美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

今橋界隈ぶらぶら(改稿)

日本一長い天神橋筋商店街のうち、2丁目から6丁目まで歩く。
つまり住まいのミュージアムでdocomomo展を見たのだが、これも後日。

見てから地下鉄乗り継ぎ心斎橋へ。
今の展覧会にもある心斎橋の照明。前々からとても好きです。
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続いて大丸(これも展覧会にあった)
ここでオートクチュールビーズを見て「うわ??★☆」になったので、これまた後日。
ここから淀屋橋へ。

愛日小学校、ついに完全に取り壊し・・・泣けてしまう。
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クリックプリーズ・・・(涙)

そこから西へ入る。大阪倶楽部がある。
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いつ見てもすばらしい。P0286-1.jpg

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少しだけ中をのぞく。P0294-1.jpg


さてそのまえにあるのが、この<ダル・ポンピエール>
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元は今橋消防署。店名は<消防士さん>。
きれいになりましたなー。入り口のすぐ上のライトはそのままついています。
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階段は低い。P0290-1.jpg


この界隈は平日は物凄い人口だけど土日は少ない。
お店には個室もある。元々ピアノピアーノの経営だから評価自体は大体定まっているようですが、お店一軒一軒個性が違うのだから、楽しみに来ましたのよ。オープンから丁度一ヶ月目の今夜。
http://www.piano-piano.co.jp/pompiere/index.html

基本メニューに変更加えたりいろいろしました。
主に北イタリア料理らしいです。
突き出しは揚げピザでワカメのと、エビのと二つ出た。
おいしい。モチャッとしてる。でも塩を振りすぎてるかも。
元がワカメとエビだからもう少し塩を少なくした方がいいかも。
前菜は水牛のモッツァレラチーズとトマトとバジルのカプレーゼ。
チーズとトマトがなかなか・・・。
パスタはジャガイモのニョッキをオマールエビソースで炒めたものにしたけれど、友人たちはそれぞれラビオリとか他のにしていましたな。
エビソース少し苦かったのは火の加減かなぁ。
白ワインを飲むわたしたち。

店員さんは気さくでマジメで、丁寧。いい感じです。
たまたまかいつもそうなのかは知らないけれど、年配客が多いように見受けられましたね。
メインは二人がアイスバインみたいなのを三色のソースで絡めて食べてたけれど、面白いソースだったような。
冬瓜のジャムとかわさびソースとか。
わたしは子牛の膝肉の煮込み。よーくトロケてましたわー。
で、デザートに来る。
実はそれぞれを撮影するつもりがデザートに来るまで完全に忘れていたのです。
なんでやろ・・・(イヤシやから食べるのに夢中になってた、と言う声が)
やっとここで写真。
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ラム酒がよく効いてておいしいアイスクリームと、イチジクも甘く、生クリームもタルトもたいへんよかったわ??♪
かなり幸せ。ドルチェはいいなぁ??

謙虚な店員さんが感想を訊かはるので、正直なことを色々話しました。
わたしは訊かれるまでは何も答えないように努めているので、訊かれれば色々答えるようにしています。
茶店のおばあちゃんにもイタリアンのお兄さんにもそれは変わらない。

お腹いっぱいになりすぎたので、淀屋橋から梅田まで歩いて帰ったけれど、シャベリながらなのであっという間。
ああ楽しかったなー。
良い一日でしたわー。

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レンタル映画バトン

いつものようにlapisさんのもとへ遊びに行くとなにやら面白そうなバトンが。

あなたはレンタルビデオ店をオープンすることになった。
とりあえず50音1本ずつ作品をそろえなければならない。
さて何を選びますか? 
【ルール】
・自分の好きな映画から選ぶ
・1監督につき1作品とする
・自力で思い出す
・外国映画、日本映画は問わず

こういうのがこれまた好きなのですよ。
長引くのでこちらへ・・・

人間国宝の手仕事

工芸の粋を見た。

機械による狂いのない成形品はいくらでも生まれるが、人間の手に拠る工芸品はいくら同じように作っても全く同一のものは、ない。

国立の博物館・美術館で現代の人間国宝の展覧会が開かれている。東京では三輪壽雪、奈良では北村昭斎の回顧展が開催されている。その二人の作品が一つの会場で見られた。京都高島屋の『人間国宝展』で。

日本の工芸は明治維新の際、一度死に態になったと言ってもいい。当時の世相から棄てられたのだが、その後の努力により伝統工芸は今に命を繋いでいる。

芸と違い工芸品の場合、作者が世を去っても作品は後世に残る。しかし演者の場合、それは追憶でしか見ることは出来ない。いくら映像として残していても限界がある。会場には様々な分野の工芸作家の作品が並んでいた。
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陶芸では 富本 憲吉の皿が出ていた。呉須のような色合いで描かれた、多分安堵町の風景。先日大回顧展を見てから富本への視線が変化したように思う。

荒川 豊蔵  志野・瀬戸黒 豊蔵と唐九郎はよく比較されている。ライバル同士なのかもしれない。わたしは豊蔵の焼き物の方が好ましい。どちらがどうということではなく、これは趣味の問題なのだ。

石黒 宗麿  鉄釉陶器 機会がなくてこの人の作品をまとめて見たことはない。こうした展覧会でしか見ていない。見るたびいつも思う。この人の作品はどこにも属していない、と。それがいいことかそうでないのかは、わからない。

浜田 庄司 民芸陶器 浜田の作品を見ると、彼のいた時代が<かれら>を求めていたことを、強く感じる。好悪を越えて日本の歴史に存在する。河井や浜田の民藝風の作品にはそうしたリスペクトがある。

十四代 酒井田 柿右衛門   色絵磁器 子供の頃から伊万里や有田に囲まれていた。大阪の古い家には伊万里や有田が転がっていたのだ。わたしの母は伊万里と有田には深い執着がある。古九谷にも。母は14世という個人の作を越えて、普遍的な作を好んでいる。しかしそれでもこの14世柿右衛門さんはええなぁ、と口にする。 個と全との相克を超えて。

吉田 美統  釉裏金彩 きれいだった。一言で表現するなら「きれい」この言葉が浮かぶ。理屈も何もなく。

三輪 壽雪(十一代 三輪休雪) 萩焼 正直に言うと、田舎饅頭のふわふわおいしそうなイメージがある。お名前を見ただけで上等な和菓子みたいでうれしいわ、とか口走りそうになる。実感。おいしそうー!

田畑 喜八 友禅 5年前にやはり高島屋で個展を見た。わたしは着物は派手な方が好きだ。粋な江戸小紋より派手な友禅がいい。以前見たとき黄色い着物に惹かれた。山吹色の着物が欲しい。これはただの欲望。

志村 ふくみ 紬織 この人の仕事ぶりをTVで見ていた。この人と芭蕉布の平良 敏子さんは本当に、一心な仕事をしていると思った。『石の上にも三年』と言う言葉は『一心の上にも三年』だと言うのを、本で読んだことがある。昔、ちょっと感動した。山本鈴美香の作品で読んだ言葉。

松田 権六 蒔絵 チラシにあるこの作品は本当にかわいい。いや大体松田権六の作品はどれもこれも好き。可愛くて可愛くて。日本人の感性の根源にあるもの、それを松田権六は実体化している。

北村 昭斎の螺鈿にも同じことが言えるこちらは奈良国立博物館のチラシ。眩暈がするほど精巧な世界。
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こうした技能を持つ人があるからこそ、いにしえの美は保たれるのだ。

磯井正美 蒟醤 きんま、と読む。蒟蒻の蒟に醤油の醤でキンマ。東南アジア辺りから発生した技術ではないか。どういったものかというと、

「漆の塗面に剣という特殊な彫刻刀で文様を彫り,その凹みに色漆を埋めて研ぎ出し,磨き仕上げるもの」とある。なぜかキンマという言葉と実物は知っていたが、改めて対すると、また色々な感想が湧いてくる。ここにあるのは雀の可愛い姿。こうした工芸品には本当に可愛いものが棲んでいる。

技術と言うのは凄いものだと思う。

塩多 慶四郎 髹漆 わたしがこの記事をupする前に亡くなられてしまった。作品を見たばかりなので 悲しい。ご冥福をお祈りします。

初代 魚住為楽 銅鑼 まことに失礼ながら、銅鑼も工芸の一つとは思っていなかった。軽視していたのではなく、out of 意識だったのだ。すみません。

それから日本刀 えらく長い刀が出ていた。佐々木小次郎が使えそう。そんな感じの刀。

前 史雄 沈金 二つの箱が出ている。竹やぶを描いたものと桜さくらサクラ・・・うっとりするほど綺麗だった。

平田 郷陽 衣裳人形 母子の情愛を感じる作品。熊本で色々見たように思う。

堀 柳女 この人の人形はまた福福しい。img375.jpg

しかもなんだか悪いことをすると叱られそうな気もする。

林 駒夫 桐塑人形 京都で見る機会が多い。なんだか微笑ましくて好きだ。こうした人たちの人形を前にすると、こころが清くなる気がする。

和紙にも驚いた。越前奉書、名塩雁皮紙、土佐典具帖紙。水が違うと紙も質が変わる。しかし申し訳ないが見た限りではその微妙な違いと言うのはわからない。使うことで初めて知ることなのかもしれない。

江里 佐代子 截金 去年の泉屋分館で見た人だ。繊細で音楽的なものを感じた。
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吉田 文之 撥鏤 今年の正倉院展に出陳する撥鏤の精巧な模造品を拵えた人だ。
本物はこちら。img376.jpg

実にすばらしい。人間の手と言うものは本当に凄い。技芸神に入る。

日本の技術はこの先も決して失われてはならぬものだ。
つくづくそう思った。


最後になるが、文楽の人間国宝・吉田玉男氏が亡くなられた。

わたしは三業のうち浄瑠璃が好きなので人形についてどうのこうの言える立場ではないが、玉男丈の人形は動きに実感があった。

目を鎖しているときの静けさ、呼吸まで感じる。

それは舞台の上だけではない。

たとえば正月などで菰樽を開くとき、人形の手が小さな金槌を握り<せーの>でカチ割る。人形はちょっと照れたか、手拭で汗を拭う。―――その一連の動作。

遣うのは玉男丈なのに「わしは知らんがな」という無表情のままで、それがまた楽しく思えるような人だった。

無論それが文楽の人形遣いの技能なのだが、にじみ出るおかしみがあった。

私が最後に見たのは、どの公演だったか。去年以前での公演だと思う。

大きな人形遣いだった。
頭巾かぶって70年以上、ご苦労様でした。
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バルビゾンから印象派

19世紀絵画の巨匠たち バルビゾンから印象派

少し前からバルビゾン派にも愛情を寄せている。
それは多分、山形後藤美術館のコレクションや、MOTでの『花と緑の展覧会』辺りから始まったように思う。

だから今回も大丸烏丸店での展覧会を楽しみに訪れた。
大丸ミュージアムのレベルの高さを正直に称えたい。
心斎橋・梅田・烏丸・元町・東京・札幌と主な店舗に居心地のよい空間を開き、そこで見事な展覧会を開催してくれる。いつもありがとう、そんなキモチが常にある。

会場に入るとすぐコローがあった。
『砂漠で罪を償うマグダラのマリア』
以前からコローは風景より人物にときめくものを覚える私としては、捨て置ける作品ではない。
髑髏が転がる横に身を起こしながら、手に十字を掲げている。
マグダラのマリアの人気は高い。
懺悔する・罪を償う・物思う・・・そんなタイトルをつけられ改心する姿が多いが、彼女の魅力が深いからこそ、画家は彼女を描きたがる。その魅力とは何か。・・・決して<改心する>ことではないはずだ。
この作品は一名『砂漠で懺悔するエジプトのマリア』とも言うらしい。
イエスの生涯を考えると、彼がヨーロッパ人ではないことを改めて思い出す。

コンスタン・デュティエ『フォンテーヌブローの森の木立』 『樹下の道』
これらは連作もしくは同じ場所で同じような条件で描いた作品だ。
散歩なのか常の徒歩なのか、同じ女が歩いている。緑の深い森。
アラス美術館蔵というが、その美術館をわたしは知らない。

油彩画だけではなく、版画も多い。
先ほどと同じ主題のコローの<ガラス版画>。こんな技法もあるのだ・・・
跪き十字を掲げるマリアは、やはり綺麗だった。

エッチングやリトグラフも多い。
ジュール・デュプレのリトグラフ作品は写実なものが多い。
1835年のフランスはこんな情景なのか、と納得してしまう。
パリのファッション産業以上に、実はフランスは農業国なのだった。
テオドール・ルソーのエッチングもあった。

わたしの大好きなナルシス・ド・ラ・ペーニャが二枚ある。
かれのエキゾチックな美女たちがとても好きだ。
『ヴィナスの水浴』 天使たちがころころ4人いる。このヴィナスの顔はダヴィンチの『洞窟の聖母』に似ている。やや謎の微笑が口許に浮かんでいる。天使たちはころころと可愛い。

『ジプシーの母子』 こうした絵にこそナルシスの魅力が発揮される。
白い被り物をした女と娘と。ジプシーは早婚なので母も娘もまだ随分若い。若いがもう影が忍び寄っている。微笑する先に何があるのか。森の奥で何をしているのだろうか。
ヨハネ・パウロ二世美術館蔵。ここには母子像が多く収蔵されている。
ここのコレクションもその一部を、かつて大丸で見せてもらったのだ。

