければ決してわかることのない感触だと思っていたが、星野の写真を見て、掌・指先にあのときの記憶が蘇ってきた。
ナマナマシイ実感。

星野の写真にはうそのないリアリティがある。
ウソと書いたが実際には虚構性と言うべきだった。
星野の写真の中には寝そべるアザラシや白熊親子がいる。
小熊を連れた母熊の闊歩もある。img262.jpg


彼らは別にアニマルトレーナーに訓練を受けたのでも、ヒトと契約したわけでもないのに、見る者が喜ぶような表情を見せたり、ポーズをとっていたりする。

これは星野道夫が彼らに受け入れられていた証拠なのかもしれない。


「カワイイ?カワイイ?」しか言葉を持たないわたしたち。
実際、星野が写した彼らはカワイイと声をあげるのが一番ふさわしい表情・仕種をさらけ出していた。
しかしそこには演技も媚もない。
人の世に暮らす猫や犬はヒトが喜ぶ仕種や<表情>を浮かべることがある。
彼らとは暮らす領域が異なるから、誰もそれを悪くは思わない。
ワイルドライフ。星野道夫は彼らと共にあろうとしたのか。

会場には実に多くのアラスカに生きるものたちが活写されていた。
アラスカの短い夏、長い冬、喜びの春、目をみはる秋。
風景もまた生命だということを、改めて気づかされた。

紅葉する季節、日本の秋色とは染まり方が違うことに気づく。
雅さ・繊細さはないけれど、そこにはありのままの美があった。

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仔キツネたちが遊ぶ。
子供の頃に見た映画『キタキツネ物語』を髣髴させるちびっこたち。
彼らが成人するかどうかはわからない。
撮影から十年以上経っている。成人したとしても生きているかどうか。しかし星野は彼らが確かに生きている時間を撮っている。

アザラシの真っ白い赤ちゃん。雪氷が睫毛についている。
機嫌のよい笑顔。
抱っこして、撫でてやりたい。

白熊の家族。バニラ色の毛並み。くつろいでオヤジのように寝転がる姿。

テントで暮らす星野の姿もある。
自動撮影か他人の手かは知らない。
豊かな孤独。
そんなイメージがそこにある。

アラスカのオーロラを捉えた作品がある。
白光、白い虹、赤光、五色ほどに見える虹。
アラスカの透明度。

むかし『復活の日』という映画があり、南極に避難して生き延びた人々の姿を見たが、アラスカにしろ南極にしろ、映像に見える自然は豊かだが、今後もそのままだとは決して言えないのである。
星野道夫はそのことをも憂慮していて、自分の作品により、少しでもこの自然が守られることを願っていたのだ。

今、星野道夫の残した作品の前で、わたしたちはそのことを考えなくてはならないのだ。

そんなことを少しだけ、考えた。

アートコレクション 花鳥風月

毎夏、ホテルオークラがアートコレクションとしてチャリティ展覧会を開催する。今年で十二回目。
第一回のときは、各企業が秘蔵する名画を公開する、という展覧会だった。
そのとき小出楢重の『枯木のある風景』を観てわたしは<世界>が変わるのを感じた。異様な衝撃。
展覧会に行くと稀にそんなことがある。

その意味では毎年この催しが楽しみなのだが、回を増すごとに秘蔵公開と言うより、コンセプトに沿った展覧会へと様相を変えていったようだ。

この展覧会は大倉集古館と泉屋分館とも提携して、一枚のチケットで三館を楽しめるようにしてくれる。
それが嬉しくて、ホテルから届く優待券をじぃっと待っていたのだった。

今回はマネの芍薬がチラシになりチケットになった。
この絵は'01オルセー美術館でマネの静物画展にも出ていた。
マネは芍薬が好きで生涯に亙って芍薬を描いてもいた。
チケット半券。img257.jpg

☆のパンチをもらった♪ありがとう、泉屋分館。

キスリングはキキの肖像画で有名だが、花、特にミモザを多く描いている。それも盛り付けるように花を描く。ミモザの花粉がこちらに届きそうなほどだ。
'92にキスリングの回顧展があったが、それ以来この人の展覧会がないことに気づいた。
モネの睡蓮はアサヒビール所蔵分だが、これはディズニーアートで見た眠れる森の池の風景によく似ている。
ラトゥールの花も暗い地の上に咲いている。
花は続く。
日本画の花。
華楊の朱い牡丹は銀地に咲き、土牛は凄い余白を生み出していた。
いつも縹渺たる神泉の白菊も、物凄い余白を見せている。
花そのものより、その花を描いた周囲の余白に心が惹かれた。惹かれたというより、衝かれたのだ。
古径の菖蒲も余白が凄い。去年の回顧展でこんなに突き刺さるような作品を見ていたかどうか。

古径の『河風』img260-2.jpg

足を水の流れにつける女。この絵はとても涼やかでいい。見るたび嬉しくなる絵だ。
去年の回顧展ではっ となった『紫苑紅蜀葵』が出ていた。この紫苑の群生を見るたび石川淳の『紫苑物語』を思い出す。
梶井の桜の木の下と同じものが埋まる紫苑の地。
今回、朝顔がそっと薄白く咲いていることに初めて、気づいた。
『尾長鳥』 青尻尾の二羽が地に落ちてべろっと広がる椿をみつめる。二羽のおしゃべりが聞こえてきそうだ。
『鴨』 首をひねり、何を見上げるのか。
『飛鴨』 海上を行く彼らはもしかして仲間を呼んでいるのかもしれない。

花蹊『秋虫瓜蔬図』 瓜、蝶、玉蜀黍、茄子、鬼灯、南瓜、飛蝗、蝸牛・・・・・・自賛を読むと、明治15年九月中旬に描いたらしい。

松村桂月『玉堂富貴鸚鵡図』 字面だけでは富貴=牡丹とオウムがいるくらいしかわからない。ところが絵を見、解説を読むとハズレてました。
玉蘭(白い花)、海棠、牡丹に錦ケイ鳥が二羽いる。

雄大な滝と裸婦、星空のスフィンクスなどを描く杉山寧が描く『山吹小禽』 一重の黄色い山吹とこちらをにらむ小鳥。
若い頃の作品だと思う。img258.jpg


栖鳳『柳に白鷺図』 鷺の目が賢そうだ。栖鳳と関雪の動物は賢そうなのが多い。

実は三の丸尚蔵館に行ったことがない。
一度行こうとして道を間違えてから行く気がなくなった。意固地なので再チャレンジはしていない。
だから素敵な展覧会も全てオミットしている。ただし岩佐又兵衛の『小栗判官』が出れば考えようとは思っている。
その三の丸から来た翠障『月鴎図』『日鶴図』に惹かれた。
鴎の奴ら、顔が白い。普通の鴎かユリカモメか判断がつかない。目が鳥らしく下から上へ閉じられかけている。
なんとなくコワいような可愛いような。

景文『四季草花図』 こうした屏風は楽しくて好きだ。
ツクシ、レンゲ、スミレに始まりユリ(その間に鳥が飛ぶ)、ショウブ、サギソウ。
左隻にはハギ、バッタ、藍色のアサガオ、白いキキョウ、ススキ、ホオズキ、コオロギ、キクで〆。

誰の手に拠るものかわからぬが、『秋草流水図屏風』がたいへんよかった。
金地に秋草が描かれているが、それより細木の障子がよいのだ。透かしの刺繍。唐草紋様という手の込み方。
これは日本趣味の外国人が喜びそうな工芸品だと思った。
宮川香山の壷か並河靖之の七宝壷かを置くと面白い気がする。

それから皆さんが「ヨカッタヨカッタ」と褒めてはる抱一の『四季花鳥図屏風』を見た。
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飛んでくるのは白鷺か。
これは陽明文庫蔵。京都で見ているものを東京でも見るの。
蕨、蒲公英、とりどりのトリ、ぼてっとした紫陽花、立葵、菖蒲と鷺(かくれんぼ)。
川の流れに水仙が可愛く、女郎花にこっち向きのウッドペッカーみたいな雉もいる。
白梅に鶯、雪に南天の愛らしさで、終わり。

鷺と言えば荻邨の『淀の水車』がすぐに思い浮かぶが、ここにもあった。これや古径の『みみずく』は大倉から。

再び江戸絵画。
応挙『梅に鶯』 墨絵であっさり。乙卯年1785年。
芦雪『雁来紅群禽図』 四十雀ぞ?ろぞろ。ホッペタかわいいゾ。コトリの行進。(Hマンシーニに子象の行進という名曲もあったっけ)
若冲『乗輿舟』 淀川クルージング。丁度今、京博でも展覧中。八幡、橋本。岩清水八幡宮は現在も京阪沿線の人々の初詣の神社だ。
橋本にはちょっとヒミツな歌もある。歌と言えば、ここには「一片霜云々・・・」の詞が書かれている。
高浜、前島、大塚、枚方。枚方には鍵屋という古い船宿もあった。今は博物館になっているが、若冲の頃は人気の料理屋だったのではないか。
静けさは技法からくるものだろうか。ただただ、渺渺。
崋山『富峰驟雨図』 富士山にモアモアっと雨が降る。小舟に老人がいる。
『清見潟富士図』 おお、こんな形の富士いいな。遠くに富士があるのが好きだ。北斎でもそう。
そして実は武田泰淳『富士』を思い起こしている。「・・・そこには富士がなかった。」富士のふもとの。
『芦汀双鴨図』 オスの奴、ヨメはんに「グワッ」言われて、首すくめてますな。
言うてたら北斎の虎がいる。img260-1.jpg

牙と言うより八重歯のはみ出た虎ちゃん。柄は個体により差異があるとは言え、どうみてもアメリカンショートヘア。

『来燕帰雁』 縦に飛ぶ雁とその下にモコモコ燕が三羽。雁たち。ワイルドギース=傭兵のこと。
近代の人だが、江戸の儒学者だと思うほうがよいのが鉄斎だ。
鉄斎の良さはやはりよくわからないが、『月夜梅花図』 などではよいとも感じる。
垂れる白梅。満月。枝ぶりはなんとなく梅と言うより菩提樹の触毛。


洋画へ。
鹿子木の『月』 草野に裸婦がいてウサギが一羽二羽。少し向こうにも一羽。
岡鹿之助『灯台』 煉瓦造りの灯台。はためく。森が静かにある。電信柱が並ぶ。キの字型というより、ギリシャ正教会の十字架のような。
『花と廃墟』 苔むす城。オレンジ色の元気な花。遠近感を考える。
鹿之助の絵はいつも静謐だ。
安井『静物』 花が伊万里のような瓶に活けられている。

わたしは眺める順に感想を書いている。
松篁『芳春』 尾長鳥が桃枝にとまり、キュ?と鳴いている。松篁さんはどの作品もいい。色彩も構図も。
蓬春『木瓜』 白い花が大半を占め、紅は右端に少し。白い花びらは緑色に縁取られ、花芯も同じ色。うっとりする気分。
高山『明星』 これが不思議な絵で、ぼうっと光る雲の広がりの隣に小さな星が瞬いている。そして波線が流れている。なんだろう、と思うより先に高山辰雄の心象風景かもしれないと思った。
名前に既に星がある。(辰=☆の意)
岩橋『月』 あら、これ見たことある。ただし色違い。
諏訪北澤美術館の『残照』。img261.jpg

昔の水曜ロードショーのOPみたいな絵。それと同じ場所のような気がする。こっちは青い夜。

最後に洋画へ。
坂本『月光』 馬がうっすらと影だけ見えている。パステルカラーでこしらえた紙芝居の箱の中にいる馬。そんな感じ。
小絲『芥子の花』 花を活ける瓶はデルフト窯のものかもしれない。黒地というより藍色の空間に芥子の花がすっくと立っている。細い茎は決して折れることがない。そんな強さを感じた。
梅原『バラ』『窓辺のユリ』 ほんと、天衣無縫。バラはモコモコ、ユリのそばかすは水玉みたい。こういう心持ちになれるのはどうなのだろう。ちょっと想像がつくようでつかない。
鴨居『月に歌う』 円いギターはこれ、チターですかなんなのかな。鴨居はわりと歌う人・叫ぶ人・吠える姿を多く描いている。酔っ払いも口を開いている。
口は開けていても、歌っていても、叫んでいても、泣いていても、コトバは零れてこないのだった。


今回のタイトルは<花鳥風月 日本とヨーロッパ>だった。
そのタイトルの意味を考えることもなく、会場を後にした。

近代洋画の巨匠たち 泉屋分館

一枚のチケットで三つの展覧会を楽しませてもらった。

泉屋分館の洋画を見た。
京都の本館ではあまり洋画展は行なわれない。
だからわたしは住友所有の洋画はここで見ている。

藤島武二「幸ある朝」 一通の手紙が喜びを齎す。カレからなのか友人からなのかそれとも招待状かもしれない。
山下新太郎「読書の後」 以前ブリヂストンでこの画家の展覧会を見たとき、その人となりや家族との関係を知った。温かな家庭と友人たち。
そうしたぬくもりや温和なものが画家の作品にも表れているように思う。
和田英作「こだま」 耳を開く女。森の中、彼女は何を聞くのか。この作品を見ると鹿子木孟郎「インスピレーション」と吉田博「精華」を思い出す。
森の中、正体の知れない女がそこにいることの、不思議。

日本人を描いた洋画にもよいのが多い。

岡田三郎助「五葉蔦」 涼しそうな着物。しかしこの女は三郎助にしては珍しく丸顔だ。いつもは細面の少女のような女が多いので、珍しいと思う。
カフェ・プランタンの松山省三「芝居茶屋の娘」 彼の息子も孫も役者になったが、この絵を見るとなんだかその理由が納得できるな。
渡辺ふみ子(亀高文子)「離れ行く心」、渡辺與平「ネルの着物」 
美男美女の夫婦。これは與平が出産直後の文子を描いたもの。
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以前芸術新潮で工藤美代子氏が会津八一の評伝を連載していて、その八一が焦がれた相手が文子だった。
しかし文子は八一の求婚を退けてオトコマエの與平と婚姻し、死別後も八一を受け入れなかった。
執着と拒絶と。絵から人間関係を思い出してはいけないのだが。

岸田劉生「麗子六歳之像」、「二人麗子図(童女飾髪図)」 麗子のドッペルゲンガー。
この絵には北方ルネサンスの重厚さと東洋の不条理な滑稽味とでもいうものが併存している。
二人の童女は実は喜寿を越えた老女なのかも知れず、あるいは人間でさえないのかもしれない。
しかしここにあるのは静かな楽しさでもある。
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小磯良平「踊り子二人」 個性の違いがあるから確定は出来ないが、多くの人は劉生の麗子より小磯の娘たちを選ぶのではないか。
万人の好む清楚な美しさが小磯にはある。
わたしは子供の頃劉生と小出楢重が気持ち悪くてイヤだったが、今では好きだ。しかし小磯の絵は最初から好ましい。
バレリーナと言えば<ドガ>というイメージがあるが、日本人の洋画家では小磯と鬼頭鍋三郎が多く描いている。
踊る姿より、くつろぐ姿や、バーレッスンの姿などである。誰もがテレプシコーラというわけでもないので、こうした<情景>に惹かれるのかもしれない。

わたしはどうも美人画が好きなので婦人像ばかりあげている。
そうではない名画も無論ここにある。

坂本繁二郎「二馬壁画」 これはの300号の大作で、この絵の発表展も開催されたそうである。
靄という字が浮かぶ。いつも坂本の絵にはそのイメージがある。もあもあしている。和やかな霧の向うに佇む馬たち。
坂本は過激な友人・青木と違い、穏やかな作風で天寿を全うした。
「自分はいなくても日本洋画の歴史は変わらぬが、青木がいなかったら歴史は変わった」
坂本の言葉を時々思い起こす。

熊谷守一「野草」「鴨跖草(つゆ草)」 青いから露草だとわかったが、こんな漢字も当てるとは知らなかった。lapisさんにもおしえてあげよう。
ときどき熊谷の絵を今ハヤリのぬり絵でなく、嵌め込みパズルとか木目込みとかで二次創作したくなる。

