美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

夏はやっぱりコワイ映画

真夏と言うことで好きな怖い映画を集めました。
怖い映画でも心理的なものはまぜてないです。
(「死の棘」「三婆」「真昼の暗黒」などや、サスペンス系は入れない)
いわゆるホラー系ばかりではないけれど。

怪異談・生きてゐる小平次
オーメン
カリガリ博士
吸血鬼ドラキュラ
ノスフェラトゥ

偏りが見えるなぁ。

小平次は中川信夫監督の’82年のATG製作作品で、三人きりの出演者と言うことが、異常な怖さを生み出していた。
原作は鈴木泉三郎の大正期の脚本だが、映画は原作をはるかに越えて、恐ろしい。
原典の小平次の亡魂もなかなか怖い怪談で、それを基にした北斎の絵は、「百物語」の中でも秀逸だ。
その「怪異談・生きてゐる小平次」の映像がみつからなかったので、代わりに中川信夫監督のほかの名作「四谷怪談」を挙げる。
天知茂が若くてわるくてきれいだったが、なんともう半世紀前の映像だった。

世界的に評価が高いもう一本の大傑作「地獄」は丁度8/20頃か、フィルムセンターで上映するが、見に行くかどうか非常に悩んでいる・・・



子供の頃、あまりに怖くて言葉に出せなかった。
「燈台鬼」、そして「ドラキュラ」が幼児期の二大恐怖だったが、ここらは今はこうして書くことが出来るから多少は克服できたのかもしれない。
クリストファー・リー氏は80歳代に入りながらも、近年も「STAR WARS」「ロード・オブ・ザ・リング」「チャーリーとチョコレート工場」に出演され、快活にインタビューに答えておられた・・・



この古い映画は、会員制のplanet-1というシアターで見たが、観客はわたし除いて後はみんな男性だった。
この映像には音響がついているが、実物は無声映画だった。見始めたときは妙な違和感に苦しむが、時間が経つと何も気にならなくなる。
挙句の果て、このスキンヘッドの異形の者が棺おけを担いで走り来るシーンで、わたしは恐怖のために声を上げてしまった。
それで観客全員が妙にナマナマしく息を呑んだのが、今も忘れられない。



ちょうどこの映像は見世物小屋で博士が眠り男ツェザーレを出したシーン。
ドイツの映画は妙にわたしを惹きつけるよなぁ。
この映画は夢二や折口信夫や溝口健二をも夢中にさせたが、わたしも長らく憧れ続けていた。
今はこうしてyoutubeでも見れるが、わたしが焦がれた頃はDVDの前のVTR時代で、しかしわたしは映画は映画館で見たい性質なので、上映会を探して歩いたものだった。
長い道のりだったなぁ。


「オーメン」はやっぱり1が最愛だけど、2は少年の目覚めにときめいたりしたし、3は明らかにBL要素が満載で、とてもときめいたのだった。
あれ?これじゃ「ホラー」系映画の感想ではないな。
・・・そこが却ってコワかったりしてね。
ということで映像はなし。

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チェコのキュビズム建築

INAXギャラリー大阪では「チェコのキュビズム建築」展を開催中。
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チェコの建築家といえば日本に長く滞在したアントニン・レーモンドがすぐに思い浮かぶが、そうではなく、チェコ国内で1910年代に絵画のキュビズム運動に影響を受け、それらを建築に応用した三人の建築家の作品が集められていた。
「建築のファサードを覆う結晶形や鋭角的な幾何学パターン。このシャープな造形が、建築に光と影をつくり、ダイナミズムと立体感を浮かび上がらせます。これこそ、チェコでしか出会うことのない建築様式?キュビズム建築?です。20世紀初頭、パリでピカソらが始めたキュビスム芸術が、建築や工芸の分野にまで及んだ唯一の国、それがチェコでした。キュビズム建築運動を先導したのは、当時の若き建築家らであり、短期間の現象のなかに花開いた彼らのエネルギーの結実は、今でも様々な様式の建築が立ち並ぶプラハを中心にひときわ異彩を放っています。本展では、その中核的存在であったヨゼフ・ホホル、ヨゼフ・ゴチャール、パヴェル・ヤナークの3人の作品をとおして、彼らが挑んだキュビズム・スタイルを紹介します。」
ということらしい。

プラハを世界で一番美しい都市、と言う人もいる。
ブダペストよりもプラハの美を知るべきだ、とも聞いたことがある。
同じ東欧の真珠のような町でも、建築様式の違いは歴然としている。
このプラハには多くの建築様式が混在しているが、日本のような雑然とした在りようを見せるのではなく、何世代もの異なる様式で建てられた建物たちが、馴染みながら佇んでいた。

わたしは東欧に入ったことがない。ロシア史はかなり好きでそちらは学んだが、ロシアとの関わりと言う形でしか、東欧を知らずに来た。
ハンガリー動乱もプラハの春も歴史としてしか知らない。
だからこそこうした映像や写真などを見るばかりだ。

会場ではそれぞれの拵えた著名な建物の写真が展示され、また映像としても流されている。
非常に美しい建物たちだと思う。
キュビズムは絵画と言う二次元の世界での精神の運動だが、それを建築と言う三次元の構造に置き換えることを行ったのは、まさに力業だ。
特にキュビズム建築宣言として「多角柱と角錐体」という論文があるそうで、それが理論的考証となって、このムーブメントを支えている。

「ブラックマドンナ」と呼ばれる建物がある。
それは建物の角の部分に黒い聖母を配置したためにそう呼ばれている建物で、形状が非常に美しい。
キュビズム建築はアールデコ建築とも共通する意識があるためにか、モダンでシャープで、そして美しい。
まるで素晴らしいカッティングを施された水晶のような感じがある。
だが、その一方で内部の階段などはその前代のアールヌーヴォーをも髣髴とさせる優美な曲線を見せている。
それを見ると、チェコと言う国からミュシャが生まれたことを思い出すのだ。
(ただしミュシャがミュシャたりえたのは、パリでのことで、彼はチェコに帰ったときはムハとなり、既にそのスタイルは求められなくなっていたが)

やがて第1次大戦後には、この建築様式は、ますます民族性を深め、円筒やアーチを多用するようになってゆく。
映像を見ても、そのスタイルがはっきりとわかる。
装飾の美しさと面白さに随分感心した。

こうした建造物群が生き残っているところに、欧州の文化意識の高さを感じる。
(経済的理由があろうとも)

いつもいい展覧会をみせてくれるINAXには、本当に感謝している。
会期はまだあるので、また近々たずねるつもり。

8月の予定と記録

ちょっと早いのですが、8/1と2に東京にいるので先にあげます。
あと8/20?23も首都圏に潜伏。
行かれへん分で時間があるのは9月に回します。

トリノ・エジプト 東京都美術館
天皇陛下御在位二十年記念 日本藝術院所蔵作品展 東京藝術大学大学美術館
染付?藍が彩るアジアの器
伊勢神宮と神々の美術 東京国立博物館
うみのいろ うみのかたちーモネ、シスレー、青木繁、藤島武二 ブリヂストン美術館
謎のデザイナー 小林かいちの世界 ニューオータニ美術館
ミリオンセラーの絵本原画と世界の絵本画家たち 損保ジャパン東郷青児美術館
「道教の美術 TAOISM ART」 ?道教の神々と星の信仰? 三井記念美術館
かたちは、うつる―国立西洋美術館所蔵版画展 国立西洋美術館
建築家 坂倉準三展 〈モダニズムを住む〉 パナソニック電工 汐留ミュージアム
「写楽 幻の肉筆画」 ギリシャに眠る日本美術?マノスコレクションより 江戸東博
堀内誠一 旅と絵本とデザインと 世田谷文学館
コレクションの誕生、成長、変容―藝大美術館所蔵品選― 東京藝術大学大学美術館
昭和少年SF大図鑑 展 ― S20?40'ぼくたちの未来予想図 ― 弥生美術館
知られざる竹久夢二展?意外な素顔から、初公開作品まで? 竹久夢二美術館
「井上円了 その人と生涯」 妖怪へのまなざし〔前期〕 井上円了記念博物館
美しきアジアの玉手箱―シアトル美術館所蔵 日本・東洋美術名品展 サントリー美術館
大河原邦男のメカデザイン ガンダム、ボトムズ、ダグラム 八王子市夢美術館
牧島如鳩  三鷹芸術センター
「フランダースの犬」から「こんにちは アン?」まで 杉並アニメーションミュージアム
アートコレクション 大倉集古館
高島屋史料館・前期  泉屋分館
ブラティスラヴァ世界絵本原画展?歴代グランプリ作家とその仕事 うらわ美術館
たべものの歴史 
北沢楽天  
美術の中の動物たち 鎌倉国宝館
横浜の建築家 横浜都市開発資料室
日本建築は特異なのか ?東アジアの宮殿・寺院・住宅? 国立歴史民俗博物館
百鬼夜行の世界 国立歴史民俗博物館
画家の眼差し、レンズの眼 近代日本の写真と絵画 神奈川県立近代美術館/葉山館
『コドモノクニ』と童画家たち 手のひらのモダン 横須賀美術館
フランス絵画の19世紀 美をめぐる100年のドラマ 横浜美術館
珠玉のコレクション 美術館はぼくらの宝箱 神奈川県立近代美術館/鎌倉別館
山口蓬春と近代絵画  山口蓬春記念館
建築家 坂倉準三展 モダニズムを活きる人間、都市、空間 神奈川県立近代美術館/鎌倉館
大阪の祭り ―描かれた祭り・写された祭り― 大阪歴史博物館
シルクロード 文字を辿って―ロシア探検隊収集の文物― 京都国立博物館
妖怪天国ニッポン ―絵巻からマンガまで― 京都国際マンガミュージアム
谷崎が愛した猫と犬 芦屋市谷崎潤一郎記念館
「1947手塚治虫のストーリーマンガ 」 宝塚市立手塚治虫記念館
慶應義塾大学展 国立国際美術館
やなぎみわ 婆婆娘娘 国立国際美術館
伝世の名作展(六道絵を中心に) 高台寺掌美術館
チェコのキュビズム建築とデザイン 1911-1925 -ホホル、ゴチャール、ヤナーク- INAXギャラリー大阪
相国寺 金閣 銀閣名宝展 -パリからの帰国- 承天閣美術館
鼻煙壷・印籠・香水瓶  東大阪市民美術センター

笑うに笑えないが、やっぱり笑ってしまった話

笑うに笑えないが、やっぱり笑ってしまった話。
大概ろくでなしだと自覚している。
笑ってはいけないところで笑う習性がある。
そんな人間だからこそ、笑うに笑えない状況に、よく立たされている。

寝る人 立つ人 もたれる人

寝る人 立つ人 もたれる人―――東京国立近代美術館の企画を見た。
ところが「寝る人」は実は「立ってるようにも見える人」で、「立つ人」は「何をしているのですか」な状況で、「もたれる人」はどれがそうなのか、ついにわたしにはわからなかった。
つまり、改めてこのコンセプトで作品と対峙すると、新しい視界が開けたような気がした。

それにしても一見「寝る人」も絵の位置を変えて眺めると、変なポーズを取る人にしか見えないものだ。

萬鉄五郎 裸体美人  わたしはどうも萬はニガテで、この絵もいつもスルーするのだが、改めて向き合うと、確かに変なポーズなのだった。

熊谷守一 畳の裸婦  ああ、いつもの通りの線と色で構成された身体だ、と思ったのも束の間、この絵も<シェー>崩れのポーズにしか見えなくなってきた。

それで珍しくも古賀春江の素描を色々見た。なんとなく嬉しい。
こういう企画というのは、固まったアタマには丁度いい。

小出楢重 寝て居る人  解説に面白いことが書かれていた。なるほど、ベッドに横たわる裸婦がいなければ、この絵は青、赤、白で構成されている。
裸婦の黄色を底に静めた豊かな肉色がなければ、この絵は幾何学的な構成になる。
コンポジションに肉が一つ置かれると、たちまちナマナマしい現場になる。
これは面白い経験だった。

ルース・バーンハートの裸婦写真を見た。箱の中の裸婦。左の肘先だけが外へ出ている。
空間構成がどうのとかより、死体のように見えた。確か「ローラ・パーマー 世界で一番美しい死体」というのがあった筈だが、そんな感じ。
箱入り娘、ということではなく。

ゴーギャン展を見た後の気軽な気分で見たのだが、なかなか楽しめる内容だった。

赤黒金銀緑青 前田正博の色絵

菊池記念智美術館でその前期展を見た。
ここの美術館は、現代の陶芸作家の作品をメインに繰り広げているが、これまで三回ばかり楽しませてもらっている。

照明の明度も落としたスタイリッシュな空間に居並ぶ陶器たち。
警備員の方や係員の方も静かにそこに佇む。
なんとなく彼らも生身のヒトではなく、俑のような気がしてくる。

この作家は初見だが、作品は親しみを持てる愛らしい絵柄が多かった。
小鳥さんとサボテンらしき多肉植物とが、可愛い姿を見せている。
色は磁器の色ではなく、ざらざらの焼き物に滲み出してきたような色での表現。
線は釘で描いたような感じ。
これがとても可愛かった。

触ることは出来ない展示品だが、たとえば手にとってみたとする。
そのとき掌にはざらつく感触があり、親指を支える肉の厚みに、それは微かな不快感を与えるだろう。
けれど同時にそれは、そこに描かれたサボテンの棘が、自分を包み込む手の肉に挨拶をした証拠のようなものなのだ。
鳥も同じ。
フクロウやくちばしの細長い小鳥さんがつつましく並んで描かれているが、彼らもまたそのざわつく感覚をよこしてくるだろう。ヤシの木の囁きも掌に訪れる。
・・・・・・・そんなことを思いながら眺めて歩いた。

色を見ていて銀色に特に惹かれた。今の焼き付けられた銀はざらつきのあるメタリックだが、これは経年の果てに酸化し、黒くなる日が来るに違いない。
なんとなくその日を楽しみにしたい銀色だった。
後期展にも行く予定。

大雨の中を遊ぶのはだれだ

今日は夜は天神祭の花火、朝は京都の真如堂の寺宝虫干、安楽寺の鹿ヶ谷かぼちゃと虫干、昼は樂美術館に承天閣、金剛能楽堂・・・・・・と予定立ててたのが、凄い大雨で崩れる崩れる、見る見るうちに跡形なくなったなあ。
バス下車した途端怖いほど雨やし、道迷うしで、安楽寺に行くのが精一杯。ずくずくに濡れたわ。
しかしお寺は大変。こんな大雨でも本堂にお客あげて寺宝みせて、鹿ヶ谷かぼちゃの炊いたんを接待する。畳がアウトになるよと心配したが、おっつかねぇわな。
鹿ケ谷かぼちゃはかなりおいしかった。蜂蜜味かな。給仕は小学生の子らが一所懸命でした。

ここのお寺には物語がある。
後鳥羽天皇の女官だった松虫・鈴虫が法然上人の法話に感銘を受けて、後鳥羽天皇の許しを得ずに、勝手に得度をした。無論天皇は激怒、またそれを口実に教団弾圧し、二人を実際に得度させたお坊さんたちは斬首され、法然上人は島流し、親鸞聖人も流罪ということに。
えらいことですなぁ。
で、実はここの鹿ケ谷かぼちゃ振る舞いは、中風封じの行事なのでした。

久しぶりに哲学の道を行く。ちょっと来ない間にお店が色々変わったりしている。
高校大学の頃はよくこの辺りへ来たが、今世紀になってからは初めて。
昔、この界隈にコーヒーぜんざいというキョーレツなメニューを目玉にしたお店があったっけ。

雨もマシになり、銀閣前からバスに乗る頃にはやんだが、次の瞬間にはバケツひっくり返し技あらわる!視界なんかあらへん、堀川今出川で下車する勇気なくなり、北野白梅町まで行ったよ。
手前の天満宮はお誕生日ですから市が立ってるがワヤやろねえ。
なんで白梅町かと言えばイズミヤがあるから雨宿り&服の買い換えが出来る。
なんしか大雨の日に白ズボンはあかんわ、黒をみつけたのは幸い。
それでここの和風レストランひまわりに入って、豚の冷しゃぶとサラダが乗った胡麻ダレ冷やしうどん食べたが、予想のできないおいしさだった。
胡麻たれに酢をたしたからますますおいしいし、自分で胡麻擦ったのをかけたら芳ばしいし。
ちょっと家でもやってみようと思った。

その後は雨もだんだん小降りになり、バスを乗り継いで堀川中立売につく頃には殆どやんでいる。
樂美術館へ。夏休みらしく、親子で楽しむという展覧会で、解説も子供に「自分で考えてみよう・想像しよう」的な内容のキャプション。こういうのもいいものです。
大好きなノンコウの黒樂「燕児」を見て嬉しくなる。煌いているなぁ。
一入の赤樂「赤獅子香炉」は可愛いが、チラシにあるのと実物とは違うから、展示換えなのかな。
その後、少しばかり当代の手ひねりの様子をVTRで見る。

ところで上で展示されていた土を見て、それにも感銘を受けた。
つまり樂家の当主は、三代先の子孫のために、土を見つけ出し、保管するのだ。
土庫の土は、約百年後の出番まで、寝かされ続ける。
今の当代さんもそう。百年後の跡継ぎのために土を探しに出ている。
これはやはり千家十職の重みを感じる、いい話だと思った。
「人は一代、名は末代」とも言うが、一方でこの精神も尊い。

金剛能楽堂は中立売にあるが、今日明日の二日間、金剛流伝来の能面や能衣装を展示する、というので見学に行く。
わたし、観能はしないが、面を見たり衣装を見たり、謡本を読んだり、謡を聴いたりするのは大好き。
ホナ実際に行けよ、ということになると、これがアキマセンねんな。
緊張に耐えられない。
つまり・・・クラシックは好きなんだが、CD聴くだけでいい、という人なんですよ。
コンサートには行けない体質。
行くなら総立ちになって、ガンガン手拍子するようなライブでないと、ダメ。
歌舞伎も文楽も世話物が好きなのは、ナマナマしいから。
ちょっと扱いにくいですか。

ついたとき丁度、見所で解説が行われているというので、そろそろと席へ着く。
中啓の説明、面の説明などがある。
観念的・抽象的な様相のほうが位が上だということをきき、なるほどとも思うが、全てがそうだとは限らないなとひとりごちてみたりする。

わたしの座った客席から見えるのは女面ばかりで、二枚ばかり光るものがあった。
河内の作の小面と孫次郎。角度だけではない輝きがあった。その微笑が印象的だった。
ところでこちらに伝わる小面は「花」だが、本来それは金春流に太閤が与えたもので、いつの間にか入れ替わっていたそうだ。聞き間違いでなければ、そんなお話を聴いた。
そして本来の面は三井記念美術館に入っているとか。
面の流転というのも、物語としてとても魅力的だ。
ベシミも中には「おるおる、こんなおっちゃん」な顔があったりで、見ていて飽きない。

衣装で一枚雲柄のものが香嶠とあるが、日本画家・谷口香嶠(たにぐち・こうきょう・・・京都の日本画家、竹内栖鳳らと兄弟弟子)かと思った。正しいかどうかは知らない。
あと特殊な燕の文様があった。柴田燕とある。柴田といえば勝家しか思い出せないが、これまた非常に面白い図だった。ハングル文字にも似ていた。
他にも蝶々、小鳥がめまぐるしく飛ぶ、おっちんする獅子、納戸色に帆掛舟、卍に麒麟(サントリーに麒麟、ではない)などなど、色んな文様の衣装があった。縫箔、厚板・・・・・・
そして中庭の池の鯉や苔むした大樹など、他にも心楽しませるものがあり、来てよかったと思った。
ただ、雨があんなに降らなければなぁ、という憾みだけはあるが。

巴里を愛した画家たち?南海病院コレクション

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東大阪市民美術センターでは大分県の南海病院のコレクションから特に選んで「巴里を愛した画家たち」展を開催している。26日まで。
HPを見てもここの概要はよくわからないが、素晴らしいコレクションだということは、以前から聞いていた。
東大阪はいつもいい展覧会を開催するが、テレ屋さんなのかツツマシイのか、もっと宣伝すればいいのに、といつも思う。
大阪は今の知事になってからいよいよ文化が低下しているのだから、こんな素敵な展覧会を開催する心意気を応援するぞ、と北摂の住民たるわたしは声を大にして言いたい。

20世紀初頭、エコール・ド・パリの時代から現代までのパリを愛した画家の作品が並んでいた。
65点がいい間隔で展示されていて、機嫌よく眺めて歩いた。

シャガール 母と子  聖母子を描いているためか、トリもヤギも姿を見せない。紫色の服を着た母と子。青い背景は夜なのか。赤い太陽または月。しかし青色が聖母の色だとは知らなかった。

ボナール 白いコルサージュの女  これはボナール夫人なのかそうでないのかはしらないが、魅力的な女だと思う。面長の美しい顔。笑う口元。モデルになってもこんなふうに描かれれば、嬉しいと思う。

マルケ ポルクロールの小舟  小さな港のある対岸。その港の背後には小さな町が開き、山がある。どこにでもある風景なのかもしれないが、エメラルドグリーンの海の色がこの小さな風景を美しく見せている。

デュフィ シャンデリアのあるアトリエ  そこには裸婦が寝そべっている。寝椅子で機嫌よく裸婦が笑う。壁に掛かる絵も素敵。劇中劇のように見える。

ユトリロ オルジャン通り  索漠とした道と建物。心象風景でのパリなのか。母親が息子からエネルギーを全て奪い取ってしまった、ということを考える。

ドンゲン 白い衣装の女  正面向きの女。額がはっきりしている。ドンゲン特有の、顔に塗られる緑色も、生気を失わせることにはならず、むしろ女の魅力を大きくしている。赤い唇が艶かしく、指輪やブレスレットが綺麗だった。
ドンゲン展をどこかで開催してほしいなぁ・・・

ドンゲン 競馬場  ←向きにゴォ???ルッ!空には晴れ間が見える。ターフが美しい。少しばかりルソー風でもある。

キスリング ミモザ  20年ほど前に三越で回顧展があったときに見て以来、キスリングのミモザは特別な花なのだと思うようになった。胡粉を思わせるような盛り上がり。花瓶から飛び出すような花の生け方。いいものだと思う。

パスキン カシスのナナ  この絵のモデルを競作したとする。しかし誰がモデルであろうとパスキンは同じ女しか描かないように思う。

東郷青児 手術室  ナースと黒タイツを右足のみに履く女。シュールでキュビズム。わたしは東郷のシュールな作品はかなり好きなのだ。妙にかっこいい。

他にも多くの素敵な作品があった。これらの絵は普段は病院で展示されているのだろうか。
患者さんや付き添いの方、お見舞いの方、働く医療関係者、皆さんがこれら名画で癒されていることを想像する。

本当にいいコレクションだった。

BBプラザ美術館オープン

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2つのすばらしいコレクション展を見た。
一つは、神戸市東灘の兵庫県立美術館に近いBBプラザ美術館、もう一つは東大阪市民美術センターで開催中の、大分県の南海病院コレクション展。
どちらも素晴らしく美しく、しかも落ち着いていて、安価という嬉しさだった。

まずBBプラザ。
兵庫県立美術館に行ったが、手違いから観覧できなくなり、腹が立っていたところへ救いのポスターがあった。
七夕の日にオープンしたばかりの美術館。
阪神岩屋駅のすぐそば。
そのビルは前々からよく見かけていたので、道に迷うこともなく到着した。
ここでは11月まで開館記念展を開催中。
いくつかのタイトルに分かれている。

パリに魅せられた画家たち

ノートルダム曇天 マルケ  ああ、マルケだと思った。
マルケの視線によるノートルダム寺院とその脇の道路がある。
街路樹の緑もまたマルケらしい色合いだと感じた。
曇天だから寺院が灰色だ、というのではなく、マルケがその色を選んだから、ノートルダムが曇天になったような気がした。

薔薇をつけた少女 ルノワール  やはりルノワールがないと淋しい。淋しいし、安心できない。
ピンク色、ローズ色でまとめられた少女の背景にはルノワールの青がうっとりと浮かんでいる。
それがいよいよ少女の薔薇と、薔薇色の少女とを際立たせている。
彼女は後にジャンの妻になったそうだ。

花瓶の花束 ヴラマンク  青色の目立つ画面。この青はメタリックな青だと思った。こんな青は車の塗装のほかには、ヴラマンクでしか見ることが出来ない。凄い青だった。


近代洋画の華麗なる展開

裸婦 藤島武二  未発達なようで、どことなく艶かしさも感じる裸婦だと思った。
モデルは明治の女、20世紀になった最初の年にこうして身体を曝している。
これはやはり日本の洋画だと思った。
この四半世紀後に小出楢重が日本の裸婦を確立するまでに生まれた、日本の裸婦だと思った。
一ハケすった灰色がかった黒が眼に残る。

黒き髪の女 安井曽太郎  大正期の安井の裸婦はどことなく物語性がある。昭和に入るとその味わいは消える。
重く暗い色調の中で、女の手が押さえる白い布だけが、多少の明度をあげている。
肌色ではない肌。ピンクに黒灰を混ぜたような肌色。黒髪よりもその色に印象が深い。

モンパルナスの女 東郷青児  耽美派的象徴主義絵画と解説がある。その解説がよくわからない。ネッカチーフを巻いたいつもの東郷らしい女だとしか思えない。
これはもしかするとあれか、ビートルズに衝撃を受けた世代の、その後に生まれたものにとって、ビートルズの音楽は特に耳新しいわけではない、名曲だが衝撃を受けることはない・・・それと同じことなのかもしれない。

館 岡鹿之助  いかにもオカシカの館という風情がある。静謐な作品はいつもながらのことで、こうした絵の前に立つと、こちらの心持も凪いでくる。

婦人像 小磯良平  手鏡を立てて見ている、というポーズがリアルだと思った。そしてモデルになるにしても、小磯になら、どんな構図でも嬉しいような気がする。

ベネチア風景 田村孝之介  向こうにサンマルコ寺院、手前には明るい花々。田村の明るい絵が好きだ。さわやかさがある。

カブト梅 須田剋太  白い花。力強く幹はうねっている。色彩が過剰になるとスーティンになり、一本骨太な線が入ると、やっぱり剋太になる。


新しき日本画を求めて
意外な作品がここにあり、それが嬉しかった。

二日の月 高山辰雄  細くて美しい月。静寂の中に月だけがある。

朝の光の中に  これは対になっているのか、よく似た作品がまた同時期にわたしの目を打った。
栃木の佐野にあるが、高山にはシリーズものがあるから、もしかすると。
静けさが優しい時間を運んでくる。それを感じさせる一枚。

夢のあとに 石本正  この絵がここのものだとは知らなかった。嬉しい。
女の膚にからみつつ剥がれている薄い衣裳。まだ意識のハッキリしない女の顔。
フォーレ「夢のあとに」を少しばかり思いつつ、この絵と対峙する。とても嬉しい気持ちがある。

雪ノ渓 加山又造  青い水の道は銀色に煌く。あの又造さんが実際に山に登るとは思えないが、意外とこうした風景が多かったりする。
しかしキラキラした美しさは、又造さんの意識の中で増幅したように思う。

ルノワール夫人の彫刻もあった。ルノワールの周辺の人々は皆、彼の絵や彫刻にそっくりだった。
わたしは彼の技法が肖像画をふっくらにしていると思っていたのだが、そうではなくて、彼がこと周辺人物に対しては、リアリズムなのだ、と信じている。

フジタの風刺画風な版画もあり、見ていてちょっと笑った。

これはいいコレクションだと思った。
行くことが出来て本当に良かった。
これも兵庫県美にフラレたおかげかもしれない。途中少しばかり展示換えをするそうだが、気軽に楽しめるいい美術館が生まれて、本当に良かった。

ちょっとした日常の記録

年柄年中どこかへ出かけているので、それが日常といえば日常なのだが、フツーの市民生活を送っていることもちょっと書いておくことにした。

というより、今日本当は神戸で見た「BBプラザ美術館」のコレクションと、東大阪で開催中の「巴里を愛した画家たち 南海病院コレクション」の記事を書くつもりだったのだが、突発的な大雨にやられて、すっかりガックリきたのでした。

二つの絵本展 太田大八となかまたち/飛び出す絵本

2つの絵本展覧会に出かけた。
一つは滋賀の佐川美術館で「太田大八と絵本の仲間」、もう一つは堺の北野田の「飛び出す絵本」展。
琵琶湖から堺まで一日で回れるのだから、電車はえらいものだ。


太田大八の絵に初めて触れたのは、小学校3年だった。
3歳下の妹が幼稚園で貰う絵本の中に「かさ」という台詞のない作品があり、それが太田大八の作品だったのだ。
かさ (ジョイフルえほん傑作集 10)かさ (ジョイフルえほん傑作集 10)
(2005/02)
太田 大八


わたしの貰っていた絵本シリーズはどちらかと言えば物語性の強いものが多く、妹のそれはヴィジュアル的に楽しむ絵本が多かった。
この太田の作品は今みてもかなり面白い。
色も白と黒と赤だけで表現されているが、台詞はなくとも物語性のある内容で、きちんと起承転結がある。
わかりやすくて、親しめる絵本だった。


次に意識して太田大八の名前を見たのは、その二年後に教科書に掲載されていた平塚武二「馬ぬすびと」の挿絵だった。
教科書と言うものは中途半端にソソル力があるので、結局そこから焦がれて原作を読んだり、更にそこから拡大したりする効力がある。
(ない人にはないか)
この物語も原作では主人公の処刑で終わるのだが、ここでは走った走った・・・と逃げるシーンで終わっている。
物語のラストで主人公がどこかへ逃亡する、というのが非常に好きなのだが、それは多分ここから来ているような気がする。
(犬神博士、小さな恋のメロディ、六道遊行)


絵本単体ではわりに楽しい物語が多い太田大八だが、この平塚のほかに灰谷健次郎の「我利馬の船出」の挿絵などは、強い力で迫るものがある。
わたしはあの小説が灰谷文学のベストだと思うのだが、それは太田の挿絵の力も強かったと思う。

今回様々な絵本の原画が並んでいる。
今年90歳の太田はまだまだお達者で、新作発表もあるが、昔の絵本もまたすばらしくいい。
チケット半券に選ばれているのは「ブータン」という大きなぶたさんと主人の物語。
これはたいへん面白かった。
タイトルだけ見れば国の名前かと思うが無関係。
そういえばうちの親は今の飼い猫を「ちびたん」と呼んでいたが、たいへんフテブテしくなったので、わたしは「ぶーたん」と呼べと勧めた。
これはぶたさんが毎日毎日巨大化して、とうとう象くらいの大きさになったので、市主催のイベントに出されることになり、その顛末が描かれている。
主人は渋ったが、仕方なく連れて行ったところ、見学は大喜び。ところが市長のくそったれは言うに事欠いて、そのイベントの立役者たるブータンを丸焼きにしようだと。
ふざけるな、バカ。それでさっさと元の自分ちに帰る主人とブータン。そして相変わらず仲良く働く・・・
絵も楽しいが、物語の構成がいい。

日本のむかしばなしの再話「やまなしもぎ」があった。
やまなしもぎ (日本傑作絵本シリーズ)やまなしもぎ (日本傑作絵本シリーズ)
(1977/01)
平野 直


これはわたしにとっては大好きな昔話の一つで、三人兄弟のうち失敗するのが二人、最後の奴が賢く動いて化け物を退治し、梨を持ち帰る話。
途中で謎の老婆が現れ、彼らの資質を確かめる、というのがなかなか好き。
(物語自体は実は2パターンあるが、ここではそれはとりあげない)
太田は毛羽立ちの感じる和紙に描いたような筆致で、いかにも古い日本の森や沼を表現する。
これはいくら見ても飽きない絵本だと思う。

前述の平塚武二と組んだ作品がまだある。こちらは完全に絵本である。
「絵本玉虫厨子の物語」 
絵本玉虫厨子の物語 (愛と真実の絵本)絵本玉虫厨子の物語 (愛と真実の絵本)
(2000)
平塚 武二


この物語は非常に面白いもので、そして絵もまた素晴らしく、これまでこの絵本を知らなかったことが残念でならない。
美への殉教者の物語とでも言うべきか。
玉虫厨子を作り上げた匠の名は伝わらない。
しかし玉虫厨子の美は永遠である。
その美は千年以上経った今日も決して崩れず、模造品も昭和のはじめに高島屋が作り、つい近年にもどこかが拵えている。

匠は当初その仕事で名を挙げ、恋人と堂々と婚姻するためにとがんばる。
しかし次第に彼の職能意識が、美への殉教へと向かわせる。
ついに玉虫厨子が完成したとき、匠はそのことを誰にも告げず、消息を絶つ。
こうした名も知れぬ匠による、かけがえのない美しいものが生まれ出るときには、想像の限りの物語が生まれるものだ。
太田の美しい絵は、匠が美への犠牲になることを、けっして嘘には見せない。


十年ほど前、西遊記を太田は描いていた。
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花果山で卵生する石猿、焔を煽ぐ芭蕉扇によって火の海へ、金角銀角兄弟のにんまり顔・・・それらが生き生きと描かれている。
色調も明るく大胆で、ワクワクする力があった。
こういう絵本西遊記を眺めていたいのだ。

画家としてだけでなく太田は社会的にも活動する人だった。絵本作家の地位向上、国際交流などなど・・・
その太田の仲間たちの作品もここに多く集まっていた。

堀内誠一 「おにまるのヘリコプター」 09072202.jpg
この人は絵本作家としては「ぐるんぱのようちえん」という傑作がある。
ゾウ好きな人には忘れられない一冊。わたしも大好き。フランスに長く住み、「リスのゲルランゲ」シリーズも絵をつけた。
その一方でananなどのプロデューサーとして働き、澁澤龍彦の仲良しさんでもある。
世田谷文学館で、この人の回顧展が開催中なので、出かける予定がある。

大人から子供まで知らぬ人とてない五味太郎の絵本もある。
この人のユーモア・ギャグセンスは和田誠と双璧だと思う。
「かくしたのだぁれ」 32年前のこの絵本はいつまでも輝きを失わず、いつ見ても笑えて楽しい。
それから「たべたのだあれ」09072203.jpg・・・わはは!!

佐々木マキ「ねむいねむいねずみ」 
明確な線にはっきりした色調を塗る。過剰寸前までの描き込み。
この人の「やっぱりおおかみ」はわたしの偏愛の一冊。

もう本当に素晴らしい絵本原画があふれていた。
わたしは現存の洋画家・日本画家に好きな作家が少ないのだが、絵本画家はとても好きな作家が多いのだ。
出版不況に何とか打ち勝って、明日もまた良い絵本を生み出してください。
そうわたしは願っている。

一方、飛び出す絵本。これがまた素晴らしい。昨夏、奈良で見たものと重複する作品もあるが、こちらの数の多さにはびっくりした。
特にチェコの作家クバシュタの名品をたくさん見れて、とても嬉しい。
クバシュタはチェコの政治体制の下で、数多い制約の中で名品を次々と生み出した。
粗悪な紙に良くないインキで描いた、ということだが、とんでもない。
却って不思議な魅力がある。
それはウォルト・ディズニーが直筆で描いた「シンデレラ」と同じく、非常に艶かしく不思議な魅力に満ちた色調だった。
絵の美しさだけではなく、飛び出す絵本ならではのカラクリがまたよく出来ている。
わたしはペーパークラフト製作がニガテなのだが、こんな技能があればどんなに楽しいだろう、と思う。

作者のわからぬ作品もまた魅力が劣ることはない。
何層も重ねることで不思議な遠近感を生み出す構造があったり、バウハウスの教えの中にあった立体構造を応用したものもある。
他にもモネのジヴェルニーの庭を再現したものがあるが、これはどちらかといえば日本の立版古と同じ。
わたし、オルセーでこのミニ版を購入していたな・・・

ドイツは特に子供教育に熱心な国だったので、こうした作品にも名品が多い。
ドールハウス、動物園、迷路のような公園、サーカス・・・一つ一つ眺めるだけでため息が出る。
ドールハウスもペーパークラフトならではの楽しみがある。畳めるのだ。これは素晴らしい。

近年ではロバート・サブダという凄い作家が現れたが、ここでも彼の名作「不思議の国のアリス」や「オズの魔法使い」があった。
開いただけで世界が変わる。凄い、としか言いようがない。おとどしの暮れに彼のファンになって以来、いよいよ楽しみが増してゆく。

わたしの持っているオバケ屋敷も展示されていた。
(実際に行くのも、こうした飛び出す絵本でも大好きだ)
それからちょっとオトナ向けのものもあった。

楽しい楽しい展覧会を二つも味わえて、幸せだった。

聖地寧波 日本仏教1300年の源流

奈良国立博物館で「聖地寧波 日本仏教1300年の源流 すべてはここからやって来た 」を見た。
二日目に出かけたのだが、なかなか繁盛している。
前後期入れ替えがあるので、とりあえず前期を楽しもう。
(例によって長々と書き連ねる)
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有島三兄弟 それぞれの青春

少し前に鎌倉文学館で「有島三兄弟 それぞれの青春」展と、京都文化博物館で「白樺派の愛した美術」展とを見た。
有島三兄弟とは、有島武郎、有島生馬、里見のこと。
三人は学習院で学び、それぞれの友人関係が密着していたので、雑誌「白樺」が立ち上がるときもその創立メンバーとして機嫌よく並んでいた。
ただし、白樺派が世に出たとき、武郎だけは30代に入っていた。弟たちはまだ20代で、その意味では武郎はメンバーの上置き的存在だったろう。
雑誌「白樺」は今年で誕生百年になるそうだ。

白樺派の愛した美術

白樺派の愛した美術展についても書く。
京都文化博物館のあと、全国巡回する。
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とにかく白樺派は日本に後期印象派やロダンを紹介した、というだけでも大きな功績があると思う。
彼らは美術館を造る構想も持っていた。結局それは叶わなかったが、夢は夢として、とてもいいものだと思う。
ロダンから三点ものブロンズ像が届く顛末は、やっぱり里見の随筆で読んだが、ここにもその当時の彼らの心持が書かれていて、読むだけでドキドキする。

それにしても白樺派と関わりのあった芸術家は多い。
この展覧会では縁のあった芸術家の作品をほぼ全て網羅して、展示しているように思う。
白樺派の人々が望んだ状況がこういうことなのかどうかはわからないが、楽しく作品を眺めて回った。(前後期どちらも見た)

現在では、近代美術といえばフランス、という意識が強いものの、明治当初ドイツへの憧れがあったというのは、とても理解できる。
日本の学校教育でも第一外国語はドイツ語だった。
白樺派の人々の熱狂もそこから始まり、やがて次の段階へと移ってゆく。

雑誌「白樺」が創刊号でクリンガー、シュトゥックらの作品を紹介していたことを思うと、二重の意味で楽しめた。同時代に生きた芸術家を白樺派は紹介しているのだ。
当初彼らはドイツ美術に心酔している。それで創刊号にはドイツの美術家たちの作品が紹介されたり、その評伝が掲載されたりした。
その本は現存の作者たちにも贈られた。
マックス・クリンガーは白樺派に礼状をくれている。自作の絵葉書を。

クリンガーの版画作品が並ぶ。
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わたしはクリンガーがとても好きなので嬉しい。物語性の強い作品はみるだけでときめく。
特にここでの「ジムプリツィウス」シリーズは、何の説明もないだけに、どんな物語なのかが気になる。(神奈川近美所蔵品だが、説明を受けれるかどうか・・・)

次にビアズリーの「サロメ」が並んでいた。1907年の発表作品を、1911年にはもう紹介している。同時代へのこだわりが感じられる。

そしていよいよロダンの彫刻が現れる。
有島生馬がロダンに手紙を送ったことから始まる、ロダンの作品の寄贈の物語は、とても素敵なものだ。
「ロダン特集をするので誕生日を教えてください、できればメッセージも一言」と書かれた手紙を受け取ったロダンが喜んで、自分のデッサンと浮世絵の交換を申し出てくる。
大喜びの白樺派たち。早速浮世絵30枚送付すると、ブロンズを贈るとのロダンの返事がある。そしてとうとう3点もの作品がフランスから届いた。

その3点を見る。今では大原美術館に「白樺美術館から永久に寄託」された作品たち。
「或る小さき影」「ゴロツキの首」「ロダン夫人」
このときの彼らの喜びようは、60年以上後のインタヴューにも、ナマナマしく表れている。

以前、東京ステーションギャラリーでだったか、「忘れられた画家ハインリヒ・フォーゲラー」という展覧会が開かれたが、そのフォーゲラーもまた白樺で紹介された、同時代の画家だった。フォーゲラーも彼らからの手紙に喜んで、自作エッチング77枚を贈った。
それらとロダンの彫刻とで、1912年に展覧会が行われている。
また白樺派は彼に「白樺」のマーク製作を依頼し、それは本の表紙を飾ることになった。
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セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、ロートレックを彼らは誌上で紹介する。
また武者小路実篤は世界で最初にゴッホを文学作品にして、発表した。
彼らの作品が現在までも日本で深く愛されている根は、白樺派にあることがわかる。

ブレイク、ルドンの黒い作品、ムンク、ヴァラットン、ドーミエ、ゴヤ、デューラーもまた白樺派は愛して、版画の特集記事を組む。そうしながら同時にせっせと自作の小説や短歌を発表する。

海外美術を紹介するだけではなかった。
白樺派の創立メンバー有島生馬の帰国記念展を開いたり、白樺主催の展覧会場で知り合った画家たちと深く交流した。
梅原龍三郎、岸田劉生、南薫造、バーナード・リーチなどがその代表である。

リーチはメンバーの里見、児島喜久雄らにエッチングを教えた。今でも駒場の日本近代文学館には白樺派の手紙が多数所蔵されているが、そこにリーチから学んだエッチングで自画像を描いたものもいくつかあった。
昨秋「志賀直哉への手紙」展でそれらを見ている。
ところでリーチは陶芸家・浜田庄司と生涯に亙って交友を深めたが、日本で家庭を営んだ頃は着物を着て、子供らをつれてよく出かけていたらしい。
その姿を見た岸田劉生がシャレを飛ばしている。
「リーチ着物の子沢山」  なるほど、リーチはリチギモノノコダクサンですわな。

その岸田劉生も白樺のためにたくさんの作品を生み出している。表紙絵のうち、わたしはこの童女が最愛だ。とても魅力的だと思う。彼女は麗子顔ではなく於松顔のタイプ。
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そして劉生は武者小路実篤の「かちかち山」にとても素敵な挿絵を描いている。
「かちかち山」が日本から遠く離れたようで、不思議な味わいがある。
cam321.jpgクリックしてください

ただしちょっとばかり河野通勢ぽい感じもある。
(河野は長与善郎「項羽と劉邦」に素晴らしい挿絵をよせている)

それにしても交友の輪から次々に生み出された芸術を思うと、本当に素晴らしいと思う。
後には不和もあったり離散もあったりするが、学生の頃は「友達耽溺」し続けていて、会った帰りには家に手紙が届いていた、というような付き合い方をしていたのが、本当に濃い。今ならメールし倒しという状況だろう。
そしてこの白樺から巣立って、別な場で一流になる人もあれば、生涯この白樺を背骨にして生きた人もある。
とても興味深い展覧会だった。

川瀬巴水と吉田博

川瀬巴水と吉田博の版画を集めた展覧会が、豊洲のukiyo-e TOKYOで開催されている。
元々は平木浮世絵財団の所蔵品だから、巴水や吉田博があってもおかしくはない。
しかしリッカー美術館だった頃から知る身としては、流転の侘しさを思ってしまう。

巴水は近年たいへん人気が出てきて、再評価の機運も盛り上がって、めでたいことだ。
わたしも巴水ファンとして嬉しくて仕方ない。次は笠松紫浪も復活してほしいな・・・
今回出ているのは、さして数は多くないが名品ばかり。
都内を捉えたものより、「旅みやげ」「日本風景集」「東海道風景選集」などの、各地の名所図が多かった。しかも戦前の作ばかりを集めているので、本当に見るだけで嬉しくなる。

城崎をえがいたものがある。城崎は関西人には親しい温泉地だが、全国的には志賀直哉の「城崎にて」から名が売れたのかもしれない。
ここは外湯がいくつもあり、それを巡るのが大昔からの楽しみ。
だから図もまた夜雨の中、ぼーっと明かりが灯り、傘をさして道行く人がいる・・・そんな深い風情のある作品に仕上がっている。

巴水の夜は青い夜である。
画家で青色といえば「ジョット・ブルー」「海老原喜之助ブルー」そしてこの「巴水ブルー」が有名だ。それぞれ全て違う青色なのだが、巴水の青は日本でないと生まれ得ない青だった。

大宮見沼川  その青い夜に蛍火がチラチラ見える。向うには灯り。水の澄んだ所でないと蛍は生息しない。川の清浄さはまるでこの巴水の青い夜が育んだように見える。

昼もまた巴水は情趣豊かに描く。

木曾の寝覚め  ここは石が寄り集まったのではなく、木曽川の流れに浸食されて生まれた石の集まりによる、不思議な風景。寝覚ノ床。大正12年に国の名勝に指定された。巴水のこの作品はその二年後のもの。
ここには浦島伝説がある。太郎がこの巨岩の上で玉手箱を開いたというもの。
巴水は日差しのきつい時間帯を捉えている。岩の影が大きい。
ああ、夏だ夏だ・・・ こう書けば檀一雄「火宅の人」ラストシーンのようだが、実感としてこの図は「ああ、夏だ」と言わずにいられない一枚なのだった。

何を見てもどれを見ても素敵だった。

一方吉田博。吉田博の版画は「全版画集」としてまとめられた図録を名古屋ボストン美術館で見たことがある。吉田博もまた海外で先に評価を得た画家の一人。
わたしは彼の洋画「精華」(東博所蔵)が好きで好きで仕方ないのだが、画像を持っていなくて、非常に残念な思いをしている。

今回、彼の作品は全て海外を描いたもので、巴水と同時代の海外通の日本人の在り方、というものが想像出来て、たいへん面白い構成になっている。

ユングフラウ  青くて綺麗な山なみを見せている。吉田博は日本山岳協会の人でもあったそうだ。横浜美術館で「小島烏水コレクション」を見たとき、この版画を見たような気もする。たぶん、間違いなく。

タジマハルの庭  昔はタージマハールではなく縮めて書いたのか。これは色違いバージョンを拵えることで、タージマハールの一日の時間の移り変わりが見られる、という素敵な構成の作品。吉田博はこの手法をよく取り、帆船も朝・昼・夕・夜などと拵えていた。
わたしはけっこうこういうのが好きだ。
版画ではないが、伊東深水が傘美人をよく描いたが、あれも色違いで同じ構図というものがやたら多かった。なんとなく楽しい。

インドシリーズが続く。
丁度70年前に杉本哲郎が「アジャンター・シーギリヤ壁画模写」展を行い、それが去年京博で展示されたが、吉田博も同時代にインドに出かけているのだった。
荒井寛方もインドの壁画に感銘を受けているが、この時代の日本美術界はインドへのときめきがあったのに違いない。
村上華岳「裸婦図」、横山大観「流燈」などはインドへのときめきがないと生まれない作品だ。

アジャンター、エロラの風景はスケッチしたものを版画にした臨場感があるが、象の彫刻がとても気に入った。インドはやはり象の国だと思った。彫刻のゾウさんたちが可愛くて仕方ない。

他にも中国の風景がある。北陵(ホンタイジの陵墓)、奉天大南門、小姑山、石鐘山など、景勝地が明るく刻まれている。

ここにたどり着くまではちょっと苦労する私だが、かなり機嫌よく楽しめた。
美術館的環境とは言い難いが、それでも公開する場所と意思があることに感謝したい。




向付 茶の湯を彩る食の器

五島美術館では「向付 茶の湯を彩る食の器」展を見た。
だいたいがやきもの好きなので、喜んで出かけたが、予想以上に素晴らしい展覧会だった。
実物も素晴らしいが、それらの絵柄を一部ずつ選んだものを寄せ集めて拵えた幡がいい。
幡と書いたが、一種のカーテンのようなもので、これが天井から垂れ下がり、それを見るだけでも期待が否応なしに高まる。なんて罪深い演出なのだろう。実物だけでなく予告編にもこんな・・・(しかもその後の行方が知れないところがいよいよ・・・)

1.和物―桃山時代
このコーナーに集められた向付は黄瀬戸、志野、織部、唐津などである。
わたしは陶器より磁器が好きだが、黄瀬戸と志野とは仲良くしたいと思っている。
どれもこれも可愛いものが多い。

特に黄瀬戸はそれだけで欲しくなる。むろん実用品として。
花柄の入ったものもいいが、花の形の造型のものもいい。
ガラス越しに懸命に眺める。
志野は特に鼠志野が好きで、ここに並ぶ芦文四方筒などを見ると、「ああシックだなぁ」とため息がでる。
織部はやはりこの時代のものがいい。嗜好の問題なので特別好きなものはないが、それでも織部の大胆な形に緑と白の釉薬がザラッと掛かったものを見ると、これにはどんな食べ物がいいのだろうと考える。

ここで一番を勝手に選ぶ。
出光美術館所蔵の「高取割山椒向付」 笑み割れたような造型が素晴らしくて、出光で見たときから気に入っていた。

2.和物―江戸時代
いよいよ楽焼と色絵の登場である。
わたしは乾山と樂道入(ノンコウ)が偏愛の双璧。またそうした個人名がなくとも、鍋島の色絵などを見たら、それだけで半日は楽しくなる。

乾山の色絵竜田川図はMIHOさんから出張している分だが、これは人気のシリーズで、逸翁にもある。春秋の美を形にしたものは、いつの時代にも深く人々に愛されている。

百合の形のもの、菊の形に中身もわんさと菊の詰め込まれたもの、モザイク柄のもの、鶴や船などを描いた絵替わりもの・・・乾山ブランドは本当にどれもみんなステキだ。
こういうものを見ていると、嬉しくて仕方ない。
欲しくて仕方ないが保管するのが怖いので、画像を得るだけでもちょっと幸せな感じ。
それにしても乾山は本当に素晴らしい。

ノンコウの向付が一つだけ出ていた。可愛くて可愛くて、撫でてみたくなる。
これは見たことがあると思ったら、北村美術館のもの。
こういうとき、やっぱり関西在住でよかったとしみじみ思うのだ。

他にも一入の赤樂などがあったが、なかなか面白い造型だった。
樂家の作品は作家性だけでなく、その当時の千家の当主の趣味まで見えてくるようで、それがまた楽しい。

鍋島の可愛いものもある。サントリー所蔵。これらを見ると、今では大掛かりな展覧会しかしないサントリー美術館が、開館当初はこぢんまりと「生活の美」を見せていた・・・というのがしのばれる。’60?’70年代初頭、俳優でエッセイストの殿山泰司は赤坂に住まい、しばしば近所のサントリー美術館に出かけては、物思いにふけっていた。
そのことを書いた文章がそぉっと頭の中に甦って来たりする。

3.中国製―古染付・祥瑞
わたしは染付が大好きで、特に回青の発色が濃いものに惹かれる。ああ早く東博に行かねば・・・!それで祥瑞などを見るとドキドキする。
古染付は時折中国のものより、むしろ安南の方にいいものがあるなと思うことがある。

石洞美術館という美術館は名前は聞いたことがあるが、行ったことがない。しかしここに並ぶ展示品を見ると、強い誘惑力に引きずられる。
特に「古染付桃猿図桃型向付」などは、五枚並ぶのを見ると、物語が見えてくる構成で、それが面白くていい。こんなやきもの他で見たことがない。
まだまだ面白そうなものもありそうなので、いつか必ず行こうと思う。
また「琵琶型」なども他で見ていないから、ひどく感心した。

4.中国―赤絵
この辺りはあんまり関心がないので、スーッと眺めるのみ。面白いものもあるが、基本的に使ったときのことを考えてしまうので、どうもニガテである。

5.その他
阿蘭陀藍絵とか華南三彩などがあるが、やはりスーッと眺めたのみ。
しかしこうしたものばかり集めてみると、それはそれで面白いだろう。

発掘参考資料として、京都市考古資料館から50点余ばかりの向付が来ていた。
この考古資料館はバスで言えば堀川大宮の前にあるので、行きやすいところだと思う。
建物もレトロでステキ。
実はここに並ぶものたちの多くは、個人的に考古資料館で撮影をしてもいる。
しかし並べ方が変わると、とてもステキな完成品(または欠落なし品)にも見える。
機嫌よくすべて見せてもらう。

ああ本当にいい内容だった。26日まで開催しているが、あの幡はこの先どうなるのだろう・・・そんなことも気になりながらも、再訪したくなる展覧会だった。

唐三彩と古代のやきもの

2つの古陶磁器の展覧会を見た。
一つは静嘉堂での「唐三彩と古代のやきもの」、一つは五島美術館での「向付」。
どちらもとても素敵な展覧会だった。

まず唐三彩と古代のやきもの。
近年、静嘉堂は展示にもちょっとした楽しい工夫がされるようになったと思う。
展示室の入り口にまるで門番のように避邪の獣を一対並べている。
狛犬系が好きなわたしはもうちょっとで撫でてしまいそうだった。加彩魌頭(かさい・きとう)唐時代のもの。
(阿の開いた口に手を入れるのが大好きだ、子供の頃から)

新石器時代の頃から土こねてやきものを拵えているんだなぁ。
ワラビ文ぽい柄のついた壷があった。
どうしてか古代になるほど、渦巻パターンが活きている。

加彩人物 前漢時代  可愛い。素朴で。それにしても、この前代の秦の時代には兵馬俑などのウルトラリアリズム&巨大なやきものがあったのに、この時代は小さくて可愛いものが多い。・・・もし、劉邦でなく項羽が政権を取っていたら、どうなっていたろうか。

緑釉豚舎  後漢時代のやきものはシンプルなものが多くて、その分死後の世界への意識が強く感じられる。
これや竈などは、どうみてもドールハウスなのだ。明器というものはある意味とても可愛い。

緑釉狩猟文壷  銀化して妙に寂びた美しさが出ている。こういうのは綺麗寂びと言うてもいいのではないか。
  
唐代のやきものは優品がたいへん多い。

三彩婦人  これはほっそりした美人像で、諸星大二郎の「諸怪志異」の一篇を思い出した。そんな感じ。

三彩足噛馬  悍馬は自ら足を噛んで鬱血を流すそうなが、そんな姿がよく捉えられている。
それにしても馬もラクダも鴨もみんなリアリズムだな。たいへん素敵。

加彩神将  赤地花柄下衣が可愛い。歯並びがリアル。

唐美人の文化華やかなりし頃の楽しそうな姿を写したものもあるが、やはり文化の爛熟期には楽しいものが多い。

獅子がいた。こいつら前々から大好きな奴ら。唐獅子と言うよりわんこ。足噛んだり毛づくろいしたり。撫でたらゴロゴロ言いそう(そらネコか)。

三彩印花文枕  可愛い?!花花のパターニング。10x15x5。いいですねぇ。

ほかにも小さくて可愛らしい焼き物が多々あった。こういうのこそ賞玩したい。
掌の楽しみ・・・
やっぱりいいものはいいと思った。
画像の調子が悪くてお見せできないのが残念だが、本当によかった。

メキシコ20世紀絵画展

メキシコと聞いて思い出すものは、映画「革命児サパタ」(マーロン・ブランド主演)、骸骨ダンス、サボテン、ソンブレロ、トリオロス・パンチョス、それからフリーダ・カーロという順番だった。
メキシカン・ハット・ダンスという音楽もあったが、基本的にあんまり何も知らない。
革命児サパタの映画に感動したから、メキシコがたいへん重い歴史を背負っていることは、知っていた。
それから森村泰昌氏が扮装したフリーダ・カーロを見て、「うわ・・・」だった。
その程度の知識で、世田谷美術館のメキシコ20世紀絵画展に出かけたのだ。
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世田谷美術館の入ってすぐの空間、そこにチラシにもなったフリーダ・カーロ「メダリオンをつけた自画像」が一枚だけ展示されている。
フリーダ・カーロの生涯について向き合うことが、わたしにはなんとなく怖い。
そのために作品を眺めることまで怖くなっている。
苦痛と言うことを考える。
肉体の苦痛と精神の苦痛。どちらもフリーダ・カーロは極限まで味わっている。
彼女の人生で歓喜はなかったのか、歓喜の頂点に達することはなかったのか。
そんなことを思いながら、その自画像を眺める。
同じ男と二度も結婚し、二度とも花嫁衣裳も着られず、男は悪意もなしに裏切りを繰り返す。
そんな生活、辛くて仕方ない。

南米の歴史を考える。
シモン・ボリーバルが独立を志向し、軍を率いて各地を転戦したことを考える。
小さな島での革命を考える。
エルネスト・チェ・ゲバラの遺した「ゲバラ日記」は、極東の小学生たる私にも感動を与えるものだった。
そして映画「革命児サパタ」。
メキシコ独立に懸命に身を捧げるサパタとその兄。革命の成功?と幻滅。
ラストでのサパタへの凄まじい銃撃。
完全に死んでしまっているのにまだ撃つか。
しかし農民の心には「革命児サパタ」は死ぬことなく残り、いつか戻ってくることを信じ続けている。

その映画を見ていて、メキシコとは暑そうな国だと思った。同じ暑い国でも湿気のある暑さではなく、乾ききった暑さ。
テキーラを飲むしかない暑さ。
わたしはマカロニ・ウェスタンを見るときも必ず、憂鬱になったが、その同じ憂鬱さがここにあった。

メキシコの重さに負けた。
絵画の色調の重さは歴史の重さかもしれない。
明るい色を使っていても、それは隣の重い色に、重い塗り方に負ける。
重苦しく陰鬱な空気があたりに満ち満ちている。
わたしには息苦しい世界。

ホセ・クレメンテ・オロスコという画家はやはり事故で体が不自由になった人だが、この人も多くの強靭な作品を遺している。
「十字架を自らの手で壊すキリスト」 これなどは凄い迫力があった。
キリスト、暴れる。彼の伝記の中で暴れるシーンと言えば、商人たちの屋台をぶち壊して演説したときだけではないか。
しかしこのキリストは暴れ倒している。彼の信条から遠く離れて、異教徒を迫害するキリスト教への憤りを、自ら実践しているかのように。
この絵を見て、メキシコの人々の本当の宗教観を見た、とは言わないが、やはりこの絵はフィクションの中に本心が大きくのぞいているように思われる。

地理的な錯誤があったので、この展覧会でやっと納得したが、メキシコ以前にはアステカ文明が生きていた地なのだ。
そのアステカの王を描いた作品もあった。
ダヴィッド・アルファロ・シケイロス「クアテモックへの賛歌」 ・・・やっぱり勿体無い。一神教が力を持って、他宗派を滅ぼそうとするのがイヤだ。

ディエゴ・リベラがメキシコ最大の画家だと言うことだが、実物を見るのは初めてだった。
都市の一部を描いたものにちょっとホッとした。
わたしはあんまり農村とかそういうものに関心がないのだ。
それどころか微かな恐怖さえ感じている。

ルフィーノ・タマヨ、北川民次は以前からいくつか見ているが、それにしても本当に重たい。

最後に名古屋市美術館のホセ・グァダルーペ・ポサダの諷刺画が出ていて、それはなかなか笑えた。
オノレ・ドーミエのようなシャレたセンスで、チクチクしていて面白い。

ところで昔、「ハウリング」だか何か忘れたが、狼男の出る映画があった。オープニングに「ブルームーン」の歌が入り、誰かがギャグを飛ばす。
「様々な国の人々が乗る飛行機が墜落しそうになり、それぞれの国のものが次々に飛び降りて行く。
フランス人はフランス万歳、イタリア人はイタリア万歳、ドイツ人はドイツ万歳、そしてアメリカ人はアメリカ万歳と言ってメキシコ人を突き落とす」
そこでその場にいた全員が爆笑する。
これまた「うわぁ」なセンスだと思った。

二階の常設展では農民版画のようなものがあり、メキシコの重たさに負けたわたしを、更に蹴飛ばす力があった。
弱り果てながら、砧公園を後にした。

村山知義と「三匹の小熊さん」

渋谷のギャラリーTOMは、村山知義の童画家としてのサイン<TOM>から名づけられたと聞いたことがある。
その村山知義と籌子夫妻の楽しい童話「三匹の小熊さん」の展覧会が行われていた。
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楽しい童話、と書いたが1920年代のモダニズム精神があふれた、とても面白いシャレた内容で、今見てても笑えるお話なのだ。
絵を夫が、物語を妻が生み出す、ステキなコラボレート作品だが、絵の可愛さ・モダンさの魅力も深いが、物語のアッケラカンとした展開の速さ・奇抜さが、いかにも大正モダニズム的な楽しさに満ち満ちていて、本当に面白いのだった。
それは同時代の武井武雄・宮沢賢治・夢野久作、活躍期間はずっと後だが、同時代の空気を知る石川淳にも通じる面白さなのだ。

しかし話の概要は書きにくい。要するに、あるところに三つ子の小熊さんがいて、なかなかのいたずら者で、おかあさんも毎日たいへんなのだった・・・・・・・
友人のあひるさん行方不明事件や雪だるまさんのナゾ事件など色んな事件が起こる。
それらがひどく面白く、連作短編として、当時大人気だったそうだ。
わたしが最初にこのシリーズを知ったのは、1990年の「子供の本・1920年代」展だった。
西宮大谷美術館でこの物語を知り、更に1931年に製作されたアニメーション「三匹の小熊さん」を見て、大ファンになり、絵本や資料を探して大忙しになった。
現在では堀内誠一がプロデュースした復刻版絵本がある。
また数年前にはVTRソフトも出て、手に入れたときの嬉しかったことは、ちょっと表現しにくいぐらいだ。
それで今回はDVD化記念の展覧会だという話だった。

本当に面白くて仕方ない。ギャラリーでは原画のカラーコピーと当時の絵本と現在出版分の三つとが比較展示されている。
物語だけだと国書刊行会か三一あたりから出版された本にも載っていたと思う。
‘92年当時、わたしはそれを筆写したことがある。

この夫妻の作品を知ったのは、’90年だが、実際には三つくらいの頃から、作者を知らずに読んでいた物語があるので、随分長いつきあいになる。
童心社「おはなし、だいすき」の中にある「川へ落ちたたまねぎさん」が籌子の書いた童話で、絵は北田卓志だったが、その頃から今に至るまでこの童話が大好きなままだ。
村山籌子作品集〈3〉 川へおちたたまねぎさん村山籌子作品集〈3〉 川へおちたたまねぎさん
(1998/03)
村山 籌子村山 知義


わたしは四つくらいには漢字もかなり読み始めていたので、幼稚園の頃には絵本だけでなく読み物もたくさん読んでいた。
この「おはなし、だいすき」のおかげで松谷みよこやいわさきちひろのファンになったのだから、本当にありがたい本だ。ぼろぼろになったが、今も手元にあるし、読み返すとやっぱり面白い。
(村山知義の方は、叔父の勧めで「忍びの者」を中学のときに読んでいた。マヴォ関係や思想関係のことは随分後になって知った)
忍びの者〈1〉序の巻 (岩波現代文庫)忍びの者〈1〉序の巻 (岩波現代文庫)
(2003/01)
村山 知義



話を戻して「三匹の小熊さん」。彼らは結構いろんな冒険をするし、夢想もする。偏食も多いし、わがままも多い。まじめで賢い子供より、そんなの方が面白いに決まっている。
「なんと都合がよいのでしょう」と、いきなりの展開も面白い。
なんでいきなりそうなるねん、というツッコミを入れながら読むのがまた楽しい。
不条理ギャグとでも言うのだろうか。それを素知らぬ顔で平気で押してくるところが面白い。
そしてまた三匹の小熊さんたちの可愛らしさ。モコモコしているのが描線でよくわかる。
赤青黄色の派手な色合いもいい。なんて楽しいのだろう。

三匹の小熊さんと一緒に遊びたい、と思った。

大倉喜八郎と大倉集古館

来月はいよいよ恒例のホテルオークラのアートコレクション展開催だが、その前の月には「大倉喜八郎と大倉集古館 事業と美術品蒐集の軌跡」展が開かれている。
息子の大倉喜七郎の方はバロン大倉として戸板康二「ぜいたく列伝」にも描かれているが、大倉財閥の基礎を打ち立てた父上の方は、案外読み物も少ないような気がする。
その意味で今回の展覧会はよかった。色んなことを知ったような気になるので。

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チラシ右上の書画は喜八郎の趣味の狂歌関係。なかなか面白い狂歌を拵えていた。
やっぱり世代の差もあるが、息子と違って古風な和への愛情と中国趣味とがある。
喜八郎の頭の向かって左上にある「萩に螺鈿象嵌火鉢」や右の「四君子象嵌重硯箱」などを見ても、その偏愛の様子がわかる。
この火鉢は向島別邸に置かれていたものらしい。
向島、と聞くだけでも江戸からの続き物のような気がするではないか。
それで思い出した。
キャバレー太郎と謳われた美術コレクター福富太郎氏は、色んな伝手があって、思いがけぬものを手に入れることが多いと、エッセイに書かれていた。
その中で、この向島別邸から出た鏡を氏は手に入れ、自分の身だしなみを確かめる鏡に使っているそうだ。その写真もある。
つまりわたしは向島別邸に備え付けられていた鏡と火鉢とを見たことにもなるのだな。

また小川破笠(おがわ・はりつ・・・江戸時代の蒔絵細工師。特異な技巧を見せた)の作風を慕って、作らせた「破笠細工屏風」も素晴らしかった。
蒔絵に牙角、陶片、板金、珊瑚などを併せて装う細工もので、上臈に傘をさす花見模様が描かれているが、木彫彩色鏝絵のようにも見えて、その古めかしい派手な美しさが目に残った。

他に狂言装束や正宗の刀などもあった。
それから旧の大倉集古館と大倉邸は明治の浮世絵にも描かれているが、それが展示されているのを見たところ、大倉邸は今のホテルオークラと形がよく似ていた。
たぶん、この旧邸宅を模したのが今のホテルなのだろう。そう理解した。
一方中国への偏愛の強さも忘れてはいけない。

今の大倉集古館は伊東忠太の設計によるもので、中国趣味満載の楽しい建物だ。
‘97年にわたしは建物の撮影をさせていただいたが、本当にどきどきした。
忠太を満喫した、そんな気分。(わたしは忠太ラブなのだ)
忠太は中国趣味というのではなく、大アジア趣味というか、ロバに乗って中国から欧州まで旅した人なので、意識が果て途なく横に広がっている。
だからそんな忠太の趣味と合致する人といえば、大谷光瑞と大倉喜八郎の二人しかいない。
光瑞の依頼を受けて拵えた建物で現存するものは、築地本願寺と京都の伝道院がある。
喜八郎の方は、この大倉集古館と京都の祇園閣がある。
その祇園閣の模型があった。

祇園閣は普段非公開だが、時々公開する。以前撮影に出たが、ギョッとした。
こればかりは京都に来て、実物を見ないとわからない。
そして建築探偵・藤森照信先生の言を借りると「京都には三つの塔がある」・・・その三つ目の塔として、この祇園閣が選ばれていた。
忠太の拵えた平安神宮のすぐそばの、京都国立近代美術館の四階へ至る階段から南側を見ると、そこに祇園閣がある。
長刀鉾が移動したのか、と思うようなものがそこにある。
つまり祇園閣とは長刀が天頂に立つ建物なのだ。

その模型は細部までよく出来ていた。
なにしろ最上階の天井絵、これまで再現されていた。
その天井絵は十二支の動物たちが円座を組んだもので、見上げたわたしは心の中で「うわーっチュウターチュウター」と叫んでいたのだ。
だからこの模型を見て、うれしくて仕方なかった。

話を戻して大倉喜八郎。
昭和初期、大変な高齢のときに登山を決行している。催行随員は百名ばかり、現地の協力スタッフを数えると五百人を超える大掛かりなプロジェクトになったようだ。
カネモチの驕りと見るよりも、どことなく楽しいエピソードだと思った。
それにそのことで潤う人々もいたのだし。
カネモチはカネを使うギムがある。

喜八郎は大倉商業という学校を拵えたりもして、それは今は東京経済大学になっている。
関西にも大倉系の高校がある。
教育機関を拵えるのは偉い。やっぱり昔のカネモチはただ儲けるばかりではなく、どこかで社会還元をしている。
美術館もまた同じだ。
今の世ではなくてよかったな、と思いながら、今の世に生きるわたしは展示物を眺めて歩いた。展覧会は28日まで。次は8/4から。

「旅へ」/「プレスカメラマンストーリー」

東京都写真美術館で「旅へ」と「プレスカメラマンストーリー」という展覧会が開催されていた。
「旅へ」は鶏卵紙に手彩色を施したような写真がメインらしく思われたので、そういうものが好きな私はわくわくして出かけた。
一方の「プレスカメラマン」はチラシがあれなので期待できなかった。
ところが、前者は期待通りのワクワク、後者は「えええええ」の内容で、随分時間をかけて眺めることになった。
まず「旅へ」cam317.jpg

これは三部構成の展覧会で、私が見たのは第一部「東方へ」だった。
東方へ、と言うと日本を中心に考えれば、更なる東の国を思うのだが、この場合は西洋人から見ての「東方」なので、この日の本の国の風景を中心に見ることになる。
とはいえ最初に現れるのは、ギリシャ、スペイン、イタリアといったサクソン人の国から離れた地であり、続いてエルサレム、エジプト、カンボジア、中国、そして日本へと至る。

およそ160年前の観光地はどこも皆、素晴らしく見えた。現在でもたとえば「世界遺産」の映像や写真を見れば、それだけでときめいたりするのだから、こんな頃だとなおさらだろう。
実際に自分が行った地であっても、これら過去の写真の中では全く見知らぬ土地に見えて、非常なときめきが生まれてくる。

アルハンブラ宮殿の獅子の噴水、ボゴダ寺院の眺め、ストックホルムの海の教会、ローマの遺跡、クレムリンの眺め・・・
そしてマクシム・デュ・カンの160年前のエジプトツアー。
これは以前に伊丹と三鷹とで展覧会が開催されている。
20世紀初頭のエジプト熱の萌芽が既にここに見えている。

やがて日本へ来る人々。
横浜の断崖から見る富士山。鎌倉の大仏。チラシの写真は鶏卵紙に手彩色だが、不思議な効果をもたらしている。
たとえばこの大仏などは、その本体が何の金属で出来ているかを教えてくれる。
といってもリアリズムから遠く離れていて、書割の風景のようにも見える。
それがひどく楽しいのだった。

外国人から日本人へ移る「日本の風景」写真。日下部金兵衛という写真師が江ノ島・箱根・日光から有馬・金閣・錦帯橋・長崎へと写し歩いている。
明治の人々の日常を捉えるカメラの目。
富士講の人々、洗濯するおかみさん、行商人、遊ぶ子供たち、按摩、漁師たち。
そして撮影するために装わせた結婚式と、切腹。
ハラキリは外国人には大人気だった。
この写真は以前から見知っていた。
実物を見たがって切腹の場に臨席し、現物への恐怖のあまりに、嘔吐し失神したフランス人たちの故事を思い出す。

明治天皇が西国巡遊された際の随行写真師として各地を撮り続けた内田九一の作品が並ぶ。
その構図を見ていると、織田一磨の版画と共通するものがあるように思えた。
というよりもしかすると、ある時代までは、各地の風景は変わらなかったのかもしれない。
最後に現れた写真が一番気に入った。
「大阪 高麗橋」 外輪船とカキ舟のある風景。古き昔の大阪の情景がそこにあった。

第二部は修学旅行写真らしいので、第三部を楽しみにしている。

そして「プレスカメラマンストーリー」。
これはてっきりキワモノ系かと思ったら、最初から最後まで見ごたえのある内容だった。

最初に影山光洋というカメラマンの作品が並ぶ。(名前に影と光がある。なんとぴったりだろう)
226事件、ゴールドラッシュ、シンガポール陥落、山下・パーシヴァル対談と来て、個人的歴史(彼の家族の肖像)が続く。
五歳で亡くなる末っ子の一生をフォトストーリー風に綴るシリーズが、胸を衝いた。
報道カメラマンたる彼は、その一方で家族仲のよい一家のお父さんとして、家族写真を写し続け、そして末子の死とその後とをカタチにして見せた。
カメラマンだから出来ることなのか、カメラマンだからしてしまうことなのかは、わからない。
しかし、その後にエリザベス・サンダースホームの澤田美喜さんと子供たちの写真が何枚か続き、このカメラマンは報道写真のカメラマンとしては優しすぎる人なのではないか、と感じた。

大束元というカメラマンが今回のチラシの作品を撮った人。
写真としては面白いが、「チラシになるとどうかなぁビミョ?」という感想を持たせるような作品がいくつかあった。
ピストン堀口、白井義男、升田幸三、マーサ・グラーム(マーサ・グラハム)、東郷青児・・・
有名人の写真が多くあった。

雑誌連載の「現代の感情」著者は吉岡専造というカメラマンで、鳩山退場、ピケライン、吉田茂らを捉えていた。
面白いのは’56年の「大衆温泉場にて」 これは温泉場の休憩所を写していて、長い低いテーブルに食べ物があり、人々がおのおのくつろぐ姿が写されている。
これは今も日帰り入浴施設でよく見かける光景だった。
あの長く低いテーブルやヤカンは不可欠のものなのだろう。
私はそれを見て、北白川ラジウム温泉、スパワールド、別所温泉などを思い出していた。
こういうところでは、のり巻・鍋焼きうどん・みかん・焼きそばが何故かおいしいのだった。

秋元啓一というカメラマンは’65年のベトナムにいて、「銃殺?ある高校生の死」というシリーズものを手がけていた。
これはたまらない写真だった。ベトコンと目された少年が射殺され、遺体が運ばれ、その縛られた杭の下にたまる血まで写し取られている。
ベトナム戦争の悲惨さがじわじわと胸に染み渡る。

‘30年代後半の日支事変以降の写真が多く並ぶ。朝日新聞の特派員からの写真。
上述のカメラマンたちもここに所属していたらしく、いくつか名前がある。
ただしこの頃の写真は「作られたもの」なので、真実は見えない。
現地中国人と仲良くする日本兵などである。
しかしあまりに時間が長く過ぎすぎた。
日中戦争そのものを聞いたこともない人がこれらを見て、「ああそうなんだ」と思う・・・それもありうるのだ。
たいへん怖いことだと思った。

小学生の頃「一億人の昭和史」シリーズを読んでいた。その中で「不許可写真」号があった。発禁写真ばかり集めたもの。南京大虐殺かどうか今となっては判然としないが、殺害する写真を見た。事実だからこその発禁だとそのとき思った。
しかし大日本帝国の国民たちに公にされる写真は、この展覧会に並ぶものなのだった。

そして最後にはベトナム戦争の写真が並んでいた。
こちらは30年前とは違い、悲惨さを写し取っていた。
それはわが国が起こした戦争ではないから出来たことなのだろう、と思った。

どちらの展覧会も既に終了している。
見てしまったものを忘れることは出来そうになかった。

夭折する、ということ 1 清原啓子の銅版画を見て

八王子でムットーニ展に幻惑されて機嫌よくなっていたところで、地元の画家を紹介するコーナーに入った。
作品より先に、作者のポートレートが目に入った。なかなかきれいな人だと思ったが、少し昔風だとも感じた。
当然だった。その人はもうこの世にはいなかった。このポートレートは20年以前のもので、作者は31歳で夭折していた。
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わたしは現代作家は苦手な人が多いが、この清原啓子という人の師にあたる銅版画家・深沢幸雄は以前からかなり好きだった。たばこと塩の博物館、伊丹市立美術館などで作品を見てずいぶん惹かれたものだが、その人の教えを受けたとは思えぬほど、清原啓子は師とは遠く離れた世界観を持った作家だと思った。

「今は物語性の絵などタブーのようだが、わたしは時代錯誤と思われても、絶対にそれで行く」
深沢幸雄が今回の展示に当たり、彼女の言葉を拾ってきて、文中に挙げていた。
彼女は夢野久作、久生十蘭のファンだったようで、’82年にはその十蘭にささぐ、と題された作品も生まれている。
久作も十蘭も、わたしもとても好きな作家だ。やはり彼女と同じように大学の頃に深く惹かれた。だからこの作品が十蘭に対してどのような想いで捧げられたか、何に対しての供物なのかを考える、そのこと自体がひどく魅力的だと思えた。
尤も十蘭と久作とは、その紡ぎだす作品世界は、共通するものはなく、全く異なる様式のものだったが。

物語性のある画、というものにわたしも深く惹かれている。
ラファエル前派に傾倒したのも、物語を描いた絵画だったからだ。
そこにある美には文芸性があった。
またわたしは大正から昭和戦前にかけての挿絵に強く惹かれている。
絵を見て文章に、物語に意識が向かう、そんな挿絵を愛している。
(結局そうした傾向が、前衛や抽象表現を拒む原因となっているのだろう)
作品世界に文芸性が欠落しているものへの関心が薄い。

ただし清原啓子の作品は、作品それ自体に何らかのメタファがあるのは感じるにしろ、それが何であるかを探り出すのは、困難を極めるような造形となっている。
元の物語が何かを探るのは空しい。原作というものが存在しないのだから。
しかし、その画には物語がある。
その物語を探るのは、観るものの義務または特権である。

清原啓子のエッチング作品のタイトルを羅列してみる。
鳥の目レンズ、セルピムは夢想する、石の花、貝殻について、後日譚、凍花天使、魔都、眠る砂城、夏の掟、孤島。
なんと魅力的な言葉の群れだろうか。
そしてその言葉を冠された銅版画たちは、タイトルを裏切ることなく、神秘的な面持ちを見せて、そこに在った。

今、久生十蘭の小説を読もうとすれば国書刊行会の全集か、創元社や講談社文芸文庫などの短編選くらいしかないように思う。昔は三一書房からも出ていたような気がするが、はっきりしない。あれは久作か。あと社会思想社から出ていたが、悲しいことに倒産してしまい、手に入らなくなった。
もし春陽堂あたりが十蘭の全集を刊行するなら、清原啓子の作品をその表紙絵に、と思うのはわたしだけだろうか。

全く知らなかった作家を知ることが出来、うれしい気持ちがある反面、既に新作が望めない哀しみも同時に味わわされた。

夭折する、ということ 2 劉生の肖像画を見て

前期展を楽しんだ後、後期展に出かけた。
損保ジャパンへは今回間違うことなくたどりつき、美術館第一室目の劉生自画像群を振り捨てて、麗子のもとへ向かった。
劉生は麗子を延々と描き続けた。
愛娘、と言っても愛らしく描こうとはせず、実験的な手法で描くことも多かった。
寒山拾得風な麗子もあれば、重厚な麗子もある。

メナード所蔵の「笑う麗子」はにんまり笑いを浮かべている。三日月のような口の端の上がり方が、子供の心の不可解さをみせている。

泉屋分館の「二人麗子」はドッペルゲンガー風で興趣のそそられる絵で、以前から好きだった。何度も見ているが、後期に現れることを知った以上は、会わずにいられない。

しかし今回、コンテによる「三人麗子」には目を瞠った。
縁側に座る麗子、遊びに来た二人の麗子。それぞれが円空佛、寒山、拾得のようにみえてしかたない。不思議な楽しさがそこに漂っている。

麗子立姿、と題されたうちの一枚に、花を手にし、腰をかがめた麗子がある。
そのポーズには北方ルネサンスの名残があるように思えた。
劉生は麗子と言う存在を通して、己の学んできた技法・画法、これから使おうとする手法、それらを総て世に出そうとしたのだ。
だからこそあれほど様々な麗子の表現があるのだ。

「麗子微笑像」 髪に椿のぽっちりをつけた麗子が機嫌よく座る絵。東洋にしか生まれ得ない可愛らしさがある。なにも愛くるしいことだけが可愛いのではない。この麗子もまた可愛いことに間違いはない。
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劉生が最後に麗子を描いたのは彼女が16才の娘になった頃だった。
ここにあるものだけでなく、別な一枚も見ているが、どちらも「16才の娘」の絵だった。
実験精神はそこになく、16才の一人の娘さんがそこにいる、そんな絵だった。
劉生がその歳に死なず、麗子の成長を見つめ続けることが出来たなら、どんな絵を描いたろう。
夭折する、と言うことはやはり無念なことなのだった。

地元で遊ぼう

今日は地元で遊んだのでその話を書く。
梅田の地下街は広いから苦手やと言う人もあるけど、私は好き。
それで今日もディアモール方面歩いてたら、イベント域でなんかしてる。
以前はオーストラリアワインの小瓶もろたな、と思てたらメイトーのホームランアイスのキャンペーンで、アイスバーをプレゼントしてくれはった。
これは嬉しい。私がもろたアイスバーは、中がバニラのタワーで壁がソーダ味のもの。
こういうアイスが実は一番好きだ。
しかも「当たりが出れば」もう一本、ということはないが、何かしらプレゼントが貰えるそうな。当たった人のところへ寄ってゆくと、ホームランバーのキャラ絵の入った文房具セットだった。オジサン、喜んではる。

機嫌よく大丸へ行くと、地下の入り口付近で平売りしてるのを見かけ、ちょっと小奇麗な紺色のチュニックを買う。
そもそも朝一番に、母親から「知人のお子さんにあげるから浴衣の兵児帯を探し出せ」と指令が出て立ち働いた果てに、大昔の服で、今かえってステキ系な服をたくさん見つけ出してホクホクしていた。(ただし冬物)
更にそこへ妹から家庭菜園の野菜とか服とか送ってきたので、ちょっと一瞬衣装持ちになり、気が大きくなったのだ。(はぁ?)
わたしは優柔不断なので、服一枚買うのに時間がかかるんだよな。それがたった20分で決めてんねんから、まったく珍しいということよ。
それと探し出した中に江戸紫色の地にピンク色の大きな花の絞り染めという可愛い帯があって、気に入ってそれを今手元に置いている。
ほかに仕付け糸のついたままのちょっとレトロモダンでシックな着物を見つけ出し、これをなんとかコートに仕立て直せないかと、真剣に考えている。
たまにはこんな日もあるもんだ。

ところで今日は天保山のサントリーミュージアムと本町のINAXギャラリーへ行く予定があるが、いつもなら地下鉄で梅田から本町経由で大阪港という道のりだが、いっぺんバスに乗ったろと考えた。
京都市内はバスで動き回るのが得策だが、大阪市内は地下鉄でどこへなと行けるので、大阪市営バスに乗るのはこれで人生六回目くらい。
小一時間かかるようだが、今日はのんびりできるので、いいさ。

御堂筋は南下する一方通行の道路。歩く時とは視線が変わるので、面白い面白い。
旭屋書店本店と隣の肉屋のヤマタケは変わらないが、その隣がなんか閉まっている。なんやったかな、あれは?
大江橋、淀屋橋と来て西へ曲がる。日銀の重厚な石造りの建物のそばに、京阪の新線の駅があるが、木造なのがまったく良くない。木ならなんでもヨシだとでも思っているのだろうか、これは失敗例。周辺との調和というものを考えていない。

土佐堀通りを行くうちに、肥後橋あたりからフェスティバルホールが壊されてゆくのが見えた。せつないなぁ・・・
阿波座界隈まで来ると、近代建築の菅澤歯科が見えたりする。ホテル花ノ井の天然温泉に入りたいな・・・川口まで来た。古い教会があるが、座席の関係から見えなかった。
バスというのも楽しいもんです。

ところでいい子ちゃんぶるわけやないけど、バスや電車ではなるべくお年寄りに席を譲ることにしている。そら私が具合悪いときはあかんけどね。
大阪と京都はわりとそういう意識が残っているというか、生きていて、やっぱり席を譲るのをよく見かける。
それでおじいさんが乗ってきたので声をかけたが、フラフラと前へ行く。
斜め前の奥さんも声をかけたが、おじいさんフラフラと前へ。で、乗ってきた次のバス停で下車。歩いても5分かからない。タダ券あるから乗ったのだろうが、ちょっと考えさせられた。さっきの奥さん、私を見て苦笑を共有する。

天保山サントリーミュージアム(サントリーは大阪ではなぜかミュージアムと称する)では安藤忠雄の展覧会が開催中なのだが、満員御礼らしい。
なんでもご本人が来場しているみたい。
今回の展覧会は「対決。水の都 大阪VSベニス」というタイトル。
ベニスの廃パレスを美術館にリノベしたのと、大阪にもっと桜を植えて、地盤沈下の激しい大阪を浮上させよやないか、という心意気を示した展覧会なのだ。

プンタ・デラ・ドガーナ再生計画とか中之島プロジェクト、直島のベネッセハウスなどの模型がいっぱい並んでいた。特に中之島の模型は大変大きくてリアルで、見ごたえがあった。御堂筋のイチョウ、中之島の桜が今よりもっと拡大すれば、緑の少ない大阪もきれいになるやろう。
兵庫県立美術館界隈の模型もある。明日行くけど、正直行きづらい場所にあり、内部構造も苦手。安藤さんは人間としてはええねんけど、その作品は使いにくいものが多いように思う。
実はずいぶん以前、建築界のさる名のある人と飲んだとき、「安藤さんは作品は素晴らしいが、あの性質にみんな騙されるんだ。すぐ東京の若手は丸め込まれるんだ」と苦々しく言うのを聞かされた。
わたしは答えた。「へぇそうなんですか、評価が逆ですねぇ。大阪では、安藤さんはヒトはええねんけど、作品もうちょっとどないかならんかなーと言う人が多いですわ」
その<人タラシ>安藤先生はニコニコしながら熱心にサイン会を続けていた。
間近で眺めると、やっぱり愛嬌のあるオジサンやな、と思った。
安藤さんの親族の一人と中学以来の付き合いがある。
彼のケータイの写メには、安藤さんが彼の子供を抱っこしてコタツにいる姿があった。
子供はコブシを突き上げて、天下の安藤忠雄のアゴをアッパーパンチしていた。
う?む、やるのぉ(なにがや?)

大阪港から地下鉄で堺筋本町に出て、こうはら養宜館という昆布屋さんに行く。ここの梅ようぎ茶というのがおいしいらしく、母から買って来いと指令を受けている。(よく働くぜ、わたし)
そこから本町へ向けてテクテク歩いて、INAXギャラリーへ。
チェコのキュビズム建築を見るが、これはまた日を置いて詳述する。
オーガニック系のドーナツ屋でラムレーズンドーナツを食べたが、おいしかった。
その後はせんばをぶらぶら歩いてお買い物。

面白いことに船場では現在、インド綿を加工した服を置く店が増えている。
大阪は暑いから、インド綿の涼しさが気に入ったのだろう。
一方京都では着物を加工したアロハやタンクトップなどを置く店が増殖している。
そしてそれぞれの地以外では、それらを着る人を見ない。

ランジェリー屋さんに入り色々物色したが、錯誤ということがひどく面白く作用する状況に入った。(硬い書き方やなぁ)大体のところは想像してください。
買い物荷物が重くなってきた頃、造花の仏花などを見た。
こういうのもいいと思う。一瞬購入しようかと思ったが、今回はやめた。

梅田に戻り、阪神の地下二階のスナックパークへ行くと、うどん屋が店舗改装のため休業していて、その隣のラーメン屋がなくなっていた。併合されるようだ。
そう言えば地下一階の元は神宗(昆布屋)が入っていた跡地には和菓子屋さんがあったが、それも今日見たら閉まっていて、次から紅茶のルピシアが入るらしい。
阪神のデパ地下は日本一だから、生存競争は厳しいのだった。

551の蓬莱で冷やし中華とチャーハンとを食べる。まあまぁおいしい。しかしレーメン系は10分ほどかかるのは仕方ないから苛立ちもしないが、同じ551なのに京都の店はたいへん遅かった。これは大阪が早いのと、京都がのんびりしているから、という違いなのだろうが、大阪のスピードに慣れてる者は、いくら同じ経営だからと言うても、京都に大阪並みのスピードやサービスを求めてはいけないのだった。
551で冷やし中華を食べるたびに、必ず京都での遅かったことを思い出してしまう。

帰宅したら、せっかく巨人に勝ってたのに、藤川くんが打たれて同点にされてしまった。
くやしいなぁ、くそ??っっそれでも最後まで応援して、10時過ぎまでお付き合いしてしまった。ああ??もぉぉぉっがんばれ阪神タイガース!!!
というわけで終わり。

おまけ。長々書いたけど、実は昨夜1時前からPCを完全スキャンしたら、なななななんと16時間かかった!!!こんなの聞いたこともない。(普段は3時間)
いよいよこのパソもアカンか、と思ったよ。動作も遅くなってきたし・・・。で、再起動させたらスイスイ動く。
いったいどうなっているのだ・・・。しかも画像の取り込みが最近悪いので、困っている。
5年使うともうアカンのかしら・・・。

ムットーニ ワールド からくりシアター

ムットーニの実演があるとなれば、多少の犠牲を払ってでも見に行きたい。
八王子夢美術館の実演の時間に間に合い、大勢の観客の隙間に入り込んで、その口上を聞く。
独特の声、不思議な抑揚。
ムットーニの幻術に入り込んでゆく快さを感じる。

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ムットーニを造物主として生み出された世界。
それはこの世に共生してはいるが、全く別個の世界である。
この世に活きる別な世界。そしてそれは時折こうしたカタチで我々の前に供される。
供される、と書いたが実際には「饗される」というべき、歓びがそこにある。

「グロリア マリアが来たりて」
タイトルを語るムットーニの声。荘厳な音楽と光、そして微笑む口元と目尻の下がる大きな目の女がそこに現れる。
たとえばこのタイトルが全く違うものであっても、我々はムットーニの口上を聞き、そして目の前の動きに酔い、歓声を挙げ続けるだろう。

どこか不気味さを漂わせた町(または室内)、不可能な恋愛、帰ることの出来ない道、そこで繰り広げられる不可思議な夢・・・
それらがムットーニによって差し出された供物だとすれば、我々はその供物を気づかぬままに(あるいは十分に意識して)貪り、その結果として道をなくしてしまうのだった。

口上がなくとも、自動人形たちが動き出す時間がある。
時間。時間は人間の意識の中ではどのように捉えられているのだろうか。
1分は60秒、1時間は60分、または3600秒で構成させている。
分割すればこんな形も生まれる。15分が四つ、20分が三つ、25分が二つと余り10分。
自動人形たちは、その定められた時間の流れとは異なる速度の時間を生きている。
時計形タイマーを胎内に仕込まれたからくり箱たち。
開かれる世界、閉ざされる世界。
箱の中にはそれぞれの生があり、時には死がある。死を前提とした生、というべきか。

誰か他者の生み出した作品世界を種として生まれた物語が、まったく異なる様相を見せることがある。
ムットーニという土壌が種を溶解し、再構築し、新たな遺伝子をまとわせて、外界へ吐き出すのだ。
宮沢和史の詩も、漱石の悪夢も、村上春樹の小説も、すべて遠く離れた地に着地し、ムットーニの遺伝子を受けた花を開かせる。

仕掛けのないジオラマが展示されていた。
鶴見ジオラマ。昭和40年代頃なのか、そんな匂いがする。
ここには物語はない。表立った事件もない。しかし「何もない」とは言えない。
この町の一軒一軒の家の奥にこそ、物語がある。
ただそれをムットーニは隠しているだけなのだった。

一人でみつめる装置が設えてあった。
2009年、今年作られた新作たち。不思議な気持ちで一つ一つをのぞいた。

・・・・・・わたしはいつ、この展覧会の会場の外に出たのだろう。
記憶がはっきりしない。どうやって出たのか。
八王子での実演は7/5で終わっている。
しかしわたしは思うのだ。
わたしの心の半分はムットーニのあの新作の箱の中に封じられているのだろうと。

今度またどこかでムットーニの実演があれば、必ず出かけなくてはならない。
わたしの心の半分を取り戻すためにも・・・・・

花と鳥の肖像

野間記念館ではいつも楽しい思いをする。
今回は花鳥画が集められている。
「花と鳥の肖像」素敵な副題。
実際すてきな花鳥画がそこにある。

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白猫が身を低めて野を行く。青い夕方。葉の青さと猫の白さ。
白猫には青い葉陰が似合い、黒猫には緑陰がいい。
荒木十畝「黄昏」
紫苑の花というものを実際に見たことはない。見ていても認識していないなら、見ていないのも同じだ。
石川淳の名作「紫苑物語」の中にこんな台詞がある。
「紫苑はものをおぼえさせる草、いつまでもわすれさせぬ草じゃ」
紫苑は記憶を棄てさせない花なのだった。
「月はいよいよ冴えて、光ふりしく中に」
小説はそのように続き、絵はその月光に照らされた花の下の猫を際立たせる。

金泥と紺彩とが孔雀の園を彩る。
秋の植物が咲き乱れる野に孔雀はいる。孔雀は金色の鳥としてそこにある。
その金色は輝く金ではなく、沈む金色だった。
吉川霊華がこの「孔雀秋草」を描いた当時、金は華やかな光を放っていたかもしれない。
しかしその赤金・青金は経年の為に華やかな輝きを失い、失うことで永遠の美を獲得した。

描線がそのまま肉となる孔雀。孔雀の羽根も身も金色に覆われている。
桔梗が咲く。桔梗は紺彩で塗られている。紺彩の桔梗はその紫の花の色を思わせる。秋の七草。女郎花は何の色をしているか。
複雑な色彩を見せるはずの花々が、全て薄い金色と紺彩とで描かれている。
ひどく美しい情景がそこにある。

本絵では今回、荒木十畝の作品にばかり目がいった。
「残照」「四季花鳥」など幻想的な美しさが満ち満ちた作品ばかりが並び、一枚一枚眺めることが、それ自体が喜びとなった。

京都でしか見ることがないと思っていた西山翠嶂の作品があった。
さすが野間だと思うのはこんなときだ。
金波玉兎  波乗りウサギの図。謡曲「竹生島」の一節から生まれたこの構図は、広く愛されてきた。上村松園さんなどはその構図を帯にしばしば誂えた。
だから彼女の描く娘たちの多くは、赤地に金色の波ウサギの柄の帯を締めている。
この金波玉兎は絵馬にしたいような一枚だった。
ただしそうなると月の使者ではなく、因幡の白兎と言った風情になるだろうが。

ほかに栖鳳の可愛いわんこの絵があった。

色紙コレクションは見ても見ても見飽きない。そしてまだまだ全てを見せてはもらっていない。
今回、木村武山の十二ヶ月図で、気に入ったものが色々ある。
三月の蝙蝠。満月の光で影絵のように浮かぶ蝙蝠と、風に舞い散る花びらと。美しく、またどことなく切ないような構図だった。
六月の鷺。二羽の鷺の立ち姿の美しさ。まるでモデルのような姿だった。

小茂田青樹の十二ヶ月図もいい。
七月、百合蝶。白百合にくちづける黒揚羽。コイル状の蝶の舌が、百合の花芯を甘く吸うている。
九月、葡萄。これは巨峰かもしれない。丸々したおいしそうな葡萄だった。
わたしはマスカットより巨峰やピオーネなどが好きだ。

福田平八郎の色紙を見ていて、その意図的な位置関係が、ひどく面白かった。
構図は画家それぞれの考えに基づいて作られるものだが、平八郎の構図というものは、よくあるようでいて、誰とも似ていない。間の置き方も絶妙だと思う。
これは色紙という限られた小さな空間の作品だからこそ、気づけたことかもしれない。

このように野間ではいつもいつも本当に楽しい気持ちで、作品を眺めることができる。
もう少ししたら野間は夏休みに入り、9/5からは近代の洋画展が開催される。
いつまでも反芻したくなるいい展覧会だった。

ゴーギャン展

東京国立近代美術館で「ゴーギャン展」を見た。
初日の夜間開館に出かけたが、多くの観客がいた。
好きなものだけを書く。

<我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか>
他者への問いかけなのか、自問なのか、独言なのか、格言なのかもわからない言葉がそこにある。
その言葉は色彩をまとい、線を得ている。
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青と黄色が目に残る作品。タヒチの地の人々の姿がそこにある。
青と黄色を何故ゴーギャンが選んだのかは知らない。
以前何かで読んだが、南の国では青と黄色との区別をつけずに来たそうだ。
タヒチがそうだと言うのではないが、タヒチは欧州の人間にとって紛うことなく<南の国>なのだ。
そして南の国は楽園であると同時に死の島でもあった。

左端の老女はペルーのミイラのような格好で我が身を閉じ込めようとしている。
ペルーのミイラのその形は、胎児を模した形でもあるが、ここでは死と再生の象徴ではなく、じわじわと忍び寄る死への恐怖に苛まれる姿にしか見えない。
また右端の幼児は果たして息をしているのか。
生と死とを感じさせるのは人々の姿だけではない。
幼児のすぐそばでくつろぐ白い手の黒犬。これはエジプト神話のアヌビス神のように見える。この前足と胸に白を広げる黒犬は、タヒチを描いたほかの作品にも姿を見せているが、「馴れた犬」ということではなく、なんらかの象徴のように思える。
そして先ほどの老女の足元には白い鳥がいる。
この鳥は飛べる鳥ではないように思われる。アジアからポリネシアにかけて「鳥は死、魚は生」という認識が広く持たれていた。
その鳥がそこにいる。そのことだけでも静かな不吉さを感じ取ってしまう。

しかし今回この絵を間近に見て、中央下部の少女とそのそばの白猫たちに惹かれた。
果実を食べる少女。その背後でくつろぎ、遊ぶ猫たち。cam312-6.jpg
我々がどこから来ようが、我々が誰であろうが、我々がどこへ向かおうが、少女にも猫にも関係がなかった。
そして絵のほぼ中央に立ち果実をとる人物。わたしはどうした錯誤からか、彼がロングシュートをしているように見えて仕方ないのだった。

大原美術館所蔵の「かぐわしき大地」これが私にとって最初の「ゴーギャンが描いたタヒチの絵」だった。
無論それはここに展示されていた。(?8/30)
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孔雀の羽根を思わせるような植物と共に女が佇むその絵。
ゴーギャンの視線はどこへ向けられているのだろうか。
通っていた小学校の教師の一人は、この絵とアンリ・ルソーのある作品との区別がつかない人で、しばしば混同してわたしたちに絵を紹介していた。
彼は文明を離れ、煩わしい人間関係を棄てて、南の国へ行くことに憧れていた。
そのくせゴーギャンと同じようなことをして逃げ出した島崎藤村は「ヒトとして許せない」と口にした。
この絵を見ると必ずそのことを思い出す。

近年、プーシキン美術館のいいコレクションを見せてもらった。
そのときこの「浅瀬(逃亡)」にひどく興味が湧いた。
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東洋的意識のわたしは西洋的意識の「逃亡」の方向に引っかかったのだ。
思えば競馬でも右回りと左回りの違いがあり、関西人のわたしは強い違和感を懐いて、馬の走りを見ることも多い。認識の差というものを考える。
この蒼ざめた馬はなんの象徴か。「蒼ざめた馬を見よ」ということか。 

純潔の喪失cam312-2.jpg
横たわる裸婦。白い肌。タヒチの黒糖やカラメル色を思わせる女たちとは異なる肌の色。
いやな目つきの狐が彼女に寄り添っている。彼女の右手にはすみれが捉まれ、左手はその狐を撫でるように曲げられている。
丘の向うには人々の列がある。こちらを見ているのかもしれないし、見ない振りをしているのかもしれない。
彼女と人々を隔てる黒い蔭りの向うには薄められた血のような赤が塗られている。
破瓜の象徴としての選択色なのか。
この絵を見るうちに思い出す短歌がある。
葛の花 踏みしだかれて 色新し。この山道を 行きし人あり。 釈迢空
白い肌は歌中の葛の花を思わせた。行きし人あり・・・人ではなく狐なのかもしれないが。

赤いマントをまとったマルキーズ島の男cam312-4.jpg
この男はなぜ花を挿しているのだろう。髪形だけ見ればマルキーズ版キリストのようだ。
彼のまとう赤マントと紺色の長衣またはミニワンピースは、どんな風俗からきているのだ。
かれは「どちらでもない」人なのか。南洋の島々でのカンナギなのか。
横目を使う彼は何を見ていることを示すのか。
流れの音が聞こえてきそうな川を背に、そこに佇む人々は何を思うのか。

ノアノア 連作版画を見る。別バージョンのものが並ぶのはなかなか面白い景色だった。
この中で「マナオ・トゥパパウ(死霊が見ている)」は、死霊に見られている女、というよりむしろ「大皿の上に供された女の身体」がそこにある、という風情だった。

最近あることを思うようになった。
これまではゴーギャンとの共同生活のために神経が沸点を越えて、耳切をしてしまったゴッホが可哀想だ・・・とずっと思っていたのだが、どうも先週あたりから、切られた耳を送られたゴーギャンが気の毒だと感じ始めている。

洗濯をする女たち、アルルcam312-3.jpg
モーリス・ドニ風な色調がよかった。水色が強く意識に残る。川で洗濯することが日常だった女たち。
大きく膨らんだスカート。鮮やかな色というより、それが一旦褪せてしまったような。

ゴーギャンといえば傲岸不遜といったイメージがあったが、自分の送別会を開き、餞別をくれたマラルメを描いた「ステファヌ・マラルメの肖像」はなかなか良かったと思う。
ゴーギャンなりの礼心。

これまでゴーギャンをこんなにもまとまった形で見たかどうかわからなくなった。
いい展覧会だと思う。見たいものが全てここにある。
これから多くの人々がこの展覧会を訪れるだろう。
少し長く見ることの出来る時間に行って、よかったと思う。

海のエジプト展

海のエジプト展。
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会社の、普段そんなのに興味のなさげなヒトビトまでが行きたがっていた。
それで「わたしが大阪代表として観て来るわ」とまるで大リーグに行くに当たり、「阪神代表として」と語った井川投手のような台詞をはいて横浜へ飛んだ。
開館5分後に入ったが、もう随分な賑わいで、全く結構なことだった。
一言で言うと「楽しいイベント」だった。それだけに一人で来たのが悔やまれた。
会場mapもらうが、あまりに大きな会場なので必要といえば必要だけど、ちゃんと方向を決めてくれているので、迷いはしないのがよかった。
だから「今どこに来たのかな」という感じで地図を楽しんだ。

今回チケットはありがたくもいただきものなのだが、なんでもコナン君や王家の紋章のペアチケットもあるそうな。
古代エジプトを舞台にしたマンガは多いけれど、わたしはやっぱり「王家の紋章」が一番好き。なにしろ小学生の頃から毎月どきどきしている。

それにしても色んな仕掛けがあって、本当によく出来ている。楽しませるように拵えられている。歩く足に合わせて波がうごめくようなこととか水音などなど。
こういうのだけでも好感度上昇しますがな。

さてまずカノープス。巡礼者がよく来た聖地。
足の甲の載った台座。くるぶしから上はあらへんのでどんな像かはわからないが、大きな足。こういうのを見るのもやっぱり面白い。
色んな想像の余地があるから。
それで次に首なしスフィンクスがある。こうなるとやっぱり、狛犬の原型はスフィンクスかと思ったりするわけです。
うちの猫なんかもときどきスフィンクスポーズ取るけど、妙にかっこよく思うことがある。

石に刻まれた暦。動物絵がある。エジプトもインカも合理的な暦を拵えていた。
キリスト教が入るとどうも何もかもがワヤになるな。

今度はスフィンクスの頭部ばかりがズラズラ並ぶ。ジャイアントロボを思い出す。
(実はわたしは、ロボが宇宙の彼方へ飛んでいって爆発したことが理解できず、30年くらいずーっとロボの帰還を待っていたのだった)
次いでファラオの首もある。知る人にちょっと似ていた。

映像を見たり、再現された研究室なども見ているとたいへん面白い。古地図と現代の地図とを比較したり、そこから類推したり・・・そんな過程を見るのが面白い。
先日TVでこの特番もあったけど、凄いものだと感心した。
少し前に道頓堀から四半世紀ぶりにカーネル・サンダースが引き揚げられたけど、あれを発見した人は最初死体が沈んでる、と勘違いしはったそうだ。
たとえばわたしが海中に潜ってこんなものを見つけたとしたら、大発見だ?と思うより先に「親分てぇへんだ事件だっ」のクチかと思う。
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艶かしい像があった。王妃の像。これぞ「首なし美女」というやつさ。体の線がありありと映る薄物。あらわな像より、こうした薄物一枚隔てた方が随分官能性が高まるものだ。
イシスの結び目というくくり方をした薄物。
撫でてみたくなるような体だった。

ヘラクレイオンに入る。エジプトと地中海世界との玄関口ということだが、ちょうど「王家の紋章」もそんな話に突入していた。

それにしてもここに並ぶ胸像の立派さ。リアルな肉体。これまでクメール佛のリアルな胴にときめいていたが、こちらもステキだ。

巨大な石碑もいいが、明器の一つになるのか、コンロが可愛かった。これは五徳ならぬ十徳。すり鉢、すりこ木も花崗岩などだから、石の文化ということを改めて実感する。

ついに巨大神像の前に立つ。
これが会社の連中から「見てきてや??」と言われたブツなのであった。
(カミにブツか。)
たいへん感心した。これが倒れずそのまま残っていたというのはやはり凄いと思う。
日本の湿気の中では残っただろうか。

いよいよアレクサンドリアへ。実際ここには行きたいものです。
カエサリオン像が可愛い。cam311-1.jpg

そう言えばいつからエジプト人は剃髪とカツラの文化を棄てたのだろう。
やはりギリシャの支配を受けてからか・・・

古代エジプトの匂い再現コーナーへ。カネボウが作ったそうな。
全部実際に・・・あああ、連敗するわたし。
でもジャスミンはいい匂いだと思う。
(なにしろそれが意識に残り、後でジャスミンティー購入しているくらいだ)

バーチャルシアター、ショップとも無縁だったが、なかなか楽しめる内容だった。
会社に行って皆にさんざん聞かせてやろう、ふっふっふっ。

7月の東京ハイカイ

7/3?5と例によって東京ハイカイ催行。
展覧会の感想はチマチマ後日に挙げて、大まかなラインを。
(またこれが長々と・・・)
いきなりパシフィコ横浜。「海のエジプト」を見ようと来たのはいいけど、かなり早く着いたので、カフェで軽くツナとか卵のサンドを食べてたら、出遅れた。
しかもここは会議場とかイベント会場だから、ロッカーは返金制ではない。ソラモッタイナイワナ、ということで荷重に耐えつつ、うろうろ見学した。
これはあれよ、一人で見るより、友人とか小さい子供とかと一緒だったら、よけい楽しい内容でしたな。
東京へ出て、ホテルに荷物を預けてから野間へ。
お庭を見たら紫陽花が色褪せつつ、丸く咲いていた。クチナシがいい匂い。・・・サツキ、存命。長生きサツキやなぁ。

うっかりミス。大倉は明日からでしたな。それで泉ガーデンでナスのてんぷら入りうどん食べて、市ヶ谷から京王八王子へ。ねたよ、わたしは。乗り換えの調布まで完全に熟睡。
電車内で眠る人種って日本人だけらしいけど。
時間合わせも上手くいき、八王子夢美術館でムットーニの実演を見る。
何回くらいムットーニを見ているのかちょっとわからない。データ見たらわかることだが、とにかく展覧会があれば出かけている。
わたしは現代アートのうち、写真と人形と銅版画だけは、大好きな作家さんが多いの。

近美のゴーギャン展初日の夜間開館に行く。好きな絵・気になる作品が全てチラシに収まっている、という状況なのはいいことなのか。
常設でmemeさんと合流。恒富のいい絵を気に入ってそのあたりをうろうろ。
一方、避難民の写真が展示されたコーナーの床に、「東京の石」としてガクガクザクザクの石をズラーーーッと並べるのは、アレはどんな意図なんだろう。石を積めとでも言うのか。

東京駅への送迎バスに乗ると、座席に「TAHICHI」と書いてある。
ははぁ、外側にゴーギャンの絵を描くだけやなく、シートにもタヒチタヒチかぁと感心したが、よくよく見たら「HITACHI」。タヒチではなく日立だったのだ。・・・惜しいな。

つばめグリルでハンブルグステーキいただきながら色々おしゃべりして、楽しうございました。わたしが行き損ねて残念がってた展覧会の図録を持ってきて、見せてくれはったのです。本当にありがとう。

翌朝はJR一日券で管内あちこち出かける。
目黒の庭園美術館で綺麗な食器(テーブルウェアと書けよ)を見てから新宿の損保で劉生の後期を見る。麗子を描いたものが何点か展示換えされていたが、前期より後期の方が名作が多かったような気がした。

それにしてもわたしは新宿、渋谷は9割の確率で歩き間違えるのだが、小田急からだとスイスイと行けたなぁ。これはいいことを覚えた。なにしろひどいときは甲州街道へ出てから損保へ向かうこともあったし。
(そんなときは清志郎「甲州街道はもう秋なのさ」を口ずさみながら歩くけど。
特に♪嘘ばかり?嘘ばかり?を強く歌ってしまうなぁ)
それで小田急百貨店内に入っても迷うとは、ヒトサマに言えないが、まぁ色々あるさ。

いつもお世話になっているsekisindhoさんのお招きでカフェトロワグロへ。
なんでもこのレストランは☆☆だそうで、とても人気だとか。
イヤシの(←大阪弁のニュアンスは伝えるのがムツカシイな)わたしはワクワクしておりましたよ???
おいしうございました??
味の裏にまだ味がある。二重ではなく二層の味わい、とでも言うのか。
特にわたしはニョッキに感動したなぁ。
これは本当に人気があるのがよくわかる・・・!
ごちそうさまでした、本当においしかったです。ありがとうございました。

人間おいしいものをいただくと機嫌も良くなるもので、次にニガテな渋谷に行っても、道にも迷わずギャラリーTOMへ。「三匹の小熊さん」を楽しんでから、地下鉄に乗って昨日のリベンジに大倉集古館へ。
珍しくも仕事中のサラリーマンな感じの人々が、熱心に見てはるのに遭遇。来月はいよいよアートコレクション展もあるね。

期待せずに智美術館に行くと、これがステキな内容で、ホクホクした。
前田正博さんという陶芸家のワークス。小鳥とヤシの木のパターンが可愛くて可愛くて。
9/23までだから、また行くぞ??

写真美術館へ。「旅へ」と「プレスストーリー」を楽しむ。「報道写真2009」は次回に。
これらはたいへん面白かった。「旅へ」は特に期待していたから喜んだけど、「プレス」はチラシを見ただけでは期待できなかった。
ところがこれがたいへん面白かった。いや面白いという言葉には語弊があるな。
とにかくこの展覧会は興味深い内容で、チラッと見て通り過ぎる、ということは出来ない内容。色々考えさせられた。

サントリーでは「天地人」が見たいのではなくて、特別出品の上杉本洛中洛外図を凝視する、それが目的だった。探していたキャラたちも見つけたから、たいへん嬉しかった。
それで他の内容を忘れてたら話にならねえ。

ミッドタウンの地下のトリ屋で卵ふわふわの親子丼食べておいしかったけど、なんでトリなのに山椒やのーて七味を置いてるのかが不思議。そう言えば以前も鴨南蛮やトリ南蛮を頼んだときも、山椒ではなく七味だった。
トリに合うのは山椒なんだがなぁ。

静嘉堂の一番客になってワーイワーイと思っていたら、図録お一人一冊お持ち帰りどうぞ、というコーナーがあった。昔の図録をプレゼントしてくれはるというのだ。
優品展にも惹かれたが、日本の近代美術にした。満足。
それで日曜だから、ここからバス一本で世田谷美術館へ向かった。
・・・メキシコ。どうも最近わたしのアタマはおかしくて(前々からやという声もあるが)メキシコという文字を見るとおなかがへるのだった。
でも内容は重たくて、おなかが減るどころの騒ぎではなかった。

五島の向付展がまた素晴らしかった。これだけの名品は今後は集めにくいのではないか。
そしていつもの五島オリジナルの幡、展示物を薄い布に転写して、カーテンまたは幡として天井から垂らす。これがまたホシーホシーホシーの合唱ものなんだよな。
いったい展覧会が終わったら、これらはどうなるんや?

乗り換えいくつか経て豊洲のららぽーと内ukiyoe東京へ。電車にいる間は意識が完全にないなぁ。ねてたみたい。
巴水と吉田博の木版画展。たいへん良い内容でございました。もっと宣伝してくれ?
実に良かった。それで結局出光に行きそこねてしまった。
飛行機の時間が来ています。

色々あったけれど、今月も楽しく過ごせたらいいなと思いながらのツアーでした。

林原美術館のやきもの

林原美術館は岡山にある私立美術館で、主に古美術を展示している。
ここのコレクションは本当に素晴らしいもので、45年間に亙って長く人々の眼を楽しませてきている。建物は前川國男の近代和風建築。
ここはまた、岡山の旧主・池田侯の大名道具も散逸させず一括購入している。
わたしは17年前にここで日本刀を見た。今回はやきものを見た。どちらも林原の所蔵品。
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日本、中国、朝鮮の古いやきものが揃っているが、多くが世に知られた名品で、驚きはなくとも楽しいキモチが湧き上がるような、展示だった。

後漢時代によく作られた緑釉の犬。cam308-1.jpg
わたしはこの素朴な犬のやきものが好きで、見るたび撫でてやりたくなる。尻尾がくるんと巻いているのも可愛い。

白釉黒花牡丹文枕  これまで陶器の枕と言えば「邯鄲一炊の夢」を思い出していたが、近頃は違う。実はわたしは今出来だが陶の枕を持っている。籐の枕もあるが、普段使うのはそば枕。それでその陶器だが、ひんやりして気持ちいいのは初めだけで、後は熱くなってくる。頭熱が高いからどうにもならないのだ。だから最近はその枕を使わない。
・・・というような話をさる人にしたところ、「えーっわたし陶枕つかってる人、初めて見ました??っ」と驚かれた。その驚きようが記憶に刻まれたので、今ではそちらの方を思い出すようになった。

元代の色の濃い青磁の壷、北宋の青白磁、明の青花・・・いいものを見ていると、本当に嬉しくなる。

高麗時代の青磁が好きだが、ここにあるのはちょっとわたしの志向とは違うものだった。
綺麗は綺麗だが、ちょっと惜しい。
しかし日本の磁器に、いいものをたくさん見た。

染付雲鶴波濤図八角大壷  伊万里焼だが、わたしは一瞬エッシャーを思い出した。
こんなキチキチに詰めた飛鶴図、初めて見た。
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鍋島の名品を見て行くうち、「あっ」となった。随分前に見た皿で、お気に入りの図。
鶺鴒のツガイが描かれている。わたしはこれ、てっきりカササギだと思っていたが、鶺鴒らしい。このお皿に会え、それだけでも嬉しい。

月ウサギもある。和の美、和の楽しみの極限の意匠。白い部分を月に見立てている。
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いいものを見せてくれるこの林原美術館の入場料は、なんと300円なのだ。
本当にありがたい、いい美術館なのだった。
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