美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

モダンデザイン探訪 大阪コレクションズ



大阪コレクションズ、というものがある。
絵画・工芸品などのコレクションだとおおまかに思えばいい。
しかし普段なかなか展示できない。
理由は措くにして、それでは勿体無いので、3つの会場で時期をずらして展覧会を開始した。

佐伯祐三とパリの夢 大阪コレクションズ 大阪市立近代美術館(仮)
夢の美術館・大阪コレクションズ 国立国際美術館

20世紀の夢 モダンデザイン探訪 大阪コレクションズ サントリーミュージアム

おかげで全て楽しませてもらった。
今回はその棹尾を飾る『20世紀の夢 モダンデザイン探訪 大阪コレクションズ』をサントリーミュージアムまで見に行った。

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モリス商会、マッキントッシュ、アールデコ、バウハウス、北欧家具へ。
200点近い工芸品(家具と生活機器用具)、ポスターなどが白い空間に置かれている。
展示されている、と書くべきだろうが家具などの配置を見ると、「そこにある」という感じを受けるのだ。
マホガニー色の見事なアールヌーヴォー様式のベッド、机、椅子などが白い空間にあるのは、少し淋しさを感じ、壁紙をモリス商会に頼むのもいいと思ったりなどする。
個としての工芸品ではなく、調和した空間にある家具、と見たくなる作品たち。
わたしは以前から家具やINAXなどのショールームを、一種のジオラマだと看做していたが、これもそれだと言ってもいいのではないか。
ルイ・マジョレルによる、百年前の夢見るような家具たち。
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このアールヌーヴォーのラインには見覚えがある。大阪市伝法にある鴻池組の旧邸宅に作りつけられた家具たち、または北九州の西日本工業倶楽部で今も使われ続けている家具たち。
そのモデルになったのだろう、きっと。

モリス商会のロセッティチェアは椅子の背もたれ部分が竪琴の形で、いかにもロセッティ風なのが素敵だった。

クリストファー・ドレッサー 名前からしても工芸品風な作家のデザインしたスープ鉢とお玉杓子、調味料入れセット。シャープな感じで、手になじみそうだった。

マッキントッシュの椅子。
使いやすそうだ。

そのマッキントッシュの制作したポスター『グラスゴー美術協会』チラシにも使われている。

アンリ・ヴァン・ド・ヴゥルドの1896―1907年の20年間に製作された家具を見る。飾り台、小机、テーブル、書類棚・・・世紀末芸術の時代の中で、モダニズムの様式で作られた家具たち。味気なさではなく、シャープさを感じた。

同時代にウィーンではゼセッションが起こっていた。
クリムトのポスター『第一回ウィーン分離派展』。
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ミノタウロスを倒す力強さが、なんとなくクリムトぽくないところがいい。

外にもヤン・トーロップのサラダオイルポスター。
これらポスターは全てサントリーの所蔵品で、’90にグランヴィレ・コレクションを一括購入して以来、しばしば展覧会を開催してくれるので、なんとなくおなじみだ。ポスター芸術はサントリーミュージアムの大きな財産なのだ。(東京のサントリー美術館がどちらかと言えば和の美をメインにしているのに対し、大阪のサントリーは世紀末以降のヨーロッパの<用の美>をメインにしている)
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オットー・ヴァーグナーの椅子はどれもこれも座り心地よさそうな椅子だった。食器棚は白木に金枠のアールヌーヴォーデザインで、セゼッション風ではないように思う。本当にすてき。

コロマン・モーザー『ウィーン分離派』のポスターが二枚ある。クリムトが第一回で、モーザーは5回と13回。先にあげたチラシのポスターは13回目の分。
それと違い、5回目のものは蝶の羽を持つ少年・・・魅力的な絵。

椅子をたくさん作ったようだが、眼を惹いたものがある。
ベッドとベッドサイドテーブルのセット。どれもこれも木のモザイクがきれいな造形だった。なんとなくクリムトのモザイクを思い出す。

ヨーゼフ・ホフマンのシンプル極まりない造形、ウィーン工房の味わい、そしてバウハウス。

オランダの造形感覚にも眼を開かれたような気がする。
なんというか、フランドル・ネーデルランド絵画の歴史とは見事に断絶したシンプルなセンス。ミッフィーの生まれた国だというのがよくわかるような。

ロシアアバンギャルドと言えばすぐにYMOを思い出す。特にアルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイバー』が浮かび上がる。というより、そこから初めてロシア構成主義を知ったのだ。

エル・リシツキーの石版画集『太陽の征服』が10枚ばかり出ている。わたしは実は革命前のロシアの芸術の方が好きなので、’20年代以降のロシアアートにはあまり関心がないのだった。

アレクサンドル・ロトチェンコ ライカで撮影したモノクロ写真が並んでいる。
この中で『バルコニー』に目を惹かれた。「写真が」というのではなく、写されたバルコニーそのものに、引き寄せられたのである。そのバルコニー、トマソン化している。出入り口がなく、ただバルコニーだけが壁についている。純粋バルコニー。
こんな’25の時点でトマソンに目を止める人がいたとは・・・(ちゃうと思いますが)

『ライカを持つ女』 これはわたし好みの構図だ。細かいグリッドの影の中に女がいる。こんな構図が好きなのだ。グリッド窓の影など見ただけで、ときめいている。


他にも映画『戦艦ポチョムキン』『十一年目』などおなじみのポスターが並んでいた。
十代の頃、なぜかロシア革命が好きだったのが懐かしい・・・

チェコのデザインセンスもすばらしい。
なにしろチェコといえば絵本やアニメーションの見事な作品が展開する国なのだ。そんな国のデザインセンスが悪かろうはずもない。

ラジスラフ・ストナルのバーナード・ショーの著作装丁シリーズが楽しい。どれにもこれにもショー翁がいる。フォト・モンタージュの手法でBショーあちこち出没。そんな感じ。
ああ’30年代だ・・・

カレル・タイゲのフォト・モンタージュも面白かった。この人も本の装丁家らしい。どちらかと言えばこうした装丁は趣味ではないのだが、見る分には面白かった。

最後にフィンランドのデザインが出た。
北欧家具は金属ではなく白樺を選んだ。アルヴァ・アアルトの作品が並んでいる。

かなり楽しんだが、この展覧会も7/1まで。書き足りたとは思わないが、とりあえずこの辺で。
しかしあんまりにもよかったので、ついつい下手なスケッチまでしてしまった。オメヨゴシもいいとこだが、まぁたまには。
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常設を楽しむ 横浜美術館

横浜美術館の常設にもいいものが多い。
多いけれど、残念なことに画像は少ないのだ。

横浜フランス月間ということで今月はフランス絵画がメインらしい。
カリエール『家族』 母と子。久しぶりにカリエールを見ると、やはりぬるくなったミルクをそっと飲むような気持ちになる。何度か睫毛をしばたきながら黙って寄り添う・・・そんな感じ。
『彫刻するロダン』は去年の展覧会でも見たように思う。あの展覧会でカリエールの名は広まったが、やはり静かでそっと見ていたい作品であり、画家だと思う。

モローの絵がここにあるということだけで、嬉しくなる。

ルドン『二人の踊女』 黄金の空・・・石に溶け込みそうな女たち。
古代の踊りまたはバレエ・リュッスのような。
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長谷川潔『夢想』 リトグラフ。それこそルドン風裸婦の横顔。
胸の小ささが却ってきれいだった。

日夏 耿之介の詩集『黄眠帖』の挿絵もあった。
日本の耽美派というだけでときめく。

『聖使徒』 光の輪がある。使徒と言うものは信徒ではないのである。そのことを強く感じた。

ドニ『慈愛』 女が男の頭と顎に手をやる。男は女に寄りかかっている。目は閉ざされている。
女の慈愛を受ける男なのだろうか。しかしこの女は<飲み込む母>かもしれないのだが。
『ひなげしの冠をつけたニンフ』 ピンク色の肌がきれいだった。背中からおしりの線がいい。

マネでスペイン風の女の絵があった。『異国の花』マンテラをつけた女。カルメンの正装を思い出す。
ドガの舞台裏の踊り子たち、セザンヌの水浴者たち・・・と見慣れた作品があった。
ピカソの『三美神』 きれいだった。たくましい感じがする女たち。’22頃の作品。鉛筆のエッチング。

アジェの写真を見ると、これが一番パリらしいのではないか、と思う。
花屋、運河、サンクルー公園、噴水、店の軒先に掛かる太鼓など・・・
ブレッソンやドアノーがその叙情を引き継いだのだと思う。
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フランスだけでなく、日本の展示へ。
こちらも町の風景・街の横顔を写し取った作品がある。
須田一政『わが東京100』30年位前の東京の色んな風景がゼラチンで写し出されていた。
‘77頃の東京には、叔母のもとへ遊びに出かけたのでなんとなく覚えがあるものの、世田谷から武蔵野界隈しか知らないので、今のように都市風景とはその頃のわたしは無縁だった。
丁度同じような時期に東松照明が『京都まんだら』として撮影していたシーンにも、わたしは無縁だった。
わたしは大阪北部の静かな住宅地と、その界隈しか知らなかったのだ。
作品の中には色んな子供が写っている。大体同い年くらいの子供を見ると、懐かしくなる。あの頃、阪神タイガースの監督は毎期変わっていた。後藤、ブレーザー、安藤・・・そんな時代だったと思う。
巨人は強かったと思うが、あんまり思い出せない。
なんとなく不思議な気持ちで、路地や軒先やビルの隙間を写した作品を見て歩く。アジェの系譜に連なっているのだろうか・・・

日本画もいいのをたくさん見た。
芳年の風俗32相や、その弟子・年方に始まり、清方『遊女』『春のななくさ』、さらに深水の美人木版画・・・

清方『遊女』火鉢にもたれかかり長く伸びる女の艶なる姿・・・そのまなざし。大正の清方ゑがく女たちはなんでこんなにも艶かしいのだろう。
これは鏡花の『通夜物語』のおいらん丁山の姿だった。



鰭崎英朋『鑓権三重帷子』1904(明治37)根本章雄氏寄贈 清方の僚友・英朋の芝居絵。近松の女敵討ちの物語。近年では篠田正浩が映画化していた。橋の上でとうとう権三が追い詰められている。欄干に掛かりながら崩れる女・おさい。近松の芝居では唯一気の毒な男だと思う。
これは清方旧蔵で、ご遺族から寄贈されたようだ。お名前を見ると、清方の日記に出てくるお孫さんだった。

山村耕花『少女』1935の洋装の少女。白いワンピースに帽子。布地の模様がわかるようなリアルさがある。
『婦女愛禽図』1925 庭園に大正モダンな女たちが五人ほどいて、それぞれ鳥かごを手にしていたりと、優雅に楽しんでいる。絵の質云々より、こうした優雅な喜びを見ていたい。そんな作品。

前田青邨『唐美人』 明治の頃の青邨の歴史画にはまだ<弟子>くささが残っている。梅の下で書を読む女。梶田半古の女学生を思わせるような顔立ち。

寺島紫明『美人図』 きりっとした美人!気合が入ってくる。好きだなぁ、やっぱりいい。本当に清方の弟子たちはいい。

佐多芳郎 むさし野 『伊勢物語』十二段1971 この人は時代小説・歴史小説の挿絵で優美な作品を多く見たが、それだけにこうした作品は見ていて楽しい。清方の言う『卓上芸術』なのだ。
佐多芳郎 緑衫の袍 『伊勢物語』四十一段1976 色合いも綺麗だった。

外にも太田聴雨『大原御幸』や松園さんの楚蓮香に蝶がまといつく絵などもあり、見応えがあった。

実を言うとこの横浜美術館で、大和絵や近代日本画を見るのは違和感を感じもするのだが、しかし集められている作品の質の高さで、見終えるといつもいつも満足しているのだった。

常設を楽しむ 東博

今回東博の常設では浮世絵にいいものが多かった。特に写楽で可愛いものを見た。
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『橘屋中車・三代目市川八百蔵の八幡太郎義家』 この目つき。なんだかとても愛らしい。とぼけている。時代物の芝居だが、世話がかったような表情がいい。

それから国芳『通俗水滸伝豪傑百八人・入雲龍公孫勝』 武者絵の国芳で人気爆発だが、本当にいい。その頃の市井の人々同様、わたしもわくわくしている。
大学の卒業間近にわたしはいきなり折口信夫と水滸伝にハマッてしまった。水滸伝関係から国芳にハマリ、本当に苦しい恋をしたような気がした。どうにもならないまま、今に至っている。
公孫勝のエピソードもこの絵も大好きだ。
久しぶりに読みたくなってきた。
わたしが持っているのは平凡社の120回本、駒田信二の訳、最高。

長谷川等伯『名和長年像』を見た。IMGP1832.jpg

馬を見ている。傍の小姓が可愛い寛文美人みたいな着物の柄、取り合わせがいい。
京都を歩くと色んな史跡にぶつかるが、名和邸跡地に行き当たったことがある。公園みたいになっていた。建武の新政のときに活躍した人だということだが、当時は度忘れしていたか、名しか知らなかったかで、「えーと」と佇んでいた。

大高源五の自画賛があった。忠臣蔵だなぁ。冬に見たくなる。
彼は宝井其角の門人だったっけ。
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『泣不動縁起』が出ていたので撮影する。絵巻の通り右から左へクリックしていってください。
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これは陰陽師安倍晴明が祈祷したりなんだかんだと言うシーンがある。'03に京都文化博物館で『安倍晴明と陰陽道』展ではこれとは違うバージョンの絵巻が展示されていた。

貝殻に般若心経を書くのもあるとは驚き。貝合わせのように絵が書いてあるくらいかと思ったが。なかなかこういうのも楽しい。
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英一蝶のか、雨宿りの皆さんの様子がいい。そういえば長らく雨宿りをしていない・・・。こういう群像図は面白い。遊ぶ子供もいれば芸人や犬もいる。
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わたしの好きな色鍋島の桜のお皿。こういうのを見ると好感度がますますアップするのだ。
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外に動物型の可愛い水滴が揃っていて、それは本としても販売されていた。
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去年か、親と子のシリーズでは工芸品に見る動物とかなんかそんな企画もしていたな。
しかしこれはこのように小さいから可愛いのだが、今大阪歴博で開催中の『変わり兜』には、唖然茫然なケッタイな兜ばかりが並んでいて、うーむうーむなのだった。戦国武将は一体どんなセンスをしていたのだろう、と深く考えてしまったものな…

久しぶりに松園さんの『焔』を見た。実物を見るのは何年ぶりだろう。
10年ぶりくらいかもしれない。画集では高校生頃からなじんだ絵だが実物にはそうそう会えないでいたのだ。出ていた期間に限ってここに行かないとか、そんな巡り合わせ。
だから絵のサイズに意識の誤認があった。
「こんな大きい絵だったか」
大きい絹に大きな絵。ふと、この描かれた女の大きさ自体に女の怪異性を感じもした。
つまりこの絵は女の情炎や嫉妬や怨みなどを描いたとはいえ、六条御息所だと言われるモデルを超えて、ナマナマしく恐ろしい<もののけ>そのものになりかかっていないか。
能面で言えば般若ではなく<生成>なまなり、それが絹地の上に現れている。絵そのものに怪異を感じるのは久しぶりだった。

怪異は続く。
芳年の『英名二十八衆句』を見た。あべまつさんからこれが出ていることを教わり、機嫌よく探して回った果てに、血みどろ絵が待ってくれていた。
国芳の弟子二人のコラボレート。落合芳幾と月岡芳年。ちょっと並べる。クリックしてください。
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ところでこのシリーズではないが、芳年の西郷隆盛で怖いものを見たことがある。
今は亡きDO!FAMILY美術館のコレクションで、砲弾の中に立つ西郷さんから滴るその血、濡れていたのだ。
こ・わ???

『伊勢物語絵巻 巻第一』 絵・住吉如慶筆 詞・愛宕通福筆 
伊勢の名シーンが幾つもある。みていて楽しいが、そばにいた外人さんは右から左でなく、左から右へ見て回っていた。

それから戸張孤雁の像。彼、なかなかイケメンだったのだな・・・♪
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東博では撮影OKな作品が多いので、それだけで嬉しい。
京博は許されないのでちょっと残念だ。
先日『鶴の草紙』と言うものを見た。夕鶴型ではなく、知恵を出して夫に降りかかる難問を次々に撃破してゆく鶴女房で、平和が来たときに自分から正体を明かして去ってゆくのだった。
京博にはすばらしい絵巻が多いのだが、絵葉書にもならず撮影も不可なので、寂しい感がある。

最後に洋画。武二の二重の虹を見れて嬉しい。
私も一度だけ二重に掛かる虹を見たことがある。
これはシアワセの徴なのだった。
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東博の常設展で楽しませてもらうと、心が豊かになる。
見たのは6/8だから、多少の入れ替えがあるはずだ。いくらでも見たいものがある、東博だった。

ベルギー王立美術館展

とうとうベルギー王立美術館展に行った。
行くのやめてもいいな、と思っていたのだが千露さんの挙げておられた『孔雀』の絵に惹かれて、やっと国立国際美術館に出かけた。
東京ではこの展覧会、去年だったような気がする。違うか。
そのチラシはこちら。mir104.jpg


それと大阪のチラシはこちら。
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東京と大阪の意識の差がこんなところにも見える。
つまり東京はブリューゲル(父)の『イカルスの墜落』をメインにして丸囲みで「墜落するイカルス」・・・なかなか楽しい仕上がり。
大阪のは『飲む王様』と村人の機嫌よい姿。
・・・要するに食べて遊んでなんぼな世界。

見に行った。
なかなか繁盛している。ここが出来てからけっこう皆さんよく展覧会に足を運ばれる。
その『イカルスの墜落』 海の色がわたしの好きな絵の具で染められている。こういうのが見たい色なのだ。働くおじさん(NHKにあったなぁ)ともこもこな羊たち。それらと無関係に勝手に海に落ちて、もうちょっとしたら助清になるイカルス。

パウル・ブリル『港』 丁度『パイレーツ・オブ・カリビアン』見たところなので、この帆船がブラックパール号に見えて嬉しくなった。
・・・ということはここの港は一体・・・シンガポールでないことだけは確からしい。

ブリューゲル・ジュニアの『婚礼の踊り』 猥雑さがいい。考えればこんな踊ったりナンダカンダは年に数度しかないのだ。

わたしは横文字にはまだ強い方なのだが、正直表記するのが面倒だと感じるのが、今回の展覧会。
悪いが適当なはしょり方をする。

スワーネンブルフ『地獄のアイネイアス』 ボッシュの影響云々とあるが、ホント地獄図です。飛ぶ船にも人々、と思いきやこれは冥途の渡し舟だったが、どことなく『風の谷のナウシカ』のペジテの難民船が炎上しながら風の谷に落ちるシーンを思い出した。
右端の怪獣の口の中がいい。これ、地獄のテーマパークかもしれない。

ルーベンス『聖ベネディクトゥスの奇跡』 聖人には奇跡伝説が付き物で、光の輪のついた爺さんの立つ建物の下には、死人・病人・狂人らが犇めき合い、蠢き合うている。天空には天使がいるが、奇跡を示すためにはグロテスクな情景が必要なのだと、納得させられる。

それをドラクロワは模写していて、二枚が並んでいる。しかしどらさんはどらさん、ルーはルー。どらさんの模写はそれ自体が模写を超えてドラクロワの作品に仕上がっている。

ヴァン・ダイク『酔ったシレノス』 裸の酔っ払い爺さんを介抱する牧羊神は、そばのおねえさんに目配せしている。おねえさんは巫女さんだけどちょっとそそられているのかもしれない。

ヨルダーンス『サテュロスと農民』 これを見た途端、オランダ映画『さまよえる人々』を思い出した。あれはネーデルランドとフランドルの宗教トラブルの最中の物語だった。この映画は実はわたしにとってはベスト10内に常に入る作品だが、大方の人は知らないと思う。グロテスクさと不可思議さと共に、煌くような何かを感じる作品だった。

『飲む王様』 これも一種の王様ゲームのようなものらしい。ゲロ吐いたり赤ん坊のおしりぬぐったり・・・猥雑さが活気になっている。なんとなくこの王様にフォルスタッフの名を献じたい。

クレイエル『天使に着付けてもらう若いマリア』 マリアに真珠をまとわせそこに白バラを挿そうとする。可愛い装い。マリアを支えるのはアンナ?そして端にいる老人は・・・誰なのだろう。

ヌイッセン『欲望』 鏡を見る女の左手には雀がいる。綺麗な肌に綺麗な胸。珊瑚色の・・・。欲望を持ってどこが悪いのか、と言いたくなるほどいい女。

ティルボルフ『村の祭』 広場でご馳走食べたりなんだかんだと楽しそうで、子供か小人かわからないのもいる。そして不参加の人々はその広間の様子を建物から厭そうに見下ろしている。
大阪弁で言う「へんねし起こしてる」ような感じ。
ねたみ・そねみ+ふくれの状態とでも言うか・・・

テニールス『イタリア絵画ギャラリーのネーデルランド総督レオポルト・ウィルヘルム大公』 そのタイトルどおり、イタリア絵画が壁全部を埋め尽くしていて、その空間に大公がいる。実に色んな絵がある。ディアナとアクタイオン(のぞいたばかりに鹿にされて猟犬にかみ殺される狩人)、ピエタ、ユーディト、金貨の雨になり降り注ぐ、聖母子・・・なんとなく劇中劇の趣もあり、楽しかった。

フレマル『ピュロスの死』 恨み骨髄の物語ですね、これはどうにもならない。ギリシャと言うよりローマ風の描き方。

ナヴェス『砂漠のハガルとイシマエル』 嘆くハガルが綺麗だ。イシマエルはぐったり。旧約は波乱万丈・怒涛のエピソードに満ちている。
映画『白鯨』の始まりは、イシュメールの挨拶からだった。
“Call me Ishmael”イシュメールと呼んでくれ。
神に愛されなかったのは何の罪があってのことなのだろう・・・。

ブレー『家族に囲まれ、庭で制作するルーベンス』 庭には孔雀とポインターなどもいる。この絵はなんとなく知っている気がする。この絵ではなく<ルーベンスと家族の肖像>と言う意味で。
坂田靖子の『孔雀の庭』にときめくような模写があったことを思い出した。

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いよいよ近代に行く。
ロップスは5年前に回顧展を見た。本を買う気にはならなかった。その場その場で見る分にはいいが、手元に置くと<不和の種>が心に蒔かれそうな気がする。
『パリジーヌ』も『口論』もそう。

アンソールの(珍しく骸骨なし)『ロシア音楽』とクノップフ『シューマンを聴きながら』が似ているという評判が発表当時あったそうで、その二枚が並んで展示されていた。
音楽学校の別のお部屋、という趣がある。どちらもいい絵だと思う。似てる似てないは別問題として。

クノップフ『遠い昔』 写真に色鉛筆で彩色ということだが、殆どその色彩を感じない。瞬きをするとそのままこの作品の中へ入ってゆけそうな気がする。そこは『遠い昔』なのだ・・・。

デルヴィル『トリスタンとイゾルデ』 好きな作品。物語も好き。デルヴィルの作品は好きなものが多い。『情念の輪』もよかった。ラファエル前派とアールヌーヴォーの同時代なのだということを改めて、思う。

メルリ『目覚め』 金地にニスを塗った背景に、アイリスが咲く。女が起き上がる・・・観念的な美がそこにある。

モンタルド『踊るニンフ』 つや消しのメディウムで溶いた油彩と解説にあるが、なるほどという感じがする。不思議な色合いだった。
それを背景にして、不思議な森が広がっている。もこもこの柳と不思議な木々があり、そこでニンフたちが舞っている。

ド・ヌンク『孔雀』 
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これに惹かれたのだ。ああ、きれいだ・・・。見ることが出来て嬉しい。

点描風の絵が続く。シニャックとかシスレーの影響がベルギーにも来ていたのか。

クラウス『陽光の降り注ぐ小道』 牛の行列モウモウモウ。かわいい・・・
なんとなくスイスのセガンティーニを思い出した。

スピリアールトもなかなか良かったが、特に『帽子の女』が気に入った。不機嫌な顔の女。それがいい。

サーデレール『フランドルの冬』 1927年というのに、ブリューゲルの作品から人間が消えたような情景。新潟の冬景色のようにも見える。

デルヴォーやマグリットは元々ファンなので、絵の前に立つとそれが初見であっても、懐かしいような気持ちになる。
『光の帝国』を見たおばあさんが不思議だ不思議だと呟いていた。
確かにそう、ありえない風景。

なかなか満足して見終わったが、意外とフランドル絵画をじっくり見ていたことに気づいて、感心した。
ニガテだったものもいつかそうでなくなってきているようだった。

路上観察から始まる??

藤森建築と路上観察。mir101-1.jpg

タイトルを見ただけで嬉しくなった。
東京オペラシティに行くのは武満徹展以来だが、今回もたいへん楽しませてもらった。
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会場に入った途端、木材が斜めに吊られている。そこには大工道具も刺さっている。
シュールな眺めと言うべきかも知れない。
「うーん、危険ですよ」とは言わないが興味をそそられて困る。触りたい、実際。
縄文建築団の人々が使った道具かとか思いながら、色々と見て回る。
なにしろ工法ごとに木材と工具がセットになって吊られている。
わたしはオブジェは好まないが、用途のはっきりしたものの模型などを見るのは好きだ。
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丁度この展覧会を見る直前に、ねむの木学園の美術館をTVで見たところで、展示作品もさることながら、藤森建築だ?と喜んでいたわたし。
サイトにはこう書いてある。
会場では、処女作《神長官守矢史料館》から今年4月に竣工予定の最新作《ねむの木美術館》にいたる藤森の全作品が紹介されるとともに、ヴェネチアでも好評を博した竹と縄で編まれたドーム型シアターが更にスケールアップして「縄文建築団」によって再び制作されます。「自然素材と植物を使って建築と自然の関係を根本から考え直し、かつ人類がはじめて建築という人工物を作った時点に迫りたい」という藤森の試みは、手仕事で仕上げた壁面、屋根、木仕上(もくしあげ)の見本でも明らかにされ、空想上の建築と見まがうばかりの藤森作品をリアルに体感する場となります。
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パネルなどでそれらが紹介されている。実物を目の当たりにしたのは・・・実は一つもなかったりする。
ファンのくせに怠慢この上ない。

でも路上観察で<発見>されたものは出来る限り追跡している。
その路上については後述するが、面白いものが会場にあった。

東京、新計画案。水没した東京。そのジオラマがある。港区は完全に水面下にあり、折れ曲がった東京タワーが半分姿を見せていた。『猿の惑星』のラストシーンの自由の女神像みたいな感じ。
これを見て『日本沈没』ではなく、山田ミネコの『最終戦争シリーズ』を思い出した。
あの作品で残った都市は小樽とカトマンズなどで、アメリカもユーラシアも殆ど沈んでいた。『日本以外全部沈没』どころの騒ぎではなかったのだ。

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藤森先生の作った遊び心とマジメさとに満ちた楽しい建物の数々。
どう考えてもゲゲゲの鬼太郎の家にしか見えない茶室とか、アンコ椿だからやっぱり椿やね、な家とか、松は立派だ、な家とか・・・
関西では建てられそうにない楽しそうな建物たち。

靴を脱いで気楽に眺めて回れるから、ますます楽しい。この明るい気分が大切だと思う。

竹と縄で編まれたドーム型シアター。その中では路上観察で発見された物件たちの上映会が続いている。
いい匂いのする空間だと思ったのも当然で、このわらの匂いが心地よさを誘ってくれるのだ。
この展覧会自体、ヴェネツィア・ビエンナーレの凱旋ということだが、向うの観客もこの路上観察の楽しみを味わえたろうか。トマソンにもワビサビがある・・・。
路上観察学会の皆さんが撮影された写真たちが、楽しい解説と共に紹介される。大方は本などで見知っている物件だが、改めて眺めると面白くて仕方ない。
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このドームシアターでくつろいでそれらを見ると、なんとなくそれだけで明るい気分になる。初めて見る人も、以前からファンの人も、みんな楽しめた。
ただ、入り口が狭いのでどうしても入れないお客さんもおられて、それがお気の毒だった。
別に場所をとってそこでも上映されていたらよいのだが、そこらはわからない。

建造物については色々な意見もあるとしても、一つ一つの作品をどうのこうの言う必要性はなく、全体としてとてもいい展覧会だと思う。
路上観察の楽しみを、この展覧会から知った方々は、今後進んで路上に出よう。
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わたしは路上観察学会の方々の著作からその楽しみを覚え、講演会でわくわくし、実際に路上に出て自分なりの楽しみを見つけている。
本当にいい展覧会だった。
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本とかCD?ROM。大いに楽しめる。

魅惑の東洋陶磁 旧富岡コレクション

八王子夢美術館で、陶磁器の展覧会が開催されている。
チラシを見ると中国陶磁がメインのようである。
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早大の会津八一記念博物館からの貸し出しと言うが、元々は数年前まで大森山王にあった旧富岡美術館のコレクションらしい。

我が家はとにかく磁器が好きな家で、チラシを母に見せると「あっ」とか言うている。富岡コレクションはかなり有名だったようだが、わたしは間が悪く、行くことがなかった。

今の夢美術館の館長さんはその富岡美術館の学芸員さんだったようで、その縁もありこの展覧会が実現したのだろう。
遠くてもいかねばならない。この日のためにホリデーパスがある。
横浜から八王子へGO!

作品は85点ほどで、どれにもこれにも蒐集家の美意識が強く滲み出ている。
どことなく円満なコレクションでないような感がある。
つまり満遍なく名品を集めたと言うのではなく、好きなものだけを集めたということである。
だから物足りなく思う人もあれば、大満足の人もあるということだ。
わたしはわたしの気に入ったものだけを選んで感想を書こう。
(いつもか・・・)
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五彩花鳥文蓋付大壷 清朝 60cmの高さで裾にはラマ式蓮弁図が連なっている。いかにも清朝のものらしい色合い。

彩陶渦巻文双耳壷 新石器 この渦巻がアールデコ風にも見えるのが面白い。

青磁算木文香炉 元 綺麗な濃い青磁で、算木だから≡=―などが縦に連なっている。

五彩桃樹図皿 明末 天啓赤絵と呼ばれるもので、青桃の発色が大変きれい。明末の時代もなかなか面白い。
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青花絵替わり小皿 明末 芙蓉手と呼ばれるもので8枚あるうち、カエルの図柄の皿が可愛い。

豆彩龍文皿 清・康煕 康煕帝の頃の緑色の皿。龍はレリーフされている。きれいな皿。
黄釉龍文鉢 同時代のもので、きれいな黄色だった。見込みに龍がいるだけでなく、外にもいる。

五彩人物図盤 清 女たちが碁を打って楽しんでいる。そばでは唐子たちがワキャワキャと遊ぶ。てんこもりの唐子たち。

天藍青管耳瓶 清・乾隆 形も水色の地もあまり好みではないが、しかしこの貫入の良さは見事としか言いようがない。波打つ貫入なのだ。

紅釉玉壷春瓶 同時代のもので、紅色が綺麗なのには驚くほどだ。色っぽいような紅釉。ただただ綺麗。なんとなく香妃にこの瓶を献上したくなる。

火焔青瓶 この時代の磁器の発色の美は、殆ど奇跡のようにも思える。形は梅瓶、赤紫に青が流れている。ときめくばかり。

青花唐児図壷 明 唐子まみれ。みんな思い思い好き勝手に遊ぶ。高さと胴回りはほぼ同じ32?36cmで、そこいっぱいに唐子が遊ぶ。ブランコ、逆立ち、碁、木馬、とにかく子供が遊ぶもの全てがここに描かれている。

三彩蓮華文双耳壷 明 法花と呼ばれるもので、大阪の東洋陶磁美術館などにも見るが、この紫を地に青の輪郭で白い花びらと言うのは、何とも言えず官能的だと思う。象が耳になっている。

五彩算木文花生 明末 算木を雷文で囲む。なんとなく学校の画工の時間に作ってみたくなるような・・・
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ここから日本に移る。
色絵寿亀図輪花鉢 吉田屋九谷 去年辺りから吉田屋九谷の展覧会が開かれているが、これは幻の様式らしい。ごく短期間にしか吉田屋が作っていないからだ。九谷は九谷だが、並べて眺めると違いは明らかで、去年見たときもその華やかさに驚いた。

青釉あわび形皿 小杉焼 きれいな青色。好きな色だ。昨日挙げた児島善三郎の絵で一番好きな作品『秋はれ』の空の色。あわびの筋は金色で表現されている。

赤楽茶碗・銘「初ちぎり」 久田宗全 これは加賀の千代女の句から。「渋かろか知らねど柿の初ちぎり」 柿赤色の茶碗。昔の人のセンスは巧いものだ。

色絵小督図鉢 伊万里柿右衛門様式 平家物語の中でもせつないエピソード。琴の音色で見つけ出した情景が描かれている。こうした物語絵を描いたものはあまり見たことがない。
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鴨徳利 小杉焼 この小杉焼とは富山県で、文化年間から明治20年代まで焼かれたものを言うそうだが、先ほどのあわびと言いこの鴨と言い、妙なリアルさと楽しさが混ざり合っている。
鴨の首からお酒。色合いもいい。なにやら楽しい徳利だ。

朝鮮の磁器にゆく。
以前は李朝と言うたが、今は<朝鮮王朝>と呼ぶその時代に生まれた焼き物が多くあった。
しかしわたしは三島もトトヤも伊羅保もニガテで、手触りの滑らかそうな白磁や青磁にしか関心が湧かない。

堅手茶碗・銘 白菊 追銘 善福寺(益田鈍翁命名) 近代の大茶人・鈍翁が名づけた由来ももっと詳しかったらいいのだが、そういうのを思うだけでも楽しいものだ。

青花虎獅子文壷 上にはカササギが飛び、虎の柄がラインではなく、なんとなく◎◎◎なのが豹のようで・・・

青磁象嵌雲鶴文扁壷 高麗 いちばんわたし好みの作品。発色もよく、鶴が愛らしい。静かで和やかな心持になる作品。13世紀のものだからそろそろ終わりかけの時代とは言え、いいものはいい。
この<手>の作品にときめく感性が自分にあることを、嬉しく思う。
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いいものを見せてもらい、来た甲斐があったと思う展覧会だった。
7/8まで。
今後は八一記念博物館でも常設してほしいものだ・・・。
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田園の輝き 児島善三郎展

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児島善三郎を最初に知ったのは、絵よりも先に名の方だった。それも今東光の小説『春泥尼抄』から。
「・・・北の「紫園」へ行った。壁面に児島善三郎の五十号の静物の額縁がある下の椅子で、二人は対い合ってハイボールを飲んだ。「この絵、良いなあ」原田はしっとりした色調の椿の絵を見て呟いた。・・・ローケツ染めの和服を着たマダムが 「この絵、褒めてくれはりますの」と自分の鑑識眼を褒めてもらったように嬉しそうに言いながら・・・」
このことについては以前にも書いている。
五十年前の作品だが、何回読んでも飽きない。今から二十年ほど前にもらってからずっと。

作中で褒められていた児島の絵がどんなものかはわからないが、展覧会に並ぶ作品のいくつかは見知っていた。それもどちらかと言えば初期のもの。つまり<武蔵野を楽園に変え>る以前の作品。
わたしは絵葉書コレクターでもあるので、分類ファイルにタイトルを付けて絵葉書を管理している。
この絵の入るファイルのタイトルは「楽園で見た夢」。
間違いではないと思う。
これは近所の西宮大谷記念美術館にある。
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『南仏カーニュの小橋』

それから同じく西宮大谷にある裸婦図。肌の白さがちょっと透明度が高すぎて私には苦手な作品だ。わたしは満谷国四郎のような黄土色がかった和風な肌の裸婦にときめくのだった。
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だからこちらの独立美術の首途にと描かれた裸婦たちの方が好きだ。
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若い頃はともかく、’30年代に入ってからの児島の作品のよさにはクラクラした。
筆の動きが見えるような<大きな>作品が列ぶからか、なんというか心が広くなるような気持ちよさがある。好感度が増すばかりで、どれもこれも「すばらしい!」作品ばかりなのだ。

風景画の良さにも衝かれる。
緑色が本当にいい。鈴木信太郎の緑色も見事だと思ったが、児島の緑は肺の中に入って欲しいような緑なのだ。
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特に福岡市美術館に収蔵されている作品群の緑の良さには、ただただ深呼吸だ。
『代々木の原』『上高地』『春待つ田んぼ』・・・
あかん、好感度増すばかりやんか。
回顧展をみることで好きになる画家、それがここにもいた。

無論風景画だけがいいわけではない。静物画、特に花の絵の良さにも随分引き寄せられた。
二枚の菊の絵が並んでいるのだが、どちらも'42の作で、一枚は緑を背景にテラコッタの壷に色んな菊を差し込んだ派手な大きい絵、もう一枚は赤地に少しの菊。
色彩の美を存分に堪能できる作品だと思う。そして多分、評価は赤の絵の方が高いような気がする。

戦前・戦時下にあっても児島はどうしてこんなに見事な作品を生み出し続けることが出来たのだろう。
しかもこんなにもカラフルな作品群を・・・
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(A3チラシに使用された素敵な作品)

やがて平和な時代に入り、熱海の風景を多く描くようになる。
同じ独立派の林武の『熱海』を思い出したが、二人とも「自分の目で見て・自分の指で描いた」風景だと思い知らされる。
全く素晴らしい。林や児島の力強さにどきどきする。
そう、力業。これらの作品はなにもかもいい。
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いくらでも感嘆し、いくらでも喜ぶばかりだ。
こんなにいい展覧会の企画をたててくれた府中市美術館に感謝するだけだ。
激しい雷雨の中、来た甲斐があるやないですか。
どんなに書いても追いつかない気がする。
自分の感想や感情や感覚が、これらの作品群に完全に<負けた>のは確かだ。
とにかく見てほしい。見ないとこの味わいの深さは伝わらない。

最後にこの展覧会で一番強く撃たれた作品を紹介する。
『秋はれ』 空の色、黄色い地、木々の色・・・他の絵を見て回っていても、何度もここへ戻っては眺め返す。細胞質にまで浸透するようなすばらしい作品だと思う。
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展覧会は7/16まで。
今のところ、わたしにとっての今年の洋画のベスト展になっている。
そこから外れたとしてもこの絵は胸に刻まれ続けているだろう。

洋上のインテリアから祭まで

『洋上のインテリア 船内装飾と建築に見る近代日本デザイン』
『建築家・中村順平』
二つの展覧会が偶然にも同時期開催されている。
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二枚のチラシを並べると、それだけでわたしはドキドキする。どちらも中村順平の作品。
中村順平の作品自体、見た記憶がないのでうかつにもこれまで知らなかった。
しかしこうしてチラシがわたしを招んでくれたので、喜んで二つの展覧会に出かけた。

まず6/9に日本郵船歴史博物館に行った。横浜の馬車道にある。関内から歩いたが、まっすぐ見えているのにたどりつくのにだいぶかかった。いい建物。曾禰中條建築事務所の’36の名品。
外観は数年前横浜の近代建築を徹底調査した時に撮影していたが、内部には未踏。
展覧会にもときめくが、この建築そのものにもドキドキしている。
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今回ネットで割引券を出したので300円になった。4割引とはすごい。受付で更にコインを渡された。何かと言うと見学後に休憩コーナーがあるから、そこのドリンク代らしい。ありがとう、日本郵船。
日本郵船の歴史についてはこちらにどうぞ。私がくだくだ書くよりその方が早い。http://www.nykline.co.jp/rekishi/welcome.htm
私には本宮ひろ志の『猛き黄金の国 岩崎弥太郎篇』を読んで、明治初期の郵船事業の苛烈な競争に感心した程度の知識しかないのだ。あのマンガは実に面白かった・・・。
今回、中を巡り何を見たかが、メインなのだ。内部は撮影禁止、しかし建物については聞いてないから不明。柱などの細かい装飾はチラシやHPにあるから、とりあえずよしとしよう。

入るといきなり北村西望の大きな彫刻が座すのに驚く。長崎の平和記念像によく似ている。それもそのはず、像は戦争での海難事故犠牲者の慰霊のためにこしらえられたのだ。表情が似るのも当然だ。
館内には外国人やご年配のお客さんばかりで、皆さん船が好きというオーラが出ていた。
わたしは船のインテリアと建築にテーマを置いてるから、羅針盤などを見ても「ははぁ」くらいしかない。
それで船といえば川原正敏の『海皇紀』がすぐに思い浮かぶ。特に帆船が。作者は船の専門学校で育った人なので、とても詳しい。毎回読みながらドキドキしている。

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リーフレットにあるように9つの常設と1つの企画展示とで構成されている。
1、2くらいまでは『猛き・・・』でおなじみになった歴史がそこにある。
4の『豪華客船時代の到来』これがわたしの嗜好に合うのだ。
豪華客船といえば『飛鳥』『クィーン・エリザベス二世号』『タイタニック』と出てくるが、実際に接したことはない。資料で見るばかりなので、よけい楽しい。
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素敵な食堂の再現、メニューのカードなど・・・・

チラシは『橿原丸』の内装。それを中村が手がけている。
企画展の『洋上のインテリア』とここのコーナーはリンクしている。
このチラシに惹かれて郵船博物館に来たのだが、中村のインテリアデザインセンスはずば抜けていると思う。彼については後述する。

豪華客船である以上、船内装飾には気合以上のものが入っていないといけない。
川島織物が全ての布地を請け負い、とても見事な作品を残している。わたしは元々龍村美術と川島織物が大好きなので、それらを見るだけでわくわくする。
椅子の布張り一つにしても決して疎かにはしない。写真や実物を見るだけで感嘆してしまう。
また当時の日本の事情が、国産客船の質を高めたとも言える。
先日まで横浜港に停留していた氷川丸はアールデコ様式を採用しているが、わたしは何をドジッたか、なんと中に入っていないのだ。壊されることはないものの、見学停止状態の現在、ただただ後悔している。それにしても見事な客船たち。
天洋丸のステンドグラス(下絵)、浅間丸の綴れ織り原画、新田丸のラウンジ、橿原丸のインテリア・・・
見ているだけでため息が出る。
ああ、すばらしい・・・
しかし全く痛恨の極みと言うか、日本は戦争に走ってしまった。そのためにこれら豪華客船は本来の用途から変身・転換を余儀なくされる。
海軍に徴用されたのだ。

5・戦争と壊滅、そのコーナーに行かねばならない。
わたしはモノに対して執着が深い人間だ。何がイヤと言っても<かつて愛されたものが壊される>ことほど厭なものはない。
パネルがある。沈没した船たちの遺影。殉難死・戦死の船たち・・・
こんな可哀想な遺影の群を見なくてはならぬとは。
やっぱり戦争は絶対にイヤだ。口だけで言うのではない。壊れたもの・失われたものは二度と帰らないのだ。それが厭だから、絶対に戦争は厭だ。

敗戦後、生き残った船たちが徐々に働き始める。復興の日々から高度成長期、そして現在へ。
輸送と言うことについて色々と知るところがある。
たとえば電柱などは今も陸上運輸ではなく海路である。
だから雨が降れば電柱の輸送は遅れる。21世紀の現在の話である。
船はそうして今も働いている。

日本郵船歴史博物館では色々なことを学べたし、とても楽しく過ごせた。
今まで来なかったことが惜しいくらいだ。横浜に来たらここも必ずコースに入れよう。
最後にわたしは貰ったコインでブルーベリージュースを飲んだ。なかなかシアワセになった。
ありがとう、日本郵船。

さて前述の中村順平に移る。
中村順平は大阪出身の建築家で旧制天王寺中学から名古屋高等工業学校に行き、事務所に入ってからフランスのボザール(パリ国立最高美術学院)に学んだ。
そのと数時間のうちに図面を作る課題があり、中村が提出したのがチラシにもなった『南国の別荘』だ。とても優雅で見事な図だと思う。
建築家の絵と言うより、絵描きの絵のようだ。
実際中村はこんな信念を抱いていた。
「建築は芸術である」 
わたしもそう思う。全ての芸術の総合したものが建築だと思っている。いやむしろ、芸術を突き詰めると建築にたどり着くようにも思う。

中村は横浜国大で多くの弟子を育て上げた。
かれの設計した建物は旧如水会館などがあるが、建造物として形を残すものは殆ど失われている。
しかし壁画彫刻の原画などは今も数多く残されている。
関西で言うなら映画館の祇園会館の正面彫刻、横浜銀行本店のための壁画は今では地下鉄・馬車道駅構内に展示されているし、山口銀行にも東京駅にも非公開ながら、彼の設計案で作られた壁画があると言う。

多くの弟子を育て、また弟子にも慕われた中村は、伊勢佐木町を練り歩くお祭のデザインもこなした。
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(大アジア主義と聞くと、大谷光瑞を思い起こすが)アジア象がなんだか可愛い。
それとこのコレクションもいい。古写真を見るのはとても楽しい。
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そういえば歳からいけば中村は折口信夫や武田祐吉らと天王寺中学で同窓生くらいのはずだが、三人の間に交流などはなかったのだろうか。
ふと、そんなことを考えてみた。

同時期にいい展覧会を見せてくれたのは、大阪歴博。こちらは7/9まで。
横浜の日本郵船歴史博物館は9/2まで特集を開催中。

水の情景 モネ、大観から現代まで

ナゾなものを見た。
横浜美術館の展覧会。
『水の情景 モネ、大観から現代まで』
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あるときは睡蓮を浮かべた穏やかな水面に心癒され、あるときは轟音を響かせる瀑布に自然への畏怖の念をいだく。古来、水のおりなす様々な表情は人々の心をひきつけてやみません。この展覧会は、古今東西の水に魅せられた芸術家たちによる、絵画、写真、映像、彫刻など、水を主題とした作品約100点を紹介します。
okiさんからチケットいただいて、馬車道の日本郵船から延々と歩いた。
大体何年かに一度の割合で、『水』に関する展覧会が開催される。
今年はこことサントリー『水と生きる』。
以前行ったのは2001年の
水辺のモダン?墨田・江東の美術(東京都現代美術館)
水辺のロマン?パリ・ロンドン・東京 (ニューオータニ美術館)
水辺の美?絵巻・浮世絵・水墨画(サントリー美術館)
水の誘い?西洋絵画に見る水の表現(西洋美術館)
他にも1999年に水の物語? ヨーロッパ絵画に見る神話と象徴(神奈川近代美術館)
・・・けっこう見ている。
挙げた5つの展覧会はそれぞれコンセプトもハッキリし、とても楽しめた。
さて、『水の情景 モネ、大観から現代まで』・・・随分広いなぁ。
モネ=印象派の画家
大観=近代日本画の泰斗
?現代まで=・・・どう考えればいいのか。
その答えはすぐそこにあった。

川瀬巴水の静かな青い版画が並ぶので、ほくほく喜んでいたのも束の間、向こうに何か妙なものが見える。
妙なものとは失礼かもしれないが、遠目にはどうしても<妙なもの>としか見えようがない。
後で行くことにして、今は日本画などを楽しみたい。

川瀬巴水
『五月雨降る山王』
『駒形』
『夜の新川』
『井の頭の残雪』(湖に森、と言う)
『大根河岸』mir084-1.jpg

『深川』
『木場の夕暮れ』
『雪の白鬚』巴水ブルー!
『雪の寺嶋』 真っ白な雪
『月の戸山』
『桜の愛宕山』
今村紫虹
小さい軸もので『近江八景』を南画風に描いたものが並ぶ。墨絵に淡彩。
徳岡神泉
『刈田』III III IIIがつづく。
『鯉』 若い頃の作品らしく、下部に鯉のうごめくような胴が見える。リアルな鯉。
福田平八郎の魚たちの絵もある。'23と'40。違いが著しい。
堅山南風
『魚遊図』 楽しそう。メダカ衆。

そしてモネ。
暗い水面にぽつんぽつんの花が咲く。なんとなく彼岸の手前に咲いているような気がした。
ナゾなアイリスの絵もある。黄色いアイリスもかわいい。

やがてナゾの正体がわかる。
海のオブジェ。その名にも水の含んだ水木塁氏のFRPと漆で作られた波。
踏みたくなった。でも踏めば水中に飲み込まれそうだ。水中には何があるか。
サメやフカが大口を開けて待っているかもしれない。

カルティエ・ブレッソンの写真があった。水溜りを飛ぶ男。結構好きな作品。
こんな<瞬間>を撮るのがすばらしい。
大阪藝大がブレッソンの一大コレクションを持っている。一枚きりで見るのもいいし、多くを眺めるのもいい。

クールベ
『波』『エトルタ海岸の夕日』
この波はいつ見てもドラマティックだ。
瞬間芸「波」→右手の掌をこちらに向けて、指を全部折り曲げる。そのとき「にゃー」とか「しゃー」とか擬音を発すればますます効果的。
エトルタの岩はモネも描いていたが、龍が首を水面下に沈めているようだ。

柴田敏雄のダム写真を見る。十年前の風景がゼラチン・シルバーで焼き付けられている。湾曲するラインの見事さに惹かれた。
数年前INAXで『水辺の風景』としてダムや水道橋の写真ばかり集めた展覧会があり、随分惹かれたことを覚えている。

ターナー、シニャックらが並び、次に大観や清方が来た。
・・・まぁ一天四海と言いますしね。海はつながっている。(そう書いたとたん、諸星大二郎の『海竜祭の夜』が思い出された。安徳天皇の顔をした海竜が島へやってくる・・・)
清方『暮雲低迷』 山中の宿、モアモアと雨が降る。琵琶法師も宿の軒に雨宿りへ急ぐ、白い山桜がきれい。駕籠も宿へとまった。
大観、静かな滝を描いている。墨絵に近いような。松が滝の横にある。

Eスタイケンの’13のヴェネツィアの写真。イメージ的に完全に『ヴェニスに死す』。波の揺らぎとゴンドラがある。それを眺める眼はカメラマンではなく、アッシェンバッハかもしれない。いやかれの眼はタジオ一人に向けられているか。

梅阪鶯宝の’21の写真。修善寺に一度行きたいと思っているが、縁がないままだ。

その少し前の世代の版画家・小林清親『新大橋雨中』『箱根の雨』 これらは日本的叙情に満ちている。
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ドレ『大洪水』 ちょっとびっくりした。並べ方がなにやらすごい。巌上に虎が仔をくわえて立ち、裸の子供らがその巌に取り付こうと焦っている。
ジョン・マーティン『聖書シリーズ』 ロトらしき一行がいる。ロマン主義の作家なのだろうか。1838年。知らない画家だが精密な版画だった。

再び写真。今度はキャパの『D-day』上陸してますよ、昔の映画でおなじみの風景。
次には『ライカでグッバイ』の澤田教一のカンボジアの母子が渡河する様子。『安全への逃避』

そして最後に再びオブジェ。珊瑚の死体を砂と共に撒き散らしたような通路。なんとなく三途の河原の一部を切り取ったようだった。

わかるようでわかりにくい展覧会だったが、<水>には形がないのだから、これはこれでよいのかもしれない。

澁澤龍彦『カマクラノ日々』

埼玉で澁澤龍彦の幻想美術館と言う見事な展覧会が開催された後、しばらく妙に脱力していた。
澁澤の愛した絵画作品を目の当たりにして、それを深く味わったからだと思う。
普通展覧会へは<作品を見に行く>のだが、この展覧会ではそれは二次的なものとして、展示された作品を通じて<澁澤を感じる>ことを目的とした。
澁澤を感じる・感じたい・味わいたい。
その希求に衝き動かされて、由比ガ浜の鎌倉文学館へ向かった。

既に紫陽花の季節に入っていた。
旧前田侯爵邸は薔薇の時期を過ぎ、名残の香をとどめている。
この見事な洋館には常時、鎌倉文士の資料や遺品が展示されていて、それを見るのも楽しい。
澁澤龍彦も長らく鎌倉の人だった。
以前からこの常設室にその名を見ていたが、今回特別展がある。
『カマクラノ日々』
埼玉の名家の子に生まれ、東京に育ち、鎌倉で過ごした生涯。

子供の頃からのスナップ写真とカマクラの日々と、原稿とが展示されている。図録というほどでもないが本が出ていて、それはE版なので、昔のアルバムを眺めるような気分になる。

『高丘親王航海記』の生原稿。可愛い文字なので読むのも楽しい。
生原稿や手紙などは、大抵読みにくいのが相場だが、澁澤と宇野千代の文字はくりくりと可愛く、撫でてあげたくなるような愛しさがある。
きっと文字も喜んでくれるような気がする。
しかしそれら文字の並びから構築された物語は、決して可愛らしいものではない。

高丘親王のラストシーンには色んなパターンが用意されていた、と言うのは知っていた。
しかしここにあるのは知らないパターンだった。
メモがある。親王の死後と同時に、
「日本で赤ん坊が生まれる」
そうか、新生のパターンも脳裏にあったのか。
なんとなくこのラストの存在は、折口信夫の『死者の書』、宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』の原初の存在を思い起こさせる。
現行作品の見事さに満足しつつ、別なパターンの物語をも渇望するその気持ちが、このメモを見て湧き起こる。
こうしたところに創作のダイナミズムがあるのかもしれない。

澁澤のカマクラの日々が壁にガラスケースに展いている。
好きな天ぷら屋さん(玩物草紙にも書かれている)、着ていたガウン、シャレたスーツ(旅先へもスーツ姿だったという)、奥さんと朝食のツーショット。
どれもこれもほほえましい。

澁澤は古い友人関係も大事にしたそうで、短い晩年に書かれた随筆の中でも、同窓会の話などがあった。
同窓会の幹事を請け負ったが、実際は奥さんが何もかも支度したエピソードなど、奥さんには大変だったろうが、なんだか面白くて仕方ない。
実務がダメなのが可愛く思えるのだ。
そのときのご機嫌なスナップもある。
そこにいるのはフランス文学者・異端研究者・幻想小説作家・美術愛好者の澁澤龍彦ではなく、昭和三年生まれ・澁澤龍雄くんだった。
学校時代の友人に囲まれ、ふざけて笑う人。
とてもいい笑顔だった。
オジサンはオジサンなのだが「かわいい」と感じるのは、須田剋太と澁澤龍彦と安藤忠雄だけだ。みんなふさふさ髪をおかっぱさんにしていた。
パスポート写真も可愛い。

死後二十年。澁澤への<死後の恋>はいよいよ広まり深まるだろう。
来年は生誕八十歳の年に当たるが、八十翁の澁澤はちょっと想像がつかない。しかし生きていてくれたら、ファンとしては嬉しくて仕方ないのだが。

澁澤龍彦の<カマクラノ日々>を楽しめるのは7/8まで。
七夕の次の日には笹は流されねばならない。
次に会えるのがいつの日かわからないのが、七夕とは違うところだった。
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風俗画と肉筆浮世絵(たばこと塩)

たばこと塩の博物館で前後期に分けて『風俗画と肉筆浮世絵』展が開催されている。どちらもたいへん楽しませてもらった。
細かい感想は後期を見てから、と思っていたのでようやく今日挙げることができる。
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基本的にここのコレクションは専売局以来の蒐集に始まるが、全容は明らかにされていない。
わたしがここを知ったのも、浮世絵と風俗画がみたいので調べたことからのおつきあいだが、それでもほとんどの場合、同じ絵を見ていないのだ。
こわいハナシだ。

長々とした感想ですが(いつもか)お付き合いください。
なお、画像は写真撮影可能分とその他チラシなどからです。

タイトルは実際誰がつけたのだろうと思うことがある。
しかしそれしかないというものもある。

『曲水の宴』 あの雅な遊びの様子ではなく、川べりに毛氈敷いて機嫌よさそうな若いおにいさんたちが釣りしたりくつろいだりしてるだけ。

『旅風俗』この絵は下っても江戸初期までだが、中世の女の旅の風俗などは網野善彦のビジュアル本に詳しく書かれていたのを思い出しながら、見ていた。
そう言えば来月三井記念館では『旅』として一遍聖絵などを展示するらしい。ちょっと楽しみだ。ところでこの絵のように顔を隠す理由はなんだろう。そこら辺りがよくわからない

『男女遊楽図屏風』IMGP1862.jpg

みんなうじやじゃけている。しかしわたしの撮影した右端の赤い着物の女は何故そこにぽつんと座っているのだろう。
なんとなく、もしその場にいるのが私なら、やっぱりこうしてぽつんと座っているかもしれないと思った。

『双六遊び』 双六といっても子供の頃に遊んだあの懐かしい形のものではない。ここにある双六は『かるかや道心』に出てくるタイプの双六だ。ルールは知らない。実はわたしはゲームの規則に疎いのだ。(ゲームの規則と言えばジャン・ルノワールの作品を思い出す)

『天橋立屏風』 二年ほど前か京都文化博物館で日本三景を集めた展覧会があり、天橋立の図会も見た。天橋立は今では松くい虫の被害などに悩んでいるが、この絵で見る限り、のんびりしたいい景色だった。

『塩かまの図』久隅守景 山椒大夫は安寿に汐汲みをさせ、海水から塩分を抽出させた。ゆきとせが浦の婆は塩釜で照手姫をいぶした。
塩と言うものを考えるとき、必ずこれら説経節のエピソードがアタマの中に浮かび上がる。
久隅の描く人々はみんなのんびりモードだが、この塩が出切るまでのことを思うとそこにどんな状況があったのだろうと考える。

『遊興図』 ウンスンかるたなどする男女がいるが、着物の色合い・柄がなかなか素敵だ。その表情も微妙なものを捉えているように思う。

『風俗図屏風』 これは見応えのあるものだった。この屏風とほぼ同種の下絵が光琳の資料集からみつかっているそうだ。そのこと自体が面白い。

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なにしろこの絵は随分気に入った。異時同時図が好きなので、一枚の屏風の中で人々が月々の行事を行うのを見るのが楽しくて仕方ない。特にこの芝居小屋の前の人形が素敵だ。これは誰なのだろう。古い話だが、大河ドラマ『風と雲と虹と』だったか、平将門の物語を加藤剛さまが演じたとき、そのラストシーンがこんな感じだった。子供心に綺麗な人だと思ったものだ。
それにしてもみんなイキイキしている。実際そうだったのかどうかは知らないが、、今の日本人は「皆ワクワク」がなさ過ぎる。
とりあえず今月末には大阪の愛染祭が始まる。そこから夏祭りが開始だ。夏祭りは都市部の祭なのだが、鎮魂も御霊もなにもかもふっとんだのが祇園祭ですか。宵宵山が終末なので遅くまで遊ぼうと思う。

『浅草寺境内図屏風』 
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数年前、佐倉の歴博で『何がわかるか社寺境内図』という展覧会があり、そこで実に多くの境内図を見た。見ていて段々面白くなったので、とりあえず学術的な『何がわかるか』はともかくとして、楽しむことが出来たのは良かった。この浅草寺は歴史が旧く、江戸の人々の崇敬&遊山の場と言うイメージがあるが、実はそのもっともっと前から信仰の地だったことが、なんとなく面白い。
ちょっと可愛いわんこ。
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『隅田河岸賑わいの図屏風』 何年かに一度ずつ、隅田川の両岸を歩くことがある。桜の時期だったり、思い立ってのツアーだったり。
基本的に歩くことが苦にならないから延々と歩く。近代的な陸橋がそれぞれ違ったフォームを魅せているのを楽しみ、東武鉄道の行くのを眺めたり、工場やスポーツセンターを遠景として見る。
それは平成の話なのだが、江戸時代ならこの絵に描かれた景色が楽しめるわけだ。三囲の土手では清玄が桜姫の赤子を抱いて嘆いてみたり、木母寺では梅若の亡骸を埋めたり、花火が上がるのを両国橋から眺めたり、祭りの日に永代橋が落ちたりするのだ。
描かれているのは、駒形堂から雷門、それから日本堤あたり。
こちらも資料として眺めるのがとても楽しい。

『明石浦赤穂塩浜図屏風』 これを見て全然関係ないがあることを思い出した。映画評論家の淀川長治の『忠臣蔵』評から。「・・・赤穂の塩でも丹波の大振りの栗でも吉良に贈れば良かったのに」 うん、本当にその通り。

『文正草紙』 めでたい出世譚なので、奈良絵本の昔から長らく続いた草紙。
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ここにあるのも煌びやかな染色で、手にとって眺めればさぞ楽しかろうと思うようなものだった。
大阪青山短大の博物館には奈良絵本のこの作品がある。

『東海道中通信使馬上喫煙図』英一蝶 この展覧会の後、大阪歴博で『朝鮮通信使がやってきた』展を見た。辛コレクション。秀吉の無謀な朝鮮の役後に通信使が来るようになった。東海道がメインロードなのでみんなそこを行く。ところでこちらはその歴博のチラシです。華やかで綺麗でした。文書は漢字でハングルではない。ハングルは作られた文字で、人類で一番進化した言葉だと昔聞いたことがある。
こちらは歴博のチラシ。クリックしてください。
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『巨人と小人』 これがまた実にヘンな絵で意図するものが何かはわからない。とはいえ、見世物のビラでもなさそうだ。ビラほどの楽しさがない。

『風流十二ヶ月屏風』 なかなか楽しい。江戸中期頃の作品だと思う。
同種で屏風仕立てのものが大阪の住まいのミュージアムにもある。

『水辺遊興図屏風』 描かれているのは日本の情景なのだが、どうしてか中国・宋代の遊楽図に見える。水の面積が大きいからかもしれない。

ここの博物館が「たばこと塩」だということを実感するのは、喫煙姿の作品を見るときだ。

『庭前美人喫煙図』近藤清信 柱巻きする若衆と縁側で喫煙する女と。

『蚊帳美人喫煙図』 どことなく三十六歌仙絵の斎宮女御を思い出すようなポーズだと思う。母は子供の頃、その祖母と一緒に寝ていたので、蚊帳を吊っていたそうだ。こんな身を半ば出すようなポーズ、叱られるのではなかろうか。

『蚊帳武士喫煙図』 珍しく身体の半ばを蚊帳から出した男がいる。これは小説などでは見かける情景だが、解説にあるとおり確かに絵では見ないものだ。武士とは言え砕けたところのある男なのだろうか。

『縁台美人喫煙』山崎龍女 師宣の女弟子だったが、鳥居派の絵看板に手を染めたことから派を移ったと言う話を聞いたこともある。身体の線に懐月堂派の影響も感じられる、と解説にあるが確かにそんな筆跡を感じもする。

『花街風俗図絵巻』
いや実にいろんな人がいる。道中する太夫、巡礼、座頭、虚無僧、ケンカする猫たち。
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猫のアップ。
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『男女遊楽図』奥村政信 色っぽい絵。これは本当にこの一枚だけだったのだろうか。ここから始まる物語があるのではないか。眼と眼、指と指、そして・・・背景も着物の柄もなにもかも、色っぽく感じる。

『婦女喫煙図(大津絵)』 大津絵のとぼけた味わいがいい。これは表装も楽しかった。藤娘が喫煙している。

『色子(大名と若衆)』宮川一笑 実際この肉筆画を目の当たりにすると、色子の手の置き方に深い情があるのを感じる。この色子にとってこの客はいい客なのかもしれない。なよやかなまなざし、姿態。しかしこの美しさも明日には失われるのかもしれないのだ。色子の時期は短い・・・
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『女形役者図』 野郎帽子で剥き出しの額を隠すようになったのは、鳥居派が台頭した頃だった。この女形の役者は客に呼ばれて座敷で演じたようだ。下って近年大正の頃、六世梅幸が招ばれて『茨木』の趣向を見せたことが、物の本に載っている。

『美人遊猫図』田中至信 無論これは見立絵『女三ノ宮』。お姉さんとにゃんこが柱を中に遊んでいる。猫にヒモつけて廊下にいれば大抵それだ。表情が豊かで楽しい。

『見立六歌仙』喜多川藤麿 江戸の人々が六歌仙に扮しているのだが、しゃもじや高杯などを<見立て>ているのが楽しい。藤麿は太田でもいくつか見たが、上品な肉筆画が多く、しっとりしているのがいい。

『俳優遊宴図』歌川国久 安政期に活躍した絵師で国立国会図書館と思文閣の資料では女流だといわれている。この展覧会と同時期に開催中の出光の肉筆浮世絵展にも『隅田川舟遊・雪見酒宴図屏風』が出ているが、群像図がいい感じだった。
安政の頃の役者と言えば石川淳『至福千年』を思い出す。

『唐人喫煙図』喜多川月麿 ヨーロッパで最初に煙草を吸うていたのはスペイン人だったように思う。新大陸から。エリザベス一世の頃、イングランドではまだ流行していなかったそうだ。わたしはたばこを吸わないからよくわからない。

『長崎丸山阿蘭陀人遊興図』 ヘンなお座敷遊びをしている。あまり好みではない。何をしているのだろう。関係ないが以前から『花月』に行きたいと思っている。

『西洋人物図』 絵よりも軸が気に入った。
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『江戸山王社天下祭絵巻』勝川忠七 絵画としての面白みと言うより、資料としての良さがある作品だと思う。

『親鸞聖人絵伝』 私は門徒ではないが少しだけ歎異抄をひもといたこともある。昨日夕刊に掲載されていたが、明治から大正の頃に親鸞聖人の実在が疑問視され、盛んな論争があったそうだ。しかしやがて消息も発見されたり、歎異抄が<再発見>され、その当時の知識層に衝撃を与えたとか。
聖徳太子の昔から宗教的聖人の伝記物はなかなか興味深い内容に満ちている。

既に蠣崎波響の作品を見ていたが、こちらはそれとはまた違うコンセプトの作品だった。だいぶ前に中村真一郎の著書『蠣崎波響の生涯』を読んだが、こうした風俗画を見るとせつない気持ちになる。
そして手塚治虫『シュマリ』、武田泰淳『森と湖の祭』を思い起こした。

『蝦夷人風俗絵巻』 
『蝦夷人風俗画』雪好
『アイヌ図』
『オムシャの図』早坂文嶺

かなり面白い展覧会だった。近ければフリーパス券購入して、飽きるまで見に行き続けるのだが。7/1まで。

高橋由一から昭和前期まで 神奈川近代美所蔵名品展

神奈川近代美術館で所蔵品展を見た。
高橋由一から昭和前期まで。
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最近明治初頭の油絵を見る機会が多い。
ちょっと数えただけでも3,4回と集中している。
意識して見に行ったわけではなく、めぐり合わせ。
たまにはこんなこともある。

松岡壽『工部大学校風景』 1878年の風景画そこにある。明治10年代、若い明治政府は技術者養成に力をこめた。これは今の東大工学部の前身で、建築(造家と言った)科には辰野金吾がいた。
ここから日本の近代建築の歴史が始まるのだ。
その意味でこの作品は洋画としてだけでなく、資料としてもわたしには貴重なものだ。

高橋由一『江ノ島図』 干潮時間なので皆さん歩いて渡る。
実は行ったことがない。行きたいがなかなか縁がない。
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どなたかご一緒しましょう。この絵を見る限り、天気はよくなさそうだが。

安藤仲太郎『日本の寺の内部』 西国八十八ヶ所なのか秩父八十八ヶ所なのか、とにかく数字だけ見える。巡礼スタイルのお客さんもいるし、お宮参りの人もいる。この作品は西洋の人に向けて描いたのだろうか。

先日黒田清輝の『雲』を見てその感想を書いたが、これは同パターンの『逗子五景』 逗子の色んな風景。主に水辺。大きさはB4くらいなのが5枚並ぶ。なんとなく親しみやすさがある。

青木繁『真善美』 3つの絵。どれがどうその言葉を意味するのか・示すのかはわからないが、いかにも好ましい作品。
孔雀を掲げる男女、跪く女の頭上に陽のような丸いものを持ち上げる男、更にその陽の玉をくるくる回す・・・青木らしい未完成の作だが、その未完成なことが不全ではなく魅力となっている。

中村彝の描く少女はみんなころころしていて眼も丸く、腕も太い。
27歳の彼の描く少女。彼の好きなタイプがよくわかる。
『新宿郊外』 絵よりも額に目がいった。変わった額だ。いつからこの絵にあわせているのだろうか。不思議な感じ。

萬鉄五郎『田園風景』 チラシの絵。ピンク色が燃え立つようだった。わたしは萬は人物画がニガテなのだが、風景画はなかなかいいなと思う。

鹿子木孟郎『牛』 子牛がママのお乳を飲んでます。牧歌的で、どこかイタリア風に見えた。

岸田劉生は愛娘・麗子だけでなく麗子の友達・おまつも多く描いた。
ぱっちりした眼に真っ赤なほっぺた。ケットを巻きつけるのは明治半ば以降のブーム。アタマに大きな飾り花。おまつを描く間、麗子はふくれ、その競争心を巧く劉生は操ったらしい。
麗子を描くときは様々な技法を使ったようだが、おまつの絵は大抵シンプルだ。
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小林徳三郎『鯵』 すり鉢に三匹の鯵が突っ込まれている。どこからどう見ても『鯵』。これはあれか、摺って団子に?新鮮そうなのでタタキで食べたい・・・

川上涼花『アザミ』 山には山の憂いあり?は『アザミの唄』。これはやや萎れている。塗り方はゴッホを思わせた。
数年前どこかの美術館で川上の回顧展があった。行ってないがチラシがどこかにあると思う。

小出楢重『乙女椿とレモン』 タイトルどおりそれらがある。それが色も重いわりに明確にある。
ピンクと赤の椿。なんだかとても嬉しい。

山下新太郎『伊豆の蜜柑山』 山下らしい明るい色調でまとめられている。わたしは柑橘類が好きなので、この絵に手を伸ばせば蜜柑が掌に飛び込んできそうな気がした。

『百合子像』 浴衣の少女が机に向かっている。何か書いているようだが勉強なのか手紙なのかはわからない。愛知県美術館にはその後身らしき絵もある。

石井柏亭『中之島(堂島川)』 地元風景なので興味深く眺めた。昭和初期の中之島。もう岩本栄之助が寄贈してくれた公会堂もあり、大阪随一の文化ゾーンの様相を呈している。
この数年後には関一市長が推進した御堂筋が誕生するのだ。

清水登之の絵にはいつも不思議な感覚がつきまとっている。
ソーシャルシーン。彼の描く群像情景図はそう分類されている。
彼は国吉康雄と同じくパリでなくアメリカで絵を学んだ画家だった。
『映画館』 案内嬢と客とその他の観客たち。もう映画は始まっている。
本編ではなくニュース映画かもしれない。

その国吉の『オガンキットの入り江』 実際の風景なのか妄想なのか。
アメリカ絵画史に詳しくないのでよくわからないが、いつからアメリカではこうした幻想味を帯びた作品が廃れていったのだろう。
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展示室はいくつかに別れていて、それぞれ洋画と日本画などと分かれているが、そのまま洋画のことを書く。

麻生三郎『狂人の家』 ‘37は不穏な時代なのか。その前年には226事件と阿部定さんの「愛の完成」もあり、チャップリンとコクトーが一緒に来日した。麻生青年24歳の作品。殺し合いに見える。色彩は激しいが形は曖昧なのでそんなにえぐいこともない。形がリアルだと無残絵になるが、曖昧だと紗が一枚掛かっているように見える。
しかしこれはなんのメタファなのか。

松本竣介の建物を描いた作品が好きだ。タイトルもズバリ『建物』 これは’35の作だが、なんとなく石川淳の小説『鷹』の舞台になるナゾのたばこ工場のように思えてならない。

『R夫人像』 松本の色彩感覚も好きだ。青色(一色ではないのだが)としか言いようのない、青色の画面。駒井哲郎的人物がそこにいる。
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一方、29歳の『自画像』 これが可愛くて。美少年の名残がある。全身像の絵も見たが、これが可愛い。なのに画像がないのがつくづく惜しい。

島崎ケイジ 藤村の息子。シュールな雰囲気の絵だと思った。『川辺』五人のシャープな女たちがいる風景。浴衣の女たち、裸婦たち、そして。
田村孝之助の描くテーマと似ているが、こちらはシュールだ。

内田巌 魯庵の息子。『少女像』 mir079.jpg

白いブラウスにピンクのスカート。わたしには決して出来ない取り合わせ。(色白でないとどうにもならない)
数年前内田の回顧展を見た。少女像にいいものが多かった。
しかしこの人が藤田嗣治をレオナール・フジタにした人だと知り、政治と言うもの・時代と言うもの・芸術と言うもの、を考えさせられた。

児島善三郎『江ノ島風景』 由一から60年後の江ノ島。緑が濃い。やっぱり行きたい。行ってサザエを食べるのだ。

梅原龍三郎『熱海野島別荘』 これをずっと探していた。
タイトルは忘れていたので、竹やぶのある別荘の絵、と勝手に呼んでいた。竹はあるわ蘇鉄はあるわ土は赤いわ、(テニヲハも狂う)会えて嬉しい!
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実はこの家に憧れている。いい家だ。70年以上前の家だから水周りだけは超近代的にしないといやだが、いい感じだ。
梅原も「いい家だ」と思ったので、それで描いたのだろう。
この明るい、嬉しいような絵。とにかく好きな絵だ。
わたしもこの庭にいれば下手でも描きたくなるだろう。

佐藤哲三『クンセイ』 鮭と言うのはどうしてこんなにもニホンジンに愛されるのだろう。
わたしも毎日お弁当に鮭の切り身を入れている。ないときは鮭のフレークをご飯にかける。
新潟在住のこの画家も由一とは違う迫力の鮭を描いた。
クンセイはあんまり好きではないが、この字面がいい。気合が入るぜ。
全然関係ないが思い出した。
『ギョッとする日本絵画』で岩佐又兵衛の『山中常磐』の解説のとき、辻惟雄先生が絵巻の殺戮シーンを見て「お弁当の鮭の切り身が食べられなかった」と話したのとは対照的に、外科医でもある作家の方が嬉々として、専門用語を用いながら説明されたのが、楽しくて仕方なかった。
わたし?「これてさっきの胴体真っ二つに似てるよねー」パクッ

日本画へ。
東京国立近代美術館にある速水御舟の『昆虫二題』の下絵があった。
御舟の『炎舞』は丁度今、山種名品展で出ているが、あれとは他にこうした昆虫図もあるのだ。蜘蛛の糸に絡まれる蛾とか・・・

それから清方の『お夏清十郎物語』全シーンがあった。
卓上芸術。この考えは出発点が人気挿絵画家だったことに起因していると思う。机によって、好ましい作品を心ゆくまで眺める楽しみ。
個人の楽しみがそこにある。
西鶴の『好色五人女』で描かれたからか、それ以前の稗史からか、とにかく姫路の向う室津の辺りの悲恋は今も人に知られている。
ここには発端、駆け落ち、狂気、回向までの6シーンがある。
清方は物語を絵画化することがことに巧みだと思う。
物語絵ばかり集めた展覧会が、’96ここで開催されている。
『絵を読む心』だったか。楽しい展覧会だった。
あのとき初めてこの美術館に愛情を感じたのだった。
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彫刻で目を惹かれたのは戸張孤雁『煌く嫉妬』 ‘94に名古屋で回顧展を見たが、そのときも好きな作品だと思った。

ここまで来る甲斐のある展覧会も、6/17に終了した。

大正シックを愉しむ

大正シック。
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東京都庭園美術館 アールデコの館で開催中の展覧会。
早く行かねばならない、と焦っていた。
Takさんokiさんから「遊行さんの好みの世界でしょう」と看破されていただけに、期待が巨大化する。早く見たいのにどういうことだろう。

ご存知のように庭園美術館は旧朝香宮邸の転化である。建物それ自体が一個の芸術品として活きている。アールデコを主体にして建てられたすばらしい建物に、主に大正時代のモダンな美人画とその頃に流行ったハイカラな着物が展示されている。

その状況には覚えがあった。
山岸涼子の『ドリーム』の世界である。見事な洋館の中には純和風の調度品が置かれている。ただし作中のそれは、明治の洋館に、江戸時代くだって明治半ばまでの調度品・家具が置かれていた。
現実にわたしの立つ旧宮家は昭和初期に完成したアールデコの館で、現在ここに飾られているのはそれとほぼ同時代の作品である。

いつもこの館に来るたび思うことがある。
「わたしは今日、こちらにお招ばれしている」
招いていただいて、飾られた見事な絵画や工芸品を眺めて廻る。
そんな二重の愉しみがこの空間にはある。
係員のご年配の方々も皆さん、きちんとした佇まいの方ばかりなので、一層そんな思いが募り、わたしは優雅な心持ちで各室を廻ってゆく。


梥本一洋の屏風があった。『橋を渡る女』 船の舳先には鳥が二羽休んでいる。王朝文学を多く描いた梥本一洋の、珍しい風俗画だった。傘を差す女。

チラシとして冒頭に挙げた中村大三郎『婦女』の博多人形やそれらをプリントした襦袢もある。昭和6年のこの作品は、当時たいへん人気を博したようだ。満州事変の頃、政情不安とは言え大阪は東洋のマンチェスターと呼ばれ、東京経済も賑わっていた時代。
都市部の栄光がここにある。
その『婦女』 見事な象嵌を施した寝椅子に寝そべる女優・入江たか子。華族出身でたいへんな人気女優だとは知っていたが、実はわたしは戦後の化け猫シリーズしか見ていなかった。
戦前の『滝の白糸』などはつい近年の上映会で見ただけである。
彼女をモデルにして、その当時の映画界を描いたのは、村上もとかの『龍―RON』だった。

ここには展示されていないが、そのピンクの長襦袢に使われたのは他にも『十字街を行く』。
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本当にわたしの好きな情景だ。
そしてその襦袢の布地がモスリンだと言うことにも、モダンな時代性を感じる。

『T夫人』 素敵な籐椅子。モダンでシックな装い。
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複製の椅子とネックレスが支度されていて、わたしは後に記念撮影してしまった。

榎本千花俊の作品はかつて『目黒雅叙園』で多く眺めた。あそこの美術館はそれこそ『大正シック』な美人画を集めたもので、行く度いつもとても楽しめた。
挿絵専門の弥生美術館と近代美人画の目黒雅叙園が、わたしの愉楽の園だったのだ。

『銀嶺』 スキーをする女性の手袋が本当にレトロだ・・・
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背景の銀箔が煌くようで、雪目になりそうだった。

不二木阿古『海水浴の図』 シマウマの次の時代。いいなぁ。わたしはこんなスタイルが一度してみたいのだ。
丁度その時代、入江たか子と浜口富士子という女優二人の水泳姿の団扇があった。
他にも寺崎廣業の『水着の美女』 これは完全にシマウマ。
わたしが日本一好きな旅館・湯田中温泉よろづ屋さんの野天風呂には、彼の扁額が掛かっている。

今回は木版画の美人画が沢山出ていて、たいへん嬉しかった。
なにしろわたしは美人画が好きだし、版画が好きだ。二重の歓びがそこにある。
谷口香きょう(字が出ない。山偏に喬)の『白鷺の精』 
これは同じ画題の作品を多く見ているが、そのことから考えるとこの時代に『鷺娘』が流行していたと言うことでもある。
恒富の・清方の・紫明の・秀峰の・・・他にもニ、三思い浮かぶ。
国立劇場の文化ライブラリーを検索すると、六代目菊五郎、七世三津五郎、五世福助らの『鷺娘』のブロマイドが出てくる。しかも全く同時代なので、やっぱり人気があったのだろう。今なら玉三郎の『鷺娘』に尽きるが。

橋口五葉の『髪梳き』もある。
好きな作品。mir076-2.jpg

いいものばかり見せてもらう。
深水の『対鏡』もいい。とにかくその昔、自刻自摺が標榜されたり逆に摺り師が復活したりは大正の頃で、この時代は本当に名品が多いのだ。
今はなきDO!FAMILY美術館でそれら版画コレクションを楽しませてもらったことが夢のように思える。嗚呼・・・。
清方の師匠年方、僚友・輝方らの木版美人画もあり、にぎやかだった。
本当にいいコレクションをお持ちです、好きだわ??
(段々とウキウキ度が高まり、お澄まししていたのが消え始めてきた)

艶歌師だと思っていたが表記は演歌師。しかしこれは艶歌師が正しい。
ガラスケースの中に彼らが売っていた歌の本などが展示されている。
新藤兼人の著書『三文役者の死』から殿山泰司の子供時代の状況を描いた文を抜き出す。
「広場では艶歌師がバイオリンを弾いて歌の本を売っていた。彼らは袴をはいて鳥打帽を斜めにかぶっていた。タイちゃんは、おれは川原の枯れススキ、同じお前も枯れススキとか、籠の鳥でも知恵ある鳥は、人目忍んで逢いに来る、などに聞き惚れた。」
その時代にそれらを目の当たりにした人が書いている。
ちょっとオシャレでモダンな表紙絵がついていて、作詞は添田唖蝉坊など。『新やなぎ節』『尼港の大惨劇』(シベリア出兵中の悲劇ですね)その他色々。
大正時代の歌はCDなどで聞くと、ちょっと泣けてきたりする。

時代を感じさせるのが柴田翠坡『琵琶演奏者』 女流の琵琶演奏者が語ろうとするのは新作らしい。「▲▲中佐の??」とか書いてある。さすがに知らない。

柿内青葉『夏の夕』 清方の女弟子で『続こしかたの記』にも出てくる画家だが、作品はめったに見ない。さきほど参考としてあげた『十字街』が有名だ。
美人画を散らした着物を着た女が蚊取り線香を香炉で炊く。(キンチョーのCMとは違うなぁ)

清方は大正の頃、多くの弟子を持っていた。これも師の信任厚い寺嶋紫明のエピソードは何度読んでもいいものだ。
二人が描いた団扇が並ぶ。ただしこちらは’60年代のもの。
いいムードの作品だった。師匠は花びら散る中で舞う女を、弟子はロングヘアの女を描く。

山川秀峰『三人の姉妹』
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館の二階に上がると目に付く作品で、無論彼女らとこの宮様とは無縁なのにも関わらず、一瞬「こちらのご令嬢かしら」という錯覚が起こる。
秀峰の美人はモダンさの中に知性が匂い立ち、会う度嬉しくなる。

益田玉城にも『おせん』があり、ちょっとびっくりした。
お七と言えば八百屋お七、定と言えば阿部さんと来れば、おせんと言えば笠森稲荷のおせんに決まっている。鈴木春信から小村雪岱まで。
益田も描いているとは思いもしなかった。

恒富門下の別役月乃『七夕』 井戸をのぞく幼女が可愛い。なぎの葉だわ。
浪花の悪魔派と謳われた恒富だが、彼の下には優秀な女流画家が多い。京都と違いその頃の大阪は、子女が絵描きになるのを喜ぶ風があった。
やはり’20~’30年代は大大阪の時代でもある。

小早川清『ほろ酔い』も山村耕花の『上海ニューカルトン所見』も以前から見知っている。
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版画はこういうときに嬉しい。彼女らの肉付きのいい腕を見ると、わたしもこの時代の人ならなー、と一瞬思いもする。(天平時代もそうだが)

おおっと思ったのは帝国ホテルのタイルの欠片。フランク・ロイド・ライト♪
明治村に移管されていて、二年前機嫌よく訪ねたが、ここで欠片にあえて嬉しい。
わたしはとにかくこの時代の近代建築を愛しているのでわくわくする。
欠片と言えば一ツ木コレクションが有名だが、あちらには帝国ホテルのドアの取っ手が何かがあるそうだ。ああ、ときめくなぁ。

最後に着物のコレクションについて。
大正から昭和初期の着物はとにかく、あっけらかんと明るく、シュールなくらいモダンな柄が多かった。
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祖母の写真(白黒セピア)などを見ると、色合いはわかりかねるが派手な着物を着ているなーと子供心に感心したことがある。
また、その頃の少女たちの憧れの的・高畠華宵描くところの美少女たちの着物の柄も凄いものばかりだった。薔薇の着物に孔雀の羽織、帯は蝶とかだ。
他にもチューリップ柄のものも弥生美術館で実際に見ている。
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だからこれらの着物を目の当たりにすると「・・・大正ってやっぱスゴイなー」という実感の湧き起こりに気づかされるのだ。
戦争さえ起こさなければ、このセンスがもっともっと進化していたかもしれない。
ああ、本当にわたしの大好きな世界だった。

清方ゑがく『市井の暮らし』

市井の暮らしも随分変わった。

清方は明治の東京人として生まれ、育った。
『妖魚』や『刺青の女』のようなややあぶな絵な作品も魅力的だが、市井の暮らしを描いた作品には深い味わいがある。
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『朝夕安居』 卓上芸術を標榜する清方は手にとって眺めることのできる楽しみを、生み出していった。
懐古趣味と言うだけでない、イキイキした作品。
雨戸を外し、立て回して行水する。しながら隣家のおかみさんとおしゃべりもする。そちらはランプのホヤを磨いている。
そこに明治がある。
行水や隣家とのお付き合いは旧幕時代から変わらぬものだが、ランプがある。灯り、電報、汽車、郵便。これら四つが江戸になかったものなのだ。
馬車や煉瓦というのは町に出ないと見えないが、江戸のままの住宅街にはそれらが見受けられるようになったのだ。

粂三髷の女 役者と同じ髪型をする。ファンは今も昔も変わりがない。
清方は江戸っ子の子として生まれたので、芝居が大好きだった。
若い頃には芝居の絵看板も描いている。

なんとなくこうした画業は楽しそうに思える。
ご機嫌な清方があれやこれやと思い起こしながら描く姿が浮かんでくるようだ。

清方は挿絵から始まっただけに、気さくな楽しみを見る者に与えてくれる画家でもあった。
『苦楽』表紙絵などを見ると、嬉しくなる。

今回樋口一葉の『たけくらべ』があった。
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わたしが『たけくらべ』を知ったのは実は『ガラスの仮面』からだった。小学三年生の頃だと思う。マヤちゃんが美登利を演じるのに悩むシーンを見て、物語に興味を持ったのだ。
大学の頃、『たけくらべ』の研究をする先生から「え゛っ」な話を聞いた。
そうなのか、と思う一方「そうだろうな」とも思った。
髪形が変わったのは即ち水揚げの暗喩ではないかという話だった。
清方の描く美登利は勝気さよりも寂しげな風情の漂う<少女>に見えた。

清方のスケッチもある。季節に合わせて菖蒲や紫陽花など。
清方は別号に『あぢさゐのや』をもっている。
随筆集『紫陽花舎随筆』は六興出版からだった。手元にあるので鎌倉から帰れば久しぶりに読もう。

『築地川』の作品が引き出しに収められているのでそれを眺める。
鎌倉の清方記念館に来ると、いつもいい心持になる。

ユトリロ モンマルトルの詩情

三鷹でユトリロ展が開催されている。
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昨春高島屋で回顧展が開催され、それと同内容かと思ったが、微妙に違う。
しかし並ぶものはほぼ似ていた。
『モンマルトルの詩情』 これがその副題。

ユトリロは知れば知るほど、その生涯と作品との関わりに惹き付けられる。
子供の頃はその白い街並みになにかしら不安なものを覚えて、あまり好まなかった。
あるとき母にチケットをあげた。
わたしはカフェで母を待った。やって来た母は言った。
「パリの街角で迷った気がする」
紫煙を吐き出しながらそう言った。
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去年の展覧会ではフルカラーになった作品を色々と見た。
母の後には妻に支配され、死ぬほど描き続けた頃の作品を見た。
アルコール依存症からの脱却のための作品も見たが、今回は副題どおり『モンマルトルの詩情』に満ちた作品が並んでいる。
前回の感想はこちら。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-404.html
遠くへ旅行するということのない画家だけに、同じ場所からの作品も多い。年代を追うと、町の微妙な変化も見えたりする。
わたしが気になったのはこの壁。
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アンリ4世のわらぶきの屋根。その二十年前と二十年後。
アンリ4世は確かフランスの国民に敬愛された王様で、それを蔑ろにすると祟りがあるという怪談まで創作されていた。
この壁の中の家はどんな家なのかわたしにはわからないし、他の人もわからないだろう。
しかし壁がここにあるのを見る。壁は壁としてそこにある。
ユトリロはその壁を描いている。
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普段から日本の近代建築を追っている身としては、ユトリロの描く街の風景も<建築>として気にかかるところだ。
前回でも一番気に入り、今回またも再会できた『クレミューの僧院』
この屋根の傾斜などがすばらしい。

街行く人の視線で会場を巡る。
モンマルトルのそこここにユトリロの視線があり、絵から数歩遠ざかれば、ユトリロにぶつかる気がする。
ユトリロはきっとうるさそうにわたしを見上げ、カラフルな「色彩の時代」の作品に<いやな女の人>として描き込むかもしれない。
のさばる女たち。ユトリロは内底に深い女性嫌悪があるのだろう。お母さんがもし彼を大事にしていたら、そんなことにはならなかったかも知れず、しかし芸術は花開かなかっただろう。
家の中の座敷牢のようなところで延々と制作する。傍には母親と義父(自分より年下の)。搾取されることを憤りもせず、ただただ描くのはやっぱり母を喜ばせたかったからだろうか。
外へ出れないから絵葉書を基にしたり、記憶をたどって<知っている風景>を描く。
居場所があるようでない男。

どの作品がいいとか、これがとくにすばらしいとか、これは衰えているとか、そんなことはユトリロの場合、案外どうでもいいことかもしれない。
描き続けることを強いられたとは言え、ユトリロは描き続けた。
見知った場所を描き続けた。空想の余地のない、自分の腕で描けるものを、指と眼で描き続けた。
それがこの街の風景だったのだ。

母の後には厚かましい妻が彼の傍についた。
その頃には叙勲もされている。記録映画も撮影されている。
老いたユトリロがスフィンクスの隣に膝を抱えて座っている。
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スフィンクスの顔はどこか母親に似ている。飲み込む母・吐き出す母。
わがままで奔放で自分勝手で、そして可愛い女。
このユトリロはウッディ・アレンのようなペーソスに満ちた表情だった。

会場には絶筆までが並んでいる。晩年、彼は自宅に小さな礼拝堂を建てそこにこもった。
無心論者の母、守銭奴の妻、やかましい世間。
彼はそこから遠く離れてこの中に引き篭もる。
それまでは淋しいからおもて(外)の絵を描いたが、今では淋しいから神に祈るようになったのかもしれない。
せつないが、暗い気持ちになることはない展覧会だった。

ヘンリー・ダーガー『非現実の王国で』



原美術館でヘンリー・ダーガーの展覧会が開催されている。
‘03にワタリウムでも大きな展覧会が開催されたが、ダーガーの世界は知れば知るほど、深く・広く・大きい。
『非現実の王国で』というのがダーガーの作り上げた世界に冠された名である。
物語の概要については、
http://www.watarium.co.jp/exhibit_cu/
原美術館のサイトを開くのは多少時間が掛かるので、こちらを参照されるほうが早い。

わたしがヘンリー・ダーガーを知ったのは、荒俣宏がアサヒグラフに紹介したのを見たからだった。今はなきアサヒグラフからわたしは色々な知識や資料を手に入れることができたが、その中でもこのダーガーにはひどく惹き付けられた。
丁度十年前、資生堂のギャラリーでも回顧展があったから、そちらと同時期だったようにも思われる。

ヴィヴィアン・ガールズと呼ばれる七人の少女戦士たちが悪辣な<大人の男たちの軍隊>と戦い続ける物語が綴られている。
その物語は15000ページ以上に及び、更には挿絵としてコラージュなどを基にした絵が作成された。
今回の展示は前回のワタリウム版とは違い、戦争以後の作品が多いように思える。
こちらでは物語の文章などは一切なく、絵の展示に集中されている。

<犠牲になった少女たちを悼むのか、男たちに絞殺され舌を出して死にゆく少女たちの群像などがモニュメンタル化されたもの、それが綺麗な公園に設置されている。絶望的な彫刻の周囲には噎せ返るほどの花々が咲き乱れ、女の子たちが楽しそうに遊んでいる。>

このパターンの作品がいくつかある。どれも皆、花はあくまでも色鮮やかに、少女たちは愛らしく健康的で、そしてモニュメントは不気味なままである。

毛虫は一様に「気持ち悪い」ものとして嫌悪される。
しかしその毛虫が成虫化すると蝶だか蛾だかになる。
ザムザ氏が嫌われたのは毛虫のままだったからかもしれない。
その毛虫の中でも毒のあるものは不思議にポップな彩を身にまとうている。
その色彩がここにある。
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ダーガーは一枚の大きな横長の紙に絵を描くが、その裏にも作品を刻む。
必然的に展示方法は両面展示になり、見て回るのに多少の不便が伴う。狭い空間での展示には向いていないが、仕方ない。

ある作品で少女の顔にいくつもの線がのぞくのが気になった。たぶん、裏模様のせい。
裏に回り、納得と共にぎょっとした。
それは縦長構成の画面だった。
前面が横長なので必然的に首をかしげなければ、全容が見えない。
少女の顔に刻まれていたもの、それはこちらに描かれた建物の煉瓦の線だった。
その煉瓦積みに驚いた。延々延々延々延々・・・イギリス積みの煉瓦の塔から脱出する少女たちの姿があったが、その建物、もし紙が続いていたらダーガーは無限に描き続けていたのではなかろうか。どうもそんな確信がある。

平和な時代を描いた作品が今回は集められているが、前回ワタリウムで悲惨な状況下の物語を見たからこそ、このヴィヴィアン・ガールズの物語に一貫性を見出せる。
その意味では今回の展覧会は、ダーガーのこの物語を知らないヒトには、ある意味不親切なのかもしれない。また逆に、残虐なシーンを展示しないことをコンセプトにしているのだから、それはそれでいいのかもしれない。

ダーガーの展覧会は不思議なことに女性客が多い。幼女への無惨な殺戮を描くシーンがあるのを見に来る向きも多いかと思ったが。

ほぼ完全なる孤独の中で、濃密な作業を実に丁寧に行う作家。世間的にはアウトサイダーと見做されていた人間が、誰にも語ることなく壮大な物語を創り続けていた。
死後三十年以上が経った現在では、その物語にも絵画にも熱烈なファンがついている。
そのことを思うと、思索の深い森の中に置き去りにされた気がする。
展覧会は7/16まで。
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パリへ 洋画家たち百年の夢

東京藝大は今年で120周年を迎えるらしい。
それで6/10まで素敵な展覧会を二つ開催していた。
『パリへ 洋画家たち百年の夢 黒田清輝、藤島武二、藤田嗣治から現代まで』『春の名品選』
どちらも大いに楽しんだ。

まずパリ。
4セクションに分かれている。
1.黒田清輝のパリ留学時代 ラファエル・コランとの出会い
2.美術学校西洋画科と白馬会の設立、1900年パリ万博参加とその影響
3.両大戦間のパリ 藤田嗣治と佐伯祐三の周辺
4.戦後の留学生と現在パリで活躍する人々

コラン『田園恋愛詩』 mir061-2.jpg

ダフニスとクロエの仲良しな二人を描いている。この物語は深く愛されて、様々な画家が描いているが、物語全容を絵画化したのはシャガールだった。
彼以外の画家は、大体が少年と少女の牧歌的な背景の中での穏やかな姿を描いている。
コランの二人はそこから少し先に進んでいて、すでに少年が少女を欲しがる様子を見せている。
ピンクの花が咲き零れる木の下で、二人の視線が交差する。
同時代に印象派が生まれていることを忘れさせるような絵。
日本人が本格的に洋画を学び始めた最初期に、コランの作品があったことは善いことだったと思う。

山本芳翠『浦島図』 

何度もここで書いているが、わたしはこの『浦島図』を愛している。
最初にこの絵を知ったのは太田浮世絵美術館の地下の壁に貼られたポスターだった。
あのときの衝撃は、今も細胞質のどこかに潜んでいる。
久しぶりに間近で眺める。
浦島太郎の剃り残しの髭を見る。蜃気楼のように遠のく竜宮城、散華するのは海の宝珠、二頭立ての海豚、荘厳な音楽が鳴り響くような海の一行たち。

どうしてもわたしはこうした一行を見ると、ドビュッシーの『沈める寺』が頭の中に流れ出す。これは多分昔の映画『夜叉が池』のラストシーンのイメージが意識に叩き込まれているからだろう。
イグアスの滝を眼下に、夜叉が池の白雪姫とその眷族が空を上ってゆく。
そのとき流れたのが『沈める寺』だった。

『猛虎一声山月高』 がぉーな虎。百十年前の絵と言うより、諸星大二郎の『諸怪志異』のようだと思った。中島敦の『山月記』の元ネタの絵画化。
博学才穎の李徴子も、これでは友人・袁氏の前には出れない。
ヨーロッパでは人は狼になるが、アジアでは虎になるのだった。

黒田清輝『レンブラントの模写・トゥルプ博士の解剖講義』 ‘02に京都で『大レンブラント展』を見たが、そのときにも脳みそを開いている解剖図があった。しかし構図が違うので、これは別バージョンなのだろう。
模写でもこれくらい腕があるとやっぱりうまいものだと感心する。
いや、模写だからよけいその技術に感心するのかもしれない。
最近どうも脳髄を見ると『ハンニバル』のイメージがわく。以前は『ドグラマグラ』だったのだが。

『湖畔』 mir061-1.jpg

わたしは団扇を持って窓辺にいると、ついついこのポーズをとりたくなる。
そして「湖畔」と一言宣言する。しかし誰も賛同してくれない。
最終日直前なので「智・感・情」はなかったが、あれはけっこう好きな作品だ。

『裸体婦人像』 静嘉堂の所蔵品だが、’01にこの絵の裏と言うか下に別な絵が潜んでいるのが発見された。そのとき静嘉堂に見に行き、画家のナマナマシイ実感と言うものを感じた。
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現在ポーラ美術館に入っている『野辺』だが、かつてはどこの所蔵だったのだろう。弥生美術館で岩田専太郎回顧展が開催されたとき、岩田と川口松太郎がこの絵を背にして立つ写真があった。大正頃の話。
きれいな肌。胸元と髪だけというのがいい。両掌でそっとその白い胸を納めたくなる。

『鉄砲百合』 これもまたわたしの好きな作品。
百合の花の形が愛しい。mir063-1.jpg

黒田の視線と指とが自然を描写するだけでなく、深い意識がそこにあるのを感じる。
なんとなく黒田の絵を見ると、森鴎外の小説を(それもドイツが舞台の)想起する。

『赤き衣を着たる女』 これは後述する藤島武二の『女の横顔』同様、ルネサンス風の美人画だと思う。
わたしの絵葉書ファイルの分類上、この絵は『浪漫的美人画』に収めている。
椿がそっとそこにあるのもいい。

『雲』 6枚の連歌集のような作品。B4Eのようなサイズが連なる。このシリーズは他にも神奈川近代美術館でも見た。後日そちらにもそのことを書こうと思っている。
雲の一日の移り変わりが描かれている。同じ地点から眺めた空でも、時間によって雲の形は変わり行く。風と光とそれから。

小山正太郎『白菊』 19世紀最後の年に描かれた絵は、どことなく不吉なにおいがした。白菊が黒い囲みの中にあり、リボンまでついている。
そうか、これはサヨナラ19世紀という寓意なのか?
どことなくスペイン絵画のようにも見えた。

コラン『静寂』 木に寄りかかる女、見たことがあると思ったら和田英作の『こだま』の友達なのだ。『こだま』は泉屋に戻っているが、こちらの『静寂』=しじま はここにある。こだまとしじま。
森の中の女はどうなるのだろう。森からの声に耳を傾けるのか、耳をふさぐのか。

以前から好きな『野遊び』 天平時代の娘たちが野を行く。
天平風俗はなぜか洋画の方に名品が揃うように思う。
天平時代そのものが世界に道を開いていたからだろうか。
遣唐使、正倉院宝物、大仏開眼・・・その華やかさにときめいている。
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和田はこうした絵を描くだけに、その前代の白鳳時代の至宝・法隆寺金堂壁画の模写は洋画家がすべきだと主張した。
しかし当時日本画家がその作業を担うことになり、和田は自費でその絵を3年がかりで模写したそうだ。
切手にもなった麗しい壁画。今ここに巨大なその絵を見て、ただただ打たれている。

浅井忠はパリと言うよりグレー村の風景画が多いからか、パリ留学の画家と言うイメージがあんまり湧いてこない。
去年『浅井忠と関西芸術院』といういい展覧会が開催され、そこで見た面白いというか、おもグロい作品が出ている。
『蝦蟇仙人之図』 アタマにも膝にも蝦蟇を乗っけた仙人。このオッチャンにしたら「わしのかわいいかえるちゃん」なんだろうな・・・。

浅井の工藝図案はアールヌーヴォーの風味が濃いので、見ていて楽しい。
向う付けもそう。こうした意匠は可愛い。

藤島武二『池畔納涼』 二人の女がいる。蓮が咲いている。明治の頃は夏でもきちんと着物を着なくてはならず、暑かったろう。
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なんとなくこのうちの一人が『三四郎』に「ストレイシープ」と告げる美禰子のように思えた。

『女の横顔』 前述の黒田同様、ルネサンスの婦人肖像画風作品。
武二はお葉さんをモデルにこうした作品を残しているが、この作品もそうかどうかはわからない。
わたしは武二は海山を描くものより、こうした女たちの作品に惹かれている。
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安井曽太郎は実は子供の頃からよく画集や複製画を見てきたが、どうも個人的嗜好としてはわたしとは合わない。
母も叔父も「安井はすばらしい」と言うがわたしは梅原やルノワールの方が好きなのだ。
安井やセザンヌのほうが玄人受けというか、ルノワール・梅原派の分が悪いというか、よく悪口を言われるようだが、好きなものは好きなので、別にかまわない。これは嗜好の問題で、迎合する必要がないのだ。
だから好まない安井の作品であっても「いいものはいい」と思う。
『女と犬』 これは割りと好きな作品だ。安井でいいと感じるのは構図。それも特に静物画や風景画によさを感じる。
‘89に大丸が安井の回顧展をした。そのとき彼の細密描写の昆虫や植物を見て感心したが、明治末頃のヌードデッサンにも感心した。この基礎があり、そこからの展開と成熟がある。そのことを思うとやはり安井は偉いと思う。

梅原龍三郎『ナルシス』 これも色んなバージョンがある作品で、モデルは全てご本人。梅原は若い頃こんなジョークを飛ばしていたそうだ。
「梅原龍メイ・グァンロンと名乗って、京劇の梅蘭芳の向うを張ろうか」
アクの強い風貌だと思うが、谷崎潤一郎同様よほど自信と茶目っ気があるのだろう。楽しい話だ。

『竹窓裸婦』 大原美術館で最初にこの絵を見たとき、気持ち悪く思った。まだ十代だったから、この青色の肉体が不気味だったのだ。今は普通に対峙する。
しかしあのときの気持ち悪さを感じた時のほうが、今より何かしらこの絵に対して<感じ>たのだった。

佐伯祐三はいつまで経っても未構築の(多分永遠に)大阪市立近代美術館コレクションの中核となる画家なので、しばしば地元で名品を見る機会に恵まれている。その佐伯がヴラマンク大先生に罵られてガチョーンとなってから描いた作品が出ていた。
『オーヴェールの教会』 重要な作品。全てはここから始まったのだ。
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『滞船』 これはそのヴラマンク風の作品で、描かれているのは大阪の安治川あたり。今もこうなっているのだろうか。実はあまり知らない場所なのだ。

前田寛治『メーデー』 初見。未来派風と解説にあるが、こちらへ押し迫る人民の行進にぎょっ。
色もちゃんと赤色だ。’20年代の熱さを感じる。
ロシア革命からたった7年後の作品なのだ。

同じ赤色でも『裸婦』を彩る赤色は違う。
この絵を見ると石川淳の描くアブラギッシュな女たちを思い出す。
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子供の頃、切手になった小出楢重の『Nの家族』が気持ち悪かった。しかしこの十年の間に、小出はわたしの中の日本洋画家ベストの上位に入る人になっていた。
『自画像』の背景にあくどい幕末の錦絵を配するところが面白い。

『パリ、ソンムラールの宿にて』 小出はパリに<行った>が、パリを好まなかった。彼は達者な随筆にその頃のことを書いているが、面白くて仕方ない。この絵は窓から見える町の様子を描いているが、小出は随筆や手紙の中で「パリでは得るものがなかった」と書いたが、帰国後の絵の変容を見ると、やっぱり外遊がよかったように思える。

藝大は卒業制作は自画像と決まっているそうだが、藤田嗣治の卒制・自画像は「・・・え゛?」だった。つまりオカッパ・フジタになる以前の藤田くんがそこにいた。よく昔の写真を見て「うそ?」と笑うことがあるが、これも多分そのクチだろう。(しかし作品としては決してまずくはないのだ)

『タピスリーの裸婦』 去年藤田の大々的な回顧展が開催されたが、この絵はあちこちに使われていた。女の乳白色の肌もいいが、実はここにいる白地にキジ柄の猫がいい。猫好きな者は裸婦よりついつい猫に気を取られてしまうのだった。
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『わたしの夢』 これも去年の回顧展で見た作品で、とても気に入ったものだ。眠る女の周囲に怪しげな動物たちがぞろぞろぞろぞろと。
楽しい夢か奇怪な夢かはわからない。

林武も子供の頃は見ない画家だったが、今は「いい」としか思えない画家だ。大体独立派の洋画家がいつの間にか好ましく思えるようになっていた。
『裸婦』 却って今風なのが不思議な作品。ドイツのミヒャエル・ゾーヴァのような透明感とシャープな不気味さがある。
若い頃はこんな絵も描いたのか、と新鮮なものを感じた。

『ノートルダム』 濃い緑、金色の建物・・・この塗り方が林武のパブリックイメージたなのだ。

これまで里見勝蔵をいいと思ったことがないが、ここにある『室内(女)』はたまらなくいいと思った。例によって赤を激しく使った作品で、きつい眼がいい。ぐわっとこちらに迫るような強さがある。
なんだか随分かっこいい女だと思った。

パリに留学した洋画家たちを見た後、藝大コレクションの名品も見た。
その中の洋画家たちの作品を挙げることにする。
明治の黎明期の作品ばかりなので、これはこれで最近とても親しいものたちだった。

高橋由一『美人(花魁)』mir063.jpg

リアリズムで描くと美人がそうでなくなるのは、なんとなくいやなものだが、これは個性的な顔立ちの女だと言える。
鮭と花魁が由一の絵の中でも特に有名だと思う。

原撫松『裸婦』 背を向ける裸婦。
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以前何かの雑誌でこの裸婦を写したものを見た。
こちら。mir065.jpg

きれいなので絵も写真も手元においてある。

岡田三郎助『西洋婦人像』 眼を見開いているのは三郎助の女の特徴にしても、これはヒッタイトの彫像に似ている。そこから想を得たのか、それとも彼女はそんな顔なのか。

五姓田義松『操り芝居』 これは松本深志高校の展覧会に出た分だ。
チラシだけは手元にある。洋風の操り芝居。『母を訪ねて三千里』のペッピーノ一座や、ギャリコの『七つの人形の恋物語』(映画ではレスリー・キャロン主演の『リリー』)を思い出す舞台。
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こちらも東博ほどではないがかなり混雑している。建物の構造上、どう考えても不条理な場所にあるミュージアムショップも賑わいでいた。
ご年配のお客さんが多かったが、繁盛するのはめでたいことだった。

出光の『肉筆浮世絵』後期を楽しむ

前期を大いに楽しんだので、後期も期待して出かけた。
出光の『肉筆浮世絵のすべて』後期。割引券で見ましたよ。
前期はぐるパスで。
例によって延々と書いているので、読まれる方、がんばってください。
前期内容はこちらです。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-819.html

それからこちらは手元から現れた懐月堂安度の『立姿美人図』
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ダ・ヴィンチの『受胎告知』を見る

受胎告知。
「めでたし、聖寵満ちみてる御方、主御身と共にまします。
御身は女のうちにて祝せられ給う」アヴェ・マリアより
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遅ればせながらやっと東博のダヴィンチを見に行った。
チケットはokiさんからいただいたが、内心ギクッとした。
そう、わたし今回パスしようかと考えていたのです。
国立博物館友の会も期限切れたし、フィレンツェで見たし、混んでるし・・・
と3つの理屈をこねていたが、やっぱり行ってよかった。
行って絵を前にすると、<実感>がある。

実感。わたしの感じた、喜び。
マリアに天使がお告げに来る。受胎告知。
マリアの手は驚いているものの、表情は既にそれを受け入れている。
マリアの丸い頬、薄いまぶた、小さな口許。
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掌に収まりそうな幼ささえ感じるのに、最早昨日までの少女ではなくなっている。
それをダヴィンチは描いている。

チラシやwebで見た限り、そこに関心がゆかなかったのに、実際目の当たりにすると強く眼を惹いたものがある。
マリアと天使の足元の草。
これはやはり間近で自分のナマの目で見ないとわからない。
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草は深い色をしている。
ところどころに白い小さな花が咲いている。
天使の影が差すあたりは草の色も濃く見える。
天使にも影があるのだ。リアルな肉体があるのをその絵で知る。
霊体だけではなく、影を生み出す重感がそこにある。
左手に持たれた白百合。その白さが際立つことがないのは何故だろう。
百合の白さより、足元に咲く野の花の白さに心がときめいてしまう。

天使が去った後、その踏まれた地の草花はどうなっているのだろう。
ダヴィンチの絵にはそんなことを考えさせる力がある。

マリアは本を読んでいた。
何を読んでいたかは知らない。二千年前の女の読む本ではなく、五百余年前の紙の本。オーパーツだということに意味はない。
マリアが静かに本を読んでいるところへガブリエルが現れたのだ。
百合をささげて、聖なる処女の身体を借りるという。
空っぽの身体、芽吹くもの、処女・懐胎。
緊張と怯えは他の画家が描くマリアたちより薄いようにも思う。
硬質な表情とはいえ、その唇がゆっくり開いてゆく様を想う。

ガブリエルの頭の下げ方は緩やかに優しい。
額から鼻へのラインが随分きれいだ。
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ルネサンスの頃にはこうした顔立ちの人が実際にいたのかもしれない。
髪の一筋一筋を眼で確かめるわけにはいかなかったが、緩やかなウェーブが残像として意識に残る。

二人のまとう衣服の質感にも感心した。やはりこれも間近で見ないとわからないものだった。布の質感がリアルにそこにある。
ドレープが、ごわつきが、柔らかさが、風通しが。

間近で見て素敵、と思ったものがもう一つある。マリアの書見台。
これはこの時代に実際作られた石棺か何かの意匠をそのまま転じたそうだが、見応えがあった。わたしは近代建築が好きなのでこれまで洋風建築の意匠を色々見てきたが、これはとてもよかった。
コリント式とイオニア式とシェルまで併せた素敵な意匠。
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ルネサンスは古代回帰を謳ったので、こうした古代ギリシャ・ローマ風の様式が流行した。それがこんなところにもある。

やはり見に来てよかった。思えばウフィッツイで見てから十年が過ぎていた。その間にわたしも多少の知識が増えている。
大混雑だったが、かなり楽しむことができ、来れたことを感謝した。


ところで平成館の展示だが、巨大な馬の足と可愛いライオンと、少年イエスの彫像はマジメに見たが、それ以外はあまりきちんと眺めなかった。
人が溢れていたので簡単にサラバした。
惜しいといえば惜しいが、大勢の子供さんが歓声を上げるのを聞くだけで、なんとなく満足したのも事実だ。
'97に大丸でダヴィンチ美術館の所蔵品展があった。
『科学者レオナルドの機械模型展』
それを思い出している。だから翼の模型など懐かしかった。

その後は速やかに常設展示へ向かっていった。

マリアの御手。mir059.jpg

六月の旅は

6/8から6/10まで首都圏にいた。
首都圏、と書いたが正確なところはわからない。
展覧会にはたくさん出かけたので、それらの内容はまた後日にちびちびでかでか書こうと思う。
とりあえず概要。
私は基本的に飛行機で動く。8:30に羽田についてから京急で品川に出て、そこで一旦外へ出てから730円のJR一日乗車券を購入した。
買った以上は使い倒さなくては気がすまない。
まず上野に行く。
美術ブロガーさんの大半以上の方々は既にレポ挙げ済みのダヴィンチ観に行く。
9:40についたらもう早、行列してる。金属探査だというのは、先行の皆さんからの情報。
10分後に入る。苦労して一番前にも行く。
観てから常設展にもゆき、今度は藝大へ。
これまた随分人が溢れている。
平日金曜日になんで?と思いつつ藝大ぐるぐるしてから、今度は有楽町へ。
出光までの道路が工事のためにデコボコですよ。こけそう。
中で一休み。ガラスの外には動かなくなってる車の列と、エンデとベックマンの法務省の建物が見える。
次は品川の原美術館。ヘンリー・ダーガー展。ワタリウム以来かな。
そこを出てから目黒の庭園美術館へ。
するとこんな素敵な情景が広がるやないですか。
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彫刻の鹿像と薔薇と紫陽花。
これはこの位置からのショットがベストだ思う。
庭園に出ると薔薇も咲いていた。
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それから私とシカ達の見たアジサイはこちら。
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それからナゾの花。P1858.jpg

あげくわたしはここで籐椅子に腰掛けて記念撮影までしましたよ、オホホホホ。
てれるぜ。
次に渋谷のたばこと塩の博物館。
それから三鷹に出た。ここは追い銭して外へ出て、ユトリロ見た。

翌日は鎌倉から八王子というコースなのでみどりの窓口に相談に行くと、ホリデーパスを勧められた。2300円。
おおっこれはスグレモノ!わたしの行くところ全て網羅されてる。
江ノ電だけは別やけど。
窓口のイケメン君のおかげで嬉しいことになったけど、以下会話再録。
私「鎌倉から横浜に出て八王子なんですが」
イ「・・・まだはっきり下車地は決まってない?」
私「いえ、決めてます。御茶ノ水から北鎌倉、鎌倉から関内、桜木町から八王子、そこから新宿経由で御茶ノ水なんです」
イ「・・・・・」
(お得なコースを考えてくれていたのか、それともコースのメチャさに沈黙してるのかは不明)

日本近代洋画への道

神戸の小磯記念館で特別展『日本近代洋画への道 高橋由一から黒田清輝・青木繁まで 山岡コレクションを中心に』展が開催されていた。
10日までの展覧会で、各地巡回していたようだ。
昨秋松本に遊んだとき、松本深志高校創立百年記念としてその展覧会が開催されていて、行き損ねたのが惜しかった。
しかし今回okiさんからチケットをいただき、嬉しく出かけた。

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シャケである。
とにかく日本の洋画の最初と言うか明治の洋画・黎明期の<これ>と言えば、シャケに尽きる。
高橋由一『鮭』 美術に無関心な人でも皆さん大抵これは知っている。知っているが実物を案外見ていないものだ。
荒巻鮭についたタグには「日本橋 浜町」と言うような文字が見えるが、本当かどうかは自信がない。
しかしこの鮭は実に堂々としている。現在では荒巻鮭のお歳暮なんて滅多に見ない。なんとなくこの絵を、昔風の台所があれば、荒神さんの横に張りたくなる。そんな堂々とした鮭なのだった。

慶応二年か三年の由一の自画像。無論丁髷。タイトルもずばり『丁髷の自画像』 百四十年ほど前のニホンジンは丁髷がメインだったのだ。

桶の中からタイや鯖らしき魚がはみ出そうになっている。
桶には「魚古゛ん」の焼印が打ってある。
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この絵から何十年後かに玉城末一が似たような構図の作品を描き、更に数十年後に、森村泰昌氏が自分の顔をCGでくっつけていた。
イキがいいのか悪いのかわからない魚たち。
嬉しいのは水彩画の三匹の寝てる猫。可愛い!撫でたくなった。

なんとなく見かけたことの多い作品が色々とある。
ワーグマン『東禅寺浪士乱入図』 刀振り回す攘夷の浪人たち。見たことありますよ、こちらも。
そのワーグマン夫人を描いた作品はなかなかきれいだと思う。林の中を散策する日本女性。
そして『百合』 mir055-1.jpg

花瓶が面白い造形。白い筒型の胴に龍が巻きついている。

百武兼行『ブルガリアの女』 これも以前からよく見る作品だが、改めて眺めると、やはりいい感じだと思う。ブルガリアのブラウスがきれいだし、黒髪のうねりがいい。
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明治初めの絵師武士・床次正精『福山城』 石垣の上にぽこぽこ城が建つ。岡鹿之助風な描き方で、しかもアンリ・ルソー的構図。
素朴派が日本にもこの頃?という感じ。実に可愛い。

明治初めの外光派の洋画家たちの先生・コランの女たちはみんなとても綺麗だ。透き通るような肌がいい。木にもたれる裸婦の背中。
・・・うなじからそっと撫でてみたくなる。
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『浦島』の山本芳翠の戯画が楽しい。神話や伝説を絵画化した作品を見てきたので、この画家の戯画は初めてだった。
議会のスケッチ。だから戯画なのかもしれない。
A・演舌。寝てるのもいる。B・乱闘。刃物抜く奴もいる。
灰色の薄墨でさらっと描いている。

五姓田義松『少年法界坊』 え゛?・・・山伏のナリをした少年。これで法界坊なら一体どんな小悪党なんだ?
『駿河湾風景』 湾曲しているというほどではないが、関西の人間から見ればなんだか新鮮だ。富士山のすがたがあり、そして汽車がゆく。
『人形の着物』 洋の東西を問わず祖母と孫娘との関係は幸せな風景が多い。おばあちゃんが孫のためにお人形さんのお洋服を縫うてくれている。二人の足元にはアメショーぽい柄の猫が寝ている。
わたしもおばあちゃんにリカちゃんシリーズの人形のマントとか布団とか縫ってもらったなぁ。

その妹の渡辺幽香『渓流』 ツツジ等が咲く岩から流れ落ちる清流。クールベ風。いい感じ。

湯浅一郎『妓生図』 キーセンと言えば土田麦僊の絶筆を思い出す。
この1913年の妓生は立膝をしている。韓流マニアによると、立膝は楽らしい。服飾の構造が異なるのと文化が違うので、日本では立膝はよくないのだった。額の綺麗なおねえさん。

小林鐘吉『舞妓』 由一の花魁と違い、こちらは随分愛らしい。
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やはり舞妓ちゃんは可愛いほうが嬉しいわな。

曾山幸彦『洋装少年』 これは外国少年を描いた、もしくは模写か。
巻き毛の少年が紺色のベレー帽をかぶっている。可愛い。
ところで、この画家の名前を見るといつも思うことがある。
かつてヤマサチヒコ、と読んでしまうのだ。
曾て山幸彦。わだつみのいろこの宮へ。・・・・・

山下りんと言えばイコンの画家と言うイメージが強いが、ここにあるのはそうではない。つまり山下りんは宗派の違う教会に出入りしたことがばれて、不遇な状況に陥ったそうだ。
『機密の晩餐』 つまり『最後の晩餐』で、イエスを中心に十二使徒がいるが、皆の頭には光の輪がある。しかし一人ユダにはなく、かれの後ろ手に隠された手には金の入った袋が握られている。
これを見たときわたしはルネサンスの画家でもジョットでもなく、なぜか太宰治の『駆け込み訴え』の方を思い出していた。

満谷国四郎『かぐや姫』 以前からとても好きな作品。竹取の翁は明治以前のいつでも見られそうなナリでいるが、かぐや姫は奈良朝の衣裳を身につけている。
これはやはり『竹取物語』が奈良時代に成立していることからの選択だと思う。絵本などからのイメージで、十二単の美女と言う姿が思い浮かぶが、それは物語成立後の時代のイメージなのだ。
髪を結い上げた美少女の憂いがちな表情がいい。
満谷のふくよかな女たちとはまた異なる、少女の姿。

川村清雄『ベニス風景』 川村と言えば『形見の直垂』もしくは『勝海舟肖像画』が思い浮かぶから、風景画を見るのは初めてだった。
百年以前のベニス。毎年30cmずつ沈む美の都。海から生まれ海へと消える運命が、そこにある。
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建物の裾からゴンドラが現れている。沈む都、それを感じる絵だった。

ジョルジュ・ビゴー『万歳』 ビゴーは日本風俗に詳しいから描写もリアルだ。しかしここには才蔵がいない。

ラグーサ玉『睡蓮池』 横長の画面は、欄間とほぼ同サイズ。明治初めの洋画家は横長の絵も多く描いた。つまり日本家屋に合うようなものを。
これもそんな匂いがする。睡蓮は白、ピンク、薄紅が咲き乱れる。

橋本邦助『姉妹・野ゆき』 栃木で開催された回顧展には行けなかったが、チラシは置いている。なかなか素敵な絵を描くと思う。
ここにいる姉妹もいい。緑色がきれいだ。

青木繁『二人の少女』 愛らしい女の子が日傘をさしてこちらに顔を見せている。友達または妹とおしゃべりするおしゃまな少女。
青木のその早すぎる晩年は物悲しい作品が多いが、この少女は愛らしいと思う。
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山内愚僊『住吉』 住吉さんは船の神様だから船の航路を照らすために高燈籠が数多くある。現在もそう。
住吉さんの夜の景色、燈篭と船がある。

山岡コレクションは見応えのあるいいものだった。

ここは小磯記念館なので、当然ながら小磯良平の作品が並ぶ。
大正末頃の『裸婦』 まだ岸上姓の頃で、藤三、と書き込みがある。
東北の藤三旅館なのだろうか。
若い頃の作品なのに、もう小磯良平の味わいが滲み出している。
そして絶筆に近い作品を見る。
やはり最後まで<小磯良平>だった。崩れることもなく。

ここでは初期から晩年までの小磯の絵の流れを、ゆつたりと眺めることができる。

パイレーツ・オブ・カリビアン3見ました!

パイレーツ・オブ・カリビアン3見ました!
とにかくジャックがカワイイとしか言いようがない!
ジョニー・デップはなんであんなにカワイイのだーっ
話の筋とか展開とか「なんでこうなったか」はよくわからないけれど、それでもいいや、という感じでジャック・スパロウに萌えましたよ!
ネタばれというより、シーンばらしになるけれど、とりあえず可愛いジャックを追っかけよう!

世界の果てに閉じ込められてる間、船上にいる奴ら全員がジャックなのがまた笑える。石を投げたら実は蟹だったり、そいつらに運ばれて船が海に出たり。シュールな情景でしたなあ。それも日本のシュールレアリスムみたいな雰囲気があった。
多分白い空間だからそう見えたのでしょう。<間>というやつさ。
それにしてもあの真っ白な空間は亜空間かな、『マトリックス』を思い出した。
言うたら一人ぼっちでデイヴィの墓場に閉じ込められてるわけだけど、そこでも孤独でないのがすごい。永遠に独り言で過ごせそう。
一人で船を曳こうとする姿を見て、観客はみんな笑ったけれど、わたしはちょっとヘルツォークの『コブラヴェルデ』のラストシーンを思い出した。
ジャックにはあの悲惨さはないけれど。

一方こちらブラックパール号は星の海を行く。ボロ船なんて書いたら失礼ね。
襤褸の船、星海を往かんとす。
でも風がないのでどうにもならない。
あげく滝に落ちてますがな?

まあなんとか皆さん再会したりなんだかんだはいいけど、裏切りに継ぐ裏切りというか、各自の思惑が入り乱れてて、話の展開がよくわからない。
「あ、そうなん」と思いつつ「あれ、そうなん」という感じで、だから話の展開を追うことはやめた。
関係ないが、船乗りにはオウムが付き物なのはいいとして、いつもの犬と猿がいい、名演技。
はっ 犬、猿、鳥?モモタロウですがな。モモタロウも船に乗って押し寄せて略奪してたな・・・

さて海賊の評議会。みんなメチャクチャ。そこへ掟の番人現れる。ティース。
おお?キース・リチャーズ!きゃっ嬉しい!
かっこいいのよ?ジャックのパパ。
あの鼻・・・
(ジョニー・デップがジャックの役作りにキースを参考にしたというだけに、よく似てるのだ)
さりげなくギター弾いて・・・ときめくなぁ!
親父に倅は負けましたな。でもそこがカワイイ。
あごひげにもアクセサリーつけてるけど、あれもパパからのご伝授なのね。
「父さん・・・母さんは元気?」
黙って干し首を差し出すパパ。
お母さん、変わり果てた姿になったとは言え、常に亭主に携帯されてるんですね。ある意味シアワセかも・・・。

それにしてもエリザベスは強いよなー腕っ節。
ターナー君はなにやら選択を間違えたような・・・
いや、そんなこともないか。
デイヴィの心臓を突き刺したら、ソヤツが次のフライング・ダッチマンになるしねぇ。
とか言うてたら、ターナー君、殺されてるし。
またジャックのセコさがカワイイ。
死にゆくターナー君の手でデイヴィの心臓刺させるし。
おー次の不死の人はターナー君決定!
ちょっと前にジャックも不死の人もいいよな、と思ったようですが、パパから「誇りと正気を保て」と諭されてるし。
うーむ、あれは他の男なら違うことを言うだろうけど、あの倅にはピッタリですわな。

不死の人はフシのひとでもある。父子でフライング・ダッチマン号か。
10年に一度の帰還になるわけですか。
時々存在忘れるけど、がんばれターナー君。

さーて、例によって例の如くジャック・スパロウさんは船を失くしましたね。
女の人ひっかけて「これこれきみきみ」と言いたくなるようなこと言うてましたが。雀・雀・・・じゃっく・Sparrow

さーて長い長いエンドロール。なかなか名曲です。
おやおや、この途中で立つと残念なことになるのに。
わたしも友人も何があっても、最後明るくなるまで絶対に立たない。
STARWARSのエピソード1のラストにもちゃんとおいしいオマケがあった。
まだ可愛いアナキン坊やの暗い未来を示すように、コーホーコーホーというダース・ヴェイダーの呼吸音がありましたよ。
・・・出た。
十年後、入り江を眺める母子がいる。
緑色の光に乗って船が現れる。
うーん、それなりにシアワセなのだな。しかし妻と子ばかりがトシをとるのもつらいもんですよ。
・・・そんなことを考えましたな。

ああ、可愛かったジャック・スパロウ船長。
3時間ほどだけど、展開もよくわからないけれど、キャラがみんな立ってたから、楽しかった!
次があれば(どうかな)次も見に行くよ。

映画から生まれたキャラでは、このジャックとレクター博士がわたしの萌えキャラの双璧です♪

狩野永徳の屏風新発見

秋に京都国立博物館で狩野永徳展が開催されるが、その前にこんなめでたいニュースが入ってきた。

見つかったのは「洛外名所遊楽図屏風」。4曲1双で右隻、左隻それぞれ縦85.4センチ、横269.4センチ。京都の嵯峨、嵐山、宇治などを舞台に紅葉の下で酒宴に興じる武士や平等院に参詣する人々、農作業の様子などが鮮やかな色彩で詳細に描かれ、当時の風俗を伝えている。
 狩野博幸・同志社大教授(日本近世絵画史)が同館に在籍していた05年夏、京都の古美術商で見つけた。落款はないが、狩野教授は「絵に独特の格がある。(永徳作とされる国宝の)『洛中洛外図屏風』と筆遣いや絵の具の質が酷似しており、真筆に間違いない」と話している

http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070606k0000m040069000c.html
いいニュースだなぁ。

京都の古美術商から見つけたというが、やっぱり何が現れるかわからないのが<京都>やなぁと感心する。
以前も俳優の栗塚旭さんが市で橋本関雪の軸を一本見つけているし・・・。

狩野永徳展には洛中洛外図・上杉本が来るのが目玉だと思われていたが、こうして新たにお宝が現れるのは、つくづく凄いことだと思う。

こちらは岩波書店から出ていた『京の四季 洛中洛外図の人びと』林屋辰三郎氏の解説と部分部分のビジュアルも詳しい、素敵な本。今もあるのかどうかは知らないが、手に入れれて嬉しかったのは確かだ。
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展覧会は10/16-11/18だから紅葉の季節にはちょっと早いが、京都で大いに楽しみましょう。

日本近代画家の『絶筆』

日本近代画家の絶筆 そう題された展覧会に出かけた。
絶筆。作者の最後の作。
文学やコミックなどで、途絶した作品に行き当たるたび味わうせつなさ。
それとはまた異なる感覚があるような気がして、兵庫県立美術館へ行った。

チラシには古賀春江の『サーカスの景』があった。
わたしは古河のこの絵が好きで、何年も前から展覧会に出るたび見に行った。
見る度に新しい発見があり、好きだという気持ちが深くなり、そしてその夭折を惜しむ思いで、自分勝手に鬱屈する。それを再び味わいたい。

百人ほどの画家の絶筆作品を集めた主旨が、チラシにはこう書かれている。
「・・・絶筆の多様性を浮き上がらせたい」
なるほどその通りだ。
円熟したときのもの・死と向き合いながら己の生を刻みつけようとあがいたもの・自覚しない死のために機嫌よく描かれているものなど。
生まれてくるには一つの方法しかないが、死に方は人の数だけあるのだ。
悲惨さと同時に、奇妙な明るさに彩られた諦念なども見えてくるかもしれない。

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図録の表紙にもなり、チラシにも出るだけでなく、ポスターにもなったのが、青木繁の『朝日』 朝日とも夕日ともつかぬ太陽が、海のそばにある。
いい絵だと思う半面、『わだつみのいろこの宮』『大穴牟遅命』『輪廻』『天平時代』などを描いていた明治浪漫派の画家が描かなくても別によいと思いもし、それが結局のところ、青木の衰退そのものなのだと気づく。

洋画界の帝王だった黒田清輝の絶筆は窓から見える『梅林』だった。
随分な厚塗りで、梅の花の細かな描写はされず、梅林の中の風景を描いている。
ピンクならピンクの線がガーッと塗られて、それが即ち満開の梅。
粗い絵なのだが、なんとなくある種の悲しみを感じた。
功成り名遂げた巨匠が最後に描いたもの・・・
作品を前にして、感慨にふけっている。
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長原孝太郎『明星』 実はこの作者を殆ど知らない。絵は薄い鶸色と暗い萌黄色の、空と海との境目が曖昧な時間帯の中に輝く明星を、右上に小さく輝かせている。それを見る人がいる。ギリシャ哲人風の仏陀だった。
道を行く人の見る、明星。明治浪漫主義の星の欠片がそこにある。

前田寛治と言えば逆蒲鉾型の目をした、ふっくらした女をすぐに思い出す。ここには『海』が描かれている。
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故郷の海。鳥取の日本海の波がある。
この絵は葬儀の際、自画像として飾られたそうだ。倉吉博物館蔵。郷里の博物館にこの絵は安住する。

色んな死のエピソードがある。
洋画家青山熊治と日本画家平福百穂のそれは似ている。
どちらも兄の見舞い・または葬儀のために郷里へ帰り、そこで急死している。
青山は東京から汽車の旅で富士を見た。それを機嫌よく描く。台形の富士。生野の郷里は遠い。死の前兆を知らない青山は絵描きの習性で富士を描いたのだ。
だからこの富士はあくまでも明るい。
百穂は『五位鷺』を残した。本人もまさか自分がいきなりこの世を去るとは思いもしなかったろう。

山元春挙『梅図』未完の作は、薄墨で描かれた梅だった。梅の蕊は微かに金色を帯びている。完成される日はついにこなかったと言うが、しかしこの梅の絵は静かに美しい。

とうとう春江の『サーカスの景』の前に来た。久しぶり。
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最初に見たのは誰かの本の表紙だったか。’92の東京近代美で回顧展があり、そのとき随分長く眺めた。
この絵の所有先・神奈川近代美でも見ている。
そしてこの絵は手が震えてサインが出来ず、友人にサインを入れさせたそうだ。
古賀春江の友人だった川端康成はこの絵について『末期の眼』に書いている。「しいんと静かな絵」その通りだ。
動物たちが動いているのに、しいんと静かだ。
左端の虎たちがキスするように近づいている。象は笑っている。アシカも。
物音のしない絵。一瞬の時を切り取ったのではなく、永遠のストップモーション。
(毎年六月(丁度今の時期だ)茨木市の川端記念館では川端康成ゆかりの画家たちの展覧会が開催されている。
‘97には古賀春江展も開催された。小磯良平、東山魁夷などの展覧会もあった)
川端は多くの葬儀委員長を務めている。春江のときどうだかは知らない。

三岸好太郎の作品群でいちばん好きなのは、貝殻と蝶のいる風景だ。
シュールで、そして美しく、見ると明るい気分になる。
春の海 ひねもすのたりのたりかな 
この句が絵になれば、この世界になるような気がする。
A4版より少し大きいくらいの画面に、大きな<のんびり貝>と蝶と魚が、狭さも忘れてぎっしり詰め込まれている。
もっとたくさんこのシリーズが見たいと切望するが、当人は若いまま急死する。なんとなく、機嫌良く走りながらあの世に行ってしまった、そんなイメージがある。
そして彼の死で妻の節子は、自分の芸術が生きて行くことの出来る実感を、持つ。
どちらの芸術もわたしは、好きだ。

満谷国四郎『薔薇』 満谷のふくよかで、黄色味がかった肌の女たちが好きだ。昔の日本の女のやさしい肌。それを満谷は描いた。
この薔薇にもそんな豊かで、そして優しい何かが含まれている。
白と黄色の薔薇が藍色の花瓶に活けられている。花瓶は胴の短い丸ぼったい形。花も花瓶もどちらも満谷の描く女のひとのようにふくよかだ。
和やかな臙脂色の背景。絶筆とは言え、円満具足な何かをそこに感じる。

その同じ年に自死した佐分眞の連作(のような)『伊豆の海』『伊豆風景』『伊豆の浜辺』を見る。母親と息子を連れて遊び、翌日には自死する。
どんな心模様があったのかはわからない。
絵は色をベタッベタッと置いたものだった。絵から心は・・・読み取れなかった。

岡田三郎助の『編み物』は、和やかな作品だった。
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画家の好きな青色が多く遣われ、見ていても重苦しさのない作品だった。
しかし画家の亡くなったこの年1939年は、彼の所属した楽しい会の消滅の年でもあった。
九九九会。泉鏡花を中心とした親睦会。
雪岱の随筆から挙げる。
「・・・九九九会の第一回を開きましたのが、昭和三年の五月二十三日であります。それから世話人まわりもちで、昭和十四年八月まで一回も休んだことがありませんで、百三十六回になりました。その間のさまざまの事を想い出しますと、まことに胸がせまるのであります。昨年九月七日に泉鏡花先生逝去、同月二十三日に岡田三郎助先生逝去、そして、この三月二十三日に水上瀧太郎氏の逝去とは、何という事でありましょうか。
 私は水上氏の逝去にあい、その遺骸を拝しまして、肉の落ちられました故か一度に年をさかのぼって、初めて泉先生にあわれた頃の、大正五年頃の秀麗な悌に拝され、真に感慨無量でありました。」
その雪岱も翌年には急死している。雪岱の絶筆は挿絵だった。未完となり、残念なことだと思う。
http://csx.jp/~amizako/komurasettai.txt

画壇から離れ、六甲に隠棲して、仏画と牡丹と山とを描く晩年をすごした村上華岳の絶筆は、やはり『牡丹』だった。
ここにあるのは墨絵の牡丹。花びらが墨で暈されて、雨の中に咲くように見える。
晩年の華岳を囲む頒布会の写真を見たことがある。インド人のような風貌はなかなか楽しそうだった。

長谷川利行の残された作品を見ると、ある種の痛ましさを感じる。
それはやはり彼が困窮のうちに行路病者として生を閉じたことが関連するからだろう。彼の描いた赤い煉瓦倉庫など、好きな作品がアタマの中を横切るが、「形見の焼却処分」を思うと残念だとしか言いようのない。
パステル画の『質屋の子守』・・・これが絶筆かどうかはわからない、というのが痛ましい・・・。

秦テルヲは近年京都近代美と練馬美で回顧展が開催されたので、多少復活し、名前も作品も知られるようになったのではないか。
関西ではしばしば彼の作品を見る機会があるが、見るほどに印象が変わって行く。
『日月神』日の絵と月の絵。どこか仏教的な匂いのする作品。回顧展で彼の延々と描いた絵日記を見たが、そこには野菜や植物の絵が添えられていた。日月星辰。野菜の果てにそれがある。そして現代の画家・井上洋介にこの系譜が続いているような気がした。

「青木繁は日本の洋画史に必要な画家だが、わたしはそうではない」
そういう意味の言葉を残した坂本繁次郎の絶筆を見る。『幽光』静かな画面には小さな星のきらめきを感じる。

今西中通は知らない画家だ。三枚の薔薇の絵がここに出ている。赤い薔薇、オレンジの薔薇、青白い薔薇。死の床についた彼からの最後のプレゼント。
人恋しさのにじむ薔薇・・・

児島善三郎『薔薇』 今度府中美術館で回顧展がある。どう考えても行くのが苦しいが、なんとか10日の朝一番には行くつもりだ。この人の名を最初に知ったのは、今東光『春泥尼抄』からだった。
50年ほど前の大阪。クラブで遊ぶ青年たちが、壁に掛かった児島の薔薇の絵を褒めるシーンがある。豪華なクラブという設定なのでてっきり絢爛な薔薇かと思っていたが、実際児島の作品を見るようになると、カン違いに気づいた。
そしてそのとき初めて、作中のキャラたちの会話の<本当の味わい>がわかったように思う。
ここにある絶筆の『薔薇』は未完だと言うが、そんな風に見えない。
見ていてなんだか気合が入ってくる。

須田國太郎と言えば茶色の重厚な画面を思い出す。ところがここにある『めろんと西瓜』は、それぞれの特色である緑色も鮮やかな、明色の絵なのだ。
塗り残しが気に掛かることもない。
尤も、メロンとスイカが須田の重厚な茶色で彩られたら、傷んだフルーツになってしまう・・・。

鍋井克之の明朗な作品が好きだ。大阪人らしい<オモロさ>がある。
同じ大阪人で早く死んだ小出と同様、随筆にも明るい軽みとニヤリな味がある。81歳の絶筆『静物』 明るい青緑の布地の上にザクロ、クリ、カキ、イチジク、ブドウがあふれんばかりに置かれている。フルーツの大逆襲、そんな趣がある。

宮本三郎『暇眠』 数年前、庭園美術館と難波高島屋で宮本の回顧展があった。(その後に世田谷に美術館が出来た)
この絶筆作品は完成されている。そして展覧会に出された。
そのとき、最愛の奥様に絵と額との釣り合いを尋ねるエピソードが残されている。
この絵は主に赤で彩られているからか、元気な絵に見える。横たわる裸婦の肉もイキイキしている。周囲の人形たち、花。
思えばシュールな構図なのだった。
庭園美術館という特異な空間(旧宮家のアールデコ建築)に宮本の絢爛な裸婦たちが飾られていた風景は、何年経とうと忘れることは出来ない。
館に飾られた豪華な絵を眺める。まるで館の主に招かれた気分。
そんな喜びに満たされたことを忘れはしない。

去年三鷹で回顧展が開催され、大変な反響を呼んだ高島野十郎の作品が展示されていた。
あの三鷹での<高島空間>は奇妙な世界だった。
現実から乖離した感覚が今も神経や細胞質のどこかに残っている。
『睡蓮』
一枚限りだというのに、やはり不思議な違和感がある。
周囲と全く打ち解けない。融和のない世界。
蓮は池に咲いている。この池の周囲には現実の景色が描かれている。
しかし一向に現実感がない。まっすぐなはずなのに、斜めに池がずれているように見える。絵がずれているのではなく、意識のずれがそこにある。
生きながらあの世に行った人の描いた絵。そう思うしかない。

子供の頃、天女の話をよく聞かされた。
普通は三保の松原の、羽衣をみつけてそのまま喜んで天へ帰る話なのだろうが、わたしは余呉の天女の話を聞いて育った。
余呉の天女も天へ帰るが、地に残る子供に心を残している。
それがせつない。
三橋節子は’75に子供と夫を残して世を去った。その生涯は『湖の伝説』として梅原猛が記している。
その本は出版されてすぐ、我が家に入った。親が三橋節子のファンだったらしい。没後三十年以上経っても、三橋節子の名が時々我が家に現れる。
しかしわたしが展覧会を訪ね回る頃には、滅多に見ることのない画家になっていた。忘れられた画家なのか、大津在住だったハンデなのか。
とはいえ、彼女の作品は独特の雰囲気を持つので、一目見れば決して忘れない。
節子の『余呉の天女』は子供の頃に聞いた物語そのままの風景がそこに広がっている。
天空に昇りつつある母、右手には赤い着物を着た子供が座っている。
もう二度と会えない二人・・・
やはりこの絵を前にするとせつなさがこぼれてくるようだった。

岡鹿之助『段丘』 京都近代美で岡の回顧展があったとき、この絵がチラシになったように思う。
80歳の最後の作品。「この作品で油彩は終わり」と宣言しただけに有終の美を飾る作品だと思う。静謐な森のような丘の中に点在する可愛らしい家たち、手前のパンジー。
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岡の世界の集大成。見事だと思う。
円熟期の作品となんら変わることのない良さがある。
何も聞かずにこの絵と対したとしても、「静かで和やかでいいな」と感じるだろう。


この展覧会には現れなかったが、小出楢重の絶筆作品『枯木のある風景』のせつなさが胸に蘇る。小出はほぼ同じ構図の作品をいくつか制作していて、その中でも特に『六月の風景』はわたしの意識に強く残る作品だった。
これは十年ほど前のアートコレクション展で見て、わたしを捉えた作品だった。他の作品を見る時間が惜しいほど、この絵に見蕩れた。
絶筆に近い時期の、作品。そんな時期にこんな傑作が生まれるのか、と暗澹たる思いに駆られた。

各人の『絶筆』・・・個々の事情・個々の感性・個々の仕上がり。
福徳円満もあれば無念もあり、せめてもの希望を求めるものや、死から遠く離れたような淡々とした不思議な明るさに満ちたものもある。
それらを見ることが出来て、極めて幸運な気がする。

展覧会は7/8まで。
次は松本と富山に行き、それから先は元の居場所へ四散するのだった。

6月4日月曜日

6月4日月曜日。
里中満智子のコミックに同題の作品がある。
すごく印象的だったので、毎年6月4日になると友人たちと「今年は月曜日と違うねー」とついつい話題にしてしまう。
今年はその6月4日月曜日だ。
コミックの中で少女が余命一年と知り、その日が6月4日月曜日なので、それまでは懸命に生きようとする内容で、たとえば嫌いなロールパンを食べようとか、掃除をマジメにしようという<日常>を懸命に過ごそうとするエピソードが綴られている。
小学生のときに読んで感動したから、やっぱり今もついついこの日が近づくと内容を思い出す。

日常の中。
わたしはあんまり自分の日常を綴らない。だからたまには書く。

先日、カフェでお茶しながら久しぶりにのんびりしていた。
店に置かれた雑誌を読んだり、店員さんとちょっとお喋りしたりした。
ケーキを頼んだら見本がどれもこれもとてもおいしそうで、きれいで。
すごく手が込んでいるのに、一見そうは見せない所が却っておしゃれだと思った。味もとてもいいし。
夕方なのでカフェインはやめて木苺のシェイクを頼んだら、そちらもとてもおいしいけれど、目が回った。
実は私は甘いものの連打に弱いのだ。
うっかり忘れていた。

松谷みよこの名作『モモちゃんとアカネちゃん』シリーズについて、ある雑誌が特集を組んでいた。それを読み「うんうん、わたしも大好き!」と雑誌に向かって頷いていた。
店員さんが通りすがりに言う。
「わたしもモモちゃん大好きです」
そうよね、わかるわかる。黒猫のプーがなつかしい。
去年には姫路文学館で『モモちゃんの世界』展が開催されて、それを楽しんでもいる。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-517.html
ところでこの紹介文中で一つウケた。
成長してゆくシリーズなので、言えばビルディングス・ロマンなのだが、それを「大河童話」と記していた。タイガ・ドウワ。
しかし私はそれをオオガッパ・ハナシと読み、
「・・・昔確か日活がゴジラやガメラや大魔神の向うを張って作ったのがガッパ・・・大河童の話やったなー。なんでモモちゃんにガッパかなー」
一瞬、マジで考えてましたよ。

場所は変わって、遮断機が上がるのを待つ間、何の気なしに隣の車のナンバーを見た。
54?41。「コシよい かぁ」
わたしはすぐにそういう風に読み替える。足し算や引き算でもいいのに。
その<コシよい>車のボディを見て、笑った。
「麺類の○○」
なるほど、コシがよいはずだ。

とりあえず、そんなところで。

神戸文学館に行く

6月最初の土曜日、よく晴れて暑いです、ホンマに。

神戸文学館というのがオープンしている。王子公園の端っこのほうにあるレンガ造りの建物。
見るからにチャペル。mir046.jpg

それもそのはずで、ここは元関西学院の所有だったそうだ。
(1929年に売却)
地震からこっち神戸は色んな名建築を失ったが、それでもこうしてリフォームされたりリメイクされたりで、再生するのはいいことだと思う。
ところでここに挙げる写真は全てリーフレットなどから。
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デジカメさんねー「起きてね」言うたら「電池切れておなかへった」言うて寝てまいはったの。おまけにケータイくんまで同じようなこと言うてふくれたんかして、返事しやらへんの。時計もないやないの・・・
モバイルに見捨てられ、重荷になったのをクヨクヨ思いつつ中に入った。

天井が素晴らしい。ハンマー・ビーム・トラス。つまりビア樽を唐竹割りして、それを屋根にしたような感じ。
たしかプロテスタントだからか、薔薇窓というよりラムネ色のガラス窓。透明ガラスには葡萄のレリーフがあってなかなか可愛い。
また再訪するけど、次は秋ですよ。
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ここの常設は神戸ゆかりの文学者たち。そして企画展が『探偵小説発祥の地・神戸』 それが見たくてやってきたのですよ。
大体文学館が好きだ。文学少女・継続中。

先に常設を見る。ガラスケースに本や原稿の複製のほか、関連資料としての古写真が展示されている。
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神戸が本当に開いたのは明治から。それ以前は平清盛が福原を開いたけれど、長らくなんもなしだった。そういうわけで近代の幕開け=神戸の歴史と見做してよいでしょう。

明治、いきなり正岡子規。彼の入院した須磨保養院の写真がある。なかなか素敵な建物だが、子規はそのときから具合が悪くなったので、気の毒だ。
今も東遊園地に銅像の残るモラエス。彼は布引の滝に遊び、その感想をマカオで『極東遊記』としてまとめたそうだ。彼は奥さんになったおヨネさんの死後、その姪のコハルと暮らしたことを『おヨネとコハル』という著作にもしている。
新田次郎の未完の絶筆作品が『恋の浮島』で有名なモラエス伝だった。わたしは子供の頃、新聞連載をずっと読んでいた。
トアホテル写真や海岸通の古写真が素敵だ。欲しいな・・・。
まだ小泉八雲になる前のラフカディオ・ハーンが勤めていた神戸クロニクル社の写真もある。

大正になると谷崎潤一郎の資料が出てきた。秩入り特製『細雪』と復刻版『盲目物語』。・・・実はどちらも原作そのものより、舞台化されたものの方が好きだ。
細雪で思い出したが、谷崎の義理の息子の嫁に当たる渡辺千萬子さんが先日、『祖父・関雪と谷崎』という面白そうな本を出されてたので、読みたいと思っている。
盲目物語は’93頃、勘九郎(当時)の熱演を見ている。見ていたい芝居の一つだ。

細雪にも描かれた住吉の水害写真がある。おお、わたしの愛する白鶴美術館の真横の川が決壊して泥流どころか、岩ゴロゴロになっていた。
神戸は大昔から鉄砲水など水害に苦しんできたそうだ。

谷崎の1935年『摂陽随筆』には、阪神間の夏の暑さについて「うわー」な感じで書かれているが、そんな70年も前からこの辺りはやっぱり暑かったのか。
今日も本当に暑かった・・・

他にも賀川豊彦や山本周五郎、田宮虎彦らの原稿や資料などがあった。
そして石川達三『蒼茫』のブラジル移民の船出写真もある。
・・・偶然わたしは電車の中で’73発行の新潮文庫の本を読んでいたのだが、巻末にはその当時の他の本の宣伝がある。それをなんとなく見ていたのだが、ここに並ぶ資料のいくつかがあるので、なんとなく嬉しくなった。
やっぱりフランシス・ベーコンはいいことを言うと思った。
「古書は読むべし」実感やなぁ。

灘中のアールデコとモダニズムのかかったような建物写真を見た。素敵。これは遠藤周作の資料だった。狐狸庵以前の周作少年と友人の写真、素直なスナップだった。

久坂葉子の資料を見た。今生きていても不思議でないのに若く自死している。写真を見る。モダンな女。やはりその歳での終焉は不可欠だったのかもしれない。
この人や井上靖『三ノ宮炎上』というタイトルを見ると、すぐに久世光彦を思い出す。
久世さんの随筆にはそんな話があった・・・。

敗戦後の写真で一つ「え゛っ」となったのが、回教寺院を残して周囲壊滅というもの。神戸の空襲のことは手塚治虫『アドルフに告ぐ』にも詳しく描かれていたが、やっぱり戦争はイヤだ、根こそぎ何もかもなくなってしまう。

そして阪神大震災。
陳舜臣さんの『鎮魂』がせつない。その生原稿を見る。自分が見たあの頃の景色を思い出す。その以前の風景を思い出す。
ルミナリエが鎮魂のためのものだということを改めて考える。
そしてそこから復興した現在を展示して、常設は終わる。

次は企画。mir044.jpg

神戸の港には諸外国から客船・貨客船がたくさん入港しました。それらの船には長い船旅の無聊を慰めるために肩のこらない読み物、特にミステリーが 積み込まれてい        ました。 神戸入港時にそれらが 街の古本屋に出回り、いち早くとりついた人々の間から、神戸発のミステリーが生まれました。
神戸探偵作家クラブの主宰者の一人である 西田政治は、多くのミステリーの翻訳をしています。横溝正史は、西田政治の弟である徳重の親友でしたが、徳重の死後、政治と親交を深めるようになりました。
この展示では横溝正史を中心に、西田政治とその周辺も含めた作品、資料、写真などを展示し、陳舜臣に至る神戸のミステリーを生み出す風土を明らかにしたいと考えています。

ということだそうだ。

横溝の本が並んでいる。箱入りのものなどの他、掲載雑誌など。岩田専太郎の挿絵も魅力的な『真珠郎』や竹中英太郎の挿絵『鬼火』それから雑誌『宝石』S32・8月号(表紙は棟方志功の『花狩』の一部か)、横溝が編集長だった『新青年』(谷崎の『武州公秘話』がある。これを見ると『可哀想な姉』の渡辺温の可哀想な死を思う)、角川文庫版など。

横溝正史の作品で神戸周辺が現れるのは『悪魔が着たりて笛を吹く』などだが、そこには須磨の別荘地や新開地の敗戦後の姿が描かれている。
わたしはとにかく横溝にハマッていたので(今もこうして展覧会に来るほどだ)、横溝の描く場所にも深く興味を持っていた。
だからいまだに淡路島、須磨明石と言えば横溝の文章が思い浮かんでくるのだ。
ただし須磨あたりは今東光『春泥尼抄』をも思い出すが。
(源氏でも伊勢でもないのだよ)

なかなか楽しめた。無料の上、こんないいリーフレットもある。
クリックしてください。
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6月の予定と記録

さて水無月になりました。
今月もまたあっちこっちでっちします。
予定は未定の一覧表。

湯木貞一の茶友・後期  湯木美術館
バードハウス 小鳥を呼ぶ家 展  INAX大阪
大阪市パノラマ地図を歩こう  住まいのミュージアム
美の求道者 安宅英一の眼  東洋陶磁美術館
キリンの100年、ビールの100年  キリンプラザ
ベルギー王立美術館展  国立国際美術館
「聖地・巡礼─自分探しの旅へ─」  民博
20世紀の夢 モダン・デザイン再訪  サントリーミュージアム
日本近代洋画への道  小磯記念館
見果てぬ夢 日本近代画家の絶筆  兵庫県美術館
海洋堂 フィギュアミュージアム展  京都漫画ミュージアム
ディアギレフのロシアバレエと舞台デザイン  京都国立近代美術館
"まなびや"に咲く百花』展  京都学校歴史博物館
収蔵品展・後期  京都繊維大
屏風  京都歴史資料館
京大の国宝 山科・西野山古墓出土品 京大博物館
ティアラ展  京都文化博物館
オールドノリタケ展 海を渡った陶磁器 細見美術館
肉筆浮世絵のすべて 後期  出光美術館
風俗画と肉筆浮世絵 後期  たばこと塩の博物館
藤森建築と路上観察  東京都オペラシティ
春の名品展  藝大美術館
パリへ—洋画家たち百年の夢  藝大美術館
レオナルド・ダ・ヴィンチ 天才の実像  東博
モダン日本の里帰り 大正シック   庭園美術館
魅惑の東洋陶磁 會津八一記念博物館所蔵品展 八王子夢美術館
ヘンリー・ダーガー  原ミュージアム
田園の輝きー児島善三郎展  府中美術館
モーリス・ユトリロ展  三鷹市民ギャラリー
スチル写真でみる日本の映画女優  フィルムセンター
近代絵画の名品展 高橋由一から昭和前期まで 神奈川近代美術館
市井の暮らしと女性たち 清方記念館
澁澤龍彦 カマクラノ日々 鎌倉文学館
洋上のインテリア  日本郵船博物館
映画「パイレーツ・オブ・カリビアン3」
映画「狂つた一頁」
尼崎市内の近代建築探訪

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