美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

2007年のベスト展

押し詰まってきましたね。
2007年は今月のぞいて実に多くの展覧会を見、建物を見学して廻りました。
展覧会も特別展と企画展とを分類してデータベース化してるので、数は多いです。
24ヶ所の建築探訪と、327本の展覧会。むちゃくちゃです。
大体一度外に出たら数ヶ所を廻る体質なので、こんなことになったのです。

わたしのベスト展をあげます。
関西と首都圏との時差をも前提にして、特別よかったものです。(あ?わ順)

安宅英一の眼 安宅コレクション・美の求道者 東洋陶磁美術館
入江泰吉と奈良を愛した文士たち 奈良市写真美術館
児島善三郎 府中美術館
菅 楯彦 浪速の雅人 芦屋美術博物館
熱帯花鳥へのあこがれ 石崎光瑤の作品と出会って 松伯美術館
動物絵画の百年 1751?1850 府中美術館
BIOMBO/屏風 日本の美 大阪市立美術館
美麗 院政期の絵画 奈良国立博物館
フェルメール《牛乳を注ぐ女》とオランダ風俗画 新国立美術館
福原信三と美術と資生堂 世田谷美術館

しかしこの選択は苦渋に満ちました。
因みに月ごとのベストです。
一月、鈴木信太郎 八王子夢美術館 次点は横山光輝回顧展 川崎ミュージアム
二月、徳岡神泉 松伯美術館 次点はムットーニとカラクリ 世田谷文学館
三月、ピカソ・ルードヴィヒコレクション アクティ大丸 次点はヘミングウェイが愛した街 1920年代パリの画家たち えき美術館
四月、杉本健吉の描く『新平家物語』の世界 香雪美術館 次点は風俗画と肉筆浮世絵・前期 たばこと塩の博物館 
五月、澁澤龍彦 幻想美術館 埼玉近代美術館 次点は福田平八郎 京都国立近代美術館
六月、絶筆 見果てぬ夢 日本近代画家の絶筆 兵庫県立美術館 次点は藤森照信の建築と路上観察 オペラシティ
七月、フィラデルフィア美術館展・印象派から20世紀美術 京都市立美術館 次点は日中考古学交流のさきがけ 50年前の訪中考古学視察団の足跡 橿原考古学研究所博物館
八月、AYAKASHI 江戸の怪し 浮世絵の妖怪・幽霊・妖術師たち 太田記念浮世絵美術館 次点は武部本一郎 SFアート 弥生美術館
九月、モディリアーニと妻ジャンヌの物語 アクティ大丸 次点は旅 一遍聖絵から参詣図・名所絵・西行の旅まで 三井記念美術館
十月、藤島武二と小磯良平 洋画アカデミズムを担った師弟 小磯良平記念館 次点は狩野永徳 京都国立博物館
十一月、東洋の美に出逢う 藤田美術館 次点は天体と宇宙の美学 滋賀県立近代美術館
十二月、三沢厚彦 アニマルズ+ 伊丹市立美術館 次点はロバート・サブダ 仕掛け絵本の世界 そごう神戸


本当にいいものを見せてもらいました。
しかし実はこのベストに挙げないけれど。物凄い名品を間近で眺める経験がありました。
奈良絵本をさる所蔵家の方から見せていただいたことです。
これは本当に素晴らしかった・・・
ことし一番の衝撃でした。


来年も今年に優ってよい展覧会に当たることができますように。

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入江泰吉と奈良を愛した文士たち

新薬師寺の隣にある入江泰吉記念奈良市写真美術館に出かけた。
『入江泰吉と奈良を愛した文士たち』既に展覧会は終わっているが。
會津八一、亀井勝一郎、志賀直哉、高浜虚子、堀辰雄、正岡子規、森鴎外、和辻哲郎。
八人の文士が奈良について書き起こした詩歌と随想とが、入江泰吉の写真と共に展示されている。

わたしの学校は著名人を招いて特別講義や演奏会を定期的に開催していた。
入江泰吉先生は夏休みの集中講座に来られ、犬養孝博士は秋に来られた。
入江先生は優しい物腰ながらハッキリ仰られる方で、「青と黒とを合わせるような服飾はいけない」と誡められた。昨今はその取り合わせが素敵なムードを醸し出すことも多いが、頭の中にいつもその言葉が残っている。
優しくてダンディな方だっただけに、先生の面影が瞼に煌くことも多い。

さて展覧会。
入江作品と文章とのコラボレートが続く。
東大寺僧坊跡晩秋mir449.jpg

ここには志賀直哉『奈良』が寄り添う。
「兎に角、奈良は美しい所だ。」
断言。絶対性を疑えない言葉。
文章のリズムと静かに積もる紅葉との対比に魅せられた。
中年の頃志賀直哉は奈良・高畑にサロンを開くように暮らしていたようで、遺された家を見るとひどく住みやすそうな、良い佇まいを見せていた。馬酔木にまみれた家には小さなプールもあった。
わたしは昭和15年刊行の里見『若き日の旅』を所蔵し、愛読している。
明治41年春に里見、志賀直哉、木下利玄の三人が関西ツアーをした模様を、30数年後に旅行記とも青春小説とも随筆とも分けかねる気さくな語り口で描いた作品だった。
何度読んでも飽きない作品だが、とりわけ奈良ツアーが楽しい。

「法隆寺はなつかしい御寺である。法隆寺の宿はなつかしい宿である。しかしその宿の眺望がこんなに善かろうとは想像しなかった。これは意外の獲物である。」 高浜虚子『斑鳩物語』より。
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写真は’50年頃の法隆寺界隈・小説に現れる大黒屋という宿屋を写している。
小説にはお道さんという娘さんがいるが、この作品を読んだ前述の三人組は、虚子のいた部屋に泊まりこむ。そして小説のエピソードそのままの行動を取る。
更に虚子にあてて、その宿にはもうお道さんはいなかったというようなことを、旅のエピソードを散りばめながら、苦心惨憺して葉書に書き上げる。「ご存じなき三人」と署名して。


興福寺・阿修羅像mir450.jpg

堀辰雄『十月』より。
「・・・ちょうど若い樹木が枝を拡げるような自然さで、六本の腕を一ぱいに拡げながら、何処か遥かなところを、何かをこらえているような表情で、一心になって見入っている阿修羅王の前に立ち止まっていた。なんというういういしい、しかも切ない目ざしだろう。こういう目ざしをして、何を見つめよとわれわれに示しているのだろう。」
文を読んでから写真を見ると、堀の示した感覚がそのままこちらの意識をも支配して、まさにそのとおりに見てしまう。

この美術館のある界隈について「廃都」と表現する文士も少なくはなかった。
「廃都らしい気分のますます濃くなってくる狭い道を、近くに麦畑の見えるあたりまで行ってわれわれはとある門の前に留まった。・・・(中略)このようなすぐれた建築が、どうしてこんな所に隠れているのだろうというような驚きの情に高まってゆく。そうしてそれは、美しさから受ける恍惚の心持ちに、何とも言えぬ新鮮さを添えてくれる」亀井勝一郎『大和古寺風物詩』より。
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わたしもこの界隈を歩いて「廃都」の風情を味わっていた。自分の目で見る風景は2007年の年末の風景なのだが、ここにある写真は’50年代のものなのである。半世紀の間に家も増え道路もきれいになった。しかしその50年後の今でさえも静かな「廃都」の風情は活きていた。

「白毫の 寺かがやかし癡人の 買ひていにける 塔の礎」 森鴎外『奈良五十首』より。
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癡人と書きシレビトとルビを振る。これはこの寺の由来を知れば面白さも感じるのだろうが、あいにくこのお寺には一度行ったきりでよくは知らない。
しかしながら使われている漢字を見るだけでも何とも言い難い焦燥感のような味わいを覚えてしまう。写真では萩が乱れ咲いている。石段にはびこる雑草は萌えて、花の色を見せる萩もまた彼らの身内だと知る。
わたしはおと年の春に出かけた。椿を見るために出かけ、椿と桜を眺めた。奈良の良さを深く味わうのは高畑からこの辺りなのだと実感した。
・・・廃都らしい味わいがあるから。

「奇妙なことかも知れぬが、腕の取れた彫刻などでも、あまりに近くへよると、不思議な生気を感じて、思わずたじたじとすることがある。」 和辻哲郎『古寺巡礼』
唐招提寺破損佛mir454.jpg

この写真を見て、何年前か忘れたが明治の廃仏毀釈の頃に被害に遭った仏像写真を見たことを思い出した。人間のナマモノの身体で首がないのは怖いものだが、ヒトの形をした彫刻などでは却ってそこに深い美を感じる、と言うことがあるのはなぜだろう。欠落を欠落と感じず、剥落こそが永遠の美だと感じる感性が内側にあるからかもしれないが。

中宮寺の弥勒菩薩には高校生の頃、ひどく焦がれた。
この感情はほとんど恋に近かったが、そのため随分苦しんだ。
目を閉じれば不意にその円満具足なおもてが浮かぶ。目を開けていても遠く近くに影が映る。苦しい恋はしかし、終わってしまった。
しかし今、この写真を見てわたしはまた苦しい想いに駆られかけている。
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「みほとけの あご と ひぢ とに あまでら の あさ の ひかり の ともしき ろ かも」會津八一『南京新唱』
秋艸道人の短歌には(わたしにとって)言葉にできない想いが全て、籠められている。

展覧会の最後には子規の「柿くへば」があったが、それよりもこちらにずっと惹かれた。
「うつとりと 人見る 奈良の鹿子哉」
そこにはこんな写真が充てられている。
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やっぱり奈良には鹿が何よりも合うようだった。

よい展覧会に出逢えたことが何よりも一番幸せなのだ、と言うことを久々に実感する内容だった。大雨の日に出かけた甲斐があった。
展覧会の感想文は今年はここまで。次は来年になります。

日本の仏教美術

大和文華館でイブの日まで開催されていた「日本の仏教美術 祈りの形象」展を見た。
いまや仏像ヲタもいてはるくらいだから、仏教美術の展覧会も人気上々だが、少し前までクリスマス頃に仏教系の美術品などを見ていると、思い切り引かれたものだ。
むかし、岡野玲子『ファンシーダンス』にもそんなシーンがあって、今もそのことをすぐに思い出すから、やっぱりインパクトがあるのだな。


展覧会は5つのテーマに分かれている。

*ほとけのすがた
釈迦如来塼仏 夏見廃寺出土 奈良時代前半 
塼仏は大小に関わらずハクセンコウに見える。和菓子のハクセンコウ。型押しのミニタイルを壁に掛けていたのはこの時代頃までで、次第に壁画に取って代わられた。

阿弥陀如来摺仏 浄瑠璃寺阿弥陀如来像納入品 平安時代
仏像の中から現れた木版画には仏様がずら?っ これはやっぱり昭和初期に塊ごとに切り離して各所蔵家に収められたそうだ。

千手観音二十八部衆摺仏 三十三間堂観音像納入品 鎌倉時代
これもまた上記と同じ。こちらは大きな絵で劇画風な観音像に見えた。ちょっとかっこいいように思う。

羅漢図もあったが、これは根津美術館所蔵品と同じシリーズのものだそうだ。

*娑婆世界
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この画像は展示目録の表紙絵。下二つは京博の病草紙で、前後期に分けて特別展示。
わたしが見たのは左のほう。どちらも「・・・おいおい」ネタなので書かないが、それにしても患者を眺める女の意識や視線がコワイわい。わたしなら見ないし見たくないなぁ。
しかし前々から思っていたが、鍼療治の男、某ヨコヅナに似てるな・・・

奈良博では一遍聖絵を見たが、ここでは別系統の遊行上人縁起絵断簡が出ていた。
柳の横で躍っている教団の人々。
猿之助丈の『オグリ』ラストシーンではその踊念仏?ボーズ・ダンス?で皆の心が浮き立ち一つになっていた。わたしは群舞が好きなので、目の前でこんなズダダダダッと踊られたら後からついていってしまうかもしれない・・・

平治物語絵巻断簡 六波羅合戦 見返る少年が印象的な図だが、彼が金王丸と言う名でその後身の物語を知ってからは、一層馴染み深く思えている。

童子の絵が続く。
善財童子絵巻断簡 53人の先達を訪ねて廻る童子の旅もいよいよ終焉を迎えつつある、52番目の賢者との出会い。弥勒菩薩とその眷属。門の上に浮かぶ姿が綺麗だった。

法然上人絵伝 山中を行く一行。おんぶされているみづら髪の法然上人。最近少年姿の絵を良く見かける。そのほうが見ていても楽しい。

十五鬼神図巻 鎌倉時代 高山寺蔵だったそうだ。嬰児を苦しめるモノたちとその症例。モノノケは動物の姿をしている。干支の動物の並びと似てもいる。赤ん坊たちは泣いたり暴れたり疳の虫を起こしたり。女の人の膝に泣きすがる子供もいる。しかし彼女が母かどうかはわからない。

*現実と理想のあわいに
木造女神像 平安中期 この時代には女神像が多く作られているが、この像の虫食い穴はまるで皮膚のように見える。手首から先が欠落しているが、それが気にならない。
特に美しいという感じはないが、静かに眺めていたいような木造だった。

笠置曼荼羅図 鎌倉mir033-3.jpg

何度も見ているし、実際の場へも出かけているが、この絵を見るたび仏の国に来たような気がする。だからタイトル通り、現実と理想の間に入り込んだことになるのだ。笠置には後醍醐天皇の行在所もあるが、山を越えて柳生街道へ行くのも楽しい。東海自然歩道。しかしこの絵のようにはっきりと仏像が刻まれているのではなく、歩みだしたかして、既に光背を山壁に残すだけだった。

日吉曼荼羅図 鎌倉 十の宮があり、全てに狛犬がいる。日吉の神使いは猿だが、さすがに猿のコマイヌ(=ガード)はない。羊は見たことがあるが。

子守明神像 南北朝 神仏画でも女神図会はなかなか味わいがある。畠山所蔵の清滝権現もそうだが、ここにも巨大な女神と小さな女の姿が描かれている。
巨大な女神は赤ん坊を抱いている。彼女は「ザクロは血の味、赤い味」の鬼子母神だったが、改心して子供の守り神になった。

*華麗なる仏国土
このタイトルにときめいた。「仏の畑の落穂」は小泉八雲の作品集タイトル、「美麗 院政期の絵画」は展覧会、「アイヌ・モシリ?わが国土」・・・そんな連想が湧いてゆく。
集められているのは写経切・装飾経切・経巻切、一字蓮台法華経、一字一佛瓦経などの装飾された経巻などなど。他に仏具も多い。
いちばん気に入ったのは銅版地螺鈿花鳥文説相箱。これは文鳥のような鳥が箱のあちこちを飛ぶ図柄で、綺麗で可愛い箱だった。平安時代の美意識、女房文学が盛んだった時代の遺物。とても可愛くて、欲しくなった。

それにしてもさすがに良い展示品の数々だった。大和文華館はやはり名品を多く持つ。
なお、前回の仏教美術系の展覧会はこちら
次回は正月明けから。学園前から花園ラグビー場へ行く、と言うコースもかないそうなのが1/5だった。

仕掛け絵本をどうぞ

つい先日隣家のオジとオバから教わって神戸そごうで「飛び出す絵本」の展覧会があるとかいうので、そそられた。何しろ仕掛け絵本とか昔々から大好き。
「あなたの好きなスターウォーズのもあったよ」・・・そんなこと言われたら飛んでゆきますがな、わたし。
ちなみにこれはわたしの持つ「ホーンテッド・ハウス」
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オバケ屋敷。けっこう楽しいよ。
オバケ屋敷は行くのも見るのも話題にするのも大好き。
こっちは芦屋美術館で購入して自分でチョキチョキした仕掛け絵本。
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因みに日本では江戸時代から立版古という組み立て絵がある。これも好きで仕方ない。
以前オルセーでモネのジヴェルニーの庭の再現をしたそれも購入したが、まだ組立てていない。
それからこっちは昔懐かしの「みなしごハッチ」の飛び出す絵本。
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久しぶりに開いたら懐かしくて嬉しくなった。あと他に「ムーミン」のと、カナダで買った「赤毛のアン」の住まうグリーンゲイブルズの家も持ってます??。
それでそごうに行くと「ロバート・サブダ 仕掛け絵本の世界」展が随分繁盛していた。
この人のことはよく知らないがチラシにサイトアドレスもあるので、どーぞ。
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「不思議の国のアリス」 なにしろ凄い。1シーンに25以上の仕掛けがあるらしい。
「オズの魔法使い」に至っては気球で空高く去り行く魔法使いのシーンがそのまま活きている。絵本が開くと気球が飛んで行くのだ。びっくりしたなんてもんではないぞ。
理解出来ないくらい凄い。正面から見た限りでは仕掛けがわからないから、ただただ感嘆する。それで横からのぞくと、二本の棒で気球が浮かび上がり宙に留まる仕掛けがあるのを知る。知って「なんだ」ではない、知っていよいよ「おお??」感銘したよ。
凄いぜ、本当に凄い作家さん。「紙の魔術師」と呼ばれるのも大納得です。
それで恐竜本などもあり、ショップではスターウォーズ旧三部作のとりまとめ本のようなかたちの仕掛け本があり、これがまぁ泣きそうなほど凄い。
なんしかダース・ヴェイダーの素顔まで面の向こうに見え隠れするのだから。
欲しい・・・欲しい・・・欲しい・・・日本版は四千円で原語版は五千円ちょい。
悩みを持ったまま年末に突入か・・・。
他に上で紹介した「ホーンテッド・ハウス」の本も売られていた。
いやもぉ実に凄かったです。

このあと大丸元町店へ出た。ここでは画家・井上直久氏の個展が美術画廊で開催されていた。わたしはジブリにあまり関心がないので知らなかったが、「イバラード時間」というDVDもジブリから出ているらしい。これはTVで観て興味を持ったのだ。
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綺麗だった。しかしわたしは絵よりも、陶器で拵えた小さな家や建物に惹かれた。
それは階段が建物の側面にぐるぐる巻きついていたり、煙突があったりするちょっと不思議な建物ばかりで、家の中に豆ライトが仕掛けられていて、チカチカしている。
小さな町も作られていて、透明な列車も走る。こちらの方に多く惹かれた。
クリスマスイブの日、なかなか楽しく過ごせた。
我が家のツリーは二階の出窓に飾ってます。IMGP3025.jpg

道行く人の小さなオアシスにもなってるようです。
それと来年の干支はネズミだけど、先にジェリーにサンタさんしてもらって記念撮影。
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最後にこちは仕掛けカード。サンタさんがいっぱい。
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皆様、よいクリスマスを。

おん祭と春日信仰

おん祭と春日信仰の美術
実のところ、このあたりに詳しくはない。だから祭にあわせた展覧会で学ばせてもらえるのは、ありがたい。
神様の謂れ・来歴などについてはここで詳しく述べないが、若宮を奉り、その霊威にすがったことから始まるのを思えば、かつての日本人の心象がどのような在りようだったか、しみじみとわかるような気がする。
おん祭は若宮信仰であり、春日信仰とはまた異なるようで(発願の根が違うようだ)しかしながら、離れることのない関係がある。
奈良の歳末を彩る一大神事。(次は山焼き、そして三月のお水取り・・・と予定が立ってくるなぁ)
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このチラシにも惹かれた。
上の鹿は鹿座仏舎利。ちゃんと御神鹿らしい様相を呈している。江戸時代の奈良には木造彩色の見事な作品を造る匠が多かったようで、こんな展覧会もあったが、こちらもそうした匠によって造られたのだと思う。慶安五年というから由比正雪の頃か。
その下の絵は春日権現験記絵で、ちゃんと藤が描かれている。綺麗な絵。こちらは文化四年。解説を読むと、仏事の最中に巫女さんの音曲などが耳障りになり、自分が出世したら神楽を禁止するぞと心に決めた坊さんの話らしい。けっこうナマナマしいな。
しかし思えば仏教伝来で地元の神様方は衰退して本地垂迹説になり、神仏混淆で長らく雌伏していたが、明治維新の神仏分離・廃仏毀釈でコロッと状況が変わったのだ。
・・・クリスマスが盛んになり正月が廃れるのもそれなのか。

春日赤童子像 室町の作で、杖を立てそこに手を置きあごを乗せている。なにやら物思う風情の赤い少年で、なかなか可愛い。
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諸尊図像(文殊菩薩騎獅像納入品のうち) 一番下の絵で、これらが若宮の本地。左から一本地・釈迦、三本地・地蔵、若宮・文殊、四本地・十一面観音、二本地・薬師如来。
騎乗文殊で獅子がニャーッなのだ。

右となりが春日鹿曼荼羅 鹿嶋から来た神鹿。ちょっと目が寄っている。
これが三次元化すると、細見美術館の金工になる。

おん祭には当然ながら舞楽がつくので、楽器も多く展示されていた。これでも実用なのかと思うほど雅な細工を施された鼓、笛などのほかに、装束もいくつか。
資料も主に鎌倉・室町のものが多く、当時の状況がなんとなく伝わってくる。
「春日若宮おん祭は、奈良の歳末を飾る一大祭事として、人々に親しまれています。この祭は春日大社の摂社(せっしゃ)・若宮神社の祭礼で、長年本社の大祭・春日祭とは別に大和国一国を挙げて盛大に行われてきました。」
解説文になるほど納得しながら、会場を離れた。

雨でも奈良ツアー +・・・

今日は朝から雨だが出かけると決めた以上は必ず出かける。
奈良&斑鳩チケットの阪急版2千円なりを購入したのは、奈良からなんば経由で京都へ向かうため。
今週のアタマに奈良へおん祭を見に出かけたが、週末には奈良博で『おん祭と春日信仰』展を見るのさ。
お供に谷崎『聞書抄 第二盲目物語』を携えて近鉄に乗る。菅楯彦の挿絵が入っているのが嬉しい中公文庫版。
奈良につきバスで破石町へ出る。そこから雨の中を延々と歩くと奈良教会のそばに毀たれかかっている洋風建築発見。
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勿体無い・・・他にも長屋で煉瓦塀の続く集合住宅も見た。

新薬師寺へ。来るの何年ぶりかわからない。天平19年、丁度1360年前に光明皇后によって建立されたお寺で、ここの十二神将はたいへん有名。
薬師如来が鎮座ましましているので拝む。ちょっと知人の具合がよくないので祈るしかない。人事を尽くして天命を待つ、という状況ではないのだが。
本堂と山茶花の花たち。IMGP3019.jpg

冬の花でも鮮やかなものだ。IMGP3020.jpg


なんとも言えない寂びれ具合の、いかにも奈良らしいお寺。
このお寺の裏側に入江泰吉記念奈良市写真美術館があり、そこでは今『入江泰吉と奈良を愛した文士たち』展が開催されている。
詳細は後日に廻すが、そこに堀辰雄や和辻、亀井らの文章が掲示されていて、この新薬師寺あたりのことを「廃都」と称んでいるのが意識に残っている。
彼らの言うように確かに奈良のこうしたあたりはいかにもその言葉に相応しいような静けさがある。
京都の社寺ではなく奈良の社寺を愛する人の多くは、恐らくその「廃都」の風情に惹かれているのではなかろうか。
大伴家持の頃には新技術であった築土垣の残るような道・・・

話を元に戻し、十二神将をつくづく眺める。
いずれも表情と身体に動きのある活きたような像。わたしは自分の干支の神将を眺め、ちょっと物思いに耽ってはるわ、とひとりごちる。賢そうな眼差しが印象的だった。
しかし激しい剥落褪色のため殆どが白灰色のように見える。
場内では造立当時のフルカラー版をCG作成したものをVTRで流している。
天平時代の美意識は多く唐風に倣っている。
日本人の意識に潜む剥落褪色したものに対する美とは、全く異なるものがそこにあった。
衣裳はその華やかさを求めてもいいが、青や赤の顔の彼らを見るのは拒みたい。
モノクロ写真のような彼らに惹かれても、ハイヴィジョンの復元色にはサラバだった。

ここから入江泰吉にも回り、そしてバス停へ向かって歩いた。
丁度来たところなので走って乗る。国立博物館前へ。
今年のおん祭の風景写真がパネルとして飾られていた。
日の使いはたいへんだったようだ・・・
雨宿りのシカたちの仲良し風景。IMGP3021.jpg


そこから大和文華館へ。こちらも詳細は後日だが、遠目にはあの丘の松たちが雨に靄っていい感じだった。腕の差は話にもならないが等伯の松図を勝手に思い出していた。
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雨はいつまでも降り止まない。
いつも行く東大阪のケーキ屋さんは諦めて、なんば経由から地下鉄・阪急へと乗り継ぎ、京都へ向かう。このチケットを使うためにはそうしか出来ない。

昨日の夜新聞で見かけた中信御池ギャラリーへ。
寺町通りはすっかりイルミネーションがピカピカで、仏教の町から耶蘇の町へ変わっている。(ちょっと違うか)
『梅花の宴』展。ちと時期がずれている。
17人の近現代日本画家の梅にちなんだ絵を集めている。
その中でも特別目を惹いたのが濱田観の『梅』だった。
濃い水色を地に梅の花がモコモコ咲き乱れている。そのモコモコ感は梅ではなく桃に近いくらいなのだが。それがとても近代的な味わいがあった。

実は京都へ来たのはこの日本画展を見るためだけだった。だから今回のチケットでたいへん助かったのだ。
その後本当は神戸にも出たかったが阪急京都線の事故もあり、真っ直ぐ帰宅した。
今日は冬至なので家で南瓜を炊き、柚子湯に入らなければならないのだった。

化物忠臣蔵をのぞいてみる

先日Takさんが東博でごらんになった『化物忠臣蔵』の記事を挙げられていて、おおっと懐かしく思った。
わたしは'96に名古屋で国芳の生誕二百年記念展を見て、そのとき十一段目まで見ている。
以下、画像は全てその図録から撮影。
なにしろ大きな本なのでスキャンできない。
この展覧会はサントリーにも巡回している。
見た当時、名古屋市博物館のきしめんがおいしいなーと感心したことを覚えているが、ほかの事はちょいと思い出せない。調べたらすぐわかるだろうが・・・
なお、このシリーズは普通は裁断されているようだが、ここでは未裁断なので、順番は縦から横へ移るので、物語の進行とずれている。
初段と三段目IMGP3011.jpg

顔世御前にときめく高師直、出来る堪忍・出来ない堪忍。

二段目と四段目IMGP3012.jpg

松切りしようにもオバケ松では逆襲されそう、判官切腹は蝦蟇の刃飲み。

五段目と七段目IMGP3013.jpg

定九郎もびっくり、床下の九太夫が妙に可愛い。

六段目と八段目IMGP3015.jpg

勘平も婆さんには・・・富士山が蝦蟇なのが可愛い。

九段目と十一段目IMGP3014.jpg

尺八までオバケか。討ち入りにこんなろくろっ首がいたんじゃ隣家も高張提灯はせんわな。

十段目と十一段目下IMGP3016.jpg

天川屋ならぬ化川屋ですか、高師直の首を鋸引きする奴、死神みたいな・・・

ああ、こうして眺めるとやっぱり楽しい。しかし十二段目はないな。
元からないのかどうなのかはわからない・・・
撮影の手が悪くて申し訳ないでした。

鳥の歳時記を楽しむ

先日伊丹市立美術館で三沢厚彦 アニマルズ+ を見たが、この美術館には柿衛文庫と言う俳句専門の文芸館が併設されている。
元々大坂・伊丹あたりは俳人の多くいた地で、現代までその血脈は続いている。
今回は現代アートでアニマルズを取り上げたからそれに併せてか、タイトルもステキな「鳥の歳時記」を集めている。

江戸時代の俳諧には摺物としてきれいな浮世絵版画が添えられている。
浮世絵師だけでなく色々な絵師がそれに手を染めている。
句に沿うものを描くのが絵師の仕事だった時代なので、摺物などは句と絵とを共に楽しめる。

美術館のねらいはこうある。
四季を表現する言葉、いわゆる季語は、我が国の詩歌文芸の歴史のなかで育まれ整理されてきました。季語のなかで、さまざまな鳥たちは、四季の訪れを知らせてくれるものとして、大いに愛され、詩歌に詠まれてきました。それぞれの季語には本意があり、その本意がおおきな役割をもっています。本意とは、対象の季語がもつ最もそれらしい在り方、共通の認識をいいます。例えば、「ほととぎす」の本意は、その一声を待ちわびることにあります。たとえ盛んに鳴いていても、句の上では、待ちわびる心を詠みます。また、雁の声は、にぎやかであっても、哀感のあるものとして詠まれています。
 春のうぐいす、夏をつげるほととぎす、うずらの鳴く秋の暮れ、雪の寒鳥、鳥と四季の風情をお楽しみください。


春・・・鴬、燕、雉、雲雀、(漢字で書くと雅なイメージが湧く)、雀の子 行く雁、鶴帰る 囀(さえずり)・・・最後の囀りで思い出したが、谷崎の『春琴抄』のヒロイン春琴が作曲した筝曲の題は「春鶯囀」しゅんおうてん だった。

鬼貫筆「それハまた」句短冊 (囀り) それハまたそれハ囀る鳥の声

暁台筆「うぐひすや」句短冊 (鴬) うぐひすやもののまぎれに夕啼きす

夏・・・時鳥、かんこ鳥 水鶏、川蝉、鵜
蕪村画かんこ鳥図一枚摺 (かんこ鳥) かんこ鳥とはカッコウのこと。蕪村による彩色刷物。なかなかいい感じだった。

田畑比古筆「郭公」句短冊 (かっこう) 郭公の杜もそのうちトラピスト

秋・・・雁、月夜烏、四十雀、鵙、啄木鳥
沾徳筆「初雁や」句短冊  初雁やおもふ田へ唯一文字

木導賛「しら菊や」毛紈画菊図 (四十雀)  しら菊やはれたる空に四十雀

冬・・・鶴、鴛鴦、千鳥、鴨、浮き寝鳥、みみずく
一晶筆「幾廻る」自画賛鴨図  (鴨) 幾廻る渦にも酔ハで池の鴨

大江丸筆「をし鳥や」句一行物(をし鳥) をし鳥よひと夜別て恋をしれ
この句を大江丸は85才で読んだとサインを入れている。85才でこんな色っぽい句をひねっていることにも感心した。85と言うても数え年で、どうやらその年が没年らしいが。

鳥の歳時記と言うだけに鳥を詠んだ句を集めているが、かつての日本には<自然>とそこに住まう生物全般の命とを慈しみあう心があったことを知る。
わたしは現実の鳥はニガテだが、観念としての鳥は好ましい。
場内では何種かの鳥の鳴き声を流しており、それを当てるクイズがあった。
わたしは鶯とカワセミだけわかったが、あとは全滅だった。
たまにはこんな風に俳句を楽しむこともいい。

街中の装い

今年も阪急百貨店うめだ本店のショーウィンドーは「リサとガスパール」でデコレイトされてるけど、どうもガスパールの姿が見えないような気がする。
リサしかいないのは気のせい?
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シロクマさんのまんなかにリサ。

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わたしの撮り方がわるいのか、ガスパールはどこ?

いました。旗絵の中。IMGP2950.jpg

日本のファンのための描きおろし。

御堂筋を歩く。
御堂筋はイチョウで有名。今年は黄葉がやや遅かった。
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下の道路はまっきっきぃ。
なんだか楽しい。

わたしは飲まないヒトなので夜に出歩くことが大変少ない。
だからたまにこうして夜に御堂筋に出ると、とても楽しい。
心斎橋の大丸。IMGP2951.jpg

アールデコ様式の素晴らしい建物。
ヴォーリズの傑作。雪の結晶をモティーフにした装飾が店内のあちこちにある。
だからライトにもそんな工夫がされている。
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そこから少し歩いた先には時間ごとに色の変わるクリスマスツリーがあった。
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もうすぐ冬至、クリスマス、そしてお正月です・・・

おん祭のパレードを追う

春日おん祭に出かける。
本当なら真夜中の神事を見たいところだが諦めて、昼間のパレードを眺めることにした。
京都の時代祭と同じく、このおん祭も時代行列が出る。
今回、さる大役を負うたのが勤務先全体のトップなので、見物&応援に出かけた。
ご一緒に記念撮影したりなんだかんだと遊んだりしたが、お話を伺うとやっぱり夜中の遷幸の儀に出られたり、精進潔斎したりで大変だったそうだ。おツトメご苦労様です。
こちらは春日大社の参道。春日燈籠から鹿も飛び出てきたり。
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苔むした感じが蒼古で素敵。IMGP2958.jpg


お旅所には四本の柱を立てた相撲の土俵も作られている。
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さてそのパレード。
なかなか華やか。風流笠も見えたし、猿楽も。
本当はこの後の舞楽も見たいところだが、都合により諦める。
けっこう楽しいもんでした。
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大人から子供まで、みなさんコスプレならぬ時代装いされて、騎馬あるいは徒歩で進まれる。
おん祭についてはこちらに詳細が。
今度は是非真夜中の神事や舞楽を見てみたいと思う。
Takさんから以前その模様を伺っていたから憧れは募るばかりだが、参加するには体力がまず必要なようだった。

この後会社の忘年会で大阪にとって返し、酒量のない私にしては珍しいくらい飲んで、酔眼モーローで書き上げたから、なんだか忘れ物の多いような内容になってしまった。
まぁ年に一度と言うことで・・・

三沢厚彦 アニマルズ+・・・

三沢厚彦 アニマルズ+ 今日まで伊丹市立美術館で開催していた。
ある日、memeさんからチケットが届いた。
「現代芸術にあまり関心が向かれないでしょうが」
えへへ、ばれてら。
でも彫刻と人形は大好きなので、いそいそ出かけた。ありがとうございます♪
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伊丹は近いのでよく出かけるけど、ホント、今回の展覧会は楽しかった。
楽しい、と言うのは語弊があるかもしれない。
確かに動物の木造彫刻なので家族連れが多く来ていたが、可愛いのとはチト違う。
美術館側はチラシに
会場を埋め尽くすトラやキリン、ゾウなどの野生動物、あるいはイヌやネコなど身近な動物たちは愛敬たっぷりの表情を見せ、見るものの心を即座に捉えるでしょう。
・・・ラスト一文は大納得だが、愛敬たっぷり、というのには「さーて」なのだ。
ここにおる動物たちは「アンタはアンタ、わしはわし」な表情で佇んでいる。
みんなすっとぼけているように見える。
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間違ってもコビもアイソもないが、すっとぼけた愛敬が自ずからにじんでいる。
広い空間にずんずん並ぶ動物たち。キミキミ、そんなところにまでいるのか。そんなのもいる。
もちろん触ったりはしないが、近くまで寄ってジロジロ眺めると、鑿の痕や彩色の力具合とかが見えて、間違いなくツクリモノはツクリモノだが、なんとも言えず妙な実感がある。
当たり前なようだが、鹿なら鹿の背中、トラならトラの背中だなーと感じるのだ。
撫ではしないが、もしかすると掌に鹿とトラの違いが感じられるかもしれない。
だからか、二階の空間に大きなゾウからウサギまでいる一室に入ったとき、動物園の中にいる気分がした。ゾウのにおいがする。無論、幻臭。しかしゾウを見たときこいつからか、と犯人見つけたゾな気がした。
じろじろジロジロじろじろジロジロ・・・そこにおる連中を伸び上がったり、しゃがんだりしながら見て回る。
どこを向いた目なんだ、と思いつつ「・・・案外わたしに見られて冷や汗かいてるかもしれんな」とニヤッと笑ってしまった。
CAT&DOG室に入ると、こちらは黒枠の手前までしか入れないのだが、わんこもにゃんこもみんなずんずんと前進スタイルで停止中。まるで達磨さんが転んだの最中のようだ。
わたしは猫が好きなので、そこらにおる奴をじいーっと見たが、やっぱり知らん顔しておるよ。でもやっぱり「チチチ」と呼んでしまった。

(配置図)mir443.jpg

地下に降りると、白くま小屋があった。板の隙間からのぞいたら、先に入っていた人と目があったよ。
大きい白くま。爪がすごいなー。ジャイアント白くま。ちょっとマンガの「かってにシロクマ」思い出した。
ところで特製スタンプがあったから押す。これはドローイングのトラ。下はチケットの豹。
ちょっと斜めにしてみると、歩いてるような感じがしないでもない。
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この美術館は俳句の柿衛文庫と、旧岡田家・旧石橋家・酒蔵などと一大ゾーンをなしているので、動物たちもばらばら散らばっている。
中庭の豹。ちょっと物思うように見受けられる。
伊丹の酒は日本最初の清酒だったはず。鴻池家の関連についてはここでは書かない。
しかしお隣に清酒・白雪の施設もあるしここにもやはり酒蔵の一部がある。
入ってギョ。いきなり一角獣が二頭いた。
大きい空間にこういうのがいるのはちょっとコワイな。
そして江戸時代の民家をそのまま再現している岡田家の座敷にトラがおりました。
「コンニチハ」伊丹だけに民家にトラがいてもおかしくない。このまま半被を着せて甲子園へ連れたりたい。
かなり面白い展覧会だった。頭脳が楽しいというより、感覚が楽しいというか。
伊丹を去る前に伊丹シティホテルで一休み。このホテルは外来のお客さんのためよりも、地元のために作られたホテルで、家族連れがバイキングにわんさか。
わたしはカフェでアフタヌーンティ。IMGP2945.jpg

ちょっと優雅な気分にしてみたけど、ナイスでした。
それで帰りにお手洗いに行くと、そこでメタリックなゾウに遭遇。
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画像はないが、会社の水道はフクロウそっくりなのだった。

この後なんばに出かけたが、そこらはまた後日に。

Aレーモンドの設計した学校

少し前に神奈川近代美術館で「アントニン&ノエミ・レーモンド展」に出かけている。
そのレーモンドの設計したミッション・スクールに出かけた。
来るのは八年ぶり。あれから<学校>を取り巻く環境そのものが激変している。
難しい世の中になったものだ。

礼拝堂のステンドグラスと波打つ天井。
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作られたのは戦前だが、後のモダニズムの萌芽が既にここにある。
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きれいなきれいなシンプルさ。
教会につきもののイエスの受難を示す絵画や工芸品はこの中には具象作品としては飾られていないが、14の情景を示す十字架が、それを示すために飾り付けられている。
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シモンの話もベロニカのハンカチの話も、この小さな十字架が全てを含んでいる。

廊下に出るとこんな素敵な床模様がある。
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キリスト教徒にとって魚は深い意味を持っている。

体育館に入る。丁度雨が降っていて、この巨大なグリッド窓から激しい雨を眺める。
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上の方からのぞく緑にときめいた。P2922.jpg


図書室の前の門の飾り。図書室にはミッション・スクールらしい本が目に付いた。
心の教育はやはり大事だと思う。
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廊下には生徒さんの拵えたさまざまな絵画や工芸品が展示されている。
なんとなくPTAの気持ちで眺めて歩くと、とても楽しくなった。
上手下手とかそんな価値観ではなく、子供が一心に作ったものは尊いという感じ。
テーマは与えられたものであっても、それぞれの心がある。
目的遂行のためにがんばったことが眼に見える作品と言うのも、いいものだと思った。

運動場へ向かう入り口。
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向こうから下校する子供さんたちの群が寄せてくる。
みんな口々に、訪問者たちに「こんにちは」とご挨拶をする。
わたしも出来る限り多くの子供さんらに「こんにちは」と挨拶する。
一心に挨拶すると、心が清くなるのを感じる。
ふと見上げると、雨上がりの空はこんなにきれいだった。



生徒さんらが作った紙とセロファンのステンドグラス風工作。
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たくさんあったが、こうした作品も学校教育の中にいるからこそ、作る機会があるのだ。
今作ろうにも作れないのが現状だ。
作りたいと思うが、結局実行できないだろう。

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クリスマスの準備は出来ている。聖歌隊のコーラスも聞こえる。

門をはいってすぐには、この学校の母体と関わるルルドの洞の再現があった。
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ところでこの学校のそばには交通安全の成田山と、応神天皇所縁の友呂岐神社がある。
そしてこちらはカトリック教会。P2941.jpg

レーモンドの影響を受けたようなモダンな教会である。

しかしながら駅前にはブライダル・チャーチが聳えている。
本物の教会が抽象的な様相を見せる中、こうした作り物の方が「いかにも」なのは、日本人の感性がそれを求めているから、なのだった。
これは築20年ほどらしいが、ウェストミンスター寺院風でなかなか荘厳。
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その前のお店屋さんはちょっと看板建築風で、銅が使われている。
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なかなかいい見学会になった。

BIOMBO/屏風 日本の美 後半分。

さてインターミッションも終わり、次は5室に向かう。
ここからは異国に送られた屏風が占めている。
5室。海を越えた襖絵と屏風絵
祇園祭礼図屏風 ケルン美術館 どうも見覚えがあるなと思ったら隣に並ぶサントリーの同題作品と、そのまま続くメトロポリタンの社頭図屏風、クリーブランドの賀茂競馬図屏風は実は兄弟だそうだ。
切り取りで分かれたのか。復元図があった。・・・なんとなく納得する。
このうちのサントリー所蔵品は東京でのチラシに使われている。


しかしケルンのこれ、もしかすると見たような気がする・・・と思い、帰宅後調べると、'97.10.末に東武美術館で見ていた。そのときの絵葉書。
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十年経ってても好きなものはやっぱり覚えているもんだなー。
クリーブランド美術館展も実は二度ばかり見ているが、もしやと思い、こちらは図録を開くと(’98版)・・・ありました。
しかしこちらには自信がなかった。というのは、賀茂競馬図では他に物凄く印象的な作品が他にあり、そちらに意識が寄りやすいからだ。
これらは元は襖絵だったのを分割して屏風仕立てにしたらしい・・・
この屏風絵はキャラがそれぞれしっかり描き込まれていて、一人一人の判別がつくような感じ。どこか崩れたような・ふざけたような若いやつらの描写もいい。
腕相撲したり、男同士でいちゃついたりもある。
明日があるのかないのかしらないが、この屏風に描かれた祭の時間の中では、何も考えずに楽しめばよいのだった。

東山遊楽図屏風 茨城 金雲は型押しでキャラは小さめ。東山といえばすぐに思い浮かぶのが実のところこれ。「・・・東山三十六峰、草木も眠る丑三つ時・・・」
私の東山遊楽は、京都国立近代美術館、京都市美術館、細見美術館、並河七宝美術館、無隣館、藤井有鄰館、小川治兵衛の庭・・・こんな感じです。

松下麝香猫屏風 ボストン美術館 こちらは雄。雌は隣の樹下麝香猫図屏風 サントリー。
ボストンのこれは知ってる猫だ。
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’91にボストン美術館の屏風絵展が奈良で開催されたときに見て、絵葉書を持っている。目つきが面白かったのだが、それも当然で、サントリーの雌に「ハロー」なのだった。雌のほうは見返りながらちょっと思案中。

6室 朝鮮通信使に送られた屏風
いきなりジオラマ仕立てになっていた。
赤い柱を立てて真ん中に据えてなにやら空間を作っている。
そしてジオラマを中心にしてあちこちの壁に何かの絵が拡大カラーコピーされている。
・・・これです、これ。見たはずよ、つい先日高麗美術館で手に入れたばかりの絵葉書。
『馬上才』・・・朝鮮の芸人さん。mir437-1.jpg

他にも見ているのが多いのも当然で、'01の朝鮮通信使?心の交流展や今夏の大阪歴博の朝鮮通信使がやってきた展で馴染んだ世界だったのだ。

7、8室。オランダ国王に贈られた屏風
1856年にオランダ国王に贈答された屏風絵は、いずれもライデン国立民族学博物館所蔵で、当時の色彩や金箔が剥落することなく綺麗なまま残されていた。
幕末期の狩野派の作品だが、どれもこれも本当に綺麗で、絵自体にあまり惹かれはしないが、その保存の良さに感銘を受けた。ありがとうオランダ、と言う気分。
特に気に入ったのはこの一枚。
野馬図屏風 狩野雪渓 mir440.jpg

金地に太い線で馬をバッと描いている。なんだかそれがひどくよかった。
厩図のような雅さもいいが、こうした奔放さにも惹かれる。
ところでこの作品はこの展覧会の展示期間直前まで、長崎に出かけていたようだ。
長崎歴史文化博物館『勝海舟と幕末長崎』展のチラシに姿を見せている。
尤もこの博物館で、ライデン所蔵の一品で少し水ヨゴレのある作品を補修すると言うから、これぞ国際交流という感じで、いいなと思った。

前編に比べてこちらは短いが、それでもやはり1時間かけて眺めた。
日本美術の良さを堪能させてもらったな?という展覧会だった。

ところで関係ないが、10日からブログの管理画面が変わりちょっとうまくゆかないような気がする・・・

やっと見ましたBIOMBO/屏風展

やっと見てきましたBIOMBO/屏風 日本の美。
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サントリー美術館で開催後大阪市立美術館に巡回したのが十月末、こちらでは12/16までの開催なのに、わたしは随分出遅れて12/8に出かけた。
お客さん、多かったな。
入るといきなりサントリー所蔵の『泰西王侯騎馬図屏風』左隻がお迎え。
右側の黒馬が実にオトコマエな馬なので、「おっ」という感じ。
こんな目つきの馬、なかなかあれだな。
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展覧会は基本的に6つのコンセプトで分類されているが、そのとおりの展示はされていない。越境する美意識とでも言うのか、決して順番どおりでは並ばない。
それを一つ一つ眺めて廻る。ただ、7週間の展示期間に頻繁に入れ替えがあり、全部を見て回るのは私には出来ないことだった。
都下にいればサントリーの会員になり全期間を見たろうが、それはそれでもいい。
見たいものを見る一方で、見れないものへの無念さを胸に抱くのもいいかもしれない。

1室-2室 屏風の成立と展開 BIOMBOの時代
山水屏風 国宝で京博所蔵品なので時折見ている。しかしながらこのコンセプトの中で眺めると、またいつもとは違う感興が呼び覚まされる。
平安時代唯一の屏風だと言うが、1面目に描かれた、林を行く騎乗の二人の様相は、その前代・奈良時代の装いに近いように思う。3、4面には亭があり、狩猟か野駆けの一休みを描いたようにも見えるが、そのこと自体がやはり前代風にも思われた。

山水屏風 醍醐寺 開かれた座敷がある。その二畳間から外を眺めると白い木花が咲いている。桜だとプレートにはあるが、むしろハナミズキのような花に見えた。
そしてこれらの絵のはるか上方に二枚の色違いの猟師が貼られている。向こうには高士らしき老人と、琴を運ぶ童子らが見える。
常々思うことだが、中国の高士と童子の組み合わせと言うのは一体ナンなのだろう。
日本では老人と子供は等しく神の領域にあるものと、中世の頃は見做されていたが・・・
そんなことを色々考えると時間が不足するのでまた今度だ。

十界図屏風 当麻寺 無論当麻曼荼羅の体裁も含み、そして六道の様相が描かれている。視線は右から左へと移行する。上部には往生要集などの文章を抜書きした色紙が色々と貼り付けられている。
地獄はつくづく拷問部屋の様相にしか見えず、火の池地獄に煽られる女の顔には不可思議な歓喜も見える。これを絵解きして、「こんなになっちゃアキマセンよ」と説教しても、中にはエエなあと思う者もいたかもしれない。
修羅道は果てしなき死闘が繰り返されている。仁義なき戦いになっている。
畜生道、ここには面白いものがあった。食物連鎖と言うのか弱肉強食と言うのか、ミミズ<カエル<ヘビ<イノシシ<猟師 の並びがあった。救われるものはどこにもいない。
一方母犬のそばに4匹の仔犬が戯れていた。状況を無視して、ただただ可愛いと思う。
仏の世界は交響曲が鳴り響くような色調で描かれているが、どちらが楽しいかは不明。

四季花鳥図屏風 大阪市立美術館 中期には白鶴のそれが出ていたようだ。それはチケットにも使われているので馴染みがあるから、こちらの絵に会えて嬉しい。なにしろ見ていない。狩野宗秀による激しい絵。プレートによれば「本朝画史には永徳に似て荒しとある」そうな。なるほど、と一人合点する。へんな鶴が吠えている。剥落が激しいのがいよいよ恐ろしいようなイメージを見せる。孔雀のつがいもいるが、雀踊りの連中もわさわさいる。
どちらかと言えば見ていても穏やかな気持ちにはならない屏風だった。

書画押絵貼屏風 メトロポリタン美術館 1面につき1絵1詩。5の牡丹と蝶、6の笹ユリ、9のミミズクVSカラス(叭叺鳥か?)の構図が特によかった。その9を見て横山光輝のデビュー作『音無しの剣』を思ったのはわたしくらいかもしれないが。
ミミズクと言うだけに耳が立っている。周囲の黒いやかましそうな鳥たちが非難しても知らん顔しているようにも見える。それがとても気に入ったのだった。

石山寺縁起絵巻 巻5 石山寺 藤原国能の妻が参篭し、夢に観音の訪いを見る。その眠る枕元には浜松屏風が立てかけられている。綺麗に色も残っている。
枕屏風の選択と言うのはやはり大事だと思う。
『八つ墓村』では「三酸図屏風」が、『獄門島』では三つの俳句を貼り付けた屏風が、重要なキーになっていた。

桑実寺縁起絵巻 桑実寺 土佐光茂 阿閉皇女の物語。病床に伏せている。阿閉皇女といえば文武天皇の母で、後に中継ぎの皇位にもついている。土佐派らしい綺麗な色調だった。

洋人奏楽図屏風 永青文庫 MOAのと似ているそうだ。兄弟絵か。華やかな彩色。
ここにはルルドの泉を勧請したような小さな窟が見える。
いつも思うが、こうした洋画風の作品はなぜこんなにも<静か>なのか。リュートを弾く女、バイオリンを奏でる男もいるというのに、いつもいつもその作品は静寂に包まれている。話し合っている人物たちがいるのに音そのものが消失している。
不思議な空間に描かれた人々・・・

南蛮屏風 サントリー 狩野山楽 船の入港図。殆どサーカスのアクロバットのような仕事をする黒人水夫もいる。陸には蘇鉄を植えた庭もある。堺の南宗寺の蘇鉄を思い出す。或はそうなのかもしれない。
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このとき船のこの部分を見て「持衰かな・・・客人にしてはちとあれかな、外国にもそんな役目のものがいるかどうかは知らんが描いたのは山楽だしな」と思っていたところへ、見学していた学生の一人が友人たちにそのことを口にしたので、わたしもお仲間に入ってしまった。彼女たちがその問題を解き明かしたら面白いのだが。
だが持衰にしてはやはりキレイすぎるような気もする。
そして振り向けばガラスケースには、サントリーの織部南蛮人燭台があった。
持衰の次は『燈台鬼』か…早々に逃げた。

3室 近世屏風の百花繚乱
聚楽第図屏風 三井記念美術館 百万遍から始まる京の町を描いた屏風。井戸周りで働く女たちがいる。聚楽第の栄華は短かった。そういえば秀吉は文字にあまり拘りがなかったらしく、第の字が面倒だったのか「大」でもいいと言ったそうだが・・・
関が原合戦図屏風 左隻 大阪歴博 元は津軽候の所蔵だったそうだ。嶋摂津守の旗には十字架のような紋所が示されている。島津のそれとは違う十字架。崩れる戦線。丘では今しも腹を召さんとする武将たちがいる。その背後には介錯人が刀を下げて立っている。
何もかもが炎上している。石田光成の旗も燃えている。伊吹山まで描かれたところで、敗残の兵はどこへ逃げ延びたろうか。

阿国歌舞伎図屏風 京博 色んな阿国歌舞伎図があるが、この京博と大和文華館のそれと徳川のがベスト3だと思う。あでやかに笑う阿国がいい。舞台を見る観客も、四百年後の観客も、みんな彼女に魅了されている。

帝鑑図屏風 永青文庫 またここで説明をやらかした。たまたまここは空いていたからまだしも・・・。するとさっきの一団とは違う中国史が好きだという女の人と色々議論になった。迷惑なわたし・・・。絵は夏殷周から漢そして唐までの皇帝行状記を、絵と文とで構成している。しかし実際のところきちんと順序良く絵が並んでいるわけではないので、そこも考えねばならない。
かすみ網の法律が制定していること、彼女は調べられたかなぁ・・・?

小袖・屏風虫干し図 大阪市立美術館 一粒で二度おいしい、ような作品。朝顔が咲く透き通る屏風があったが、紗か羅かで作られたのか?と思うようなものもあれば、派手な小袖も多く掛けられていた。なかなか楽しい。チケットにも使われた。
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邸内遊楽図屏風 大阪市立美術館 女郎屋の門前で輪になって踊る人々、まだ苦界ではなく公界であった頃の遊郭。色んな遊びをしている。二階ではうんすんカルタをするのもいる。湯女もいて立ち働いている。杉戸絵には記事が描かれ、屋敷の釘隠しは桐に菊だった。

洛中洛外図屏風 大阪市立美術館 左右どちらも見れた。金雲は型押しの入ったもので、祇園小橋や三条小橋もしっかり描きこまれている。三十三間堂の通し矢に賀茂の競馬もある。賑やかでけっこうなことだ。

京大坂図屏風 サントリー おお、これは先般サントリーで楽しませてもらった屏風だ。
今現在のわたしが遊びに行く先々が描かれているのが楽しい。遊行してますな-

四天王寺住吉大社図屏風 サントリー これがまた今日ぴったり。展覧会は天王寺(四天王寺から徒歩15分)、この後に堺に行くので住吉さんも通るから、ますますバッチリだ。
金雲型押し。松林の中に一心寺の文字があるが、建物は見えない。
このお寺は骨仏を安置している。十年ずつ信者さんのお骨で仏を拵えている。私の祖父や父もそれぞれの仏像の一部になっているし、知人もそうだと言う。
宗派関係なくボーンチャイナのブッダ。
先日、よくしてもらった方が亡くなり落ち込んでいたが、やはりここへお骨を預けるようで、仏像が完成すればお参りに行こうと決めている。
さて隣の四天王寺は春の舞楽もあるし、桜も咲いている。南門はいってすぐの林の中ではいちゃつくのもいる。そして古代は波が寄せていた西門の前には店店が賑わいでいる。
今もこのあたりには釣鐘饅頭本舗や手相など色んなお店がある。彼岸の前後にはやっぱりここに来たくなる。キリキリ舞いする巨大な夕日が見たいし、日想観もこらしてみたい。
春の宵に訪れたとき、巨大な満月を見たこともある。世界唯一の四天王寺様式の建造物の真上に月はあった。あの黄金の盆のような満月は、それ以後見ていないが永遠に記憶に残ると思う。
一方、住吉大社。太鼓橋も鳥居も何もかもが白く塗られている。ちょっと不思議な感覚がある。蓮の咲く池の上の舞台ではお弁当を食べる人々もいる。初詣にはここもたいへんな人出になるが、北摂民のわたしはそれには行かないのだった。

4室 儀礼の屏風 婚礼調度
主基地方風俗歌屏風(平成度) 高山辰雄 先日亡くなった高山辰雄の作品。これは皇室の至宝展で見た屏風で、秋のもあもあと紅葉した景色を描いた作品だった。
不意に20世紀末の作品を見たと言っても違和感はなく、却って和やかな気持ちになれた。

法然上人絵伝 巻2 知恩院 ついに叡山へ行くことになる少年。母との最後の別れ。まだこの頃は剃髪前なので黒々とした長い髪が輪に結われている。剃髪して初めて彼のアタマが『法然アタマ』だと世に知られることのなるのだった。

白絵屏風 京都府立総合資料館 原在中 これは胡粉を主材にしたもので、ちょっと鏝絵の無色風にも見える。めでたい鶴の図が描かれている。意外なくらい大きな屏風だった。
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栄花物語図屏風 東博 土佐光祐 藤原道長の栄華を描いた物語を屏風にしているが、殿方の衣裳はフルカラー(ただし無地)なのに対し、女たちの衣裳は繊細な筆書き描写で、綺麗な柄のものばかりだった。これに目を惹かれた。こういうのが見たいような気がする。

人の一生図 ライデン民族学博物館 出産・祝言・死去が描かれている。絵が巧いとかどうとか言う問題ではなく、物語性を排除した記録図の様相を呈しているようにも思う。
しかし最後の最後に湯灌があったのには、ちょっと苦笑してしまった。
ナマナマしいなぁ・・・

長々と続けたが、ここまでの見学で2時間かかった。一旦地下レストランへ出たので、今日の記事もここで終わる。続きは後日また。

KYOTOきぬがさ絵描き村

堂本印象美術館は衣笠山のふもとにある。
『KYOTOきぬがさ絵描き村――印象・平八郎・神泉・竹喬・華楊――』
後期を見学した。
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この美術館は建物そのもの、引き手・装飾・家具、何もかもmade by 印象で占められている。
入ると細川ガラシャの絵があるが、これは森之宮にある教会に飾られた作品。
教会は以前に見学している。こちらへどうぞ。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-570.html
さて皆さんと来たら浜村淳だが、とりあえず「さて」今回は衣笠山近辺に住まいした日本画家たちの作品を集めた特別展が開催されている。
こういうmapがある。関係ないが、思文閣からは来年の源氏物語千年紀を記念して、洛中の源氏物語地図を作成していた。欲しいような気もする・・・

まず福田平八郎。
京都での回顧展はすばらしかったが、http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-838.html
あの展覧会を通過した今改めて対峙すると、和やかな気持ちになるばかりだ。
花々、鮎、小鳥、竹、雪・・・これら皆が何もかも慕わしく、馴染み深い思いがする。
何がいい・どれがいい、というのではなく円満具足というか、何もかもがなんとも言えず良い心持ちがするのだ。
花菖蒲が開いていれば「ああ青くて綺麗」、紅葉の彩があれば「日本の秋やなぁ」、熊笹にホオジロが飛べば「なんとも可愛い小鳥が清冽な」・・・大上段に振りかぶった作品が一つもない、と言うのが実に素晴らしいと思う。
小説ではなく俳句の世界と言うものを感じる。
物語性はないが、叙情性がある。
眺めることでささやかな自然の中に入り込むことが出来る。
そんな良さをしみじみと感じた。

徳岡神泉。
彼も奈良での回顧展で眼を開かれた画家だった。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-739.html
観念的な沈潜した静謐さ。それを心に深く受け止めることが出来たのは、やはりわたしも年齢を重ねたからかも・・・と思ったりする。
平八郎や神泉の作品の味わいを知るまでには、やはり時間が必要なのだと実感した。
神泉も平八郎同様タイトルはごくごくシンプルで、悪く言えばそっけないほど即物的だ。
しかしそのタイトルから描かれた作品までの深い道のりを、目でも意識でも味わえることは、ファンだけの特権ではないか。
名品『筍』『鯉』などに再会すると、それだけで心が静まる。情緒が安定するのを知る。
東洋の心遊び。そんな豊かさを思う。

小野竹喬。
御影での回顧展で見た面白い作品が今回も出ていた。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-453.html
わたしが勝手にピカチュー山と呼ぶ作品。山なみの雪解け、残雪がピカチューの形に残っているのだ。
奥の細道を絵画化したシリーズもいくつか出ていた。
実のところ、竹喬の描く空と木を見ていると、季節がわからなくなることが多い。春のような陽気な秋の空、夏の明るさのような冬日、日差しとも花とも見える背景にわたしのええ加減な意識は揺らぎを起こすのだ。
「波の間や小貝にまじる萩の塵」
これは例の奥の細道句抄絵で描かれた作品の本歌なのだが、この句がいちばん竹喬の作品に近いような気がする。
小さな貝も花びらも砂利も塵も何もかもがまじりつつ、しかし美しい。

山口華楊。
華楊の回顧展は多く大丸で観た。とにかく好きな画家で、展覧会があると機嫌よく出かける。出かけて裏切られたことはない。特に好きなのは虎ちゃんや黒猫や黒豹などの動物たちと、世評も高い『青蓮院の老木』。
あの絵が世に出てしばらくした頃、遠足で東山に来たとき、絵と同じ風景を見た。根上がりの木。しかし実際に目で見た情景よりも、華楊の描いたそれの方が自分の脳裏に深く刻まれている。つい先日も青蓮院のその前に立った。やはり実際に目の当たりにしつつも、あの絵の方が本当の情景に思われるのだった。
ところで『飛火野』は奈良の風景で鹿が幻想的に飛ぶ姿を描いているのだが、これまた不思議なことにこの鹿がわたしにはカンガルーに見えて仕方ないのだった。
こうなるとちょっと問題かもしれない・・・
もう一つアホな話がある。数年前、華楊展を大丸まで見に出たとき、華楊のタイトル文字を友人が読めないのでわたしがエラソォに「これは▲▲、これは○○、これは」と解説して歩いた。友人は「ほほー」と感心している。調子に乗ったわたしは虎の絵の前でやらかしてしまった。
「これは虎です」「見たらわかるわい!」・・・ニンゲン、あんまり調子乗ってはいかんなぁ。
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最後にこの美術館の創造主の作品のうち、主に絵を見た。

堂本印象。
とにかく印象はピカソもビックリの完全なる変容を繰り返した。わたしが好きなのはチラシにもある『木華開耶媛』などの美麗な作品なのだが、この上に挙げた作品のように、全く別人ぽい作風に変化した。
そもそもこの建物そのものがby堂本印象なのだ。
物語性豊かな作風から、どうしてこんな激しい抽象絵画に変遷したのかがわからない。
しかし自分の中にある芽に水を注ぎ育て上げ、次々と花開かせたのだから、やはり堂本印象と言う作家は凄いと思う。
館内には20個の椅子がある。それが全て違う柄に刻まれているが、それも堂本印象のデザインだった。座り心地は悪くない。なにより手作り感が楽しい感じ。
次回展覧会のチラシを最後に挙げる。
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わたしは『乳の願い』『洛陽女子』に惹かれるが、それでも立体作品にも目を向けようと思う。

見応えのある展覧会だった。

朝鮮王朝の青花白磁

高麗美術館、コウライではなくコウリョウと呼ぶ。
個人コレクターの所蔵品を年何回かの企画展で見せてくれる。
場所はバス停・加茂川中学のすぐそば、お土居が賀茂川沿いに見える。
『朝鮮王朝の青花白磁 清らかなコバルトブルーの世界』
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この度の秋季展では、朝鮮時代(1392?1910)の青花白磁を展観いたします。
朝鮮王朝建国以前は、鉄絵や象嵌などを施した青磁が時代の主流を成し、やがて、粉青沙器(粉青磁ともいう)がその後を引き継ぎ、鉄絵や象嵌だけでなく、掻落や刷毛目、粉引など多様な技法を生み出しました。時代を経て変化するその姿は、俗に「白磁化」ともいわれます。
高麗から朝鮮へと移り行くその頃、すでに白磁は一部で生産されつつありました。朝鮮王朝の建国後まもなく、その本格的な生産体制は確立され、王朝終焉の19世紀末期まで連綿と発展しました。そのなかで重要な位置にあったのが、青花白磁です。
青花白磁とは、酸化コバルト顔料で器面釉下に絵付けをし、還元炎で焼成した白磁をいいます。中国の明や清から大きな影響を受けた朝鮮王朝では、最初はその模倣を試みていましたが、しだいに独自性を発揮し、多様な成果をもたらします。朝鮮王朝ならではの、温かみのある、豊かな感性を含んだ素晴らしい青花白磁が次々に生み出されていきました。そしてもっとも活発に製作された18世紀から19世紀にかけ、その存在は時代を司る確固なものへと昇華しました。
当館所蔵の青花白磁を一堂に展示するのは、およそ16年ぶりです。さまざまな趣をみせる、青花白磁の数々をご堪能ください。


わたしが朝鮮陶磁で一番好きなのは、高麗青磁である。それも11世紀後半から12世紀中葉が偏愛の年間。
そちらは安宅コレクションなどで堪能し、今回は近世の白磁染付を見る。
一階の展示室には狛犬のような霊獣が一対。その守る道を通ってガラスケースの中の白磁を見る。
案内どおり近世のものだから、見るうちにも図柄などに新しい感覚のものを見たりする。
わたしが特に気に入ったのは鹿図の壷。mir430-1.jpg

つがいの鹿は中国・朝鮮・日本共々めでたい図柄。この牡鹿の丸い目がいい。後から来た雌鹿は切れ長の眼。
特別鹿が好きと言うこともないのだが、陶磁器に描かれる鹿は大抵好きだ。
志賀直哉が編集した『座右寶』に選ばれた壷の鹿は「シカたのないロクでなし」と思わず悪態をつきつつ「かわいい--」と萌えを感じるような奴だった。
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他にチラシでは壷からはみ出した龍の壷を見る。コバルト自体の発色は全て薄いが、決して悪くはない。静けさを感じさせられる。

この蝶のいる風景。瓶の形もいいがふくらみ部に蝶がいることで一層自然を感じる。ああすてき・・・
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他にもよいものが多かった。しかしこの二点がいちばんいい。
機嫌よく二階へあがる。
こちらでは両班(ヤンパン)=王朝時代の上流階級の居間の室礼が再現されている。
薬研があり、わたしの憧れ・薬箪笥がある。
朝鮮の家具は本当に素敵だ。金具が蝶などの形なのがいいし、小さい抽斗が無限にあるようなところがすばらしい。
欲しくて仕方がない。
わたしは韓流ファンではないのだが、王朝時代の文物を観るのが好きなので、映画『スキャンダル』がよかったのを思い出した。あれは実際にその時代の文物などを使用していたので、たいへん豪華だった。

ベランダには大壷や人物像がいくつも置かれている。
庭園には石を刻んだ壁画で十二支の干支動物を人物にした作品が並ぶ。
こういうものがあるだけで嬉しい。
ところでここは以前泥棒被害に遭って、いくつもの名品を盗まれている。
大方は還ったが、まだ未発見のものもある。
一刻も早い返還を願っている。

日韓野球その他

北京オリンピックの出場権をかけて日本X韓国の野球が行われた。
19時から見始め、入浴中もラジオで聞いて、23:09まで延々と試合が続いた。
やっと勝った。よかったが疲れた。
特にTVからラジオに切り替えてからは、アナウンサーの絶叫と興奮にこちらまで躍らされた。
ううむ、強い韓国に勝ててよかったが、本当にしんどかった。
今、星野監督がインタビュー受けている。聞いてるわたしも気合が入ったぜ。
とりあえず本当によかった・・・監督ご苦労様、選手のみんな大変やったね、応援の人々お疲れ様でした!

今日、夕方まではラグビーの早明戦を見ていた。
わたしは野球の次にラグビーを愛しているので、気合を入れて楽しみにしていたが、結果はひどかった。71-7。なんぼ早稲田が好調とは言え明治、ひどい、ひどすぎる。
内容については言うこともいやになるくらいだった。
別にどちらを応援するということはしないようにしているが、(基本的に負けてる側を応援する性質なのだ)これは明治に喝!だ。(わたしは張本さんか!)
昼のぐったりが野球で癒されたようだ。ナゴミではなく、気合が入ったという意味。
とりあえず、本当に日本が勝ってよかった・・・!

紅葉狩 岩倉から植物園そして

紅葉狩も最終ラウンドに来たようにも思うので、今回思い切って岩倉実相院へ行くことにした。友人と四条河原町の京都バス停から21番のバスに乗り終点まで40分揺られた。
川端通りを北上するから鴨川の紅葉を楽しめる。車窓見学というやつですな。
下賀茂神社の糺の森あたりが素晴らしい紅葉を見せている。いいですねぇ。
天正年間創業の山ばな平八茶屋の前も行きすぎて、叡電岩倉駅も越え、ついにつきました。
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ここは床紅葉が有名なところ。それは何かと言うと、庭の紅葉が床に映った様相のこと。
あいにく撮影禁止なので、縁側から庭園を撮影。きれいでした。
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ここは門跡寺院なので菊のご紋がある。襖絵は狩野洞春。瓶割の子供ら、鉄拐仙人らしき男がネコジャラシのようなものでカエルを遊ばせている。
東福門院による変化観音図などもあるし、見所が多い。
石庭も素敵。P2881.jpg

ふと見れば消えきらない月が見えた。まだ10時前やから空に残っているのね。
出てからごく近所の岩倉具視幽棲の旧宅へ。
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ここも素晴らしい紅葉と杉苔がみっしり。記念館はわたしたち好みの近代建築で、登録文化財になったようだ。
中では岩倉の事績や持ち物などが並ぶ。
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建物はスクラッチタイルを使っている所から見て’30年代までに作られている。
それと茅葺の大きな家がある。P2888.jpg

これは出入りの大工の拵えたいえを移築したらしい。
素晴らしい建具。P2891.jpg

障子の下には前後それぞれ異なる図柄がある。

堪能してからバスで国際会館まで出て地下鉄に乗り継ぎ北山へ。
植物園の池に映る紅葉。P2893.jpg

明治になり西洋文化が入り込んだ中で、公園と言う思想が普及したのは凄いことだと実感する。大名家の庭園はペルシャ語のパラダイスの語源同様<閉じられた庭園>なのである。
しかし公園は違う。そんなことを考えながら機嫌よく散策してから、ここから徒歩10分ほどのお料理屋さんへ向かう。自宅shop。昨春以来お気に入りの花梓侘(かしわい)。
お客さんは100%ご婦人。予約していた。持ち帰りのおすしも。
回転率と言うものは多分ない。コースをお願いしたので結局丸2時間そこにいたけれど、これは殿方には耐えられないように思う。万事がゆっくりなので、おしゃべりする時間といただく時間とを同時に楽しむシステムになっている。お料理は全てクリックしてください。ゴハンと香の物もあったけれど、わたしはあまり喜べないのでパス。
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そこからてくてく歩くと鴨川が賀茂川になり、街道も素敵。ユリカモメも多い。
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加茂川中学のそばの高麗美術館へ。
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ここの表札は司馬遼太郎による。
詳細は後日。バスに乗り乾隆小学校で下車して西へ歩く。きぬがけの路。ずっと向こうにまんが日本昔ばなしに出てきそうな山が見えるが、それが衣笠山らしい。てくてくてくてく・・・予測が大当たりして30分後には堂本印象美術館についた。こちらも後日又。
出た途端ザザ振り。お友達はJRの人なので京都駅へ向かうことにする。
わたしもえき美術館で最後に安彦良和展をもう一度見ておきたいので、仲良く始発バスに乗るが、これがすごいことになった。
雨のせいだからか、時間のせいか、時期のせいか、混み混みでしかも1時間かかった!!
びっくりしたわ。近くのチケット屋さんで京都―大阪が340円なのは安かった。私は阪急で帰る気で、地下鉄に乗り継ぐつもりだったが、こちらの方が安くて合理的。
京都タワーのアオリ。IMGP2903.jpg

ははは。あごを見上げる気持ち。
お茶してからサラバで、わたしはえきビルへ。
クリスマスツリー綺麗わ。
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展覧会見て最後に本も買うて、京都駅から大阪駅それから阪急に乗り換えて予想以上に早く帰宅できた。
こちらは母へのおみやげのつまみ寿司。IMGP2905.jpg

おいしくて可憐。クリックしてください。
でもランチに2時間かかったので、等持院も竜安寺も来年に廻した。
楽しいツアーでした。
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