美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

ジョットとその遺産展

西洋絵画の父「ジョットとその遺産展」?ジョットからルネサンス初めまでのフィレンツェ絵画?
ジョットを見に行こうと思えば、アッシジの聖フランチェスコ教会に行かねばならない・・・そう信じていた。
mir911-1.jpg

損保ジャパンで展覧会と言うので、ドキドキしながらでかけた。
事前学習することはやめた。何が来るかわからないままでかけている。
既に行かれた皆さん方の記事は、後のお楽しみだ。
朝一番に入館したが、随分繁盛している。
「日本でほとんど見ることのできないジョットの作品4点を招来し、あわせて代表的な聖堂壁画を写真パネルで展示します。また、フィレンツェの諸機関からほぼ全点日本初公開となる後継者たちの祭壇画など30点も集めました。時代は庶民の信仰とペスト禍の不安が火をつけた聖母崇拝の高揚期。フランスの華麗な宮廷写本や隣町シエナの情感あふれるゴシック絵画にも影響を受けながら、次第に美しい聖母を作り上げていく初々しいルネサンスの夜明けのフィレンツェ絵画をお楽しみ下さい。」
パネル展示があった。アッシジの教会の壁画。本物ではないが、あのジョット・ブルーがここにある。本物はこんなに間近には見れないので、これでOK。
大塚国際美術館には陶板の再現品があるが、あれもすばらしい。何しろ実物大でリアリズム志向。
聖フランチェスコ教会に行ったときに起こった不可思議な現象は、必ず思い出す記憶だが、ここでは書かない。

第二のキリストと謳われ尊崇された聖フランチェスコの事蹟をたどるジョットの作品は、とても丁寧で物語絵として眺めると、なかなか面白い。
それらの次には、パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂の壁画パネル。
ふと思ったけれど、ヨアキムとアンナのもとへはやっぱり天使が来ているわけだが、これは日本の「申し子」システムとは真逆ですな。
さてキリストの生涯。ユタがくちづけるシーンは以前から知っていたが、これを見ると『ジーザス・クライスト・スーパースター』を思い出すわたしです。
(それも映画か、鹿賀ジーザスと滝田ユダなのでした)

いよいよ実物作品。
ジョットの実物が4点ある。
『聖母子』 マリアと乳幼児キリストの肖像。生まれた時から賢そうなイエス。むしろブッダ的風貌だと思った。背後の天使二人の髪はツイストロール風に見える。(チラシ)
どうもこの時代の泰西名画の知識が薄いので、あんまりいい感想も出てこない。←罰当たり。

同年のもう一枚の『聖母子』はむしろ母と子の情愛を感じるような構図だった。切断されているが。
ママの頬、左手の人差し指を握る坊やの手。

『嘆きの聖母』 洪水の被害に遭い修復されたそうだが、そのために下書き線が見えるらしい。しかしそれが却ってナマナマしさを、齎している。もう若くないお母さんの悲嘆。聖なる人を殺された悲しみより、わが子を殺された母親の悲嘆がそこにある。
mir911.jpg
『殉教助祭聖人』 教会の窓ガラスで光を受けて輝きを床に延ばすのだろうか。確か国によってステンドグラスの技法は異なるそうだが、ちょっとその違いを忘れてしまった。

ところで数年前のBIB(ブラティスラバ絵本原画展)かボローニャ絵本原画展か、どちらで見たのか今ちょっと思い出せないが、そこでジョットを描いた絵本を見た。
これはなかなか素敵な絵本で、ジョットの青を再現しているのもすばらしかった。
ジョットという名の少年―羊がかなえてくれた夢ジョットという名の少年―羊がかなえてくれた夢
(2000/11)
パオロ グアルニエーリビンバ ランドマン



殆ど手品みたいな作品があった。ジョットと工房の作品。
『ピエタ』 台の中にキリスト。・・・下半身はどこへ消えた?ちょっと不思議な構造。しかし信仰心がある限りこういうのを不思議に思わないのだろうなー・・・え?

『四人の天使を伴う聖母子』 これは剥落しているがいい感じだった。ママに擦り寄る幼子。ママの手がリアルに子供を抱き上げている。ちょっと不可思議な微笑を浮かべて。

プッチョ・ディ・シモーネ『聖クリストフォルス』 巨大な人。川越をしてくれた人。幼子イエスを肩に乗せて渡河した人。ちょっとシュールな感じに見えた。
以前から思っていたが、ルネサンス以前の絵にはなんとなくシュールなものを漂わせている作品が多いように思う。奇蹟その他を描くと、必然的に空間がそのようになるのかもしれない。

ベルナルド・ダッディ『磔刑図』 これはちょっと恐い絵だった。キリストの吹き出す血を受け皿に受ける天使(まるで纐纈城のようだ)、赤と茶色の他に薄い緑色の服はまるでそれ自体が死体のようでもある。

聖ドンニーノのエピソードを描いた作品が並んでいたのでジクジク眺めたが、狂犬病や、刎ね落とされた自分の首を持って何キロも歩く聖人には参った。絵がどうのと言われても答えようがないが、そのエピソードを描いたものとして見れば、これはやはり面白い連作だと思った。

チェンニ・ディ・フランチェスコ『聖母子』 ・・・見たことのある聖母子だと思った。この絵は知らないが、描かれている母と子とを別なところで見た気がする。・・・わかった。子供は谷崎潤一郎、母親は篠井英介によく似ているのだった。

ビッチ・ディ・ロレンツォ『降誕図』 牛も馬も牧人もみんな大喜びの図。みんな喜んで合掌。しかし一人だけ義父ヨセフのみ手を交差して俯いている。・・・色々考えてしまうな?


マゾリーノ・ダ・パニカーレ『聖イヴォと少女達』 左半分に少女たちが固まっている。剥落しているがはっきり見える色彩と構図。ところがこの絵を見て真っ先に思い浮かべたのは、ポニョの妹たち金魚の大群。なんとなくあれに似ている・・・

どうもここらあたりの時代のマジメなレクチャーを受けていないので、勝手な妄想ばかり浮かんできて、ちょっと申し訳ないような感じがある。
でも自分でもけっこう楽しめたのでそれでよしとしよう。
それにしてもわたしは宗教画を見てもろくな感想が浮かばないなー。なんとなく不思議。←単なる不謹慎・不道徳・無教養なだけ。
展覧会は11/9まで開催中。
スポンサーサイト

ナンバーズ・数をめぐって

千葉市美術館では『八犬伝』に因んで『ナンバーズ・数を巡って』展が併催されていた。
タイトルを見てピーター・グリーナウェイの映画『数に溺れて』を思い出したりする。
数に溺れて数に溺れて
(2007/06/30)
バーナード・ヒルジョアン・プロウライト


実はわたし、数に対して色々強迫観念があったりするので、こういう数合わせを見るのが好きなようなコワイような・・・

浜口陽三 『19と1つのさくらんぼ』『1つのさくらんぼ』  黒地に赤いさくらんぼがぼんやり浮かび上がるような、いつものカラーメゾチント。
これまで別にタイトルにも数にも無関心だったが、こういうコンセプトで対峙すると、色々物思いにふけることになる。

豊原国周 八犬士の肖像画がずらーーーっ。最後の浮世絵師の大首絵も芝居絵も、どれもがかっこいい。

しかしこちらは肖像画を並べましたという良さがあったが、芳年の『風俗三十二相』の展示法はどうかなぁ。8X4かなんかで見づらかったし、もしかすると、これは絵を眺めさせると言う意図ではないのかもしれない。それこそ、数合わせ。

末広がりの八揃いコーナーがある。
一番有名なのが「八景」シリーズ。
本歌は中国からだが、日本に来ると近江、江戸、座敷・・・色々バージョンが現れる。
ここでは英泉ゑがくところのちょっと色っぽい八景が並ぶ。
『辰巳八契』 辰巳芸者は他の地の芸者と違い、まず鉄火膚でないと勤まらず、名前も男名にする。米八や仇吉などと言う風に。
『弁天の暮雪』 柱に寄りかかる女。やはり英泉はこうしたアダな女がいい。
『佃の帰帆』 女が歯ブラシ(爪楊枝風)を咥えて立っている。英泉にしては珍しく、背が高い女。

大正新版画運動の頃、伊東深水も版画にハマッた。彼は同門の川瀬巴水と違い、自刻自摺だったそうだが。
『近江八景』シリーズ。これは滋賀近代美術館にも所蔵されている。
mir910-1.jpg
わたしの持つのはそちらの絵葉書。本場ですからね?。
深水は美人画の大家だが、風景版画もよくしたそうで、師匠の清方の随筆にとてもいい話が載っている。
疎開中の清方の見舞いに訪れた深水が、風景をスケッチするのを背後からじぃーっと清方が見守る。戦時中でもこうして絵を描くのに懸命な(しかも既に深水は大家である)弟子の姿に清方が感銘を受ける・・・
読むこちらの胸も熱くなってしまった。

恩地孝四郎『近代婦人八態』 このシリーズはこの千葉市美術館が企画した『日本の版画』シリーズで見て知った。昭和初期のモダンガールの生活がなかなかイケてる。恩地の女は口元に独特の艶かしさがあり、そこに惹かれる。

原在中 『草盧三顧図』 三国志(ここでは3と言う数字がポイントになるのだよな)で劉備が孔明をスカウトに来るエピソード。三度目の正直でやっとつれて出ることが出来た。

曽我蕭白 『虎渓三笑』 蕭白が好んで描く画題だが、ここではロングで描かれている。アップのじいちゃんらの笑顔も可愛いが、ロングだと山水画の良さを本当に感じる。

織田一磨 『東京風景 十二階』 浅草にあった名所。関東大震災でつぶれた。その裾には特飲街が広がっていた。
織田の風景版画は巴水のような叙情性は薄いが、揺らめくような人の心が陽炎のように画面の中にあり、そこがたまらなく好きだ。

橋本貞秀 『東都両国橋夏景色』 安政六年の作。橋はとっくに落ちそう。
この凄まじい人混みは川開きの花火見物の客だろうが、見た瞬間思い出したのは、諸星大二郎『生命の木』での「いんへるの」シーン。じゅすへるの子孫たちが死ぬことも出来ず地の底で蠢き続け、<きりんと参るその日まで苦しみ続け>、ついに「おらと一緒にぱらいそさ、行くだ!!」で一挙に昇天する。あれです、あれ。

この絵師は八世団十郎の死に絵もよく描いたらしく、百万遍の数珠繰りなどもあった。ちなみに彼の墓は大阪の一心寺にある。

川上澄生、恩地、平塚運一、藤森静雄らが携わった『新東京百景』が色々出ていて、嬉しかった。
mir910.jpg
‘96年の江戸東博『近代版画になった東京』でも色々見たが、やっぱり江戸や東京は版画で、京都は日本画で、大阪は油彩で描かれたのが、いちばんいいと思う。

岸岱 『群蝶図』 おお、見れて嬉しい。蝶々がいっぱい飛ぶ図はなんでこんなに楽しいのだろう・・・地の色はやや黄土色に見える。空の色がそう見えるのは蝶の燐分のせいかもしれない。

深澤幸雄 『骨疾F』 現代の版画家で好きな作家は少ないが、深澤はなかなか好き。独特の技法で作品を作っていたが、色調もいい。
見れて嬉しかった。

この展覧会も10/26までで既に終了した。
八犬伝といい、このナンバーズといい、気合の入った展覧会だった。

八犬伝の世界

『八犬伝の世界』展が最初に開催されたのは愛媛美術館だった。
ポスターを見て眩暈がしたが、とりあえず踏みとどまった。
それから千葉市美術館で開催された。
Takさん一村雨さんとらさん方がいい記事を書かれているのを見て、焦るあまり火を噴きそうだった。
早く八犬伝の世界が見たい---わめきちらしながら、ようやく出かけたのは、会期末近い日だった。
それから十日ばかりたったが、やっと記事を挙げれる。展覧会は盛況のうちに終了。
そんなだから、いつも以上に感情の垂れ流し記事である。
IMGP5108.jpg
IMGP5107.jpg
(会場玄関の様子)

人形劇『新八犬伝』がわたしの出発点だから、どうしてもそちらが頭を出し、展示品を見ても「ああ、あのシーン!!」となる。
また『新八犬伝』本の挿絵はジュサブロー師だが、人形写真の背景に原本『南総里見八犬伝』の挿絵を使っているので、小学生の頃からそちらにもなんとなく親しみがあったりする。あ゛あ゛あ゛焙られる。

1.『南総里見八犬伝』の誕生と曲亭馬琴
最初の最初の本が出ている。北斎の女婿・柳川重信の挿絵。この中でも『子とろ』遊びのヽ大法師(ちゅだい・ほうし)と八犬士の絵は、松田修の馬琴論でも重要視されていた絵。
子らの中で女の子のナリをしているのは信乃と毛野の二人。それは二人がそれぞれ物語の中で女装していたからなのだが、なかなか示唆的ではある。

そして全巻がずらーーーっと並んでいるが、これは服部仁氏のコレクション。
以前、天理大学図書館の稀覯本蔵書としてガラスケース越しに対面したことがある。
あのときも今回もガラスから取り出したい欲望に駆られて仕方なかった。
表紙はなかなか凝っている。つまりわんころ絵。ジャケ買いしてしまいそう。内容もさることながら、こういうデザイン感覚は素敵だ。
わたしもわんわん言いそうになる。081029.gif

‘06年には文京ふるさと歴史館でも『八犬伝で発見 江戸庶民の生活文化』展が開催された。
あの時も嬉しくて仕方なかったが、今回は泣きたくなるほど苦しい。

2.錦絵『犬の草紙』にみる八犬伝の登場人物たち
こちらは国貞の弟子・二代目国貞による豪華絢爛なキャラクター絵。
これが嘉永五年の作品群なのだが、キャラ一人一人をよく描き分けている。
特に悪玉・敵役によいのが多い。
絶品は『尼妙椿』。mir908-1.jpg
これは最高の出来。妙椿は狸が化けた尼さんで八房を育てたけれど、それも全て黒幕は玉梓。影がタヌキしている。

山賊酒顛次などは百日鬘で黒の紋付に赤の襦袢で、ちょっと五段目の定九郎風なところがクールで素敵すぎる。

3.八犬伝の名シーン
展示のメインは浮世絵なのだが、面白くて仕方ない。
物語性の濃い絵を見るだけで楽しくて仕方ない。
八犬伝の浮世絵では、国芳もいいものが多いが、やはりこれは国貞の作品に好きなものが多い。
実を言うと、わたしはある時期まで国貞が一番好きな絵師だった。
というより、好きな絵が一番多い絵師だった。
それはやっぱり八犬伝絵や芝居絵が多くて、そんなものが子供の頃から大好きだったからなのだ。
六代浮世絵師よりも、国芳、国貞、英泉など化政期以降の絵師が好ましい、というのは実は大きな声では言えないことかもしれない。
(以下、豊国のサインのものでも国貞で統一する)

杉浦日向子の『百日紅』で興味深いことが書かれていた。
北斎は絵師本位で作品を生み出し、豊国は客の好みを描く。
その豊国の一番弟子たる国貞だから、客の嗜好を知り尽くしている。
つまり「お客が見たいものを描く」のだ。
このシーンが見たい、というのを鋭く察知し(リサーチもし)、そこをややあくどく描く。
伝奇ものにつきものの残酷性と艶かしさとをふりまきながら、鮮やかな色彩で浮かび上がらせる。

そんなことされたら、リアルタイムのお客も後世のわたしみたいな客も、みんな喜んでころこんで、の状態になるしかないですがな。
はらはらドキドキが詰まりに詰まった絵に、芸術的価値なぞあってたまるか。
好き!!! この一言だけでいいのだ。
国貞の八犬伝の錦絵はどれを見てもいい。

こういうのが見たくて他の浮世絵展にもいそいそでかけるのだが、あいにく国貞は現在では評価が低い。
芸術性が足りないと言うのがその理由なのだが、浮世絵に関してはわたしはやはり「面白い!」コレが一番大切なキモだと思っている。

芝居絵、役者絵は兄弟子に譲って、武者絵でのしあがった国芳は国芳で、これまた見応えばっちしな絵を生んでいる。

今年は馬琴没後160年の節目・源氏物語千年紀の年だけど、わたしは源氏より八犬伝なんですよ!
だから源氏の見立て絵(浮世絵)もたくさん見たけれど、それよりやっぱり個人的嗜好として八犬伝。

あ゛―こんなのがぞろぞろ揃ってるだけで、泣きたくなってきた。
これまで自分が長い時間を掛けて集めてきた八犬伝関係の浮世絵(絵葉書)の集大成みたいな展覧会ですもの・・・よくぞここまで集めてくださった、と感謝の念ばかり溢れてくるよ。
千葉市美術館でハズレなし!!

