美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

大阪ハイカイ始め

今日は朝からパラついてたので長い傘を持って出かけたけど、実質傘を使ったのは家から駅までで、あとは杖代わりになった。
大概わたしもメチャクチャな予定を立てるけど、やっぱり今日もメチャでした。

梅田の2ビルのチケットショップで物色後、東梅田から天神橋筋六丁目(通称・天6)まで出る。
さっき店で買ったばかりの市営地下鉄一日券で動くのだ。850円を835円で買う。
大阪の市営地下鉄は一駅200円からだから、五回乗ればバンザイよ。
展覧会の内容はそれぞれ後日。

天6のくらしの今昔館で大阪を描いた水彩画展を見てから、商店街を歩く。
この天神橋筋商店街はたしか日本一長いらしい。
うちの親も祖父母なんかも昔は買い物と言えばここへ来ていたらしい。
1丁目から10丁目まで歩き通すと、証明書をくれるそうだ。
お弁当とお惣菜販売店が多い中、一軒イートインがあったので、そこでいただく。
赤飯と塩鯖とダシ巻き、卯の花コロッケなど。お味噌汁とお茶はサービス。けっこうおいしかったわ。

さてそこから堺筋線で日本橋に出て、近鉄に乗り換え東花園へ出た。
花園ラグビー場がある町なので、あちこちに楽しいモニュメントなどが。
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マンホールや街燈の飾りなど。
IMGP4293.jpg 他にラグビー饅頭もある。

ラグビー場遠景。IMGP4297.jpg

猫もいた。IMGP4294.jpg IMGP4296.jpg

こういうゾロ猫好きだな。
今日は東大阪市民美術センターで瀬戸物を見るのさ。
ここではこれまでわたしはハズレなし。
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いいものを見たなぁ。

ラグビー場のぐるりには綺麗な花壇がある。
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薔薇や紫陽花。
おお、嬉しいぜ。IMGP4304.jpg

花園の名に相応しい。
「花って言う字を10個書けば花束みたいだな・・・100個書いたら・・・花園だ!!」
スクールウォーズや??。
わたしは野球とラグビーが大好きなのだ。

猫が増えていた。なんか門番風。IMGP4299.jpg


ケーキ屋さんの喫茶室に。カフェではない感じ。おいしいけど分煙なしなので残念。
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キャラメルクリームがおいしかった。
それとマカロン!黄色のトロピカルフルーツ味のマカロンがめちゃおいしい。
かなりここのマカロンはおいしかった。

再び難波に戻り、地下鉄で本町経由で大阪港へ。サントリーミュージアムで東京からの巡回『ガレとジャポニズム』展に行く。これもかなりよかった。また長々書くと思う。

築港の猫。IMGP4308.jpg
猫の多い町はいいところだ。
それで再び本町に戻り伊藤忠ビルのINAXに行くが、まだ次の展覧会は始まってなかったので帰る。

地下鉄の構内を歩くと、少年ジャンプ40周年記念と缶コーヒーROOTSのコラボポスターがあった。色々懐かしいのや大好きなのがいっぱいあった。
ポスターの台詞は別物にアフレコされてて、元ネタを思い出しながら笑う。
こちらがそのサイト
303パターンあるそうな。
とりあえずデスノのLをパチッ。IMGP4310.jpg

このシリモチつくシーン好きなの。わらえるなぁ。

帰宅して阪神vs日ハムみたが、ちょっとコラコラな展開で早く終わり、例のチョキチョキに勤しもうかな、と思ったときにホタルのことを思い出した。
毎年水道局の主催でホタル見学が二日間開催されるのだ。
親に聞くと今日と明日だと言う。早速チャリで出た。野球が早く負けるとこんな展開もある。
信号全部青でノーブレーキで駆けたなぁ。(コワイことを・・・)

ホタルはゲンジボタルとヘイケボタルの二種が飼育されている。
ああキレイ・・・青い光が点滅する・・・撮影は出来ないし、しても無駄だからしないけど、本当にキレイでした。
以前、お習字の先生をチャリの後に積んで見に来たことを思い出し、少し泣く。

ホタルは撮影できないけど、代わりに蝶を撮る。
今日のわたしのアタマに止まっていた青い蝶。最近のお気に入りです。
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今日のわたしは

実は最近スクラップ作りに励んでます。ストラップではなくスクラップ。つまりこれまでチラシや新聞などで特別気に入った絵や写真などをチョキチョキしては分類して貯めてたのを、以前は絵はがきサイズに仕上げてたのをやめて、A4サイズでぺたぺた貼り付けることにしたのです。これが楽しくて仕方ない。
結局今日はその作業の度が過ぎて、予定の記事が挙げれなくなったわけです。
で、こんなことをするのは自分のアタマの引き出しを豊かにするためと、整理整頓のためだと大義づけてるから、よけい面白いです。
大抵はご飯食べ終わってから野球見ながらするので九時過ぎくらいまでですが、今日は阪神の試合がなくてサンテレビが昔のエエ試合を放送してくれたから、それに気合が入りすぎて、よけいがんばったのでした。
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 クリックしてください。下手な貼り方やなぁ。ははは。

聖トマス学院(旧山口玄洞邸)見学

上京区の聖トマス学院に出かけた。
山口玄洞氏と言う篤志家の旧邸宅を見学に。
幕末に尾道で生まれ、若くして大阪で財を成し、引退後は篤志家として尾道の水道の普及や、信仰や教育などに力を注いだそうだ。
設計は武田五一。見るのは二回目。

いかにも武田的なお施主さんの意向を汲んだ、奇抜さのない優しい建物。
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玄関周り、タイルも可愛いが、こんな装飾もいい。今は羊歯にまみれて青々している。
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邸内のあちこちにステンドグラスがある。
武田五一は日本のアールヌーヴォーデザイナーの一人でもある。
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照明器具も当時のもの。もしかするとこれらも武田がデザインした可能性がある。
椅子に乗り間近で眺めると、ビザンティン風のデザインにも見えた。
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現在はドミニコ会所属の建物になり、使用中なので二階などは少しだけ見せてもらった。
庭園はかつてあった和風の建物がなくなり、壊れかけた茶室などが残るくらい。
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塀の向こうには鴨川がのぞく。庭園の名残はなく、家庭菜園になっていた。

燈篭に面白いのがあった。茶道具をデザインしたもの。
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茶杓や棗や五徳がみえる。

黒いアゲハチョウがいて、撮影したかったが逃げられた。

すばらしい建物を見ると、とても嬉しくなるのだった。

ミネアポリスの浮世絵、再び

昨秋渋谷の松涛美術館で盛況の内に終わった浮世絵展・・・と言えばミネアポリス美術館展なのだが、それが5/25まで奈良県立美術館に巡回していた。
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松涛も奈良も前後期に分けての展覧会だというので、松涛で前期・奈良で後期を見ようとしたのが、アサハカ村の住人・遊行七恵であった。
基本的にそこから間違っている。なにも前後期に分けるとは言え、必ずしも同じ分け方ではないのだ。
しかし記憶の混迷と言うのはありがたいもので、そうそう不満も大過もなく見終わった。
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渋谷から奈良まで半年がかりの展覧会。半年もあれば歩いてもたどり着けるように思う。
(歩いたことがないので実感がない)
一点ものの肉筆画ではなく木版画であり、当時人気の絵は何度も摺られ、その上に幕末から明治初の時代の中でどんどん海外流出し、それらが今の世になってありがたくも帰国凱旋展覧会が続くから、「あーハイハイ知ってる?」・・・・・・

むろん初見もある。けれどナジミの絵もある。
わたしの混迷が深まったのは、それら+サイトで見てしまった、という理由がある。
外国の美術館のサイトは本当にありがたいことに、隠すことなく見せてくださるので(出せないのもあるだろうが)結局それでお手軽なわたしなどは見た気になっているのだ。
・・・とはいえ、実際にガラス越しに眺めると、やっぱり摺りの良さを実感したりする。

ちなみに前期の感想はこちら
今回はくどくど書くのはやめて、特に良かったもの数点のみにとどめよう。
なにしろ色々いいものを見すぎた。


春信の蓮池に小舟浮かべて遊ぶ女二人の図が、特に良かった。
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絵暦採蓮美人  舟から身を乗り出し蓮の茎を切る女と、漕ぎ手の女はタバコを吸いながら、岸辺に咲く蒲の穂のような植物を見る。こういうのを見ると仇英の『仕女図巻』を思い出す。
春信、クラナッハ、仇英。彼ら三人の描く女たちのなよやかな身体には、不思議な魅力がある。


北斎 諸国名橋奇覧 かうつけ佐野 ふなはしの古づ
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基本的に関八州と縁が薄い。かうつけ=上野=栃木の佐野と言われても、場所の把握ができていない。せいぜい佐野といえば「籠釣瓶はヨォク斬れるなァ」の次郎左衛門くらいしか思い浮かばない。
それでこの絵を見ても雪の日に「く」の字の橋を渡る人らがおるな、くらいだったのだが、隣で見ていたオジさんがツレの人に説明しているのを聞いて、感心した。
この橋桁というか、橋、使わなくなった舟を数珠繋ぎで並べたのを利用しているのだ。
今もあるのかどうかは知らないが、いい工夫だなー。
このオジさんは実際に見たのか・知識として知ってるのか。そこらはどうでもいいが、こういう話を聞けてよかった。
見た目、因幡の白兎を思い出したけどね。

今回、朝妻舟の絵が多かった。春信、北斎、國貞、歌麿らの絵がある。
烏帽子に鼓の女が一人小舟に乗るわけだが、客の姿はついぞ見たことがない。
『泥の河』ではなく、涼しい河畔に静かに彼女らはいる。

ところで本は完売していた。めでたいなぁ。
わたしが出かけたのは終了前日の朝だが、かなり賑わっていた。
それでこの記事を書くに当たってわたしが書いたものの画像を探すうち、いいものをみつけた。
池田輝方『江戸の錦』08052803.jpg

湯屋帰りの娘が口には糠袋の紐を噛み咥え、黄八丈をきちんと着て、髪も綺麗にして出てきた。
さくら湯か。夢二にもそんな絵があるが、こちらは湯あたりもしていないらしい。

奈良で慌ててこの展覧会を見てから難波に戻り、その後は友人と6時間カラオケにいそしんだのでした。

氷川丸で遊ぶ

五月の首都圏ハイカイツアーもそろそろホントに終わりが近づいてきました。
これは展覧会ではなく、体験記というか、見学感想ですかね。
氷川丸に乗船しました。こどもの日。うん、すごく楽しかった!
あんまり愉しみ過ぎて、ちょっと気分がハイになり過ぎてしまい、日常に戻りづらかったわたし。
まぁとりあえず、船と言うのはええもんやな?とシミジミ実感です。
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こういう構図で撮ると、霧にかすんだ街のようで、なんか面白い。
わたし的には『海の上のピアニスト』で、新世界アメリカが見えたときの気分。

IMGP4105.jpg 螺旋階段。随所にアールデコ。
『タイタニック』を思い出す。こういう階段に、豪華客船の髄を見る。

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いくつものシャンデリアのうち、柄の入った透明ガラス。
同じくこちらは別な灯り。どちらもとてもオシャレ。
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これら柄の入った透明ガラスは、他では長谷部竹腰建築事務所が手がけた'35年の大阪証券取引所の嵌め殺しが有名。

ステンドグラスのうちIMGP4125.jpg

いくつもの作品のうち、これはバーのもの。船をデザインしている。とてもシック。
客室には椿や百合などが見受けられた。

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鸚鵡のステンドグラスの入った室内。オシャベリするお部屋に鸚鵡はピッタリ。

他にも沢山撮影したが、ここでやめておく。楽しみすぎた記憶はわたしの中だけで反芻する。
機関部も興味深くて、本当に面白かった。
機械がニガイなくせに機関室や工場を見学するのがわたしだから、どれだけコーフンしたかはご想像におまかせする・・・。

最後にこちらは氷川丸のパンフから。mir681.jpg


実際足を運んでこの楽しみを味わってください。
この後本当は日本郵船博物館に行きたかったが、時間の都合でやめた。
また次の機会を待っている。


竹本伊達大夫追悼

竹本伊達大夫が亡くなった。今朝、新聞で知った。
わたしは伊達大夫の独特の語りが大好きだったので、悲しい。
言うたら、オヤジ度の高い大夫だった。
『夏祭』義平次が絶品だと言うだけで、どんな大夫か想像がつくかもしれない。
わたしは伊達大夫の義平次が聞きたさに人形も見んと、盆ばっかりに神経を向けていた。
そりゃもうあのにくそさ、ほんまに絶品でした。
「言うたらなんじゃい、言うたらなんじゃい」と、忠義と恩のために苦衷の中にある娘婿・団七九郎兵衛を苛め抜く、そのにくそい物の言い方。
巧かったなぁ、ほんまに巧くて、にくそくて、そしてよかった。
わたしが聞いたのは’93夏だったか。

同年の11月には『布引滝』の『松浪琵琶』を聞きに行った。
これは源平物で、多田蔵人が検校に身をやつしているところへ、その正体を暴こうと彼の娘でまだほんの子供の小桜を拷問する芝居だった。
これは苛める側が良かったのでも、苦悩に耐える多田蔵人が良かったのでもなく、ぶちのめされる幼い娘が非常によかったのだ。
シャガレた声の伊達大夫の語りがなんとも言えず哀れで、ぶちのめされる幼い娘が「アア、づつない、づつない」とそこにいる父を庇おうとするその健気さを、伊達大夫はなんとも言えず可憐に演じた。
悪声が少女の苦しみをより露わにするようで、聞けば聞くほど哀れで哀れで、泣いてしまった。
わたしは文楽の三業のうち、実は浄瑠璃が一番好きで、ときどき素浄瑠璃の会に出掛けたいと思うことがある。(時間の都合で行けないが)
私の持つ音源は豊竹山城少掾のものなので、また全然違うのだが、聞いているとやはりしみじみいいものだと思う。
しかしこの伊達大夫は山城少掾の門下とは違う唯一の大夫だったそうで、そこらがまたわたしには面白くも思えた。

わたしの文楽の手引き本は、このブログでもしばしば名を出している八世三津五郎と武智鐵二の対談集『芸十夜』なのだが、そこでいやと言うほど山城少掾の良さを教え込まされ、テープで聞いて「これが近代の大名人の語りか・・・」と学ばせてもらった。
しかしシュミはやっぱり別で、わたしは伊達大夫の独特の発声、言い回しに愛着があった。

‘94春の『妹背山』では『鱶七上使』を語っていたが、豪放でこれまたとてもよかった。
わたしは妹背山のここらの芝居は、歌舞伎よりも文楽で味わう方が好きだ。
今の歌舞伎役者では鱶七がどうも面白くないのだ。

‘97夏の『夏祭』では『内本町道具屋の段』の奥を語っていたが、腹に響くよい語りだった。
なにより生活感がある。
つまり団七九郎兵衛という男が、大坂では何をして生計を立てているのか、よくわかるような語りだったのだ。
同じ場でも住大夫の語りは、団七九郎兵衛が女房とどのようにして出会い、縁を結んだかが伝わるような感じがあり、その実感の違いがひどく面白かった。

・・・他にも色々好きな演目も多いが、耳に残るのはやはり義平次と娘・小桜なのだった。
体調が良くないことは聞いていたが、それでもやはり寂しい。
もう文楽劇場の上映会でしか、伊達大夫のあの語りを聞くことは出来ないのかと思うと、ますます文楽劇場から足が遠のいてしまう・・・。
今年の夏は久しぶりに行こうと思っているのだが。
ありがとう、伊達大夫。ご冥福をお祈りいたします。

ハマヤキ 故郷へ帰る

今朝『日曜美術館』で『横浜・東京 銘時の輸出陶磁器展 ハマヤキ故郷へ帰る』が紹介されていた。GWのツアーでわたしも見た。見て、そこから羽田へ向かった。
展覧会は6/22まででわたしは5/5に見たが、当時既にチラシがなくなりリストも最初からない状況だったが、この放映で状況が変わるかもしれない。
大阪で入手したチラシ。mir678.jpg

牡丹もきれいだが、左下の猫に呼ばれて神奈川県立歴史博物館に行ったのだ。
猫はニャアとしていて、毛彫りも繊細で、とても可愛かった。水差の蓋にいた猫。その胴っ腹にはこれら浮き彫りの牡丹が咲いていた。意外と猫も大きい。
可愛くて仕方なかった。何を仕出かすかわからない感じがいい。
クリックすると、リアルな猫が・・・mir678-1.jpg

初代宮川香山の作。京都から横浜へ移った陶工。
真葛焼がハマで立体造形になり、輸出されていった経過を知ると、なかなか面白いものがある。日光陽明門的な華やかさがウケて、よく売れたようである。

わたしは海外輸出向けの作品はあまり好まないが、それでも暗い展示室にピカッと光るような作品を見つけると、嬉しくてそちらへ寄って行った。

明治初の陶器も有線七宝焼も、みんな過剰な華麗さがある。間の美というものは存在しない。それはやはり海外の目を意識して造られたからに他ならないのだが、そのなんともいえないある種のキッチュさと部位部位の美に面白さを感じる。

チラシ裏mir679.jpg

これらの作品が暗い展示室に並んでいる様は、なかなか壮観だった。
飾る根性も使う気力もないが、眺める分にはとても面白い。
左下のカップ&ソーサーはまだシンプルなので、使っていてもそうそう気にならないかもしれない。
その上の花蝶図卵型花生には意外と、ススキとか松とか高野槙などが似合うかもしれない。

数年前、裏千家の茶道資料館で真葛焼の展覧会を見たが、それらはみんな小さいものだったので、こんなに大きいものを見たのは久しぶりだ。
たしか京都近代美術館での明治の陶磁器展以来かもしれない。

日本で作られた日本人作家の作であっても、これら明治の工芸品は和の美と言う範疇からは外れている。しかし気概と言うものは感じ取れる。
培われた日本の技能全てを駆使して生み出された作品群なのだ。
これらが貿易港・横浜から出荷されて西洋に送り出された、そのこと自体に意義がある。。

花鳥の他は意外なくらい、日本の故事などを題材にした作品が多く、それらがどこまで西洋人に理解されていたかは疑問も生まれる。(たぶん、あんまり考えもされなかったんでしょうが)
新羅三郎の笙の伝授の皿、油坊主のタイル画(油を盗む学僧)、十二段それぞれをモティーフにしたティーソーサーセット(道行旅路花婿の方を採用)、猿かに合戦・・・
不意に思い出した。コンドルの設計した某倶楽部には児島高徳を描いた漆絵が飾られていた。

山本昇雲が下絵を描いた花鳥ものもあった。
山本の展覧会は二年前に太田で開催された。
明治の風俗浮世絵師の一人。子ども遊びや令嬢シリーズなどがよかった。
他にも百児戯図、暁斎もびっくりな梯子昇りのカエルたち、mir678-2.jpg
見込に蝶の舞うもの、紫陽花などもあり、綺麗なのや楽しいものも多くあった。

桜にミミズク。mir680.jpg

眠たそうな顔が可愛いミミズク。紅梅が華やかだ。

なかなか面白い展覧会だった。





不易流行

白鶴美術館は春秋二回の展覧会を三ヶ月ずつくらいで開催している。
今年の春季展は三年目の『古美術鑑賞入門・?』で副題は『不易と流行』



数年前から学芸員の方が変わられたか、チラシだけでなく展示物の解説なども随分違うようになった。その分、残念なことに撮影禁止になったりしたが、それはそれで仕方ないか。
この美術館は中国古代美術を多く蒐集しているので、それを眺める楽しみがある。
今年のチラシ。つまり今年はこの唐三彩鳳首瓶が柱の展覧会。
成形するのに最初からこの鳳をつけているのではなく、別仕立てのものを後から貼り付けて焼成する。そしてそういう手をかけた見事な瓶は高貴な死者の副葬品(明器)として墓所に封じられるのだった。この名品は百年ほど前、鉄道工事の最中に発掘されたそうだ。唐代の美が千二百年後に世に出て、そして今日に至っている。

明代の五彩武人図有蓋壷  これは明代らしい彩色もきれいでキャラも可愛い図柄なのだった。以前からけっこう好きな壷。上役の前で上半身裸で戦いあう武人たち。これは明代なのだが、宋代ならまるで水滸伝のようだ。なんとなく中国の武闘は面白く思う。

染付動物花鳥文六角口壷  6シーンの動物画がある。それぞれめでたい動物たちの集まりで、なかなか可愛く描かれている。中国は吉祥の国だから、なんだかんだ言うてはめでたいものを造るんですね、こうした文化にはいつでも尊崇の念を捧げている。
色も回青が綺麗な発色を見せていた。

陶器の枕が二つ出ていた。わたしは陶枕も籐枕もソバ枕も大好き。全部持ってます。
さて白の掻き落しは唐子がにこやかな顔を見せてくれていて、優しい眠りに連れて行ってくれそうだが、もう一つの三彩枕はどうとも言えない。
金代の三彩詞文枕  縦に並べて焼いたから釉薬が垂れている。
詩歌が書かれている。
少し長いが、自分の心覚えのために書き写す。(ただし旧字はやめた)
月明満院晴如昼巡   池塘四面垂楊柳涙
湿衣襟離情感旧人   人記得同携手
従来早是不廊溜悶   酒児宣得人来痩睡
裏相逢連忙先走只   和夢裏厮馳▲      中呂宮 七娘子
常記共伊初相見対   枕前説了深願到得
而今煩悩無限情人   観看如天遠
当初両意非情浅奈   好事間阻離愁怨似
悄得一口珠珍米飯嚼  了却交別人嚥      中呂宮 七娘子
これは失恋の歌なのだった。

他に奈良絵本『曽我物語』が出ていた。これも以前に見ている。奈良絵本は元々好きだが、こうして眺めると、いよいよ好ましい。結局自分の嗜好と言うのがこういうときにはっきりとわかるのだった。

高野大師行状図画  大師が東寺南大門に佇み、色々あって伏見のお稲荷さんに向かう図が開かれていた。

どうも子どもの頃から絵と物語の一体化したものが好きだと言うのが、今日にまで続いているのを感じる。絵そのものに文学性・物語性が加わっているものほど、好むと言うことを考えればよくわかる。しかしそれにしても去年の展示と重複するものが多いなぁ。

為恭 石清水臨時祭・年中行事騎射図  群青色の美しい屏風。為恭の悲劇を思うと全く気の毒だが、こうした平安時代から続く行事を描いては当代に匹敵する絵師はなく、空前絶後のような存在だったことを思えば、少しは鎮魂にもなるかもしれない。
石清水のそれは承平の将門・天慶の純友の乱を制定後、三月の初午の日に行われるようになったそうだ。左隻は端午の日に行われるそうだ。今も伝わるかどうかは知らない。

なんだかびっくりした展示もあった。
天正から享保あたりまでの大判が並んでいた。大判、つまりおカネですがな。
なんだかこれはびっくりしたなぁ。えらいもん、持ってはるんですねぇ。

綺麗だったのは、蓮華文螺鈿蝶形卓  三本の細い足は鷺足と呼ばれる。螺鈿はとても綺麗。銀杏や細い葉の螺鈿が綺麗。細かく繊細な細工。しかしこれは上から見てもどう蝶形なのかよくわからない。

ところでこちらは去年のチラシmir004-1.jpg

この二点が今回も出ていた。
魚の楽しそうな壷と青磁の鉄鉢、どちらも可愛くて、ぐるぐる見て回るのも楽しい。

新館の絨毯は今回見なかった。少し忙しかったので残念だが、仕方ない。
この展覧会は6/8まで。御影の山の上にあるだけに風は涼しく、とても心地よい。風光明媚な地の美術館。次は錦秋の頃に出掛けよう。

府中市立美術館の常設展

府中市美術館の常設展を見る。
『百年前の武蔵野、東京』 明治の東京の風景画。
その前に『小特集・描かれた食べ物』

古賀春江『果実』 りんごとみかん。絵の素材にもいいが、食べるのもすごくいい。

明治の洋画家による『ナスなど』 賀茂ナスが転んでる。むかし、ナスが嫌いだったが、いつの間にかナスが大好きになった。賀茂ナスのシギ焼が食べたい・・・。

鹿子木孟郎『野菜図』 リアルな絵。鹿子木の回顧展も20年近く前に京都で見たが、こんなにウルトラリアリズム野菜は初めて見た。

河野通勢『巴焼や』 これは回転焼に巴の型が入ってるもの。鯛の形の型なら鯛焼き、丸いと回転焼、巴だから巴焼。お客で賑っている。・・・長らく食べてないなぁ、こういうの。

清水登之『チャイルド洋食店』 清水は国吉康雄や田中保などと同じくアメリカにいた画家。ここには’20年代のアメリカの都会の一隅が描かれている。焼き立てパン屋さん。母親に連れられた女の子がフワフワのパンを眺めている。わたしも食べたい・・・しかし最近パンも高いので、焼き立てパン屋さんにあんまり出向かなくなった。

さて『百年前の武蔵野、東京』
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小林清親、井上安治の木版画はそれを見るだけで嬉しくなる。井上の『東京名所図』23枚、見るだけで「ほしい?」だ。
府中市美術館のサイトではあんまり数が見れないが、がすミュージアムには井上や小林の画像が見れる。

120年前の東京の姿。
それから数年後に鹿子木が東京風景をスケッチしている。
亀戸の閘門に鴨のいる風景が特によかった。

小金井を描いたものを見て「うわ」。茅葺屋根でした。
この府中からバスに乗り武蔵小金井駅へ向かったが、その間やっぱりまだまだ牧歌的なところがあるなぁと思った。
わたしの叔母の住む町内も、家が建て込んできたとは言え、やはりまだまだ武蔵野だなと思う。
今はバスが通ったが、’80年代はまだ駅まで30分かけて歩いたのだった。


わたしは都市風景画がとても好きだ。
江戸東博で’93に東京の風景版画展があり、それがとてもよかった。
在り来たりなことを言うが、やはり東京は木版画(江戸時代から続いて)、京都は日本画、大阪は洋画で描くのがいちばんよいように思う。
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松本民治『東都今戸橋乃夜景』 薄明かりがのぞく。月だけの絵だと言ってもいい。あとは暗い。


いつものように観念的な、というかシュールな牛島憲之の展示。
『白映』 雲で靄けている。へんな表現だがそう言うのが実感。英題が“break in the clouds”雲の切れ間・・・ナサケナイが、英語のタイトルの方で『白映』の意味が通じるのだった。
他にもいい絵が多いが、今回はこの絵がいちばんよかった。

展覧会は既に5/11で終わっている。出来たらもっと画像または絵葉書があれば嬉しいなぁ。
こういうのが好きです

『絵師がいっぱい』

板橋区立美術館は、駅から遠くて、歩いているとキリコの絵の中の人になった気分になることがあるけれど、たどりつくといつも大満足が待っている。
最初に行ったのは『あの世の情景』・・・あれは凄かったな?アンコールしたいくらいだ。
今回は『絵師がいっぱい』 江戸時代の絵画を集めて、「見てね」ではなく「楽しんでね」の展示になっている。
受付から見えるのがお座敷。IMGP4094.jpg

あれを見ておとどしの花外楼の所蔵展を思い出した。
史跡にもなっている料亭・花外楼の書画骨董品を一堂に会しての展覧会だったが、そんな感じ。
畳にお座布団に屏風。日本っていいよな?の実感が湧く展示。
わたしの下手な写真で申し訳ないけれど、撮影するのもとても楽しい。
好みの美人も花鳥もあるし、トラまでいる。

まず虎。シッポが可愛い。IMGP4066.jpg


ぶどうにリス。武道に利す、だけど今風のタイトルは何だったか忘れた。
リスmeetsリスな絵。IMGP4069.jpg


ねこ二態。IMGP4070.jpg IMGP4082.jpg

大昔から猫と言うのはこんなもんかもしれない・・・

お店でわいわい。


宴席に出ずとも美人は他にもいる。
IMGP4076.jpg 桜も梅も。IMGP4077.jpg


こういう艶かしいのより、IMGP4075.jpg

案外こっちのほうにアヤシさを感じ取るのがfujyoshiの本領。
IMGP4074.jpg ときめくなぁ。

こういう展覧会があるから、てくてく板橋まで行くのだよな。
(実はこの後、府中へ向かい、三鷹・吉祥寺・新宿・浦和とハイカイしたのだ)

菊池容斎の顔世御前を覗き見する高師直の図は色々あるけど、ここのは旧約のスザンヌを思い出す。なんとなくそんな感じ。映画では岸田今日子と小沢栄太郎でした・・・
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手作り感の強い美術館。学芸員さんもタイトルを今風にしたり色々工夫してはる。
ここはボローニャ絵本原画展も開催する美術館だから、小さいお客さんを喜ばせるノウハウも身についている。描かれたキャラたちを拡大コピーしてハリボテにして、そこいらに立たせる。
けっこうこういうのも楽しい。IMGP4093.jpg

お座敷の絵もタダ単に鑑賞するだけやなく、なんとなく実物大ジオラマの中に自分が入っている感覚がある。それか舞台の大道具小道具(しかも本物)という感じか。

本当に嬉しい。楽しく眺め、くつろいでから出て行った。
ああ、面白かった。

五味太郎『絵本の時間』

吉祥寺美術館では絵本作家・五味太郎の絵本原画展開催中。前後期で総入れ替え。わたしは前期に行ったから『ももたろう』『ぽぽぽぽぽ』『ねえおはなししてよ』などを見た。今は後期でこちらには『がいこつさん』が出ている。ホネ好きなので、こっちも見たかったが、残念なことに時間が合わなかった。mir673.jpg

五味太郎と言う名を知らずとも絵を見た人はすごく多いと思う。このチラシを見ただけでも「あー、あの・・・」と思い当たる人は多いはずだ。
たしか以前はPASCOパンの仕事もあったし、岡山のキビ団子のパッケージも担当していた。
とにかく五味太郎は単純明快な色調で、楽しくも色々かんがえたりする絵本を生み出してきた。
わたしは子どもの頃、親の方針で創作絵本とは無縁だった。日本画が好きなのは与えられた『うらしまたろう』の美麗な絵本のおかげだと思っている。
(なんとなく今の自分の境遇もうらしまたろう的なところがあるような気がする)
さてそれだから、五味太郎の絵本に出会ったのも随分遅くて、二十代に入ってからだった。
どうしてかハタチ頃急にマイブームとして日本の創作絵本にハマリましてね、なんだかんだと延々と眺めたり、買い集めたりした。
惜しくも五味太郎の絵本はないが、この展覧会を見ていて欲しくなって来たのは確かだ。
絵が可愛いだけでなく、話も独創的で面白い。ビミョ?に変形した、と言うかまぁ時代変わったしね、みたいな『ももたろう』など、とても面白かった。

『ももたろう』
だれでも知っているあの有名なももたろうだれでも知っているあの有名なももたろう
(2007/07)
五味 太郎


ただし五味太郎の桃太郎は2007バージョン。イマドキ人らしくサッカーしている。それも鬼ケ島で。つまり親善試合しに行ったようなもんでして、それには勝ったが、鬼ごっこではアウト。負けました。で、次の鬼が島に行く。田舎わたらいするわけです。それで親善試合(サッカーと鬼ごっこは必須)を繰り返し、仲間の輪が広がり、いつの間にやら故郷のモモ島は人口が増えてたりする。うーん、いい話だ?。

『ねえ おはなししてよ』 うさぎさん、わにさん(と来たら因幡の白兎を思い出すけどそうではない)わにさんの子等がいて、それぞれ順繰りにお話が・・・なかなか楽しい。

『ぽぽぽぽぽ』
ぽぽぽぽぽ (偕成社の五味太郎絵本)ぽぽぽぽぽ (偕成社の五味太郎絵本)
(1989/06)
五味 太郎


汽車が山の駅からいくつもいくつも山を越え谷を越え、町までやってくる流れ。こういうのはけっこう楽しい。馬場のぼるの『11ぴきのねこのマラソン』を思い出す。どちらも環境そのものが面白いのだった。

言葉遊びも多い。こういうのは黙読するだけでなく、声を出して読むほうが楽しいし面白い。日本語の楽しさがイキイキしている。

原画は展覧会にはなかったが、絵はがきを二枚買った。
『かたづけなさい』mir674.jpg

ハイ、なんてわたしはぜったい言わないぞ。なんだかとても楽しそうな空間。(そんなことを思うから、片付けられない女なのだ!)
画面いっぱいに自分の好きなものが足の踏み場もなくに描かれている。こんな環境とても好きだ。楽しくて仕方ない。

『もし迷子になったら・・・』mir675.jpg

これはまたわたしの好み直撃。建物の立ち並ぶ町の中をハイカイする。この女の子は小さいから迷子になって泣き喚く(泣くのは義務だ。泣かないと気づいてもらえない)。でもわたしは迷子になっても「迷子になんかなってませんよ」な顔でウロウロ歩き回る。それで困ることがこれまでに限りなくあったが。

6/11までの展覧会。今度吉祥寺に行くときは、がんばって人気のミンチカツを買いたいもんです。

三井家の茶箱と茶籠

三井家のご当主が楽しんで蒐集、あるいは作成された茶道具の玉手箱。
好きなものだけを集めてのセットは、それ自体が小宇宙になる。
それを楽しんで楽しんで眺める。
「わたしはこれのかわりにあれなら嬉しいな」などと勝手なことを考えて、楽しい。
こういう展覧会は本当に楽しい。
ケタが違いすぎるので、羨ましさもなにも生まれない。
ただただ楽しい。
そのお道具一つ一つの歴史的価値や美を挙げていっても、この楽しさ・喜びと言うのは伝わりにくいように思う。

これら茶箱をさげて(あげて?)別室に出たり、野点にも使うたり、旅先にも運んだり、と用途は広い。汎用性のある、そのくせ限定的なセット。
それにしてもこの箱だけで一体どれくらいあるのだろう。
一つ一つきちんきちんとお仕覆に包まれて、箱の中に収められている姿は、それ自体が極めて上等で美味なるお菓子のようだ。
小学生の頃、図工時間にお菓子箱の再現をしたことがある。あのときの楽しい気分が蘇ってくる。
勝手に笑みが込み上げてくる・・・ああ、嬉しい、幸せ。

ところで三井家と永楽家との関わりについては、以前『永楽家歴代の名品』展に少し書いた。
要するに三井家は千家十職の永楽家のパトロンだった関係上、永楽家の焼き物を多く所蔵しているのだ。
その三井家と紀州徳川家との関係も深く、ここら辺りのエピソードや史実を知ると、なかなか面白さが深まる。

三井家は円山応挙も支援した。国宝の屏風だけでなく、この名家には応挙が下絵を書いた棗なども所蔵している。『桜川図』山本春正の蒔絵。綺麗な棗。

『南繚富士型釜』中川浄益  どう見てもゼリーやプリンを作る型に見えてしまう。こんな贅沢なプリン容器などないのだが。

昔は銀は黒くなるので嫌な感じを持っていたが、最近はその銀の良さに惹かれている。
『南繚皆具』 銀揃えセット。これは銀の輝きも元のままでとても綺麗だった。

永楽保全の風炉、和全の風炉先屏風・・・父子の作がそのまま失われず伝わることも、よそごとながら嬉しく思う。和全の屏風は武蔵野図で、乾山のそれに倣う、と書き込んでいる。

画像を挙げている茶箱は何もかも全てがミニチュアの美に恵まれていた。
これは三井高福所持の逸品ぞろいで、茶籠の内ら側には四段の替わり絵がある。そして中には本当にお菓子のような形で、仕覆に包まれたお道具たちが納められている。
なんて可愛らしく魅力的なのだろう。慶應二年の作だと言うが、世の中がひっくり返りそうになっているのに、なんと優雅な喜びを味わっていたのか。
ガラスケースの向うでは仕覆を脱がされ、元の愛らしい姿を見せてくれていた。
中でも、瓢箪茶入れ(仁清)、祥瑞振出一対、交趾笠牛香合、独楽香合、眞塗薄板などがわたしの好みも好みで、見ていて飽きなかった。

明治になり帝が東京府へ去って、ショボクレた京都を励ますかのように、千家十職の人々の技能を集結させて造った茶箱セットがある。名前もきちんと入っている。職人たちの気合の入り方を感じさせる品々だった。

いつもは切手コレクションなどの展示室たる第六室で、「古写真に見る三井高棟の建築数寄」展示があり、それに深く惹かれた。
建築数寄なのはお名前からして既に高棟というのだから、納得だ。(勝手なことを・・・)
ああー素敵!円錐型ドームロビー、社寺風な造りにシャンデリア。キッチュさと美貌の同居とでも言うべき建物に、ドキドキした。
残っていたら、さぞや・・・!!

しかも凄いのは、薬師寺の古材を使って造った茶箱もきちんと持っていることだった。当然と言えば当然なのかもしれないが。
他にひどく惹かれたのは、明治の一閑張だ。
『一閑張櫛嵌込茶具箪笥』 実物大の様々な技法を駆使した櫛が嵌め込まれている。
なにやらモノスゴイものだった。中のお道具は和全や浄益の造ったものたちが集められているが、それよりもこの箪笥がやっぱり一番凄いのだった。

入って最初の第一室では個別の茶道具があった。そのうちで気に入ったものをいくつか。

『象香炉』 素朴な造形のアジアゾウ。目はへらでキュッと描かれている。
丸々肥えていてとても可愛い。永楽和全が120年ほど前に作ったもの。

今年は千宗旦350回忌ということで、あちこちで宗旦ゆかりの品々が現れているが、ここにも茶杓が出ていた。銘は「おあん」・・・なんの由来があるかは知らない。
しかしふと関が原合戦のときの『おあん物語』を思い出した。

展覧会は六月末まで。とても楽しめる。
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誌上のユートピア

誌上のユートピア−近代日本の絵画と美術雑誌1889-1915
この展覧会、葉山から浦和に来て、名古屋に行くと言う。
展覧会の詳細はとらさんTakさんに詳しいから、そちらをごらんください。(お名前にリンク)


うらわ美術館は「本の美術」をこれまで標榜してきたので、この展覧会はまったくぴったりだ。
とは言え装幀がメインと言うのではなく(「本」と一くくりにするが)そこから生まれる美を、商業芸術もからめて、美々しく展示している。
ユートピア。本当にそう。夜間開館に行ったわたしの貸し切り。
わたしひとりの眼に、これら美麗な世界が映し出される。
何がどうと言うのは書きようがない。だって、好きなものばかり集まってるから。
それをわたしは享受した。
実に深く愉しませてもらった。
ところがあまりに愉しみ過ぎて、書きようがなくなった。
たまにはこんなこともあるのだなぁ。我ながらちょっとびっくりした。

そもそも昨年末、葉山展のチラシを手に入れてときめき、行けそうにないことで熱が出た。
しかしうらわに来るなら別だ。雌伏しよう。
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武二の『婦人と朝顔』は昨夏、小磯記念館で『武二と小磯展』で見た。

こちらはうらわ美術館のチラシ。同じく武二の『造花』
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どちらも絵の周囲に美しい植物の絵が絡んでいる。
わたしの好みでいえば葉山のそれの方に惹かれる。あくまで濃い色彩への嗜好があるから。

黒田清輝『野辺』 これは今やポーラの二枚看板美女の一人。以前も書いたが、川口松太郎と岩田専太郎の2ショット写真の背景にこの絵があった。それがどこの場かは知らないが。

青木繁『温泉』 青木の短い晩年の中、深いときめきがある作品。背後に有るカサブランカのような百合。タイル、壷・・・最後の輝きがここにある。
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橋口五葉の装幀した本たち。明治の頃、五葉は煌くような仕事をした。
洋画も版画もポスターも装幀も、なにもかも見事な出来栄えだった。
漱石『草合』、             鏡花『相合傘』
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こうした美麗な装幀に惹かれて、本を手に入れたくなるのだ。

日本の本だけでなく、イギリス、ドイツの美本が並ぶ。
イギリスにはイェローブックがある。ここには13冊展示されている。
いずれも心惹かれる表紙絵たち。
ビアズリーのサロメ、全シーンがある。初めてこの絵を知ったのは、小学生の頃だった。
手塚治虫『MW』でゲイの二人がそれぞれサロメとヨカナ―ンとして描かれていた。
それをみつめながら背徳的な造形にときめいていた幼いわたし。
高校の頃に『サロメ』と『アーサー王の死』の画像を手に入れることが出来て、随分嬉しく思った。
今、目の前にある全画を眺めながらあの頃を想う。
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ドイツは昔々から美本を造るお国柄で、毎年印刷博物館がその展覧会をしている。
『ユーゲント』誌を見ていてドイツロマン主義に今更にときめく。この雑誌から『ユーゲント・シュティール』が生まれるのだが、しかしそれ以前のロマン主義にも惹かれるのだ。
「一番新しいのは、一番最初に古くなったものなのだ」その言葉を思い出す。
ルートヴィヒ・ホフマン描く森の中の美女、ケラー、ロートリンゲンという字を見るだけでときめきが増幅する。沼の女が梳る姿。

『ヴェル・サクルム誌』 オッテンフェルトの線描は、船上の勇者を描く。
不思議な絵を見た。
唐獅子の寝る床とソファの女など。

外国の美本やすばらしい挿絵もさることながら、やはり日本の作品が好きだ。

南薫造「夫の無事の帰還を願うブリュターニュのドリゲン」  バーン=ジョーンズの模写。こうした作品をみると、明治の青春が真っ直ぐに伝わってくる。

青木繁『真善美』 以前からこの三枚の絵は好きだが、ここでこうして再会すると嬉しいし、ときめきが大きくなる。鉛筆を走らせるだけでこんな美が生まれるのか。

『逝く春』img789.jpg

府中市美術館所蔵の名品だが、福田たねの元絵はどれほど残っているのだろう。構図にしろ背景の道具にしろ、みな青木の好みのものばかり。

『群舞』も来ていた。この絵は『輪廻』と似ているが、タイトルが変わるだけでイメージも大きく変化する。

天平美人は青木や武二だけのものではない。萬鉄五郎までも描いていたのか。
そして三越のポスターとしての天平美人は杉浦非水が描いている。

雑誌・国華への憧れも深い。この展覧会に作品はなかったが、小村雪岱はこの雑誌に勤めていた。

色々な口絵は見るだけでも楽しい。mir671.jpg


非水『エレクトラ』、中沢弘光、浅井忠・・・洋の東西を問わぬ、物語性の強い絵がそこにある。特に浅井忠の『狂女』は目を惹いた。
中世の狂女の姿は定められている。烏帽子をつけ、必ず笹を持たねばならない。
笹は福を齎し呼び込む植物であると同時に、狂人のアイテムなのだった。

水島爾保布の絵もあった。シャカが初めて悟りを開く情景。押すな押すなの大繁盛。木の重要性をここで思い出す。

戸部隆吉『枇杷と蕗の薹』 ナビ派の絵かと思った。地に蕗の薹がモコモコモコモコモコモコ生えだしている。執拗な繰り返し。子どもたちはこの蕗の薹を踏み躙るのだろうか。

木村荘八『パンの会』 この絵は随分以前から文学史の一枚、という立場で眺められてきたように思う。絵としてどうの、というよりパンの会のメンバーがどのような<感じ>だったかを如実に知らしめてくれるような,絵だからだ。

まだ洋画家だった頃の小杉未睡えがく『婦人立像』 白木蓮の傍らに立つ絣のひと。
放庵を名乗り日本画に転じてからは洒脱さを感じさせる作品が多いが、洋画には「明治の青春」を髣髴とさせてくれる力がある。

織田一磨の版画シリーズはどれを見てもいい。町田で見たときも、吉祥寺で見たときも、共にときめきが巨大化するばかりだった。
都市の肖像への憧れを教えてくれたのは、織田と川瀬巴水だった。

戸張孤雁のサーカスもある。名古屋で見てからもう随分経つ。サーカスの曲芸。白と黒の版画が曲馬団への郷愁を誘う。

神坂雪佳も『百々世草』からわんこや花のいい作品が選ばれている。
他に誰の作か忘れたが、海を渡る蝶を描いたいい絵があった。黄色と朱色の蝶たちが。

書くことが追いつかない。想いが空転する。
好きなものばかりがあると、却って書けないものだと実感した。
最後に一枚。
橋本邦助『笛吹く少女』mir671-1.jpg

これはたまたま細見でみつけていた絵はがき。
邦助の作品だとは、この展覧会まで知らなかった。書いてなかったから、ここで知って嬉しい。

年に一度はうろたえるほどときめく展覧会に当たることがあるのだった。



小磯良平・東山魁夷展?兵庫が生んだ巨匠?

同じ日に東山魁夷の別な展覧会の記事をあげる。

大丸元町店で小磯良平と東山魁夷の展覧会が開かれている。
こちらも大盛況。元々人気のある画家二人の展覧会なので、たいへんな賑わいだった。
「兵庫県立兵庫高等学校創立100周年特別記念展」だと言う。
人物画がメインの小磯、風景画の多い魁夷。
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今回不思議なことに気づいた。
染付と青磁の美を魁夷に感じた。東近美では感じなかった・感じ取れなかった発見と言うか、そのことに気づかされた。
もともと磁器が好きなのでそんな眼で見てしまうのか、並ぶ絵にそんな美を感じた。
緑の美しい作品がある。解説プレートには魁夷の思いとして、こう書かれている。
「・・・中国の青銅器の色を」
そうか、そういうことか。
緑の森は青銅器の美しい緑青、一面の青は砧青磁、白と青い木々の対比は染付(あるいは中国の青花)なのだった。

泉屋分館から『スオミ』が来ている。魁夷展では前期のみ出品なのは、神戸のこの展覧会のためだったのだ。スオミは先の分類で言えば、染付だ。

『月篁』 こちらも魁夷展前期の後はこちらに来たもの。・・・かなりそうした作品が多い。
なんとも言えず美しい絵。風の音が意識に残るような作品。

『夏日』 ‘30年の若い頃の作品。蚕農家の建物と畑が描かれている。畑には赤い大きな実がいくつも見える。完熟したトマトらしい。養蚕農家の人々の手元には、白い蚕がみえる。
去年、実際に動く蚕を見た。蠢いていた。妙に感動したことを思い出す。
蚕棚は下諏訪でも色々見かけたが、やはり不思議な生き物だと思う。

『青い家』 ‘40年に山形でみつけた家。洋館。元は三階建ての赤い家だったが、戦時下に二階建てに直し、色も変えた洋館。魁夷は赤い家も描いたらしいが、現在消息不明だと言う。魁夷の絵には清浄な美と共に、愛らしさを感じる二つの種がある。
建物や町を描いた多くは<愛らしいもの>なのだった。

山種から大きく長い絵が来ていた。『満ち来る潮』 簡素な展示法だが、広がる海を感じさせられる。

出口間際には『森の幻想』があった。魁夷のファンタスティックな絵の中でも殊に好きな作品。薄紫の美しい森の奥で踊る幻想。静かなときめきがあった。

案内の順はここでは逆になったが、会場は先に小磯の作品を並べている。
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小磯の人物画はその時代時代の変遷を見せながらも、いつも穏やかに優しい。
肌色の優しさがこちらの意識に馴染むのか、見守られているような気分になり、和やかな心持ちになる。戦前の作品にはハッキリした原色なども使われているが、次第に曖昧な優しい色がメインになり、それが静かに深い優しさとなる。
小磯記念館からだけでなく、セキ美術館からの婦人像が多く来ていた。
いずれも気品に満ちた、しかし柔らかくやさしい人物たち。

『戦災後の生田の森』 神戸人・小磯良平の故郷は大空襲を受けている。しかし木々は少しずつ元に戻りつつあり、茶色いような雑草も生えている。向うに見える建物は何か。
そんなことを思いながら絵を見る。

生田神社所蔵の桜の絵の下絵は、まるで日本画のそれのようだった。
以前、小磯のボタニカルアートとでもいうべきものを某所で見た。薬用植物のスケッチ。その薬草庭園を所蔵家のご好意で見せてもらったが、小磯の見たと同じ植物を見た、と思うとそれだけで嬉しかった。

この展覧会には「武陽会」という団体からの出品も多かったが、調べると、タイトルとなっている「兵庫県立兵庫高等学校」の卒業生会のようだった。
最後に若き二人の画家の自画像。mir663-1.jpg

こちらの展覧会は5/26まで元町にある大丸神戸店で開催中。

東山魁夷・生誕百年展

東京国立近代美術館で東山魁夷展が大人気だ。今日はもう最終日。
わたしは5/2の午後に出かけたが、大変な人出で、平日でもえらいものだと感心した。
なにしろ東山魁夷は普段美術館に出かけない人でも「見たいな」と揺らす力がある。
そして出かけた人の大方はやっぱり見た甲斐があった、とその清澄さに心が清くなった思いがする。
見てから既に二週間経った今、わたしは神戸の大丸で『小磯良平と東山魁夷』展を見てきた。こちらも大盛況。魁夷だけでなく小磯なのだから、繁盛するのは当然だった。
大丸の展覧会は後日に譲るにして、回顧展の感想を書く。

今回とにかく観客が多いし、少し離れて眺めるべき作品が多数あるので、いよいよ遠目にしか見れない。凝視ではなく揺れながら遠望する。
<模索の時代>として若い頃の作品が出ているが、そんな頃からチマチマしたものは描かず、なんとなくスケールの大きい、しかしやさしい絵を描いている。

ドイツ留学の頃の作品は長野の美術館で多く見たが、ここにあるスケッチ類もやはり優しいものを感じる。見知った街の風景であっても、魁夷の描いたものは魁夷の造った街のように見える。

<東山芸術の確立> ‘50年代からの作品は確かにその通り、今日の我々の東山魁夷のパブリック・イメージとしての作品が現れている。
チラシにもなった『道』mir663-2.jpg

これなどは国民のほぼ全てが知る絵ではなかろうか。
真っ直ぐのびた白い道。先は少し曲がりが見えるが、それは道が続くことを意味している。
道の両脇の青緑の清清しく爽やかな美しさ。空はその色に灰色を少し混ぜたような色をしている。改めてこの絵の前に立ったことで、この道が自分の歩むべき道のようにも見えてくる。そして同時に高村光太郎の『道程』の詩句が浮かんでくる。
僕の前に 道はない 僕の後ろに 道は出来る
しかしこの道は前にしかないので、魁夷の道だと知るのだった。

『光昏』 これは芸術院所有のもので、’90年の芸術院展の展覧会ではチラシや図録の表紙になっていた。青い色の単色系の絵が多いのに、珍しいくらい多色で暖色系だと思ったものだが、それから18年経ってこの絵が能衣装からの配色にヒントを得たことを知った。
なるほど納得する話である。

『雪降る』 好きな絵。少しの林があり、川の流れがあり、そして雪は振り続ける。
こうした絵を見ていると、強い精神力と抑制と言うものを感じる。もっと描き加えたくなるのではないか、と勝手な想像が湧くのである。しかしそんなことはせず、必要なものだけを描く。それがこうして深く心に染み入る絵になる。

