美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

長浜ツアー盆梅その他

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盆梅展誉れの梅『不老』推定四百歳。

先日滋賀の長浜に遊びに出ましたのだ。
長浜は「豊臣秀吉がまだ木下藤吉郎だった頃、琵琶湖の西に金目教と名乗る怪しい宗教が」by「仮面の忍者赤影」・・・の少し後くらいに琵琶湖の北に城を築いた町。
大阪から新快速で直行もあるけれど、時間の都合でわたしと友人は乗り継ぐことになってしまった。
1850円x2の往復だけど、チケットショップで200円ほど安いのを買って長浜へGO!
・・・とにかく遠い。二時間ほど。しかも途中で遅延もあったし。
わたしはあんまり田舎な風景の中にいると心細くなって、早く帰りたくなる。←根性なし。

でもついてからは元気が出てくる。
観光mapは既に手にしてたから道にも迷わずてくてく。十年位前一度来たこともあるし、まぁなんとなくわかる。
今回は盆梅展が目的。
ボンバイ。ボンバイエは猪木・・・などとつまらぬことを言いながら歩いた先に馬酔木の花で有名な大通寺の門前へ。
そこの一隅で鴨鍋を食べる。ランチにしては贅沢だけど、寒いしね。
雑炊まで食べておいしかったけど、ロースはともかくツミレに軟骨があり、刺さった。

目の前の大通寺に入る。木彫の見事さに感心した。
なんといっても寺の総門の唐獅子が可愛い。
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右と左。P1308-2.jpg

千円の観光チケットを買う。指定観光地(美術館とか)3ヵ所と盆梅展が見れるセット。
おやおや浅井でも盆梅展しているらしく、無料送迎バスがある。しかし時間の都合で諦める。
寺では見事な馬酔木の盆栽がたくさん並んでいた。
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二年前奈良の志賀直哉旧邸で白い花の群生を見たが、盆栽だとピンクもあるようだ。
なかなか可愛い。これは馬にとっては神経系統の麻痺を促す力があるそうで、それでこんな字がついている。
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本堂の折上げ格天井や欄間の彩色木彫は見事だけど、撮影はしなかった。
大広間の絵。P1310.jpg

結構寒い日なので畳にも床にもいたたまれない感じ。
でもこの襖絵の獅子は元気者。IMGP1309.jpg

クリックすると巨大化して飛んでくる。

そこから方丈とか庫裏とかうろつく。
岸駒の金地に墨痕淋漓な白梅図の襖絵。チラシにも使われている。
みごと。img799.jpgimg799-1.jpg

クリックしてください。こちらはチラシからの画像。
狩野山楽の絵もあるそうだけど、ちょっと見た記憶がない。
でも山雪の鳩の絵があった。こちらもチラシから。
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そこから一番にぎわう黒壁スクエアへ向かう。
何しろ小さい町なので徒歩数分。でました海洋堂、フィギュアの帝国。
入り口には等身大の北斗の拳のケンシロウと、大魔神のフィギュアがお出迎え。友人はケンシロウと並び、わたしは大魔神と2ショット。
ここで時間を取りすぎるとまずいので、涙を呑んでサヨウナラ。
近々日本橋へ行こう・・・と言うキモチが湧いて出る←ヲタ。

なにしろ寒くてやりきれない。
蓬餅の焼餅のお店に入り、店内でおいしいお茶と焼餅をいただく。
おいしかったわ?おなかいっぱいとか言いながら、おやつは別腹よ。
そこから黒壁ガラス館に入ったり色々見て回り、ガラス美術館に行く。
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ラリック、ガレなどの作品が江戸時代からの町家に展示されている。
襖絵は比良八荒。地元の日本画家・鈴木靖将の絵。彼の奥さんは先日の日曜美術館でも取り上げられていた三橋節子。
三橋節子については梅原猛の『湖の伝説』という評伝が詳しい。
子供の頃それを読んで泣いてしまったことを思い出す。
いわさきちひろ・三橋節子の死は、子供を残して逝かざるをえない母の悲しみに満ちている。

この屋敷の建具は見事だが、撮影禁止。ガラスを撮るのではないから建築目的ならどうかと思うものの、問い合わせるのもやめた。
昭和半ばの新聞記事が貼り付けてある。
建具の文様の見事さを論じた記事。ほら、やっぱりステキ。
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チラシの下には水琴窟が掲載されているが、わたしたちはキンコロカンという涼やかな音色を楽しんだ。・・・でも・・・
日本の楽しみは風情があるが、寒さの前にはちょいと負けたのだよ。

出てから曳山記念館の前を通ったり。ここは子供歌舞伎が残っている。
演目もなかなか本格的。見てみたいがここへ来るのが遠くて・・・←根性なし。
開智学校は可愛い。ところがこれを撮影するには駅前通りを歩かねばならない。風。すごい北風。もぉアカン。
泣きたくなってきた。P1315.jpg

でも撮影した。わたしはえらい。(自分でほめておく)

芋金つばを買いに行く。おいしそう。
それを土産にいよいよ長浜旧駅舎へ。
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(チラシから)
以前もきたけど、今はここへ甥っ子を連れて来たいな。
長浜市内の商店のチラシ(引き札)特集がある。
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わたし昔の引き札けっこう好き。飯田橋の凸版印刷の印刷博物館では、自分の好きな絵柄をチョイスして、引き札(絵葉書サイズ)を作るコーナーがある。けっこう楽しくて好き。

D51がある。P1317.jpg

うーん、立派だ。昔の映像が流れている。延々と石炭放り込み燃やし続ける。石炭が黒いダイヤモンドなのがよくわかる気がした。
その現場に立つ。今は当然ながらカラだけど、なんかこわいな。
そうか、『ボルサリーノ・2』思い出しているのか、わたし。
わたしは近代建築好きのケンちゃんだけど、妹は鉄道ファンのテッちゃんなのだった。

外へ出ると、自動車の行き来が激しい。
ここの先にラリックをメインにした成田美術館がある。
またいつか来る日があればその時は。

お向かいの慶雲館が盆梅展会場。元はさる方のお屋敷。
見事であるよ。P1318.jpg

なんといい匂い・・・梅の甘い匂いに陶然・・・

建具も素敵なところに白梅。
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梅。すばらしくいい匂い。梅林にいるより強く感じる。
鎖された空間だからか。
いいきもち・・・
わたしは<匂い>と書く。<香り>はあまり私は使わない。
<匂い>と書くと、なまの実感がそこにある気がするから。

うっとりしたところで売店に下りてモロコの飴煮とシジミの炊いたのを買うて帰る。
長浜から新快速で大阪へ。さすがにこれは乗り継ぎなしの直通。
梅を色々楽しめて、けっこう楽しい日帰り小旅行でした。
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挿絵―清方・まさを・しげる

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加藤まさを「佐保媛」

野間記念館では主に少女倶楽部で昭和初期に活躍した加藤まさをと須藤重の展覧会があり、鎌倉の清方記念館では明治大正期の清方の挿絵と口絵の展覧会が行われている。

清方は『文芸倶楽部』での仕事がメインに展示され、野間では雑誌の原画展覧会『誌上の光彩』シリーズとして、叙情画のまさをとしげるが選ばれていた。
加藤まさをは童謡『月の沙漠』の作詞者として、千葉の御宿にも記念館がある。

 月の沙漠をはるばると 旅の駱駝が行きました
 
 金の鞍には銀の瓶 銀の鞍には金の瓶


叙情画だけでなく、文にも秀でた人だった。
国書刊行会から復刻出版された『消えゆく虹』『遠い薔薇』といったせつない少女小説は読むほどに哀しくなる。

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まさお「誰から」

ややメランコリックな影を帯びた顔立ちの少女が、色合いの綺麗な銘仙を着ていたりする。見たことのある人もいるように思う。
一方須藤重は目鼻立ちのはっきりした端正な少女や娘を描き、胡粉や金粉を刷いた独特の煌くような色彩を彼女たちにまとわせた。

展覧会には主に昭和初期の『少女倶楽部』の口絵などが並んでいた。
一枚物で、物語のワンシーンやふとした情景を描いている。
『嵐の夜』『われは海の子』『晴れ着』『秋夜曲』『カンナ咲く頃』
・・・タイトルを並べるとそれぞれのイメージが浮かび上がる。
静かで美しい叙情画がそこにはある。
『安寿と厨子王』『義経を迎える静』『巡礼お鶴』『月姫』『海の女神』・・・物語が自ずからそこに現れるだろう。
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しげる「名月」

こちらはまさを・しげるの物語絵。
講談社の絵本シリーズにも二人は麗筆を振るっていた。
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ところが残念ながら、この展覧会に現れた画像が殆どない。
そこでわたしの持つコレクションから挙げた。

一方、清方の出発点は実父の主催するやまと新聞のカット絵や挿絵からだった。それがあまりに人気で、超多忙のために具合が悪くなったのだ。それで本絵に絞ったのだが、晩年は『卓上藝術』と称して、絵巻や色紙の形で、かつて愛した芝居や物語をさらさらと絵画化した。
回帰した、と言ってもいい。

清方の魅力は決してタブローだけにとどまらない。卓上藝術、随筆、といくつもの道がある。
そのうちの一つを少しでも伝えたい。
ここにあるのは展覧会に現れた文藝倶楽部の仕事から。
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コスモス。大正二年だからまだ顔立ちも後の清方美人とは違い、ややふっくらしている。

清方の少女。
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双六は昔の子供だけではなく、大人にとっても楽しいゲームだった。
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艶かしい女だと思う。大正半ば頃から清方の描く女が変わってくる。
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最後にしげるの『月姫』
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きらきら煌いて、月の光のかけらがこちらにまで降りかかるような気がする。

挿絵・口絵の愉しみを知るわたしは幸せだと思う。

ムットーニのからくり書物

市ヶ谷と府中との間に芦花公園がある。
世田谷文学館の『ムットーニのからくり書物』展初日に出かけた。
SFマンガ家の寺沢武一の祝い花があった。
各界にファンも多いだろうと思いながら会場に入ったが、後で「あ・・・」と呟くことがあった。
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入り口にまるで番人のように二体の人形が立っている。
衣裳の白い、若い男とやや老いた男とがいる。
まるで地獄の門のようでもある。
そこを過ぎると暗い回廊があった。

右手にはムットーニの生み出したからくり人形たちが、ぼんやりした灯りに照らされてその姿を見せ、左手の壁には彼らの設計図、すなわちムットーニの脳髄から流出した地図が貼り出されている。
人形たちは常時ライトを受けているわけではなく、こちらが通るのを見澄まして、ぼんやりとその姿を浮かび出させる。
行過ぎればその姿はなく、戻れば嘲るように消える。そのくせ不意に浮かび上がる。まるで挑発するような、動き。
人形のライトアップは計算されて設定されているはずだが、なぜだか恣意的な動きを見せるのだった。

椅子に座るウサギを取り囲む男たち。まるでウサギは被告人のようにも見える。このウサギはアリスを誘惑した罪を問われているのかもしれない。

羽根のあるもの。しかし飛ぶことはないだろう、きっと。
(ハーピーと言うよりハルピュイアと発音したい気がする)

ムットーニの地図は設計図と言うより星界図のようである。ダ・ヴィンチが見れば、ここからまったく違う機械を生み出すかもしれない。

星が動く。天動説のようなカンテラを持つ人形たち。
入り口にいたのではないか、あなた方は。
彼らは何も答えず、ただ光を示そうとする。

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(小さな画像をクリックすれば、そこにムットーニの世界が開く)

道を曲がる。
そこには大きなのぞきからくりが据えられていた。タルホの『星を売る店』
ムットーニの回顧展に現れる秘密の箱。眠り男ツェザーレかヴァンパイアが待ち構えているかもしれない。それとも古墳から持ち出した棺なら、眠るのは誰だろう。
いくつかあるのぞき窓。睫毛と眼球の短い距離の間に、異なる情景を見ていないか。右眼と左眼は同じものを見ているか。
少し、自信がない。

突然荘厳な音楽が鳴り響いた。
カンタータだ。わたしは異教の地で神に呼ばれる人のように、そちらへ向かった。
初日を祝う信者の群れの中に入る。
音楽は響き渡り、きらめく光が四散する。昇天する少女。
数年前わたしは大晦日の夜を北御堂で過ごしていた。
宗派は違っても除夜の鐘を打たせて貰えることが嬉しくて、そこにいた。大きな会堂で、巨大な金色の仏像が伸びあがってくる幻覚に襲われたが、そのときとよく似ていると思った。

そこから横滑りに移ると、一人の男が波間と船との間に浮かんでいるのに出くわした。太陽が海から上り、沈んでゆく。地球が円球状だということがわかる気がした。この男は何をしているのだろう。
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・・・ムットーニの低く張りのある声が響いた。
聞いたことのある言葉。文字の連なり、悪夢のような物語・・・
夏目漱石の『夢十夜』の第七夜だった。
船から投身自殺する男の悔恨と波間に沈むまでの様々な思い。
人形は海にも船にも属することなく、そこにいた。
波は迫ってくる。しかし男は(漱石は)波に沈むのだろうか。
・・・たぶん、壊れてもきっとそこにいる。

宮沢和史の楽曲をムットーニは自分のからくりに閉じ込めた。
わたしは宮沢和史のファンでその音楽世界に長らく溺れていた。
彼は音と詩とで物語を数多く作ったが、ムットーニはそこから新しい物語を作った。
詩人の観念から生み出された女はミューズなのだろうか。
彼女はそこにとどまるのか、それとも飛び立つのか。
秋に世田谷文学館で宮沢和史の展覧会があった。レトロスペイクティブなのかそれとも新たな模索の始まりを示す会なのか、それはわからない。
どうしてかわたしは行くことができなかったのだ。
しかし今、こうしてムットーニの新作として別な活き方を始めていることを考えると、新しい世界の始まりだったに違いない。惜しいことをした。
丁度今月のJALの機内誌に宮沢のロングインタビューがあった。
・・・見に行くべきだった。
もう遅い。だからわたしは今、ここでムットーニのからくりを見ているのかもしれない。

レイ・ブラッドベリの描いたアストロノーツがいた。
彼はきらきら煌きながら宇宙に光跡を残している。『万華鏡』ムットーニが着想を得たその小説のタイトル。彼は帰還できるのか、宇宙に永遠に囚われるのか。物語とムットーニとの間に別な道が開いている。

わたしは村上春樹の小説を読まない。
世界に開かれた彼の文学に触れることがない。
ここにあるのは少女の物語だった。村上春樹の作品を知らないわたしは、ムットーニの低く響く言葉を聴き、眼を見開く。誰の言葉か知らぬまま、わたしはその言葉に溺れる。
ムットーニの手から生み出された人形の少女は絶望的な状況にある。
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室内に一人立ち尽くす。ドアの向う・・・鏡の中の少女、そして少女は床に飲み込まれてゆく。
この先もわたしは村上春樹を読むことはないように思う。
ムットーニを通じた中でしか触れることはないだろう、きっと。

‘95にここに設置されてきた『猫町』の新しいバージョンがあった。
『裏猫町』。丸い顔、三角の耳・・・私はこの町に行きたい。
そしてその隣には『書斎』が並ぶ。
わたしはその書斎に引き篭もりたいと思った。
錬金術師、魔法使い、怪道士、ジキル博士、それから・・・。
きれいに片付いた部屋よりも、書物で溢れ返った書斎が好きだ。
階段ははしごになり、外界または異界への通路になる。
わたしも人形になり、ここにいられたら何をするだろうか。

『最後の晩餐』 招待された晩餐の席に姿を見せるあるじ。白い顔、赤い唇、黒い衣装。
左右の美女たちの名をわたしたちは知っている。棺に記されたのが彼女たちの名前だ。死んだ年の書かれた棺。彼女たちは忠実にそこに立つ。
あるじの名をもわたしたちは知っている。そして彼が何を好むかも、知っている・・・

『トランスミッション・カプセルズ』
生身の女の生命が隣のカプセルのアンドロイドに転移されようとしている。
これを見たとき、寺沢武一の花を思い出した。
彼の描いた『コブラ』の相棒レディ。
生身の体から機械へ転移することは、二度と戻れぬ旅なのだ。
レディ、キャシャーン、メトロポリスのマリア・・・
生命とはどこから来てどこへ消えてゆくのだろうか。

会場にムットーニ氏がいた。そっと現れ、そっと消えた。係員が巨匠、と呼びかけていた。小さな会話がわたしの耳に飛び込んでくる。
マエストロ。

わたしはムットーニになんと呼びかけようか、考えている。

海をこえた出会い

府中市美術館に初めて行った。京王府中駅からちゅうバスと言うコミュニティバスに乗る。100円なので嬉しいが、ぎゅう詰め。30分に一本だからこうなるのか。
公園の中に美術館があるが、周辺住民の憩いの場みたいな感じでけっこうだ。
『海を越えた出会い 洋画と洋風画』。
以前からここに来たかったが、遠いのでなかなか踏ん切りがつかなかったのだ。しかし来た甲斐のある展覧会だった。
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チラシには郡山美術館所蔵のウォーターハウスの女がいた。
彼女に誘惑されてのこのこ出てきたのだが、彼女だけではなかった、わたしを捉まえたのは。

洋風画の時代として、<異国としての中国>と<西洋との出会い>とコンセプトを分けられた作品が並ぶ。皆江戸時代。司馬江漢と亜欧堂田善が多い。
洋風画と言うのは建築で言えば擬洋風にあたるだろう。
正直言うと変なのだが、その<変>さが先人の努力なのだな。
こうした積み重ねがあるから・・・と言いながら、やっぱりビミョーだ。

チラシにあるのは『円窓唐美人』だが、同じ江漢の『王昭君』の方がわたしは好きだ。はかないような微笑を浮かべていて、松に寄りかかりながら琵琶を抱いている。

びっくりしたのが亜欧堂の世界地図。1810年の地図。なかなか正確なのだが、何法に基づいているのかちょっとわからない。しかし立派な地図だった。
この美術館で以前亜欧堂の展覧会が開かれたとき、それで初めて彼を知ったのだ。文化頃の活躍期の絵師らしいが、なかなか面白い作品が多い。
『海浜アイヌ図』 座る女がなにやら今風のおねえさんなのも面白かった。

安田雷洲『丁未地震』 逃げ惑う人々を銅版で描いているが、ちょっとこの図を見てスウェーデンボルグの霊界煉獄界を思い出したり、ウィリアム・ブレイクを思ったりした。

江漢『馬入川富士遠望図』 向うの富士山と手前の小鳥との遠近感が面白い。なにかパラドックスのようで。

いよいよご維新を迎え、洋画の時代へ。
五つのコンセプトがある。
『外国人の見た日本』 ワーグマンやビゴーの作品がある。
ビゴーはわたしの近所・伊丹市美術館にたくさん所蔵されているので、親しみがある。
ここに描かれている人々は全て<外国人の目から見た>明治の日本人なのである。
傘を背負い三味線を弾く女、托鉢する人、西洋人の旦那についてそのスケッチを見守る女中(オヤオヤやんきー座りしてる)、日清戦争の風刺画もある。

『東西の風景 バルビゾン派と日本の画家たち』
五百城文哉『小金井風景』 描かれた橋は小金井橋らしい。古写真による裏づけがある。桜と川と橋。
なんでもかつては小金井は日本のバルビゾンと呼ばれていたそうな。
(池袋モンパルナスと同様の言いかもしれないが)

『伝統の継承』
カバネル、ローランスと言ったアカデミックな外国人画家。
明治初期の洋画家・鹿子木や不折、芳翠らの重く、そして物語を感じさせる作品が集められている。しかしながら、「もっと光を」と言いたい気になるのも確かなのだ。

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王冠も顔立ちもきれいだ。カバネルは数年前の『万国博覧会の時代』展でもステキな女神があった。
思えば今の日本は光を呼び入れた印象派の作品を大多数の人が愛し、こうした重いアカデミックな絵は好まれなくなっている。
わたしも描かれた内容がロマンチックだから惹かれているのに過ぎない。

ローランス『オリエントの皇后』
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ビザンチン風の装いがステキだ。
絵画の技法がどうのと言うことになれば、古臭いのだろうが、そこに魅力があるのも、不思議な話だった。

不折『八重の潮路』 美しい男が眠るそばにワニが寄り添っている。
不折は日本神話や中国の故事を絵画化した作品が多いので、これも多分そこからだろう。
男とワニと言えば、山幸彦と豊玉姫の神話を思い出す。
どうもそんな気がする。古事記の中に「八重の潮路」という文があったかどうか、ちょっと今思い出せないのだが。
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『光を求めて』 いよいよコラン以来の外光派のコーナーが来た。
チラシにあるピサロ『エラニーの農園』。1885年。先のローランスの絵より20年も前の作品なのだ。見るだけで開放された明るい気分になる。

コラン『フロレアル』 草の上に寝転ぶ裸婦。この構図は人気があるのか、わりと多く見てきた。女の表情にも惹かれる。たおやかにやさしい顔。
こんにちは、気持ちよさそうですね 
そう話しかけてもおかしくないかもしれない。
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『田園恋愛詩』 以前この絵を使ったチラシを得た。今も大事にしているし、その展覧会に行きたかったが、行けなかった。新潟は遠かった。
この絵が府中市の所蔵とは知らなかった。それだけで嬉しい。
ダフニスとクロエのような二人。

チラシにある太田喜二郎『ベルギー風景』を見て一言「モネしてる」と呟いてしまった。モネでよかった、マネなら・・・

それにしてもリュクサンブール公園は絵になる場所なのだと思う。
以前与謝野晶子が描いたものも見た。そして児島虎次郎も描いていた。
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この噴水が魅力的なのだろう。それらを見て、いつも思うことは「行きたいよー」これだった。

最後のコーナーに来た。
『青木繁とラファエル前派』 わたしは青木に惹かれて洋画を見るようになったので、とても嬉しかった。

そしてウォーターハウス『フローラ』img783.jpg

水仙を摘む女。ピンクの衣裳が彼女の身にあっている。森のずっと向うに白い一団が歩く。物語の背景はわからない。
しかし彼女に会えて、ただただ嬉しかった。

青木と恋人の福田たねとの『逝く春』 琴を弾く女、足元には月琴がある。孔雀の羽、薔薇・・・文字を書くだけでも浪漫を感じる。
散らばる本は源氏物語だろうか。みをつくし、うつせみ 日本語の美を示す文字たち。
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青木と森田恒友『森の夕』 ラファエル前派と言うより別な派の影響を受けたような作品。紫色がそう感じさせるのか。
青木の点描による『海景』や日本武尊素描もあり、興味深く眺めた。
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『少女群舞』 油彩がエナメルのように煌いていた。これは近年収蔵された東近美の『輪廻』と構図が似ている。あちらより大きな絵だが、本当にこのタイトルなのだろうか、と思った。
まるでステンドグラスかモザイクのように見えるが、青木が意図してそのような塗り方をしたとは思えない。
この貫入のような美は、作品の生命を脅かすと同時に、深い魅力をそこに齎している。

随分よいものを見た。

作家バトン

作家バトンをlapisさんのところから拾ってきた。
だから今日は本当は世田谷文学館でのムットーニのことを書く日だったが、後回しにする。
ドキドキしてきた・・・
ルールは以下のとおり。
◎→知ってるし、好き
○→知ってる
△→名前だけ
×→知らない

*最後に、作家を一人付け加える。

長いので申し訳ないかも・・・

国華余芳 明治の古美術調査

市ヶ谷に下りるのは一年ぶり。去年の今頃ここの山脇ギャラリーに日本のサーカス・見世物チラシを見に来ていた。今回はお札と切手の博物館へ行く。独立行政法人。国立印刷局博物館と言うらしい。
大阪には小銭の造幣局があるが、都内には札を作る機関がある。博物館の常設展示自体はそうそう変わるものではないので、軽く見て回る。
小さい子供が興味を持ちそうな作りにしてあるので、こういうとき手元に子供がいる人が羨ましい。
今回わたしが見に来たのは『国華余芳の誕生 明治における古美術調査の旅』展。
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『国華』と聞けばすぐに、明治以来の古美術雑誌を思い出す。てっきりそちら方面の回顧展または資料展かと思って、防衛庁のお膝元までやって来たのだ。
しかし実際には違った。あちらは明治22年岡倉天心らの手で「夫レ美術ハ国ノ精華ナリ」という理念の下で発行され続けた雑誌であり、こちらは東京新聞によると、
明治12年に印刷局一行が行った古美術調査の旅とその成果をとりまとめた多色石版図集『国華余芳』の魅力に迫る特別展です。本展では、『国華余芳』の美術的・技術的側面、そしてそれがどのように役立ったのかという機能的側面から印刷局による文化財調査の意義を解明します。
というものなのだ。サイトではもっと詳しく書かれている。
以下必要事項。
『国華余芳』とは、旅先で観覧した文化財や山川風景を選りすぐった図集・写真帖です。なかでも特筆すべきは、多色石版印刷で精巧に再現された正倉院御物や伊勢神宮神宝で、カラー写真の技術がない当時、写実的な『国華余芳』は美術品図集の先駆けとなりました。
お雇い外国人キヨッソーネと日本人技術者たちとの交流もここに見えて、とても面白かった。キヨッソーネは紙幣を作るのに技術指導したイタリア人で、この人の集めた浮世絵展などの展覧会が、知る限り過去二度ばかりあった。

この『国華余芳』の凄いところは多色石版印刷というところなのだ。渋谷文学館で見たポスター(冒頭の図版)に惹かれて、わたしはここまで来ている。
あの図版をもう一度見ると「アレレ」なことがある。欠落している部分に気づく。現在では修復された姿しか我々は見ない。その前の状態での姿を描写しているのだ。
これは凄いことなのだった。

調査ツアーは明治12年5月1日に大手町出発の9月19日までの142日間。局長得能良介を隊長にキヨッソーネ、カメラマン、通訳、科学班の者らで構成された調査隊は日光、伊勢、奈良、諏訪などを回り、陵墓や博物館も訪問し、武具・仏具・古文書などを調査しては、模写や撮影を続けた。
その精華がこの『国華余芳』となったのだ。
それ以前は明治5年の壬申検査と呼ばれる調査があり、なんとか政府も日本の古美術の海外流出を止めようとしていたが、どうもあんまりうまくいかなかったようだ。
(尤もそれで「百年の眠りから醒めた」と冠されるステキな里帰り展などが見れるのだが)
関係ないが壬申の乱から丁度1200年の年だったのだ、その調査は。

『国華余芳』の冒頭文がなかなか面白い。少し写してみた。旧漢字と旧かなにカナなのだが読みにくいし打ちにくいので、ここではかなで通す。ついでに句読も入れる。
「夫れ峰嶺の峨々たるを仰ぎては懐抱を高尚にし、江河の滔々たるに臨みて、勉強の念を発起す、是れ自然の理なり、況や書画器具の類、古人精神の寓する所、一たび之と相接すれば、膝を交えて其指授を受けるが如し、観感の際・・・・・」23行X21文字が最後まで句読点なしなので、ちょいと疲れる。

『国華余芳』は神社仏閣の写真集と、文物の石版画の二つに分かれている。
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焼失前の金閣。セピア色なので金がどこにあるのかよくわからないが、これが義満の金閣なのだった。

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佇まいの変わらない法隆寺。
わたしは古写真を見るのが好きなので、それだけでもこの展覧会に来た甲斐を感じる。

次に画集。にほんの技術の高さをまざまざと感じる石版画集。
正倉院の御物から『碧地金銀絵箱』img773.jpg

写真ではなく石版画なのだから、やっぱりすごい。

冒頭にあげた『平螺鈿背円鏡』 小さな楕円は外れたパーツ。
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参考として、現在の写真もあげよう。
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他にも色々出ていて、これらが無料展示されているのにも感心した。
いや実に全く。

最後に一枚現代の石版画の図版を挙げよう。
この展覧会のためにその実演されていた技師さんからのプレゼント。
ありがとうございます♪
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展覧会は3/4まで。古美術や石版画に関心のある方は市ヶ谷へどうぞ。
http://www.npb.go.jp/ja/museum/event.html

誰も知らなかったウォリス

東京都庭園美術館は不思議な画家の展覧会を開催している。
タイトルもそう。
『だれも知らなかったアルフレッド・ウォリス』副題が『ある絵描きの物語』。
無論誰なのか・何を描いたのか・どのように描いたのかも、知らない。
5W1Hがそのまま活きている。Who,what,why,when,how・・・・・・・
その答がここにあるのかどうか知りたくて、金曜日の夕方てくてく訪ねた。
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チラシの『青い船』 船体が青く、帆は黄土色に見える。波の感じから見て、帰ってきたのか停泊しているのか。
わたしは船には全く詳しくないし、資料もない。手元にあるのは川原正敏の『海皇紀』だけ。船の違いをちょっと勉強しよう、と絵を見ながら思った。

美術館のサイトによると、こうある。
イギリス、コーンウォールの港町、セント・アイヴスで船具商を営んでいたアルフレッド・ウォリス(1855?1942年)は、七十歳になってから独学で絵を描き始めた異色の画家です。その発見のきっかけは、1928年、セント・アイヴスを訪れた画家のベン・ニコルソンとクリストファー・ウッドが偶然ウォリスの家の前を通りかかり、壁に掛かった彼の絵を眼にしたことによります。
その作品は漁夫、船具商としての前半生を反映するように、荒海を航行する帆船や汽船、灯台、セント・アイヴスの港や街の情景などを、ボール紙の切れ端や板に船舶用のペンキや油彩で描いたもので、現代の美術が失った素朴な味わいに満ちています。
ウォリスのイギリス美術界への登場は、ピカソによる税関吏アンリ・ルソーの発見にも比すべきものがあり、ニコルソン、ウッドは一時期、ウォリスに影響されプリミティヴな風景画を描いていたほどです。イギリスでは高く評価されているウォリスの画業ですが、わが国では「芸術と素朴」展(世田谷美術館、1986年)、「セント・アイヴス」展(世田谷美術館ほか、1989年)においてその一部が紹介されたに過ぎません。 

本展はウォリスの絵画・素描・オブジェ80点余り、ウォリスを発見したニコルソン、ウッドの作品約10点、および関連資料により、その生涯と芸術の全体像をわが国で初めて紹介しようとするものです。ロマンティックな情感に溢れた船の浮かぶ海景や、愛らしい動物や鳥、小さな家が描き込まれた田園風景は、多くのひとの心を捉えるに違いありません。

・・・とにかく本当の意味での素朴な絵画だった。
長らく船乗りとし生き、船具屋になり、老人になってから手遊びに大好きな船を描いた。
描いた以上は飾ろう、家だけでは足りないから店にも飾ろう・・・
多分、そんな感じ。

地元の名士はニホンにも出かけていたバーナード・リーチだったろうが、ご近所のごくごくドメスチック有名人はこのウォリスだったのではないか。
技巧も何もないけれど、「ああ喜んで好きに描いてはるんやな」という感じが一番にする。
遠近感も建物の構図もパースも言えば「・・・」なのだが、子供が一生懸命自分の手で絵を描いたのと同じ力がある。テクがないから建物も平面的なのだが、それがどうしたという気持ちにもなる。
描きたいものを描けばいいのだ。ウォリスは描きたいものを描き、それを続けた。
すごくいいことだ。
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『セント・アイヴスを離れるボート』 このボートを見ると、縁日の夜店で動きを見せる、ブリキで出来た小さなオモチャの船を思い出す。ブリキの船は盥の中を航行していたが、絵の中の船はどこへ向かうのか。

わたしが気に入ったのは『ジブラルタル』。ジブラルタル海峡とは大西洋と地中海の境にある海峡。
ここにあるのはその島。(本当は半島)中腹まで階段の伝わる山。なんだかこの山に登ってみたくて仕方ない。

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若い頃にアルバ号の遭難を目の当たりにしたのが、一連の『遭難』シリーズを描くきっかけになったらしい。この絵は随分晩年の頃のもの。波をかぶる船。稚拙さを通り越す力強さと言うか、リアルな実感がある。
それで思い出した。
坂田靖子のマクグラン画廊シリーズの中でこんなシーンがある。
カリブ海の嵐の情景を描いた絵を見た女客が言う。
「嵐の中で絵を描くなんて大変でしょうね」
連れの男が答える。
「嵐の中で描く訳じゃないんだよ。見た後で走って帰って描くんだ」
「まあ」
・・・わたしはこのやり取りが大好きなのだ。
なんとなくこの絵を見ながらそのやり取りを思い出していた。

ウォリスの人物はみな同じパターンで描かれている。
この『門に至る道』には犬を連れた人物が出ているが、甲板で働く船乗りも陸を歩く人もみんな同じ描かれ方をしている。技法の問題ではなく、これは思想の領分かもしれない。
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ギザギザな魚の歯も鋭い絵や、上向きの枝が良く茂る木々なども興味を引かれる。
描きたいものを描きたいだけ描いた。それが何よりいい。

朝香宮旧邸を美術館にしているから、当然ながら部屋部屋を巡ると言う順路を踏む。
いくつ目かの部屋で係員と話す人がいた。
「船はウォリス本人だと思う」
係員も同意している。なるほどそうも考えられる。
その船を三十代始めに下りて陸住まいを始め、晩年になってから紙どころか箱にも木にも鍋にも船を描き続けた。陸者(おかもん)になってから延々と。
箱に描かれた絵はトールペインティングのようで、ちょっとした工芸品のように見えた。
もしウォリスがわたしに絵をやると言ってくれたら、わたしは箱や缶に描かれたものをねだるかもしれない。絵は上部に画鋲の痕らしきものが点々とある。形もきちんとしていない紙。
目に付くもの・手に取れるもの全てに描く。ちょっとパラノイアで偏屈なところが見えるが、誰に迷惑をかけたわけでもない。

いい人生だったと思う。ウォリスの墓の陶板はリーチが作った。
燈台に入ろうとする老人の後姿。
地元の陶芸家の目にはこう見えたのだろう。とてもふさわしい。
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クリックしてください。

ちりめん細工は可愛い

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たばこと塩の博物館で、縮緬細工の小物やおもちゃなどの展覧会が開催されている。
行くと、予想通り圧倒的に年配女性のお客さんが多い。
感想も予想通り。
「なつかしー」「かわいいー」「作りたいー」「持ってた持ってた」
縮緬の小物は昔の女の子のグッズだったのだ。
江戸時代から明治大正昭和初期がメインかと思っていたら予測外れで、平成作のが随分多い。
これらはカルチャーセンターでの制作になるようだ。
新しいものも古くから伝わるものも、共にとても可愛い。
小物というよりグッズ、グッズと言うより小間物が一番<ぽい>かもしれない。あたしも欲しいよ。

わたしはあんまり裁縫が得意ではないので作っても売れないし、コレクションにも出来ないようなデキだろうが、やっぱり簡単な作り方が示されているのを見ると、ちょっと作りたいような気もする。
椿が一番可愛い。それから鯛。結局縮緬の赤色が可愛いからいい感じに見えるのだな。普段なら目を閉じて通り過ぎるトリでさえも、可愛いと一瞬思ってしまうほどだし。

縮緬ていいなぁ。お守りもあるし、小銭入れもある。実用性がどこまでかは知らないが、気分は楽しくなる。
今回の出品の多くは、姫路の向うの日本玩具博物館からだ。福崎ICのそば、香呂駅から無料レンタルサイクルで10分ほどのところ。
わたしもこれまで何度か行ったが、世界中の古今のおもちゃが集結していて、とても楽しい。そこからの出開帳ですな。

色んなお守りを見るうちに「えっ」となったのが『ちょろけん』
これ、杉浦日向子の『百物語』にも出ていたし、山村流の舞踊にも残っているが、京都での祝福芸だったのか・・・。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-494.html
こちらのラスト近くに少し書いているが。
長老軒ちょろけん、そうか。色々な感慨が浮かんでは消えて行くなあ。

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クリックしてください。
傘がある。これは釣られている。可愛くて仕方ない。どこだったか、お雛様の飾りにこんなきれいな支度をするところもあると聞いた。
楽しくて仕方ない。
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縮緬で作られたお寿司や和菓子もある。布製ドールハウスグッズ。
もぉぉ、こんなのがまた好きで仕方ない。
いいなーいいなー。

福助や犬張子などは定番だが、もらえるなら・買うなら、わたしは椿か梅がいいな。

見ていて本当に楽しくなる展覧会だった。
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伝説のツワモノ渋谷金王丸展

たばこと塩の博物館から渋谷文学館へ向かう。ハチ公バスで渋谷区役所から文学館前までだからとても楽。これで100円なのは助かる。
ここへは三度目。奥野健男、折口信夫、と特別展を楽しんでいる。
今回は『伝説のつわもの・渋谷金王丸』展。
向かいに國學院大學があるからか、民俗学的な内容の展覧会で、とても興味深かった。
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渋谷の地の豪族・渋谷氏に生まれたという伝承のある金王丸。こんのうまる、というのが正しい。
彼の名は幸若や平治物語に見えるが、稗史に出ても正史に出ない、伝説のつわものなのだった。
江戸時代にはポピュラーな人だったらしく、国芳らの浮世絵にも描かれている。
平治物語と言うことは源平合戦の前哨戦からの登場だが、幸若では『鎌田』にその名が出ている。こういう伝説のキャラは各地に足跡が残るもので、展示された資料から見ると、実にあちこちに出没している。
しかもかれは途中で変名したらしく、土佐坊昌俊がその後身だと言う物語もあるのだ。
土佐坊昌俊と言えば堀川夜討に現れる、義経襲撃の首謀者である。
その芝居の中で、義経から昔と立場が変わり云々と諭されるシーンもある。つまり土佐坊と義経は昔何らかの関わりがあるということになる。
前身・金王丸は義経の父・義朝の家臣だったらしく、常盤御前が三人の幼子を連れて山中を彷徨するのを助けたという話になっている。
幸若の『堀川夜討』でも、「実ニ此ノ者十九ノ年、未だ金王丸ト有りシとき」と過去が書かれている。
しかし乳児の牛若丸は実に物覚えがいい。
平宗清の額のほくろを覚えていたとか、色々なことを言うのだ。
(全て芝居の中でだが)
幸若『鎌田』は知らぬが、歌舞伎だと思い当たる話も多い。
ところで幸若舞曲は大学の頃学んでいたが(その成立とか)久しぶりに調べると、この金王丸と縁の深い『堀川夜討』と、去年二月のバーク・コレクションに現れた屏風絵『武文』(能)とは成立下限年が同じだと知った。
1523年、そんな頃。『武文』の感想についてはこちら。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-388.html
幸若は武人の壮絶な最期を描くものが多い。能より人気が高い頃もあったようだ。
伝説は各地に伝播してゆく。安居院の唱聞師・・・語ることが鎮魂になり、語る者は自伝のように語ることもあるので、その地で没すれば、漂泊の芸能者は己が語った物語の<その人>として葬られる。
それで各地に誰それの墓が生まれるのだった。
三弥井書店あたりの出版物にそうした研究書がたくさんある。(筆者を見ると学生の気分になる・・・)

先に平治物語に、と書いたが上記バーク・コレクションにも平治物語の断簡があり、別な断簡が大和文華館にあることにも触れているが、その大和文華館の平治物語の若武者が金王丸だそうだ。びっくり。
一人振り向く彼がそれ。img763.jpg

どこで何を見るかわかったものではないから、こうしてあちこち動かないとアカンのだ、と実感。


金王丸の守り本尊の写真があった。藤沢の善然寺の金の胎内佛がそれ。ちょっと怖いような感じがする。鈴鹿にも足跡を残し、浜松で自害したと言う説もある。
藤沢にしろ鈴鹿にしろ中世の物語の舞台に往々にして選ばれる地。
信州上田市にもまた。


ところでこちらは国芳の浮世絵。konnoumaru2.jpg

他にも國貞の『仏御前扇軍』の芝居絵に金王丸は渋谷土佐二郎正俊、と記されている。
土佐二郎とかいうトリの種類もあったっけ・・・
吉川英治『新平家物語』ちげぐさの巻にも常盤御前や牛若丸らを陰ながら守る姿があるが、歳月過ぎる間に、再会したときは討手になっていたと言う・・・

結局その生涯はよくわからなかったのだが、伝説の中のつわものとして、なかなか興味深いキャラだったように思う。
見に来てよかった。


清方を見る・1 野間記念館

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今回東京と鎌倉とで二つの清方の展覧会を見た。
一つは野間記念館での『金鈴社』回顧展と、もう一つは清方記念館での『明治大正の清方の挿絵』展である。
金鈴社は清方の自伝やその他の資料から大正五年発足したことが知られている。
野間のサイトから。
大正5年(1916)の新緑の季節、雑誌『中央美術』の田口掬汀の呼びかけで五人の日本画家が集い、翌年2月新しい美術団体、金鈴社の展覧会が開催されました。浮世絵派から系譜をひく美人画家である鏑木清方のほか、古画の研究と模写を基礎とする吉川霊華。絵画の伝統を強く意識し、自然の「写生」を追求した平福百穂。伝統主義を重んじながら技術的には西洋画法の摂取につとめた結城素明。古土佐派の研究を通してやがて大和絵復興の立場を鮮明にしていく松岡映丘。共通するものは、伝統的な絵画に学びつつ、独自の視点で日本画の近代化を目指すという作画姿勢でした。情実や流派のしがらみなどにとらわれない自由な作品を送り出した五人の画家の交流の痕跡と彩管の冴えをご覧ください。
わたしは大正から戦後しばらくの清方ゑがく女がとても好ましいので、嬉しくて仕方ない。
鎌倉の方は主に雑誌の口絵と挿絵、そしてスケッチなどで構成されている。清方の出発は父親の主催する新聞社に挿絵を描くことだった。
わたしは清方の魅力がタブローだけのものだとは、決して考えていない。

見た順から話を始める。
金鈴社は上記の解説文にもあるとおり、五人の同志で始められ、やがて時期を迎えて終わった。
この結社の回顧展は’95の秋に練馬区美術館で開催されたが、以後あまり見ていない。
五人のうち比較的すぐに見れるのは清方と映丘、次いで百穂、しかし霊華と素明とは機会がないとなかなか見ることが出来ない。

金鈴社の五人は解散後も機嫌よく付き合っていたようだが、長命の清方を除いて意外に早く亡くなっている。
清方の『続・こしかたの記』でその間のことが書かれていて、読むとせつない。

野間では既にお馴染みの『五月雨』と『夏の旅』が出ている。
大正期の清方の充実はすばらしい。どの作品にも全てときめきがある。それがおもてに表れるか沈潜するかのどちらかで、何もかもがすばらしい。
この『五月雨』img759.jpg

女の素足がとても綺麗だ。この足は谷崎潤一郎の母の足のように、美しい。
笹ユリが咲いている。
風景画に清方の意識が向いていた頃に生まれている。
漫然と眺めるのも・濃密に凝視するのも、どちらも許されるような、見事な作品。

吉川霊華『箜篌』 くご、と読む楽器。古代のハープ。これは現代には伝わらなかったが、絵画の中では近代までこうして描かれている。たとえば藤島武二『天平の面影』、青木繁の『享楽』。
そこでもこの楽器は天平美人の手になじんでいる。
しかしこの絵は珍しく<カラフル>である。
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少し前わたしは『梅の佳人』を集めたが、実はそこに霊華の羅浮仙も登場してもらおうとした。しかし白地に灰色に近い線描で描かれた儚い仙女は電波を嫌った。
彼女の美は知る者だけが知るものらしい。

結城素明『伊勢物語』 伊勢は源氏と並んで絵画や工芸作品に多く現れる。名を秘された「昔男」は女を背負って秋野を逃げるが、やがて女を取り返される。光君より彼の方がアウトドアな恋が多いような気もする。
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この絵は伝統的な手法で描かれているが、素明の作品は厚塗りのものが多い。
画像がなくて残念だが、『ネコ』などはそうだ。とても今風な作品に見える。
このにゃあとしたネコは厚塗りだから毛のモコモコさが伝わる。

平福百穂『駿馬』 百穂の回顧展を’97奈良そごうで見た。そのとき中国の歴史に基づいた作品が眼を惹いた。無論中国だけではないのだが。
動きのある絵、歴史的事件の一こまを描いていた。動きのある作品。
情景がそこに活きていた。
この『駿馬』には動きはない。馬を御す老翁が佇む。しかし活きていないわけではない。静止していることが、即ち<活きて>いる。
朱の衣と白馬の対比が印象に残る。
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美人は描かない人だが、力強い絵を多く残した。
朱交じりの松の幹など、すばらしい作品も見ている。(奈良で見た『老松』)
ここにも老松がある。気合が入る松が。

松岡映丘『池田の宿』 太平記から。二年前の五月にもここに出ていた。
わたしは平家物語のファンだが、太平記にも心を動かされる。
太平記には名文が多い。
「落花ノ雪ニ踏ミ迷フ交野ノ春ノ桜狩 紅葉ノ錦着テ帰ル嵐ノ山ノ秋ノ暮レ・・・・・・池田ノ宿ニ着キ給フ」
その池田の宿の情景。img760-3.jpg

今回、初めてこの家の釘隠しに気がついた。釘隠しは六芒星にも楓にも見える形をしていた。庭には柘榴の実が見える。
映丘の描く人物は皆、なぜか諦念を抱えている。男も女も。そしてそれは運命に対する諦めなのだった。

吉川霊華『孔雀秋草』 この作品に胸を衝かれた。霊華はあまりフルカラーな作品を描かない。白地に灰色の線描や、平家納経を髣髴とさせる紺地に金など、多色を使わない画家だと思う。
そしてこの作品はまさに霊華らしい(というより)霊華以外描けないような作品だった。
古画の探究に勤しんだ精華がここにある。

正倉院やそれ以前の法隆寺に伝わる文様に『花樹対鹿文』がある。一本の木を巡って左右に鹿がいる絵柄。
そして中国からの文様の輸入により、日本にいない獅子や孔雀が多く描かれたのも、その時代だった。
それを霊華は自家薬籠中のものにした。

桐の木の左右に孔雀がいる。孔雀も桐の幹も、多くの花も、みな薄い金色のやや太線で描かれている。その一方、桔梗が紺色で描かれている。金色の羊歯、女郎花、百合・・・
秋草、とタイトルはついているが左隻はどうも百花繚乱の様相を呈している。金色の線描の花、それらの間に紺彩の花が咲く。孔雀は優雅に佇んでいる。
これまで様々な孔雀絵を見てきたが、こんな豪華な孔雀は滅多に観ない。
すばらしい孔雀だった。

野間コレクションの大きな柱の一つに色紙がある。六千枚以上の日本画色紙がここにはある。実にすばらしい。
散逸することなくここにあるのが嬉しくて仕方ない。
五人の十二ヶ月色紙が並んでいる。十二ヶ月それぞれの行事を描くにしても、各自の個性が際立っていて、色紙と言う表現の場だからこその実験などもあり、見ていて飽きることはない。

その中でも映丘の『二月・紅梅』は桃山美人と紅梅の艶やかさが目に付いた。それと『四月・新樹』の市女笠の女が素足に草履をひっかけて歩く姿に惹かれた。

清方の十二ヶ月もすばらしい。『一月・飾り餅』 実は雪ウサギなのだ。雪を固めて笹と南天の実でウサギを作る少女。叙情的で愛らしい・・・『五月・軒菖蒲』 男児同士の菖蒲の葉で闘うのが可愛い。目に刺さぬようにネ。『七月・朝露』 朝露を硯に受けている。ゆずり葉だったか、その露の墨で七夕の短冊を書くのがよかったはずだ。昔の人は雅だ・・・
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素明『三月・金盞花』 黄色い花だ。よくは知らないが、この花はちぎると苦いような匂いがするらしい。
素明はこのシリーズを全て植物で表した。素直な気持ちで絵の前に立っていると、ついついその花々を手折りたくなってきた・・・
『十月・王瓜』 赤い瓜。赤いのは烏瓜だけかと思っていたよ。可愛い瓜だった。
色紙ではないが映丘『雨』 これがよかった。
平安風俗の女が廊下ににじり出ている。雨が降り続くのを恨めしげに見ている。恋人が来ないのを雨のせいにするのだろうか・・・

清方の『少女倶楽部』表紙絵原画も並んでいた。大正13年の雑誌は清方の少女たちで飾られていたのだ。関東大震災の翌年だから、この頃丁度二人のお嬢さん方は、絵の少女らと同世代ではないか。
またこの年は講談社にとって大変な年だった。大人気の高畠華宵が講談社との契約を破棄したため、雑誌が苦境に陥った年でもある。
あ、そうか、だから清方のような大物を呼んだのかもしれない。それに穿った見方をすれば、華宵が去った原因が深水にあるという事情から、深水の師匠がこうして・・・?
どうでもいいことだ、大正13年は清方が少女たちのために心を砕いて麗筆を振るった。それでいーのだ。
描かれた少女たちは皆、静かに微笑みながら花を抱いていたり、手紙を読んだりしている。

同時開催の加藤まさをと須藤重の抒情画については、また別稿に起こすが、昔の少女たちは皆、花や手紙が好きだったのだとしみじみ思った。

野間での清方と、そして金鈴社の五人の展覧会は3/11まで。
ところで、野間記念館に来る前に文京ふるさと歴史館で、失われた文京の近代建築をみていた。そのとき旧三井邸だった講談社第一別館が昨夏解体されたのを見て、講談社に対して含むところが出来たが、こんなすばらしい展覧会を見せられては、文句も言いにくくなる。
それほど今回の展覧会はすばらしいのだ。
金鈴社も、叙情画も。
行けるものなら再び行きたいが、もう予定が立たない。

こうして野間での清方を、終わる。鎌倉の清方は近日予定中。

東京ハイカイ どこでなにを

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江戸東京たてもの園のさる家

2/16から18まで東京ハイカイしていた。
東京漂流と書けば藤原新也みたいだが、わたしのはハイカイにすぎない。
実は突発的なツアーだった。
文京ふるさと歴史館から『近代建築 街角の造形デザイン』展開催はがきが来て、その中に根津教会で近代建築の写真展が10日から17日まで開催と言うのを読んで、いきなり出かけたのだ。
無論それだけではなく、美術館にもうろうろうろうろ・・・

感想は全て後日にあげます。以下、どこで何をしていたか、大まかなラインです。

ダイビル

大阪のダイビルはまだ健在だが、近々サヨナラの憂き目に遭うらしい。
東京のダイビルは変に愛しい動物装飾をリサイクルしてくれたが、大阪のダイビルはあの見事な装飾柱を果たしてどうするのだろう。
このフォルムもいつまで見れるのか・・・
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渡邊節の設計。彼らしいステキな装飾が随所にある。

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これは横にある入り口の上の装飾。キツネ・ネコ・・・みたいな感じ。
お花もついている。

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クリックしてください。これが正面から見た感じ。

それで電燈があるけれど、その前にも装飾が。
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更にこれを離れて見かけると・・・クリックしてください。
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ステキなライトが並んでいるのです。

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入り口の装飾。女人と鷲の像。
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引き続き玄関。

そしていよいよ柱の装飾。これは見ようによってはインドの欄楯(らんじゅん=ストゥーパなどの聖域に巡り回す柵で、ジャータカなどの物語が装飾文様として施されている)にも似ている。
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何種類かの柱が立てられている。

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その続き。子供の前後にいるのは・・・?
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ちょっと悪夢に出そうな顔の集まり。
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さていよいよ細かいのを集めます。全てクリックして拡大して下さい。
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鳥、蛇、兎、魚などが巻きついたり貼り付いたり。

さていよいよ内部に入る。
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きれいなエレベーターホール。そこから天井のup
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近代建築の良さが集まっている。

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可愛い私設郵便箱もある。大抵どこの近代建築ビルにもこんな可愛いのをみつけることが出来る。

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守衛室近くの装飾。リボンの端みたい。
ライト設置のそばの装飾。P1241.jpg


増築部分の階段。P1255.jpg

その下に広がる床。
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ああ、ステキだった。堪能したのでサヨナラ。
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またね・・・ダイビル。

わたしも予告編・・・

遅ればせながらちょっと遊んでみました。 ご覧になる方は背中にお気をつけください・・・

わたしのロセッティ

既に千露さん、lapisさんがすばらしいラインナップでロセッティの名画を挙げられていましたが、わたしも続きます。
順不同というより、わたしの絵葉書コレクションの収められた順で五枚の絵を紹介します。

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白昼夢。緑色のドレスがあまりに綺麗なので、このはがきフォルダも透明の緑色にして、そのトップに納めております。

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マーリンの歌、というタイトルが本当なのかどうかは知りません。
黄金の衣裳と頭上の黄金の鳥が印象深いです。

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花嫁。頭の飾りがとても綺麗です。そして手前の黒人少女がとても印象的で、彼女にも随分惹かれます。

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愛の盃。衣裳や装身具の美麗さだけでなく、背後のレースや黄金の皿、そして手に持たれた盃、全てが輝くようです。

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聖ゲオルグとプリンセス・サブラの婚姻。装飾的な絵画で、とても好きな作品です。龍の首がまるで結納の品にも見えます。


出来る限り異なる作品を選ぼうとしましたが、苦しかったです。
ほんとうにロセッティは『名画』と呼べる作品が多くて、ためいきばかりでした。
改めて眺めると、描かれた彼女たちは皆、とても寡黙なのです。
美しい唇を開き、言葉や音楽を送り出してくれる日を、じっと待っています。

武豊・デビュー20周年記念展

武豊の展覧会が難波高島屋で開催されている。
天才騎手・武豊もデビューから20年らしい。
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わたしの父は競馬が好きで、よく買っていた。葬式の日に競馬新聞を届けに来た人がいて、気の毒にびっくりしていた。
父はわたしを連れてしばしば競馬場に出かけたが、「ママには内緒」と言って焼餅の串をよく食べさせてくれた。
「今日パパにどこ連れてもろた?」「動物園」「何を見た?」「馬しかおれへんかったわ」バレますわな。

その父が生きていた頃は武騎手の父上・武邦彦氏の全盛時代だった。
天才・福永洋一騎手の雄姿も子供の目に焼きついている。

こうした前振りもあり、わたしは武豊騎手と同世代なので、彼のデビューもよく覚えている。
だから会場に展示されている武騎手の数々の勲しにドキドキした。
私自身は何年かに一度くらいしか馬券を買わない。
最後に買ったのは’05有馬記念で、まさかのもしかでディープインパクトが勝てなかったレースのときだ。あのクリスマスは真っ暗だった。年を越しても衝撃が深かった。(これがホントのディープ・インパクトなハナシだ)

会場のあちこちにレースの模様がVTRで流れている。熱心に眺める人々。
過去のレースであってもそこに感動があれば、見る者の心を打つ。
ああ、やっぱりすばらしい・・・!
ふと周囲を見れば、普段展覧会とは無縁そうなオジさんたちがコブシをギュッと握って画面を見る姿が。
うーん、みんなそうなんですなー。
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武騎手の乗馬服もズラーーーッと並んでいる。やせていることが第一条件なのは当然ながら、すばらしいスタイルだと思った。
マネキン、かっこよかった・・・

映像だけでなく、パネルもたくさん展示されていた。
懐かしい馬たちがいる。
牝馬のファレノプシス・・・彼女が桜花賞を取った時、わたしは友人とラジオ関西主催の『女性のための競馬セミナー』に出かけていた。
軽い気持ちで応募して出かけたら、周囲の女の人たちは競馬歴も競馬への愛情も深い深い人ばかりで、素人はわたしたちだけだった。
でもクイズでファレノプシスを当てたわたしは巨大パネルをもらい、翌日のレース、彼女を(武騎手を)応援した。
パネルは近所の競馬好きの人に差し上げたが、随分喜ばれた。

オグリキャップ、なつかしい。この馬の模様ってよく考えたら連銭葦毛というやつではないか、と当時思ったものだった。
いい馬だったなあ。

しかしわたしばかりがこんな感慨にふけると言う訳ではなく、会場にいる人々みんながそうなのだった。
懐かしい馬の背には、武豊騎手がいる・・・
20年の歳月はこういうことなのだと思った。

巨大スクリーンでジャパンカップなどのレースが流れていて、大勢のお客さんが見入っていた。わたしもなんとか座って観ることが出来た。
かなり長い時間見ていた。
馬の走り方(空を行くような奴もいる)、レースの展開、実況中継・・・
とても面白かった。
賭け事ではあるのだが、お金を賭けなくても楽しめるのが競馬なのかもしれない。
わたしは賭けると、国家に<寄付>と言うことになり、ポリシーに反するからあんまり買わないが、心の中で応援する馬は多かった。
馬がよいのは無論だが、武豊というすばらしい騎手がいるからこそ、馬も走りに走れるのだ。
ドキドキしたなぁ。
そうだ、わたしはやはり関西人なので回り方はこちらのがいい。
ドキドキもその方が大きい。

ところで栗東にいる仕事関係の人とこんなことを話した。
「あれですか、やっぱり武さん見たりとかしはります?」
「ハイ、お父さんを近所のスーパーで」
「あっお買い物とかしてはるんですか」
「気さくな感じですよー」
「ニンジン買ってる、とか」
「レタス買ってはりましたよ」
そうか、ニンジンはやっぱり専門からか!
なんとなく嬉しかった。

まだまだこれからもがんばってください、武豊騎手!

ピカソの版画と陶芸

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国際美術館は地下都市のように広がっている。
地上にはオブジェのみ。地下に展開する展示室やレストラン、図書館など・・・
アリのような気分。蟻の熊野詣は中世のブームだったが、こちらは蟻の巣めぐりか、またはモヘンジョダロの遺跡散歩のような構造。

ピカソの版画と陶芸展が開催されている。
これまでもピカソの版画や陶芸は見ているが、わたしはピカソの作品の中ではこの分野はけっこう好きだったりする。
関係ないが急に思い出した。雑誌サライ創刊号の表紙が、子供時代のピカソ兄妹の写真だった。
画商ヴォラールのために拵えた版画シリーズというのもあったと思うが、ちょっと今それがどれなのかが思い出せない。

百年前の『サルタンバンク・シリーズ』はかなり好きで、有名な『貧しき食事』はともかくとして、彼らの動く姿を捉えた作品には心惹かれる。
『二人のサルタンバンク』 横向きと正面向きの青年二人のうち、こちらを向く若いサルタンバンクはなかなかハンサムだ。
ほかにも玉乗りの練習する者や繕い物をする女など、サーカスの人々の生きた風景が綴られていて、観ているとそこはかとなく、はかないような何かを感じもする。
面白かったのは『サロメ』である。
踊るサロメは既に全裸になっている。眺めるヘロデ王もぱんつ一枚で醜悪なフテブテしさを見せ、褒美の首は既に切り落とされて銀盆に載せられ、女奴隷の膝にある。
ピカソだとわかっているが、むしろこれは山本容子の世界に似ている。
山本容子がピカソに似たのではなく、前代のピカソが山本容子してる、という感じ。

『バルザック 知られざる傑作』シリーズはなかなか凝っていた。目次がうまい。
四方を裸婦が囲み、その中に12コマのマンガが入っている。
ところがこれを拡大化すると、実はそれぞれの挿絵になるのだった。

『顔』 このタイトルだけでは藤山直美の映画のようだが、無論違う。
鼻と左目と唇だけがそこにある。随分綺麗だと思った。これらパーツだけでありながらも。

『夜、少女に導かれる盲目のミノタウロス』 綺麗な闇と星と。色合いがとても綺麗だと思った。言えばモノクロなのだが、豊かな色彩を感じるのだ。
これはアクアチントなのだが、次の『女のヴェールを剥ぐ牧神』もそうだ。
技法の違いが面白い効果を生み出しているようだった。
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『大きなフクロウ』 一目見てニューギニアのトーテム動物絵かと思った。そんなプリミティブさがここにある。

『ダヴィデとバテシバ』 おお旧約聖書。ダヴィデの顔がマカロニウェスタンのフランコ・ネロのように見えた。

『ランプの下の静物』 冒頭に挙げた画像。光のあたる部分が赤く、影は黒い。大胆な線で強調される光。ランプの明るさと暗さとが同時に感じられる。

『冠を戴いた小さい顔の女』 なんとなく、スカーレット・オハラを演じた時のヴィヴィアン・リーを思い出した。髪形のせいだろうか、それとも。

陶芸は少しだけ出ていた。
『アイスピッチャー』 画像は女の顔のように見えるが、会場で見た時まるで犬張子のようだと思った。ただしここに並ぶ作品は全てオリジナルではなく、複製品である。
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『顎鬚のある男の妻』 コクトーが絵付けしたような感じの作品。コクトーもたくさん陶器を残していた。

なかなか楽しむことが出来たが、これは先にあげた『大阪コレクションズ』のチケットで見ることが出来るのだ。3/25までだから、大阪に来られる方はよかったらどーぞ・・・。

2014年に埼玉でピカソの陶芸展が開催された。
その折のチラシを挙げる。
イメージ (8)
イメージ (9)

追記というか、この美術館の所蔵展も開催されていて、その中で小林孝亘の『FOREST』に惹かれた。森の中の木々ところどころが光る。まるでナイト・シャマランの映画のような不気味さが、(それなのに)明るく描かれていた。
同じく車の後姿シリーズが面白かった。みんなライトをつけている。トラック、ワゴン、バス、タクシー、セダン・・・小さい男の子たちが喜んでいた。
描かれた意図はわからないが、こうして小さいお客さんが喜んでいるのだから、それはそれでいいと思う。
他に駒井哲郎の版画『ねこ』『隅田川』もよかったし、丸山直文『バタフライソング』もきれいだった。
しかしリストがないので自分の書いたタイトルが正しいかどうか定かではなかった。

大阪コレクションズ夢の美術館

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クリックしてください。

国立国際美術館で二つの展覧会を見た。
『夢の美術館 大阪コレクションズ』とピカソ。後者の感想は後日。
以下、展覧会のサイトから。
今回の「夢の美術館:大阪コレクションズ」では、大阪市立近代美術館建設準備室、国立国際美術館、サントリーミュージアム[天保山]という大阪の3館が共同で企画し、各館が所蔵する貴重かつ優れた、しかし日頃なかなかまとまって紹介する機会のないコレクションの存在とその魅力を存分に堪能していただく特別展です。
 なかでも開館が待たれる大阪市立近代美術館(仮称)のコレクションは秀逸で、モディリアーニの裸婦をはじめ、シュルレアリスムの巨匠マグリットやダリの絵画、キュビスムの彫刻家デュシャン・ヴィヨンの大作、戦後アメリカを代表するフランク・ステラのブラック・ペインティング、近年注目著しいドイツの画家リヒターの具象作品など、歴史的に重要であるだけでなく実に見応えのある作品が揃っています。
 一方、国立国際美術館は、セザンヌ晩年の絵画から、キュビスム期のピカソの極めて重要な風景画、シュルレアリスムの巨匠エルンストの絵画、コーネルの詩情溢れる箱の作品、あるいは日本ではほとんど所蔵例のないアメリカの画家バーネット・ニューマンの傑作、ドイツを代表する画家バゼリッツやポルケの珍しい初期作品まで、これまた粒揃いの名作を所蔵しています。
 こうした両館のコレクションの特色を最大限生かしながら、サントリーミュージアム[天保山]が所蔵するクレーやモランディの名品を加え、これまでにない充実した20世紀美術展を構成しようというものです。

・・・だそうです。とにかくうっかり勘違いするのだが、この国際美術館は<国立>だから大阪市の管轄にはない美術館なのだ。場所が大阪市立科学館の横で、西にはロイヤルホテルがあるからついつい大阪市のものかと思うけど、ちゃいますのよ。
大阪市近代美術館は(仮)で、元の出光美術館に入っている。建つ目処がないんだから、そのまま仮はカリでも借りてまえ、と思っている。

意外なくらいお客さんが入っている。ただしこの展覧会は某A新聞の後援を受けてるから、そっち系の招待客も多数だと思う。なにしろご年配夫婦のお客さんがとても多い上に、見ながらもらす感想の声が、普段展覧会とは無縁な感じの人々だと感じさせるのだ。
わたしは20世紀芸術にあんまり関心がないが(アールデコと建築と写真は別)それでもオノレのケイモウのためにやってきた。(なにしろ見方も意味もよくわからないのだ)
だから、ここにいる大多数のお客さんと同じように「えーと、これ何なんですか」と言いながら会場を見て回った。
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(チラシの構成)

入場すぐにセザンヌの『宴の準備』があった。冒頭のチラシ5。人物の形態や色彩はなるほどセザンヌだと言う感じがするが、わたしにはあまりよくわからない。

ドラン『コリウール港の小舟』 塗り残しのような白と筆をまっすぐに引いて出来た線で構成されたように見える作品。近くで見るより少し離れた方がいいと思った。

キスリング『青い服の女』 きれいな紺のコート。これを見たとき、そばにいた小さな女の子が「きれい・・・」と呟いた。わたしもそう思った。
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しかし隣のパスキン『ばら色の下着の少女』はこの小さい素直な女の子には見せたくない気持ちになった。

バブルの頃に大阪市近代美術館を作るぞーと意気込んで札びら切って購入したモディリアーニの『髪をほどいて横たわる裸婦』 
この蠱惑的な女には、やっぱりその価値があると思う。魅力を超えて魔力があるとしか思えない、一目で誘惑される。視線、胸、指の先、腿・・・この女に惹かれていることを隠しておきたいくらい、惹かれている。

ブランクーシ『眠れるミューズ』 石膏の、生首。ごろんと横たえられている。ミューズが眠っていては新しい美は生まれてこない。

ピカビア『黄あげは』 コラージュ作品で、箱にアゲハの標本とペンで走り書きのようなキャラたちとがいる。わたしは蝶が好きだ。なんだかこの箱の蝶は飛んで行きそうな気がしてきた。

クレー『生贄の獣』 チラシ1。色彩に惹かれた。この作品が’24に生まれたことを考える。
日本では武井武雄と初山滋がいたのだ。クレーの時代には。
そう考えると、少しはわたしの<わたしなりの理解>が進むような・・・

前々から思っていたが、セガンティーニはこの『水飲み場の牛』のような作品はとことん健全なのに、木と女が現れると途端にアブナイ画家になる。
わたしは無論後のほうのファンだ。
太陽の下の牛、ドナドナになるのかヨーグルト大将になるのかは知らない。

未来派のボッチョーニ『街路の力』 1911年の人々は紫色の街燈の下で影しか存在しなくなっている。ただ、この絵を見ていると、未来派と言うよりドイツ表現主義のようにも見えるのだ。わたしが表現主義のファンだからそう思うのだろうか。

ダリ『幽霊と幻影』 巨大な雲、その下には座る女がいる。正直言うとこの絵を見てわたしは岩田専太郎の『真珠郎』のヨカナーンの首を思い出している。
ああ『ダリ天才日記』が見たくなってきた。

コーネルの箱がいくつか出てきていた。嬉しい。川村記念美術館で見てから、コーネルの箱のファンになった。芸術的価値はよくわからないが、見ていてとても嬉しくなるのだ。
欲しい、と言うか<作りたい>気持ちになる。
特にここにある『カシオペア#1』はシンプルですてきだ。天球図を箱の後に貼り、正面にはカシオペア、オリオン、タウラスの星座図が貼られている。そして白く塗った木切れ。
意味も何も知らないが、「いいなーいいなー」と思うのだ。

ウォーホル『4フィートの花』 きれいな色に惹かれた。しかしこの作品について語れとか論じろなどと言われれば困る。
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フラナガンの足を蹴り上げてるウサギもいたし、デュシャンの作品もあった。
お客さんも途切れることなく入ってくる。
みんなそれぞれ楽しめばいい。
わたしもあんまり意味がよくわからなかったけれど、それなりに楽しめた。
それで、いいのだ。

四天王寺を中心に

今日の予定は大阪市内の各所をめぐるから、市営地下鉄一日券を買った。850円だけどわたしはチケットショップで830円でみつけてご機嫌。しかもそこで今日から始まる鍋島焼のチケットもみつけたからますますご機嫌。
とりあえず地下鉄のスタートは西梅田から。

一つ目の肥後橋で降りて国際美術館へ。大阪コレクションとピカソの版画と陶芸を見る。
そこから横滑りに東へ歩いて渡邊節の名作ダイビルを撮影。惜しい、全く惜しい。
こんな名作が壊される日が近づいているのか・・・
近日中に下手な写真をアップしよう。数年前の撮影で気づかなかったことがこんな今日になってわかったりする。

再び肥後橋から地下鉄に乗り、大国町で乗り換えて天王寺へ。御堂筋線のホーム構内の電球は梅田・淀屋橋・心斎橋・天王寺とキレイなものが多い。それぞれみんな異なる。
これは天王寺のライト。P1257.jpg


谷町線に乗り換えて隣の四天王寺夕陽丘で地上へ。
四天王寺さん。P1258.jpg

大日本佛法最初と書いてある。ほんと、その通りだ。この西門は極楽浄土に向いている。この先は海だったのだ。だから難波であり、上町台地なのだ。
神仏混交だから寺に鳥居。四天王寺様式の伽藍。
数年前の九月の夕方、復活上演されたのぞきからくりが見たくて訪ねると、伽藍と堂の間に巨大な黄金の満月があった。
凄まじい景色だった。死んでも忘れそうにない、凄い月だった。
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(江戸時代の名所図より)
今日は宝物館で名品展を見ようと思ったのだが、その前に境内ぶらぶら。

ピカソとモディリアーニの時代

リール近代美術館所蔵品で構成された『ピカソとモディリアーニの時代』展を見た。
既に東京では半年くらい前に展覧会があり、わたしは大阪で待っていた。
キュビズム、シュールレアリスム、抽象画がメインなのだが、実はニガテなのだよ、わたし。
アタマで理解しようとするからダメなのか、わたしの感覚がついてゆけないからダメなのか。
突然それがどうしたのだという気持ちになるので、いい観客ではないのです。
何をどう見るのかが、よくわからないから面白がられない。
やっぱりわたしは古美術から近代までですか。
(その近代に上記のものが生まれているのだぜ)
展示作家のうち現存はアルチュール・ヴァン・エックのみ。
後は皆さん故人。故人、と書けるくらい近代の人々。

100点を越えて展示されているうちの10点ばかりが気になった。
すごく、偏っていると思う。
しかしそれでもいい。気に入った作品のことだけ書こう。

ジョルジュ・ブラック『家と木』 キュビズムで構成された家と木が描かれてるけど、見ようによっては腕で顔を隠しているようだ。
ほら、こんな風に。img742-1.jpg


ピカソ『魚と瓶』 その魚が可愛い。へんなこと言うけど小学生の気分でこの魚を写生(模写)したい感じ。そんな気分が湧く魚だった。

24歳のモディリアーニが描いた『若い女の肖像』 エゴン・シーレの描く女のように見えた。髪形も不思議だ。アニメでしかありえなさそうな髪型。そっと<エレ様>と呼んでみる。そんな髪型。

目を塗りつぶすようになった頃の彼が描いた『バイキングのエッゲリング』
 実に大きな目でウルトラマンのようだ。全部青色。ここからビームが出そうな気がする。バイキングの末裔は宇宙人だったのか・・・

『肌着を持って座る裸婦』 健康的な小麦色の肌を隠す(隠し切れていないし、もしかすると隠す気はないのかもしれない)肌着を持つ手の位置がとてもいい。胸そのものもいい。ふっくらした手。とてもいい。
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ユトリロ『サン・ルイ・アン・リル通り』 ラルクアンシエルみたい。L Arc En Ciel それにしても細い道に建物がびっしり。これがパリのどの辺りにあるのかがよくわからない。しかしわたしは何もない空間より詰め込みのほうが好きだから、これでいい。

ルオー『座るモデル』 緑と赤っぽい黄土色。日当たりのよい所にいるのか裸婦が向うにいる。

キスリング『ジョゼット』 ボタンだらけの赤い服を着た丸顔の女。
わたしはキスリングの女が好きだ。これが何故かリストに載っていなかった。

クレー『飲み込まれた島』 去年回顧展を見てから、クレーには少し興味が湧いてきた。何より色彩がよかった。薄青くてきれい。島の山の構成が□□なのだ。でも海に<飲み込まれ>ているので山の上にヒトデや貝や魚が一緒にいる。きれいなので絵葉書を買った。
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アンドレ・ボーシャン『イチゴ摘み』 ピンクのワンピースを着た二人の少女が森の中へイチゴを摘みに行く。木の洞が人の形に見える。不気味な影。もしかすると正体の知れない存在なのかもしれない。
怖い絵だと思う。諏訪のハーモ美術館で素朴派の作品をたくさん見たが、そのときも言葉に出来ない不気味さを感じた。
イチゴ摘み・・・イングマール・ベルイマン『野いちご』を思い出す。
‘40・・・その時代は・・・・・・・

ガートルード・オブラーディ『野外音楽堂』 初めて知った画家だ。’79年か。その頃わたしマンガ読んだりこんな公園で遊んでいたな。細かい色遣いがいい。あれ?画家の没年'70になっている。死後の作品なのかっ。いや違う、たぶんどちらかが間違っている。

ルイ・ヴァヴァン『トリアノン』 正面図。平面ぽい。ちょっといろいろな事を考える。

最終日の最後の時間に行ったのだが、繁盛していた。連日こんな感じだったらしい。趣味からは少し離れているけれど、出てきた甲斐はあった。

徳岡神泉展

徳岡神泉の展覧会を見たかったが、随分待つことになった。
十年位前回顧展があったが、どうしてか行かなかったのだ。理由は今となってはわからない。
しかしチラシはここにある。さすがに74年の展覧会は知らない。今回松伯美術館で展覧会が開催されてるので、会期ギリギリだが向かった。
この美術館は上村家三代の作品の収集と保管が目的でもあるから、全館を割り当てることはなく、やや広めの展示室に神泉の作品が集められている。
見た所あまり初期のはなく、完成された〈神泉〉のイメージに合う作品が並んでいた。

深い余韻のある作品、と言うのが神泉の作品イメージだと思う。静謐にして沈潜した穏やかな世界。
しかしこうして作品を目の当たりにすると、穏やかな心持になれないことに気づいた。
意外なくらい<物言う絵>だと思った。
水の中は音のない世界だという。しかし水中で動けば音は上昇して水面に漣を見せ、振動に変換する。
それ。
そんな感じがする、神泉の絵。
静謐なのは静謐なのだが、それが心を穏やかにしてくれるとは限らない。
水面に沈むものはなんなのか。
作品を前にして、そんなことを考えている。

実際ここに、水面近くに姿を見せる鯉の絵がある。
タイトルは『池』。img740-1.jpg

作者にとってこの構図と主題の狙いは何なのか、観る者は何を受け取るべきなのか。
そんなことを考えさせられた。単に鯉がそこにいるのを描いただけではないような・・・鯉はなぜそこにいるのか。
結局、なにも答えは見つからず鯉をじっと見ているのだが。
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もう一つの『池』がある。 蓮か睡蓮かの葉が二本ばかり立っている。立っているとしか言いようのない姿。
松篁の『蓮池』が、まるで円卓の騎士ラーンスロットに剣を授けるような様相を呈しているのに対し、この神泉の池はカンダタを地獄に落とした後の蓮池に、みえる。蜘蛛の糸は途中で途切れ、二度とカンダタは浮かび上がることはない。それをみつめていたお釈迦様は悲しそうにため息をついて、またぶらぶらと散歩に出てゆく。池はいつものように静まっている。
そんな池だと思えた。

そして『蓮池』 この絵は苔寺として有名な西芳寺に収められている。
花が一つだけ咲いている。大正の末に描かれた絵。動きがあるように見える。しかしその花の咲く池の水は深く静かなのだ。
巨椋池を写生したそうだが、たとえばそれが巨椋池でなく、深泥池でも差し障りのないような、緑の池。そこに薄紅の花が開いている。
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更にこの15年前の明治末、まだ少年だった神泉の描いた『海老』がある。
今まで洋画日本画共に、色んな海老の絵を見てきたが、これはリアルなイセエビだった。極端なことを言うと、アタマをもいで、中の半透明な身が想像出来るような海老だった。そばの貝も綺麗な貝だった。丸い外形、まっすぐな筋目、そのフォルムにときめくほど、きれいな貝。
チョコレートのようにきれいだった。

『流れ』 img740-2.jpg

灰赤な空間に一本の流れがある。灰色の流れ。胡粉が煌き、永遠の流れを示してくれる。滔々たる流れ。しかいせせらぎは聞こえては来ない。永遠から始まり永遠へ続く流れ・・・
(などと書いているが、実は長らくこの絵が横ではなく縦の作品だと信じていたとは、ナサケナイわたしなのだった)

『薄』img739.jpg

 画家の言葉によると「六甲で見た景色」なのだそうだが、群生した薄を目の当たりにした、画家の意識の中で醸成されて生まれ出たものは、この数本の薄なのだった。
ここに神泉の芸術の真髄があるような気がする。

『枯葉』 枯れた葉っぱだから<枯葉>というわけではない。観ていると有機化合物がどうのとか無機結晶体がどうのと言う言葉が浮かび上がってくる反面、これは本当に枯葉なのだろうかと言う疑念が湧いてきた。
枯葉でないならなんだと言うのだ。
神泉の視線とわたしの認識のずれ。わたしは物思う一方で、無心でいようともする。
意識の隙間に入り込む。この『枯葉』はそんな作品だと思えた。

『雨』 苔むした岩、鬱蒼とした色合い、雨の波紋。この絵を見ていると、神泉の絵は子供には好まれないだろうという確信が湧いた。
意識の深淵をのぞかされるような気がする。
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『寒空』 若い頃の作なのか、違うと思った。もこもこの鳥が二羽。榊原紫峰が喜びそうな鳥。

徳岡神泉の絵は10点ほどだが、なにか多くを見たように思う。
沈黙することが快い空間。神泉の絵にはそれがある。

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'96年のチラシ。

梅の佳人

梅の妖精・化身である美女たちに集ってもらった。
仙女・僊女・羅浮仙たち、そして。

春草の羅浮仙。img720.jpg

春草の描く<人物>はこの世に在りながら世の人ではない存在が多い。この羅浮仙の他にも菊慈童などを描いている。八犬伝の伏姫も春草は描いているが、最早神域にある女人という風情が漂っていた。

こちらは大観の羅浮仙。img721.jpg

そっと梅香を楽しんでいる。

少し艶かしい方々にもご登場を願おう。
上島鳳山の羅浮仙と安田靭彦の羅浮仙。
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梅の精である羅浮仙。梅の艶麗さをまとった美女たち。

一方、古径の描く羅浮仙は枯れ木を蘇らせるような風情がある。
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そして吉川霊華の羅浮仙は消えてしまいそうな神秘さに満ちているため、画像がどうしてもあげられなかった。
梅の香は永続するものではなく、木々のまにまに漂い流れ、やがて消えてゆく。それが羅浮仙の本当の正体なのかもしれず、彼の描いた絵が載らないのはそのためかもしれない。

梅の木の精は即ち<埋めの気の精>と解釈するのをみた。
長らく続く美内すずえの名作『ガラスの仮面』の主要な要素に<紅天女>という幻の芝居がある。
紅天女は梅の精である。昨年能で『紅天女』が演じられた。
梅若六郎による演能。tennyo206.jpg

本編の中でも月影千草は能面を付けて演じていた。

茶の湯と美術

大和文華館の『茶の湯と美術――茶人の美意識――』を見に行く。
チラシを見ると佐竹本の小大君が掲載されているから、それを楽しみに出かけた。

茶の湯だから当然ながら掛け物がいる。
南宋時代の李迪『雪中帰牧図』 これが大変よかった。
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牛に乗る人と、牽いて帰る人の双幅なのだが、じっと見ているとなんとも言えない味わいが滲む。
これは実は国宝なのだが、国宝だと知らずともこの絵をじぃっとみつめれば、しみじみと良さが伝わってくるだろう。

目当ての『小大君』 06_14.gif

間近く見れば、その発色の良さに感心する。去年の春、出光で三十六歌仙の展覧会があり、大正八年の断簡事件などが広く知られるようにもなったが、実際無傷のまま全巻見ることが出来るなら、いったいどんなことになるか。この発色のよさを保っていられたかどうか。

今回、書状が多い。消息(手紙)なども軸に仕立てて茶の湯の掛け物にすることは普通に多かった。絵と違い、書状は日付の確定が出来もする。読み下し文を読めば、事情もわかる。しかし、書が何故掛け物に好まれるのかが、わたしにはわからない。

足利義満、大内義隆、織田有楽斎、古田織部、千少庵、小堀遠州、金森宗和、こんな人たちの書状が掛け物になる。
光悦の綺麗な色紙がある。光悦一派はあまり好まないが、さすがに渋い書状を見た後には、こんな華やかさが嬉しくなる。
石山切もあるがこちらは平安時代。
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平安の華やかさと桃山の煌びやかさと。
しかし最後に並ぶ原三渓園の書は雄渾で、いい字だと思った。

陶磁器に移る。
多くの茶人が好む砧青磁がある。
耳は鯱。06_06.gif

わたしは個体で見る砧青磁にはあまり関心はないが、茶の湯の場で見るのはまた別だと思う。茶室と言う狭い空間での、親密にして快い緊張感の漂う関係。そこに砧青磁はふさわしい。

元代の貼花雲竜文四耳壷にはたいへん好ましい貫入が入っていた。
蜘蛛の巣のような・薔薇のような、美しいひび。

とはいえ本来わたしは高麗青磁が好きなのだが。
今回は李朝の(今では朝鮮時代と言うのが主)青磁はなく、三島や伊羅保、斗斗屋などの茶碗を見た。
ザリザリするような手触りが感じられる茶碗たち。
わたしはそれがニガテだ。

志野香合で可愛いのがあった。小さな花柄のもの。それから織部香合、これが何か見ているとおいしそうなのだ。・・・そう、メロンパンに見える。
まったくメロンパンにそっくりなのだった。

褐釉桐文香合を見て、宮沢賢治の童話『月夜の電信柱』を思い出した。
あの挿絵がここにあるような気分。

そしてこれ。25_s.jpg
色絵おしどり香合。
はがきでおなじみの、おしどり。
かわいい。よくぞ仁清は可愛いのを生んでくれた。ありがとうと言いたいくらいだ。
同じ清水焼でも無銘の松竹梅柄徳利があった。
これは清水らしからぬ奔放さがあって、まるで小出楢重の『めでたい風景』松竹梅みたいに見えた。

乾山、大好き。
夕顔文茶碗。源氏物語の『夕顔』の和歌と白い花とをデザインしている。大胆できれいなデザイン。
それからこちらは竜田川文向付。ken1bs.gif

これはこの大和文華館だけでなく、逸翁美術館でも見ている。わたしもほしいような気がする・・・

漆工芸。
明代の鎗金、存星、堆朱、堆黒などがあった。
その中でも特に目を引いたのがこの堆朱屈輪香合。ぐりぐりして可愛いし、まるでアールヌーヴォーの工芸品に見える。
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日本では根来塗がいくつかと、鎌倉彫もある。
鎌倉彫は堆朱などを先祖にしている。ここには水鳥文の香合があった。
まるで木版画の水鳥みたいで可愛いし、なんとなくインクつけてグリグリしてみたくなった。

蒔絵枝垂桜柳文棗。綺麗としか言いようがない。枝垂れる植物を描いた棗は<嵯峨棗>と呼ばれるそうだ。
見ていてときめいて困った。

抱一と羊遊斎のコラボレート作品がある。
羊遊斎だから無論竹製。八角筒型で、下部に椿がそっと。ふたにも椿。
可愛くて仕方ない。いつ見ても好きな作品。

他に鉄製蜻蛉文真形釜が目を引いた。
蜻蛉、とんぼ。その英語名がdragonflyと言うのが実感できるようなトンボだった。どう見ても秋津ではない。

今回は小大君が目的だったが、それより工芸品に目が惹かれそちらで楽しんだ。
ああ、いい展覧会だった。
割引もきくのだが、あえてそのまま入館した。それは次の松伯美術館を半額入館するためだった。
梅も少し咲いているし、変わった種類の地植えのアヤメも見て、機嫌よく大和文華館から去った。
次は2/17から3/25の『梅と桜 清澄と爛漫と』だ。その頃には花も増えているだろう、きっと。

興福寺の絵馬

基本的にひとさまの個人的願望などを見るのは苦手だ。
書簡体小説もニガテだし(フィクションだとわかっていても)日記体小説もあまり読まない。
だから社寺の絵馬も見に行かない。

・・・と言いながら、<民俗学的見地から>と理由をつけて、明治以前の絵馬を見るのは案外好きなのだ。
ステロタイプはあるにしても、今のようにパターンによって印刷された絵ではない、祈願者の願いを絵にしたものには興味が深い。
ただし時々ナマナマしく怖いものも見てしまうのだが。
絵馬を集めているので有名な博物館と言えば、京都の安井金比羅宮(縁切りでも有名な神社)、佐倉の国立歴史民俗博物館、万博の国立民族学博物館などで常設として見れる。
今回奈良に来て、興福寺の国宝館で絵馬の展覧会があるのを知って、のこのこ出むいた。

国宝館の内部には当然ながら仏像が並んでいる。人気の阿修羅や迦留羅、燈持ち邪鬼などはまだしも、わたしは巨大仏には背を向けて、その絵馬を見た。
絵馬は東金堂から出土した265点のうちの優品を並べている。
絵馬の起源についてはここでは語らない。
せつない願いがそこに込められているのをみるばかりだ。

ここの絵馬は僧も俗もかけていたらしい。そしてここの絵馬は唐獅子を描いたものが多い。つまり祈願奉る先には文殊菩薩がおわすということになる。
文殊菩薩の騎乗する獅子と、それを牽く・御する優填王(うてんおう)というパターンがかなり多かった。
最古のものは大永元年(1521)で獅子と優填王。永禄、文禄、慶長にも伝わっていた。桃山時代は寺社の襖絵にも豪奢な唐獅子を描いたが、案外そのブームもあって、絵馬にもそれが続いたのかもしれない。
ただし稚拙な作品が多く、それが却って祈願者の真剣さにも感じられもする。
ぶた鼻の唐獅子が目を怒らせて「にゃーっ!」・・・にしか見えないのだが、それはそれでいいものだ。
徳川時代になってもこのパターンは続いたようで、寛永、正保、慶安まで唐獅子がいる。
牽馬図や文殊菩薩騎乗獅子図もあるが、薬壷を描いたものもあった。文殊は知恵の仏様だが、それでもここにもすがるひとびとがいたのだ。
大絵馬があった。ここでの優填王は虎のブーツ・豹柄の腰布をつけている。唐獅子には牡丹だから、牡丹の絵も描かれているのが多い。
正保三年(1645)唐子の舞い姿が可愛い。二人舞い。
やがて明治に入ると、廃仏毀釈でメチャクチャになるが、それでも庶民の信仰は絶えず、今度は文殊菩薩の眷属に頼るのではなく、個人的願望を図像化したものを掛けるようになる。
子供の安眠、学問成就、乳の出がよくなる、など・・・

それらを前にすれば、いくらでも物思いにふけったり・・・なのだが、四方を仏像の視線に囲まれていては気が重くなるばかりだ。

八部衆を見てまわり、さっさと出て行くことにしたが、阿修羅の綺麗な横顔の絵葉書があったので、それだけ買った。
ニガテはニガテでも彫像としてときめくものがいくつかあるので、いずれその特集もする。

四季の眺め

二ヶ月前、『応挙と芦雪』を見て以来の奈良県立美術館で、『四季の眺め』を楽しむ。
四季の眺めと言っても無論現実の季節は温いとはいえ暖冬なので、やっぱり日本画・洋画・版画で楽しむのだ。
展覧会のコンセプトは以下のとおり。
春夏秋冬の変化に富む日本の四季は、日本絵画において様々な形で表現されてきました。
鮮やかな表情を見せる自然風景や暦にもとづく年中行事はもとより、物語の一場面や何気ない日常の情景に彩りを添え、人々の内面や人生、生命の象徴として描き出されます。このような豊かな季節観は、私たちの生活が四季の移ろいとともに営まれ、季節を慈しむ独特の文化を育んできた表れともいえるでしょう。
 本展覧会では、奈良県立美術館の所蔵品、花鳥画・静物画、人物画、山水画・風景画の三つのテーマに分類し、四季の多様な表現や変容を見て取るとともに、その根底に息づく日本人の美意識を探ります。

早朝の一番客なのでじっくり見た。

小野竹喬『松風』 嵐山の渡月橋を行くのは大原女だろうか。
柴をかついでいる。
松風の音色。img719-4.jpg

最早二度と帰らぬ風景。

宮崎玉緒『山桜図』 二色の山桜の花枝が交差している。白と薄紅と。わたしは染井吉野より山桜・里桜に好きな種が多い。この画家が誰かは知らないし、他の作も知らないが、心に残るよい絵だった。

橋本雅邦『烏鷺図』 六曲一双の金屏風に墨絵の鳥たちの世界がある。
描線がそのまま色目にもなる烏のケンカを、描線の内側で白を示す鷺が見ている。
烏のケンカは寝技で、リングサイドに鷺が二羽ほどがいて、桟敷席にも数羽いる。なんだか面白いような情景で、もしかするとこの屏風は実はAQUOSか何かで、実況生中継を私たちに見せているのかもしれない。

平福百穂『老松図』 先日うねるような須田の『老松図』を見たが、こちらは墨と朱色とが滲みあい混ざり合って出来た幹なのである。正直言うと、鐡斎かと思ったほどの作品だった。

山口蓬春『晴好』 栗の実が見える。イガがはじけている。ルリカケスか何かの小鳥がそれを見ている。
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しかしそんな細い嘴で栗が啄ばめるだろうか。

松本楓湖『後三年合戦』 歴史画家・楓湖らしい作品だった。飛ぶ雁の列の乱れに埋伏の兵を知る。双幅でそれぞれを描いているが、歴史画というものは、一体いつから消滅したのだろう・・・・・・・

尾形月耕『源氏物語 夕顔図』 夕顔を女が渡す情景。先日西宮大谷で龍子の『夕顔』を見たが、この夕顔はたよりない、寄る辺のなさを表したような花だった。

森川曾文『祇園祭礼長刀鉾図』 古式床しい祇園祭礼図だと思った。作者は知らぬ人だしいつの時代に描かれたのかもわからない。しかしこの絵を見ると、他の祭礼図も見たくなるような<曳き>がある。
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珍しい作品を見た。幕末から明治の浮世絵師・橋本周延『月夜往来図』『春夜往来図』。
肉筆で殆ど墨一色に近い絵。往来、つまり道路・通りを描いている。
月夜には飛ぶ鳥の姿が見え、その下には新内流しの二人組がいる。鶴八鶴次郎とはいかないが、コンビを組んで長そうな感じもする。ソバの屋台も出ていた。
春夜は料亭か何かの店の外に佇む女がいる。その家の二階では静かに飲んでいるのかもしれない。芸者の姿が影絵に映るが、三味線の音も聞こえない。塀からは梅がこぼれている。
外の女は何かを手にしているが、それは三味線にも見えるし杖にも見える。ちょっとわからない。お客さんなのか研究家なのかわからない人がその絵の前で連れに説明しているので問いかけると、やはりわからないと言う。しかしその人の説によると、これは春と秋の景だから夏と冬もあるのかもしれない・・・そうだ。
あったとしたらどんな絵だろう。夏はもしかすると夜鷹と客かもしれないし、冬は火の用心の絵かもしれない。

北野恒富『舞妓』 いかにも恒富な女の顔。赤い襟が愛らしい。ちょっと面長な舞妓で、画面からは見えない桜を見上げる目は、ハマグリの形をしていた。

鏑木清方『涼風』 初見。水彩がさらさらとぼかされながら紙に残る。舟遊びのところへぱらぱら小雨が降ってきて、女が慌てて傘を差そうとする。小品だが実に良い作品だった。
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岡本神草『沐浴美人図』 雪岱かと思うような作品だった。たぶん大正頃の作品ではないか。表装も言えばレトロモダンな感じ。
春信風な女が盥で行水している。紅絹で膚を洗っているが、静かな艶かしさがある。
ふと思ったが、春信とルーカス・クラナッハの女は似ている気がする。

竹久夢二『雪中子抱き美人』 御高祖頭巾の女が赤ん坊を抱いている。あやしているのか違うのかもわからない。物語があるようにも思え、情景にも見える。
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川合玉堂『小雨の軒』 旅人が雨宿りをする農家の軒先。馬も飼葉を与えられ、食べる様子をこの家の子守たちが眺めている。家には茶色くなった杉玉がある。

池田遙邨『けふもいちにち風をあるいてきた』 山頭火シリーズ。風の強さがススキの穂に表れている。まるで嵐みたいに見える。
その中を行く山頭火。img719-2.jpg

正直言うと行乞放浪と言うのが理解出来ない。しかし遙邨の描くその姿には惹かれる。
それは遙邨の叙情性とペーソスによるものなのか・・・

中沢弘光『闘花』 桜の枝で打ち合う女たち。ワンピースやスカート姿の女もいるから、描かれた’52当時の風俗なのだが、なにかギリシャ神話の時代のようにも見える。
彼女らの輪から少し外れてこちらに真正面を向いて立つ女。気軽な着物の着こなしにヴェールをつけてこちらを見る女。神託を待つ巫女のようにも見える。桜の下には椿もポトリポトリと落ちている。

杉本健吉『東大寺二月堂修二会(お水取り)』 来月いよいよ春を告げるお水取りの時期を迎える。その練行衆の姿を連作で描いている。二月堂近景、室内、回廊、祈願、そしてお松明を持つ・・・
今年、久しぶりに最前列に立とうか。炎に熱狂して髪や皮膚を軽く焦がしてみたいような気がしてきた。

牧野虎雄『薔薇の園』綺麗な緑。生い茂るのではなく、丁寧に調えられた薔薇園。わたしは雑木林が好きだが、こんな庭園にも憧れている。
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太田喜二郎『吉野山』 ‘39当時の吉野山の桜満開の風景。山伏さんも芸者さんも家族連れも、みんな桜の満開の下をゆく。宴会は見えない。桜がピンクの塊に見える。上千本・中千本・下千本・・・桜はまるでピンクの雲のように画面のそこここに広がっていた。

梅原龍三郎『春一日』連作 解説を読む。「ギリシャ神話・仏教説話・西洋文学などを基にして、天女が鬼神へ変貌する悪夢とも幻想ともつかぬ作品」
タイトルは『天女散華』『花下裸婦』『落日』『夢三題』。’45の水彩作品。
平和な空を天女が花を撒く。ついで花の下で二人の裸婦が横たわりくつろいでいる。落日は水の滲むような夕日がある。そして変容が始まる。
二人の天女が飛ぶ下には、森にも炎の中にも都市にも見える景色がある。
天女の数が増え、眼下の景色が炎上する都市だとわかる。町を焼く煙は群青色で、焼ける建物は幹の色をしている。
やがて飛ぶ天女たちの膚の色が、まるで地獄の獄卒のような青や緑に変じてゆく・・・
これは梅原の見た戦災風景なのだろうか。
何か音楽が聞こえてくる。わたしの頭の中ではラヴェルの『水の戯れ』が流れていた。
http://homepage3.nifty.com/principe_de_plaisir/midifile/MR_JDEAU.MID
クリックすると音楽が流れます。

満谷国四郎『豊熟』 豊穣の具現化。丸々肥えた幼児たち。たわわに実った葡萄も柘榴も取り放題で、子供らは満足そうに笑っている。多産の象徴。たいへん豊かなものを感じた。
満谷の回顧展を開催してくれないだろうか・・・
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小杉放庵も『秋果童子』を描いていた。こちらに背を向け、葡萄をもぐ少年の幸せそうな顔。小杉の物語性の高い作品がとても好きだ。


他にも多くの作品を見た。来週までの会期だが、これは静かに楽しめる良い展覧会だった。行ける方には、行くことを勧めたい。

節分は忙しい

今日は節分なので海苔巻きの丸かぶりや豆まきをしないとイケナイ。
朝も早くから奈良へ出かけたのは予定が多いため。(いつもか)
奈良県美術館―大和文華館―松伯美術館―生駒の聖天さん―東大阪のケーキ屋さん―あびこ観音(厄除けの観音さんで節分時期が最大の祭日)―画廊―大丸梅田
これが予定だった。

ところがちょっと狂ってしまった。
興福寺国宝館へ行ったのだ、絵馬を見に。しかも入らなくてもいいのに『本日無料』に引かれてついつい興福寺東円堂にあがり、仏像が鎮座ましますのを目の当たりにして、すっかりおびえてしまった。
わたしは巨大な仏像が怖いのだ。目からビーム出したりとか、夜中に立ち上がってのし歩くとか、そんな妄想が常に湧き出してきて、逃げ場がないのを常に感じている。
這う這うの態で逃げ出し、揚げ餅が二個入ったおうどんを食べてからやっと安心したが、こんな状態で生駒の聖天さんとかあびこ観音とか行けば、豆まき行事で撒いた豆に当たって怪我でもしかねん、と思ったので「もう神仏関係はカンニンしてください」ということにした。

ところが一つ予定が狂うと色々おかしいことになるもので、東大阪のいつもの愛するケーキ屋さんのあとに、ブックオフでどういうわけか延々と立ち読みしてしまった。ドカベンの今の話を。水島新司センセイがいかに日本野球を愛しているかが強く伝わってくる。
感動しつつ、今年のトラはどないなんねんと心配になってきた。

さて気がつけば真っ暗。河内から北摂は遠いのに。
それで今回は実はもう一軒行ってみたいケーキ屋さんがあったのでそちらにゆき、ゆず茶とモンブランをいただいたが、これがちょっと自分好みではなくて「しまった」になり、目の前が暗くなってきた。
暗くなるのも道理で、外が暗いと言うだけでなく、つい先日わたしはカキに中毒して軽いマーライオン状態になっていたのだ。それを呼び起こしそうだった。
変身!マーライオン、出動せよ!!
・・・こんなのやだよな。
それで家では母が巻き寿司を巻いてるので、予定より帰宅遅れるメールを入れたら、これが風邪の諸症状を呈しているらしい。
大丸の展覧会は明日にするしかない。あわてて帰宅。

巻き寿司はけっこうおいしかったが、北北西向いて無言で黒い筒状物体を丸かぶりするのでは、味なんかわからないのかもしれない。
イワシもおいしくいただき、庭の東北の角に植わるヒイラギの枝に刺してきた。
それで豆をまいて、「今日は夜遊びに出たらアカン」とネコ共に言い聞かせ、全部戸締り。
厄除け饅頭は昨日のうちに毎年くださるメーカーさんのおかげでおいしくいただけたし・・・とりあえずこれで、今年の節分行事は終わり、明日は立春なのでした。

アニソンバトン

lapisさんのアニソンベストアルバムを見ました。
アニソンバトンを答えられてるのですが、すごい選曲のセンスの良さと、リンクしたyoutubeでそのOP・EDも見れる丁寧な作りに、感激しました。すばらしい記事でした。

わたしは'84以降TVそのものから遠ざかっているので、本編を見ていない作品が多く、友人が作ってくれたCDなどで歌を覚えたり、カラオケで延々と歌い続けて覚えたりしています。

以下、わたしも選んでみようと思います。

日本画の風情

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西宮大谷記念美術館で12日まで『日本画の風情』展が開催されている。
毎年初めは館蔵日本画の展覧会なので、挨拶もかねて見学に出る。

入るといきなり縹渺たる世界がそこに広がっていた。
山下摩起の屏風『雪』 遠くからでは白と薄茶色な色目だけが広がっていて、それが何かはわからない。わからないが、吸い寄せられる力がある。
ああ、そうか。笹が雪にまみれてその重みにたわんでいる。
ふと息を吹きかければ、それだけで雪が地面に落ちるような、そんな絵だった。
‘33のどこかの風景。今年は暖冬だからこんな景色、見られないのかもしれない。

鐡斎『山水図(水石間図・仙境図) 金地に墨絵で描かれた山・山・山。その山の集まりはまるでプディング・カップのようで、隙間から水が溢れている。水はどこへ行くか。山から池へ注ぎ込み、池からどこかへ流れ出て行くのだった。
丁度百年前の作品。鐡斎は実際に見たわけではなく、観念の仙境図を描いたのだ。
百年前と言うより、描かれた景色は千年も昔のように感じる・・・

『迦哩迦尊者図』 無論私は迦哩迦尊者の故事など知らない。衝立の裏面に描かれたオジサンが虎の背に乗るのを見るだけだ。その子なのか仔虎の背には一輪挿しの花瓶が花ごと結わえ付けられている。虎は虎らしくない顔でにゃあとしていた。

面白い表具仕立てを見た。
関雪『後赤壁図』 詩人を乗せた船が赤壁を望む。何百年か前の英雄たちの死闘を偲んでやってきた、有閑詩人たち。その絵を仕立てた屏風の布地を見ると、全部<関雪>の印章で構成されている。一種類のではなく、この世に知られている限りの全てで。
遠目にはただの灰色の布にこんな面白い仕掛けがあったのだ。

先日小杉放菴の『黄初平』を見たが、ここにもいた。山元春挙のはまだ仙道修行中の少年だった。『叱石成羊』という話によると、40年修行した初平くんは鞭をふるって石に「羊になれ」と言ったところメエメエと羊が湧き出したそうな。
まだここにいる初平くんはそんな域に到達どころか、誤って自分の白い指を打ちそうに見えた。

少し時期ハズレだが、風情と言えばこれほど風情のある情景は少ない。
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松園『蛍』 髪の上げ方もとてもステキだ。実は今日のわたしは髪をまとめてオダンゴにして頭頂で止めているから、この髪型の親戚なのだった。
しかし寒いからか、蛍はこのようには出てこなかった。(それだけか??)

木島桜谷『新鵑』 深山幽谷。高い高い杉が並ぶ。道に杣がいる。何人か、山仕事へ行く。彼らの知らないずっと高い空で杜鵑が、飛んで行く。
声が耳に響くような作品だった。

春挙『雪渓遊鹿図』 これも先にあげたのと同じような精神性のある作品だと思う。
吹雪の止むことを知らぬような雪山が聳え立つ。目を開けるのがつらいほどの、雪。
そのずっとずっと下、左下の端に鹿の群れが走っている。絵の外へ出るようにして。

これら二作を見ていると、精神が深く沈潜するのを感じる。

濱田観『白木蓮』 水色の地に白木蓮がいくつも咲いている。去年姫路でこの人の花菖蒲を見て感嘆した。今日、この白木蓮にため息をついた。
描かれた年はいつかわからない。しかし、とてもモダンな作品だった。
ああ春が来たのだ、と感じるような白木蓮と空の色だった。

島成園『弥生』 少女がこちらへ顔を向けている。身を反らしつつ。赤い着物は少し大きめに見える。着物に隠された腕も胸もまだまだ細くて、時を待っている。そんな気がした。

池田蕉園『古代美人』 古代とは言え明治の人の意識では江戸時代も古・代なのだった。
いにしえの世の美人。髪型は松浦屏風に現れるような頭頂でクイクイッと束ねたもの・着物は大胆な芭蕉柄。慶長美人なのだろう。苦界が苦界になる前の、公界だった頃にいたのかもしれない。帯は紐だった。元禄と言うことはないようにも思う。

青邨『薔薇』 赤い薔薇の中にぽつぽつと黄色い薔薇が混じっている。それらを活けるのは青い壷。薔薇の香がこちらにも届いてくるようだ。先日の梅とは全く違う薔薇。
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摩起『椿』 椿の中に白梅が少し混じり、その枝や花の真ん中にそっと鳩がいた。
さっきわたしは夙川の土手を歩いていたが、春まで花を持たない木の枝が妙に賑やかだと思った。丸いようなふくらみがいくつもあった。
植物に疎いから何の木かよくわからないので、近づいてみると、鳩の木だった。
ネコヤナギは知っていたが、ハトドマリノ木というのも案外メジャーなのかもしれない。

深水『吹雪』 二枚出ていた。
一枚は一番上に上げた画像。いちばんバージョンの多い作品。もう一枚は違う方向に傘を向ける美人だった。

龍子『夕顔』 宵闇に薄い白が開いている。夕顔の白い花。少し大きい花だった。
光源氏でなくとも、心惹かれてしまう。この花の主は・・・・・・・

わたしは杉山寧の描く動物たちには、感情がないような気がしていた。
しかしここにある『雉山百合図』の雉を見て、それは違うと悟った。
雉がうずくまりながら、なにかを見上げている。ふっくらした頬。小さい目を見開いて、何かを見ている。山百合を見ているわけではなさそうだが、雉は確かに何かをみつめ、何かを考えている。

最後に深水『舞妓』 img716.jpg

とても可愛い。

他にもすばらしい作品が多かったが、こればかりは実際に訪れないと、見ることも感じることも出来ないのが残念だ。
庭園には蝋梅が満開になって、いい匂いを撒いている。水琴窟もキィンと金属的な響きを聞かせてくれる。
二月初めの小さな喜びだった。
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