ブラカサ『海辺の羊たち』 おおー、横顔アップの三匹の羊が揃って左を向いている。
茶・白・黒の三匹の視線の先には海がある。
この羊たちは神の手から離れ、海へ向かおうとしているようだ。異教の神の教え。海の波として現れる馬たち・・・彼らの出現を望むかのような視線だった。
なんとなくこの絵を見ていると、山口華楊のだったか、『望郷』を思い出す。
青空の下、三体の埴輪が渇仰するその姿を。

トロワイヤン『牛のいる風景』 usi.jpg

木にもたれる牛。首がかゆいので木肌でかいているのかもしれない。
しかし賢そうな目をしている。羊の隣に並ぶ牛の絵。12星座のようだ。

デュプレ『ベリー地方の農家』 きのこのような家。
中世から変わることのない建物。img367-1.jpg

ベリー地方ということは、ベリー公の統治していた地方か。この家を見ると中つ国のホビットたちの家を思い出す。池を前にした家。池というのか・・・

『水のみ場』 牛。森。白い空。パステル画の特徴がよく出ている。
この辺りの作品は北海道帯広美術館所蔵。ファームだなぁ、と勝手に考える。

ところでミレーの作品がある。わたしはミレーはさして関心がない。子供の頃近所の教会に行くと、ミレーの複製画がたくさん飾られていたのを見ている。そのせいかもしれない。
しかしここにある『午餐』はよかった。
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片肌脱ぎでかごを載せて働く女。後に続く人々。
もしかすると私は農作業以外の労働シーンなら眺める気になるのかもしれない。
典型的な没落地主の裔で、農地解放の話を随分聞かされたことが、ある種のトラウマになっているような気もする。

『食事の支度をする若い母親』 チラシにも半券にも使われている作品。大きさは意外なことにA4Eサイズくらい。いい感じの作品だが、火が飛んだりしないか心配になる。
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1847年頃の作だが、農家ではしゃがんでカンテキ(七輪)でご飯の支度をしていたのか。
上方も洗い物などは座って行なうようになっていた。へっついさんも火を入れるのはしゃがんでのことだ。・・・キッチン・水まわり・火の元は現代のものでなければやっぱりい・や・だー。
しかしいい感じの絵である。美人の母親の子供への情愛がにじんでいる。母子といえばカリエールを思い出すが、共通するのは静けさである。

情愛と言えば『ゆりかご』がいい。img364.jpg

この絵は盛岡の橋本八百二美術館所蔵なのだが、盛岡市としか表記されていない。八百二美術館ではちょっとした怪異があったので、決して忘れることはない。聖なる子どもと仔羊と。

愛媛県美術館のセザンヌ『水の反映』が来ていた。
油彩というより水彩。四角い塗り方。
この塗り方が光を呼ぶのだった。点描ではなく塊描とでもいう感じ。
セザンヌはピカソほどではないが、スタイルを変えている。そのことをすぐ忘れてしまうのだが。

ルノワール『ピエール・ルノワール』’10年、25歳の長男の肖像。ピエールは俳優になった。
その肖像。生涯女の絵を描き続けた大家も息子は別だった。
次男のジャン・ルノワールの肖像も見たが、絵だけで見れば兄の方がややハンサムだ。
かれはルイ・ジュヴェー辺りの劇団にいたそうだ。弟は映画界の巨匠。

『女性の肖像』白地に青いセーラー服。ルノワールは意外と青い服をよく描いている。
青色の使い方が巧みというか、印象的だ。記憶の底に残る。
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レオン・デュプレ(弟)『夕暮れに池で休む牛たち』 夕日が西陣織の金糸のように見える。
それで思い出した。西陣織の会社・松翠閣がその技術で世界名画を二次創作していた。
写楽からルノワールまで。そのことを思い出した。

クールベ『物思う女の横顔』img365.jpg

不思議な縁があり、ここでクールベを見ている。去年の丁度同じ時期。そこでもこの女の横顔を見ている。クールベはその少し前にも展覧会があり、関西では人気が高まって、去年たしか「クールベの描いた地へ」ツアーが開催されて、オバサマ方がスイス・フランスへ大挙して出て行った。

ラトゥールの『ガラス瓶に生けられた花束』 白い花が愛しい。意識してラトゥールを眺め始めると、意外とよく出会う。花が生きているか萎れているかは問題ではない。
花はくたびれていても、花なのだ。そのことをラトゥールの絵から知った。

ル・シダネル『あずまやに下がる提灯』 ドゥエ美術館蔵。連作「家 時間 季節」からの一枚だが、胸を衝かれた。
青と緑の夜。向こうに牛がいる。丸い提灯。この絵もまた人は不在なのだ。
少し象徴派の夜のようにも思えた。わたしは夜を描く作品が好きだ。
静かなときめきがある。
しかし残念なことにこの絵は絵はがきにはならなかった。

帯広美術館、ドゥエ、アラス、ツィード、ヨハネ・パウロ二世美術館からチョイスされた作品が多かった。行く機会は見つからなくても、今は少し満足している。

ミュシャ展の中で

京博からバスで京都駅へ出た。
わたしは朝日友の会のおかげで、選択された展覧会を年40回見ることが出来る。
『ミュシャ』 七月に見てからほぼ三ヵ月後に再会するミュシャ。

ほとんどの作品は見ていたが、装飾資料集という作品集は覚えていなかった。
アールヌーヴォーのお手本。
しかし全く知らないと言うのではない。
調べると、’90年に難波の高島屋での展覧会で見ていた。
ここにあるのはその一部。
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ミュシャが先生でもあったことがわかるようだ。
これらを見ていると、建築家の武田五一がミュシャに深く影響を受けたことなどがわかる。
武田は日本の建築家第二世代の旗手で、第一世代のような西洋一辺倒ではなく日本の数奇屋建築の美を<再発見>した人でもある。
しかしその一方、装飾性はアールヌーヴォーの影響から抜け出てはいない。
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ミュシャは商業芸術に生きたので、原画もさることながら、印刷されたときの効果などを計算して、作品を仕上げている。
それらは百年の歳月を越えて、今日の我々を楽しませる作品として、世にある。

今回はそのことに触れない。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-537.html
こちらに色々と書いているから。

丁度百年前の作品。『幸いなるかな、心の清きもの』
水彩とガッシュで描かれた二人の少女。アメリカで描かれた作品。
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アメリカはその当時、芸術的に遅れた国だった。
(しかしたかだか建国二百三十年の<合衆国>にしては今日の様相はどうだろう・・・)
ミュシャはパリを離れた時点で人気を手放したようだが、アメリカでは熱狂的に迎えられていた。
そしてこの地でミュシャはテンペラ画を始めるようになる。
それがチェコに帰還してからの『スラブ抒情詩』へとつながって行くようだ。

一枚気に入った作品がある。
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この少女はスターウォーズのパドメに似ている。
そしてロシアのイワン・ビリービンの世界にも共通するように思う。
わたしはビリービンの装飾性もとても好きなのだが、ロシア革命以後その作品は長らく価値を失わされてしまった。
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会場では専ら後年の作品よりベル・エポックのパリに君臨した作品を展示している。
観客も無論、それを目当てに会場を訪れているのだ。
今日、少女マンガ家たちのうち、特に技能の秀でた作家たちが二次創作としてミュシャ作品を引用することがある。
それらは全て、パリで時代の寵児として活躍していた頃の作品である。

夢二の人気とミュシャの人気とは似ているように思う。
使い古された言い回しだが、二人とも時代と寝すぎてしまった。
生きている間に栄光と没落を同時に味わい、没後数十年過ぎると、恒常的な人気を取り戻すという点までそっくりだ。
わたしたちはミュシャ展にも夢二展にも出向いている。

会場の売店では複製品が販売されていた。
絵葉書やポスターだけでなく、ちょっとした楽しいグッズに姿を変えてもいる。
ここにもジスモンダやユリの花に囲まれた女や星を纏った女がいる。
これらを見るだけでも楽しくなる。デパートでの展覧会は、購買意欲をそそられるものだ。
百年前のパリの人々とショップにいる人々とは、ミュシャでつながっている。

展覧会はえき美術館であと一週間続いている。

日高川絵巻(賢学草紙)を見る

京博へ行くには京阪に乗らねばならない。
阪急から乗り換えて京阪四条のホームに立つと、電車が滑り込んできたのでそのまま乗った。
読んでいた本に夢中で、気づけば七条を越えて、地上に出ていた。
東福寺。
あわてて隣のホームへ走り、次の電車で七条に出た。こんなこと、初めて。

今日は秋分の日だからか第四土曜日だからか、無料で、とても人が多かった。
お彼岸だから近所の大谷本廟におまいり帰りの人もいた。
特別展は来月から。今は常設展と特集陳列ばかり。

仏像がニガテなわたしは順路を違えて二階へ上り、最初に七宝焼きを見た。
大方は細見美術館が所蔵する古七宝の引き手や釘隠しなど。
梅や夕顔の、きれいな七宝。
中学の頃わたしはクラブで七宝焼きを焼いていた。有線七宝の方。
ここにあるのはそれとは違う技法だった。

それから子どもの着物、化粧道具の蒔絵の数々、近代中国の画家・斉白石の特集陳列があった。
わたしは逆から回っている。
なんとなくそれが楽しい。

今日は絵巻物を楽しみにやってきた。
喜界が島から帰京した話、遊行絵巻、真珠庵の百鬼夜行。可愛いツクモ神たち。
それから安珍清姫ではない、異本の日高川絵巻。
これを見たくてここへ来たのだった。

御伽草紙の中に『賢学の草紙』という物語がある。
道成寺縁起の異本で、三井寺の僧・賢学と遠江国橋本の長者の娘・花姫を主人公とする。

賢学は道心堅固なため、占いで<女と結ばれる>と聞かされて、その相手を刺しに行く。
小さな少女の胸に突き立つ氷の刃。後を振り向きもせず、去る男。
もうこれで占いは成就しない、と信じ、安堵する。
仏道に精進するために、罪なき少女を手にかけて。
しかし清水寺で二人は宿命の再会を果たす。
そうと知らず結ばれる二人。しかし女の胸の傷を見て、宿世の恐ろしさを悟る賢学。

開かれた絵巻はこの閨の情景から始まっていた。
元々こうした話は中国の聊斎志異にもある。月下氷人の故事にもあったように思う。

悪縁は解けぬままである。平安中期以降、信仰人気の場が清水寺に移っていたが、ここの観音は人間の運命をその掌に握っている。

閨では女は嬉しそうに微笑んでいる。ピンク地に花柄の衾。ねそべる娘はもう少女ではなく女の顔で笑っている。
しかし男は瞑目し、予言が成就したことの恐ろしさを沸々と感じている。
今から始まる女と、たった今終わってしまった男と。
これは普遍的な情景なのかもしれない。

男は僧であることに立ち返り、二人の悪縁を語って聞かせ、女のもとを去ろうとする。
その男の袖を掴み、ただただ泣く女。
男の論理がなにほどのものだろう、なぜわたしを捨てるのか。
二人の過ごした部屋の外には真っ赤な撫子とユリが咲いていた。
女の流した血のような、赤い色の花が。

男は那智の滝に打たれている。
罪障消滅というよりも、悪縁を払うための禊。
しかしその男のそばに女が泣きながら佇んでいる。女の怨み。
しかしこの女は生霊なのかもしれない。

絵巻は更に進む。

現実か幻かわからぬまま、男は旅をする。女の存在を感じつつ。
日高川に着き、渡し舟に乗ると、女が追ってきた。
船頭が女を乗せずに岸を離れると、女は川へ身を躍らせた。

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女の首が<立った>と思えば、その身は大蛇になりつつある。
船頭も焦り、男も必死で数珠をまさぐる。
この絵の女の顔は諸星大二郎の描く安徳帝に似ている。
世間も理性も信仰も捨てた女。
ただただ男を追わねばならないと言う思いに衝き動かされている。

女の身体は段々と完全な大蛇になりつつある。
ウロコから炎が立ち上り、その火を纏いながら水を進む。
男は「南無三宝」と叫び祈りつつ、必死で逃れようとする。
船頭もまた仰天している。
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詞書の後、ナマナリになった女の顔を残した大蛇が男の逃げ込んだ鐘に巻きついている。
憎しみより、ナマナマしい愛しさを感じる。

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ついに鐘は微塵に砕け散り、龍になった女は両手でしっかりと男を捕まえる。
龍の爪が男を抱きしめている。歓喜。
恨みはもう消えている。怒ってなんかないのよ、あなたとこれから一緒なんだから。
女は目を閉ざした男を離すことなく、川底へ共に沈んで行くのだ。

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男を焼き焦がし、しかし手に入れることが出来なかった清姫は血の涙を流すが、この龍は金色の目を喜びに満たしていた。
男はもう生気のないヒトガタのようにぐったりしている。

見ることが出来て本当によかった。
わたしは歓喜する女が見たかったのだ。
たとえ男が半ば死んでいようとも、自分が異形のものに成り果てていようともこの女は決して悔いることはないのだから。

陶淵明の詩にこうした一節がある。
<物に同じくも既に慮ることなく 化し去るとも復た悔いず>

わたしはそんな女が見たかったのだった。

手塚雄二 花月草星展

手塚雄二と言う日本画家を初めて知った。
まだ53歳の画家。
デパートの展覧会で初めて見たその世界は、黄昏の中で遠く煌く星をみつけたようだった。
星のような桔梗が咲くその作品。
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その野はまるで、伊勢物語の男に負われて一息ついたときに見た武蔵野のように思えた。
わたしは業平の背から下りた姫の心持で、その野をみつめる。

