美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

河鍋暁斎展感想 3

これで感想文もおしまいです。
6. 笑いの絵画 
明治の作品だが、描いたのは江戸の諧謔精神を身につけた絵師なのだ。
明治は笑わないことが主流になったが、それでもこうした作品が活きていたことの意味は大きい。

89  書画会図  1幅  明治九年(1876)
メチャクチャな一場。ドタバタ喜劇のような書画会。会はやっぱりこうでなくっちゃ。
 
91  地獄太夫と一休  1幅  明治四年(1871)以降  イスラエル・ゴールドマンコレクション
121とはまたビミョ?に違う。
     
93  蛙の車引き  1幅  明治四年(1871)以降  河鍋暁斎記念美術館 
かえる好きな暁斎の嬉しそうな顔が見えるようだ。
最初の師匠国芳は猫狂いで猫の狂画を描きまくり、弟子はカエルまみれ。・・・そういえば川端龍子や小川芋銭は河童を愛していたなぁ。
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94  蟹の綱渡り  1幅  明治四年(1871)以降  河鍋暁斎記念美術館 
蟹の曲芸。しかし綱から落ちかけてる蟹、ハサミで綱を握ってるのってヤバくないか?
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以下の鳥獣戯画はアンダーソン氏が所蔵し、後に大英博物館に寄贈された作品群。
95  鳥獣戯画 鼠曳く瓜に乗る猫  1枚  明治十二年(1879)頃 
96  鳥獣戯画 蛙の蛇踊り  1枚  明治十二年(1879)頃 
97  鳥獣戯画 蛙と猿の的射ち  1枚  明治十二年(1879)頃 
98  鳥獣戯画 動物と昆虫の踊り  1枚  明治十二年(1879)頃 
99  鳥獣戯画 蛙の盆踊り  1枚  明治十二年(1879)頃 

以前の江戸東博での暁斎展のとき、他の絵を見た。カエルの道中や、他の動物たちの日の丸行列など。とにかくどれを観ても楽しいし、面白い。風刺とかより、まず可愛い?面白い?という気持ちが先に立つのだった。

100  大仏と助六  1幅  明治四年(1871)以降  イスラエル・ゴールドマンコレクション
これは構図が面白い。近すぎるとわからないので少し離れて眺めると、「うぉっ」だ。
助六は大佛の唇の上の人中でミエを切っていた。かっこいいぜ、さすが助六だ。
   
103  五聖奏楽図  1幅  明治四年(1871)以降  イスラエル・ゴールドマンコレクション
釈迦、キリスト、孔子らが仲良く合奏している。ちなみに釈迦は三味線を弾いている。
これをみて大観『迷児』を思い起こすこともあるが、それ以上にコミック『聖☆おにいさん』のブッダとイエスののんきな日々を想起させられる。
   
105  浮世絵大津之連中図屏風  2曲1隻  明治四年(1871)以降
彦根屏風のキャラたちと綯い交ぜになっていて、シリアスとギャグキャラが越境でコラボしてる?という感じである。
     
106  狂斎興画帖(「とう」尽くし)  1冊  明治三年(1870)以前  河鍋暁斎記念美術館 
外道・魔道などとにかくトウ(またはドウ)の字がつくものをより集めている。地口の楽しさがある。
 
107  吉原遊宴図  1幅  明治十二年(1879)以降  河鍋暁斎記念美術館 
これは以前にも見ているが、何の展覧会で見たのか、ちょっと忘れた。宴会で主人客だけが醒めている。宴席にナゼか出演させられた屏風の達磨はムッとしている。
 
7. 物語、年中行事 
当然のことながら、旧幕の人間は年中行事を大事にした。
それらが十二カ月図屏風などになって、ここに展示されている。
絵としても面白いが、風俗として眺めるのも興味深い。
そして彼らの教養は深いので、伝承物語をよく知っていた。
 
111  ロンドン大宴会(『西洋道中膝栗毛』より)  1面  明治九年(1876)以降  河鍋暁斎記念美術館 
笑ったのは、この宴会に出ている連中が、揃いの猫柄浴衣をのんびり着ていることだった。
小学三年の頃、膝栗毛にハマッたわたしだが、いまだに西洋道中の方のは読んでいない。
 
112  桃太郎絵巻  1巻    河鍋暁斎記念美術館   
桃太郎出生には2パターンあるが、こちらは回春型ではなくメジャーな果生型。
しかし暁斎がもしこの笑い話を知っていたら果たして描くだろうか。
・・・おばあさんの庖丁が桃太郎を脳天唐竹割りしてしまい、桃太郎は血塗れになりました・・・うーむうーむ。

どこの所蔵かは知らないが、日本神話を描いたものも出ていた。
国生みから海幸山幸まで。中でもスサノオがよかった。
113  日本神話 島々の誕生  1面  明治十一年(1878)     
114  日本神話 神々の形成  1面  明治十一年(1878)     
115  日本神話 須佐男命の追放  1面  明治十一年(1878)     
116  日本神話 天孫降臨  1面  明治十一年(1878)     
117  日本神話 海幸と山幸  1面  明治十一年(1878)     

8. 暁斎の真骨頂 
晩年の作品もある。暁斎の到達した地平。

121  地獄太夫と一休  1幅  明治四年(1871)以降  福富太郎コレクション資料室 
にやけるな、オヤジ。 色んな地獄太夫と一休の図を見てきたが、ここまで「コラコラ」な一休は知らない。チラシで踊っているのが一休だが、あの右手の爪は何なんだろう。
 
126  河竹黙阿弥作『漂流奇譚西洋劇』パリス劇場表掛りの場  1面  明治十二年(1879)  GAS MUSEUM がす資料館 
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実はこの絵は所蔵先のがす資料館で見ている。なかなか面白い絵で、建物そのものに関心のあるわたしはアーカンサス装飾柱や、街燈などを楽しく眺めていた。
 
128  河竹黙阿弥作『漂流奇譚西洋劇』パリス公園地の場下絵  1面  明治十二年(1879)  河鍋暁斎記念美術館 
どうやら父子再会物語らしい。思えば何十年か昔のドラマやマンガにはそういうジャンルがあった。
父親を探して旅する話が。
 
131  北海道人樹下午睡図  1幅  明治十九年(1886)  松浦武四郎記念館   
132  大森彦七鬼女と争う図  1面  明治十三年(1880)  成田山霊光館   
134  大和美人図屏風  2曲1隻  明治十七?十八年(1884?85)  〈コンドル旧蔵〉   
どうも131は涅槃図のパロディ、132は明治になってから人気になった芝居絵、と言うことも出来そうな気がする。そして大和美人の描写の濃やかさに改めて感心した。
この美女は、江戸東博の’94の回顧展ではチラシの一枚美人に選ばれていた。
先週だったか、NHKで熱心にこの絵の美人のことが話題になっていたが、その解説を聞いてから改めて眺めると、当時気づかなかったような楽しみまで見出されてくる。
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長々と感想文を書いたが、本当に面白い展覧会だった。
存分に楽しませてもらい、ありがとうと礼を述べたくなっている。
企画した京博と、貸し出ししてくれた諸家と、そして誰よりも、没後百二十年を経た河鍋暁斎そのひとに、感謝・・・
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河鍋暁斎展感想 2

昨日の続き。
mir634-2.jpg 山姥。少し女優の真野響子に似ているように思う。

河鍋暁斎展感想 1

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京都国立博物館での河鍋暁斎展を楽しんだ感想を書きたいと思う。
しかし書ききれるかどうか。
なにしろあまりに膨大で、あまりに面白すぎた。
キャッチコピーと言うよりモロに惹句としての『泣きたくなるほど、おもしろい』 この言葉は本当だ。
丁度今日で前期展が終わり、29日から後期展が始まる。
展覧会は8章に分かれているから、とりあえず書けるとこまで書く。
数字は全てカタログ番号。

1. 「狂斎」の時代
ご維新前から明治初めの、筆禍による投獄前の時代。

1  毘沙門天像  1幅  嘉永元年(1848)  河鍋暁斎記念美術館   
フルカラーで、彩色もよく残り、神仏画のありがたさまで具わっている。
17歳でこんなのを描くのだから、元がいいところへ狩野派の修行を積むとこうなる、というお手本のような作品。親御さんも嬉しがったのではないかなぁ。

3  牽牛織女図  1幅  慶応元年(1865)  田中本家博物館 
織女がカササギの先導でやって来ようとしている。牽牛はそれを待ち受けている。
わたしは以前、タホン(田中本家)で見ていたが、そのときこの絵の来歴を聞いたように思う。

4  上畳閻魔図  1幅  明治元年(1868) 
上畳に座すのは貴人と決まっているから、この閻魔も静かにそこにいる。

6  豊干禅師と寒山拾得図  1幅  明治三年(1870)以前  東京国立博物館   
二人組は前髪もきれいに切り整えられていた。岩を硯になにやら書こうとしているが、もしかすると落書きがしたいのかもしれない。虎も豊干もなにやらどーんっと坐している。

7  九相図  1面  明治三年(1870)以前  河鍋暁斎記念美術館 
最初にこの手の絵を知ったのは、実は『ドグラ・マグラ』からだった。  
貴婦人の遺体が野に放置され、ふくれあがり、やがて腐敗の果てに犬や烏の餌食になって、ついには石塔が立つ・・・その情景を丁寧に描いている。衣のドレープがリアル。
下絵もあるが、そちらには無関係なウサギのスケッチなども見える。
今、無関係と書いたが、もし彼がこの時期にボッスの地獄絵を見ていたら、兎も決して無縁と言うわけにはいかないのだ。
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9  風俗鳥獣画帖  1冊  明治二、三年(1869、70)    前期:7図
16  狂斎雑画帖  1冊  明治三年(1870)以前
藤原保昌弄笛図、犬千代奮戦、茶トラネコがネズミを噛み咥える、木嵐の精は女だが、どうも神農風な感じがする。そんな絵を集めている。開いて眺める楽しみがある。

13  伊邪那岐と伊邪那美  1幅  明治三年(1870)以前  河鍋暁斎記念美術館 
仲良く立つ二人は今から・・・
 
14  蝉とり布袋図  1幅  明治三年(1870)以前  河鍋暁斎記念美術館   
これはとても可愛い。ぽこんとしたおなかが可愛く、採れそうで採る気のなさげな虫網の伸ばし方・・・

15  石橋図  1面  明治三年(1870)以前  イスラエル・ゴールドマンコレクション
これは目立つ色調で作られている。金地に赤獅子が踊っている。舞踊をそのまま絵にしました、という感じがある。
   
17  九尾の狐図屏風  2曲1隻  明治三年(1870)以前  河鍋暁斎記念美術館      
面白い構図。狐退治のために、本朝に来たインドの神様と中国の皇帝とが、下帯一枚で仕掛けた罠は、縄をナス型に括り、富士山を三方に載せ、というもの。鷹も見たように思うがどこかへ飛んだか。金毛九尾の狐も本朝でついに殺生石となったが、まさかこんな罠に引っかかろうとは・・・