『たにま』の小特集があった。
スケッチが五種出ていた。下絵も大下絵もある。微妙な変遷がある。マティスの変遷のプロセスを見る展覧会があったが、それにも劣らぬ魂の呻吟がある。
しかしそりは絵の白・・・雪に埋もれさせられていた。
この絵は某社の今年のカレンダーの一月二月に選ばれていた。

去年春の『魁夷と川崎小虎』展の中で、舅の小虎が魁夷の北欧の美を生み出すきっかけを与えたことを知った。
<ヨーロッパの風景> 修行半ばのままドイツ留学から帰国せざるをえなかった頃と違い、今度の旅は豊かな実りを齎し、魁夷の美の一つの頂点を見せてくれたように思う。

『映像』mir663.jpg

墨絵のような配色だが、全く異なるものである。アスパラガスのような木々。漆黒の闇に活きる木々。それらが何の邪魔も受けず、水面に反映されている。
少しの色の違いを見せながら。
人間の生存を、動物の存在を、決して許さぬ林と湖とが、そこにある。

『二つの月』 こちらも先の『映像』同様水面に林立する木々が映し出される絵だが、全く違う世界を描いている。満月に近い月が映ることで、和やかさが生まれている。
配色が異なるから当然かも知れぬが、この絵には和やかな微笑を感じるのだった。

『白夜』 こちらも水面に木々が映っている。手前の少し右よりにある一本の枯木がいい。どう「いい」のかは口では説明できないし、書いても届かない。この木はきっと湖に移るすべてを見ているのだ。そして春になり、自分が豊かな肉付きを見せた頃、水面に映った何かを葉や実に伝えるのかもしれない。

『冬華』mir665-1.jpg

今回どうもこの白さに惹かれてならない。満月は白く円く光を放ち、月下の一本の木はその光を吸い込んで白く豊かな広がりを見せている。
わたしの今回のベストはこの絵と『映像』なのだった。

<白馬のいる風景> 昔、ひどく惹かれた。元々馬は好きなのだが、魁夷の描く白馬には人の手の及ばぬ尊さを、穢れの無さを感じた。そのファンタスティックな美にときめいた。
こんな馬を描くのは他には、ロシアのユーリ・ノルシュテインしかいない。『霧の中のハリネズミ』を道に迷わせたやさしく美しい白馬。幻のようにふと霧の中から姿を見せる白馬。
あの映像を見たとき、ノルシュテインは魁夷の「見た」白馬を一緒に「見た」のではないか、と思った。
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<日本の風景> 丁度十年前、茨木市立川端康成記念館で魁夷と川端の展覧会を見て、二人の交友を知った。そして少し前『川端と魁夷』展が巡回し、京都で見た。
『美しい日本の私』という講演会を世界に向けて話す川端の影響を受けてか、魁夷の意識が日本に向けられた、とそのときの解説にあったように思う。

『北山初雪』『年暮る』は同年(’68)の作で、どちらも京都を描いている。
雪を冠った北山杉と、日本家屋立ち並ぶその屋根屋根に雪が降り積もる。
深い静けさに満ちた絵。北山の方は、それでもまだどことなくとぼけたような味わいもあるが、年・・の方は静かな厳しさがある。除夜の鐘が鳴り響くその前の時間帯、息を潜めているような。
しかしその一方、これは川端の『古都』の生き別れの姉妹がそれぞれ住まう場を描いているようにも、思える。『古都』の挿絵は小磯だった。人物を描かない魁夷の絵の見えないどこかに、小磯の描いた美しい姉妹がそっと隠れているのかもしれない。
そんな想像が湧いていた。

<町・建物> 時々思うのは、魁夷の町・建物の風景画を受け継いでいるのは、安野光雅ではなかろうか、と。安野氏も『旅の画家』で、心に残る名作が多い。「似た絵を描いている」というのではなく、魂のつながりがあるような気がする。

『晩鐘』『緑のハイデルベルク』は北澤美術館以来の再会だが、これらの絵のイメージが、結局常に心にあるばかりに、実際にそのモデルになった町へ出掛けては、少なからず失望することが、ある。何も全ての風景に魁夷が優っているわけではないが、そんなときは、自分の<眼>が魁夷の作品に負けた、ということだと知らされる。実物よりも魁夷の眼を通した虚像に惹かれたのである。

『雪の城』 この絵を見ると、ヨツンハイム(北欧神話の巨人の国)や、『雪の女王』の宮殿を想う。絵の遠近法を改めて思う。凄い構図。向うの雪の城に否応無く、何かの予感を覚えるのだった。
『雪の城』から逃れ得たカイとゲルダの住む家は、こんな家だと思うのが、『マリアの壁』。 ある町のある家の玄関の上の壁に聖母子と天使たちが描かれている。白い壁は少し薄汚れているが、それは瑕ではなく優しい時間の流れの証なのかもしれない。
残念ながらこの絵は前期に出たので、わたしは目の当たりにしていない。
自分の持つ画集の中でも好きな絵。

<窓> 魁夷には窓の絵が多い。窓を描いたもの・窓から見たものを描いたもの・・・
建物にとって窓は眼である。それはいくらでも魅力的になる。

『門』 迎賓館の正面図。嬉しい、とても嬉しい。一度だけ迎賓館に入ったことがある。
そのすばらしさには、今もときめく。全然関係ないが、この帰途のANAでSMAPと同乗し、慎吾くんの愛嬌に惹かれ、今に至るまでファンになっている。

『窓』mir666.jpg

古い拵えのローテンブルクのある家。小さくとも堅固な窓の上には1537の数字が書かれている。力強い実感がある。

『コペンハーゲンの街(習作)』 窓の飾り格子から眺めた風景。 こうした構図、好き。

<唐招提寺の障壁画> これはわざわざ大工さんを招いてそのように設営したものなので、なんとなくいい匂いがした。
スケッチと試作なども集まっている。’87夏に(もう20年以前!)難波の高島屋で唐招提寺展があり、そこでもこんな風なしつらえがされていた。懐かしい。
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<おわりなき旅> 最終章として’80年代から絶筆までが集まっている。
円熟、という言葉は似合わないように思う。ますますよくなった、というのもおかしい。
ある時点で東山魁夷は完成し、それ以降は完全に固定されたように思う。
だから衰えも無い。
『夕星』を描いて、それで円寂した。mir665-2.jpg


『冬の旅』 この冬の旅は日本の冬の旅だと思う。シューベルトのそれではない。
春を待ち望むからこその、冬の旅。そんな感覚がある。

『白い朝』mir665.jpg

雪を載せた枝に二羽の鳩らしき鳥が寄り添っている。
これを見たとき、同じ世代・同じ日本画家である上村松篁さんのことが思い出された。

驚くことはなかったが、それでもやはり観客が多い展覧会だった。
こういう作品群を見ると、気持ちが清くなるのだった。




『霧の中のハリネズミ』を見る。

今日は別記事を予定していたが、fc2ブログの調子が悪いそうで、復旧が今になったようだ。
たいへんでしょうが、これからもがんばってください。

それでyoutubeで遊んでいたら、嬉しいことにユーリ・ノルシュテインの『霧の中のハリネズミ』の映像があった。
これは明日挙げる記事とも少しリンクしあうし、わたし自身がまず何よりも嬉しいので、ここにあげる。


山川惣治 少年ケニヤ

四半期ごとに展覧会のある弥生美術館の会員になってから、もう随分経つ。
伊藤彦造や内藤ルネの回顧展など複数回行われた展覧会もあるが、山川惣治は初めて。
(’04年の南洋一郎ら冒険小説の世界展のときに少しだけ出ていたが)
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わたしの母やオジの世代はそれこそリアルタイムに『少年ケニヤ』『少年王者』に親しんでいたが、わたしは’83年の角川による『少年ケニヤ』まで、実物を見たことがなかった。
その当時わたしと同世代の人で元ネタを知るのは、あんまりいなかったのではないか。
当時キリンレモンがノベルティとしてグラスをプレゼントし、わたしは使うことなく今も手元に残している。
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晩年になってから再びスポットライトが当たる、と言うのはなかなか面白いことだと思う。
新作発表の機会が与えられ(しんどいだろうけど)、過去の栄光が復活する。
角川は最初にその手法で横溝正史をライトアップし、一大ブームを巻き起こした。
わたしもいまだに金田一さんが好きだ。今見てもとても面白いし、原作もとても面白い。
さて今回は山川惣治なのだが、角川が気合入れて売り出したとき、新しい雑誌も創刊してそこに山川の新作も掲載した。武田泰淳原作の『十三妹』(シーサンメイ)。
当時すでに中国文学が好きなわたしは「やたっ」とか思って何度か読んだが、最後まではその雑誌を読めなかった。今回久しぶりに単行本や原画を見て嬉しい気持ちになった。
とは言えこれは山川晩年の作品。やはり少年ケニヤや少年王者でないとあきませんな。

絵がきれいと言うことに改めて気づかされる。
けなげで真っ直ぐな心根の、逞しくもやさしい少年。心の美しさ・強さがその風貌にも顕れる。みつめるわたしは絵の中の少女のようにどきどきする。
『少年ケニヤ』は戦前の日本少年ワタルがお父さんと一緒にアフリカに渡り、そこで生き別れになることから話が始まる。
マサイの誇り高い戦士ゼガという賢く強い老人と共に旅をする中で、赤ん坊の頃に攫われて生神扱いされて生きる孤独な少女ケイトを知る。紆余曲折の果て、三人は旅をすることになるが、タダの旅ではなく古代恐竜が現れたり強敵が出たりで、波乱万丈なんてものではないのだ。
メモを取りながらこの絵物語を眺めているが、ドキドキする。
次から次か。絵物語だからマンガではないのだが、小説とマンガとの橋渡し的存在なのだということに、改めて気づかされる。

わたしの好きな絵は、ワタル少年とケイトが同時に海面に顔を出すところ。
この絵がとても綺麗だと思った。ゼッゼッと荒い息を吐くのまで感じる。
こういうのにときめくんだよな。もう本当に見どころが多い。

『少年王者』はターザンの話のような感じで、ゴリラのお母さんに育てられた日本少年が従妹のすい子さんに出会うことから、文明に還るか否かで色々悩む。
人間である自覚を持った以上は、どうしようもないかもしれない。しかしその一方で、帰ったところで適応できるのかどうか、ということに色々とわたしなんかは考え込んでしまうな。社会不適応者としていたたまれなさをかんじるのではないか、ということ。
昔、『グレイストーク』という映画があった。これはターザンがイギリス貴族グレイストーク家に戻ったものの自分が何者かアイデンティティに悩む話だった。
故郷である密林を懐かしむけれど、そこへ戻る道は最早鎖されている。戻ったとしてもかつての黄金の日々は二度と戻らない。
一度全く違う世界に足を踏み入れた者は、どこへも帰属できないのだ、ということを色々と考えさせられた。
しかしここではそんなことは考えてはいけない。
このジャングルの少年には敵もいるが味方もいる。
ところがこの味方の一人にめちゃくちゃなのがいる。
顔から上半身が崩れたらしく、常にミイラもびっくりファラオも驚く、みたいなナリの正義の人がいるのだ。しかもそんなのくせに、なにやらオーパーツを持ってたり、ありえない科学兵器を駆使するのだ。
しかもその正体はナゾ。う~~む。アメンホテップさんはヘルメットのような装甲車で現れてましたわ。

しかしそれにしても話は破天荒だけど、絵の綺麗さ・迫力に押されて、グイグイ読まされるなぁ。
戦前の紙芝居もいい。『勇犬・軍人号』ていう働く犬の話とか、ニーベルンゲンの指輪とか。
『虎の人』にはかなりウケた。タイガーマスクみたいなのがいるな、と思ったらマスクやのーて、顔が虎の虎人間なのでした。
ちなみにわたしも『虎の人』ただしそれは阪神タイガースファン・虎党ということで。
だから話の中でインドの奥地にある虎神教・・・というのを見て、「大阪にもあるゾ」と呟いてしまった。(関係ないが、高村薫さんが新聞に「阪神ファンは負けようが勝とうが阪神タイガースを決して見離すことはない。なぜなら彼らにとって阪神は神なのだ。現に名前の中に<神>がいる。かれらは阪神タイガースの信者なのだ」・・・というようなことを書かれていて、すごく大納得したことがある)
ところで、この虎の人は口が聞けず、猫類らしく「ゴロゴロ」とのどを鳴らす。それを豆虎というちょっとトリックスターめいた怪人が翻訳するのだった。むろんこの豆虎も虎人間。
話は案外暗いのだが、キャラに不思議なおかしみがあるので、それがいい感じ。

それから『ノックアウトQ』 これは自伝でもあり、友人の物語でもある。同じ印刷所で働く友人の一人がアメリカに渡り、ボクサーとして大活躍する。ついた呼び名がノックアウトQ。しかし昭和11年28歳で急死する。その物語を山川は愛惜と誇りとをこめて描く。
この『ノックアウトQ』に感動して梶原一騎は『あしたのジョー』を生みだしたそうだ。

ところでわたしが子どもの頃、日曜の朝には繰り返し再放送されたアニメがあった。
世界名作もの(ハイジやフランダースの犬、ラスカルなど)と、そして『いなかっぺ大将』または『荒野の少年イサム』だった。
あとの二つは川崎のぼるの原作だが、数年前カラオケで『イサム』の原作が山川だと知って驚いた。
『イサム』は西部劇の話で、お父さんが日本の武士だったのだ。1シーンだけそんな記憶がある。
歌はアカペラで歌えるが、話の細かいことは忘れている。
しかしジャンプコミックスのそれが並ぶのを見て、ちょっと泣けてしまった。

惜しいのは、前述の展覧会で見た『少年タイガー』がなかったこと。あれはなかなかよかったので残念。そのとき買った絵葉書だけあげておきます。
mir661.jpg  ときめくなぁ。

最後の方に一つだけ途轍もなく怖いものがあった。『骨ノ兵隊』。二、三枚しか絵がないのでよくわからないが、それでも怖い。何かついてくるものを感じる少年。それを父に言うと、父も何か憑いて来たな、と答える。灯りをつけると、父と自分との間に骨の兵隊さんが座っている・・・ こわ・・・。

かなりドキドキ度の高い展覧会だった。
お客さんも今回は昔の少女だけでなく、昔の少年も多かった。

楽しんだ後、三階の高畠華宵コーナーに行く。今回は『花』にまつわる作品を並べている。
特に良かったのは、エジプトの姫君がプールの水蓮を眺めるもの。わたしは熱国の姫君が睡蓮を愛でる絵と言うものが、とても好きなのだ。
併設の夢二美術館では『夢二の七つの顔』(多羅尾判内か)展が開かれていて、抒情画・童画・日本画・装幀・楽譜・紀行などが集まっていた。
わたしの大好きなパラダイス双六もある。img610.jpg 
とても嬉しい。
どちらの展覧会も六月末まで。大いに楽しんでください。

柿右衛門と鍋島

出光の磁器コレクションは昔から好きなので、機嫌よくでかけた。
しかも柿右衛門と鍋島がメインらしいので、にこにこほくほく。
何がどうとか、これがこうとか、言うことはやめて楽しみましょう。
すごく気持ちいい。
何を見てもどれを見ても嬉しい。
ええですね、ホンマに。
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特に好きなのはやっぱり花柄とか、小禽とか飛んでるような柄。
抽象的なのや人物画より、そっちですね。
磁器は見て楽しむ<純粋鑑賞>だけでなく、実際の<用の美>を求めるから、好き嫌いが完全に分かれるみたい。
でも好みでないものであっても、それはそれこそ<純粋鑑賞>になるので、評価がゆるくなる。
ぬるいことを言うてるかもしれないが、「これはこれでいい。好みではないけれど」と言うことです。

染付花蝶文皿 蝶の文様もきれい。以前神坂雪佳のデザインした染付で蝶の舞う舞う皿に惹かれたが、今回もときめく。絵の蝶も生きてる蝶も大好き。標本も可哀想だけど、好きです。

麦・芥子図屏風 狩野重信  これを見て’06年二月のバーク・コレクションの麦図屏風を思い出した。そんな胸のすくような良さがある。また一方で金の煌きも作用して、キラキラしたファンタジックなものも感じる。江戸時代の人々はこの絵を見てどんな気持ちになったのだろう。ちょっと想像するだけで楽しい。

鍋島でいちばん好きなのは、椿文と桜文。そのどちらもがあり、見るだけで嬉しい。発色もいい。
柿右衛門には中国の故事を描いたものも多い。愛蓮家の周茂叔や司馬温公の甕割り話など。

明末から清初にかけて作られた白磁観音像を見て、芥川の『黒衣聖母』を思い出した。こちらはそんな悪意など感じさせない、艶かしい観音像だったが。

色絵梅花文角皿  梅と言うよりモッコウバラ。わりとリアルな線描で、初代柿右衛門の作で「承應貮歳」(1653)の銘がある。パッと見は清朝末の器のような絵柄だった。下地には綾とか波の陰刻ありました。ところが書いてる今、その綾とか言うのが本当はなんと言うのかを度忘れしている。なさけない。

色絵梅花鶯文富士山型皿  これは何度も見ている。というより、以前富士山信仰の展覧会があったときにも、出光から代表選手としてその展に参加していた。だからこれには親しみがあるのだ。

