美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

わたしの見た2008年展覧会ベスト10

今年もいよいよ終りですね。
遅ればせながら2008年度のわたしのベスト10を挙げようかと思います。
正直言うと、10で済まないところですが、それでもまぁ10で絞りました。
それでも順位はつけられないので、見た順から挙げていきます。
世間様とわたしの評価が違うのは、あくまでも「わたしのベスト10」だからということで。
あと、巡回の都合で2007年度?2009年度に亙るものもあると思いますが、これも上記と同じです。

2008.01 謎の画家・小林かいち展〜大正ロマンから昭和モダンへ 弥生美術館
2008.03 美の壷 ナンバ高島屋
2008.04 ボストン美術館浮世絵名品展 ボストン美術館
2008.05 誌上のユートピア−近代日本の絵画と美術雑誌1889-1915 うらわ美術館
2008.06 杉本哲郎 アジャンタ・シーギリヤ壁画模写 京都国立博物館
2008.08 小袖 松坂屋京都染織参考館の名品 サントリー美術館
2008.08 KAZARIの美 京都文化博物館
2008.09 アーツ&クラフト モリスから民藝まで 京都国立近代美術館
2008.10 八犬伝の世界 千葉市美術館
2008.11 近世初期風俗画 躍動と快楽 たばこと塩の博物館

「対決」、「ハンマースホイ」、「フジタ」、「崇高なる山水画」、「コロー」、「ミレイ」、「フェルメール」・・・
偏ってるなぁ、わたし・・・!!
しかし今年はインドネシア更紗の美に目覚めましたね、マジで。
それと源氏物語関係の名品を多く眺めれて、よかったです。
とりあえず来年もよろしくお願いします。
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今年見たベスト写真?四季の移ろい?

いつも皆さんのブログを楽しませていただいているが、今年は四季折々に、胸を衝かれるような写真に出逢うことが多かった。
美の衝撃は長く続き、それを心の外に開きたいと思った。
今回様々な方のご協力をいただいて、わたしが見たお写真をご紹介する。

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夜桜之図。紫さんが撮られた、京都市内の某所に秘めやかに咲き乱れる桜。
瀑布のような迸りを見せる花に、ただただ圧倒された。



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緑の光が障子を通して部屋に入り込む。前田侯爵がくつろいだ和の館の一隅にこの座敷がある。
あべまつさんの眼を通して前田侯爵ののびやかな至福の時を追想する。緑に染まりながら。



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紅葉するのは葉だけではなく、幹にも枝にも美しい残照が拡がるのを知った。
tanukiさんの足が見つけた楓には、全ての秋が閉じ込められている。



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やがて全ての季節の終焉が来る。しかしそれは果てではなく新たな始まりのための眠りの時間なのだ。夕刻も明け方も等しく。すぴかさんはそのことを知っている。だから眠りの季節はこんなにも美しい。


四季の美をこうして味わえることが出来、今更ながらに自分の僥倖を思い起こしている。
ありがとうございました。

20世紀大阪の風景・美術・文化展

大阪府立現代美術センター、もう一つの展覧会についても書く。
大阪府所蔵の『20世紀大阪の風景・美術・文化展』を見た。
安井展もこちらも無料である。ありがたいことだ。
安井の写真35点、こちらの洋画・日本画・版画なども35点だった。
特によかったものだけ挙げてゆく。

国枝金三 都会風景  これは信濃橋のビルから見た風景。その信濃橋には国枝・鍋井・小出の三人が講師を勤めた信濃橋洋画研究所があり、三人は競作としてその窓からの眺めを描いている。
‘99年に西宮大谷美術館で、その三枚が並ぶ展覧会を見ている。
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古屋新 大阪駅前大観  1954年の大阪駅前の風景。54年前、大阪にはこんなに緑があったのか!!ちょっとびっくりした。昨日あげた安井の写真には梅田駅があったが、あれは1929年で、その間に爆撃も受けてるし・・・大阪の変容は案外激しいものだ。

小磯良平 晩秋の御堂筋  晩秋と言うより初冬に近い時期。裸の木々は銀杏並木。可愛いバスが走る。御堂筋は一方通行だからこれはミナミに向って左側から描いている。
古屋の大阪駅前から出発し、難波の高島屋が終点の御堂筋。同年の作。
枝振りが当時の小磯の線描の特徴を示している。
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赤松麟作 夕照の高津神社舞台  この高津神社というのが、昔々の仁徳天皇がおられた辺りで、ここは高台なので、そこから街中を眺めたら竈の煙が立ってへんやん、ということで三年間無税になったのだった。
昔ながらの大阪人のうち、本当の浪速のヒトで、この高津界隈が出処だとエエ氏だと言われる。わたしは津の国の住人なので、高津とは無縁。
すくそばには夕陽丘もある。要は上町台地。ええ処なのでヒトも寄る。今ではこの舞台にたしか生田花朝女の扁額がかけられているはず。

浅井忠 安治川風景  オレンジ色の川面に小さい船が沢山浮かぶ。これは1904年の大阪の風景。実はわたしは安治川に行ったことがない。西側の大阪市にはあまり縁がないので、実感がわかない。むろん百余年前の景色だからと言うこともあるが。

田村孝之介 夏の道頓堀夜景  54年の夏の夜。闇に浮かび上がるネオンぴかぴか。川に浮かぶ小船もぴかぴか。泥絵の具風な描き方がたまらなく可愛い。

鍋井克之 陽春の中之島  ポンポン船とボートが見える。こんなのを見ると遊びに行きたくてうずうずする。中之島はやっぱりええなぁと思う。54年前の風景に浮かれ心が現れるのだ。

辻愛造 大阪城の春  お花見の時期。大阪城は梅と桜の名所。これは昼の花見だからファミリーの姿がぽつぽつ見られる。去年友人と昼の花見で大阪城に行くと、城内周遊のミニ鉄道が走っていた。ちょっと惹かれた。

1930年代の浅野竹二の木版画がぞろっと並んでいる。色はやや浅い色で、シャープな感じがする。川瀬巴水のような情緒派ではなく、モダン都市を描写する風がある。
府庁のそばを行き交う人々、モガもいれば和服婦人もいる。戦前の一時期の颯爽たる時代。
工場と川が描かれた都島、雪にまみれた北浜界隈、中之島公園の噴水の真上に掛かる満月、
「決死的サービスへ」と書かれたネオン、花王・赤玉・菊正宗・アサヒビール・いづもや・・・道頓堀の夜景が目を打つ。
モダン都市・大阪の情景がそこにあった。

川西英 堺水族館  以前にも何度か見ている。堺には昔、たいへん素晴らしい水族館があったそうだ。惜しくも失われたが、多くの人が楽しんだそうだ。
今は天保山に海遊館があるが、この内装の水槽を見ると、ちょっと行ってみたくなる・・・

前田藤四郎 婦人帽子店  これは前田の回顧展で見た。
前田の抽象版画はニガテだが、風景や身近なものをモティーフにしたものはとても好きだ。
色合いはまるでクレパスを使ったかのように見える。おしゃれ。技法はリノカット。

日本画も少しあった。
北野恒富 鷺娘  大首絵。鷺娘の白い角隠しが押し寄せている。
生田花朝 天神祭りの船渡御  人人人火火火。天神祭りの喧騒がこちらに伝わってくる。
菅楯彦 四天王寺舞楽  胡蝶の様装をした子どもらがいる。一度くらい実物を見に行かねばならない。

岩宮武二による肖像写真がある。いずれもゼラチンシルバープリント。コダック。
電話中の鴨居羊子・・・今の吹石一恵に似ている。
タバコを吸う藤村登美男・・・選手時代なのか監督時代なのか、わたしでは判別がつかないが、かっこいい。
立派な法衣姿の今東光・・・河内の寺から中尊寺へ行った後くらいの姿ではないかな?

随分楽しめたが、もう一回りしようとしたら、隣のさいかくホールでの講演会が終わった人々がどよどよ現れたので、サヨナラした。
いいものを見せてもらい嬉しいが、大阪府、もっと宣伝しようぜ・・・。

その後谷四から本町に出てINAXギャラリーで『考えるキノコ 摩訶不思議ワールド』を見たが、食べるキノコが好きな私は途中でクラクラしてきた。
どうもキノコの毒に当たったような気分である。
IMGP5386.jpgこんな本もあった。

北御堂の前まで来ると、大谷大学博物館のポスターがあった。
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新年早々出かけなくてはならない。

思えばこの日は朝から関学、府立現代美術センター、INAX と全て無料の催しに出かけていた。それでこれだけ楽しめたのだから、年内の展覧会めぐりの〆に相応しい一日だったのかもしれない。

安井仲治の眼

大阪府立現代美術センターは谷町四丁目にある。以前は肥後橋の朝日新聞社の隣のビルにあり、その頃はよく通った。’90年代初頭、例えばサントリーが世界的に有名なグランヴィレ・コレクションのポスターを手に入れ、それを最初に披露したのがその場所だった。
それから谷四に移動したので、なかなか行く機会に恵まれなかった。
今回は12/10?12/25というタイトな期間で二つの展覧会をすると知り、20日に関学の蔵書票展を見た足で向った。
地下鉄谷町四丁目(谷四・・・大阪人は短縮して呼ぶのが習いである)とつながっているということなのでてくてく歩くと、最初にこんな催しが目に入った。
花博所蔵写真コレクション「風光明媚」・・・なるほど題に嘘なしだ。
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素敵な写真が多い中で特に気に入ったのはこんな辺りだった。
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さてそこから展示室に向かい、最初に『大阪が生んだ天才写真家・安井仲治の眼』展を見た。
安井は大正から戦中まで大阪で大活躍した写真家で、丹平写真倶楽部に所属した。
仲間には中山岩太、ハナヤ勘兵衛ら芦屋のカメラマンらもいた。
近年では兵庫県立美術館で『安井仲治 僕はこんな美しいものを見た』展、松涛美術館でも回顧展が開催されている。
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チラシに使われたのは『犬』1934年の作品。時代の暗さを安井は病気の犬の姿を通じて捉えている。

『サーカスの女』 これは『僕はこんな美しいものを見た』でメインになったシリーズ作品で、背景のカーテンの襞の美しさに眩暈がするほどだった。

1929年の『梅田駅』『馬場町』『都会風景』『平野町』などはわたしのような近代都市風景愛好家の胸を騒がせる作品だった。作品のよさ以前に、かつての都市図を見れるのが嬉しい。

中之島の公会堂を背景にした『メーデー』は’31年の作で、そろそろ時代の暗さがはっきりと現れだしている。少し前までここでメーデーの集合があったが、今はどうか知らない。

こうしたリアリズム写真の他に、シュールな作品も多い。
『斧と鎌』 これは物体を並べておいてあるのだが、影が伸びて「BK」という文字に化している。
『磁気2』 ザラザラした感覚がよく現れていて、とてもモダンな作品だった。これは住友金属の強力磁石の宣伝用に作られたそうだ。カメラ仲間の手塚黎(マンガ家手塚治虫の父)からの依頼で撮影したもの。シャープさが際立っていた。

そして’41年、丹平写真倶楽部の有志らと神戸ユダヤ協会に滞在中の亡命ユダヤ人を撮影に行く。流氓ユダヤ、あのシリーズである。
怯えたユダヤ人男性がそっと外を覗く『窓』、ソフト帽の男たちが寄り集まる『三人』などが展示されていた。
息詰まるような緊迫感と同時に、ある種の絶望感さえ感じられる作品だった。

最後に1942年、死の年に写した一枚のポートレートに惹かれた。
『熊谷守一氏像』 いい風貌をいい感じで捉えた一枚だった。

こんないい展覧会が2週間しか開催されず、あまり宣伝もされないのが本当に残念だった。

「蔵書票の美」を見る

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関西学院大学は甲東園の山の上にある。
ヴォーリズが設計した素敵な建物群としても知られている。
象徴でもある時計台の建物から中庭を囲む一面を眺めると、ある種の愉快さが湧き出してくる。
西海岸のキャンパス、そんな明るいイメージがそこにある。
関学の設計はヴォーリズだと書いたが、一つ一つの建物を作るだけでなく、この大学キャンパスそのものを、設計している。
大学が国家だとすれば、ヴォーリズは国家のデザインを行ったのだ。
そして西海岸を思わせた理由は、建物をスパニッシュ風にしつらえたからなのだ。
日本におけるスパニッシュ様式と言うのは、スペインから直輸入ではなく、一旦アメリカ経由なので、それも当然だった。
そして全国的に見て、関西が一番スパニッシュ様式を愛し、それを受け入れた。