2. 冥界・異界、鬼神・幽霊 
元々最初のお師匠さんの国芳がおばけも鬼も何でもきやがれ、な絵を描いていたし、弟弟子に当たる芳年なんぞは、とうとう蔵の中で本当に幽霊を見てしまうほどだった。
そんな暁斎の幽霊画が悪かろうはずがない。しかもご維新から西南戦争へ向かう時代の中で、嫌でも人死にを見なくてはならない。だからか、彼のオバケや幽霊たちはイキイキしている。(幽霊がイキイキしているとは、変な表現だが)

18  閻魔庁図  双幅  明治十二年(1879)以降  熊本県立美術館 
130年前の母子殺人事件の情景を鏡が映し出し、犯人は閻魔大王に激しく糾弾される。当然のことだ。ひどい事件を起こすな。
 
19  閻魔と鵜匠  1幅  明治四年(1871)以降  河鍋暁斎記念美術館 
「鵜は鵜匠の弟だ」とある鵜匠は呟いたが、ここでは鵜がアニキたる鵜匠を責めている。
「善知鳥」を思い出させる構図。
 
20  閻魔大王浄玻璃鏡図  1幅  明治二十年(1887)  福富太郎コレクション資料室 
この絵を初めて見たのは随分前だが、かなり好きな絵。美人さんが鏡に映る自分を慎ましくみつめる。罪障は映らない。しかしそんなことは美人さんにはどうでもいいことらしく、自分の姿をじっくり眺め続けている。そして閻魔も獄卒も「えーと・・・」と困っている。
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以下の絵はアンダーソン氏のために描いた作品群。全て 明治十二年(1879)頃  大英博物館〈アンダーソン旧蔵〉に納められている。

21  閻魔 22  鬼退治 23  付喪神  これらもなかなかよいが、次がいい。
24  天狗の曲芸   曲芸を見せる天狗たち。かわいい??? 働き者やなぁ。
25  妖怪と踊り猫  三匹の猫がネコジャネコジャを見せている。
   
26  飴天狗図  1幅  明治四年(1871)以降  河鍋暁斎記念美術館 
これを見て某ホイホイを思い出した。竹皮に飴がついていて、それにぺたぺたっとくっつく天狗たち。発想が楽しい。
 
28  百怪図  双幅  明治四年(1871)頃  大英博物館   
この中でも特にスイカオバケが可愛い。丸顔に大きなメが丸くて、なにやら愛嬌がある。

29  鍾馗に鬼図  双幅  明治四年(1871)以降  板橋区立美術館   
白虎に乗る鍾馗が橋上から鬼たちを追い払う。橋から逃げる鬼たちはてんやわんや。
遊び心が楽しい。
 
31  鬼の碁打図  1幅  明治十二年(1879)以降  東京国立博物館 
それを邪魔する鍾馗は、無教養なものとして侮られている。
 
32  恵比寿大黒天とお多福の豆まき  1幅  明治九年(1876) 
えべっさんも大黒さんもお多福も、福の神なのだが、やたら悪相である。
豆まかれて逃げ惑う小さい鬼たちが哀れである。
   
どうも神さまがたは暁斎には不人気なようである。
風神雷神も「こらこら」な状況が多い。 太鼓を落とす雷神や、鷹に追われる風神もいる。
妙に某シンガーに似ているのが、
37  貧乏神  1幅  明治十九年(1886)  福富太郎コレクション資料室 
彼の歌声が耳に蘇るぜ。
 
38  処刑場跡描絵羽織  1領  明治四年(1871)以降  京都府立総合資料館(京都文化博物館管理) 
これは実は何度か見ているが、図像を表に出すのがちょっと差しさわりがあるようなもので、陰惨である。吉川観方コレクションの一つとしてみているが、まぁあまり子供さんなどには見せないほうがよいと思う。面白いが、陰惨で救い難い。わたしは好きだが、それを表立っては言いにくい。現に、横にいたカップルは見ながら厭な顔をしていた。
陰惨な処刑場と対比する文明開化の街の絵は、影絵なのである。そして無慙な死骸は全て彩色豊かな絵。その皮肉な対比が、実は一番怖いのかもしれない。
これは何年前かの芸術新潮に画像が出ている。

40  幽霊図  1幅  慶応三年(1867)  福岡市博物館   
顔の半分の皮が残ることが却って怖い。下絵も怖い。
何枚も見たが、かなり気合の入った作品が多い。構図も面白いものばかりである。
そしてそれらの下絵が色々集められていた。
外国のオバケや幽霊の絵というのに詳しくないから知らないが、鬼気迫るこれら作品群に、西洋人もどきどきしたに違いない。
続きは明日。

初夏の大阪ハイカイ顛末

いつも一人称なので、三人称で書いた。
よいお店は実名をあげるが、よくないお店は(仮名)で書く。

源氏絵と雅の系譜

今年は源氏物語千年紀の年で、各地でそうした催しが開かれている。
千年前の霜月、誰ぞが「若紫」と戯れに呼んだことでも、既に源氏物語が世に広まっていたことがわかる。
明日から京都文化博物館で始まる『源氏物語千年紀』はたいへん大掛かりな展覧会だが、その前哨戦のように、細見美術館では『源氏絵と雅の系譜 王朝の恋』展が前後期に分かれて開催されていた。わたしは2/21と3/15と4/12の三度見に行った。
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伊勢物語が連作短編小説の趣を見せているのに対し、源氏は長編大河小説である。
王朝の恋がメインとなっているので、ビルドゥングスロマンとは言えないが、主人公の一代記であり、彼の生涯が隠されることなく描かれている点においては、やはりその範疇に含まれるのかもしれない。彼は恋を重ねることで人生の深みをみせてゆく。
とはいえ、綺麗な絹の衣に包まれてはいても、案外「こらこら」な行動の多い、我らが光君である。
今わたしは一代記と書いたが、正確には宇治十帖があるので一代記ではないのだが、あれはまた別な、関連した作品だと思って読むほうが楽しい。

源氏には、因果応報というか繰り返しのモティーフもあり、物語の構成はやはり面白い。
伊勢の昔男をわたしは戯れに「マメオくん」と呼んでいるが、こちらの光君は言えば「転んでもタダでは起きない男くん」である。
七転び八起きでも起死回生でもないのだが、どうもそんな風に読み取ってしまうことがある。

さて、いにしえから主に上流階級を中心に源氏は愛好され、様々な形で二次創作されてきた。工芸品、絵巻、白描の草紙ものなどなど。
それは現代においても変わることなく続き、たとえば会場には染色家の志村ふくみさんの紬織が展示されていた。
尤もそれは志村さんのイメージによる源氏物語なので、その着物を見て源氏を感じるかどうかは、人によると思う。清楚な着物は着る人を選んで、そこに飾られていた。

土佐派の源氏絵は見応えの多いもので占められている。
衣装、簾、楽器、本、庭の風景、そうした細かいところにも神経は行き渡り、全体の美もさることながら、細部にも楽しみを多く埋め込んでいる。
色紙貼混屏風などを仔細に眺めると、色んな発見があり、それがまた面白いのだ。

工芸品もむろんよいものが多い。
この美術館所蔵の『扇面夕顔蒔絵引出箱』の螺鈿の精妙さには感心するばかりだ。
これを見て思い出した。
出光だったか久保惣だったかに、確か素敵な硯箱があり、そのモティーフが夕顔だったはずだ。職人の恣意によるものではなく、施主の好みが反映したものが多かったろうが、なんとなく楽しい。

そういえばわたしが最初に源氏絵を見たのは、今はなき大阪の出光美術館だった。
三期に亙り、源氏絵展が開催されていた。'91の夏のことだった。
あの頃、心斎橋界隈は古美術の宝庫だった。

最早二度と戻らない萬野コレクション・・・’91『から絵 やまと絵』、’99『絵雅』、’03『日本の美』・・・これらの展覧会においても、源氏絵が多く展示されていた。
そして源氏物語をモティーフにした工芸品もまた。

源氏絵を眺めると、郷愁から来るせつなさで胸がいっぱいになる。
普通に楽しみながらも、どこかわびしくなってしまう。
思えばわたしはこうしたロマンスには案外関心がないのだった。
ロマンスよりも叙事詩の方が好ましいのだ。
しかし、個人の書いた物語が千年の時代を生き永らえている、そのこと自体に感銘を受けてもいるのだった。
この展覧会は閉幕したが、次には千年紀をタイトルにした展覧会が控えている。
早めに行くつもりだったが、五島美術館からも国宝が限定期間に出展されることを知り、行く日の調整を考えなくてはならなくなった。
おそるべし、源氏物語千年紀。

安野光雅 繪本 三國志

「孔明出師?四川・成都?」

先日から始まった安野光雅の『安野三國志』を大丸梅田まで見に行った。
元々安野さんは人気も高いが、そこへ三国志なので、ますます繁盛している。
随所に安野さんの思いが記されている。
それを読みながら三国志演義の情景と、安野さんの見た中国風景とを追う。
安野さんは旅人として多くの国を経巡り、豊かな風景を描いてきた。
わたしも同時代に生きる者として、リアルタイムに眺める恩恵を蒙っている。
安野さんの言葉によると、数年前病をわずらい、それから自分の三国志を描きたいと思うようになったそうだ。
八十歳を越えてもいつも安野さんはお若い、とファンは勝手に思い込んでいたが、そうした話を聞くと、思いがけないショックを感じた。

しかしながら眼前に並ぶ作品はやはりこれまで同様、豊かに温かな叙情性を見せている。
世界最初に発明された蔡倫紙を使用した作品もあり、そちらはわら半紙風な懐かしさに満ちてもいる。
08042401.jpg .「剣門古道(けんもんこどう)」
これは二枚あり、もう一方は空が見えなかった。

中国人工藝作家による印章も何点か作られ、安野さんはそれを完成作品に押印する。
安野さんの特徴として、人物には特性がない。際立った個性を描きこまないことで、普遍的な存在感をそこに与えている。
固有名詞ではなく普通名詞にすることで、言葉が普遍化するのと同じに。
どんな英雄も美女も怪人も、特異性を持たず、物語を彩る人間の一人になる。
08042402.jpg .「妖婦貂蝉(ようふちょうせん)」
わたしは決して彼女を妖婦とは思わないのだが。

三国志はヴィジュアルだけでも、多くの映画やコミックで見ることが出来る。
たとえば横山光輝の『三国志』がいちばん有名だろうが、他作家による三国志も随分多く、今現在のことで言えば、月マガやスペリオールなどで連載コミックを読める。
そこでは描き手の個性が立ち、百花繚乱的なキャラの群がある。
しかし安野さんはそうは描かない。
人物は風景の点景の一つになり、視点が大きく広くなる。
しかしそれは所謂「上から目線」ではなく、安野さんの静かな眼差しは冷静にして、温かなのだった。
08042403.jpg .「趙雲暮景(ちょううんぼけい)」

わたしが安野さんの絵を初めて見たのは、幼稚園の毎月プレゼント絵本でだった。
『大きなものの好きな王様』 これはたいへん面白く、今に至るまで面白く思っている。
少し大きくなり、あとがきを読んで、わたしは黙って笑った。
‘80年代の話。
あれから随分時間が流れたが、今も安野さんの文章は変わることなく静かで、そして示唆に富んでいる。
それを読みながらやっぱりわたしは黙って笑った。
今、新聞でコラム連載が始まった。
それを読みながらやっぱりわたしは黙って笑っている。にやっ というやつだ。
しかし安野さんの絵の前に佇むと、そうした<にやっ>はない。