色絵花鳥文蓋物 柿右衛門  蓋のつまみが狗で、目つきが悪いところが可愛い!顔を上げて天を睨んでいるが、狗一匹、この大地を守り抜くゾ的な気概に満ちている。

ドレスデンの展覧会でも見たような鉢や、そのザクセン選帝侯アウグスト二世が作らせた器なども色々あり、本当に百花繚乱な展示だった。

最後に陶器の狛犬が二体きていた。元禄の頃と江戸初期のと。二年ほど前、陶器の狛犬ばかり集めた展覧会を見たが、それ以来こんな狛犬さんたちにも愛着がある。可愛い、とても可愛い。彼らは出口間近にいた。本当は触りたい。わたしは狛犬さんを見ると撫でずにいられないのだ。

シミジミいい展覧会だった。大いに楽しんだのでした。

ヴラマンク展を見に行く

新宿も渋谷も実はニガテなのだが、それぞれ魅力的な美術館があるので、やっぱり出かけるしかない。
損保ジャパンでヴラマンク展。それが見たくてのこのこ。
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思えばこれまで大掛かりなヴラマンク展は見たことがない。
『フランス近代絵画名品展』などか、どこかの常設でしか知らない。
あとはドキドキしながらヴラマンクに絵を見せに行った我らが佐伯祐三を「アカデミック!」と叱咤したことくらいか。
叱咤かノノシッたかはビミョーなところだが、それで佐伯ががんばったのだから、やっぱりタマシイのお師匠さんなのかもしれない。

ヴラマンクと言えば、激しい色調と塗り方の風景画か花瓶の花たちがすぐに思い浮かぶが、特にこれ!という作品がどうもわたしにはないような気が。
ウルトラマリンを使った絵がパッと浮かんだが、タイトルはなんだったか。
とりあえず機嫌よく見よう。

ル・アーヴル港の帆船  波はモザイク風で珍しいなと思った。'06だからまだ試行錯誤の頃かもしれない。
リュエイユの帆船  波に赤色が混ざってる。赤い海になる?。
ル・アーヴル、港の停泊所 船のどてっぱらがどーん。煙が出ているのはナゼ?
・・・百年前の港の絵を見たわけです。

花瓶に生けた赤と白の花  こういうのが好きなので、見ていて嬉しい。

煙突のある風景  屋根屋根している。こういう作品はわたしのシュミに合うので、ナガナガと眺める。

ヴェルヌイユへの道  男と女がいる。これは自身と彼女なのか。そんなことを考えた。

だいたい’20年代が好きなので、その時代に描かれた作品はなんでもよく見えてしまう。
でもそこでヴラマンクは立ち止まったわけではない。あと30年、かれは描き続けた。

花を生けた花瓶 瓶は白か銀黒が多い。これもそう。しかし茶色の瓶もある。
茶色い花瓶の花束  チョコ色の花瓶には白い花・青い花が生けられている。色彩感覚に惹かれる。
結局ヴラマンクは線より色調なのだ。

雷雨の日の収穫  オレンジ色が凄い。そして空の色。雷雨の情景が迫ってくる。凄い色合わせ。
今回やはり、この絵がいちばんよかった。
チラシに選ばれているのもわかる。

そういえばこの近年、損保ジャパンのチラシはなかなか個性的だと思う。ロゴの字体もそう。
いい感じ。

ヴラマンクの絵は見ていると胸を強く圧すものがあるが、和やかな気持ちにはなかなかなれない。
画家もそれを望んでいるわけでもないだろうし。
個としてこれがいいあれがいい、というのはなかったが、総じていいものを見たな、という気分が残った。
こういう展覧会は行ける限り行きたいと思う。
okiさん、チケットありがとうございました。

「対称の美」をみる

近代日本画と洋画に見る対称の美。
技法や道具だけでない<なにか>がそこにあるのか。
なにがあるのか。

泉屋分館は好きな美術館で、都内ハイカイには必ず向かう場所だ。
何を展示しようとも必ず見ている。
リストを見ると、それぞれ風景や静物画、歴史画、美人画などがその<対象>となっている。トーナメント方式のようなものかもしれない。
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風景を描く(洋画)
鹿子木孟郎 ノルマンディーの浜  どちらかと言えば怖い顔立ちの奥さんとちび姉妹らがいて、その向うに象さんのようなカタチの岩が見える。モネがよく描いていたあの岩。
エトルアだったか、そんな名前のような気がする。

梅原龍三郎 北京長安街  赤い屋根がいちめんに広がる街には、緑も深く濃い。今の季節に描かれたのだろうか。梅原の色彩は常に華麗だ。いやなひとにはいやなものかもしれないが。

モネ モンソー公園  これは泉屋のちょっと自慢の絵なのだが、案外世評はよくないようだ。しかしわたしは好き。元々「公園の絵」そのものが好きなので、わたしの評価は甘い。いい感じの公園だとか、木花が可愛いとか、モネだからと言うことを忘れて、そんなことを思う。

故事・歴史を描く(洋画)
ジャン=ポール・ローランス 年代記  百年前のアカデミックな絵。爺さんが室内で孫のように若い女に年代記を。この絵を見ていると、明治初の洋画のようで、なんとなく油絵という言葉の本来の意味を感じる。

小杉放庵 金太郎遊行図  放庵の金太郎シリーズは色々見ているが、この金太郎も可愛い。クマに乗りアケビやブドウを土産にしている。ウサギもついてくる。みんなニコニコ。
見るこちらもニコニコ。

故事・歴史を描く(日本画)
原田西湖 乾坤再明  アメノウズメのダンスです。アメノウズメのダンスは日本画では他に梶田半古や富岡鉄斎の絵がある。右端には他に常世長鳴鳥もいるが、こやつらはわたしの目からサヨナラするにして、アメノウズメの表情が何とも言えず良いな、と思う。
こういう表情は日本画のほかには見ない。洋画ではありえない表情だと思う。
恍惚。それを画家は描く。

堂本印象 北条時宗  厳しい顔立ちの若き執権。未曾有の国難に対する意志力の強さが見る者にも伝わる。’43年と言う時代の中で生まれた作品なのだ。

菊池容斎 鼠狐言帰  鼠の嫁入り譚を描いたシーンが開かれていた。丁度お嫁入りのところ。陸尺も餅運びも皆とてもリアル。狐のそれは見れなかった。
これを見ているとき丁度、列品解説があったが、この絵は戯画ですかと問うひとがあった。
学芸員さんは言下に違う、と答えていたがそれでは菊池容斎は何を目的にこの絵を描いたのだろうか。鼠婚だけなら身分相応と言うことの誡め、とも受け取れるが。
そこのところを聞いたみたかった。残念。

美人画と肖像画
上島鳳山 十二ヶ月美人のうち 青簾、七夕、姮娥・・・と夏の絵が出ていた。団扇を持って佇む和美人に、子どもの手を止める女や、侍女の少女にウサギをダッコさせる中国の女神、となかなか楽しい。これらがカレンダーだと思えばまた別種の興趣が湧いて来る。

岡田三郎助 五葉蔦  この絵も分館自慢の一枚。百年前のある夏の日、丸髷の女が浴衣を着てこちらをみつめている。洋画による美人画。

岸田劉生 二人麗子図  泉屋分館が出来て初めて世に出たのではなかろうか。京都の本館では見たことがなく、東京でしか知らない。ドッペルゲンガー的な絵画だという評も見たが、それは西洋的解釈のように思う。日本と言うより、東洋的な視線で見ればこの二人麗子にはなんら不思議はないのではないか。

小磯良平 踊り子二人  白いチュチュをつけた二人のバレリーナが中央に立つ。周囲はやや抽象的な描き方をされている。華やかさよりも、力強さを二人から感じる。

花鳥画対静物画
梅原 餅花手瓶薔薇  薄い青の目立つ薄い綺麗な絵。餅花手とは明代末期の互須手の一種。瑠璃釉あるいは茶褐釉をかけて素地を覆い、 その表面に白濁釉で文様を描いたもの。白で表した点の部分が、餅花のように見えるところからいう。ということだが、その翻訳がswatowなのにときめいた。好みではないがスワトウ刺繍を思い出したのだった。

木島桜谷 秋野孤鹿  見返りの鹿がいる。桜谷の描く動物たちはいつも静かだ。こうした絵が泉屋にあることを思うと、やはり住友は大阪京都の文化を愛したのだ、と実感する。
鹿ケ谷の泉屋博古館から桜谷文庫までの道のりを、なんとなく考えた。

熊谷守一 野草  埼玉で回顧展を楽しんでから、熊谷に対してなにやら親しみを感じるようになった。だからこの野草にも「コンニチハ」と声をかけた。
しかし<対象の美>とは言え、熊谷の特異性は全ての絵画の中でも際立っているので、対象しいようがないのではないか。・・・まぁあんまり難しく考えず、楽しめばいいか。

岡鹿之助 三色スミレ  これは最晩年の作で遺作に近いそうだ。うっとりするほど静謐な絵。
今ブリヂストンで回顧展があるから来月みに行くが、岡のこの静けさは得難いものがある、といつも思う。背景の色も静かなブルー。何年か前、京都の近代美術館で見た回顧展でも静けさを感じていたから、多分ずっと岡の絵を見れば静謐さを感じるのだろう。

意図された<対称の美>はみつけられなかったが、それでも楽しく見て回れた。
いい気持ちで美術館を出て行った。

東京都写真美術館の三つの展覧会

恵比寿の東京都写真美術館に行って、三つの展覧会を見た。
『紫禁城写真』『シュルレアリスムと写真 痙攣する美』『知られざる鬼才 マリオ・ジャコメッティ』
どれがどうよかったか、どうでもよかったか、そんなことをごく私的な感想で綴る。

少し前に旧朝香宮邸の庭園美術館で『建築の記憶』展をみた。
この中で伊東忠太と小川一眞のコラボを見たが、それが紫禁城だった
明治の写真家・小川の写した紫禁城には、胸がかきむしられるようなせつなさを感じた。
失われたものへの郷愁、という言葉だけでは捉えきれない感情がそこにある。
今回その胸の痛みを再び味わうために出かけたのだが、最初に見たのはそれとは異なる作品だった。
中国の若いカメラマン侯元超による、小川から百年後の紫禁城写真がそこに展開されていた。全く同じ構図のモノクローム作品である。百年の時の流れを追想する、と美術館は謳う。なるほど、そうかもしれない。
侯氏の写真には、不思議な明るさを感じた。それはきっと紫禁城の辿った時代の変遷を、わたしが知るからそう感じたのかもしれない。
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今の紫禁城は観光名所・世界遺産なのである。みんなが見たがるすばらしい建造物なのだ。
かつて紫色を禁じられ、明清朝の栄光と破滅とをみつめた建物とは、性質が違うのだ。
しかし侯氏は小川の百年前の写真、百年前の紫禁城を現代に蘇らせるように、撮影する。
ただ、それはどことなく嘘くさく、ハリボテのような感があった。
違和感はとうとう最後まで付きまとい、それがもしかすると百年と言う時間の正体なのかも、とわたしには思えた。

忠太は明治の人だから、最早平成人にはその言語は通じぬらしく、解説文は全て現代語に意訳されていた。そのこと自体にわたしは少し身を引く。
忠太の言葉そのものを期待していたわたしは疎外されていた。しかしそれも仕方ない。
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天安門、太和門、乾清宮などこれまでTVなどで見知った建造物がある。
しかしそれらは全てその当時のカラーでみた映像なので、ここにあるものとは全くの別物に見えた。

太和門藻井(そうせい=組天井) チラシ右下。すばらしい、としか言いようがない。
中華装飾の粋と言うべきものがそこにある。以前、この装飾文様の写しを見たことがあるが、実際の状況と言うものを見ていないだけに、ただただ感心した。
明代の文化の爛熟期に生まれたのか、清朝の盛期に造られたかは知らぬが、なんと言う美しさか。この組天井を見ただけでクラクラした。

同じ藻井でも、太和殿宝座のそれは折上げ格天井の態を成している。そして四本の柱は金色に塗られているそうだ。

乾清門前左右の袖牆(そでがき=門の袖に作られた脇的存在)日本の袖垣とは全く発想が違うので、説明しづらいが、これもまた立派だった。紋章のような装飾がそこにある。
同じアジアでありながらも、全く異なる文化と美意識と発想なのだ。

乾清宮前面の廂 これも延々と続くもので、見るからに美しい。数年前上海に近代建築ツアーに出たが、上海灘のそれらより、豫園や蘇州の明代の庭園にひどく惹かれたものだった。これを見て、そのことを思い出した。

交泰殿宝座の上に於ける藻井  この写真を見て村上もとか『龍 RON』での太和殿宝座の天井部の軒轅鏡を思い出した。そこには黄龍玉璧が隠されていた・・・

他にも太和殿前の獅子、鶴、亀の銅像や、屋根に連なる鬼龍子ら、饕餮文の入った香炉など、わたしの好むものばかりがあった。実にいい気持ちで見て回り、アタマの中に坂本龍一の『ラスト・エンペラー』のピアノ曲を流しながら、出て行った。

次に見たのは『痙攣する美』である。
リストがないので自分で書き散らしたが、どうも前半のシュルレアリスム以前の作品にばかり、わたしの好みは偏っている。
マン・レイの有名な作品がいくつかと、アジェやブラッサイの作品があるだけで、わたしは嬉しい。
マン・レイの『キキ』もブラッサイの『ダリ』もとても素敵だが、パリの風景あるいは情景を写し撮ったアジェやブラッサイの作品には、ひどく惹かれる。

アジェ『1912.4.17 日蝕の間』 人々が日蝕を見ようとガラスを黒く塗ったものを眼に当てて、そちらに向かっている。なんとなくヒューマン・コメディーということを思う姿。

ブラッサイ『ノートルダム北塔の樋嘴』 怪獣の嘴。’33年の怪獣のある日。怪獣の姿は暁闇に包まれつつあるが、輪郭線ははっきり見えている。
‘29年の、シトロエンの広告イルミネーションの見える写真も素敵だ。’33『サン・ジャックの塔』も全て影のように見える。そして街角の灯りだけが・・・
こうした写真にときめいてどうにもならなくなる。
パリだと言うことはわかりきっているのに、どうしてか頭の中で『さらばベルリンの灯』のメインテーマが流れている。’66年のジョン=バリーの名曲。映画は陰鬱なスパイものだった。

アジェ『ルーアン、サンパレス通りの家』'07。屋根の勾配の迫りかたの良さ!これはわたしの個人的嗜好にフィットしている。ユトリロの描いた修道院もこんな傾斜の屋根だった。建造物の撮影の場合、技法とか構図とかよりも、建物そのものへの偏愛度によって、わたしは左右される。

鶏卵紙か。「・・・切らん切らんと狂乱の態」「ケランケランは鶏卵のこと」というのがあった。
森下雨村あたりが言ったはずだ。(古いな、私)
・・・その用紙が巧くセピア色になり、そこに写る風景もますます魅力を増す。

アジェ『旧医学校(1483?1775)』 ドーム屋根が潜水メットのよう。『ハンニバル・ライジング』を思い出した。若きハンニバルは奨学医学生として、献体された遺体のホルマリン漬けの管理を一人でしていたが、この建物の中でそれが行われていたような気がした。

『回転木馬』 フランスが何故こんなにも回転木馬が好きなのかは知らない。この有名な写真を見ていると、わたしはいつも頭の中に音楽が流れるのを感じる。
とても好きな映画に『シベールの日曜日』’62がある。ここにも回転木馬が出ていた。
この写真の回転木馬が、少女の乗ったものかどうかはわからないけれど。

ブラッサイの猛獣狩り三態。『オルシーニ家の宮殿裏にある吸血蝙蝠』『森の中の亀』『グエル・パークのとかげ』・・・羽だけ見えていたり、苔むしていたり、ヘビな顔つきでも、なんとなく楽しい。

この辺りまではレトロな古写真と言うべきもので、わたしの嗜好にとても沿うのだった。
改めてアジェの建築写真を眺めると、装飾の細部写真が多い事に気づく。どうしてもそうなってしまう。とても実感としてわかる。
だからアジェが好きなのだと思う。

シュルレアリスム 痙攣する美  これをいよいよ眺める。

インドリッヒの作品を見ていると、ドールハウスやコーネルの箱を思い出す。
エキゾティックな顔立ちの少年が窓に寄り添う。絵だと言うことはわかっていても、写真の中の現実として、彼は活きている。
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ベルメールの身体の一部だけの作品を見ていると、小出楢重の随筆が思い浮かぶ。
「一部分というものは奇怪にして気味のよくないものである。」
全てがあるうちでの一部分を眺めるのは好きなのだが、足だけとか手だけと言うのはなんだか怖いし、やはりいやだな。
しかしこの『痙攣する美』にはそうした作品が多い。
ヘルベルト・バイヤー『義眼』 箱にきちんきちんと詰められた義眼たち。
饅頭のようだ、とイヤシのわたしは思う。
義眼の当て字に「偽眼」と答えた人がいるらしいが、なんとなくこの写真を見てそれを思った。