梅原龍三郎「北京長安街」 これは世評高い北京シリーズ一枚なのだが、梅原北京は現実の北京よりずっと天空に近い気がする。
梅蘭芳をもじって梅原龍メイグァンロンと名乗って舞台に立とうかとジョークを飛ばす梅原。
若い頃の自画像「ナルシサス」。梅原は好悪を越えて、楽しい。

岸田劉生「自画像」 この変な帽子はなんなのだ。六十前に娑婆からオサラバしたのに、なんでこんな帽子をかぶっているのだ。
ナゾだ。自己愛が強いくせに。

曾宮一念「ザボン」 幼稚園のとき、ゲンゴくんが夏休みに田舎でジイちゃんと採ったから、と持ってきたザボン。
巨大だったなー。とにかくザクザクに切って一口ずつもらったのだが、大きかったなー。
何年経ってもザボンと言えばこのことしか思い出せない。
ゲンゴ君のフルネームも忘れているのだが。
黄色い楕円に近い柑橘類。
作者も作品も知らないが、前述の文子の絵を出そうとして、この画家が秋艸道人の仲間だったことを知った。

岡鹿之助「三色スミレ」 この人の点描を見ているといつも感じるのは<静謐>である。
きれいな薄青地にキウィ色のパンジー。花だけ見ているとなんとなく打吹団子や言問団子を思い出す。
おいしそうで可愛らしい色合いなので。

小杉放庵「金太郎遊行図」 これは'42年の作で、熊に乗った金太郎が帰る姿。熊の首にはアケビが飾りか手綱のように掛けられている。
金太郎は葡萄と一緒。うさぎもにこにこ。
この絵の親戚「金時遊行」は出光で見ている。
機嫌よく躍っていて手を野球のツーアウトの形にしている。
画像があるので出すが、出来たらこの泉屋の金太郎も欲しいものだ。
ああ懐かしの出光大阪よ・・・img255.jpg



外国人の絵に移る。

今回チラシにもなっているモネの「モンソー公園」は分館の目玉の一つのようで、わりとよく現れる。
まだ睡蓮や麦わらを描く前の作品らしい。この公園、行ったことないのだが散歩したくなるような公園だと思う。
わたしの家の前には総合公園があり、薔薇や躑躅が有名だ。初夏から夏は丁度こんな感じになる。
絵の中の人物になりきって歩いてみようか。
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鹿子木孟郎の師・ジャン=ポ-ル・ロ-ランス「マルソ-将軍の遺体の前のオ-ストリアの参謀たち」 初見。
なかなかハンサムな将軍なのよ。物語の背景はどうもナポレオンのアウステルリッツの戦いらしい。
ここら辺にわたしの不勉強がにじむな。ナポレオンが生涯に何度戦争したとか、どんなことがあったかとかきっちり知っておかなくては。
「年代記」(1906年) なんでわざわざ年代を入れたか(タイトルがそれだからというのではないよ)。
百年前の絵にしてはちょっと古いな、と思うのは当然で、アカデミズムの最たる人が描いた作品だからこんなに重々しく古いのだ。
フランスのアカデミズムがいつから状況が変わったかは知らないが、百年前はこうだったという見本のような作品だった。
日露戦争の後か。


タイトルに浅井忠の名があるわりに、浅井忠の絵のことを何も書かずに、ここで終わる。
本日二本目の記事でした。

GOLD 金色の織り成す異空間

大倉集古館で『GOLD 金色の織り成す異空間』展が開催されている。
これは毎夏恒例のアートコレクション展と連携して、近所の泉屋分館とここと三つの展覧会を楽しめるようにしてくれている。
ありがたいことである。
ぐるっとパスはあれども、わたしは共通券で入館した。

この展覧会では大まかに言うと仏画・金屏風・蒔絵の三種類がメインとなっている。
所蔵品からの展示なのだが、びっくりした。
何にか。
平家納経(法華経)の模本がここにあることに驚いたのである。

模本は田中親美が拵えたものだが、たいへんきれいである。
田中は大正八年の佐竹家が売りたてた三十六歌仙の模写も行ったひとだが、百年生きていたようだ。

国宝の提婆達多品と重文の観世音菩薩普門品。
こちらは厳島神社蔵の本物。
関係ないがダイバダッタはシャカの従兄弟で悪人なのだが、わたしはどうしてもレインボーマンを思い出してしまうのだ。
クリックで巨大化。
なかなか可愛く面白い絵である。
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チラシにも上がる扇面散らしにもふんだんに金箔が使われ、金粉にまみれている。
やっぱりジパングなのか。

平家物語の名シーンを散らした屏風もある。
ところがこれらのシーン、どれがどのシーンなのかちょっと把握できなかった。明らかな情景を描くのが多い中、ビミョーなのだ。
わたしのアタマの中で「・・・泣く泣く首をぞかいてんげる」とか「・・・むんずとばかりに取りたれければ」とか浮かんでくるのだが、それがこれに当たるかどうか。
平家物語すきなわたしとしてはなんだか口惜しいゾ。

こちらの女人も平家納経から。img253-1.jpg


厳島そのものでもあるらしい。
田中の模本は出来立ての頃を見せてくれるのだった。

日本一黄金好きなのは秀吉で、黄金の茶室などを作ったりしてイケズな利休に「・・・(けっ)」なんて思われてるな、と感じたために利休を死なせたが、あそこまでゆかずとも、やはり黄金はいい。

蒔絵の美は海外にまで流出していった。
ここにあるのは『長正殿蒔絵手箱』ph08.jpg

いま自分の手元にあるなら使えるかどうか。

『古経貼交屏風』が面白かった。屏風の一面ずつに数巻ずつの古経を貼りつけているが、大方はセピア色に褪色している中、最後の方の一巻だけ紺地に金泥の文字だから、色も金もくっきり残っていた。なるほど強いものだと思った。

伝 源俊頼筆 国宝『古今和歌集序』
これが字はまあ綺麗なのだが、それより紙に心がゆくのよ。
王朝時代、紙そのものの美を追求する姿勢。の綺麗な紙を繋ぎ合わせている。数えたら32枚つなぎだった。

なかなか面白い展覧会だが、華やかというよりシブい展覧会だと思う。秀吉好みではない方の、GOLDなわけでした。


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http://www.hotelokura.co.jp/tokyo/shukokan/gold.html

川瀬巴水展

川瀬巴水を知ったのは多分、十年以前になる。
わたしは風景版画が好きで、木版画の展覧会によく通っていた。
‘93当時原宿にDO!FAMILY美術館があり、太田記念浮世絵と共にその個人コレクションを愛していた。
そこで巴水の版画を色々みている。
また子供の頃から清方ファンなので、清方周辺を追ううちに巴水を知ったようでもある。

‘96江戸東博で『近代版画に見る東京』という素敵な展覧会があった。
かねてから<三都それぞれの描き方には>という嗜好がある。
東京=版画
京都=日本画
大阪=洋画
これだけは譲れない。
尤も大阪=洋画なのは小出楢重や鍋井克之らの名品を知るからで、織田一磨の版画も決して忘れることは出来ぬのだが。

巴水の本格的な回顧展はこれまであったのだろうか。
あまり聞いていない。わたしのタイミングが悪いのか。
しかし大正時代の版画展などでは必ず見ていた。
'97から始まる『日本の版画』シリーズでも???と、それぞれの時代の代表作を集めた展覧会に必ず現れていた。

今回、前期後期と分けての展覧会で、わたしは後期のみ味わえたが、すばらしいラインナップだと思った。

なお画像は、わたしの持つ江戸東博所蔵の絵葉書からのものを出すが、Art & Bellのとらさんがこちらに画像へのリンクをつけた労作を作成しておられるので、わたしなどは「うれしい??すてき??」と声をあげながらそれを楽しませていただいている。
http://cardiac.exblog.jp/5426610/

巴水の版画でいちばん好きなのは夜景である。
青が効果的に使われていて、黄色い月との比較も美しい。
夜景をこんなに美しく描けるひとはそうはいない。
こちらは今回チラシやポスターになった『馬込の月』である。
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こんな夜ならわたしも出歩くかもしれない。
こちらは『滝乃川』。img245.jpg

三日月がかかっていて、母子が橋を行く。

東京の夜ばかりが見事なのではないが、どうしてもその青の美しさに心が惹かれる。
雨の『大森海岸』静かな『桜田門』、数えればきりがない。

しかし雪の美しさも心を惹く。
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こちらは晩年の『増上寺の雪』。市電を待つ人々。
雪の美しさ、増上寺の荘厳さもさることながら、電線に目がゆく。
現在のように電線が邪魔者扱いされるのではなく、現代情景の一つとして巴水の目に適ったのだ。
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一方こちらはその三十年前の作品で同じく増上寺である。
このお寺は戦災にも震災にも揺るがなかったのか。
そしてこの作品はたいへん好評らしく、今現在の美術雑誌の広告ページなどでもよく見かけるのだった。

清方に入門したのは遅かったと伝記にもあるが、清方の自伝『続 こしかたの記』に巴水のことがある。
「・・・川瀬の家は芝の日陰町に老舗の糸屋であったが、その母は私の父と同じ時代に活躍した仮名垣魯文の妹である。魯文は風刺と諧謔に富む文体で、社会、芸能界を批判する雑文に長じたが、巴水にもその片鱗が窺えた。
画家の出世街道を展覧会に取ることをせず、先人広重の跡を慕って日本風景の木版画一途に進んだ。」
同じく版画家で弟弟子にあたる笠松紫浪もまた、展覧会から遠く離れてその道を進んでいた。

清方の優しくも厳しい目に見守られたことが、巴水の作品世界を深く広めたのだろうか。

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『春の愛宕山』 NHK放送博物館があり、曲垣平九郎がここの男坂を馬で駆け下りる話もあった。
丁度勘九郎(当時)の大河ドラマ『元禄繚乱』の頃、博物館で遊んでから境内のベンチで座っていた。猫がいっぱい寄ってきた。
なんとなくこの作品を見ると、そのときのことが思い出される。

ところで巴水は旅も多くした。
私がここにあげたのは全て都内のかつての風景だが、『旅みやげ』というシリーズも多く残している。そちらもすばらしく、浮かれ心が湧いてくるようだった。
「行きたいわ、行こうかな」
そんなキモチが湧いてきて、色んなことを考える。
『作並温泉』の雨の旅館などは、実際に泊まりたくて仕方なくなった。
今とは様相も変わっているのに、そんな気持ちが起こるのだ。
会場では巴水の製作姿を映した映像が流れている。
それを見てからわたしは本を買う。こんなにいい内容なのに安価で嬉しい。
巴水の青色が意識に広がるのを楽しみながら、わたしは去って行った。
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アールデコの館

とうとう東京都庭園美術館も撮影を許可するようになった。

わたしはこのアールデコの館を愛している。
ここが美術館として機能するその様子を眺めるだけでも幸せな気持ちになる。
ここに勤めるやや年配の方々は、まるでこのアールデコの館そのものに仕える人々のように見え、いつもとても感じよく思うのだ。

この建物の全体の写真・細部の撮影は増田彰久氏の『アールデコの館』で堪能できる。
撮影が禁じられていた頃、わたしはこの写真集を飽かず眺めていた。
自分で撮影するに当たって、この本を参考にしたいと思ったが、それは理想に過ぎず、結局いつものように、わたしらしい写真しか撮れなかった。
全景写真やラリックの有名なガラスレリーフは措き、ここでは細部の撮影写真をあげることにする。

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玄関の床模様。わたしはモザイクタイルが好きで仕方ない。
大変きれいな床模様になっている。

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すばらしい照明具が多いが、これはその中でも特にアールデコの匂いの強いもの。見事な形である。

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ラジエーターの飾りは他にも魚が泳ぐものがある。
こちらの方が珍しいくらいだ。

二階への階段の美しさは言葉にならない。
貴顕でないと味わえなかったのだ。P0189-1.jpg

みごとな階段。

途中の窓ガラス。P0195-1.jpg


そして登りきったところにはこんなに夢のある照明具が立っている。
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パリ遊学は無駄ではなかったのだと知る。


再びラジエーターの飾り。P0198-1.jpg

可愛くて仕方ない。


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こちらはクリックすると大きくなる。食堂の照明。フルーツ盛り合わせ。おいしそう・・・


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二階からの下り階段にあるガラス窓。こんなところにもアールデコが。

部屋の壁紙の一部を紹介。IMGP0182.jpg

全て妃が選ばれたそうだが・・・


この館の成立などについてはこちらの公式サイトに詳しい。
http://www.teien-art-museum.ne.jp/index.html

考えればわたしが初めてここを訪れたのは'97の建物公開のときだった。
十年目にやっと自分の手で撮影できたのだ。

この展覧会を機に、各地で難航している近代建築の保存がうまくゆくようになれば、と思った。
堪能して、アールデコの館を去った。
門からアプローチまで巨大な木陰のおかげで、日傘は必要ではなくなっていた。
・・・・・・いずれ、また。

ディズニー・アート展

誰もが自分だけの<ディズニー>を持つ。


ディズニーアニメを最初に見たのは3歳のとき、近所の公民館での『ダンボ』上映会だった。
当時学生の叔父がわたしをどこにでも連れてゆき、そのときも私を喜ばせる&自分も父親(私の祖父)にディズニーアニメを見に連れられたので、三世代ディズニー体験をしたかったようだ。
祖父はクラシックディズニーの世代の人なので、末息子にウォルト・ディズニー原画の絵本などを与えていた。
その絵本は『シンデレラ』である。
わたしはそれを他では見なかったが、阪急の池田文庫にあるのを見た。貴重本だったが色々ツテを頼んで手にとって眺めた。
やがて数年後、それは形を変えて再販されたが、私の一番好きなシーンは、なかった。
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MOTはこれまでにもジブリ展や<マンガの時代・手塚からエヴァまで>などを開催してきた。
だからここでこうした展覧会が開かれるのは不思議ではない。
千葉大学が保存していたディズニーの原画が発見されたとニュースで見たときから、展覧会を待っていた。こうして見る事ができ大変うれしい。

夕方に入館したがまだまだ新客が来るようで、朝昼なら確かに数時間待ちだろうと思われた。
千葉大学に原画が眠ることになった最初の理由は、三越での展覧会である。
そのポスター。『眠れる森の美女』。その眠れる麗姿がそこにある。
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展覧会はいくつかのコンセプトに分けられているが、人の多さに負けて、それぞれのコンセプトを楽しむことは出来なかった。しかし実にすばらしい世界だと思った。
『ファンタジア』 で一番好きなシーンは「魔法使いの弟子」である。
手書きの絵コンテが楽しい。おーいこらこらモップよ?? そんな感じ。
そして『わんわん物語』のわんこデート。パスタではなくここではスパゲティと書きたい。
ツーッと長く噛む恋人たち。

ダンボとバンビ、どちらが可愛いだろうと思うことがある。
しかしやっぱりわたしはダンボかな。img239-1.jpg

それとも・・・img240-1.jpg

どっちもいいなあ。

『白雪姫』 の小人さんの家がある。
実は私、長い間 ♪森の木陰でどんじゃらほい シャンシャン手拍子足拍子 太鼓叩いて笛吹いて・・・♪ の歌をこの白雪姫の小人さんらの歌だと信じ込んでいた。
ハイホーとはまた別物として。
こちらの画像は絵本の中からだが、今回背景画を見ていて、そのあまりのすばらしさに息を呑んだ。見事な木彫。こまかな設定。すばらしい、本当にすばらしい。
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眠れる森の・・・でもそうだ。モネも感心するような睡蓮の池があった。
ここではアニメーションアートの粋をわたしたちは味わうことが出来るのだ。

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これはアリスの切手。どこで手に入れたかちょっと思い出せない。
切手なのでこちらのみサムネイル化した。

アリスの飼い猫ダイナの尻尾の動きのリアルさが今も目に残っているが、ここに展示されているのは専らトランプの女王の情景である。
ところで帽子屋のお茶会で、襟から入れて袖からカップへ紅茶を注ぐシーンがあるが、あんなことはまぁウソとしても、わたしは肩の上から膝下まで紅茶を注ぐ店を知っている。
大阪の老舗タルトケーキ専門店で、メイドさんが昔からそういうパフォーマンスを見せてくれるのだ。もしかすると、彼女らは不思議の国で働いているのかもしれないが。


