美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

ゾーヴァ展

横浜そごうで「ミヒャエル・ゾーヴァ」展を見て来た。
(先行の京都や東京展は見そこねた。そごうも9/27で終了している)
ゾーヴァは数年前に展覧会を見て、いっぺんで好きになった。
今回は彼の全作品を日本に持ってきたそうな。
背景のリアリズム、人物や動物たちの外見上のリアルさと、そこからはみ出す行動と表情。
マジカルリアリズムの範疇に入るのかもしれない。

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映画「アメリ」で大人気になった「エリザベス・カラーをつけた犬」のなさけない顔も、ビクターのニッパー君“his master’s voice”の親戚たる“there masters voice”も来ていた。
むろん小さい身体で街を徘徊するウサギの貴公子もいるし、「ナウマン猫皮剥所」に列を成す猫たちの姿もあった。
後ろから踏んづけたろか、とちょっと悪念を起こしたくなる小さな王様の姿もあり、賑やかな総出演だった。

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賑やか、と書いたがゾーヴァの絵にはどちらかと言えば音声は感じられない。
静謐な作品世界だと思う。
道を猛スピードで飛んでくる豚さんもいるが、それでもその快速音は聞こえない。
これはしかし、音速の世界かもしれないので聞こえないだけかもしれないが。

ゾーヴァご本人のインタビュー映像があった。
じっと見ていると、ご本人そのものが、彼の作品の登場人物のように見えてくる。
MAKER(神)たるはずの作者そのヒトまでが絵の中のキャラそっくりの佇まいなのには、そっと笑った。

「魔笛」の絵本がある。わたしはオペラは全幕見ることが出来ない体質だが、「魔笛」だけは見た。
だからか、「魔笛」は好きだ。
パパパパパパパゲーノ!!  しかしその絵にはやはり音声は感じられない。
超高速で疾駆しようが、アリアが絶頂を迎えようが、ノアの箱舟も浸水しそうな大嵐であろうと、音と言うものが一切存在しない。
これはわたしだけが感じていることだろうか?






集合写真を描いた「父、左から三番目」は笑った。人間どうしてもタイトルから先に見てしまう。それを見てから(意識に残してから)絵を見たら…真面目な人々の中で一人だけベロベロベーしてるオッチャンがおる。
これをみると思い出すのが、夏目房之助氏の母方の祖父の家族写真。彼の父方の祖父は夏目金之助だが、母方の祖父はかなりユニークなヒトだったようで、その家族写真がたまらなく面白かった。一緒に写る子供らがうんざりしているのが、なによりいい。

「船乗りがいない」は壁にかけたくなる絵。嵐の中、小舟が一艘浮いている。そこには四頭のシェパードが、困ったようにベロを出して乗っている。

アクセル・ハッケの「聞き間違い」シリーズが爆笑。あるある、というネタ。それをゾーヴァが絵に起こす。
ドイツも日本も変わりませんね。読者からの投稿も大量だと言うし。
「白い霧が立ち込めて美しい」→「白い黒人のヴンババが立ち上がる」
それで本のタイトルが「ヴンババ」シリーズで、「帰ってきたヴンババ」とかだから、ウケるウケる。(残念ながら未邦訳)
日本だとよくあるのが「ふるさと」の歌詞「うさぎ追いし」→「ウサギおいしい」とか「思い込んだら試練の道を」→「重いコンダラ(何かの器具だと思い込む)未練の道を」などなど…鶴光のオールナイトニッポンでも「この歌はこう聞こえる」コーナーが大人気だったなぁ…

でも「俺のベッドにあいつの   が落ちている」の聞き間違いは、案外大差ないんじゃないの、とニヤッと笑いながら思った。

メニューイン音楽祭のポスターがいい。スイスのどこかで開催している音楽祭。アルプスの山なみが美しい。ある山の中腹にはハイジ風に言う「可愛いの」が耳を澄ましている。耳に手をかけ、音を拾おうとしている。しかしやっぱり音は聞こえてきそうにない。

映像の中でゾーヴァのそばにいる白地にキジ柄のよく肥えた猫がたまらなく可愛い。
こいつはもしかすると、ご主人の作品の一番の批評家かもしれない。
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黄金の都 シカン 

「黄金の都シカン」展の一日ブログ記者募集というプランを教わり、機嫌よく応募したら、「おいでやす」とばかりに当選して、喜んで国立科学博物館へ出かけた。
9時開館なんで10分前に行くと、おおおっ並んではりますがな。
それでおずおずと(ホンマか)係りの方に「あのー」と声をかけると、「ササこちらへ」と腕章を渡され、首からカードも提げる支度もして、お土産までもらっちゃった。
嬉しいなー、ありがとうございます。
しかしここからが本番です。
そう、わたしは「一日記者」として、この「黄金の都シカン」展のレポも書き、ついでに宣伝もこなさないとアカンのです。
無料ご招待を受け、会場撮影もOKされ、お土産までいただいたのに、なんもせんかったら、それは仁義に反します。

で、今からその記事を挙げるのだけれど、泣けることが一つ。
ずっとPCの画像取り込みが不安定で、どうにもならない。最近の画像は実は会社で秘かに取り込んだりしたものが大半で、家ぱそはどうにもならない。
折角ぱちぱち撮影し、全然知らないちびっこにポーズまで取ってもらったのに、残念無念。
でもこれ以上記事を遅らせるのもどうかと思うので、そのまま挙げます。
(長い前書きでしたな?のろいのをぱそのせいにするな)

30年ばかり前、島田教授がペルーの地を調査し始めたのが全ての始まりだそうだ。
そして’91年に発掘した地からこの地の有力者の墓を発見した。
埋葬状況は特異なもので被葬者は逆とんぼりにされ、胴から切り離された首は体と違う向きに置かれてい、それには黄金のマスクがかぶせられていた。
殉死者は女ばかり。そして副葬品には大量の黄金が含まれていた。
島田教授はこの文化を「シカン文化」と名づけたのだった。

‘96年に最初の「シカン文明展」が開催され、わたしは京都で見た。そのときもこの黄金の仮面が鎮座ましましていた。
当時の日記を見ると、やっぱり「あの仮面、なんか凄い」と書いている。
そう、「なんか」凄いのだ、あの黄金の仮面は。

ツリ目なのはシカンの神様がツリ目だからと言うことで、つまりあの被葬者はやっぱり支配階級と言うことが実証されているわけです。

13年経つうちに他にも色々わかったことがいっぱいあって、それをこの場で開陳してくれている。
それは展示品を見せるだけでなく、VTRで発掘状況などを見せることで、観客の理解度を増す手助けもしてくれ、とても興味深いつくりになっている。

展示のケースも工夫されていて、天井につながる三角形の展示ケースはピラミッドを模したものだし、単品のガラスケースの下部には、階段形の隙間を入れて、そこから明かりがもれるので、まさに「シカン=月の神殿」というイメージが活きる。

アンデス特有の織物も並んでいたが、そこにもどうやらシカンの神様がデザインされているようで、妙に可愛い。2頭身キャラは可愛いもんです。

見ているうちにどんどんお客さんが増えてきて、行きつ戻りつということが段々難しくなった。皆さん熱心に展示品を眺め、VTRを見ては感嘆の声をもらす。

シュリーマン、カーター博士、島田教授…夢を掘り当てた男たち。
えらい、とてもえらい。
教授がなんでここに目星をつけたのかはちょっとわかりにくかったけれど、掘り出された現物を見せてもらうだけでも嬉しかった。

最後に3Dシアターがあり、これがまたとても面白い。
私は普段はこうした上映はパスするのだが、こればかりは熱心に見た。
3Dだからこその迫力で、埋葬状況などが押し迫ってくる。
うーん、面白い!

ショップにはキティちゃんの「ご当地キティ」シリーズがあった。
わたしはハンカチを購入した。
キティちゃんがペルーの女の子のように、小さい帽子・何層ものスカート・鮮やかなケープをまとって、真っ白のアルパカちゃんと2ショット。そしてキティちゃんが大事に抱っこしているのは、キティちゃんの顔をしたシカンの黄金の仮面。
会場限定販売かもしれないので、キティラーのヒトやそうでないヒトも、ショップへ行こう!

なおわたしはこの見学前夜、美術ブロガーの皆々様と恵比寿のペルー料理店「ミラフローレス」で、協賛のコース料理をいただいた。
マリネとパンと豚のから揚げが特においしかったので、いよいよシカンへの好感度が増したのであった。

展覧会は10/12まで。

ノエル・ヌエット展/世界をめぐる吉田家四代の画家たち展

昨日は江戸博での新版画展の感想を長々と書いたが、今日は三鷹で見た「吉田家四代」とがすミュージアムの「ノエル・ヌエット」展について軽く書こう。
先にノエル・ヌエット展のこと。ただし展覧会はもう終わっているが。

ノエル・ヌエットは元はフランスの詩人だったが、日本を愛し、長らく東京住まいした。
彼はペン画のスケッチで巧みに古き良き東京を活写し、今日ではそれらは美しいノスタルジーを、見るものの胸に呼び起こす。

展示は版画、現在のその風景、スケッチとを縦に並べて見せている。
ペン画を版画にするにはかなり苦労したそうだが、とてもシャープな仕上がりになっている。

東京風景というシリーズがあり、いずれも昭和11年の作品。描かれたのが11年なのか版になったのがその年なのか、それらが同時だったのかは、わからない。
ただ、昭和11年と言う年はなかなか事件の多い年だった。
226、阿部定、チャップリンとコクトーの来日などなど…
そしてこのシリーズは江戸博の展覧会にもいくつかでていた。

日比谷  公会堂が見える。黄色いような色合い。池にかすむ。実はまだ日比谷公会堂に行ったことがない。だから浅沼稲次郎と山口二矢のレリーフも見ていない。

赤坂見附  雨。一本の木が立つ。これは広重の赤坂見附へのオマージュだと見て取れる。江戸百の赤坂桐畑。

亀戸  スケッチと版画とは視線の方向が逆だった。こういうのも面白い。亀戸には一度だけ行った。藤も見ない時期で、鷽替え神事もなくて、門前で名物の葛餅を食べて帰った。
何しに行ったのか、とよく聞かれる。
たまにはこんな風に藤の時期に行ってみたいものだ。

両国橋  隅田川に架かる橋は美しい形のものが多い。わたしは橋を見るのが好きなので、実物も版画もスケッチも好ましく眺めた。真昼らしく、のんびりした雲が流れている。木地が見える刷り。それがまるで空の煌きのようにも見える。

歌舞伎座  この年に開場したのだった。そしてもう来年には…ああ、非日常の空間への玄関は、やはりこのように現代と乖離した過去の大々的な様式の建物であるべきなのに。
まったく勿体無い…

靖国神社  千木が目立つ作り。こないだ初めて知ったが、栃木は栃の木が多いから栃木ではなく、十千木(多い千木)から取られたそうな。
この神社の設計は我が愛しの伊東忠太なり??

御茶ノ水  ニコライ堂を望む。これは新版画展にも出ている逸品。夕日の表現がよく、構図もよく、素晴らしい作品。わたしは御茶ノ水界隈が好きなので、この一枚を見るだけで、「あああああ」と思う。行きたい、行きたい、行きたい・・・!!

神楽坂  版画は夜の風景、スケッチは昼間のぼんやりのんびりした風情を描く。
提灯には藤井の文字。芸者が歩く。いかにも神楽坂の風情がある。昼間のほうは猫が顔を洗う姿がある。わたしは神楽坂もとても好きだ…(紀の善があるから、というだけやない)

いい感じに作品を見た。ノエル・ヌエットはフランス語の先生として、西条八十、内藤濯、辰野隆らと交流が深かったそうだ。
がすミュージアムは明治から昭和の浮世絵と新版画などを年四回ばかり展示する。
これまでもなかなかいい展覧会が多かった。ここは無料なので、行く道に難儀しても、行く価値のある場所なのだ。建物は再現されたものだが、とても魅力的。


三鷹の吉田家の展覧会もまた、面白いものだった。
吉田博は吉田家の養子に入り、義妹にあたるふじをと結婚した。
結婚前は兄妹として世界中を共に旅して歩いた。
彼は洋画家として出発し、現在東博に所蔵されている「精華」などの名画を生む一方、明るい風景画を多く描き、その作品を売り歩きながら、世界を旅したのだった。

同じ場所を博とふじをは描く。博は油彩、ふじをは水彩で。博の絵のほうが華やかだが、ふじをの作品は優しい。
アメリカの文化財登録のホテル・ポンシデレオン旅館の中庭を描いたものが特によかった。
博の絵には機嫌のよい人々の姿があり、ふじをの絵には人々はいず、侘しいほど静かな佇まいが描かれている。まるでルノワールとモネの逸話のようだ。

後でも気づくことだが、ふじをはリュウゼツランなどの植物が好きなのか、画面にそれが好く現れている。

兄妹の旅を見ていると、谷山浩子「休暇旅行」という壮大な歌を思う。
二人の旅は漱石「三四郎」にも描かれる。「長い間、外国を旅行して歩いた兄妹」として。

アルハンブラ宮殿に着いた二人はそこがたいそう気に入って、少しばかり長く逗留し、その風景を描き続けた。
彼らの絵を見ていると、緻密な描線と優しい色彩とが目に残り、「…行ってみたい」と口に出してしまう。
表現は違うのだが、どことなく共通するものがあり、それが人を誘うのかもしれない。

やがて二人は結婚し、下落合に渡辺仁設計の素晴らしい邸宅を構える。これは進駐軍に接収されるところを、画家にとってアトリエとはいかに大事か、と博が説いて接収を免れ、クラブハウスとして活用され、ふじを主宰のダンスパーティも多く開かれたそうだ。
また戦後にはこの邸宅を一般公開したそうで、ああ、その頃わたしが生まれていたら必ず参加したのに!と強く思うような、素敵な建物だった。
しかし既に家は失われている。

二人の間には息子があり、長男・遠志はアフリカの動物シリーズなどを手がけて、ボローニャ絵本原画展に入賞もしているそうだ。
緻密でリアルな動物たちの絵があり、見ているとやっぱりアフリカへ行きたくなってくる。
次男・穂高の絵はポップアート系で、こちらはニガテ。
次男の嫁や娘の作品もあった。
しかしどうしても意識に深く残るのは、博とふじをの二人が兄妹として世界を旅しながら描いた風景画と、博の版画作品なのだった。

Ukiyoe-tokyoの「巴水と博」展でも博のインド風景は魅力的だった。ベニスの美しさも堪能した。
そしてそれらが版画となったときも、深い喜びがあった。

この「世界をめぐる吉田家四代の画家たち」展は10/12まで三鷹で開催中。

よみがえる浮世絵 うるわしき大正新版画

大正新版画の展覧会が江戸博と、花小金井のがすミュージアムで開かれている。
江戸博のそれは総花的な展示で、とても楽しい。がすミュージアムは、江戸博の展示にも出たノエル・ヌエットの作品だけを集めている。
どちらもとてもよく、版画の好きな私には嬉しい嬉しい展覧会だった。

「よみがえる浮世絵 うるわしき大正新版画」というタイトルどおり、ここにあるのは浮世絵技法という、かつての栄えある技法を復活させて、創作された作品ばかりだった。
自刻自摺の技法で生まれた作品は並んでいない。
ムラー・コレクションとして大事に保管されてきた作品と国内の優品。それらがここに来てくれて、たいへんに嬉しい。

好きな作品についてだけ書く。

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図録の表紙は深水の「対鏡」。これは今はなきdo!familyコレクションでもジマンの一枚で、案内絵葉書に採用されたので、私の手元にも数枚ある。綺麗な作品だ。
昭和の中頃まで、つまり深水の活動時期終盤まで、大変な大人気だった。
今の60代以上の世代の人は、絵に興味あるなしに関わらず、みんな伊東深水を知っていた。
女優の父と言うことより、その絵が圧倒的に人気があったからだ。
しかしわたしは彼の美人画は「手の差込めない絵」だと感じて、ニガテな作品が多い。
師匠の清方や同僚の秀峰、紫明、弟子の専太郎らとは違う、自信の強さが前面に押し出された絵だという感じ。
が、これら新版画での美人画は別。たいへんに好きな美人画ばかり。

展覧会終盤に現れる「眉墨」は発表当時、大反響を生んで、飛ぶように売れたそうだ。
売切れてしまったので、版元も倍の値段で買い戻したという逸話がある。
先日、高橋コレクションの浮世絵の冒頭に現れた「衝立のかげ」同様、この一枚もリッカー・コレクションにも所蔵されている。
だからわたしも20年ぶりに再会できたという喜びがある。
今回この「眉墨」の試し摺りなども出ていたが、そちらは背景がこの艶かしい臙脂色ではなくに、桃色だったので、「え゛っ」となった。
やはりこの臙脂の背景のほうがずっといい。女の黄味濃い肌にもよく合う。
肌の色合いが白ではなく黄味色だということに、温雅な美を感じるのは、この「眉墨」と洋画の満谷国四郎の裸婦ばかりだ。
どちらも深く美しい。

エミール・オルリック、ヘレン・ハイド、バーサ・ラムの作品もあった。
横浜美術館で十年ほど前に展覧会があったとき、見に行き損ねた憾みがあるから、今回こうして見ることができ、嬉しかった。
彼らはその当時の日本の庶民の姿を作品にする。
比較文化という意識があったかもしれないが、それでも作品は優しく暖かな視線から生まれている。
ジョルジュ・ビゴーにはまだシニカルな目があったが、彼らは当時の日本人の暮らしぶりを、優しく眺めているように思う。

フリッツ・カペラリ 柘榴に白鳥  白い文鳥が柘榴の細枝にとまり、一羽は実を啄ばんでいる。とても可愛い。これは若冲の版画に触発されたそうだ。
その本歌のほうは、私も知っている。それを見て初めて若冲がニガテでなくなった作品。
便利堂の出した版画集。
構図を見ていると、リグ・ヴェーダを思い出す。
「つれだつ友なる二羽の鷲は、同一の木を抱けり。その一羽は甘き菩提樹の実を食らい、他の一羽は食わずして注視す」

橋口五葉の登場。
五葉は油彩画や漱石や鏡花の本の装丁などでもいい作品を残している。
今見てもステキな作品が多い。かれの新版画の美人画はまた大変にすばらしい。
「浴場の女」「浴後の女」のための多くのヌードデッサンがある。
’95年の五葉展にも出ていたが、見事な鉛筆画だった。
中には石本正のような稜線を見せる女もあった。
これらは他にも芸術新潮での福富太郎のエッセーで見ている。
そのとき、五葉の描く鉛筆での春画もあったが、女の表情がやっぱり綺麗だった。

梳る女  これがやはり五葉の版画の代表作だと思う。洗い髪を梳る女、という構図の美しさだけでなく、その髪の表現が素晴らしい。眉も睫毛も実感がある。
やはりこうした表現は浮世絵の技能がないと出来ないでしょう。

前代の作品を研究する、と言うのも大切なことだ。浮世絵研究会の仕事などを見ていると、色々こちらも思うことがある。
渡邊庄三郎はとてもえらい、とこのあたりでいつも思う。

豊国の定九郎ぽい役者絵を復刻し、さらに手を加えたり、広重の祇園社参りの女たちに立体感を与えようとしている。
少しの間をおいて、そのまま浮世絵が続いているような気さえしてくる技能。
頒布会のメンバーもゾクゾクしたことだろう。

深水 夜の池之端  どこかの料亭か何かをロングで捉えている。玄関前に新内語りらしき男が佇む。大正十年の作品。空に伸びる電信柱が、どことなくロシア正教の十字架を思わせる。この男の姿を見たとき、同時に二つのことを思った。
「岡本文弥さんかもしれないなぁ」「『歌行灯』もこんな風なイメージだったかも」
前者は近年まで達者だった新内語りの文弥師匠の若き日々を、後者は鏡花原作の小説を基にした雷蔵主演の映画の1シーンを思い出していたのだ。

チャールズ・バートレット ベナレス水辺  これも横浜の展覧会のチラシにあった。色が大変に美しい一作で、実際のベナレスをじかに見たことは無いが、こんなにも美しいのか、と錯覚させる力がある。
なにしろ禊をする様子を見る限りでは、こんなに美しい水の色とは到底思えない。
しかし、この一枚が深く心に焼き付いているので、わたしにとって「ベナレス水辺」の色は美しい青色なのだった。

深水 遊女  これは師匠清方の挿絵の女に似ている。本絵の女ではなく挿絵のほうの女。
退廃的な魅力があふれた一枚で、令嬢や夫人を描いたものより、こんな絵にゾクゾクする。

ところで深水には近江八景シリーズがある。今回の所蔵は埼玉県立歴史と民俗の博物館(八月に「ごちそうさま」の展覧会を見たところだ)だが、わたしはこれを近江八景の地元・大津歴史博物館で見ているし、絵葉書もそこで購入している。
深水は戦時下にはジャワなど南洋にも出かけて、現地スケッチをしているが、風景画には独特ののんびりしたムードがあり、圧倒的な美人画よりずっと、私などには「いい感じ」なのだった。
たとえば「粟津」 もこもこした雲、ぼおっと伸びた松が機嫌よく林立する中を、黒い太った牛がゆっくり歩いている。手前の草原は優しい緑色が薄く広がる。
緻密な線でないことが、却っていい感じの効果を上げている。

清方の「続こしかたの記」に、疎開中の清方を見舞いに来た深水の話がある。
朝になり、近くの農家へ牛乳を貰いに行く清方のお供をする深水。ふと気づくと深水は風景を写生している。清方は優しい感動で胸がいっぱいになり、長く弟子の背をみつめる。
とても好きなエピソードだ。

山村耕花、名取春仙の役者絵が現れた。名取は山梨に美術館があるそうだが、関西人には山梨は遠い地だ。

耕花 七世幸四郎の関守関兵衛  関兵衛実ハ大伴黒主。国立劇場などが所蔵するブロマイドなどを見てきているが、個性が出ていると思う。近年では七世の孫に当たる役者たちが演ずるのを見たが、目の感じが似ていた。

十三世守田勘弥のジャン・バルジャン  これは早稲田の演博でも見ている。十三世守田勘弥は赤毛ものを演じることも多かったそうで、代表作はやはりこちら。
背景のバレン跡が、今しも悪事を行おうとするジャン・バルジャンのイメージにぴったり。

春仙 初代中村鴈治郎の紙屋治兵衛  これぞ「ほっかむりの中に日本一の顔」と謳われた鴈治郎の顔そのもの。ほっかむりなしの一枚だが、いいものだと思った。

五世中村歌右衛門の淀君  丁度淀君が狂乱しているシーンを捉えている。
「切らん切らんと狂乱の態」のシーン。斉藤緑雨だったか、「切らん切らんと狂乱の態」をパロって「ケランケランは鶏卵なり」かなんかそんなことを書いていた。

六世尾上梅幸のお富  眼の涼しいところが、ブロマイドで見た梅幸の面影をよくあらわしている。このヒトと「夫婦役者」と謳われた十五世市村羽右衛門は「直侍」の一枚が出ていた。
15年位前、ひどく十五世市村羽右衛門に夢中になった。資料を多く集め、彼の足跡を尋ねた。終焉の地となった信州湯田中温泉よろづ屋に行き、里見のノンフィクション「羽右衛門伝説」に登場する女将さんにもお会いして、色々お話を伺ったり、石碑を見たり、掛け軸を見せてもらったりした。
わたしの二十代は歌舞伎に溺れることで過ぎたような気がする。

巴水の人気は最近ますます高くなり、作品があちこちで見れて嬉しい。
江戸博が開館して、絵葉書が拡充し始めた頃、わたしは売店で巴水の絵葉書をたくさん購入した。だからここに展示されている「当館蔵」の版画を見ると、懐かしいキモチになる。
やっぱり、巴水はいいなぁ。どれを見ても嬉しくなるから、個別感想は挙げない。
ただ「日本橋(夜明け)は、96年にここで開催された「近代版画に見る東京」展のチラシにも使われた一枚なので、なんとなく嬉しいキモチもしている。 

吉田博の版画もあった。彼の一族の展覧会が三鷹で開催中、こちらもたいへんよかったので、また後日記事を挙げる。
洋画家としての色彩感覚と、版画家としての色彩感覚の違いが面白い。
山を描いた作品が出ていた。前期は日本の山、後期はヨーロッパの山。これは小島烏水展でも見た。山を愛する人の拵えた版画、と言う感じがとてもよく出ていた。

小早川清 芸者市丸  眉の濃い、きりっとした美人。これはあの歌もよく歌った市丸姐さんなのだろうと思う。小早川の本絵も芸者を描いたものを見ているが、みんなキリッとした良さがあった。

「舞踏」「ダンス」などはいかにも昭和初期の風俗で、これらは高畠華宵の叙情画にもよく描かれる画題だから、都市部では相当な流行り方をしていたろうと思う。たいへんかっこいい。

鳥居言人 雨  島田美人が和傘をさしている。僚友・深水の傘美人シリーズとはまた違う美人。和傘は油紙を使ってるのだったか、柿渋で雨を避けてるのだったか、ちょっと忘れたが、そのかさの内側をバレンで粗くこすっているのが、リアル。

ところで言人の解説で間違いがあったので、ナマイキにも指摘するメールを送信したところ、きちんとお返事が来て、修正されることになったそうです。
江戸博の方々はこんなところにちゃんと動かれるので、とても安心です。

言人の回顧展が太田で開催されたけれど、図録がないので、今回の図録は嬉しい。
彼の芝居看板絵のほうは、随分前に阪神で見て、版画とはだいぶ違うな、と思ったことがある。

笠松紫浪はまとめて見たことがない。だいぶ前にどこかで回顧展があったようだが、そのチラシも失われ、情報も記憶も消えた。巴水とはまた違う叙情と旅情のある作風で、出来ればこの展覧会を機に、どこかで回顧展などをしてほしいと思っている。
かれの「講談社の絵本」は師匠譲りの優美な線描に、美しく明るい色調を載せたものが多く、今ではそちらのほうがまだ野間記念館などで見やすくなっている。
それと、ここにはないが、よくJRの旅情を誘うようなポスター、あれも紫浪の作品が多く使われている時期があった。白骨温泉とかそういう秘境系。

浅草観音堂大提灯  実は実物より先に紫浪のこの作品を見ていたので、いまだに浅草に行くと、必ず紫浪のこの作品が思い浮かぶ。目の前で本物を見ているにも関わらず。

雨の新橋  なんとも言えぬ風情がある。雨にぬれた道路に電灯の明かりが映る。和装の人々が静かに行き交う道。ああ、戦前の浪漫がそこにある・・・

石渡江逸 夜の浅草  イルミネーションがとにかく妖しくステキだ。わたしは実際には夜の繁華街をうろつくことは無いヒトなのだが、こういう版画作品には憧れるばかりだ。

ポール・ジャクレー チャモロ族の女性  このシリーズは横浜美術館での回顧展で堪能したが、あの図録は今も大事に楽しんでいる。ジャクレーは「若礼」と名乗って古典芸能の稽古にも精を出し、戦時下にあっても日本の友人たちに守られて、日本で暮らした。
彼は南洋の女たちやアーモンドアイの少年たちを多く描いたが、いずれも独特のムードがあって、とても魅力的だ。

ノエル・ヌエット 東京風景  これは今回、がすミュージアムの記事で詳述するが、ペン画の味わいがそのまま版画として活きていて、シャープなよさがある。

三木翠山、吉川観方ら京都画壇の美人画版画も出ていた。
どちらかといえば、彼らの作品は版画より本画の方が好ましい。
それは多分、髪の生え際を描く手法の違いがあるからだと思う。
京都でも大阪でも、美人画に描かれる女たちはみな、生え際が独特のふわふわ感がある。
これは東京の美人画にはないものだ。版画ではその滲んだようなぼやけたふわふわ感を出すことはちょっと出来ないようだ。

見飽きることの無い展覧会だ。会場を二回りしてもまだ楽しい。
近年、大正新版画をメインとした展覧会といえば、(私が行った限りでは)
1993 大正・昭和の青春版画 DO!FAMILY美術館
1993 明治・大正・昭和の美人版画 太田記念浮世絵美術館
1995 大正新版画・深水、雪岱、清、五葉、言人 DO!FAMILY美術館
1995 橋口五葉 アクティ大丸
1996 近代版画に見る東京 江戸東京博物館
1996 織田一磨と創作版画 DO!FAMILY美術館
1997 大正新版画 DO!FAMILY美術館
1997 昭和版画名品 DO!FAMILY美術館 (これで閉館)
1997 日本の版画1 1900?1910 千葉市立美術館
1997 織田一磨 京都国立近代美術館
1999 日本の版画2 1911?1920 千葉市立美術館
2000 愛宕山版画 NHK放送博物館
2000 吉田博・水彩画と版画 名古屋ボストン美術館
2000 鳥居言人 太田記念浮世絵美術館
2000 織田一磨 町田国際版画
2000 版になった文京 文京ふるさと歴史館
2001 水辺のモダン?墨田・江東の美術 東京都現代美術館
2001 日本の版画3 1921?1930 千葉市立美術館
2003 ポール・ジャクレー虹色の夢を紡いだ浮世絵師 横浜美術館
2003 深水の版画 近江八景を中心に 東京国立博物館
2006 川瀬巴水 ニューオータニ美術館
2007 小島烏水 版画コレクション 横浜美術館
2007 織田一磨・浜口陽三 吉祥寺美術館
2007 川瀬巴水 守口京阪
2007 川瀬巴水 土井コレクション 礫川美術館
2008 川瀬巴水 大正・昭和の風景版画家 姫路市立美術館
2009 巴水と吉田博 UKIYOE東京
2009 よみがえる浮世絵 うるわしき大正新版画 江戸東京博物館
2009 東京を愛したノエル・ヌエット がすミュージアム
2009 世界を駆ける吉田家四代 三鷹芸術センター
・・・・・などがあった。
そのなかでもこの展覧会は上位に位置する内容だと思う。
本当に楽しめた。
来月また出かけることにしているが、本当にいいものをたくさん見せてもらい、ただただ嬉しかった。

名優たちの系譜 幕末・明治の歌舞伎と現在

太田記念浮世絵美術館で「名優たちの系譜 幕末・明治の歌舞伎と現在」という展覧会に行った。26日夕方までの展示なので、もう終わってしまった。
実を言うと、わたしは世に言う「六大浮世絵師」よりも、幕末の浮世絵師のほうが好きだ。
要するに絵そのものに文芸性・ドラマ性があるのが好きなので、今回はとても楽しかった。
三代豊国(国貞)、豊原国周、芳幾らをメインにした展示。

三代豊国「今様押絵鏡 初代中村福助の団七九郎兵衛」
今なら勘三郎が「団七役者」だが、この時代は誰が一番ニンに合っていたろう。
気持ちよく水をかぶる福助(後の四世芝翫、五世歌右衛門の養父で、左利きだった)がまたかっこいい。長町裏の殺し場で、義父殺しの後に水をかぶって血を落とす姿。
しかしあまりに綺麗過ぎて「悪い人でも舅は親」と手を合わせるようなタイプには見えない。尤もそれが江戸風のやりかたなのだが。

三代豊国「三代目沢村田之助の妼於加留」
腰元・お軽(おかる)の当て字。誰も読めない。この腰元姿は、「道行旅路花婿」での姿を描いたものか。大事件のきっかけをこしらえてしまい、申し訳なさに腹を切ろうとする恋人・勘平を伴って、大山崎の実家へ落ち行く情景。悪い状況の道行きなのに、女はウキウキ。
三代豊国「四代目中村歌右衛門の舎人松王丸」
この松王はそんなに大きい鬘をしていない。ちょっとリアルな作り。まるで初代吉右衛のような拵えだ。そういえば着物の柄も。演じる型は色々あるからなぁ。

三代豊国「御誂見立狂言 三代目沢村田之助の錦升女 初代河原崎権十郎の和藤内 五代目坂東彦三郎の呉将軍甘輝」
和藤内の姉・錦升女は「紅流し」している。田之助は若干19歳だが、立女形として舞台に立っていた。彼については後で書きたい。

豊原国周 「当たり狂言之内」は<九代目団十郎>と河原崎権十郎時代のものがある。
それを眺めると役柄の一致するものとそうでないものとがある。
つまり権十郎から団十郎になったことでの「飛躍」がそこに映し出されている。

九代目は現行の歌舞伎にとって、中興の祖とも言うべき名優だが、その前名の頃は大根だという評判もあった。それについては岡本綺堂の小説に非常に面白いものがある。
「権十郎の芝居」というタイトルだったように思う。

国周に「箱屋殺し」と俗に呼ばれる花井お梅を描いたものがあった。お梅を五世菊五郎、箱屋を四世松助が演じている。旧幕下にいた、アクティブで魅力的で放埓な「悪婆」は明治の世には姿を消し、「毒婦」と呼ばれる女たちが現れた。
芝居になったのは他にも「夜嵐お絹」などがいるが、この花井お梅が一番有名で「明治一代女」という歌にもなった。
浮いた浮いたと浜町河岸で・・・(わたしは勝手に編曲するので、お聞かせできないのが残念)
よく言われるのが「江戸の女は八百屋お七、明治の女は花井お梅と高橋お傳、大正は平塚らいてう、昭和戦前は阿部定」それでオチが「戦後の女はサザエさん」ふふふ。

国周 「尾上菊五郎の小間物屋才次郎」 
おろちに飲み込まれたおとこがそのおろちの腹を切り裂いて、血まみれ姿で立つ。赤が効果的な一枚。
これを見て思い出したが、国周は明治の染料たる「赤」を橋本周延ともどもよく使った。
血の色が格段に激しくなり、深いときめきが生まれる。
以前、西南の役を描いた一枚を見たが、その腹の血は本当に真っ赤だった。しかもどういうわけか濡れていた。
百年以前の浮世絵版画の血の色がぬれて光るなど、ありえるだろうか。
しかしその絵は血の部分が浅ましいほどに濡れていた。
何度も何度も見直したから錯覚ではなく、角度のせいでもなかった。
あの赤は一体なんだったか、今もわからない。
だからわたしは、国周のえがく血の色を見るたび、必ず乾いているかどうかを確かめている。

落合芳幾 「三代目田之助 源之助姉里江」
足腰立たぬ姉、と言う設定なので土車に乗っていても、おかしくない図。石版画に彩色したかと思ったが、そうでなく表面に蝋を塗って、効果を出している。
こういう姿を見ると、田之助で「かまぼこ小屋」の早瀬伊織を見てみたいという欲望に駆られる。敵に嬲り殺しにされる、美しく、はかない青年を。

三世澤村田之助については、20年ほど前から惹かれている。
中座で澤村藤十郎が「女形の歯」を演じ、それでいっぺんに惹かれた。
それまではなんとなく情報が入っていたが、どういう生涯を送ったかを本格的に知りたくなったのは、その芝居からだった。
タイミングも丁度よかった。
南條範夫「三世田之助 小よし聞書き」、皆川博子「花闇」などが出たばかりで、ひどく夢中になった。
「女形の歯」じたいは杉本苑子の小説で、しかし彼女の歌舞伎を背景に描いた小説では八世団十郎とその周辺を描いた「傾く滝」の方がずっと好きだ。
皆川博子「花闇」の表紙絵は橘小夢の「田之助」で、これもどこか隠微な美に彩られた役者にふさわしい選択だった。
船橋聖一「田之助紅」を通読することは出来なかったが、何かの拍子で一部だけ文章を読むことが叶い、それを書き抜きもした。
しかしながら田之助への偏愛は、声を大にして明らかには、出来なかった。

田之助の手足の手術を施したのはヘボン博士だった。
西洋医学の最先端の手術を受けて、病魔は一旦停止したが、結局は田之助の心は救えず、彼は血を残すことなく、若くして狂死した。

手足が失われても美貌は蝕まれず、舞台への情熱が激しかった田之助は車に乗って舞台に出、動かずにすむような演出で現れもした。
後年、鉛毒で手足の自由が利かなくなった五世歌右衛門もまた動かずにすむ演出で、圧倒的な演技を見せたと言うが、二人はニンも違い、役柄も当然異なった。
嗜虐的な美・倒錯的な美を観客は田之助に求めていた。
それは彼の演じた役柄を調べても、納得するばかりである。
虐待され苦しむ娘の役など、想像するだけで背筋が粟立つ。
だからここに石版画で車に乗った田之助の姿を見ると、その当時の状況が想像される。
やはり嗜虐と被虐のあわいの美に、人々は眼眩む思いがしたことだろう。
しかしそれは旧幕時代の歓びでもあった。

わざわざ活歴なんぞを拵えようとするくらいだから、九代目団十郎はそうした田之助の芸がイヤだったようだ。見世物的なものだと彼は感じたようで、健全な明治の世にふさわしくない廃れ者だと看做していたらしい。
九代目は天覧歌舞伎の栄誉を浴した、河原者と蔑まれていた地位を向上させた。
新時代に沿う歌舞伎を広めようとした・・・・・
それから考えても、やはり田之助は旧時代の人だったのだ。

しかし健全な芝居などどこが面白いのだろう。
いや、確かにそれはそれでよいものがある。
しかし歌舞伎である以上は、どこかに倒錯的な歓びがなければならない。
男が女を演じる・父と息子が恋人同士を演じる・兄が弟を殺す・伯父が甥を手籠めにする・・・
極端なことを言えば、殺し場と濡れ場がなければ、歌舞伎の陶酔は半減するのだ。

幼児殺しも不義も詐欺も強盗も放火も、現実に起これば大変に困るし、犯人への憤りも深い。罪も、その罪を犯したヒトへの憎悪も、激しく深いものだ。
しかし舞台で行われるそれらは、めくるめく快楽を伴って、心に染み入る。
ときめきは罪深くあればあるほど、深くなる。
幕末の芝居には、その歓びが活きている。

その幕末から作画を始めた豊原国周は、きわめて多くの作品を世に送った。
豊原国周は奇人として有名な絵師だが、彼へのインタビューを読むと、なかなか面白いことを言っている。彼は彼で思いつめてのことだから、納得しておこう。
要は作品がよければそれでいいのだ。

大江コレクション、幕内コレクションといった国周のコレクションを京都でしばしば見た。
思文閣美術館、京都造形大学などでその展覧会が開かれた。
また閉館してしまったが、do!familyのコレクションは幕末の浮世絵から大正新版画に至る素晴らしいもので、一時は太田記念浮世絵の企画より、そちらが楽しみで原宿を訪れたものだった。

国周は他に同和火災にもコレクションがあったようだ。中之島の旧ビルディングを解体中、その塀に国周の芝居絵のパネルを張り巡らしていた。
「め組の喧嘩」などがあったと思う。酔っ払ってパチパチ写した写真は、ブレがひどいので、表に出せない。

幕末の役者と現在の梨園の役者とは、ほぼ直結している。
梨園の系図を眺めるのは、欧州の王家の系図を見るのと同じで、ひどく面白い。
あるときとうとう100%の姻戚関係が出来たそうだ。
(30年ほど前のことだが)
小噺のひとつにこんなのがある。
澤村藤十郎が先代中村勘三郎の娘と結婚する時、彼の屋号は紀伊国屋、相手は中村屋の娘と言うことで、「新宿のようでめでたいことです」と祝辞を述べたヒトがいた、とか。

現在では名が続かなかった役者もいる。
また名の価値が落ちた人もあり、逆もある。
散切り頭の口上姿を描いたものもあり、それらは明治になって入ってきた「赤色」がふんだんに使われていた。
駕籠が人力車になり、人々の生活に洋風なものが少しずつ浸透していったが、それでもまだ歌舞伎は死ななかった。

展覧会は<最後の浮世絵師>国周が描いた舞台までで終わっている。
それ以降の舞台は写真が使われ、ブロマイドとして売り出されている。
そして大正新版画時代で再び役者絵は売り出されるが、芝居絵はそこになかった。
(役者絵と芝居絵の違いについてここで云々する気はない)

それにしても本当にときめくものは、あぶな絵の一歩寸前なのかもしれない。


わたしが歌舞伎も文楽も大好きなのは、これはやはり最初に幕末の芝居絵を見ていたからだと思う。今でも覚えているのは、中三の時に本屋で貰った栞が、豊原国周ゑがく「舎人松王丸」で、ハデハデしい面白さがあった。
基本的に知らないことをスルー出来ない体質で、しかもしつこく掘り下げないといたたまれぬので、ヤタラメッタラ資料を読み漁ったり、買い集めるために歩き回った。
幸いなことに池田文庫が近いので、芝居絵の絵葉書をたくさん手に入れることも出来たし、天牛書店に通っては、昔の役者の芸談を見つけ出したりしていた。
それらが基礎となって、こんなに大仰なことを書いている。素人の浅ましさも極まれりだ。
しかも今はその頃の遺産(読書と記憶刻印)でちびちび暮らしているようなものだ。
だから今回の展覧会は<馴染み+初見>で、とても楽しかった。
またこんな企画を見たいと思っている。

ベルギー近代絵画の歩み

ベルギー王立美術館所蔵の近代絵画が損保ジャパン美術館に来ている。
先般は素敵な浮世絵をいっぱい見せてもらったから、今回も色々と期待している。

1. バルビゾン派からテルヴューレン派へ 印象派の起源
2. ベルギーのレアリスムから印象派へ
3. フランスの印象派と純粋な色彩
4. ベルギーにおける新印象派
5. 光と親密さ
6. フォービズム
この分類で作品が並んでいる。

コローやイッポリート・ブーランジェの作品が並んでいる。
どちらかというとあまり関心のない空間でもある。

カミーユ・ヴァン・カンプ フォンテーヌブローの森、カバの岩
タイトルを見て絵を見て、「この岩がカバに似てるのかしら」と思ってはいけません。
Cavatでカバだから、動物のカバさんとはちゃいます。(経験者は語る)
しかし象頭山、人形峠など「なるほど?」もある一方で、こういう勘違いさせられる名の岩もある。

テオドール・ルソー 森の外れ  
日没頃、遠い村の灯り、長い道。手前の暗がりに人がいたら・・・怖い。諸星大二郎の「鎮守の森」を思い出す。

アルフレッド・ステヴァンス 外出の身支度
若い女が出かけるところ。日本の傘をパラソルに使用。黒レースの白いドレス。
楽しそうな表情。少し意地悪くも見える。

アンリ・ド・ブラーケレール アントウェルペンの水場の内部
素敵な内装である。黒地に金の植物柄。どことなく金唐皮風な。しかしどこか寂れてもいる。
こういうものを見たくて、わたしはあちこちを歩いているのだが。

フェルナン・クノップフ フォッセ、モミの木の林
林立している。・・・・・・クノップフだからと言うことではないだろうが、どことなく死の匂いがする。
焼き場または墓場への道のような。
しかしここはモミの木の林なのだから、それはないはずなのだが。

クールベ スペインの踊り子、アデーラ・ゲレーロ夫人
濃い顔立ちで、安達祐実を思い出した。

フェリシアン・ロップス 浜辺
彼にしては「幸せそうな遠景」を描いている。手元においていたプライヴェート絵画。
元々フェリシアは幸せの意だから、フェリシアンもたまにはそんな絵を描いても・・・

イジドール・ヴェルヘイデン 昼食
凄い菊の大群!綺麗な絵柄の重のようなものがある。
風俗画として眺めても面白い。

ルノワール 風景  緑、茶、青、白、それらが混ざり合った風景。混沌としているが、不安はない。そこがやはりルノワールのよさなのだ。

ジェームズ・アンソール キャベツ
タマネギ、カブラ、トマトもある。(なんかエラソーな書き方やな、わたし)

アンソール バラの花
綺麗なピンク、背景も優しい。似合わないことはわかっているが、服に欲しいような色合いだった。

アンソール 青衣の婦人
これが日本なら「お水取りか」とウカツな私は思うところだが、ただ青い衣裳の女の人が室内で赤っぽい靴下を編む姿なのだった。

アルベルト・バールツン ゲントの夜
川面に生活舟が浮かぶ。まだ少し残照がある。しかしガス燈はつけられていて、遠くのそれは温かなともし火となっていた。

エミール・クラウス ロンドンの眺め、冬
真正面に白い光を感じる。テムズ川の河岸も見える。

アンリ・ル・シダネル 黄昏の白い庭
優しく綺麗な庭。誰もいないのはいつものことだが、何故こんなにも優しい空気があるのだろう。
遠目にもこの作は温かく輝く。

ボナール 逆光の中の裸婦
室内での裸婦。ソファは花柄。コロンか何かを身につける女。フランス女の嗜み。盥で少し洗うだけ、というそのシステム。
ボナールの裸婦には、女の体温を感じる。

特別素晴らしい!と感嘆する作品はなかったものの、全体として優しい気持ちになる展覧会だった。
11/29まで。

ウィーン・ミュージアム所蔵 クリムト、シーレ、ウィーン世紀末展

「ウィーン・ミュージアム所蔵 クリムト、シーレ、ウィーン世紀末展」と銘打たれた展覧会に行った。「ウィーンの黄金時代を彩った画家たち」と副題がある。
日本橋高島屋で10/12まで開催し、その後は10/24?12/23まで大阪のサントリーミュージアムへ巡回する。
東京展のチラシはエゴン・シーレの自画像。大阪はクリムトの「バラス・アテナ」。イメージが全く異なるチラシだった。

世紀末ウィーンと言う文字を眺めるだけで、ある種の陰鬱な悦びが胸の底に湧き出してくる。世紀末パリでもなく、世紀末ロンドンでもない、世紀末ウィーン。
一つの妄想が湧き出すと、次から次と漣のように妄想が続き、しかしそれを口に出すことを控えて、黙って反芻してみる。

5章に分かれた展示は、それぞれに壁の色を変えられて、そこに飾られていた。
1.装飾美術と風景画 (白い室内)

ハンス・マカルト 子供たちの絵  赤ん坊モーゼが川で拾われる、と言う図像を拝借したらしい。見立て絵の一種。描かれた幼児はナマイキなツラツキでこちらを見ている。
むっちりした幼児は、実は女児かもしれない。

レオポルト・カール・ミュラー 若いアラブ人の上半身(通称“召使のハッサン”)
野球少年風の若い男の顔がそこにある。睫毛が印象的。彼の主人はもしかするとアラブの少年のしなやかな強さを愛でているのかもしれない。

フーゴー・ダルナウト シュトゥーベントーア橋  綺麗なアーチが連続する橋。わたしは橋を見るのが好きなので、嬉しい。薄紫色に染まる空。日没寸前の最後の贈り物。

エドゥアルト・レビーツキ 帝国議事堂柱廊玄関モザイクフリーズ下絵  金箔を張り詰めたような背景に「真実・知恵・美」と「正義・寛容・信心」を擬人化した姿が描かれた二枚。
いずれも古代の人々のような姿でそこにある。

2.グスタフ・クリムト (ワイン色の壁)

寓話  アカデミックな作品で、吉田博「精華」を思わせるような構図。しかし描かれた動物たちはイソップの寓話に現れるものたちで、彼らの中央に裸婦が佇むのが、なんとも思わせぶりではある。

愛  この絵は随分以前から好きな一枚だった。全体を写したものと男女二人の姿だけのものと絵葉書があって、わたしは後者を葉書立てに入れて飾っている。
クリムトだと知る以前からずっと。

牧歌  トンド(円形画)の中に裸婦と二児がいる。それを守るかのような外枠の二人の男。向かって右の若い男はダルビッシュに似ている。逞しくて美しい男だった。

宝石商  かまぼこ型の枠内で、ビザンチン風の女が横顔を見せている。宝石商の男は女の欲望に火をつけようとする。ビザンチン風の過剰な装飾は、とても好ましい・・・

3.エゴン・シーレ(モスグリーンの壁)

アントン・ペシュカの描いたシーレ像は水谷豊に似ていて、当人の自画像は松井稼頭央に似ている。
しかし水谷豊と松井とは似ていない。

’91年に大丸梅田でシーレ展を見た。ブンカムラからの巡回。あの時も、18年経った今も同じことを考えている。
・シーレの人物像への共感性のなさ・色調には惹かれる・ただしその肉体の取るポーズにはとても関心がある・・・・・・

個別にどれがいいとかこれがいいと言うのは、正直なかった。
ただシーレをこんなに多く見るのは久しぶりで、そのこと自体に少しばかりときめいている。20世紀初頭のウィーンの若い男が何を考えていたのか、どんな目で世界を眺めていたのか。絵を通してそんなことを考える。それが許される空間だった。

4.分離派とウィーン工房 (白い壁)

オットー・ワーグナー シュタインホーフの教会  ドームがタージマハルのようで、吉田博の作品を思い出した。吉田は風景を版画にし。ワーグナーは設計の草案としてこの図を描いた。

アルフレード・ロラー ガルテンバウ協会におけるマックス・スレフォークト展のポスター
ごろんと女の生首が落ちた構図、と言うものはなかなか面白い。

マックス・クルツヴァイル 病気の回復  寄り添って林を行く若い二人。青年と少女。二人の頭上にはりんごの木がある。どんな関係の二人なのかはわからない。
藤村の詩を思い出すことは合わないのかもしれなかった。

オスカー・ココシュカ 夢見る少年  このシリーズはうらわ美術館にもあると思う。
このうちの少年と少女の図はシーレに影響を与えたという。やせた少年の肢体にシーレの嗜好を見出すことは可能だろう。
ココシュカのこの独自の装飾的な作品は、川上澄生の版画や三部作の頃の「ゲド戦記」の表紙絵を思い出させる。

5.自然主義と表現主義 (白い壁)

エドゥアルド・カスパリデス 秋の風景  夕暮れは金色、紅葉する森の道。リゾート地の池のほとりの家、そんな感じ。

ブロニカ・コラー・ピネル 雪の食品市場  コクトー「恐るべき子供たち」冒頭の少年たちの雪合戦シーンを思い出した。どこかにダルジュロスがいて、ポールがいるかもしれない。しかしこの絵はフランス語圏ではなくドイツ語圏の国の絵だから、「飛ぶ教室」を思ったほうがいいかもしれない。

レオポルド・ヴィドリツカ プラーター公園のレストラン“花束亭”の庭
片寄せられた椅子たち。秋の終わりの頃のような気がする。
何かが終わり、何かが始まる静かな予感がそこにある。

マックス・オッペンハイマーの作品が並んでいたが、わたしの見たかったものはなかった。
彼の邪悪な笑みを満面に浮かべるサロメが見たかったのだ。
ここにあるのは、自傷する男を描いたポスター原画や、仲良しのシーレの厭な顔だった。

「ウィーンの黄金時代」を生み出させたのは、皮肉にもハプスブルク家の没落からだった。
ビーダーマイヤー、古き良き時代のウィーンはこの展覧会のどこにも見当たらず、まるで別な国の話のようにすら思える。

その「古き良き時代」のオーストリアを集めた展覧会が、たばこと塩の博物館で開催されている。「やすらぎのオーストリア」として。

系図学の観点から見ても、ヨーロッパの王家の系図と言うものは、途轍もなく面白いものだと思う。ここも梨園と同じく、血縁関係がほぼ全ての王家にあり、「網羅」と言う言葉を改めて思い出す。
その根本がハプスブルク家だった。

たばこと塩の博物館の特性として、嗜好品を中心にした展示だが、パイプ一つ取っても素晴らしい工芸品ばかりだった。
メアシャムでも木でも、精妙巧緻を極めた彫刻が施されている。
見飽きない技能。

ちょっとした遊び心もいい。嗅ぎ煙草入れの表面には、男女の出会いが描かれている。
しかしその箱の内側には、もう少し進んだ関係が描かれ、そして・・・
こっそり笑うために作られた器。

ナポレオン三世の横顔のだまし絵がある。国芳と同じく「ヒト集まってヒトになる」顔。
ただし性別は女性に限定されていた。ナポレオン三世の髭もまた・・・・・

他に面白かったのは、大きなパイプの彫刻だった。
イヴァン・マゼーパという人物がそこに貼り付けられている。
文字通り「はりつけ」られているのは、人妻に言い寄った現場を押さえられて、馬に裸で縛られるという折檻を受けているからなのだった。

軽い気持ちで眺めて回ることのできる展覧会だった。こちらは11/3まで。

夢と追憶の江戸 高橋コレクションの浮世絵・前期

慶応大学の高橋誠一郎コレクションの浮世絵展が三井記念美術館で開催され始めた。
三期に亙る展示換えがあるのは、浮世絵や日本画の宿命なので、しかたない。保存は大事だ。初日にわくわくしながら出かけた。

第一室はいつも三井家自慢の茶道具などが展示されているが、そこからもう浮世絵が展示され始めている。

菱川師宣 衝立のかげ  これが最初に展示されていることからして、ドキッとする。
‘88年リッカーコレクションをメインにした「名作浮世絵の系譜展 師宣から深水まで」でもこの絵は冒頭に展示されていたが、あの絵とこの絵とは色が違った。
師宣は線描までで、色は弟子または後世の人がおいたらしい。
それで様々な色違いものがあるそうだ。
リッカーの所蔵品ではタイトルが「若衆と娘」とあるように、「衝立のかげ」で「若衆と娘」が仲良くする図。
シリーズもののトップ画ということだが、その後の状況を見ることはできないものの、この一枚だけでも様々な妄想が湧いて、とても楽しい。
娘の頬にうっすらと朱がはかれているのもいい。含羞ではなく昂揚のために頬を染めている。田中優子の著作を思いながら眺めると、なお面白味が増すような気がした。

鈴木春信 風流四季哥仙 二月 水辺梅  少年と少女がデートの最中に梅枝を折ろうとする。黒を背景にした春信の絵は、いつも深い魅力がある。
柵にのぼり枝を折ろうとする少年の足が裾からのぞくのもいい。
わりと彼氏の方は一生懸命だが、彼女の方は灯篭に身を持たせかけながら見てるだけ。
(梅が欲しい、と彼女は言わなかったのかもしれない)

廊下相撲  春信は中性的なカップルもいいが、子供たちを描いた作品もいい。
男児が廊下でお相撲をして、ちびの方が大きい子を投げ飛ばしている。行司はおあねえさん。手に軍配の代わりに扇子を持っている。板絵には唐獅子、庭には白梅の、いい感じの廊下。(人間関係がよくわからないが、案外サザエさんとカツオ君とタラちゃんかも・・・)

鳥居清長 色競艶婦姿 床入前  三つ重蒲団、女中に声をかける遊女の素足、客の姿は見えない。世界にこれ一枚の絵。「客は準備万端」というキャプションを読んで笑ってしまった。しかしこの遊女は働き者かもしれず、女中に「次の客はもう来てるのか」と尋ねていたりすると、途中で・・・・・・

喜多川歌麿 高島屋おひさ  帯の色が鶸色で綺麗な発色だった。有名どころの一枚でも、色が綺麗だと嬉しくなる。

東洲斎写楽 三世市川高麗蔵の志賀大七  こちらもそう。よく知られた一枚だが、こちらは背景の雲母摺がたいへん美しく、チラシでは到底その美を再現できないほどだった。
こういうときに、実物に会った甲斐を感じる。

歌麿 伝兵衛女房おしゅんが相  「ソリャ聞こえませぬ、伝兵衛どの」のお俊。この芝居「近頃河原の達引」は猿廻し与次郎を演じる我當さんの良さがすぐに思い浮かぶ。
とても黒目が大きくて可愛いお俊。手ぬぐいで頬を拭っている。唇が色っぽい。
この可愛さが結局は男と自分の破滅を呼んだのか。
団七縞の着物を着ていた。

北斎・富嶽三十六景、広重・五十三次、江戸百景の発色がいいものが並んでいた。
特に広重の「深川十万坪」の良さにハッとなった。
それまで鷲の視線がどこにあるのかを考えなかったが、鷲は眼下の浪ではなく、浪上の桶を見ているのだ。それをこの一枚は教えてくれたような気がする。(勝手な解釈だが)
また北斎「甲州三坂水面」での水に映る富士の綺麗さにときめいた。
発色もいいが、この構図そのものもやっぱりいいなぁ。

鳥居清信 五郎時むね・市川団蔵、せうせう・藤村半太夫  五郎と少将のカップルが相合傘。少将は高下駄を履くので五郎より背が高くなる。しかし傘は五郎が持つ。
仲良しさんな二人。

奥村政信 色子三幅対 中 京  荻野伊三郎  可愛いわ。最近は色子の絵も多く表に出るようになり、嬉しい。江戸の三條勘太郎、大坂の佐野川萬菊も見てみたい・・・

政信は源氏絵のシリーズもあり、小さい絵に仕立て上げているが、これもしみじみ眺めてみたいと思った。

奥村利信 床之内三幅対 中 遊君きゃらとめ風  豊かな胸と腹とで伽羅の香炉を抱きしめ、匂いを移す。向こうに布団が見える。

先の風流四季哥仙シリーズのうち、竹間鶯、水無月、神楽月が並んでいた。
水無月は花火の日らしく、茶店で男が見る先を、女も振り向いてみつめている。
花火は見えずとも花火を思わせる絵。月次絵。
それにしても春信の女は、クラナッハ、仇英と並んで、小さくて艶めかしい様子を見せる。

濱田台児 高橋先生像  先の「水辺梅」を拡大化した屏風を背景に高橋先生がくつろぐ図。これは交詢社にあるそうだが、こんな絵を描いてもらえるのは幸せなことだ。

春信 子供の遊び 影絵  波柄の衝立の前で男の子たちが遊ぶ。ウサギの影絵が浪に躍る。「竹生島」ではなく「因幡の白兎」らしい。ワニ(サメ)も作れ??

勝川春好 鷲ケ獄・柏戸・九紋龍  お相撲さん三人が画面いっぱいに並ぶ。鷲ケ獄は髯の剃り跡が濃く、九紋龍はニヘラッと笑う。

歌麿 咲分ケ言葉の花 おしゃべり にくまれ盛  母と娘の会話が書き込まれている。娘はアカンベーしている。色っぽい美人画もいいが、こういう作品もいい。

歌川豊国 役者舞台之姿絵 やまとや  頭から黒布をかぶる女(女形)。知らない芝居。「菊水」という役名だが、姿だけを見て「合邦」の玉手かと思った。

口紅  団扇絵。花魁が口紅を塗っている。艶めかしさがあふれかえる。睫毛までが。

北斎 琉球八景 龍洞松涛  雪の少ない(ない?)琉球に松並木を描き、そこに雪が降り積もる。奇抜な発想。しかしこの絵を見て馬琴「椿説弓張月」を思うわたしに、北斎はニヤリと笑うかもしれない。

広重 東海道五十三図会 美人東海道・日本橋  きりっとした美人。そのくせ目に愛嬌がある。広重の美人画はけっこういいと思う。本業ではなく余技の良さ、みたいな。

木曽路之山川  これははっきり言うと、中右コレクションの作のほうがいい。発色がこちらは曖昧というか、褪色しているのか・・・
中右コレクションで見たときの深い感動がなかった。山・川・雪。それらが白と濃灰と黒だけで表現されていて、あの感動は切ないくらいだった。
しかしこれは普通の山川の絵だった。たいへんに、残念・・・・・・・・

月岡芳年 日向の景清  これは肉筆。初見。満月の下、芭蕉の木陰に座して盲目の景清が琵琶を弾く。波打ち際の琵琶。「日向の勾当」と名乗り「屋島語り」をする景清。
迫力があった。墨の滲み、月の影、景清の表情・・・
「悪七兵衛」の名残は濃い。零落していても。

河鍋暁斎 おいわ  こちらも肉筆。初見。こちらに背を向け、大童になったお岩さん。伸ばした手の先には鏡、そこに彼女の毒で崩れた顔が映っている。非常に怖い顔。それを目の当たりにした宅悦は目を剥いてひっくり返っている。
真正面に顔を曝すより、鏡に小さく映る、というこの構図が、よけいに怖さを上昇。巧いものだとつくづく思う。暁斎が見たのは誰の演じたお岩さんだろう。三世菊五郎ということはもうないだろうし・・・長い顔は六世梅幸のお岩さんにも似ていた。

落合芳幾 英名二十八衆句 十木伝七  「唐人殺し」の男。文が面白い。忠義と痴情に責められて・・・明治はいいなぁ。

芳年 奥州安達が原一つ家の図  これは師匠の国芳もよく描いたが、芳年のは陰惨さがあふれている。弾けそうな臨月腹の丸さと、シワシワに震える線の書き込みが多い婆と。
しかもこの二人は実はそうと互いに気づかぬ母娘なのだった。
この魅力に惹かれて、伊藤晴雨は本当に臨月腹の自分の奥さんをモデルにして、映像化している。医者がついていたそうだが。

松竹梅湯島掛額  八百屋お七が半鐘を打つために登る図。20年ほど前、この絵が消防署のポスターに採用されたことがある。そのとき能登に遊びに行ったわたしは、旅館で貼られているのを見て、番頭さんに頼んで貰って帰った。細野晴臣氏に似た番頭さんだった。
ありがとう、番頭さん。今もわたしの手元にお七はいてますよ。
芳年が明治以降に描いた人々の顔は、現在のコミックのキャラの先祖だと思う。直結。
とても綺麗だ。

水野年方 三井好シリーズが出ていた。年方は芳年の弟子で清方の師匠。年方の上品な美人画も好きだが、なかなか展覧会は行われない。残念。

小林清親 東京新大橋雨中図  青い夜、腰巻の赤さが目に付く女が行く。
清親の絵が現在3ヵ所で見られる、とTakさんが案内されていたが、清親だけの展覧会はもう長く行われていない。DO!FAMILY美術館で見て以来、ないなぁ・・・

たくさんのいい展示を見たが、次は10/14?11/1。
10/16あたりに行く予定だが、そちらもとても楽しみなのだった。

九月の東京ハイカイもこれでおしまい?

昨夜の話。ペルー料理をおいしくいただいたあと、某me2さんと車内で明日はどこへとかなんとか話していると、あるyoginiの頬にニヤリと笑みが浮かび上がった。
「シカンの後にローマ、チベット?世界一周もいいケド、日本ですよ日本!」
「と仰ると・・・」(聞くな!遊行っ危ないぞっ)
・・・・・・・・・
ホテルに帰ってしばらくするとケータイに「地獄から」というメールが届いているではないか。
フロムヘル、はジョニデの映画だが、「地獄から」は遠山記念館へのお誘いなのだ。
普段行くのに苦労する遠山記念館が、明日だけ特別に川越からシャトルバスが出るということで、その時刻がご丁寧に・・・
うぉーっどうせぇと言うねん??
ローマ+チベット(期間はまだまだ)<遠山記念館(明日だけ無料シャトルバス運行)
この図式に入り込むか?

吼えてたら、別方面の友人からメールがあって、そちらには電話した。
「今どこなの」「東京」「えっじゃ明日のP銀に行くために?」
え゛゛゛っP銀?明日開催なのか・・・!
遊行が別名で参加している宇宙のオンリーイベント開催日だったのだ!
そう、fujoshiの集会。ちょっとコウ齢なので今やkifujinともいうけど、わたしたち・・・
迂闊なことに完全に忘れていたのだ。場所は蒲田だった。
どうしたらええねん、一体。

悩んだ挙句、さるお方におチエ拝借、とメールしたら、やっぱり遠山へとご教示が。
う?ん、やっぱりそれが一番か。
地獄の誘いと、宇宙からのメッセージ。
某yoginiなお方に向けて「バス停でお会いしましょう」と返信するわし・・・
その後はちょっと飲んだお酒で機嫌よく寝入ってしまった。
何の後始末も明日の用意もせずに。
(酔ってシンゴーシンゴーと吼えたりもしなかった。←古いよ)

前置きが長くなったが、そういうわけで朝イチにシカン展に行き、一日ブログ記者として会場ぱちぱち写し、3D映画を楽しんでから、西洋美のローマに移動し、その後に池袋経由で川越に出たのだ。
ニヤニヤ笑うme2さん(略名)と長いバスの旅なのだが、またまた「10/3には静岡と名古屋に行かれたら」と教唆してくるやないですか。
ううううううう。その日はねーその日はねー、元の予定を変更して空けてたのよ?違うことを考えていたのにぃ?

たどりついた遠山記念館はホント、すばらしい建物でしたな。
近代和風建築の粋を集めていた。
欄間、引き手、照明、襖絵・・・昭和11年に建てた当時そのまま。
邸外りには曼殊沙華とコスモスが咲き乱れ、枯れた蓮の葉が・・・

あ゛―来てよかった・・・(なんとなくクヤシイような)
邸宅の内外にはオブジェ作品が展示されていたけど、申し訳ないがわたしはあんまりそれが目に入らなかった。建築ばかりをみておったのです。
(この紋所が目に入らぬかっと言われてもきっと、「綺麗な梨地ですねぇ」とか言う可能性大)

川越で別れてから、わたしは恵比寿経由でサントリー美術館へ向かった。
和紙の展覧会。造花がすごく良かった。
ちょっと対象を広げすぎた感もあるが、面白い展示が多かった。

蒲田はあきらめたよ・・・。でも京急で羽田へ向かうわたしは京急蒲田を通るのよね?
ムネもズキズキしました。不義理ばっかり、音信不通ばっかりしてる。
飛行機も無事に飛んで、こうして九月の東京ハイカイは終了です。
次回は10月。11月はまだ予定が立たない。早くしないといけないのに・・・
とりあえず大まかなハイカイ記録でした。

リアルタイム東京ハイカイ2

昨日と打って変わって涼しいのが困るよ。フツーの風邪引いたとしても時期が良くない。

武蔵小金井につくまで爆睡してた私。バスを待つのも長いし、乗ってからも大渋滞で長い長い。渋という字はホント渋滞にピッタリやわ。
止が状態、シが涙、〉〈が表情を表してる。


サテ皆さん(浜村淳かっ!) がすミュージアム入り口のバス停より一個前のがいいと思う私です。以前来た時もそう思ってたが。
見たのは新版画展にも出てたヌエット。


三鷹駅がいつのまにこんなによくなったか知らんかったな?キノコウメあんかけ食べてから吉田家展見て、新宿でベルギー見た。感想は難しい…

太田の芝居絵を楽しむ。ogawamaさんご推薦の冊子はNiceだ!
次はたばこでウィーンをチラ見してから恵比寿に行く。シカン展共催のペルー料理を参加者の皆さんと楽しむ。
私は蛸マリネとパンと豚の空揚げに特に惹かれたよ。
皆さんと楽しくお話できてヨカッタです。

明日はシカン展から始めるが、その後にアクマの魅力的な誘いが…

悩んだまま明日へ向かって撃て!(ダレがブッチかが問題だ)

ほぼリアルタイム・東京ハイカイ?

いつもは帰宅した日に「東京ハイカイ」顛末記を挙げてるが、今回はフライングして19日と今日のことを書こう。無論各展覧会の感想については後日うだうだ書く気です。

畠山の名品を見た後、三井の浮世絵に行く。高橋コレクションですが、これがホントよかった。発色はキレイやし保存はイイし、珍しいのはあるし。解説も面白いしね。(実は東日本橋から徒歩)

高島屋のウィーンもよかった。ここは申し出るとリストをくれる。章ごとに壁色を変える演出もニクい。 そんでここの恵亭なるトンカツ屋でランチしたら大量のきゃべつが来て、がんばって食べたよ。松前漬や山芋のつけあわせもよかったので次もここでいいかも。

松屋銀座と浅草店の催事を勘違いした!予定変更よ。INAXで七宝焼を見る。大阪待ちしてたが先に見た。名古屋の安藤七宝と清水三年坂美術館の所蔵がメイン。いいものが多い。
専門の場で見るよりINAXで見る方がいいのはパネル演出と、数の少なさが却って心をそそるからか。
近くの宝満堂も関連企画してるそうで向かったが、場所がわからなかった。
三菱は次回、出光と一緒の予定。メルマガにそんなオススメがありました♪

汐留まで歩き、新橋停車場で特急燕の展覧会を見る。駅弁とかガイドマップ見るのが楽しい。こういうのが好きなのはソフト鉄というらしい。時代を感じて楽しい♪
ただ戦前の客船、あるぜんちん丸の模型やうらる丸・熱河丸の絵葉書を見て、泣きそうになった。
いずれも明るく楽しそうな様子だが、この客船たちは徴用されて撃沈されたりする。ハマの日本郵船博で彼等の在りし日の姿と没っした日や場所が刻まれたプレートを見た時からずっと可哀想で可哀想で仕方ない。レクイエムとして頭の中にマーラーの五番が流れてくる…

坂倉準三のインテリア展に再度行く。椅子に座したり機嫌良く過ごす。
次に江戸博へ。 新版画とねこづくし。 新版画の良さはもうちょっとやそっとやない。
随分前にここで新版画展を見たが、あれ以来やないかしら、江戸博では。
一点疑問があったのでメールで質問したが、返事来るかな?

とりあえず楽しい一日でしたわい。

続いて20日、今日です。
暑い。暑すぎるやないか、昨日はマシやったのに。
MOTに行く。久しぶりに平野あたりを歩く。以前、下町歩きしてた頃はここらの銭湯に行ったよ。
開館前についたが長蛇の列、うねうね。
メアリー・ブレア展だがチケ売り場でうっかり「リンダ・ブレア」とか言いそうになったよ。(言わへん言わへん)首360度回さなアカンがな。

次は弥生美術館やが、なつかしのSF系、いや〈空想科学もの〉の展示やからか、昭和半ばの子供達がいっぱいでしたわ。
それとこれは先に書いとくが、3F華宵の展示が久しぶりにメチャよかった!

野間に行く前に久しぶりにセキグチパンでランチした。
2味コロッケパンはカニクリームよりフツーのポテトの方がおいしいな。

野間では珍しいことにマイヨールの絵を見た。可愛い姉妹がドニ風な感じで描かれてるのがよかった。
暑いからかまだセミが鳴いてるよ。江戸博の通路では秋の虫が大合唱してたが。

泉屋分館と菊地に向かう道すがら、ある感慨に耽った。
泉ガーデン通るわけですが、来週ここで赤木しげる十年祭があるのだ。近マ主催。
赤木も現存なら63になるのか…そろそろ19のアカギが鷲巣を倒すシーンが見れるのかしら。

さて高島屋史料館展の後期と前田正博展の後期を楽しんでから、またまた久しぶりな道を歩いた。
前は御成門の松岡から愛宕のNHK経由で大倉に通ってたのだ。
あの頃は南北線も未開通だった。アララ、その頃よく行ったコクテール堂が2店舗とも見当たらないんですが…歳月ヒトを待たないぜ、てやつすか。

神谷町まで行くんがいやになり霞が関まで歩いて、大手町経由で竹橋に。初日に行ったゴーギャン展再訪したのさ。相変わらず繁盛してるよ。
常設では日本画に美少年の絵が多くて喜ぶ。

今回わりに関連する展覧会に行くわたし。
浮世絵―新版画―ヌエット―吉田博。また華宵―近美の日本画美少年…

さて京急で横浜に行く。
せっかく今日ブレア見たから、彼女の関わったIt's a smallworldのからくり時計が動いてくれたらええねんけど、まあアカンわね。
ゾーヴァ展、大満足!なんか思てんけど、マグリットはシュールリアリズムやが、ゾーヴァはちゃうんですね。わたしは彼の作品の味わいが好き。

崎陽軒でごはん食べてから帰る。ホテルについたら丁度NHKスペシャルが始まり、王さんと長嶋さんのドキュメントを見た。
私は虎党だが、やはり偉大な先人には敬意を表したいし、見ててたいへん面白かったよ。

ケータイで打つのもしんどいな…明日は明日でまた遊びます。


絵本 ボローニャ原画展・藤城清治展・熊田千佳慕展

昨日は江戸時代までの古い絵本を中心にした記事を挙げたが、今日は近年の絵本の話。
友人を誘って、西宮大谷記念美術館「ボローニャ絵本原画展」、京都文化博物館「藤城清治 光と影の世界展」、京都高島屋「99歳の細密画家 プチファーブル 熊田千佳慕展」をハシゴした。
神戸から京都へハシゴ、と言うのは実はあんまりしないらしい。
友人は「えーっ」と思ったようだが、「いつものことか」で賛成してくれた。

毎年新しい作家を知ったり、好きな作家の新作を見たり出来るので、この展覧会は本当に楽しみだ。わたしは同時代の絵本作家さんの活動を見るのが好きなのだ。

くつやのねこ 今井彩乃 09091901.jpg
 この作家は二年前にもわんこのチャッピーの物語を挙げていた。とてもステキなセンス。
今回は「くつやのねこ」で、白地にところどころキジの入ったポーカーフェースな猫が主役。くつやの主人のこさえた赤いブーツを履いて、あちこち御用聞きに出る。
この猫は顔の半分が白で半分がキジというなかなかカッコイイ猫である。尻尾は立派なキジ柄。それでこの猫は色んな注文を受けてきて、主人の仕事も繁盛してきたのだが・・・
ある日、ねずみくんが靴を頼みに来た。主人は喜んで立派な靴を拵える。
ねずみくんも喜んで靴を履いているが、彼は小さいのでテーブルに置かれたお皿の上で靴を履いていた。その様子を黙ってみつめる猫の丸い目。
原画展ではこの続きを見せなかったが、ドイツ語版の絵本があったので、めくってみて「ギャッ」となった。以下、ネタばれ。
ねずみくんが嬉しそうに靴を合わせている。猫はその様子を黙ってみつめる。
次ページ、皿の上にねずみくんのちんまい靴が左右ばらばらに転がり、皿の縁に二滴ほどの鮮血が落ちている。
更にその次のページでは、あの無表情な猫が幸せそうに丸くなって眠っていた。
・・・・・その後も猫の営業活動は続き、やがてご主人の店のウィンドウには大小さまざまな靴が並ぶようになる。
あのちんまい靴もまた。
どうしてか、この作家さんは日本語版の出版がないんだよな 欲しいです。

追記:2012.8.14
三年経った今、自分の解釈間違いに初めて気づいた。
ねずみは魔王の変身で、ねこがそれをパクッという状況だったのだ。
普通に「ながくつをはいた猫」だったわけです。
2012.8.11にうらわ美術館で日本語版絵本(2010年刊行)と原画をBIB展で見て、知ったのだ。
知らなかったことを知れてよかった。
ここにその旨を挙げる。
ただし自分の勝手な解釈もそのまま直さずにおいておきます。


こちらはチャッピー。
ChesterChester
(2007/09/20)
Ayano Imai


・・・このamazoneの情報見るうちにたまらなくなった。・・・買った。わたしはネット本屋さんとは無縁でいる予定だったのに・・・でもリアル本屋さんでは取り寄せが大変そう。だってドイツ語の洋書、という区分けなんですよ。(涙)
でもドイツ語はなんとか読めるし、わからずとも辞書で調べたらどうにかなるので、ホッとした。
こないだみたいにイランの絵本「黄金の翼の隼」がいくらよくても、イスラム文字など一文字も読まれへんがな。あああ・・・難しすぎる。
とりあえず、ローソンに届けてもらうことにした。たいへん嬉しい。

長くなったが、次にゆく。
かげぼうし、どこ行った 中村博之  これも日本人でしかも猫です。街を行く猫。マフラーの先には丸い鈴がついている。この猫の本体はあるが影法師がいない。
たいへんまずい状況。でもラストシーンでは、「おかえり」と先に帰宅した影法師が本体を出迎えていた。
これは友好的でシャレた影法師だからいいけど、アンデルセンの童話や坂東えりこの昔のマンガみたいな野心的な影法師なら、本体に取って代わろうとするで。
とりあえず、安堵。

CG作品が多くて、またかと思うが、これも時代か。しかし台湾のイェンという作家さんは水彩画で、たいへん美しい夜景を描いていた。
お納戸色の夜の湖。

ロベルト・イノチェンティの特集展示があった。
第二次大戦で失われた人々の記憶。強制収容所へ向かう列車、有刺鉄線の向こうに佇むパジャマに六芒星のマークをつけた人々・・・
痛々しさを感じる。どうにもできないのだが。
しかしこうした作品を絵本として世に送ることはとても大事なことだと思う。

気合が入りすぎたか、阪急電車で二人とも熟睡して、乗り過ごしてしまった。
烏丸へ戻る。
文化博物館で藤城清治の影絵を見る。
とにかく藤城清治氏は現役作家なのだ。85歳で現役バリバリ、新作も大作だったりする。
活動期間も長い。65年だというから、会場には本当に老若男女があふれかえっていた。
たしか昇仙峡に美術館があるそうで、そこへ愛子様が赤ちゃんの頃に行かれて、喜んで声を上げるニュースを見たことがある。
納得。わたしも声を上げて喜んだ。

友人は二歳上で、ケロヨンをわたしよりよく覚えていた。でも彼女はケロヨンが藤城キャラだとは今回はじめて知ったそうで、そうなると今度は「どっかにケロヨン隠れてへんかな?」と言いながら、ケロヨン探しを始めた。
わかるわ、その気持ち。ウチもやりましたがな。

本当に綺麗で綺麗で、わくわくした。お客さんで大繁盛・大混雑の会場をぐるぐる回って作品を見続けたが、果てがない。
作家歴が長くて、いい作品が多くて、ファンが多い人なのだから、キリがないのは当たり前か。
実はわたしも友人も子供の頃は彼の作るコビトさんが怖かった。
話していて意見が一致したのが、「子供の頃はあのコビトがイヤで、オトナになった今は却ってこの世界がたまらなくいいと思う」ということ。
現にわたしなんぞは廊下のカレンダーは12年連続藤城さんの作品集です。
(企業カレンダー。万人に愛されているのを実感)

これからも長生きしてがんばってください、という気持ちになる。
作品のそばにはご本人の言葉があったりして、なかなか面白かった。
物語を作品化するにも、依頼のものもあれば自分チョイスもある。
自分チョイスしたのがアンデルセンの「壜の話」というマイナーな作品だった。
しかしとても力の入った作品だということがわかる。娘のレースで飾られたドレスなど、気が遠くなりそうだった。
あと邱永漢の西遊記の挿絵も担当していたそうで、それは初見。
ちょっとばかりアダルトな感じもして、それはそれで楽しい。

スケッチも展示されていたが、これがまた立派なもので、ただただ感心するばかり。
それと朝青龍を描いたものもあった。真っ赤な太陽を背にして土俵入りしようとする姿。
これぞ「日の下開山」という力強さがあった。
9/23までだが、サイン会もあるので、凄い人だかりになりそう・・・

お茶してから、高島屋へ。
先般亡くなった熊田千佳慕の回顧展へ。これはもう本当にウルトラリアリズム。脅威の細密描写。
ノンフィクションの極み。
特に昆虫が物凄い。植物も華麗に描いたものと、ボタニカルアート風なものとに分かれているが、どちらにしろこの画力って凄すぎる。
しかし見るうちに面白いことに気づいた。
ミツバチへの愛情。なんだかやたらミツバチが多い。「ミツバチマーヤの冒険」も絵本にしてはるが、マーヤのアタマにはピンクのリボンが。それがちっとも違和感がないというのが、これまた凄い。
あんまり繊細で緻密すぎるから、ノンフィクションにフィクションやありえないものを紛れ込ませても、気づけないくらい、自然。本当に凄い。
・・・しかし残念ながらとうとう今年帰らぬ人になってしまった。
でも、作品はこうして後世に残る。彼の名を知らずとも、その作品を知る人はこの先も大勢現れるだろう。
ああ、いいものを見せてもらった。友人も大いに喜んでくれて、連れ回したわたしもホッとしている・・・

物語と絵画 文学と美術の出会い

大和文華館は今の展覧会で一旦しめて、来秋新たにオープンするそうだ。
建物の改修などがその理由。一年間淋しいけれど、来年秋にはまた賑々しく開館されるから、その日を待とう。
今回は「物語と絵画 文学と美術の出会い」展を、学芸員の宮崎ももさんの解説と共に楽しんだ。
王朝物語、軍記物語、仏教説話・縁起、幸若舞・御伽草子、中国故事と5種ほどの分類がなされ、それぞれの名品が出ていた。

寝覚物語絵巻   庭の様子が見える。平安時代の中庭がどんな形かがよくわかる。
物語は失われ、概要のみが伝わる。これは中世遁世譚に入るべきか?いずれにしろ恋愛がうまくゆかないことからの遁世譚ということで、無常観が漂う物語のようだが、それにしても絵は煌びやかである。金銀砂子の贅沢さが目に快かった。

小大君像 佐竹本三十六歌仙絵断簡  久しぶりの再会。十二単の裾の折り重なる色合いを見る。今回、なんとなく布の質感を感じた。

源氏物語が色々でていた。土佐光吉や岩佐又兵衛の屏風など。
好きで見ているだけだが、解説が入ると、知っていたことでも新しく感じられる。
今回、源氏より伊勢のほうが作品が多く出ていた。
下絵梵字経や宗達の伊勢物語図色紙・六段 芥川と八十段 衰えたる家がある。
また人気の八橋・布引図の屏風や、岡田(冷泉)為恭の作品も出ていた。
伊勢は連作短編集なので、読みやすかったのかもしれない。
だから刊本も色々展示されていたが、登場人物の風俗を出版当時のリアリズムに合わせていたりして、それが面白かった。

平治物語絵巻断簡 六波羅合戦巻   この作品も大和文華館の名品の一つで、振り向く若武者は金王丸だということを、思い出す。以前「渋谷金王丸」展を見たとき、「あれがか!」と驚いたことがある。

病草紙断簡   これは朝青龍に良く似たキャラがうーんうーんと苦しむ絵。

善財童子絵巻断簡  やっぱり可愛い。素朴さがいい。

遊行上人縁起絵断簡   自ら「遊行」なんて名乗るくらいですから、わたしも遊行上人ファンですよ。色の黒いところにシンパシーを感じたり、すぐ踊るところがいい(そこかよっ)。

善教房絵詞模本 岡田為恭  天保12年(1841)に模写した作品。台所や居間?での女たちのやや野放図な有様が面白い。  

道成寺縁起絵巻  既に清姫が蛇にならんとするところ。蛇と言うより竜なのだが、火を吐きながら着物の裾をからげて走り出している。
この情熱は怖い。自分も相手も破滅させてしまうばかりだ。稚拙な描き方だが、迫力がある。

幸若舞・御伽草子をモティーフにした作品群が並ぶ。こちらは奈良絵本。

忠信次信物語絵巻 二巻   桃山時代の本だが、稚拙な線描なのが却って俳画風な趣を見せている。佐藤兄弟の母と嫁たちと出会う義経一行。落人の哀しさと、お主を守ってともに命を落とした兄弟の、残された遺族の悲しみ。

さてここから豪華絢爛な奈良絵本が現れる。富美文庫蔵という。
二年前からさる個人コレクターの方の所蔵品を、この大和文華館と奈良大学の先生たちとで、検証したり色々してきたのだが、それが今回初めて表に現れるのだ。
・・・実は以前このブログでも、その作品群を少しばかりご紹介させていただいたことがある。
個人的に拝見させていただき、撮影したものを、ここで記事にさせていただいた。
改めて、ありがたいことだと実感している。
――様、本当にありがとうございました。

伏見常盤、大職冠絵巻、文殊姫、村松、二十四孝、猿源氏 ・・・といった面白い読み物が本当に美麗な絵本として、そこにある。
(手袋越しに触れさせていただいたことがまるで夢のようだ・・・)
久しぶりに眺めながら、嬉しさと懐かしさとがしみじみと湧き起こってきた。

最後は狩野派のワークスがある。
探幽の古画縮図、人物図扇面などがあるが、縮図帳はどれをみてもイキイキしているように思う。色を塗った完成品より、こういう作品のほうが面白みがある。

物語絵はわたしにとって、子供の頃から愛し続けた日本昔話絵本の延長であり、原点でもある。
時々思うことがある。人生の最初に、あの美麗な浦島絵本、哀れな安寿と厨子王絵本、悲運の牛若丸絵本を与えられていなければ、こんなにも日本の伝説、歴史、昔話に惹かれることはなかったのではあるまいか、と。
結局かれら日本独自の<もののあはれ>のにじむ登場人物たちに引きずられて、今なお「日本の物語絵」に強く愛情を覚えるのだ。
本当に嬉しい内容の展覧会だった。9/27まで。
なお9/20には「富美文庫の奈良絵本について」という講演会が大和文華館で開催されるので、興味のある方は2時までに大和文華館へ向かいましょう。

エカテリーナ二世の四大ディナーセット

東京都庭園美術館は旧朝香宮邸で、「アールデコの館」と呼ばれている。
日本の著名な建物のうち、完全な形でアールデコの美を現在も留めているのは、この庭園美術館と、大阪心斎橋の大丸百貨店だけかもしれない。
その二つのアールデコの建物で、同じ展覧会が開催された。
「エカテリーナ二世の四大ディナーセット ?ヨーロッパ磁器に見る宮廷晩餐会?」
既に庭園美術館では終了し、9/28まで大丸心斎橋で開催されている。

エカテリーナ二世は池田理代子「女帝エカテリーナ」(原作アンリ・トロワイヤ)で馴染んだ人だった。
わたしは「ベルサイユのばら」世代ではなく、「オルフェウスの窓・ロシア革命篇」に熱狂したファンで、その後の「女帝エカテリーナ」にも強く惹かれたのだ。
一つ熱狂するものが生まれれば、その<世界>の関連を知ることにも夢中になるので、中学生の頃からロシア史にはかなり興味を持った。
だから今でも多少はロシア史を知っているように思う。

女帝エカテリーナの事跡については、それこそ「女帝エカテリーナ」を読むなりその他の資料を読むなりすることをお勧めするが、わたしもとても彼女に憧れていた。
エルミタージュ美術館を拵えたのも彼女だ。
だから彼女の愛したテーブルウェアを目の当たりにできるとは、と本当に嬉しかった。

庭園美術館は元来が皇族の邸宅なのだから、展示するのも各部屋と言うことで、それはまるで「ご招待された」心持になる設えだった。
わたしは正装していないことを恥じて、自分のその気持ちがまたなんとなく面白くも思えた。

大丸はミュージアム自体がデパートの中にあるので、そういうシステムはとれないものの、わかりやすい配置をとり、解説も読みやすく設置されていた。
観客は見事に女性ばかり。平時の夕方に訪れたが、みんな同性。そしてみんな欲望に囚われていた。

四大シリーズのうち、緑のカエルの標が入ったものが、なんとなく楽しかった。
どう観てもハクサイまたは巨大瓜のような形のチューリンという容器に特に惹かれた。
これは煮込みものを容れる食器なのだそうだ。
チューリンという名詞を見て、「地獄に堕ちた勇者ども」の母親役はイングリッド・チューリンだったな、と思い出していたが、綴りは別だろう。

「エルミタージュ幻想」も上映されていて、この展覧会は時間をかければ、いくらでも掛かってしまうかもしれない。

なんだかひどく楽しい心持で会場を後にした。

大阪市立美術館の常設を見る

先月末と今週あたまと、大阪市立美術館の常設を二つ見たので、そのことを書く。
ここの所蔵品の大半は大昔、市民からの寄贈で成り立ったものなので、撮影はできないし、画像資料も決して多くはない。
図録も絵葉書もあるが、その何倍もの数の所蔵品があるので、追いつかないのかも、しれない。

まず9/6までの展示から。
仏画を見た。「顕教絵画?釈迦信仰の絵画を中心に?」という副題がある。
宗教に疎いので今回始めて知ったが、「顕教」ケンキョウとはり密教以外の仏教をさす言葉だという。真言密教の立場からの分類。密に対しての顕。

毘盧遮那五聖曼荼羅 鎌倉時代 京都・高山寺
明恵上人のお寺に伝わる絵。5聖人のうち一人がひどく美しい顔立ちをしていた。
上人もこの絵を見たのだろうか。
最近仏画を見るようになったのは、こうした美人を探すためかもしれない。
・・・今になって、この展示の解説文を読むと、明恵上人はやはりこの絵を見ていて、自身の夢日記にもスケッチしているそうだ。

如意輪観音像 室町時代
善財童子が可愛い。実は最初に善財童子と言う存在を知ったのは、高橋睦郎「善の遍歴」からだった。あれは強烈に面白かったが、万人にお勧めはできない。好きな人は好き。それでいいと思う。再版は・・・ないでしょうなぁ。
それと作者は忘れたが児童文学で「善財童子物語」という戦後の混乱期に生まれた少年の生涯を描いたものもあった。
どちらにしろ善財少年は旅をしなくてはならない。

文殊渡海図 鎌倉時代 大阪・叡福寺
河内のこのお寺は聖徳太子信仰の基地の一つだった。凛々しい文殊。眉が濃い。しかし乗る獅子はにゃーっと不満の声を上げている。

聖徳太子孝養像 鎌倉時代 三重・四天王寺
美少年だった。大体「日出処の天子」のイメージがあるから、厩戸王子は美少年でなければ、いけない。

文殊菩薩像 室町時代 
髪の長い美少年風だから、これは稚児文殊のクチかもしれない。

続いて江戸時代の名所図会の版本をみる。
これが実に多岐に亙って・・・というか、よくもこんなに出版したな(現代もそうか)というくらい、色々種類があった。
江戸時代からは遊山が旅の目的の一つになったから、当然なのだが。

とにかく名所とそれに伝わる物語のキャラ絵や情景、名物の食べ物などがどんどん描かれ、次から次へと続いている。
楽しいガイドブックでもある。
當麻寺だと、中将姫が懸命に機織しているし、春日大社では鹿の目がきらーんっと思ったら睫毛だったり、鹿せんべいを持った人が鹿にタカラレてたり。
お伊勢さんも人がわいわいしてるし、岸和田の蛸地蔵ではちゃんと蛸が戦っている・・・
なかなかこういうものは楽しい。

展示替えでも以下の作品が並ぶ。
住吉名勝図会、摂津名所図会、天保山名所図会、般若心経抄図会、浪華の賑ひ、淀川両岸一覧・・・・・・
手にとってシミジミと眺めてみたいものだ。

近代の洋画では華やかな作品が多かった。
青木繁 女の顔  恋人・福田たねの大首絵。これは確か芝川コレクションの一枚。

岡田三郎助 後ろ向きの裸婦  赤い背景に、オパール色に輝く女の背中がある。
「女の背中は燦然とした」は谷崎の「刺青」のラスト一文だが、この女には刺青はないものの、オパール色に輝いて、やはり燦然としていた。

赤松麟作「蝉取り」と中川紀元「野と子供」が同じようなムードのある作品で、もしかすると同一状況を描いたものかもしれない、と思った。
しかし製作年はわからない。可愛い男児と雑木と・・・夏のある日。

曾宮一念 ざぼん  割ったら、赤肉。ザボンは本当はこんなに赤くないような気がする。
曾宮と仲良かった鈴木信太郎の曾宮評を思い出す。
曾宮にはどことなくグロテスクなものを描く心理があった、と言うところ。
なんとなく納得。

ここからは9/15以降の展示。
今丁度「水都大阪2009」開催中なので、「水の風景」が多く展示されている。
(ヤノベケンジさんのとらヤンも国立国際美術館におったし、彼のこさえたドラゴン船も就航している)

伝・江口の君像  17世紀の作品だからか、髪は長く垂らしている。苦界ではなく「公界」だった頃の遊里にいたような江口の君。

北斎 潮干狩図  これは以前から人気の高い一枚で、よく案内チラシにも出ている。
ところでわたしは一度も潮干狩りをしたことがないので、どう楽しいのかがわからないのだった。

今回は大坂の画人の作品が多かった。近代日本画でも庭山耕園の風景、島成園の美人画が色々出ていた。
それとは別に、川合玉堂の水辺模様もいいし、児玉希望の「群貝」の奇想にも目を瞠った
なにしろ色んな形の貝が凄まじく散らばっている。
こんな波打ち際、素足なら怪我をしそうである。面白い構図だった。

洋画では久しぶりに国枝金三と鍋井克之、辻愛造の作品を見た。
わたしが風景は「東京は版画、京都は日本画、大阪は洋画」がベストだと思うようになったきっかけの作品のいくつかが並んでいるのが嬉しかった。

辻の昭和初期の道頓堀の賑わいを描いた絵は、泥絵の具的なベタさと共に、明るい気持ちが画面にあふれている。

鍋井さんの「大阪繁盛記」原画も出ている。あとで本をめくろう。
それから「桜宮公園風景」  これはわたしが生まれた年の作品だった。大好きな山吹色と明るい緑に川の流れと空。いい気分の絵やなぁ。

機嫌よく見て回っておわり。ここらは10/25まで。
撮影OKなら更に幸せだが、それはあかんので、実際に自分の目でご覧下さい。

道教の美術 IN 大阪

いよいよ大阪で「道教の美術」が開催される。
三井記念美術館で見学して、色々感銘を受けた展示だが、こちら大阪の方が随分規模が大きい展示と言うことだった。
それで9/14内覧会に出かけた。
開会式から出たら、主催者の人々の挨拶もあり、テープカットもあり、なかなか気分も盛り上がってくる。
面白かったのは挨拶の中で「最近はコミックも影響を受けた作品が多く、皆様ご存知の『北斗の拳』もまた影響を受けております」・・・あっと思った。
そりゃそうでした、北斗七星の形の秘孔だな、ケンシロウ。
南斗六星だったっけ・・・水鳥拳がレイでしたか。
なんだかそれだけでもわくわくするね。

珍しく解説のヘッドフォンを借りる。わたしは難聴の人なのでなるべく借りないようにしているが、今回はちょっと特別。
聞き取りやすいし、ヘッドフォンを外した後も、鼓膜がざわつくこともなかった。

会場が大きいから展示室の演出もできるようで、部屋によっては背景色が変わっていた。
そういうのがまた良く似合うし、面白い演出になっていたと思う。
たとえば、これは後のほうの展示だか、十王たちや奪衣婆などの像が雛壇に並ぶコーナーがあり、そこは全体が赤い部屋だった。
ムードがあって、とても面白かった。

以下、三井で見たものは措いて、大阪だけの展示について少しばかり書く。

耳の尖った羽人や博山炉などは三井でも見たが、大阪だけ、と言うのが多い。
大量にあるのは、拓本類と経文だ。
敦煌経もいくつか出ている。
ちょうどこないだ京博で「シルクロード文字」を見たところだから、懐かしい気がする。

拓本は石碑から採ったものばかりなので、スペースがどうしても必要になる。
だからこれはやはり大阪市立美術館でなくては展示できないようだ。
(でもマジメに全て読むのはムツカシイ。時間もないし)
ところでこの展示には大阪市立美術館の元からの所蔵品が多く出ているが、もしかして「・・・在庫でこんなん出来るやん」という発想から始まったのではないか、とふと思った。
(おこられるわ)


山海経が見れたのも嬉しい。これは中之島図書館の貴重書。山海経の注釈本は三井で見たが、現物は大阪展のみ。
わたしが最初に山海経を知ったのはやっぱり諸星大二郎の作か、もしくは長岡良子「眉月の誓」かのどちらからかと思う。
その後に確か東洋文庫版でチラチラと読んだような。

伏義像 ああこの名を見れば占いの始祖、というイメージが強い。
世界の始まりか。

河図図(かと・ず) 実物を初めて見た。馬のような形の存在。東東洋の手による。
考えればカバは河馬と書くし。西洋でもケルピー(川馬)という妖魔がいることだし。

蔵王権現は5年前の「祈りの道 吉野・熊野 信仰の道」展で、新羅明神は昨秋の「三井寺」展で、色々と見せてもらった。
憤怒の像、異形の顔立ち、どちらも忘れられない像を見た。
ここでは衝撃的な形象は展示されていなかった。

三井展でギョッとした「焔口餓鬼図」を二点見た。解説を聞いていると、なかなか面白い背景があることがわかる。やっぱりこの絵は多くのお客さんにウケていた。
関係ないが、のぞきカラクリの「地獄極楽」はこの絵とも関連がある内容なので、あれもなかなかアナドレないものだ。

星曼荼羅は今回図録をいただけたので画像も手に入り、たいへん嬉しかった。
この星曼荼羅は二十八宿と十二星座とが一緒に描かれているので、東洋も西洋も星は同じだと思ったりする。けっこう楽しい。
年初に寺から「高島易断」をもらうが、そこに二十八宿が並んでいる。
そういえば山上たつひこ「金瓶梅」の章タイトルは、やはり二十八宿の名だった。

陰陽道の章にくると、解説も「小説、コミック、映画で云々」とアナウンスが入る。
わたしはコミックと映画に萌えたクチで、映画の二作目が公開される直前に「陰陽師ツアー」なる一日バスツアーに参加して、遊んだことがある・・・

十王図は奈良博「寧波」展で多くのものを見たから、にわか知識がたんまりありますよ。
一枚一枚楽しく眺めた。まぁ描かれている内容は、楽しいものではないですが。

群仙図なども多く出ている。中国の八仙をみると思うことがある。
水木しげる「悪魔くん」は何種類かバージョンがあるが、「悪魔くん千年王国」へ続く筋の話では、「東方の神童」たる悪魔くんを、蓬莱山に住まう八仙が、生かすべき死なすべきか協議する状況があった。そのイメージが今も常にある。

しかし蘆雪の「波上群仙図」の仙人たちの顔は、彼の描くわんころたちに良く似ている。あのわんころたちが人に似ているのでなく、この仙人たちがわんころに似ているのだ。

京都の黄檗山萬福寺は好きなお寺で、しばしば出かける。近所の普茶料理が目当てのときもある。(そっちがメインかもしれないが)
あの寺の本堂に居並ぶ羅漢たちは見慣れているので親しみがあるが、本尊を見覚えていなかった。それがいきなりここにおでましである。
華光菩薩倚座図  道士スタイルで、金ぴかな顔というのもこわいものだ・・・

封神演義(明代の版本)とそれをモティーフにした五彩の大きな器を見た。
本は挿絵が上部に入り、下に文が並ぶ。
ジャンプでファンタジーコミック化され、人気もあったが、わたしはそれより横山光輝の
「殷周伝説」の方が好き。
器はどのシーンを描いているかわからないが、カラフルで緻密に書き込まれ、見ていて楽しい。内側から見込みには出目金がいっぱい泳ぐ図柄がある。

長崎の中華なお寺からは媽祖像が来ていた。航海の神様でもあるから、福建省辺りでは特に信仰が深いそうだ。台湾でもマカオでも廟は大人気だった。
福福しくていい感じのおばさん、という雰囲気の像である。

長正殿蒔絵手箱  大倉集古館蔵というが、向こうで見た記憶がない。葦手で春、裏、長、殿という文字が見える。

さて神農さんが現れた。薬の神様なので、大阪の道修町では毎年11/22、23にお祭をする。
日本の薬の神様は少彦名さま、中国の薬の神様は神農さんということで、親しみがある。
ところでどういう理由があるのか、テキヤは神農と言う字を用いる。なんとなく面白いし興味があるが、まだ理由を調べてはいない。
調べてわかることかどうかもわからないが。

小杉放菴の道教をモティーフにした作品があった。
出光所蔵の分は、先般展覧会で楽しませてもらったが、「炎帝神農採薬図」は大阪市大付属病院所蔵なので、普段見ることはないから、嬉しかった。こういう風に知らない作品に会えるのがまた嬉しいことだ。

山本芳翆 浦島図  これは最初に見たのがもう随分前で、太田記念美術館で他館の宣伝ポスターで見たのだった。
その後実物に出会えるまでの間、ワクワクが長く続いた。
今回この浦島がポスターの半分を占めていて、多くの人々が彼の地上への帰還を見ているが、本当に綺麗な作品だ。
デロリの系統に入れる向きもあろうが、わたしはそうは捉えていない。
惜しいのは、図録ではちょっと色が濃く出すぎていること。
浦島のまとうパールピンクが重く見える。

本当に機嫌よく見て回った。解説も良かった。
多くのお客さんがおいでになって、楽しまれることを期待している。

それにしてもうれしいことに、この内覧会では休憩室に、コーヒーやジュース(近鉄提供)と、なんと神戸中華街の老舗・老祥記のぶたまんが用意されていた。
久しぶりにいただくぶたまんは大変おいしかった。
全くありがたいことだ。
内覧会、バンザイ。(そこかっ!)

10/4までは前期、10/6?10/25まで後期展。後期に行ったときは、地下の瑠樹でランチにしよう、と今のうちから考えている。

明治・大正お屋敷ドローイング 近代住宅彩色図集から見た清水組の仕事

大阪の天神橋筋6丁目にある住まいのミュージアムは、なかなか楽しい展覧会をする。
常設展の方は、これは人を案内してわいわい言いながら体験するのがいいが、こっちの企画室はじっくり眺めて色々考えるのがふさわしい展示をしている。
今回は清水建設の仕事を展示していた。
清水建設の前身・清水組時代の住宅設計図とその彩色図とがずらずらと並ぶ。
09091301.jpg

和風にしろ洋風にしろ邸宅、ということなので大きくて立派な作品ばかりだった。
それらが彩色されて、内装も綺麗な描き方なので、観ているとリカちゃんハウスを思い出して、楽しくて仕方ない。
現在ではこんなステキな邸宅の彩色図なんかないし、作ってもそれはCGでの三次元ものなので、ちょっと夢がない。
こちらは本当にドキドキするような、夢のお屋敷ばかりだった。

これはしかし実際に建てられた邸宅ばかりなのかどうか。
・・・建てられていた。写真もある。ただし現存するものは、ひどく少ない。
これは仕方のないことなのか。

明治・大正の流行の変遷もこの図から見て取れたりもする。
こちらにも資料がある。

洋館の中にはゼセッションの影響を受けた物件がいくつもあった。
また内装ではステンドグラスや柱飾りの美しいものが多かった。

現在これらは高価な書籍になって販売もされている。
買えそうにないから、まじめに展示を見る。
それにしても本当に素晴らしい。
明治・大正の邸宅―清水組作成彩色図の世界明治・大正の邸宅―清水組作成彩色図の世界
(2009/05)
内田 青蔵


なお本の内容についてはこちらが詳しい。

ある邸宅の一部がペーパークラフト再現されていた。
これはもう楽しくて仕方ない。わたしはドールハウスも大好きだが、紙で作る家と言うのも大好きだから、見ていて楽しくて楽しくて、わくわくした。
細かい再現がなされているなと感心しきり。
カラーコピーで拡大したものを立体化したようだが、こういうのは楽しいものだ。

いい機嫌で眺めたが、それにしても楽しい展示だった。
展覧会は既に終了しているが、また機会があればこうした展示が見たい。

亀高文子とその周辺

小磯良平記念美術館で「神戸の美術家 亀高文子とその周辺」展が開催されている。
わたしは亀高文子の名は知らないが、「文子といえば渡辺文子と言う綺麗な洋画家がいたな」と思った。
渡辺文子は明治末ごろから大正あたり、童画も描き、人気もあった画家だ。
彼女は二歳下の美青年の夫・与平と仲良く暮らしていたが、与平が夭折してからは色々苦労をした、ということを「芸術新潮」で読んでいた。
「・・・もしかして」と思って調べると、亀高文子は渡辺文子が再婚し、神戸に移住してからの名だった。

亀高文子(1886-1977)は明治末期の日本洋画界の草創期から活躍し続けた女性画家の先駆者です。兵庫県美術家連盟の創立に関わり、赤艸社(セキソウシャ)女子絵画研究所開設などの功績によって兵庫県文化賞を受賞しています。
今回の展覧会では、34年ぶりに亀高の作品(39点)を振り返りながら、その家族や関連の深かった画家達の作品も含め、合計98点の作品を紹介します。亀高文子の作品の魅力に触れていただくとともに周辺で彼女に影響を与え、支えた人々の作品に、時代の雰囲気と彼らの優れた人柄を偲んでいただければと考えます。


わたしは「渡辺」姓時代の文子の作品しか知らず、亀高になり、神戸で洋画家として活躍し、つい30年ほど前まで存命だったとは、今回初めて知った。

文子の父は横浜で輸出用の絵を製作販売して利を得たが、本当の芸術家にはなれなかったことを悔いていて、それで娘に期待をかけた。
文子は家に出入りしていた小杉放菴の助言を得て、満谷国四郎を師として、画業に励んだ。
また中村不折の教えを受けてもいる。

その不折、放菴、満谷の作品がいくつか並んでいる。
放菴の作品は先般、出光美術館で堪能させてもらい嬉しかったが、なかなか満谷作品はまとめてみる機会がない。
なんとか満谷の、まろやかで優しい温度のある日本の裸婦たちを、存分に眺めてみたいものだと改めて思った。
不折は彼の拵えた書道美術館で時折作品が出たり、野間記念館でも機会があれば見れるのだが。

工藤美代子「秋の野をゆく 會津八一の生涯」は、秋艸道人が文子に失恋した経緯を描き出している。文子の娘みよ子さんと会い、いろいろと話を聞きだしてもいる。
この評伝はかなり興味深いもので、「芸術新潮」連載中、熱心に読んでいた。

文子が自分の意志を貫いて宮崎与平と結婚し、彼が渡辺姓に入って子供らにも恵まれた幸せは、しかし長くは続かない。
与平はわずか22歳で夭折したのだ。

その与平の代表作は「ネルのきもの」である。これは長女みよ子を生んだ後の文子を描いた静かな作品で、泉屋分館にある。これは9/15から展示される。

与平のコマ絵は「ヨヘイ式」と言われて人気を博していた。可愛い絵柄で、子供たちがイキイキしている。「少女の友」などで活躍したが、22歳の死はあまりに早すぎた。
長崎県美術館所蔵作品が並んでいたが、彼の回顧展も二年前に長崎で開催されている。

文子は夫の死後、父に勧められた再婚を断ったために援助を受けられず、一人で生活を支えた。
だからその時代の文子作品はタブローは少なく、少女雑誌の挿絵が多かった。
叙情画は二つに分けると、幻想味やメランコリーが漂うものと、健全な明るい日常を描いたものとのがある。
文子の絵は後者で、にこにこした愛らしい少女たちの楽しそうな仕草などが、よく描かれていた。

タブローは、与平の影響を故意に漂わせた作品が多かった。
彼を忘れたくない・世間に忘れさせたくない気持ち、そんな哀しさがあった。
そしてここまでが「渡辺文子」の時代で、次からが「亀高文子」の展示となる。

文子にプロポーズしたのは船舶会社に勤務する亀高氏だった。
彼は画家・文子のバックアップをした。
展覧会の解説を読んで、こんな偉い男性は少ない、と思った。まったく立派だ。
彼は文子のために神戸にステキな邸宅とアトリエを建てた。
ライトの弟子筋の設計で、写真で見ても本当にステキな空間だった。
(この邸宅が今も残っていれば、重文になるかもしれない。本当におしゃれでステキな外観と、内装だった)
文子は彼の子を生み、家族が増えた。
家族写真がある。
文子と与平の息子はその時代の人としては随分長身で、娘も母似の美人だった。
亀高氏はみるからに優しそうなオジサンだった。

文子はそこで「亀高文子」として兵庫県美術家連盟の創立に関わり、赤艸社女子絵画研究所を開設し、多くの生徒を育てた。
文子の息子・渡辺一郎もみよ子も画家になり、社を盛り上げた。
彼らの作品も展示されているが、わたしは息子よりみよ子の作品のほうが好ましいと思った。

そして文子の作品が並んでいる。
絵からはかつての叙情性はなくなり、健康な明るさがあふれている。
植物と、少女をモティーフにした作品が多い。

驚いたのは、70歳以降の植物(主に花)を描いた作品群である。
とてもみずみずしい絵だった。
これは若い頃の作品にはない、みずみずしさだった。
年齢を重ねるほどに、絵がみずみずしくなってゆく。
70よりも75、75よりも80のときの作品がイキイキしている。

近年亡くなった秋野不矩、三岸節子もそうだった。
みんな長生きして、元気に機嫌よく作品を生み出し続けた。
ああ、やっぱり女は長生きして好きなことをして、それで大往生を遂げなくてはならない。

「渡辺文子」の作品が見たくて出かけた展覧会だったが、元気で明るい「亀高文子」の作品に力を貰ったような気がする。
展覧会は10/18まで。

「だまし絵」を楽しむ

渋谷ではだまし絵展がの人気が随分高かった。
ブンカムラでは連日満員御礼だった。
・・・と言うことを知っていたからこそ、渋谷で見るのをやめて、神戸で見ることにした。
幸い内覧会のお誘いがあり、その日は会社を休む予定があったので、喜んで出かけた。
場所は先月「当分行かないぞー」とイキドオッテいた兵庫県立美術館だが、まぁそれはそれとして出かけた。

井戸知事が来ていたが、「楽しいねー」と周囲の人々に話していた。
やっぱりこういう展覧会は、芸術性がどうの、とか言うより先に「楽しいねー」でなくてはね。だからわたしも何も考えず「楽しいねー」で見て回った。

アルチンボルドのルドルフ二世が今回の目玉だということだが、いただいた図録の表紙に既に彼の「細胞」の一部が露出していた。
真っ白の地に洋ナシ、サンザシ、ユリ、バラがいい感じに配置されているな、と思ってめくったら、皇帝の顔ですから、オヨヨですな。
図録からしてお客を騙しやる。

皇帝父子の三重肖像は、種明かしをされたらなぁんだと言う感じだが、やっぱり見る分には面白かった。右から見る顔と左から見る顔とが違う。こういう細工は面白い。
小杉小二郎の工芸品にも同じようなものがあったが、あれも楽しかった。

トロンプルイユはリアリズムな筆致でなければ、成り立たない技法だと思う。
並ぶ作品はどれもこれもリアルだった。
実は16歳までは、こうした写実的な泰西名画が大好きだった。

「飛び出す絵本」ならぬ「額縁から出てきましたっ」な作品も多い。
それが明るい作品ならいいんだが、「ルクレティアの自害」みたいなちょっと怖いんですけど系の絵だと、本当に迫力満点だ。

枠に収まる・収まらない、という問題は小さいものではないと思う。
絵画だけでなくコミックでも、枠からはみ出ることで迫力が倍増している。
たとえそれが手袋を持つ手だけであろうとも。

日本の「描き表装」もだまし絵の仲間に入るとは思っていなかったので、そういう目で見ると、新しい楽しみが湧いてくる。其一や是真の作品を見ると、遊び心にあふれていていいなと思う。
特に是真の「鯉の滝登り」のはずが、水流に負けて、ころんっと滝の外へはじき出されるコイの丸々した姿は可愛かった。描き表装の滝の勢いは強く激しく、見えない空間から落下し続ける水の力まで想像させられる。

プライス・コレクション展でも見た呉春・景文兄弟の幽霊画に再会。東博での展示方法は絵の怖さを倍化させてたな?

清水節堂の幽霊は、表装から「今出たぞ」的な様子で、あたりを睥睨している。
実に怖い。速やかに幽明界へお帰り願いたい一枚。

国芳や広重の戯画も多く出ていて、嬉しかった。何度観ても面白いし楽しい。
特に影絵遊びは宴会芸の必須品だったようで、それを思うだけでも面白くて仕方ない。
影絵や判じ絵というものは、江戸文化の粋のように思う。

マグリット、エッシャー作品も色々あって、楽しく眺めた。
びっくりしたのはパトリック・ヒューズと言う作家の「水の都」だった。絵が平面でなく凹凸面に描かれているために、揺らぎを感じさせられたのだ。
何度も何度も右左・右左と往復しては、この作品を楽しんだ。

ところでわたしは現代アートにあんまり関心がないが、写真と人形は別で、色々と好きな作家が多かったりする。
本城直季のリアル風景をおもちゃ風に捉える写真作品は、数年前から好きで、ここでも見れて嬉しかった。
わたしは特に港湾倉庫の様子を捉えた一枚がとても好きだ。可愛くて可愛くて。
だからこの作家の作品展があれば、見に行きたいと思っている。

神戸でも東京のように、大勢の人々が楽しめばいい、と思う。11/3まで開催。

美を巡る100年のドラマ フランス絵画の19世紀

既に終了したが、「美を巡る100年のドラマ フランス絵画の19世紀」を見た。
行った日は会期末間近だったからか、随分繁盛していた。

アカデミックな作品が多く並ぶ、と言うのもいいものだ。
そこには文芸性が潜んでいる。
絵画に物語を求めるわたしには嬉しい展示だった。

ミシェル・マルタン・ドロリング アキレウスの怒り
身体に巻きつく白布が眼に残る。アキレウスの肉体の素晴らしさが布越しによくわかるのがいい。

ジャック・ルイ・ダヴィッド 男性裸体習作 または パトロクロス
この並びがたまらなく嬉しい。アキレウスとパトロクロスの友情プラスアルファの関係が好きなので、ドキドキする。
顔を背ける男の背中の強さ。ヘンな比喩だが、これが食牛ならさぞ食べ応えがあるだろう。

アンヌ・ルイ・ジロデ・トリオゾン エンデュミオンの眠り
これは以前別な展覧会で見て、喜んで絵葉書を購入したもの。
光が丸く彼を取り巻く。印象派にも外光派にもありえない光の美しさ。

アントワーヌ・ジャン・グロ レフカス島のサッフォー
月光が美しく、それに照らし出されるサッフォーの美しい絶望。

ピエール・ナルシス・ゲラン トロイアの陥落をディドに語るアエネアス
少年を抱き寄せる。それだけでもときめく構図だった。

アンドレ・ジルー メレアグロスの狩
「大イノシシのから揚げ風」と言う感じ。ときどきこんなヘンな感想が湧いてくる。

カミーユ・コロー 少年と山羊
コローの人物画のよさは去年辺りから広く認識されるようになったが、この少年もとても可愛い。

シャルル・グレール 十二使徒の伝道への旅立ち
別れのくちづけをする二人もいれば、どう見ても「1丁目1丁目ワーオ」の人もいる。
人が集まれば、目的は同じでも、色んな人がいるものです・・・

アレクサンドル・カバネル パオロとフランチェスカ
美しい二人の死がそこに描かれている。ダンテも二人を美しい言葉で表現した。
トリスタンとイゾルデ、パオロとフランチェスカ、お初・徳兵衛・・・
恋人たちの死はいつも美しく描かれる。

ジュール・エリー・ドローネ ネッソスの死
これは以前にも見ている。ブンカムラで見たのと、京都(と思う)。
ケンタウロスが射殺される図。人攫いはいけません。緊迫感のある表現だった。

ジャン・レオーム・ジェローム 酔ったバッコスとキューピッド 
以前「ボルドー美術館展」で見たと思う。ボルドーはワインの産地。それだけに幼児まで酔っ払う絵が愛されてるんだな?と思った。

ラファエル・コラン フロレアル
輝くような色調でありながら、しっとりした肌の女。女の表情がいい。

ここからは印象派以降の画家が現れる。

ルノワール 葉と果実の飾りのある二人の若い裸婦
アサヒビール所蔵なので、大山崎山荘でも見ている。あの美しい山荘にとても似合う美しい裸婦だった。
やはりルノワールの色彩はいい。

マネ カルメンに扮したエミリー・アンブルの肖像
チラシにも選ばれた一枚。マネの描く婦人はいつも黒い瞳が印象的だ。

ジャン・ポール・ローランス カロリング王朝最後の玉座
装飾の綺麗さに感心した。絵が美しいと言うだけでなく、こうした装飾の施された工芸品があった、と言うのがいい。
二重の美しさがそこに存在する。

アンリ・ファンタン・ラトゥール 暁と夜
綺麗な色。島根県立美術館はこうした美しい絵を多く所蔵している。
この一枚を見るだけで、トキメキが湧き立つ。

ルドン 瞳を閉じて
この絵が武満徹のあの作品の底流になった、ということを思うと、それだけで静かな心持になる。
わたしはルドンのカラフルな作品が好きだ。

リュック・オリビエ・メルゾン エジプト逃避途上の休息
これは20年前に京都で見たと思う。そのときから今では所蔵先が変わったのか。
(帰宅後調べると、やはりどうも同一作らしい)

色々いいものを観て楽しかった。
なおこのとき、えびさんとご一緒したのだが、上記では比較的マジメなことを書いているが、絵を前にしてボソボソ呟くわたしの感想は、とんでもねー系のことばかりだった。
えびさん、ごめんなさい、巻き込んでしまいました・・・

横須賀美術館の常設展示を見る

横須賀美術館の常設展示を見た。
近代日本洋画と近代日本画、それだけを熱心に見て、後のものは少し早めに通り過ぎてしまった。

藤島武二 夢想  女の目が半開きでどこかを見ている。上を見ていれば神への祈り、伏せ目ならメランコリックな物思いにふけっている、というところだが、女の目はやや斜め下へ向くだけだった。105年前に武二はこの美しい顔を描いたのだ。

原撫松 男二人  百年前の二人の男の姿がある。右を向いて並ぶ二人。静かな情景。原はこれまで裸婦画しか見ていないが、男性二人も目を喜ばせる美貌だった。

矢崎千代二 少女像  大正初期の作と言うが、この少女はその当時既に古風床しい稚児輪の髷を高々と結うている。画家の追想なのか、実際にその髪型をしていたのか。
明治中期の東京ではまだこんな少女はいたらしいが。

堅山南風 日午  赤いタチアオイが倒れ、その下にそっとねこがいる。猫は時々不思議な場所にいる。画家はその姿を捉えている。

鏑木清方 江ノ島 箱根  双幅のいい気分の作。昔の江戸の人は江ノ島・箱根へ遊山に行くのを好んだそうだが、その味わいがここにある。キセルを持って一服つける女の先には波打ちがある。箱根の女は湯上りで、口で手ぬぐいを。
どらちもなんとも言えず良い風情があった。

杉山寧 翠陰  童画風の作品。水車が働く。そこで子供らは水遊びに夢中。元気な子供たち。戦前の日本のイナカのヒトコマ。杉山の戦前の作にはこんなほのぼのした空気があったのだ。

中川紀元 カフェ  ’20年代の空気がよく捉えられた一枚。カフェで仲良くするカップル。
しかしこの時代は「風俗壊乱罪」てありましたので、ヤバイかもしれない。
そういう距離感。

岡鹿之助 魚  岡の食卓シリーズ(勝手に呼んでる)はなんとなく楽しい。食べるためとは思えないような陳列だからかもしれない。
カレイ、サザエ、ガシラ、カニ、それらがお皿の上に載せられているが、調理もなにもない。なんとなくそれが面白い。楽しんで描いたような気がする。

須田国太郎 河原  まだ’39年なので、後の素晴らしい時代の手前。しかし既に「須田らしさ」に満ちている。
走り去る犬は何かを追っているのだろうか。重厚な色調とカクカクした石とがいい。

朝井閑右衛門の特別室があった。
「蓬莱」「白雪姫」はよかったが、他は見続けているか苦しくなってきた。ちょっと逃げてしまった。

なかなかいい展示だった。あとは現代アートもあったが、そちらはササッと・・・すみません。
いいものをたくさん持つ美術館だった。

絵本の国からコンニチハ 「コドモノクニ」、茂田井武

昨日の続き。
今日は「コドモノクニ」と「茂田井武」展の感想。


「コドモノクニ」展が見たくて横須賀へ行った。
うちの親は気をつけてねと言う。横須賀は行ったことないんでしょ。
でもママはエンタープライズが見たい、とナゾなことも言う。
米軍基地があるからってそんなもの見れませんよ。
(なんでも佐世保で一度特別に見せてもらったらしいが)
横須賀の戦艦三笠ー猿島ー観音崎という周遊コースの船に乗りたいが、今回は諦めた。
新逗子から馬堀海岸へ真っ直ぐに出て、バスで美術館へ向かった。

近年は1920年代の童画がクローズアップされて研究も保存も歓迎され、こうして展覧会も開かれるようになった。
もうめちゃくちゃ嬉しい。

これら童画の原画や資料などは大阪の児童図書館にも多く保管されているが、文化を認めぬ知事のせいで閉鎖されることが決まり、散逸する恐れが出ている。
(尤も、ここの応対も確かにあんまりよくないという感じがあるが、それにしても失くしたものは二度と戻らないことを、理解しているのだろうか)
寄贈された元の持ち主が返還を求めているが、出来たらいっそ、それ専門の国立子ども図書館などに移管・委託を願いたい・・・。

現在では上野の国立子ども図書館のサイトに「コドモノクニ」の画像DBが開設されていて、見やすい工夫がされており、嬉しくてたまらない。
そのサイトはこちら
今回の展覧会の原画も大方はここにある。

会場では、「コドモノクニ」の表紙絵がずらずら並び、それを見るだけでも楽しい。
1920年代の日本の児童向け雑誌は、世界有数のハイレベルにあった。
素晴らしい画家たちが彩管を操って、虹色の夢を次々に生み出して行った。
90年近く経った現在でも、全く色褪せない世界。
これらの作品の前に立つと、深い喜びとときめきが心の底の湖から湧き起こってくる。
今回も深い幸せに包まれて会場を歩き回った。

武井武雄、初山滋、岡本帰一、村山知義、清水良雄、川上四郎ら童画会の錚々たる画家たちの作品を見るだけでも嬉しいのに、童画家ではないが質の高い作品を子供らのために描いた作家たちの作品も並んでいて、本当に見ごたえがあった。

これらは商業芸術のくくりの中に入るのかもしれないが、それだけでない何かがある。
「自分の作品を見て」という叫びよりも、「自分の描いた作品で皆が幸せになれ」という思いの方が、強く感じられるのだ。

どの作品が特に素晴らしい、と言うことは言えない。一つ一つに違いがあり、よさがある。
ベストテンとか作れるはずもない。
わたしは武井武雄が一番好きだが、「村山の『三匹のこぐまさん』は外せない」「本田庄太郎の子供の寝顔は見ているだけでこっちも幸せになる」「初山の人魚姫のせつなさは描線に現れていて、切ない・・・」  と言う風にいくらでも想いがあふれてくる。

ガラス越しに眺める作品の素晴らしさを堪能しながら、思うことがある。
洋画も日本画も印刷物になると、その味わいは薄れる。
いくら技術が進歩しても、こればかりはどうにもならない。
(たとえばダ・ヴィンチ「受胎告知」もフェルメール「ミルク・メイド」も印刷物でしか知らなかった頃は、わたしにとってはどうでもいい絵だった。ところが間近で見る機会に恵まれたとき、静かな感動が漣のように押し寄せてきたのだった)
一方、始めから印刷物になることを念頭において生み出された絵と言うものは、原画も素晴らしいが、印刷物もまた、深く心に残るものだ。

「コドモノクニ」や他の童画誌は最初から、印刷後の効果を考えながら作成されてもいるので、上述のような落差は少ない。
尤も印刷技能が低ければどうにもならぬのだが。
だからこそデジタル・アーカイヴ化されて、本当に良かったと思う。
手にとって眺めることが出来ずとも、画像として楽しむことができ、画集を眺めて嬉しい心持になれるのだから。

この展覧会は先月で終了したが、本当に心が清くなるようないい展覧会だった。


次に現在も神奈川近代文学館で開催中の「茂田井武展」の感想を書く。
茂田井武展はこれまでちひろ美術館で二度、人形町の図書館でも蔵書の展示などが行われた。静かな人気のある画家で、今回もお客さんは皆とても熱心に眺めていた。

茂田井の出発は「新青年」の挿絵で、小栗虫太郎「魔童子」「二十世紀鉄仮面」などがある。
「新青年」に掲載された小説自体がひどく魅力的なのに加えて、挿絵の力はもう殆ど魔力といってよいものだと思う。
横溝正史の名作「かひやぐら物語」も茂田井だということは、今回はじめて知った。

茂田井はこの記事で先に挙げた「コドモノクニ」など1920?40年代の童画の黄金期とは無縁だった。彼が童画を世に送り出したのは、第二次大戦の只中からで、敗戦後が主な時代だった。

茂田井の追想ものがある。これは河出書房の画集にも掲載されているが、非常に静謐な世界で、そして幻想的な空間を描いた作品である。
殆どモノクロに近い作品は、見るうちに自分もまたそちらの世界へいつの間にか入り込んでいるのでは、と思わせる力があった。

茂田井は子煩悩な父親で、自分の子供らへの愛情がそのまま投影されたような作品も多い。
しかしそれは茂田井家の子供らだけでなく、本を見た子供ら全てに贈られた愛情でもある。

数年前復刻された「三百六十五日の珍旅行」などは見るわたし(=大人?)がドキドキするような面白さに満ちていて、とても楽しかった。
そしてそれはわたし一人の感想ではなく、大勢の人もそう思うので、彼の本はささやかな形であろうとも、復刻されている。
ここには出ていないが「クマノコ」が復刻されたなら、わたしはなんとしても手に入れたいと思っている。

持病を悪化させながら茂田井は念願の「セロ弾きのゴーシュ」をついに完成させる。
チラシではゴーシュが「インドの虎狩」を演奏し、猫が目を回して自分もぐるぐる回るシーンが選ばれている。

原作の「ゴーシュ」もステキな不思議な物語だが、それが更に茂田井の絵と言う肉を得て、いよいよ見事な作品に昇華した、と思う。

本当に好きなものをこうして続けて見ることができて、とても嬉しかった。
「コドモノクニ」展は終了したが、茂田井武展は9/27まで続いている。


絵本の国からコンニチハ BIB、谷内六郎

ブラティスラヴァ絵本原画展 うらわ美術館
『コドモノクニ』と童画家たち 手のひらのモダン/谷内六郎 横須賀美術館
茂田井武展 神奈川近代文学館
八月に見た絵本や叙情画のタイトル。
西宮大谷で開催中の、夏恒例のボローニャ絵本原画展にもうすぐ行くのに、まだモタモタしている。
すばやく書くことが出来ぬのは罪だ。
しかし書かずにいられるわけもなく、ずるずる遅れながらも、こうして書いている。

浦和で見たブラティスラヴァ絵本原画展(略してBIB)は、ボローニャが新人作家の登竜門という性質を持つのに対し、こちらはプロの作品が目白押しで、ハズレの少ない展覧会である。ボローニャの場合、技巧に走りすぎて面白味に欠ける作品も時々あるので、やはりBIBはそれに比べて熟練の面白さがある。
日本での展覧会は過去40年にわたるグランプリ作の展示、というおいしい方法なので、引き寄せられる作品が非常に多かった。
気に入った作品について少しずつ書いてゆく。

黄金の翼を持つ隼 ファーシッド・シャフィイー イラン
イランはチェコ、イタリアと並んで絵本芸術の盛んな国で、素晴らしい作品も多くある。
残念なのは、殆どが日本で出版されないこと・されても一般的ではないこと、である。
この絵本も体裁としての「絵本」ではなくカラーコピーで作られたような感じ。
物語そのものがまたいい。長くなるが書く。
・二羽の仲良しの隼がいる。一羽は「黄金の翼を持つ隼」、もう一羽は「早く飛ぶ隼」、二羽はいつでも自由に空を飛び続けていた。
しかしある日、「早く飛ぶ隼」が猟師の手に落ちる。彼は空に帰れず、猟師の手下として働くしかない。悲しみと苦痛の涙にくれる「早く飛ぶ隼」。
他方「黄金の翼を持つ隼」もまた孤独な日々を送る。イランに降る雪の中、彼はいなくなった友を想う。
季節は流れ、ある日「黄金の翼の隼」は懐かしい友と再会する。猟師の手下として働く「早く飛ぶ隼」のくびきを断ち切り、二羽は追う猟師の罵声から逃れて、再び自由な空を飛び続ける。

たいへん感動的な物語で、絵がまた激しい迫力に満ちた力強い線と、鋭い色彩とで構成されていた。隼の目から流れる涙がいい。無骨な強さと繊細な優しさが同居した素晴らしい作品だった。

同じ作者で、イスラームの教えと現世とのつながりに苦しむ男の物語も面白かったが、これはしかしモスリムなら納得できる物語かもしれないが、異教徒のわたしには納得できないし、色々言いたいこともあるのだが、作品としては面白かった。

くろずみ小太郎旅日記 飯野和好 日本
これはシリーズモノらしく、クレヨンハウス刊。この人の忍者系は妙に面白い。というか、わたしは忍法系大好き。関係ないが、NHKの「ぜんまいざむらい」は面白いと思う。
あーなんかこのシリーズは全部読みたくなってきた。
クレヨンハウスに出かけて、見てこよう。

貝の子プキキュー 茨木のりこ・文 山内ふじ江・絵 日本
詩人の茨木のりこの童話と言うのは初めて知った。
貝の子プキキューは蟹の子とけんかする。プキキューは死に、食べられてしまう。
蟹の子はプキキューを思い、泣く。
・・・その物語に驚いた。茨木のりこの詩のいくつかがアタマの縁を掠める。・・・納得。 

他にも岡田嘉夫「義経千本桜」や瀬川康男「平家物語」などがあった。
瀬川の「平家」は出版当時、平家物語を専攻していたわたしにとって、とても嬉しい絵本だった。元々瀬川ファンだったので、あの当時本当にわくわくした。
今見ても清盛の「あっち死に」図は凄まじい。この色彩感覚がとても素晴らしいと思う。

ドュシャン・カーライによるシェークスピアもの、ワイルド原作「王女様の誕生日」などもよかった。
フレデリック・クレマン「空想動物画集」にはジェヴォーダンの怪獣のことが描かれていたが、以前からこの怪獣に関心があったので、ちょっとドキドキした。
こうした作品に出会えるから、国際絵本原画展というのは、大好きなのだ。

次に横須賀で見た谷内六郎の作品について。

谷内六郎は「週刊新潮」の表紙絵を長く長く続けた。
その死後は甥の谷内こうた氏が続けたが、今はどんな表紙なのかわたしは知らない。
木曜発売の新潮と文春の見出し広告を新聞で見るのが楽しくて仕方ない私だが、本誌を買うことはないのだ。

谷内六郎の素朴な絵柄には和のメルヘンがある。
洋のファンタジーではなく、和のメルヘン。
羽根の着いた妖精ではなく、「こんな子いたっけ」の座敷わらし的な。
その谷内六郎の作品を集めた場所が横須賀美術館の一隅にある。

絵だけでなく、彼自身の一言二言がついているのが魅力的だ。
絵を眺め、文を読む。小さな物語がそこにある。
嬉しかったり悲しかったり、淋しかったり腹が立ったり、といった感情が小さくそこにある。

以前デパートで展覧会を見たが、そのとき大勢のお客さんが皆「ああ懐かしい」と口々に感想を述べるのを聞いた。
彼の絵というものは、世代的なもの・育った地の雰囲気、そんなものをさらっと見せているからだが、実際のところ彼が描くのはリアルな「どこか」ではない。
彼は描かれた少年や少女の夢想の中の地を描いている。
だから「ああ懐かしい」と言った人々はその絵を媒介にして、過去を思い、同時にありえない光景でありながらも<自分もこうだった>と思いを馳せるのだった。

都会育ち・イナカ育ちということに関係なく、谷内六郎の絵には優しいノスタルジィがある。
だからどの絵が特にいい、ということを言えはしない。
これもよければあれもいい。
あれが特に好き・これが懐かしい・・・そういった想いは観る者それぞれの裡にある何かの反映だから、絵はどれもが素晴らしい。

わたしは今回少しの絵葉書を購入した。以前展覧会で購入したものではないどれか。
なんとなくそれだけで幸せ。

画家の眼差し、レンズの眼 近代日本の写真と絵画

神奈川近代美術館・葉山館には初めて行った。
memeさんが絶賛されていた「画家の眼差し、レンズの眼 近代日本の写真と絵画」展を見るために出かけた。
チラシに福田平八郎の芥子の花の絵があるが、それが自室のにかけたカレンダーの夏月の絵柄だったのが、嬉しい。

幕末から明治初の写真も多く展示されていて、眺めるのが本当に楽しかった。
写真と絵との関係性を見る企画、というのは案外なかったように思う。
その意味でもとても意義深い展覧会だと思った。

風景画も人物画も、写真を見ながら描く人もあったろう。
ウジェーヌ・アジェはパリのあちこちを撮影したが、それは自身の芸術のためではなく、絵を描く「芸術家の資料」としてテーマを決めて撮影し、販路を築いたのだ。
それを思い出しながら会場を回ると、様々な「情景」が目に入ってくる。

風景を意識的に撮る場合、感動を残そうという考えからのものと、記録を残すという意図のものとに大別されると思う。
建造物を撮影する場合は、後者の意識のほうが強いような気もする。

監獄の写真を見る。こうした古写真は非常に興味深い。そしてこの写真と同じ建物が高橋由一によって描かれているが、まるで別物のように思えた。

五姓田芳柳の油絵も並んでいるが、この一族の誰かが、裸婦をモデルにして絵を描きつつ、撮影もしていたのを思い出す。
ドガもそうだった。

面白い作品があった。
益子愛太郎 水の響き 1920年の一枚。ゴム印画。これをみたとき「・・・大江山の霧の小次郎の住処みたい」とつぶやいてしまった。
映画「笛吹童子」の大友柳太郎扮する霧の小次郎の住処が、本当にこんな感じだったのだ。

足立源一郎 大阪市心斎橋  明治末の心斎橋は生活舟が底流するような川の上に掛かっていたのか。鉛筆での達者な線を見て、黙って笑うしかなかった。

戸張孤雁 千住大橋の雨  随分前に名古屋まで戸張の回顧展を見に行ったことがある。
あのときこの作品にひどく惹かれた。橋脚がなんとも言えずいい。
わたしは橋への偏愛があるので、橋を描いた作品は、絵も写真も版画も、何もかも素敵に見える。

鹿子木孟郎の関東大震災の災害地スケッチがある。彼は池田遙邨を誘って、震災地に出かけたのだ。そしてスケッチだけでなく大量の撮影もしたそうだが、それは一体どこへいったのだろう。

福原信三の『巴里とセイヌ』シリーズが出てきた。
思えば’98暮れ、松涛美術館の「写真芸術の時代」展、あのチラシを見なければ大正の写真家たちに溺れることもなかったのだ・・・
熱でふらふらなのに、出かけたことが懐かしい。
写真はゼラチン・シルバープリントで柔らかな滲みをみせているが、わたしの目も熱で滲んで、この後向かった目黒界隈が、全てモノクロに見えたことは忘れられない。
自分の視界が全て芸術的に映る、という体験はなかなか出来ないものだ。

梅阪鶯里 芍薬  セピアの写真の中にピンクがかった花びらが見える。芍薬は好きな花だが、この一枚からはあの甘い匂いまでが漂ってくる・・・

他にも実に多くの作品が並んでいた。好きなものが多い展示だった。
細かいことを書くのもいいが、ゆるい心持で眺めて歩くのが楽しい展覧会だったと思う。

鎌倉から逗子で見たいくつか

鎌倉から逗子で見た展覧会についていくつか書く。
鎌倉国宝館「美術の中の動物たち」
清方記念館「清方の夏休み」
山口蓬春記念館「琳派に魅せられたモダニスト」
行った甲斐のある展覧会ばかりだった。

国宝館は源平池のそばに建っている。池では白い蓮が咲いていた。
この池を見ると必ず立原正秋「恋人たち」を思い出す。三つ子の長男で無頼の男が、池を眺めながら舅に当たる銀行頭取を、その愛好する能にたとえて幻惑する。
頭取は婿に当たる男を叱責したいが、能に喩えられたために、まるで禅の公案を与えられた僧のように、考え込んでしまう。その間に無頼の男はまんまと去ってゆく。
・・・いつもいつもその主人公を想っているわけではないが、彼が立ち寄った場所に来ると、必ずその行動を想う。

国宝館にはわたしだけがいた。
十二神将といくつかの仏像と狛犬・獅子像・歓喜天、それから絵画や工芸品で出来た多くの動物たちがいる。

十二神将は干支の動物を何らかのアイテムに使うが、多くは兜飾りかバックルが、動物たちのいるところということになる。
今回もその通りで、十二神将のそれぞれの動作や表情を眺めながらも、動物たちを堪能した。

何の毛か知らんが、フェイクでない毛で拵えられたわんこ・うさぎ・トリなどの小さい動物たちのおもちゃがあった。これらはよく門跡寺院のコレクションなどで見かける可愛いお人形で、以前からファンだが、それにしても愛らしい。
他にガラスで出来たわんこシリーズもあった。

面白かったのは歓喜天像。ゾウさんの顔とヒトの体という歓喜天だが、これは大抵がカップルで作られる。というよりカップルでないと意味がないのが歓喜天なのだった。
やっぱりこの歓喜天カップルも抱き合っている。ところがこちらはナマメカシイ姿態を取るのではなく、まっすぐ向かい合って仲良くしている。それも硬直したように。
「う?ん、ザッキン」 思わず呟いてしまったが、ザッキンの彫刻ぽい作りだった。
こういう歓喜天を見たのは初めて。巨福呂坂町内会所有らしいが、コブクロ坂の町内にこれが常設安置されているところがあるのだろうか・・・

中国の丸顔のサルの軸もある。ニホンザルは森狙仙の専売みたいなものだが、丸顔の中国サルは禅宗ブームの頃に大人気だった。
テナガザルらしいのが描かれていて、月を取ろうとする。これぞ「猿猴月ヲ取ル」という禅語ですかな。その猿猴図は建長寺の蔵。

桜に鷲図、波に燕図扇面など北斎の作品もある。いかにも北斎な目つきの鳥ども。
師匠から名を譲られた百琳宗理の、娘の裾にまつわるサルの絵もある。

出ました若冲。ここでは鶴が集まっている。先般、京都の禅寺・相国寺で見たのはトリがエクソシストのように首をぐるっと回している図だったが、こちらは鶴だからそうそう首をぐるっと言うことはしない。

展示数は多くはないが、気軽に楽しめるいい展覧会だった。もう終了したが。
そういえばここは西岸良平「鎌倉ものがたり」にしばしば出てくるが、作中では摩訶不思議な所蔵品が多いが、見渡したところそんな不思議そうなものはなかった。残念なり。

ところで、随分以前のある連休の頃、ここで氏家コレクションを見た。素晴らしい浮世絵コレクションで、ブログをする前から展覧会の感想文を日記につけていたわたしはメモを取っていたが、見知らぬご夫婦から「なぜメモなんか取るの」と尋ねられて返答に困った。
彼らは今その瞬間だけの感想で十分で、わたしのようにメモを取る人が理解できないらしかった。今のように展覧会が熱くなる前の時代のことだが、今もあのご夫婦はメモを取る人を不思議そうに見るのだろうか。


続いて清方の美術館へ向かった。
小町通の喧騒から逃れられるのが不思議なくらい、この雪ノ下は通りから近い。しかし静かである。
江戸が東京になってしばらくした頃に下町に生まれた清方は、生涯自分を江戸の人だと誇ったが、戦後にはこの鎌倉に居を移した。
彼の随筆にそのあたりの心情が書かれているが、ここでは取り上げない。

清方はよく引越しをした人だが、別荘は固定されていたようで、金沢八景に游心庵という別荘を持ち、毎夏避暑にでかけた。
この「游」という字は<あそぶ>という意だけでなく<およぐ>の意を持つようで、なるほど清方の随筆や絵日記を見ると、大いに鏑木家は海辺の暮らしを楽しんでいる。

大正11年(1922)の夏の絵日記では、いかにもその時代らしい水着をつけた娘たちが、可愛く描かれている。
他にも朝起きたばかりの姉妹が、庭の花々に水遣りをする図なども可愛い。
ふたりとも白いネグリジェだかアッパッパだかを着ている。

またどこかホテルに家族で宿泊したときは、ベッドで両親と娘たちが仲良く一緒に休んでいた。幸せそうな家族の情景だった。

清方は家族を楽しませるだけでなく、自身の芸術のためにもこの避暑を大いに楽しんだそうだ。翌年は関東大震災でとんでもない状況になるのだが。

本絵や挿絵、展覧会出品作や卓上芸術もいいが、こうした素朴な絵日記風作品は見ていて飽きないし、微笑ましい。
いいものを見せてもらった。
今は「清方と巡る神奈川」展が開催中。


逗子には初めて行った。
鎌倉までは良く出かけるが、逗子は知らない。近代美術館葉山館前のバス停で降りて、山側に上ると、住宅街の中に山口蓬春の記念館があった。
「琳派に魅せられたモダニスト」というだけに、蓬春のコレクションが多く展示されていた。

宗達のわんこが可愛い。クンクンと地面をかいでいる。ぶちわんこで、目が真ん丸。尻尾はくるりと円を描いているが、どう見てもよわっちそうな、可愛いわんこ。

光琳の飛んでる鴨も目が丸い。蓬春は丸い目のわんこや鴨のファンだったのだろう。
今回展示されていないが、彼の人気作・ホッキョクグマも目が可愛かった。

この建物は彼の自邸で、吉田五十八の設計らしい。窓から葉山の海が見える。
ここで機嫌よく絵を描いていたのか。
そう思うと、ファンとしては嬉しくなる。

蓬春は日本画の伝統に則った花鳥や扇面流しなどを描きながらも、その色調や構図が、とても鮮烈だった。モダニストと呼ばれるのも当然、という趣がある。
花びら一枚にしてもよく計算されている。
その蓬春のコレクションが、近世のものだというのがまた、面白い。
琳派を愛した、というのもモダニストらしい選択だと感じるし、蓬春がどのような目でそれら愛蔵品を眺めていたかを思うのも、楽しい。

それにしても随分なものを所蔵している。以前からチラシなどで見て関心があったが、間近で眺めると、やはりいいものはいいと思う。
また、宗達の色紙を模写したものもあったが、これらが蓬春の芸術の肉にもなったのか。

蓬春自身の花の絵が並ぶ一室がある。くつろげる雰囲気がある。
なんとなくわたしは蓬春の帰りを待つような心持でそこにいた。
あるじを待つ間にその作品を、コレクションを見せていただく。
楽しいひと時。
蓬春記念館には、そんな時間の流れがあった。

「琳派に魅せられたモダニスト」展は10/4まで。

坂倉準三展

横浜と鎌倉で二つの建築関係の展覧会を見た。
その感想。

鎌倉の神奈川県立近代美術館は坂倉準三の設計による。
その建物で彼の公共の建物をメインにした展覧会が行われている。
ル・コルビュジエの弟子だけあって、坂倉の作品は彼のオリジナリティと共に、師譲りの風味がある。
20世紀最大の、と冠がつくル・コルビュジエだが、実は私はあんまりその作品を好まない。
これはもう完全に嗜好の世界なので、客観的に見ていいとかよくないと言う問題ではない。
汐留ミュージアムでは主に個人住宅やインテリアを特集展示していたが、こちらは公共性の高い建造物を中心にしているだけに、「あっ知ってる」な作品が多い。
実際この展覧会が開催されている箱そのものが坂倉の作品なのだから、内臓でものを考えているようなものだ。

東大阪市といえば、中小の工場が集中した技能都市だということが知られているが、ここは昭和の半ばに「東大阪市」になるまでは、もっと小さい市の寄り集まりだったそうだ。
わたしはあまりこの界隈のことに詳しくはないから、今回「枚岡市庁舎」という作品を見て、びっくりした。
枚岡と言えば近鉄奈良線の沿線の町で、こんな立派な建物があろうとは露知らずだ。
形は遠目から見ると、どことなく日本の神殿風で、屋根の広がりがいい。

出光興産給油所、これも坂倉の作品だが、こちらは以前から知識として知っていただけで、実物を見たことがない。
というより、車と無縁の私には見えていても意識に入らないのだろう。
写真で見る限り、どことなく未来派ぽい雰囲気がある。

東急文化会館が取り壊されたときの記事を思い出す。
たしかあそこにはプラネタリウムがあり、かつての少年少女の夢と希望が詰まっていた場所でもあった。
それもまた坂倉の作品だったが、50年を待たずに解体されるとは、鉄筋コンクリートとは何なのか、と思ってしまった。
渋谷駅もまた坂倉作品だが、あまりにフツーに使いすぎていて、何も感じられない。

芦屋ルナホールは実際に中に入り、藤森照信氏の講演会を聞いた。
しかしそこがいい空間かどうかも、判断がつかない。

どうも’50?’70年代のモダンムーヴメントというものはわたしを喜ばせてはくれない。

新宿そのものの都市計画も彼だったのか。
模型などを見ながら、自分がこの西口地下広場でいかに迷うか・迷子になりやすいかを思い出す。
正直、わたしは渋谷も新宿もニガテだが、その原因の半分は、この構造にあるのだ。
その意味で、坂倉作品をあんまり評価しないのかもしれない。
しかし上から眺めると、西口界隈はひどく面白くはある。
損保ジャパン美術館の窓から見下ろしたとき、なんとなく楽しくて仕方ないからか。
ところでここは'66年に完成したわけだが、その数年後に手塚治虫は「人間昆虫記」の中でこのあたりを描写している。
テロの現場として。
そういえば、最近やっと私は小田急から損保へスイスイと行けるようになったのだった。

横浜シルクセンターも面白そうな展示を時々しているから行こうと思うが、結局出かけない。
それもやはりニガテな建物だと言う意識があるからかもしれない。
わたしは鉄筋コンクリートのザラザラ感がニガテだから、どうしても楽しめないのだ。
それは前川國男の作品にしても同じことなのだが。

ああ、奈良の近鉄ビルも坂倉だったか。
これも特に何も感じない。感じないと言うことは、もしかすると慣れ親しんでいる証拠なのかもしれない。
ただし地下の天井の低さに圧迫感を感じるのは確かだ。・・・わたしが背が高いからかもしれないが。

色々な物件を眺めると、建築家と言うものが都市を構築していることを改めて思い知る。
形を作ったその後は使うもの・住まうものの意図・欲望により、どんどん変化して行くのだが。
そしていつしか設計者が誰であるかを考えなくなるのが、本当の意味での「作者冥利」ではなかろうか。

建築については色々なことを考えさせられるので、やはりこれからも出かけたいと思う。

「横浜建築家列伝」を見た

二つ目の建築展感想文。

横浜都市発展記念館で「横浜建築家列伝」を見た。(8/30で終了)
I 横浜開港と居留地建築家たち
II モダンデザインの萌芽 ?遠藤於菟とデラランデ?
III 震災復興のデザイン ?横浜市建築課と復興建築?
IV 建築家J.H.モーガンの世界
V 成熟する建築様式 ?長野宇平治と大倉精神文化研究所?
VI 戦災復興と戦後モダニズム ?村野藤吾と横浜市庁舎?
こうした構成で展開された、興味深い内容だった。

フランス海軍病院があったようで、その写真を見ると、建物が妙なアジアンテイストしていて、今残っていたらさぞや不思議な存在と化していたろう。
サイトにはその写真もあるが、それにしても入り口に鳥居とか建ててたら、これは治すための施設ではなく、その後の話になりますな。

明治初に来日した外国人の目には、寺社建築は一体どんな存在に見えたのだろう。
フランスのある女優は仏壇を自分のアクセサリーボックスにしたというし。

根岸の競馬場の一等馬見席。以前「馬の博物館」でも色々資料を見たが、競馬場と言うのもなんとなく凄い建造物だと思う。カネが関わるから熱気が高まるわけだが、誰もいない状況で競馬場にいると、広々とした心になる。不思議なものだ。

ところで関東大震災は東京ばかりがクローズアップされるが、横浜も深刻な被害を受けている。その横浜の災害復興の図面なども見た。
都市と言うものは計画を立ててから成立するものと、自然発生的に都市になるものとがある、というのがわたしの考えだが、この図面を見た限りでは・・・・・・

モーガンの建てた邸宅や教会は、今日も横浜を彩る存在として、そこにある。
数年前、横浜の近代建築を調査して歩いたとき、やっぱりモーガンの建てたものに惹かれた。スパニッシュな美しさを見ると、彼がアメリカ人の建築家だと、改めて思い知る。
日本のスパニッシュな建物は、スペインからの直輸入ではなく、カリフォルニア経由だから、それも当然なのだ。
しかし関東より関西のほうが、スパニッシュな建物を多く愛したようでもある。

大倉精神文化研究所は公共の場として一般公開されているから、行こうと思えばすぐに行けるが、「建物を見る」つもりで出かける場合、わたしにはちょっと根性がいる。
これも数年前見たが、外観も凄いが、それより何より内部の装飾が凄い。
鷲と獅子とがいた。しかも順列を狂わせることなく、きちんと交互に並び続けている。
設計した長野宇平治は中之島の中央公会堂のコンペにも参加していて、その図面を見たりもしたが、どことなく神秘的な要素があるように思える。
中之島のコンペ案の図面に至っては、ハンマースホイ的な静謐さと、説明できない幽玄味とに満ちていた。
こちらはこちらで摩訶不思議な空間である。
・・・・・今度は気合を入れて見学に行こうか、と思った。

村野藤吾の横浜市庁舎関係は、以前にも展覧会で見ているが、やっぱり村野らしい風貌を見せていた。
そういえばかつて村野が設計したそごう心斎橋本店は数年前に壊され、そのうちの装飾性の高い部位を残して、現況の建物にも再利用されたが、それでもそごうは生き返らなかった。秋からは大丸の若向け売り場になるそうだ。

今日、その元そごうを見てきた。数年前の建て直しのとき、何をトチ狂ったか、自分とこの至らなさを棚に上げて、「村野の古臭い建物が客を呼ばない」と言ったそごう幹部がいたが、この最新の建物もお客を招けなかった。

時間がなくて駆け足で見て回って展覧会だが、この都市発展記念館はいつもわたしを満足させてくれる、ありがたい場所なのだった。

大河原邦男のメカデザイン ガンダム、ボトムズ、ダグラム

八王子夢美術館で「大河原邦男のメカデザイン ガンダム、ボトムズ、ダグラム」を見た。
ここは以前にも安彦良和の原画展も開き、多くのファンに感動を与えてくれた。
あのときの嬉しさは忘れられない。
今回はメカニカルデザインの大河原邦男の原画やそのフィギュア、そして彼自身が楽しんで作った工具類が展示されている。
チラシは今回描き下ろしのヤッターワン、ガンダム、ボトムズである。
展覧会ではタツノコ時代の作品から展示が始まった。
大河原クロニクルをファンは大いに楽しませてもらった。

ガッチャマンのギャラクターのメカはとてもシャープだった。
元々タツノコの作画は大昔からレベルが高くて、決して崩れぬ特性があったが、それはメカも同様で、今改めて眺めると、やっぱり素敵だった。
ポリマーもよかったが、テッカマンは本当にかっこよかった。

わたしも友人もカラオケでテッカマンを歌うとき、映像にみとれることがあるし。
それはやっぱりテッカマンとベガスの関係性がかっこいいからなのだが。

ところで申し訳ないくらい、わたしはタイムボカンシリーズがニガテだ。
あの頃現役バリバリの子どもだったわたしは、「子供はTVを見なくてはならない」義務感に支配されていて、マジメに見ていたが、つらかった。
では見るのをやめればいいのに、そこがわたしの融通の利かないダメなところなのだった。
だから今こうしてタイムボカンのメカを見てもあんまり何も感じないのだ。
とはいえ、毎度毎度「やられメカ・ブチメカ」が次々と現れるなぁと感心していたことも確かだ。

こう言う経緯があって、わたしは長らくアニメを見なくなった。
マンガは読んでもアニメは見ず、その時間は野球を見ていた。
(今も同じか)
それでサンライズの諸作品に出会ったのも、ガンダムのブーム以後の再放送などからだった。
だからわたしがリアルタイムで見たサンライズ作品は「ザブングル」「ダンバイン」「ダグラム」「ボトムズ」「バイファム」で、「エルガイム」から途中で逃げ出してしまった。
(Zガンダムまでは見ていたが、あれもニガテだ)

それでまた間の悪いことにお受験の最中にガンダムの再放送を見てハマッてしまい、とうとうちょっと人生の軌道がずれてしまった。
しかしそのおかげで、再放送でダイターン3やザンボット3などを見れたから・・・まぁいいや、ということにしよう。
(勉強できない理由をそこにつけるな)

ダイターン3はキメ台詞が「世のため人のため、メガノイドの野望を打ち砕くダイターン3! この日輪の輝きを恐れぬのならば、かかってこい!!」
そう言いながら額に輝く日輪を指差していた。

「旗本退屈男」早乙女主水之介の決め台詞「天下御免の向こう傷」に向こうを張った名台詞だ。
つまりこのダイターンと言うロボットには日輪がついているわけだが、やっぱり今見てもビミョ?なヨサがある。
(今映像を見ていて、OPフルバージョンの映像に、何話かのシーンがついていたが、あの作画は金田伊功ではないか?どうも動きがそんな感じ。ああ金田氏のご冥福を祈る)

さていよいよガンダム登場。
お台場で実物大ガンダムが展示されていたのに行けなかったのは痛恨の極みだが、仕方ない。モビルスーツという概念、量産されるザクと言う設定には本当に「!!」だった。
これまでの「ロボットプロレス」ものではブチメカ・やられメカが続々と繰り出され、アイデアがよくも続くものだと感心していたが、ガンダムではそのシステムは採られなかった。物語そのものにも強く惹かれているが、このリアリティにも深く惹かれた。

(めぐりあい宇宙での首なしガンダムの異様な美しさには、今も強いときめきがある)

フィギュアがいくつも並んでいるが、やはりザクは可愛い。シャア専用の赤ザクも可愛いが、他のフツーのザクがまた可愛い。
ドムもいいが、やっぱりわたしはザクとゾックが可愛くて仕方ない。
以前杉並アニメーションミュージアムに行ったとき、福引があり、わたしはガンダムの卓上カレンダーを得た。そこには安彦イラストと共に、仲良しさんな2頭身モビルスーツたちの姿があった。その原画を眺めながら、あのときの嬉しさがこみ上げてくるのを感じた。

ザブングル、ダグラムが現れる。
ダグラムは実は見ている最中、非常に疲れてしまった。しかしこの物語そのものは、今たとえば記録映像として見れば、たいへんに面白いものだと思う。
戦う場所は大抵が砂埃の中だった。カラカラに乾いた情景が続き、変に疲れた。
わたしはあんまり砂漠と言うものが好きではないので、見ること自体に疲れた。
しかし冒頭でそのダグラムが、くず鉄状態で置き去りにされているのを見せられたときの衝撃は、大きかった。

同じ乾いた大地であっても、ザブングルには妙な潤いがあった。
たぶんそれはコメディー部分が強かったからだろう。
しかしこの二作はメカそのものに関心が向かなかった。

ボトムズ登場。
今もわたしの中ではサンライズのベスト3に入る作品。
解説を読んで、ボトムズの設計に複眼のカメラがモデルにもなったと知って、嬉しくなった。以前わたしが使っていたカメラは四角いが、どことなくボトムズぽかったのだ。
会場で一人で喜んだ。
帰宅後、手元にあるロマンアルバムを見て、ボトムズの設定などを眺める。
スコープドッグ、軍用車、シャトル・・・巧い、と改めて実感した。

あーやっぱりかっこいい。

その先はアニメを見なくなった時期の作品が並んでいるので、何もわからない。
しかし大河原の工作した工具などが展示されているのを見て、そちらへの興味が強く湧いた。
実用化・汎用化が完全に可能な作品がいくつもある。欲しくて仕方なくなった。
いくつか使ってみたいものもある。こういうものを見るのがまた楽しくて仕方ない。

最後に、ガンダムのトマホークが実物大でそこにあった。
見ていて気合がみなぎってきた。

本当に面白い展覧会だった。

牧島如鳩展

既に終了してしまったが、三鷹芸術センターでの「牧島如鳩展」は衝撃的な展覧会であった。
これは昨秋栃木で開催されたものの巡回展で、そのときのポスターを見たとき、非常なほどに奇異の念に打たれた。
それが三鷹に来ると知って喜んでいたが、実際に見に行くと、記事に書けるかどうか自信がなくなるような状況に陥った。
イメージ (28)

三鷹のポスターは千手観音に天使たちのような聖なる童子が二人脇についたものだったが、こちらはチラシ自体の色の取り合わせもあって、どことなくキッチュなものに見えた。
栃木のポスターは、それこそ明治初のデロリ系洋画(油絵と言うべきだ)な趣があった。
山本芳翆「浦島図」を髣髴とさせる、一種奇怪なほどの幻想味が横溢していて、その絵を見るのを楽しみにしていたのだ。

出かけて最初に見たものは、栃木展終了後に発見された天使たちの絵だった。
画家の肖像写真も並んでいて、解説の通り確かに天使の一人と画家とは似通った容貌を見せていた。

画家の生涯については解説に詳しく、それを踏まえて作品を眺めると、理解が・・・
いや、理解と言うことはおかしい。文字で綴られた彼の生涯の歩みなど知らずとも、作品を眺めていれば強く納得させられるものがある。
そしてその一方で解けない謎が残る。
彼にとって神仏とは何なのか、宗派の垣根を越えての信仰とはどういうものなのか。
展覧会を見終えて、日をおいた今となっても、ますます謎は深まるばかりだ。

彼は栃木でハリストス正教徒の子として生まれ、自我が生じる前に信徒になった。
ハリストス正教会は神田駿河台にニコライ堂という有名な教会があるのをはじめ、全国にその不思議に優美な建築を見せている。
元々はギリシアから始まった宗派だが、それが帝政ロシア時代に国教となり、ロシア革命後には日本に信者を増やした。
主にロシアから近い北海道、東北に教えは広がり、函館の教会の美麗な姿がすぐに思い浮かびもする。
京都の教会には美麗なイコンが数多く並び、蝋燭の焔で見上げた彼らの姿は、異教徒の私にもときめきを贈り込む。

正教会は新教と違い、偶像崇拝を求めた。それはしかし旧教とはまた異なる様相を呈し、聖像(イコン)を崇拝する色調を帯びた。
日本でのイコン画家の第一人者・山下りんの教えを受けた如鳩は、まだ若い内からその異能を発揮し始める。

ロシア革命は「宗教は麻薬だ」というレーニンの言葉を掲げ、正教会を自由にさせなかった。日本の分教会は本国からの送金などが得られず、そのためにイコン画家たる如鳩は「画家」として生計を立てようと、画家としては当初純然たる仏画も描いた。

彼の作品を眺めると、神仏混交という言葉が、実感として腑に落ちる。
それは古来からの方便たる本地垂迹と言った出鱈目なものではなく、一人の熱烈な信仰家が本気で見た世界なのだった。
彼は明らかな幻視者だった。
晩年の如鳩を評して「現実と夢想との境がつかない」と言った友人もいるが、彼の眼には仏教の仏も、ハリストス(ロシア語でのキリストの意)の国も、神道も、全てが斉しくそこに存在し、彼の前にその聖なる世界を広げたのではないか。
そうでなくば、何故このような絢爛な絵画が生まれえようか。
原初の神の姿さえも写し取る様な筆致には、ただただ感嘆の声をあげるばかりだった。

イメージ (30)

ゲッセマネの祈り  油絞りの意味を持つ名。正教徒だけに「ゲフシマニヤ」表記。
岩に手を置き左向きに祈るハリストス。そのそばの宙にグラスが浮かんでいる。これは聖杯なのかもしれない。来るべきハリストスの磔刑の際に流れる血を収める聖杯。
あまり正教会の図像パターンは知らないが、こんな構図は他にあまり知らない。

祈祷の天使  修善寺ハリストス正教会に所蔵されている。左右それぞれの天使。
チラシの裏には、先の祈りの図を中央に、この二枚の天使図が左右に配置されている。
巧いチラシだと思った。

ハリストス像  村落の外れに立つハリストスの手には正教会独特の十字架が握られている。あの十字架の斜め線は異教徒を討つことを示すものらしい。

誕生釈迦図  これは彼の終焉の地ともなり、正教徒としての彼の葬儀を執り行った寺院・願行寺に収められている。天上天下唯我独尊の幼児・釈迦と、その周辺に寿ぎ奉る神人たちの姿。色調自体は同じ正教徒の河野通勢にも似ている。

山上の垂訓  日本風な湾が遠望出来る野には老若男女が集まっている。少し離れて弟子たちもいる。かつてのハリストスと民衆との幸せな時間。
しかし次の絵には、時間の推移と共に異なる状況が待ち構えている。

十字架途上の祝福  ハリストスが磔刑を受けるのはゴルゴタ即ちカルヴァリオ(骨山)だから、足元には髑髏が散々にある。肉を持つ身ではその髑髏を踏み壊すしかない。
来るべき彼の死を待つ天使たちが形作る雲がたなびく。
その雲はどこか「生命の木」での東北の隠れキリシタンたる死ねぬ「じゅすへる」の子孫たちが蠢く穴を思わせた。

佛誕図  こちらは三島の龍澤寺所蔵。修善寺の正教会にはハリストスの死を、三島の寺院には釈迦生誕図を描いている。尤もこの絵は「おしゃかさま」絵本風の妙なアヤシさがある。

二枚の涅槃図がある。一枚は先の三島のもので、そちらは人々が嘆く姿のみ。もう一枚は目黒の祐天寺所蔵のもので、泥絵風の色彩で描かれた極彩色の涅槃図。首輪をつけた猫までいる。わざわざ主人の家を出てきて、聖人の死を見守ろうとしている。カンガルー、ラクダ、リスまでいる涅槃図と言うのは、空前の一作だろう。
以前から一度祐天寺には行きたいと思っているが、もしこの絵が本堂にでも掲げられていたら、ちょっとやそっとではない衝撃を受けそうだ。エクソシスト祐天上人の累の因果譚も、六世梅幸をモデルにした政岡像も吹っ飛んで、こればかりが意識に残るかもしれない。

如鳩は気の毒に最初の妻を病死させていて、それがきっかけと言うか善智識というか、ハリストスだけでなく仏陀への信心も生まれたらしい。

医術  シュールな情景である。時間の止まった地獄のようにも見える。ハリストスと菩薩のような女人らがいる。左側では帝王切開手術の最中が描かれている。手が怖い。
右側では彼の妻がレントゲンを写していて、子らがその胸部写真(骨)をみつめる。そして芥子の花が美しく咲き乱れている。
こんな怖い絵、知らない・・・
冗談も混じらずにこんな絵を描くのは、怖い。

慈母観音像  これも裏チラシにあるが、この絵はチラシだけでも怖いが実物はもっと怖い。わたしは簡単に「怖い」と書いているが、見るからに恐ろしいものを描いているものは、そう大して怖くもなんともない。一番怖いのは、こうした慈母観音のまなざしなのである。これは個人所有だというが、わたしがもしこの絵のそばに暮らしていたら、常に「みつめられている」恐怖に耐え切れなくなりそうだ。
どことなく「暴力大将」の慈母神像にも似ているから、よけいそう思うのかもしれない。

禹とノア  この発想が凄いなんてものではない。物凄いとしか言いようがない。どこの世界の誰が「禹王」と箱舟のノアとが同時代人だなどと考え付くのだ。
禹は治水の帝王で、ノアは洪水から逃れた人類。クラクラしてきた。
凄い多層・多重構造だ・・・・・・

龍ケ澤大辨財天  霊験あらたか。琵琶でなくリュートを持つ辨天。12童子は干支をあらわし、社を拝むヒト、雲に乗り拝む家をのぞくヒトもいる。
この絵が生まれるエピソードも凄い。
似てはいないが、なんとなく秋元松代「かさぶた式部考」を思った。
あの戯曲では式部が再生するまでの物語が襖絵として本山にある、と言う設定だが、その絵はこの如鳩の絵ではないか、と勝手に思った。
彼の絵を見ながらあの戯曲を読みたい、と熱望した。

魚籃観音像  この絵が栃木でのチラシだった。ポスターを東博で見たときの衝撃の大きさは忘れられない。小名浜という漁港が不漁で苦しんでいるとき、この絵が生まれた。漁業組合は絵をトラックに積んで見せびらきに走った。そして大漁へと至った…
昭和27年、最早戦後ではない時代にこんなことが起こり、この絵が生まれているのだ。
この絵は山本芳翆「浦島図」と並んで、デロリの極地に立つ絵だと思う。小名浜の天空高くに胸を露にした観音が雲上に座す。仏教の眷属、正教会の親族が左右に観音を取り巻く。
地上・海上が隙間にのぞく。
展覧会場ではずっと正教会の荘厳なミサ曲が流れているが、この絵に関してだけは、ドビュッシー「沈める寺」を流したいと思う。
イメージ (29)
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千手洗眼マリア  額に第三の眼を持つマリア、数え切れぬ掌が林立し、そこには目がある。この世の外の国での信仰。そんなことを思う。

沐浴図  静謐な絵。大勢の裸婦たちがいるのに、物音一つしない。浴槽もあるが、湯気もない。くつろぐ人も多いが、声もない。一人の幼い少女が足を開いてこちらに向いている。バルテュスを思い出す。これは一体どこの空間での沐浴なのだろうか。

雑踏の菩薩  木炭で描かれているが、そのために線が太く滲んだのが、面白い効果を見せている。なんとなく昔の「額縁ショー」を思い出した。菩薩たちも額縁の中で・・・・・

極楽鳥  真っ青に済んだ空に嬉しそうに羽ばたく白い鳥。その裏には墨絵で仏法僧が佇む。

しかしそれにしても土俗信仰と正教会と仏教徒が入り混じり、本一のものとなり、醸造されて、この世に現れたのは、凄いことだと思う。
理解などする必要がない。
「五百年後の人々に見てもらいたい」と如鳩は言ったそうだが、その五百年は時間の流れが違う五百年のような気がする。五十六億七千万年後の弥勒菩薩がいるような「五百年後」。
幻惑されて、ただただ幻惑されて、美術館を後にした。

もう一度これだけの規模で如鳩の作品に対峙する勇気があるかどうか。
展覧会は既に8/23で終了している。しかしそれでもまだ何かの残り火がある。
現世で出遭えて幸いだ、と思う。

大阪で見る「福沢諭吉」と「慶応義塾をめぐる芸術家たち」

国立国際美術館で「慶応義塾をめぐる芸術家たち」を見た。
主に西脇順三郎、飯田善國、瀧口修造、駒井哲郎らの作品がある。

わたしは西脇順三郎がとても好きで、姫路や世田谷の文学館で展覧会があったとき、喜んで出かけては、深くときめいてきた。
今回少しばかり西脇の水彩画が出ていた。それだけでもとても嬉しい。

絵を見ると西脇の詩が思い浮かぶ。絵と連想しての詩ではなく、自分の好きな詩が。

(覆された宝石の)やうな朝
何人か戸口にて誰かと囁く
それは神の生誕の日


裸婦の背中を見ても、仁和寺の秋を描いたものを見ても、

石に刻まれた髪
石に刻まれた音
石に刻まれた眼は永遠に開く

そんな風に詩句が思い浮かぶ。

瀧口修造の展覧会も世田谷で見ている。「夢の漂流物」という美しいタイトルの展覧会だった。
そしてここに標本箱があった。彼をはじめ、中西夏之、武満徹、荒川修作、赤瀬川原平、野中ユリらがこしらえた標本箱。
わたしは見せる箱がとても好きで、その前に立つだけで嬉しくなっていた。
コーネルの箱も好きだし、これだけでなく飾り棚と言うものもとても好きだ。
そう考えると、「枠のある鎖された空間」への偏愛が自分にあることを知る。

瀧口の詩が少しばかりあった。
言葉の並びを見ること自体にときめく。意味を捉えることは無駄なような気がする詩。
Modernとはなにか、シュールとは何か。
そんなことを少しだけ考えて楽しむ。

実は飯田の彫刻を見たことがない。見るのはいつも評論だったり、簡単な素描だったり。
だからわたしは飯田のことを評論家だとずっと思っていた。今もそうだが。

谷口吉郎とイサム・ノグチの作品が現れた。
ご一緒していたmemeさんは二人の作品のファンで、実物が見たいと口走られたので、わたしはついついまぜっかえしてしまう。
「和食のお店に行きましょう、そしたらイサムくんの灯りに会えますよ」
なぜ関西の人間はついつい半畳を入れずにいられないのだろうか。サービスのつもりで。

駒井哲郎の版画がいくつも現れた。
駒井の版画もとても好きだ。まだ石神井あたりに彼の美術館があった頃、出かけられなかったのが惜しい。
「夜の森」はまるで滴のような美しさがあった。

彼ら慶応には「三田文学」「三田評論」がある。
古くは永井荷風、水上瀧太郎が書いた歴史ある文芸誌。
池田弥三郎らの座談会「三田の折口信夫」、いぬいとみこ「集団サバ中毒」という見出しにとても惹かれた。いぬいとみこは好きな作家だが、「集団サバ中毒」というものは読んでいない。なにか勝手な妄想が湧いてきて、ゾクゾクする。

そこから肥後橋へ向かい、大国町で乗り換えて天王寺の大阪市立美術館で「大坂生まれ・適塾育ち」の「未来を開く福沢諭吉」展を見に行った。
既にmemeさんはご覧になった展覧会だが、お説によると、東京では出ていない展示品がいくつもあるらしい。
先般、神奈川歴博で「諭吉と横浜」で色々と「ユ吉のむかしばなし」を楽しんだので、機嫌よくスイスイと眺めて回った。

適塾自体は淀屋橋にあるし、緒方洪庵のご子孫は今もご健在で緒方病院を経営されている。
ここは遺伝学上「頭脳優秀な家系」として世界的にも有名らしい。
諭吉はその敵塾で学んだのだ。

曾祢・中条建築事務所の建てた慶応の写真などを見ると、やっぱりきれいだなと感心する。
和田英作のステンドグラスの下絵の変遷も面白い。犬がいなくなったり現れたりしている。
小泉信三の文字も立派だった。
どうも戸板康二の著作のおかげでか、慶応関係の人間のエピソードが次々に思い浮かび、それだけに楽しみが倍増してきた。

鏡花のウサギコレクションまで出ていたのにはびっくりした。
他にも応挙の襖絵「波に千鳥」(引き手が魚篭を象っている)、ノンコウの「此花」、三井所蔵の伊賀焼「業平」のきらめきが目を打った。

広重「五十三次」芳年「月百姿」まで持っているとは、面白いが、それなら早稲田のように展示してほしいな??

色々と楽しい展示を見てから再び堂島へ戻った。

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