関西学院大学にはまだ博物館はないが、準備室が時計台の棟に開かれた。
第1回展覧会として『本に貼られた版画 蔵書票の美』が12/1から12/20まで開催。
原野賢吉コレクションの素敵な蔵書票がそこに現れていた。
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蔵書票愛好者は世界中にいるが、その中でも原野氏は一味違うコレクターらしい。
つまり蔵書票を集める人々の大半は、既成品の未使用のものを集めることに命をかけるのに対し、原野氏はそうではなく、最初から作家に注文する、と言う方法を採っていた。
芥舟文庫として、蔵書票本体、その資料・史料、豆本などを集めることにも情熱を燃やし、貼る目的は持たずに、せっせと集められたそうだ。
だから依頼した作家も多岐に亙っている。
すごいなぁ、とただただ感心した。

本が貴重だった頃、修道士たちは原書を「天からの授かりもの」と感動したそうだ。
それで写本にも力が入ったわけだが、その貴重な財宝たる本を守るために、蔵書票が生み出されたのだ。
15世紀のグーテンベルクによる活版印刷の発明と、同時代の木版技術の飛躍的な向上とが、蔵書票を普及させたようだ。
日本ではやはり同時代に、醍醐寺で同じ発想から蔵書票が使われだしていた。
ただしこちらは小さい紙に印判を押印したもの。それを貼っつけた。
それが日本史に最初に現れたエクスリブリスの姿だった。

版画の技法の種類は随分多い。木版画、銅版画、型染め、エッチング、混合技法・・・
木版画でも板目木版、木口木版があるし、孔版もある。
絵柄の違いだけでなく、技法の違いがそこに加わると、忽ちに世界が広がる。
一片の紙片に世界の一部が閉じ込められ、それに触れる喜びは果て途がなくなるだろう。

わたしが最初に蔵書票の存在を知ったのは、いわさきちひろ美術館で開催された蔵書票の展覧会のチラシを見たからだった。
武井武雄の作品が多かった。今でも大事にしているチラシ。とても素敵なチラシなのだ。
そこから蔵書票に惹かれたが、これまでこうした展覧会にはなかなか行き逢えなかった。
今回こうして見ることが出来て、たいへん嬉しかった。

わたしはあんまり現代作家さんに関心が向かないのだが、人形と版画と写真に限っては、出来る限り多くを愉しみたいと願っている。
この原野コレクションには物故作家もいるが、現役で活躍中の方が多いので、これからは積極的に見て歩きたいと思う。

今回、本当に知らない作家さんばかりなので、記事を挙げるにあたって、ネットで検索したところ、色々素敵な画像や記事に出逢えたので、名前のところにリンクを貼った。
全てではないけれど。

アルフォンス井上 蛇 銅版 腰から下が蛇の少女。小さな胸が可愛い。
幻想的な作風で、静かな官能性がある。

井上勝江 椿華 板目木版 モノクロの椿。わたしが椿好きだからと言うだけでなく、とても惹かれる作風だった。少しばかり切り絵にも似ている。

岩佐なを 犬 銅版 わんこ。可愛いわんこ。本当にこれはわんことしか言えない。

植木須美子 瞽女 板目木版 歩く瞽女さんの後姿を鳥瞰的に捉えている。瞽女さんの頭上には梅の影が差している。瞽女さんはそれに気づくことはないかもしれぬが、瞽女さんの道には梅が咲いている。

梶山俊夫 カミキリ虫 木版 やっと知ってる画家の作品を見た。幼稚園のときに貰った絵本が最初で、それから色々見てきた。なんとなくほのぼのした日本の昔の風景が素敵なヒトだけに、この虫もなんとなく可愛い。

蒲池清爾 髑髏と裸婦 銅版 シリーズ物がいくつか出ていたが、かなり官能的な作品で、前に立って凝視するのはかまわないけれど、そんなわたしをヒトに見られるのがちょっとあれかな・・・的な作風だった。つまり誰もいない部屋で独りでじっくり眺めたいような。

城景都 sexlibris 銅版 巧いタイトルだと思う。その名の通り。

坂東壮一 蝶の仮面 銅版 081226_.jpg
こうした作品を見ていると、銅版画の深さに溺れこんでゆくのを感じる。だんだん淵から手が離れだす・・・幻想的で、静謐な空間がそこにある。

平塚昭夫 歌舞伎絵 合羽版 色の薄くて綺麗な版。合羽版は江戸時代のものしか見たことがないので、現代のを見るのは殆ど初めて。これは「吉野山」つまり静御前と狐忠信の舞踊劇。綺麗だった。他に植物をモティーフにした作品もあり、たおやかな美しさがあった。

宮下登喜雄 銅版が多くを占めているが、今回この作家の作品に一番惹かれた。
繊細で、描写も深く細密で、眺めていると動悸が早くなる。風景が特によかった。

原島典子 蝶と女 彫刻銅版+メゾチント チラシの作品。どうしてか音のない世界に見える。この作家の『オフェリア』を見たが、裸婦だったのにはちょっと胸を衝かれた。裸婦のオフィーリアを見たのは初めてだったのだ。眺める時間が長くなった。

それにしても蔵書票の世界と言うものは本当に奥が深い・・・いや、奥ではない。果てなどない世界なのだろう。入り口はあるが出口はなく、しかし袋小路ではないのだ。
いいコレクションを見せてもらい、本当によかった。
とは言え、ここからその世界に足を踏み入れればどうなるか。
すこし怖いような魅力がある・・・展覧会は既に終了している。

司馬記念館で『燃えよ剣』をみた

十日ほど前、東大阪の司馬遼太郎記念館に出かけた。
『街道をゆく』の中の「本郷を歩く」、その資料展示が見たくて出かけたのだが、入った途端、係員さんが大慌てで「今ホールで『燃えよ剣』上映してます、どーぞどーぞ」と導く。
この記念館の人々は皆さんフレンドリーな河内人なので、とても熱くて懸命で親切だ。
わたしも慌ててホールに向かった。
やっぱり『燃えよ剣』は見たい。
入ると山南敬助の最期の話だった。丁度youtubeがあるのでここに。

懐かしくて泣けてきた。
幼稚園の頃、何度目かの再放送で初めて見て以来、何度か見て来たがここ数年は無縁だった。うちの母はこのドラマは日本ドラマ史上、最高傑作だと言う。
母に早速メールすると、感激返事が返ってきた。そのくせもう一度見るのを拒む。
今ではツタヤでレンタルも出来るのに、頑なに見るのを拒む。
イメージが増幅しすぎていて、少しでも狂うのがいやだと言うのだ。
わたしにはない感覚。一度味わえばそれでいい、なんて絶対いやです、わたしは。
とにかく13、14話を楽しんだ。
栗塚旭氏の男振りのよさにドキドキしたり・・・きゃっ♪

そうそう「本郷を歩く」は地図などもあり、わたしも本郷界隈がとても好きなので嬉しかった。東京ハイカイするときも必ず本郷界隈を忘れない。
わたしは谷中根津から本郷、飯田橋界隈と川向こうの深川周辺がとても好きだ。
ああ、また行こう・・・今度はシバさんのこの本をお供にして。

ところでこの記事を挙げる前に母にyoutubeで『燃えよ剣』(上記とは違う回)を見せたところ、やっぱり凝視してました。しかも次の展開とか台詞まで出てきたのにはチト感心しましたわ。

・・・やっぱりすばらしい。

和風なカトリック教会

クリスマスと言うことで、教会の写真。
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和風な建物。和風だけでなく中華風な匂いもある。
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中の柱はピカピカ丸い。IMGP5362.jpg

壁にはパッションが。IMGP5355.jpg

和風なキリスト磔刑図。
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クリスマスにツキモノのイエス生誕の人形たち。
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しかしイエスがいない。幼子はどこへ消えたのか?みんな困っているらしい。

素敵なイブでありますように。

アーツ&クラフツ モリスからライトまで

アーツ&クラフツ展と言えば、秋に京都国立近代美術館で楽しんだ展覧会がある。
それは巡回して、来年には東京都美術館でも開催される。
本国イギリスから発祥したその運動が日本の「民藝」にまで帰結した流れを、美しい放物線を描くようにして示した素敵な展覧会だった。
汐留ミュージアムで開催されている展覧会はそれとは趣向を変えたもので、副題は「イギリス・アメリカ」と言うことなので、やや範囲は狭い。ウィリアム・モリスからフランク・ロイド・ライトまでの流れを見せてくれる展覧会だった。
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これは埼玉近代美術館で開催したものの巡回なので、待っててよかった。
工芸品は前述展示と共通するところもあり、区別がつかぬものも多い。
それは一点物のオートクチュール品ではなく、「皆さんに購入していただきたい」商品だからこその、特性なのだ。ただしそれは機械工業による生産品ではないのだが。
職人による工芸品の良さを、存分に堪能できる展覧会だった。

日常生活をとりまく、あらゆるものをめぐるデザイン運動「アーツ・アンド・クラフツ」。この運動の論理的基盤はウィリアム・モリス(1834-1896)によってつくられました。彼は、機械による量産を否定、無名の職人たちによる中世の手工芸を理想とし、自ら商会を設立して、ステンドグラス、壁紙、家具、ファブリック、金工など室内装飾に関わる全てを手がけました。イギリスの新たな世代の建築家や芸術家に引き継がれたこのモリスの姿勢は、やがてアーツ・アンド・クラフツ運動と呼ばれる新潮流を興し、ヨーロッパ大陸やアメリカ、日本にまで影響を及ぼして、新しい動向と様式を生み出したのです。
展覧会紹介記事が全てを語っている。
以前ここではウィリアム・モリス展が開催され、ステンドグラスの複製品を多く眺めた。
そのとき裏から照明を当てたので(さすが♪明るい?ナショナル?)たいへん綺麗だった。
生憎今回はそれはなく、ファブリックや壁紙が眼を惹いた。
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モリスは無名の職人というものを理想としていたが、実際には職人性を持った作家による作品が多く、長く見るうちにそれぞれの個性の違い・主張の隔たり・意識の差などを感じたり、わかったような気がしてきたりする。

絵本作家として素敵な作品が多いウォルター・クレインのデザインしたいくつかの作品を見ると、どことなくその描く絵が思い浮かぶようでもある。
実際、青髭公や赤頭巾の挿絵がそこにあるので、いよいよ際立って見える。

ウィリアム・ド・モーガンも個性的だった。手描き彩色陶器タイルは発色が余りよくないようにも思うが、それでも総じて綺麗だと思う。

それからマッキントッシュの椅子やデザインノート。
マッキントッシュが現れると、モリスの時代が「古きよき時代」だと口にしたくなる。
マッキントッシュのモダンさはそのまま現代につながっているからだ。
フランスのアールヌーヴォーとアールデコのことを考える。
世紀末芸術のアールヌーヴォーと、モダンな時代のアールデコとを。
つながった時間の中に出現しているのに、両者の違いは大きい。
それはモリスとマッキントッシュとの差にも等しいのだった。

フランク・ロイド・ライトが関わった・デザインした・拵えた、何点かの家具などを見る。
帝国ホテルの椅子もあった。明治村に移築された帝国ホテルで、わたしはお茶を飲んだことがある。なんとなく嬉しかったものだ。
わたしの身近なところでは芦屋にある旧山邑邸(現・ヨドコウ迎賓館)がライトの設計したものだが、あの雰囲気を思い起こすものが、ここにはいくつもあった。
それで思い出した。
建築破片収集家の一木努氏のコレクションの中に、帝国ホテルの手すりか何かがあった。
今ちょっと手元に本が見つからないので確実なことは言えないが、ドアか手すりかがあったのだ。それを見ただけで赤瀬川原平氏は帝国ホテルの全容を幻視していた。

二つの「アーツ&クラフツ」展を楽しむことが出来てよかった。
この展覧会は1/18まで。都美の展覧会は1/24から始まる。

1930年代東京 アールデコの館が生まれた時代

時折、東京都庭園美術館では飾られた作品・展示された作品を個別に楽しむのではなく、その展示空間の醸し出す空気そのものと共に味わう、そんな企画が立てられる。
無論それはこの美術館が元は朝香宮邸という、アールデコの館だからこそ叶う、美しい企てなのだが。
1930年代・東京 アールデコの館が生まれた時代。
そのタイトルにふさわしい展覧会を楽しんだ。
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飾られた絵も工芸品も、その同時代に生まれたものばかりで、この美しい空間に集められたことを誇らしく思っているように見える。
それはわたしの妄想ではなく、たぶんこの空間を共有する観客の大抵が感じたのではないか。

フランスの匂いと1930年代の東京での美術品の匂いは遠いようで、似たものかもしれない。
長谷川利行の『地下鉄ストア』がまず出迎えてくれた。
モダン都市の象徴とも言えるのが地下鉄。パリのメトロは憧れだった。
その地下鉄が上野から銀座線として生まれたのは1927年だった。
杉浦非水が、地下鉄が滑り込むホームに立つ人々を描いた時代。
長谷川が都市生活者だと言うことを、改めて実感させる絵。

リストはないの。ないのです。
リストが必須な展覧会ではなく、これはこの館に集められた空気そのものを楽しむ展覧会なのだと、悟る。

鈴木信太郎の不思議な絵と久しぶりに会った。
これは去年の八王子での回顧展で見たシュールな光景。デパートの屋上からかバルーンが幾つも上がっている。
四角い建物の頭上に丸い物体が浮かぶ光景。
色はカラリスト鈴木にしては信じられないほど、抑えられている。
セピア色の光景。本当はもっと色が使われているが。
記憶の奥底にしまわれて、手を差し伸べて拾い上げたときに眺めるような色。
鈴木は懐郷的な愛らしい絵が多いが、この絵ばかりは珍しくシュールだった。
回顧展でもこの絵の不思議さが眼についていた。
それがもしかすると、鈴木の1930年代へのアプローチなのかもしれない。
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菊池隆志『室内』 これが石見美術館にあることがわかって、嬉しい。以前は別な地にあった。
隆志のモダンな女たちの顔を見ると、いつも契月の血脈を感じる。
契月は同時代の少女を描くことはあっても、モダンな若い女たちを描くことはなかったのではないか。
隆志の女たちは平成の女たちと直結したかのように見える。
髪とワンピースの軽やかな黒が綺麗だと思う。

東郷青児『婦人像』 東郷は1920?30年代、シュールレアリズムの作品を描いていた。
この絵もタマラ・ド・レンピッカのようなモダンさを見せている。
帽子、手袋、ベルト・・・とても素敵なセンスだった。

チラシに荻島安二の二つの作品が載っている。
サクラグラフと日本髪の女をモチーフにしたブロンズ像と。どちらもとてもその時代を感じさせるモダンさがある。
レトロモダン。不思議な味わいのもの。

以前から都市を描く技法では、大阪は洋画、京都は日本画、東京は版画が似合うと思っている。その東京を描いた版画作品がいくつか出ていた。
小泉癸巳男『羽田国際飛行場』 複葉機もここで離発着をしていたらしい。
この程度の混み具合なら、そんな待たされないだろう。
しかし飛行機に乗って、気軽にあちこち旅をする時代ではなかったのだ、まだこの頃は。

上野の夜景写真がある。これはたぶんモノクロに彩色したもの。
わたしはこんなレトロ写真がとてもとても好きで、色々集めてきた。だからここに展示されているものの大半は、わたしにも馴染みのあるものばかりだった。
自分に、1920?30年代の都市生活に深い愛着があることが嬉しくなってくる。

日劇のラインダンス、松竹歌劇団、活動写真・・・都市にはいくらでも娯楽がある。
祖母が若かった時代を、わたしも味わっている。

武藤嘉門『ショーウィンドー』 これも石見美術館にあるのか。
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『昭和の竜宮城』から散逸したレトロモダンの美人画たちは、石見と『海の見える美術館』に多く収蔵されたのかもしれない。
一人一人の着物を眺めるのも楽しかった。彼女たちの視線の先にある品物を見ると、ここが何のお店なのかわからなくなってきたが。様々なお道具を集めたようである。
わたしは左上の白い猫の置物が欲しかった。
それで思い出した。
こんなガラスケースはもうお目にかかれまいと思っていたが、京都市美術館のガラスケースは1930年代の製品で、今も現役として使われている。
古びがなんとも魅力的なガラスケースばかりである。

ところで一階のグランドホールにはラウンジが再現されている。
そこにはあの大きな鏡が配されているので、わたしは家具を見つつ、家具を見る「わたし」を眺める、という二重の楽しみを味わえる。
それはこの建物の特性から生まれた喜びなのだった。

神聖ガルボ帝国、100万ドルの脚線美ディートリッヒ、クララ・ボウの横顔・・・1930年代の外国女優への憧れが、ブロンズ像として再現されているのを見る。
『嘆きの天使』の歌が頭の中を流れてゆく。
また恋したの・・・
ドイツだけでなく日本の男性も、マレーネ・ディートリッヒの歌声と眼差しと脚線美に惹かれたのだった。

山名文夫、多田北烏のポスターやデザインを眺めてから、ボンボニエールをいくつも見る。
ここが宮家だということを改めて思わせる、銀の愛らしい容器。
何もかもがときめくような空気に満ちている。

気持ちがふわふわしたまま、わたしはこのアールデコの館を出た。
いつもいつもここに来ると嬉しくなる。
好きなものばかりに囲まれたからだろう。
1/12まで展覧会は続き、その後はモードの展覧会に変わる。

春夏秋冬 新聞付録が描いた日本

横浜の日本大通り駅の真上に日本新聞博物館がある。建物は近代建築に現代の高層ビルを付け加えたもので、だから内部に入ると、ときめくような装飾がある。
そこで『春夏秋冬 新聞付録が描いた日本』展を見た。
12/6?28までなので、巧く入り込めてよかった。
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今でもそうだが、新聞にはよく名画の付録がついたりする。土曜版・日曜版などに名画紹介とか、毎月初めにフルカラーで名画カレンダーとか。
それは明治の頃からの慣習で、わたしなどはその恩恵を楽しんで育ってきた。
以下、展覧会の概要。
明治から昭和期まで、新聞各社は競うように新聞に附録をつけました。大事件を描いた図版、有名人の肖像画、風刺漫画、芝居や講談の速記、家庭便覧、双六(すごろく)などのほか、報道、娯楽、生活情報、広告といった多岐にわたる内容の「新聞附録」が発行されました。
 本展では、日本新聞博物館が所蔵する資料から、春・夏・秋・冬を色鮮やかに描いた附録や十二支を描いた絵画など、日本の風情が感じ取れる新聞附録約150点を展示します。  


印刷物・複製ばかりだが、それにしても内容が多岐に亙るだけに、見ていてとても楽しかった。
リストも図録もないので手書きと記憶だけになるが、それにしても本当に面白く、色んなことを感じさせる展示だった。
絵はその当時の新作物から、いにしえの名画まで実に様々で、嗜好とか世相などが読み取れたりして、その意味でも面白い。
いくつも知ってる絵も出ていたし、ここで初めて見るものも多かった。

大正真ん中以降、市民生活に活気が出てきた頃からは伊東深水の美人画がやたらと増えた。深水が如何に人気があったかの証明でもある。
師匠の清方の作品も多い。
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これは以前に弥生美術館でみたもの。大正六年の国民新聞の付録。
キューピーさんと美人。清方の絵でキューピーさんを見るとは思いもしなかったが、その当時アメリカから入ってきたキューピーさんが、日本人にどれだけ愛されたか、よくわかる絵でもある。

昭和初期には洋画家の石井柏亭や松山省三が海水浴する少女たちの絵を描いている。
また、今では野間記念館のチケットなどに使われている山川秀峰の『蛍狩り』
絵もまた新聞付録に使われていたようだ。
横山大観の美人画もあり、まさに百花繚乱の態を見せている。
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丸囲みの中に集められた絵を見ただけでも、その豪華さがよくわかる。
一番上の愛らしいわんころたち。これは応挙ではないが、丸々と可愛い。
応挙は一番下の虎ちゃん。いいですねぇ。
深水の傘美人もいる。

山元春挙のウサギ、渡邊崋山の羊、森狙仙の猿、望月玉泉のブヒブヒした猪、など干支をテーマにしたものたちもある。
珍しいところでは写真家・小川一眞の絵もあった。
このようにメディア系の印刷物による複製だが、楽しみはかなりのものなので、年末の忙しいときだが行かれる方は、横浜市営地下鉄の日本大通り駅までどうぞ。

清方の芝居絵

清方の本当の佳さは本人が名づける処の『卓上芸術』にあると思う。
タブローの美は確かに素晴らしいが、挿絵や口絵の魅力の大きさも、決して忘れられない。
『清方の芝居絵』の最終日12/7に出かけて、その悦びを深く味わった。
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清方は子供の頃から芝居好きで、自伝『こしかたの記』にもしばしばそのことを繰り返し述べている。清方が絵を描き始めた最初期、父親の主催するやまと新聞に劇評が載ると、清方はコマ絵を描いたりしていた。
それは仕事だからと言うだけでなく、やはり嬉しくて楽しくて描いたようである。

チラシの三枚は上から『江戸桜』(=助六)、『お嬢吉三』(=三人吉三)、『独鈷の駄六』である。上二つは歌舞伎好きなら一目で何の芝居かわかるが、下の絵はわからない。『小野道風』の芝居のキャラらしいが、わたしはこの芝居を見たこともないし、資料を読んだこともない。これらは『芝居絵十二題』という連作ものの三枚で、ほかには以下の作品がある。
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9点左上から『矢口渡』『鳴神』『鈴ケ森』中左から『土蜘』『野分姫』『関の扉』下左から『源氏店』『お祭佐七』『辰五郎』。
この中で題を見るまでわからなかったのは『野分姫』と『辰五郎』くらいで、あとはわかった。わかって「ああ、あのシーンか」と思い当たると、今度はそこらのセリフを口ずさんでしまう。そうした点が芝居絵の楽しさである。
大正15年の作だから無論団菊は亡くなり、次世代の羽左、梅幸、歌右衛門、幸四郎、宗十郎、そして菊吉らが活躍していた時代の芝居を描いている。
清方には絵の弟子として、役者の市川鬼丸もいたから、いよいよ親しんだろう。
絵を見るだけでなく、清方の随筆を色々思い起こすと、臨場感が湧いてくる。

わたしはこれらの芝居の中でも特に『三人吉三』が好きなので、清方のお嬢吉三の絵を見て、嬉しくてしょうがない。絵を見ただけで「月も朧に白魚の」で始まる名セリフが蘇る。
このお嬢は羽左だろうか。なんとも魅力的な立ち姿。弁天小僧よりお嬢吉三の方がわたしは好きなのだ。昔の録音を復刻させたCDで聴いた羽左衛門の口跡が脳内再生する。

『土蜘』の妖かしの僧のこのポーズも好きだ。大体『土蜘』にはいいシーンが多い。数珠を口に当てて裂けたように見せるところなど、ドキドキする。
近年ではやはりニザリーが一番素敵だった。

『寺子屋』画帖を見る。丁度松王丸が首実験をするところ。
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ああせつない・・・!筋も展開も全部わかっているが、それでも何度も同じ芝居を繰り返し見て、その都度泣いている。「痴呆の芸術」と言うのが実感としてわかるなぁ。

雑誌の口絵として制作した芝居絵も多くあり、抽斗を引いてそれらを眺める。
こういう楽しみこそが卓上芸術の一番の力なのだ。

大正六年『額の小さん』にシビレた。これは大坂の湯女だが、一度だけ関わった男を忘れかね、他の男を撥ね続けた女。凄艶な美貌。清方の大正半ばの女たちは、タブローも口絵も屏風絵も、誰も彼もが凄まじいほどに艶かしい。
眉の流れ、黒目がちの眼、楊子を銜えた口許、後れ毛・・・何もかもに惹かれる。

八犬伝の『対牛楼の旦開野』もよかった。女装の美少年だと言うことを感じさせず、女田楽の艶やかな舞姿を見せている。原作ではこの後に本性を表し、敵の一族を殲滅した挙句、壁に「鏖(皆殺しの意)」などと恐ろしい宣言を書き連ねるのだが。

『お夏清十郎』『朝顔日記』の下絵もあった。神奈川近美と静岡県美にそれぞれの絵巻が収蔵されている。

『時代美人風俗双六』もあった。ちょっと見ただけでも、初花、おその、照手姫、中将姫、梅川、葛の葉、地獄大夫らがいた。初花の出る『箱根霊験▲仇討』など、今の世では上演できないのだろうな・・・残念。
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本当に楽しめた展覧会だった。こんな企画、嬉しくて仕方ない。
それで12/11から12/21まで挿絵展もしているが、この十日間だけの展覧会、近ければ是非にでも行きたいところだった。

最後にオマケ。先日初めて三の丸尚蔵館に行った際に買った絵葉書の中に小村雪岱の芝居絵があった。清方は雪岱を高く評価していたから、丁度よい感じ。
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『道成寺』ものは大正から人気が出たそうだ。

丸紅コレクション、ふたたび

丸紅コレクションの展覧会が損保ジャパンで開かれている。
去年京都で見た分とはまた別ルートの展示なのだが、それでも元が同じ丸紅コレクションなので、見たものも多い。
綺麗な着物や、なかなか逢えない名画に再会できることが嬉しく、いそいそと出かけた。
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前期の最終日に出かけたので、着物は今現在展示のものとは異なる。
去年かなり細かく書いたので、今回は軽い気持ちで並べてゆきたい。

御簾に梅文様小袖 寛文かと思う。こういう大きな柄の着物、とても好ましい。
籬に花丸文様小袖 これは歌舞伎の時代物によく出てくる邸宅の襖の柄によく似ている。籬に花丸だからだが。
ここから二百年ほど後世になると、全く発想の違う着物がメインになる。
時雨草花鹿雉文様打掛 それぞれカップルでくつろぐ鹿と雉がいる。めでたい図柄。
それから丸紅コレクションの偉業の一つ、淀殿の小袖を復元したものと、その裂とが展示されている。
これらは何度も見ているが、この小袖復元から、丸紅コレクションの公開が始まったような気がする。
他に昭和初期の総絞りの贅沢な着物もあり、最初のコーナーだけでも十分値打ちのある展覧会である。

ここではデザイン画も多く並んでいた。京都の千総展でもそうだったが、丸紅も斉しく、当時の著名な日本画家に下絵依頼をしている。
ざっと見たところ、栖鳳、華楊、光瑤、五雲、楯彦、印象らの作品があるほか、洋画家の武二、三郎助、青児、柏亭、中沢、生馬らが目に付いた。

その中でも特に良かったのが、彫刻家・朝倉文夫のデザイン『春雨』だった。
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何とも言えず「粋(スイ)」な味わいがある。「春雨じゃ、濡れてゆこう」と云う月形半平太の台詞が思い浮かぶが、もしかするとそちらではなく、御所の五郎蔵をイメージしたのかもしれない。

五雲『石橋(唐獅子)』は可愛く跳ねている。これらはどちらも昭和初期の作品で、不況でも楽しさの活きる時代だったことを感じさせる。
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絵画に移る。
岡田三郎助 沼のほとり  木の影が映る沼。沼は暗いものだが、三郎助の手に掛かると、ロマンティックな情景に見える。
梅原龍三郎 桜島  これは青い桜島で、山も雲も町も何もかもが、青い。とても雄大で心が広くなる。

花の絵に良いものが揃っている。
安井曽太郎 花  ピンク系の花で、可愛い。
川島理一郎 パリの花市場  こういうところにたまには行ってみたい。
椿貞雄 泰山木  これまで見た泰山木(マグノリア)の絵の中でも、特に好きな作品の一つ。
本当にうっとりするような良さがある。
薔薇も児島善三郎や中川一政の絵が揃っていて、とても可愛い。
小磯良平の裸婦もお出まし。(絵は随分以前別な展覧会チラシに使われたときのもの)
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丸紅コレクションのいちばんのジマンは、ボッティチェリ『美しきシモネッタ』を所蔵していることだろう。2000年、2007年、今回と三度見たがやはり透明な美しさがある。

ルノワール イオカステ(神殿の舞) これは初見。緋衣を纏ったイオカステが驚く姿を描いている。彼女は悪い予言を与えられている。生まれた子は夫を殺し、やがて自分を妻にするだろうと。予言の成就はならなかった、と彼女は信じた。前の夫は見ず知らずの男に殺され、今の夫は魔獣たるスフィンクスを退治した英雄なのだから。
しかしそれが覆り、予言が成就していたことを彼女はこのとき、知らされるのだった。
ルノワールの家には、この絵と対になる「オイディプス」の絵が飾られていたそうだ。

他にもセザンヌ風のヴラマンク、盛り上がりを見せるミモザを描いたキスリング、バーン=ジョーンズの風景画、黄・赤・緑・茶で構成されたノルデの「森の空き地」など、見ていて心に残る作品が多かった。

展覧会は12/28まで。年末の多忙の隙間を縫って、お出かけするのも素敵だろう・・・

東近美でみたもの?『光の大地』を中心に

東近美では山本容子『光の大地』が展示されていた。
もう12,3年前になるか、朝刊に連載されていた小説の挿絵。
辻邦生の小説と共に日々楽しませてもらった。
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読んでる当時はハラハラしていた。かなり面白い内容だったし、当時の世相を反映するような事件も起こり、また今から思えば、今日を予測するような設定もあった。
日々の物語の更新には山本容子の魅惑的な銅版画が必ず共にあった。
その原画を今回見ることが出来、たいへん嬉しく思っている。
ゴーギャンやスーラの作品に自分の作品を絡めた構成となっていて、二重の楽しみを見るものに与えてくれた。
いや正確には三重の楽しみか。何しろこの作品は小説『光の大地』の挿絵なのだから。
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カンケーないが、実はわたしは二十代の真ん中過ぎ頃、「四十になったら山本容子さんみたいになりたいなぁ」と夢想していた。その十年後にはやっぱり「五十になったら山本容子さんみたいなひとに」・・・
で、アラフォーになった今、とてもとてもそんなムリやわ、と実感している。
山本容子さんはいつまでも、わたしの憧れの女のひとなのだった。
ちょっとしたカミングアウトになるのかな、これ。

一方、新宿中村屋の関連特集も楽しんだが、それはmemeさんの記事で知ったから、期待して出かけていっただけにニコニコだった。もともと中村屋の物語には惹かれている。
アンビシャス・ガールと呼ばれた黒光の生涯には大きな魅力がある。
そしてここで二枚のエロシェンコ氏像を見れたのも嬉しい。
以前中村屋関係の資料の中で、この詩人が楽器演奏する写真を見たことがある。
「あの絵の人が活きている」と思ったものだった。
それだけにこうした小企画は嬉しい。
山本容子は調べてなかったから、サプライズ。

他にもいいものを見たが、そのうちから今回撮影したものをいくつか。
中村不折『たそがれ』 IMGP5308.jpg
主に東アジア全域の説話や神話を洋画にしているが、どれもドラマティックな味わいだけでなく、タブローとしての魅力にも溢れている。
若いのかそうでないのかわからない身体をみつめながら、決してこちらを向くことのない顔を想像する。
この裸婦が何故この場でこうして俯くのか、そのことを思いながらも、絵そのものに惹かれている。

藤島武二『麻姑献壽(まこけんじゅ)』 IMGP5313.jpg
武二の美人画は本当に好ましい。ルネサンス風の横顔もいい、中華風の装いもいい、イタリーの美女もいい、そして正面を向く日本婦人も好ましい。
この両把頭の美人は清楚でいい雰囲気がある。豪奢な装いであっても、どことなく慎ましささえ感じる。籠に大盛りの果実がそう見せているのだろうか。

菱田春草『雀に鴉』 そのうち雀の屏風。可愛い。しかしこんなけおると、さぞやかましかろう。
カラスは寒鴉で、一羽で立ち尽くしていた。こちらもいいが、やっぱり雀かなぁ。
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更に徳岡神泉『狂女』など初見のものも多かった。
東松照明の『京まんだら』の『聖護院』の不気味なおじゅっさんの出も、久しぶりに見た。
最後に。この彫刻のタイトルを忘れてしまった。噛む猫がわるくてかっこいいのだが。
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やはり東近美の常設には面白い作品が多いのだった。

琳派から日本画へ

山種美術館の『琳派から日本画へ』展はなかなか面白かった。
先般、東博で『大琳派展』を楽しんだが、こちらはこちらで規模は小さくとも充実した内容で、館内にいる間、いい気分で過ごした。
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琳派といえばまず金色が眼に浮かぶが、丁度ここに至る道は黄葉していて、それからしても序曲のように感じられた。
宗達x光悦のコラボもあり、抱一・其一師弟の作品もある。
お出迎えは、加山又造さんの裸婦である。
これを見ると、数年前の東近美の『RIMPA』展を思い出す。
あれにはクリムトの作品も招かれていた。
又造さんの裸婦に迎えられて、ゆるゆると眺め始める。

久しぶりに荒木十畝の連作を見た。
わたしはこの四季のうち、春秋が特に好きで以前から絵葉書を持っていたが、今回夏と冬にも随分惹かれた。
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青紫の花が華やかで、見るからに艶やか。
冬は冬で淋しいわけでもなく、豪奢である。
思えばこの四季花鳥画のタイトル、それ自体が既に華やいでいる。
華陰鳥語、玉樹芳艸、林梢文錦、山澗雪霽・・・美麗な四時熟語の並びである。

下村観山 老松白藤 きらきらした背景にはやはりこうした画題が、というお手本のような作品。

菱田春草の月四題も久しぶり。四季のうち、特に春と秋がいい。
名前は春草だが、彼は秋の絵に良いものが多いように感じる。
実際名品と呼ばれる作品の多くは秋の画だと思う。

其一『伊勢物語 高安の女』 この絵は他ででも見たが、見る度わたしが思うことは、貴公子・マメオくんとは逆のことで、「ごはんおいしそー」なのである。
貴人は家事に従事してはならない、という風習が常識として身についているマメオ君は、だから自分でご飯をよそう女にゲンナリしたのだが、あんまりそういうことにいい感じを持てないなぁ。まぁ昔の人ですから。

「琳派から日本画へ」というタイトルだけに、琳派とは趣の異なる古径、青邨らの画も並ぶ。
古径『しゅう采(しゅうは火扁に禾つくり=秋、の意)』 この字を久しぶりに見た。これは横溝正史の『悪魔が来たりて笛を吹く』のキャラの名前に使われているが、他ではなかなか見ない。ちょっとときめくような字なのだが。

青邨『大物浦』 青邨の平家物語(というよりむしろ『義経記』)を描いたいくつかの作品のうち、義経の漂泊が始まる大物浦の場が描かれている。九州へ逃れようにも風雨が強く、平家の亡霊にも邪魔をされてしまう・・・
ここには出ていないが『知盛幻生』では平家の怨霊が描かれている。
一時、青邨の歴史画にひどくのめりこんでいた。

雅名に「牛」を使うくらいだから奥村土牛は牛が好きなのか、優しい目をした牛を描いている。『犢(こうし)』 カマンベールチーズ、ミラノ風カツレツ、などとドナドナなことを考えてはイケナイ。

速水御舟『名樹散椿』 山種美術館の至宝の一つ。かつては安宅コレクションだったそうだ。正面から対峙しても良いが、斜めから眺めると、また趣が異なる。
つまり椿の枝の端から見上げると、空間の広がりを一層味わえるのだ。
椿は低木だから、こうして眺めると、いよいよ花の美しさに胸を衝かれる。
この木は京都の椿寺にかつてあった名樹だが、いまは二代目に変わっている。
ここの椿は可愛いが、先代のこの豪奢さとは趣が違う。
寺は北野天満宮の近くにある。

他にも福田平八郎の可愛い雀もいたし、見どころの多い楽しい展覧会だった。
次回は松岡映丘とその一門展だが、あいにく予定が立たないので、みなさんの記事を切望している。
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なんか楽しそうな雀たち・・・

巨匠ピカソ展

国立新美術館とサントリー美術館とで14日までピカソの展覧会が開催されていた。
終了間際に行ったからか、それともこんなものなのか、随分混んでいた。
先に国立の『愛と創造の軌跡』を見てからサントリーの『魂のポートレート』へ。
どちらも好ましいものとそうでないものとに分かれていたので、好きなものだけを見て回った。六本木の二つの美術館が共同開催するのは、それはそれで価値があるのだろうが、わたしのようなぼうっとした者では、どちらがどちらなのかよくわからなくなってしまった。それであんまり何にも考えずに、見て良かったものだけを書いてゆく。
それにしてもどっちも随分混んでましたなー。

基本的にわたしはピカソの作品で好きなのは、版画作品のシリーズと古典的な作品なのだが、今回はちょっと感じが違った。
いつもなら青の時代の作品や妻オルガを描いた古典的な作品に好意を懐いていたのだが、今回はどうもその作品を前にしてもときめかない。
ちょっと旧さを感じるくらいだから、どうしたのだろう。
これはもしかすると、先般大阪で見たピカソの陶芸や版画作品がよかったからかもしれない。それでもいいものはいいのだが。

死んでるな、と気づいたのは解説プレートを読んだから。眠るだけかと思った。
それほど穏やかな横顔。しかしこのこめかみには傷がついている。
ピカソの友人、自死した青年。『カザジェマスの死』
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自死した青年の絵と言えば、イギリスの『チャタートンの死』を思い起こすが、ここにはそんな劇的な作画は為されていない。
静かに死んでいる。二度とは生き返らない。

青の時代に描かれた有名な自画像、これを見てわたしはどうしても佐伯祐三の自画像を思い出してしまう。別に交流があったわけでもないのに。
この絵は1901年の作品だから、佐伯は幼児だ。しかしどうしてもそう見えてしまう。
佐伯は夭折し、ピカソは長生した。

『ピエロに扮するパウロ』
以前から好きな作品。ピカソの子供たちのうち、パウロはどの作品でも愛らしさに満ちた像として描かれている。絵描きの父親の愛情がパウロに注がれている。

『トラック玩具で遊ぶ子供』
この絵を前にして隣のカップルが話し合っているのが耳に入った。
「これ和風よね」「うん、和風」
無関係な他人のわたしも頷いた。「うん、和風やわ」
どこがどう和風なのかは、説明するよりも・・・。
mir999.jpgなんとなく可愛い。

ミノタウロスシリーズが出ていた。おやおやあらあら、な情景がカラーで広がる。
ヘンなことを言うようだが、ピカソは多くの女のヒトと仲良くなり、その度に芸術の様相が変化したのは周知の事実だが、どうも裸婦のカラダの描線(だけ)はいつの時代も変わらないように思う。ついつい比較して歩いたが、歳月が空いた作品を見比べても、やっぱり変わらない。これはピカソの描写の好みなのか、それとも別な・・・
そんなことを思いながら眺めている。

風景画で一つだけ気に入ったものがある。キュビズム風の森の情景。
『二人の人物のいる風景』mir999-1.jpg
どう見ても舞台の書割風で、そこらがたいへん気に入った。
キュビズムというより、どことなくドイツ映画の背景、つまり表現派風にすら感じる。
これを背景の大道具に、コンテンポラリーなバレエ作品でも上演があれば、さぞ楽しいだろう。そういう魅力のある森の絵。

最後にこの猫には会いたかったので嬉しかった。しっぽがイキがいいね。
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ところで意外と見ものが少ないような気がしたのは何でだろう。わたしだけかもしれないが。会期は既に終了。2館ともチケットをいただいたのでありがたくハシゴしたが、ヒトの多さに負けもしたか、けっこう早く見終わったのだった。
そうそう思い出した。手荷物チェックがあったので、係員も大変やなーと思ったのでした。

沖縄・プリズム 1872―2008

東京国立近代美術館で『沖縄・プリズム 1872―2008』を見た。
展覧会の概要にいて書かれた文から。
「これまでの「沖縄」展の多くが琉球王朝期の工芸を回顧するものであったのとは異なり、近代という時代のうねりの中で、この地から誕生した、そして現在生成しつつある造形芸術を検証する初めての試みです。表現する主体として、沖縄出身の作家と本土から沖縄に向かった作家を織り交ぜながら、「外からの視点」と「内側の視点」の違いを意識しつつ、個々の作家の想像力の軌跡を辿ります。」
章ごとにコンセプトの柱が立っている。
第1章 異国趣味(エキゾティシズム)と郷愁(ノスタルジア) 1872-1945
第2章 「同化」と「異化」のはざま 1945-1975
第3章 「沖縄」の喚起力
「外からの視点」と「内側の視点」の違い、それを強く意識しながら眺めることにした。

江戸文化の楽しみ?芝居・浮世絵・おいしいもの

終わった展覧会もあるが、江戸文化の楽しみを味わわせてくれるものにいくつか出会った。
今日は12月14日、即ち討ち入りの日である。
忠臣蔵の浮世絵があちこちで見られるのは毎年師走ならではの楽しみ。
とらさんが都内で見られる忠臣蔵の浮世絵展の素敵な記事を書かれている。
わたしは先月だが、江戸東博で『錦絵に見る忠臣蔵』を見た。
写真も撮ったが、これはチラシ。
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橋の上で赤穂義士の槍先の向うには、恐らく小林平八郎がいるはず。
この絵の手前にいるのは大星由良之助と千崎弥五郎。それと多分、高師直。(後に炭俵があるから)
やっぱり今日は忠臣蔵だ!!

早大演劇博物館で『三世坂東三津五郎』展が開催している。
永木の三津五郎と呼ばれ、同時代の三世歌右衛門と人気を争った江戸の役者。
國貞の浮世絵を見ても、どれもこれもいい男にしか見えない。
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なた豆煙管を手にした面長ないい男。化政期の役者だから遣り甲斐のある芝居も多かったろう。一方、踊りが素晴らしかったそうで、今に生きる坂東流の祖としても著名。
今の十世三津五郎の曽祖父に当たる七世三津五郎は『踊りの神様』と称されたが、その人に坂東三津江(坂東流の名手であり、女狂言師として大奥にも出入りを許されていた)が語った言葉が素晴らしい。七世が尊崇する九代目団十郎のことを「まだマシだね」・・・三世三津五郎はどれほどの名手だったのだろう・・・ときめくばかりだ。

久しぶりに国立劇場に行ったのは、演芸場の『見世物資料』と情報館の『歌舞伎の干支』を見るため。
歌舞伎には干支の動物が現れる芝居もけっこう多い。
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チラシは『隅田川浮世の鏡』猿回し。お江戸だけにスッキリしているが、猿回しと言えば『近頃河原達引』猿回しの与次郎しか知らないので、これは初めて知った。「世界」を江戸に設定しての改作だろうか。

ネズミ・・・『金閣寺』の雪姫を救うネズミ、仁木弾正が変身するネズミ、お岩さんの恨みを晴らすためのネズミ、ねずみ小僧・・・多いな。牛・・・菅公の牛、虎は和唐内、兎、羊は思いつかない。竜は『鳴神』、蛇は児雷也の敵、馬は小栗判官の鬼鹿毛、塩原多助のアオ。トリは道明寺のトリ、犬は『八犬伝』、『三人吉三』で祟りを為すぶち犬。猪は言わずもがなの『山崎街道二つ玉の場』の猪。
やっぱり最後は忠臣蔵に帰ったか。

こちらは演芸場のチラシ。
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五世菊五郎の与次郎。見世物資料の一つ。わたしは見世物とか大好きなので嬉しかった。
辻ビラも楽しくて仕方ない。瀬戸物細工、人形カラクリ細工、軽業の一座・・・
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ぶらぶら見に出かけたい。

それでおなかが空いたらおいしいものをいただきたいのだが、文京ふるさと歴史館では『ぶんきょう食の文化』展が開催されていた。
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チラシ上・・・広重『江戸高名会亭尽 湯島』
中・・・ままごと道具。可愛くて仕方ない。江戸と違い上方では雛道具にもへっついさんなど台所用品のミニチュアおもちゃがついていた。
下・・・給食の情景とナゾの食べ物。なんとこれはアンパンを茶漬けで食べたはったそうな。森鴎外、恐るべし・・・。
ここでは『八犬伝』作中にある滑稽シーンが再現されていた。タワシを汁の具にする話(むろんカンチガイから来るてんやわんやのいざこざ)
こういうのを見ると馬琴が『膝栗毛』作者・十返舎一九と同時代人だと実感するのだった。

ナンダカンダと楽しい気持ちであちこちを歩き回った。来年もこんな風にお江戸の楽しさを実感して歩きたいものだ。

帝室技芸員と1900年パリ万国博覧会

どういうわけかちっとも三の丸尚蔵館へたどりつけなかった。
これはもう「来るな」という何か眼に見えない意思が動いてのことだと諦めてきた。
時々そんな特定の場所がわたしには、ある。(他にも何ヶ所か)
しかし今回は綿密な計画と「行く」という強い意思の下で出かけたので、とうとう中に入れたが、それでもあやうく通り過ぎてしまうところだった。
そう、前回もわたしは通り過ぎ、全く違うところへ行ってしまったのだった。

えー要するに、歩きすぎる・早足すぎる・方向感覚がない・注意力散漫・妄想に囚われやすい、そんな性質の人はちょっと気をつけようと言うことでございますな。
まぁほんでも中に入れてんからよろしいか。

小ぢんまりした空間にちょこっとの展示があるが、こういうのもたいへん良いものです。
いきなり橋本雅邦『竜虎』 これは静嘉堂文庫の兄弟かな。虎は立派だが、竜は薄雲に隠れて白描に見える。弱々しそう。

川端玉章『四季の名勝』 吉野花雲、寝覚新緑、碓氷峠錦楓、厳島密雪。吉野と厳島は行ったことがあるから、絵を見てもなんとなく実感があるが、寝覚ノ床も碓氷峠も未踏なので絵で見るしかない。
日本の四季の美と言うものをはっきりと感じさせる四幅対。

パリ万国博での日本のパビリオンの設計図も展示されていた。尾張名古屋の宮大工・伊藤平左衛門が遺したもの。金物の細かい設計図もあり、感心した。
こういうものを見たかったので、随分嬉しかった。

飯田新七『刺繍屏風』 明治35年の四季草花図。四面に白紫陽花、薄紅牡丹、スミレ、白百合、花菖蒲、オレンジ色の躑躅、黄・赤・金に彩れた楓、白菊、朝顔、ススキ・・・
小さな川のほとりに咲き乱れる花々。そして刺繍を支える下部には螺鈿で水鳥が。
たいへん綺麗な作品で、金具にしても蝶の浮き彫りで構成されているので、細部まで楽しめる作品だった。
飯田新七は高島屋の主人だから、これは彼の手作業ではなく彼の店の技能者が主人の命を受けて拵えたものだろう。

野口小頻『青緑山水図』 高山から水が降りてくる。民家はあるが、まさに神韻縹渺たる有り様を描いている。

海野勝『蘭陵王』『太平楽』の金属彫刻がある。蘭陵王の足元には大きな文箱らしきものがあり、それは象嵌されていた。

かなり面白く眺めてから、売店を覗いた。いくつか欲しいものがあったので購入するが、この展覧会とは全く無関係だった。

ところでもう一つ別な展覧会の感想を続ける。
三の丸尚蔵館は「行くぞ」の強い意志で出かけたけど、日本芸術院には偶然。なんせ隣がフジタ展開催中の上野の森ですから。
無料公開中と言うありがたいお誘いにフラフラ・・・と。
今回は『二人』をテーマにした展示で、伊藤清永や鬼頭鍋三郎らの洋画が眼を惹いた。
『曙光』 全裸の女が鏡に映る自分を見つめながら化粧に余念がない。伊藤の選ぶ肌の色はまるで花びらを重ねたように見える。
出石には伊藤の美術館があるから、そこで代表作を幾つも見ているが、鬼頭の作品は名古屋で少し見た程度。
もっと見たいから、どこかデパートで展覧会してくれたら嬉しいが。
しかし日本芸術院に入った記憶がないなぁ。
彫刻もいくつか見た。眼がくっきり描かれた彫刻がコワかったな?

とりあえず軽い記事ですが終わり。なんしか今日は8時から中学のときの仲間と忘年会。
2ヶ月ごとに飲み会してるから、わざわざと思いつつ。
ジモティが多いからみんな遅くても平気なのだ。しかし前回は3時まででっせ。ひどい話だ・・・
だからこれは予約投稿です。

都市の表装と心象

幻の町・隅田宿と梅若伝説の記事を昨日あげたが、今日はパリの都市風景の話。
雨の中、ブリヂストン美術館へ行く。夜雨の都会の風景はなかなか素敵だが、実際移動するのは困るものです。方向感覚が狂ってしまった。
二十歳頃、わたしの洋画修行の場はブリヂストンと西洋美術館だった。日本画は茅場町時代の山種と、今は亡き目黒雅叙園。
都市風景図はかなり好きだが、場所にもよる。
以前から思っているのは、東京は近代版画、大阪は洋画、京都は日本画で描かれた風景がとても素敵だということ。
ただし川瀬巴水、織田一磨の版画なら、日本中どこでもいい感じ♪なのだが。
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今回は『Paris Passages  都市の表象と心象』ということで、パリのアチコチをエッチングやリトグラフで表したものが数多く並んでいる。
申し訳ないことに、わたしは上の倣いで言うなら、パリは洋画・・・が好きなのだ。
銅版画はもともとニガテで、山本容子以外はあまり関心がなかったりする・・・
それでもシャルル・メリヨンの『パリの銅版画』シリーズを楽しんだ。

パリの銅版画シリーズから 『プティ・ポン』 チラシ右上の作品。確かに小さい橋が架かっている。その下の川はセーヌだろうが、クルージングの川ではなく、生活川という感じ。パリ版ガタロ船が停留している。建物もえらく廃れている。川沿いの道路にも人が寝転んでいるし。1852年以降の作品と言うことだが、その当時のパリの状況はこんな感じだったのか。背後の教会建築は立派なのだが。

『屍体公示所』 うわ、という感じ。大都市には大都市の事情があるのだ。名も知らない所もわからない行路死者の引き取りのために開かれていたのだろうが。
なにやらグロテスクさと共に妙なコッケイさが画面に満ちている。
身寄りの者も果たしてここから死体を引き取って帰ることがあるだろうか。
ナポレオン三世の時代、パリは大改造されたが、庶民の生活向上はあったのだろうか。

アンリ・パトリス・ディヨン『アトリエの情景』  裸婦モデルを前にみんなわいわい。絵を描くより他のことに気を取られているようですな。

マネの版画もいくつかあった。『オランピア』『横たわるオダリスク』など。そういえばこれらの版画は長崎のハウステンボスも所蔵していたな。

『オペラ座の仮装舞踏会』 チラシ左下の絵。思えばコスプレと言うのは大昔から人々の楽しみだったのだ。日本では祇園の「おばけ」とかあるが。変身の楽しみは特にこんな場ではこたえられない喜びだったろう。そしてその情景を画家の眼と手は捉えている。都会でないと味わえない楽しみとして。

ドガのバレリーナの絵も像も、世紀末のパリだからこその作品なのかもしれない。しかし意外なくらい、彼の描くバレリーナたちは健全で、熱心だといつも思う。
一方、久しぶりにジュール・シェレのポスターも見た。これも踊る人を描いているが、なにやら展に召されそうな気配である。

アンリ・ブテ『パリの女』 これは多分ココットだろう。佇む女。街娼。
他に『舗道にて』という作品もあったが、こちらはスカートの腰が大きいバッスルスタイルで、なんとなく面白かった。

ロドルフ・ブレスダン『魔法の家』 家の玄関前に色んな動物たちがいる。どう魔法の家なのかがよくわからない。動物が多いのが魔法の現われなのか、それともこの動物たちは「使い魔」ではなく動物に変えられた人間たちなのか。(それなら中国の三娘子だ)

『死の喜劇』 森の中の泉。その風景全てに死が群がっている。木々も枝も木蔭も何もかもが骸骨で拵えられている。悪魔の影でさえも。しかしおぞましさも恐怖もないのは、これが『喜劇』と題されているだけに、どことなく妙に朗らかだからなのかもしれない。
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特集陳列を楽しんだ後は、常設を眺める。
いつ来てもなにかしら好きな絵が掛かっているので、いつも嬉しくありがたく思う。
ドニ『バッカス祭』、梅原『ノートルダム』、マティス『縞ジャケット』・・・
ロート『海浜』 これは見た覚えがない。キュビズムな女二人が交互になって海浜で休んでいる。レトロな水着の美人二人。

やっぱり近代が好きなのか、このあたりの作品を見ると、なんとなくほのぼのする。
ブリヂストンは平日も8時まで開館なので行きやすく、良い美術館だと改めて思った。

梅若伝説と幻の町・隅田宿

隅田川文化の誕生-梅若伝説と幻の町・隅田宿-
先月の東京ハイカイで手に入れたチラシに惹かれ、久しぶりにすみだ郷土文化資料館を訪ねた。去年の正月に『七福神と講談本』展を見て以来。
タイトルとチラシの絵だけでも期待が高まり出かけると、予想以上に充実した内容の展示が見れた。
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そもそも梅若伝説とは何か。
大まかに言えば、京都北白川の吉田の少将の子息・梅若丸が東北の人買い・信夫の藤太(浄瑠璃では「忍ぶの惣太」)にかどわかされ、都からはるばる東上させられた挙句、隅田川のほとりでとうとう儚くなってしまった。哀れんだ村人たちがこの少年を埋葬し塚に祭ったところ、その一年後に今や狂人と化した母親が偶然にもたどりつく。
回向する人々をかきわけ、塚の前で鉦を打つと少年の霊が一瞬現われ、やがて消える。
母・花子は子を亡くした悲しみに耐え切れず、庵を結んだ後、ついに入水して果てる。
これが基本の物語で、他に色々な肉付けをされた物語を今回はいくつか教わった。

隅田川流域が都人に知られたのは、やはり伊勢物語の「名にし負はば いざこと問はん 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと」の歌からではないか。
ここに隅田宿(すだのしゅく)があったというのは、源平時代の治承四年に初めて史料に出たそうだが、その宿も中世末期には消滅している。
江戸時代以降の繁昌ぶりはここではおくとして、その宿があったことでこの伝承も生まれたそうだ。

わたしが最初に梅若伝説を知ったのは高校生の頃で、月岡芳年の明治期の浮世絵からだった。梅若が悪人・惣太に虐待される情景を描いたもので、倒れこむ梅若の目つきに何とも言えぬ妖艶さを感じたものだった。
同時にその頃から歌舞伎と文楽に関心が生まれていたので、梅若ものや清玄桜姫ものに深いときめきを覚えるようになった。

今回、その梅若を祭った木母寺(もくぼじ。木と母で梅)に伝わる絵巻と、NY公立図書館スペンサー・コレクションからの絵巻や草紙類が、本物とパネルとで展示されている。(図録では論文もつき、かなり興味深い造りになっている)

これで興味深かったのは、梅若が主体の物語では山王信仰が背景にあり、母・花子の生誕から始まる二代記では山王信仰はないものの、説経節的な要素が多く込められていることで、どちらもかなり面白かった。
わたしが物語を再編するなら、どちらも混ぜて使いたいと思う。

展示では木母寺とスペンサー・コレクションの『梅若丸伝記』が本文・絵共に酷似している、と指摘があり、なるほどたいへん良く似ていると思った。
同一作者または同一工房での同一作業から生まれて分かれた巻物のような感じがある。
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チラシにも使われた絵は、それとは別系統の山王信仰が背景にある『梅若権現縁起』で、上は子を求め物狂いの姿で彷徨う花子の姿が描かれている。(チラシはこの次のシーンになる)
下の絵が『伝記』の方。

かなり『伝記』の話にハマッたので、ここに要約する。
文治の頃、甲斐の国の長者夫婦は子に恵まれず、御嶽権現に申し子する。玉のような花子を授かったものの、夫は十年後死去し、「この地を離れるな」と遺言するものの、郎党は去り、家財も失くした母子は窮乏し、母の郷里・美濃へ向うこととなる。
実直な従者・二郎の背に負われ山道を行く娘と母だが、旅の途中で二郎は死に、母子はホウホウの態で美濃にたどり着くが、既に知る辺はなくなり、立ち往生する。
結局人の勧めもあり、母は娘の花子をその地の長者のもとへ奉公に出さざるを得ない。
花子は長者を訪ねる客人の相手をするようになる。
都では富士山の絵を見たいと帝が思い立ち、吉田の若君に命じて送り出す。
長者の宿で吉田の若君は花子と歌の応酬をする。
若君を慕って泣き暮らす花子に業を煮やした長者が花子を叩き出す。
心狂う花子は彷徨って、糺の森にたどりつく。一方都に帰った吉田の少将は花子を忘れかね、糺の森へでかけ、二人は再会し、北白川の屋敷へつれて入る。
北野天神へ申し子すると、夢に僧が現われ、「咲きもせぬ梅の莟は何にせん」と言う。
梅若丸の誕生。しかし八年後少将は死去し、花子は息子の将来を慮り、比叡山にあげるが、やがて梅若丸は騙されかどわかされて、東国隅田川のほとりであえなく死去する。
塚に柳をとの遺言に従う村人たち。
一周忌の日に花子がたどりつくと、一瞬だけ梅若の霊が姿を見せる。
妙亀比丘尼となる花子だが、やがて入水して果てる。
花子は弁才天であり、梅若丸は塚の柳に由来する楊柳観音であった。

絵も綺麗で、物語もかなり面白く、見どころの多い絵巻だった。先に死んだ二郎の墓は土饅頭型で、行路で死ぬと塚になるのかとか、花子を叩き出す長者の手には箒が握られているとか、北野天神の夢に僧侶が現れるところは神仏混淆だとか、歌が既に梅若の生涯を暗示しているとか、花子は恋人と子供との別れで二度にわたり物狂いしていたとか、そんなことを色々思った。こちらの成立は享保元年(1716)以前。

一方の権現縁起は延宝七年(1679)安藤対馬守により寄進されたもの。絵もこちらの方が古様だが色の綺麗な作風。
ここでは花子の前半生より、梅若がどのようにしてかどわかされたかが主体となっている。以下、ポイントのみ。
日吉の申し子たる梅若は七歳で比叡山に登り、月林寺で養われる。歌を詠むと讃えられるが、それを東門院の松若丸に妬まれ、寺同士の争いに発展する。
梅若丸を守る侍も斬り死にし、一人で橋を渡る。この絵巻の梅若は稚児輪を結んでいる。
やがて川のほとりで打ち捨てられたとき、日吉のお使いたる猿たちが現れ、梅若の身体を撫でるが、復活はない。後に梅若は山王権現となる。

貴種流離譚はなぜこんなにも面白いのだろう。哀れであればあるほど感興が深まる。
お能の『隅田川』も歌舞伎の『隅田川』も共に哀れが深い。
亡くなった六世歌右衛門の班女は、出からして、観るものをその世界に引き込んだ。
この芝居を外国で上演すると、言葉は通じずとも、たいへんな感銘を観客に与えるそうだ。それはNYでもパリでも変わらない。(尤もフランスでは『俊寛』の芝居も大人気だそうだ。なにしろ島流しの話だからなぁ)

梅若ものの変移を見る。
大南北『隅田川花御所染』(通称『女清玄』)は実際の上演を見たことがなく、南北の脚本を読んだり、古い錦絵を見たり、歌右衛門が演じたときの記録写真を見ただけだが、これがまた大変にわたしの好む物語で、ぜひとも見たいと願っている。
化政期の誕生と言うだけで、どんなアクどさがあるか想像がつくというものだ。
わたしは南北と幕末の黙阿弥が好きなのだが、特に大南北の狂言にはぞくぞくする。
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この錦絵を見ただけでもときめくなぁ。
ここでの吉田の松若は(既に死んだ梅若の兄)、御家再興と言う自己実現のために手段を選ばぬ悪党でもある。その松若を追いかける清玄尼に執着するならず者・惣太、という三人の一方通行な関係の破綻が、この絵には暗示されている。松若のすぐ横に陰火が燃えているのがその証。ああ、惣太を勘三郎、清玄尼を福助、松若を三津五郎で見てみたい・・・!

ところで東北にウメワカという行事が今も続いていることを知った。VTRでその映像を見ると、花笠のなかなか風流な景色である。中世の匂いが残るような祭。
そして3月15日は梅若忌なので、この日に雨が降ると江戸では「梅若の涙」とも言うたそうだ。失われた江戸言葉ですな。
戦前までは木母寺も随分栄えていたらしい。江戸時代には特に著名な寺だったようだが、明治の廃仏毀釈でえらい目に遭ったようで、さらに戦争で本堂を焼失しただけでなく、戦後の防災整備のために移転を余儀なくされたそうだ。
だから先般、細見美術館やたばこと塩の博物館での近世風俗画展に出た江戸名所絵巻に描かれた梅若塚は、現在とは場所が違うのだった。

この展覧会は1/16まで。展示イメージキャラ・ウメワカくんが合間合間に可愛い姿を見せてくれるのも一興だった。

レオナール・フジタ展

上野の森美術館のレオナール・フジタ展に行く。
既に行かれた方々は皆さん絶賛されてるので、期待しつつ入る。
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ただ不安が一つ。皆さんは展示後半の晩年のフジタの宗教的作品を褒めてはるので、あんまり宗教に関心がないわたしではどうだろう、ということだった。
なにしろ先般の藤田嗣治展では晩年の作に、ある種のイタマシサを勝手に感じたりしてるしなぁ。
子どもらも聖女も、みんながみんな口を硬く噤んでいる。そのことに胸を衝かれているのだ。
とりあえず今回のわたしの目的は「猫の数を数えること」ということで、てくてく。

「すばらしき乳白色の地」誕生以前の、彩色の多い作品を見ると、いつも思うことがある。
なんとなく不安で、薄ぼんやりと暗いのだ。
恋人同士が寄り添ってくつろぐ絵を見ても、どことなく哀感がある。’60?’70年代初頭の日本の情景のような。作品が生まれたのは1910年代なのに、そんな雰囲気がある。
それでこうした作品を見ていると、あがた森魚の『赤色エレジー』がアタマの中を流れるのだ。リアルタイムにその時代を知らないのに、そんなイメージを持たされるのが不思議なところだ。

『風景』 1917年の風景。ハクサイのような街路樹が並ぶ。ある意味シュールな風景画。人物はパリの、都市に住む女たちなのに、風景は何故こんなにも田舎風なのか。
どこか実在の景色なのかそうでないのか。

いよいよ「すばらしき乳白色の地」誕生。
『二人の友達』 膚を曝した白人の二人の女が寄り添う・・・これはフランス風の愉しみを描いた作品だと眺める。クールベ、ロートレックも描いた歓びが、そこにのぞいている。
pluvier 柔らかなときめきを心のうちに隠しておこう。

二枚の『仰臥裸婦』がある。福岡市美術館の作品は完成品とその原型。『腕を伸ばした大きな裸婦』というタイトルがついている。
完成品にはシーツが優雅なドレープを見せ、足下には可愛い猫がいるが、原型は弓なりに反った身体がそこに浮かんでいるだけ。
しかし魅力的なのはこちらの方なのだった。
線描の美しさを堪能する。こんな線まで描くのか。目がそれを追う。そこが開くとレースかビロードか、どちらかの触感を感じさせる線があるのかもしれない。

『横たわる裸婦』 同じタイトルの作品が多い。タイトルに対してあまり関心を持たなかったかのように。四睡図のような作品が特に気に入った。女、猫、幼女、犬。みんなぐっすり眠る。寒山拾得と豊干、虎、彼らが一堂で眠る図を思った。

フジタの裸婦の膚はまるで杏仁トウフのようだと思った。撫でたい肌と舐めたい肌の差がそこにある。

今回の目玉は’92年に発見された大作。なんでも悲惨なくらいボロになってて、修復に何年もかかったそうな。
それを踏まえながら巨大な作品の前に立ったが、今はその修復の跡はうかがえず、絵だけを見ることが出来る状況になっていた。
まったくご苦労様です、本当に。

絵の部分部分はチラシや何かで見知ったようなところもあり、衝撃的と言うこともなかった。裸体男性群の筋肉には、ちょっと劇画風な感じもあった。これは日本のコミックが線描で構成されていることからの共通感覚なのかもしれない。
だから劇画のご先祖様ぽいのだ。
レスリングに見える闘争シーンは、目黒区立美術館の所蔵展で、そのプロトタイプを見たりしている。
面白いのは、ところどころにいる猫や犬。なんとなく和みます。これがボッシュだと地獄のウサギさんですか。
それにしても猫も犬もけっこう人間をよく観察しつつ、自分らは無関係な地点にいようとしているな。いいことだ。

そして『猫』 これはTakさんが数え損ねたと仰るので、猫好きなわたしとしてはいよいよ気合が入りますがな。26猫でした。みんな個性的。この猫たち、千露さんにも見せてあげたいなぁ。
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カニと戦う猫、タコをひっぱる猫、食いちぎった魚のアタマ、若い猫はみんな暴れてます。子連れの猫はちょっとそっぽ向いている。
しかしこの暴れる猫らのうち、3猫だけ口を閉じている。藤田の猫で口を閉じて小さく牙を見せているのは、ナマイキでカッコイイ系の猫なのだ。
配置良く三猫が飛ぶ。
別な『猫』絵では9猫いた。暴れん坊将軍な猫、いいなぁ♪

ここから時代が飛んで藤田嗣治がレオナール・フジタになった頃の作品が現れる。
アトリエの再現は興味深く眺めたが、そこにあるアトリエの模型、教会の模型にひどく惹かれた。それでその実物を見ると、要するにドールハウスなのだが、細部に至るまでよく手が入っていて、とても楽しかった。
こういうのを見るのが好きなので、かなり嬉しかった。

パリ市近代美のいくつかの作品は以前にも見ている。色んな仕事をしたり遊んだりする子供らの絵だが、彼らはほぼ全員が固く口を噤んでいるのだった。

『イヴ』 全て1959年の作。油彩はウッドワンのそれが出ている。これらの絵を前にして思ったことは「きれい」この一言だった。
それでわたしがこのイヴがどう「きれい」なのかを説明するのは、誤解を招くかもしれない、と思った。つまり’70年代の女性マンガ家が渾身の力で描ききったカラー原画の絵と同じ「きれいさ」を感じたのだ。
わたしがマンガ好きだから感じたことなのかもしれないが、このイヴにはそんな魅力を感じた。

1960年代の宗教画はフジタがいかに本当のフランス人になろうとしているか、その努力を見ているかのようで、なんとなくつらくなった。
若い頃の楽しそうなC'est tel la dissipationがすっかり消え失せて、敬虔な信者としての姿を作品の中に嵌め込んだりしているのは、どうなのだろうか。
わたしはなんとなく居たたまれないような感じがした。

しかし磔刑のキリストの顔は美青年だとか、聖女マルタは美人だとか、ノアの箱舟に乗った動物たちは変に朗らかだとか、そんな感想は秘かに持っているのだった。
特に『サロメ』は興味深く眺めた。
このサロメは他の画家の描く姿と違って、服をきちんと着こなしている。どちらかと言うとビザンチン風の服に見える。
それが一心不乱に盆上のヨハネ(ヨカナーン)の首をみつめている。
ただしそこには恋情も執念も達成感もなく、ただただひたむきにみつめる、行為そのものが描かれているように思えた。
このサロメはワイルドの小説のサロメではなく、聖書の中の、名を持たない娘なのかもしれない。

色々と見るべきものの多い展覧会だった。

数奇者・益田鈍翁 心づくしの茶人

先月、三井記念美術館で『森川如春庵』展を見て、益田鈍翁の交友の楽しさを感じたところだが、日をおかず畠山記念館で鈍翁の展覧会を見れて、幸いだった。
畠山即翁の美意識や交友にもかねがね関心があったが、近代の茶友連の元締めたる鈍翁の展覧会がここで開催されて、色々楽しめた。

毘沙門堂と名づけられた茶碗のよさは、正直わたしにはわからない。しかしこの茶碗にまつわる一篇の物語は、たいへん面白かった。
既に老齢に達し、長男太郎に家督を譲ったから、欲しいものも買えないと嘆息する翁。
(なんでもかんでも買うてたら、家の滅亡が来ますよ。それでなくても息子は益田太郎冠者なんだし)
そんな鈍翁を招く茶会を開く即翁。
この地・般若苑を元の地主より買うて、そこでとりあえずの茶席を設けたのは、老齢の翁を慮ってのことだと言う。
即翁はその席で、鈍翁が手に入れられなかった茶碗を使う。
鈍翁はそのことに大変喜ぶ。
とてもいい話だ。
後日の礼状を読んでも、嬉しさがそこに滲んでいる。
瓦解前は福沢諭吉の下で学び、アメリカにも渡り、ご維新後は武士を棄ててアッサリ商業の道へ進んだ、言えば海千山千のショーバイ人たる益田孝だが、近代茶の湯・中興の祖たる益田鈍翁は、後世の我々から見ても、とても可愛げのあるお人だった。

姪御さんの結婚お祝いの和歌などにも、素直に嬉しい気持ちが現れている。
今回の展覧会では即庵とのつながりがメインなので他の茶人との交流は少ないが、年表を見ているだけでも面白い。
近年では三井の如春庵展のほかに、’05年秋に湯木美術館で「鈍翁と耳庵の風流」があった。
それだけでなくあちこちで見かける展示品の来歴・由来などを調べると、やっぱり行き着くのは鈍翁なのである。(無論、もっと前は大名家や寺院などに始まるのだが)
あの佐竹本三十六歌仙絵巻断簡事件も鈍翁が主体的に動いている。
(近年知ったことだが、江戸時代の学者・木村蒹葭堂によれば、あの絵巻は元は下鴨神社に伝わっていたとか)

いいお茶碗や素敵な反りを見せる茶杓、味わいの深い棗など・・・見るべきもの・楽しむべきものが寄り集まった展示。
中でもに気に入ったものは『砂張三象花入』。これはアジアゾウが三頭集まった造りで、とても可愛い。こんなの他に見たこともない。
それで鈍翁がこの象さんの花入れを手に入れたことを寿ぐ如春庵の手紙がなかなか面白かったが、ちょっと形容に問題があるので、ここでは書写できない。しかし面白かった。
今では畠山記念館の所蔵品だと言う。生憎絵はがきはなかった。

楽浪古材香合 名取川写し 楽浪と言うから昔の朝鮮の楽浪郡のことかと思ったら、やはりそうだった。こういうときは却って英語の説明文の方が理解が早い。
箱裏に金波が描かれている。波は名取川のそれなのか。名取川は仙台の方の川らしいが、どういう由来があるのかは、知らない。能にも同題のものがあるが、そこからのものかどうかも知らず、写しと言う以上は本歌もあろうが、それすら知らない。
己の不勉強を叱咤すべきですね。

他に面白かったのは、遺訓。息子たちに三井家への恩を忘れるなと言った内容のことを遺している。
さっき挙げた長男の太郎は、益田太郎冠者のペンネームで、
♪今日もコロッケ明日もコロッケ ・・・
この歌を作ったり、帝劇で戯作者もしていた才人だった。
大茶人の息子は、ヨーロッパ仕込の明るいコメディー作家だったのだ。
わたしはなぜか鈍翁より先に、息子の名の方を知っていた。

現代版・福富草紙みたいなのがある。実録ものを可愛い挿絵と軽妙な文章で記した絵巻物・布き冨草紙。これはかなり笑えたし、鳥獣戯画のパロディのようでもあって、楽しかった。
肥え太った猪が如春庵、烏帽子を被った小猿が横井三王として書き表されてるが、機嫌よく眠る姿が可愛かった。

最後に鈍翁の和歌屏風から。
月も日も おのがすむ世も まろければ 我心もまた これにならはむ  雲外叟 八十年前三歳童子

いいものを見せてもらい、嬉しい展覧会だった。
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師走を駆け抜ける

2008年度もいよいよ大詰めと言うことで、今年最後の東京ハイカイツアーに出かけた。
今回はマイレージが貯まっていたので、それを使っての飛行なのだが、いきなりとんでもないことに!・・・白土三平風に言うなら「懸命な読者諸君は既にお気づきのことであろうが」・・・やっちまった。マイレージカードを持たずに空港に来たのだ。
慌てたよ。でも、本人確認でパスポートの写しがあったので、なんとか乗れました。
皆さん、マイルで飛ぶならマイレージカードは必需品です!←実は二度目なのだった・・・
展覧会の詳細は後日に廻すとして、とりあえず概要を。
畠山記念館のあと、浅草へ向った。例のアサヒビールの泡立ちをイメージしたビルの隣の区役所でキノコうどん食べたら、意外なことに関西風のダシの効いたおうどんで、けっこうおいしかった。しかし強風で、本当は隅田川の堤防の上を歩きたいが、やめた。
防波堤の上に立って・・・濱田省吾にはなれないわたし。
こちらは懐かしの『750ライダー』ポスター。懐かしくて涙ぐみそう・・・
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おなかいっぱいになったので、言問団子は諦めた。
すみだ郷土文化館で謡曲『隅田川』の絵巻などを眺める。これがかなり面白かった。
はっきり言うと、中世の物語が好きで、絵巻物を愛好する人ならば、是非とも行くべきですね。
本も良かったけれど、まだ歩き始めなので、買うに買えなかった。残念。
もう咲いている梅。IMGP5301.jpg

そこから銀座線で上野に出たら、強風で銀杏の葉が舞い舞いし、わたしも一緒に飛びそうになった。飛んで寛永寺のてっぺんに引っかかっても面白いかもしれない。
まあそれは避けて地を這うように歩いて、子供図書館で再び童画展を見て、てくてく歩くと、日本芸術院が開いてはるやないですか。中に入るのも十年ぶりくらい。
ああ、伊藤清永や鬼頭鍋三郎らの絵があった。好きな画家の作品にいきなり出逢えて、嬉しかった。ここは開いてることも閉めてることも宣伝しないからなぁ。
上野の森ではフジタを見た。猫の数など数えたりしてから、機嫌よく外に出たら大雨。
上野の森と隣接の複合ビルを階下へ下ると、まっすぐ道に出れたので、それはそれでいいか。次に京橋のブリヂストンなのだが、明治屋口で立ち往生した。
雨は激しいわ、方向感覚が狂うわ、関西より暗くなる時間が早いわ・・・ちと困った。
でもまぁパリの風景とか見てから、今度は渋谷へ向った。昔は銀座線は3階なので途中から半蔵門線に乗り換える人が多かったが、今は新線もあるので、客足は変わらない。
渋谷では仕事関係のオジサマ方とお会いして、道玄坂の四季善とやらに出向く。なかなかおいしうございましたわ。生カキもアレルギー反応見せなかったし、どうやら治ったみたい。よかった。
これで冬の楽しみが増えたわ。


翌日。ついについに三の丸尚蔵館に入った。これまで何度も迷ってたので諦めてたが、いけてヨカッタヨカッタ。パレスホテルを目印に歩いたおかげなのだが、そのパレスホテルも終りだと言うので、かつての姿や歴代ドアマンの制服などの展示を見た。
早稲田の演博に行くが、本当に一面黄色い世界。銀杏の美。
早稲田から野間まで歩く。あの細く狭い階段をあがるのも、けっこう楽しいもんです。
野間から本郷へ出たが、ここで厭なものを見ちゃった。スープの中に虫がいる。店員にそっと教えると、鍋を変え、汁を捨てて具材も廃棄してた。誠実さはあるけど、次に行くのはちょっと難しいかもしれない・・・
IMGP5299.jpgマンション玄関のトラ。

文京ふるさと歴史館へ。こちらも食べ物続き。やっぱり区立の資料館系はいずこも面白い。
山種に行き、そこからてくてく歩いて、国立劇場へ。
演芸場の見世物関係のビラが目当てだったが、国立の伝統文化情報センターの企画が面白かった。
竹橋の近美を経由して、国立新とサントリーのピカソを眺める。
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作品数も多いが、人出も多かった。
ミッドナイト東京の素敵なライト。クリックしてください。
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ここでホテルに帰ったが、実は晩御飯について話がある。
前日、仕事関係のオジサマの一人から中華街の中華まんとチャーシューとを貰った。
・・・・・たいへん困った。だってわたしは二泊三日で、持ち歩くのも重たいのよ??
豚マン3ケあんまん3ケ。困りました。
しばらくして思いついたのが、ホテル備付けの電熱器とポット。ポットの中に水を入れ、半分に割った中華まんを紙コップに入れて、蒸しあげる、むらす。
これでおいしくいただきました。
ホテルの部屋で一人豚マンをぱくつく女・・・晩御飯と朝食と。
夕焼けでも見よう。
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最終日は八時の逗子行きの快速に乗り、鎌倉へ出て清方を見て、横浜に出た。
新聞の付録展を見てから東京へ戻る。庭園、丸紅コレクション、アーツ&クラフツを見てから羽田へ向う。次は二月末か三月初頭の予定。
とりあえず師走のツアーは終り。靴が悪くて右のアキレス腱が痛んでるけど、大丈夫と言っておこう。

三宅凰白の作品

先日、山元春挙旧邸の記事を挙げた際、三宅凰白の絵を紹介したところ、見学の際お世話してくださった凰白のご子息の方が、わざわざ絵はがきと、そしてなんと直筆の短冊とを下さった。まことにありがたいことである。本当に嬉しい。
そこでわたし一人が楽しむばかりより、辺境とは言えここで挙げるのも一興かと思い、記事にすることにした。
どうかお楽しみください。

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この絵は八坂神社収蔵で、祇園祭の頃に表に出るそうだ。
洛中を描いた屏風、夏の心地よげな庭、ちんまりとした美しさを見せる祇園祭の稚児。
彼は神の依り代なので、尊い扱いを受けている。
この絵は’94年の京都近美リーフレットの表紙を飾ってもいる。

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これは変わった描き方をしている。瀧の向うに不動立像があるが、どことなく不思議な存在感がある。

『海金剛の漁婦』 これも少し不思議な感覚の絵。どこの国かもわからないような・・・
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『琉歌』 今現在滋賀近代美術館で展示中だと言う。21日まで。
美しい琉球婦人が蛇皮線を爪弾きながら秋の野に座している。
こういう絵を見ると、南国文化の雅さを感じるのだった。
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そして短冊。これは和唐内を描いたもの。国姓爺合戦。きりっとした役者絵でもある。
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わたしがこんなものをいただいてよいのだろうか、と思う一方で嬉しくて仕方ない。
本当にありがとうございました。

もみじの季節

しばらく日本画の記事を続ける。
もう12月に入ったが、紅葉は今が最盛期という感じがする。

自分の眼で見た紅葉と、他者の目と手とを通じて眺める紅葉。
12月の今がいちばん紅葉のきれいな時季かと感じるのは、京阪神に住んでいるからだろうか。
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吹田草牧『醍醐寺泉庭』 京都国立近代美術館でついこの前まで展示されていた。
醍醐寺にいったことがないのでよくわからないが、これは果たして現実の情景を描いたものなのだろうか。80年前の絵と言うより今の作品のようなシャープさがある。

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佐藤太清『秋容』  実際こんな情景を松花堂で見た。可愛い小禽がいて、落葉で遊んでいた。
真っ赤一色だけではなく金色のアクセントがあるからこその赤。
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山口蓬春『錦秋』 狂うような紅葉の山に一羽の小禽がいる。
鳥が啄ばむのに甘い花の匂いがするのだろうか。

平八郎の紅葉は緑や黄色の混ざり具合が良いとおもう。松篁もまた。
いい絵は他にも多い。気に入った秋の絵を探しに行こう。

女性画家の大阪

12/7まで大阪市立近代美術館(仮)で「女性画家の大阪」展が開催されている。
「美人画と前衛の20世紀」という副題どおり、多くの美人画と現代の前衛作品が並んでいる。わたしは前半の美人画にしか関心がないので、申し訳ないが前衛はパスした。
大大阪と呼ばれた時代、大阪では女流画家を歓迎した。
京都画壇とは異なり大阪では女が絵描きで生きてゆくことを許容し、応援もした。
これまでにも大阪の女流画家についてはいくつか記事を挙げているのでそちらをご参照ください。
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「浄瑠璃船」を描いた木谷千種は大阪女流画家の代表格で、塾も大きかった。
情緒纏綿たる画に惹かれ、なんとも言えずよい絵だと眺めた。
遊楽気分が溢れたこうした作品を見ることが出来るだけでも嬉しい。
画面右下の船には丸い黒緑の物体がいっぱい乗っかっている。
これはスイカ。シマシマなしスイカ。隣の籠にはマクワ瓜。庖丁が見えているから、その場で切ってくれたのをシャクシャク食べるのだ。
夏の楽しみがここにある。

石田千春 鬼ごっこ mir984-1.jpg
 今の子供はどうだか知らぬが、わたしは子供の頃よく鬼ごっこをした。色々ルールや設定を拵えて、それで懸命に遊んだ。
友人に聞くと、やっぱりそこはそこのルールがあり、似ているが微妙に違ったりして、なかなか興味深かった。
この絵では目隠し鬼をしているらしい。わたしはこれまで一度も目隠し鬼をしたことがない。「小さい秋見つけた」の歌の中で「目隠し鬼さん手の鳴る方へ」と言う歌詞があるが、それも長く意味がわからなかった。
赤足袋を穿いた少女たちは大正時代の子供と言うより、もっと前代の子供らに見える。
室町から寛文くらいまでのようにも見えるし・・・

高橋成薇 秋立つ 令嬢が野に立っている。色の配置が綺麗だった。着物も肩から膝まで臙脂色で裾はぼかしの切り替えの先に白地に柳燕の柄。
背景は薄い灰青色でまとめられた桔梗、裾には色の濃い芥子。
綺麗な絵だった。
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色々見て回ったし図録も買ったが、いい絵は他にも多かった。こういう展覧会をこれからも見たいと思う。
しかしこの美術館の先行きは一体どうなるのだろう。
今日大阪市は20年来の計画をとうとう遂行するとか言うてたが、中之島のダイビルの隣のあの地にホンマに作れるのか。いっそこのまま「仮」のまま、元の心斎橋の出光の跡地で続いてくれる方がアシは楽だが。
明日から首都圏にいるので、コメントなどへのお返事は遅れます。記事だけは先に挙げておきますのでよろしく・・・

「仏の形・心の姿」と青銅器

泉屋博古館で12/7まで『仏の形 心の姿』展が開催されている。
副題に『東アジアの仏教美術』とあるとおり、中国、朝鮮、日本の仏像関係が集められている。
仏像がニガテなくせによく見に行く気になったものだが、いつまでもニガテニガテではどうにもならない。折角チケットをいただいたのだから好きなものをみつけよう。
友人がちょっと心配そうな目でわたしを見ているが、とりあえず見に行こう。
画像はこちらでご覧下さい。
1.中国・朝鮮の金銅仏
鍍金の様々な仏像があった。特に気に入ったのは六朝時代の有翼獅子像など。
これは仏教の守護としての獅子ということよりも、文明の流出と融和の果てに生まれた存在として、眺めている。

2.中国朝鮮日本の仏具・金工品
さすがに奈良博の所蔵品が多く来ている。独鈷鈴があった。ちょっとした感慨にふけった。
仏具にときめくとかそういうのではなく・・・実のところわたしも友人も、マンガの『孔雀王』を思い出す世代なのだった。あれは仏具ではなく武器だったなとかそんな。

3.仏舎利容器と仏塔
法隆寺百万塔・陀羅尼経を見るのはいつ以来か。
唐代の鍍金舎利棺、形そのものに感心した。緑青を吹いた綺麗な棺。ちょっと幌馬車に似ている。しかし世界各地に広がる仏舎利、集めると一体どんな骨格が・・・

4.平安から南北朝の木彫佛
木彫毘沙門天立像 今回のメイン。すっくと立つ姿のしなやかな強さもかっこいいが、足元で踏みしだかれている邪鬼が可愛いのなんの・・・「はぁぁぁ(ため息)」みたいな顔つきがいいのだ。大体どの神像も本体より足下の邪鬼の方がいい味を出している。

木彫南無聖徳太子像 三歳の像だが、随分きつい眉目をしている。・・・それにしても今年はよくよく聖徳太子と縁がある年だ。

5.僧侶の持ち物
払子や数珠や如意などがあった。こちらは時代が新しく明?清代のものばかりだった。

正直なところやっぱりよくわからないが、それでもなんとなく気に入った作品などがあったから、よかった。

ところでこの泉屋博古館は中国青銅器のコレクションで有名。
だいたい関西には中国青銅器の名コレクションが多い。ここ、白鶴、奈良博の坂本コレクションなどが有名だが、一般公開しない個人コレクションも多い。

サザエ堂のような構造の展示室で好きな青銅器だけを見て歩いた。
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基本的には商代(殷代)の饕餮文がついているものなら何でも好きだ。
蝉文も可愛い。形がミミズクのも好きだ。なんだか可愛くて仕方ない。
西周から春秋戦国まではまだ面白いが、前漢になると、あんまり面白くなくなる。
トラが人を噛む像が有名なのだが、噛むのではなく守っているのだと言う解釈もあるらしい。
・・・でもやっぱり「噛む」でしょう、これ。
ここには古代の鐘のセットがあり、それを打つ音が録音もされている。
ボタンを押せば再生されるので、なかなか楽しめる。
打つ部位により音の響きが異なるのも面白い。
楽しい気持ちで眺めたが、思えば青銅器と言うのも不思議な存在だ。
結局仏像を見に来たと言うより、いつもの通り青銅器を心ゆくまで眺めることになった。
いい季節に青銅器を見れて、楽しかった。

12月の予定と記録

早くも師走ですね。
毎年12月はなるべく蟄居しようと思うんですが(遊びに行くことになぜか罪悪感を感じるから)←ええお人柄やなぁ。(どこがや?)
・・・ひとりボケひとりツッコミはやめて、とりあえず予定をあげます。
今年最後の東京ハイカイは12/5.6.7です。
ちょっと先ですが1月はシンガポールに行くのでおとなしく暮らし、東京は2月以降になる予定。

畠山記念館  数寄者 益田鈍翁 —心づくしの茶人
すみだ郷土文化資料館  隅田川文化の誕生?梅若伝説と幻の町・隅田宿?
上野の森美術館  没後40年 レオナール・フジタ展
国際子ども図書館  童画の世界?絵雑誌とその画家たち
講談社野間記念館  講談社の 出版文化資料展
文京区ふるさと歴史館  博物館で見る?ぶんきょう食の文化展?
ブリヂストン美術館  都市の表象と心象
出光美術館 やきものに親しむVI  陶磁の東西交流
宮内庁三の丸尚蔵館  帝室技芸員と1900年パリ万国博覧会
東京国立近代美術館  沖縄・プリズム 
山種美術館  琳派から日本画へ
演芸場資料室 見世物
国立新美術館  巨匠ピカソ 愛と創造の軌跡
サントリー美術館 巨匠ピカソ 魂のポートレート
泉屋博古館分館  日本の書跡
東京都庭園美術館  1930年代・東京 アール・デコの館(朝香宮邸)が生まれた時代
汐留ミュージアム  アーツ・アンド・クラフト展
損保ジャパン東郷青児美術館  丸紅創業150周年記念 丸紅コレクション展?衣裳から絵画へ 美の競演?
早稲田大学坪内博士記念演劇博物館  没後50年 三好十郎記念展
三世坂東三津五郎展
太田記念美術館  源氏物語誕生1000年記念 浮世絵の中の源氏絵
世田谷美術館  山口薫展 都市と田園のはざまで
神奈川県立近代美術館・鎌倉館 冬の所蔵品展示 1910-1930年代の日本近代絵画を中心に
鏑木清方記念美術館  清方生誕130年記念 清方の芝居絵

松園・松篁・淳之?芸術家を育んだ京の町?12月15日 
京都市美術館  コレクション展 第3期 ふたつで一つ
京都市歴史資料館  京のかたち 大京都の時代
京都大学総合博物館 シルクロード発掘70年 ?雲岡石窟からガンダーラまで ?

INAXギャラリー大阪  考えるキノコ ?摩訶不思議ワールド?
大阪くらしの今昔館  第1回 今昔館のあゆみ
大阪府立現代美術センター  20世紀大阪の風景・美術・文化展 12月10日?12月25日
司馬遼太郎記念館 『街道をゆく』司馬遼太郎が歩いた東京?12月14日

関西学院大学博物館 本に貼られた版画 蔵書票の美 ?12/20
神戸市立博物館 神戸と兵庫のモダニズム 川西英えがく『兵庫百景』を中心に 12月20日?
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