それにしても膨大である。見て回るだけで精一杯。楽しむゆとりはない。
閉館時間になってもSHOPは満員御礼。レジ、増やしたり考えたりした方がいい。
満足してMOTを出た。本当に・・・

またいつか見れる日は来るのだろうか。

伊藤彦造 

伊藤彦造。
アメリカではサムライ絵師と呼ばれている。

弥生美術館では彦造生誕百年展を'03に、追悼展を'04に(小企画として)、そして三回忌の今年、特別展を開催している。
高畠華宵との特別な関わりは別とし、夢二蒐集も措いた上で言えば、伊藤彦造ほど弥生美術館で展覧会が開催される絵師は他にいない。
'94には伊藤彦造 エロティシズムとストイシズム
'99にも回顧展が開催されたが、それ以前にも回顧展が開催されていたようだ。
わたしは'91からの会員なので、それ以前の展覧会はあまり知らない。
しかしながら伊藤彦造は知っていた。
これには事情があるのだが、それは後述する。

伊藤彦造は大正から昭和初期に大活躍した挿絵画家である。
本人は画家でなく絵師を名乗った。
それも<憂国の絵師>と署名するような一途さがあった。
これらについては美術館の公式サイトの案内文から多少なりとも読み取れると思う。

伊藤彦造は、大正末、若干21歳にして日本の挿絵界にデビューし、その際立った才能で人々を驚かせ、熱狂させました。
 意表をつく構図の取りかた、魔的な魅力をたたえた美貌の男女、臨場感あふれる殺陣シーンなどの点で、彦造は他の挿絵画家が描きえない境地に達したのでした。
 平成16年に100年の生涯を閉じた彦造の、三回忌にあたる本年夏、彼の作品と生涯を概観する展覧会を開催します。
 彦造は大変に個性的な人物でした。少年時代、真剣を持たせられて剣の修行をしたこと、青年時代、自らの血で絵を描いたことなど、数々の驚くべきエピソードを残した人です。
 特異な才能は特異な人物に宿るのでしょうか?
 本展では、天才彦造の人物像に迫り、知られざる素顔をご紹介します。


今回彦造を知らない人を案内した。
彼女はしかし、「あっ この絵は知っている」と言った。
何で見たかはわからぬが、知っていると言ったその絵は大仏次郎の鞍馬天狗・角兵衛獅子からの挿絵である。img237.jpg



凄艶な美貌、嗜虐と被虐の鬩ぎ合い、濃厚な闇を思わせる黒と清潔な白とが生み出す、極限の地平。
伊藤彦造の絵には絵師の思惑を超えた深い官能性がある。
死とエロティシズムの融合。
当時のファンも新世代のファンも共通して口にする言葉。
400点近い作品に囲まれたとき、強い緊迫感を感じた。その一方で欲望が深まることを感じる。
白と黒のペン画が織り成す世界は、どのような色彩の氾濫をも凌駕する。

わたしは彦造の代表作『豹の眼』の文庫本を所有している。
これは二十年ほど前に手に入れた。
昭和50年頃の講談社からの『少年倶楽部』シリーズ。
わたしは一体いつから昭和初期の挿絵に心を奪われたのだろうか。
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思い起こすと、直接の理由は藤子不二雄の『少年時代』を読んでのことだと思う。
ここでわたしの個人的理由に移る。

わたしはこの名作をリアルタイムに読んでいた。
東京から富山に疎開した少年と、富山の田舎の少年たちとの複雑な心のぶつかりあい。
東京の少年は子供らの憧れ『少年倶楽部』の愛読者で、物語を語ることが出来る。その中で『豹の眼』などが出ていたのである。
たとえば『少年探偵団』は現代でも小学校の学級文庫に必ず置かれている。しかし『豹の眼』や『亜細亜の曙』などを読むことは不可能に近かった。
わたしの意識に『豹の眼』が引っかかり続けた。

やがてその数年後、今度は昭和30年代の『懐かしの少年ドラマ』にわたしは心を惹かれた。
こちらは団塊の世代の叔父がわたしを押しやった為で、わたしは随分詳しくなった。そしてその中でまたもや『豹の眼』である。
ただしこちらは原作とは違う話なのである。
当時なぜか夜中に『懐かしの少年ドラマ』が放映されていた。
二十年後の今もそれをVTR保存しているが、なかなか面白い作品ばかりだった。
わたしは叔父の世代の『豹の眼』と祖父の世代の『豹の眼』を追い始めた。

レトロスペイクティブとでもいうのか、懐古趣味の人も多かったか、わたしはどちらの世代の<ときめき>をも同時に手に入れることが出来た。
そしてそこに伊藤彦造の絵があった
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わたしが熱心に集めているのを見た母が言った。
「おじいちゃん、伊藤彦造の塾に通ってたよ」
え゛え゛っ?1マジですかー。
昭和初期、彦造は大阪に居た。
二十代初期の彦造は近所の青少年に絵を教えていた。
その中に祖父もいたそうだ。
母の実家には彦造の絵がたくさんあったようだが、あれから何十年もの歳月が降り積もっている。
またわたしが受け継ぐ権利もない。
朽ち果ててゆくだけなら、無念なのだが。

こうした前哨戦があってから弥生美術館の会員になった。
体系的に挿絵を見ることが出来る美術館。
四半期ごとに特別展が開催される。
生真面目に彦造が描く妖艶な剣士たち。
自ら意図せぬ地点での高い評価を彦造はどう思うだろう。
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彦造は町田市に住まい、そこで百歳の長寿を保って世を去った。
絵筆は既に四十年ほど前に折っている。
そして八十年近い昔の作品が、観る者をいまだに魅了する。
わたしは息を止めて彦造の剣士をみつめる。
彼らはわたしを見ないけれど、わたしは彼らをみつめる。
熱心に、一途に。

彦造のファンであることは、一種の試練を与えられたと言うことかもしれない。
どうにもならぬほどの深い悦楽が、欲望からではなく禁欲に根ざして生じている。
その自己撞着をどうするか。
どうにも出来ぬのである。

わたしたちはただ伊藤彦造の絵の前に佇むしかないのだった。
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不折と子規・鴎外・漱石

根岸の里のわび住まい。

確かに子規や不折のいた頃はそうだったのだろう。
近所のとうふ料理の老舗<笹の雪>には彰義隊の形見もあると言うし。
今はなんとも言いかねる場所なのだが、とりあえず朝早くから鶯谷の書道博物館へ向かった。
向かいの子規庵には板塀から黄色く鮮やかな花が咲き零れている。
糸瓜である。

なるほど病床六尺の人だわなと思いながら玄関へ来ると、「糸瓜忌のために準備中で休館してます」と張り紙がある。なんとなく納得した。昔の俳人をしのぶ心持ちとはどんな感じなのだろうか。

昭和11年に書家であり洋画家の中村不折が建てたモダニズムの本館に彼の作品が並び、後からの新館に殷周時代からの文物が並ぶ。

生誕百四十周年。
『不折と子規・鴎外・漱石』展が開催されている。
http://www.taitocity.net/taito/shodou/news.html

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チラシは『吾輩は猫である』の挿絵から。明治38年だから101年前の絵。
小説が洒脱なので絵も洒脱である。
不折の洋画とは全く異なる筆致。

二階までの吹き抜け展示がある。書。顔真卿の書を臨書したもの。しかし本物の顔真卿の書は唐代に墓の中に持ち込まれて、この世に残っていないそうだが。
さまざまな字体を混用した破体(雑体とも言う)による書は大作で、しかし所々しか読めなかった。
また明治41年の大ベストセラー『龍眠帖』があった。蘇轍の『李公麟山荘図』20首を書いているそうだ。
正直、この書を見たとき池大雅が三歳のときに書いた『金山』の文字を思い出した。
わたしには近代の書を云々する資格はないが、感じたままに言葉にするとどうしてもそれを思うのだ。
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ここにも少しばかり青銅器が置かれている。その銘文もいい字体だと解説されている。
本当に書道の博物館なのだ。
しかしわたしは今回、画家としての不折を楽しみたいと思っている。
『猗器の誡』(油彩) 昭和16年(1941) 060708_1.jpg

水をいっぱいに入れると覆る猗器(画面左)を人間の高慢な心にたとえた、中国春秋時代の故事を題材とした作品。  
そう解説に書かれているが、読まぬと何をしているかわからない作品でもある。不折は洋画と言う技法で中国古代をよく描いた。重厚な筆致で教訓的な絵を多く描いた。

しかしその一方、『子規十二支帖』の楽しく洒脱な挿絵もあり、リアルで見事な風景スケッチも多い。
ネズミの会議、雪舟の肖像、人身牛首(神農)、牛に乗る老子、亀盤牛角(古代の占い)、猛虎一声山月高(月に向かって吠える)、ウサギの古文、支那河南省龍門山の景、顧凱えがく羊(描く先から羊がどんどん逃げ出して行く)、サルノコシカケ、清正と猿の読書、常世の長鳴鳥、ケイトウ、子規居士の写真、フランスの牧羊犬、西洋古代の画犬、アッシリアやエジプトの石に刻んだ画、ローマ建国の祖(ロムスとレムルスは狼の乳を貰った)、狡兎死して走狗烹らるる、猪苗代湖、猪突猛進、焼き鳥、虎の威を借る・・・・・・・・・
羅列するだけでも結構楽しいものだな。

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これは猫の挿絵。漱石から挿絵のおかげで本が売れて嬉しいという手紙が届いている。

とりあえずそんな感じで機嫌よく眺めたところで、今度はヌードデッサン。
先ほど少し描いたように風景スケッチはリアルである。デッサンもまたリアルである。
日本人モデルは少なく、外国人の身体が多い。
その中に一体、中性的な肉体の裸婦がいた。その肉体になんとなく惹かれた。顔つきも無機質な感じ。実際どうだったかはわからぬが、このデッサンの中では一番心を惹かれた。
ただしそれは不折の技能かモデルの在りようかはわからない。

新館の青銅器などは後日又と思っている。

この日わたしは初めて会う人と共に美術館を巡るのだ。時間が近づいてきていた。
また来ようと思う。そのときには<笹の雪>でとうふ料理が食べたい。




安彦良和原画展

八王子夢美術館で安彦良和原画展が開催中である。
わたしがサンライズ作品を見た最初は、ファースト・ガンダムである。
ただし再放送で見たのだ。
子どもの頃アニメより特撮が好きだったのだ。だからロボットものは殆どを再放送や上映会などで見た。
見て、のめりこんだ。

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その年、わたしは安彦良和氏のコミック作品に出会い、大変な衝撃を受けた。
『アリオン』である。
既にガンダムのアニメーターだと言う認識はあったが、その人のコミックスがあるのかと店頭で手にして、頭を何かで殴られたようになった。
白と黒の確かな線。構図。見たことのない動き。
当時かなり多くのコミックを読みふけっていた私の意識まで揺さぶる作品だった。
物語は面白いが、それ以上に『絵』だと思った。
この『アリオン』が読みたさに掲載誌の『SFリュウ』を買い始めた。
気合の入った雑誌で他にも面白い作品が多く、こちらも今も手元にある。
雑誌表紙を安彦氏が描くのを見る。それだけでときめいた。
またアニメ雑誌で安彦氏のポスターがつくだけで、それを購入する。
かなり熱狂の日々が続いた。
やがて講談社から安彦良和画集が出る。無論手元に入れる。
すばらしい作品の数々。
ときめいて苦しいくらいだった。
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更に数年後、『ナムジ』を見た。
安彦史観。古代日本の状況が、安彦氏の大胆な仮説と冷徹な目と熱いキャラとで、我々の前に広がった。
その続編『神武』もすばらしかった。
他方、『虹色のトロッキー』『王道の狗』などの近代日本の政治史にも氏の世界は広がる。
いずれも政治史だと言っていい。
古代の権力闘争も近代の戦争もすべては政治の暗闘なのである。これらは氏の思想に深く関ることなのだろうが、純粋にコミックとして楽しめることを忘れてはならない。
何よりあの構図、動き、描線。
全く古びることのないすばらしい絵。

そして『ガンダムORIGIN』。
放送では描ききれなかった状況をも含んだ、完全なるファーストガンダム。
放送ではアムロが主人公ではあるが、ここではそうだとは言い切れない。
何より誰よりシャア・アズナブル。彼がいる。
ここで告白すると、わたしは今もシャアを好きで仕方ない。
特にこの作品のおかげでますます好きになって苦しいくらいだ。
キャスバル・レム・ダイクンからエドワウ・マスへ、そしてシャア・アズナブルへと転身を重ねる美しく、そして強固な意志の青年。
そのビジュアルの美しさがいよいよ拍車をかけた、と言うよりも、まずその姿にときめいて、そこから彼の人間性・強い意思力・運命に惹かれていったのだ。
とは言えシャアは安彦氏のデザインしたキャラではあるが、氏だけの完全オリジナルではない。img230.jpg


安彦氏のオリジナルキャラには熱い好漢が多い。
ナムジ、『我が名はネロ』のレムズ、貫真人たち。
また大きなおじさんにいい人が多い。
ドズルにいさん、クラッシャージョーのタロス、そしてナムジのイタケル。

キャラの魅力の大きさにときめく。

展覧会場は平日夕方なのでかわたしだけの貸しきり状態だった。四時前からここに二時間いることになった。
警備さんが立っている。たぶん、わたしのような客に慣れているのか不審がられることは、ない。
それほどにわたしはのめりこんでいた。
http://www.add-system.co.jp/yasuhiko/exh_works.html

クムクム、コンバトラーV、ザンボット3、ライディーン・・・
懐かしいカラー原画。
水彩による背景とキャラをポスターカラーで描く手法。
わたしの持つ’81年初版の画集に掲載された作品が多い。嬉しい。再会した気分。
一枚一枚熱烈に眺める。
ときめきの二乗。

ファーストガンダムでのカラー原画で心に残るのは『戦場で・・・』である。
ただし、この作品と二年後のアルバムジャケットで戦火の中、アムロが怯えるフラフ・ボウをかばうシーンとが現在のわたしの中では混ざり合っている。
アムロが歩く。キャタピラが落ちている。フラウをかばうアムロ。前にはガンダムの取扱説明書がある。
その背後・周囲には死肢がある。伸びた腕が見える。それを見たときの衝撃は大きかった。
後年、ドラクロアの『民衆を導く自由の女神』、ジェリコー『メデュース号の筏』をみたとき、わたしはわたしの中の混合イメージとしての『戦場で・・・』を想っていた。
そして今、それらの前に立ちながら、やはりわたしの意識から分離されることはなかった。

ここに挙げる画像は、わたしの持つ雑誌や本の表紙である。
カラーばかりを集めたが、安彦氏のモノクロ原稿のすばらしさにもわたしは言及すべきなのだ。
しかしとりあえず置く。
『アリオン』の掲載されていたSFリュウである。
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こちらは『神武』でのイワレヒコとツノミ。
間に十数年の歳月がある。img227-1.jpg

巨大な進化はないが、細かな変化がそこにある。
それは特に<目>の描き方だろうか。
安彦氏の絵は’80年を境にして大きく変化したように思う。
『クラッシャージョウ』の口絵などを見ると、アメコミ調だったのがやがて重厚な安彦カラーへと変化している。
色彩についても言及したい。
同一色の重ねと変化とが巧妙である。
これらはガンダムエース9月号と、book02.jpg

ORIGIN13巻の表紙。
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絶大な画力がなければ出来ることではない。

会場には48冊のガンダムエース表紙が柱一面に飾られている。
それを見るだけで鼓動が高まってくる。
しかしわたしの心臓を止めようとするのはそれだけではなかった。

生原稿、サムネイル原稿、ラフ原稿。
キャスバルが妹アルテイシアを置き去りにして去り行く姿。ランバ・ラルとアムロとの戦い。
これらを目の当たりにして、わたしの瞳孔は開いたままになっている。
わたしは自分が安彦良和ファンであることを本当に喜んでいる。


