美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

正倉院展

今年も正倉院展にでかけた。学生時代から出かけているから大概多くの宝物を見ていると思うが、それでも初公開品にめぐり合うことが出来るのは、やっぱり幸せだと思う。
初日の昼についた。
予想していたより混雑もなく、機嫌よく見て回れたが、それでも会場はよく賑わっている。

花氈 かせん  カシミヤの敷物と言うべきか。黄色っぽい地に宝相華などの柄。
御影の白鶴美術館別館はアジア・アラビアの絨毯を集めた展示を見せているが、それらの中にもこんな柄物があったような気がする。距離と空間が失われたような親しみを感じた。

緑牙撥鏤把鞘御刀子 りょくげばちるつかさやのおんとうす    20cm足らずの細い刀子。とても繊細な文様が刻まれている。孔雀、花々、飛ぶ鳥・・・花喰鳥のモティーフも見える。

楽毅論 がっきろん 光明皇后御書   これは何度か見ているが、力強くていい文字だと思う。最後の署名がまたいい。「藤三娘」つまり藤原家の三女だと名乗りを上げているのだ。
国家の母であり、かつ「藤原家の娘」であることを強くアピールしているのだ。

漆背金銀平脱八角鏡 しっぱいきんぎんへいだつのはっかくきょう   きらきらしていて綺麗。奈良博の展示は本当によくなったと改めて感心する。

平螺鈿背円鏡 へいらでんはいのえんきょう  これは本当に好きな名品で、学生の頃から螺鈿の鏡を眺めては涎を垂らしていた。いくつか螺鈿装飾の鏡があるが、これは中でも花文様がはっきりしたもので、とても愛らしい。
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紫檀木画槽琵琶 したんもくがそうのびわ   今年のチラシに選ばれた宝物。表の装飾画は夕日の中での狩猟図というようなもので、かなりはっきりと残っている。
裏は黒地に緑の装飾が目立つ象嵌が広がっていて、優美。

桑木木画棊局 くわのきもくがのききょく   寄木細工の碁盤。天平時代は遣唐使の齎した唐文化の影響下にあるので、メイドイン日出る処製品であっても、唐のものに見える。
縁の文様がとても繊細。

伎楽面 呉女 ぎがくめん ごじょ   伎楽の面がいくつか出ているが、顔立ちのはっきりと残るもの、多少の崩れを見せるものなどがあり、興味深く眺めた。
被れと言われると困るが、どこか唐三彩の美人像を思わせる容貌には惹かれた。

伎楽面 崑崙 ぎがくめん こんろん  こちらは言えば狂言の「武悪」的存在なのだが、わたしはなんとなく親しみを感じる。というのは「崑崙奴」の話を思い出すからだ。
(リンク先に物語の概要がある)
唐代の伝奇小説は面白いものが多い。

他に伎楽用の衣裳が色々出ていた。なんでもありの正倉院。

白石鎮子(青龍・朱雀)(白虎・玄武) はくせきのちんす (せいりゅう・すざく)(びゃっこ・げんぶ)   大理石のレリーフ。初めて見た。よく出来ている。南ロシアの騎馬民族展という展覧会を以前に見ているが、そこにも似たようなものがあったと思う。
とても優美でもある。動物闘争文ということだが、玄武は確かに仲が悪そうだった。

十二支彩絵布幕(龍図) じゅうにしさいえのぬののまく  これは完全に初見。十二支の幕の絵ですか。龍の足部分が見える二足歩行と言うわけでもなさそうだが、これは分類から言うとドラゴンではなくワイバーンなのかもしれない。
他にトリやイノシシがあった。イノシシは尻尾部分が出ていて可愛い。

今回、正月最初の子の日の儀式に用いた道具が色々出ていた。
子の日の小松引きなど、平安時代の風俗があるが、この時代も何やらあったのだなと知る。
調べてみようと思いつつ、いつになるやら・・・

白銅柄香炉 はくどうのえごうろ   これは二年ほど前にも出ていたような気がする。柄付きの香炉で、獅子がついている。可愛いサイズの獅子たち。

金銀花盤 きんぎんのかばん  遣唐使から持ち帰った銀盤。花形で脚付。見込みには鹿が打ち出されている。実際に使われた形跡もあるらしいが、何に使ったのだろう。

例によって東大寺の田とか色々な事務関係の書類などもあり、奈良朝が律令国家として動いていたことを示す資料が展示されていた。
面白い内容なのだろうが、じっくり読むには人が多すぎ、こちらの根性が足りない。

正倉院展は11/12まで。
そして今年は東博で「皇室の名宝」後期展に正倉院の宝物が出る予定があるので、なかなか大変だと思った。そちらにも出かけるから、今年は二つの正倉院展を見るような感じ。
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久世光彦 時を呼ぶ声 ?彼の回顧展を見る?

久世光彦が死んだことを思うと、せつなくなる。
せつなくなるが、どうにもならない。
ドラマの演出家として始まった人の仕事の内、随筆が一番好きだった。
<だった>は過去形か。
日本語に敏感な久世さんのことを書こうとしているのに、いい加減な事を書いてはいけない。
随筆が一番好き。
そう書くのがいい。

世田谷文学館で11/23まで「久世光彦 時を呼ぶ声」展が開催されている。
彼の急死から少しの歳月が経ち、こんな回顧展が開催されるようになった。
嬉しいような哀しいような気持ちが湧くが、実際に訪れると嬉しさの方が強く滲んでくる。

「昭和」にこだわり続けた人だった。
彼の最初の随筆のタイトルは「昭和幻燈館」なのだ。
ある日店頭で「あ・・・久世さんが随筆を出している」と手に取ったのが始まりだった。
世紀末写真を装丁に使った美しい本。
開くと、そこにあるものは<言葉で綴られた宝石>の数々だった。
何もかもが私を魅了する力に満ちていた。

自分の偏愛するものを、自分が好きな人が同じように愛し、同じように心締め付けられて苦しい、と告白するのを読んだときほど、嬉しいことはない。
それまでわたしは自分の愛したものを同じように愛する人を他に見たことがなかった。
ただ一人、学者たる松田修の随筆の中にもわたしは偏愛と熱情と欲望とを感じつつも、ある一点で忌避する地平があった。
忌避することは魅力を感じていることだと悟りつつも、それでも逃れようとしたのだが。
久世さんの随筆には松田修と<同じもの>があったが、それを松田はざらっとした手で見せ付けるのに対し、久世さんはそこから逃げようとする姿を見せていた。
ああ、と声をあげた。
そう、やはり逃げている。逃げていいのだ、そこからは。
わたしは久世さんの随筆で、「怯惰」であることが恥ずべきことだと知りつつも、それでも逃れてしまう気持ち、ということを知ったのだった。

展覧会は、久世さんの最も愛した昭和戦前の東京での暮らしぶりに始まり、疎開先での富山の暮らし、そしてドラマ制作への道をたどらせる。
昭和戦前への偏愛はわたしの場合、この30年ばかり続いているが、久世さんは生まれてからずっと、生きている限りその時代を愛していたのだ。
ドラマだけでなく、小説にもそれが溢れ返っている。

久世さんの演出のドラマ「悪魔のようなあいつ」を見ることが出来なかったのは、これまでの人生の内の悔恨の一つだが、当時幼かったわたしには無理からぬ話だった。
しかしながら中学に入った頃、既に何年も前に終了したドラマである「悪魔のようなあいつ」への偏愛と熱狂を綴った記事を読みふけるようになっていた。
とおの昔に消えた「ALLAN」という雑誌では、長く「悪魔のようなあいつ」への愛が溢れ続け、それを実際に見たことのないわたしを焙り続ける役目を果たしていたのだ。
「少女のための耽美派マガジン」と銘打たれたその「ALLAN」誌は久世ドラマの検証を繰り返し、わたしはそこで育てられたことを実感する。
‘80年代初頭からほぼ30年、今では「悪魔のようなあいつ」はDVD化され、眺めることが可能になった。
しかしわたしはまだ見ないでいる。
見ないでいるが、随分昔に録画した「悪魔のようなあいつ」ガラ・シーンを繰り返し眺め、「時の過ぎ行くままに」を数え切れないほど繰り返し聴き続ける。
そしてその度にわたしは蕩ける。

蕩ける、という言葉を書いたとき、改めて久世光彦の才能を思い知らされ、そして彼がいなくなったことを思い出して、少し泣きたくなった。

連続ドラマは最近全く見なくなった。
TVそのものからも遠ざかる日々を過ごしている。
しかし久世さんの制作したドラマのタイトルを眺めていると、知らぬ間に見ていた作品のなんと多いことか。
久世さんだと意識しながら見たドラマも多いが、知らずに見ていつまでも印象に残っているものの多さに驚く。
今から思えば破天荒な設定が多いドラマばかりだった。
細部に巧妙な笑いが鏤められている。
確信犯としてそれを拵えていたのだ。そのこと自体がとても面白い。

20年前とは驚いたが、「キツイ奴ら」というドラマは熱心に見ていた。
今見てもやはり面白い。こんなドラマは今では作れないのだろう。
夢中になっていた時代に戻り、また夢中で見ていたいと思った。

「昭和」にこだわり続けた久世さんの夏と正月のドラマが好きだった。
正月のドラマはお母さんが加藤治子さん、夏のドラマは岸恵子さんが奔放な母役を演じていた。出演する人々もほぼ同じ、それがたまらなくよかった。
お正月のシリーズでは、家の間取りも必ず同じ、タイトル曲も同じ。
放映されたものは必ず見て、そして再放映があるとやはり必ず見続けた。
なにかしらそれらを見ないといけないような想いがあった。

久世さんは森繁久彌氏との共著「大遺言シリーズ」を刊行し続けていたが、その森繁の映画の仕事については、この文学館の常設室でポスターなどが展示されていた。
わたしはあんまり彼の映画を観たことがないので、映画史の資料からしか知らないが、それにしても実に多くの映画に出た人だと感心した。

久世さんの随筆を偏愛している、と書いたが彼の小説はあまりわたしは好まなかった。
「1934冬 乱歩」 これは面白い作品だったが、実のところ大枠の物語より、中で展開される「梔子姫」が絶品だと思う。乱歩の文体と<彼らしさ>を掬って描いてみせた、久世光彦オリジナル作品なのだ。
そこばかりを選って何度も再読するくらい好きだ。
「姉の唇」と「妹の唇」という表現にときめき、ああ巧い言葉だと感じ入った。

「謎の母」「燃える頬」「蕭々館日録」・・・これらの小説を読むと不思議な錯誤に陥ることがしばしばあり、それ自体をひどく面白く思えた。
本の装丁は建石修志のものが特に好きで、それがどんな内容であれ、それだけでもときめくことが多かった。何故あんなにも魅力的な作品が多かったのだろう。

しかしそれでも久世さんの文章は、小説より随筆、または私小説に近いフィクションの方が味わい深いと思うのだ。

久世さんの三冊目の随筆「怖い絵」は衝撃だった。
この本から高島野十郎を知り、蝋燭の絵に深く揺らいだのだ。
‘91年にこの本が刊行されてから、’06年に三鷹で高島の回顧展を見るまでの間、久世さんのこの本以外で高島の絵を他に見ることはなかった。

そういえば久世さんの本で教わったのは高島野十郎だけではなかった。
西条八十の詩「トミノの地獄」もまた久世さんの随筆から教わったのだった。

姉は血を吐く、妹は火吐く 可愛いトミノは宝玉を吐く

ああ、どれほどのときめきを久世さんからいただいたことか。
展覧会の中にいるだけで胸がいっぱいになってくる。
何もかもが好きだという想いと、もう二度と新作に出会えないのかと言う悲哀が、今更ながらに胸に迫ってくる。
ただただせつない、そして・・・

「春が来たのにお別れね」 その言葉を思いながら会場を後にした。

関西のアート関係のおしらせ

まもなく11月になると、関西では色々なアート関係のイベントやいい情報があるので、先にここでお知らせしようと思う。

*11/23まで恒例の神戸東灘アートマンス
白鶴美術館、豊雲記念館、香雪美術館、世良美術館、小磯記念美術館、神戸ファッション美術館、神戸ゆかりの美術館・・・これらが連携して毎年素敵な展覧会やイベントを行っている。
11/7に走破する予定。
スタンプを集めたらステキなプレゼントもあたったりするしね。
(わたしは以前、ローランサンのイラストつき紅茶をもらった)

*11/14、15を中心とした関西文化の日
近畿と福井県なども含んでの一大イベント。無料公開なども多いので、とてもお得。
中にはこの日以外に無料なところもあるので、詳しくはサイトをご覧ください。
私はこの日には行けないが、違う日に無料公開するところへ行く予定です?


*伊藤舞さんの個展
先年、京都府立植物園で展示されていた赤い千羽鶴の作家さんの個展が開催中。
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場所や細かいことはこちらで。
ナンバのA.I.R.1963というビルの1階のエントランスが展示スペースということで、わたしは11/1に行く予定。
あんまり現代の作家さんの作品には無縁なわたしだけど、気になる人は気になるので、やっぱり見たいと思う。

駅からそう遠くもないので、皆さんそのビルをめざそう。


肉筆浮世絵と江戸のファッション?町人女性の美意識?

ニューオータニ美術館の「肉筆浮世絵と江戸のファッション?町人女性の美意識?」前期展に行った。(後期展は10/27?11/23)
大谷コレクションだけでなく、サントリー、出光、歴博などからも集めた美人画と小袖などなどで構成されていて、すごく楽しく眺めた。

舞踊図  前期はサントリー、後期は大谷のが出るが、どちらも女たちの着物の柄が鮮やかで派手で面白い。
トンボさん、琴柱さんが特に好き。

時代の流れに沿っての展示なので、流行の移り変わりもわかるといういい構成。
わたしは寛文小袖が好きなので、ここにある二枚の美人画にも大いに喜んだ。

褄を持って歩く女、花を持って微笑む美人。どらもとてもいい絵。
黄綸子地雪輪竹模様小袖  こんなステキな着物を着てみたい。

次は元禄で菱川派が現われ、小袖もちょっと変化を見せる。
元禄時代の美人画と小袖を見る。
伝・師宣の元禄風俗図はわたしが見たときの場面はアヤメを抜いて男に見せる女や、造花作りなど。
元禄というと南條範夫の小説世界がすぐに思い浮かぶ。豪華絢爛で無慚で退嬰的で活気がある時代。

黒麻地蛇籠桜花文字模様帷子  花と蛇だとダンオニロクになるが、これはそうではない。
可愛い着物だった。やっぱりこういう派手派手しい小袖は楽しい。

宮川派の美人たちも現れた。
髪梳き十郎図 宮川長春  恋人の虎御前の着物は赤から紫金へ移る。月代はきれいに剃られている。虎との楽しいひと時。

美人図 山崎龍女  コタツでくつろぐ二人。女の着物は黒地に桔梗柄。この頃は二代目団十郎のいた時代か。
山崎龍女は最初は師宣門下だったが、絵看板を鳥居派に依頼されてからは、そっちよりになった絵師だというのを読んだことがある。

天明年間はまた飢饉があったりするわりに、文化的に発展を遂げたりして、ちょっと面白い時代だと思う。
ここらから寛政年間と言うのは本当を言えばわたしの好みから段々はずれる時期なのだが、それでも眺めるとやはり面白い。

とにかくこの展覧会は楽しい内容だった。
肉筆美人は浮世絵美人とはまた違う趣があり、着物の柄一つにしてもたいへん興味深いものがある。

後期には上方から祇園井特も登場するようだし、楽しみ。
やっぱりこういう楽しい展覧会はいい。

美しの和紙

美しの和紙 天平の昔から未来へ サントリー美術館が「用の美」を見出すために生み出された場だということを、久しぶりに思い出した。
チケットの写真は「見たことがあるが、何の花束か」と思っていたら、東大寺のお水取りの椿の造花を寄せ集めたものだった。
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その実物を見ると、それだけで「ああ、お水取りに行きたい」と疼くような想いが湧き起こってくる。

特に目に残ったものを挙げる。

央掘魔羅経巻第三(五月一日経)1巻 奈良時代(8世紀)MIHO MUSEUM
「光明子 奉為」とあるから光明皇后ゆかりのものだとわかる。
天平時代の面影を見るのは、なんとも心躍るものだ。

紫紙金字金光明最勝王経巻第三 10巻内1巻 奈良時代(8世紀)奈良国立博物館
綺麗な色調で、よく1300年も残ったと感心する。わたしは奈良朝の頃の書体には好きなものが多くて、字面だけでも眺めることがある。

絵因果経巻第四上(二十五行)1幅奈良時代(8世紀)MIHO MUSEUM
川のそばの人々が描かれているが、どんな状況なのかはわからない。

百万塔・陀羅尼 1基・1巻 神護景雲4年(770)紙の博物館
これはよく見かけるのでお馴染みさんな気持ちになる。わたしの近所だと民博にもある。

和歌山県粉河経塚(土産神社経塚1号)出土品天治2年(1125)奈良国立博物館
経筒(銅鋳製、宝珠鈕、傘蓋)1口
外筒(陶製)1口
法華経(紙本、墨書)  8巻のうち、2巻 8巻の内2巻
先年、藤原道長が埋めた経筒を見て以来、ちょっとこちらにも関心が湧くようになった。
平安時代の人々の心の在りようなどを思うのが楽しい。

熊野懐紙 後鳥羽天皇筆 1幅 正治2年(1200)五島美術館
熊野懐紙の実物は他でも見ているが、後鳥羽天皇のものだと思うと、感慨深いものがある。
えーと、確か熊野懐紙は嘘ついたら熊野のヤタガラスが死ぬとかなんとか、というそんな決まりごとのあるものだったか?あれは熊野誓紙か?

佐竹本三十六歌仙 源順 1幅 鎌倉時代(13世紀) サントリー美術館
見ました、お久しぶり♪わたしが実物を見ていないのは、あと十人ほどか・・・

散華貼交屏風 6曲1隻 江戸時代 京都 三千院
散華のドロップ型というか葉っぱ型の紙がなんとなく愛しい。
比叡山だったか、貴船だったか、確か月替わりに色を変えて散華を拝観チケットに出していて、十二ヶ月揃えるとアタリ・・・は別にもらえなかったが、何かそんなことをしていたはずだ。

東大寺修二会(お水取り)紙衣用反物1反
年降るごとに遠ざかった場で見学しているが、久しぶりに間近で眺めたい。火の粉をかぶりたい。「韃靼」が見たい・・・!!

薬師寺修二会(花会式)造り花 6種
これがまぁ本当に可愛くて可愛くて!ペーパークラフトと言うと軽くなるが、こんなに愛らしいものはもっとおおっぴらに見せてもらいたいものだと思った。
デパート展示とかあれば・・・と、ちっとも宗教的儀式のためのお供えだということを考えない発言をする。

石清水八幡宮 供花神饌 1式(12台)京都 石清水八幡宮
こちらも同じ。実は今回の展覧会、ここらの造花などにクラクラッとなって、他の見たものの大半を忘れているのだった。

賀茂御祖神社 祓具 大麻 1枚 國學院大學神道資料館蔵
タイマと読んだらアキマセン。

春日若宮おん祭田楽座御幣(金剛御幣)國學院大學神道資料館蔵
こういう御幣を見ると、土佐のイザナギ流の祭文などを思い出す。
それでへんなことを書くと、会社の倉庫に延長コードがあり、それが床ではなく上方に亙しているので、時々そこに白い幣をつけてみたくなるのだった。

サントリー美術館の好きなところは、階段を下りることで世界が変化するところ。
ほら、いきなりこんなものが。
2mのあかり イサム・ノグチ 1985年
・・・びっくりするくらい大きかった。

弘法大師行状記 巻十二 江戸時代 和泉市久保惣記念美術館
紙すきする人々が描かれている。紙すきは現代だと、牛乳パックからでも出来るようで、よく小学生が卒業証書をそれで作っているが、拵え方はこの絵と同じなのだった。

職人尽図絵巻 1巻 江戸時代
二階が女郎屋なのか、琴を弾く男もいて、揚弓で遊ぶ姿もある。何なのかはよくわからないが、こういうものは見ていると楽しい。

大谷地(新潟)紙束、石州半紙見本紙、越前大奉書見本紙、本美濃紙見本紙
触らせてもらったが、なんとなく微妙に触感がそれぞれ違う。

吉原遊興図屏風 6曲1隻江戸時代 奈良県立美術館
仲良くした後の情景らしい。まだまだ帰らないのか。

即興かげぼうし尽 歌川広重画 2枚 江戸時代 サントリー美術館
このシリーズは楽しいから好き。わたしが見たのはうぐいすと松だった。
種明かしも一緒に描くのが面白い。

型染紙見本帖 1帖 江戸時代
7x15か、びっしり貼り付け。こういうものを見るのは好き。

扇面貼付屏風 6曲1双 桃山時代
絵柄が中華風なものが多かった。麝香猫のが欲しい。麒麟もある。寒山もいる。
日本の絵は源氏絵。桃山時代の嗜好ということか。

梅に熨斗鶴模様小袖 1領 江戸時代 松坂屋京都染織参考館
先般、ここで松坂屋の秘蔵の小袖展をしてからの仲良しぶりというか、こうして見せてもらえるのはやっぱり嬉しい。

紙塑人形 大森みやげ 鹿児島寿蔵
少し前に新橋停車場で鹿児島寿蔵の展覧会があって、この「大森みやげ」も見たところ。
わたしは人形は縮緬を皮膚にしたものか、または紙塑が好きで、木そのものが目立つのはニガテなのだ。彩色が施されていれば別だが。

いい心持で見て回った。11/3まで開催。地味な展覧会かもしれないが、楽しい内容だった。

パリのアールヌーヴォー 19世紀末の華麗な技と工芸

世田谷美術館の「オルセー美術館展 パリのアールヌーヴォー 19世紀末の華麗な技と工芸」を見に行った。
既に行かれた方々の記事で、この展覧会が工芸展だと知っているから、最初からそのつもりで機嫌よく出かけた。
世紀末芸術の工芸品などが配置よく展示されているのも気に入った。
いい展示、いい展開、空間そのものを楽しむ展覧会だった。
贅沢を言えば、この展覧会が旧朝香宮邸で開催されたら・・・いや、あちらはアールデコだから、ちょっと違うか。
世田谷は世田谷で展示空間にも多少の意匠を凝らしていたのだから、そんなことを言ってはいけない。

最初に映像を見た。
アールヌーヴォーの様式で構成された建物2軒。
日本でならば福岡の西日本工業倶楽部、大阪の鴻池邸がアールヌーヴォー様式の建造物なのだが、どちらも非公開なので、こんな風に記録映像を出してくれたらよいのに、と思った。(わたしは以前に撮影しているが、現在ぱその相性がわるくてスキャンできない)
それにしても素敵な建物・・・またパリへ行きたくなるような映像だった。

展示構成は一つの邸宅を模しているらしい。
1.サロン。
ドニの「訪問」という絵が壁にかかる。ラスター彩の花瓶がある。玉虫色に煌く花瓶と、ドニの神秘的な絵画と。そこだけで既にいい心持になる。

2.ダイニングルーム。
リヴィエールの版画シリーズが飾られている。世紀末パリを実感する。
ウジェーヌ・グラッセ フェリックス・ゴダンによる「ハーモニー」は壁画と看做していいだろう。女の群が音曲を奏でながら歩く。熊と豹もいる。狼、白虎、獅子は見物客らしい。明るいいいキモチになる。
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シャンデリアがガラスケースの中にある。天井から吊られないのは惜しいようだが、間近でその様相を眺めることが出来る。翅のついた少年たちが支えるシャンデリア。
とても優美な形をしている。フェアリーテイルというところか。

マホガニー製の椅子があり、それらは皆綺麗な緑色の布地を貼られていて、現在にはあまり見られない風情なのが、とてもいい感じに見える。

食器類を眺めて面白かったのは、イチゴスプーン。・・・めちゃ大きい。こんなイチゴあるのかと思うくらい。モモタロウと言う品種のトマトがあるが、それくらいの大きさかと思う。

3.書斎。
ここの展示にはちょっとした装飾が施されていた。壁の上部に紫陽花柄のパターンが続いている。綺麗だった。しかしこれを全体にしてあれば、もっと楽しいのだが。

プライヴェートな空間での壁掛けの絵などは、主人の嗜好が如実に表れる。
ここにかかっていたのは、ブリヂストン美術館で見た「密林の虎」のリトグラフ。
にゃお?ッッッと吠える声が聞こえるような一枚。

他にもヴァラットン「入浴」などがあるところを見ると、ここの主人の趣味の設定は・・・
思うこと自体がとても楽しい。

4.エクトル・ギマール。
彼のデザインした家具やデザイン画が並ぶほか、あの有名なメトロの写真もある。
実物もよかったが、こうして写真などで見るだけでもパリの匂いがするようだ。
映画「愛と哀しみのボレロ」の挿入歌に「世紀末パリの香」というタイトルがあったが、そのメロディが頭の中に流れてくるのを感じる。

暖炉用鏡フレーム  鏡が展示物にある場合、どうしても自分を映して眺めてみたくなる。
この鏡は19世紀末の鏡だけに、正面から見た場合はまっすぐ映るが、斜めからのぞくと、歪んで見える特性がある。そのことも面白く感じた。

5.貴婦人の部屋。
ここにはゲランの「ルールブルー」という香水を漂わせていると言うことだが、途中までは感じなかった。しかしアルコーブの展示を見ようと足を踏み入れると、そこに柔らかな匂いを感じた。たぶん、それなのだろうと思う。

ラリックの髪留めなどがあった。国立新美術館で見たものがいくつかあるように思う。
優美な飾り物。実際に使うものではなく、オブジェだというものもあるようだが、とても綺麗だ。

しかしながら「貴婦人」という存在そのものを考えると、定義が難しいようにも思う。
世紀末パリの質の高いココットもまた、どの貴婦人よりもずっと貴婦人なのかもしれない存在なのだから。

今日ではウジェーヌ・グラッセという画家の作品を眼にする機会は少ないと思う。
しかしここにもいくつか展示されていて、彼が確実に19世紀末パリの花形画家の一人だと教えてくれる。
明るい画風で、神話的な情景を描いているのが楽しい。

6.サラ・ベルナール。
世紀末パリそのもの。彼女こそが世紀末パリなのだ。
ミュシャのポスターがいくつかあり、どれを見ても素敵に見える。
最後のほうには彼女の映像が流れているが、こればかりは同時代に生きて、ライブを見ないと本当の魅力は味わえないのが、とても残念だ。

15歳のサラの写真を見る。とても美少女だった。
そして美しいだけでなく、彼女は演技者として才能を磨き、晩年までよく活躍した、と言うのが素晴らしい。

7.パリの高級産業。
七宝焼、陶芸、金工などの名品が並んでいた。
蛇形脚付き小櫃  これが実に手の込んだ造りになっていた。物凄い箱。柄自体は帝政ロシア風で、しかし全体を見るとビザンチン風にも見える。
精緻巧妙な構造にときめいた。
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他にも軟質磁器(白土とガラス粉による擬似磁器)に七宝をかけたものなど、興味深いものがいくつもあった。

ラスター彩の綺麗な花瓶もたくさん見れて、とてもいい心持になった。
工芸品の好きな人には本当にいいと思う。

THE ハプスブルク

国立新美術館の THEハプスブルク に行った。
京都にも来るが先に東京で見学。

近年、こんな展覧会が開かれている。
2003 ウィーン美術史美術館 京都国立近代美術館
2006 ウィーン美術アカデミー名品 損保ジャパン
2006 マリア・テレジアとシェーンブルン宮殿 京都文化博物館

どれもがかなり大掛かりで楽しめる内容だった。
少女時代のマリア・テレジア、皇妃エリザベートの肖像などは、こちらが勝手に親愛の念を抱くほど、よく日本に来てくれる。
どちらも「ああ綺麗だなぁ」と和やかなキモチで見上げては、目礼して去ることになる。
なにしろとても観客が多いので。

オーストリアは女帝と最後の皇妃に意識が向きがちだが、皇帝フランツ・ヨーゼフ一世は国民に愛された為政者だったそうだ。
尤もやはり大ハプスブルクを力強く立ち上げ、血縁のネットワークを作り出したのは、マリア・テレジアだから、彼女がいなければオーストリアは長らく強大な国家でいられなかったろう。
また、以前水野英子による最後の皇女の物語を読んで随分感動した。
第二次大戦後に彼女が亡くなる事で栄光のハプスブルク家の時代が終焉を迎えるのだが、実に長い歳月がそこに流れていたことを教わった。

全欧州に子女を送り込み一大家系を拵えただけに、絵画コレクションも普通ではない。
国立新美術館の広い空間にそれぞれイタリア、北方ルネサンス、オランダ・フランドル、スペイン絵画の大物を配し、工芸品の室もあった。
それらの歴史的背景や政治的な話は措いといて、機嫌よく見て回ることにした。
とはいえ大作が多いのと、観客が多いのとで、ちょっと疲れてしまったのだが。
感想は少しずつ。

イタリア。

ジョルジョーネ 矢を持った少年  ジョルジョーネを日本で見る、と言うことにも感慨深いものを感じたりする。
正直自分の好みではないが、見れること、それ自体がありがたい。少年の衣裳の赤さが眼に残る。

ティツィアーノ イル・ブラーヴォ  花冠の男の肩を掴んで振り向かせる男の手には刃が。
「おい」グサッ・・・という感じか。あぶないなー。ちょっとドキドキ。

ティツィアーノ 聖母子と聖パウロ  本を開いて聖母に語りかけるパウロ。赤ん坊はよそ向いてる。これはセリフをつけるならこんな感じかもしれない。
「奥さん、今からですよ、学資保険は」
「うーん、そうねぇ・・・ちょっと主人とも相談したいわ」

ティンレット キリストの鞭打ち  肉体のリアルさがいい。鞭打つ手にも力が入りそう。
罰するため・辱めるためだけでない何かを感じる・・・

ヴェロネーゼ ホロフェルネスの首を持つユディット  奴隷女に「どーぉ?」と見せている。
無邪気な表情の人妻。手もぷっくりしている。妙に無邪気なのがいい。

パオロ・フィラミンゴ 黄金時代の愛  大作。しかし隣の絵に人々が集中する割りにこっちは空いているなと思ったら、ははは、モロに仲良くしている人々の図ではないか。
こういうのをマジマジと見る、という姿を見せたくないのね。
で、わたしはマジマジと見て、左端のちびっこが気にかかるのであった。
そんな小さいうちからしてはいけません。めっ。

バッティステッロ オリーブ山のキリスト  つまりゲッセマネなんですね。天使に「もうそろそろアウトですよ」と言われている。受難がなければ神の国へ行けない、というか予定が狂うのも困るというか・・・

ジョヴァンニ・アントニオ・ブッリーニ オルフェウスとエウリュディケ  動きのある絵。振り向いてしまった男は子供っぽい顔をしている。女の胸がやたらと白い。左下には地獄の犬のケルベロスがベロをハッハッハッと出している。
全然関係ないが「犬と女と刑老人」を思い出した。三題噺みたいになった。

北方ドイツ。

デューラー 若い女の肖像  これまでにも見ているので、こちらもコンニチハ気分で眺める。

デューラー青年の肖像  「劉生??」と思わず呼びそうになった。劉生がデューラーに影響受けていたのを実感するような。臙脂に近い赤色が目に残る。

クラナッハ(父)洗礼者ヨハネの首を持つサロメ  これはぜひ実物が見たかったので、たいへん嬉しかった。
このサロメは七つのヴェールのダンスをしそうにはないが、無邪気で上品で、そして悪戯っぽい微笑を浮かべているのが印象的だ。
自分の行為の意味を知り尽くしつつも、忖度しようとさえしない。そこがとてもいい。
首を切られ、(最早新しい血も流れようとしない)ヨハネは口を開け眼を開け、無念ささえも失った表情を見せている。

ヨーハン・リス ホロフェルネスの首を持つユディット  このユディットは逞しい背をしたおかみさん風の女だった。首は捻じ切られ、血と何かが垂れている。女の右手には刃が光る。ふんっという鼻息まで感じられる。

国周から松本楓湖までの画帳があった。風俗画が面白い。幕末から明治初の江戸風俗。
軽業、鹿島踊り、花見、そして源氏絵に伊勢絵。卓上芸術の楽しみ。

工芸品もいいのがいくつかあった。
特に気に入ったのはどちらも製作年が1700年のもの。

貴石象嵌の箱  可愛くて仕方ない。わたしも欲しい。
掛け時計  白い大理石上に象嵌された貴石たち。ぱっと見は日本の芝山細工にも見える。
こういう愛らしい細工物がとても好きだ。
いいものを見せてもらい、嬉しくなる。