別な野の絵がある。
恋しくば 尋ね来てみよ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉
その歌を残して泣く泣く去った<来つ寝>の千年の森。
物語を思わせる野がそこにある。img359-1.jpg


風神雷神がいる。
宗達―光琳―抱一の系譜とは異なる風神雷神。
迦楼羅―ガルーダのような貌の風神と、木彫の力士像のような雷神と。
横に長い長い作品。
新世紀に生まれた風神雷神。
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21世紀前後の作品に素晴らしいものが多い。

『海音』 逆巻く波は吠え、漕ぎ出した舟は波間に沈んだ後なのかもしれない。
声はどこにも届かない。
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これらは皆わたしの勝手な感想・妄想に過ぎない。
しかしそうした想念を生み出す誘いが、この世界にはある。

『夕霧』 林の中で声もないまま泣いている少女がいる。
少女の影は霧に隠されてしまった。
少女の声も霧に飲み込まれてしまった。
少女の存在など何も知らぬかのように、ただ夕霧が林の中に薄く広がっている。
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『星と月と』 この絵を見たとき、画家はこの光景をどこで見たのだろうと考えた。
庭か?――違う。 山の中か?――そうではない。 
心象風景か?――わからない。
絵の前に佇みながら、わたしはそのことを考えている。
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夕方に見に来たからか、絵の世界がそうなのか、わたしは一人だと言う気持ちがあった。
静かなときめきをそっと抱えて、わたしは帰った。

続きはここがどこかと言うことを少し。

自由獣苑の午後

動物愛護週間が始まることだし、動物・生物を象った工芸品についてちょっと遊んでみよう。
(かたどる、という言葉が既に<象>なのだし)
少し前、東博で動物を象った工芸品の展覧会を見た。
それから永青文庫でも『小さな生きもの・身近な生きもの』展を見た。
更に数年前、たばこと塩の博物館の『たばこと塩の動物園』に出かけている。
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日本人は小さな工芸品に深い愛着を寄せる民族である。
細部に神は宿るという概念が無意識に身についているのか、文化が生まれて以来、可愛らしい工芸品を生み出すのに余念がない。
根付、香合、目貫、煙管、灰皿などなど。
実用品だけでなく純粋にいつくしむ工芸品も多い。
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上は水滴。こっちは香炉。img339.jpg

織部と仁清。

大昔には土師氏がこういうのをこしらえてました。
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埴輪を見ると安彦良和の『蚤の王』手塚治虫の『火の鳥』を思い出す。

ちょっと時代が下がるとこういうのも現れます。
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唐三彩と陶器の狛犬さん。元々の源流は西の果てにあったようだけど、
東の果てに来たら、えらく気さくになってもぉたな。
街中に出現するくらいになるもん。
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おわかりですかな。img343.jpg

内幸町のダイビル。渡辺節の遊び心を新ビルにも引き継いでくれて嬉しい限りです。
それでこっちはimg344.jpg

三越のライオン。『山下たろーくん』によれば、誰にも見られない間にこの背中に乗れば夢が叶うらしい。
難しいのはこっちも一緒。img345.jpg

難波橋のライオン。こやつがおるのでこの橋は『ライオン橋』とも呼ばれている。大阪の橋はなかなか趣のあるものが多い。

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日光と飛騨古川の彫り物。すばらしい。昔の匠の腕と言うのは本当に凄い。神社の飾りを見るだけで日が暮れてしまう。

その技能は石にも表れる。
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最愛の伊東忠太の妄想から飛び出してきた象さん。
京都の伝道院にいるけれど、この数年は蟄居状態。
伊東忠太動物園という本まで出ているくらいだ。

数年前、生駒の聖天さんに出かけた。擬洋風の獅子閣を見学するため。
行きはケーブルに乗ったが帰りはなんとなく歩いて下山してみた。
昔はここにも見番もあったが、今は寂れいる。小さいお店が少しずつ並んでいる。その中にこの招き猫屋さんがあった。招き猫の前に猫が寝てるなぁと写真に撮ってからギョッ。
その台の下にも・・・img348.jpg

写真クリックして拡大すれば<第三の猫>みつかります。


ところで陶磁器をだしていなかった。
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この兎たち、なかなか表情に奥深いものを感じる。
でも・・・img350.jpg

ヤラレターという感じの鶴でした。
これ買うのもどうかな・・・
こっちは灰皿。img351.jpg

たばこと塩の動物園ですね。

上とコンセプトが違うのが、こっちの印籠。
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可愛いから作ったのは共通するか。

で、たばこと塩の動物園での風景です。
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クリックして拡大すると納得なラインアップでした。

正倉院の御物に鳥の頭の水指とかあるけれど(カンケイないが西原理恵子のサイトアドレスはたしかtoriatama鳥頭でしたね)こっちは小鳥さんがいーっぱい止まっている。
ノリタケとラリック。img354.jpg


どうも西洋の静物画には動物の死体とか多いのがいやだな。
東洋の花鳥画の概念とは相容れないのは仕方ないか。
しかし大昔、エジプトのパピルスにこんな戯画が。
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可愛い。喋る声が聞こえてきそう。

ところで中学のとき初代龍村平蔵の苦労話を読んで感動したことがある。今も龍村平蔵の名を見るだけで胸がいっぱいになるくらいだ。
大谷探検隊とか橘瑞超とか。
龍村が再現したのは獅子狩文錦だった。
しかし狩なのでここには出さない。
替わりに可愛い獅子を出そう。
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ほっぺたにかみつきたくなる。可愛い??

ところでこっちは永青文庫の夏の展覧会でキャラクターになった猫。
仙和尚が描いた『南泉斬猫図』のにゃんこだ。
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この禅の話は『ファンシィダンス』で知ったのだが、斬られた猫もこうして永青文庫で元気にしているようで何よりです。

このときの展覧会は目貫など色々出ていた。後藤のいいのをたくさんみた。他にも色々印象深かったが、一番きれいだと思ったのは網代に組んだ螺鈿細工の机。
その螺鈿は桃白っぽいので、貝じたいも珍しい貝なのかもしれない。それで網代にしたところへ、貝殻の蒔絵が載る。
丁寧な仕立て。
こういうのをみると、工芸の力というものを感じる。
残念ながら画像はない。

そうだ思い出した。
蟹の細工があったが、数年前の科学博物館で『大江戸博覧会 江戸のモノ造り』を見た中に自動細工の蟹があった。
これを見たときは感心したなぁ。
佐藤さとるのコロボックル・シリーズで『小さな国の昔の話』に左甚五郎らしき大工とコロボックルの匠との交流が書かれていて、自動蟹を作るシーンがあった。
その実物を見たわけで、嬉しかったものです。
動物の工芸品か・・・
違うようでちょっとかするのが『聖闘士星矢』の聖衣だな。
装着する前の塊状態のときは、星座の生物の形(中には静物もあるか)をしている。蟹とか魚とか羊とか山羊とか。黄道十二星座。
フィギュアかマイスかにはちゃんとそれがある。

ところで『どうぶつ宝島』と言う東映動画作品が好きなのだが、これも考えれば宮崎駿さんのだったのだな。
わたしはジブリは見ないけれど、昔々の作品は好きなのだった。

どこがどう動物愛護週間なのかよくわからないが、とりあえずこんな感じで終わる。
獣苑というのは鴎外の『舞姫』から。
それを勝手に使って造語してみた。

自由獣苑とはサファリではなく解放動物園くらいの気分で。

幻の棟方志功

大丸元町で棟方志功展が開催されている。
大原美術館と言うよりその母体のクラレが所蔵する未公開の大和絵などがメインである。
棟方志功はよく知られているように、多くの愛護者を持っていた。
有名になってからは世界中のファンが彼の作品や人柄を愛し、生存中・死後関わりなくその人気は高い。
無名の頃または売り出し中の頃、彼は河井寛次郎や大原孫三郎らに愛された。

わたしは学生の頃大原で初めて棟方志功の作品に出会い、衝撃を受けた。
特に『大和し美し』に心を奪われたが、あの圧倒的な力に魅せられてしまった。
同じ版画でも浮世絵とは全く異なる世界で、自刻自摺の様子をカメラが捉えた『わだばゴッホになる』という番組を見てますますのめりこんでしまった。

板画だけではなく(棟方は版画ではなく板画と称した)大和絵や書にも独自の力が満ち満ちていて、一旦のめりこむと何ら瑕を見出せなくなってしまった。
筆勢。
土俗性と、暴風雨のような力が画面をはみ出してこちらの意識いっぱいに侵攻して来るようだった。
20年近く経った今も棟方志功展がある、といえば近隣なら飛んで行くほどだ。

さて今回の展覧会はチラシからして魅力的だった。
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上は風神雷神図。下は鯉の群れで、実はこの緋鯉は大原總一郎の当時の年齢と同数なのだった。
風神雷神といえば、今現在東京の出光美術館で宗達・光琳・抱一の三枚の風神雷神図が並んでいるが、それ以降の日本人もまた風神雷神図を愛してきた。
この棟方、富田渓仙、前田青邨らもそれぞれ風神雷神を描いている。
この青と赤の若い神々は一名『天気童子降雨童女』とも呼ばれている。
ただしどちらかどちらともしれない。
どちらでもいいのだ、天候はこれら神々の手にあるのだから。

鯉もまた力強く泳いでいる。
鱗の強さ、鰭の強さ、眼の強さ。
水に手を差し伸べれば、バシッと打たれる気合がある。
しかし緊張を強いるものではない。散らばった存在ではなく、融和した団体。
それがこの鯉図なのだった。

大原家のために揮毫した襖絵の数々が展示されている。
『五智菩薩図』 img334-1.jpg

ヘンな感じに襖の引き手跡があるなと思ったのも道理で、棟方は本来描くべき裏に一気呵成に機嫌よく描いてしまっていたそうだ。
しかしそれすらなんだか、天に浮かぶ菩薩のために輝く星のように見える。
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美貌の菩薩たち。
もしかすると板画のときより大和絵の方が美貌が多いのかもしれない。

以前青森の古い温泉に浸かっていると、目の前に餅より白く柔らかそうな女の人が現れた。
その顔、棟方ゑがく女人にそっくりで、びっくりした。
「・・・青森にはあなたのような女の人、多いのですか」
「顔かね、よくある顔だよ」
棟方志功は故郷の女人を描いていたのか。

山岳図(八甲田山界隈)、花と波濤図などぐいぐい力のある襖絵が並んでいて、元気になりそうな気がする。
人間、気合だ。そんなことを言いそうな気分になる。
しかし、気合ばかりの襖絵ではない。
可愛いのが子供部屋の襖絵だ。
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ミミズクだ。かわいいのなんの!!
やーん、一羽くらいさらいたい??!!
あ゛―可愛い!
わたしなら全部に名前をつけて呼びかけるね。
関係ないが、童画家・武井武雄もミミズクが好きだったような気がする。


冒頭で大和絵がメインと書いたが、無論のこと板画もたくさん並ぶ。
この展覧会タイトルが『幻の棟方志功』と名づけられた理由は、大原家の私的な襖絵(現在は屏風に仕立て直されている)と、クラレのために制作された作品が初めて世に出るからだ。

昭和26年、クラレが巨大な覚悟をもって開発にあたったビニロンという製品のために、棟方も心血注ぐ板画を生み出した。
『美尼羅牟頌板画柵』別名『運命板画柵』である。
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運命といえばベートーヴェンである。
それとニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』が大原から棟方に寄せられたそうだ。
連作もので、黎明・真昼・夕宵・深夜と4柵あり、ツァラトゥストラの物語が描かれている。
クラレの富山工場にあったそうだ。
現在クラレと大原美術館とで別摺りをそれぞれ蔵しているが、どちらが初か後かは知らない。
基督の柵同様、彩色なしの作品である。
力業。一言で言えばそんな作品だと思う。

彩色の鮮やかな作品もまた、並んでいる。
大原孫三郎の妻・寿恵子の歌集を板画で表現した作品群である。
棟方はこれ以外にも谷崎の短歌などを板画表現してきた。
河井、柳らの心を惹いた『大和し美し』も佐藤一英の長詩なのである。
後年草野心平は棟方の言葉『わだばゴッホになる』から詩を書き、それもまた板画になった。
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棟方のこの方面の仕事はどれもこれも彩色も華やかで楽しいものが多い。
挿絵と言うのではなく、その歌心を深く深く理解し、融和した作品を生み出している。
ただしコラボレートというものではなく、二次創作と言うべきかもしれない。

楽しい、は他にもある。
クラレの連絡月報表紙。
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’57?’68の正月号干支一巡。
可愛くて楽しい表紙だった。

最後に愛らしい子どもの絵。
大原家の子どもらの健康を祈った大和絵がある。
『宝珠界童女図・文殊天童子図』 宝珠=桃を食べようとするホッペの真っ赤な女の子、絣の着物でそちらを眺める男の子。
文字が豊かに強くそこにある。めでたく力強い作品で、魔除けになるのは確実だった。

そしてこちらは襖絵の一部分。
可愛い子供たち。新嘗祭の日に描いたそうだ。
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神戸では25日まで、続いて東京で10/5?17まで大丸東京で開催する。

コレクターの眼 <枕>

芦屋美術博物館でちょっと不思議な展覧会を見た。
さるコレクターさんの集めたものを展示している。
それは・・・<枕>なのだった。

枕といえば枕草子、低反発枕、枕絵、夢枕獏、という感じの連想が湧く。
実際ここにはテンピュール枕以外の枕が並んでいた。
箱枕、旅枕、陶枕、籐枕、くくり枕、他の用途にも使える兼用の枕などなど。

