美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

茶道具と器に見る四季の花

茶道具と器に見る四季の花
湯木美術館の秋季展・前期分を見に行った。
わたしが古美術好きなのは、逸翁(休館中)、湯木、藤田、頴川、香雪、白鶴、大和文華館と言った古美術専門美術館がそう遠くないところにあるからだと思う。
(京都の場合、野村、承天閣、北村などがあるが、わたしとはやや縁が薄い)
この中で唯一1時間かかるのは奈良の大和文華館くらいで、あとはみな徒歩と電車をたしても30?40分以内で到着する。
関西には個人コレクションの美術館がたいへん多い。中でも先日の頴川、そしてこの湯木は殊に小さな空間で、そのくせ名品揃いなので、欲望も深く満たされる。

ご存知のように湯木美術館は、吉兆の湯木貞一さんが集められた古美術を展示する美術館である。例の不祥事で親元がえらいことになっているところへ、この美術館大丈夫かと心配していたが、例年以上によい作品が集められていて、少し安堵した。

棗・替茶器
藤蒔絵金輪寺茶器 箱書きは益田鈍翁。金輪寺茶器と言うのは、後醍醐天皇が吉野・金輪寺で、山の蔦で作ったものからその名がついたと言う。円筒型の身に蓋を載せる・・・
物の由来一つにしても、こうして教わるのだ。
ところで棗は垂れ下がりを描くものを嵯峨棗と言うそうだが、これは形態で分類されるのか、それとも藤では嵯峨には入らないのか、そこらあたりがわからない。
わからないからこそ、こういうところで眺め、学ぶのだが。

紫陽花蒔絵棗 鴻池家伝来。梨地にキラキラ。花びらもチカチカ光り、まるで雨上がりの紫陽花のように見える。葉っぱは截金細工。

住吉蒔絵平棗 山本春正  この棗が全ての住吉蒔絵の本歌だそうだ。中には秋草が描かれている。こういうのを見ると、住吉さんまで行こうかなと思うのだ。
昨秋の20周年記念展にも出ていた。

貝桶茶器 土佐光起の下絵。貴人たちが楽しげな様子が描かれている。貝合わせに使う貝を入れる桶に見立てられた茶器。優美なものだった。

水指
古染付山水図芋頭水指 正直に言うと、古染付も呉須もあまり好まない。わたしは色鮮やかな染付が好きなのだ。侘び寂びの本当の良さは、多分後だいぶ経たないとわからないだろう。

染付平蓮水指 蓮が花開いた様をこうした形で見る、と言うのは改めて考えると、なかなか面白いことだ。菊と蓮ばかりがそうした器にふさわしく、他は絵柄として活きることはあっても、なかなかカタチ全体というわけにはいかない。

色絵柳橋図水指 野々村仁清 08093005.jpg
蓋の七宝風な繋ぎ文様がいかにも仁清らしく、水指の胴の柳が揺れているのも雅な感じがする。

香炉・香合
古清水源氏絵香炉 源氏絵がぐるりを飾るのも綺麗だが、煙り出しの窓の形が源氏香というのが(当然ながら)なんとも優雅でウィットに富んでいる。
蓋が藤裏葉、肩は明石。

交趾桜鯉香合 藤田家伝来。関係ないが、藤田美術館から京阪電車で湯木に向うというコースもわたしは大好きだ。春なら大川沿いに桜を見ながらてくてく歩くのもいい。
これは蓋に鯉が浮き彫りと言うより盛り彫りされていて、花はどこにも見えないと思ったら、縁に・・・・・・とあるのが、花の見立てなのだった。なかなかムツカシイものだ。

銹絵槍梅香合 尾形乾山08093001.jpg
何度も見ているが、やはり可愛くて仕方ない。乾山だと思わずに眺めても、乾山らしさが横溢しているし、愛らしさも深いままだ。

絵唐津あやめ文香合 有名どころでは出光でよく見かける田中丸コレクションのあやめ文だが、ここにあるのも愛らしい。今春唐津に遊んだが、唐津と福岡との距離の近さを実感し、福岡出身の出光さんが唐津を愛したのも実感として腑に落ちた感じだった。
湯木貞一さんの愛したこのあやめ文は元は誰の手の内にあったのだろう。
あやめと言うよりすみれのような慎ましさが感じられた。

鎌倉彫牡丹香合 この花びらの線の細さと言うのは、ちょっと珍しいくらいだと思う。手入れがわるいはずはないが、その細い隙間が灰色になっている。拭くことはできないのだろうか。

火入・莨入
絵唐津四方秋草文火入08093002.jpg
 これも先のあやめ文香合同様、繊細な愛らしさがある。
黒い線でササッと描かれているだけに見えるのに、なんでこんなによいのだろうか。

鎌倉彫牡丹莨入 黒の漆の上に重ね塗られた朱漆。下の黒が所々に出てきている。そういうのを見ると、根来塗を思い出す。

蒔絵菊形莨入 これは明治の作ではなかろうか。どうもそんな感がある。菊でタバコと言えば恩賜のタバコだが、雰囲気的にそんなような・・・。

皿・鉢ほか
影青刻花鉢 青白磁に刻花したものを影青(いんちん)と呼ぶそうな。つまり刻まれた筋に釉薬がたまり、そこだけ少し色が濃くなるのだ・・・なんとも静謐にして艶かしい様相となる。
かつての萬野コレクションの優品が思い出されて泣きたくなる・・・

色絵水仙透かし鉢 乾山08093007.jpg
 ああもぉ、いかにも乾山らしい可愛い透かし鉢。乾山の透かし鉢をある限り見てみたいと常々思っているが、この水仙タイプはわりと今でもありそうタイプで、可愛くて可愛くて、普段に欲しい。

色絵菊図皿 乾山 これは外形そのものが菊形で、その内側つまり見込みには菊花が溢れかえるほどに詰め込まれて描かれている。ミクロもマクロも菊、菊、菊なのだった。
こういうお皿には一体どんなお料理が合うのだろうか。天才料理人・湯木貞一さんはどんな取り合わせを考えていたろうか・・・・・・

色絵桜透かし鉢 仁阿弥道八08093003.jpg
 乾山写しが得意な道八の作の中でも、殊にいい感じの鉢。この桜は人の死骸を養分にするような意地の悪さも残酷さもなく、明るい花なのだった。

女郎花文蓋茶碗 松村景文画・仁阿弥道八 二人のコラボ。肌色地に黒に近い焦げ茶色の線で女郎花が描かれている。せつないような美しい茶碗だった。

酒器
古清水梅花文銚子08093004.jpg
これは片身替わりの銚子で、腹は白梅林が続いている。どことなく室町頃の小袖を思わせもする。
たいへん良い感じの構成で、こういうものが手元にあればひたすら愛玩してしまうだろう。
桜も良いが、梅の良さはふくふくと暖かい。
取っ手は南繚で、竹に梅に鶯が刻まれている。
上から見るとこんな感じ。08093006.jpg


掛け物
浮御堂画賛 千宗旦 去年あたり宗旦350回忌で色々ゆかりの品々を見たが、本人の画はあまり意識に残らなかったが、この浮御堂は何とも言えずよかった。実物よりやや細いような感じがするが、枯れたような味わいがあった。

竹林図 横山大観 めずらしく、近代。川べりの竹林が風に吹かれて、一斉に竹竹竹が斜めになる。水の流れもまた。シンプルな構成で、風と竹の詩が聴こえてきそうだった。

そんなに広くもない空間で、ぼんやりといにしえの美と対峙するのは、何とも言えず贅沢なことだとつくづく思う。後期は11/5から。

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予測できない展示品

美術館の常設展ではときどき思いがけない作品に出会うことがある。
それを少しだけ書く。

シャガール展を見に行った兵庫県立美術館で、新収蔵品の田村孝之助の洋画を見た。
1949年の作『夏』。mir856.jpg
青と白のストライプワンピースを着た女がテラスに立つ図。
顔はちょっと濃い色だが、腕は焼けていない。背後のピンクの花と似た肌の色。
テーブルにはガラスの器と何かのフルーツがある。
戦後四年たった夏の一日、爽やかな風を感じる絵。彼女が誰かは知らない。
この時代といえば、金田一耕助が色んな事件に関わっていた頃なのだ。
そんなことを思いながら、絵の中の彼女を眺めた。

柄澤斉の銅版画『死と変容』がここに入ったのだ。昨秋滋賀で見た『天体と宇宙の美学』に出ていた作品。流星降る天空に、大きな羽を抱えた幼子の図。ギャルリー宮脇からなのかどうか。好きな作品が見れる確率が上ったことが、嬉しかった。

京都国立近代美術館の長谷川潔の版画で、久しぶりに見たものがある。
2000年秋以来の『洋人の庭』と『ダンスB』。どちらも木版画で、大正年間の作。
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見た当時、よっぽど気に入ったようで、模写までしている。今自分の絵を見ても、けっこう似ているなと思った。どちらもとても好きな作品。
実は長谷川潔はマニエール・ノワールより初期の木版画の方が好きなのだった。

こちらはドガの『髪を梳く女』IMGP4942.jpg
バレエの少女たちと浴室の女たち(その前後も含めて)とを視る画家の視線の違いについて、いつかじっくり考えてみたいものだ。

予測の外にあるものを見た。INAXギャラリーでの『オコナイ 湖国・祭りのかたち』展。
展覧会の趣旨は以下。
「湖国では、「オコナイ」という民俗行事が、今も二百五十を越える村々で伝承されています。本展では 、その中から、今年執り行われた特徴的な七ヶ所の「オコナイ」と一祭礼を中心に、全国でも大変珍しい祭りのかたちを今に留める、神と人とをつなぐ儀式のディテールをご紹介しています。」
中学の頃から民俗学に惹かれていたが、近年は離れて久しい。
それでも残り火は灰にもならぬので、出かけた。

詳しくはINAXのサイトを見てほしい。広くもない会場なのに違う空間に迷い込みそうになった。

湖国は古い文化を残す土地柄だけに、何が現れようと不思議ではない。
御幣と藁飾り、盛った酒粕に魚を詰めたもの、稚拙な線の仮面、野菜の拵え物(細工物)・・・
これらの供え物・備えが万端になったときにはオコナイの祭が粛々と行われている。
平成の現代にも、21世紀の今でも。
VTRや再現の様子を見るうちに、自分が神饌にされそうな気がしてきて、怖くなった。
天台宗と日吉山王信仰と山の神信仰とが混淆していて、分離せず、生き続けている。

思えばわたしは大阪の古い地に住まう者だが、農村文化は疾うに廃れきっていて、祭は夏ばかりなのだった。オコナイは正月から三月の祭だが、大阪の正月の祭はえべっさんが一位なのだ。
あまりに遠く隔たったものを見ると、薄ら寒い恐怖を感じる・・・
どうやらもう、わたしの民俗学への熱も灰になってしまったようだ。

他にもまだある。
今月初め、広島に行き色々と楽しんだが、その中で見たものも少し。
馬の磁器一対。mir856-1.jpg
柿右衛門様式の馬。写真は正面向きだが、実はガラスケースで二頭は向かい合っている。それがなんともいい感じだった。こういうのは初めて見たが、どうやら日本に長らくいなかったそうなのだ。有田からフランスへ出て、向うで暮らしたらしい。
300年もフランスにいたからか、なんとなく日本語は通じそうにない。

以前ちらっと書いたが、厳島神社で見た小林千古の『誘惑』の画像があった。
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丁度先日、30年ほど前の「明治の洋画」展図録を見る機会があり、そこにも千古の絵があったので、けっこう当時は人気だったのがわかる。
今となってはこの絵に込められたメタファがなんなのかわかっても、手遅れだとは画家に教えることも出来ない。

つくづく思いがけない出会いが美術館にはあるものだ。



ターシャ・テューダー展

大丸は(店舗によるのだが)屋上庭園をバラクラガーデンとして開いている。
そのバラクラと言う言葉の意味は知らないが、蓼科高原にバラクラガーデンの本家本元があるそうなので、そこのガーデニング関係とコラボしてるのかもしれない。
その関係でか、大丸心斎橋ではしばしばガーデニングの展覧会やイベントが行われる。
わたしが最初に見たガーデニングの再現もここでのことだった。
ターシャ・テューダーの展覧会を最初に見たのもここだったが、明日まで彼女の展覧会が行われている。
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惜しくも今年の六月に亡くなったターシャだが、展覧会に行き、彼女の遺したものたち、存命中の映像などを見るにつけ、肉体は天に召されても精神は地表に豊かに沁み込んでいる、と感じた。

会期中、二度ばかり訪れた。最初は後輩Rと。次は友人と。
Rは会社に林檎の苗を植えて、今年たくさんの実を収穫させるほど育てたひと。
友人はガーデニングはしないが、癒されたいと言った。
わたしはガーデニングも田舎暮らしも出来ないししたくないが、長生きして好きなことをした女の人たちが好きなので、出かけた。
三者の目は自ずと異なっているから、それぞれの感想も面白かった。

入ってすぐにターシャのガーデンの一部が再現されていた。いい匂いがする。百合の匂い。
入ってはいけない庭。しかし誘惑されてしまう。
ターシャはその庭をはだしで歩き続けた。他民族に、靴を履くことが文明人だと押し付けた西洋人の国に生まれながら、ターシャは自分の好ましさを優先して、はだしで野を行く。
ただしそこは荒野ではなく、よく耕され、湿りと繁りとを溢れさせた野。
ターシャの足裏は土の感触を最後まで愛していたのだ。

家の内外、その全てにターシャの嗜好が行き渡り、反抗するものは何もない。
摘んだばかりのラズベリーと活けたばかりの花々。それらが置かれたテーブルに向い、午後のティータイムを楽しむターシャ。
ミルクティーを愛飲するターシャ。mir857-2.jpg
午後四時のお茶。彼女の愛したティーセットがいくつか展示されていた。かなり大きなポット、可愛らしいカップなどなど。
ウィロースタイルの磁器も並んでいた。こういうものを見ると、彼女がアメリカ人ではなくイギリス人のような錯覚を懐いてしまう。
1830年代をこよなく愛するターシャの暮らしぶりは、むしろイギリス風なのだ。

コーギー犬が大人気になったのは、やっぱりターシャの絵本からだと思う。
ターシャの絵本シリーズでこの犬は人気になり、そして彼女はその印税でこの広大な土地を手に入れた。30万坪の敷地に息子が昔風の作り方で家を拵えてくれ、庭や生活道具のあれやこれを自作する・・・なんとも心豊かな生活を始めたのが1971年からだそうだ。
バーモント州のこの自宅にはりんごがたわわに実り、それを搾出する木製工具があった。
(バーモントと聞くと♪ハウスバーモントカレーだよ?リンゴと蜂蜜とろ?り・・・を思い出すが、実際バーモント州はリンゴの産地だそうな)
蜜蝋を作る用具もある。
家事に関わる仕事全てが好きでたまらない、というのはまことにめでたい。
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彼女の別な楽しみがそこにあった。マリオネット。明るく楽しい人形劇を演じるのが大好きだというターシャ。正直その人形はニガテな感じだが、息子の奥さんもハマッたというから、よっぽど楽しかったのだろう。