スペイン。

ジュゼッペ・デ・リベーラ 聖痕を受けるアッシジの聖フランチェスコ  アチコチ受けている。(キリストの磔刑の時の傷は複数個所だから当然か)見守るピンクの鳩。

フランシスコ・デ・スルバラン 聖家族  これはまた珍しいものを見た。乳児の授乳はいいが、義父たるヨハネが随分若くていい男に描かれている。しかもにっこりしている。
まるで妻がわが子を生んだのを見るような顔をしている。
いつもいつも爺さんではイヤになったのかもしれない。

ムリーリョ 幼い洗礼者聖ヨハネ  これはまた可愛い。ムリーリョの描く幼児はいつみても愛らしいが、この聖ヨハネの可愛さは格別。羊さんと仲良し。その羊もまた愛らしい。

ムリーリョ 聖家族と幼い洗礼者聖ヨハネ  小さくとも自分の職能は身についているらしい。一見遊んでいるように見えるけれどそうでないところが、まるで歌舞伎の子役のようだ。先代萩の飯炊きの場を思い出した。
しかし黙々と働く義父は一人だけ光が当たっていない・・・


フランドル、オランダ。

ハンス・フレーデマン・デ・フリース 宮殿を散歩する人々  奇想の庭園。鶴もいれば七面鳥もいて、サルもいる。スフィンクスの支える噴水。孔雀も遊ぶ。こんな宮殿は実際に存在したのだろうか。あったとすれば、この王国は生き続けることが出来ただろうか。

ハンス・フレーデマン・デ・フリース 宮殿で奏楽する人々  右端の威嚇する犬が面白い。

バルトロメウス・スプランゲル ヘルマプロデュトスとニンフのサルマキス  あー気の毒少年。まだ女の企みも知らずくつろいでいる。女はくねくねしながら少年を見ている。

バルトロメウス・スプランゲル ケレスとバッコスがいないとヴィーナスは凍える  ふふふ。外から内から暖めないとね♪ちょっと艶笑譚ぽいところがいい。


随分たくさんの名画を見てクラクラした。普段あんまり泰西名画と縁がないので、もうユトリがないくらいだ。本当ならここでザッハトルテやウィンナコーヒーをいただくと、いよいよ気分が盛り上がるのだが、残念ながらそちらとは無縁になった。

東京では12/14(討ち入りだ)まで、京都展は1/6?3/14まで。

菱田春草展 十月の日本画

明治神宮宝物展示館で菱田春草の展覧会が開催中。
今月は前期展、来月は後期展。
ここは早朝から開いているので、気合が入っていい。
あの参道を歩く内にすがすがしい心持になるし、いざたどりつくと清潔な空間で展示されているのを見るからか、絵のことしか考えられなくなるし。
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春草の若い頃の作品から未完の作までが並び、子息のお話などがパネル展示されている。
近代日本画家はおもいきり長命か、または夭折の人に素晴らしい作家がいるように思う。
夭折の人の代表はこの春草と、新装・山種美術館で開催中の速水御舟だと思う。

落葉  春草は雅名に春の草とあるほどだから春を愛してもいたろうが、彼の秋を描いた作品と言うのはまた格別な味わいがある。せつなさに近い何か。
侘しさとは言わぬが、なにかしら寂しいような。
それが秋を描いた画面から漂う。
それは完成品だろうと未完の作だろうと変わりはない。
むしろ下絵などだとその趣は薄れるのだが。

ところで春草の最初の雅名は「秋江」だった。秋から春へ移ったのは何を心に期してのことか。また春草は猫があんまり好きではない、と言葉を残している。好きではないにしても猫を描いた作品に名品が多いと言うのも事実だ。

竹に猫  水野美術館は近代日本画の名品を多く所蔵する美術館だが、この作品もまた水野の所蔵。竹林に猫がいる、この猫は実は竹の足元に咲く白百合を見ている。
賢そうな目をした可愛い猫。

春草の猫と言えば「黒き猫」があまりに有名だが、彼の描く猫の大半は白地に黒ぶちの柄である。丸々黒でなくキジということも多い。
猫は皆どちらかと言えば瞑想するような目つきである。
賢そうな猫に春草は何を見ていたのだろう。

白き猫  頭頂と尻尾だけが黒い猫がいる。そっと白梅が咲いている。
この猫は古代の仏のような微笑を浮かべている。アルカイックスマイル。
梅が咲いていることを、この猫は知っているのかもしれない。

柏の葉、猫というパターンで春草だと認識する向きもあった。
森脇真朱味に実物を見ることがなく、画集を見るだけでそっくりの画を描く青年の物語がある。大きさの比較が出来ない彼は、柏の葉も猫も同じ大きさで描く。
描きたかったから描いた。
確かに春草の絵にはそんな惹かれ方をする人もいるだろう。

伏姫  富山に閑居する伏姫が水鏡を眺めるシーン。ここには人の姿が映っているが、彼女はやがてそこに犬の姿を見出し、自分の潔白を証し立てするため、自害を決行する。
春草の描く女人は共通して丸顔である。
この展覧会には出ないが、梅の精もみな丸顔だ。
大正時代に現実に丸顔ブームが起こるが、明治の世に丸顔ブームはなく、これが春草の女性の好みだと感じる。

武具の図  これは虫干しする図なのだが、人のいない座敷での武具や衣裳と言うのは「誰ケ袖図」を想起させる。明治27年の作。丁度日清戦争の頃。

武蔵野図  遠くに富士の影。この武蔵野には荒涼たる風が吹く。そこへ一羽の鷹の風貌を持つ雀のような小禽が止まる。百舌鳥なのかもしれない。嵐は近いだろう。

乳糜供養(春草)/釈迦と魔女(大観)  苦行のシャカにスジャータが食べ物をあげる情景。菩提樹の下、やさしい時間が流れている。シャカはそんなにもやせこけてはいない。心に安らぎが生まれていることを感じさせる。スジャータの青い薄物が綺麗。
一方、大観のシャカとマーラたちの図は動きのあるもので、三人の魔女は色っぽく、釈迦は釈迦で厳しい顔つきでいるのが面白い。
二人のコラボ作品は二人の個性の違いがよく見えるので、かなり好きだ。

写生帖にミミズクを描いたものがあった。耳が出ているからミミズク。目をこちらに向けてキョトンとしている。とても可愛い。そのすぐそばには鋭い目つきバージョンもあった。

春草の書も展示されていた。これは手紙。
人の手紙を読むのはニガテだが、春草の暮らしぶりなどが見えるのが興味深い。
また明治の人らしい、いい字を書いている。

点数はそんなに多くもないが、木々の間を逍遥するような心持で眺めて歩けるのがいい。
後期も楽しみ。

新装・山種美術館の速水御舟展 十月の日本画

山種美術館が恵比寿と言うか広尾に新装開店した。
20年ほど前、わたしが初めて行った山種美術館は茅場町の駅の真上の山種ビルディングの中にあった。
それから九段下の方へ移転し、とうとうここへ腰を落ち着けた。
既に行かれた方々の記事が先達となり、なんとか迷わずにたどりつけた。
ただし渋谷橋の螺旋階段でわたしは方向感覚が狂ったが。

山種美術館では新装開店の展覧会に速水御舟の作品を集めている。
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最初に山種コレクションを見たのは京都市美術館での山種名品展だった。
そのとき村上華岳「裸婦図」、竹内栖鳳「班猫」、速水御舟「炎舞」を見て、これらがわたしの中での「山種コレクション」の最高峰になった。
元々御舟「炎舞」を偏愛している。小学五年の教科書で見たときからずっとずっと。
初めて茅場町の山種に行ったときも、その「炎舞」は特別な位置に掛けられ、私を深く魅了した。
しかし山種の御舟作品群の中では「炎舞」は二番手あたりに置かれているようだった。
(たとえ今回のチラシ表を飾ろうとも)
「名樹散椿」
山種の中では、この一枚こそ人々に見せたい作品なのだった。

「名樹散椿」は北野天満宮の近くの地蔵院の五色椿をモティーフにした作品だと言う。
地蔵院のその椿は既に初代は死に、今は違う木が「名樹」として愛されている。
二年ほど前みたとき、「ああ絵とは巧いものだ」と思った。
絵の中の椿は永世の命を保っている。金塀の中で五色の花びらをふくよかに咲き乱れさせている。散った花もまた汚れもせず、美しいまま生きている。
実際の光景、それを見た眼で再び絵に対峙すると、如何にこの絵が良いものかがよくわかる。
一つ一つの花が生きている。絢爛たる命がそこにある。
木の胴体も力がある。この胴があるから花が無事に生きるのだ。
そしてこの構図を思う。
右に偏る重さ、左の空間の自由さ。
御舟の練られた美意識が屹立している。

「翆苔緑芝」  下絵も見た。本絵ばかりを見てきたからか、とても新鮮な感じがした。御舟の構想の変遷が見えもして、ひどく面白く思えた。
実は以前からこの黒猫が笑っているように思えてならない。
間近で猫の顔を見ると、別に笑ってなどいない。しかし離れるとやはりニヤリと笑っている。左隻の白いウサギたちは猫に噛まれる心配もないらしく、のほほんとくつろいでいる。
以前から思っていたことだが、この絵はなんとなくゴルフ場のように思えてならない。
むろんそんなことはないのだが、わたしは勝手にどこか南の国のゴルフ場の一隅だと思って、いつかそこへ行きたいものだ、とつぶやいている。

「錦木」  全く珍しい作品が出ていた。本当は対幅らしいが、この一枚がある。錦木の悲しい伝承を思う。青年は優しい目をしている。

「百舌巣」  二羽がそこにいる。鋭い目つきの雀のようだ。・・・実は春草の「武蔵野」の小禽が百舌鳥ではないか、と思い至ったのは、この絵を見たおかげなのだった。

「炎舞」  いい状況での展示をされていた。暗い場で眺めると、いよいよこの絵の真価が発揮されている。世に二枚とない、炎の美。

御舟の死は突発的なもので病死ではない。しかし時々「・・・これは夭折する」と感じるような作品がある。ここまで描いてしまっては、次の絵が描けないだろうと思う作品たち、そんな存在。
時折それらを見ることがある。

昭和五年の羅馬展では御舟もイタリアへ出て、そこから欧州各地を描いて歩く旅に出た。
そのときの御舟の作品は何もかもがほんわかムードがあって、機嫌よく見ていられる。
スケッチ一つにしてもどことなく日本画の頚木から逃れ、好きなように描いているように見え、それが楽しい。
欧州の旅は御舟の芸術世界に実りを齎し、ここに並ぶ関連作品にも豊かな味わいや、明るい近代性が活きている。

「埃及所見」  いい絵だと思う。ロバと人々。
「ベロナの街」 なんとなく現代風に見えるのは、安野光雅の旅の絵と共通するものを感じるからだろうか。

京劇をモティーフにした作品も色々あるが、彼も梅蘭芳に熱狂したクチだろうか。
前期はその麗姿はなく、可愛い孫悟空があった。

大正末の作品で二つばかりたいへん気になるものがある。
「供身図」と「朝鮮牛図」
前者は武人埴輪、後者は大きな目をした赤牛。
以前から見知っていたとはいえ、改めて眺めるとやっぱり気にかかる作品なのである。
なにがどう気になるのかと言えばやはり色彩だと思う。
どちらも塗り方も似た作品だった。

女性の群像図がある。大下絵まで。本絵があるのかどうかは知らない。
初めて見た。ああ初公開なのか。右二人目の女の手にカーネーションが握られているのが印象的だった。


新しい山種美術館は地下へ下って作品を見るということで、ある種の鬱屈を感じる人もあると思う。なんとなく冥府くだりということを思いもするし、展示構成も少し不思議なところがある。
第四章として花々の写生などが置かれた室は少し外れているのに、大画面の群像図を解説していた人が、既にそこを見たと言う設定で話されるので、ちょっと錯誤も起こる。
不思議な空間構造だと思う。
まだまだ慣れないので、少し時間を置いてから再訪しようと思う。

地図を見れば近所に國學院大があるようなので、そうすると渋谷郷土資料館・文学館も徒歩圏内になるかもしれない。

東方彩夢 森田りえ子展 ?十月の日本画??

日本橋三越で森田りえ子の日本画展が開催されていた。(10/26まで)
パリ三越からの凱旋展。「東方彩夢」と題された展覧会は、まさにその名の通り、美しい色彩の乱舞だった。

以前から思文閣で彼女の作品を見る機会があって、新作が楽しみな作家さんだと思っていた。(11/3の恒例の思文閣大文化祭では彼女の講演会が開催されるらしい)
今回は三越の特設会場で、大作もたくさん見せてもらい、うれしい気持ちになった。

まず何より花がいい。特に椿、梅、桃が最高だと思う。

「柊野五色椿」の金塀がすばらしい。金屏風いっぱいに五色椿が咲き乱れている。
丸くて愛らしい椿が自分の存在を強く訴えてくる。見て見て見て、わたしを見て、と。
椿を偏愛するわたしは嬉しがって一つ一つの丸い花を眺めて飽きない。
なんという愛らしさだろう、見ていて本当に嬉しくなる。

金閣の杉戸絵がここに来ていたので、それも楽しむ。
春夏秋冬の花の絵がある。しかしやっぱり見ていてときめくのは椿に梅なのだ。
秋の菊はちょっと興味が湧かない。
わたしにとって「森田りえこ=春花の人」なのだろう。

バリの女性をモティーフにした美人画、現代の少女たちを描いた「KAWAII」シリーズなども面白い。決して奇異に描くのではなく、逆に時代に迎合するのでもなく、彼女自身が「いい」と思った娘たちを優しいまなざしで描いている。
描かれた少女たちを前にして、ちょっとねたんでしまうくらい、本当に「KAWAI」く描かれていて、楽しいシリーズだった。

森田りえ子のオフィシャルサイトはこちら
この展覧会は今から全国巡回する。
そして11月には京都高島屋の美術画廊で「森田りえ子・小杉小二郎 二人展」が開催されるのでとても楽しみになっている。
わたしは小杉氏のファンでもあるのだ。

京劇の花 梅蘭芳

後楽園の端に日中友好会館があった。
わたしはそこへ梅蘭芳の展覧会を見に行った。
10/26までの開催「京劇の花 梅蘭芳 美しき伝説のスター、華やかな軌跡」展を。

随分以前からわたしは梅蘭芳のことを知っていた。
京劇を見たこともない時代から「めい・らんふぁん」の名を知り、その美麗な姿を見ていた。
無論わたしが見たのは雑誌か何かの写真からのもので、本物を見ることはついに叶わなかった。
それも一体いつ頃から梅蘭芳を知っていたか、ちょっと思い出せない昔だから、もしかするとまだ十代に入る前か入ってすぐ頃かもしれない。
子供の頃、信じられないほど多くの本を読んだ。勉強する間を惜しんで本を読みふけった。
その中で見たものかもしれないし、そうでないのかもしれない。
小さい頃わたしは京劇を基にした東映動画の一代傑作「白蛇傳」を熱愛した。
それについてはここに詳しく書いている。
その内容を調べる過程で梅蘭芳を知ったのだとしたら、やはりごく小さい頃からうるわしいものが好きで仕方なかった、という証左になる。

わたしの持つ資料の中での梅蘭芳は大人の風格を具えた、円満具足な風貌の人だった。
今回二十歳前の世にも美しい少年の姿を見ることがかない、本当に嬉しい。

おお あなた故に、梅蘭芳
あなたの美しき楊貴妃ゆゑに、梅蘭芳
愛に焦がれた女ごころが
この不思議な芳しい酒となり、
世界を浸して流れます           与謝野晶子「梅蘭芳に贈る歌」より

歌人・与謝野晶子による賛歌・頌歌がここにある。
ほかにも鏑木清方の描いた「天女の舞」を見ているが、なんとも美しい姿だった。
むろん外観だけの美を以って論ずる、ということは出来ない。
役者として世にかれを凌ぐ者が生まれえぬほどの力を持っていた、それが見事なのだ。

今回の展示では、梅蘭芳の数多の舞台写真や資料などが多く並べられており、眺め歩くのが惜しいくらいな心持がした。
眺めることは嬉しいが、進めば終わりが近づいてくる。
そのことを惜しんで、わたしの歩みは遅くなる。

それにしても何と言う美貌か。化粧をした美しさもさることながら、素顔に近い写真を見ると、その愛らしさに蕩けそうになる。

太真外伝、牡丹亭、天女散花、貴妃酔酒、覇王別姫、黛玉葬花、木蘭従軍・・・
何もかも、どれも全てにときめいて苦しいくらいだった。

衣裳がそこに飾られていた。貴妃酔酒、覇王別姫のものである。
それぞれの特徴・違いを眺めながら、かつてこの衣裳をまとって、金属性の響きを持った声で歌う美しい人を、幻視する。
特徴のあるリズム、昆曲の流れが耳に入る。

会場では「貴妃酔酒」のDVDが流されていた。


なんとも美しい姿だった。声もまた天上の声である。
深いときめきと揺らぎを心に受けて、展覧会を後にした。


小林清親と土屋光逸展

礫川浮世絵美術館では今日まで、土井コレクションによる「小林清親と土屋光逸」展が開催されていた。
もっと早く記事を挙げたかったが、珍しく体調を崩していたので、手遅れになった。
わたしが出かけた日、土井さんがおられた。とらさんやはろるどさんが既に親しくお話を伺っていて、わたしもその余波をうけて、楽しい時間をすごさせていただいた。

光逸は清親の最後の弟子で、大正の新版画運動には遅れたものの、昭和初期にはステキな作品を送り出している。
代表作「東京風景」シリーズについて書く。
構図、赤色の使い方、青色の味わいなどは、師匠よりもむしろ川瀬巴水に通じるものがあるが、それはあくまでも「同時代」という背景が活きているからに過ぎない。
光逸には光逸の個性がある。
そこを見つけ出すことがなんとも楽しかった。

日比谷の月  雪の日比谷公園の池を描いている。月も雪も等しい白で表現されている。雪は既に降り止み、月の光は皓々と地を照らし出す。鶴を模した噴水は寒さに凍ることなく、静かな水を吐き出し続ける。それもまた月光に照らし出されて、針のようなきらめきを見せる。
どことなくロマン派風な表現も見受けられるのは、雪の表情かも知れない。

弁慶橋  青い夜は水面もまた青暗く映す。欄干が通る先に灯りがともる。春の夜、櫻は満開の季を迎えている。
しかしここには酔客はなく、そぞろ歩く人の姿もない。灯りは間違いなく昭和のものだが、その風景は江戸の夜のものに見えた。
櫻も松も堀の水も、六十年前の夜を忘れはしていないだろう。

高輪泉岳寺  雨の夜、暗い境内に本堂の灯りがひろがる。ほっと安堵できるのは、今そこへ小僧さんのような小さな丸い影が中に声をかけ、上がりこもうとしているからだ。
そしてその向こうには、母子連れが提灯を手にして歩いてくる。二人も本堂へ行くのだろう。

これらの作品を眺めるうちに気づいたことがある。光逸の作品は「東京風景」ではあるが、江戸の匂いがひどく濃い風景なのだった。
このシリーズは昭和八年ごろを中心としたものだが、どことなく江戸の空気が活きているように感じられた。
それこそが小林清親の名残なのかもしれない。

隅田川水神の森  雪が降り続く夜、大きな木の前へ来た女がある。向こうには大川を渡る帆船がみえる。そしてそのもっと向こうにはビルディングの影がある。
しかし女の佇まいは江戸のものである。明治の女でも昭和の女でもない、江戸の名残を知る女、そんな女がそこにいる。

柳橋  その地名を聞けば山本周五郎の小説を思い出す。しかし今の地にはその名残はどこにもなく、地名ですらも活きているのかどうか。
ただ光逸の「柳橋」には嬌声がある、花街の楽しさがある。ぐるりを走る小舟にも、三味の音色が届いている。この小舟はそんな楽しい昔を全て乗せて、河口へ下ってゆくのかもしれない。この舟が戻ることはないのを、ただただみつめている。

根津神社  またここも境内にやさしい灯りがある。その灯りの温かさに励まされて雪の道を行く。ぼうっとした灯り、それがどんなに優しいものかをこの一枚で深く知る。
清親の教えが活きている、そんな風にわたしは感じた。

銀座の雨  これまでの江戸情緒の漂う作品とは趣を異にし、こちらは昭和八年の秋雨の夜の銀座が描かれている。服部時計店の時計は10:20を示している。ガス灯もネオンも静かに夜を彩っている。銀座名物の柳も雨を深く含んで、重い色を見せている。
その下を行くモガは服についたハネを気にしているのかもしれない。
市電の線路が光り、停められている黒い車がなんともおしゃれだった。

ところで’97?’08の12年間に亙って千葉市美術館などで開催され続けたシリーズ「日本の版画」展の第四章「1931?1940」(’04開催)には光逸の作品が二つばかり出ていた。
「銀座の雨」と「品川沖」である。
先般がすミュージアムで回顧展があったばかりのノエル・ヌエットの東京風景と共に並んでいる。 

会場では他に「牛込神楽坂」が目に付いた。大きな提灯に「藤井」とある版と「土井」とある版で、そのことを土井さんから楽しく伺った。
わたしは神楽坂が好きなので、今度この描かれた地に絵の名残を求めて、フラフラとハイカイしようと思う。

清親の「提灯と猫」も見れて、機嫌よく礫川を後にした。

夢と追憶の江戸 高橋コレクションの浮世絵・中期

三井記念美術館で高橋コレクションの浮世絵展の中期を見に出かけた。
今回もいいものをたくさん見た。
多すぎると疲れるし少ないと物足りないが、この量は私には丁度いい。

菱川師宣 低唱の後  前期に出た「衝立のかげ」の続きが見られるとは。
こちらも手彩色。三味線が放り出されている。見つめあう二人。タイトルがいい。
ふたりの体温までこちらに伝わるようだ。

鈴木春信 風俗四季哥仙 卯月  虚無僧姿の男、川のせせらぎ、ホトトギス、みつめる女たち・・・中上健次の「路地」世界では虚無僧姿に身をやつして遊ぶ男が現われる。
「歌舞音曲に現を抜かし、女を腰で落とし・・・」(「奇蹟」より)
なんとなくこの若者も本職ではなく、やつしているだけに見える。
そのように見ると、女たちの視線の意味も変わってくる。

春信 子供の相撲  「とったり」で勝ったか、正面向きの踏ん張りが元気よくていい。
「小さい大人」ではなく、子供は子供として描かれているのは、浮世絵の財産の一つだと思う。

鳥居清長 隅田川渡し舟  ユリカモメと書くか都鳥と書くか。鳥たちが白い顔で泳ぐ隅田川。猿回しもいれば侍も乗り、若い娘らもいる渡し舟。のんびりした風を感じる。

喜多川歌麿 青楼十二時 卯の刻  客の羽織裏には渋いツラツキの達磨さんが描かれている。それを着せ掛けてやろうとしているらしい。女の履物がなんとなく面白い。あんな位置で止めているのか。部屋履きだからか。

歌川広重 東海道五十三次 箱根 湖水図  鮮やかな色!なんだかおいしそうに見える。お茶漬けを思い出すからか、それとも打吹団子と同色だからか。それにしても鮮やかな色が出ている。

写楽の雲母摺りのいいのを前回見たが、今回は少し雲母に傷が入っているが、やはりよく残っている。
二世小佐川常世  こういう出来のよいのを保存しているのは、本当にえらいものだ。

鳥居清信 市川団十良  赤っツラの二代目を描く。カラス天狗を捕まえて放り投げんとする強力ぶり。こういうのを見ると南原幹夫「修羅の絵師」を思う。

今回は八百屋お七を描いたものがいくつも出ていた。
特によかったものをあげる。

北尾重政 八百屋お七・瀬川菊之丞/小姓吉三郎 市川八百蔵  線対称の構図で二人が手を握る。構図的に面白い一枚。役者絵としてより、全体として楽しめる。

一筆斎文調 二世市川高麗蔵の曾我の家臣鬼王新左衛門  「貧よりつらいものはなし」の鬼王か。袖が破れて貧しさを示している。「曾我モヨウ愛護若松」の芝居よりということだが、ここでの鬼王は打擲される。
・・・タイトルに愛護と若という文字が入り、打擲されるという行為があれば、説経節「愛護の若」をどうしても思い出す。もしかすると二重イメージかもしれない。

勝川春章 九世市村羽左衛門のからかさうり六郎兵衛・三世瀬川菊之丞の傾城小野照屋のたかむら・二世市川八百蔵の四位の中将  傘売り実ハ大伴黒主で、この二人の恋を取り持つ役目。閉じた傘柄の着物と言うのが粋だ。

歌川国貞 滝夜叉姫 梅花 尾上菊次郎  背中越しの凄艶な女の顔にゾクッとする。
滝夜叉姫はわたしのアイドルの一人だが、国貞ゑがく滝夜叉には凄艶さと同時にはかなさを感じもする。

歌川国芳 宇治川合戦図  川を行く人馬。こんな構図はやっぱり国芳しか描けない。黒青い波の描写といい、馬や武士や口取りそれぞれの表情がいい。

葛飾北斎 狂歌入東海道 白須賀  職人さん、柏餅こしらえている・・・

今回もまた富嶽三十六景、東海道五十三次のいいのがたくさん出ていた。見知ったなじみの作品でも、発色のよしあしで全然印象が違うので、面白く眺めた。
旅ごころが誘われる風俗・風景画というのは本当に良いものだ。

広重 木曾街道六十九次 望月  ああ松並木。遠近法が豊か。なんだか木曾街道と言うよりアッピナ街道のようだ、レスピーギ「ローマの松」が頭の中に流れ出してきた。

広重 富士川上流の雪景  縦に三枚続き。雪が綺麗、青のグラデーションがいい。白と灰色の合わせ方が絶妙。これは本当にいい摺りだと思う。

広重 撫子に蝸牛  和製ロールケーキ、と思った。

歌川豊国 三囲社頭の中村芝翫と芸妓  デートとかそういうんではなく、バッタリ会った場、という一枚。なた豆キセルの芝翫と、石段を降りてくる二人の芸妓と。まぁマレにこういうこともあるさ、という状況。

前回芳年の肉筆で景清を見たが、今回は梅若丸だった。
芳年は浮世絵でも梅若丸を描いているが、この肉筆での梅若も憐れさの濃い風情がある。
桃色の袖を引く見るからに悪人ヅラの信夫の藤太はにやにや笑っている。
稚児輪の梅若はイヤイヤをする。
句がある。「心無き 花盗人や 児さらふ」 少年はあっけなく死んでゆくのだ。

芳年 墨染桜  縦に月が。その中に墨染櫻の精が。しかし精と言うより霊のようである。
そっと美しい女。

浮世絵では他に月百姿などがあり、楽しく眺めた。
また小林清親も二枚ばかり出ていたので、こちらもよかった。色がとても綺麗。
年方もこうした機会でしか見れないので嬉しいが、それにしても本当に面白い。

後期もとても楽しみだ。11/1まで中期で、その後に後期。いい作品が揃っている。

皇室の名宝 1期展に行く 

今秋いちばんの期待度高の東博・御即位20年記念 特別展「皇室の名宝―日本美の華」1期 永徳、若冲から大観、松園まで に出かけた。
金曜の夕方に出かけたのがよかったか、混んでいても二度廻りし、間近でじっくり眺めることも出来た。
即位記念、ということでの皇室の名宝を拝観できたのは、これで三度目。
昭和61年の即位60年記念、それから10年前の10年記念、そして今回。
以前から見知っているものもあれば、本でしか知らず実物に会うのは初めてというものもあり、また全くの初見もある。
いつもながらの長々しい感想になるので、よろしく。

長い長いハイカイ 2009年10月の東京

さて今月も東京をハイカイしてきました。
例によって三日間ギチギチ予定の東奔西走ぶりです。
個別の詳細記事はいずれまたねちねち挙げてゆきます。

久世光彦展はやっぱり行って本当によかった。
あんまりTVドラマ見ない人だが、久世さんの演出した作品は近年必ず見逃さずに来た。
久世さんは多彩な人で、私は本当にこの人の好きなものの大半をわたしもどうしようもなく愛してきた。
久世さんの仕事は私の中では
エッセー>ドラマ>小説
この順位になると思う。

それにしても暑いやないか。芦花公園から日本橋へ向かう間、ずっと暑いなーと思っていたら、温度26℃になってるやんか。
夏やん、夏。
三井記念館の高橋コレクション第2期目を見学する。
あの「衝立のかげ」の続きがあった。手彩色というのは、意図的な演出を見せてくれるものだ。肉筆も芳年の梅若丸が哀れでいい。

隣の三越で日本画家・森田りえこさんの展覧会を見る。伝統的な花の様相と共に、現代の少女たちをも活写する。
京都ではしばしば見ていたが、これはパリ三越の凱旋展覧会というのがいい。

出光の芭蕉は評判がいいと言うことで、いそいそと出かけたが、芭蕉の直筆短冊などを見て、色々思いを馳せはしたが、なんとなく芥川の「枯野抄」を思い出したりするのは、わたしのいぢわるか?
むかし中村賀津雄(こんな字だったか?)と西山浩司の二人で「隠密奥の細道」というドラマをしてたな。
西山君が曾良だった。しかしこれを見たので、伊丹市立美術館の芭蕉展も見たくなってきた。あっちはオブジェとか色々あり。

さていよいよ東博へ向かうことになりました。
五時半に入ったが、多少いいタイミングだったと思う。
つまり主婦の方々はそろそろ帰宅しないといけないし、サラリーマンはまだ会社と言うので、微妙な空き加減があるのではと思ったのだ。
予測は外れず、混んではいるものの「小栗」だけでも二度間近でじろじろ眺めた。
永徳の獅子は以前京博でも見ているが、ヒ孫の仔獅子は初見なので嬉しい。この曾孫もジイチャン・バアチャン獅子が来て喜んでる感じ。
並河の七宝は優美で、波川の珍しい有線七宝はアーツ&クラフツぽい。見応えあるなぁ。
でもトリがニガテなわたしはそそくさと逃げたりもした・・・後期は11/13の夕方に行きます。
本館の常設も好きなものが幾つもあって喜んだが、さすがにタイムアウトで表慶館は後日。

二日目。九時前に明治神宮へ。参拝した帰りの人々を見かける。わたしはあんまり寺社関係と縁がないので、純粋に「えらいなー早よから」と感心した。
宝物展示室で菱田春草展前期を見る。これはやはりよかった。春草は猫嫌いというわりには猫の名作が多くて、宮沢賢治と共通する感覚があるかなと思ったり。
明治神宮駅についた途端、ポカをした。本当は乃木坂の国立新へハプスブルクを見に行くつもりが、何故か赤坂見附にいた。
改札出た途端「あ゛っ」・・・順番間違い。わたしはガチガチ予定なので狂いは困るのよ。
でもニューオータニで美人画と小袖を見たら機嫌よくなった。やっぱりこういうのがいいよなー。

また乃木坂は業腹なのでそのまま後楽園へ。礫川へ行くと、土井コレクションの土井さんがおられた。
「とらさんからうかがいました」と話しかけると大喜びされ、「先日ははろるどさんもおいでになりました」
それで私も名乗ればよかったかもしれないが、タイミングを逸してそのまま作品の話へ移った。
1時間もわけのわからんわたしのお相手をしてくださり、本当にありがたかった。
しかしここの受付さんは実はわたしの顔を見覚えておられるので、ちょっと恥ずかしいのだ。
わたしはこの礫川が開館した直後に、太田浮世絵記念美術館から勧められて出かけて、そのときに色々お話したので、なんとなく照れてしまう・・・

そこから後楽園の端にある日中友好会館へ向かう。ここは50年ほど前はレトロないい建物だったようで(藤子先生の「まんが道」にある)それを想像してたが、世の中そんな甘くはない。新しいいい建物だった。
ここで梅蘭芳の展覧会を見た。
わたしは小学生の頃から何故かメイランファンのファンで、きちんと発音できていた。
梅蘭芳の写真などを色々みてときめいてときめいて苦しいほどだった。
京劇が好きな方は絶対に行くべきでしょう!

竹橋へ。工芸館に着くと丁度「タッチ&トーク」タイムだったが、タッチにたどり着くまでにどれほど時間がかかるか予想がつかなくなってきたので、逃げた。勿体無いが、仕方ない。荒川豊蔵、楠部彌弌、塚本快示の名品があった。柴野夫妻による寄贈名品展。
特に塚本の青白磁の美にはいつもながらときめく。これなどは触れるのが恐ろしいくらいだ・・・

国立新へ向かう。予想より多い人出にヒルムが、それでももぐりこむ。中には「ははははは」な作品も色々あり、楽しかった。
恵比寿へ。山種の場所が良くわからないが、皆さんの記事を読んで陸橋を渡らなアカンというのを覚えていたから、迷わずにすんでよかった。
ところが上る螺旋階段で方向感覚が狂った。
頂上に立ち、四方を眺めて論理的に「ああ、あっちか」と気づく。
この先、この感覚がいつまでも続くのかもしれない。

山種美術館。茅場町の時代から数えて三代目か。
・・・「錦木」など珍しい作品もあった。
帰るときにmemeさんとバッタリ。
お互いにちょっと情報とか感想とか寄せ合って外へ出たら、雨。

しょぼくれ雨を渋谷へ。ブンカムラで姫路市立美術館のベルギー幻想絵画展を見る。
クノップフ、デルヴォーの名品を色々見て嬉しい。少し前にも姫路で見たが、やっぱり好きなものは何度見ても好きだ。
それと・・・極端なことを言えば、姫路に行くより渋谷の方が近いわたし・・・

それで行かいでいいのについついブックオフに出かけて、長らくウロウロした果てに、ホテルで髪も乾かさずに女子体操を見ていて、それで翌朝にはすっかりきっちりネツが出てますがな。

ハイカイで筋肉疲労してるところへ風邪で、この痛みはどれに由来するのか、このフラフラ感は色んなものを見すぎたせいか、何もかもわからなくなってしまった。
(結局このしんどい状態は現在も続いている)

最終日、つまり昨日の話。
風邪はキてるし、足首は痛んでるし(これは前々からだったが治療もせんと歩き続けたので、重症化しつつある)フラフラするし。

♪なのにあなたは京都へ行くの ♪それでも行くのかマリン √お留めくださるな、行かねばならぬ、行かねばならぬ
・・・わたしも古いなぁ。
世田谷美術館でオルセー展を見る。工芸品を集めたもので、とても楽しかった。
展示のコンセプトをこのようにしたのは正解だと思う。
ただもうちょっと演出したら、もっと良かったと思う。
工芸品は機嫌よく見て回れるので大好き。

行きはバスで帰りは歩き。ホント、わたし大丈夫なのか?
お昼を食べるのにも時間がかかった。
ところで思ったのだが、東急の発着駅+メトロ1日券は900円なので、これは世田谷美術館や五島、静嘉堂に行くときにはいいのではないか。
追い銭はしても。

神保町へ。明大へ行こうとして、一瞬どっち向いているのかわからなくなった途端、見知らぬ女の人が「どこへ行きたいの」と声を掛けてくださった。
明大です、と答えるとわかりやすく説明してくれはる。
神保町では立ちすくむと、必ずこうしてどなたかが私を救ってくれはるので、助かってます。
以前からシバシバそうなのだが、もしかすると、よっぽどわたしがナサケナイのかもしれない・・・

明大は何かお祭をしていた。皆さん明大カラー紫の半被を着ておられる。
紫の半被は天理教だと思っていたが、明大も紫カラーですもんな。
襟には言葉がある。「赤穂義士誰某」かと思ったら「前へ」
おおお!キタチューさんだっっっ!ちょっと嬉しくなる。
(明大ラグビー部の偉大なる監督の信念のお言葉)

建物の中に入ると、宇崎竜童氏がジャズバンド組んで演奏してはった。すごい大観衆。わたしもちょっとだけ聴いた。
それとどこかの教室では原田大二郎氏の朗読があったようだが、これは時間切れ。残念。
わたしは「水もれコースケ」以来の原田ファンです。(世代がわかるぜ)

大名のお引越し展を見る。転封や移封というのはよく聞くし映像や芝居でも見るが、事務処理については殆ど知らないので、たいへん勉強になった。
昔も今も事務方はたいへんですわ。
官僚を排するのでなく、官僚を配していい仕事をしてください・・・

ところでこの特別展は地下一階で、更なる地下には昔の明大博物館以来の「刑法」関係の展示がある。鉄のショジョとかテイソー帯とか見たよ。
なんでこういうものを集めているのかはよくわからないが、ウチの妹の中学のときの担任が「明大の拷問博物館に行きたい」と言うたのを聞いたことがある。それならここは地下二階ではなく奈落なのかもしれない・・・

御茶ノ水から上野への道は遠い遠い。いつもどないしよーと思うね。でもわたしの採るルートが多分いちばんマシ。
どなたかええルートがあれば教えてください。

チベット展。ここに来たときには体調も最悪最低。中に入るとこれまた大混雑で何がなんだかわからない。
政治的な発言はしたくないんで見たものの感想だけ書くと、「・・・スゴイなぁ」これでした。
で、私は仲良くしてる仏さんたちに隙間があるのかどうかを、じーっと見てしまったのでした。
十一面観音千手菩薩は南洋の植物のようだった。
それでわたしは「祝福王」を思い出しながら会場を歩いた。

京橋のブリヂストンに行く前に、しみじみと明治屋を眺める。いつ見ても素晴らしい建物。
なんとなくあの界隈だけNYのような気がする。
ブリヂストンでは「好きな作品を好きなだけ眺めて、心に刻んで黙って立ち去る」を旨としている。かつてまだペーペーだったわたしの絵画鑑賞修行の場は、このブリヂストンと茅場町時代の山種だった。

地上の新橋に出たとき、目の前にコンビニがあったのでドリンク剤を飲んだ。
ここまでして遊ばないかんのか、遊行。
汐留ではアーツ&クラフツのタイルを見た。お客はわたし一人だった。
緊張した。自意識過剰だから、すごく緊張するのだ。

ここで予定通りタイムアウト。16:18の快特羽田行きに乗る。
次の東京ハイカイは11/13-15。12月はまだ未定。来月は三渓園に行きたいと思っている。

幻の京焼 京都瓢池園

京都の泉屋博古館で見た「幻の京焼 京都瓢池園」展が10/24から東京の分館で開催される。これは見ごたえのある展覧会で、わたしなぞは嬉しがってジロジロ眺めぬいた。
「京都瓢池園は、日本の近代陶芸の大立者 河原徳立と実業家の廣瀬満正(住友家初代総理事 廣瀬宰平の長男)の尽力によって、明治40年から大正9年にかけて制作され流通したやきものです。河原徳立は、明治6年(1873 )東京深川で東京瓢池園を設立し、海外輸出用の絵付陶磁器で高い評価を得ましたが、明治33年(1900 )のパリ万国博覧会で日本陶磁器のデザインの立ち後れを痛切に感じ取り、心機一転その改良を目指して京都瓢池園(京都製陶所瓢池園)を設立しました。」
という背景があるのだが、今回初めてこれらを見ることが出来、深く満足した。

廣瀬宰平の建てた建物や、彼の関係した事業について、数年前その足跡を辿る旅をしたことがある。
この焼き物の所蔵先の大半は廣誠院という寺院なのだが、そこも五年前にか、見学した。
ただしそのときは建物しか見なかったので、こんな焼き物があることも知らなかった。

追記:2016.5.7
この展覧会のチラシではないが、廣瀬歴史記念館でのチラシを入手したので、その画像を挙げる。

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色絵山鳩文花瓶 京都瓢池園 廣誠院
色絵翡翠文花瓶 京都瓢池園 廣誠院
チラシの二点。対になっていてとても愛らしい。こういうのを愛蔵するのもいいものだろう。

爵形緑磁香炉 京都瓢池園 廣誠院
つまり昔の中国青銅器の模倣なのだが、それがとてもいい感じになっている。

染付梅花文珈琲器 京都瓢池園 廣誠院
色のきれいさは私の好み。柄はちょっとやかましいけれど、輪つなぎな梅がいい。

色絵風景文ビール呑 京都瓢池園 廣誠院
明治末からビールブームが来て、グラスでなく磁器で飲むのがかっこよかったらしい。
ちょっとレトロテイストなお店なら、むこれを使うのもよさそう。

染付動物絵角形向鉢 京都瓢池園 / 図案・浅井忠 廣誠院
色絵動物四方皿 四代清水六兵衛 / 図案・浅井忠 個人
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浅井忠だけでなく、京都の画学校の先生たちは生徒に京都恩賜動物園で写生することを強く勧めていたそうだ。
だからここにある動物文様はどれもこれもモダンで、そして可愛い。パターンはいろいろあるが、見込みにはライオンのぱっくり開いた口。
なかなか示唆に富んでいる。

信天翁大鉢(河原徳立旧蔵) ボーランジェ社(ショアジィ・ル・ロワ, フランス) 新居浜市広瀬歴史記念館
これは近くでまじまじと見ては全体像がつかめない代物で、離れて見たときにハッとなる。
巧い、非常に巧い造形。こういうセンスは明治以降のものだが、本当に面白い。

高瀬川舟曳図陶額 初代宮永東山 / 図案・浅井忠 個人
わたしはどうもこの図柄を見ると、森鴎外の小説を思い出して暗い気持ちになるので、ちょっとニガテ。

しかしそれにしても意外なくらい見ごたえのある焼き物ばかりだった。
期待してお出かけください。

北大路魯山人展

祇園の何必館では北大路魯山人展が開催されている。
没後50年の節目の年に当たるらしく、あちこちで開催されているが、ここのは所蔵コレクションで構成されている。
「本展覧会は、魯山人の出発点である京都の地で、当館コレクションの中から厳選した代表作約120点を、「陶」「書」「刻」「茶」「花」「食」「季」の七つのテーマに分け展観いたします。さらに、「使う」ことで一層の輝きを放つ魯山人作品の新たな美を引き出す展示演出によって、これまでにない画期的な展覧会になるでしょう。
初公開作品も含む、何必館コレクションを通して、魯山人の新たな魅力をご堪能ください。」
何必館じたいがステキな空間なのだが、そこに意図的に魯山人を配すると、「・・・こうなるのか」と感嘆の声がもれた。

秋らしい山づとが魯山人の器に盛られ、置かれ、配され、並べ、られている。
「用の美」ということを思う。
用の美は、使われることで証明される。
目の前で実際に酸漿などが織部皿に載せられているのを見ると、美の相乗効果という功徳を味わえる。
既に何度か魯山人の器に盛り付けられたお料理の写真を見ている。
実物は時間の経過で崩れるが、写真は永遠の瞬間を閉じ込める。
しかし、それは二次元的な美として存在し、本来の三次元的存在たる器の美を、芯から堪能することが出来ない。
それを遺憾に思っていた。

しかし今ここで、魯山人の器に山づとが、秋の植物が、載せられている。
たちまちのうちに強い存在感が押し寄せてくる。
二次元の美から三次元の美へ。
そして今度は「触れることが出来ないのが残念だ・・・ 」と欲望がエスカレートしてゆく。

魯山人の器で最も好きなものは、わたしの場合「つばき鉢」である。
これはサイズも色々拵えられ、大きいものは驚くほどの大きさを持っていたし、小さなものと言っても、それも決して小ぶりではない。
椿の風格が生きるような造りになっている。
椿ファンとしては、それがたまらなく嬉しい。

空襲で失われた星岡茶寮大阪店は、わたしの近所にあったそうだ。
母などは子供の頃に焼け残った枝折戸で遊んだことをはっきり覚えている、と言う。
その跡地は大型店舗が建っているので、発掘作業は不可能だが、もし掘ってみると、魯山人の器がザクザク現われ・・・れば、さぞや楽しいだろう。

この展覧会は11/29まで。青不動の青蓮院にも遠くはなく、紅葉の季節は大混雑だろうが、その頃まで楽しめる展覧会なのだった。

京都で琳派の美をめでる

展覧会の情報入手の一つに、チラシがある。
これまでたった一枚のチラシ、ポスターで、無理に無理を重ねて出かけさせられたことが何度あることか。
しかしこれまでの20年、ただの一度として、期待を裏切られたことは、ない。
その誘惑には本物の力がある。だからこそ、わたしを魅了する。

京都市東山区吉田神楽岡のあたりに黎明教会という宗教施設があり、そこの資料研修館と言う美術館が「開館5年記念リクエスト展」を開催している。
バスは銀閣寺道で降り、神楽岡通りを下がればいい。道なりに歩いて左手に大文字が見えたなら、到着する。

ここはMOA美術館を開いた岡田茂吉の教えをうけた方が開いた教会だという事だが、やはりそれだけに見事な作品が集められていた。
作品説明もしてくださり、機嫌よく見て回れたことが嬉しい。
琳派作品がメインで、他に仏教工芸の名品と、仏像の拓本が少しあった。
作品の画像はこちらのサイトで大半が見れるので、それがまた嬉しい。

琳派の華やぎを楽しんだ。

光琳のカキツバタ図屏風、といえばあの絢爛たる様相がすぐに思い浮かぶけれど、ここにあるのはその前代に描かれた、小さいカキツバタたちだった。
これはこれで随分可愛らしいもので、落ち着いたいい作品だった。
その左隻は秋と言うことで桔梗図屏風。こちらもカキツバタ同様白と藍色の花々だが、☆型の花が風に揺らいでいるようで、色がところどころ紫にも見えた。
どちらかといえば私はこの桔梗図の方が好ましい。

鹿蒔絵小箱  飴色の空間、金色の地、銀の鹿。色はそのように三色。光琳の鹿は角が生えた立派な大人でも、可愛いバンビに見える。
これも東博のミュゼショップでお菓子箱になれば楽しいかもしれない。

乾山 色絵蔦図香合  これは他でも見ているが、とても愛らしい逸品。
乾山は秋文様の方がいいものが多いように思う。

宗達作・源氏物語「若菜」を見たが、宗達と言うより又兵衛ぽいキャラ造りに絢爛豪華な色調だと思う。紅梅や雲などは宗達ぽいが、几帳や内掛けの柄などがどうも・・・
シロウトの独り言です。でも本当に豪華で綺麗・・・

蓮花図  こちらは宗達のパブリック・イメージそのままの絵。墨絵淡彩。白い蓮と鷺の白さが目に残る。

光琳の墨絵の白梅図がたいへんよかった。これは売店でものれんとして販売されていた。
のれん、というのはとてもいい発想だと思う。そんな白梅。

びっくりしたのは、明治から戦前までに拵えられたと思う拓本類。
東大寺音声菩薩像・薬師寺聖観音前部・聖観音横顔部・法隆寺百済観音装飾
全体ではなく、一部分ずつの拓本だが、なんとも美麗なのだった。
あまりに美麗なので、琳派の美が飛んでしまうくらいだった。
現在ではこんな拓本を作ることなど、許されるとは思えない。
それにしても何故こんなにも異常に美しいのか・・・・・・・・
こればかりは画像もないので、自分の目で見るしかない。見れて本当によかった。

10/18まで。京都に行かれる方にはおススメ。

資生堂アートハウスでの小村雪岱展

掛川の資生堂アートハウスで12/20まで小村雪岱展が開催されている。
その初日に出かけた。
雪岱は近年少しずつ展覧会も増え、作品も見る機会がましたので、とても嬉しい。
今年の二月には川越市立美術館でも展覧会があり、冬には埼玉近代美術館でも開催予定があるそうだ。

雪岱は川越の出で、その後に彼自身の随筆のタイトルともなった「日本橋檜物町」に住まった。そして泉鏡花らと終生仲良く付き合い、そのうつくしい世界がいよいよ深まっていった。
雪岱と資生堂の関係とは「雪岱が資生堂に勤務していた」ということだが、今回の展覧会で、資生堂側から雪岱を招聘した、と言うことを知った。
写真家でもある当時の社長・福原信三が、雪岱の和の美を資生堂に取り込みたかったようで、和風な商品類には、雪岱のデザイン感覚が生かされたようだ。
資生堂のロゴおよび、資生堂独自の字体。あれもまた雪岱の意匠によるものだと知り、改めて雪岱のうつくしい感覚を思い知らされた。

展示作品は挿絵と本の装丁と、資生堂でのデザイン関係の仕事などがメインだった。
挿絵は主に邦枝完二と組んだものが有名で(「お傳地獄」「おせん」など)、装丁は鏡花の著作の大半と、鏑木清方の随筆集などである。

それらが整然と立ち並ぶガラスケースの群の中に、少しずつ少しずつ並べられている。壁には口絵や版画、うちわ絵の原画など。そして別な円状の展示室には、挿絵原画が連ねられている。
また、少し行くと、芝居や映画の舞台装置の設計図があり、それらを見て歩くだけで、深いときめきに包まれる。

「お傳地獄」の版画を見る。
お傳が背に刺青を入れさせるシーン。お傳の目は開いている。口元は腕で隠れて見えない。
目からは彼女の想いは読み取れない。異常に美しい作品だと、いつも思う。

「おせん」の新発見原画などを見ると、新聞掲載時とはまた少し異なる構図だったりすることを知ったり、「昭和の春信」と謳われはしていても、湯上りの女のからだなどを見ると、これはむしろ春信より清長の裸婦に似ている、と感じたりした。

鏡花の本の装丁も数多くあるが、最上は「日本橋」、「雨談集」だと思う。
どちらも和の粋を極めてい、深く心に残る。

見慣れた作品も多く、それは飽きたという感じよりも、「ああ、逢えた」という想いが湧く。
とても嬉しい展覧会なのだ。
保存状態もよく、とても美麗な状態で飾られている、そのこと自体にも喜びがこぼれる。

資生堂、ありがとう。近ければまた通いたい、と思う素晴らしい展覧会だった。

ロダン体操と資生堂アートハウス

先週静岡で見たものは狩野派だけではない。なかなか記事に出来ないのは私の怠慢。
静岡県立美術館といえば「ロダン体操」だと聞いたことがある。
他府県民にはわからん話だ。
以前ネパールで「ナマステ体操」というのがあり、それが日本のラジオ体操並みに普及している、と言うのを聞いたことがある。
まず冒頭に「ナマステーーーーッ」と礼の手を取る。(ナマステとはコンニチハやありがとうの意)そして滑らかに動き出すのだが、あんな感じだろうか。

狩野派を見てから所蔵の洋画による風景画を見るが、こちらはさほどわたし好みのものもなく、スイスイと進んでしまった。
(シャイム・スーティンの「カーニュ風景」は茄子カレーのように見え、ミロの「シウラナの教会」はメキシコ絵画のようだったか)
そして通路を抜けると、楕円形の天井空間が目に入る。
これは有楽町国際フォーラムにも似た構造。
目が下へ移ると、そこかしこにロダンの彫刻群が鎮座ましましている。
見学者はその空間を自在に歩く。
巨大な楕円空間。その下、思い思いの場に、佇む・あるいは座す・または身を広げる青銅の肉体がある。
眺め歩くうちに奇妙な錯覚が生まれてきた。不思議な既視感。しかも実感を伴わない感覚なので、これはどこかで見たことのある光景なのだと気づいた。
「去年、マリエンバートで」
アラン・レネの作品。数人の男女の、交差しても接触することのない意識と記憶。
あの映画をわたしは思い出していたのだった。

その空間から少し離れたところにロダン体操の映像が流れるコーナーがあった。
歌はしずおか賛歌『富士よ夢よ友よ』というオリジナルがあり、それにあわせてロダンの彫刻のポーズを取るのだった。
ところでこういうタイトルを見ると必ず♪風よ光よ正義の祈り?と歌いだしたくなるのは、世代のせいかもしれない。別に♪海よ宇宙よ神よ命よ?でもいいのだが。
ロダンは元々ニジンスキーの踊った「牧神の午後」を大絶賛した人なのだから、そういう目で見ればこの「ロダン体操」はとてもぴったりな気もしてくる。

バスと電車を乗り継ぎ、掛川からはタクシーに乗って資生堂アートハウスについた。
小村雪岱の展覧会初日。そちらはまた別な記事にして、今日は資生堂の資料について。
二年前の秋、世田谷で「福原信三と美術と資生堂」という展覧会があった。
わたしはその展覧会にひどく魅せられて、しばらくは熱狂していた。
この資生堂アートハウスの企業資料室では、そのときの展覧会の資生堂の化粧品部門の大半が展示されていた。
香水壜と、そのテスター。山口小夜子の妖艶なまなざし、椿の変遷、ロゴの確立までの歴史・・・ひどく面白かった。
資生堂は近代日本の化粧法を普及させ、進化し続けている。
私は二年前のあの素晴らしい展覧会を思い出しながら、あちこちを眺めて回った。

小村雪岱を目当てに出かけたが、他もまた随分楽しめる造りだった。
なお、ここは駅からはタクシーしかなく700円台で、帰りは呼び出し賃含めて800円台くらい。ただしアートハウスも企業資料室も無料なのだった。

青蓮院界隈を歩く

平日の午後に青蓮院へ行った。その真向かいにあるパビリオン・コート(山中商会の迎賓館)を見学する前に出かけたのだ。
千葉からの観光バスが立往生していた。ガス欠らしいが、何かが漏れ出していて、警察が色々後始末していた。あの狭い道でそんな騒ぎをしていたのに、青蓮院へ入ると、喧騒はなくなった。
静謐、と言うものではなく、適度なざわめきがある。
とんびが低空飛行している。庭園の松に止まったり飛んだり。

青不動を初公開と言う。受付でリーフレットのほかにお不動様へお願いする用紙をいただく。青蓮院はまだ秋色に染められる前の姿を見せる。歩くと青々した楓の木陰に自分が染まる。
お前立ち不動像を見る。秘仏は絵の方で、こちらは彫刻。イメージ的に像が秘仏で絵がその二次的なものかと思うが、逆。三井寺の黄不動もそうだから、もしかすると、不動は絵の方が位上という取り決めがあるのかもしれない。(さーて・・・)

追記:2014.10.01 久しぶりの御開帳。そのチラシです。
イメージ (10)

「関西では寺が生きている」というセリフは岡野玲子の「ファンシィ・ダンス」にあった。
僧侶修行中の青年たちが関西へ来て実感をこめて言うセリフ。
実際、他の地域の寺社めぐりを殆どしないのでよく知らないが、関西では確かに寺社はナマナマしく生きている。

今回の青不動は、あくまでも拝観という形を取っている。
つまり美術館で仏画を眺めるあの感覚ではなく、ちゃんと本堂で拝んで、薄暗い壇上の奥を拝見する、そんな形式。
だから誰も近寄ってマジマジと凝視するということはしない。単眼鏡も持たない。
信仰心からの拝観というかたちがそこにある。
(その意味では、物足りなさを感じる「観客」はいるだろう。しかしここはあくまでも生きた寺での拝観なのだった)
千円を高いと取るかどうか、そこの分かれ目がある。

襖絵が面白い。近年製作された襖絵は明るいシンプルさと大胆さで、楽しい気分にしてくれる。作家の名を見たが知らない人だった。

杉戸の絵もいい。古い旅館も寺も迷路のような構造を見せて、少し曲がれば、さっき間近で見た杉戸の裏面が見えたり、更に曲がると見たかった庭木が見えたりする。
どこをどう歩いたかわからなくなったところで、順路の看板が現われて、その先へ進むと庭園入り口になる。
丘を登る。山と左京区とが見える。同行の人は生まれる前から左京区にいたのに、この景色は案外新しいと言った。
そうか、地を行くものと丘から見下ろす客とは、見る先が違うのだ。
たまにこんな眺めもいいが、わたしも地へ降りたい。

お不動様へのお願いは、案外思いつかなかった。
望みがないということもないけれど、始終願っているわけでもないらしい。
それで自分と周囲の健康をお願いした。
納めるとき、隣の札が見えた。災厄避けを書いていた。
ここへ来る人は大方がそんなものかもしれない。

向かいの山中商会の迎賓館は現在はパビリオン・コートという結婚式場になり、左端ではカフェを営業している。
この山中商会は戦前では日本有数の古美術商であり、英国王室御用達でもあった。
インテリアとして飾られている箪笥や屏風などは中国製で、いい細工のものが多い。
奥へ進むと、今では式会場の広間があり、そこのカーテンボックス、雷文、卍崩し手すり、柱頭の伝馬と鳳凰の浮き彫りなど、見るものが多かった。
二階へのアプローチもいい。階段親柱には金ぴかの唐獅子が口をあけている。
そして壁には一定間隔を置いて、ボタニカルアートの絵が飾り付けられている。階下は椿、二階は蘭など。

地下はバーになっていて、こちらはどことなく客船のバーを思わせた。
そこから外へ出ると、従業員寮があるが、窓と言う窓全てが愛らしいステンドグラスで飾られていた。
これを女性向けの店に使えば、さぞや・・・と思ったが、予定はないらしい。勿体無い。
撮影のために入らせてもらったが、素晴らしい建物と装飾だった。

青蓮院界隈をこうして十分に楽しませてもらい、満足した。

今日の遊行

昨日は「京の遊行」だったが、今日は奈良と天王寺を遊行した。(オオゲサな)
湯木美術館-大阪市立美術館-奈良県立美術館の予定だったが、朝刊に四天王寺境内で古書市がある、というのを読んで気が変わった。それに親が「梅ようぎ茶」を買うて来いと言う。
出遅れたのもあって、湯木はパスし、天王寺へ向かうはずが、これまたいきなり気が変わって、先に奈良へ向かった。
首都圏ハイカイの際には、まずこういう気まぐれはない。99%ガチガチで動くから、予定が少しでも狂うと、機嫌が悪くなるのだ。
でも地元だと間々こういうことがある。ナメてまうのか、ついつい。

近鉄で延々と寝る。気づけば奈良。バス停の出口へあがったら、大渋滞してるし、バスは目の前で発車するし、ミスドがいつの間にか撤退してるし、という状況。
歩くで、わたしは。
基本的にバスに乗り損ねたりすると、京都や博多でなら待つが(すぐに来るから)、大阪と奈良では待たずに、歩くことにしている。長距離ならともかく5kmくらいなら徒歩圏内なので構わないし、なにより腹が立っているので、歩く速度がいつもより更に早くなる。
それでバスを追い越して奈良県立美術館へ到着。大渋滞だから乗らずにすんでよかったのかもしれない。

奈良県美は昔々から浮世絵の名品をぞろぞろ所蔵している。
吉川観方コレクションもあるだろうが、それにしてもさらりと名品を展示する。
明日までは「浮世絵風景版画」展が開催されていて、その後は「神話」展。こっちには今大阪市立美術館で展示中の山本芳翆「浦島図」も出る。前後期ともに絶対に見逃せない展覧会。

北斎、広重らの作品がメイン。しかし最初に現われるのは、肉筆屏風絵。
東海道往来図屏風 室町末-桃山  左端に富士山。破れ傘を飛ばす人(破れ傘と書いた途端、「てめぇら人間じゃねぇっ!叩っ斬ってやるっ」の名セリフが甦る)、パラソルのような大傘を持つ二人組(説経語りかもしれない)、座頭、山伏ら「歩く」人々が描かれ、右端には滝が見えて、そこには鷺か鶴かが舞い舞いしていた。
こういうのを見ると、まだまだ中世の名残を感じるのだ。

浮絵も色々出ていた。遠近法というか目の錯覚を利用する構図は面白い。
「かるた遊び」などは春信風にも見えた。ずーんっと奥まで座敷が続いていて、手前の座敷で六人が遊んでいる。あとすぐ向こうで茶運びの女がいるが、あとは人の気配もない。
こういう情景は芝居の書割にも似ている。

歌麿 隅田川舟遊  投網する船頭がみんなイケメンで、舟客が女ばかりなのは、これはサービスなのか。ちょっと面白かった。

北斎 化物屋敷百物語の図  屋根の上にはろくろっ首と白狐が並んで座っているのが可愛い。どうもやっぱり季節に関係なく、オバケを見ると機嫌がよくなるものだ。

広重「名所江戸百景」を60枚余ばかり見た。発色もいいので楽しい。
ここらは理屈抜きで楽しめるからいいものだ。そして自分の嗜好がどういう方向なのかも、これで大体わかってくる。

見てからランチにしようと東向商店街へ。本当は餅井殿まで出ようかと思っていたが、朝からオムライスが食べたかったので、入ってすぐ左手のカフェレストランへ入ったら、丁度レディスセットがおとくだった。デミグラソースのかかったオムライスに、サラダにソフトクリームがついていたが、量が多すぎてメマイがした。
近くの席の人々の話が聞こえてくる。
「ここはすごく量が多いから、ナカマで食べるねん(分け合って一緒に食べるの意)」「フツーのも二人前くらいやけど、セットもんのシングルサイズも大きいで」・・・ホンマや。
わたしは根性ナシなことに、ソフトクリームを完食できないヒトなのだが、隣の女のヒトがスプーンで食べているのを見て、そう量も多くはないかと抹茶味を頼んだのだが、これが山になってるやないか。ちょっと泣きたくなったが、義務は果たした。みな味はいい。
若いカップルやオバサマ方が多いのも納得。最近あんまり食べれないので、苦しかった。

天王寺へ向かう。「道教の美術」後期を見る。
色々展示換えがあり、これがやっぱり非常に面白い。お客さんもなかなか多かった。
それにしても皆さん熱心に拓本や書を読んではる。わたしはあんまり読まんなぁ。反省。
感想がまた面白い。
騒ぐのは困るが、大阪人の感想と言うのは非常に面白いので、ダンボしながら歩く。
また、全然知らないヒトにもいきなり同意を求められる。
あるご夫婦の感想がおもしろかった。
「イゃ、見てみ。アタマぱっくり裂けて包丁突き立てたまま喋ってはるよ」
「こっちも首ないのになんか訴えてるで。通じるんかな?」
十王図の閻魔様の絵を見ながらの会話。
それを聞きながらわたしはじーっと地獄の拷問図を見ていた。どう見てもSMだとか思いながら。

それにしても老子の乗る牛はどいつもこいつも目が可愛い。あと蝦蟇仙人のガマがブサカワ。ちょっと撫でたくなった。

朝鮮時代の群仙図で、石を羊に(可逆OK)する黄初平の図がいい。石から羊へ変身したところが巧い。可愛い羊たち。ちょっと朝鮮民画風。

機嫌よく見てから天王寺駅へ向かう。商店街を歩く。Hのおかきステーションがあった。無料になったからといって、そこでくつろぐことはちょっとわたしはムリ。
以前は遣い物にその店の商品をあてていたが、もうこうなっては出来ない。
少し行くと、「こうはら養宜館」があった。いつも南船場店で買うが、今日はここ。女優の萬田久子さんがTVでここの愛用者だと言うてから、いよいよ人気になったらしい。
頼まれもののほかに何やら抹茶風味のお菓子があったので購入する。

谷町筋を行く。このパソはどうなっているのか「谷町」がこんな変換をする。谷間地。それにスジをつけるとこんな具合。谷間血筋・・・・・おい。タニマチの語源を知らんのか。
というわけで四天王寺へつく。大日本佛法最初の四天王寺。
ああ、夕日が四天王寺の塔の金ぴかを映えさせる。異常に美しい伽藍。
西門から夕日を眺める。日想観する。

境内に数十軒の古書店が出ていて、色々掘り出し物をみつけた。
‘80年代の「月刊太陽」のアールデコ建築、西洋館、’86年版「建築探偵術入門」(これらは今はなき名建築を活写していた)、ポール・ギャリコ「七つの人形の恋物語」(10年以上注文を迷っていたが、目の前にある以上、買わいでどうする)、久世光彦「昔、卓袱台があった頃」(久世さんのエッセー。この本は知らなかった)、海野十三「浮かぶ飛行島」(講談社少年倶楽部文庫。’75年版。挿絵は’37年連載当時の椛島勝一。よくぞ手に入れることが出来たものよ)・・・
われながらうそみたいな状況になった。

機嫌よく帰宅したが、子猫が一匹消えていた。母もさがしまくり、近所の人にもたのんだが、みつかるかどうか・・・最後の最後に暗い気持ちになった。
フクちゃん、もどってきてほしい。

狩野派の世界2009

先週、何人もの後押しがあって、わたしは静岡県立美術館へ行った。
新幹線で静岡に出て、バスでまっすぐ向かったが、実に遠い道のりだった。
「狩野派の世界2009」これを見るために出かけたのだ。

少し前に狩野永徳の大掛かりな回顧展を見たが、それを含めて近年は狩野派の回顧展が多い。
以前さる映画評論家が「映画界の狩野派のような」とルーカス監督を揶揄ったが、近年はその狩野派が観客の嗜好に合うのだから、あの揶揄は今では褒め言葉に変換するだろう。
好きなものを少しずつ。

1.室町?桃山時代の狩野派

初期狩野派 四季花鳥図屏風 6曲1双 室町時代(16世紀)
右端に白鷹、左端に大きな椿の木。その間に様々な花鳥の姿がある。
鳥たちは種族が違うものばかりだが、争いもせず、静かに植物の空間を行き交う。
「小鳥遊」と書いて「タカナシ」と読む姓があるが、ここでの鷹は裁定番あるいは監視鳥という役目を負ったように、平和をみつめ続けている。

狩野元信 三聖吸酸・枇杷栗鼠・栗鳥図 3幅対 室町時代(16世紀)
三幅対の真ん中・枇杷にリスが可愛くて可愛くて。
そしてただ可愛いだけではなく、このリスたちの視線の先には、シリーズ物として拵えられた三人のオヤジたちがいる。ちょっと面白い構図だった。

狩野永徳 松に叭々鳥・柳に白鷺図屏風 6曲1双 桃山時代(16世紀)
叭々鳥は黒く、白鷺は白い。しかし水辺にいるらしき叭々鳥たちの可愛さは深い。撫でてやりたいくらいだ。

玄宗皇帝・楊貴妃図 6曲1隻 桃山時代(16-17世紀)
桜の表現が等伯風の胡粉の盛り上げで、豪華な楊貴妃に似合っていた。石楠花も咲いている。笛を持つ侍女はまだ少女らしい。
こでまりの咲く庭園を二人は楽しげに散策する。

伝狩野山楽 黄初平・許由巣父図屏風 6曲1双 桃山時代(16世紀)
今までの黄初平くんは若くて可愛いのに、これはもうオッチャンである。巣父の牛は水が飲みたそうで、未練がましい目をしていた。

狩野宗眼重信 帝鑑図・咸陽宮図屏風 6曲1双 桃山時代
賢帝と愚帝の行いを比較するような屏風。面白いのは当然ながら愚帝である。
始皇帝暗殺の状況や酒池肉林の故事も描かれている。金ぴか地に華やかで精妙なタッチで描かれた物語は、見ていてたいへん面白かった。


2.狩野探幽とその周辺

狩野探幽 一ノ谷合戦・二度之懸図屏風 6曲1隻 明暦-万治年間(1655-60)
平家物語・源平盛衰記が好きなわたしとしては、通り過ぎることの出来ない屏風。
梶原源太がひっくり返っているのを助けに来る父。臨場感あふれる作品だった。

狩野常信 唐子図巻 1巻 江戸時代
この子供らは好きなことをして楽しげである。習字をするもの・いたずらするもの・ぎっちょうで遊ぶ子ら・凧揚げする子等・・・
見ていてこちらもニコニコしてしまいそう。

狩野探幽・安信・常信ほか狩野36家合作 牛馬図 双幅 江戸時代
牛は牛、馬は馬連れ・・・・・・なかなか面白い軸物。一門の繁栄と結束を示す作品だが、とても楽しそうな感じがする。

久隅守景 蘭亭曲水図屏風 6曲1双 江戸時代
最初の頃は皆マジメだが、段々と・・・


3.京狩野の系譜

狩野永納 蘭亭曲水図屏風 6曲1双 江戸時代
こちらの童子たちはみな拾い物で、可愛い子らばかりだった。

狩野永良 親子犬図 1幅 江戸時代
仲良しさんの親子たち。可愛いわんころらと落ち着いた親犬。なんとなくシアワセそうな一枚。

狩野永俊 竹兎図 1幅 江戸時代
墨の濃淡だけで表現する、と言うのは実に奥深いことだ。
ここにいるウサギが黒いウサギに見えたのだ。やっぱりいいものだと思った。

4.江戸狩野の展開、そして近代へ

狩野栄信 百猿図 1幅 江戸時代
丸顔の中国猿たちのワキャワキャした雰囲気がよく出ている。

狩野養信 花見遊楽図 2曲1隻 江戸後期
ロングで捉えた構図。幔幕だけがはっきりと見えた。

狩野一信 大黒舞図 1幅 江戸後期
まだこの時期にはこんなショウバイする人がいること自体が、やっぱり面白い。

橋本雅邦 三井寺 1幅 明治27
狂気に駆られた顔の造りがうまい。

それにしても見ごたえのある展覧会だった。
この展覧会は18日まで。近い人にはお勧めの展覧会。

着物の絵模様物語

遠山記念館に行った。
到底行けそうにないので半ば以上諦めていたが、魔の囁きというか、拾う神がいて、出かけることが出来た。どう考えても一人では行けそうにない場所だった。
memeさんのおかげ。
埼玉の比企郡 そこへ行く関西人なんてメッタにいないだろう。ちょっとジマンしよう。

わたしは遠山家が見たかった。有形登録文化財。近代和風建築の粋。それを見ることと展示を見ることは二つも目的が出来たことになり、とても嬉しい。
長いバス旅もナマの同行二人ということで、楽しめたし。

建物はばちばち撮影したが、ぱそが不安定なので、画像を挙げない。実にいい建物だった。
建具や引き手、欄間などを見れば、その家の値打ちがわかる。
素晴らしい和建築だった。

隣接する美術館では「着物の絵模様物語」展が開催中。英一蝶の「布晒図」が板橋に出張している、という話からここへ来ることになったのだから、ニンゲン何がどう転がるか、しれたものではない。

着物は好きだが、着付けで苦しい目にあってから、着る気がしない。専ら見るだけ。
だからこうした展覧会に行くと、鑑賞するだけの楽しみを持つことになる。

前々からしつこく書いているが、わたしは寛文小袖が好きで、大胆な柄や文様にときめく。
これはやっぱり子供の頃に「新八犬伝」「旗本退屈男」や三波春夫の着ていた派手な着物が意識に残っているからだと思う。
「新八犬伝」は辻村ジュサブロー(当時)、「退屈男」は甲斐庄楠音がデザインしている。
そして寛文小袖が好きなのはこれは間違いなく近藤ようこさんの作品に惹かれてのことだ。また同時期に拍車をかけるように、佐倉の歴博の小袖コレクションで、寛文小袖の名品をたくさん見て、いよいよ好きになった。

ここに並ぶものはそこまで派手ではないが、十分に可愛い絵柄の着物ばかりで、苦しい着付けさえなければ、着てみたいと思うようなものが多かった。

柳に燕、アザミに蝶、雀が稲穂の海を泳ぐものもあり、季節に合わせて着てみたらさぞ楽しかろうと思えた。

子犬と秋草を合わせたものがあるが、着物の文様ではわんこが圧倒的に愛らしい。
応挙の描いたわんこが江戸時代を席巻したか、大抵のわんこ文様は応挙タイプのわんころだ。見ていると、こっちが噛み付きたくなるくらい、可愛い。

蘆手や、普通に文字入りの小袖もあるが、字を書いたもの(染めた)はなかった。
外伝ではなく本筋?の「カムイ」であるキャラが「不死身」と書きたおした着物を着ていたり、「さんだらぼっち」の始末屋とんぼは「凧」と書き連ねられた着物を常に着ていたが、あれらは非常に印象深かった。
ああいう着物は実際にあったのだろうか?

辻が花もあった。ここにある分では一番時代の古いもの。
今の世では辻が花も再現できるようになった。友人がとても辻が花が好きだった。
それにしても着物の約束事はムツカシイ。
時期に合わせての絵模様とはいえ、桜はその咲く前の時期までにしか着れないし。
可愛い文様を色々眺めて機嫌よく展示場を出たが、ここを再訪することは、私にとっては難しいので、本当に来れて良かったと思った。

新・逸翁美術館 開館記念特別展

とうとう逸翁美術館も新装開店した。
東京では山種美術館と根津美術館が、完全に装いも新たに出発している。
逸翁は以前の雅俗山荘から離れ、美術館の図書部とも言うべき池田文庫に隣接して、建設されている。

逸翁美術館の展示物は小林一三の所蔵品で構成されている。
以前の雅俗山荘は逸翁・小林一三の持ち家で、たいへん優美な建物だった。
あちらは来年には逸翁記念館として開館する予定。以前宝塚ファミリーランドがあった頃には、そこに記念館があったから、久しぶりの開館と言うことになる。
こちらの記事には、雅俗山荘の風景を置いている。

さて新しい美術館は10/4より開館したが、それに先んじて9/26に阪急沿線住民に無料公開された。阪急沿線住民たるわたしは、機嫌よく出かけたが、予想以上の人出とはいえ、じっくりと展示品を眺めることが出来た。
(出かけたのは三時頃で、朝の混雑が凄まじかったらしい)

建物については、外観にある種の懐かしさを感じた。
それはレトロな、ということではない。小林一三の創立した劇場・今はなきコマ劇場によく似ているのだ。東京宝塚劇場にも似ている。
尤もそれは私が勝手に感じることなのかもしれないが。

内部は明るい作りになっているが、どうしてもあの優美な山荘と比較してしまうので、なんとも言いようがない。
しかも気のせいか、展示スペースが小さくなったような…
カフェも併設されていて、ここは外の道路に面していて、軽快な雰囲気があった。
その前には地下との吹き抜け空間があり、竹のある坪庭が拵えてある。

開館記念特別展として11/29まで「茶人逸翁 茶の湯文化と小林一三」展が開催中。
逸翁は、明治の大茶人・益田鈍翁の次世代の茶人で、それまでになかった茶の湯の展開を見せた人だ。
逸翁の僚友が畠山記念館の即翁・畠山一清、根津美術館の根津嘉一郎らで、後輩に耳庵・松永安左衛門、五島慶太らがいる。
大正八年の「佐竹本断簡」の際には逸翁は出席できず、しかしめぐりめぐって藤原高光が今では逸翁美術館に納められている。

今回、その藤原高光が最初に出迎えてくれる。そして断簡事件のときの籤である竹棒もある。鈍翁らが起こしたこの事件で文化財保護法が出来たというのは、色々なことを考えさせる。

鈍翁、平瀬露香、高橋箒庵ゆかりの品々が並んでいた。
中でも白く丸い柚香合は以前からお気に入りの逸品。

会場では章ごとの大プレートを、あたかも表装のようにしつらえていて、それらが全て異なる図柄なのが好ましい。

わたしは高校の頃からこの美術館に来ていたが、それでも今回初めて見る名品がいくつもあった。初公開品ではないということだが、相性がわるかったのかもしれない。

素三彩海馬文鉢  明代の鉢だが、海馬文様は中国的と言うよりむしろ、ギリシャ神話風な趣があった。これは完全に初見だった。

逸翁と茶友とのかかわりを示す展示物もあり、なかなか興味深く眺めた。
いずれも財界人で、そのうち美術館を持っているのは、根津と五島だったが、彼らとの茶の湯での交友は、なかなか楽しそうだった。

第四章で「逸翁の茶道観」として、彼の好んだ「きれいさび」「見立て」などが集められていたが、実際に逸翁の好んだ茶道具などを見ていると、この逸翁小林一三という人が、宝塚歌劇を生み出したのは、その美意識のなせる業だ、と実感できる。
女性が演じる「男役」は即ち「見立て」の精神、宝塚歌劇の「清く正しく美しく」という標語は「きれいさび」の精神の発露だと思うのだ。

逸翁は外遊が多く、そこで買い求めた器物も多かった。むろんそれだけでなく、舶来物(洋物)を愛し、それらを自分の茶席にお道具として用いることも、多々あった。
セーブル、マイセン、ガレ、ドームなどなど・・・
これらを茶道具の様式の一つに加えることで、席はぐっと華やかになる。
しかも浮くことのない調和心がある。
ナプキンリングが蓋置きに「見立て」られるのだ。
一度こう使われると、それはどうしても元のナプキンリングには見えず、蓋置きにしか見えなくなる。
先般、民博で千家十職と民博所蔵品とのコラボ展があったが、その70年も前に、既に逸翁は「見立て」精神を発揮して、世界中の美しい「道具」を自分の恣意に美しく使っていたのだった。

きれいさびが好き、と言うだけに琳派の美品も多く所蔵している。光琳や乾山の作品も色々出ているが、(時期には少し早いが)乾山の色絵竜田川文向付はやはりとてもいい。

また逸翁美術館は蕪村の場、と言うだけに蕪村の「奥の細道」出立の場などもあり、のんびりしたいい心持になれる。

まだまだ良い作品は数多くあるが、11/29までの開館記念展・前期ではこんなところか。
11/3からは後期展が始まるが、そのときには隣接の池田文庫で芝居絵を見るのもいいと思う。

これからもよろしく、逸翁美術館。

野間記念館の「近代日本の洋画」

野間記念館で洋画を見た。日本洋画と、近代フランスの作品。
野間は何を展示しようと、行ける限りは必ず行くことにしている。
私にとって、野間はそんな美術館。

実に珍しいものを見た。
マイヨールの油彩。1889年の作。「花の冠」とタイトルがついている。
ドニ+ボナール的な。黄緑色の野に坐す少女。水色のカットソーを着ている。スカートは薄い水色地に花柄。愛らしい少女。彼女はマーガレットで花冠を編んでいる。
これは自分のためのものではないらしい。
彼女の背後に立つ幼い少女。(たぶん妹)。ピンク色のワンピースを着たその子のために編んでいる。
優しい絵。静謐な作品。マイヨールの油彩は初めて見たが、心が柔らかくなるようないい絵だった。

シニャック コンカルノーの微風  灰色を四タイプ作り出し、それを順々に重ねる。
空と波が灰色に光る。海は紫を主体にしたブラウン管の画面のようだった。ヨットが幾隻もある。レースをしているのか?微風は感じなかったが、重くはない空気だった。

ヴァラットン リュクサンブール公園  いかにもヴァラットンらしい「人多すぎます」的構図。金の輪で遊ぶ坊や。小川未明かキリコか。

ドニ 最初の一歩  今風に言えば「ばぁばとママと赤ちゃんと」。この赤ん坊の顔に見覚えがある。ちひろの赤ん坊にも似ているが、実は私の従妹N?1に似ているのだった。

ドニのリトグラフ「アムール」シリーズが8枚ばかり出ていた。
表紙、物腰は優しく清らかな、朝のブーケ 悲しみ、それは敬虔な神秘さだった、たそがれは古い絵画のような優しさを持つ、彼女は夢よりも美しかった、そして彼女の手が優しく触れる、青白い銀の長いすの上で・・・・・・・
1と9が欠けていたが、その日偶然にも9「私たちの魂はゆっくりとした動作の中に」の掲載された新潟近代美術館のチラシを手に入れたので、ちょっと満足している。
柔らかな色調の、優しいシリーズだった。

日本の洋画へ。
何度も見た作品が並ぶとはいえ、それを何度でも見たくなる。

石井柏亭 風景  ロングで捉えられた母娘がいる。顔はわからない。写生をしている。
優雅で楽しい一日。

南薫造、大久保作次郎らの軽井沢・伊香保風景がとても爽やかだった。これらはむしろ五月頃に見たい、と思った。

山本森之助 奈良の夕方  猿沢の池なのか。塔と山が見える。手前にはつつじが咲く。この構図は広重の浮世絵の遠近法を思わせる。

藤田嗣治 キャンボジアの家  従軍画家として南方へ向かった藤田にしても、こうした風景画を描くゆとりはあったのだ。’42年のカンボジアの集落。高床式の家が並ぶ。洗濯物が連なっている。これから30数年後には・・・・・・・

中沢弘光 いのり  これは前々から大好きな一枚。天平時代らしい風俗をした若い娘二人が、こちらに背を向けて祈っている。一人はリボンのような髷を頭頂で結い、もう一人は耳横に輪を作っている。そしてこの娘は肌を露にしている。
夕日なのか朝日なのかをその身に受けながら祈る娘たち。
「あなとうと なもあみだほとけ」 藤原南家郎女の声が甦るようだった。

岡田三郎助 残雪  どこか渓流を流れる雪を背景にした、大正末期のモガの姿。「婦人倶楽部」の口絵と言うだけに、ちょっとした甘さがあり、それが楽しい。

林武 海  林武は梅原・安井の次世代の洋画界の大スターで、昭和20?40年代の洋画ファンにとってはその新作が待ち望まれる画家だった。
(と、わたしのかかりつけ医は言っていた)
群青の海。絵の具を直接ぶにゅ??となすりつけている。
わたしは創立直後から戦前頃までの二科会と、独立美術協会の作家たちの作品がとても好きだ。いい作品が途轍もなく多い。

三宅克己 大正9年にアムステルダム、ヴェネツィアの水彩画を色々世に出しているが、その風景に輪郭線はない。とはいえ力強さがあり、川西英の木版画を思い起こさせる。

講談社の雑誌はとにかく面白かったようで、当時の「キング」誌の口絵を見るだけでもわくわくが止まらなくなる。
(現在もコミック誌で言うと、モーニング、月刊マガジン、BE LOVEなどは、私にとって絶対に欠かせないものだ)
その口絵の原画が幾枚も出ていた。
口絵には多くの場合、文芸性があり、わたしは好きだ。
(静物画にあんまり関心が湧かないのは、その点が薄いからだ)

武二「ワシントン」、田辺至「ベートーヴェン」、不折「漢の高祖」、和田英作「睡蓮」、「佐保媛」、薫造「慈悲」、未醒「健康」、孟郎「正直」…
タイトルだけで納得ものと、「?」があろうが、こんな感じ。
「正直」はワシントン父子(桜の枝のエピソード)、「健康」は南方の人が清い流れを掬っている、「慈悲」は小アジアあたりの平原でぐったりする人を介抱する老人。
なんとなくそれだけでも楽しい。
武二 笛を持つ女  ルネサンス風の背景にお葉さんをモデルにした、中国服の女を描いたシリーズが武二にはあるが、これもその分類に入ると思う。
真珠の首飾り、指にはルビーの大きな眼の女がそこにいる。それだけで浪漫だ。

曾宮一念 花  レンガにサーモンピンクの背景に、萎れかけたアネモネなどがある。
この画家のこうした絵を見るたびに、鈴木信太郎の曾宮評を思い出す。
多少の退嬰がこの画家の神経には生きていたろうと思う。

武者小路実篤 紅椿  わたしは子供の頃から武者小路がどうしてか好きで、彼の絵や一言メッセージを見ると、それだけでいいように感じるのだった。
赤い椿が三つ。とても可愛い絵で、欲しいと思った。飾りたい絵だった。

他に板谷波山の花瓶もあり、明るい気持ちで眺めることが出来た。
ポイントも溜まったし、次回は無料だと思うと、それにも嬉しくなる。
あの坂を上るのはしんどいが、いつまでも野間記念館には活躍してほしい。
この展覧会は10/18まで。

メアリー・ブレア展

MOTと呼んでほしいそうだが、東京都現代美術館はやっぱり日本語のまま呼ばれている。
これもまた終わってしまったばかりの「メアリー・ブレア」展の感想を書く。
「ウォルトが信じたひとりの女性」とあるように、彼女は長くウォルト・ディズニーの仕事に参加していた。

わたしが子供の頃、ディズニー自身が参加した作品を見る機会に恵まれていた。
そして講談社がそのアニメーションピクチャーを利用した絵本を現在までも出版し続けているが、当時のその絵本といえば、名だたる文士たちが子供のために文章をつけていた。
今はどうか知らない。
手元にあるのは「白雪姫」「ふしぎな国のアリス」「眠れる森の美女」などである。
そして数年前にディズニー・クラシック絵本と銘打たれた<絵本として作られた絵本>が出版され、「シンデレラ」を手に入れた。
ただしこれは幾シーンかが欠落している。
何故そんなことを言えるのかというと、わたしは1950年代に出版されたその「シンデレラ」絵本を、子供の頃にオジから見せてもらっていたから、はっきりと言うことが出来るのだ。
(国立国会図書館にあると思うが、他では、池田文庫の白井文庫に貴重本として収蔵されている。が、しかるべき紹介者の状を持参の上、予約していなければ見学は不可能)

さて、メアリー・ブレアと言う人の仕事は何かと言うと、ディズニーアニメのコンセプト・アートを担当していた。
彼女の色彩設計で作品世界が設定されるのだ。
「ファンタジア」も「ピーターパン」も「アリス」も何もかもが。

メアリー・ブレアはアニメーターではなく、水彩画家と言うキャリアから始まったそうだ。
そしてウォルト・ディズニーは彼女のセンスを愛し、信頼し、作品の芯を彼女に任せた。
コンセプチュアル・アーティスト。
作品の世界観も色彩一つで悉く変容を見せる。


「アリス」「ファンタジア」「小さな家」など懐かしい作品がたくさん並び、嬉しくなった。忘れていたシーンもまた、ここでよみがえる。
実際の映像と、設計図との差異もまた興味深い。
現在ではありえない色調(絵の具の性質によって、現在と過去とには、大きな溝が生まれた)、心躍る構図、キャラたちの明るい笑顔。
見ていて本当に楽しい。

尤も100%採用されたわけではなく、お蔵入りも色々あるようで、それらを見るのも興味深かった。彼女は仕事をしつつ、子育てもしていたのだ。だから赤ん坊の描写が可愛くて仕方ない。

しかし東海岸と西海岸には時差があるくらいの隔たりが存在する。
彼女は家庭を取り、ディズニースタジオからサラバという状況になる。

わたしはディズニーのマニアではないので、どんな作品があるのかを詳しくは知っていないが、「南米への旅」と言う作品が契機となって、ウォルトが彼女を重用したということを今回知った。
その作品は第二次大戦中に、南米が枢軸国寄りにならぬように、アメリカ政府が文化政策を取ったというもので、ディズニースタジオの面々が南米に出かけたのだ。
それでちょっと腑に落ちることがあった。
「ディズニーはCIAのスパイだった!」というハイハイな見出しを見たことがあるのだが、多分このことを言っているのだろう。
どうでもいいことだが、なんとなくナゴんでしまった。

メアリーの仕事でディズニーと最後に組んだ『IT’S A SMALL WORLD』のコンセプトアートを見て、懐かしい・嬉しい気持ちになってきた。ここらあたりの色彩感覚は’60年代のポップさが露になっているのだが、やさしい合わせ方をしている。

いい内容だった。
見終えてから、駅までの道を書いた地図をもらった。行きと帰りは違う電車で、と思っていたのでもらったのだ。
駅に着くと、MOTの場所を探す人々がいたので、その地図をあげた。
喜んでもらえてわたしも嬉しい。いい物を見たので、わたしの心も優しかったのかもしれない。

江戸東京ねこづくし展

今日は東京のブロガーの多くの方が、東博の「皇室の名宝」プレビュー展に行っておられるそうです。
わたしは大阪で仕事してます。
まぁありがたいことに東博に行く日も決まっているから、皆さんの挙げられる記事を楽しみにしよう。
どうせ大混雑するねんから、事前情報はちゃんと得ておかなくてはならぬ。
というわけで、みたび「終了済み展覧会の感想文」です。

江戸博で「ねこづくし」を見た。こう言う楽しい催しは何度でも、いつでも、嬉しい。
それこそ千露さんとご一緒することが出来たら最高な気がする。
世に猫好きは多く、特に江戸時代以降は猫グッズの時代とでもいうほど、ねこねこしてる。
関係ないが、今うちの家にはニャーの生んだチビ4匹が駆けずり回っている。
マガリちゃん・フクちゃん・ハナちゃん・ナガちゃん。
ちびのくせに既に性格の違いなどが露わになっていて、非常に面白い。
(うちは猫の外観などで名前をつける体質の家)

賢猫の塔って猫の墓碑なのだが、時々そういうのを見る。昔々両国の回向院に出かけて、猫の供養碑を拝んだが、やっぱり猫は生きていても死んでいても、心に残る。
うちの猫のお墓は庭の一隅。碑もないがそこが猫の墓だということは常に意識にある。

涅槃絵も何点かあるが、猫が出るのは少ないのに、抱一上人は猫を加えている。いいね。
この絵を描いたときのエピソードが、修二会の「青衣の女人」ぽくていい。

八世団十郎の死に絵には猫まで加わって泣く。彼のお墓は大阪の一心寺にある。
杉本苑子「傾く滝」を再読する気合が足りないわたし。
猫が涙を流す絵は、ドイツの教訓絵本で見た。火遊びをして焼死する女の子に、滝涙を流す二匹の猫たちの図。

関西人には栃木が遠いので、日光見てないからケッコーとも言えない。でもナポリは見たよ。日光の眠り猫は絵葉書が出ていた。これとは別物の絵葉書が手元にある。
江戸時代の「作り物」猫の二大スターと言えば、この「眠り猫」と豪徳寺の「招き猫」やわね。ニャフラックの白猫は右手を挙げてたっけ?
友人が今戸焼の「招き猫」買いたがってたけど、高かったなぁ。

篤姫の愛猫のごはん、贅沢やなー。しかし猫と言うイキモノは贅沢にどんどん慣れてゆく体質やから、これは仕方ないか。16年も生きてくれたら、飼い主も嬉しいよ。

浮世絵では猫=国芳だけど、広重の江戸百景の浅草田圃の猫もいい。
国芳「地口猫飼好五十三匹」も出ていて、楽しかった。これは何度見ても飽きない。
それでついつい宿場町の名を見ても、描かれた猫たちを思い出す。
こないだ「掛川」に行ったけどそのときも「…バケガオだったよな」とか、「藤枝」と聞けば最初に鍼医者・藤枝梅安を思い、次いで「ぶちヘタでしたな…」とか。
たぶん、ずーーっと忘れない。
他にも幕末から明治にかけてのおもちゃ絵の「新版ねこ」シリーズがあった。ここらあたりは横浜のこれまた猫好きの大家・大仏次郎記念館で色々グッズ見たり買ったりしている。

演劇博物館の鍋島の化け猫騒動を基にした芝居絵かせ色々きていた。いや?バケネコっていいよな?噛まれたら痛そうやけど、なんだかバケネコ独特の可愛さってあるよな?
怪猫伝説は鍋島のほかに有馬もあり、そっちも芝居や映画になっている。
入江たかこのバケネコ映画の資料もあって、嬉しかった。
マジな話、ときどき本当にバケネコ…むしろ魔猫とでもいうべき猫がいる。

朝倉彫塑館が休館中なので、ここで彼の拵えた可愛い猫たちに会えて嬉しい。
猫の彫像も埃及の女神様関係でたくさん見ているけど、わが日の本のにゃんたちの愛らしさもまた、特筆すべきですわねーっ。

文学系も色々。漱石の猫、朔太郎の猫、谷崎の猫、賢治の猫。
戦前・戦後すぐのマンガの猫たち。ねこの形の工芸品、日用品。
そういえば歌舞伎の「キツネ手」と「ねこ手」は違う、と芸談で読んだことがある。
狐はやや大きめに丸めるのか。

世界中のすべての猫がなんとか幸せに生き延びてほしい、と思っている。

昭和少年SF大図鑑

弥生美術館の会員になってそろそろ20年くらい経つはずだが、全く飽きない。
年四回の展示変えだから、80回くらい見てると思うが、それでも初見の作品が多い。
こちらも既に終了したが「昭和少年SF大図鑑」展は面白い企画だった。
副題が「S20-40‘ぼくたちの未来予想図」というだけに、今日の目から見れば大仰過ぎるほどのススんだ未来予想図がてんこもりだった。
ここでは主に少年雑誌の口絵ページに掲載されていた作品が並んでいる。

わたしが小さかった頃、既に雑誌の口絵ページというものはなくなっていて、それは連載マンガのカラーページになっていた。
しかしそれは少年誌の話で、小学△年生シリーズなどではやっぱり冒頭はカラー口絵だったと思う。
だからこの展覧会のど真ん中世代ではないのだが、懐かしい・嬉しいような気持ちが湧いてくるのは確かだ。

小さい頃に特撮ものを好んだ子供と、そうでない子供の差と言うものを考える。
これら未来の地球と宇宙の姿をドキドキしながらみつめた子供と、そうでない子供との在りようを考える。
わたしが小さかった頃、ウルトラセブンと仮面ライダーを筆頭に、特撮ものが大流行していた。学校図書にもポプラ社あたりの推理もののほか、「空想科学小説」が大人気だった。
少し大きくなって、本格的に早川書房のSF小説を読み漁るようになり、ル・グィンやブラッドベリ、ハインラインを偏愛する以前は、日本のジュブナイルにドキドキしていた。
それらの挿絵や装丁が丸ごとここにあるわけではないが、それでも共通する関係者の名前が多いので、それだけで嬉しくなる。

しかし21世紀に入ってまもなく10年を迎えるが、あの頃の2010年(予想の年)と現在とのこの差異はどうしたことだろう。40?50年前に描かれた未来都市の片鱗もありはしない。
まるでその頃予想された世界の姿と現在とは、パラレルワールドのようだ。
どこで別な宇宙に変わったのだろうか。

わたしは今でも時々この「空想科学」予測で描かれた未来を夢見ることがある。
今はまだその時代にたどり着いていないだけだと思うことがある。
わたしが見に来た日は、かつての空想科学冒険少年たちが群を成していて、みんな眼がキラキラしていた。たぶん、みんな同じように「この未来はいつだろう」と思っているに違いない。

夢二美術館では「知られざる夢二」として初公開作品のほか、「カリガリ博士」のイラストなどがあった。他に「袖萩祭文」などの芝居絵の肉筆画。袖萩がどことなく花村えい子の描く女のようなはかなさがあった。ふだん花村えい子の絵から夢二は思い出さないのに。

華宵室ではこれはたいへんわたしを喜ばせる展示があった。
古代から江戸時代までの服装の変遷を描いている。そのなかで見知っているのは、元禄時代の若侍と供奴の図のみ。他は初見ばかりだった。
古代でも古墳時代と飛鳥時代、天平時代と嗜好も作法も異なるのが見て取れる。
華宵の美しい筆致で描き出された年代風俗絵巻とでも言うべきシリーズだった。
そしてその中でも最も愛らしかったのは、どこかの門に立つ幼い兄弟の絵だった。
遠くに法隆寺が見えることから、時代も想像できる。華宵の美麗な絵に久しぶりにときめいた。
また、異国情趣あふれる作品も並べられていた。蓮、熱国の池、南方の舞踊手、ハープ…
そして大作「移り行く姿」屏風が出ていた。わたしは右端近くにいる、髪に椿を挿した、ショールを巻いた女の人がいちばん好きだ。あんな表情をしてみたいものだと思っている。

機嫌よく見て回ったが、会員なんだから、もっと早く見に行こう。今は「少女の友」をメインにした展覧会が開催中。

知られざる畠山コレクション

畠山記念館の夏季展に行った。8/1?9/23までだった。初日に都内にいたのに行けず、殆ど終幕に近い日に行った。
古美術鑑賞を第一義にしている割に、時々こういうポカをやらかす。
この分だと西宮の頴川、淀屋橋の湯木も前期を見損ねる可能性がある。

「知られざる畠山コレクション 唐三彩から秀吉像まで」…確かにところどころ「え゛っ」な展示品もあった。本当に少しだけ書くことにする。

鶉図 土佐光起  毛づくろいする丸々した鶉。ハコベやタンポポが咲いた野でくつろいでいる。

豊臣秀吉画像 狩野山楽筆・近衛信尹賛  秀吉の肖像なら逸翁美術館にある狩野光信のそれが一番リアルらしいが、こちらもイメージとしての秀吉そのままの風貌に見える。
つまり、最初期に描かれた光信像が基礎になって、みんなあのイメージで描いたのかもしれない。三藐院・信尹の賛が右上にある。なかなか深い意味のことが書かれているようだが、写しはしたものの、本当の意味まではつかめない。
そういえば連載が始まったばかりの大和和紀「小野お通」の話に少年時代の信尹が出ているので、嬉しい。

明恵上人夢之記切  神主が現れて宝珠の木が云々と言う夢を見たそうだが、私にはあんまりよくわからない。一本の木が描かれていた。

法華経絵巻断簡  これがなかなかよい感じで、見ていて面白い。霊鷲山の多宝塔が消えたり現れたりするし、釈迦も出現したりで、状況としてはけっこうドラマチックで、蜷川の芝居みたいな感じ。

印籠箪笥  柴田是真の拵えた箪笥、という時点で背負い投げされたようなもんです。
中に収められているのは、羊遊斎、光悦、破笠などなどの作品で、何もかもどれもがすごく精妙巧緻。綺羅の上に綺羅を重ねたような存在の印籠箪笥。

唐三彩美人俑  袖は黄色、ワンピース部分は紺色の発色がとても綺麗。どうやら如意を手にしているらしいが、見ようによってはハープや白鳥を抱えているようにも見える。
柔和で温厚な美人。唐美人は本当に優雅だ。

饕餮雷文瓿  瓿はホウと読むが、何かの入れ物なのは確か。
この饕餮くんはペコちゃんのように目があっち向いてる。可愛い。

加賀前田家伝来の能装束・面などが並んでいた。
能を見るのは緊張するので避けてるが、面を見たり謡を聞いたり、昔の役者の芸談などを読むのはとてもとても好きだ。
どうも茶道も能も、好きな割りに前に進まないわたし。

よい衣装や腰帯も色々あったが、何よりよかったのは、面。
萬媚と小面が並んでいて、似た造りでありながらも、全く異なる二つの顔をしばらくの間、じっと眺めた。
眉の上がり方、唇の開き方。萬媚はやはり妖艶だった。
わたしは文楽人形でも娘のカシラより年増のカシラの方が好きで、お七の恋より玉手の恋の方が怖いが、…好きだ。
この萬媚の微笑に胸を衝かれた。

現在は「戦国武将と茶の湯展」を開催中。
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