どうも昔からシュルレアリスムはニガテなので、逃げ出してしまった。
最後に『知られざる鬼才 マリオ・ジャコメッリ』展を見た。
見る気はあまりなかったのだが、新聞の評で飯沢耕太郎氏が勧めていたので見る気になった。チラシはもうなくなっていた。リーフレットに辺見庸氏が一文を寄せている。
作品そのものより、二人の文章の方に惹かれるものを多く感じた。

写真のタイトルは全て詩歌から得たらしい。
遺作『この憶い出をきみに伝えん』 犬の剥製、犬、変な面のオジさん、廃墟、彼らの影、カラス。これらで構成されたシリーズもの。

『雪の劇場』 不気味な面の老女たち。KKKのようなモノが吊られている。なんとなくやなぎみわに通じるものを感じる。

『スプーン・リヴァー』 架空の村の墓碑銘より、<彼女>を探して。・・・こういうコンセプトにはひどく惹かれる。

『自然について知っていること』 これは随分多い数で構成されている。木賊のような枯れ枝の向う・・・武二の『耕到天』を思わせるような畑、ナゾな植物・・・

『私には自分の顔を愛撫する手がない』 司祭シリーズ。スタイリッシュだが、これもまた見るうちに苛立たしくなってきた。
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『スカンノ』 黒衣の老人たちの中に、一人の少年がいる。歩く少年。彼は一体何者になるのだろうか。・・・何かの予感を覚えるような作品がある。

見るうちに息苦しくなって来た。一応全部見たが、途中で逃げたくなった。実際、逃げた。
三つの展覧会を見て、わたしはやはり百年前の紫禁城に引篭もりたくなった。
痙攣する美の手前までで帰ればよかったような気も、した。
三つの展覧会のうち、紫禁城だけは5/18まで続いている。後はもう終わっている・・・

美術の中の遊びと装い 四条河原遊楽図屏風修理完成記念展

静嘉堂文庫には色々な名品があり、国宝と重文だけ集めた展覧会まで行なったことがある。
だから『四条河原遊楽図屏風』修理完成記念と銘打った『美術の中の遊びと装い』展が開催されることに何の不思議もない。
チラシを一目見ただけで、行くのは必然だと脳が命じる。
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チラシの下半分はその修理なった屏風。上部分にはピックアップされた人々がいる。
壁のパネル展示で修理前後を見せている。いちいちふむふむと頷きながらも、実物を見るときには忘れているのだが。

四条河原遊楽図屏風  改めて凝視、なめるように眺め、密着するようにみつめる。
右隻・・・舞台では虎や豹柄の毛皮を敷いた椅子に座り、三味線の演奏が続いている。
かぶりつきには、山伏や僧侶らしき姿もある。
隣はヤマアラシの見世物。なかなか可愛い顔をしている。お向かいはまず大女の見世物、犬芸、茶碗回し、風流笠をかぶるものたちによる音曲。
通りを行き交う駕籠たち。店ごとに半被の柄も違う。チラシにあるように駕籠の内から既に人形を楽しむ子と母がいる。駕籠の木目や簾の竹の組み方までよくわかる。
駕籠かきの中には赤い下帯が緩んで肉の露出した者もいる。
だらだら歩く若い奴ら、今とちっとも変わらない情景がそこにある。
犬の芸人は南蛮人のようなナリをしている。煙管か何かを咥えて輪潜りをする犬、着物に烏帽子の犬は後立ちして口に扇子を咥える。
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この右隻を見ていると、近藤ようこ氏の『せめて言葉をうらやかに』『月は東に 昴は西に』(『夕顔』所収)を思いだす。何度も読み返し、その度せつなくなる。

左隻・・・鴨川を渡る人々。デンデン太鼓売りの少年、「かまわぬ」のとんがり少年、川べりで子におしっこさせる母親、足萎えさんもいる。
今の話だが、四条大橋も三条大橋もあまりに車も人も多すぎて、歩行困難になっている。しかし間に架橋するのもナンですしねぇ・・・
女歌舞伎も人気で、こちらの客席ではもめごとも始まっている。観客も派手華美な衣装が目立ち、手提げ袋も可愛いし、根付に印籠もどう使われているのか、確かめた。
そのお向かいは狂言か何かしているようで、こちらはパネルの指摘をうけて眺めると、天目台が見えた。染付けの茶碗もある。
ああ、わたしもこの風景のどこかに入り込んだ気がする。

ところで解説の中で『露殿物語』が寛永年間の作で、というのがあり、その『露殿』は逸翁美術館のものだが、あれも今度新しい美術館がオープンすれば、展示されることがあるのだろうか。’90年代に一度だけ全巻見たきりだ・・・。
mir652-1.jpg クリックしてください。

歌舞伎図屏風  こちらは解説によると「漢画系絵師」の手によるものらしい。太鼓を打つ少女が見るからに闊達で、鼓うちは若い男たちだが、少女の元気さが目を惹く。笛吹きだけは月代をそっている。どうもそんなことが気にかかったりする。

十二か月風俗絵巻 菱川師宣筆 二巻
巻き替えがあるが、わたしが見たのは1.2.3.7.8.9の六ヶ月。どちらも左半分なのだろう。
1.万歳が屋敷の庭で言祝ぐ、2.初午、3.雛祭りの日に陸尺が雛人形を武家屋敷にお嫁入りの態で運び込む、7.外では盆踊りの人々、うちでは拝む人あり、8.床で観月の宴。舟遊びもある。9.秋野に遊ぶ・・・

雪月花三美人図 鈴木其一筆三幅対   これは古画を元に描いたものらしい。女と短冊のセットで、短冊の文字は師匠の抱一上人。左から写す。
花・・・なかれなる身に似わしき花筏(長門)
月・・・猪に抱かれて萩の一夜かな(高尾)
雪・・・初雪や誰か誠もひとつ・・ (薄雲)
いちばん好ましいのは黒地の着物の薄雲太夫だが、その句の最後二文字が思い出せない。
ま、えてしてこんなもんですか。

江口君図 円山応挙筆寛政6年(1794)  以前から好きな絵で、色んな江口君の中でも殊にいい。ゾウさんも静かに座っている。猫などと同じように手を懐にしまう座り方。
耳の小さいアジアゾウで、目も優しい。応挙美人はたいてい静かなように思う。幽霊から町の人からホトケサマまで。

雪中遊行図 礒田湖龍斎筆  「いちゃいちゃ」と言う言葉も今では死語だが、湖龍斎や春信の絵では活きている。相合傘の二人、男は半合羽、女は長合羽。ところでこのタイトルは「せっちゅう・ゆうこうず」と読む。なんとなく「うっふっふ」な感じがある。

白鼠を愛でる遊女と禿図  ハムスターと思えば可愛い白鼠 という感じかな、現代では。先の薄雲太夫はたいへんな猫好きで、猫の恩返しもあったくらいだが、中にはネズミをペットにするひともいるだろう。かむろたちもお世話を焼いて嬉しそうだ。

松下美人図 礫川亭一指筆  バラも咲く。薄物が透けてバラと同じ色合いになる美人。
これは完全に初見で、作者も知らない。顔はなかなか個性的だった。

雪見舟図 歌川国芳筆   国芳の肉筆画では女も活きる。すだれをぐっと開けて顔を出す女。
白に斑の椿柄の着物が素敵。半襟は白地に黒蝶。ああ、こういうセンス好きだな。
舟の中には海老の押し寿司がのぞいている。ちょっと食べたくなってきた。

芸妓図 渡辺崋山筆天保9年(1838)  賛がやたら長いな、と思えばこれは自賛で、この女は自分の愛妓だ云々と書いているらしい。「我が妓は質素ながら雨後の蓮の莟のよう」まぁ天保の改革もあるから「質素」てのは大事なポイントですわな。ねえさん、団扇の縁噛んではりまっせ。・・・弟子にこの絵を贈ったそうだ。

美人図巻 月僊筆  遊女の日常シーンを描いている。鉄漿、鬼灯を口に含んで笛を作ろうとしたり、三味線爪弾いたり、煙管をふかしたり、飲み食いしたり、中には怪談するののもいる。(わたしみたいな女やな)手をちゃんと幽霊手にしているのが楽しい。
月僊は画僧だったはずだが、こんなところまで見ていると言うことは、巻のままの向うにはどんな絵が隠されていることやら・・・変に期待してしまう。
ロートレック的視線か、國貞的視線か・・・。

住吉物語絵巻 鎌倉時代  大変綺麗な彩色。十二単も見事。嵯峨野での子の日遊び。小松引き。(重盛の説話を思い出す)それを垣間見た少将が早速コマメにラブレターを書く。邸内で仲良くお話する二人・・・継子いじめシーンは見なかった。

絵は大体こんな感じで楽しみ、工芸品もいいのがたいへん多かったのが嬉しい。
印籠は大阪市立美術館の一大コレクションで色んな名品を見ているが、やはり名品はいっぱいあるものだ。遊楽に使われた道具類を眺めるだけで、想像が広がる。

楽器蒔絵印籠・・・琵琶、笙、篳篥。小さいだけに巧妙精緻なのが目立つ。
袋に鼠蒔絵螺鈿印籠・木彫根付 鼠「平安齋」銘・・・白と黒のネズミ。銀かな。金の袋の中身にはカネが入っているのだろうか。そもそも大黒の袋の中には何があるのか。
猫に傘・紅葉散蒔絵印籠「奥仙 宮城住 清房工」銘・・・飼い猫のシマシマちゃんが転がる傘で雨宿り。可愛い。やっぱりネズミより猫だ。
山水蒔絵印籠「松林齋」銘・・・山水を表現するのに「肉合研出蒔絵」という技法を使っている。
奥行きを感じる。シシアイトギダシ。こんな小さな空間で色んな技法が活きているのだ。

南天蒔絵提重・・・梨地に赤い実。南繚の酒入れには桐などの柄が色々入っていて、綺麗。
藤蒔絵床几・・・随分小さいが、これは身分の高い女児用らしい。牡丹に燕柄の繻珍が張ってある。
おっちんするのに嬉しいような柄だ。
海松丸蒔絵鞘合口拵・・・ミル柄に合わせたか、柄は白鮫皮。
栗蒔絵小鼓胴・蒲公英蒔絵小鼓胴・・・とても可愛い。これは去年の今頃にも出ていた。 
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猩々梅蒔絵盃(三口)・・・後姿の猩々、注連縄、梅。全て緋色地の盃。
松竹梅蒔絵旅櫛箱・・・化粧ボックスと中身一式。これを持ってツアー参加はしんどいだろうな。
むろん自分で持たないだろうが・・・。わたしには無理そう。
琴棋書画蒔絵硯箱・・・琴柱が散らばるのがいい。こういう構図に惹かれる。ああ、なんとも言えずよいものだ。
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陶磁もいいのが出ていたが、面白いものだけ挙げる。
五彩桜花酒宴図大皿 景徳鎮窯清時代(18世紀)・・・康熙帝の時代に生まれたもので、康熙伊万里と呼ばれるもの。図柄は日本の花見宴会シーン。「えっメイド・イン・チャイナ?」と思わず声が出る。
ディズニーランドそっくりさんのテーマパークを作ったお国柄だ、と言ってはイケナイ。しかしまぁそれにしても・・・これは実物を見なければ、伝わらない面白さがある。

染付十二ヶ月盃 男山焼(十二枚)江戸?明治時代(19世紀)・・・夷講、夏越、餅つき、端午の節句、母衣舞などの月節句を染付で描く小皿。今、男山辺りには窯は残らないから、こうした焼き物があったことも、初めて知った。

色絵山水図水注 京焼  色絵牡丹文瓜形水注 薩摩焼・・・二つとも、紅茶ポットのような感じがある。外国人が喜んだろう。幕末の薩摩焼はどことなくオシャレで優雅だ。

長々と書いたが、この展覧会は本当に楽しかった。大雨の中でかけた甲斐のある、いい展覧会。
古美術がお好きな方には、強くお勧めしたい。

南蛮の夢 紅毛のまぼろし

府中市美術館の展覧会には、いつもときめきがある。
『南蛮の夢 紅毛のまぼろし』
タイトルを見ただけでときめきが生まれるのに、okiさんからチケットをいただいたのだ。
ときめき大増幅で、府中へ向かった。
副題『安土桃山から夢二まで』ますますわたしの好みではないか。
大阪の中津に『南蛮文化館』という5月と11月にしか開館しない南蛮文化専門美術館があり、以前出かけたことがある。そこの所蔵品や京博のそれらを思いながら会場に入る。

今回のコンセプトは、前述の南蛮紅毛人の闊歩した時代を想う『夢 まぼろし』を集めたものなので、同時代の遺物はそんなには出ていない。美術館のねらいはこうだ。
このたびの展覧会は、南蛮や紅毛の世界に触発され、思いを馳せた画家たちの作品を展望する、初の試みとなります。また、近代の人々のロマンティシズムをかき立てた、安土桃山・江戸時代の南蛮・紅毛に関わる遺品も併せてご覧いただきます。近代びとたちが過ぎ去った時代に見た夢やまぼろしを、追体験してみたいと思います。」
ではその通り追体験の旅に出よう。
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<政宗と常長―歴史画の中の南蛮>
仙台市博物館所蔵の国宝・慶長遣欧使節関係資料品がいくつかある。
十字架と聖母子像のあるメダイヨン、鞍などのほか、支倉常長の肖像画など。その模本を児島虎次郎が描いているが、それもたいへん巧いと思った。
そういえば‘85大河ドラマ『独眼竜政宗』ではその悲劇の人を『青葉城恋歌』のさとう宗幸が演じていた。

慶長遣欧使節と言えば、山種所蔵の守屋多々志の、早大の前田青邨の、少年像が思い浮かぶ。それから古いことを言うけれど北村寿夫『紅孔雀』もまたこの使節ゆかりの物語なのだった。枢機卿から鍵を渡されて、そこから波乱万丈の物語が始まる・・・
わたしはラジオドラマではなく、人形劇で見た世代。フィルムライブラリーでは映画も見たが。(東千代之介があんまり美麗でドキドキした)

日本画家たちによる肖像画がいくつも出ていた。
今村紫紅『伊達政宗』はハマ美にあるから何度か見ているが、福田恵一という画家は初見。
ロマンを感じさせる歴史画が多いので、なかなか私の好み。
『信長上洛』 付き従う少年も鬣をきちんきちんと分け結ばれた黒馬も、みんなきれい。
『淀殿』 凄まじく派手な打掛は辻が花ではないように思う。大きな絵だが、これは大坂城天守閣所蔵なのに、記憶がない。

<蘭学の風景>
亜欧堂の版画などで、腑分け図や地図、ネーデルラントの独立図などがある。
司馬江漢『皮工図』鞣す様子も描かれ、その『江漢工房』を描いたのは野田九甫だった。
野田は『阪神名所図』などに名作が多いが、忘れられた画家なのかもしれない。

<南蛮・紅毛の追憶>
桃山から江戸時代の作品は長崎歴史文化博物館から出ているが、ここは少し前に大評判になった『BIOMBO』展にも名品を出した博物館なのだった。
『南蛮人来朝の図』 南蛮船と、そこから降りて街中を行く一行。数珠屋がへんに目立った。船にはやはりナゾな部屋がいくつかある。
『螺鈿蒔絵四季彩洋櫃』 これは今まで見てきた螺鈿蒔絵洋櫃の中でもベストだと思う。
すばらしい美しさに満ちていた。花鳥図なのだが、楽園をそのまま工芸にしたかのような構図だった。本当に見事だと思う。
『阿蘭陀人食事の図』 テーブルには大皿に牛の頭が、フォークが可愛く描かれている。
木版画なのだが、なんとなく面白い。
ガラス絵もいくつかあり、長崎文化の楽しさが感じられる。いいなぁ、こういうの。

中村岳陵『南蛮人渡来図』 七人の南蛮人がいる。(数えたのだ)へんな黒犬が可愛いし、鸚鵡やトラと言った「南蛮」そのもののような生きものがいるのがいい。商人もいれば、出迎えるパーデレもいる。

川上澄生と竹久夢二ほど<南蛮紅毛>ものを多く描いた画家はいないのではないか。
エキゾティックさにときめいた、と言う以上に本当に好きなのだと感心するばかりだ。
画像はこちらで見れる。
色んな木版彩色画を見たが、どれもこれも本当にこの展覧会タイトル『南蛮の夢 紅毛のまぼろし』そのものだと思う。
むろん描いた川上を始め、この展覧会を見る我々は誰一人としてその頃の南蛮の夢も紅毛のまぼろしも実際には見ず、ただ追体験しているのに過ぎないが、それにしても川上のこの作品群の魅力はどうだろう。
我々のイメージする「日本に来た南蛮文化」そのものを、川上はまるで現地に出かけて実際に楽しんだように、描いている。この展覧会の中核として、川上の作品は活きている。

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<夢想する人々>
福富コレクションから清方や輝方の名品が来ていた。
鏑木清方『化粧』 昭和戦前のパーマネントをかけた髪に着物の若い女がいる。その背景には南蛮船と鸚鵡がある。このパーマネントを見て思い出すのが祖母の若い頃の写真。
昭和初期のご大典の提灯行列のときの姿などが、丁度こんな感じだった。

池田輝方『ぎやまんの酒』 久しぶりに見たが、以前から大好きな作品。背景の壁のカラフルなグリッドが素敵だ。ぎやまんに入れた洋酒を味わい、うっとり頬を染める・・・
『ぎやまんの鐘』なら仮面の忍者赤影か。

川上『万字人物』 卍に人の姿をハメたものでウィットに富んでいて面白い。ちょっと武井武雄的諧謔のようだった。

牛田ケイ村 『蟹港二題 藁街の夕(中華街)』 「これ、見てるわ」と嬉しくなった。つまり牛田の作品とは知らず、偶然手に入れたチラシの絵なのだ。あのちょっと妖しいムードのある宵の街角・・・鴉片の悪夢に満ちたような。

金森観陽『琴棋書画』 遊興に溺れ、だらけた笑い顔を見せている若い奴ら、歌舞音曲に囲碁・・・楽しい遊び。そして書画の方は武家の座敷での風景。母上はきちんと端座され、その前で前髪立ちの兄上は幼い妹の書をみてやっている。・・・だらけた顔はそのままだが、ここでは優しさにしか見えない。母上の絞りの着物は豪華で、白梅の柄も素敵だった。

ウンスンカルタの実物を久しぶりに見た。これは長崎歴博所蔵品。わたしは以前芦屋の滴翠美術館で見たことがある。このカルタで遊ぶ若衆を描いたのは清方だが、今回はその絵はない。(ハマ美所蔵)

夢二の一連の南蛮ものは、艶かしい匂いが伴う。
『邪宗渡来』 パーデレが手に持つ桃は何の暗喩なのか。それともただの捧げものなのか。
すぐそばの遊女の着物の柄と無縁ではないようにも見える。
白秋の『邪宗門』が読みたくなってきた。または木下杢太郎『南蛮寺門前』が。

<信仰、禁教>
中村大三郎『花を持てる聖者』 聖堂の中、百合を抱え込む聖者がいる。テンクルと光輪とが金色だった。これは’90年に『近代日本画の誕生と歩み 京都藝大所蔵品展』で見た作品なので、実に18年ぶりの再会だった。

川崎小虎『聖書を持てる少女』 小虎はかなり好きな画家なのだが、描く題材によっては全く別な技法で描く画家だと思う。きれい系と可愛い系。これは可愛い系。
両目の感じが少しちぐはぐな感がある少女。
まじめそうな少女はまっすぐにこちらをみつめている。

小虎『教会堂の夜』

この絵もたいへん好きなのだが、これも前述のそれと同じパターンに分類される<可愛い系>の作品。夜の絵が好きなので、この絵を見ると嬉しくなる。

勝田哲『天草四郎』 '29と’65の二枚の作品。先のはきりっとしているが、後のは美少年だと言うことが意識に残る。勝田の絵と言えば、祇園を歩く女などのイメージがあるので、こうした美少年を見るのもいいものだ。

清方『ためさるる日』 右幅が来ていた。大正期の清方の絵は何もかもが艶かしく、深い魅力に満ちている。どうにもならないくらい好きな作品が多い。これもそう。この遊女のまなざし、重たそうな櫛笄簪と、髪の生え際・・・それを見るだけでゾクゾクする。

松本華羊『伴天連お春』 これも福富コレクションで何度か見ている。処刑前にせめて桜を見てから死にたい、と願った女の姿。はかなく、そして艶かしさも哀しみに変わる美。
着物の襟の十字が目に付く。白い手首の鎖が痛々しい。
ここにはないが、小林古径にも十字架を縫い取った着物を着た娘たちが手毬遊びをする絵があった。彼女らも皆、こうして処刑される運命にあったのだろうか・・・
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川上『楽園追放B』 アダムとイブの楽園追放と言うより、道行にしか見えない艶かしさがある。現に女は泣きもせず、どことなく嬉しそうでもある。行く先がどこであれ、この男と一緒ならあたしはいいの・・・そんな声が聞こえてきそうな顔つきだった。
なんとなくこれは版画と言うより、染付けにして皿に欲しいような作品である。

守屋多々志『キオストロの少年使節』 修道院中庭に面した廻廊(キオストロ)に佇む少年たち。白い庭には井戸があり、鳩の姿もある。釣瓶はあるが水汲みは出来そうにない。
尼僧たちと修道士との遭遇。
守屋の歴史画群は、「日本画の最後の歴史画名品」という趣がある。

会期の都合で見れなかったのが青邨『切支丹と佛徒』と三露千鈴『殉教者の娘』。共にチラシ掲載。
先のは東博で見ているが、どちらも絵を背景にしている。
後のは、’02『木谷千種 その生涯と作品』展でも見ている。彼女は千種の弟子で、その生涯については上記展覧会図録にやや詳しく書かれている。以前、白澤庵コレクションでも見たが、近代大阪の女流画壇の展覧会をもっともっと見たいと思う。

どうも近代日本では、版画家と日本画家しか『南蛮の夢 紅毛のまぼろし』を見なかったようだ。
洋画家は南蛮紅毛ではなく、フランスやイタリーの夢まぼろし、あるいは現実を味わい、それを描いていたからだろう。
この展覧会は、本当にわたしには楽しいものだった。
子供向けワークシート『南蛮探検隊』にも参加して、満点を貰ったのも嬉しい。
(ハガキも貰った♪)
府中市美術館での展覧会、わたしは常に深い満足を覚えている。展覧会は明日まで。

大観と再興院展の仲間たち

久しぶりに野間記念館に行った。
わたしにとって野間は定点観測所。
一年近くをかけてリニューアルしたと言うことなので、何が変わったかと言えば施設。
手洗いが増え、バリアフリーも進んだようだ。
しかしそれもさることながら、野間ではハンコを押すカードをくれ、三度目の来館時に無料ご招待というシステムを始めてくれた。
ありがとう、野間記念館、ありがとう、講談社。
ますます講談社が好きになった。モーニング、月マガ、BELOVEだけでなく、他の雑誌も応援します。
・・・まぁとにかく本題に入る。

リニューアル記念はやはり大観から始まった。次は栖鳳、というのもこの地ならではの納得。『大観と再興院展の仲間たち』
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入るとこれまで真正面にあった平櫛田中『鏡獅子』がちょっと脇になっていたのが淋しいが、とにかく左側の第一室には大観『千与四郎』 チケットにもなり、ここの顔でもある絵。利休がまだ与四郎少年だった頃のエピソードを描いた名品。
師匠から「庭を綺麗にせよ」と命じられ、カシコい与四郎少年は掃き清めた後に、あえて葉っぱを散らして風情を出す。
緑の目立つ絵なのだが、実はこれは秋の終わりのエピソードなのだ。
こういう大きな絵を見ていると、画面全部に神経が行き渡るのを感じる一方で、よくもここまで描けるものだと感心した。庭だけを見ていても、本当に心地よい。
これは与四郎少年と大観とのコラボレートなのだった。

『夜梅』 以前から思っていることだが、大観の梅の絵は夜の梅がよいのではないか。
昼の梅もいいが、夜の梅には繊細で濃密な匂いが放たれている。
墨の滲みが水分を吸った分だけ、甘さを増し増して、とろけるような官能性がある。
疾うに梅の季節は過ぎたのに、この絵の前に立つと、梅を深く想うのだった。

小茂田青樹『四季花鳥』 四枚とも趣が違う分だけ、味わいも異なる。
春の少しうるさいくらいの良さ、秋の仲睦まじい鳩、冬の構図の面白さ。しかしながらこのシリーズのうち、いちばん良いのは夏の芭蕉とカエルではないか。
柳と芭蕉とカエル。緑だけで構成されているが、すっきりとさわやかに美しい。

冒頭に書いたように、この美術館は野間さんのコレクションと講談社の仕事から成り立っている。その野間さんがコレクション蒐集を始めるに当たり、相談したのが院展の大親分・大観だった。大観は意外なくらい世話好きなので、若い後進を推した。
その手紙が展示されていて、たいへん興味深く思った。
昭和初期の日本画は恵まれていたのかもしれない・・・
大倉男爵、野間、雅叙園の細川・・・近代日本画は彼らパトロンのおかげでいよよ隆盛を見たのだった。

速水御舟『朱華琉瑠鳥』 モコモコの赤い椿に、青い鳥。鳥の立つ位置が絶妙。ここにいなければ、鳥はこの画面のどこにもいてはならない。

木村武山『錦魚』 赤い魚、白い睡蓮、青みがのぞく水草・・・手を差し伸べてみたくなる水面の風景。武山は人物より、こうした絵によさを感じる。

安田靭彦『春雨』 雨にぬれたゼンマイ、散る椿の花、湿る土・・・このじっとり感がなんとも言えずいい。春の息吹を感じた。

川端龍子『早春雉子』 杉の小枝が描かれているが、紋様風にパターニングされていて、それが面白く感じた。どことなく南蛮更紗のようでもある。


歴史画を描いたものを見る。
前田青邨『鞍作』 止利翁のハレ瞼の奥の眼差し。同じ壁に並ぶのは下村観山『寿老』。
なんとなく爺さん同士の心のぶつかり合いを、勝手に感じて面白い。

木村武山『神武天皇』 ヤタガラスの代わりに杖の上には鷹らしき猛禽が休んでいる。
・・・金鵄勲章だから、えーと・・・これはあれか、杖でなく弓で、するとトリはトンビか。
道案内がヤタガラスか。今年は紀元2668年くらいになるのかな?

山村耕花『江南七趣』 七枚の江南の情景が展開する。このシリーズは、野間の最初期のコレクション。チラシには『泰准の夕』が載せられているが、この群青色の夜の景もよいが、緑色に満ちた『西湖高荘』や奇岩と池と木花の『留園雨後』が特に良かった。
なんとも艶かしく、その当時の風俗画として楽しめる。

野間コレクション自慢の色紙が並ぶ。十二ヶ月シリーズ。今回は小茂田、武山、放庵、芋銭、南風らの作品が並んだ。
どれを見てもそれぞれの特性が出ているだけでなく、ゆったりした気持ちがにじむ。
その中でも今回特に気に入ったのは、小杉放庵の色紙だった。

放庵の日本画の色調は特異だと思う。白地に紗を掛けたものを眺めるような。
抑制の効いた色調。しかし静かな作品ではなく、どことなく明るい気分になる浮きたつ気分があふれているのだった。

お庭にはシャガが咲いていた。次は『竹内栖鳳と京都画壇』で、わたしが来る六月後半には、なんのお花が楽しませてくれるのだろうか。今からなんとなくわくわくしている。

澁澤龍彦回顧展 ここちよいサロン

5/8は澁澤龍彦の八十歳になる日だ。img191-1.jpg

『生誕80年記念 澁澤龍彦回顧展 ここちよいサロン』展は横浜の神奈川近代文学館で開催されている。
澁澤の死んだ日の衝撃については、何度も書いているからここには書かない。
二日後の彼のお葬式の日は、わたしの誕生日だった。
だから永遠にそのことを忘れない。

会場へ入る前に映像を眺める。
高橋睦郎がいた。大きな画面に映る高橋は白髪の目立つ、温厚なおじさまに見えた。
まだ学生だった’85年頃から澁澤龍彦の周辺にひどく惹かれ、高橋の詩集や小説も手に入る限り求め、読み耽った。
彼は近年は詩人と言うより俳人として知られているように思う。
銀座百店誌での句会などが素敵だ。
そして高橋の<言葉>は詩歌よりも、頌や評論にこそ、溢れ続ける泉があるように思う。

あの有名な話を高橋は口にする。
三島由紀夫は必ず師匠の川端康成のもとへ新年の挨拶に出る。真面目で緊迫感漲る訪問。
その精進落としのように、澁澤邸ではくつろぐ。
また、三島が最後の大作『豊饒の海』について熱弁を振るったときのエピソード。
時間軸と空間軸との関係性を説明するのに二枚の皿を使い、「阿頼耶識が」と言い出したとき、すかさず澁澤が「そりゃアラヤシキじゃなく皿屋敷でしょう」と半畳を入れ、同席のもの全員が笑い出してしまった話。
(澁澤の著書だと『三島由紀夫おぼえがき』20頁に書かれている)
この話はいつ聞いても面白く思うのだが、高橋の柔らかなものいいで聞くと、その場の楽しい風がこちらにも届くように、感じるのだった。

画面が澁澤邸の映像に変わる。
主のいない家で、しかし主の生前と同じように仲の良い人々が集まって、飲み食いしている。「髪を切らないで」と言われた奥さんが、ほのぼのしたおもてを見せて、人々の隙間を通る。年齢を超越して常に美しい金子國義を、わたしは目で追った。
金子ファンになったのは’90年の回顧展からだが、いつ見てもときめく。

フランス文学=サロン文学の話題になる。高橋は澁澤がサロンの主人として、稀代のもてなし上手だったと言う。
それはなにもこうした飲み食いだけに限らず、彼の作品そのものがそうだと言う。
だからこそ、亡くなって二十年を数えても、常に新しいファンを生み出し続けている。
そのことは一言で言って「品よく自然におもてなし」だと高橋は話す。

「あの生き方はちょうど螺旋のような生き方で、どこで切っても完結している」
この言葉が深く心に残った。

澁澤のお墓が映る。四角なものではなく、供養塔のような形態。
高橋は'88に『愛の機械』という追悼詩を捧げている。

会場に入ると、金子の『花咲ける乙女たち 2008』が展示されていた。40年後の同タイトルの新作。少し少女たちは面長になったようにも見える。

生まれる前からの記録が展示されている。
埼玉の血洗島の大澁澤の血脈。人々の写真を見る。
澁澤の著書で知った様々なエピソードが頭に浮かんでくる。
微笑ましい気持ちで、それらを眺める。
一代で財産を蕩尽しつくした祖父から、澁澤はその風貌を受け継いでいる。

子どもの頃の澁澤が愛した本が並ぶ。
南洋一郎『海洋冒険物語』、山中峯太郎『萬國の王城』・・・
弥生美術館、野間記念館に所蔵されているだろう、昭和初期の少年小説たち。
昭和三年生まれは、少年時代は戦時下にあったが、幼年時代は豊饒だったのだ。
澁澤は晩年に至るまで、幼年時代に覚えた童謡などを間違うことなく完璧に覚え、歌えたそうだ。
実を言うと、わたしは多くの澁澤ファンとは逆に、晩年の懐古的随筆に惹かれている。
『玩物草紙』『狐のだんぶくろ』などに。
久世光彦の言う『昭和の子ども』を体現していた龍雄少年。

以後、文学アルバムの様相を呈しながら、展示が続く。
20歳の澁澤と24歳の吉行淳之介のいる写真。二人がとても美青年で、目が開かれるようだった。それを見て思い出したが、澁澤のエッセーの中で一度だけ立原正秋のことが書かれていた。同じ鎌倉の住人なのだが、互いに素知らぬ風でいたという話。同世代だからこその含みがあったのか。なんとなく、そのことをわたしは面白く思っている。

河盛好蔵『コクトォの死』で、河盛は若き澁澤の訳した『大股びらき』を褒める。
そこに引用された詩を読んで、<Fonctionnalités avares>とでもいうべきものと、エスプリとを感じた。
また澁澤はコクトーのポトマックが好きだったそうだ。あの可愛い怪獣ポトマック。実はわたしもファンで、絵をコピーして一時期会社の伝言メモに使ったことがある。

やがてサド裁判のコーナーに来る。これが実に面白いのだが、正直言うとサドの作品より裁判の顛末そのものが面白くて仕方ない。
澁澤の手帳が開かれていた。証人候補者たちの名が並んでいる。四角囲みの人、ピンとハネをつけられた人、その他。いちいち書かないがなんとなく納得できるような(笑)。

裁判以後の澁澤の多彩な交友録を眺めるうちに、昨日行き損ねた細江英公『大野一雄展』が惜しくなってくる・・・何を見てもどれを見ても、ときめきが増幅されてゆくばかりなのだった。
その後はメモを取るのをやめて、ただただ眺め続けた。
昨年二つの優れた展覧会が開催されたが、それを思い起こしながら見て回ると、一層味わいが深くなる。
埼玉での『幻想美術館』、鎌倉での『カマクラの日々』・・・

最後に。
5/17から7/6まで『澁澤龍彦と堀内誠一 旅の仲間』展がギャラリーTOMで開催される。
去年名古屋で開催されたものの巡回かと思う。
来月、ゆくつもりだ。わたしは澁澤ファンというだけでなく、堀内誠一のファンなのだ。
副題にあるとおり本当に『ここちよいサロン』だった。
二時間ばかりの時間、心の底から気持ちよく過ごせた。感謝の念を、ささげたい。

ウルビーノのヴィーナスを観て

ウルビーノのヴィーナス展は夜間開館に観ようと決めていた。
皆さんのブログを再読して、予習をしてから出かけようとしていたが、その時間がなかった。わたしは西洋古典絵画にはあんまり縁がないので、見たままの感想しか書けないだろうし、教養が不足してるから、へんな方角へ話が飛びそうだ。
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思えば色んなヴィーナスがあるものだ。
個別の作品だけでなく、この展覧会の分類だけでもそんなことを改めて考えさせられる。
なにしろ副題は「古代からルネサンス、美の女神の系譜」なのだ。
章名を勝手に書き換えて、気に入ったものだけ少しずつ書く。

美誕。ヴィーナスの誕生
古代ギリシャとローマの遺物及びその複製などを眺める。

気に入ったのは『カメオ』やメディチ家所蔵だった『石膏複製』など。カメオはオニキスが綺麗。像は複製だから、ハナも欠けてはいない。

面白かったのは、『エトルリア製の鏡』。前三世紀前半の作品らしいが、ここに描かれている神々・・・アフロディーテ、アレース、ヘレネとパリス・・・皆どこかオスカー・ココシュカ的風貌を見せている。二千年以上の時間差がある相似と言うのも面白いものだ。

復興。ルネサンス
プリニウスの『博物誌』を初めて見たが、実に綺麗な本で、そのことに感心した。
青色はラピスラズリか、本当に綺麗だった。

キケロ『天球と諸惑星の解説』の最初の文字Eに絡むキューピッドが可愛い。
ちょっとグリーナウェイの子どものよう。

15世紀のフィレンツェ派の画家による『パリス』 横長の絵で、描かれた当時の最新ファッションに身を包んだフィレンツェ風のお兄さんがいる。昔、オリビア・ハッセー主演の『ロミオとジュリエット』を見たが、あれと同じスタイル。ゼフェレッリだったっけ、演出。
そのお兄さんが長々と横長の枠に収められている。まるで棺桶ような画面。

横臥裸婦。ウルビーノのヴィーナス
三世紀の『ヘルマフロディテのカメオ』があった。小さいからわかりにくいのを、じっくり眺める。その裏がまた巧妙な細工が施されている。エナメル、オニキス、ガーネット・・・

ティツィアーノ『ウルビーノのヴィーナス』 どこで手に入れたか、巨大ポスターが手元にあるが、人前で開くのはちょっと照れる。ところが実物の前に立つと、その肌の白さ・艶かしさ・柔らかさに、真っ直ぐ心を打たれる。妙な照れも何もなく、綺麗だと感嘆する。ウフィツィで見たときのことは思い出せない。
図像が意味するものはあまり関心が湧かない。向うの女はしゃがんで何をしているんだ、という疑問があるだけ。みようによっては、そばに立つ女に折檻されかけているようにもみえる。・・・そんな妄想が勝手に湧き出してくる。
深緑の布と赤い布の質感の違い、タピストリーの図柄、向うの家具装飾、植木鉢と窓の遠くの木。
このヴィーナスは男を誘うのではなく、女を挑発しているようにも見える。いやそれよりも、自分の美をただただ観る者にみせつけているだけなのかもしれない。
美と言うものが本来は孤独な性質だということを思う。
彼女の美は他者とは妥協せず、混ざり合うこともない。
だから、永遠に彼女は美しい。

かつてこの絵と同じ壁に掛けられていたと言うのが、『キューピッド、犬、鶉を伴うヴィーナス』。こっちの犬は起きている。後からヴィーナスに抱きつく・・・というより、止めようとしているキューピッド。それに対し、彼女は「なによ」と言わんばかりの表情を見せる。
キューピッドとヴィーナスとの関係の距離感のなさが、なんとなく実感できるような。

審判。わるいのは誰か。
ギリシャ神話は全てが因果応報と伏線とに満ち満ちた話だと思う。
独立した話、他と無縁な話はないと言っていいだろう。
『パリスの審判』もそもそもの話からしてありえる内容だと思う。不和の女神からのプレゼントに踊らされるのを、馬鹿だと思ってはいけない。
一番美しいものに黄金のリンゴを。・・・パリスはヘテロの若者で、分相応を多少は心得ていたので、ヘレネを望んだ。

ルーカス・クラナッハ『パリス』 この絵はかなりたくさん描かれたらしく、色々と面白いことを思い出す。
青池保子『エロイカより愛をこめて』のエピソードの中で、この絵を巡る騒動があった。
二次大戦下、ユダヤ人の所蔵品がナチスから逃れたものの、旧ソ連に流出し、60年後の今、持ち主の子孫に返還することからのドタバタで、実に面白かった。
『栄養不良の三人娘』という形容詞に納得したものだが、実物を見てそのキュートな細さに惹かれた。深い魅力があるものだ。コミックでは、その三人娘に魅せられた元ナチスの老人が、60年目にその絵を手に入れようと苦戦していた。しかし。
虚虚実実の駆け引きの果てに絵は返還式の場に戻され、老人は逮捕される。
・・・そのイメージが活きているので、端っこにいるキューピッドをじっくり眺めてみた。
なにしろラストでは、返還式で返された絵が実は偽物で、その印としてキューピッドがベロを出していると言う設定だった。
・・・どうやら本物だ。ここにあるクラナッハのキューピッドはベロなど出していなかった。

『ハルピュイアの注ぎ口のある水差』 16世紀の陶器なのに、どことなく唐三彩のそれを思わせるような釉薬の使い方だと思った。

ジョバンニ『パリスの審判』 三人の女神に纏いつかれる美青年パリス。自分の美を顕示したい女神たちは彼に様々な贈り物を提示するが、この絵を見る限り、どうも方向が違うようにも思える。

アドニスの死。
カンビアーゾ『アドニスの死』 死せる美青年を悼む女神はどことなくカリエールの描く母親のように見えた。白い肌。血は最早通わない。それでも自分の体温をあげたい・・・

スカルセッリーノ『ヴィーナスとアドニス』 犬たちも戸惑っている。猪による死。右端の天から白鳥の引く車に乗って迎えに来るものがある。
今更だが、ギリシャ神話と日本神話との近似を思う。
猪による死(直接ではないが)、死後は白鳥として天翔ける・・・

ジローラモ『ヴィーナスとアドニス』 元は家具の装飾として描かれた作品だと言うが、ヴィーナスの体勢がなかなかすごい。昔のグラビアのようだと言っては怒られるかもしれないが、どうしても視線はそちらに集中する。
これを家具の装飾に使っていたというが、どんな家具だったのだろう・・・

マニエリスムから初期バロック
丁度去年の今頃、澁澤龍彦の愛した芸術品ばかり集めた展覧会を見たが、そこでマニエリスムの名品を多く眺めた。そのことを思い出した。
『ヴィーナス=フローラとしての春』 このタピスリーは見るからに幸せな気持ちになる。
春の素晴らしさを実感できるような図柄である。このタピスリーは象徴性に満ちているが、それだけでなく、気持ちよくなる作品だった。

ジョバンニ『キューピッドの髪を梳くヴィーナス』 これは珍しいような気がした。
ヴィーナスがキューピッドの母親だと言うこと、キューピッドが彼女の子どもだと言うことを思い出させる絵だった。
たまにはママも優しいのね。ママは優しく坊やの髪を梳く。坊やは嬉しいけれど、観客の存在に気づいていて、「こらっ観るな!」と照れている。背中の羽根は小さくて、ママから生まれたときくすぐったかもしれない・・・。

勝手な感想を気ままに書いたが、たいへん楽しめた。ヴィーナスの変遷も感慨深いものがある・・・
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GW首都圏ハイカイ

5/2から5/5まで首都圏ハイカイした。
例によって長いです。個々の展覧会については後日詳細を挙げます。

こどもの日雑感

こどもの日。柏餅と菖蒲湯とこいのぼり。
先の二つは昔から今もわたしも縁があるが、こいのぼりには直接の縁がない。
町中を歩いてみつけるより、公共の場や店などで見掛ける方が多い。少子高齢化の一端を担う私としては「男児減ったのか?」的発想しかないが、まあそんなことだけではないですわな。
理由は様々だから断言はできないし、してもつまらない。

三歳の甥ッ子は父方の大伯母様から手作りのタピストリーをいただいている。こいのぼりが悠々空を泳ぐ構図。
竿に掛り口ぱっくんで泳ぐのもいいが、これは世界唯一のこいのぼりだ。いぶきくん、よかったね。

今我が家にお泊まりに来てる甥ッ子に会わず、首都圏ハイカイ中のわたしは、ちょっと罪悪感に胸を噛まれながらそんなことを考えている。
お土産は芋ヨウカンと柏餅にしよう。いぶきくんが寝る前には帰宅できる予定だから。←オババカなわたし。

手塚記念館

宝塚の手塚記念館に行くのも久しぶり。ファンだし近いからもっと頻繁に訪れたらよいのに、ここ数年ジクジたる思いに噛まれていて、なかなか足を伸ばさなかった。
理由は一つ。隣接する宝塚ファミリーランドの消失と変貌が原因。
行くと今ではガーデニングとわんこガーデンの情景を見てしまうので、それがつらい。
南口から武庫川を渡り、左手に聳える宝塚劇場。
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今年手塚治虫の生誕80年記念らしい。昭和三年生まれの人は多い。
澁澤龍彦、手塚治虫を代表選手として、各界いろいろおられる。
建物、IMGP4052.jpg 火の鳥のモニュメントIMGP4049.jpg キャラたちの手形・足型など。
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今回の企画展は大きなテーマとして『手塚治虫 5つの刻』、その第一回『永遠の物語展』絶筆・未完の作品を集めて展示されている。
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絶筆作品は三作ある。『ルードヴィヒB』『ネオ・ファウスト』『グリンゴ』。わたしは特にルードヴィヒBはリアルタイムに読んでいたので、ショックは大きかった。
手塚の死去の報がニュースに流れたときの衝撃の大きさは、ちょっとここでは書けないくらいだ。あの年、つまり昭和が終わり平成になった年、どうしてかわたしの好きな人々が多く他界した。殿山泰司、池波正太郎、手塚治虫・・・昭和が終わった実感をまざまざと味わわされた。

さて二階の企画展示フロアに入ると、ジオラマ仕立てのキャラたちのお出迎えがある。
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そこから手塚の原画が広がっている。
とにかく未完の作品と言うものは、つらい。
読み始めはそのことを十二分にわかっているし、途中でも「ああどうせ結末はついてないんだ」と思いながら読み進めるのに、ラストが近づくにつれ、「もしかして奇跡的にこの後の話があるのでは・・・」と妙に期待してしまうのだ。
そしてラストの頁にくると、大抵が意味深な言葉や文や情景で終わっている。
わかっていたことだ、わかりきっていたことだ。
しかしながら抑えきれない深い哀しみが訪れる・・・。

今回の展示作品を眺めるうち、死によって断ち切られただけでない、未完の作品群に出会った。未完と思わず、永遠の循環だからこそ、続きを描かなかったのか、と解釈していた『火の鳥』や、連作短編だからこそ、ラストはあるようでない作品群などなど・・・
色々と考え込まされる状況に、入り込んでしまった。

わたしはどういうわけか、うんと小さいころは別として、小学生頃から手塚作品は青年誌作品の方が好きになっていた。
『シュマリ』のラスト近く辺りからリアルタイムに読み始めたせいかもしれない。
家でビッグコミックとオリジナルとを購入していたので、わたしも随分読んだなぁ。
さすがに『奇子』は単行本からだが、『シュマリ』『MW』などは熱心に読んだ。
『MW』はあれはあれでまとまっているが、実は続きが読みたい作品である。無論『奇子』もそうだ。『人間昆虫記』『きりひと讃歌』は完結しているように思うのに。
よく手塚のヒューマニズムとニヒリズムの話があるが、やっぱりわたしは後者の方の視線に惹かれる。

見終わってから、ひさしぶりに『火の鳥・望郷篇』などを読む。面白いが、展示してあった一頁がない。ないはずだ、手塚は気に入らないと書き直すことが多い作家だったのだ。
だから雑誌掲載時と単行本と、その後に出る完全版などは、皆違うのだった。

企画展のシリーズは一応全部見たいと思っている。いい加減わたしも昔の夢を追ってばかりいてはいけないのだ。帰りは花の道を通って帰った。今日の歌劇は貸切公演らしく、そんな看板が出ていた。

片岡愛之助の代々

池田文庫は阪急・東宝・宝塚歌劇・歌舞伎などの資料を多く収蔵する、図書館機能を持つ資料館である。
「西の池田、東の演博」と呼ばれるように、演劇関係全般での所蔵品の豊かさと資料の深度は、池田文庫と早稲田の演劇博物館以上のところはない。
その池田文庫の所蔵品のうち、春秋にテーマを決めて展示がある。以前は四半期ごとの展覧会だったが、最近は春秋。
今回のテーマは『片岡愛之助の代々』・・・歌舞伎役者・片岡愛之助の歴代資料の展示である。
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当代の愛之助丈、つまりラブリンの講演会もあるが、こちらは既に即日満員御礼。
行ける人がうらやましい。
さて展示室に行くと、いきなりVTRで愛しのラブリン愛之助丈のご挨拶が始まる。
この展示のためのご挨拶。いいなぁ。見るだけで嬉しい。
そのご挨拶に送られて、会場を廻る。

初代からの番付、ビラ、役者評判記のほか、錦絵もある。
これらを見るのが元々好きなので、楽しい。

初代は寛政から文化年間まで活躍。
『けいせい高砂松』という芝居のビラを見ると、満月姫と娘お此の二役。そそられるシーンは、生首を持つ男が岩上に立ちながら、刃を歯で噛むところへ、ガンドウの光が当てられる・・・
この芝居がどんな筋かはわからぬが、こうしたワンシーンだけで、わたしなどはうずうずする。

二代目は化政期のひとで、中の芝居と角の芝居と京都の北側芝居、名古屋などでも活躍したようだ。演目の外題を見ると今日にも人気のものが多い。大体わたしは化政期の頽廃が好きなので、それだけでわくわくする。役者評判記ではこの二代目さんは「雪を花と見まごふ君の艶色はきれいをきれいにした水垂」と書かれている。
だからか、菅原ではかりや姫、伊賀越えでは傾城若紫、一の谷では敦盛と小次郎と菊の前という可憐な役を演じている。

三世は天保から文久年間が活躍期か、江戸の森田座にも出ている。
錦絵では法界坊のおくみの一枚絵が可愛い。二十四孝の濡衣、加賀見山では尾上なども演じているようで、役柄だけ書けば、まるで七世梅幸さんのような役どころが多い。
南北の三国一夜の書き換え狂言にも出ているが、当代ラブリンは三国一夜では、スケールの大きい敵役を演じていた。(閻魔堂で染五郎を焼き殺していた)
芳滝の錦絵にも多く描かれ、亀山の仇討ちの書き換え・敵討優曇華亀山の錦絵はことに綺麗だと思った。
わたしは幕末の芝居錦絵が特に好きなので、ホクホクしている。また時代が時代なので、頽廃の極みに来ていて、濡れ事や殺し場なども実に扇情的で、よかったようだ。やっぱり芝居はそうしたところにこそ、華があるものだ。

数えられはしないが、明治の愛之助さんはいい娘役だったらしく、番付や絵看板を見てもなかなかそそられる役者だった。
濡衣娘清玄の辻番付(ビラ)などは、清玄ものだけに凄まじい執心があるが、オバケは出るし、帯は解かれかかっているは、笛吹く美少年はいるは、とゾクゾクするようなシーンがあったらしい。
それで、チラシ真ん中の丸囲みのmir643-1.jpg荒れ寺のオバケたち、これは絵看板で、話は仇討ちもの、市川斎入の出た芝居だという。
江戸東京の絵看板は鳥居派だが、こちらは違う。東西の違いを楽しむのは、番付や絵看板がいいかもしれない。

四代目は大正10年の見立て番付に写真も載っているが、「麗朗」と書かれ、なかなか綺麗な人だと思った。しかしわたしは同時代の十五世市村羽左衛門のファンなので、ついついそちらにニッコリしてしまった。
とは言え、弥作の鎌腹(まったく珍しい芝居で、今では全く演じられない)のレコードが残っているらしく、ヘッドフォンで少し聞いてみた。・・・聴いて、泣きたくなった。芝居がどう、とかそんなことではなくに、昔のそれこそ本当に大昔の大阪弁での会話が流れているのだ。祖母以前の大阪弁・・・柔らかくてきれいで、そのくせ常にどこか諧謔の混じったような。
もう今ではこんな言葉遣いも言い回しも聞くことは、ない。

五代目は吉右衛門一座にもいたようだが、丁度歌舞伎が一番死んでいた頃の役者さんなので、かなりお気の毒な気がした。
この20年ほどでよくもこんなに隆盛した、と呆れるばかりだ。

さて当代。襲名披露は平成四年で、そのときの配り物の扇子などがある。ポスターなどを見ても美少年である。
わたしが最初に見たのはいつだったか。秀太郎さんがエエ子を養子に貰わはった、と聞いたのがいつか・・・最初の頃の印象に残っているのは国立での因果小僧の娘役だった。
ここにあるのは随分昔のものからつい最近までのポスター類。素敵だなあ、どれを見ても・・・。
初舞台の写真を見ると、当時まだお元気だった辰之助さんの弁慶に太刀持ちのちびこで出ている。
大人気の役者になっても、愛之助さんはいつも謙虚でとてもさわやかだ。どのお役でも懸命に演じ、感動を与えてくれる。
二枚目でも悪役でも、とても深い味わいがある。ますますこれからも活躍なさることを信じて、これからも応援したいと思う。

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