美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

藝大コレクションを楽しむ

08063002.jpg 高橋節郎『木瓜蒔絵屏風』

藝大コレクションもいつも楽しみにしている。
こうして美術館機能が充実してくれて本当によかった。
昔、まだそんなに一般公開していない頃に出かけたとき、何の用があるのかという視線が痛かったので、こういう状況になり、本当にほっとしている。
とは言え、正直言うと今でもドキドキなのですよ(笑)。

ニュースで『徒然草絵巻』のうち、鳥居清長の肉筆画が含まれているのを発見、と知ったので、それを楽しみに出かけた。
なにしろ清長晩年の絵と言うことで、それだけでも価値がある。
清長は気の毒なことにその頃はオールドタイマーとして、スタレていたそうなのだ。
この絵巻などは誰か数奇者が頼んだものではないか。
他の絵を見るとサインは入っているが読み取れなかった。
全てその当代風俗で描かれている。
1.木に登る人と、それを指差す人。
2.川を前にした牛車
3.道を行く三人の女を二階の窓から品定めする男たち(これが清長の作品)
4.鏡を見る老僧
5.艾に火をつけてるおじさんたち。ところで江戸では灸と言うそうだが、上方では「やいと」である。「仙江」サインあり。

源誓上人絵伝  仏の被り物をしたお練もあり、ボーズダンサーズもおり、狛犬まで揃った、ちょっと賑やかな空間が描かれていた。絵伝だから他のシーンもあるだろうが、これだけを見た。どこの万福寺なのだろう・・・。

横山大観 四季の雨  4幅対、それぞれの趣が床しい。夏の竹林の筍が大きく育ちすぎているのが目につき、秋は野分か・・・と四季の雨を想う。

伊東深水 銀河祭り  去年の今頃も出ていたが、そういえば来週は七夕なのだ。竹や飾り物の支度をしなくては。この絵の女のように盥に浮かべてお針の上達を願う、ということはしないが。

山口蓬春 市場  この絵を最初に見たのは’92年の『生誕百年展』でだった。’32年の朝鮮の風景。白色を愛する朝鮮の人々。服装だけでなく市場のテントも白。ピンクと黄緑の取り合わせなど、カラフルな彩色が好きな一方でこのように白色を愛する。
この絵は戦前の貴重な朝鮮風俗史料でもある。

柴田是真 千種之間天井綴織下図(河骨[コウホネ]・山梔子[サンシシ]) アールヌーヴォーだと言ってもいいと思う。日本の美はアールヌーヴォーの魂の御親なのだ。

洋画では久しぶりに由一のシャケを見た。最近山岡コレクションの方のシャケと縁があるので、こちらとは久しぶり。相変わらずなかなかおいしそうである。

武二 ヨット  これはどう見てもヨーロッパの水に浮かぶヨットだ。絵は不思議な途切れ方をしている。キャンバスの問題ではなく、もしかするとその先を見に行けば、海の上に放られる恐れがあるのかもしれない。

梅原の裸婦も二枚出ていたが、どちらも肉感的で、特に一枚はナマナマしかった。とはいえそれは官能的なのではなく、むしろ「ニクだ」という感じがある。

特集展示として菊池一雄とその周辺が企画されていた。
菊池は日本画家・菊池契月の息子で、彫刻家。’99年秋に京都市美術館で『菊池契月とその系譜』展があり、そこで見た美青年像などが、展示されていた。
菊池は藝大の先生として30年に亙って学生を指導したのだった。

青年像  とてもわたしから見て好ましいスタイルの青年で、これで顔が『ギリシャの男』像なら、もっと好みだと思いながら眺めている。首の挿げ替え。ははは、トーマス・マンにそんな話があった。(関係ないが、急にマンの小説が読みたくなってきた・・・)
ブロンズ像なので、ここにあるのは京都の双子の片割れなのだろう。見たときから色々なことを考えているが、それから十年近く経つとは早いものだ。

基本的に彫刻は具象のものが好きなので、菊池とその弟子たちの彫刻は興味をもって眺めた。わたしは抽象概念が理解できないので、彫刻はやはり見た目がわかりやすいものがいい。

工芸品も素敵なものが多く出ていた。特によかったものを挙げる。
田口善国 ピアノと瑠璃鳥蒔絵盆  08063001.jpg

可愛くて可愛くて仕方ない。この鳥はどんな音楽を奏でてくれるのだろう。

高橋節郎 木瓜蒔絵屏風  蒔絵屏風には特別な偏愛がある。藤井達吉のそれ、心斎橋そごうのそれ・・・どれもこれも深い魅力に満ちているが、この屏風もまたその仲間である。
木瓜の花に群がる蝶たち・・・艶かしく妖しい美しさに満ち満ちている・・・

この展覧会も7/21まで。バウハウスの後に眺めるには、こちらも良品が揃いすぎている・・・
スポンサーサイト

バウハウス・デッサウ展

バウハウス・デッサウ展に行った。
近代建築史に関心を持つ以上、これは外せない展覧会。
入口で渡されたポスターを開いて、ちょっと感動した。
IMGP4530-1.jpg

バウハウスから生み出されたデザインの数々がA2版いっぱいに掲載されているからだ。
機能美の頂点に立ったものなどがいくつも見受けられる。
ありがたいポスターだった。
デッサウ時代の作品がメインの展覧会だが、実際この時期にこそ、今もスタンダードとして活きるデザインが多数生まれている。

クレーやカンディンスキーの影響を受けた学生の作品などを見ると、バウハウスの教育が実践的なものだということを感じたりする。
インダストリアルデザインを学ぶのに、これ以上よい学校はないようにも思う。
また、初代校長グロピウスは「あらゆる造形活動の最終目的は建築である」と述べているが、それはわたしも実感として噛み締める思いでもある。
芸術性と機能美の融合した最終形はどうしてもそこに行き着くのだ。

会場内には学生らしき客が随分多かった。単に観賞するのでなく参考にしているという感じ。専門的な感想を仲間内で話し合う声もする。
彼らも将来なにか新しい有益なデザインを生み出してくれるのだろうか。少し期待した。

展示の最初は学校設立以前の、セゼッションの影響下にある作品などである。
某サナトリウムのサイドチェアなどは背凭れの木彫が優しく、いい感じに見えた。
背凭れの彫刻といえば、堂本印象が作った椅子たちもみな、背凭れ彫刻が優美だった。

祭壇モザイクの図案mir721.jpg

1904年らしいデザインだと思う。曲線と鳥が可愛いが、しかし20世紀に入ったことを感じさせる部位もある。

ベーレンスのポスターもある。ドイツ工作連盟のための。
黒馬に乗る男が松明をかざしている。啓蒙的にも見えるが、実のところ中村光『聖☆おにいさん』のブッダに見えて仕方なかった。
ポスターなどについては、三月に京都で『ドイツポスター1890?1933』展を見たので、それらとの関連を思い出しながら眺めた。

ドイツは一次大戦で敗戦国になり、経済も何もかもどん底になった。(結局不況脱出がうまくゆかず、凹んでいるところへナチスが台頭したので、皆が期待を寄せたのだ)
1923年のドイツマルク紙幣(チューリンゲン州の緊急紙幣)が出ている。
1000000マルク。凄いインフレ。
デザインがどーのとかいうより、桁数に目がイッた。

1926年に「ヨーゼフ・アルバースの予備課程での演習」として紙細工などがそこに多数展示されていたが、それを見てびっくりした。
小学生のとき、図工の時間に作った作品と同じものがいっぱいあったのだ。
一枚の薄い金属紙に切れ目を入れて山折り・谷折りなどをし、プリーツを何十回も造ったり・・・それらをモビールとして作成したが、わたしは下手で下手で、どうにもならなかったから、却って忘れられない。しかも実物が今もわたしの手元にあるのだから、見間違いようがない。(←物持ちヨスギ)
IMGP4530-2.jpgう??む、バウハウスの教育は50年後、極東の小学生の図工にまで影響を与えていたのか。
飽きることなくそれらを眺めた。
今作れと言われたらどうだろうか。技術的には可能だが実際には造らないだろう。
・・・大人になると言うことは、そうした楽しみを捨てた生物になる、と言うことでもある。

インテリアをみる。
入れ子細工の椅子などは今だと「なんと言うことでしょう、こうしていくつもの椅子が現れるのでした」とナレーターが言いそうな感じだ。

コンポジションを三次元化し、用途が不明な棚もあるが、それらは無機質でありながらも、有機的なコレクション置き場に使える含みがある。

装飾を排除した機能的な外観と構造を持つ机と椅子など、究極の作品をいくつも見た。
中には「装飾こそがゆとりなのだから、これらを集めると気分が圧される」ようなシンプル極まりないファブリックなどもある。
一体どうなんだろうか、これらのインテリアの中で暮らすその心持ちは。
わたしは雑多性に和む体質だが、母は旅館の和室(せいぜい三面鏡があるだけの状況)が好きだと言うから、人それぞれか。

舞台装置などもある。写真と映像など。’20年代モダニズムの最先端。’20年代ベルリンの面白さはちょっと言葉に出来ないほどだったらしい。思うだけでときめくのに、こんな映像を見させられては’20年代に憧れるわたしは、ざわざわするばかりだ。

建築のコーナーで最後になる。
中には入れないが校長室の再現があった。シンプル極まりない良さがある。とは言えわたしにはちょっとしんどい空間のようだ。わたしはあふれるモノの空間(スキマ)に住んでいるので、この一室を空虚だと感じてしまい、なんでもかんでもモノを持ち込みそうだ。

デッサウ校舎の模型やテルテン外廊型集合住宅の設計図、内観写真などを見た。やはりこういうのを見るのはなかなか勉強になる。
わたしは工学系がだめなので理解度が低いのだが。

他に藝大コレクションで特集があった。
『東京美術学校とバウハウス?建築科、図案科卒業制作から?』
mir722.jpg

これがなかなか見応えがあった。特に気に入ったのは山脇巌『工場地に建つ演劇研究所』。
モダンな造形美に満ちた完成図で、これが構築されて今ももし残っていたら、と考えるだけで嬉しくなる。
橋本貫一『五種の寝室図案』のカラフルさも目を惹いた。寝室がカラフルすぎるのはどうかと言う意見もあるが、近年のリカちゃんハウスのようで、かなりかっこいい。
アールデコの佳さも伺えて、素敵な空間だ。

ところで大阪には大阪市立工芸高校という学校がある。
建物はワイマール工芸学校をモデルとして1924年に竣工している。
そのワイマール工芸学校の発展解消したのがバウハウスなのだ。
以前撮影したことがあるが、素敵な建物である。

実は我が家ではドイツ製品に対する信奉が大変篤い。
これは戦前ドイツの良品への信頼とドイツ文学の教養主義への偏愛から生まれたもので、我が家では身近な工具類や薬品類は全てドイツ製品を最上としている。
だから趣味の好悪を超えてドイツの製品だというだけでときめくのだった。
展覧会は7/21まで。

岡鹿之助展を見る

岡鹿之助の回顧展をブリヂストンで楽しんだ。
回顧展を見るのは京都近代美術館’98年以来。・・・十年って早いな???(汗)
こちらが今回のチラシ。mir719.jpg

岡が雪とパンジーと建物との融合を得た辺りの絵。
こちらは十年前のチラシ、絶筆が使われている。
mir717.jpg

裏をめくるとどちらも華やかで、それだけでも嬉しくなる。

十年前の感想ノートを見ると、こう書いている。
「点描の細かさにびっくりした。『静謐さ』『安らぎ』を感じる。描きこまれた花や建物に比べて、女性像はサラサラッ。山本容子を思い出した」
その感想は今回もあまり変わらなかった。(ただし今回人物画はない)
わたしの感じ方が同じなのか、岡鹿之助が常に静かで豊かだと言う証なのか。

展覧会は9章とプレ展示とで構成されている。
プレと言うのは常設室の『岡鹿之助にちなんで』があるからだ。
こちらには美大の彼の先生・岡田三郎助、友人・フジタ、影響を受けたらしきフランスの画家たちの作品が集められている。
岡鹿之助は演劇評論家・岡鬼太郎の息子として生まれている。
わたしは少し昔の歌舞伎にも関心が深いので、岡の劇評を読んだり同時代人の評伝などを楽しんできたが、息子の絵の温厚さに比べて父親はけっこう辛口なイメージがある。
しかし長年息子をフランスに「与えた」ことを思うと、父は息子に最高の道を開いてあげたのだと実感する。
三郎助の理解、パリでのフジタの世話焼や、バロン薩摩による支援など、岡鹿之助の生涯にかかわった人々のことを思いながら、わたしは作品に対した。

チラシの9枚の絵は、章ごとのいちばん最初の作品。
mir720.jpg

1.海
信号台  チラシにあるが、このフォルムが特にいい。フレアスカートのような裾と黒い小階段。可愛くて、なんとなくこの世の外の建物のようにも思える。

古港  現実にない宝島の、古い港。そんな感じに見える。どこへ出航するのか、どこから帰港するのか。

魚  テーブルの上、お皿に乗せられた魚介類。カレイやグジやサザエなど。お皿も魚によって違うものが選ばれていて、それが面白い。

2.掘割
現実の掘割ではないだろうと思いながら眺めている。水面に映る木々。小さな船。
‘30年代まではやはりルソーの影響が強いようで、見ていてなんとなく照れたりした。

セーヌ河畔  村山コレクションの一枚。働く車がある。ほのぼのしている。平和な時代のパリ。’27年の作。静かなうちに心が豊かになってくる。

河岸  上記作品の数十年後の作品。あの働く車がトリミングされている。家々の窓が可愛い。かまぼこ型である。・・・わたし、ときどきかまぼこ型の目になってる、と指摘されることがある・・・目は心の窓だからな。

3.献花
花の絵がその一室を埋めている。岡鹿之助は一点打つ(描く)のに数時間掛かったと言うが、そうなるとこれらの花は観念の花なのだな、と理解する。
色彩も鮮やかに、溢れてはいても破綻はしていない。言ううちにパンジーが現れた。
実際本物のパンジーを見ても必ずオカシカの絵を思い出すように脳内設定されている。
パンジー=岡鹿之助なのだ。
黄色い壁に花々が群咲いていた。

4.雪
岡の雪は、降り積もった・降り止んだものが多い。降ってる最中と言うのはあまり知らない。あるのかどうか。日本画などでは、浮世絵の昔から降る最中の情景と言うものが多い。しかし洋画ではそれは少ないように思う。降り続く雪の美を断ったのが、洋画なのかもしれない。

積雪  この絵を見て、ブリューゲルの雪山から帰る猟師と犬たちの絵が思い浮かんだ。
彼らの帰った村の何十年後かの姿のように見える。

地蔵尊のある雪の山  正直言うと、岡がお地蔵さん?ウソーという感じがした。
‘43年だから描いたのか。このお地蔵さんは笠を貰って恩返しに来るだろうか。

5.灯台
燈台  この真っ直ぐに門外へ続く階段に惹かれた。本当を言えば門からドアまでが直線なのは、家相上よくないのだが(なんだと?)ときめきがそこにはある。
緑の木々、白い雲、青い空、白い燈台。堅固な建物がいい。

6.発電所
「裸婦と駅(鉄道)」といえばポール・デルヴォー、という定義で言うなら、岡鹿之助といえば「パンジーと発電所」というイメージがある。

発電所  ブリヂストンに最初に来たときに見た絵の一つ。ダムや発電所といった土木施設が好きになったのは、この絵からだと思う。
雪はだいぶ解けたのかどうか、状況はわからない。雑音は全て雪が飲み込んでいる。
それで岡の絵は静かなのだと知る。

山麓  これは京都で見る絵。緑の建物。雪はもう消えかかっている。地味な色調のようだが、この建物の緑色のシンとした美しさには深く惹かれる。美しい抑制というものを考える。

7.群落と廃墟
群落A  人の使用するためのものであるはずの、群落。しかしそこに生命体は存在するのだろうか。この絵はかなり好きなのだが、音声を一切遮断したようなその状況に惹かれているのかもしれない。建物それ自体が勝手に増殖して行くようだ。

8.城館と礼拝堂
水辺の城  桜新町の長谷川町子美術館で、設立前後を描いたリーフレットを貰っている。そこには長谷川姉妹の近代絵画への深い愛着があるのだが、コレクションとして挙げられた画家の中に岡の名もあり、さすがにマンガ家だけあって模写もうまいなと感心したことがある。 
この煉瓦造りの城の存在感を、一本の煙を描くことで、深いものにしていると思う。
美しい城、林、水面の影も含めれば、左右だけでない数のシンメトリーがそこにある。
煙がなければハリボテ風に見えたが、煙がその調和を少し壊すことで、絵はイキイキしている。

9.融合
美術館のコンセプトのよさをシミジミ感じた。
画竜点睛のような感じの『融合』である。

段丘  十年前のチラシではメインとなり、去年の『絶筆展』でも深い印象を残した作品。
この絶筆からも30年が過ぎているのだ。
画業をきちんとまとめた・・・そんなイメージがある絵。中途半端なものではなく、これ以上の手は不要な作品。

mir718.jpg

雑音を一切遮断した岡の絵に深い楽しみを覚えた。
絵が良いのもさることながら、コンセプトもとてもよかったと思う。
展覧会は7/6まで。

日本画満開

日本画満開?牡丹・菖蒲・紫陽花・芥子?

