椿の花 

つばき。
万葉集の頃から椿は歌にも歌われている。

  巨勢山のつらつら椿つらつらに 
      見つつ偲ばな巨勢の春野を  


椿は古代において<海石榴>とも書かれた。海・石榴なら海のザクロ、海石・榴なら何になるのか。
この字面のイメージからゆくと、ツバキは赤色がメインのようでもある。
実際赤い椿とはあまり書かず、椿と言えば赤色の花を思い出す。
しかし白椿の美は夙に知られている。

椿の時期は長いので、雪の中に咲く赤い花から春の日差しにゆれる花まで、様々なシーンで椿が咲き零れている。

日本画洋画など取り混ぜて、ただただ好きな椿を展開したいと思う。

鍋島の椿。

たぶん、いちばん愛している。

森田草介の絵は、女も花も、物音から遠く離れている。<静寂>と言う言葉を絵画にすると、彼の作品になる。
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再び洋画の椿。img900-1.jpg

黒田悦子の椿はひどく蠱惑的に佇んでいる。

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山口華楊の椿にはメジロがいる。蜜を吸うのではなく、たぶん花を愛でに来ている。自分の顔より濃い色の葉陰にかくれて。

木としての椿を見る。
白木蓮がそばにあるから、淋しくもない。
鳥もこんなに遊びに来てくれる。
荒木十畝の椿。img900-3.jpg


いつも愛するのが赤ばかりと言うこともない。
躑躅もそうだが、わたしは一つの花に異なる色の散ったものにもときめいている。五色椿を籠に入れよう。
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堀文子の椿は白亳寺のそれだろうか。

先日大和文華館でこの羊遊斎の茶入れを称えた。
掌に包み込めたら幸せだろうと思うような、椿。
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何年前か、初めて茶道資料館へ行ったのは椿の文様が入った陶磁器や茶道具を見るためだった。
そこでこの乾山の硯箱を見たのだ。
白椿の清楚な美に今も心惹かれている。
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板谷波山の遺作。img903.jpg

遺作だからと言うのではないにしても、なぜこの椿はこんなにも静かでいられるのだろうか。

わたしが最初に見た魯山人の器はこの椿文茶碗だった。
遠近感のためにこんな風に見えているだろうと思いきや、会場で実物を見て圧倒された。たいへんな大鉢である。茶碗とはいえまい。
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魯山人は雲錦文もよいが、この椿文のシンプルさが好ましい。

古人の美意識は工芸品に名残をとどめている。
提重は野遊びから生まれた。丁寧な蒔絵。わたしは江戸東博にある螺鈿のそれにも惹かれている。
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わたしのお雛様はガラスの中に端座されている。
ガラスに囲まれているから、なんとなく安心している。
けれどガラスごと箱に収められているので、風景は殺風景だ。
だから私はこの絵でガラスを包む。
そうすればきっとお雛様たちは椿の夢に揺らいでいられる。
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形だけで言えばこの椿が一番心に沿う。
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村上勉や永田萌の椿もここに挙げたかったが、照れているのか、出てきてくれなかった。仕方がないので、わたしの心の中だけで愛でよう。
そしてこちらは近藤ようこの椿。
『骨笛』から。img904.jpg

'90年、八尾西武で『ASUKA』で当時連載中の作品数本をパネルなどで再現する展覧会があった。既に近藤ようこのファンだったわたしは喜んで出かけた。
『水鏡綺譚』からは『骨笛』が選ばれていて、造花の椿がいちめんに散っている情景を目の当たりにした。
「ああ」と思った。
説明は出来ない。
このときほかに神坂智子の『蒼のマハラジャ』が展示され、そこからインドのシタール音楽が流れていた。
誰がこの展覧会を企画し、構成したかは知らないが、すばらしい展覧会だと今でも思っている。

わたしが椿を愛するようになったのは、いつからか。
高校生か大学の頃、電車にはわたしと<その人>しかいなかった。
その人は真青なスカートをはいていた。
その真青な布には大小入り混じった椿が真青なままprintingされていた。凄い衝撃だった。
あれ以後二度とそんな青い椿を見ていない。
目から意識に入り込み、とうとうわたしの中に根を下ろして、椿は今も咲いている。

最後に花道家の安達瞳子さんのいけばなから。
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雑誌で見たとき、ただただときめいた。

梅、桜の間に椿はひっそりと、しかし確かな存在感を見せながら、咲き続けている。

阪神タイガースバトン 

狸庵のtanukiさんのところから虎バトン・・・阪神タイガースバトンを拾ってきました。
今日は他の記事を考えてましたが、最優先課題です、これは。←鼻息が荒い。
ただし今回の記事は巨人ファンの方、読まれないようにお願いします。

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横浜美術館で何を見たか 

どうしても書けずにいるままだった展覧会の感想がある。
時間がなかったり、他の記事を優先させたりで、書けないままでいる。
横浜美術館で開催中の小島烏水コレクション展。
見て、その膨大な数に圧倒された。
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小島という人は横浜正金銀行に勤める傍ら、北米支店長の折に泰西版画を集め、浮世絵も積極的に蒐集した。
本人は山登りの人でもあり、そちらの方の著作も多いようだ。

展覧会に行ったときは雨も激しく、色々思い通りにゆかず困っていたので、憂鬱だった。
その憂鬱が続いたまま会場に入った。
実のところ、この横浜美術館との相性はあまりよくない。
常設のコレクション展の一覧表もないし、それでか、行くたびに何か鬱屈が湧く。
今回もせっかく写真家・秋山庄太郎の人物写真が多く出ているのに資料もないし、日本画や洋画も同じである。
清方、モローの作品は覚えていられるが、他にどんな作品があったか、日を置くと思い出せなくなる。
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クヌップフの田園にいるごく普通の女の絵とか、荒木寛方の『魚籠観音』、観山のお釈迦様を火葬にするのをみんなで見守る図だとか、小倉山の秋の野とか、断片的になる。
秋山の写真も以前から何度も見ているからいろいろ脳裏に浮かぶが、それらがこの展覧会にも出ていたかどうか自信はない。
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書ける限りは書いているが、茫漠とした印象になりがちで、残念なことはなはだしい。
小島コレクションも自分でのたくたメモを連ねたが、再読する気合が湧いて来ないまま、とうとう一ヶ月以上が経ってしまった。

作品の名前やタイトルを列挙するだけでもいいのだが、あまりに膨大すぎて、それも出来かねる。第一間の悪いことに、「なんとなく知ってる作品・見たことある作品・好きな作品」がかなり含まれているので、一つの連想が次の連想を呼び、この展覧会で見たのか、そうでないのか自信がなくなっている。
そのため、ただでさえ無秩序な脳髄がサボタージュを起こしたか、どうしても書けない。
今ページをめくるように脳のその部位に問いかけると、デューラー、北斎、巴水、ゴッホなどと名前が零れて来る。他にも明治初頭の不気味な石版画もあった。ラスキン、吉田博もあったように思う。
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この展覧会を見たとき強烈に感じたのは、作品の個々のよさなどより、個人コレクター・小島烏水という人の<眼>の凄さだった。
この展覧会に展示されている作品たちはみんな、彼の眼に適ったものばかりで、我々は彼の嗜好を見るというより、彼の脳髄の皺の一本または細胞の一片を見るのも同然なのだった。

チラシを眺めると、明治の浮世絵師・国周の清正が見える。これも以前に見ていたが、会えて嬉しかったのを覚えている。もう明治なのでわざとらしく<佐藤正清>などとせず、堂々と加藤清正と書けるのだった。桃山御殿の場というから、活歴のではなく、地震加藤の方だと思う。
(当然ながら版画はその性質上、数多く出るのでここではないどこかでも見ている)
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クラクラしてきた。
凄い点数である。いくら資産家とはいえ、よくもこれだけ集めたものだ。
世界的に有名な版画と言う版画は大方揃っているのではないか。(ただし大正までという年代の期限付きだが)
自刻自摺はこのコレクションの中になかったような気がする。(大正新版画運動の作品がある)
だから棟方志功、川上澄生がなかったのだ。多分。

書いてるうちに思い出してきた。
(しかしこの記憶もここでのそれか、以前からのものとの複合かは不明)
複合の記憶、キメイラ。
やっぱり山岳が好きな人なので、そんな浮世絵があった。
富士講の人々をえがいたもので、富士山の胎内めぐりのようなものがあった。
これが本当の富士かどうかは知らない。というのは、江戸時代富士講がブームになり、江戸のあちこちに富士山のミニチュアが作られたのだ。
高田富士とか、本郷にもだだだっと。それがなかなか面白かった。
人物の描きようが、まるで心学風だったのだ。(心学、つまり顔に善悪と書かれたあれですね)
で、その作品を見ながら『至福千年』を思い出しもしていた。
これは多分貞秀の『富士山胎内くぐり図』なのだろうが、図版は大山寺しかない。
大山詣でも江戸の人々の楽しみだったのだ。
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フェリシアン・ロップスにしては、そんなに悪意の込められていない作品もあった。大抵は風刺と言うより毒のきつい作品が多い人なので、ちょっと珍しいと思った。なかなか綺麗な女の肖像。たまにはこういうのもほっとする。いつもいつも風刺や戯画では疲れるのだ。ユーモアの濃いものならよいのだが。

ラスキンの山岳風景は、以前にも見ていた。回顧展のとき、「ラスキンて山の絵が多いな」と呟いたことがある。わたしはラファエル前派ぽいのが観たかったので、残念だったのだ。

山村耕花の役者絵もある。
そうそう、番付が出ていた。大正9年の番付『東都錦絵数奇者』。版画の番付で、前頭に清方の名もある。小結には五葉、荷風、おや、ポール・ジャクレーもいる。
ジャクレーはこの横浜美術館で回顧展があり、あれはたいへん良かった。

やっぱりわたしが好きなのは、西洋のオールドマスターの版画より浮世絵なので、国芳の『宿下がり双六』などが楽しく思える。
皿屋敷・・・お菊さんの亡霊や、傘をお猪口にした破戒坊主風の男とのつながりはよくわからないが、なんだか楽しいし。
國貞の『籠細工 庄八郎』も久しぶりに見た。わたしは上方下りの細工見世物のビラが好きなのだ。

他にも思い出そうとすれば出てくるだろうが、ここまでにする。
地下フロアでは、烏水のいた頃のY高という展覧会もあり、明治の旧制高校の衣装などが展示されていた。それと昔の風景写真に手彩色したもの。知ってるものが大半だった。
(割と沢山集めてますね、わたしも)

ああ、それにしても脳の海馬にもちゃんと餌を与えないとダメだ。
しみじみそう思った。

ピカソ ルードヴィヒ・コレクション 

自分で自分にくちづけている、と思った。
ピカソのキュビズムで構成された瓶。
瓶には女の顔がある。二つの側面からの顔。
共有するのは鼻だった。
唇と唇は合わさっている。

ルードヴィヒ・コレクションが大丸梅田に来ている。
巡回するかどうかは知らない。
アルルカンとミノタウロスとそれから版画シリーズ、341というシリーズ。
そしてロベルト・オテロによる、ピカソの写真で構成された展覧会。

若い頃のアルルカンの洋画に惹かれている。
そこに漂うせつなさと憂い。
もしピカソが脱皮と変容を繰り返す芸術家でなく、このせつなさと憂愁だけで通したなら、きっと短命だった気がする。
あの時代のパリにいたからこその作品。img892-1.jpg


しかしピカソはそこで終わらなかった。
せつなさも憂いも振り捨てて、キュビズムを生み出した。
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化け物、幾何学的な化け物だと思っていた。
子供の頃の直観はそのまま続き、今でもピカソの目と鼻の位置などがどういう構成なのかわからない絵を見ると、やはり化け物のように思えてしまう。
20世紀初頭の、ピカソがまだ二十歳を迎えたばかりの頃の薄暗い官能性の滲む作品、そこにはそうした萌芽は見つけられない。
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ミノタウロス・シリーズ。
ピカソは自分をミノタウロスに見立てていたのか。
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アマゾネスを冒し、数多の女を犯し、人々に忌まれつつも、咆哮し、存在を誇示するミノタウロス。闘牛場あるいは剣闘場で、観客席に座る女たちから激しい憎悪の視線を浴びせられている。
それでもミノタウロスは敵に向かってゆく。敵は見目麗しい美青年。
薄い線描の青年に向かう熱いまなざしと、憎たらしくおぞましい存在のミノタウロスを嘲笑し、呪詛する視線が交差する。
青年が勝ち、ミノタウロスは傷つきうめいている。
観客はそれに快哉を叫んでいる。これまでこのミノタウロスに弄ばれ、運命を狂わされてきた女たちの、復讐。しかしその中にたった一人だけ、ミノタウロスに手を差し伸べようとする女がいる。ミノタウロスはその手に気づいているかどうか。
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ミノタウロスの旅。
深い夜の海を越えて、どこかにたどりつく。
現れる女は皆、同じ顔をしてミノタウロスをみつめている。

眠る女。地中海の風がやさしく彼女に吹きつける。シェスタなのか、泳いだ後のまどろみなのかはわからない。何かを待っているのか・何かが帰った後なのかもわからない。
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341シリーズに現れる女たち。ピカソが88歳のときの作品。
図像学というものを不意に思い出す。このシリーズでピカソは<!>を描いている。
!というマークが一番その絵に近い。
ピカソの目にはそう見えていたのか、ピカソの手ではそう描くのが当てはまるのか。
たくさんの女たち。みんな<!!!!>の集まり。
(この版画は伏見の京セラ本社のコレクションにも展示されている。341枚の補完作業をしてみたいと思っている)

三月の間に二度見た。二度見て、二度とも同じ作品にときめいたり、違う感想を持ったりした。
壁に貼られたピカソのスナップ写真(スナップのように、日常のピカソがそこに映し出されている)は、そんな観客たちの様子を眺めて楽しんでいるように、思えた。

ルードヴィヒ・コレクションは(たぶん)私にとって一番観ていたいピカソの作品を集めているように、思った。

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足立美術館 大観と近代日本画名品展 

大丸心斎橋で足立美術館の名作展を見た。
春のこの時期、大丸各店舗ではすばらしい展覧会を開催してくれる。
それだけでも大丸は素敵なところだ。いつもありがとうございます。
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足立美術館は島根県にある。日本画と陶磁器と童画の三本柱の美術館で、中国山脈を借景にした、すばらしい庭園にもファンは多い。
関西からはしばしばツアーも組まれていて、私もここへ何度か行ったが、いつも満足している。
他の地域からなら米子空港の発着が便利らしい。
(『俺たちの旅 十年目の再会』でもそんなエピソードがあった)
足立美術館は横山大観コレクションが充実しているが、今回のタイトルもそのとおりだ。
『足立美術館 横山大観と近代日本画の名品』
機嫌よく見て回ろう。

大観の富士山は立派なのだろうが、ちょっと私はパスして、『春風秋雨』に目を向けよう。
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金色の花びら、散らして。
風の谷に咲いていそうだ。桜も綺麗だが、タンポポの愛らしさに目を留めた。
秋雨も寒さを感じない作品だった。これが初夏なら緑韻となり、秋なので黄金の雨が降るのだと、思った。

そしてそれの延長のように『麗日』がある。
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蟹が這い出ている。啓蟄か。這い出た小さな蟹は春の野を逍遥する。
ツクシ、スギナ、タンポポ・・・ハサミでちょんぎるようなことはしないだろう、きっと。
蟹も春の空気を味わいたいのだ、きっと―――。

山でよかったのは『朝嶺』img882.jpg

指と指を重ね合わせると、こんな風になる。指の山々。紛れもなく日本の、東洋の景色なのだが、パプアニューギニアの神話を思い起こさせるような、山嶺だと思う。
濃霧が肺や脳にまで入り込むと、気持ちよさそうな、そんな錯覚がある。

同じく墨絵の『南溟の夜』img883.jpg

昭和19年の作だということにこの絵の意味がある。日本が負けてどうにもならなくなっているのを、国民も既に認識している時期。大本営がなんと言おうと、兵隊は死んでゆき、敗戦の色は日増しに濃くなる。
この絵はそうした状況を描いたものだと言う。星空の煌きは散っていった命たち。
押し寄せ打ち付ける黒い波は、敵艦隊・・・。
大観は明治の書生っぽさを終生失くさぬ人だったと言う。彼はまっすぐに日本を信じ、そして日本のために良かれと思って、日本の絵を描き続けた。
その大観にもこんな作品があるということを、今回初めて知った。
大観も、やはり知っていたのだった。

大観の大作だけではなく、龍子のそれもある。
名作『愛染』img881-2.jpg

今回改めて、いい絵だと思った。雄と雌の視線がいい。この血のような紅葉がいちめんに散っているのも、思えば意味の深いものだった。

『春雪譜』img887.jpg

以前から可愛いなぁ♪と思っている。雪からのぞく植物たち。左端のフキノトウが可愛い、というより「食べたい〜」。てんぷらがおいしいんだよな。(神谷バーのそれが一番好きだ)

『獻華』
竹籠に牡丹。牡丹の花びらがチリリリと縮れている。写真のようなリアルさがある。
そしてこの牡丹には意思がある。美しい咲いているのも、花を開いているのも人の都合ではなく、自分たちの喜びのためなのだ、と言うそんな声を感じてしまう。
緑の葉のあおあおとした美しさ。目を瞠ってこの絵を眺めたい。
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図版はないが、松園の『楠公夫人』にも惹かれた。身分の高い婦人らしい眉をして、憂いがちなおもてをさらしている。夫は大楠公、息子は小楠公。言葉に出せない鬱屈と悲しみとを感じてしまった。

春草『猫梅』
春草は焼きいも屋の黒ちゃんをモデルに『黒き猫』を描いたが、この白地に黒の乗ったにゃんこさんも何点かモデルにしている。眠たそうな目の猫。白梅よい香にも陶然ともせず、「・・・ねむたい」 そんな言葉を吐きそうな猫だった。

同じ猫でも深水の『ペルシャ猫』はなかなかサービス精神がある。
女の人に抱き上げられても、いやな顔もしない。よく肥えた立派な猫だ。肉球がぷにっとしている。女の白地に、金地に花や蝶の柄の入った着物も綺麗なのだが、やっぱり猫に目が行ってしまった。
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こちらは関雪の『唐犬図』 白犬は多分ボルゾイ、黒と茶色はよくわからないが、猟犬なのだろう。鼻先の長い、貴族的な容貌の犬たち。
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花を振り返る白犬は、その花の美を愛でているようにも思える。
関雪の動物は猿でも犬でも、なんでもとても賢そうなのだった。

日本画の美は桜と紅葉と雪と、そして緑だと思う。
御舟『新緑』
三種の木、三種の緑。img889.jpg

みどりと言う字はいくつあるだろう。緑、翠、碧・・・古語を挙げれば、それこそ枚挙に暇がない。以前数えたとき、たしか22ほどみつけている。
ここにはその<みどり>があった。

青樹『朝露』
朝顔、ホオズキ、露草。img888.jpg

朝霧がとけてゆく。朝の露にぬれながら夏の植物が目覚める。きらきらまぶしいのは日の光に照らされつつあるからか。
嬉しい予感のする絵だった。

しかし今回なんと言ってもいちばん惹きつけられたのは春草の『紫陽花』だった。
これは明治35年の作だから、まだ元気だった頃の作品なのだ。
にも関わらず、この絵にはまるで、時間が永遠に停止したようなイメージがある。
青灰色の紫陽花、動きの少ない蝶、絵の空間・・・
怖いような作品だと思う。
彼岸を垣間見たような、そんな気がする。
葉の影がいっそうその思いを強くする。
長生できないような予感、それを感じた。
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大丸心斎橋での展覧会は4/9まで。
その後五月に神戸に巡回するが、その後はわからない。
足立美術館の四季風景。日本画が好きな方には必ずお勧めする美術館である。
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武士道残酷物語をみる 

魯山人をみて気持ちよくなったところで、今度は暗い暗い映画の上映会に行った。大丸京都店から徒歩5分の京都文化博物館では、恒例の日本映画上映会がある。
今回は『武士道残酷物語』今井正監督・中村錦之助主演の、オムニバス作品。原作は南條範夫『被虐の系譜』。以前から見たい作品だった。

とりあえず暗いというか陰惨な内容なので、読まれる方は注意してください。

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魯山人の宇宙 

魯山人の宇宙、というタイトルを聞いたとき、頭の中に陶器の破片がきらきら煌くような気がした。
京都大丸で展覧会。18日に見に行った。
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笠間日動美術館と、アメリカのカワシマ・コレクションと、魯山人ゆかりの料亭・福田家から多く出品されている。
子供の頃から魯山人は知っていた。
理由はごく簡単、親が陶磁器を愛していると言うのと、魯山人の拵えた星岡茶寮の大阪店が家の近所にあったので、それをよく聞かされたからだった。
店は戦災で毀れた。しかし幼児だった母はその枝折戸を覚えていると言うし、祖母もそんな話をしていた。
今では名残もない。近所には四方男爵の邸宅などもあったが、相続税の絡みでみんなマンションに変わってしまった。
戦争は良くない。物も価値観もみんな壊されてしまう。
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(備前竹花入)

とにかく魯山人の器を見よう。
今回、<観る>美術品としての器だけでなく、<使う>美術品としての器も見た。
そもそも全ての工芸品は、まず使われることを念頭において、制作されるべきなのだ。そうして生み出されたものたちが如何に活きるか、それは所持した者の意識の高さに期待するしかない。
不幸な器もあれば、幸福なそれもあるだろう。

魯山人は織部焼で人間国宝の指定を受けたが、拒否した。
織部onlyだと看做されるのがいやだったから、というのがその理由らしい。
実際魯山人は見事な志野焼も赤絵も拵える。
書で最初に名を成したのだから、書への執着も深いし、なにより料理への執心がこわいくらいだ。
魯山人の焼き物は全て、本人の言葉を借りれば「食べ物の着物」なのだから、当然気合も入るだろう。
グルメリポーター彦摩呂がよく「食べ物の宝石箱や〜」と楽しい表現をするが、芸術家も学者も芸能人も、食にこだわる人はみんなその<業>から逃れられない。
国文学者・民俗学者の折口信夫も己のその食への執心を省みて、面白くも恐ろしいような短歌を残している。
小栗判官が地獄から生還し、現世に餓鬼阿弥として蘇生したのを倣って、折口は自分のことをも<餓鬼阿弥>と言挙げした。
そして魯山人の死因はタニシの食べすぎによる中毒なのである。
(タニシの研究と言えば、医学博士・手塚治はそれを博士号の論文として選んでいる)

その魯山人の器。
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チラシにもなったこの大鉢はモダンなセンスに満ちていた。
宇宙の色合いを久谷に移したような、オリジナルなセンス。
光るような力を感じさせられた。

魯山人の織部はさすがにみごとだった。
じっと見ていると、作った手と使う手とが見えてくるようだ。
そして眼を上げると、係員の年配の婦人がいた。織部を構成する緑色と生成りのような白とがそこにある。偶然とはいえその人は織部焼のような衣服を身にまとっていたのだった。
わたしが指摘すると、その人は、照れた。

形の面白さはない。それは造形師が他にいたからでもある。むろん手ひねりもあるが、魯山人のよさは色彩にあると思うので、わたしはそちらに関心がある。とはいえ、無論その造形に不足はない。

造形的に面白いと思ったものは、この花器である。
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どうもこれは折り紙で作る提灯と言うか行灯と言うか、そんな形だ。
七夕のときにわたしも作っている。それだけに親しみが湧く。
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辰砂竹雀俎鉢 絵柄のよさに引き寄せられる。実にいい。
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長方形。何を載せるのがいいか。やはり魚だろう。
ここに魚がある情景を考える。
そういえば’98年の丁度今頃、大丸心斎橋で料理を再現して魯山人の器に盛り付ける展覧会があった。
わたしはそんなものを見るのが好きなのだが、食べられないことが憾みになった。

どうも鳥を描いたものに良いものが多い気がする。
こちらのカラスを描いた瓶もいい。
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二羽の烏が何か呼んでいる。笹の葉が可愛らしい。
これは寒鴉というのではなく、なにかのんびりしたカラスたちだった。

白萩釉鉢 きれいな色の移りがそこにある。宇宙の青、そんなものを見ている気がする。星雲が広がっている・・・

福田家のための器を見る。
お釜が可愛いし、土瓶、湯のみ、小皿などが本当に愛らしい。
やはりこうして使うための器と言うものは、人の手に収まったときの味わい深さ、それがにじんでいる。
福田家は紀尾井町にあるそうだが、銀座の久兵衛というおすし屋さんも魯山人の器を使っているそうだ。銀座百点というPR誌によく宣伝が載っているので、そちらは以前からなんとなく知っていた。

そして小部屋が一つ再現されていた。感じのいい欅か何かの食卓に、器が並べられている。それと朝鮮のらしき箪笥がある。金具が見事な箪笥。蝶の形、蝙蝠の形、見ていて欲しくて仕方なくなってきた。ああ、いいなぁ。
全体がとても調和していた。

今回初めて知ったのだが、笠間日動美術館には春風萬里荘という魯山人ゆかりの建物をそっくり移築しているらしい。
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正直なところ、銀座の日動画廊や日動キュリオには行けても、笠間がどこにあるのかがわからない。
しかしそのパネルを見ると、行きたくて苦しくなった。
お風呂の浴槽は織部、男性用便器も見事な陶器。(INAXの世界のタイル博物館にはそんなコレクションがある)佇まいも何もかもがいい。
いい、実にいい。
画像はこちら。
http://www.nichido-garo.co.jp/shunpu/

機嫌よく魯山人の宇宙を堪能したのだった。
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にゃんにゃん分析と春分の日のこと。 

千露さん、lapisさんがにゃんにゃん分析をされていたので、早速やりました。(こういう記事は早く書けるが、いつものはズルズル遅いのだ)
えーと、まずは。

「遊行七恵」のにゃんにゃん分析結果



にゃんにゃん分析
なんだかナルだな。よくわかる気もする。

以下は昨日の春分の日のことです。

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佐伯祐三とパリの夢 

やっと大阪コレクションズの二つ目の展覧会に来れた。
国立国際美術館とこの大阪市立近代美術館(仮)が先行して開き、次にはサントリーミュージアムで三つ目が開催される。
はっきり言うと、財政破綻してそうな大阪市が今から新規に建てるのはやめた方がいいので、この元・出光美術館の跡地を借りて、恒常的に展覧会を続けることの方が良いと思う。
展示物はポスターと洋画がメインである。
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ピサロ チュイルリー公園の午後  桜色の公園の噴水と、玉虫色の雲と。こんなきれいな描かれ方をした公園を見るのは久しぶりだ。

シスレー サン・マメスの平原・2月  こちらもやや桜色に見える。偶然とはいえ、なんとなく今の気分に合うので嬉しい。

モネ ディエップの崖にて  茫漠としている。靄がかっているというか。モネ本人の絵なのだが、むしろ坂本繁次郎を思い起こさせる。

ルドン 花  色んな花が青磁の花瓶に活けられている。ルドンの花はイメージ的に全てポピーに見える。他の花であろうとも。

ヴュイヤール ベカン  言えばフランスのリポビタ▲Dまたはアリナ▲ンVのようなドリンク剤の、宣伝。競輪ならぬ自転車レースが描かれていて、このポスターを見た当時の人々は「なるほど!!」と思ったかもしれない。なにしろツール・ド・フランスの国なのだし。

ジュール・シェレ  パスティーユ・ジェロデル  咳止め剤のポスターで、シェレらしい女の子が躍っている。関係ないが、咳止め薬がコーヒー紅茶などよりずっとカフェインが多く含まれていると、先日初めて知った。

テオフィール・アレクサンドル・スランタン 黒猫(シャ・ノワール)  以前から好きなにゃんこだが、今家に猫がいなくなったので、見るのがせつない。サントリーが大量にポスターコレクションを入手したのは、’90年で、グランヴィレ・コレクションが丸ごと入ったのを、その年に見ている。
東京のサントリー美術館が主に古美術と工藝系なのに対し、大阪のサントリーは近代から現代をメインにする、と言うのを当時聞いていた。
現在、その通りになっている。

ロートレック ディヴァン・ジャポネと「ラ・ルヴュ・ブランシェ」誌 はこれまでにもしばしば見ている。わたしはロートレックはポスターから入ったので、油彩はわりと遅くに見たのだった。

ミュシャ サロン・デ・サン このポスターは色も褪色せず、綺麗に残っている。やはりポスターと言うのは外に貼られることがメインなのでなかなか残らない。同じく「ジョブ」もあり、髪のうねりがきれいだった。 
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ヴュイヤール アロン夫人のサロン  なんというか描かれた状況が「ややこしい」。トリスタン・ベルナール。名前がステキな男。パリでもロンドンでも上流階級のサロンでは、多分同じようなアフェアがあるのだろうし、それを描くことも少なくはないのだろう。

ボナール 舞踏会  にぎやかだった。しかしどうも「舞踏会の手帳」をつける気にはならないほどの、にぎやかさだった。

ボナール 化粧  黄色い肌の女。これは彼の妻をモデルにしているのか。色調が静かに明るく、寝室に飾りたいような作品だった。

シュザンヌ・ヴァラドン 自画像  倅と違い、ヴァイタリティーあふれる女の顔だと思った。悪く言えば「厚かましい顔」なのだが、そうでなければこの女は這い上がれなかったろうし、這い上がったからこそ、逞しい自分の顔を描けるのだった。芸術云々以前の話かもしれない。

ルオー 女道化師  あまり好きな画家ではないのだが、この慎ましい表情には惹かれるものがある。

ピカソ 道化役者と子供  この時代のピカソの絵には惹かれている。若い頃と死の数年前のピカソの作品が好きだが、意味合いは大きく違う。
道化役者も子供もほっそりした肢体をみせている。見るだけでせつなさがある。思えばこんな時代があり、そこから変わっていったからこそ、ピカソは<長生きできた>のかもしれない。

マリー・ローランサン プリンセス達  ローランサンの女たち・娘たち、そして抱かれる犬までもが同じ表情を浮かべている。みんな陶然としつつ、自己完結している。外部からの歓びでうっとりしているのではなく。

マリー・ローランサン 牝鹿  先日『ヘミングウェイが愛した街 ’20年代のパリの画家たち』展をみたが、そのときにもローランサンの『牝鹿』の絵を見た。バレエ・リュスのための作品。'98にセゾン美術館・最後の展覧会として『ディアギレフとバレエ・リュッス』展が開催されたが、あのときはこうしたエコール・ド・パリの画家たちが描いた作品などは出なかった。
今ふたたびバレエ・リュッスとパリの芸術家たちという展覧会があれば、新しい愉しみも増えるように思う。

マルケ ポン・ヌフとサマリテーヌ  『ポン・ヌフの恋人たち』という映画があった。その中でセーヌ川をクルージングしながら橋を見るシーンがあったように思う。わたしも映画を思い出しながら、クルージングしたが、やはりステキな場所だと思う。そしてこのサマリテーヌという百貨店。
鉄とガラスで出来ている。いかにも時代を感じさせる建物だが、全く惜しいことに現在は危険な建物として、足場などが組まれているらしい。
鉄とガラスだけでは百年も保たないのだ。灰色がかったピンクの絵には、そんな暗い未来は見えはしない。

デュフィ 黄のコンサート  黄色は本当にいい色だ。それが一面に広がっていて、舞台のカルテットも聴衆もみんな黄色に包まれている。人のいる風景。なんとなく音楽の聞こえてくる作品だった。

藤田嗣治 横たわる裸婦(夢)  藤田の描く『夢』はどれもみな、女の周囲に動物たちがいることが決まっている。嬉しそうに眠る猫、犬、子供。眠る女が何を夢見ているかはわからない。女の夢に登場する生き物たちが、彼女の周囲に現れているのかもしれないし、全く無関係なのかもしれない。
不思議な絵だが、とても心地よい・・・
 
スーチン 南仏風景(セレ近郊)  珍しく捩れが少ない。捩れているのは木。その緑が風に押されている。捩れるのは風のせいだと言うのか。

ユトリロ グロスレイの教会  白壁の教会。筒型(クーポラ)に見える部分には、恐らく洗礼の時の聖なる水を湛えた泉のしつらえがあるのだろう。ステンドグラスも綺麗に見える。

ヴラマンク 雪の風景  「雪は汚れていた」いつもそんな気がする。そのタイトルの小説があった。ジョルジュ・シムノンだったと思う。ヴラマンクの雪の絵を見ると必ず、その小説を連想している。『雪の村』もそう。
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パスキン 腰掛ける少女  少女、なのか。大人びた顔立ち、ふくらみの豊かな胸、腿の形、下着の線・・・誘われているのは誰なのか。

パスキン サロメ  パスキンのサロメは座っていた。誰もが強調したサロメの豊かな胸が、このパスキンのサロメには、ない。少女のままの身体がそこにある。<少女>を描けばそこに女の匂いを漂わせ、<女>を描けば、そこに少女を封じようとする。
足元に転がるヨハネの首。このヨカナーンはサロメに接吻してもらうことはないだろう。
ヨハネの首は画家本人の顔だと言う。パスキンの遺作がこの絵だと言うことにわたしは<意味>を求めてしまう。

キスリング アンドレ・サルモン  キュビズムな顔の男だった。ところがこれから10年後には『オランダ娘』を描いているのだ。大きな眼の女の子。色彩も明るく、可愛らしい娘。全くその名残は見出されず、円満な作品世界が広がっている。
 
レオネット・カッピエルロ SFER-20 ラジオラ 1925  このポスターを見ると、’20年代がモダニズムの時代だと言うことを実感する。ラジオから世界各地の都市の名があふれ出る。イタリア語だから当然スペルもアクセントもラテン風なのだが、カラッとした明るさがそこにある。しかし’20年代のイタリアは政治的には危機的状況にあったはずだ。それでもこんなシャープなポスターが生まれている。ラジオ放送は1920年からだった。
 
ロベール・ボンフィス 現代装飾美術・産業美術万国博覧会 1925  
これも同じことが言える。アールデコとモダニズムの時代。狂騒の’20年代。なにかしらときめくようなものがある。遊びに行きたい時代だ。

カッサンドル 北方急行  ポスターがアートとして人々に認識された時代だとつくづく思う。洋の東西を問わず、この時代のポスターは人々の心を躍らせる。このEXPRESSに乗ればどこへ行くのか、どこへ連れてもらえるのか。このポスターが出来た頃、宮沢賢治は『銀河鉄道の夜』を書き綴っていた。鉄道が憧れの乗り物だった時代・・・郷愁は現在だから感じるのだが、このポスターはあくまでもシャープだった。

そして佐伯祐三。3年ほど前ここで回顧展があったが、そのとき『カニ』『人形』にひどく惹かれた。しかし今回それらはなかった。
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立てる自画像  赤と黒が強烈に目立つ。顔のない自画像だと言うが、そうは思えなかった。手にはパレットがあるが、なんだか音楽家にも見える。弾く曲が決まらず立ち尽くす音楽家。そんな感じが。

パリ遠望  夕日が当たっている。見に行った日がお彼岸の始まり頃だからか、佐伯が旧い大阪人だからか、夕日が街を照らし出しているように、見えた。
  
壁  建物の壁。この建物には極端に窓が少ない。二階には皆無。壁の存在感が強い。家の中では圧迫感があるだろう。窓を塗りこめたトマソン物件もない。いいのか、これで。

運送屋(カミオン)  CAMIONと書かれている。黒▲ヤマトとか佐川▲便などのような商売なのだろうか。アリとかゾウさんの絵はなかった。赤いオーバーの女はどこへ行くのか。

「レ・ジュ・ド・ノエル」 入り口だけ緑で全体は赤い建物だった。そして「洗濯屋(オ・プティ・ソミュール)」は緑の建物で、黄色で洗濯屋と文字が出ている。「酒場(オー・カーブ・ブルー)」もある。今にもつぶれそうなヒマな、ヒマな「レストラン(オテル・デュ・マルシェ)」・・・
街にある建物一つ一つが佐伯によって描かれている。
(全ての絵を集めれば、パリの一隅が再現できる気がする)
それにしても落書きが多い。その落書きをも写し取る神経は、思えば怖いものだ。
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靴屋  バーコードなおじさん。こんな職人がいい仕事をしそうだ。そこらへんにはもういなくなりましたな。靴はだめになれば捨てろと言うのばかりだ。このおじさんのように、仕事しろ。

広告(アン・ジュノ)  白馬に乗る人のポスターがある。何の商品広告かはわからない。芝居の宣伝かもしれないし、乗馬倶楽部の宣伝かもしれない。ずばり「広告の街角」という絵もある。
ふと思い出した。
谷中に住まう白人女性が、最初に日本に来たとき、不忍池周辺に吊られた提灯に文字があるのを「雅だ」と感じ、感激する。やがて谷中に住み、日本語に堪能になったとき、てっきり和歌や俳句を書いたと思っていた提灯には、お店の名前がでんでんと書かれているだけだったことに気づく。
・・・わたしの好きな話だ。

共同便所  なぜそれがパリでは<エスカルゴ>と呼ばれているのか謎だったが、納得した。くるっと回っている。そうか、そういうことか。
祇園にあるそれも、なんとなくくるっと回っている。不思議な一致か、似せたのか。

どう見ても立ち腐れな「工場」がある。不況で倒産したのだろうか。もしまだこの工場が継続中なら、いつか新聞記事になりそうな事件や事故が起こりそうである。

50点ばかりの作品。丁度良い密度。ゆったりと満足な気分になった。
この元・出光美術館だった建物の窓からは、大阪市内の東側が見える。天満から堺筋本町、上本町の近鉄までがはっきりと視界に入り、生駒山も見える。
やっぱりロケーションもいいので、ここで永続してほしいと思った。

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ちょっと切れてしまったか。ごめんね佐伯さん。

湯木貞一の茶友 展 

湯木美術館に行く。
4/8まで佐竹本三十六歌仙・在原業平がおでましなので、てくてく。
今回のタイトルもコンセプトもなかなか面白い。
『湯木貞一の茶友』
当美術館の初代館長でありました湯木貞一は料理人であると共に、茶の湯に深く傾倒した数寄者でもありました。生涯の折々に催した茶事は、おそらく五百会を下らないであろうと思われますが、その茶会記には多くの方々のお名前を見ることができます。   今回の展覧会では、この四月に没後十周年を迎えますことから、そうした茶友の中から二十人ほどの方々を茶道具や書などを通じて紹介する展覧会です。湯木貞一の交友の一端を御覧いただきたいと存じます。
淀屋橋と言う好立地にこんなすばらしい美術館があるのが、嬉しい。
前後期に分かれるので、後期にも行こうと思う。

湯木さんは逸翁や即翁の後の世代なので、茶会のメンバーも微妙に違い、その茶会記や交友の在り方も、見ていてとても興味深い。

ここは小さい美術館なので、まず初めに季節の花の投げいれを見る。
今日は椿だった。学芸員の方がいつも活けられるそうだ。
ここでまず心が静まり、そして表に出ないときめきが生まれる。

前期の茶友のラインナップ、見事だった。

茶杓博士であり、毎日新聞学芸部副部長から白鶴美術館に勤務された高原杓庵という人との縁の品々を見る。
この人の命日に追善茶席をして、そのときの掛け物などが出ていた。

沢庵和尚の一筆『夢』 なかなか雄渾な字である。
湯木さんの所蔵品はさすがに大阪の関係からの伝来品が多い。
売り立てされたもの以外にも譲られたりもあったのだろう。
それらの来歴を思うだけでも楽しい。
この杓庵の作った茶杓がある。銘は「となせ」 となせと言えば戸名瀬(仮名手本忠臣蔵の加古川本蔵の妻)を思い出す。
(匙部分)櫂先は折撓め(おりだめ)、中節から下へ皮けずりあり、と解説に書かれているので、それで実物確認し、言葉を覚える。
こうしたところで勉強させてもらえるのだ。

陶芸家の白井半七(八世)ゆかりの品々も多い。この人は湯木さんのために乾山写しの器を多く拵えたそうだ。オリジナルを作るのもえらいが、先人の名作を写すのも、たいへん立派な仕事だと思う。
この人の出自は今戸焼からだが、先代が伊丹に窯を開き、この人は宝塚で開いたそうだ。役者のような名前だと思った。白井権八と半七捕物帳。
さて、この人のための追善茶会で湯木さんは竹一重切花入 銘・高観音を使った。これは益田紅艶(鈍翁の実弟)旧蔵品だったそうだが、不勉強なわたしは鈍翁の倅・太郎冠者は知っていても、実弟で茶人の紅艶は知らなかった。
この席では絵因果経を掛け物にしたらしい。湯木美術館所蔵の絵因果経は以前にも見ている。やはり茶会は一つ一つに色々な思いがこめられ、エピソードがあるものだ。

なにやら道八風な茶碗だと思えば、やはり道八写しの雲錦鉢。可愛い。平明で親しみのある器。

しかしさすがに日本一の吉兆の湯木さんだけにその交友関係も多彩で、解説文を見るだけで楽しくなってくる。

この湯木美術館からもほど近い日商岩井の創立者・高畑清鴨庵ゆかりの品々がまた楽しい。
特にこの沃懸地と平目地とを交互にした重箱がいい。
長寛写古代模様小重箱 鈴木表朔作  これは蒔絵と螺鈿の技法を交互に重ねた重箱で、柄がそれぞれ異なるのも道理で、良いものばかりを集めて拵えているのだ。
籬に菊、片輪車、巴文などである。
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他にも楽しいものがあった。
寿栄天茶碗 これは高畑のスウェーデン土産。ベアント・フリーヴェリーという陶工の作ったもの。暗緑色に、縁は色を変えて回っている。
シンプルだが、なにやら心躍るような何かがある。不思議な茶碗だった。

大徳寺の住職で106歳の長寿を保った立花大亀という僧ゆかりの茶杓がよかった。
銘 牛の子 わかるようでわからない。
他にもよい茶杓を見た。先日からやたら茶杓の名品を見ている。茶道の展覧会に行けば当然のことなのだが。
湯木では何年前か、茶杓展もあった。
匙部分のことを櫂と言うのだが、節のないまっすぐな茶杓があり、半ばに色の薄くなった部位がある。これが光を差し込ませたように見え、気に入った。

表千家即中斎自筆の『牛童横笛』 十牛図の第6図を描いている。牛の背に乗り平安な心持でいる、その境地。 
到底私などにはたどり着けない状況だ。

その縁の不昧好大菊棗 これは原羊遊斎で、不昧公の箱書きだが、いつもながら羊遊斎の拵える蒔絵はいいものが多い。
古河藩お抱え、か。古滸、というのが本当の文字だったか。

それで面白いのは茶杓。銘が手習いなのも道理で、櫂先の裏に朱で「いろは」と書かれている。楽しいですね。

この人ゆかりの蕪村の花見画賛が楽しい。賛も面白いが、ここには載せない。そして松永耳庵からのお悔やみ状を書状にしているが、そこには『茶友心友』というよい言葉が書かれていた。

更に半七の十二ヶ月茶碗が眼を惹いた。
十二ヶ月それぞれにあわせた絵柄と、俳句がある。
がんばって写したのだが、今度は自分の字が読みづらかった。


耳庵ゆかりのものはさすがに名品が多く、画像も大方がそれだ。
乾山の春草文茶碗は可愛い。スミレ、ワラビ、ツクシがのんびり生えている。やや太い筆致で描かれた春草は日当たりもよさそうだ。

業平はちょっと汚れが見えた。これは流転したためだろう。
佐竹本の流転の顛末は、それだけで多くの物語を生み出す。
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こちらも4/8までの御所丸茶碗 銘由貴 銘の由来はわからないが、上部と下部との作りの違いが面白い茶碗だった。まるで石積みの上にテラコッタタイル、という風情がある。
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嵯峨嵐峡蒔絵中次 筏師の姿も見える。花は舞い舞いして川へ散る。なんとも良い中次である。
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ほかにも名品・ゆかりの品々・お道具が展示されている。
それらが良いのは当然のことながら、湯木貞一さんと茶友との交流が暖かく感じられ、とても楽しく見て回れたのだった。


バーン・ジョーンズの五つの作品 

千露さん、lapisさんの選ばれたバーン・ジョーンズのベスト5を拝見して、たいへん楽しませてもらいました。
そして興味深いことに、同じ作者であっても、なかなか同じ作品は選ばれないものだなということでした。

わたしが好きな作品は以下のとおりです。

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婚姻の祭壇 
二人きりの誓いを見守るのは天使たちだけ・・・けれど女の目に浮かぶ不安は何に起因するのか。二人だけの聖なる誓いは守られ続けるのだろうか。・・・そんなことを考えさせられてしまうのだが。


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欺かれるマーリン
マーリンといえば、アーサー王に王国統一の偉業をなさしめる指針を示した偉大なる魔法使い、というイメージがある。しかし彼は女に騙され封印されてしまう。女はマーリンを封じつつ、会いにも行くが。
こちらヴィヴィアンとマーリン。
そしてマーリンを封印するニムエはこちら。
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悪魔の顔
妖女メデゥーサの首をとるペルセウス。
林檎がたわわになるその木のそばで、水鏡をみつめる。
見事な装飾性にみちた作品だと思う。


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夫の安全な帰還を心待ちにするブルターニュのドールギン
この青い絵には深く打たれた。ドールギンの衣裳、部屋の内装、家具、そして海と岩と。青色以外の色彩は静かな黄色系だけなのだ。
すばらしい青の絵。


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ウィリアム・モリスと協働したステンドグラス。
たいへんな数のステンドグラスがある。バーン・ジョーンズは原画を製作したのだが、何もかもが見事なのだ。
まんなかの一枚をクローズアップする。
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わたしが見たのは展覧会での写真パネルのライトアップだったが、いつか実物を見に行きたいと思っている。

それにしても改めて眺めると、選ばなかった作品の中にこそ、彼の画家としての本質が隠されているような気がして仕方がない。
そしてわたしはバーン・ジョーンズの<青色>の魅力に囚われている・・・

鍋島焼 将軍家に献上 

MOAから巡回で東洋陶磁美術館に『将軍家への献上 鍋島』をやっと見に行った。地元なのに出遅れ、もう1週間しか会期が残っていない。
元々わたしは鍋島、特に色鍋島を愛している。
うちの母は古伊万里、それから今右衛門系の有田、わたしは日本なら鍋島。
勇んで出向いた。
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今回のコンセプトは以下の通り。
従来の鍋島展では、陶工および鍋島藩側の事情にもとづく視点を重視した変遷が紹介されてきましたが、本展は、鍋島焼は将軍家献上を主目的としたため、幕藩体制の絶対権力者・徳川将軍家の動きに敏感に反応して変遷を遂げた、という新たな視点から藩窯(はんよう)の歴史をたどるものです。なるほど。

一応年代ごとに分かれているが、そうした視点で見てゆけば、従来とは違う楽しみ方が生まれるかもしれない。
これまでわたしが見てきた鍋島焼の展覧会は、’96に浜町河岸にあった頃の栗田、’98日本橋三越(これが特にすばらしかったのだ)、’00茶道資料館で栗田の名品、’02と’05に戸栗、’03大阪市立美術館、他にも東博や京博、サントリーなどで好ましい名品を見ている。

絵画と違い陶磁器の展覧会の方が静かだと思うが、さすがに今回静かとは言いがたい。しかしこんなに多くのお客さんがいても、やかましいと言う感じはしなかった。それはなぜか。
対峙する喜び。これが陶磁器にはある。対峙し、黙考する。やがて不思議な豊かさが心に満ちてくる。
そのために静かなのかもしれない。

最初に現れる、周囲がギザギザの椿文の大皿が二枚。古久谷の形式を残すものと、オリジナルと。これは鍋島勝茂公好みだったらしい。
この殿の時代に歌舞伎にもなった<鍋島騒動>があったようだ。
まだこの頃は赤の発色がちょっと弱い。

1650年代の作が並ぶ。
色絵唐花文変形皿 『松ケ谷手』という技法の皿。何かと言えば、塗り込め。濃い色で全体を塗り込めている。
同じく色絵花文瓜型小皿 黄色地に白梅が描かれている。
なんとなく古九谷のようでもある。

群馬文 題だけなら群馬県の形でも想像する(出来ない・しない)が、これは馬の群れている図柄。5枚揃えで、それぞれ馬の様子が違う。
これはむしろイギリスの陶器に多く見るような感じで、なんとなく楽しい。

色絵高麗鶯に柏 鳥の目つきが面白い。柏は次代の葉が出るまではがんばって生きる葉っぱなので、これが新葉なのかどうなのかはわからない。
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色絵花文花形小皿 白アジサイの花芯は金色。

薄瑠璃花唐草文輪花小皿 形はお多福のようで、その中に白菊が咲き乱れている。

形が面白いものが多い。
壷を寄せ集めたもの、魚の形、砧などなど。
見込みに渦巻きの入ったものもある。

青磁染付桜花文 白い桜がきれいだ。以前出光の陶片資料室で青磁染付の欠片を見た。その断面の色重ねの美にたいへん感銘を受けたことがある。
この桜を描いた青磁染付の断面にはまた別な美が潜んでいる。
壊すことで顕れる美がある。
・・・危険なことを考えていた。

梅文輪花長丸皿 梅がチカチカしている。その裏も展示されている。高台にはハート型のつなぎがある。
うちの母が面白いことを言った。
この時代までの作はむしろ裏文や高台に見るべきものが多い。染付で唐草や花を描いているが、それに目を惹かれる。
なるほど、それも言える。

染付だが、わたしは濃い色のものを好む。呉須手より、本当に藍色のものが好きだ。

出光から野菜尽文皿が来ていた。その線描きは現代的で、洋皿のようにも思えた。きれいだった。

蜘蛛の巣紅葉変形皿 ピカッとした紅葉が蜘蛛の巣をまるで放射光のように見せている。まるで星が笑っているようだ。
これと同型で梅の木文もあり、その背景には七宝繋ぎが見える。

少し時代が下がり、カキツバタ文の皿などは先ほどの野菜尽と同様に今風に見えた。シャープな良さがあった。
しかしその隣に並ぶ一重の山吹はおっとりと可愛く、いいものだと思った。

更に時代は下がる。
リアルな線描の鶺鴒。職人の技芸の見事さがだんだん凄いことになってゆく。元禄頃の作だから、不必要なまでに華美になるのか、鳥は黒羽でも鮮やかだった。

好ましいのは大体この時代以降からだ。これまでの分類で言うなら最盛期。
正徳から享保の頃あたり。
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桜花籠文小皿 桜がその形のまま天から落ちてくる。筒籠に花は落ちてゆく。花は収まっても収まっても終わることはない。
どこかシュールな情景にも見える。花の降る午後。有元敏夫の静けさと共通するシュールな静謐さ。
(この作品が人気があるので写しが現在も作られている)

花束蘭文小皿 なんとなく可愛い。ここで言う花束は薔薇だったが、現在のそれではなく江戸の日本での薔薇なので、図像もクルクルクルの渦巻きなのだ。

ところで具体的な大きさのことを言うと、小皿は現代のケーキ皿くらいの大きさ。それだから実用性を感じて、ますます良く思うのだ。

柴垣にアジサイ、白椿のつながりの下には青海波、石楠花、椿、綴じ本などなど・・・本当に好きなものばかり。
柴垣に白い朝顔の絡む図柄は初見。木犀にたなびく霞、蜘蛛の巣だけの図柄もある。
類品というより人気が高かったから幾つも作られたろう椿文の皿も、カササギ文もある。
この時代のものは何を見ても・どれを見てもすばらしい。

色絵竹笹文のモダンさにぎょっとした。これや放射線状の図像は本当にこの時代のものかと疑ってしまう。
しかしその反面、なんとも垢抜けないがほのぼのした良い大皿もある。
大川内藩窯皿 陶工たちの働く郷がそこにある。
たなびく煙もあり、この郷から鍋島焼が生まれたのだと明るい気持ちになるのだった。

牡丹型蝶文 シンプルな染付で、子供の頃わたしはこうした図像の七宝焼を作っていたことを思い出した。なんとも言えずいい心持の図柄。

染付ウサギ文 染付でウサギの毛の質感も描き出しているだけでなく、なんと空間で月をも表す大胆な構図だった。
うわーという感じ。つまりこの頃が暴れん坊将軍の時代で倹約令に則って作成された鍋島焼だったのだ。
知恵はいくらでも出てくるものだ。

そしてその倹約将軍は一方で鍋島に特注の水差しを頼んでいる。これがナゼか派手なのだよな。後補の金も唐草で、華を添えている。

染付大根文小皿 染付だから当然青い。
わたし「イャー青首大根なんやわ」
母「・・・青首大根て近年に生まれた大根やで」
わたし「えーそうなん、未来先取りの促成栽培やねんなー」
母「・・・」
意味が違う、意味が。

松の寄り集まった図柄がある。なにか見たことがある。
!(懐かしの滝田ゆうなら、裸電球がパッとつくところだ)
天地をさかさまにすれば天狗の羽に見える。昨日見た芝居『霧太郎天狗酒もり』の天狗たちの背中の羽だ。

他にも語るべきものが多いが、ここで止める。
すばらしい名品揃いだった。
やはり鍋島はすばらしい・・・。
嬉しくてしかたないステキな展覧会だった。
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霧太郎天狗・・・ 

南座では現在『霧太郎天狗酒もり』(もり、は酉偏に燕)上演中。
なにしろ111年ぶりの復活狂言だからわたしのパソでは漢字も出ません。

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物語の粗筋はサイトから。
鎌倉二代将軍・頼家の死後、その弟・実朝(愛之助)が後継となり、将軍になる日も近い。母・尼御台政子(萬次郎)は源家繁栄を願っている。
 ところが、天狗の妖術を使って天下を騒がす霧太郎(橋之助)は天下を掌中に納めようと画策、頼家の遺児・悪禅師公暁(薪車)と徒党を組み、源氏の宝である白旗と名剣鬼切丸を奪う。
 一方、大磯の傾城・櫻木(七之助)は比企軍太夫(亀鶴)に言い寄られるところを、幕府の重臣・北条義時(勘太郎)に救われる。櫻木は義時にかねての思いを告げるが―――。
 義時は鬼切丸を奪われた罪を問われ勘当の身に。薬売りの喜之平(愛之助)は、元の主人である義時のために奔走するが、かつて霧太郎にも仕えていたことから板ばさみになり苦悶する。霧太郎は源義経の娘である櫻木を連れ去り大将に仰いで鎌倉を討とうとするが、和田新左衛門(彌十郎)の働きにより野望は阻まれる。
配役はこちら。
盗賊霧太郎実は鬼一法眼  橋之助
      源実朝/薬売り喜之平  愛之助
            北條義時  勘太郎
       傾城櫻木実は千代姫  七之助
           悪禅師公曉  薪 車
           比企軍太夫  亀 鶴
          和田新左衛門  彌十郎
        北條政子/母妙正  萬次郎


作者は廻り舞台も発明した並木正三。南北ほどのハチャメチャさはないけれど、面白かった〜〜しかし芝居の感想を書く前に頭の中で人物整理をしよう。
とは言え、芝居は自由な世界なので「えっこの人が?」もあるけど、まぁいいか。

鬼一法眼と言えば奴・虎蔵に身をやつした義経に、虎の巻を授けるお方。
床本を抜書きすれば、こんな出自がある。
「わが親もかくいふ鬼一も、元は源氏譜代の侍なれども、六条判官為義、左馬守義朝、御親子の仲よからず、弓矢の道に背き給へば、源氏の滅亡遠かるまじと見付けしゆゑ、末の奉公せさせんと、三歳五歳の子を母に預け、誡めを残し、熊野の山深く忍ばせしその子は今の鬼次郎、鬼三太といふわが弟」・・・娘の皆鶴姫も義経に恋するほどで、ご本人は白髪の頭をしていたが、大盗賊で天狗の妖術を使う親玉だけに、ここでは随分若返っている。百日鬘が素敵です♪

公曉は頼家の息子で出家させられていたが、操られて鶴岡八幡宮の石段で、叔父実朝を暗殺し、自分も殺される。
義時は政子の弟で、後年執権となり、太平記の頃まで続く北条家の繁栄を作り出した人。
(わたしはどうしても大河ドラマ『草 燃える』を思い出してしまうのですよ〜〜)
和田新左衛門は忠臣でしたが、政治的に色々あって、後に乱を起こして討たれてしまう。

ここらへんを頭の隅に置いておくと、見ていても「おっ後日はこうなるのに」と変な楽しみまで湧いてくるので、ナイスです。
とはいえわたしの感想は行きつ戻りつの繰り返しになります。

序幕前に人形が並ぶのは忠臣蔵を思い出させる。
なかなかきれいな造作の人形たち。並木さんが人形作りの人と芝居の話を(粗筋を)する。
ちゃんとクスグリもあり、「その粗筋はコレここに」と懐から芝居の番付を取り出す。
私はそういうの好きだから笑いましたよ。
黒子の一人が薬売りの人形を妖しく動かしながら去って行く・・・
(ちょっとジュサブローを思い出した)
ぽんっと、その人形が人間になって飛び出すと愛之助。うわ、ニザリーによく似ている・・・!血縁はないのに、感銘を受けるほど。ああエエ声だ。

鶴岡八幡宮。
恋人と引き裂かれて気鬱の病が昂じた実朝が狂乱の態でご登場。愛之助は巧いなぁ。
お約束の病鉢巻の垂れ具合までいい。
なんとなく愛之助で『蘭平物狂』が見たくなってきた。
そこへ殆ど色若衆あがりに見えるくらい、きれいな義時がその首に数珠をかけると、神仏のお力で狂気も一旦停止。
勘太郎の義時は忠義に一途な好青年で、ちょっとツッコロバシにも見える。
カタキの軍太夫は亀鶴で、白塗り。これが実にいい。特に目じりと唇の上がり具合に感心した。傾城櫻木には振られるけれど、たとえば側室梅の方と言うのがいれば、そちらには惚れられるだろう。

七之助の櫻木は巫女さんの衣裳が似合っていた。傾城姿もきれいだが、どちらかといえば清楚なので、巫女さんや薄紫の着物が静かに似合っていた。
チラシで見る限り玉三郎風の作り方をしているけれど、実際に見るとやっぱり芝翫さんによく似ている。しかしちょっとやせすぎで、顔がもう少しふっくらしていたらと思った。

女の方が積極的で、義時はその二の腕の『義時命』にほだされるが、どうもアプローチをかけられない限り、女に惚れる暇がないのでは、と案じた。
しかしあの小さかった兄弟がこんな恋人同士を演じるようになるとは、なんだか胸がいっぱいになる・・・伝統芸能の良いところはこれですね、その子の祖父、父、そして本人の子供、更にはその子までも見ることが出来ることだと思う。

海浜で猟師たちにぶたれる公曉は法界坊のようなナリで、我が身の不遇をかこつ。かこつというより、呪う。そのときの薪車は写実で、新劇の悲劇のような重さがあった。
声もいい。なにか彼のモノローグを聞き続けていたい気になった。

おおー烏天狗たちが現れる。かわいいー!天狗と言うより殆ど猿やないかー。
あの動きはなかなか見事だった。高く飛ぶ者・低く飛ぶ者とのコントラストが巧い。視覚に訴える。
しかも指の曲げ方。グワシ!な感じの指にして、異形の者を示している。
こうした役者さんたちがいるから、芝居が楽しくなるのだ。

盗賊霧太郎ご登場。橋之助は大きかった。はっはっはっと笑う顔に魅力を感じた。(古いことを言うと、大友柳太郎のような笑い方だった)
しかしあんまり大悪人のスケールが大きすぎて、時平公や入鹿公みたいになってしまったきらいがある。ドテラが金ぴかでかっこよかった。

一方、正義の武士・和田新左衛門の登場は大宅太郎のようだった。もしくは犬飼現八。なんとなくそういうことが嬉しくなるのだ。
ところで・・・弥十郎、顔が随分やせていた。元気ですか・・・この人には常に丈夫でいてもらいたい。

それにしても桜吹雪の見事さには感心した。
なんぼほど舞い舞いさせたのだろう。舞台が一面桜色になってしまった。
小道具、ほかに面白いのは偽首が現れる辺り。
悪い霧太郎のせいで母子共に命絶たれて・・・おやおや寄り来る母と娘の血。
混ざり合うのが親子、はじけあうのが他人、と言う鑑定法。
これは『八犬伝』で、山猫が化けた赤岩一角と犬村角太郎のエピソードにもある。

勘太郎の義時は目にも鮮やかな衣裳に次々着替えていったが、赤の衣裳が目に残る。
そして遊女屋の老女主人を、政子を演じた萬次郎がなんだか楽しそうに演じている。
ペラペラよく喋るばあさんで、憎めない愛嬌もあり、面白かった。
しかしそんな店に火を放つフラチ者めがいて、廻り舞台に相成りましたねー。

天狗の家来になったばかりに薬売りの背にも松の幹のような羽根がつけられて、とんだ可愛い愛之助を見てしまいましたよー♪

ああ、まだまだ宙乗りのこととか色々書きたいけれど、今回はここで終わりましょう。
花形歌舞伎に相応しい、ええお芝居でした、楽しい気分で、中途半端に感想文もおしまいなのだった。

大エルミタージュ展 

金曜日、会社行くより早い時間に家を出て、京都市美術館に向かった。
3/14から5/13まで大エルミタージュ美術館展開催。その三日目のはなし。
既に上野の都美で開催されて、賛否両論真っ二つだったが、自分で見ないとどんなものかわからない。<大>なのか<誇大>なのかそれとも<中>なのか。
着くと設えがいきなりロシア。ハリボテのエルミタージュに化している。
ハリボテと言えば、エルミタージュを作ったエカテリーナ二世の最大の愛人で、長らく彼女のために働いたポチョムキン公爵が、人生の最後に、女帝の寵愛を失ったことを悟りつつも、そのエカテリーナを歓待するために、大々的なハリボテの町並みを拵えたそうだ。
わたしはロシア史に現れる男性では、このポチョムキン公爵とピョートル一世がとてつもなく好きだ。そして彼らのことを教えてくれた作家アンリ・トロワイヤはつい先日亡くなってしまった。
旅行会社のパンフからエルミタージュの写真。
これはトラピックスから。img859.jpg

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ああもう憧れる。
わたしがエルミタージュ美術館の所蔵品展を見るのはこれで何度目か。
‘83の大阪市立美術館では古典絵画ばかり、'90の奈良はラファエロからピカソまでのなかなかな内容、’92阪急百貨店は映画とタイアップ、’01の大阪では古代ローマからマティスまでだった。
けっこう見ている作品も多かった。

6セクションに分かれていて、大まかに言えば都市と自然の絵画。それに尽きた。
<家庭の情景>セクションは壁紙がピンク色だった。なるほど家庭は温かくなくてはならぬから、ピンク色を選んだのか。

『聖母子』ヴェネツィア派の15世紀末の画家
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聖母の纏う金地に紺色の縫いが入った衣裳がとても豪華だった。またそれはこの時代のヴェネツィア風俗でもあるはずだ。
幼子イエスはどうもフラチなことを言うようだが、将来はレクター博士にでもなりそうな顔つきをしている。

『エジプトへの逃避途上の休息』ヴェロネーゼ こちらの聖母のドレスはパールピンクで、やはりきれいだった。ヨセフが一見ナシに見える果実を渡そうとする。これは解説を見ると実は柘榴らしい。弾けていないザクロ。そしてそれは後年のキリストの受難を象徴していると言うが、考えれば不気味な話である。それにしても可哀想にヨセフはこの聖母子とは全く無縁なのである。

『コンサート』ヤーコプ・ファン・ロー 市松模様の床の室内で管弦楽。リュートの男、チェロの女、ピッコロの女。ゴブラン織りのようなテーブルクロスが素敵だ。

『オランダの室内』エリンハ 17世紀のオランダ婦人は整理整頓・掃除が道徳的な道を示すという教育を受けていたようだが、なるほどこの人も熱心に掃除している。
グリッド窓の開いた上側から光が差し込み、椅子の形や家具なども明るく照らされて、まるで20世紀初頭のアメリカの民家のように見える。
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『ロシアの生活情景』ル・プランス 画家は現実のロシア風景を描いたのではなく、観念のロシアの生活情景を描いたそうだ。楕円形のキャンバスの中にロシアの上流階級の人々がいる。枝に吊られた揺りかご、白猫を抱き上げる女、緑の布が膨らむ冠をかぶる女、山羊や羊や子供たち・・・王冠の様子がなんとなくロシア風だ。

『漁師の横顔』ルイ・ガレ 男の横顔がシブい。穏やかな威厳、と解説にはあるが、納得。
妻は慎ましそう。その膝の赤ん坊は天衣無縫にナマイキな手足を伸ばしている。

『オウムと子供たち』ロバートソン 陸軍学校の制服を着た少年と、白いドレスの少女の肖像画。この制服は上流階級の子弟である証。カラーに独特の個性がある。
そして少女はオウムを抱いている。オウムはくちばしにチェリー(エゴ・ラッピンか)

『散歩の後』ド・ヨンゲ 白いドレスの可愛い娘。帽子にこぼれる花。青いパラソル・・・
まどろんでいるのか妄想に耽っているのかはわからない。服の皺の形まではっきりとわかる。ばら色の頬が愛らしい。
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『落ち込んで』ガブリエル・フォン・マックス 画家はドイツロマン派の物語の挿絵画家として、オーストリア、ハンガリー、ボヘミアで絶大な人気があったそうだ。『ファウスト』など。
だからか、絵に物語性がある。ベッドの天蓋の布を膝に抱いて女が落ち込んでいる。
何があったのか、と彼女の背景を考えてしまうのだ。面白い作品だった。

『オダリスク』ロワペ 白人の女。白い肌に宝飾だけが巻きついている。細い金鎖、宝石、飾り物。素肌に纏いつくのは宝飾品だけ。伸ばした手の先にはオウムがいる。剥かれたミカンが転がり、スリッパもタンバリンもひっくり返っている。黒人の女奴隷の手には白い羽根の扇がある。オダリスクはなぜこんなにも魅力的なのだろうか・・・・・

『18世紀の女官たちの水浴』フラマン これは奈良でも見た。彫刻は「プロセルピナの略奪」、タチアオイが咲き、プールには蓮も咲いている。上等な絨毯も半ば水に浸かっている。
右端の女は靴下をのぞかせている。そこには刺繍が施されている。こちらに全身を見せる裸婦より、彼女の靴下に深いエロティシズムがある。しかしこの裸婦は口元の艶かしい女である。

『婚礼の行列』ドニ 新郎新婦と参列者たち。顔のわからぬ人々。左に立つ女たちの姿態はまるでエジプト壁画のそれのように見えた。

自然メインのセクションに来ると、壁がライトグリーンになっていた。
演出も色々大変である。

『夏』バッサーノ 働く人々、食べる人々、動く人々、とにかく活きている。犬も牛もいる。木には赤い実が生っている。え?瓢箪ですか・・・へんなことを言うようだが、ヒョウタンて外国にもあったのか。・・・あるわな、アフリカじゃ楽器にもなっている。
気分的にヒョウタンて日本ぽくて。そして左端の家の玄関下には猿がいる。ただの猿ではない感じ。斉天大聖という感じ。(それも西遊妖猿伝の無支奇という奴よ)

『野原の少女』クナウス これは五年ぶりの再会。可愛いよ。草むらがいい。花を摘む少女は無心。色合いもいい。声をかけてあげたくなる、いい絵。
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『鳥の巣を持つ女』シャルル・シャプラン 森の中でくつろぐ娘が鳥の巣を持っている。これは家庭作りの暗喩らしいが、牧歌的な優しい恋が既にあるのを感じもする。
摘草。靴。半ば露わな胸。若い女の放つ甘い匂い・・・
シャプランの絵はアルゼンチン国立美術館展で『夢見る少女』という作品を見ていた。
横顔を向けた少女はここにいる若い女と同様に静かな幸せを感じさせた。
ところでシャルル・シャプランの名前はCharles Chaplin、これは英語で読むとチャールズ・チャップリンとなる。なんとなく一人でウケている。

『牧場の羊』シャルル=エミール・ジャック <羊のラファエロ>と呼ばれたそうだ。
色々な画家がいるものだなー。旧題が『迫り来る嵐』というこの絵は、たしかに空に黒い雲が湧き立っている。ところが下界の羊たちや犬や羊飼いの女たちはのんびりしている。
ええのか、それで!緑の草やシロツメクサをはむはむするのはめでたいが、早く帰るか避難しなさい。ペーターやハイジならとっくにそうしてるゾ。

『春』ドンゲン img856.jpg

ああ、春だ。青い枝に白い花!遠くの建物、緑の地。ドンゲンの<緑>はここではのんびりしたキモチのいい色になっている。一人の画家の色彩の嗜好と思考が見て取れて、とても面白い。それにしてもいい絵だ。

『農夫の妻(全身像)』ピカソ 『全身小説家』という映画を思い出した。ドンッと立っている。身体の描線はカクカクというよりガグッとしている。ガギグゲゴという感じ。
須田剋太みたいだった。

『風景』シュルバージュ 観念的な風景なのだろうか。牛島憲之がねじれたような。線描の人物、落書きのような建物。木々は柔らかい。不思議な風景だった。
舞台の書割のようにも見える。・・・見えるはずだ、ディアギレフのために仕事もしていた。
しかも’20年代の作品だ。なんだかモノスゴイ納得がゆく。
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『バッカスの勝利』ルーセル ナビ派だというのもよくわかる。画像からではわかりにくいが、空は二色の青色が広がっている。その下で踊るのはバッカスの信者たちか。赤銅色の肌。タンバリン、こぼれんばかりの果物・・・ブリヂストンにもドニのバッカスの祭を描いた作品があり、奈良県美には満谷の『豊饒』という作品もある。
それらを思い起こさせる。img857.jpg


『リュコメデス王の宮殿に到着したオデュッセウス』クロード・ロラン これにも再会したか。立派な宮殿。支える柱の頭にはアーカンサスが装飾されている。私も絵の中の人物になって、この建物に入りたい。実にいい宮殿だ。

『盗賊たちの休息』マニャスコ ローマの宮殿の廃墟でくつろぐ盗賊の一団。ああ、それにしてもすばらしい彫刻が多く残っている。この彫刻たちのプロポーションは安彦良和の描く筋肉に似ている。猿もいれば犬もいる。子に乳をやる母もいる。
面白い絵だが、飾るのは美術館でないといけない。自宅に飾るのは験が悪そうだ。

『風景』グァルディ 暗い。捩れに捩れた大木。幹も枝も捩れる。セガンティーニの細枝のよじれではなく、スーティンの空間の捩れではなく、この巨木の捩れは一体なんなんだろうか。

『廃墟の中にいる洗濯女』ユベール・ロベール <廃墟のロベール>と呼ばれた画家。うん、すばらしい廃墟です。ドーム天井、彫刻、柱、見事です。そしてその下で巨大な樽を設置して、ゴウゴウと洗濯する女。シーツがカーテンのように広がっている。
実際の光景ではなく、これは観念の風景なのだろうが、なんだか妙にシュールだ。
細部のリアルさが、一層それを思わせる。

『サン・フランチェスコ・ディ・チヴィッテラ修道院』ヨーゼフ・アントン・コッホ 聖フランチェスコ系の修道院か。青い山を遠く背後に持ち、立派な院が建っている。
なんとなく<人間到るところ青山あり>という言葉を思い出す。修道院の建物は宝塚歌劇の本劇場に似ている。ファミリーランドがなくなってから、行くのがイヤになった場所だが、久しぶりに行きたくなってきた。

『停泊中の船』デ・フェルデ きっちり・まっすぐに並ぶ船たち。まっすぐな視線の先にあるのがわかる。先日のドンゲンの船とは違うなぁ。(パリの画家たち展)

『山の谷間』ドレ 巨大な巌に集いつつある鹿たち。大ツノの立派な鹿がいる。鹿の王様。バンビの成長した姿みたいだ。その立つ巌の下には激流がある。挙げなかったが、さっきナポレオン一世の狩場の絵を見ていやな感じを受けたが、ここにいる鹿たちは人間にも激しい流れにも打ち克てそうな気がする。

『果実を持つ女』ゴーギャンimg853-2.jpg

解説には『南洋のイブ』と言うようなことが書かれていたが、そうなのかどうなのかわからない。図像学で解釈するとそうなるのか。
しかしわたしの目は、家の前に座る白いシャツの女に向かう。この女はなかなかキレイだな、と。
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都市の肖像。部屋はオレンジ色になっていた。
わたしは自然を描いた風景画より、都市を描いた風俗画の方が好きなのだ。

『夜の町』デル・ネール <夜の町>というジャンルがあるそうだ。いいな、そういうの。
わたしは青い夜が好きだ。橋があり、人々が行く。暗い画面。これが青色で構成されていたら、川瀬巴水の世界になる。しかし画面の左端に赤文字で1987と入っているのは、なんなのだ?絵は1660年頃だから、収蔵しましたという印なのか?

ヴェネツィアの風景画が多かった。明るかったり、夜だったり。

しかし凄い光景がある。
『デンマーク王フレデリック四世を讃える大運河のレガッタ』カルレヴァリス
『ゼーガッセから見たドレスデンの旧市場』ベロット
共に18世紀の絵。
レガッタレガッタレガッタ、買い物客買い物客買い物客!!!
参りましたぁ。しかしわたしはこんな市場に行きたいよ、というか、ヨーロッパにはまだある風景かもしれない。

『都市風景』レイケルト ベルギーの街中の風景らしい。左側に並ぶ家の壁、レンガの並び方、樋、窓の位置。なんとも魅力的な建物だなー。わたしは近代建築がメインだけど、この建物には随分惹かれる。ちょっと崩れそうな危うさもあり、それがすごくいい。入ってみたいと思った。入ってどうなるかはわからないが。

『ナポリ湾の花火』アヘンバッハ ああ!花火だ!遠目からも輝きが見える。この絵が巧いとかどうとか言う問題以前に、「イャー、嬉しい!」という感情が湧く。私も花火見物客になるぞ。色合いのきれいさ、やっぱり花火はすばらしい。
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と、喜んでばかりはいられない。右上の蛍火のようなものは何か?花火と違うのか。
え゛?こんな所に花火の玉が飛んでいてええんか・・・・・・・!!
ところでアヘンバッハと言う名はドイツならアッシェンバッハだから・・・『ベニスに死す』だな、でもこの花火が見物客の頭上で炸裂したら、『ナポリに死す』になるのかな・・・
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『海から見たヴェネツィアの眺め』コッテ オレンジ色の空にスイカのような帆の船が見える。オレンジの空に渦巻く形は東洋の鳳凰に似ている。

『セーヌ川』ギョーマン 艀というのか、ガタロ船と言うのか。映画『アタラント号』を思い出した。ジャン・ヴィゴの映画はこの絵から70年後の風景だった。

『エトワール広場から見たシャンゼリゼ風景』グランジャン 写真みたいな作品。馬車馬車馬車のラッシュタイムだ。ラッシュかダッシュかはわからないが、ほこり立ちそうだ。

『マントンの港』マルケ 明るい。珍しいくらい明るい。水の色は緑で、白い建物が並ぶ。
ああ。いい感じ。マルケもまとめて見たい画家だ。

『モンマルトルのキュスティン通り』ユトリロ 歩きたい。この通りを歩きたい。建物が活きているのに、人が殆どいないこの通り。カフェも閉まっているのかもしれない。人の声も感じない。でも、歩きたい。
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総じて私は満足しました。ただルノワールやルソー、マチスの作品については今回好みから外れた。しかしわたし、かなり楽しめたな。
出ると、ショップでロシアケーキが売られていた。一袋買うた。展覧会の後、南座で歌舞伎を見るのにオヤツになる。ロシアの黒パンはやめた。堅いけどおいしそう。でも荷物になるからやめた。ちょっと惜しい気もしたが。
ハラショー!とまではいかないが、スパシーボと呟いて、会場を後にした。
出たらお客さんゾクゾクと寄せてきている。早めに来て良かったなぁ、わたし。

尼崎の洛中洛外図 

奈良に行く日なのに、尼崎信用金庫・世界の貯金箱博物館で、見に行きたい展覧会があった。もう日時もなかった。行くしかない。

この尼信はタイガース預金というのを拵えていて、とても人気が高い。利率がとにかく凄かった。タイガースの栄枯盛衰を共に生きる銀行なのだ。わたしもタイガース信者の一人として、ここに作ればよいのに元金がないので、横目でじとーっと見るだけだ。

その尼信の記念館。煉瓦造りのステキな建物。
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尼崎は近松門左衛門に始まり食満南北に至る劇作家を生み出した地である。
庶民的な町だが、文化の香る町並みも残っている。
大きな商店街には阪神タイガースの優勝マジック表示もあり、六甲おろしも鳴り響いているが、その目と鼻の先の寺町地域は大体が静かだ。

初代尼崎市長・櫻井忠剛は勝海舟とも縁戚関係にあり、明治初期の洋画家でもある。僚友は伊藤快彦ら。大体どのような感じか伝わるか。
今も市内の旧家に櫻井の作品が多く残っている。回顧展で見た限り、黒が漆光りするような艶かしさのある、落ち着いた作品だと思った。
近年そんな旧家の一軒から寄贈品があった。洛中洛外図。それが見たくて出かけたのだ。
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つくと、研究者なのか熱心な見学者が二人ばかり。わたしも混ざってじーっ。
伏見辺りから始まっている。山の上に木々があるのは稲荷山、それから左へ進むと清水や大仏も出てくる。
五条の橋、四条の橋、三条の橋の袂には畜生塚もある。そうか、三条河原で処刑されたのだっけ。今はそんな塚みつからない。あっても気づけない。
更に進むと、後陽成ちがう後水尾天皇の巡幸がある。
珍しいというより、この行列が洛中洛外図に描かれるのは他にないらしい。
キャラは稚拙な描かれ方で、普及版の御伽草子に現れそうな感じ。(山中を彷徨する常盤母子や、熊野本地譚のような)
特に眼を惹くものはないが、一つ一つ詳しく見てゆくとなかなか面白い。
しかし生憎なことに時間がないのでさらっと見るしかなく、単眼鏡でチェックする人々を背に去った。
クリックすると、単眼鏡で見ていた人くらいに見える?
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朝鮮特使ご一行の行列図がある。こちらのキャラはやや丸顔。表通りには、好奇心旺盛な人垣が。しかし画面の手前には街道に面した家の裏手が描かれ、そこでは普通の暮らしが描かれている。大名行列などではみんな土下座しないといけないが、冊封使や特使の行列にはどうだったのだろう。
数年前京都で見た軸では、そんなこともなかったようだが。

絵馬がある。不思議なほど鮮明な絵馬。民家の屋根の補強材に使われていて、それで絵が残ったらしい。
お相撲の絵馬。他には・・・ああ、またもや土佐坊昌俊。どうも渋谷金王丸の展覧会を見て以来、縁が出来たようで。

他に赤松麟作の櫻井の妻を描いた洋画もあり、江戸時代の地図もあった。明石―尼崎―岸和田―淡輪辺りの大阪湾が描かれている。

次回は古丹波焼の展覧会。近いからまた来よう。ただし奈良に行くついで、と言うのはやめて。
ここには可愛くて楽しい世界の貯金箱の博物館があるので、次回はそちらでも楽しもう。

なさけない話 

とにかくなさけない話。

わたしは下戸である。飲まないし、飲めない。
わたしはカフェインに弱い。夕方四時以降は珈琲・紅茶・緑茶とは無縁だ。
わたしはすぐにパニクる。冷静さと言うものが欠如している。

以下、それを踏まえてのなさけない話。

昨日ホワイトデーだったので会社の義理チョコ返しに、同僚から『清酒・美少年』入りのチョコボンボンをもらった。
名前がいい。妄想が走りニコニコしながら夜8時すぎに食べて、入浴してからパソコンに向かったら、10分後には意識が朦朧。
画面を消そうとしたのまでは覚えているが、次に目が開くと画面真っ暗なので消したと思い込み、コンセントだけは全て抜いて、寝室へ向かった。それきり爆睡。

会社から帰り、何の気なしにパソのある部屋へ行くと、コンセントもついてないのにノートパソコンに電源入っている。
あわてましたがな。

開けたら、電源活きてる。入れなおすとログオン中とか画面に出てる。
私以外誰も触らないパソに何が起こったのだ〜〜

めちゃ焦りながら隣家の従弟に電話したらまだ仕事中。オジが来たけど原因もわからないからウイルスか、と。
ウイルスキラーはキティちゃん。働き者のキティに仕事を依頼し、わたしはとりあえずご飯食べたけど、胃が痛くなってきましたよ。
時々見に上がると、まだまだ働いてる。ふと見ればパソの充電が88%になって回復中とやら。
怖いから友人にメール。
電話もして、キティが駄目なら別なウイルスキラーを、と。

・・・・・・・三時間くらいかかったかしら、キティにも別なスキャンにもひっかからず。もっと怖いやつか、と思ったとき、別な友人から電話で
「・・・昨日さ、消したつもりで消さないまま置いてたのでは?」と指摘が入る。
え゛っそんなこと・・・!
「きっと体調が悪かったって言ってたから、消したつもりで活きてたんだよ、パソ」
そそそ、そんな・・・。

しかしどうやらそんな様子が。
仕事帰りの従弟からも「行こうか?」と優しいメールが。

すすす、すみません、多分わたしのミス・・・
たった二粒のチョコボンボン食べただけで意識が混濁し、なんちゅうお騒がせをするのだろう。
なさけない。

しかもなさけないはまだ続く。
わたしはスキャン中おちこんで、下の母の部屋に入りニュース見ながら母の趣味のナンクロに色々助言したり(おっ少しはまともな)、TVに向かって「なんというひどい話や」とギフンに駆られたりしつつ、ついついうっかり、怖さのあまり自室に持ち込めないマンガを、読まなくてもいいのに読んでしまった。
こわい、こわすぎる。
あまりに怖くて別な部屋へ行くのが行けなくなった。
そして母に一言。
「ママ〜一緒についてきてー」
アホかわたしは。なさけない。

あああ、パソは無事でした。
なさけなくて涙が出るぜ。わたしには冷静さも判断力もナッシング。
しっかりしろよな、遊行。

そして今日、夕方お茶を飲んだために今現在も意識が冴えていて、眠れそうにないのだった。一連の騒ぎでコーフンもしているので。

なさけない話でした。

梅と桜 清澄と爛漫 

大和文華館で『梅と桜 清澄と爛漫』を楽しんだ。

梅と桜はそれぞれ一枚看板の美女のようだ。
泉鏡花『風流線』にこんな台詞がある。
美人画を描けと言われてモデルに困る画家に向かっての言葉。
「姿なり、容色なり、梅と桜と違っても、見劣りのしねえ別嬪があったら立派なものが描けようぢゃねえか」
また岡本綺堂の作品にもタイトルは忘れだが、二人の麗人が「梅どの」「桜どの」と呼ばれるものがあった。
梅も桜もどちらが上と言うこともなく、美しい。

有田焼の『梅文大鉢』 堂々と立派に美しい。こんないい焼き物があるから、いよいよ梅を描く作品が増えたようにも思う。
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抱一とコラボレートする羊遊斎が、先人に倣っての名品を生んでいる。
光琳・乾山兄弟の実物は失われているが、ここにその後継者の手がある。
『螺鈿蒔絵梅文合子』
見事な出来栄え。梅香がここまで来るようだ。

『梅雀図六角筥』平福百穂 この箱は本当にかわいい。金箔・銀箔を四角いまま貼り交ぜて、そこに止まる雀を描く。梅の花が雀たちに優しい匂いを送るのを感じる。いい箱。
どこかおいしい和菓子屋さんがこの箱の版権を買わないか。この箱においしいお菓子をつめて、それを販売してほしい。そうすればおいしいお菓子を食べた後、この箱を大事に置いておく。中には何か可愛いものを詰めてみよう・・・

『清水裂』 明代の染織だが、正倉院にあるような図柄だった。(実際にはないのだが)
満開の梅に小鳥が飛び交うのはもっと後世の図像だが、花を咥える鹿などがそれを思わせる。
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鉄斎も梅を多く描いた。鉄斎は文人・儒者なので桜より梅派らしい。
『梅華図』花を華と表現するところにもそれを感じる。

中国は梅を愛しただけに、詩人にも梅のエピソードが多い。
『灞橋尋梅図』 孟浩然がロバに乗って梅を求めるエピソードが描かれている。ロバの耳が小さいので馬にも見える。梅の香に誘われてフラフラ・・・

仇英の『仕女図巻』は人気があり、世界のミュージアムに収められている。
ここにあるのは梅を楽しむ女たちと、奇岩を境に夏になったか、蓮を植えたプールに入り込む女たちの姿。春の図にはブランコに乗る姿もある。
仕女たちの身体を見ると、ルーカス・クラナッハの描いた女たちにも見える。未熟な美。そんな官能美がある。
二年前京博で仇英の『庭園図』を見た。なんとも言えず楽しげな宮廷サロン図だった。わたしはこうした作品が好きだ。表面上に現れない秘戯を妄想させるような愉しさがある。

朝鮮の螺鈿は可愛いものが多い。技法が日本とは少し違うらしい。
色々な技法があるから、国により手により、違いがあって楽しい。
『螺鈿梅月文合子』 満月でない月の下に開く梅の花