全てのことを楽しむ、それは簡単そうに見えて、実は凄いエネルギーと情熱が必要だと思う。それをやり遂げての長逝なのだから、本当に尊敬に値する。
志向は違うけれど、わたしもそうありたいと願った。

絵本や挿絵の仕事も見たが、とても可愛いものだった。猫もコーギーも可愛い・・・
ターシャのアトリエ写真があったが、絵の具だけでなくポスターカラーも使用していたようだ。そして(なんと、と言うべきか)デジタル時計が置かれていた。
ターシャの生活の場で唯一の現代グッズ。たいへん嬉しくなった。
他の人はどうか知らないが、わたしは昔の生活品ばかりの中に現代の物がチラッと見えないと安堵できないのだ。同時代人であるならば。
ターシャは何も現代を否定しているのではなく、好きなもの(1830年代)を優先している・・・そのことが嬉しかった。

ターシャの拵えたドレスをいくつも見た。紫のドレスなどは欲しいと思った。
しかし殆ど全てを手作りして暮らしているだから、それもその作業全てが好きだと言うのだから、生きている時間全てが澱みなく楽しい時間なのは、これはもう奇蹟なのかもしれない。しかし子供時代から全てが楽しかったわけもなく、何かしら葛藤も苦しみもあったろう。ターシャの年譜を見ると、一度離婚している。それが彼女に力をつけたのかもしれない。ますますターシャが好きになった。

生前も死後も変わらず彼女は輝いている。
それは強い光ではなく、優しく暖かな昼前の太陽のような光だと思う。
会場を埋め尽くしたのは女性だったが、二度目には男性客もちらちら見かけた。
みんなターシャの残したものに触れて、癒されたか、あるいは偉大な先達を見習ってコトを起こそうとするかは、知らない。
この空間にいたこと、それ自体が財産のような気持ちで出て行ったのは確かだろう。
ターシャはやっぱりすばらしかった。

頴川美術館『館蔵品の光彩』前期展

西宮の甲東園に頴川美術館がある。古美術専門の美術館で、名品も多い。
今年の秋季展は記念の百回展で、『館蔵品の光彩』展が開かれている。
前期初日に出かけた。そこでちょっと考えることがあったが、これは最後に記す。

工芸品は全期同じ作品だが、絵画は全数展示換え。
重文 『山王霊験記』 二年半ぶりに出た。前回とは違う情景が開かれている。
比叡山の衰退をどうにかしようと座主が千僧供養を思い立つ。米などが多く寄付される。
一方駿河で巫女の託宣により、暹賀(せんが)、聖救兄弟が比叡山へ向おうとする。
そこには富士山と三保の松原、そして塩作りの様子が描かれている。
また別なシーンでは米俵を集めるところや魚を調理したり、働く馬たちの様子もある。
山王霊験記だから後に猿が出てくるだろうが、ここには蜂とヒトと馬しかいなかった。

伝・能阿弥『三保松原図』
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何とも言えない静けさがあり、たいへんよかった。これも重文だというが、やはり心に響く絵はそうした称号を受けるにふさわしい格がある。

光忍上人絵伝断簡 鎌倉時代の作。和泉国神於寺と言う山間小寺の縁起。
役行者が興した寺を復興させる百済の僧が、後にここで往生するまでの物語。
ここにあるのは、山また山の岩も多く転がる地の神(衣冠束帯姿)に、例のヘンな頭巾に高下駄というスタイルの役行者が話しかけるシーン。画面左の岩山では、役行者の侍童・せいたか童子とこんがら童子とが鬼を押さえたりしている。
色は淡色で、鳥居と社とせいたか童子が赤いくらい。

他にも池大雅『考槃嘯林図』(掛け軸の上下も中廻しも全て同一色同パターンでありながら、微妙に違う花の紋様でつながっている)、呉春『秋山樵父図』(鹿が可愛い)、狩野山楽『蘭亭曲水図』(ちょっとお客さん混みすぎ)、谷文晁『春秋山水図』(軸の上下が青でモリス風、中廻しはピンクのモリス風)久隅守景『瀟相八景図』(同一画面に少なくとも4ケ所の名所を発見した)などがある。
中でも長沢芦雪『月夜山水図』はいい。これも二年半ぶりの展示。
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『芦屋浜松図釜』 こちらも二年半ぶり。福岡で拵えられた釜。
清朝の文房具も出ていた。わたしの好きなものも色々出ている。
『豆彩睡蓮水丞』 小さくて可愛い蓮の花。
『白玉龍形筆架』 白くて綺麗な色と、カタチそのものへのときめきがあった。

他にも色々見るべきものがあり、小さな美術館とは言え、豊かな気持ちになった。
関西にはこうした小規模だが、内容のふくよかな美術館が多い。
11/2からは後期が始まる。

ところで小事件?はこんな感じ。
開館15分目に入ったが、既に前客がいるのでオヨヨと思ったら、美大系女子大生たちで、なにやらレクチャーを受けていた。ところが説明する方も聞く側もこれが全くやる気なし。観賞するより解説プレートを写すのに忙しい。しかしこれは説明側もわるい。
古美術の見方もわからん人々に「思ったとおり見たらいい」なんてことを言っててどうするのだ。「思ったとおり見て、面白くないから見るのやめました」・・・そんな声が聞こえるね。またさっさっと出て行ったのにはびっくりした。
「将来キュレーターになるには」なんてことを前置きしてたけど、いったいどうなるのだろう。さむい状況に来てしまったなぁ。
これがただの大学生なら別になんにも思わないけど、「将来キュレーターになるには」だからなー。

艶○源氏物語 内海清美人形展

なんば高島屋で『艶○源氏物語 内海清美人形展』が始まった。
京都で見た分の巡回。既に東京では終わっている。
‘90年には『観○平家物語』を、’98には『空海』を世に送っている。
和紙で作られた人形たちの織り成す業と行。それを凝視する。
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「和紙と光と音が」とチラシにあるように、会場では印象深い音楽が流れ続けている。
知らない音楽なのだが、ガムラン音楽のようでもある。そして何故かPガブリエルを思い出した。

内海清美うちうみ・きよはる。人形作家、という肩書きではなく『和紙塑像家』というらしい。
確かに和紙塑像である。和紙の特性を知り尽くし、それを極限まで曝け出して、造形する。
前作・前々作での人形造形には荒々しさがあり、強い独善性があった。
独善性と書いたが、それは作者に起因するものではなく、作られた人形にそれが宿っている、と言う意味だ。作者の手を離れて魂を得た彼ら自身が押しの強さを前面に出して、観る者を圧倒したのだ。清盛の、空海の、その激しさ・傲岸さ。和紙で拵えた存在とは思えぬほどの力強さが漲っていた。

しかし今回その不遜なまでの力強さを期待して観に行く、と言うことは出来なかった。
なにしろ光君の物語である。
いくら光君が独善的であっても、彼の人は雅に美しい。清盛や空海のような力の漲りを期待する方がどうかしている。
千年前に日本人の美意識の在りようを決定した作品の主人公なのである。
優美、モノノアハレの人が、前作と同じはずがなく、美しい世界を見れるだろう・・・
その予測が覆ったのは、入場早々だった。
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「紫曼荼羅」 紫式部の巨大な像の周辺に彼女の妄想からこぼれだしたキャラたちが右往左往する。しかもそこに内海は紫式部があえて描こうとしなかった存在を押し込む。
貴人ではないイキモノ、即ち名を持たぬ庶人を。
男は煩悩、女は理性と割り振られた役割をやすやすと壊す庶人たち。
和紙塑像を折り曲げ、重ねあい、絡み合わせて、ナマナマしいカタチをそこに見せる。

桐壺から玉鬘までの源氏物語が繰り広げられているが、ただただ優美、と言うわけではなかった。貴人である彼らが物語の大筋をここで再現する脇で、亡霊のように突っ立つ庶人がいる。
光君が藤壷と踏み越える、秋好中宮が紫の上を招く、玉鬘が誘惑に悩む・・・そんな状況の外に立つ庶人たち。
その姿を見て、土方巽の言葉を思い出す。
「舞踏とは命がけで突っ立った死体である」
そのイノチガケで突っ立った死体、にしか見えない庶人たち・・・
気持ち悪さを感じるのは作者の意図に沿うたことなのかどうか。

光君の行動のうち、厭に感じるものが何かハッキリした。
もともとあんまり彼が好きではなかったがそれで納得した。
紫の上をかどわかしてからの行動、それが嫌い。
だからか、彼が失意と落胆を懐くシーンに秘かに「にっ」と笑っていた。
・・・和紙で作られたヒトガタの繰り広げる情景を見ていて悟ったのは、内海作品に入り込んでいる証明なのかもしれない。

しかしこの展覧会は光源氏の華やかな半生を顕したところで終わっている。
願わくば近年のうちに、続編が生まれ出るように・・・

古代エジプトの美 ダーラム大学所蔵展

大丸神戸店でイートン・カレッジ/ダーラム大学所蔵『古代エジプトの美』展に出かけた。
友人と二人で出かけたが、なかなか繁盛していた。
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エジプト神話体系はなかなか覚えにくいので、その場その場での仮知識で間に合わせている。パネルに書かれた人間関係と思想関係とを踏まえながら展示物を眺めると、興味が深くなり、面白味も増す。

護符の類が本当に多い。生前のもの・死後のもの。
有翼ヌト神のこの小さな護符は、まるで蝶のように綺麗だった。
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わたしはウジャトが好きだ。目の形の護符。ラピスラズリを塗布した美しいもの。
しかし目の形だけでなく、スカラベもある。聖なる甲虫。
埃及の神々は動物の頭部を持つことが多い。
猫、獅子、隼、狒々などなど。特に猫を神格化しているので、古代エジプト展というだけで、素敵な猫像に出会えることが、定まっている。
今回、猫のミイラ用容器があった。ミイラ用容器は死者の生前に似た顔で作る決まりがあるから、この猫の生前はこんな顔をしていたのだろう。
エジプトから地中海世界にかけては猫愛の気質があるので、それだけで好感がある。
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アメンホテップ2世のオベリスクがあった。ちょっとびっくりした。持ってきていたことに。そのアメンホテップの木棺もあった。豊かな彩色が残っている。
カノポス容器(ミイラの取り出した臓器を入れる)もあったが、三千年以上前に臓器を損なうことなく取り出す技能は、すさまじい。

二千年少し前のミイラ棺があった。豊かな彩色部分と、朽ちた部分との落差が大きい。
なにしろ下から包帯で巻いたミイラがのぞいている。

造形美の面白さを感じたのは『壷を運ぶ召使の少女』像。BC1360年頃のヌビア人の少女像。
エジプト人よりずっと、肉感的な魅力がある。
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ナポレオンの埃及遠征とロゼッタストーン発見からエジプトへの憧れが欧州に広まり、20世紀初頭の大ブームで凄いことになった。
例のツタンカーメン発見の話など、どきどきするばかりだ。
そこらあたりは山岸涼子『ツタンカーメン』が近年では一番面白い。
実際自分がエジプトに行く可能性はまずないので、こんな展覧会に行くのが楽しい。

むかしむかし、ミイラが大好きだった。ただしここで言うミイラのイメージは、全身を白い包帯で巻いたスリムなボディのミイラで、丸い眼をキョロキョロさせながら饒舌なお兄さんミイラというやつだ。
なんだそれはと言うと、アメコミの『幽霊城のドボチョン一家』でのミイラだから、わかるひとにはわかる、明るいミイラだった。
こんなのです。


それから今度は楳図かずお『ミイラ先生』という怖い怖いマンガを読んでから、だんだん距離をとるようになったが、やっぱりミイラがなんとなく好きなまま大きくなった。
本当に苦手になったのは近年の話。
それでもミイラと書いても、みいらと書いても、木乃伊と書いても、なんとなく可愛い。
しかし実際にミイラを前にすると、やっぱり怖いものですな。

展覧会は10/5まで

ボローニャ国際絵本原画展

西宮大谷記念美術館で例年の通り『ボローニャ国際絵本原画展』を楽しんだ。
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毎年楽しみに出かけるが、年々技法が進化(または退化)してゆくように思う。
わたしは別に審査員でも商売人でもない、ただの1ファンだから気楽に見て回るのだが、ちょっとどうかなぁ的傾向の多い内容だった。

絵本原画と言っても5シーン1組で応募する。これがボローニャの決まりで、何十年前から変わらない。既存の(その年の新刊の)絵本を対象にして優秀な作品を選ぶブラティスラバ(BIB)絵本原画展とは性格を異にしている。
これは国際絵本見本市でのコンクールなのだ。
新人の登竜門というのは、ここで認められて原画を本にしてもらい、(商業ベースでの)デビューがあるからだ。
現代作家による、絵本と言う方法体での、単独あるいは複合技法での表現。
その意味では完全にコンテンポラリーアートでもある。

描かれる内容はノンフィクション、創作童話、既存の物語の絵画化に分かれている。
どちらかと言えば今年はノンフィクションと創作系が多かった。
そして例によってCG作品が多い。

どうしてこれをCG表現する必要性があるのか、と絵を前にして疑問に思う作品が、一つ二つではなかった。CGを使うことで表現が豊かになるのならともかく、別にどうと言う変化も摩擦もない作品を前にしては、首を傾げるしかない。
別に手で書くのが偉い、とは言わない。何がしたいかわからない、何が言いたいかわからない作品を前にして、困るばかりだ。
わたしがオトナだから面白くないのかと思ったが、子供にもあんまりよく思われていないようで、しかしながらそれらが数多くの応募作から選ばれた、と言うことを、そちらの意味を考えるほうに、意識が向った。

技法を選択するとき、誰を対象に、何を目的にしているのか。作者の意図をこちらは読みとらねばならなくなる。
物語そのものに寓意性を持たせるもの、情景にメタファが隠されているもの、それらを読み解くのは大事だと思うが、その技法を採る作者の意図をこちらが測る必要性とは。
・・・どうも今年は「これが好き・あれがいい・それがステキ」と言える作品が殆どなかったのと、単純に表現が面白い作品もなかったので、こんな書き方になってしまった。
去年の展覧会が豊かだったから、よけいそう思うのかもしれない。

今年、惹かれたのは本当に少しだった。
冒頭に挙げた『赤ずきん』(毎年必ずこのテーマの作品が現れる)狼が可愛い。
それからこのマルゲリータ・ミケーリ『キスして』 有名なキス写真ばかり集めて、ヒトでなく動物にして描いている。
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最後に槙下晶『アミューズメント・ミュージアム』から。ねこのためのねこの遊び場。
この作者の猫はいつ見ても可愛いし、りっぱそう。
猫描き絵師は多いが、わたしはこのヒトのファンなのだった。
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展覧会は9/28まで。この展覧会が終わると、本格的な秋の始まりを実感する。

萩の寺にゆく

近所に萩で有名なお寺がある。中学のそばで、その頃は入ったこともあるが、全く近年は足も向けなかった。しかし毎年「萩祭」を9/15から25くらいまでしているので、今年は珍しくでかけた。
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お寺についたのは午後零時半頃で、山門前で山伏さんらが護摩炊きをしていた。
松燻しされては敵わぬので、早々に寺内に入る。
行基菩薩創建の古寺だが、子規の句碑もあり、新西国霊場だということもあって、手入れはとても行き届いている。

萩、満開。IMGP4948.jpg
IMGP4951.jpg白萩も愛らしい。

入山料と抹茶席とをセットにしたものは千円なので、それを購入している。
とりあえず萩のトンネルをくぐる。IMGP4952.jpg

日本最古の地蔵尊・あごなし地蔵を詣でる。歯痛に効くらしい。丁度歯が浮いていたのでいいかもしれない。しかしその効力を知ったのは、拝んだ後。秘仏なので半世紀に一度の開帳。

あちこちに句碑が立つ。IMGP4949.jpg
子規、虚子など。IMGP4960.jpg
お客さんは萩を見るのと、句碑を見るのに忙しい。
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わたしは大書院でお茶をいただいた。裏千家の立礼式。
お菓子は銀座清月堂『落とし文』だった。とても好きなお菓子。
お茶碗はどういうわけか、十牛図だった。お相伴の奥さんはウサギ柄。
「十牛図です」「あら、珍しい」「とりあえずわたしはまだ牛を見つけることさえ、できていないようです」
そんなことを口走りながらお抹茶をいただいた。あとは茶釜を見せてもらったり棗を見たりしたが、知らない奥さんとこういう席でお話しするのも楽しい。

キリシタン灯篭もある。IMGP4963.jpg
本堂ではどういうわけか「破壊を免れたチベット王国のタンカ(仏画)特別開陳」と、大教大の音楽コースの人々によるミニコンサートが開かれていた。
タンカはかなりナマナマしいもの。要するに歓喜天図。彩色も派手なので目に付く。

萩の他にも紫式部が咲いている。そこへシジミチョウが飛んできた。
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綺麗な翅の色にときめく。
芙蓉や彼岸花も咲いている。IMGP4956.jpg
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嬉しい気分で見て回った。

かつてこの界隈はお屋敷街で、多くの邸宅があったが、殆どがマンション化してしまった。
星岡茶寮の大阪店もあり、うちの母などはその枝折戸のところでよく遊んだそうな。
遠い親戚の家を覗くと、塀は高いままだが、中の建物はどうなっているかわからなかった。
まだ持ち堪えている人々、どうかがんばってください。

KAZARI 日本美の情熱

サントリー美術館、京都文化博物館、広島県立美術館、と巡回する展覧会『KAZARI 日本美の情熱』を京都で見た。京都での会期は既に終り、今は広島での開催待ち期間。
一週目と最終週に出かけたから、展示換えのものもかなり見れたと思う。
サントリーでの評判の高さはわかっていたので、楽しみに待っていた。
見にゆくと、けっこう馴染みの作品も多く、普遍的な意味での『日本美』なのだと納得した。また、’07年の文化博物館での展覧会『近世 都の工芸 京の美意識と匠の世界』と共通する作品も多く、それだけでも嬉しくなった。
ところで三館のチラシ比較。
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又兵衛の『浄瑠璃物語』と瓢形酒注。ロゴは飾りつき。
京都。mir842.jpg
浜松図、印籠、舞踊図。ロゴはゴシック。
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牡丹大皿、舞踊図、織部、春日鹿御正体、梅文。ロゴは明朝体。
共通するのは「赤色」を効果的に使用していること。
日本人にとって赤色と言うものが、意識の中にどのように食い込んでいるのか、それを考えさせてくれる構成になってもいる。
展覧会は章ごとに2つずつテーマがあり、それらを踏まえて眺めるのも楽しいし、何も考えずに見て回るのも面白い。

第一章 かざるDNA
(1)イントロダクション かざりの源流
土器がやたら並んでいた。縄文土器。なるほど、躯体そのものを飾り立てている。
弥生文化が席捲するまでは、こうした派手な飾りが活きていたのだ。
指紋模様の飾りもあり、それを見て諸星大二郎『徐福伝説』を思い出した。
しかしやはりこのコーナーでは岩佐又兵衛の絵巻がいちばん目を惹いた。
同じMOA美術館の『山中常盤』は映像化されたが、他の作品も出来たら見たいものだ。
絢爛豪華な又兵衛の世界をそうして味わいつくしたい・・・

(2)荘厳と祭祀 神仏へささげる祈り
フェルト布に刺繍したものや、蒔絵手箱があった。寺院は綺羅で飾られていた。

金銅宝相華迦陵頻伽透彫華鬘一枚平安時代(12世紀) 岩手・中尊寺金色院
二度ばかり中尊寺には出かけているが、行く度に新しい発見があり、嬉しくなる。
向き合う迦陵頻伽の美しさに惹かれる。黄金の国の滅亡前の造形。

春日龍珠箱二合南北朝時代(14世紀) 奈良国立博物館
おお、これは以前から好きな箱。奈良博『神仏習合』展で見た。
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嬉しいですね、好きな作品に会えるのも。
波に立つ鬼たち、鹿に乗る女神などが彩色もよく描かれている。

紫檀螺鈿宝相華鳳凰文平胡籙一腰平安時代(12世紀) MIHO MUSEUM
矢入れ。水晶もついていて、とても綺麗。

椿彫木彩漆笈一基室町時代(16世紀) サントリー美術館
鎌倉彫り風な感じで、椿がくっきりしている。こんな笈が欲しいような気もする・・・

第二章 場をかざる
(1)中世のかざり
中国からの渡来品が多く出ていた。南宋、金、元、明から清初まで。
室町時代頃から、現代に至る和室しつらえスタイルが完成した。
お座敷のしつらえを眺めると、不思議に安らぎと快い緊張感とを同時に感じる。
実際の再現だけでなく、指南書も展示されているので、それがまたなかなか興味深い。

存星花鳥文食籠一合中国・明〜清時代(16〜17世紀) 出光美術館
赤地に花鳥文がとても綺麗で、この技法はやはり素敵だと思った。

(2)室内を彩るかざり
今回のテーマの中で一番好きな作品が集まっていた。
いい屏風を沢山目の当たりに出来、時間をかけてじっくりじっくり楽しんだ。
何が好きと言うても、近世風俗画がたまらなく好きなのだった。

浜松図屏風六曲一隻桃山〜江戸時代(16〜17世紀) 個人蔵
三日月は銀色の嵌め込みもので、皓々たる月光と言うものを感じさせた。

花鳥図御簾屏風六曲一双江戸時代(17〜18世紀) 彦根城博物館
これは彦根で見たが、簾のところに絵があるのがよかった。この手のタイプの屏風は他にも板橋区美術館でも見たが、江戸時代も中期になると、工芸品にも凝ったものが出てくると思った。

珍禽図屏風六曲一隻江戸時代(18〜19世紀) 摘水軒記念文化振興財団
鳥類図鑑と言うか、なんと言うか。猿やウサギもいるが、トリ???ッッッ!!

邸内遊楽図屏風六曲一隻江戸時代(17世紀) サントリー美術館
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これは先の『和モード 日本女性、華やぎの装い』展にも出た屏風。
艶かしい女たちが多い。後れ毛に触れたくなる。踊り、カルタ、酒食、入浴。涼む女が足を立たせている。腿が見えるような構図、他には知らない。
享楽気分が横溢していて、たいへん惹かれる。

歌舞遊宴図屏風六曲一双江戸時代(17世紀) サントリー美術館
茶室や二階建て建物と言った建造物もよく描きこまれている。若い男たち、大入道もいる。
双六、舟遊び、花・・・ああ、楽しそう。

婦女遊楽図屏風六曲一双江戸時代(17世紀) サントリー美術館
二階へ上る描写がいい。手鞠で遊ぶものもいれば、外を眺めるものもいる。
黒い着物がとても素敵・・・

正月風俗図屏風六曲一隻江戸時代(17世紀) サントリー美術館
羽根突き、円舞、貝合せ、女郎屋の店先のにぎわい。こうした遊楽気分は正月だからこそ、誰でも許されるのだった。

織部、鼠志野、色絵、染付、銹絵、唐津・・・多くの陶磁器が出ていた。中でも面白かったのは次の二枚。
染付雲雷文大皿一枚肥前・鍋島藩窯江戸時代(17世紀末〜18世紀初) サントリー美術館
真ん中だけ白抜きで、まるで嵐の後の空のように見えた。
染付猿亀竜宮文大皿 一枚肥前・伊万里 江戸時代後期(19世紀) 個人蔵
これは猿の生き胆を取ろうとして失敗する話の1シーン。亀が吐き出す蜃気楼の中には山海や塔が見える。
色絵家形丁子風炉一基京都・古清水江戸時代(18世紀) サントリー美術館
茅葺屋根の風流な家。ナス型金具付。こういう手の込んだものは本当に楽しい。

そして彩りも形も優美な器たちが置かれているのは、目にも艶やかな遊楽図屏風の前なのだった。
こうした展示がいよいよ遊楽気分を高めてくれる。
遊びをせんとや生まれけむ、という梁塵秘抄の歌がアタマの中に蘇るばかりだ。

遊楽・行楽に必須なのはおいしい食事と、それを容れる容器つまり提重など。
蒔絵も美麗な提重があり、実際にそれを使えるのかどうかは知らないが、本当に優美だった。
重箱は現実に自分でも使うので、嬉しい。
関係ないがわたしのお弁当箱は、今はちょきんぎょなのだった。可愛くてしかたない・・・

釘隠しも出ていた。仁清の色絵。これらは人々に愛される小品なので、しばしば表に現れる。
わたしもこれらを見てから、釘隠しに特別な関心が湧いて、今では探訪する名建築のあちこちでそれらを探すことをする。

土製小壺(つぼつぼ)100個江戸時代(17世紀前半〜19世紀) 京都市考古資料館
飾らない飾り、という禅問答のような命題を展覧会では与えられている。ずらずらずらずら並んだ小さい壷たち。
考古資料館は今出川大宮にあり、9/23にはその周辺の坪庭を持つ古い町家などが、一般公開される。
明日の楽しみとしたいところだが、どうも行けそうにないので残念だ。

チラシの裏の比較をする。
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後発のチラシの方が情報が多くなっている。

第三章 身をかざる
(1)武将のダンディズム
実はあんまり武具馬具系に関心がない。古代のそれらはまだ見ることもするが、基本的にあんまり関心がない。
武将の個性と言うか趣味があふれ出した兜など、ときどき「おいおい」なものが多くて、ついつい笑ってしまう。
その意味でいちばん「うう???ん」だったのが、
黒漆塗執金剛杵形兜一頭江戸時代(17世紀) 靖国神社遊就館
京都のチラシにある、ドッコショを握った腕を振り上げてるあれ。
わたし、ソ連の第3インターナショナルが、17世紀の日本に出現したのか、と思いましたよ。

銀箔押富士山形兜一頭伝加藤嘉明所用桃山時代(16〜17世紀) 靖国神社遊就館
こちらはどう見てもイカだし。後にちまちまとなんか空いてるが、なんなんだろうか。

実は鎧兜一式を見るといつもいつも必ず「たたりじゃー」と言わずにいられない。
『八つ墓村』は永遠にこの胸に刻み込まれている・・・
しかし刀そのものや刀装は見るのは好きだ。もともと後藤俊乗の細工などが好きだし。

濃萌葱地蟹模様陣羽織一領松浦曜(平戸藩第十一代藩主)所用江戸時代(19世紀) 松浦史料博物館
フツーのカニではない。平家蟹である。平家は壇ノ浦で滅びたが、平戸の殿様が所用したと言うのは「海はつながっとるけん・・・」ということなのか。諸星大二郎『海竜祭の夜』の孤島での平家語りを思い出す。

(2)町衆の粋・女性のよそおい
先般、サントリーで松坂屋の集めた小袖の良品を多く見た後なので、嬉しく眺めた。


納戸綾地将棋駒模様絞小袖二曲一隻江戸時代前期(17世紀) 国立歴史民俗博物館
将棋の駒が連続して並んでいるのが面白い。どことなく誰が袖風構図。

鼠縮緬地五十三次絵屏風模様小袖二曲一隻江戸時代中期(18世紀) 国立歴史民俗博物館
着物に五十三次と言うのも面白いが、センスの問題は別だな。

白綸子地甕垂れ模様小袖 一領 江戸時代前期(17世紀中期-後期) 株式会社 千總
首で、甕から水を溢す構図。水は星の海に通じるだろう。これは二年前にこの文化博物館で見たように思う。千總コレクションの中で。

染分麻地豊漁模様帷子一領江戸時代後期(19世紀) 株式会社 千總
こちらも同じく再会。裾にお魚大漁ピチピチなのだった。

いかにも江戸らしいデザインものもあった。
野晒模様染帷子一本江戸時代後期(19世紀) 個人蔵
野ざらしの髑髏の眼から芒が生えている図。卒塔婆つき。黙阿弥の芝居『粋菩提悟道野晒』を思い出す。彼の着物は丁度こんな柄だった。

びらびらの綺麗可愛い簪も多く出ていた。印籠もあり、煙草入れも金唐革や甲州印傳のものがあった。更紗もあり、ここらは大体がたばこと塩の博物館からの出品。
印籠美術館の名品もよいが、大阪市立美術館のカザールコレクションもすばらしい、ということを宣伝しておこう。

第四章 動きをかざる
(1)芸能のかざり
能狂言と歌舞伎の衣装などが並んでいる。わたしは観賞し、溺れるのは歌舞伎と文楽だが、展示品として眺めるなら、能狂言の衣装などの方が不思議と好きだ。
高島屋史料館、三井記念美術館、林原美術館、茂山千五郎家など、錚々たる所蔵家の名が並んでいる。変わり目ごとに高島屋史料館に出向いて、なるだけ多くの衣装を見るように努めているが、なかなか全部は覚えられない。
いいものを見た、とその場その場で思うばかりだ。

光悦謡本 『梅枝』『二人静』『定家』『舟弁慶』『浮舟』『鉄輪』『三輪』『大原御幸』『殺生石』九冊江戸時代(17世紀) 三井記念美術館
展示換えされているが、わたしが見たのは『二人静』『舟弁慶』『殺生石』などだった。
これまでも見ているが、やはり綺麗だった。しかし表紙だけなので、本文も見たい気がする。

猿猴捉月模様肩衣(子方) 一領江戸時代後期(19世紀) 茂山千五郎家
可愛かった。ニホンザルではなく中国の丸顔サル。これを着たのはやはりあれか『靭猿』でのときだろうか。

牛祭の面と稲模様肩衣一領江戸時代後期(19世紀) 茂山千五郎家
この祭の実物は知らないが、お面は良く見知っている。なんだかそれだけで楽しい。
京都は365日、何かしらどこかでお祭りがある。

格子地に鬼瓦と瓦模様肩衣一領江戸時代末期(19世紀中頃) 狂言共同社
これまた可愛い。こんなセンスがとても嬉しい。

歌舞伎の衣装も並ぶ。
黒繻子地雪持竹南天雀模様繍裲襠一領五世中村歌右衛門所用昭和初期 株式会社 三越
これは先代萩の政岡の衣装。竹に雀で伊達家を示している。

以下は『歌舞伎十八番』から集められている。
・注連縄飾り門松羽子板模様裲襠一領六世尾上菊五郎所用昭和初期 株式会社 三越
助六の揚巻の着物。六代目は揚巻もしたのか・・・昔はそういう記録を調べるのも大好きだったが、最近は時間のなさを理由に・・・
・『鞘当』の不破と山三の着物もある。
浅葱繻子地濡燕模様縫着付・羽織一組(名古屋山三郎)、黒木綿地雲稲妻模様縫着付・羽織一組(不破万作)。たまにこういうのも見たくなる。
・濃萌葱木綿地碁盤模様裃一組二世市川左團次所用昭和初期 株式会社 三越
『毛抜』での衣装。粂寺弾正の愛嬌とかっこよさとが偲ばれる。

金糸波立涌模様繍四天一領昭和初期(20世紀) 株式会社 三越
『天竺徳兵衛韓噺』 天徳の衣装。日本を飛び出し唐天竺の果てまでも往く男ですから、かっこいいことこの上ない。壮大な意匠である。

(2)祭礼の華・風流のかざり
今年は祇園祭に行き損ねた、ムネン也・・・天神祭にも行かなかった・・・反省。

長刀鉾 欄縁金具(欄縁)四本江戸時代 天保7年(1836) 京都・長刀鉾保存会
‘93年か、やはここ京都文化博物館で祇園祭大展という展覧会があり、随分気合が入ったものだった。分解して眺めるのも面白いものだ。

見損ねて残念なのが山楽の舞楽図屏風(広島の裏チラシ最上段)。この四人ダンスが好きなのでかなり残念…

ちょうちょう踊り絵巻一巻小沢華嶽筆江戸時代 天保10年(1839) 大阪歴史博物館
幕末は一種の集団ヒステリー状態を招いた時代だから、こんなケッタイな集団コスプレダンスもあるわけだ。「ええぢゃないか」がドンマイ・ダンスとすれば、ちょうちょう踊りはなんと訳するべきなのか・・・

最後にツクリモノが現れた!!
わたしはなんと言うても作り物が大好きなのだ!!
細工見世物をこんなところで見れるとは思いもしなかった。嬉しい!!
平田一式飾 陶器一式「大蛇退治」一組平田一式飾保存会現代 平成20年(2008) 島根県・出雲市
おうおう、オロチがお皿で出来てる??楽しいです??
平田一式飾 自転車部品一式「海老」一組平田一式飾保存会現代島根県・出雲市
ホンマ、海老やわ???

数年前、たばこと塩の博物館で大々的に『見世物小屋』展があったが、あれは嬉しかったなー。
国立演芸場の資料室でも来年当たりその展覧会があるはず。
ああーわくわくする。

まさかのもしやで、最後の最後にめちゃ嬉しい展示があり、機嫌のよいまま出て行った。
ああ、素晴らしい展覧会だった。





彼岸の絵と『祈りの形象』

彼岸入りした。
彼岸と聞いてまず思い浮かぶのは、入江波光の『彼岸』国画会第3回展に現れた作品。
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この世の外の情景。天人の飛び交う山中の湖。最初に見たのは’93年の『国画創作協会回顧展』でのとき。京都市美術館所蔵だが、あまり表に出ない名品。
彼岸、と言う言葉そのものの意味を考える。此岸と彼岸と。
少なくともこの『彼岸』は人間が死んだ後に渡る向うの岸辺ではないようだが。

ひとにとっての『彼岸』を描いたのは寺島紫明だった。
『彼岸』mir837.jpg昭和21年の作。
太平洋戦争が終わった翌年に描かれた作品。
素人ではないような女が、手を合わせている。特定の誰かへのものか、大戦での全ての犠牲者のためなのかはわからない。ただただ一心に合掌する。
今ならば京都国立近代美術館の常設展示で会える。

『彼岸過迄』は夏目漱石、『彼岸花』は里見。そう言えば今年はまだ彼岸花を見ていない。
「赤い花なら曼珠沙華 阿蘭陀屋敷に 雨が降る 濡れて泣いてる じゃがたらお春・・・」
古い歌が耳の底から流れ出す。
彼岸の時期、四天王寺の西門からの夕日を眺めて、日想観をこらす。
明日、義弟一家はお墓参りの後に四天王寺さんに行くそうだ。
折口信夫『死者の書』を映像化した川本喜八郎の作品は、何年経っても心を揺さぶる。
秋の彼岸、春の彼岸、と時間をかけて姫はひたむきに写経を続けていた。


堂本印象は信仰心の篤い画家だったそうで、さまざまな宗派の絵を描いている。
特定の神仏にすがっていたのかどうかは知らないが、仏画の多い画家だと思う。
『祈りの形象』という展覧会は9/28まで印象美術館で開催されている。
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随分以前、印象の仏画でシャカを描いたものがあったが、それは二頭身サイズの仏たちの集まりで、とても可愛らしいものだった。それが出ていれば特別嬉しいのだが、あいにく姿はなかった。
大阪の森之宮に大阪カテドラル教会がある。そこの装飾画は印象の手による。
高山右近と細川ガラシャ夫人などの絵。以前、見学したときに眺めた。今回はその複製がある。

仏教寺院では襖絵を描いている。これは信貴山成福院の襖絵。『柳に鷺』
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墨のかすれの強弱に惹かれた。
展示換え前の襖絵は『松に鹿』で、そちらはチラシで見た限り長谷川等伯の松林図を思い起こさせる静謐さがあった。

『山越阿弥陀』 どうにもニガテな画題ではある。山より巨大に阿弥陀がおわす。
真正面からこんな仏に迎えに来られても、わたしは困る。
しかし印象の作品は違った構図を持っていた。
やや斜めから描かれている阿弥陀と観音菩薩、勢至菩薩。そして右下に一人の僧侶。
これは印象だからマジメな絵だと思うが、なんとはなしに暁斎の「叢から巨大山猫出現図」を思い出してしまった。
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『色即是空』 赤い着物の舞妓らしき娘がにっこり笑っている。顔立ちは多少唐美人風。大正年間はややふっくら顔が愛されたらしいが、この顔は仏顔というものだろう。
光輪も赤いが、彼女の唇も赤い。色即是空、その言葉の本来の意味を、印象の意図とを考えた。
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印象には前衛作品も多いが、『法然上人一枚起請文』はその手法で描かれている。
チラシではどうでもよかったが、実物を前にすると言葉では難しいような良さをしみじみと感じた。

彼岸に入り、見た絵の徒然を書いた。なんとなくそんなことが面白くも思えた。

アーツ&クラフツ モリスから民藝まで

「生活と芸術 ─ アーツ&クラフツ展」
ウィリアム・モリスから民芸まで
Life and Art: Arts & Crafts from Morris to Mingei

京都に始まり東京、愛知へ続く展覧会。
二日目の朝に出かけたが、既に繁盛していた。
久しぶりに近代工藝の装飾美を堪能した感じ。
鼻煙壷、ジャワ更紗展は専科的なものだが、こちらは総花的展覧会。
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試みにこれまで見てきたモリス周辺の展覧会を思い出す。
20ほどのタイトルが出てきた。その中でも特に工芸の美を堪能したのが、以下のタイトル。
19970510 ウィリアム・モリス 京都国立近代美術館
20040922 ウィリアム・モリスとアーツ&クラフツ アクティ大丸
20051022 ウィリアム・モリス 壁紙とステンドグラス 汐留ミュージアム
それから今回の展覧会。
20080914 アーツ&クラフト モリスから民藝まで 京都国立近代美術館
今回の出品所蔵先は主にヴィクトリア&アルバート美術館。
今回、どういうわけか展示リストがない。
それはそれで仕方ないのかもしれないが、そうなるとわたしのエーカゲンな記憶がネツゾーを始めるのだ。(ネツゾー工房yugyo)
ところで海外の美術館はwebに画像を多く載せてくれてるので、検索も出来る。ありがとう。そこでリンクをはったので、画像をご覧になる方は文中の色違いのところから飛んでください。

冒頭に挙げたチラシはなかなか素敵だと思う。こんなのがあるのか、と興味を引くつくりになっている。裏はこうなっている。mir833.jpg
けっこう説明文も大きな文字で、字体もタダの明朝体ではない。カラフルさを目立たせる一方で、白と黒の美意識を光らせている。

因みにチケットはこんな感じmir818.jpgクリックしてください。
これは切り取る前のチケットで、マッキントッシュのデザインした小箱がもぎられて、集められてゆく・・・

鉛筆画によるバーン・ジョーンズのアダムとイブが最初に目を惹いた。
なんとなく「ナリナリテ、ナリアワザル」を思い出す。
そして連作シリーズのステンドグラスがある。
‘97年のときに『ルネ王』シリーズを、’05年には教会に飾るためのものたちを多く見たが、今回は聖ゲオルギウスの悪竜退治を、発端から結婚まで描いたものを見た。
わかりやすい英語の文章が書かれているので、物語の流れがよくわかる。
犠牲になった人々のシャレコウベを王と王女の前に持って来て、みんなで困る図がある。
原画はロセッティ。
グルメな竜にはほとほと困らされる。そんなだから首を切り落とされ、挙句に見世物になるのだ。
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この竜はアジアのそれとは違う。二足歩行するのでラダマンティスの部類。

孔雀をモティーフにした燭台がとても綺麗だった。
メタリックにエナメルの煌きが響いて、たいへん魅力的だった。
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他にも置時計の可愛いものもある。
チラシ裏の琥珀色風の一対の燭台は薬師寺の飾りを思い起こせる。
工芸品とはなんと愛しいものなのだろうか。

フォレスト(森)と題されたタピストリーがある。
孔雀、ウサギ、獅子、キツネ、カラスのいる森。不思議な森。
色んな花が規則正しく咲き続けている。
横長のタピストリーは珍しいと思った。

バーン・ジョーンズ 『生命の木』 生命の木信仰は宗派を超えて世界中に広がっている。
諸星大二郎は稗田礼二郎にその思想的探索もさせている。
ここではさまざまなメタファがある。それを考えるのも楽しい。
後のコーナーに民藝部門があり、そこにバーナード・リーチの陶板『生命の木』がある。
普段はこの美術館の常設品なので、時折見ることが出来るが、かなり好きな作品。

11年ぶりに見て、やっぱり素敵だと思ったサイドボードがある。
貴婦人と動物と言うタイトルがついているが、バーン・ジョーンズが手書きしたもの。
表が特にいい。こぶたちゃんたちを世話する貴婦人、白い鸚鵡たちと一緒の貴婦人・・・
貰っても保管が苦しいので、見るだけでいい・・・ことにしよう。

ルイス・F・デイの星座をモティーフにした絵タイルつき棚は面白かった。
アクエリアスから始まるのだが、坊やが大きな水瓶を抱える姿、羊の角を持ってたり、獅子の毛皮を腰に巻いたり、ラストの山羊スタイルに至るまで、全てがこの坊やのコスプレショーのようで、なかなか面白かった。

クリストファー・ウォール『聖アグネス』 そのステンドグラスも綺麗だった。
聖アグネスは聖公会系のミッションスクールなどで崇められている。
烏丸丸太町上ルあたりの聖アグネス教会が入りやすい。

ウォルター・クレインの大人の天使と女は大きい作品だった。
そこからすぐに部屋の再現があり、それも見応えがあった。
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窓はチラシの構成であけられたもの。

モリス商会の一番売れ筋はなんだろう、とその再現ルームを眺めて考えた。
やっぱり壁紙などのような気がする。
『いちご泥棒』mir835.jpg
世界中で愛されているデザインだが、実に手が込んでいると思う。
これはやはり欧州でなければ生まれ得ないセンスなのだった。

イギリスだけでなく、各国の作品もあった。セゼッションの第一回ポスターやココシュカのイラスト、ジョルナイ工房の煌く花瓶たち、北欧の美・・・
特に良かったのは革命前のロシアで活躍したイワン・ビリービンの絵本挿絵『麗しのワシリーサ』があったこと。とても好きなので嬉しかった。
ロシアに関しては、革命前の芸術の装飾性が、途轍もなく好ましい。

そしてジョルナイ工房の作品にも久しぶりに会えた。
ブダペストの工房に行きたいと念願しているが、どうも目処が立ちそうにない分、ますますブダペストに憧れは募るばかりなのだった。
エオシン釉の煌きは永遠に耀きを失うことはない・・・


いよいよ民藝に来た。
大阪の三国にあった三国荘の再現。mir835-1.jpg
これは数年前に大山崎山荘美術館でも開催されたことがある。あのとき、カメラを忘れた己をひどくノノシッタが、こうして再現に再会できて、やっぱり嬉しい。わたしはモリス商会の部屋よりこちらの方が好きだ。
ところで三国は近い割りにあまり行かないので、こんな素敵な建物がかつて存在していたことを、前回の展覧会まで知らなかった。戦災から生き残っていたら、さぞや・・・

東洋陶磁美術館から大きな白磁の壷も出ていたが、この豊かさが何とも言えずよかった。
芹沢の染織、河井の陶器、黒田の螺鈿手箱、志功の釈迦十大弟子板画・・・
とても満足した展覧会だった。
本当にいいものを見せてもらった。

年明けから巡回が始まるが、埼玉近代美術館でも11/3まで「アーツ&クラフツ イギリス→アメリカ モリスからロイド・ライトまで」という展覧会が開催中。
併せて見る機会のある人は、ぜひとも楽しむべきだと思う。
京都では11/3まで。また再訪することに決めている。




インドネシア更紗のすべて

細見美術館で15日までインドネシア更紗の展覧会があった。これは千葉市美術館からの巡回で、この後は大倉集古館に行く。千葉での展覧会はTakさんがご覧になっていたので、そのときから楽しみにしていたが、見に行くのに随分時間がかかり、ナゼか閉幕寸前に行った。

『まづ水。その性のよしあしはてきめんに仕事にひびく。江戸府内のことにして、谷中三崎から浅草堀田原あたりの水ならば京の水にもめったにおとらない。・・・仕事はすなわち更紗を描くことであった。・・・唐、朝鮮、シャム、天竺、ジャガタラ、安南、オランダそのほか産地の風にしたがって、人物、鳥獣、花卉、草木、さまざまの手にわかれる。』
石川淳『至福千年』より
冒頭シーンに更紗職人が紹介されるが、そこに彼の仕事である更紗の工法が叙述されている。
石川淳信者のわたしは更紗展を見る前に、この文章を思い起こしていた。
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インドネシアは大小さまざまな島々で成り立っている。そのために一口でインドネシア更紗とは言えない個性の違いが活きている。
ジャワ、スマトラ、バリ、と言った主な地だけでない産地のものも多く展示されていた。
単品で見た場合、どうもあまり食指も動かぬのが、これだけの数が集まると、美の競演となり、観る者を溺れさせる力をみせた。

地域性の違いにより生まれた個性を愛でるのも楽しいし、身分による約束事など、そんなものを見るのも興味深い。
信教の差異からの絵柄選択も楽しい。アラベスクを描くものはモスリムだし、ヒンディーのそれはまた全く違う。旧宗主国オランダの嗜好に合わせた作品もあり、実にさまざまな構図・染織・刺繍を見た。

東南アジアでは男性衣装にサロン(腰巻)が用いられている国が多いが、この更紗もサロンやスカートとして使われる約束があったのだ。
インドネシア更紗について詳しくはこのサイトへどうぞ。

子供の頃、ジャワ更紗というものを色々見た覚えがある。
仕覆か表装かに使われていたのを見たような。
近衛家煕の表具にもあるから、先の小説のように、日本は昔から更紗を愛してきたのだった。
関係ないが、京都の船岡山のそばにある元・藤の森温泉(銭湯)は今では「更紗」という素敵なカフェだし、千日前にあるがんこ系列の創作寿司屋も「更紗」といい、いい感じのお店だった。
やっぱり更紗は愛されているらしい。

ところでインドネシアのガムラン音楽の楽器があり、触ってもいいと言うことなのでちょっと遊んだ。
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たいへん楽しかった。気分は「ブランカ」ぽい。

鼻煙壷1000

東洋陶磁美術館で沖さんと言う方が寄贈された『鼻煙壷』1200点の内、千点ばかりが展示されている。
この東洋陶磁美術館は、市民や企業からのありがたい寄贈品がコレクションの根幹を成していて、今回もこうして愛らしい作品が仲間に入ったのが、嬉しくて仕方ない。
鼻煙壷(ビエンコ)はかぎたばこ容れで、ヨーロッパから中国で主に使われ、生み出された。
嗜好品の容器は愛でられるように作られている。
ガラス、陶器、石など素材も様々に意匠も豊かに作られている。
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わたしが最初にこの存在を知ったのは、13年くらい前だった。
能登のガラスミュージアムに行った友人からのお土産に絵葉書があり、それで初めて知った。
なにしろ愛らしい。
実物の大きさはわからなかったが、愛らしさは一目で伝わる。
実物を見たのは、’98.5月のたばこと塩の博物館での展覧会『知られざる美術工芸の世界 かぎたばこ容れ』。それから2000年秋には『鼻煙壷 中国皇帝が愛した嗅ぎ煙草入れ』で大々的に見た。
さすがにいい内容だと感心した。
そのコレクションを思い起こさせてくれる素敵なコレクションがここに収蔵されたのだ。
嬉しくなるのも当然だった。

ここでは素材別に分類され、展示されている。制作時期は多くが19世紀から20世紀。
清朝の時代に広まったために、技巧にも時代性が見えている。
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中国の染付つまり青花の作品が並ぶ中に、釉裏紅の綺麗なものがいくつかあった。
なんとも艶かしい。磁器と言うものはその大きさ・形態に関わらず、深い魅力を発するものだが、小さなサイズの釉裏紅というものは、官能的だと思った。
カタチや色合いと言った外観だけでなく、中身は嗜好品を納めているのだ。
それを思うと、いよいよ艶かしさが増してゆく。

馬文、童子文と言った可愛い絵柄のものもあり、拵える側も誂える側も楽しんだことがわかる。いずれも本体の口を閉める蓋が可愛らしい。

小さな胴腹に唐詩を書き連ねたものがある。
「朝辞白帝彩雲間」・・・李白だな。さすがに人気が高い。わたしも漢詩や唐詩が好きだが、しかしどちらかと言えば文字を絵柄として使うものは好まない。

五彩の中で虫尽くしの図柄のものがあった。今でも胡同あたりの住人は闘虫を娯しむと聞くが、これなども好きな人には嬉しい図柄だったろう。
カタチそのものがセミもある。蝉はめでたい生物と言うことで、中国人に愛されている。
白木蓮に止まる雀に飛んでくる雀。かわいいラヴァーズ。

ガラスに何層か他のガラスを懸けて焼く技法があり、それで生まれた美しい鼻煙壷もあった。わたしが最初に絵はがきでみたのはこのタイプ。
中国のガラスは不透明のものを多く愛していると言うが、透明と不透明のを融和させる技術やセンスにも感心した。

琥珀のガラスなどはモカ色で面白く(ヤニを連想させる)、白ガラスは不透明さがいかにも中国的でいい。茄子色ガラスもあり、不思議な色合いに惹かれた。
雪片ガラスは、二彩または三菜に彩られ、これもめでたい図柄の猫と蝶を腹に描いている。
下地のガラスそのものが綺麗なので、見ていると嬉しくなった。

久しぶりにガラスの内絵を見た。これは細い細い筆でガラスの内ら側に絵を描くもので、決して失敗は許されぬ難易度の高い技法で描かれたものだ。
先に上げたたばこと塩の展覧会サイトでは、この技法の写真が掲載されている。
わたしもその時にこんな技法を知ったのだ。
実に精妙を極めていたが、やっぱり中国の技術と言うものは凄い、とただただ感心するばかりだ。
その内絵でずらずら並ぶものがある。
歴代アメリカ大統領の肖像つき鼻煙壷がある。ワシントンからクリントンまで。
よく似ているが・・・どうも見たことがある。・・・あれ???前回、たばこと塩でも見たぞ・・・
もしかすると、前述展覧会、沖さんのコレクションだったのか?

全くの初見が金砂石を使ったもの。赤茶色の中にチカチカチカチカした砂状のキラメキがある。そんな石を使った鼻煙壷。触り心地はどんなものだろうか・・・
他にも虎目石、チラシにもある緑色の孔雀石などが眼を引いた。
翡翠、琥珀、瑪瑙、瑠璃・・・字面を眺めるだけでときめくような素材たち。
象嵌、彫琢、描漆、七宝、透かし彫り・・・技法も眼に鮮やかなものばかり。
どれを見ても本当にいとしい。
実用性以上に愛玩性が高いもの・・・それは歓びになる。

本体も愛らしいが、蓋がまた可愛いものが多い。
例えば魚の形のものがある。蓋は紅の水晶のようなものを選んでいる。
魚はその玉を咥えている。まるで龍宮の魚のようだ。
(龍は中国では皇帝の象徴なので、それを使うことは禁じられている)
象牙のウサギは玉を天に向けている。
鳥型の本体に、蓋は王冠だったりする。
楽しい遊び心。
嗜好品にはその遊び心が何よりも大事なのだとつくづく実感する。

他にも透かし彫りの技法で珠を包むものや、その透かしに小さな宝石を嵌め込むものもある。
技巧に技巧を重ねたものを尊ぶ性質がわたしにもあるから、見ていて嬉しくて仕方なかった。

今後はどのような形でこのコレクションが展示されるかはわからないが、出来るだけ多く展示してほしいと思う。9/28までの展示。いいものを見た喜びは深いものだと、改めて実感した。



満員御礼の京都

ちょっと今回の記事は色々思うところがあり、読まれる方は出来たら反転してください。
そんな大したことでもないけれど。

大阪ハイカイ挫折ありツアー

13日は大阪市内ハイカイに決めていたので、梅田に出た。予定は以下。
スカイビル『人間 この愚かですばらしきもの』を見てから大丸梅田『命めぐる海』(再訪)の後に、リーガロイヤルホテル送迎バスで国際美術館『モディリアーニ』(再訪)、更にそのバスで淀屋橋に出て、東洋陶磁『鼻煙壷』そこから徒歩で本町のINAX経由して、サントリー『ミッフィーと見る美術館』(再訪)、難波にでて高島屋史料館『日本の風景』の後にあべの近鉄『水森亜土』で終わるはずだった。
しかし大阪での予定は狂い勝ちなのだよ、常に。

とりあえずスカイビルに行くが、大雨の後のカラッと晴天なので暑い暑い。
スカイビルまではヨドバシの隣の地下道を延々と歩く。
ところがこのスカイビルのすぐ裏にウェスティンホテルがあるのを初めて認識した。
知ってたら、送迎バス使いましたがな?

南條亮の紙粘土人形ジオラマ。mir826.jpg
7年前に阪神百貨店で見て以来の展覧会。
あのときは明治から昭和初期の大大阪の時代、東洋のマンチェスターと呼ばれた栄光の時代を、繁華街の再現などで見せてくれたのが印象に残っている。
今回はいきなり戦時中の再現。
大阪大空襲。死んだ人々を寄り集めて荼毘にふせようとして火をつける様子まで再現してた。
それから敗戦後の梅田の様子もある。ボタンを押すと人形が動き、会話が始まる。
進駐軍に声をかけるパンパンや、Give Me Choco!!や闇市の様子が露悪的なまでにナマナマしく再現されている。満員電車まで動く。
更に戦災孤児の明日のなさまで再現する。
やっと庶民生活が再開したところへ、捨てられた子供らの姿までそのジオラマにはめ込まれる。
作者は1937年生まれだから、実際にその情景を「視て」いたのだ。
やがてちょっとずつ復興して、子供らも大人も機嫌よく過ごしだす。
人形制作のためのエスキスもある。散髪屋のバリカンのせつなさとか、色々。
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正直言うと、この時代に生まれなくて良かった、と思った。多分わたしは生き延びられない。
人から聞かされ続けた話がこうして再現されると、まったくつらいものだ。やっぱり戦争はいかん。
最後に明治の道頓堀風景の再現もあり、その享楽的な様子には安堵した。
しかしどことなく露悪的で、ニガテはニガテなのだった。

梅田に戻ると、そのまま大丸で写真展をみた。
これは以前東京の三越で見た展覧会の巡回。『中村征夫 命めぐる海 写真展』。
大丸はミュージアムなので三越と違い、買い物の喧騒は遠い。
紅海『刳り貫かれた洞窟』 mir824.jpg
よりによって魚型に刳り貫かれ、一匹だけ離れたのをナイスタイミングで撮影。
サカナのサカナによるサカナの洞窟。
実に多くの海に潜って撮影されている。それも人間やめてワカメにでもなったような自然さで、魚たちを捉えている。
特に好きなのはこのアヤコショウダイの集団写真。
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なんだか記念撮影風で可愛い。
東京湾、紅海、黒海、オセアニア、太平洋・・・多くの海に潜って魚の生活を捉える。
正面顔のアップも楽しい。mir825.jpg

大丸から阪神により少し買い物をして、そこから淀屋橋まで歩く。
中之島図書館に貼紙がある。『旅行案内書[ガイドブック]に見る大坂大阪 OSAKA』画像もある。
ここの建物は住友家からの寄贈。すばらしい建物だが、図書館機能としてはどうなのかわからない。古典籍室で、旅行ガイドのちょっとした展示があって、それを眺める。
明治時代のみのお遊園。この地図が欲しいと常々思っている。
何しろわたし好みのパラダイス風なのだから。
不老橋から動物園を巡遊するような仕掛けになっている。そんなのが好きだ。

さて次に東洋陶磁で鼻煙壷展に行ったが、これだけは別に詳細記述する。
出た後、北浜から日本橋へ向かう。

高島屋史料館では『日本の風景』展が開催中。初回頃のオークラのアートコレクションで見て、衝撃を受けた小出楢重『六月の郊外風景』はここの所蔵品。久しぶりに再会した。
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絶筆の『枯木のある風景』よりこちらの方がたまらなく好きだ。
他に有島生馬の山岳風景、梅原の桜島、中川一政のルオー風な漁港図が目に残る。
高島屋は大昔から芸術家の庇護を続けてきたのだった。
岩田藤七のガラスはイチゴジュースのようで可愛かったし、 楠部彌弌のめでたい茶碗もあった。
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絵画と工芸品の他に、このパンフ表紙のように、厚板の蒐集も怠りがない。
mir823.jpg井伊家伝来の厚板。
今や彦根と言えばゆるキャラひこにゃんだが、井伊家の歴代コレクションは素晴らしい名品ぞろいでもある。

ここから天王寺に出てあべの近鉄で水森亜土展を見ようと思ったが、やめた。
サントリーのミッフィーも国際美のモディリアーニも再訪をやめた。
まぁちょっと某ブックオフで立ち読みし始めたので時間が無くなったこともある。
最後は三番街の菊屋でアイス最中をおいしくいただいて、それで帰宅した。
地元のせいか、ついつい自分に甘くなって、予定を崩してしまうのだ・・・
東京ツアーのときのようなマジメなキチョーメンさはどこへ行ったのか。
(ただのパラノイア的行動なのかもしれないが)
13日はこれで終了した・・・。

仲秋の名月

今日みた月は坂本繁次郎の描いた月に似ていると思った。
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淡淡もあもあした靄のような光の輪の中の丸い月。
京都からの帰りの電車でじーーっと見ていた。
大山崎の辺りで眼を離すと、遠くなっていた。
さっきまでストーカーのようにわたしについてきていたくせに。

高槻に近づいたとき、月は完全にわたしの後方に留まっていた。
首をねじて振り向かないと、月の奴、見えないぜ。
外もだいぶ暗くなった。
18:33の月はもうずっとわたしの後に下がっている。
わたしは月から遠ざかる。
(引力のことなんか知らんわ)

茨木に着いたのは18:37だったか、びっくりしたことに月の奴、たった4分で追いついてきやった。
黒い空に黄色い丸い丸い肥えた姿見せている。
食べたろか、月。
(蒸しパンみたいなやっちゃなー)
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帰宅して玄関から見上げたら月、先に着いてた。
・・・負けた。
家では月見団子と芒に菊が待っていた。
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上方の月見団子はこんな風に楕円で、絵のような丸い団子はあらへんのです。
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月の替わりに月見団子食べて、満足したわ。
バイバイ、月。

シャガール展

兵庫県立美術館の『シャガール展』に行った。
実はシャガールを最初に認識したのは長淵剛の名曲『Time Goes Arround』からだった。「壁に掛かったシャガールにもたれながら見下ろすハーバーライトの数を数えたら・・・」
そこからシャガールに意識が向いたのだった。
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シャガールといえば重力を乗り越えて人もけものも一緒くたに宙に浮かんでいる構図、それが思い出される。それからシリーズの『ダフニスとクロエ』。
今回はかなり若い頃から晩年までの作品が集められているが、『死せる魂』と旧約聖書のシリーズ物が出ていた。
『死せる魂』は以前にも見ているが、旧約は初めて見た。

若い頃の作品のうち、いったんパリからロシアへ戻ったときの作品群が集まっていた。
家族の肖像がそこにある。
仲良しの弟や祖母、妹たち。
弟『ダヴッド』の肖像画では、彼はマンドリンを弾いている。これは旧約のダヴィデ王の竪琴を弾く故事からの着想らしい。

ロシアでのユダヤ人の生活というものは、蔑視されることが多く、つらいともきく。
信仰の違いと、それを守って生きる人々との軋轢もあるだろう。
前々からどうしてシャガールの絵画世界では人も鳥も牛もみんな空を飛ぶのか不思議だったが、イディッシュ文学の中にルフトメンチュと呼ばれる空中を行く人の存在があるからだ、と今回知った。
さまざまな伝承は人によっては生きるものだ、と改めて思った。

展示品の大方はトレチャコフ美術館とパリの遺族からの貸し出し品。
サイトに行ったが、画像のページはみつけられなかった。

モスクワの国立ユダヤ劇場の壁画が来ていた。90人収容の小さな劇場で、ユダヤ人によるユダヤ人のための演劇が行われていた。
その壁画をシャガールは描いた。「壁面」の白をそのままイメージとして残し、躍る人・倒立する人・演奏する人・・・らが描かれている。
1920年の作品だが、色々もめて仕事代は支払われなかったそうだ。
どちらかといえばあんまり面白くはない。

愛妻ベラの写真などがあった。美人である。そのベラとの楽しい日々が絵画化されると、空を飛ぶ恋人たちや花嫁になるのか。
全然無関係だが、長恨歌を思い出した。
在天願作比翼鳥 在地願為連理枝
天にあっては願わくは比翼の鳥となり、地にあっては願わくは連理の枝となりましょう。
こんなイメージがある。

しかし一枚だけいつものイメージとは違う作品があった。
『ヴィテブスクの街の裸体』 裸婦が背中を向けたのが宙に浮かんでいるが、付随するものも追随するものも何もなく、ただ彼女一人だけが浮かんでいる。しかもその背を見ると、シャガールと言うよりモディリアーニ風の塗りだと感じた。なんとなく不思議な感じ。

今回、版画集の展示が多い。
『わが人生』という自伝のシリーズもあった。出産した母の腰の辺りの血が妙にナマナマしい。生まれてすぐの町の火事なども描かれている。そして父母の墓前でシリーズは終わる。なんとなくブラックユーモアなのかと思ってしまった。

『ラ・フォンテーヌ寓話』 この中でも『ユノに訴える孔雀』が綺麗だった。
『聖書』では『イサクの犠牲』がたいへん綺麗だった。つまりイサクの美貌にときめいたのだ。『サムソンとデリラ』もよかったが、このエピソードはいつも映画を思い起こさせるのだった。

シャガールの豊かな色彩を求めて見にゆくと、少し物足りないかもしれないが、版画の技法を楽しむにはとてもいい内容だった。

広島で見た近代建築とル・コルビュジエ展

先週の日曜日、広島市内を広電一日チケットでハイカイした。
わたしは路面電車が大好きなので楽しく乗り換え乗り換えし続けた。
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宮島口からでんでんと乗ったので、けっこう乗ったなーと満足している。
最初に江波で下りて、てくてく歩いて山の上の気象館に向う。真っ直ぐな道路から見上げると緑の中にクリーム色の可愛い建物がのぞいた。
IMGP4833.jpg広電サイトにはこうある。
被爆した旧広島地方気象台庁舎(市重要文化財)を利用した気象博物館です。風速20mを体感できたり、雲の中に入る体験ができます。
外側も可愛いが、中もいい感じの装飾がある。
玄関ドアガラスのステンドグラスはアールデコ風。
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それでわたしはここで雲の中に入る体験もしたが、ふわふわしたなー。
台風体験もあり。小学生の坊やが「すごい風だよー」と言ったが、ホント、すごい風でした。ああ面白かった。山から下りるとき、何でか知らんが、蝸牛の殻を4個もみつけた。
なんか不思議な感じ。IMGP4837.jpg
みんなどこへ行ったのだ。ホームレスになったのか買い換えたのか。

また乗って今度は袋町の旧日銀へ。
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市街ど真ん中だが原爆から残った建物。長野宇平治の設計。サイトから。
1936年に竣工。地震に耐えられる設計で造られていたため、爆心地から380mという近さにありながら建築当時の外観をとどめています。・・・手入れされていないからちょっと剥落してるが、それでも往時を偲ばせるものがある。
特に支店長室の暖炉がそう。IMGP4844.jpg
唐津の日銀でもそうだったが、やはり暖炉が見事なのだ。

それで次に宇品へ向おうと、何気なく外を見てあわてて飛び降りたのが、広島教育大付属校前。
こんなものが残ってました??。
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これはなかなか見事な装飾で、たぶん’20?’30年代のもの。やっぱりこういう物件を発見するのは嬉しいし、「見る努力」を惜しんだらアカンなーということでした。
見つけれて嬉しかった。

次の宇品にはレンガ造りの郷土資料館がある。ここは昔の帝国陸軍の補給関係の建物。
公園の中にあり、そこには良く肥えた猫もいた。
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中では新見南吉『ごんぎつね』関係の展覧会が開催中。ここに収蔵されている民具がごんぎつねの物語に登場するのと同じようなものだからの展覧会。
わたしはいまだに『ごんぎつね』がつらくて読めない・・・今回も胸が痛かった。

さて中心地へ向う。この日は広島市民球場での阪神タイガース戦最後の日で、物凄い人出だった。いや実に凄まじかった。
思えばこの市民球場は、広島の人々の心を楽しませようとして造られたものなのだ。
本当にこれまでご苦労様でした。
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そしてその向かいには原爆ドームがある。IMGP4857.jpg
正直に言うと、思ったより小さい建物だった。しかしその鉄骨や剥落の様子を見て、涙がにじんできて、どうにもならなくなった。
大きいことは言えないが、核廃絶・恒久平和・戦争放棄は絶対に守らねばならないと思った。そうでなければどうするのだ。
むかし、広島はもう草木も生えないと言われたそうだが、今の広島は見る限り、市街地にも緑が多い地だと思う。やっぱりそれは広島の人々の努力の賜物なのだった。

ひろしま美術館は『パリの百年』展を開催していたので、東京で見たわたしはパスして、所蔵品絵ハガキを少し買った。所蔵品だけ見せてくれることは出来ないそうだ。
残念。

最後に県立美術館へ行く。現代美術館のある比治山の感じも素敵だが、あまり関心のある展覧会ではなかったので、行かなかった。
『ル・コルビュジエ 光の遺産』 mir819.jpg
コルビュジエの設計した建物は模型が多く拵えられているが、以前見たものばかりだったので、「コンニチハ」気分で見て回る。
ときどきペーパークラフトで彼の建造物を拵えてみたくなる。もしくは白いダイヤブロックでもいい。(レゴでは1パーツが大きすぎる)
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図面や彼の思想などもわかりやすい展示があり、20世紀の建築の変容について色々思い巡らす時間を与えられた。
モダニズムそのものについても色々と考えさせられた。
建築家はひとつだけ建物を造って、それで終わりと言うわけではない。
都市そのものの今後の在りようを提示する。
それが本当の仕事ではないか。
・・・どうも思考の迷路に入り込みそうになったので、これでやめる。

他木製おもちゃや絵も多くあった。しかしながら、絵はどうもよくなかった。

常設ではバウハウスの絵画展覧会があった。丁度タイミングのよい展覧会。
ライオネル・ファイニンガー『海辺の夕暮れ』はモダニズムでありながら、同時に叙情性まで内含している。
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見ものの多い美術館だが、一つだけ不満がある。常設展示の絵画など絵ハガキがなさすぎる。
小林千古の二人の裸婦を描いた習作などいいものが多い割りに、輸入物などを売りすぎていた。

美術館に隣接して庭園・縮景園がある。
説明によると、「広島藩主・浅野長晟が1620年から別邸の庭園として築庭し、作庭者は茶人として知られる上田宗箇です。原爆によって壊滅状態になりましたが、県教育委員会が整備を進め、復元しました」
その上田宗箇の愛した茶道具などを展覧会で見たことがある。
江戸時代初期の武将らしいつよさを感じる茶碗などが記憶に残っている。

広島駅まで乗ったところで終点。後は新幹線で大阪まで戻る。
もみじまんじゅうもお土産に買い、楽しいツアーはこれで終わるのだった。


蠱惑の大正 日本画繚乱 2

昨日の続き。
「美人画ではない、女の姿」として集められた絵。
成園『手鞠図』 IMGP4816-1.jpg
女が手鞠のほつれを引くのか、縫い取りを続けているのかはわからない。
細面の優しそうな女。何を想って手鞠を持つのか。

『すし屋の段』 義経千本桜の情景から。弥助(実ハ平維盛)を誘うお里。屏風の向うから。むろん絵には声はないのだが、ここのセリフは聴こえて来る。
「お月さんも寝たわいなぁ」 だから・・・
好きな芝居の一つ。成園も好きだったのだろう。

その隣にもいい絵があった。
竹内無憂樹『浴後』 IMGP4816-2.jpg竹やぶの中の家の裏庭で、素肌のままの女。
こんな家に住みたい、と時々思う。ただし覗かれては困るが。

謎の画家として近年少しばかり光が当たった増原宗一の絵が数点並ぶ。
『春宵』 mir817-2.jpg
横顔の美しさに惹かれる。星野画廊でもこの絵が目玉の展覧会があった。

『夏の宵』 特にこの絵が良かった。三人の女たちの位置関係がいい。艶かしさだけでなくどことなく実感がこもっている。色調もよかった。
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『鷺娘』 ねっとりした微笑を浮かべているが、それでは雪が解けてしまうかもしれない。

恒富『願いの糸』 七夕の行事の一つ。今は廃れてしまった。この絵は他にも何種類か見ている。昔の女の人はこうやって上達を願うわけだ。眉の辺りに惹かれた。

樋口富麻呂『鳥芸の少女』 珍しい画家に会った。なかなか見ることのない画家の作品。
こういうのが出ているから、この展覧会は嬉しいのだ。
どんな芸を鳥に仕込んだのかは知らないが、少女の立ち姿には芸人らしさがにじんでいる。
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甲斐庄楠音『玄冶店』 彼はよほどにこの芝居が好きらしく、京都造形大での展覧会に出たスケッチブックにも、幾種か描きこんでいる。
ここの与三郎は傷がなく、ぺろんとしている。切られ与三郎ではない。白い肌の男。
・・・不義を見咎められ、切り刻まれ苛まれ、命からがら落ち延びる。零落して世をすね、偶然とは言え昔の女のもとへゆすりに出る。
それが観物の与三郎だが、この彼は素肌に何の責めも受けてはいない。
ふと、楠音が好きなのはこの芝居ではなく、それ以上に与三郎という男なのかもしれない、と思った。

『瀧の白糸』 鏡花の原作より、新派の芝居や映画の方が名作になったのは、これや『日本橋』『湯島の白梅』などだと思う。鏡花の幻想小説は三次元化出来ないが、芸道物や芸者ものなどは、原作を咀嚼し、熱心に三次元化しようと努めた役者たちの力によって、今に残っている。溝口健二監督の下で風俗考証などを担当した甲斐庄楠音だけに、この瀧の白糸は『義血侠血』の彼女ではなく、『瀧の白糸』のタイトルロールそのものなのだった。

『風船と女』 どういうわけかこのモティーフを愛した甲斐庄楠音は、多くの作品を生んだ。ここにあるのは立つ女を横から眺めた構図で、風船はその視界からは外れている。
女は一体どこをみつめているのだろう。気だるいような身体を持て余しながら。

湯浅源三『役者の人形振り』 吹輪に水色地の着物の姫君が三人の黒子の手で舞わされている。衣装だけではなんの芝居かがわからない。この絵の半世紀ほど前には三世田之助が手足の自由をなくして、しばしば人形振りを見せていた、そうだ。

再び階下へ戻る。
座敷仕立てのところに富田渓仙の『支那風景図』屏風がある。畳に上りこんでじっくり観賞する。こういうのも嬉しくなる。

ここは京都画壇の大御所たちの作品が集められていた。
西山翠嶂『虎之図』 対の虎がいるが、妙にかわいい。京都に恩賜動物園が出来て、画家たちはみんなそこへ写生に行ったそうだが、そうした中で生まれた作品のように思える。

都路華香『涼風』 川面の漣が、その描写がいかにも彼らしい作品で、観ていて嬉しくなった。漣の情景を絵画化し、それが意識に残るのは華香と平八郎くらいのように思う。

栖鳳『羅馬之図』 この作品はここの所蔵品らしい。欧州にもでかけた栖鳳がかの地の風物を描いた作品はこれまでいくつも観てきたが、現実の風景ではなく、霞が掛かった幻の国のように思える。そこが何とも言えず、魅力的なのだった。
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好ましい日本画を多く見た。実に嬉しかった。展覧会は前期が10/19まで、後期は10/24から11/30まで。少し遠いが、行く価値のある展覧会だった。

蠱惑の大正 日本画繚乱 1

海の見える杜美術館では『蠱惑の大正 日本画繚乱』というまことに魅力的な展覧会が開催されている。
初日に出かけたが、大阪から宮島まで出かけた甲斐のある、ときめく展覧会だった。
基本的に1920?30年代が好きだということもある。近代日本画を愛しているということもある。
そこへこんな展覧会のお誘いがあれば、どうしても出かけずにはいられない。
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ナマナマしくも魅力的なチラシ。
今回、特別の許可を得て作品の撮影もさせていただいた。
以下、下手な画像はみんなわたしの撮影による。

知る画家も多い一方、初めて知った画家の作品も多かった。
知るはずの画家の、全く知らない技能を見ることも出来た。
大正デモクラシーは即ち、大正デカダンスでもある。
昭和初期のエログロナンセンスは大正と言う時代があったからこそ、生まれたものだ。
そんなことを胸に懐きながら会場に入る。

先日の記事で少し書いたとおり、同時代のポリフォン社の大型オルゴールや蓄音機が並び、その演奏を楽しんだ後、となりの壁を眺める。
週刊朝日や上方趣味といった雑誌が置かれている。表紙はいずれも木谷千種の手による。
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木谷千種は大阪の女流画家で、池田に住んだ。画塾を開き、多くの弟子や同志が集まった。夫君は近松などの研究家でもある木谷蓬吟。
数年前、池田で回顧展があって以来、高島屋などでも大掛かりな展覧会があり、女流画家は東京や京都画壇だけではないのだ、と示してくれた。
実際大阪の場合、この時代の女が画家として腕を上げ名を挙げるのは、決して疎まれてはいなかった。彼女らはしばしば高島屋で展覧会を行い、自由な雰囲気を見せる写真などを多く残している。
ただ残念ながら戦争で、なにもかもワヤになってしまったが。
国内に残る作品より、アメリカ辺りに彼女らの作品が多く残っているようでもある。
本絵もいいが、商業イラストとしての絵も嬉しいくらい、良かった。

ここから一旦エレベーターで上がり、そこでまず『農村風景と働く人々』として集められた作品を眺める。どうも『蟹工船』がブームの現状、働く人々を見ると妙に滅入ってくるので、このあたりは軽く流す。わたしもどうしようもない労働者なのだし。
それでもいい絵はいくつかある。

山口八九子『耕』 南画風と言うより戯画に近いようなオジサンが機嫌よく耕していた。いかにも八九子らしいのどかさがあった。
千種掃雲『曲芸』 チラシの綱渡り少女。高下駄に傘と言うスタイルは、両国に軽業見世物小屋があった頃からのスタイルだが、さすが大正だけに少女はピンクのワンピースを着ている。腰に手を当てる一際目立つ男は親方だろう。あとは観客。
なんとなく加藤まさを『消えゆく虹』、里見『TBV』を思い出す。
曲馬団の子供はみんな攫われっ子だという俗説を思い出す。
日本のサーカスがアートになったのは昭和の真ん中以降だと思うが、それ以前の薄ら暗さに妙に惹かれる。
『ほおずきの女』 これは少しばかり齢のいった女で、頽れたものを隠そうともしない。膝に鬼灯がぽつんと置かれている。くちゅくちゅと手で撫で壊し、鬼灯笛を作ろうとしているのかどうか…。この女を見ていると、先の可憐な曲芸少女の未来の姿のように思える。
掃雲と言えば、小舟が蓮池を行きすぎる絵ばかり思うのだが、こんな作品もあるのだ。
うらさびしさに、妙に心惹かれる。

『大正の匂いと昭和の香り』 ここには美人画が集まっていた。
わたしは「匂い」という言葉が好きで、「いい匂い」とは言うが「いい香り」とは使わない。
「匂い」には実感があるが、「香り」は過ぎ去った後の観念のようにも思える。

チラシにある恒富『阿波踊り』は以前、切手になったような気がする。
わたしは切手コレクターではないからはっきりは言えないが、どうもそんな記憶がある。

くちべに、と同じタイトルの絵が二枚並んでいる。
板倉星光の『口紅』は舞妓が小さな手鏡をみつめながら指で紅を指している。
紅差し指、という古語を思い出す。丸顔の愛らしい舞妓。
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北上聖牛の『口紅』は花魁のようである。大きな丸い鏡に自分を映しながら紅を差す。半襟の紅も着物の柄の小梅も、口紅同様、血のように赤い。誰かの執念が纏いついていそうな薄い怖さがにじんでいる。

山田星村『二の口村』 駕籠に寄りかかるほっかむりの男。女とここまで逃げてきたが、もう行くアテはない。父の住む村にたどりついたが、人目をしのぶ身とあらば、こうしてほっかむりをするしかない。
「ほっかむりの中に日本一の顔」とは初代中村鴈治郎を讃えた言葉だが、もしかすると画家は彼ではなく、東京の絶世の美男・十五世羽左衛門を想いながら描いたのかもしれない。
この絵は表装も凝っていて、浄瑠璃の床本を使っている。

林司馬『ほおずき』 IMGP4813-1.jpg
司馬の描く女は素人も玄人もみんな、どことなく清楚に見える。
柳の下の床机に座る二人のもとへ歩みよる女。構図的には清長風でもある。
応挙の弟子・源を思い出すこともしばしばあり、近年まで司馬が「近代の画家」とは思わなかった。

不動立山『桜狩』 IMGP4812-1.jpg
愛らしい少女二人の花見風景。立山と言えば『大井川』などのように情念を露わにした絵ばかり思い出すのだが、これは自然とほころび始めた愛らしい少女たちの優しい姿ばかりがある。いい絵だった。

『京都画壇の青年画家たち』 ここで『美の巨人 甲斐庄楠音と横櫛』が放映されている。横櫛も3バージョンほどあるが、一つずつ微妙な違いがあり、それがたまらない…

粥川伸二『望郷』『南蛮人』 これらは府中で見たのか堺で見たのか、区別がつかない。どちらでも見た可能性がある。粥川はどうしてかこうした南蛮人を描くのが好きらしく、他にも南蛮人の食卓風景を描いている。堺と言う土地柄だろうか。

長くなるので、前半はここまで。

菊慈童を求める

今日は九月九日重陽の節句。本当は展覧会の感想にするつもりだったが、方向転換して自分なりに小さな重陽の祝いをする。
重陽と言うても新暦の今ではあと一ヶ月ほんとうは後だが。
「この妙文を菊の葉に。置く滴りや露の身の。不老不死の薬となって、七百歳を送りぬる。汲む人も汲まざるも。延ぶるや千歳なるらん。」謡曲「菊慈童」より。
罪科を受けて流された美少年が菊の葉の露で七百年の長寿を生きる。めでたくはあるようだが、少年は自分を寵愛した周の穆王のもとへは、決して戻ることは出来ぬのだ。
不老不死のまま菊の葉の露だけで生きる。どことなく恐ろしいような物語でもある。

横山大観の菊慈童。mir545-2.jpg
無邪気さと艶かしさが同居した美しい少年。梅の羅浮仙(春)と対になるかのような秋の美少年。

菱田春草の菊慈童。mir815-2.jpg
ふっくらと愛らしく、なるほど侍童という趣がある。彼にはまだ主の下へ帰る夢があるのやもしれぬ。

山本春挙の菊慈童。mir815-1.jpg
岩を机に書を認める横顔に品がある。誰にむけて書くのか、自分の想いを連ねているのは何のためか。

少し下り、応挙の弟子・源琦の菊慈童。優美さがなにより愛しい。
mir815.jpg
先般、国芳の菊慈童も見たが、そちらも優しくも奥床しい佇まいがあった。
やはり菊慈童は優美にして静謐な面持ちで山中に生きているのだろう。

さまざな菊慈童がいる。
もう二度と人の世に戻らぬ存在と化した菊慈童。
この世からそっとのぞいてみた。

アキ前の宮島ツアー

週末、広島ハイカイいたしました。
いくつか展覧会も見たけど、それについては後日ねちねち書き起こします。
なにしろ広島に行くことがないので、妙にドキドキしていたわたし。
新幹線はレールスター。IMGP4772.jpg
そう言えば数年前、呉・下関などの建物を見学して廻ったとき、広島で下車したことはあったが、速攻でタクシーと船に乗り、地は殆ど踏んでいない。
前回は江田島の海軍兵学校に見学に行ったなぁ。
今回はとりあえず宮島へ。
宮島口にある海の見える杜美術館に行く前に、あなごで有名な「うえの」へ。
IMGP4773.jpg今回色々お世話になった学芸のIさん、Kさんとご一緒して穴子丼いただきましたがな?
これが実においしうございました。IMGP4774.jpg
やっぱり老舗の味と言うのはええもんです。
今回「宮島行くねん」と後輩Rに言うと、「何があっても穴子食べてください」と言われたけど、納得でした。ホンマにおいしい。中村勘三郎もここのお店を推奨してたけど、食べれてよかった。

とりあえず、わたしだけ船で宮島に渡る。
以前も書いたけど、実は宮島ツアーはこれまで数度に亙って挫折している。
台風二回、阪神大震災、友人の病気などなど。
「船が転覆するかも」とIさんにおどかされたが、穴子丼食べすぎたから、それもありうるかも・・・なんて思いながら、機嫌よく10分の船旅。
おお??厳島神社の海中の鳥居が見える??
わたしは平家ファンだから嬉しい。卒論が清盛と(末代の)「六代君」に見る平家の栄枯盛衰とかなんとかそんなのをネツゾーしたので、ますます好きだ。しかもわたしの女紋は揚羽蝶、つまり平家なんですよ。
IMGP4790.jpg
島全体が信仰の島なので、農業も明治半ばまで禁じられていたらしいが、遠目にも森が深い。
ああ、やっぱりこの朱塗りの海中に立つ鳥居が素敵。

神社にたどりつくまでに三対の狛犬さんを見る。IMGP4786.jpgどれもこれも可愛い。
明治26年のがあったか、それが最古だったような気がする。
けっこう色んなポーズの奴がいる。IMGP4800.jpg

島には鹿もいる。
奈良でもそうだが、なんでか鹿は藤下にいることが多いよな。
ギリシャのイソップ寓話でもそうだから、鹿と藤の関係は深いのだろう。
奈良の場合は藤原氏の氏神関係からあるけど、ギリシャのはそれとは無関係でしょう。
IMGP4782.jpg

参道には土産物屋さんと食べ物屋さんが目白押し。
これはどこともそうだけど、ここはさすがもみじ饅頭の本場。
わたしは帰りに焼きたてもみじまんじゅうをいただいた。IMGP4805.jpg
中はこしあんだけでなく、カスタードもある。ほかにチョコやチーズも・・・

朱塗り!いやもぉ実にそのまま。IMGP4789.jpg
それで自分がその廻廊や舞台に立ったら、なんかデジャヴがあるんよね。なんでやと思ったら、サザエさんのOPで日本各地の名所をバックにしてたので、それの記憶があったわけです。写真や絵画よりサザエさんが優先してんなぁ。
裏にもシャチホコ芸の狛犬がいた。

宝物殿にはレプリカが多かった。ここの宝物は数年前、奈良博でも見ている。
一枚心惹かれたのが明治の洋画家・小林千古の『誘惑』これはなかなか良い絵だった。

昔の大きな民家を転用した郷土資料館にも入った。
民具や家具のほか、清盛の像やその関係の浮世絵だけでなく、パネル展示があった。
そちらは陶晴賢と毛利元就の合戦の話。
陶晴賢と言うと、わたしはすぐに馬琴『近世説美少年録』を思い出す。ピカレスクロマンでしたなぁ。
IMGP4797.jpg中庭風景。

ちょっと高台にある塔や秀吉ゆかりの千畳閣にも。IMGP4802.jpg目の前?でしたわ。
この千畳閣は風通しが良くてはろばろしていて、気持ちよかった。
約束がなければ、ここでぐったりしたいほどだった。
多くの絵馬が掛けられていたが、新しいものはともかく、古いものは剥落褪色して、独特の味わいが出ていた。
IMGP4804.jpg

再び船に乗り、対岸へ戻る。
そしてタクシーで美術館へ。山中に白い建物が浮かんでいる。
MOA、MIHO同様、さる教団の所蔵品を展示する美術館。
タクシーの運転手さんによると来週からなら、シーナ&ロケッツのライブや茂山社中の狂言、ラテンダンスなどもあるらしい。人気は上々のようだ。
綺麗なカフェや丁寧なガーデンもあり、土日はレトロなオルゴール(ポリフォン社製)の実演などもある。蓄音機で古い音楽も流れた。
知ってる曲で、嬉しくなった。学芸のIさんKさん、そしてIJさんの前でついついその歌を歌ってしまったわたし・・・
『会議は踊る』だった。Youtubeに映像と音楽があった。

中学か高校の頃、かなり好きだった。古い古いオペレッタ。なにしろ1931年製作。
リリアン・ハーヴェイの歌声が流れている。古い蓄音機は音のひずみですら魅力になる。

展覧会を楽しんだ後、夕暮れのガーデンを散策し、それから美術館自慢のフレンチレストラン・セイホウ・オンブラージュですばらしいお料理をいただきながら、楽しいお話をする。
IMGP4819.jpg

あまりにおいしすぎて、細かいことを書くのは無駄のような気がするので、写真だけご覧下さい。
クイックなさると、間違いなくヨダレです。
IMGP4821.jpg IMGP4822.jpg IMGP4823.jpg
IMGP4824.jpg IMGP4825.jpg IMGP4826.jpg
IMGP4828.jpg 何もかも全てがおいしすぎた・・・感想は書けない。
デザートはバーでいただいたが、そのバーからの夜景もきれいだった・・・

こういう幸せを味わって、宮島ツアーは終わるのだった。


明日は展覧会の感想になる予定。

永樂即全『源氏物語五十四帖』

先般、京都文化博物館で先代の永樂善五郎がこしらえた、源氏物語五十四帖ゆかりの焼き物を見た。
五十四帖のタイトルまたは内容からインスピレーションを得て制作されたのは主に茶碗だが、中には香炉もある。
永樂家は三井家の庇護も受けていたが、千家十職の一つ土風炉師で、見事な焼き物を代々に亙って生み出し続けている。
近くは香雪美術館で代々の回顧展が開催されたが、三井記念美術館でも折々の展示に姿を見せている。
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わたしは永樂保全のファンで、これまで湯木美術館などで小物を色々楽しんできた。
先代・当代の善五郎作品は、先の香雪で見てからだから、ファン歴は浅い。

この源氏五十四帖は先代善五郎、つまり永樂即全が京大の吉澤義則博士から講義を受け、その感銘を作品に仕立てたそうで、即全の作品だけでなく、吉澤博士の源氏物語和歌懐紙が共に展示されている。
美麗な色紙に流麗な文字・・・平安朝以来の和の美がそこに集約されている。
画像は三十三帖から五十四帖までのものを挙げるが、色々と感慨深い作品がある。

例えば四十一帖『雲隠』 光君の死を示す帖であり、実際には書き起こされなかった(あるいは発表されず作者の胸の内だけに仕舞われて、決して表に出ることのない)エピソード。
これを即全は黒樂で表した。下部の金泥は死後の安寧を意味するのか、それとも仏の足跡を偲ばせるのかは、わからない。樂覚入が焼いたものだそうだ。

そして宇治十帖の最終話『夢の浮橋』は念珠である。
世の男を捨てて出家した女の指がまさぐるものとしての数珠。
これを見ると、諦念どころか深い深い執意を感じたが。

京阪神だけでなく、横浜でも源氏物語千年紀の展覧会やイベントが繰り広げられているのは、ほんとうにめでたいことだ。
この展覧会は9/21まで京都文化博物館で開催されている。

書けなかった感想・2

終わった「夏休みの楽しみ」をいくつか挙げる。
東博の『水族館』とゲゲゲの鬼太郎と電車模型と。

東博で『対決』を楽しんでから常設展時に出て、色々見るのが面白かったけど、基本的に記事にするのが遅いので、なかなか書けず、とうとう月遅れになっちまった。
なかなか可愛い器も見たのに。IMGP4761.jpg

特集陳列『水族館』IMGP4749.jpg
こういうツラツキの魚、好きだな、ホネのある魚。(刺さりそう)

IMGP4750.jpg尾頭付きで尻尾も立ってる。

他にも何故かこんなのもいた。IMGP4752.jpg
水中以外に棲む魚の代表は、この鯱と鯉幟とそれから・・・鰯雲くらいかもしれない。

これは数年前の「たばこと塩の博物館」での『たばこと塩の動物園』の親戚みたいなもので、面白かった。こういうコンセプトの展示は楽しいから好き。
あの永青文庫でもしていた。
そういえば銀座で見かけたのはタコだった。
IMGP4770.jpg


守口京阪百貨店で『ゲゲゲの鬼太郎』展があった。
境港から出開帳の鬼太郎たち妖怪のモニュメントがジオラマの中にある。
ワークショップでは砂絵で妖怪たちを描くこともしている。
さすが鳥取、砂絵とはナイスだな。
ほんで、昔の鬼太郎VTRが流れているが(白黒版)、これがまたわたしのトラウマになった話の解決篇ではないか!!
発端ばかり覚えていて、解決篇を見た記憶が無かったので、今回真面目にじーっと見た。
とにかく何が嫌い・何が怖いと言っても、「本当は違うのに誤解されたまま」という状況ほど厭なものはない。
それもこちらの主張が通らないのもイヤだが、主張しない、というのもイヤだ。その意味では昔の日本人の感性が大嫌いだ。
なんでこんなことを書くかと言えば、この鬼太郎の話が丁度そんな状況のものだからなのだった。
随分子供の頃からそういうのが嫌いなのは、もしかするとこのエピソードを見たせいかもしれない。
ただしここでは前者のほう、主張が通らないのクチ。
しかしあれから30年ほど経った今になって、やっとホッとしたので、まぁいいか・・・。
タイトルはたぶん、『大海獣』だと思う。


去年からか、夏の一週間ほど、阪急・阪神がそれぞれ梅田本店で電車模型の展覧会を開催している。
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わたしは阪神のほうだけ見に行った。どちらも行きスタンプラリーをするテもあるが、そこまで時間がなかった。
3歳半の甥っ子は電車模型に夢中で、ターミナルとしての阪急梅田駅が大好きだから、こんなところにつれてきたらコーフンしすぎるだろう。
可哀想だが、もう少し大きくなれば、つれていってやろう。
雲雀丘学園の鉄道倶楽部の少年たちが拵えたジオラマや研究発表なども面白かった。
それに実際会場内を運行するミニ鉄道もある。
一緒に行った友人のひとりが、元は某電鉄会社の運行システムに関わる仕事をしていたので、かなり興味深い話も聞いたりする。
楽しかったが、驚くような模型作品も色々見た。人間、好きなものへの情熱と言うのは、年齢に関わらず、篤く濃いものだ。


・・・なんか、あれだな、夏休みが終わったのに、宿題提出してなくて、一週目の土日で慌てて仕上げる子供みたいですな、この「書けなかった感想」1も2も。
ここだけの話だが、わたしは大昔からその常習犯だったのだ。大きな声では言えないが。



ピサロ 家族と仲間たち

カミーユ・ピサロの展覧会が京都のえき美術館で始まった。
これは全国巡回するので、来月は東京大丸に行くそうだ。
ピサロの回顧展は初めてだ。
考えたらわたしの中でピサロはあんまり関心のない画家だが、たまたま初日の日に京都にいるのだから・・・というわけで見に行った。
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親の反対を押し切って女中だったひとと生涯を共にしているから、愛妻家でもある。子孫にも芸術家が多く、本人も子らを応援していたそうで、家庭的にも円満な人だったそうだ。
だからこの展覧会のタイトルは『家族と仲間たち』なのだった。
この展覧会はアシュモリアン美術館からの貸し出しで構成されているから、大方の絵はこのサイトで見ることが出来る。
(以後、数値が振ってあるタイトルは、そのサイトでの番号と合致させているので、クリックしてご覧ください。)

穏やかな風景画が並んでいる。ピサロは『印象派展』に最初から最後までお付き合いした唯一の画家だというが、光を描こうとした印象派らしい作品がそこにある。
優しい作品が多かった。
カリブ海の島育ちで、フランス本土で学び、コローやクールベに感動し、普仏戦争を避けてロンドンに逃げ、ターナーにハマッた・・・こういう経歴を知ると、その作品の背骨が見える気がする。

わりと初期の作品でときめいたのが『芍薬』。元々芍薬の花が好きなのでいよいよ目がそちらに向いたが、花の色の美しさに嬉しくなった。
マホガニー風のテーブルの上に白磁に染付風の花瓶に大きく芍薬が活けられている。
しかしこの絵葉書は実物より色が濃すぎて、ちょっと残念だ。
実物の絵からは芍薬のあの甘い匂いが漂うようだったが。
実際の芍薬の花がそこにあれば、顔を埋めずにはいられないのだが、この絵にもそんな欲望が湧いた。
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人柄もよく年下の友人たちにも親切なピサロだが、気の毒に娘を一人10歳で亡くしている。
12『団扇を持つジャンヌ』 白いブラウスに青のジャンバースカート。可愛いショートカット風の少女がこちらを見ている。
団扇と背後の暖炉がなんとなくほのぼのしている。
しかしこの目の大きな少女は可哀想に早くに世を去った。

少女の母親であり、ピサロの妻の肖像画もある。
8『窓際で縫い物をするピサロ夫人』 光の入り具合がよくわかる作品。窓枠の金物の飾りが素敵だ。アンモナイト風に見える。
なんとなく幸せそうな表情で彼女は縫い物をしている。家族の誰かのための仕事。それが嬉しくて、楽しい・・・こんな主婦、幸せだなぁ。

『窓からの眺め』 チラシに選ばれたこの絵は、郊外の穏やかな農家の風景を描いている。
これは点描で構成されているが、ベタ塗りだとアンリ・ルソーにも見えそうだ。耕された土はどことなく薄紫色にも見える。
わたしはここにはいられないが。

田園風景より都会風景が好きなわたしは、ピサロの作品にもそれを求める。
セーヌ川の一方の河岸風景を描いた作品は、自分も機嫌よく歩いてみたくなる。

ナビ派風の作品もあった。
ピサロが尊敬するコローの絵もあった。少年の後姿が可愛い。
またどういうわけか、このチラシの裏側に挙げられている作品の悉くが、特に好ましく思えた作品ばかりだった。
mir811.jpg

終わりの方に来ると、カミーユだけでなく、彼の息子や孫たちの作品が現れる。
中でもジャポニズムをモロに浴びたのが、フェリックスではないか。
23『松林に夕日』 これなど完全にそう。これが日本に逆輸入されると、村山槐多の絵になるが。

19『ねずみ』 野菜を前にニヤッとしているネズミの絵。この構図など、どう見ても浮世絵。可愛い・・・

孫に当たるオロヴィダもそんな作品を遺している。
『とら』 日本の干支を知ってて描いたような感じの作品。

不思議なことにピサロにはカリブ海の陽光はまるで感じられず、あくまでもそれは南欧の光だった。
しかし孫娘オロヴィダの作品には素朴派風の空気と共に、どことなく南米風な力強さを感じた。
自身の肖像画は厳しい顔立ちだが、農家の少女たちは純朴な愛らしさがあった。

リュシアン『妖精』mir812.jpg
フランス人の画家が妖精を描く、と言うのに不思議な感じがある。
ブルターニュの人はケルト人の血を引いているから、神秘や妖精に対してなじみが深かろうが、他のフランス人がこうした絵を描くのは珍しい気がする。
しかしとても綺麗ではある。明治初期の日本の洋画家が描いた情景のようでもある。
鹿子木孟郎、吉田博などの作品にもこうしたものがある。


これまでカミーユ・ピサロに殆ど関心がなかったが、この回顧展は見る価値のある内容だった。
なんとなくほのぼのする。・・・それがピサロの良さだと思う。
パッとした魅力はなくとも、和やかな気持ちが湧く・・・
ピサロの人柄のよさがそのまま芸術にも現れたのだった。

九月の予定と記録

早くも九月ですね。
暑いけど、夏の終りと秋の始まりを感じます。

今月は一週目に広島におでかけ。安芸の宮島についに行くのです。
これまで四度も行き損ねているので、五度目の正直。
何しに行くかと言えば、対岸の山の上にある『海の見える杜美術館』へ近代日本画を見に行くのです。
楽しみやわ???

海の見える杜美術館  蠱惑の大正 日本画 繚乱
広島県立美術館  ル・コルビュジエ 光の遺産 /バウハウスの家具
広島市郷土資料館 「ごんぎつね」が語る昔のくらし
ひろしま美術館 印象派を中心とした西洋絵画
神戸大学見学
京都国立近代美術館 生活と芸術——アーツ&クラフツ展 ウィリアム・モリスから民芸まで
京都文化博物館  KAZARI(かざり)日本美の情熱
京都府立堂本印象美術館  祈りの形象 −真理を求めて(特別出陳 信貴山成福院の印象作品)
野村美術館  開館25周年記念 館蔵名品展【前期】 
細見美術館  インドネシア更紗のすべて ─伝統と融合の芸術 (?9/15まで)
京と江戸—名所遊楽の世界
INAXギャラリー大阪  オコナイ  湖国・祭りのかたち
大阪くらしの今昔館  世界遺産写真展 —世界遺産の町並みとくらし— 9月18日〜9月23日
大阪市立東洋陶磁美術館  中国工芸の精華 沖正一郎コレクション−鼻煙壺1000展
大阪市立美術館  没後80年記念 佐伯祐三展  −パリで夭逝した天才画家の道−
大丸ミュージアム・梅田  中村征夫写真展「命めぐる海」
大丸ミュージアム・心斎橋  ターシャ・テューダー展 9月17日〜9月29日
西宮大谷記念美術館 ボローニャ絵本原画展
高島屋史料館 史料館所蔵品で綴る ?日本の風景?
同時に 工芸・能装束逸品展
スカイビル  人間この愚かで愛しいもの
あべの近鉄 水森亜土
藤田美術館  渡来した陶磁器 〜茶人が愛した器たち〜 前期
奈良県立美術館  まほろば動物園 —館蔵品に見る動物表現の魅力—
奈良国立博物館  西国三十三所 観音霊場の祈りと美
奈良市写真美術館  入江泰吉 大和の道/奈良の鉄道—明治・大正・昭和への旅—
大丸神戸 宮沢賢治 絵本
エジプトみいら

北斎、富士を描く

北斎の富嶽三十六景と絵本の百景との展覧会が、滋賀の佐川美術館で開催されていた。
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友人姉妹の妹の方が久しぶりに帰国し、北斎が見たいと言うから、丁度よかった。
湖西線の堅田からバスで行くのがいちばん早い。
大雨の日なので佐川の後に堅田の名所めぐりはやめた。
しかもその日は夕方から別な友人も加わって焼肉を予約している。

本当なら浮御堂や天然図画亭やヴォーリズ設計の教会などを廻りたかったが、仕方ない。
明日が最終日と言う日の訪問だが、随分繁盛していた。
バスもぎしぎしだったが、マイカーの人も多い。
先にランチにしてから、見学。

北斎と広重はどちらが人気あるのだろう。
わたしは子供の頃、家に五十三次の画集があったのと、永谷園のおかげで、圧倒的に「風景は広重」なのだが。
それに膝栗毛をやっぱり子供の頃から愛読していたし、富士山とはそんなにナジミがない。
象徴としての富士山はやはり「日本」を代表する山だが、北摂のわたしにとって「山」とは六甲なのだ。生駒でも金剛山でも比叡でもなく。
(歌も♪六甲おろしに颯爽と?ですしね)
それはええねんけど、とりあえず北斎の『富嶽』

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とにかくあちこちから見る・見える富士山という認識で絵に対すると、これがなかなか面白い。
評価はとっくの昔に定まっているから、今更どーのこーの言う必要はないが、「こういう富士山・あんな富士山・ここから富士山」をチェックすると、楽しい楽しい。
なんしか富士山が主役なのは案外少ないのだ。
赤富士の『凱風快晴』や雷鳴の『山下白雨』、他に『相州梅澤庄』などもあるが、大方は「どこかに富士」「ここにも富士」「ここからの富士」なのだ。
『諸人登山』に至っては、ずばり富士山登山なので、土しか見えない。

江戸市中での眺めでは、庶人の営みにちょこっと登場と言う可愛らしさである。
またわたしなんぞはそんなのが好きなのだが。
つまり「トマソン」とは言わないが、「VOW」的状況。
『本所立川』『穏田の水車』『尾州不二見原』などは働く人々の向うに小さく富士がある。
普段忘れられているが(あるのがあまりに当然で)、時々は「いいお山だ」くらいの感慨が湧く存在。
俗称『桶屋』の富士は本当に構図が面白い。
それにしても大きな桶で、これは何の桶なんだろうと友人らと推理した。
酒か味噌か・・・三人ともアタマの中には、灘の酒蔵の様子が浮かんでいたのだが。

『東都浅草本願寺』 本願寺の大屋根の向うに凧揚げの凧と、小さく富士がのぞいている。
これにわたしたちは内輪ウケした。
「ここどこかわかる?ほら西浅草の・・・合羽橋行ったときの」「ああ、池波正太郎記念室に行った時の」「すぐそばの蕎麦屋で鴨せいろ食べた・・・」「TVで丁度あんたの好きな『牡丹と薔薇』が最終回で、うちらも見たやん」
途端、この大屋根が我々のリアルな存在になった。

『駿州江尻』 紙がパラララララと舞い散る情景と富士。これを見て思い出すのが『必殺』シリーズの『富嶽百景殺し旅』。小沢栄太郎が北斎で、お栄と旅に出ながら、殺しを請け負い、その対象の名前を絵のどこかに書き込む。それを後から追いかける旅芸人の一座がみつけだして、依頼を遂行する。たまたまこの絵の回を覚えている。
最終回では殺しの現場にコーフンした北斎が「わしは葛飾ア北斎じゃ」とか言いながらそれをスケッチしていたら、殺されてしまった。

武田泰淳『富士』を思い出す。
富士山麓の桃谷病院(だったか)の患者たちは治療の一環として、富士山の絵を描く事になるが、「そこには富士はなかった」と言った状況の作品などが現れる。
多くの富士を眺めながら何故そんなことを思い出すのか。
自分でも少し不思議なのだが、必ず思い出すのだった。

面白い工夫があった。
浮世絵作品は壁に掛けられているのだが、時々区切り板がある。そこに特設の窓があった。窓には特殊アクリルガラスが嵌めこまれているが、それは神奈川沖裏の図をモティーフにしたものだった。
こういう遊び心が楽しい。

ついで常設の佐藤忠良の彫刻を見る。わたしは具象彫刻が好きなので、楽しく眺めた。友人たちも抽象概念がきらいなので、喜んでいる。
しかし女三人で眺めると、ろくでもない感想しか出ない。
佐藤忠良の造形対象は若い娘がメインなので、彼女たちを見ながら色々な意見が出た。
カフェでは相席なので、我々がそんなことを話していると、後から来たご婦人が噴き出された。・・・すんませんなぁ、ろくでなしなんですわ。
ちなみにここのコーヒーは京都のイノダ。

他に平山郁夫のアフガンや中国などの現代風景画がある。
特に好きな作品はないが、しかし実際に自分が見に行けない風景を描いてくれているので、それを見るのは楽しい。
商業主義過ぎるとか色々批判はあるが、それでも色んな危機遺産を守ろうと声をあげているのは、この人なのだ。
観客はこうした風景が失われつつあること・損なわれつつあることを、これらの作品から知ることが出来る。
そしてそのことを考えねばならない。

当代の楽吉左衛門の作品が色々並んでいたが、これについては今回は書かない。

バスの都合が悪くて、なかなかここから出られない。
2時台にもバスください。
結局四時前にここを出て、大阪へ直帰した。
少しだけ電車模型を見て、本町の『あぐら』へ。
北斎の時代には食べられなかった牛を、散々食べたのだった。
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