美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

ユーラシアの風 新羅へ

ユーラシアの風、新羅へ
タイトルがまず素敵だ。
ユーラシアの風、新羅へ・・・
本当に風に乗ってとしか思えないような、文化の伝播。
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人間の意識と言うものが何を好み、何を取り入れ、何を排除するかが見て取れるようでもある。
オリエントの遺宝を集めた美術館と言えば、MIHO MUSEUM、古代オリエント博物館、岡山市立オリエント美術館などがすぐに思い浮かぶ。
それら美術館の所蔵する名品と、韓国の美術館から借り出した優品などで構成された展覧会。
ユーラシアの風がどのように吹いたかを検証するのは措いて、目の前にある数百年昔の文物を眺め、楽しみたい。

特別展だからといって別室で展示されるのではなく、岡山市立オリエント美術館では「決して動かしてはならぬ」モザイク画や壁画ともどもに楽しめるように設えられている。
雌獅子、鹿類を噛む肉食獣、花の中に佇む獣・・・それらは広大な建物の床面を彩っていたモザイクなのだ。
歩み行くと、新羅独特の古墳の解説があった。
新羅と言う国は7世紀に成立し、10世紀に滅亡した。
東アジアの複雑な政治状況を思うのはなかなか興味深いが、ここでは避ける。
しかしながら新羅という国家は、命脈三百年ほどの短い時代でありながら、「文化は成熟した」と見るべきだろう。
そしてその証拠の一つに古墳の在り様が示される。

日本の畿内・吉備・九州の古墳、沖縄の亀甲墓とは様式が異なる。
盗難避けの設備が重い。
それが今日にその遺宝を残す力となったのだろう。

リュトンが並ぶ。角杯とリュトンの違いは正直なところ知らない。
朝鮮ではどちらも愛されたようだが、リュトン文化は杯だけに、相手を飲み込むのか。
そこらがよくわからないが。

MIHOの名品の一つ・山猫がトリを噛むリュトン。これは死と再生を示す闘争文と言うことになるそうだが、それを知らずとも迫力があってカッコイイ。
ただしトリがリアルな分、わたしは逃げる。
図像学も全て把握なんてムリだが、その時々にこうして案内があれば覚えやすい。

正倉院で見かけるようなガラスがある。
綺麗な青いガラスで出来たカットグラス。cam303-2.jpg
現代のものより古代のものに美の極限を見出すことも多い。

黄金をふんだんに使う騎馬民族もあったが、その風は新羅にも届いている。
黄金と宝飾に彩られた剣。cam303-1.jpg
しかしこの飾りはユーラシアそのままではなく、アジアの文様が巧みに入り込んでいる。
巴文。アジアの紋章。妙に懐かしい。懐かしいと感じるわたし。

勾玉が並ぶ。勾玉への偏愛が長くわたしの中にある。
それは武田祐吉訳の「古事記」表紙が勾玉の写真だったからだと思う。
ごく子供の頃から古事記を読んでいたことが、こんなところに何かを芽吹かせる。
可愛い装身具。cam303-4.jpg
わたしが勾玉のペンダントを手に入れたのは、やっと二年前の夏だった。

かつての中国人は、死後の世界が現世と変化のないものだと考えていた。
現世に役所があるように死後にも役所があり、賄賂が横行し、犯罪まで起こる。
むろん享楽も変わらない。変わらないどころかグレードアップしている様子がある。
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宴会模様が刻まれたものは、棺床屏風だった。
北周の人々の様子。1500年前、既に何かが完成し、何かが終わっている。
そう言えば朝鮮の人々の死後の世界観を全く知らない・・・。

綺麗な耳飾は黄金製。cam303-3.jpg
この形を見ると馬具を思い出す。優美な飾り物。形一つにしても文化の伝播がある。

朝鮮の文官像がある。アイヌのニーポッポに似ている。
そして新羅の天馬塚古墳から出土した馬の土器が可愛い。

次々に現れる文物を眺める内に、アッシリアの壁画に気づいた。
ニムルド遺跡からのもの。
猛禽の頭部を持つ人物像のある壁画。これは大英博物館や他のミュージアムに分納されているもので、元の図が完璧に再生されることは、決してないだろう。
17年前訪ねたとき、見なかったと思ったら、その間にここに収められたそうだ。

異なる文明の遺宝がそこにあっても、違和感はなかった。
馴染んでいる。この空間に馴染んでいる。
それは一括りに「古代オリエントの世界だからだ」ということではなく、むしろ時間そのものが、異文化をなじませあう要因となっていた。

二階の「光の庭」でくつろぐ。噴水のある空間。イスラーム世界のそれを思わせる。
そこでわたしはスタンプを押した。ペタペタペタ。
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なんとなく楽しい時間だった。
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朝鮮王朝の絵画と日本

岡山県立美術館で「朝鮮王朝の絵画と日本」展を見た。
これは昨年栃木県で開催されたもので、関東のブロガーさんがこぞって絶賛されていたもの。関西人には栃木はあまりにfarlongなので、岡山へ見に行った。
わんこのチラシが栃木、cam295.jpg
cam297.jpgにゃんこが岡山。
どっちも惹かれるなぁ。
それでこことお隣のオリエント美術館が共同で拵えたチラシがこれ。
cam299.jpgなかなかええやん。
チケットは虎。可愛くて仕方ない。
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よし、虎と犬と猫を見るのが目的だ・・・とばかりに入り込んだ。

なにしろ数が多いので5期に亙る展示替えがあるようで、残念ながら見れなかったものも多い。山水画にはあんまり興味がないが、その分トラやわんこやにゃんこに情熱を費やした。

花下遊狗図 李巌 日本民藝館
栃木のチラシ。可愛い仲良しさん。クロちゃんなんか笑てるような寝顔。ああ、本当に可愛い。五百年ほど前のわんこ。撫でたら起きるからそっとね・・・

犬図 俵屋宗達 西新井大師総持寺
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わりとヘンな犬やな。でも時々こういうぶさいく系の愛い奴ておるね。
ふと気づいたが、宗達は犬と牛をよく描いているが、もしかして斑系が好きなのか?
それならもし大熊猫を見る機会があれば、「風神雷神の宗達」「宗達の牛」「光悦とコラボ」ではなく「パンダの宗達」と呼ばれたかもしれないな・・・

厖児戯箒図 伊藤若冲 鹿苑寺
掃かれて邪魔にされるわんこもあるが、こちらは箒の向こうに顔をくりっと回すわんこ。見返りわんこ。けっこう色も多い。

狗子図 俵屋宗達 神奈川県立近代美術館cam296.jpg
クンクン。機嫌よさそうなわんこ。やっぱり斑。今は斑は犬も猫も減ったと思う。
この時代には割と多かったようだ。

龍虎図 李 高麗美術館
大きい目のトラで、尻尾が半円形に上がっている。龍はシリアス系の絵。

竹虎図 伝 雪村周継 東京藝術大学cam298.jpg
風が強いんかして、竹がえらいこと曲がっているが、トラは風ニモ負ケズ、前方を向いている。手首から指先がどことなくトムとジェリーのトムのよう。

虎図
太い眉に太い口元の盛り上がり。足に斑点がある。朝鮮にはトラがいたが、この時代はもう絶滅させられたのだろうか・・・斑点は豹のような感じ。

猛虎図 桑山玉洲 和歌山県立博物館
チケット半券に登場。太い腕が可愛くて仕方ない。これだけトラの可愛い絵を色々見れるのは、三年前のプライス・コレクション以来。

(虎図)(五十嵐竹沙)
これまた可愛いトラで、こやつは仕草がキュート。大きく厚い肉球に水を載せて、それを赤い長いベロでぺろぺろ・・・なんちゅう可愛い奴や。

樹花鳥獣図屏風 伊藤若冲 静岡県立美術館 左隻(鳳凰)
チラシに載っているのは右隻の白象さんとイキイキ地球家族のメンバーで、こちらはトリの楽園。銭湯のタイルがこれだと、わたしはこっちには行けないな・・・

葡萄栗鼠図 
日本では「武道に利す」ということで武家に好まれた画題だが、朝鮮の場合は何だろう。
それにしても可愛い作品が多かった。ちょっと数えただけでも10ほどあるが、やっぱりめでたい標なのだろうか。

紙織画屏風 福岡市博物館
紙織という特殊な技巧。日本では見ない技巧。これが面白い効果を生んでいる。文化の伝播があったとはいえ、伝わらぬものもあるわけだ。

送別図 正宗寺
儒服が十人立つ。行く人の中には女もいる。どことなくノルシュテイン「話の話」の中の縄跳びをする牛のいる風景、それを思う。
ノルシュテインに東洋への尊敬があることを思うと、とても自然な感じがする。

牛図伝 金埴
にこっとしたウシうしウシ・・・可愛い。牛も虎も猫も犬もみんな愛しい。

猫図 卞相璧  惜しくも展示換えで見損ねた。チラシのにゃー。

飛雀猫図 卞相璧 東京国立博物館
これは同じ猫ですな。カツギのゾロやん。可愛いなぁ?目の前に木があってそこに雀がいっぱい止まっている。それを目をランランと輝かせながらみつめる猫。
ちょっと気の利いた雀は逃げ出している・・・ふふふふふふ。

蘆雁図屏風 楊基薫 10曲1隻
今回驚いたのがこの十曲一隻という形態。え゛という感じ。日本の様式しか知らないからびっくり。黒地に金泥で飛ぶ鳥が描かれている。褪色が黒を藍色に見せて、着物にしたらシブくてステキだろうと思った。

釈迦説法図 四天王寺、阿弥陀説法図 大倉集古館
どちらも見ているが、こういうコンセプトの下で見ると、また全く感じが違う。
 
重文五仏尊像 十輪寺cam298-1.jpg
これを見たとき、朝鮮のヒトがいかに黄緑色を愛しているかを知ったような気がした。
仏画にも黄緑が現れるのは、よっぽど民族に浸透している色なのだ。

地蔵十王図 西方寺
美貌のお地蔵さん。そういえば八尾にはお地蔵さんと仁王さんの恋物語があった。

重文施餓鬼図 薬仙寺
先日チベット・ポン教のタンカを見てきたが、どこか共通するような図。施餓鬼されるまでのつらさがそこここに描かれている。お供え物もたくさん描かれていた。
日本ではお供え物は描かないだろうから、そこらがなんとなく面白い。

鉄砂 梅竹文壺、青花 花鳥虫文壺などを見た。元々朝鮮の磁器が特別好きなので、嬉しい。
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白鷹図 伝 辺鸞
木に止まる大きな白鷹が、樹下の犬を威嚇して羽を広げている。

茄子双鳥図 伝 申師任堂 福岡市美術館
これは構図が大変面白かった。遠目にはツートンカラーの帯にでも見えるのではないか。
上部つまりナスがぶらさがる域と、下部のハトみたいなのがたむろする地と。連続性のなさが面白かった。

大根図 伝 魯治  土から首だけ出す大根。こういう感覚は同時代の日本にはなかった。博物誌を思い出す。

鹿図 妙に可愛い。牛図 にこにこな牛。でも角はバッファロー系。

華角貼人物図箱  これは大変高級な工芸品なのだが、紫野の高麗美術館で同じ技法のものをいくつも見ている。
だから改めて説明を読んで、自分のいい加減さをちょっと反省。それにしても昔の東洋の工芸品は本当に手が込んでいる。

虎図 許士寅  絵師の名前が既にトラやん。可愛いはずだ。
お母さんと子供。IMGP6726.jpg
柔らかそう。こういう虎に会うと本当に幸せ。

松虎図 東皋(款) どう見ても豹アタマ。

龍虎図  龍はシリアス、トラがなごむわ?系なのは、朝鮮絵画の特性なのか。尻尾の形一つにしても妙に可愛い。この虎はアンリ・ルソーの世界の虎みたい。
(尤もルソーの虎なら噛むか)

虎図 静岡市立芹沢介美術館  cam296-1.jpg
ファミリー。彼らが展覧会のキャラ。▽と◎◎で構成されたトラファミリー。

文房図屏風 8曲1隻 倉敷民藝館  これは倉敷でも見たが、可愛い屏風。一枚一枚に貼り付け。色んなステーショナリーグッズに置物とか集めました的な絵。なんとなく楽しい。

文字図屏風 8曲1隻 静岡市立芹沢介美術館  朝鮮には「花文字」と言うのか、文字を花飾りする芸があるが、これは字の中に物語が納まっている。こういうのは日本では瀬川康男が得意だった。

寿老図  長い額ではない寿老人は初めて見た。鹿は松喰いタイプ。

九雲夢図 2面 静岡市立芹沢介美術館  なんでも朝鮮では有名な小説らしい。僧侶の性真は煩悩を断ち切れず、それに怒った師匠により、さる御曹司に転生し、8人もの女性と関わりを持つ。しかしながらそれは彼の一睡の夢にすぎず、やがて現世の虚しさを悟って本当に信仰の道へ向かう・・・。ここでは女の家を訪ねようと、女装する彼の姿がある。
絵は稚拙ながら、妙な迫力があった。

水族図屏風8曲1隻  魚や蟹の水中生活図。嬉しくなる。仮想敵国はキュノポリスだろう、きっと。

紙織魁星点斗図(北斗七星図) 龍の頭を踏んづけて踊りでもやらかしそうな北斗七星のカミサマ。頭上に柄杓星型が煌く。
紙織はゴブラン織りと通じる織り方なのかもしれない。そんな気がした。

白衣観音図 霊彩 相国寺  俯き加減の綺麗な観音。朝鮮民族は白色が好きだと聞くが、この観音の作画が多いのもそこから来ているのかもしれない。

仕女図 李聖麟  アンニュイな美女。窓にもたれてどこかを見ている。朱唇が綺麗。儒教の国ではあるが、意外とアフェアが多かったとも聞くから、彼女もいろいろあるのかもしれない。

松下虎図 卞璞  その仕女図の隣に配置されたトラの絵だが、トラの視線は隣の美人に向いていた。黙ってみつめるトラ。
なんとなく物語でも生まれそうな配置。

正徳度朝鮮通信使行列図巻 大阪歴史博物館(辛基秀コレクション)
朝鮮通信使来朝図 栃木県立博物館
釜山浦富士図狩野典信 大阪市文化財協会(辛基秀コレクション)

辛基秀コレクションはこれまでにも色々見て来た。素晴らしい作品が多い。大阪、京都でも以前に朝鮮通信使の展覧会が開かれている。そして栃木所蔵の図は、京都での展覧会のチラシに選ばれていた。丁度日本橋の越前屋(三越)前を行過ぎるところ。背景には富士山も見える。
釜山から富士山が見える、という図もあながち・・・いや、ムリですな、いくらなんでも。

朝鮮通信使小童図(馬上揮毫図)英一蝶 大阪歴史博物館(辛基秀コレクション)
長髪を三つ網にした少年が揮毫する。美少年。これは初見。

洛中洛外図屏風6曲1双 右隻  右隻には三十三間堂と大仏殿と、やや大きく描かれた耳塚とがある。その耳塚の前を行過ぎる朝鮮通信使ご一行様。かつての同胞の恨みを懐いてそこを通るか。

朝鮮人渡海船之図 神戸市立博物館  髪型やかぶりもので民族がわかると言うのも面白い現象だ。この版画はキャラ描きがいい。

曲馬(乗)図白隠
馬上才之図 大阪歴史博物館(辛基秀コレクション)
馬上才之図 二代鳥居清信 高麗美術館
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白隠のは5パターンのそれを描き、ちょっとした解説書のような趣がある。瓢からあふれた風景はまるで夢のようだが。
一方、「馬上才」=曲馬師 を描いた作は一種の風景画でもある。どちらも以前から知る好きな絵。特に清信のそれは泥絵風で楽しい。

虎図 佐竹蓬平  朝鮮の絵をどのように受容し、どう学んだかを考える。トラは日本にいなかった。それを描くためには猫をモデルにもしたろうが、お手本に朝鮮絵画を選んだろう。自然な文化の伝播ではなく、意図的な伝播。
黄緑の眼、太い眉、可愛い牙・・・のどをなでればゴロゴロ言いそうだ。

狗子図 与謝蕪村  蕪村のわんこも可愛い。終わりの方で再び可愛いわんこに会えて嬉しい。こういう絵ばかり見ていたい。

隠元豆・玉蜀黍図 伊藤若冲 草堂襌寺 
これは以前京博でも見た。カエルのひしゃげた横顔が面白かった。

洋犬図絵馬 酒井抱一 西新井大師総持寺 
大きな絵馬。そこに嵌め込みのような洋犬が二匹。漆か何かを塗って保存しているのだろうか。ニスのような鈍い輝きがある。
願いをかけたのはどこかの商人らしい。

延々と感想文を書いてしまった。それにしても楽しい展覧会で、本当によかった。
観客動員もよさそうなので、ますますよかった。

岡山ハイカイ・にこプン篇

岡山へ行った。駅前の銅像もマンホールも桃太郎ご一行様。
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倉敷ではなく岡山市内のみ。岡山県立美術館、岡山オリエント美術館、岡山県立博物館、夢二郷土美術館、林原美術館、それと建物少々が見たくて出かけた。
詳細は後日に回すけど、展覧会の内容はどこもかしこもいいもの揃いだった。
でも、ぷんぷんぷんな状況もあって、再訪は20年後くらいかな、と思っている。

どういうわけか岡山市内のミュージアムはほほ一ヶ所に固まってくれているのはええねんけど、朝が9時始まりというのばかり。一番に入るのはちょっと苦しい。
でもがんばろう、というわけで久しぶりに新幹線に乗ったが、のぞみ号の自由席満員御礼。
それでも新神戸で座れたけど、なんでそんな皆さん西へ行くのだろう。
何があるのか。We're heading out west to India・・・・・・・

路面電車がすぐ来た。可愛い。これは違う方向へ行く電車。IMGP6724.jpg
女性車掌さんでとても親切なヒトだった。ありがとう。

降りてテクテク歩く間もなく、オリエント美術館。
ここでMIHOさんからの巡回「ユーラシアの風、新羅へ」を見る。

二階の構造は「光の庭」と呼ばれる吹き抜け空間になっていて、真ん中にイスラームのような噴水がある。壁の上部には柱頭が飾られている。
アーカンサス、イオニア、壷もある。壁には加藤卓男が再現したラスター彩のタイルが飾られている。とてもステキな空間。

それからすぐ近所の県立美術館へ。栃木で開催されていた「朝鮮王朝の絵画と日本」の巡回。どちらの展覧会も同時期に開催されているから、岡山で見るのがわたしには都合がよかった。
犬と虎と猫が楽しみで仕方なかったが、予想以上のよさだった。

併設展で岡山とも縁の深い郭沫若さんの展覧会「郭沫若展 日中友好の架け橋」を見た。
内村完造、周恩来、里見や長与善郎らと一緒の写真もあった。
書も色々展示されている。そして郭沫若さんがプレゼントしてくれはった鶴のニュース記事があった。茶目と黒目と名づけられた鶴たち。その茶目の剥製もあった。
なんとなくわたしは周恩来や郭沫若さんを尊敬している。
だからこそ、橿原考古学研究所の博物館で「日中考古学交流のさきがけ」の展覧会まで見たのだが。

そこから日本三名園の一つ・後楽園へ向かった。
橋の袂に古い家並みがある。作業していたヒトによると、この和風の家は夏には居酒屋になるらしい。そして岡山の近代建築として忘れてはならない建物が現れた。
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ここの二階のパスタ屋さんでランチにした。IMGP6737.jpg
お向かいの酒屋もステキな構造。IMGP6731.jpg
しかしそれにしてもこの界隈、お店が少ない。少なすぎる。何にもない。
店の窓から見た、カラフルな車たち。IMGP6736.jpg

川に架かる橋の欄干は全て擬木。先に夢二郷土美術館へ行く。(左に小さく写る)
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以前行ったときは川に小船が舫っているのを見た。
実は岡山に行くのは’92年6月以来だから丸17年ぶり。
あの頃とあんまり変わっていないのに、驚いた。

夢二と浴衣の関わりをテーマにした企画展だったので、受付の皆さんが浴衣を着ているのは可愛かった。

後楽園と県立博物館のペア券が440円なので、そちらを購入。林原、お城など別バージョンのチケットもあるが、わたしの目的に近いのがこれ。
先に博物館に入ったが、岡山は即ち吉備津だから、古代の文物があふれている。
中世になると仏教が隆盛になるから、これまた木彫の仏像がたんと・・・。
薄暗い空間はロの字型に展覧するように作られている。わたしはなるべく真ん中に寄って、仏像を見ないように・見られないように歩いた。
それで逃げるように次のフロアへ行くと、学芸員さんのトークが始まっていて、多くのヒトが熱心に聞く光景があった。
入ったら、正阿弥勝義の金工品の解説だった。ウルトラリアリズムの金工。バッタや亀なんか生きた本物にしか見えない。幕末から明治の天才職人。
学芸員さんも熱心に語っておられる。
「こちらご覧ください」
その手には勝義の作品の細部を大写しにした大型パネルがある。
「このトリの羽のリアルさを」
・・・逃げたよ、わたしは。

それで向かいの大名庭園に入ったが、ここでぷんぷんぷんな状況に入る。
詳しくは書かないけど、案内ボランティアは何を勘違いしてるのだろう。
吹田のN邸の案内ボランティアもそうだが、いい加減にしろと言いたい。
あまりのことに、ステキな庭園にまで幻滅した。

しかし憤っているわたしに、声をかけるご婦人がいた。
あんなヒトもいるのよ、怒らない怒らない、怒るだけソン・・・
全く見知らぬご婦人はわたしを誘って、蓮田へ連れて行ってくれた。
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そこで自分のお友達と合流して、わたしにも一緒に回ろうと言ってくれたが、それはご遠慮して、わたしは鶴を見に行った。
ムカツクオヤジの後には大抵、やさしい奥さんがわたしの前に現れてくれるのだった。

郭沫若さんがプレゼントしてくれはった鶴の子孫。IMGP6771.jpg
その鶴をモティーフにした飾り物。IMGP6746.jpg
烏城と呼ばれる岡山城。IMGP6767.jpg

青鷺もいた。IMGP6759.jpg
「青鷺と鶴」はノルシュテインの作品。

出口で道を聞くついでにさっきの件を話したが、諦め顔が返るばかり。
二度と来るか、という気分にさせるようでは、観光地としてはアウトでしょうに。

林原美術館に着く。暑いからかまだ激怒しているからか、湯気が立っているわたし。
ここで焼き物を見る。前回来たときは日本刀だった。心よ、静まれ。
素晴らしいコレクションを持つ美術館で、しかし300円と言う入場料の安さなのだ。
以前も絵葉書をたくさん購入したが、17年ぶりに来てみれば数も増えているので、またまた購入した。一枚50円也。

中国銀行本店に残された玄関の一部。IMGP6773.jpg
出ました禁酒会館。IMGP6774.jpg
この建物が見たかったので嬉しい。
中はカフェや本屋さんになっている。
しかしくつろぐ気にはなれぬので、市電に乗って岡山駅へ。
お土産一つ買わず、のぞみ号に乗る。今回は最初から座れた。
抹茶キャラメル舐めながら45分後には新大阪。
美術館はいいのだが、あと20年は岡山に行く気がなくなったのは確か。
でも倉敷は別。あちらはまたいずれ日を見て出かけよう。

3つのコレクション展?大阪と京都と

江戸時代から現代にかけての、いい展示を3ヵ所で見た。
その大まかな感想。各展覧会から数点ずつ選んで書く。

大阪市立近代美術館(仮)でコレクション展を見た。
元の出光美術館を使った展示室はとても心地よいし、場所もいい。
このままでいいと思う。財政難のくせにわざわざ新しい箱物を(それもちょっと不便な場所)作ってどうするのだ。借りれるものは借りよう。
前後期に分かれた展覧会のどちらも見た。後期へは前期のときに貰った割引券を使う。
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池田遙邨 雪の大阪  これは画像で見ただけでは決して味わえない・決して知ることのない良さのある作品。中之島界隈を描いているが、降り積もる雪の触感が、ナマの眼にはハッキリ映っている。「ああ、雪やなぁ」という実感のある雪。胡粉の力だろうが、綺麗な雪だった。

石崎光瑤 白孔雀  この絵が大阪に所蔵されているのが嬉しい。プラタナスの大木がどぉっと横たわっていて、その合間合間を埋め尽くすように紫の杜若が咲き乱れる。
そして煌く白孔雀がそこここに佇む。華麗な作品。

これらの関連展は以下にある。
名画の理由
熱帯花鳥への憧れ

北野恒富 淀君  浪花の悪魔派と謳われた恒富は、妖艶な美人画だけでなく、歴史上の人物も描けば、様式的な美人も描いた。ただしこれはその2つの恒富の要因が絡み合って生まれたような一枚。淀君は最早若くはなく、驕慢さを底に残しつつ、しんねりした意地の悪さを浮かび上がらせた婦人に化している。

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こちらは大正ロマンを感じさせる。着物の色がなんとも言えずいい。

関根正二 天平美人  関根のあっさりした天平美人画。歌が書かれている。月琴もまた。
この絵を見る限りでは、そんな二十歳そこそこで夭折するようには思えないのに。
どことなく享楽的にも見えて、やっぱりこの時代にいってみたい気がする。
背景のうち、上部はアールヌーヴォー調。奈良朝に孔雀がいたかどうかは別にたいしたことではない。イメージで言えば、孔雀はいたのである。それでいいと思う。
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野田九浦 天草四郎  どっしりした天草四郎なので、ちょっとロマンが。やっぱり美少年の四郎が見たいなぁ。美丈夫より美少年だぜ。足元の地球儀や窓の外の島影が彼の<背景>を示唆している。

この「近代日本の美意識」展は7/5まで開催中。

次は京近美の常設から。

安井曽太郎 秋(奈良)  安井はこんな絵も描いていたのか、というちょっとした感心が浮かぶような一枚。靄っているような黄色。奈良のどこを描いたのだろう。

須田国太郎 鵜  この絵を最初に見たのは随分前だった。京都画壇の三巨頭かなんかそんなタイトルの展覧会。梅原も安井も当時既にイイナーと思っていたが、須田の重さが耐えられなかった。ところがこの鵜を見た途端、急激に須田への好意が上昇した。
三匹の鵜。河で働く鵜ではなく、「家を持たない秋が深うなつた」の鵜のように思う。

海亀  須田の回顧展で「ガメラや???っ!」と大人気だった一枚。
どう見てもジェット噴射している。須田は難しい顔をしながらこのガメラを描いたのだろうか。

秦テルヲ 当世風俗二題(工事場・夜警) 1911年の暗い世相がここにある。練馬区立美術館とこの京近美とで数年前に回顧展があったが、底辺の労働者の苦しみがそこかしこに見えていた。

甲斐荘楠音 春宵(花びら) これは島原の太夫らしい。コッタイさん、というのか。
グロテスクなまでの描写で、この絵の前に立つとちょっと怖い。
久世光彦が「怖い絵」の中で、「穢い絵」事件のとき、土田麦僊は屍姦者の眼差しを見抜いたのではないか、と書いていたが、どうもこの絵を見るとそんな気がしてくる。

東松照明にハマッた時期がある。2003年。
ちょうどこの近美に彼の「まんだら」シリーズが寄贈され、タイミングもよかったので、喜んで見に行った。長崎の離島のシリーズだけは見逃したが、「京まんだら」はその後も展示がある度に見に行った。東近美でも見ている。「沖縄曼荼羅」は一回だけなのに。
やっぱり好きなのだろう。

京まんだら:聖護院 1983  なんと言うてもこの一枚が一番強烈。聖護院の襖が開いて、中から年いった坊さんがヤカンぶら下げて現れる。
作為のない姿やと思う。この写真を見るたびに懐くのが「・・・京都の人間は死ねへんねわ」というカクシン。たぶん、間違いない。
(諸星大二郎の「おらと一緒にぱらいそサ、行くだ」という台詞を思い出したヒトがいるなら、それが一番近いと思う)

鞍馬口通・船岡湯  これも同年の一枚。おじいさんがハデな柄のタイルの浴場に今しも入りかける後姿。ここのお風呂屋さんはわたしも撮影に行ったことがあるし、入浴もしたが、メチャクチャ面白い。欄間が張り巡らされているが、それは肉弾三勇士の物語。
他にも色々あるが、とにかく面白いお風呂。建勲神社の近くにあるので、ぜひぜひお勧めしたい。

ディヴィッド・ホックニー Kyoto 24 April 1993   ホックニーは写真のコラージュを始めてからの方が好きだ。コマギレ写真を貼りつないで作られた長い長い情景。
まるで写真で出来た細胞のよう。とても面白い。

伊藤 快彦 柳の馬場より平安神宮を望む  1895年なら確かにこんな情景だったろう。
今は絶対にこの位置から見えない。
風景画と言うものは、写生したものであっても幻想画に変じることがある。
かつてのリアルな情景が年を経ると、まったく違うものに変わるのだ。

京都文化博物館にもステキなコレクション展示があった。
ただしこちらはもう終了している分。

鈴木雅也 乾漆・あじさいの函  螺鈿のアジサイ。キラキラキラキラ。白とピンクだったが、工芸品のアジサイで、この色で、こんなに可愛いものは他に知らない。たいていいいものは青や紫なのに。ああ、本当に可愛い。

仁阿弥道八 色絵紫陽花鉢  内外に紫陽花があふれている。濃い青が可愛い。欲しい・・・

楠部彌弌の朝顔をモティーフにした彩埏静暁飾皿(白とピンク)、夕顔を写した彩埏夕顔飾皿(紺と黒)、どちらも可愛くて可愛くて大好き。楠部彌弌展は随分前に大丸で行われたが、あのときの感動は今も心の底に残っている。本当に素敵。

吉川観方コレクションからもいいものが出ていた。応瑞、竹堂、連山、祇園井特、一鳳らの名品が並んでいた。その中で珍しいのが、織田瑟々の桜図。日本画というよりボタニカルアートという風情だった。

文化博物館は、京都府所蔵の絵画工芸作品を、折々に展示しているが、名品が多いのに全く宣伝していないので、ちょっと残念。もっとどんどん押せばいいのに、と思っている。

釜師 大西清右衛門の目

京都は古い土地なので、地名一つにしても深い意味がある。
職能に由来した通りの名があるのも尤もな話だ。
千家十職の一・大西家のある通りはその名も釜座通り(カマンザ・通り)という。
大昔は字も違ったようだが、ここに大西家が鎮座マシマシてからは、この字。
それでてくてく歩いて大西清右衛門美術館へ出かけた。

普段は大西家歴代の釜が並んでいるところだが、丁度民博で「千家十職xみんぱく」展があって、それに出張している。
それで今回は民博の所蔵品で、当代の大西清右衛門が選んだ民具などが、釜と一緒に並んでいる。
あの展覧会の模様は記事にも書いたが、非常に面白い内容で、わたしも二度ばかり出向いた。
その中でも当代が選んだモノには、少なからず衝撃を受けた。
死者の像。陰陽を思わせる色分けのある、巨大な死者の像。アフリカのもの。
民具というものはアジア・オセアニア・アフリカ・アラブに深い面白味があり、
キリスト教を早くに受容し、土着宗教を殺戮したヨーロッパ大陸は、あんまり面白いものを残していない。
その意味では折伏はファシズムであり、個性を許さないところに一神教の強みがある。

今回はその続のような展覧会で、チラシを見てもいつものものとは趣が異なる。
下はアフリカの民具だが、上は現代芸術・・・ならぬ、大西家の釜。
上から見たら、すごく個性的でかっこよかった。
構図的に銅版画家・深沢幸雄の作風に近いような気がした。
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そして当代はどうやらアフリカ系の民具に深く共鳴したようだ。
チラシのギデンガ(仮面)  これはコンゴに伝わるものだが、なるほどこの釜と一緒に並べると、ピッタリな気がする。
ちょっとかっこいい。

普段展示されているのを見るとき、どうしても釜の胴ばかりがメインで、真上から見ると言うことは、案外ないものだ。
茶席にいてもそれは変わらない。
だからこの十代浄雪が作った「二口釜」の面白さがわかったのは、このチラシからだった。

ブラジルの巨大なおろしがね板を再び見る。民博で見たとき、見知らぬ奥さんが話しかけてこられ、
「一体なにを擦るんやろね」「うーん、ヤシの実とかココナツとかどうです」「なるほど?」
何がなるほどがよくわからないが、それでなんとなく周囲の人々も納得しはった。エエコッチャ。
それにしても当代はよっぽど民博の所蔵品にトキメキを覚えられたのだろう。
見るこっちまでドキドキしてくる。

これはコンゴの弦楽器。cam292.jpgアジアにも似たものがある。


釜も色んな形があるが、これにはびっくりした。
西村道仁作 蓬莱山釜cam290.jpg
地模様にするとか印刻するとか色々あるが、形そのものが蓬莱山なのは滅多にない。
これって火の通りはいいのだろうか。そして山肌がなんとなくVサインする人の手に見えて仕方ない。
ソ連のポスターを思い出した。

この美術館はビル形式なので上の階に上がると、茶室の設えがあった。出はしないが小さい庭もある。
ガラスケースの向うの茶室には素敵な茶道具がある。ここで実際に茶席も開かれるのかもしれない。
下の階ではお座敷が開かれていて、唐長の襖に囲まれた素敵な空間へ入り込ませてくれた。
可愛い可愛い茶釜が掛けられている。いいものを見た。
いい香もする。

嬉しい展覧会だった。6/28まで。そこから先は夏休み。

雅なる香りの世界

泉屋博古館の京都本館では香道のお道具や香炉などを展示している。
「特に普段は展示される機会の少ない香木も合わせて展示いたします。
これらより「香り」が演出する雅な世界を楽しんでいただきたいと思います。」
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仏教文化に付随して香道が発達した――というのはとてもよくわかる気がする。
「香」を焚くことでその場を清浄するという文化、なるほど納得。
お焼香をすぐに思い出すけど。
それで平安になると、貴族たちの嗜みになる。
更には江戸時代で楽しい遊びの一つになる。

入る前に微香を感じたが、それは香木ではなく芳香剤だった。
中に入ると、ガラスケースの中に中国の奇岩を思わせるような奇怪な形の香木があった。
削ぎ採られた痕が経年と樹泌で元の色に同化している。
これでは匂いは外に漏れない。
惜しいな、と思った。少しでも感じることが出来ればよかったのに。
沈香木。どんな香なのかわからない。
そういえば味わい・香り・手触りというものは、言葉では形容詞を使うぐらいしか、その感覚を伝えられない。
実感はあくまでも自分で求めるしかないのだった。
遠くから実感できるのは、視覚・聴覚・嗅覚・接触・味覚の順になるのか。
内側に感じるものはなかなか遠い。
だからこそ、香道具を眺めることで、その香を想像するしかない。

青貝枝垂桜蜻蛉蒔絵香箱  蝶と蜻蛉が飛び交う庭。住吉紋様も見える。菊、桔梗、女郎花といった秋の七草もある。そして当然ながら枝垂桜が咲いている。
本当に優美な細工の箱。日本の美を感じる。日本での自然のあり方。それが美意識と深くつながっていることを改めて感じた。

藤棚秋草蒔絵十炷香箱 青貝で可愛い楓柄の駒。その小さいのがパチパチ咲いている。そんな風情がある。象嵌した秋草。藤棚に絡んでいる。羊歯まで文様化されている。
これは嬉しい。羊歯文様は富本憲吉の他には殆どない。(富本はオリジナル)
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秋草蒔絵十炷香箱   ところで「十炷香」はジッチュウコウ。十種香と同じなのか違うのか、それすら知らないから、これを機に調べてみようと思う。

蝶燕蒔絵十炷香箱  柳の葉っぱの魚はシシャモだが、この燕の羽は柳の葉のようにみえる。可愛いつばくろたちが飛び交う。五月の意匠。

青貝唐花唐草文字入蒔絵十炷香箱  ハングル文字が文様のように象嵌されて、とても可愛い。アジアの工芸はレベルが高い。

蘭奢待など有名な香木も色々あるが惜しくも全てガラスに封じられたまま。残念なり。
数年前、西宮大谷美術館でフランス大統領だったクレマンソーのコレクションが公開された。
彼は幕末から明治初の清水焼、薩摩焼などで出来た愛らしい香合を集めていた。それがカナダの美術館に収まっていたのがみつかったのだが、その展覧会のとき、美術館はお香を焚き、実際の香木に触れるコーナーを造ってくれていた。
そのときのことを懐かしく思い出した。

交趾菊蟹香合  可愛い。菊花の上に蟹がはりつく。交趾は牛や蟹の造形がいい。

青磁福寿文香炉  これは沢庵和尚が後水尾天皇から拝領したもの。この時代の文化と人間関係は非常に面白い。昔は沢庵和尚と言えば遍歴中のムサシに道を教示する人という認識しかなかったが。

誰が袖図屏風  エメラルドグリーンを和名でどういうのかわからない。若竹色?ちょっと違うな。その地の色に大きな白い桜模様、それから丸いカブラを文様にしたのもある。
こういう誰が袖屏風は和の美の極地のような気がする。本当に綺麗だった。

いい気分で泉屋博古館を出た。楽しくていい気分。
お香の香を楽しめないのは残念だったが、好い物をたくさん見れて嬉しかった。

白いやきものを楽しむ

細見美術館で「白いやきものを楽しむ」という展覧会を、愉しんできた。
図録の副題には「中国・新石器から明代まで」とあるが、それは展示を全部見て回ってからわかったこと。
今回、memeさんとご一緒してその白い陶磁器を眺めたが、時々わたしがとんでもないことを言うので、さぞお困りしたろう・・・
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実は私は李朝時代の白磁が最愛なのだが、これだけ多くの中国の白磁を見ると、やっぱりいいものだと惚れ惚れした。
ただし特に気に入ったのは白磁ではなく青白磁なので、本当のところはわからないが。

青白磁劃花童子文碗 南宋・景徳鎮窯  色の綺麗さには感心した。磁器だからこその繊細さ。絵柄が上野リチ風にも見えた。
可愛いお花。しかし童子がわからない。どこにいたのだろうか。花の影にいたのかもしれない。

白磁印花植物文扁壷 隋  小さくて可愛いが、これがまた現在の百均にありそうで・・・というか、原本が可愛いから、後世にも続くわけか。

白磁合子 唐  つぼつぼ風の作り。とにかく小さくて可愛い、というのはそれだけで価値がある。
これは唐美人の化粧品いれだったかもしれない。

白磁印花花文合子 唐  花が印花されている。うっすらと刻まれた花。微妙な官能性を感じる。

白磁薫炉 唐  見たことがあるような。それでいらんことを言うわたし。「アー▲レッドですね」・・・
memeさんが倒れなくてよかった。
(これで倒れてたらmemeさんが▲▲いうことになるやん!)←ごら!!

玉璧を色々見た。これを見ると必ず故事成語の「完璧」の話を思う。
璧を完うして趙へ帰る。藺相如の話。

白磁三足壷 晩唐?五代  にゃあとした足つき。可愛い足。これを押したら爪が出てきそう。

青白磁劃花菊花文碗 北宋 景徳鎮窯  綺麗。色もきれいし、菊花の綺麗さがまた素敵。静かな綺麗さがある。
花びらの筋に釉薬が残るのがまたなんとも言えず艶かしい。

白磁劃花魚文鉢 北宋?金  見込みに一匹サカナがいる。可愛い。クチボソ風な感じ。
上に食べ物を載せて、食べきったときにこのサカナが現れると、とても嬉しい気持ちになるだろう。

青白磁で瓜形の磁器が多いのは、やはりその筋目に滞る釉薬の、静謐な美麗さにときめくからだろう。
その艶かしさを感じることが歓びなのだった。

最後に元?明あたりの梅瓶があった。締めくくりにふさわしい堂々とした作りだった。
ああ、いいものを見せてもらった。
展覧会は7/5まで。

前衛都市・モダニズムの京都

昨日は1937年の大阪のモダニズムを紹介したが、今日は京都。
1895?1930年の25年間を「前衛都市 モダニズムの京都」として、京都国立近代美術館では取り上げている。
この展覧会は1895年の「第四回内国勧業博覧会」と「平安遷都1100年記念」とを軸に開かれている。
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中に入ると、京都国立博物館のファサードを彩る神々の装飾の原型があった。
実物は無論外せない。これはその原型の木彫。間近で見るのは久しぶり。
以前にも見ました。豊かな頬の伎芸天。ちょっと知る人に似ている。
片山東熊設計のフレンチルネサンス様式の建物に、東洋の神々がおわす、というのは素敵だ。
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他にも武田五一のデザインした装飾の原型もあったりで、初めから期待させてくれるやないですか。

平安神宮造営の資料が色々あった。
こちらも大好きな伊東忠太。忠太と木子清敬の仕事。人物を配することで全体の大きさを示す図面も、なかなか面白い。
今もこの美術館が建つ岡崎公園のシンボルが、あの巨大な鳥居ですからなー。
平安神宮の青龍楼、白虎楼の絵図面、配置図、見るだけで楽しい。
博覧会のMAP、川島織物による悲母観音をモティーフにした綴織、挙句は平安神宮の立版古まであった。その一部は今回のチケット半券になった。
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イケズでもなんでもなく事実として、ミカドが東京へ行かれてから京都はサビレてしまった。
しかし廃都としてのんびり活きる奈良にはなれない。
工業化都市へパラダイムシフトを遂げつつある大阪にも負けてられへん、新しく港を開いた神戸なんか知ったものか、というわけで、何か花火を打ち上げねばならん。
それが即ち京都の近代化であったわけです。
市電、水道敷設、電気、番組小学校の設立、そして大花火は琵琶湖疏水、インクライン。
明治と言う時代そのものが、その奔り出した力をいよいよ後押しした。
(百何十年後かの今、それを見ることが出来るのも、このときのがんばりのおかげです。)

近代化、近代化と口走りながら進むと、いきなり黒田清輝の「昔語り 下絵」シリーズが展示されていた。
黒田の絵の中でもちょっとユニークな作品。男にもたれかかりながら寺僧の語りを聞く女、しゃがんで聞く女、などなど面白い構図。
これは上野の黒田記念室にある。
こういう前近代のものにあたると、やっぱりフシギな良さを感じる。今も絵解きとかを見て感動するのと同じか。

田村宗立という画家の作品がやたら多く出ている。
この人の作品は時々常設展で見かけるが、こんなに多くを一時に見たのは初めて。
洋画家と言うより、明治の油絵師というのがいいかもしれない。
(小出楢重によると、駆け出しの頃自分の職業を「油絵師」と書かれていたそうだ)
明治初期には国内に在って、本来日本画の画題であるものを油彩で描き、それによって受容された。だから2007年の「揺らぐ近代 日本画と洋画のはざまに」展には現代の我々の眼から見て「ギョッとする」作品が多いのだ。当時の日本人の感覚は、違う技法であっても、知るものなら受け入れられる、というものだったのだ。
この展覧会にも出ている桜井忠剛の作品は横長のものが多いが、それは欄間と同じサイズのもので、実際にそうした飾られ方をしていた。
2005年には彼の地元・尼崎で回顧展が開催され、とても納得した。

ところで田村は僧籍にあった画家で、仏画を学んでいたが、通訳兼画工として粟田口病院に勤務中に、ドイツ人から油彩を学び、その後横浜でチャールズ・ワーグマンの指導も受けた。高橋由一、五姓田義松、山本芳翠らと交友し、やがて関西美術院の発起人の一人になる。
その田村がこの展覧会の背骨となった「第四回内国勧業博覧会」で大活躍して、多くの作品を生み出した。だからここにはたんとあるのだった。

近美所蔵の病院透視図、弁慶が怒って鐘を引き摺る図、疎水事業の工事絵シリーズなどなど・・・たくさんの作品があった。
近美近くの星野画廊では現在、その田村の仏画の展覧会を開催中。

田村の仲間の山内愚僊、伊藤快彦、櫻井忠剛、印藤真楯らの作品も並んでいた。
常設コーナーでもこの展覧会にあわせて、伊藤の「護良親王図」があった。開いていた長持ちに隠れる情景図。

近年では初期日本洋画の展覧会がほぼ毎年開催されるようになった。
2005年「櫻井忠剛と関西洋画の先駆者たち
2006年「浅井忠と関西美術院
2007年「揺らぐ近代 日本画と洋画のはざまに
2008年「五姓田のすべて 近世絵画への架け橋
初期の「日本洋画」の様相が近年になって、啓いてきたらしい。
淀屋橋の画廊・至峰堂も「忘れられた画家たち」として明治初期の彼らの作品を集めた展示を、今週末まで開催中。

一方、欧州留学組の浅井忠の作品も色々並んでいる。「日本のアールヌーヴォー」展にも出たが、浅井忠はアールヌーヴォー風の図案を多く描いている。ほんわかモードの日本画もある。かなり多才だったような気がする。

とにかくお金儲けをしないと京都もどうにもならない。
それで舎密局(せいみきょく=ケミカル関係を学ぶ場で、元は大阪にあったが京都へ移動した)にワグネル先生を招聘して、色々学んだ。
明治初の七宝焼きの色合いの美しさもこのワグネル先生のおかげです。
島津製作所の創業者もここで学んだようで、色々面白いものが展示されている。
やっぱり科学・化学企業ともども創業者はその道の人なのですな。
その後から商業がついてくるらしい。
島津記念館のモロモロ展示物を思い出す。
ワグネルのタイルもある。可愛い花鳥画。こういうのがまた愛らしい。
だんだん<近代>に近づいてきた・・・

本野精吾がデザインした舞台装置、衣装デザイン画などを見る。「宿の一夜」という芝居。どことなくロシアバレエ団風。楽しいなぁ。
それからキネマの時代に入った。ステキなポスターが並ぶ。
「十戒」「ジークフリート」ここらはフィルムセンターでも見ている。内容もちょっとだけ見た。そうそう、同時代の『狂つた一頁』を京都文化博物館で上映するらしい。また見たいけど日時が合わないのでアウト。7/2と7/4だったか。
「罪と罰」ポスターはロシア構成主義後の、世界に広まったパターン。かっこいい。
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で、わが国のキネマも紹介がある。マキノ映画パンフがずらーーーっとあった。マネキンまで。こういうのをみると、彼の孫に当たる長門裕之、津川雅彦らが墓掃除をしている番組を思い出した。右京区へ行くと、キネマの時代の名残が時々みつかる。

先般ここで開催された上野伊三郎・リチ夫妻の仕事も改めて紹介されている。
北白川の邸宅で現在病院なのが、この展覧会後に取り壊されるのを知ったが、ちょっと手遅れな状況。ジクジたる気持ちがわく。

それにしても楽しかった。こういう展覧会はわたしのツボなので、時々は見てみたいと思っている。7/20まで開催中。・・・また行こうかな♪


昭和12年のモダン都市

昭和12年の頃、大阪は工業都市として大発展を遂げ、御堂筋も完成しているし、地下鉄も走っているしで、とうとう人口が日本一になった。
それで「東洋のマンチェスター」から「大大阪」と謳われるようになった。
その頃の大阪の繁栄の光と影とを、大阪大学総合学術博物館では「昭和12年のモダン都市へ 観光映画『大大阪観光』の世界」として展示している。
4/27に始まり、好評のために7/4から延長して7/11まで開催することになった。
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こういうものが基本的に好きで仕方ない。都市考現学。これが四百年前なら近世風俗画とその周辺ということになるか。

副題の『大大阪観光』というのはその頃作られた観光映画で、ついこないだ大阪市交通局がそのダイジェストDVDを発売したらしい。
わたしはだいぶ前にナゼか横浜で見た。会場ではその元映像(デジタル処理化されてると思う)33分が流れ続けている。このyoutubeは5分。
とにかく一歩会場に入ると、それだけでワクワクしたなぁ。なんしかメチャ楽しそう。


それで地図が貼ってあるが、これはしばしば住まいのミュージアムでも見かける大阪市内地図。吉田初三郎の作品ではないが、ちょっとした鳥瞰図風で、「おお、これこれ」という感じで、今も残る建物を探したりした。この地図は大正年間のものだから当然御堂筋はまだない。この頃は堺筋がメインストリートだったのだ。
だから今も堺筋には近代建築が多く残っている。
寺ひとつにしても「ああ、あれあれ」で、なんとなく嬉しい。
地図一枚で随分楽しめる。

それで大阪市内各地の名所図を描いた日本手ぬぐいがあちこちの壁に貼ってある。
高津宮、四ツ橋(これには地名だけやなく鬼貫の俳句「涼しさに四ツ橋を四つ渡りけり」も書いてある)、花見の桜ノ宮などなど。シンプルな図案のいい手ぬぐい。

JOBK(日本放送協会)ジャパン・オーサカ・バンバチョウ・カドの略だ、というのが大阪では長らく言われてきたが、あのエエ建物も今はない。残念。その関連資料がある。
それから天王寺動物園の案内図。動物のちょっとリアルな絵が色々載っている。こういうのがまた面白い。
世界に四つしかなかったプラネタリウムの大阪電気科学館のことを思うと、ちょっと泣けてくる。つらいなぁ。中之島に新しいのを造っているが、忸怩たる思いが強くて、行く気にならない。

ところどころに川瀬巴水の大阪を描いた版画がある。宗右衛門町を行く芸妓さんとか、巴水らしい叙情性の高いええ絵。ここにはないが、以前高津の宮を描いたのも見た。
来月から巴水の展覧会もあるし、嬉しいわ。

これは浅野竹二の版画。cam285-2.jpg
中之島は今も大阪市内の憩いの地であり、大阪市の魂みたいな場所。今ならここはあれかなバラ園とか見えるあたりか。

都市を捉えた絵葉書も色々見れて嬉しい。元から好きなだけに本当に楽しい。
ああ・・・今はなき建物たちよ。

大丸のペーパークラフトやフロアごとの案内ガイドが面白い。
ペーパークラフトは立版古ですな。cam285-1.jpg
これは以前、心斎橋の歴史展という展覧会でも見た。
大丸とそごうの共同展。そうそう、秋にはそごうは大丸の売り場になる。
別に回し者やないけど、書いておこう。
大丸は心斎橋の活性化のために、空き店舗が出て埋まらないときは、そこに自分ところの店舗を出している。今までは隙間があったらすぐに入るんやなーと思っていたが、そうではなくて「隙間を作らないために」入っていたのだ。
ミュージアムもそうだが、大丸は立派だと思う。

朝日会館には全然無縁なわたしなんで書きようがないけど、なんかここは芝居やコンサートをよく開催しているみたい。
それで三浦環の「蝶々夫人」もここで行われたようで、そのチラシがステキ。
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話としては好きではないが、あのアリアは大好き。

雑誌も並んでいた。週刊朝日、サンデー毎日。共にグラフ版で、その当時のモダン美人たちが表紙を飾っていた。水着もレトロでいいし、耳隠しの帽子も可愛い。
大毎と大朝か。統合されるまで、大阪版と東京版では違った新聞だったのだ。
いや、今かて内容も書きようも微妙に違うか。

お店の宣伝チラシもある。前田藤四郎のエピゴーネン、今で言うカフェレストランらしきビクターなどなど。そしてマッチ箱の意匠がずらずらずらーと並んでいた。
赤松麟作や安井仲治あたりが関わった図案もあるそうだが、一番ウケたのは麻雀屋のマッチ。影絵で描かれた中国人が長??いキセルを持っている姿。これじゃ麻雀屋じゃなくて阿片窟ですがな。

映画のポスターも大正ロマンを引きずるものもあれば、ロシア構成主義に影響を受けたものもある。わたしはあれよ、大正時代が大好きなので、あの字体そのものにわくわくしますな。

他に大阪の居留地の関連で作られた新大阪ホテルのディナーの宣伝とかがある。
あのホテルの調理部は、改装以前の中之島の中央公会堂のレストランに入ったのだ。
それで数年前、高齢から引退されたシェフのおじいさんが、あの半地下のレストランでオムライスとか拵えていた。今そのレシピは引き継がれ、いつも満員のレストランで、運がよければ食べることも出来るのだった。

大阪観光マンガのシリーズがあった。一こまマンガで大阪各地の名所遊山してはります。
けっこう面白い。しかし72年も経つとやっぱり言葉そのものが変わるんやね。
わたしも大概古い大阪弁を聞いて育ってきたけど、このマンガの言葉はもう使われへんなぁ。(ちなみに吉本のゲーニンらが使用する言語は大阪弁やなくて、作られた吉本弁とでも言うべきものです。誰もそんなん言いません)

ところで冒頭で「大大阪の光と影」と書いたが、その影の部分が出てきた。
たとえば船上生活者。これは宮本輝「泥の河」や水島新司「銭っ子」に描かれているが、貧困からのどうしようもなさが原因。市政は助けようとしなかった。
そしてキリスト者・賀川豊彦の風刺小説がある。これは「ある朝目覚めた賀川豊彦が突然」大阪市長になっていた、という設定で始まる話。虫になっていたらザムザさんですか。
それで「煤煙たなびく」大阪市民の健康を守ろうとか色々するが、どうも上手くゆかなさそうな状況を描いている。挿絵もご本人によるもの。ちょっとばかりギャグ風味もあるが、マジな話なのだった。

ああ、本当に楽しい展覧会。これが無料というのはまことにありがたい。
実は二度出かけていたりするわたし。日曜はお休みだが、土曜は開館。
楽しかった♪

ヴォーリズの建てたアーモスト館

汐留ミュージアムで今日までヴォーリズ展が開催されているが、そのヴォーリズの建てた学校建築の一つ・同志社大学のアーモスト館を訪問した。
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つい先般まで学生寮で、その自治会の管理下にあったようで、勝手に入ることは、無論(今も)許されてはいない。現在は外国の賓客用宿泊施設になったそうだ。

この建物はヴォーリズには珍しく(他の日本の近代建築の中でも珍しく)ニューイングランド・ジョージアン様式を採られている。
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同志社大学の建物は他にも多くの建築家が参加しているが、レンガ造りというのを基本ベースにしている。
このアーモスト館は中でも小ぢんまりと可愛らしい造りのもので、深い緑の中にあるから、クラブハウスにも見える。
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修復も終わって、元のステキな様相を取り戻している。

外観もいいが中の装飾もいい。
IMGP6591.jpgホール。漆喰装飾が綺麗。
サンルームIMGP6594.jpg
階段IMGP6605.jpg
その床もステキな紋様を見せている。IMGP6606.jpg


チェロのような装飾。腰折れ屋根。IMGP6609.jpg
ああ、夏の庭にふさわしい建物。

ついでに茶室にもお邪魔した。これは七百年前の古材を使用したとかいうが、元のものはどんなだったのだろう。
庭に落ちるミニチュアの灯篭。IMGP6628.jpg

最後にキャンパスの一隅でアーカンサスの花を見つけた。
これが装飾紋様になると、柱頭を飾ることになる。
とても可愛い花だった。IMGP6645.jpg

森鴎外 近代の扉を開く

既に終了したが神奈川近代文学館で森鴎外の展覧会があった。
(現在は中島敦展開催中)
閉館間際に入ったが、なかなかお客さんも多い展覧会だった。
森鴎外のファンもまだまだ多いのか。
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ドイツ留学を軸としての展示と言うべきか、副題の通り「近代の扉を開く」という実感がある。
少年時代に親戚筋の西周邸に入り、それから色々あって、ドイツ留学し、帰国し、その後を「舞姫」のモデル・エリスが追ってきたのに会うこともなく、勧められるままに結婚し、陸軍軍医総監になり・・・という彼の歴史を踏まえての展示。

舞姫」は読んでいて、<余>たる太田豊太郎をぶちのめしたくて仕方なかった。中学の頃に読み、再読した後は蹴り倒したくなった。
ナサケナイ。世間に負けるのは仕方ないにしても、ラストの感慨が情けなさすぎる。
しかしそういう感慨を書くところに文学の味わいがあるのだ。
(近代日本文学の、というべきか)

鴎外の作品はいくつかに分類される。歴史物と翻訳物と自身をモデルにしたもの、そしてフィクションと。
翻訳物の代表は「諸国物語」「即興詩人」などである。
石川淳は年少の頃に「諸国物語」を読んで感銘を受けた、と言うことを随筆にも記していた。
「文学の世界地図」・・・ステキな形容詞だ。
あの夷斎先生にそんな感銘を贈るとは、とわたしも読もうとしたがその頃どうしてか本そのものがなかった。(今はちくま文庫がある)
だから読むようになったのは青空文庫での抄録から。
翻訳で好きなのは「冬の王」だった。
文体そのものにも惹かれた。古雅な文章ではなく、その当時のリアルな言葉での翻訳だった。
これは妹の教科書に載っていて、それから読んだからもうだいぶ前のことだ。

「即興詩人」は原作よりも格調が高い名作だと謳われているが、これもまたわたしは未読。ところどころで知っているくらい。
例えば乱歩「孤島の鬼」に引用されたシーンなど。
(地下のカタコンベで道に迷う二人のシーンと、孤島の地下迷路でさまよう二人の対比)

作品を思い起こしながら展示物を見る。
こうした文学館での展示は、直筆原稿や資料などを見せるのが眼目だから、機嫌よく見て回った。

その中で「サフラン」という作品を見つけ読んでみて、深く同意した。
「名を聞いて人を知らぬと云うことが随分ある。人ばかりではない。すべての物にある。
・・・いろいろの物の名が記憶に残る。そんな風で名を知って物を知らぬ片羽になった。」
こんなところでシンパシーを感じてどうするのだ、と思いつつ。
こういうのは中島敦の『悟浄歎異』にもある感慨とも同じ。

展示で初めて知ったのは、「舞姫」挿絵が原田直次郎だということ。
「えっ!あの『靴屋の親父』に『騎竜観音』!!!」
脳内で叫びましたがな。
ところで実録とでも言うべき「エリーゼ来日顛末録」(わたしが勝手につけた)は谷口ジローが読み応えのあるコミックに仕立て上げている。
『坊っちゃん』の時代(第2部) 秋の舞姫―凛烈たり近代なお生彩あり明治人  アクションコミックス『坊っちゃん』の時代(第2部) 秋の舞姫―凛烈たり近代なお生彩あり明治人 アクションコミックス
(1989/10)
関川 夏央谷口 ジロー



ああ「ミニョンの歌」・・・「君よ知るや南の国」・・・わたしが最初にこの物語を知ったのは横溝正史「悪魔が来たりて笛を吹く」でだった。トマの名曲が頭の中に流れてくる・・・
わたしはやっぱりドイツが好きだなぁ。明治時代の日本人が愛したドイツが。
実はうちの祖父も母もゾーリンゲンが大好きで、わたしは子供の頃からドイツの薬、ドイツの工芸品、ドイツ文学、ドイツ映画にとても憧れていた。
(とはいえ母はイタリー偏愛なのだが)
今もどうかするとドイツにときめくから、やっぱりこういうのは抜けないと思う。
久しぶりに「ウィルヘルム・マイステルの遍歴時代」が読みたい・・・・・・
そういえばわたしが最初に読んだ鴎外の小説は「ヰタ・セクスアリス」だった。
これは木原敏江「摩利と新吾」に紹介されていて、それから読んだのだった。
大体においてこういうことが契機になって本を読む、というのがとても多いわたし。

ところで鴎外の屋敷跡のうち小倉には行ったが、肝心の観潮楼に行っていない。しかし鴎外が一時住んでいた本郷の桜木神社(神殿裏の下宿屋)は時々通り過ぎる。
昔の文豪の歩いた跡を追うのも楽しい。
写真を見ても楽しい。
それで鴎外は二番目の妻にはでれでれで、それが手紙にもよく出ていてとても面白い。

最後にチラシは安野光雅。この人も鴎外の同郷。「絵本即興詩人」から。とてもステキな本だった。姫路の展覧会「絵本平家物語」を見に行けなくて残念だったが、これで少しは心も安らいだのだった。
絵本 即興詩人絵本 即興詩人
(2002/11)
安野 光雅

松浦家とオランダ残照

五島美術館で平戸の松浦家に伝わる歴史的な諸々物や茶道具を見た。
海運の要衝として栄えた平戸は、最先端の文物を受容する「西の都」でした。本年は平戸にオランダ商館が築かれてより400年目にあたります。本展では、長崎・松浦史料博物館の所蔵する日蘭関係史料を中心に、鎮信流茶道を創始した松浦家第29代松浦鎮信(まつらちんしん 1622?1703)の好んだ茶道具など平戸藩主松浦家の宝物を公開します。」
ということらしい。
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松浦家で思い出すものを挙げてみる。
松浦の太鼓・・・歌舞伎。忠臣蔵外伝。甲子夜話・・・松浦静山の随筆。韃靼疾風録・・・司馬遼太郎の最後の小説。平戸藩士・庄助が、主命により韃靼の皇女をかの地へ送ることから始まる物語。松浦屏風・・・大和文華館にある近世風俗画の美人群像図。
次に平戸と言えば、湖月堂のカスドース(カステラに卵白をくぐらせ更に砂糖をまぶすお菓子)、古い昔の歌「長崎物語」。
その長崎物語の歌詞はこんなだった。
平戸を離れて幾百里   つづる文さえ つくものを   なぜに帰らぬ じゃがたらお春   サンタクルスの あゝ鐘が鳴る   ララ鐘が鳴る

これは四番の歌詞だが、三番で「父は異国の人」とあり、そのためにお春は国外追放の憂き目に遭う。
日本恋しや、と綴られたじゃがたら文は海里を超えて日本にたどり着いたのに。

そのじゃがたら文の実物を見た。こしょろ、という娘の想いが更紗と緞子のパッチワークの布に綴られている。せつない、せつない文章とその存在。
政策変換のアオリで個人の運命がいともたやすく変わってしまう・・・

展覧会の始まりは平戸松浦家の系図からだった。
源氏系で源融の子孫らしく、平安時代には渡辺綱も現れている。
面白かったのは八幡船の幟。いや?これも実物を拝めるとは思わなかった。
わたしはアジアの海賊と聞くと、必ずこの南無八幡大菩薩の八幡船を思い出すのだよな。
代々の肖像画もある。キリシタンの母と妹を持って苦労した当主もいる。
秀吉の朱印状も見た。教科書で見たものを実物で見ると、ちょっとした感銘があるものだ。

チラシ上のお皿はデルフト窯製品。受胎告知。藍色の発色がなかなか綺麗だった。
ウケたのは1736年の植物図譜。アロエが描かれていた。おーなんか嬉しいぜ。
我が家の南側の庭はアロエの楽園になっておるのさ。(単に放置ともいうか)
どうしてかこういう博物学系の絵図は面白くて仕方ない。
ギヤマンの水差し、コップ、鉢などがきれいだった。
(ギヤマン、と聞いて「ギヤマンの鈴」を思い出した人とはトモダチになれそうだ)
琵琶湖の西には金目教、飛騨から赤影。

随筆・甲子夜話を書き綴った松浦静山は蒐集家でもあったようだ。
東洋文庫にまとめられているのをちょっとだけ読んだが、ここにはその実物がある。
ラクダ、カッパの絵が描かれている。
けっこう河太郎が好きだったらしく、宴会する戯画もある。
河童が好きな人は結構多いように思う。近代だと小川芋銭、川端龍子が有名。
平戸ではなく肥後では「ガワッパ」と呼ばれて民話が多いし。

藩士の久間貞八が南頻派を学び、孔雀や蝶の絵を描いている。
蝶の絵はリアルで、やっぱりどこか中華風で、綺麗。以前よく中国雑貨の店に行って蝶のデザインものを色々購入したが、それに似た雰囲気がある。

鎮信流茶道の松浦鎮信ゆかりの茶道具などが集められていた。
武家茶道として質実剛健な茶の道を進む。色々いいお茶碗を見た。
しかし何よりよかったのは、実は本人の書。肥痩の良さに感心した。味わいがあった。
それでふむふむと見て歩いていたら、この流派で出されたのか、百菓之図というステキな作品が出てきた。
ポルトガル渡りのお菓子などもあり、見ているだけでワクワクしてきた。
中には今も人気のお菓子もあるではないか。カストースやん!源氏糖もある。
(鶏卵素麺はここではなく福岡のほうだったか)
見ていてたいへん嬉しくなった。

色々と学ぶところの多い展覧会だった。6/21まで。

ラウル・デュフィ くり返す日々の悦び

三鷹でラウル・デュフィの展覧会を見た。
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リストが用意されていないと聞いていたので、色々支度してたのに、忘れましてな、大阪に。
ええねんええねん(惜)、と一人ごちつつ会場へ。
デュフィは二年ほど前に心斎橋の大丸で見てからすっかりファンになった。
明るくていい。「ア・カルイ」デュフィ。前回の展覧会で彼のデザインしたテキスタイルに惹かれたけど、今度もまたそれにドキドキ。
こう言うのが好きなんですよ。

でもスタート直後のデュフィはやっぱりカタ?い絵を描いていた。
(それはそれでと思う)

セーヌ河岸とノートルダム寺院 1902 cam281-1.jpg
まだ若い頃の作品だが、どことなく色の遣い方にそれと感じるものがある。つまり後年のデュフィの作品に一枚紗を掛けたような。
重さがなくていいと思う。
船には洗濯物が干され、煙を吐いてゆくのもある。暮らしの川。
こんな情景を見るとジャン・ヴィゴの映画「アタラント号」を思い出す。

マルセイユの市場  翌年の作。いるいるこんなおばさんたち、という雰囲気の市場。漁港でもあり、活発な雰囲気だと言うのが画面からあふれている。
交渉するおばさんたちの声が聞こえてきそう。

鳥かごのある風景cam281-2.jpg
少しずつカラリストの本質が現われ始めている。
なんとなく予感めいたものを感じる。いい絵。

噴水  やしの木、通りの木立の隙間から覗く家々。店が立ち並ぶのが灯りでわかる。
遊びに行きたくなる景色。それがデュフィの世界にはある。

青い背景のカラーとマムシグサcam282-1.jpg
1920年にもなるとテキスタイルデザインの仕事も素敵なのが生まれてくる。
アールデコの時代だし、どんどん楽しくなる個人消費の充実が、こうしたところに現れる。
欲しくて仕方なくなってきた。

黒い背景の花   こちらもそう。三年前の大丸での展覧会では、百貨店と言う場での開催にピッタリだと思った。
デュフィのオシャレさをデパートミュージアムで実感し、大好きになった契機のシリーズ。
ワンピースに仕立てて欲しい。

マルセイユの港のアンフィトリデ(海の女神) 
ボッティチェリによるヴィーナスの誕生
これらの作品を見ていると、(作品が生まれてから既に何十年も立っていると言うのに)新時代、というイメージがある。
清新さ、とでも言うのがいいか。ぱっと眼を見開かされたような感じ。
ヴィーナスは多少型崩れしているが、それもまた(その時代の)今風な雰囲気で、なんとなくかっこよかった。

ラングルの風景 1933
エプソム競馬場の芝生 1933
トルーヴィルのパドック 1934
ドーヴィルのレガッタ 1934
‘30年代の楽しさを感じる。絵を描くほうも楽しそうだし、描かれる風景も明るい。
特にレガッタの絵は青い波が素敵で、塗り方からしてワクワクしてくる。

庭のテーブルcam282.jpg
桃がね、素晴らしい。パンもワインもいいけど、桃が最高。桃が食べたくて仕方ない。
水彩だからこその魅力がある。この百年前までの桃の絵なぞは、とてもやないけど「食べたら当たるよ」な感じがするけど、この桃は水気もたっぷりで甘さが滴りそう。ああ、スゴクスゴクいい。

戦後になりました。パリも解放されました。カンヌも平和です。マルセイユも復興です。

青い五重奏 
バッハへのオマージュ 
大オーケストラ
五重奏 
デュフィはマレに見る体質の人で、音楽が絵画化される特性があったそうだ。(フツーはクスリとか色々いりますね)
音楽を絵画化するとこうなるのか、という感じがある。それもサイケではなく、わかりやすい形なのがいい。

ホンバーガー家の庭  薄緑色がとても綺麗で、それが深く印象に残った。
色そのものの綺麗さが心に残る画家って案外少ないような気がする。
ジョットの青、海老原の青、ローランサンの灰色と桃色、蓬春の黒・・・・・・ 

カーニヴァル(ニースの祝日)cam281.jpg
ああ、素敵な建物だな。上のドーム状の屋根には色ガラスがはめ込まれているのかな。

電気の精   最後の最後にカラーリトグラフの大作がずらーーーっと並んでいた。
これは以前地元の伊丹市立美術館でも見たように思う。電気の精が飛ぶ下の町には百余人の科学者がいる。
絵画的楽しさを実感する。見たかったので見れて嬉しい、と言うのが正直な感想。
ムルロー工房の仕事。随分前にムルロー工房の仕事ばかり集めた展覧会を見たが、ここの技能の高さはやっぱり素晴らしかったんだなぁと実感した。

機嫌よく見終えて次回展のチラシを見てギョッ。見たいなと思っていた展覧会がここに巡回する。
期待しつつ、デュフィの好さを反芻する。展覧会は6/28まで。

早稲田大学所蔵近世貴重書展

早稲田大学大隈記念タワーで、大学所蔵の近世貴重書展が開かれている。6/18まで。
これが大雨の中ムリして行った甲斐のある展覧会で、たいへん興味深いものだった。
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入るとすぐに眼が合うのがこちら、鍾馗の活人形。初代尾上松緑細工というが、鍾馗も鬼もちょっと河鍋暁斎風な面白味がある。
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初代松緑は大南北と組んで天竺徳兵衛、うんざりお松などを演じた役者。
ケレン味の多い役者だったそうだから、こういう面白い細工も生まれたのかもしれない。

ざーっと見て行くと好色本、浄瑠璃、読み本の類が目に付く。
馬琴の八犬伝もたくさんあって、嬉しくなる。わんころが可愛いからなぁ。
天理大学の図書館でもたくさん見たが、ここにもぞろぞろ。
江戸文学はとても面白い。
(記事中リンク貼っているのは、その概要や本文または興味深い論考へ)

田夫物語もあった。これは松田修の著書から知ったような気がする。
饗庭篁村旧蔵か。それだけでも嬉しくなる。
男三人が野を行く図、そして床下で逢瀬の若衆と男。芒の草中で野郎帽子が可愛い。

好色本の挿絵で面白いのが、一対の男女図。女の紹介は「生まれついての好色女」男の方は「生まれながらの好色男」ハイハイという感じで楽しい。絵自体は西川祐信風。
こういうのを見るのがまた面白いんだよな。

近松の台本も色々ある。中には見た芝居もあって、それだけでも親しみがわく。
日本振袖始、丹波の与作などなど。
このあたりは辻町文庫。以前から存在だけは知っていたが、見たのは初めてかもしれない。

けいせい仏の原 これは大阪の池田文庫にもあるはず。演劇関係の書物は池田文庫か早大かというほどだが、実物を見れるのは本当にありがたい。
たとえ中身が見れずとも・・・(ううむ)

でました男色大鑑。ここに開かれている話の舞台は、実はわたしのご近所なんだよな。大阪は古い町だから、元禄頃の資料とか見ると、しばしば「おお・・・」がある。
新潮古典全集かなんかで読んだが、いちばん印象深かったのは主に両腕を切られる少年の話だった。元禄はやっぱりフジョシの喜ぶ時代だなぁ。

好色一代男。cam279-3.jpg
この挿絵はあれかなラストシーンか。このラストシーンは安楽なものではなく、実は怖いものだと松田修はその著書で語っていた。色んなものをヨシイロマルという船に積み込んでニョゴが島へ船出したものの、それは補陀洛渡海となんら変わることがない、という論考だった。たいへん興味深い論文だった。

芭蕉翁の涅槃図の拓本という珍しいものもある。空襲前の木母寺にあったそうだ。
二代目田之助の墓碑裏。(関係ないがわたしはやっぱり三世田之助に深い関心がある)
芭蕉翁の涅槃というと、芥川の「枯野抄」を思う。
これはそんな個々人の様々な思惑は描かれず、涅槃図らしい一斉の嘆きがあった。

蜀山人が賛を書き、豊国が描いた「暫」がある。珍しく後姿と言うのがいい。
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大抵この「暫」は正面からのものだから、後姿を見せるのは、構図としても面白いし、その役処の好さも確かめられる。
誰の「暫」かは措くとして、いいものを見た感じ。

同じく蜀山人の狂歌が入った絵がある。それは前述の初代松緑(尾上松助)の追悼で出たものだが、怪談の得意な故人にふさわしく、こはた小平次の亡霊である。小平次は北斎が髑髏の覗き図でかなり凄い絵を描いているが、この小平次はどちらかといえばナサケナイ系である。
ああ「生きてゐる小平次」が見たくなってきた。

寄せ書きも楽しい。豪勢な書き手が集まっている。
正面左端のぶち抜きは抱一の欄になり、あとはみんな仲良く分け合って描いている。こういうのは江戸文化人の洒落っ気が横溢していて、描く側も見る側も楽しい。
マジメな絵も戯画も斉しくいいものだ。
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他にもカニがレンコンを切ろうとする図、オバケを集めたものとか、かなり楽しいものが多かった。

七小町図  まるで絵解きのように縦長の軸で上から7シーンの小町図がある。
草紙洗、雨乞、通い、清水、関寺、卒塔婆、鸚鵡・・・小町が零落して漂泊流浪の人となる、という伝承は古くから日本人に好まれてきた。わたしもどうしてかとても好きだ。
以前、大津歴史博物館でその企画があったが、そのときにこの軸の類似品を見ている気がする。

馬琴日記がある。「戊子日記」と大書きされているから、その年代は調べたらわかるだろう。
しかし戊子(つちのえ・ね)はどうかすると戌子(いぬのこ)にも見えるから、八犬伝の作者にふさわしいタイトルだ、と勝手に思っている。

芳幾肉筆浮世絵 幕末から明治の人気役者を肉筆画で。こちらもいい。芳幾もまた最後の浮世絵師の一人。五世菊五郎の湯屋帰りの髪結新三がイナセでかっこいい。
安田善次郎旧蔵。元の持ち主が誰かを知ることも、ちょっと興味深くもある。

初めて見たものがある。平賀源内が作成した火浣布。アスベストですな。ほーこれが!というスナオな驚きがあった。

やっぱりこうした遊び心こそが江戸文化の真髄なのかもしれない。
それが明治になり、政府が方針をぶち上げて、庶民はマジメな生活を強いられて、富国強兵や殖産はいいことだが、心のゆとりを失った。
おもろないよな。
わたしなんか昔ながらの贅六だから江戸文化が楽しくて仕方ない。
(とはいえ明治以降の近代産物も深く好きなんですがね)

展覧会は明日まで。また見てみたい内容だった。







清方と隅田川

自らを<紫陽花舎>あじさいのや、と称するくらいだから清方にとっては嬉しい花の時期に、その記念館へ行った。
明治初めの東京に生まれ、市井の人として育ち、一本立ちの絵師になってからは本郷に移り住み、戦後は鎌倉の人になったが、心はいつも旧き東京へ向いていた。
それは壮年期から晩年に至るまで変わることなく続き、絵画作品だけでなく、随筆からも容易に読み取れる。
旧き東京の市井の人にとって川とは墨田川のことであり、懐旧の念だけでない愛着があったろう。
涼しさを求めたい時期に、この展覧会はとても清方の心に沿うように思う。
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墨田川両岸  チラシの美しい女はこの右幅。風俗は江戸だが、実は彼女は謡曲「隅田川」の班女の前。
手にもつのはその意味では華籠(けご)かもしれない。
わが子の供養のために散華する・・・
一方の幅には今戸焼の煙が。今も人気の蚊取り線香用のぶたさんの焼き物。ああいうのを拵えていた窯。
今戸もまた石川淳「至福千年」の場であった。
江戸の地名・風物を見ると、それだけで嬉しくなるのは時代小説ファンならではなのかもしれない。

墨田河舟遊 cam278.jpgクリックしてください。
 東近美所蔵の名品。清方にしては珍しい群像図でもある。
夏の大川での川遊びは人々の大きな楽しみだったようだ。
浮世絵にも多く描かれているし、ものの本にも記されている。
清方ゑがくこの舟遊びの人々は裕福そうである。
明治ではなく江戸の風俗。この舟遊びの楽しさを描いた小説については石川淳「至福千年」、岡本綺堂の半七捕物帖にある。

社頭春宵cam278-2.jpg
明治の景。湯島の天神らしい。白梅が咲く。女の向うに男の影がある。
これだけなのだが、ファンは想像を逞しくして「・・・これはあれか、鏡花の」お蔦と主税なのか、と思うのだ。
わくわくしてきた。学芸員さんは確証がないのでなんとも言えません、と仰ったが。

註文帳  鏡花の小説を絵で綴る。何度見ても飽きない。清方の卓上芸術の粋。
こうした作品を見ると、清方の出発点が挿絵画家だと言うことが嬉しくて仕方なくなる。
文芸を愛した人だからこその、見事な世界。
怪談または怪異譚、いやそれよりいっそ因果噺。
抽斗を開いて眺めるのもまた一興。

一度も両国の川開きの花火を見たことがないが、一度くらいは見たいと思う気持ちが高まるのは、清方の作品に触れたせいかもしれなかった。

三井家 茶の湯の名品展

三井記念美術館の茶道具を見に行く。
最近ここへ来る茶道関係の団体客の評判がかなりよくないので、玄関フロアに団体客を見た瞬間、逃げたくなった。
でもこのご婦人がたは静かな人々で、熱心に展示物を眺めている。
美術鑑賞ツアーでこちらへ来られたらしい。
というわけで「三井家伝来 茶の湯の名品」展の感想文。
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黒楽茶碗 銘・俊寛 長次郎  三つの茶碗を薩摩の門人にあげたところ、これ一つ残して他が返されたことを、平家物語の俊寛の説話に基づいて、その名をつけた。
このエピソードは面白いやらカワイソーやらである。当の器自体は薩摩の人に愛されたから残されたわけだが、俊寛は都へ帰還できなかったのである。
一緒に流された二人は都へ帰ることを赦されたのに。
それで関係ないが、フランスで歌舞伎上演するときは「俊寛」を持って行くそうだ。
島流しの男、というところにフランス人は大喜びなのだろう。

赤楽茶碗 銘・鵺 ノンコウ  キメラの怪獣を倒したのは源三位頼政だが、その鵺のような柄が茶碗に浮いたのを見て、この名がつけられたのだろう。
しゃれっ気が楽しい。ノンコウらしい薄さが綺麗な茶碗。

玳皮盞 鸞天目  以前は萬野で見ていたが、今はたしか承天閣へ入ったとか・・・
位の高い器なのだが、日本では割とこれを所持する美術館が多いように思う。

堆朱梅香合  明代らしい凝った造りで、可愛い小梅だった。文化の爛熟期に生まれたものには、深い魅力が宿っている。

それにしてもかつて差し上げた(献上した)器が時を経て売り立てに遭い、それを買い戻すというエピソードが、今回は多いように思う。大名家は没落し、富豪は生きたのだ。

志野茶碗 銘卯花墻  これを見ると必ず♪卯の花の匂う垣根にホトトギス早も来なきて・・・と歌いそうになる。だから少し前から今の時期に見るのが嬉しい茶碗なのだった。
まだ三井文庫が新井薬師にあった頃、チケットは確かこの茶碗を選んでいたように思う。

今回は軸で面白いものを見かけている。
六祖破経図 梁楷筆  ばっちいオッチャンがビリッと破いている。吠えているので、音まで聞こえてきそう。禅宗には色々面白いエピソードがある。面白い、と思うのは外部の、言わば門の外に佇む者だからかもしれないが。

虎画賛 啐啄斎  虎の戯画。白虎が口を開けている。牛みたい。
「つれたちし 虎も茶にゆけ わかば時」
虎がにじり口からコンニチハと入ってきて、太い手でノンコウの茶碗とか戴いてたら、そら楽しいわな♪

祇園祭礼図 桃山?江戸初期  武者行列を眺める人々を描いている。本当に1シーン。
断簡図かと思うが、こういう捉え方そのものが面白い。

青磁筒花入 南宋  中に●が入り、まるで日蝕のように見えた。背後の環のせいでか。
いや、そうではないだろう・・・不思議な魅力があった。

明治天皇がおいでになったときの茶道具が展示されている。
こうした取り合わせを見るのがまたとても興味深い。
相手によって様々な面を見せることが出来るのも、その懐が大きい証拠でもある。
それだから、見ていてたいへん面白いのだ。

茶箱を愛するのは三井家の人々の伝統らしく、以前にそればかり集めた展覧会があったが、今回もいくつか出ている。
こういうものは本当に集めた人の好みや歓びが見えるようで、とても楽しい。

竹茶杓 銘・翁 松花堂昭乗  飴色に輝くような茶杓。いいものを見た。

最後に大好きなノンコウの赤楽をもう1つ見た。
赤楽茶碗 銘・再来  毎年松阪で新年の招待客に振る舞い膳をする際、その茶席に使用したそうだ。
熟柿のような色、もっと言えば八町味噌のような色。
大事にされるだけではなく、実際に愛され続けてきた逸品。
それを見ることが出来て、たいへん嬉しかった。

他にも永楽保全の名品などが色々出ていた。なんだか楽しい展覧会だった。
三井では次は道教の展覧会をするらしい。大阪で待つか三井で見るか。これが問題だ。

美人画の粋 上村松園

「美人画の粋 上村松園」展が今の場所での山種美術館最後の展覧会になる。
秋からは広尾に移転というが、その前の茅場町の頃から数えると、わたしもけっこう出かけているなぁ。
最初に山種に出かけたのが’89秋の速水御舟展だった。
それで’93年の五月六月が「栖鳳と松園の周辺」展で、そのときに山種所蔵の松園さんの美人画をたんと見たのだ。
山種では四年前に松園さんの生誕百三十年記念展も開いているが、今年は没後60年という、干支の一回りした年なのだった。
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よく美術ブロガーの間で言われることだが、松園さんの美人画には面白味がない、類型的だ、ということがある。
なるほどわたしもそう思う。松園さんのパブリックイメージは確かにそうだろう。
奔放な女の絵など見たこともない。
だからこそ、少しばかりでも頽れたような女の絵があると、貴重なものを見たような気になって、随分深く意識に残る。

わたしが松園さんの美人画を見た最初のものは狂女を描いた「花筐」だった。
継体天皇を追ってきた照日の前が、「面白く狂うてみせよ」と言われて見せた姿。
その狂女の顔は、岩倉の顚狂院で松園さんが写してきたものを基にしている。
高校生の私は「この世の外の顔だ、全てから解き放たれた、何という美麗な顔だろう」と深い衝撃を受けたが、そこから物狂いへの偏愛と憧憬が生まれていったように思う。
次に見たのが東博所蔵の「焔」で、情炎と嫉妬で成り立つ恐ろしい女の姿、そしてにんまり笑う楊貴妃だった。

この三枚の絵で、松園さんにひどく惹かれた。
しかしその酷愛は断ち切られる。
手に入れた画集にも、出かけた展覧会でも、松園さんの描く美人たちは、激しい葛藤や内なる欲望を全く見せることのない、徳の高い婦人たちばかりで、わたしの焦がれた女たちは、他にどこにもいなかったのだ。

むしろ松園さんのその三人の女は「異色作」という位置を与えられ、松園さんといえば立派な婦人、おとなしく愛らしい娘さん、優しさのにじむ母と子・・・そんな絵ばかりが圧倒的に多い。ご本人も随筆の中でそう仰る以上、退嬰的なものを求めるほうが悪いのだ、という気になってきた。

今回は主に昭和戦前の作品が多かった。
バロン大倉の主催した羅馬日本画展に出品された『新蛍』、全国巡回する「山種美術館名品展」などのときチラシやチケットに選ばれる『』、戦時下の折に「昔の慎ましき日本の女の日常の働く姿」を描いた『娘』などがある。
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言ってみれば「面白さ」のない真面目な作品ではある。
見ていると心がまっすぐになる。悪心は持つことを許されない。
しかしそれだからこそ、少しの頽れがひどく魅力的でもある。

『盆踊り』 昭和九年の色紙の作。鳥追い姿もいる。松園さんは京都の人として、時代考証、風俗考証に厳しい。(わたしもいい加減なのはイヤだ)
これがどこの地域の盆踊りかは知らぬが、珍しい構図ではある。
野間記念美術館には数千の色紙シリーズがあり、そこには無論松園さんの作品もある。
色紙では多少心も和むか、そこには松園さんにしては珍しい風俗も描かれている。
こういう作品に出会うと、ひどく嬉しくなるのだった。

『夕照』 大正初期のこの作は、不思議な微笑を浮かべる女が描かれている。
思えば松園さんの描く婦人たちは、自分の心持を露にすることを潔しとしない。
一見したままの感情しかそこにないように見せている。
しかし心はひと色ではないのである。
この絵はそんな微妙さを垣間見せてくれている。

『庭の雪』 戦後の作、晩年の一枚だが、これは時代考証・風俗考証に基づく作品だった。
若い娘の髷は「お染髷」、肩掛けは「油取り」と呼ばれる明治の一時期にだけ流行ったもの。
そんなことを知らないわたしは、解説を読んで、やっぱり松園さんはえらいものだ、と思うのだった。

しかし絵もさることながら、松園さんの随筆というのがこれまたかなり面白いもので、ご本人の頑張り屋さんな具合とか、気の強さ・意地の硬さなどが見えて、とても興味深い。
上述の文中にもところどころリンクを張っているが、喜ぶのは私だけかもしれない。

春信、清長、歌麿らの浮世絵もある。
松園さんは春信の品の良さを高く評価していた。

明和年間の『梅の枝取り』『柿の実取り』などは似たような構図で、意図も似ているが、それだけに妙に楽しい。なよなよしたリアリティのない身体が二つあるだけで、ときめいてしまう。塀の描きぶりもとても興味深い。ああ、いい絵やな、と感じるのである。

歌麿 『美人五面相 う満相』 犬がか?女がニコニコしているのはなんなんだ?ちょっと変なことを考えながら見てしまった。何がうまそうなのかは、ナゾなままにしていよう。

山種では珍しく口絵版画を展示している。
武内桂舟、水野年方、寺崎廣業、清方の口絵もあった。清方のそれは鎌倉の記念館にもあるものだが、桂舟らの口絵をここで見ることが出来るとは思わなかったので、ちょっと嬉しい。

池田輝方『夕立』 以前から好きな作品だが、今改めて眺めると、女の顔がいかにも大正頃の美人だと感じた。叙情画にも通じる、清い艶かしさ。それがある。
多くの人々の雨宿りもさることながら、左端に描かれている娘さんと少年の二人の醸し出す空気に、とても惹かれる。少年は久松よりまだ年若な感じがする。
弁天娘と手代に上がったばかりの少年・・・誰にも知られてはならない仲。

小林古径『河風』 どういうわけかこの絵の女を見ると、鏡花の描く魔性の女を思う。
川の中に床机をおいて足を冷やす女。ただそれだけなのに、不思議な魅力がある。
人ではない女、そんな風に思われる。

村上華岳『裸婦図』img429.jpg
山種のベスト3の一だと思う。『班猫』『炎舞』『裸婦図』・・・
わたしが日本画に奔った理由は、やはり前述の『花筐』『炎舞』『黒き猫』『班猫』そしてこの『裸婦図』を見たからだろう。久遠の女性・・・それがどのようなものかは本当にはわからぬものの、深い魅力にくるみ取られてしまったのは、作者だけではなかった。

他にも秀峰、深水、清といった清方の弟子筋の作品も多く出ていた。
このあたりは「粋」は粋でも「スイ」ではなく「イキ」なクチ。

石本正の素晴らしさを教えてくれたのは、山種だった。
‘70年の舞妓さんの図が二枚あるが、これらや舞妓裸婦を見て、深い衝撃を受けたのだ。
この絵が描かれてから40年近い歳月が経ち、今はこんな風情のある舞妓さんはいないだろうと思いつつ、なんといとしきものだろう、と思う。
客になった気分で舞妓さんを眺めている。のれんを開いて現れる舞妓さんの微かにあいた口。座して横顔を見せる舞妓さんの緊張したまなざし。桃のような頬。
撫でてみたいような魅力がある。可愛くて可愛くて仕方ないから。
彼女らが襟変えした後の姿を・・・見たくない気がするほどに。

かなり楽しめた展覧会だった。7/26まで。

畠山記念館名品展

畠山記念館の名品展を見て来た。
変わり目ごとに行くべきなのだが、なかなかそうもいかない。
後期にやっと見に行けた。

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林檎花図 伝 趙昌筆 まだ畠山に行ったことがない前から憧れていた逸品。
描かれている枠自体が文琳(リンゴ)型。リンゴの花の白さがとても愛らしい。
ところで中国ではリンゴは「別離」を意味するもので(音の関係)、プレゼントはしないそうだ。
リンゴの花の美について思い出す歌はやっぱりこれか。
♪リンゴの花ほころび・・・ ロシア民謡でしたかな。
 
継色紙 小野道風筆  王朝継紙の美麗さに道風の書というのは、まことに優美なものです。
わたしは奈良時代までの書が好きですが、これはこれでいいものだ。

竹林七賢図屏風 雪村周継筆  なんか和やか。お酒をねだるオジイさん、「やらへーん」なオジイさん。
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左隻は流れに架かる石橋を渡る小童が可愛い。爺さんたちの爪が伸びすぎているのが、とても気にかかるが。

彫三島茶碗  あんまり三島は好きではない。これはシュミの問題。
茶道の設えの中でも、三島、伊賀焼の花活け、砧青磁、などが並んでいると、「ここの人とわたしとはシュミが合わんな」とゴーマンなことを思うのだった。

共筒茶杓 銘 青苔 小堀遠州作  ナゼか茶杓が好きだ。櫂の部位、色、細さ。それらを眺めるのが楽しい。
銘を見て、色々なことを思うのも楽しい。お仕覆と茶杓はわたしの楽しみの的。

紅葵花蒔絵硯箱 尾形光琳作  これは東博のお菓子BOXにも似ていて、とても綺麗。いい感じ。今の時期にピッタリ。
花は可愛い。欲しくなる。とりあえず東博の箱を買おう。

色絵絵替土器皿 尾形乾山作   ヨソでも見ているが、このシリーズは本当にいい。
オシャレで可愛い。乾山はなんでこんなにええのかなぁ。特に惹かれたのが菊、八重葎。欲しい?欲しい?の連発。

色絵藤透鉢  乾山のこのシリーズは色々見ているが、これまた特に好きなもの。
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上から覗き込み、見込みの藤を確かめる。ああ、本当にいいなぁ。

好きなお仕覆があった。遠州緞子。左端のお納戸色(縹色か?)と白っぽい格子のもの。
これは可愛くていい感じ。どうもお茶入れよりお仕覆にばかり眼が行く。
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芦屋梅花文筒釜  室町時代の芦屋釜。胴に可愛い梅花が散っている。耳は唐獅子。遠目にはロシアのサモワール風にも見える。
備前徳利 銘・五郎  桃山時代の備前徳利で、肩に✝がついていた。銘が五郎というのは曽我五郎なのか、それとも単に五郎なのか。
「おーい、五郎くれへんか?」とか言うてたら楽しい。

今回の展示は二年前の「四季のきょうえん」も出ていたものが多く、再会が嬉しかった。

ここは決して展示の数が多いわけではなく、小さい美術館だが、本当にいいところだ。
丁度よい距離感と点数と場とが調和して、とてもいい空間になっている。
和の美術館に必要不可欠な要素が揃っているのだ。

古美術品に静かな庭園、という取り合わせは本来なら心が静まるはずなのだが、わたしは逆にワクワクしてしまう。
熱も上がるし、叫びそうにもなる。
ああ、やっぱりいいなー。次の展覧会もまた来よう。

川上澄生展

川上澄生の版画を見に横浜そごうへ行った。
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memeさんogawamaさんのの記事を読んで「・・・行くぞ!」と気合が入ってきて、ハマにお勤めのogawamaさんをお誘いして、出かけた。
鑑賞の時間がかかると聞いていたので先に入り、会場でお会いできたらええわ、と見てゆくと、広いそごうの空間が丸ごと、横浜慕情、文明開化、紅毛南蛮??!!に満ち満ちていた。
前々から見ていたし、好きなシリーズもあるが、それにしてもこの展覧会は集大成、といっても差し支えないのではないか。
若い頃から最晩年までの作品があふれている。

黒き猫 cam271-1.jpg青い空間にいすとテーブルがあり、その木のいすに黒猫がいる。テーブルの向こうから伸びる手があり、テーブルにも人用のコーヒーがあるが、猫はいすから降りたりなぞしない。フランスから来たシャ・ノワールという風情があった。

やがて川上カラーとなるエメラルドブルーが現れる。

星月夜  バルコニーに凭れる青い着物の女の横顔。ちょっとカフェーの女級ぽい。物憂い横顔。どことなく滝田ゆうの描く世界を思った。

薬売り  アコーディオンを持って立つ洋装の男。これはあれか、「オイッチニーの薬売り」かもしれない。’27年の作だし。そんな風俗を思う。この頃は街角に艶歌師が立ち、バイオリンを弾いていたのだ。

観兵式  昭和四年(余年なら赤色エレジーだ)、天皇陛下がごらんになる姿を描く。白馬に乗るお若い天皇。

同時代の風俗を描くシリーズはかなり面白い。以前から大好きな作品もここに含まれている。

百貨店の景cam272.jpg
デパート文化というものはやはり大正から昭和初期に最初の絶頂期を迎えている。その状況を活写していて、とても楽しい。

わたしは都市風景画が大好きなので、興味深く眺めた。
横浜回顧シリーズはその当時でのレトロ横浜を描く。
弁天橋、谷戸橋、停車場、県庁、灯台局・・・ああ、素敵・・・

とらむぷ絵  これがまた面白いし、意匠も凝っている。
♣ 1が千成瓢箪(1やのに1000か)、トンボ、タイ、犬、羽釜・・・和のJ、Q、K。
♥ 1はユニコーン、人魚、色んな牛、バラ・・・洋のJ、Q、K。
♦ ナゾのゾウ、ラクダ、サルタン。
♠ 1は龍(皇帝の印ですな)、つまりこちらは中国のJ、Q、K。
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五島美術館でも見た「じゃがたら文」もあった。川上描く南蛮紅毛は全てこの頃の風俗だったのだ。

「いんへるの」  銀摺り版。凄いな、これ。しかし固有名詞をカナでなくかな書きすると、妙な迫力が生まれてくる。ただし「いんへるの」と言えば私はすぐに諸星大二郎の「生命の木」を思い出す。さんじゅわんさまが稗田に答えて地底を指差し、「い、いんへるの」と言うあれ。

物語絵が色々と面白く出来ている。
イソホ物語、しんでれら出世絵噺、にかのる王傳・・・(これは少し武井武雄風)。
楽園から追われるアダムとイブも確か和装してたのを思い出す。ここにはないが。
二つ枕で寝タバコのキセルが面白かった。
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今昔阪神商売之図  これは版画ではないような。泥絵ぽい雰囲気がぴったり!
文明開化の頃の大阪、というより戦前の大阪のような雰囲気で、何故か懐かしい。
肉屋(大阪で肉とは即ち牛である)、ランプ屋、みりん・しょうゆの店、西洋大工店(椅子、テーブル製作)・・・楽しくて嬉しくて仕方なくなってきた。

出た!「猫町」。川上は多くの本の装幀をしているが、この「猫町」は出色の出来だと思う。
ほかにも与田準一「猿とかにの工場」、更科源蔵「河童暦」、井伏鱒二や坂本直行の著作もあった。
しかし一番びっくりしたのは谷崎の「人魚の嘆き」挿絵だった。
中公文庫に収められている水島爾保布の作品しか知らなかったので、川上版には本当に驚いた。あちらはアールヌーヴォー風、こちらは版画というより艶かしい切り絵風で、違った魅力に満ちていた。黒地の多い、描き込みの深い、巧妙な作品。
水槽から身を出した人魚と公子とのくちづけ、仰のけになって床に広がる黒髪の流れ・・・
海へ還る日。青海波を眺める公子の悲しみ。
ああ、蠱惑的な作品だった。図録を買わなかったことを惜しい、と思うのはこの作品のせいだろう・・・欲しい、とても。栃木県美所蔵かぁ?

戦後の作品にも面白いものが多かった。
遊園地廃墟  タイトルだけでもときめいた。こんな作品に惹かれるのだ。
ミイミイタマチャン  白ぶち猫のドーンッとした顔がいい。思わず下手な絵までノートに描いてしまったよ。

アラスカ聖昇天教会  これは以前から好きな一枚だが、てっきり正教会系かと思っていた。

最後まで製作が衰えなかったことが素晴らしい。
ああ、とても見ごたえのある展覧会だった。

やなせたかし 「詩とメルヘン」からアンパンマンまで

弥生美術館ではやなせたかしの展覧会が開かれている。
やなせたかしと言えばアンパンマン、というイメージが強いが、ほかにも驚くほど多岐に亙って活躍されている現役アーチストなのだった。
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アンパンマン体操。ううあ歌う。
「詩とメルヘン」「いちごえほん」と言った雑誌の編集、「手のひらに太陽を」の作詞、三越百貨店の包装紙デザイン・・・
誰もが知っている
♪僕らはみんな生きている 生きているから歌うんだ 
この歌はやなせたかしの詩心から生まれた歌だったのだ。

そしてわたしはやなせたかしの作品といえばアンパンマンではなく「チリンの鈴」を思う。
チラシ左下、やなせたかしの写真のそばの仔羊がチリンだ。
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ちょっと長くなるが、話の概要を書く。

チリンはお母さん羊を狼のウォーに殺され、復讐を決意する。
そしてその当の仇ウォーの元へ行き、行動を共にして育つ。
孤独な狼で他者を信じないウォーだが、チリンと生きることで少しずつ他者との共生を快く感じ始める。
羊として生きることをやめ、凶獣と化すチリン。
ウォーとのコンビで、ふたりはこのあたりで知らぬもののない凶悪無残な存在となる。
だがついにチリンはウォーを倒す。
ウォーは満足しながら事切れる。
孤独な彼はチリンの手にかかって死ねることを喜んでいた。
一方、ついに敵を討ったとは言うものの、チリンはウォーを失くしたことの痛みに深く傷つく。チリンにとってウォーは父であり、友であり、師であった。
一人さまようチリン。羊の群れに戻ることは出来ない。
異形のものとして、おぞましい存在として、すべての輪から排除される。
チリンはどこにも属することが出来ない。
絶対的な孤独をチリンが知るのは、自分の姿を水鏡で見たときだった。
その後のチリンの行方を知るものは誰もいない・・・

30年位前に映画になり、サンリオから絵本が出ていた。それを読んで苦しくなった。
チリンのどうしようもない孤独と、ウォーの満足な死とがつらくて仕方なかった。
ウォーを殺さなければチリンが孤独になることはなく、しかしウォーはそのチリンの手にかかって死ねることを喜んでいる・・・
こんなつらい話はなかった。
やなせたかしの描く物語にはそうしたせつなさがあった。
海外版の映像があった。
30年前小学生だった私は妹と共にサンリオの「いちご新聞」を購読し続けていた。
そこにはキティちゃん、マイメロディもいたが、やなせたかしの切ない物語も紹介されていた。
「ばらのはなとジョー」 ばらを守るために戦って失明する犬のジョーの話。
「かわいそうなライオン」 育ての母の犬に会うために町へ出て射殺されるライオン。
何もかもがせつなかった。
そしてそれらの物語を紹介するいちごの王様の言葉を、子供たちは真面目に読んでいたと思う。
一方、いちごの王様こと辻信太郎氏とやなせたかしの意気投合の話などは展覧会にも出ており、たいへん興味深かった。
こういう出会いがあったればこそ、多くの新しい才能が世に出たのだ。

手塚治虫とやなせたかしの交流についても興味深い展示があった。
手塚の大人向けアニメ「千夜一夜物語」のキャラデザインはやなせだった。
手塚側からの要請で描いたが、それが後のアンパンマンの数多いキャラデザインを生み出す根源になったそうだ。

それからわたしがびっくりしたのは、駒田信二訳「金瓶梅」の挿絵をやなせたかしが担当していたことだ。
わたしは大学の頃に水滸伝にハマり、そこからスピンオフした(正確には、その「世界」を借りて描かれた)金瓶梅にもハマッた。
(当時なぜだか随分多くの中国の小説や読み物を読み耽っていた。児女英雄伝、平妖伝、聊斎志異、山海経、唐詩選・・・)
特に駒田信二の翻訳物が一番好きで、色々集めもした。
だから、びっくりしたのだ。
挿絵も小説同様たいへんエロティックで、ひどく面白かった。
アンパンマンの丸い線とは似ても似つかぬ細長さで、またメルヘン画の方ともまったく異なる絵で、同一人物の手によるものとは思えぬほどだった。
すごい、本当にすごかった。

ただただ感心しながら眺めて歩いた。
頭の中には「僕らはみんな生きている 生きているから歌うんだ 僕らはみんな生きている 生きているから・・・」この歌が延々とリフレインし続けていた。
ありがとう、やなせたかし。
これからもまだまだ長生きして、いい作品を生み出していってほしいと思っている。


常設の華宵室では妖艶な美少女たちの絵が並び、併設の夢二美術館では夢二の描いた雑誌の表紙絵などが集められていた。
夢二のグラフィック作品は、今みても素敵だ。それと童画もいい。
「婦人グラフ」表紙シリーズはどの作品を見てもいい。元ネタは外国の雑誌の構図からとっているにしても、それをうまく換骨奪胎して、夢二作品に仕立て上げている。
それがとてもいい。今回は私の大好きなパラダイス双六もあった。それだけでも嬉しい。
これらの展覧会は6/28まで。

手塚治虫展

江戸博の手塚治虫展に出かけた。
開館数分後に入ったのに、もう大繁盛している。
いいことです。
みんなやっぱり手塚が好きなんだ。
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内容は宝塚の手塚記念館で見ているものが多いので、その点では焦ることもなく眺めた。
映像も記念館で見れるものは見ている。
でもそれでも、「ジャングル大帝」のOPはマジメに見た。
というより、見ずにはいられない。

このOPは制作費の大半を注いで作ったと言うだけに、本当に素晴らしい。
こんな雄大さは他にない。たとえ宇宙が舞台のものでも。
レオとヒゲおやじが川を下る最後のシーンの原画があった。
これも以前に見ているが、やっぱり何度見ても泣いてしまう。
レオの生涯を思うと、それだけで胸がいっぱいになる。

丁度20年前の2/9に手塚がこの世からサヨナラしたとき、本当に衝撃だった。
走って走ってわたしは本屋へ行き、一気に「三つ目が通る」「未来人カオス」を買った。
どちらも好きな割りに買ってなかったのだ。
だからあれらの本を見ると、手塚の訃報が流れた瞬間の衝撃と動揺を、心が繰り返し反芻する。
反復強迫みたいな感じ。
しかし忘れたくないから、苦しくてもそれでいい。

わたしが最初に見た手塚アニメは「リボンの騎士」だった。
アトムとはあんまり縁がないのは世代の違い。
この展覧会には出なかったが、「メルモちゃん」「ミクロイドS」と続いて見ていた。
今でも友人とカラオケに行き「手塚&横山大会」とかすると、必ず歌う。
それで実は、手塚が大人向けに拵えたアニメ三本(千夜一夜物語、クレオパトラ、哀しみのベラドンナ)のうち、「クレオパトラ」をTVで見た。
小さい頃だったから全編見たわけではないが、強烈に覚えているのは、クレオパトラに溺れなかった男二人がいて、ホモセクシュアルだったことと、マザコンだったこと。そうなのか、と納得した記憶がある。
クレオパトラ自体は手塚の絵と言うより小島功ぽい絵だった。調べてないからわからないが。

それと今回初めて知ったのだが、「千夜一夜物語」のキャラデザインはやなせたかしだった。
アンパンマンで丸いイメージがあるが、やなせたかしはこうしたアダルトなキャラも多く描いていた。
ジャン・ポール・ベルモンドをモデルにしたらしいアラディンが、なかなか素敵だった。
(やなせたかしについては後述)

手塚はやがて劇画にも進んだが、実のところわたしは子供の頃からビッグコミックの愛読者だったから、同時代の手塚の少年少女むけのものより、ずっとこちらの方が好きだった。
わたしがリアルタイムに読んでいたのは「シュマリ」から。その前の「奇子」は中学になってから読んだ。
手塚の劇画系でベストを選ぶなら、シュマリ、奇子、MWと来て、その次に人間昆虫記、アドルフに告ぐ・・・
何度となく読んでいるが、それでもこうした手塚で埋められた空間にいると、ワクワクと同時に、深い喪失感に包まれる。
ルードヴィヒB、ネオ・ファウスト、グリンゴの次の展開はどうなったのだろう。
ルードヴィヒはベートーヴェンという実在の人間を描いているから、そうそう突拍子もない展開があるとは思えないが、生涯の終わりとそれ以降にも続く偉大さとをどう描くのかを見たかった。尤も「偉大さ」ではないかもしれないが。
ネオ・ファウストもまた元ネタがファウストだと言うことと、手塚がインタヴューで語った展開とが、予測の糸になり、それを辿って多少の想像もつく。
しかしグリンゴは完全なるオリジナルなので、どうにもならない。
残念としか言いようがない。

手塚治虫の出身地はわたしの町でもある。今も手塚記念コーナーを営む小さい書店もある。
わたしの高校の同級生の出身校の校長先生は手塚の親友だったそうで、その中学には講談社版の手塚全集があったそうだ。
全てにサイン入。高校で聞いてクラクラした。
同じ市でありながら羨ましくて仕方なかった。

昆虫大好きなオサム少年が採集に出かけた森や里山も、緑が少なくなったとは言え、まだ活きている。
長くその地へ出かけていないが、わたしも久しぶりに行こうかと思う。
この江戸博で展覧会が開催され、観客みんながそれぞれの「自分の好きな手塚作品」に出会えたことを、ファンの一人として嬉しく思った。6/21まで。

やまと絵の譜

出光美術館の「やまと絵の譜」を見た。
前回の「水墨画」の好さがまだ意識に残っているが、出光のやまと絵の良さは以前から知っていることだから、これも楽しみだ。
二日目の朝に出かけたのだが、出足好調な感じ。
今回作品は36点、それからリストに載らない着物や工芸品がやはり同じくらいの数出ていて、それが花を添えている。
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チラシがまた巧いですな。
花見の時期は過ぎてるから、松の青々した美しさを見せ、それを楽しんでますよ、な人々を配置する。こういうセンスの良さがいよいよ期待を高めてくれるやないの。

第一章「うつつ」をうつす やまと絵と浮世絵
「うつつ」をぬかす、なら得意なんだがな。
この章では師宣、懐月堂、英一蝶、又兵衛らの作品が並んでいた。

二美人図 伝菱川師宣  屏風を背にした女が脇息に凭れ、その前で赤い着物の少女が墨を磨っている。姐さんは年嵩らしい着物を着ていて、それがよく似合っている。渋いねずみ色地に大きな桜の花柄。こういうセンス、いい。

立ち姿美人図 懐月堂の師弟の二枚が並ぶ。
安度はちょっと泥絵の具風な、民画風な趣があり、ぐっと迫るものがある。鼈甲の櫛を差し込んだ黒い髪も量感があり、女の体の匂いまでこちらに届きそう。
女の着物の柄は円の中に花が押し込められている。
度辰はそれに比べ、ずっと都会風な絵だった。茶から裾が青に変わる着物を見につけた女。花と茎とで円を描く柄。どことなく開放的。

凧揚げ図 英一蝶  ずいぶん細長い縦長の絵で、まっすぐな幹の松に奴凧がひっかかっている。松には桜も少し間近にあるらしい。下界を見下ろす奴凧。
これを見て大岡信の詩「凧の思想」を思い出した。
地上におれを縛り付ける手があるから おれは空の階段上ってゆける
・・・・・・なぜか「鳶と奴のつかみ合い」の句は思い出さなかった。

桜花紅葉図 英一蝶  双幅。桜花にはツバメが二羽描かれているが、その桜には短冊がつけられていて、短冊がツバメの背を包めとっている。
くるめとられたツバメは首を上げてギャッと声を上げている。
巻きつくものは本当に短冊か?どうもツバメ取り紙のような気がする・・・
その下を飛ぶお仲間もびっくりしている図。
紅葉には短冊を眺める静かなセキレイが描かれているが、構図的には面白くない。
思い出すのはハエ取り紙ツバメ取り紙にくるみ取られるツバメの図だな。
どちらもほっぺたぷっくりで可愛い。

野々宮図 岩佐又兵衛cam267.jpg
チラシの裏面に画像があるが、モノクロとはいえこれはイメージを損なわない。本物も実に淡彩で、却ってカラー印刷よりこちらの方がよいような。
風が強いらしく、草花も御幣もそよいでいる。光君とお供の少年とだけは風に逆らうように立ち尽くす。六条御息所への未練が彼を立ち尽くさせている。向かい風に逆らいながら。

在原業平図 又兵衛  昔男の絵も多く描いているが、これは業平の肖像画という風情。
狩衣に弓矢を持つ立ち姿。若くてキリッとして素敵。しかしそこには来るべき老いを思う薄暗い歌が書き込まれてもいる。

職人尽し図 又兵衛  珍しいことに、笑顔キャラが描かれている。場面換えがあるが、私が見たのは、大袋に子供ら乗せて引っ張って遊ぶ布袋さん、踊る黒大黒、体よりずっと大きいタイを持つ寿老人。けっこうタイの眼がコワイな。ジョーズみたい。

江戸名所図屏風  ああ久しぶり。2003年秋に出光でこの屏風をメインにした展覧会があった。確か小学館からも詳細な画集が出ていたはずだ。
それ以来の再会のような気がする。
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これは本当に楽しい名所図で、キャラの顔も可愛いのだ。二千人ほどが描かれているが、顔だけ見ていると大正ロマンぽい。江戸初期頃だから京都の風俗も流れてきているし、湯女もいれば色子もいる。人形芝居もあれば野郎歌舞伎もある。面白い雰囲気。
江戸名所図屏風―大江戸劇場の幕が開く (アートセレクション)江戸名所図屏風―大江戸劇場の幕が開く (アートセレクション)
(2003/09)
内藤 正人


扇面法華経冊子断簡  平安時代のあれ。四天王寺にあるのは扇面形ノートで、あれは国宝。これは何の指定も受けていないが、わざと?
若女房と童子が水辺で戯れる図。平安時代の風俗画というものもなかなか面白い。人間、千年くらいでは、やることは変わらないような気がする。

第二章 「物語」をうつす 「やまと絵」絵巻の諸相
絵巻がぞろぞろ並んでいた。

絵因果経  奈良時代のもの。随分長い。湯木や芸大などで見てきたものよりずっと。
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お釈迦様を誘惑する悪魔たち。マーラVSブッダ。下の文中には「魔衆」と書かれている。
しかし妙に可愛い。特にアタマの上で吐いてる奴ら。可愛すぎ。

北野天神縁起絵巻  私が見たのは、胸をはだけて廊下を走る女のシーン。この元の話は盗みの疑いをかけられた女房が天神に祈って、真犯人がみつかって・・・というもの。
どの本だったか、「狂いの構図」の参考としてこの図があげられていた。

小柴垣草紙絵巻  鎌倉時代の絵巻で、庭先を眺める上臈の図。ここまでしか開いてはくれない。あとは延々と・・・・・・・・・ちょっと見たいよな。(実は以前に「芸術新潮」で見ているけど、その縁先で・・・)これは出光の所蔵品だったのか。知りませんでした。

長谷寺縁起絵巻  南北朝時代。かな交じりで多少読める感じもする。倒れた大木の上で天女が散華すると、その幹に蓮が咲く。継体天皇11年のとき。(この帝の愛人に照日の前がいたのだ)風雨に洪水で霊木流出。何しろ風神雷神が大活躍している。
いつもポーズをとるばかりだが(宗達、光琳、抱一、其一ゴメンね)、たまには働く姿も見なきゃね。
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でも、それで押し流されたら大変なので、天狗とかナゾの童子とか、皆さん総出で守りはる。大津にこの木は70年とどまって・・・ というところを見た。
まぁ本当に働くカミさま見たの初めて。

橘直幹申文絵巻  天徳四年の内裏炎上のときのエピソードがあるが、その炎上は岡野玲子の「陰陽師」九巻にも描かれていた。それを思い出しながらこの絵を見ている。
陰陽師 (9) (Jets comics)陰陽師 (9) (Jets comics)
(2000/03)
岡野 玲子夢枕 獏



これら鎌倉・室町・南北朝の時代に描かれた絵巻の中に、幕末の冷泉為恭の絵が並んでいる。しかも居心地良さげに並んでいる。

異形賀茂祭図巻 田中訥言  へんな黄色い獣が引くクルマ、牛飼童子はカエルに犬にキジ猫もいる。お琴を持つウサギもいた。こういうのは大好きなんだが、多分何かとメタファとかあるんでしょうな。しかしそんなこと関係ナシに好きな題材。

神於寺縁起絵巻断簡  これまで光忍上人絵伝と呼ばれていたもので、これがすごく可愛い。虎まみれ。とにかく虎虎虎虎虎虎・・・・・・(虎という字を連ねるとなかなかオシャレやな。初めて気づいた)元興寺の道照和尚の講じる法華経を聞く役行者と虎たち。くつろぐ虎たち。家族連れもいるし、カップルもいればグループもきている。おっぱい飲むちびっこもいる。豹柄はなし。みんなシマシマ。可愛くて可愛くて仕方ない。
なんしか虎同士で挨拶したり、雑談にふけってる感じもある。18虎。
じーーーっと見ている人も多かった。わたしもじーーーーーっと見た。

第三章 「自然」をうつす 「やまと絵」屏風とその展開
展示換えがあるので、全部見るには三回くらいか?

日月四季花鳥図屏風  不思議な光景としか言いようのない構図。月も日もはめ込み金属。コラージュとでも言うべきか。なんとなくシュールだった。
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それにしても見るべきものが揃った充実した内容だった。十分楽しんだ。
九谷焼や蒔絵にも面白いものが多かった。
そして出口付近に唐三彩の家型のものがあるのは必見。
遠目にはただの家型だが、こわいことに入り口の中に女の人形が立ち尽くしているのだ。
こういうのを置いてあるのもご愛嬌かもしれない。
展覧会は始まったばかり。7/20まで。

6月の東京ハイカイ

六月らしく雨の中を首都圏ハイカイしておりました。
近年どうも雨女に化したようで、よく降られます。
これが伊東深水ゑがくところの雨中美人図ならともかく、眼ばかりギラギラした色黒なコワモテのわたしでは、シャレにならねぇところです。
(水木しげる画伯に描いてもらおー)
見に行った内容は後日、例の如くズクズク書いてゆきますが、とりあえずアウトラインを。
(なんか画像の取り込みができないので、今日はナシです。出てるのは、過去のを呼び寄せた・・・
40分後、いきなり電源が落ちて、起動させるとサクサク動く。なんなんや?)

畠山記念館へ行くと隣の般若苑の跡地、いよいよ工事開始らしく白く覆われていた。
どうも景観が悪くなりそうな予感があるなぁ。
お昼はトリとか食べた。スープとトロロがよろしいです。
三井記念はホール下でオバ様方の団体がゾロッとおるので、慌てたよ。
しかしタイムスケジュールは変更がきかないので、仕方ない。
ところが意外なことに、このオバ様はみんな静かだった。
クワイエットなオバ様方。静かはquietだから略して<オバQ>・・・なんかちゃうなぁ。
(クワイエットと打ったらヘンな変換で慈姑エットと出た。字面に納得)

山種経由で五島美術館へ。じゃがたら文がせつない。
しかしせつないのはこの後のわたしも同じかもしれない。
雨が激しくて泣きたくなってきた。
渋谷から新線に乗って西早稲田で降りたら、大隈ホールまで大変遠いのだよ。
延々と延々と延々と歩いたわ。
でも行った甲斐のある内容。早稲田は貴重な所蔵品を持っておるなぁ。
そこから三鷹へ。
デュフィの「ア・カルイ」作品を愉しんでから次の展覧会のチラシを見てギョッ。
昨秋足利で開催されてた展覧会の巡回。
こういうの。IMGP5171.jpg
なんかこのわけのわからないブキミさに惹かれるんだよな?
三鷹のチラシより足利の方がいいかもしれないが、やっぱりヘンだ。
軽くお鮨をいただきました。アナゴと生エビがおいしかった。

翌日には朝から鎌倉。馬喰町から乗り換えなしなのがいい。
(てか、それを考えて馬喰町に泊った)
鎌倉からは江ノ電に乗る。
大体わたしはちんまい電車大好き。
阪堺電気軌道、嵐電、江ノ電、函館・広島・長崎の市電、都電荒川線、東急世田谷線・・・

この日も雨やけど紫陽花を見るからそれでいいねん。
いつも明月院だから今年は極楽寺の成就院の参道へ。
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おおおっ花もいいけど、振り向けば江ノ島と燈台が見えるやないの。
曇ってるけどエエ感じ。IMGP6524.jpg
紫陽花は紫と青と白が好き。IMGP6518.jpg

そこからまた機嫌よく歩いて長谷へ。観音も大仏もサラバで、鎌倉文学館へ。
ああ、海が見えるなぁ。有島兄弟の展覧会。
有島武郎、有島生馬、里見・・・20年以上前からトンファンです、わたし。
ほんでバラ園にも少し。水滴のたまる薔薇も可愛い。

公開日に当たったので、近所の吉屋信子邸に行く。
吉田五十八設計だけにシンプルで力強くシャープ。(クリックすると拡大)
IMGP6538.jpg正面と外塀IMGP6537.jpg
現役の頃バリバリ働いた売れっ子作家だけに、飾られた絵画もいいのが多い。

そこから江ノ電に乗らず歩く。歩くと違う風景があるので、それが楽しい。
ほら、こういう建物を発見する。IMGP6569.jpg
元は銀行だが、現役かもしれない。

御成通りまで来ると、元は小児科だった素敵な建物に遭遇。中には可愛い絵もあり、ブーフーウーの陶製オブジェや、和光堂の赤ん坊キャラ人形もある。
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なつかしい。昭和40?50年代に子どもだった人には覚えがあるでしょう。
しかしここの照明の漆喰装飾にびっくりした。
この野菜はまぁエエ。IMGP6575.jpg次がすごい。
鶴。IMGP6579.jpgうわーという感じ。こんな立体的な装飾見たの初めて。
いや?凄いわ。

更に歩き、駅前へ。某有名店でハヤシライスのランチをいただくが、途中で飽きて困った。
オムライス、ハヤシライスは途中で飽きてしまう。
カレーは食べてる最中に「カレー食べたい」と思うのだが。

清方記念館へ。紫陽花舎(あじさいのや)とも号した人だけに、今の時期が嬉しかろう、とこの1ファンも思う。
しかし時間が押して来たので、近美は次回に回し、横浜へ出た。
開港150年の記念で色々イベントがある。評判のクモは見損ねたけど、山下公園でオレンジ色の風船人形を見たなぁ。
船も汽笛ボーボー鳴いてる。

神奈川歴史博物館で開港150年の歴史みたいなのを見る。地球儀、天球儀、地図とか各国と日本とが結んだ条約の証書などなど。
こういうのが好きな人には面白い資料が並んでいるのだけど、わたしはニガテな気がする。
次には港の見える丘公園の神奈川近代文学館へ向かう予定。

地下鉄に乗るかバスに乗るかするべきところを、ついつい歩いてしまう。
時間の節約を考えよう。でもついつい歩いてしまった。
挙句は曲がるべきところを曲がり損ねた。
むかし、「おれは直角」というのがあったが、あたしはまっすぐ、でしたな。
それで昼なお薄暗い(なんてもんやおまへんがな)まっくら森を行く。
そしたらバラ園にたどりついた。ああ、こういうのがご褒美なのかもしれない。
猫がいた。薔薇と猫は千露さんだ。

森鴎外展を見てから今度は明るい道を行く。下山したらまだ約束まで時間があるので、元町を歩くことにした。
元町を歩くのは初めて。
だいたいショッピングを楽しむことをあんまりしていない。
←日本経済の停滞を招く原因はオマエだったか、と先輩に言われた。(オオゲサな)
だから珍しい気分で楽しく歩いた。
色々欲しいものがあったり、折り合わなくて諦めたり、etc・・・
それで石川町から横浜のそごうへ。
ogawamaさんと合流して、某化粧品店へ。
わたし、藍メイクしてもらいました。藍色のアイメイク。似合わなさすぎ。楽しかったけどね。
楽しい時間でしたが、なかなか遅くなった。
でもogawamaさんのi-phonのおかげで二人ともちゃんと帰れました。ヨカッタヨカッタ。

最終日に快晴と言うのもなんか腹立つよな。
せめて一日でも晴れてよかったやん、と言うより「ああ、やっとコイツがいなくなる」で一日くらい晴れたろか、といじわるされてる気分ですわ。

江戸博で手塚治虫展を見る。中身自体は宝塚の手塚記念館の所蔵品とほぼ等しいが、やっぱり見ていると嬉しい。
そこから三井記念館へ。前回の水墨画の好さが記憶に新しいけれど、今回のやまと絵もたいへんよかった。
それで次に弥生美術館へ行くと、アンパンマンでおなじみのやなせたかし展。
やなせたかしと手塚治虫の交流とか見てると、やっぱりちょっと泣きたくなる。

東大農学部前の弥生美術館から言問通りを行き、谷中三丁目あたりで曲がって、上野に入る。
三時前に都美につく。オフ会にちょっとだけ参加の私です。
皆さんにご挨拶する。あべまつさんにも初めてお会いした。
色々お話したいけれど、飛行機の時間もあるしで、サラバ。

雨にタタラレたけど、楽しいハイカイになった。次は7月初旬。8月はアートコレクションの期間によりますな。その後は未定。

それぞれの所蔵品 たばこと塩の博物館

「デザインの力 たばこにみる日本デザイン史」という展覧会が先月末まであった。
今は違うのが始まっている。
商業デザインがかなり好きだ。たばこと塩の博物館の所蔵品で一番興味があるのは、近世風俗画だが、元々は浮世絵見たさに訪ねたことから通いが始まり、展覧会を色々みる内にタバコとタバコカード、ポスターなども楽しませてもらってきた。
なにしろ明治半ばのたばこ宣伝戦争は激烈化の一途をたどっていて、ライバル会社同士が何をしたかというのは、知れば知るほど面白い。
競争があるからこそ、進歩があるのだ。
(いけね、こういうのを書くと、戦争があるから人類の進化が、と言うのと同じだわな)
でもやっぱり独占だと停滞するからなぁ。

このポスターは個人的にわたし好み。←虎党。
その隣のはレトロなタワーだな。IMGP6286.jpg
下の人物は七世幸四郎かな。勧進帳ぽいムード。「またかの関」と言われても、やっぱりみんな好きやったんでしょう。

舶来ものふうなイラストパッケージ。IMGP6285.jpg
実はこの手の絵は大人になってからはいいなと思うようになったけれど、子供の頃は妙にリアルな外国人の子供の絵というのはニガテだった。
ちょっと気持ちわるく思っていたのだ。

今、京都の五条あたりに村井の工場の跡のレンガが残っているが、この伏見の工場は何も残っていない。
IMGP6287.jpg
関係ないがカルメンも確か本当の商売はタバコ工場の女工だったはずだ。

一流の画家も彩管を振るっていた。いいものです。
IMGP6289.jpg

デザインだけはもう数え切れないほどある。日光の眠り猫が可愛い。
IMGP6290.jpg
うちの親はヘビースモーカーで、ライターしか使わないくせに、マッチ集めが好きだ。
仏壇の線香に使うのもあるが、デザイン画が気に入ったら手元に置くみたい。
そんなんのくせに、タバコに絵柄がつくと怒り出すのだが。

石川淳のシュールな小説「鷹」は近未来(その当時での)が舞台で、タバコのテイスターだった男の解雇から話が始まり、革命の失敗と、不思議なラストシーンとで成り立っていた。小説の描写の中でタバコの味わいについて色々書かれているが、実際のところどんなものかは、吸わない私にはまったくわからなかった。
なんとなくそんなことを思い出した。

こういう展覧会は好きだが、なかなか開催されない。
それは他に常設の中からの企画があるからだ。
やっぱりたばこと塩の博物館は奥が深い。

それぞれの所蔵品?大阪市立美術館

大阪市立美術館で松坂屋の小袖展を見た。三期ともすべて見終えたので、大満足。
あれだけ多くの小袖を見たから、自分の本当の好みというものがわかってくる。
わたしはやっぱり布地は絖で、寛文小袖のようなスタイルが好きで、少しばかり絞りと縫い取りがあるのが嬉しい、というヒトなのだった。
椿の花が満開という小袖なんて最高によかった。

さて、今回はその三期目の感想文ではなく、同時期から始まった水墨画の展示について。
元々あんまり水墨画は好きではないのだが、この頃はあちこちで名品を見るから、だんだん好きになってきた。
多彩な彩色画もすばらしいが、水墨画の奥深さもまたすばらしい。どちらが上ということはない。その時々で心に残るものが一番いいのだ。

画像が全くないのと、複製品の販売もないくせに撮影も禁止というのが、この美術館のあかんところかもしれない。

山田道安 果蓏栗鼠  カラリス、と読む。蓏はウリ。リスがウリを噛む図。よくある構図だが、ちょっと尻尾が丸々しているだけでリスは可愛がられ、細い尻尾のねずみは嫌われる。・・・尤もわたしだっていやですけどな。

久隅守景 喜鵲  カササギがズラズラズラ?と8羽並んで木に止まる。何かの寓意画かもしれないが、アタマが働かないので、そのままで眺める。妙にいい感じだった。
こいつらの連なりで天の川の橋ができるのだっけ?

狩野常信 野馬図  金塀に墨で黒々と勢いよく描かれた馬が・・・走る走る走る走るッッ!! なんとなくかっこよかった。

伊藤若冲 蔬菜図屏風  青物問屋の坊ちゃんが売り物の野菜を描いた図。
六枚のうち、レンコンとハスを描いたもの、コイを描いたものがよかった。
大胆な省筆で野菜たちがゴロゴロ描かれていた。

続いて江戸時代の高僧の墨蹟、とキタ。
「けっ」と思っていたら、それはアナタがいけない。(きみまろ風発言やな)

白隠 「南無地獄大菩薩」 こんな字が黒々と骨太に書かれていたのだ。
なんだか異様な迫力があった。

大黒天曼荼羅  ねずみから接待を受ける大黒様。楽しそうな戯画。白隠の描くキャラはみんな顔が長いが、この大黒様も長い。戯画は楽しい。

慈雲  中之島の一角に慈雲尊者の顕彰碑がある。
だるま図が可愛い。後姿というのが面白いところだ。

仙ガイ  出光ばかりでなく、ここにもあった。
寒山拾得の二人が楽しそうな図を描いている。なんとなくいいものだった。

いいコレクションを持ってるだけに、もっともっと展覧してほしい。

それぞれの所蔵品?京都国立近代美術館

京都国立近代美術館へ長谷川潔と谷中安規の版画を見に行った。
わたしのカメラではこれらのモノクロ版画はセピアに変わってしまうが、それはそれでわたしには面白い。作者の意図に反するかもしれないが。
気に入ったものをぱちぱち撮ってみた。
クリックすると拡大するが、相変わらずヘタなのでブレてたりします。
(同じブレでも森山大道はかっこええ)

IMGP6494.jpg谷中安規  京城
こんな町を夜に一人でふらふらしてみたい。誰に会うこともなく、誰に見咎められることもなくに。
      IMGP6493.jpgしかし現実には誰かが見ている。
そんなときは旅に出よう、夜汽車に乗って。IMGP6495.jpg
銀河鉄道だから行く先はわからないが。

そんな夢想を抱きながら窓の外を見る。IMGP6497.jpg長谷川潔  窓上の人形
外に出ることもなく、顔を室内へ戻す。
花が知らん顔してこちらを見ていた。IMGP6496.jpg


それで少しばかり日本画。
菊池芳文の桜はどの絵でも綺麗だし、都路華香の春宵図、飛ぶ鳥の強さがいい。
IMGP6492.jpg  IMGP6491.jpg
石崎光瑤の薫風緑風之図もいい。
冨田溪仙の浦嶋子図も妙に面白く、福田平八郎の花菖蒲は私の今月のカレンダーだった。

しかし何より一番いいのはこの絵だ。
徳岡神泉 筍IMGP6490.jpg
食べたくて仕方ない、とは言わないが、ふっくらした筍の存在感、やわやわの繊毛、土の色・・・
ときめきが波状のように押し寄せてくる。

やっぱり所蔵品を見ると、そのミュージアムの懐の深さというか、底の知れなさが見えて、面白いのだった。

香取秀真 みみずく香炉IMGP6498.jpg
可愛いものはいつでも不意に現れる。

両洋の眼 第20回記念展

「両洋の眼」展は現代の画家にとって本当に大事な展覧会だったろう、と感じた。
20回を数えて一旦ここで休止するそうだ。
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わたしはあんまり現代美術に関心がないが、それでも今を生きる以上、リアルタイムな作品に触れることも大事だ。その意味でもこれはいい展覧会だった。
この20年の間に生まれた作品が集められている。
特に感銘を受けたものを集めてみたい。
ただし、タイトルを書いたものが手元から消えたので、いっそタイトルを書くことをやめた。

小杉小二郎  去年新宿の損保で回顧展を見た。(ついでにご本人も見た。イケメンなオジサマだった)
以前からとても好きな画家だが、ここにある作品も可愛くていい感じだった。
一言でくくるなら「可愛い」と言う感想が浮かぶのだが、しかしそれはメルヘンチックということではない。
とぼけた面白味のある、という内訳だが、そこらが小杉のシュールさと言うことかもしれない。

内田あぐり  金と黒と赤紫と。この人の色の取り合わせを見ると、いつも天野喜孝と共通するものを感じる。
天野喜孝はそこに妖美な線描が入り、怪異な魅力が溢れているが、ここにはそんな妖しさはない。
布が広がっているようなイメージがある。布といっても綿ではなく、絹。そんな感覚がある。

國司華子cam262-1.jpg
猫が8匹いる、というのを数えるのに手間取った。しっかりと浮かび上がる猫もいれば、かくし絵のような猫もいる。
作者は言う。「ある日帰宅すると八匹の猫がいた。こちらを見たが、すぐに知らん顔をしていた」
猫に乗っ取られたのだ。家だけでなく心もまた。

福田美蘭  マンションのパース図のような作品。多分、ここにも福田独自の思想やたくらみがあるはずなのだろうが、わたしにはわからない。
マンションの宣伝のような絵だと思って眺めてみると、ちょっと住みづらそうでもある。
もしかすると、それ自体が彼女の罠なのかもしれない。

絹谷幸二cam262-2.jpg
真っ青な空と花輪を架けた富士山との取り合わせ。富士山の裾にはぐるりと海が開いて、嬉しそうな漁船がいっぱい。
音声は書き込まれていないし、♪もないが、楽しそうな声が聞こえてきそう。現実の光景なら、これは実は怖い風景図だ。
だって富士山の裾野がこんなに近くて、そして円周を海で囲まれていると言うことは・・・
(単に駿河からの眺めに過ぎないのかもしれないが)

司修  絵本画家として、とても好きな作家。しかしこの「TAKEMITSUとABEの間」のような作品はニガテだ。
肖像画と彼らの存在を暗示させる何かとを立体的なコラージュで制作している。
ところで「武満徹と安部公房との間」には実際には何が・誰が存在するのだろう・・・


中野嘉之cam262-3.jpg
波濤。縦から見ると確かに波ではあるが、横から見れば山脈に見えた。しかもレンガ色をセピアで封じ込めたような色調が、いよいよ巌に見えさせる。
こうした強さを好む感性はあんまりなかったが、これはいい作品だと思った。しかし家に掛けることは出来ない絵なのだが。

遠藤彰子cam262.jpg
遊戯する少女たち。その周囲でくつろぐ母親と幼子たち。楽しそうに語らいながら歩く母娘。この絵には楽しそうな女ばかりが描かれている。
男は存在しないのか。・・・いた。とても影が薄く描かれていた。作者の意図か、無意識のことなのかは知らない。

岡村桂三郎  はろるどさんのブログでみていたが、思っていた以上に象が怖かった。可愛くない象の絵だった。
しかしなにも可愛いだけが象ではない。可愛くないナマナマしいリアルさを持った象を描く人もいるのだ。
とはいえやや衝撃的だったのは、間違いない。

大野俊明  京都の三条の画廊で個展を見たのは随分前だった。日本昔話、そんな世界を描いている。優しい色彩と柔らかな線。崩れているかのようなそのフォルムこそが、和みの基なのだった。

やはりいいものは目に残り、記憶に刻まれると思った。
また形を変えて続いてほしいと願っている。

たまには物思いにふけってみよう。

わたしは今ではなんとなくほぼ毎日ブログを更新しているが、それ以前は日記を延々と書き続けていた。
その日記のタイトルが「遊行日記」だったが、’84年くらいからそのタイトルをつけていたので、これはやっぱりその「ゆぎょう」という言葉を最初に知ったときに感銘を受けたからだろう。
遊行と言えばすぐに思い出すのが遊行上人、そのゆかりの遊行寺(藤沢の清浄光寺)、石川淳の小説「六道遊行」などである。
ちなみに手元にある三省堂・新明解国語辞典(金田一京助・春彦・見坊豪紀・・・)を引くとこうある。
「昔、僧が諸国を歩き回って修行したこと」
僧侶でもないのに(でも尼さんな暮らしぶりだ、と言ったらシバかれるか)「諸国を歩き回って」いるのは等しく、芸術関係を見て回る「修行」をしているのは同じなので、これでいいのだ(バカボンのパパだな)と勝手ながら納得している。

それでいつから日記を書き始めたか・その契機はと言うと、これが今現在の状況とあんまり変わらないというか、三つ子の魂というか・・・
要するに、1980年当時、毎日があんまり楽しくてそれを忘れるのが勿体ないから、書き残すことにした、というのが発心の(?)理由だった。
で、何が楽しかったのかと言われると、これは今から思うとよくわからない。
しかし楽しかったので、それを書いていた。
ほかに時間を費やしていたのは、読書感想文と映画鑑賞の感想文である。
延々と書き続けている。(ただし映画は’82年以降にしか劇場に行けず、それ以前はすべてTV放映されたものを見た感想である)
今でもひとつの記事の文の分量が長すぎると言われているが、どうも直しようがないような気がする。(修行しろ)

‘80年から’86年にかけて少年ジャンプの熱心な愛読者で、土曜になると早売りジャンプを買うために学校を抜け出すような子供だった。
とにかく「リングにかけろ」の続きを読みたいので、閉ざされた門を乗り越えたり、塀を飛び降りたりしていたのだから、元気が有り余っていたのだなぁ。
その連載終了時には泣いていたが、数年後には「キャプテン翼」にのめっていた。
それ以降はジャンプを買うことはないが、’93年頃には「SLAMDUNK」に狂っていた。
文字通り日常が過ごせないほどにその世界に埋没していた。

大体が灼熱痛とでもいうべきものに冒されているように思う。
のめりこまなければ生の実感がない。(大げさなことを言うぜ)

それで1981年の6月は今年と同じ曜日の並びなので、あの頃のわくわく感が思い出されてきた。
嬉しくて仕方ない。「十日になれば新刊が出る??」と叫んでいたあの頃。
今でも時々わけのわからない高揚感や、急激な瞬間的なウツが不意に訪れることがあるが、それはわたしが未熟者だからだろうと思うことがある。
しかしそれを治してどうなるのか。精神が安定することで恵みがあるのか。
静かな気持ちになることが殆どないので、ちょっと想像がつかない。
わくわくやドキドキはたやすく実感しているのだが。
しかしこれでは「歩き回って修行する」というより、「遊び倒して走りまくる」ではないか。
物思いにふける、というより反省会になりそうになったので、ここらでやめる。
今日のBGMはRC SUCCESSION「シングルマン」だった。
清志郎のファンになったのも同じ時代だったことを思い出して、ちょっと涙ぐんだ。

杉本博司 歴史の歴史

国立国際美術館へ「杉本博司 歴史の歴史」を見に行った。
ご本人の撮影した作品と収集品とが展示されている。
cam259.jpg
その展示の構成にもいい加減さはなく、空間そのものが杉本博司の作品世界の様相を見せるよう、しつらえられている。
地下2階と地下3階とに分かれての展示で番号も振られているが、その地下二階つまりB2の5から見て回る。
ここは壁の裏の狭く薄暗い空間で、そこに杉本の代表作の一部が展示されている。
安藤忠雄の「光の教会」。壁と言う構造を巧妙に使って光の十字架を生み出させた空間。それを杉本は切り取ってここに曝している。
薄暗い空間の中の光。この光は写真から延びて床を照らすかのようだ。

そしてフランク・ロイド・ライトの「グッゲンハイム美術館」。モノクロのせいか、意図してのことか、屋根の曲線が右上がりのグラフのように見えた。犯罪上昇率か何かの。

そこから出てB2?1の彼のコレクション・化石類を眺める。
化石類は30点を超えている。
漫然と並べられているのではなく、その展示スペースが最初からまるで彼ら化石たちのために広がった域のように見えた。
アンモナイト一つにしても、丸い巨大なものだけでなく、くるくるくるくるしたものが寄り集まったもの、エビ、カニ、魚介類のくっきりした形のもの、花束があふれだしたようなウミユリの群生・・・・・・ドロップの中に閉じ込められた虫、のような琥珀・・・
化石とはデスマスクだと初めて感じた。
死んだ直後のままそこに封じられたのだから当然なのだが。
いや、果たしてこれは死んでからのものなのか。そこに封じられたことで生物としての死を迎えたのではないか、そしてその死こそが永劫の生となる・・・・・・

B2-2へ向かう。
水の流れがある。
長い壁面に何枚もの作品が間をおいて並んでいる。
写真はいずれも水面と空とが映るものばかりで、川なのか湖なのか池なのかは見分けがつかない。いや、それらが個別のものなのかもわたしにはわからない。
インスタレーションかと思った。
連続写真を等間隔に並べることで、観る者の意識に水の揺らぎを感じさせる、そんな作品かと思った。
わたしは右から左へ進む。視線は常に一定の地に向けたまま歩く。水と空気の境界線を目が見つめ続ける。
溺れる人の視線のことを考える。泳ぐ人の視線を考える。撮る人の企みを思う。

次の展示では華厳の滝のリトグラフィを軸装にしたものがあった。
それは水墨画とエッチングの間のようなものに見え、現実感が消えていた。
ひどく美しい反面、わたしは昭和初期の奇人が建てた深川の二笑亭を思った。
二笑亭主人は奇想の家を建てた。建てた、というのは正確ではなく、建て続けていた。
ついに完成を見ることがなかった建物。(戦前に取り壊されている)
主人は日々新しい設計を思いついては施工させ続けていた。
その一隅に茶室があり、そこの軸がナイアガラの写真だったと言う。
わたしはそのエピソードをここで思い出していた。

神道の女神像が一体、ぼんやりと展示されている。
木造の女神像は少しばかり型崩れを見せている。経年による虫食い。
しかしこの女神像の本体を見せるのが杉本の狙いでないのは確かだ。
女神像の影が床に刻まれている。
本体に光はなくともこの影には神の光が半円を描いている。
限りなき放物線。その光こそが、実は女神象の本質なのだろう。
光を巡る伏線はここにもあった。

明恵上人の肖像、彼の夢日記、その他。
澁澤龍彦も明恵上人のファンだった。

伊勢参詣曼荼羅もある。二幅。鳥居の内外で禁忌と解放とがある。座す女を見る男。今でもある種の場へ行けば、こうした情景が見えるだろう。

古風な面がおかれている。痩男、喝食、猿など。古様な作りの面。顔の半分が欠落したものもある。
眼の虹彩に当たる部分が抉られているのは常だが、欠落とそれとが一つになって、風化した趣がある。
美しさよりも微妙な恐ろしささえ感じるような顔がそこにある。
杉本がその容貌をどのように見ているかを知りたいと思った。

やがて古木なのか不規則に製材されたのかわからない、柱状のものが何本も天に向かって立つ姿があった。
そして側壁面にはブレた写真が大きく伸ばされている。まるで眼鏡絵のように。
正面壁には奈良時代の寺院らしき建物の一部一部がある種の法則を守って上から下へ続いている。
更に少し離れた場所には十一面観音が展示されている。
失われた寺社の再現のように。
しかしその柱は真っ直ぐなものはなく、経年のせいなのかそれとも歪みを収集家が喜んだのか、柱とは言えない何かに見えた。
遠目には朝鮮の民俗で村々の入り口・境界線にある「天下大将軍・地下女将軍」のように思えた。
近よって、展示の隙間隙間に立ってみると、寺内を逍遥すると言う感覚はなく、荒涼たる地に立った気がした。

さらに地下へ降りる。会場の構成上の都合、というのではない理由がそこにあるかのように感じる。
奈落の底へ自ら降りてゆくような気がしているのは何故だろう。
しかしその思いは妄想ではなさそうだった。

多くの肖像画がある。写真であったり、雑誌表紙としてのものが。
ニコライ二世、チャールズ・ダーウィン、レオン・トロッキー、カール・マルクス、オットー・フォン・ビスマルク・・・そのうち二人は無残な死を遂げている。
コレクターは何を基準にして彼らの写真を集めたのだろう。
A級戦犯、雑誌TIME誌、意図するものが何かを考えるのをやめて、ただ眺める。
しかし彼らの写真がチラシでどのように使われていたかを、そこで思い出す。
まるで春日若宮の神仏たちのような位置にあったことを忘れてはならない。

隕石、月の裏側の写真、光を内側に秘めた写真群、そこからいにしえの美を見に行く。
法隆寺伝来裂は獅子狩文錦らしく、正倉院の裂はすべて愛らしく帳面に貼り付けられている。どうやら焼け経らしきものもあった。小さなエジプトの青銅の猫もいる。
cam260.jpg

ジャック・ゴーティエ・ダゴティというヒトは知らなかった。
杉本のコレクションで見なければ、知らないままだったかもしれない。
18世紀中ごろのこのヒトが何者なのかは知らないが、「解剖実験」というシリーズがあった。
人体の不思議。外皮のある状況と皮膚を剥ぎ取った内側の様子。
ナマナマしい。あごを上げた俯瞰図のモデルの顔は、皮膚の内側がのぞくこともあって、まるで若い頃の金子国義が描く少年だと思った。
巨大な全身像は頭上高くに展示され、剥ぎ取られた肩甲骨は、確かに天使の羽のようだった。
しかしなによりいちばん凝視したのはガイセイキ図と両性具有図だった。
グロテスクなマジメさがそこにある。クールベの“L’origine du monde”を思い出した。
そこへ学生らしき女の子たちやカップルが来たが、面白いことに彼氏たちはみんなそそくさとこの場を去っていくのだった。残された女たちはみんな熱心に眺めていた。

放電場というのが新作だと聞いていた。
広い空間にそれらが展示されている。
カメラに捉えられた光はまるで三葉虫のような繊毛をそこに曝け出している。
いくつもの光の形が捕らえられて、そこに封じ込められている。
彼らを世に送り出したのは自分だと主張するように、鎌倉時代の雷神像が高い位置に展示されていた。そして展示空間の90度の角度を見せる壁にはマン・レイの写したデュシャンの肖像がある。
これまでいくつもの光の伏線を見てきたが、ここが山場だった。そしてそこにはマン・レイの作品がある。
しかしこの展示場にはずっと向こうが一面、鏡張りになっている。
歩み寄る人々の姿を鏡は捉え続ける。これもまた意図された演出なのだろうが。
cam260-1.jpg

展覧会の趣旨の中でこんな一文があった。
「杉本の収集品と写真作品を併存させることで自身の世界観・歴史観を展覧するものであり」
それを見る我々観客もまた、彼のコレクションの一つに加えられたのかもしれない。
6/7まで中之島の国立国際美術館で開催中。

6月の予定と記録

衣替えですね。しかし意外なくらい涼しかったです。
今月は6/5?7に首都圏潜伏。例によって動き回ります。

ムットーニ ワールド からくりシアター 八王子市夢美術館
2009年5月30日(土)? 2009年7月5日(日) Tel. 0426-21-6777
旅へ。所蔵品でめぐる異国の風景 武蔵野市立吉祥寺美術館
2009年5月30日(土)? 2009年6月28日(日) Tel. 0422-22-0385
近代日本の花鳥画?花と鳥の肖像? 講談社野間記念館
2009年5月23日(土)? 2009年7月20日(月) Tel. 03-3945-0947
没後60年記念 上村松園/美人画の粋(すい) 山種美術館
2009年5月23日(土)? 2009年7月26日(日) Tel. 03-3239-5911
松浦家とオランダ残照 五島美術館
2009年5月16日(土)? 2009年6月21日(日) Tel. 03-3703-0661
美連協25周年記念 日本の美術館名品展 東京都美術館
2009年4月25日(土)? 2009年7月5日(日) Tel. 03-3823-6921
手塚治虫展?未来へのメッセージ? 江戸東京博物館
2009年4月18日(土)? 2009年6月21日(日) Tel. 03-3626-9974
三井家伝来 茶の湯の名品 三井記念美術館
2009年4月15日(水)? 2009年6月28日(日) Tel. 03-5777-8600
春季展 「畠山記念館名品展―季節の書画と茶道具―」 畠山記念館
2009年4月11日(土)? 2009年6月21日(日) Tel. 03-3447-5787
メルヘンの王様 やなせたかし展 ?『詩とメルヘン』からアンパンマンまで? 弥生美術館
2009年4月3日(金)? 2009年6月28日(日) Tel. 03-3812-0012
夢二グラフィック展 ?夢二の手がけた明治・大正・昭和の雑誌型録(かたろぐ)? 竹久夢二美術館
2009年4月3日(金)? 2009年6月28日(日) Tel. 03-5689-0462
近世文芸の輝き 早大所蔵近世貴重書  早大大隈記念タワー10F125教室
2009年5月14日(木)? 2009年6月18日(木)
清方生誕130年記念 「鏑木清方展」 鏑木清方記念美術館
2009年5月31日(日)? 2009年7月6日(月) Tel. 0467-23-6405
建築家 坂倉準三展 モダニズムを活きる人間、都市、空間 神奈川県立近代美術館/鎌倉館
絵地図・浮世絵にみる開港場・横浜の風景 横浜市歴史博物館
2009年5月23日(土)? 2009年7月5日(日) Tel. 045-912-7777
横浜開港150周年記念 川上澄生展 そごう美術館
2009年5月9日(土)? 2009年6月7日(日) Tel. 045-465-5515
森鴎外展―近代の扉をひらく 神奈川近代文学館
2009年4月25日(土)? 2009年6月7日(日) Tel. 045-622-6666
有島三兄弟 それぞれの青春 鎌倉文学館
2009年4月25日(土)? 2009年7月5日(日) Tel. 0467-23-3911
神奈川開港・開国150周年メモリアルイベント 「横浜開港百五十年」 神奈川県立歴史博物館
2009年4月25日(土)? 2009年6月14日(日) Tel. 045-201-0926
港都横浜の誕生ー新発見資料に見る近代化の原点 横浜開港資料館
2009年4月22日(水)? 2009年7月26日(日) Tel. 045-201-2100
安藤忠雄建築展2009 対決。水の都 大阪vsベニス 水がつなぐ建築と街・全プロジェクト サントリーミュージアム[天保山]
2009年5月23日(土)? 2009年7月12日(日) Tel. 06-6577-0001
パノラマ地図でわが町紹介 堺市博物館
2009年5月16日(土)? 2009年7月5日(日) Tel. 072-245-6201
鉄斎の粉本?本画にいたる道? 鉄斎美術館
2009年5月9日(土)? 2009年8月2日(日) Tel. 0797-86-6641
―秘蔵のお宝一挙大公開― 蔵出し 大阪歴史博物館名品展 大阪歴史博物館
2009年4月29日(水)? 2009年6月15日(月) Tel. 06-6946-5728
「白いやきものを楽しむ」展 細見美術館
2009年4月25日(土)? 2009年7月5日(日) Tel. 075-752-5555
相国寺 金閣 銀閣名宝展 -パリからの帰国- 承天閣美術館
2009年4月11日(土)? 2009年9月6日(日) Tel. 075-241-0423
芦屋うるわし?博物館の底力? 芦屋市立美術博物館
2009年4月11日(土)? 2009年6月28日(日) Tel. 0797-38-5432
きらめく朝鮮の技-螺鈿漆器と象嵌青磁 高麗美術館
2009年4月3日(金)? 2009年6月28日(日) Tel. 075-491-1192
日本のやきもの ?桃山・江戸の茶陶? 藤田美術館
2009年3月7日(土)? 2009年6月14日(日) Tel. 06-6351-0582
司馬遼太郎が描いた絵画展 司馬遼太郎記念館
2008年12月16日(火)? 2009年6月21日(日) Tel. 06-6726-3860
釜師大西清右衛門の目  大西清右衛門美術館
2009年3月12日(木)? 2009年6月28日(日)

制覇できるかどうか別問題ながら、予定だけは組んでおこう。
7月は3?5日に都内にいます。
8月はホテルオークラ次第かなぁ。
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