こいつが入り口でお出迎えの枕。
清朝の獏枕。ブキミで可愛いゾ。
アタマを乗せていないときは口を鎖し、img331-1.jpg

アタマを乗せるとカッ と口を開くらしい。
ほらほら、こんな感じ。img331-2.jpg


枕も実にいろんな種類がある。大体百点ほど出ている。
日本髪用の枕を見ると、母から聞いた曾祖母の話とか思い出すし、白磁の枕を見たら邯鄲の夢の話を思ったりする。
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松井選手もサド侯爵も自分の枕に深い執着があるので有名だ。
澁澤龍彦の『玩物草紙』によると、サドは牢獄で自分の枕を取り上げられてパニック状態になったそうだ。松井選手も高校時代から愛用の枕をアメリカにも持って行っている。

ここにある枕を見て思い出したことがもう一つ。
中尊寺の宝物殿にあった藤原三代のミイラの枕。そう、微妙な沈み方を見せる枕。
今、<沈む>と書いたが、サンズイか木ヘンかだけでツクリは同じなのだよな。
つまり元々同じような仲間でもあったのだ・・・。

置かれている中に、寝てる間に髪に香を焚き染める枕があるのだが、よく考えればこれは今ならハーブとか使えば良いのかもしれない。
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道中用旅枕。
行燈にもなり、銭入れにもなり、筆記用具もあったりというメチャ便利&多機能枕。
他にも飛脚の使う枕は、それ自体が書類入れでもあったらしい。

加藤守雄の『わが師 折口信夫』にある話だが、折口の養子・春洋さんは手ぬぐい二枚を縫うとその中に米をザラッと入れて、枕&旅の食料にしたようだ。
戦時中だから米は自分で持たないと駄目だったか何かの理由。

携帯用折り畳み枕などがある一方で、香を焚き染める枕や、春慶塗のものもあった。
そうそう、お能の菊慈童も流派によっては枕慈童の名に変わるのだ。
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枕詞・・・あをによし =奈良。
マクラ・・・落語の出だしの(書きかけて、枝雀の「カーーーッと太陽が昇りまして」というマクラの顔つきを思い出したら、泣けてきた)
わたしが挙げた他にも解説プレートに<枕経><膝枕><徒枕><城を枕に討ち死に>や漱石の名の由来の故事とか色々上がっていた。

実際、枕の引き出しにミニチュア枕絵を入れる枕もあった。
ちょっと春信風な感じであっさり。しかし三枚ほど衆道があった。杉村か菱川のような感じの線で、坊さんと稚児・客と色子などなど。他にもインド細密画もあった。
正直に言うと、絵の線が綺麗で可愛い感じがした。隠微さはない。

アフリカの枕に凄いのがあった。
新婚さん用の枕で、二つの枕を木の鎖で繋いでいる。しかも解説プレートには「寝相がよくないと云々・・・」←不可能だと思います。えへん。

膝枕で思い出した。
長渕剛の歌にそのタイトルがあるが、ライブ盤で即興にファンの名を当てて歌った歌が収録されている。それは<マサオのニク枕>だった。
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しかし枕と言うのは実際大事なものだと思う。
私なんか、典型的な<枕が変わると寝付けない>人なのだ。
わたしの枕はそば枕だ。やっぱりそれがいい。

今回の展覧会のチラシにもこう書いてある。
コレクター独自の視点によって収集された作品をもとに、展覧会を企画致しました。今回は、日々の暮らしの中で大切な役目を果たしているにも関わらず、 あまり省みられることのなかった、「枕」に焦点を当てようとするものです。
 考えてみれば、毎晩世話にならぬ日とてない「枕」ですが、じっくりと「枕」のことを考えたことがあったでしょうか。難を転ずるということから南天を素材とし、一富士二鷹三茄子の全てのアイテムを一木造りに仕上げた枕などは、いかにも良い夢が見れそうです。また、使い込まれた李朝期の折畳み枕は素晴らしい民芸の一品であり、行灯や硯などが組込まれた旅先での携帯枕は旅の大変さを彷彿とさせる歴史資料でもあります。
 今回、一堂に集まったコレクションにより、様々な地域、歴史的特徴を備えた「枕」を、存分に堪能いただくとともに、その世界が広く、かつ深いことを再認識していただければ幸いです。


こういう展覧会は地味だが本当に面白い。
また機会があれば是非見て見たいようにも思った。
いや、それより今度はこれらの枕で眠りたい・・・。

ボローニャ絵本原画展

ボローニャ絵本原画展は西宮大谷記念美術館で開催されている。
‘78年に日本で最初に開催し、それから30年近く経っている。
西宮大谷記念美術館は阪神香櫨園にある。わたしはいつも阪急夙川から桜並木の夙川オアシスロードを歩いて、ちょっとした浮かれ気分で美術館へ向かう。
夙川といえば<夙川日記>のred-pepperさんだ。
お約束をして、一緒に歩いた。

ボローニャ絵本原画展は若手絵本作家の登竜門でもある。
でもそんなこと無関係に見る側には楽しい展覧会だ。
入り口に原画の巨大複製が建てられて、みんな記念撮影している。
ご機嫌さんです。06bolog.jpg


一時CG全盛になり絵本の面白味が減少した年があったが、今年はそうそう多くはない。
混合技法が増えたり、表現方法も多様になったりしていて、そうしたテクニックの部分を見るのも楽しい。
今年は92人の入選者がいたがそのうち日本人が27人も入選しているので、「おおお」だ。

その中でも特に私が気に入ったのは、今井彩乃の『チャッピィの家』。
わんこのチャッピィが住む場所を探して旅をしている。小鳥も一緒に旅をする。
犬のマンションの窓にはあごを乗っけてるわんこもいるが、ここは完売。
なかなかいい場所にも当らない。でもとうとうみつけた。
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そう、入り口の巨大複製の原画。
五枚一組でそんな物語が展開される。(本当はもっと長いのかもしれないが、この公募展にはその数だけで応募するのだ)

それからゾウさんのママと子ども。
これがとてもシンプルな絵柄で可愛いし、ママ象がとても立派なのだ。
ちょっと仔象が甘えすぎで将来心配なんだが。
いつもは緑色の象さんがライオンに、がおーがおーと攻められたとき、ママ象は真っ赤になって撃退してた。えらい。ママはえらい。やっぱりゾウさんはいいなー。
ところがうっかりこの作者の名前を忘れている。今度調べておこう。

たかいよしかずの『頭の上から世界を見渡せば』が楽しい。
この作家さんは確か去年かおとどしも楽しい作品をあげていた。
カバオくんの頭の上にはビルが建つ。へんな鳥もいる。チョーチンアンコーさんの頭の上にはお城が建っててツルも住んでる。落語の頭山みたいなのもいた。
なんだかとても楽しい。
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千葉三奈子『モカの不思議な一日』 珈琲のモカさんがあっちこっちを旅して、出会ったみんなに自分の珈琲をプレゼントする。img329-1.jpg

アンパンマンもびっくりだ。しかも減らないのが凄い。メルモちゃんのキャンデーを思い出す。
みんなおいしいモカを飲んでニコニコ。img328-1.jpg


柄澤容輔『とりの森』 ちょっと紅型を思い出した。それからアメリカかフランスの鳥の大移動の絵本のことも。これは面白い作品で、道を行く実体の鳥たちは黒く描かれるのに、その影がカラフルと言う逆転もあって、楽しかった。
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わたしがボローニャ絵本原画展を知ったのは、’80年頃だ。
図書館で俳優の米倉斉加年の絵本『多毛留』を手に取ったからだ。
この作品は’77年のボローニャ国際児童図書展グラフィック大賞を受賞していた。(しかも米倉氏は二年連続受賞という栄冠を手にしている!!)そこから知って、とうとう’91年に西宮大谷に出かけたのだ。(因みに『多毛留』は’88年に手に入れていた)

地震の年以外は常にこの西宮大谷で開催され、やがて全国にも広がっていったが、ここに来るお客さんはみんな幸せそうに見える。
子供連れ、カップル、友人同士(少女たちからご年配の方々まで)、みんななんとなく幸せそう。img327-1.jpg

とてもいいことだと思う。

チェコのブラティスラバ国際絵本原画展もすばらしいが、このボローニャ絵本原画展はその性質上(なにしろ公募展なのだ)気合の入り方がすごい。中には気合が入りすぎている作品もあるのだが。

戦火に苦しむイラン、イラクといった国からもすばらしい作品が届いている。
特にイランは絵本大国でもあるのだが、政治情勢を考えれば物凄いことだと思うのだ。
平和を希求しながら、それを描かず自分のインスピレーションに基づいた作品を生み出す。
これは実は物凄いことだと思う。
とにかく中東が少しでもよい状況になって、すばらしい才能の開く様を見せてほしいとただただ願うばかりだ。

本国イタリアだけでなく、ドイツ、フランスからも素敵な作品が沢山入選している。
Kアンドレス(ドイツ)『わたしの家族』 女の子の編み物。へんな怪獣?がいっぱい。
雪の降る窓の下には百目ちゃん。右端には頭や鼻に杉かヒノキが生えた怪獣ちゃんがいる。
(花粉症にならへんのかな)
シュールで楽しい世界。
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赤頭巾を描いた作品にもドキッとした。
赤頭巾はまるでバイオハザードを扱うために着用する衣服のようで、狼は誘惑者ではなく淋しそうな相棒に見える。こんな赤ずきん、知らない。

それから人魚姫。 現代風に描かれているのを見ると、この物語が実は大変に官能的な作品でもあることに気づく。そういえば諸星大二郎も人魚姫を描いていた。私説魚類図鑑、早く単行本になれ。

蜘蛛が趙やトンボを誘惑する話も面白かったが、その技法にびっくりした。薄い布に糸で蜘蛛の巣を縫い取りしている。た・の・し・い??!
こういうのを見ると、わたしもやりたくなるんだよな。

鉛の兵隊。せつない物語。これはCGだったが、油彩のような表現でとてもよかった。
原作のせつなさが胸に思い浮かぶような絵柄だった。

台湾や韓国の昔話を描いた作品が、それぞれの国の文化を示していて、興味深く思った。
つまり虎が女の子を食べようとして、ネズミに阻止される作品があったのだが、その使われた色彩などに我々の意識にある<中華文化>とか<朝鮮文化>を感じるわけなのだ。
これは面白いことだった。
韓国の作家による両班の婚礼から葬儀までを描いた作品もそうだった。

韓国で思い出した。以前『風の丘を越えて 西便制』というパンソリを描いた名作映画の中で、廃れゆく大道芸の一つ・飾り絵文字が出ていた。
つまり<松>という漢字を絵の松や鶴や亀で飾るのだ。きれいなものだった。
それとは違うが、日本には<葦手>というものもある。歌などを絵の中にはめ込むものだ。
今回、文字でその動物を描くものがあった。
ウサギはlapan、クマは熊、象はelephant、の文字で描かれている。楽しいな?♪
これはもしかすると、教育にもいいのかもしれない・・・
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実はコケそうになった作品がある。
この文字絵の隣に韓国の葬儀などの作品があり、その隣にいきなりふくろうと両腕に木製の手ばたきをつけた人物の、リアリズム作品が並んでいた。
なんなんだ、この並べ方は??。
笑ったら悪いが、おかしくて仕方なくなった。ああ苦しい。
キュレーターさん、カンニンしてや・・・私、アバラ打撲中で笑うと響くのよ・・・

他にも多く見るべき作品が多い。
イスラームのラスター彩や本に現れるような人物たちを変わった技法でプリンティングしたものもあった。染色もあった。
意味のわからないものもあれば、ウルトラリアリズムもあった。

ブラティスラバでグランプリを受賞したイランのゴルドゥズィヤンの特集もある。
子どものセーターに欲しいような明るい派手派手な色彩。
甥っ子に着せたい。でもチビなのでアンパンマンがいちばん好きだからダメかもしれない。
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とても楽しい展覧会だった。
毎年秋の始めの、わたしの楽しみ。

新日鐵広畑と京見会館

姫路の広畑にある新日鐵広畑製鉄所に<大人の遠足>しました。
工場見学&京見会館(迎賓館)見学。

とにかく大阪からは遠いのだが、来た甲斐オオアリ。
ヘルメットかぶって作業服着て軍手はめて長-----い工場見学しました。
なんていうのか、真っ赤っ赤なテツがベルトコンベアでズイズイ流れてくるけど、それが急行してきたなと思った途端、どどどーっ と水かけられるのだ。
で、それをものともせずテツが行く行く。行くけどまた水がががーっ 水蒸気大量発生。
・・・というようなテツと水の攻防戦を目の当たりにして、巨大な機械に驚いて、楽しく工場見学を終えました。
おやつは300円まで、というところやけど、会議室に戻ると、ポカリをもらった。ゴクゴク。
ああ、面白かった。

さて次には新日鐵の迎賓館<京見会館>にマイクロバスで送ってもらって、建物の見学です。
こっちは撮影OKなのに甘えて、かなり沢山撮ったので、この後乞うご期待。

マリア・テレジアとシェーンブルン宮殿

初日に行った割りにあげていないのが、この『マリア・テレジアとシェーンブルン宮殿』展。
行った日は別のフロアで上映されていた『白蛇伝』がメインだったので、ついつい遅れました。
マリア・テレジアが何者かと言うことは今更ここで書く必要はないと思う。
とにかく欧州第一の母であり、女帝だっただけでなく、この時代のこんな立場にある女性にしては珍しく(多分、唯一)恋愛結婚してそれを全うした人なのだ。