今の時期の植物は色鮮やかなものが多く、古から画題として描かれ続けている。
チラシを見たとき、洋画かと思った。
mir715.jpg

田能村直入 百花   1869(明治2)年の作だから洋画からの影響を受けてというわけでもなさそうだが、ちょっとびっくりした。ありがたいことにリストの裏に花の名前が書かれている。漢字と読み方とが。それを見るだけでも面白い。
実物はガラスケースの中で広がっていた。
絵として愉しむより、博学的な楽しさがそこにあった。

23人の作家による花の嬌演。誰の花がよいとか、匂い立つようだとか、そんなことよりも展覧会場にいる間、こちらが蝶になった気分で、あちこちの花を楽しんだ。
ふらふら眺めて廻る心地よさに満ちた展覧会だったと思う。
それでも特に気に入ったものを挙げてゆく。

小林 古径 白華小禽  マグノリアと青い小鳥のいる静かな絵。実は木蓮も泰山木もあまりその差異を知らない。しかしどちらも白く豊かに美しいことはわかる。
花の白さと小鳥の青さの比較にときめいた。

鉢花  わたし好みのねじり祥瑞の鉢に、チューリップがその前に身を横たえている。
染付の清澄な美しさと、チューリップの愛らしさに惹かれた。構図も面白いと思う。

川端 龍子 華曲   『石橋』をモティーフにしていると思う。獅子と蝶と牡丹と。
獅子がゴロニャンしているのが変に可愛い。

花の袖  白菖蒲がまとまって立っている。心が真っ直ぐになるような絵。

福田平八郎 牡丹mir035-1.jpg

これは去年の回顧展でも眼を惹いたもので、なんとも幻想的な美しさに満ちている。宋元絵画のようなところがある。裏彩色がこんなにも幻想的な味わいを生み出させているのか。

花菖蒲  背景は薄い青色、花は藍色。この二つの青色の美に惹かれた。菖蒲だからこそ許される色の取り合わせだった。

山口 蓬春 なでしこ   赤絵のポットになでしこ。ここにはないが小倉遊亀の花の絵には、素敵な陶磁器がよく現れる。野に在るときはそのままで美しいが、一旦切花になると、花をいける花器によって微妙に花が左右される。

梅雨晴 mir716.jpg

これぞ近代日本画とでも言うべき紫陽花の絵。この紫陽花を見ているとペーパークラフトのそれのようで、自分でも作ってみたくなるのだった。

速水 御舟 豆花  紫の花。スィートピーなのか。豆の花は愛らしい。
この絵には御舟の死の影は見えなかった。

杉山 寧 朝顔  この朝顔を見ると、武二の朝顔を思い出す。戦前の絵だが、後年の杉山らしさのあるような造形だった。洋画風の朝顔・・・

山 辰雄 緑の影  今の山種の近くに小川美術館と言う、ごくシックな空間があり、そこで’93年の六月に『山辰雄 聖家族』展を見た。あれから15年が経っている。
‘89年に茅場町の山種で山の『坐す人』に衝撃を受けてから四年後に、その展覧会に逢えたことがうれしく、今でも六月はわたしにとって<山 辰雄の月>なのだった。
紫陽花も背景も何もかもが緑の影に埋められている。
その紫陽花を前にして、切花ではあるが、一種不思議な生命力を感じた。

松尾 敏男 彩苑  紫と白の菖蒲の群がある。この画家らしい温厚ないい絵だった。

初夏の魅惑的な花々に囲まれて、うっとりしながら蝶のわたしは外へ出ていった。

プリンセスライフと殿様コレクション

プリンセスライフと殿様コレクション

目白の永青文庫と九段の千秋文庫とを廻った。
どちらも大名家のコレクションを一般公開する場。
永青は熊本の細川侯、千秋は秋田の佐竹侯の文庫。

まず永青での展覧会。『細川のお姫様 華やかなプリンセスライフ』 
大名家においては、“表”とよばれる公的な空間に対し、“奥”は大名が家族と暮らす私的な空間でした。表の道具として武器・武具や書院の飾り道具などがあるのに対し、奥の道具には鑑賞用の絵画、書跡、衣服や装身具、身の周りを整える調度類がありました。嫁ぎ先に持参する華麗な蒔絵の婚礼調度などは、奥の道具の最たるものだといえるでしょう。
本展では、初代細川幽斎夫人が書いた和歌扇面、2代細川忠興夫人ガラシャ手製の袱紗、8代細川重賢夫人所持の厨子棚・書棚、14代細川護久夫人宏子の描いた風炉先屏風、16代細川護立長女敏子が嫁ぎ先に持参した雛人形一式(熊本県立美術館所蔵)など、女性の生活を彩る品々50点余りを展示します。
ということなのでワクワクして展示室に入ると、いつもと違い先客が多い。
全員女性。
そうよな、庶民は貴顕にアコガレるものよな。特にこういう歴史の古い名家には。

基本的にここの所蔵品と熊本県立美術館などの所蔵品が並んでいた。
江戸時代中頃の蒔絵文具などに惹かれる一方、近代の宏子夫人の絵画や栄昌院という方がデザインした遺物などにも関心が湧いた。
いかにも大名のご正室という、大きな豊かさを感じるデザインなので、見ていて気持ちいいのだ。
抱一上人は姫路の酒井侯の弟君で江戸琳派を興したが、丁度あんな感じ。
デザインの巧さとか絵の良さとかもさることながら、とにかくせせこましさがなく、明るく華やか。
「閑を持て余した果ての」というのではなく「教養として身につけた」以上のなにかを感じさせた作品たち。
一生懸命、そして楽しく作っているのがわかるような気がする。
書画だけでなく、ミニチュアのカルタもあった。本当に愛らしい。

以前から好きな台が出ていた。白い螺鈿細工で網代に貝殻を鏤めた図柄の台。
これは夏になるとよく展示されるが、とても好きなもので、類品は他に殆ど見ない。

文具だけでなく小さな家具も全て姫君にふさわしい優美で可憐なものが多い。
違い棚の横部分を菊水の透かし彫りにしたものや、可愛らしい花鳥の蒔絵。

肖像画も多いが、一枚だけ幼女のものがあった。
こう姫像
わずか四歳で他界した姫を偲んだ父君。愛らしい盛りに愛娘を失くしたつらさを思う。
身分の高下に関わらず、等しき悲しみがそこにある。

近代の姫君の遺愛品のうち、いちばん心躍ったのはお雛様のお道具。
雛道具と言うだけでも可愛いのに、ここのは上方風の厨セット。つまりキッチン道具一式にお皿などなど。
それがもぉずば抜けて愛らしいし、立派なものばかり。染付にはちゃんと絵柄もあるし、銀製品もある。
臼や杵もあるし、台所の下駄もある。
姫君の雛道具とは言え、民家と同じものが並んでいるのだ。
江戸ではこうしたお道具はなかったようだが、上方から西ではやはり女の子のたしなみとして、ままごと道具が付随している。
ふと見れば台所の守りとしての小僧までいた。

護久氏の宏子夫人は絵画をよくし、騎龍観音や魚籃観音を描いていた。
三昧続きの応神天皇降誕図は、神宮皇后と赤子と武内宿禰が描かれている。

プリンセスライフに満足してから、半蔵門へ向かう。

今度は佐竹家の遺宝を見る。
秋田の佐竹家は細川家より更に古く、新羅三郎義光の裔だと言う。この数日前に佐竹家から出た新羅三郎の笙を、思文閣の図録で見たばかり。
なんとなく意気込んで出かけたが、時間配分を誤り閉館10分前に行ってしまった。
佐竹家には例の大正8年に分断された佐竹本三十六歌仙図もあり、秋田蘭画の系譜もあったから、期待していた。
今回は中国絵画をお抱えの狩野派の絵師らが模写したものを集めている。
牧谿の模写が多かったように思う。

何しろ時間がないので慌てて眺めた。
有名どころでは以下の絵がある。

牧谿 虎図 (狩野洞) 可愛い。模写もよくトラえている。
李迪 帰牧図 (不詳) 大和文華館に所蔵されている絵。つまりあの元の絵の出自が推理できるような。 

基本的に艶かしいか可愛いものしか目に入らない性質なので、そこのところを少しだけ。
観音図があり、それは海上の岩上に足を組んで座す姿で、やや艶かしい。
同じく美人を二人ばかり。
王振鵬 浣紗之図 (菅原虎三) この美人の物語は知らないが、彩色の少ない白い画面が、彼女の清楚さに合うように見える。
胡直夫 馬郎婦観音 (狩野秀水) こちらも豊かに美しい婦で、魚籃観音の別名。
霊照女 これは近代日本画でも画題に多い。籠を持つ美女。
官女 仇英 (菅原洞斎) いつも絵巻でしか見ていないので、大きい掛け軸は初めて。尤も元の絵の大きさは知らない。
琵琶を弾いたり琴を弾いたりの女たちを愉しむ眺める男。たぶん、皇帝。中国王宮の優雅な絵は、日本人にも好まれたのだ。

他にもいいものを見た。
呂紀 鯉 (不詳) 黒い鯉と赤い鯉がいる。・・・こいのぼりのようだ。
周臣 韓煕載夜宴之図 (菅原虎三) 芭蕉が大きな葉をそよがせ、奇岩が鑑賞されている。女たちはより集って楽しそう。
タイトルも画家も不明の絵がある。ロバの引く天の車に乗った男が、雲から現れた美女に桃を授けられている。
西王母の御使いなのかもしれない。
三酸図や琴棋書画図もあり、そして珍しいことに朝鮮民画風のトラの絵もあった。
奇童之図 これはなかなか面白い絵で、模写した絵師も楽しく思ったのではなかろうか。
唐子も浮世絵の子供らも共に可愛い。

今度はゆっくり見て回りたいと思う。なお実物の画像はとらさんのブログで、模写の元絵はすぴかさんのブログで見ることが出来る。

大名家の遺宝は旧領に行くか東京に行くかしないとなかなか見ることが出来ないので、とても楽しめた。
おかみを持たなかった上方人の素直な実感として、本当に興味深かった。

ヨーロッパの近代工芸とデザイン ?アールデコを中心に?

近代工芸館で『ヨーロッパの近代工芸とデザイン ?アールデコを中心に?』を見る。
今回思い立ってカメラ撮影を申し出ると、カメラマークのシールをくれた。
たまたま今回は全て所蔵品なのでOKなのだった。
ありがとう、工芸館。IMGP4411.jpg

もともと好きな建物で、そこでこうした展覧会を撮影できるのは嬉しいことだ。

この表紙絵は実物では別なものなのだが、うまい取り合わせだと思う。
mir714.jpg

ハーゲンアウアー『装飾飾付鏡』とポール・コラン『アンドレ・ルノー(ピアニスト)』
埃及壁画がアールデコ化したのが面白い。

以下の画像はすべてわたしのヘタな手によるもの。
IMGP4412.jpg会談の親柱の飾り
IMGP4413.jpg照明。どちらもとても素敵。

IMGP4414.jpg 花文の飾りがついた壷。可愛くてしかたない。

ティーカップセットIMGP4415.jpg

シンプルなバラたち。

コンパクトの魅力など。クリックしてください。
IMGP4416.jpg IMGP4417.jpg IMGP4419.jpg 欲しい・・・

ラリックを撮影してたら、学生みたいな女の子が話しかけてきた。
「わたしもラリック好き・・・」「箱根にあるでしょう、すてき」「今の箱根なら登山鉄道からの紫陽花がきれい・・・」 
ラリックと紫陽花とに心が揺れる会話だった。IMGP4421.jpg



モダンガールのいる時代。IMGP4424.jpg

IMGP4425.jpg 銀座三越開店ポスター。

時代を映す絵はがきたち。IMGP4422.jpg IMGP4423.jpg

クリックすると好きな絵がみつかるかもしれない・・・

五葉や織田の素敵な版画、カッサンドルのポスターが壁に掛かっている。
ミュシャの女たちもいる。

耀く飾り皿IMGP4429.jpg、黒豹IMGP4430.jpg、花瓶IMGP4432.jpg


箱を集めてみた。
IMGP4434.jpg憲吉の、IMGP4435.jpg IMGP4436.jpg 煌く箱、影まで綺麗。
銀杏もある。IMGP4437.jpg


一つ一つを豊に愉しませてもらった。
やはりここへ来ると良いものに出会えるのだった。

竹内栖鳳と京都画壇

野間記念館では京都画壇の特集をしていた。
前回は東京画壇で、貰ったカードに捺印してもらったので、次回はご招待と言うプレゼントをいただいた。
mir711.jpg

かつては目黒雅叙園と山種と近美がわたしの日本画鑑賞修行の場だったが、今は目黒がなくなって野間がその地位にある。
野間コレクションはいつ見ても飽きないし、同じものを見ても「コンニチハ」な気分である。
ありがとう、野間記念館。
わたしはここで友の会が発足すれば、入る気まんまんなんですよ。

『竹内栖鳳と京都画壇』
基本的に近代日本画なら東西かかわりなく愛して来たので、前回に続き嬉しさが込み上げて来る。
仰ぎ見るべき栖鳳ではあるが、その画題は馴染み深いものが多い。

『兎』『仔犬』 可愛いウサギとわんこ。山種のヌシのような『班猫』と違い、このウサギもわんこも緊迫感のない、穏やかな絵だった。
絵を見た後の話だが、同僚からペットのウサギの写真を見せられた。色は違うが、なんとなくこの絵のウサギと似て、眠たそうだった。


『古城枩翠』 この松の垂れた様子を見ると、随分繁茂しているなと思う。
その二年後に描かれた泉屋分館所蔵の『禁城松翠』ではだいぶ涼しくカットされている。
小舟に乗り、皇居のお堀のお掃除をする人々も少しは楽になったろう。
mir712.jpg'26年と'28年。mir713.jpg

 
堂本印象『清亮』 牡丹の花と白鷺の立つ、花鳥画といえば花鳥画、一瞬の動きを画布に留めたとも、永遠に封じたとも言えるような絵。

西村五雲『夏木立』 ミミズクが可愛い。こちらを見る様子は、まるでにゃんこだ。

徳岡神泉『鶉図』 よく肥えた鶉たち。木賊の細さと比較して、へんにおいしそうにも見える。

印象『清泉』 ガクアジサイと茶色いシダ。わたしは印象は水墨画より彩色豊かな絵の方が好きだ。茶色いシダも彼の手にかかると枯れたのではないように見える。

榊原紫峰『猫之図』 白地に雉柄の堂々たる(要するにえらそーな)猫。切り株の上にどかっと座している。何ともいえずいい。毛のふさふさした感じもよくわかる。

栖鳳のウサギ、わんこ、五雲のミミズク、紫峰の猫。
第一室は、ちょっとしたどうぶつ宝島の様相を呈している。
しかし美女を忘れてはいけない。

麦僊の舞妓、松園の王朝美人らに並んで、三木翠山の当代美人が二枚あった。
『緑陰』 薄いレース風日傘の女
『納涼』 団扇を持ち、簾のそばに佇む女
共に’30年当時の和装美人。先日茶道資料館で彼の描いた美しい姉妹を見てきたばかりだが、この二枚の美人たちもおっとり上品だった。

麦僊には色々とちょっといやな感じを持っているのだが、名作はやはり名作として素直に賞賛したい。
『春』 チラシに使われるだけでなく、チケットにも登場した。
これは何とも言えず幸せな気持ちになる、幸せな雰囲気の絵である。幻想的なまでに白く美しい庭。右の紅椿の木や女児の赤い着物、母親の前垂れを見ていても、それでもその白い美しさが意識に残るのだった。

菊池契月の昭和初期の当代美人画が二枚並ぶ。
『福寿草』 丸梅文の羽織の女
『寒牡丹』 にじむような、うす化粧の女
どちらも冬から新春の寿ぎの頃の女を描いている。目元の艶は少しばかり狂気すら疑うほどだが、しかしそれが却って魅力的である。

梥本一洋『雲雀山之図』 彼らしい王朝風俗の一枚。木々のあり方にまで優美さが漂う。
mir712-1.jpg


野間コレクションの中核をなす色紙コレクションが、今回も並んでいる。
伊藤小坡、松園らのそれはやはり美人画である。
それぞれ月次風俗を描いている。特に気に入ったものを少しずつ。
小坡5月『あやめ』 ぼうぼう眉の女児が八つ橋の只中に立ち、あやめを眺めてにっこり笑う。
7月『朝顔』 朝顔に釣瓶取られて貰い水 加賀千代女を描いたもの。爽やかさがいい。
12月『年の暮』 御高祖頭巾の女が裏白持って歩いている。歳旦の支度に忙しいのがよくわかる。
松園5月『藤娘』 色紙シリーズは野間が画家たちに依頼して制作してもらったプライベート・コレクションだからか、松園さんも気軽な気分になるのか、色紙シリーズはいつもと趣の違う絵が多い。この藤娘は東京の清方が描きそうな藤娘だった。それが面白い。
9月『鳥籠少女』 別に少女が鳥籠に入っているとか、そのスカートがそれだとか言うのではなく、着物を着た少女が鳥かごを眺めている図なのだが、その背中だけと言う構図がいい。

西山翠嶂『金波玉兎』 謡曲『竹生島』ですね。しかし兎はリアルでちとコワイ。

栖鳳『猛虎』 応挙センセイもびっくりの可愛い虎。肉球をなめている。獅子図はよく見るが、虎の方が可愛く描けている。

橋本関雪『梅花谷』 桃源郷ならぬ梅花谷を舟で下る。白梅の匂いがこちらにまで漂うような佳品。

宇田荻邨『淀の水車』 いつもの淀の水車シリーズの一枚だが、この絵はわりとリアルな生活感がある。幻想性は少なく、本当に淀にあるような感じ。

花鳥画の色紙も多く出ていた。
華楊、松篁、平八郎、印象、神泉、紫峰、五雲・・・
画家の特性も少しばかり見えたりして、なかなか見応えがあった。
一つ一つ書けないが、何もかもどれもこれもが優しく佳い絵だった。
色紙の月次絵はやはり、肩のこらない健やかに楽しいものがよいのだった。

展覧会は7/21まで出、その後は夏休みで、9/6からは川合玉堂なのだった。

澁澤龍彦と堀内誠一 旅の仲間

去年の名古屋からの巡回がようやく渋谷に来たので、松涛のギャラリーTOMへ行った。
『澁澤龍彦・堀内誠一 旅の仲間』展。
IMGP4408.jpg

中に入ると「なにでこの展覧会をご存知になりました」と訊かれ、「お友達から」と答えたが、あんまり人は来てないのだろうか。
とてもフレンドリーなギャラリーである。

堀内誠一は『anan』の編集など色々マルチな仕事もされた人だが、わたしにとっては絵本画家である。
妹が幼稚園の卒園記念に貰った『リスのゲルランゲ』シリーズ以来だから、’70年代半ば頃。
その後に『ぞうのぐるんぱ』とか雀の子供の話など、色々な絵本を見てきた。
数年前には堀内の絵本原画展も見たが、やっぱりたいへん良かった。
ぐるんぱのようちえん (こどものとも傑作集)ぐるんぱのようちえん (こどものとも傑作集)
(1966/12)
西内 ミナミ堀内 誠一


おそうじをおぼえたがらないリスのゲルランゲ (世界傑作童話シリーズ)おそうじをおぼえたがらないリスのゲルランゲ (世界傑作童話シリーズ)
(2000)
ジャンヌ・ロッシュ・マゾン山口 智子



ヒキコモリに近かった澁澤が旅好きになり、あちこち出かけるようになってからの、二人の往復書簡が楽しい。
澁澤は文のみ。堀内は絵描きだからカラフルな絵も添える。
フランス在住の堀内は時々他の国にも出る。
そう、今も続くボローニャ絵本原画展にでたり、チェコのブラティスラバ絵本原画展の審査員として東欧に入ったり。
そのときの手紙の内容から「ああ、あの絵本か!」とわかるものもあり、とても楽しい。
澁澤も「・・・『超男性』翻訳しました」などとお知らせを遣す。
翻訳して儲かったら嬉しいな、みたいなナマナマしいことも書かれていて、それがまたとても微笑ましい。
澁澤の友人で、パリに移った出口の近況についても互いに知らせあったりしている。
「あいつの融通の利かなさにはあきれました」などと書いているが、それは悪口ではない。
時間差のある対話、それが二人の往復書簡だった。

堀内の絵も綺麗なもので、サラサラッと描いているのに本当に実物のイメージが届いてきたりする。澁澤は手紙の中でそれを羨む。
文しか書けない者はやっぱり絵が描ける者を羨み、憧れるのだ、どうしても。

タイトルがまだ未定の状態の『玩物草紙』連載についての話もある。
加山又造が挿絵をつけてくれるのをとても喜んでいる。

二人ともどちらかと言えば人の良さ・育ちのよさを感じさせる手紙を書いている。
澁澤にはちょっと嘆きとか義憤や心配が混じることもあるが、堀内の丸まっちいカラフルな手紙には、あんまりそうしたことは書かれていない。
書いたかもしれないが、それが出ていないのか、それともそんなことを書くより澁澤をもっと喜ばせたい・もっと楽しませたい、という気持ちが大きくて、そのことに夢中になったのか。

行間から色んなことを読み取ろうとしたが、全ては想像に過ぎない。
しかしその行為は楽しかった。
どちらかと言うと他人の書いた書簡や日記を眺めるのは苦手なのだが(公開目的のものは別として)、二人の楽しそうなやり取りにはこちらの心も和んだ。

ギャラリーの壁には彼らの手紙が、そしてあちこちのテーブルには彼らの本が置かれていた。ただし初版本なので触れることは出来ない。
しかしその少し古ぴた本の表紙を眺めるだけで、中に封じられた言葉や物語がイメージとしてこちらの脳の中にあふれだす。
それらは外へは零れないが。

二階のテーブルには堀内の絵本が置かれ、それとコピーも一緒にある。触って眺めて、ということ。
TOMは眼の不自由な人々の触感による美術体験を推していることを思い出した。
わたしの少し後に来られたお客さんが白杖をついていた。このギャラリーのおなじみさんらしい。
幸せそうな笑顔でお連れさんとお話されていたのが印象的だった。

いい展覧会だった。
ところでギャラリーTOMは村山知義の子供さんが開かれたギャラリーで、だから名前の由来も童画家としての村山のサイン“TOM”からとったものだと聞いたことがある。
わたしは’20年代モダニズムがとても好きなので、その時代の童画もとても好きだ。
村山知義のモダンな作品も好きなものが多い。特に奥さんの村山籌子とのコラボ作品『三匹のコグマさん』シリーズがとてもとても好きだ。DVDを手に入れたときの嬉しさは今も忘れない。

このギャラリーは松涛美術館からまっすぐ歩いて一つ目の信号の手前にあるから、行きやすいと思う。わたしでさえ道を間違えなかったので、いい企画があればこの二つをセットに・・・戸栗をまぜて、たばこと塩にも足を向け、ハチ公バスで文学館へ向かうのもコミにして、廻るのが楽しいかもしれない。(ブンカムラを入れてないゾ)

河野通勢 大正の鬼才

松涛美術館で河野通勢の回顧展が開催されている。
東京ステーションギャラリーで『河野通勢 大正リアリズム』展を’98年末に見ている。
その年の夏には大山崎山荘で白樺派関連の展覧会があり、少しだけ出ているのを見ているから、どちらにしろ十年ぶりの展覧会だと思う。
弥生美術館でも挿絵を見たように思っていたが、勘違いかも知れない。
挿絵の場合、原画でなくとも本などの資料も大事だから、そちらで見たのと錯誤しているかもしれないのだ。
mir710.jpg 『項羽と劉邦』より

今回の展覧会は実に良い内容だった。前回の東京STの展覧会では不足を感じていたが、今回は不足などはない。強いてあげれば挿絵関係の充実を求めたかったが、挿絵愛好家は少ないようなので、仕方ないのかもしれない。

河野の絵の特性は「極端な執拗さ」これに尽きるように思う。
ペン画にしろ洋画にしろ挿絵にしろ、省略と言うことを一切しない。
無論妥協もしない。自らの特性を押し通して描き続けた。
特に群集図と言うものが物凄まじい。
一人ひとりを描き分けるだけでなく、別個の動きまで見せている。
これは河野が敬虔な正教徒であったことが根となり、夥しい素描を描き続けたことが栄養となっての特性かもしれない。
挿絵画家として個性的なペン画を生み出せたのも、その特性があるからではないか。
裾花川という郷里の川を中心にした風景画も重苦しい色調で塗りこめてある。
ところがこの風景画に人物が含まれると、奇妙な世界が生まれてくる。

大きな木を中心にしてクネル道があり、そこに何故か杖を突いて歩く人物がいる。
これは後からの描き込みではなく、下絵の段階からの登場で、彼を巡る図に見えなくもない。
そのくせ誰も彼に視線を向けず、意識も向けない。意図的に忌避されたのではなく、ただ無視されている。
彼がいないと想像する。すると絵は色調は重くても、働く喜びや日常のちょっとした仕種を見せるただの風景画になる。ところがここに(真ん中やや右下寄り)へんな人物がいることで、場が歪みを見せる。
河野にはこうした作品が多いように思う。

『三人の乞食』 手前に三人の若い乞食がいる。風貌は無国籍。三人は寄って座っているが、大きな距離感があるのは誰も視線が交わっていないから。
しかしそのくせある種の親和もある。向こうには青い空と野良。風に吹かれる三人は乞食ではあるが、惨めさはない。
解説プレートには「貧しきものへの河野の温かなまなざし」とあるが、それはしかし大正期の秦テルヲと同じ意味での視線ではない。
むしろキリスト者としての河野の視線がそこにあるように思われる。
つまりこの三人は『東方の三博士』の見立てではないか、とわたしは思うのだ。
河野を尊敬し兄事した関根正三の佳作『三星』は少年三人を描いたものだが、あれもその見立てだと思っている。
つまり家を持たない漂泊流浪の人が三人集まり「東方の三博士」として家々を訪れる。
人々は彼らから祝いの言葉を受け、そのお返しとして何がしかの食べ物などを施す。
それがヨーロッパには汎く存在していたようで、『クラバート』などにもその様子が描かれている。

肖像画を見る。だんだんとコローの影響を脱し、ここでは北方ルネサンスの影響が見え始める。
しかしこの自画像の多さはどうだろう。
全身像のそれはなく、胸から上、特に顔だけの自画像がやたらと多い。背景色は様々に分かれる。そして少しずつ表情が異なっている。なかなかかわいい顔のものもあるが、どことなく自意識過剰なところもみえるような。

『好子像』 義妹好子をルネサンス風の背景において描いているが、描かなくてもいいのでは?と思うような箇所まで描いているので、ちょっと不思議である。

素描で『走る人』というものがあり、衣装の襞がこれでもかと描き込まれている。この絵などを見て、中川一政が「なんでも描ける」と言ったそうだが、確かにそうだと実感がある。すごいものだ。
しかしその執拗さはなかなか怖い。一枚の紙上に延々と目が描かれている。目だけ。本当に目だけ。目玉ではなく瞼も睫毛もあるが、やはり恐ろしい。

『虞美人化粧之図』 長与の挿絵からスピンオフしての洋画作品だろうが、これが今回いちばん惹かれた。黒を底に潜めた青い背景。廻廊の装飾欄間には鶴、その下では楽人の歌舞音曲、唐子たち数人、そして髪を長く梳き伸ばされた虞美人の横顔。手鏡をみつめる視線。十人ほどの腰元たちは寄り集まり一束になり、まるで色鮮やかなエノキダケの群に見える。楽人たちも踊るものは笑ったような面をかぶり、背後に固まるものたちはインドネシアの楽人風の金の被り物をしている。
子供たちの笑顔も嘘くさく、そして牡丹の花々だけは北宋画風の色調で描かれている。
なんとも不可思議な魅力に満ちた絵だった。

聖書を描いた作品群がまたなかなか見ものが多かった。大体は1920年の作が多い。
旧約が凄いのはわかっているが、『ロトの逃走』はペンの威力が目立った。
『モーゼ』は三枚続き。
こういうペン画を見ていると、大正期の流行まで伝わってくる。絵の内容が、ではなくにペン画のスタイルが。
竹中英太郎『孤島の鬼』武井武雄『ラムラム王』などのシャレてて少し不思議な描線。
モダンでオシャレで、そしてちょっとヘン。

『スザンナ』も二枚あったが、長老たちがのぞきに来るシーンのものより、裸のままスザンナが崖から降りる?登ろうとする?小さな一枚が特に良かった。
『テベリア湖の耶蘇』 これは構図がよかった。なんとなく不思議な構図だが、舟がどう動いているかわかるような。考えればイエスは水と深い縁があるのだった。
「ペトロやシモンは漁人(すなどり)だ」という言葉が思い出されもする。

『サロメ』 これは線描だが、女の邪悪な微笑がいい。盤を持って待ち受けていて、早く男の生首を乗せろと強いる。男の生首を得て嬉しそうに笑うサロメや、一瞬驚愕するサロメを見ているが、こんなに凶悪な微笑を浮かべているのは、ビアズリーか河野の絵くらいなものだ。
ヨカナーンも気の毒なものだ。そのヨハネの油彩が今回のチケット及びチラシに使われている。
遠目に見ればどことなくダ・ヴィンチ風でもある。

しかしハリストスの信者だったわりにイコン風な絵は一枚もないのも、不思議かもしれない。見てはいるらしいが。(山下りんなどの作を見ていると記録がある)

関東大震災の直後に各地の被害状況を描いたシリーズがある。
これなどはやっぱり悲惨で、見ていると85年前も現在もあまり状況は変わらないように思えた。
政府は早く動かねばならない。

風俗を描いた絵もいろいろあるが、リボンをつけた少女の絵には久しぶりに会った。
前田寛治風の少女なので、時々カンチガイする。
総じて草土社の頃は劉生ぽいというより、椿貞雄的な色調だと思いもする。
やがて挿絵画家の仕事が多忙になった頃の作品『竹林七妍』などは、これはもう不気味な魅力が溢れていて、先にあげた『虞美人化粧之図』同様、わたしにはとても魅力的な作品なのだった。
日本、中国、インド、ギリシャ・・・などの美女たちが竹林にいる。シュールな作品。
毒と知りつつ飲まずにいられないような、魅力がある。

挿絵や本の装幀が、実はいちばん楽しみでわたしはここへ来たのだ。
20年前から明治大正昭和戦前の挿絵に惹かれているので、わたしは河野が洋画家とは実は十年前まで認識していなかった。
挿絵画家としての河野がいちばん好ましい。

長与善郎『青銅の基督』『項羽と劉邦』、吉川英治『ひよどり草紙』、下母澤寛、邦枝完二らの作品には髷物の絵を描いている。
どれもこれもいい。たいへんいい。
mir710-1.jpg

こちらも『項羽と劉邦』より。これは’92『きらめくモダン 大正ロマンの画家たち』展で手に入れたから、もう16年か・・・。
この辺りをもっともっと見たかったが、仕方ない。

他にも父親の描いた絵や遺品の手裏剣(真っ直ぐな形のもの)などがあった。
父親の絵の中でも猫の絵は良かった。
それにしても写真などを見ると、家族思いのいいお父さんでもあったようだ。
プールを家に造っている・・・(そう言えば奈良の志賀直哉邸にもプールの跡地がある。しかし自邸のプールと言えばアメリカか、戦後の『瘋癲老人日記』でのそれくらいしか・・・)
儲かってたんだなー。
ところで河野の洗礼名はピートルだと言うが、正教会ならピョートルではないのだろうか。
・・・まぁおんなじか。結局はピーターですか。

ここにはないが府中市美術館に『ノアの箱舟』のペン画がある。
動物たちが戯画風に描かれていて、なかなか面白い。
ペン画にはわりと独り言も描き込まれていて、それを読むのも興味深かった。

あと現在MOTで開催中の『屋上庭園』では『叢』の素描が出ているらしい。
どちらも実物は見ていないが、絵はがきと今月の『メトロ沿線だより』で見た。

七月からは後期に変わる。

六月の東京ハイカイ

6/20と21
さていきなり東京ハイカイレポですね。
天気予報は雨だと言うことでしたが、まぁ二日間曇りがちの時折パラッ・・・パラッ程度ですんで、ホッとしましたよ。
各展覧会は個別に後日ねちねち書きます。
ねちねち、と書いたが雨は降らずとも湿気が高くて本当にねちねちしてたなー。
でも九州は災害が、関西には警報が、東北も困難なときに入梅なので、文句を言える立場ではないのだ。

渋谷から始まるツアー。松涛美術館で河野通勢の回顧展見たが、これまで二度見た回顧展は、今回のそれに及ばないように思う。たいへん良かった。後期は見れないが、前期を見ただけでも大満足。
そこから徒歩数分のギャラリーTOMで澁澤龍彦と堀内誠一の往復書簡を見てから、江戸川橋を目指す。
関口の風情ある民家。あじさいが何とも言えずよかった。
IMGP4410.jpg

時々こんな愛らしく慎ましい町家に住みたくなる。ただし水周りと自室だけは最新式でないと耐えられないが。
夕顔もみつけた。IMGP4409.jpg
しかしクドく相手はいない。
(と書いていたが、緑の指を持つ山桜さんから昼顔だと教わりました。すると台詞も変えねばならない。気分はドヌーヴなのだよ、ふふふ)

永青文庫でプリンセスライフ見てから野間へ廻る。前回貰ったカードに判押ししてもらっったから、次回は無料ご招待と言うことです。ありがとうございます。ますます野間が、講談社が好きになるぜ。

麹町へ出る。初めて降り立つ。いつも半蔵門ばかりだから、泉屋クッキーの巨大浮輪ビルも初めて見た。
皇居界隈というかお堀端には紫陽花と一重の山吹とピンクの夕顔が咲き乱れている。
IMGP4439.jpg どちらかと言えば八重のほうに親しみがあるが、これも愛らしい。
(えーと、これも山吹でなくて金糸梅だそうです。自分が知らないものでも、こうして写真とか載っけると、必ず正しい答が貰えるのがネットの良いところですな)

山種で百花繚乱を愉しみ、佐竹侯の千秋文庫に立ち寄り、近代工芸館へ向かう。
ラリックを撮影してたら学生らしき女の子に話しかけられる。
ラリックのことで少し盛り上がった。

館のヒトの勧めで近代美術館へ向かう。緑陰の空気が肺に入り込む実感。
そんなものを感じながら歩く。
ここでもカメラ使うけれど、腕章シールがなんだかカワイイのだ。

竹橋から京橋へ。フィルムセンターで遊び、それからブリヂストンへ。
数年前の京都での回顧展以来の大きな展覧会。
さすがに疲れたので、20日はこれでおしまい。
IMGP4447.jpg 明治屋にも灯がともる。

今回は某国大使館の隣のホテルに宿泊したので、早朝の警備隊の朝礼などをちらっとのぞく。
朝食はバイキングだけど和食メインなので久しぶりに朝からゴハン食べた。
明太子とスクランブルエッグが異様においしい。

朝から上野へ。
かなり早めに来たけど、井上雄彦の当日券販売の行列を見て気が遠くなる。
実は時間指定の前売り、完売してた。それで嫌になり、とりあえず行くだけ行って様子を見ようかと思ったが、もういい。やめました。
大して惜しく思わないのは原作マンガのマジメな読者ではないせいか?
・・・これがスラムダンクなら並んだろーなー・・・

今日は大半を上野で過ごすから、東博に荷物を預けてあちこちフラフラ?と。
まず都美に行き、混雑のパリ百見てから藝大へ。
バウハウスは若い観客と外人客が多かった。ここでちょっとした驚きがあったが、それは記事中でまた書く。

やがて東博で三時間に亙ってパチパチ撮ったりジーッと見たりして、楽しく過ごした。
法隆寺館にも初めて行く。大昔の晴の木曜日のみのときに行って以来だから、なんと、もう20年も行ってなかったのだ!
同じ建物のオークラガーデンカフェで鳥の香草焼食べる。
IMGP4528.jpg 東博本館前の池の睡蓮はまだ莟らしい。

ラストは三越で赤毛のアン展。これが凄まじい繁盛で、やっぱりみんなアンが好きなんだなーと実感。
まぁ見た展覧会はこれくらいでしょうか。あとはまたおいおい細かいことを精述筆記。
一泊二日のわりには、やっぱりムチャクチャなのでした。

経済で辿る近代大阪のあゆみ展をみる

大阪大学総合学術博物館第8回企画展
「東洋のマンチェスター」から「大大阪」へ ?経済でたどる近代大阪のあゆみ?
mir709.jpg

以下、企画展の狙い。
大阪のまちは現在、経済の地盤沈下・財政難・人口減など様々な難問に直面していますが、先人たちは叡智を発揮し、経済と文化の繁栄を実現してきたのです。
江戸時代に経済のセンターであった大阪は、幕末から明治維新期には衰退を余儀なくされましたが、明治期には近代産業を発展させ、日本の工業化の先頭に立ちました。とりわけ紡績業をはじめとする綿業は、商社や銀行に支えられてめざましく発展し、日清戦争のころの大阪は「東洋のマンチェスター」と呼ばれるようになりました。
1920年代後半、「大大阪」を自負するようになった大阪市は全国一の工業都市となり、大小様々な製造企業・私鉄各社・電力企業なども躍進しました。そのころには労働問題や都市問題といった新たな難問も起こりましたが、当時の大阪市長関一は積極的にその解決に取り組みました。本企画展が、こうした近代大阪の経済のあゆみを広く伝え、新しい展望を得る機会になることを念願しています。

大阪の経済が地盤沈下しているのは周知の事実だが、そこへ更に文化までお上の圧力により、失われようとしている。文化そのものへの敵意・嫌悪感があるとしか思えない仕打ち。
児童文学館と図書館の統合など、焚書の手が迫る中、こうして大阪大学が文化的な企画展を無料で開催してくれるのは、たいへん喜ばしく、そして尊いことだと思っている。
・・・要するに、こういうのを見るのがわたしのシュミなんですよ。

以前阪大のイ号館での展覧会は見たが、こちらの修学館でのそれは初めて見る。
IMGP4396.jpg

綺麗なカフェテラスもある。
レトロモダンな建物の中で好きな展示を見るのが一番嬉しい。
マチカネワニのホネが吹き抜け空間の壁に張り付く。
床や窓の色ガラスもアールデコ風で素敵。
IMGP4387.jpg IMGP4390.jpg

大阪パノラマ地図をじっくり眺めると、今も残る建物や、失われた地名などがあり、たいへん面白い。
元々地図を見るのが好きで、路線図も大好きなわたしには、これが楽しくて仕方ない。

全国の富豪の番付もあった。幕末から明治末までの数次に亙る長者番付。
今も家業が盛業な人もあれば、後に零落した人もあり、盛者必衰の理を顕す・・・元禄の紀文の時代となんら変わるところがないわけです。
鴻池、鹿嶋、伊藤、辰馬、原・・・「ああ、あの人か」と思う名前を見つけたりなんだかんだと感慨にふける。
浪花名所図もいくつか。蛸の松などは『神宗』が商品と一緒に案内状の挿絵にも使用していたから、知るヒトも多いだろう。

クラブコスメのポスターも複製品が。今春はクラブコスメ(中山太陽堂)の展覧会がなくて淋しかったが、その分をここで見ている気分になる。

大阪オリジナル商品一覧表が面白かった。
バッテラとか回転寿司とか枚挙に暇がない。それにしても、近年はホンマにアカンなぁ・・・
うちの会社も今やトップと三役が九州人に占められているので、大阪流のアホらしい賑やかさがないしね。アホなことしてナンボやねんけどな。

阪大は帝國大学としては出生が遅かった。
町人の自治による発達があったからかもしれない。
阪大の母体になったのは適塾や懐徳堂などの、町人の町人による研究機関から。
それらの資料や、湯川秀樹博士の研究やノーベル賞の賞状などの他、不思議なコンピューターまであった。パーソナルでないコンピューター。

色んなことを考えさせられる展覧会でしたな。7/5まで。
しかしつくづく大学と言うのはよいものです。
自分たちが心血注いだ研究内容や必死で蒐集したコレクションを、こうして無料で見せてくれるのだから。
阪大、京大、東大のほかにも、私学には多くのミュージアムがある。
これからも出来る限り見て回ろうと思っている。

IMGP4397.jpg テラスにある山羊の水道。

祈りの美・かざりの美 ─仏教美術と工芸─

10周年記念特別展?─Classic Age─
  「祈りの美・かざりの美 ─仏教美術と工芸─」
細見美術館も十周年を迎えたか・・・
建物を前にしてそんな感慨にふけった。

この十年の間、わりと気軽くここの展覧会を楽しんできたが、もうそんなに経つのかと思うと、展示物にも建物にも、改めて愛情が湧き起こる。
しかし今回の展示は所蔵品のオンパレードではなく、借り物もあった。

東寺所蔵の仏画がそれ。
最近は少しばかり仏画にも感興を覚えるようになったから、ジーッと眺めた。
仏画も良く見るとなかなか艶かしいし、インテリアと言うか小物もファンシーなものが多い。
修復もされているのだろう、剥落もなく、綺麗な彩色だった。
如意輪観音はどのタイプもひどく艶かしい。仏画も木彫も。
多手は他にも色々な仏がおられるが、この如意輪さんほどうっとりするのは他にいないのではないか。
というようなことを思いながら眺める。
花を生ける花器もトロフィー型で、そこはかとなく東西文化の交流、文明の伝播と言うのを思う。

細見自慢の春日神鹿御正体も鎮座ましましている。
何かの時には必ず現れる神鹿。

以前から好きな仁清風の陶器の釘隠しも色々集められている。
mir708.jpg

わたしも釘隠しや引き手が好きで、見ているだけで嬉しくなる。
手桶に水仙、夕顔、桜一枝、扇・・・

しかし今回眼を惹いたのは羽黒鏡だった。
羽黒山の御手洗池から出土した平安後期の鏡を総称する。
菊・松・山吹・橘・水草、鶴・雀・鷺・千鳥・など花鳥風月が刻まれた優美な鏡。
花喰鳥の意匠や小菊の懸崖などのほか、菊水もあり、見ていて飽きなかった。
鎖国したが故に成立した和の美が、そこにある。
細見の映像はないので、文化財オンラインで同様のものが見れるので、どうぞ。

中国の銅鏡は同じ京都の泉屋博古館で楽しめるが、和の鏡は意外と見る機会が少ない。
いいものを見れて嬉しい。
展覧会は7/27まで。



たまにはザレ言

IMGP4401.jpg 家のそばの公園。

たまにはザレ言。わたしと身近なヒトビトの話です。(仮名など)

(前置詞?) 義弟は我が家ではザラ君と呼ばれている。理由については書かないが、とにかくザラ君で通っている。ザラの息子イブキの前でも「ザラ君」呼ばわりする姑と小姑。
そのザラ君の実家での法事にうちの母が出かけた。当然お膳が出る。
母は偏食のヒトで、日本人には珍しく海老をカタキとする。ザラ君は我が家に親しんでいてパクパク健啖なので、母はついついいつものようにザラ君に自分のニガテな海老を退治してと依頼しようと、声をかけた。
「ザ」
ザラと言いかけてグッと詰まった。彼のお母様やお兄さんの前でザラ君呼ばわりは出来ない。言い直してから、彼に海老をどうぞと渡した。
しかし母のカタキは海老だけではない。他にも色々お膳の上に鎮座ましましている。
そのたび母は「ザ…まさおくん、どうぞ」と呼びかけては皿を渡した。
彼の実家の人々は、自分とこの息子まさお君にいつのまにtheがつくようになったか、決して知ることはないだろう。
IMGP4398.jpg 公園に咲く白百合の群。

(まさお続編) 母は娘婿ザラ君の本名まさおの字を度忘れしていた。義姉ナナエは最初から知らない。ふと思いついて口にした。
「アンタの舅さんもまさおサンとちゃいましたかね」つまりナナエの父方の祖父。
「あっそやったわ・・・いやチャウチャウ、だいすけやったような・・・」
ママ、まさおとだいすけは『ポチたま』の旅犬の父子でんがな。
・・・とうとう漢字は思い出せないまま、今に至っている。
IMGP4402.jpg 公園の紫陽花。広島市からの寄贈。

(過去のアンタ・アタシの将来) 最近の我が家では野球見ながら、母は洗い物・娘は切り抜きのスクラップぺたぺたがマイブームになっている。
突然母が笑い出した。野球は膠着状態なので笑うような珍プレーもない。
「いややわ、ふっと『この頃オトーチャンに会うてへんわ?』と思ってんけど、よう考えたら、死んでもう三十年過ぎたやんなー」
わたしはカッとなった。ええかげんにしろ、とノノシッた。
「アンタが今ボケてもわたし、世話看れませんねんで!それに今いきなり死なれたら、わたしみなし子ハッチになるやないの!」
IMGP4403.jpg 同上。

プンスカ怒っていたが、しばらくして機嫌よくなったわたしは母に無邪気に問いかけた。
「なーママ、ママはわたし将来どんな大人になってほしい?」
言って一瞬後ハッとなった。
大人も大人、トシだけならわたしはめっちゃ立派な大人ではないか。
さっと洗い場を見返ると、母が巨大な冷笑を浮かべ、思い切り攻撃してきた。
・・・祖父の話とか「みなしごハッチ」というのが時間を遡らせていたに違いない、と思いたい・・・
IMGP4405.jpg 昔はニガテだったが今は好きなガクアジサイ

IMGP4406.jpg 我が家の紫陽花。

我が家のシダIMGP4407.jpg シダ王と呼んでいる。

ルノワール+ルノワール (ジャンの映画)

mir706.jpg

わたしが最初に映画監督ジャン・ルノワールを知ったのは、小学生の頃『大いなる幻影』をNHKあたりで見たからだと思う。
ルノワールの息子さんかぁ、という意識で映画をみたが、フォン・シュトロハイムの魁偉なイメージばかりが意識に残った。
ここで話が少し脇にそれる。

中学生のころに戸板康二『ちょっといい話』にハマり、不意に世界が広がった。
歌舞伎役者の屋号や血筋に詳しくなれたのも、昔の芸談を読むのが大好きになったのも、全て戸板康二のおかげなのだった。
さて、その本の中にこんなのがあった。ほんの小話。
ジャン・ルノワールの表記が誤ってジャンル・ノワール(暗黒もの)になっていた、というもの。
昔、アラン・ドロンとジャン・ギャバンのコンビでそうしたフィルム・ノワールものが多く作られ、たいへん人気だったが、カントクも自分の名前が暗黒ものにされるとは思わなかったろう。

そのジャンの映画作品が少しずつyoutubeにあり、わたしは嬉しがってここに貼り付ける。
一応、展覧会に出ていたものに限った。


『ピクニック』

この映画は『ぶらんこ』との関連があるが、間に60年の歳月がある。
若い女の心の流れが映像の中から届く。ボートを漕ぐシーンにも父の絵画からの影響、というか父の絵画への懐かしみ・親しみが伺えるのだった。

『河』

インドを舞台にした若い人たちの心のふれあいと言うか、色んなアフェアがある。
『バナナ畑』の巨大なバナナの葉っぱがこの映画にもあるが、オリエンタルなエキゾティックさに、父も息子も少しだけときめいていたのだな、と思った。

『ゲームの規則』

狩猟シーンが続く。ジャン15歳の肖像画。そして父が描き損ねた地での撮影。こんなに父親思いの息子と言うのは、偉いものだと思う。歳が離れていたこともその要因なのだろうか。

『トニ』

イタリアのネオレアリスモの先駆的作品。確かにそんな感じがする。海に身投げした女房を引き上げる男。なんとなくロッセリーニの『マン島』だったか、そんな映画を思い出した。

『フレンチカンカン』

ハデハデで楽しかった。実は小学生の頃、この映画をTVで見た翌日、クラスでマネをしてみんなで踊ったことがある。スカートを何枚も履くだけでなく、シーツかカーテンか何かも使い、それで大変叱られたのだった。

mir707.jpg


ジャンが現役の映画監督だった頃は、無声映画とトーキーとの境目から、更にはモノクロから総天然色へ移行する、二つの大きな流れがあった。
これは技術的なことだが、それだけでなく内容的にも大きな変化があった。
古典的作品のよき時代が終焉を遂げ、新しい波が押し寄せてきたのである。
そのヌーヴェルバーグの旗手たち・・・トリュフォー、ゴダールら。
ジャンはヌーヴェルバーグの監督たちのいわば親父さん的存在として、眺められていた。
アメリカに移住してからの心の支えはそのことだったそうだ。
必ずしもジャンの映画は商業的には成功していないようだ。
当時の資料を見ると、作品的にはよくても・・・というのがよくわかる。
せつないなぁ、わたしはカネにならない作品が好きなので、せつなくなる。

『黄金の馬車』 これは映像はないが、’91年頃に初公開があり、そのときのチラシが手元にあるはずが、今回どうしてもみつけられなかった。消えたチラシはどこにあるのだろう・・・
雰囲気的にフランス映画と言うよりイタリア映画的なのは、なにもアンナ・マニャーニが主演だからと言うだけではなさそうだった。映画の中で、マニャーニが自分の綺麗なネックレスを闘牛士に投げ与えると、闘牛士がそれを額にかざす。闘牛士だからこそ似合う情景。

『恋多き女』 先ごろ亡くなったばかりのメル・ファーラーとバーグマンのダンスがなかなか素敵だった。
色彩設計はどうなっているのかよくわからないが、総天然色という感じの映像。色調よりも人物配置などが父親の絵と近いのを感じる。1901年の独立記念日のお祝いに浮かれる人々。楽隊の一人に帽子を投げると、それをかぶって演奏するシーンなどが、なかなか素敵だった。背景は書割で、それがまたどことなくいい感じ。
わたしはバーグマンで一番好きなのはアナトール・リトヴァク『追想』なのだ。『ガス燈』『カサブランカ』ではなくに。そして演技派女優としての彼女のベストはベルイマン『秋のソナタ』のピアニストだと思う。

『草の上の昼食』 タイトルはお父さんのお友達のヒトの作品から採ったが、裸婦や自然のあり方はお父さんの絵ですね。50年前の福々しく瑞々しい若い女。行き逢ってしまい、ちょっと紳士的に身を避けるけれど・・・の教授がいい。

『女優ナナ』  ナナの動きを見ていると、ドイツ表現主義的なものを思い出す。ヴァンパイアのように貪欲なナナの目がギラギラする・・・思えばゾラの『ルーゴン=マッカール叢書』のうち『ナナ』と『獣人』をジャンは映画化しているのだった。

『小間使いの日記』 タイトルだけならてっきりスペインのブニュエルのそれかと思った。あちらはジャンヌ・モローが小間使いで、例によってなかなかCible immoraleな感じ。こちらは純愛ぽい。小間使いもポーレット・ゴダードなのだった。

書くうちに映画が見たくなってきた。わたしは古いヨーロッパ映画が大好きなのだ・・・

この展覧会は見どころの多い展覧会だった。反目ではなく互いへの愛情あふれる作品を生みだした父と息子との、和やかな展覧会だった。
ますますわたしはルノワールが好きになった。誰がなんと言おうと、やっぱりルノワールはいい。
オーギュストも、ジャンもすばらしかった。

ルノワール+ルノワール展を見る

『ルノワール+ルノワール』として父子の展覧会が京都国立近代美術館に来た。
既に渋谷で三ヶ月開催された人気の展覧会。
mir704.jpg

どちらも『田舎のダンス』をチラシに使っているが、ブンカムラのは映画『ピクニック』の1シーンが加わっている。
平日朝の早い時間に向かったが、既に満員御礼。
‘93年だったか、ここのお向かいの京都市美術館で大々的な『ルノワール展』があり、あの時も大繁盛だった。それ以来の京都での大掛かりなルノワール。
のっけからなんだが、グッズ類も図録も高値なので購入をやめて、代わりにyoutubeの作品を挙げる。

ルノワールの映像にマリア・カラスの歌声が。

ジャンの作品については明日、別項をあげる。
今日は父親オーギュスト・ルノワールの作品への感想文(ほぼオマージュ)。

わたしは子供の頃からルノワールのファンだ。
‘93『芸術新潮』8月号『好悪を超えたルノワール』特集で初めて、ルノワールが嫌いな人がいることを知ったくらい、ルノワールのファンなのだ。
明るくて健全で気持ちいい、それでいいのだ、ルノワールは。
(と言いつつルノワールの多少あぶない絵も好きなのだが)
mir705.jpg

1.家族の肖像
やせてリューマチで手がホネホネになってしんどそうなルノワールが絵を描く映像から、展覧会は始まっている。
若い頃の彼の友人で戦死したフレデリック・バジルによる、20代真ん中のルノワールの肖像画がそのそばにあるので、見比べる。
ルノワールは豊満でぴかぴかした肌の女たちを多く描いたが、ご本人は意外なくらいやせていたのがよくわかる。

ジャンの映画『牝犬』が流れる。ミシェル・シモンが日曜画家ルグランを演じている。
Mシモンはジャン・ヴィゴ『アタラント号』で知った俳優だが、画家の描く姿はルノワールを想起させる。たぶん、ジャンもそれを想っていたのだろう。

30代後半の自画像もある。なかなかオトコマエに見える。これは以前オルセーで見た。
彼の妻になる『アリーヌ・シャリゴの肖像』が並ぶ。フィラデルフィア美所蔵なのでサイトで見ている。つまり『田舎のダンス』のひとでもある。
父親はやせているのにジャンが福々しい理由は母からの遺伝なのだろう。
こうしてルノワールは周囲に福々しい人々を集めていって、福々しく瑞々しい膚を描き始めていったのだろう。

『ジャン・ルノワールの肖像』 この時代のフランスでは男児に女児の装いをさせるのが流行していたそうで、ルノワール家でも父親の意向も特にあり、子供らはみんな幼児期は女児の装いをしている。
愛児の絵。藍地を背景に金茶色の長い髪に水色リボンをつけ、ノド元に白の大きなリボンを結んだ幼女スタイル。

『赤ん坊ジャン』  指をしゃぶる赤ん坊。こうした絵を見るといわさきちひろを思う。ちひろは生命の幸せを願って、小さい子供らを多く描いたが、八ヶ月と十ヶ月の赤ん坊の違いを描き分ける画家だった。
この赤ん坊ジャンの肖像を見れば、ちひろは「ああ」と微笑むだろう、きっと。

『ピエール・ルノワールの肖像』  可愛いちびこ。この息子は長じて後に俳優となり、ジャンの『ラ・マルセイエーズ』にルイ16世役で出ている。映像を見ると、シモーヌ・シニョレを髣髴とさせる目鼻立ちの男優で、個性的である。

『ガブリエルとジャン』  オランジュリー展でのチラシにもなったのではないか。好きな絵。ルノワール家のなくてはならぬ人。見るからに幸せな風や匂いを感じる。
このガブリエルはちびこたちからいろんな呼び方をされたようだが、いちばん傑作なのは三男のクロードだと思う。「ガ」。ガってなんやねん、ガって。
まぁフランスにはギ・ラロッシュという人もいて「ギ」ですけどな。
関係ないが、ルノワール一家に関西訛りがあれば、ガはガァと発音されたろう、きっと。

『ココの肖像』  そのガ呼ばわりの三男坊は、この家には珍しく坊ちゃん刈り。絵か字かを書いている。子供の真剣なまなざしを画家は優しく見守り、それをキャンバスに残す。

『狩姿のジャン』  15歳の肖像。ジャンは猟銃を構えて立っている。等身大の肖像画。父親の温かな愛情がそこにある。息子も父の愛情を強く感じて、生涯この絵を手放さなかったそうだ。ルノワールはあんまり少年の絵を描かなかったと言われるが、それは女性に比べて、という意味だけで実際にはこうした佳品も多い。
関係ないが、父が偉大な芸術家で息子が映像関係というのは他に富本憲吉と壮吉、手塚治虫と眞氏などが思い浮かぶ・・・。
ジャンの『ゲームの規則』ではソーローニュという白樺の林のある猟場でウサギ狩りをしていた。

モーリス・ドニ『ルノワールと弟子ジャンヌ・ボドーの肖像』  いつものドニ風の絵ではなく、装飾性のない肖像画。じいちゃんと弟子、という風情がある。
この頃に梅原も来たのだろうか、「ルノワール先生を見に来た」と言って。

晩年の陶器の絵付け作品もいくつか並ぶが、青色の目立つ、一見マヨルカ風の華やかさだった。

2.モデル
『小川のそばのニンフ』  ねそべり、こちらをみつめる白い女。ニンフだから生身の人間の女ではない。実際のモデルをした女とはその後別れたそうだが、白く魅力的な女だった。ただの裸婦ではなくニンフとして描くのに不足のない、モデル。

『女優ジャンヌ・サマリーの肖像』  後に大女優になったそうだが、赤いリボンの目立つ可愛い女だった。ちょっとDémenceな感じの顔立ち。背景は点描風。

『闘牛士姿のヴォラール』  画商の肖像画。ヴォラールと言えばピカソが彼のために描いたシリーズが思い出されるが、ルノワールにとってもヴォラールは恩人だったのだ。

『帽子をかぶった若い女性』  恣意に描いたものではなく、依頼品か、細身の美しい若い娘である。まるでフランス人形のようだ。緑を背景にしたこの娘を見ていると、リカちゃん人形のレディリカ・バージョンを思い出す。

『麦藁帽子の少女』  赤茶色にまとめられた絵。美少女。時々ルノワールの描く若い娘たちの絵の中に、胸を衝かれるような美少女がいるが、この娘もその一人だった。

3.自然
『アルジャントゥイユの橋』  鉄道のおかげでパリからたった15分で着くようになり、ルノワールは仲良しさんのモネにしばしば会いに行ったそうだ。
この絵自体は別にどうと言うことも感じないが、モネと仲良く描いていたのでは、と思うと色んな想像が湧いて、それだけで楽しい。

『陽光の中の裸婦』『バナナ畑』『風景、ブージヴァル』
これらの絵とジャンの映画との密接なかかわり。解説を読んで理解はいよいよ深まるが、そうでなくとも一目でわかる相似性があった。父の描いたものを息子がロケーションして映像化したのだ。父への愛情が伝わる作品たちだった。

『裸婦のいる風景』  明るい陽光の照らす街。木も南国風。右端に突然現れる裸婦。シュールな絵。どういう意図での制作なのか、ちょっとナゾだ。ソウマヤ美所蔵。

メキシコのソウマヤ美術館からの所蔵品がなかなか多く出ているが、それらの傾向を見ると、やや幻想的なタッチの作品が多いように思われる。メキシコと言うお国柄がそうさせるのか、メキシコにフランスの上流階級の人間が多く流出したのが、シュールなものを好む時代だったからか。そこらへんはよくわからない。

『カーニュのコレット荘』  これもそう。茶色い家。オリーヴ畑、働く人々。どことなくここの温度がこちらにも伝わってくる。乾いているようで、少し気だるいような。

4.娯楽と社会生活
『本を持つ少年』  賢そうな少年の立ち姿。リセエンヌの帽子をかぶっている。この絵はさる教育関係の所蔵だそうだが、大いに納得した。

『田舎のダンス』  今回初めて足元にいる(階下の)女に気づいた。日本扇子を広げているのがご愛嬌だ。
今回出ていないが、対の『都会のダンス』はヴァラドンがモデルだったそうで、あちらはムード音楽が流れている感じ、こちらは明るい笑い声の混じる音楽が聞こえてくる。

『シャルルとデュラン=リュエル』  なかなかオトコマエな二人の青年。薔薇がバックというのは、一昔前の少女マンガのようにも見える。

『アデル・ベッソン』 アップした髪に薔薇の花。ジプシー風のドレスをまとう女。
フジタの『アンナ・ド・ノアイユ』をはじめ、ドンゲンやキスリングも多くの上流階級の夫人方を描いているが、なんとなくある種の共通点があって、それが面白くもある。

絵自体は見て回るのに丁度よい数だが、人の多さに負けてしまい、ちょっと駆け足になった。ジャンの映像については明日また記事を挙げる。

武徳殿とタルトタタン

平安神宮の本殿西側にある旧武徳殿に行くのだが、その前に向かいのラ・ヴァチュールで有名なタルト・タタンをいただくことにする。
なんでもここのリンゴのタルトこそ日本一のおいしさらしい。
IMGP4331.jpg

上に掛かるのはヨーグルトソース。りんご、蕩けてます。いや蕩けるのはわたしか。
アールデコ調の食器も素敵。オールドノリタケ風。コーヒーが失礼ながら、意外なくらいおいしかった。
店内にはやはりアールデコのデザイン画などがある。
IMGP4332.jpg IMGP4333.jpg

平日の昼過ぎなのでお客さんも少なかったが、このタルトタタンは数に限りがあるので、ない時は泣くしかない。
可愛いお店です。IMGP4334.jpg


レトロモダンないい雰囲気を味わった後は、近代和風建築へ。
滋賀の武徳殿には既に何年前かに出掛けているが、ここは全国の武徳殿の総本山。
IMGP4379.jpg

平安遷都千百年記念事業の一環として、組織化された大日本武徳会の武道場。
武術専門の教育機関、つまり武専の学校もこの地にあった。
その記念碑。IMGP4371.jpg

村上もとかの名作『龍 RON』の最初と終りに現れる地です。

鬼瓦。IMGP4337.jpg

この建物は松室重光の設計。京都府庁、京都ハリストス教会、武徳殿と三つの全く性格の異なる建造物を設計しているのは、やっぱり凄い。
府庁も教会も素晴らしく素敵なのだが、この武徳殿のよさもまた大きい。

格天井IMGP4356.jpg

IMGP4358.jpg

・・・採光は西洋の良さを取り入れている。
日本人建築家の第二世代だけに、師匠の辰野金吾とは違い、和と言うものを再評価している。

範士の方々に武徳会の型をみせていただく。
IMGP4354.jpg

迫力があり、緊張しましたなぁ。

IMGP4372.jpg
この玉座は松室ではなく、亀岡末吉の手によるもの。彼は仁和寺宸殿、東本願寺勅使門など近代社寺建築の名手。金箔がキラ????ンッッッ 波文様や向かい合う麒麟などが施されている。
釘隠しは七宝焼。なかなか素敵。IMGP4352.jpg


この皇族専用車寄せもそう。IMGP4374.jpg 
素敵な彫刻。
屋根は舟形風。IMGP4375.jpg


建物と向き合うように京都守護職屋敷門が移築されてそこにある。
IMGP4338.jpg

松平容保侯を想う・・・

ところで『龍 RON』最終話のことと関連付けて書く。
89歳になり、盲目の身ながらも京舞を伝え続ける小鈴のもとへ、龍の孫に当たるインド系青年シンが現れ、小鈴の案内でこの武徳殿を訪れる。

IMGP4380.jpg

この蔀戸の前で小鈴は言う。
「汗の染み込んだこの匂い。昔とちいとも変わりまへんなぁ」
そしてシンの要望で、龍の師・内藤高治先生の碑を詣でる。
そこで二人は手を合わせて拝む。
IMGP4377.jpg

盲目の小鈴は龍の死の報をウソと見破り、シンに言う。
「生きている限り、あの人は自由になれない。だから死んだことにしたんやおまへんか?・・・あての思っている通りなら、一度だけ目を閉じておくれやす。」
内藤先生の顕彰碑の前で、シンに手を伸ばす小鈴。その指先には目を閉じたシンがある。
そして昭和初めの武専に入学したばかりの若き龍の姿が浮かぶ。
「ようこそ!道のため来たれ」その言葉が蘇る。
小鈴は龍を想う。
「そやけどその男はんはまだこの国に帰ってきぃしまへん」
その男は自分のもう一人の子供が打ち上げた人工衛星を、遠きブータンで眺めている。
ていが訊く。
「星・・・?まだ空が明るいのに」
「ああ、あれは新しい星。人類が生んだ星や。」

いつ読んでも胸がいっぱいになる。
二年前、15年にわたる連載が終了した後、この武徳殿にわたしも行こうと思いながら延び延びになっていた。なまじ近いことが足を遠のかせていたのか。
ようやくこうしてこの地を訪れ、撮影できたことが本当に嬉しかった。

いい気持ちのまま歩いた先には夷川ダムの水のきらめきがあった。
IMGP4383.jpg


初夏の喜びに満ちた一日だった。

京都うろうろ?

二周連続木曜日に京都で遊んでました。
近いから言うても、ちょっと反省・・・せんでもええか。
こちらは先週のイノダの特別室。

照明も可愛いしステンドグラスもいい感じ。IMGP4317.jpg

本館との通路も好き。ここにはインコとかそういうのがおるわけです。
ライオンさんの口からガー(でも水は出ない?)IMGP4320.jpg

ガーデンの一隅も素敵。IMGP4322.jpg

風景がそのまま絵画になりそう。

イノダではランチしました。ミートローフ。IMGP4323.jpg

・・・パンがたいへんおいしい。わたしにはミートローフは辛かった。香辛料が強くて、残念。
嗜好の問題だから悪いことではないけど。
先週は雨の中、三条通をイノダから出発して、堀川まで歩いたのだった。

帰りに阪急のベーカリーカフェでオヤツしました。店員さんの対応が感じよかった。
IMGP4324.jpg

そのアイソの良さに勧められて、このデニッシュ、冷やしたのを食べたが、常温の方がおいしかったかもしれない。


昨日は平安神宮から岡崎公園一帯に用事が集まっていた。
ルノワール+ルノワール展を見た。これはまた後日。
ランチは和食。IMGP4330.jpg
これらにあとおろしそばがついた。白和えはたいへんおいしかったが、新じゃがとこんにゃくの炊いたんは辛かった。

こちらは京都近代美術館の常設展より。
フジタ「アネモネ」 IMGP4325.jpg

白い空間に花がたよりなく活けられている。ぐにゃり。

須田国太郎「卓上」 IMGP4326.jpg

須田のよさがわかるようになったのは、この十年の間か。須田も小出もかつてはニガテだったのがウソのように、今はとても好ましい。 

太田喜二郎「鏡の前」 IMGP4327.jpg
こんな情景は好きだ。モデルは自分の顔に夢中なのか、それともそう見せかけながら眺める目を挑発するのか・・・。

有馬さとえ「新緑の頃」 IMGP4328.jpg
こんな道を歩いていたい。

他に武二「花籠」が出ていた。武二の描く女達には全く不満がない。誰も彼もすばらしい。

日本画では二年ぶりに川端龍子『佳人好在』が出ていた。img080.jpg


これを見るとつくづく夏の喜びを思い出す。暑くとも夏は素晴らしい季節なのだった。
他にも色々あるが、今日はここまで。

工作の時代『子供の科学』展

NAXギャラリーで『工作の時代 子供の科学』という科学雑誌の展覧会が開かれていて、科学知識皆無なだけにかえって憧れの強い私はドキドキしながら見に行った。
mir703.jpg

実はこの雑誌の存在も今回初めて知った。
タイトルは子供のと冠されているが科学好きな人全てに向けられた雑誌で、大正年間からの老舗本らしい。長生きの雑誌。最新号はこちら
科学。かっこいい。私はちびの頃ウルトラマンと仮面ライダーのシリーズで育ったからか、SF大好き少女だ。科学と聞くだけでなんだかかっこいいと感じる。(そんな世代なのさ)
現実には科学からめっちゃ遠いくせに(だからこそ)なんだかわくわくする。それも科学技術にドキドキ。
ここにはそのドキドキがあった。
本の表紙は製作物で、今月はこれにチャレンジしろとソソっている。会場にはその実物がある。
よく出来てるなあ、凄い。私は作れないから眺めるだけ。でも楽しい。
作れないからますます憧れるんですよ。
ミキサーや洗濯機、モーターやモノレール、なんと宇宙へ行く車もあった。
080612.jpg

いや実に凄いし、かっこいい。ホンマかっこいい。出来ないからいよいよキラメくなあ。
私は工作が苦手で絵も描けない。作れるのは自己満足の文だけ。ドールハウスを作りたいと思ったが小物も家も作れない。人形の服も満足にいかない。では描いてみようと思ってもイメージがよすぎて現実が追い付かない。

ある時マンガを描く友人に言われた言葉が、いまだに心に突き刺さっている。
「文章書くのは要するに絵を描かない手抜きのためでしょ」
反論出来なかった。
半分事実で、あと半分は彼女に文章の持つ魅力を伝える無駄さを感じたからだ。
あのとき「じゃあ、あんたは文章を読まないのか」とでも言うべきだったかもしれないが。
どんな文章よりも一枚の絵に力がある、そんな状況に生きている以上、彼女の言ったことにはいちめんの事実がある。
それでもこうして書き続けているのは、なんとかその台詞の呪縛から逃れ、文章の持つ力を信じたいからだ。しかしそれはただの虚しい抗いにすぎないかもしれないが。

話を元に戻し、工作を見て回る。
紙飛行機やキャラメルで作ったジープもある。ラジオもいっぱい。
それを見た友人は自分も作ったと言い出した。わたしはこれではなく、ライトとブザーの装置を作った。
危機一髪のときの安全ブザーというやつよ。半田ごてが巧く使えず、苦しんだ中学1年生でしたな。

会場のあちこちにVTRが設置されていて、工作の過程や完成後の情景を見せてくれる。
作り手はオジサン?オジイサン(昔の科学少年たち)。
いいなー実にいい。こういうことに夢中になってキラキラしているのは本当にいい。
見るだけのわたしは口開けて眺めてます。

冒頭に挙げたのは登山鉄道か何かの工作で、駅の中も可愛く作られていた。
こういうのが本当に好きだ。
わたしの三歳になる甥っ子は電車のオモチャが大好きで、梅田のステーションにたいへん興奮していた。特殊な構造だから面白く思ったのだろう。
あいつがもうちょっと大きくなったら、一緒にこんな工作をしてみたいと思っている。
向うはチビでへたくそ、わたしは出来なくてへたくそだけど、きっと楽しいだろう。
どうも『子供の科学』には、「やりたい?」気持ちを生み出す力があるようだ。
名古屋に始まり東京を終え、大阪では8/22までだから、また遊びに行くつもり。


茶碗を愉しむ 後期

茶碗を愉しむ 和の茶碗を中心とした展覧会を見た。
湯木美術館での展覧会の展示換え。前期も良かった。
本業に差し障り大アリの湯木だが、美術館は存続してほしいと思っている。
大阪に文化なんかいらない、というお上の動きがある以上、私立の美術館にはなんとかがんばってほしい・・・。

小さくて居心地の良い館内に、珍しいほど多くの相客がいた。
しかし互いによい距離を保って鑑賞する。

古萩茶碗  ざらつき感が気にかかるほどではない。それはやはり萩焼だからだろう。

黒織部沓茶碗  沓形というのはやっぱり織部の特色で、ごわつき感のある陶器だからこその造形だと、改めて実感する。
わたしは薄い磁器が好きなので、陶器の造形の美に、あまり面白味を感じないが、これはこれでいい。

本手瀬戸唐津茶碗 銘郭公  金継ぎが慎ましくていい感じ。どうしてカッコウなのかちょっとわからないが、卵色の綺麗さがあった。

丹波茶碗  丹波焼でこうした茶碗は珍しい。解説にもあるが、わたしも見たのは初めて。この釉薬がまたとても綺麗。まるで曜変のように見える煌きがあった。しかしそのくせ地肌が露呈している。それがショコラのパウンドケーキのようにも見えた。

銹絵暦手茶碗 仁阿弥道八作  時々道八のトボケた作品に会うことがある。これはマジメに作ったのかも知れぬが、なんとなく面白い。お稲荷さんの宝珠マークがついているが、カレンダー(しかも歳末の)つきか。来年どないすんねん、と勝手に心配する。

絵唐津沓茶碗  灰色に黒の太い線が走る。これがメタリックな感じに見え、とてもクールで素敵だった。

其一 四季草花扇面屏風  細い川の流れの上に四季の草花などを描いた扇面が舞い舞いする。
一枚だけ昔男の「恋せじの禊」絵があった。少し離れて全体を眺めると、たいへんシュールな構造である。なぜ川の上に扇面が舞い舞いするのか。・・・そんなことを考えていけないか。

前期同様、抱一上人の月次自画賛掛け軸と、今戸焼の半七の月次茶碗がある。半七の茶碗は抱一の俳句から来てるから、今回ダブるものが色々ある。

雁も田に居なじむ頃や十三夜
この年も狐舞せて越えにけり
獅子の座になほるや月の音頭とり


小さい美術館ならではの深い愉しみを十二分に味わった。

『液晶絵画』を眺める

国際美術館で『液晶絵画』展を見てきた。
三重県立美術館から巡回し、大阪の後は東京にゆくそうだ。写真美術館で8/23から。
スティル/モーション。
正直な話、現代アートはよくわからないのだが、たまには出かけよう。
mir702.jpg

地下3階に映像が設置されている。
渡されたリーフレットと係員の誘導を頼りに歩く。
映像を絵画として眺めるのか、絵画の映像化なのか。
意味もわからないので、ただ見たことだけを書く。

ビル・ヴィオラ プールの反映  大きなスクリーンの表裏にそれぞれプールの映像が映っている。
水の動きがナマナマしいが、しかしそれは大きな動きではない。見ている内に苛立ちが生まれる。
水音。緑の中にあるとは言え、このプールは汚れていそうだ。
しかしそんなことをわたしが考えること自体、作品に意識が向いている証拠でもある。
動くものを(ヴィデオ・アートを動きのない画像に押し込めて)ここに表示してもどうにもなるまい、という虚無感が湧いてきた。
ただ、一枚の動くことのない画像としてそれを見たとき、ふとコローの世界を思い出した。
コローの世界が動き出したかのような映像だった。

シャープのアクオスだったか、世界の名画が動き出すシリーズがある。
最新のは東山魁夷の森の中の白い馬に吉永さゆりが寄り添うものだが、つまりこういうことなのか。
理解力の低いわたしはそんな解釈をした。

それで思い出した。
わたしはコミックは常に読み続けているが、アニメは見ない。
特にコミックのアニメ化は見ない。原作至上主義と言うことが大きな要因。
しかし友人はコミックよりアニメが好きだと言うのが多い。
「動くからいいのよ」
・・・そうなのか。わたしは「動かなくてもいい」のだが。
尤も最初から純然たるアニメーション作品なら別にそんな意識はないのだが。

ミロスワウ・バウカ Blue gas eyes  床面に二枚のスクリーンがあり、ガスコンロの青い火が燃え続けている。
その上を踏んではいけない。いけないが、踏みたくなる。または逃げたくなるのか。
踏めばどうなるか。・・・焦げそうだ。しかしこれは<eyes>なのだ。青い眼。揺れる眼差し。しかも燃えている。

サム・テイラー・ウッド ピエタ  階段に座る女が腕に男を抱えている。ピエタだから聖母マリアとキリストなのだが、それにしては死体ではなく生きていて寝そべるだけだから、却って力が必要だ。腕の筋肉のこわばりがよく見える。男もなまじ意識があるから、変な力が身体にある。非常にしんどそうに見えた。死んだという見立てだから、楽なことは出来ない。・・・なぜか妙なことばかり気にかかる。

ブライアン・イーノ ミステイクン・メモリーズ・オヴ・ミディーヴァル・マンハッタン  デヴィッド・ボウイやミック・ジャガーにときめくわたしだが、アンビエント・ミュージックの先駆者である彼が、こうしたインスタレーション作品を製作する、と言うのはとても自然なことのように思えた。
マンハッタンの一部が切り取られ、そこにある。夕日が差しているのか。
静かな情景が続いている。固められた不動の時ではなく、少しずつ変化する時間。
それを見たような気がする。しかしそれも実は定かではないのだった。

ジュリアン・オピー イヴニングドレスの女  一目見て「あ、やまだないと・・・」的人物だと思った。やまだないとが描くある種のキャラに似ている。そして何故か、この作家の作品だけ「動きがない・・・」ような気がした。

これらの作品の意図は一切わからない。しかしそれでいいのかもしれない。わたしがわかるような作品ではどうだろうか。
わからないままそれでも眺めてゆく。傲慢なことを書くが、意外と飽きないものではある。
興味がないからすっ飛ばす、ではいつまでも歩み寄ることは出来ない。
わからなくてもいいのだ、見ることから全ては始まるのだ。
理解するよりも、何かを感じればいいだけのことかもしれない。

ただしいやなものを見た、と個人的に思うものもいくつかあった。それが何かを書くことはしない。どういやか。それも書けない。ただただ「・・・いやだ」としか言いようがない。

特別室のような空間分けされた二つの場に、森村泰昌氏のフェルメールがある。
二つの作品のうち、特に惹かれたのは『フェルメール研究/振り向く絵画』
青いターバンの少女に身をやつした森村氏の姿が暁闇から静かに静かに、そしてゆっくりとカタチを見せ始める。
手元の照明の光に目が慣れるにつれ、そこに青いターバンの女がいることを知る。
暁闇から光へ、光から再び暁闇の中へ戻る・・・
mir702-1.jpg クリックしてください。
それを見ていて思い出したこといくつか。
「生命とは果てしなき闇から闇へ飛ぶ白羽箭の、一瞬の電撃を受けてチラと矢羽を光らせた、その瞬間のようなものではありませんか」 横溝正史『蔵の中』
そして、ロシアの切り紙アニメーション作家ユーリ・ノルシュテインの『霧の中のハリネズミ』・・・先日東山魁夷展の感想の中で白い馬を見て、わたしはノルシュテイン作品を連想していたが、その映像を再び頭の中で再現すると、白い闇に見え隠れする生命たちが見えてくる・・・

数年前、天王寺の大阪市立美術館にフェルメールの描いた『真珠の耳飾の少女』が来たとき、町中にこの絵が貼られていた。
森村氏のお母さんは息子に尋ねたそうだ。
「なんで岸田今日子のポスター貼ってんの」
・・・・・・今、お母さんは息子さんに「なんで岸田今日子さんのコスプレしてんの」と問われるだろうか。(勝手に想像して楽しくて仕方ない)

鷹野隆大 電動ぱらぱら  顔、胸、下腹部のモンタージュ。何人もの男性や女性たちが服を着脱する様子が延々と続く。顔と下腹部と胸とが一致するかといえばそうでもない。
性は一瞬の横線が入ってはっきりとは見えない。
色んなカタチや状況が見える。見続ける内に妄想が湧き出してくる。飽きることがないが、一通り見てから席を立った。
電動ぱらぱらとはしかし、うまいタイトルだと思った。

やなぎみわ Fortunetelling  例により老女と少女の組み合わせ。遊んでいるのか諍っているのか。三つの画面からは微妙な時間のずれたその情景が延々と流れている。
ショジョの老女とショウフの少女のような組み合わせに見えて仕方ない。
中身は等しく少女なのだが、アカラサマな仮面をかぶるだけで一方は老女となり、もう一方は少女のままでいる。深い不条理をそこに見るのは私の勝手にすぎない。

千住博 水の森  湖と森。湖水の水面が静かに揺れる。水音がする。風の音も。木々が揺れている。これを見たときに初めて、「動くからいい」と言った友人の感覚が少しだけわかるような気が、した。

大阪では6/15まで。

トルコ舞踊団を楽しむ

大阪のグランキューブで公演があった。なかなか激しい踊りだった。

08060901.jpg  クリックしてください。

むかし、トルコの船が沈没したのを串本の人々が救助してから、日本とトルコが仲良しさんになったそうで、今回トルコの大統領がお参りに来られるのにあわせて、舞踊団の公演が開催されたのだった。
東京では既に6/4盛況のうちに終わり、大阪では6/7グランキューブで開催された。
「写真はノーフラッシュで」という放送が入ったのには、びっくりした。
え゛っ撮ってもOKなの?
既に東京でご覧になった方々のブログを読んで、半信半疑だったが、こうして案内放送が入るとますますびっくりした。
写真はわたしの手によるものではなく、隣席の部長の撮ったもの。
わたしは会社関係の席にいた。右隣には友人。
友人は、トルコ人と結婚している高橋由佳里さんというマンガ家のファンで、公演に誘うと喜んでくれたので、わたしも嬉しい。
実のところ、わたしはあまり踊りを見ない。群舞は好きだが演目によるので、あまり見に行かない。
’92年末にジョルジュ=ドンが亡くなって以来、本当に殆ど見なくなった。
お水取りにまつわる群舞『達陀』くらいしか近年は見ていない。
そんな私でも随分楽しめた。

民族舞踊と創作舞踊との境目もはっきりとはわからなかったが、力強い踊りが続き、見応えがあった。何しろ大人数なのでそれだけでも迫力がある。

男女混ざり合い、背の高さで1、2、1、2、と並びながら手をつないで踊る姿は、まるで瓔珞文つなぎのように見えた。それがひどく美しい。
散らばり・つながり、つながり・散らばる・・・そしてまたつながったかと思うと、それが楕円の動きを見せながら拡がってゆく。
照明の力が、虚と実との邂逅を生み出すのも目の当たりにした。
カーテンの向うで繰り広げられるマイムは、ペトルーシュカの動きのようでもあり、しかしそれは紛れもなくアラブの舞いなのである。
愛し合う動きも虚と実の競演であり、やがてはかなく霧散する。
その後には激しい鼓動に満ちた群が押し寄せる。
繰り返される円舞と離散と集合と。
照明の残影が流線型の糸を引く。幾筋もの糸に絡め捕られてゆくのは観客だった。

拍手する暇も与えぬほど、次々と舞が変わり、舞の上に舞が重なり合うように見えた。
斜めの連続跳躍は昆劇を思わせた。
その跳躍がまるで結界のように、中の人々を呪縛し、そこから向うへはみ出すことが出来なくなる。
抑制されたままその中で感情が高ぶってくる。やがて爆発。
枷の外れた人々の爆発的な踊り。
ボレロのような唐突にして圧倒的な終焉ではなく、しかし予定調和を目指しているわけでもない。
カタストロフィーのなさに、少しだけ苛立ちが生まれた。
だが、それは瑕ではなかった。それもまた一つの途なのだと知らされる。

“IT’s Me”
いくつかのヤマの後に、この言葉を使った踊りが始まった。
不思議に耳に入り込まない英語。会話ではなく、単語の羅列のような英語の音のつながりが会場に広がる。
踊りと音楽とは同じ力を持つものなのだ、と言う思想がこちらにも伝わってくる。
思えば冒頭からしばしば打楽器が活き続けていた。
打楽器の音と踊りとの融合を見るうちに、ついに私が見ることの叶わなかった「サムルノリ」を想起させられた。

第二部が終り、アンコールも果てたと言うのに、まだまだ期待してしまう力が舞台上にはあった。
熱気がまだ残っている。
しかしそれを冷やすこともないまま、公演は終わった。

いい気分のまま家路へ向かったが、帰宅した途端、起きていられなくなっていた。
見るのに意外なほどエネルギーを使っていたのだ。
しかしながら、今度また見る機会があれば、また行きたいと思う。

舞踊団はシャーマン・グループ。サイトはこちら
突然音楽が流れるのでご注意を。

源氏物語千年紀

源氏物語千年紀
京都文化博物館で開かれている展覧会だが、開館前から行列していた。
6/5の平日に出かけたが、甘かった。
並びましたよ、わたしも。薬師寺展の大行列に混ざりたくないと思っていたが、やっぱりどこかで人間、並ぶものです。
30分近く並んでから会場に入ると、やはり人人人。
千年前の恋物語、たぶん日本人に一番愛されている小説なのだろう。
あまりに人が多くて、まともに見れたものが少ないから、感想もいつものように延々と書くということはせず、章ごとのまとめになると思う。
1.


上記画像が見たいためにその日に出かけたが、どちらも既に見てはいる。再会したいがため。日記絵巻は五島と藤田の所蔵が有名。
こちらは藤田の所蔵。mir698-2.jpg

舟遊びも大切な仕事。薄紫色に褪色しているが、元の色彩に再現されるよりこちらの方が馴染んでいるし、それが日本人の美意識の根源につながることを思えば、このルマンド色と言うのは大切なのだった。

石山寺は今や源氏物語のテーマパーク化されているそうで、ゆるキャラ・大津光くんというのがいるそうだ。
その石山寺には室町から近代までの紫式部の肖像画が色々と集められている。
以前石山寺に行った時、そんな絵葉書を色々買うたが、その隣でご朱印帖に押印してもろてる人もいた。お寺は三十三ヶ所霊場の一つでもあるのだ。
紫式部のポーズと言うのは決まっている。机にもたれ頬杖をつく女、これは後世の見立てもののお約束となった。
ところで紫式部の上司と言うか、源氏のスポンサー・藤原道長の『栄花物語』は今では九州国立博物館の所蔵なのだと、ここで初めて知った。
それでというわけか、平等院から菩薩像が来ていた。
小さい琴を弾く菩薩。mir699-1.jpg


2.mir697-2.jpg

白描の源氏絵は後世のコミックをも思わせる。文だけではやはり寂しいから、絵が入るとそれだけでも世界が華やかになる。
mir698-1.jpg

上はアド・カード。下は同じシリーズの絵はがき。どちらも久保惣所蔵の土佐光吉『源氏物語手鑑』より。
因みにリーガロイヤルホテルでは6/20にこうした催しがあり、mir701.jpg
それに使用されるのはやはり同じシリーズのもの。

わたしが『源氏絵』だけの展覧会を最初に見たのは、’91年夏に今はなき大阪の出光美術館でだった。懐かしくて泣けてくる。あれから17年経ったが、やっぱり源氏絵はこうして人気がある。千年前からずっと人気が持続している。凄いことだ・・・。

「雀の子、犬君が逃がしつる」mir700.jpg

・・・泣いている紫の上をのぞく光源氏。思えばなんだかなーなのだが、この好奇心・好きココロが無ければ、貴族ではなかったのだ。

わたしが気に入ったのは個人蔵の『玉鬘』図屏風。
朝顔が咲き乱れる垣根。光君の目つき、彼を拒みつつ家の中からそちらを眺める女のまなざし。ナマナマしく、面白い絵だった。これはやはり個人蔵だというのがとても納得できる作品だった。

『帚木図屏風』mir698.jpg

人物のいない留守紋様のような源氏絵というのも、たいへんよいものだった。秋の風情が深く心に残る。

屏風も多く出ていて、展示換えされたので見れなかったが、狩野山楽のもあったようだ。
わたしが見たとき岩佐工房のがあり、それもたいへん良かった。
こちらは宇治十帖の方。福井に残る岩佐又兵衛の絵。
mir700-1jpg.jpg

ここ数年は本編より、この続編と言うか新編というか、宇治十帖の方が面白くて仕方ない。
きっと浮舟の心情や行動がメインの物語として、読んでいるからだろう。
振り回されることから抜け出たところに、わたしなどは関心がある。

展覧会ではこの第2章が一番力が入っていたように思う。

3.mir697-3.jpg

写本というのは面白いもので、必ず内容や文章や意味が異なるものが湧いて出る。
源氏物語は元から読み本系なのでそんな差異もないし、色々研究も古くからあるので、異本はないに等しいが、語り物系になるとこれがもぉ比較研究に気合が入るほど、色々ある。
語り物系は語り手の技量が高ければ高いほど、それを筆記したものにズレが生まれてくるものだ。・・・実はそうしたところが好きなのだが。
今回ここにあるのは定家本、河内本などの丁寧に愛されて作られた本ばかり。
わたしは’01年に日本橋の三越で「大正大学本」を見たことがある。あれは丁度辻村寿三郎師が新作として源氏物語人形を拵えたときの展覧会だった。
定家の筆を見て思い出したが、『更級日記』は彼の手によるものを見ていたが、解読するのが苦しかった。それでか、いまだに定家関係の資料を見るとちょっとムカッとくる。
与謝野晶子の所蔵していた源氏。mir699-2.jpg

子どもの頃読んだ、里中満智子の描いた与謝野晶子のマンガが、今でも不意にアタマの中に蘇る。和菓子屋の少女・晶子(アキコではなくショウと呼ばれていた)が嬉しそうに源氏などを読む姿が描かれていて、それがとても印象深かった。
だから今この本を見て、そのシーンが再び蘇っている。

4.mir697.jpg


やつしも見立ても源氏に関わるものが多い。古美術を楽しむためには、最低でも源氏物語と伊勢だけは絶対に頭に入れていないと、ものを見ても意味がつかめなくなる。
現時にインスパイアされて生まれたものも実に多い。
江戸時代の大ベストセラー柳亭種彦『偐紫田舎源氏』がその代表。
國貞ゑがく(鏡花だわ?)光氏の絵があった。派手でいいものだった。

小袖も感心したが、こちらの手箱もよかった。mir699.jpg

工芸品には源氏か伊勢が必ず関係する、と思ったほうが間違いはないかもしれない。見る側も油断できないものだ。

大和和紀『あさきゆめみし』カラー原画も並んでいた。
この業績はとても大きいと思う。「古典なんて」と敬遠していた少女たちにその面白さを深く深く教えてくれた作品なのだ。
改めて眺めて、その美麗さにときめいた。

これらは企画特別展なのだが、常設展のほうで小さい企画があり、堂本印象による国宝の源氏物語絵巻の模写と、畠中光享の源氏の絵本原画が展示されていて、こちらも見応えがあった。

ところで文化博物館には映像ホールがあるので、市川雷蔵の『新源氏物語』などが上映されていて、オールドファンのみならず、若い人も喜んで見ていたそうだ。
わたしはタイミングがずれたので見なかったが。

今年は源氏物語千年紀ということで、先に細見美術館でも源氏絵展があったが、この先は横浜でもそんな催しがあるらしい。みなさん、大いに楽しみましょう。
京都文化博物館の展覧会は6/8で終了した。


裏千家所蔵絵画展

裏千家所蔵の絵画を見に出かけた。場所は裏千家の茶道資料館、堀川寺ノ内にある。
先月聖トマス学院(山口玄洞旧邸)見学の前に向かったら、作品の撮影をしていたので見るのをやめて退出していた。
その折にチケットをいただいたので、後期だけでも見に行くことにした。
行くと、受付の方が「先日は失礼いたしました」と挨拶されたので、わたしも挨拶したものの、ちょっと驚いた。
覚えられていたのだ。・・・そのことが嬉しいような恥ずかしいような気持ちがある。
mir696-1.jpg

茶道資料館の展覧会で、所蔵絵画展というのは初めてだった。

第一室入ってすぐに、小磯良平の描いた婦人が目に入った。
千 登三子像  今のお家元のお母様の肖像画。小磯らしい気品と凛とした風格と、そして優しさのにじむ婦人像。これは小磯の絵の性質がそうだから、と言うだけでなく、やはりモデルの方にそうした美が具わっているからの、作品なのだった。

浮田一 北野大茶湯図  天正15年秋の日の、北野での大茶会の様子をさらさらと描いている。そこここで人々が自分なりの野点をしている。不思議な静けさがある。この静けさはフレスコ画によく見受けられるものだが、無論これは浮田の絵なので、全く違う線と色なのだが。

英一蝶 琴棋書画図屏風  対のものを分けて展示しているようだ。それはそれで面白い。
右は春の景で、渡り廊下を行く女御は料紙箱に桜の花びらを納めている。その橋の欄干はまるで衣文掛けの端または長刀のようで、それが交差するところなどはなかなか面白い。
琵琶を弾く男、琴を弾く女たち。御簾を上げて外を眺める女もいる。
池には鴨などが泳ぎ、菖蒲も咲いている。
向うの別棟では時代が下がり、廊下の曲がり角ごとにそれぞれ、僧と碁を打ったり、将棋をしたりしている。検校に負けて、すがりつくのもいる。

左は秋の景色である。学ぶ少年たち。稚児輪を結う子もいる。鹿や樋の流れに秋を感じる。社殿には多くの絵馬が掛かるが、それら一つ一つの筆致が違うのがまた面白い。今からお神楽でも始まりそうな様子である。

酒井抱一 雪月花図  三幅それぞれにその事象が描かれている。花は枝垂桜を一枝。観月の貴人、丸い松に降る雪。琳派のよさをしみじみ実感した。

桃山時代の酒飯論絵詞  狩野派の作らしい。イキイキした人々が描かれている。大倉集古館にも同じ内容のものがあるが、それとはまた違う。庖丁は生間流か四条流なのだろう、庭先にはスギナが咲いている。座敷には青磁の壷。こういう細かいところを見るのが、これまた楽しいのだ。
mir696.jpg

さて狩野探幽の描いた寒雲亭襖がある。
それは何かと言うと、サイトから写す。(リンクも貼ったので内部写真が見えます)
飲中八仙(唐の杜甫が作った詩に登場する酒豪、李白・賀知章など8人)の酒を飲む様子を描いた際、一仙人の左右の手を描き間違えたため「手違いの襖」といわれている著名な襖です。
 *寒雲亭とは、千 宗旦(千 利休の孫)の好みで造られた茶室で、わび本位の茶室である今日庵と又隠(2階展示室に写しを設けており、茶室内部を見ることができます)の2つの茶室とは対照的に、書院造りが特色です。広さは八畳で一間の本床と一畳の控えと付書院があります。

半券の左にある坂壷のそばで手を後ろにつく男がそれだ。mir696-2.jpg

探幽は千宗旦に揮毫してもらうつもりが来ないので自分が描き、そこへ宗旦が帰ったので慌てて間違って描いた・・・という伝説があるそうだ。

絵画だけでなく工芸品もいくつかあった。
子香合などはネズミと言うより牛ぽいところがあり、なかなか可愛い。
永楽即全の乾山写雲錦水指も綺麗だった。形は阿古陀ぽい。
茶箱もあった。三井家のいいのを見たのを思い出し、嬉しくなる。

二階に上がる。
狩野惟信画・松平不昧賛の寛政六年の福禄寿画賛  崖上に福禄寿がいて、下をのぞきこむ。松が崖の間にある。人も鹿もいない。漢字で一言『』のような字が書かれている。ツル。そして水面から亀が顔を出している。

守一 『四季花鳥図屏風』  日光や芝の修復を手がけた彩色御用絵師で、それだけに華麗な色調の花鳥図だった。滝が左端にあり、それを見上げるツルたちや、近くに巣を営む雀たちがいい。

三木翠山 雪中人物図  『維新の花』の作者だけに、二人の姉妹は目がパッチリして愛らしさの漂う美人画として描かれてもいる。
蹲から水を汲むのが妹で、彼女に丸い菅笠を差し掛けるのが姉。どちらも綺麗な着物。着物の柄を眺めるだけでも楽しい。塩月弥生子さんのお若い頃の姿。『和食のいただき方』の御本は今でも愛読している。(そのわりに上達しないわたしです)

菱川派 邸内遊楽図屏風  豪勢な舟遊びが目に付く。屋形船ではなく、なかなか大きい船で、漕ぎ手は揃いの黒地の着物の若衆たち。元禄頃の風俗か。
陸では野良で野菜を背負った牛たちが角突き合わせている。秋の銀月。紅葉の下では弓で遊び、邸内では相撲までとってる。大きな盆栽もあり、囲碁、双六で遊ぶものもいれば、琵琶と三味線のセッションまでしている。鶯の籠もある。女が少ないが、遊楽気分は大きい。元禄の遊び方。盲人四人で縄内に入り押し合ったりもしている。へんなゲーム。
生簀もあり、大きな魚が掬われている。茶室でも遊ぶ人々。

色々と楽しめて面白い展覧会だった。
その後は立礼式でお茶をいただいた。
今日のお菓子は六月らしく水無月だった。
・・・ちょっと泣けた。わたしはどうしてか水無月がニガテなのだ。
不思議だ、ういろう好きなのに。
お茶碗は変わった形のもので、手に収まる分にはよいが、飲むのに少し迷うような形態だった。訊ねると、今や陶工となった細川護煕氏の作だった。
展覧会で見たことはあるが、実際使ったのはこれが初めてなので、珍しい経験になったと思う。

展覧会は6/8まで。次は6/21から染付磁器の魅力展が始まる。

ガレとジャポニズム

サントリーミュージアムに『ガレとジャポニズム』の巡回が始まったから、でかけた。
東京のサントリー美術館の評判がよかったので、わくわくしている。
今回嬉しいことに、わたしの加入するASA友の会のおかげで、無料ご招待をうけているので、展示換え全てを見ようと思えば機嫌よく見れるわけだった。
尤も展示換えの対象は北斎や光悦の絵画系で、工芸品の展示換えは少ない。
開幕三日目だが、既に繁盛している。
mir694.jpg

「綺麗なものを見た」という感想が頭に浮かぶ。
ガレの作品を見るのは『美の壷』展以来。チラシはトンボの杯。これは遺作の一つだと言うが、この作品は京都での『美の壷』にも出ていた。大阪では記憶がない。
今回の展覧会にはそのモティーフが随所に見える。
ガレはトンボが好きだったそうだ。
ドラゴンフライ。SF作家アーシュラ=ル・グィンもそうだ。
西洋ではトンボはあまり愛されなかったそうだが、日本人は大昔からトンボを秋津と呼び蜻蛉という美しい文字を充てた。
トンボの東西での捉え方に関しては、lapisさんの美しい記事がある。

ガレの展覧会と言うと、大阪では北澤美術館の名品展がしばしば開催されている。
大丸心斎橋のアールデコの建物の中で拡がるガラスの美の競演に、多くの観客が囚われる。
そこでの印象は多くの場合、花と蛙だったろう。
今回はジャポニズムというコンセプトの下、ガレが影響を受けた北斎や広重らの浮世絵も展示されている。

花器『鯉』 mir695-1.jpg

北斎の魚藍観音からインスパイアされた画像。
こうして工芸品になるとキュートな感じがある。
そして本歌の北斎のその絵を見ると、妙な違和感があった。
北斎の絵というより山口晃氏の絵に見えて仕方ないのだった。

それはこの作品に限ったことではなかった。
鉢『カエル』などもまた北斎より本歌取りしているのだが、そのガレ作品を見てから北斎を見ると、北斎作品ではなく山口氏のプロデュースしたものとか、そんな感じにしか見えないのだった。
この錯誤はどうしたことか。
わたし一人の錯誤なのかそうでないのか、比較できない。なにやら三重の面白さをそこに見出すことになった。

ガレより一世代前の作家の陶芸品がある。
ルソー 脚付鉢『虫、花』 雀もいるが、どことなく並河靖之の有線七宝を思い出した。
同じ作家で花器『富士山』 これが面白い。表には三保の松原からの富士山、裏には満月が昇っている。これはこのまま小さくなれば鼻煙壷になりそうな風情があった。

以前から好きな作品があった。
ガレはタイトルを『日本の怪物の頭』としたが、その本歌は『獅子頭』である。怪獣と霊獣の違いが面白い。透明ガラスの怪獣と、トボケた茶色い備前焼の火入れ。優しい気持ちで眺める。
メモには<例の「んがっ」の奴>とわたしは書いている。mir693-2.jpg


星型花器『かまきり』 どう星型かと言えば、上から見れば六芒星の形をしているのだ。五稜郭ではない。中国の青銅器からの発想だと言う。しかしこれは緑青色ではなく琥珀色。

海野美盛 『蝙蝠図手板』 08060501.jpg

満月を背に飛ぶ蝙蝠の型抜き。鍔を造っていた日本人のセンスが、明治にもこうして活きていたのか。藝大所蔵。こういうものがわたしもとても好きだ。

アールヌーヴォーとたいへん縁の深い高島北海のスケッチ帖も展示されていた。
『欧州山水奇勝』 仏蘭西、伊太利、蘇格蘭・・・文字を見るだけでときめく。
『花卉図・菊に梧洞』 二羽の小禽が愛らしい。

大英博物館にはまだ行ったことがないが、時々展覧会を眺めたりすると、ここのコンセプトと言うのは、「美を蒐めるのも大事だが、ナゾなものも大事なのだ」ということかも、と解釈することがシバシバある。
正阿弥勝義 『瓜型花器』 1M大の瓜に虫や鳥や花がまとわりついていて、いずれもリアリズムなのだった。19世紀末の作品なのだが、江戸の感覚が活きているのを感じる。

そして明治のハマ焼として諸外国に輸出されていった宮川香山の花瓶を見て、1/1スケールのフィギュアぽい、と思った。浮き彫りで、蓮に白鷺に翡翠・・・などが所狭しと巻きついているのだが、どうしてもフィギュアに見えるのだ。いいもわるいもなくに。
他にも実物大のワタリガニが貼り付いた水鉢があり、西洋人はこれを見て喜んでいたのか、となにやら感慨深いものがある。

小川破笠 『貝尽蒔絵硯箱』 硯箱が6/1まで6/2から6/16まで料紙箱が出る。黒漆の上に散らばる貝たち。サントリー美術館で以前にみたのはいつだったか、本当に素敵だ。

ガレ 花器『蜉蝣』 mir693-1.jpg
成虫の影を封じ込めた・・・そんなイメージがある作品。絵はがきは、現実の美に置き去りにされている。しかしそれでもその名残をとどめている以上、こうして手に入れてしまうのだった。命の短い蜉蝣が、この不透明ガラスに封じ込められたことで永遠に活きる・・・そんな幻想が湧き出してくる。

本阿弥光悦・俵屋宗達『鹿下絵新古今和歌集断簡』
なんとなくいい。説明してもしかたないキモチ。
mir693.jpg

始めにガレとトンボのことを少し書いたが、わざわざ<ガレと『蜻蛉』>というコーナーがあった。
蜻蛉と蝉と蝶はとても好きなので、嬉しい。
特に気に入ったのは家具である。
mir695.jpg

脚が巨大トンボなのはちょっとコワイが、木のモザイクで意匠が拵えられた違い棚などは、欲しくて仕方ない。鏡もついていて、見ていて飽きなかった。
アールヌーヴォーの家具はどれもこれも素敵なものが多い。

展覧会は713まで7時入館なので、気軽に再訪できそうだ。

好きな短編コミック

今日予定していた記事を挙げようにも体調が良くないので、違う内容に差し替えることにしました。
別に毎日あげる必要性はないけれど、なんとなく続けるとこういう気分になるもんですね。
それで朝から考えていたのが、自分が好きな綺譚系の短編コミックばかり集めたアンソロジーを作るなら、ということです。
以前からよくそういうのをしてましたが、まぁ今回は軽い気持ちでやります。
(いつもはかなり取捨選択に苦しんでいる)
とりあえずタイトル順で5本採ります。
基本、30ページ以下のもの。

瀬戸のやきもの

東大阪市民美術センターで瀬戸のやきもの展を見に行った。
mir691.jpg

ここは北摂民のわたしが声を大にして宣伝したいミュージアムで、これまでのところハズレはなし。
えらい、まことにえらい所である。
ブログに挙げたうちでは
貿易扇北原照久コレクションなどがあるが、他にも中右コレクション、鐡斎堂の日本画なども見せてもらい、随分ありがたく嬉しいミュージアムなのだ。

それで機嫌よく出かけると、二階の展示室入り口に可愛いセットが建っていた。
レトロな尾張瀬戸駅の再現。IMGP4302.jpg

こういうのを見るだけでも嬉しくて仕方ない。
基本的に入り口にハリボテがあると喜ぶ体質なので、ついつい撮影してしまった。
ここらはカンニンしてもらえるが、中はアキマセンよ。

入ってすぐにいきなり縄で括られたお茶碗たちがズラズラッと置かれていた。
これはまた懐かしいものを見た、と思った。
大阪には十年ほど前までせともの祭が信濃橋のそばの陶器神社で開催されていて、そこでこんな景色を見ている。あれらは有田焼だからちょっと違うが、それでもこういうのを見ると嬉しくて仕方ない。

展覧会の副題は『一千年の歴史から』とあるだけに、本当に古いのが出ていた。
昔はそう言うのも好きだったが、最近はいろいろ考え込んでしまうので、好まなくなった。
純粋に好ましく思ったものだけあげることにする。
mir692.jpg

青織部菖蒲文向付  抽象的な柄ではなく、菖蒲らしき花が描かれている。色は刷毛をさっとなすりつけたようで、それがまたいい感じ。
これが黄瀬戸でもいいかもしれない。いやむしろ、わたしが欲しいのはそちらだろう。

御深井釉平水指・伝春龍  春龍という作家の作らしいが、これは形はともかく貫入の入り具合に惹かれた。なんとも艶かしい貫入である。名古屋から岐阜にかけての磁器には、こうした魅力的な貫入のあるものが多いように思う。
少し前になくなった塚本快示の作もまた、見事な貫入が多かった。
貫入はただのヒビではなく、宇宙の淵、薔薇の花びらの集積、折り重なる細胞質、そんな風情がある。

鉄絵山水図大皿・横井金谷画  滋賀でみた画僧の絵が焼き物として活きている。
橋を渡る修験者は本人か、と解説プレートにあるが、そうだとするとなにを意味するのだろう。なにしろ右から左へ向かう図なのだし。

面白いのがあった。江戸時代の動物絵のうち、猫や犬や馬は身近な連中だからそうそうズレもブレもないが、ゾウやラクダはどうもビミョ?である。そのラクダ。
竹にラクダの行燈皿。ここに油置いてたのか。ジジッとか音がして蛾が飛んできて、猫が油を舐めて・・・ 思うだけで楽しいが、この絵付けされたラクダはコブありすぎ。

瑠璃釉白盛雲鶴文鉢・三世川本治兵衛  これがなかなか大きなもので、外は瑠璃釉に白盛、見込みは染付で桜川、縁には花唐草と言う手の込んだ作だった。
法花を思い出すようなところもあり、なかなかこれは素敵だった。

他にもまるで螺鈿を思わせるような造りのものもあり、見応えがある。
チラシの作品たちは外国人に喜ばれるような造りのものだが、右下の「やきもの展」の字の下にあるのは、新羅三郎の図柄の陶板である。
mir690.jpg

明治になると太平記や前九年・後三年のエピソードが人気になったのが伝わってくる。

近代に入ると、外国に輸出したものやオキュパイド系も出てくる。

加藤唐九郎の作が一つあった。黄瀬戸輪花鉢。これが可愛くて仕方ない。使ってみたい欲望に駆られた。同時代の作家・荒川豊蔵の作の方が私好みのはずだが、これには随分惹かれた。

アメリカに輸出した薄い薄いティーカップセットが不評だった話は面白かった。
なるほど見るからに薄手の作で、これでは確かに熱いのを直に感じるだろう。
小川未明の童話『殿様と茶碗』を思い出すようなエピソードだった。

さてこれらは言えば<使う>瀬戸物だったが、今度は近代の<置いて眺める>ものを見た。
ロココ調絵画を三次元化したような陶器人形たちが並んでいた。
ドレスのドレープもフリルも全て陶器なのが面白い。
昔の温度計のような、ペア猫陶器人形もいい。
ノベルティは楽しいものが多い一方、ちょっとナゾなものもあり、見て回るとどうもフィギュアを見ているような気分になってきた。
こういう認識の錯誤も楽しい。

ガラスの配列に工夫をした見せ方をしたものがあった。
胡蝶蘭の陶器ものだが、鏡を三角にセットしたため、数が増してゆき、眺めるわたしと眺められる花とが増殖していた。
角度が違う写り方をするので、見ていて飽きない。
こうした工夫が楽しいし、必要なことだと思う。

戦時中の代替品がなんとも興味深い。面白くもあり、ナンギでもある。
湯たんぽ、印鑑、釦などはいい。アイロンも見れば可愛い。フォークやナイフもまぁいいことにしよう。
しかし五徳やコンロや蛇口や靴のかかと(!)がそれ、というのを見たとき「なるほど日本は負けるわな」と思ったのも確かだった。

最後の部屋ではまだ若手の作家さんたちの作品が展示されていた。
図柄に感心したのもあれば、ガラスの色合いに惹かれたものもある。
この人たちがどんどん活躍し、さらにいいのを生み出すことに期待しよう。
初夏にいいものを見せてもらい、機嫌よく外へ出た。
展覧会は6/15まで。見応えのある展覧会だった。




都市漂流者の視線

都市漂流者の視線
わたしの見た都市の姿、というべきか。

まず、『水都を描く 歴史都市大阪の記憶』嶋津和運氏の水彩画スケッチを見に行った。
基本的に都市風景画が好きなので、喜んで出かける。
大阪住まいのミュージアムの中にある大阪くらしの今昔館というのが正式名称らしいが、わたしは勝手に暮らしのミュージアムとか住まいのミュージアムと呼んでいる。どうもいまだに本当の名がよくわからない。
ここの常設はミニチュアジオラマや実物大の町中の模型が置かれた体験型ミュージアムで、大阪歴史博物館と共通する部分もある。
言えば向うは江戸東京博物館で、こちらは深川江戸資料館みたいな感じ。
それでどちらが好きかと言われたら、わたしはどちらも後者なんですね。
部分部分絶大に好きな箇所はあるけれど。

さてここでの小さく可愛い展覧会。
大阪市内に残る歴史的景観、つまり近代化遺産(橋など土木系)、料亭などの和風建築、近代建築が水彩画で描かれている。
既に取り壊された建物の在りし日の姿などは、ノスタルジィと共に歴史的資料であることをも併せて感じさせる。
mir688.jpg

自分が知ってる場所の絵などはやっぱり興味が湧く。
淀屋橋界隈の絵を見ると、「よし来週はこの跡地を行こう」という気になる。
西区はあんまり知らないので、今度は友人と行こうとか考える。
そういう気持ちが湧き出すから、こうした都市風景画は楽しいのだ。
それに元々近代建築が好きなので、外観を描いた絵を見ては「この中はこうなっているのだ」と自分の記憶を再現したりする楽しみがある。
これは都市漂流者の愉楽なのだった。

このチラシに掲載の上の二枚は今日と大差のない姿をしている。
淀屋橋の橋上から北へ向かって日銀を眺めると、確かにこう見えるし、真ん中の造幣局の桜も概ねこんな感じ。
違うのが下の松竹座。この松竹座は在りし日の姿。今はこの正面外観だけ残され、現行の建物に使用されている。大阪で歌舞伎を見るならこの劇場。以前は中座だった。
松竹座の歴史について、INAXが「サヨナラ松竹座」という素敵な展覧会をその当時開いてくれた。
松竹歌劇団などの実演もあったが、映画館に変わり、改装前までは長く使われていた。
わたしはキタの子なので、メジャーな映画を見るのはキタだったから、松竹座には行く機会がなかった。芸術系の映画はここでは上映されなかった。
しかしながら一度だけ入ったことがある。友人たちと東映マンガ祭(松竹なのに・・・)に来たのだ。
もう大昔、『キャプテン翼』の頃。懐かしくて泣けてくる・・・。
当時はまだそんなに建物に関心がなかったが、それでもロマンティックな内装やな、と感心したことは確かだった。

淡々と描かれた絵からは様々な記憶が呼び覚まされるものだ。
しかし一ヶ所に留まることなく、漂流は続く。

月初配布の沿線情報誌の最新号をとると、そこには竣工当時(’33)の大阪ガスビルの写真とやはり竣工当時(’15)の金鳥本社ビルの古写真があった。
mir689-3.jpg mir689-1.jpg

嬉しい。嬉しくて仕方ない。切り抜いて近代建築ファイルに納める予定。
時間を遡ることは現実には不可能だが、こうした資料を手に入れることで、心の中での訪問が可能になる。

また、真夏に開催される奈良博『西国三十三ヶ所 観音霊場の祈りと美』展には、中山寺の参詣曼荼羅図が出るらしい。
mir689-2.jpg

これがまた面白い。元々社寺境内図が好きなのだが、現代の中山寺を知る身には、これもまたたいへん興味深いものだ。(近代建築も社寺境内図も近世風俗画も、私には全て同じ次元なのだ)

ところで阪急宝塚線の終点・宝塚の手前には三つの社寺がある。
清荒神(竈の神様、参詣の道はとても賑やかで楽しい)
中山寺(三十三ヶ所の一つと言うだけでなく、安産のお寺)
売布神社・・・これをめふじんじゃ、と読めるのはこの地名を知る人だけではなかろうか。
わたしは清荒神にはよく連れて行ってもらい、自分でも行くし、中山寺の梅を見たりもするが、生まれてから一度もメフで下車したことがない。
今は駅前に映画館も出来ていたりするが、降りる必要に欠けている。
うーむうーむ。祭神も知らない。
調べたらわかることだが、それはあくまでも机上の知識に過ぎなくなる。
やはり土地と言うのは歩いてナンボなのである。
路上観察に早道はない。

最後に『大大阪のパノラマ地図』。mir689.jpg

阪大総合博物館で7/5まで。久しぶりに行かなくては。

こうして都市漂流はまだまだ続くのであった・・・

6月の予定と記録

今月はいよいよ入梅ですが、基本的に交通機関が動いてたら、出掛けます。
6/20、21には都内潜伏します。
行く予定は以下。

京都文化博物館  源氏物語千年紀展 〜恋、千年の時空をこえて〜
茶道資料館  裏千家所蔵 絵画展—屏風を中心に—
細見美術館  ─Classic Age─ 祈りの美・かざりの美 ─仏教美術と工芸─
京都国立近代美術館  ルノワール+ルノワール展
京都武徳殿見学
INAXギャラリー大阪  工作の時代 —『子供の科学』で大人になった—
国立国際美術館  液晶絵画 Still/Motion
グランキューブ大阪  トルコ舞踏団公演 (6/7)
サントリーミュージアム  ガレとジャポニスム  展示換え
湯木美術館  茶碗を愉しむ ・後期
上野の森美術館  井上雄彦 最後のマンガ展
東京藝術大学大学美術館   バウハウス・デッサウ展
東京都美術館  芸術都市パリの100年展 ルノワール、セザンヌ、ユトリロの生きた街 1830-1930年
永青文庫  細川のお姫さま 華やかなるプリンセス・ライフ
講談社野間記念館  竹内栖鳳と京都画壇
フィルムセンター  映画資料でみる 映画の中の日本文学 Part 1
ブリヂストン美術館  岡鹿之助展
千秋文庫   佐竹家 狩野派絵師たち
東京国立近代美術館工芸館   所蔵作品展I ヨーロッパの近代工芸とデザイン—アール・デコを中心に— II 新収蔵作品展 
山種美術館  日本画満開 —牡丹・菖蒲・紫陽花・芥子—
渋谷区立松濤美術館   大正の鬼才 河野通勢展
たばこと塩の博物館  大村次郷ユーラシア写真図鑑 〈いっぷくの情景〉嗜好文化探訪の旅
ギャラリーTOM 旅の仲間 澁澤龍彦と堀内誠一
芦屋市立谷崎潤一郎記念館   谷崎潤一郎と画家たち
尼崎市総合文化センター 2008 両洋の眼展 —心に残る美術展—
奈良県立美術館  庶民の祈り 志水文庫 江戸時代の仏教・神道版画
奈良国立博物館  国宝 法隆寺金堂展

行きたいけど無理なのが
府中郷土の森 岩合さんのパンダ
清川泰次が写した昭和十五年のメトロポリス
演博の六世梅幸展
それからこちら。・・・わたし、こういうのがまたまた好きなのよ。
mir686.jpg


あとは5月の記録です。
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア