美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

12月の記録と、今年見てよかったもの

大体一年間にかなり多くの展覧会を見ていますね。
美術ブロガーの皆さんは当然ながらそうなんですが、わたしは自分でもときどき疑問に駆られるくらい、東奔西走しています。
「なにか禁断症状でも」
うん、そんな気がします。慢性なんとか症って感じかも。
ただ最近、世界観が変わるほどの名品や展覧会に出会えていないのも確かです。わたしがすれっからしになった可能性は大。
近年で言えば三年前の三島叡の夜間照明写真を見て、ショックを受けたくらいです。
わたしは世界観が変わったというか、意識に変動が起きたり、脳の薄皮が一枚ペロリと引き剥がされた思いをするものには☆をつけていますが、あれ以来思い当たらなかったのです。
とはいえ、ミイラからホネに関心が移行した展覧会に出会えました。
その意味ではこれも☆印なのだが、さてどうだろうか。
それと、5点評価の5や4の多い一年だったのは、間違いなし。

というわけでなんとなく見た時間順によかったのを挙げてみます。
めちゃくちゃ優柔不断なので、ベストテン挙げれない・・・なさけない。

20060211 小さな骨の動物園 INAX大阪
20060218 日本の美 バークコレクション 東京都美術館
20060219 美術商の百年 東京美術倶楽部
20060311 狛犬百面相・愛知陶磁器資料館所蔵 東洋陶磁美術館
20060317 日本のマジック・サーカス 山脇ギャラリー
20060513 江戸の誘惑 肉筆浮世絵・ビゲローコレクション 神戸市立博物館
20060603 近代の美人画 培広庵コレクション うらわ美術館
20060715 プライスコレクション 若冲と江戸絵画 東京国立博物館
20060818 安彦良和原画 八王子夢美術館
20061015 竹中英太郎 弥生美術館
20061103 応挙と芦雪 奈良県立美術館
20061209 煉瓦のまちタイルのまち 近代建築と都市の風景 大阪歴史博物館
やっぱり「必見」というか「見れてよかった」と心の底から思った展覧会と言うところで、絞りに絞ったのでした。
今年最後に見たオルセーは、もしかすると来年再び見に行く可能性もあるので、あげてません。
続きを読む
スポンサーサイト

拾遺・描かれた舞台風景

img607.jpg

(尾上と岩藤)
暮れの忙しい中、わたしは今年演じられた舞台のTV放送を楽しみにしている。
それに先駆けて、舞台風景を描いたものを紹介したい。

兵庫県立美術館にはその前身・近代美術館の頃から金山平三の作品が多く収蔵されている。
小磯良平ともども金山にも常設室があり、今回はわりと多くの歌舞伎舞台絵が展示されていた。
それについて書き起こしてみたい。

洋画家による舞台絵は金山の作品のほかにはあまり見ていない。
鍋井克之が肖像画として『実川延若』を描いているのが思い出されるくらいだ。
この作品は歌舞伎座に飾られているので、見られた方も多いと思う。

舞台を描くというより、情景そのものを描く作品は多い。特に日本画には名品がある。
もともと浮世絵の中の芝居絵などはそれだ。
しかし舞台の<風景>を描く画家は案外少ない。
能狂言をデッサンし続けた須田國太郎のその作品も、人物デッサンに重きを置いている。

金山は舞台を描いている。演じられている芝居の中に入り込む作品ではなく、舞台で演じられている情景を描いている。
そしてそれは芝居絵ではなく肖像画でもなく、風景画として捉えられている。

金山平三は主に風景画を描いた洋画家である。
大石田、最上川、雪の風景を多く残した。
人物画でも魅力的な婦人像があるが、やはり風景のほうが多いように思う。
その金山はたいへん歌舞伎好きな人だった。
描けることは幸いだと思うのは、こんなときである。
金山は大好きな舞台を延々と描き続けた。生涯にわたって。
残された作品は殆ど制作年代がわからない。タイトルもわからぬものが多い。
しかしなんとなく「これでは?」と思うものがありもする。
ただ、金山は役者の顔を描かなかった。そのため、誰を描いたか・どのときの舞台かがわからない。
わたしの持つ絵葉書を並べてみる。
今回の展覧会には出ていないものばかりだが。

img604.jpg

クリックしてください。
右上が揚巻と意休だというのはわかるが、あとはよくわからない。
右下は『いもり酒』と題があるから「ああ、あれか」とわかるが。
しかしわからなくても、こうして眺めているだけでも楽しい。
img605.jpg

クリックしてください。
左上は芳流閣の場。右下は伊右衛門にもお坊吉三にも見える。
月はあくまでも冷たい。

今回の展覧会には『蘭蝶』『浦里』『琴責』が出ていた。
ああもう、眺めるだけで芝居が見たくなる。
そして出来ればこの舞台を描いた作品の全容を見せてもらえたらと願っている。

最後に、これはよく知られている芝居から。
img606.jpg

切られ与三の見初めの場。
お富さんを見て、羽織がずり落ちるのも気づかずポーッとなっているのだった。
金山は誰の演じた与三郎を描いたのだろうか・・・・・

オルセー美術館展

神戸でオルセー美術館展を見る。
この十年間に三度その展覧会があり、今回は<三部作の有終の美を飾る>と意気込んでいる。
既にクリスマス休暇に入り、1/2から再開し、1/8まで神戸で展覧後、東京へ移動する。
神戸では松の内の間はお年玉として、オルセー福袋やオルセーおみくじもあるそうな。
欲しいけど、時間の都合がつかないので天皇誕生日に出かけた。

並んではいないが、中は繁盛している。
100円で簡単な見どころガイドのリーフレットも販売しているが、本を買う気になっているのでスルーして、会場に入った。

オルセー美術館は’86開館だが、世界中からお客さんが大勢来る大人気スポットだ。一度、朝はルーブル・夜はオルセーというめちゃくちゃな回り方をしたことがある。あげくお金がなくなりタクシーに友人を人質におこうとして、いまだにそのことを恨まれている。

五つの部門に分かれての展示だが、それは以下のとおり。
1.親密な時間
2.特別な場所
3.彼方へ
4.芸術家の生活―アトリエ・モデル・友人
5.幻想の世界へ

長い感想はこの後に。(マクラも長いやん)

看板ミュージアム

旧東海道に面した地に昭和ネオンさんという会社があり、そちらの二階に<看板ミュージアム>がある。
前社長のコレクションを展示されている。
新聞広告でも見たし、そういうのが好きなので、行こう行こうと思っていた。
行きました。
平日しか開いていないので、木曜日に行きましたわ。

駅は京急の新馬場。とことこ歩くとなにやら猫が。四匹ばかりいる。猫のいる町はいい町だ。
旧東海道はとても狭いし、車も混み混みだが、なにやら嬉しくなるような。
ご近所の看板建築。P1161.jpg

右には昭和ネオンさん。この間の道が旧東海道。
品川の南方面には、看板建築が今も現役で活躍中。いいことです。

さてミュージアム。幕末から大正頃くらいまでの商家の看板。
img597.jpgimg598.jpg

チラシの表裏。
もともと看板は目立たねばならない。
目立つために看板かけているのだ。
だから一目でわかるものがいい。
P1167.jpg

茶や酢の看板。筆屋にかもじ屋もある。

こちらは麒麟。麒麟麦酒なのか違うのかはわからないが。
P1162.jpg

薬関係の看板は妙に面白い。
P1163.jpg

P1166.jpg

・・・獅子印ライオンはみがき、てか・・・
白髪染めと赤毛染めのブランド名『君が代』。
ここら辺は割とよくわかる。
だってビールですから。P1164.jpg

それからアールヌーヴォーの女。
彼女は薬屋さん。P1165.jpg


可愛い鬼たち。P1168.jpg


ところでこの近所の大森には貝塚がある。大森貝塚。発見したのはアメリカ人モースです。ホテル・モントレ大森の敷地内かその隣かに記念碑がある。電車に面してるけど、速度の都合で確認難しいと思う。
そのモースが、日本で集めたのが、こうした看板でした。
'90.12に万博にある民博で見ましたよ。
そのときのチラシ。img599.jpg

裏面にはおかめの顔の下駄型看板がある。多分、履物屋ですわね。
img600.jpg


なんとなく楽しい。
それと偶然この記事書いてるときに旅番組で、若狭の小浜かな、わりとこういう看板が残っているみたいで、たくさん映っていた。
芸術も好きだけど、こういう楽しいものを見るのも大好きです♪

すばらしきお邸

いつもお世話になっているsekisindhoさんのご好意とお骨折りで、すばらしい建物を見学できました。
しかしそれがどこかとか、名称についてはちょっと伏せることにします。
because、そこが一般公開されていないからです。
しかしあんまり素敵なので、ここにちょこっと・・・。
P1118.jpg

庭園からの眺め。
コンドルの名建築。
ゆっくりと左に回ると・・・P1142.jpg

P1148.jpg

こちらは正面玄関。
玄関にいるのはP1146.jpg

おお、ツインの唐獅子くんでしたか。いや、狛犬さんですな。

追悼・岸田今日子

女優の岸田今日子さんがなくなった。
わたしは彼女のファンだ。
演ずる人としてだけでなく、作家・岸田今日子に深い愛情がある。

子供の頃「ムーミン」を見ていた。
ムーミンの声の人の顔をはじめて見たのは何の映画だったか。
怖いような魅力のある人だった。
美人とか優しそうな人に惹かれず、岸田今日子という怖いようなひとに惹かれた。

今年、映画『死者の書』を何度も見た。
川本喜八郎の渾身の傑作。人形たちの織り成す生と死の世界。
その世界に響き渡る岸田今日子の声。
折口信夫の魔力と岸田今日子の魔力が拮抗していた。
映画の語りは岸田今日子の声以外、到底考えられない。
語り手の声に潜む古代の闇、それに感応してわたしはふるえた。

若い頃の映像を見た。
『忍びの者』『砂の女』『悪党』
いずれもナマナマしい肉体を持つ女がそこにいて、安穏とした日常から遠く離れた<気配>に粟立った。滅びる・滅ぼす、女。
凄まじい官能に満ちた女優だと思った。
『破戒』では男を滅ぼす女ではないのだが、三國連太郎が謀殺される状況を思えば、もしかすると彼女が<妻>であるために、男が殺されたのではないかと疑った。

ナマナマしいくせに、なにか半透明なものも感じた。
不思議な女優だと身震いし、いつまでも見ていたいと思った。

『地獄に堕ちた勇者ども』ルキノ・ヴィスコンティの傑作。これほど退廃的な作品は他にはない。
十代のわたしはこの映画の魔力に囚われた。
わたしがみたのはTV放映で、イングリット・チューリンの声を岸田今日子は演じていた。
たぶん、チューリン本人よりもずっと、この役に似つかわしい声だったと思う。

