美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

偏愛して20年

「なんという木か、途方もなく大きい木が一本、もろに横だおしに、地ひびき打って・・・・・・その木はだいぶまえから日でりにも風雨にもそこに野ざらしになっているようだから、たったいま落ちかかったわけではないが、それでもくろぐろとした幹はうなりを発するまでにすさまじく、あおむけにのけぞって、大枝も小枝もなく、葉の一つすらなく、手足をぶったぎられた巨人の胴体が泥まみれに、ほとんど血まみれに、投げ出されたという気配であった。」 
石川淳『狂風記』冒頭より。

衝撃だった。殆ど世界が変わってしまった。
'88.7.30、石川淳の『狂風記』を初めて読んでから、とうとう20年ほどが経っている。
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美術に見る水のすがた

逸翁美術館の夏の展覧会は、毎年涼やかなものと決まっている。
今年は『美術に見る水のすがた』 和の心・夏の時間にふさわしい展覧会だった。
展示は常よりやや少ない感じがするが、それが却って良いように思う。
暑い盛りに数が多いと、それだけで暑苦しくなる。
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この美術館は、逸翁小林一三の雅俗山荘そのものを美術館にしている。
だから第一室というのは玄関入ってすぐの小間であり、第二室は吹き抜け空間の広間である。ここは本宅ではなく山荘なので、軽く明るい心持ちで、お招ばれしていると思うがいい。

鬼貫の一行句がある。
谷水や 石も歌よむ 山桜   おにつ羅
力強い筆致の一行の句。1718年の作句だが、句も良いがなにより書そのものがいい。
気合の入る力強い筆致。須田剋太ほどの激しさはないが、最初に展示されているだけに否応なく気合がみなぎってくる。ああ、いいものをみせてもらった。

書と言うのは無論墨で書く。その肥痩・濃淡により、形も思想も変わる。
小野通女の和歌懐紙がある。モノクロ画像だが挙げる。
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この書の良さは、実際目の当たりにしないと伝わらない。間の捉え方、墨の濃度、その字面、なんとも言えず良いものだった。心臓に直接届くような書だと思う。
歌の中身はせつなく色っぽいものだが、その書の方に惹かれる。
例えばこの文字を川の水面に浮かべたとする。
水に浮かび上がる文字の美に、思わずそれを掬いたくなる。
掬えば文字は崩れるのがわかってはいても。そんな良さがある。

応挙の淡彩を施した『嵐山春暁図』がいい。夏に桜を見ても心が華やぐこともないが、その白さ・松の薄い緑が広がる様を思うと、やはり応挙の絵はいいと気づく。
保津川の水の豊かさ・・・保津川くだりをしたときの爽快感が蘇ってきた・・・
チラシになった乾山の『銹絵染付流水文手桶水指』 一目で知れる乾山の個性を味わう。乾山の作陶の中でも水指はこの一点のみらしい。水の流れは呉州だからやや薄い。薄いことが水の流れを感じさせる。濃い色なら流れではなく留まるようにも見える。
茶色いのは杭らしい。時々はその杭に鷺なども止まるだろう。

『鴨川納涼図屏風』 狩野派の絵師の手によるものらしいと解説にあるが、丸顔のキャラたちがイキイキしていてとても楽しそうだ。みんな大体三頭身。
東石垣町の墨書きがある天水桶、その町は二階が座敷で客が遊んでいる。
街中には太平記読みもいるし、座頭らもいる。川の中ほどに床もしつらえてある。
矢場もあって、中には子供を客にしているのもある。からくり仕掛けの水橋とかね。
見世物小屋も出ていた。折の中のクマ、鬼娘の看板のある小屋の木戸には、出入りする客も見える。相撲を取ってる連中もいる。この暑いのに元気なことだ。
ああ、今年もなんとか床で遊びたい・・・!

応挙『鵜飼舟図』 これは本体の絵は墨絵で、並んで鵜飼いする鵜匠を描いているが、表装は描き表装で中廻しに水色の波濤を描いている。センスの良さを強く感じる。

芦雪『長春亀図』 絵の下に亀とエビがいるが、目は岩の上の雀たちにゆく。
三羽の雀、各自の表情がいい。mir179.jpg

まんなかの花はなんだろう?芦雪の動物たちにはしゃべり声があるような気がする。
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抱一『水月図』 これは先の応挙の鵜飼いと同様本体の絵は薄い墨絵で、描き表装が派手なのだ。烏瓜、変わり朝顔、露草・・・明るい夏の植物が咲き乱れ、夜の絵を囲んでいる。

田能村竹田『蟹図詩賛』 可愛いサワガニの奴らが123・・・45、6匹いる図。撫でてやりたいくらい愛らしい。この蟹なら穴に落ちても、クロポトキンが見たように、相互扶助があるかもしれない。 ところで全然関係ないが、田能村竹田は藩政改革の建白書が容れられず、それで家督を譲って文人画家になった、と聞いてはいたが、まさかこの名前ってそれを意味するペンネームだった?・・・わたしのぱそ、タノムラ・チクデンと入力すると田能村竹田ではなく<他の村逐電>と出たのだ・・・・・!
二葉亭四迷の例もあるしね。

明治になってからの是真『洋盞蛍図』 本当の色合いとは違うが、この画像が出てきた。
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グラスに蛍が止まる。なんとなく色っぽくて、そのくせ涼やか。(他の虫ならこうはいかないが)蛍と蝶にだけその特権が許されている。

ヴェネツィア縦縞ガラスレース鉢 言えばねじり祥瑞のガラス版な鉢で、逸翁はこれを茶会にも使用していたはずだ。そうした自在さが逸翁の持ち味だ。今も楽しませてもらっている。

片輪車蒔絵四方香合 小さくて可愛い香合で、蒔絵が煌いている。水につけて車輪の乾燥を防ぐ風俗の図像化が、蒔絵のきらめきで、まるで本当に陽に当たっているように見える。

古染付桃花流水文水指 桃花の梅と違った尖る花びらが可愛い。これは魯山人の箱書きを持っている。箱書きの文字はたいへん静かだった。
魯山人の大阪星岡茶寮は阪急沿線にあった。阪急の創始者逸翁と魯山人の間に交流があったのではないかと思うと、なんとなく楽しい。

松村景文は呉春の弟で四条派の絵師だが、この絵を見ると「琳派?」な感じがする。
六曲一双の『花鳥図屏風』 金地に群青の水面、鳥たちと白梅。雁や鴛鴦などがいる。たらし込みはないが、なんとなくそんなものを探してしまった。

つい先日大和文華館で見たばかりの乾山の竜田川にまたもや遭遇。
そうです、逸翁にもあるのです。乾山カンパニーが今もあるなら、わたしも買うかも・・・欲しい物だらけで、財布は空に・水屋は満杯になるオソレアリ。
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よく兄の光琳の方が天才で奔放で、と言うのを読むが、弟の派手さはどうなんだ?というツッコミをいれたくなる。弟の作品を見ると兄とは又ベクトルの違う派手さ・楽しさがあって、嬉しくなる。わたしはこの雁金屋兄弟は弟の方が好きなのよ。

他にも色々名品があった。硯箱で住吉・愛蓮家の周茂叔などを蒔絵や螺鈿にしたのを見た。
梨地が夜空のきらめきを思わせる八つ橋合子も見た。
根来塗に後補で水辺の景色を描いたものもあり、ヴァラエティに富んでいて楽しかった。

秋には逸翁美術館・開館50年記念展が開催されるので、そちらも大変楽しみだ。
一番近い美術館でこのように楽しませてもらい、ただただ感謝した。

大和文華館の陶磁器を見る

子供の頃から大抵の日本の焼き物は見ている。
今では様相が変わってしまったが、陶器神社と言うのが大阪の信濃橋のところにあり、そこでせともの市が開催されていた。2000年まではその界隈の陶磁器業者が伊万里・有田の業者共々素敵な磁器を販売していて、朝から夜遅くまで賑わっていた。
なにしろその祭りの歴史は古いが、阪神高速の入り口付近と言うことで、とうとうやめてしまい、今ではガラッと様変わりしたので、行く気がなくなった。
信濃橋と言えば洋画の研究所があり、昭和初期には小出楢重や鍋井克之らが講師として指導していたが、彼らも近所の陶器神社で器のええのを選ったかもしれない。
丁度その時期は大阪の天神祭りの頃で、一番暑いような日々の祭りなのだった。
話はそれるが、天神祭りに行ったらメチャクチャな人出で、その日120万人くらいきていたらしい。身動きがとれず、人間納豆になってしまった。

それはともかく、大和文華館で日本の陶磁器展が開催されている。
先週橿原の帰りに訪れた。
縄文から始まり江戸末期までの日本各地の陶磁器を集めた展覧会で、お客さんも多かった。
関西は絵画より陶磁器の方が好まれるのではないか、と思うときがある。
それくらい皆さん熱心に眺めている。
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とにかく90点ばかり出ているのであれがこう・これがとう、とは書けない。
特別気に入ったのは少しだけだった。
何しろ私は陶器より磁器が圧倒的に好きなので、偏愛は仕方ない。
乾山、穎川、木米ら名の知れた陶工の作品も多く、仁清の鴛鴦もあった。
しかしわたしの目を惹いたのはそれらではなく、淡路島の賀集平(寛政8年?明治4年)の造った平焼の『色絵鳥文鉢』だった。
淡路のミンペイ焼きと耳にしてはいても実物を見たのは初めてだ。(幕末から明治の人だが、ホンマかいなと思うくらい長命だな、それとも代々の名を継いだ人々の作陶の時代か)
鳥の不逞な面つきがいい。こんな鳥、いるならカワイゲはないがカッコイイ。
そんな絵だった。ちょっと九谷にも似ているような気がする。
淡路島は近い割には無縁な場所で、あまりよく知らないが、これは見事だった。
なにしろ乾山の『色絵竜田川鉢』より何よりこの作品に惹かれたのだから。
今度どこかで平焼の展覧会があるなら行きたいと思う。
残念ながら画像はなし。
展覧会は8/5まで。次は『夢の小宇宙』展。それも楽しみだ。

日中考古学交流のさきがけ

橿原考古学研究所付属博物館で『日中考古学交流のさきがけ』展が開催されている。
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これは丁度50年前に当時断交していた中国へ、考古学者の視察団が招待されて行った記録なのである。日本考古学協会と毎日新聞社主催、郭沫若・中国科学院院長からの招待で、一行は50日間中国国土を巡遊した。
昭和30年代初の中国での日本人といえば、中村翫右衛門を思い出す。レッドパージで中国へ逃れたのだ。戸板康二の著書からそのことを知ったのだが、’72のパンダまで随分長い間国交断絶していたのだ。当時の首相は周恩来、わたしはパンダをくれた人だと聞いて、彼の名前を覚えた。(実際にわたしがパンダを見たのは’74だったが)

毎日新聞社は考古学研究には深い理解と情熱を傾けているから、それでこの企画が立ったのかもしれない。当時の文部省は国交のない国へ学者を送るのに難色を示し、ツアー中は全員気の毒に無給だったそうだ。視察団の団員は8名の考古学者と2名の毎日新聞社員で、当時の考古学界の権威と若手とで構成されていたようだ。2007年現在存命なのは、この博物館館長の樋口氏だけ。

戦前は当然ながら日本人も中国考古学研究のために中国各地に散らばっていたが、この当時その再開は不可能だった。しかし中国側に必要性が生じたようで、そこから郭沫若氏による招待があったようだ。

展覧会場ではその50日間の詳細な記録と、当時の写真と同位置の近年の写真などが展示されている。実に見応えのある展覧会だった。

ツアー地図はこちら。mir140.jpg

今見ても素敵なコースだと思う。
このツアーの模様は同年中に『中国考古学の旅』として上梓されたそうで、パネルにはその抄録がある。読めば読むほど面白い内容だった。

ところでこの年初、毎日新聞社は今年の文化事業として色んな企画の予告を出している。
それを見てけっこういいな、と思った。
ソ連のピアニスト・ギレリス来日、アンリ・カルティエ・ブレッソン展、パリ少年合唱団来日、そしてこの考古学ツアー。

一行は香港経由で広州に入り、中山記念堂などを参観した。わたしは台湾のそれには行ったが、大陸での孫文の足跡は追ったことがないが、写真を見る限り似たムードだと思った。
上海での行動は二つに分かれたようで、博物館組と魯迅記念館と。
戦前の上海を知る団員のノスタルジィに満ちた文章が心に残る。
上海の競馬場は陸上競技場に変わり、あの建物は元は・・・ そんな懐かしい記憶。
<老上海追想>・・・わたしも自分の持つオールド上海の写真を思い出す。
やがて南京の中山陵、明孝陵、南朝梁墓を行くのだが、50年前の写真と近年の写真とが併せて展示されているので、興味深く眺めた。
なにしろ可愛い。何が可愛いかといえば、石像。対の動物たちの石像がずら??。
以前から資料で見知っていたが、なんでこんなに中国の石像動物・怪物は可愛いのだろう。
つつましいゾウさん、ベロをダラ?としたナゾなやつ、駱駝、日本語にない字の動物(存在も不明)・・・どれを見ても嬉しくなった。
一行は更に孔子ゆかりの曲阜へも行き、やがて北京でメーデーを迎える。
なんと50万人のメーデー。
そして故宮に行ったり天壇を見物したりしてから、周口店に行った。
北京原人の故郷・周口店。戦争のどさくさ紛れに消えてしまった頭蓋骨。
このナゾだけで凄い分量の資料がある。
日中の学者の胸にはどんな思いが去来したろう・・・・・・

やがて5/9、周恩来首相と会見する。チラシの写真。
(わたし的には周恩来=パンダくれた人、郭沫若=岡山の池田さんに鶴を送った人)
このとき、同時期に他の日本人団体もこの会見場所にいて、周恩来首相はそれぞれの人々に相応しい話題を振って、会談を楽しんだそうだ。
演劇団メンバーがとても納得ものだ。宇野重吉、村山知義、薄田研二、眞山くみ子。
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そこから甲乙と二組に分かれてのツアーとなる。
殷墟に行き、雲崗石窟、酒泉、敦煌のシルクロードコースもある。
敦煌文物研究所で懇談、とあるがさぞ話も弾んだろう。
ここには敦煌の写真があり、それを見るうちにわたしはくらくらして来た。
映画『敦煌』を思い出すのだ。何が一番怖いと言っても柄本明演じる男が半ば廃人になり、生の証に壁画を描き続ける情景だった。
あの役者が演じたから大変怖く思ったのだろうが。
それから京都の祇園閣の内部。この建物そのものは大倉喜七郎に依頼されて伊東忠太が機嫌よく拵えたのだが(例によって好まぬ人からは「うわ・・・」な建物)内部にどういうわけか、敦煌の壁画の再現が施されている。これは忠太の作ではなく、近年の仕事。
わたしは忠太ファンだから喜んでこの建物に入ったのだが、中を見てギョッとした。
オバケ好きな忠太とは気が合うようだが、この塔の内部に壁画を依頼した今の施主さんからはサヨナラ??だ。

話を元に戻す。
428洞に明治45年の橘瑞超の落書きを、444洞にその前年の吉川小一郎の落書きをみつけ、撮影もしている。共に大谷探検隊。
私は中学のとき大谷探検隊と龍村平蔵の物語を読んで以来、どうしようもなく憧れ続けているので、落書きにはコラコラだが、なんとなく嬉しい。
やがて一行は蘭州にもゆき、嘉峪関でその沙漠の有様を見て『(フランス映画)地の果てを行く、みたいだ』と感想を漏らしている。なるほど納得。

面白いのは杜甫草堂に行き、埼玉の吉見百穴みたいだと感想を述べていること。こうした素直な感想が又楽しい。
写真はツアー一行の見たものたち。クリックしてください。
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やがて長い旅も終わり、50日目に無事に帰国した。
パネルとその当時のノートなどが展示されているので、じっくり楽しめた。
本当にこういう展覧会は面白い。
遠かったが、やはり来てよかった。
この展覧会は7/29まで橿原考古学研究所付属博物館で開催。

古代のクニへコンニチハ

古代史発掘、という言葉にときめくのは、そこに不思議さ・夢・ロマンなどを感じるからだろう。
そしてその発掘された品々を新聞やネットなどで見ては、いよいよときめきがふくらみ、ついには自分の眼で見たくなる。
・・・そういう経緯の果てに博物館に見学に行かれる人も多いと思う。

橿原考古学研究所付属博物館、この長い長い名前の博物館にはその<ときめき>がたんとあった。
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時代の変遷ごとにフロア分けされていて、見て回ると日本の古代史の概要が、意識に入り込むようにされている。
石器時代から平安までの時代と、藤ノ木古墳の出土品のフロアとを、ひたすらさまよい続けた。

いきなり巨大な筒型埴輪が並んでいる。ドラム缶か巨大パイプオルガンか地下通風孔か。
一体何故という疑問より、こんなものがあるのかという驚きに瞬きする。
人型埴輪に始まり家型、キヌガサ型、動物…実際どれほどの種類があるのだろう。
垂仁天皇の頃から土師氏が埴輪を拵えて…
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馬の埴輪が可愛くて気に入った。
馬は人の手で雨乞いに捧げられ、神の手で生皮を剥がれて機織り小屋に放られることもあれば、宇宙そのものだと看做されるときもある。
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ここで先走ることになるが、企画展『大和を掘る 25』が丁度その日から始まっていて、そこで天平時代の絵馬とその復元とが展示されていた。日笠フシンダ遺跡からの出土品。
絵馬と言う性質上、褪色どころか剥落が激しく、よくこれを復元したなとそっちにも感心する。正倉院の中に収められていたわけではないのだから。
葦毛の馬、今ならあまり人気はないが古代から中世にかけて日本での「名馬」は大抵葦毛だった。
時代は下るが『平家物語』にも「連銭葦毛の」と記述がある。
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ジオラマがある。弥生時代のムラ文化、シカなどを天に捧げる儀式などがそこにある。こういうものを見るのは結構面白い。鹿が神様の使いになるのは、藤原氏の時代まで待たねばならない。


鏃なども並ぶが、サヌカイトの分布を思うとそれだけでも色んな想像が広がる。銅鐸もある。今出来の銅鐸を打ってみた。キーンといい音がする。
星野之宣『ヤマタイカ』ではオモイカネという巨大銅鐸が現れる。描写の巧みさに、重さなどは感じられるが、音はわからなかった。
これは小さな銅鐸である。
しかし鳴らしてみたことで、手と耳にその音が刻まれた。


奈良の大仏作りも展開されているが、陸奥から金属が大量発見されなければ作れなかった、その事実を思うとそこからまたもや色々なものが見えてくる。妄想も広がる。金属に溶け込むものは何か。楳図かずお『イアラ』だけでなく藤田和日郎『うしおととら』…それらが頭をよぎる。

寺院の瓦を見るのも楽しい。軒丸瓦、軒平瓦、鬼瓦、ちゃんとパターニングが決められている。古代の土木作業・工程を見るのも面白い。
折口信夫『死者の書』では、既に政権の主流から外れている大伴家の総領が、飛ぶ鳥落す勢いの藤原家の新築工事を見て、うらやむシーンがある。
ツキヒジガキ・・・それを羨むのは彼の家の建て方が旧来のままだからだ。
藤原家の前代に主流を占めた蘇我家も渡来人の知識を容れて、新工法を選んでいる。
いつの時代も新工法に憧れるのは常のことなのだ。


平安時代の食生活までの展示で常設は終わるが、庶民生活はこのあたりまで古代と変わらなかった、と言っていいらしい。
庶民が中世の時代に生きたというのは、その次代からかもしれなかった。

藤ノ木古墳の展示にはびっくりした。
実を言うと全てレプリカ展示だと思っていたのだ。
入り口フロアにそんなのがあったから、展示物が本物だという実感がなかったのだ。
ところがこれらは本物だった。
被葬者と殉死者が寄り添うような埋葬、日本書紀の神宮皇后の時代のエピソードを思わせるような。小竹祝と天野祝の物語・・・
この埋葬者が誰かは知らないが、不届きなわたしはそんなことを考えている。

新聞で見知った発掘品・・・巨大な沓、緑青が吹いて崩落した部品もあるが、まだチカチカキラキラの残る金細工、刀装飾、帯のバックル・・・
南ロシアの騎馬民族の遺宝を思わせるような、精緻な細工に惹かれた。
クリックしてください。鳳凰と獅子と象。
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わたしは関西人なのでヤマト文化の発掘品はこれまでにも見て来ているが、同じ古代でも出雲文化と九州文化、それから縄文文化とはまだ無縁に近い。古事記に現れる出雲神話の面白さはよく知ってはいるつもりだが。
それで思い出した。伊勢式と出雲式の屋根組みの違い。
若い頃に大和から出雲に移ったスサノオは、娘婿になったオオナムチに天井の高い家を建てろと声をかけている。
建造物の様式の違いを学ぶのも面白い。


ここにはその資料もないが、高松塚古墳、キトラ古墳の現状などを考えると、一体どの方法が古墳・遺宝にとって一番よいのだろう。
ここにあるのは壁画ではなく、それ以前の文物がメインなのだが、保存状態はよさそうだ。たいへん難しい問題だと思った。


いいものをたくさん見た。
見たがあまりに膨大で、記憶が脳細胞に四散して、とりとめがなくなった。
まるで古代のとんぼ玉、瑪瑙、水晶などで拵えた首飾りが飛び散ったように。

再度訪れれば記憶回路からそれらを拾い集めることも可能だろうが、次の訪問がいつになるのか全くわからない。
あとはじわじわ思い出すことと脳内捏造とで、今回の展示物を意識に留めたいと思っている。

喜光寺の蓮と大和文華館の猫

宝来という住宅街の中にかつて菅原神社社領だった池が残る。
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この地で菅公すなわち菅原道真公が生誕されたそうだ。
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創建は行基菩薩による。河内や奈良だけでなく攝津にかけて、行基菩薩創建の寺や所縁の地は多い。
その後聖武天皇がここへ参詣の折、不思議な光が差したので名を<喜光寺>と改名とか。
それでこの本堂、東大寺創建にあたり行基菩薩はここをモデルにされたので、「試みの堂」と呼ばれるらしい。今の本堂は室町時代のもの。
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ここに来たのは鉢植えの蓮を見るため。
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間近でこんなに見れるなんて嬉しい。
とにかく凄い。全部クリックして拡大化してください。ただただ見事。
名前を左上から順に書き写してゆく。
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行基、大賀蓮、一天四海、(横から)、
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睡美人、印度、庄園の紅、喜盈門、
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赫の光、花霞、丈炎の舞、常楽、
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蝶恋花、天竺斑、艶陽天、古金鳳、
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宝鏡寺、厦門碗蓮、喜光寺不動、大酒錦。
名前を見るだけでときめくものも多い。
酔半醒とかミセス・スローカムなど。
蓮と言うのは実に多種類なのだと初めて知った。
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弁天堂のところには睡蓮が咲いている。IMGP2235.jpg

クリックしてください。
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他にもオレンジ色のユリが咲く。IMGP2236.jpg

小雨がぱらついたおかげで蓮弁に残る水飛沫がきれい。
蓮の葉に乗る水玉もいい。IMGP2228.jpg


その後、駅近くのスーパーの休憩コーナーで一休みした。
この辺りは物価も安くてうらやましい。
次に大和文華館に行き『日本の陶磁展』を見たが、これも後日。
庭園に下りると、なんと猫がいた。シッポが殆どロールパン化している。野良猫ではなく野生猫でもない、野猫としか言いようがない風貌。しかし言葉はわかるらしく「待って」と言ったらこっちにカメラ目線になった。
ありがとう。IMGP2248.jpg

その後モノスゴく繁ってる草野に匍匐前進で消えていった。ここで暮らすのは猫にとっては青木が原の樹海同然だと思うのだが・・・。

白い大きな花々に会う。ユリと芙蓉。種類は知らない。
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東大阪の定番のケーキ屋ではなく、別なお店に行く。
猫が意識に残っているからだ。こちらは黒猫を商標にしている。
イチジクケーキを食べた。IMGP2252.jpg

イチジクがおいしすぎてケーキの方の印象が薄くなった。今時分は多分、どのお店でもそうなのかもしれない。
長々したツアーは終わり、21日はパソにも触れずに眠ったのでした。

畝傍からタジマモリまで

思い立って橿原考古学研究所付属博物館へ向かう。
元々学園前の大和文華館に行く予定だったし、尼が辻の喜光寺の蓮を見に行く気にもなっていたから、ちょっと足を伸ばした。
日中考古学交流のさきがけ展に行きたいが、遠すぎるなと思っていたけれど、天平時代の絵馬の再現もあることだし、ということで気負いもせずに出かけた。
出かけたのはいいが、やはり遠い。難波から西大寺乗換えで畝傍御陵まで1時間かかる。
橿原神宮の手前、途中の平端からは天理へ向かうこの電車に乗るだけで、疲れた。

西大寺からの駅名を眺めると、色々と思い浮かぶことがある。
結崎・・・世阿弥の一族が出た地、彼の本名は結崎元清だった。
八木西口・・・今井町のある駅。中世の町と近代和風建築が遠望できる。
新ノ口・・・にのくち村の頃、忠兵衛は梅川を連れてここまで逃げてきた。
耳成山もそして畝傍山も見た。藤原京も間近。天の香具山はあれかどうか自信がない。
神宮の手前とは言うが畝傍御陵は橿原市で、仕事の関係で知ってる町名だった。
橿原考古学研究所付属博物館。御影石。
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建物の背後には畝傍山。IMGP2210.jpg

内容については後日別項を起こすが、満足を越えてメマイするほどの展示物の多さだった。
負けました。

お土産を見つけた。赤瑪瑙の勾玉をチョーカーにしたもの。可愛い。
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水晶、ローズクォーツ、虎目石などの貴石で拵えたものの中で、これが一番気に入った。ごく子供の頃から勾玉が欲しかったので大変嬉しい。
こんなことならもっと早くにここへ来ればよかったかも。
子供の頃、武田祐吉の訳注による古事記を読み、それからすっかりファンになっていた。
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記念スタンプも押した。なんて読むのかは知らない。
広い博物館の中庭にはマガイモノとはいえ埴輪ちゃんたちがいる。
可愛いなぁ。こういうのが好きなのよ。
前庭には修羅の復元が展示されている。
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古代の土木工事とかそんなのを思うと楽しい。
出て向かいの研究所にも少し足を向け、続いてその前の酒蔵へ。
御代菊、白檮と言った酒を造っているようだ。
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駅前のうどん屋でお店オリジナルの淡玉うどんを食べる。豆乳とダシのコラボをかけるのだ。温泉玉子入りでなかなかおいしかった。
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ここから尼ヶ辻へでた。垂仁天皇陵が見える。
方角が悪くタジマモリの島は見えない。IMGP2215.jpg

可哀想なタジマモリ、常世まではるばる時非の香の木の実を取りに行ったのに。
古事記の中でも好きな物語。わたしは柑橘類が好きだから、大きなみかんを食べるときはいつもタジマモリのことを思う。
向こうに見えるのは薬師寺。
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そこから菅原神社・菅原寺(喜光寺)が遠かったのだ。ちょっとこの辺りのことは話にもならないので書かないが、見えてるところに行けないのは、なにか摩訶不思議としか言いようがない。
実はここまでで時間と言えば7/21の午後一時なのだ。
長すぎるので、後半は明日に続きます。

ダ・ヴィンチの素描

ダ・ヴィンチの素描を見た。
展覧会ではない。会社の倉庫に入ったら読み終わった雑誌を入れた箱があり、そこをのぞくとダ・ヴィンチの素描が見えた。
『選択』という雑誌。「三万人のための情報誌」と銘打った購読会員限定雑誌。
表紙はタッシェン社のダ・ヴィンチの全素描集から。
それを見たのだ。
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この馬に乗ってる絵、いい。

特に気に入ったものだけ集める。
猫、美人、美青年、建造物…わたしの好みだけだから、こんな感じかな。ちょっと汚れとかついてるのは仕方ない。
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先月『受胎告知』を見たからなんとなく嬉しい気がする。
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ダ・ヴィンチの素描は見事だと思う。
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しかしこんな雑誌があったのだなー。
ビジネスマン向けの雑誌と言うのは奥が深いのかもしれない。
だいぶ昔『プレジデント』でジュサブローの特集もあった。そこだけ欲しくて色々と…。
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うわ・・・と思うほど綺麗な女の顔。クリックして拡大化してください。
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裏を見たら展覧会のチラシ。
ロダンとカリエール、柴田是真―明治宮殿の天井画と写生、松田権六の世界、厳島神社国宝、北斎、ダリ、エルミタージュ、ペルシャ文明・・・
是真には行き損ねたな。ペルシャは昨夏東京で今夏は大阪で開催。
素敵だなー、この裏の構成も。

表紙で思い出したが、タウン誌『日本橋』(東京の老舗の集まってる方の。大阪の電化とオタクの町ではない)は国芳の浮世絵だ。
あのバックナンバーを見るだけで楽しくなる。

それから毎日新聞の毎月の付録雑誌『毎日夫人』は’89以降ずっといわさきちひろの絵が続いている。それを毎月ファイリングしているが、かなりな数になった。
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これは実はわたしの従妹にそっくり。
彼女もうすぐママになる。赤ちゃんもこんな感じの子になるかな?
(女の子か男の子かもわからないけれど)

ユリイカも金子国義の表紙絵だったときは、読むのに気合が入っていた。
一瞬だけの喜びかもしれないが、こうした楽しみが幸せなのだった。

早朝観蓮

早朝観蓮に出かけた。無論連休の間に。
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大体毎年あちこちでかける。
以前は万博の<早朝観蓮会>に出かけていたが、ここ数年はやめている。
ここでは<象鼻杯>ゾウビハイと称して、蓮の茎を通したお酒を先着200名に振舞い、その後の100名に蓮の茎や葉入りコップ酒を振舞う。
わたしはお酒は飲まないが、こういうイベント大好きなので飛んでゆく。
しかしわたしの住まいからは電車を二本乗り継がねば到着しないので、着いたときにはもう遅い。お客さんわんさかさのてんこ盛り。
蓮はとても綺麗で、間近に見えるのだがなんとなく敬遠した。

しかしよくしたもので近所の緑地にも蓮池があることを知り、そちらへ見学に出た。
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こちらはちょっと遠目にしか見えぬのだが、睡蓮の方は近くに見える。
機嫌よくこちらに通うことになった。

行く途中に見かけた道標。IMGP2180.jpg

そう、箕面と池田の間の道。

行くと公園だからお年寄りが朝からラジオ体操や太極拳したり談笑している。
ご夫婦でウォーキングや、素振りする野球少年やまぁ色んな人々がいる。
早朝だから親子連れはいない。
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遠目だけどとりあえずぱちぱち。一本だけ近いのもある。
ちょっと上野不忍池に行きたくなってきた。
睡蓮も。IMGP2184.jpg

モネは睡蓮を描いたが何故かハスはなかったな。ハスはより東洋的なのだろうか。
睡蓮をいくつか。
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モネの庭ぽい感じかな?
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ハスの絵で思い出すのは抱一上人など琳派系。他にも可愛い少女が蓮池に佇む虹児の絵もある。
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ふと見上げれば洋画家・古屋新の描くような空が。
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そちらへ向かおうと橋を渡るが、橋の下に広がる藻をよく見るとなにやら白い花が咲いている。
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藻にもこうして花が咲くのだった。
そういえばサボテンに咲く花を今朝方見たっけ。

遊技場にはこんなタコ滑り台や、多目的滑り台がある。
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滑ることにした。IMGP2199.jpg

けっこうガクガク動くね。すばやいスピードの滑り台でした。

こちら側から見るとハスもよく見えた。
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いくつかハスのアップ。
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機嫌よく見学してからの帰途、先に見かけたパン屋さんを二軒回った。
わたしは早朝出かけるとき、食事は後回しにする。その方が身体も頭も動くのだ。
起床後1時間半くらいが朝食のベストタイムなので、それぞれの店で買うて帰宅した。
ママと半分こする。
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薄切りバケットのピザ、クリームチーズデニッシュを分けてから、わたしはアントースト、ママにはメロンパン。自家製フルーツティと共に。
なかなか幸せだったが、パンはどちらの店も同点だった。
たまにはこんな朝もいいが、休日でないと出来ないのだった。

きらきらティアラにクラクラ

渋谷のブンカムラで開催していた『ティアラ展』が京都にもきている。
連日凄い客足らしいので、悩んでいた。
なにしろTakさんの記事でスライドショーを見たから気分的に満足しているし、sekishindhoさんの細かい考証で「なるほど」と納得しているのだ。
でも祇園祭の宵々山あたりの時期は夜間開館もすると言うので、それなら少しはマシかなと思い、出かけた。
(出かけたら台風なので結局昼に見ているのだが)
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眼に星が飛んできた。
心臓に星の拳を受けたのは『恐るべき子供たち』のポールだが、眼にも心臓にも星の欠片が突き刺さるようだ。
凄いな、ティアラ。

とにかく一つ一つ感想を言うことは無駄と思う。
きらきらキラキラ煌煌・・・キキララはサンリオ、セキララはコミック、KILLAはQUEENか「僕は新世界の神となる」・・・何を言うてるんだ。目眩するほどキラキラでした。

ガラス、黒いショーケース、照明・・・浮かび上がるティアラ。幻像と実体と二つの輝きがある。
真正面に向き合い、少し腰をかがめると、わたしの額から頭中にティアラが映る。そのティアラそのものを眺め嘆息するだけでなく、わたしはわたしを飾る幻のティアラに微笑む。
そのときわたしは幻の王女になる。

ティアラをただ並べるだけでなく、各国の王族の映像が流れ、肖像画やエピソード、系図が華を添える。
一応欧州の各王家の系図はアタマに入れていたが、改めて眺めると色々思うところがある。
宝石への執着、王位への執着、逃亡と流離、時には死。
「うらやましい」「きれい」「すてき」そんな言葉と想いとを、これらティアラは糧にして、いよいよ見事に耀くのかもしれない。
生きてる人間よりティアラの方が力があるらしく、すっかり奴隷だ。
時代性、嗜好それらを乗り越えてティアラは煌きを放ち、魅了し続ける。
そんな誘惑に乗るわけにはいかない。
第一誘惑されても、手に入れることは不可能なのだ。
宝石に取り憑かれるより、突き放して眺めよう。
・・・と言いつつ延々と眺め続け、会場内をくるくるくるくる回り続けた。
すっかりティアラに踊らされている。
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本物を作る前にデザイン画を元にした銀メッキか何かの複製品を作る。紙で出来たようにも見えるがそれがなんとなく可愛い。
高価な工芸品なので、慎重に作らねばならない。
王冠とティアラは違うのだが、紙の王冠をかぶせられたイングランドの王様がいたはずだ。ばら戦争の頃だったと思う。ランカスター家とヨークシャー家だったか。茨の王冠はキリストか。

それで思い出した。
子供の頃和風の美女や姫君より、洋装のプリンセスに憧れた。
友禅よりレースが欲しかったのだ。それで学校のスパイラルノートを切り取り、その部分が王冠風だったので、指に巻きつけて「お姫様!」…懐かしい楽しみ。
ケルトファンタジー『クリスタルドラゴン』に現れる見事なサークリットにも随分憧れた。

最後に荒川静香さんのティアラを見た。きれいでシンプル。いい感じだと思った。
ダイヤモンド憑かれならぬダイヤ疲れで、わたしは文化博物館を出て行った。キラキラが飛び込んでいたので、そのときわたしの目玉はきっと<☆目玉>だったろう…。
展覧会は22日まで。

フィラデルフィア美術館展

京都市美術館で7/14から始まったフィラデルフィア美術館展 印象派と20世紀の美術を見に行く。珍しく初日に出かけた。9/24までだがとりあえず。(10月からは東京へ)
80点弱の作品が5章に分かれて展示されている。
詳しくはこちらのサイトへ。
http://www.phila2007.jp/index.html
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今回も長々と感想を書きます。
なお画像のリンク先は全てフィラデルフィア美術館のサイトです。

雨にぬれても宵々山

7/14、台風が近畿にも来るらしいので、外出するなら早く帰宅せよとクギを刺されて、京都に着いたのが9:30。
今日からフィラデルフィア美術館展が京都市美術館で九月まで開催され、その後は東京都美術館に行くらしい。
車内釣り広告もある。いいですね、この感じ。
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もう結構お客さん入っている。詳しくは後日記事にするけど、美術館にはこんな幕が掛かっている。
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よく見よう。IMGP2151.jpg


借景の東山三十六峰、草木も眠る丑三つ時・・・にはまだあと17時間あるとして、山は雨のせいで霧が出てまるきり東山魁夷になっている。
東山の怪異ではない。たしか唐招提寺の襖絵がこんな感じだった。
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さて楽しんでから、バスで三条へ向かう。丁度お昼前になったとき、寺町三条の角に立ち、思案の末にスマート珈琲店へ向かった。そこへ行くのは実に15年ぶり。
実はお店で自分からコーヒーを飲むようになったのは、美術館めぐりを始めた頃からで、京都のどこで飲むか考えていたとき、愛読書の殿山泰司のエッセーでイノダとスマートを知り、どちらも廻ってイノダに決めた経緯がある。それ以来なのだ、スマート行くのは。
一階はコーヒーを飲む喫茶室で、二階はレストランになっていた。
昭和レトロなムードがいいよな。
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わたしはカフェも好きだが喫茶店も好き。うちの親と行くときはカフェでなく喫茶店に行く。喫の人だから、うちの親。
ランチメニューではアラカルトもあるがセットにして、いくつかある中から二種を選ぶことになった。
ハンバーグと<本日の一品>鱧フライのタルタルソース掛けにした。
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おいしかった。いい感じ。食後にカフェオーレを飲んだが、これはちょっと印象が薄い。
多分わたしの脳に「京都の珈琲はイノダ」と刷り込まれているからだと思う。
小川珈琲も前田珈琲も京都市内を離れると、おいしいなぁと感じるのだ。
文化博物館に行く。ブンカムラで開催したティアラ展がここに来ていて、連日大賑わい。
実は宵々山辺りは、文化博物館は夜間開館するから、遅くに見に来ようと思っていたのだ。でも台風直撃だと言うし。
それで早い時間に来たのだった。詳しい感想はやっぱり後日に。
目に星が飛び込んできたような気がしましたねー。
さてそのまま三条通を行く。堀川の商店街が見えてきたのは、新町辺りかな。
そこから下がり始める。
八幡山がある。IMGP2158.jpg

雨にぬれながら鉾が立つ。左甚五郎が拵えた鳩の飾り物とか色々。
会所ではこうしたお宝が見れるのですよ。
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屏風祭として秘蔵のお宝も見せてくれはるし、嬉しいことです。
ただし雨だからあんまり出歩かないことにしているので、一部しか見ていないが。
これは源平合戦の那須与一。IMGP2159.jpg

それから北観音山を見る。雨なのでどうも暗いが仕方ないか。
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担棒に天保二年と刻まれている。IMGP2162.jpg

これ本当は寝かせてるけど、縦にしました。170年ほど前か。

近所には町家を使った松坂屋配送センターがあり、毎年ここは素敵なお宝を見せてくれる。
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甲冑と着物と、誰が袖屏風と。嬉しくなるようなラインナップ。
向かいにも町家のお宝ミュージアムが。
みんな傘を差し差しのぞいている。IMGP2167.jpg

加山又造さんのデザインした団扇もある。
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南観音山。IMGP2169.jpg


あら放下鉾の下水引に見覚えのある絵が。クリックしてください。
IMGP2171.jpg IMGP2172.jpg IMGP2173.jpg IMGP2174.jpg

えーとこれは義湘絵の模写だな。
善妙さんが愛する義湘のために龍に化身して、船を背中に乗せて嵐の中を航行する・・・。
高山寺に伝わる絵巻。

四条通に出まして月鉾。IMGP2175.jpg

どう月なのかというと・・・ほら。IMGP2176.jpg


近所の会社にもこんな飾りあり。IMGP2177.jpg


ここから菊水鉾に行く。綺麗な見送り。
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実は今回稚児人形が見たかったのだ。でも雨のせいでか、出てないのだ、残念。こちらは京都新聞の記事から。クリックしてください。
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右上から函谷鉾の嘉多丸くん、右下は菊水鉾の菊丸くん、真ん中上は月鉾の於兎麿くん、左上はトリ鉾の名無し君、下には放下鉾の三光丸くんがおるのでした。

なかなか楽しんで、小雨の間に帰宅した。

素晴らしき綿業会館3

会議室やグリルやラウンジに行きます。

クリックして拡大化してください。
ピントがずれていたら、生暖かく眺めてやってください。

今回大方ノーフラッシュで撮影したので、自分では面白かったです。

すばらしき綿業会館2

綿業会館の二階には素敵な部屋が多い。
まず談話室。これは渡邊節渾身の力作だと思う。
吹き抜け空間は神戸御影の乾邸にも見られるが、ここからすべてが始まったのだ。

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すべてクリックしてください。拡大化します。

すばらしき綿業会館1

大阪が大大阪と謳われた時代、昭和初期に渡邊節が設計し、村野藤吾が一部を任され、竣工後はリットン調査団を受け入れもした名建築がある。大阪市中央区備後町にある綿業会館。
見学はこの十年の間に3?4回したが、いつ来てもすばらしい、と感嘆する。

現在は土曜日に一般見学があるので、半年ほど前から予約すれば見れるらしい。
詳しくはそちらのサイトを見てください。

過去の撮影は全てフィルムだったので、十年たつと褪色しているなと感じた。今回デジカメなので衰えることはあんまりなさそうなのが、嬉しい。

以下、全てクリックしてください。拡大化します。

ユニチカ記念館

大物・・・オオモノではない、ダイモツと読む地名。
歌舞伎の『義経千本桜』や前田青邨の作品に登場する大物浦。
義経主従はここから船出をしたが、知盛の亡霊たちに邪魔された。
その大物に、東洋の魔女で有名なユニチカの記念館がある。

わたしは東京オリンピックを知らない。歴史的事実として知るだけ。
親の世代は当然ながら東洋の魔女のファンで、わたしの誕生日が東洋の魔女の負けた日だ、などと言うときがある。
真偽は知らない。

国道2号線沿いのユニチカ記念館は素敵なレンガ造りだったが、これまで設計者は不明だったそうだが、わたしが教わる先生の調査で設計者が判明した。
それをここであげてもいいが、先生が論文を書かれるようなので、その発表まで伏せておくことにする。

国道が案外邪魔で裏からの眺めの方が素敵な記念館である。
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雨にぬれた正門。見学した日、随分降っていたのだ。
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その飾りも素敵。P1948.jpg


中に入る。
貴賓室の椅子が可愛い。P1928.jpg


各室の暖炉の装飾は全て異なっていたが、これが一番きれいだった。
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天井装飾も細緻を極めている。
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こういうのがまた好きなのだよ。

階段の飾りもいい。P1931.jpg

その階段の壁に上村松篁さんの原画によるタピストリーが掛かっていたが、あまりに巨大なので一部のみ。
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ちょっと資料室に入らせてもらい、これまでの歴史などを学ぶ。
ユニチカの歴史もVTRで見せてもらう。明治大正昭和初期の貴重な映像が見れて、単に社史を知ると言うだけでなく、その当時の世相などもうかがえるので、こうした機会は実に貴重だ。

ファッションデザインブックから。
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裏庭と言うか、今ではこちらからが出入り口の方から建物を見る。
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庭には巨大な蘇鉄の他に、管理人さんらの丹精された紫陽花などが咲いていた。
行ったのは先月なので紫陽花は花盛り。雨に紫陽花♪
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それから何故かニノキン君がいた。
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どこからここへ来たのだろう・・・

長???い塀。(関係ないがローカルCM京都銀行の長???いのシリーズが案外好きだ)
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道路から眺める。
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ありがとうございました。
雨の日も風の日も煉瓦の建物はがんばって生きている。

オールドノリタケの美

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オールドノリタケ・・・明治中葉から戦前にかけて海外輸出されたノリタケの陶磁器の総称。
二人の女性コレクターの素敵なコレクションを、京都の細見美術館で見た。
http://www.emuseum.or.jp/exhibitions_2007/noritake/event_noritake.html
数年前、名古屋ボストン美術館とノリタケの見学ツアーに参加したことがある。
ノリタケカンパニーの資料室では丁度、オキュパイド・ジャパン(占領下の頃の日本製)展が開催中で、当時の製品を見た。
無論それだけでなく、オールドノリタケも見たのだが、未だにそのことをすぐ思いだす。

細見美術館での展覧会では、ノリタケの森で見たような製品も多く集められていた。
とても優美で綺麗なものが多く、実用されていたとは思えない。
実用品なら、よっぽどモノスゴイと思う。
何より本当に繊細なつくりなのだ。
技法も色々あった。盛り上げ式・ウェッジウッド風・金盛・布地風・・・
薔薇の絵柄が多かったので、それだけでも豪華に見えた。
ロココなのだ。
上にあげたチラシの裏はモノクロなので詳しくお伝えできないが、こちらもそれぞれ色合いの綺麗な陶磁器ばかりなのだ。
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たとえば左上端のどんぐり花瓶のどんぐりは、茶色だけでなく青でも着色されていて、それだけでも可愛くて仕方ない。表のチラシの右側のアールデコ風なのはフランク・ロイド・ライト デザインだと言うことだが、見るからにアールデコでいい感じだ。
アールヌーヴォーもいいが、わたしはアールデコ派なので嬉しいものを色々見ている。

右下端の小鳥つきのものもよかった。下絵が残っていて、それと比較しながら眺めると、色合いが全く違うのだ。絵では小鳥は赤色、実際はラスター彩で紫玉虫色。本当に綺麗。
こちらは同時代の作品。
とりまみれ。mir119.jpg

(ここからの画像はわたしの絵葉書コレクションから)

カップとソーサーで可愛い物語を演じているものもある。カモの親子の遠足。可愛かった。
また白鳥の図柄も多く、とても優美だった。
ただロココ調なのが多くて、わたしの趣味からやや外れているので、何もかもが素晴らしいと感じたわけではない。
わたしの好みはこちらの方向。
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しかしこれはただの趣味の問題に過ぎない。
二人の女性コレクターが心を込めて蒐集したオールドノリタケ・・・
いいものを見せてもらえ、本当によかった。
友人も喜んでみていたが、他のお客さんが九割女性だったのもなんだか面白かった。
やはり共感するところがあるのだと思う。
素敵な展覧会も7/8で終わり、来週末からは恒例の<夏の細見コレクション・リクエスト展>が始まる。
またその頃にはここへ行こう。

七夕はバタバタ

一年て早いなーと感じるのは、去年自分が何してたか覚えてる辺りかもしれない。
まぁ七夕ですから、わたしのやることは一緒。どこからか笹を調達して、色々拵えたものを吊って玄関の柱にはっつける。
晴れててよかった、というところで朝から京都におりました。

今回久しぶりに京大博物館に行き、京大の持つお宝を色々拝見したのだ。
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大学の博物館は面白いと相場が決まっているが、やっぱりさすが京大だけあってなかなか私好みの面白いものがあるやないですか。
こういうの。
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ナウマン象の顎とか蝶の標本とか。
魚のアルコール漬のほかシーラカンスもあった。
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一つ一つ見て回って自然史博物館ジオラマを楽しんでから、今度は歴史的なのを見にゆくと、古文書がやたらめったら出ていた。
それはエエ加減に見た(こらこら)が、面白いのがこの隠れキリシタンの『マリア十五玄義図』なかなかシブいですな。これは茨木の民家から出たらしい。あの界隈には多い。
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隣の高槻は高山右近の所領だったし。17世紀初頭の作で代々隠されてきた。ちゃんと受胎告知から磔刑、そして復活まである。15シーン。

それと日本地図も面白い。
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埴輪や石棺も多い。
蓋型の埴輪。mir114-3.jpg

鏃や鏡のほか甲冑も勾玉も揃っている。
ホネもある。
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カワウソの骨。かわいい・・・と萌えてたら、こんなチラシがあった。
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・・・豊橋は遠い。

見終わってから大学のカフェテラスでランチした。
まぐろ麦とろごはんとナスの揚げ出しを食べたけど、おいしかった。安いのは当然にしても、なかなかナイスでした。
麦って噛み応えあるんやなぁ・・・パクシャリonlyではないですが。

次に細見美術館に行ったけど、これは後日。
そして京都マンガミュージアムに行く。元・龍池小学校。
建物そのものがたいへん素敵。
これは阪急の広告紙TOKKから。
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今ここでは海洋堂のフィギュア展が開催中、長浜から出張してきたそうな。
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いや??実に楽しかった。
自分の持ってるのもあるけど、初めて見るのもあるし、感心したりなんだかんだ。
カメラだめだけど、ケンシロウとツーショットしたかった。
巨大フィギュアやジオラマとか、本当にすごい。

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それと驚いたのは、さる貸し本屋さんからの寄贈を受けて、膨大な数のマンガがセクションごとに分かれて並べられ、読むのが自由だった。
ついつい色々読んだよ、懐かしいのも多くて面白かった。
それや昭和20年代のマンガの特集陳列もあった。イガグリくんとか赤胴鈴之助とか、戦前のタンクタンクローや正ちゃんもある。面白かった。
それとフィギュアプレゼントがあり、友人はペンギン、わたしはドンキホーテのが当たって、それを色塗りした。
これが難しい。とりあえずへたくそなので、メタリックぽくしてみました。
彫刻風。IMGP2011.jpg

背景は片岡球子の花の絵にしてみたら、なんだか面白くなった。

友人はペンギンの背中に<北国一>と書き入れたけど、これってホンマは<北極一>のハズが「極」の字が難しいので、国になったそうな。おいおい・・・(笑)

機嫌よく遊んでから帰宅。
ちょっと今年の七夕は風に吹かれて(昔はボブ・ディランだけど、今ならこのフレーズは豆腐屋ジョニーだな)光の流線が走った。
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それとワッカや△つなぎを折り紙でなく、千代紙でしたら重たくなった。
P2010-1.jpgこんな感じ。P2010-2.jpg

去年は野菜や魚の広告チラシを切り抜いてはりつけたっけ。
毎年色々やっています。
なんとなく楽しい七月七日でした。
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たまにはこういうのも

お友達のろこさんからバトンが届いた。
なんだろうと思ったら、キャラミル研究所(明治や森永ではない)←それはキャラメル、 の付き合いゲノムバトンだった。
早速やってみた。

設問に色々答えると、キャラ別の表が出てきて性格診断をするのよ。
三人分出るみたい。(こういうところが実はよくわかっていない)
・・・ちょっと笑ったり感心したり、「えー」とか「え゛っっ」とか。

詳しくはこちらです。
http://www.charamil.com/diag/

7月の予定と記録

早いもので'07年も半分きましたね。
とっくに学校とは縁が切れてるのに、いまだに7月と言えば「夏休みの始まりだ?」という気分が湧いてきます。
蝉の幼虫を探そうとかプールに行こうとか、なんか明るい気分がモコモコ湧いてきます。
でも考えたら、その前に期末試験があるやん・・・と暗い気持ちになります。
・・・って、あたしとっくに社会人。
ところで今月あまり予定を入れないようにしています。
職場が変わるからです。
仕事が変わるので多少忙しいだろうし、そちらとのご挨拶とか色々あるだろうし。
そういうわけでちょっと今月は予定の少ない働き者・遊行さんです。(遊びに行く、が減る)


水の表現 逸翁美術館
オールドノリタケ 細見美術館
'07コレクション展 細見
バレエ・リュスとディアギレフ 京都近代美術館
綿業会館 建築探訪
バードハウス 小鳥のいる家 INAX
祇園祭宵々山
ティアラ 京都文化博物館
フィラデルフィア美術館展 京都市美術館
所蔵日本画 京都学校歴史博物館
海洋堂のフィギュア 京都マンガミュージアム
屏風 京都市歴史資料館
京大の国宝 京大博物館
天神祭
日本の陶磁 縄文時代から江戸時代まで 大和文華館
星の王子様 大丸神戸
映画・傷だらけの男たち

「狂つた一頁」をみる

とうとう『狂つた一頁』を見た。
京都文化博物館での上映会で。
1926年製作のモノクロ無声映画に1975年頃、音楽を新たにつけたバージョンの上映。59分。
監督は女形から製作側に転じた衣笠貞之助、主演は井上正夫、原作は川端康成。特殊効果、円谷英一。
ストーリーは以下の通り。
元船員の夫は妻子を捨てて海上にあったが、帰国すると妻は精神病院に収容され、娘は電話交換手として働いている。
夫は病院の用務員になり、妻のそばに行くが妻は彼が認識できない。娘は恋人とカフェでデートしていても母のことが言い出せず苦しい。
娘が面会に来た日、久しぶりに父娘対面となるが娘は父を許せない。
父は娘のために妻を病院から連れ出そうと、ある夜病棟に忍び込むが、そこでは患者たちの狂宴が繰り広げられていた。

物語は好悪が分かれるので、ニガテな方はお読みにならないでください。
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花咲く頃 大山崎山荘

大山崎山荘まで紫陽花、睡蓮などを見に出かけた。
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駅に着いたらタイミングよく送迎バスに乗れたので、坂道を登らずにすんだ。
大山崎山荘はその名のとおり、大山崎の山中にあるのだ。
開館以来何度も楽しませてもらっているので、親しみを感じている。
絵画や彫刻や陶芸を見るためだけでなく、この山荘そのものを楽しんできた。
今回は『花咲く頃 モネ、ルノワールから須田悦弘、澤登恭子まで』という展覧会が開催されている。

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鎌倉の前田侯爵邸も、隧道の先に優美な建物があった。
そこへ行くまでには羊歯や苔や綺麗な青い草たちが生い茂っている。
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建物。P1967.jpg


入り口前にはこんな監視が!
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受付から奥に入ってすぐに須田氏のユリのオブジェと乾山のユリの絵が掛かっていた。
建物は撮影可能だが、作品は不可なので、お見せすることは出来ない。
ここを建てた加賀正太郎の蘭花譜がケースの中に並ぶ。精巧な蘭の絵、蘭の生育にこの大山崎の環境がとてもマッチするらしい。
ガレの花瓶、河井寛次郎の陶芸、濱田、リーチら民藝の陶芸家たちの作品も多い。
華楊『青麦』 日本画をこうした洋間で眺めると、嬉しくなる。
玉章『秋草蟲声』 朝顔に女郎花、そして小さなバッタがいる風景。
洋画では宮本三郎『芥子』 青地に黄色い芥子の花。

二階へのアプローチも見事で、この色ガラスも何度見ても飽きない。
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照明器具も愛らしい。クリックしてください。
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しっとり落ち着いている。
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ポリフォン社の大型オルゴールが置かれていたが、時間が来たのに音楽は流れなかった。残念。
素敵な天井。P1984.jpg


バルコニーからは木津川・桂川・淀川の三川合流が見えたが、今回は木々が伸びすぎたか、見えなかった。
実はその合流地点は水泳場だったそうだが、それを聞いたとき爆笑してしまった。(今の基準で考えてはいかんのですよ)
六十代の奥さん方から聞き、笑いすぎて苦しくなったところへ五十代の奥さんが、
「いいのよ、どうせわたしたちの若い頃には恐竜が走り回っていたと思っているんでしょう」・・・などと言うからよけい笑ってしまったのだった。大山崎山中に響き渡る笑い声だったかもしれない・・・
とりあえずフラナガンのうさぎさん。
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一階に戻り、中庭の池を眺める。
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この眺めがまた好きだ。

さて新館は地下に埋没されている。安藤忠雄の傑作。
『地中の宝石箱』とはよくぞ名づけたり、と思う。
ただし地下へ降りる空間は空調が良くないので、いつも暑苦しい。
この地下はぐるりと丸く作られていて、壁にモネの睡蓮が飾られている。
今日は入るとすぐにウォーホル『4フィートの花』があった。この作品は好き。
これは国際美術館からの貸し出し。
いつものように対岸から水面の睡蓮を眺める心持ちで、絵を見て回る。
モネの睡蓮は一点だけでもいいが、数を集めて壁にぐるりと並べるのもいいものだ。
そうすると壁は蓮池になり、わたしの立つ位置は築山もしくは橋の上となる。
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優雅な気持ちで楽しんでから庭園散策に出た。
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紫陽花が見たかったので、伏見の藤森神社へ行こうかと思っていたが、予定が狂うのでこちらに来て、本当に良かった。
中庭の池の睡蓮も、庭園の紫陽花も見事に咲いている。
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こちらは金糸梅IMGP1996.jpg

(弟切草の一種。花に詳しい山桜さんに教わっていてよかった)
未央柳の札があったのでそうかと思っていたが、どうやら見間違えらしい。山桜さんに教われてヨカッタ♪
(実はわたしは植物の名前と実物が一致しないのだ)

昔は丸々した紫陽花が好きだったが、最近はガクアジサイにも愛情が湧いている。
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種類はよく知らないが、これも可愛い。
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池の淵に佇んでいると、青い蜻蛉がきた。
ぱちっ。IMGP1994.jpg

嬉しいなと思っていたら、久しぶりに赤蜻蛉まで来た。ところが青くんと違い、赤さんは頼んでも止まってくれない。
とうとう諦めてしまった。残念。

くちなしは姿も愛らしいが、この匂いのよさに幸せを感じる。わたしは薔薇より梔子の香りの方が好きだ。
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機嫌よく山を降り、烏丸へ向かった。丁度お昼時なので、イノダで今日はフルーツサンドとカフェオーレをいただいた。
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明るく楽しい気持ちで、京都文化博物館のフィルム上映会に出かけられて、本当に良かったと思う。

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