わたしがマリア・テレジアを知ったのは、『ベルサイユのばら』を読んでからだ。
リアルタイムの読者ではなく、宝塚歌劇になり、映画にもなってからのファンなのだ。
アニメの方はリアルタイムに見ていた。

ところがその頃既に『第三の男』や『愛の嵐』などを見ていたので<ウィーン>と言えばそちらばかりが思い浮かぶのだった。
行きたい行きたいと思いながら行けぬまま今に至っている。

それでこれがシェーンブルン宮殿。
すばらしい建築。
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会場にはハプスブルク家の人々の肖像画や衣裳、宝飾類、食器、工芸品などが集められている。
色々と知ることもあり、解説プレートはなかなか面白かった。
彼女は初恋を貫き通して結婚し、子どもを16人生んだ。
その子どもらの運命はそれぞれだが、いちばんドラマチックだったのはマリア・アントニアつまりマリー・アントワネットだろう。
しかしながら他の子らも、早世したり生涯外に出なかった人は別にして、母とは違い、心のままに想う人と結婚したわけではなく、政略結婚の道具とされている。
非凡なる政治家マリア・テレジアの手腕の見事さがよくわかるのは、子どもらの<行く先>とその後の系図である。
個人の幸福より、国家の安寧、国と国の関係を大事にしたわけです。

六歳のモーツァルトを宮廷に呼んでピアノを弾かせたのも彼女で、そのときの神童アマデウスを可愛がる気持ちが、架空の宮廷群像図にその姿を描き込ませることになったそうだ。

ところでマリア・テレジアはなかなか美少女だったようで、こちらの肖像画は11才のもの。
なんでもこの時代、髪粉をはたくのが流行していたそうだ。
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それにしても目元口許に知性を感じる。

こちらは家族の肖像。img325-1.jpg

どなたがどなたかは、会場で要チェックです★

衣裳を眺める。実物の他、この肖像画などを見てもわかるように、なるほどフランスとオーストリーとの違いと言うのを感じた。
髪型も違うのだ。さすがに池田理代子はそうしたことをゆるがせにしないと感心した。
むかし、マンガで読んだとき理解しにくかったことが実証された気分だ。
これは勲位受賞者のための正装。img325-2.jpg

中の赤色が綺麗だった。

それからこちらはセーブル。
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そしてわたしがいちばん気に入ったのは、テーブルの天板。
見事な象嵌。
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やっぱりなんとか日にちを作ってウィーン、プラハ、ブダペストへ行こう・・・。
展覧会は来月9日まで。
会期中、文化博物館内のカフェコロラドでザッハトルテとウィンナコーヒーのセットメニューがある。私はチョコケーキがニガテなのでパスしたが、ちょっと惜しい気がしている・・・。

梅原龍三郎展

大丸心斎橋で梅原龍三郎展が開催されている。
巡回展。
梅原龍三郎の人気は高い。
わたしは安井より梅原が好きだ。

子供の頃から梅原の絵は常にそこにあった。
別に本物でなくてもいい。カレンダーでも何でも、目に付くところに梅原龍三郎の作品があった。
それは北京風景だったり、薔薇や裸婦ということもある。
豊饒な色彩。デッサンが正しいのか狂ってるのかわからぬが、大きな存在感のある作品。
豪華絢爛・天衣無縫・空前絶後
四文字熟語で梅原龍三郎のイメージを表すと、こんな感じだ。

師匠のルノワールも大好きだが、弟子もまた豊かに明るいのが素敵だ。好悪を越えて巨大な存在感のある画家。

梅原が'86に大往生したとき、まだ学校に行っていた。
確かラグビーの日本選手権のすぐ後くらいの日で、新聞をチョキチョキ切ったことを覚えている。

今回、何度目の展覧会なのだろうか。
とにかく大正このかた梅原展は人気だ。
ところでわたしが最初に『梅原展』を見たのは'91の西宮大谷記念美術館でのことだ。
既にそれ以前からあちこちで見ているが、まとめて数を見るのはこれが最初だったのだ。
そのとき、電車の社内釣りポスターに使われたのがこの『霧島(栄之尾)』だった。
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この世の景色ではない、と思った。
異常な衝撃に打たれた。
風景画でこんなにぶちのめされたのは、この後ホテルオータニでのアートコレクションで見た小出の『六月の郊外風景』まで他にない。

今回の大丸展のコンセプトは知らない。
どこのコレクションをメインにしたのかも知らない。
しかし行かねばならなかった。
行く価値のある画家だからだ。

会場の最初のコーナーは、花瓶に活けられた花を集めていた。
薔薇、アネモネ、薔薇、チューリップ、とにかく薔薇。
円でも楕円でも渦巻きでも盛り上げでも、形がわからなくても薔薇は薔薇だと強く思い知る絵。
花瓶も何がなんだかわからないが、花瓶だ! と思う。
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見ればわたしと今日一緒に見ている友人と同い年の作品があった。
・・・色褪せず、剥離もせず、綺麗なままの薔薇に、なんだか背中を推された気がした。
がんばるぞ!(なにがや?)

若い頃の人物画が少しある。たった一年で画風が変わっている。
三日会わざれば括目せよ、を地でいったらしい。
それから北京での姑娘たち。
中華の大ご馳走を満漢全席というが、梅原の絵にはその風格がある。食べる側も胃弱では立ち向かえない。
後で中毒しようと寝込もうと、とりあえず向き合おう。

知らない奥さんがイキナリこの絵の色合いが雪青色でとても綺麗ねと言うので、そうですねと答えたが、画像ではその<雪青色>は再現できそうにない。img321.jpg


今回気に入ったのは裸婦のシリーズ。それもいつもの本格的な洋画ではなく、簡単に彩色を施したものと版画と。
'30年代の連作。
この時代の大正新版画運動と梅原がどのような関わりを持っていたかは知らない。
しかし会場を見て回るとパリのムルロー工房や長谷川潔、河野通勢らとの交流が示されているので、やはり何かしら版画で作品を生み出したいと思ったのだろう。
『虎と女』というモチーフを見ると谷中安規を思い出す。小説では『女か虎か』という傑作もあった。
こうした作品は見ていてとても楽しい。

梅原と交流の深い人々の作品のコーナーへ回る。
まず師匠ルノワール。
豊饒なる師弟。
女の顔とバラの二枚が出ていた。それを観ただけで豊かな気持ちになる。
それからブロンズ像『ヴェールを持つ踊り子』。これは鋳造でいくつも他に作れるので、この大丸の御堂筋側、少し先に設置されてもいる。高村光太郎やザッキンらと共に御堂筋を美しく飾ってくれている。

ピカソ、マチス、ルオーと見て、白樺派に移る。
武者小路実篤の書がある。
『無比』 本当にそのとおりだ。実感がある。褒めすぎではなく、実感としてのリアルな『無比』なのだ。
木下利玄の短冊がいくつもある。
わたしはこの人の短歌はあまり知らないが、里見の随筆に現れる姿に好感を抱いている。
特に志賀、里見、木下の三人の関西ツアー『若き日の旅』が楽しい。
大正の頃の白樺同人寄せ書き色紙が良かった。
劉生の寒山拾得や蝙蝠を呼び寄せる人物や三酸図、河野の生け花、富本の皿の下絵のような風景などなど。

最後に梅原の描いた『横山大観像』 これはその当時名だたる日本画・洋画の大家達が『横山大観先生を描く』会というのを催したそうで、多くの画家がこのときの肖像画を残している。
わたしもいくつか見てきたが、梅原の大観はやっぱり梅原の絵なのが面白く思えた。

場内には梅原の写真がいくつかあった。
としどしの自画像を描き、『ナルシス』としての自画像を描いた画家は他者に肖像を写されるのがあまり好きではなかったそうだ。
しかし、ここにある一枚はとても可愛いし、ご本人もポーズを取っている。
「撮ってくれよ」と機嫌よく自分から声をかけたのかもしれない。
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『室内』の52年展 山本夏彦の残したもの

山本夏彦を知ったのは、久世光彦の著作からだった。
久世光彦が『山本周五郎賞』を受賞してお祝いパーティがある。
その二次会のバーのカウンターで、俳優Yと俳優Kの会話が久世光彦の耳を打つ。
「あそこにいるご老人はどなたでしょう」
「みんなから山本さんと呼ばれてますね。・・・あっ」
「あっ そうか、あの方が山本周五郎さんですね」
久世光彦はひっくり返ったそうだ。

二人の共著がある。
なかなか面白い内容だった。
<昭和>という時代にあくまでもこだわり続けた二人。


その山本夏彦が編集していた雑誌『室内』。
INAXギャラリー大阪で始まったばかりの展覧会。
わたしはその会場内に、いる。
http://www.inax.co.jp/gallery/exhibition/detail/d_000465.html
コラムニスト・山本夏彦は編集部員の教育にも熱心だったようで、礼状の出し方についても指示したものを書き残している。

山本夏彦にしろセツ・モードセミナーの長沢摂にしろ、自分のスタイルを貫き通した一生を送った人は、厳しい目をしている。
だからこそ八十歳を越えてもその世界の最前線にいたのだろう。

会場の壁を埋めているのは『室内』615冊の表紙である。
52年間続いた雑誌。
中で気に入ったのがこの暖炉の表紙。
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イラストレーター五味太郎氏のエッセーがパネル展示されていた。
毎月『室内』にカットを描き続けたことの回想。
しかしその数も、ある月は10点、違う月は7点、別な月は20点だったりしたが、延々と描き続けたこと、そしてある日雑誌がその使命を終えたことを電話で告げられたとき、<潔さ>を感じたことなどが、心に残る文章で綴られていた。
いい話だと思った。

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会場には大工道具も並んでいる。
鉋やくぎ抜き、金槌などなど。それから椅子がある。
椅子の実物と、椅子のデザインノート。

『暮らしの手帳』同様、この雑誌も消費者の目線を上滑りすることなく作られた雑誌だったのだ。
わたしは雑誌を殆ど読まないので全く申し訳ないことにこの『室内』を知らなかった。
惜しいことをした。
読んでいれば部屋の片付けも多少は出来るようになっていたかもしれない・・・。

展覧会は大阪INAXギャラリーで11/17まで。
その後名古屋と東京へ巡回する。

花外楼の一日ミュージアム

こいちゃさんから花外楼の一日だけミュージアムを教えてもらい、九月九日重陽の日に北浜まで出向いた。
ところでこの日の予定は、桜橋で所用を済まし(東京ぐるパスが福祉共済で割引なのだ)北浜の花外楼で書画を眺め、次いで本町のINAXギャラリーを楽しんでから優雅にお茶や本屋などに寄り、心斎橋大丸で梅原龍三郎展を観て、そして約束していた人々と難波の南海スイスホテルで夕食、というものだった。
我ながらなかなか充実の予定だと思っていたが、充実しすぎることになった。

大阪人ならわかることだが、桜橋から北浜と言うのは、交通手段に乏しいルートである。
当日はたいへん暑い日で、タクシーにも乗らず私は歩いた。
歩きながら、こんなところで倒れるたら困るなと考えていたが、北浜に着いて唖然となった。
も・の・す・ご・い。
なんなんだ、この行列は。
私がついたのは12:50だったが、結局1時間並んだ。炎天下に1時間はつらい。
しかも地下鉄29番出口から上がってきた人と行列の人とでトラブル大発生。
行列の大半は六十代以上の方々だが、すごい主張の仕合だった。
日本の熟年層は強い。
わたしなどは到底太刀打ちできない。
まぁしかしなんとか<融和>して皆さんご入場なのだが、花外楼側もまさかこんな大混乱になろうとは予測していなかったそうだ。

料亭での書画開陳なので、当然靴下を履いてきたが、半被を着た下足番のおじいさん方が気の毒なくらい、ふらふら。
しかし職務に忠実に、そしてお客さんに誠実に励まれるので、大丈夫かしらと心配になった。
「お邪魔します」
と中に入ると、マネージャーさんも下足番さんも挨拶されるが、却って体力を奪うようで申し訳なかった。

幕末からこちらの軒先写真や資料展示がガラスケースにある。
花外楼の歴史および、花外楼の果たした役割などについてはこちらに詳しい。
http://www.kagairo.co.jp/
明治の元勲らとの縁の深い料亭なのである。
階段を上がると、五姓田義松の一枚屏風があり、そこから大広間へ招じられた。
茶席を開いている。
おいしくお菓子を頂きお抹茶もズズズッと頂いてから屏風を見ると、団扇がいっぱい貼り付けられている。松篁さんらの団扇である。
天井は亀甲つなぎ。

建築ファン仲間にばったり会うたが、時間の都合で早く帰るそうで、見学会での再会を約してサラバ。
向こうは書画より建物を見に来ていたのだ。
ビルの中にある40年以前の近代和風を楽しむために。
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井上馨らの部屋がある。
そちらの入り口天井は網代組み。床柱は多分南天だと思うが、訊きたくても係りの人は大変そうなので諦める。
羊歯柄の蒔絵の箱などを眺める。

窓の外には堂島川、対岸は中之島。薔薇園に少しのバラが見え、東洋陶磁美術館も見える。
お茶室ではご当主が茶道具の説明をされていた。

やがて書画を並べた座敷へ行く。
明治の元勲らの書画が並ぶ他に、財界人、文化人の作品もある。
面白かったのは後藤新平の書。
なかなか素敵な字だが、可愛い絵がついている。
おばけちゃんと呼びたいような。
得庵野村徳七の絵が楽しい。
笹のついた大漁幟の立つ眺め。幟の朱が色褪せているのがいかにも潮風に晒されているようでよかった。
他に井上馨の杖突き布袋が可愛い。六歌仙の洒脱な絵もあった。