以前NHKで安野さんの水彩画の描き方教室のような番組があり、たまたま見た日、森を描く方法を教えていた。
ただ緑の濃淡を写すのでなく、そこに黒を潜ませることで緑はより鮮やかになる、ということを安野さんは教えてくれた。
絵を描くことのないわたしだが、その教えは脳に残った。
実際、安野さんの描く風景にはその黒が活きていた。
森はあおあおと繁っている。
08042404.jpg .「秦嶺故景(しんれいこけい)」
なんとなくマチュピチュが溶けてなだらかになったような・・・

安野さん、どうかこれからもお体大事に作品発表を続けてください・・・。

最後に、ネット世界で三国志のキャラたちを深く掘り下げて紹介されているサイトがある。
sekisindhoさんの『賢者の石ころ』ではつれづれに、キャラたちが活きている。

秋野不矩 生誕百年記念

秋野不矩さんの回顧展が京都近代美術館で開催されている。5/11まで。
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わたしは絵を描く女の人が好きなので、喜んで出かけた。
若い頃の作品はあまり出ず、五人の女がテーブルを囲み思い思いに心を遊ばせる絵は、出ていなかった。
惜しいような気がしながら他を眺めると、朝顔の咲きまみれる中にいる女がいた。
『朝』  以前から好きな絵。この絵について新聞で山口晃氏が素敵な言葉を寄せていた。
暑いけれど夏の好きなわたしにとって、この絵は眺めるだけで嬉しくなる。涼しそうな一重を着て椅子に座る女。
どこを見ているのかはわからないが、画家の前で明らかに描かれていることを意識する姿態。
その緊張感が快い。

しかし展示の多くを占めるものはインドの大地、インドの風、インドの人々だった。
それもIT産業で成功し、最先端技術を誇るインドではなく、千年二千年前から変わらぬ暮らしを続けるインドの風景を不矩さんは描いた。
インドと聞いてわたしの頭に真っ先に流れるものがある。
♪インドの山奥で修行をしてダイバダッタの魂宿し・・・
先頃亡くなった川内康範氏の作詞による『レインボーマン』・・・子供の頃のヒーローもの。
またさらに椎名誠氏の『インドでわしも考えた』などなど。
現実に行くことはない国だけに、妄想はどんどん膨らんでゆく。
実際そのために、不矩さんの描くインドがそのままなのかどうかさえもわからない。
夢の国としてのインドなのか、少し前の現実なのか。
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不矩さんの展覧会はデパートで見ている。
最初は'94に難波の高島屋で、ついで’98に『インドを描く』として大丸心斎橋で。
他は創画会の新作発表展などでも見ている。当時の奈良そごうで。

息子さんをモデルにした、少年から青年の裸体群像あたりから不矩さんの意識が変化を遂げた、と言われている。戦後の日本画が迎えた大きな転換期、従来のままでいることを許されなかった世代の一人。わたしは旧弊の日本画が好きなので、現行の日本画にはほぼ無関心だが、それは大作主義に日本画が向かったことと無関係だとは思えない。
しかし不矩さんの描くインドには心惹かれた。

『ガンガー』 インドの人間にとって聖なる川ガンジス。
ガンガーと呼ばれることが正しいと知ったのは、神坂智子『蒼のマハラジャ』『天竺夜話』あたりからだった。コルコタ、ムンバイ、ガンガー。宗主国のアクセントから本来のアクセントへ転換する地名たち。
今のパラダイムシフトを遂げたインド人にとって、ガンガーでの沐浴は一体なんなのだろうか。
しかし描かれた川は滔々と流れ、火葬の灰も鎮魂の花束も願いの灯りも、何もかもを飲み込んでただ流れ続けている。

丁度二十年前、インド美人を描いた『朝の祈り』が発表された。
今でもとても好きな作品。二十年経とうと三十年経とうと、彼女はきっとそこにいて描き続けているだろう。この絵は大丸での展覧会の案内ハガキにもなっていた。

インド=不矩さんの専売特許というイメージがあって、あるとき杉山寧の、渡河するゾウに座る女の絵を、不矩さんだと思った時期がある。
また堂本印象『乳の祈り』も印象の名品だとわかっているくせに、不矩さんの範疇にあるような気がしてならなかった。

インドの村落を描いた作品の多くは、昼から夕方までの時間を有している。
『村落(カジュラホ)』 無人の路地に黒い牛の姿が見えるだけ。キリコのそれのような不安な恐ろしさはなく、のんびりした静けさ・・・閑雅とでも言うべきものを感じる。

『廻廊』 建造物を愛するわたしは、この絵に「絵」としてのよさ以上に「建物の佇まいのよさ」を見ていた。

『ヴィシュヌプール寺院』 比較的よく眺める機会の多い作品。オレンジ茶色の寺院と緑の草地と黒い牛たち。どの牛たちも表情はわからない。それがますますのんびりした存在にする。

一方、’59『花の猫』 奥の黒猫は目立つが、白い花も手前のマダラの猫もぼやけてみえる。
黒猫の威力、恐るべし。

絵本原画も多く展示されていた。mir627-1.jpg

上は『いっすんぼうし』下は『金色の鹿』。
どちらも色彩の奔流が広がり、眼の覚めるような美しさに満ち満ちていた。
いっすんぼうしは彼岸花の群生する場にハンモックを仕掛けてバッタを見ている。
虫ほどな大きさの人ゆえ、虫も怖がらない。
下の金色の鹿はインドの自然や生命体を描いており、ときめくような華麗さがある。絵はがきにはなく、ブックカバーとして販売されていた蓮池図などは、本当に自分の眼前に蓮池が広がっているような錯覚さえ起きていた。
いっすんぼうしいっすんぼうし
(1965/12)
いしい ももこ、あきの ふく 他


きんいろのしか (日本傑作絵本シリーズ)きんいろのしか (日本傑作絵本シリーズ)
(1968/12)
ジャラール アーメド、秋野 不矩 他




不矩さんの優れたインド風景がある限り、わたしはインドに行くことはないだろう、きっと。

松園と美人画の世界



大丸元町店で『松園と美人画の世界展』を見た。
基本的に日本画の中でも美人画を殊に偏愛している。
しかもラインナップを見ると、特に好きな作家が多い。
企画された会社と、それを開催する大丸に感謝するばかりだ。

主な作家は以下に名を挙げる。
上村松園/伊藤小坡/鏑木清方/菊池契月/北野恒富/池田輝方/竹久夢二/池田蕉園/土田麦僊/三木翠山/島城園/寺島紫明/谷角日沙春/岡本神草/甲斐庄楠音/木谷千種/小倉遊亀/梶原緋佐子/山川秀峰/中村大三郎/伊東深水/中村貞以/広田多津/三谷十糸子/橋本明治/北沢映月/守屋多々志/森田曠平/石本正

松園さんの美人画に最初に出会ったのは高校生の頃だから随分昔だ。その分、多くを見ている。
しかしそれでも初見の作品はこうして次々現れ出る。嬉しい驚きがある。
その一方でなじみの美人もいて、「あら、こんにちは」の気持ちで絵に対することもある。
尤も松園さんの美人は容姿だけでなく、精神性の高さが外見よりむしろ際立つので、「あらこんにちは」な挨拶では相手にしてもらえないかもしれない。

わたしなどのような、ちょっと頽廃的なものが好きな者には少し物足りぬ感もあるが、しかし対するだけで心が気高くなるのは、稀有なことだ。
福富コレクションの松園美人には微笑みを見せ、初見の美人たちにはちょっとしつこい目を向け、延々と眺める。
光記念館という博物館は初耳。飛騨高山にあるようだ。サイトを見ると名品も多い。
そこから多くの名品が来ている。なかなか行くことの出来ないミュージアムの名品を、こうした場で見れるのは幸せだ。
30点ばかり展示されていたその中でも、謡曲を愛した松園さんの得意な『汐汲み図』が二枚ばかり出ていた。セキ美術館と水野美術館と。わたしは他に野間記念館のを見ているから、これで何種類見た事になるだろうか。

珍しく松園さんの裸婦を見た。『化粧』鏡の前で湯上りの身体に乳液か何かを使おうとしているのか。その体つきを見ていて、「昔の日本人の女」だとしみじみ実感した。今の女とは全く別人種になってしまった。そんなことを思いながら、眺めた。
谷崎『瘋癲老人日記』にもそんな描写があった。老人は亡母の小さい足を想う。そして息子の嫁の、すんなり伸びた足にときめきつつも、嘆息する。

『夕べ』mir626-1.jpg

蛍狩りをしたあと、その蛍を放とうとしているのか。こうした風情の美はもう完全に失われてしまっていてる。


恒富の女は『浪花の悪魔派』と謳われただけに、何ともいえない艶かしさがある。それもさらっとしたものでなく、ねっとりした味わいの、昔のネクターのような濃さ。
畳までなんとなく湿っているような、生温かさがある。
『鏡の前』 これは恒富の作品の中でも殊に好ましい絵だ。

ここで東京(というより江戸)に移る。
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わたしのいちばん好きな美人画家は清方だ。絵も好きだが文も好きで、随筆集も多く集めている。出来るならば、彼の描いた全ての絵に逢いたいものだと常々夢想する。
『二人美人図』 これも光記念蔵。遊郭のなかで馴染みあう若い男と女と。大正から昭和初期にかけての清方の画業は、艶かしさとあやうさがあり、なんとも言えず素晴らしい。
清方の描く男性は、現代ものはともかく時代物だと、春信のそれを思い出す。
性差のない男と女・・・髪型だけでのジェンダー。風俗から言えば江戸中期なのだが、初期の頃の「生き過ぎたりや」とうそぶく、遊ぶ以外することのない放埓なわかものにも、一脈通じるような感じがある。遊冶郎という言葉が思い浮かんだ。

清方は竹内栖鳳同様、素晴らしい師匠でもあった。
深水、紫明、秀峰らを始め、錚々たる門下がいる。
深水『晴日』 この二人の女を見て同門の紫明『姉妹』を思い出す。『姉妹』は谷崎の『細雪』での二人なのだが、寄り添い方・距離感の感じから、親しさを感じるのだ。

そう思っていたら、紫明『姉妹』もまた展示されていた。
嬉しくなった。この展覧会の企画者は本当に素敵な取り合わせを見せてくれる。

紫明の『舞妓』は大関からの出張だが、この三人舞妓図を見ると、いつも群鶴図を想う。
愛らしいが、凛とした風情。その魅力は深いものだった。

秀峰 『春雨の宵/時雨降る日』 二枚の絵のうち、春雨は娘を描き、時雨は女盛りの芸者を描いている。個人的なことを言うと、以前は娘の美に惹かれたが、今はやや年増に惹かれる。文楽でたとえると、蓑助さんの扱う娘より、文雀さんの年増の人形の方が好きだということかもしれない。

輝方・蕉園の作品は福富コレクションから来ていた。いずれも好きな作品ばかり。
しかしこの夭折夫婦は、ときめくような作品が多いのに、どうしてか展覧会がない。
いつか回顧展がひらかれればいい、と願っている。
『幕間』『お夏狂乱』『宴の暇』・・・どちらかと言えば輝方の女の顔がわたしには好ましい。
大正ロマンの美人画には、深い魅力がある。

大正ロマンを体現した一人に夢二がいる。
夢二の絵は四半期ごとに『弥生美術館』で堪能させてもらうが、それでもこうして違う場で逢うと、嬉しい気持ちになる。

同じ大正ロマンでも成園のねっとりした凄艶さは、やはりもう一つの大正時代と言うべきものだと思う。
松園さんの『焔』に立ち向かう絵は、この『おんな』を措いて他にはない。
『焔』は生霊となる女の壮絶さが仄見えるが、こちらのナマナマしさは凄艶だとしか言いようがない。血を垂らして見せても穢くない、怖くないのよ、と意識の向うで声がする。そんな絵だと思う。

契月の『朱唇』の女と、日沙春の『寵人』の女とは、やはり似ているように思う。師弟の作だからかもしれぬが、先は少女、あとは上なのだが、どちらもどこか共通する表情を持っている。朱唇の少女は手の置き方などが、やはり若い感じがするが、どことなく危ういようなものを漂わせている。「十八歳でわたしは年老いた」と言ったのはデュラスだが、そんな匂いをわたしは勝手に感じている。

神草『口紅』に楠音『舞ふ』も展示されている。頽廃の極みのに立つ女たち。
その一方で、大三郎『女人像』や貞以『待つ宵』のような近代性あふれる明るく健全な女性たちも並んでいる。

いいものが次々と現れる。
千種『をんごく』多津『おしろい』と好きな作品を眺めた後に、最後に石本正の『のれん』があった。
のれんをかき分けて現れる舞妓。少女の美と共に深いエロティシズムが漂っている。

展覧会は今、茨城に出ているそうだ。他の巡回は知らない。
いいものを楽しませてもらい、ますます大丸が好きになった。

小磯良平の一枚の絵

友人からメールで「ちょっと見てほしいのがあるから来て」と誘いが入り、先週会社の帰りに寄った。
カワチ画材の大きな袋に包まれたものを玄関に出してるので、ああなんか買うたな、と思っていたら、そこから現れたのは小磯良平の鉛筆描きの絵だった。
リトグラフかと思ったら、本物だった。
さる日本料理屋さんが改装するので、皿小鉢の他、一切合財持っていってと言われた中に、この絵も含めたようだ。
絵は先代さん所縁のもので、油彩関係は他の業者さんが持って帰ったそうだ。

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いい絵だと思う。
友人は自室に飾ると言う。自分が楽しめる空間にこそ飾るべきだ、とわたしも思い、友人もそう思っている。
だからこの絵は友人の部屋に飾られた。
見せてもらい、本当に嬉しかった。ありがとう。

梅逸と竹洞の交友

甲東園の頴川美術館は、変わり目ごとに行くべきなのだが、時々間に合わなくなる。
今回最終日の4/10に駆け込んだ。
実はこの日、わたしのルートはメチャクチャだった。(いつもか)
阪神間をご存知の方にしか、わからないルートなのだが・・・
御影(香雪美術館)―甲東園(頴川美術館)―池田(逸翁美術館)―三宮(大丸元町店)―北摂へ帰還。
一日チケットをよく活用したと思う。逸翁に二時集合と言う制約があるから、このルートになったのだが。
『中京の画人 竹洞・梅逸の交友』てっきり京都の中京かと思えば、名古屋の中京のことだった。
その少し前に名古屋に行ったことも機縁となったのか、なんとなく慕わしくもある。
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二人は共に幕末の人で、煎茶に親しみ、頼山陽、浦上春琴、貫名海屋、初代清風与平らと交友があったようだ。

山本梅逸の絵は昨秋ここで見ている。今回も同じものが出ていた。

松竹梅図 やはり竹を揺らす風の音が聞こえてくるような気がする。
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陶家遺愛図 賛を山陽が書いている。少し長いがなかなか名文なので写す。
ちなみに陶とは陶淵明のこと。(わたしは中国の詩人では陶淵明がいちばん好きだ)
植援殷勲扶菊苗 
無如秋雨打柔條
隨扶隨倒花狼藉
不似先生愧折腰
(意:陶先生は権威に屈するヲ愧じたが、先生の愛した菊は秋雨に腰折り、乱れ咲く)

柳桃黄鳥図 チラシ左側の春らしい愛らしい絵。色合いがキュートだ。
こうした色の合わせ方を見ると、好きだった漢詩を思い出す。
漢詩には色を想起させる言葉が多く、それがとても素敵だった。

中村竹洞はチラシ右側の作者。
重山雲樹図 以前はこうした山水画に全く関心がなかったが、最近はなかなかいいものだと思うようになった。上のほうの山には滝が見える。どことなく社寺境内図を勝手に想う。

清光淡月兎図 桂花ごしに月を眺める兎の横顔。長い耳はピンと張り、兎とは言えなかなか精悍な感じがする。月に帰る日を想っているのか、月に映る同胞を眺めるのか。

商山四皓 秦の圧制から逃れた四人の賢人の姿。白髪白眉の老人たちは、「東園公」、「綺里季」、「角里先生」、「夏黄公」で、彼らは欄柯(囲碁)を楽しんでいる。

笠置山舟行図 これは山陽の笠置山懐古詩と対を成す絵で、後醍醐天皇と楠正成の故事を基にしている。中国の『赤壁』に対抗できる故事と詩のような感じがある。

煎茶セットがあった。煎茶普及会と言うのか、楽しそうな会をしている。
小さくてとても愛らしい。実用品なのにまるでドールハウスのお茶碗のようである。
他に文房具に綺麗なものを見た。
白玉龍刻硯屏 本当に綺麗な玉器。清朝の美意識が心地よい。

あと珍しいと言うか、初見と言うか、「え゛゛っ」なものを見た。
五瑞画煎茶碗 道八と景文の協働品。そんなこともあるのか・・・びっくりした。
まだまだわたしの世界は狭いなぁ・・・。

桐輪花式茶托 茶托よりむしろ引き手にしたいような味わいがあった。

駆け足で眺めたが、なかなか楽しめる展覧会だった。
やはり古美術はいい、としみじみ思う。次の展覧会には早めに出かけなければならない・・・


永楽家歴代の名品

御影の香雪美術館で4/20まで『京焼の華 永楽家歴代の名品』展が開催されている。
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当代の永樂善五郎氏で十七代を数える永樂家は、千家十職の一つ、土風炉師・焼物師として、代々、茶道具を中心とした作陶に精魂を尽くされています。
 室町時代に始まる初代から九代までは西村姓を名乗り、主に土風炉を手掛けられましたが、幕末に、紀州徳川家より「河濱(かひん)支流」の金印、「永樂」の銀印を賜った事から、永樂の姓を用いる事となりました。これより、中国明代焼物の赤絵や金襴手の華やかな意匠、また、南方の交趾焼の鮮やかな色彩を得意として、京焼の世界に大きな花を開かせています。
 この展観では、永樂家が所蔵する十代から当代までの代表作を陳列いたします。加えて、永樂家を応援した三井家に縁の三井記念美術館からも特別出品を仰ぎ、永樂家歴代の名品70点をご堪能いただく所存でございます。
というわけで、十代目から当代の方の作品を眺めた。
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まず十代・了全(1770?1841)
青磁 雲鶴 茶碗  小さく飛ぶ鶴がとても愛らしく、高麗青磁の一番よい時期の作品を思い出させた。
 
唐津 盧瀑写 水指  この本歌は藤田美術館に収蔵されている。見た気もする。滝がゴォーッと流れ落ちる様子が見て取れるような釉薬の模様がある。

金入 半田  これは縁のすぐ下にXXXXXの文様が連続していて、なんとなく面白い。

交趾 捻瓢 振出  今回いちばん気に入った作品。金平糖や豆菓子を入れる器で、振り出すのだが、蓋はとうもろこしの皮だと決まっているそうだ。
黄色と染付が交互に連なるのがいい。白地に枇杷、桃、柿が代わる代わる描かれている。少しイギリス風の花。とても綺麗で、欲しいと思った。

十一代 保全 (1795?1854)・・・永楽家の中で一番好きな作家。
仁清写 日之出鶴 茶碗  この本歌は北村にあったような気がする。写しとはいえ、保全のよさを感じるような素敵な作品。

金襴手 葵御紋 茶碗  写真にもあるが、赤地に金色の文様のものはあまり好まない。

交趾写 菊置上 曲物形 水指  胴に白菊が大きく描かれている。ああ、素敵だ…

呉州赤絵写 花鳥文 鉢  三井記念美術館蔵。「丼鉢」と箱に書かれていたそうだ。
なんとなく面白い作品だと思う、
 
十二代 和全(1823?96)
ブリブリ松竹梅 水指  めでた尽くしで高砂の翁媼もいる。これは茶道資料館でも時折見かける作品。

乾山写 老松 茶碗  チラシにある分。青い幹がとてもきれいだ。本歌も見たい…

交趾焼 平 鉢  見込みに桃と柘榴が描かれたまことにめでたい鉢だった。

十三代 宗三郎 (1834?76) 保全に養子として迎えられた人。そのため一時和全と保全とは険悪ムードだったそうだ。
金呉州 玉取獅子 鉢  なんとなく可愛い。こういう作品を見ていると、楽しくなる。

十四代 得全(1853?1909) 
夕顔透 瓶炉  とても綺麗だった。どうしてか透かしが好きで仕方ない。影までも。

御本 雲鶴 茶碗  青磁のはずがピンク色に見えて仕方ない。見込みに赤い鶴がいた。

牡丹絵 茶碗  内外に血のように赤い牡丹が広がっている。この作品はフィラデルフィア万博にも出かけたそうだ。

得全室 妙全(1852?1927) 得全亡き後、甥たちを育て上げ、永楽家を守った。名は三井家より与えられた。
蓬莱絵 茶碗  チラシにあるとおり、めでたい上に愛らしい茶碗。

十五代 正全(1880?1932)
仁清写 鶴 香合  よく似ていると言うより、似ているのは外観だけでまた違う鶴になっている。とてもいい感じ。

蓬莱絵槌形 大 鉢  二羽の鶴たちが仲良くする図がはっきり見える。見るからにめでたい図。

布目 蓬莱絵 大皿  布目がよく残っている。これはなかなか大きくて楽しい。小禽が可愛くて、なんとなくパラダイスだと言う感じがする。

十六代 即全(1917?98)
雪月花 皆具  抽象的な雪月花がそれぞれの道具につけられていて、面白い。やはり近代性が活きている。

紅白梅 茶碗  内外に金をつかい、梅の幹は瑞々しい緑色で、ハッキリした作品だった。

交趾 松竹梅 茶箱  この箱は本当に可愛くて可愛くて、欲しくて仕方なくなった。チラシのメインになるのも納得する。

十七代 善五郎(1944?)
葡萄絵 茶碗  可愛い。紅葉した葉っぱが可愛いのだ。

兜 置物  初孫さんのための兜だが、とても陶磁器には見えない。うーん、すごい。

交趾 竹 水指  とても近代的な感じがする。現代の名工とはやはりこうした人を言うのか、と思った。

わたしが行ったのは平日の午前だったが、なかなか繁盛していた。器の展覧会はご婦人方だけでなく殿方も多いのが特徴だが、今回もそうだった。皆さん熱心に見ておられる。
わたしも熱心に眺めて、機嫌よく出て行った。

中山忠彦 永遠の女神展

中山忠彦の展覧会が難波の高島屋に巡回して来た。
既に東京での展覧会の内容は行かれた方のブログで予習している。
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中山忠彦の作品を最初に見たのはかなり前になる。
‘90夏、梅田阪急で展覧会があり、叔父の勧めもあって見に行った。
行って圧倒された。
奥様を描き続けたことと、アンティークドレスと。
あれからかなりの歳月が経ったが、やはり圧倒された。

愛妻家であり、妻こそがミューズだという画家は西洋には多いが、日本では少ないように思う。
愛妻家ではあっても、彼女を美神として描くことを避けている画家は多いのだが。
山下新太郎、宮本三郎、日本画の鏑木清方、山川秀峰・・・しかし彼らは妻をメインに描き続けたわけではない。
中山忠彦は孤高と言うべき存在なのだった。

奥様とアンティークドレス、そしてそれにふさわしい装飾品とは分かち難く結びついており、そのどれもが欠けても成り立たない状況に、画家は立っている。
また、画家の描く夫人像はただ美しいというだけでなく、その装いにふさわしい佇まいがある。
画家の描く作品の中での姿と、スナップ写真でしかその人を知らない。
しかし気品の高さ、心根の豊かさをそれらから感じる。
意図して描く、という作為性を超えて、肖像画の夫人の佇まいは凛として、美しい。

リアリズムの手法を採るため、夫人の経年は感じる。
しかしそれは瑕ではなく短所でもなく、画家の真摯な愛情の印なのだった。
『春琴抄』の佐助が生きながら三昧境を漂ったのと違い、画家は夫人の上に降り積もる歳月を隠すことなく描く。それは残酷なリアリズムではなく、深い愛情からの所作なのだ。

アンティークドレスに身を包んだ夫人は体格も立派なように見受けられる。
画家の筆は肉の張りを余すところなく描く。
アンティークドレスはその性質からアイロンとは無縁のものだ。だからドレープなどにも皺がより、布の質感のうち、ごわつきなども目に付く。しかしそれらは全て活きている。
着るべき人が着て、描くべき人が描くのだから、当然のことかもしれない。

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『裸婦群像』と『窓辺』以外は全て夫人をモデルにした作品。
『椅子に倚る』は師の伊藤清永の影響が強い顔立ちをしている。
(伊藤の美術館は出石にあり、そこでは彼の愛した裸婦たちの他に、バラと、釈迦一代記が展示されている。いずれもたいへん豪華な作品である)
背景の暖色系のカーテンや布の感じにもそれは濃く出ている。
しかしそれから四半世紀後の『MADAME YOSHIE NAKAYAMA』はその影響から完全に脱却し、この世界で中山忠彦ただ一人が描く作品に仕上がっている。
ドレスの向うの膝骨の察せられるところも、薄緑の美しい壁飾りも、温和で優雅で、そして気高い。

ある種の静謐さを感じるなと思い、それが何かを考えた。
森本草介にも共通する静謐さ・・・それかと気づいた。
履歴を見れば、協働展も開催しているようで、わたしも調べると、’00年に淀屋橋の画廊・至峰堂で五人展を見ていた。
いいものを見た、と気持ちも良くなり、今度は別階の画廊へ向かった。
ここでは新作のウクライナ人女性をモデルにした作品展が開催されていた。
『サラファンのナターシャ』 こちらもとてもよい絵だと思った。

4/23から5/5までは京都高島屋に巡回している。

天馬 シルクロードを駆ける夢の馬

奈良国立博物館の特別展『天馬』に出かけた。
猫、パンダの他に馬も好きだ。馬が好きな理由はここでは書かないが、好きなので競馬もしないしサクラも食べない。(これでは『エクウス』だ)
二日目に見たので、後期分は図録でしか見れないが、それはそれでいい。
文化の東西交流と、綯交ぜと、隔絶とを見てみたい。
(今回タイトルだけでなく出土地と制作年代なども記載する)
今回、たいへん長々と書き連ねます。(←いつものことか)
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松浦屏風と桃山・江戸の人物表現

大和文華館では4/4から5/18まで『松浦屏風と桃山・江戸の人物表現 ―女性像を中心に―』展が開催されている。わたしの会員期限は4/6までなので、その日に出かけた。
こうやって眺めると、ほぼ見たことのある作品で占められている。
しかし「またか」と思うのではなく「再会できたね」という気持ちがあふれる。
歌舞伎も古美術も同じだ。
また見たいから行くのだ。

まずは男性像から並んでいる。
寒山図 俵屋宗達筆  横向きで高笑いする寒山だが、どう見てもアフロ頭なのだった。
船上武人図 座間味庸昌(殷元良)筆  これは琉球の絵師の手による『三国志』の趙雲と阿斗の図。元は双幅だったようで、対には孫夫人図があったようだ。
普通の肖像画より、物語性のあるものの方がわたしなどにはやはり面白い。

さて女性像。
婦人像  辻が花に身を包み、静かに端座する上流婦人。剥落による画布の皺などが彼女を狷介に見せている。優雅なのだが、どうにもひやりとするものをいつも感じてしまう。

婦女弾琴図 信□筆  これは絵師の名前が半分しか伝わらぬが、洋画の影響を受けて描いたもの。だからお琴ではなくギターの先祖・ヴィエラ・ダ・マノという楽器を弾く図なのだ。・・・思い出したが、中世の歌曲「ウィラ・ウィラ」はこれかリュート、どちらで弾かれていたのだったか。

美人図 宮川長春  笹柄の着物を着てふくよかな美人の立ち姿。いいなぁ。宮川の美人はどれもこれもいい。シンプルなのだが、本当に美しい。

少女愛猫図 石川孟高筆
ミス・トリンマー像 C.リード画 J.ワトソン版刻 イギリス製
この二枚については以前詳しく書いたのでこちらへどうぞ

風俗図から
阿国歌舞伎草紙と松浦屏風を楽しんだ。
毎年春の時期にはこれらの風俗画の美人たちが必ずお目見えする。
像などはこちらに挙げているので、ご覧ください。

今日は趣向を変えて、詞書の写しを書く。( )はわたしの書き込み。
「いかに阿国に申候 これハはやふるくさきうたにて候ほどに、めずらしき歌舞伎をちと見申そう 今のほとハ上るり(浄瑠璃)ときと言ふうたをうたひ申候さらば、うたひてきかせ申さんと、つつみの拍子打ち揃へてうし(調子)をこそうかかひ(伺い)けれ
わかこひは月にむら雲 花に風とよ
ほそみちのこまかけて思ふそくるしき
山をこえさとをへだてて人をも身を
もしのはれ申さん なかなかに
こうた(小唄)は夜なかのくちすさみとよ 
あかつきかたに思ひこがれてふく尺八は
君にいつもそふてう別れてのちハ
又あふしきとよ春さめのうちしをれてたるを見るにつけても
此春はかりにとよの・・・」

名所図から
竹生島祭礼図  わんさわんさと小島に船が寄り付いている。なかなか賑やかだが、現実はこうはいくまい。人の多さに兎も姿を消している。

京奈名所図扇面冊子  60枚のうち4枚が出ていた。賀茂くらいしかわからない。

風景画から
七里ガ浜図 司馬江漢  変な洋画なので見ていて面白い。極端なことを言えば、どう見てもあの世の風景なのだった。

江ノ島図 小田野直武  引き潮で道が開いている。そのときでないと島には渡れない。


物語から
元は益田本だった宗達の伊勢物語の芥川図が出ていた。
これはかなり好きな絵で、この色紙もいつか全て眺めたいと念願している。

曽我物語図屏風  巻狩りの絵。捕まった鹿やイノシシがなかなか可哀相。幕内の中では美少年が二人ばかりいた。それに対しオジサンたちはリアルな描かれようだ。

今回数もあまり多くはないが、じっくり見て回るには丁度な感覚だと思う。
大方は見て廻ったと思いながらも、それでも知らないものが何点かあったのだから。
ア・カルイ気持ちで絵画を眺め、庭園散策をも楽しむのが、この美術館の春の喜びなのだった。

花の季節に開くもの

うっかりしてたが、実は昨日4/14はブログを始めた日なのだった。
'05からだからもう丸三年たったのか。
展覧会が602、近代建築が54などで、この記事は1109本目。
けっこう真面目よな、わたし。
めでたい記念日と言うことで花を飾ろう。
ブログのテンプレは緑にしたけど、さいごの花飾り。
IMGP3876.jpg 香雪美術館の桃。
源平の桃というらしい。IMGP3877.jpg

色の混ざり具合が絶妙だった。

IMGP3878.jpg 先の桃はお客さんを出迎え、こちらの桜は番人として人を拒む。
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IMGP4014.jpg 池田文庫の枝垂桜。
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枝垂れの美は日本固有のものなのか。

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濃き紅に 唇寄せて 春の風   七恵

IMGP4021.jpg 椿の美もやはり見過ごせない。
地に落ちた椿はひどく艶かしい。IMGP4022.jpg


八重桜が好きだ。IMGP4025.jpg

たぶん、ソメイヨシノよりずっと。

大阪にはまだ最後の最後の切り札とも言うべき、造幣局の通り抜けがあるが、今年はもうそちらには行かない。


なんとなくこういう日もあるということで、おわり。
明日からは奈良篇の開幕。自分勝手なブログですが、これからもよろしくお願いします。

藤井達吉のいた大正

藤井達吉の作品を初めて眼にしたのは、たぶん’05年の工芸館での『日本のアールヌーヴォー』で観た諸々の作品だったと思う。次に’06正月の松涛での『芝川照吉コレクション展』ではっきりと認識した。なにしろ藤井作品の写真が欲しいために図録を買ったのだ。
帰宅して前述のと比較し、とうとう自分が藤井達吉のファンだと自覚した。
下がって2008.4.5。藤井達吉の郷里・碧南市にその名を冠した美術館がオープンした。
初日は午後から開館し、二日間は無料オープン。わたしは初日の午後三時、遥か遠い藤井達吉現代美術館にたどりついた。
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展覧会は三章に分かれている。全てがこの美術館の所蔵品を集めて、と言うことではなく、東近美、愛知県美、神奈川近文、個人所有品・・・などなどを集めてのことである。

第1章 フュウザン会第一回展に参集した人々
清宮彬、斉藤與里、岸田劉生、木村荘八、川上涼花、萬鉄五郎、田中恭吉、小林徳三郎、藤井、高村光太郎、濱田葆光・・・らが参加したのは、木村の作品からもわかっている。
その彼らの作品を集めている。絵画、工芸品などなど。
その中でも特に目を惹くのがチラシ下段左端・斎藤『木蔭』だった。
彼の作品は日本家屋の中で鶯の声を聴くだけのものであっても、そこに何らかの物語があるような気にさせられる。
この『木蔭』も無論そうだ。色調はパステルカラーとアースカラーと言うあいまいなもので構成されているのだが、印象に残るものだった。思えば斎藤の作品は全て、印象に残るもの、だといえる。この装飾性は尊いくらい稀有なのだが、どうしてか回顧展が開かれない。あれば万難を排してなんとか出かけたく思う。

劉生『赤土と草』 これは東近美の切通之図の先駆けと言うか前哨戦とも言うべき作品で、なるほどこの絵を描いてから、あれが生まれたのかと納得できる。チラシで見るだけでは実感が伴わないが、赤土と草とのナマナマしいリアルさ、土の感触・草の匂いそれらが目の前にあるような感覚の絵だった。

荘八『祖母と仔猫』  長兄・荘一の肖像同様、親しい距離がある。おばあさんに抱かれる仔猫は気持ちよさげで、おばあさんも穏やかな日々の中に埋没している。
少しばかりゴッホの描く女の人に似ているような気もした。

わたしはあまり萬鉄五郎を好きではない。東近美所蔵の雲のある自画像などは、頭の上にエクトプラズムが出てて、つのだじろうの描く亡霊みたいだと常々思っている。
しかしここで見た『風景(春)』 この作品は悪くないと感じた。ピンクと臙脂色の共演が、いかにも春らしくて、和やかさと同時に浮かれ心が湧き出してくる。そしてやっぱりこれが東北の春のような気がするのだ。じわじわではなく一挙に、春。それを萬は描いている。

田中恭吉の版画作品には、いつもせつなさと焦燥感を感じる。その焦燥感はわたしの勝手な焦燥感なので、田中には無関係なものだが。せつなさで胸が疼く、というのが一番正しい。だからどの作品を見ても(広告であったりカットであっても)秘かに胸のきやきやするのを止められないでいる。

藤井のタペストリーが数点壁に掛かっていた。個人蔵のものも愛知県美のものもひどく傷んでいる。つまり観賞用ではなく実用として愛された証左でもある。
紺色は剥落し、ロウケツ染めと言いながらも、それは生まれた当初に過ぎぬような。
ただ刺繍の作品は糸も解けず、しっかり活きていた。輪郭線を太線で縫い取り、赤い銀杏を紺地に映えさせ、青く光る素材の布で小鳥たちをそこに飛ばせている。
どことなくフレスコ画風な、またはイスラーム絵画のパラダイス(閉じられた庭園)を描いたような、永遠に続く温厚な静けさを見出せた。

濱田『目黒川』  わたしは桜の時期の目黒川も好きだが、年の暮れ頃、そろそろ宵闇が広がり始めた時間帯の目黒川を橋の上から眺めることも好きで、苦しいほどだ。
丁度十年前にそんな状況にあった。熱で潤んだ眼で眺めた川はひどく艶かしかった。
ここに描かれている目黒川は桜でも年末でもなく、緑の濃い時期の川辺風景だった。
水面の光、映る緑・・・正直、わたしのような素人でも描けそうな、明るさのある絵だった。
こうした素朴で楽しそうな絵には、そんな誘惑がある。
実際に描けぬことはわかっていても、誘われてしまうのだった。

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第2章 藤井達吉と交流した人々
ここでは本の装幀等が主に出ている。

津田青楓『刺繍壁掛』  縫込みの多い作品で、手が凝っている。工芸品で凝ったものを見ると、妙に気合が入る。わたしは刺繍どころか普通の縫い物も編み物もダメな女だが、釦付けや裾上げを始めると妙に力が入ってくる。大体なんでもやりだすと止まらないので、延々と同じことをしたくなるナンギな性質なのだ。
青楓のこの作品を見てシンパシーを感じたのは、その凝りようの深さなのかもしれなかった。

昔のハードカヴァーは大抵布と縁のある装幀なので、それ自体が一個の芸術品のことが多い。また出版社も規模の大小に関わらず力を入れたものには惜しみなくカネをそそいだので、本当にすばらしいものが多かった。
ただただ感心して眺めるばかりだった。

岡田三郎助『萩』  15年以前に初めてみたとき、胸を衝かれた。既に泉鏡花のファンで清方・雪岱ら日本画家の絵には親しんでいたが、同じ鏡花宗の先達・三郎助の絵と直に向き合ったのは、この絵が最初だったのだ。
そのときは何かの雑誌で見て、それをちょきちょき切り、ファイルした。
やがて実物を(兵庫県美術館に発展解消した)兵庫近代美術館でみたときの歓びは深かった。それまで洋画の美人画として最愛だったのは、藤島武二だった。そのときから彼と列んで三郎助の美人画もまた、偏愛の対象になった。
百年前の美人。時代がどんなに過ぎようとも、小柄な彼女は静かにそこに佇んでいる。

『浴衣の少女』  これはメナードで見たが、きつい面立ちの美少女だと思った。吉田節子つまり後の三岸節子の横顔だと知ったのは、少し後になってからだった。
こんな娘の頃から彼女のまなざしは真っ直ぐだった。老境に入り、満開の桜の木を絶筆にした彼女のまなざしも、やはり真っ直ぐなままだった。
宇野千代・三岸節子は、わたしの心のお師匠さんだと、勝手に思い込んで生きている。

この辺りから鋳造品を色々と見た。
実は鋳造品といえば第一に思い出すのは、実はわたしの場合マンホールの蓋である。
あれは鋳造品の中でもなかなかたいへんなのだが、それをここで語るわけにはいかない。

高村豊周という作家は知らないが、彼の作品がそこに並んでいる。青銅の鋳造品で、ぎぼし風の香炉や万年青文花瓶などがある。レリーフと言うより裏打ちしたような感じで、これらはなるほど鋳造だからこそ出来る細工だと思った。
しかしちょっと使いにくそうである。用の美というのからは少し離れていそうにも思えた。

藤井『銅切透七宝若草文手箱』 これは’20年の作品だと言うが、古風な味わいの作品で、一見したところ平安朝の仏具のようで、そのくせアールヌーヴォー調の、まったく見事な透かしだと思った。トルコブルーの不透明釉薬の七宝と金とで彩られているのだ。
ああ、工芸品の美と言うのを堪能したと感じるのは、こうした作品を見たときなのだった。


第3章 大正時代と藤井達吉の前衛
工芸品は展示するためだけのものではなく、使う前提で生まれ来る・・・そのことを思いながら作品を眺めた。

與里『塩原錦秋』 油彩の一曲屏風。これは埼玉近美にあるもので、以前から垂涎の的だった作品で、図録とは言えとうとう手に入れた(眼に入れた)。
塩原といえば塩原多助の「コレ、アオよ」の人情噺しか知らないが、見事な秋の風景なのだと思った。わたしもこの風景を楽しみながら温泉に浸かりたいものだ。

藤井『草木図屏風』 東近美所蔵の名品。木彫に螺鈿・七宝・鉛象嵌・彩色という手順を以って、技巧の限りを尽くした名品。技巧に技巧を重ねる美に震えるばかりだ。
やはり工芸品と言うものは、人の手の極限まで行き着かねば、本物にはならないのだと実感した。

藤井『大島風俗図屏風』 チラシ表の大作。こちらは打って変わって刺繍と彩色で作り出されている。藤井達吉はどんなものでも生み出す魔法の指を持っている。
螺鈿と刺繍とが同時に彼の中では活きている。凄いとしか言いようがない。
実はこの展覧会を知ったのは、大津歴史博物館でのチラシからなのだが、碧南市そのものを知らないわたしが「絶対行くゾ」になったのが、このチラシからなのだから、やっぱり藤井達吉の力と言うのは凄いとしか言いようがない。
再訪できるかどうかわからないが、本当にこのチラシ一枚で出かけたのだから、技芸の威光畏るべし、というところだ。

藤井のパトロンは芝川照吉氏だった。
本宅は焼失したが、今も淀屋橋に芝川ビルがあり、それは芝川さんの同族のビルなのだ。
以前ビルを撮影してもいる。
その芝川さんのために作った品々が並んでいた。
座布団カバーやクッションの下絵などなど・・・
こういうものを見ると、過ぎ行く日々の中での楽しみ、と言うことを深く想う。
工芸の美とは即ち、ひとを喜ばせるものなのだ、と思う。

他にもいいものが多く出ていた。この先この美術館がどのようにして活きてゆくのかは正直わからない。しかしこの三河地方の静かな地で、藤井達吉のような百年に一人もいないような工芸家がいたことは、本当に誇りに出来ることだと思う。
美術館の発展と、今後の藤井達吉芸術の<再発見>とを祈願して、この記事を終える。
展覧会は6/8まで。駅からは徒歩6分程度。名鉄利用で終点まで向かわれてください。

京都近代美術館の常設

土曜日、京都をハイカイし、近代美術館で初めて撮影した。
常設展示をノーフラッシュならOKと言うことなので、嬉しかった。
ルドン 『イエスとサマリアの女』IMGP4031.jpg

そして 『若き日の仏陀』IMGP4032.jpg

わたしはルドンの黒は好まないが、ルドンの花の絵とこれら二点だけは特別好ましく思う。
これらは登録寄託美術品なので、絵はがきも何もないので、下手な写真でも撮れるだけ撮れてよかったように思う。

こちらは澤部清五郎 『少女像』 IMGP4033.jpg

‘12年の作。目の大きい、ちょっと勝気そうな少女。
十年以前、京都文化博物館で澤部の展覧会が開催されたのに、どうしてか行けなかった。諦めたが執念は募るばかりだった。それが可哀想に思われたか(誰に?)、古書店でそのときの図録を安価で発見できた。
しかし実際にこの少女に出会えたのは今が初めてなのだった。

今回は日本画では
西山翠嶂『錦祥女』と 松篁さん『孔雀』が目に付いた。どちらも好きな絵。
他に写真ではアンセル・アダムスの山岳写真が並び、池田満寿夫の版画が多く出ていた。
驚いたのは檀一雄『青春放浪』の表紙絵もこの人だったこと。気づかなかった・・・。

こちらは美術館からの眺め。P4030.jpg

左は八坂の塔、右は祇園閣。本当は少しの遠近感があるのだが、こうして眺めると並んでいるようにしか見えない。妖怪城のような祇園閣が、わたしは好きだ。

橋から見た東山三十六峰の桜の様子と、疏水をくだる船。
IMGP4034.jpg

やっぱり春はいいものだと思った。

まなざしの行方 桑山美術館の日本画

名古屋の桑山美術館に行った。個人コレクターの日本画展「まなざしの行方」初日。
チラシからして既に深い魅力がある。
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上は清方『秋の錦』 ‘48年の作。戦後の混乱期の只中にこんな雅な作品を生み出していた。
寛永頃の風俗というのも頷ける。辻が花の着物に身を包んだ女が掌に小さな赤い楓を拾い集める。白い手に集まる赤い葉はしかし品よく治まっている。

下は関雪『月下狸之図』 ’35年だから没する十年前の作。関雪の動物たちはどれもこれも賢そうな顔をしているが、この狸もまた流れをみつめながら、物思いにふけっているようでもある。

久しぶりに小川芋銭の作品を見た。十年以前やはり名古屋で回顧展があったのを見ているが、この地では随分人気があるようだ。
『羅漢竜虎』 双幅。それぞれが龍または虎を従えているが、虎の愛らしさにはニャアだ。丸顔で可愛い。羅漢は人のよさそうな顔を見せてペットと一緒、そんな風情。