氏は小説も多く書かれている。
しかしながらわたしはこの辺りと少し距離がある。
だから初めて会うものが多い。
その中でモンゴル神話を基にした『テングリ大戦』'91。
小説より、絵にときめいた。
絵の巧さを改めて強く<思い知った>と言うべきか。
筋肉の描かれ方。
少年と青年の筋肉のつき方の違い。腿の強さの差。肉の張り、骨の形。
息苦しいほどのときめきがあった。
そしてこの絵を見る私の脳裏に『神武』でのナムジ亡き後、出雲に渡った後妻タギリと先妻スセリとの対峙シーンが浮かび上がってきた。

若かったナムジはスセリと婚姻していたが、様々な事情から邪馬台国へ行き、長い幽閉後に、卑弥呼の娘でスセリの異母妹になるタギリと婚姻し、ツノミらの父となる。
そのナムジが死にタギリは子らを伴って出雲のスセリの元へ身を寄せる。
初老に入ったスセリはまだ若いタギリを自分らの臥所に招く。
「戦から帰ったあの人は血のにおいがした! 肉の張り具合はまるで若駒のようで!」
スセリはなおも言う。
「そんな時分のあの人のことをあんたは知るまいが。 あの人の本当の男ざかりをあんたは知ってはいないだろうが!」
「邪馬台に掴まってからのあの人なんか男の抜け殻よ 本当のナムジじゃない! 本当のナムジもナムジの躰もあんたは知らないのよ!」
・・・実感としてそのスセリの言葉がわかるような筋肉が、そこにあった。


『虹色のトロッキー』
わたしは中学のころロシア革命に関心があった。
ただしそれは1905年から1917年までの期間に限った。
『オルフェウスの窓』『ドクトルジバゴ』から関心が広がっていき、映画『REDS』を見ていよいよ高まったのだ。
どれくらい多くの資料を読んだかはあげる必要がないのだが、トロッキーに関しては彼の著作一冊と伝記くらいしか読まなかった。
また満蒙開拓団については『赤い疑惑』で三國連太郎がそれに拘る人間を演じていたので、小さい頃から図書館で調べたりもした。
安彦史観。
近代史を安彦氏が描く。甘粕や辻が出てくる。
『龍?RON』『ジパング』と同時代なのだ。
植芝盛平も現れ、李香蘭も現れる。
ウムボルトの流転。読みながらつらかった。やがて五十数年後の現代。
マンガ家安彦良和はウムボルトの子息と会うことになる。そのシーンを読みながらなんだか心が安らぐのを感じたものだった。

『王道の狗』『我が名はネロ』『蚤の王』『アレクサンドロス』・・・全て人間と、その生きる状況とを描いている。
政治から逃れられない人間たち。
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再びガンダムORIGINにわたしは奔る。
むかし、富野喜幸(当時)監督がノベライズした中で、シャアのことをこう描写していた。
「・・・ミケランジェロのダビデから力を抜いたのがシャアである」
わたしは長らくその言葉を忘れず、フィレンツェへ行って本物のダヴィデ像の前に立ったとき、そっと心の中で呟いた。
「・・・シャア・アズナブル・・・」
ときめきが胸から迸り、ダヴィデ像を貫けばいいと思った。

サンライズの社長にマンガ化を口説かれたとき、氏は「なんと酷いことを・・・」と思ったそうだが、オリジナル設定を加えてもよいということで描き始めることになったそうだ。
雑誌もそのために創刊された。『ガンダムエース』今年五年目の雑誌。
今月号の感想を言えば、シャアが国民的英雄になり、それをTVで見ていたガルマは自分も戦場に出たいとねだる。
ねだる、のだ。ドズル兄さんに泣いて訴える。そんなことだから「坊やだからさ」と言われるのだ。
姉キシリアの冷徹さは、しかし父へは優しい手として描かれる。
ヒトラーの尻尾への道を往くギレン。ダイクンの理想から遠く離れた地に立つことに困惑し、疲労するデギン公。
実に面白かった。既に27年前に完結した物語が新たに構築されて、全く新しい物語として生まれてゆく。
それを味わえる快感。
これは今を生きる喜びの一つでもある。

最後に。
安彦氏はけっこうギャグメーカーなところもある。
たとえばアリオンではデキの悪い弟アレースは麻雀でまけてたし、ハデス叔父は負けクジを引いたとき、馬券が舞ったり大三振したりもぐら叩きで叩きまくられたりしていた。
このORIGINでもエドワウ・マスがシャア・アズナブルに転身するときも、羊羹という小道具が出ていて、笑えた。
(尤も、その羊羹は苦い使われ方をしているのだが)
少し以前の楽しい絵があった。
露天風呂である。
「安彦良和画集ご一行様」の入る露天風呂はどうも混浴らしいが、浸かっているのはレディスである。
『韃靼タイフーン』の中学生少女はスクール水着で、セイラさんはちょっと色っぽかったりする。
ケイとユリとアルフィンら高千穂遥キャラの三人は大胆に遊んでいて、おお髪と同じかと感心したり、よく見ればネロも浸かり、ミライさんとイセポが仲良くしてたりする。ナムジは歩兵に立っているが、シャアが座敷でカラオケしている影が見え、キシリアがお酒を運ぶ姿もある。なんとザクも浸かっているが、メカのくせにお湯に浸かっても錆びないか。
ウムボルトは何をしてるんだと思ったら、なななんと、ブライトさんたらカメラ構えて盗撮しようとしてるじゃないのっ!
やっぱりブライトさんはムッツリだったのね。

満ち足りて会場を出る頃には、お客が大勢増えていた。皆熱心に眺めている。
大阪から来た甲斐があった。心の底から満足して会場を出て行った。

公式サイトはこちら。
http://www.add-system.co.jp/yasuhiko/top.html

不滅のヒーロー・ウルトラマン

今年はウルトラマンの生誕40年である。
この世田谷文学館だけでなく川崎の岡本太郎記念館、池袋サンシャインなどでも色んなイベントが行われている。
横浜―八王子―ツアーにあるわたしはアシの都合もあって芦花公園の世田谷文学館に行くことにしたのだ。
それにここは略すと世文つまりセブンである。
わが最愛のウルトラセブンを想起させるではないか?!

とりあえず色んな情報はこちらの円谷プロのサイトで。
http://www.m-78.jp/
すばらしい、M-78星雲なのだな。
気合が入るぜ。img219.jpg


こちらは川崎市の方のチラシ。
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入り口からすでにウルトラワールドだ。
なにしろ受付周辺はウルトラグッズにまみれてるし、
♪胸に~つけてるマークは流星~ と流れてます。
いいなー、ウルトラマンの星に来た気分だ!
♪光の国から正義のために
これだぜ、これ。

以前は一階が特別展示室で二階が常設展だったのが改装されて、逆になっていた。
カメラ持って二階に上がる。全体としては撮影禁止だけど、ところどころでOKなのだ。
入り口にウルトラマンがいた。
うー、親子連れが撮影してるけど、パパの方がホントはウルトラマンと2ショットしたいのがアリアリ。

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円谷さんとウルトラマン。向こうにバルタン星人。

怪獣もいる。着ぐるみのやわ。
それから成田亨や高山良策のラフ画とかフィギュアがある。
カネゴンやピグモンがおるよ。
パネル展示ではダダやエレキングがいる。
メチャクチャ嬉しいーーーっ!

実はエレキングは子供の頃怖くてよく夢に見た。
近所の公園の遊具にエレキングに似たものがあるので、いまだにその公園を通るたび、エレキング~とか小さく呼ぶ。
メロンのツノ?もエレキングを思い起こさせるし、メロンパンを見ても牛のブチ柄見ても「エレキング?!」なのだが。
他にもジャミラ。
つまりジャミラはセーターを脱ぐか着るかするとき首が埋もれて顔だけでるでしょ、あの状況になるとついつい「ジャミラ~」と叫ぶわけです。
だから会社のロッカーで誰かジャミラ状態になるのを待ってんねん。

日常のちょっとした状況に怪獣が生息しているわけです。

バルタン星人の飛行シーンの作り方には感動した。
竿の先に20体くらいのバルタン星人を糸につけて、ブンブン打ち振る。それを正面から撮影すると・・・
バルタン星人の飛行シーンになる!!
すごい、CGでは味わえない嬉しさがこみ上げてくる!!!
家帰ってやってみたいと思った。

バルタン星人は本当に人気がある。img224.jpg

わたしも大好き。だから握手するときバルタン星人式のとドラえもん式のとをすることがある。
バルタン式はチー、ドラえもん式はグー。
フォッフォッフォッフォッフォッ。
バルタン星人は民族移動のために地球に来たのだった。

友好珍獣ピグモン。
実はわたしの友人の一人にガラモンそっくりさんがいる。
ガラモンはウルトラQ、ピグモンはウルトラマンに出演している。
髪形が似ているだけではなく、人柄のいいところも似ている。
ピグモンは悪い怪獣から地球を守るためにウルトラマンに加勢して結局二回もコロされている。
それで地球防衛隊から名誉会員かなんかにしてもらっている。

ところでやっぱりわたしも色々忘れている。
さっきセーター云々がジャミラだとか言うてたけど、ジャミラには哀しくせつない物語があるのだった。
それをうっかり忘れて「ジャミラ~」するわたし・・・

カネゴンのストーリーボードいやフィルムストーリーがボードに張られている。
おカネの好きな金男くんがカネゴンになり、人間に戻るまでの四苦八苦。
やっと人間に戻れて喜んで帰宅したら、ママもパパもカネゴン化していた!!
うーん、凄い話やなー。
ミダス王の黄金の話を思い出した。(この王様はロバの耳の王でもある)

わたしは実はウルトラQを見ていない。再放送も見ていない。だから年上の友人たちから聞くばかりだ。
それで「クモ男爵の洋館」の沼のほとりに建つ不気味な洋館にときめくわけです。
『アッシャー家の崩壊』を思い起こして。
だいたいこういう洋館をTVでみてから、今のような近代建築ヲタになる基盤が出来たような気がする。
『懐かしの少年ドラマシリーズ』などでも大概こうした洋館を見てきたし。
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これはチラシの裏。拡大すると文字も多少読めそうです。

ウルトラマンの成形のコメントがあった。
画家の成田亨はプラトン思想から
<怪獣=カオス、ウルトラマン=コスモス>
その発想を得たらしい。それで国宝第一号の広隆寺の弥勒菩薩のアルカイックスマイルをたたえた口許、それをウルトラマンの造形へ導いたらしい。
この仏像は写真より実物の美に撃たれる。写真では小さくまとまってしまうが、実物の美には息が止まりそうになる。


脚本もすばらしい。勧善懲悪ではなく、それぞれの事情がある状況での物語。
実相寺昭雄。金城哲夫。佐々木守。
せつない物語。

だいたいウルトラマンが最終回で敗れてゾフィーに救われ、共にM78星雲に帰還するなんて、予測できなかったのではないか。
わたしは後の世代だから、そうしたことを踏まえての地球の子どもなのだ。

ファンアートというか二次創作がある。
ペーパークラフト。ビルと怪獣の一体化。すごいなー。黒須和清さんというアーチストの作品。
http://www.g-advance.co.jp/k-jube/gallery.html
本当に凄い。

あと他にも・・・

ジョワッ 
スペシウム光線の作り方とかあるけど、レクチャーされたらわたしも作れそうな気がする。

しかしそれにしても語れば語るほど語り足りない気がする。
子供の頃、講談社系の雑誌か秋田書店系かでウルトラマンのマンガを読んでいた。
なんかセブンがイトコで、タロウかレオがグレてて、<帰ってきた>は新マンとか呼ばれていた。
それで赤いウルトラマンと青いウルトラマンがいて、赤が地球へ派遣されるタイプで、青が訓練中と言うのを読んだ。
どこまで本当かはわからない。しかしこのことに関しては記憶の錯綜などではない。
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こちらはわたしの持つ絵本の中身。

'66少年マガジンがあった。
サイレント・ワールド、ハリスの旋風、巨人の星、丸出ダメ夫、悪魔くん、サイボーグ009のラインナップがある中に怪獣事典という文字が。
大伴昌司と言う人が怪獣博士というか元祖ヲタというか、丁寧な解説文を書いている。
バルタン星人の皮膚の硬さとか武器とか、エレキングのツノはエレキレーダーで、身体の骨は<エレキ碍子肋骨>とか。かっこいいなー。
それで笑ったのがチョコ怪獣ゲスラの解説文。
「カカオ豆にたかるゲラン蜂の変化した怪獣で、チョコもバリバリ。お菓子屋さんの強敵だ」
いいなー。こういうの、大好きだ。

そうそう、好きな物語について書いておこう。大体皆さんも好きなお話で人気が高かったようだ。

ウルトラマンAの#13話で、『死刑 ウルトラ5兄弟』 これ忘れられません。
ゴルゴダ星でみんな磔られていた。
正直、子どもの頃ときめいた。困った子どもだなー。しかしこのときめきは今も続いているのだ。

ウルトラセブンには数限りないときめきがあったが、衝撃だったのはメトロン星人。
アパートを借りていて、その茶の間にセブンを招いて「まぁ座れ、セブン」。
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これには再放送の度にショックを受けている。
この衝撃は多くの人にも広がっていたが、それでかウルトラマンマックスで『再びメトロン星人』をしたらしい。
そちらは見ていないので知らないが、再現されていた。
(この再現の間、以前は世田谷のさる文士の書斎だったんだがなー)

あと、これは調べたらわかるのだろうが、ちょっと思い出せないけれど印象に残っている話がある。
ここにはないが、前代のウルトラマンが悪い怪獣によって口が聞けなくされている。
それを当代のウルトラマンが悪人だと誤解して追跡する。
違うと言いたいのに言えないもどかしさ。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛―いまだにこういう設定にイライラするのだ。
わたしは「言わない」のは好きだが、「言えない」のはい・や・だーーーーーっ!
昔のドラマにはこうした要素が沢山あった。それでイライラしては熱心に見るのだよ。


セブンの最終回。
ううううう。ダンとアンヌの名シーンを思うと今も目頭が熱くなる。
「西の空に明けの明星が輝く頃、一つの光が宇宙へ飛んで行く。それが僕なんだよ、さよならアンヌ」
台詞をここに書き写すだけで涙がにじんでくるよ・・・
(そういえば♪セブン セヴン セブン・・・ の歌の中でヴ発音で歌っていたのが尾崎紀世彦だったそうだ)
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他にわたしの持つウルトラグッズをupしよう。
わたしはレオで卒業してしまったが、わたしだってウルトラシリーズを愛する者だ。
諸兄の情熱に勝ることはないが、劣るとは思いたくない。
なにしろ今もカラオケで特撮特集をすることが多いのだし。
(仮面ライダーシリーズとウルトラシリーズと宣弘社シリーズなどとを交互に入れつつ、デュエットで歌う。交代で歌うより気分がいい)
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指人形の小さなジオラマとでも言うべきかしら。
他のフィギュアもそっと出演。
しかしなぜか今回、ソフビみつからず。
M78星雲に帰還中なのかしら。

ところでこちらはわたしが2000年の年賀ハガキに作った版画。
我ながら好きやなー。
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ああ、いい展覧会だった。
ウルトラマンの後は八王子へ。次はガンダムだ。京王ヲタ路線だなー。

日本のビールの歴史

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日本のビールの歴史。img212.jpg


ポスターなどが見たくて神奈川県立博物館に来た。
この建物は横浜正金銀行を転用したもので、以前からかなり好きな作品である。

しかし今回は建物を楽しむのではなく、横浜発の日本のビールの歴史を楽しむために来た。
ところでのっけからなんだが、わたしはビールを飲まない。一種のアレルギーがあるので、「とりあえずビール」はお断りである。
しかしビールのポスターなどが好きなので、記念館にはよく行く。
記念館は大抵が工場に併設されている。
大山崎のサントリー、三田のキリン、四国のアサヒなどを見学している。私個人では行かないが会社の遠足とか社内旅行の中などで行くことが多く、大抵そこでランチとか試飲会とか楽しませてもらえる。飲まない私はジュースなどだ。
会社の団体で行くから面白い話が色々あるが、それはまたいずれまとめて『アホらしい話』としてupしたいと思う。

ところでビールはエジプトが発祥の地だときく。出土された明器などにもそんな情景のものがある。
ナイルマークの大麦酒か。なんかかっこいいな。

さてさて何を展示しているかと言うと、まあ一言で言えば日本のビールの宣伝模様というやつですな。
大正中期からサラリーマンが社会の主流になってきたことで、そちらを消費者と看做して色々ショーバイする。
まずこれだ、とばかりにポスターでその気をそそる。
オマケ合戦は明治の村井商会vs天狗煙草で既に経験済み。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-381.html

味の違いは正直、わたしにはわからない。
でもラベルの違いくらいはわかるゾ。
サッポロビール所蔵の貼り混ぜ絵巻がすごい。
国内外のラベルなんと500枚をペタペタ。
クリックして、どんなのがあるかどーぞ確認をば。
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まあこんな感じ。

しかし国民飲料というのがすごいねー。
「とりあえずビール」やもんなー。
この台詞から赤瀬川原平御大は本も書いてたな。『優柔不断術』

とにかく感心するくらい色んなビール会社があった。
カブトビール、サクラビール、浅田ビール、上菱ビール・・・
今も残るのはキリン、アサヒ、サッポロ、サントリーなどだけど、いやマジですごいです。

それでビール作りの工程などの写真もある。何度か現在の工場見学をしているので、頭の中で比較するとこれがなかなか面白いんだな。

ところでビールはまず軍隊に導入されたようで、そこから宴会の「とりあえずビール」が始まったらしい。
ついでにアルコール・ハラスメントも。

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和風美人のポスター。
戦前の美人画は本当にいいなあ。

こちらはちょっとファンタスティック系のポスター。
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時代の好みとか色々見えてくるわけです。

ビール瓶も色々並んでいて、初めて知ったことがある。
昭和18年に大瓶633ml=3.51合に統一されたらしい。
以前からなんでこんなに中途半端なんかなーと思っていたのがわかった。軍の都合みたい。

元のカブトビールの半田市にある工場はこの県立博物館(旧横浜正金銀行)を建てた妻木頼黄の設計で、今も残るようだ。
ハーフティンバーの素敵な建物。是非みたい。

ところで不思議なポスター発見。どちらも昭和5-6年のもの。

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・・・どっちなんですか。

そうそう、大正時代のビール用アイスボックス(冷蔵庫型)があった。
今なら佐々木蔵之助さんと伊武雅刀さんがCMに出そうなもの。

最後に今現在神奈川県下にある地ビールの宣伝が。
鎌倉ビール、相模ビール、箱根ビール、厚木、熊沢、ザンクトガーレン
。それぞれ形が可愛くていい感じだ。
わたしが飲めたら全部並べて飲むのにな。
ま、やっぱり「とりあえずビール」これでした。

地図の旅 西日本の旅

6月に『東日本の旅』を楽しんでから二ヶ月が経っていた。
今日は『西日本の旅』。
何かと言えば、横浜都市発展記念館での展覧会『横浜発・地図の旅』での話だ。
展示換えを見に来たのだが、チケットは<きっぷ>である。
これが往復切符のように、後期展示に使えます。
東日本の旅はこっちhttp://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-506.html

受付が改札になっていて、切符にはさみ入れてもらった。M型。
なんか嬉しい。
なにせ物心ついたときから既に切符にはさみと言うのはTVでの景色だったのだ。

時期をうまくあわせたので吉田初三郎の原画も見れた。
東京から横浜メインに平塚越えて遥か先に門司や釜山がある地図。鳥瞰絵師の面目躍如。
この日は横浜から芦花公園経由で八王子なので、地図をじーっと実用的な視線で眺めた。
ええですなー。

地図だけではなく国鉄の旅行ガイドが並んでいる。
それがまた楽しい。
大正頃からサラリーマン家庭や女の人に、旅行しましょう遊びましょう、な誘いが増えていったので、そんなチラシやポスターが多い。

それで西日本の旅。
西日本でも関西は私鉄王国だから、おかみとは一線を画している。
なんせ阪急の小林一三は自作の阪急電車の歌の中で、省線を跨いでとかそんな歌詞をわざわざ作っている。
関東の私鉄や地下鉄がSFメトロカード一枚で乗り継げるようになる以前に、関西ではスルッと関西システムを開発していて、現在では電車バス50数社が一枚のカードで自在に行き来できるのだ。
しかしそこにJRは仲間に寄せてもらえない。
ゲージもわざわざ広軌と狭軌と変えている。
ナゼか。
それはかつて国鉄に乗っ取られない為の対策だったのだ。

国鉄は軌道に乗った線路を乗っ取るが、<お召し>と称して金を払わなかったようで、民側の経営者は猛反発した。
今現在JR阪和線となった線もかつては私鉄だったが、ゲージが同じなので召し上げられた。
私鉄は客は乗せても、国に乗っ取られたくないので対策を練り、それが今日での私鉄王国につながったのだ。
いいハナシだなー。

ただし私鉄も無論吸収したり合併したりしている。
それで近鉄が日本最大になったのだった。
その近鉄はそういう経緯もあるから長???い沿線がある。
京都銀行もビックリの長???いだ。←関西人にしかわからんCM。
で、その沿線案内のチラシがなかなか凝っている。
奈良大和路斑鳩、伊勢志摩鳥羽、そして名古屋岐阜。
遊び心がくすぐられるんだよなー。

昭和初期頃のことだから、写真ポスターではなく綺麗な絵画。
モダンな構図のロシア構成主義風のや可愛い舞妓さんなど。
またこういうのを見るのが好きなので嬉しい。

知ってる地名がドンドン出てくる。昭和11年頃は世相が段々悪くなるのだけど、妙に楽しそうな状況でもある。
ああ・・・今は亡き宝塚遊園、阪神パーク、玉手山遊園、あやめ池温泉?! あったんやねー温泉(多分冷泉)。
千里山の菊人形、枚方菊人形、ゴルフ場もよーけありますわ。
摩耶ケーブル、六甲ケーブル、ロープウェイ、有馬温泉。
行楽地図は本当に楽しい。

関西だけではない。西日本の旅だから岡山、四国、別府の地図もある。
え゛っ昭和に入るまで高知県は他県と電車のつながりがなかったんですか・・・。
うーむ、竜馬はやっぱり足で山越えして脱藩したんやなー(当たり前じゃ)
そうそう、今Weeklyアクション誌で駅弁の旅のマンガが連載中で、あれはなかなか面白い。
昔も今も駅弁っていいよねー。
阪神百貨店で駅弁大会とかするとめちゃくちゃな人出でしたわ。その裏現場レポも面白い。

こういう地図を見ていると日本の旅を続けようと思う。何十年も昔の地図なのに・ガイドなのに、心が惹かれる。

別府温泉のほかにも鹿児島の地図とかが雄大で面白い。

ところで今回は短編映画のVTRもあり、それの『日満の旅』を見た。昭和11年の国鉄製作。
(満州についてどうこう言う場ではないし、映画そのものも往時の映像を見せるためのものである)
それは和装と洋装の元気で明るそうな二人の婦人が東京から神戸まで出て、船で大連へ向かうツアーの模様を描いた作品で、なかなか面白かった。
駅弁買ったり一等船室でファッション誌を眺めたり、贅沢したり色々楽しそう。行く先々の駅風景もある。
京都では舞妓さん3人の見送りを受けている。何して遊んでたんだ?
とりあえず、戦前のまだ自由の利いた時代のいい部分だけ、よく見えた。
なんだかこういうのが好きなんですよ、わたしも。

いつも芸術と対峙しているような顔してるけど、わたしは本質的に<遊楽・行楽>の人なのだ。
こういう楽しい展覧会に遭うと、明るい気分になってシアワセなのだった。

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どこで何をしていたか。

今回、18?20日と東京にいて例によって例の如くめちゃくちゃ歩いてました。

・ 日本のビールの歴史
・ 地図の旅 西日本の旅
・ ウルトラマン
・ 安彦良和原画
・ 不折と子規と漱石
・ 全生庵の幽霊画
・ 伊藤彦造
・ 小さいもの 骨董入門 永青文庫
・ ディズニー原画
・ 川瀬巴水
・ アートコレクション
・ GOLD
・ 浅井忠からモネ
・ 庭園美術館

こういう感じでした。東京で見たものの感想は、大体ホテルのPCで書き上げたりすることがこの数ヶ月続いていましたが、今回は完全にアウト。
ひとさまのところへ遊びに行った程度で、それもあんまりまともなコメントも残せていません。
何から書くべきかもちょっと頭が動かない。
ただ怖いのは、今週既に星野道夫展の予定の他に三本の映画と、京都行きや田辺聖子展もあるということです。
記憶の呼び戻しと捏造と妄想とが一体化するのはいつものことなので、まあいーか。

というわけで(なにがや?)とりあえず横浜から東京に出て何を食べてとか、そんなことを少し。

世界遺産『危機遺産』写真展

世界遺産の写真展に行った。
世界遺産のすばらしさを味わう展覧会、と言うのではなく、世界遺産に迫る危機を知る為の展覧会である。

危機遺産。
そんな呼び方をするらしい。
なぜ世界遺産に登録されたものが失われつつあるのか。
理由の多くは人災である。
紛争、生活の改変に拠るゴミや排気ガス、都市化へ移行した為の廃棄などなど。

一番ひどい例がアフガンの仏像爆破。
その模様が何枚もここに展示されている。
イスラームの全体の中の一部が拡大化されて、過激な行動に走る。そのためにイスラムフォビアとでも言うべき現象が広がっている。
おとなしいイスラムの人への迫害や蔑視をどうするのか。
この先どうなるのか全くわからない。
良くなる見通しなどどこにもない。


次にアンコール・ワットがある。
ポル・ポト政権下の大量虐殺。
220万人以上の自国民の虐殺。
・・・アンコール・ワットの現状と内線前夜の写真とが併並されている。
人の手が入らぬとすぐに森に飲み込まれる遺跡、というのは想像を絶するが、自然の繁殖力を考えると、まだマシなのかと思いもする。
しかし今現在のアンコール・ワットはその自然をも破壊しつつある。
大量の観光バス・大量の排気ガスなどのほか、略奪と盗難という破壊が大きい。ワットやトムは世界遺産登録されたことで警備もされているが、ほかに政府も場所を特定できないような遺跡があといくつもあり、それらが悉く剥ぎ取られ、東南アジア各地と日本人向けに秘かに売買されているそうだ。
大英帝国の昔、海賊行為・植民地化などで略奪した宝物を本国に持ち帰り巨大な大英博物館に収めた頃の話ではない。
今現在での話なのである。

上智大学がプロジェクトを組んで、カンボジア人の自前修復などへの道を開いた。
この成果は既に'03年に『アンコールワット拓本展』として現れている。それを見たとき、深い感銘を受けたことを思い出す。

また'65年のアンコール風景を観た。人々が機嫌よくカメラに向かって笑っている。しかしこの人々は40年後の今日、生きているとは思えぬ状況にある。説明文から類推して、恐らく内戦の犠牲になったようだ。


またチベットのポタラの風景がある。
すばらしい城壁。チベット仏教と土着宗教と更にいくつもの宗教が混合した独自の宗教。それが人々の文化だけでなく倫理観をも規定していた時代。
しかしその時代は最早過去に過ぎない。
衛星回線がつながったことで急速に都市化が進み、大事にされてきた宗教的建造物が次々見捨てられ忘れられてゆく現状がある。

ところでこの写真展を見た翌朝、つまり今朝TVで日本人の海外協力隊のおじさんが、現地に『ナマステ体操』を広めているというニュースを見た。子供からお年寄りまでこのナマステ体操をすることで朝に活力が湧くそうだ。つまりラジオ体操のような存在になりつつある。
めでたいことである。みんな喜んでナマステ体操をしている。
その子供らの服装。可愛いギンガムチェックの揃いのシャツ。制服なのだろう。動きやすくて結構だと思う反面、民族衣装の急速な廃れというものをここでも見たように思う。

インドのサリーも今では年配女性ばかりの服装になってきているらしい。文化的側面からゆけばなんとも残念なのだが、その一方、女性の地位向上や教育の広がりと言う観点で考えれば、やはり動きやすい今風の服装になることが良いようにも思う。
・・・難しい問題だ。

また天災による危機遺産も多い。
これらを見ているとどうにもならない無力感に襲われる。


写真を見ることで、実際その場に行き、感じることとは又異なる問題に気づかされた。
パンダも虎も世界遺産も近代建築も、等しく保存しなければならない。

展覧会はそごう心斎橋で。

見た後に屋上へ出た。
茜色の雲が空に広がり、なんとも美しい光景が視界いっぱいに広がっている。台風の影響か、風が強い。
六甲山脈・生駒山脈・金剛山脈が遠い影として目に映る。
ただただ、きれいだった。

怪異譚その参

コワい話はこれでおしまい。

青蒼の美 ―染付のうつわ

逸翁美術館で『青蒼の美 ―――染付のうつわ』展を見る。
最終日前日の夕方。
近いのでつい出遅れた。

わたしは陶器より磁器を愛している。
特に染付と青磁とを愛している。

今回の展示は主に明代のものとベトナム(安南)、江戸時代の伊万里・鍋島・永楽保全、デルフト窯、モスリムのうつわなどである。
絵画も数枚ある。北宋の趙昌に始まり川合玉堂まで。
いずれも夏にふさわしい絵画である。

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たとえば第一室には趙昌の『黄蜀葵図』がある。
これは桂宮家伝来品で、静かな美しさに満ちている。
白い花のその奥には薄いような臙脂色が匂っている。
その絵を眺めた目を『呉州蓮池端反鉢』に移す。
呉州(呉須)は薄い青色でやや灰色がかったものである。
その色の薄さは紗か絽を一枚かけたようにも見え、五百年の時代の差があるとは言え、共に静謐な心持になる。

心持。
これが大切なものだということを、この展覧会の中で深く悟ることが出来たのだが、まだそこへ入り込んだばかりである。
次々並ぶ作品に目を向けよう。

ベトナムの雑貨がここ数年なかなか流行っている。店先でうつわを眺めると、今出来のものでありながら、伝統を保ち続けているものに出会う。
安南染付は半磁器製で、白化粧をかけられている。その意味ではやや呉州にも似ているが、微妙な絵柄の差がある。
安南のうつわにはやはりアオザイや籐家具が似合うのだ。
不思議なものだ。

『安南月兎香合』 これは絵柄だけ見ればうさぎではなく・・・ぶたさんにしか見えない。へんな尻尾がついている。
同じく『渦文香合』はくりくりしている。
一方『唐草文平鉢』は元代の柄を手本にしたらしく、色合いの差さえなければ見分けがつかない。
政治と文化の交流を考えなければならない。

第二室には二枚の趙昌と応挙の三男・木下応受と吉村孝敬の絵がある。
この部屋は吹き抜け空間になっていて、綺麗なシャンデリアが飾られている。チェストがある。座ったことはないが。

趙昌の『レイシ図』ライチである。これは初見だが、なんだか見たことがある。・・・わかった。北斎の『お岩さん』の提灯なのだ。
あの提灯がお岩さんの顔になっている絵、それと垂れ下がるライチとがよく似ているのだ。

同じく『蓮池鴛鴦図』 白地に薄くぼかすようなピンクの蓮。鴛鴦は仲良くしているが、なぜか冠がない。中国の鴛鴦はそうなのか。

応受『唐美人』 父親譲りの絵の腕ということだが、画題もそう。二人の女が船に乗る。涼しい風が吹いているようだ。
髪飾りはそれぞれが黄薔薇と青薔薇。着物の藍色線が涼しさを深める。明代頃までの風俗に見える。

『採蓮図』 吉村孝敬はプライスコレクションで可愛い唐獅子ファミリーを描いていた絵師で、応挙十哲の一人。
ピンクの蓮がきれいで、そっと手を伸ばしたくなった。
蓮の魅力は深いものだと思う。


イスラーム、回教国。そこから来たコバルトを回青という。
この釉薬が来たことで、染付(青花)が飛躍的に濃くなった。
そこには『大明嘉靖年製』と刻まれている。
だからこの年号の官窯製品はみな、とても美しい青色を発成している。

『染付牧牛文鉢』 これは嘉靖辛酉とあることで1561年製の作だとわかる。牛に乗る人の帽子が風に飛ばされたり、のんびり草を食む牛と佇む人の姿もある。
『八仙人渡海文鉢』 八仙は蓬莱山に渡ろうとしている。一人一こま図。わたしが八仙を知ったのは水木しげるの『悪魔くん』からだった。
可愛かったのが『群童遊戯文入子鉢』 六客あるがどれもこれもらっきょに目鼻がついたようなちみっこたちが楽しそうに遊んでいる。可愛い。
ちょっと杉浦茂の破天荒なギャグマンガのキャラたちがいる構図のようだ。
しかし可愛いのに対抗するかのように不気味な福禄寿人形がついた瓶がある。
・・・四人の福禄寿のうち、一人だけ黒い福禄寿がいる。なんとなく、異様だ。元からなのか落剥からかはわからないが。

二階へ上がる。
ここには古染付が多い。
古染付とは17世紀頃の明の民窯で日本向けに作られた磁器のことである。
当初『染付南京』と呼ばれたが、やがて古染付と呼ばれるようになった。
だからこれらは日本人好みの形状と構図をとっている。
ところで回青(コバルト)とラピスラズリは別物である。同じくすばらしい青ではあるが。

『古染付魚藻見込双魚文茶鉢』 見込とは器の中の底のことらしい。そこに二匹のサカナがいる。可愛い。外側はシマシマである。
『火焔馬六角香合』 青い炎の馬だった。明を斃した清はマンダンツなので乗馬に秀でている。漢代には汗血馬を輸入している。
馬だけでいくらでも話がある。
『海老香合』 形を海老に取ったと言うが、なにやら鯉のようである。しかしこうした可愛らしさは日本人の嗜好にあう。欲しいな、と言う感じがある。

それから祥瑞がある。
わたしは祥瑞が好きだ。特に捻りが一番可愛いと思う。
ここに並ぶ作品を見ていると、家にあるそれを思い出す。

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これはなにかリスの親戚のようなイキモノのいる絵柄だが、小さくて可愛らしい香合である。掌に乗せて愛でたくなる。
日本人の特性、小さなものへの偏愛。

面白いのはサカナの背開き皿。可愛らしいが、この皿を実用に使うとなると何を乗せよう。ちょっと悩む。
また、青銅器の『尊』の形を模した瓶がある。これは花入れだが、私が実際に花を生けるとすると何の花を入れるか少し考える。
サカナといい尊といい、面白いが実際に使うことを考えるのはムツカシイ。

場所を移る。
蕪村、是真、竹田の絵がある。
オヤジが足を洗う『濯足万里流図』はどうも楽しくないが、へんなおじさんだからまーいいか、という感じがする。
明治になってから是真の描いた『洋盞蛍図』 きれいだった。青いグラスにそっと蛍が止まっている。こんなきれいなグラスに止まる蛍。
竹田の蟹の絵は沢蟹の行進に見える。指揮する蟹もいる。行進と言うよりもしかすると蟹のオーケストラかもしれない。

いよいよ日本の磁器へ。
永楽保全は逸翁や湯木などでたくさん見てきたので、三井記念館のコレクションをおろそかにしている。
保全の雲堂は特になじみ深く、どの作品を見ても安心するくらいだ。保全の描線は骨太さと繊細さが同居していて、染付はどれもこれも楽しい。
しかしわからない作品が一つあった。
『仙人文結文形向付』 富士山型の向付で見込に三人の仙人がいるのだが・・・ あっ!せんにん・もっといもんがた・むこうづけ ではなくて、せんにんもん・むすびぶみがた・むこうづけ なのか!
・・・しかしどちらにしても形は富士山型にしか見えない・・・

伊万里がある。
『藍釉瓢形徳利』 冒頭にあげた画像にある徳利。深い藍色メタリック。綺麗な色合い。くびれがなんとも艶かしい。
『水仙文縁透平皿』 縁の透かしはラセンコイル状で、笊の上に水仙が寝かされている、と言う絵柄である。凝った作りだった。

古染付開扇香合とそれを手本にした魯山人の香合が並ぶ。
きれいだと思った。魯山人は古陶の写しにもとてもよいものが多い。

『染付叭叭鳥香合』 この叭叭鳥、ユリカモメみたいに見える。ふっくらして可愛い。大体叭叭鳥は可愛いものだ。抱一のも大観のも、みんな可愛い。

そして昭和25年の茶会の再現がある。
逸翁美術館では必ずいつも茶会の再現がある。
お客が誰かは調べるとわかることだが、なんだかときめくようだ。
近代茶道中興の祖は益田鈍翁だが、その後に続くのが逸翁だった。逸翁は不昧公伝来の茶道具などを色々蒐集していたが、その一方でガラス鉢などもサラリと使う。
とてもモダンなセンスだと思う。
その中で玉子手の『槿花』という茶碗が可愛い。
この箱書きは小堀蓬雪だが、その字の愛らしさに「おおっ」となった。
こんな字で箱書きされると、中身まで可愛らしくなる。
逆か。可愛い茶碗だから可愛い文字が選ばれたのか。

新館へ行く。
こちらにはデルフト窯とイスラムのうつわがある。
逸翁は先に述べたように、東洋の古美術だけでなく西洋美術にも造詣が深い。だから茶席にもガラス鉢を使うセンスがあるのだ。

オランダ絵画の『陶器作り』というレンブラント風の絵があった。
窓から光が差し込み、暗い工房を照らし出す。
実のところわたしはこうした絵画はニガテなのだ。

イワン・アイヴァゾフスキーというロシアの画家による『月明の水都』
これはザンクト・ペテルブルグの港湾風景である。
何艘も船が繋留されていて、それらや強固な石造りの建物を月が照らし出している。
この都市はピョートルが作り出した人工の都市だと言うことを、改めて思い出した。
ロシアの絵画は時々不思議な空間を見せてくれる。
以前からそう思っていた。

デルフト窯の藍絵が多く並んでいる。
マックム窯で作られた『芙蓉手写鉢』のその絵を見たとき、正直に言うと青ボールペンで描いたのかと思った。
シェル石油のような貝殻形の鉢も可愛い。
中国や日本のうつわを手本にした作品も多いが、オランダ市民の楽しそうな図柄も多い。
かまぼこ型の目に出歯の龍が描かれていた。オブジェのような蓋物。
大体東洋の絵柄は西洋で写されると、妙に可愛くなる。
西洋のものを東洋で写すと・・・ まあ色々と。
マイセン窯のコバルト釉蓋物の摘みがイチゴだった。かわいいー。
どちらにしろ可愛い作品が多い。

イランの『白釉藍彩花文鉢』はエナメルのようにきれいだった。亡くなった加藤卓男がイスラーム陶磁器の再現などに熱心で、色々な作品を見た。
ここにも見込に魚の絵の作品がある。魚、三つ巴というより数珠繋ぎしている。
いちばん目を惹いたのは孔雀の羽をいっぱい集めたような『花文鉢』だった。羽の目玉部分を集めている。そんな感じ。そしてそれはエナメルのようにみえる。
これに似た作をみている。乾山の可愛らしい花入。

ああ・・・本当にたくさん可愛い青をみた。

閉館間近までいてから、この雅俗山荘を出た。
ミンミンゼミの声がする。
逸翁美術館のある五月山の裾ではミンミンゼミが鳴いているのだ。
北摂ではこの辺まで来ないとミンミンゼミはいないのだった。


怪異譚その弐

まだ続きます。
明日の参で終わり。

高砂淳二写真展

大丸心斎橋で開催中の高砂淳二写真展を見に行った。
チラシは夜の虹である。
裏にはこんな案内文がある。


海の中の生物から風景まで地球全体をフィールドに、自然とのつながりや人とのかかわり合いをテーマに活動する写真家、高砂淳二。

近年は先住ハワイアンの自然観にも惹かれ、先住民の知恵を伝承する人との出会いから、月の光に照らされて出る「夜の虹 night rainbow」にめぐり会いました。「ナイトレインボー」とは、満月の夜に大空に架かる虹のこと。めったに現れることがなく、ハワイではこの世でもっともすばらしい祝福だといわれています。自然の力を知り、自然に恐れを抱きながら体と心で向き合うと、その奥深さが改めて感じられるといいます。

この展覧会では、神秘的な夜の虹を中心に、満天の星空、海の中の生き物たち、夜の浜辺、海の中の青の世界を120余点の写真でご紹介いたします。海の青さ、ショッキングピンクのサンゴ、海中を漂う極彩色のウミウシをアップでとらえた写真はどれも美しく、すべての生き物や自然に精霊が宿っていることを感じさせます。真夏の暑い日に、地球でもっとも美しい光景の中で幸福感に浸ってください。


なるほどと言う感じ。
『夜の虹』と言えば長岡良子の作品で行基が見ていたな とか、NHKの某アナがぺーぺーの頃天気予報を読み上げるとき「夜から ニ」とあるので「夜から虹が出るでしょう」とやって、上司に「虹が出るのを予報したのは天地開闢以来お前が最初だ、しかも夜の虹か」と言われた話などを、思い出す。(正解はにわか雨)
あるんかな、夜の虹。

そんなことを思いながら出かけた。
実はこの数日間書いていた本町うろうろの終点がこの大丸なのである。
この前日に大丸とそごうの共同宣伝が新聞見開きいっぱいにあり、結構なことだと思っていたのだ。
そごうでは危機に瀕した世界遺産の写真展が開催中で、それは後日行くことにしている。

カメラマンの高砂淳二さんは44歳らしい。ダイビングワールドと言う雑誌の専属だったと言うから、当然ながら海の生物の写真だろうくらいの考えで向かった。

いきなり『夜の虹』。
うぉっという感じ。ハワイ、夜に虹が見えるんだ。
かなりショック。そうなのか。
私はリゾートに無関心なのでハワイにも興味がないのだが、この高砂さんの写真を見て「ハワイに行きたい!」と思った。
ハワイの海・ハワイの火山・ハワイの森へ。
私は人のいない・行かないハワイに行きたい。

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火山を見てどきどきした。キラウェア火山。
私は火山の流れを見るとすぐにSWE3を思う。
いまや修復不可能なほど心の離れた二人、オビワンとアナキン。
アナキンの身体が溶岩に飲み込まれてゆく。
そのことを思い出す。

でもとてもきれいだ。大地の心臓の動きを見ている気がする。赤いのは動脈、うごめく左心房、息づく右心室。どきどきする。火山流はどこへ行くのだろう。
この写真の中に切り取られた空間。ここからどんどん広がっているはずなのだ。
すごいな、どうしてこんなに世界を四角く切り取れたのだろう。

それからハワイの森。ああ、羊歯がいっぱい。わたしの大好きな植物。高い空。星が星だとわからないほど天空いっぱいに散らばっている。
散らばる?もっと密集。ギュイギュイの☆。いや☆は距離があるから☆なのだ。これは・・・・・・・・の集合。二段三段四段、違う散弾星。すごい眺め。
あるコミックの中で、色々つらいことがあってもハワイの人たちはこの火山を見て、星の下で明るく生きているんだ という感嘆があって、ふーん、と思っていたがなんだか実感。
私のナマの目で観るより、もしかして高砂さんのチカラの方が上かもしれない風景。
すごい。
ハワイを愛してしまいそうだ。

ドキドキする。すごい青。青と一言で書いたけれど、色んな青がある。陽光の影響を受ける青、その影を含んだ青、白砂に照らされる青、植物に染まる青。
いるかがいる。
こっち向いてるみたい。立ち泳ぎのいるか。笑ってるみたいな顔。
そういやこないだ新聞で読んだが、どこかの水族館にいるそのいるかはどんくさい子で、芸が覚えられない。でもがんばっています。そんな記事を読んだが、いるかにも色んなのがいるんやなーと初めて知った。
この写真のいるかはダイバーやカメラマンの前でにこにこしている。ポーズ取ってるのかもしれない。

それからいるかがエイに遭う。いるか meet エイ。深海の出会い。
いるかの連泳。競泳ではないよ。
いるかダンサーズもいる。

海亀も案外アクティブという写真があった。
これは私もなんだか知っている。何度目かの海遊館で、その日みんな変だった。
ジンベイザメが立ち泳ぎして、海亀がジェット噴射してるようにバシバシ走波し、真面目なイワシたちがダラケてマチマチの方向を向いていた。
そのときを思い出す。

ハギたちが海亀にまといついてお掃除身づくろいしているのが楽しい。
それにしてもすごい写真。
雨雲から滝に、滝から川に、川から海にゆく水の循環。日本画なら大観の『生々流転』だな。その自然の動きが見えるような写真。

何を見てもどれを見てもそこには命がある。

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ハワイからカリブへ。
カリブの海生物。(クラーケンはいないよ)
アジサシの影が面白い。
モデルのような足。ポーズ取ってるわね。
可愛い仲良しさんもいる。並んでこっち向いてる。
本当にいい写真展だった。
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なんだかわたしに新しい地平 いや、水平線が開いたような気がする。

高砂さんのサイトはこちら。
画像も大変きれいだった。どきどきの自然。
http://www.adseeds.co.jp/takasago/collection/index.html

怪異譚その壱

今回はお盆と言うこともあって、わたしの周辺の怪談などをお送りします。主に私の体験談と、親戚・友人の話を集めました。
(苦手な方、ごめんなさい)


**去年の夏に別な掲示板に連載したものをまとめた分です。


オバケ屋敷などなど

朝昼と高校野球見てから出かける。
池田の逸翁美術館に行き、夕方からは友人とエキスポランドのオバケ屋敷に行くのだ。
逸翁美術館と大丸で見た写真展の内容はまた後日にして、お盆らしく怪談系で行くか。

本日一緒に遊ぶ友人は二つ上で、熱狂的な猛虎党である。
ピアノ教師として連日大阪府下を縦走している。
コワいもの知らずというか、自分の技術で生きているので、他を怖がることがない。
だからか、恐怖度を確かめる洋風お化け屋敷に入っても、「お前は本当に人間か??」と答が出てくるくらいだ。わたしは「なかなか度胸があるな」だった。
エキスポランドにはオバケ屋敷が洋風・和風と二つあるほか、夏期間限定の『人が演じるオバケ屋敷』がこの十年ほど続いている。
わたしの夏は東京でアートコレクションを・大阪でオバケ屋敷を楽しむ、というお約束がある。

今年の題目は『獄門島』である。
言わずと知れた横溝正史の傑作。去年は犬神家の一族、おとどしは八つ墓村だ。
それ以前は四谷怪談、皿屋敷、牡丹燈篭などのほかオリジナルの時代劇怪談だった。
これがメチャクチャ面白いのだ。
なんせ第一回目は深作欣二監督が演出して、東映の役者さんたちが出演されたのだ。
いや、実に凄かったなー。人形かと思えば人間ですもの。(あとの台詞だけなら相田みつ▲だな)それ以来エキスポ夏の風物詩として定着している。
来年はあれかな、悪魔の手毬歌かなとか、勝手な予測立てたり。

犬神家の一族も八つ墓村も獄門島も手毬歌も、みんなコロし方に情趣がある。
だからこそこれらがオバケ屋敷の仕掛けなどに相応しいのだろう。
わたしも他の友人たちも『悪魔が来たりて笛を吹く』が横溝正史畢生の名作だと信じているが、あれはコロし方が普通なので、怪談には向いていなさそうだ。
やっぱり趣向が必要よ。
斧琴菊や俳句の見立てや手毬歌や、なによりかにより一言叫ぶ、
「たたりじゃーーーーーっ」
これよこれ。いっひっひっ

しかしこれを愉しむにはちょっと薄暗いほうが都合がよいので先に和風オバケ屋敷へ行く。
わたしは人間の出るオバケ屋敷より和風人形のそれの方がずっとコワい。
ポクポク木魚に井戸から女が這い出たり、碁打ちの二人の首がずれて落ちたり、猫の巨大な影がこちらを向いたり。たのしいな??
でも気の毒にこの写真のように、オバケ屋敷の需要がへって人形も工房で待機している。
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わたしは夏が大好きで、暑いけど元気なのは、実はこの辺りに理由があるような気がする。
セピア色の夕暮れ時・木陰の涼しさ・薄暗い黄昏の微かな恐怖・スイカ・蝉の声・花火・・・・・
夏の好きなものばかりを書いたが、案外和風なものばかりだな。
普段は洋風の生活を好むけど、夏だけはやっぱり日本だぜ。
そしてやっぱりオバケ屋敷だ!

これまで色々見たいと念願してきたものがある。
オバケ屋敷・絵解き・のぞきからくり・見世物小屋。
オバケ屋敷は毎年見れるのでこれはまぁ常に満足。
絵解きは数年前、信州善光寺のそばの刈萱堂で実演していただいた。嬉しかったなぁ

のぞくからくりも数年前、四天王寺で実演を見たが、そのとき四天王寺の特殊な様式の伽藍を背景に、巨大な黄金の月を見た。ゾクゾク粟立つほど、凄い光景だった。
あと佐倉の歴博に実物があり、ボタンを押すと動いてくれるのが嬉しい。
見世物小屋もTVでドキュメントを見た直後に、その一座が桜ノ宮の造幣局の通り抜けに小屋掛けしていたので、楽しく眺めた。

他にもあれだ、造りものをいっぱい見た。
これらは主に展覧会で、だが。
INAX、たばこと塩の博物館、大丸での展覧会。
菊人形・陶器人形・生人形などなど。

これは国芳の描いた細工見世物のチラシ。
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こっちは瀬戸物の人形。
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しかし生人形は、わざわざ熊本まで出向いたが、今その第二弾の展覧会に行くか行かぬかで、大いに悩んでいる。
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前回のと今回のチラシ。熊本に行き、今度は謎の麺も食べたいし。

ところでオバケや幽霊の絵のweb展覧会しようかと思ったが、案外資料がなかった。残念。
ていうか、持っているがあまりクリアーな状況ではないのだった。
そうそう、月末には大阪・平野にある融通念仏宗の本山・大念仏寺で年に一度の幽霊画の公開がある。大体毎年見物に出かけているが、今年はちょっと都合がつかない。
平野区は町の人々自ら「町ぐるみ博物館」としておうちに伝わるお宝や古い町家を公開したりして、楽しませてくれはるのだ。
町中の全興寺が中心になって、地獄や極楽や昔の駄菓子屋さんを再現したりしている。
水もポンプでゴックンゴックンくみ上げたりするし、紙芝居屋さんも出たりする。
大和川にドンブリ放り込まれた下女の亡魂の話の続きが知りたいけど、どうなったんやろ・・・
そうそう週末には谷中の全生庵の幽霊画を見に行くぞ。

ああ、楽しい。

とりあえず『獄門島』のはなし。
これは其角「鶯の 身をさかさまに 初音かな」
芭蕉「無惨やな 冑の下の きりぎりす」
同じく「一ツ家に 遊女も寝たり 萩と月」
三つの俳句を三姉妹のコロし方にと遺言された人々の話で、金田一耕助はそれを阻止しに獄門島に向かうのだが・・・・・・。

私も友人も子どもの頃、横溝正史シリーズに熱狂していたクチなので、細部にも詳しいから嬉しくて仕方ない。
4?5人ずつ分けてウォークスルー型の会場へ送り込まれる。
私らのグループは知らないお兄ちゃんたち三人組と一緒。やたら背が高いなー。
しかし彼らは原典を知らぬので、ただのオバケ屋敷と思っているから、こわがるポイントが違うのだな。
にいちゃん、じゃま。
ついに私と友人とが先頭に立った。本当は背後に知らんにーちゃんらがいる方がよっぽどコワイのだが、「お前は人間か??」と「なかなか度胸があるな」がふてぶてしく歩くわけよ。

友人は既にニュースで役者さんらのメーキャップとか見ているから余裕で<驚き>、私は頭の中で原作を再現中なので「来るぞ♪来るぞ♪」で<驚く>わけです。
出たときには満足しましたがな。でもにーちゃんたち、叫びすぎて声枯れてやんの。
今年もなかなかのデキでしたなー。

しかし実は一番コワいのは、オバケ屋敷より何より、この友人なのだ。
何を見ても動じもしない彼女が、ジェットコースターは元より回転木馬まで「怖くて乗れない」
事実なのだった。だから乗り物優先の遊園地に来ても、わたしは可哀想に乗り物に乗れなかったのだよ、トホホ・・・。
ジェットコースター好きなタイプと、オバケ系好きなタイプとは共存しないのだろうか。
わたしの友人は二分している。
私は両方た・の・し・み・た??い!!!

シメは花火だった。きれいな打ち上げ花火。間近に見れてとても嬉しい。
又来年もエキスポのオバケ屋敷を楽しもう。

そうだ、わたしが怖かったオバケ屋敷のことをあげておこう。
今はなき宝塚ファミリーランドでは、水木しげるのシリーズが続いていた。
子供の頃から地元民のわたしは何かと言えばファミリーランドで遊んだが、学校行ってる頃に友人とゲゲゲのお化け屋敷に入った。
これも人が演じるオバケだからコワくないよと友人に(勇気付けるつもりで)言ったのがオバケのカンに触ったか、ナマハゲに追いかけられて迷路の中を走り回ったことがある。
でもとうとう捕まった。泣いちゃったなー。
オバケより生きてる人間の方がよっぽどコワいわい。
それから・・・
数年前『ブレアウィッチ・プロジェクト』というコワいコワい映画があったことを覚えている人はいるだろうか。
私は友人と初日の朝一番に見て、あまりの恐怖に劇場から解放されたとき、吐いてしまったことがある。
それでよせばいいのに、東北の友人が来たときもう一人と歓待しようと、その映画を元にしたオバケ屋敷に行ったのだ。(行くなよな・・・)
これも恐怖度数検査のおもちゃのローソクを持たされてのウォークスルーなのだが、先頭の東北人の前にいきなり怪人が出た。
途端、友人は足を踏み出したポーズのまま、後に2mも飛んだのだ!
にんげん、あんなに後に飛べるとは知らなかった。
いや実際凄かった。マジでびっくりだ。

それからこれは展覧会だ。
板橋区美術館のあの世とこの世の展覧会。地獄ツアーは案外楽しそうなのだが、極楽は退屈だ。
『海神別荘』の台詞ではないが。
しかしこの展覧会では、暖簾で地獄と極楽が分けられていて、何の気なしに極楽行く前の段階、つまりご臨終の間に入った途端、カタマッてしまった。
歴博から借り出してきたマネキンたちがある。
黒いマネキンたちに顔はなく、手に五色の糸を持ち阿弥陀像に繋ぐ往生を願うものと、その様子を見守る人々と。
・・・こんなコワい展示、見たことがなかった。
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これはそのときに出た暁斎の妖怪引き幕です。新聞の画像から。

とりあえずオバケ屋敷などからの追想と感慨は終わり。
明日はわたしの体験した怪談を特集します。

大阪企業家ミュージアム

本町うろうろ第三弾が『大阪企業家ミュージアム』。
なんていうのかな、わたしは高等遊民になるのが実は夢なのだが、こうして働いて働いて社会還元・社会貢献した人々に、すぐ感動するのだった。
まぁ矛盾しててもいーや、ということで。

大阪商工会議所の地下にあるのだが、やたらと「研修で仕方なく見に来ました」な若い男女がぞろぞろ出てくる。
自腹切って来る人間て少ないんかな。―――少なかった。
私はぐるっとパスで来てるが、相客は三人のみ。尤も平日の昼前だからな。
しかし結局ここに1時間いて楽しんだのだから、わたしには有意義だった。

撮影禁止というが、展示品は各企業のかつての商品や、<大大阪時代>の古写真などがメインなので、版権とかそんなの引っかかるのかな?

まずVTRで秀吉以降の大阪(大坂)を眺める。

淀屋橋を作った淀屋常安。雑魚場や堂島米市場、天満青物市などを作っただけでなく、世界初の先物取引システムを米切手と言う形で拵えた。
どぶろくが主流だった頃に伊丹で諸白と呼ばれる清酒を生み出して、さらに新田開発をした鴻池善右衛門。
銅吹きで財を成した初代住友政友。

彼らの成功から他の商人たちも大いに活気付いて、やがて商都・大坂独特の<合理精神>が育まれてゆく。
お上に頼るな・自助自立・独立精神。
まったく、その通りだ。
かつてのあきんどたちは「合理精神こそ活動の源・ビジネス=信用」という意識をはっきりと懐いていて、そこから前貸し信用・延払い信用というシステムを生み出し、それが経済を刺激したのだ。
一体いつから大阪が地盤沈下し元気喪失したのか知らないが(私はバブルにも無縁で、周辺にしかいなかったのだ)とりあえず、がんばろうという気合が湧いてきたゾ

それにしても江戸時代の大阪商人はえらい。
木屋七郎右衛門は江戸堀川を、宍倉屋次郎右衛門は立売堀(イタチボリ)を、伏見商人による長堀川、町人請負による新田開発、江戸末期大阪八百八橋と謳われた橋・実数184のうち幕府が掛けたのはたった12なのだ。あとはみんな町人の手による。

教育もそうだ。
懐徳堂は山片播桃らを送り出したが、この教育機関もお上の手によるものではなく、町人の手で作られたものなのだ。えらいもんや。今はどないなってんねん。

ここに来る前に貰った『残したい関西』でちょっと勉強した甲斐があったか、次のコーナーの近代大阪を大きくした人々や企業に、ややなじみがある

野村徳七、藤田伝三郎、大原孫三郎、大林芳五郎、14世竹中藤右衛門、武田長兵衛、田邊五兵衛、塩野義三郎、小林一三・・・。
明治から昭和初期の大大阪時代に活躍した企業家たち。
そして松下幸之助から安藤百福までの創意工夫の企業家たち。
更にクボタ、ヤンマー、森下仁丹、サントリー、グリコ、岩谷産業、中山製鋼所、椿本、ダイヘン、新田ベルト、ハウス、アサヒビール、キンチョー、コクヨ、イトーキ、象印、シマノ、クラブコスメ、ミノルタ、産経新聞、阪神電鉄、京阪、南海、近鉄・・・・・・・・・・
みんな、大阪から生まれた企業なのだ。
朝に見てきた竹中工務店も秀吉の頃に名古屋から大阪に移って四百年が過ぎている。

政府払い下げから事を起こしたのでなく、<自助・独立>精神で企業を起こしたのだ。
先般ある輩が「会社は株主のものだ」とぬかしたが、それは企業の社会的役割・公共性を完全に無視している。それだからソッポ向かれるのだ。

こうした展覧会を見ると、今更ながらに企業と社会と人間との関係を思う。
日本政府は棄民制度を採っているが、そんな時代だからこそ、自助・独立精神で以ってなんとかしなければならない、と思う。
・・・とりあえず、いやでも会社行って働いてこよか。

今回スポーツ用品のミズノの特集が組まれていた。
創業者・水野利八は丁稚小僧の頃からアタマと気の回る少年で、野球を愛し、若くして創業した。
とにかくスポーツ用品といえば<ミズノ>というイメージが私にもある。
多分に私が野球ファンだからと言うこともあるのだが。

昭和20年代のグラブやラケット、東京オリンピックやメキシコオリンピックの水着やジャージなどが並んでいる。それから具志堅用高のボクシングシューズとか、最近の製品でいえばイチローのグラブと松井選手のシューズとWBCのユニフォームがあった。
気合が入るぜ。
松井選手のシューズの大きさにはびっくりした。早く復帰してがんばれ!
WBCのユニフォーム、これイチローのかしら。しなやかな身体がみてとれる。
王監督、ゆっくり静養してください。
先週は我らが猛虎の若きOB八木裕氏の講演会もあったようだ。

ああ、なかなか楽しめる展示だった・・・。
わたしの愛する近代建築の写真もたくさん眺めることが出来たし。
今度は社会見学として、色んな人を案内したいと思う。

ただし今日くらいから来週はここも世間様ご同様夏休みです。

本町から森之宮 明治屋ビルと大阪カテドラル

なにしろ忙しい。
竹中工務店で展覧会を見てから堺筋本町に出た。
明治安田生命が主催する『関西を考える会』発行の『記憶のシーン 今はない関西・残したい関西』という冊子をもらいに行く。
ところが社員の皆さんはそんな本を出していることを知らぬらしく、ちょっと手間取った。
文化の保存も伝播もまずは足元から始めないとアキマセンネ。

とりあえずこれをもらってから、真向かいの明治屋ビルを撮影する。
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少し前に明治屋撤退して、今はローソンですわ。
全体と、内部を少し。ああ、ええ階段やライト。P0122-1.jpg
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今度は天井や壁面の装飾。P0126-1.jpg
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中から外へ。P0124-1.jpg


しかしローソンでも何でもええが、残ったこと自体に感謝しなくてはならない。
この建物は堺筋に面して建っているが、一本西に入ったところから眺めると、まるでNYにいる気分になる。

そこから本町通へ出て歩きかけて、振り向けば本町ビルの屋上にぎょっ。IMGP0128.jpg
・・・'60年代かな、多分。このビルの一階外壁にもこういうデコレートがある。
好き嫌いを越えて、楽しんで下さい。


農人橋のネキにマイドーム大阪や大阪企業家ミュージアムなどがある。
この辺りには文化財登録された薬局もあるが、今ちょっと写真でないし、そっちまで歩くのも暑い。
今日は企業家ミュージアムへ。
ぐるっとパス関西版を使うが、このパスポートには東京のそれより使い応えというものがない。
ここの内容はいずれ後日upします。

長く続くし画像も多いので、続きへどーぞ。
例によって意図的にサムネイル画像とそのままとが混ざっています。

モダニズム16人展

今日は夏休みしまして、本町と言うか大阪の中央大通りから本町通界隈をうろうろ。
最初に来たのが御堂筋の竹中工務店本店の一階フロア。
向かいの東芝ビルの下にスタバが見える。こないだおいしくライムタルト食べたところ。
さて、この竹中の展覧会、実は11日までなのだよ。

『モダニズム16人展』竹中工務店設計部の原点
『現代16作品展』竹中工務店設計部のいまとみらい

この展覧会を新聞で知ってから行くのに少し時間がかかっている。
でも来た甲斐があった。
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そもそも竹中工務店は秀吉の時代に棟梁竹中藤右衛門が活躍して以来の名門会社なのだが、今も『工務店』と名乗るところに、その技能への誇りと歴史の重さを感じたりする。
で、今回はその歴史に相応しく、竹中が関わった建物写真や模型などを資料と共に展示してある。
無論、取り壊されたりした近代建築も多いから、それらの写真を見るだけでも大変に貴重なのだった。
そしてずっと竹中にいたわけでなく、独立したり教授になったりした建築家もまた多い。

藤井厚二。今では完全非公開になっている聴竹居の設計者として名を知られている。
この人は退社後京都帝大で後進を指導したが、説明文によるとこの人も竹中の設計部の基礎を築いた一人だそうだ。

早良俊夫。今も憧れの雲仙観光ホテルやジェームス邸を設計した。
しまった、どちらも行ってない。雲仙観光ホテルは行きたいが、なかなか行けない。
日本のクラシックホテルの九州の雄。ぜひ訪れたいホテルの一つだ。

鷲尾九郎。堂島ビルヂングと80年前の宝塚大劇場。
堂ビルといえばすぐに思い出すのが今東光『春泥尼抄』である。
春泥さんは河内の門跡寺院からしばしば大阪に出てきてやたらおいしいものを食べている。
堂ビルのそばのステーキハウス。うーん、すてきだ。しかし50年前の小説なので、モデルの店があるのかないのか・・・。
宝塚劇場は古写真で見ると、基本は現在とあまり変わらないように思う。
しかし、二十年前まではここに大浴場もあって、歌劇見たりファミリーランドで遊んだりした後、汗を流して帰宅したことが懐かしい(涙)。

そしてここからはよく知る建物になる。

小林三造。白鶴美術館。おお??!この近代和風建築の粋のような建物、竹中だったのか!
美術館で訊ねたとき、不明だと言われたのだが、そうかこの人なのか。
わたしはこの白鶴美術館の佇まいが、本当に好きなのだ。
風通しの良い・眺めのすばらしい、本当に寛げる美術館だ。

小林利助。雅俗山荘(現・逸翁美術館)。ああ、そうなのか。まあ宝塚を手かげている時点で、これは予測できることだな。ここも本当に素敵な美術館だ。居心地の良い空間。
わたし、とりあえず土曜日に行きます。
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モダンムーブメントの潮流の中では、伴野三千良の文芸春秋ビルがある。
閉館した赤坂見附のサントリー美術館の夜間開館日、窓の外を眺めると、文春ビルが見えたことを・・・思い出す。

岩本博行。この竹中工務店の入る御堂ビルと国立劇場を設計している。
'60年代のモダニズムと言うものを考えるとき、前川國男のことをすぐに思い出すのだが、それにしてもわたしの嗜好というか志向が向くのはこの時代までである。
その後のポストモダンには全く興味も関心もない。

ピックアップした彼らの他にも良い作家が多いのは当然のことだ。
壁数面を使って場所ごとの写真展示がある。それを眺めるだけでも楽しい。
関西、九州、名古屋、東京、海外などなど。
今現在活躍中の人々の『作品』を見る。

村野藤吾の名作を潰したときは「建物を変えても従業員教育が出来てなかったらどうにもならんよ」と思っていたそごう大阪店。
現在、とてもがんばっているのが見て取れる。従業員も熱心だし、隣の大丸とも手を取り合って心斎橋の活性化に力を入れている。
建物もうっとりする、と言うことはないものの使い勝手の悪くない、「やっぱり今の時代にはこうなのかなぁ」と思うようになってきている。
それを施工したのも竹中なのだった。

また、ハービスエントも。ここはブランド好きの後輩がため息とヨダレにまみれる場所なのだが、彼女曰く「建物の構造が巧くて、ついつい奥深く入り込んでしまうねん」。
結果、彼女の手には新しいバッグや時計が・・・。

他にもいっぱいある。あ゛っとなったのが多い。
しかし個人的に「グヤ゙ジイ??」になったのが、わたしの母校。
幼稚園から高校まで包括するその学園は、私が卒業してからの方が、絶対によいゾ。
チア・リーディング部はアメリカにも遠征したし、射撃部だってアメフトだって・・・。
しかしなによりうらやましいのは、ホールが去年完成していることだ。
わたしのおったときにしてくれよ??(泣)
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どれがかはナイショ。

その他有名どころでは、まず天理教の本部から学園から、なにもかも。
日本唯一の宗教都市・天理の親里を預かっている。
二度ほど建物見学に来たが、和風の屋根が乗っかっていて、威容を誇る一群だと思った。
関東ではテレビ朝日ビル(施工)、東京サンケイビル、ポーラ美術館(施工)などなど。

みごたえのあるいい展覧会だった。

豊国祭礼図とコミック

秋田書店から毎月6日あたり発売する「ミステリーボニータ」の今月号に、大好きな長岡良子先生の作品があった。
かつては『古代幻想ロマンシリーズ』として藤原不比等を中心にした連作シリーズがあり、わたしはその大ファンなのだ。
その後ナイルのほとりの物語のシリーズや、平安時代に生きる人々を描くシリーズが続き、少し前に新しいシリーズが始まったのだ。
今月号のタイトルは『花鎮めの祀り』。
シリーズといったが、言えば前編・後編で完結したのかもしれない。が、それも確かではない。
主人公、というより魅力あるキャラが二人いて、彼らのその後が半分描かれたので、日本国内の話はこれで終わり、日本脱出した側の物語はこれからも続くかもしれないからだ。

絵師の物語である。主人公の一人は女絵師。彼女と仲良しの青年は本願寺ともゆかりがある上、はっきりとは書かれていないが、モデルを岩佐又兵衛にとっているようだ。そしてもう一人、彼女を愛しているが行き違いから拒まれる絵師がいて、彼は「又兵衛」の後押しでやっと彼女と和解し、婚姻する。
しかし又兵衛は日本脱出を果たしたらしく、その後二人の前に姿を見せることはない。
また彼女の夫になった絵師・内膳は病弱で、ある大作を完成させた後、彼女を残して病没する。
彼の名は(多分)狩野内膳。描いた作品は『豊国祭礼図屏風』。
今月27日まで京博で開催中の『美のかけはし』に現れる作品である。
そのことに気づくことができ、そしてその作品を見ていることが―――とても嬉しい。
出来ればこの時代の連作シリーズを続けてほしいと思いながら、その祭礼図の一部分をあげよう。
話は長岡先生のフィクションなのだが、とても嬉しいことだ。どちらにしても。

上野彦馬賞と幕末明治の写真展

先日、九州産業大学所蔵の上野彦馬関係の写真展に行った。
開催した尼崎市は近松門左衛門の出身地ということもあって、文化事業には熱心である。近年には食満南北(けま・なんぼく 近代の戯作者)も出ているし、元の尼崎藩主・桜井氏の後裔は初代尼崎市長と洋画家を兼ねていた。櫻井忠剛と関西洋画の先駆者たち
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-105.html
そうした土壌があるからか、ここの展覧会でハズレは滅多にない。

上野彦馬は幕末から明治の写真師で、我々が今日目にする古めかしい日本の風景や肖像写真は多く、彼の手による。
ただし今回展示のすべてが彼の手に拠るものかどうかは、わからない。内容は、長崎風景の写真と、名士(大名や政治家たち)のほか、芸者や無名の女性の肖像もある。

最後の将軍徳川慶喜、大富豪の鍋島直大、昭憲皇太后、大隈重信、福沢諭吉、木戸孝允、西郷従道・・・・・・
名前を列挙するだけで、どういった写真なのかを、想像することができる人々。

そしてある意味日本一有名な肖像写真・坂本竜馬。
今回、大学の調べでビックリな発見があった。
竜馬、写真修整してはった・・・。
出来てから修正したのだろう。データの時点で頬の色を良くして、とかそういったことは不可能だから、出来てからちょちょいのちょいで修正したようだ。
うーむ、そうなのか、という気分。頬を少し直したらしい。
しかし総じて写真はそのまま写し取ったようである。

今回展示されていないが、勝海舟の肖像写真を見たことがある。
実にオトコマエだった。幕末の頃にあんなアクの強いオトコマエがいたことに感心したくらいだ。

さて展示されているのは引き伸ばされたパネル状のものだが、同時プリントというのかなんというのか、当時の写真も併せて展示されている。名刺大の写真。
その当時でも大量に焼き増しできたようで、名刺代わりに配った形跡があるらしい。
面白い。
これは商売人の発想だ。実際にそうしたのは竜馬だったというから大納得だ。

しかしどの肖像もみんな背筋がしゃんっとしていて、気持ちがいい。
実際の画像はこちらのサイトに詳しい。
http://www.sanno.ac.jp/hikoma/uh3.html

そういえば映画『竜馬暗殺』で竜馬最後の数日間、自分を暗殺しようとする連中や女郎たちと記念撮影するシーンがある。
原田芳雄の竜馬、石橋蓮司の中岡、松田優作のテロリスト。
皆仲良く納まって記念撮影。
しかし、条件が悪くて撮影失敗。今日ニハ残ラズ。
・・・いいなあ。

スナップショットというわけではないので、面白みのある写真や表情のある写真はない。みんな肖像画のモデル気分でカメラの前に立ったのだ。瞬撮ではなく、時間のかかる作業の中で。
とは言え、以前人力車のひっくり返る作品も見ているので、あれなどはあのポーズのまま車夫もお客も二時間がんばったのだろうか。
もしそうなら、やっぱり昔の日本人は我慢強いなーと感心だ。


古写真ばかりではなく、彦馬の名を冠した賞も開催されていて、それに入選した人々の作品も並んでいる。中学生から一般まで。
難民の人々の姿もある。現地へ行ったのだろう・・・。
社会的な視線からのもの・ごく私的なもの・動物・抽象的なもの・情景などなど・・・。好悪も巧拙も乗り換えて、真剣な作品が並んでいると思った。

古写真はガラスの乾板で残されていたので今日でも復元可能だが、デジタルもデータさえ破損しなければ・・・。
しかし百年・二百年後に何かしらの関心を、私のような一般客にもアピールできるような作品は、その頃どれだけあるのだろうか。
ちょっと途方もないことを考えながら会場を後にした。

夏の美人画

八月七日に生まれている。
しかも真昼。
暑いのに申し訳ないような気がする。

とりあえず夏の美人画を集めよう。近代日本画メインである。

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清方『刺青の女』 この女に出会って、私は清方に奔ったのだ。
なんていい女だろう。幕末の莫連。姐さん。凄艶としか言いようがない。

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暑かったので行水した後。いい女。夏の女の色香がこちらにまで伝わる。

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お弟子さんの描いた女はお昼寝中。寝姿を堂々と載せるのにはまだちょっとテレのあるわたし。サムネイル。

しかし来週になるとそろそろお盆だ。img177.jpg
うちは法華なのでナスやきゅうりを馬にはしないが、送り火をする。苧殻を焼いて。梥本一洋の『送り火』

お盆といえば・・・やっぱりユウレイですわね。img178-2.jpg

これは谷中の全生庵にある画で、鰭崎英朋の『蚊帳の前の幽霊』。久しぶりに会いに行こう。

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川端龍子の『佳人好日』には人の影はないけれど、夏に涼しい佳人がいることを、感じる。私もこのお座敷でくつろぎたい。

それで夜ともなればこの舞妓はんらのように窓から花火を見ぃたい。img180.jpg

織田一磨の版画には後ろ向きのいい女たちがいる。

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この絵は以前から名前だけ知っていた。清方の『続・こしかたの記』にあり、私も見たいとずっと思っていたのだ。見れたのは去年の古径回顧展。嬉しかった。

同じく蓮。img190-1.jpg


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星を見ている恒富の女。着物の柄が可愛い。天王寺の市立美術館のマドンナだと思う。

星だけではない。夏でも花を眺めるゆとりがほしい。img183-1.jpg

寺崎広業はわたしの大好きな信州湯田中・よろづ屋の桃山風野天風呂に扁額の文字を書いている。

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森本草介は洋画家だが、この人の静謐さには私も穏やかな心持ちになれる。いい女だと、思う。

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叙情画の加藤まさをが好きだ。昔の水着も可愛い。暑いのでプールか川に行きたい。私は海は観念的に好きだが、現実には山に行く女なのだ。

同じく叙情画の蕗谷虹児。img186.jpg
こんな睡蓮の池がある庭がほしい。ちいさいワニや孔雀がいて・・・。

清方の女は世間的には『築地明石町』のような清艶な女を第一にするようだが、わたしはこうした婀娜な女が好きだ。本当にいい女。
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こわいような妖艶さ。

つくづく好きだ。
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紫陽花、蓮、朝顔、ひまわり。
どの花も暑くないと見事に咲きはしないのだった。
わたしも夏らしい女と言うことで、生きてゆこう。

大阪でおいしくシアワセ

8月に入ってから外食でとても幸せ??に当たっているので、それを書きます。

あべのHOOP地下の中華・龍圃。http://www.longpu.co.jp/
わたしはいつも天王寺阿倍野界隈には昼しか行かないので夜は知らないけれど、お昼は出来る限りこのお店に行くことにしている。
めちゃくちゃおいしい。
特に黒酢の酢豚のおいしさには絶句する。
黒酢のアンタレに絡むのは揚げ炒めされたブタにパプリカ、ライチ、そして根菜類(サトイモ、慈姑など)。
食感に衝撃受けたくらい。いくらでも食べていたい。
なんていうか、快楽の持続を願う感じ。
この店を知るまでわたしの最愛は別なお店の酢豚だったけど、ごめんねサヨナラと言ってしまうほどだ。
それから小龍包がまたなかなかいけるのですな。
黒豚のスブタ・小龍包(4個)ミニ焼飯・スープで1418円に210円プラスで杏仁トウフ。これがまた絶妙。
今まで色んな杏仁トウフ食べてきたけど、こんなとろとろとろけるのは知らない。本当に蕩ける。
量はかなり多いので、このセットと別なものを頼んで人と分け合うこともする。
今回はここへは初めての友人と一緒なので、二人ともこのセットにした。
並ぶのきらいだが、この店には並ぶ価値がある。木曜に食べたけれど、日曜の今、また酢豚が食べたい。
そんな力のある味。よいお店。いつか夜にも行ってみたい・・・。
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さて次は昨日の夜に食べた焼肉。
焼肉は大阪人なら必ず数軒『お気に入り』があるものだ。
今回は友人が雑誌で見たと言う店に行くことにした。
阪神尼崎で写真展を見てからなので、駅の近い四つ橋線の本町に出た。
炭火焼肉・あぐら。http://r.gnavi.co.jp/k298601/
オシャレな外観。二階に上がるとカンカンに熾った炭がきて、それに網乗っけて焼くのだが、普通なら小皿にタレとかあるでしょ、なくて空の小皿がある。塩を少し置く。
頼んだのは薄切りのタン、塩カルビ、塩カイノミ、たれハラミ、塩バラ、サプライズなおばけ(出てからのお楽しみ)などの他には生レバーとチシャ菜と冷麺キムチ抜き。
わたしたちは飲まないのでその点あんまりお金にならないな。
肉そのものに味がある。ニク、めちゃくちゃ甘いし、柔らかいし、溶ける。いや、熔けるの字の方がいいかも!!うわ??と言う感じ。おいしすぎるゾ。
肉そのものがこんなにおいしいのは久しぶり。
塩で食べてるので、いくらでも食べれそう。
実はいつも肉食べ過ぎると、肉の味そのものにうんざりするのだけど、これはそうはならなかったなー。
生レバーもおいしかった。追加の肉もおいしかった。冷麺はそのままでもおいしいけど、私は酢をいっぱい入れる。それでスープ代わりに飲む。いや、これがまたおいしいのだな。
最後に女性客グループだからの特典の手作りシャーベットが。
レモン、ラムネ、オレンジマンゴーのどれか。オレンジマンゴーにしたけど、今度はラムネにしよう。
それから今度は薄切りタンでなく厚切りのタンにしよう。
昨日の夜食べたばかりなのに、もう次いつ行くか考えている。
ああ、しあわせ・・・

外に出たらまだ7時になったばかりで夕焼けが微妙に残り、小野竹喬の絵のようだった。
御堂筋に出る。少しだけ飲んだチューハイで二人ともよろよろしてるので、久しぶりにスタバに行くことにした。今夜は淀川花火なので時間を早くしたのだが、浴衣の子を沢山見たのよ。

さてスタバ。
東芝の下にあるスタバは阪神優勝パレード、大晦日の北御堂の鐘打ちの時間待ち、などで利用してきた。
酔ってるし満腹なので苦しいが、気づけばシェイクン・レモン・パッション・ティーとライムタルトを頼んでいるではないか。
友人がチーズケーキたのんだからついつい・・・。
そう、別腹。
これがまたなかなかおいしいのだな。正直スタバで「おいしい」と思ったのは、これが初めて。いかにもアメリカなケーキなんだけど、地元のスタバに行けば同じものを頼むと思う。いや、するわな。

おいしくいただいてから友人と別れ電車に乗ると花火見物客がいっぱい。それで十三の手前まで来たら停車してアナウンスが。橋梁に侵入者がいるらしい。そのおかげでわたしら乗客は三分くらいナイスな位置で花火を見学。家の駅に下車してから少し走って花火の続きを見た。
以前は家から見えたのにな。

とりあえず嬉しい八月。明日の七日はわたしの誕生日なのでした。
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