芳年の『芳流閣両雄動』は丁度礫川でも展示されていたが、こっちは朝方の景。師匠国芳のは夜の景。芳年はやっぱり大蘇になってからがいい。

これは国芳。図録の表紙にも使われている。
mir908-3.jpg

上方絵の芳流閣もあった。捕り手の表情がリアルで面白い。
大体このシーンは長い八犬伝の中でも殊に人気の高い名場面で、芝居でもしょっちゅう上演されていたらしい。四天が活躍するし、トンボを切るのも派手でいいだろう。
『新八犬伝』でも大昔ここを映画化したらしい。今それはDVDになっている。

さてその信乃と現八が小文吾の親父さんの小舟で逃げるシーンだが、国貞と国芳の二枚が並び、面白い比較が出来た。上が国貞、下が国芳。
mir909.jpg
力強さと躍動感があるのは国芳だが、国貞の絵には伏線が張られている。
つまり信乃の腕。国芳の信乃は腕まくりをしているだけだが(ちょっと色っぽい)、国貞の信乃は包帯を巻いたのを手で抑えている。
これは次の話で破傷風になり死にかける暗示なのだった。
そこらがやっぱり「芝居絵」として面白いのだ。

4.八犬士が揃う
高田衛『八犬伝の世界』も面白い読み物だったが、松田修『幕末のアンドロギュヌス 馬琴論』は面白かった。
あれは八犬伝だけでなく『近世説美少年録』も論じていたので、またちょっと状況が違うのだが。
そういえば人形劇『新八犬伝』では馬琴の『椿説弓張月』のエピソードも加えられていた。
(信乃の琉球下りの話とか)

ここでは国芳の『本朝水滸伝』シリーズが出ている。
八犬伝も水滸伝から影響を受けて生まれた作品だけに、絵師がこうしてそのタイトルを冠するのもなんとなく面白い。

その中で礼の珠持つ犬村角太郎が草庵で松葉を咥えて巻物を見るシーンが描かれているが、あれは維摩行をしているそうだが、こんなに多くの松葉を咥えているのは初めて見た。
う--む、タブローになると動きがなくなる国芳キャラだが、これはちょっと松葉多すぎます。

わんころ柄の内掛けの下に鎖帷子を着込んだ毛野は、敵討ちを成し遂げたあと、壁にこんな文章を書き残す。
「為父兄鏖讐為舊主云々・・・文明十一年・・・犬阪毛野胤智十五歳書」
(鏖・・・みなごろし、の意。馬琴の原文は堅苦しい字や面白い当て字がけっこう多い。口述筆記の路女も苦労したことだろう)
しかしこのシリーズはまだすこし固いのだ。
やっぱり嘉永年間の『義勇八犬伝』シリーズがいい。こちらは幾枚か絵はがきで持っているが、毛野を描いたものが絶品。
mir908.jpg
面白かったのが、国貞の縦4枚X横2枚で芳流閣見立ての絵。一枚に一人ずつ対になって描かれている。これが面白くて仕方なかった。
色も鮮やかで嬉しい。

5.八犬伝を熱演する役者たち
国貞門下で最後の浮世絵師と謳われた豊原国周も八犬士を描いていた。
袈裟懸けの犬村大角が窓の外の月を眺める眼には憂いが満ち、対牛楼で闘う毛野の妖艶さには危うさを覚えた。(それもそのはず、この毛野は三世田之助だったのだ)
それはチラシにも使われている。
mir907.jpg
原作では女装した毛野(女芸人・旦開野)に口説かれて小文吾がその気になるシーンがある。
そういうことを踏まえながら、毛野と小文吾が離れ離れになるシーンを眺めれば、いよいよ楽しみは深まってゆくばかりだ。
やっぱり芝居絵には、あくどいほどの妖艶さがなければならない。

ちょっときれたがこっちの写真は信乃。家橘時代の若々しさがいい感じの後の五世菊五郎。
IMGP5109.jpg

大坂でも八犬伝は好まれ、北英などがいい絵を残している。天保七年のその芝居では芳流閣の場で信乃を嵐璃寛、現八を片岡市蔵が演じている。池田文庫にも所蔵されているような気がする。

ちなみに道節は座頭が演ずることが決まっている。

6.八犬伝に遊ぶ
おもちゃ絵がけっこう多い。双六がけっこう楽しそうだが、遊ぶにはちょっと不向き。立版古(ペーパークラフト)もあった。こういうのは大好き。
おもちゃ絵になれば芳虎を忘れることは出来ない。
色々楽しそうなものが多かった。

7.八犬伝 現代に生きる 進化するイメージ
ぐるぐる回ると、その後の二次創作ものや抄録が目に入る。
菱田春草、鰭崎英朋かれらの『伏姫』はそれぞれとても好きな絵。どちらも菊慈童をすこし思わせるところがある。

そして信乃の人形があった。嬉しいです。mir908-2.jpg
ジュサブロー師(現・寿三郎)の展覧会は出来る限り出かけているし、人形町のアトリエにも行くが、やっぱり嬉しくて仕方ない。最近では『平成アールデコ』展を見たが、そこにも八犬士がいてくれた。玉梓もどーんといた。嬉しい、本当に嬉しかった。
新八犬伝のファンサイトはこちら
ときどきムネがかきむしられそうなくらい、せつなくなる。

少女マンガには関心がないのでスルー。
昔々の東映お子様時代劇『里見八犬伝』のポスターなどは好き。
『新諸国物語』の一連のシリーズとして企画されていたようだ。
随分前TVで見たが、扇雀(現・坂田藤十郎)を見た気がする。凄く可愛かったような・・・
それから’93年のスーパー歌舞伎『八犬伝』ポスターがあった。
これは名古屋で見たのだが、このときちょっと不思議な現象が起こったことは、いつか書こうと思う。

驚いたのは川本喜八郎の作った八犬伝人形たち。
え?と言う感じだった。

8.資料編
ちゃんと八つで終わるのがいいですね。嬉しかった・・・

夜間開館時に見に行ったのでDVDは見れなかったが、自分で所蔵しているので、そんなに残念でもない。
それに春の寿三郎師の展覧会で4回も見た。
執着が深いな、わたし。

大体において好きなものは輻輳し、しかもそこから伝播が始まる。拡大化する、と言うべきか。
わたしは『新八犬伝』を偏愛する。
放映終了から35年ほど経ったが、愛情はいよいよ深まっている。
放映終了後、何年かして偶然というかなんというか、凄まじい幸運があり、わたしは『新八犬伝』の本を上巻・中巻と手に入れた。下巻はついに手に入らず、わたしは図書館から借りてきて、形は異なるがとうとう全巻揃えることが出来た。
(今は復刊ドットコムで入手可能らしい)
更に25年ほど前、友人から『新八犬伝』OP・EDのテープを貰った。
いまだにそれを大事に聴いている。
でもこれは「八犬伝の世界」展の感想だから「新八犬伝」への思い入れを書く記事ではないのだよな?。
それにしても本当に楽しかった・・・ただただこんな素敵な展覧会が開催されたことに、感謝。


高山辰雄遺作展

高山辰雄の遺作展後期に出かけた。
「人間の風景」と題されている。
去年追悼記事を書いてから、もう一年も経っていたのかと秘かに驚いた。
mir906.jpg
練馬区立美術館。ここではこれまで『金鈴社の五人』『秦テルヲ』展などを見てきている。
都下の区立美術館は複合施設である場合が多く、ここもそうだが、それだからか和やかな雰囲気がある。
楽しそうなざわめきが眼下の公園にある。
しかしそれは窓ガラス一枚隔てたこちらにまでは響かない。
館内には整えられた静けさがある。
高山辰雄の絵にはそうした和やかさと静けさ――静謐さがある。

最初に高山辰雄の作品を見たのは山種美術館でのことだった。
『坐す人』 修行者らしき男が銀色とも灰色ともつかぬ中に端座する姿。
それを見たときに一種異様な衝撃を受けた。
修行者の持つ禁欲性と、願いへの渇仰、それらが強い力となってこちらに押し寄せようとしつつ、抑えられた色彩によって封じ込められている。
正直なことを言えば、この時初めて「現代日本画」を認識したのだった。

ところがその後はこんな強い力を感じる絵には会わなくなった。
そしてそれから以後、山種でこの『坐す人』に出会ったことがない。
わたしのタイミングが悪いのか、それとも『坐す人』はいよいよ深く修行に入ったのか。

ニガテさと引き寄せられるものとを同時に感じながら、高山辰雄の作品に出会う機会が多くなっていった。
当時彼は現役の画家だったのだ。

’93.6月、わたしには年のうち何日か個人的に忌避する日があり、その日は大抵日常から離脱する。(それは今も変わらない)
その日わたしは麹町を歩いていた。小川美術館で高山辰雄の新作『聖家族』展を見るために。
そのときの感銘をここで再現することは不可能だが、高山辰雄が大切な存在になったことは確かだった。

そして’01年『日月星辰』シリーズ。辰雄の辰は辰年の辰ではなく星辰の辰なのだと知らしめるような個展。大丸の広い壁一面に広がる作品群。
静かな感動がそこにはあった。

遺作展では初期の頃からその最晩年に至るまでの作品が並んでいた。
前後期に分かれているため、久しぶりの再会を望んだ『砂丘』はなかった。
健康的な少女のいる風景に会えないのは残念だったが、『日盛り』という叙情性豊かな作品に出会えた。
ずっと遠くに工場が見え、水運びをする人の姿がある・・・
70年前の日本のどこかの景色。

『明るい日』 緑の中に寝転ぶ少女がいる。白いワンピースを着た少女はあまりに長くそこにいるためにか、緑に侵食され始めている。
葉緑素。白に浸みだす緑。不思議な感覚がある作品。

『春光』 洋犬がいる。これはボルゾイのような犬。伏せの姿勢を取る犬。
しかし待機しているのではなく、実はだらけているのかもしれない。
同じような洋犬でも橋本関雪の犬はキリッとしている。こちらはダラ?。

‘73年の第一回目『日月星辰』展で発表された『朝』『夕』を眺める。
哲学的思索を絵の中で表現した作品。
スフィンクスの謎解きもゴーギャンの画題も実は等しいものだ。
朝・・・人間はどこから来てどこへ行くのか。
夕・・・人間の休み。
金泥の水路、濃い金の日、輪廻する時の、その一瞬を切り取ったような朝。
金地にピンクのドレスを着た女、灰水色の木々、対する少女と女のいる夕。
画家が何を伝えたかったかは、本当にはわたしにはわからないが、それでも何かしら静かな納得があった。

‘80年代以降、院体画の花鳥画を思わせる作品が現れ始める。
印象深い花の絵。牡丹のけぶるような美しさ。
籠に、銅器に、阿蘭陀壷に、ガラス器に。
それぞれ違うものに活けた牡丹の美を味わう。
20年前の美品たち。
同じ花を描いていても、まるで違う国々の花を描いたように見えた。

やがてここにも『聖家族』が現れる。
この聖家族は固有名詞としての聖家族ではなく、普遍的な言葉の意味を持つ聖家族なのだった。
父がいて母がいて子供がいる。優しく暖かな空気。
ここには以前から高山辰雄が描き続けていた幼児の『食べる』姿も内含されている。
独特の風貌・・・閉ざされた唇、寄り目、優しい微笑。
その微笑は万人に向けられたものではなく、自身の内側からあふれ出たものなのだ。
自然な満足からの優しい微笑、愛する者と対した時の微笑。

わたしは『聖家族』という言葉を聞くと第一に思い出すのは幼児キリストと母マリアではなく、堀辰雄『聖家族』と高山辰雄『聖家族』なのだ。

『トラックトレイラー』 トラックの前に佇む男と幼女。二人は父と娘なのだろう。輪郭だけ描かれたおもちゃのようなトラック。霧の中から現れたかのような。
頭の中を優しい音楽か流れてゆくような作品。

満開の薔薇、あるいは満開の牡丹。それを活けたそばにいる小禽。
その構図を好んで描いたようだが、ここにはそれは並べられなかった。

やがて絶筆へ至る前の自画像がそこにある。
杖をつく手だけがはっきり見えているが、顔は曖昧に消えている。
高山辰雄その人が自分の絵画世界に溶け込んで行く暗示なのかもしれない。

坐す人の姿はなくとも、深い満足を覚える展覧会だった。


白樺の時代/白蓮の時代

先日の東京ツアーで二つの文学展に出かけた。
志賀直哉をめぐる人々
柳原白蓮

どちらも明治に生まれ昭和まで生きた人々の実感のこもった展覧会だった。

ジョン・エヴァレット・ミレイ展

ジョン・エヴァレット・ミレイの回顧展が開かれていた。
ミレイと言えばこのオフィーリアが何よりもまず最初に思い浮かぶ。
さまざまなオフィーリア絵の中でも、この位置で浮かぶのはミレイの彼女だけだと、初めて知った。
それを指摘されるまで、わたしはただ漫然とオフィーリアの美しい屍を眺めていた。
mir901.jpg
漫然、と書いたがそれは正確ではないかもしれない。植物に囲まれたオフィーリアの身体が水面に浮かぶ情景を、為す術もなくみつめるしかなかった。
緑色の鮮やかな藻が彼女の背丈と同じ長さに伸びている。まるで背後にあるべき影が、彼女の死によって、その隣に位置を移したかのように。
彼女自身が摘んだ花々が、いまだ色を失わず褪せることなく、彼女の周囲に浮かんでいる。
棺に供花として入れられるべき花々、湯灌、土に埋葬されるとき経る手順を、水面で行ってしまっている。
白や卵色の小さな花も、倒れ伏したような幹も、彼女を悼むように身を乗り出している。
無慙さよりもせつなさを感じる死の情景が、そこにあった。

発表当時非難された『両親の家のキリスト』を初めて間近で見た。
mir902-1.jpg
画集からではわからなかった色々な自分なりの発見があり、それが楽しい。掌の傷は後の磔刑を想起させるし(垂れた血が足の甲にあることも含めて)、仕事場の外のめえめえした山羊たちの心配げな様子も、全てが象徴的だった。
ナマナマしすぎる、と批判されていてもちゃんとそうしたところを押さえているのが、なんとなく面白く思える。

題名の(物語の)由来を知らないのが『マリワナ』だった。
mir902-2.jpg
一瞬『シャロットの女』を思い起こさせた。しかしそうではないことは、奥の小さな祭壇や窓の飾りガラスを見ればわかる。
秋の庭、ベルベットの群青色のドレス、金唐革を貼った壁柱。
そうしたもの全てにわたしは惹かれる。

『聖アグネス祭前夜』 油彩とペン画の二種があった。タイトルも実は<’s>と<of>と二つに分かれている。どんな意図で分けられたかはわからない。
聖アグネスは殉教した若い娘である。日本では明治初に聖アグネスの信仰が入っている。
白い女がぼーっと立つ姿が印象に残った。

ミレイはペン画で少しばかり戯画風な作品も残している。戯画と言うより風刺画か。
同時代のフランスのドーミエに比べ毒は少ない。
そしてこの先はラファエル前派とは異なる作品が生まれてゆく。

『安息の谷間』をわたしは個人的嗜好として面白く思った。
mir902.jpg
夕暮れも終わりかけの頃合に、墓地で尼さん二人が鶴嘴を持って働いている。少し位の高そうな方は休み、もう一人がエンヤコラと働く。日本語で言えば「折助」。誰を埋めるのかは知らないが、墓穴掘りはやっぱり暗い時間でないとならぬものだ・・・。

『エステル』 ユダヤの美女エステルを描いた作品は他にもカバネルのアカデミックなもので見ている。ここに描かれたエステルは黄色い内掛けのようなものを着ている。カバネルのもそうだから、もしかすると何らかの約束事があるのかもしれない。

『しゃべってくれ!』 古代なのか、男の寝床に影をみせる女。生きてはいない女。ティアラだけが煌くが、女は男の呼びかけに全く答えようともしない。
わたしはこの情景を見て『嵐ケ丘』を思い出していた。

ファンシー・ピクチャーという分野があることも知らなかったが、あるのは当然だった。
絵本作家ケイト・グリーナウェイに至るまで、この分野は活きていた。

最初にミレイの絵の実物を目の当たりにしたのは、’93年の『ジョン・ラスキンとヴィクトリア朝の美術展』での『明眸』(きらきらした瞳)だった。
それ以前に西洋美術館で『あひるの子』を見た可能性が高いが、そのころミレイの作品だとは認識していない。
ただ「可愛い子だな」くらいしか思わなかったはずだ。
そして『きらきらした瞳』。mir904-1.jpg
赤いコートを着た愛らしく、そして賢そうな若い娘。肖像画として美しい作品だった。

この『きらきらした瞳』は『オフィーリア』より四半世紀あとの作品で、この頃にはミレイはラファエル前派の一画家ではなく、英国を代表する巨匠となっていたのだ。
わたしがときめいた<物語を含んだ絵画作品>は、彼の初期の仕事に過ぎなかったのだ。

『初めての説教』『二度目の説教』
わたしは圧倒的に二度目の説教が好きだ。寝入ってしまった幼女の愛らしさに心が和む。
この画像はブンカムラが出した折り畳み式チラシで、最初のページが『二度目の』最後のページが『初めての』という構成になっている。
mir903.jpg
こうしたセンスは楽しい。

『ベラスケスの想い出』 原題がsouvenir of Velasquezなのを想い出と訳するのも、この絵をいよいよロマンティックに見せてくれる。
mir904.jpg
手にはスペインを想起させるようにオレンジの小枝を持たせているが、その手のふっくらした愛らしさ、顔立ちの品の良さに、すっかり魅了された。
幼くとも気品のある美少女にときめいている。

上流階級の人々の肖像画がたいへん成功した、と言うのもここに並ぶ作品を見れば納得するばかりだった。
ロイヤル・アカデミーの会長になるほどだから当然のことながら、まさに「アカデミック!」である。一人一人がたいへんに美しく描かれているが、元々あまり肖像画に関心がないので、淡々と眺めた。大観衆の中で眺めるという状況でさえなくば、様々な妄想に駆られていたかもしれないが、それが許されぬほどの人出だった。

