美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

ハンニバルライジングを見る

ハンニバルライジングを見た。以下、偏愛とオマージュとネタバレに満ちているので、読まれる方はお気をつけください。
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♪大阪の海は?

悲しい色やねん、ということでもない一日の話。

今日の予定は、以前に教えてもらった『苦楽』の展示をダイビルの大大阪で見てから、国際美術館で『ベルギー国立美術館展』を見、そこから南港の果てのなにわの海の時空館で遊び、戻って天神橋筋商店街の住まいのミュージアムによってから、老松町の古美術商めぐりをする・・・だった。
朝に出遅れたのが全ての狂いの始まりでしたな。

大阪駅前第2ビルに点在するチケットショップは他のどこよりも安いので、いつも利用する。
ベルギーとギメを買うはずが、ベルギーへ行く時間がなくなり、それは後日に回すことにした。値下げもあるかもしれないし。
ギメは買うたが、ふと気づけば『ハンニバル・ライジング』チケットを1200円でゲットしてるやないか。
全国共通なので東京で見てもいいなと思いながら、ダイビルへ向かった。
もうあとどれくらいこのすばらしい建物が残っていられるのだろう・・・
と思っていたら、あれあれと言う間に大阪朝日新聞ビル、フェスティバルホールも建て直すというではないですか。うーん、モダニズムの建物は50年強しか保てへんのか??
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大阪朝日新聞ビルと、そのトイメンのフェスティバルホール入り口。
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横から見る。
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そういえば難波の名物の一つ・大阪新歌舞伎座もなくなり、上本町の近鉄劇場跡地の商業ビルに入るらしい。えーーーという感じ。
ここは歌手の座長公演の場で、昔おばあちゃんのお供でよくついていった。
近年は友人の仕事先のご招待についていって、梅沢一座と前川清の爆笑公演を見たっけ。
なんにせよ、淋しい・・・

さて雑誌『苦楽』の展示を見る。
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これはクラブコスメの前身・中山太陽堂が拵えた出版社から出ていた雑誌で、関東大震災で東京の出版事情が壊滅していた頃に生まれただけに、すばらしいというか、奇蹟的な内容になっている。
表紙は資生堂で長らくデザイナーをしていた山名文夫など。モダンでシャープな感じが素敵な’20?’30年代らしい体裁。
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どんな本があるかといえば、わが愛する里見の本がここにあった。
雑誌の目次も見る。うううっ里見『今年竹』やんかー。わたしは全集の内からこの巻を持っている。
そそそれに、日本文藝史上最恐の国枝史郎『神州纐纈城』まままで連載してるやんか?(怖い)
ちょっと眩暈がした。

そのせいか何か、天井の装飾を撮影したところ、わたしは階段を踏み外し、一瞬宙に浮いた。
こんなところでこけてはなるまい。態勢立て直してからそそくさと出て行った。
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四ツ橋通りに出た。
なんだか歩きたくなっている。日傘もないのに。でも歩こう。
・・・やたら工事中なのを見かける。知ってる建物が減っている。淋しい・・・
南港で友人と合流し、WTCへ向かう。ATCはトミカ博のおかげでか、
どこもかしこも満員御礼だった。
大阪の第3セクターは悉く失敗しているなと話しながら、WTC48階のワールドビュッフェに行く。
90分ほどここで色々いただく。けっこうおいしかった。
窓から見た雲と海もきれいだった。

さてドーム型のなにわの海の時空館へ。こちらも集客が少なそう・・・
海底トンネルが青くてきれい。P1685.jpg


見上げると海の中が見えた。魚がいる。
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ここには’99年に大阪湾を実際に航行した浪華丸と言う大型の和舟が展示されている。それだけでなく船の歴史や船乗りのことや、アストロラーベなどのことまでも教えてもらえる。
けっこう楽しい。IMGP1684.jpg

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実はここへは川口の居留地の写真が見たくて来たのだ。丁度去年の今頃も同じような展示をしていたので嬉しく尋ねたのだ。
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ドームの内部から見たガラス越しの海、フンデルトヴァッサーの作品、海遊館などなど。
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わりと楽しい経験だった。たまにはこういうのもいい。
結局長居したのもあって次のところへは行けなくなった。映画の時間指定を入れにナビオ阪急により、それで帰宅。一休みしてから久しぶりに髪をカットに行った。けっこう気分がいい♪

追伸。隣家の従弟が初めての給料で、おいしい和菓子を買ってきてくれた。
すごくうれしかった。味もおいしいけど、その気持ちがいちばん嬉しい。

日本を祝う サントリー美術館

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新国立美術館に続いてサントリー美術館のあるミッドタウンへ向かった。
ホームの端と端とに位置するので、一旦地下に降りると却って厄介だと知る。
地上ではスーツ姿のお兄さんたちが看板を持って道案内をしていた。
外から見るより、中の方が巨大さを実感する。
アイレさんも私も全く同じことを口にする。
「・・・横浜のランドマークタワーに似てませんか」
同感、同意、同趣味。

三階にあるサントリー美術館までの通路の柱に気づく。
一本ずつスポットライトが当たる。そこにはこの地から発掘された陶磁器が再現されて(あるいはつなぎ合わされて)展示されていた。
つまり商業タウンでありつつ美術館をも内含することを、宣言している。
そのアプローチが楽しかった。
柱の中でライトアップされているのは萩焼などだ。こうしたことに気づくと、この建物への好感度が高くなってゆくものだ。


『日本を祝う』 ニッポンヲイワフ。このように発音したい。その方がこの立派で大きな展覧会にふさわしい。
基本的に親切な係の方々。エスコートされるような気分になる。

隈研吾の設計だということは既に知っていたが、TVで喧伝されていた「和紙」を目の当たりにして、嬉しくなる。
日本を中心にした東洋の古美術を集めた美術館にふさわしい、柔らかな空間。
チラシに選ばれていた舞姿図に再会できるのも嬉しい。

ところでわたしはこれまで赤坂見附のサントリー美術館では11本の展覧会を見ている。殆どは館蔵品の展覧会だが、どういうわけかここのガラス工芸品を見ていない。
俳優でエッセイストの殿山泰司が自著の中で、サントリーコレクションと対峙して色々物思いにふける情景がある。彼は民具とガラスとを見ていたようだが、わたしは彼の文の中でしかそれらを知らないのだ。

幾つものコンセプトに分けられているが、全てめでたさ・あるいは喜びの感情に満たされた記憶を持つ作品たちが、嬉しそうに並べられている。
明るい光に照らし出されるのではなく、陰影礼賛の思想に沿ったような照明。これは見ていて疲れもせず、心地よさを感じるほどの明かりだった。
「いのちのはての薄あかり」そんな句をふと思い出した。
清潔さと静かな官能性さえ感じるほどの展示空間。
そこで『日本を祝う』モノたちを観る。

<祥 祝いのシンボル> 
<花 自然のパラダイス>
<祭 ハレの日のセレモニー>
<宴 暮らしのエンタテインメント>
<調 色と文様のハーモニー>
コンセプトのタイトルを眺めるだけで、ときめくような何かがある。

<祥 祝いのシンボル> 
めでたいときには皆でご馳走を食べる。実際に使う・使わないに関わらず、ここは大皿が出てくる場面である。

『色絵鳳凰文大皿』 有田焼なのだが、絵柄と色は古九谷に似ている。古九谷が実はこちらから始まったということを思う。
嗜好を超えてめでたいお皿。

『浄瑠璃絵巻』 浄瑠璃姫と御曹司義経の恋物語。どうしても岩佐又兵衛のその作品を思い出すがこれは室町時代の絵巻で、やはり豪華な彩色に満ちている。巻き替えをしているそうだ。
貴種流離譚の主人公となる男は漂泊流浪の中で、つぎつぎと煌びやかに、そしてせつない恋をする。

『色絵五艘船文独楽型大鉢』 これは以前にも見ているが、有田焼らしい明るい色絵で、この場にとても相応しい。高台のそばの小さな唐草風の絵柄もきれいだ。

仁清のファンだから小さな香合などを見るのが好きだ。
『色絵鶴香合』 首のねじり方が可愛い。これは少し前に京都で見かけた。出張してきていたのだ。
小さくてきれいな香合。img981-1.jpg


光琳と乾山のコラボレート『銹絵雪景富士図角皿』 乾山、仁清、道八はわたしの三大ラブ陶工だ。
何を見てもどれを見ても「すてきすてきすてき」なので、何がどうだとは書けない。
生きている限り、彼らの作品を見続けていたい。

とうとうガラス工芸品を見た。
『切子藍色船形鉢』 これはとても素敵な藍色のガラス鉢だ。船の先端には中国の幸運動物・蝙蝠が象られていて、船の艫には陰陽文がついている。ひどく気に入った。可愛くて仕方ない。蝙蝠の丸い耳といい文といい・・・その文を見てわたしは言った。
「・・・グラスの横に顔があってもいいじゃないか」
アイレさんは同世代だからこのパロディにすぐウケてくれた。どうみてもこの陰陽文は顔だった。
明るい気持ちで再び眺める。
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手に持つのは怖いから、この観るのにひどく艶かしい影を映し出すガラスの向こうからじっ と眺める。
この見せ方はひどく魅力的だ。時折こうした艶かしい展示方法に出会うことがあるが、嬉しくなるような展示だ。影が映ることで喜びは二重になるのだから。

先のは薩摩、今度は江戸切子が現れる。
『切子文具揃』 完全な透明ではなくやや不透明なところが却って魅力的なガラス。ミニチュア。それだけでも嬉しいような可愛らしいセット。みつめていると自然と微笑んでしまう。
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<花 四季と自然のパラダイス> 
自然と馴染んで生きてきた日本ならではの工芸品や絵画が並ぶ。実際手に取る喜びがそこにある。昔人のしみじみとした幸せがここにある。

『色絵紅葉柄文皿』 大好きな色鍋島。色鍋島の名品は先日たくさん眺めたが、それでも飽きることはない。サントリーは以前からこれらの複製を拵えていたが、今回はどうなのだろう。なんとなく楽しみだ。

『色絵桜楓文透大鉢』 道八の名品。この雲錦手の鉢の見事な愛らしさが嬉しい。
うるさいくらいの派手さが楽しいのは、花見と紅葉狩りを愛する国民性か。本当にいい作品だ。

『色絵牡丹文蓋物』 これを見たとき東博のと兄弟だと思うより先に、京都の新京極にある老舗のウナギ屋を思いだしてしまった。そこのウナギはこんな蓋物の中に納まっているが、その上には厚手の蒲団のような卵焼きが掛けられているのだ。なんとなくそのことを思って眺めている。
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能装束がある。
縫い取りの見事さに感心する。昔人の技能の高さには驚くばかりだ。今はこんな見事な刺繍を作ることは出来ないのではないか。そのことにも感心する。・・・しかし。
『紫陽花模様縫箔』 金糸と銀糸で拵えられた紫陽花の花々。特異な裁断方法で仕立てられた衣裳に咲く花。・・・しかしわたしは。
「・・・これ、カメの甲羅が木にぶら下がってるのですかね(盲亀浮木か?)」
アイレさん、絶句。
あわてて私は四天王寺の亀池の話をしたが、いよいよ絶望的な状況に自分から入り込んで行った気がしてならなかった。
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階段で三階に戻る。その吹き抜け空間に幾つもの色に染められた糸が張り巡らされていた。
オブジェ・あるいは歓喜への供物。
しかしわたしはそれを見た途端、阿弥陀菩薩来迎図を思い出した。
臨終に際し、手に五色の糸を持つ。糸の先には仏がある。
仏はその糸を目印に眷族を引き連れて来迎する。
この糸の意図はわからないが、そんなことを思った。


<祭 ハレの日のセレモニー>
サントリーの本当の宝は、絵巻や屏風絵に多いように思う。
かつて『絵巻の小宇宙展』という展覧会を楽しんだことが思い出されてくる。

『賀茂競馬図屏風』 この賀茂競馬図は言えば健全だった。機嫌よく競技を見る人々や、揉め事もあるが大きくはならない。馬はなかなかよく走るし、ものも売れている。
以前から京都の個人蔵で凄いのを見ているので、どうしても比較してしまうが、この作品は本当に健全だと思う。ドキッがないのは残念だが。

『三十三間堂通し矢図屏風』 アイレさんが笑っている。なんだろうと観ると、矢が途中で力尽きて落ちているのを指す。へろへろな矢たち。ちゃんとしたのもあるが、なんだかなな競技者たち。
それが楽しい。絵を見る位置は、京都国立博物館の角に当たった。
観客のわたしたちは仮想の空間にいる。

『鼠草紙絵巻』 久しぶりに見た。この物語はなかなか面白かった。巻き替えがあるが、今回は結婚の場と台所などが見える。
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ネズミたちは着物を着て人間のように振舞っているが、物語はやがて悲劇の終焉を迎えるのだった。しかし今見えるものはご馳走を拵えたりする活気あるシーンである。
おや、鼠の料理人のそばに<本物のねずみ>がいる。
まるでグーフィーとプルートーの関係のようだ。
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是真の『五節句蒔絵手箱』が出ていた。見事な出来栄えで、ケースをぐるぐる回りながら眺めた。
桃や梅がきれいだが、選んだ図柄の<さりげなさ>に感心した。
こうしたところに江戸の粋さがあるのだと思う。

<宴 暮らしのエンターテインメント>
このコンセプトの英語タイトルは<Celebration>だった。これが実は展覧会タイトルと一番親いのではないかと思う。

『立美人』 懐月堂派の美人。着物の輪郭は太線で大胆に、顔の描線は繊細なものを選んでいる。
『舞踊図』 これは類似にニューオータニ美術館の所蔵品があるが、着物の柄の描きようの細かさはこちらがすぐれている。
襟巻きのようなものをつけている女、のんびりした一連の動き、静かで楽しい気持ち。人は何故お金を払ってまで踊りを見るのだろうか。
並ぶ絵を見ながらそんなことを考えた。

『紫陽花野菊蒔絵提重』 先日大和文華館で紫陽花椿柄の素敵な提重を見ているが、こちらも愛らしい。やはり自分が古美術好きだと感じる。
他に並んだ蒔絵の梨地や何かについて話し合うのも楽しかった。

『桜蒔絵三味線・葛蒔絵胡弓』 箱の皮を見る。白い。・・・やっぱり猫なのだろうか。蒔絵よりそのことの方が気にかかった。子供の頃<皮>の話を聞いて、三味線撲滅運動を志したことがあったな・・・

『朱漆塗湯桶』 朱い塗りだが、根来だと説明がある。ちょっと細かいことを言うと、根来塗りだと、赤を下地に上から黒漆を重ね、使われる中で赤が現れる、と言う特徴がある。これはむしろ根来塗りの影響を受けた黒江塗りの方だと思う。まぁ同じようなことなのだが。

『左義長羽子板』 三月に茶道資料館で全く同種の羽子板を見ている。あちらは高津古文化会館の所蔵品だが、兄弟の可能性が高いと思う。猩々風の子供らがわらわらいるめでたい図。左義長といえばトンドだ。これも地方により風俗が異なるのだった。

ガラス工芸品が随分並ぶ。それらが見れて嬉しくて仕方ない。
ところでギヤマンとビイドロの違いをつい最近知った。
ギヤマンは舶来品、ビイドロはMade in Japanらしい。
江戸文化爛熟の頃に生まれたガラス工芸品。細工も何もかもが、見事。

『藍色ちろり』 チラシや案内に紹介されている作品。ちろりはお燗するための容器なのだが、このガラスがその役目を担ったとはとても思えない。名前はちろりでも用途は冷酒を入れてたのではないか。または何も使わなかった。どうもそんな感じがする。サラなままのガラス。
持ち手がねじりになっているのは、陶器のちろりや茶瓶などに見立てての造形。本当に綺麗な濃い藍色。日本人にとっての藍色について考える。藍の美は手放せないものだったのだ。

『黄色瓢箪型徳利』 寝かされているのが可愛い。瓢箪は世界中に広がっているが、その用途は色々分かれている。千成瓢箪にもなれば楽器にもなる。瓢箪の中に異世界が広がりもする・・・

『ギヤマン彫り菊に蝶文脚付杯』 綺麗な細工だと思った。こんな繊細な技術、今も残るのか?彫りの美に感嘆するばかりだった。浮世絵版画の毛彫りを、刺青の彫りを考える。刻むことから美が生まれる。そのことを考える。二度と素に戻れないが、その刻みつけた傷は永遠に輝くのだった。

『切子紅色皿』 薩摩ものらしい切子だった。紅色のガラス。カッティングによる重なる影が、紅色をところどころ深く見せる。赤い闇がケースの向うにのぞいていた。

<調 色と文様のハーモニー>
色と形とどちらが人を惹きつけるかを考える。やはり最初は色だと思う。目が捉えるのはまず色なのだと思う。形はその後に認識するのではないか。
そしてそこから嗜好が分かれてゆく。

『色絵組紐文皿』 たいへんモダンなデザインで、アイレさんが随分お気に入りな作品。
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わたしはこのスッキリさもいいが、『色絵熨斗破魔弓文皿』の隙間のなさが気に入った。

琉球の紅型が現れた。
このコレクションは民藝関係でよく見る。そこから芹沢介の話になった。
少し褪色しているが、明るい色彩の可愛い絵柄の着物だった。ただし着ることが出来るかどうかは別問題で、やはり少し難しい気がした。どうしても自分をモデルに考えるからだが。明るい黄色が目に焼きついた。

展覧会場を出てショップに出ると、全く新作の絵葉書などが並んでいた。サントリーからのメルマガで、旧の絵葉書の格安販売などの案内も来ていたが、完全に新規作成と言う形式をとったのだ。
自分が持っているものとそうでないものとの区分がちょっと出来なくなった。買うのは次回になるだろう。
ニッポンヲイワフ。
好きなものを多く眺めることができ、わたしも自分を祝った。
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MONET モネ大回顧展

やっと新国立美術館に行った。
モネを見るために。立派な建物、ビル風に吹かれて少しばかり建物のことを考えた。
やがて約束の時間が来て、青色通信のアイレさんとご一緒してモネ展を楽しんだ。

モネの大回顧展は何回目か。'94のブリヂストンの後にも大きな展覧会があったが、そちらには行っていない。
モネは圧倒的に日本人に愛されている。
宣伝力や新オープンだからというだけでなく、この展覧会は集客率が高いようだ。
夕方にも関わらずお客さんが多い。皆さんモネを楽しんでいる。
モネと言えば睡蓮、という認識があるためにモネの若描きはお客さんの多くに不評。
「マネみたい」どっちの意味にしろ、マネか。

カミーユのいる風景。
わたしは作家の履歴をあまり気にしないので、知らないことが多い。モネがどれほど彼女を愛していたかも知らない。
この頃のモネは白内障も患わず、物の形も色彩の区別もきちんとついていたそうだ。
庭の中にいるカミーユ。くっきりした花々が見える。子供もいる。幸せな景色だと感じる。色彩のくっきりした濃さは決して重くならない。花の黒い茎も命に満ちている。

ジャンが生まれた頃の作品を見て、明るく笑った。赤ん坊が<平面的に>寝ている。この赤ん坊はルソーのそれのような重さがある。平べったくとも軽くはない赤ん坊。
『ゆりかごの中のジャン・モネ』大きな風ぐるまがある。
「・・・そういえば最近弥七を見ませんね」アイレさんも返答に困ったろう。

人混みのせいか元からなのか、わたしはへんな感想ばかり呟いてはアイレさんを困らせたような気がする。
『石炭の積み下ろし』 艀に板を渡して労働者たちが働く情景。その右側の板と人の形を見てわたしはこう言った。
「織部みたいですね」・・・いくらジャポニズムがモネの時代にブームでも、浮世絵ばかりで織部焼は流行らなかったはずだが。

泉屋分館にある『モンソー公園』は元々好きな作品だが、確かこの絵が泉屋で展示されたとき、あまり評判が良くなかった気がする。しかしわたしはこの絵が好きだ。モネだというのでなく、多分「公園」というのが気に入っているのだろう。右の赤い花の木と左の緑がきれいだった。

岬の絵が二枚ある。。
「遊覧船で湾内観光ですね、これ」
「ゾウの横顔みたいですね」
「こっちは竜が水面に顔突っ込んでるんですね、それが石になった・・・」
どんな絵か想像してください。

『花咲くプラムの木』 これを見たとき、ゴッホに似た絵があるなと思った。タイトルも何の木かもちょっと思い出せない。しかし似ている。幹のクネリが浮世絵風だからか。
わたしはゴッホのそれもこの絵もいいな、と感じた。

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向かって左向きの彼女は見知っているが、今回ポスターにもなった右向きの彼女は知らない。
パラソルの下の白いドレス。髪はまとめているのでほつれはしても流れない。笑顔なのかそうでないのかもわからない。
日差しの強い風の中、立つ。
いつも思うが、この白いドレスはとても厳しく身体を締め付けるのではないか。わたしはこのドレスの胸元を見るたび苦しくなる。そしてこの絵を見て真昼の不安さを、なんとなく感じている。

年代の流れに沿って絵は展示されている。しかしコンセプトがあるために多少の戸惑いもある。それが時折苛立つ要因となる。
見たい絵が見れないというか、見たい絵が遠いと言うか。
(だからか私の感想文も行きつ戻りつを繰り返している)
曖昧模糊な混ざり合う色彩の美。それを求めているのを感じる。
ほら。
教会に駅に。

モネは同じ場所を飽きることなく描き続けている。嗜好と言うよりパラノイア的な何かを感じるほどに。
『チャリングクロス橋』 そこへ向かう汽車が走る。川の水面に漣が走り、汽車からは濛々と煙が湧き続ける。
『ウォータールー橋』 映画『哀愁』はこの作品の40年ほど後に生まれているのか。
ヴィクトリア朝のロンドン。産業革命と切り裂きジャックとラファエル前派とホームズのいた時代。フランス人の彼は何をそこに見たのだろうか。
水色一色に見えるほどの橋。

『かささぎ』という面白い絵を見た。雪の中、雪の影がそこにある。はしごか橋かさえわからない何かがある。そこに黒い生き物がいる。
これがもし橋なら、ひどく東洋的だ。かささぎのつなげる橋が七夕の、そして縁結びの橋になる。しかしこれは違う。
雪の影には光がそこかしこに落ちている。それらはピンクや青や薄い紫に光る。光の素粒子をモネは描く。目を細める。雪の光が眩しいようで。
雪の影は時間が過ぎれば角度を変えるだろう。角度が変わった雪をモネは描かないかもしれない。

『サン=ラザール駅』 この作品がオルセーにあることがなんとなく楽しい。駅だった美術館に駅の絵。なにかそうしたことが楽しい。
この駅にも物語はあるだろう。追いかけてきた男の手の箱の中から梔子が現れるかもしれず、うそをいっぱい鏤めた言葉が零れているのかも知れない。
鏤める。この絵には青色とピンクが鏤められている。それが目に心地よいのは何故か。塗られ方と形のためか。手前の屋根には制限があるが、その向うには空が広がる。明るい空が。それが気持ちを明るくしてくれる。

『パリ万博の祝祭』 トリコロールはためく。実はこの絵を最初に見る直前、パリの三越前にいた。三越の旗とこれとがごちゃまぜになり、見た当時から既に意識の中で混濁が始まっていた。更に『スターウォーズ・エピソード1』の中でブーンタ・イブというレースが開催され、10万人以上の観客が総立ちになるシーンがある。それとこれとがわたしの中で混ざり合ってしまった。
今、目の前にある絵を見ていてもそれらの記憶が網膜に映るらしく、絵ではなく現実の風景を見るような気持ちが湧いている。旗の激しいざわめきがそれを支えているのかもしれない。

ルーアン大聖堂が二枚並んでいる。
このときアイレさんから、見る視点を変えて再度眺めることを勧められた。
見る。・・・二人ともそれぞれの感慨にふけった。
わたしは霧の中に建つ大聖堂に惹かれた。
それぞれ同じ作品を見ていても異なる感慨にふけったり、同意しあったりする。それがなんとも楽しい。一人では味わえない良さがそこにある。

ところでわたしは積みわらにあまり関心がない。何故かはよくわからない。

『コンタリーニ宮』 真正面からイタリアのパラッツォを見る。ここは現在クラシックホールとして使われているらしい。しかし実はパラッツォではなくヴィラだという話もあるが、本当のところはしらない。なにしろ実物に記憶がない。
真正面。なにか妙な感覚がある。手前の水が多すぎるのか。建物が全体ではなく胴ばかり描かれているからか。
これがたとえばスナップ写真だとすれば、失敗作かもしれない。配分がおかしい。そんな意見が出るだろう。
しかし満々たる水。いつかこの地が海に沈むのを感じる。

西洋美術館の『アイリス』があった。しばらく黙って眺める。いい絵はどこで見てもいい絵だ。巨大なアイリス。美術館が工事の間、このアイリスはどこで咲くのだろう。

『藤』 正直言うと、藤がヨーロッパにあるのに不思議を感じる。
藤はとても日本的に見えるからだ。しかし考えればモネはジャポニズムの人なのだ。不思議ではないのだ。
藤も葡萄も思えば不思議な植物だった。
緑と紫の色彩が隣り合うのではなく、融合しているような絵。
柔らかな世界がそこに開いている。
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いよいよ多くの日本人の愛するモネの出番。
睡蓮の池と太鼓橋と薔薇の小道と、それらが全てモネのジヴェルニーの地所にあるのだ。
しかし、個々の作品について感想をあげる前に感じたことがある。
どうも展示になにかしら不満が残る。何故だろう、こんなにたくさん睡蓮が並んでいるのに。
わたしは睡蓮がたくさん並ぶ情景を思い出す。
大山崎山荘の地中の宝石箱。楕円形の空間に並ぶ睡蓮たち。自分の立つ地点が睡蓮の池の中之島、または築島のような気持ちになる空間。
実物ではなくフェイクの陶板画だが、水を流し実際に池を再現する大塚国際美術館。
モネの愛した花々を集めて空間を作るガーデンミュージアム比叡。
それから・・・数年前MOTで見た展覧会・・・

なんとなくここは不調和音な並べ方をしているように思えた。
私とアイレさんとはそれぞれの<モネ体験>を語り合う。最初の遭遇。モネのどの睡蓮を見たか。
・・・そのことはとても心に残ることなのだ。

展覧会はまだまだ続く。しかし本当に睡蓮が咲く少し前に会期を終える。
今度は国の外へ行くのだろうか。
そこでならモネの睡蓮は壁に咲いて見えるだろうか。
わたしは絵葉書を買った。
『ジヴェルニーのモネの庭、アイリス』
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オルセー所蔵のもの。オルセーで見たかどうか思い出せない。
わたしはオルセーで買ったモネの何かを思い出す。
立版古。そう、組み立て絵。モネの庭を再現するペーパークラフト。
なんとなくそのことを思い出しながら会場を後にした。
もう閉館間際なので放送が観客をせきたてている。早いのか遅いのかはわからなかった。


織田一磨の都市風景

吉祥寺の伊勢丹に吉祥寺美術館がある。以前からデパートミュージアムとして時々凄いような展覧会を開催していた。
数年前からその名に変わり、やはりすてきな展覧会を開催している。
わたしは版画が好きだ。
織田一磨の展覧会だと聞いただけで嬉しくなった。
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最初に織田の作品を見たのは、今はなきDO!FAMILY美術館だった。太田浮世絵美術館近くにあり、’96に織田の回顧展をした。また同年江戸東博でも近代版画展が開催され、翌年からは千葉市美術館で『日本の版画』シリーズが開催され始めた。そこで織田を見ている。
それから2000年に町田版画美術館で大規模な回顧展を見た。
わたしが今日近代建築の撮影をしたり、資料を追っているのは、実物の美に打たれたからと言うのが一番の理由にしても、これら明治から昭和初期までの版画家たちが描いた都市風景に魅せられたからではないか、と思う。
版画家たちの描いた都市風景には当然ながらその地の建築物が、リアルタイムに活きている。
後世のわたしたちはそれを眺める。実物が残っていればそれを確認もする。なければ想像する。
そうした意味で、都市風景の版画に対し、わたしは深い愛情を寄せている。

織田一磨は1916年に『東京風景』を出版し、二年後には『大阪風景』を、そして昭和に入ってからは銀座や新宿や大阪の河岸の他、各地の風景を描いた。
ほぼ同時代の川瀬巴水が師匠清方譲りの<失われゆく江戸情緒>を底流に潜めた東京風景を描くのに対し、織田の作品は新しい風物をも喜んで受け入れた内容に仕上がっている。どちらもとても良いと思う。巴水は木版画、織田は石版画という違いから情景も自ずから違ってくる。

さて織田の作品を眺める。
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愛宕山、十二階下、日本橋、柳橋、ニコライ堂、築地河岸、洲崎、神楽坂などなど。まだ1916年の風景だから、愛宕山にはJOAKはない。寛永の三馬術の名残がのぞくほどの風景だった。
十二階下は関東大震災までは歓楽街だった。地震で塔がつぶれたついでにここもなくなってしまった。
玉の井は滝田ゆうが、ここは上村一夫が描いている。
洲崎もまだパラダイスなどがない頃なのか、ただ広々としている。
昔、川島雄三で『洲崎パラダイス・赤信号』という映画があった。
パラダイスの語源はペルシャ語の「閉ざされた庭園」から来ているが、なるほどそうなのかもしれない。
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本郷龍岡町と言えば帝大生の多く住む町だった。
大正頃清方も住んでいる。
あの界隈は今では本郷3?4丁目くらいになるのだろうか。
ここでは長い長い屋敷のなまこ壁が続いている。

大阪風景では「大大阪」の時代の風景が活写されていた。
中之島公園・・・今日でも文化ゾーンとして人々に潤いを与えてくれる素敵な場所。そのそばを流れるのが土佐堀川。その川に沿って西へ向かえば、京町堀。この界隈に残る近代建築は、今ではおしゃれなスポットとして活きている。
とは言え、それは今日の風景に過ぎず、織田はかき船(牡蠣を食べさせる屋台舟)やガタロ船なども描き、大正の大大阪の一隅を活写してくれている。
織田は少年期を大阪で過ごしたから、晩年まで大阪を懐かしんだそうだ。

昭和初期に不景気とともにカフェ文化がブームになった。
それらを活写した作品は色彩鮮やかで、インテリアも女給も煌いて見える。
わたしは近世風俗画が好きだが、こうした情景も好きだ。
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映画館が描かれている。
『武蔵野館』建て方はウィーン分離派風。劇場建築についてもいつか詳しく調査したいが、この映画館が今も残っていたらどんなに素敵だろうか。
織田の作品には、そうした感興を呼び起こす力がある。

『大阪松嶋遊郭夜景』 松嶋遊郭と言えば『悪名』を思い出す。朝吉が女郎を足抜けさせる。モートルの貞やんが暴れる。(関係ないがわたしは勝新太郎のシリーズ物では、座頭市より悪名そして兵隊やくざの方が好きだ)

‘22の『街頭の音楽者』 てっきりこの時代だからバイオリン弾く艶歌師かと思いきや、筵に座る尺八奏者だった。筵に座る、と言えば間の山のお杉お玉を思い出す。日本は座る文化なので、西洋楽器以外は座して演奏なのだった。

織田は舞妓も多く描いている。
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『セメント工場風景』 これが異様に良かった。なんというか、フリッツ・ラングの『メトロポリス』と同じく考古学的未来都市のような趣がある。ちょっとときめいた。

『井の頭の池』 緑の濃さ!私もこんな風に描きたいと思った。
小学校のときからこんな風な公園の緑が好きだった。ときめく。
なんてすてきなのか。
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わくわくした。

いい作品をたくさん見たが、まだもう少し続く。

浜口陽三と野田九甫など。
野田九甫は二年前芦屋で見た『阪神名勝図絵』が出ていた。あれは他に赤松麟作、水島爾保布らが北摂・南摂とも呼ばれた阪神間を描いたいい作品集だった。本を買うか買うまいか悩んでやめたのだが、ここでこうして数枚の絵葉書も買えて嬉しかった。どこも全く面影の残っていない場所たちだが、見ることが出来ただけで嬉しい。
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クリックしてください。

浜口もさくらんぼやウサギ、裸婦などの作品が出ている。こちらは人形町のミュゼ浜口などでも見かける作品だった。
もう一人萩原英雄という版画家の美少年ナルシスが水鏡を見る作品と、エクスリブリス、『星雲』などに惹かれた。

織田は特別展だが、浜口も野田も常設らしい。こうした心惹かれる作品を見せてくれる美術館がワンコイン百円なのである。
吉祥寺は遠いが、府中や小金井の帰り、三鷹の続きに足を向けられることをお勧めする。
渋谷からなら特急で19分160円だったはずだ。
次にまたいい展覧会があればぜひ行こうと私は決めている。

動物絵画の百年

府中美術館は4/22まで府中動物園に模様替えしていた。
ナマの動物ではなく、18世紀の動物たちが壁に張り付いている。
ガラス越しなので、まあ事故はない。
『動物絵画の百年』 わたしは会期末に出かけた。
チラシを貰ったのは前回の展覧会のときで「これはよさそうな」と思っていたら、やっぱり首都圏の皆さんがご機嫌さんで前期・後期と見物に行かれ、素敵な記事がたくさん出ている。
正直、諦めていた。
日時の都合がつかず、経済も許さず・・・の状況が好転したのは、マイレージのおかげ。飛行機代はタダになり、機嫌よく飛んできましたわ。
4.5.6月と東京に出ることで展覧会の割り振りのめども立ったし。
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芦雪『虎図』

動物と言えば四条円山派の作品がすぐに思い出されるけど、確かにその通りで、いい作品が全国あちこちから集合していた。
にゃあとした虎やころころのわんころ、ビカッと元気な魚や毛並みのリアルな猿たちに、芸達者な猫たち、飛んでも止まっても絵になる鳥たち。
どれもこれも楽しく見て回った。

数年前、京都市美術館で『画家たちの動物園』と言う展覧会があった。
四条円山派の流れを継ぐ竹内栖鳳先生が学生に、「隣の動物園の動物たちを写生せよ」とテーマを与えた。(京都市美術館と京都動物園は隣接している。京都動物園は上野に次ぎ二番目の開園で、かつては恩賜動物園だった)
そうした作品を集めたいい展覧会だった。
だからこの展覧会にも期待していたわけですよ。

いきなり蜃気楼ならぬナゾの現象が。
谷文晁『亀に蝶図』 蝶だけでなく蛾のような虫たちが海上に出現。
これで虫たちが「南無阿弥陀仏」と形作ったら、ドキドキだな。
亀から出たのか亀に吸われるのか。
韃靼海峡を、と言うわけにもいかない。
海と蝶というセットは画題だけでなく詩や歌詞にもなる。しかしこの亀はなんなのか。

井戸から瑞兆の亀が出てくる、と言う説話があるが原典を忘れた。
中国に発祥した話かもしれない。
北斎『瑞亀』 翁と媼に幇間みたいなオジサンがそれに立ち会っている。めでたい絵なのだろうが、正直言うとあまり好みではない。見たことがあるはずで、奈良県立美術館の所蔵というだけでなく、’93の『大北斎展』にも出ていた。昨冬の北斎展ではどうだったか。

山路探定『かんむり鳩』 凄い色彩。青灰色にルビーのような目。ああこれがビジョンブラッドかも。なんとなくこれはアールデコの女たちに見える。煌びやかな装い。二人のモデルの立ち姿。そんな感じ。

岸良『石榴に火喰鳥』 これは珍しく実のないザクロ。ザクロの花の下に火喰鳥がいる。
岸派の絵師だから動物を描くのは当然にしても、これは博物学的な描きように見える。
以前NHKで火喰鳥を森の中に追う番組を見たが、TVというフィルターを通しているのに、距離感のない実在感を感じた。ナマナマしくリアルな鳥の存在。それ以来どうも火喰鳥は怖い。

岡部洞水『魚族図』 魚族というよりギョ族。この絵が長崎に収蔵されていることに、勝手に納得している。一匹一匹の魚はリアルなのだろうが、これらがこんなにも寄り集まっていると、妙にエキゾチックに見える。タイヤヒラメの舞い踊り、も本当はこんな情景なのかもしれない。
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二枚のらくだの軸があった。文政四年に全国ツアーした駱駝。それを谷文晁と窪田雪鷹が描いているが、なんとなくせつない。時代はずっと下がるが、高村光太郎の『ぼろぼろの駝鳥』や殿山泰司の『駱駝』の詩を思い出すからかもしれない。
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ところでいきなりヤン・ヨンストンの『動物図譜』が出ている。これはなんとなくリアルな動物を描いたというより、幻獣事典の挿絵のように見える。どうも銅版画になるといつもそうした不可思議な感覚が生まれてくる。日本の挿絵画家・椛島勝一や薮内正幸のペン画による細密描写がウルトラリアリズムとすれば、こちらの銅版画はフィクショナル・リアリズムと言うべきか。

増山雪斎『麒麟・鳳凰図』 こちらこそめでたき幻獣なのだが、この鳳凰は孔雀のように立っている。珍しい気がする。大抵飛んでいる。鳳凰も立つのか。そして麒麟。これは麒麟麦酒の麒麟なのだが、首の長さがジラフのキリンではないか。なんだか走らなさそうな麒麟だった。

注:わたしはトリがニガテなのでメモは残したが、ここにはあまり挙げない。
司馬江漢『湖辺遊禽図』 蒲の穂に朱鷺が見える。
これも長崎所蔵と言うのが納得できるような。
更紗風な描き表装がいよいよそう見せるのかもしれないが。
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軸の面白さもあるのが、応挙『鴨図』 水中にアタマ沈める鴨がいる。水の影になる。描写の巧みさに感心するばかり。そしてこの軸が面白い。草むらに頭を隠すつがいの鳥たちがいっぱいいるのだ。なんとなくそれにも面白味を感じる。

一方気に入ったのはウサギ。二匹のウサギが寄り添っている。
白と黒。img964-2.jpg

源のトラもウサギも舞妓も、みんなどこか艶かしくも愛らしい。
これを見たら絵本を思い出した。「白いウサギと黒いウサギ」日本のウサギはシンプルで可愛い。
工芸品のウサギより、描かれたウサギの方が可愛いのは何故だろう。
カレーライスのためのご飯の型押し、あれが滑らかになったような体つきが可愛い。

猿の狙仙がやっぱり可愛い。違った。狙仙の猿が可愛い。
木瓜なのかなんなのか、その花の枝の上には蜂がいる。それを見ている猿。猿の毛並みがリアルだ。やっぱりこれら京都画壇の絵師の絵は関西人の一得で、他にも多く見ているが、それがこうしてあちこちでかけて皆さんに愛されるのは、嬉しい。
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芦雪の『蛙の相撲』はアズキ色の描き表装で、大きな蛙がムンッとばかりに組み合っている。行司の蛙はミニサイズで、こやつはアマガエルかもしれない。
かわいいかえるちゃん。
『若竹に蛙図』 肉付きのエエ蛙である。背といい腿と言い、蹲踞した姿がなかなかおいしそうにも見える。

この蛙たちがいるコーナーは「もの思う動物」と言うのだが、なるほどこの背を向けた蛙はなにやら考えていそうだ。先祖筋に当たる蛙の偉業(例えば柳の葉っぱに飛びついた奴とか、ウサギと相撲とった奴とか)を思っているのかもしれない。

若冲の蛙は横顔を見せている。
頭のひしゃげ具合が目元を鋭く見せている。
なにやら面壁九年の達磨大師のようでもある。
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インゲン豆とバッタたちがその瞑想を見守っているかのようだ。
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今度はクマである。芦雪のクマvs鷲。傲岸な横顔を見せる鷲と、気弱いような顔つきのクマ。のっそりと座っているが、立ち上がってWoooooと雄叫びを挙げる日は来そうにない。

ここから国芳の猫たちが現れる。
わたしは国芳ファンだから嬉しくて仕方ない。
残念ながら『猫飼好五十三匹』は前期なので見れなかったが、大判の絵葉書を会社の机に飾っているので淋しくはない。
今日可愛いなーと思ったのは『流行猫の曲手まり』 これは猫の曲芸の芸人たち。
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袴姿なのは、浅草奥山にいた芸人たちの姿をそのまま踏襲しているからだろう。
わたしの持つ絵葉書で、口上を述べる猫がいたが、あれは羽織に小判の紋をつけていた。
ここの手まり曲芸猫たちは楽しい柄の袴をはいている。
小判、鈴、スルメ、まりなど。ちょっとデコッぱちなにゃん太夫たちの指がこれまた可愛くて仕方ない。
『じやりン子チエ』の小鉄とアントニオはじゃんけんもするが、猫同士は微妙な指の違いを見分けられるが、チエちゃんには見分けがつかない。しかしこの猫たちなら、チーもグーもわかるだろう、きっと。

猫による影絵遊びで出現するのは般若、みみづく、お獅子である。みんなお江戸の人々が好んだ異形のものたち。

さて仔犬とトラのコーナーに来た。
虎。虎っていいなぁ。プライスコレクションで実に多くの虎を見たが、まだまだ虎は多い。絶滅危惧指定種なのだが、絵の虎はもしかすると無尽蔵かもしれない・・・・・・・
なにしろ17世紀以降の日本人は虎を見ていない。
16世紀までは別。見れる人は見ていたから。
古画などから虎を創作するから、ちょっと楽しい現象が起こったりする。

かっこいい猫のような、虎。毛並みがさわさわしている。芦雪の虎はいいツラツキをしている。あごといいマナコといい。虎の爪の感じが猫の親分みたいでいい感じ。これだと肉球は硬そうだ。(冒頭の虎)

虎は彼だけではない。こっちの虎は色落ちしたせいでか白虎。
耳が小さい小さい三角。△⌒△な頭。
ギョロッとしたマナコが可愛いが、鼻の形がビミョーでもある。
描いた絵師は何を手本にしたのだろう。可愛い。
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虎の柄には個体差があるのだが、北斎の虎はどうもスターシステムを採っているのか、同じに見える。例のギメ美術館展で百年ぶりの再会の虎と竜のあやつ。あっちは竜に吠えてたが、こっちの虎は柱巻きのようにグニャリと。・・・北斎は何座の贔屓だったのだろう。
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東東洋『虎図』 これぞニャーオのトラ。シッポや肘の辺りは豹に見える。フキノトウなどが見える。耳が小さくて可愛い。こんな猫おるおる、と思わず撫でそうになった。

崋山の『乳狗図』 洋犬が子にお乳をあげている。奇岩がそばにある。それだけでもなにやら中国風に見える。(日本における異国としての、中国)

ころころ仔犬の応挙!
とにかく応挙のわんこが可愛くて仕方ない。
屏風を見ると、毛づくろいをするころころたちがいっぱいいて、可愛くて可愛くて仕方ない。
ああもぉ!指先でぷちぷちつぶせそうなわんころたち。小松や千両が生えた野でころころしている。
『時雨狗子図』の身を寄せ合って楽しげなわんころたち!何を見てんねん、なにを。花か虫か。
ああ可愛いなぁ。img966-3.jpg

昔、応挙と言えば幽霊だったのが嘘のようだ。

師匠とはまた別な描き方のわんこもいいのが芦雪。
『一笑図』 昨秋奈良で『応挙と芦雪』というたいへん良い展覧会を見たが、そのとき芦雪の子供らにわくわくした。子供もわんこもみんな同じく可愛い。いいなぁ。猫掴みされたわんこといい、股くぐりの奴といい、楽しくて仕方ない。

仙 きゃふんきゃふんという鳴き声がなにやらせつない。これは横向きだが、出光には正面向きの「きゃんきゃん」子犬がいる。どっちも同じように何かに繋がれている。
しかし彼のトラは戯画なのだろうか・・・谷岡ヤスジを思い出した。

宋紫山『虎図』 の耳なしトラはなんとなく憂いがちなトラに見える。
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しかしこの顔には見覚えがあった。img968.jpg

野田英夫の女の子がこんな顔をしていた。
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建部凌岱『遊魚図』 色んなサカナがおるのだが、一番下に泳ぐ魚だけ、みんなと逆方向。なんだかそれがへんに面白い。

菅井梅関『鵞鳥図』 これはなんとなく面白い絵だと思う。画題が鵞鳥だからと言うわけではないが、なんだか日本の絵には思えない。それが面白いのかもしれない。シンデレラが餌をあげているような鵞鳥たち。

文人画家・岡田米山人のツルはなにやら「オホン」とか言いそうだ。ロシアのユーリ・ノルシュテインのアニメーション『青サギとツル』を思い出した。

一鳳『熊図』 これは可愛いこぐまさん。ひとりぼっちかもしれない。なんだか可哀想な気がする。
大体こうした絵を見ていると、だんだん勝手に淋しくなってくる。
動物はやっぱり主張できないから憐れだ。
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岡本秋暉 『月下双鹿図屏風』 川の中をつがいらしき鹿が行く。皓々たる満月を見上げる鹿たち。カノコは丸い。日本鹿と言うよりムース(ヘラジカ)のように見える。意思的な鹿たち。

美術ブロガーの皆さんが揃ってあげられていた芦雪『群雀図』を見た。
細い竹?電線にしか見えない竹に雀がとまっている。四面あるがそれぞれ3、6、2、1と並ぶ。チイパッパ。うーん、可愛いじゃないですか。もめてる奴もおるけど、人の目には可愛いとしか思えない。

まだまだ他にも良い絵が多かったが、ここでおく。
江戸時代の紙製の動物園をぐるっと回って、機嫌よくサヨナラした。
本は重いけど、買う価値のある内容でした。

東京漂流 どこで何を見たか概要

二日ばかり東京漂流しておりました。
7:15のフライトに間に合わせるためには五時半に起きるのですよ、普段より二時間早いのでカラダが動きません。まぁなんとか羽田に八時半に着き、京急→JR→京王線を乗り継いで十時には府中におりました。
東府中から歩いて府中美術館、と言うコースに魅力を感じていましたが(はろるどさんご推奨)その東府中で電車が臨時停車して、大量のオジさんたちがなにやら乗り換える。
府中の競馬場へ行くのですな、これは。
それに負けて?府中で下車し、ちゅうバスに乗りました。最終一日前だからか、わたしがついたのは10:06でしたがもうお客さんがけっこう入ってはるのです。
府中美術館の『動物絵画の百年』は別な日に詳述するとして、これはかなりエエ展覧会でした。本や仙をモチーフにしたお菓子などを買うて、今度は武蔵小金井へ。

武蔵小金井から吉祥寺に出て、伊勢丹の地下に新オープンした善右衛門とかいうお蕎麦屋さんで、鴨のつけめんを食べたら、これがかなりおいしかった。
そこから上の階にある吉祥寺美術館で織田一磨の版画を見る。
こっちも後日詳細ですが、たいへん良かったです。しかし本は何年前か町田で買うた立派なのがあるから、まぁいいやになったけれど、ふと見たら『小田富弥作品集』がある・・・!
あ゛っとなりましたわー、これは十年程前展覧会がこちらであったけれど、行けなかったので悔しく思っていたのだ。丹下左膳や『照る日曇る日』の挿絵画家。しかも本は千円。
うれしい??こういうことがあるから、執心を捨てることが出来ないのだよな。

それで荷物が重たくなりすぎて肩が脱力し始めたけれど、(体力だけゆるキャラ系)京王線で再び渋谷に戻り、たばこと塩の博物館へ。
館蔵肉筆浮世絵と風俗画。
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15年くらい前からここへ来ているが、ベスト5に入りそうないい展覧会です。後期も行くけど、とにかく前期にしかでないものを見れて嬉しい。
しかしこの展覧会が百円なのは本当に奇跡みたいなものだ。
わたしはタバコと無縁(無煙かもしれない)なので儲けさせてもいないしなー。
色んな風俗画を見たけど、屋根の上で猫とネズミの対立があり、なにやら面白かった。
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よく見ると・・・P1618.jpg

シャッター音とフラッシュ禁止だけど撮影の許可が出ていたのにも正直、仰天。
ここが撮影OKするのは『たばこと塩の動物園』以来ではないのか。
あっこないだの縮緬細工も可能でしたか?

それからこちらは色子と客。IMGP1621.jpg

客の足に手をそっと(そのくせしっとりと)置いている色子に情がある。わたしはこれが見たかったのでうれしい。本や写真では写し取れない情感を感じた。
まだ他にオランダ人風俗を描いた表装があったので、それが面白かった。
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後期は五月末からだったか。
ところで疲れてたので休憩コーナーでJTのジュースを飲んだら120円。入場料より高かったのだよ。わっはっはっ。なるほど。

渋谷から乃木坂へ。
実は青色通信のアイレさんからお誘いがあり、急遽モネ展とサントリーの『日本を祝う』展をご一緒することになったのです。
風に吹かれて(大昔はBディランだな。今なら豆腐屋ジョニーか)待っていると、アイレさんがわたしをみつけてくれました。
サッカー・ジュビロ磐田の熱烈なサポーターぶりを知るだけに、目前の温厚でフェミニンな方がアイレさんだと言うことについつい舞い上がりました。
それでわたくしったらついついモネ展でも古美術の前でも、わけのわからない感想なのか迷走なのか、を口走ってしまいました。
アイレさん、楽しいお時間をありがとうございました。またよろしくお願いします。

翌日つまり今朝はいつものように弥生美術館へ向かいましたが、向かいにある東大に八重桜が満開。
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二種類の桜が並んで生えているけど、ちょっと一部交配しているみたい。わたしは八重桜が好きなので嬉しい。
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弥生美術館はどんなに短くても一時間半はいる。今回は蕗谷虹児展。小特集は華宵の美少年、それと夢二の『山に寄する』。結局いつものように二時間いた。
機嫌よく出ましたが、一瞬根津神社のツツジ祭に行こうかと思ったけどやめて、江戸川橋へ向かった。なんだかやたらめったら風が強い。凄い風。
セキグチパンでランチにしたけれど、テラスに出ましてね。
ごうごうごうごう凄い風が吹きすさぶのを味わうのもいいもんです。
なんていうか、ああ気持ちいいなというのがあるから。なんだか贅沢な気分になった。

そこから野間へゆき村上豊の絵を見たけれど、ここはきれいな藤が盛でした。
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他にサツキが可愛かった。IMGP1625.jpgIMGP1626.jpg

藤棚の下には山吹とシャガが咲き乱れている。
お掃除の人にお庭の話を聞いて色々教わった。やっぱり日々この庭に接しているだけに花の移り変わり・季節の動きに詳しいようで、いいことを教えてもらって嬉しいです。
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さて次は印刷博物館。徒歩七分が向かい風で倍くらい時間かかったと思う。
ここの展覧会は昔のレトロなポスター展、題して『美人を作る』。
姫路で展覧会があったのに行けずに鬱屈してたところへ、okiさんからチケットをいただいたのですよ??♪
内容自体は予測していた作品が大半だったので、嬉しく眺めて廻れました。
昨夏、京都繊維工芸大学でも見たものとも共通する。
わたしは何が好きと言うてもやっぱり美人画が一番だから、ただただ嬉しかった。
ありがとうございます。

しかしこの展覧会にも随分時間を費やしたし、風に吹かれすぎて具合が悪くなってきたため、とうとう畠山も出光も断念。
それで江戸川橋でなく追い風に乗って飯田橋へ向かったのが四時。
我ながら随分長居しましたなー。この印刷博物館というかトッパンのベンチは大理石仕立てだけどヒーターが通っていてキモチE(by清志郎)のでした。

飯田橋から東京経由で品川目指してるけれど、御門屋の揚げ饅頭が欲しいのに売ってない。
東京駅にはないのかしら。羽田にもないけれど。
ショボンで羽田に着いたのが五時。

JALに乗ると大体聴くのはイージーリスニングかクラシック。今月はアルビノーニのアダージョやフォーレのパヴァーヌが流れている。
最初にアルビノーニのアダージョを聞いたのは、’84でした。
『シベールの日曜日』の映画に使われていた。
今はなき大阪三越劇場で二本立てで見て、めちゃくちゃ感動したのが最初。
あの映画ももう45年前の作品なのか・・・

空港からはタクシーで帰宅。ぐったりして家に入ると阪神が巨人に負けていた。
うどん食べながら応援しても、趨勢はあんまり変わらないので、残念だと思いつつ、これで今月のツアーが終わったことを実感しました。
あとはあれです、web上で延々と感想文を書くだけなのでした。
ああ・・・明日からが・・・・・。

浮世絵 個人コレクションの魅力

とうとうギメ美術館の浮世絵が大阪にも来たが、それを見に行く前に二人のコレクターが集めた幕末から明治の浮世絵の名品を見に出かけた。
一つは中右瑛コレクションで、京都大丸で開催中。
一つは大江直吉コレクションで京都造形大学で開催中。
中右氏はこれまでにも大正ロマン・昭和モダンの挿絵画家たちの素敵なコレクションを見せてくださっている。
最近では阪神百貨店での展覧会がある。
(デパートでの展覧会は日本独自の文化です)
化政期の絵師たちから明治初頭の絵師まで。
去年6月には「四大浮世絵師」展も東大阪で開催されていた。
ありがとうございます♪

一方、大江氏は豊原国周のコレクターとしては日本随一だと思う。
こちらは大学内のギャラリーで無料展示。
どちらもとても楽しめた。

まず先に中右コレクションから。
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この展覧会は昨秋加古川でも開催されていた。
そのときのチラシ。
タイトルは違うが中身は同じだと思う。
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わたしは六大浮世絵師も好きだが、実は最愛は国芳である。
子供の頃は国貞が一番だったが、今では国芳が最愛。
ただし芝居絵はやはり国貞がいいように思う。
国貞の弟子筋も大方が好きで、清方の系譜にまで連なるこの<歌川玄冶店>系統のファンなのだ。
むろん芳年も好きで、おもちゃ絵の芳藤、芳虎もいい。
高尚な見巧者から見れば低く思われているようだが、見る者を楽しませてくれること無類の絵師たちが、好きでどうしようもない。
まず楽しむことから始まったのが浮世絵なのだから、それでいいと思う。

最初に出たのが国芳『相馬の古内裏』である。
そう、巨大骸骨が出てくる絵。チラシにもある。
これは平将門の遺児・滝夜叉姫の物語。幕府転覆を狙って妖術使いとして妖艶華麗な業を繰り出す。
大宅太郎と滝夜叉と骸骨。何とも言えず面白い構図だ。
しかもどう見てもこの骸骨わろてはる??。
昔から好きな作品。

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英山の美人画は彼が在世中、すでに時代遅れになったようだが、今日の目で見ればなかなか可愛いし、ちょっとコミックのキャラ風に見える。
英山『風流大井川』 江戸時代、大井川は人足によって渡ることと決まっていた。一番安いのが肩車、一番高いのは蓮台。
むくつけき人足たちの上に美女たちがいる。蓮台で煙草を吸う美女もいれば、肩車で男の額に爪を立てているのもいる。なかなか艶かしい光景だった。

ところでその弟子の英泉。彼の描く女は短躯で首もなく、顔も大きく、ややグロテスクなところもあるが、これが凄まじいばかりにナマナマしく官能的なのだった。風景画の方は広重とコラボして機嫌のよい名所図を残しているが、女の絵はナゼか恐ろしいほどナマナマしい。
綺麗さはないが、どきっとする何かがある。
体臭までこちらに伝わるようだ。
『美艶仙女香』それを手にした女の凄まじいような顔がある。
手前の左目はその袋を見ているが、向こうの右目は前の鏡を凝視しているのだ。
現実にはなかなか出来ない目つき。ピカソもこうは描かない。
女の考えていることがこちらにも伝わってくる。

石川淳の『至福千年』でこんな台詞がある。
「おいおい、子供に英泉ゑがく、は毒だぜ」
二本差しを捨てて、市井の俳諧師として遊蕩を楽しむ一字庵冬峨のような男が言うのだから、どんなにすごいのだろう、と妙に気にもなるのだが。

豊国の美人が化粧をしている。尾花に蝶が飛び交う柄の浴衣を着ている。どてらを脱ぎ捨てていて、そばには灰地に白梅の枕屏風がある。こうした絵に<浮世>を感じる。ワトーやブーシェの絵にも共通する何かがある。

国貞『当世美人合』 役者を気取って笑う女。たぶん、杜若。そんな色気がある。そばには祝い酒もある。
やはり国貞はいい女を描くのが巧い。以前たばこと塩の博物館でも物凄いのを見ている。
『星の霜当世風俗』行灯 これがまたいい。ちょっと細かい説明はいたしかねるが、行灯を消そうとするのか・つけようとするのかで状況が変わるにしろ、なんとも艶かしい。女の左手に懐紙が握られているのがまた・・・
芝居でも、手を洗うところに深い意味合いが込められている。
想像の余地を置くことで、却って魅力が増す。
『当世三十二相』しまいができ相 何がかと言えば化粧のフィニッシュにいけそう、という絵。合わせ鏡で確かめる。片肌脱いで腕に豆絞りの手ぬぐいを巻いている。多分そこには男の名が彫られているだろう。
三枚続の『三囲の初雪』 傘をさす女たち。江戸時代、この界隈は随分と人気だったのか、川向こうにはいい女がいたのか、花見の時期にこの辺りを歩くのがわたしも好きだ。雪の日には行ったことがないが。
そして縦に二枚続で描かれた女がいる。湯屋帰りのピンナップ。

国貞の女に比べ、国芳の女は鉄火な女が多いといわれる。鉄火と言うのが実際のところわからないのだが、絵を見る限り彼の女たちは皆とても元気そうで、気力体力充実している。やっぱり武者絵が本領だけに女の艶かしさより元気なのがいいのかもしれない。彼のわ印を見たが、意味もなくにゃんこがいて、ヘンに楽しかった。
『八町堤 夜の景』 蛍狩りの女たちがいる。その背後の八町堤には、吉原へ向かう嫖客がシルエットで描かれている。
『当盛風俗好』 紅嫌いの手法に近い。チラチラのぞく長襦袢に紅が使われているが、眼を惹くほどではない。

他にも美人がいる。
国丸『狆を抱く女』 江戸時代のペットブーム。狆は犬とは別種と見られていた。珍種の犬ではなく、狆種という独立生物。
猫に紐をつけたのを持っていれば『見立て女三宮』というところ。
広重『両国花火』 屋形船に乗る女、降りた女、出てきた女。それぞれが花火を見ている。
わたしは両国の花火を見たことはないが、屋形船には乗ったことがある。揚げたての天ぷらなどがあり、楽しかった。色んな橋の下をくぐり、夜の川風に吹かれて気持ちよかったことを覚えている。
貞虎『不忍池月夜の図』 弁天様の社がある。月に照らされて辺りいちめん黄緑色。ちょっとびっくりした。こんな色合いで光を表現するとは。まるで蛍光色だったが。
芳虎『染井植木屋金五郎』 菊の花で作り物。白い象がある。それを見る二人の女。上方下りの細工見世物は幕末に大人気だった。菊人形は江戸なら団子坂のそれが有名だった。

役者絵が好きなのは芝居が好きだから、と言うこともあるし、芝居が好きだから役者絵に惹かれる、と言ってもいい。
実は写楽の役者絵にはなるほど芸術性はあるだろうが、面白くないように思う。
わたしは江戸のフツーのファンと同じで、面白くて綺麗な構図の楽しい芝居絵や役者絵が見たいから。
その意味ではやっぱり豊国や弟子の国貞がいい。
そして特に国貞の時代に好きな役者が多くいるので、彼らを見るのがこれまたとても楽しくて、嬉しい。(その頃あたし生きてなかったけどね)

実悪の五世幸四郎の鼻やまなざし、顎。(鼻高幸四郎)
可愛いクリッとした目の半四郎。(目千両)
男前の三世三津五郎。(永木の三津五郎)
お化けが得意な三世菊五郎。
こぼれそうな大目玉の七世団十郎。
あーいいなー見ていたい。
この後の世代の田之助らも絵の中に活きているので、見て歩くのが嬉しくて仕方ない。
また上方浮世絵師の北州らの作品も出ているので、大坂の役者絵もたくさん出ていた。
ただ惜しくも三世歌右衛門の絵がなくて、残念。

芝居絵の中で一番気になったのは国貞の『隅田川花御所染』通称『女清玄』、その船の場。
私はこの芝居を実際には見ていないが、年代記を読んだり芸談を読んだりすると、とても惹かれるものがある。
もともと清玄ものは大好きで、南北の『桜姫東文章』などは何度見ても飽きない。
女清玄は近年なら歌右衛門が演じているのを写真などで見た。
吉田の松若という貴公子で悪人の男に振り回される清玄尼。自分の許婚が死んだと思い、髪を下ろして尼になったら、妹桜姫の許婚としてその彼が現れる。尼となっても清玄尼の執念は納まらない。いやそれどころか、尼になったことで却って想いは募る。ところがその清玄尼に横恋慕するのが忍ぶの惣太という悪人。(清玄伝説と都鳥の物語が綯い交ぜになっている)
その前提を知るから、ここにある絵を思い切り楽しめる。
嵐の中、二層の小舟がある。
目千両の半四郎が清玄尼になり、丸くふわっと伸びた散切り頭をみせている。尼は惣太(鼻高幸四郎)の船に乗せられているが、そこにはスイカや瓜が乗せられていて、出刃も見える。(実はこの出刃が後日清玄尼の命を奪うのだ)
一方の船には松若がいる。そして波間に綺麗な振袖が見える。たぶん、そこには溺れる桜姫がいるのだ。それを掬おうとするらしいが・・・
ああもう、見ているだけでこの芝居が見たくて見たくて苛々する・・・!

国芳のは芝居絵ではなく、武者絵でもある物語絵だと思う。
鬼一法眼が牛若丸に虎の巻を見せて学ばせている。
芝居ではその三略の巻を彼に渡す前に様々な試練を与えているのだが、この鬼一は牛若に自分の学んだことをも含め、全てを伝授しようとしている。

ラファエル前派でもそうだが、わたしは絵に文学性・物語性が潜むものが好きなのだ。
とは言え浮世絵の風景にも心惹かれる。

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富嶽三十六景、東海道五十三次、浪花名所図・・・どれもこれも旅心を誘われる。
天保年間に人工的に拵えた天保山(海遊館とサントリーミュージアムがある)は桜の名所でもあったようで(今では公園だ)皆が機嫌よく遊んでいる。しかしこの山は<日本3低山>の一つなので、そんなに高さないよーと一人でつっこんでいた。
(わたしは登山証明書を持っているのだ)

お化けや武者絵や戯画を集めたコーナーに行く。
小幡小平次と言えば、下っ端の役者で女房と間男の二人に謀殺されたのが怨霊になって祟りをなす、というのが昔からの伝説である。
一番有名なのは北斎の『こはた小平次』あの髑髏がでろ?んと蚊帳からのぞく凄い絵だが、他にもそれを描いたのを見た。
豊国の小平次。 女房の生首を咥えて、行灯からにゅーと出ている。怖さも凄みもないが、じめじめした静けさがある不気味な絵だった。
(わたしは中川信夫が映画化した『生きてゐる小平次』がとても好きだ)
豊国は北斎と全く同時代人で商売敵だから同じものを見ている。
山東京伝の読み本『安積沼』は小平次の物語だった。
二人の絵師は物語にインスパイアされたのだろうか。

国貞のお岩さん。 提灯へ男を引きずり込もうとしている。それを見て怖気を振るう伊右衛門。
他にも戯画や風刺画やはては横浜絵もあり、興味は尽きない。
この展覧会は24日まで烏丸の大丸で。

次いで大江コレクション。こちらは4/15までだった。
これまで大江コレクションを4?5回くらい見ている。
豊原国周は<最後の浮世絵師>と称ばれた浮世絵師で、明治の役者絵を多く残した。九代目さんや五世菊五郎、四世歌右衛門など東京の役者を大首絵や三枚続で描いた。赤色を頻繁に使ったのと時代性もあって評価は高くないが、その代わりマニアックなファンがついている。
わたしはこの大江コレクションのほかに幕内コレクションも見たが、あと大同生命のコレクションも遠見した。
好きな人は好きなのだ。それでいいと思う。

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明治の歌舞伎を国周で見る。芸談や評判記でしか知らない名優たちの姿をこうして眺める。興味も関心も深い。
野晒悟助がいる。(外題はその時々により変化する)とにかく悟助がいる。
彼のキャラはその名に表れている。だから髑髏の柄の着物を着ている。
国周はそれをホネで表現せず、絞った布のように描いた。

明治15年に禁令が出るまで、皇后や女官を描くことは許されていた。
おすべらかしの貴婦人たち。袴着でパラソルをさしている。
花見に出かけているのだ。

桜と言えば吉野山。
源九郎狐と静御前。狐忠信の白い衣の毛彫りの見事さ!狐の毛並みが見えるのだ。手は無論<狐手>でクィッと丸めているが、演じた役者も描いた絵師も、やっぱり只者ではない。

後の岩藤、骨寄せで復活した岩藤が日傘をさして空を行きながら花を見る。
<ふわふわ>と呼ばれるケレンで、猿之助がよく演じていた。
桜のピンクが綺麗だし、ちょっと年増の岩藤の艶やかさがにじんで、いい感じ。

国周は『梅幸百種』というシリーズを描いている。これは以前池田文庫でも見ている。五世菊五郎の麗姿が鮮やかに描き出されている。作品そのものもいいが、「この役もしたのか」という楽しみがある。
つくづく自分が歌舞伎ファンでよかったなーと思うのが、こうした芝居絵を見るときなのだ。
天竺徳兵衛の狂言もある。按摩に化けた絵。

何を見てもどれを見てもたいへん楽しかった。
特に国周を見たときは一人ではなく、狸庵のtanukiさんと一緒だったので、色んな意見も聞けて、それが楽しく思えたのだった。

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川合玉堂展を見る

東京から巡回してきた川合玉堂展を見に行く。
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難波の高島屋は大丸と並んで、いつも見事な展覧会をみせてくれる。
奥多摩にある玉堂美術館や岐阜美術館からの作品が多かった。
かなり若い頃から晩年に至るまでの作品をじっくり眺める。
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最初に明治34年つまり1901年(20世紀の始まりだ)、湘南海岸へ避暑に出かけて同宿の人々を描いた、楽しい絵巻が出ていた。
『清風涼波』 あまり色を多く遣わず、のんびりした自然な味わいのある作品だった。
くつろぐ家族がある。着替えたり談話したり。そして風呂場が面白い。家族風呂なのか、これが宿の作りなのか、手前に男湯があり、開いた扉の向うに女湯がある。かけ湯の浴槽もあって、子供が頭からかぶっている。三助もいて背中を流しているが、なにやら楽しそうである。そして一家三人の食卓がある。お魚やなんだとおかずが出ていて、四角い食卓を家族が囲んでいるが、床の間を背にしたお父さんが女中さんにビールを注いでもらい、奥さんはなにやら機嫌よく笑っている。
また、別なシーンでは座敷の縁側に座る人や、その中庭で花火をする子供ら、碁や将棋をするおじさんたちがいる。
朝には朝で共同洗面場でみんな顔を洗ったり歯を磨いたり。昔の日本旅館のよさがここにはある。
そして海に来ているから、泳ぐ。海の家があり、物売りもしている。女の人はまだシマウマ(水着)を着ず、ワンピース風の水着に麦わらをかぶる。
これで思い出した。この頃のちに五世歌右衛門となる中村福助が絶世の美青年時代で、さる海岸に滞在中、彼を見たさに客が押し寄せ、福助が麦わらにバンダナをすれば皆もする、といったブームがあったらしい。
いい時代だなぁ。
この絵巻は、戦後清方が明治風俗を懐かしんで描いた『朝夕安居』に通じるような、安気で楽しい作品だった。

これは随分洒脱な作品だったが、同年に描いた『月下鳴鹿』はいかにも明治の日本画、といった風情の作品である。
手前の鹿の首のねじり具合、月を見上げてケーンケーンと鳴く声が聞こえてきそうだが、色合い、筆のおき方、何もかもやはり古い。
明治には明治らしい味がある、と言うのはこうした作品を見たときに感じることだ。

五島美術館にある『焚き火』。img952.jpg

これは15年位前にやっぱりこの高島屋で見た。五島に入ったのはその前後のはずだ。
新発見の作品として新聞に掲載されていたように思う。明治36年の作。
珍しくも農婦の顔のアップだった。

自然と人間。対立ではなく、自然の中の人間。晩年に至るまでそれを描き続けている。
しぜん、と発音するより<じねん>と発音するほうが玉堂の絵には合うように思う。
ミレー風ではなくコローと同じあり方のようにも見える。

大正三年の『背戸の畑』 琳派風の描き方で、トウモロコシの葉とイタチを描いている。
なんというか、これは大正と言う時代が描かせた作品かもしれない。イタチはきょとんと愛らしかった。

豪華な金屏風の紅白梅。派手で綺麗な作品だった。
何度も見ているが、飽きずに眺める。
玉堂の作品の中で、ある意味で唯一の観念的な作品ではなかろうか。
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自然を多く描いた玉堂だが、ここでは背景を描かず、ただただ紅白の梅の美を金屏風に映し出している。
自然を愛した画家の絵と言うより、美そのものを描いた画家の作品に見える。
玉堂の作品で他に深い美を感じるものは『二日月』である。
ここには出ていないが、作品が発表された当時、清方が深く心動かされたようで、その記述が『こしかたの記』にもある。
玉堂の唯美主義的な作品もまた、よいものだと思う。

やがて昭和になり、玉堂は昭和の御大典のために『悠紀地方風俗画』(悠紀地方風俗歌屏風)を任される。
ここにあるのはその小下絵と本絵の写真。
これは2000年に東博で開催された『皇室の名宝』か『在位十年記念』どちらかの展覧会で見ている。
悠紀地方とは都から見ての方角の地のことで、その対は主基地方である。ゆき・すきと発音する。
今手元に当時のメモが見つからない。主基は誰が描いたのだったか・・・。
(因みに平成のご大典では東山魁夷が悠紀地方を担った)

戦後の23年『春光』 img953.jpg

畝を三頭の牛が並んでゆく。紅梅がちらほらときれいで、のどかものどか。可愛いベコたち。

27年『二重石門』 山中で二重になった石の門のようなものがある。そこで機嫌よく馬子と農夫が喋っている。なんでもこれは奥多摩に実際にあるらしい。・・・行ってみたい気がする。
緑色がさわやかな絵だった。

屋根草を刈る img954.jpg

かやぶきの屋根に草花が咲いている。可愛いけれど、刈らないと。
花の周囲に蝶が飛んでいる。解説によると、この蝶はお孫さんでカメラマンの大倉舜二氏の意見を容れたそうだ。
以前大倉氏の祖父の思い出というようなエッセーを読んだが、玉堂がいい感じのおじいさんで、ちびっこが機嫌よく過ごしているのを感じた。

『水辺四題』 それぞれ水辺にいる小禽を描いている。鶺鴒やツバメなどが気持ちよさそうにそこにいる。玉堂の目は温かかったのではないか。そんな気がする。

里山から川へ。
鵜飼がやたら多い。鵜匠みんな楽しそうだ。
人物の機嫌のよさは、菅楯彦のそれにも通じる。
にこにこにこにこ。労働の楽しさがそこにある。
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玉堂の絵は川はちゃんと水色、葉は緑色、空は空色、土は土色、風は強かったり弱かったりの、<ほんとうの>自然に見える。


一方、玉堂は画賛も多く制作していた。お正月の歌会始の召し人にも選ばれたようで、いい感じの画賛が多くあった。
偶庵を名乗り、機嫌よく精神の遊びを楽しんでいるように思える。

晩年に墨絵の寒山拾得があった。『寒山額壁』 墨でさらっと描いている。なんとなく<回帰した>という言葉が浮かんできた。

いい展覧会だった。見終えてとても気持ちよくなっていた。

杉本健吉が描く『新平家物語』の世界

阪急御影の香雪美術館で、吉川英治『新平家物語』の挿絵を描いた杉本健吉の展覧会が行われている。
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これがじつにすばらしかった。
元々挿絵好きなので楽しみにやって来たが、その甲斐があった。
原作の小説も面白いのだが、杉本の挿絵を見ると、吉川の文章がますます活きてくる。
たとえば冒頭、まだ若い平太(後の平清盛)の活気ある姿、その父の好人物で気弱な様子、美人で見栄っ張りで、そして圧倒的に元気な母。
彼らの様子がイキイキとこちらに伝わってくる。
また物語の狂言回しと言うか、源平の盛衰をみつめ続けてきた麻鳥と蓬の夫婦の生涯が、杉本の挿絵で鮮やかに浮かび上がってくるのだ。
讃岐に流された崇徳上皇を慰めるために笛を吹く麻鳥。
月を背にして座す彼の姿が、墨の濃淡で巧みに映し出されている。
都を制覇した朝日将軍・木曾義仲の二人の愛人。
葵の前が湯に浸かる姿。黒髪の艶かしさが墨の滲みでナマナマしく描かれている。
酔った義仲を背負って火事の中から脱出する巴御前の優しくも凛々しいおもて。
平資盛が白梅の幹を伝って恋人のもとへしのぶ姿・・・
洞窟の頼朝もある。青邨だけではないなぁ♪
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基本的に吉川作品には心底からの悪人と言うのはいないと思う。
悪いなら悪いで、それぞれに理由がある。
それが杉本の絵でいよいよ納得させられる。
そしてキャラが<立っている>だけではない。
風景もまたすばらしい。
奈良を多く描いて、奈良の画家とも呼ばれた杉本らしく、大仏殿炎上や奈良坂の風景は特に力が入っているように思えた。
こうして眺めていると、挿絵から物語が髣髴となり、この物語が歴史の中の人間曼荼羅であることを教えてくれる。
ああ、いいものを見た。
挿絵専門の弥生美術館でもそうだが、挿絵の並びを眺めると、そこから今度は文が読みたくなる。
文と絵との関係を川口松太郎は「飯と汁」と言うたが、実感があると思う。

杉本もこの仕事がよほど心にかなったのか、新しく彩色した作品を作りもしている。
それらは屏風仕立てにもなっているが、中の一枚は’89の神奈川県立近代文学館での吉川英治展でのチケットにも使われている。
展覧会に行ったとき、そのチケットに喜んだことを覚えている。
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また杉本健吉は東大寺の管長の知己を得ていたが、それでか仏画の他にも幡なども多く製作している。
それらは殆どがユニークなもので、紙でチョキチョキ魚の形を切り抜き、胴にセロファンを張ったものをペタペタはりつけ、地にはクラゲをササッと描いていたりする。
楽しいコラージュ作品でもあるのだ。
他に絵筆だけのものなら、インド美人の人形や朝鮮婦人の野遊びもある。
なかなかいいことも書いている。
「常識から幻想は生まれ難し」 納得。
絵馬も実に楽しい。
鬼の肩揉む毘沙門天、ウサギのダンス、ラクダ、面など。
「今日は本日限りです」 本当、その通りだ。
杉本健吉が奈良を描いた展覧会はおとどしの秋に見ている。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-265.html
杉本の在りし日のスナップが飾られていた。
奈良仲間の須田剋太らと一緒のものや、吉川らと一緒のもの、家族とニッコリもあった。
百歳近くまで楽しい作品を多く残し、人々にも慕われていた。
『新平家物語』の最後で、麻鳥と蓬の夫婦が吉野の花見をしてこし方を思うシーンがある。
幸せに永らえたことをしみじみ幸せに感じる二人を見ていて、杉本健吉その人のようだと思った。
ファンの勝手な思い込みかもしれないが、どうもそんな気がする。

来週22日で終わるが、平日の昼とは言え随分お客さんが多かった。
大方の人は懐かしさもあるようだが、今の目で見てもいいものはいい。
ああ、楽しかった。

御影から難波まで・・・

今日は会社を休んであちこち出歩いた。
なにしろ春は忙しい。あっと言う間に展覧会の最終日になったりする。そして次の展覧会が押してくる。その重圧に負けて、出歩く。
阪急御影には朝日新聞社創立者の村山龍平翁の集めた古美術品を展覧する香雪美術館がある。
その入り口すぐには枝垂桃が白い花を咲かせている。
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ところどころ紅色の花びらが混ざる。
隣接する村山邸の見事な邸宅。
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ちゃんと二つ作られた大豪邸。
立ち入り禁止の番人に、この枝垂桜がたっている。
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中では吉川英治『新平家物語』の挿絵を描いた杉本健吉の展覧会が行われている。
その詳細は後日に。
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いいものをたくさん見て機嫌がよくなった。

ここからわたしは西宮北口経由で今津から阪神電車に乗り、尼崎へ行った。
先ほどは平家物語に関する展覧会だったが、この尼崎も平家物語に関係がある。
いやむしろ、平家滅亡の後に大いに関係がある。
兄に疎まれた義経が船出しようとしたのが、この尼崎なのである。
大物浦。しかし彼は知盛の亡霊のせいでか、海を渡れない。
わたしは尼信博物館で古丹波焼を眺めた。
森さんと言う方のコレクション。
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『黒釉鬼桶』 ぐるりに魚拓文がはりついている。それが楽しい。
『自然釉窯変大壷』 口から緑の釉薬がこぼれていて、溜りを作っている。その緑が妙に艶かしく、目を惹いた。滴りは腹にまで続いている。
『枇杷釉徳利』 色といい形といい枇杷そっくり。腹に文字がある。
「昔日君  思未来」 なかなかいい言葉だ。かみしめてみる。

こちらも楽しく見終えてから、次に梅田へ出て色々用事を済ませた。
嬉しいことに行きたい展覧会のチケットを三種類ほど、大変嬉しい値段で購入した。
そこから本町に出た。
本町ではINAXギャラリーに入る。
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『世界のあやとり紀行』 あやとりは日本だけのものではなく、アジア・アフリカ・オセアニアなど広範囲にそれぞれの特徴を見せながら伝わっているのだった。
この地図がまたなかなか凄い。
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日本でも江戸時代の本にこうした挿絵もあるのだが、世界のあやとりはそれぞれの民族性が見えて興味深い。
名前もモノスゴイ。
「人食い鬼」「悪魔の口」「二つの橋」・・・
ちょっと正確には思い出せない。
わたしも係りの人にあやとりのヒモをもらった。
このときちょっと面白かった。
ヒモは何色かあり、オレンジ色は一つだけだった。
わたしは黄色・山吹・オレンジ色が一番好きで、その手の色を見たら、ものはどうあれ欲しくなる体質なのだ。しかしここでは何も言わなかったところ、いきなりオレンジ色を渡された。
「わたしこの色好きなんですが、なんでわかりました?」
「そんな気がしました、絶対この色かなって」
と言うわけで、オレンジ色のヒモがわたしの指に巻きついている。
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会場内では世界中で採取されたあやとりの完成形の写真と、作り方のVTRが流れている。実際にやり方を教えるコーナーもあった。
わたしは、はるか昔に覚えた二重橋は(偶然の産物)でなんとか拵えたが、彗星は出来なかった。指の動かす手順が一度でも狂うと、決して成功しないのだ。
なかなか楽しかった。こういう体験もけっこういいものだ。

そこから阿波座まで歩く。クラブコスメチックの展覧会を見に行くのだ。
ところでわたしは体調が悪い。
悪いが寒い風の中を歩く。きっとますます悪くなるだろう。
それでもなんとかクラブコスメについた。
ここは昔の双美人、中山太陽堂時代のポスターや新聞広告などを集めた記念館なのだ。
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これまで三回展覧会が行われていて、いつもわたしの貸切なのだが、今日はなにやらこちらのえらいさんがお客さんを案内しているようで、随分やかましかった。
陳列品の説明でやかましいならまだしも、そうでないのにそれではいけませんなぁ。
製品開発や宣伝には力を入れても、教育には手が回らなかったらしい。
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そこからまた歩き出した。なんで歩いているのかよくわからない。
電車に乗るか、タクシーに乗ればいいのに、何故か延々と歩く。
南船場の植物のビル。春だから植物も巨大化したか。
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心斎橋の大丸ではイングリッシュガーデンの特設会場が設置されていた。
みんな写真パチパチしている。最終日なのに凄い人出だった。
わたしもパチパチ。花が摘めるわけではなく鼻が詰まるわたしは何故ここにおるのかな、と思いつつ、大好きな梔子の匂いに近づく。
クリックしてください。
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隣家の叔母が町内ではガーデニング王らしいから、多分この催しに来ていたろう。
わたしの知ってる名前は少ないが、近所でよく見かける花も多い。
出たら、エプソンの販促で、撮ったデジカメをその場で無料プリントしてくれた。
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ありがとう。ちなみにこちらのツツジはここではなく、中央大通りの植え込みのもの。
きれいな色なので撮影したのだ。そう言えば藤も満開だった。
花の季節が動いているのを感じる。

そこからまた一駅歩いて高島屋に行き、川合玉堂の展覧会を見るが、詳細は後日に。
新平家物語挿絵―古丹波焼―世界のあやとり―クラブコスメ―川合玉堂・・・
東京だけでなく、大阪でもこんな具合で歩き倒していたのだった。

お土産は尼崎のホームラン軒の花見団子。前回買うた時、たいへんおいしかったのだ。
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今日は少し時間が経ちすぎて(持ち歩きすぎ)ちょっと残念なことになった。
ところでこれは店の紙。
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阪神タイガースのご城下を任ずる尼崎にとって、尼崎銘菓とは阪神タイガースのホームラン玉なのだ。(実際はホームラン最中と言うのを作っている)
それとこの下の絵は多分、平家物語辺りのような。

そうそう帰宅したらスズランが咲いていた。
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早いような気がする・・・

最後に、梅田で貰ってきたアドカード。
アドカードとは宣伝ポストカード。
いつもなかなか良いのを拵えている。クリックしてください。
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八瀬と八瀬童子展を見る

御所に隣接する施設は多い。
寺町通りに面した京都市歴史資料館へ行った。
丁度同志社大学のクラーク記念館補修工事を見た後で、創設者の新島襄の旧宅の隣にそれはある。
新島襄旧宅は和館と洋館がある素敵な家。
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番地の表示板も仁丹の絵があるから、これは昭和初期頃のままだ。
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歴史資料館。
今回は『八瀬と八瀬童子』展が開催されている。
http://www.city.kyoto.jp/somu/rekishi/index.html

八瀬は左京区に広がる地域で、大原と比叡山とに隣接している。
壬申の乱のとき、大海人皇子がここの窯風呂で背の矢傷を癒したところからその名がついたという伝承もある。
窯風呂とは釜風呂ではなく、日本古来のサウナ。
昔はこのあたりに八瀬遊園があったが、いつのまにかなくなっていた。
(数ヶ月前見た景色)三条駅でカップルが駅員さんに「えー八瀬遊園てつぶれてたんですかー」「だいぶ前ですよ」言われてカレ氏がショボンになっていた。彼女の方はカレ氏のノスタルジィにつき合う気はなさそうだったが。

わたしが八瀬童子のことを知ったのは、昭和天皇の大葬のときだった。
八瀬童子とは天皇の棺を担ぐのを誇りにされている人々だった。
童子と言うのは別に子供と言う意味ではなく、髪をおかっぱさん・大童(オオワラワ)にして寺社や朝廷などに仕えていた人々の総称で、この八瀬童子の人々は特に天皇の輿丁として仕え、近代以降、大葬では棺を担ぐのだった。
明治天皇・大正天皇の棺も八瀬童子が担いでいる。
ところが昭和天皇の大葬のとき、宮内庁はそれを拒否した・あるいは考慮しなかった。(警備上の理由による)
それで八瀬の人々がたいへん怒ったというニュースを読んだのだ。
結局、大葬当日八瀬童子の代表の方々が棺に付き添い、皇宮警察が実際に担ぐという状況になったようである。
平成も19年になった今でも、そのときの衝撃は残っている。
尤もその直後、帝が都におわした頃、棺が都を行くときに、その棺に向かって「ただいま▲▲の辻を通過いたしました」と道々の地名を囁く役目の人が洛中に住まいするのを知って、絶句した。
死者のための道案内。どう考えても凄かった。

そうした経緯があって八瀬童子に対する関心は強かったのだが、なかなか学ぶ機会がなかった。
数年前この資料館で似たような展覧会があったときも、行くことができなかったのだ。
しかし新聞に案内が出て、しかも近所に出向く用事が出来たので、これ幸いと出かけた。
20年近く経っても、念じていればこうして見たいものに出会えるのだ。

先ほど簡単に八瀬童子のことを説明したが、ここには色々な伝承がある。
まずこの村人たちは自らを<鬼の子孫>と任じている。それは伝教大師との関わりからのことで、彼らは延暦寺にも奉仕していた。
やがて後醍醐天皇のときに天皇の輿を守って功績があったので、八瀬の郷は納税不要という綸旨を受けた。
これは灰色の料紙に書かれている。褪色したのではなく、綸旨の紙とはそんなものらしい。
なんと書いてあるのかはちょっとわたしでは判別できない。
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朝廷からの庇護もあり、穏やかに暮らしていたようだが、隣接する比叡山との境界争いでは色々苦労したことが、展示資料から伺われる。
しかし叡山焼き討ちをした織田信長からは安堵状を貰ってもいるし、徳川幕府が開いたときも、後陽成天皇からこれまで通りの特権を守る旨の綸旨を受けている。
とはいえ京都所司代の中にはそれを苦く見る者もいたらしい。

やがて比叡山との長年の境界争いに決着がついた。
宝永年間に老中・秋元但馬守が人々の願いを聞き届けたらしい。
それを徳とした八瀬の人々は秋元神社を興して、<赦免地踊り>というものを奉納した。
これは今も続く踊りで、VTRで見るととても綺麗なものだった。
会場内に飾られているのは灯篭である。
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元から伝わる灯篭祭りに踊りが加わったもので、その灯篭には切り紙細工が付けられている。
六角形の面にそれぞれ赤い紙の切り紙細工で、竜虎や花などの繊細な細工が活きている。
上部には鳥獣戯画のキャラたちが踊っている。
これを頭に載せている。なんでも女装の少年たちがそれを載せているそうだ。ちょっとときめいてしまうなぁ♪
灯篭は毎年作られている。
10月の第二日曜ということなので、いつか見たいと思う。
http://homepage2.nifty.com/sigeharuiori/syamnnti1.htm
こちらにはその画像がある。

会場では装束も展示されている。dress.jpg

他に明治以後地租免除(納税不要)の特権は失われたが、それに相当する下賜金が今も続いているそうで、その書状もあった。

そして宮内庁からの一枚の資料がそこにあった。
昭和天皇の棺を担ぐことが出来なくなった八瀬童子の代表者に対して、付き添いとして参加するなら午前9時半には指定場所に集合するように、その際にはモーニング着用のこと、と書かれた内容だった。
小さな誤字までみつけて、なんとなく私はこの20年近い<追っかけ>が完結したことを、感じたのだった。


日本絵本の世界展

日本の絵本の歴史は、17世紀にまで遡る。
過去から現在までの日本の絵本の展覧会を見た。
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幕末から明治の浮世絵の絵本は、講談本のように伝記がメインらしい。
大体大衆の喜ぶ講談物のヒーローは決まっている。
赤色が濃い浮世絵の絵本は粗悪でチープかもしれないが、なんとなくワクワク感がある。
宮本武蔵のヒヒ退治とか(映画で武蔵が蓬髪で現れるまで、髪はきちんと整えられていた)清正vs虎、太閤記など。
明治維新以後、外国人に日本の昔話を紹介するために作られた「ちりめん本」などもある。
これまで何度か実物を見ているが触ってみたことはない。布に描かれた(染めか織りか印刷かもわからない)日本画の物語。
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そして講談社の絵本。これは野間記念館で復刻本なども見ているから、とても親しみがある。
今回出ていたのは「猿蟹合戦」「桃太郎」。どちらも本格的な日本画家の手による名品。

会社の後輩Rと来ていたのだが、Rとわたしだと変な方向へ話がねじれる。
R「あれですね、なんかリアルな着物着てる臼にコワモテな目鼻立ちってヘンですね」
私「うーん、栗の丸い目玉カワイイよ」
R「栗や臼はともかく、蟹も蜂も本体が首の上にあるのって、まるでボディが人体型乗り物みたいですね」
私「(・・・マジンガーZみたいやな)もしかすると首と胴体がセパレートかもよ。危険が迫ると分離するとか」
R「でも雀もいきなり着物ですよ」
私「(なんで突然舌切り雀になるねん)龍宮城のタイやヒラメはどうやったかな」
R「そのままタイやヒラメが踊っててもあんまり楽しめないですよね、蜂なんかと一緒のパターンですよ。だから・・・」
私「そうか!乙姫さんから太郎が逃げた理由って」
R「そうですよ、絶対」
・・・なにがそうか、どう絶対かはわからないが妙に納得した。

大正時代になると『赤い鳥』運動が始まり、武井武雄ら童画のスーパースターたちが現れた。
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この時代のシュールでナンセンスな面白味には、ハマリこんでしまう。
(武井武雄、宮沢賢治、夢野久作、石川淳・・・みんな大正時代を過ごしている)
マジメな岡本帰一の僕とわんこ。
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なんとなくクレパスの箱絵にも見える。
初山繁、本田庄太郎、村山知義ら童画家の躍進。
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漫画家北沢楽天もよい作品を残している。
装飾はアールヌーヴォー調を選んでいる。
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1914年の作品だから、とても自然な感じがある。

童画には後に日本画・洋画の大家となる画家たちも多く名作を残している。
たとえば川端龍子、東山魁夷、橋本那助、北川民次ら。
彼らは多くの場合、オリジナルな内容の絵本を作っている。物語性があるもの・ないものに関わらず。

最初から名のある日本画家たちに絵本丸一冊を委ねる講談社の絵本シリーズについては、これまで度々野間記念館での感想に書いているからここにはあげない。

戦後になると、また新たな絵本作家たちが生まれてくる。
長新太、スズキコージ、田島征三、和田誠、馬場のぼる・・・
ここにいるお客さんたちの多くが知る作家たち。
Rは西巻茅子の『わたしのワンピース』が気に入ったらしい。
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わたしはやっぱり馬場のぼるの『11ぴきの猫』がいい。
これは従妹が特別好きなシリーズで、ナンセンスさがとても楽しい。
スラブ風な味わいのスズキコージも大好きだ。

作品もいいが、ご本人の方により強く惹かれるのは山本容子さんだ。
『アリス』があった。見ていたわたしとRとはまた妙な会話を始める。(会話、といえるのかどうか)
R「アリスってへんな話ですよね、アリスはあれですか、うさぎをなんで追うんですか」
私「知らんのか、捕まえて毛皮屋に売るんやんか」
R「だからそれであんな帽子屋さんがいるんですか、納得しました」
Rが何をどう納得したのか、未だによくわからない。

とにかくなかなか楽しめる展覧会だった。
最後にたむらしげるの作品が展示されていたが、絵にも惹かれたがその詞にも惹かれた。
しかし、どうしたわけかとうとうそれを正確に思い出せないので、言葉を書くのは諦める。
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展覧会はこの後岡山県にゆき、去年からの巡回はそこで終わるのだった。

二周年目も京都にいた

木曜日に出かけ、土曜日にも出かけたのだから、よっぽど京都が好きだとしか言いようがない。
行く先は違うがなんにせよ洛中を行く。
今日は狸庵のtanukiさんとお約束をして洛外・京都造形大学と五條の洛東遺芳館を回った。
朝の間に私は京都国立近代美術館でアールデコジュエリー展を楽しんだ。これは庭園美術館からの巡回展だが、場所が変わると別物になるのか、全く違った味わいがあった。詳細は後日に。

待ち合わせの叡山電車・出町柳駅までタクシーに乗る。車窓からはまだまだ桜が見える。女性運転手さんがなかなか楽しい人で色々笑ったが、駅について「うわっ」。学生にまみれている。どこから湧いたか、すごい数。
それにおされながらやっとtanukiさんにたどり着いた。初対面だけどなんだか懐かしい気がする。
予約してくれてはったフレンチに行くが、可愛いお店だった。
何を食べたか見てください。最近洋食系から離れていたから、嬉しい。
サーモンマリネの脂の乗った身や、
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言えば佛式モツ煮込み、
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パン、デザートのラム酒漬けまで
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機嫌よくいただいたのだ。お互いに自分のお皿をパチパチ撮影したからここのメニューは双方を見れば大体わかるようになったろうな、と思う。
しかし肝心の店名を忘れたよ。←なさけない。駅のネキです、うむ。

さて出町柳から二駅の茶山で下車し造形大のギャラリーに行く。かつてここの学長だった大江直吉氏のコレクションの浮世絵展。豊原国周の描いた役者絵。以前にも思文閣で展覧会を見ているが、国周に限れば大江コレクションが質・量共に日本最大ではなかろうか。
この詳細も後日に。

バスに乗って三条京阪へ向かう。まだまだ桜が残っているからか、春だから浮かれ心が騒ぐのか、やたらめったら混雑・渋滞です。
バス降りてから京阪に乗り継いで五条へ。京の豪商・柏屋さんの旧居・洛東遺芳館に行く。
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春秋それぞれ一ヶ月ほどの開館で、二百年の歴史を垣間見せてくれるのだった。
現在は2/3ほどの規模に縮小された(道路の関係など)が、江戸時代のこの家の模型が京都文化博物館に展示されている。
だからなんとなく模型と現在の邸宅とをアタマの中で組み合わせたりする。
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何の花かなP1595.jpg

『富士山と婚礼調度品』 柏屋さんの所蔵する浮世絵や名所図会本などが並ぶ。
‘90年代初頭わたしは浮世絵にハマっていて、やたらめったら見て歩いたが、ここでも機嫌よく見せていただいたが、ここ数年こちらへ来ていなかったので、久しぶり。

清長の『四季の富士』 三枚ばかり出ている。
『窓中』 コタツで居眠る女と、丸い雪窓の向こうにのぞく富士を何の気なしに眺める女と。こういう絵を見ると、清長の描く女のプロポーションの良さに感心するのだ。パリコレに出れるぜ。

広重『富士三十六景』 北斎ばかりが富士山のシリーズを描いたわけではない。広重らしい富士山のシリーズ。旅心を誘われるようないい絵。
『甲斐大月の原』 秋草が乱れ咲いていて、きれい。淋しさよりも心地よさを感じるような構図。
『越後屋』 いまの三越の辺りの正月風景。正月につきものの萬歳と才蔵、鳥追い女などが描かれている。やんらめでたや、と歌声が聞こえてきそうだ。

北尾政美『百富士』 本当に百書けたかは知らないが、江ノ島、吉原、田子の浦、興津などを描いている。絵の下部には赤い雲が流れている。むろん現実の雲ではなく、絵の枠組みと言うべきもの。

寛政九年(1797)の東海道名所図会 大井川の遠景、日本橋の河岸風景(魚屋さんで往来が埋まっている。中にはかつおやマグロの他にヒラメもタコも)
文化十一年(1814)の名勝畫図 三保の浦から富士を眺める主従ののんびりした景色。
天保七年(1836)の江戸名所図会 御茶ノ水風景など・・・
こうした各地の風景を集めた本は人気で、何年かずつ新版が出版されるようだった。

浮世絵ばかりではなく、作者不詳の『東下り図』屏風がある。これが面白かった。この時代、顔を正面から描くことはあまりしない。しかしここでは堂々と馬の顔を真正面から描いている。オオーと言う感じ。
他にも京狩野派の富士山、源や抱一らの富士があった。

婚礼道具は綺麗な蒔絵のお道具がならんでいるが、いずれもこの家の家紋と、柳に椿のような花の絵が描かれている。聞くと「海棠」らしいが、どうかは知らない。数年前は柳の絵柄ばかりみた記憶がある。柳は木偏に卯なので子孫繁栄でめでたい景物なのだった。
他に素敵な打掛を見た。
『白綸子地流水に花の丸文様絞刺繍打掛』 その名のとおり。流水は鹿の子で、花の丸には百花が刺繍されている。ちょっと数えただけでも牡丹、菊、紅葉、桜、白紫陽花、女郎花、レンゲ、白百合、梅、木瓜、紫陽花、桔梗、藤・・・・・・・・ああ良きものを見た。

さて今回は展示室だけでなく、お座敷にも上げていただいた。
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ああ、和の空間。
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掛け軸は松村景文。
いい絵だ・・・P1599.jpg

tanukiさんと一緒にお写真撮ったりしてキャッキャッな気分。感心したのは、着物がお好きなだけにtanukiさんの座り方がとても自然な形だったこと。
つまり座敷に座るのに肩がなだらかにすべり、手が自然と流れている。
これはやはり普段の意識による鍛錬だと思う。わたしには出来ない所作だった。

上方のお台所の典型。P1598.jpg


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素敵なお庭・・・

再び三条に戻り、東桐院蛸薬師あたりにある和風スゥイーツのお店「ちゃらく」に行く。
わたしは決まったお店しか行かないので、こうして教えてもらうと、とても嬉しい。
抹茶ミルクぜんざい。冷たくておいしいのよ???!!!
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上にホイップクリームがのり、下にはまろやかな抹茶ミルクに沈むアズキと白玉と栗が。
ああもぅっシアワセッ!!

お店を出てそれぞれ別れた。楽しかったなぁ。
実は今日、ブログ始めた日だったのだ。’05の今日も何故かわたしは伏見に出かけていた。
記念の日がこうして楽しく過ごせたことを、喜んでいる。

補修工事現場で・・・

御所の前に建つ大学の、クラーク記念館が補修工事に入っている。
来年当たり完成するらしい。
五年がかりの大変な工事。1894年創建当時の姿に復元するらしい。
当時の写真。P1525.jpg


こちらは工事前の写真。img938.jpg

そしてわたしはヘルメットかぶって工事現場にGO!
以下、工事現場写真は全てクリックして拡大してください。

屋根は葺き替えるがなるべくリサイクルを心がけているという話だった。
その瓦など。P1543.jpg


当時の工事写真。P1526.jpg

いま目の前の風景はこんな感じ。
IMGP1528.jpgIMGP1532.jpgIMGP1537.jpgIMGP1538.jpg


出来上がったら、こんな塔屋の石なんて触れない。ぺたっ。
(初公開・遊行の手)P1540.jpg

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それにしても色々たいへんです。クリックしてください。
IMGP1541.jpgIMGP1554.jpgIMGP1556.jpgIMGP1557.jpg


これまで閉じられていた部屋も発見されたらしく、当時の飴色の天井などがまぶしい。
IMGP1545.jpgIMGP1548.jpgIMGP1550.jpgIMGP1551.jpg


黒板もかつては壁と一体だったのか。IMGP1553.jpg

部屋の壁にはこんな模様が。P1535.jpg

ああ、楽しかった。

現場に入るのでメットかぶってますが、そこには「京都文化財保護課」と書いてある。三つ編みしてメットかぶったら、働き者の気分になってきた。
(初公開・遊行のうしろ姿・・・しぐれてゆくかP1560.jpg


礎石です。IMGP1561.jpg

貴重な機会だったな・・・

その後こちらもやっぱり重文のチャペルに入る。
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綺麗なバラ窓やシンプルなステンドグラス。
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カソリックではないから、豪華絢爛ではない。しかし色ガラスを透かして向こうを見ると、不思議な光景に見える。
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そのステンドグラスP1574.jpg

光が延びて床に彩を示す。
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灯りもこんなに可愛い。P1566.jpg

素直な気持ちになろう。
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かなり興味深い経験をした。
このあと丸太町の京都歴史資料館で八瀬童子の資料展をみるが、それはまたいずれ。
途中で見かけた花もかわいい。
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おみやげに二条寺町の進々堂で抹茶シュニッツェルを買った。
限定販売らしいが、とにかくめちゃくちゃわたしの好みの味でした。
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花の御所から・・・

花の御所と言っても足利氏のそれではなく、京都御苑の桜見ましたよ、ということでした。
京都の桜は今週はまだ満開なので、見頃です。青天の下の桜。
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ああ、きれい。P1498.jpg

例によって種類は知らない。
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接近。P1500.jpg


そぞろ歩くだけでこんなにも咲いている。
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多くなったので小画像にした。クリックしてください。
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西園寺旧邸に咲く椿。
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海棠もあるし、地にはタンポポや豆の花などもある。
みんなクリックしてください。
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桃も満開。みんなクリックしてください。
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近衛桜にたどり着くまでに色々な桜を見る。クリックしてください。
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近衛桜は糸桜なのかな。
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他にも可愛いシャガや、踊り子草(というらしい)などなど。
シャガの群生も発見。なんだかベルギー絵画のようだ。
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・・・今回ほど花の画像をあげたことはないなぁ。
実は今日本当はこの京都御苑の前にある大学の歴史的建造物の修復工事現場のレポを挙げるつもりだったのに、花にまみれて終わってしまいそう。なにしろ長くなりすぎる。
工事現場は明日に回します。

夢の衣裳

夢の衣裳
身にまとうものとしての現実を越えて。

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辻村ジュサブローの人形たちが身にまとうているのは、古裂と金具とガラス玉と、そして時には新素材などである。
縮緬を肌とした人形たちは、古裂の感触を愉しんでいるように見える。
しかしここに一人、衣裳に異なる意識を持つ人形(または舞台衣装)がある。
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夫に裏切られ、帰るべき国をも滅ぼした女の眼の下には、睫毛のようなビーズが連なっている。
これは血の涙かもしれない。肉体を封じ込める衣裳。メディアは自分の肉を苛めることで夫への憎悪を燃やし続ける。

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甲斐庄楠音
『横櫛』の成功後、土田麦僊により「穢い絵」と決め付けられ画壇を追われ、映画界に転進した画家の描く衣裳。
役者を描いた着物をまとって立つ女。どこか崩れている。傷む寸前の桃のような女。その衣裳までも女に殉じているかのようだった。
溝口健二のスタッフとなり、衣裳と風俗考証に携わった後、甲斐庄楠音は『旗本退屈男』の煌びやかな世界を構築する。
「わーはっはっはっ拙者の退屈の虫が騒ぎよるわっ」
あくまで明朗闊達な御大・市川右太衛門の大きな身体を更に華やかに見せる衣裳。
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髑髏に舞い散る花吹雪。紫が暈されてピンクに移りゆく・・・

ビアズリーのサロメは不思議な衣裳を身にまとうている。
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彼女はヘロデ王の前で七つのヴェールの踊りを見せる。
一枚ずつ剥がれるヴェール。衣裳は次々に脱ぎ捨てられ、ついに膚を顕にする。
その踊りの褒美に、王は苦渋を突きつけられる。
サロメはこの黒い衣裳を身にまとうている間は、そんなにも物狂おしくヨカナーンを欲しがらなかったのかもしれない。

オグリimg919.jpg

‘92初演のスーパー歌舞伎『オグリ』はファッションショーの側面も有していた。
小栗判官藤原正清は異類婚の罪科を受けて都から関東へ流される。
都にあるときの彼は、自分の身を綺羅に飾ることに懸命だった。
ビーズをまきつけた帯、花柄に縫い取られた刺繍・・・
やがて死と再生の道を歩む彼は、餓鬼阿弥として襤褸の衣裳をまとう。

近世風俗画の女たちは、凝った意匠の着物を選んでいた。
寛文小袖までをわたしは<花のモード>だと見ている。
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片身を異なる柄にした小袖、img923.jpg

葦手を取り入れた柄、大胆な図柄の着物たち。
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誰が袖図。
不在であるがゆえに、衣裳は一層美しく見え、持ち主の美貌をより強く感じさせる。
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芝居絵に描かれる役者たちは、現実のそれより派手な衣裳を身にまとわされる。実際の歌舞伎衣裳も美しいが、描かれた衣裳はそれをやすやすと凌駕する。
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国貞の役者絵に酔うのは古人ばかりではない。
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また、その肉体に直に美をまとわせた絵師がいる。
一勇斎国芳
彼の描く絢爛な刺青は、武者絵の流行とともに爆発的に広まり、多くの若者たちがそれを身にまとうことを望んだ。
布でなく皮膚そのものが衣裳と化したのだった。
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ミュシャの描く女たちの蠱惑的な魅力は何か。
波打つ髪、柔らかい肌、まなざし、そして衣裳。
彼女たちの身にまといつく衣裳は、手に触れてみたくなる。
そんな欲望に駆られる何かがある。
身体の欲望よりも衣裳への欲望に焦がれている・・・
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泰西名画に現れる荘厳な衣裳たち。
肉の実在を殺すような衣裳。王侯貴族の身分と財力とをそこに見出すことになる。
帝国の、ロココの王朝の、ルネサンスの華やぎの。
衣裳の厚みが増すごとに身分もまた上がってゆくのだった。
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時空間も作家も国家も超えて、向かい合わせたくなる。
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ラファエル前派に描かれた衣裳は現実のものではない。
神話と伝説とを多く描いた画家たちは衣裳にも夢と理想を込めた。
布の質感の滑らかさ、染織の美。
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悲劇を予感させる衣裳をまとう、美しき宿命の女たち・・・
彼女たちの喜びも悲しみも衣裳は奏でる。
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衣裳に封じられていた肉体を自由にしたのは20世紀に入ってからだった。
アールデコの女たち。モダニズムの時代。
封じ込められていたものから解放された喜びを露わにする衣裳。
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古代の衣裳を最後にひらく。
唐文化に影響を受けた飛鳥から天平時代の衣裳。
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野の花を飾す髪、染めと織りとの美しい協働による衣裳。
鎖国し、<日本独自>の文化から生まれた衣裳も美しいが、異文化の影響下にある衣裳には不思議なときめきがある。

東方への憧れ。
オリエンタリズム。東と西との永遠に融和しない文化。
衣裳は柔らかく、しかし厳然とそのことを示す。
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日本人の画家の夢見る異国と、西洋の画家の夢と。
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共にどちらも実在などしないのだった。
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衣裳とは身にまとう以上の何かを、人間の身体と心に齎すものだということを、実感する。


雨のお花見

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雨の中、わたしは奈良の美術館の庭園と、大阪桜ノ宮の大川沿いと、造幣局の通り抜けとを楽しんできた。
雨なので花びらに水滴が浮かぶ。それを見ながら延々と歩いた。

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松伯美術館の枝垂桜。

大和文華館の<三春の滝桜>が散っていてのは残念だったが、他にもこんな綺麗な桜がある。

こちらは花海棠。桜の時期に一緒に咲いている。
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足元には水仙がある。
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夕方、天満橋から大川を眺める。アクアライナーが灰色の水とも空ともつかぬ中へ消えてゆく。
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川の両岸には桜が咲いている。

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今年の通り抜けは開始以来、いちばん早いそうだ。
満開の花もあれば莟を固くしたままの種類もある。
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種類によって花の咲きようも異なる。
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覚えていたのは今年の花が「松月」という種類だと言うこと。
しかしどれがその花かは思い出せない。

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ソメイヨシノとはちがい、花びらの重なりがレースのドレープのようにも見える。

短冊には桜に寄せる短歌が書かれている。
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雨で墨が流れているが、花を祝う気持ちは消えない。

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このまま埋もれてしまいたい。
目を閉じても桜、目を開いても、桜。

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何かが生まれ来るような予感。
闇を忍ばせて、桜は咲いている。

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一重の花が懐かしいような気持ちになった。
葉も緑色。少し細い花びら。

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造幣局。明治の頃からおカネを作っている。桜の通り抜けをずっとこの建物は見守ってきていた。

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もう完全に暗くなった。アクアライナーのネオンも桜を照らしだす灯りも、どこか遠い。

通り抜けから離れて、ソメイヨシノの道を行く。
その桜並木を写し取りたいと思ったが、自分の求めるイメージと自分の技能との落差を感じた。
そのズレは修整できない。

見上げれば、夜桜。この雨でだいぶ散ってしまうのだろうか。
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遠いときめきを胸を残して、桜から去って行った。

遊楽と彩宴

大和文華館の建物前には、三春の滝桜の子孫が立ち尽くしている。
しかし残念ながらもう殆ど散っていた。
代わりのように別な桜が咲き、菊桃という花も咲いている。
綺麗な花。P1460.jpg

それを楽しんでから、展覧会を見る。
『松浦屏風と桃山・江戸の美術 遊楽と彩宴』
春にはやはり、遊楽と饗宴がつきものだ。
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わたしは近世風俗画を愛している。特に遊楽図。名所図の中の遊楽を眺めるのも大好きだ。
春には享楽が許される。ああ、いい気持ち。
都の春の花盛り、花盛り・・・
阿国歌舞伎の謳い言葉。
その『阿国歌舞伎草紙
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大和文華館所蔵のこの名品は、色合いも濃く残っている。
やや等身は短いが、その分可愛らしさがある。
近世風俗画で、このサイズのキャラで他に良いものは、出光の『江戸名所図』か。
あちらもキャラの顔立ちや着物が可愛い。

1/1スケールの近世風俗画の美人たちと言えばやっぱり『松浦屏風』の彼女たち。
正式名称は『婦女遊楽図屏風』だというが、こちらの名が有名だ。
切手にもなっている。
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ナゼかごく最近手元に来た。当時のものかリメイクかはわからない。
間近で見れば見るほど、いい。
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九州国立博物館の開館記念展では里帰りした。(元々は平戸の松浦侯のところにいたのだ)
一人一人の個性の違いが好ましい。よく見ればこの人、髪が微妙にウェーブしてる、とかそんなことに気づいたり。

宗達のだという『伊勢物語図』から芥川。これも人気の作品だが、京都から高槻の芥川までの実際の距離感を考えると、なかなか面白い。
今の芥川は商店街もあり、桜並木もあり、ここまで背負ってきたのか、という感慨が生まれる。

やっぱり春は琳派かもしれない。
光琳の『流水図広蓋』 何度見ても・いつ見てもステキだ。川の流れはMOAの紅白梅屏風のそれ同様、ゆるくうねっている。実際の川の流れではなく、様式的な形だが、これほど<流水>を感じさせる線はない。

同じく『扇面貼交手筥』 毎年、年度始まりの展覧会には力が入るものだけど、大和文華館はこの数年必ずこの作品を春に見せてくれているように思う。
去年だけでなく、おとどしの『歎美抄』矢代幸雄が選んだ美の精粋 というすばらしい展覧会にもこの作品は現れていた。
どうしてかカラー図版がなく、白黒だけ。
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近年ここで回顧展の開かれた岡田為恭の『伊勢物語八橋図』がある。
しかしここに描かれているのは、主従が車座になって昔語りをする図で、杜若は風景の一つに過ぎない。その構図を選んだところに為恭の巧さがある。
そして面白いことにその表装、カキツバタに満ちているのだった。

源氏と伊勢は古典の二大ブランドなので、とにかく作品数が多い。
しかし光君は流謫先がせいぜい須磨明石で、ツアーもしなかったから名所図の側面は少ない。
昔男・業平はその点あちこちなので、布引の滝も見ているし、今の静岡県にもその先にも出かけている。(たとえ好んで出たわけではないにしろ)
業平のおかげで、八つ橋も武蔵野も図像として見ることができる。
流され王、貴種流離譚はこんなところで活きている。

高台寺蒔絵。この様式を見ると小村雪岱を思い出す。昭和の春信とも呼ばれた雪岱は、この文様を模写する修行も積んでいた。
雪岱の線や色からはそれを表面上うかがうことは出来ないものの、そうした確かな修行が基礎にあるからこそ、選び抜かれた描線で世界が構成されていることに気づかされるのだ。

文様には様々な意味が込められている。
葡萄に栗鼠。これは「武道ニ利ス」として武家に喜ばれたようだが、今日の眼で見れば「カワイイ」だし、多分当時の持ち主も「うむ、尚武なるかな」とか言いながら内心「かわいいー」と思っていたことだろう。大義(または理屈)をつければ何でもありなのだ。菖蒲は尚武に・葡萄は武道に変換し、可逆化もありうる。

先日ツバキ特集を組んだとき、お出まし願った提重。『蒔絵椿紫陽花文提重』ひ可愛くて仕方ない。画像では椿が表になっているが、展示されているのは紫陽花の側だった。
オタクサ。丸くて可愛い紫陽花。



『蒔絵尾花蝶文折文箱』 この尾花と言うのはススキのことだが、尾花と蝶と言う取り合わせは、地唄『露は尾花』を思い出させる。
♪ 露は尾花と寝たと言う 尾花は露と寝ぬ と言う あれ寝たと言う 寝ぬと言う 尾花は穂に出てあらわれた
♪ 蝶は菜種と寝たと言う 菜種は蝶と寝ぬと言う あれ寝たと言う 寝ぬと言う 蝶は戯れ舞い遊ぶ
♪ 月は清水と寝たと言う 清水は月と寝ぬと言う あれ寝たと言う 寝ぬと言う 月は田毎に現れた
色っぽい唄だが、どういうわけか歌舞伎では、必ず殺人現場のBGMとなる。
のんびりした唄声が流れる中、凶刃が振るわれ、人々が次々と命を落としてゆく。
しかしここに描かれた蝶たちはススキの波をくぐるだけに見える。

『蒔絵誰ヶ袖文剃刀箱』 誰ヶ袖・・・どんな佳人がこの華やかな衣裳を身にまとうているのだろう。不在であることが却って強くその人を慕わせる・・・
剃刀の怪異を描いたのは、鏡花だった。『註文帳』 この小説で語られる怪異は哀れに恐ろしいものだった。

『蒔絵うんすんかるた文香合』  最初にうんすんかるたを知ったのは、今は休館中の滴翠美術館だったと思う。
とにかくカルタと言えば幼稚園でもらった交通安全カルタくらいしか思い浮かばず、カードゲームだと知ったのは随分後だった。
「おっとあぶない赤信号」「いったんとまって右左」・・・これではなく、なにか柄がある。ちょっと手本引きにも似ている。
桃山の頃の少年を描いた清方の絵にも、このうんすんかるたが現れている。

今回、『婦人像』として二体の婦人の絵が展示されている。
一つはこの画像の辻が花を身につけた高貴な婦人。
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もう一枚は、全くの初見だった。
南蛮の羅針盤模様の褥(敷物)に座した富士額の女。白地に雷文と牡丹文様の取り合わせの小袖を身につけている。垂れ髪で口許をにやりと笑ませている。
長らくこの美術館に来ているし、特に美人画と遊楽図が好きだから見落とすことはなかったはずだ。
それでもこうしてこんな女に初めて出会う。
絵の女もわたしを初めて見たに違いない。

今回よい硯がいくつかでていた。面白いのは『臥牛飾陶硯』 これは「天正二年八月吉日」銘がある。硯の海のところに牛がいる。摺りにくいだろうな。備前焼。
わたしはどうも那智黒の石とは言わぬけれど、石の硯の方が摺りやすいのでは、と思う。
『織部沢瀉文硯』 img908.jpg

千鳥までいて可愛いし、オモダカがいい感じなのだが、陶器の硯は一体どんな感触なのか。ちょっと想像がつかない。

光琳でもう一ついいものを見た。
『銹絵山水文四方火入』 パノラマになった景色。それが四方ぐるりと続いている。
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これを見ていてへんなことを思い出した。
よくマンガの立て表紙に、数冊並べると一つの絵になるものがある。
あれの元ネタかもしれない。
こんな感じ・・・IMGP1495.jpgIMGP1496.jpg


『彩漆絵波兎文盆』 これは謡曲『竹生島』の一節から。
「・・・月海上に浮かんでは兎も波を奔るか・・・」
なんとなく二羽のウサギが楽しそうに見える。
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走るウサギと言うより、波乗りウサギ。

それにしても、この大和文華館や逸翁美術館では本当に色々なことを教えてもらった。
<蒔絵>と一言で括ることがためらわれるほど、実は種類が多いこともここで知った。
螺鈿もそうだ。技法の違いで各自の名称が異なってくる。
たとえば光悦の『沃懸地青貝金貝蒔絵群鹿文笛筒』 いかけじ・あおがい・きんがい・まきえ これらは全てその技法の名称なのだ。厚貝なら螺鈿、薄貝なら青貝と呼ばれる。こんな細かいこともここで教わった。
技法や出自や意図を知らずとも無論楽しめるが、こうしたことを学んでいれば、楽しみは倍増するのだった。
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辻が花裂と刺繍裂の良いものも並んでいた。
白い花の刺繍は愛らしく、辻が花の染めは静かだった。

土曜の二時からはいつも列品解説がある。それをきくお客さんが増えてきた。
しかしわたしは花見の約束があるので出て行く。
出る前にぐるりと廻る。

吉田五十八の名建築は、カナのロの字である。その口の中には竹が天へと伸びている。
雨は青々と竹をぬらしている。
その竹の隙間から振り向くと、松浦屏風の女たちが見えた。
それだけでも、楽しい気分になる。
庭では花もぬれている。
出ると、雨はいよいよ強くなっていた。
わたしは雨にぬれた花の道を歩きだしていった。
次は藤の花を楽しみにして。

世紀末解析

千露さんのところにゆくと、往々にしてときめくものに出逢います。
今度は世紀末解析。
さすが世紀末同盟の盟主です。

そこでさっそく分析しました。

世紀末解析による遊行七恵の解析結果
遊行七恵の49%はジスモンダで出来ています
遊行七恵の44%は薔薇十字会で出来ています
遊行七恵の7%はエロスで出来ています

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ジスモンダ!嬉しいですね。ミュシャなわたし。
薔薇十字会・・・そのものよりも、澁澤龍彦の評論のそれに惹かれます。
7%の官能性・・・この数字が大きいものか少ないものかは、わたしにはわからない。

別名でしました。

**の69%はさかしまで出来ています
**の22%は聖女で出来ています
**の6%はタナトスで出来ています
**の2%は睡蓮で出来ています
**の1%は耽美で出来ています

上二つより、タナトス、睡蓮、耽美、その言葉に多く納得いたしました。

そして本名で見てみました。
*の57%はヴィクトリア朝で出来ています
*の23%は魔女で出来ています
*の9%は頽廃で出来ています
*の7%は薔薇で出来ています
*の4%はタナトスで出来ています

薔薇は千露さんに差し上げましょう。わたしは椿に変えてください・・・

心地よいような結果に微笑むばかりです。

心の中の積読本

遅ればせながら、積読本のタイトルを挙げることにしました。
菊花さんにお誘いをいただいてたのに、随分遅れた・・・
わたしは常に遅刻してまう子なんですよ。ごめんなさい。


基本的に本は「読んでから買う」ので、あんまり積読本はないのです。
それでその法則から外れているのをあげることにします。
読みたいけど手元にない本。読む機会がなかなかないけど、読みたい本。心の中の積読本。

■ハンニバル・ライジング トマス・ハリス・・・映画も始まるから早く読みたいけれど、まぁ待てます。却って映画の熱が醒めてからの方がよいかもしれない。


■白縫譚 国書刊行会から出ている江戸時代の読み物。欲しいが何しろ9万円を越える。実に妖艶怪奇な物語。ヒロイン若菜姫は土蜘蛛の妖術使いで時に男装して吉原で豪遊する大友大尽にもなり、対する敵方にも主君の寵愛を楯に悪事を働く美貌のお小姓、実は海賊の遺児などもいて、彼らが入り乱れるなか、物語は突き進んで行く。こんな話が好きなのだ・・・欲しいよう。



■龍神丸 高垣眸 国書刊行会あたりから出ていたらいいなぁ、な本。山口将吉郎の挿絵にときめき、読みたくて苦しい。

どうして大正から昭和初期までの少年小説・少女小説はこんなに面白いのだろう・・・同じ作者の『豹の眼』は持っている。そちらの挿絵は伊藤彦造。


■枯れ木のある風景 宇野浩二 宇野と交流のあった小出楢重をモデルにした小説。作家の描写に遺族は腹を立てたらしいが、せつなさをそこに感じる。読みたいがなかなかみつからない。


■美の死 久世光彦  正真正銘、これはわたしの手元にある積読本だ。理由は一つ。著者の久世さんが去年急死してしまったからだ。久世さんの本だけは目に付けば内容に関わらず入手するので、中身は知らない。死の数日前に購入していて「さあ読もう」と思った途端、ニュースでそのことを知った。そのショックは一年後の今、なんとかふさがったものの、この本に対して深い拘泥がある。いつそれが取れるかもわからない。もしかするとずっと読まないかもしれない。二階の座敷に転がしている。そこにあるのをいつも感じながら、背を向け続けている。


積読への短歌を一首と言うことなので、ネツゾーしました。


棚落ちは スイカにアバラに本の山

 時機を失くして 未練を残す 七恵

芦屋仏教会館見学

少し前に芦屋にある仏教会館へ見学に出かけた。
ここは小出楢重もスケッチした素敵な建物で、わたしもけっこう気になっていたが、なかなか中に入る根性がなかったのだ。

外観。P1219.jpg


玄関の上。P1214.jpg


中にはいると、カトリックの教会風なのだが、ちゃんとご本尊がある。
太子孝養像(16歳の厩戸王子=後の聖徳太子)である。
畏れおおいので、ここには挙げない。

ステンドグラスを中から見ると、こんな感じ。
P1208.jpg

きれいでした。
やっぱり宗教施設の華ですね。

モダニズムな階段、特に丸い窓が可愛い。
P1202.jpg


こちらは照明具。
P1204.jpg


教会の内部をあちこちうろつかせてもらい、撮影もさせてもらったことに感謝です。

『狂つた一頁』からの随想

TVで我らがトラ・阪神タイガースを応援した。
自分の誕生日を祝うように、アニキ金本選手が満塁ホームランを打った。最高ですな?
その後けっこうヒヤヒヤしながらトラを応援し、気分のいいところでこのブログもチャンチャンにすればいいのだが・・・

書いていたのに挙げられなかったものを、挙げることにします。
上のご機嫌なトラとは全く無関係な映画の話です。
なにしろ暗い話を集めているので、読まれる方はご注意ください。

おまけ大行進 フィギュアの国からコンニチハ

基本的に小さなものが好きだ。
物心ついた頃からおまけを集めるのが好きで、今でも大切にしまっている。
わたしが子供の頃はグリコのおまけがメインだった。
近年、そんな子供が大人になったのを対象にして、食玩フィギュアが出回るようになり、見ているだけでクラクラするようになった。
おまけ大行進 メーカーvsコレクター タイトルを見ただけで「行くぞ!」と気合の入る展覧会に出かけた。
長い長い天神橋筋商店街の6丁目に立つ大阪暮らしの今昔館で開催されているが、ここは住まいのミュージアムの一部なのだ。
img906.jpg

大阪には小さな企業がたんとある。
中にはロケットを作るほどの技術力もあるが、「こんなんしてたん」なところもあり、また「このお菓子て地場産業なんや」も多い。
展覧会の主旨はこう。
お菓子や飲料品についているおまけや、お菓子はなくてもコンビニなどに売っているフィギュアを、大阪のメーカーを中心に紹介します。また、個人のコレクターがどのように収集し、遊んでいるのかも展示します。
◆メーカーの販売促進
あの懐かしいおもちゃや文庫、近年話題の食玩やフィギュアは、大阪に関連するものも少なくありません。大阪のメーカーを中心に、お菓子や飲料品のおまけ、お菓子についていなくてもコンビニなどに売っているフィギュアを、その歴史や、コンセプトなど背景とともに紹介します。
◆コレクターの願望
ひたすら食玩を集めるコレクター、改造したり、人形と組み合わせたり、ジオラマを作ったりして遊ぶコレクターのコーナー。メーカーの意図を超えて、コレクターはどのように収集し、遊んでいるのかを展示します。
<協力機関>
江崎グリコ株式会社、大阪国際児童文学館、海洋堂フィギュアミュージアム黒壁、カバヤ食品株式会社、株式会社エフトイズ・コンフェクト、株式会社海洋堂、株式会社セキグチ、株式会社プレッサント・エンジェルズ、株式会社ペットワークス、株式会社ボーフォード・ジャパン、株式会社ラナ、サントリー株式会社、フルタ製菓株式会社、有限会社マイスター・ジャパン、UHA味覚糖

なるほど納得。

わたしも食玩は好きだが、なんとなく自分から購入することは少ない。
それは多分、会社の先輩が大量購入(大人買い)し、ダブり分をわたしにくれたからだと思う。
彼は一年半ほど出向していたストレスから、殆ど幼児退行したかのように一日中フィギュアを買い集め、組み立てていた。それらはアクリルケースに見事に収められているが、一体その間いくらくらい小遣いを遣ったかわからない。
現在は復帰しているが、やっぱり新作が出ると欲しくなるようだ。
また、日本のOLの70%はキャラクター好きだという統計があるが、わたしもその典型で、会社の机を見渡すと、10種類以上のキャラたちがいる。
ピングー、ちょきんぎょ、ケロちゃん、トム、ウルトラセブン・・・
わたしの周囲の同僚たちもキティちゃん、マイメロ、仮面ライダーなどのほか、チョロQとかトミカなどミニカーがまるで中古車センターのように並べられている。
今も「エッチングパーツ」とか「カルト・・・」などの用語が隣で飛び交っている。

さて会場ではオマケの元祖グリコのおまけから展示が始まっている。
img907.jpg

この画像は'92の芦屋で開催されたグリコのオマケ展から。
見てるだけで楽しい。
いいなぁ。

それからカバヤが並ぶ。カバヤのカバの車の写真が出ていた。これは去年尼崎の工業高校生たちがリメイクしていた。
なんだか楽しい。無論生まれていないから知らない話だが、いいなーという感じがする。それとカバヤ文庫。これが読みたくなるような本ばかり。
いかにも昔の絵の具で製作された絵本たち。
今ではこんな色彩、再現できない。ノスタルジーがそこにある。
『水の中の子供』どんな話かわからないので、読みたくなった。
『べにばら しろばら』ああ、なつかしい。
『宝島』わかっているけど、読みたい・・・
かなりたくさん並べられている。昔の子供にとっては、本もまた<与えられるおもちゃ>だったのだ。

フルタから近年の食玩ブームが起こったそうだ。
お菓子に海洋堂のフィギュアをつけたことから爆発的に売れた・・・
その後海洋堂との提携が切れるまでどれくらい発売されたのか。
こちらはわたしのもつフィギュアを並べたもの。(先輩からの)
IMGP1456.jpg

自分でも何らかの世界観を持って並べようとしていたのがわかる。(ビミョーだが)
へんなジオラマもどきになっている。
わたしはリカちゃん人形で遊んだ世代で、リカちゃんハウスの中に異種のおもちゃを置くことも好きだった。
だからやっぱりフィギュアをおくだけでなく、眼に見えなくともそこに<背景>がある、と意識している。

一方サントリーのボトルキャップは凄かった。
最初はペプシマンだったが、’99のSWE1ロードショーからSWキャラのフィギュアが大量に現れ、嬉しくて仕方なかった。
やっぱり一番可愛いのはヨーダだった。
会場にもズラーーーーッとならんでいて、まさに壮観。

いよいよ海洋堂。少し前長浜に行き、海洋堂ミュージアムにもちょっと入ったが、その建物そのもののジオラマがあり、そこにフィギュアがいっぱいいた。
声まで聞こえてきそうなにぎやかさである。
海洋堂のリアリズム造形には心の底から感心する。造形師の人々は本当にリスペクトの価値がある。
しかしまた、それらを自分の世界観の下で管理し、趣味のままに並べるファンの熱意には、ただただうなるばかりだ。
見事としか言いようがない。
えらい、実にえらい。
わたしも好きで仕方ないので、やっぱり嬉しい。
こちらはわたしの棚の状況。
いくつかあるうちからピックアップした。
IMGP1455.jpg

これはあしたのジョーと巨人の星とスラムダンクのキャラたち。
本当にたくさんあるなぁ。

四月の予定と三月の記録

さて雨で始まる四月ですが、新学期がんばりましょう(とりあえず)。

今月は色々忙しいです。皆さんもお仕事など忙しいというのをあちらこちらでチラホラチラホラ。
わたしのようなろくでなしOLもそれなりに忙しそうです。

その四月の予定です。
ベルギー王立美術館展 国立国際美術館
藤原 道長 京都国立博物館
ギメ東洋美術館所蔵 浮世絵名品展 大阪市立美術館
日本絵本の世界展  大丸梅田
神仏習合 奈良国立博物館
石崎光瑤展 松伯美術館
遊楽 大和文華館
宮本武蔵と肥後の細川家  阪神百貨店
中右コレクション 幕末の浮世絵 大丸京都
丸紅コレクション 京都文化博物館
アールデコ・ジュエリー 京都国立近代美術館
川口居留地の古写真 なにわの海の時空館
美身のススメ・ポスター資料展 クラブコスメ
鳥瞰絵師吉田初三郎 堺市博物館
最後の浮世絵師・国周の桜 京都造形大学
古丹波の粋 尼信博物館
杉本健吉の「新平家物語」挿絵 香雪美術館



それから4/21と22都内にいます。
しかしややこしいことに4.5.6月と三回ほど行くので、現時点で配分が決まらない分。
四月確定もありますけれど。(4/21以降の開催展)

動物絵画の百年 府中美術館 -4/22
織田一磨 吉祥寺美術館 -5/13
蕗谷虹児 弥生美術館 -7/1
村上豊 野間記念館 -5/20
ヘンリー・ダーガー 原美術館 -7/16
藤森教授と路上観察 オペラシティ -7/1
板橋の狩野派だ 板橋美術館 -5/21
池袋モンパルナスの作家たち 板橋美術館 -5/6
茶道具 泉屋分館 4/28 -7/1
栃木の狩野派 大倉集古館 -5/27
澁澤龍彦 幻想美術館 埼玉近代美術館 -5/20
肉筆浮世絵 出光美術館 -5/27
美人ポスター 印刷記念館 -6/3
風俗画と肉筆浮世絵 たばこと塩の博物館  -7/1
「日本を祝う」 サントリー美術館 -6/3
パリへ―洋画家たち百年の夢 藝大美術館 -6/10
春の名品選 藝大美術館  -6/10
大正シック 庭園美術館 -7/1
描かれた中・近世都市 歴博 -5/6
伊東深水と関根正二 森下文化センター 常設
川の上の近代 中川船番所 4/28 -6/17
中村勘三郎写真展 東京ミッドタウンホール -5/6
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