大阪画壇へ移る。
並ぶ作品は皆、掛け軸表装である。

庭山耕園 タイ、シメジ、スダチ。これが座敷に掛けられていたら、メニューにも期待が行くなぁ。他に朝顔とカニの絵があった。
五井金水 あっさりした桔梗。こういう小品がさりげなくてよいのだと思う。
須磨對水 この人は湯木美術館でも作品を見たが、料亭で見るのが面白いところだ。
なにしろ無類の美食家だったそうだし、ご本人も吉兆、花外楼といった名料亭にその画を飾られて泉下で喜んではることだろう。
鮎二匹(蓼酢で食べたい)、呉春と言うより琳派風の装飾的な紅梅があった。
武部白鳳 夜漁、月下に四艘の舟が網張って水面を見守っている。
中川和堂 天神祭船渡御図。花外楼では必ず夏にこの軸をかけるそうだ。
趣があってエエ感じ。船の上で大松明を焚いている。隣の船には奉輦が。囃し方もいるし、提灯もちゃんと天神さんの梅マーク。
生田花朝 紅葉した縦長の葉っぱが三枚。上から下へ向かって段々赤みも黄みも濃ゆくなる。
他にピンクの紅梅があった。

いよいよ菅楯彦
菅さんは大阪市名誉市民第一号の人だけに、<浪速御民>とか<浪花逸民>とかサインされたりもする。
不思議と回顧展がないが、大大阪時代の大阪の日本画家として、その少し前の時代の浪花情緒を描いている。飄々として粋(すい)な空気の漂う好ましい作品が多い。
花外楼が必ずお正月にかける軸がある。
赤陽の下、座敷では飾り餅があり、烏帽子姿の人々が寛いでいる。軒先には何か釣っている。
中庭には白梅も咲いていて、エエ感じのお正月を迎えてるらしい。
隣の座敷にはまだ前髪の少年がなにやら片づけをしている。
・・・こうしたのどかさは今どこを探してもないなぁ。
これまた良いのが、歌のついた遊女図。
上の句は読み取れない。<ひな>はわかるが続きが読めない。下の句は<乗るや 伏見の 桃の花>である。青い打掛のをんな。
さてその他に、『夏夜店』と題の判る作品がある。
薄墨と薄い朱とで描かれているのが、いかにも夏の夜らしい。
天狗とおたふくの面を描いた屋台があり、茶か冷やし飴でも売ってるらしい。
お釜が据えられていて、柄杓で飲み物を掬うている。尻端折した男はちょんまげ。
買おうとするおかみさんは丸髷で、手を引かれた坊やもいるが、みんな薄墨で影絵のようにも見える。横の床机(ベンチ)には先客二人がいる。そこには屋台のための灯りも立っている。
夏の涼みを感じる作品だった。

大抵見て回ったが、リストにある鍋井克之の作品がない。
聞けば一階のバーの壁だと言うので降りると、やっぱり玄関先は大混雑が続いている。
見やはるお客さんにちょっとでも親切に、という心づくしがあるので入れ替えが大変なのだ。
鍋井さんの『風景』は青空の下の海岸、岩に打ち寄せる波などの絵だった。
唯一の洋画。
それを楽しんでから下足番さんから靴を出してもらって店の外へ出ると、ギャッ。
・・・ものすごい行列はまだまだ続いているのだった。

花外楼さん、ご苦労様です。おおきに、どうも。
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閉じ込められた宇宙

箱。
日曜美術館で美麗なもの・仕掛けのあるものを見て、わたしは随分ときめいた。

TVで見た箱の中で一番どきどきしたのは、桑原弘明さんというアーチストの作ったからくりである。
小さな箱の中に別な世界が広がっていた。
真鍮の箱の中に小さな室内がある。
椅子、テーブル、鏡、壁、床、窓。
極小の世界。完璧な宇宙。048-6m.jpg

元々ドールハウスなどを愛するわたしは小さなものを偏愛する傾向が強い。それらがこんな小さな箱の中に納まり、スコープで<覗く>角度によって、表情を変える。
赤い部屋になったり、夜になったり、鏡が肖像画に変わったり。
深い深い世界がそこにあった。


のぞきからくり。
わたしはのぞきからくりが好きだ。
母から聞くばかりで実物を想像しては異様にときめいていた。
実物を見たのは佐倉の歴博にある地獄極楽ののぞきからくりだった。
ボタンを押すとからくりが動き出し、独特の調子で語りも入る。
たまたまこの装置の向かいにあるのが江戸時代の商家の軒先の再現で、そこには土佐の絵金の屏風絵が飾られていた。
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地獄極楽の鮮やかにキッチュな煌びやかさと、無残絵の競演に、粟立つような喜びがあった。
のぞきからくりで地獄極楽を楽しむ私は絵金に背を晒している。
絵金の絵から誰かが現れ、私を袈裟懸けに斬る恐れもあるのに。

ここにあるのは幽霊の継子イジメ。nozoki.jpg

http://www.itech.co.jp/maki/nozoki.html
巻町というところにあるらしい。

それから四天王寺で実演があった。
こちらはボランティアの手によるものなので、ただそこにあるのを喜んだだけにすぎない。
四年前。上演されたのは『不如帰』だったか。
この日は秋の彼岸の中日に近い日で、陽があるうちは日想観をこらせたろうが、夕方以降に訪れたので、古来からの夕日がきりきり舞する景色は見損ねていた。
しかし、四天王寺の独自な伽藍配置のその只中に立ち、空を見上げると、巨大な黄金の満月があった。
黄金の月。その真下、特異な配置の庭に立つわたし。
月から見ればこれもまた、極小の箱庭なのではないか。
わたしはその観念に幻惑された。9072250.jpg



ムットーニのからくり。
初めてムットーニのからくりを知ったのは、いつだったか。
雑誌で見ていたその実物を、'97に世田谷文学館で見た。
偏愛する『山月記』『猫町』など。
その翌年にはキリンプラザで大回顧展を楽しんだ。
数年後には大丸、今年は阪急でその世界を存分に味わう。
ムットーニの世界。img313.jpg

箱=舞台の上で物語が生まれる。
人形もライトも音楽も、そして物語りも全てムットーニのオリジナルである。
考えれば、ムットーニの脳髄そのものが箱であり、そこから飛び出たものをわたしたちは楽しんでいるのだった。


「覗くと不思議な宇宙がある。」
ナゾナゾ風に問えば、答えの多くは「万華鏡」と返るだろう。
万華鏡、カレイドスコープ。
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京都に地名そのまま『姉小路館』というミュージアムがある。
ここは万華鏡専門のミュージアムである。
文化博物館の北側にあるのだが、ついうかうかと見過ごしていた。
旧来からの万華鏡を集めたものではなく、アーチストの新作を集めている。
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ここにあげる画像は、装置をのぞいた景色なのだが、外観そのものにも工夫が凝らされていて、なかなか面白い。
オルゴールつきのものもあるし、人形の形のものもある。
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こちらはわたしの持つ万華鏡。
昔ながらのものと、台北の故宮で購入したものと。P0203-1.jpg



箱から現れる女、数態。
杉浦日向子と小村雪岱。
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竹やうつぼ舟から現れる他に、卵型石作りのタイムカプセルから出てくる女たち。IMGP0208.jpg

瓜は姫、桃はタロウだ。
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『押し絵と旅する男』は箱の中の宇宙に囚われている。
むかし、店先に飾られたドールハウスに惹かれた少年がその中に入り込み、人形と立場を交代させられる怖いマンガがあった。
水木しげるにもダイヤモンドに閉じ込められる男の話があった。
閉じ込められた宇宙。


わたしはパチンコをしないが、あの台を曼荼羅に似ていると言ったのはマンガ家・岡野玲子だった。
曼荼羅は宇宙の縮図である。
遊具であることを越えて、これもまためくるめく箱なのである。
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コーネルの箱。img312.jpg

金子國義のキャビネット。P0205-1.jpg

澁澤龍彦の書斎。img311.jpg

左甚五郎の拵えた人形は、箱から出ると、動きはじめる。
カリガリ博士のキャビネットには、眠り男<ツェザーレ>がいる。

建石修志と北川健次の作品を見ると、いつも<閉じ込められた宇宙>を感じる。
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壷中天。
ここにあげた全ては、壷中天なのである。
ミクロコスモス。
優れた本もまたその中に宇宙を潜めている。




近いうちに、箱から展開してペルシャ語で言う<閉じられた庭園>=パラダイスについて綴りたいと思っている。

大アンコールワット展

国立プノンペン博物館所蔵の、<壮麗なるクメール王朝の美>を今なら、大阪歴史博物館で見ることが出来る。9/11まで。
『大アンコールワット展』 
去年の丁度今頃名古屋の松坂屋で愛・地球博に協賛するように、開催された大展覧会の巡回である。
世界遺産のうち、特に危機遺産として登録されているアンコールワットについてはニュースなり映像なりで、見た人も多いだろう。
最近では『世界遺産からのSOS』として展覧会も別に開催された。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-578.html
人類共通の遺産として、これらを守らねばならないと思う。
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わたしが子どもの頃は、丁度カンボジア内戦の時代だった。
‘84映画『キリングフィールド』が話題になったとき、初めてポル・ポト政権の空前絶後の虐殺を知った。自国民を何故そこまで殺せたのか理解できないし、理解することも拒絶したい。
カンボジア内戦の概要については、既にその二年前に『装甲騎兵ボトムズ』の第二部がそれを下敷きにしたと聞き、また高階良子が'81に『ナーギの塔』という作品でその一端を示していた。
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また澁澤龍彦の遺作『高丘親王航海記』にはカンボジアの栄光が描かれていた。
それらを踏まえた上で、多少の勉強もした。
その中で、上智大学がプロジェクトを組んで、カンボジア人の手による遺跡修復を手助けしていることを知った。

わたしがこれまでに見たクメール王朝の美、つまりアンコールワットの展覧会は以下のとおりである。
’92 ロックフェラーコレクション・アジア美術
’98 アンコール・ワットとクメール1000年の美
’03 アンコール・ワット拓本
他にも松岡美術館所蔵のクメール仏には’92以降なじみが深い。

仏教とヒンズーの神々との融合とでも言うか、独自の世界観に彩られていると思う。
それらについて語ることは差し控えて、わたしは彫像の美について少しだけ綴りたいと思う。

まず胴体のシンプルな美しさ。
ブッダもジャヤヴァルマン七世もナラシンハもシヴァも、みんな素敵な肉体をもっている。
にく、たい。
この造形美はクメール独自の美だ。
他の民族の彫像とは隔絶している。
ただ、婦人の体つきは多少インド・マトゥラーの彫刻に共通するところもある。
しかしあれほどの豊満さはなく、手で寄せたような胸元に見える。
それらは各民族の嗜好なのだろう。

神仏像でいちばん美形なのはガンダーラ仏だと思うが、クメール仏の胴の見事さには感嘆するばかりだ。
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ナラシンハがいる。
わたしがヒンズー神話を知ったのは諸星大二郎の作品からだった。
ナラ・シンハ。
ヒンズーには他に猿の王ハヌマン、象の頭を持つガネーシャが有名だ。
見るからにいい感じ。
ところでナーギ(蛇)信仰を知ったのは前出の高階良子『はるかなるレムリアより』だったから、随分昔のことになる。
掌をこちらに向けて指を折り曲げたような、ナーギの姿。

アンコールワットのレリーフもパネル展示されていた。
一番有名なアスラとナーギによる乳海攪拌。
数年前妹が見に行き、その模様を撮影していたのを見ているが、なるほど立派だと思った。
他に拓本がたくさん並んでいる。
前出の拓本展は上智大学によるものだが、ここにあるのは地獄極楽の図で、初見である。
極楽に比べ地獄はナマナマシイ。
つまり拷問が延々と続いているのだ。これは極楽は想像によるものだが、地獄は現実にある事象を拡大している為かもしれない。
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名古屋展のチラシ。
微妙に違う配置。それにしてもこの表情こそ神秘そのものに思われる。

アンコールワットには蓮が似合う。
蓮は泥沼に咲くが、この世と極楽を繋ぐ花である。
実際この地を祇園精舎と思い込んだ日本人も多くいて、彼らの落書きも残されている。
その写真は会場ではなく入り口フロアにある。

クメール王朝歴代の王は世襲制ではなく、有力な者がその力を示し、争いに打ち勝つことで王位を得るシステムをとっていた。
そして王位につけば即座に仏教寺院などを建ててゆかねばならない。
何面もの顔のついた柱などが有名だが、見ているうちに私はめまいがしてきた。
先ほどまでの彫像は、その肉体造形の美に打たれるのだが、こちらの建造物はわたしの嗜好範囲の外にある。
嫌いと言うのではなく、畏怖の念に打たれるのだ。そしてそこから遠く離れたいと願う。
写真を見てこれなのだから、現実にアンコールワットに行くことはまず、私の場合不可能なのだ。

しかし恐れながらも惹かれる心は止められず、結局こうして出向かずにはいられないのだ。
その後に来る恐怖の漣を宥めることも出来ないままに。

会場の出口傍にアンコールワット保存の募金活動があった。
危機遺産から、なんとか恒久遺産になることを祈っている。
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夢二と大正ロマンの画家 中右コレクション展

中右コレクションを見るのはこれで何度目か。
‘00さんちかホール、東大阪市民美術センター、’04三越 この三ヶ所でそれぞれ大正モダン・昭和ロマン 夢二・華宵とその時代 という叙情画や挿絵のコレクションを見ている。
また、’99思文閣、そして今年に東大阪で浮世絵を見ている。
中右瑛氏のご好意によって、わたしたちはときめく夢の世界に浸れたのだ。
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9/2に見たとき、あまりの人出に負けて何を見たかわからなくなったので、9/4会社帰りに阪神に寄った。今度は見ることもメモを取ることもできた。
もしや、と思った。
それで帰宅して確かめて、嬉しくなった。
今回画集がなくてショボンだったが、前回の三越で販売されていたカタログの中身と同じ内容だったのだ。
嬉しい、そうだったのか。
これがわかっただけでも嬉しかった。
会場内で右手を痙攣させながらタイトルなどをメモった甲斐があった。

細かいことを書くことは出来ない。
なにしろ260点あるのだ。
阪神の公式サイトはこちら。
http://www.hanshin-dept.jp/dept/s_yumeji_index.html
入り口すぐは清方や深水らの肉筆画。
きれいというより、艶かしい作品が並ぶ。
輝方の『汐干狩りニ美人』『団扇持つ女』
これも可愛い。輝方と蕉園の夫婦は長生すればどれほどの名品を残してくれたろう。
『桜花を見る少女』 幔幕から外の桜を眺める可愛い二人の少女。
幔幕での花見と言うのはいつから始まりいつごろ終わったのだろう。
この少女の風俗からゆけば元禄時代のようにも見えた。

清方の『唐人お吉』 テーブルにランプがある。
後に出てくる小早川清も橘 小夢も、描いている。
現代なら玉三郎か佐久間良子が舞台で演じている。
なりたくてなったわけではない洋妾。
古い歌が心の中に流れた。

華宵の肉筆画を多く持つのも中右コレクションの特色だと思う。
今現在華宵の作品を見たいと思えば、東京の弥生美術館か宇和島の華宵美術館しかないと思う。
かつての少年少女はみんな喜んで作品を眺めている。
『花吹雪舞妓』 傘を閉じつつある舞妓の見る先に花散る風がある。
異色と言うか、筆運び・彩色がいつもと少し感じの違う『白拍子』がなかなかよかった。
こうした線も華宵は用いるときがあるのか。

専太郎。
つい数ヶ月前、弥生美術館で初の回顧展が開催されたが、実に50年の長きに亙って挿絵界の第一人者として活躍し続けた。
去年没後三十年だったが、そのあまりに膨大な数に驚いたものだ。
ここにあるのは主に円熟期以降の作品である。
御高祖頭巾の『吹雪の女』、挿絵『天狗廻状』など。

雪岱のお傳地獄がある。img298.jpg

箱入りの本もある。
雪岱ファンのわたしにはそれだけで嬉しい。

橘 小夢といえばわたしには耽美的でややグロテスクな作品が思い浮かぶが、チラシにもなった『タカラジェンヌ』には正直、驚いた。
このひと、こんなのも描くのか。
そんな驚きである。
何しろここにあげる『水魔』などがすぐに思い浮かぶのだから。
この絵はドイツの心理学会にも資料として使われたそうだ。
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皆川博子の文庫版『花闇』の装丁には小夢の『田之助』が使われている。

カラッと健康的で活発で可愛い少女を描くのは松本かつぢだ。
かつぢについてはこちら。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-462.html
ここには西条八十の少女小説『アリゾナの緋薔薇』挿絵がある。
西部男を一発で殴り倒す元気な娘さん。かっこいいなー。

増原宗一の『刺青の女』が違う作者・違うタイトルだったのが変更・是正されていた。
前のこのタイトルはなんだったのだろう。
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『モガの水浴』・・・どう見ても違うと思います。

そういえば版画家川西英は肉筆絵画のとき、いやに肉感的でチャーミングな女を描くことが多い。肉色タイツでも穿いてそうな。
ビアズリーのサロメを模写した作品も並んでいた。

中原淳一の『少女の友』、夢二のセノオ楽譜、婦人グラフ、深水、言人らの版画・・・
見れば見るほど嬉しくなる叙情画や挿絵たち。
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左側は『カリガリ博士』の表現主義の影響を受けているな。
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わたしの持つ本。img297.jpg

この奥付を見ると神戸新聞社が主催したようだが、なにしろ四年前の図録なので入手は難しいかもしれない。
でもこの表紙をどこかで見たら、そのときは買うことをおススメします。


中右さん、ありがとうございました。
嬉しかったです♪

川本喜八郎 リスペクト

川本喜八郎リスペクトが上映されている。
ナナゲイで上映中だが9/8まで。

川本喜八郎の人形を知ったのは、NHK人形劇の三国志からだった。
それ以前は知らない。
ただ、辻村ジュサブロー(現・寿三郎)の略歴の中に、同じ人形師として川本の名が挙がっているのを見たくらいだった。

三国志はたいへん人気を得て、’93正月には川本喜八郎人形展が開催されたが、内容はやはり三国志だった。
少し間をおいて’01松坂屋でも人形展が開催され、そこでは平家物語も出ていた。
VTR上映で『道明寺』『鬼』『いばら姫 または ねむり姫』が流れていた。

わたしは『いばら姫 または ねむり姫』を愛しているが、当初見ることが叶わなかった。
この作品は'90に毎日映画コンクールを受賞して、その記念に草月ホールで上映されたのだが、関西には来なかったのだ。
毎日新聞に確認して、暗い気持ちになったことが今も忘れられない。

しかしわたしは諦めなかった。
執拗に、待った。
今年の春に『死者の書』が川本の手で映像化されたとき、<人間の執心ほど恐ろしいものはありませぬ>と台詞にあったが、その通りだった。
わたしは'00手塚治虫記念館で、『いばら姫 または ねむり姫』を見ることが叶ったのだった。

実はここで打ち明けると、'90当時、川本が『徹子の部屋』に出演し、数分間映像が流れたのを、わたしは録画していた。
だから全くの初見ではない。
そしてこの原作をわたしは所有している。
女優・岸田今日子の短編小説である。

岸田今日子の作品世界は、そのどれもが背徳と美しい残酷さに満ち満ちている。
残酷という言葉に美を感じるのは、岸田今日子の作品だけだと言ってもいい。

その作品を渾身の力をもって川本喜八郎が映像化したのだ。
魅力に欠けるはずがなかった。
いま<魅力>と言ったが、むしろ<魔力>が正しいだろう。
川本の力と岸田今日子の呪術的な力とが一体化しただけでなく、言えば川本の母胎たるチェコのイージィ・トルンカ・スタジオの総力も加わって、全く息を呑むばかりの映像作品が誕生したのだ。
これを我々は長らく待たされたのである。
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画面が出てからまたクリックするとかなり読みやすくなります

上方浮世絵館

例によってハイカイしている。
法善寺にある上方浮世絵館―アンコールワット展―中右コレクション―川本喜八郎リスペクト。
一貫性のない、ハイカイ。
道順に従い、上方浮世絵から入る。

江戸の浮世絵と上方の浮世絵とは無論、絵師が違う。
絵師だけでなく、描く役者も違うし、構図も異なる。
これは嗜好の問題もあった。
それについてここで云々することはしない。

上方浮世絵を多く所蔵するのは、この美術館と池田文庫とが著名である。
江戸の作品と同様、海外流出もして、ヒゾルフ・コレクション、大英博物館などのコレクションが有名なところだが、共通して多いのは三世中村歌右衛門を描いた作品である。

三世歌右衛門は<兼ねる役者>の称号を得た一代の名人である。
わたしが最初に彼を知ったのは’92.4に池田文庫で見た『役者絵』展からだった。
よし国という絵師の手による役者絵。それが心を奪ったのだ。
彼は江戸にも出て、当時大人気の三世三津五郎と張り合い、双方の贔屓同士がトラブルを起こすくらいだったそうだ。
見栄えはアクが強すぎるようだが、芸達者さは江戸も上方同様、舌を巻くもので、お江戸から上方へ帰るときには、江戸市民は「帰るなー」コールをしたらしい。

わたしが持つのは池田文庫で入手した絵葉書がメインだが、今では絶版モノも多く、その意味でもなんだか嬉しいような寂しいような。
こちらは別な絵葉書だが、雰囲気は伝わると思う。
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さてこの上方浮世絵館は法善寺横町のネキにある。
個性的な建物で、これは賞も貰っているそうだが、インドの田舎にいるような気分の空間である。img290.jpg

秋野不矩さんが描いたインドの建物が立体化したような感じ。
サイトはこちら。
http://www.kamigata.jp/ukiyoe/index.html
ここにある「江戸との違い」がなかなか面白い。

同じ役者絵でも、江戸と上方では大きな違いがあります。上方浮世絵の特徴は、江戸浮世絵のように華美ではなく、粘っこい線でありのままを描くところです。加えて、視線が強く、それが構図の一部になっているのも特徴のひとつです。

 これは東西の文化の違いでしょう。体裁を重んじる江戸と、花より団子、つまり実を重んじる上方。役者はあくまでも格好良くの江戸と、素顔で公演後の舞台挨拶に立つ上方。役者を虚飾された世界に置いて楽しむ江戸と、生身の人間として尊敬する上方。このような根本的な文化の違いが、浮世絵の世界にも明瞭に現れています。

因みに、写楽は「あまりに真を書かんとて・・・」と当時記録されていることから、上方出身者ではないかという説もあります。実は上方錦絵の祖、流光斎(写楽と同時期に活躍)の浮世絵は、写楽の絵にとても良く似ているのです。

ビッグコミック増刊で連載中の一ノ関圭『鼻紙写楽』に現れる流光斎。
ああ、この連載早くコミックスになって欲しい・・・!!

今回は『浮世絵に見る文様』という展覧会だが、あいにく始まったばかりだからか、サイトのほうでもその前のから更新されていないので、ちょっと情報が古い。
とりあえず何を見たか、主なところを書いてゆこう。

いきなり『崇禅寺馬場』 これは池田文庫でも『敵討ち』展で楽しんだ作品だ。
普通敵討ちといえば、苦節何十年後にやっと本懐を果たしたというのが知られているところだが、これは逆。そうです、返り討ち。しかも地元住民が手伝ったという伝説の話。
ここに出ているのは、三世歌右衛門がざんばら髪でおどろおどろな怪火をまとって立つ児雷丸。
やっぱりわたしなんかは、こういうドラマ性の高い浮世絵が好きだな。

それから中村松江の揚巻がいい。
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この口許。なんという色気だろう。ときめきましたね。
当時生きていれば、買いますね。・・・無論、絵の方ですが。

璃寛と翫雀の『四谷怪談』から夢の場が出ていた。
夢の場は伊右衛門が蛇山庵室に避難して転寝に見る、少し綺麗な情景。
若衆姿の自分が瓢箪つらなる民家の軒先に立つと、中から美しい女が現れる。
そのシーン。
(しかし芝居では、この後並ぶ瓢箪が一斉にケタケタ笑い出し、女がお岩さんに変わるのよ)

近松の『毛剃』も外題を『和訓水滸伝』にして上演されたらしい。
それから歌右衛門の菅公もある。道明寺の絵だろうか。

二階と三階が展示室で、以前四階で寝そべった記憶があるのだが、今日は閉まっていた。
屋上では確か古代米の栽培もしていたようだが、今はどうか。


Shopは色んなものが販売されていて、案外安価だったりするので、楽しい。
ぐるっとパス関西版も、ここに来てようやく使い応えを感じたのだった。

予定と記録 9月

予定と記録。
九月の予定をあげてみます。
えー、九月は地元におります。遠征はしない予定。(ホンマか??)

・ルーブル美術館展 京都市美術館
・ミュシャ えき美術館
・バルビゾンから印象派 大丸京都
・ボローニャ絵本原画 西宮大谷
・枕の歴史 芦屋美術博物館
・幻の棟方志功 大丸神戸
・新日鉄広畑の迎賓館 建築探訪
・絵葉書ミュージアム
・花外楼の所蔵絵画(9/9のみ)
・梅原龍三郎 大丸心斎橋
・没後七年 三浦綾子の文学 思文閣
・北村昭斎 漆の技 奈良国立博物館
・人間国宝展 高島屋
・美と趣 懐石の器  湯木美術館
・漸寒 北村美術館
・民藝の原点 三國荘 大山崎山荘
・グリコのオマケ ZUNZO
・ギィ・ブルダン写真展 大丸梅田

他にも行きたいけど行けそうにないのが色々。
・生人形と江戸の欲望 熊本現代美術館 これ、1は行ったのだよな。
・高麗美術館 多分秋がもっと深まったほうがいいかも。
・茶道資料館 まあ11月には行くでしょう。
・中村大三郎 万葉文化館 遠い、あまりに遠い。飛鳥は遠い・・・
・青山二郎の目 MIHO ここもあまりに遠い・・・

それからこっちが8月に見た展覧会とか映画とか色々。

田辺聖子のふわふわ玉

もう会期は終了したが、伊丹の柿衛文庫(かきもり・ぶんこ)でその名もズバリ『ひとつきだけの田辺聖子文学館』が開催されていた。
キャッチコピーというか副題はこうである。
<伊丹住まい30年―歌枕の土地に住んでいるのだ!>
なかなかそそられるタイトルである。

わたしは田辺聖子の良い読者ではない。
ないが、なんとなく田辺聖子を敬愛している。
そういう人が割りに多い気がする。
だから、8月終わりの日曜・最終日にわたしは伊丹へ走った。

文学館とタイトルにはあったが、お聖どん(読者でなくてもファンなもんで)の文学を云々したりする展覧会ではなく、ご本人の愛する身近なコレクションの展示がメインである。
お聖どんがとても<オトメ趣味>だと言うことは広く知られているが、会場に来てすごく納得した。
可愛いオトメの大切な夢のコレクションがそこにあった。
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いちまさん、万華鏡、ビーズ細工、昭和初期の少女小説、挿絵に付録、きれいなガラス瓶、ドールハウス、スヌーピー・・・・・・・・endless

す・ご・い・・・!!!
見に来てよかった。カワイイの何の、なんだか嬉しくて仕方ない。
なんていうのかな、そうだ、先達。
可愛いもの好きの大先輩。
会場のお客さんの大半は昭和初期に少女だった人が多かった。
戦争に<カワイイ>を奪われた世代の人々。
皆さんすごく喜んで熱心に見ている。

実に色んな可愛いものがあった。
無論それだけでなく、著作がずらーっと並んでいるが、これら可愛いものを見た後の目には、その著作装丁も可愛く見えて仕方ないのだった。

ユーモアにくるまれた辛辣な文章を書く、と思っていたが、文学も何もかもすっ飛んで、たとえばご本人がこの場にいれば
「わ??大好きです??カワイイ??」
としか、言えなくなる気がする。
それがいいのか悪いのか判断は別として。

人間・田辺聖子に深い愛情というか、親しみと言うか、友情すら勝手に感じてしまう。
そんな展覧会だった。

無論、本当に田辺文学を愛する人も大勢いる。
だからこそ数多のドラマになり、舞台になり、コミックになる。
つい最近でもYOU誌で鴨居かもねが『あんたが大将』を描いていた。
原作のムードをいい感じでマンガにしていた。
映画『ジョゼと虎と魚たち』を見て泣いた、とカットハウスのおねいさんがわたしに勧めてくれたこともあった。
原作もすごくいいよと言うと「読んでるところ」と言っていた。

なんだか、嬉しい気分が持続するような展覧会だった。
ところでこちらは7月のJAL機内誌にご出演の<一茶ちゃん>。
お聖どんが小布施でみつけて伊丹に連れ帰ったわんこ。
可愛いわんこは、可愛いおうちで暮しているようだった。
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チェコ絵本と、少し昔の日本の子ども

えき美術館で『チェコ絵本とアニメーション』の展覧会が開かれていた。
チェコは絵本とアニメーションのレベルが高い国である。
イージィ・トルンカらの作品を知る人には納得できることだろう。

わたしはロシアやチェコの絵本やアニメーションが好きである。
以前京都文化博物館の地下にAVコーナーがあったとき、そこで色々な作品を見ていた。
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チェコ・アバンギャルド。
チェコもロシア同様大きな変換があった。
ミュシャがムハとなり失速した頃、アバンギャルドの台頭があった。
ロシアの場合、帝政下の美麗なビリービンの絵は捨てられ、明快なロシア・アバンギャルドの時代が来た。
モダン・ムーブメントのその中で。

会場にはチェコ・アバンギャルドの作品が並び、現代へ続く道のりを示している。
現在でも世界最大の『ブラティスラバ絵本原画展』が開催されているのだ。同じ絵本原画展の『ボローニャ絵本原画展』が若手の登竜門の展覧会とすれば、こちらはベテランたちの競演の展覧会だといえる。
それだけにレベルの高さは並ではない。
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心をいかにひくか。
すぐれた絵本は大人と子供と両方の世代を掴む力に秀でなければならないのではないか。
会場を見歩きながらそんなことを考えた。

実のところ、私の心を惹く作品は少なかった。
これは単に私の趣味の問題なので、展覧会が悪いわけではない。
モダニズムの時代は好きでも、アートのモダンムーブメントに関心が湧かないことを、ここに来るまで忘れていた。
しかし。
わたしには乳幼児の甥っ子がいる。
そのチビをつれてここへ来るかと訊かれれば、
「連れてきて、見せてあげたい」
そう答えるだろう。img283.jpg

しかし来た時間の関係か、会場に子供の姿は殆どなく、学生以上の人々が多かった。
最近、絵本原画展に男性の姿が目に付くようになった気がする。
無論カップルでの来場が多いのだが、単独または友人同士で訪れる人が多いように思う。
そして彼らの目はとてもまじめなのだった。

チェコアニメも大阪九条のシネ・ヌーヴォーで上映される。
京都みなみ会館でも。
こちらの画像は過去のものだが、時々こうした上映会も開催されていたのだ。
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こちらは川本喜八郎の師匠としても名高いトルンカの長編。
とうとう日本で上映だ。img286.jpg


この日、実は朝から京都を徘徊していた。
この絵本展は予定の最終だった。
京都学校歴史博物館―細見リクエスト―富本憲吉―白蛇伝―マリア・テレジア―万華鏡―チェコ絵本。

今度は学校歴博の展示に移る仏光寺まで下がると、坂本竜馬も通った目薬屋さんがある。
町家で、つい数年前までお商売も続けられていたそうである。
二年前、素敵な町家やなーと眺めていたら、中から現れたご主人が招いてくれて、奥座敷まであげてもらえた。
素敵な坪庭には大好きなシダが活きていた。
その向かいに学校の塀が続く。
くるっと廻らなければ正門につかない。
昨今のことだから塀を乗り越え不審者扱いされては困るので、まじめに正門へ向かった。
ここには可愛いマンホールがある。
<私>と鋳鉄されたマンホール。可愛いなー。

京都は番組小学校制度を作り、義務教育に力を入れた。
しかし今は子供の数も減り統廃合の果て、各地の番組小学校はそれぞれ姿を変えて存続している。
この学校歴史博物館もそうだし、京都芸術センターも、(後日書くことになる)姉小路館もそれに含まれるのではないか。

ここは番組小学校に残されていた近代京都画壇の画家たちの作品を集めてもいる。
それだけでもすごい。
錚々たるメンバーの名と作品。
京都はやはりお宝満載だ。img281.jpg


今回、明治から昭和半ばまでの子供たちの楽しんだものや学んだものや作ったものを展示している。
それらは唐澤コレクションというところからの借り出しである。
img280.jpg

http://members3.jcom.home.ne.jp/kmuseum/index.html
練馬・豊玉にある個人博物館。
ただし、今回の展示では元からこの学校歴博にあるものとの区別がわたしにはつかないでいる。
学歴博の展覧会サイトはこちら
http://www.gakurehaku-unet.ocn.ne.jp/B/B_5page.html
家庭科の授業で作った寝巻きや洋服があるが、皆とても小さい。
これは江戸時代からの<雛形>の発想に基づく制作だった。
つまり小さいものでも完全に作り上げれば、サイズを大きくしても同じように作れるのだという発想である。
なんとなく納得。

投扇興とうせんきょう、という遊びがある。
これは主に花街での遊びなのだが、戦前の京都の子供には浸透していたらしい。
係員さんが中学生くらいの少女らと遊んでいた。
勧められたが、やめた。
わたしは子供の頃からあらゆるゲームがニガテなのだ。
めがね絵もあった。以前応挙の拵えたものを見た。現代の人では安野光雅氏が作っていた。
これも楽しい。

目を引いたのは、戦後すぐの木彫人形による人形芝居。
これが言えば立版古の木造版なのだ。
遠近感を微妙に意識しながら舞台を拵えている。
青の洞門、十戒、ザーカイ物語、などがある。
楽しい。とても楽しい。
戦後の荒廃した世相に、少しでも子供を楽しませようとした大人がいたのだ。
それからもう一つギョギョなのがあった。

紙製の人形芝居。つまりキャラを絵に描いてそれに割り箸をつけたのを動かすのだ。
あたし、これ作ったことあるよ。
小学校の頃、学芸会で人形芝居をするのに紙製の人形を作ったのだ。
その頃文楽も知らなかったが、人形と言えばリカちゃんなので、リカちゃんを使ってするのかと思っていた私。
そうではなく、割り箸のついた紙人形だったのだ。

ここにあるのは四谷怪談の蛇山庵室の場らしい。
なんせ伊右衛門が病鉢巻して座ってたり、お岩さんがもうお化けになってたりという人形が並んでいる。
これらは明治中ごろから大正まで流行っていたそうだ。紙芝居の出現で消えたらしい。
でも昭和五十年代の小学校で復活してたのか。

こういうのを見るのが大好きだ。
世間的に価値があるのかないのか知らないが、わたしはファンだ。
だからこうしたコレクションも残るのだろうが。
(唐澤さん、ありがとう)

あと他には明治の子ども遊びを描いた宮川春汀や山本昇雲の絵があった。
昇雲は以前太田浮世絵美術館でも見た。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-423.htm
元々この博物館は小学校の教科書などを展示しているので、それは常設室にある。
そちらには近藤悠三や魯山人の陶磁器もあり、松園の絵もある。

いつ行っても京都には何かしら発見があるのだった。

山中常盤を見て

大阪十三に『第七藝術劇場』通称ナナゲイという映画館がある。
レベルの高い、しかし商業ペースに乗らない名品を上映する映画館である。
以前はこの建物サンポードの名をそのままにサンポードアップルシアターと言って古い日本映画を色々上映していた。(川島雄三の諸作は全てここで見ている)
今ではアート系の映画館である。
ここで『死者の書』と『山中常盤』とを見た。

山中常盤は岩佐又兵衛の15巻になる絵巻物語である。
それをアニメーションとは言えない、なんと言うのか、場面場面を恣意に写し、繋ぎ、遠近を変えて映像化している。
(この手法は大島渚が白土三平の『忍者武芸帳』を映像化したものと同じ系譜にある)
そして新しく浄瑠璃をつけている。
太棹である。
聞いたような気がするなと思えば、鶴澤清治の作曲だった。『オグリ』に似ている。
演奏は鶴澤清二郎、わたしはとても彼が好きなのだ。
豊竹呂勢大夫のわかりやすい浄瑠璃。

物語が再構築され、新生のときを迎えていたのだ。

富本憲吉展

富本憲吉回顧展が京都近代美術館で開催されている。
東京の汐留ミュージアムでも違うコンセプトの展覧会が開催されていた。行きたかったが、行き損ねた。残念なのだがカタキは京都で討った。

富本憲吉の陶器は以前からこの近代美術館に多く収蔵され、よく展示されている。
口の悪い言い方をすれば、見る気がなくても見てしまうところに富本憲吉の作品が飾られている。
だから今更、という気があったのだが、行ったことで富本憲吉への意識が変わった。

わたしたちがよく見るのは赤金の羊歯紋様や、青っぽい四弁花のパターニング紋様だと思う。
実際、赤金の羊歯と言えば富本憲吉だという認識がある。
ところがその羊歯紋様は、晩年に近い頃に発明されたものだったのだ。
発明、とわたしは書いた。
そう、発明なのだ。
すべては「模様から模様を作らず」という信念を抱いていた富本憲吉オリジナルなのだった。
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先回りしすぎたので入り口に戻る。
富本憲吉が建築を習っていたとはこの回顧展に来るまで本当には知らなかった。
なかなか素敵な設計図である。
欲しいなと思うような形、いい感じだ。

アーツ&クラフト運動をイギリスで実感しただけに富本憲吉はオブジェを作らなかった。
オリジナルにこだわる富本憲吉。
彼は子女教育までオリジナルな道を選んだ。
奥さんは青鞜に属していたひとなので、夫婦揃って進歩的。
富本憲吉のプロポーズの模様もなかなか素敵だと思った。

模様。
すべてはこれなのかもしれない。
富本憲吉も板谷波山も傾向は違うけれど、うつわの形より絵柄に重点を置いていたのは同じだった。
アーツ&クラフトを実感したことが富本憲吉の思考・志向に影響を与えたように思う。
前述したように「模様から模様を作らず」と決めた富本憲吉は自分オリジナルの模様を作ることに心を注いだ。
やがて四弁花のパターニングを得、ついには彼の代名詞にもなる羊歯紋様も作り上げた。
凄いことだと思う。
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花の次に羊歯。img279-1.jpg


会場で見た作品の中には新宿中村屋がよく使う<春夏秋冬>の文字があったが、あれも彼なのかどうか。
手元にそのお菓子がないので確認できない。
(お菓子くれると確認できるんだがなー)

それはさておき、わたしが一番気に入ったのは筥である。
飾り筥。特別気に入ったのが、青銀羊歯の筥。
画像がないのは残念だが、形はこれと同じ。
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ああ、これは用途も何も考えることなく、ただ欲しいと思った。
私はこんな形の、こんな大きさの筥が大好きなのだ。
手に入れば、と考える。
オルゴールにしてもいいなと考える。
綺麗な響きがあるだろう、きっと。


富本憲吉は世田谷に二十年住んでから奈良に帰った。
安堵町。
今でも奈良に記念館があるというのは、鹿のいる奈良ではなく、飛鳥の古墳のある奈良でもなく、こっちの方の奈良。法隆寺の近所。

小さな可愛い印もある。これらも皆富本憲吉の焼き物。
それから娘さんたちの通った学校の卒業記念のブローチ。
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小さくて可愛いサムネイル。

いいものをたくさん見せてもらった。
やっぱり富本憲吉はいい。

そういえば彼の息子・壮吉氏はTVドラマの監督になり、『家政婦は見た!』シリーズなどを撮影していた。
俳優でエッセイストの殿山泰司のエッセイの中で、カントクからお父上の作った猪口か何かをもらって嬉しいというハナシがある。
なんだかそれだけでこちらまで、嬉しい。
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