ワーズワース、バイロン、テニスンの詩歌を基にした風景画は、どれもみな興味深かった。
中でも『月、まさにのぼりぬ、されどいまだ夜ならず』バイロンの詩歌を描いたものは、ここに静かな狂気が加われば、高島野十郎だと不意に思った。
禁猟区の野に上る月・・・晩年の作にもこうした名品があった。

美しい人々と植物とを描き、布の質感を感じさせる筆致をみせてくれて、ミレイの回顧展は終わった。

川合玉堂とその門下

川合玉堂を好きになったのはごく近年からだから、野間記念館で彼と門下展があるのが嬉しい。
mir899.jpg

私見だが、川合玉堂は個別にどうこう言うべき作風ではなく、その描くものは総じて〈いい作品〉であり、その画面には爽やかな風が吹いている。
例えば鵜飼いは夜景だが、そこにも松明を揺らす風が吹き渡り、波はその風を受ける。
晴れた日の山中では樵も芝苅りも農夫も、みんな山の風を感じている。
人はいずとも木や草や土が風を感じ取る。
畦道や野原にも風は吹いて、菖蒲の葉に止まる虫や竹林で仲間を待つ雀らも風を味わう。玉堂の風にはそんな爽やかな優しさがある。
そしてそれは若い風ではなく、しかし終りの風でもない。
激しい風ではなく爽やかで和やかな風。どの絵にもその優しさがある。
mir900-1.jpg

墨絵淡彩の花がある。真っ直ぐ立つ茎のしなやかな強さが目に残る。
肩肘張らず天地自然のあるがままに生きる。
昔の日本人が選んでいた生き方の一つが、そのまま続いている。
春夏秋冬の美しさ、共生する喜び、それらを玉堂は描いてみせてくれたのだ。

いい気持ちで彼の作品を眺めて廻る。そして門下の作品にも眼を移すと、池田蕉園と輝方夫妻の作品まであって、ちょっと驚いた。解説を読むと、輝方は一時門下にいたようだ。
美人画の描き手が玉堂の門下で学んだ、と言うのもなんとなく面白い。
その二人の作品は妻が「美婦」を夫が「美男」を描いていた。
いかにも大正らしいいい感じの美人画だった。風俗は元禄頃かと思う。

長野草風 博雅三位mir900-2.jpg
源博雅と言えば昨今では「陰陽師」安倍晴明の相棒のようなイメージが強いが、奏楽の名手で色んなエピソードを残している貴人だった。
しゃがむ博雅の背後の叢や淡い月影が、玉堂の門下だと言う感じがする。

しかし一番「川合玉堂の門弟」という実感があるのは、やはり児玉希望だと思う。
四季の風景、として四幅対の作品があった。
春は精進湖、夏は華厳の滝、秋は那智滝、冬は十和田湖。特に夏秋の滝の絵がよかった。白く激しい華厳の滝と、まだ紅葉せず緑が多い那智滝とが目に残る。

ところでこの野間コレクションの野間氏はあらゆる日本画家に十二ヶ月をモティーフにした色紙制作を依頼し、それをコレクションしている。
その数実に6000点余。ここに来る楽しみの一つがその色紙を眺めることだが、今回もいいものを多く見せてもらった。
今回は「玉堂とその門下」ということで、やはり花鳥風月を描いたものが多かった。
一枚一枚、一ヶ月ごとに何種も楽しめて、本当によかった。

併設展として、村上豊の『小説現代』表紙原画も展示されていた。
月刊誌の表紙絵という性質上、これもまた四季をモティーフにしたものが多く、更に風俗も描いている。
時代設定は自在に決めた、何とも言えず味わいのある絵が並んでいる。
mir900-3.jpg
左の「棚田の夕」は汽車ぽっぽが楽しげに走るのを、からすたちが見物してるような絵で、右の「道中でござんす」は野っ原で行き逢うタヌキの旅ニンとキツネの夜鷹を描いている。
見れば見るほど味わいが深くなる。
そして祭に浴衣を着た娘を囲む蛍たち。うなじあたりの清楚な色っぽさにそっとときめく。
mir900.jpg
一方、闇を身にまとうような女を描くこともあり、男どころか鬼まで手玉に取りそうなしたたかさを見せてもくれる。
思えばこのシリーズも一種の十二ヶ月色紙の仲間なのだった。

この展覧会は10/26まで。次は11/1から12/21まで『講談社の出版文化』展。今からかなり期待しているわたしなのだった。

「月百姿」を主に月岡芳年展

礫川も今ではすっかり皆さんの浮世絵の定点観測所の一つになったように思う。
昨夏に続き今年も芳年『月百姿』の展示。他にも色々。
万延元年(こう書けばフットボールと続けたくなる・・・)から明治24年までの色々。
芳年は豊原国周と同時代の絵師だから、役者絵も同じ役者を対象にする。
国芳門下と国貞門下の違いはあっても、役者絵にはあまり個性を発揮することはないようだ。
芳年はやはり病後の「大蘇」芳年名義からの作風がいい。
きつく震える描線の艶かしさには、ときめくばかりだ。

万延元年の『三人吉三廓初買』の芝居絵がある。
小団次が和尚、権十郎(後の九代目団十郎)がお坊、お嬢は粂三郎。
ラストの捕り手たちと闘う情景が描かれている。八百屋お七を思わせるお嬢は鐘楼の鐘を打ち叩く。
わたしは黙阿弥の芝居の中でもこの『三人吉三』は特別好きだ。
絵を見ただけで芝居が見たくなってきた・・・
ところで幕末の名優・小団次の一枚絵の和尚は、坊主ではなく髷を載せている。豆絞りを肩に掛けたイナセな姿で描かれていた。

慶応元年『通俗三国志』独角大王と戦う哪咤太子と孫悟空』  これは後世のコミックの直接的な先祖だと実感するような構図だった。関係ないが、諸星大二郎の『西遊妖猿伝』が11年ぶりに再開した。今度は第三部西域篇。嬉しいことだ。

大津絵で描いたのが『雨宿り』と『雪降り』 これは同工異曲で、色合いの変化だけで表現している。
駆け込む鬼坊主、鷹匠と藤娘も走りよってくる・・・なかなか面白かった。

明治19年『豹子頭林冲、於山神廟前 殺 陸虞候』 師匠同様水滸伝を描いているが、やはり劇画的。林冲は相手を槍で殺したらしい。血に濡れた剣を下げているが、相手の腹には長大な槍が立っている。

『芳流閣両雄動』 これも師匠同様八犬伝の名シーンを描いているが、かっこよさから言えば弟子のこの絵の方がいい。ああ、はやく『八犬伝の世界』にたどり着きたい・・・

さて『月百姿』。全部については書けない。とらさんが素敵な記事を挙げておられます。
『烟中月』 火消しの後姿は勇ましい。背景の煙の表現はまるで、王朝継紙のように綺麗だった。
『信仰の三日月』 下弦の月のついた兜をかぶる武人と言えば、山中鹿之助幸盛だ。「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に願って、主家・尼子家のために奮闘したが、ついに毛利家に敗れた。むかしむかし人形劇『真田十勇士』で、真田幸村が山中鹿之助を偲ぶという設定があった。(作者・柴田錬三郎はこの物語に色んな要素を加えていたな?)それでわたしは子供の頃に彼のことを知ったのだった。
『卒塔婆の月』 言わずと知れた卒塔婆小町。貴い身分の姫が年老いて流浪する伝承。破れ傘を背負った婆さんとして描かれているが、それでも生きているのだ。長く生きてくれ、と願わずにはいられない。
『孤家月』 これは一つ家の伝承。師匠は浅草奥山の細工見世物のために多くの絵を描いた。その中でも特にこの一ツ家がスキだったらしく、実に数が多い。国立演芸場の資料室にはその浮世絵が収蔵されているから、機会があればまた展示されるだろう。たぶん、来春早々にでも。

慶応元年『和漢百物語 清姫』 これは明治になっても『新形三十六怪撰』として描かれているから、好きなモティーフなのかもしれない。そちらのほうは’92年の夏、大丸の芳年展でチラシになった。清姫が日高川を前にして両髪を掴み上げている。情念の高まりは、しかし一見ひどく静かに見える。その分強く深く広がっているのだが。
これは後年の方の画像。mir898.jpg

他に『和漢奇談鑑』というオバケ絵シリーズがあり、なかなか面白かった。
ただ、師匠・国芳は同じようにオバケを描いても春画を描いても、どこか健全というか元気な明るさが満ち満ちていたが、弟子はそうはいかない。どことなく危ういように感じた。
ろくろ首を屏風で押さえると首がつきぬけ、怖い仁王と相撲を取ったり、笑い阿弥陀などはまだ明るく笑えるが、佐倉宗吾の蛇まみれ血まみれはよくない。卜部vsウブメもあった。

15年位前、原宿にDO!FAMILY美術館があり、国芳、芳年から小林清親あたりのコレクションを見せてくれていた。あれから芳年を定期的に見せてくれる場はなくなったので、礫川の存在は嬉しい。
色々面白い作品も多く、好きなものをじっくり眺めてから場を後にした。

ヴィルヘルム・ハンマースホイ

ヴィルヘルム・ハンマースホイという画家をこれまで知ることはなかった。
西洋美術館で彼の回顧展があると言うので、出かけた。
「静かなる詩情」と副題がついている。
チラシを見れば背を向けた女性の静かな姿がある。
うなじが綺麗だと思った。
時折こうした静かな絵の世界に出会うことがある。
たとえばそれはフェルメールやカリエールといった画家の作品なのだが。
そこにハンマースホイも続くのだろうか。
mir897.jpg
ハンマースホイという名前はどの国に帰するのだろうか。帰属する国家はデンマークだと聞いた。
するとこの姓はこの国には他に活きているのだろうか。名のヴィルヘルムはドイツ語圏から北欧に活きているが。
・・・そんなことを思いながら会場に入る。
モノトーン。
デンマークはそんなにも日当たりのわるい国なのか。

「音のない世界に包まれているかのような」・・・その静寂な感覚が心に安寧を齎す場合と、そうでないときがあった。
眺める内にハンマースホイが偏執的なまでに、室内に拘っていることに否応なく気づかされる。
外のつながりは微かな光だけ。
しかもその光というのは、黒の中の光ではなく、白の中の光なのだ。
白い光は忽ちのうちに壁の白さに飲み込まれる。

空間がある。室内空間。
空間はしかし、四角いものではなく、連続性の感じられない途切れ方をしている。
眺めるわたしはどの位置に立てばよいのだろう。

イミール・ハノーワという人の言葉がプレートにある。
「ハンマースホイは広大な灰色の空を持つ大胆な風景画に、また、いにしえの美しい建造物の大きな灰色の塊に、自分の魂とメランコリーを最後に吹き込んだ」
1907年の言葉。
その年、ハンマースホイは『クレスチャンスボー宮殿の眺め』という作品を描いている。
しばしば現れる宮殿は、しかし描く位置がずれることで、微妙な変化を見せる。
1890年代に描かれた宮殿、1907年、1909年・・・緑青が吹いたような美しい緑色のドームが見え隠れしたり、玄関ホールが出現する。
体温のない風景画。雪に埋もれようと秋の豊饒な輝きに照らし出されようとも。

曇天。陰鬱とまでは言わないが明るい日ではないことが、心持を静かにさせる。
それは静謐な心持と言うのではなく、抑制されての沈静なのだ。
くすんだ白磁のような背景。救いのない白。
だんだんわたしも重く沈む。

旧アジア商会。彼の長く住んだ家の向かいにある建物。後にそこへ彼は移る。少しばかり異国風なところが見える建物。
窓の向うの建物。

かつては倉庫、現在は美術館となった『リネゴーオンの大ホール』1909年。
天井の漆喰装飾も優雅なままだし、傷んでいるわけでもないのに、なんとなく廃墟のような空虚さがある。
絵には圧倒的に温度が足りないのだった。

意外なことに画家は南欧に旅をしている。
アンデルセンの故郷オーデンセ美術館に所蔵されているローマの聖堂の絵。
柱列が美しい白い絵。アーカンサスとイオニアと。
古代羅馬の聖堂だと言われれば古代羅馬だろうし、その当時の丁抹だと言われればそうか、と頷くだろう。

即興詩人もローマに出かけ、カタコンベで道に迷った。
「君よ知るや南の国」可憐な少女の歌声が画家の耳に通ったのか。
ローマを描いたものはこの一作だけだと言うが、画家は三度もローマに出かけたのだ。
一体ローマに何をしに行ったのか、何を求めてローマに出向いたのか。
ローマは画家の精神に何の変容も与えなかったようだが。
ただ、他の絵には見られない金色が、目に残る。

自宅の室内に固執しただけに、グリッド窓からの静かな日差しが美しい。
日の光が白いことを初めて知ったような気持ちで眺める。
人のいる室内。
しかし温度は変わらず低い。まるで画家と言う<人>も存在せず、ここに住まう幽霊が見る風景のようでもある。
若い女が三人いてもそれは変わることはない。彼女たちは視線を交わすこともなく、互いを意識する風でもない。
人間関係としては相互につながりがあると言うのに。

ハンマースホイの絵には子供は存在しないのかもしれない。
子供と言う生命体の発するエネルギーを彼は欲さなかったのだろう。

死都ブリュージュ。その作者ローデンバックと同時代人であるハンマースホイ。
クノップフが描いたその都市風景をなんとなく思い出し、比較してしまう。
しかし二人の画家の絵には共通するものは、ない。

コインコレクターという作品があった。この絵にもう少し彩色が加われば、フェルメールの世界に入るかもしれない。

中庭の眺め、として描かれた絵を見て関東大震災の後に建てられた同潤会の共同住宅を思い出した。
もう殆ど失われた建造物。人の存在はなくとも、生きているのを感じた。

しかしながら彼の描く妻イーダの変容の激しさには眼を覆いたくなる。
花に水をやらなかったのは、男の罪だ。そしてそれを曝して描くのは、画家の業なのか。
使われた緑色。西洋絵画で人体に緑色が使われるのは、死体の描写だ。
生きながら葬られたような妻。

イーダは後姿を描かれる。無理な姿勢での作品もある。微笑むものは一枚だけ。
静かではあっても、安寧ではないような世界。
イーダを見ていると、まるで似ていないのに、ハンス・べルメールの写真作品を思い出した。
妻ウニカを肉パーツとして緊縛している写真。
なんとなく、どちらも哀しい。

自宅を多く描いたと言うが、眺めるうちにここは共同住宅の一室ではなく、解放病棟ではないかと疑念が湧いてきた。生活臭がどこにもない室内。不可思議な構造の描写。

CGでこの室内が再現されていた。把握できない空間構造。再現はあくまでも推測に過ぎない。
本当にこの室内は存在していたのだろうか。

展覧会を見ながら、いくつかの映画を思い出していた。
バスティアンとバスティエンヌ?湖畔にて、ワン・フルムーン・・・
どちらも室内よりは戸外の情景が多かったのだが。

魅了されたのか、忌避したのか、自分でも判別がつかないまま会場を出た。
ハンマースホイ展は12/7まで続いている。秋から冬に相応しい展覧会かもしれない。


スリランカ 輝く島の美に出会う

スリランカには一度くらい行ってみたいとつねづね思っているが、こういう願いが果たされることは、まずない。
だから展覧会で眺めるのがその代わりなので、その分熱心に眺めるように心がけている。
ありがとう、東博・表慶館、ありがとう、スリランカ政府。
ところでスリランカのわたしのイメージ。
セイロンティー、黄色いカレースープ、宝石の原石が埋まっている、シーギリヤ・レディース、獅子、敬虔な仏教徒、ヒンズー教の神々。
(アーユル・ヴェーダでないところが泣ける)
とりあえずその「光り輝く島」の遺宝や文化などを見て回ろう。
mir896.jpg
チラシの金ぴかりんの仏像はしなやかな姿態を惜しげもなく曝しつつ、静かに笑っている。
背後に回り、背中のラインを眺める。優しい湾曲。
観音菩薩坐像と呼ばれ、8?9世紀に生まれてからは信仰の対象として愛されてきたろうが、今は美しいもの、として崇められ喜ばれている。
細い足が綺麗だと眺めつつ、触れてみたい欲望も湧いてくる。
金の冷たさの中に、溶けるような喜びがあるかもしれない。

同じ時代のカーマとラティ立像を見ると、これは表裏一体の男女神で、歓喜天系なのかもしれない。ヒンズーの神々の像には、そっと微笑むようなものが多い。
金板二万五千頌般若経断簡  これを見て、不意に思い出したのが大昔のコンピューターの計算用紙。わたしが使いだしたのはPCなのだが、それ以前は巨大CPだったのだ。そして二進法による数列がカタカタカタカタ・・・・と吐き出されていた。
実物は知らないが、映画やアニメでそんなのを見ている。そのあれにこれはよく似ている。

壁にはシーギリヤの写真がある。先般京博でシーギリヤ・レディースを模写した杉本哲郎の展覧会を見ているから、それでよけいにこの展覧会に行きたくなったのだった。

ところで実物展示でアプサラス(天女)像があり、テラコッタ製で赤くてむちむちしていてなかなかいい感じだと思ったら、「当時の土産物」だと解説にあった。
・・・・・・みやげもの。うーむ、商売っ気たっぷりだったのだなー。
でもこれはいい作品だった。土産物・・・土(拵えが)の産物、という意味もあるのかもしれない。

獅子面型ドアハンドル  丸顔の獅子面だが、これはあれかなナラシンハ信仰からか。洋館のドアノッカーとして働く獅子たちは、もう少し鼻面が長い。

シヴァ・ナタラージャ像  出ました踊るシヴァ像。随分前、大阪の出光でロックフェラーコレクション展を見たが、そのときにも随分多くのお仲間を見た。
ヒンズーの神々の話にも、いつかじっくり向き合いたいと思っている。

ガネーシャ坐像とヴァーナハ  ヴァーナハは乗り物の意。ではこの象のカミサマは何に乗るかと言うと、ネズミなんですね。星の王子様もビックリの展開ですね。うう、凄いな。

スリランカの歴史をあんまり知らないから、キャンディ時代と聞いて、勝手に喜んだが、それは甘い時代ではなかった。
何しろ侵略され、統治されている。
それにしてもかなり医療器具の展示が多い。ここらあたりの意味するものがよくわからないが、わからない方がいいかもしれない。

装飾品もたいへんいいものが多かった。
特に気に入ったのは、蝶のブローチ。
チラシの下にあるあれ。元々蝶々が好きなので、こうしたものを見ると嬉しくなる。

腕輪類も綺麗なものが多かった。首飾りでは黒い貴石を嵌入したものもあり、それが連続している。とてもモダンなセンス。

蒟醤用カバン  琵琶を納める袋に似ている。キンマ用カバンって一体・・・キンマ製品を納めるための袋なのだろうか。

遠い異国の文物に囲まれ、欲しいと思ったものや、見たいと願ったものを見て、なんとなく満ち足りた気持ちになった。
この国のことを理解しているとは言い難いが、それでも一歩近づけた。
いいものを見せてくれてありがとう。
嬉しい気分で麗しい建物を後にした。

大琳派展

琳派に関する展覧会で今回の「大琳派展」に匹敵する内容は、なかなかないように思う。
4年前東京国立近代美術館で近代の西洋絵画をも含めての「RIMPA」展が開催された。
あのときも素晴らしい内容だったが、今回は純然たる日本の美の世界で統一されている。
光琳350年記念という冠があるからだ。
mir891.jpg

逸翁、畠山、細見、出光、香雪、大和文華館・・・これら錚々たる私立美術館も、しばしば所蔵品の内から、琳派と分類される麗しい絵画や古陶を並べて見せてくれる。
その度に煌く金泥、揺らめくたらし込み、優美な花鳥風月にときめきつづけてきた。
侘び寂びを愛する一方で、日本人は深く琳派の華やぎを愛しているのだった。
今回、出光、細見、大和文華館などから誉れの名品が、上野に出向いている。

とにかく大琳派展が連日大盛況だとわかってはいた。
夏の『対決』展も大概お客さんが来ていたが、今回もそう。それでもまだ好きな作品を再度眺めることが出来たのは、幸いだった。
わたしは展示換え?時期に見に行ったので、そのときに見たものだけを記す。
既にご覧になった方々は何度かに分けて(あるいは続編を)挙げられているが、そうもできそうにないわたしは、一篇にまとめることにした。
以下、たいへん長いかもしれないです。

東京ハイカイ'08.10

景気も良くない、人心もよくないこのご時勢に「遊びに行った日を記す」ようなことしていてエエンカと思いつつ、それでも出かけることにした。
基本的に東京へは飛行機で出かけるので、けっこうドキドキしている。何回乗っても飛行機はコワイ。それでも乗る。
見た展覧会の内容は後日詳細記述します。
まず野間記念館に向かった。
ここは椿山荘の隣にあるから、根性と気合のあるときでないと、坂をのぼれない。
なくてものぼってますね、コノヒトハ。
野間で川合玉堂を見る。最近は玉堂のよさがちょっと分かってきた気がする。
次回は講談社の雑誌の仕事、口絵とか挿絵とかかな。凄くうれしい。
ついでに印刷博物館にも行くぞ?!
来月の東京の歩き方はもう半分以上確定している。

春日の礫川で芳年『月百姿』見てからてくてく歩く。本郷の近江屋洋菓子店ですね、行く先は。
ボルシチのお鍋を開けたら、もう底辺になっていた。わたしが岡っ引きの子分なら、
「ていへんだっ親分」と言わなあかんところか。←おやぢギャグ。
それで掬うとやたらお肉が・・・。民主主義教育を受けた以上、見知らぬヒトにも・・・とかなんとか思いながら、お肉いただきましたが、やっぱりボルシチの醍醐味はジャガイモやニンジンやカブラでしょう。
わたしがお肉掬うた後、店員さんが新しいのを入れはったので、そっちもいただいた。
焼いてるカレーパンなど食べたけど、おなかいっぱいで苦しい。これは予想外のことでしたな。
で、バスに乗り損ねたこともあり、上野公園まで歩く。
蓮の花はとっくに散ってるけど、大きな葉っぱは生きている。それを横目に弁天さん辺りで池から離れ、上野の山に。
IMGP5040.jpg公園で寝る猫たち。

大琳派展―スリランカ展―ハンマースホイ展―ミレイ展と渡り歩いた。
結論から言うと、西洋美術館―東博―ブンカムラと行くべきでしたな。
でもそうそう都合良くいくわけもない。
その後ちょっと本屋に寄って出てきたのが11時。朝7時から夜11時までハイカイしたのか!カニコーセンもびっくりですな。

18日。この日の移動距離も大概長いで。
日本近代文学館・・・前田侯爵旧邸―練馬区美術館―市川市旧片山邸・・・市川市立東山魁夷記念館―千葉市美術館
我ながらよくやりますわ。近代文学館では志賀直哉への書簡が新発見されたのを展示。
白樺派の時代のが多くて、白樺派と言うより学習院での彼らの交友が好きなわたしにはたいへん楽しい展覧会だった。
練馬で高山辰雄見てから池袋―日暮里―京成線と乗り継ぐ。

京成中山には初めて降り立ったけれど、なんか参道風やなと思ったら、それも当然でこう言う立派な門が。
IMGP5076.jpg

近所にはみかんの実がなる木のある公園も。IMGP5075.jpg

法華関係の大きいお寺がありました。
綺麗な五重塔。IMGP5079.jpg
ちょっと高島野十郎の絵を思い出す。
鍋カブリの上人のお寺もある。そこから少し先に素敵な和洋折衷のお宅がありました。
こういうのが見たくてあちこちハイカイするわけです。

ほんで千葉で新八犬伝を見るのですが、バスに乗っても道に迷っているのは、これはもう救い難いかもしれない。
わたしはたぶん、千葉市美術館へまっすぐ行くことはほぼ不可能に近いらしい。←ナサケナイ。
結局この日も11時まで外にいて、ホテルに帰ったのはそれから30分後。

さて最終日。大抵わたしもふらふらになってるな。なんしか風邪を引いてるので、ときどきメマイと嘔吐が押し寄せてくるのよ。「めまい」はヒッチコック、「嘔吐」はサルトル・・・などと呟きながら歩くわたし。←あぶない・・・
色々考えた末、ちひろ美術館に行くのはやめた。茂田井茂の展覧会は見たいけれど、ちょっとした鬱屈がある。以前ここで見た、カラーコピーで再現された絵本「クマノコ」が欲しいのだが、手に入りそうにない。そのモノクロコピーでも欲しいのですが、と申し出たら色々言われたので、それを思い出すと行くのがいやになった。
で、フライト時間もあるし、予定を少し変更して新宿から出かけた。
損保ジャパンですね、行く先は。ジョット???
・・・今回初めて西新宿から向うと、人波もなくスイスイと歩けるし、目標が見えてるから大変行きやすかった。今度から西新宿から行くことにしよう!

次に山種へ向う。薬が切れてきてヒィヒィ言いながら歩くと、「百寿」画家の展覧会でしょう、なんだか「喝!!」と言われた感じですな。
行くとえらいこと人溢れてて、山種でこんなに相客が多いのは初めてのような気がした。
出てから三越前に。ここで本当は三井記念館に入るはずが、来月でもいいかと方向転換。
そのまま高島屋へ。柳原白蓮展に向ったら、びっくりした!!
めっちゃ大混雑の大行列してるやん!・・・あ、「皇后様と子供たち」展の行列か。
ご年配だけでなく若いカップルもいたのを見て、やっぱり皇室と言うのは慕われてるのだと実感した。災害などのとき、ナントカ大臣が立ち話してさっさと帰るのより、皇室の方々がお見舞いに来られる方が、被災者の方々も元気出されるようだし。
白蓮はかなり好きなので、けっこう楽しめたが、それだけでなくいつか行く予定の伊藤伝右衛門邸の写真もあり、これが嬉しかった。

ブリヂストンは諦めて出光に行ったが、お茶飲みながら窓の外を見たら、やたら曇っている。それにせかされるカタチで汐留へ。
再び村野藤吾展。8月は記事に出来なかったので、今回は書くつもり。
しかしまた薬が切れてきたので、早いけれど空港へ向った。
ニンゲン、やっぱり自分の体調と言うのを考えなあかんのですよ。
帰宅してからは珍しく早くねてまいました。
それでいいのだ!←バカボンパパならぬ、うちの母からのお墨付きでした。

川瀬巴水展

近年、川瀬巴水の人気は高まるばかりだ。
やはりニューオータニでの大掛かりな回顧展が良かったからだろう、みんな喜んで彼のファンになった。
それ以後は土井コレクションの巴水作品が礫川で見れたりもしたし、大阪でも守口京阪百貨店での展覧会があった。
今回はそれらとはまた別な企画の、巴水回顧展。前後期に分かれているが、とりあえず前期展に行った。
mir887.jpg

21世紀になってからだと、東京国立近代美術館での小企画、千葉市美術館でのシリーズ「日本の版画」、東博での展示くらいでしか見ることが出来なかった。
版画はちょっと気の毒な状況に置かれていたのかもしれない。
ただ幸いなことに江戸東博は、失われた江戸から明治大正昭和初期の風景版画を、まとめて絵葉書にしてくれていたので、実物を見ずとも絵葉書などでこれらの版画を見る機会が以前からあった。
『大阪高津』 mir890.jpg
これは江戸東博にはないシリーズ。
大大阪だった時代、大正末期、仁徳天皇ゆかりの高津の宮から大阪を一望する。

わたしが巴水の作品を知るようになったのも、失われた都市風景を捜し求めての結果だった。
ただ、名前だけは以前から知っていた。それはわたしが巴水の師匠・鏑木清方のファンだからだ。清方は絵画だけでなく、随筆や回想記にも名品が多い。
大勢の弟子も大事に育てたので、「こしかたの記」には彼らの思い出が集まっている。
美人画の巨匠の下で版画に勤しんだのは、大正新版画運動に関わった深水、江戸以来の絵師・摺師との協働の巴水、それと笠松紫浪だったと思う。
その中でもやはり巴水の風景版画には深い魅力がある。
大正の広重と呼ばれただけに叙情的な風景版画が美しい。
『天王寺』mir889.jpg
 聖徳太子の建てた四天王寺の伽藍の配置にはいつもいつもときめくが、ここでは南からの景色が見える。
こんな雪の日に玉手御前は屋敷を抜け出して、合邦辻の実家へ駆けたのだろうか・・・

わたしも広重以来の伝統的な風景版画に惹かれているので、巴水の版画を徒然に眺める喜びを味わえて、幸せだと思っている。
みんなの喜ぶ風景版画。見ていると楽しくなる。色調も美しいし、構図も素敵。
mir888.jpg

巴水の青色の美は殊に眼を惹くが、強い赤の使い方、白の優しさにも印象が残る。
『芝大門の雪』 レトロなクラシックカーも赤い門も白い雪に浸食されている。
何とも言えず美しい白雪。mir890-2.jpg


今回、自分の持たない絵葉書をいくつか買った。前々から欲しかった作品がそこにあった。
『こいのぼり』 戦後の作品。田舎町のある家に、緋鯉が一匹だけ空に舞っていた。
mir890-1.jpg

後期に行けるなら行きたいが、いまのところ目処は立たないのだった。

永遠の詩人西脇順三郎

西脇順三郎の詩を初めて知ったのは’82年だった。

天気
(覆された宝石)のやうな朝 何人か戸口にて誰かとささやく それは神の生誕の日

やはりこの詩が「最初に出会う詩」として、いちばん良かったと思う。
しかし詩人はこの年に世を去った。
詩人の死が彼の詩行を永劫に止める。
新作を求めることはできなくなった分、過去の詩作に想いが募る。

姫路文学館では「永遠の詩人 西脇順三郎 ニシワキ宇宙とはりまの星たち 」が開催されている。
mir885.jpg
6年前、世田谷文学館で「西脇順三郎 詩と絵画」が開催された。
「なぜ私はダンテを読みながら 深沢に住む人々の生垣を 徘徊しなければならないのか」
この詩句がチラシの表に蛇行しながら書かれていたのが、魅力的だった。
同時に西脇が歩く姿が捉えられていた。

旅人かへらず。
西脇の旅はどこから始まり、どこまで続いたのだろう。

彼の水彩画は魅力的なものが多い。油彩もあるが、水彩のような趣がある。
ヘルマン・ヘッセも素敵な水彩画を多く描いた。
どちらの展覧会も見たが、心が柔らかくなった。

「ペレアスとメリザンド」と題された絵は青色で構成されていた。一色だけの青ではなく、青のヴァリエーションを巧みに重ねあわせ、寄せ集め、選び抜いた青の集合体なのだった。

一方、南画風な虎の絵もあり、そちらは妙に可愛らしい。
mir886.jpg

ところで何故この姫路文学館で西脇の展覧会が開催されているかと言えば、理由があった。
副題に「はりまの星たち」とあるように、播磨の詩人グループが西脇と交流が深かったからだそうだ。
彼らとの交流はその詩作の中にも現れる。
それは楽しく優雅な遊び心だった。
「禮記」、「壌歌」などに、不意に楽しい言葉が入る。

播磨のマカロニィ・・・・・・・揖保の糸素麺のこと。西脇はたいへんそば好きだったらしい。
ヴェネツィアのウドン・・・・・・・これぞまさしくパスタ?
タコヤキの時代・・・・・・姫路の隣の明石でたこ焼き(明石焼)を食べたのか。

「旅人かへらず」にはこんな詩句があった。
「夕暮れのやうな宝石」と云ってラムネの玉を女にくれた」
わたしはラムネの玉をのぞいては、月の沙漠にいるような心持ちになるのだけれど、詩人は夕暮れのやうな、と形容していた。
いつかそのラムネ玉が「夕暮れのやう」に見えるときがくるのだろうか・・・。


わたしもニシワキ宇宙に惑わされ、酔うたようになって会場をくるくる回った。
丁度この日は白石かずこが講演に来ていたが、あいにく都合が悪く、聴かずに去った。
最後にもうひとつ、好きな西脇の詩を選んで挙げておく。



白い波が頭へとびかゝってくる七月
南方の綺麗な町をすぎる。
静かな庭が旅人のために眠ってゐる。
薔薇に砂に水
薔薇に霞む心
石に刻まれた髪
石に刻まれた音
石に刻まれた眼は永遠に開く


姫路&明石ふらふらツアー

先週友人と姫路・明石ツアーに出た。
はっきり言って遠い。彼女は大阪南港から来るので大阪・姫路1dayチケット2600円、わたしは阪神・山陽電車フリーのシーサイド1dayチケット2000円。
向こうの方が特典が多いが、今回その特典もわたしは別な形で受けられるから、こっちのチケットでOKなのだ。
大阪―神戸の阪神間は阪急・阪神・JRがしのぎを削る区間で、わたしは普段は阪急に乗るが、最速はJRらしい。
しかし阪神には甲子園がある。(あんまりここでは関係ないか)
とりあえず阪神梅田からの姫路行き直通特急に乗った。
乗ったはいいがあまりに長くていやになってきた。わたしも彼女もシャベリなので喋るが、それにしても長い。
90分なのだが、風景が長さを助長させているように思えて仕方ない。

神戸を越えしばらくすると、左手に海が現れる。
須磨も舞子も明石も通り過ぎると、とうとう播磨に入る。
この播磨がやたら長いのだ。
だんだんわたしは暗い気持ちになってきた。
実はわたしは車窓からの景色にあんまり関心がないのだ。
(TVの『世界の車窓から』は別として)
わたしにとって電車もバスも、目的地に向かうための手段としての交通機関、なので長すぎるとしばらくの間、その方面には行かれなくなる。
それでもやっとついた。ああ、ほっとした。

世界遺産の姫路城まで1?ちょっとあるらしいが、大手門通りではなく商店街の御幸通りをずーっっっと歩く。
今回は姫路おでんを食べようと決めていたので、そのお店を探したが、どうもよくわからない。
とうとう城の裾にまで来てしもた。
そこに観光協会があり、更に公共関連の複合ビルも近いので、眼をつけてそこへ行くとうどん屋さんがあった。
ここでうどんやてんぷらに姫路おでんのついたランチを食べた。
姫路おでんと言うのはフツーのおでん、つまり関東煮を生姜醤油で食べるものらしい。
・・・あっさりしてるので、けっこう合う。おいしくいただいた。
機嫌よく店を出て、もとは陸軍関係の建物だった姫路市立美術館へ向かい、そこで川瀬巴水の版画を見て(詳細は後日)、さらにはちょっと離れた姫路文学館へ歩いた。
西脇順三郎展を見た。(後日詳細)
なかなか楽しい気分になって、お城の掘り端をぶらぶら歩く。少年たちが釣りをしている。
お堀のではなく、道を挟んだ川の魚を狙っている。
歩く歩く歩く。
けっこう時間が掛かっている。京阪神と違い、土地が広いので歩くのも多くなる。

まぁやっと駅に着いたが、そこから今度は明石へ戻った。
大震災のとき傾いた天文台も真っ直ぐ立っている。
山側の文化博物館へ行こうと急な坂を上ったが、表示が悪いのかわたしらが阿呆なのか、博物館とは外れた道しか歩けない。
それで仕方なくガードレールを乗り越えた。
汚れるなぁ。ちゃんと「こちらへ歩こう」と指示してくれ。(誰が誰にや?)

ここではドーム商会のガラス工芸の展覧会が開かれていた。
ガレもドームもアールヌーヴォーの作家だから、ついついそこまでかと思ってしまうのだが、カンパニーとしては生き続けていて、今も新作発表と商売に余念がなかった。
どちらかと言えば旧いガラス工芸が好きなので、近年の作家のそれはちょっと遊びすぎていて、しかもその遊びがユトリになっていないところがニガテで、ちょっとサヨナラした。
一方、ここは明石の石器時代からの出土品も集めた場所なので、明石原人の骨とか象の骨格標本などを見た。これがまたなかなか面白かった。

明石は源氏物語ゆかりの地だが、むしろそれより「魚の棚」通りが知られている。
ウォンタナ、と発音するのが正しいらしい。釣り好きなヒトが以前教えてくれた。
ここではタコか鯛を食べるのがいいのだが、季節から言うてもやっぱりタコですね。
大阪のそれとは発想の違う明石焼(地元では玉子焼きと呼ばれる)を食べようとした。
明石焼とは、ダシで食べるたこ焼きなのだ。
北摂では清荒神の山の中腹に大昔からそんな店がある。
わたしはマヨネーズがニガテなので、ソースのかかったそれより、ダシで食べる方がいい。
しかし夕方だからか、どこもかしこも満員御礼。
二軒目は商売っ気がないらしく、ダメ。三軒目で座ったが、ここはまぁまぁいけてました。
でもあまりに繁盛しすぎて、ちょっと掃除や洗い物が行き届いていないのが残念。
明石からは山陽電車で1時間ほどだった。
けっこう気疲れもしてぐったりモードになり、この日は早めに倒れてしまった。

実を言うと、ただいま東京ハイカイ中なのだった。
とりあえず書ける分だけ書いたのを挙げておきます。
毎日自動更新で午後九時に記事があがるけど、例によって大したことは書いてないから、お気軽に。
17日?19日まで動き倒しています。

絹谷幸二 情熱の色・歓喜のまなざし

前々から絹谷幸二の展覧会が見たかったが、いざ見てみると、その勢いに押し流されてしまった。
なんばの高島屋で開催されている展覧会。
mir883.jpg
奈良出身の現役洋画家で、東京藝大の先生。
冬季の長野オリンピックでポスターなどを制作していたから、見た人も多いと思う。
それだけでなく、ごく最近では東京メトロ副都心線の開通を記念した、陶板壁画の「きらきら渋谷」があるらしい。
これはきっちり見てないので、今度折りがあれば見なくてはならない。
わたしが最初に見たのは、世田谷文学館のロビーにある阪神淡路大震災へのレクイエムたる陶板壁画「愛するもの達へ・希望」だった。
明るい、突き抜けるような青を背景の基調に、様々な色彩の乱舞がある。健康そうな肌色の人々の口からは絶えず音楽が流れ続けている。
‘97に初めて行ったとき、不思議な明るさがあるなと思ったものだ。

イタリアに留学してフレスコ画を学び、ご本人は「アフレスコ」画を拵えていると仰る。
同世代で同じくイタリアの美に惹かれた有元利夫が静謐な作風なのに対して、絹谷の作品はざわめきがある。
それは騒々しいのではなく、賑やかな音の集積を意識的に画面に封じ込めた、という感じ。
だから彼の描く人物たちからは絶えず音楽や掛け声が溢れ続ける。
言葉の零れる絵。
呼吸のように言葉がこぼれつづける。
mir884.jpg
新作の日本の祭シリーズを見ると、祭に入り込んでいる人々から実際「わぁわぁ」「はっ」などの音声がこぼれている。
書き込まれた文字もまた絵画として活きている。
画賛とは全く発想の異なる文字、文字と言うより音声の絵画化、それが正しい。

風神雷神が天空に姿を現している。ありありと顕れるのではなく、透けるように空に立つ。
力強い立姿。金剛力士のような強さがそこにある。そしてその彼らが視ているのは砂に埋もれて倒れる人と、投げ出されたTVから流れるどうにもならない現在の世界の姿なのだった。

チラシ左に『大和国原』という絵がある。これは奈良万葉文化館のための作品。
日本がまだ若く、神話との縁もまだ切れていなかった時代を描いたような気がする。

明るいいい心持で眺めて廻った。
akarui ii kimochi でも akarui――――――― kimochiでもいい、絹谷幸二の仕事だった。

大阪の「青春のロシア・アヴァンギャルド」

東京から大阪に来る間にタイトルと内容の変わった展覧会がある。
「青春のロシア・アヴァンギャルド」である。
mir880.jpg
夏にブンカムラで開催していた頃は副題が「シャガールからマレーヴィチまで」だった。
今は副題がなく、さらにお詫び文章まで出ている。
なんでも美術館側は本物だと認めている作品が、遺族がウソだと言い出したらしい。
真偽のほどは定かではない。とんだことになったが、シャガールもカンディンスキーもなくたって、十分楽しめる内容になっていた。

1-1 西欧の影響とネオ・プリミティヴィズム
どの政府も大抵200年で劣化し、それ以上長く続いたとしても途中で何がしかの変があったり乱が起こったりする。
帝政ロシアも末期になると欧州風になり、却って最先端のカルチャーが入り込んだりした。
プーシキン美術館に所蔵されているシチューキン・コレクションなどは以前展覧会も開かれた
そこにあったのは、当時最先端の印象派や野獣派の作品だったりする。
そんな中で欧州の影響を受けた作品が生まれだす。
ところでロシア・アヴァンギャルドと言えば4年ほど前、庭園美術館などで開催された「幻のロシア絵本 1920-1930年代展」が思い出される。
一方で、祖国ロシアの大地への回帰というか、ロシアが西洋ではなく東洋でもあるという意識を持って、制作した作家たちもいた。

ナターリヤ・ゴンチャローヴァ 杏の収穫mir881-1.jpg
第一次ロシア革命から3年後の作品だが、既にその時代性を飛び越えている。
百年前の作品とはいえ、なんとなく古臭さのない作品である。ただしネオ・プリミティヴィズムに根ざした作風なので、あかぬけてはいない。
ところが一方で、その三年後に彼女は印象派風な作品も描いている。

水浴する少年  背中を見せる三人の少年のか細さが愛しい。

ダヴィード・ブルリューク 三つ眼の未来派風の女  これを見て絹谷幸二を思い出した。ここから80年後に日本でその末裔を見出すとは、面白いような気がする。

アリスタルフ・レントゥーロフ 教会と赤い屋根のある風景
mir881.jpg
まだ革命1年前。色彩設計の連なりで構成されたような建造物たち。わたしとしては好ましい風景。叙情性を排した風景画にはフシギな明るさがある。
叙情性を排したと書いたが、むしろメルヘンチックに見えるところが面白くもある。ディズニーランド風。

ノーヴィ・エルサレム修道院の塔  こちらも同じくダンダンダンとリズムを刻んで描かれたような建物で、実際塔の段がそのような構成を見せているのが面白い。
mir882.jpg

ボリス・アニスフェリド 東洋の幻想  座禅を組む女のそばにはオウムがいる。和やかな暗さのある絵。色の集まり自体は暗いのだが、それが「東洋の幻想」風なのだと納得させられるムードがあった。

シュラミの娘  旧約の「雅歌」に現れる娘。赤い絵で、その赤を構築する細胞は必ずしも赤の因子だけを持つものではない、と言うことを知る。
物語の概要は良く知らないので何とも言えないが、娘の周囲にたむろする山羊やオウムたちかなんとはなしにこの世界の魅力を上向けている。
下腹のふくらみが豊かなのが目に付いた。

ところでなんでもそうだが、革命は成就するまでが素晴らしく、成就した瞬間から魅力を失い始める。そうして革命により失われたものこそが、美しさを得るような気がする。


1-2 見出された画家ニコ・ピロスマニ
グルジアで居酒屋の看板などを手がけていた画家で『百万本の薔薇』のモデルだそうだ。
以前から加藤登紀子が歌うそれは、わたしの好きな歌だが、絵の方は今回初めて見た。
今ではグルジアの国民的画家として愛されているそうだが、画家が存命中はちっとも認められなかったらしい。
グルジアはロシアとは文字も異なり、独自の文化を持つだけに、色々難しい問題も抱えているようだが、この画家の作品が多くの人に愛されているのは、幸いだと思う。
プリミティヴな、というよりそれこそ素朴な面白味がある。ヘタウマというか、しかし惹かれる何かがある。ちょっとパラジャーノフの映像が見たくなる色彩構造だった。

コーカサスから中近東にかけて広がる、居酒屋兼雑貨屋という形態。
そこの看板などを描いたが、なんとなくほのぼのしている。
宴にようこそ! mir881-2.jpg
葡萄がたわわに実り、見るからに豊饒なイメージがある。瓶にはワインだろうが、この葡萄がそのまま発酵したような気持ちになる。

看板絵が寒々しかったらあかんからなー。気取りの無さがいい。
一方、人間関係がうまくゆかないだけに、動物への愛情が深いヒトだったそうで、それを示す絵があった。
小熊をつれた母白熊mir881-3.jpg
東京でご覧になった方々も、この絵を随分喜んではった。わたしも楽しく眺めた。
白熊がやせているのを見て、温暖化の影響とか色々考えたりしたが、画家は無論そのことは考えてはいないだろう。
ところでサントリーミュージアムのサイトのトップページのバナーには、この展覧会で出品された作品が動画化されていて、それがひどく面白い。
同時代のロシア・アニメを見たことがあるが、あんな感じ。
子供の頃はともかく、成人してからは日本のそれよりチェコやロシア・旧ソ連の作品の方に惹かれている。


映像が流れていた。
セルゲイ・エイゼンシュテインの1928年の作『十月革命』と1924年のヤーコフ・プロタザノフ『アエリータ』。先のは1917年の十月革命のドキュメント風作品、後のは火星の王女アエリータが主役のSFで、彼女が天体望遠鏡で地球を眺めようとする1シーンが出ていた。
アエリータの衣装は「80年前のSF」らしいなかなか素敵な飾りもついていたし、ロボットまでいるのには、ウケた。そしてやっと望遠鏡で地球を覗くと・・・市電にビルの立ち並ぶオフィス街だった。こっちの方がよっぽどSFだ。
セルゲイ・エイゼンシュテインの1928年の作『十月革命』


2 マレーヴィチと抽象の展開
ブンカムラでもサントリーでもマレーヴィチの『農婦』がチラシおもてに出ていた。
ブンカムラでは黄土色に黄色、サントリーは紺地に赤という縁取りでその絵を飾っている。
印象がかなり違って見えて、面白かった。
ここらあたりが本当の意味での「ロシア・アヴァンギャルド」だと感じる。

ところで、中学高校の頃、色々あってロシア革命にハマッていた。
(思想上からの共鳴ではなく、好きなマンガの背景がロシア革命だったのだ)
授業中でもロシア革命関係の本ばかり読んでいた。思えばへんな子供だった。
だからこのロシア・アヴァンギャルドは、中学高校の頃を思い出させて、懐かしいような感じで見て回った。
とは言え、今では革命前の帝政ロシア末期がなにやら慕わしく、愛しいくらいな気持ちが湧いていたりするのだが。

3 1920年代以降の絵画
白系ロシア人が内乱に負けて国外逃亡し、ロシアで生まれた概念は海外へ流出していった。
お菓子も海を渡り、神戸にはモロゾフさんやゴンチャロフさんが移り住んだ。
レーニンが生きていたならどうだったか、スターリンの独裁政権下においては、芸術もまた統制されていき、楽しむことの出来ない状況になってしまった。
ここらあたりの作品を見ていると、ちょっと哀しい。

なかなか面白い展覧会だった。

美をつくし 大阪コレクション

大阪市立美術館では佐伯祐三展にあわせて、近代美術館(仮)コレクション展も併催していた。前月は芝川コレクション展が開催されていて、視に行き損ねたのが残念だった。
先に近世写生画・近世文人画・近代日本画を見たのでその感想を書く。

近世写生画
応挙 芭蕉童子図mir876.jpg
応挙はこの絵の他にも芭蕉童子図を残している。こちらは淡彩だが、片方は金地にフルカラーの芭蕉童子図である。どちらの子供も可愛い。
応挙の狗児も童子も共にコロコロして愛らしい。江戸時代でも憎たらしいガキは多かったろうが、応挙が描く子供らはいたずらはしても愛嬌で通るちびころばかりである。
ここでも葉陰にいる子、目隠しする子・される子、座った子、みんな愛らしい。
応挙センセイは家では猫を飼っていたが、描くのは近所のわんころばかりだった。
なんとなくその気持ちがわかるような気もする。
愛する猫を描くより隣近所のわんわんを描く方が、本当の意味での「写生」になるだろう。

若冲 蔬菜図 六曲一隻  墨絵で大きく野菜を描いている。八百屋の旦那だけにやっぱり巧いし、美味そうだ。(本当は問屋だったか)・・・家業は弟が継いだらしいが、もしかすると絵ばかり描く兄貴に弟は、「にいさん、たまには店の宣伝に野菜の絵でも描いてもらえしませんかね」と言うたかもしれない。
しかしこの野菜たち、一枚につき一種類ずつ大きく描かれ、背景に豆の茎のようなものがついている。つまり、少女マンガでキャラの背景に花が咲く、あんな状況。
それでまことに申し訳ないが、わかる野菜とわからない野菜とがあったので、エエ加減だが、一応名前だけ書いてゆく。左から右へ向う。
白ピーマン風。パプリカに似ている。いくら伊藤八百屋本店でも、この時代にパプリカはないから(オーパーツでもなさそうなので)本当は何なのか。
蕪。小さい蕪。大きい蕪ではなく、これはもしかすると聖護院蕪かもしれない。京野菜ですなぁ。
カボチャ。ナンキン、という方がリアル。コツマナンキンよりは大きい感じ。中がホクホクそうな感じがあった。
シイタケ。ああ、おいしそう。石突もぐの、勿体無いくらいな感じ。シイタケの傘の裏のビラビラした感じもよく出ている。
ナス。フツーのナスと丸々した賀茂ナス。わたしはつい近年からナスが大好きになった。こんなおいしそうなナス見てたらヨダレ湧くばかりやわ。
カリフラワー風。一体何なのかわからないままだが、カリフラワーに似ている。

応挙 波に千鳥図  これは襖絵で、千鳥たちがわらわら飛んでいる図。ええ感じ。
他に竜の図や、若冲のトリ柄襖絵があったが、どちらも好みくないのでパス。

近世文人画
浦上玉堂 佳山山処図  これまで一度も玉堂にええなと感じたことはないが、これは別。実によかった。中国風な連山がある。指のような感じ。それも細い指ではなく、節くれだった指の並び。そんな山なみが見える。小さい絵だが、豊かなものを与えてくれた。

池大雅と弟子の福原五岳が泉南に出向いたときに、襖の裏表にそれぞれ描いた、という作品が出ていた。たぶん、1773年の作品。
師匠は竹林書屋図、弟子は唐美人図。
師匠の中国文人は小さい家に童子らと住んでいるらしく、なんだかんだとちび共が働いている。台所は継ぎ足しで造られたか、離れなのか、少し母屋と分離している。
そこで茶を沸かす坊やがいる。その後ろ姿がかなり可愛い。ふっくらほっぺた、ちょっと丸い背中。団扇でパタパタする姿が可愛くて可愛くて仕方なかった。
その裏の唐美人たち。mir878.jpg
テーブルに向って琴を弾く美人、碁を打つ美人たち、侍女ら、で構成された彩色豊かな絵。琴棋書画図の可能性があるが、書画図はみつからない。・・・もしかすると、書画は裏の師匠の文人が為しておるのかもしれない。白梅が咲き、如意持つ美人もいた。何とも言えず安楽なよさがあった。

近代日本画
梥本一洋 出潮  いかにも梥本一洋らしい色調の柔らかな作品。潮がざばーんっと岩にぶちあたるのを、中空で三日月が見ている。空は薄い青灰色。

小野竹喬 秋陽  やっぱり竹喬の秋の絵は独特の良さがある。手前に葉の落ちた枯れ木が一本立ち尽くし、その背後に秋の夕日があけあけと照っている。それは黄山、赤山として描かれている。時期的には今よりもう少し後の風景だろうか。

児玉希望 枯野mir879.jpg
この秋の終りの野を行くキツネの姿には、いつもいつも何かしら感銘を受ける。それが何かは言葉には出来ない。来た道を見返るキツネの鋭いまなざし、深まる秋の野は「枯野」として表現されている。真ん中には真ん丸ではない銀の月が浮かんでいる。キツネの独り野を行く姿に、静かな感動が生まれる。

矢野鉄山 荒涼  1932年の作。縦長の画面には、右上に廃墟と化した塔が建ち、左上には砂漠に生きる黒い鳥たちが円を描いて飛んでいる。舞い舞いするカラスども。
そして左下には疲れ果てた荷車と、べったり座り込む人の姿がある。
シルクロードのどこかの光景なのだろう。たどり着くべき場所は果たしてあるのだろうか。

都路華香 掬水図  大木の緑が揺れる下にニコニコ顔の男が瓢を手に立っている。水を掬うたらしい。これが瀧の絵ならとんだ養老図だが、そうでもないようだ。
以前から思っていたが、華香の絵にはいくつか特徴がある。
緑の揺らぎ、水の表面、そして機嫌よい笑顔。この3点がそれぞれとても印象深いのだった。それでこの絵の隣にある『楓渓新橋』も大きな緑なのだが、もしかすると同じ木なのかもしれない、と思った。こちらは渓流に舟を描いたものだが。

島成園 燈  丸い雪洞提灯に燈を入れる女の顔を斜めから描いている。ただしこれは武家の女人風。

若き婦人  昭和四年の作。洋髪を大きなローズピンクのシュシュ風のものでまとめた女は、深緑の葉柄の羽織をザクっと着て、中にはやっぱりローズピンクの、やや縞も入った着物という取り合わせ。その膝には編み物棒が置いてある。なんとなくトボケた女である。

他にも庭山耕園や幸野楳嶺などの画帳があった。雀や百舌鳥のほか、季節の花々をフルカラーで描いたものなどが特によかった。

ついで別室では「大阪市立近代美術館コレクション、その誕生と成長
モディリアーニ、ローランサンから今井俊満、バスキアまで」展が開催中。
これまで何度かコレクション展を見てきているから、知る作品も多い。
しかしこうして眺めると、それはそれで新しい喜びが湧いてくるものだ。

アンドレ・ボーシャン 果物棚  これもわりに好きな作品。ボーシャンは諏訪のハーモ美術館か世田谷美術館でしか見られないような感じがするが、ここにも1点だけだがあるのだ。果物と蝶々と梟などが画面いっぱいに描かれていて、なんとなく楽しい図画。

モディリアーニ 髪をほどいた横たわる裸婦
mir877.jpg
これを凄い高値で購入したので批判が立ったのだが、間近で見れば見るほどいい女なので、なるほどこんないい女ならば、貢ぎ甲斐もあるよなとヘンに納得する。
まだ眼が塗りつぶされず、黒目のある頃の女。ちょっと飴色の肌に張った乳房、指先の淡い叢などにどうしようもなく、惹かれる。こんな官能的な美人に血迷ってしまうのも無理はない。だからと言うわけでもないが、ハコモノが完成しないのは、彼女への献金の高さのせいのように思われる。

パスキン サロメ  この作の後に自殺したと言うが、少女と言うより幼女のような体つきのサロメだと思う。このサロメは裸のまま椅子に座り、ぼんやりしている。
別にヨカナーンの首なんか欲しがらないように見える。
では何が欲しいのか。・・・その答えを探しに画家は泉下へ降りたのかもしれない。

キスリング 果物のある静物  おいしそうなフルーツたち。だいたいがイヤシの大阪人だから、もしかしてこれや前述のボーシャンの果物棚を選んだのは、「おいしそう??」やからではないか。明るい色調で、本当においしそうな果物たちだった。

高田博厚 カテドラル  '37年作のトルソ。女の胴がそこにある。くねる腰、張った胸、筋肉の流れ、背から尻へのつながり・・・ときめくように美しい。このトルソが彼のカテドラルだったのか。溌剌とした美しい体だった。

高村光雲 翁  会場の真ん中に展示されていた。翁はどこか上空をみつめている。わたしも翁の視線に合わせるため、腰をかがめた。天井の一部が見える。しかし翁の目は他のものを見ているに違いない。

須田国太郎 安芸竹原頼氏遺邸  白壁の蔵造りの家。まだ本当にいい須田の絵の時代に来ていないが、これはこれでいい感じだと思う。壁の白さが目に残る。

岡田三郎助 甲州山中湖風景  行ったことがないので実景を知らないから、この絵のようにモアモアと美しいグラデーションを見せてくれるのかどうかは、定かではない。
三郎助は可愛い女人を描いて、名品を多く持つが、こうした風景もさすがに外光派の教えを受けただけに、柔らかに美しい。

小出楢重 銀扇  小出にしては珍しく、立ち姿の美しい和装美人。美人、と書いていいと思う。濃紺の着物に頭に白い飾り。華やかな絨毯上に立つ女。

赤松麟作 裸婦  森の中で座る裸婦。木漏れ日が彼女の膚にアクセントをつける。樺色の胸の先の美しさ。ゆったりした作品。日本の洋画というものを改めて実感する。

他にも以下の作品がある。画像などは以前こちらで紹介している。
藤島武二 カンピドリオのあたり
満谷国四郎 杏花
黒田重太郎 朱卓の牡丹
岸田劉生 湯飲みと茶碗とリンゴ三つ
関根正二 天平美人
前田藤四郎の版画作品などなど・・・
それらは以前から馴染み深い作品たちだった。
しかしながらなかなか顕われない。
こうした機会に表に出れて、よかったと思う。




佐伯祐三展 没後80年 

大阪市立美術館では佐伯祐三展が開催中。近代美術館(仮)から出品が多い。
mir875.jpg
2004年と2007年とに近代美術館(仮)で佐伯展があった。また行く先々で佐伯を見る機会が案外多いので、久しぶりと言う感がない。
それでは全容を知っているかと言えば、そうとも言えない。
やはり出かけると、出かけただけの収穫と感銘がある。
今回、個々の作品について書くことは極力避けた。

1.凝視する自己・自画像の時代 東京美術学校時代からパリに行くまで
mir871.jpg
実を言うと、あんまり佐伯の生涯の細かいエピソードは知らない。
大阪のお寺の息子さんで、パリでヴラマンクに「アカデミック!」と罵倒され、街角の絵を懸命に描いて、一旦帰国してもパリへの熱情が高く、戻った先で風邪を引いて自殺未遂を起こし、30歳で死んでしまった・・・そんなくらい。
作品の背後にあるものをよく知らぬまま、絵と対峙してきた。
あの有名な自画像にしても、佐伯が何を思って描いたかは知らぬまま、眺めてきた。
古美術に関しては、ある程度の知識・教養を以って対峙しないと、意図するもの・メタファ・遊びがわからないので、それなりに勉強してきたが、近代洋画に関しては何も思わず、いわば虚心坦懐たらんと努めてきた。
(特に印象派誕生以降の洋画にはそうしている)
しかしながら、ここにこれほどの数の自画像が並んでいると、やはり意図的な視線と言うものが必要だと感じる。漫然と眺めて色がどうのとか、構図がナンダカンダと言うのでなく、このとき作者は何を思ってこうしたセルフポートレートを生みだしたのか、少なくともそれを踏まえて眺めるべきだ、と痛感した。
佐伯の肖像画には、そうした「状況」が必要なのだった。

兄の恋人からの紹介で、米子を知り、つきあい、やがて結婚し、彌智子が生まれる。しかしめでたいのは祐三ばかりで、兄はまことに気の毒な状況にあったようだ。
臨終の場で父から兄弟はそれぞれの結婚を許されるが、それから程経たず、兄の恋人は自殺する。何が原因かは知らないが、年譜を見てびっくりした。
そのことが作品や画境に関係したかどうかも知らないが、それを知っていれば、また作品を眺める上で、理解度が向上したかもしれない。
・・・・・・要するに、自画像を眺めていて、多少苛立っていたのだった。

2.ヴラマンクとの出会い 第一次パリ時代
mir872.jpg
ヴラマンクのところへ連れて行ってくれたのは里見勝蔵だったそうだが、このエピソードも今から思えば、彼の芸術を高めはしたが、生き急ぎさせたような気がする。
『ヴラマンクに「アカデミック!」と一喝されて衝撃を受け、画風を変貌させます』
・・・どの展覧会にも何にでもこのことは書かれているが、てっきり「一喝」だと思い込んでいたら、とんでもなかった。
90分に亙ってがなりたてられたそうだ。それでも佐伯は里見に「ありがとう」と連れて行ってくれた礼を述べたそうだが、90分に亙って罵倒され続けてはたまらない。
先般、ヴラマンク展を見たが、彼だって自己のスタイルを確立するまではセザンヌ風だったりゴッホもどきだったりしたのだ。他人のことが言えるのか。
若い者を奮起させるためにあえてキツイことを言うならともかく、90分の罵倒では、これはただのいじめだ。気分が悪くなった。
しかしこの時期に「佐伯祐三」が確立したのは確かなのだった。
この頃の自画像は顔が塗りつぶされたものがあり、そこに自己の意識(迷いや悩み)の投影をした、と見るのが普通なのだろう。どうにも暗澹たる心持ちがある。
とはいえ、『人形』を描いた絵には、その重さを感じられない。高価な人形で、奥さんが金策に苦しんだようだが、しかしこの人形はいい絵だ。
佐伯の作品の中でも珍しく蠱惑的な美を感じる。
また『セーヌ河の見える風景』では左端がどういう意図でか、レンガ色に塗られていて、枠のように見えた。額縁ではなく、視界の枠。

3.帰国時代
mir873.jpg
セツルメントの視察でパリに来た兄から説得されて、一旦帰国した佐伯が、渡欧仲間と組んで「1930年協会」を結成した、というのは素敵だ。
仲間のうち、前田寛治は先般回顧展があり、わたしはそれを大いに楽しんだ。
木下孝則は横浜で回顧展があったようだが、残念ながらそちらは出かけられなかった。
この時代の洋画家はとても好きな作家が多い。

『蟹』という絵がある。自宅で誰かが蟹を買ってきたのを食べさせず、絵の題材にした。
17062201.jpg
大阪人は大昔からカニが大好きだから、いくら画家の内なる芸術活動の迸りとはいえ、つらかったろうなー。
しかしそれだけにこのカニの足のおいしそうなこと、甲羅のうちの味噌を感じさせる有り様など、純粋に絵画として眺めて感銘を受けるより、「おいしそうな蟹」として眺めてしまうのだった。

だが、おいしい蟹を食べるより描くことに熱中しただけに、佐伯はパリへ戻りたがったそうだ。
同時代の大阪の画家で彼より年長の小出楢重は、大阪は住むにはいいが、芸術活動するには向いていない地だ、という意味のことを書いていた。
その実感は佐伯にもあったろう。昔も今もそれは変わらない。
別項で書くが、大阪ではむしろこの時代、日本画の女流画家が元気で、社会的にも応援されていたようだ。

佐伯は帰国して、下落合風景の連作を生んだ。中に電信柱を描いたものがあり、それが随分心に残った。
今では電柱の地中化など、電信柱そのものが避けられているが、80年前の日本では、それはむしろ現代文明の象徴だったのだ。
版画家・川瀬巴水の叙情的な日本風景にも電信柱は立ち、小出楢重も最晩年に電信柱のある風景を描き、宮沢賢治は「月夜の電信柱」という童話を書いた。
わたしは実のところ、電柱がかなり好きなのだ。だから嬉しくなる・・・

また『肥後橋風景』ては竣工して間もない朝日新聞社や、遠くに日銀、大阪市役所などの洋風建築が見えて、近代建築が好きなわたしには、嬉しい限りだった。
なにしろこの朝日新聞社ももうすぐどうなることかわからないのだから。

4.燃え上がる熱情、パリ 第二次パリ時代
mir874-1.jpg
30歳で死ぬ人間が、その一年前にパリに「帰国し」、思う存分作品を生みだした。
色調も以前に比べて明るいものが多い。
才能が、この短い期間に殆ど無限のように溢れ出ているが、しかしタイムリミットが近づいていた。
同じようにパリの街角を描いていても、ユトリロのような物寂しさ、哀愁は感じない。
汚い広告が貼り付けられていても、それが既になくてはならぬものになっている。
特定の人物は風景の中には見当たらず、人物そのものも風景として描かれている。
視る側も佐伯の描いた街角に入り込み、その視点の痕を辿る。
道は幾筋もあって、今日はこのカフェに行こう、明日はあのレストランで会おう、昨日はここで待ち合わせた・・・
そんなことを思いながら見て回る。

このコーナーでは一枚だけ毛色の変わった絵があった。鉛筆でスラスラ描かれた裸婦。
ショートカットの女の体の線は、スケッチと言うよりマンガ風な巧さの描線だった。

5.画家佐伯祐三、最後の三ヶ月。モラン、そして死。
mir874.jpg
とうとう最終コーナーに来てしまった。
すべて1928年の作品。没後80年という節目の年が今年なのだと思い出す。
むかしむかし、まだ展覧会を見始めた頃、何かの雑誌で見た絵に惹かれ、それをカラーコピーした。当時はカラーコピーも高く、めまいがしたが、それでも欲しかったので嬉しかった。それは『パンテオン寺院』だった。今、自分の目の前に実物がある。
多少デッサンが狂っているようにも見えるが、やっぱりいい絵だと思った。
こういうとき、背景を知らずとも愛することの出来る作品だと、実感するのだ。

今回のチラシにも使われた『カフェ・レストラン』は不思議な魅力のある絵だった。
この絵では表情のわからない人物たちに目がゆく。黒い細い線でメガネやヒゲなどを描いただけの顔、赤と黒の色彩。白も使われているが強い主張もなく、逆に埋もれもしない。
暖色系でまとめられた空間。赤と言うより本当は朱色が、アクセントになっている。
こういう絵を描いた人がこの年に死ぬのか。

具合が悪くなった後、室内で『郵便配達夫』を描いている。顔のアップの方は、その年の二科展に出ている。以前、二科展の回顧展で見たが、丁度その頃わたしはシュヴァルの城にハマッていたので、フランスの郵便配達人はこんな顔なのかと勝手に思い込んだりしていた。
背後のポスターにはELOUP WAGNER ENE BATONとあるが、これはルネ・バトンと言う指揮者によるワグナーの曲の演奏会ポスターらしい。
日本でワグナー人気が高まったのは、いつからか知らぬが、石川啄木も宮沢賢治も好きだったそうだから、佐伯もワグネリアンだったのかもしれない。

・佐伯ゆかりの画家たち
ところどころに佐伯ゆかりの画家たちの作品が並べられていた。前田の帽子の女などはごく最近見たところなので、コンニチハという感じ。
久しぶりに見たのが、中山巍。
2001年の尼崎総合文化センターで「中山巍と1920年代のパリ?佐伯・前田・ヴラマンク」展で見て以来。名前は難しい字だが、絵は明るくいい感じだった。
佐伯のライフマスクも見てしまった。
ある意味、デスマスクよりも不気味なものだ。
そう言えば15年ほど前、高島屋で夭折した洋画家ばかり集めた展覧会があり、あれにもひどく感動したが、そのときのキャッチコピーを思い出した。
「才能はあった 情熱もあった 時間だけがなかった 絵と言う私小説」
佐伯祐三の生涯もまた、この言葉の中に集約されているのかもしれない。

樂美術館で見たもの

これまで一度も出向かなかった樂美術館に入った。
何故行かなかったか。理由はいくつかある。
ここからそう遠くない茶道資料館で樂焼を見ることがあるから。
茶道具関係の美術館や展覧会に行けば、必ず見ることになるから。
単に怠惰なだけ。
・・・たぶん、三つ目の理由が一番かと思う。

旧西陣電話局から少し北にある美術館は、たいへんシャレた造りの建物だった。
今回、特別展示があり、それを見たくて来たのだった。
長谷川等伯・雲谷等益 山水花鳥図襖&樂美術館 吉左衞門セレクション
日本画の特質を考慮して、展示替えがあるので、どちらも共に見るには、この日が都合よかった。

長谷川等伯筆「山水松林図襖」 東博にある国宝のそれの先行作品らしい。
詳しくは以下に。
館蔵の長谷川等伯筆「山水松林図襖」と雲谷等益(伝)の「花鳥図襖」を主に、吉左衞門セレクションとして選りすぐりの館蔵樂歴代と光悦を含む他作品で構成いたします。
等伯筆「山水松林図襖」は、京都国立博物館に寄託しているもので、開館以来今回で2回目、久しぶりの展観となります。大徳寺三玄院方丈を囲む大襖絵でしたが廃仏毀釈の折同寺を離れ、内4面が樂家蔵となり、後に館蔵品となったものです。残り32面(重用文化財)は圓徳院に所蔵されています。特に当館所蔵の4面の「松林架橋図」は、東京国立博物館所蔵の等伯筆「松林図」(国宝)に共通し、それの先行的な作品となるものです。
雲谷等益筆(伝)「花鳥図襖」3面は、廃寺となって今はなき大徳寺碧玉庵にあった襖絵の内の3面であることがこのほど分かりました。現存の等益の花鳥図としては、東福寺蔵「花鳥図屏風」等がありますが、山水図にくらべて極めて数少ないもので、本作は等益の研究上貴重な作品となり、重要な新発見として今回初公開となります。
ただし、作風の上から等益の作風と共に等益の子等與の特色も見られるところから、今回の発表では「伝等益作」としました。
等伯の雨後の松林のような匂いは薄く、地模様の桐文が目に付いたりする。しかしその存在感の薄さこそが、魅力の根源なのかもしれない。

雲谷等益筆(伝)「花鳥図襖」 白梅が咲き、地には白水仙などがある。
昔の襖絵だから、そう大きくもない。

絵はこの二枚で、あとは歴代の樂家の器が並ぶ。
なんと言ってもわたしは三代目道入、通称ノンコウがいちばんいい。箱書きでノンカウという文字を見ただけで嬉しくなる。

笹乃絵黒樂 金色の舌平目のようなものが二枚飛ぶ。それが笹の葉だが、とても可愛い。

了入 赤樂  へらが梳りを深くみせ、釉薬の係り具合がそれを深めて、まるで雪が降る中で、夕日に染まるヒマラヤ山脈のように見えた。

慶入 貝貼り白樂 銘「潮干」 見込に小さな貝が貼りついているから、飲んだ後の楽しみが見えるような茶碗。

二階では香合が並んでいた。
例によってノンコウばかりを偏愛する。

うさぎ香合 串の頭で目鼻を作ったような兎。面白い顔立ちだが、愛嬌に富んでいる。
葛屋香合 家の形の香合。これも可愛い。
四方屈輪香合 彫が深い。真四角に造形されていて、ぐりぐりしているから、なにかエンブレムのようでもある。しかしこれは恐ろしいほど、薄い造形なのだそうだ。

光悦 黒樂 銘「村雲」 チカチカ光るようで、とても綺麗。チカチカチカチカチカ・・・
釉薬の不思議を実感した。まるで梨地のようだ。

ノンコウ 黒樂 銘「木下」 こちらもチカチカ。中に元気な心電図のような線が入っている。薄さがなんとも好ましい。

見飽きることなく眺めたが、やはりノンコウが際立っていい。
当代の樂吉左衛門さんがセレクトしたそうだが、本当に素敵な作品ばかりを集めていた。

ところで書かなかったことを思い出した。
滋賀の佐川美術館には当代吉左衛門さんの特別展示室がある。
それはまるで疾風のような強さを感じさせる展示品ばかりだった。
不思議な魅力に満ちた樂焼の、ご本家の美術館に行くことが出来、やはりよかった。
惜しくも絵はがきなどが充実していないが。

しかし本当に来てよかった。

「あなたが選ぶ『秘蔵の名品』コンテスト」に当選

帰宅したらホテルオークラの大きな封筒が来ていた。
開けると、夏のアートコレクションでの「あなたが選ぶ『秘蔵の名品』コンテスト」に当選したらしく、絵はがきセットが届いていた。
文面は以下のごとく。

「2008年の第14回目となりました秘蔵の名品 アートコレクション展は大盛況のうちに終了いたしました。多くのお客様にお越しいただき、誠にありがとうございました。会期中、作品目録(300円のチャリティー販売)をお買い上げいただいたお客様にご投票いただき、「秘蔵の名品ベスト1」を決定いたしました。(有効投票総数1953票。うち西洋画906票、日本画と浮世絵版画合わせて1047票)」

それで順位はと言うと、こうでした。
1竹内栖鳳『虎』276票
2葛飾北斎『日月龍図』176票
3クロード・モネ『サンジェルマンの森の中で』133票
やっぱり栖鳳のトラでしたね????!!
大阪のトラは132試合目でどん底に落ちたけど、こっちのトラは栄冠をかぶりましたよ!
mir870.jpg
mir794.jpg

絵はがき嬉しいわ。
あのときの楽しかった想い出が蘇る。
はがきは8枚。少しだけご紹介。
mir869.jpg

こういうのが嬉しくて、とことこ出かけるのかもしれない。

秋の植物園と平安女学院と

秋晴れの京都をハイカイした。
例によって色々ミスもあったが、それは書かない。
---っと唸るほどのことでもないから(ホンマか)。
久しぶりに京都府立植物園に出かけた。
IMGP4979.jpg
コスモスの鉢植えがたんまり並ぶ。
蝶々も多い。IMGP4980.jpg
なんか嬉しいな?わたしは花もいいけど、蝶々が大好きだから、それだけでも嬉しい。
IMGP4995.jpg

けっこう色んなコスモスもあるんやね。なんでもコスモス原種の色はピンクらしい。
噴水から生まれたプラズマと、白いコスモスに埋もれる大き目の蜂と。
IMGP4992.jpg

お弁当を買って、園内ベンチで食べた。周囲では赤ん坊連れの人々がいっぱい。
平日の植物園の風景か。そこにこんなわたしが紛れ込むと、違和感があるかもしれないが、それなりに楽しい。
会館では羊歯と山野草の展覧会もある。わたしはシダスキーなので、すごく嬉しい。
カミガモシダ。IMGP4987.jpg可愛いな
実は我が家の庭のシダには名前がある。シダオとシダキチ。シダスケは土の中。
七色トンガラシも可愛くてしかたない。
IMGP4981.jpg

朝顔のアーチもある。IMGP4985.jpg
こういうのを見ると、アサガオが秋の花だと言うのがわかる。
それにしても金木犀がすごくいい匂い。わたしはチャリダーだから、街中を走るとき、金木犀の匂いを感じるけど、それは一瞬。ここでは大木から発散なので、時間が長い。
秋薔薇も咲いている。
ふと気づけば、あちこちにオブジェ展示がある。
これは赤い千羽鶴で伊藤舞という人が拵えたそうな。
IMGP4990.jpg
この赤い千羽鶴を見て、これは女の血で染められたものだと思った。
それも手首からの血ではなく、喀血の鮮血でもなく、自分の意思の外で、しかしある時期までは必ず流す血で染められたものだと感じた。
そんな気持ち悪さと、不思議なほどの親しみがある。

次に今出川に出た。相国寺の承天閣美術館に行くつもりが、どう間違ったか、お寺拝観になってもーた。仕方ないので本堂に入った。
鳴竜の下に立ち、バーンッと手を拍った。音を割れさせない打ち方をしたので、キーンッッと金属音が天井の竜からか返ってきた。振動はそうして返ってくる。なかなか楽しい。
IMGP4996.jpg
昔の浴室を再現したと言うのでそちらにも行くと、ナゼかいきなり扇風機があったので、ウケた。やっぱり風呂の脱衣場には扇風機やで。しかし坊さんにそれをいうわけにもいかず、黙って笑った。
寺内の紅白芙蓉。IMGP4998.jpg


その後は御苑を歩いて、樂美術館に向った。詳細は後日。
本日のメインイベントは、烏丸丸太町上ルの平安女学院と京都所司代屋敷址の見学。
平安女学院の見学はこれまでにも何回かしてきたが、大抵は聖アグネス教会をメインにしてたけど、今回は明治館の見学。復活再現の建物。ダッチゲーブルスというオランダ風切妻が可愛い。
IMGP5012.jpg
照明具やインテリアは全て英国製。やはり女学院なので、可愛いものが多い。
IMGP5002.jpg


お隣には菅原道真公生誕の地を記念した天神社がある。
明治館から見た教会と、灯篭の組み合わせ。
IMGP5009.jpg

明治館はイギリス積み煉瓦で出来ている。
休み時間の少女たちが手を振るので、わたしも手を振った。ここから彼女たちがよく見える。
さて道路挟んだお向かいの元・京都所司代の屋敷へ。

IMGP5032.jpg
・・・門は所司代ので、建物そのものは有栖川宮邸を移築したもの。
IMGP5031.jpg
表には藤袴の原種たちが置かれている。唐破風の門もいいな。
ああ、秋やなぁ。
IMGP5021.jpg

玄関横には客室があり、そこは何故か能舞台で、床下に大甕が音響効果をよくするために、埋められているらしい。
欄間も建具も素敵。床の間の竜がいい感じ。


最後は大丸の和風カフェIORIで白玉抹茶あんみつをいただいた。
IMGP5034.jpg

けっこう楽しい一日だったけど、なんだか色々細かいミスが多かったように思う・・・

神戸大学見学

ちょっと前になるが、神戸大学に出かけた。
神戸大学は六甲山の山裾と言うか中腹と言うか、にある。亡くなった桂枝雀の卒業した国立大。
六甲山のケーブル駅への途次にあり、ここからまだ上に行くと、六甲山。山にはところどころトラの尾なる植物が生えているが、さすが六甲おろしの本場だけにトラなのか。
神戸大学には俳人の山口誓子記念館もあるらしいが、帰る寸前に気づいたので、行けなかった、残念。今回は大学内の文化財登録の建物を二つばかり見るために出てきたのだ。
まず講堂。IMGP4867.jpg

講堂内にはこんな壁画もある。IMGP4870.jpg
ちょっと手入れが後回しになっている感がある。

こんな状態の階段が好きだ。IMGP4884.jpg
どこかへ行くのに上る道としての、階段。
階段親柱の飾り。IMGP4891.jpg
照明。IMGP4887.jpg

ドアには船の舵が意匠化されている。IMGP4875.jpg
眼下には神戸の海がかつてははっきりと見えたそうだ。

この時計なんかは京大のそれと似ている。
IMGP4897.jpg


ここから更に登ると、兼松記念館がある。有名な商社の兼松からの寄贈。
IMGP4906.jpg

こちらは内部装飾がアールデコ風。階段の手すりもドアの意匠も。
IMGP4913.jpg

階段親柱の飾り。IMGP4915.jpg
照明。IMGP4907.jpg

格天井も素敵。IMGP4921.jpg
そしてベランダへ出るドアにはガラスがはめ込まれているが、そこにはこんな意匠が。
IMGP4934.jpg
これは透明な色ガラスなので、撮影にちょっと苦労したし、足場がよくないので全容は撮れなかった。

暗い廊下の向こうには光りがある。
IMGP4914.jpg

講堂で建物の講義など受けてる間、この建物の前で大学祭の予行演習なのか、クラブ活動なのか、凄い大音量でセリフの稽古をしていたので、講義もへったくれもなくなった。
しかしそこで面白いことがおこった。
つまり、それに参加しているある奥さんが「わたしたちの講義の間、やめるように言ってください」と言ったのだ。わたしはうるさいのは仕方ないと思っていたのだが、奥さんは講義を受ける以上は万難を排すべきだ、と考えていたわけです。
「大学を見学させてもらってる」VS「講堂使用料を払っている」の考え方の違い。
無論、奥さんの方が強い。皮肉でもなんでもなく、「うるさいのは仕方ないかと思ってました」と言うと、「あなたは甘すぎる」とたしなめられた。
講義を聴くのは大切だから、やっぱりこの奥さんの行動がないと、ダメなわけです。
なんとなく面白いと思った、実際。

京と江戸 名所遊楽の世界

細見美術館で素敵な展覧会が開催されている。
品数は22品だが、満足の行く展示だった。
mir865.jpg
遊楽図の魅力は深い。
名所図でも邸内図でも、人間がそれぞれの楽しみを味わっている。
中にはケンカする者もいるが、それすらも自己の楽しみの一つなのだ。
楽しみ、というより娯しみと言う方が正しいだろう。
神仏へのお参りもまた楽しみに他ならない。

洛外図屏風  洛中ではなく洛外を描く。しかしその割には洛中図に多く描かれる場がここに描かれてもいる。遊女屋で遊ぶ人々の中で、一人だけ醒めた眼をする若者がいた。
作者はそんな表情まで捉えている。

東山名所図屏風mir866-1.jpg
三十三間堂は横長なのですぐわかる。隣にあるのは方広寺の大佛。殆ど檻状態ですな。一種の見世物としてのブツゾーのようでもある。
あいにくモノクロ画像しかない。
(‘94年京博『都の形象』に出品されていた。後日確認)

北野社頭図屏風  チラシの右上で宴会しているのがあるが、あれは坊さんが若い衆をつれて遊んでる図なのだった。何故か縦笛を吹いている。縦笛と言えば「ピューと吹く!ジャガー」がすぐにアタマに浮かんでくる・・・「なぜ笛!?」カガーンッ という感じ。
(‘94年京博『都の形象』に出品されていた。後日確認)

奈良名所図屏風  大仏殿が開いていて、首から下の大仏が見える。興福寺も描かれている。もうすぐ正倉院展だが、奈良の名所図には正倉院は描かれていない。開封の儀も思えば近代のことなのだ。

江戸名所図屏風  隅田川をメインに左右の岸辺を描く。木母寺の梅若塚はこんもり盛られ、松らしきものが見える。謡曲『隅田川』そのまま。梅若の説話はかなり好きで、特に謡曲より歌舞伎に好きなものが多い。南北も黙阿弥も都鳥の世界を借りた。
中世から幕末まで、隅田川と言えばこの哀れな説話が人々の意識に浮かび上がってくるのだった。
かどわかされた高貴の美少年がのたれ死に、哀れに思った人々が塚を拵えて弔う。
そこへ子を探して狂った女が訪れ・・・
一方、浅草の賑わいも描かれていて、仁王が妙に可愛い。

江戸名所遊楽図屏風  京のような風物が多いので、一見江戸には見えない。女歌舞伎もあり、見世物もあり、人形芝居もある。三味線ジャカジャカ弾く女の顔立ちが、なかなかわたし好みで、見ていて嬉しかった。確か江戸名所遊楽図を描いたもので最古なのは、出光の所蔵品だが、これはそれより古様に見える。作者は京を出ることなく、江戸を想像で描いたのかもしれない。

年中行事図巻 冷泉為恭  月次のさまざまな行事を描いている。そのうちのいくつかは、現代にも形を変えながらも残っているものもある。しかし大方は廃れている。
抑制の効いた為恭の絵が、抒情を廃していた。

賀茂競馬図屏風  京博にある例のものとは違い、こちらはなんとなく普通の空気がある。
あちらの絵は見ただけでニヤニヤしてしまうが、これはやや健全。

やすらい祭牛祭図屏風 浮田一  前々から好きな作品だが、これと次の蝶々踊り図は、先般東京のサントリー美術館での「KAZARI」にもでかけていたらしい。
やすらえ、花よ。この祭りについては、山本健吉の書いたものが思い出される。
鎮花祭。そして牛祭。・・・正直言うと巨大な頭の被り物はニガテだ。これはまだ絵だからいいが、お練なんぞになるとサヨナラ??だ。
mir867.jpg
蝶々踊り図屏風 小沢華嶽  要するに幕末の民衆エネルギーが表に出ると、こうしたコスプレダンスになるわけですね、センセイ。(どこにいてるの)
犬のコスプレーヤー、カエル、その他諸々。「ええぢゃないか」がメジャーだが、各地で本当に色んな踊りが出ていたそうだ。

観馬図屏風 勝田竹翁  若き貴人が邸内にいて、庭には郎党らがいる。馬は中世から幕末まで良馬とされた連銭葦毛の馬などが見える。これはむしろ泰西名画の雰囲気がある。

四条河原図巻mir866.jpg
見世物小屋がたんまり並ぶが、クマの見世物がなかなかいい。
お相撲を取ってる人々もいる。ここのキャラたちはチラシにも越境している。
(‘94年京博『都の形象』に出品されていた。後日確認)

男女遊楽図屏風  彦根屏風に影響を受けた屏風と言われるが、これはこれでいい感じ。横並びなので、他の絵に比べると、奥行きがない。着物の柄の繊細な描き込みがいい。
mir868.jpg
誰が袖図屏風  三枚ばかり優雅な小袖が掛けられているが、やや色が重たい。

舞踊図  面長の美少年(というより、青年期に入りかかった年頃)の立姿。着物の柄に水色の菱形が入り、スッキリして見える。しかしそのために彼はもう、色子としては終りなのだろう・・・

高雄太夫図  何代目の高雄かは知らないが、ポーズは柿本人麻呂。古来からポーズやグッズでその人物を特定する決まりがあるが、彼女にそのポーズを取らせたと言うことは、この高雄は和歌が得意と言うことになる。ところでタイトルは高雄だが、大体のタカオは高尾だと思う。

江戸風俗図巻 山東京伝  戯作者としてだけでなく、絵も描いたが、さすがに毒がある。
夜鷹、陰間、深川芸者、普通の芸者などなどの風俗が描かれている。きれいに描かれたのはいないように思った。

他に南蛮キャビネットなどもあり、見ていてわくわくする内容の展示だった。
11/3までだから、もう一度見に行きたいものだ。
やっぱり遊楽図は見るだけでも楽しい・・・




好きな工芸品に逢う

二年前、京都の思文閣本店などでの思文閣大文化祭に出かけてから、図録などを送ってもらっている。今月届いた本の中に、二年前ギャラリーで見て随分惹かれた箪笥が出ていた。
mir861.jpg
二年前の感想ではこう書いている。
「・・・銀細工に螺鈿のミニタンス」今、解説を読むと自分がちょっとカンチガイをしていたことがわかった。
「芝山細工小箪笥」というのが本当の名称で、「芝山細工とは象牙や貝に花鳥などを彫刻し、それを象嵌して装飾を施す細工のこと」だそうだ。
あんまり惹かれて苦しかったことを思い出す。
再会出来るとは思いもしなかった。
いずれどこかに蔵われてしまうだろうが、記憶の中だけに生きていた美が、こうして活きた視界の中に顕われてくれるのは、本当に嬉しい。
箪笥の扉を開くと、中はこうなっている。
mir862.jpg秋草に胡蝶。
ますます好きになった。


もう一つ好きな工芸品を挙げる。
これは季節が早春なので「季が違うているのだが」、やはり深く好きな提重。
mir863.jpg
まとめたままも素敵だが、こうして開いてくれると、美が増殖する。
江戸東京博物館所蔵の雅な螺鈿細工。

最後にもう一つ。
わたしが正倉院展に最初に行ったのは’86年だった。当時は学生で、専門的なことも学んではいなかったが(今もですけど・・・汗)、一目で惹かれた作品がある。
平螺鈿背八角鏡。これが今年の正倉院展にも出てくるのだ。(10/25-11/10)
mir864.jpg
嬉しくて仕方ない。
そしてまたこの鏡は、同年に京都国立博物館で開催された昭和天皇御在位60年記念日本美術名宝展でも出ていた。
わたしが挙げた画像はそのときに購入した絵はがきなのだから、間違いはない。
正倉院展で外に出たので、そのまま翌月の京都展に出たのかもしれない。
(わたしの記憶が錯綜していなければ)

追記 2015.8.30
九谷焼のこちらも仲間入り。「九谷焼の系譜と展開」展で見たもの。
イメージ (4) イメージ (6)

今後もおいおいここに特別好きな工芸品を加えていきたい。

読む、見る、遊ぶ 源氏物語の世界

源氏物語千年紀と言うことで各地でさまざまな展覧会や催しが行われている。
本家本元の京都では「読む、見る、遊ぶ 源氏物語の世界 浮世絵から源氏意匠まで」展が開催されている。
10/2から始まり、11/16まで前後期に分かれて展覧会が続く。
今回の展覧会は九曜文庫からの出品が9割を占める。九曜文庫は早稲田大学の中野幸一名誉教授の個人コレクション。
たいへん見応えのある内容だった。
mir858.jpg

烏丸光広が書いた源氏系図もある。袖珍巻子本や豆本もある。
特に袖珍はチラシの右下に出ているが、銘菓『博多の女』か、ハーフサイズのロールケーキか、というくらい大きさで、本文も拡大鏡で見ないと読めないほど繊細な造りになっている。
上流階級の子女を喜ばせるだけでなく、江戸時代の庶民が楽しむような源氏もあり、さまざまな形でこの最古の物語が如何に愛されていたかを、実感する。
そして、何十年にも亙って蒐集し続けたコレクターの熱意にも感心するばかりだ。

三つの屏風があった。それぞれ違いがあり、なかなか面白い。(これらは九曜文庫ではない)
貼交屏風はリンゴ型、角型の色紙に源氏絵が描かれたものを貼り付けてあるが、これは土佐派風。金雲で型押しがあるのは、岩佐派風で泉屋博古館蔵、名古屋市博物館のは青海波を舞う図と車争いとを描いたもの。
じっくり眺めた。

先日湯木で見たばかりの山本春正が跋文を書いた絵入源氏もあり、江戸時代当時の現代語に翻訳されて、奥村政信の挿絵が入った源氏本もある。
享保年間に出版されたその本の挿絵には、大入道オバケまで描かれている。
他にも留守紋様の挿絵本もあり、源氏が千年に亙るロングセラーだと思い知る。

九曜文庫では直接ではなく、独立した他の物語でも、少しでも源氏に縁があるなら積極的に集めたようで、伊勢、住吉物語、うつほ物語などの奈良絵本もあった。
(住吉もうつほも『絵合わせ』に出てくる)
ああ、昨秋ふとしたご縁で奈良絵本の数々を直に読ませていただいたときのことが、思い出される・・・

長恨歌絵巻もあり、寝床でねそべって庭を眺める二人の図が出ていた。
江戸時代でも、字の読めるものは白氏文集を読んでいたのだ。

五十四帖の画帖が出ていたが、これは1ページに二枚のシーンが貼られている。
これには親しみがある。実はいただきものの卓上カレンダーが九曜文庫の源氏絵で、ずばりこの作品なのだ。
mir859.jpg
『末摘花』 頭中将と光君がばったりのシーン。末摘花の庭に咲く花が紅梅なのは、この他には見たことがない。大抵白梅か松なので、印象深い。

『夕顔』で一枚面白い絵を見た。冠木門にも夕顔が咲きまみれていて、植物にくるみ獲られた住まいの様相を見せている。なんとなく『太十』の尼崎閑居の糸瓜を思い出した。

源氏の二次創作や続編やインスパイアされた作品と言えば、まず思い出されるのは種彦の『偐紫田舎源氏』だが、これは国貞(三世豊国)が大量にいい作品を生んでいる。
展示スペースもかなり多く取られていて、ホクホク楽しめた。
八犬伝の馬琴は「田舎源氏が売れたのは國貞の絵のおかげだ」とやっかみ半分で言ったそうだが、実際國貞のカラーも挿絵もたいへん魅力的なのだ。
mir860.jpg
でもこの戸、どことなく封筒風に見えるので、なんとなくそれが面白くもある。

原作と偐紫それぞれ五十四帖を描いたものを並べて展示したりで、一枚一枚見て歩くのが、本当に楽しい。香蝶楼の時代のものが特に名品だと思った。

しかしこうした本歌取りもさることながら、別な作者による続編などが実に多いのにも感心した。本居宣長や建礼門院右京大夫も書いているのか。
まるでフランク・ハーバート亡き後のデューン・シリーズのようだが。

広重と國貞が合作した雪遊びの図があったが、それは清盛が髑髏の幻影を見る構図とよく似ていた。幕末の浮世絵師は、雅な源氏絵系統だけでなく、平家物語も多く描いているからか。

國貞から国周あたりまでの絵師による源氏浮世絵をこんなに沢山眺められるとは、思いもしなかった。嬉しくて仕方ない。
参考までに、こちらのサイトには色々他の画像がある。
他にもカルタや伊達家の姫君の駕籠など展示され、見どころの多い展覧会だった。

また、常設室では復元模写の名人・田中親美と、徳川家の源氏絵巻を木版画にした川面義雄の残した作品が展示されていたり、その木版画を再現したものも展示されている。
本当に素晴らしいし、手の込んだ作品だと思った。剥落は剥落のまま再現する、というのが何よりも一番凄いことだと思った。

別館ホールでは宝塚歌劇でこれまで演じられてきた源氏物語の数々の舞台写真と衣装などが展示されていた。撮影可能だったので、嬉しくてぱちぱち撮った。
近々『夢の浮橋』も上演するそうだが、成功を祈っている。
IMGP4969.jpg

昨日は難波の高島屋で、『艶○源氏物語』を再び見たが、そのとき作者・内海さんのご好意で、一部の人形を触らせてもらえた。そんなことを思い出しながら、楽しい気分でこの展覧会を見て回った。後期は10/21から。紅葉のシーズンにあわせて出かけるつもり。

たまには日常のろくでもない話でも

たまには日常のことを書こう。ろくでもない日々のハザマの中で。

えーと、今日は会社の健康診断で、女子社員のトップバッターとして(何がや?)近所のそれ専門の機関に出かけた。マンモグラフィーの検診も今年から導入されたので、女子だけみんな一時間早い開始時間。1時前から始まった。
それで初めてマンモグラフィーしたけど、痛いと聞いたのはウソではないですな。痛かった。和服着るときムネ締め付けるけど、あれ以来の苦痛でした。特に横から締めるのが苦しい。上からはまだマシ。
それとバリウム。炭酸は大好きなのでなめたいけど、息を飲み込むのは苦しいもんですね。
それだけでなく、技師さんの指示であっち向きこっち向き、ゴロゴロ動き、ピタッと止まったり・・・なんか終いにはものを考える気力がなくなったなー。
それで問診でナースが「年々やせてきてるわね」と言ったのに対し、「いや、親に言わせるとニクが棚落ちしてきたからそう見えるだけ、と言われた」と答えると、めちゃくちゃ笑われた。実際のところはわからない。

二時間半以上かかったけど、まぁ会社に帰りサクサク仕事して、今度はあべのに向った。
先週申し込んだパスポートの受取日。20年度中に三日間、旅行する義務がある。これは会社からの命令。それでいっそ友人のいるシンガポールにでも行こうと思っている。
本当はヨーロッパに行きたいけど、そこまで時間にゆとりがない。だから近場のアジアに出かける。行くのは多分一月。でも、会社がくれたおカネ、とっくに使い込んじゃったんだよなー、わし。←それやったらそっちで三日間使たらえーよーなもんですが、意味が異なるので、やっぱり国外に出ないといけないのだった。
隣の課の同期はハワイ、後輩の男は上海に出かけている。海外に行くのがミエとかそんなんではなく、これまた別の課の人間が一ヶ月もバッグパッカーとしてアンデスやブータンに出かけられるのに、こちらの課の人間は休みが取れない、上の者はどう考えているんだ、という一種のプロパガンダなんですよ。しかし自腹は痛い・・・

話はとんで、わるもの揃いの上層部の中で、営業部長だけは可愛い。
性格も可愛いけど、顔がまた可愛い。白髪なのに童顔。それでわたしは「ほっぺたリンゴの助リス之丞」と呼んでいたが、ある日ご本人がわたしを呼ぶので「さすがにマズいかな」と思っていたら、重々しくもわたしにこう仰る。
「ボクはリスよりビーバーがいい」・・・何ででんねん。
「だってビーバーの方が男らしいじゃないか」・・・そうなのか?ビーバーと言えば三菱のビーバーエアコンしか思い浮かばない。←古いな、遊行。
「あっそれで部長は▲▲ダムのそばに住んではるんですね、ビーバーとして」
チガウヨー、という声がビミョーに可愛い部長だが、なんでリスよりビーバーが男らしいのか、いまだにわたしにはわからない。
どちらにしてもげっ歯類。ゲッゲッゲッゲッゲッシ類♪と歌うのはわたし。

こちらは昨日の話。
別フロアのAはすぐに寝込むので、お弁当を一緒に食べてるわたしは心配していた。
今週一回も来ていない。彼女の部下に当たる後輩Rは、彼女と仲が悪いので、あえて訊かなかったが、昨日お弁当をレンジでぬくめるとき、Rに訊ねた。
R曰く「・・・気分悪いとか言うてタクシーで帰ったのが月曜でしたが、家から一歩も出れないんですと電話があったのが、昨日のお昼(つまり水曜)なんです。で、昨日の朝の会社の駐車場の監視映像には、映ってるんですよね、車とりにきてる姿が」
・・・駐車場にはリアルタイムの監視映像システムがあるのを忘れていたのか、ナンなのか。
わたし「ききききっと、お父さんやて」
R「女装したんですか、お父さんが」
わたし「いや、それか専門学校行ってる娘さんやわ」
R「どー見ても本人でしたよ」
わたし「きっと娘さん、オバ装したんやで」
R「それってオバサン装いですか、それともオバケ仮装ですか」
・・・Rと彼女のミゾは深いなぁ???。

どうも日常のことを書こうとしたらへんな話ばかりになってしまったので、ここで終わります。

十月の予定と記録

早くも十月ですね。
十月から十二月初頭まで実にいい展覧会が目白押しで、正直くるしいところです。
わたしは予定を組んでガチガチで動くのが好きなので、急遽変更があれば対応できるかどうか。
それで今月でなくても来月でもなんとかなりそうなのは行かず、書かず、といきたいところですが、今の段階ではどうなるかわからないから、とりあえず全部挙げます。
後でこのラインナップ見て、予定修整とかetcありかもしれないし
今月どうなるかまだわからない分は開催期間をあげることにしよう。
今月絶対に行くのだけ色塗りしましょ。
それで17日から19日は首都圏潜伏します。今回もめちゃくちゃ動くので、時間配分がムツカシイ・・・26日で仕舞う横浜松坂屋の建物は見たいけれど、どうなることやら。
何かを優先すれば、何かを犠牲にしなくてはならない・・・
11月は紅葉シーズンだからそのときに京都に行くのもいいけど、観光客が多いし・・・でもわたしも紅葉狩りしたいし。


京都国立近代美術館 生活と芸術 —アーツ&クラフツ展 (再訪するのさ)
京都大学総合博物館 シルクロード発掘70年 —雲岡石窟からガンダーラまで — 10月1日〜12月27日
京都文化博物館 読む、見る、遊ぶ 源氏物語の世界 〜浮世絵から源氏意匠まで
茶道資料館 鎌倉時代の喫茶文化 10月7日〜12月7日
承天閣美術館(相国寺・金閣寺・銀閣寺) 狩野派と近世絵画《前期》 −壮麗と瀟洒と− 7月27日〜11月30日
野村美術館 開館25周年記念 館蔵名品展【前期】
細見美術館 京と江戸—名所遊楽の世界
平安女学院・聖アグネス教会 建物探訪
樂美術館  開館30周年記念特別展長谷川等伯・雲谷等益 山水花鳥図襖

八幡市松花堂美術館 名画に出会う、秋 −日本画・珠玉の名品展− 10月10日〜11月30日
大阪市立近代美術館(仮称)女性画家の大阪 ─美人画と前衛の20世紀─
大阪市立美術館 没後80年記念 佐伯祐三展  −パリで夭逝した天才画家の道

大阪府立近つ飛鳥博物館 考古学からみた古代の女性?巫女王卑弥呼の残影?10月11日?12月7日
大阪府立弥生文化博物館 鉄道発掘物語 8月23日〜10月19日
国立国際美術館 アジアとヨーロッパの肖像 9月30日〜11月24日
国立民族学博物館 アジアとヨーロッパの肖像 9月11日〜11月25日
インド刺繍布のきらめき−バシン・コレクションに見る手仕事の世界 10月9日〜翌3月31日
サントリーミュージアム[天保山]青春のロシア・アヴァンギャルド 9月25日〜11月3日
司馬遼太郎記念館『街道をゆく』司馬遼太郎が歩いた東京 4月22日〜12月24日
阪急学園池田文庫 宝塚バウホール30年の航跡 10月15日〜12月7日 
藤田美術館 渡来した陶磁器 〜茶人が愛した器たち〜 9月13日〜12月14日
黒川古文化研究所中国美術清玩 —飛香館に集った文化の粋— 10月18日〜11月16日
香雪美術館 開館35周年記念展 III 茶の湯 藪内流(仮) 10月18日〜12月14日
西宮市大谷記念美術館 関西のグラフィックデザイン展 1920ー1940年代 10月11日〜11月24日
白鶴美術館 古代中国青銅器と漢字文化 ほか 9月6日〜11月30日
姫路市立美術館 大正・昭和の風景版画家川瀬巴水展 9月21日〜11月3日
姫路文学館 永遠の詩人西脇順三郎 ニシワキ宇宙とはりまの星たち 10月3日〜11月16日
兵庫県立歴史博物館 ふるさとの神々 祝祭の空間と美の伝統 10月18日〜12月7日
国際子ども図書館 童画の世界−絵雑誌とその画家たち 9月20日〜翌2月15日
国立西洋美術館 ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情
東京国立博物館 スリランカ−輝く島の美に出会う
大琳派展−継承と変奏−

永青文庫 細川家の能面 9月23日〜12月25日
礫川浮世絵美術館「月百姿」月岡芳年展
講談社野間記念館 川合玉堂とその門下

竹久夢二美術館 竹久夢二 舞台芸術の世界 展? 〜上方歌舞伎からバレエ・リュスまで〜 10月2日〜12月23日
東京大学総合研究博物館 UMUTオープンラボ——建築模型の博物都市 7月26日〜12月19日
弥生美術館 生誕120年記念 樺島勝一展 10月2日〜12月23日
ちひろ美術館 生誕100年記念 夢と記憶の画家 茂田井武展 10月1日〜11月30日
練馬区立美術館 高山辰雄遺作展—人間の風景
ブリヂストン美術館 美術散歩—印象派から抽象絵画まで
三井記念美術館 茶人のまなざし「森川如春庵の世界」
出光美術館出光コレクションによる 近代日本の巨匠たち 
宮内庁三の丸尚蔵館 帝室技芸員と1900年パリ万国博覧会 7月19日〜12月14日
国立演芸場資料室 御園コレクション展 
山種美術館 百寿を超えて —奥村土牛・小倉遊亀・片岡球子—

国立新美術館   巨匠ピカソ 愛と創造の軌跡 10月4日〜12月14日
サントリー美術館 巨匠ピカソ 魂のポートレート 10月4日〜12月14日
松下電工汐留ミュージアム村野藤吾 ・建築とインテリア ひとをつくる空間の美学
損保ジャパン東郷青児美術館 西洋絵画の父「ジョットとその遺産展」〜ジョットからルネサンス初めまでのフィレンツェ絵画〜

浮世絵太田記念美術館 国貞・国芳・広重とその時代 −幕末歌川派の栄華− 10月1日〜11月26日
Bunkamuraザ・ミュージアム 英国ヴィクトリア朝絵画の巨匠 ジョン・エヴァレット・ミレイ展
日本近代文学館 志賀直哉をめぐる人々

静嘉堂文庫美術館 岩崎家の古伊万里—華麗なる色絵磁器の世界— 10月4日〜12月7日
千葉市美術館 八犬伝の世界/ナンバーズ・数をめぐって
横浜市都市発展記念館 横浜ステーション物語 〜そこは昔、海だった・・・。 9月13日〜翌1月12日
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア