美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

ルオー 色の秘密

汐留ミュージアムで「ルオー 色の秘密」を見た。
ステンドグラス職人の道から始まっただけに、独特の描き方をする画家で、白樺派の支持もあり、早い内から日本で人気が出ている。
ニガテと言えばニガテなのだが、それでも時々「とても好きな作品」のある画家なので、それが見れたら嬉しいと思った。
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とにかく敬虔な画家なので、作品にもキリストが多く現れる。
そこのところがニガテなのだが、今回の展示にはむしろ少ないようだった。
それと厭世的なところが、わたしにはきつい。なにせキョーラク的な世界が好きなもので。

第1部 初期 闇と光
第2部 中期 マティエールへの夢
第3部 後期 形、色、ハーモニー
こういう構成で作品が並ぶ。
それより何より驚いたのは、ルオーの作品の殆どが「キャンバスではなく紙に描かれている」ということだった。
え゛っ?!という感じ。あの重厚なキリストの顔とかも?
「ユビュ親父」などの版画作品は無論のこと紙だが、小麦粉を焼き重ねたようなマティエールの作品が、布ではなく紙に描かれていたとは!
よく破れずにいるなぁ、というのが率直な感想。紙と言うのはえらいもんです。


ただしモローの教えを受けていたころに描いた「ゲッセマニ」はキャンバスに描いていて、絵の風貌も異なる。モロー風と言うより、ドラクロワ的な絵に見えた。
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「ミセレーレ」「ユビュ親父」「サーカス」などの銅版画を見る。
特に「流れる星のサーカス」シリーズがいい。
様々な技法で拵えた版画。
なんとなく泥絵の具のガラス絵風にも思われる。

チラシの「マドレーヌ」の豊かな色彩に惹かれる。唇に浮かぶ微笑もいい。
こういう作品が好きなのだ。

ミュージアムでは製作中のルオーを写した写真などもあわせて展示している。
なんだか枢機卿のようにも見えた。

「女曲馬師」 この背景の青色の深さに心が揺れる。一色ではなく、数色重ね・集められて生まれた青。「綺麗だ」と一言で表現できない青。
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「飾りの花」 明るい色調が嬉しくなる。

展示の流れがいいので、見終わる頃には自然と「ルオーの色の秘密」がわかったような気になっている。所蔵品の展示だけでも、このように方向性を付与することで、違った楽しみが湧いてくる。
機嫌よく見て回って、楽しく出て行った。展覧会は3/22に終了し、次は「ヴォーリズ展」。滋賀で既に見たものだが、これもとてもいい展覧会なので、多くのお客さんがご覧になれば、と思う。
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モーリス・ジャール追悼。

新聞にモーリス・ジャールの訃報があった。
「アラビアのロレンス」「ドクトル・ジバゴ」「シベールの日曜日」「史上最大の作戦」「パリは燃えているか?」「将軍たちの夜」「ブリキの太鼓」「王になろうとした男」「インドへの道」・・・
多くの映画音楽を生み出した巨匠だった。
全てわたしの好きな映画であり、好きな音楽だった。

壮大さと軽快さが同時に存在する作品作りだったと思う。
わたしの頭の中では時々「ドクトル・ジバゴ」の「ラーラのテーマ」が流れる。
ハナウタで「アラビアのロレンス」の砂漠を走るベドウィンとロレンスたちの背景に流れるメロディを歌う。
歌詞も理解していないくせに「パリは燃えているか?」の歌が口をつくこともある。
昨日なんか偶然にも「王になろうとした男」のことを延々と思っていて、youtubeで探して、見ていたところだった。

そして「ブリキの太鼓」。モーリス・ジャールの作曲した中で一番好きな音楽。
どの曲も好きで仕方ない。
「カシュバイの野」「オスカルの太鼓」「おもちゃ屋マルクス」「ポーランド郵便局襲撃」「ロスヴィータ」・・・
ちょっと泣きたくなった。いい音楽をありがとう。
これからも何度でも繰り返し聞き続けるだろう。耳に入らずとも、頭の中ででも。

大観と武山/樺島勝一

「大観と武山」展を見に、野間記念館に行った。
無論これがメインではあるが、併設展「誌上の光彩」シリーズの「樺島勝一」を見るのも目的だ。
先に大観と武山から。
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木村武山も大観らの後について五浦で制作に励んだ同志なのだが、大観、春草、観山らに比べると知名度が低い。作品もあまり表に出ない。
有名どころでは、茨城県立美術館所蔵の「熊野」と「阿房劫火」がある。

野間の所蔵品には他ではなかなか見られない画家の作品も多いので、嬉しい。

武山 慈母観音  チラシ右。狩野芳崖の「悲母観音」と共通するところが多い。
この絵に限らず、武山の色調はわりに明るく澄んでいる。
その点で、百年前の作品に見えないときがある。修復した後の絵に見えるのだ。

大観 夜梅  日中の梅より夜の梅の方が魅力が深い。以前から好きな絵だが、改めて対峙すると、梅の香が漂ってきそうである。

春雨、月明  この辺りの作品は小杉放菴との付き合いがあったからこその作品だと感じる。穏やかな和やかさを感じて、好きな二枚。

大観 千代田城  この角度での「千代田城」はそれこそ勝海舟が江戸城明け渡しのあと、振り向いたときに眼に映るそれ、のように思える。
描かれたのは1926年。江戸城明け渡しからたった60年後なのだ。

武山 神武天皇  神武天皇東征伝説。彼の持つ長い棒?の先にはヤタガラスではなく、何か猛禽がいる。去年五月以来の再会。
こちらは彩色も静かで薄い。

武山 鴻門の樊噲  「項羽と劉邦」のエピソードでも特に面白いものの一つ。
この絵は濃い目の彩色で、ドキドキする雰囲気がある。絹本着色だが、これは雑誌「キング」のための口絵なのだ。だから色もやや濃く描いている。
商業芸術には、やはりそそるものがないとアカンのだ。
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誌上の光彩シリーズは今回、樺島勝一を選んでいる。
昨秋には弥生美術館で回顧展もあった。
あのときはわりに「正チャン」もあったが、今回はスーパーリアリズム作品のみ。
それは正チャンは朝日新聞で連載、講談社系ではリアリズム作品を描いていたから。
「敵中横断三百里」「浮かぶ飛行艇」「吼える密林」「太平洋魔城」などが各10点以上出ていた。実に嬉しくて仕方ない。

そして本郷義昭の活躍する「大東の鉄人」と「亜細亜の曙」があった!
挿絵原画を前にして、心の中で「きゃ??本郷さん??黄子満??」と叫びましたね。
惜しむらくは「日東の剣侠児」がないこと。
「亜細亜の曙」についてはこちらになかなか興味深いサイトがあった。
原画をフジョシ的マナザシで凝視する。
「亜細亜の曙」では印度の王子ルイカールが可愛いのと、身体検査させられる本郷さんの鍛え上げられた肉体にドキドキなのだった。
そのシーンの山中峯太郎の文もいい。
「後ろに立っている小水兵が裸になった本郷を見上げると、「ホーッ」驚いて口を尖らせた」
うーん、すてきすてき。
複葉機が飛び交う空など、見るだけでわくわくするシーンが多い。
戦争はイヤだが、戦前のこうした冒険小説は理屈抜きに大好きなのだ。

かなり楽しんで眺めて廻った。まったくいつ来ても野間はいい。5/17まで。


薩摩焼

既に終了してしまったが、江戸東博で「薩摩焼」展を見た。
薩摩焼は関西では時々見ることもある焼き物なのだが、こうした大きな展覧会は初めてらしい。
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チラシには元気そうな唐子のついた香炉が見える。
こういうものは見たことがないが、その上にある水差や手桶などには馴染みがあった。

こうした工芸展は目移りすることが多く、そのくせ「これがいい!」というのも案外みつけられなかったりする。
だが、それだからこそか、思いつめることもなく明るい心持ちで、一つ一つを眺めることが出来る。

わたしはドラマを見ないひとなので昨今の「篤姫」ブームは知らない。時代劇専門コミック誌「乱」でみなもと太郎が「風雲児たち」を連載しているが、最新号でその篤姫が出ているのを見た程度だ。
その篤姫が好んだ薩摩焼も出ていて、実はそれがいちばん気に入った。
いかにもお姫様が喜ぶような愛らしさがある。
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特にわんこの置物などは可愛くて可愛くてしかたない。
撫でると冷やっこいところがまた可愛いのだ。

文鎮は実際に使ったものだと言うが、こういう愛らしい装飾絵のものを日常使いにすると、心持ちも明るくなる。
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他に気に入ったのはやはり錦手のものが多かった。
錦手群猿図双耳花瓶 これは「猿の狙仙」と呼ばれた森狙仙の絵に似ていて、造り手も模意識していたのかも知れない。
ヨーロッパ向けに造られた薩摩焼は、絵柄がプリントされたもののような感じにも見えた。

色絵金彩象形香炉 象の背中に小さい楼閣が乗る。唐子たちが纏いつく。楽しいゾウ。
しかしこれはエレファントの象ではなく、「ロード・オブ・ザ・リング」のオリファントに似ている。

沈壽官をはじめ、朝鮮の陶工たちがいなければ、薩摩焼は生まれなかった。
高温度焼成の磁器を生み出すために、土から探していかねばならないし、様々な苦労もあったろう。
だがそれだけに生まれてきた磁器の美に、人々は驚嘆したろう。
そしてそれが世界に輸出された。
明治日本の輸出磁器は、薩摩焼と眞葛焼が多数を占めていたというのも、わかる話だ。江戸時代初期までは有田・伊万里だったのが四百年の間に変わったというのも、面白い話なのだが。

展覧会のタイトルが「パリと篤姫を魅了した伝統の美」とあるだけに、フランスでは浮世絵だけではなく陶磁器の美も伝わっていたのだ。

薩摩焼だけではないが、20世紀初頭の首相ジョルジュ・クレマンソーは小さな香合に惹かれ、3000点もの香合を蒐集した。それが今ではモントリオール美術館に納められ、5年前には日本でも展覧会が開かれていた。
幕末から明治にかけての日本の磁器が、今も世界中で愛されているのが嬉しい。
いい展覧会だった。

無声時代ソビエト映画ポスター展

フィルムセンターでソビエト時代の映画のポスター展が開催されている。
「無声時代ソビエト映画ポスター展」
とにかくポスターと言うものは商業芸術特有の使命を負わされている。
「いかに眼を惹き、いかに客を呼べるか」
そこから背けばポスターの命はない。

三期に亙る展覧会で、わたしが見たのは最終期のもの、「1929年10月以降の作品を中心に」
つまり時代で言えばロシア構成主義がソ連国内では廃れて、亡命作家たちにより西洋にそれが広がった頃だった。
今終わったものが一番新しい、という言葉を実感する。
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これまで何度かソ連映画のポスター展を見てきたからか、何点が知るもの・好むものもある。
‘97年の展覧会は見ていないが、’01年の展覧会は見ていて、かなり興奮していた。
本当は今回も通期見ればよかったが、なかなかそうもいかない事情がある。
とりあえずラストの分だけでも見れて良かった。
中でも特に好きなのを集める。

アジアの嵐  (1929年、フセヴォロド・プドフキン監督)
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妙にかっこいいし、ロシア語なんか一語も読めないが、ドキドキする。
つまりとても「ソソラレ」るポスターなのだ。荒野で神と人間とのハザマに立つ苦悩に打ち悩む神学者の絵などより、ずっとこっちに惹きつけられるのだ。
意味がわからずとも、カッコイイものはカッコイイ。

グラフィック・アートの良さを堪能する。そしてその邦題にも勝手にときめく。
タイトルを並べるだけでドキドキがあるのは、’50年代までに生まれた作品の特権だろう。

イワン・カラヴァーエフの犯罪
コーカサスの門
破壊された神々
嵐の道
凍てつく運命
ヘヌィチャルのツングース人
・・・・・・

大地  (1930年、アレクサンドル・ドヴジェンコ監督)cam131.jpg
ちょっとプロパガンダがきつすぎるようだが、ロシアではなく、いかにもソ連なところがいい。
  
特別極東軍  (1930年、ミハイル・エゴロフ監督)
阿片  (1930年、ヴィターリー・ジェムチュジニー監督)
ギガント(巨人)  (1930年、リジヤ・ステパノワ監督)

この辺りもタイトルといい、構図といい、素敵だ。レトロな映画には不可思議な魅力がある。
日本でも旧大陸でもそれは等しい。
そういえばこの時代の冒険小説には、ときめくような単語とルビ遣いがある。
新大陸と書いて「アメリカン・コンチネンツ」という読ませ方をしていたり、浦塩でウラジオストック。尤も後者は日本が進駐したからなのだが。

静かなるドン  (1931年、オリガ・プレオブラジェンスカヤ、イワン・プラヴォフ監督)
今では新田たつおの長期連載マンガを思い出すが、ショーロホフの名作を映画化したものなのだ。
ドンは首領ではなく、ドン川。大河小説というだけに(ベタなことを書くぜ)川のほとりに住まう人々の群像劇。コサックという存在を知ったのは、多分この作品からかと思う。 

ピョートル一世  (1937年、ウラジーミル・ペトロフ監督)
わたしはピョートル大帝のファンなので、このポスターを見て喜んだ。
ピョートル大帝のさまざまな事績が頭の中を駆け巡る。
見たい作品だと思った。

今回残念ながらエイゼンシュタインの「イワン雷帝」やフョードル・オツェブ「生ける屍」を見れなかった。でも「生ける屍」は常設でもよく見かけるから、それでいいか。
ソ連のグラフィックアートの方向性がはっきりしていて、かなり楽しめる展覧会だった。
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今度は久しぶりに御園コレクションの活動映画ポスターが見たいと思った。

さよなら青山ユニマット美術館

青山ユニマット美術館の閉館が今月末だと知って、ちょっとジクジたる思いにかまれた。
何しろいつでもあるだろうと思っていたから、これまで行かなかったのだ。
それで始まりの終わりというか、終わりの初めで外苑前に出た。
シャガールのいいコレクションがあることを知っていたが、確かにその通りなかなか素敵な作品が掛かっていた。
こう言う状況は好きだ。
若い頃の長渕の歌「time goes around」が頭に流れ出す。
・・・壁に掛かったシャガールにもたれながら 見下ろすハーバーライトの数を・・・
なんとなく明るい気持ちになる。
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赤と青を隣同士で使う絵でイヤではないのはシャガールだけだ。
チケットにも使われている。
いつもシャガールの絵は色彩ばかりに目が行くが、たまに「凄い美人」を見ることもある。
このひとがそう。
綺麗な女のひとの絵を見るのは楽しい。

20世紀半ばまで活躍した画家の作品には、都会的なセンスがある。
パリで名を挙げたからか。むろんそれだけではないのだが。


いつか大掛かりな回顧展を開いてほしいキース・ヴァン・ドンゲン。
皮膚に独特の緑色が使われているが、それは生気を失わせるためのものではない。
上流階級の婦人たちは彼に描かれることで、その彩りをより明らかにしたのだろう。

ソフトな優しさに満ちたマリー・ローランサン。灰色を暗い色だと感じさせないのは彼女の作品だけだ。灰色の隣にはいつも優しく少しの艶を含んだピンクが寄り添う。
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色覚と聴覚が入れ替わるとサイケデリックな情景が生まれると言うが、ラウル・デュフィの作品には、形がある。
オーケストラの絵を見るだけで、音楽が聴こえて来る様だ。

ピエール・ボナールの1910年代から20年代に描かれた女たちは、誰もが着心地の良さそうな衣服を身につけている。わたしたちはその布の触感を眼で確かめる。

フジタの絵が数枚掛かっていた。一番好きな時代のものが並ぶ。
白い膚、バラ、猫。
争う猫たちの何と言う可愛さ。群猫図を描かせれば、国芳とフジタが世界一だと信じている。
声まで聞こえてきそうだ。

二人の裸婦  クールベ、ロートレックの次に女たちの秘めやかな愉しみを描いたのはフジタだった。
原題は“brune et blonde”。二人の女は髪を短くしているから縺れあうこともないだろう。
縺れ合うのは肩に廻された指先だったのかもしれない。


シャガールやエコール・ド・パリの後にはミレーとバルビゾン派の絵が待っていた。

ミレー 犬を抱いた少女  裕福そうな家の女の子がこちらを見ている。
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今回チラシに選ばれたのは、この愛らしい少女だった。
おしゃまな目をした女の子。
数ある「少女画」の中でも上位に入る可愛らしさだった。

クールベ シヨン城  クールベは他にも同一モティーフの絵を残しているので、以前見たものかそうでないのか、ちょっと判別がつかなくなった。
バイロンの詩が蘇る。そしてアンデルセン「氷姫」もまたバイロンの詩を想い、この城を遠望する人々が現れる。
詩と絵のイメージが完全に合致して、離れ難く結びついている。
現実にこの城を見たとしても、たぶんわたしの意識には実景ではなく、クールベの絵が見え、バイロンの詩が浮かんでくるだろう。
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ナルシス・ディアズ・ド・ラ・ペーニャ キューピッドと戯れるヴィーナス  艶かしいヴィーナス。キューピッドも狎れすぎている。くちづけの痕が残らないようにしないとね。
ド・ラ・ペーニャの描く女たちの姿には、いつもいつも魅惑される。きっと、アルマ=タデマの女たちとは魂の姉妹に違いない、そんな気がする。

いい絵を眺めてから階下へ降りると、ミュージアムショップの商品がすべて20%offになっていた。
しかし本当に欲しいものに限って「ない」ので、少し残念だった。
青山ユニマット美術館は今月末で終わる。その後はどうなるのか、知らない。


桜さくらサクラ・2009

兜町から千鳥ケ渕に移って十年、とうとう山種の春も来年から別な場所で愉しむことになるのか。
桜さくらサクラ・2009。散ってしまった後の、5/17までの展覧会。
既に空間そのものが桜の園だった。
わたしは自分の好みに合った枝振りのよいのや、夜桜の綺麗なのや、花の中に佇む美少年を大いに堪能した。
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桜をタイトルにした文芸作品や芝居を挙げてみる。
桜の樹の下には
桜の森の満開の下
桜守
桜姫東文章
すべて好きな作品。日本人が桜を愛するようになった心の流れについては、山本健吉が素敵な考察をしている。

二年前、京都で「富士と桜 山種コレクションから」展を見た。
そのときの桜絵24点のうち、16点とここで再会した。

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菊池契月 桜狩  この美少年と馬とは、二年前京都にも現れた。
少年の凛々しさは、心が気高くあれば持続するが、美しさはこの桜と同じく散りゆくもの・残らぬものなのだ。
それだけに深く心に残る。また昔から「駒が勇めば花が散る」と言うように、二重の意味で桜が散ることを予期させ、いよいよその儚い美しさに、否応なく引寄せられるのだった。

小林古径 入相桜  道成寺のラストシーンに古径はこの入相桜を描いた。女の妄執も男の怯惰も全てを焼き尽くし、後に残るはただただ美しい桜、そればかり。この桜は何も見ぬようにして、全てを見ていたのだ。静かな佇まいの桜ではあるが、それは恐ろしいもの・醜いものを見据えた果ての花なのだった。

川崎小虎 山桜と雀  小虎の雀は愛らしい。「ふくら雀」と言う言葉そのままの姿を見せている。ヒトの暮らしに一番近い鳥は雀だと思う。その雀への優しい眼差しがある。そしてソメイヨシノではなく、山桜と共にあることが、この絵をいよいよ優しくしている。

速水御舟 夜桜 cam127.jpg
暁闇ではなく、どこかに仄明さの残る中に白い花が咲いている。花影には薄い闇が潜んでいる。花の美しさより、むしろ葉の緑の濃さ薄さにこそ、魅力がある。

奥村土牛 醍醐  土牛がこの醍醐の桜を描くまでの道のりを、TVで見た。山種美術館の所蔵品の中でも、特別な地位にある一枚だと思う。「班猫」「裸婦」「炎舞」「砧」などと並んでの名品。
わたしはいまだに本当の醍醐の桜を見たことがない。しかしわたしの従妹はこの絵を見て、醍醐に行った。普段日本画を見ないひとが、この絵に魅せられて、描かれた桜を見に出かけたのだ。
花の繊細さ、幹のしなやかな強さ。古木の美を深く味わった。

稗田一穂 朧春  春ノ美ニ溺レル。朧おぼろ、の語源は「溺れる」ではない筈だが、この絵を見るといつも、美に溺れてしまう。それが夜桜の魔力なのかもしれない。
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守屋多々志 聴花(式子内親王)  守屋の描く人物には、必ずある種の深い哀しみがある。
それは過去のもの・現在のもの・未来のものであるかはわからないが、決して失われることはない。
しかしながらその感情をありありと浮かばせるのではなく、薄皮一枚下のところに隠す。
まるで桜の花のその下影のように。
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加山又造 夜桜  先般「加山又造」展で深くその魅力を味わったが、今改めて絵と対峙すると、やはり稀有な作家だったと思い知る。なんという美しい情景なのか。
この桜を切り倒してしまえばいい、そんな乱暴な気持ちが湧く一方で、そうすればこの絵から逃れられはするけれど、「何もない」空間に置き去りにされてしまう。
・・・そんなことを考えている。

深く入り込むと、いつまでもいつまでも網膜から剥れることがなくなってしまう。
記憶に刻まれ、細胞質に入り込まれ、神経回路に行き渡り・・・
「桜」の美には、そんな風がある。

三井家のおひな様

3月3日も既に終わったとは言え、旧暦ではまだ雛の季節なので、機嫌よくおひな様のご機嫌伺いに、あちこち出向いた。
京都だと、門跡寺院や博物館などが提携しあっているが、東京では特にそんなこともないようで、単独開催らしい。
三井家のおひな様と明治・大正・昭和のレトロモダンな着物を大いに楽しませてもらった。
こう言う展覧会は機嫌よく見て回れるのがいい。
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いつものように茶道具(主にお茶碗)などを見るが、本当に飽きることはない。
必ず何かいいものを見せてもらえる。
今回は三井家と縁の深い永楽保全の名品を見た。

瑠璃釉金彩若松文食籠  金と瑠璃のコラボ。華やかで春らしい器だった。

面白いのは仁清の尺八香合。 銹絵付けでリアルな造形。ご近所に尺八師範がいるが、やっぱりイメージは虚無僧ですな。山本周五郎「虚空遍歴」には尺八の演奏についての記述があり、しかし読んでいてもよくわからなかった。

さておひな様。
ひな道具は嫁ぎ先にも持ち込むことが多いので、三井家のおひな様は様々な紋所をつけている。その来歴を知ること自体が楽しい。
祖母からの伝来品と言うのは、ヒトサマのものながら、心が温かくなるような気がした。
やっぱりおばあちゃんと孫娘と言う組み合わせは、世界で一番温かいものだと思うのだ。
わたしはおばあちゃんと一緒にいる幸せを存分に味わった。
母は気の毒だが、孫娘と遊ぶ楽しみを知らないままだ。孫息子はいても、孫娘は望めまい。

有職雛、享保雛、内裏雛、立雛・・・それと名の知れた職人の拵えた人形もある。
やっぱりこういうのを見ると、女に生まれてよかったような気がする。
わたしはお人形さんと遊ぶのが大好きなのだった。

面白いのはお供えのお菓子。無論本物ではないツクリモノだが、桜餅があって、それが江戸風の長命寺なのだった。関西でのツクリモノはやっぱり道明寺。
ああ、桜餅(道明寺)が食べたくなってきた。

御所人形の可愛いものも多い。これらは京阪ではよく見かけるが、まさか東京でこんな可愛い子らに会うとは思いもしなかった。
しかし三井家の子らなのだから、都内にいても不思議ではないか。

御所人形は白肉・白菊など異称も色々あるが、ふっくら丸々肥えたところが可愛い幼児型人形で、抱っこして撫でてやりたいような魅力がある。
大抵の場合、ここにある子らのように「鯛引き」「汐汲み」「恵比寿」「弓矢撃ち」などのポーズを取っている。他にも「張良」「小鍛治」のような物語性のある姿をするものもある。ああ、本当に可愛い。

他にも風俗衣裳人形があった。これらは時世装を見せるものでもあり、なかなか興味深い存在だと思う。
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三井のではないが、芦屋の旧山邑家所蔵の衣裳人形は「明治大帝」と女官たちという華やかなものだった。

市松人形もあった。江戸紫を着てセンスの良いいちまさんである。
それと胡蝶の装いの舞踊人形があった。おかたさん遊びをするにはちょっと舞踊人形は難しいかもしれない。

ところで少し「え・・・」と思ったのが、後妻に入った人の所蔵のおひな様を見ていると、そこには病死した先妻さんのおひな様もあった。
なんとも言えないキモチになった。

鏑木清方の師匠で美人絵師の水野年方が描いた「三井好 都のにしき」が寄贈されたとかで、1シリーズが揃えてあった。(前後期入れ替え)
なかなかいい感じ。年方はこうした美人風俗揃いものを他にもシリーズ化していた。
三越関係の仕事を喜んでいたのかもしれない。
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着物は「明治のシック・大正のロマン・昭和のモダン」と分けられていて、興味深く眺めた。綺麗なものが多いが、自分が着ることはちょっと考えられない。
しかし見る分には楽しい。
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これからも毎年おひなさまの展示を続けていってほしい、と思った。4/5まで。

古地図を楽しみ、筆の美を喜ぶ

静嘉堂文庫で「古地図の楽しみ 江戸時代の町を歩く」、五島美術館で「筆の美」と二つの古雅な楽しみを味わった。

地図が好きだ。
とは言え学生時代は地図と言えば、個人的に色々あってニガテだった。
やっぱり一人でハイカイするようになってから地図が必需品になり、そこから愛情が湧いていったようだ。
特に古地図は現在の地図と比較できるので、それが面白くて仕方ない。
池波正太郎「江戸切絵図散歩」を読んでからいよいよ好きになったのは確かだ。
中世の社寺境内図、江戸時代の古地図、近代の区画整備地図、吉田初三郎の鳥瞰図、現代の地下鉄路線図。
どれもこれも面白くて仕方ない。
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チラシは江戸城を中心にした元禄六年の地図。旧地名がイキイキしている。
ここが誰の上屋敷か、誰の土地かということもよくわかり、色々なことを思う。
この地図は色分けされているが、意外なところに意外なものがあったりで、面白い。

わたしの「江戸」のニュースソースは池波正太郎、下母澤寛、平岩弓枝、岡本綺堂なので、地名を見るとそれだけで鬼平、勝小吉、神林東吾、半七らが動く様が思い浮かんでくる。
(歌舞伎はわざと江戸ではないですよ、と断りを入れているので、これはスルーする)

江戸も少しずつ町の感じが変わってゆくのが、地図を見るとわかる。
目黒行人坂の明和の大火などで変化していたりするし。
(ここには出ないが、平安朝の京では「太郎焼亡」「次郎焼亡」と名づけられた二年連続の大火があり、町の様相がすっかり変わったそうだ)

地図作成専門家も既に江戸時代にはいた。まるでゼンリンか昭文社のようだ。
安政年間に造られた専門家による地図は、わかりやすいものだった。
150年前の「繁栄御江戸地図」か。

しかし地図と言えば絶対に忘れてはいけないのは「四千万歩の男」伊能忠敬だ。
彼が選者になった日本地図もあった。蝦夷地は松前藩あたりのみ描かれ、琉球はない。屋久島・種子島まで。

天保7年の「隅田川花見絵巻」がある。
隅田川花見図はなかなか描かれたキャラも大きく、みやすかった。
わたしは都下潜伏中は大抵、隅田川か上野かでお花見をする。
時々は飛鳥山か西馬込。
そぞろ歩きが出来るので、やっぱり隅田川がいい。それに言問団子がゴールにある。

国貞の美人画と宿場の貼り交ぜシリーズがある。
「古地図」と言うても全体像ではなく、地域の名所をも含むと、こういう広がりを見せる。
浮世絵はやっぱり何かとタイアップするのが多いから、そこのところが面白かったりもする。

ところでこんな川柳が好きだ。
「本郷もかねやすまでは江戸の内」
つまりこの古地図を見ている世田谷の岡本は江戸ではなかったのだった。

続いて五島美術館へ。
「広島県熊野町の「筆の里工房」が所蔵する、書家木村陽山(1899?1986)が収集した日本最大の筆コレクションを中心に、300点を超える名品の展観を通して多様な筆の魅力を探ります。」
ということなので、いそいそと入り込むと、ご年配の奥様方で溢れている。
筆と言うても色んな種類があるなぁと感心したし、中には「うそー」なのもあった。
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細かいことはいちいち書けないほど、色んな筆がある。
よくTVで見かける巨大な筆とか、中国の「唐物筆」と呼ばれる素晴らしい細工のものなど、本当に百種百態、千差万別、一を見ても十は想像できない、という状況だった。

筆と言うても「文字を書く」「絵を描く」「化粧に使う」など、用途によって色々違いがある。
有名な文人・絵師が愛用した筆があるかと思えば、今も使ってみたいような紅筆もある。
そもそも筆の毛自体が動物のものだけでないのである。

山元春挙の邸宅に行ったとき、春挙が使用した筆を見せてもらったが、それは竹製だった。
筒部分が竹だと言うのではなく、毛先が竹、つまり究極の簓状態だったのだ。
あれは本当に凄かった。

その春挙の筆もある。昭和天皇のご即位のための「悠基主基屏風」制作時に使用した筆。
ほかにも富岡鐡斎、竹内栖鳳などの名だたる人の筆を見た。

筆の筒部分に巧妙精緻な細工を施したものも多く、ただただ感心した。
螺鈿、七宝、鎌倉彫などなど・・・
眺めるうちに例によって妙な妄想が湧き出してくる。刺青の美を眺めているような心持ちにな
り始める・・・

有馬の人形筆を見た。これは昔からよく聞くが、実物を見たことがなかった。ご近所のわりに有馬にはなかなか行く機会がないからだ。
今東光「悪名」の中で、朝吉が有馬に一時身を置いてから、河内に帰ったときに父親に方便で「有馬の人形筆のこさえる(拵える、の意)の覚えた」と言うシーンがあるが、これがその実物か、とちょっと感慨深く思った。

面白かったのは、茶碗内描用筆。L字型に出来ている。見込みはともかく、縁に絵を描くとき、なるほどこれなら便利だわな。

化粧道具一式を見る。そのうちの紅筆で面白いものを見つけた。
紅筆はキャップ部分を取ってから、後からはめ込む。それで筆を表に出すという形式のものが多い。一種のところてん方式。
しかしそうではない出し方もある。つまり筆の胴体に押し戻しがあるので、それで出し入れをするのだ。江戸時代にも、この方式は生きていたことを知った。

それにしても素晴らしい数々だった。道具の良さと言うものを深く味わえる展覧会だった。
「古地図」は終了したが、「筆の美」は3/29まで。大いに楽しめた。

平泉 みちのくの浄土

世田谷美術館で開催中の「平泉」展の初日に出かけた。
実際の平泉には二度ばかり出掛け、いくつもの遺宝を見ている。
中尊寺、毛越寺、達谷の窟などなど・・・(餅膳料理のおいしさは忘れられない)
それらの遺産を実に多く、ここに展示している。
世田谷の地に、東北の極楽浄土を再現しようとしているのか。
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金色堂の仏たちがそこにおわすのには、ちょっとびっくりした。
金色堂の外に出て、祈りの対象ではなく、美の対象としてここにあることに、なんとなく一種の違和感があった。
「彫刻としての美」を大勢の眼に曝されている、どことなく傷ましさを感じた。
しかし、わたしもまた金色の仏たちを眺めている。

展覧会は4章に分かれている。
最初から見て回る。

プロローグ 浄土空間・平泉
当麻曼荼羅や兜率天曼荼羅などは関西の古寺から来ていた。
だからどことなく見知っているものもある。

阿弥陀浄土曼荼羅図1幅絹本著色 平安時代後期 和歌山・西禅院
描かれた仏たちの美貌に目を惹かれた。松や花に囲まれた空間。安逸な空気がある。

平泉全盛古図1面紙本著色 江戸時代?明治時代 岩手・中尊寺願成就院
社寺境内図は佐倉の歴博で企画展を見て以来、とても関心を持つようになった。
近世のものだから、またわかりやすくなっている。尤もその分だけ本当の「全盛」から遠ざかっているのだが。
白い名札のようなものをつけているのも面白い。

東方見聞録 複製1冊紙本彩飾 現代 岩手県立博物館
え゛っとなったが、ジパングとか言い出した元ネタはこれだからと納得。
近年、東方見聞録と言えば「イリヤッド」を思い出す私です。
イリヤッド―入矢堂見聞録 (10) (ビッグコミックス)イリヤッド―入矢堂見聞録 (10) (ビッグコミックス)
(2006/02/28)
東周斎 雅楽魚戸 おさむ



第1章 みちのくの古代・みちのくの仏たち
全体として、とても魅力的な姿が多かった。

伝吉祥天立像1軀木造 一部漆箔平安時代前期 岩手・成島毘沙門堂
今は2本の腕だけが残存するが、元は18の腕があったそうな。愛と祝福の吉祥天にそれだけの数の腕がつけられたのは、どんな願いを込めてのことだったのだろう。
そして残った手からは持ち物が失われ、ポーズ的に「押すぞよ」な形に見えた。

四天王立像のうち 持国天立像および広目天立像 2軀木造彩色平安時代 岩手・黒石寺
ドレープだけでなく、縦ロールのような比礼までが、クルクルと綺麗な螺旋を描く。
こんな彫刻技術が千年前に生きていたのだ。本当に素晴らしい。

八幡三神坐像(男神坐像、女神坐像) 3軀木造平安時代後期 山形・成宝寺、成島八幡宮
コケシ風な趣がある一方で、明治初の神戸人形にも似ている。

二十五菩薩像及び飛天像残欠10軀木造 漆箔平安時代後期 岩手・松川二十五菩薩堂
素晴らしいのは、欠落した飛天の方だった。完全態よりもずっと美しい。いや、艶かしいと言うべきか。見たばかりのペルガモン遺跡の神像などと共通する美がそこにある。
腿から下のみ残るもの、座禅する足と伸びた腰、手や首のないもの・・・きっとあまりに美しすぎたがために、奪われたのに違いない。

毘沙門天立像及び両脇侍像3軀木造平安時代末期?鎌倉時代 岩手・浅井智福愛宕神社
(藤里毘沙門堂)
こちらの脇侍は顔が抉られている。毘沙門天はダルビッシュに似ている。

第2章 仏都平泉?みちのくの中央・朝日差し夕日輝く?
みちのくの土中に金牛が埋まっているのを掘り出そうとして、命を落とす人々の伝説がある。奈良の大仏もここから鉱物が出たから拵えられたのだ。
東北の伝説にはひどく面白いものが多い。

伝安倍貞任着用金銅前立1具銅製鍍金 南北朝時代 岩手・興田神社
むろんこれは実物ではなく、後世に奉納されたものだが、みちのくの人々がどんな想いを安倍貞任に懐いていたかがよくわかる。
たいへんな大きさの下弦の月型の前立。
貞任の伝記を読み込んだ「黒百合姫祭文」を思い出す。
レーロレンレーロレンレンレンレン・・・安倍の貞任と申しし御方は身の丈七尺五寸にして・・・お心優しくお情け深き・・・

前九年合戦絵巻断簡 帰順願図1幅紙本著色鎌倉時代 東京・五島美術館
邸内談合図。室内の調度品、従者たち、草花などもきれいに描かれていた。

後三年合戦絵巻 狩野友益筆1巻紙本著色江戸時代 寛文五年(1665) 岩手・中尊寺
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これは発端の図。婚礼の祝い品を持ってきたのに、碁に夢中なのに腹を立てて、カネを蹴り飛ばして帰る。またその態度を「無礼な」と咎める。
言うたらなんやけど、どっちもどっちじゃわな。しかしそれぞれの立場があり、感情がある。こうしたことだけが発端ではないにしても、物語はきっかけがないと始まらない。

後三年合戦絵巻1巻紙本著色江戸時代 岩手県立博物館
雁の乱れで伏兵に気づくシーン。鳥は死をイメージする存在でもある。

生活グッズが展示されている。
下駄や壷や鍋に烏帽子、となんでもあり。
それでびっくりしたのがこれ。
ちゅう木〔柳之御所遺跡出土〕1式平安時代後期 岩手・平泉町
・・・説明させないで下さい、実際に見て見よう。でもわたし、見たくなかったなぁ。

かつては十万人都市だったのがよくわかる。
ところで今回、残念ながら藤原秀衡公の枕などは来なかった。
中尊寺の宝物殿で見たとき、枕がへこんでいるのを見て、「うわ・・・」と思ったものだ。
栄に栄えた都市だけに、あらゆるものがある。
それだけに一旦失われ、その後の再興がないのがなんとなく惜しい。
何故この地に再びの栄光が戻らなかったのだろうか。

平泉諸寺参詣曼荼羅図2幀紙本著色桃山時代 岩手・中尊寺
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右幀の左端の上部に黒い人物がいる。これはスキンヘッド姿の弁慶立ち往生図。川があるので、そこが衣川だとわかる。
色々な情景と風景がこの図に描き込まれている。
弁慶の最後を描いたもので一番好きな作品はやっぱり「修羅の刻」なのだった。

菅江真澄は東北の伝承などを聞き取りしたものを集めたりしていたようで、その著書がいくつか出ていた。
かすむこまかた」には毛越寺の摩多羅神の祭り、達谷の窟のことが書かれている。
はしわのわかば」は中尊寺の鎮守のこと、白山神社、骨寺の跡地のことなどについての記述がある。
(どちらもリンク先は佐藤弘弥氏のサイトで、共に読みやすい工夫がされている)
また、原本の菅江真澄の字はとても読みやすかった。

吾妻鏡 巻第九1冊紙本木版江戸時代 寛文元年(1661) 岩手県立博物館
鎌倉時代の史書。中に毛越寺の記述がある。

訶梨帝母坐像 1軀木造平安時代後期 岩手・毛越寺大乗院
両耳の脇に下げた髪が優しい。少し平田郷陽の人形に似ていると思った。

坂上田村麻呂像 複製1幅紙本著色 原資料江戸時代 大阪・長寶寺
来歴を読んで感心した。大阪・平野区に伝わるもので、やはり平野区は古代からの町だと改めて知った。田村麻呂は達谷の窟の主・悪路王を討ち取っている。
彼は朝廷にまつろわぬ人々を討ち果たすのが仕事だった。

鞍馬山曼荼羅図 1幅絹本著色江戸時代 京都・鞍馬寺
上に天狗たちが飛んでいる。下には鞍馬の霊虫たるムカデがウヨウヨ。ムカデは退かぬ性質を鞍馬で愛でられたらしい。

陸奥国骨寺村絵図(詳細図)と(簡略図)を見た。なんで骨寺と言うのか。
天台宗の聖たちの布教活動がここから見て取れる。(地名に山王や金峯の文字がある)
なんでもここには髑髏伝説や文骨伝承とか色々あるようだ。
所蔵先の一ノ関博物館に記事がある。

第3章 輝きの浄土?中尊寺の至宝
この章が実は冒頭の皆金色の仏たちの章なのだった。
今の研究では、この並び方ではないパターンのものがある、と解明されつつあるらしいが、さてどうなのか。

金色堂須弥壇内納置棺及び副葬品
そうしたものたちもここに並んでいる。全て12世紀のものである。発掘は昭和25年だった。川端龍子は「夢」という名画を描いている。
何もかもがキラキラしている。12世紀の技術の結晶がそこにある。

同時代の「紺紙金銀字一切経」が和歌山・金剛峯寺からたくさん来ていた。
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見返しの絵も綺麗なもので、色々な情景が描かれている。餓鬼絵もあった。
これは紺地な金銀だけだが、やはり同時代の平家納経はフルカラーだった。
どちらも大変に美しい。しかしそれにしても凄いわ。

金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅図 紙本著色平安時代後期 岩手・中尊寺大長寿院
これはまた細かい仕事をしている。こちらもとても綺麗だった。
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騎師文殊菩薩半跏像1軀と四眷属立像4軀 木造漆箔金泥塗または彩色玉眼 平安時代後期 岩手・中尊寺大長寿院
菩薩 獅子 善財童子立像 干闐王立像 仏陀波利三蔵立像 最勝老人立像。
フルカラーなのにはちょっと・・・

露盤羽目板というものがある。そう、壇の下の飾り板。(迦陵頻伽文)と(孔雀文)がある。
これら工芸品の細工の細かさと綺麗さには、ただただため息。

瓔珞断片、金銅迦陵頻伽文華鬘、金銅孔雀文磬、螺鈿八角須弥壇
何もかもが綺麗だった。「みちのくの浄土」を実感する。

復元模型もよかった。
螺鈿平塵案(経蔵堂内具) 
鷺足のテーブル。猫足ではなく、長いので鷺足。
金色堂内陣巻柱 
こんなもの、本当に造っていたのが凄い。

第4章 祈りとまつり
修正会の声明が流れていた。
吹花・供物・紙垂などがある。模造品の野菜たち。紙垂(シデ)は紙を互い違いに切り目を入れて開いてゆくつくり方だと思う。網です、七夕の飾り物の。あんな感じ。
紙垂で一番凄いのは、イザナギ流の祭文のそれだったが、やっぱり紙を切って垂らすものはなんとなく怖い。

平泉諸寺祭礼曼荼羅図 2幅紙本著色桃山時代 岩手・中尊寺地蔵院
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稚拙な絵と言うのも案外怖いものだ・・・
なんだか段々と気分は秋元松代「常陸坊海尊」だ・・・

古楽面が色々ある。
元々毛越寺には延年の舞というのもあるし、神事能も多かろう。
しかし古面というのはなんとも言えず恐ろしくもある。
古怪さに背筋が粟立ってくる。喜多流の能。
また二代藤原基衡公の室のための「哭き祭り」というのもあったそうだ。
それから牛玉宝印もある。ゴオウと読む。昔の木版。なんとなくやはり怖い。
剣舞保存会の人々が使用する楽器類もあった。
ケンブと読むべきか、どうか。
宮沢賢治の「原体剣舞連」は「ハラタイケンバイレン」だった。

関西在住者が東北を旅する、と言うのは少ししんどいことだ。
飛行機でキーンと飛ぶだけだが、気分的には義経の頃からあんまり変わらないのかもしれない。それでも二度行ったのは、やはり平泉の魅力が深いからだろう。
その平泉の魅力を世田谷美術館で見ることが出来、やはり嬉しかった。4/19まで。

ルーブル美術館展 17世紀ヨーロッパ絵画

ルーブル美術館展に出かけた。13日の金曜日の夜間開館。
今回、初期チラシが全展示71品を載せているので、ありがたい気分である。
ルーブルに行った時に見たものも少しあるようだが、実見と資料で見た記憶とが混ざっているので、曖昧なままなのだが。
どちらにしろ一期一会なキモチで見た方がよいのだった。
こういう展覧会は夜間開館がまだ空いているので、それに限る。
実はあんまり泰西名画に縁がない。日本の絵に偏重を置いているので、知識が足りない。
タイダなままの感想文。
とりあえず好きなものだけ書いてゆこう。
cam115.jpg  cam116.jpgクリックしてください。

ニコラ・プッサン 川から救われるモーセ  
モーゼと言えば、海を二つに分けるか・十戒の石版か・エジプトの川から掬われる(救われる)か、そのどれかが絵になると相場は決まっている。しかしモーゼよりここは女人たちを描くのが目的だろうが、膚の青白さと衣裳の色合いに惹かれた。ピンク、黄色、ブルーの布の質感が伝わってくる。(わたし的にはモーゼでした)

ピエール・ミニャール ド・ブロワ嬢と推定される少女の肖像
ギリシャ風のサンダル履きの少女。背景に描かれた人々の上には天使が飛んでいる。
舞台の書割のような背景に、生きている少女とわんこがいる。

フランス・ハルス リュートを持つ道化師
これは以前から知る絵。だからか、いつも同じことを思う。この道化師のイキイキした表情がとても魅力的で、可愛い。こういう顔立ち、時々見かける。

ヨハネス・フェルメール レースを編む女
ここ数年、フェルメールの作品がよく日本に来る。世界に現存する作品がそう多くもない画家なのに、こんなにたくさん日本に来ている。
黄色と青の発色がきれい。丸い額にも光が当たっていることを感じる。
そしてこの額縁のよさ。象嵌されたカーネーション、グリフォンのような生物。素敵な額縁だった。
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ところでわたしはあんまり出かける前に公式サイトなどは見ない人なので、主催者側の支度したプランなどを知らぬままのことが多い。
それで記事を書くにあたり、サイトを眺めると、今回は絵画本体だけでなく、額縁の美を堪能して欲しいとのことだった。
そのことを知らずに勝手に額縁をも楽しませてもらった。
その中でも鼈甲のような輝きを見せる額縁が目に付いた。
わたしは彫刻が過剰なものはあまり好まない。モザイクや象嵌などが好ましい。
その意味でもフェルメールの絵のための額縁は、本当に素敵だった。

17世紀フランドル派 襲撃
左半分がきれいな青色系で整えられているが、描かれている情景はコワいものだった。
右の森の道では、盗人が人々を襲っている。強盗は銃まで持っていて、ズドンと一発。
左の道の向うではまだまだ暢気な人々がいるというのに。

ペーテル・パウル・ルーベンス 炎上するトロイアを逃れるアエネイアス
多くの人々が描かれている。ぐったりする男たち、うんざりした幼児たち、しっかりした女たち。この絵の何パーセントをルーベンス本人が描いたのかは知らないが、真ん中に立つ女が一人だけ光り輝いているのが巧いと思った。
青木繁「海の幸」を少しだけ思い出した。

フランス・ポスト ブラジル、パライバ川沿いの住居
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この絵は丁度時代が南米ブームに沸いていた頃のものだそうで、なるほど遠目からでもなんとなく、妙にドキドキする何かを感じる。
気分が溢れた絵。それでブラジルのサンパウロ美術館所蔵の『大蛇のいる風景』を私は思い出した。とても好きな絵なのだが、それとこれとはムードが似ている。
・・・似ているはずだ、この記事を書くに当たって図録を出したら、『大蛇・・・』もフランス・ポストの作品だった。(大蛇の方が20年後)
やっぱり惹かれるものには共通点があるらしい。
ヘルツォークの映画『フィッツカラルド』『アギーレ神の怒り』『コブラ・ヴェルデ』が見たくなってきた。
この展覧会である意味、一番気に入った(気になった)作品。

クロード・ロラン クリュセイスを父親の元へ返すオデュッセウス
ギリシャ神話の1シーンを描いた、と言うよりむしろ、その背景の建造物こそが見ものなのだった。どうも最近こうした作品を見ると、画家は人物ではなく背景を(建造物を)描きたいからこそ、こうした主題を選んだのではないか、と思うようになってきた。

ディエゴ・ベラスケスとその工房 王女マルガリータの肖像
これは王女が3、4歳頃の肖像画。手の甲がぷくっとして愛らしい。これまで見てきた王女マルガリータの肖像画の中で、一番幼い頃のものかもしれない。

ピエル・フランチェスコ・モーラ 弓を持つ東方の戦士
ターバンを巻いた白髯の威丈夫。なんとなく歌劇『イーゴリ公』を思い出した。すると勝手に頭の中に『韃靼人の歌と踊り』が流れ出してきた・・・
(本当は違うのだろうが)

ヨアヒム・ウテワール アンドロメダを救うペルセウス
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怪獣の生贄に供されようとする裸体の美女を救う、その構図はとても好まれているものだ。しかしこの絵の場合、ちょっと別な考えが浮かんできた。
多分それはこのアンドロメダの身体が中性的だからなのだろうが、なんとなく聖セバスチャン殉教図、それを思った。そう思い始めると、もう妄想は止まらなくなる。
ハレーションを起こしそうな白い肌を前にして、長らく私は佇んだ。

シャルル・ド・ラ・フォッス プロセルピーナの誘拐
悪いことに、攫われる娘に向けて、キューピッドが愛の矢を撃ち込もうとしている。
右端の服を着た女は娘の母親で、両手を突き出して追いかけてくるが、到底追いつくものではない。

ピエトロ・ダ・コルトーナ 聖母の誕生
マリア生誕図というのは初めて見た。あまりキリスト教圏の宗教画は詳しくないので、このエピソードを描いた絵が多いのか少ないのかも知らない。尤も、マリア信仰の深い派もあることだし、描く人は描くのだろう。
聖アンナの頭上にも金の輪が光り、生まれたばかりのマリアにも光りの輪がある。
そのマリアの頬を撫でる青い服の女、彼女が実に魅力的な女だった。

カルロ・ドルチ 受胎告知
この対の絵にはぜひともセリフをつけたい。
「・・・あの、そうなんですか」「・・・ええ、まぁ」「でも・・・」「はぁ・・・でもやはり・・・」
勝手なことを思わせてくれる、二人の表情だった。

ジョルジュ・ラ・トゥール 大工ヨセフ
ラ・トゥールの光の絵を見るのは久しぶり。大工仕事を黙々とこなすヨセフに、養い子が灯りを向ける。・・・ヨセフには弟子はいなかったと思うが、果たしてこの子供は彼の「養い子」であり、「主」であるのかどうか。
こういうときに解説文を読むべきなのだろうが、そうはせず、私は一人で色んなことを思って楽しんでいる。
暗いところで働く人に灯を向ける、そのこと自体が「恩寵」の比喩なのかもしれない、とか色々。

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ 6人の人物の前に現れる無原罪の聖母
ムリーリョのマリアや幼子たちの愛らしさは、どの作にも共通するもので、いつ見ても嬉しくなる。
どんなときでも人物に愛らしさを感じるのは、ムリーリョとブーグローくらいのものだ。
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ウィレム・ドロスト バテシバ
このバテシバの豊かで、しかし形のよい胸に惹かれた。哀しさがにじむ表情より何より、露わになった胸に惹かれるのは、やっぱりこの胸があまりに綺麗だからだろう。

グェルチーノ ペテロの涙
イエス磔刑後、聖母に涙ながらにクドクド何やら言い訳する図なのか。
実感のある構図。

特に気に入ったものばかりに感想をつけたが、無論他にも名画は多い。
71点と言うのもいい数だと思う。
この先も大混雑になるだろうから、金曜の夜間開館に見ることが出来て、本当によかった。


ペルガモンとシルクロード

中近東文化センターの名前は聞いていたが、場所を把握していなかった。
しかし国際基督教大学のお隣だととらさんに教えられ、それなら行こう!とはりきった。
「ヘレニズムの華 ペルガモンとシルクロード 発掘者カール=フーマンと平山郁夫の眼差し」という企画展と、常設展とを見た。
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学生の頃はシルクロードにも随分ハマッていたが、近年は全く近代史ばかりにいってしまって、無知も無知なわたしなので、随分勉強になった。
ドイツの考古学関係は詳しく知らないが、ベルリンやドレスデンに素晴らしい名品が集められていると聞いてはいた。
だから今回の展覧会の作品は、大方がベルリンのペルガモン博物館からの来日品。
他は平山郁夫シルクロード美術館からやってきた。

異教徒が他郷において暴れる際、まずそこの信仰の根源を奪う。そして仏像・神像などの偶像を破損するにはまず鼻を折ることなのだが、ここにある仏像たちはきれいなまま残されていた。ただしそれは仏像の方で、ギリシャの彫刻群はやっぱりチラシにある通りの状況だった。
とはいえ、鼻欠け顔を見慣れているからか、完璧なままの状態の顔を見ると、却って妙な落ち着きのなさを感じたりもするのだが。

美貌の佛の前に立つ。ガンダーラ佛の美貌にはいつもときめく。
そして顔の欠損が甚だしいものの、肉体の美を保つギリシャ彫刻を眺める。
それらを見ていると、いつもトーマス・マン『挿げ替えられた首』を思う。
勝手な妄想。欲望は深まるばかりだ。

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ギリシャ神話の彫刻群を、カール=フーマンは写し取る。凄い肉体だが、欠損が激しく、それがある種の滑稽さまで感じさせる。とはいえ、何故そこまで剥ぎ取るのか、それは一体どこへ持って行かれたのか。棄てられたのか、あるいは。
そんなことばかりが気にかかる。

顔だけでなく肉体の欠損の激しい像たちが並ぶコーナーがあった。首から下しかない少年像、坐す腿肉、手首までの腕。
少しアタマがおかしくなってきた。妙なときめきを感じている。

平山郁夫の絵も展示されていたが、見た記憶が飛んでいる。画家ではあるが、それよりも公人として、修復や保存にこれからも力を入れていただきたいと思う。

常設展は撮影可能だった。
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イスラームタイルの美しさには以前から憧れていたが、ここでは大いに楽しめた。
本来モスリムは平和を愛する人々のはずなので、ここにある過去の産物は皆、優雅で繊細な趣に満ちている。
モザイク、陶磁器、何もかもが優しく美しい。
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土の成分にきらめきが含まれている。IMGP6126.jpg

うさぎのモティーフはモスリムの間でも吉祥文様なのだろうか。
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装飾の美しさに惹かれる。IMGP6123.jpg

来る予定のなかったミュージアムで、こんなにも楽しませてもらえるとは、本当に幸せだ。
企画展は5/6まで。土日はカフェも開かれているようだった。
またいつか機会があれば行きたいと思う。

帰って来た浮世絵 周延

随分前から楽しみにしていた展覧会だった。
三鷹にある国際基督教大学の湯浅八郎記念館で開催中の「周延」展。
楊洲周延のまとまった展覧会はこれまでなかったので、嬉しかった。
そして同時期に太田記念浮世絵美術館でも周延展が開催されている。
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大体明治に入ってからの浮世絵はどうも気の毒な状況だと思う。
(それは色んな意味を含めてのことだが)
化学染料が来たので発色がよくなったというか、やりすぎたというか、赤がやたらめったら目立つようになった。
「最後の浮世絵師」と歌われた豊原国周はその赤も巧く取り込んで、明るい色調にしたが、周延はどうも度を越すような赤の使い方をしていたように、見えた。

これまでそんな風には思ったこともなかったが、今回の展示を見ていてオヨヨだったのだ。
なにしろこれだけたくさんの周延を見たのは初めてだから、それが目に付いて仕方ない。
しかし、明治=西洋の風に洗われた時代、と考えれば誰よりも周延は「新時代の絵師」だったのだろう。

以前から国周と周延の取り合わせで見る展覧会がわりと多かった。
そこで思っていたのは、国周の方がメジャー受けで、周延は控えめということだが、今回この展覧会で、意識が変わった。
やっぱりこれくらいの数を見ないと、なかなかわからないこともあるものだ。

チラシは「上野不忍大競馬ノ図」。貴顕紳士も身を乗り出して、競馬にドキドキ。
無論この頃はJRAもないが、“We love KEIBA”という感じがする。
それで不忍池には昼間から打ち上げ仕掛花火がドーンドーンで、空からオモチャが降っている。見ようによってはシュールな光景。(何しろ富士山も見える)
そして賑やかなはずなのに、一切の音が遮断されている。

同時代の国周は大首絵で役者絵をばんばん描いたが、周延は大首絵ではなく、芝居絵を描いたように思う。
国周の「錦祥女」と周延の「国姓爺合戦」を見ると、違いがわかって面白い。
どちらも同じ芝居のキャラを描いているが、全く別物に見える。

ところで解説文はアメリカでの展覧会のときの文をそのまま翻訳したものだそうで、それがところどころカンチガイがあったりで、興味深い。
大体こういう「逆輸入」ものは、その解説文がかなり面白いと決まっている。
以前、日本の伝説・芝居などを物語化した本を読んだが、それはアメリカで出版されたものを日本語訳したシロモノで、「寺子屋」などは全く別な物語になり、ひどく面白かった。
今回の解説も「何をどのように」書いているかが楽しみで、それからしても楽しめた。

明治初期にはゴシップ新聞がよく売れた。この手の新聞の展覧会は、伊丹市立美術館、千葉市立美術館で以前に大きな展覧会を開いている。
明治大坂の錦絵新聞」展、「芳年・芳幾の錦絵新聞」展。
周延は鏑木清方の父・條野採菊が主筆の「やまと新聞」に筆を振るっていたらしい。
「芸妓おふみ殺し」 アレーな声も聞こえてきそうな絵。

「新吉原江戸町二丁目貸し座敷 杉戸屋七人切りノ図」 これは赤色が効果的に使われていて、どぎつさがいい作品だった。遣り手も妓夫も芸妓もみんな殺されている。
時々こんな事件が起こるから、ゴシップ新聞も売れるのだ。

その一方でせつない華やかさのある作品があった。
「花之東王子御慰の図」 身分の高い人々が幼児の坐す木馬を花車に仕立てて室内で行進する図なのだが、実はこれは明治天皇のお心を慰めようとする催しを絵にしたものだった。
つまり柳原愛子が生んだ子が夭折し、哀しむ明治天皇をお慰めしようと、女官たちが代わりの子供を立てて、こんな遊戯をしていたのだった。
周延は皇室や貴顕紳士の様子をモティーフにすることが多かった。

「貴顕舞踏の略図」cam112.jpg
これは神戸市立博物館にも所蔵されている。浮世絵「版画」はこうしたときにいい。カーテンと絨毯の赤がここでは品良く映る。
随分前からこの作品を知っていたので、バッスルスタイルの女性図=周延というイメージがある。

他にも時代相を写した美人画や、平家物語をモティーフにした作品などが多く出ていた。
特に良かったのは、常盤御前が清盛の前に引き出される情景を描いたもの。
雪山を彷徨する常盤を描いたものは多いが、こうして清盛の視線に囚われている情景は、あまり見ない。

遠くから見に行った甲斐のある展覧会だった。

蔵出し!文京ゆかりの絵画

先月行きそこねた文京ふるさと歴史館へ出かけた。
大体ここの展覧会はハズレがない。
今回は「蔵出し!文京ゆかりの絵画 逸品・珍品、勢揃い」というタイトルからして期待ワクワクな展覧会だった。
わたしがもらったリストに感想文を書き出してたら、係りの人がキャプション書いたリーフレットをくれはったので、嬉しかった。
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小石川にあった川端画学校の資料が色々出ていた。
お手本とか校舎の写真とか。
文京区には居心地のよさがあるのかもしれない。そんなことを思った。

明治の頃の小石川後楽園を描いた2つの絵巻がある。どちらも木村源太郎の作。
大坂の人で赴任中に描いたらしい。
先に見たほうは部分部分のスケッチ集のようなもので、空間の繋がりがなかった。
もう一本はきちんと出来上がったもの。
プロではなく、素人の人が楽しんで描いた絵巻。
全然関係ないが、この名前は「鬼平犯科帳」に出てきた人と同じである。
壁には古写真も展示されている。太鼓橋など。

解説文から。
「本展では高崎屋資料から、長谷川雪旦・雪堤父子による絵画「昇竜図」「酒造図」など4点、また太田道灌の子孫・太田資宗の屋敷からの眺望を描いた「太田備牧駒籠別荘八景十境詩画巻」のうち画巻を展示します。また無指定ですが、高崎屋資料より酒井抱一画「秋七艸之図」を公開します。」

昇竜図 長谷川雪旦図 文政7年(1824)
ぼんやりと映し出された浅草辺りの町並みの頭上に黒雲が広がり、そこに竜の姿がある。ちょっと杉浦日向子『百日紅』の世界のようである。
化政期の江戸の面白さは、堪えられなかったろう。そんなことを思いながら絵を見た。

喜寿の舞図 長谷川雪堤 
喜寿祝の舞を眺めるのは、浦島太郎、鍾馗、西王母、菊慈童たち七人。
こういう取り合わせも珍しい。菊慈童がなかなか美少年に描かれていた。
わたしは菊慈童、黄初平など中国の神仙少年が大好きなのだ。

秋七艸之図 酒井抱一
本郷の高崎屋がどのような繁栄を誇っていたかは知らないが、この絵が伝わっている、そのこと自体が素敵だ。酒造家の蔵にはどんなお宝が納まっていたのだろう・・・

さて伊藤晴雨。
「伊藤晴雨は、きわどい画風があまりにも有名ですが、地域に根づいた作品も多く残しています。昭和36年(1961)に亡くなるまでの約50年、動坂(現、千駄木5)に住み、地元の人々からの依頼で描いた「浪曲師テーブルかけ」、団子坂やお茶の水など地域の風景を描いた絵画など、地域のゆかりある作品も多くのこしました。」
江戸風俗研究家でもあったので、そうした作品もあるが、やっぱり晴雨はあれでしょうね。
むしろ普通の絵を見る機会の方が少ない。

お七が櫓に駆け上がる姿などに、切羽詰った一途な情念を感じる。たとえそれが本絵ではなくテーブル掛けであったとしても、ときめくような何かがある。

だいぶ前、晴雨の画集を見た。「地獄の女」が納められている本。DAN・ONIROKUも評伝を書いていたが、読物としては福富太郎のエッセーが一番面白い。
これまで繰り返し書いて来たので、もう書かないが。
ところで本郷にあった菊富士ホテルをモデルにした上村一夫の佳品「菊坂ホテル」にも晴雨が現れる。夢二との関係に閉塞したお葉さんが晴雨と機嫌よく駆け出して行き、竹林の家で絵のモデルをしているエピソード。
シリーズのどのエピソードも好きだが、特にこれは好きな話だった。

本郷座の絵看板も手がけたか、辻番付が残っていた。
わたしはこうした辻番付やビラが好きなので、楽しく眺めた。
なにしろお客が来なければショーバイにならないから、チラシや絵看板は、そそらなければならない。
いい観客だなぁ、わたし。百年近い前のものにそそられている。

この本郷座だけでなく、団子坂の菊人形の雑踏を描いたものもある。(チラシ右下)
そして本郷座も団子坂の菊人形も、共にこの文京ふるさと歴史館では、展覧会を行っていた。どちらも楽しい展覧会だったことを覚えている。

名優・花柳章太郎と交友した人々
「新派劇の名優・女形で人間国宝の花柳章太郎は、幼少期から湯島同朋町・天神町(現、湯島3)に住んだ文京ゆかりの人物です。文筆活動、七宝、絵画、染色など幅広い趣味を持ち、絵画は本画家・伊東深水や、洋画家・木村荘八を師と仰ぎ、スケッチ、挿絵、日本画などを残しています。本展では交友した人々の絵画もあわせて展示します。」

‘98年5月に国立劇場の資料展示室で、花柳の絵の展覧会が開催された。
あの頃は今のような展示スペースと違い、本館4階に資料室があった。
花柳の描いた舞台風景などの絵がそこにあり、なかなか楽しめた。
既にその頃、戸板康二の『ぜいたく列伝』などで花柳の趣味の面を読んだりしていたので、実物を見て、ひどく嬉しかったことを思い出す。
今回ここにあるのは、「初期いたずら帖」と呼ばれる「お絵かき日記&メモ&スケッチ&スクラップ帖」である。
色合いも優しく、楽しい絵が続くようで、一枚一枚めくってみたくなった。

木村荘八の戯画もある。それはポストと「のこったのこった」のお相撲さんの絵。
この絵は歴史館からのお誘いハガキに選ばれていた。
木村は手紙マメな人で、里見らのエッセーで知ったことだが、同じ一日の朝・昼・晩に分厚い手紙が届くことが度々あったそうだ。
そこには文だけでなく、こういう洒脱な戯画が添えられていたという。

最後と言うか、入り口入ってすぐに見えたのが、菊人形の生首だった。
ツクリモノのためのリアルな生き人形。キモチわるくて、そして深い魅力のある存在。
「菊人形の舞台裏  ―浅井家資料 菊人形下絵―
 明治時代の団子坂(千駄木)は、秋になると菊人形を興行する小屋が軒を裏ね、東京の行楽地として知られていました。今回展示する菊人形下絵は、その1軒である植木屋・植惣(浅井家)で使用されたものです。」
菊人形の舞台装置と言うか、世界設定のための絵などがあり、大変面白かった。
こういうものは好き嫌いが別れるところだろうが、どれもこれもわたしには面白くて仕方ないものだった。

ああ、本当に楽しい企画だった。これまで文京ふるさと歴史館にはハズレはなかったが、これからもぜひともがんばって欲しい。

日本の春 華やぎと侘び

畠山記念館で「日本の春 華やぎと侘び」を見た。
チラシに出ている光悦の赤樂「雪峯」は、多分つい先頃の「バガボンド」で光悦が沢庵に出したお茶碗だと思う。そんなことを思いながら眺めるのも、とても楽しい。
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乙御前図 抱一  ちゃんと鼻の形が松型になっていて、着物の柄も松なのが、めでたい。
でも実はおたふくと言うのはコワイものだ・・・この絵はめでたい女人なのだが。

曲水宴図 其一  チラシ左手の絵。貴族のオジサンたちは句を捻ったりオシャベリしたりしているが、お手伝いの童子たちは実に働き者で、みんな忙しそう。しかしながら風流な遊びの絵らしい、それこそ「春風駘蕩」なムードが全体から漂っている。

黒楽茶碗 銘 曙 楽一入  わたしは一入の父の道入(ノンコウ)が大好きで、ノンコウの作なら大抵どんなものでも「好き好き好き」で終わってしまうばかりだが、息子の作品にはあんまり関心が湧かなかった。息子は父の「薄さ」を踏襲せず、初代の道を追ったので、それが興味をなくさせた原因なんだろうと思う。
しかしこの「曙」はなんとなくよかった。薄さから始まり、徐々に厚みを増していたからか。それが銘の由来なのか。ほのぼのと明け染める曙・・・

金地白梅図屏風 狩野常信  白梅がなんとも言えず可愛らしい。川の流れも灰色地に細い線でクネクネ描いているだけ。そのシンプルさがとてもよかった。
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銹絵染付火入 銘 赫々 乾山  六角形に白梅柄。梅の蕊は青色。絵は光琳という兄弟コラボ作品。こういうものが見たくて、ここに通うのだ。

広口釜 西村道爺  蓋は木津浄阿弥の作で「日本一」という文字と、その当時の日本地図が浮かび上がっていた。なんとなくこういうものも面白い。

唐物鶴首茶入 銘 養老 南宋?元代 cam109-2.jpg
 あんまり鶴首型の茶入れを知らないので、珍しいものだと眺めた。どう「養老」なのかがわからないが、面白い茶入れだった。

面白いといえば、やっぱりこれを措いて他にない。
仁清の銹絵富士山香炉(朝・昼・暮)。時間の推移を表している。
チラシを見たとき、「白い陣笠形の香炉てケッタイやなー」と思っていたので、これが富士山だと知って、ちょっと反省した。
ここからは見えないが、上から見下ろすと(富士山を見下ろす!)裏側にちゃんと煙を逃がす支度が出来ていた。甲斐の国側、と言うべきか。
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紅毛向付  藤田家伝来品。オランダ渡り。内側にシンプルで可愛い文様の繰り返しがある。白磁に花柄の愛らしい向付。

溜塗煮物碗  大正?昭和初期に作られたもので、中に金粉で天の川が流れている。
この時代にはこんな意匠が流行ったらしく、他でも色々見たが、中でもこれは随分きれいだと思った。

他にもお雛様が出ていて、それを見るのも楽しかった。
それにしても、「華やぎ」は大いに楽しんだが、「侘び」はどうもわたしはすっ飛ばしてしまったようだ。まぁシュミやいうことで、そっちばかりに偏ってもいいだろう。
やっぱり古美術を見ていると、明るい気持ちになる。
3/22まで。次は4/21から名品展をするそうだ。いいお道具や屏風、掛軸の名品のお出ましを待っている。

3月の東京ハイカイ

3/13?15まで都下潜伏しておりました。
展覧会の詳細は後日に委ねるとして、とりあえず何をして・どこへ行ったかを軽く。

畠山記念館に行くと、開館直後だったのにもぉわりにお客さんが入っている。
平日の朝一番に行く場所なのかどうかは知らないが、茶道の楽しみをこうして味わうのはよいことだ。
次に文京ふるさと歴史館に行くが、待ち時間を利用して、爪を塗る。最近爪が割れやすいので、防護しないといけない。カルシウム不足なのだろうか。そういえばここ2年ばかりすぐに激怒している。
やっぱりカルシウムが足りないのかもしれない。
それでランチに文京シビックセンターの25階のスカイレストランに行くと、ここは椿山荘のレストランで、思ったよりも「それがどーした」的なフツーの味だった。
こういうことはなるべく書かずにきたけど、やっぱり気軽なお昼は大阪が一番いい。
どの店でも、どの業種でも、さっと入り易いのだ。
夜になり、ちょっとコジャレたお店に一人で行くときは東京がいいが。
(お一人様文化がイキイキしているので、そこが素敵だ)
上から見下ろす風景。IMGP6111.jpg(東博のドームのアタマ)


四谷から武蔵境駅へ。国際基督教大学・湯浅記念室へ。行き方はとらさんから教わっているので、安心している。
なんかえらいこと強風で、ばんばん電車が止まっていたそうなが、幸いなことに雨にも掛からず武蔵境につく。
バスは大学構内に入るが、広いキャンバスをてくてく歩いていると、丘があり、梅が満開。
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ふと見れば、学生が芝居の稽古をしているのか、時代掛かった衣裳を着て、へんにクルクル回転していた。音声はない。なんとなくシュールな風景。
すぐそばの中近東センターにも出かけ、帰りのバス停に差し掛かると、三鷹行きのバスを見つける。走りましたがな。でも行っちゃった。
地元の人が「次のがすぐ来るよ」と言うてくれたが、それでも10分待った。
IMGP6127.jpgルーテル会の建物。

車内でお休みあそばすわたくし。神田まで寝てましたなぁ。思えば平日の昼から夕方に居眠れるのは、こういうときしかない。
上野で「ルーブル展」見る。夜間開館の日だが、繁盛している。
出たらすっかり暗くなって、お向かいの東京文化会館の照明がキラキラ見える。
ここを見るとすぐにはろるどさんを思う。
コンサートあるなしに関わらず、わたしの頭の中では東京文化会館=はろるどさん音楽鑑賞中なのだった。

ルーブル展限定販売のお菓子を買い損ねたことに気づいたのは、日本橋高島屋についてから。しまったぁっ!そもそも東京のルーブル展に出かけたのは、お菓子を買うことが目的だったのに!(あくまで観賞が第一位ですよ、オホン)
・・・上村家三代展を見てから地下で酢豚を食べた。けっこうおいしかったけれど、スープがよくない。なかなか何もかも揃うものはないな。


14日。ホワイトデー。なんか降ってるが、ホテルから地下鉄入り口まで横断歩道一つの距離なので走る。
用賀に着くと、雨もやんでた。歩く。
平泉展初日。ついたら10:15だったが、既に大繁盛している。
なんでここでするのかがよくわからないが、以前も蔵王権現を展示したらしき空間に立つと、なんとなく納得したりした。
お昼は地下で販売の平泉弁当フェアにのっかって「うにごはん」。
これがたいへんおいしうございました。ラッキーな気分。
平泉の名物・餅膳料理は現地でいただこう。

そこから静嘉堂文庫へ。最近わたしが静嘉堂に行くときは必ず雨。
でも五島美術館についた頃には上っていた。
ご年配の奥様方で充満していた。わたしが出る頃には放送が入った。
「お静かにご観賞ください」
・・・最近、難聴気味なのはもしかすると、一種の恩恵なのかもしれない。

山種を経由してから渋谷に戻りハチ公バスで渋谷文学館へ。更にバスを乗り継いだが、ハチ公バスは乗り継ぎには課金されず、あくまで一回料金100円のままなのが嬉しい。
そして今月で最後の青山ユニマット美術館へ。
会うが別れの始めなり、とはよく言うたもので、折角来たのにもう閉館とはなぁ。
ぐったりしてると、memeさんがわたしを発見。
気分が明るくなる。memeさんはこれから森美術館へ、わたしは江戸東博へ。

薩摩焼のまとまった展覧会は初めてらしいが、案外関西では見る機会もあるので、なんとなくくつろいだキモチで眺める。
陶芸の展覧会に男性客が多いのは、東西変わりなし。

おなか減ったので、とんかつ和幸に入り色々お替りした。エネルギー補給と言う感じ。
最近どうしてかパスタ系が食べられない。以前は好きだったのに、今はお店の前に立つとそれだけで「もぉエエわ」になる。←弱っている証拠か?!


日曜日、ようやくピーカン。暑いくらい。せっかくバスに乗ったのに、終点・上野公園とは伊豆栄の前ではないか。これなら地下鉄に乗ったぞ??!
公園を歩くと、種類の知らない桜が何本か満開。きれいだった。
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わたしの東京お花見スポットは、上野公園・隅田川両岸・西馬込・小石川植物園なのだった。
今年の桜は大阪・京都・西宮あたりを順繰りに回ることになると思う。
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都美で「アーツ&クラフツ」を見る。京都で数度見てからこっちでも見る。
展示物は同様なのだが、はっきり書くと・・・京都展の方がよかった。
これは建物の構造と展示と照明のせいだと思う。
流れる京都展、分断される東京。意識の分断が必要なシーンも確かにあるが、しかしこの展覧会はやはり京都展の方がかなりよかった。

ちょっとアンニュイなのか。IMGP6128.jpg

三井記念館を出たらお向かいの道路に丁度メトロリンクバスが来かかっていたので走る。
このバスは無料。ありがたいことです。
フィルムセンターに行くが、このままブリヂストンというのをやめて、出光へ。
小杉放菴、再訪。この展覧会は本当に嬉しくて良い展覧会だった。
機嫌よく、このまま野間記念館へ。

前日初日の「大観と武山/樺島勝一」を見る。GWの頃に行こうかと思っていたが、無理してでも来て良かった。やっぱり野間はいいなぁ。
しかしそれで元の銀座へ戻るというのも不条理なルートだわな。反省or妥協に納得。
ブリヂストンでは好きなものだけを見た。
こういう常設がメインの美術館の場合、色んな愉しみ方ができるのも大きな魅力だ。

最後の目的地は汐留。ルオーを見る。ここでタイムアップ。
16:29の急行に乗って羽田へ。余裕あるかと思ったが、何にもない。
お菓子一つ買わずまっすぐ飛びましたよ。
ふと見れば富士山の袖から夕日がのぞく。
空の線が青とオレンジと赤とに塗られたまま。きれい。
飛行機が残してきた地域から暗くなり始める。
右目で東を見て、左目で西を見る。色の違う空。
両目で見たら、もう真っ暗になっていた。

遊び時間が終わったのだった。

花と文人趣味 清雅の美

大和文華館は四時半で入館を締め切るが、学園前駅についたときがその四時半だったので、電話して、中に入れてもらった。ああ、よかった。
実はこの日、朝から頴川美術館(甲東園)?濱田庄司展(中之島)?高島屋史料館(日本橋)?細見美術館展(ナンバ高島屋)?と、けっこうメチャなルートで遊んでいたのだ。
そしてここの後にはお水取り。

「花と文人趣味 清雅の美」
清風の茶 抹茶から煎茶趣味へ
文人の暮らし 書斎と文房具
ひらけば俗塵を忘る 文人画の世界
文人たちの好奇心 仿古趣味と観賞芸術
これらのテーマに沿って、主に中国の文物が現れてきた。
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紫釉雨竜盃 景徳鎮窯 中国・清前期  雨竜とはトカゲに似た黄色い竜で、それがカップに張り付いていて、とても可愛い。

蘋果緑盃 「大清康煕年製」銘 景徳鎮窯  蘋果とはりんごのことで、特にこれはグリーンアップル色をしていた。可愛い。

螺鈿花鳥蝶文器局  煎茶道具を入れるための箪笥。けっこう大きい。こうした繊細な拵え方をした工芸品、本当に好き。

犀角吉祥果樹彫文盃 中国・明  黒っぽく見える。そこに柘榴、枇杷、葡萄などが絡む造りになっていて、どう見てもアールヌーヴォー風水指。透かし彫りの精巧さが素敵。

四君子図 山本梅逸筆 天保10年(1839)  梅逸は煎茶道に熱心だったそうだ。以前頴川美術館での展覧会のときに、知った。

どちらかというと、墨絵というより、これから彩色するための輪郭線だけの絵、に見えて仕方ない。しかしこの大きな軸物は、素敵だ。
梅逸らしい絵だと思う。

東山第一楼勝会図画帖 森徹山筆ほか 寛政11年(1799)
以前から別なシーンを見てきたが、今回は森の描いたものを見る。
なかなか面白い。機嫌のよい絵に仕上がっている。

黒陶舞人俑 5点 中国・戦国  なんとなく見たことがある・・・カオナシに似ておるのでした。

青銅製金銀錯獅子形鎮子 中国・宋   要するに文鎮なのだが、獅子と言うより・・・ブルドックと言う奴よ。眼がピカッと光っていた。

陶淵明故事図巻 李宗謨筆 中国・明  41歳でリタイアする陶淵明の生涯を絵巻にしている。
「拙を守って田園に還る」歌の通りに故郷へ帰り、その地での交友などを描いている。
中島敦「山月記」の李徴とは全く異なる生涯である。

翰墨随身帖 田能村竹田筆 12図  月次絵と言うのでもないが。チラシの椿や、カニたちのシリーズなどがあり、なかなか工夫が凝らされた楽しい帖だった。

遅く来たのにそれでも楽しく見て回れた。
ありがとうございました、大和文華館・・・

文化勲章受章作家による館蔵美術名品展

堺筋の高島屋史料館に行く。
ここは無料で高島屋所蔵の名品を惜しげもなく見せてくれる、隠れた名所である。
周囲には黒門市場と電気屋とヲタ向けのお店などが立ち並ぶが、この堺筋の名建築はその喧騒とは無縁に近い。近年、この素晴らしい建物は結婚式場として活きている。
その三階に史料館はあり、平櫛田中の大黒様と、玉虫厨子のレプリカがお出迎えしてくれる。左奥には高島屋の歴史が繰り広げられているが、今日はそちらではなく右側の企画展のみを見た。
「文化勲章受章作家による館蔵美術名品展」(?3/27)
ラインナップだけでも本当に豪華だ。
日本画
秋野不矩 池田遥邨 岩橋英遠 上村松篁 奥田元宋
奥村土牛 大山忠作 小倉遊亀 小野竹喬 片岡球子
堅山南風 加山又造 鏑木清方 川合玉堂 川端龍子
佐藤太清 杉山 寧 高山辰雄 竹内栖鳳 堂本印象
中村岳陵 西山翠嶂 東山魁夷 平山郁夫 橋本明治
福王寺法林 福田平八郎 前田青邨 棟方志功 安田靫彦
山口華楊 山口蓬春 山本丘人 横山大観
洋画
伊藤清永 梅原龍三郎 牛島憲之 岡田三郎助 小絲源太郎
小磯良平 小山敬三 中川一政 林 武 藤島武二
安井曾太郎 吉井淳二 森田 茂
彫刻・工芸
荒川豊蔵 北村西望 楠部彌弌 佐治賢使 帖佐美行
富永直樹 富本憲吉 浜田庄司 平櫛田中 藤田喬平
ちょっとだけ感想文を挙げる。

みやまの春 青邨  青邨の梅は彼独自の梅であり続ける。バラやボタンは時により姿を変えた描き方をされることもあるが、梅だけは常に一定のスタイルを保っている。
それは枝ぶりや花の咲き具合といったものではなく、存在そのものことである。
青邨の梅は青邨様式の枠の外に出ることは、決してないのだった。
その様式美に惹かれて、何度でも青邨の梅を見る。

アレ夕立に 栖鳳  京都市美術館で「画室の栖鳳」として本絵と下絵の展覧会を見たが、この絵は下絵しかなかった。ないはずだ、本家で展示されていた。
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わたしが最初に見た栖鳳の絵はこの「アレ夕立に」と「絵になる最初」だったので、てっきり彼もまた美人画家かと思ったのだが、違った。
栖鳳が若い娘を描くことは殆どなかったことを、だんだんと知るようになると、最初の出会いが実は珍しいものだったというのが、なんとなくわたしらしいような気がした。
今あらためて対峙すると、わかっていたことだが、「新しい」発見があったりする。
つまりわたしはこの踊る舞妓さんが腰を屈めている、と思い込んでいて、それがカンチガイだと知る。
ちゃんと立っていてこの形なのだ。昔の女の人は小さいものだ。道理で可愛いはずだ。

戸塚の松 清方  日本髪の女がうねる松の大きな幹に座っている。一服しようと、煙草入れを出している。こういう姿にちょっとした粋さを感じる。
例の「羅馬展」のとき、清方はイタリーへ行く友人たちを送るために、車で関西入りしているが、その車での東海道中で、戸塚を通るときの感慨が興味深い。
清方は道路の改修工事を見かけ、この戸塚の松並木の景観保護を願う文を書いた。
やがて後年、弟子の山川秀峰が戸塚を通る際に「清方の松」という看板を見つける。
更にそのことを聞いた川合玉堂もわざわざ出てきて松並木を写生する。
(現在は清方が惜しんだ松の巨木はなくなっているが)
清方は「戸塚の松」を惜しんで文を書いたが、この絵はそのずっと後に生まれたようで、そこのところがファンとしては、なんとなく楽しいのだった。

三郎助 支那絹の前  これはサントリー「江戸のオートクチュール展」にも出ていた。縹色の絹の前に八千代夫人がオレンジ色のような地に縫い取りをした着物を着て立つ図。
吉祥文様たる柘榴が刺繍された絹。

安井 八重洲口風景スケッチ  今の八重洲口ではなく、数十年前のその風景だが、その当時はビルがそう高くなかったのか、日本橋の高島屋が見えている。描きこまれている。
高島屋の依頼にこたえて描いて、ちょっとした遊び心で加えたのか。

棟方志功 大和絵が出ていた。観世音菩薩。
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志功はマジメな遊び心と明るい感謝の念で、絵の中に堂々と謝意や献辞を描きこむ。
大主仁、と書かれて飯田さんも嬉しかったろう・・・

最後に大山忠作の飛ぶ鶴の絵を見た。この画家は先日亡くなってしまった。もう新作は望めないのだ。しかしこの画家の好んだ飛ぶ鶴たちは、こうして大事に残されている。

水曜と日曜がお休みの史料館、いつまでも素敵な展覧会を続けていってほしい。 

館蔵品の光彩 和と漢の交わり」

頴川美術館の「館蔵品の光彩 和と漢の交わり」の会期末に出かけた。
ここは小さい美術館だが、名品の揃ったいい美術館で、殆ど相客もいないというところが気に入っている。(経済的にはあれですが)
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光琳 群鶴図  これはMOAの「紅白梅」と同じ技法で川を描いている。意図的に銀を焼く。モダンなんてものではないくらい、モダン。右は菖蒲、左は竜胆。鶴も右に11羽、左に13羽がいて、それぞれ妍を競っている。真鶴のショータイムを切り取り、閉じ込めたような屏風。

光悦と宗達 冬瓜下絵色紙  この二人のコラボ作品は一体いくつあるのか。
いつも感心するのは、一つも技量が劣っていないこと。達人同士の剣の鍔迫り合いみたいなものなのか。歌は新古今から。

田能村直入 足柄山吹笙図  タイトルからもわかるように、太平記のエピソードがそこにある。
新羅三郎が豊原時秋に笙の秘曲を伝授する場。桜の下での伝授。三郎は紅い衣、時秋は縹色の着物、その色の対比も全体の薄い塗りの中では、嫌いあうこともなく、優しく同居している。

秀吉から秀頼への手紙が掛けられていた。幼児への手紙は親の愛に溢れている。
パパは君にキスしたいよ?と言った内容。

長次郎の赤楽を見た。「無一物」という銘がある。これは以下の手を経て後ここにある。
信長―秀吉―織部―吉宗―本多家―・・・。本能寺から救い出された茶碗。
(チラシ右側真ん中)
茶碗一つにも様々な運命の変遷がある。茶碗は自らで動くことが出来ないから、人の手から手に渡って生き永らえたり滅んだりするのだが、それにしても茶碗の運命こそ数奇と言うものなのかもしれない。
それで思い出した。先週号の「バガボンド」で光悦と沢庵が対峙し、語り合う。そのとき光悦の手元の茶碗を沢庵が目を留める。あの茶碗は畠山記念館に所蔵されているもののような気がする。
今見に行けば展示されているかもしれない。

清代の胭脂紅龍文瓶がある。チラシ右下。やや薄い臙脂色が艶かしい。形もいい瓶。
描かれているのは龍なのだが、それにしても色に迷わされて、可愛く見えてしまう。

次の展覧会は「書画を愉しむ」。応挙や貫名海屋らの作品が出るらしい。

濱田庄司展 堀尾コレクション

東洋陶磁美術館で堀尾コレクションをメインにした「濱田庄司」展に出かけた。
実はあんまり好みではないのだが、それは自分が「使う」ということを考えるから「ニガテ」なのだった。純粋に観賞すると、また違ったものが見えてくるだろう。
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見えてきた。・・・ちょっと違うものが見えてきた。何やと言うと、一言「おいしそう?」なものがいっぱい見えてきた。
大きい皿にダーと掛けられた釉薬。これがキャラメル色をしている。地は白。
どう見てもキャラメルケーキである。
実においしそうである。
こうなるともうダメだ。何を見てもどれを見ても「おいしそうか否か」という目で見てしまう。
柿釉が焼成される中でキャラメル色になるのは、作家の願いと、天然の力によるものだろうが、それがこんなに魅惑的なのは、また何か別な力が働くのだろうか。
おいしそうな陶器を眺めながらそんなことを考えた。

飴釉櫛目角皿 これは食器と言うより、スクラッチタイル風の装飾といい、建築用タイルとして使いたい欲望に駆られた。
これだけでなく、瓦に使いたいものなどもあった。
堅固で、そして重厚な華やかさのある焼き物には、そんな使い方も活かし方もあってもいいのではないか。・・・また勝手なことを考えている。

飴釉筒描楕円皿 生クリームを全面に塗ったケーキにチョコキャラメルをコーティングしたような風情がある。
実際「筒描き」という技法はクリームをデコレートするときと同じやり方なのだった。

渦巻き文があった。これは瀬戸では「馬の目」文というそうで、濱田がそれに惹かれたエピソードが記されていた。
そして浜田が使っていた釉薬を掛ける用の柄杓などが展示されていた。
これを見ると、あのエピソードが思い浮かぶ。
釉薬をかけるスピードが速すぎるのでは、と言われての答え。
「15秒+60年と見たらどうか」
15秒のために60年の歳月が必要なのだった。それがあるからこそ、15秒が活きる。

濱田はバーナード・リーチと生涯に亙って仲良く付き合った。
それは資料などで以前から知っていたが、改めて浜田の年表を見ると、ちょっとした感銘を受けるほどの親しさだった。
同好の士との楽しい交わりが作品を生み出す力にもなったのが、よくわかる。
一方、今回の展覧会の元になった堀尾コレクションの堀尾さんと言う方は、「自分が使う」つもりで浜田の作品を熱心に眺めていて、それを濱田本人から声を掛けたことで、交誼が始まったそうだ。
わたしは濱田の作品を使う、と言う意識を持てないので、堀尾さんの心持はイマイチよくわからないのだが、それでも好きな作家との心の交流というものが、どんなに尊いものかはわかるような気がする。
濱田もこんなコレクターがいることで、自分の方向性を完全に信じきることが出来たのではなかろうか。

掛け分け指描壷 これは紅い筋がいっぱい並んだ文様なのだが、それを見てわたしは生唾を飲み込みそうになった。蟹の足がいっぱい並ぶ図、そう見えて仕方ないのだ。
気泡が蟹の足をよりリアルに見せてくれるような・・・。

濱田は芸術に目覚めた頃、ルノワールの言葉に出会う。
「何故皆、絵だけか。半分でも1/3でも工芸の道に入ってくれれば、工芸は質も大きく向上するだろう」
陶器の絵付けから始まった、「職人」ルノワールの言葉に感銘を受ける。
わたしもちょっと感銘を受けた。
ルノワールが言った言葉だからこその価値がある。

しかし濱田の大きい作品はともかく、どうもお茶碗などがあまりわたしには関心が湧かない。
盃シリーズは可愛らしいが、これは造形がいいのが多かった。

最後に濱田自身による書が飾られていた。
「昨日在庵 今日不在 明日他行」
息子さんによると、ここには一種の諸行無常さが漂っているそうだ。
しかし実にいい言葉だと思った。
わたしならあれか。「昨日在宅 今日不在 明日遊行」

展覧会は3/22まで。
なお大山崎山荘では本日より「濱田庄司の眼」展を開催している。

川越美術館で見たもの

川越市立美術館では、小村雪岱だけでなく岩崎勝平や相原求一朗の作品も見た。
岩崎は電力王・福沢桃介や画家・杉浦非水の甥で、挿絵画家・斉藤五百枝の娘と結婚したが、妻の急死やいろんなことがあったせいでか、晩年に至るまで孤独の中に生きた。
その生涯などについては、こちらへどうぞ。
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チラシは雪岱のお傳と並んでのものだが、大きな違いを感じる一方で、やはりどちらも日本の絵だと言う実感がある。
雪岱の繊細な線描を見た後で、岩崎の洋画を見ることに大きな戸惑いを覚えなかったのは、岩崎もまた線描の人だからだった。

チラシの「赤い着物の女」はパステル画だから、そうそう輪郭線も細いものではない。
ざっくりした着物の着方、桃色の腕、花柄レースのショール、着物より濃い色の口紅、そしてややハレ瞼。実在を感じさせる女が、紙の上にいる。

見て回ると、パステルと油彩と、6Hと言う極度な鉛筆画の三種の技法が目に付いた。
そして油彩やパステル、木炭などで描いた女の大半は、ハレ瞼だった。
モデルがそうなのか、趣味なのかは知らない。
「眠る女」cam104-1.jpg
これは一見して、熊谷守一の亡くなった子供を描いた作品によく似ている、と思った。蒲団と顔の位置関係がそっくりである。
あちらは死者、こちらは生者。申し訳ないことに、先に守一の絵が強烈な印象として頭に刻み込まれているので、なんとなくこの絵を見てキモチよくないものを感じてしまった。

「青い着物の女」 その当時流行の銘仙風の着物を着ている。
「裸婦」 バストアップ。顔はどことなく女優の田畑智子似。
「湯上り」 鏡を見る後姿。
このあたりがなんとなく好ましかった。

「童女像」が幾枚かある。そのうちの一枚。cam105-1.jpg
元気そうな女の子。これらの額縁にも惹かれた。アールヌーヴォー風のデザインが施された、素敵な額縁である。
元の田中屋さんが誂えたのかもしれない。

従軍スケッチは全て鉛筆に水彩をつけたもので、中国各地の風景と、ちょっとした群像がある。
ここまでは全て戦前の作品。

「バレリーナ」 村松英子似のバレリーナが描かれている。
「花と少女」 可愛い。なんとなくほのぼのする。
そして様々な「横たわる女」 情景を選ばず描き方を選ばず。

困窮する岩崎を援助しようと川端康成らが彼の絵の頒布会を起こした。
それが6Hの鉛筆画「東京百景」シリーズだった。
執拗な、と言っていいほどの丹念な描写だった。とはいえ細密画とは違う。
「日大医学部並びに付属病院」 モダンな建物が緑に囲まれている。
「橘町問屋街」 こまかい??!
「慶應義塾大学」 少し色がつけられている。

「市長室のための川越風景」cam105.jpg
時の鐘やずっと向うに火の見櫓などが見える。蔵が所狭しと建て込んで、その隙間に緑が繁茂している。

晩年の作として、キャンバスに油彩と言うのが並んでいた。
みんなとても厚塗りである。
渦巻く炎を思わせる装飾の縄文土器に花を生けた絵があり、絵そのものより、その発想にちょっと感心したりした。
「沖縄の女」 立体感があるのは、やはり厚塗りだからか?

特に強く惹かれるものはなかったとは言え、知ることが出来てよかったと思う。

次に相原求一朗の特集展示などを見る。
・・・・・ずいぶん、北海道の風景の多い画家だった。没後十年なので、つい近年まで活躍していた画家なのだ。それにしても北海道の原野や自然風土を描いた作品が多い。
人のいない風景。しかしなんとも言えず魅力的な作品が多い。
北海道の寒さを感じる作品ばかりで、あの地がリゾート地だとは思えなくなってきた。

「宇登呂厳冬」 宇登呂と言えば武田泰淳の名作「森と湖の祭り」の舞台である。描かれたのは’93年。あの小説は50年前の作品、映画にしても40年以上前のものだが、この風景は泰淳が書き、内田吐夢が描いた「ウトロ」そのままのような気がした。
どこからか風祭一太郎が現れてきそうな・・・

「光る海」・・・灰色の「光る海」がそこにある。
同年に描かれた「石炭置き場」はどことなく小杉小二郎風な味わいがあった。

そこを出て常設室に行くと、中学生の団体がいた。みんな体操座りしている。絵を見るポイントや心がけなどをレクチャーされているようだ。
こんな頃は、カッタルイよな。でもそのうちの何人かが熱心にメモを取っていたので、やっぱり20年後には・・・とちょっと期待したりする。

日本画もあった。地元ゆかりの作家たち。
橋本雅邦「虎渓三笑」 静かな絵で、笑い声は響かない。これを見て初めて「三人が声を挙げて笑ったわけではない」と気づいた。ニンマリするのも笑いなのだし。

小茂田青樹「麗日」 白地に茶斑で梅を描いている。この画家の絵で一番好きなのは、「春の夜」である。夜梅の下を獲物を咥えた猫が行きすぎる、そして樹上にはふくろうがいる。
ああいう雰囲気は、ここにはない。

駒井哲郎の版画もあった。埴谷雄高の「闇の中の黒い馬」の作品。個人的思い入れが強いので、ちょっと泣けてきた。この本が出た当時、ジャケ買いした人が多かったそうだ。

なかなか見応えのあるコレクションだった。目当ては小村雪岱だったが、こうして他の作品にも出逢え、本当によかった。展覧会は3/22まで。

小村雪岱展

川越市立美術館に田中屋コレクションを見に行った。
「小村雪岱と岩崎勝平 ひとを極める」展。岩崎のことは知らず、ただただ雪岱の絵が見たくて出かけたのだが。
cam102-2.jpg蛍 団扇絵。実物も展示されていた。

雪岱の仕事として、本の装丁と挿絵などがある。舞台装置についても大きな足跡を残している。
田中屋コレクションはその装丁と挿絵や版画を多く集めていた。

雪岱は鏡花、邦枝完二、下母澤寛らと特によい仕事をしていた。
だから必然的にそれらが多く残っている。

雪岱の随筆「日本橋檜物町」によると、鏡花の趣味はたいへん好いもので、しかしながら濃い色などを嫌う難しさもあり、装丁の絵柄・構成・色調などにも色々苦心した様が偲ばれる。
とはいえ、雪岱は鏡花本人に出会う以前からの鏡花宗の熱心な信徒なので、その仕事はとても遣り甲斐のあるものだったろう。

ここに並ぶのは『日本橋』、大正四年の『鏡花選集』などのほか、その鏡花との縁が元で仲良くなった鏑木清方の随筆集『銀砂子』といった見事な装丁である。
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清方が雪岱を高く評価していたのは、彼の他の随筆にも多く出ている。
酒を飲まない清方はあまり会には顔を出さなかったようだが、九九九会のメンバーとして、月一回の鏡花を囲む親睦会についても、素敵な随筆を残している。

昭和に入ってからの雪岱の仕事の一つに「演芸画報」表紙絵がある。舞台装置の大家でもある雪岱にはぴったりの仕事だと、嬉しい気持ちで眺める。
写真が雑誌の表紙になる以前は、多くの雑誌はすばらしい表紙絵を送り出していた。
実際ジャケ買いも多かったようだ。
ここにあるのを見るだけでも、ときめくものがある。
座敷からぼんやり眺める空には、細い二日月が浮かんでいる。
三日月ではなく、なお細い二日月。そんな月が似合う女を雪岱は描く。
また、辰巳芸者らしき婀娜な女が蔵と蔵の隙間を通る姿のよさ、両国橋にもたれる女をロングで捉えた構図、大川をぽつんと行く小舟から、そっと首を出す女・・・
こんな表紙絵を見れば、中身を問わずに買いそうになる。


挿絵の仕事を眺める。
大抵わたしも見て来たように思っていたが、白井喬二「盤嶽の一生」も雪岱の仕事とは知らなかった。・・・本当に挿絵界は奥が深いものだ・・・

邦枝の「お傳地獄」を見る。
ご一緒した近藤ようこさんが仰る。
「川の中から白い足が一本出ている図・・・あれが」
印象深いその絵。
わたしも最初に見たとき胸を衝かれた。今も背筋に粟立ちがある。
作家・星川清司もこの絵に衝撃を受けた、ということを何かに書いていた。
やはりその図と、お傳が背中に刺青を入れる情景(お傳はそのとき目を開いているのだ!)
そして、殺人シーン。これらがなんとも言えず魅力的だ。

邦枝「江戸役者」は幕末の人気役者・八世団十郎の生涯を描いたものだった。彼を主役にした小説は他に杉本苑子「傾く滝」があるが、若くして悲劇的な最期を自ら選ぶ美男には深い興趣がそそられる。絵にもその頃の芝居の内幕を示すような雰囲気がある。火鉢をはさんで向き合う女形と女、縁側でくつろぐ男…

やがてこの翌年には邦枝とのもう一つの名品「おせん」が生まれる。お傳に比べ物語そのものに隠惨さもないだけに、一コマの情景に雅さまで感じられる。ハスの花に囲まれた図など、仇英の官女図を思い出した。

下母澤「突っかけ侍」の挿絵下絵を見れて私はとても嬉しかった。この原作本は父の蔵書にあり、長らく読まずに来たのだが、数年前「サライ」で雪岱特集があった時に、わりに多くのページを「突っかけ侍」が占めたので、そこから小説を読みだしたのだ。
先日の小林でもそうだが、優れた挿絵は物語の続きを追わずにいられなくする力を持っている。
一旦読了してからは再三読み返し、今では私の愛読書になり、エピソードを思い出せば雪岱ゑがくキャラたちが蘇る。だからこうして絵を前にすると、キャラたちの声まで聞こえてくるようだ。

珍しいのは唐津くんちの絵。鯛車が通る絵。去年の今頃、わたしは唐津に遊んだ。
実際に見た鯛車は大きかった・・・そのことを思い出す。

湯島夜景cam102.jpg
これは一見したところ小倉柳村の版画かと思った。共通する雰囲気がある。
わたしは夜を描いた作品が好きなので、うっとりと眺めるばかりだった・・・

去年の今頃は埼玉近代美術館で雪岱の展覧会を見たが、一年経ってまた展覧会に行けるとは、なんと幸せなことだろう。本当に嬉しかった。
そしてここに挙げた画像は、実はすべてプレゼントされたものなのだった。
本当にありがとうございました・・・。



小林秀恒回顧展

弥生美術館では、昭和初期に挿絵界の三羽烏、と謳われた小林秀恒の回顧展をしている。
三羽烏のうち岩田専太郎志村立美は既にここで展覧会が開かれており、小林が最後となった。
三人のうち小林が夭折し、今年で67年経つそうだ。去年が生誕百年。未亡人は94歳で、しっかりしておられ、シャキシャキした語り口でインタビューに答えられている。
そこからわたしたちの知らない小林秀恒の姿が浮かび上がってきた。
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先日野間の記事で挙げた池上秀畝の弟子で、日本画家として名を挙げようとしたが果たせず、当時売れっ子の岩田専太郎の代打で描いた乱歩「妖虫」挿絵で、一気に世に出た。
その後はずっと売れ続けたようだ。
わたしが最初に見た絵はやはり乱歩「怪人二十面相」だった。素敵なキャラに、ドキドキするような構図で、とても心に残った。
何十年後かのわたしがこうなのだから、当時の読者たちのときめきはもっと大きかったろう。
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やっぱり挿絵と言うものは、ハッと胸を衝くような魅力がなくてはいけない。
そして菊池寛「貞操問答」の挿絵は女性キャラがそれぞれとても綺麗だったので、展示を眺めながらついつい、次の話の展開を追ってしまった。
そしてそれが挿絵の力と言うものだ、と常々思う。
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挿絵だけでなく、表紙絵や口絵がまた魅力的なものが多い。
未亡人によれば「編集の方が『描いてください描いてください、売り上げが1万円違いますから』って頼みに来」たおしたようだ。
当時の一万円は日本橋三越の一日の売上高だったそうだ。
その表紙絵の一枚。cam099-1.jpg
健康的な美人がテニスをしている。1941年の作。

展示作品を見ると、実に多くの作品がある。描くのが早かったので、どんどん仕事をこなしていたらしい。作家の方もその当時の人気作家が多い。菊池寛、川口松太郎、尾崎士郎、白井喬二、村上浪六、海野十三、岡本綺堂、下母澤寛、西条八十・・・
(昔の小説のタイトルを見ると、それだけでわたしなぞはドキドキがとまらなくなる)
火星美人、悲恋犬神娘、ライカと手風琴・・・
三角寛「国境の女」口絵。
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こんな口絵を見せられては、中身が知りたくなるし、続きが見たくなるじゃないか・・・!!
(つくづく自分がいかに1920?40年代風俗が好きか思い知らされる)

少女のための抒情画も小林は描いている。
チラシの左下の少女の着物は、色合いも帯もとても綺麗で愛らしい。
こちらもふんわりパーマを当てた少女がいる。『少女の友』誌の口絵『春日』。
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しかし全く残念なことに小林は病に倒れる。彼は友達も多く、ファンも多く、皆に愛されていたが、とうとう34歳の若さで他界する。
仲良しの岩田専太郎がお見舞いに行くと、「僕は死にたくない・・・まだしたいことが沢山あるのだもの・・・」と話したそうだ。せつない、とてもせつない話だ。

それからわたしがきれいだ、と感じたスケッチを一枚。
「永遠の良人」のための作品。本当にきれいだと思う。
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この絵は'93の3月に入手した「昭和挿絵傑作選」の「大衆読物篇」で知ったが、実物に出逢うまでに16年の時間がかかったのだった。

小林秀恒には唯一人の弟子がいた。それは小松崎茂だった。サンダーバードのプラモの箱絵や、宇宙を舞台にした口絵などを多く描き、晩年またもや脚光を浴びた画家。
小松崎は敬愛する師匠のために街角のスケッチを多く描き、小林もそれをたくさん買い取った。小松崎の当時の仕事は全て焼失したので、現物はないが、後年それらを思い出して描き直したものが今回、出ていた。
昭和初期の東京のアチコチの風景スケッチ。なかなか興味深いものだった。

他に秀恒の次男で既に故人になったイラストレーター小林弘隆の作品紹介もあった。
なんとなくどこかで見たことのある絵である。経歴を見ると「週刊プレイボーイ」「月刊GUN」「スクリーン」などに発表していたようで、シュワちゃんの「コマンドー」のイラストなどがあるから、やっぱりどこかで見ていたのだ。
父親の画風とは全く違うが、同じ道を進んでいたのだと思うと、なんとなく嬉しくなった。

挿絵は打ち捨てられることが多い絵である。しかし記録に残らずとも、記憶に残る存在である。
わたしはやっぱり挿絵を愛し続けて生きている。

併設の華宵コーナーではまた夢のように美しい少女たちの絵を眺め、夢二美術館では「乙女によせるメッセージ」として、詩画を見た。
黙ってその絵を見、その詩を読むと、ちょっと胸がいたくなる。
「おんなし夢をふたりして 遠いところで見たのです」
大正のときめきは昭和とは形が違うが、それでもやっぱりきれいだった。きれいでせつなかった。

展覧会は3/29まで。来月からはアンパンマンのやなせたかし展に替わる。



お水取りに行く

今日は奈良にお水取りのお松明を見に行った。
修二会しゅにえ、といい1250年以上続き一度も中断したことがない行事である。
本当は2時間くらい待つ気でいたが、急遽ひとりぼっちになったから、なんもない地にじーっと待てず、その間に用事を入れたので、東大寺の二月堂の前には入れなくなり、第二拝観所からお松明を遠望することになった。ここから見るのは二度目。
まだ立ち始めは頭上に朧月がある。IMGP6069.jpg

二月堂もまだ灯りだけの姿。IMGP6072.jpg
ぼやけていても気にしてはいけない。

さていよいよ鐘が鳴り、お松明が回廊を駆け上がりだす。これは近場からならたとえ物音は聞こえずとも気配を感じるので、興奮が高まってくるのだが、やはりこれだけ遠いと気持ちも静かになる。
とはいえ背後の人だかりからギラギラのフラッシュ嵐が。
やっと始まる。既にこの行事が練行衆の修行のためのものだと知らないヒトが多数という状況。
ああ、始まった。わたしのカメラのウデではこんな程度しか撮れない。
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こちらは夜間撮影ではないモードでの撮影。IMGP6074.jpg

詳しくはこちらでスライドショーがある。音声に注意。
音声も気配もない中、フルカラーの無声映画を見るような気分で、お松明の動きを追った。
火の粉が散るのがわかる。
数年前、初めて行ったときにはかぶりつきにいたので、モロに火の粉をかぶり、それで異様に興奮した。あれからどんどん遠く離れてしまう。

お水取りが春を呼ぶ。
そして春はセンバツから。
そんなことを思いながら見飽きることなくみつめた。

静かな感動が湧いたところで終了。大阪へ帰還。電車の中で日本が韓国にボロ勝ちしているというメールが入ってきた。イチローの大活躍らしい。
たぶん、韓国戦に焦点を合わせてたんちゃう、と返信して私も急いで帰った。

帝展期の東京画壇

野間記念館はわたしにとって定番の美術館。美術館が出来る以前は「幻の」と冠のつく野間コレクション特別展が、時々デパートで開催されていた。
だから今、こうしてタイトルごとに所蔵品を展覧してくれるのが、嬉しくて仕方ない。
このコレクションを始めた野間清治氏の美意識と趣味は、わたしにはありがたいものだ。
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帝展期の東京画壇。
思えば今回のハイカイはほぼ日本画だけを見て回ったものなのだった。

チラシは山川秀峰「蛍」。野間コレクションの白眉の一つ。
秀峰には美人の奥さんがいて、その妻をモデルに美人画の名品を数多く制作している。
今回は出ていないが、九条武子を描いたものに惹かれ、艶かしい女の横顔に吸い寄せられて、予定も立てていなかったのに急遽東京へ出てきたことがある。
それほどに秀峰の描く女は魅力的なのだった。
この「蛍」も構図は浮世絵の伝統に則ったものなのだが、三美女のこうした図はギリシャの三美神のようにも思われる。

今回の展覧会は2007年の同時期の「清方と仲間たち」展によく似ている。
所蔵品を展示する美術館なので、当然ながら何度も見る作品が多いが、それでも対峙するたびに新しい発見がある。

松岡映丘「池田の宿」 太平記のエピソードを採った。
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この池田の宿から出ようとする俊基朝臣からは哀れさを誘われる。
どうも映丘の描く人物の多くは、誰もがどことなく哀れさをそそられるようなところがある。尤も歴史上の人物や物語の人物には、ある種の悲劇性が具わっていなければ、魅力とならないのかもしれないが。

鏑木清方「夏の旅」 これは出来たらその季節に見たい清涼さがある。イメージとしては「冬の旅」を愛しているが、実際には夏の快さを愛するからそう思うのかもしれないが。
とはいえ、清方は8/31生まれなので、私と同じ夏の人なのだった。

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「五月雨」 傘を差し、緑の風景の中にいる女の素足の美しさ。風景の点描としての人物、それを目指していた頃だと言うが、個性の強くない優しい美しさは、心に残るものなのだ。
ここがどこなのか、どういうところなのかまるで知らないが、緑の雨に溶け込みそうな気がしている。

小室翠雲「青緑武陵桃源図」 ロバに乗る人の姿が小さく見える。桃源郷ユートピアに異物は入り込めず、ここに行きたいと思ってもかなうことはない。
南画風な絵だと思った。賛を入れれば鐡斎を思い、人物がもう少し大きければ関雪を思うだろう。

池上秀畝「残月杜鵑」 以前この絵を野間でみたとき、「誌上の光彩」シリーズでたまたま伊藤彦造の「杜鵑一声」が出ていた。姿のない杜鵑が、彦造の絵から真っ直ぐに秀畝の絵に入ったかのように思えた。

吉川霊華「箜篌」img760-2.jpg
好きな絵に再会できるのは嬉しい限りだ。常々思うことがある。いつかこんなコスプレがしてみたい、ということだった。

広島晃甫「百合」 あわあわした美しさがある。百合の花の美しさにはちょっと手の届かない憧れがある。しかしこの百合にはそんな隔たりは感じにくいのだった。
この画家の作品はあまり表に出ない。以前から見ているのは「青衣の女」。
タイトルだけなら、時期も今の「お水取り」の過去帳に見える謎の女人のようだが、そうではない。青いチャイナ服の女。この絵は帝展に出て、清方がそれに対してなかなか興味深い意見を述べている。
「新しい帝展でなかつたら恐らく見過ごされて了つたらうと思はれる」
この展覧会にふさわしい画家なのだった。

野田九甫「夕顔」 夕顔よりも糸瓜が目立つ棚の下の夕涼みの夫婦。乳飲み子のいる女。
この構図は久隅守景の夕顔棚納涼図屏風が元ネタのように思う。 
野田には「阪神名所図会」という楽しいシリーズがある。数年前見て、随分面白く思った。
また彼には吉祥寺美術館に常設コーナーもある。しかしそんなに知られた画家ではない。
野間では、こうした忘れられた画家の作品を多く見ることが出来るのだ。


荒木十畝「黄昏」 cam096.jpg
この青い花が紫苑とは知らなかった。そもそも花の名前を知らなさすぎる。
「紫苑はものをおぼえさせる草、いつまでも忘れさせぬ草じゃ」
石川淳の描いた「紫苑物語」の世界に浸りながらも、その花を知らず、実物を見ず。
その「ものをおぼえさせる草」の下を身を低くしてゆく白猫は、まだ若い猫のように見えた。

野間の色紙コレクションを見るのもいつもの楽しみ。
今回は秀峰、清方、映丘らの作品がある。
総じて名品揃いなのだが、時々そのうちの一枚乃至二枚にとびきりの作がある。
元から煌くものと、その時々の煌きと分かれるが、やはり深く目を惹き心に刻まれる絵なのだ。
そういうのを見たくて、何度でも野間記念館に通うのだ。
今回は秀峰の「三月、雪姫」に惹かれた。艶かしい雪姫。芝居の三大赤姫の一人。


ああ、毎回本当にありがとう、野間。ずっと続けて見に来るつもりだ。

源氏千年と物語絵

永青文庫では「源氏先年と物語絵」展が開催中。途中何度か絵巻の場面換えなどがあるので、全部見て回るのはちょっとムリそう。(する人はするよ)
わたしが行ったのは2/21だからそのときに見たものを書く。
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1 北野天神縁起絵巻
わたしが見たのは奏上するシーン。でも巻数で言えばどこに当たるかがとわからない。
数年前、菅公記念の年に展覧会があり、多くの縁起絵巻を見たことを思い出す。

2 目貫 風神雷神図  江戸時代
可愛い。大体こうした目貫と言うのは細工も細かく楽しいものが多い。ちゃんと雷鳴つき。

3 絵入平家物語 江戸時代
奈良絵本の美麗なものを見るのは、本当に楽しい。こういうものを見るのが好きで古美術が好きになったのだ。永青のHPでは清盛が怪異に遭うシーンを出している。

4 源平盛衰記図会 秋里籬島著、西村中和・奥文鳴画  寛政6年(1794)
この英訳がなんとなくすごいような。盛衰はRise and Fallなのだ。
わたしは大学の頃平家物語を自分の研究に選んでいたので、盛衰記も色々学んだが、日本語と言うものはやっぱりいいなぁとシミジミ実感した。
こちらはより稗史に近く、物語性が大きく面白い。これは版本。
前田青邨が好んで描いた「知盛幻生」の情景。大物浦での平家の怨霊が現れる。

もう一つ、こちらは横長のミニ本。宝永四年(1707)
わたしが見たのは、小督が琴を弾く、矢を射る与一など人気のエピソード。


6 小松公諫言図 渕上誠方筆 江戸時代後期?明治時代
清盛の息子・平重盛は人柄もよかった、と言うのが通説である。だから暴君の勢いを止めんと、父に諫言に行く。その図は大昔から画題になっている。
しかしどうも・・・父に比べて魅力の薄い息子である。
何事もにも積極的で前しか見ない清盛はやっぱり面白い。ロシアのピョートル大帝と共通するものを感じる。

7 三所物 源頼政鵺退治図 後藤程乗作 江戸時代前期
後藤の細かい細工が好きなので見ていて嬉しい。鵺はそのままChimeraキメラと約されている。というより、日本でのキメラはこのぬえを措いて他にはない。

8 絵入太平記 江戸時代
稲村ガ崎あたりで、海の神に刀を捧げる。モーゼのような奇跡が起こる前の場。

9 新田義貞図 菊池容斎筆 江戸時代後期
それをしたのがこのヒト。昔は「太平記読み」という職業もあったのだ。

10 楠公訣別図 渕上誠方筆 江戸時代後期?明治時代
先ほどの小松公と同じ絵師によるもの。楠公父子櫻井の別れ。古い方なら「青葉繁れる櫻井の」と歌が浮かぶだろう。

12 長谷雄草紙 鎌倉時代
これは巻き換えが8週に亙っている。わたしが見たのは以下のシーン。
朱雀門の鬼、約束通りに女を長谷雄に与える
チケットの半券に使われている絵は、その次の段階。水となって溶ける女。この絵巻は大正の頃から表に現れ、小村雪岱がその詳細な感想を残してもいる。
絵も面白く、話も面白い。京都文化博物館のオリジナルビデオにも長谷雄が鬼と博打を打つシーンが取り入れられている。「かくて八十日」と書いてあるのが読めた。

13 秋夜長物語絵巻 
室町時代の稚児物語の一種。稚児と僧の恋物語。香雪美術館「稚児観音絵巻」、逸翁美術館「芦引絵」、とこれまで三つの稚児物語を見てきた。(本では他にも色々)
物語の現代語訳や解説などはこちらが面白く、また詳しい。つくづく自分がフジョシだと実感するなぁ。どうしてもBLから離れられない。
絵は下がり眉の美少年・梅若より、侍童・桂寿の凛々しさがいい。

14 申陽洞記絵巻 Shin'yo-Doki   桃山・江戸時代前期
これは瞿佑の「剪灯新話」のエピソードの一つ。所謂猿神退治譚。そして攫われた美女たちを妻にする男。これを田中貢太郎が小説にしているので、そちらも案内する。

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16 十二類合戦絵巻 江戸時代後期
これは京博本とよく似ているように思う。丁度鬼が水鏡を見てから逃げるシーンが出ていた。なんとなく哀れな物語である。しかしこの英訳タイトルがいい。
The battle of the twelve zodiacal animals  
星座も十二支もみんなzodiacなのか。

17 後三年合戦絵巻模本 福田大華筆 天保15年(1844)
たいへん綺麗な絵巻だった。天保の末年頃の作品だからというのもあるが、本当に綺麗な写しだと思った。

18 源氏物語(紅白梅蒔絵箪笥入)細川幽斎筆 桃山時代
ここの主のご先祖の一人。系図学を学んだヒトから見れば、ここの系図はさぞ面白いだろう。
やはり美術品への愛情は随分昔から続いているのだと思った。

35 目貫 錣引図 江戸時代
可愛いね、これを見ると芝居を思い出す。

37 伊勢物語歌かるた 江戸時代
綺麗だから実際に遊んだわけではないように思うが、果たしてどうか。しかしカルタとはいいアイデアだと今更ながらに思った。楽しめるし、学ぶことも出来る。
全然関係ないが、わたしは幼稚園のときに貰った交通安全カルタのいくつかを覚えている。
「おっとあぶない赤信号」「一旦止まってみぎひだり」・・・・・きっと昔の人もこのカルタで伊勢の歌を覚えたりしたのだろう・・・・

41 三国志人名伝 明和6年(1769)7月
これはそのときの主・細川重賢が書き連ねた、いわば三国志登場キャラ表。ヲタ・ノートです。

44 聖賢図巻 中国・明時代 宣徳2年(1427)
つい先日、京都御所展で似たような襖絵を見たが、ここに描かれているのは孔子の弟子たち72人の姿。中島敦「弟子」、諸星大二郎「孔子暗黒伝」以来、なんとなく勝手にシタシミを覚えている子路や顔回の姿を探した。

45 三蔵・悟空・八戒 今村紫紅筆 大正2年(1915)
わたしが見たのは2シーン。どこかの民家の裏の小山のようなところに坐す八戒(しろいぶたさんとして描かれている)、空を行く悟空は白衣を着ている(色ぐろなさる)。なんとなくやっぱり可愛い。

46 応神天皇誕生図 細川宏子筆 明治時代
護立氏の奥方。神功皇后、生まれたばかりの応神天皇、それをだっこする武内宿禰。
明治の頃は神功皇后の話が随分人気で、お札にもなり、五月人形にもなった。
たぶんその事業が時代に合ったのだろうが。

47 仁徳天皇高き屋図 細川宏子筆 明治時代
絵の巧い奥方だが、以前「華やかなるプリンセスライフ 細川のお姫様」展のとき、絵に天分のある人々が代々いたことを知った。今回は日本画のみ2点。

48 一休禅師像 下村観山筆 大正7年(1918)
20年前、東博で一休展があった。あれが最初の東博訪問だった。そのときあの有名な肖像画を見たが、正直「長渕剛にそっくり」と思った。そしてこの絵はそのナガブチ似の顔が、花頭窓から外をのぞくシーンを描いている。

49 平重盛六波羅諌言図 菱田春草筆 明治27年(1894)頃
これは六波羅へ到着したシーン。牛車からのぞく貴公子は色白の美男だった。マジメな小松殿。
わたしは平家一門ではやっぱり知盛、敦盛が特に好きだ。

51 魔女 中村岳陵筆 昭和35年(1960)
これは四天王寺の壁画のための一枚。仏陀を誘惑しようとするマーラ。しかしたいへん清純な美少女風なのである。四天王寺で実物を見たときも思った。
魔女たちが随分清純系で、むしろ聖女たる摩耶夫人の方が艶かしく魅惑的なのである。

他にもいいものが沢山揃っていた。マントルピースの上には梅原の紫禁城の絵が飾られている。
ソファが置かれる休憩室への間のカーテンの柄は、細川家の家紋・九曜だった。なんとなくそれが楽しい。

カフェもオープンしたようだし、春の一日目白の永青文庫でくつろぐのもいいと思う。
野間から永青、坂を降りて早大演劇博物館へのコースも楽しいだろう。



松岡映丘とその一門?蓬春・丘人・明治・辰雄?

山種美術館で「松岡映丘とその一門」を見た。3/1までの展覧会。
元々映丘は好きな画家なのだが、なかなかこうした展覧会がなかった。
とはいえ、今回も5点ばかりで、あとは関わりの深い清方、霊華、素明、百穂ら金鈴社の同人と、彼の先師や弟子たちの作品が並んでいる。
映丘は柳田國男の弟で、この松岡5兄弟の事績については、姫路文学館にコーナーがあるので、播磨を旅されるなら是非立ち寄られるがいい。
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映丘は大和絵を復興し、華麗な物語絵を多く描いた。
姫路には彼の描いた「道成寺」もあるし、ここには今昔物語関連の作品もある。
またどういうわけでか奈良国立博物館には、映丘一門が合作した「草枕」絵巻がある。
(映丘は「湯煙の女」として美しい裸婦を描いている)

雅邦、玉章、鞆音、広業ら明治の日本画が並ぶ。やや堅苦しい。
彼らの後の世代が映丘らにあたるが、その間に大観らが現れて日本画の変革を推進した。
やがて大正の新しい風を受けて生まれた作品は、題材を古典に求めていても、旧態依然としたものではなかった。

霊華 小鷹狩  童子をつれた若い主人が今しも、という図。
「国の守は狩を好んだ。大鷹狩り小鷹狩り、日の吉凶を選ばず獲物を問わず・・・」
そんな一文が思い浮かぶような情景。

素明 殷其靁(詩経図のうち)  激しい雷音。しかしそこに現れたのは可愛い雷神。フルカラーなのがまた嬉しい。

清方 伽羅  うたた寝から醒めた貴婦人の風情ある姿。何度も見ているがそれでも飽きない。枕には伽羅が焚き込められている。枕の表に源氏香の印があるが、それがどの名前かがわからないまま過ごしている。

映丘 山科の宿「おとづれ」  チラシに選ばれている。庭には椿や白梅が咲き、涼やかな目元の若い母親が子供に乳を含ませている。
顔立ちの美しさ、衣裳の儚いような美しさ、庭の佇まい・・・優美繊細と言う言葉がそのまま生きているのを感じる。

千草の丘cam091.jpg
これは初代水谷八重子を描いたそうで、鼻の辺りがリアルすぎると批評を受けたそうだが、正直言うと「玉三郎に似ている」と思った。
しかし似ているはずはないのである。八重子の元夫・守田勘弥の養子が玉三郎なので、二人に血縁関係はない。しかしどうしてか似て見える。
黄色い若い着物に若い草野。なんとも言えず綺麗な、その当時の現代美人画だと思った。

映丘は弟子たちと合作を多くした。前述の漱石「草枕」絵巻だけでなく、ここにある「伊勢物語」もそう。
吉村忠夫 筒井筒cam090.jpg
伊勢の中でも古来から好まれた画題。幼い少年少女が井戸のほとりで睦まじく過ごす姿。映丘はその後年の姿を描いている。

蓬春 錦秋  赤いもみじの上に小禽がいる。それだけのことなのだが、そこに深い美がある。こうした絵を見ると、日本の美を味わう生き方を選べたことを、素直に喜ぶ。
そしてこれは二羽の風景なのだが、一羽だけの絵もあり、そちらは同じように紅いもみじの上にいるが、
タイトルは「新冬」mir985-3.jpg

丘人 壁夢  これは随分前に奈良そごうで見たと思う。日常のちょっとした隙間に潜むファンタジーのような世界を丘人は描いているように思う。
ほわほわの白猫。そこに立つ女たち・・・意味を追うことは無駄かもしれない。

明治 月庭cam092.jpg
奈良そごうの回顧展で、明治の絵を見たとき、このスタイルにたどり着くまでの変遷に、感心した。そしてやっぱりこの画家は戦後の画家だと思った。
昭和初期にもいい作品があるけれど、やはり戦後の繁栄の中で逞しく生きた画家だと思う。
この二人の舞妓はステンドグラスにしたみたい。輪郭線の太さ、その中の透明さを含んだ色調。とても綺麗だと思う。情趣を感じることはあまりないが、それでも綺麗なのが、やはり戦後の画家の力業だと感じる。 

寧 金銅仏(素描) 今回出来上がった本絵より、この素描に惹かれた。弥勒を描いたもの。なんとなく素直な気持ちになるような。漢字一文字シリーズになる以前の、優しい絵。  

辰雄 坐す人 この絵を見たときの衝撃は今も記憶に刻まれている。昨年の回顧展を見に行くきっかけ、そしてわたしなりの追悼記事も、全ての始まりはこの絵なのだ。
高山辰雄の世界に衝撃を受けた、と一言で言ってもそれは雷鳴に撃たれた様なものではなく、深い深い澱みの中でのことなのだ。
今、久しぶりにこの絵に対峙して、そのことを改めて想う。
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出来うるなら、今度は映丘の物語・歴史を背景にした作品ばかりを見てみたい。


3月の予定と記録

早くもおひな様ですね。
近所の和菓子屋さんで可愛いのがありました。
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恒例のばら寿司。IMGP6040.jpg
ちょっと甘酒も飲みたいところです。(白酒でなく)

さて3月。予定はたんまりあるけど、どうやって動くかが最大の問題です。
3/13?15は都内潜伏します。

北村美術館 春季取合せ展 牛歳余春 3月14日?6月7日
樂美術館 樂歴代 花のかんばせ ?3月29日
泉屋博古館 住友コレクションの中国絵画 3月14日?4月26日
京都国際マンガミュージアム 冒険と奇想の漫画家・杉浦茂101年祭 3月20日?5月24日
大阪市立東洋陶磁美術館 濱田庄司 ?3月22日
大阪歴史博物館 お菓子の博物館 ―初公開・山星屋コレクション― ?4月6日
INAXギャラリー大阪 デザイン満開 九州列車の旅
藤田美術館 日本のやきもの ?桃山・江戸の茶陶? 3月7日?6月14日
頴川美術館 館蔵品の光彩 二 ?3月15日
西宮市大谷記念美術館 新収蔵品展/画家たちとパリ ?3月29日
白鶴美術館 春季展 3月7日?6月7日
大津市歴史博物館 道楽絵はがき?コレクターたちの粋すぎた世界? 3月6日?4月19日
奈良国立博物館 特別陳列 お水取り ?3月15日
お水取り
大和文華館 花と文人趣味?清雅の美? ?3月29日
綾部・グンゼ工場見学
大阪日本民芸館 茶と美ー柳宗悦・茶を想う 3月12日?7月12日
国立民族学博物館 千家十職×みんぱく:茶の湯のものづくりと世界のわざ 3月12日?6月2日
インド刺繍布のきらめき?バシン・コレクションに見る手仕事の世界 ?3月31日
なにわの海の時空館 豪華客船展 ?5月10日

畠山記念館  日本の春―華やぎと侘び ?3月22日
文京区ふるさと歴史館 見え隠れする纏 ―天井裏の守護神伝― ?4月26日
講談社野間記念館  横山大観と木村武山 3月14日?5月17日
永青文庫  源氏千年と物語絵・後期 ?3月15日
早稲田大学坪内博士記念演劇博物館  世阿弥発見100年―吉田東伍と能楽研究の歩み―展 ?3月25日
山種美術館  桜さくらサクラ・2009 ―さようなら、千鳥ヶ淵― 3月7日?5月17日
千秋文庫  城絵図と町絵図 ?4月16日
太田記念美術館  生誕170年記念 楊洲周延 ?3月26日
青山ユニマット美術館  ミレーとバルビゾン派の画家たち ?4月14日
静嘉堂文庫美術館  静嘉堂文庫の古典籍 古地図の楽しみ ―江戸時代の町を歩く― ?3月22日
世田谷美術館  平泉?みちのくの浄土? 世界遺産登録をめざして 3月14日?4月19日
五島美術館  筆の美 ?木村陽山コレクションを中心にして? ?3月29日
国際基督教大学博物館 湯浅八郎記念館  帰ってきた浮世絵 CHIKANOBU ?3月19日
中近東文化センター  ヘレニズムの華ペルガモンとシルクロード発掘者カール・フーマンと平山郁夫のまなざし ?5月6日
渋谷区立郷土博物館・文学館  本に描かれた子供たち ?3月22日
江戸東京博物館  薩摩焼?パリと篤姫を魅了した伝統の美? ?3月22日
東京都美術館 生活と芸術 アーツ&クラフツ展 ウイリアム・モリスから民芸まで ?4月5日
三井記念美術館  三井家のおひなさま/きものー明治のシック・大正のロマン・昭和のモダン ?4月5日
フィルムセンター  無声時代ソビエト映画ポスター展 ?3月29日
ブリヂストン美術館  名画と出会うー印象派から抽象絵画まで ?4月12日
汐留ミュージアム  ルオー収蔵作品展 色の秘密 ?3月22日
松岡美術館  美人画展―麗しの女性美を求めて― ?4月19日

このほかに多分GWに廻す予定ののが二つばかり。
INAXギャラリー  チェコのキュビズム建築とデザイン 1911-1925 ―ホホル、ゴチャール、ヤナーク― 3月6日?5月23日
渋沢史料館  渋沢家の雛祭り ?5月6日
あと杉並区立郷土博物館にも行かねば。
それと四月には、関大博物館が菅楯彦、阪大博物館では大大坂のフィルムと資料展。
妙心寺展も京博で始まるんでしたかな・・・

まぁとりあえず動き回りましょう。


近代の屏風絵 煌きの空間

泉屋分館の近代の屏風絵展は、大方が上方の絵師の作だった。だからと言うわけでもないが親しんできた作品もいくつかある。
煌きの空間、という副題に深く頷くチラシ。
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2007年夏にここで「花鳥礼賛」展があったが、それと同じ作品がいくつかあった。

橋本雅邦「春秋山水」 墨絵ではあるが、それと知られた料亭の二階の座敷に置けば、さぞや・・・と勝手な想像をする。厳しい絵ではなく優しい絵。眺めていて明るい気持ちになる。
その意味で、この屏風の置き場を考えていた。

上田耕甫 「春秋草花図」  丈の低い屏風で、そこにツクシ、牡丹、スミレの春の花が咲いている。秋の草花より春のそれの方が、この低い屏風には合っている。
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「白鶴」  右に三羽いて、左に舞い降りる二羽がいる。めでたい図柄。正月から早春にかけて、こうしためでたい図柄を喜ぶ感性が、少し前の日本には生きていたのだ。

望月玉溪「白孔雀図」  本当はここにもう一文字入るが、まともな変換をしないだろうから抜かした。要するに白い孔雀、その羽根の美しさを讃えるタイトル。
目立つ白孔雀。毛羽立つ様子が伺われる。左にはメスもいるが、こちらは静かに座っている。孔雀の美を描いた作品は江戸時代から続いたが、このような白い孔雀はあまり見なかった。丁度百年前の作品。印度孔雀、真孔雀の青や緑の華やかさもいいが、この白は豪奢な白である。

木島桜谷 「柳桜図」  さわやかな柳と、赤い葉の山桜が心に残る。桜の幹の絶妙な太さがいい。本当に華やかな春。桜谷の作品を納める桜谷文庫の前を歩いたことを思い出す。
公開はされていないと思う。等持院の近くのシックな佇まい。

木島桜谷 「菊花図」  白に始まり赤、白、とリズミカルな菊花の群がある。葉の緑の柔らかさがいい。明るい秋の花の絵。桜谷と言えば冬の厳しい絵をすぐに思い出すので、こうした明るく可愛い絵が新鮮な感じがした。
 
香田勝太 「春秋草花」「乱菊図」  どちらも油彩。遠目で一見すると、何か平面的な表現なのだが、近くでジーッとみつめると、妙な魅力がある。鏤められたプラチナの欠片。
明確な輪郭線がなく、色で形を表現する。線が命の日本画を見た目で不意にこの屏風を見ると、不思議な違和感と魅力を感じる。
・・・乱菊という言葉そのものにときめくのは、鏡花や谷崎のせいだろう。
二点共に菊花がいい。春秋の方、置き方が逆なのかそれともそんな描き方なのか、左が秋ではなく春だった。セーターになっても可愛い構成。

伊年印「四季草花図屏風」  金塀に花と言うのはやはりいいものだ。右のアジサイと小茄子、左の水仙が可愛い。こうした屏風は心遊びにいい。

「二条城行幸図屏風」  17世紀の作品だけに、キャラたちの表現がハキハキしている。ケンカする奴らもいれば、機嫌よく楽しむ人々もいる。色も剥落もなくきれいで、これは修復のおかげなのか?本当に賑々しく派手派手で、楽しい。細かい表現が嬉しい。
こういう屏風がまた好きなので、熱心に見た。
しかし一つだけ難を言うと、ここの展示の高さはわたしには低すぎるので、しゃがんで眺めるしかなく、それで立ちくらみをするのだった。コマッタモンデス。

安田靭彦「清香」「淡妝」 前者は白梅、後者は紅梅。それぞれの花のイメージを表したタイトル。白梅の清らかさ、紅梅の艶かしさ。しかし濃いものではなく、そのタイトルどおり「淡」く「 妝」よそおう。
靭彦の梅花はどれを見ても、どの状況で見ても、本当に心に残る。
京都中央信金のコレクションと似た構成の梅たち。
絵ではあるが、本当に梅の匂いがこちらに流れてくるような気がする。

泉屋・大倉は、欠かすことの出来ないわたしの好きな美術館なのだった。

追憶の羅馬展

昭和初期の「羅馬開催日本美術展」は以前から関心のある歴史的イベントだった。
元々近代日本画が好きなので、学生の頃からこの一大イベントにずっと関心があった。
随分以前、夏の恒例イベント・アートコレクション展でその再現があったように思う。
それから昨春東京の三越辺りでもその展覧会があり、今回は本家本元の大倉集古館が開催した。
このブログでローマ展の事を書いたのは、2006年の山種での「旅と画家」などだが、本格的には書いていないと思う。
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大倉喜七郎がローマ展を思いついた背景などは既によく知られていることだし、その資料なども今回展示されていて、とても興味深く眺めた。
・・・もしかすると、絵画作品を眺めるよりも、こうした資料を眺めることに今回は時間を費やしすぎたのかもしれない。
今回は作品を眺める楽しみだけでなく、その背景のことを思うという、二重の面白さがある。だから今回の記事は個々の絵の感想ではない。

大観、百穂、映丘、御舟らがローマに出た。ローマ皇帝とも謁見している。チラシの写真を見ても紋服姿の堂々とした大観が見える。
主催した男爵・大倉喜七郎の端正な写真もチラシの右隅にある。
この展覧会が開催された余波は色々な形で後に良いものを残したようである。
たとえば鏑木清方の自伝『続こしかたの記』にはこのローマ展の前後の記事を詳述しているが、電車恐怖症の清方がローマ行きの盟友たちを送るために、車で神戸へ向う関西ツアーの顛末がある。
見送りを大義にしての家族旅行でもあり、それが実に面白かった。

話を戻し、ローマ展の準備などの支度がこれが本当に興味深い。
実務関係の資料と、わたしのニュースソース(要するに『続こしかたの記』などの当該者の随筆類)とを頭の中で対比させながら見て回ると、ひどく面白いし、リアリティがある。
まるでわたしもこのイベントに関わっていたような気さえしてくるほどだ。

作品は総数168点。人により作品数の違いはあるが、80名の作品で構成されている。
このうち昭和4年の作品は、このローマ展のために制作されたものなのだが、それ以前のものは旧作に属する。そこにも色んな理由があった。
それを記した進捗報告書がまた、めちゃくちゃ面白かったのだ。
以下、自分のために記す。
昭和4年9月12日の報告書。
栖鳳 半分出来上がり
春挙 揮毫中
華香 構想成る
契月 揮毫中
翠嶂 構想成る
関雪 令夫人と面会。絹張りあり
桜谷 縦のもの揮毫中
五雲 三尺五寸以上、差し支えなきや
曼舟 絹張りあり
松園 横もの九分通り出来
麦僊 帝展後出品したい旨
紫峰 花鳥と動物の構成なる
光瑤 成る
印象 令弟と面会。帝展出品作を差し出したき口ぶり
平八郎 令夫人と面会
大三郎 帝展揮毫後、執筆致したく
荻邨 構想を描かんと致し居る

こちらは全て京都画壇の報告書。東京のそれはなかった。そして慰労のためか会議のためか、京都ホテルで晩餐会もあり、メニューを見てヨダレが垂れそうになった。
松園さんも列席しているので、このフランス料理をいただいたのだろう。
そういえばこの当時の外務次官は吉田茂で、閣下と記されていた。
出納簿、火災保険証、日本郵船の一覧・・・本当に興味深いものばかりだった。

絵のことにも少しだけ。
主な展示作品は以下の通り。
竹内 栖鳳  蹴 合  昭和4(1929)年
横山 大観  山四趣  大正14(1925)年
横山 大観  瀟湘八景  昭和2(1927)年
下村 観山  不動尊  大正14(1925)年
川合 玉堂  秋山縣瀑  昭和4(1929)年
橋本 静水  桃に鳩の図  昭和4(1929)年
鏑木 清方  七 夕  昭和4(1929)年
大智 勝観  梅雨明け  昭和4(1929)年
橋本 関雪  暖 日  昭和4(1929)年
前田 青邨  洞窟の頼朝  昭和4(1929)年
三木 翠山  鏡  昭和4(1929)年
佐々木尚文  放生司  昭和4(1929)年
穴山 勝堂  桂川の秋  昭和4(1929)年
山口 蓬春  木 瓜  昭和4(1929)年
速水 御舟  鯉 魚  昭和4(1929)年
宇田 荻邨  淀の水車  大正15(1926)年
酒井 三良  豊 穣  昭和4(1929)年
伊東 深水  小 雨  昭和4(1929)年

既に何度も見ているものは書かぬが、珍しい作品について書く。
三木 翠山 鏡  赤地に○文にカノコ、裾は黒に染まる着物を着た美人がにっこり笑う図。翠山は「維新の花」の幾松や、裏千家の姉妹を描いたものでも、着物の美麗さが特に際立つので、ここでもじっくり着物を眺めた。本当にいい着物だった。

橋本 関雪 暖日  これは白猫がにゃーとした絵で、以前から好きだが、なかなか表に出ない。ヒキコモリの猫なのか、遊びに出掛けすぎる猫なのか。とても可愛い。
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佐々木尚文 放生司  鷹を手に止まらせたお兄さんが凛々しい。鷹狩りのひとなのだろうが、それで何故このタイトルなのかがわからない。今日は飛ばせませんよ、という意味なのか。「小鳥遊」と書いてタカナシと呼ぶ姓名がある。それを思った。

酒井 三良 豊穣  これは2001年の「食を巡る美術 実り・収穫と宴の楽しみ」展以来の再会で、刈り取ったばかりの稲束を持つ農婦が健康的で、そのくせどことなくモダンバレエ風な立ち姿を見せるものだった。農業オペラ、そんな感じの作品。

伊東 深水 小雨  これは'97年の「80周年記念名品」で初めて見た作品。深水の雨と言えば、外で傘を差す女を思い出すが、室内に居る雨の日は、こうして三味線を爪弾くらしい。簪から着物から、なにもかも深水らしさの漂う女。

見応えのある展覧会だったが、閉館時間が来たのでサラバとなる。3/15まで。
・・・もう一度くらい行けるかもしれない。その頃には大観の夜桜も出ていることだし。
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