渓仙『南極寿星図』 中国では南極老人は生を司るはずだ。老人のそばにはまだ茶色い鹿が彼に擦り寄って甘えている。寿老が手に持つ霊芝が気になってクンクン・・・

麦僊『舞妓』 トランプする舞妓。何のゲームかはちょっとわからない。

松園『手毬つき』 まったく初見。それよりもこうした絵を松園が描くのか、という不思議な感銘がある。娘さんが熱心に手毬つきをしている。さわやかな配色の着物を身につけた上流の娘さんが、子供のように一心不乱に手毬で遊ぶ。
絵はがきも画像もないが、いつまでも意識に残るような絵だった。

靭彦『矜羯羅図』 不動明王の脇侍童が一人で立っている珍しい図。しかしトリミングされたのかもしれない。何しろ彼の身体は親方の不動の炎に巻かれている。
みづらに結うた美少年のきりっとしたおもて。両手を合わせて立っている。若い頃の靭彦の歴史的・宗教的作品には美少年・美青年が多いように思う。

印象『花兎』 黒と白の兎がいるのを見ると、絵本『くろいうさぎとしろいうさぎ』のカップルを思い出す。サツキが咲いていて、兎たちもどことなく幸せそうに見える。

又造『猫』 シャムネコさん。このシリーズはこれまで多く観てきたが、この猫はちょっと子供っぽい。仕種が可愛いのだ。金の爪、青い眼。無邪気そうな仕種と美貌と・・・
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青邨『被物』 晩年の作だが、よいものだと思った。歴史画の大家ということを改めて感じるような。・・・と言いながら、実はいつもわたしは青邨の武者絵を見ると妙な妄想にかられる。鎧・・・ヨロイね、これがどうしてもサンマの味醂干し、またはウナギに見えて仕方ないのだった。

紫明『舞妓』 世に舞妓を好む画家の多いことには感心するが、この寺島紫明と石本正の舞妓は、わたしの中ではベストだ。特に紫明の舞妓はおっとりと上品で風情がある。

他にもよい作品が多く出ていたが、案内リーフレットを見ると御舟の美少年図『小春』がここの所蔵品だと知った。それからしてもよい作品を持っていることがわかる。
道に迷いながら来た甲斐のある内容だった。

ボストン美術館浮世絵名品展 3

さていよいよボストン浮世絵コレクションシリーズもフィナーレでございます。
これまでお付き合いいただきありがとうございます。

奈良でお花見

日曜日、奈良に出かけた。
名古屋の翌日の奈良はさすがに疲れるが、大和文華館の三春の滝桜や、氷室神社の枝垂れを見るためにはこの日しかない。
本当はこの記事、もう少し後日に予定していたが、今日に振り替え。
今日は会社のお花見だったのだ。
奈良の東向商店街にある和風な教会の桜も満開。
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以前見学もしたが、やはり素敵。sha 002

そこを抜けて三条通に出ると、TVチャンピオンで名を馳せた高速餅つき・中谷屋のお餅がある。
ぺったんこではなくペタペタペタペタッッッッの速度。ノビノビなお餅は柔らかくておいしい。

興福寺の境内の桜が土産物屋さんの上に広がっている。
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こちらは塔のそばの桜。sha 006

そこから奈良公園内を歩く。ちょっと暑いくらい。
水路に浮かぶ紅白の椿。sha 008

これぞ『樹下三界』の鹿たち。sha 009


少し行けば学術センターをとりまく美しい桜の競演がある。
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そして奈良国立博物館のお向かいには氷室神社と奥村建設の記念館がある。
二階の展望台から東大寺遠望。クリックしてください。パノラマ風にしてみました。
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シビがあるのが大仏殿・お水取りの二月堂・背後の山には桜がもあもあ。
ああ・・・浮かれ心が湧き立つ。

氷室神社の素晴らしい枝垂桜。sha 018

大好きよ、ここの桜。
シブい横顔を見せる狛犬さん。sha 021


まぁ奈良博で『天馬』見てから大和文華館へ。内容は全て後日に。
玄関前の滝桜はやや散り始めていた。sha 025


滝桜だけでない名花たち。sha 029

色々眺めるうちに心が和やかになってゆく。
sha 027 椿かわいい・・・
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この辺りの名前は知らないが、本当に愛らしい。


車内吊りにこんな広告がある。sha 037

近鉄生駒店に行き、その原画`をみる。なかなか面白いが、やはりわたしの前の世代の方々の方が楽しめそうだった。
生駒から吉田に出て、いつものようにレジェールソルティでケーキをいただいた。
タルト。苺とタルトの間にクリームとキャラメルソースが忍ばせてある。
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何でこんなにここのケーキはおいしいのか・・・シアワセでした。

ボストン美術館浮世絵名品展 1

名古屋ボストン美術館で終幕直前に浮世絵展を見た。
東京では秋に江戸東博で開催される展覧会。

開館前、既に行列が出来ていた。150点ほどの展示のうち、好きなものばかり選って感想文を書き散らす。なお、ほぼ全ての画像はアメリカのボストン美術館のサイトで見ることが出来る他、E-CARDとして送信も可能という嬉しさがある。
(探し物をして、國貞で二千点ほどの画像を確認し、眩暈がした)
そしてこちらのサイトでは、主な画像を集めて公開されている。
まったくありがたいことだ。

振ってる番号は4会場共通らしいので、そのまま使う。展覧会リストから。

湯木の『茶碗を愉しむ・前期』

湯木美術館『茶碗を愉しむ・前期』・・・わたしも茶碗を愉しんだ。
今回は李朝のものと江戸のものがとり混ざっている。
保全のものがいくつかと、不昧公の箱書きなどもある。

柿の蔕茶碗 銘藤波・追銘茨木  松永耳庵による追銘は、見た目が力強いことから鬼の茨木童子を想起してつけたものらしい。がさつくようなごわごわ感がニガテなので、この良さがよくわからない。
たぶん、綺麗なものはわかっても、そうでないものはわからないところに、わたしの限界があるような気がする。

天目茶碗 十碗  野々村仁清が大徳寺に寄進した百碗のうちの十。実に色んなパターンのお茶碗をこさえたものだ、と感心した。デザイン感覚が優れていなければ、こうはいかない。楽しんで作ったように思えるし、苦しんで作ったようにも思える。
しかしどれ一つとして嫌なものはない。こういう作品が本当に素晴らしいものだと思う。

半使写茶碗 永楽保全  はんす・うつしと読む。はんすとはこちらに詳しい説明がある。
灰青色釉が特色で、釉肌に美しい紅斑が出る、と解説にあるがその通りたいへん美しく、そして夢み心地な感のある茶碗だった。
灰青色釉でありながら紅斑が照るくらいなのだから、見込み全体が桜色のようで、薄い灰青は櫻に霞む空の色、目跡は花びらの舞い散ったよう。
うっとりするような美しい茶碗だった。

茶碗で特別良かったのはこのあたり。
他に目立つのは、抱一の短冊。1月から6月までのが出ている。

入相の鐘もくれ行く花の中
アの声は嬉しの森かほととぎす 
朝かおのあした待たるるつぼみ数

GWから6/15までは後期展になり、そちらは唐物が中心となる。
こういう小さな美術館での愉しみを大事にしたい、と常々思っている。

歌人と俳優の訃報

今朝の新聞に、吉野の歌人・前 登志夫とアメリカの俳優・チャールトン・ヘストンの訃報が載っていた。
昨日、奈良に花見に出て鹿が樹下にいるのを見たとき、「これぞ『樹下三界』だな」と思ったところだ。
その『樹下三界』こそ前 登志夫の歌集なのだ。
大学で前 先生に教わったのが去年くらいのような気がしたが、もう随分昔の頃なのだった。
柄にもなくお嬢さん学校にいたが、講師はすばらしい人々を集めていたように思う。
デキの悪い生徒たちで申し訳ない状況だったと思う。
たまたまわたしは折口信夫ファンで、先生には可愛がられた。
『死者の書』に至る前の作品『神の嫁』で特に盛り上がった。
先生は折口研究者ではなく、折口ファンだというべきだった。
他にもう一人、こちらは折口のお弟子の先生がいて、『小栗判官と馬の家の計画』にわたしはのめりこんだ。
偶然きのう、花見がてら奈良国立博物館で『天馬』展を見たので、いよいよそのことを想ったのだ。
前 先生から教わったことで一番覚えているのは『鉢の木』の話だった。
だからいまだに『鉢の木』の話が出ると、前 先生を思い出す。
先生のご冥福を祈る。
一方、チャールトン・ヘストン。
こちらも偶然金曜辺りから『エル・シド』のことを思っていた。
『ベン・ハー』も『猿の惑星』も見たが、どちらも大変怖かった。逃げ場のない映画と言うのは怖い。
いまだにどちらも再び見る根性がない。
晩年は全米ライフル協会会長かなんかで、銃規制反対を叫んでいたのが目に付いた。
思想上の問題はともかく、役者として身体の大きな立派な男性役が多いことを思い出す。
歌人と俳優、お二方の冥福を祈る。

名古屋ロードツアー

久しぶりに名古屋に出た。
8時の新幹線のぞみ号に乗り、おお桜が綺麗だの、などとチラッと窓外を見ながら、旅程の復習と妄想に駆られていた。
基本的に車窓にあまり縁がない。多くのイラチの大阪人にありがちな、<前方通路寄り>を席に定めるので、風景を楽しむゆとりがないのだ。
岐阜を越えた途端、ある事実に気づいて、驚愕した。
ネタは、あるチラシを切り取った一部分の注意書き。
本日の予定: 8:52名古屋着→金山経由→碧南市藤井達吉現代美術館→金山・ボストン美術館浮世絵展→川名の桑山美術館→栄の愛知県美術館。
その藤井達吉美術館、今日オープンなのだが、こう注意書きが書いてある。
開館記念、4/5と4/6は無料開館。(これはすごく嬉しいことだ)
しかし次が問題だったのだ。
4/5は1時より開館。 い・ち・じ・・・ジュウサンジのことですかぁ??!
・・・・・崩落する感覚。何故見落とし、何故あと10分で名古屋につくときに気づくのか。
うう??、びっくり。
しかし気づけてよかった。なにしろ本当なら9:52に碧南市につくところだったのだ。
ああ怖い・・・
仕方なく予定変更。ボストン美術館から始めることにする。
そして名古屋市営地下鉄の土日曜日がお得なフリー切符・ドニチエコキップ600円を購入した。これはあちこちの美術館などを割り引いてくれるアリガタイお札でもある。
しかし金山についてもボストン美術館開館まで1時間弱ある。
名古屋名物のモノスゴイというモーニングを求めて歩くことにした。
・・・ないやん、そういうの。うーん、よくわかんないからメトロカフェに入り、マンゴージュースをたのむとトーストと卵がついてきた。
わたし、アントーストが食べてみたかったわ。

展覧会の内容は全て後日にするとして、浮世絵展はとにかく大人気でしたわ。
浮世絵の後、都市開発関係の資料も見に行き、吉田初三郎の鳥瞰図見たりした。
IMGP3822.jpg  クリックしてください。