『近代能楽集』弱法師 三島の戯曲を蜷川が演出した舞台は、実際には見ていない。わたしの手元にあるのは、録音テープだけだ。
彼女の不可思議な声。その奇妙な温かさ。声にくるみ取られて、わたしはムンクの『少女』のような心持ちでそこにいた。

TVでも色々な役を彼女は演じていた。
恐ろしい役も多い反面、コミカルな役柄も多かった。
『御家人斬九郎』渡辺謙と母子を演じていた。
母・麻佐女どのは小鼓の名手で、グルメで、わがままで、息子をセッカンしたり、甘えたりする、可愛い女を演じていた。
このシリーズは大好きで、録画も残してある。

そして、作家・岸田今日子。
ユリイカで連載していた『もう一人のわたし』を読んでいて、衝撃を受けた。何に衝撃を受けたかは口に出来ないし、したくない。
この長編小説は、初期の近藤ようこの現代ものとも共通する、ある種のナマナマしさがあり、それを黙殺できない感性がわたしには、あった。
それが不幸なのか幸せなのかはわからない。

やがてわたしは友人から短編集『ラストショー』などを教わった。
そこから『いばら姫またはねむり姫』などを知り、『七匹目の仔山羊の話』『セニスィエンタの家』へと読み進んでいった。

<残酷>という言葉に美を感じるのは、岸田今日子の作品だけだった。
どの作品にも苦い結末が用意されている。
優しくやわらかな物語の中にも薄い毒が忍んでいたりする。
溺れる。
岸田今日子の紡ぐ物語に溺れて行く。
いくつもの悪夢が森の中で螺旋状に立ち上がっている。
選ぶことも出来ぬままそこへ入り込んで行く・・・
彼女の小説にはそんな魅力があった。


60代以降の彼女は仲良しさんの吉行和子・富士真奈美さんらと旅行や観劇を楽しまれていて、それがしばしば雑誌やTV番組で見られた。
いいなーと思った。とても楽しそう。
わたしはこんなおば様方になりたい、と憧れた。

まだまだ魔力も魅力も衰えぬひとだったのに・・・

これからは、残された彼女の作品を味わうしかないのだった。
つつしんでご冥福をお祈りします。


明治大阪の錦絵新聞と明治の女たち

伊丹市立美術館で開催していたのは『明治大阪の錦絵新聞』だった。
明治になり浮世絵師は新聞挿絵を描いた。挿絵というより、絵がメインの挿文かな。
何年か前、毎日新聞でもこの新聞シリーズが日曜版で取り上げられていたが、なかなか面白かった。
今回は二百点以上の新聞の展示がある。ただし前後期入れ替えがあり、出ているのは大体2/3くらいか。
絵で興味を惹かせ、文でずっこけさせる。それがゴシップ誌である滑稽新聞の真髄らしい。絵師は東京では大蘇を名乗るようになった芳年、そのライバル芳幾、大阪では長谷川貞信らが描いた。
img592.jpg

クリックしてください。
チラシを見ただけでは話の筋はわからない。活版でないくねくねした文字(だいぶ読みやすいが)を読むと、ついつい笑ってしまう。
笑う話も多い反面、「え゛―――っ」とか「うわっ」とかも多い。
ゴシップとわけのわからん美談などが多いが、やらせもあったとしても、『事実は小説よりも奇なり』な話が大変おおかった。
大いに変な人々。

あまりに多いのでいちいち紹介は出来ないから、チラチラと書こう。
img588.jpg

上の画像は『親に地球儀を教える子』なるほど文明開化の世の中じゃわいなぁ。

・大力の赤ん坊。 この子は生後間もないのにえらく力が強いらしく、凄いことしている。チラシにもなったが、ホンマカイナ。
img591.jpg


・今いる嫁さんを捨てて別の女と一緒になろうとする男に、その嫁さんは二人の祝言の支度を取り仕切る。 まるで円地文子の『女坂』みたいな話だが、この文のオチがいい。「男も女も恥もなく、この婦人の世話を受けた」 これくらいしか書けないにしても、痛烈な皮肉ではある。なお、実名報道。

・天ぷら油に落ちる下女。 壷か瓶に落ちる女の絵を見た限りでは何かよくわからぬにしても、気の毒に女は大やけどで死んでいる。「気をつけよう」と教訓めいたオチがついていた。

・ちょっと品が悪いので書くのもどうかなと思いつつ、爆笑してしまったのが一枚。 宿屋の下女に惚れた男が夜中に忍んで来るが、目印のかんざしを探す。かんざしはどういうわけか、宿の主人の頭に刺さっていた。それで・・・ 挿絵がまた笑える。美人の下女が開いたふすまの奥をのぞくと、なにやらキモチよさげなオジサンの顔が・・・

・川に投げ込まれた娘を巡査が救助 ・丑の刻参りする女 ・自殺を思いとどまらせた力士 などなど絵と文が見ただけで合致する話も多い中、たいへん怖い話があった。

・女中に手をつけた夫に腹を立てた妻が、夫の不在時に女を殺し、切り取ったものを刺身として夫に出す。夫は「これはまた変わった味だの」「くれた人は向こうの部屋にいますよ」夫が礼を述べに隣室へ行くと・・・妻はその間に自害した。二人の女の屍骸を前に、この男はいったいどんな心持でいたろうか。
img590.jpg

かなりとんでもない話が多かった。ゴシップは度を越すとグロテスクな様相を呈してくる。めでたい話や啓蒙の話もあるが(何しろ世は文明開化の時代だ)人間のやることはあまり進歩がないような気がする。特にこの明治の新聞と現在の状況はなんとなく似ている。
本を買う根性はなかった。

地下の常設室に行くと、ジョルジュ・ビゴーの描く『明治の女たち』のシリーズがあった。
ビゴーは日本人妻と正式に婚姻し息子をあげているが、後年離婚して息子を連れてフランスへ帰っている。
日本の風俗・人々を描いた作品は多く、皮肉な目でみつめるものもあれば、暖かい視線のものもある。だから版画集のタイトルも『TOBAE』鳥羽絵なのである。
img594.jpg


江戸時代までは女も比較的機嫌よく暮らしていたが、明治になって首班がすげ変わったことで、女の暮らしは面白くなくなった。
だからここに現れる女たちも気の毒な背景を背負ったものが多い。
女郎の日々、芸者の暮らし、おかみさんの生活・・・
見ながらなぜかテオ・アンゲロプロスの『旅芸人の記録』を思い出した。
しかしたまには機嫌よく遊ぶ絵もある。羽根突きや納涼などである。
img593.jpg


普段はまじめに働いている。働きすぎていることもある。
なかなか美人な描き方もしている。
img595.jpg

ここの美術館にはオノレ・ドーミエやこのビゴーのように風刺画を描いた画家の作品が多く所蔵されている。
これら二つの展覧会は共通するところも多いような気がした。
なかなか面白い展覧会だった。
伊丹市立美術館では、ときどきこんな<そそられる>展覧会が行われているのだった。
img596.jpg

関西の俳人遺墨展in柿衛文庫

最近地元の美術館に行くのが出遅れている。
これまた地元と言っていい伊丹市立美術館に向かった。
エコール・ド・パリを見てから神戸に向かわず、伊丹に戻り地元ホテルでアフタヌーンティーしました。
ホコホコのスコーンと可愛いケーキやサンドウィッチたちとミルクティーで幸せな気分になりましたわ。
IMGP1081-1.jpg

さて伊丹市立美術館。ここには俳句専門の柿衛文庫かきもりぶんこ が併設されている。
柿衛の由来などはこちらに詳しい。http://hccweb6.bai.ne.jp/kakimori_bunko/okada-rihei.html
伊丹は岩佐又兵衛の父・荒木村重の以前から開けていた国で、酒蔵の地としても名高い。そもそも行基菩薩の時代から地誌に名も残り、鴻池さんの開発や清酒の始まりなどもこの地だった。

利休ゆかりの柿木もまだ実が残っている。
これが本当の木守だ。
高松・松平家に伝わっていた名碗『木守』は関東大震災で砕けたが、破片をちりばめて再生したものが残されていると聞く。

茶道も俳諧も短歌もみな密接な関係がある。
img587.jpg

今回は近代大阪俳壇の人々の句が展示されている。
阿波野青畝、右城暮石、大橋櫻坡子、後藤夜半、西東三鬼、橋本多佳子、山口誓子、山口草堂、米澤吾亦紅・・・
山口誓子や西東三鬼はわたしも知っている。

俳句論でいちばん面白かったのは、松田修の論文だった。
松田修の文章に溺れるわたしは、彼の書くものの殆どすべてを愛してしまい、是も非もなくただただ読み耽った。
その中で西東の句への論があり、そこからわたしも西東の句に入って行った。

今回は自筆の短冊や色紙などが並んでいる。
わたしは関西を流浪したり、東京漂流・名古屋彷徨もするが、俳諧とはあまり縁がない。(ハイカイ違いだ)
短歌は時々作り、山桜さんのところで披露したりしている。
(迷惑顧みずで好き勝手な歌を詠ませてもらっている)
しかしそれはあくまでも素人の自己満足な楽しみなのだ。

五・七・五 それで世界と関わるのはなかなか難しい。
ここにある山口誓子や西東の句を見ると、凝縮された醍醐味を感じるのだが、わたしには到底むりな世界なのである。

女待たせてゆまるや赤き旱星 (三鬼)
言葉の意味がわからなかったので学芸員に尋ねて、笑った。こんな感覚、女にはないな。
そこでまた松田修の西東論を思い起こした。

橋本多佳子は名前だけ知っていた。同名のマンガ家からの連想でこの俳人を知ったのだ。
雪の日の浴身一指一趾愛し (多佳子)
作者の意図は知らぬが、なんとなくナマナマしい生理を感じる。雪の日の入浴。指の線、足の動きにまで視線がゆく。<わたし>であれば自己愛、<あなた>であれば雪をも溶かすほどの熱いまなざしがあるのかもしれない。

悴む手女は千も万も擦る (誓子)
かじかむ手を擦る女。しかしわたしの頭の中には花輪和一の『刑務所の中』での作業風景が浮かんでいた。班長による号令「手擦り始めー」囚人たちが一斉に手を擦る。それから彫刻刀で作業を開始する。うーむ、ごめんなさい。

枯野行くおのれも後姿なり (吾亦紅)
枯野と言えば芭蕉の
旅に病んで夢は枯野を駆けめぐる
この句を思い起こすし、そこから想を得た芥川龍之介の『枯野抄』も思い出す。
寂莫たる枯野。まっすぐには歩かず、揺らめく影がある。そんなイメージが感じられた。
しかしその一方、わたしは古事記にある『枯野という舟』の話を思い起こしている。これはカレノではなく、カラノと読む。巨大な樹が切られて舟になり、それが朽ちた後は焼かれて塩となる話である。
文字を見ただけでときめくのは、こんなときなのだ。

なんとなくときめきながら柿衛文庫を出た。次はちょっと趣の異なる世界へ向かっている。

エコール・ド・パリ 素朴と郷愁

兵庫県立美術館まで『エコール・ド・パリ 素朴と郷愁』を見に行った。
もう閉幕したのだが、ギリギリまでいけなかった。この時期だからこの後神戸まで出ればルミナリエも楽しめたろうが、用事があり、あきらめた。
img584.jpg


エコール・ド・パリの芸術家たちがいた頃は、大戦前後の狂乱と鬱屈と享楽と憂愁に満ちた空気があちこちに漂っていたようだ。
展覧会の構成にも、その時代の写真を集めたコーナーがあるくらいだった。
カフェがある。モンパルナスの風景がある。『洗濯船』それからそれから・・・
わたしはこの時代のゼラチン・シルバープリントがとても好きなのだ。

プティ・パレやパリ市立近代美術館からの出品も多いので、懐かしいなと再会する作品も多かった。
例えばキスリング『イングリッドの肖像』img583.jpg

これは以前にも見ていたから「お久しぶりね」とそっと話しかけたくなった。彼女は北欧の人らしい金髪に、透き通るような青い目をしている。手の持つチューリップは、黒い服をおびやかすことなく、そっとそこにある。

そういえば、‘91から四、五年くらいの間よくエコール・ド・パリの画家たちの展覧会が開催されていた。
その前後が生誕百年という人が多かったのだろうか。

いま国内のアンリ・ルソーの作品を集めた展覧会が開催されているが、ここにあるのはパリから来たものだった。
『ライオンを狩る人』 二頭のライオンの目つきが太陽のようにギラギラしている。
ハンターはそれぞれの獲物に銃を向けているが、成功したのかどうかはわからない。
夕焼けの中、葉も黄色く日に染まる。
img585-1.jpg

観念と妄想と空想が、こんな空間を生み出したのだ。
壁にかける気にはならないが(万一絵の中に呼び込まれたらどうするのだ)じぃっとみつめていたい作品だった。

『猫』より『犬の肖像』がよかった。
わたしは犬の種類には疎いから、犬種がわからない。しかしなんとなく賢そうな犬に見える。この作品は可愛いからか、美術館のあちこちにシールくらいの大きさになってぺたぺた貼られていた。
なんとなく、楽しい。img586.jpg

アンドレ・ドランが随分多かった。
『浴女たち』 キュビズムぽさがある肉体は、なんとなく部位がよくわかる、という感じがする。そう、ニクの部位。しかしこの絵はわるくはない。
『画家の姪』もよかった。ただし雰囲気的にバルテュス的な静かな恐怖と狂気が潜んでいるような気がした。
img585.jpg


アレグザンダー・アーキペンコ『猫と女』 彫刻家だが知らない人だった。猫がトボケた顔で可愛かった。私もこんな感じで猫ダッコしているのかもしれない。

モディリアーニ『新聞紙のカリアティド』 これはフランスの新聞の上に青とオークルの色鉛筆で影と輪郭を描いている。しかし読めない字の新聞だから素敵なのかもしれない。
日本の新聞の上に描かれたら台無しだ、なんとなく。

ザッキンも何点かあった。『ヴァイオリンを持つ女』がよかった。ちゃんと楽器を持っているのがわかる。しかしながら木目込み人形のような感じがする。

スーチンも赤の目立つ絵を描いていた。やはり’92頃回顧展で見て以来、わたしは彼のファンだ。今回は人物画ばかりだが、かれの絵ではカーニュ風景が一番好きなのだ。

フジタの『女ともだち』は白い頃の絵で、クールベやロートレックの描く女友達同様、秘めやかな愉しみにふける女たちのようだ。
とてもフランス的で・・・いいと思う。img585-3.jpg


わたしはパスキンの絵を見るたび、少女への嗜好を隠さない画家だなと感じたりするのだが、この『小さな踊り子』には余りそれは感じなかった。
賢そうな目許口許。髪型、チュチュ・・・とても気に入った。
img585-2.jpg

はっきり言うと、今回の展覧会ではこれとルソーのライオンに目を惹かれてしまい、他の作品にちょっと距離を置いてしまったような気がする。

坂東敏雄は知らない。『達磨で遊ぶ少女』 日本の起き上がり達磨をツンツンと突く女の子。
楽しそうな表情が可愛い。知らない画家の経歴を読むことも出来なかった。
どんな人で、ほかにどんな作品を生んでいたのだろうか。

ロシア革命から逃げてきたのは白系ロシア人だった。そのことについて色々考える。
パリに留まる人、アメリカに進む人、日本に移る人・・・
祖国から遠く離れてパリで生きた芸術家がエコール・ド・パリを形成したのだった。
たとえフランス人であったとしても、そこに加わる人もいる。
時代の趨勢と芸術との関わりを深く感じるのがこの人々だと、わたしは思う。


浪花をいろどる 大坂で活躍した絵師たち

住まいのミュージアムという面白い博物館が大阪にはある。
場所は天神橋筋6丁目駅の真上。つまり十丁目筋の商店街の只中。
常設展と特別展の二本立てで、今回は特別展を見に来た。
ここの常設展は江戸時代から戦前戦後復興期までの大阪をクローズアップしている。
比較するなら、大阪歴史博物館が江戸東京博物館なら、ここは深川江戸資料館だと言う感じ。わたしはこっちの方がなじみやすい。街中の再現が町内単位なので。
今回の特別展は『浪花をいろどる 大坂で活躍した絵師たち』
特別展と言うより企画展というのが正しいか。

丁度先月芦屋美術博物館でもなにわ四条派の系譜という展覧会を楽しんだが、今回もほぼ同じ絵師の作品が並んでいる。
前回はこちら。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-664.html

大坂の絵師の展覧会はこれまで皆無だった。
最近やっと光が当たるようになったが、ちょっと手遅れの観がある。
つまり、アメリカ流出。
今や大人気の若冲も40年前にはアメリカへ流れて行ったが、こちらもそう。
安い値段でアメリカのコレクターの手元に入っている。
しかしそれでもこうして残された絵を集めて展覧会をしようとするのはえらい。
ケイモーは必要だ、ホンマに。
今回のチラシ。
img582.jpg

このチラシが不思議なのだ。西王母と鶴の三幅対なのだが・・・
実物は反転したものが正しい。
こんな感じ。img582-1.jpg

何を考えてわざわざ反転させたのだろう。
そういえば昔、あるアニメの設定資料集で傑作なものがあった。
椅子に座る絵があるのだが、それを流用した他の雑誌では、椅子と机をデリートしてそのポーズを「武芸の達人」と説明しているのだ、笑えたなぁ。
これは江阿弥という絵師の作。

別な西王母もある。めでたい絵だ。
IMGP0998.jpg

大坂名勝図がある。岡本俊彦の作。彼は豊彦の息子。
わたしは名勝図や、江戸初期までの遊楽図などが大好きだ。
それらを見ていると遊びに行きたくなる。
他にも五井金水の浪速勝景帖というのがあって、これが面白かった。
明治の大阪風景なのである。
住吉一つにしても、お田植え神事の後に出るのか万歳もどきがいる。弁慶のようなかぶりものをしたのと才蔵とが。そして母子三人連れの合邦ケ辻閻魔堂前。ここは現在も残っている。
通天閣に昇り足元を眺めると、小さな社がある。大きな森は生玉さんだと思うが、こちらはなんですかと訊いたら、それだった。様々な物語の舞台としての、閻魔堂がそこにあったのか。
他にお琴のおさらい会、地蔵盆、紅葉狩り、帝塚山などなど。

それから商家の月次図があった。お正月の餅の絵は、ミュージアムのイベントにも借り出されている。
IMGP0999.jpg

四天王寺の舞楽、天神祭などなど・・・
わたしは月ごとの節句とかなんやかんやが好きなので、こんなのを見ると嬉しくなる。

それから鷺の襖絵。解説では六羽の鷺がとあるが、どう勘定しても七羽いる。
『11人いる!』よりは不穏な状況ではなかろうが、これではサギだ。
それとも双頭の鷲というのにひっかけてのなら・・・相当な詐欺だな。

『漁礁図』屏風を見ると、樵も漁師もそれぞれみんな機嫌がよい。
なんというのか、大体これまで見てきた漁礁図は山水画の1分野として、風景の中の人物だったけれど、ここには働くオジサンたちがいるのだ。
山で働く人たち・川や海で働く人たち。
みんな自分の出来る限りの仕事をして、機嫌がよい。
感情のある漁礁図を見たように思う。

琴棋書画図もそうだ。高士の宴というより、ご近所飲み会またはバーベキュー大会みたいな趣がある。長寿の桃もあるけれど、へんなリアリティがあった。
品は落ちていないが、なにより楽しいのだ。

色々良いものを見た。展示品はここの所蔵。めでたいことだ。
イブまで開催。200円は嬉しい限りだった。

谷内六郎の軌跡

阪神百貨店で谷内六郎展が始まった。これは今年の二月に横浜そごうで開催されたものの巡回展だ。今が十二月だから、赤ちゃんが生まれてくる時間くらい、待ったわけだ。
谷内六郎の没後25年を記念して・・・ え゛? ・・・そんなに歳月が?
亡くなったときを覚えている。しかし作品はわたしも世間も忘れていないから、そんな歳月がたっていたことに、驚いた。
チラシを見比べよう。
こっちがそごう。img577.jpg

キャッチコピーは「誰もが胸ふるわす 郷愁の想い」
阪神はこう書いている。
「こどもの頃に出会った、懐かしい風景がよみがえる」
img578.jpg

サウダーデか、ノスタルジィか。ニュアンス的に後者なのだろう。
確か急逝後、甥っ子の谷内こうたさんが続投していたと思うが、今は又違う。

ノスタルジィだけでなく、メルヘンが溢れている。
たとえば『髪の毛スキーヤー』 ちょっちょっと切られた髪の落ちる流れをゲレンデのスキーヤーのようだと空想する女の子。
それから『珈琲カップ』 おもちゃのお人形たちを家の珈琲カップに入れて、遊園地のそれを思う女の子。この絵を見て、わたしも帰宅したらやってみようと思った。
img579.jpgクリックしてください。img580.jpg



谷内六郎に比べてあまり名を知られていない絵本画家に茂田井茂という人がいる。
少し前にちひろ美術館で回顧展もあった。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-635.html
この人の空想と谷内の空想とは似ているように思う。子煩悩だということも共通している。
そして一見「心が和む」ようでいて、ふと冷やりとした恐怖を感じるところもまた。

映画『鬼畜』ポスターがあった。
この映画を見て以来、アタマから離れなくなっているシーンがある。
東京タワーで置き去りにされる幼女。逃げ出す父を振り返る目。そしてようやくタワーから離れて振り向いた男の目に、ライトアップされる姿。
まだある。
男の子を崖下に<手放す>落ちてゆく子供。そしてその後・・・
その映画のポスターを谷内は描いている。
三人の子供がブランコに乗る姿がある。次には子供は二人になり、最後には一人になっている。
ただただせつなかった。

わたしは夜を描いた絵が好きだ。特に童画のそれには、深い興趣を覚える。
谷内六郎の作品も夜を描いたものが特に好ましかった。
ただしそれは個人的趣味。
よい作品は他にも沢山ある。
しかしわたしは好きだ。
img581.jpg


みんながみんな、それぞれの一枚があると思う。
谷内六郎の作品にはそうした広さ・豊かさがある。

樟蔭学園の樟徳館

P1079.jpg

(樟徳館の外塀)
河内の方に樟蔭学園という大学までの総合学園がある。
卒業生で有名なのは田辺聖子である。
この学校法人は森平蔵という実業家が子女教育のために建てた学園で、樟徳館は旧自邸なのだった。
今ではこの大学の施設ともなり、広大な邸宅と庭園は文化財登録もされている。
以前に見学したが、今回久しぶりにお邪魔した。
P1078.jpg


何しろ広い。元は帝国キネマの撮影所跡地なのだから当然か。
そこに七年がかりで各地の銘木を選び、丁寧かつ精巧な拵え方をした和風のお屋敷なのだ。部屋の配置図をいただいたが、宝探しの気分でさまよってみた。

家の模型。P1007.jpg

全体図を推して知るべし・・・す・ご・い・・・
元は主人用居間の次の間にある暖炉。作り付けの家具がこれも凄い。
P1064.jpg

欄間や長押の細工などは部屋ごとに全て異なる。全部挙げることは出来ない。
P1000.jpg

P1031.jpg

P1056.jpg

次の間の床模様。P1001.jpg

切子細工の窓。あんまりすごいので、
IMGP1002.jpg


なにしろこんなすばらしい近代和風建築は他にあまり見ない。
P1062.jpg

床の間のガラス。可愛い・・・床の間の天井の刺繍も凄い。
これは鳳凰。P1060.jpg

階段の一番上。P1052.jpg

P1022.jpg

それから下。
茶室風の部屋も可愛い。
P1024.jpg

そこから応接間へ向かおう。
P1038.jpg

こちらも。P1039.jpg

更にはこんな窓ガラスも。P1040.jpg

半分すりガラスで牡丹を浮き彫りしている。
P1042.jpg


いくつもの窓から眺めるいくつもの庭。
P1032.jpg

レトロ電話。P1027.jpg

レトロな洗面。P1037.jpg


食堂が凄い。まず窓ガラス。クリックしてください。
IMGP1017.jpgIMGP1018.jpgIMGP1019.jpg

可愛くて仕方ない。梅林を飛ぶツバメ。瓢型もある。
床も可愛い寄木細工。P1054.jpg

その当時からのシャンデリアもきれい。
P1014.jpg


たいへん堪能した。よく見せてもらい、嬉しい限り。
P1073.jpg

玄関の式台も素敵だった。
本当にすばらしいお屋敷だった。
最早二度と建築は不可能だと言う話だが、それも頷ける。
ああ、素敵でした・・・

忠臣蔵の日なので

12/14と数字で書けば重みが減る。しかも横書きだからこの日が何の日かどうでもよくなるかもしれない。
この日は吉良邸討ち入りの日つまり忠臣蔵の日なのだ。
義士の日ともいえるし、吉良上野介氏の命日ともいえる。

ところでこの二日前の十二日は天下の大盗・石川五右衛門が捕らわれた日で、この日に日付を短冊などに書いて戸口や窓に貼ると盗人避けになる、という関西の古い風習があった。金沢辺りにまで及んでいるが、今では殆どなくなっているだろう。
吉良邸にも貼っていればどうなったろう…

目白の永青文庫で2月末まで『赤穂義士御預始末―元禄』という展覧会が開かれている。
http://www.eiseibunko.com/exhibition.html
これは永青文庫が細川家の宝物や歴史を母体にする美術館だからこそ開催できる展覧会なのだった。
その<事件>当時、細川候は綱利の時代だった。
このお殿様はことの原因の浅野候と仲良しさんだったようで、事件以前からよく書簡を往復させていたらしい。
浅野候お気に入りの小姓を手放した方がいいとか、そうしたわりとプライベートな内容も多い。(浅野候はごねている)

展覧会の概要はこんな感じです。

本懐を遂げた赤穂浪士47名は沙汰が下るまでの間、毛利・水野・松平・細川の4つの藩にお預けとなりました。細川家は大石内蔵助を筆頭に17名を預かり、2月4日の切腹は細川家中屋敷で執り行われました。この展覧会では、細川家中の接待役、堀内伝右衛門による義士たちとの対話を記録した「赤城義臣対話」(堀内伝右衛門覚書)、大石の切腹を写した絵巻「義士切腹之図」、他藩の対応を記した唯一の文書「松山(まつやま)侯(こう)赤穂(あこう)記聞書(きききがき)」「府(ふ)中侯留書(ちゅうこうとめがき)」、大石内蔵助自筆書状など、細川家に伝わる記録類で討ち入り後の顛末を中心に赤穂義士の実話をたどります。
展示点数約40点、会期中の展示替えはありません。


面白い展覧会だった。
とにかくよく知られているように討ち入りは江戸の住民に圧倒的に支持された。
上から下までみんな熱狂。
それで各大名家が義士たちを預かるや、そこのお殿様は一応幕府にお伺いを立ててから、歓待した。
その記録がここに残されている。
細川の殿はもともと浅野候と仲良しさんだった上に、主犯の大石内蔵助と高田馬場の助太刀で大人気の堀部安兵衛らを預かったから、舞い上がったらしい。
考えれば退屈だったのだ、この時代。
細川候は義士たちを国賓待遇にし、その食事も殿様自ら台所方へ指示を出し、二汁六菜とか贅沢なおかずを出したりした。
すると義士側から「長らく浪人暮らしをしていたからおかずが多いです」と申し出もあったりしたようだ。
それらを記録魔とでも言うべき堀内氏が克明に記している。その堀内文書が今回の展覧会を支えている。

赤穂浪士は泉岳寺に葬られているが、無論その前に切腹している。
切腹場所はお預かりの各家で行われたが、その後の<始末>がすごい。
細川候は彼らのいた部屋をそのままの状況に残して、一般公開した。
他家では畳から障子から調度品まで入れ替えたりしたが、我が家は違うゾと言った。
つまり、彼ら義士たちは我が細川家の守り神になられたのだ、と。
……たいへんポジティブなお殿様である。
確かに赤穂では今も大石神社があり彼らは神様になったが、細川候はその直後から彼らをホトケではなく神様だとみなしていたのだ。
そのおかげか、細川家は現代まで立派な家系を保ち続けている。
御霊信仰とは微妙に異なる線を走っているが、日本的な思想のもとでの信仰だと思う。

展覧会の解説も、殿様のウキウキぶりにちょっと皮肉な視線を向けているが、おかげでこんなに興味深い展覧会が行われているのだ。
わたしみたいなお客は大喜びしている。

忠臣蔵の当事者たちの物語は多くても、その周辺からの視線のものは案外少ない。
芝居なら『松浦の太鼓』や『土屋主税』などがあるし、その当時の学者たちの残した日記などもあるが、なかなか手に取れない。
だから今回の展覧会は大変に面白いものだと思う。
2月末までだからもう一度行こうかという気になる。

これはわたしの持つ絵葉書の大星。なんとなくこんな感じで。

img576.jpg

煉瓦とタイル

大阪歴史博物館で閉幕した煉瓦とタイルの建物展に先日やっと行った。行く機会はあったはずなのにこんなに遅れた。
しかし入れ替えはないので、まぁなんとか。
img568.jpg


明治になり何が変わったかというと、まず煉瓦。煉瓦が銀座に出現したとき、東京人は最初「煉瓦石」と呼んでいたそうな。
とにかくその煉瓦石がハバを利かせて、あちこち建ち始めた洋館には煉瓦という赤茶色な四角い建材が使われた。
つまり煉瓦=明治の風景 と言ってもあんまり差し支えないみたい。
なにしろ江戸時代は「日本人は紙と木で出来た家に住んでいる」と欧米人に言われたように、耐火とはちょっと無縁な環境にいたのだ。
無論漆喰や石造りの土台とかもあるにしても、庶民はそうではないのだ。
やっぱり殖産興業とか富国強兵とか言う時代には煉瓦がよかったのだな。
フランス積・イギリス積とか色々あるけれど、どうもわたしはすぐに忘れる。目の前で確認してふむふむとか言いながら。
そして大大阪の時代が来る。
東洋のマンチェスターとか呼ばれて、煤煙そのものが繁栄の印になったりして。

その大大阪の時代、今太閤と呼ばれた岩本栄之助の寄付で作られることになった中之島の公会堂。
そのコンペ案がずらーっと飾られていた。以前から何枚か見ていたが、壮観だ。
特に<絵画>として長野宇平治の図に惹かれる。
しかし形はやっぱり今のが一番可愛らしく思う。しかし「これになればあれになれば」と想像するのは楽しい。
img567.jpg

クリックしてください。
タイル登場。
今回は世界のタイル博物館からたくさんの出品でした。
ここは知多半島にあるので、行きたいけどなかなか遠い。
INAXギャラリーに行く度にポスター眺めて「ああ行きたいわ」こればっかり。
丁寧に眺める。丁寧に眺めるのが楽しいタイルたち。
淡路島とか泉州とか、瓦を拵えるのに長けていた地方でタイルが焼かれたり色々。大阪窯業。
タイル大好き。
しかし現実のことを言うと、掃除がしにくいのでわたしには苦しいのだったが。

大阪には可愛いタイルを使うところが多かった。
チラシに使われている可愛いタイルたち。
img575.jpg

クリックしてください。
こちらは綿業会館の渡辺節が一枚一枚焼かせたタイル。
この写真はわたしの撮影。もうだいぶ昔の写真。
それから大阪倶楽部のタイル。安井武雄の鬼が可愛い。
こっちもわたしの撮影。img573.jpg

雑誌『大阪人』の11月号の特集がこの展覧会だった。まだバックナンバーはあるはず。
その特集の中で、歴博学芸員の酒井さんが芝川ビルを撮影されていた。
あそこもとても素敵。
たまたまわたしも縁があって撮影したのはこちらです。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-661.html
img572.jpg


展覧会では明治村に移築待ちの、西宮にあった芝川邸の資料が色々と出ていた。
今はなくなった愛日小学校のと、同じ顔立ちの水吐き獣がいたりする。

場内には在りし日の阪急百貨店の素敵なタイルや佇まいがVTRで流れていた。ちょっと泣ける。
こちらはわたしの撮影。おおおおお忠太っ(滝涙)
img574.jpg

クリックしてください。
なくなったのばかりあげるのはつらい。
現役続行中の大阪工芸高校のパネルもあった。
以前見学した。バウハウス。中には赤松麟作の絵画もあった。

会場には煉瓦とタイルの実物が置かれているが、考えれば煉瓦を実際に手にする機会はわたしにはあんまりないな。
上から触ることはあるけれど、重さの実感がない。
三匹の子ぶたは煉瓦の家を建てたものが狼からの脅威に勝ったけれど。

煉瓦といえばすぐに辰野金吾を思い出す。
大阪市内にはもうそれは残されていないが、府下の池田にはある。
先日のうどん屋への道すがらに。

ところでこれは帝国ホテルの模型。img569.jpg

可愛い。明治村でお茶いたしました。

スクラッチタイルが好きだ。
ついつい可愛いなーと触ってしまう。ここにあるのは触れませんが。
大阪の近代建築も本当に減ってきたが、それでもまだこうして見れるものがある。
楽しい展覧会だった。(その割に行くのが遅かったな)

おまけももらった。
img571.jpg

出来上がる日が来るか来ないかは、未定。

犬神家の一族 試写会を見る

犬神家の一族の試写会に行った。
わたしは以前の映画の大ファンだ。
とにかく子供の頃の横溝ブームはすごかった。
今でも横溝正史の名前を見るだけで嬉しくなる。
だからか、エキスポランドの夏の風物詩・人が演じるお化け屋敷がこの数年横溝正史シリーズなので嬉しくて仕方ない。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-572.html
img565.jpg

さて御堂会館で試写会。講談社プレゼンツ。ありがとう、月刊マガジン。
オフィシャルサイトはこちら。
http://www.kadokawa-herald.co.jp/official/inugamike2006/
ストーリーについてはネタばれも何もリメイクなので、予め公然のものとして、映像のことについて書きたいと思う。
前回のキャスティングは大物揃いだった。
すべてはこの人物の死から始まった犬神佐兵衛。わたしの大好きな三國連太郎だったが、今回は仲代達矢。
全然関係ないが、三國さんと仲代の共演映画を思い出した。『切腹』刀も竹光 音楽も武満…
三姉妹も随分若返った。
長女・松子に富司純子、次女・竹子に松坂慶子、三女・梅子に萬田久子というまだまだ若くてきれいな女優陣が勤める。
かつての三姉妹は高峰三枝子・三條美紀・草笛光子という大貫禄の女優陣だった。
これを思えば今の人はみんな若くなったと思う。
俳優・市井の人もかわらず。
監督・市川崑も90歳、金田一さんの石坂浩二も60歳過ぎ。
しかしまだまだやれる、と思った。

30年前と同じ役柄は石坂浩二だけではない。神官役の大滝秀治もそう。警部役の加藤武も。
同じ監督の『ビルマの竪琴』で北林谷栄が現地のおばあさんを30年後にも演じたのと一緒。

ああわくわくする。

大阪人が築いた美の殿堂

20061210192759.jpg

(大阪市立美術館・正面入り口へ)
何年間かごとに、大阪市立美術館では名品展を開催する。
’96 美しの日本・崇高の中国
’98 咲くやナニワ津
近年で大掛かりなのはこの二つの展覧会で、あとは常設展の入れ替えなどで虫干しがてら展示している。

膨大な数の所蔵品をいかに展示するか。
集客率や宣伝効果など色々なことも考えねばならない。
京都市美術館は永い間殆ど宝の持ち腐れ状態にあった。
しかし数年前からコレクション展として、年に数期ずつテーマごとの展覧会を作っては、なかなかの成果を挙げている。
大阪市も大いに見習わねばならない。
どちらの市も不要なことにばかり金を使い、必要なところに厳しいのだが、そろそろ考え方を改める時期を迎えている。


大阪市立美術館は天王寺公園の中にある。
複合施設である天王寺公園には動物園もあり、住友家から寄贈された庭園・慶沢園けいたくえん などがあり、その昔真田幸村が奮迅した茶臼山も圏内にある。
考えれば大坂方が夏の陣で敗れ、天下が江戸に移行して、上野に東叡山も出来たのだ。
… …
とにかく、気を取り直して天王寺の美術館へGO!
20061210193044.jpg

(この中にあるのだ)

大阪人が築いた美の殿堂 館蔵・寄託の名品から
http://osaka-art.info-museum.net/special017/denndou/spe_dendou.htm
img563.jpg


天王寺の美術館のスターといえば『星を見る』女の人だ。
北野恒富のあっさりした美人。
わたしは彼女が好きで、一緒に物干し台にあがって夏の夜空を眺めたいと思う。しかし今は冬だ。冬の北斗…北斗は冬だったっけ?
冬はオリオンが美しい…(by諸星大二郎)
彼女と一緒に見る星がなんなのかは、今のところ未定。
ついでにいうと、場所も未定。
それどころか、実は展示換えになり彼女とは会えなかったりする。残念。

ところで500点も展示するのでいくら前後期入れ替えとは言え、書ききることはおろか、見ることも途中でへたる可能性がある。
で、リストはアクロバットリーダーで転写しにくいし、向こうがくれるとはちょっと思えないし…(100円で販売していた)→(図録購入者はプレゼント)←ほっといたる??

ところでこちらのサイトには場内写真もあるのが嬉しい。
http://plaza.harmonix.ne.jp/~artnavi/05-artscene/00-mus-exhibition/181102-osaka-binodendo/02osaka-binodendo.html
img564.jpg

クリックしてください。
わたしは仏像関係がニガテなのだが、いくつかじぃっ とみつめる対象もあった。
奈良薬師寺の地蔵の円満な顔がそれだ。上記のサイトにはその写真がある。
薬師寺か・・・すぐに『凍れる音楽』という言葉を思い出すが、そこにきこんな柔和なお地蔵さんがいてはったわけです。いつから大阪にいるかは、あえて聞かないことにしよう。

四天王のベルトを噛むのは獣なのかなんなのか。
わたしは四天王や十二神将が好きだ。多分、衣裳とかで。
12の神将はそれぞれ干支の動物をモチーフにした装飾品をつけている。
ここにいる四天王はなにをモチーフにしているのか。
それにしてもなんだか横山光輝の三国志や殷周伝説辺りに現れるようなスタイルに見える。
(どちらが先か後かは考えない)

螺鈿の箱がいくつかあるが、梨地に細かな・濃やかな意匠が施されている。昔のひとはそんな装飾を愛でたのだ。装飾ナシならとても淋しいだろう。逆にうるさいと思うことがあっても、日々眺めるうちにそれが自然なものになるのだ。それが日常品であれ、神仏への供え物であれ。

青銅器と堆朱などがあった。景徳鎮の水差しもある。
これらはおなじみなので、ちょっとだけ目礼した。

中国彫刻のコレクションは夙に有名だが、改めて仏頭の並ぶ情景を見ると、なんだかこわい。
だからパスして、小さな像を見る。写真にもある『太子半跏思惟龕』は北魏の時代に生まれた。
シッダルタと愛馬カンタラの別れを描いている。
馬と主人の別れといえば昔なら塩原多助だな。「コレ青よ、よく聞けよ・・・」
それから√悉達太子と別れたる 車匿童子の悲しみを??
・・・しばらく歌舞伎も文楽も見ていないな。

ある三尊像の裏には木を境にした二体の半跏思惟の仏がいる。これは意味の深い図像に思えた。
とはいえ、仏伝や説話とは違う話で、諸星大二郎の『孔子暗黒伝』でのリグ・ヴェーダのなぞなぞを思い出したのだ。
この木は知恵の木、木の実は知識なのかもしれない。

仏画を眺める。今回、かなりマジメに見て回った。
国宝の六道絵『念仏証拠』が面白かった。
地獄の図で、釜茹でされていた罪人が南無南無と念仏を唱えると、地獄の釜が割れて熱湯が外へダーーッ(猪木ではないけど)。
しかも罪人たちは首から下が蓮華につつまれている。天使の種類で何番目かの位の<顔に羽根>のあれと同じ。
釜が割れてびっくりしてるのが鬼たち。
地獄に鋳掛屋はいるのだろうか。余計な心配をするほど、鬼たちは焦っている。

『太子孝養図』 16歳の厩戸王子。美少年でした。そればっかり集めての展覧会がみたいものだ。古代から現代へとか題して、守屋多々志に山岸涼子までの美少年・厩戸王子を集めるのだ。
絶対楽しいと思うが、まずむりですね、はい。
羅漢絵も当然あるが、トラと仲良しの羅漢がやっぱり気に入った。
今になって言うのもなんだが、前期の方が私の好みの作品が多かった。しまった という感じ。

『當麻曼荼羅』があった。中心部に三尊がおわし、周囲には物語もある構図に変異はない。
その隣に『兜率天曼荼羅』があり、二つ眺めると、極楽はアミューズメントパークなのだと言う感慨が湧いてくる。絵としては地獄図の方が面白いのだが、地図または案内図と言う視線で眺めれば、境内図と曼荼羅はわくわくしてくる。そんな要素がある。

『涅槃変相図』元代と『涅槃図』南北朝が並んでいる。ああやはり違うな、と言う感じがした。とはいえそんなに時代もかけ離れていないのだが、海を越えると意識が変わるのが実感できるような<違い>だと思う。蓮の葉っぱのような耳の象も青い唐獅子も泣き喚いているが、この違いと言うのは文化だけではないのかもしれない。

四天王寺の『釈迦八大菩薩像』は1587年の朝鮮製だが、この絵がどういう経緯で日本へ来たかはなんとなく想像が・・・しかし民画と仏画を描く絵師は当然別々だったはずだが、なんとなくほのぼのトボケた味わいがあるのは共通しているように思う。
はっきり言うと、可愛いのだ、ほとけさまたちが。

近世絵画へ。
土佐の源氏物語図があった。他にも桃山時代の源氏絵屏風。
藤壺や箒木などの情景のほか、明石などがある。
しかしこうした平安貴族の優雅遊びより、町衆の楽しい遊びの方がわたしは好きだ。

金地院所蔵の『日吉山王祭礼図屏風』 神輿が沢山出ている。人も大勢。ところが左端の神輿には本当に山王さんのお使いの猿がおる。作り物なのか、神様のお使いとしてよばれたのかは、わからない。

『藤袴図屏風』 対青軒の印がある屏風だが、これに再会できて大変うれしい。
金地にキラキラ煌く金粉がはしり、無限に藤袴が咲いている。
夢幻のような心持ちがする。
今年の二月、パークコレクションで大麦図屏風を見たが、それを知る人には伝わるような気がする。なんだか中空を飛ぶ気分。

時々みかげる光琳の図案集も出ていた。
こういうのを見ると、やはり光琳と言うのは稀代のデザイナーだったと思い知る。
服飾・工芸・パーティ、トータルデザイナー光琳。

岸駒の『牡丹孔雀図』の牡丹は異様にリアリズムで、正直言うと気持ちがよくない。
違和感がある。しかし孔雀も細密描写なのだが、こちらはそうそう異様さもない。
ちょっと言葉に出来ない何かがここにある。
天明五年、何があったのだろう。

抱一『牡丹』 白牡丹。シンプルでそしてとても綺麗だった。

『春秋遊楽図』 これがかなりあぶないのだ。わりと女の少ない遊楽図。色子に戯れる僧兵。
ご主人の特別な注文。機嫌よく眺めていたのだろうな・・・  わたしもやけど。
しかし碁でケンカしたり、座頭四人が一枠に納まってなにやらゲームをしていたり、どちらかと言えばナマナマしい内容だった。

カザールコレクションという凄いコレクションがある。小さな根付やなんだかんだと幕末から明治の職人の精緻な技を集めに集めたモノスゴイ・コレクションなのだ。
あんまり凄すぎてどうのこうの書けない。
小さくて可愛くて精巧なものが好きな人には垂涎もの。
親指の爪の大きさで小宇宙があるのですから。

洋画や日本画もあったが、最初にあげた『星』がなくて淋しいのと、やっぱり前期の方がよかったみたい、と言う感じが強い。
なんとなくここらははしょってしまおう。←あかんたれ。
20061210192928.jpg

(美術館の側面)
窓の意匠もきれい。20061210193205.jpg
クリックしてください。

リサとガスパール 原画とディスプレイ

'04の時点では大丸がリサとガスパールを紹介していたが、今では阪急とPascoがリサとガスパールの住みかになった。
img561.jpg

阪急うめだ本店のディスプレイはクリスマスシーズンになると、毎年とても可愛い世界が広がっている。
今年もリサとガスパールがデパート中に、いる。

20061210121240.jpg
歩くリサ。
室内。20061210121319.jpg

20061210121422.jpg
働こう。
がんばる。20061210121503.jpg

20061210121544.jpg
窓の向こう。
パリ。20061210121750.jpg

これをもっとロングにすると・・・
20061210121857.jpg

今年の阪急のクリスマス用に描き下ろされたのがこの作品でした。
だから通路にもはためく。20061210121950.jpg

元絵はこちら。クリックしてください。img562.jpg

やっぱりとても楽しい。

12日まで原画展も開催されている。グッズ売り場は大盛況で、並ぶのに労力を要するから、わたしはあきらめました。

草上の昼食・・・img562-1.jpg

リサの家族とガスパールたち。パリには色んな公園がある。
img562-2.jpg

こちらはお菓子の作り方の教本でもある。
img562-3.jpg

二人に出来るならわたしにも作れるかな・・・?
おいしそう。img562-4.jpg


なんとなく幸せになった気分♪

かつて阪急を彩っていた伊東忠太のすばらしいモザイクやゴシック天井や、キラキラしていたルーチフェスタがなくなってからとがっていたココロも、この時期は少しだけにこにこするのでした。

タワー -内藤多仲と三塔物語-

INAX大阪で始まったばかりの『タワー -内藤多仲と三塔物語-』を楽しんだ。
これは既に東京では終わっていて、巡回展。
そのとき内藤博士の自邸見学と言う嬉しいイベントがあり、わたしはそれに参加した。こちらにはわたしの撮影した写真を挙げている。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-637.html
さて博士の業績などは上記の記事にも書いているので、今回は展示されているモノを楽しみたいと思う。公式サイトはこちら。
http://www.inax.co.jp/gallery/exhibition/detail/d_000433.html
P0966.jpg

いきなり通天閣。
というか、そのお土産。ペーパークラフトがある。可愛い。
歌を思い出す。
♪通天閣は高い?
えーと・・・

実はわたしはこれまで通天閣には二回しか登ったことがない。
それも幼児の頃とついニ、三年前のこと。
ステロタイプとしての大阪風景=通天閣だが、言えばそれはサウス大阪の象徴というか、なにわの風景なので、わたしにはちょっと遠いのだった。
近所では、ミナミから向こうへ行ったことが殆どないという人が案外多い。
北摂の人間はキタで用が足りるので、その先へ出るのは物好きだと見做されたりする。
わたしはハイカイするのでどこなと行くけど。
しかし幼児期、家中でてっちりのづぼらやへ行くので、冬になると三日と空けずに新世界に来ていた。
‘70年代の大阪のお父さんはカニよりフグが好きで、やたらめったらフグを食べていた気がする。わたしだけでなく、友人の家もそういうのが多かった。
だから通天閣といえば、フグ。それとおもちゃ屋さんなのだった。

P0965.jpg

こちらは東京タワーのお土産。
東京ハイカイも長いなーと感じる今日この頃だが、意外なことに東京タワーに上ったことは幼時に一度きりなのだ。写真も残っているが、へたくそな構図なのでタワーなのか工事現場なのかわからない。
しかし大倉集古館辺りから眺める構図は好きなので、外観は好ましい。
パリのエッフェル塔をモデルに作ったと言うが、それを思うのはちょっと照れる。
以前エッフェル塔の真下に立ったとき、可愛いフランスの少年たちがローラースケートをしていた。中の一人に可愛いわねとウィンクすると、ちびのくせにナマイキにわたしの手にそっとくちづけていった。
P0964.jpg

名古屋タワー。
・・・名古屋にはときどき出かけてよい展覧会を眺めるのだが、いまだかつてこの塔に登ったことがない。
実は名古屋城にも行ったことがない。
近代建築の撮影にはうろうろ這い回ったが、ひとさまの喜ぶところへナゼか、行かない。
ういろうとひつまぶしときしめんは、好きだ。

ここにはないが山田守の設計した京都タワーにも登っていないし、地下の銭湯にも入っていないし、神戸のタワーとも無縁だ。
函館の五稜郭タワーと横浜のマリンタワーには登った。
それから・・・マカオタワーにも登った。めちゃくちゃ高くて、しかも斜めの床なのでクラクラしたが、どうもあんまり塔とは縁がなさそうだった。

内藤博士、ごめんなさい。
伊東忠太の祇園閣はのぼったけど、それとこれとは違うのでした。
耐震構造のことなどは前回にも書いたので、今日は純粋に楽しんだのでした。

宝塚歌劇と民俗芸能

逸翁美術館からすぐ近くに池田文庫がある。
ここには映画・演劇の資料が集められ、東の早大演劇博物館・松竹図書館と共に日本三大博物館のひとつなのである。
上方浮世絵も多く蔵しているが、今回の展覧会は日本各地の民俗舞踊を集めたものだった。

宝塚歌劇はミュージカルとレビューの二部構成である。
演目は多岐に亙り、決してあきさせない。
ニガテなひとはともかく、ファンには夢の世界なのだ。
P0976.jpg


欧米が舞台のもの、インド・アラブに材を求めたもの、日本の王朝もの、それらが最近の大勢を占めているが、五十年前には日本各地に残る民俗芸能を採集して、それを宝塚風にアレンジもした。
最近では二年前のベルリン公演でそのレビューを披露したと言う。
ベルリンは1920年代、世界一のレビューの聖地だった。
ジョセフィン・ベーカーが大成功を収めたのもベルリンだった。
80年経って、宝塚歌劇がそこでレビューを魅せた。

弧状の日本列島には各地、さまざまな風俗が残っていた。
今では失われたものも、五十年程前にはまだ世に在ったのだ。
それを宝塚の文芸部の人々が精力的に訪ね歩いて見聞した。
歌劇の幅を広げるための採集だったが、結果的に失われゆく日本の民俗芸能を記録に残す作業になった。

以下は池田文庫のサイトから。
宝塚大劇場の1956年4月公演「春の踊り」は、九州地方の棒踊りや臼太鼓踊りなど、現地で取材した芸能が織り込まれ大好評でした。それが一つの契機となり、2年後、宝塚歌劇団内に日本民俗芸能の舞台化と記録保存を目的とした「郷土芸能研究会」が誕生しました。
 研究会は全国各地に出向いて、調査取材し、現地のオリジナルを活かしながらレビュー化に取り組みました。その成果は、「鯨」にはじまり、「火の島」や「ユンタ」など、20年で22作品となって実を結びました。
 一方、取材した民俗芸能資料は、映像テープやスライド、聞き書きや印象メモなど膨大なものです。これらを池田文庫が所蔵することになり、整理を進めてきました。中には既に消滅した芸能もあり、取材資料はいまや貴重で文化的な財産として価値が認められています。
 今回の展示は、膨大な資料の中から宝塚の舞台化へと結びついた民俗芸能資料を初公開いたします。宝塚歌劇を通して全国各地の民俗芸能をご覧ください。



会場ではまず日本地図があった。そこに採集した民俗芸能の名称と地名が書かれている。
宮沢賢治の世界でなじみの深い鹿踊り、剣舞(けんばい、と発音する)、鯨の太地、祇園祭にゆかりのある鷺舞、薩摩に伝わる疱瘡舞、琉球の祀り…
それらの克明な記録(写真と動画と文章)が展示されている。
そしてそこから歌劇にふさわしいものを抽出して、レビュー化した経緯と努力も明らかになる。
72tenji-image.jpg
クリックしてください。


VTRが流れている。30分に編集されたもので、捕鯨を芸能化した和歌山各地の踊り、久高島のイザイホー、鷺舞などが記録されている。
そしてそれらを基にした宝塚歌劇のレビューも流れる。
たいへん意義深い、そして重要なフィルムだと思う。
特に捕鯨の踊りには感銘を受けた。
日本の文化よ蘇れと声を大にして言いたい(涙)。

イザイホーは星野之宣の『ヤマタイカ』で主要なシークエンスとして描かれている。日本人はどこから来たのか、どこへ行くのか。
壮大な物語の始まりと終わりがそこにあった。
そして今、とても丁寧な祀りだと映像を見て思う。
神女たちの行列、朝と昼と夜、家への訪ない、そして。

さまざまな神事が日本にはあるが、このイザイホーと能登のアエノコトはいつ見てもなにやら背筋に這うものがある。

記録されていたものからレビューに展開したのは他にお田植えがあった。
(これも考えれば、田植えの弁当運びの早乙女は必ず不慮の死を遂げるという決まりが怖いのだが)

レビューになったもので一番よかったのは、捕鯨だった。
薄い紺色の布の鯨を被る踊り手と、勇魚(イサナ)、まさに鯨はイサナなのだ。そしてそれに挑む人々の勇気と気合が舞台で見事に描かれている。
鯨が倒されると、薄い布は舞台の奥へ流れ行く。中の踊り手は今では他の踊り手と共に喜びを示す。
巧い演出だと思った。音楽はジャズ調で、イキイキと跳ねるようだった。
そしてその後に浜での喜びなどは、民謡がアレンジして使われる。
宝塚歌劇はすべてを吸収し、すべてを夢の世界へと変身させる。
あまりに面白くて、二回見た。
今では多分、国内の舞台では見れないだろう。
本当によかった。

機嫌よく出てから、天保年間に創業したうどん屋へ向かった。
昔は一軒家だったが今ではビルだ。うどんビル。屋上にはどんぶりを伏せたようなドームがある。
吾妻うどん。
そこのあんかけ・ささめうどんが大好きなのだ、わたしは。

京の風雅

P0975.jpg

(逸翁美術館門前)
奈良で『応挙と芦雪』展が開催されていた頃、池田の逸翁美術館でも『京の風雅』展が開かれていた。
逸翁・小林一三は昭和の大茶人として名高く、そのコレクションもすばらしい。
雅俗山荘を美術館に転じたので、洋館に京都画壇の絵画や京焼が飾られていて、それがとても素敵なのだ。

玄関すぐには応挙の『月雁図』がある。月に飛ぶ雁一羽。味わい深い作だった。
左手第一室には応挙『雪月花』がある。これは早春の情景で、雪に埋もれた梅のつぼみはまだ固く、月の光は薄く青い。
そしてその同じガラスには古清水色絵花文暦手四方水指がある。
古清水のわりに赤がよく出ている。千代紙に似たような柄のものがあり、わたしはそのことで嬉しくなった。

向かいのガラスには応瑞の『藤花図』と、本居宣長の賛が入った『朝顔図』。
朝顔の賛はこうである。img560.jpg


われはまだ かがみも見ぬを いつのまに つくろひぬらむ 花のあさがほ

藤花図は、先ごろ改修工事のため3年間休館する根津美術館に、応挙のそれがあり、多分この絵はそれを手本に描いたように思われる。
花の房のリアルさと枝と蔓の画法・付立法とたらしこみ それが共通している。
弟子たちは皆師匠の手を真似し、そこから修行が始まるのだった。
img556.jpg

(師匠の藤)

呉春と景文がある。
『松下遊鯉図』と『岩上孔雀図』は対幅だったそうで、逸翁の下でやっと再会したそうだ。
どちらも墨絵に近い作品で、淡彩が施されている。

『秋夜擣衣図』は俳味漂う絵で、月下に農婦がトントン砧を打つ音が聞こえてくるようだった。

景文の『菊花図』は三幅対で、チケットに使われている白菊のほかには、紫のデイジーのような菊、黄色や薄紫の小菊たち、などである。
シンプルでとてもきれいだった。
img555.jpg

(第二室の吹き抜け空間)
階段を上がると、狙仙の『雪中燈籠猿図』がある。
寒いので何基かある燈籠の灯りの空間に猿たちがお篭もりしている。
2,3匹ずつ。雪を松から下がる蔓で払おうとする猿の手が可愛い。ちょっと哲学的な猿もいる。

徹山の『雪中南天図』 雪の中にぽちぽちと赤い実が見える。ぽちぽちだからきれいなのだ。これが雪を割っていたら案外よくないように思う。

応挙の弟子の中でも美人画に長けていた源の和・唐美人それぞれがいる。
『玄宗楊貴妃弄笛図』 二人並んで座って仲良しさんしている。着物の裾にもきれいな模様が入っている。沓はお揃い。

『大石良雄図』 これは奈良展に出た師匠のを写したようだ。着物の柄も同じ。夏なのか涼しい姿。共に眺めると微妙な違いを感じて、なかなか面白い。


奥文鳴という絵師は知らなかった。
『花鳥図』三分割された構図。上にはバラの木と四十雀。中には色鮮やかな金ケイ鳥、下には白い<長春花>と雀たち。
この構図は弟子たちの間で流行っていたのかもしれない。

狩野派の養子から円山派に入った東東洋は別名「白鹿園」と名乗ったほど鹿が好きらしく、『雪中鹿図』を描いている。可愛い鹿の目。なんとなく陶板で欲しくなるような作品。

『古清水籬椿文手鉢』 青い椿がとても綺麗だ。見込みに青い椿が二輪・・・いいなぁ、欲しいと思うような綺麗な椿だった。

『酔美人図』山口素絢 二人の美人が酔って崩れている。手前の女は暑いのか胸を大きくはだけているし、後の女もにやにや笑っている。
二人の会話がはっきりと聞こえてくるようだった。

わんこ登場。img559.jpg

『降雪狗児図』芦雪 粘り気のある絵の具で描かれたわんこ。とても可愛い。
こちらはにゃんこ。
上田公長の猫はしなやかで若い猫。表装の中廻しが鹿の子の着物を使っている。いい感じだ。猫も表装も。
img558.jpg

応挙や蕪村、池大雅らと仲良しさんの張月樵ゑがく応挙肖像画。人柄のよさそうな丸まっちぃオジサンの姿がそこにある。

数年前、クラークコレクションで牛の背に乗る子供の絵が人気だったことを覚えている。
描いたのは上田耕冲。ここにも似たような絵があった。
『桃花牧童図』牛がこって牛系なのは芦雪と一緒だ。
絵はクラークコレクションから。
img557.jpg

クリックしてください。

絵はこれくらいにして、京焼に移る。

家庭画報という雑誌がある。
休憩室には色んな本があるが、いきなりそれがおかれ、あるページが開かれていた。
逸翁美術館の焼き物に、辻留がお料理を載せていた。

つまり、湯木美術館でも見たように素敵なコレクションを使っての懐石なのだった。
しかしのっけから乾山にニヌキとトマトとは、なにかの判じ物かと思ってしまった。
わたし、この二つを見ればサンドイッチを作りたくなるな。

雑誌を見ると、この展示に現れた乾山の器が色々と使われていた。
http://www.kateigaho.com/backnumber.html
ちょっと面白いと思った。
普段無縁な雑誌だが、なかなか素敵な記事が多かった。

さて仁清。柚香合。白くて可愛い香合。小さな葉っぱがついている。少しひしゃげているので、柚子と言うよりミカンに見える。
乾山より今回は道八が多かった。
黒楽鶴亀文茶碗などは、外に鶴が描かれ、茶を喫した後に内側に亀が現れるという趣向だった。
結び文、武蔵野図、桜など、道八のさまざまな器が並んでいる。
雲錦文(桜と紅葉が共に描かれている)の鉢もとてもきれいだった。

また、乾山写しで銹絵雪笹文手鉢も拵えたか、これもよかった。乾山のは湯木にある。
道八は景文と仲良しさんだったか、彼に絵を描かせて自分が焼いた酒次と猪口があった。

他にも古清水で透かしの入った扇状の重箱などもあり、見て回るのがとても楽しかった。
いつきても逸翁では幸せになるのだった。

応挙と芦雪 (後期)

文化の日から一ヵ月後、再び奈良県立美術館へ。
『応挙と芦雪』後期を見に来たのだよ--

先月図録購入していたので後期概要はわかっていたけど、やっぱり自眼というかナマ眼で見たいのでとりあえず、大阪駅前第二ビルのチケットショップへ。
・・・ありました、一店だけ半額になってた。はっはっは。
奈良&斑鳩チケット(指定交通機関乗り降りフリー)で近鉄奈良につきバスに乗った途端えらいこと雨です。
しかし雨でも閉幕間近の土曜の昼だからか、人気(ニンキでもヒトケでもいい)あります。
→人気の前に大つけたらオトナゲと私はうっかり読んでしまうことがある。

マクラが長かったけど、以下、感想。

(前期はこちら)
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-655.html

応挙と芦雪それぞれの肖像画がある。応挙、置物みたいな感じの人でヒゲ跡が濃い。
実はこの展覧会を見た翌日、池田の逸翁美術館でやっぱり応挙や芦雪の絵を沢山見たので、応挙がどんな感じのオジサンなのかがわかるような気がする。

前後期完全入れ替え制なのでイメージは重ならなくてすむ。

『楚蓮香図』応挙 白鶴所蔵だから何度か見ているが、やはりなよなよと小さくて可愛いひとだと思う。戯れる蝶にそっと手を・・・差し伸べるわけでもなく、やや不自然な手つきで追うのか・払うのか している。

彼女に対抗するのが、芦雪の『美人図』。
机に向かう唐美人。しかし前期の『唐美人図』の方が私は艶かしくて好ましい。
とはいえこの美人もそれこそ<雲鬢花顔>なのである。
鏡を見るともなしに見ているような、物思いに耽っているような・・・

しかし何より『大原女図』にクラクラッとなった。
アタマに柴など乗っけて手甲脚絆も甲斐甲斐しいのが、こちらを見ている。
朱唇の隙間の闇。軽くひそめた眉、切れ長の二重の眼は妖艶としか言いようがない。
こんな大原女がいると周囲も困ったのではなかろうか。
髪のほつれがまたなんとも言えず、艶かしい。
いい女だなぁ・・・多分、低い声の女だと思う。(思いたい)
img549.jpg

クリックしてください。

中国陶磁 美を鑑るこころ

大阪に生まれたということは、他の地の人より多く器を見る機会に恵まれている、ということかもしれない。

既に消滅に近い状態になったが、夏にはせともの市が坐摩神社境内で開催されていた。そこへぶらぶら行くのが楽しみだった。
多くは有田・伊万里の磁器で、子供の頃からそればかりを使っていた。
また私の子供の頃、世界的に名高い安宅コレクションが住友の全面的な協力を受けて、東洋陶磁美術館に収蔵され、今も展覧され続けている。

私は圧倒的に磁器が好きである。
薄い手触り、釉薬、繊細な絵柄。
見るだけなら陶器もいいが、触ること・使うことを考えるとやはり薄い磁器に惹かれる。
ただし大きな瓶や壷なら伊賀や丹波も好きだ。

さて、泉屋分館で10日まで中国陶磁の展覧会が開催されている。
地の利がいいというだけでなく、住友の美術館だというだけでひいきしたくなる。

主な展示は以下のとおり。
灰釉加彩官人俑 北魏 個人
重要美術品 三彩貼花文鳳首水注 唐 個人
青白地牡丹唐草文瓶 北宋 個人
青磁鳳凰唐草文枕 耀州窯 北宋 静嘉堂文庫美術館
青磁盤 汝官窯 北宋 個人
重要文化財 青磁輪花鉢 南宋官窯 南宋 東京国立博物館
釉裏紅牡丹文盤 明・洪武 松岡美術館
青花双魚文盤 明・永楽 大和文華館
青花龍濤文盤 明・宣徳(在銘) 個人
重要美術品 法花蓮池水禽文瓶 明 イセ文化基金
五彩魚藻文盤 明・嘉靖(在銘) 大阪市立東洋陶磁美術館
重要美術品 五彩龍鳳唐草文合子 明・万暦(在銘) 個人
五彩龍鳳文六角瓶 明・万暦(在銘)

個人の所有品はともかく、ほかは大体見せてもらっている。

わたしは中国陶磁より韓国陶磁、就中、高麗青磁と李朝白磁を愛している。
しかし今回の展示は主に明代の優品が多く、なかなか楽しいものだった。

灰釉加彩官人俑は女官像で、北魏のものらしいスマートさがあった。
わたしは北魏の白く細い造型がニガテで、唐代のそれの方が好ましいが、この女官は艶かしくそこにあった。
口許に不可思議な微笑を湛えている。
個人所蔵ということは、普段は誰か一人の手元に隠されているのだ。
蔵すことで、美は散じないのかもしれない。
夜半に一人この像と対峙する。…想像するだけで震えが来るようだ。
なんとも深い魅力がある像だった。

泉屋の陳列棚はやや低すぎて私には見づらいのだが、二つの展示室のうちの一つに、珠玉の掌品を集めている。
ここには画像を出しても実感の伴わない名品が揃っていた。
小さな可愛らしい器たち。

細部に神は寄りたもう。
日本人はミクロコスモスへの偏愛に生きている。
作られたのは中国だが、それらを偏愛したのは日本人なのだった。

私を招んだのは大和文華館所蔵の小さな壷だった。赤絵が胴に入り、口も広い。小さいくせにナマイキにも安定している。
なんと可愛らしいのか。
わたしも小さいものは大好きだ。特に掌で愛玩するようなものが大好きだ。
だから香合などにも愛着が深い。
大きなのサイズのものから見れば、これなどはグリコのおまけも同然だろうが、わたしはグリコなめながらオマケで熱心に遊ぶ子供だった。
こんな可愛いものを愛さずにはいられない。

イセ文化財団の法花蓮池水禽文瓶は、東洋陶磁美術館にも似たものがあるから兄弟なのかもしれない。この瑠璃色。好き嫌いを通り越して派手でいいなあ。
去年マカオに行ったとき、目についたのはこの瑠璃釉だった。
中国と南欧の文化を併せ持つマカオには、沈没船から引き上げられた中国の陶磁器がたくさん所蔵されている。

青磁鳳凰唐草文枕 耀州窯。陶器の枕は私も持っている。
邯鄲一炊の夢。中国の物語には好きなものが多い。
黍が炊き上がる(一炊)の間に見た転寝(一睡)の夢。

唐代の頃に作られたやや色の茶色い水差しと瓶がある。どちらも人物像を貼り付けている。笛を吹く楽人と布袋と。
二つの間に二世紀の時間の流れがある。技能は進化したかもしれないが、発想は変わらない。多分、好きなのだろう。

ポーラ美術館所蔵の白磁魚藻文碗は、見込みに魚を陰刻している。魚や藻の揺らぐ様が伝わってくる。
白磁だから白いのは当然だが、北宋の<白>はちょっと独特だと思う。白大理石を模したシーツ、とでも言うのが一番近い気がする。

水滸伝の時代、つまり北宋から金へ変わる頃に生まれた黒釉金彩蝶牡丹文碗は、剥がしたような黒で花を描いている。
これは北宋の文化の爛熟からの趣向ではなく、異民族の金の好みではないか、と思った。

東博からの青磁管耳瓶は貫入のすばらしさにときめいた。こんな貫入が見たいのだ。なんという美しさか。個人所蔵の同じような作品もまた貫入が見事だった。

個人の所有に帰したものの中には、思いもかけぬようなものがある。
米色青磁。こんな色、あるのか。驚いてしまった。

それにしても本当によいものを見せてもらった。数も丁度いい感じ。
胸がドキドキする。


わたしは唐代、北宋、明代のような漢民族による文化の爛熟期が大好きだ。
明日になれば異民族に侵略されてしまう。
言えばそんな時代だからこそ、すばらしい芸術品が世に顕れたのだ。
ひとつの時代の終わる前の豊饒な美…

それは世紀末なのだった。

予定と記録 12月

12月の予定と11月の記録と。
基本的に12月はなるべく蟄居するつもりでおるのですが、諸事情によりどうなるかわかりません。
・応挙と芦雪 後期 奈良県美術館
・屏風絵の美 大和文華館
・余白の美 松伯美術館
・ピカソとモディリアーニ 兵庫県美術館
・京の風雅 逸翁美術館
・日本の民俗芸能 池田文庫
・タイルとレンガ 大阪歴博
・大阪の美術 大阪市美術館
・内藤多仲 塔博士 INAXギャラリー
・樟徳館 見学
・オルセー美術館展 神戸市博物館
・徳岡神泉 松伯美術館
・大阪市近代美術館所蔵品 
・リサとガスパール原画展 阪急

例によってどこでどうなるのかさっぱりわかりません。
並べてみると、やっぱり12月はおとなしいなぁと感じます。
1月は色々予定ありますが…。禁断症状(笑)がコワイです。

素描する人々 ある日の関西洋画美術院

ちょうど先日浅井忠と関西美術院の展覧会を見たところだった。
浅井忠は先生として立派だったようで、基礎もしっかりしていたらしく、今日もこの研究所が存続しているのだからえらいものだと思う。
img547.jpg


ある日の、と副題がついているのも当然で、1906.11.25とか1908.5とか日にちのわかる素描が並んでいるのだ。
モデルはその時々によって代わっているらしい。
みんなマジメに素描する。
わたしは絵を描かないが、デッサンの一番の修行はヌードデッサンだということは知っている。だからか、大変数が多い。みんながんばれ。そう言いたくなった。

同一人物をモデルに描いているが、みんな微妙に違っているのが面白い。
それが個性の萌芽なのか、この人のは少し男前とか、この人のは平べったいとか。
そうした感想が湧いてくる。
ただしそれを書き連ねることに意味はない。

田中志奈子という人がいた。
唯一の女生徒。臆せず、のびのび描いているように思った。ところがこの人も家庭に入って絵筆を折った。
京都ではそういうことがままある。
大阪の場合、いとさん・こいさんが絵を習い、そのまま家庭の人になっても続ける人が案外多く、日本画ではあるが、大勢女流画家もいたのだが。
また、阪神間も大正までは大阪中心部の人間の移住地だったため、文化的意識はそうそう変わりがなかった。こちらは洋画がメインなのだが。

ところで目黒ではこうした渋いデッサン展がよく開催されてきた。
三年前には『身体と出会うとき』というデッサン展もあった。
6月には伊東深水のデッサン展もあり、多くのお客さんを集めていた。
言えば地味で渋い展覧会なのだが、何も華やかなのがすばらしいのではない。
こうした企画をたてること、それ自体に意義が深いと思う。
どちらかといえば苦手な美術館なのだが、内容はよかったと思う。

浮世絵 名所と版元

数ヶ月前チラシを手に入れた。浮世絵である。
場所は三田図書館内の郷土資料館。
img546.jpg


国立劇場も後援しているようだから、これはかなり凄いのではと思った。
11/23-11/26までわたしは首都圏と信州を徘徊した。
25の午後には軽井沢で待ち合わせなので、その日の一番に資料館に入った。
一番乗りなので大変贅沢に、数々の浮世絵を堪能した。
名所と版元と副題がつくように、名所を描いたものが多かったが、わたし好みの芝居絵や草双紙の表紙などが出ていた。

子供の頃、父が広重ファンだったので東海道五十三次などの大判の本はあったが、わたしが最初に自分から好きになったのは國貞である。しかも五渡亭の頃の國貞が一番いい。
その後國芳に熱狂したから國貞にはちょっと距離が生まれたとはいえ、芝居関係の作品なら、やっぱり國貞が最高だと思う。

その國貞ゑがく(鏡花の小説のようだ)児雷也譚の表紙絵が並んでいた。
二冊で一枚の絵になるような仕掛けがされている。
こういうのが楽しい。
児雷也は多分八世団十郎だろう。オトコマエだし。
蝦蟇の妖術使い・蛇の妖術使い・蛞蝓の、と三すくみの関係があったはずだ。
その蛞蝓の上に立つのが繊細な美貌の主で、これは坂東しうかかもしれない。
キッチリ調べればよいが今その時間がない。
芸術性云々より、浮世絵はまず楽しむことが一番だと思うので、この展覧会でわたしが好むのは、こうした作品が多い。

名所と物語の関係といえば、まず第一に泉岳寺だと思う。
そろそろ義士祭の日も近づいてきたし、タイムリーでもある。
実録物は映画や真山青果の『元禄忠臣蔵』があるが、錦絵に描かれるのはほぼ間違いなく歌舞伎の舞台に上がる忠臣蔵である。
その中でも一番気に入ったのは、一軒のお屋敷の部屋や庭全てを十二段の各シーンにまとめた一枚物である。img540.jpg

クリックしてください。
こういうのが一番楽しい。つまり双六やビラと同類なのだが、それが一番そそられる。
わたしは多分、現代人の<目>で浮世絵を見ていない。
描かれた当時に生きる人の<目>で浮世絵を見ているのだ。
だからこんなにドキドキする。
img541.jpg


最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア