美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

江戸のあやかし

江戸の人々の上から下まで殆どみんなが、オバケ・幽霊・怪談を愛好しているのも、考えれば不思議なことだ。江戸の空気の濃い杉浦日向子の『百物語』だけでなく、岡本綺堂・下母澤寛といった幕末の尻尾のつながった人々は、昭和に入っても怪談・奇談を書いている。
しかしオバケ系が好きな人とそうでない人との比率はどうなのだろう。
わたしは夏になるとオバケ屋敷に行かずにいられないし、怪談がムショウに恋しくなるし、昔の日本映画や芝居が見たくなる。
尤も年柄年中、ヒトサマに怪談をするのがシュミなわたしは、年中無休のオバケファンなのだろう。
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太田記念での展覧会は、学生からご年配の方まで熱心に見て回っていた。そう、みんなオバケつながりかもしれない。
オバケや妖怪・幽霊の絵が多くなるのは絵師の力だけではなく、その当時の読み本や芝居の影響が強いことを踏まえねばならない。
実を言うとわたしが歌舞伎にのめりこんでいたのは、子供の頃から時代劇が好きだというのもさることながら、浮世絵などで興味を惹かれ、元ネタが何かを知りたくて、そこから入っていったのだ。歌舞伎と浮世絵との密接した関係を無視するのは、楽しみを減らすことにもなる。単に絵だけの楽しみもいいけれど、背景を知ることでいよいよ面白味が深まるのだ。
太田の拵えた図録は実は全品載ってないので不完全なのだが、はろるどさんによると完売したらしい。凄いですね、うむむ。(わたしも買うた)
思い出したが、数年前板橋区美術館で『あの世の情景』とかオバケ関係の展覧会があり、どちらも図録は完売していた。やっぱりみんなオバケが好きなのだなー。
その本、北斎ゑがくところの百々目鬼を表紙にしている。(関係ないが百目鬼と書いて確かドウメキと読む姓もあったと思う)
これはメスのオバケだが、オス版も見たことがある。そのときの北斎の号は▲▲▲▲だったので、「そのままやん」と笑ってシマッタ。

太田はご存知のように第一室入ってすぐ左側に畳敷きの床の間風な場がある。ここには肉筆画と決まっているが、今回はオバケの肉筆画がある。
ナマな勢いのあるオバケが現れている。水色を使うのも面白い感じ。なかなか楽しい。
いかにも鳥居派の絵で、金時と妖怪。古今、豪傑の前にはオバケが出るものと相場が決まっている。稲生平太郎くんの経験した毎日オバケ訪問とか・・・。

オバケと幽霊と妖怪は違う。種類の違いは出自と精神性によるのかもしれない。この話を進めると民俗学に入り込むので、今回はパス。
昔、『オバケを探検する』といういい本があった。その中で当時11歳の少年が面白い意見を寄せていた。
「僕の考えでは幽霊は恨みを呑んで死んだ人がなるもの。では妖怪とは、水木しげるが考えたものだと思います」
読んだ当時は感心したが、それから20年後にVOW誌でこれが取り上げられているのを見て、今度は笑ってしまった。

閑話休題。
幽霊になるのは多いが、人間から妖怪になるのは少ない。(人間になれなかった妖怪人間というのもあったな)
崇徳上皇、こちらは幽霊ではなく妖怪である。江戸時代、上田秋成『雨月物語』の『白峯』、滝沢馬琴の『椿説弓張月』などで日本の妖怪の総元締めとして活躍を見せてから、妙に人気が出た。
そのために読み本系を元にした絵などでは天狗の姿をして描かれている。
歌舞伎の方でも大南北と仰がれる四世鶴屋南北が奔放な想像力のままに、幽霊も妖怪も生きたニンゲンも入り乱れた、凄まじくエネルギッシュな芝居を描き出した。それが許されたのも化政期という時代性があったればこそだろう。

おもちゃ絵の芳員によるおばけ双六が楽しい。色んなオバケ世界のスターたちが連なり、上がりが古御所の妖猫である。上がりであっても助かるわけではないのだよ。

刑部姫は好きなキャラだ。なんしか子供の頃から白鷺城(姫路城)の物語が好きだった。伝説では宮本武蔵が天守閣に登り、鏡花の戯曲『天守物語』では富姫と図書之助の愛の物語になる。
ここには楊洲周延(橋本周延)の刑部姫がいる。蹲踞するのは宮本武蔵。

狐火コーナーでは広重の王子狐と芳年の白蔵主が出ていた。どちらも別な場でも見ている。版画はこんな時にいい。

豊國を名乗った頃の國貞の化け猫絵がいい。白須賀。因幡之助と猫塚の化け猫。
この摺りは見事だった。因幡之助の太刀の柄が鮫肌だということまでわかる。画像では見えないが、摺りはそこまで見せてくれている。化け猫は鉄漿のブラシを手にしているが、猫耳のほわっとしたところまでリアルだ。これは『獨道中五十三次』(ひとりどうちゅう・ごじゅうさんつぎ)の芝居だと思う。

累(かさね)が出ている。日本三大幽霊といえば、お岩さん、お菊さん、累である。
勝川春好のそれは歌舞伎の『色彩間刈豆』(いろもよう・ちょっとかりまめ)ではなく、タイトルを忘れたが台詞だけ覚えている芝居の1シーンだ。伊達家の騒動と絡ませた話だったが・・・
「いや申しこちのひと、わたしゃお前に願いがあるが」「ウム、改まった女房どの、ソリャ願いとは何ごと」「日頃お前の言わしゃんすには鏡を見ては添うてはおれぬ、暇やろうと・・・わたしゃその鏡が見とうございます」・・・要するにあばた面の女房にそれと知らせぬようにした周囲と、その本人との相克がここにある。初めて鏡を見て己の醜さに仰天した女房と、忠義のためにその女房を殺そうとする相撲取りの夫との諍いが描かれている。だから女の手には鏡があるのだ。
一方北斎の累は、祐天上人の前に現れる怨霊のそれであり、彼女はこの上人により解脱する。
目黒の向こうの祐天寺とは、その上人ゆかりの寺なのだ。
(後日タイトルを調べた。『伊達競阿国戯場』(だてくらべ・おくにかぶき)だった)
これは四世幸四郎と四世半四郎だが、次代の五世同士(鼻高と目千両)のかさねを描いたのは、豊國だった。こちらは早稲田演博にある。
そしてそれを見立て絵にして國貞も描いている。

近代で知盛と平家の亡霊を描いたのは、前田青邨だったが(知盛幻生)、やっぱり江戸時代は色んな絵師が平家の亡霊を描いている。『義経千本桜』での渡海屋銀平 実は 新中納言知盛というのに、観客が熱狂していたからだろう。『船弁慶』も人口に膾炙していた。
國貞も芳年も描いている。芳年は月百姿シリーズの一枚。

びっくりしたのは懐月堂安度の『大江山』だった。えーっという感じ。金をちりばめてシンプルな構成にしている。一枚モノの美人画しか見ていないから、こうした絵巻に驚いた。

『木曾街道六十九次』の一枚に一ツ家の鬼婆を国芳は描いたが、この画題は大好きだったらしく、他にもいっぱいある。’93頃か、『上方くだりの細工見世物』展で見たのだが、浅草奥山の細工見世物に一ツ家の鬼婆が出品されて、その当時国芳は実に多くのビラを作った。これらは国立演芸場にも所蔵されているので、時々展覧会がある。
実はこれで伊藤晴雨の凄い作品を見ている。絵も凄いが彼は妊娠中の妻をモデルにして、実録ものを拵えたのだった。


さて妖術使い。江戸時代はやたらめったらその職業(というのか?)のキャラが多かったと見え、色んな絵が出ている。
ポップでキッチュな曚雲国師。「マンガだよな、これ」という台詞が耳に入る。うん、そやねん。一人で呟く。元々『椿説弓張月』は馬琴の奔放な創造力と想像力で描き出された物語だから、キャラも情景も濃いのだ。数年前、国立劇場で見たが、たいへん面白かった。

江戸時代の次に人気があったのは戦後しばらくしてからの東映お子様時代劇の華やかなりし頃か。
北村寿夫原作の『新諸国物語』から『笛吹童子』『紅孔雀』などには必ず妖術使いがいた。
旧幕時代の芳年『豪傑奇術比べ』を見ると、江戸時代の講談・読み物・芝居で大活躍の妖術師たちが集まっている。ちょっとしたサミットのようだ。
『骨寄せの』岩藤、『児雷也』の敵・大蛇丸、『白縫譚』の若菜姫、大盗・天狗小僧霧太郎(つい数ヶ月前、中村橋之助が演じていた)・・・
それにしても天徳がいないな、と思ったら若い頃の北斎が描いていた。天徳は近年では市川猿之助の一座が『天竺徳兵衛新噺』の外題で演じている。仁木弾正もいるのが嬉しい。
(こういう錦絵を見ると、それだけで芝居が見たくなるのだ)

ああ、かなり楽しい展覧会だった。一階の階段下のくつろぎスペースには、可愛い妖怪の絵を和紙にカラーコピーしたものを貼り付けた行燈がいくつか置かれていて、それが楽しみを増してくれる。
出来たら来年もお願いします・・・
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水と生きる  その中で

サントリー美術館の第二回展『水と生きる』の三期目に出かけた。
時々ここの会員になろうかと思うものの、首都圏在住なら展示換えの度に「うれしいな」だろうが、関西から遠足ではちょっと悩む。
現に出かけた日も最終日前日なのだ。
会場はお客さんの波で溢れていた。

今回のオブジェはタイトルどおりの<水>だった。
ドビュッシーではないが、そこに水の流れがある。
円の中に石が集められ、そこにライトが差す。明かりは随意な動きを見せる。尤もそれは計算された動きなのだが。
眺めると不思議に快いリズムが生まれていることに気づく。
光が波を生み出している。
眺めるうちにやはり三半規管の波がうねるのを感じる。
『水と生きる』実感がそこにある。

天保から嘉永にかけて20年ほどの間に作られた広重の東海道の宿場風景が並ぶ。江戸百景を見た後にこちらを眺めると、趣も変わって楽しい。
私が最初に見た浮世絵は東海道五十三次だった。
父は広重ファンで画集を持っていた。そして一九の『東海道中膝栗毛』を子供に与えた。
わたしにとって東海道とは、広重の風景とやじきたのツアーに他ならない。
幸先のいいような気分がある。

一蝶『田園風俗図屏風』 丸々した子供らが泳いでいる。一方雨宿りの人も描かれている。破れ傘がいい。マンウォッチャーの目は温かい。

久隅『瀟湘八景図屏風』 近江八景の元の八景図。いわば本歌なのだが、それぞれの名所がどこか思い出せない。

作者不詳18世紀の『京大坂図屏風』 これは嬉しい。わたしの行動範囲内の名所図。さすがに知る場所が多い一方で、今ではないものもある。当然のことながら二世紀以上の年月は大きすぎる。今もここに描かれている神社仏閣・名所が残っていることの方が奇跡的なのだ。
古詩にあるとおり「…松柏は砕かれて薪となり、古墓は鋤かれて田畑になる」…これだ。
右隻は攝津に始まり大坂から、今で言う国道1号線や京阪沿線の地が描かれ、左隻は洛中から比叡と嵐山辺りまで。
その名を書くだけで楽しくなる。
その部分。クリックしてください。mir231-2.jpg

住吉神社、四天王寺、清水、生玉神社、八軒店、道頓堀の芝居小屋、日本橋(今ではヲタウン)、天神橋(座頭が二人渡っている)、天満橋、難波橋(今ならライオンの石像があるが)、義経の船出で名高い尼崎の大物もある。
山崎、高槻、八幡、宇治、伏見、竹田、藤森神社、淀で隣の隻へ続く。
左隻…近江の勢田、石山、比叡山が見え、鞍馬、黒谷、愛宕山、北野神社、天龍寺、大井川、こくうざうとあるのは十三詣りの寺で、西芳寺もある。そこからずっと東に入り、大仏、清水、二軒茶屋、長楽寺、円山、六角堂、清水など…。
「行った行った行った」などと呟きながら眺める。行ったのは20世紀後半から現在なので、この絵の場所とは微妙に違うのだが。

何故こんなに名所図会が好きなのか。…やっぱり基本的に出かけるのがすきなのだろう。

『隅田川名所図巻』も楽しい。以前に屋形船で柳橋から湾へ出、徒歩では白鬚橋まで歩いた。その先は知らない。行く先々の江戸を探して歩いたが、ここではその場所が眺められる。

広重『江戸高名会亭尽』 このシリーズはとても好きだ。
『木母寺 植木屋』 雪見するのか女二人が来た。客に呼ばれたのか・自分らがごちそう食べにきたのかはわからないが、楽しそうだ。
しかしこの屋号では染井の方かと思いましたわ。木母寺は江戸庶民にとって芝居でなじみのある場所。京から人買いの忍ぶの惣太に攫われて、病死した梅若丸を埋葬した寺。子を求め物狂いになった母の悲しい物語がある。
『向島 大七』 広重ではなく北渓の肉筆画で知った料亭。
『王子 扇屋』 これは卵焼きで有名なお店だと思うが、確か近年なくなったのではないか。一度くらい行きたかったが、ないなら仕方ない。広重の人物たちが機嫌よさそうなのをうらやましく眺めるばかりだ。しかもこれは一種の床ではないか。(京都の夏の風物詩のあの床である)
『深川八幡境内 二軒茶屋』 大きな蘇鉄が目立つ。異国情緒を感じる蘇鉄。蘇鉄は堺の南宗寺、神戸の相楽園が有名だ…
『亀戸裏門 玉屋』 わんころが三匹いる。かわいい。亀戸の葛餅が食べたい。

応挙『青楓瀑布図』 既に行かれていた皆さんが褒められていた滝が、目の前にある。なるほど涼しい。色調が抑えられているから全くもって<涼>そのものだ。
半券にもなっている。mir231.jpg


池大雅『青緑山水画帖』 紺地に金字で文字がある。「百丈懸泉雲」この言葉が実感としてそこにある。池大雅は夏の風景にいいものが多いような気がする。

明治の染物を見る。二十四孝の雪中で筍とる話の柄が多い。留守文もあればずばりなのもある。流行したのだろうか。
これらは蒲団地だというが、サントリーが『用の美』を集めた美術館だということを、改めて思い出させてくれた。

『千鳥蒔絵鏡箱』 これが大変に気に入った。ちいちい千鳥が飛ぶ、砂地を歩く、ちいちいちい。
室町時代の美意識が心地よい。

『佐竹本 源順』 久しぶりの再会。思えば古美術とのお付き合いを始めて随分になるが、この三十六歌仙のうち半数以上の方々にはお会いできたが、まだまだ足りない。全員集合することはもうないのかなぁ…

『浮舟螺鈿蒔絵焚殻入』 小舟の二人。浮舟と匂宮か。子供の頃、本編の光君より、次代のこちらの話のほうが好きだった。特に浮舟が。入水してから「ほっといて」な気分になっている彼女に惹かれる。

龍田川をモチーフにした品々の中でも気に入ったのは、『龍田川蒔絵車文透香枕』 寝る間に髪に香が染む。憧れるなぁ。古代のアロマテラピーでもある。ところでナマな話だが、わたしは染付の枕を持っているが、頭熱が高いせいか、すぐに暑くなるのだった。

ところでリストでは二期目に出ていたはずの鶺鴒文皿が出ていた。
好きな器なので嬉しい。これは背景が何もないが、青海波を背景にしたパターンを見かけもする。

同じく鍋島で、わたしが勝手に「花火」と呼んでいる皿も出ていた。
ホント、今風。可愛くて仕方ない。mir231-1.jpg


元禄時代の『道成寺縁起絵巻』は三期目のみの展覧なので、見れて良かった。子供の頃からこの物語は好きで、色んな絵巻を見てきたが、ここのもいい。「いい」と書いたのは美術的な眼で見たことなのだが、実際に好きなのは結局のところ、この物語の構造そのものなのだった。
とは言え、この物語の別バージョンとも言える『賢学草紙』の方が私の好みなのだが。(こちらは龍になった女がついに男を捕まえ、水中に引きずり込むのだ)
追いかけるシーンから、わたしは見た。
既に顔が蛇相になっている。髪は跳ね上がり、裾も露わ。当初は顔だけだったのが、裸になると最早身体も蛇体になっている。

『西行物語絵巻』 室町と南北朝と二種出ている。
讃岐で崇徳院の墓所を詣でる姿がある。これが上田秋成の『雨月物語』の『白峯』の物語になる。また春を待つ姿もある。
佐藤義清が武士を辞めて出家し、放浪する姿に惹かれる人々も多く、様々な『西行物語』が描かれた。出光所蔵のものも見たが、今はなき萬野美術館では数年前、西行物語展を開催したこともある。ここのは徳川美術館のと兄弟巻だった。(蜂須賀家伝来)
見て回ると、「あはれにせつなし」という趣があった。(舟に乗り損ねて蹴られているシーンがあったような)
出家と遁世は違うが、出家の中でも世のわずらわしさを逃れるための出家で、却って機嫌よくすごしました というのが好きである…
(しかし中世の出家譚は、男の自分勝手な動機が多すぎる)

残念ながら『天稚彦』は展示替えで見れなかった。赤坂時代に『絵巻の小宇宙』展で見て以来ご無沙汰だったので、見たかったが。

最後にガラス工芸の美について少し。
前回もたいへん綺麗なガラスを見せてもらい嬉しかったが、今回も引き続き藍色のガラスが見れて嬉しかった。
お気に入りの蝙蝠モチーフの(どう見てもバットマンの舟)器のほか、いいものを多く見た。何がどうというのでなく、総じて「よい」という気持ち。これが大事だと思う。
切子の透明な美は、やはり真夏に見たいものだ。心が清くなった気がする。






弥生美術館で見る夢

弥生美術館では常時高畠華宵の作品を入れ替えながら展示する。
今回は真夏の夜の夢と題して、魅惑の作品が並んでいる。
サロメ、異国の宵、熱国の夕・・・mir230-1.jpg

文字の羅列を眺めてもときめくような何かがある。
庭園に造らせた蓮池を眺める妖艶なエジプトの王女、物思うオリエントの少女、九官鳥の籠を眺める少女は頭に巨大な羽根のついた被り物をし、豹の毛皮敷きでねそべっている。
銀鱗と題された絵では人魚の鱗が煌き、「踊る孔雀」はその孔雀の羽根を身につけた踊り子が笑っている。夏の花を描いたものも、百合・芙蓉・朝顔・月見草・ひまわりといずれも心惹かれる。大蛇に巻きつかれて、これと戦う少年の意地の張った顔つきもいい。

また夢二美術館では我が最愛のパラダイス双六が出迎えてくれたが、ここでは和の美を展開している。絵葉書、半襟、千代紙、浴衣などなど、デザイナーとしての夢二のよさが実感できる。美人画家としてもいいのだが、わたしは夢二のそうしたデザインセンスと童画が好きだ。むしろその方がいいかもしれない。

上村一夫の『菊坂ホテル』で面白い情景がある。夢二と谷崎は仲が良くないが秋のある日、墓場で酒盛りをする。菊池寛、芥川、斉藤茂吉、などがいる。
ホテルの娘も呼び出されて酒盛りに入ると、茂吉が知らん顔でそこに死体があるという。
見れば若い娘が真っ赤な彼岸花の中で横たわり、夢二の便箋で遺書を認めている。
夢二「あっ僕の便箋だ♪」菊池「よかったよかった」
芥川も夢二の便箋のファンで、谷崎も美人画よりデザインセンスの方がいいと言うが、その中身を見て今度は文面の批評を始める。途端、死んでいた娘が怒鳴る。

巧いエピソードだと思った。この作品には大正の匂いがする。
いかにもありえそうだった。mir230.jpg


その夢二のデザインした雑誌の表紙とセノオ楽譜も壁いっぱいに並んでいる。
昔の歌のタイトルを眺めるだけで、なにやら浮き立つような思いがする。
わたしはやっぱり1920年代の夢に囚われているのだった。
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『月百姿』と芳年

今夜8/28は皆既月食の日らしい。よくわからないが、家から見える月は微妙な欠け方を見せていた。

先日、後楽園の礫川美術館に出かけた。開館記念展からニ、三度でかけたが、どうも間の悪いことになるので、今回の訪問は久しぶりだった。
何しろ今回は芳年の『月百姿』を中心にした展覧会なので、やはり見ておこうと思った。

月百姿シリーズは、’92年に初めて実物を見た。大丸で開催された芳年回顧展。ここには清姫の絵もあった。大丸と高島屋の企画はよいものが多い。同年、今は亡きDO!FAMILY美術館でも展覧会があり、そこでも芳年を楽しんだことが忘れられない。

百のうちどれくらい見たのかちょっと思い出せない。そのときの図録もあるが、あちこちで見て歩いたから重複してたり忘れたりしているだろう。大体シリーズ物でコンプリートといえば、今回の藝大の江戸百景や浪花百景くらいしかない。
まぁ月百姿は月下のあやかしがメインだから、うすぼんやりくらいの方がいいのかもしれない。

旧幕時代、まだ国芳の<弟子>でいた頃とは違い、明治からの芳年の線にはある種の特徴が見られる。
縮れ。チヂレとしか書けない。布線がビリリリリと縮れている。細かい線もあれば、スパンの長いものもある。

明治になって芳年は激しい神経衰弱を起こし、一旦は回復したようで、それを機に名も大蘇と名乗るようになった。しかし芳年は土蔵で幽霊を見てしまうくらいだから、やはり神経に響くのは止められなかったようだ。

ところでこの『月百姿』はとらさんの丁寧な紹介がある。こちらへどうぞ。http://cardiacsurgery.hp.infoseek.co.jp/JA073.htm#070812b

賊巣の月 小碓皇子 明治になり浮世絵に使う色も変わって、トルコブルーが現れる。
小碓皇子はヤマトタケルである。その名は熊襲により贈られた。熊襲を殺す際に、贈られたのだ。絵は少女の装いをした小碓皇子が今しも熊襲兄弟の寝所へ忍び込もうとする図だった。白い衣服にチヂレがある。

はかなしや波の下にも入ぬへし月の都の人や見るとて この歌を詠み有子は琵琶を弾きながら泣く。その有子の表情などがいい。そこにもチヂレがある。
そうしたチヂレが描かれたキャラたちの心の有様などを示しているようにも見える。

南海月 波濤の中の岩上に座す観世音菩薩。西方浄土には阿弥陀如来がおわすが、南海浄土は観世音菩薩が教主なのだ。足を組む姿は菩薩独自のもの。

月の発明 寶蔵院 槍の流派の始祖・寶蔵院が猿沢の池に映る月を突くことで、槍道の本質を悟る。なんとなくここの流派を思うと、エピソードとしての宮本武蔵や柳生兵庫助を思う。

白蔵主が月を仰ぎ見る。三日月の下、ススキの原を行く狐の顔は怖い。狂言の世界では「猿に始まり狐で終わる」と言うくらい、この白蔵主は大事な演目なのだが、この狐は黒塚の鬼女に劣らぬ恐ろしさと、どうにもならない何かを感じる。

伊賀局が天狗と対峙する図は前から好きなものだが、金目の天狗もこの大力・沈着・豪胆な女官には歯が立たない。何しろこの天狗の出自は恨みを呑んで死んだ男なので、イキイキ元気に生きる女に敵うはずがないのだった。

その一方、源氏物語の夕顔のはかなさ。ほっそりした横顔に哀れな影が差す。

ここまでは月百姿の感想だが、ここからは少しばかり場所を変えて、太田記念で見た芳年の作品を呼んでくる。

佐倉義民伝の絵がある。磔刑にされた宗吾の怨霊が出ている。磔刑にされたままの姿で、その腕には蛇が巻きついている。それを見た女中は恐れおののいてひっくり返っている。
なにしろ佐倉宗吾の怨霊は恐ろしい。悪い殿様・堀田候はこれで倒れてしまった。

清姫がいる。執意の激しさがヒトからオニへ変える。サントリーでも今回清姫の絵巻が出ていたが、あれは夜ではなく真昼の出来事だと言うことに、おののく。
芳年の清姫はまだ蛇体にならず、美しい女のままである。娵ではなく娘だと感じる清姫は、長い髪を両手に掴み、身を屈めている。これは旧幕時代の作だが(和漢百物語シリーズ)構図の巧さにも惹かれる。清姫の着物は網代に青海波のうねりが走り、その上に花が散っている。帯は青海波と無地の縞柄である。その青海波が鱗になるのが予測されるだけでなく、清姫の頭上に舞い散る花、これが着物から逃げ出した花のように見えるのだ。
少女マンガでキャラが花を背負って描かれるシーンがあるが、これはその逆で、花が逃げ出したのだ。たいへん怖い絵だった。

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夏にはやはり芳年を見ていたい。

解き放たれたイメージ サーカス展

損保ジャパンで9/2まで開催中の展覧会に出かけた。
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以前、兵庫と神奈川の近代美術館で『サーカスがやってきた!』展を楽しんでいる。その展覧会からサーカスを描いた作品に眼を開かれだしたので、思い出すと今でもわくわく感が湧き上がる。
(なにしろそれから日本のサーカス・曲馬団・曲芸に凝り始め、見世物小屋にも関心がゆくのだから、ある種のエポックメーキングなのだ)
さてそんな前振りで新宿に出たが、今回のコンセプトはサーカスそのものを描くというのではなく、画家その人がサーカスから受けた印象による作品を集めた、というものだった。
しかし入り口もハリボテでそれらしい雰囲気を醸し出してくれているので、木戸銭を払った甲斐があるかも、と機嫌よく乗り込んだ。

ピカソの版画『サルタンバンク・シリーズ』がまず出迎えてくれたが、いきなりサーカスの芸人の裏側を見せられては、ちょっと暗い気持ちになった。ピカソの眼差しは冷たいものではなく、せつなさと少しの喜びと慎ましさとをそこに描き出している。貧しくとも静かな暮らしがそこにあるのを感じるシリーズ。
貧相な男と病弱そうな子供と幸薄そうな女と…しかしなんとなく穏やかでもある。彼らがこのまま貧しい中にも安寧に生きたかどうかはわからないが。

クレー『綱渡り』 ‘23は丁度アールデコが行き渡った時代でもあるが、このクレーの直線と曲線の組み合わせが、その時代であることをも実感させてくれる。クレーは自分の様式で制作したろうが、そう思える。そしてその線描の集合体は、女の顔にも見えるのだった。
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ルオーもサーカスのシリーズが多い。上諏訪のハーモ美術館から出張してきた『流れ星のサーカス』を眺める。二年前ハーモでこのシリーズを知ったとき、悪くないと思った。今回『見世物小屋の呼び込み』の女の横顔が綺麗だと感じたり、『黒いピエロ』はほっそりしているのに、『親代々の芸人』はさすがにどっかと座って態度も大きいと観察した。画商ヴォラールを喜ばせようとしたようだった。

ローランサンの女たちはいついかなる時も優美だ。白馬、灰色馬、二人の女、滑らかな動き。観客がいようといまいと彼女たちは馬と共に芸を続ける。
彼女の描く『アルルキーヌ』は優しく微笑んでいる。女性だけのサーカス団、そんなものがあるのかもしれない…

シャガールもサーカスをよく描いた。ここには40年前のリトグラフ作品が並ぶ。なんとなくサーカスのテントの中の空気がこちらにも伝わってくる。

マティスの『ジャズ』は何度も見ているが、『サーカス』展では趣きも変わるようで、面白い。明るい色彩が楽しい気分にしてくれる。

レジェ『アクロバット』 チラシに使われている。それを見て、惹かれた。普段レジェにあまり関心が向かないが、なんとなく嬉しい気分である。

見て廻る絵は全て壁に飾られている。しかし壁から外れた真ん中に何かが立っている。まるで沙漠のエレンディラのテント小屋のように。
星が幾つも鏤められた箱。星の中心には窓が開いている。星の窓をのぞくと、そこには… これはのぞきからくりではないが、楽しい演出だった。
アレクサンダー・カルダー『アザラシの曲芸』 この鉄細工の作品は、最初からこんな演出と共にあるのだろうか…。
なんとなくこの鉄はあざらしではなくオカモト・タローの作った何かを思わせる。

ビュフェはどうもニガテだ。梅田の阪急三十三番街はビュフェの作品をコンセプトに作られているが、通り過ぎるばかり。
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しかし挿画本『私のサーカス』シリーズの中の『学者犬』は可愛かった。考えれば色んな芸の中でも算数のできる犬と言うのはなんとなく不思議でもある。ポチたまでも時々そんな犬が出るが、猫は間違っても算数は出来ない。この白犬はなんとなくいい。ナイトシャポーみたいなのをかぶった白犬。
私は以前見世物小屋で『お染久松』を演じる犬たちを見たが、彼らは存外大事にされていた。この犬もそうだといいが。

サーカスの本場・ヨーロッパの作家たちから、次は日本人の見たサーカスに移る。
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安井『巴里の縁日』 これは大正初めの作だけにまだ後年の安井らしさから少し離れた作風だった。所蔵が兵庫県美なのでしばしばお目にかかる。
安井はこの時期、裸婦ひとつにしてもなかなか凝った作品を描いていた。

長谷川潔『旅回りのサーカスの女』 黒いレオタードの女がうつむいている。物思いにふけっているのかもしれない。なぜか笑顔が思い浮かばない女。

川口軌外『シルク』 食虫植物というか食人植物に飲み込まれる(らしい)女たちの下半身が見える。下肢しか見えない。それともこれはこの花の触手だとでも言うのだろうか。昭和初期のシュールな世界は、どこかサディスティックに見える。

東郷青児の作品を見ると、この美術館が彼の名を冠した美術館だということを思い出させてくれる。
『サーカス』 玉乗りで目隠しをした女や、馬上でポーズを決める女たちなどの姿が描かれている。制作年はわからないが、これもやはり昭和初期の作のように思える。

牛島憲之『あるサーカス』 珍しく暗い画面で、しかもとても<油絵>的なのだ。後年のシュールでのんびりした景観ではなく、泥絵の世界。
曲馬団と言うより軽業一座だ。現に力持ちの技を女たちが見せている。これを見ると、牛島が残した歌舞伎スケッチをも思い出させる。「どこにもない景色」を描いた画家の卑近美に、惹かれた。

川西英の木版画はいつ見ても・どれを見ても嬉しくなる。地元の風景もあるからというだけでなく。明るい木版画。それが嬉しい。暗い木版画より明るい木版画がいい気持ちになる。楽しい。ここにあるのは油彩と木版画。カラリスト・川西英。(と言いながら、彼の模写したサロメとヨカナーンが脳裏に浮かんでいる)
『曲馬』椅子の上で。『ヒッポ・ドリーム』なるほど白馬に白いピエロに。こっち向きの馬上の女もいるし、足を上げて笑う女もいる。
三枚続きの『西洋大曲馬』’31、昭和六年・満州事変の年でもある。この二年後にハーゲンベックが来日するが、それ以前にイタリアのチャリネ曲馬団なども来ていて、日本からも外国へ出ている。
なんとなく川西英の作品を見ていると里見トンのモデル小説『T.B.V』を思い出す。さらわれて曲馬団に養われ、海外で芸を見せて育ち、やがて帰国したものの違和感をぬぐえぬまま、関東大震災で誤って殺される男の生涯…輝きのない生涯とは言え、なんだか不思議な風を感じる話…それと同じようなものをここに感じる。

恩地孝四郎『ハーゲンベックの印象』 上記に挙げたようにハーゲンベック・サーカスが来日した。このサーカス団はライオンの火の輪くぐりなどで観客を魅せたが、ドイツのハーゲンベックはライオンを虐待したのではなく、愛情を持って接して、芸を覚えこませたそうだ。この話は小学校の教科書で読んで以来、感銘を受けて覚えていたが、大きくなってハーゲンベックが日本の芸術家に及ぼした影響などを知って、たいへん興味深く思った。
恩地の木版画にも象やアシカの働く姿が見える。このハーゲンベックでの動物使いと動物たちとの関係が観客を感動させた。
近代日舞の巨人・六代目菊五郎はハーゲンベックのライオンを見ていて『鏡獅子』の獅子の仕種を思いついたという。それが平成の現在まで音羽屋や中村屋に連綿と続いているのだから、えらいものだ。

国吉康雄『ブランコの女』 mir228-2.jpg

最初に見たとき、何とも言えない曖昧な微笑と言うのがあるな、と思った。最初に見たときまだ十代だったのでこんな表情が出来ないし、理解も出来なかった。今はこの表情が出来るか?そこまで深みがないので、わたしには無理だろう。

海老原喜之助『サーカス』 赤と黄色の絵。芸が成功した後、観客に応える彼。顔のない彼。どきっとした。

洋画で他にサーカスと言えば鈴木信太郎の象のショー、古賀春江のトラたちなどが思い浮かぶが、ここには現れない。別な地方を廻っているのだろう。

猪熊弦一郎『馬と少女』 馬は馬でもシマウマだった。シマウマと女がいる図は安井仲治の写真作品で見た気がする。彼も戦前のサーカス写真が多かった。

丹野章の一連の写真『日本のサーカス』シリーズは’56?’57のゼラチン・シルバープリント作品だった。
ただでさえゼラチン・シルバープリントにときめくところへ、50年前のサーカスの風景である。ため息ばかりで眺めて歩いた。
何故こうした写真には深い魅力があるのだろう。それも沈鬱な魅力とでも言うものが。
『水芸』…滝の白糸の伝統は生きている、綱渡りから『落ちる』、『火をくぐる馬』、『足芸』(戸張孤雁の版画を思い出す)、『象使い』、綱渡りしたり玉乗りする『虎』、ボクシングをする『カンガルーと少女』(ロシアから伝来だと思う)、『ワイヤーを上る』傘を差した女、この姿は曲馬団以前の江戸の軽業一座からの伝統だ、『一輪車』…今では学童保育でもなじみの遊戯に…
何がどうと言うこともないが、自分もこの灰色のテントの中でサーカスの人々を眺めている気持ちになっていた。

少し前まで『からくりサーカス』というコミックが連載されていた。その中でサーカスの用語を知った。
<ユヤユヨン> そんな掛け声が聞こえてくるといいなと思いながら、この展覧会を後にした

美人二種 肉筆画とスチール写真と

今回二つの<美人展>を見た。一つはニューオータニ美術館の「肉筆浮世絵」の美人、もう一つはフィルムセンターの無声映画からトーキーに変わった頃に活躍した日本映画の女優たちのスチール写真を集めたもの。「トーキーと戦争の時代を中心に」
どちらもたいへん興味深く眺めた。一般に、美人の定義をあげることは難しい。だからそれについては何も書かない。
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時代により偏向もある。
それを目の当たりにするのは、実は浮世絵である。
浮世絵はその時その時の風俗を鋭く切り取るから、需要側が喜ぶのが<その時の美人>なのだ。
絵師の個性・流派があるにしても、その枠組みから離れることは江戸の場合、案外少ない。
ニューオータニ美術館が誇る美人と言えば、舞踊図の四人組である。
類似の美人はサントリー美術館にもいるが、こちらの美人は屏風の中で適度な距離感を保ちながら活きている。評者によればサントリーコレクションの方が濃やかだというが、比較する必要はない。
彼女たちは首に襟巻き…とは言わぬが、ぬくそうな首元をしている。着物もなんとなく暖かそうな質感がある。首に布を巻くのは和装の場合、あまり見栄えのよくないもので、ショーバイが何かを推察させもする。

懐月堂一派からも二人美人が出ている。それぞれ作者は違うが、ふっくら豊かな頬に笑みを含んだ眼差し、派手な着物というスタイルに変わりはない。
宝永年間に活躍していたことを思い合わせると、なかなか面白いことがわかってくる。当たり前ではあるが、宝永は元禄の次の元号なのである。
元禄の名残が生きている。だからか衣裳から何から万事派手好みなところが残っているのだ。
とはいえ綱吉から綱豊(家宣)に代わり、吉宗も紀州の跡継ぎになり…という辺りから、完全に時代の移り変わりを知ることにもなる。
江戸時代と一括りに出来ぬ様式・風俗の差異が見て取れ、それがまた面白い。

『見立て紫式部』 机による女の図が好きだ。彼女は笑みを含んで机による。チラシ左から二人目。

菱川派の『月夜弾琴図』は秋の始めごろか、まだ蚊帳が吊られているが手水鉢の先には桔梗が見える。
女が蚊帳から大きく身を乗り出して琴を弾いている。蚊が入りますよ、とは言えないくらい秋なのだろう。

梅祐軒勝信 垂髪の女の着物には大きな文字と歌とが書かれている。
尾上、舟、夕などの文字が読み取れる。

宮川長春 芝居で名高い人々の絵が二点出ている。
『髪梳き十郎』 曽我十郎(兄)の髪を梳く女は愛人の大磯の虎御前か。ここの兄弟は兄・十郎には虎、弟・五郎には化粧坂(けわいざか)の少将という愛人がいるが、暴れん坊の五郎と、各地を経巡った(と伝承のある)虎御前が有名なので、ついうっかり五郎と虎というカップルかと思うが、実は違うのだ。

『小むらさき』 かむろらしき少女を一人連れている。小紫と言えば権八小紫だ。白井権八の愛人の遊女。ここには彼氏はいないが、彼女の視線は多分そちらへ向いている。権八と幡随院長兵衛の鈴が森の芝居も好きだが、思えば権八は世に現れた時点から殺人を繰り返すお尋ね者なのだった。

竹田春信『久米仙人』 洗濯する女の白い脛を見て雲から落ちる仙人のエピソードは、古来から好まれてきた。ここでは女はフルカラー、仙人は墨絵と言う対比が面白い。それにしても足の長い女だ。

春章『立姿美人図』 美人の裾で猫が遊んでいるが、この猫はなかなかきつい猫らしく、着物の柄に闘いを挑んでいる。ときどきこんな猫がいる。

作者不詳の『桜下男女図』の表装がいい。B Me Aなどと読めそうなアルファベットもどき文字が見える。かむろをつけた女は前帯で、寄り添う男は着流しに羽織の前髪つきだった。桜だけではない匂いの漂う絵だった。

暁斎の娘・暁翠の『地獄太夫』がある。父親のそれとは違い、こちらはおとなしそうな面立ちで、しかも明治の女らしい顔をしている。

其一『吉原大門図』 師弟揃って吉原に通っていただけに、リアルな情景である。太夫が男衆をつれて闊歩するのや、茶屋・山邑屋の店先の様子、按摩をする座頭などの姿が見える。冷やかしもいれば、帰る客もいて、嫖客の往来もにぎやかだった。

今回一番眼を惹いたのは『舟まんじゅう』図だった。
この舟まんじゅうの手には渋団扇がある。彼女は蝙蝠を見ている。客は取れたのだろうか。
これはまぁ最下層の私娼で、夜鷹はストリートガール、舟まんじゅうはリバーガールなのだった。
ここにいるお姐さんはちゃんと手ぬぐいを頭にかけている。

その細かい内訳を教えてくれたのは、井原西鶴大先生だった。
西鶴の『好色一代女』を原作にした溝口健二の傑作『西鶴一代女』は一種のレビューショーであり、ヒロインお春を演じた田中絹代は御所に仕える女官を振り出しに、大名の側室、商家のご新造、奥女中、淪落して夜鷹(上方では惣嫁と言う)、それも年降るごとにますます下降して、化け猫と呼ばれる最下位の私娼に成り果てる。やがて出家して尼僧になるが、それで心が安住することもないのだった。

前述したレビューショーと言う言葉には、裏づけがある。
この溝口健二の組に日本画家・甲斐庄楠音が加わったことで、衣裳も引き立ち、更にその時代考証も確かになった、それがここに表れている。
『西鶴一代女』に現れる女たちの衣裳は、甲斐庄の創作と時代考証の力で、見事なものに仕上がっている。まるで元禄頃の風俗画を見るようだ。
また、映画の中で伊東深水の美人画が現れるが、それは田中絹代の似せ絵として描かれたものだった。
(今回フィルムセンターの展示では、戦前の作品に現れた女優たちを特集したため、この『西鶴一代女』はでなかった)

かつての日本映画界は現代物も制作したが、時代劇がたいへん多かった。戦前は特にそうで、並ぶスチール写真でも日本髪を結う女優が多い。
彼女たちのスチール写真も大首絵の一種のようでもあり、なかなか見応えがある。

映像の中の女優たちは戦前に活躍した姿なので、最早現実感はない。戦後の日本映画黄金期に大活躍し、現代に至るまで知られている女優たちもいるが、大半は知らぬ女優ばかりである。世代的にも祖母の時代の女優である。80人ばかりのうち23人知っていた。
そんなに昔の日本女優に関心がない人でも「ああ」となるのは、田中絹代、原節子、山田五十鈴、京マチ子、高峰秀子、高杉早苗、高峰三枝子、清川虹子、森光子らか。
戦前から活躍し続けていることに驚いたりもする。
これが結局彼女らを映像の中の美人画にならしめているのだ。

描かれた美人と映像の美人と。二つの美人画を楽しめてなかなか幸せだった。

花鳥礼賛 泉屋分館

アートコレクションのおかげで泉屋分館の展示にも招かれる。元々大倉と泉屋とは私の場合、いつも対で行く美術館なので、機嫌よく訪問した。
花鳥画。中国に始まり日本で満開となった分野。
今回の泉屋分館での展覧会は、京都画壇と彼らに影響を与えた画家の作品とが並んでいる。
京都の本館ではおなじみの作品たちが東京出張し、皆さんに喜ばれるのは、とても嬉しいことだ。
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伊年印 四季草花図屏風 右は春の花34、左は秋の花26。花の名前は詳しくないが、百花繚乱を喜ぶ気持ちに変わりはない。

彭城百川 梅図屏風 金地に墨で梅が開いている。寺の襖絵に見かけるような描き方だか、それが随分好ましい。

伊藤若冲 海棠目白図 近年たいへんな人気の若冲だが、このぷくぷくしたメジロたちが文字通り目白押しに並ぶ姿を見ると、なにやら微笑ましい。

呉春  蔬菜図巻 呉春は逸翁美術館に一大コレクションがあるが、やはり関西の美術館にはしばしば名品が見受けられるのが、嬉しい。
その名も「呉春」という清酒がある。地元池田で生まれた清酒。グルメだった呉春は自分の名のついたこの酒を喜んだろう。
ここに描かれているのは野菜ばかりである。おかずになるまえの野菜たち。青物屋の若旦那が描いたものより、おいしそうな感じがする。実に多くの野菜がある。ねぎ、筍、きゅうり、ささげ、白瓜、ナス(細いのと丸いの)、唐辛子、葉生姜、細大根、大豆(枝ごと)、茗荷、水菜、コウタケ、しいたけ(どんこ)、シメジ、チョロギ、かぶら、ニンジン、ふきのとう、慈姑、豌豆、南瓜、鉈豆、里芋……すごいなぁ。

椿椿山 玉堂富貴・遊蝶・藻魚図 これは字面を見るだけでめでたい。溢れる花。匂いまでこちらに届きそうだ。三枚の絵のうち、遊蝶図がいちばん好ましい。とにかく今回は蝶をたくさん見れて嬉しかった。

沈南蘋 雪中遊兎図 兎はどういうわけか茶色い毛のままで、目立つのではないか。
どうもうさぎと言うのは現実より絵画や工芸品のほうに味わい深い愛らしさがあるように思える。この絵を見ると、若冲が影響を受けているような感じもする。
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張秋谷 花卉図 ピンクの牡丹に藤と百合とが眼に残る。清代の花卉図は画布に描かれたものも、エナメルのものも、共に優美で華麗だ。

椿椿山 野雉臨水図 タイトルを見たとき、ふと中国語のスラングを思い出したが、これは純粋に野生の雉が水辺にいる図。名前に椿が二つもあるのに、この絵師の椿図を見た記憶がない。

呉春 松図衝立 金地に墨絵でササッと描かれている。松ぼっくりが可愛い。今でも家のそばにこんな風景があるので、なんとなくそれだけでも親しみがある。

余 花鳥図 白の目立つ画面に、栗の実や地の菊が可愛い。

狩野常信 白鷹捕鴨図 「かわいそー」一目見て呟く。白鷹がガシッと鴨を捕獲して、飛んでいる。ゴハンになるんやねぇ。……(涙)でも鷹ファミリーも生きているし。

森徹山 竹狸図 可愛い狸!去年大倉で姫路のさる人のコレクションを見せてもらい、その中に『雨中狸図』があったが、あれ同様とても愛らしい。バッタを見る狸。残念ながら画像がない。
オジさんは猿を、甥っ子は狸を愛しく描いている。

田能村直入 花卉図巻 色感に独自のぬめりがある。つまり絹の光ではなく、絹よりもっと高価な絖<ぬめ>の触感を感じるのだ。

原在中・在明 春花図 父子で花を描いている。向かって右の瑠璃色の中華の壷には牡丹が(父)、左の玉籠(編み籠にビーズがついている)には蘭やシャガや小手毬が(子)活けられている。とてもきれい。そして図の上には冷泉さんの漢詩風の詩が書かれている。
瑠璃能瓶爾薫 光越佐新添貞 富貴百花濃色 葉美艶 瑠璃の瓶薫る 光をさし添えて 富貴百花の色 はみえん
露奈良伝成珠 籠耳折挿茂色 遠栄多類花農 数賀寿 露ならてなる珠 籠に折り挿すも色 をえたる花の かずかず

松村景文 四季花鳥図屏風 墨絵でさらっと描いている。藤、露草などが見え、文鳥が飛んでいる。

伝・辺文進 鳩図 これは岸田劉生旧蔵で、言われて見るとそんな趣もある。白鳩が下を向いている。嘴をつぐんだまま。

応挙 双鯉図 天明2年にこんな丸々肥えた鯉を吊ったような絵を描いていいのか。天明の大飢饉は、といらぬことを考える。

乾山 椿図 墨絵で白椿を描いている。清楚でもあり、艶やかさを覗かせてもいるようで、とてもいい。
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交趾香合 明代のそれはどれもこれも小さくて愛らしい。狸、インコ、鴨、菊に亀、掌で大事にしたくなる。

花鳥礼賛、なるほどそのとおりだと思う展覧会だった。

アジアへの憧憬

大倉集古館のコレクションの中核は、大倉喜八郎・喜七郎父子の蒐集によるが、ケンブリッジ大学に留学し、英国紳士のたしなみを身につけた息子と違い、父親は生きた時代もあって、アジアに深く眼を向けていた。
その喜八郎は建築家・伊東忠太を可愛がり、大倉集古館のほかに京都に自分の霊廟となるべき祇園閣をも拵えさせた。
伊東忠太は大アジア主義と言うか、気宇壮大なパトロンを二人持っていた。この大倉喜八郎と西本願寺の大谷光瑞である。
忠太は教授昇格に際して、必須であった欧州留学を喜ばず、三年半かけてアジアツアーを組んだ。最終目的地がヨーロッパだというので忠太の師匠・辰野金吾もそれを許し、帝大は忠太を送り出すことになった。
忠太のルートはシルクロードを往く、とでもいうべきもので、敦煌の莫嵩窟もフランス隊より先に発見していたが、忠太はまだまだ先へ行かねばならぬので、世紀の発見を放って旅を続けた。
その旅の最中に大谷探検隊の橘瑞超らと出会い、そこから大谷光瑞の知己を得たのだった。
さてその忠太はそうした経緯があるところで喜八郎に依頼され、中華風の大倉集古館を拵えた。

前置きが長くなったが、忠太の深い魅力が随所に光る大倉集古館の建物に、喜八郎遺愛のアジア文物が展示されるのは、実にふさわしいことだと言えるのだった。
美術館のサイトにもこうある。
大倉喜八郎は明治から大正時代にかけて、汎アジア的な視点から東洋の古美術品を 網羅的に蒐集してコレクションの充実を図りました。その内容は、アジア諸国の仏教美術を始め、中国の絵画、陶磁・漆工などの工芸品、陶俑や銅鏡などの考古遺物に加えて、宋元版本の貴重書を含む中国の古典籍と極めて多岐に亘ります。従来、その全体像が紹介されることのなかった東洋関係の蒐集品の数々を、奇才・伊東忠太建築による中国古典様式の幻想的な展示館の雰囲気とともにお楽しみ下さい。
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【中国】

「虺龍透文鏡」 春秋時代・紀元前 3世紀 紀元前とは言え春秋時代の文物なので、最早呪術的な味わいは消えている。しかしながら諸侯がいまだこうした様式の鏡を流通させていたことにも、ある種の面白みがある。

「晋沛国相張朗碑」 西晋時代・永康元年(300) 沛と言えば劉邦の故地だが、むろん時代は違う。張朗という人が何をしたかは知らないし、この碑を読めるほどの知識もない。

「如来立像」  北魏時代・ 6世紀初、同拓本  大体北魏と北斉の仏像がニガテなので、いつものようにスルーしたら視線を感じた。…まずいなぁ。

「仏頭」  北斉時代・ 6世紀  ニガテとは言えなるほど綺麗は綺麗である。というより、その綺麗さが怖いのだが。

「婦人俑」 唐時代・ 7?8世紀  唐時代は大変に好きな時代である。文明・文化の極限というのが好きなので、唐代の文物は何を見ても好ましく思う。これまでにも多くの俑を見てきたが、これはまたなかなか可愛さがあり、剥落もいやな感じではない。

「青磁香炉」 南宋時代・ 13世紀 これは日本の茶人が偏愛する青磁だが、父と息子、どちらが需めたのだろう。

「花文堆朱輪花盆」  明時代・ 16世紀  丁寧な細工に感心する。堆朱のいいのは京博にも多いが、これも見応えがある。

「朱曲輪軸盆」 明時代・16世紀  ぐりぐり。以前このぐりぐりはニガテだったが、今は却って新しく見える。アールデコのようにも見える。可愛い。

「清明上河図巻」  明時代・ 16世紀  明代もまた好きな時代だ。その明代の街の風景を描いたこの図巻はかなり以前から好きなものだった。大体風俗画が好きなので、見ていて楽しい。しかし紙質の違いからか、中国の古い図巻などはどうしてもセピア色に焼けてしまう。それが味わいにもなる一方、惜しいような気もする。

「宮女図巻」  清時代・ 17世紀 これは清代だから、その当時の風俗で描かれているが、古代から前代までの有名な女たちの肖像を並べたものである。全員を知るわけではないが、幾人かをみつけた。
しょんぼりの王昭君、琴を抱く卓文君、虞美人、班捷抒は足を組む、ニ喬もいるし、秋水が可愛い・・・
清代らしいなよやかな線で描かれた美人たちを眺めるのは楽しい。

「天后聖母立像」  清時代・ 17?18世紀 天后と名乗ったのは則天武后の他はないはずだ。聖母と言うところがよくわからない。則天武后を国家の聖なる母と看做したのか、そうではなくキリスト教の人々がマリア像として拵えたのか…わからなかった。

【朝鮮】
「唐草文螺鈿箱」  高麗・ 13世紀 高麗時代の文物は特別すばらしいものが多い。高麗青磁(特に11世紀から12世紀のもの)のあのすばらしい色合いを思うだけで、ときめく。この螺鈿もいい。なぜこの時代の芸術はこんなにもよいのだろう。

【東南アジア・インド】
「仏陀立像」 タイ、アユタヤ朝・ 16?17世紀  タイに行くことはまずなさそうな私だが、アユタヤ朝の文物には、幸いなことに触れる機会が多い。仏像はニガテだがタイのそれはなんとなく明るい気分になる。何故かは知らないが。

「過去五十仏と仏伝図」 タイ、ラッタナコーシン朝・ 19世紀  ジャータカ。生まれ変わり・死に変わり、仏陀は不滅である。捨身飼虎もあれば牛のための生もあった。これはなんとなく日本で言う絵解きの出来そうな図だと思う。そういう親しみやすいことから衆生済度を始め…なくてもタイは既に立派過ぎるほどの仏教国だった。わたしは自分の妄想の中で絵解きを楽しもう。

「銀製菓子盛器」  タイ、ラッタナコーシン朝・ 20世紀  タイの銀器は大正頃から日本の茶人にも好まれるようになった。逸翁も茶会にそれを使っていたはずだ。とても繊細で綺麗な細工だと思う。
他にも銀製鍍金の細工物もあり、やはりタイは銀細工が巧い国だと感心した。

「横臥仏像」 ミャンマー、19世紀 ベッドの上で横臥する仏陀。リアル。これを見て手塚マンガ「ブッダ」を思い出している。マンガでは食中毒の原因をヒョータンツギを食べたからだと設定していた。
この像を見るとありえそうな気がしてきた・・・

「多羅菩薩坐像」 インド、パーラ朝・10世紀 菩薩だからロン毛である。インドだからハンサムである。イケメンの仏像にはときめくので、インドやガンダーラ系の仏像にはいそいそと会いに行く。

この他にもいつものガルーダもあり、全部見て回ったときにはすっかりアジアツアーの気分になっていた。なにしろこの日は猛暑日で、一歩外へ出ればすっかり亜熱帯なのだった。
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アートコレクションのおかげで大倉と泉屋の展覧会も見て回れるから、八月は嬉しい気分なのだ。





アートコレクション・日本洋画篇

日本洋画にも名品が揃っている。
ラグーザ玉『鹿』 コリント柱の下に鹿がいる。アカンサスの柱がどういった建物に使われるかを思うと、ここが元はなんだったか想像がつく。そして廃墟であることがやはりイタリアの美を感じさせる。

熊谷守一『猫』 モリの猫が好きだ。白猫が寝ている。生姜菓子のような白色。つまり金沢銘菓<柴舟>のように、微妙に斑だったり塗りの厚さが違う、そこが魅力的な猫。

金山平三『庭』 兵庫県美術館で金山の作品を長らく見ているが、彼が家族愛に満ちた人だということを、いつも感じる。この作品もそうだ。ちび二人がいて、お花がいっぱいの庭。民家の庭。ほのぼの幸せを感じる。

梅原龍三郎『霧島』 絵の構図がいい。中央遠くに煙を吐く山がある。手前には芒が原が広がる。梅原の霧島はどの作品にも深い味わいがある。かつて『霧島(栄の尾)』を見たときの衝撃は大きかった。この世の景色ではない、と思った。この霧島にはそこまでの衝撃は受けないが、しかし対峙することで自分がこの絵の中に立っている心持ちになるのは確かだった。

安井曽太郎『白樺と焼岳』mir221.jpg

安井は風景に魅力がある。私はこの画家の人物画はニガテだ。しかし風景を描いたもの、就中、緑の多い作品には惹かれるものが多い。
不穏な時代にこうした傑作が生まれていることを想う。

長谷川利行『オバケ煙突』 わたしは大阪人なので東京のオバケ煙突のことは深く知らない。20年ほど前からマンガで昭和ノスタルジィを描くような作品の中で、この煙突のことを知った。四本あっても決して四本を一度に見れない角度に立つ煙突。この絵のように三本のときも、日本に見えるときもあると言うオバケ煙突。
思えば東京にはオバケの名を冠した風景が多いような気がする。

曾宮一念『桜島』 去年辺りから曾宮の作品に触れることが多くなった。至峰堂ギャラリーや『絶筆』展その他・・・曾宮の色彩感覚とその筆致を目の当たりにすると、不思議な感覚が起こる。サーモンピンクの雲、そして。鈴木信太郎が彼のことを評していた。
「・・・曾宮には花の枯れてゆくのをじっとみつめ続ける厭な感覚があった」
なんとなくわかるような気がする。

中川一政『ひまわり』 ・・・「元気でよろしい」ハンコを押してあげたい。

児島善三郎『植物園新緑(札幌)』 先日府中で児島の回顧展を深く楽しんだが、この植物園の緑の風景にも嬉しくなった。あちこちでくつろぐ人々。戦後二年目にしてこんな明るい絵が生まれていることが、嬉しくて仕方ない。同年『池畔の夏』として札幌中之島公園を描いているが、ここでも緑の喜びがある。

鈴木信太郎『長崎の家(室内)』 鈴木信太郎もわたしには児島同様「嬉しい絵を描く人」だ。八王子で回顧展を見てすぐにファンになったが、実にいい。この『長崎の家』は多分応接間だろう。ピアノがあり、ゴテゴテ物が置かれていて、窓の向こうには海が見える。和やかで気持ちよい空間。ああ、楽しい。

古賀春江『美しき博覧会』 おおSFだ・・・そんな気がした。古賀の回顧展はこれまで二度ばかり見ている。東京の近代美術館と、茨木市の川端康成記念館とで。

佐伯祐三『パレットを持つ自画像』mir221-3.jpg

この顔つきはなんとなく面白く感じた。「さぁやるデ」という気持ちと「・・・いけるかな」という気持ちとが入り混じりつつ、この構図は自分の顔のベストの位置だと本人が自覚しているのも予想できる。
がんばれ佐伯祐三!と言う感じ。

岡鹿之助『積雪』 岡の作品はいつも静かだ。静謐。しかし暗いものではなく穏やかな静けさ。音のない和やかさ。そんなものを感じる。

『赤い花』 この花は大きく一輪だけで描かれているが、なんとなく淋しくはない。やはり岡の作品には静かな和やかさがある。一つの点を描くのにどれほどの時間をかけた、という伝説もあるが、岡の作品には不思議な精神の高さを感じる。

牛島憲之『樹』 牛島の描く世界もなんとも摩訶不思議だと感じる。色彩も形も構図も何もかも。のんびりなごやかな時間を感じる一方、牛島の作品では時のとまった世界ということを考えもするのだった。

小磯良平『集い』 楽団の人々がいる。小磯はしばしばこうしたグループを描いている。迎賓館にある作品もそんなシリーズだったのではないか。清楚な小磯の作品の中に活きる人々は、どんな音楽を奏でるのだろう。

海老原喜之助『雪景』 カラスが飛び交う下で繋いだ馬たちもいて、薪も集められている。日本の田舎の風景。これに犬やなんだかんだと描き加わると、又別な作家の作品になる。

三岸節子『火の山にて飛ぶ鳥』mir221-1.jpg

三岸節子の作品はよほど若い頃を除いて、そのどれもが力強く、そして意思的だ。好太郎の死で「これで私は生きられる」と思ったというエピソードを思う。彼女の作品は、傷つきながらも何度も復活しようとする力に満ちている。ここでは鳥が描かれているが、その鳥も決して綺麗な鳥ではない。汚く傷ついているが、それでも鳥は必死で飛ぼうとしている。わたしは三岸節子の作品を見る度、彼女から無言の励ましを受けているような気がする。そして「今日もがんばろう」と思うのだった。

松本竣介『Y市の橋』mir221-2.jpg

都市風景に関心の強い私は松本の描く風景(情景ではない)に惹かれている。工業的風景であっても、そこには松本の見た都市がある。鉄錆のような色が心に残る。

森清治郎『ガルタンプの流れ』 大きな絵で、離れるとそこが街の一部を描いたものだと、認識できる。川には働く船がある。フランス版ガタロ。曳航するのは何か。

今年もアートコレクションはいいものを沢山見せてくれた。ありがとう、と素直に言いたいと思う。

アートコレクション・日本画篇

日本画に移る。
子供の頃から清方ファンである。特に清方の標榜する卓上芸術が好きである。
今回、雨月物語が出ると聞いて、ワクワクしながら出かけた。

宗達派『扇面流図』、応挙『波濤図』は大倉集古館所蔵品なので、幾度か見ている。
春挙『驟雨』『炎天』も滋賀近美の所蔵だから親しい気持ちがある。松園さんの『鼓の音』も松伯美術館でおなじみだ。
大観『雷霆』もどこかで見た・・・と思ったらハマ美に寄託されているらしい。大観の大滝は見るからに涼しくて、それだけでもいい感じだ。

さて清方の雨月物語。これは『蛇性の婬』を描いている。雨月物語の中でもこの物語は特別好きな一本で、わたしも思い入れは深い。8シーンが出ているが元は絵巻なのを額装にしている。
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網元の末子・豊雄が雨宿りする軒に、少女を連れた佳人が来る。向こうに小舟があり、鵜が二羽ばかりいる。美人画家というだけでなく、清方は優れた挿絵画家であったので、こうした物語絵には深い情趣が活きている。
2.まろや そのタイトルは化生の少女の名から。浅葱の着物を着たまろやが豊雄を迎えに来る図。女の家を探して歩く豊雄の前にまろやが現れ彼を導くのだが、ぼろが出ないようにしている。豊雄はぼんやりした男なので、これ幸いとついてゆくばかり。キキョウが静かに咲いている。
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いよいよ豊雄はこの家の女主人・真女児と結婚の約束をする。
嬉しい祝い事の場で、女は多少乱れを見せていて、それが艶かしく美しい。
画面には紅葉があかあかと燃え繁り青い葉と見事なコントラストを見せている。庭には他に菊や萩も咲き乱れているが、床の間の太刀に意識を向けねばならない。この見事な太刀は亡夫の佩刀だと女は言い、それを豊雄に佩かせるのだが、これが後日の禍となる。
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石川淳の『新釈雨月物語』から抜き出すと、「金銀をちりばめた太刀の、あやしきまでに鍛えた古代のもの」が末弟の枕元にあるのを、長兄がいぶかしむ。
ここは異時同時図で、まず家内争議となる。網元としては由緒もあるが武家ではないので、この太刀が及ぼす禍を恐れているのだ。
5.もののけmir219-3.jpg

例の太刀は熊野権現から盗まれ、詮議中の物件だった。豊雄は事の次第を語るが、そんな女はいないと言われる。皆で押し寄せると、あばら家の中に女が座している。絵はその情景である。
<モノ凄き>と言うべき情景。
女のじろりとする横目といい、口元といい、全く動じていない。
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6.泊瀬 大和の泊瀬は長谷観音の門前である。平安以降賑わいでいる地に住む姉を頼った豊雄は、二月のある日その賑やかな雑踏で真女児とまろやに再会する。女たちの後には馬も通り、昼日中の明るい景色の中、男だけが青褪めている。遠くに長谷寺の長い長い回廊が見える。(この長谷寺は牡丹寺としてもたいへん有名で、今も多くの観光客・参詣人が来る)清方は一度だけ奈良に来ているが、こちらにまで足を伸ばしてはいない。
7.吉野 男は巧く丸め込まれ夫婦気取りである。そんなある日、一家揃って吉野に花見に出かけた。吉野行きを渋っていた真女児とまろやだが、仕方ない。
座る女たちの前に現れる老人を清方は描く。老人は二人の正体を喝破する。
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老人に「邪神」と見抜かれ、慌てて二人は激流に飛び込む。その荒々しい姿を清方は捉える。女たちの着物が蛇、鱗、水流を暗示させる。恐ろしい形相をして、女たちは逃げてゆく。清方の中でも珍しい表情である。
・・・物語はこれ以後も続くのだが、絵はここで終わっている。
清方は随筆の中で、岩佐又兵衛の『浄瑠璃姫』『山中常磐』などを念頭に置きながら、その怪異味を出そうとしたことを記している。
幸いなことに随分前に手に入れていたある画集の中に、数枚が掲載されていた。
とても嬉しい。

清方の物語絵の他はいずれも一枚絵である。
青邨『三羽鶴』 青邨らしい群青色と、輪になる鶴たちが大胆でいい。
『鯉』 これもまた青い中に白っぽい鯉が泳いでいる。

土牛『大神楽』 英訳にちょっと・・・でしたな。椿の種類の名前。紅白斑の椿。わたしは椿が好きなので嬉しく眺めた。

岳陵『潜鱗』 水の色にまず惹かれた。岳陵はなんと言っても水の色がいい。下田の出身と言うから、やはり水の縁が濃いのだろうか。水中の鯉たちを表すのにこのタイトルは、すばらしい。

中島清之『古画』 ある意味、これぞまさしく秘蔵のコレクションかもしれない。息子の千波はともかく、この画家の作品を見ること自体が少ないような気がする。
‘37の作だから40歳前か、降三世明王の古画を見るモガが描かれている。

華楊『春雪』mir219-1.jpg

これは山種美術館でおなじみの好きな絵だ。メジロが可愛い・・・

松篁『夕至れ』 薄いエメラルド色の地に二羽のくちばしの長い鳥がいる。松篁さんの好む世界やなぁ、と気持ちよく眺める。

淳之『憩』 父上・松篁さんが亡くなってからの淳之さんの画業の充実振りには、いつも感心する。昔はなんとなく物寂しい作風だったが、今は静かに豊かな世界になったように思う。月下に三羽の水鳥がいる。なんとなくニコニコしているような風情がある。鳥には鳥の楽しさがある、と言うことを感じる。

魁夷『フレデリク城を望む』 実にいい感じだった。北欧の美。ファンタジーの系譜に立つように思う。

『年経る樹』 この凄い木の根は青蓮院の木の根だろうか。それを見上げるような視線。色合いは魁夷と言うよりむしろ、平山カラーに思えた。

辰雄『午後の花と鳥』 この静謐な世界。何の花か実のところよくわからないが、静かに活けられた花のそばに、つがいらしきインコ(のような鳥)がいる。
このシリーズが好きだ。バラと鳩や牡丹とインコもあったように思うが。
静謐で、そして不安のない小さな世界。

日本画の美を堪能した。

アートコレクション・西洋絵画篇

ホテルオークラのアートコレクション展も13回目を迎えた。
ほぼ毎年出かけているので、八月の東京ツアー=アートコレクション+全生庵の幽霊画というイメージがある。
西洋絵画・日本画・日本洋画の三本柱の構成で、それぞれ楽しめた。
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コロー『夜明け、草原にて』から展示が始まる。
緑の中に女が二人いるらしい。遠目なので若いのかどうかはわからない。コローは実のところ圧倒的に人物画がいいと思うのだが、ここでは風景の中の存在に過ぎない。

ピサロ『座る農婦と跪く農婦』 色合いの明るさがいい。健康そうな二人の女。なにを話しているかはわからないが、ほのぼのしている。
村内の所蔵と言うことだから、八王子に出かければまた会えるかもしれない。
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モネ『日本風太鼓橋』 モネはジヴェルニーに自分のパラダイスを作り上げたのだ、と実感する。太鼓橋のこちらからの視線でモネは描いているが、我々も同じ位置から橋や池を眺めている。

ルノワール『浴女』 これは絵葉書もチラシも良くないと思う。裸婦の肌が赤く見える。実際の女の背や腹には複雑な青色が滲んでいたのに。(照明のせいでそう見えたのか?)
赤の方が豊かに見えるが、<ルノワールの青色>は実に効果的な使われ方をしているので、なにやら勿体無い気分がある。
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『タンホイザー』 これは二度目だ。所蔵先は知らないが、再会になるのが嬉しい。ワーグナーのオペラからの物語絵、タンホイザーが誘惑される情景である。女神の額には☆飾りがついている。彼女に手を差し出すタンホイザー。周囲のコロコロした天使たちが愛らしい。

『化粧する少女』 やはりこちらにも再会。片方の胸がこぼれている少女。髪をあげようとしている。魅惑の深い少女。ふと誘惑されそうになる。

コロモン『ナナ 幻想』 19世紀末から20世紀初頭にかけてゾラの大ブームがあった。
ルーゴン=マッカール叢書。その中にナナがいる。『居酒屋』に現れるちびが『ナナ』であり、成長してファム・ファタールになり、やがて無惨な最期を遂げる。
『ナナ』は舞台劇としても各地で大成功していたようだ。このナナは椅子に座っているが顔は描かれていない。何らかの意図により顔を持たないナナがいる。だからタイトルも『ナナ 幻想』なのかもしれない。1910年代が舞台の少女マンガ『キャンディキャンデイ』にも人気女優がナナを演じ、それに夢中だというエピソードが描かれている。

コラン『樹下』 誰がどう見てもコランらしい作品だと思う。コランの描く作品には嵐は来ないだろう。温和で優雅で、気持ちの良い作品だと思う。
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マルケ『ポン・ヌフ 霧の日』 白ピンクの色彩の霧に包まれたポン・ヌフ。それを少し離れた窓から描いた感じ。走る車ももやって見える。'47年のパリ。解放され、二年経ったパリのある日。

『ベニス』 水の色がいい。雲は灰色だが水は青白色に広がる。雲を映す水ではない。

ヴラマンク『花』 シンプルな花瓶に活けられた花たち、ヴラマンクの筆により、却って生命力を奪われたように見える。命を与える筆もあれば逆もあるのだと知る。
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『森』 この森の下草は不気味で仕方ない。ヒトクサのようだ。さるゴルフクラブの所蔵らしいが、いいのだろうか。機嫌よくコースを廻り、クラブハウスに帰ると壁にはこの不気味な森がある。なんとなく怖いような気がする。

モディリアーニ『ポール・アレクサンドル博士の肖像』 チラシに選ばれた作品。この肖像には黒目部分がある。シックな色調にまとめられた肖像画。落ち着いた気持ちで絵と対峙できるのは、この作品の特性かもしれない。

藤田『猫を抱く子供』 ‘23年の作だから子供も口をつぐんではいない。戦後パリに帰ったフジタの子供たちは硬く口を噤んでいるが、この時代の子供たちにはその頑なさはない。腕の中のキジネコが可愛い。私も抱いて頬ずりしたい。

『猫の教室』 戯画。猫の戯画は国芳とその弟子たちに多いが、フジタの戯画の猫たちもいい。AM8:35の授業風景。机の前にはオムツの赤ん坊も転がっている。暴れる子、オシャベリする子、どこ見てるかわからない子、廊下の向こうの猫は小遣いさんだろうか。ケンカしたり骨をかじったり、手前の奴は不逞な顔つきだった。壁に貼られたアルファベット・ポスターにはその文字から始まる単語を示すイラストがある。ナゾなのがマネキン・トルソの腹にハサミが突き刺さっているもの。なんなんだ? 鳩時計ならぬ▲▲時計もある。なんとなく明るい気持ちで眺めた。

シャガール『緑の太陽』 サーカスの風景。花をもらう。綺麗な女。白馬に乗る馬術師、この顔に見覚えがある。ああそうか、若い頃の岸恵子に似ているのか。綺麗だった。

キスリングはエコール・ド・パリの一群の中でも生存中に認められて、裕福に機嫌よく暮らした画家だと聞いている。絵もとんでもない作品は少ないはずだ。
・・・そのトンデモな絵が2点あった。
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『ブイヤベース』 さっきルノワールで『魚の静物』をみたが、あれは魚たちが「どれん」と置かれていた絵だった。このキスリングの魚たちはどう言うのだ。ブイヤベースとはそもそも「その日、海辺で釣れた魚を海水でグツグツと煮込んで作った料理です」と紹介がある。・・・これだけの魚、ブイヤベースにするのか・・・?なんとなく中毒しそうである。
それで思い出したが、玉城末一の『魚』を基にした森村泰昌氏の『魚』、あれの親戚に加わりそうな気がした。
しかしエイは可愛い。mir216-3.jpg

・・・魚類の復讐がありそうだ・・・

『サナリー風景』 これもまた不気味な森である。変な矮木がいっぱい生えている。まるで湖に突き出した助清の足のようだ。手前にはチューリップがあるが、キスリングどうかしていたのか、と問いかけたくなるような不安な絵だった。

『水玉の服の少女』 上二点に比べ、こちらはキスリングのパブリック・イメージに沿うような綺麗な少女図だった。

日本画と日本洋画はまた別項で。

武部本一郎 回顧展

武部本一郎の名を聞いても「・・・知らないな」と思っていたが、絵を見た途端「あっ」となる。
火星のプリンセス、英雄コナンシリーズの挿絵画家だった。
弥生美術館では武部の初めての回顧展が開かれている。
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弥生の会員であることに嬉しさと誇りを感じるのは、こんなときだ。挿絵は活きている。ナマモノと同じだ。次々に消費され大半は捨てられるか忘れられてしまうが、確実に人々の心の底に潜み続ける。そして何かの折にどうしようもないほど渇望する。
その渇きを救ってくれるのがこの弥生美術館なのだ。

武部は日本画家の子として生まれるが、父の死後は家庭に恵まれず放浪し、やがて紙芝居作者として絵を描き始める。
紙芝居の絵や挿絵には芸術性がない、と吐き捨てる向きもあろうが、大衆の心に活きているその意義は深い。理解出来ないものより、こうしたわかりやすいものの方が私は好きだ。
さてその紙芝居は「南極探検」「山嵐」(柔道している)「海の鷹シーホーク」(そんな映画もありました・ノーチラス号の名がこの紙芝居に使われている)など・・・作品は使い回されるので褪色を防ぐためにラッカーが塗られているので、色は半世紀以上経っても鮮明だ。
(見世物小屋の絵看板師・静峯はラッカーではない何かを使って今も作品は鮮やかだが、何をしたのかわからない)
紙芝居と平行して絵物語を少年画報社の雑誌で連載し始めた。「月影四郎」シリーズ。少年柔道王。これが大変人気になり、仕事が舞い込み始めたらしい。

リアリズム作風なので(敗戦後GHQで肖像画を描いていた)偉人伝の仕事が多かったようで、並ぶ本を見て「あっ」ばかりだ。
偕成社、ポプラ社など児童文学の出版社から出ている懐かしい伝記シリーズ!
美少年な二宮金次郎、牧野富太郎、リンカーン、ライト兄弟、ディズニー(背景にはシンデレラ城とダンボが)、勝海舟、ガンジー、野口英世・・・おいおい・・・(涙)
‘60年代のポプラ社のシリーズは再話する作者も凄い。シューベルト(太田黒元雄)、キュリー夫人(山中峰太郎)、家康(二反長半)、二宮尊徳(池田宣政)、ナイチンゲール(吉田絃二郎)などなど。そういえば講談社のディズニー絵本の文もシバレンや壺井栄ら一流どころが担当していた。抄訳とは言え、彼ら文学者の味わいがそこここに滲んでいるのだ。

動物物も多い。椋鳩十の本が並ぶ。動物をリアルに描く画家といえば、樺島勝一、武部、薮内正幸らが思い浮かぶ・・・。
シートン動物記も武部の挿絵が多かった。狼王ロボ・・・シュウェル「黒馬物語」もあった。
なにしろこうした児童文学の挿絵は心に深く残るから、やっぱりよい作品が必要だ。
フランダースの犬、ロビンソン・クルーソー(猫を膝に乗せてるのがいい)、トム・ソーヤー、アンクル・トム、太平記、曽我兄弟・・・
シャラッと洒脱な線で大乱闘も描いている。
しかし胸を突き刺したのは、’79「ガラスのうさぎ」と「かわいそうなぞう」だ。・・・そうか、これらの挿絵も武部だったのか。つらくてつらくて泣きたくなる。戦争はイヤだ。

そしてホームズはこれまで色んな出版社から出ているので、武部の絵に記憶はないがルパンは違う。学校図書に並ぶルグランの怪盗ルパンのシリーズは武部だったのだ。うわーと言う感じ。他にいたお客さんもあちこちで「うわー」だったが、わたしの「うわー」は偉人伝とルパンとSFだ。
子供の頃のドキドキはこの人だったのだ!うわーの連続だ。

構図のうまさも光る。ノートルダムのせむし男の1シーンがいい。
夜、覆いかぶさるように聳えるノートルダムの下で大乱闘する人々。俯瞰する人々は手に手に鎌や松明を握り締め、緊迫感漂う情景が繰り広げられる。これは実にいい作品だった。
他に女の子向けのきれいで優しい作品もある。花物語シリーズ。マドンナ・リリーも親指姫もとても優美だ。「羊飼いの星」は知らぬ物語だが、少年が羊を抱いて宇宙へ(多分天へ)飛んで行くシーンがあり、なんとなく物語が予想される。
ふと見ると素晴らしく美しい青年がいる。野生な姿のジークフリート。
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親指の血が艶かしい。この作品にときめいたら、所蔵は中島Aだった。栗本ではなく中島というところにナマナマしい実感がある。腐女子の元祖だけに、目は鋭い。作家としては好きではないが、この人たちの努力で現在のBL全盛があるのだ。

美少年続きでもう一つ。「洞穴の双子の冒険」ルーシー・フィッチ・パーキンス。知らない、全く知らない、が、なんとときめくような野生の美少年で、しかも双子!完全にわたしの萌えではないか!
思わず心の中で「きゃーきゃー」だった。
あっ「ビーチャと学校友達」もこの人か!私は時々とても海外の児童文学が読みたくなるのだが、(基本的に翻訳の文体に好きなものが多い)ビーチャは面白かった。

そしていよいよ武部の本領発揮、ミステリーとSF作品への登場がある。
バロウズの作品の大方は武部の装丁と挿絵と口絵で占められている。
正直言うと、他の人が絵を描いたら「やめて」と思うくらいだ。
どういうわけか、私は海外文学は(児童向け・大人向け無関係に)翻訳・挿絵に強烈な嗜好の偏りがある。頑迷なほどに。
「飛ぶ教室」は高橋健二でないと絶対いやだし、絵もワルター・トリヤー以外は見たくない。「星の王子様」もやはり内藤濯でないといやだし、「水滸伝」は駒田信二が一番だ!
・・・ということで、いまだに「デューン砂の惑星」は石森章太郎(石ノ森ではない頃の)、「ノース・ウエスト・スミス」は松本零士、そして火星も金星も月もコナンも武部でないといやなのだった。

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金星の火の女神

原画の他に創元文庫が並ぶ。本の所蔵は全て加藤直之氏。おお、加藤直之だっ。銀河乞食が好きだっ。スペオペ大好き。
わたしは剣と魔法のヒロイックファンタジーはあんまり関心がないのだが、SFは好きだ。作者の名前を上げると大体の傾向が(わかる人には)わかってしまう。
火星シリーズは作品そのものも無論面白いのだが、武部の絵の魅力が強くて、それが見たさに開いていた時期もある。(しかし同じ火星なら私はレイ・ブラッドベリの火星年代記が・・・)
油彩による表紙・口絵もいいが、挿絵の墨によるペン画がいい。
今思えば、絵の本質は異なるものの、武部の挿絵・口絵の系譜は、クラッシャー・ジョウの頃の安彦良和が継いでいるのかもしれない。

「金星の魔法使い」この絵が素敵だった。サロメとヨカナーンの首の、対峙。そんな感じがする。これはそう見ても差し障りはないだろう。

おお、英雄コナンシリーズ。ハワードのシリーズ。前述したようにヒロイックファンタジーはあまり読まないのだが、コナンは何故か読んでいる。昔々アーノルド・シュワルツェネッガーがコナン・ザ・グレートという映画に出た頃に、熱心に読んでいた。丁度同時期、ケルト神話を背骨にしたクリスタルドラゴンに夢中だったせいもある。

ところでそのコナンの表紙原画にギョッ。わたしの持つ「狂戦士コナン」、コナンが磔にされて鷲だかハゲタカだかにつつかれてる絵だが、なんとよくよく見れば、そのつついてくる猛禽をコナンが噛んでるのだった。うーん、さすがコナン・・・
(現在コナンと言えば名探偵コナン君だろうが、わたしはまず未来少年コナンを思い、そしてこの英雄コナンを思うのだ)

日本SFにも武部は多くの作品を残していた。
ジュブナイルで言えば「なぞの転校生」など。わたしはこれらはNHK少年ドラマシリーズで熱心に見ていた。
怪談どくろが丘も武部か。そして半村良の『産霊山秘録』挿絵もまた。
・・・実に多岐に亙っている。感心するばかりだ。
タブローも少しあった。友人の子供真美ちゃんを描いたクレヨン画と、「古城夏雨」と題された噴水の素敵な作品(これはその真美ちゃんが所蔵している)、お祝い事があると知人友人に贈っていた作品も多い。
武部の追悼のためにSFマガジンは特集号を出していて、その表紙は加藤直之がオマージュとして「火星のプリンセス」を描いていた。
いつもながら弥生美術館にはただただ感謝する。ああ、楽しかった。ありがとう。

金刀比羅宮 書院の美

金刀比羅宮 書院の美。
凄くいい展覧会だった。
本物とレプリカとで再構築された空間。金比羅さんの空気を持ってくることは完全には無理だが、これは成功していると思う。先走るが、菊の欄間のレプリカなど見事も見事。絵のレプリカはキャノンの仕事。えらいもんです。
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先行の皆さん方は七月に行かれてて、いい記事を沢山見たけれど、実際自分がこの空間に入ると冷静になれない。可愛い??とわめくばかりなり。
なんでこんなにええのかわからんくらい、素敵な空間。アタマの中ではエンドレスに√金比羅フネフネ追風に帆かけてシュラシュシュシュ--廻れば四国は讃州・・・と流れている。
入るといきなり屏風仕立ての岸岱の蘭陵王がいた。
これはなんとなく<いたずら小僧のお出迎え>的に見える。なんせアカンベーしてるようにしか見えぬのだ。
それで表書院・鶴の間の再現。丹頂鶴が色々おるのですが、中に一羽スカした奴がいて、これがちょっと気を引いた。芦は筆勢が力強くていい。墨絵では意図的に筆勢の強弱で表す何かがある。ここの引き手は縦長でよく見ると<金>の字がある。金比羅の金ですね。
(絵葉書の切手貼付欄にそれがある)mir214.jpg


この鶴の間はそんなにコーフンもしなかったが、次の虎の間があかん。こんな可愛いのは犯罪やないですか。虎の可愛さにキュー(拘束)ですよ、なんやのあの愛らしい丸々肥えたのどかな虎三たちは。ああーもう可愛いなんてもんやない。この展覧会が金比羅さんの書院の美を愛でるものだと言うことをスッカリ忘れ果てて、トラトラトラトラ・・・ラブ!でした。(以下、長く虎の感想文)
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チラシの水飲み虎の親子、チラシもいいが、実物はもっとずっといい。
鋭いおメメに可愛いベロ。仔虎のおしりの可愛さときたら、はなしにならない。後から抱き上げて噛まれてみたいくらい、愛らしい。応挙先生、わんことにゃんこ・・・いけねぇとらこだ・・・の愛らしさ、後世の人間をこんなに惑わしてええんですか。
この虎の間だけで延々と書いてしまいそうだ。
全部で八頭の虎がおるのだが、絵葉書になったのは五頭だけ。背中向けて見返るとらこはいない。どう見てもにゃんこが「頭撫でろ」をねだる仕種の奴もいないし、豹柄の寝てる奴もいない。江戸時代、豹はトラの雌だと思われていたらしい。まつげがなかなか長い。
わたしは寝る猫にいたずらをしてしまう。瞼をウニッと開き、口肉を持ち上げて牙を撫で、鼻を押さえる。すると大抵の猫は厭そうにぶんっと払うのだが、中には気の短い奴もいて、わたしの手を捉えるや、後ろ足で猫キックを繰り替えしつつ、噛みあげてくる。いたたたた、と言いながらわたしはなんとなく幸福を覚える。これは猫には悪いけれど、やめられない楽しみだ。
では絵葉書にもなった虎ちゃんたち。
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コンニチハ。わたしがそう呼びかけ「チチチチ」とすると、右の奴は間違いなく挨拶を返すと思う。応挙は無論この時代の人だから実物を見ず、古画を参照とし、自宅の猫をモデルに使ったから、ますます愛嬌がある。噛まれてもいい、撫でてみたい。
左のシナ作る猫・・・やのーて虎の牙の愛らしさにはくらくらする。手手のふとぶとしく、肉の締まったこと。ますます虎に溺れそうだ。
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シロちゃん。白虎。かつて宝塚ファミリーランドと言うすばらしい遊園地があり、動物園が併設されていた。そこには白い虎の一家がいた。シロリン・シロタンを始め、アルビノ一家は健やかに暮らしていた。今は一家離散した。白虎を見るとどうしてもそのことを―――思い出す。このシロちゃんは和紙の上で白い毛が毛羽立っているのを感じさせた。

さて寛政年間に完成した七賢図。これはどなたかの記事の中で、顔に墨を塗られる被害があったと言うのを教わり、どんな具合かと見たが、一人目の顔に掛かる墨(薄れてはいるが)なんとなくお稲荷さんの宝珠のような形に見えた。二人の童子がその後に続くが、顔を上げている少年の表情に「明日は」というものが見えたような気がする。何と言うか将来に対する希望のあるような顔つき。先を行く少年はそれを穏やかに視ている。
賢者たち、お気の毒にやはり墨が残っている。

ここから奥書院へ向かうことになる。再現された空間であっても、雰囲気が活きている。
通路の壁に写真がある。欄間が扇の連続形だった。雅なものだ。
さすがにそれは再現されていない。

菖蒲の間 応挙から半世紀後に岸岱が蝶を描いている。
群蝶図。mir213.jpg

レプリカとは言え見事なものだ。これは群狂う有様で、江戸時代に度々見られた<蝶合戦>のときのようなものにも見えた。わたしは蝶が好きなので嬉しく眺めた。この部屋に通されたとすると、わたしは一羽一羽蝶の様子を確かめただろう。

柳の間 鷺がいる。柔らかな鷺たち。こうした絵に接すると、岸岱の後の岸竹堂―西村五雲―山口華楊の動物画家の系譜が見えてくる。江戸も遠くではなくなるのだ。
白鷺は今も近所で見かけるが、やはりなんとはなしに優美に見える。その優美さはこの絵のように、静かで安寧な心持ちを齎してくれる。

春の間 ここには菊の欄間が再現されていた。細い巧妙な造りが再現されている。いい感じ。その裏へ廻ると・・・
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上段の間になる。欄間共有。若冲の花丸が延々と。これはたいへん楽しい。花々がきれいで可愛くて、イキイキしている。百花繚乱。この襖の引き手は菊をモチーフにしている。
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椿が好きなのでそれを探すと、また赤くて愛らしい椿がそこに咲いていた。どの花もみな嬉しくなるほど、みごと。大抵こうした花丸図は格天井の天井絵などに採用されているのを見るか、または歌舞伎の大道具で書院の優美な情景で見るかしかないから、嬉しい。
この部屋の本来の様子はこんな感じらしい。菊の欄間の下に百花が咲き乱れる。釘隠しはあいにく菊でもほかの花でもないようだった。

再び表書院に戻ることになる。
山水の間 ここは身分の高い方の間で、再現空間には花頭窓が見える。ライトアップしてくれているのがいい感じ。
チラシにここの写真がある。mir211-1.jpg

クリックするとその欄間がよくわかると思う。
七賢の間と山水の間の欄間は、一番格の高い欄間だった。やはりそれはそうだろう。

富士一の間 百年前の邨田丹陵の富士。今回は新幹線で東京へ出たのだが、富士山を見損ねたのでここで見る。
富士二の間 巻狩図が広がる。武士と馬と鹿だけの空間。背後を描かず襖の白を残したままの空間は、勢いをそのまま封じたように見えた。騒ぐ声も何もかもを。
巻狩りと言えば曽我兄弟の仇討ちだが、無論それを踏まえている。襖の端に明治壬寅三月丹陵先生作・・・源頼朝云々と書いたものがあった。

伝永徳の『富士山杉樹図屏風』は華やかで、剥落していようとなんだろうといい感じだった。もう二周ほどしてから地下へ降りた。
こちらは屏風や絵馬などがある。

元禄頃の『象頭山社頭並大祭行列図屏風』伝晴信 これが楽しい。基本的に風俗図が好きなので、見ていて楽しくて仕方ない。色んな商売もあり、溢れるほどの人間がいる。
お遍路さんも当然いるが、これでは<同行二人>どころの騒ぎではない。川で体洗う人もいる。沐浴?・・・もしかしたら単に暑いからかも。
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面白い絵馬が続く。
牡丹・孔雀図 鏑木梅渓 剥落して真孔雀が白孔雀になっている。
羅陵王 谷文晁 これは入り口の岸岱のそれとは違い、いかにも舞っている、と言う感じがある。朱色は褪色したが不思議に鮮やかに白色が残り、優美なものだった。
素尊斬蠎図 山口重春 スサノオが高天原から追放され、地上を旅する中、クシナダ姫の人身御供を阻止しようと、ヤマタノオロチを斃そうとする図。目を怒らせ足踏ん張って刀を抜こうとする。
駒迎図 為恭 公卿たちか、温和なムードがある。
高徳題十字図 菊池容斎 たかのり・十字を題す。桜の木は剥落しているがそこにあるのは確実だ。もしかすると最初からわざと桜を薄く描いたのかもしれない。児島高徳は明治に人気再燃したから、歴史画家の容斎も好んで描いたようだ。十字とは無論この言葉である。
『天勾践ヲ空シウスル勿レ 時ニ范蠡無キニシモ非ズ』
源為朝図 容斎 墨でササッと描いたような勢いがある。ひげが伸びていて着物だけの姿で弓を取る。これは流された後だな。
為朝護白川殿図 松本楓湖 この絵師も明治の歴史画家だからさすがに故事などに詳しい。こちらはひげもそり、甲冑を身につけて弓をとる姿。為朝は古今に秀でた強弓取。
堀河夜襲 小林永興 知らぬ画家だが名前からゆくと小林永洗の師匠辺りか。こちらも源平で、土佐坊が夜襲をかけてくるのを迎え撃つ義経たち。綺麗な女がいるが、これは静御前かも知れない。もう一人の女は長刀を持っているので、女武者だろう。綺麗な顔立ちの女たちと、沈痛な面立ちの武将と家来。
馬図 芳年 えっと思った。明治七年の横浜の商人が願主の絵馬。芳年とは思えぬほど愛らしい目の馬。こんな綺麗な目の馬は初めて見る。綺麗な顔の綺麗な馬。びっくりするほど綺麗な馬だった。(馬といえば競馬の馬たちに流行しているインフルエンザ、早くみんなよくなりますように)
海難絵馬もある。うーんリアルにナマナマシイ。でも天に御幣の雲が出ている。南無。

これら絵馬の縮図帳が出ていた。中にはここに出ていた剥落した孔雀や、羅陵王、他に捕鯨、飛ぶ鴛鴦、虎一家、溺れる女を救う(掬う?)、天狗に猪、象頭山(金文字)、嵐の船、緑色の蟹、怖い鷲(爪に掴むのは・・・)・・・
和船の模型もあり、細かく出来ている。装飾の透かしに扇形があったりするし。

そして昭和初期の平林春一の金比羅風俗図が二枚。茶店で一服する情景に駕籠かきもいるが、金比羅狗もいる。代参。第三の男ならぬ代参の犬。托鉢の虚無僧もいて、この<はしもと屋>は繁盛している茶店なのだった。甘酒が飲みたいよ。
また港に集う影のような和船たち。いいなぁ。
最後にドキッ。
金比羅狗の置物がある。カ・ワ・イ・イ----!!

・・・この金比羅展は、どきどきわくわくのままに終わった。

わたしの好きな洋画の少女

美少女展を開くことにしました。
lapisさん千露さんに続く第三弾…と言いたいところですが、お二人が純然たる西洋の美少女を選ばれたのに対し、わたしは例によって多少のずれがあります。前回の美少年展も日本画から呼び出したようなわたしですから、今回もなるべく近代絵画から、ということで集めてみました。
古典的な泰西名画の美少女たちは、お二人の集められたところに尽きると思います。

小さな楽しい展覧会

行ったが書くに書けなかった展覧会などについて書く。
・大大阪パノラマツアー 町のよすが(5/10)住まいのミュージアム
・麒麟麦酒百年(6/23)キリンプラザ
・バードハウス 小鳥を呼ぶ家(7/12)大阪INAXギャラリー
・雲の上で暮らす アンデス・ヒマラヤ・チベット 山本紀夫写真展(4/21)たばこと塩博
・世界の塩を訪ねて 片平孝平写真展(6/8)たばこと塩博
・世界の蝶と甲虫展(8/10)大丸心斎橋

大大阪パノラマツアーとは、吉田敬一氏と言うコレクターの集めに集めたコレクションを一同に会した展覧会だった。
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とにかくこれはあまりに膨大すぎて、書きようがなかったのだ。チラシを見てもらえたら納得できる。あまりに多岐に亙っていて、何を見たか訊かれても、答えようがないのだ。宝くじなら宝くじ、パンフならパンフ、優待券・入場券の数々・・・
「まだあるのか!」という驚きと疲労に満ちた、すごい展覧会だった。
まぁわたしもついつい集めてしまう性質だが、半世紀に亙ってというところがすばらしい。
見て回るうちに、しまいに自分が何を見ているかわからなくなってきていた。
この日は5つの展覧会を回ったが、物件の数だけでいえば、この展覧会が一番多かったように思う。かなりおもしろかったが、目が廻ったのも確かだった。

アルコールは飲まないが記念館に行ったり、体験コースは好きである。工場見学も好き。
難波のキリンプラザで麒麟大学と称して、色んなクイズラリーをしていた。他にも缶の数当てクイズもあったり、昭和初期のカフェや、昭和中期のビア・ホールの再現もされていた。
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去年、横浜の神奈川歴史博物館で『日本のビール』展を見たが、あそこでは戦前の素敵なポスターや、レンガ造りの工場なども見れて、大変よかった。
この展覧会?イベントもその意味では楽しませてもらった。

野鳥とは無縁である。ペットの小鳥とも縁がない。
しかしINAXは好きなので必ず行くから、見ることになった。
アメリカでは色んなバードハウスを拵えて設置するのが、とても流行っているらしい。
流行る、とはいえないか。普遍的、と言うべきか。
実に色んな形態のバードハウスがあり、それらは日本の巣箱とは概念が異なるし、コンセプトも異なる、と言う話だった。
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納得。全然違います。色んな野鳥のために金槌やのこぎりでトンカントンカン大工するのだ。えらいものだと思う半面、やっぱりアメリカは領土が広いなぁと実感するのだった。

たばこと塩の博物館では、肉筆浮世絵と風俗画の展覧会があり、前後期を楽しむために二度向かった。その同時開催展。
アンデス・ヒマラヤ・チベットといえば高地だということを思う。それらの地へ行くことは難しい。わたしはマルコ・ロッシではないから、はるばる地球の裏側まで行くことは出来ない。憧れだけが肥大する。
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『母をたずねて三千里』『アギーレ神の怒り』とアンデスへの憧れが生まれていたが、『ブエノスアイレス』で一応の決着を見たように思う。
ヒマラヤにもチベットにも行くことはないが、ポタラの宮殿を思うことはある。写真を見ていて、どこにでも人間はいるものだと変な感心をした。

また、この博物館の3Fには世界中の塩が集められている。結晶体もその採取地によって様々で、一口に<塩>と言っても実に多くの種類があることを知らされる。
コーディリアはあんなレトリックを使う必要はなかったのだ。それが父親の破滅を急がせた原因かもしれない。
安寿と厨子王は山椒太夫に買い取られてから、色んな苦労をした。姉の安寿は汐汲み労働をしたが、海水から塩をとる方法は大昔から兵庫県辺りで続いていた。
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アラブの駱駝たちは塩を舐めてあのネフド沙漠を越えたのだろうか・・・

夏になると、大丸心斎橋では子供たちをメインにした展覧会を開くことが多い。
‘96貝の博覧会、’98飛び出す自然、’99蝶と甲虫、’01不思議の国の科学、’04世界の蝶と甲虫、’07世界の蝶と甲虫。
こうしてみると蝶と甲虫はシリーズ化されているらしい。
私は蝶が好きなので喜んで出かけたが、行くとムシオくんだらけだった。オジサンのムシオくんたちが専門的な会話をしている。わたしも友人も標本箱を眺めながら「キレーキレー」これだけ。見回すと、一人で来ている女の人が何人か。これはやはり蝶が好きなのでしょう。標本は綺麗に種類ごと・地域ごとに並べられているが、わたしは箕面や伊丹の放蝶館で自由に飛ぶ蝶を眺めるのが好きだ。本当はドームの中でなく、好きなように飛んでいるのが一番だが、環境保全は難しい。蝶のコイル状の舌の感触などを思い出す。
甲虫は生きてる奴らをも持って来ていた。そちらはパスした。
生きた宝石、というのが実感できる展覧会だった。
そして帰宅して庭を眺めると、ランタナの木に蝶が来てくれていたし、ヒイラギの根元の土にはセミの穴がいくつも空いていた。
なんとなくそれだけで嬉しかった。
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はなはだエエ加減にこの記事は終わる。

巨匠と出会う名画 川村記念美術館展

佐倉にある川村記念美術館の名品が、兵庫県美術館に来ている。
夏休み企画として、毎日先着50名の方に特製シールをプレゼントと言うので、朝も早くから出かけた。
阪急王子公園から徒歩18分ということで、駅に着いたときギリギリ10時開館に間に合わないな、と思いながら歩く。
JR灘駅・阪神岩屋駅を越えて延々と炎天下を歩いて、たどりついたら9:55だった。
わたし、歩くの早いなぁ。
シールはチラシと同じ構成。mir200.jpg

川村コレクションが誇るレンブラントの『広つば帽をかぶった男』が出迎えてくれた。色の深み、男の眸の深さにわたしも微笑む。
何章かに分かれて展示されているが、アメリカンポツプアートなどにはあまり関心がないので、その辺りはよく見ていない。
気に入ったものだけ挙げてゆく。

モネ 睡蓮 チケットの半券になっている。しかし睡蓮の池の微妙な色合いはどうしても再現できない。
光、藻の絡み、花の影、そして。
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ところで<モネ>と打つとわたしのPCは<藻寝>と変換した。
ある意味、正しいかもしれない。

ルノワール 水浴する女 この絵を前にして、わたしは静かな幸せを感じる。ふくよかで柔らかな肌、骨を完全に覆う肉、健康そうな肌の色。
彼女の柔らかな茶色い髪よりは、色の薄そうな予感がする。(金色に近いかもしれない)、その腿を覆う白い布は真珠の輝きを見せている。
青色が忍ばされているので、まるで貝殻の内側のようだ。
ルノワールが好きな人には、対峙する間、ただただ楽しく嬉しい時間が流れる。
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ルノワール 黒褐色の髪の女 横顔が優しい。裸婦に心を惹かれているので彼女に意識がいかなかった。

ボナール 化粧室の裸婦 これは以前に佐倉で見た。ボナールの近代的な女たちが好きだ。フランス風な愛しあい方の後の行為かもしれないし、朝の支度かもしれない。
この化粧室の向うにはどんな服があるのだろう。
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ブールデル 果実 ポモラという女神をモチーフにしているという。手に果実を持っている。裸婦の身体の線は箆の跡目が示している。指の腹で撫でてみたくなった。

マティス 肘掛椅子の裸婦 マティスの制作のプロセスを見て以来、どの作品を見ても、「この完成品に至るまでの軌跡」ということを考えるようになった。どんな線も色彩も全て、マティスによって選び抜かれた完璧な線であり、色彩なのだ。
裸婦の背後にある紫の花を活けた花瓶。何の花かはわからない。紫陽花色をしている。絨毯の柄も素敵だ。かつてはぞんざいな絵だと思っていたが、理解することで深い憧れが生まれるようになった。
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以前この絵葉書を川村で購入していたが、今改めて眺めれば、なぜか上部がカットされている。
あこがれの’20年代。ときめくような何かがある。

ピカソ シルヴェット ポニーテールの綺麗な娘。裸婦として描かれているが、これはピカソの想像によるそうだ。シルヴェットにはフィアンセがいて、彼が立会いの下でならとモデルを承諾した。ピカソは残念だったろう…
フランスにしかいないような娘、ジュリエット・グレコのようだ、と私は思った。
’50年代のフランス娘。mir202-1.jpg


シャガール ダビデ王の夢 竪琴の名手たるダビデ王は画面の右端にいる。中央には花嫁と花婿、左端にはサーカスの馬。赤と青が同居する作品で、違和感を覚えないのはシャガールくらいだ。まんなかが黄色だからかもしれない。
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赤・黄色・青。そうか、信号機は対立ではなく融和なのかもしれない。

藤田嗣治 アンナ・ド・ノアイユの肖像 mir200-2.jpg

ノアイユ夫人は顔をこちらに向けて立っている。何十年も昔の女だが、今もこんなひと、いる。服の着方も(肩の外し方も)、金色の靴もレースも、髪型も。
個人的にこんなタイプのご婦人を何人も知っている。亡くなった方もいて、なんとなく懐かしい。
フジタは施主の注文の多さに腹を立てたようで、実はこの絵は未完成らしいが、そうは思えなかった。背景の白。それがフジタの個性に見えるから、この絵はこれ以上手を加えることはない。

キスリング 姉妹 姉の服の柄を見ると、東欧風に思えた。妹はまだ幼い。せつない表情。憂愁が身にまといついている。笑っても次の瞬間には笑顔が消えてしまうような姉妹。姉はそれでもまだ目元にわずかながら「暮らしていこう」という意思がのぞくが、妹のほうは若いからと言うだけでなく、ひどく弱々しかった。
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マグリット 冒険の衣服 横たわる女はシスターの髪を隠すような布をつけている。それは随分長くて、足元まで延びている。彼女の中空には布のような亀が浮かんでいる。彼女は何故かその亀の足鰭を掴んでいる。
随分細い身体。くびれのない身体。身体の半分は布で隠されたままだった。

マン・レイ ニューヨーク 板を何枚もはりつけて斜めに立てかけると、マンハッタンの摩天楼のようだった。オブジェ。それを見てから隣のコーネルの箱に動いたが、ふと視線を戻すと、あの摩天楼がこちらに突き刺さるように見えた。
そしてその形は、摩天楼から顕微鏡に変身していた。

コーネル 無題(ピアノ) モーツァルトのピアノ・ソナタのオルゴールと、太鼓を叩く天使の像がセットされている。柔らかくやさしい音楽が流れ出す。コーネルの箱には心惹かれるものがある。オルゴールとして愛したいような箱だった。

コーネル 無題(ラ・ベラ〔パルミジャニーノ〕) タイトルどおりLa Bella(美しい)女の顔が箱の中にポスターのように貼られている。しかし絵は破れを見せ、箱自体も風化し始めている。置き忘れた・忘れられた・捨てられた・・・
朽ちたようなイメージが、しかしまだ生きている。

コーネル 海ホテル(砂の泉) 砂に半ば埋もれているガラスは、砂時計なのか。箱に閉じ込められた刻。時は流れているのか、時は止まっているのか。

モーリス・ルイス ギメル 大きなカンヴァスにアクリルで、薄い緑が塗られている。上部には微かなグラデーションがある。下部には隙間がある。離れて眺めると、緑色の峡谷のようだ。その渓谷を抜けると砂漠が待っているのかもしれない。

サイ・トゥオンブリー 無題 この'52の作品は銀鼠色の横長の画面に細い線が真っ直ぐ横に数本ひかれているだけ。
正直言うと、こういうのがニガテなのだ。わたしのアタマではこの抽象的概念が理解できないからだ。しかしこれには眼を留めた。つまり、和の美に近いものを感じたからだ。無題と言う以上見る側が何をどう見てもいいのだと解釈し、私はこの作品を「反物」としてみている。四十歳を越え五十前くらいの、艶かしさと上品さとを併せ持つ女の人に着せてみたいような。そんな眼でわたしはこの作品を見ている。

橋本関雪 琵琶行 日本画は3期に分かれて展示される。今回は琵琶行が出ていた。この下絵は京都の白沙村荘(橋本関雪の美術館)で見ていた。2期目に出る木蘭を知ったのは、白沙村荘で川村のチラシを貰ったときからだ。
この琵琶行はせつない物語の絵で、小船に乗る琵琶弾きの女の小指の爪だけが長いところに目がいった。琵琶を弾く事はないので知らないが、多分演奏者にとってそれは不可欠なのだろう。
さすがに中国を舞台にした物語絵の良さは、見る限り関雪がいちばんだ。

長谷川等伯 烏鷺図 今回、この絵を前にして長く心を遊ばせた。
鷺がいる。飛ぶ鷺もいれば止まる鷺もおり、憩う鷺もいる。静かな情景。静かで、そして和やかな空気。
心が広がり、潤うのを感じる。この鷺の遊ぶ情景でこんなに豊かな気持ちになるのは、他に高麗青磁のそれくらいしかない。
わたしの最愛の陶板。mir201.jpg

惜しいことに等伯の図像は手に入れられなかった。
カラスの方もわるくはなく、こちらは妙に愛らしいと思った。しかしあの鷺のいる情景の豊かさとは、描かれている心持ちが異なると思う。
この豊かな心持ちをどう伝えたらよいのだろう。東洋の思想、自然の中の生物、<なじむ><なごむ>と言った言葉が合うのかもしれない。
自雪舟五代長谷川法眼等伯の署名があるが、こんな穏やかな心持ちで等伯の作品に向かい合うのは、初めてだった。

展覧会は10/8まで。日本画はこれらが8/21まで・8/22-9/13、9/14-10/8の三期に分かれる。私は幸いなことにASA友の会会員なので、三期とも見れそうだ。次は関雪の木蘭と芦雪の牧童図が現れる。

六甲で避暑・・・

六甲山に避暑に出た。・・・と、そう書けばなんとなく優雅なのだが、そうではなく例によって建物見学。
六甲ケーブルで山上に出たかったが、タクシーであがる。目が舞うので車の登山はニガテだが、同乗の人が植物に詳しいので、車窓から見える植物の解説をしてもらった。虎の尾という植物がある。紫で、猫の尻尾風。しかしここは六甲である。
やっぱり六甲おろしだけに虎の尾なのだ。
オウオウオウ♪阪神タイガース フレフレフレ
とか言ううちに山上に着き、ヴォーリズの六甲山荘へ向かう。
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紫陽花もまだまだ綺麗だった。

ここに来るのは何年ぶりだろう。今ではNPOの管理下にあるだけに、丁寧に扱われている。六甲山は明治初めに外国人によって開かれた山で、オオキを始め様々な植物を人工的に植えられ、阪神間随一の<自然>を誇っている。
下界より10℃ほど低いので、冬になると六甲山小学校では薪ストーブの火入れ式をしたりする。現に今も紫陽花の色が綺麗に残っている。
六甲山脈の見事さは、遠望でも歩くのでも、味わえる。
子供の頃から毎日六甲山を見ていたので、わたしにとって<山>は富士山ではなく六甲山脈なのである。これは阪神から北摂の人の感覚だろう。河内の人になると山とは生駒山脈になる。昭和三十年代初の小説『春泥尼抄』にも六甲山脈の景観の美にときめき、褒め称える情景がある。実感として、六甲は見事な山なのだ。
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高杉?と懐かしいCMソングが出てきそうだ。

ところでわたしの出身高校は、耐寒登山を行っていた。
芦屋のロックガーデンを出発し、六甲山脈を縦断して、宝塚から下山する。当日休めば後日同じルートを追試させられる。
高1のとき、大阪史上まれに見る大雪があった。そのとき追試で登山した。カンジキをつけて。これでは六甲ではなく八甲田山である。天は我を見離したり??とうめきながら10人ほどがなんとか宝塚まで来た時、4WDが上がってきた。この登山行(行ではなく業かもしれない)に来なかった先生が運転している。生徒はみな感動のあまり車に走り寄った。車から降りた先生はニコニコと「よーし、みんなよくやった!」とほめてくれた。
センセイッセンセイッうっうっ と感動的な情景が1分ほど続いた後、突然引率の先生方が言った。「あーご苦労様です」「いやーご苦労様でした、ささっどーぞどーぞ」
どーぞと車内に招かれたのは先生方のみである。「お前ら気をつけて帰れよ、またな」
4WDは振り向きもせず走り去って行った。
・・・・・眼下には確かに宝塚の市街地が広がっている。しかしそこにたどり着くまでにどれほどの艱難が待っていたことか。
綺麗な山だとか素敵などと書いてはいるものの、どうしてもそのときの記憶が横切り、必ず私はこの話をしてしまう。何十回となく芦屋に来ているのに、必ずロックガーデンからの話をしてしまう。ナントカの一つ話かウラミコツズイかは知らぬが、やっぱり20年経った今でも同じ話をしている。(思い出すたび滝ナミダだ)

話を元に戻す。さすが六甲山は高山植物の多い地だけに色んな花が咲いている。名前を聞いたが忘れてしまった花々を少し。クリックどーぞ
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『わたしの好きな美少年』展

自分の誕生日祝に、「わたしの好きな美少年」展をすることにした。
既に千露さんlapisさんその記事を挙げておられる。
お二人は西洋古典絵画からラファエル前派あたりまでの、洋画の中の美少年を選ばれている。
それはもう目の法楽で、わたしはどきどきしてばかりだった。
お二人には「わたしは日本画などから選びますね」と予告していたので、日本画を眺めると、これがまたある種の難しさを感じることになった。
近代日本画を改めて眺めると、現代のコミックの美少年につながっていることを痛感した。特に挿絵はそう。別にそれらを選んでも良いのだが、それをすると収拾がつかなくなる恐れがある。
高畠華宵、伊藤彦造などの美少年はそれだけで特集すべきなので、ここではあえて差し止めることにした。

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戦前の日本洋画にもなかなか見当たらないが、こちらはわたしの好みだ。

ターシャ・テューダーの世界展に行く

ターシャ・テューダーの世界に触れる度、心が深くなる。
展覧会はいつ行っても大混雑で、ゆとりを持って楽しむことは決して出来ぬのだが、それでも行きたくなる。
彼女の住まう庭園の再現と、彼女の作った絵本の原画と、彼女の愛する人形、動物、家具、そして暮らし中で使われる日常品。
全てが<ターシャの>と所有格で語られる作品たちだが、そこには一片のいやしさも欲深さも存在しない。
自然と人間とのかかわり、自然に対して謙虚であることの尊さ、そのことを接した者たちは感じ取る。
ターシャの優しさと厳しさを同時に知り、現代においてターシャのライフスタイルの<豊饒な贅沢さ>を深く知る。
いくら広大なアメリカの田舎に住むとはいえ、ターシャは百年以上前のライフスタイルを守り、貫いている。
それを行うことも・続けることも、我々が思う以上に厳しいことではないか。
しかしターシャは類まれな意志力でそれを続行する。続行、それが何よりも凄いことなのだ。
話を戻し、このあべの近鉄百貨店に広がるターシャのフィールドを楽しもう。
(とは言え、着いたときにはあまりの人出にクラクラした)

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猫はトムだっけ。mir192.jpg


コーギー犬。あちこちでよく見かける可愛い犬。
この犬種もターシャの絵本から人気が出たのではなかろうか。
ターシャの後になり先になり、まといつく足の短い可愛いわんこたち。
ターシャの愛情を受けて元気よく跳ね回る姿が、絵本になる。
愛くるしさに眩暈がしそうだ。
絵の上から撫でたくなるほど、ターシャの描くコーギー犬たちは愛しげである。
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展覧会のお客さんの95%はご婦人方、あとは彼女たちの息子またはついてきた夫。
子供はこの自然に目を向けているが、おじさんたちはベンチに座り込んでいる。
たぶん、疲れているのだろう。
疲れているからこそターシャの世界に触れて和んでほしいが、この混雑に負け、そして何よりこの世界に背を向けているから、決して癒されないようだ。

わたしはターシャの生きる世界に行くことは出来ない。
半日くらいしか滞在を許されないだろうし、わたしも喧騒の中に戻りたくなるから。
しかしそれでもターシャの世界にあこがれる。
そうした力がターシャの世界にはある。

アドベント・カレンダーがあった。ターシャが楽しんで作ったろうカレンダー。
子供たちのため、と言うだけでなくターシャ本人の喜びのために。
数年前、わたしもクリスマスにもらった。とても嬉しかったし、自分でも作ってみたいと思った。思ったが、実際には作れない。
子供の頃ノートにパラパラマンガを作ったり、次々ドアを作っていったりはしたが、今は出来ない。しない、と言うほうが正しい。してみたいが、自分の思うことが出来ないし、余分な知恵がついた分、却って面白味のないものになる。それが悲しいのでしない。
だがターシャはそれをする。そんなことがとても羨ましく、素敵に思う。

ドールハウスにしてもそうだ。
わたしたちのあこがれるもの・好むものをターシャは自分の力で作り出してゆく。
これは実物大の椅子とテーブル。とても可愛い。
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2001年春に心斎橋の大丸でターシャの展覧会があった。
今回チラシが入手できなかったので、こちらの方を挙げることにする。
今回販売されている図録はこのときのものだと言う。
それならそうそう遠くもないだろう。

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なおターシャについて詳しくはmarimiさんのこちらの記事をご覧ください。とても魅力的な内容です。

ペルシャ文明展

去年東京で開催されていたペルシャ文明展が大阪歴博に来ている。
十年以前は古代文明の遺宝が好きだった。古代史そのものが好きだったからだが、最近はそうではなくなっている。むしろ近代史がメイン。
これまで見てきた古代文明展を挙げようと思ったが、かなり多いのでやめる。
しかしチェックすると、このペルシャ文明を含む<オリエント文明>そのものの展覧会が少ないことに気づいた。岡山、池袋、横浜の三つの常設展示を持つ博物館の他には、ベルリン博物館などの総合展覧会で一部見たくらいだった。
他は今は亡き並河萬里の風景写真など。
ただこの展覧会で舞台となった場所の地図を眺めると、少女コミックの金字塔『王家の紋章』に現れる文明と民族と領土すべてが見えた。
アッシリアもヒッタイトも、あの作品のおかげでとてもなじみがある。
全く知らぬ文明ではなくなったのだ。
わたしはヒロイン・キャロルの友人の気持ちで、この文明展を見て回った。
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基本的に獅子と山羊をかたどったものが大変多いのに気づいた。
獅子は敵でもあり、憧れでもあるらしく(王権の象徴ともなりうる)、山羊は身近な動物だからか。
羊と牛もたいへん多い。
古代ペルシャの動物はこれら4種と猪、ガゼルがメインなのかもしれない。
チラシになったのは有翼獅子の黄金のリュトン。べろと歯が可愛い。
羊頭リュトンも多い。山羊も羊も牛もツノがあるので、その角の生え変わりに死と再生を見ていたのだろう。

今から三千年前の黄金のガゼル装飾杯が凄かった。
下から上に向かって↑4期に亙りガゼルの生涯を描いている。(打ち出しの技法)
母から乳を貰う仔ガゼル。生命の樹を食む若きガゼル。ガゼルの敵・猪の群。ガゼルの死骸を啄ばむ猛禽類。
「当時の死生観を表している」と解説プレートにあるが、東洋的な輪廻の思想はなく、死は死としてそこで終わっている。
遊牧民族と農耕民族の意識の違いが端的に表されているような気がした。

しかしそれにしても黄金が多い。
羊、獅子、山羊をかたどったものたち。(思わず聖衣か?と言いそうだ)←ヲタ。
この細工の繊細さにはただただ感心する。
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土器もある。ここには幾何学文様と山羊の連続するパターンがある。どことなくアールデコ調にも見え、モダンでもある。

山羊装飾の鉢は灰皿状だが、立ち上がり足を天に向ける山羊のついた杯は、なにで貼り付けたのだ。ハンダはなかったはずだが。ああ、瀝青か。納得する。

王による獅子狩を線描した杯もある。これらが図像として綴られ、海を渡って日本に来て、龍村平蔵が復元するまで、どれほどの時間がかかったことか。
それを思うといくらでも眺めていたくなる。

ラピスラズリで作られた装身具もある。褪色したような色合いの貴石。
それより凄いのは紅玉髄20ケで作られた装身具。細かい文様が全てに入っている。
植物性の薬液で腐食されて刻むその技法は、インダス文明独自のものらしい。
大変見事だった。

意外と気に入ったのは、円筒印章。つまり円筒表面に細かい柄や文字が刻まれていて、それを粘土の上に転がすと、円周分の長さの四角い紋章になるのだ。
これは面白かった。

ライオン像の足の部分だけ残ったものがあった。巨大な爪。どんな大きさだろう。
猫と違い、出しっ放しの爪。実は柱頭の一部らしいが、どんな柱か・・・

ペルシャの宗教ゾロアスター教の神様アフラ・マズダの神像も多い。
レリーフ。
ソグド人もこの神様を信仰していた。拝火教。

石灰岩製のマスティフ犬の彫刻のリアルさにもびっくりした。殆ど雌獅子のようだ。マンガではこの犬は見たが、実物は知らない。
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ササン朝の切り子碗にはなじみがある。正倉院に収められているあれとそっくり。
同じ時代の文物だからだが、解説に笑った。
「ササン朝ペルシャの国際的ヒット商品」
いいなぁ、こういうの好き。
それをプレゼントしてくれたのはどこの国のヒトかは知りませんが、人気商品が日本にあるのも喜ばしい。
どうもササン朝になると鳩や猪のリアルな彫像などが出てくるらしい。猪はオトコマエだった。
かなり面白い展覧会だったが、こちらの方は紛争などがあるので機嫌よく出かけるというわけにはいかない。素晴らしい文明を恒久的に保存するためにも、この地に平和が訪れることを祈りたい。
大阪での展覧会は9/17まで。

出来ないことと出来ること

わたしは片づけが出来ない。
掃除も下手だ。
やりはじめると延々とやり続け、途中でやめると再開できない。
毎日コツコツができない。これは幼児の頃からだったそうだ。
とにかく片付かない。

部屋の中の話だけではない。脳内もそうだ。
わたしはいつも無秩序と混乱と熱狂とに満たされている。
情緒不安定。
いつも言われる言葉。
静かな心持と言うのは、年に数えるほどしか訪れない。
冷静さ。
無縁やな??。逆上することは年柄年中。

とりあえず物を捨てよう。そうすれば部屋も片付く。
(一時的にせよ)
掃除も楽になる。
(するのか?)
カレンダーなども捨てよう。データに取り込んで紙は捨てよう。
罪悪感を持つな!
勿体無いと思う気持ちは立派だが、わたしはもう十二分だろう。

・・・と、出来もしないことを口にする。

先日夏物衣料を大量処分した。今の時期の服たち。
眩暈がした。服に対して申し訳ない気がして。
どういうわけか、無機物に対してすぐに申し訳ない気持ちが湧く。
罪を犯した気分になる。
しかし、この服たちは母親を通じてあちこちの人へ渡って行ったらしい。それを聞いてちょっとホッとした。
バザーなどではなく、母が通う喫茶店のママさんやお客さんたちに貰われていったらしい。
私はその人たちを知らないから、話に聞くだけだが、なんとなく安堵した。
服たち、がんばって新しい持ち主の役に立て。

次は間のもの、それから次は冬物を処分しようと思う。

しかし服に関してはそれでいいが、膨大な資料はどうしよう。
やっぱりデータベース化が一番いいのかもしれない・・・
皆さんはどんな折り合いをつけておられるのだろう、と思った。

というわけで、今度処分するカレンダーの複製画とか集めたweb展覧会を始めます。お盆くらいになると思います。
色々集めてみたけど、なかなか楽しかったです。

はっっっその「楽しい」があるからものを集め、捨てられなくなるのかもしれない!
京都の西の方に物集女と書いてモズメと読む地がある。
わたしなんぞはまるきりそのまま物集女だ。

こうして冒頭に挙げたように、まとまりもオチもない、無秩序で混乱に満ちた記事は終わるのでした。

8月の予定と記録

先月は本当に忙しくて、何も出来なかった感が強いです。
わりと蟄居してたような気がします。
夏休みはわりと変則的なので世間と違うかも・・・
ともあれ行けるだけ行きましょー。


ターシャ・テューダーの世界 あべの近鉄
平成淀川花火
六甲山
川村記念美術館展 兵庫県美術館
金比羅の美 藝大美術館
武部本一郎 弥生美術館
アジアの美 大倉集古館
アートコレクション ホテルオークラ
大鉄道博覧会 ?昭和への旅は列車に乗って 江戸東博
青木繁と海の幸 ブリヂストン美術館
珠玉の浮世絵美人 ニューオータニ美術館
水と生きる サントリー美術館
美内すずえと「ガラスの仮面」展 世田谷文学館
舞台芸術の美 庭園美術館
解き放たれたイメージ サーカス展 損保ジャパン
スチール写真で見る日本の映画女優 フィルムセンター
おばけ 太田記念浮世絵美術館
佐藤さとる 神奈川近代文学館
日本郵船博物館
日展百年 新国立美術館
旅 三井記念館
永田萌 八幡市松花堂美術館
川瀬巴水 京阪守口
長新太 大丸京都
平野区まちぐるみ博物館
鉄道模型 阪神
ディズニー原画 サントリーミュージアム
ペルシア文明 大阪歴博
ロシア皇帝の秘宝 国際美術館

タイトルは相変わらずエエ加減にねつぞーしてます。

ベルイマン、アントニオーニ、阿久悠 追悼

ベルイマンとアントニオーニの訃報が続いて入ってきた。
二人とも特別好きな監督と言うこともないが、やはりその作品には深い魅力を感じている。
『第七の封印』『野いちご』『処女の泉』『鏡の中にある如く』『秋のソナタ』『ファニーとアレクサンデル』、たとえカラー作品であっても、いつもモノクロのような静けさを感じたベルイマンの作品。
ストーリーのプロットとしてはベルイマンの作に好きなものが多く、中でも『ファニーとアレクサンデラ』は、自分でも二次創作したくなるほど惹かれている。
そして『秋のソナタ』はイングリッド・バーグマンの最後の作品となったが、これは胸にこたえる作品だった。
奔放な性質がそのまま自己の芸術を支える力となるピアニストの母と、妹の世話に明け暮れ、鬱屈した日々を過ごす孤独な娘との<葛藤>。
この母子は長らく会っていないのに、母は子供らに無関心なくせに、帰宅してしまう。帰宅。帰宅といえるのかどうか。
ナマナマしい感覚がそこにある。母親と娘の対立。娘のほうが奔放ならまだいい。母はいずれ娘を取り戻すことが出来るから。しかし逆の場合は、このように母親が逃げ出すほかはない。
永遠に和解の日は来ない。母が和解を望んでも、それはただの母の甘えに過ぎない。この家の娘は今も乾いているが、いずれ完全に干乾びるだろう。
そんな恐ろしさを味わわされたのだった。
わたしは映画は映画館で見ることにしているので、古い映画などは上映会などでみている。挙げた作品は全てそうした機会に見てきた。
だから作品をリアルタイムには知らない。
しかしアントニオーニは子供の頃にTVで見ていた。
『太陽はひとりぼっち』『欲望』、けだるく退廃的な、そして微かな苛立ちにかき乱されるアントニオーニの作品。
アントニオーニの作品は見る前に母から聞かされた。母はイタリア映画に詳しい。
なぜ一緒に見たのかはわからない。ブニュエルの『昼顔』は見せなかったくせに。
今朝、新聞の訃報欄を見てわたしがアントニオーニの死去を教えると、母は言った。
「アントニオーニ死んだか…若いときは非常に貴族的な作品作ってたけど」「え?そうなん、なんかわたしの見たのは気だるい男と女の不条理な…というか、どうにもならん関係ばかりでしたが」「貴族的なものがないとそんな退嬰的な作品は作れませんわな」
これも不毛で不条理な会話なのかもしれなかった。

20世紀の二人の偉大な監督の冥福を祈る。


そしてここまで書いたとき、阿久悠氏の訃報も入ってきた。
脳の中に流れる血管から、様々な歌がこぼれてくる。
女心の未練でしょう、しみじみ飲めばしみじみと、男と女は尚つらい、悲しき心晒さずにこの世を生きてゆけようが、もうこれで帰れないさすらいの旅路だけ、心を忘れた科学には地獄の夢しか生まれない・・・・・・
いくらでも歌詞が流れてくる。
既にあの世の上村一夫、久世光彦、彼らとまたご一緒されるのだろう・・・

今はただただせつない。


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