美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

加山又造展をみる

どういうわけか、上村松園、松篁、加山又造のお三人だけは口にのぼせるとき「さん」づけをする。
曰く「又造さん」の猫と牡丹、ええなぁ。「又造さん」の女は誰を見てるんやろう・・・
「又造さん」亡くなってもぉ五年とはウソみたい。

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ようやく、加山又造展に行けた。
国立新美術館での回顧展。随分待っただけに、いいものを見せてもらえた。
箱が大きいので、又造さんの大きな絵も伸びやかに展示されている。
朝の早い時間に行ったから、少しはゆとりを持ってみることも出来た。
出迎えてくれたのは、1978年制作の雪月花それぞれ。
そのうちの「雪」がチケットに選ばれている。
展示換えされた作品に会えないのは残念だが、それでも不満を感じることはない。
又造さんの絵を見ることが出来る、それが純粋に嬉しい。

展覧会通いをする以前から日本画を愛していたので、又造さんの絵には親しみがあった。
わりとリアルタイムに見だしたのは、やはり’80年代後半からだろう。
その頃にはもう現代の琳派と言った趣があった。
華麗で繊細な世界。その優美さにときめいていた。
だから初期の作品には少しばかりのニガテさがある。
順を追って眺めることになるから、ニガテなどと言っていられないのだが。

‘50年代は又造さんの修行時代、あるいは遍歴時代とでも言うべき時代らしく、兄貴分の横山操の影響を受けたり、ルソー風なもの、ブリューゲル風なものが多かった。
動物が好きだというのは知っていた。画題にそれが多いのからしても想像がつく。
月と縞馬  縞馬のシマがメタリックに見える。有機物としての縞馬ではなく、サイボーグなシマウマ。そのシマは肉や皮を彩るものではなく、鋼鉄製のつながりに見えた。

狼  背後の冬山と柵のようなものが横山操風の厳しさがある。京生まれの人がこんな絵を描くのか、という驚きもある。瞽女さんの語る風景またはじょんがら節の流れる平原。
狼はウォウォ吠える。歯が牙だと言うことを知る。

冬、と題された二枚の絵。一枚はブリューゲルの世界を思い起こさせ、もう一枚は寒鴉のいる風景。白い枝に真っ直ぐ捉まり、うなだれる鴉。ものを言うことのない存在。背景のXXXといった書き込みは和紙の皺のように見えた。

‘60年代からの屏風絵を見る。
'93年、高島屋で『加山又造中国巡回帰国記念展』として屏風絵ばかりを集めた展覧会が行われた。そのときに見た作品が多く並んでいた。
当時わたしは又造さんの裸婦に惹かれていた。
素描集なども見ていたし、澁澤のエッセイの挿絵にもときめいていた。
そんな頃だから、この屏風絵展をあまり良いとは思えなかったのだが、それでも図録を買って帰った。買ったときに後悔したが、それから16年後に実物に再会してときめくとは、思いもしなかった。
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華扇屏風  これはそのときにもひどく気に入り、横長の絵はがきを購入している。
金箔ではなく銀箔の背景に扇面流し。描かれた花の華麗さにも深く惹かれた。
牡丹から白梅まで十枚の花扇のうち、バラとポピー以外は伝統的な和花だった。

天の川  天の川の下に満月と銀の川と緑の花の岸がある。月は波に飲み込まれる。バッタがいた。不意に謡曲『竹生島』を思った。月兎がいそうな雰囲気がある。

七夕屏風  半月は川に落ちる。しかしこれは月の影なのだろう。本当の月は上空にあり、自分の影を見下ろしている。
岸には金土に笹、緑苔がある。青いものが少しのぞく。
こうして眺めると、女の脱いだ着物のようだ。
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裸婦の屏風にたどりついた。
裸婦習作(黒いレース)  山口小夜子風な女。
裸婦習作(白いレース)  水着の痕がくっきりする。肉の在り処がはっきりわかるような絵だと思った。
白い薔薇の裸婦  露わすぎると、ときめきはない。

黒い薔薇の裸婦  この裸婦四態に深く惹かれている。艶かしいレースを身体にまといつかせる裸婦。完全な裸体を曝すよりも、こうした一枚の薄いレース越しに眺める身体に、より深い官能性がある。
以前から思っていたがこの裸婦は芳村真理に似ている。近くで見れば青いアイシャドーが少し滲みすぎている。しかしそんな些細なことはどうでもいい。
日本の裸婦画でこんなにも純度の高い官能性を湛えた裸婦は他にいないだろう。

はなびら、はなふぶき。二つの裸婦群像屏風。薔薇の裸婦たちから十年後の裸婦たちは、女ではなく少女の域に留まっているように見えた。
どちらかと言えば日本画と言うより、牧美也子の描く少女たちに近い。

ペルシャ猫のシリーズがあった。嬉しくて仕方ない。
ここにあるのはメナード美術館の母子猫と、個人蔵の猫。
しっぽもふとぶととした可愛い金色の猫。
又造さんは秋野不矩にペルシャ猫のきょうだいをプレゼントしたそうだ。
その猫は可愛がられ、多くの絵になっている。
サザエさんの長谷川町子も又造さんの絵が好きで、猫の絵を手に入れるまでの面白いエピソードがある。

夜桜  これは道成寺の夜桜なのだった。篝火は金の炎を上げている。全てを見ていた桜。女の妄執も男の怯惰も。それを見据えた果てにこの桜は美しく咲いている。

秋草  丁度「花と緑の博覧会」が開催された頃、この絵が散らしに使われた展覧会があった。本当に綺麗だった。今こうして眺めると、秋草が記号化されていることに気づく。
女郎花はピラミッド型、ススキは噴水型、当然ながら桔梗・竜胆は星型である。
なんとなくそのことが面白い。

水墨画にきた。’93年の展覧会のとき、うんざりしたものが、16年経つとこんなに素敵に見えるとは、我ながら不思議だ。この水墨画の良さをわたしが感じるまでに、16年もの歳月が必要だったのか。

啼  これを見て「虚無へ向う叫び、呼びかけ」というイメージが浮かんだ。それは何かと言えば、諸星大二郎の描くヒルコが呼びかけた闇なのである。

凍れる月光  あの当時この絵の前に立つことがイヤだった。たぶん怖かったのだろう。
しかし今は何とも言えず惹かれるものを感じる。
これはある種の極地を描いた作品のようにも思えてならない。

倣北宋水墨山水雪景  やはりこれはニガテなままだった。しかしそれはそれでいいと思う。

又造さんの絵画以外の仕事を見る。
祇園祭りの見送りや、その時期に展示される団扇の原画などは親しいものだから、なんとなく嬉しくもある。
振袖も以前どこかで見たが、これは正統派の美しい図柄だと思うものが多い。そこらあたりはやはりもとの育ちから来ているのだと思う。
アクセサリーで素敵なものを見た。
はなびら  メタリックな美に満ちたアクセサリー。これを身に飾ってみたい・・・

展覧会には挿絵の仕事はなかった。
澁澤龍彦『玩物草紙』の挿絵を又造さんは担当し、シャープで、そのくせ艶かしい作品を
描いていた。
その原画をいつかどこかで見てみたいと思う。

展覧会はもう終末を迎えている。行けて本当に良かった。
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ポワレとフォルチュニィ

庭園美術館で素敵な展覧会を見た。
ポワレとフォルチュニィ。
20世紀初頭、根底からファッションを変えたデザイナーの名前。
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わたしは1890年代から30年代を愛している。
就中、1920年代への偏愛は強い。当然ながらその時代の風俗にも深く惹かれている。
それまで鎧にも等しいコルセットを嵌めていた身体からそれを外し、外態そのものがスレンダーな形の服が生まれ、愛されたことを「すてき」と思って生きてきた。
もし叶うならこんなスタイルをしてみたい、と思うこともある。

服は再現ではなく、その時代のものをアールデコの館に集めてきていた。
無限の襞が織り成すドレス。それを収める円形の箱。
ドレスのサイドはトンボ玉で止められる。トンボ玉は連なっている。
一筋一筋の襞を目で追う。プリーツは光の道としてそこに活きる。
サテンによる無限のドレープ。
・・・セパレートならわたしも着る資格があるかもしれない。

中近東からアジアへの興味が制作に反映する。
夜会での愉しみにこうした趣向が生まれたこと自体に、ときめく。
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ファッションプレートも一室全てを飾っていた。
ジョルジュ・ルパープの絵。これらを眺めるのも楽しい。
こちらのサイトにはルパープ、アンドレ・マルティらの作品がある
日本の抒情画と共通する喜びが、彼らの作品にはあった。

こうしてみると、わたしはレトロな、モダンアートが好きだということがはっきりわかる。
それだけにポワレ、フォルチュニィのデザインした自由なモードに幻惑され、くらくらするばかりだった。

フォルチュニィのデザインした絢爛たるコートを眺めるうち、その図柄に覚えがあることに気づく。
獅子狩文錦、高僧の袈裟、掛軸の上下・・・
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たぶん、影響されているのだろう。

アールデコの館は建物そのものが一個の芸術品なので、どこを見ても揺ぎ無い美が生きている。
頭部のないマネキンがそれぞれにふさわしい部屋に佇む光景。
それを楽しむことが出来るのは、その衣裳を着ることのない我々。
不思議な面白さを感じた。

「ポワレの創作したハイウエストのドレスは、ナポレオン時代のそれから発想を得ましたが、元は古代ギリシャへの憧憬から生まれたものでした」
ナポレオンの時代のファッションリーダーはジョゼフィーヌだった。
髪型も装飾も衣裳もある日いきなり彼女が「変えてしまった」のだ。
夜会にいた男たちや老人は眉を顰め嘲ったが、次の夜会では女たちがみんなそのスタイルに身をやつしていた。
このエピソードがとても好きだ。
そして、当初はその斬新さを躊躇われ、室内着にされていたフォルチュニィのドレスが世界を席巻する。
とても刺激的な時代の、刺激的な話。

行き着くところまで行き着いてしまった今の時代に、この展覧会が開かれたことをただただ喜んでいる。

小杉放菴と大観ー響きあう技とこころ

出光美術館で「小杉放菴と大観ー響きあう技とこころ」展が開かれている。
’98年の春、大阪の出光で回顧展を見て以来、ずっと待っていた。
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そのときには「金時遊行」がチラシとして現れたが、あいにく今回は出ない。 
しかし金時の愛らしさは他でも見ることが出来た。

<小杉放菴の生涯>
第1章 洋画家・未醒時代
大酒を師匠の五百城文哉に窘められて、却って未醒と自ら号したほどだから、面白い。
号は未だ醒めやらず、と読むべきか。酔生夢死を想っていたのかもしれない。
しかし絵の方は大変丁寧な描き方で、師匠と同じ画題「日光東照宮」を見事に描きあげている。
ただしやっぱり「明治の絵」と言う趣があるが。

ここにはないが、東近美にナビ派ぽい洋画作品がある。それがわたしにとって「小杉未醒の描く洋画」なのだった。
シャコンヌの壁画に憧れて欧州へ渡った未醒は、ノックアウトされノビた先で、池大雅の名品を見た。
それが後の放菴への萌芽となるのだが、それでも若い頃はマティスにも惹かれたらしく、その影響を受けた絵を描いている。
スペイングラナダ娘 マティスの影響下にあった頃の作品。遠目からでもそんな色調だった。原色の歓び、それを彼も表したかったのだろう、と思った。

第2章 日本画家・放菴時代
日本画に移ってからは南画風な趣も加わり、のどかな気持ちになる作品が生まれだす。
南枝早春 丁度今の時期にそぐう作品。南枝とは梅のこと。柔らかな日差しと共に、風の冷たさを少し感じる。奇岩と白梅と啄木鳥。

金時 本当に可愛い。お孫さんをモデルにしたり、自分の幼少時を思い出して描いたそうだが、ここには純粋に愛情がある。
にこにこした金時のほっぺた、動物・・・のんびりした楽しさが感じられるこの世界は、手放せない魅力に満ちている。
山桜も咲いて、この幼いものを温かく見守っている。
日長如少年 山静似太古  放菴の詞は静かで優しい。

今回六歌仙のうちから小野小町と喜撰法師が出ているが、数ヶ月前にここで業平を見た。元・阪神タイガースの広沢選手に似たニコニコした人が座る絵で、天下一のイケメンではなかったが、いい感じの人に見えた。
この小町もそんな美人ではないが、わるくない。ふくよかな良さがある。

荘子 鯤や鵬のことを想う姿を描いているらしい。夢見るおじさんにしか見えないが。
胡蝶の夢からはまだ醒めていないらしい。

河童の絵があった。河童と言えば小川芋銭や川端龍子に水木しげる。
芋銭を懐かしんで描いたそうだ。どことなく甲羅が甚平さんを着てるよな風情。

第3章 壁画に込めた祈り
数年前、東大を訪ねた。安田講堂の前に立った。あいにくここでの歴史的な状況は、目の当たりにしていない。
中に入ったのは開いていたから。中にいた人に放菴の絵が見たくてと告げると、快く見せてもらえた。
撮影もした。ありがとう、東大。
その壁画の元絵を見る。独特な色彩は壁画でもころされることなく、活きている。

酒飲みだけに、過去の先達や異国の朋友に向ける目も優しい。
大伴旅人、李白を描いた絵には、機嫌よさを感じた。
浪速御民と称した菅楯彦と同様、人間への優しい眼差しが活きている。

チラシに選ばれた天のうづめの命も機嫌よく踊る。
彼女は踊ることで、岩戸の奥に隠れた太陽を呼び戻す。
唇、露わな胸、爪先、そしてまとう衣装が同色なのが、いい。
放菴の作品には物語性が濃い。
わたしはそのエッセンスにとても惹かれる。

<放菴と大観>
第4章 運命的な出会い
大観にアヤつけし、それから仲良くなったと言うのがいい。
二人とも大酒家。大観は酔心を愛したが、放菴は何を愛飲したのか。
大観も日本代表になる前は、色々な技法を受け入れ、吐き出し、やっぱり刻苦勉励した。批判する向きもあろうが、大観はやっぱりいい。
放菴に教わった技法「片ぼかし」を大観も受け入れ、それで世界が広がったのは、いい話だ。

寒天 大観の絵。寒そうな空の下、雪は既にやんでいる。
今回、大観の絵はあまり表に出ない作品が多かったように思う。

東海道五十三次絵巻を見る。ああ、いい感じ。こうした合作を見るのは楽しい。
わたしが見た時には、放菴が日光、小夜の中山を描き、大観は掛川を描いた辺りが開かれていた。小夜の中山夜泣き石は小さく描かれている。掛川の松林が優しく広がる。


第5章 響きあう技
<響きあう心>
月下逍遥 大観  これはチラシにもあるが、モノクロで見ても素敵だと思う。
和やかに描いたように見える。

帰院 ここにも物語がある。仕事を終えて院に帰る僧侶。放菴の目はどのように開いていたのだろう。

大正頃、琉球がブームになったそうだ。放菴も南の国へ出かける。
その風景を描く。南の国の快さを満喫したか、いい絵が出来ている。

酔李白 旅人同様酒を愛した詩人。しかしこの絵を前にしてわたしは一言呟いた。
「シェーーッ」
どう見てもそのポーズである。cam077.jpg

第6章 東洋思想への憧れ
七夕 この日に針仕事の上達を願う。そんな女が描かれている。

虎渓三笑 これもまた蕭白がよく描く画題だが、放菴の三人は機嫌よく笑う姿をロングで捉まえている。笑い声が谷間を越えて響いてきそうである。

寒山拾得 こんな可愛い二人組、見たことがない。寒山拾得と言えば蕭白のグロテスクな彼らが頭に浮かぶが、ここにいるのは紛うことなく愛らしい子どもたちだった。
あそぼう、おいで。そんな声が聞こえてくる。なんて可愛いのか。
ほっぺた、手、ぼさぼさ頭。可愛くて可愛くて、撫でて、その頬に噛み付きたいくらい。

第7章 出関老子
羊飼いの少年が40年も家に帰らず、少年のまま時を過ごす。
黄初平。この少年も可愛い。そばにいるのはオジサンになった兄さん。
二人の周囲にいるモコモコ羊たちは、元からの羊なのか、石からの羊なのか。羊の配置がストーンサークルのようで面白い。

牛に引かれて善光寺、布引の瀧、どちらも日本の故事。しかし中国で牛と言えば、老子が乗ってどこかへ去っていった話がある。ここでの老子はただの爺さんに見える。それが牛の気の向くままどこかへ去って行く・・・そんな感じがする。

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可愛くて可愛くて仕方ない!熊も可愛い。マサカリかついで熊に座って・・・森の人気者のにっこり姿は、誰よりも作者が喜んだに違いない。

第8章 掌中の山水人物-放菴画帖の魅力
古事記八題  わたしが見たのは手力男のところ。前に山幸彦がわだつみのいろこの宮に来たところを見ている。

西遊記絵詞 黄風大王が風で人を吹き飛ばすシーンを見た。こうした物語性の強い絵は楽しくて仕方ない。

西遊十題 月の官女が白兎をぶつ。コラーの図。白兎は一体何をしたんだろう。

第9章 麻紙の放菴・放菴の麻紙
麻紙の触感を愉しみ、愛でる放菴。
その微かに毛羽立つ優しさを、絵の性質の一つとして取り込んでいる。

放菴の絵に大観が題字を書くものもいくつか展示されていた。
二人が仲良しだと言うことと、立場の違いからややこしいことになってしまったことなど、色々なことを展覧会から教わった。感情的なもつれでない、というのがよかった。
放菴は描く人物同様、機嫌のよい人物だったのだろう。
今回、図録は買わなかった。ちびっこの寒山拾得は欲しいが、諦めて、特販のリーフレットを買った。それでも随分嬉しかった。
来月又見に行こうと思う。


川越ツアー、近藤せんせと遊ぶ

川越のイメージと言えば、蔵の町・サツマイモ・小江戸。
人で言えば小村雪岱、春日局、川越次郎兵衛

朝に雨が残っていたが、わたしが駅に着いたときには、やんでいた。
マンガ家の近藤ようこ先生とお会いする。
学生の頃からとても好きなマンガ家の方で、特に説経節や今昔物語を背景に描かれた物語が好きで仕方ない。
現代物はところどころ身に詰まされるので、素直に「好き」と言葉にして、人に言いたくはない。

近藤ようこさん、とここで呼び方を変える。
晴天ならお着物でご出現のところ、あいにくの空模様なので、パンツスタイル。
小柄で可愛い方で、ドキドキした。写真で見る以上に可愛い方だった。嬉しい。わくわく。
ファンってそんなもんです。
川越をお着物で探訪されたお話は本になっている。
うきうきお出かけ着物術うきうきお出かけ着物術
(2006/05/18)
近藤 ようこお着楽倶楽部



今回川越に来たのは田中コレクションを主体にした小村雪岱の展覧会を見るのと、川越の町並み見学。雪岱の感想文は後日に。

さてその田中屋さんは今ではコレクションを手放されているらしく、建物も今ではお商売を変えている。お寿司をいただくことに。IMGP5993.jpg
わたしはチラシ。お吸い物はタケノコの味噌汁だった。これは微妙にカルチャーショック。
関西ではタケノコはスマシとほぼ決まっているので、面白い取り合わせだと思った。
カルパッチョもおいしいし、チラシも滑らかな舌触りで、おいしい。

川越の建物は江戸の白い蔵と、明治の大火後に建てられた黒い蔵と、大正からの洋館と、大まかに三つに分けて活きている。
ばちばちと機嫌よく撮影。浜木綿子と左とん平のコンビのTVドラマがここを舞台にしているから、自分の視線も同じようなところを見ている。
IMGP6004.jpg立派な屋根。

近藤ようこさんは川越にお詳しいので、スイスイご案内くださる。
わたしはただただバチバチ。
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洋館のステンドグラスが素敵だが、これは京都の押小路で見かけたものと似ている。

銀行の建物は洋風。IMGP6001.jpg

美術館もよかったが、隣接する博物館が昭和の名残の遺品を展示していて、それがたいへん面白かった。
ずうずうしくわたしは色々な感想や昔話を聞いてみたりしたが、これがまた笑える内容で・・・
(こらこら、なにを・・・)
それから水琴窟が造られていたので、水を入れたりなんやかんや。
すごく好きなので嬉しい。
水琴窟は水を入れきった後に、ペキペクペキペク金属音を立てるのだが、途中で水を足したりすると、そのときは風情ダイナシ。なんせ金属音が途切れて、ジャウーなんて音がする。
なかなかこれも面白い。

ところどころに洋風な建物もある。
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看板建築もある。IMGP6009.jpg

出た頃にはすっかり晴れていて、その足で喜多院へ向う。
わたしたちはどうも方向音痴なので、地図をさかさまにして「こっちですよ」「あっちかしら」。
仲良きことは美しき哉、でテクテク歩き、たどりつく。
梅が良く咲いている。IMGP6013.jpg

わたしは関西の寺は慣れているが、他国の古寺はあまり知らぬので、その素朴な佇まいに感心した。
注意事項一つをとってもなんとなく、面白い。
太鼓橋風な渡り廊下を歩くと、キュッキュッキュッキュッと鳴く。
鴬張りなのか、重みに泣いてるのかは不明。

家光の生誕のゆかりのものとかある中に、木馬みたいなのがあった。
これをみたとき、高村薫「李欧」を思い出した。

五百羅漢を見る。
わたしなぞはそれこそ禅寺で座禅とか修行などとは完全に無縁なので、羅漢の境地なんかわからんのですが、ガワから見るのは楽しい。
撮影はしなかった。(なんかヘンなのが写るとコワイ)
メチャクチャ面白い羅漢たちがずらずらーっと並んでいた!
ヨーロッパ、特にフランスやイタリアの彫刻群を見ても感じない諧謔性がここにはある。
アジアの明るさ全開モード。コケコケになった奴とか、半分トロケてるんですけどな奴が織り成す無言の喜劇みたいな感じ。
しかもフツーにしてても面白いのに、ハナからなんじゃこりゃーなポーズの奴もおるので、本当に楽しかった。
まぁ尤も、かはたれ時から月明かりの時間帯になると、この諧謔が凄みになるのかもしれないが。
ああ、笑えたなぁ。

その後はお寺の近所にある個人運営の資料館に行き、旧幕以前の鎧兜などを見る。
ちょっと笑ったりしたけど、モノノフのシュミだから現代のわたしが笑うのは失礼だよな、ホントは。
しかし甲冑姿を見ると、必ず「祟りじゃ??っっ」と言わずにいられない。

IMGP6010.jpgマンホールも可愛い。

再び町中に戻りうろつく間にさる薬舗の資料館に入る。
これは京都や大阪の平野区にあるような感じのまちかど博物館の一種で、楽しい。
ご主人はドイツ人みたいな風貌の方で、色んなお話をしてくださる。
実に色んな看板がある。
健脳丸、中将湯、毒掃丸、瓊玉圓・・・
この最後の瓊玉圓を正しく「ケイギョクエン」と読んだのは、わたしが初めてだったらしい。
ここを開館して25年目のカイキョ。わっはっはっ!褒められたぜ!
しかも近藤ようこさんの前でだから、いよいよわたしはエヘンエヘンですがな♪←えらそぉ。


薄暗くなってきて、お店も早々と仕舞いだす。
お菓子を買いあさることは出来なかったが、ちょっとおいしそうなのを買う。
裏道を歩くと、ありました。レンガ造りの教会。
IMGP6023.jpgちょっと川口の居留地の教会風。

その後、うなぎ屋さんに行く。古い佇まいがやっぱり江戸風でいい感じ。
うなぎ、おいしうございました。IMGP6035.jpg

それから場所を変えて、大正浪漫ストリートのカフェに入る。
ああ、可愛い・・・
いかにもな銀行。IMGP6034.jpg
そこで近藤ようこファンは憧れの作者に色んなお話を伺うことになるのだが、これがだんだんとナナメ上な方向へ向かい、とうとう爆笑してしまった。
「それってファンとして聞いてどうよ、なんですが(笑)」「いえいえ、ファンの方には作者のこうした姿を・・・」
いや?細かいことをお伝えしないのは申し訳ないかもしれませんが、本当に笑えました?
(近藤ようこさん、ごめんなさい)
風の谷のナウシカもびっくりの、虫愛づる姫君でした・・・

時の鐘は物見台でもあるらしく、本当に鐘楼の趣がある。
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こういう風景、いつまでも活きてほしい。

町中を歩いて、川越駅まで行く。生活しやすそうな環境。
今日一日遊んでもらえて、本当に嬉しかったです、ありがとうございました。

とりあえずわたしは今、次の新刊「桜の森の満開の下」(坂口安吾原作・小学館刊)を待っている・・・。

首都圏ハイカイ・皆さまありがとうございましたの巻

例によって例の如く首都圏ハイカイ致しました。
今回は初日に川越ツアー、二日目に都内ハイカイ、三日目もウロウロというコースでした。
それぞれ詳述は後日ですが、今回のハイカイほど、温かいツアーはありません。
初日、マンガ家の近藤ようこ先生のご案内で川越で一日遊び、二日目の夜には「遊行七恵オフ会」を開催していただきました。
もぉ皆さま、本当にありがとうございます。
どなた様もわたしのわけのわからん行動とトークにメマイを覚えられたろうかと、ちょっとだけ反省しております。
(ちょっと?大いにでしょう、というツッコミはおいとくとして)
それでまぁ記憶がはっきりしている間に概要をちょこっと記しておこうと思います。
IMGP6011.jpg非情ドアの家。

川越は池袋から30分ほどなんで、近いようです。大阪―神戸間くらいの感覚。
ここは明治の大火で風景が一変したらしいけれど、それで全国的に知られる「蔵の町」になったそうな。
黒い蔵と白い蔵の差異については後日。
なんか今度のNHKドラマの舞台になるようだけど、わたし的には無関係ということで、その点はスルー。(出かけた翌日、川越が紹介される番組があった)
一見の価値あり、というか忘れた頃に遊びに行きたくなる町ですな。楽しい。
見るべきもの・買うべきものがなかなか多い。
詳しい方のご案内を受けて、横道とか色々入り込んだおかげで、思いがけない発見などもいっぱいあり。
歩いてなんぼ、というのはこういうことです。
本当に近藤ようこ先生、ありがとうございました。
新刊のサイン本までいただいちゃったよ♪
これがそのご本です。
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それで翌日、朝イチから弥生美術館へ。ここはほぼ20年前から会員になっていて、確実に2時間は見学するので、朝から気合が入りすぎる。
小林秀恒。夭折した売れっ子挿絵画家の回顧展。ああ・・・

弥生美術館は東大前または根津から6分。ここからのコースはいつも決まっている。
かくの如し。
弥生―野間・永青―泉屋・大倉・・・
野間、永青の次に今回は山種を入れる。
野間は大正期の帝展、永青は細川家に代々伝わる絵巻や物語絵、山種は松岡映丘とその一門。
弥生、永青は言うたら時代こそ違えど、斉しく物語性のある絵の展示なので、そういうのがとても好きなわたしには嬉しい限り。
やっぱり人生の出発点が日本画の絵本「うらしまたろう」や「うしわかまる」だと、そういうのがとてつもなく好きになるのかもしれない。
永青では奈良絵本のいいのがあったりするから、やっぱり殿様伝来のお宝は違う。

山種でも映丘の物語性の濃い作品を見れるけれど、弟子たちの作品の方が多いので、そうそう偏りはない。
映丘はタブローとしての一枚にも、どことなく文芸性があるのが好ましい。

さてそこから六本木一丁目に出ると、丁度三時だったか。
わたしもお茶したい時間ですが、何を犠牲にするかと言えば、こういうユトリタイムなのですな。
さらばオヤツよ・・・

泉屋、大倉の後には菊池に入る。ここは上がレストラン、下が展示場という構造上、うるさいのよ。でも暗い空間構成なので、静寂すぎると却ってよくないのかもしれない・・・
それに奥に進むと静かですしな、殆ど玄室のように。

でもまあ、我ながらよく歩くぜ。ちょっと感心した。
実はわたしは歩き方がわるいので、アーチがすぐに傷む。だからパット入れて歩くわけさ。
そのついでと言ってはなんだが、その足でそのまま渋谷に出た。
会社の同期に頼まれたことがあるので、用件を済まそうとしたが、これがうまくゆかず、結局約束の時間に遅れる原因になった。

六時過ぎ、迷子のわたしの前にはろるどさんのお姿が!いゃ?よかった!
それではろるどさんと共に約束のお店に入り、皆さまの前に姿をさらす「ゆぎょう・ななえ」でありました。
本当に皆さん、色々良くしていただき、楽しいお話に加えていただき、嬉しい限りでした。
関西ではこういう楽しい会がないので、本当にうれしかったです。
またよかったら仲間に寄せてください。
(カンケーないが、関西では「仲間に入れて」というのを「寄して」と言う。幼少の砌、武蔵小金井の従弟に「よして」と言うと怒られた。彼は「止して」と聞いたのだった)

さて機嫌よく飲んで帰った翌日、朝イチに加山又造さんの展覧会に行くと、もぉ並んではる。えらい人気です。「大体1時間を目処に」と言うた通り11:08には出ていたが。
この日の朝の日曜美術館が又造さんを取り上げていたので、ますます混むでしょうな。

乃木坂から渋谷に出た。何が用事かと言うたら、アルマーニ エクスチェンジに行かねばならぬのだ。
わたしが新嘉坡から帰ったのと入れ代わりに、同期Nが布哇に出かけたのだ。
そのNがアルマーニで色々お買い物をしたらしく、渋谷かららぽーと流山にあるブティックでプレゼントを貰えるチケットをわたしに手渡したわけです。
行きましたがな。予めTELしてから。なんか三枚分のTシャツを貰えるそうな。
わたしも同期Nもニクニクしいので、メンズを貰うことにした。
まぁおうちで着るのにいいような・・・。Nとその亭主とわたしと、三人お揃いかぁ!!
でも店長さん、とても感じよいお兄さんでした。

目黒を彷徨した。
区美で開催中のロココファッションは、見たことがあるようなと思ったら、二年前に神戸ファッション美術館で見た分の巡回(+αそして?β)の展覧会だった。
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ちょっと説明が足りないのが惜しい。何故だろうと思いながら、見終える。

久しぶりに雅叙園にも行く。百段階段と平山郁夫の展覧会。
まだ雅叙園に美人画専門の美術館がある頃、この百段階段にも行き、写真もバチバチ撮ったが、今は撮影禁止らしい。残念。
平山さんの絵が掛かっているのはわかっているが、わたしはなんせここの建物そのものがかなり好きなので、そっちばかりに意識がいった。
とは言え、今回和の美に惹かれた。つまり窓です。
今では再現不能なガラスが使われている。そして見事な建具。
これだけでも見る価値のある建物。
しかし、全般的に過剰な装飾が、こんな仕事を隠してしまっているのだろう。
それはそれで惜しい。

庭園美術館ではわたしの愛する’20年代の悦びが溢れ出していて、楽しくて仕方なかった。
最後に出光で小杉放菴の展覧会を見た。
閉館時間までいたが、これでタイムアップ。
羽田空港へ向う時間が来た。

今回、まさに皆さまのご好意で成り立っているツアーだった。本当に楽しかった。
チケットを下さった方、スイカを下さった方、一日遊んでくださった方、オフ会で歓待してくださった方々。
本当にありがとうございました。

来月は3/13?15まで都内に潜伏します。
次は多分ゴールデンウィークかと。またお会いしましょう、どうぞよろしく。

冒頭の非情ドアのアップIMGP6011-1.jpg
だれがこのドアを開けるんだ・・・

山形・後藤美術館所蔵バルビゾン派展

神戸アートホールで山形・後藤美術館の作品が展示されているというので、丁度神戸にいたから建物を見た足で向った。
以前から何度か後藤美術館の名品を見ている。だから大体のところは想像できるが、それでも見たいものは見たい。とはいえ、わたしはバルビゾン派の良さをあんまり理解していないのだが。
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チラシのシェニョーの羊飼いが帰途に着く絵にはそんなに感心しなかったが、同じような夕暮れ時を描いたギュスターブ・ドレの廃墟の夕暮れは、とても印象的だった。
ゴシックロマンのようなときめきがあった。

ミレー種まく人 これは版画だったが、改めて眺めるとやはり力を感じる。ミレーの版画は他にも少し来たいた。みんな「人の営み」を感じさせる絵だった。

わたしの好きなディアズ、ブーグロー、カバネルあたりは来ず、あくまでも牧歌的な光景ばかりを集めた展覧会になっている。

トロワイヤン 小川で働く人々  これは何度も見ているが、位置関係、選ばれた色の合わせ方、など本当にいい作品だと思う。

ドイツロマン派を思わせるような作品もいくつかある。
風に身をくねらせる木、月明かりだけがぼうっと明るい空、どうしょうもない真っ直ぐな道・・・
色々いい絵を見せてもらったが、このアートホールはなんで一切宣伝をしないのだろう。
かなり不思議ではある。

しかし都市風景が好きだからか、見ていて少々ダルク感じてしまったのには、申し訳ないと思う。
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予約投稿ですのでコメントなど遅れます。

神戸文書館

神戸市熊内町(くもち・ちょう)にある神戸文書館へ行った。
元は南蛮美術コレクター池長孟(いけなが・はじめ)氏の私立美術館。
戦前のキワキワな時期に建てられた名建築である。
設計は住友の小川安一朗。住友関係の仕事をメインにしているが、主に装飾に腕を発揮したようだ。
IMGP5981.jpg全体の眺め
この正面入り口の天井などを見上げると、中之島の住友銀行本店の天井部を髣髴とさせる。
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正面の装飾は神戸と南蛮文化と、どちらをも象徴する船をモティーフにしている。
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玄関の透かし彫りも綺麗。
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上部には水瓶もある。IMGP5973.jpg
こうした装飾はステンレスで出来ている。

正面玄関の柱の下の石はまるで山水画のようである。
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ドアの上には二匹の龍がいる。
IMGP5971.jpg南蛮の龍。
IMGP5970.jpg紅毛の龍。
・・・テキトーなことを書いているな、わたし。


一方、建物内部には海神ポセイドンを描いたモザイクタイル画がある。
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かなり細かい作業のもの。

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これは二階の階段の装飾。二階は普段は上ってはいけないのだが、今回特別に上らせてもらった。
鹿をモティーフにしているが、何の意味からきたのだろう。
素敵な建物、そして素敵な蒐集。

今ここには新聞の切抜きなどが大量にある。
神戸クロニクル、ジャパンクロニクルなどの文字が見える。
ラフカディオ・ハーンが筆を振るった新聞紙。
ちょっと嬉しい。

いい建物をみれただけでない喜びがあった。
ここは土日はお休み。

記事は予約投稿ですので、お返事は遅くなります。





近世大坂文人画の世界

「芦屋を中心とした阪神間は大阪の奥座敷と言われるように受け継がれた文化は大坂を偲ばせるものが多い地域です」 と書かれた解説を見て、ちょっと感慨深くなる。本家の大阪は我がとこの文化を守ることも発展させることも一切してないからだ。
関西大と芦屋の個人所蔵家から借りだした江戸時代の大坂の文人画の展覧会が芦屋市立美術博物館で開催されている。関大のコレクションは以前大丸で見たが、北野恒富の様式的な桃山美人の絵が印象に残るばかりで、さて文人画はと言われても思い出せない。それはチョイスにもよるし、こちらの意識にもよる。
今回は床の間を飾る軸物や屏風、扇面図を中心にした文人画を見た。
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木村蒹葭堂、岡田米山人・半江父子、福原五岳らの作品をこれほど多く見ることなど滅多にない。
百点近くのうち、当時の文人画家仲間で合作したものなどや、資料等を見ると、やっぱりこの時代大坂には文化的なサロンが花開いていたのだと、改めて知る。

木村蒹葭堂 花蝶之図 cam072-3.jpg
紅葉した葉っぱといいオオゴマダラ風な蝶といい、とてもいい感じだった。
わたしは山水図より花鳥画などの方が好きなので、こうした絵が嬉しい。

葛蛇玉 山高水長図 cam072-2.jpg
この絵師の作品は世界に数点しか見当たらないそうだ。以前、ブライス・コレクション展でわたしは「雪中松に兎・梅に鴉図」を見ている。とてもよかったなぁ。
奇岩の山中に立つ人と、石橋を渡る少年の緋色の衣が目をひく。全体が渋い色合いの中に、この赤がまるで南天の実のように愛らしい。

僧鶴亭 柳黄鳥図 cam072-1.jpg
黄色い小鳥が可愛い。この絵師は他にも墨絵で、白梅に飛んでくるハハ鳥を描いてもいる。小禽の鳴き声まで聴こえてきそうな情景。

岡田米山人 文人居宅図 cam072.jpg
この暮らしが理想だと言われても、わたしは困る。しかし絵を見る限りは、なんとなくほのぼのと楽しそうではある。
この家の裾に自家用ケーブルがあり、そこからすぐに町へ直結していたら、住めるかもしれない・・・

「奴の小万」のモデルになった女侠客・三好正慶尼の描いた大原女図があった。これは頭に芝を載せた大原女が立ちながら一服する図で、肉筆浮世絵風情がある。女の目許はなかなかきついが、どことなく口許が色っぽい。

面白い作品をいくつかあげる。

福原五岳 巌上揮毫図・画竜点睛図 これは双幅だが、まるで2コママンガのようである。1で、絵を描く。童子が「うちのセンセイは巧いなぁ」と感心した顔で眺めている。2はそのセンセイの絵が巧すぎて、龍が画面から飛び出して、先生はびっくり・童子はひれ伏すという状況になる。
なかなか面白い構図である。

増山雪斎 黄初平図  中国の神仙伝には「ずっと若いまま」の少年が二人いる。菊慈童と、この黄初平くんである。羊飼いの彼は40年間行方不明になり、兄がようやく探し当てたそのシーンを描いている。初平の腕にはモコモコの羊が抱かれている。兄は髭が胸を越えていた。弟は少年のままである。

他にも興味深い作品が多かった。こうした展覧会は本来「奥座敷」ではなく、表でしないとアカンのである。尤も席画会と言うのもあったが。
展覧会は2/22まで。

ちょっと日常

記事にしようのない展覧会を二つばかり見た。お好きな向きには申し訳ないが、本当に書きようがない。でも今年の目標は「行った展覧会を全て記事にする」ことだしなぁ。
(勝手に決めている)
住まいのミュージアムでこの十年間の足どりを懐古する展覧会があった。
ここではこれまでに色んな展覧会を開いているが、わたしが見たものは以下。
20010714 「浪花百景」今昔
20010714 天神祭・二百年前の大阪と近代の大阪
20010714 ガス製品?むかしのかたち
20020525 天神祭・二百年前の大阪と近代の大阪
20020525 モダン都市大阪?近代の中之島・船場
20020824 ドールハウス
20031004 江戸時代の大阪・近代の大阪
20031004 華麗なるレビューの世界 OSKの歴史
20060930 docomomo100選 前期
20061214 浪花をいろどる 大坂で活躍した絵師たち
20070331 おまけ行進曲 メーカーvsコレクター 
20070510 大大阪パノラマツアー 紙くずコレクターの見た大正・昭和の大阪
20070616 大大阪の時代
20080531 水都を描く−歴史都市大阪の記憶
20090131 住まいのミュージアムこの十年

うーん、みごとに趣味に走っておるのぉ。
でももう一度見てみたい内容のものもいくつかある。
基本的にここの展覧会は小規模でも楽しいものが多いので、嬉しい。
しかし今回の回顧展はちょっと物足りなすぎた・・・

大丸心斎橋でキルトの展覧会に行った。行った理由はチケットがあるのと、チョコを買うのにあわせてのこと。
数年前、会社の後輩Rがキルトを見たいと言うので連れて行ったが、二人とも目が廻ったことがある。宇宙的デザインとでも言うのか、目が廻ったのは渦巻文様を大量に見たからだと思っている。
それからはキヒしていたのだが、ちょっとばかりマがさしたとでも言うか、出かけた。
そりゃ凄いです。手工芸の好きな人々にはとても楽しい展覧会だったと思う。
でもわたしはやっぱり途中でリタイヤしてしまった。←根性なし。

チョコは会社の連中と出入りのメーカーの人にあげた。
会社の同僚も色んな意見があるので、欲しがる人にだけ。
欲しがる人やあげたら喜んでくれる人はいい。
基本的にわたしは「子供さんが喜ぶ」ようなチョコを選んでいる。
わたしのチョコを家庭で「お父さん、もてるんやで?」と子供さんらにジマンする人々のために、わたしはチョコを贈るわけです。
(同期から実際そう言われたので、納得している)

そうそうわたしはラグビーが大好きなのです。それで学生時代から応援しているサントリーのスクラムハーフ田中選手が活躍するのを見て、めっちゃ嬉しかったのでした。

案外しずかな日常やなぁ、わたし。

京都御所の至宝展・後期

京都御所の至宝展の後期に出かけた。
行列している。人数制限中。ぬくい日なので並ぶのも苦しうない。(近う寄れ、とはなかなか言ってもらえないまま、15分待ち)
再会するのもよし、後期のみ展示を見るもよし、の状況で機嫌よく見て回るがそれにしても繁盛している。
前回色々展示を見て、寛永年間に初めて興味が湧いたが、今回はそれが展開したわけではなく、見て廻るだけでとどまった。
主に展示換えの品について書く。

立花図屏風 左隻を見る。やっぱり綺麗。四季花鳥屏風のように右は春、左は秋と言う区分でもない。今この立花をすべて再現することは可能なのだろうか。
そんなことをちょっと考えた。

修学院、桂離宮ともに釘隠しはやっぱり人気だった。若いカップルがいて、彼氏が彼女に「こういうのもええんちゃう」と話しかけていたが、あれはもしかすると、アクセサリーとしてみていたのかもしれない。「月」の字を象ったものなど、ちょっとかっこいいかもしれない。

久保惣の青磁の花活け「万声」は既に和泉に帰り、陽明文庫の「千声」は残っていた。「万声」のあった所には「千声」の箱が置かれている。

白氏詩巻 藤原行成筆 これは東博の国宝で、向うで見た記憶がない。ただ、わたしのアタマでは字を解読できない。内容はあれかな、と予測しているが。

源氏物語図屏風 狩野探幽筆 左隻を見る。シーンごと。小さくて可愛い。こう言うのを見ると、探幽縮図帖の凄さを実感したりする。

風天 前回は綺麗な水天だった。この風天はタレ目のオヤジさんだった。
どうでもいいことだがフウテンと打つと瘋癲、水天をミズテンと読むと・・・自粛。

孔雀明王に代わって閻魔天のご出現。青蓮院のお宝。これは正面向きの図で、閻魔を乗せる青ベコが可愛い。向かって右側が気になるのか、両目はそっちばかり見ている。

前回も見ているのに、今回初めて気づいたことがある。
探幽筆賢聖障子絵縮図 小方守房筆 ここには中国の名宰相や軍師などが列んでいるが、その中でも張良はやっぱり優美な雰囲気がある。彼だけ髭も描かれていなかった。
そして孔明はやっぱり白羽扇を手にしていた。

さて障壁画。いずれも天正十四年(1586)狩野永徳筆で京都・南禅寺所蔵。
群仙図襖  南禅寺は子供の頃よく出かけたのだが、その頃はただ行っただけなので、何か面白いものを見たかどうかわからない。今くらいでないと入った価値がないかもしれない。
虎に懐かれる仙人もいれば、緋衣vs柏の葉っぱのケープのおじさんもいる。その脇には柏葉入りの籠。これは鍾離権が呂洞賓に仙術を教える様子なのだった。

前回気に入った牡丹麝香猫図襖はもう南禅寺に帰っていた。

桃花小禽図襖  水浴びする小鳥がいた。珍しい構図だと思う。とても可愛らしい。桃の花はあまり目立たなかった。

清涼殿 名所図襖も展示替え。全て土佐派の筆で、安政二年(1855)の作。
難波江図襖 土佐光清筆   難波江の歌が色紙に書かれ、そこにはられている。
霜枯れて見るたに寒き難波江の蘆の 雁そ眠れる 近衛家煕と花山院のコラボ。

松島図襖 土佐光文筆  多島海(というほどかどうか)の松島を描いているのではなく、塩焼の人の姿などを描いている。岩塩はともかく普通の塩は海からのものだったのだ。床しい風景。

勢田橋図襖 土佐光文筆  行き交う人々の姿が描かれている。思えばなかなか外出もままならない雲上人の為には、却ってこうした庶民の姿を描くことがよいのかもしれない。

伏見小田図襖 土佐光武筆  牡鹿がケーンケーンと鳴いている。秋の野を行く姿。
近年、春よりも秋の風情にひどく惹かれるようになった。

前後期ともに楽しめるし、色々知ることの出来た展覧会だった。来週いっぱいなので、かなり混みそうである。

画室の栖鳳 本絵と下絵

京都市美術館はすばらしい所蔵品を山と持っているが、そこから時折素敵な展覧会を開いてくれる。以前は死蔵していた作品にコンセプトを与えることで光が当たる。
ずっと眠っていたものが起こされて今の世に現れると、意外と面白く感じたりする。
これは企画力の力が大いに活きているからだが、そのわりにはあんまり宣伝をしない。
何故だろう。もっと宣伝すればいいのに。
そういうわけで、所蔵品の中から竹内栖鳳の本絵と下絵とを集めたものを展示しているのだが、この展覧会を知る人が少なすぎる気がする。
栖鳳の本絵と下絵の展覧会は、茅場町時代の山種でも開催したように思う。
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「絵になる最初」の本絵と下絵。モデルが恥らう様子それ自体が「絵になる」。
この絣は栖鳳オリジナルで、高島屋が売り出したところ、大人気になったそうだ。
「アレ夕立に」 本絵は高島屋史料館にある。下絵はこちらの所蔵。
わたしは一番最初にこの二枚の「美人画」を見たので、てっきり栖鳳は美人画家だと思った。なにしろあの上村松園のお師匠さんの一人でもあるし。
だから、人物を描いた大作はこの二枚だけだと知って、むしろ驚いたものだった。
しかし「絵になる最初」も「アレ夕立に」も共に女は顔の半ば以上を隠している。
そのことが却って面白くもある。

栖鳳は本願寺の天井絵を依頼されて、天女図を描こうとしたが、それは未完成に終わった。
しかしそのエスキースも残り、またデッサンも多くあるので、栖鳳の視線と指の動きがなんとなく偲ばれて、それが興味深い。
「散華」は天人たちの舞い舞いする情景を描いたものだが、天井絵がもし完成していたら、この天人たちも天井で舞い踊っていたかもしれない。
スケッチは裸婦の様々な動きを描いたもの・動かぬ体の様子を描いたものだった。

料亭の息子で、しかし絵を描くことが全ての楽しみだった栖鳳は、小さいうちから家業に使われる野菜や魚を多くスケッチしただろう。
画帳にはそんな絵が多く残る。

猫も犬もウサギも画帳にいる。特に猫は色んな柄の猫を描いている。
山種の名品「班猫」は熱海辺りのニャーだが、それとは直接結びつかずとも、多くの猫が機嫌よく描かれている。

猫の親分格の虎も栖鳳は多く描いた。
晩年の「雄風」が出ていた。虎の手の逞しさにちょっとこっちも気合が入る。

欧州に出かけた栖鳳はライオンをスケッチし続けたそうだ。狩野派の唐獅子に疑問を懐いていた栖鳳は、生きたライオンを見て嬉しかったろう。
スケッチのイキイキした描写を見ると、そんな気がする。
ライオンも虎も猫もわんこも、栖鳳の描いた生物はみんなイキイキして見える。

中国へ遊んだ成果もここにある。墨絵の美の奥深さが滲むような作品。
そぼ降る雨にぬらされた町。川岸の一本の杭につながれた小船。林の手前に佇む鳥。
なにかしら音のない雨が降り続けるような、雨がやめば緑が濃くなるような予感、それがここにはある。

この展覧会は来月末まで。200円で見てよいのかと思うくらいの、いい内容だった。


「みやこの姿」を見る

大谷大学博物館で「みやこの姿」展を見た。
12月から行かなくてはと思いながら、最終日にしか行けなかった。
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今回このチラシに挙げられている洛中洛外図は初出品らしい。
チラシの展開に沿って感想を書く。

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意外なことにこれが金閣らしい。金箔が貼られていないから「え゛?」だが、そうらしい。
雲は型押しあり。キャラは小さいからわかりづらいが、意外なほど着物の柄も細かく描かれている。池の水は満々と湛えられている。昭和25年の「炎上」の際、「この水は使われなかったのか」というマンガのセリフを必ず思い出す。
実はこの金閣があるのは左隻の一番右よりなのだが、その右隻の下にはナゾな建物が描かれている。それは金箔を貼りめぐらされた建物で、どう見ても金閣なのだが、解説では「?」の建物なのだった。

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四条河原の風景。長刀鉾が行くのは北座。月鉾の先には現在も続く南座がある。
「こ」の字の下の建物は御所。その上には吉田神社。方向音痴のわたしだが、洛中洛外図の空間なら案外迷わないかもしれない。

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こちらはその東隣。倉庫風なのが南座。今の壮麗な佇まいとは大違いだ。
真ん中の上は清水。舞台にいるお客が日の丸の絵の扇子を開いていた。「あっぱれ!!」と言うところだろうか。桜は満開。音羽の滝に人はいない。こんなときならわたしも音羽の滝の水を飲みに行こうかと思う。
真ん中下は今は影も形もない大佛殿。チラッと金ぴか大佛が見える。・・・すると向かいの供養塔は畜生塚かな・・・ 隣の長い建物は三十三間堂。むろん京博はない。

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二条城。上は賀茂競馬の最中。農作業の人々もいる。そう言えば円町の辺りにも畑があったので、「京都の街中に今でも農地があるんやなぁ」と感心したことがある。
しかし詰め込みすぎて、画像にはないが、同じ画面に桂川と東寺、西本願寺まで描かれていた。

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こちらは金閣から西陣辺り。北野社頭。商売の様子も見える。その上には近すぎる鞍馬が描かれている。こんなに近いと叡山電車がいらなくなるな。
ところでこの図版だけ何故かチラシでは逆版になっていたので、ここでは正しい表示にしている。

この洛中洛外図の来歴も作者も何の説明もないので、ちょっと詳しいことはわからないが雲の描き方が古様なのと二条城行幸シーンもないから、勝手に推測することにした。
正しいかどうかは知らない。

他にやはり作者のわからない賀茂競馬屏風があった。
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キャラの描き方は広重の戯画風、耳長斎にも似た感じがある。風俗から言うて幕末に近いような。
けっこう勢いのある屏風で、競馬の情景はクラベウマというよりケイバである。
それを見る人々の後姿がみんなタコタコしてる。つまりキレーにオツムを剃っておるわけさ。なんとなく可愛い。ここに挙げた人々の表情も明るいし、馬もエッヘンでいい感じ。

例の方広寺の鐘の拓本がある。そう、あれ。「国家安康 君臣豊楽」・・・家康がこれをネタにして大坂城を攻めよったあれ。とんだ「君臣崩落」になったもんだぜ。しかしこんな小さい文字から・・・謀略も謀略だとまたまた例によって家康に腹が立ってきた。

一方清水の鐘の銘の拓本もあった。文明十年(1478)製作の鐘。天下泰平、国土安穏といった言葉がかなり大きい文字で綴られていた。

他に『京童』『都名所図会』『京城勝覧』などの京都ガイドブックも展示されていた。
これがなかなか面白い。文もさることながらその地その地の風物や流行を描く挿絵が楽しかった。
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源氏物語の屏風絵、和楽器をデザインした刺繍打敷、生田流のお琴などがあり、見応えのある内容だった。

ところで丁度映画『炎上』の画像があったので載せておく。
モノクロ映画だが、金閣が炎上するシーンでは、カメラマン宮川一夫は金粉を使用したそうだ。だからあんなにも華麗な情景になったのだ。
わたしは市川雷蔵は『眠狂四郎』より『忍びの者』シリーズの方が好きだ。


田渕俊夫の襖絵

田渕俊夫の描いた、智積院の講堂のための襖絵の評判が、随分高かった。
東京では多くの観客が心動かされたらしい。
私は難波で見た。(2/9)
智積院は京都の七条の寺だから、寺社詣でが好きな人なら足を運んでいるだろう。
そこの新しい襖絵がどのようなものか興味を持つ人も多かろう。私は朝一番に出かけたが既に観客は多かった。
この襖絵は修行僧のための講堂に納められる。
だから絵は自ずと派手さを誡めたものになる。

襖絵の実物がそこにある。きちんと襖の体裁を為した舞台である。釘隠しも見える。本物がそこにある。たとえ柱などはこの展覧会のために拵えたものであろうとも。
四季の様相を墨絵で描いた作品は、シンプルで静謐な中に、深い広がりを感じさせた。

<春>として描かれたのは、繚乱たる枝垂桜だった。
なんと華やかな情景であろうか。細い幹、細い枝から滴り落ちるような桜の花々。
しかし薄墨で描かれていることで、抑制が効き、見るものを誘惑はしても、耽溺を許さない。

大悲の間に<冬>の情景が選ばれていることに、意味を見てもよいだろうか。
山に降り積もる雪。木立に雪が舞う。雪は音を吸収する力がある。この間にいることで、鼓動も血流の音も雪に吸い取られてしまうかもしれない。

<夏>として描かれた襖絵のうち「めだけ」を描いた情景に強く惹かれた。
めだけの輪郭線は完成された線ではなく、下書きのような気がした。
数え切れぬほどのめだけがそこに描かれているが、それはまだ本当のものではないような気がした。何故だろう。この植物が成長することを期待しているのかもしれない。
そして何よりもこの絵に惹かれた最大の要因は、群生するめだけの背後に広がる闇だった。
広い闇ではなく、小さな闇。少し手を伸ばせは届くような距離にある闇。しかしその闇は深い闇だった。
その闇が背後にあることで、めだけの輪郭線が下書きのままのように見えるのか。
めだけの影を、この小さな闇が奪ったのかもしれない。

殆ど何も思わずに見に来て、こんなに惹かれるものに出逢うとは思いもしなかった。
三月の末に京都の高島屋にもこの襖絵は現れる。もう一度見にゆくかもしれない。

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「京都府所蔵名品絵画選」を見る

京都文化博物館で「京都府所蔵名品絵画選」を見る。
近世から現代まで、とあるように西川祐信から三尾公三あたりまでの絵画が出ていた。
特に好きな作品についての感想。大抵は再会という状況の中で。

*吉川観方コレクションから。
西川祐信「衣通姫図」 cam066-1.jpg
そとおり・ひめ。古代における美女の中でも特に悲劇的な最期を遂げているが、ここでは幸せそうな様子を見せている。
廻り廊下を行く姫の前に蜘蛛が伝い降りる構図。
これはめでたい兆候である。
「我が背子が来べき宵なり ささがにの蜘蛛の振る舞ひ かねてしるしも」
この歌の情景を描いている。
彼女は十二単を着ている。江戸時代の絵画では、平安時代以前の人物であっても、衣服は平安時代に成立したもので描かれている。
思えばいつから奈良時代の風俗が世に認識されたのだろう。
案外明治になってからのような気がする。
この絵は’93にここで開催された「京の美人画」展のチケット半券に選ばれていた。

円山応挙「大津絵美人図」 応挙が大津絵の様式で美人を描いているのが、面白い。掛け軸の表装もそれ風でよかった。

祇園井特「島原太夫図」cam066.jpg
 ぎをん・せいとく。この絵師を知ったのも、前述の展覧会から。サインは「せいとく」と仮名だったのがまた面白かった。
島原の太夫という文字を見ると北条秀司「こったいさん」という芝居を思い出す。太夫さんと書いてルビが「こったいさん」だった。実際のところそうとも読むのかどうかは知らない。
せいとく描く女はアクが強すぎるが、この太夫はさすがに島原の太夫だけに(!)そうそうアクが強くもなく描かれていた。

山口素絢「雪見太夫図」 cam066-2.jpg
これは’02「吉川観方と京都文化」展で見たのが記憶に残っている。東山界隈を見下ろす太夫は襦袢の襟を寄せている。頬や指先が朱に薄く染まっているのも、いかにも寒そうな感じがして、いい。しかしこの太夫、内掛けが黒地に金で薄野なので、秋の風情なのである。

幸野楳嶺「妓女図」 cam067.jpg
以前から好きな一枚だが、今回解説文を読んで新発見?した。
この芸妓さんは指輪を嵌めている。(気づかなかった!)←うかつもの。
明治六年、日本で最初の「指輪を嵌めた」女の絵なのだった。
昔のことだからカマボコ型の指輪。
明治になってから指輪が日本の婦人の指にも光るようになった。
黙阿弥の芝居にも指輪がちょっとした小道具として活きるものがある。

*寄付や画家の遺族より寄贈。
今尾景年「四時花木群蟲図」  カブトムシと蝶とが目についた。わたしは蝶が好きなので(絵も工芸も実物も)蝶の絵を見ると嬉しくなる。これは本絵ではなくスケッチ帖の様な感じの横長のもの。
  
原在中「東山三十六峰洛外景観図」 昔々から講談などで「東山三十六峰、草木も眠る丑三つ時・・・」とよく聞くが、実はどれが何という名の山なのか一向に知らない。
知らなくても別にいいと思うが、この在中の景観図を見ていると、一つ一つの山の名を知らぬのが申し訳ないような気がしてくる。

源「双龍図屏風」  唐美人画が多い絵師の、二匹の龍の絵と言うのは、なんとなく面白い。全体に墨が刷かれているその中に、別に噛合うわけでも牽制しあうでもない龍がのんびりポーズを取っているような。

土佐光貞「定家詠十二ヶ月花鳥図屏風」 定家の十二ヶ月花鳥の和歌と言えば、抱一上人の数多いシリーズを思い出す。あんまり多いのでどれがどれかわからなくなったが。
これは土佐派の絵なので、キャラはやや小さい。ほのぼのした風情が良かった。

露木石門「花鳥図屏風」 初見。右隻は牡丹と石楠花の低木、左隻は何の花かよくわからない。判別できないのではなく、わたしがこの花の名を知らぬのだ。
全般的に画面がピンクピンクしている。輪郭線はやや太い。その線の中にピンクが納まりきれずに蠢いている。ちょっと不思議なムードがあった。

*近代から現代の画家たち。
池田遙邨「山の灯」 遙邨の風景は夜も昼も、秋も春も夏も冬も、海でも山でも、どこであろうと愛しい。満月の半分下から地上へ向けての構図。山にも町のように灯りがチカチカ点っている。人の生きる場なのがわかる。なんとなく幸せな気持ちになる。

山口華楊「白鷺」 モスグリーン地に白鷺五羽。どことなくモデルの立ち姿のような美しさがある。動物画の系譜では華楊の師の師は岸竹堂になるはずだが、何十年かたつと、全く別な生物を描いているようにも思えるものだ。

三橋節子「余呉の天女」  mir525.jpg
丁度去年の同じ頃にやはりここでこの絵を見て、感想を綴っている
あれからもう一年がたつのか。出してきた本はしまいもせず、そこにあるままだ・・・
感想は変わらない。せつなさを懐いたまま一年が過ぎていた。

須田国太郎「戸外静物」 バナナ、リンゴ、家々・・・これらが重厚な筆致で描かれていて、それなりの色がつけられている。ところがあまりに重厚な絵なので、バナナやリンゴが静物と言う枠を通り越して、一種シュールな佇まいを見せている。
これは面白い現象だと思う。それが須田の狙いなのかそれとも偶発性のものなのかはわからないのだが。

常設展や所蔵展には、こうした底力のある展示があるから、見落とすことは決して出来ないのだった。

篠山の美術館・資料館

丹波篠山には見るべき資料館や美術館がけっこう多い。
小さい町の中に篠山藩に伝わる美術工芸品などを集めた歴史美術館、丹波古陶館、中世から近世にかけて実際に使われていた能狂言関係の資料を集めた能楽資料館などなど。

近代和風建築の裁判所を美術館に転じた歴史美術館には、藩主・青山侯が城下の絵師に模写させた大和絵などが集められていた。
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狩野派の絵師による源氏物語を模写した屏風絵などは、色も綺麗に残り、見ていて楽しかった。それはつまり、「何百年も前の人々がその絵を見て楽しんだ」ということを踏まえて眺めることによる、二重の面白さなのだ。

水心子秀世の日本刀があった。実物をみるのは初めて。
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幕末の刀鍛冶で、勝海舟の父の勝小吉と懇意だったそうだ。
下母澤寛『おとこ鷹』『父子鷹』では、彼の拵えた一世一代の名刀がダメになるエピソードが綴られている。
また石川淳『天門』にも彼の鍛えた懐剣が、主人公の心の支えとなっており、それらの小説からわたしもまた、ちょっと憧れがあった。

上州あたりから上方までの地図もある。クリックしてください。
IMGP5915.jpg IMGP5916.jpg IMGP5917.jpg IMGP5918.jpg
IMGP5919.jpg IMGP5921.jpg IMGP5922.jpg
これがなかなか面白い。富士山、寝覚ノ床、諏訪、美濃赤坂、青墓、伊吹山、関が原、比叡、大津あたり。18世紀の地図。
他にナゾな世界地図もあった。蝦夷も琉球も描かれているが、形はビミョ?。フィリピンはあるがシンガポールは見当たらなかった。それも仕方がないか。国は新しい。

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白衣観音と月に桜の図がどちらも繊細で綺麗だと思う。絵師の名前はよくわからない。

香道具もあり、写真で見る限りは謡曲本くらいの大きさに見えるが、実は豆本である。IMGP5927.jpg

他に布袋と子供たちの絵があり、その中で特に可愛い子供を見つけた。
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この美術館とあまり所蔵品に差異がなさそうな気がする青山歴史村へ行く。
ここは長屋門が保存されていた。漢学の版木とかサントリー美術館でおなじみの『ねずみ草紙』があった。
なかなか可愛い絵である。cam064.jpg
ところでこれは共通券のリーフレットなのだが、ここに描かれているのはねずみ草紙のキャラたちである。ちょっとした遊び心で、楽しいキモチになる。
(尤も「ねずみ草紙」自体はけっこう可哀想なところのある話なのだが)
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武士の居住地から今度は町人の町へ向う。
丹波古陶館と能楽資料館は以前来たときは別会計だったが、今は共通券になっていた。
丹波焼は立杭焼同様大きな壷などに魅力がある。
並んでいるのを見ても、大きな水瓶に良さそうなもの(司馬温公の説話に出てくるような)、水草と金魚が泳ぐのに良さそうなもの、バナナの木を植えたくなるようなもの、それらが特にいい感じだった。
これら大瓶は、音響効果を良くする為の装置として、春日神社の能舞台の真下に半ば埋められていもする。
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以前来たときにチケットの半券に使われていた細い首の花瓶を見る。愛らしい瓶だった。
今もここにあるのが嬉しい。

また能楽資料館は、建物の内部構造そのものがすばらしい。
先の古陶館は「明るい民藝館」という趣があり、こちらは多少空間にゆとりがないが、その分そこにときめきが凝縮されているような造りで、いつまでもここにいたい気がした。
ただし展示されているものは出目家の能面などだから、ある種の静かな恐れが潜んでいるかもしれないが。

ここで友人が興味深い話をした。
子供の頃、母親のたんすの引き出しを好奇心から開けてみると、そこに女面があったそうだ。彼女はあまりの恐怖に泣き出したそうだ。
小さい子供には恐ろしい経験だったろう。いや、剥き出しの能面がそんな風に現れれば、誰もが心臓を衝かれるかもしれない。
わたしはその話を聞きながら、土佐に伝わる仮面の話を思い出していた。
旧家で当主が代替わりしたそのとき、一生に一度だけ神主立会いの下で屋根裏に上がり、代々伝わる面と対面する。そして誰かが分家する際にはその面を分けもするが、その家が没落すれば面を川に流さなくてはならない。偶然川に流れる面を見つけても、誰もそれを拾ってはならない・・・

能面を眺めていると、いくらでも妄想が湧き出してくる。
無限に物語が溢れてくる。
しかしそれ以上ここにいることは許されず、わたしたちは外へ出た。

他にも丹波杜氏の記念館などもあるが、そこへは行けなかった。
以前行ったことがあるが、灘五郷の杜氏はここから来ていると知って、その頃ちょうど灘の酒蔵を訪ねていたので、たいへん嬉しく思ったものだった。

そう遠くもない地なのに、なかなか再訪できないまま15年が過ぎていた。
全く変わらないものもいくつかあり、新発見したものもあり、いい探訪になった。

丹波篠山で遊ぼう

今日は丹波篠山へ遊びに出かけた。
四人のうち奈良から来るAは大阪駅から乗り、尼崎から乗るOとその妹S、わたしは宝塚から乗った。
JRは事故が多いと聞くので時間が心配だったけど、巧くゆきまして、四人ボックスでガヤガヤ。メーワクな乗客してました。
友人Sには先月のシンガポールのお礼を縷々述べる。
また行きたいわ、今度はマラッカ海峡が見たいわ、とか好き勝手なことをほざく。
宝塚から篠山口までは40分。ここから福知山への線も延びている。
予約していた料理屋さんのバスに乗って、丹波篠山の市街地へ。
鳳鳴高校前の「みたけ」で牡丹鍋をいただく。
個室のお座敷でお昼からゴチソウだなぁ。
牡丹鍋とは何かと言うと、これ。IMGP5912.jpg
猪鍋です。身を並べると牡丹の花のようだから牡丹鍋。
大量のお野菜もあり、お造りをいただいてから、いよいよ鍋に肉や野菜を。
味噌仕立てで卵で食べるのさ。IMGP5914.jpg
久しぶりの牡丹鍋、堪能しました?いや??おいしいわ??
ゴボウ、ヤマイモ、蒟蒻などもよーく味が染んで、たいへんおいしいよ。
最後におうどんを入れてぱくぱく。ああ、おいしかった。
最近わたしはちょっと贅沢していて反省しなくてはいかんのですが、やっぱり冬は冬の味覚を堪能してなんぼですな。
カニ、てっちり、牡丹鍋と続いたわたし・・・牡蠣だけ欠けてるか。
シアワセになってから、支払うとネット予約のおかげで割引があり、ますます喜んだ。
しかも町の中心まで車で送ってもらえたので、いよいよ嬉しい。
ありがとう、「みたけ」さん。

青山通りが商業の中心で、見学するべき場も集められている。
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この和風の大きな建物は元裁判所で、今は歴史美術館。1891年に建てられ、1981年まで現役だったそうだ。
わたしは丹波篠山をこうして遊ぶのは二度目。15年ぶり。あの頃は「ただ見ていた」だけだが、今は展示品を「楽しむ」状況にある。細かいことは後日。

Oが写メを見せる。「ここの栗納豆が欲しいねん」JAF誌に掲載されていたのを写している。
先頭切って歩く私はわりと店を見つけるのが早い。(だからいつも先頭か?)
そこでみんな栗納豆を買うが、わたしはそもそも甘納豆のタグイを食べたことがないので、味が想像つかない。それでわたしだけ買わなかった。
なんかグラッセ風らしいね。後で一口もらって、けっこうおいしいやんと知る。
IMGP5930.jpg街中にこんなのがいたらコワいよな。

先の美術館で4館共通券を買うたので、青山歴史村、武家屋敷・安間家史料館などを訪ねる。
内容は後日。なかなかこれはいいものを見せてもらったのだ。
駐車場の名札IMGP5932.jpg
年号ごとになってるけど、これはないでしょー的な。

洋館も少しばかりある。
IMGP5931.jpg観光案内所と土産物やでもある。
IMGP5943.jpg医院。

春になれば桜が満開になって周囲を埋め尽くすだろう、お堀端を歩く。
家鴨の群を見た。
そうそう、15年前にもここで見た。あいつらの子孫かな。そのとき白鳥もいたが、けっこう白鳥のイケズな性質を見てしまったのだ。
今は家鴨、鴨くらいがいた。IMGP5937.jpg
なんか長く鳴いてたな。

IMGP5933.jpg梅は咲いたが桜はまだ。

そこを抜けて旧街道の河原町へ。IMGP5938.jpg
この界隈は虫籠窓、うだつ等の古い様式の建物が今も残っている。
そこで丹波古陶館・能楽資料館に行くが、これも非常によかった。

しかしここでいよいよタイムアウト。
Aは奈良でもやや遠いので、五時の電車に乗らないといけない。
そこで二手に分かれた。Sはシンガポールの旦那に猪肉をお土産にするから肉屋に寄ることになり、OとSとはここで別れ、わたしはAと共にバスに乗る。
宝塚でAと別れたが、有意義な一日でしたな?。

見たものの詳細は後日に。

カラーマンホールIMGP5939.jpg
可愛い・・・









ノリタケデザイン100年の歴史

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京都文化博物館でノリタケの展覧会が開かれている。
2003年にわたしは名古屋の「ノリタケの森」に行ったが、そこで見たオールド・ノリタケの美には、感心した。
ノリタケの歴史についてはこちらへ。
世界中にオールド・ノリタケのコレクターがいると言うのも納得である。
ただ、わたしの趣味から言えば、アールデコ風味のノリタケ製品が好ましいが。
名古屋から京都なら陸続きだから名神を走ればすぐだが、こんなに歴史的価値のある食器たちを運ぶのは、やっぱりコワイものだ。(何でもそうだが)
可愛いもの・綺麗なもの・華やかなもの、それらをたくさん見た。
アメリカで爆発的に売れたと言うディナーセットを見る。
やっぱり日本人職人の手業の繊細さは、近代に入っても衰えなかったのだ。
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そのうち二次大戦で日本は負けて、アメリカの占領下に置かれる。
多くの職人を戦場に出し、材質も劣化していたノリタケは、誇りを守るため「ローズチャイナ」と言う別名で輸出を再開した。
やがて職人も戻り、質も向上したが日本は「独立」していなかった。
だからその頃の名乗りにはこうある。
Occupied Japan
占領下にあるのは屈辱だが、この頃のノリタケ製品はまた見るべきものが多いのだった。

デザイン画の豊富さにも驚いた。
チラシの真ん中に綴りものがあるが、あれがその一部。
全く素晴らしいもので、見るだけでクラクラする。
ガラス越しに見てもクラクラするのだから、上得意のヒトが買う気でページをめくれば、クラクラどころではなかったろう。

壁一面にノリタケのディッシュが時代ごとに貼り付けられている。
同じように見えても微妙に違うものだ。好みのものもあればそうでないものもある。
前回名古屋のノリタケの森ではノリタケ・アールデコの絵はがきを色々購入した。
cam063-1.jpg可愛くて綺麗。
それら大方がここに展示されているのも嬉しい。
その時代のデザイン画も可愛い。ちょっとバレエ・リュス風な感じがある。
東方の三博士をモデルにしたカップなどが可愛い。真ん中のムーア人の博士がチョコレート色で、それがまた可愛い。
どういうわけかわたしは東方の三博士が子供の頃から大好きなのだった。

冒頭に挙げた白象の実物を見る。可愛い。ゾウさんは陶製のものに可愛いものが多い。
色んなゾウさんを象ったもの(カタドルと言う言葉自体にもゾウがいる)が欲しい。

帝国ホテルで使われていたライトがデザインしたお皿もある。
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実物が欲しいと思う一方、やはり保管がコワイので諦める。
見るだけで機嫌よく終わりそうである。
展覧会は3/15までなので、また行くつもり。


ロベール・ドアノー写真展

ロベール・ドアノーの写真展を見に行った。
ドアノーと言えば、近年まで元気にパリの人々・パリの風景をモノクロームの色彩に切り取っていた写真家だ。
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パリ市庁舎前のキス 1950年のある1シーン。60年近い前の素敵なキス。

会場内にはドアノーの切り取ったパリが溢れていた。フランス語の歌が流れ、あざといくらいにパリが再現されようとしていた。
わたしもここにいればParisienneになるかもしれない・・・そんな妄想と期待が湧き出した。

色んなキスシーンを選んだ壁の前に立つ。
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キスするのはいいけれど、なんでそんなところにいるの?持ち運び用恋人なのか。
カメラマンの視線も二人には届かない。

パリの犬シリーズ。cam060-2.jpg
パリの人々は犬が好きらしい。でも好んで猫と暮らす人も多い。
飼い主は絵を描く人を見ているが、犬はカメラ目線。

連作で面白いものがあった。
電話ボックス内にいる婦人の飼い犬と、電話を待つ男性の犬とのマナカイ。でもそのムツミアイはご婦人の長電話に呆れた男性が去ることで、途切れてしまう。

しかし一番面白い連作はやっぱりこれだろう。
ドアノーの友人のギャラリーに飾られたヌード絵を見る人々の反応。
ドアノーはそれを次々に写し撮る。
・ ギョロ目を向く奥さん。ヒンシュクしているらしい。
・ 妻はそれを無視して違う絵を見る。夫もそれに従うような振りで、ヌードを眺めている。
・ よく見えないから、よく見ようと努力する男性。
・ 冷静に眺める女性。
・・・・・・いいなぁーちょっといぢわるで。こういうのをヒューマンコメディーと言うのか。
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ヒトから離れて、パリで最も有名な怪獣へ。
この構図は本当に素敵。cam060-1.jpg
わたしはパリに住む彫刻群で一番見たかったのは、実はこのノートルダムの怪獣だったが、とうとうまともに見ることが出来なかった。
残念だった。しかし自分の目で見るより、ドアノーの視線を通した<彼>を見る方が、しっくり来ているような気もする。

面白い構成の作品があった。架空のアパルトマン風景。
こういう状態はヒッチコック『裏窓』オープニングを思い出す。
色んな窓に映った人々の暮らしぶりをここの嵌め込んで作り上げた、架空のアパルトマン風景。・・・・・今から思えばこれってプライバシー侵害になるのでは?・・・深く考えないでいよう。

子供らが遊ぶ姿も可愛いし、市井の人々のちょっとした仕種・表情などが本当に今そこにあるかのような、情景。
橋からセーヌ川へダイビングする若い男の子たち、化粧直しする女、裏通りで列を成す黒猫家族。
有名なヒトの姿もある。
いい女だな、と思ったジュリエット・グレコ、それから横顔のピカソ、機嫌よく歩くジュリエット・ビノシュ。
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面白い企画があった。「パリのありふれた少年の物語」そう題された物語。
一人の少年の半生が綴られている、パリにあふれる彫刻をカメラが選び取って。
これはなかなか面白かった。何故か見るうちにサイモンとガーファンクルの「ボクサー」の歌が頭の中に流れ出してきた。全然違うはずなのに。
いい作品に出逢うと、時々こうして音楽が勝手にわたしの頭の中に流れ出す。

60年以上の仕事の中で色んなシーンを見たろうが、やはり戦後しばらくくらいの時代の作品には、どことなくせつなさが漂っている。
それはドアノー自身が意図したものなのか、そうでなく「捉えてしまった」ものなのかは、知らない。
流しのアコーディオン弾きの女。彼女を追うドアノー。三枚ほどの連作を見たが、画面全体がどことなく、うらさびしい。
軽妙洒脱というだけでなく、せつなさもそこに活きることを知る。
Robert Doisneau ParisRobert Doisneau Paris
(2005/11/15)
Robert Doisneau



展覧会のタイトルを改めて思う。
Paris en liberte 『パリ・ドアノー』
なるほど、ドアノーの切り取った風景は、やっぱりパリそのものなのだった。

吉祥 ?福・禄・寿を中心に?

裏千家の茶道資料館では2/15まで「吉祥 ?福・禄・寿を中心に?」という展覧会が開かれている。
わたしは特に習ってはいないが、随分以前からこの茶道資料館にはお世話になっているので、キモチ的には裏千家ファンというところです。
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今回は所蔵品だけではなく、三井記念美術館、中村記念美術館、石川県立美術館、田畑コレクションなどからの出品も多く、とても見応えのある内容だった。

まず柴田是真の描き表装『掛蓬莱図』から始まる。
これは蓬莱山を描いたのではなく、めでたい飾り物セットである<蓬莱>を描いた掛け軸。しかもかなり上部に描いているから、これを掛ければ軸ものというより、本当に蓬莱を掛けたように見える拵えである。巧い造りである。
そういうところに是真の真価があるように思う。

田畑コレクションから綺麗な小袖が来ていた。以前田畑コレクションを見ているが、素敵な小袖が多かったことを思い出す。
真青な地に謡曲「高砂」の文字が散らされていて、裾には浦風景が描かれていた。
そういえば、高砂市は今度まつぼっくりをイメージしたゆるキャラを造り、名前を募集している。

元禄年間の掛け服紗がある。これらは綱吉の側室から興福院(コンプイン)に奉納されたものだそうだ。綺麗な刺繍が全体を埋めていた。
まことにめでたい図柄である。

鈍翁の書もあった。「寿老」。81歳の作品。ご本人も寿老な年頃だ。

三井からは永楽のいい焼き物がたくさん出ていて、本当に目の保養だと思った。
また、三井記念館ではまだ見ていない作品が多かった。
永楽家と三井家の関係は以前、香雪美術館でも見ている
交趾写花唐草文筒花入れは保全の作。
まるで法花のような造りで、色の濃さも派手で綺麗だった。
祥瑞写しの名品もある。やはり幕末の陶工では、永楽保全がベストだと実感する。

一方、造り手の名前のわからない焼き物にも名品は多い。
石川県立美術館から来ている色絵がそう。
あんまり良くて欲しくてしかたなくなった。
やっぱ工芸品は自分の手で撫で回してみたい。そんなことをすればいよいよ欲望は増すのだが。

絵の方もいくつか面白いものを見た。
田中訥言『寿の字に蓬莱山』 これは遠くから見ると、大きな「寿」一文字図なのだが、近くで眺めると、字の画の中に蓬莱や鶴亀、松竹梅と言っためでた尽くしが描き込まれているのだった。けっこうこういうの、好きだな。

富田渓泉『八臂弁財天』 まためでたい弁天さんで、千手観音ほどではないが腕の多い姿になっている。ほのぼの明るいお顔がめでたくていい。

面白い茶器を見た。これは今の作家による作品。
七福茶器 留守文様というべきか、<それ>を見て誰かを悟らせる拵え。
打ち出の小槌、魚篭、砂金袋、鱗文、鎧櫃、長頭、鹿角。
可愛い造りだった。

これらを楽しんだ後は、立礼式でお茶をふるまってもらった。
お菓子は今日は二条若狭屋の白梅で、もっちりとおいしかった。
次はご近所の宝鏡寺のお雛様公開の頃に出かけよう。

ガレ・ドーム・ラリック・・・再び眺める

既に終わってしまったが、難波の高島屋で『ガレ・ドーム・ラリック アールヌーヴォーからアールデコへ 華麗なる装飾の時代』展を見た。
これは京都に始まり名古屋、横浜、日本橋を巡り、難波が終着の展なので、既に京都で見ていたわたしは「再会した」と言うべきかもしれない。
しかし、会場が変わると随分趣が異なるように思う。
入るとすぐ、ポーラが出版している冊子をくれた。ありがとう。
会場で読むには暗い照明なので、後で読むが、ぱらぱらめくると、なかなか面白そうな内容である。
夏の京都展でのチラシ。mir756.jpg

この展覧会はガレ、ドーム、ラリック、ルイス・ティファニーをメインにしたガラス工芸の美と、ポーラやアルビオンが集めた19世紀末から20世紀初頭の化粧品類と、バルビエらの絵を愉しむ展覧会、として百貨店・高島屋の空間に展開されている。
バルビエの作品はこちらで楽しめる。
以前みたのはいつだったか思い出せない。
後で調べると夏だとわかったが、調べること自体に意味があるかどうか。
こうした工芸の美を見せる展覧会は、そのときどきに楽しめばよいのだ。
美は何度でも味わいたい果実なのだ。

ガレ、ドーム、ラリックと時代に沿った展示がなされた空間を行く。
自分の好きなものの特性がよく見えてくる。
いい感じに展示されていると思うのは、作品それ自体の魅力を最大限に味わえるようにしつらえた、その意識の高さに惹かれるからか。
人の手を経なければ生まれでない美に、ただただときめいた。

好きな色は山吹色だと人に言う。実際山吹色の小物を見ると、それが何であろうと欲しくて仕方なくなる。
黄色とオレンジも好きだから、ときどき全身をその系統色でまとめてしまうことがある。
しかし不思議なくらい、ガラスや磁器は青色が好きである。
ティファニーの青色の花瓶に惹かれた。
形はまるで蕗の葉が咲いているようなものなので、あまり形としては好みではない。
しかしこの青さが見事だと思った。
ガラスと言うよりZsolnay工房のエオシン釉のような趣がある。

何度でも眺め、何度でも味わう。美の衝撃が薄れ麻痺してきたら、目を閉じる。
やがて不意に目を開ければ、そこに美の衝撃がある。
「以前に見たから、もういい」という言葉が失われる。
わたしの酷愛に耐えたものに、ふたたびみたび、視線を向ける。
わたしの貪欲な視線に曝されながら、しかしいよいよ美しく耀く。
ソンスウカ、シカンカ。
それが美しい工芸品に対しての礼儀だと思う。

眺める喜びには満足しつつ、触れることの出来ない鬱屈を抱えて、わたしは会場を後にした。


特定の場所での記憶

ここへ来ると、そのことを必ず思い出す そんな場所が誰しもあるはずだ。
わたしにもいくつかある。
今日はそのことを記してみたい。

渋谷区松涛  
松涛美術館に行こうとすると、以前はよく道を間違えた。今ではそうそう間違えなくなったが。
ある年の正月、大雪で誰もいない渋谷にいた。目の前に黒犬を散歩させるカップルがいたが、こんな大雪の日にエライモンヤと感心していたら、いきなり犬が消えた。
しばらくすると、数メーター先の雪が崩れて、ワフーと吠えながら黒犬が雪の中から飛び出してきた。道も側溝も雪で埋もれていたので、犬は溝に落ち、もがきながらその先へ向ったらしい。
飼い主より犬の方がエライモンヤだったのだ。
このとき、松涛美術館では中庭の噴水にも雪が降り続け、噴き上がる水と降り続ける雪とのぶつかりあいが、この世のものとも思えぬほど美しかったのを、忘れられない。


京都市美術館  
丁度去年の2月、京都市美術館の撮影に出かけた。
集合は午後二時なので、近くのコンビニでわたしは立ち読みをしていた。
そのとき、わたしがかなり気合を入れて読み続けているマンガのキャラが、射殺されてしまった。
予想していなかったので、大きなショックだった。
それから何度も何度も京都市美術館へ来ているのだが(無論その以前も)、あの日以来、どうしてもそのことを思い出してしまう。ここでそのキャラが撃たれたわけでもないのに。
たぶん、この先もずっと変わることなく、そのことを思い続けるのだろう。


ドイツ文化センター(京都) 
ここの名を思うだけでいつも思い出すのは、クラウス・キンスキー主演ヴェルナー・ヘルツォーク監督作品『コブラ・ヴェルデ』だった。

子供の頃からドイツに対して漠然とした憧れがあった。
それはドイツ文学への偏愛と、ドイツの日常的な工芸品の質の高さを褒めそやす習慣が、わたしの家にあったからだろう。
やがてわたしはドイツ映画にもひどく耽溺した。
少し前にもここで『カリガリ博士』の紹介もしたが、ドイツへの憧れは心の底に堆積し続けている。
いつかあふれ出す日もまた、来るだろう。
わたしのドイツ熱が絶頂だった頃、ドイツ語講座を開設していたのはここだけしかなかったようで、長らくこの場所はわたしの憧れの地としてあった。
しかしわたしはその場へ足を向けなかった。
向けない理由はいくつかあるようで、ないのかもしれないが。
やがてある年のゴールデンウィークに、神戸で遊んだわたしはそのまま京都へ向った。
ドイツ文化センターで『コブラ・ヴェルデ』が上映されることを知ったからだ。
バスを乗り間違え、走っている間も、緊張と期待が過度に溢れ、わたしは言葉もないままわめいていたように思う。
この映画の原作はブルース・チャトウィン『ウィダの提督』だが、映画作品としてはあまり評価は芳しくなかったらしい。(それで一般公開がなかったのだ)
しかし観客であるわたしには、心に残る一本になった。
キンスキーの金髪の美しさに衝かれたからか、「貧者の中の貧者」という形容に、神話的なものを感じ取ったからか、わたしには偏愛の一本となった。
だから今でもドイツ文化センターという名を思うだけで、子どもの頃の憧れと『コブラ・ヴェルデ』へのときめきが胸にあふれ出すのだった。



映画館 
わたしはどの映画をどこで見たか、そのことによくこだわる。「いつ見たか」は忘れても、「どこで見たか」は忘れない。中には見たこと自体を忘れている映画もあるけれど。
その劇場の前を行きすぎれば、そこで見たときの記憶が蘇る。
複数の作品を見ている劇場であれば、それぞれの記憶が流れ出す。
こういうのをなんと言うのか。エピソード記憶と言うのだろうか。
場所に固執しても、時間を覚えていないのは何故なのか。
ちょっと不思議な気がする。

節分に何をするか

今日は節分なので、当然ながら海苔巻きを食べる。そう、恵方を向いて丸かぶり。
この習慣は今では全国に広まっているそうな。
豆まきはスタレても、丸かぶりが流行るのが面白い。

ママのお手製の巻き寿司(切る前)
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これを丸かぶりしたのではなく、丸かぶりは無言でするから、息が詰まるので、もう少し細巻きのでいたしました。

切ったところ。IMGP5907.jpg
花柄やウサギさん柄☆柄にはならず、フツーの巻き寿司です。

イワシも焼きました。IMGP5904.jpg
ええイワシでおいしうございましたよ。
それを庭のヒイラギの枝に直接刺してきた。
毎年毎年してるが、翌朝は骨も見当たらない。
外猫の夜食になってるんですな。

わたしは豆まきもします。IMGP5905.jpg食べたし。

知人宅では、豆だけでなくお菓子を撒く風習があるそうな。
それもなかなか大変やなと思うわ。

明日は立春大吉。お雛様もそろそろお出ましの時期です・・・
(出すのも遅く、片付けも遅いわたし)

シンガポール切手博物館

消防博物館はおいといて、切手博物館のことを少し書く。
世界各国アチコチに切手博物館がある。何もそれをメインにせずとも、コレクションの一つに「切手コレクション」もありますよ、という美術館もいくつか知っている。
たとえば三井記念美術館、龍谷大学などがしばしば展覧している。
切手は小さな美術館であり、博物館・水族館・動物園・観光ガイドでもある。

シンガポールの切手博物館は楽しい見せ方をしている。
ただの展示ではなく、工夫を凝らした見せ方だから、なかなか楽しめた。
今年は丑年だから、牛を描いた切手も色々集められている。
切手だけでなく、おもちゃやヌイグルミもあった。
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映画の切手も色々。
「ロード・オブ・ザ・リング」IMGP5742.jpg
「ナルニア」IMGP5745.jpg
IMGP5744.jpg「ハリ・ポタ」・・・
著作権とかダイジョーブなのか、中国?

それから「トムとジェリー」「ミッキーのファンタジア」「タンタン」などがある。
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「ピーター・ラビット」もあるが、「ムーミン」切手、欲しいな・・・
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行ったその日はコミック特集で、主にアメコミのヒーローもの、一枚絵の風刺マンガ、韓国のイラスト系などが展示されていた。
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これらがみんな切手と言うわけではなく、本の紹介で終わっているのもある。
「バットマン」ちょっとアブナいよ、むふふ。
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他に枠の中に顔を出して、切手になる(!)コーナーもあった。
そうそう、これはどこの国なのか。北斎と深水とをコラボした切手シート。
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大正頃の深水の版画美人。IMGP5758.jpg

遠い国で色々と楽しんだ。
IMGP5747.jpgここの国でも赤いポスト。

2月の予定と記録

あっという間に2月ですね。
今年は出発点でいきなり海外に出かけたもんですから、色々と大人しく暮らしました。
2/20?22が都下におり、川越にも参ります。
時間配分・順序などで少し悩むところがあるんで、今から思考を重ねないとあかんようです。
3月と4月の予定はまだ未定。飛行機の予約があるので、早く考えたいけど、ちょっとアタマが動きません。
花見は関西の桜にするとして、2月の梅をどこで楽しむか。
・・・ムツカシイですね。

大谷大学博物館「京都を学ぶ みやこの姿」 ?2/14
京都国立博物館 京都御所ゆかりの至宝?甦る宮廷文化の美? 後期
京都府京都文化博物館 ノリタケデザイン 100年の歴史 ?3月15日
美術館「えき」KYOTO ロベール・ドアノー写真展 ?パリ・ドアノー??2月22日
大阪市立東洋陶磁美術館  濱田庄司 ?3月22日
大阪歴史博物館  お菓子の博物館 ―初公開・山星屋コレクション― ?4月6日
芦屋市立美術博物館  近世大坂文人画の世界 ?関西大学コレクションを中心に??2月22日
頴川美術館  館蔵品の光彩 二 2月8日?3月15日
神戸ファッション美術館 華麗 大正浪漫 ―渡文コレクションの着物たち― ?4月5日
国際基督教大学博物館 湯浅八郎記念館  帰ってきた浮世絵 CHIKANOBU?3月19日
中近東文化センター ヘレニズムの華ペルガモンとシルクロード発掘者カール・フーマンと平山郁夫のまなざし?5月6日
出光美術館 小杉放菴と大観 ―響きあう技とこころ― 
文京区ふるさと歴史館 蔵出し!文京ゆかりの絵画― 逸品・珍品、勢ぞろい ―
見え隠れする纏 ―天井裏の守護神伝―?4月26日
永青文庫 ものがたりを楽しむ ?3月15日
弥生美術館 夭折の挿絵画家 小林秀恒展 僕は死にたくない…!まだしたいことが沢山あるのだもの…?3月29日
竹久夢二美術館 竹久夢二 乙女によせるメッセージ展 ?絵と詩で紡ぐロマンチシズム? ?3月29日
講談社野間記念館  帝展期の東京画壇 ?3月8日
菊池寛実記念智美術館 加藤唐九郎・重高・高宏 窯ぐれ三代展 ?3月8日
三井記念美術館  三井家のおひなさま/きものー明治のシック・大正のロマン・昭和のモダン 2月4日?4月5日
大倉集古館  追憶の羅馬展―館蔵日本近代絵画の精華 ?3月15日
泉屋博古館 分館  近代の屏風絵 ?3月15日
東京国立近代美術館フィルムセンター 無声時代ソビエト映画ポスター展 ?3月29日
東京都庭園美術館 ポワレとフォルチュニィ ?3月31日
東京都美術館 生活と芸術 アーツ&クラフツ展 ウイリアム・モリスから民芸まで ?4月5日
目黒区美術館  祝祭の衣装展?ロココ時代のフランス宮廷を中心に 2月11日?3月29日
山種美術館  松岡映丘とその一門 山口蓬春・山本丘人・橋本明治・ 高山辰雄?3月1日
国立新美術館 加山又造展 ?3月2日
川越市立美術館 田中屋コレクション 小村雪岱×岩崎勝平 ひとを極める?3月22日

風邪にも流感にも無縁でいたいものです。
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