美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

2月の予定とか

2月の予定と1月の記録です。

日本画の風情 西宮大谷記念美術館
芦屋仏教会館見学
ピカソとモディリアーニの時代 大丸梅田
館蔵日本画 奈良県立美術館
茶の湯と美術 大和文華館
徳岡神泉 松伯美術館
須田剋太 東大阪市民美術センター
大阪コレクションズ・夢の美術館 国際美術館
大阪コレクションズ・佐伯祐三とパリの夢 大阪市立近代美術館(仮)
ピカソ版画と陶芸 国際美術館
長浜探訪(盆梅展とか色々)
丹波篠山探訪
倉敷から岡山

わりと静かな日々ですね。←うそをつくな。
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使う人が満足ならそれでいいのだ

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フンデルトヴァッサーの設計した大阪環境局舞洲工場を見学した。
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この建物の完成への道のりについてはここでは語らないが、とにかく破綻寸前の大阪市が非難されるネタの一つに論われているのは、確かだ。
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しかし、今回フンデルトヴァッサーへの意識が変わった。

案内をしてくれたこちらの職員さんらが、とてもジマンに思われているらしいのだ。装置や設備といったものだけでなく、この建物自体をとてもジマンに思われていて、ここで働くのが誇りだという意識が見て取れた。
それはとても大切なことだと思う。
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税金の無駄遣いだと非難され続けている建物が、実際に使う人々から支持されているのだ。

使う側が喜ぶなら、それでいいのだ。P1186.jpg

作り手が自己満足しているだけの建造物に価値はないが。

見上げると未使用の塔がある。P1188.jpg

何のためかはよくわからないが、ここで働く人々の目印であれば、立派な仕事をしているということになる。

中では色々な体験コーナーもあり、啓蒙コーナーもあり、なかなか興味が惹かれる作りになっていた。

タチコマではない。P1178.jpg

働く機械。P1179.jpg


そういえば幼児は<働く車>が好きだ。だからこないだニ歳の甥っ子にわたしはゴミ収集車のおもちゃをあげた。
今度は消防署に連れて行って赤い働く車を見せてやろう。

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見るうちに和やかな気持ちになってきた。
最初はパチンコ屋か、ホテルのように思えたのだが。
しかしこうして眺めると、やはりウィーンの匂いがする。
世紀末的な。P1191.jpg


彼のほかの作品の模型やパネルがあった。
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職員さんはよく勉強されていて、色々なお話をしてくれた。
とても嬉しそうだった。

わたしはそのことから、この建物を支持することにした。


綺麗なモザイク。P1192.jpg

彼の思想が突飛ではないことを感じたのは、モザイクや色の配置が世紀末ウィーンを思い起こさせたからかもしれない。
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自分から来ることはまずないので、この機会を逃すことがなくてよかったような気がした。
そして職員の皆さんがこれからも健康で機嫌よく働かれることを、祈った。


梅花馥郁

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森田りえこ『初春』

梅花馥郁。
一月も末になり、梅のたよりも聞こえてくるだろう。
丁度難波の高島屋で『平成 梅花の宴』展も見たことだし、それも織り交ぜて、わたしの好きな梅花を描いた作品をここに集めようと思う。

梅は古来より中国で愛された花だった。桜に先んじて咲くことから花兄とも称される。
唐風の文化が尊ばれた白鳳から奈良時代では、梅が花見のハナだった。
平安時代が舞台の『菅原伝授手習鑑』に現れる三つ子梅王丸・松王丸・桜丸は、松王に子があるから長けて見えるが、実は<長男>は梅王なのである。
長男だから彼は父・白太夫の後を継いで菅公の牛飼いに就職したのだ。松王は次男だから、時平に雇われたのだ。なにも菅公と時平公とが政敵になるのを見越していたわけではない。
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江戸時代に描かれた梅の絵で、今日最も人々の意識に深く刻まれているのが、光琳の紅白梅屏風だろう。
毎年梅の時期に公開されて、熱海のMOA美術館を訪れる人も少なくない。

近年評価の高い若冲にも梅の絵がある。
こちらは『月夜白梅図』。img697.jpg

満月に白梅の芳しい香が漂ってくるようだ。

白梅香と言えば、池波正太郎『鬼平犯科帳』に『暗剣白梅香』という一作もある。江戸時代のオーデコロンのようなもの、それが作品に深い奥行きをもたらす。
静かな夜には感覚も鋭くなるものがいる。
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『春の夜』小茂田青樹。猫が雀を咥えて歩くのを見るのは、紅梅にとまるミミズクだけ。匂いがこちらにまで漂ってくるようだ。
猫と梅は他にもある。春草は案外ねこの絵が多い。
白梅の下で眠そうな猫。img698.jpg

梅の香は夜にふさわしいらしい。大観の夜の梅を集める。
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どれも同じように見えて、そのくせ違う。秘めやかな愉しみが生まれてくるような大観の夜梅たち。
夜の梅、と言えば羊羹の名前でもある。
鶴屋八幡、駿河屋、虎屋、名のある和菓子屋さんでは<夜の梅>は今も人気なのだろう。
わたしは羊羹はニガテだが、妹のお姑さまは夜の梅が一番お好きらしい。スィーツは敵だと見做すうちの母に訊かれたので、夜の梅の説明をしたが・・・。
そういえば、どおくまんのコミックにも、ひたむきに働いてきたおばあさんが夜の梅を思い出して涙を流す話があった。

案外青邨も梅を多く描いている。意図的に集めたわけではないのだが、こうして眺めると、青邨の梅は全て紅白梅で、枝ぶりはある種の法則に則っているように見える。言えば花はリアリズム、枝・幹は様式的なのだった。
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しかし梅と言えば安田靭彦のそれが一番最初に思い出されるべきなのに、随分遅れた。
別々の絵なのに、まるでロングとアップのような関係に見える。
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ここにはあげないが、謡曲『弱法師』の俊徳丸も盲目の身で流浪する間に梅の香りに心を和ませている。
東博に観山の名作がある。梅はささやかな幸せをも齎すのだった。
それにしても梅の絵は多い。印象的な作品が多いせいもある。
そして画家それぞれの個性がよくにじんでいる。自分で集めておいて初めて知った気がする。
他にも御舟、華楊、松篁、蓬春らの梅が絹布の上で咲き香っているが、それはまた今度の楽しみにおいて置こう。
今まで植わっている梅ばかり集めたが、切花の梅を一枝こちらに示そう。
小倉遊亀『紅梅白壷』img710.jpg

最初にこの絵を見たときの衝撃は大きかった。
梅に惹かれたと言うより、この白磁の壷にときめいたのだ。
たぶんこの壷を触ると、掌にじっ と潤い湿るような感覚があるはずだ。冷たさより、じっとりした湿潤に気づき、いつまでも触り続けていたくなる。そんな欲望に駆られる壷だと思うのだ。
白磁の肌にときめく心を紅梅が笑みを含んで見下ろす。
そんな絵だといつも感じている。

最後に再び江戸時代の作品から。
広重の亀戸梅屋敷。img621.jpg

世界中に広まった名所名画。久しぶりに梅を見に行きたくなってきた。

呉春『白梅図屏風』img714.jpg

静かな美に満たされていると思う。

中村芳中の白梅に小禽。img709.jpg

これは松篁の描いた鳥のご先祖かもしれない。
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高島屋での展覧会チラシも出しておこう。巡回先は知らない。
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クリックしてください。
なかなかよい絵が並ぶ他に、現役の華道の家元さんらによる挿花がある。
とても見事だった。

そして近々、梅の化身の美女たちのお出ましを用意しようと思っている。
梅の馥郁たる香が届けばよいと思いながら・・・

モローの中でも好きなモロー

千露さんがモローの絵画からベスト5を選んでおられたので、ときめいて苦しくなりました。
わたしもモローの中でも特に好きな作品を挙げてみよう。
そうすれば<苦しい>から<嬉しい>になる気がする。
(ただし順位はその日によって順不同になるので、知った順での並べ方です)

『雅歌』 img693-1.jpg

大原美術館所蔵の名品。これは高校生の頃、高野山系の学校の友人からお土産にもらった絵葉書。彼女は高野山の売店でこの絵を見て、咄嗟にわたしが喜びそうと見極めたらしい。
うん、まさにその通り♪。
男とも女ともつかぬ魅力に今もときめいたまま。
でもいまだに高野山に行ってないので、どうしてこの絵が売店にあったのかもわからないし、今もあるのかどうかは不明。

『化粧』 img693-2.jpg

ブリヂストン美術館所蔵。最初にブリヂストンに行った日に買った絵葉書。今もやっぱりみつめているとどきどきする。
この辺りからモローの作品集を集め始めている。

『出現』 img693.jpg

サロメに熱狂していた時期に出会った。それまでサロメと言えばビアズリーの白と黒の退廃的な作品しか知らなかったので、この耽美的な作品に出会って、意識が激しく変わった。
いろんなバージョンを見たけれど、これが一番よいと思う・・・

『インド(アラブ)の歌い手』 img693-3.jpg

ターバン巻いているからインド人だと認識するけれど、日本人のイメージのインド人ではなく、フランス人から見た不可解なオリエントとしてのインドの歌い手もしくはアラブの吟遊詩人・・・視線をそちらに合わせるとわたしまでインドにいる気分になる。

『聖なる象』 img694.jpg

象に乗りたい、と時々思っている。タイに行って象。
この象は王の象。戦争にもいくような象。そのくせ蓮の葉に乗って極楽にも届けてくれる気がする。仏教の象ではなく、異教徒の象。


モローの描く作品にはエキゾチックな匂いが漂っている・・・
その芳香を全身に纏いつかせたいと思っている。

日曜美術館の30年を楽しむ

NHKの人気長寿番組『日曜美術館』で紹介された名作の展覧会を京都で見た。
東京藝大美術館を皮切りに全国に巡回するが、6つの会場ではそれぞれ出品されるもの・不出品と分かれていて、リストを見ては「あっ残念!」なのも多かった。その分他地域のファンも「あっ残念!」だから、どこもみんな同じなのだった。

展覧会は今現在の日曜美術館のスタイルを再現するのではなく、この30年に培われた様相での展示になっている。
つまり、ある作家の<これ>という一点を文学者・有識者が語るという形式で、作品そのものと<紹介者>=またはファン代表と言ってもいい のエッセーなども楽しめる構造になっている。
会場ではその映像が何台ものVTRで流れ続け、展示品のそばにその言葉などがパネル展示されている。

今回友人ら三人で回ったのと、最終日前日だったからというので、メモも何も取れなかった。
考えれば朝から5つ目の展覧会なのだ。前四つは一人でいたからぐだぐだ考えて歩けたが、こちらはそうはゆかない。
どの作家がどの作品を語っていたか、それが殆どわからなくなっている。
覚えているのは司馬遼太郎が八木一夫を語っていることと、やっぱりルドンと言えば武満だなということばかりである。
あと画面に今東光が出ているのを見て「なつかしー!」と思ったくらいで、咄嗟に思い出せるのはここまでだった。
あ、佐伯を荻須が語っているのを読んで「納得!!!」してもいた。

富士と桜 山種から

えき美術館で山種美術館から精選した『富士と桜』展を見た。
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チラシを見ると富士は大観、桜は菊地契月。
この契月の絵は先日『契月名品複製頒布』のチラシにも使われていた。
綺麗な若衆である。
契月は少女も臈たけた女人もよいが、実は少年が一番良いと思う。
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クリックしてください。

さて富士と桜。
多くの日本人の心の拠り所。
富士20点桜24点という、見て回るのに丁度良い展示数だった。

わたしは近代日本画が好きで、殊に好きなのは美人画だが、花鳥風月も見る。しかし富士はわたしの中で順位が高くはない。それは関西人だからかもしれない。
わたしにとって山と言えば六甲山脈、生駒山系、登るなら箕面・五月山・信貴山・笠置くらいなのだ。
富士を見るのは空の上から、または大変な好天のときに都内から、横浜以西から、くらいしかない。
あとは絵の中ばかりだ。
富士でもう一つ思い出した。武田泰淳『富士』である。
泰淳最後の大作。
『富士』『森と湖の祭り』『ひかりごけ』は何度読んだかわからないくらいだが、いつ読んでもはまり込んでしまう。
その『富士』の中で面白い情景がある。
富士の山裾にある精神病院で患者たちはそれぞれ富士をモチーフにした作品を作る。作るが色々な表現がある。富士のない『富士』もある。目の前の富士を描かないのだ。
「そこには富士はなかった」
・・・わたしは富士山の絵に囲まれた空間で、何を見ているのだろうか。
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大観の富士、古径の富士、関雪の富士、玉堂の富士。
金子みすずではないが「みんな違ってみんないい」。
どうもわたしは去年の二月に見た横山操のジェラートアイスのような富士が忘れられない。『清雪富士』あの富士山がもう一度みたい。
結局それがわたしの目をそちらに向かせないのかもしれない。
ところで今、わたしの部屋のカレンダーは片岡球子の富士山シリーズだ。激しくハデハデで楽しくなる絵なのだ。

コーナーの最後に川崎春彦『富士』があった。
巨大な日本画。真っ青な絵。胡粉が煌いて、富士は堂々とそこにあった。

桜。
わたしは桜が好きだが、ソメイヨシノより山桜、里桜などが好きだ。
しかし絵になるとその区別なく、桜はいいと思う。

守屋多々志『聴花』 式子内親王を描いている。栄華のあと、若くして世をも捨てた高貴の女人。
守屋の歴史画は、描かれた人の心の流れがこちらに伝わるように思う。感情があるのだと知る。そんな作品。
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森田曠平『百萬』 能楽からの作。狂女の子探し。『隅田川』では子は木母寺に埋められていたが、ここでは母と子の再会が果たされる。
この百萬だけでなく歌舞伎の『良弁』などもそうだ。嵯峨野の釈迦堂で再会する母子。あまりのいたわしさに神仏が慈悲を施すのだった。
秋元松代の戯曲『元禄港歌』のクライマックスで、主人公は百萬を演じる最中に惨劇に遭う。光を失くした彼は常民から流浪の芸能民に移る。そこでなら本当の母もいれば、妻もいる。
演じた能と彼の生涯とが同じ線をたどっていた。

物語ばかりを選んでいる。純然たる桜の絵について書こう。

川崎小虎の桜には雀がいた。うっとりと雀が並ぶ。桜の香りに酔っているかのように見えた。

石田武の桜はどこの桜なのだろう。特定の場所の桜ではなく、石田の意識に広がる美を<さくら>という形で表に出した、そんな気がする。

稗田一穂の桜にときめいた。
何度も見ているがその度にときめく。この絵を見るわたしは少し口を開いている。桜を取り巻く闇を欲しがって。
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桜の時期には少し早かったが、富士と桜を楽しませてもらった。

京都御所の障壁画

岡崎公園から京都国立博物館まで行くバスを待つ。
さっきまで京都市美術館で『春を待つ』を楽しんだが、バスを待つのは楽しくない。乗り継いでもいいが、待つ。
直通バスが楽でいい。そのバスの名は<洛>号、100番系統。

特別展『京都御所の障壁画』。img680.jpg

特別も特別、こういう展覧会が開催されるのは史上初らしい。
先週日曜美術館で紹介されたのもあって、にぎやかだ。
京都御所は年二回公開されるが、今回の展示されている障壁画は見せないものだったそうだ。
サイトによると、
現在の京都御所の御殿は1855年(安政2年)に造営され、内部の障壁画は、当時のわが国絵画界を担っていた精鋭の絵師達が総動員されて描かれました。それは、いわば19世紀の京都画壇のタイムカプセルともいえる貴重なもので、当時の画壇の全容を如実に物語っています。だそうです。
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御常御殿と御学問所からの出展。
御常御殿からは、上段の間・中段の間・下段の間・剣璽の間・御小座敷上の間・御小座敷下の間・御寝の間・・・などと名のある間の襖が出ている。
それぞれ絵師も違うし、内容も異なる。
狩野に土佐に円山に鶴沢に岸に・・・とにかく京都画壇総出演だと思えばいい。
小下図も出ているが、こちらがまたすばらしい。正直言うと、本絵よりこちらの方が良いと思うものがいくつかある。丁寧でとても綺麗だった。
自然というか花鳥風月を描いたものが多い一方、御所ということを配慮して、中国の聖賢の逸話や詩に材を取ったものなども多い。

チラシになった狩野永岳『桐竹鳳凰図』 二羽の鳳凰がいるが、先日の番組でも解説されていたとおり、高価な群青色を惜しみなく使っている。
白地に群青を乗せた方は惜しくも色落ちし、もう一羽は鮮やかなまま残されている。飛ぶ鳥に色が残り、たたずむ鳥の胸が白いのだ。
そのたたずむ鳥の顔に「おや」と思った。
けっこう高慢な目をしている。これはTVではわからないことだった。

鶴沢探真『大禹戒酒防微図』 中国の聖王で土木というか治水のカミサマ禹王が、献上の酒があまりに美味なので、これはいかんと却って禁止したという話。禹王と戦って、こてんぱんにやられた果てに変身したのが、我が愛しき饕餮君なのだ。
鶴沢派の展覧会は十年ほど前に京大博物館で開催されている。

座田重就『高宗夢賚良弼図』 なにも帝一人で政治が動くのが良いわけではない。エエ宰相がいれば落ち目の国も復活するさ、というので帝の夢に現れた人の似顔絵を持って、みんなが探している図。
で、その国というのは殷だというから、途中で持ち直しても最後はモノスゴイ破滅が来るのだった・・・

不思議なのが寝室の襖絵。虎です、虎。虎よ、虎。
土佐光文『竹ニ虎図』 三匹の虎。阪神タイガースの誕生はまだこの80年後のはずだが・・・水飲み虎が可愛い!毛並みが可愛い。
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わたしなら喜ぶけど、フツーは寝室に虎の絵は描かないらしい。

狩野永岳『奈良八景図』 近江八景ではなく奈良だというのが、京都の前は奈良が都だったことを思い出させる。

中島華陽『常盤木ニ猿図』 常緑樹=松。そこに猿がいる。数えたら五匹いた。

岸連山『谷川ニ熊図』 岸派は動物を多く描いた。その絵の血脈は山口華楊まで続いている。’92に京都でそんな展覧会があった。

住吉弘貫『朝賀図』 これまでいろんな朝賀図を見てきた。主に茶道資料館で見たから、陽明文庫あたりからの出展だと思う。
マンガの『陰陽師』を思い出した。しかし不思議なのは幡の柄。カラスが描かれているが、普通のカラスみたい。三本足のヤタガラスではないのだった。

御学問所の襖に移る。
岸岱『蘭亭ノ図』 川に杯流して歌を詠むのは多いけれど、ここではその杯のセッティングをする童子らも描かれていた。みんなイキイキしている。
たくさんたくさん流してましたわ。

狩野永岳『十八学士登瀛州図』 バルコニーに持たれておしゃべりしたり、けっこう楽しそうな侍童たち。
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原在照『岳陽楼図』 洞庭湖のほとりにある望楼。杜甫などが詩を残しているが、これもリゾート気分なのだろうな・・・
杉浦茂の『マンガ聊斎志異』にもあった。この窓から鶴に化身して湖を眺め、それを絵にする話。

岸連山『芦ニ雁図』 雁がたくさんいる。みんな歩く・立っている。
視線は低くなる。これは御所のものだと当然わかっているが、水上勉『雁の寺』の映画を思い出す。監督・川島雄三の視線は興味深いものだった。

杉戸絵に移る。杉戸絵では門跡寺院・宝鏡寺の蘭陵王やわんころたちが好きだ。

山田龍淵『王質囲碁図』 山中で仙人の打つ碁に見とれるうち、気づけば手にした斧の柄が腐り落ちていたという話から。囲碁が燗柯とも呼ばれるエピソードを描いている。
浦島太郎、リップ・バン・ウィンクル、王質・・・

吉田公均『春夏花車図』 豪華な花車だった。花が零れ落ちそうになっていた。明るくていい。車輪も漆の綺麗な塗りだと感じる。しかし実際にはこういう花車というのは、存在するのだろうか。

近藤梁渓『雪中小鳥図』 二枚のうち、こちらが可愛くて仕方なかった。
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先日、襖を外すところからドキュメント番組で見たが、帝のごはんも猫またぎなひどいものだったというのに、御所そのものはキンキラキンに飾られたのだと思うと、ちょっと考えてしまう。
公家も副業やっても、カツカツだったそうだが。
(だから田舎わたらいをして、地方に蹴鞠の出教授をしたのだ)
儀礼というのは大変だ。
京都と大阪は隣同士だが、全く人種・思想が違うのは仕方ないことなのだ。
・・・とりあえず裏事情は一切考えず、並ぶものを堪能した。
(『王城の護衛者』での松平候からのシャケの話とか、『竜馬暗殺』での岩倉具視の副業シーンなどがアタマの中を駆け巡っている)

「春を待つ」楽しみ

京都市美術館コレクション展『春を待つ』を見る。
以前は膨大な所蔵品を死蔵するだけだった京都市美術館も、この数年素敵なコンセプトでそれらを展示するようになった。
無論もとの作品が名品なのは言うまでもないが、その編集方法が巧みなので心を動かされ、観客は足を運ぶのだ。
それは大倉集古館も同じだと思う。
あそこも十年以前は名品が多い割りにイマイチ展覧会が下手だと思っていたが、最近は人気美術館になっている。

さて『春を待つ』。
春ほどその到来を待たれる季節はないだろう。
『冬来たりなば春遠からじ』と昔から言われるように、日本人の感性は『春を待つ』ように出来上がっている。
立原正秋の名作『冬の旅』のラストシーンでは、主人公は春に来る鳥たちが遅れているのを気にしていた。彼は不慮の死を遂げるが、その意識が失われつつある中、春の鳥たちが訪れるのを喜ぶのだ。

京都は寒い。底冷えする。カイロを持たないわたしはアホだと思う。
帝冠様式の建物の中で寒いなーと思いつつ見て歩くのも、考えれば実感として『春を待つ』気分になって、丁度よいのかもしれない。

入るとすぐに木島桜谷『寒月』がある。
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白い林。雪で白く埋もれている。木々は月光が雪に反射するためか、セピアがかった焦げ茶色に見える。
ずっと向こうに目つきの鋭い狐がいた。
寒月。言葉と実感の伴う絵画だと思う。

川村曼舟『霧氷』
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冬で冬眠していないといけないのに起きている。70年前も山に食べ物がなくなっていたのだろうか。
今、全国の小学生がどんぐりを拾って、それを山の熊さんたちに贈る運動をしているそうだ。がんばれ小学生、殺されるな、熊。

池田遙邨『囁』 雪に埋もれた石仏がある。目鼻はとろけることもなく、にっこり笑った顔が残されている。
少し離れて狸がいるが、狸は石仏に囁きかけているのかもしれない。
遙邨の描く動物たちはみんな寂しく・みんなトボケている。
孤独ではない寂しさ。
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山口華楊『霽』サイ・セイ・ハれる、と読める。英語訳のタイトルがある。
Fine Weather after the snow
雪の後の晴天ということか。しかしその晴天は見えず、そこには九羽のカラスがいるだけなのだ。声もないままに。

岸 連山『群雀図』 雪にまみれた竹の間に雀たちが群れている。こちらは先ほどのカラスと大違いで見るからににぎやか。捕まったら伏見のねざめ屋でヤキトリだな。

雪に鹿という画が多い。
わたしは鹿と言えば奈良公園の奴らシカ知らないので、雪の中におるのは絵でシカ見ていない。
父と子が歩く姿、連れ立って走る、とどまる、角突き合わせて闘う、ぽつんといる・・・そんな鹿たちを何人もの画家が描いていた。

宇多荻邨『清水寺』 雪が積もり大屋根が白くなっている。そこからなら京都市街も白く見えるだろう。
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陶芸家の清水卯一はモコモコな田舎饅頭のような仕事もした。<雪>と壷の腹に書かれているが、その周囲は雪のモコモコさを表すように、やはりモコモコなのだった。

矢野判三『暁に立つ』 スキーヤーの像。わたしはスキーがだめだ。
妹はニセコヒラフでインストラクターもしてたくらいだが、わたしはだめだ。
雪中行軍について色々ハナシもあるが、それはまた後日に。
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中村鵬生『手織錦冬牡丹壁掛』 カラー図版がないのが残念なくらい、カラフルで綺麗な作品。牡丹を雪から守る菰掛けの左上には、赤い椿が咲いている。それが可愛らしい。どんな室内に掛けるのがよいかは判断がつかないが、とても可愛い。
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京都市美術館の自慢の名品に上村松園『人生の花』がある。
明治風俗の花嫁。この別バージョンも今ではここに収蔵されている。

上田道三『水路』 戦前のある日、こんなのんびりした日があったのだ。水路に釣り糸を下げる人、タンポポの咲く土手で遊ぶ子供たち、ずーーっと向こうまで並んで続く電信柱。
ちょっとシュールにすら見える光景だった。

堂本元次『帰りを待つ子』 二人の少年がビー玉で遊んでいる。向こうに何か作業船も見える。父親の帰りを待つようにも見えるが、あの船が気にかかった。二人はもしや、母親があの船から出てくるのを待っているのではないか。帰りを待たれているのは親ではなく・・・。『泥の河』を想った。

昭和9年の神戸港の姿を西山英雄は描いている。
この頃の神戸は活気に満ち溢れていたろうと思う。税関への印がいい。
でも微妙に怪しい空気も漂っている。

待つは待つでも、完成を『待つ』こともある。
松の木ばかりが松じゃなし あなた待つのもマツのうち・・・
俗曲にあるとおりだ。
こちらにあるのは、焼成を待たれた作品たち。

楠部彌弌『釉裏紅魚文花瓶』 白磁の瓶の首付近に何か紅色の長いものが、と思ったら魚だった。それが静かに泳いでいる。回遊しているのかもしれない。きれいな瓶だった。
わたしは楠部彌弌が好きなので、その作を見るだけで嬉しくなる。
『青磁竜巻花瓶』 竜巻、と字で書けば自然災害かと思うが、違った。文字通り<竜巻>そう、竜が花瓶に巻き付いている。
やいちーやいちー、と思わず名を呼んでしまう楽しさがある。
『紅白梅彩埏香炉』 以前から好きな一品だ。
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わたしは近代陶芸家では板谷波山より楠部彌弌のファンなのだ。
この美術館のすぐそばに彼の工房址の石碑が立っている。

二世宮川東山『青磁葡萄唐草鉢』 その葡萄と唐草のアラベスクを見ると、旧乾邸の装飾を思い出す。建築の装飾に欲しいような気がする。

清水の近藤悠三の、彼らしい作品がいくつかある。
『梅金彩壷』 金を施した地に紅梅がポコポコ咲いている。
『梅染付金彩壷』これが一番近藤のパブリックイメージの作品。
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久しぶりに近藤悠三記念館に行きたくなってきた。そして順正のゆどうふをいただこう。武田五一の建てた見事な建物の中で。

昭和初期、竹内栖鳳と楽吉左衛門がコラボレートした碗が二つ出ていた。
白椿。しかしこの椿は見ようによっては魚にも見える不思議な絵柄だった。また、赤楽に白梅。これは可愛くて手重りもよさそうだった。
わたしは陶器より磁器が好きだが、楽で言えばノンコウが一番好きだ。
口が薄くないといやだ。

次のコレクション展は何か知らない。
大掛かりなエルミタージュ展が開催されるのを<待って>いる。

揺らぐ近代

ギョッとする近代、だと思い込んでいた。
本当のタイトルは『揺らぐ近代』日本画と洋画のはざまに。
既に東京で開催されたものの巡回。交代のように都路華香の展覧会が東京で開催されている。
この日わたしは朝から京都にいて、まずこの展覧会を近代美で、向かいの市美術館で『春を待つ』、七条の京博で『御所の障壁画』、えきで山種からの『富士と桜』、文化博物館で『日曜美術館の30年』を見て回ったのだ。
それで一日見て回った後に気づいたのが、『揺らぐ近代』と『日曜美術館』が意外とつながっていることだった。
一緒に感想を書いても差し障りないかもしれないが、状況が異なるのでやはりやめよう。
混乱する可能性もある。なぜか?
・・・狩野芳崖の『悲母観音』の本絵が『揺らぐ』に、下絵が『日曜』に出ていたからかもしれない。
一日で同じ作品の完全版と下絵が見れたのはラッキーだったが。

朝日新聞友の会カードで団体割引になり、機嫌よく近代美術館に入った。
京都のチラシと東京のチラシ。
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東京展の方がキワモノぽくて惹かれるが、京都のこの絵もバイオリンと尺八の合奏と言うことを考えれば、展覧会の<本質>を深く表しているように思う。
・・・ということを書いてから、美術館のサイトをのぞくとこうある。
当館では、この展覧会を告知するポスターに、迷うことなく彭城貞徳(さかきていとく)の《和洋合奏之図》(1906年頃、長崎県美術館蔵)の作品を選びました。正装のいでたちでヴァイオリンを弾く女性、そして尺八をふく男性を描いたこの作品には、音楽の世界における「洋楽と邦楽」のコラボレーションが示され、それはまさに「日本画」と「洋画」の交流とも響きあっているでしょう。そして、ヴァイオリンと尺八による耳にしたこともないような合奏を、演奏者にはさまれて、何とも形容しがたい表情でじっと耐えるように聞いている「はざまちゃん」と思わず名づけたくなるような女の子こそ、この展覧会のシンボルといって過言ではありません。
さらに、いわばこうした「日本画と洋画」との異種混合こそ、わが国近代美術の表現様相を端的に示すものであり、その背後には、日本絵画の「形式(かたち)」を成り立たせる「要因」が潜んでいることも見逃せないでしょう。その「要因」とは、日本の伝統的な建築様式を指し、縦長の掛け軸が、そもそも畳敷きの座敷の床の間を飾るものであり、屏風が日本家屋の間仕切りの役目を果たし、「絵馬」もまた見上げるように掲げたりといったことと深く結びついているのです。そして、現代ではすっかり見慣れた「額装された日本画」というスタイルの誕生も、日本画が日本家屋から離れ、洋画と同じように、美術館での展覧会という発表形式や、オフィスなどの空間に飾られることを、はじめから前提としているからにほかなりません。
こうした事柄も理解していただけるように、今回の展覧会では、畳や板敷きの展示空間にも作品を陳列し、和洋折衷のわが国生活文化の「揺らぐ近代」の様相にも思いをはせていただけるような趣向をこらしています。

どうやら美術館の<狙い>に直撃していたようだ。エエお客さんだなぁ、わたし。

ちょっと長い感想なのでこの後へ。

悠久の美

東博で開催中の古代中国の文物を集めた『悠久の美』に出かけた。
慧眼の士のお供なので、おとなしく見学しようと思ったのも束の間、なんかわたし普段よりペラペラ喋ってるやないですか。
中国青銅器は元々大好きなので「おおっこやつ来てたんか」とばかりに見て回ったのですが、ついついお口が勝手にペラペラ動きましたわー。
全然知らないお客さんともなんだかんだと話し合ったりしてね。
実に楽しい展覧会でした。

夏・商・周と来て春秋戦国時代へつながる古代中国史。
商は一昔前まで殷と称されていた王朝。
十年位前に申し入れがあって商と呼び習わすようになったのだけど、わたしの意識には殷と刻まれてるからツライなーという感じ。
その時代から青銅器の凄いのがあるわけです。
ところでわたしが最初に殷周に関心を持ったのは小学生の頃、わたなべまさこのコミック『白狐あやかしの伝説』を読んでから。
『封神演義』でもお馴染みの金毛九尾の狐が女に化身して天竺マカダ国の斑足太子を皮切りに、殷の紂王、本朝の鳥羽帝をたぶらかし、国を滅ぼそうとする連作シリーズで、すごく心に残っている。
この狐の話はまたおくとして、その殷の青銅器にハマッたのだ。
それはやはり諸星大二郎のおかげだと思う。
『孔子暗黒伝』ここから饕餮への偏愛が生まれたのだよ。

わたしは自分のPCに饕餮を辞書登録してるけど、他のPCではどう見えるのかわからない。だからこの記事で文字化けしてたら、それがトウテツだと思おう。←アバウトやなー。
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クリックするととんでもない顔とか出てくるのでした。
展覧会の会場にはこういうのがある。
斧鉞の鉞(えつ)。首切り用の鉞ですね、訓読みだとマサカリ(村田兆治か)。
「コンニチハ?」な顔がついている。ええセンスです。
こいつ。変にかわいいけど、こわい系。

それから何年前か三星堆から出土した出目な仮面。
出目と仮面と書けば、能面の出目家を思い出すけど、全然無関係。
本当に出目。裏から見たら金槌かなんぞでコンコンコーンッと打ってますね。ちょっと口元が中村敦夫風。
これは高島屋の展覧会に来ていた。

饕餮もセミも犠首も雷文も、楽しいのは殷まで。周から段々とシケてくる。カミサマとマツリゴトが分離し始めた証拠ですな。政教分離。

ところで古代のモダニズム発見。
彩陶罐(さいとうかん)。アールデコのイブニングドレスにこんなのがあったな。
でもこれは紀元前3000年前頃の遺物。キーボードで<あわわわ>と打ち変換すると3000になるけど、なんだか実感があるなぁ。
中国四千年の歴史、とか言うけど既にこんな時代にここまで洗練されていたのだし、享楽も恐怖も殷代に既に極限のものを味わっているのだから、今の世の中はある意味残滓みたいなものかもしれない・・・

河南省の殷墟にある婦好さんという人のお墓から色んな明器が出てきた。(冥土に行くけど明器なのだ)どう見てもゼンマイついてるようなヒトガタとかフクロウ型の尊とか色々。
どういう人だったのかは知らないが、発掘されなければ未来永劫そのままでいられたのかもしれない。

龍虎尊。ヒト、噛まれてます。これは安徽省から出土してるけど、泉屋博古館にある虎が人を噛む青銅器とはまた全然違っている。

作冊般げん げんの字が出ないけど要はカメです。いやむしろ鼈かもしれない。しかも矢に射抜かれている。緑青吹いててミドリガメみたい。


時代は下がって春秋戦国。
大尊缶 その名のとおり、めちゃくちゃ巨大な・・・これはなんと言うべきなのか要するに入れ物だけど、なんと300kgくらいの容量があるそうだ。
こわいわ。それでその外の柄がへんに可愛い。犬のコリコリというのか、ペットフードの行列みたいに見える。

玉璜(ぎょくこう)。これは装身具みたい。ところでこのタイトルを見ると『玉璜伝』という小説を思い出す。なのに作者が井上靖か武田泰淳かわからないのだ。思い出せない。
皮肉な物語だったが・・・

追記:武田泰淳でした。

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いよいよ秦や前漢に来た。
そりゃ秦の始皇帝といえば兵馬俑ですね。その後の前漢にも俑はようさん作られましたね。
騎兵とか歩兵とかリアルです。
犀尊なんてウルトラリアリズムの造形に、柄だけシュールと言う代物で、変に感心したなー。

雁魚灯も面白かった。これは形だけならまるで道八とか保全が作りそうな感じもする。
出ました、金縷玉衣。何回目か忘れたが割りとよく見ている。最初はやっぱり諸星大二郎から教えてもらったのだが。でもこれを纏った死者がゆっくりと起き上がったりしたら・・・いややな。
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雲南省はちょっと中央の文化からかけ離れているというかナンと言うか、特異な文明などが残っているらしい。エベレストより高い山が隠されているとか言う噂もあるしな。
そこから出土した五牛枕。字のとおり枕に五頭の牛がいる。寝るに寝れないぞ、この枕は。

古代は古代でも三国時代、北魏、南北朝、隋、唐と来ると、だいぶ文化も変わって来る。
オリーブ色の青磁羊、うまい表現の黒馬、ビザンチン風の首飾り(ラピスラズリがついている)、薫球(中に薫物を入れて、透かし彫りの隙間から香を漂わせる)などいいものが多かった。

実に面白いものが沢山あり、見応えがありました。
わたしはこういうの大好きだからいくらでも見ますよ。
ご機嫌さんで東京ツアーも終わるのでした。

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細江英公展

写真美術館には二つの展覧会を見に行ったのだ。
既に記事にした『地球の旅人』と細江英公の回顧展と。
今日は細江英公展の感想。



‘01に松涛美術館で回顧展を見て以来の大きな展覧会。
丁度同じ時期での展覧会になる。
細江英公と言えばすぐに思い浮かぶのが三島由紀夫を被写体にした『薔薇刑』、土方巽を東北で撮影した『鎌鼬』、大野一雄を追った作品群。
今回は初期の子供の写真は出ず、近年の写真絵本『おかあさんのばか』などが出ている。

わたしはリアルタイムには三島も土方も知らない。
辛うじて大野一雄をTVでだが、見ただけの世代だ。
‘60年代の文学や芸術に目を向けると、必ず行き当たるのがこの人々で、わたしが偏愛してやまない澁澤龍彦、金子國義らの世界に深まれば深まるほど、細江英公の作品にも近づくことになった。

会場内にはアート系の大学生くらいの観客が多かった。
この美術館の普段の客層を全く知らないから、それがいつもの光景なのか特別なのかはわからない。
みんな静かに、そして熱心に眺めていた。
わたしは細江の作品を見る一方で、その観客たちをも眺めている。
普段そうしたことはしないが、この展覧会ではそれも一つの義務のような気がしたのだ。
義務。
なぜそう思ったのか。
主観と客観の鬩ぎあいを感じたからかもしれない。

被写体・三島由紀夫と撮影者・細江英公の『薔薇刑』。
三島由紀夫のロココ調で統一された美しい自邸庭園での撮影。
ホースを咥える三島が上を向いている。上には天があるのではなく、細江がいる。三島の立つのは黄道十二宮を描いた舗地。
最初にこの写真を見たのは学生の頃で、心臓にヒビが入りそうになった。
丁度その頃どういうわけか『豊饒の海』を<最終巻から初巻に向けて>読み始めている最中で、わたしの目にはこの三島が『天人五衰』の透のように見えて仕方なかった。
透は転生の因果律から外れた者・あるいは贋者にすぎず、二十歳を越えてなお生き延びている。
本多は透の姦計により禁治産者に落とされている。
<見る>ことに生涯を費やした本多はその陥穽におちたのだった。
しかしそれでも本多は見続ける。
その本多が細江英公だと思わずにはいられなかった。

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ルネサンス絵画と三島の肉体とを重ね合わせた作品。
モノクロだから凝視できるが、もし色が浮かんでいたらどうだろうか。
目を背けてしまうかもしれない。そのくせ、意識には深く刻まれるように思う。グロテスクなものを感じるのを止められない。
これは細江の註文なのだろうか、それとも三島の望みだったのか。
三島の望みを細江が見透かしていての作品ということもありうるのか。
(三島が聖セバスチャンの殉教を偏愛していたのは有名だが、まるでコスプレのように三島はそれを自らの肉体で再現もしている)
若い観客はこれらを見てどう感じているのだろうか。しかしながらわたしは尋ねもしないし、洞察もしない。ただ彼らを眺めていた。

それから土方巽に移る。
わたしは日舞やクラシックバレエよりはモダンバレエが好きだ。
しかし舞踏となるとどうだろう。
以前TVで土方巽の特集を見ていた。
その著書『美貌の青空』などに書かれていたように、「・・・舞踏とは命がけで突っ立った死体である」という言葉を意識において画面を眺めると、震えるような衝撃があった。しかしながら<動く>土方より<静止する>土方にわたしの関心は向いた。
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細江の作品集『鎌鼬』での土方はまさに静止していた。
東北の地の人々の中にいる土方。かつての日本の農村風景の中に突如現れた、という感はなく、どこかなじむ土方に見える。
輿に乗せられ担がれる土方。農婦たちの中にまざって座る。りんごのような頬の子供らに遊ばれている。姑くらいの年の農婦が花嫁衣裳をつけて土方と並ぶ。
柵に止まる土方。img658-1.jpg

そして刈り取られた後の田の中で腕を伸ばし・瞑目し・静止する土方。
わたしはこの写真がいちばん心に残っている。
そして細江英公の視線は三島のときより優しく感じもした。
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土方が弟子に振付ける情景があった。それは細江の意図した作品というより、細江が土方のフィールドに入り込んでその情景を撮影した作品に見える。
弟子より師匠の土方がやはりいい。暗い官能と激しい力が、表出する<枠>の向こうからのぞいている。その枠を取り外してはならないような予感がある。
足の曲がり具合、腰の落ち方、指先。
見るだけで鼓動が高まる。
しかしその土方にも死が訪れる。
以前読んだ本の中で、土方は死ぬ直前まで意識が保たれていて、手で舞踏の型を見せていたらしい。
棺桶の中の土方と、その遺影。
この一枚の写真はひどく奇妙なものだと思えた。
『土方巽の死』という舞踏作品のプレリュードが生まれたのかと感じさせられるのだ。そんな錯覚が生まれるような作品だった。
細江の意図はわからない。
わからないが、この一枚は見た者の細胞や神経経路に刻まれてしまうだろう。

大野一雄。去年百歳を越えた舞踏家。
大野の舞踏を見たいと思う反面、怖さを感じて見に行かなかった。
『小栗判官と照手姫』が見たかったのだが。
大野は今では寝たきりである。その大野の眠る身体の上に曾孫に当たる赤ちゃんが乗せられている。
老人と嬰児。同じように寝ている。
大野は赤ちゃんとして、復活するだろう、きっと。
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十年前、曽我蕭白の狂女の絵を見た大野が即興で『枯れた狂気を舞う』姿をTVで見た。奈良県美術館にある蕭白のその絵は印象深いものだが、大野はそこから舞踏譜を作り、枯れた狂気を舞っていた。
ここにはその写真はないが、大野の枯れた身体が深く撮られていた。
その一連の作品群は細江から大野へのオマージュのように見えた。
大野の家族写真がある。
奥さんと息子の慶人との三人の写真。白粉を塗った大野の皺は深いが、不思議なことにその奥さんの子供のように見えた。
息子であるはずの慶人の子供のように見えた。
幸せそうな写真だと思った。

埴谷雄高の家を訪問する姿がある。表札には埴谷雄高(般若豊)とある。
後のほうが本名。中学の頃何故かわたしは埴谷雄高の『死霊』の読者だった。講談社から新作が出たから読み始めたのだが、止まらなくなった。
だからか、以前からこの写真を見ると何か嬉しくて仕方なくなるのだった。

『おとこと女』はあまり関心がもてない。それを見る人々を漫然と眺め、わたしもどのように見られているのだろうとぼんやり考えながら、その場を離れた。


わたしは沈黙を守りながら細江英公展から離れた。

松田権六の世界

松田権六の回顧展が東京国立近代工芸館で開催されている。
権六は蒔絵工芸に長けたひとで、その名を知らずとも作品は何かの折に目にしたことも多いと思う。
漆芸家というのが権六の肩書きなのだろうが、それだけにとどまらず見事な仕事を多く残している。

今回チケットはokiさんからいただいた。
わたしはこの、元は旧近衛師団司令部庁舎だった煉瓦の建物が好きだ。
だから行くたびちゃんと☆型をのぞきに行く。どこにあるか知る人は知るだろう。
正確には五線星型。


さて館内に入ると、えらくお客さんが多い。多いはずだ、この前日にTVで紹介されている。
サイトにはこう書かれている。
工芸界の巨匠松田権六は、近代漆芸に偉大な芸術世界を築き上げた作家であり、わが国の伝統工芸の発展にきわめて重要な功績を残しました。
 金沢に生まれた松田は、加賀蒔絵の伝統を踏まえつつ、正木直彦東京美術学校長や大茶人益田孝(鈍翁)との知遇、室町や桃山時代などの古典研究、朝鮮・楽浪漢墓出土の漆器や中尊寺金色堂をはじめとする数々の保存修復をとおして、漆芸の意匠や様式、広範な技法を鋭い洞察と鑑識とで解明し、自らの創作に応用、発展させました。その創作は、まさに近代漆芸の金字塔といっても過言ではないでしょう。
 本展覧会では、1.主要作品約70点、2.その芸術の形成に深く関わった古美術作品や師の作品、3.松田の芸術を現代に継承してきた作家らの代表作、を紹介し、これまでになかった構想で、松田権六芸術の真髄と現代漆芸に示した真価をご覧いただきます。


一通り見て回って、つくづく感じたことがある。
やはり工芸家には職人性も欠けてはならない。
自分の趣味・嗜好また志向に走るばかりではいけない。
鈍翁に認められたことも権六の芸術を大成させたのは確かだ。
近代最大の数奇者の鋭い<目>に曝され、鍛え上げられたからこその芸術なのではないか。
・・・ そんなことを考えた。
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わたしが一番好きな作品は『蒔絵竹林文箱』。
竹に雀はお約束としても、雀がとても愛しい。チチチと鳴く声も聞こえてきそうでいて、それでいて豊かな静寂がそこにある。竹の囁きも風に乗って届きそうなのだが、優しい沈黙がそこにある。
雀たちは一緒に飛び、一緒に止まり、一緒に生きる。
小さな幸せを感じる作品なのだ。
他にも名作は多いが、やはりこれが一番心に残っている。

実物は当然来ないが、パネル展示されている作品がある。
何かというと、国会議事堂内部の天井や壁紙などの修復作業。
数年前議事堂を見学したが、折上げ格天井のある室内の見事さに感心していたが、それは権六の仕事だったのだ。
しかも権六はその作業を恐るべきスピードと丁寧さとで成し遂げている。
怖いような職人技だ。
見事な仕事だった。
宝相華が連続するのを見るだけでも鼓動が早くなる。

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加賀工芸から出発した人だけに、石川県の美術館からも多く出品されている。黒地に有職文を続けたパターンがとても綺麗だ。
日本に生まれてよかったと思うのがこうした作品を見たときだ。

金胎の瓶などまるで天の川のように見えた。砂子で出来た金色の星々・・・
これを撮影して投射すれば、メガスターみたいになるかもしれない。

器も並んでいる。
わたしは技巧に技巧を重ねた作品が好きなので、展示されている懐石の器を見るのも楽しかった。

しかしあまりに繁盛しているので、じっくり眺めるということはなかなか出来ない。

権六は鳥が好きなのか様々な鳥を意匠のモチーフに使っている。
雀はもとより、なかなか逞しい鷺、鶴、などがいる。琳派の末裔のように思われる華麗さがあった。

いつまでも見ていたいと思わせる力がそこにある。
いいものをたくさん見れて嬉しかった。

鈴木信太郎の絵

鈴木信太郎という名を聞いても知らない人だとしか言えなかった。
荻窪から八王子まで向かうのもつらいが、八王子からの帰還も遠い。
そこまでして行く価値はあるのか。
自問しながらも向かった。自答するのは見てからにする。
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チラシを見ると、緑が目に飛び込んでくるようだった。
一枚の絵だけで構成されているのではなく、何枚もの絵でそのチラシは構成されていた。
でも目に残るものは緑色、意識に刻まれるのも緑色だった。

既にこの展覧会は横浜そごうで開催されたと聞いている。
鈴木は八王子の豪商の子で、八王子に育ったそうだが、絵の所有の大半はそごう美術館と北里研究所である。
よくわからないが、行ってみよう。

わたしがこの八王子夢美術館に来るのは二度目、夏の安彦良和展以来。
何があるのかよくわからないが、チラシを見た限りではいい感じだ。
いい感じだから、ここまで来たのだ。
チラシ一枚で呼ばれることがたまにある。
そして大抵それはわたしをシアワセにしてくれた。
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鈴木信太郎の修行時代、遍歴時代(ウィルヘルム・マイステルではないぞ)、稔り豊かな晩年と、生涯の作品が並んでいた。
展示壁いちめん緑色。
そんなイメージが目と意識に飛び込んで来た。

鈴木は足がよくなくて車椅子を使っていたため、視線が少し低かったそうだ。ローアングルの世界。しかしそれは小津安二郎とも共通する心の安寧が生み出される空間でもあった。
具合がよくなくても鈴木は旅行大好き人間で、朗らかな画家だったようだ。
それは作品を見ればすぐに感じることだ。
荻窪に長く住み、その庭を描いたものがある。ただしズームアップしたものと、一部を切り取ったものと二枚の作品なのである。
独立して見るのも無論楽しいが、二枚を並べて眺めると、なにやら不思議なシュールさを感じもする。
風景画は鈴木の見た風景を描いたものに違いないのだが、それは鈴木の主観に過ぎず、客観的な立場にあるわれわれが眺めると、どうも現実の風景ではないように思えるのだ。
決して破綻を来たしているわけではない。
はっきり言うと「楽しい」のだ、その作品を見ていると。

鈴木の風景画は見ていると、自然とにこにこしてしまうし、「ここへ行きたいな」と思わせる力がある。
ここで深呼吸すれば肺が緑色に染まるような気がするし、それが楽しく感じもするだろう。光合成したくなる絵なのだった。
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八王子の遊郭の一隅に孔雀を飼う家があり、それを写生した作品がある。
孔雀の羽が地と一体化して、一瞬こんな木があるのか、と思ってしまうような感じ。つまり孔雀のこちらを向いた顔も胴体も気にならず、その存在に後から気づくような描かれ方をしている。
近すぎてわからないのがなにやら妙に面白い。

八王子は江戸時代から独自の人形芝居を発展させている。
車人形である。以前NHKでわたしも見たが、文楽人形のような人形を、三人操りでなく一人で操る上、操者は車に座って人形を操っている。
民俗芸能である。
その人形を鈴木は描く。こちらは無論緑色は使われず、日本の江戸時代の着物・髪の色という規定に沿った色彩で構成されている。
リアリズムの絵画。
悪くないのだが、緑色の印象が強すぎて少しの違和感を覚える。

とても気に入った作品は曲馬団のゾウの曲芸である。
これは奈良で見た情景で、それを鈴木は緑色を使って描いている。
わたしは外国のサーカスの絵にはあまり関心が湧かないのだが、日本の曲馬団や見世物小屋を描いた作品は大好きである。
古賀春江の絶筆『サーカスの景』もそうだ。虎たちが曲芸をしている。
静かな不気味さも漂っているが、わたしはこの絵がとても好きなのだ。
そしてこの鈴木の曲馬団の絵。
どこかから喚声が聞こえてきそうだった。

奈良と言えば鈴木は老舗旅館・江戸三に宿泊しあちこちを描いて回ったそうだ。そう聞くと、小出楢重を思い出す。
小出も江戸三に宿泊して奈良を描いている。ただし彼はその後、木辻遊郭のそばの下宿に移り、そこでキョーフ体験を味わっているが。

鈴木の視線で描かれた奈良ホテルがある。
池のこちらから見た一番よい眺めかもしれない。
昔の奈良ホテルは皇族や政財界のお偉方しか泊まれなかった。
今は門戸も広くなった。

ナゾな作品がある。
昭和初期の銀座風景。アドバルーンがいっぱい飛んでいる。シュールな作品だと思った。静かで、そして何かを秘めている。
雨上がりの中途半端な曇天。そんな中に飛ぶバルーン・・・見た限り、そんなイメージがある。

それから瀬戸物屋や靴屋の風景。
同じ事物の繰り返しが楽しい。同一リズムの反復のようだ。音楽で言えばボレロや伊福部昭の曲想を思い出した。ただしあちらは拡大化するのだが、ここは店という枠内に収められている。

長崎の教会内部を描いた作品は、ステンドグラスの輝きがこちらにまで伝わってくる。こうした作品は絵画としてもよいが、建築物が好きな人にとっても、興味の湧くものだった。

人物画は少ない。風景画に比べて。
静物画もよかった。桃やブドウがとてもおいしそう。
魚がいっぱい打ち上げられた作品がある。『花と魚類』港に打ち置かれたのは、サバ、鯛、ヒラメ、こち、サザエなどなど。花はカーネーション。
これもちょっとシュールだ。しかし見ようによってはルソーみたいにも思える。
素朴派の末裔がここにいるわけか。
『金魚と青い本』に描かれたのは金魚鉢とルソーの画集だった。

どうしても可愛く見える作品が多い。
そのことについて本人はこんな言葉を残している。
「・・・ところでわたしの作品のリリシズムを人は言う。また童画風であり、稚拙な面白さと言うこともよく言われる。これはわたしの全く意図しないことだ」
あんまり嬉しくなかったようだ。
しかしこの言葉に表れているもの全てが、殆どのお客さんの感想なのも事実なのだ。
学芸員さんの解説で「プリミティブさは実感云々」とあるが、何も<意図しない>からと言ってリリシズムや童画風なのを否定するほどのことはないと思う。
作り手と見る側との齟齬はどうにもならない。

ところで鈴木は曽宮一念を尊敬していた。曽宮の作品は昨秋大阪の画廊で色々見ている。
印象深い絵があった。ピンク色の雲がそこに広がる絵。
その曽宮を評した鈴木の言葉がある。
曽宮は枯れかけたアネモネを絵にするような人で、それを取り上げての発言である。
「・・・見る影もない残骸になってから初めて画興が湧くという異常な制作欲にちょっと辟易していた」
どちらも併せて考えると、鈴木の作風が言葉だけでも理解できてくるような気がした。

話は変わり、鈴木は源氏ケイ太の本の装丁もよくしていた。三等重役シリーズ。お菓子のパッケージデザインもしている。それだけではない。銀座のとんかつ屋『珍豚美人』もデザインしている。これって確か澁澤龍彦が喜んでいたデザインではないか?
それから長崎の銘菓『クルス』img656.jpg

販売されていたので買う。わたしはこのクルスが元々好きなのだ。
薄くジンジャーを忍ばせたホワイトチョコをサンドした、ゴーフルの親戚みたいなお菓子。
展覧会もよかったが、このお土産がちょっと嬉しいのだ。
「来て良かったなー」

答えは出たのだった。

ガンダムのカレンダーもらった




ちひろ美術館は西武線上井草駅にあるが、そこからバスに乗って杉並警察署を目指した。バスは頻発している。
わたしに土地勘はないが、調べると上井草と荻窪駅とはつながりが深いらしい。
警察署に用はない。用はないが、バス停はそこだ。
降りて道路を挟んだ向こうに杉並区民センタービルがある。
目の前には八幡神社。ビルは結婚式や会合もしている。その三階にあるのは、杉並アニメーションミュージアム。
わたしのように’70年代に子供だった者には、その頃のアニメがとても親しく懐かしい。
今回は東映動画50周年記念の展示があるということなので、初めて向かったのだ。入場無料。
過去から現在までのアニメポスターなどが貼られていたり、グッズの展示とVTRが流れていたりする。

ノルシュテインの絵本作り

ちひろ美術館まで行く。
ロシアのアニメーション作家ユーリ・ノルシュテインの絵本作りという展覧会が見たいから来たのだ。
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二年位前か、ジブリ美術館でノルシュテインの展覧会があったが、チケットが取れなかったことを思い出す。
高畑監督はノルシュテインと仲良しさんなのだった。
今回アニメ作家ではなく絵本作家としての展覧会が開かれているのだが、ノルシュテインはいわさきちひろの作品のうち自分の愛する作品を選ぶという作業もしている。
ノルシュテインの代表作と言えば『話の話』狼の子供を狂言回しにした夢想的でいてせつない物語、『霧の中のハリネズミ』くまさんと星を数える約束をしたハリネズミが霧の中で様々な何かに出遭う物語・・・
これらがすぐに思い出される。
前者『話の話』は徳間書店からフィルム文庫として出版されている。
後者は福音館書店から絵本として出ている。
わたしはどちらも持っているが、絵本が改めて描き起こされたものだとは、気づいていなかった。
今回、絵本の原画と映画のフィルムと下絵とが展示されている。
三つを楽しめて嬉しい。
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ハリネズミは霧の中に包まれて、恐怖を感じたり、親切に触れたりする。
映画と絵本との差異は、ひとつのシークエンスを1シーンに納めることから始まっている。何シーンかに分かれているものをひとつの画面に納めることは簡単なようで難しい作業だったそうだ。
描いているのはユーリの奥さんフランチェスカなのだ。ユーリは画面構成をする。アニメーションは切り絵なのだが、絵本はまた違う。
ハリネズミを脅かすフクロウが映画の中で「ホーホゥッ!」と叫ぶのが耳に残っている。それは絵本になると、こうした画面になる。
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クリックしてください。
ジャムを届けてくれた犬は映画では鼻息しかなかったが、ここではこうして親切な顔を見せている。
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下絵を見ると、完成版までの過程がなんとなくのぞけて、それが楽しい。霧の中でゾウの形が見えたり、他の何かが見えたり・・・
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川に落ちると、なまずが背中に乗せて運んでくれる。
映画の中で小さく「スパシーボ」ありがとう、と礼を言うハリネズミが可愛い。
川の流れの中で蝶に囲まれている。img639.jpg

川の中でハリネズミは探していた白馬さんを見る。触れあいはそれだけ。そしてクマさんと一緒に星を数える・・・

今度ノルシュテインは、『話の話』を絵本にしようとしている。
映画はタルコフスキーの映像作品と同族のような魅力に満ちていたが、絵本では話の構成を完全に変更するそうだ。
わたしはそれが見たいと思う。
映画の中ではタンゴ『疲れた太陽』が効果的に流れていた。今もわたしの耳に残っている。気だるく、少し絶望を覗いたようなメロディ。
音楽を聴いて絶望を覗き見た気分になるのは、ルイ・マルの映画『ルシアンの青春』のタイトル曲と、この『疲れた太陽』だけだった。

絵本は他にもあった。
『青サギと鶴』がある。なんだか嬉しい。
せつない恋の物語。気持ちのすれ違いが青サギと鶴とをずっとそのままでいさせる。
他にもウサギの絵本がある。

代わってちひろの絵を眺める。
暖炉の前で黒猫を抱っこする女の子。img638-1.jpg

この黒猫がうちの黒猫ツキちゃんにそっくりなのだ。
ツキちゃんはちょっとわるくて甘えたでずるくて、そのくせ無邪気。
わたしもこの子のようにツキちゃんを抱っこしている。

ちひろは子供を描くことが本当に上手だ。
微妙な年の差まで表現できる稀有の画家だった。
『こどもの歳時記』と題された企画展では、夏や秋や春の情景が目の前にある。傘を差してアジサイを眺める子供、海辺を走る子供、子犬と遊ぶ子供、ぶらんこで・・・

やっぱり今の世の中に何か足りない気がした。
展覧会では満ち足りた気持ちになったが、少しでも多くの子供たちがちひろの絵の子供たちのように希望を持ってくれれば、と思った。

大倉の花鳥画

大倉集古館の花鳥画。
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今回久しぶりに喜七郎と大観のコラボ作品が出ていた。
喜七郎の雅号<聴松>の文字がある佳品がそれだ。
文鳥、茶花、寒牡丹、羅漢松、野菊

大観が愛らしい小品を描くのも、喜七郎との良き関係を思わせて、見るだけで嬉しくなる。
このシリーズは夏の恒例アートコレクションの’04年度で見ている。
あのときの展覧会は、大倉財閥の企画で昭和初期、ローマで日本画の展覧会が開催されたときの再現だった。
大倉喜七郎の評伝で一番面白いのは、戸板康二『ぜいたく列伝』の中のものだと思う。
桁が違うからうらやましいともなんとも思わず、楽しい物語のように読めるし、その人がこうして日本初の私設美術館を拵えてくれたのだなーと思うと、ありがたいばかりだ。
花鳥画は日本中国取り混ぜて展示されている。

『杉図』 17―18世紀の屏風だが、英語のタイトルが中身を教えてくれる。
Cedars and Clouds
ほんと、杉と雲なのだ。

清朝の『名人便面集珍』袖珍ではなく集珍。このシリーズから四作家四枚の花鳥図が出ている。
中でも鉄簫の桃の絵がよかった。賛もあるので一瞬日本の鐡斎なのかと思ってしまった。

『牡丹図』 愛新覚羅溥儀 結婚前夜にこの絵を描き、賛を入れたそうだ。牡丹はチリチリチリとしている。ピンクの薄さが可愛い。書はやはり中国の皇帝らしく若くても堪能。どうしても映画『ラストエンペラー』を思い出す。

『花鳥図巻』 藩崇寧 ほぼ300年前のそこには黄バラ・ピンクの木花・白木瓜・白石楠花・桃・木蓮・アザミ・スミレ・藤が咲き乱れ、黒アゲハ・黄蝶がひらひら飛び、小禽が気ままにいる。トンボ・カワセミ・朝顔・カエル・れんげが友達のように一緒にある。楽しい作品だった。手元に置いて眺めていたくなる作品だった。

『葡萄図団扇』 光緒帝の描いたマスカット。あんまりマスカットを絵では見ないものだ。

『墨梅図』 王冕 枝振りが大変によい。思わず下手な線でリストの横に描いてしまうくらい、ええ枝ぶり。クリックしてください。
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『観梅図』 海北友雪 庭から見た梅という感じがする。建物の中からでなく、草履はいて庭に出て、眺めた気分。

『風景人物花鳥図鑑』 狩野安信 今回この絵巻がいちばんよかった。水浴びする牛たちとか、馬は馬連れとか、なんだか牧歌的な楽しさを感じた。

『柳に鷺図』 18世紀の狩野派だが、11羽の鷺がきれいだった。

伊万里焼で鉢があった。その文様がイスラムタイル風に見える。
『色絵芙蓉手花鳥図鉢』18世紀。イスラムのアラベスクがそこにあるように思えた。

『花文堆朱輪花盆』 これは以前にも見ているが、整列する小花たちが可愛いのだ。縁にも沢山ある。小さな可愛らしさがある。

『籬に葡萄図』 金箔押して胡粉で盛り上げてきらきらしている。金唐紙のようだ。籬は緑青吹いている感じ。
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『桜図』 金・緑・青だけで構成された見事な櫻。枝垂桜の美を感じた。左端に黒く枝垂れを描くのが巧いと思う。

『詩書巻』 本阿弥光悦 薄いピンクの木蓮を地に描き、その上に漢詩を書いている。詩はちょっと読めないが、パネルに出ている。あんまり光悦は好きではないのだが、こういうのを見ると、「やっぱりいいなー」と思うのだ。
江戸時代ではあまり木蓮を描いたものを見ないから、余計そう思うのかもしれない。

昨秋、松岡でも花鳥画を集めていたが、やはり花鳥画は新春に見る方がよいような気がする。
特別名品でなくてもよいのだ。
新春にほのぼのするのが嬉しいのだった。

横山光輝回顧展

横山光輝の回顧展にやっと間に合った。

タイミングは難しい。okiさんからチケットをいただいてたので「早く早く」と思いつつこんな最終日間近に来ている。
(展覧会は既に8日に終了している。)
武蔵小杉からバスで向かう。川崎市民ミュージアム。来るのは何回目か。
『東映動画50年』『上村一夫回顧展』『木村威夫の世界』・・・
回数が少ないからか、選って来るからか、ここでハズレは今のところない。
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横山光輝の作品数はここで挙げれないほど多く、また多岐にわたった分野に名作がある。
‘70年代に子供だったわたしは何を見たか。
魔法使いサリー、ジャイアントロボ、仮面の忍者赤影、バビル二世、マンガなら伊賀の影丸、狼の星座、あばれ天童、マーズ、三国志、時の行者・・・
挙げるのはやはり不可能だ。
わたしのオジは鉄人28号の世代で、その頃の『少年』愛読者だった。上のオジからは付録などももらっている。
なにしろ常に横山光輝の作品を読み続けている。そして再読し続けている。
だからどの時代にこんな作品があったといわれても、「知ってる知ってる!!」になるのだ。
家にはわたしが集めたのも多い。
前述の他にも兵馬地獄旅、項羽と劉邦、殷周伝説などなど・・・

何年前か、別冊太陽が特集号を出していて、それも面白かった。
その中に伊賀の影丸のその後などがあり、ずっこけてしまった。
・・・まぁ、長生きしてはるのがめでたいところですな。
(児童文学「ズッコケ三人組」も41歳の三人は色々問題を抱えてる、という続編を書いていることだし)

亡くなられたときは本当に悲しかった。
そのことについては、もう書かないが。

この日わたしは朝一番に出た。つくとまだ開館前だった。
わくわくしながら開場を待ったのはわたし一人ではなかった。オジサンが多かったなぁ。
チケットを切ってもらい、歩き進むと、そこにジャイアントロボがいた。
ロボの巨大フィギュア。
泣きたくなった。
わたしは鉄人よりロボの世代なのだ。
何度目かの再々放送が丁度幼稚園のときで、かばんや帽子をつけたまま最終回をじーっと見ていた。ロボが宇宙へ飛んで行くのだ。ロボは帰ってこない。幼児の私にはその意味がわからない。
U?7大作少年が言う。
「ロボは必ず帰ってくるよ」
そうか。帰ってくるのか。待とう。
・・・結局それから30年ほど経ったが、未だにロボは帰らず、わたしは待ったまま年だけ取っている。ロボが宿敵ギロチン帝王と共に宇宙で爆発したのを知ったのは去年だった。
今はロボが二度と帰らないことを知っている。そして横山光輝回顧展を見ている。
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川崎小虎と東山魁夷展

川崎小虎と東山魁夷の展覧会を見に、日本橋三越へ出かけた。
チケットはokiさんからいただいた。嬉しくて仕方がない。
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(春の訪れ)
魁夷がいいのはよくわかっているが、わたしは小虎も大好きなのだ。
まず名前がいい。ことら、ではなくショウコ。おじいさんは川崎千虎。こちらは明治の古い日本画家。有職故実にも詳しかったようで、明治神宮の展覧会にもよくその作品が出ている。

今回、東京国立近代美術館にある『萌え出る春』と、山種にある『春の訪れ』の大作ふたつが出ていた。共にわたしの好きな作品。
春風駘蕩という言葉がとても似合う。
近美の『萌え出る春』は以前から好きなのに、絵葉書一枚手元になく残念に思っていた。六曲一双の屏風絵なので全部は葉書にならなかったが、このとおり女人のいるところだけ、形になった。
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屏風は右から左へ見るように出来ている。だから最初に見るのは春野である。ワラビがあったり、スミレが咲いてたりして、ふと気づくとそこに艶かしい女人がいる。
定められた枠の中に息づく構図。
萌え出るのは実はこの女人なのだと知る。春そのもの。
手に触れればその肌は掌の熱で溶けてしまうかも知れず、梳る長い髪を指に絡めれば、小川の流れに落ちるかもしれない。
深いときめきがそこにある。img626.jpg


小虎はアールデコ調の作品も描いている。img627.jpg

女の口元に薄い官能性がある。ちょっとそこへ指を差し込みたくなる。なんとなく、この絵の女には犬歯がないような気がした。

小虎には大正ロマンがある。
こちらの絵は展覧会にはないが、わたしの好きな作品で、『オフェリア』。まるで水葬されたような、美しい娘。



他にも『うどんげの花を植える女』。これはチラシで見たときから、ちょっと気持ちがよくなかった。
何がと言えば、うどんげそのものが気色悪いのだ。むろん現実の風景ではなく、観念的な情景。
うどんげが人の目に触れる。それは吉兆かも凶兆かも知れず、しかし徒事ではないことは明らかだ。それをこの絵の女は<植えて>いる。

可愛らしい教会がある。img628.jpg

クリスマスの夜にこんな家を見かけたら、ついつい小さなミサでもあればな、と思ってしまう。

こちらは『本朝廿四孝』の『狐火』。
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こんなのを見ると、お芝居が見たくなってくる。

晩年に至っても小虎はよい絵を描き続けた。身近な静物もあるが、それより心に残るのは、やはり人物画だと思う。
風景の中の美人を多く描いているが、情緒のあるよい作品が多い。
ここにはないが、越後獅子の少年が故郷を夢見てうたたねする絵などがそうだ。
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また歴史画家の祖父からの手ほどきを忘れず、古画の模写も多く残している。ただし完全なる模写ではなく、人物の表情や形容が多少原典から離れている。
展示されているのは『伴大納言絵巻』の応天門炎上とわめき騒ぐ人々、『信貴山縁起絵巻』の剣の護法童子が走り来る場などである。


小虎の娘さんが魁夷の妻になった。
そして魁夷が北欧の静かな世界を描くきっかけを作ったのは、岳父から見せられた一枚の写真だった。
しかししばらくは魁夷も動かない。小虎は「あれれ」と思っていたそうだ。
そして十年後、忘れかけた頃に魁夷は北欧旅行へ出る。

いい絵が飾られていた。青い森の絵。肺にまで入り込んでくるような、青く澄んだ絵。個別にその感想を語ることはやめた。
全体として魁夷は完成されている。
個々に特別に好きな絵はあるが、それを挙げることが空しくなるほどに、全としての魁夷の芸術は見事なのだ。
心が騒ぐことはないが、静謐な心持になれるのは、そうそう他にはない。
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わたしのように情緒不安定な人間でも、魁夷の絵の前に立ち、魁夷の描いた様々な作品の間を逍遥するだけで、精神は深く鎮まる。

ああ、本当によい展覧会だった。
小虎で心を騒がせ、魁夷で心を静める。
豊かな気持ちで、会場を後にした。
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川柳で楽しむ浮世絵

ガーデンプレイスからハチ公バスでたばこと塩の博物館へ。神南郵便局で降りててくてく。
ごきげんさんで『浮世絵と川柳』見たのだ。
浮世絵と川柳は江戸文化の粋だなーと思う。
たばこと塩の博物館は以前からたびたび浮世絵展を開催しているが、今回これまた楽しいコンセプトなので、お客さんもたくさん来ているようだ。

川柳は割りと好きだけど、今では意味の通じないものも多い。今回使われているのは『誹風柳多留』に収められている句がメイン。
既に行かれた方から「この句が気に入りました」といくつか教わっていたけれど、わたしはてっきりそれを『末摘花』あたりからのかしら、と勘違いするようなソコツ者で、会場で自分の勘違いを「アララ」と一人で照れたり。・・・はっはっは、たのしいなぁ。
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今回使用された川柳を集めた『句集』を渡された。解説付きで、浮世絵も少し載せられているし、類似句もある。丁寧だなー。これを読むだけでもかなり楽しい。
大体江戸時代は完全に安寧な時期に入ってからは、文化が極度に高まって、シモジモまでみんな江戸的教養が身についていた。
滑稽の観念も江戸の産物だと思う。
粋。江戸のイキも上方のスイもこの時代に生まれている。
それが明治維新でバッタリなのだから、近代化というのは文明向上であっても、文化衰退なのかもしれない。

広重の『東海道五十三次』も風景の美とか色彩・形容に感心するのもよいが、その画面で<ひとびとが何をしているか>を見ると、これまた違った感慨が湧いてくる。
そしてそこに滑稽味を感じれば、川柳とのコラボレートがいよいよ楽しくなるのだった。

そういえば今は亡き杉浦日向子の『風流江戸雀』は、やっぱり川柳を使っての掌編マンガだった。

わたしが気に入った句と、それに合わせた浮世絵はこんなのだ。
「三階は 敵も味方も 入り乱れ」
楽屋ですね、三階さん。立役らがわいのわいの忙しそうなのがよくわかる。絵も右往左往したり、将棋さしたりしているのや、化粧するのを描いている。
お芝居がもうすぐ始まりますよ、と頭取が走ってくるのが見えるようだ。
どうもやっぱり歌舞伎が見たくなってきた。

「勘平は しの字の札を 先に取り」
これは忠臣蔵。勘平腹切からの句。誤解と思い込みから勘平は腹を切ってしまう。でも誤解も汚名も消えて、命も消える間際に義士のメンバーに加えてもらい、その証拠の仮名の字を選ぶなら「し」だろう、という句。

今回色んな句や浮世絵を見たが、絵の方はわりと見知ったものが多かった。
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「いい日和 梅から亀へ おし廻し」
これには広重の亀戸梅屋敷の絵が当然あてられている。というより、この屋敷があるからこの句も生まれたのだ。
わたしも亀戸まで梅を見に行った。そして帰りに名物のわらび餅かなにかを食べた。
気分は江戸時代だったなー。
そうそうこれは特別展だが、二階の企画展にも面白いものが出ていた。
見世物関係の浮世絵だ。
明治になってからの暁斎『古今珍物集』 博覧会に出品されたものたちを活写している。
えらそーな鯱、どう見ても宇宙船タカアシガニ号、へんな孔子像、ペンギンくらいかぶってまいそうなオットセイ・・・また、煙草入れで拵えた細工見世物の竜虎とか、竹で出来た獅子・その名も<おそろししのけだもの>、孔雀の見世物の孔雀茶屋、国芳の生人形などなど。ここら辺の見世物関係の浮世絵も大好きだ。

ところで今回東博にも出かけたのだが、そこで広重の五十三次を見た。永谷園のお茶漬けのカードにもなっていた国民的人気浮世絵シリーズだ。
子供の頃、東海道中膝栗毛とこの五十三次とがごっちゃになっていた。
今でもついつい五十三次の絵を見ると、ここでやじさんきたさん何をしてたっけと考える。
これは五十三次ではないがええ絵だと思ったもの。
去年中右さんのコレクションで木曾街道のものすごい雪と谷の作品を見たが、これもたいへんよいと思う。それで、たばこと塩の博物館から遠く離れた上野だが、一枚だけゲスト出演ということで。
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地球の旅人

久しぶりに写真美術館に来た。
okiさんからいただいたチケットは『地球の旅人』。
わたしは都会の迷子。
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地球の環境悪化は人間の責任だから、なんとかしないといけないが、方法がわからない。
何が生きているのか、何と共存しているのかも実はわかっていない。
だからこうした写真展に行く。
行って、知る。

今回三人のカメラマンの作品が<地球の旅人>と題されて展示されている。菊池哲男・前川貴行・林明輝。ネイチャーフォトグラファー。
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山岳、白熊、ハクトウワシ。
カメラマン各人の視線と志向と<なにか>で、生まれてきた作品たち。
Wildlifeを撮り続けたと言えば、星野道夫さんがすぐに思い浮かぶけれど、彼の後の世代にもこんなにすばらしいカメラマンたちが生まれているのだ。

熊の親子。img620-1.jpg

かわいいーかわいいーとしか言葉が出ないけれど、巨大な写真パネルには、シャケをくわえて突っ立つ大熊もいるのだ。
ナイゾーはみだしたシャケ。img619.jpg

食べる側も食べられる側も生きている・生きていた・生きろ。
クマママとこぐま。慈愛というのが感じられる表情。
シャケ噛むのも子供抱っこしてるのも同じ。

山の上にすごい光が差している。
見たことのある景色。アルプスの少女ハイジのオープニング映像。
それが作り物でなく、現実にも存在する景色だと示してくれる写真。
その写真を撮るための努力もすごい。
撮る人がいないと、ここで見ることは出来ない。

ハクトウワシ。img616.jpg

イーグルサムと言えばアメリカの象徴。
嘴が可愛いような気がする。眉をひそめたような顔。不機嫌そうな顔に見えて、案外ご機嫌さんなのかもしれない。傲岸な顔つきでもフレンドリーということもある。
一羽二羽ではなくバサバサ羽音がするくらいの数で、そこにいる。
関係ないが去年のいつか忘れたが、ロシアのクレムリンで<働く>ワシたちが予防接種受けたというのを新聞で読んだ。
彼らはカラスとか撃退する用のガードバードなので、鳥インフルエンザを避けるために予防接種したらしい。
わかるようでわからないロシアの話。

この展覧会で一番気に入ったのは、モミジの写真。赤と緑が入り混じるモミジを見上げた視線からの撮影。空に張りつくモミジたち。その空の色は白い。
まるで白磁の皿にモミジが描かれているように思えた。

三人のカメラマンのうち、お二人が来場されてて、気さくにお客さんとお話していた。
わたしはそれを見ながら自分かってな空想に入っている。作者の意図しないところで楽しみをみつけて歩くのもいい。

嬉しいことに絵葉書をたくさんもらった。フリーアドカード。こういうのが一番嬉しかったりする。ありがとう。
地球の旅人。(宇宙の放浪者というのもあったな)


めでたいカミサマ

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(向島の街角に残る煉瓦塀)

いよいよ東京よサラバな朝、思い立って浅草観音へ拝みに出た。
伝法院の道から入ると、浅草観音温泉の建物が見えた。
高島易断では今年わたしの運勢は真っ暗けっけなので、まぁとりあえずで拝みます。基本的にお賽銭を分けて、自分の分と周囲の分とをお願いします、世間や世界まで手が回らない。
で、普段まずしないことをした。つまり、おみくじ引いたの。
<凶>。二つのことにかかわるからうまくゆかない・今年はそのために悩む・何をしてもだめ。
・・・九曜で●なんだからおみくじで吉が出ても矛盾するから、これでいいのかもしれない。今年はだめでも来年以降よいだろうし、今年は今年なりに楽しむのさ。
そこからてくてく歩き、言問通りに出て少し入り込むと、そこにすみだ郷土文化館がある。初めて来ました。
さる人の講談本コレクションが見たくてやってきたのだ。
しかしその前に台東の七福神の展覧会があった。
これが面白かった。
なんせ浮世絵ですから楽しいのです。

七福神と宝船と蓬莱山。蓬莱山は本当は中国の神仙思想で八仙が住まうところなんですが、ここにもそんな島がある。
その島に向かってくるのが竜頭の船で、背中に宝物をたくさん積んでる。竜船は自動操縦なのかアルカディア号のように自分で考えれるのか、スーイスイ。
多分アタマの上に♪がついてるはず。
で、鯛大漁。発音しづらいタイ・タイリョウ。
えべっさん(この記事の後半に活躍アリ)と毘沙門天が大きい魚籠に跳ねる鯛を詰め込んで、エイホとばかりに運んでいる。
寿老人と布袋さんもそれぞれ魚籠に鯛つめて運ぶ。
その先には俵も積まれ、弁天さんの琵琶をBGMに大黒が小判の金勘定している。
ええなぁ。そういえば、お多福は大黒様の金庫番らしい。
あと明治になってからの浮世絵では、宝船に乗る代わりに馬車と人力車に乗り分けている七福神がいた。
他にも暁斎で、ねずみ軍団vs大黒の綱引きみたいなのもあった。
一本の綱ではなく駄菓子屋の飴に引き紐ついてるのと同じ。
演繹法というか帰納法というか、アヤトリの箒星みたいな形。

こういうのがたくさんあってとても楽しかった。
それを見てから少し北上する。
鶴屋南北の狂言でおなじみの三囲神社を越え、長命寺を越えて、言問団子に行く。
わたしは関西人なので桜餅は長命寺より道明寺なの。
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都鳥がかわいいねー。おいしいです。

桜橋から見た水面に都鳥。波のまにまに。
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妹はこのマニマニが好きで、京都の下賀茂までよく見に行ってた。
街灯の上に立つ奴。P1173.jpg

こいつらのタイムリミットは顔色でわかる。
♪色が変わって合図する?
洗剤のCMとは逆に、顔が白から黒になる。

さて大阪に帰還しました。
♪九日十日十一日の三日間、と囃されるように、えべっさんです。
これぞ関西から西日本のめでたい中のめでたい神様。
西宮神社、今宮神社のが全国的にも知られているけれど、わたしの地元のえべっさんもたいへん名高い。
佐倉の歴博には、江戸の酉の市・関西のえべっさんの比較がある。
その設営したのは、元・大阪市博物館の学芸員さんだったから、さすがに詳しかった。
わたしは福飴たくさん買いましたよ。
みんなに福を分けないとね。毎年こうしてる。
でも福飴もいろんな種類があるみたい。
画像だけやけど、皆さんにも福をおすそ分け・・・
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大名華族・鍋島家

泉屋分館では大名華族の鍋島家の展覧会が開かれている。

‘05、たばこと塩の博物館で鍋島家から梨本宮家へ嫁いだ伊都子さんの生涯を追った展覧会があり、それで色々と興味も持ったので、今回の展覧会は丁度よかった。
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サイトを見ると、こうある。
 大名家から侯爵家へと受け継がれてきた鍋島家の伝来品は、幾度かの災禍に遭いながらも家格に相応しい品格と膨大な数量を維持しており、文化の牽引をしてきた大名家の生活文化の格と広がりを示しうる作品群です。とりわけ染織品は、江戸時代の伝統と格式を大切に調和させた作品であり、維新後の欧風化の流れの中で、時代を先取りした最先端の服飾として位置づけられ、そのデザインはいずれも秀逸です。また能装束もかなりを焼失してはいるものの、現存する作品の保存状態はいずれも良好で、気品に満ちた名品が揃います。

 今回の企画ではそれらの染織品を中心に、大名家から侯爵家へと時代を越えて受け継がれてきた、鍋島家の文化を紹介しつつ、鍋島家の歴史と重なりながら踏襲されてきた、武家・公家そして華族の伝統的服飾の特質を辿り、文化の広がりの中にある豊かさの本質の再考を試みます。


そうなんですか。前述の展覧会で鍋島家がたいへんな資産家で、伊都子さんのブライダルに莫大なお金を使われたというのを知って、「おおー」と思ったものです。
あんまり桁が違うから、ただただ「きゃっきゃっステキ!」くらいしか思わない。
渋谷の松涛界隈は元々鍋島家とゆかりの深い地だというが、そこに偶然ながら鍋島焼を多く収蔵する戸栗美術館があるのも面白い。
ところでわたしはその佐賀に行ったことがない。有田に行きたいのに何故か機会がない。今年は何とか行ってみよう。

ところで鍋島家の紋はとても可愛い。杏葉紋(ぎょうよう・もん)。
二枚の葉っぱがコンニチハしているのだが、近くで見ると真ん中の隙間部分が孔雀の身体に見えるのだ。
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これが紋所だから直垂(ひたたれ)にも裁着袴(たっつけ、はかま)にも狩衣(かりぎぬ)などについてるのは当然ながら、なんだか可愛くて可愛くて仕方ない。
今回能衣装は国立能楽堂で展示されている。

振袖も見事なものが多かった。小袖も打掛も意匠を凝らしたものばかりで、何がどうと言うのは空しいくらい、全て見事だった。花々、それを見上げる亀。
縮緬、綸子、染の美しさ、刺繍の華やかさ、配置の絶妙・・・優雅だった。

やがてご維新。
日本製の布でシューズやドレスが作られている。
精好地せいごうち、と言うのが何かは知らない。英訳文を見ると、silk plain weaveとあるから、平織りの絹のことらしい、多分。
可愛いシューズだった。大きなおリボンのついた赤い布靴。
デイドレスの茶色いドレスは、まるでターシャ・テューダーが着ていそう。
そしてマスカレード用のバッスルスタイルのドレス。鹿鳴館スタイルですね。
チラシにあるのがその代表。ただしこのドレスは後半に出てくるらしい。
今ここにあるのは、また違うドレス。
それで奥方のはこれでよいとして、旦那さんのスタイルが本当にルイ16世みたい。
なんぼ仮装舞踏会でも笑えたなぁ。失礼。

また、この鍋島家は篤志看護婦人会と縁が深く、実際に看護婦会の組織の代表として、病院などを訪れている。明治の頃の看護婦さんの制服はとても凛々しく見えた。

工芸品では、江戸時代の『梨地秋野蒔絵硯箱』に惹かれた。
銀月が中空にある。月明星稀の空の下、松枝が開き、静かな秋の野が広がり、波も打ち寄せてくる。秋の風情の見事さがここに閉じ込められている。
いいものを見せてもらった。今回の工芸品でいちばんよかった。
蓋の裏には琵琶がある。秋の野に琵琶。わびしくも華やかな風情。
作者は古満安明。これを見れただけでも来た甲斐がある。

銀製のボンボニエールもとても可愛らしい。御下賜されたものらしく、菊のご紋がついている。鴨、柴舟、檜扇、文箱、桃、兜などなどの形をしていた。

大正頃、刺繍で絵画を拵えるのが流行したらしい。ここにも見事な作品がある。
わたしの祖母は大正生まれだが、女学生の頃に森と湖の風景を刺繍で拵えていて、それが祖母の家に飾ってあった。やっぱり遠めには絵画か写真のように見えた。

細川家といい鍋島家といい、こうした見事な衣装・調度品などを残されている名家には、それ自体にドラマがあるのだと思った。
江戸文化の美意識と、明治維新と言う意識の改革の果てに生まれてきたものたちを、こうして二つながらに見ることが出来、有意義だったと思う。
ああ、とても面白かった。

志村立美回顧

正月最初の展覧会は、弥生美術館の志村立美回顧展になった。
この美術館の会員になってから、もう今年で何年になるのか。
しかし一度も飽きることがない。
年四回の展覧会を楽しみに大阪から這い出て来るのだ。
志村は山川秀峰の弟子で、だから言ってみれば歌川玄冶店―鏑木清方―の系譜につながる画家だ。

美術館のサイトにはこう書かれている。
 本展は、志村立美(しむら たつみ)(1907?1980)の生誕100年を記念して開催する、初めての回顧展です。
 立美は、日本画家の山川秀峰に師事し修行をした後、挿絵画家としてデビュー。そして、林不忘の 連載小説「丹下左膳」の挿絵などによって、一流人気挿絵画家としての地位を不動のものとしました。
 戦前においては、立美・岩田専太郎・小林秀恒の三人が「挿絵界の三羽烏」とうたわれ、花形挿絵画家として輝かしい一時代を築き、戦後も立美・専太郎は双璧とされ華やかに活躍、挿絵界の寵児となったのでした。そして晩年は日本画制作に専念し、美人画を追求し続けました。
 本展では、挿絵原画・日本画・スケッチ・写真・遺愛品・関係資料等約400点の作品を展覧、立美の55年にわたる画業の軌跡をご紹介いたします。その全生涯を挿絵と美人画に捧げた、志村立美の世界をご堪能ください。


大人気だったのは確かで、昔の雑誌などを調べればこれもこれも、とその作品が現れる。
四半期ごとの特別展、丁度去年の最初の展覧会が岩田専太郎回顧展だった。
小林秀恒の単独展は今のところなく、’95に『探偵小説の挿絵』展に怪人二十面相の挿絵や口絵が出ていた。
上品な絵だったが、この人は早世している。
専太郎の展覧会の感想はこちら。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-376.html
なんといっても立美で一番有名なのは林不忘の『丹下左膳』だろう。
「シェイは丹下、名はシャゼン・・・」
大河内伝次郎の映画を見たとき、あの顔つきが怖くて、「なんでわざわざ上映会にまで来て、こんなコワイ顔見てんねん、わたし」と疑問に思いもしたが、まぁ話は大変面白い。面白いし、立美の挿絵から大河内を始まりとして、トヨエツや獅童に至るまでの丹下左膳のスタイルが決定しているのだから、やっぱり挿絵の力は凄い。
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昔の講談雑誌はたいへん面白い。時代劇は総じて痛快無比だし、伝奇物はあくまでも絢爛にして、おぞましい。
キャラクター造形もとても個性的で面白かった。
復刻されて、春陽堂や創元社や講談社辺りから出ている作品も多い。

さて立美。
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林不忘『丹下左膳』の他に小島政二郎の現代もの、野村胡堂、下母澤寛、角田喜久生らの時代物などに挿絵を多く描いている。
解説文を読むと、左膳のスタリッシュな様子も立美のデザインから生まれたようだ。
白地に髑髏の紋所、緋縮緬の女の長襦袢をちらりとのぞかせて・・・
いいなぁ。

とにかく作品が多い。
小島の『人妻椿』はわたしも概要は知っていたが、改めて粗筋を読んだり挿絵を見たりすると、話が「わけわからんゾー」なところが色々多いのだが、当時の大人気ぶりはなんとなくわかる。波乱万丈な展開、悲劇の美貌の人妻、最後の大団円・・・
挿絵が読者のハラハラをかきたてたのは間違いない。

立美本人が時代劇の方が得意だと語っているように、実際にそんな雑誌の表紙絵がたいへん多い。
なにがなにしてるとか書ききれないし、書いても仕方ない。
「とにかく時代物なんです」
そうとしか言いようがない。見に行ってください、とりあえず。
これだけ多いと、こちらの伝達方法の不足さを痛感しますね。

しかしその一方で、モダニズムな作品もある。
直木三十五の『禍神浪々記』の挿絵などはシャープでモダンだった。
時代劇一辺倒ではない幅の広さを感じる。
戦後もますます仕事は増えたようで、今度は挿絵や口絵だけではなく、映画の絵物語やポスターなどもあった。
長谷川一夫、市川右太衛門、美空ひばり、鶴田浩二などなど・・・
よく似てるけれど、それでも絵は立美その人の絵そのものだった。
びっくりしたのは、昭和45年の『緋牡丹博徒 お竜参上』ポスター。
・・・かっこいいです、お竜さん・・・!!
こちらは昭和23年に新たに描き起こした丹下左膳。
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時代劇独特の官能性がある。

TVや映画の時代考証も担当していたようで、TV史に残る作品も多かった。
浪曲大全のレコードジャケットもデザインしている。
吉原百人斬、悪名、天保六歌撰、瞼の母、天野屋利兵衛などなど。
商業デザインもいいものです。

そして晩年、日本画家としてスターとし、個展も開くようになる。
その頃の作品。細面のすっきりしたいい女。
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で、これらの晩年の作品は『美人画ポスター』『美人画パズル』『美人画カレンダー』として販売もされていて、カレンダーは’95年のまでここに展示されていた!
・・・なんだか、いいねえ。

立美は’80に亡くなったが、その二年前にバリ島へゆき、バリの女たちをスケッチしている。
戦時中に深水もバリへ行き、スケッチを残しているが、二人は絵の血脈で言えば親戚同士なので、なんとなく面白く感じる。

たくさん見たが、たいへん見応えがあり、飽きませんでしたねー。
これだから弥生美術館は大好きだ。
ああ、面白かった。

東京漂流と・・・

いよいよ明日から三日間首都圏漂流です。
路線の都合を考えてコースはこんな感じ。

弥生美術館―泉屋分館―大倉集古館―庭園美術館(二度目)―写真美術館―たばこと塩の博物館

川崎市民ミュゼ―ちひろ美術館―杉並アニメーションスタジオ―八王子夢美術館

浅草観音―すみだ郷土資料館―東博―日本橋三越―工芸館

気力・体力・時の運というのがありますが、最後の時の運、というのは時間運行、と読むべきかも知れない、わたしの場合は。
会社行くときはとことん遅く行くけど、(ベルの女と呼ばれている)遊ぶときは高確率で、早く出かけます。


ところで昨日友人から<チーズ伊達巻>なるものをもらいました。
これが練り物のチーズケーキという感じで、めっちゃおいしかったです。
むろんお菓子感覚で。
新潟のメーカーから今冬新製品として出たらしい。
友人は卸売市場で商売してるから、色々面白いものをくれます。
わたしは昨日、一六タルトを持って行ったのですが、言う前に「わっ一六タルトや!」と喜んでくれました。
甘い物好きな一家なのでヨカッタヨカッタ。
ちなみに一六タルトとは伊予の銘菓で、生地にみかんを混ぜて、それであんを巻いたロールケーキです。
向こうにまで行かなくても、デパートの全国銘菓売り場にもある。
年賀に持って行ったものが喜ばれるのが、なにより一番嬉しいのでした。

パラダイスから

「時の止まった世界はユートピアだ」
諸星大二郎『マッドメン』より。

わたしはユートピアよりもパラダイスの方に魅力を感じている。
ユートピアは自分ひとりでは作れないが、パラダイスは自分の心の中に生むことができる。

パラダイスの語源はペルシャ語の『閉じられた庭園』から来ている。
庭と言うのは不思議な存在だと思うときがある。
普段わたしはあまりそのことを考えないのだが、数々の名建築に出かける度、その屋敷と庭とに驚嘆し、ときめく度にそのことを思う。
庭園だけが残り、建造物が失われた場に立って、物思いに耽ることも好きだ。

京都、特に東山は植治こと七代目小川治兵衛の作庭した庭園が満ち溢れている。
誰もが入れる庭園といえば、円山公園などがある。枝垂桜で有名な名園。
公園の概念も明治以降のものだ。江戸時代まで日本では公共の庭園はなかった。
大名家の庭園・豪商の庭園・寺社の庭園。
常時解放されることのない庭園なのだった。
この写真はある非公開の庭園である。

やはり小川治兵衛の作庭。お願いして一日遊ばせてもらった。
閉じられた庭園、パラダイス。

img610.jpg

竹久夢二の描いたパラダイス双六。
弥生美術館に所蔵されているが、わたしはこの絵が展示されるたび、長々とその前に立ち尽くす。
わたしの好きなものばかりで構成されている。
美術館、博物館、動物園、水族館、図書館、芝居小屋、温室、オバケの森、音楽堂、亭、池、塔、遊園地・・・。

書物もまたパラダイスだと思う。
一つの宇宙がそこに閉じ込められていて、開かぬ限りはそのことに気づかない。
パラダイスそのものを描いた作品を挙げてみる。
『金色の死』谷崎潤一郎
『パノラマ島綺譚』江戸川乱歩
『蔵の中』横溝正史
『だれも知らない小さな国』佐藤さとる
『孔雀の庭』坂田靖子
・・・・・・

『金色の死』は大正三年の作で、岡村君と言う富豪の一人息子が箱根の芦ノ湖畔に壮大なパラダイスを作り上げるが、金粉を全身に纏いつかせて釈迦と見立てて死んでしまう、その顛末を友人の目から見た作品である。
ここでの描写がとても好きで、苦しくなるほどだ。
言葉の羅列がイメージを喚起させ、妄想をかき立ててゆく。
漢字に振られたルビがその仮名ではなく、英語やフランス語などの外国語であるために、一層ときめきが募る。(大正から昭和初期までの期間の作品に限るのだが)
古語とそうした言葉の使われ方が、描かれた風景そのものを凌駕している。
「・・・海豚の如く水中に跳躍して居る何十匹の動物を見ると、其等は皆体の下半部へ鎖帷子のような銀製の肉襦袢を着けて、人魚の姿を真似た美女の一群でありました・・・
牛乳、葡萄酒、ペパアミントなどを湛えた小さな湯槽が三つ四つあって、其処にも人魚が遊んで居ます。最後にわたしたちは、人間の肉体を以っていっぱいに埋まって居る「地獄の池」の前に出ました」
岡村君は、その全財産で古今東西の名画・名彫刻の三次元化あるいは二次創作をしたのだった。早い話がこの小説の読み処は、やっぱりその縷々と綴られた情景とあっけない『金色の死』そのものなのだ。
内容がどうこうとか思想がどうのということではない。
ただただ煌く文章に溺れるばかりだ。

『パノラマ島綺譚』も同じように全財産を自分のパラダイス作りに注ぎ込む男の物語である。当然ここに乱歩らしい死体のからくりなどがあるのだが、それはどうでもいい。
やがてみごとな作り物のパラダイスを作り上げてから、男は自らの肉体を以って、巨大にして華麗な打ち上げ花火となる。
燦爛とぶちまけられた肉片と血とが、彼の作ったパノラマ島に降り注ぎ、行き渡る。
目の眩むようなパラダイスの終焉がそこにある。
乱歩にはこうしたパラダイスを作り出す才能があるように思う。
『孤島の鬼』の中で綴られる「人外境通信」では狂ったパラダイスがそこに展開していた。

人工建造物でパラダイス=閉じられた庭園を作らずとも、狭い閉塞した空間に豊かなパラダイスを作り出した人もある。
『蔵の中』に納められているのは、幕府瓦解以前の大奥から頂戴したお人形や唐鏡、草双紙、幕末の退廃的な錦絵、古い古いオルゴォルなどである。
そしてそれらに囲まれて生を閉じる美少年。
「どこかで遠雷の聞こえるような、物憂い味気ない午下がりのことで、床の上に溜まった夥しい血が、晩春の陽を吸って的皪と光っていたということである。」
このラストシーンにただただときめくばかりである。
わたしはこの作品から『白縫譚』『恐怖時代』を知り、深く憧れた。それは今も続いている。

『孔雀の庭』はヴィクトリア朝を舞台にした坂田靖子のコミックである。
庭には孔雀が放たれ、空中庭園があり、池には金色の糸を吐く蜘蛛と小さな鰐がいる。迷路のような庭の其処此処にガレの作品が隠され、ひっそり立つ木はセガンティーニの『嬰児殺し』の木と同じ形をしている。屋敷に飾られたリューベンスの作品を屋敷の若い主人は『孔雀の庭』と呼んでいた。
「覚えて置いてください 僕はこの家を看取るために養子に迎えられたんです」
マクグラン画廊シリーズの一作だが、この作品がいちばん心に深く残る。
img609.jpg


パラダイスにはどうも死や頽廃の匂いがつきまとっている。
わたしのパラダイス観がそうなのかもしれない。
ここでパラダイスからユートピアへ転換してゆく物語を紹介する。
佐藤さとるのコロボックル・シリーズである。

『だれも知らない小さな国』に始まり、『豆つぶほどの小さな犬』『星から落ちた小さな人』『ふしぎな目をした男の子』『小さな国の続きの話』と連作シリーズは続いた。他にも短編集や昔話の体裁をとった物語もあるが、わたしもこのコロボックルたちに魂を奪われたファンの一人である。
その記念すべき第一作目『だれも知らない小さな国』これは間違いなくパラダイスだった。
そしてそこからユートピアの物語が始まるのだった。

戦前の多分、横須賀のもう少し奥くらいの町から物語は始まる。
小学生のぼくは自分だけのモチノキが欲しくて、仲間から離れて一人で山に入る。
その山の地図はここにある。img611.jpg

小さな小山と椿と泉などのある奇跡の空間。
ぼくだけの小さな国、ぼくだけのパラダイス。
しかしある日小さな女の子が王国に紛れ込み、その子の流された靴を拾いにいった時に、ぼくは<小さな人>を見る。
まぼろしか。でもぼくは確かに見た。
・・・やがて町を離れ、戦争が始まり、父を失くした戦後すぐのある日、ぼくはあの小山を思い出す。ぼくは再び小山に戻る。そして。

子供の頃のパラダイスは<ぼく>が行動を起こしたことから、ぼくとコロボックルたちとのユートピアへと変容してゆく。
ぼくと、あの小さな女の子は結婚し、共にコロボックル小国の庇護者としてこの小さな地を守ることになる。
物語はその次の世代にも及んでゆき、新たな協力者たちも現れてくるのだ。

『小さな国の続きの話』で<虚構としての物語>という構造そのものへの挑戦があり、ファンはますますのめりこんでしまった。
ユートピアとしての<矢印の先っぽのコロボックル小国>の物語は、この二十年聞かないが、今でもその地で続いていると、わたしは信じている。

閉じられた庭園、秘密の花園から時々わたしも外へ出よう。

新年挨拶と予定と記録

img608.jpg

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

新年のご挨拶と1月の予定です。

横山光輝展 川崎市民ミュージアム
ユーリ・ノルシュテイン展 ちひろ美術館
東映動画50年 杉並アニメーション
鈴木信太郎展 八王子夢美術館
志村立美展 弥生美術館
花鳥画 大倉集古館
鍋島公爵家 泉屋分館
浮世絵と川柳 たばこと塩の博物館
細江英公 写真美術館
アールデコ・ジュエリー 庭園美術館(二度目)
講談本に見る忠臣蔵 すみだ郷土資料館
衣笠貞之助 フィルムセンター
松田権六 工芸館
千住博 山種美術館
博物館に初詣 東博
ポンペイの壁画 サントリーミュージアム
日曜美術館の30年 京都文化博物館
京都御所の障壁画 京博
春を待つ 京都市美術館
揺らぐ近代 京都国立近代美術館
富士と桜 えき美術館
田辺聖子の文学 そごう(二度目)
徳岡神泉 松伯美術館
茶の湯の美術 大和文華館
ピカソとモディリアーニの時代 大丸アクティ
川崎小虎

まぁ正月は色々忙しいのでおとなしく・・・?すごします。

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