さて、地下鉄乗り継いで桑山美術館へ向かうが、この地図が完全にエエ加減で、徒歩6分のところを30分迷った。
迷いながら道すがら桜吹雪の只中に立ったり。IMGP3826.jpg

行き交うヒトもいないし・・・
タンポポがとても可愛い。IMGP3825.jpg

とうとう農作業中のおじいさんに尋ねると、ご親切に途中まで案内してくれました。でも仕事休んでまでしてもらわいでもよろしのに・・・。よっぽどわたしが危なっかしく見えたのかもしれない。

桑山美術館の庭園の椿。完璧に傷のない花。IMGP3828.jpg

茶室の屋根にはすばらしい三州瓦が乗っかってる。
再び金山に戻り、今度は商業ビルの中の豆乳系のお店・豆の花とやらでランチ。
ハンバーグもコロッケもスープもゴハンも、全てマメマメしている。
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豆乳もおいしいけど、飲み水にニガリを入れたら、底がすごいことに・・・
こんなに豆食べるのはめったにないわたし。あんかけハンバーグがおいしいけど、わたしは大豆の胚芽部分を全て排除したので、豆がつぶれ、皮がめくれた。
こういうのを見ると、昔言われたことを思い出す。
豆の皮残したら、地獄で鬼に石の皮剥かされるわ。
・・・前提、地獄行きだったのか、わたし。

そこから名鉄で業平ゆかりの知立へ。(彼は女にマメオだが、ここにもマメつながりがある)
乗り換えて碧南へ向かうが、完全に寝てしまった。
遠い、あまりに遠いぜ・・・メマイしましたわ。
これが今日オープンの美術館。ついたのは3:30頃か。
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向かいの寺の櫓の立派さにびっくり。なんか書いてあるな、と思ったら清沢満之記念館とある。聞いたことのある名だと思ったら、宗教者のヒトだった。
再び金山に戻り、今度は愛知県美術館で杉本健吉展を見たかったが、タイムアップ。
6時だもんな。
それで松坂屋本店南館の、ひつまぶしの名店・熱田蓬莱軒に出向くと、2時間待ち・・・。
サヨナラ??ひつまぶし待つ間のひまつぶしが出来ない。
で、本館の某煮込みうどんのお店に入り、注文した瞬間、シマッタと思い出した。
なかなかおいしそうなのだが、実はここのうどん、硬いのだ。固い・硬い・堅い。
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よく言えばコシがある。
わるく言えば・・・
芯まで火が通ってないから小麦粉がナマやないか???!
でもたのんだてんぷらはおいしかった。
わたしは大阪うどんの愛好者なので、コシのあるうどんとか、ダシと親しんでないうどんはニガテなのよ。
讃岐うどんは釜揚げで食べさせるけど、大阪うどんはダシで汁と麺とを馴染ませるのさ。
出てから名古屋駅前の高島屋でこんな愛らしい和菓子を買う。プチ和菓子たち。
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なかなかおいしうございました。
それと手羽先も買うて新幹線に乗り、九時前に帰宅したら、阪神が巨人を撃破していた。
ウワーハハハハハハハッ。早く終わったようで、NHKは阪神の’85年の奇跡の優勝の映像を流していた。ああ、面白かった・・・。

クモの網の展覧会があるのだ

すごいものをみた。
平仮名で書いても伝わらない凄いもの。
物凄い、というより、モノスゴイ これがいちばんいい。
そのモノスゴイものとは何か、何を見たのか。
・・・ クモの、網。

INAX大阪で始まったばかりの展覧会『クモの網』。これがモノスゴかったのだ。
あんまりクモはニガテなのでよく知らないのだが、種類によって網の作り方・形態・目的が微妙に違うらしい。
同心円のものだけでなく、あやとりで作る東京タワーと似た形のもの、中心部にゴミを集めるもの、レース編みにしか見えないもの、渦巻状のもの・・・無限にあるような。
それらを蒐集というか現地採集した、これぞモノスゴイ方がいて、その方のコレクション。
詳しくはINAXのサイトで確認して欲しい。
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これは案内ハガキだが、背景の青はダンボールに着色したもので、採集したクモの網を際立たせるためのもの。網は即、コーティングされてしまうのだ。
考えたら、クモの家の略奪なんですけどね。
子供の頃、楳図かずおのこわいこわいマンガ『紅グモ』を読んでおぞわ??になったことを思い出しつつ、会場を見て回る。
迷路のような構造にしてある。透明アクリルの壁を張り巡らせて、まるで見学者その者たちを捕らえようとするかのような・・・
ううこわいこわい。(この台詞は宮沢賢治『蜘蛛となめくじと狸』の最後の生き残り・狸の死に際の台詞)
しかし見れば見るほど凄い。宇宙のようだわ。
松本零士の描く銀河系みたいなものがいっぱいあった。
あ??世間は広い。

ところでわたしは家で蜘蛛を見かけると、必ずこう呼びかける。
「こらっ陣十郎、おまえ出てくる時間を弁えろよ。それと出てくる以上は必ず害虫駆除すること、そうせんと許さんぞ」
なんで蜘蛛の名前が陣十郎なのかは、知るヒトぞ知るハナシなのでした。
展覧会は5/23まで、それから先は名古屋と東京へ蜘蛛の網がはられに行くのだった。


創立記念パーティで

今夜は会社の創立記念祝賀会だった。
某所で毎年開催し、会社を卒業された諸先輩方もおいでになるのでとても懐かしく、かつ賑やかなのだった。
しかし毎年、顔ぶれが薄くなってゆく。
わたしが入社したときから数年間、たいへん可愛がってくれた方が昨夏亡くなられたので当然ここにはおられない。
在任当時は吠えまくりだった方も今では好々爺になっていたり、足元が覚束なくなったりしている。

『茶人と道具』を見る

藤田美術館に出かけた。大阪城北詰駅の真上なのでまぁ気楽。そこ見てから京橋まで出て、京阪に乗り淀屋橋の湯木美術館へ行こうと考えた。
どちらも茶の湯関係の展覧会なので、意識が変わることがないのが好ましい。
それで機嫌よく藤田に行くと、今期は「初代館長を偲ぶ」と言う展示もしていた。
入館料は800円で小冊子は200円なので、いつも英世を出す。以前は漱石。
藤田も湯木もわたしには定点観測所。

室町時代の珠光、紹鴎から始まる侘び茶(茶道)の世界には名の知られた多くの茶人が生まれました。彼らはそれぞれの美意識を持ち、ある時は新しいものを創造し、またある時は既存のものを大胆に取り入れて茶を楽しみました。
 今回の展覧会では、主に千利休や小堀遠州など、茶道創世記に当る室町?江戸初期の茶道具を通して茶人の魅力を紹介いたします。

というわけで、早速眺める。(リンク先にその画像があります)

菊花天目茶碗  二重の釉薬で菊花に見える。渋い色目だが、華やぎがある。遠州旧蔵。
これはそれを意図して作ったと思うが、もしこんな風にならなければどうなのか。
ダンダラになるだろう、きっと。

大井戸茶碗 銘蓬莱  卵色というのは思えば不思議な言葉だ。黄身は黄色く、殻は白または茶色系、では ・・・改めてそんなことを考えた。梅華皮も際立つ。
紹鴎旧蔵。
しかし関西では蓬莱と言えば551のぶたまんを最初に思い出すようにできている・・・。

黒楽茶碗 銘まこも  長次郎の作で、「あやめ」の兄弟茶碗。宗旦旧蔵。
あやめの方はMOA所蔵。

わたしは箱書きを読んだり、茶道具の由来を教わるのが好きだ。
今回、藤村庸軒の書いた箱書きを読んで、大変面白く思った。
それは古萩肩衝水指のものなのだが、ここに全文を写すわけにもいかないので、残念ながらナシ。それにしても面白かった。

黒樂茶碗 銘朽葉  ノンコウの作品を見ると、それだけで「いいなー」と思うので、今回も「いいなー」ばかりだ。葉っぱのような柄が二つあるので、朽葉。触るとそこだけ釉薬が剥落しているので、指紋がざらつきを察知するかもしれない。
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青井戸茶碗 銘紹鴎  見込みに至る金継ぎの入り方がとても綺麗だと、そんな感心があった。
嫌味な金継ぎもよく見かけるが、これなどは本当に慎ましく綺麗だった。

象牙溜塗茶杓  紹鴎作のこの茶杓は飴色に照っている。舐めてみたくなるような、飴色。竹が古びて茶色くなるのとは異なる照り方は、やや官能的でもあるように、思う。

赤樂茶碗 銘文億  光悦の良さがあまりわからないわたしだが、こういう品にこそ関心が湧いてしまう。歪み方がまるで空気を含んだ莟のようで、とても愛らしい。口べりの薄さはノンコウもびっくりするだろう。写真で見る限りはそんな軽やかさは感じないが、実物の愛らしさ・薄さにはちょっとため息が出た。
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いいのを色々見て、機嫌よく表に出た。
ここから京橋へ出ようとして、ふと大川を眺めると、桜満開。
一旦銀橋まで出てから、川沿いの桜並木の下を延々と歩く。
藤田庭園には色様々な桃なども咲いているが、桜が咲くとやっぱり桜を見てしまう。
上を向いて歩き続けた。お花見する人々が大勢いる。
天満橋、天神橋を越えてそこから地上へ出たが、ずいぶん桜に包まれたなぁ。
こういう日に限ってカメラを持たない。やっぱり一旦外へ出ると必ずカメラはいるなぁ。

4月の予定と記録

ああ、春ですね。
いきなり桜満開になり、お花見の予定が立てられない遊行七恵です。
先週土曜日に大川沿いを銀橋から難波橋まで歩き、そこから平野町に出て、更に本町経由で心斎橋・なんばへと歩き倒しました。
千露さん風に言う処の「ある中」の女です。(=歩き中毒)

例によって例の如くめちゃくちゃです。
何がかと言うと、一日の詰め込み方が。
24時間が一日だと言うことを、時々忘れます。
48時間が一日なら納得できるかもしれません。

京都国際マンガミュージアム 河鍋暁斎漫画展(仮)
京都国立近代美術館 生誕100年記念 秋野不矩展
京都国立博物館 没後120年記念 絵画の冒険者 暁斎 Kyosai−近代へ架ける橋−
京都文化博物館 源氏物語千年紀展 〜恋、千年の時空をこえて〜
茶道資料館 裏千家所蔵 絵画展—屏風を中心に—
細見美術館 源氏絵と雅の系譜 −王朝の恋− 後期
八幡市松花堂美術館 名工の竹と椿の意匠
大丸梅田「安野光雅 繪本 三国志」展〜中国、悠久の大地を行く〜
大丸心斎橋  イングリッシュガーデン
なんば高島屋 中山忠彦 永遠の女神
香雪美術館 京焼の華 永楽家歴代の名品
大丸神戸 近代日本画にみる麗しき女性たち 松園と美人画の世界
白鶴美術館 春季展
奈良国立博物館 天馬
大和文華館 松浦屏風と桃山・江戸の人物表現−女性像を中心に−
名古屋ボストン美術館 浮世絵
愛知県美術館 杉本健吉
桑山美術館 所蔵日本画展
名古屋博物館 茶人のまなざし 森川如春庵の世界
碧南市藤井達吉現代美術館 藤井達吉のいた大正
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