美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

池田遙邨回顧展

本日まで東大阪市民美術センターで池田遙邨の回顧展が開かれている。
mir805.jpg『あたらしい法衣いっぱいの陽があたたかい』

先週友人と見に行った。
この友人と遙邨の絵を見るのは、実に20年ぶり。つまり没後すぐの京都での回顧展に一緒に出かけたのである。
わたしは子供の頃から日本画が好きで、最初に好きになったのは速水御舟『炎舞』で、次が上村松園『花筐』、そして菱田春草『黒き猫』、竹内栖鳳『班猫』、村上華岳『裸婦』、鏑木清方『刺青の女』・・・という道を辿っていた。
この系統から行けばちょっと池田遙邨と言うのは異質なのかもしれないが、しかしながら出会いと言うのは面白いもので、この20年ばかりの間、いよいよ好きになってくるばかりだ。
展覧会に行く気のなかったある日、ニュースで遙邨の絵を見た。白鷺が一斉に奔る図。
再現不能な衝撃があった。
それで早速出かけた。
『美の旅人』というのが副題だが、納得した。実際遙邨は旅人だった。
東海道をまるで双六遊びのそれのように、何度も往復している。

京都で見た回顧展から、一挙に意識の幅が広がった。
田舎風景を好まないわたしだが、遙邨の絵なら好ましく思えた。
そこにはとぼけたタヌキやキツネやネコがいる。
わたしの大好きな夜の風景の中で彼らは静かに歩いている。

‘92年、難波の高島屋で見た回顧展もたいへん良かった。
その後くらいか、倉敷に遙邨の作品が沢山所蔵されていることを知って、’94年にはそこへ出かけてもいる。

今回の東大阪の展覧会は、広島の「海の見える杜美術館」「倉敷市美術館」の巡回で、楽しみに待っていた。友人もどうしても行きたいと言ったので、日が合うのを待って出かけたが、本当に良い展覧会だった。

会場の前では遙邨の紹介VTRが流れていて、それを眺める。
わたしはあんまり映像を見るのが好きではないが、見ればやはり色々と面白いし、発見もある。しかし申し訳ないことにすぐに眠くなるのだ。
レム睡眠の深度を示す針が傾いたとき、友人に「さぁ見よか」と声をかけられて、一挙に体調が悪くなった。
意識が定まらない状態で絵を見るのは厭だが仕方ない。

ところが不鮮明な意識のまま絵に対すると、遙邨の柔らかさ・優しさがいつも以上に心地よいのだ。
いちめんの芒原の絵の前に立つと、そこからの秋風がわたしにも届いて、静かな気持ちよさを感じた。
『ぐるりとまはって枯山 山頭火』mir806.jpg
漂泊流浪の日々を送った種田山頭火の自由律俳句をモティーフにしたシリーズの一枚。
緩くくねった道の先に「気をつけ」姿勢で佇むキツネと、手前の石仏とがとてもいい。
配置がとか構図がどうの、というのをやめて黙って眺めると、ただただ気持ち良くなるばかりで、何とも言えず優しい心持になる。
作画構成のタイル目状の設計図(小下絵)も見たが、画家の意識の変遷などが伺えて面白いものの、むろん感動は受けない。
完成した絵の前に立って初めて、心の漣に気がつくのだ。

遙邨の絵に「綺麗」という感じはあまり持たないが、「可愛い」というのは、ほぼどの作品にも感じる想いだった。
スタイルが確定した後からの遙邨の絵はどれもこれも「可愛い」。
『森の唄』 mir806-1.jpg
色んな動物たちが木の周りにより集っている。ミミズクの可愛さに目が行くが、へんな鹿にも気をつけねばならない。あやしい鹿。
実はこの絵が’94年の倉敷のポスターに使われていて、それで飛んでいったのだ、わたしは。
バックの綺麗な色(名前を知らない)これは海老原ブルーだったか・・・

遙邨には森だけではなく海の絵も色々多い。
鳥が飛ぶ先には森があり、それを越えれば海を渡らねばならなくなる。
『岩礁』 mir806-2.jpg
鵜なのか何なのか知らないが、鳥は真っ直ぐに飛ぶ。塗り籠められた青の中、細い鳥がどこかへ向かって飛ぶ。白く丸い光は月影なのか。鳥はやがてそこを通過する。
通過するその短い時間、白い光は鳥の影に貫かれているだろう。

灯台の絵も多い。三日月と友達のような灯台もあれば、海から見た影の一つのような灯台もある。
「お東さんのローソク」と揶揄られる『京都タワー』を初めて絵にしたのも遙邨だった。
あれは海のない京都の街を照らす灯台をイメージしたらしいが、その意味ではやっぱりこれもその仲間なのだった。

『影』 mir806-3.jpg
この巨大な影がお東さんのその影なのか、西本願寺のものなのか、あるいは全く違う社寺のものなのかはわからないが、この絵を見るといつも西本願寺を見学したときのことを思い出す。
実際こんな情景を見たような気がする。細かい砂利の敷き詰められた巨大な前庭、そこに落ちる巨大な影、鳩の群れ・・・何百年も続いた風景の一つ。
しかしそれを遙邨のほかには誰も描かなかったのだ・・・。
ところでなんで見学したことを必ず思い出すかと言うと、お弁当のおかずの炊いた筍があまりにおいしくて、それから筍好きになったから、忘れられないのだった。←イヤシ。

『灯りの饗宴』 夜の港湾内の船の灯り・・・楽しんで描いたように思える作品。見ているこちらが嬉しくなるのだ。本当にきらきらしていて、近くで見てもいいが、少し離れて眺めると、長崎にいる気分になる。

しかし野にある風景がやはり、何よりも心に残る。
草原の中にきつねがぽつんといたり、たぬきがこちらを見ているような絵を前にすると、何とも言えず胸がきやきやする。畦道を歩くネコともタヌキともつかぬ小動物には、声をかけてみたくなるのだった。

晩年に至っても名品はどんどん生まれ続けていた。
山頭火シリーズでは初期のものは山頭火本人の姿も描きこまれていた。
『鉄鉢の中へも霰』 山間の宿場町へ差し掛かる山頭火、地元の人、石の坂を上る女。
女の顔は見えないが赤い蹴出しがのぞくのが、わびしさを強める。
『あすもあたたかう歩かせる星が出ている』 木にもたれ星を見る山頭火を眺めるネコ。
今回出ていないが『うしろ姿のしぐれてゆくか』の見返り山頭火も何とも言えずわびしかった。
しかし、シリーズの途中で画面から山頭火が消える。
不在でありつつ彼を示す、留守紋様という手法がとられ始める。
笠や法衣や数珠だけがそこにある。
やがてそれすら消えて、ねこやきつねが顔を見せるだけになる。
そうなってからの方が、深い豊かさが生まれているように思われる。
そして遺作とも言われる『家を持たない秋が深うなった』では、その小動物ですら姿を消し、秋の里山の中、小さなお地蔵さんだけがそこにあるだけになる。
豊かな色彩の中、ぽつんとお昼寝でもしていそうなお地蔵さん。
シリーズの末尾にこんな豊かな作品が残されていたのだ。
静かな満足が見る側にも湧き出してくる。
ふと「豊かな諦念」という言葉が浮かんできた。
遙邨の(公式の)遺作がこの絵だと言うことが、そう思わせるのか。

長い生涯、画境の変遷もあったが、暗い作品群を生んだ時期を経たからこその、豊饒が待っていた。そんな風に思う。

会場では他に初期作品群や絵日記なども展示されていた。
わたしは遙邨の絵日記がけっこう好きだ。可愛くていい感じ。

本当に好きな絵が多い展覧会だった。
他のお客さんも喜んで見ていたように思う。
これからもこの東大阪市民美術センターでは、こうした良い展覧会を開催してほしい、と思う。
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書けなかった感想

どう考えても書けそうにないのでまとめる。東京ハイカイツアーで一応書いてるからええねんけれど、まぁ気は心というやつさ。(なにがや?)
出光美術館で『ルオー』を見たが、ルオーはどうにもニガテで何故こんなにも人気があるのかわからない。
平成の今も人気だが、白樺派が紹介した時点から人気があったというのだから、日本人の嗜好によっぽど合うたのか。
ところがわたしにはどうもわからないし、よさが見えてこない。
これは厚塗りのせいかと思ったが、どうもそれだけではなさそうだ。あかんのぉ。
で、申し訳ないがさらっと流して出光を出た。次回の近代日本の美術は楽しみにしている。

埼玉近代美術館で立石大河亜ワンダーランドも見た。
名前のコロコロ変わる人で、わたしはタイガー立石名義のときに知った。
絵本『とらのゆめ』原画を見た。・・・シュールです、シュール。だいたい子供の絵本って、「話の概要」だけで言うと、筋のキッチリしたもの系とシュールだったりナンセンスだったりする派とに分かれているように思う。
この絵本は当然ながら後者。ちょっとダリ風。
わたしはちょっとニガテ。面白いけど、これは子供のわたしが見ていたら拒絶するな、とオトナの私は思う。
むかし、幼稚園から毎月絵本を貰っていて、今も手元にあるが、たまたまわたしの貰った本は全てに筋書きがあり、シュールなものやナンセンスなものはなかった。強いてあげれば安野光雅の『おおきなものがすきなおうさま』に多少その傾向が見えるが、ちょっと違うのだ。
それで三つ下の妹が貰い続けた絵本も手元にあるが、ここには福田繁雄や井上洋介らの作品がある。同じ幼稚園だが、選択が変わったらしい。
わたしが貰った12冊は物語性の強いものばかりだが、妹のは今調べると、4冊がナンセンス絵本だった。うーむ、なんとなくそのこと自体が面白い。
今のわたしは曖昧なもの・ナゾなものも好きだが、小さい頃はそうした観念的なものが受け入れられなかった。「物語」があるものが好ましかった。
・・・もしかして、いまだに抽象画や現代芸術に無関心なのは、そこからきているのか?

とにかく「ここはどこだ」な場所・背景が嫌いと言うこともある。
「とらのゆめ」は夢なのだから背景が不可思議な場所でもいいのだが、いたたまれない気分になった。北脇・・・名前を忘れたが、彼の『クオ・ヴァディス』という絵を思い出しもした。・・・わたしはダリもキリコもみんなニガテだ。
しかしこの「とら」はとらだけ見ていると楽しくもある。とらの想念が跳ね動いて、丸まってアンモナイトになったり、元のとらに戻ったりするのは面白かった。
ただし、このとらがどこで目を覚ますのか、そんなことを考えてしまうのでわたしは疲れるのだが。

ところでこの絵、隠し絵でもあったのだな。今になって気づいた。
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『ぐりとぐらとなかまたち』山脇百合子絵本原画展

山脇百合子と聞いてもわからない人もいるだろうが、『ぐりとぐら』『いやいやえん』と来れば「ああ!」「オムレツ!!」「赤いものがきらいな男の子!」と声をあげる人も多いだろう。
おねえさんの中川李枝子さんの文章と妹の山脇百合子さんの絵で繰り広げられる物語の数々。
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うらわ美術館で『ぐりとぐら』を中心にした山脇百合子原画展が開催されている。
ぐりとぐらは双子の野ねずみの兄弟で、赤色と青色の色違いのお揃いの服を着て、いつも機嫌よく暮らしている。
現役の子供さんから、むかし子供だった人までが大好きなぐりとぐら。
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色んなカタチで愛されるぐりとぐら。
まったく違う場所に不意にぐりとぐらは姿を見せることがある。
それはたとえば男性マンガ家の作中に小さく現れたりもする。
皆川亮二のヒロインは「グリトグラ」ホテルに宿泊し、車田正美では赤ん坊に与えられた絵本は「くりとくら」だった。
それがなんとなく楽しい。

・・・とここまで書いて正直なところを言うと、わたしは二十歳を過ぎるまで『ぐりとぐら』を知らなかった。
ある日、げっ歯類ぽい友人が、いきなりへんな歌を歌いだした。
わたしもよく作詞作曲ついでに既製曲の編曲&替え歌を歌いだすが、それにしてもやたらと♪グリトグラ?と歌うのがヘンだ。
そこで聞いてみると、ちゃんと原作があると言う。
それが『ぐりとぐら』だった。mir801.jpg

調べるとあの『いやいやえん』の絵の人の絵本だとわかり、嬉しくなった。
それで『ぐりとぐら』にも興味が湧いたのだが・・・
なぜか、どうしてもファンになれなかった。
きらいではない、しかしファンになれない。
これはどういうことなのか。

ぐりとぐらは日常の些細な幸せを、楽しみを、喜びを、描いている。
森の中の小さな家に住まい、手作りに勤しみ、そして友人たちと仲良く過ごす。
言ってみれば起伏の少ない、優しい物語。幸せのありか。
わたしが、そこからあまりに遠く離れて生きているからだろうか。
どうしてもわたしは森の外にいるヒトにすぎなかった。

それではわたしは無縁の人かというと、そうでもないらしい。
山脇百合子作品には『いやいやえん』がある。
いやいやえん―童話いやいやえん―童話
(1962/01)
中川 李枝子大村 百合子


創作童話『いやいやえん』1962年以来どれほど版を重ねているか想像もつかない。
7つのエピソードで成り立つ創作童話。リアルな日常と、そこから横滑りしたちょっとファンタジー要素のある作品。わんぱく園児しげるの経験するちょっと不思議な出来事。
でもどんなに遠くへ行っても、行ったきりにならず、必ず帰ることができる物語。
わたしは生活の知恵を身につけた賢いぐりとぐらより、何を仕出かすかわからないしげるの方が好きなのだった。
(物語の概要は『絵本ナビ』にある。リンクを貼っている)

話が横滑りするが、わたしは幼稚園の頃から物語性の強い読み物が好きで、絵本ではなく、挿絵のある読み本ばかりを読み耽っていた。当時から既にかなりの妄想癖があり、それで勝手に恐怖に駆られていたので、日常生活にちょっと困難があったりした。
それは今も実のところ変わってはいない。
一例を挙げると、団体行動が好きではない。嫌いでしないのではなく、出来ないから嫌いなのだ。
「普通になってくれ」とこのトシで上司にイヤ味を言われ懇願されもするが、その「普通」がわからない。(尤もうちの会社の女子社員は、伝統的に「強気」か「偏屈」かのどちらかで、わたしは後者の方に分類されるから、却って我が社的にはフツーなのかもしれない)

さてそんなわたしだから、ぐりとぐらに共感できないのかもしれない。
ぐりとぐらは森の友人たちと仲良く暮らしている。一緒にオムレツを作ったり、木の実を集めたり、パーティをしたり、お掃除をしたりする。
わたしはなんにもしない。
一方、しげる。しげるは幼稚園で大暴れする。先生の言うことを聞かない。行っちゃいけない場所に行く。お仕置きを受けてちょっと反省するが、翌日はやっぱりいたずらをする。
・・・わたしの日常ですか、これ。
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最初に読んだのが幼稚園のときで、つい先日も再読したから、何十年も読んでいることになる。
しかし飽きない。飽きないし、面白くて仕方ない。
それでやっぱり、しげるの行動に共感したりする。
ええ加減オトナにならんかい、遊行!
でもやっぱり『ぐりとぐら』より『いやいやえん』がスキなのよ、わたし。

その意味では、『ぐりとぐら』は子供らの為だけの物語ではなく、むしろささやかな喜びを積み重ねて幸せを生み出す日常に属しようとする人々のための、絵本かもしれない。

たとえばターシャ=チューダーの世界と『ぐりとぐら』とには共通するコードがある。
緑の中で生きる、それが二者をつないでいる。
わたしはどちらも素敵だと思うし、憧れるが、その世界には半日しかいられない。
半日後には、元のざわめきの中に戻りたい。

色んなことを考えながら原画を眺めて歩く。
他にも多くの絵本を山脇百合子さんは描き続けている。
子供の頃、もし『いやいやえん』ではなく『ぐりとぐら』がわたしの手元にあったら、どうだったろう。わたしはもしかすると、今のわたしとは違う人になっていたかもしれない・・・

ありもしない姿を想像しながら、美術館を出た。ちょっと泣けた。展覧会は31日まで。
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松谷みよ子の仕事展

夏休みも終わりに近づいてきたが、夏休みらしい良い展覧会に幾つもめぐり合うことが出来た。
童話や絵本の展覧会である。
京都では松谷みよ子の童話展を見て、うらわでは『ぐりとぐら』を見た。

松谷みよ子の展覧会は二年前に姫路でも見たが、今回は8/17まで京都の思文閣美術館で開催されていた。
姫路では『モモちゃん』シリーズがメインだったが、今回は松谷の全仕事?過去から現在、そして未来まで、を集めようとしていた。

松谷みよ子はよく知られているように、坪内譲治の弟子であり、創作童話だけでなく民話採集も続け、そこから物語を生み出していった。
たとえばそれは『龍の子たろう』であり、『椿の乙女』である。
民話採集は過去にとどまらず、現在も続いた。
江戸時代以前から戦前までの伝承だけでなく、戦争に関するものなど、現代の民話を集めていったのだ。
彼女はいつもとてもアクティブだった。

『まちんと』『死の国からのバトン』これらはすぐれた作品だが、正直言うとわたしには怖くて読めない作品でもある。
何故か。それはつきつけられた主題の重さに耐えられないからだ。
戦争はいかん・核兵器は永久に放棄しなくてはならん、と口先で言うだけでなく、その被害者の苦しみの重さと、加害者の罪深さまでも背負わねばならなくなる・・・
魂にまで刻印を打たれる作品なのだった。
わたしは逃げるしかない。

逃げたわたしはやはり民話の世界と『モモちゃん』シリーズに入り込む。
このどちらにも苦しみがあるのを知りながらも、それでも豊かに優しい世界に入りたいと願う。

展覧会には松谷みよ子の直筆原稿などがあったが、読みやすい文字だった。
それ一つをとっても好感が増す。
写真も何枚も見た。
劇団の同志たちとの写真の中に、白土三平の姿があることにびっくりした。
マンガ描くだけでなく、人形劇にも参加していたのか。
・・・こんな風に色んな発見があった。

今、二年前に書いた記事を読み直した。
今回の展覧会で感じたことは既に二年前に書き尽くしていた。
何年経とうと好きなものは好きだと実感する。
もう終わっているが、本当に心に残る展覧会だった。
松谷みよ子への尊敬心は消えることがないことを、知った。

舟越桂 夏の邸宅

夏の邸宅、そのタイトルを聞くだけで光を感じる。
舟越桂のドローイング、彫刻などを集めた作品展が、アールデコの館・東京都庭園美術館で開かれている。
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あの独特の静かな佇まい、詩のようなタイトル、優しいまなざし・・・
静謐な優しさ。
彼の作品にはそんなイメージが強かった。
しかし近年、そこから大きく踏み出した作品群が生まれ続けている。

両性具有、スフィンクス・・・
メールでもフィメールでもなく、どちらの性をも持つ人物、そして生物学的に多重複合性を持つ怪物。
舟越桂が何故かれら(彼女たち)を生み出すようになったのかは、わからない。

庭園美術館に来ると、いつも「朝香宮様のお邸にお招ばれした」という心持になる。
先人のセンスのよさに畏敬の念を懐き、少し姿勢を正して邸宅のうちに入る。
ここに詰めている方々は皆さんがご年配で、そして礼儀正しい。
それがいよいよ邸の格を高める役割を果たすように見える。

舟越桂の作品が最初に現れるのは、その玄関の小部屋からだった。
『戦争を見るスフィンクス』
まだ静かな佇まいを見せている。
表情も温和で、目にも優しい光しかない。
どんな戦争を見るのか、それとも既に見てしまった後の眼なのか。
この木造彩色の像は答えてはくれない。

木彫彩色と書けば、仏像とも共通する説明だと気づき、少しおかしくなった。
しかしその躯体はやはりその通り、木彫彩色なのだった。
そして眸にはガラスが嵌められている。

この美術館の特性として、「邸宅である、と言う性質を生かしての展示」が挙げられる。
つまり観客はこの邸宅を飾る絵画や工芸品を眺めて廻る、というシステムで動く。
確かにドローイングはその通りの展示だった。
額に入れられて壁に掛かっている。

ドローイングは舟越桂の場合、下書きや習作ではなく、一個の宇宙を持つ作品として活きている。ドローイングの語源を思う。実物を眺める。色々なことを考える。

三次元体のものを作り上げるためのエスキスや思考の散策、という位置づけではないこれらの絵に、一つ一つの意味を求めて眺めるのをやめてみる。
漠然と眺めることで、違ったものが見えてくる気がした。
そしてそのとき初めて、詩のようなタイトルが心に映るのを、感じる。

『遠い手のスフィンクス』は香水塔の置かれていた部屋に置かれていた。
置かれていた、と書いたが果たしてそれが正しいのかどうかはわからない。
舟越桂が選んだ場所がそこなのか、それとも『遠い手のスフィンクス』自身がその場に置かれることを望んだのかは、知らない。
彼女の乳房をじっ とみつめる。 
楠の特性はわたしにはわからない。ただただ彫り痕を眺める。それが彼女の(その代名詞でよいのかどうか)細胞質であり、血管を隠した皮膚だと意識する。
触ることは許されていないが、その乳房の間に顔を押し付ければ、鼓動が聞こえるかもしれない。

『肩で眠る月』 今では暦が一回りして、少し昔のスタイルになった。
谷山浩子の歌が思い出される。
警官の制服の肩から生えてるまもるくん・・・

美術館ニュースを見ると、『言葉を掴む手』を三つの異なる場所に置いてみる実験写真があった。
書斎にいると女性バーテンダーのように見え、mir797-1.jpg
小客室にいるとマヌカンらしくも思え、mir797-2.jpg
大食堂の暖炉の上、背景に庭園の絵を見せる場に在ると、マネの『フォリー=ベルジェールのバー』のこちらを向く女に見えた。mir797.jpg

『遅い振り子』 多分いちばん最初に見た作品。それより早くに舟越桂の作品を見ているかもしれないが、好きだと認識したのはこの作品が最初だった。

今ちょうど、夜間開館されているそうだ。
喧騒から遠く離れた静かな地の、豊饒な空間で対峙する楽しみは大きいものだと思う。
建物の背後、または隣に広がる庭園からは、秋の虫の音が聞こえるくらいだろう。
そして館内では静かな足音と時々洩れるため息とが。
音は調和して、流れるような時間を楽しむ喜びに満たされるのだ。
そのとき、木の躯体からの忍び笑いが混じっているかもしれないが。

わたしが訪れたのは白昼だった。
蝉の鳴き声が遠くに聞こえる時間帯。自然な採光が入る時間。
そんなときに眺めるのも心地よかった。

『夏の邸宅』は秋分の日まで続いて、終わる。

紙と語る Paper and Materials

大倉集古館の『紙と語る Paper and Materials』を見る。
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タイトルの意味についてはサイトに以下のように書かれている。
紙は今から2000年近く前に中国で発明されて以来、文字を記し、画を描くための支持体として、あるいは造形を容づくる材料として、人々の限りない活動の記憶を留めてきました。 仏典は外来の宗教である仏教の教えを形あるものとして伝え、また印刷技術の発展は膨大な量の知識を広範にすることを可能としました。そのほか、華麗に装飾された絵巻や草紙、かるたなどの遊びの道具類は日々を楽しませる娯楽の品として愛好されました。 人々の生活の中で最も身近かつ手軽な素材として親しまれてきた紙を媒介として生み出された美術の諸相を、館蔵品と共に特種製紙株式会社・Pamより新たにご寄託頂いた作品を中心に展観いたします。
☆Pam(Paper and Material)は特殊紙の専業メーカー特種製紙が研究開発・営業販売支援活動の拠点として2002年に設立した施設です。

たまたま見に行った日が北京五輪開会式の後だったので、あの長々しいショーが蘇ってきた。そしてここに書かれていることの大半が、なんとなくつながっている気もした。

「平家納経 模本」 田中親美筆 33巻のうち 大正時代
大正の田中の仕事を見る機会に、ここ数年恵まれているが、どれを見ても本当に綺麗だと思う。この平家納経の実物は奈良国立博物館などの展覧会『厳島社宝展』『美麗展』などで見ているが、その模本の美しさは本当に見事だ。綺羅を鏤める・・・その技巧に溺れるばかりだが、平成の現在では、この完璧な美しさは再現できないのではないか。
去年辺り、源氏物語絵巻を、作られた当初と全く同じ色で再現したものを見たが、それはちょっとばかり興醒めだった。絵だけでなく、彫塑もそう。
十二神将のフルカラーバージョンを見たときには逃げたくなった。
つまり褪色と剥落という時代の流れ(加齢現象)が日本人の美意識にそぐいすぎた結果、初期再現品に美を感じなくなる感性が培われたような気がする。
大正期の再現模写はその当時の現況を写し取ったわけだが、田中の技能がすぐれているからこその、名品なのだった。

「瑜伽師地論 巻第六十六」 1帖 奈良時代・天平16年 石山寺旧蔵
わたしは天平時代の文字が一番好きだ。だから書聖・王義之の文字より、弘法大師の文字より、天平時代の硬い楷書の並びが好ましい。普段は書の展示は見ないが、天平時代の書は眺める。意味を読み取ることはせずに。

「百萬塔陀羅尼経(附・百万塔)」 4巻 奈良時代
この百万塔は、キリスト教(特に新教)16世紀頃の遺品に形がよく似たものがある。無論こちらの方が古いので、もしかするとシルクロードを越えて西に流出したのかもしれないし、もしくは大航海時代に中国からあちらへ渡ったのかもしれない。
そんなことを考えながら容器を眺め、文字を見る。
実は陀羅尼という文字を見ると、すぐにわたしは友人が飲んでいた陀羅尼助丸を思い出すのだった。

薬師寺旧蔵の大般若経もあった。これは長屋王が写経させたものだが、長屋王は気の毒に謀られて悔し死にをした。祟りてきめんかどうかは別として、ライバルも一挙にあの世に行ったので、やっぱりこの時代の感情としては、怖いものだったろう。
後世の崇徳天皇といい、非業の死を遂げた雲上人の遺したお経はなんとなくこわい・・・

「古経貼交屏風」 6曲1双 奈良?鎌倉時代
どうもこういうのを見ると、横溝正史『獄門島』の屏風を思い出す。あの一枚の屏風に全てのナゾが込められていて、それを金田一が解読できなかったばかりに惨劇は起きたのだ。

「孔雀経音義 巻上・中・下」 3帖 平安時代 高山寺旧蔵
虫食いが甚だしい。しかしそれがえもいえぬ魅力になる、と言うのはこれは日本の古美術独自の感性だろうか。

「石山切 貫之集・下」 平安時代・天永3年 1幅
文字を書く紙そのものが美麗であり、文字そのものも本来の存在意義を離れて、美しい装飾に見える。

「初期大津絵 青面金剛」 1幅 江戸時代
他にも藤娘、猫とネズミ、外法の梯子剃りなどがあった。素朴な味わいがいい。

「奈良絵本 忍びね物語」 3冊 江戸時代
これはなかなか面白い物語らしい。平安の世のことだから妻問い婚。男児にも恵まれたが男は去り、女は宮廷に出仕したところ帝の目に留まり、寵愛を受ける。生まれた男児はやがて帝位に上ることになる。再会した男と女は元に戻らず、男は遁世し、彼の息子は長じて後、これも世を捨ててやがて父に再会する。絵も綺麗だが、物語が気にかかる。

「源氏物語(附・富岡鉄斎画木函)」 40帖 江戸時代
ところが、裏しかなくて絵が見えないんですが。
「絵入 源氏物語かるた」 1組 江戸時代
小さい小さいカルタだが、絵も綺麗に描かれていて、とても雅。
源氏香のカルタもあり、木印もあった。小さくて可愛い。こんなハンコ欲しい・・・

百鬼夜行図巻 江戸時代 
オバケの楽隊が可愛い。チラシでもズンタカズンタカ歌い踊っている。色んなパターンがあるが、大体どれもこれも可愛い。

職人尽画帖 桃山時代
双六のばくち打ち、大原女、経師屋、刀研ぎに鍛冶屋・・・京都文化博物館には職人尽をジオラマ化した展示品があり、お客さんに愛されている。

丹緑本「いるか」 江戸時代 (入鹿誅殺の物語)
遊楽人物図 江戸時代
繋馬図 江戸時代

江戸名所四十八景 二代目歌川広重 万延?文久年間 
他に近松、西鶴の浄瑠璃本があった。こういうのを見ると、それだけで文楽に行きたくなる・・・わたしは芝居は世話物、特に生世話物が好きなのだ。

地味だが面白い展覧会だった。

今年のアートコレクション

夏恒例のホテルオークラの『アートコレクション』に出かけた。
このチケットには近辺の泉屋分館・大倉集古館の展覧会チケットもついている。
いつもの通りホテルの地下へ行くと、随分賑わっていた。
今回のタイトル『パリのエスプリ・京の雅・江戸の粋』。
まずパリのエスプリから。
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モネと言えば睡蓮・アルジャントゥイユ・妻カミーユというイメージが湧く。
チケットにもなった『睡蓮』はアサヒビールの所蔵で、時々見かけることがあるが、ここに出てくるのが嬉しい。

顔がはっきり描き込まれた『カミーユ夫人』もある。この絵は何年前かのアートコレクションにも出ていて、それ以来の再会となる。
濃青紫の服を着たカミーユのちょっとしんどそうな顔。サファイアらしき指輪を嵌めた手には青い花がある。赤の勝ったソファ、カーテン、緑の壁紙・・・色の配置が綺麗だと思う一方で、カミーユの硬く閉ざされた口許が、なんとなく気にかかった。
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ドービニー、ドガ、ピサロ、シスレー・・・近代パリのエスプリを表現した画家の作品に混じって、少し昔の画家の絵もあった。

ブーシェ『プシュケとキューピッド』  禁忌を破り闇の褥に光を差し込むと、そこには美しい男性がいる。・・・それだけではなく、青年キューピッドの他にちびっこキューピッドまでいる構図なのだった。
ブーシェには宮廷文化特有の官能性があり、それが発酵している。
可愛らしく、そして艶かしい人物たちの表情に惹かれる。

セザンヌ『庭にある大きな花瓶』  ブーシェから150年ほど経つと、全く違う世界が開かれる。
これは今回の展示の中でも一際目を惹く作品だった。
青色がとても心に響く。背景がなんで斜めに塗られているのかとか、青色が塗り重ねられているとか、そんな細かいことよりも、絵として心に刻まれる名品だった。
こんな作品に会えるから、この展覧会は好きなのだ。

珍しくティソのエッチングが三枚も出ていた。いずれも新潟・万代島美術館所蔵品。
'91年に大丸梅田で展覧会があり、パリの女たちの情景を多く表していた。
こうした風俗を描く画家の回顧展は、デパートでの展覧会がとても合うように思う。
つまり観客はそれを見てから時代が違うとは言え、オシャレさを味わい、そこから何がしかのサインを受け取り、そして購買欲をかき立たせる・・・
その意味では、彼の回顧展をデパートで観るのはとても楽しいことだった。
『野心を持つ女』 パーティでの一瞬。女の目がギラッと輝くのが捉えられていた。

続いて京の雅・江戸の粋。
冷泉為恭『鷹狩り・曲水宴図襖』 トラの毛皮を敷物にしているのが、贅沢さを示している。為恭らしい群青色が見受けられ、幕末において復古大和絵に精進した絵師の求めるものが何だったのかを、少しばかり想像した。

松村景文・田中訥言『江口の君図』  二人の合作で、象が景文。江口の君は遊女だが、実は普賢の化身であると言う説話が、中世以降広まり、近代に至るまで様々な画家が描いている。

宮川長亀『上野観桜図・隅田川納涼図』 夏の景色の方がよかった。屋形船には役者も乗り、遊楽気分が満ち満ちている。駒方まで向うご一行。宮川派の絵はあまり見ないが、こうして出会えるとなかなかいい作品が多くて嬉しくなる。

竹内栖鳳『虎』mir794.jpg
栖鳳は多くのトラを描いたが、このトラたちはとても可愛いトラたち。猫の親分たるトラたち。 四条円山派の、というよりも岸派のトラ。つまり岸竹堂―西村五雲―山口華楊の系譜と密接な関わりを感じさせるトラちゃんたちなのだった。

伊東深水『お手前』 高島田に結った婦人が赤楽を手にしている。世の中が落ち着いてきた頃の作。深水はこういう格の高い婦人を描くのも巧い、といつも思う。

今回あいおい損保から華岳と青邨の椿の絵が出ていた。あいおい損保は椿をモティーフにした作品のコレクションで有名だが、こうして二枚も出ているのが嬉しい。
わたしも洋画日本画工芸品にかかわらず、椿をモティーフにしたものがとても好きだ。

北斎『諸国名橋奇覧』 北斎のシリーズものでも、この橋シリーズはかなり好きなものなので、出てくれているのが嬉しい。むかしむかしは『大坂八百八橋』とも言われたが、いつの間にか大阪から橋が消えていったように思う。
わたしも水辺の土木として、近代の橋脚を見るのが好きだが、そんな気持ちでこのシリーズを眺めると、また違った感興が湧いてくる。

色々みるべきものが多く、楽しめる工夫もあり、毎度のことながら満足して会場を出た。
今年わたしの投票作品は・・・やっぱりセザンヌのあの作品だと思った。
今月末までの展覧会です。

明治の七宝

泉屋分館では京都の清水三年坂美術館のコレクションをメインにした、京都七宝の展覧会を開いている。
並河靖之の作品がずらずらと並んでいる。
明治初期の帝室技芸員。彼の七宝は有線七宝で、それを自在に使って美しい作品群を作り上げた。並河の家は現在では記念美術館になり、一般公開されている。庭は植治こと小川治兵衛。一見以上の価値がある。

さて泉屋博古館の本館は京都の鹿ケ谷にある。鹿ケ谷と言うのは源平の昔、俊寛らが平家打倒の密談をしていた場所・鹿ケ谷カボチャの原産地、等々・・・
東京で京都のこうした美術品の展覧会は珍しいが、そういうことを思えば納得の展覧会である。
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明治初期の七宝焼きは大きな壷などにその技芸を顕わにした。
元は何もない銅素地を壷に成形して、七宝焼きと言う綺羅を飾る。
高温で焼成され、出てきたときには耀くエナメルとしてそこに姿を見せる。
全くもって美しく、技巧に技巧を重ねたような存在、それが七宝焼きである。

わたしは中学生のとき、陶芸部で主に七宝焼きを学んだ。無線七宝を教わったが、先生は有線七宝をされていた。有線七宝は技巧が難しく、中学生ではなかなか出来そうになかったが、出来栄えはやはりたいへんに美しかった。
七宝焼きの釉薬は主に透明系と不透明系に分かれていて、どちらも巧く併用すると、面白い効果が出た。銅版に金箔を置き、その上に釉薬を載せて焼成する。
・・・・・・・今でもときどき七宝焼きを再開したいと思うくらいだから、やはりその頃から七宝焼きの美に惹かれていたのだろう。

無論ここに展示されている作品たちは、そんな中学生の技能とは比べ物にならぬほどの高みにあるものばかりだし、技法も異なるが、なんとなく親しいような心持で、作品群を眺めた。

梶常吉という作家が近代七宝の祖だというが、それについてはこちらの安藤七宝店のサイトに詳しい。
何しろ梶が七宝の秘密を知り、それを作り上げるまでの苦難の物語は、名古屋辺りの教科書にも掲載されているそうだ。
どんな技術も始祖はたいへんな労苦をする。近代の西陣織では、初代龍村平蔵の艱難辛苦は言葉にならぬほどだった。

さて展示品を眺めると、やはりこれらは清水三年坂美術館でいつか見たような作品が多く、関西人のわたしは「出開帳、お疲れ様です」とそっと声をかけて歩く。

尾張七宝の祖・林小伝治の作品は、大和絵の花鳥画の伝統を受け継いでいるのを感じる。
華やかな構図は、海外向けと言うことを考慮してのものだと思うが、色様々な蝶が戯れるかと思えば、百花繚乱の中を飛び交う小禽たちの姿もある。
キラキラしく、褪色する恐れのない花鳥画が、そこに繰り広げられている。
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尾張七宝の作家たちの作品群を眺めると、黒地に華やかな絵柄というパターンが多いことに気づく。闇に煌く花火のような美、または黒地の小袖に咲き誇る花々、それらを思い起こさせる。

無論それだけではなく、乳白色の地に彩色が広がる作品もある。
竹内忠兵衛の竹に雀・柳に燕の対になった花瓶は深く目に残った。
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雀も燕も大和絵だけでなく、浮世絵でも愛されている小禽の代表だが、本当に愛らしかった。
そしてこの絵柄を見ると、名古屋の幕末の絵師・中村竹洞の絵を思い出す。
竹洞の作品は春に頴川美術館で見ている。
シカゴ・コロンブス万国博に出品されたそうだが、ジャポニズムの美を観客たちは堪能したろうと思う。

ところで黒色釉薬はお雇い外国人ワグネルの指導により、手に入れた技術だった。
それ以前は黒色釉薬もなく、それを使う技巧もなかった。
並河靖之はその黒色釉薬を開発し、七宝の世界を更に広げたのだった。

並河の作品は大きいものより小さいものに、より美しさと技巧の深さとを感じる。
繊細優美な作品にため息ばかりだ。
しかしこの桜花図花瓶などは土台が大きいからこそ、美が際立ちもしている。
桜の花びらの色が少しずつ変化している、グラデーションの美。
絵画よりも絵画的な絵柄と彩色。
本当に美しく、凝視しても凝視しても、美は視界から拡がるばかりだった。

「美しいものをみつめ続けると麻痺してしまう」確かにそうかもしれない。しかしそれでも尚、みつめ続けずにはいられないような美がそこにはある。

一方、東京の涛川惣助、もう一人の「ナミカワ」は無線七宝の技巧を駆使した。
風景の図で、遠景を無線・近景を有線にすることで、絵柄にリズムを生み出し、まるで絵をそのまま転写したかのようにも見えた。
並河とはガレとドーム兄弟のような違いを、この二人には感じる。
実際涛川の作品は、ドーム兄弟のそれに共通するような柔らかさを感じる。
地も薄紫がかった灰色などが多い。
それぞれの違いをこうして楽しめるのはよいことだ。

面白い作品があった。
七宝貼込屏風 鳥獣戯画と白衣観音などを貼り込んでいる。こういうのも面白い。

他に象嵌七宝などの技術で作られた七宝もあり、それらは鉄に七宝をつけたように見えるもので、江戸時代までの建造物で見かける、引き手や釘隠しなどがその仲間。
本当に楽しい気持ちで眺めて廻った。
泉屋分館が六本木一丁目にあって、本当によかったと思う。
この美術館が東京にあることで、関西の美と技がこちらにも広まるのは、嬉しいことだから。

展覧会は9/15まで。どうか楽しんでほしいと思います。

朴英淑の白磁―月壺と李禹煥の絵皿

今回初めて菊池寛実記念智美術館に行った。
「朴英淑の白磁―月壺と李禹煥の絵皿」を見たのだが、それを見る前に敷地内の西洋館に惹かれ、外観を色々眺めた。今になってサイトを見ると、限定公開されていて、ケーキセットつきで8000円というから、考えものだ。
見たいがあんまり高価だと、減価償却とか色々考えてしまうのだった。
(この場合の固定資産はわたしの感動や記憶など)
とりあえず見るアテを持たずに遠望しよう。

さて美術館に入ろうにも、どこが入り口かわからない。レストランしかないですやん。
と、思いきやそのレストランは一階の表から見える場所に位置し、展示室は階下にあるのだった。
階下への道は螺旋を描く。黒を効果的に使ったスタイリッシュな建物。
その黒く暗い空間に光が差し込んでいる。
照明によって照らし出された白磁の大きな壷だった。
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わたしは李朝の白磁が好きだが、現代韓国の陶磁器とは無縁で、その辺りの状況も知らない。だからこのパク・ヨンスクさんという陶芸家も初耳の人だが、名前の字面で女性だろうと勝手に解釈していたが、やっぱりそうだった。
当たっていてどうだ、と言うことは別にないのだが、なんとなく嬉しい。
優しくしっかりしたイメージを抱いていたので、実物を見ると予想が当たったようで、こちらは素直に喜んだ。
展覧会からの紹介文にはこうある。
「はじめは粉青沙器、やがて白磁大壺へと、朝鮮王朝時代の陶磁への思いを現代に生きる作家として追求してきました。理想の白磁を実現させるために10年余をかけ、土を探し、配合を研究し、試行錯誤をかさねた情熱は並大抵ではありません。近年では、韓国で月壺(ゲッコ)と称されている大壺を完成させ、その世界観を深めつつあります。」
それでか、わたしの好む作品が多かった。

月壷という言葉の意味を知らない。どこにもそれは書かれていないので、自分で調べるしかない。何故月壷なのか、それを勝手に予測する。
月は必ずしも黄色くはない。白い月がパブリックイメージの国もあるだろう。三日月を国旗にする国もあるが、満月も愛されている。
白く丸い満月をイメージさせるような壷、そのことを言うのだろうか。
・・・わたしがそんなことを妄想するような、白くたおやかな大壷たちが並んでいた。

一つ一つ微妙な違いがあるが、それは並んでいるからわかることで、一つずつ見たら区別がつかぬ気がする。少なくともわたしには見分けがつかないだろう。
それは職人的技能が活きている証拠でもある。

壊れやすさや脆さは感じない、強靭さを内に秘めたような白い壷たち。
丁度ホワイトチョコレートをコーティングしたかのような愛らしさがある。
李朝の白磁の壷や瓶には、撫でてみたいと思わせるものがいくつかあるが、これらはそんな感興は呼び起こさず、使ってみたいと言う希望が湧いてくる。
実用なのかそうでないのかはこの場合問題ではなく、使いたい気持ちを抱かせるしっかりした、そのくせしなやかな美しさを感じさせる作りだと思う。

また展示の並びもいい。通り過ぎて角を曲がり、ふと気づけば先ほど眺めた壷の側面(あるいは裏面)を眺められもするのだ。
静かに暗い照明がいよよ白磁の美を支える。
一方、小さな実用性の高い食器類があった。
しかしながらこちらにはわたしは惹かれなかった。これはあくまでも趣味の問題なので、作品がどうのということではない。
食器と言うものは使われることを前提とされて生まれてくるので、見る側の意識も「用の美」というものを前面に押し出すと思う。
わたしのそのアンテナがそこに向かなかっただけに過ぎない。

絵付けされた作品がいくつかあった。李禹煥が染めたり描いたりしたものたち。
コラボレートされた作品たちのうち、抽象的な様相を示したものがいちばん綺麗だった。
コバルトの美しさにも惹かれた。
ただしコンポジション風のものはわたしの嗜好に合わぬので、よいのかどうかもわからない。
好ましいものだけを見て、そうでないものへの理解度は低いが、それでも楽しく眺めて歩いた。本当にここへは初めて来たのだが、いいものを見た気持ちで美術館を後にした。
展覧会は9/15まで。

丸木スマ展

丸木スマの展覧会に行った。
八王子から北浦和へ出たのだ。
丸木スマは50年ほど前に亡くなった。
70歳を迎えてから息子の嫁の丸木俊の勧めで絵を描くようになり、10年ほどの間に随分多くの絵を描いた。
埼玉近代美術館ではそのスマの回顧展をしている。
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彼女は嫁入ってから家業と野良仕事に精を出し、子供を多く育てた。
働きづめの女が閑になり、嫁からの勧めで絵を描き出すと、止まらなくなった。
きちんとした絵画教育は受けていないが、息子に位里、娘に大道あやがいることから考えても、絵の才能があったようだ。
どの絵を見ても明るい楽しさを感じる。

パースの狂い・事物の大きさの間違いなども大した問題ではなく、描きたいものを描きたいように描く。
その姿勢を貫いている。
その堂々とした態度が心地いい。
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チラシの植物と動物と鳥たちが渾然一体となった作品は『簪』というタイトルで、スマ作品で一番大きいものだそうだ。
細かに見て行けば石楠花が咲くことや、紫陽花も満開だとわかるし、猫だけでなく木の間隠れに鳥たちが力強く飛び交うのにも気がつく。わたしのニガテなトリも地を歩く。とんぼも蝶もいて、数だけでいえば若冲のイキイキ動物家族(勝手なタイトルをつけるな、遊行)にも匹敵するのだが、この絵はどの動物がどうの、というのを観る作品ではない。
スマの身近にある生命そのものを一緒に混ぜて寄せて、仲良しにさせた作品なのだ。
食物連鎖の環の中にあることすら遠い、みんなが集まりまぜこぜになった絵なのだ。
色がどうのとか線がどうのというのは、些細なことにすぎない。
「いい絵だなー」
この感情が一番大事なのだ。嬉しい、いい絵だった。

わたしは町の子なので身近な動物といえば猫と犬くらいしかいなかった。
そもそも祖母がネズミ嫌いで、猫を絶やさないようにしていたようで、家にも猫・近所の祖母の家にも猫、ご近所の猫たちゾロゾロ・・・という環境だったことで、猫が一番好きだ。
(今朝も通勤途中、ヒトサマの雑草生い茂る庭で集まる猫たちを見て、機嫌がよくなった)
ネズミも生きたのを見たのは数えるほどしかない。
あんまり好きではないネズミだが、ここにある『めし』に群がるネズミたちには、優しい気持ちが湧いてくる。ちょっとトボケたような顔つきのネズミたち。ごはん食べてんねんなぁ・・・としみじみ眺めた。

眺めてゆくうちに、自分が田舎に遊びに来てる気がした。
わたしは生粋の大阪人で、土着民なので田舎を持たない。
小学生の夏休みは大抵が、駅向うの祖母の家にいた。その祖母にしても田舎暮らしを知らない人なので、孫のわたしとはリカちゃん人形かままごと、もしくはレコードを聴いたり映画を見たりする他に、商業地に出たりして遊んだ。没落地主の成れの果てだから田畑もないし、あってもそれらは建物に姿を変えている。
そういうわけで自然と言うものと触れ合う機会が、子供の頃にはまず、なかった。
別にそれでいいと思う一方で、やっぱりちょっと田舎と言うものを経験してみたいような気もした(ただし数時間で撤退するが)。
それを今、スマの絵が並ぶ中で体感している。

『ひまわり』 mir789-1.jpg

葉が青いひまわりが存在しないことを、スマの言葉を読むまで完全に忘れていた。
「青のほうが色が張り合うていいじゃろう」
なるほど、それで群青色なのか。しかしその文を読むまで、わたしは何の不審感もなく眺めていた。
黄色が好きなのでそれに惹かれていたのと、黄色と青色の関係が「張り合う」ことを綺麗だとみていたからかもしれない。

ひどくいい絵があった。『花見』 桜の森の下でおばあさんが茣蓙をひいてニコニコ笑いながら皆を待っている。巨大なおばあさん。わたしも遊びに行きたい・・・

『柿』 大きな柿の実と、それより小さな人々。スマ曰く「柿を大きく描いたら人を描くのが小さい場所になった」・・・こういうのを天衣無縫というのだろう。

最後に『黄菊白菊』mir789.jpg
これを見て「オヨ?」と思った。
この前日に見た松坂屋所蔵の小袖にそっくりなものがあった。
mir776-2.jpgなんとなく嬉しくなった。

思えば前回この美術館へ来たのは、熊谷守一展だった。あのときも自然を多く味わった。
クマガイの自然とスマの自然。方向は違うが、いい気持ちなのは同じだった。
展覧会は915まで。



タツノコプロの世界

八王子夢美術館で『タツノコプロの世界展』が開催されている。
タツノコプロとは、アニメ制作会社である。
吉田竜夫氏が設立し、初期から一貫して自社製品を送り出している。
わたしが最初に見たのはなんだったか。
記憶が混ざり合ってこれがどれとは言えなくなっている。
本放送も再放送も幼児に区別はつかない。
とりあえずわたしが見たものの資料が、美術館には飾られていた。
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科学忍者隊ガッチャマン、新造人間キャシャーン、宇宙の騎士テッカマン、破裏拳ポリマー、みなしごハッチ、けろっこデメタン、タイムボカンシリーズ・・・
この辺りは全てリアルタイムに見ていた。

マッハGOGOGO!は再放送で見たと思う。
あるとき、水戸黄門のうっかり八兵衛の高橋元太郎氏が♪風もふるえるヘアピンカーブ?と歌っているのを見てびっくりしたら、うちの親が彼は元々歌手だと言ったのには、更にびっくりした。
それはいなかっぺ大将の歌が、実は天童よしみさんが歌っていることを知ったのと同じくらいのびっくりだった。
ところが今回驚いたのは、あのいなかっぺ大将もタツノコプロの作品だったことである。
原作つきをしたのは、これが初めてだったそうだ。
♪一つ人より力持ち 二つふるさと後にして・・・
そうなのか、大ちゃん。

タツノコプロの特色は、絵の巧さである。その技巧の高度さはちょっとやそっとではないと思う。
今や世界的巨匠の天野喜孝氏は義務教育終了後にタツノコプロに入り、そこで英才教育を受けた、と雑誌で読んだことがある。

タツノコの初期作品はマンガ家でもある吉田竜夫氏がキャラ設定などをされたが、前述のSF作品類は天野氏のキャラ設定だった。
そしてタイムボカンシリーズなどでのハチャメチャギャグの演出を繰り広げてくれたプロデューサー笹川ひろし氏が、これらSF作品では冷徹なまでにクールな眼差しで重い話を描いてみせた。

前述の四大SF作品のうち、最もシリーズが長く続いたのはガッチャマンだったが、わたしは第一作しかマジメに見なかった。第二作以降は見ていないが、物語の概要はアニメ雑誌で読んでいた。
シリーズが長く続くものは案外好まない体質から、そんなことになったのだと思う。
しかしいまだに溶岩を見るたび、ガッチャマンをイメージすることを考えても、影響は強かったと思う。
作品が長かっただけにポスターも数種あり、どれも皆、出来栄えのよいものばかりだった。
‘70年代のアニメで、男女の筋肉の違いをリアルに描き分けたのはタツノコだけだったと思う。
ところでガッチャマンは本放送のとき途中でOPとEDが入れ替わったのだが、再放送では最初から現行のOPとEDで通されている。
これまで延々と見続けたが、どのときもそうだった。
わたしのカンチガイではないと思う。(今、youtubeを探すと、そのことが出ていた)


以前、笹川氏の連載コラムで、自己紹介のときに「タツノコの笹川です」では相手は「はぁ」といまひとつ反応が鈍いが、「キャシャーンを演出しました」というと、30代後半からの男性は必ず、「たった一つの命を捨てて、生まれ変わった不死身の体、鉄の悪魔を叩いて砕く、キャシャーンがやらねば誰がやる」と口走ってくれる、と書いていた。
わかる、わかるゾ!わたしもわかるぞ!!(30代後半男性ではないが)
カラオケでキャシャーンを選択したとき、マレにこの「たった一つの」が入っていると、思わず嬉しくなる。(あのUG▲にもないのだ)
ささきいさお氏の歌声がまた最高だった。
♪響けキャシャーン 叩けキャシャーン 砕けキャシャーン・・・
泣きたくなってきた。
この話はたいへん重いもので、決してありえない状況ではない、と思っている。

お掃除ロボットとして開発されたロボットが雷鳴で狂い、意思を持って掃除を始める。
地球を掃除するために、汚す原因たる人類を撲滅すればいいと軍団を結成し、人類掃討作戦を始める。(こんな安易ではないのだが)
それに対抗するために生身の肉体を捨てて、新造人間として不可逆の道を歩む、キャシャーンの孤独な戦い・・・。彼は人類をたった一人で守るが、人類の大半は彼の行為を認めない。
悲惨さと孤独さに胸が痛かった。
個としての強靭さは、タツノコキャラ随一だと思う。
今でも真っ白なボディフィットスーツを見ると、キャシャーンを思い出している。


テッカマンはチームプレイの割には、個々の個性が強く、役割分担が分かれているのが面白かったが、なにより毎回ときめくのは、テッカマンになるシーンだった。
茨で全身を覆われてゆく・・・それにときめき、また装着後にベガスと共に宇宙空間で戦うのが、本当にかっこよかった。
歌もよかった。水木一郎のシャウト系の歌声が今も耳に残っている。
♪砕いて星屑 宇宙の果てに 煌く銀河に・・・


ポリマーは前者たちと違い、コメディタッチの濃い作品で、敵もアホらしい攻撃を仕掛けることが多かった。主人公が正体を二重三重に隠して闘っている設定はよくあることだが、ポリマー実ハ鎧武士実ハ鬼瓦武士・・・という構造の中で、前面に押し出されている鎧武士は「たぁんていチョー(探偵長)」とナサケない声を出しては車探偵事務所でわけのわからない仕事に勤しんでいる。車探偵も自己陶酔しては珍騒動を起こす。働き者は女の子テルだけだが、彼女が毎回ファッションショーを繰り広げるのはいいのだが、これまたヘンなセンスで面白かった。


見て歩くと、タツノコシステムがとても合理的でかつ確かなものだと感じるばかりだった。
本当に素晴らしい。

何シリーズ続いたのかとうとうわからなくなった(わたしだけか?)タイムボカンシリーズだが、これも本当に徹底していた。
偉大なるマンネリズム。全くえらい。
わたしはヤッターマンまでは見たが、ゼンダマンでリタイアした。
あのギャグの連続が苦痛だったのだ。しかし子供はアニメを見るのが義務だ、と思っていたわたしは懸命に見たが、とうとうサヨナラした。
して離れて長らくアニメそのものから遠ざかった。

わたしがアニメを見るのを復活したのは’82年頃からで、それも’84年までくらいだったが、この間の日本のアニメの作品群は本当に素晴らしかった。
タツノコで言えば、天野氏はタツノコから離れたが、なかむらたかし氏がキャラ設定した未来警察ウラシマンや機甲創世記モスピーダの時代だった。
この2本は熱心に見ていた。しかし今回の展覧会ではこれらは展示されていない。
面白い作品であることは間違いないが、段々と昔のタツノコではないなという感もあった。

会場ではこれらSF作品だけでなく、ショートアニメ・カバトットなどの紹介もあり、これもタツノコだと知り、びっくりした。そうなのか、カバとトットでカバトット?♪ 天野氏以外のキャラデザイナーも現れた。下元明子氏である。彼女のキャラは愛らしいキャラだった。ポールのミラクル大作戦などがある。
この作品は放送と同時に毎日小学生新聞で連載されており、どちらもわたしは熱心に見ていた。
聞くところによると、昨年再放送されたことでまた人気が蘇っているらしいが、いい物語だった。
だいたいハッチもデメタンもそうだが、ポールのように不遇を背負わされつつ、不条理と闘い続けるキャラ、と言うのはタツノコにはシリアス・ギャグどちらも多い。

現在はまったくアニメを見なくなったので、状況は知らない。しかし特定の友人とカラオケに行けば、今でもタツノコアニメの歌を熱唱する。
たとえば♪白い翼の ときたら必ずタンバリンでチャチャチャッとすばやく合いの手を入れてガッチャマン?と続けなくては気がすまない。(友人とは必ずデュエットなので、意が通じないと困る)

懐かしい気持ちに浸りながら、嬉しく見て回った。楽しい展覧会は9/15まで。

鏡花作 清方描く

夏の鎌倉に行くのも久しぶりだが、清方記念館で『鏡花作 清方描く』展があるなら何を措いても出かけねばならない。
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清方が鏡花の死後に描いた『小説家と挿絵画家』の出会いの絵は、友愛を感じる爽やかに優しい作品である。
この二人は生涯仲良くつきあった。
鏡花が昭和17年に没した後も、長命の清方はそれから30年間、折に触れて絵や随筆で鏡花の作品と思い出とを描いた。
鏡花は鏡花宗とも呼ばれる熱烈な信奉者に囲まれて、自分の好きなものだけを描ききって、彼岸へ旅立った。
清方は鏡花が一本立ちした頃から「わたしの作にはあなたの絵を」と言われて、麗筆をふるい続けた。
挿絵画家から一枚絵の画家になった後でも、清方は鏡花の作品には関わった。

鏡花の作品には清方と小村雪岱の二人が主に、挿絵・口絵・装丁を請け負い、今日に残る美麗な本を残してくれた。
清方は自身の随筆の装丁を雪岱にたのみ、鏡花を通じた広がりをも楽しんだ。

清方が最初に描いたのは『三枚続』の口絵である。
(記念すべき作品だが、正直言うとわたしはトリがニガテなのでサヨナラだ)

そして『高野聖』『続風流線』『神鑿』などの口絵を描いた。
わたしは鏡花の作品中、長編ならば『風流線』が何より一番好きだ。
『風流線』の口絵は鰭崎英朋、『続風流線』が清方。
村岡不二太を伴ったお龍が風流組の前に姿を現す。
そして村岡と瓜二つの捨吉が彼女と対峙する。
彼女にすがる娘をかばいながら、お龍は捨吉ににっこり笑いかける。
「いい日を見つけてお殺しなさいな」
捨吉はその場で彼女を頭領と認め、以後彼女のために生きる。

とりわけ『高野聖』は『註文帳』ともども清方の偏愛をうけ、読者の需要もあったろうが、後年に至るまで清方はしばしばそれらを様々な趣向で描いた。

高野聖』は玉三郎も偏愛し、それを原文に沿って演じているが、あれはやはり三次元での表現は不可能に近いと思う。20年ほど前にアニメーションになったのを見たが、それも不満が残る。天才武智鐵二にも演出は不可能だった。
つい最近、丸谷才一が新聞に「原文どおりに演出」した玉三郎の試みを批判し、自分ならこう演出する、と言うプランを書いていたが、それは丸谷本人の芝居にすぎず、やはり物語の妖異な美しさは失われていた。
ジュサブローの人形はそこに立つと、それだけで山中のあやかしの美女だとわかるが、そのジュサブローの人形ですら、妖異の世界を全て表すことは出来なかった。
一枚絵にはなるが、連続性のある「物語」としては活きない、というべきか。

彼らの先達たる清方は全てを表現せず、好きな場面場面のみを絵画化した。
つながりのないように見える作品たちは、そこに「行間」が活きているのを見るべきなのだ。
たとえば、美女が実は恐ろしい正体を隠しているのを文中では最後に暴かれる。
しかしそれを清方は描かない。そこに清方の美意識があるのかもしれない。

今、久しぶりに『註文帳』の数葉の画布を眺めては、ときめきがみちてくるのを感じる。
『註文帳』は因果譚である。死んだ遊女の霊に憑りつかれた娘は、剃刀で自らと男とを抉る。
心中の生き残りの男の遠縁に当たる青年は、不条理な死を受け入れる。
清方はこの物語に対し、自分の好む情景を描いた。
発端と、ご維新での零落による売り立て、幽霊、因果に導かれるお若の姿などである。

実際の死の情景は描かれていない。
情死を強いられる不条理さも、それを受け入れて死んでゆく哀れさも、全てを通り抜けた後の、その情景を描いている。
だから物語を知らない人には、わかりにくい絵の連なりになっているかもしれないが、しかし清方は不要な説明を排除する。
物語を知らなければ物語を読む手間を惜しむな。物語を愛すればこそ、この絵は生まれたのである。
・・・・・・そんなことを思いながら絵を見続けた。
実際、この『註文帳』は発表された当時から評判が高かった。
小村雪岱『日本橋檜物町』にもその感想が縷縷述べられている。
リアルタイムの喜びと幸福と愉しみの感情が、こちらにも伝わってくるような文だった。

卓上芸術を標榜した清方は、手元で楽しめる作品の製作にいそしみ、そして楽しんだ。
描くのは若い頃から自分が愛してきた文芸作品。
すなわち盟友・泉鏡花の作品、その鏡花から教わった樋口一葉の作品などなど・・・
挿絵画家として出発した清方が、功なり名遂げてから、元の挿絵芸術に回帰する。
卓上芸術としてのそれに。

それらを眺めながら静かな嬉しさが湧き出してくるのを深く感じた。
やはり清方はいい。タブローもいいが、文芸性の強い作品にときめくばかりだ。

嬉しい展覧会を見て、鎌倉から去る。梅花はんぺんをおやつにしながら。

五姓田のすべて

神奈川歴史博物館で『五姓田のすべて』展が開催されている。
明治初の油絵の一門。
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彼らや高橋由一から日本洋画の道が開いてきた。
尤も、最初の道を開いただけに今日の眼で見ればべたな油絵に見える。
世間の受け止め方も絵画としてのそれではなかったようである。
ご維新前の大和絵や浮世絵のような存在ではなく、見世物的な物珍しさで対されていたようでもある。
そのことが資料から読み取れもする。

明治初の油絵は、リアリズムを目指していたのではないかと思った。
並ぶ絵を眺めると、画題はともかくとして描き方は誇張も美化も単純化も排除して、真面目にまっすぐに描いている。
それはやはり彼らの師匠がワーグマンだからだろうか。
最初の洋画の師匠がアカデミズムの画家と言うのは良かったような気がする。
「このアカデミズムが!」とノノシルような個性的な画家では、やっぱり最初は困ると思う。
学びの始めは真っ当な教育がふさわしい。

初代芳柳の作品で明治天皇の画稿が2点あった。直垂姿の若い明治天皇と、軍服姿の肖像画である。
後の軍服姿は後世の人々から「明治大帝」と呼ばれる姿のもので、実はこれらの時間差は一年なのだが、全くの別人のように見える。
明治大帝の姿は他の画家の絵や、写真で見るのと全く違いがないので、これが最初期の作品とするなら、ここからパブリックイメージが固定したのかもしれない。

新潟萬代橋  mir784.jpg
柳都と呼ばれる新潟に掛かる橋のこの優美さは以前から聞いてはいたし資料も見ていたが、それを絵で見ることは案外少なかった。
ただしこれはまだ木造の橋。
警官も立ち、犬も散歩し、人々も行き交う。絵の配色は重く暗い目だが、都市風景の良さが伝わってくる。なんとなく明治村の一部を油絵で描きました、と言う風情がある。

孟母断機図  この画題は小林古径にもあるが、やはり明治までのものだと思う。ちびっこ孟子は激しいお母さんの足下で蹲って泣いている。機織りもほぼ完成なのによくも断つものよ・・・これは教訓絵というより「怖い絵」の範疇に入るような気がする。

ワーグマンゑがくNIPPONの風景画があった。
以前からあちこちで見ていたが、外国人の観察眼というものを感じさせるスケッチだと思う。開国して程ないから、少し地方に出るとまだまだ幕府の瓦解前と同じ人情・風物がそこにある。外国人はその素朴さ・純朴さに興味を惹かれていたのだろう。

嫡子・義松の作品群の中に、一家勢揃い図がある。家族の肖像。美化もせず戯画化もせず、真正面から自分の家族を描いている。
似ているのかそうでないのかもわからないが、皆なかなか意思的なツラツキである。
一族郎党まで油絵修行に邁進するぞ、という気概を感じる絵だった。

藝大で見た西洋婦人像が何点かあるが、わたしは以前彼の裸婦図と、そのモデルと彼とがいる写真とを併せて見たことがある。たぶん藝術新潮誌で。そのときの裸婦図はコラン風だと思ったが、ここにある着衣の婦人たちは、光ではなく仄暗い闇を纏ったままでいた。

多くのスケッチがなかなか面白かった。意外とスケッチ図が面白い人とそうでない人とがいるが、義松は前者。探幽縮図も面白いが、義松スケッチブックも面白かった。森羅万象を描こうとしているらしい。そこが面白かった。

妹・幽香の作品もいくつか見た。
幼児図がいい。mir782-1.jpg
臼と紐で結ばれた幼児はプチプチに肥えていて、元気そうだ。六代目菊五郎か大谷崎のような風貌の赤ん坊だけに、何をやらかすかわからない。赤ん坊のイキイキしたのをよく捉えていると思う。

二世芳柳にも面白い絵がいくつかあった。
羅漢図が二枚ある。明治22年と44年の二枚。虎と一緒の羅漢。先のは虎の毛並みがツルツルしていたが、後のはわりとザワザワしている。そんな違いがあった。

相州江島弁財天洞窟入口  これを見ると、どうも出かけたくなる。わたしは江ノ島に行ったことがないのだ。どなたかご一緒しませんか。しかしこの絵を見て出かけたとすると、中に入れば平成ではなく明治の世の江ノ島に入り込むかもしれない。

山田長政南方進展之図  わたしが山田長政を知ったのは人形劇『真田十勇士』から。それでその翌年くらいに彼を主役にした実写ドラマを見たが、タイトルは確か『南十字星』か何かだった。オセロー風なドラマになっていたなぁ。象とか色々な姿がある。これは一体どんな需要があったのだろう。

聖徳記念絵画館壁画考証図下絵  これはその当時一流の日本画家・洋画家を集って明治大帝一代記を描かせたものだが、その下絵が見れるとは思っていなかったので、嬉しい。わたしはまだ聖徳記念絵画館に行ってないが、大阪の出光美術館(今はない)で展覧会を見ている。なかなか興味深い作品群だったから、いつか見に行こうと思っている。

弟子たち・引き継ぐものたちの絵が並んでいた。
山本芳翠の『浦島図』は9/9-9/28なので残念ながら再会できないが、わたしはこの一枚がとてもとても好きだ。
『猛虎一声』はなかなかいい感じ。大体トラの絵は好きなものが多い。そういえば茨城で明治の洋画展があるが、そこにも彼の猛虎図が出ているらしい。チラシを見て、羨ましく思ったものだ。
神奈川で吠えてから、茨城をうろついている逍遥しているらしい。
こちらは『猛虎逍遥』mir783.jpg
なんとなくアジアぽいなぁ。いやトラの住処はアジアが主ですが。

ゴーティエ『蜻蛉集』の挿絵も山本は描いている。そしてこの本は「アートコレクション」展にも今回出ている。

松原三五郎は大阪に洋画を広めた画家だが、彼もこの一門だったのか。
山内愚遷、満谷国四郎も学んでいたようだ。
満谷の裸婦は日本人画家の中でも殊に柔らかい魅力があり、とても好きだが、ここでの習作は固いものだった。

それからこの一門は明治から大正の小学校の美術教育にも縁が深かったようで、たくさんの教科書があった。
これは素晴らしいことだと思う。
個性を培うには、初歩段階できちんとした教育という土台を与えてから、解き放つべきなのだ。
その意味では彼ら一門の絵画教育は素晴らしいと思った。

展覧会は9月末まで。展示換えもあるので、違う作品も多く楽しめるだろう。

『少女たちのイコン』を眺める

挿絵と抒情画専門の美術館・弥生美術館では夏の展示として『少女たちのイコン』展が開かれている。
わたしは昭和末の少女だったから、この展示に集められた美しい絵たちとは、リアルタイムに出会えていない。なにしろ大正から戦前までの、短くもときめくような時代の産物なのだ。
しかしこの弥生美術館の会員になって以来、こうした素晴らしいコレクションと身近になれて、幸せを感じている。

『少女たちのイコン』 イコンとは正教会での聖人像のことである。憧れと崇拝とときめきの対象としての、美しい抒情画が選びぬかれていた。

須藤重「名月」mir308-3.jpg
室町から桃山時代にかけて頃の風俗で描かれた美しいふたり。
もう一枚、昭和初期風俗の「名月」は庭の草花を眺める少女が描かれていた。

加藤まさを「月夜の少女」
まさをの少女を見ると、いつもどことなくせつなくなる。彼女が幸せそうに笑っていても、なんとなく淋しさを感じる。
それはもしかすると、彼の作詞した『月の沙漠』のせいかもしれないし、少女小説『消え行く虹』のイメージが強いからかもしれない。

mir308-2.jpg須藤重「月の女神」
銀の煌きに溺れてしまいそうになる。彼女の手からこぼれる銀花がわたしに届く日を、ずっと待っている。

蕗谷虹児「蓮池」img186.jpg
早朝の喜びがここにはある。うっとりするようなよい香があたりに満ちて来るようだ。

img185.jpg加藤まさを「水着の夏子」
彼女の名前が「夏子」なのか、夏を体現する娘としての「夏子」なのかは、知らない。
「太郎を眠らせ太郎の屋根に雪降り積む 次郎を眠らせ次郎の屋根に雪降り積む」
こんな綺麗な作品がある。太郎も次郎も固有の子供ではないのだ。

他にも実に多くの「少女たちのイコン」が飾られていた。
懐かしいもの・馴染みあるもの・初めて出会うもの・・・
どれもこれもが心に残る美しい作品たちだった。

併設する夢二美術館では童画が集められていた。
そこにはわたしの愛する「パラダイス双六」があり、複製品が床に置かれ、遊ぶことを許された。
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楽しく遊んでから、いい気持ちのまま美術館を後にした。

展覧会は九月末まで続いている。

NIPPONの夏

夏に生まれたからか、特別夏と言う季節の風物が好きだ。
いちいち挙げていたらキリがないので挙げないが、その挙げないはずの『夏の好きなもの』が三井記念館で一堂に会している。
見ずにいられるはずもなく、いそいそ出かけたのは、上野で三つの大きな展覧会を見、小さな専門美術館で好きなものに溺れ、数百枚の小袖の絹の海を漂った後だった。
嬉しいことに出かけた日は8時まで開館していた。だからこそ出来た荒業かもしれない。

重厚な三井本館の佇まいを残す展示室1?3にはいつものように、三井各家の歴代当主らが愛しんできた茶道具の数々が並ぶ。
茶碗一つ・茶杓一つにしてもそこに物語があり、床しい趣が活きている。
長次郎の作った黒楽平茶碗を眺めた後、不思議な黒楽を見た。
慶入が拵えた黒楽平茶碗だが、それは不思議なキラメキを見せている。飛騨鹿間山鉱山鉱石釉楽と説明がある。
飛騨は岐阜県である。岐阜県は近代になり、大理石の替わりになる凄い石を産出し続ける土地だということを、思い出す。
そこは岐阜赤坂だったが、そことの距離もなんのその、やはり飛騨でも凄い石を出すのだろう。
一言で綺麗とは言えないが、しかし見たことのないキラメキが目を惹いた。

如庵写しの茶室には池大雅の書が掛かっていた。「打睡」明るい大きな文字。池大雅は画より書にいいなと感じる。
三歳のときに書いた「金山」の文字からしてなんだか面白かった。

さてNIPPONの夏 (こう来ればKINCHOの夏、と必ず言葉が続く)
展示にも工夫が凝らされている。
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.朝の章
朝顔と涼の粧い
朝顔図 鈴木其一  この朝顔は乱れ咲きも狂い咲きもせず、一輪だけの花を見せている。其一の美意識が、ここでは一輪のみの構図を選ばせたのだと知らされる。
朝顔はやっぱり日本製の青紫や群青が途轍もなく、いい。

夏の朝 葛飾北斎  チラシにも使われる一枚絵。実はこの絵とは初対面ではない。’93夏の『江戸の女』展でも見ている。鏡に写る女の顔、という構図がいい。そして足元にある染付茶碗に朝顔、というのがステキだ。
北斎は「夏の女」を多く描いている。暑さよりも涼しさをその女たちから貰っている。
「夏の女は美しくない」と清方は言ったが、わたしは清方信者であるけれど、その点では北斎を信じている。

着物がいくつか出ていた。夏には夏の涼やかな着物がある。
白麻地松鉄線鶴模様帷子 (友人がこういうのを作っていた)
納戸絽地秋草模様単衣  (お納戸色と言うのもいいものだ。絽は見るからに涼しい)
納戸絽地菊蝶模様単衣  (柄はなかなか可愛かった)
これらが江戸時代の着物で、次は明治のもの。
紅絽地御簾瓢箪模様単衣

微妙な違いが面白かった。ところで大阪にはアッパッパという中高年婦人の夏衣がある。外では着ず専ら家の中で着用。それらはなかなか可愛い花柄の布地で作られている。
なんとなくそれを思い出した。

ガラス製の櫛簪類を見た。いや?涼しいし綺麗です。
ガラスと鼈甲とを継いで作ったものもあり、とてもキモチよさそうで綺麗。
これらはサントリーからの貸し出しらしい。ガラスはやっぱりサントリーなのか。

.日盛の章
 涼をもとめて水辺へ

鯉滝登図 高田敬輔  この鯉の顔にはちょっと笑ってしまった。蕭白のお師匠さんということなので、やっぱり奇想の絵師というところがあるのだろうか。鯉が滝登りするのは竜になるためということだが、この威勢のよさ・ツラツキからすると、なかなかコワモテの竜になりそうな気がする。

青楓瀑布図 円山応挙  天明7 年(1787)
瀑布図 円山応挙 安永2 年(1773)
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二枚の滝図を見て、やはり天明の作の方が優れているように思った。薄い楓が差し掛かっていることで、絵に優美さが生まれている。
応挙には滝の絵が多いが、この作品は特に優美さでは一番だと思う。

水辺遊興図屏風  これはたばこと塩の博物館で見た。泳ぐ少年たち、舟遊びの女たち、邸でくつろぐ女たちと、料理に忙しい男たち。何とも言えず楽しい気分が湧いてくる図。

夏の祭礼と行事
京都名所十二月(四月兎道茶園、五月賀茂神事、六月四条納涼、七月金閣寺蓮)川端玉章
明治31 年の京都は、既にインクラインも引かれた後だが、それでも月次の行事は変わらなかった。
つい昨日は五山の送り火だったし。絵の中で金閣寺の蓮池を見て、あるマンガを思い出した。
水島新司の作中で、こんなシーンがある。
「これが昭和25年に焼けて再建された金閣だよ」
「こんなに周りに水があるのに使えなかったのか」
いつでも金閣を見ると、そのことを思い出してしまう。
他にも『祇園祭礼図屏風』があった。何と言うてもやっぱりこれですわな。

國貞の江戸自慢シリーズが3枚あった。
真崎みそぎ、仲の町灯籠、五百羅漢施餓鬼  このうちの羅漢堂はもしかしてサザエ堂のことのような気がする。真崎にはお稲荷さんがある。(剣客商売の秋山大次郎も住んでいる)、仲の町の灯篭は綺麗だとも聞く。他にどんな自慢があるのかは、知らないがまだ夷敵も来ない頃だから、最後の江戸文化を楽しんでいたのだろう。
 
夏のデザイン

永楽和全の作品もいくつかある。三井家は永楽家を支援していたから、当然のことだが、改めて色々見せてもらうと、嬉しい。わたしは和全より保全の作品の方が好き。
乾山写色絵草花文小皿、菊谷焼十二ヶ月絵替茶碗・・・これらは以前からあちこちで見ているので馴染み深く、いいキモチ。可愛くて本当にステキだ。

櫛・簪・紙挟み・楊枝入  紙なのかなんなのかわからない素材の、小さい袋物が出ていた。江戸?明治時代らしいが、なかなか派手な柄。先日、坂本竜馬所蔵のそれらを見たところだが、丁度そんな感じ、やっぱりこういうのが流行っていたのだな。

染象牙果菜置物(無花果、茄子) 安藤緑山  大正?昭和にかけても、こんな技能を持つ職人がいたこと自体が凄い。いや、だからこその彼らか。どう見ても本物。惜しくも色の定着技術を隠したままだったので、今では滅びてしまった技術。凄いです、本当に。
他にも凄い職人はいる。

自在昆虫置物 高瀬好山  同時代人。自在と言うのは手足の関節が本物のように可動すること。以前科学博物館でも見たが、この技術はかなり古くからあるのだった。

色ガラス棒虫籠08081701.jpg
これはもう今回の展示物中でもわたしのベストの一つに選びたい。凄くきれいで涼やか。見るからにいい感じ。

 涼のうつわ
古染付と薩摩切子が色々出ている。見るだけで涼しいのだが、手に取るともしかして、水温を感じるくらいの涼しさがあるかもしれない。
わたしはコバルトの含有量は多い方が好きなので、ちょっとこの系統とは縁がないが、それでも涼しさと言うことを考えれば、こちらの方が相応しいだろう。ぼっぺんまであった。

.夕暮の章
夕立と夕涼み

寒泉浴図 喜多川歌麿  これは珍しいような背中からのヌードで、顔は見えない。表からのもさぞや、と思うが構図そのものにハッとなる。わ印ではなく市井風俗画。と一応書いておこう。
しかしまぁ他に見たことのないような構図だった。
春画より却ってこういう構図にときめくお客が多かったろうなぁ・・・

両国川開図 歌川国貞  行き交う舟の女たち。遊楽気分が湧いてくる。一度くらい両国の花火を見てみたいと思っている。隅田川を行く屋形船では遊んでいるが、あれも楽しいものだった。

.夜の章
 夏夜の楽しみ―舟遊び、花火、蛍狩

鵜飼図 円山応挙  鵜飼いといえば蕪村か玉堂というイメージがある。この川は応挙の故郷・亀岡の保津川か、その終点の嵐峡か。薄い墨の使い方が涼しくていい感じだった。
 
蛍蒔絵茶器 柴田是真  是真の蛍をモティーフにした作品は、逸翁にもある。グラスに蛍が止まっている構図。蛍の蒔絵は他にも色々見ているが、やっぱり是真の構図は一味違うように思った。

蚊帳美人喫煙図  これもたばこと塩の博物館で見ている。芝居や浮世絵に親しんでいるから蚊帳をどう吊るかはなんとなくわかるが、実際のところ使ったことがない。むかしむかし家にあったそうだが、いつの間に消えたのだろう。わたしもこの女のように蚊帳でくつろぎたいが、あいにくタバコを吸わないので、絵にもならないのだった。

かなり楽しめたが、さすがにぐったりした。「立て、立つんだジョー」と独り言を呟きつつ、ソファから立ったのが、丁度閉館5分前だった。
わたしみたいなムチャクチャなことをせずともよい方々は、ゆっくりとお楽しみください。既に後期が始まり、9/15まで続いている。(NIPPONの猛夏はまだまだ続きそうだが)

小袖 江戸のオートクチュール

サントリー美術館では『小袖 松坂屋染織参考館の名品』展が開催されている。
小袖は桃山以降、江戸時代末の400年ほどの間に様々な図柄を生み出した。
個人的嗜好から言えば、寛文小袖と元禄小袖がいちばん好ましい。
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松坂屋の染織参考館は祇園祭の山鉾町にある。
だから宵宵宵山の屏風祭の日などに誰が袖屏風や鎧などを見せてくれる。
普段は「松坂屋京都配送センター」の看板が掛かった町家で、いかにも京都らしい感じがする。
そこにこんなに凄いコレクションがあるとは本当に知らなかった。
考えたらわかることなのに、考えもしなかった。
だから今、このコレクションに出会えて嬉しくて仕方ない。

季節や着用の場面に合わせて選ばれた小袖の意匠には、花や草木、風景の表現が多く見られ、自然の情緒を大切にする日本人の季節感が豊かに表出されています。また、身辺を飾る多彩な調度や器物を斬新な意匠へと昇華させるとともに、和歌や物語などの古典文芸を思い起こされる意匠を表すなど、小袖における独創的な表現からは背景となる日本の文化がうかがえます。
そう、昔の日本人には本当に和の心があった。無茶はしない、自然とともにある。

300点もあるので、一枚くらい自分が欲しくて仕方ないもの・着たいもの・似あいそうなものもみつかるだろう。
そんな欲望の目で見るのも一興だと思う。

これまで観て来た主な「小袖」展のことを思い出す。
1994小袖屏風 京都文化博物館 
1995小袖名品 カネボウ繊維美術館
1999江戸モード・小袖文様に見る美の系譜  歴博
1999花洛のモード 着物の美 京都国立博物館
2005千総コレクション 京の優雅 ?小袖と屏風? 京都文化博物館
2007丸紅コレクション 小袖・能衣裳・裂  京都文化博物館
この他にも高島屋史料館などで色々見せてもらっている。
そこへこのサントリーでの展覧会が加わる。

どの展覧会も本当によかった。
傷みやすい昔の着物をよく守り、本当に見事な展示を見せてくれる。
好きな一点がすぐに思い浮かぶ。

今回の展示換えリストも立派だった。
名称・地質・地色も書いてくれているから、実物と比較しながら見て回れる。
しかしそれでも小袖につけられた名前は便宜上のものに過ぎず、実際のところ名前を書いても実物を想像できるかどうか、定かではない。
漢字の連なりを見たら堅苦しそうなイメージが湧くのだが、実際には煌びやかな雅さがあったり、洒脱だったりする。

これまで見て来た小袖の中で「これが好き!」というものは大体決まっている。
自分の嗜好はよくわかっている。
派手な柄で肩の辺りに大きな文様が入るのがいい。しかも黒地でぱーーーっとしたのがいい。出来たら揚羽柄なんか最高ですね。絞りが入るとなおいい。

チラシに使われた二点もたいへん良い。特に左上のはいい。東博や京博にもよいのがあるが、大体がこういうパターンのものに惹かれる。
うちの親は若い頃から江戸小紋が好きだと言うが、わたしは友禅も好きだし、絹より絖(ぬめ)にときめいたり。銘仙も母は好きらしいが、わたしは違うな。

そんなことを思いながら延々と眺めて廻る。楽しくて仕方ない。
絹の海に溺れそうだ。
自分が着ること・誰かが着ていたことを思いながら見て回る。
小袖が花ならわたしは蝶か蜂のようなものだ。ああ、引き寄せられる。
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辻が花を見るのもいいが、辻が花で面白いのは、小袖が変形して敷物になったり、掛け軸に使われたりしているのを見たりするときでもある。
桃山の辻が花は高貴な階級の男女に好まれた分、お寺への寄進にも使われて、本来の形から変わってゆく。
丸紅が所蔵する中で、淀殿着用という伝承を持つ小袖も、打ち敷きに変えられていた。それを復元したのは凄い技術だと感心する。
ここにも元の小袖と、それと同じ染めであるが残欠になったものが展示されていて、なかなか興味深かった。
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辻が花の技法は一旦途切れて、近代になってから復活したと聞くが、そのあたりのエピソードも面白い。
今回、蝶をあしらった辻が花を見つけた。かわいいなぁ?♪
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以前友人が辻が花の工房に行き、そこで自分の見聞したことを教えてくれたが、やっぱり手仕事と言うのは大変やなーと思うばかりだった。
無論辻が花だけではなく、全ての手仕事は大変なのだ。
そんな苦労を土台にして生まれてきた美しい小袖を機嫌よく見て回れるのは、やっぱり幸せですね。
あれがどう・これがあれや、というのは自分の心の内に留め置いて、ただただ楽しんだ。

わたしは始めに書いたように、寛文小袖や元禄頃の小袖が好きだ。
こういう感じのが最高。mir779-1.jpg
だから個人的嗜好だが、江戸も半ばに入り絵柄が全体に調和するように入り込み始めると、少し面白味が薄れるように思う。
しかしながら、江戸の粋(イキ)も上方の粋(スイ)も、一部が目立つ派手さを好まなくなっていた。
時代に沿った小袖しか生まれなくなってくるのは、仕方がない。
面白いのは流水に花散らしなどだが、そこに金糸で古歌が縫い取られていたりするのが、楽しい。
百花繚乱も均等な花の配置になる。そのくせ肩辺りに鶴が飛んでたり。

総絞りと言う贅沢なものもある。
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紫に菱文菊模様が松坂屋、松に敷き瓦文様が京博。どちらも似たパターンなので、同時代で同じ工房の作品かもしれない。

尾形兄弟の家業は雁金屋という屋号の呉服屋さんだったから、着物の図案帖であるひいな形を残している。
それは大阪市立美術館に所蔵されているので、これまでにも見ているが、改めて実物と図案との違いなどを知ることが出来、興味がつきない。
実際何枚か光琳デザインの小袖も見ているが、ステキだった。
光琳は空間プロデューサーとしても敏腕だったようで、プロデュースを頼まれた婦人のために、衝撃的なデザインをしたそうだ。
そんなことを思いながら見て回るのも本当に楽しい。

この菊柄は歴博にも同じものがあった。mir776-2.jpg
そういう発見をするのも楽しくて仕方ない。

近世風俗画と浮世絵を、衣服の差異から見て行くのも結構好きで、色んなことを考える。
大体において、近世風俗画に現れる人物たちの小袖は大方が好ましく、浮世絵の着物ではやっぱり幕末の絵師のそれがいい。
国貞ゑがく女の衣服など、わくわくする。現実にそれを着ていたかどうかは、別としても。

チラシのもう一枚の着物、燕柄もかわいい。他でも燕柄を見ているから、やはり嗜好はどこも似ているのだろう。mir779.jpgツバメも飛び交うものだけではなく、濡れ燕という趣向がある。それは歌舞伎『鞘当』で名古屋山三郎の着ていたもので、そこから町方に広まったりした。
役者はファッションリーダーだったのだ、今も昔も。

展覧会の一角に岡田三郎助のコーナーがあった。
彼のファンたるわたしは喜んでその前に出る。
三郎助の描く女は、多くがいい感じの着物を着ているが、これは想像の産物ではなく、実際の着物コレクションからの選択だったのだ。
現代の中山忠彦がクラシックドレスをコレクションし、奥さんがそれを身につけてモデルとなるのと同じに、三郎助も気に入った着物を、美人と誉れ高い八千代夫人に着せて、それを描くこともあったのだ。
三郎助と八千代夫人の徒然話は鏡花も書いているが、どれもこれも面白い。個性の強そうな夫人では着物がしばしば負けることもあるだろう。
今、目の前にある絵画でもそんな雰囲気がある。


小袖は人を必要とするのか。
そんなことまで考えるほど、ここにある小袖たちの独立した美に感銘を受けている。
着られずとも優美な存在であり続ける・・・。
着るものと言う本来の存在の意味から逸脱してしまっているか。

観て歩くと目も肥えてくる。技法の多様さにも目が向く。
これは本当にいい展覧会だ。
明るい嬉しさがこみ上げてくる。

売店は会場内に特設されていて、いつものショップでは販売されていない商品が多い。
絵葉書を数葉買うと、松坂屋のロゴのある小さな紙袋に包まれていた。
なんとなくそのことも面白かった。
展示換えは三期にわたるようなので、全部ご覧になる方は、お気をつけください。

江戸文化爛熟期の浮世絵

礫川美術館で「江戸文化爛熟期の浮世絵」を見に行く。
浮世絵で一番好きなのは、その爛熟期の作品だ。
子供の頃から広重に親しんでいたのもあるが、最初に好きになったのは国貞だった。
それから国芳に強烈に惹かれ、その一門にも気合が入った。
清方も国芳の系統と言うのが、考えたら凄いことだ。
大体なんでも文化の爛熟と言うものが好きなのだ。揺籃期より爛熟期から衰退期・・・

国芳 平知盛亡霊の図  源平盛衰記にもあるが、義経が大物浦から船出しようとして失敗する話、ここに知盛と平家一門の亡霊が現れると言うのが、大昔からよく画題になった。近代では前田青邨がしばしば描いている。『知盛幻生』など。
滅ぶものに惹かれるのは、日本人の特性だった。
既に滅んだもの―新中納言、これより滅び行くもの―九郎判官。
ここでは角の生えた鬼風の知盛がいて、刀に憑りつく霊もいる。薄い青色は死者の色である。それが額にべったりと配色されている。
義経を描く浮世絵の多くは、彼の死を描かない。彼の敗走で終わっている。
この大物浦から始まる敗走劇の終焉を、昔の客は喜ばなかったのかもしれない。

国貞 佐藤与茂七 尾上菊五郎  天保年間の絵だから三世だと思う。この三代目は鶴屋南北のお化け芝居で大活躍したそうで、今日まで残る色んな型や工夫を生み出した名優。
与茂七はむろん「四谷怪談」のキャラなので、そんなことを考えながらこの役者絵を見ると嬉しくなる。与茂七はいい役なのでキリッとしている。(与茂七とお岩さんの二役をすることが音羽屋には多い)
わたしが歌舞伎と浮世絵が好きになったのは、怖いけれどこの「四谷怪談」からなのだ。

国貞 見立て大磯の虎 瀬川菊之丞  見立てだから、本当に彼が大磯の虎を演じたかどうかは知らない。虎の身なりをした凄艶な女形の手には「美艶仙女香」がある。化粧品の宣伝浮世絵でもある。昔はこんなタイアップが普通だった。

国安 通俗水滸伝豪傑百八人之壱人 扇屋内花ぞの  これも見立て絵。扇屋の花ぞのという花魁の裾にトラネコが噛み付いているので、花魁は手を振り上げてコラッ。
つまりこれは虎退治の武松の見立て絵。こういうのも面白い。

国丸 化粧を落す美人  バックに役者の紋がいっぱいデザインされていて、それがなかなかかっこいい。おしゃれ。紋もこうした使われ方をするとかっこいいものだ。

英泉 雲竜打掛の花魁  花魁とかむろだが、二人とも英泉らしい短躯。この短さがなんとも言えず色っぽくもある。ナマナマしさが。

国芳 菊慈童  全くの初見。明治初から戦前まで日本画家は菊慈童の名品を多く描いたが、浮世絵で見たのは初めて。黒目がちの美少女風。菊の花々と川の流れのその中に静かに菊慈童は佇んでいる。頬杖を衝いて艶かしく。ざんばら髪が綺麗だった。

国貞 新撰早替わり地紙  菊五郎の着せ替えヅラセット。扇形になっていて、6段ギアで、天竺徳兵衛・早野勘平・お祭佐七・大星由良之助・桜丸・元の菊五郎がある。楽しいよ。ちゃんと菊五郎格子の着物を着ている。

広重 浅草観音千二百年開帳雷神門外之躰  遠景に桜が満開の奥山が見える。赤色が目立つ。手前には茶店がある。遠近法は手前をリアルに、背景を書割に見せてくれる。
藤村の羊羹の札のついた荷を担ぐ男は多分、団十郎(目が大きいから)、おもちゃ屋、元祖七味飴は大和屋。傘に秀の字。坂東秀山かと思う。

ガラスケースの中には本があった。気軽に読める唐詩選は北斎の挿絵がある。
一方、タイトルは『百鬼夜行』だが、中身はどうやら花魁総見みたいなのが、国貞。
『開談夜之殿』かいだん・よるのとの・・・どう読んでもエロ小説らしい。おその六三郎のいちゃつく絵もある。それで一枚実に艶な女が描かれていた。
女の閉じた睫毛の長さ、鉄漿に舌・・・やっぱり国貞の描く女は艶かしい。
「ウンスントうめく声おそろ猪」ふふふ、巧いね。

画像は一件も見つけられなかったので、わたしのええ加減な文で「およっ」と思った方は後楽園の礫川へGO!
ここのコレクションは個人の嗜好で集められているから、ちょっと楽しすぎるものが多くて、なかなか面白いのだった。8/24まで。

フェルメール展

本当は8/10の朝一番に向うはずだったが、コロー、対決と見た後で道なりに都美に入ってしまった。
フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち。
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「対決」よりは空いていたが、それは展覧会が始まり日がまだ浅いからか。
二階にフェルメールが集まっているそうだが、やっぱり流されるまま一階から見て回った。
昨秋ミルクメイドが来て、それで初めてフェルメールの描く「光」に目が開いた。
数年前大阪に青ターバンの少女が来たが、それよりはミルクメイドがいい。そして今回は7点も来るというのでびっくりした。
一階にはデルフトの巨匠たちの絵が並ぶ。
ネーデルラントは新教の国だから教会の内部構造も旧教のそれとは違うはずだ。
それを楽しみに建物の絵を見る。

ヘラルト・ハウクヘースト デルフト新教会の廻廊  白い柱が並ぶ。列柱の美と迫力に惹かれた。やはり教会建築にはこうした美が必要だ。
現実の写真をラストに見たが、やはり真白の列柱だった。
ここにはウィレム沈黙公の廟墓もあるらしい。こうした絵は建造物の記録としても、わたしにはとても興味深いのだった。

ヘンドリック・ファン・フリート オルガン・ロフトの下から見たデルフト新教会の内部
こちらも当然ながら白い列柱が見える。
しかし同じところから見た「旧教会の内部」にも白い列柱がある。そしてここでは、何をしているのかわからない人々がいる。地図を見て指差しているのか、それとも西洋コックリさんをするのかわからない人々。

カレル・ファブリティウス 楽器商のいるデルフトの眺望
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これは絵と対面の壁になにやら仕掛けものがあり、それを覗くとこの絵が眼鏡絵というのかそんな種類だと知る。
で、改めて本物をもう一度みたが、そんな大仕掛けではないように思った。
仕掛け物が好きなので、この程度では喜べないのか、わたし?

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街の一隅にこんな場所があると、ついついそこに行きたくなる。しかしそこには歩哨がいて、見張っているのか居眠っているのかわからぬが、どちらにしろそこに先にいる。黒犬が可愛い。蓄音機はないが、そんなタイプの犬に見えた。

去年のオランダ風俗画でもそうだが、犬や猫のいる風景画がとても多いように思う。

ピーテル・デ・ホーホ 幼児に授乳する女と子供と犬  この室内を見て妙な懐かしさを覚えた。
祖母がいた頃の台所にはこの暗さがあった。荒神さんが飾られ御札が貼られていた。
ここに大皿が置かれていて、なにかアーチ型のボックスも見えるが、懐かしい暗さは共通する。
奥にいる子供はあまり可愛くないが、この空間に行きたいような気がした。
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デ・ホーホは『女主人への支払い』を二枚ばかり描いている。オランダの風俗を知らぬから、この意味を深くは読み取れない。

窓辺で手紙を読む女  中流階級の女なのか、いい感じの部屋にいる。テーブルに掛かる布地もステキだし、なによりその窓のグリッドも細工が綺麗だ。17世紀オランダの家具を見ることも出来る絵。

いよいよフェルメールとご対面である。
7枚も来るのは空前らしい。絶後になるかどうかは知らない。
意外と見やすくなっていた。ミルクメイドのような厳戒態勢ではない。
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マルタとマリアの家のキリスト  この画題そのものには色々言いたいことがあるが、別にそれはフェルメールの主義思想とは別問題かもしれないので、省く。
中庸たることへの諌め、か。
キリストの青衣、白いテーブルクロス、マリアの赤ブラウス・・・見事な色の対比が目を惹いた。この画題ではマルタは気の毒な立場なので、背景色と変わらないような地味な色の上着に、くすんだ白しか与えられない。光は手前にしか当たらない。マリアの髪と頬杖をつく右手とが光る。

ディアナとニンフたち  際立った個性のない女たち。オレンジ、黄土色、赤い袖が並ぶが、色は対立することなく馴染みあっているように見える。
ディアナの足を洗う女の茶色い衣服の肩が光って見える。そこだけがまるでシルクのように。背を向けた一人を除き、全員がディアナの足をみつめる。
左端で控える斑柄のわんこがいい感じ。

小路  これは今でも絶対にあるだろう、と言う気がした。描かれていない部分には衛星放送のアンテナが立っているだろうが。当然ながら煉瓦はオランダ積み。一段一段を確認することは出来ないが、嬉しい気分になった。わたしは市中の建物が好きなのだ。

リュートを調弦する女  なんとなく女の表情が不穏に見えた。丸いおでこに光が当たる。
テーブルのレースが古い。きっとどこかがほつれているに違いない。

ワイングラスを持つ娘  慣れ慣れしく近づく男、距離を取れないほどに入り込まれている。赤・・・というより朱色、ヴァーミリオンと言うべきか、その色。色鉛筆には赤の代わりに何故かこの色ばかりがよく残っていた。
ドレスの娘はちょっとわたしにはわからない表情を浮かべている。困惑で苦笑しているのか、それとも邪悪な愛想笑いをしているのか、にんまりしているのか。
こういうときにわたしは表情を測りかねるのだった。
それにしても窓の色ガラスが綺麗。

ヴァージナルの前に座る若い女  この絵が真作だと認められるまでのドラマティックな実話が、配布されていた新聞の特刷に書かれていた。
黄色いショールを見ていて思ったが、フェルメールは無地の衣服を好んだのか、柄物は見ないような気がする。しかしテーブルクロスなどはなかなか凝った織物だったり、綺麗な図柄を見せてもいる。同時代の他の画家の絵と比較すると、どちらの方が多いのだろうか。
この娘の髪型、なんとなく親しみがある。

手紙を書く婦人と召使  色ガラスから差し込む光で手紙を書いている。白い髪包み、うなじ、右袖に光が当たる。テーブルクロスの豪奢な織物と布張りの椅子と、市松柄の床。
床の白い板は大理石だろうか。
背後にはモーゼが拾われたときの情景の絵が掛けられている。
オランダの裕福な婦人は、一体誰に手紙を書くのか。
ブリューゲルあたりで、オランダのことわざを絵画化して一枚の画面に鏤めた作品があるが、なかなか楽しいお国柄だから、ここにもちょっと想像の余地があるだろう。
召使がにんまりとわけ知り顔なのも、にくめない。

対面の壁に絵の見どころが解説されていた。いいことだと思う。
そして別なフロアでは壁一面に世界中のフェルメール作品のパネルが貼られ、それも面白く思えた。なにしろこういうのを見ると、『ハンニバル』のラストを連想するのだ。
世界中のフェルメール作品を見ようと旅に出たバーニーが諦めた一枚のことを・・・

バウルス 中庭の女  中庭で働く女がいる。赤い布にハッとなる。柵にかかっている。
その絶妙なバランスがよかった。

フレル 子供と本を読む女のいる室内  おっネコ発見!茶色い大きなネコが小椅子でくつろいでいる。こういうのを見ると和むな?。オランダの絵画には犬だけでなく猫も多く出るのが嬉しい。

デル・ブルフ 士官と女  犬がいてくんくんしている。壁紙が素敵。

フェルコリエ 使者  恋人たちのもとへ「使者」が来る。男は去らねばならない。壁には恋人の死を暗示する「アドニス」の絵が掛けられている。ポインター犬は静か。
使者はふわふわした金髪の若い男だった。

楽器を持つ優雅な男女  あの「使者」らしき男と、残された恋人らしき女がいる。黄色い服が目を惹く。手を握り合う。ここにも犬はいる。

ウィッテ ヴァージナルを弾く女  タイトルどおりの女がいるが、彼女だけではない。彼女の左にはベッドがあり、そこに男がいる。そして奥の部屋では女が掃除をしている。
この絵が世に現れたとき、依頼主はどんな顔をしたろう。それを思うことも楽しい。

デ・マン カード遊びをする人々  女はこちらを向いている。男はその女をじっとみつめる。視る・視られる関係を観る。『ブリキの太鼓』の男と女を思い出した。

四百年前のオランダの人々や町の様子にときめいて、会場を後にした。
12月まで続く長い展覧会。どれほどの人がここへ来て、何を思うのだろうか・・・

「対決―巨匠たちの日本美術」を楽しむ

東博に行った。
『対決―巨匠たちの日本美術』 見に行く人々、多いなぁ・・・と東洋館のベンチから眺める。
最近東博の特別展はどれもこれも大入満員の大繁盛なので、並ぶのはイヤやなとか思いつつ、平成館に入る。まぁ混んでるけど好きなものをじっくり眺めるのに無理はなかった。

元々あんまり対決と言うのも、勝ち負けと言うのも関心がないので、これがスキあれがイイくらいの軽いキモチで眺めて廻る。まぁいつものことか。
でもこういう企画、面白いね。一挙に書くので長くなってます。

コロー 光と追憶の変奏曲

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いよいよコロー展も今月末で上野から去り、神戸へ移る。
そのコロー展に行く。有終の美を飾るのかどうか知らないが、お客さんも多いし皆さんニコニコしている。
コローは昔々から日本の老若男女に愛されている。「コロ」と表記されていた頃から人気だったが、近年はコローの田園風景より人物画に評価が高くなっているようだ。
わたしも人物画がいい。というより田園風景にあんまり関心がないのですよ。
それで気に入ったものだけジーッと眺め、ニガテな田園は軽く眺め・・・ということにならないのが、さすがにコロー。
人混みの中でなんだかんだ言っても一点一点じっくり眺めましたのさ。

<初期の作品とイタリア>
コローの描いたイタリアの風景は二百年近い前の風景なのだが、不思議とそんな遠い過去の景にも見えない。
イタリアの風土がそうさせるのか、それともコローの絵に近代性の明るさがあるからなのか。
特に気に入ったのは『ヴィラ・メディチの噴水』だが、この絵の隣にはドニの同じものを描いた絵が並んでいた。コローから80年後の絵。こういう試みはなかなか面白いが、実はわたしはコローには申し訳ないが、近代のドニに惹かれるのだった。

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この少年が可愛いなぁと思ったら、構図のバランスをとるために後から描き加えた少年だったそうだ。
わたしが「コローの人物画」に惹かれるのは、一枚絵のそれではなく、風景の中にいる人物なのだ。

<フランス各地の田園風景とアトリエでの制作>
フォンテーヌブローやヴィル=ダヴレーという地名を知ったのは、コローやミレー辺りのおかげなのだが、ヴィル=ダヴレーじたいは往年の名画『シベールの日曜日』で見知った。
だから今でもわたしにとって画家の描くヴィル=ダヴレーはシベールとポールのいた森と言うイメージがある。

ホメロスと牧人たち  ホメロスの話を聞く三人の少年たちが可愛い。体の線は柔らかで、撫でるときっと若い脂を指の腹に感じるだろう。
ホメロスと言うよりどことなくプラトンを思い出す構図だった。

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可愛い、可愛いとしか言いようがない。日本の美術館でコローを多く持つといえば村内美術館と山梨県立美術館と山形後藤美術館、東京富士美術館などだが、これはその村内コレクション。こうした作品を所蔵するのを知っては、やはり行かねばなるまいと決意が湧いて来るものだ。山羊の無邪気さが本当に可愛い。

<パノラマ風景と遠近法的風景>
ちょっと見ただけでもドランやシスレーが目に入る。百年の歳月を少し考えたが、コローにはあまりそうした差異は関係ないのかもしれない。
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ドゥエの鐘楼  卵色の壁などや白い雲を見ると、昼間なのだと感じられた。手前に少し大きな窓があり、画面奥に長く延びる時計台でもある鐘楼が見える。
道行く人々は小さく描かれている。視覚、というものをよく考えてある作品。

その隣にはシスレーの『アルジャントゥイユの大通り』が並ぶ。一年違いの作品。
近代の町並みという感じがある。薄紫の雲の表現がいい。けれど二枚並べると、老大家も中堅もそんなに大きな差を持たないように思えた。

<樹木のカーテン、舞台の幕>
このコーナーでは実はコロー以外の絵にばかり気を取られてしまった。それはやはり好きな画家の絵があったからだと思う。
モネ『木の間越しの春』、ピサロ『夏の木蔭の小路』などが特に良かった。春のよさ・夏の楽しさをあからさまに見せてくれているようで、見ていてとても気持ちよかった。
コローの作品には特に何も感じなかった。
しかし実はそれこそが、コローの素晴らしさだという証明でもある。
描かれた森の中に、わたしはいる。
特に目を惹いたのはそれだけが周囲と違うから―――。
つまりコローの描いた森の中にいるからこそ、他の絵に気づくのだった。

<ミューズとニンフたち、そして音楽>
個人的にはこのコーナーが一番わたしの好みに合う。
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鎌を手にする収穫の女  ちょっと不思議な感じがあった。衣服から大きくのぞく左肩の肌色、その石膏のような白さと青さを潜ませた雲と、向うで働く人々と。
音のない世界。女の口が少し開いている。何か言うのか、笑うのかはわからない。
黒目がはっきりとこちらを見ているのに、とても遠い。
手を伸ばしても決して届かない距離がそこにある。

本を読む花冠の女、あるいはウェルギリウスのミューズ  今回、青いドレスの女が二人ばかり展示されている。チラシにも選ばれている当世風ドレスをまとった『青い服の婦人』と、こちらと。
この古代の女神のドレスにも惹かれた。シンプルで、そしてとても触り心地のよさそうな衣服。裾から除く白い足先。
「背伸びして ミューズのあしを くすぐらん」 
こんな俳句もあるが、わたしはその白い爪先をゆっくり踏んでみたい気がした。

ルイーズ・オディアの肖像  しっかりした顔立ちの、欧州にしかいない感じの婦人。どことなく、さいとうたかをの描くイギリス婦人を思い出したが、きっとそれは鼻の形なのだ、と思った。

若い娘の肖像が数点あるが、どれもとても柔らかで優しい作品だった。身づくろいをしたり、物思いに耽ったりしている。何気ない仕種の一瞬を捉えられ、それが永遠を生きる。
彼女たちは皆、頬の肉の実感を掌に感じさせてくれるような娘ばかりだった。
髪を指で梳く娘には、ムンクの『思春期』の少女と同じような不安ささえ感じられた。ただし神経症的な不安ではなく、漠然たる心配。
かつてわたしもこんな表情を人に見られていたのだろうか。

真珠の女  チラシに選ばれているひと。わたしは彼女の細く白い指に惹かれた。白い額でも、薄いばら色の唇でもなく、優しい胸元や静かなまなざしでもなくに。
上に置かれた左手の優美さに惹かれ、そこばかりをじっ とみつめた。指輪、第二関節、爪。手首の影にも惹かれ、その手ばかりに意識が残った。

マンドリンを手に夢想する女  白い胸元が綺麗だと思う。こんなブラウス、着る当てはないが、何故か惹かれる。彼女が何を夢想するかはわからない。彼女を見るわたしが何を想っているかも、彼女にはわからない。
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ジョルジュ・ブラックもこの絵にインスパイアされた絵を描いている。 
塗り方がステキだと思う一方で、あのブラックが?と不思議に思う。

エデ  どんな物語が背景にあるのかはわからない。
どこを見ているかもわからない女。長い上着や頭飾りからそれを探ろうとするが無駄な気がした。コローの女たち、視線をこちらに向けていない方に、惹かれる。

水浴するディアナ  綺麗な裸婦。膝が少し赤いことにも惹かれる。綺麗な身体、綺麗な彩色。

同じく神話からもう一人呼び出されている。
傷ついたエウリュディケ  この傷から彼女は地獄へ流され、挙句は二度にわたる別離の悲しみを味わうことになるのだった。そのことを思いながら絵を見ると、彼女のあまりに無防備な姿に、小さな痛みを覚えた。

芝生に横たわるアルジェの娘と、マティスのオダリスクを眺める。
どちらもとても好きなのだが、この二つの作品の間には50年の歳月があることにも気づく。
コローのアルジェの娘には実感があり、マティスのオダリスクには憧れによる夢想がある。

今回残念ながら東京富士美術館の『ユーディット』が出なかった。わたしはコローの描く人物のうちでも殊に彼女が好きなのだが。


不思議な技法の版画も眺め、少しばかりおっとりした気分になって、最後の<想い出と変奏>を楽しんだが、ここでは個々の感想を書くことはもういらないと思った。
優しい気持ちで森の中を散策する。小川や池があり、木々が風に揺れている。
それだけで幸せになる。
田園風景がニガテだとはいえ、コローをここまで見て回ると、自然といい気持ちになっていた。

嬉しい限りだった。

8月の首都圏ハイカイ

例によって夏の首都圏をハイカイしました。
来てみて感じたのは、「関西よりマシやん、暑いの」・・・というコワイことです。
暑いのは暑いけど、関西の暑さは湿気が多いから、よけいひどいと言う感じ。
さてその暑い中、上野に到着。展覧会の詳細はそれぞれ後日あげます。
実は今回、見た展覧会のほぼ全てが、ご招待チケットでした。
奇特な方々からいただいたありがたいチケットで、ハイカイしたのでした。
ありがとうございます。

道なりに歩くから、まず西洋美術館。コローさん。人気あるなぁ。
そこから東博で対決を見たけど、グッズがけっこう高値なのでサヨナラ。
で、弥生美術館へ歩こうと思ったけど先に都美に入ることにした。
いろんな方のブログで二階のフェルメールから見よ、と教えを受けていたはずが、これまた道なりに見て回ったのよね。混んでたけどメチャ混みと言うわけでもないから、まぁまぁ機嫌よく見て回れた。
なんかフェルメール作品しか絵葉書なかったような気がする。

暑い日の下を歩くと、一年前を思い出す。
去年の夏も上野から弥生へ向かったけど、ちょっと荷物が重すぎて体調不良になったのだった。
あれから一年とは早いものよの・・・
さて弥生で少女のイコンとして、ロマンティックな挿絵などを見る。ときめくなぁ。
そこからまた歩く。東大の構内を歩くけど、クラクラするな。でもそれでも木々が並ぶから日差しが遮られて、マシ。三四郎池、初めて見た。水に惹かれるけど時間がないんだな。

本郷3丁目の近江屋洋菓子店でぐったり。おいしくパンやボルシチ、西瓜ジュースなどをいただく。
復活??。実はわたしの今日のお昼は東博のベンチで、持ち込みのうどんとモモだったのよ。
とにかく中途半端な時間に近江屋で色々いただいたから、これが後の幸いになることを期待しよう。

そこから礫川で浮世絵を見たが、初見が色々あり、嬉しかった。
さて一旦ホテルで荷物を置いてから、今度はサントリーへ向かう。
小袖の展覧会、松坂屋のコレクションだから、会場内売店は松坂屋の領域になっていた。
次に三井へ行った。8/10までは8時閉館なので助かる。
しかしさすがに13時間に亙って動いたりなんだらかんだらしたので疲れている。
明日も同じか、と誰も恨むわけにもゆかず、ホテルへ帰るが、オリンピックの開会式が長すぎて、途中で寝てしまう。

翌朝はやっぱり早く出かける。御茶ノ水でホリデーパス買うて、鎌倉へ。
暑いな、本当。清方記念館の近所に可愛い紫の花が咲いているのを見たけど、名前はわからない。記念館の人もわざわざ見にいってくれたけど、わからないまま。
ナゾの花。IMGP4764.jpg

鎌倉大谷へ行くのはやめて、そのまま横浜へ出る。
横浜駅に行くと必ず崎陽軒に入る。
ここで重めのランチを食べたが、海老と野菜の柚子塩炒めがおいしすぎる。嬉しいわ。
神奈川歴史博物館を見ただけで横浜を去るのは勿体無いけど、仕方ない。
なんせ八王子行きの快速に乗らねばならぬ。
桜木町で待ち合わせのに巧く乗れた。
この線では必ず寝てしまうので、風景を見たことがない。町田では起きるがすぐに寝る。
さて八王子。夢美術館に行くが、これが今回ツアー唯一、その場でお金払った展覧会。
帰りのバスは京王だったけど、愛想悪いのと運賃体系が違うので、もう一つのバスに乗るほうがカシコイ。

西国分寺から南浦和へ。そこから北浦和の埼玉近代美術館の閉館までおり、隣のうらわ美術館の夜間開館に参加する。
楽しい気分で表に出ると、やたら浴衣の人を見るからハテナと思ってたら、うらわ競技場とやらで花火大会だったそうな。
大阪でも淀川の花火が開催されたが、今年は都内にいたからTVで中国の花火を見るしか出来なかったなー、残念。

さて最終日の日曜。この日は遅めに出てもいいから気楽。とは言えやっぱりあちこち行く予定あり。・・・けっこう涼しかった。昼の二時になるまでは、しのぎやすかった。
まず六本木一丁目に。
泉屋分館・ホテルオークラのアートコレクション・大倉集古館・菊池記念智美術館を巡った後、白金台に出る。庭園美術館。
一輪だけ咲いていた百合。IMGP4767.jpg
そこから出光に向かったけど、三田線とJRどちらがよかったか検証する必要性があるな、と思ったのでした。

出光から歩く。
銀座ハイカイ。IMGP4768.jpg交詢社のそばにもこんなビルがあったのね。
窓の意匠IMGP4771.jpgと玄関の蛸のレリーフIMGP4770.jpgがヴォーリズを思い出させるけど、調べたりナンダカンダするのは次回に廻す。アタマが動かなくなっている??

暑くなってきた時に限ってなんで歩くかなぁ、わたし。答)脳天ファイラーだから。
汐留の松下で村野藤吾展を見たが、関西の建築家なのでノスタルジィに溺れる。
早く帰ろうというキモチになるのさ。
新橋から羽田へ。会社の奴らへは東京バナナがお土産。

普段はタクシーで帰宅だけど、バスがあった。走りましたよ、わたし。
バスに乗るのに全力疾走するのは奈良以来。うう??わたし、まだ走れるのだなー。
でもバスは停留所が多いから、帰宅に時間がかかるかかる。節約は出来たけど時間のことを考えるといったいどうなのだろう・・・
まぁとりあえず夏の首都圏ハイカイツアーも無事に終わったのでした。
次は多分十月に出没する予定・・・

仕掛け絵本ふたたび

奈良市美術館で仕掛け絵本の展覧会を見たが、これがまた実に面白かった。
百年前のイギリスやドイツのものから現代のサブタのものまで。
去年のクリスマス頃、こうした仕掛け絵本の展覧会を見た。
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だから同じものもあったが、それでもどれを見ても面白かった。
大昔から絵本やアニメーションに独特の魅力があるチェコの国には多くの作家と多くの名品があり、どれもこれも素晴らしかった。よく知られた物語を仕掛け絵本として創っている。
イギリスのものはペーパードールハウスが大変よかった。こんなのを見ると自分でも作りたくて仕方なくなる。
それから迷路のような構造の公園もステキ。
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ドイツの動物園シリーズもとてもステキだったし、サーカスも見ていて飽きなかった。
本当にこうした仕掛け絵本は、何でこんなに面白いのだろう。

ドラキュラをモチーフにしたものもあり、ペン画の迫力があった。これってきっと棺桶からドラキュラが飛び出すのやわ・・・期待するなぁ。
見ていて面白いものだらけ。日本でも武部本一郎の金太郎があったようだし。
世界中に広がっているのを感じる。
中に一つ、バウハウスの教育を思わせるものがあった。
つまり紙を切り開き展開させることで、生み出される構造の美。
それを目の当たりにして、とても興味深く思えた。
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フランスには優美なものがあった。モネの庭、ヴェルサイユ宮殿の庭園などなど。
何を見ても、どれをみても本当に面白かった。絵も描けて空間把握も得意なら、わたしも作ってみたいとシミジミ思った。

奈良に出かけた日は誕生日だったので、帰りにいつもように東大阪のレジェールソルティに寄った。・・・ほんとうにおいしくて・・・ついつい。
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帰宅するとチビ猫が空の植木鉢にいた。
夜間撮影モードと普通モード。
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ちょっと面白かった。

奈良の煉瓦造りの建物

奈良には以前奈良ドリームランドという遊園地があった。
ここは日本で最初にディズニーランドのシンデレラ城を模した建物を拵えた遊園地だったが、本家本元が舞浜に鎮座ましましてからはどーも下降線を辿り、とうとう閉園の憂き目に遭ってしまった。
行ったことがないで何ともいえないが、わたしはテーマパークより遊園地が好きなので淋しい。そういえば倉敷のチボリ公園も閉園らしいけど。
さてそのドリームランド、奈良には実はもう一つあるのだ。いやそれどころか本家本元のシンデレラ城もびっくりの建物なのだが。
奈良少年刑務所。IMGP4728.jpg
門がなにやらシンデレラ城を思わせる。百年前の建立。
ジャズピアニスト・山下洋輔氏の祖父に当たる山下啓次郎の建てた傑作のひとつ。
二度目の訪問。建物探訪。

当然内部撮影は禁止。刑務官の方のご案内で内部を見せていただく。
前回は秋の終わりだったので、近所の般若寺のコスモスを見たりもしたが、今回は盛夏真っ盛りで、しかも遊びに行くわけではないから靴もサンダルはダメ・ノースリーブNGということで、ちょいと暑いナリででかけた。
煉瓦はイギリス積みの堅固なもの。放射線状の建物は百年前だからこそ可能だった構造。
細かいことは書けないが、たいへん魅力的な建物でもある。
1から5まで寮があり、二階建てで階下もすぐに覗ける。
罪を悔いるだけでなく職業訓練を受けることのできる施設。
散髪屋さんもあり、それは外部からのお客さんを受け入れていて、なかなか繁盛しているそうな。
学術名ギスカンがあった。ジンギスカンではない。ギス・監。つまりキリギリスの入るような形態の檻。今回特別のご好意で内部に入らせてもらうが・・・
これらの写真は撮れないが、実は絵はがきとして販売もされている。
以前購入しているので、今回はなし。ここでも挙げない。
とにかく詳述は避けるが、やっぱり色々考えてしまうのだ。

来月9/13、14に矯正展があり受刑者の拵えた製品の販売があるが、そのとき山下洋輔氏がコンサートをするそうだ。ただしそれは慰安のものではなく、一般市民対象のコンサート。
先着200名の無料コンサート。
これはポスターのうちから本館の写真をトリミング。
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前回は所長さんのお話を聞いたが、今回は現場の刑務官の方のお話。
内容は書けないが、色々と考えさせられた。
退場後、少し離れた地から門と本館の一部とが見えたので中途半端だが撮影する。
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個人での見学は出来ないと思う。
所属する建築探訪の会からの見学会だった。

とりあえず始まる新しいトシ。

いずれの御時にか、で始まるのは『源氏物語』だが、いくつになったのか、で始まるのは今日がわたしの誕生日だから。
会社の同期の同僚は大学も一緒で、始めから互いを見知っていたので、互いのカレイによる変化がわからない。人の出入りの少ない会社なので後輩も変わらないから、みんな時間の流れがよくわからない。肉付きはみんな最初から(たいへんに)よいので、これで実感するのも無理。
付き合う友人たちも独身が多くて、どうやらこのままらしいから、これまた変化なし。
考えたらわたしの日常と言うのは、案外静からしい。
甥っ子がいるけど、遠い信州住まいなので成長の実感もわからない。←まだ三歳半。
日常の小さな喜びを積み重ねることが、日々の幸せなのだけど、わたしにそれはあるのか?
ちょっと疑問な生活してるよな、と言うと「そんなけ遊んでてよく言うぜ」と呆れられた。
うーんうーんうーん。
とりあえず好きな歌と映像で作られたyoutubeを2本ばかり挙げることにする。
お気に入りに入れてないから、ここに挙げとけば見たいときにすぐ見れるな、とニヤ。
本当は好きな絵を色々集めるつもりだったけど、今日出歩きすぎてユトリがなくなりましたのさ。その内容は明日挙げます。
明日から十日まで首都圏潜伏ハイカイします。だからお返事とか遅れます。

谷山浩子『王国
すばらしい名曲に、きたのじゅんこの優美な絵が添えられているのが、とても綺麗。

一方『まもるくん』 
最初に聞いたとき、椅子からこけそうになった。
このどちらもが谷山さんから生み出された、そのこと自体がすごい。
全く様相の異なる二曲。二極化。わたしも二極化が好き。
新しい齢のわたしも、がんばろー。

文楽『国言詢音頭』を楽しむ

文楽公演『国言詢音頭』に行った。mir760.jpg
サマーレイトショーとして六時半から(金曜は七時)開演。だいたいサマーレイトショーは惨劇や怪談話が多いので、芝居でのそれらが好きなわたしは喜んで出かけた。
三業のうち昔は人形が好きだったが、近年は義太夫と三味線が好きで仕方ないので、席も床のすぐそば。語りに熱が入ると飛沫が飛んでくるのが見えるような位置。
つまり三味線のすぐ下辺りを指定した。
「見る」より「聞く」に重点を置いているので、その席でよいのだが、幸いわたしの視界は広いので左目は舞台の全てを見渡せた。

物語を簡単に記す。
新地の遊女・菊野に入れあげ、藩の公金に手をつけた薩摩藩士・初右衛門だが、その菊野が実は自分を毛嫌いしていて、間夫・仁三郎にあてた手紙の中で悪口雑言の限りを尽くしているのを知る。
更に自分のいるのを知らぬ菊野ら一行を乗せた舟が、自分を罵倒しながら笑いさざめき行過ぎるのに出遭う。(大川の段)
家来からも女を忘れて国許へ帰るよう懇願されていた初右衛門は、帰国前に世話になった店の皆にプレゼントを持ってくる。上物の反物などで皆は喜ぶが、菊野と仁三郎には文箱が手渡される。中にはあの手紙が入っていた。
謝る二人に豪快に笑いかける初右衛門。そのまま店を去る。
残された男女はグジグジしているが、そこへ仁三郎の許婚者が来たことで、菊野はライバルにその座を譲り、自分は独り寝に入る。
夜半、帰国の途についたはずの初右衛門が忍び込んでくる。玄関前で朱塗りの鞘を捨て、抜き身を提げたまま入り込む。
凄惨な五人斬りの後、初右衛門は雨の中を悠々と去って行く。(五人伐の段)

実話のドラマ化ということで、確かによくある話だけに、背中が寒いようなところがある。
大川の段は竹本津駒大夫・鶴澤寛治。
悪口を読み上げるところがかなりよかった。
「阿呆ぢゃ、今に腹切るか、首切られるかぢゃ」
手紙も舟も変わらず悪口雑言で、よくまぁそんなに書けたものよ、と変な感心がわいた。
何しろ通し狂言ではないので、前後の状況が多少わからないところがあるが、この田舎侍はそんなに女に嫌われるような男なのか。
遊女の菊野の他に仲居も加わり、皆で悪口の言い合いをしているのを聞くと、なんとなく納得もする。初右衛門はイケてないのだ。洗練されていない、それ自体が罪なのだ。
そんなのに限ってしつこい、という特性がまたまた女たちに嫌われる。
遊山舟の行過ぎる間、じっと耐えに耐える大きな男の身体が小刻みに震えているのが、よくわかった。

五人伐りの段。(中)竹本文字久大夫・鶴澤清友。
√蛍火に焦がれて身を焦がす・・・ 文字久大夫の綺麗な歌声から始まる。
三味線、ちょっときつくないですか。

文箱の中に何があるかも知らぬ男女はうじゃじゃけている。
「玉手箱なら一緒に老いましょう」などと他愛のない痴話を繰り返す。
それで中身にギョッとして、ヤバイぞということになってから、女の胆が強い。
あの初右衛門に切られてもいいようなことをいう。
(三味線、ちょっと気合入りすぎて元気良すぎることないですか。うんうんっと声が上がりすぎている・・・)
ここで心中の相談と言うのがよくわからない昔の人の考えなのだが、そこに女の弟が来て取りやめになり、更に男から無視されている許婚者の娘が来たりする。
通し狂言ではないので、この辺りの事情がよくわからないが、まぁ大体は想像できる。
「ととさんの手前、盃ごとさえしたら、一生尼でいる気」
そんな風に言われて哀れさが湧き、男の待つ二階にライバルを送り出す菊野。
着物を取り替え、暗くしているから自分と間違えて彼はあなたを・・・ということである。
そうして独り寝のところへ復讐鬼に化した初右衛門が来るのだ。

(切)竹本住大夫・野澤錦糸。胡弓・豊澤龍爾。
捕まえた女に怨みつらみを語る男。胡弓の哀切な音色が響く。
女を切り刻み、責め苛む男。住大夫が女の苦痛の声をリアルに語っていた。
「うう・・・ううっ・・・ううう・・・う・・・」
責め苛む間も胡弓の音色が流れている。
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・・・血に染む丹花の唇をねぶり廻して念落とし・・・
凄いこと言うてるな。
そうか、カネばっかり使うて、ほかは・・・・・・・・・・。

女の首を切り落とした後、唾棄する。
これを見て・聞いたとき、武智鐵二と八世坂東三津五郎の対談集『芸十夜』での一節を思い出した。
『鰻谷』で名人栄三の操る八郎兵衛の人形が唾棄したとき、顔色が変わって見えた、と言う話。
凄い技能があったのだなぁ・・・

その後の初右衛門は他の女の胴を二つ切りにしたり、悪者の男を殺したりなんだかんだで五人斬り殺してから、悠々と出てゆく。
住大夫の語りは最後までよかった。錦糸の三味線も耳から心に残っている。

門の外に出ると、本水を使っての雨が降り出す。天水桶で血を落としてから、傘差して去る。人形の背中には孤独さもヤケクソさもなく、満足感が漂っていた。
√山寺の春の夕暮れきてみれば 寒山寺 諸行無常 南無阿弥陀仏・・・
笑い続ける声が長らく耳に残り続けた。

久しぶりに文楽を楽しめてよかった。わたしは現実の殺伐とした話は嫌いだが、歌舞伎や文楽ではこうした『残酷の美』に強く惹かれるのだった。

mir762.jpg毎回、桐竹勘十郎の原画による芝居のハンコが置かれている。
いつも楽しみに押している。

赤塚不二夫とソルジェニーツィンへの追悼

赤塚不二夫とソルジェニーツィンへの追悼

日を近くして二人の作家が亡くなっている。
赤塚不二夫は闘病の末に亡くなり、ソルジェニーツィンは89才で亡くなった。

赤塚不二夫の作品はわたしの場合、主に『おそ松くん』を読み、『天才バカボン』をTVで見る、と言う状況だった。
もう今は散逸してしまったが、下の叔父が『おそ松くん』『バカボン』を揃えていて、わたしはそれを読んで育った。
『バカボン』はあの不条理さと暴力性と実験性についてゆけなかった。
TVも最初のは見たが『元祖』は嫌いだった。
それから『もーれつア太郎』はけっこう好きで、特にデコッ八にナジミがあった。
つまり隣家の従妹が立派なでこのヌシで、わたしはママになった彼女を今でも「デコッ八」呼ばわりしているのだ。彼女の赤ん坊も立派なおでこなので、もう少ししたらそう呼ばわってやろうと腹積もりしている。

『おそ松くん』は『バカボン』ほどのカゲキなギャグはなく、安心して読んでいられた。
子供だったわたしは不条理な暴力とかわけのわからない状況と言うのが怖かったのだ。
今でも不条理な話は嫌いである。

『おそ松くん』のエピソードの中には時々人情話もあった。
後年、それらが映画や物語を下敷きにしたものだと知り、その元ネタを求めたりもした。
例えばイヤミが主演の物語がある。確か3巻に収録されていたか、『イヤミは一人風の中』というタイトルだったと思うが、話の概要はチャップリンの『街の灯』を下敷きにしているが、無論それだけではない。
今思い起こしてもせつない物語だった。舞台は江戸時代に置き換えられている。
カネもないのにキザなイヤミが盲目の花売りトト子ちゃんと知り合い、手術費を稼ごうと江戸城の金蔵を襲い、当然ながら囚われる。しかしトト子ちゃんはそのカネで目が見えるようになり、茶店で働きながらイヤミを待つ。そこへ釈放されたイヤミが立ち寄るが、彼女はこのうらぶれた男が彼だとはわからない。何故ならイヤミは目の見えぬ彼女に自分は天下の美男だと嘘をついていたからだ。
トト子ちゃんに親切にされ、そしてその幸福を願いながらイヤミは一人、風の中を行く。トト子ちゃんはイヤミを待っているが、決して会うことはないだろう。
せつない物語だった。
ここにはチビ太も登場するが、ギャグよりもせつなさの勝った物語だった。
他にもそのチビ太主演『てっぺん物語』というのもあり、怪我をした小鳥が飛び立つまでの日々を綴ったものだったし、チビ太とイヤミがコンビを組んでの『賢者の宝物』(Oヘンリー作)もあった。さらには人柄のよいデカパンとハタ坊とだけが生き残る話もあった。島の守り神の目玉が赤くなると島が沈む、と言うあの伝説のパターンを使ったものだった。
そこに描かれた野菜のおいしそうなことは、いまだに忘れられない。
普段のギャグではありえない役を振られた彼らは、イキイキとその物語で活躍していた。
わたしはそのことをいつまでも覚えているだろう。

「テクマクマヤコン、テクマクマヤコン △△にな?れ」「ラミパス、ラミパス、ルルルルル?」いずれも『ひみつのアッコちゃん』の変身のときの台詞。
わたしは子供の頃『仮面ライダー』の勉強机と共に、アッコちゃんの鏡も買ってもらっていた。泣けるぐらい、懐かしい。

それから『バカボン』初期の頃にスキーに出かけた一家の泊った旅館の部屋の名前が「ほうれん草の間」だったのが何故か面白かった。今でも親戚がどこかの旅館に行くと言うと、「どうせ部屋はほうれん草の間に違いない」と妬んで笑うのだ。
あとは猫の毛皮を集めて造ったセーターなどに、憧れた。

これらはまぁファミリーギャグで可愛いが、子供心に「うわ・・・」だったのがいくつかある。
はっきりとは思い出せないが、たとえばこんな話。
ゲイの兄弟がいて弟はアーチストで兄がその生活全てを仕切り、仲良く暮らしている。ところがバカボンのパパの介入により、その幸せは幻影だと暴露される。兄にはよそに妻子がいて、弟の才能を食いつぶしていた。傷心の弟は北朝鮮に行ってしまう・・・
他にもウーマンリブの女闘士の話もあったりしたが、いずれも「うわ・・・」だった。
それがベストだと思って生きている世界を粉々に破壊されて、彼らはそれこそ「タリラリラ??ン」になるのだった。

これら誰もが思い浮かべるメジャー作以外の作品にも少し思い出がある。
いつくらいのか忘れたしタイトルも忘れたが、建築家志望の少年の建てる夢の家の話があった。一見して変な家だが耐震性の良い建物で、中には囲炉裏がある設定。
囲炉裏は正直いらんな、と思ったが子供心に「耐震性と言うのは大事なことだ」と感じたのだから、ある意味啓蒙してくれた作品だった。

病に倒れる前から新作マンガを読む期待は持てなかったが、それでも子供の頃に楽しんだ記憶は薄れない。ありがとう、赤塚不二夫・・・

他方、ソルジェニーツィン。
わたしは彼の読者ではないので何をどうとも書けないが、家にあった本のタイトルを見ただけで、子供の頃震え上がった記憶がある。
うちの母は国会中継を見るのが趣味の人で、政治について文句を言うのが楽しみらしい。
それでかどうか、ソルジェニーツィンの愛読者だった。
家の本棚に『収容所群島』『ガン病棟』などのタイトルが並んでいた頃、わたしは父の愛読書『駿河遊侠伝』を読んでいた。
母は他に大江健三郎の著作も好きらしく、わたしとは全く傾向が異なる。
ラーゲリという文字にすぐソルジェニーツィン、という連想が働くほど、ソ連の体制下で抑圧された人、というイメージがあったが、十年以前か、ご本人が現在のロシアについてインタビューを受けているのを聞いたとき、なんとなく妙な安堵感を覚えた。
その安堵感の正体については巧く説明できないが、彼が最早危険人物ではなくなったことを感じてのことだと書けば、納得できるかもしれない。

母が再び『収容所群島』を読むかどうかは知らない。
わたしはたぶん、読まないままだろう。
しかしそれでもソルジェニーツィンという作家がいたことを忘れる日は、決して来ないように思う。
ご冥福を祈るばかりだった。

「うさこちゃんびじゅつかんへゆく」についてゆく

天保山のサントリーミュージアムで『美術館に行こう!ディック・ブルーナに学ぶモダン・アートの楽しみ方』展を見た。mir759.jpg
ディック・ブルーナといえばミッフィー(うさこちゃん)生みの親さま。
わたしはミッフィーではなく「うさこちゃん」世代なので、呼び方がマチマチになるがお許しあれ。
'97年出版の『うさこちゃん びじゅつかんへゆく』絵本を基に、サントリー所蔵絵画と成羽美術館からの出展作品と、ブルーナの作品世界を楽しむ展覧会になっている。

ご存知のようにディック・ブルーナは現代オランダのアーチストで、シンプルな線と定められた色彩とで、素晴らしく豊かな世界を構築し続けている。
曖昧な色彩はなく、ばちっとしたカラーでくっきりと世界を生み出す。
マティスの『ジャズ』に大いに影響を受けた、とブルーナは語るが、その影響下から見事な成長を遂げて、彼独自の明るい世界を展開し続けている。
ブルーナの仕事はうさこちゃんや猫やクマの絵本だけでなく、本の装丁などグラフィック関係にも及ぶ。
ペーパーブックの推理小説本、その装丁はブラックベア・シリーズだった。
話がハードであればあるほど、その装丁のユーモアが光ってくる。
シャレたギャップがいい感じだ。

さて会場ではうさこちゃんの原画があるだけでなく、ブルーナが影響を受けた『ジャズ』やレジェ、ミロなどがあった。
わたしはあんまり彼らが好きではないが、それでもうさこちゃんと一緒に見て回ると、なんとなく楽しかった。
「なんとなく楽しい」これが実は一番大事なキモチなのかもしれない。
なんとなく楽しいから見るのだし、なんとなく楽しいから自分も作ってみるのだ。

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上は私も大好きな一枚。うさぎの影とでも言うべきなのか。下はレジェ『鳥のコンポジション』・・・この一枚だけならあんまり目を惹かないが、ミッフィーと一緒だと「鳥はどこにいるのかな」と探してみたくなる。

言った時間帯は午後三時頃なのに子供の姿はなく、カップルや友人同士が多かった。
この展覧会はどの層を、と思っていたらワークショップのコーナーに子供らがわんさかいた。みんなセル画のうさこちゃんに折り紙の着物を着せようとしていた。
つまりブルーナ技法の追体験をしているのだ。
これはたいへんに面白そうな試みだと思った。
こういうのは本当に楽しいだろう。ぬりえよりいいように思う。

ところでyoutubeでこんなのをみつけた。ちょっと嬉しい。


今回の展覧会では他の画家の絵が出ているとは言え、やっぱり主役はうさこちゃんやその世界のキャラたちである。
いくら見ていても飽きない。
特に今回かわいい!と思ったのが、うさこちゃんの後姿である。
椅子に座るうさこちゃんが本当に可愛い。わたしは女の子の後姿がとても好きなので、嬉しくてわくわくした。

しかしどういうことかよくわからないのが、成羽から借り出してきた児島虎次郎や太田喜二郎らの洋画。これは何を目的とした展示なのだろう・・・
わたしは彼らの柔らかに優しい絵画は好きだが、ここにあることが少し不思議に思った。

展覧会は9/15まで。

こちらはわたしの好きな絵本
うさこちゃんのはたけ (ブルーナの絵本)うさこちゃんのはたけ (ブルーナの絵本)
(2005/04)
ディック ブルーナ

モディリアーニ展(国際美術館)

中之島の国立国際美術館に、新国立からの巡回『モディリアーニ展』が来ている。姫路市美術館には名古屋市美術館の同名の展覧会が来ている。
数ヶ月前、東京と名古屋で同時期に開催していた展覧会で、東京のは評価が分かれ、名古屋のはおおむね好評だった。
去年、『モディリアーニと妻ジャンヌの物語』という良い展覧会を見ている。
そのときに見た絵が出ていて、嬉しい気持ちがある。
しかしこの展覧会自体は、先行してご覧になり「イマイチだ」と書かれた方々が多かったのも、納得するようなところがあった。
展示品の取捨選択と言うのは本当に難しいと思う。
安易に批判は出来ないが、見て回って展示構成にも色々と考えさせられた。
今回、友人と一緒に来ている。あまり美術展に行かない人と一緒なので、メモ書きはしなかった。しかしメモを書きたくなるような内容ではなかった、と言うのが正直なところである。

‘94秋に都美で『知られざるモディリアーニ展』という展覧会があった。
主にプリミティヴ・アートに熱を入れていたころの作品がメインで、彫刻も出品されていた。それを思い出す展示が並んでいる。
アフリカン・アートからの影響は、14年経った今の目で見ると、モダニズムさえ感じるくらいなのだが、実際のところあんまり好みではない。
カリアティドの群を見ていると、「力持ちの女の人やな?」と妙な感想が浮かんでくる。
その素描を見ると、身体の線は円を基にしてるのがわかる。
彫刻からの発想ではなく、やはりこれは絵画なのだと思った。

1907年のスケッチブックの内容が展示されている。
スッスッと鉛筆で描かれた身体の一部や影を入れたスケッチが大半を占めているが、やっぱりプロはプロだと感心した。我々のようなシロウトとは違う。
50枚ほど並んでいて、なかなか興味深いものだった。
とはいえ、そうしたところに「展示構成の難しさ」を感じたりするのだが。

1914?15年を「過渡期の時代・カリアティドからの変遷」と題して、実人物の肖像画を集めている。その頃同棲していた恋人の絵もあるが、あまり面白いものもない。
しかしながら、それを抜けて古典的肖像画との統合が果たされた頃からの人物画が、本当に良くなってくる。
つまり、観客の大半が望む作品群の登場である。

特に良かったのは二枚の『若い娘の肖像』と『女の肖像(ローランサン)』だった。
彼女たちはとても魅力的だった。
特に『ルイーズ』を描いた肖像画は、長い睫毛とやや突き出された唇に深い魅力があった。
後で知ったが、これは大阪展のみの展示らしい。嬉しいより惜しい。
この娘が東京展に出ていたら、もう少しこの展覧会の評価も上ったかもしれない。
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ローランサンは知的で鋭い美人に見えた。色んな画家による(本人を含めて)彼女の肖像画を見たが、この作品は特に美人だと思う。

身近な人々の肖像画でやはり一番目に残るのはジャンヌのそれだが、去年の展覧会ではこれらの作品が出ていたが、今回はこのうちの右端だけなかった。
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どうもラインナップも目新しいものが少なかったのが、不評の一因なのかもしれない。

ピエール・バラノフスキーの肖像画は優美な男性像で、美青年だったのかと眺めていたら、友人が面白い感想を口にした。
モディさんがフランス人ならそれはあるかもしれないが、彼はイタリア男だから、それはないんちゃうかな、とわたしは答えた。
でも、ちょっと連想させるような柔らかな男性像だった。

ズボロフスキーやスーティンら友人の肖像画はその人となりまで巧く捉えていた。
久しくスーティンの展覧会を見ていないから、開催されたら嬉しいなと思った。

珊瑚の首飾りの女 mir306-1.jpg
この絵は去年の展覧会でも特に気に入ったもので、いい感じだった。
この青色に惹かれている。

ところで今回はエスキスやスケッチが多かった。
中でも一枚、凄いようなスケッチがあった。
口を開けた目鼻。輪郭のないのが画面の左上にぽっかり描かれているだけ。
これはあれですよ、地獄図の抜書きですよ、と言いたくなる感じ。
なんだか凄かった。
そして更にもう一枚、これは多分女を描いたらしきスケッチなのだが、影の入り具合がわるくて・・・恐怖新聞に出てくる怨霊のように見えて仕方なかった。
・・・いかんなぁ、そんな妄想は、と思いつつたいへんウケてしまった。

『あの名作から知られざる原点まで』というキャッチコピーは確かにその通りだと思うものの、それでこれというのはやはり難しいような気がした。
ハガキも図録も高いのでサヨナラしたが、特別欲しいグッズがない、と言うのもどうなのだろうか。結局そこに今回の展覧会の何かがあるのかもしれない。
展示構成は難しい、と実感しながら見終えて会場を後にした。

因みに併設レストランではモディリアーニランチを出していた。
どこがどうモディリアーニかはよくわからないが、さすがにクィーンアリスだけに、とてもおいしかったのは確かだ。
展覧会は9/15まで。

8月の予定と記録

さて八月です。七日はわたしの誕生日です。(宣伝に努める七恵であった)
いくつになるかは、推して知るべしというやつです。

八月は基本的にあちこちでかけるので、数が多いです。
しかし実現できるかどうかは別問題と言うことで。
明日から早速出かけます。予定は未定でとりあえずラインナップを。

国立国際美術館  モディリアーニ展
サントリーミュージアム天保山  美術館に行こう! ディック・ブルーナに学ぶモダン・アートの楽しみ方
文楽・国言詢音頭
大阪市立東洋陶磁美術館   中国工芸の精華 沖正一郎コレクション−鼻煙壺1000展
大阪市立美術館  芝川コレクション
伊丹市立美術館  「こどものとも」絵本原画展
柿衛文庫   没後270年 郷土伊丹の俳人 鬼貫(おにつら)
神戸市立博物館  コレクションの精華 −つたえたい美と歴史−
西宮市大谷記念美術館  ボローニャ絵本原画展
京都市学校歴史博物館   開館10周年記念「なぜ?なに?学校歴史博物館 」
京都市歴史資料館  京の火災図−『大塚コレクション』と『山名コレクション』から−
京都文化博物館   KAZARI(かざり)日本美の情熱
京都府立堂本印象美術館   祈りの形象 −真理を求めて(特別出陳 信貴山成福院の印象作品)
高台寺掌美術館  百鬼夜行展
高麗美術館   朝鮮の美術工芸−高麗青磁を中心に
茶道資料館  涼を求めて—染付磁器の魅力—
細見美術館   インドネシア更紗のすべて ─伝統と融合の芸術
奈良市立美術館  飛び出す絵本
奈良少年刑務所・建物の見学
以下は8/8から8/10のツアーです。
国立西洋美術館  コロー 光と追憶の変奏曲
東京国立博物館  対決−巨匠たちの日本美術
東京都美術館  フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち
礫川浮世絵美術館  江戸文化爛熟期の浮世絵展
竹久夢二美術館   竹久夢二 子どもの世界展 ノスタルジック&モダン 夢二が残した童画・童謡・童話より
弥生美術館   乙女のイコン展 〜大正・昭和の雑誌に見る少女画のイコノグラフィー〜
三井記念美術館   美術の遊びとこころ? NIPPONの夏−応挙・歌麿・北斎から「きもの」まで−
出光美術館  没後50年 ルオー大回顧展
大倉集古館   館蔵品展 紙で語る—Paper Materials
第14回 秘蔵の名品 アートコレクション展(ホテルオークラ アスコットホール)
菊池寛実記念 智美術館   朴英淑の白磁 −月壺と李禹煥の絵皿−展
泉屋博古館 分館   明治の七宝−世界を魅了した技と美
東京都庭園美術館  舟越桂 夏の邸宅 アール・デコ空間と彫刻、ドローイング、版画
サントリー美術館  小袖 江戸のオートクチュール
松下電工汐留ミュージアム   村野藤吾ー建築とインテリア ひとをつくる空間の美学
八王子市夢美術館   タツノコプロの世界展
うらわ美術館   ぐりとぐらとなかまたち 山脇百合子絵本原画展
埼玉県立近代美術館  丸木スマ展−樹・花・生きものを謳う−
神奈川県立歴史博物館  五姓田のすべて −近代絵画への架け橋−
鏑木清方記念美術館  鏡花作、清方描く
鎌倉大谷記念美術館   盛夏展
佐川美術館  北斎
東大阪市民美術センター   没後20年 池田遙邨展
阪神百貨店  鉄道模型展

これで大体今月は終わる。

七月は大人しく暮らしたと思う。

「作品版・少女漫画経験値」

昨夜、京都で見た『少女マンガ』展の感想文を挙げたところだが、なんとなく消化不良だった。
ところがlapisさんの記事を見て、「おおっ」と喜んだ。
何しろ展覧会の感想文といえども、途中で「あ゛ーもっと他の漫画家さんのことも書きたい」と思ったりしていたので、丁度良かった。
とはいえ、ラインナップを見ると少し残念なところもあるのだが。
以下、ナガナガと続きます。

ルール
●知らない:×、知っているが未読:△、読んだ事がある:○、購入した事がある:◎
上の基準に従ってチェックしていってください。
その後でそれぞれの作品や、同じ著者の好きな作品、連想などについて語ってみると、見る人は一層楽しめるかも…?
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