美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

大乱歩展

神奈川近代文学館で江戸川乱歩の展覧会があった。
行ったのは最終日で、あれから2週間が経っている。
乱歩のファンなのは確かだが、なんでそんなに行くのが遅かったのだろう。ちょっと泣ける。書くのもこんな日だとは。

‘04夏、乱歩邸のお蔵つまり彼の言う「幻影城」が公開された。
立教大学に隣接するいい感じのおうちだった。乱歩の息子さんは立教の名誉教授だとかで、資料一式大学に寄贈されたそうな。
(現在は乱歩記念大衆文化研究センターとして毎金曜日公開)
そのときお蔵に収められている膨大な資料を見た。
乱歩に蒐集癖があるのはわかっていたし、ウルトラ几帳面なのも知っていたが、実に感心した。あんなのを見たら、後世の研究家なんか何も書かれへんなーと思ったものだ。
なにしろ作者ご本人が誰よりも、「江戸川乱歩」評論家であり研究者なのだから。

その建物公開の日には他にこんな展覧会を見ている。
横溝正史と世田谷の探偵作家たち 世田谷文学館
怪人二十面相と少年探偵団 ミステリー資料館(光文社内)
乱歩と大衆の二十世紀 東武百貨店
・・・あのときの気分は少年探偵団のOGだったなぁ。

文学系の展覧会は作者の幼少時代から始まるのが常套なので、ちびっこ時代から眺める。
しかしここらはホウホウとフクロウの鳴き声でスルーして、いよいよ肝心の「江戸川乱歩」の世界に入る。

純文学もわるくはないが、やっぱり面白いのは大衆小説で、しかも練りに練ったプロットや凝りに凝ったトリックや、ときめくような人物描写、信じられないような展開がある探偵小説は、楽しい。
(ただしわたしは社会派推理小説というものが一切ダメで、その上に実を言うと誰が犯人でもあんまり興味がないのだった。それよりも劇の小物が凝ったりしてる方が嬉しい。
警察が犯人をどう追い詰めるか、犯人がどこまで逃げ切れるか、興味はそっちだ。
倒叙ミステリーが好きということで、大抵の方向性がわかると思う)

乱歩の大人向け作品には大好きな挿絵画家の挿絵が入っているので、それからしてもわくわくしながら展示を眺めた。
「陰獣」「孤島の鬼」竹中英太郎、「蜘蛛男」林唯一、「吸血鬼」「魔術師」岩田専太郎・・・
わたしは乱歩作品で酷愛するのは「孤島の鬼」と「白髪鬼」で、前者は創元社の文庫本を持っているが、そちらは当時の挿絵入りなのだった。
話がそれるが、挿絵専門美術館・弥生美術館に初めて入ったのは’89.5.4だった。
「竹中英太郎の世界」が見たくて出かけたのだ。
大学の友人三人で向かい、わたしだけが歓喜していた。当時既に「孤島の鬼」ファンで、その原画が見たくて東京へ来たのだが、あれから20年半経っても、心持はちっとも変わっていなかった。

今回、橘小夢「鏡地獄」「押絵と旅する男」のペン画作品があり、その華麗なモノクロ画に久しぶりに出会えて、ゾクゾクした。
乱歩の作品世界は多くの絵師の手でヴィジュアル化されているが、誰が一番そぐうということはないと思う。
それぞれの作品にそれぞれの絵師の恐ろしい悪夢が詰まっている。
それを忌避するのと同じ心持で、酷愛するばかりなのだ。

今回取り上げられなかったが、乱歩の短編「お勢登場」は池上遼一がコミック化している。そのお勢の凄まじい美貌と瞬間の悪意には、ページを繰る指が震えるほどだった。
何度も何度も同じページをめくり続け、そのお勢の顔をみつめ続けた。
もし、乱歩がそのとき存命だったなら、さぞや深く喜んだろうと思う。
それほどに、凄まじく美しい、池上遼一の絵がある。

乱歩の小説の面白さは、たとえば海外小説の意訳ものであっても、それを見事に自家薬籠中の作品に仕立て直してしまえる豪腕にある。
たった一行二行の紹介文から広がる妄想が、大長編になる。
そしていつ読んでも面白い、という不思議さがある。
時代も世相も激しく変化したというのに、21世紀の今も戦前の作品を読んではゾクゾクし、深いときめきに溺れる。
これは不思議な現象だった。
時代小説ならば、それはまだ納得できる。
平成のニンゲンが江戸時代以前を読むということで、書き方が古臭いものでも新しいものでも、さして違和感は感じないが、乱歩はその当時の「現代小説」を書いていたのだ。
にも関わらず大して古さを感じず、面白さに溺れるのだ。

しかし乱歩にも大きなスランプがあり、昭和八年だか九年だかにはちょっと間、失踪している。その日々を推理憶測して描き出したのが、久世光彦「千九百三十四年冬 乱歩」であり、作中作「梔子姫」は久世光彦から乱歩へのオマージュだと看做せるだろう。
実際あの「梔子姫」はどう読んでも「江戸川乱歩」の作品だとしか思えなかった。
「姉の唇」「妹の唇」という表現だけは、いかにも久世光彦と言う匂いがしたが。

小学生のとき、学校図書には必ず「少年探偵団」シリーズがあった。
今現在の小学校にも必ず置かれているそうだ。
描かれているのは戦前から昭和真ん中までの少年たちなのに、こちらも不思議に古さを感じないで読んでいる。ケータイもゲームもなくとも、なんとなく納得させられる。
繰り返し読みふけることで、自分も探偵団の一員の気分になる。

展示の中に「少年探偵団手帳」があった。
実は私もそれを持っている。わたしはオジからそれを譲られた。
もう随分昔の話だが、今も手元にある。
ページをめくって手帳に書かれたことを読んで、実践してみたこともある。
今はさすがにそうはしないが、それでも手帳は手元にある。
オジたちの時代は川内康範の♪ぼっぼっぼくらは少年探偵団 勇気凛々瑠璃の色・・・の歌があった。
私が子供の頃には、二十面相が団時朗、キャロライン洋子のお兄さんで美少年の黒沢浩が小林少年を演じる番組があったが、美男の団と美少年の黒沢の関わりにときめいてときめいて・・・・・原作では明智先生と小林君の関係にきゃっ♪だったが、このドラマでは二十面相と小林少年の関係がスリリングでステキだったことが、忘れられない。
(子供の頃からそんな眼があったんですよ、わたし・・・)

「二十面相」では小林秀恒の秀麗な挿絵にときめき、「正義は必ず勝つ!」という心持で、事件解決に安堵したりしつつ・・・そんなことを思いながら、もしそれらの挿絵が再現されて刊行されたら本を揃えてしまうかもしれないな、と思った。

作品以外ののコーナーでは公人・私人としての乱歩の優しくマジメな性質が出ていた。
乱歩は推理小説界を懸命に盛り立てようとがんばってきた人なのだ。
そのことを改めて思い起こす。

ファンでいることが嬉しくなる展覧会だった。
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旅 異邦へ

東京都写真美術館で「旅へ 第三部 異邦へ 日本の写真家たちがみつめた異国世界」を見た。(既に終了)
第一部を見たのは7月だから、随分長くかかったものだ。
福原信三、安本江陽、木村伊兵衛、渡辺義雄、桑原甲子雄、名取洋之助、三木淳、林忠彦、奈良原一高、川田喜久治、植田正治、森山大道、白川義員、並河萬里、長野重一らが写し撮った(日本人から見た)異邦の様相、風景が広がっていた。
1931?1994年までの時間がそこにある。

1998年12月、松涛美術館で「写真藝術」の時代、という展覧会があった。
福原信三らが起こした「写真藝術」メンバーの作品展。「大正期の都市散策者」という副題の通り、1920?’30年代の都市風景写真がメインだった。
風邪の熱に浮かされながらその展覧会に溺れ、漂い、その足で写真美術館の「仮想庭園」に向かった。
こちらもひどく心に残る展覧会だった。
当時既に安井や中山ら心斎橋倶楽部のメンバーによる当時の前衛的な作品も好んでいたが、基本的に抽象表現がニガテなわたしは、より物語性のある作品を求めていた。
そしてこれらの展覧会から、ゼラチン・シルバープリントによる風景写真にのめりこんでいった。

福原の「巴里とセイヌ」は微妙な表現による美しい作品集だ。
その前代のウジェーヌ・アジェによるパリ風景の美しさは、都市風景の記録写真と言う側面を持つが、福原の「巴里とセイヌ」にはそうした記録性はない。
彼のほかの作品集「光とその諧調」(The light with its harmony)にもその傾向がある。
どの場所であれ、どの時間であれ、福原の撮る風景は靄のかかった美しい一瞬なのだ。
今回久しぶりにそれを堪能した。

福原の「巴里とセイヌ」と同時期の、安本のポンペイやエジプトなどの風景は、どこか吉田博の木版画をモノクロで見るような感覚がある。
彼の「ポンペイの遺跡」は遠近感を巧く利用した一枚で、門と言う枠を使って、ずっと向こうのベスビオ火山の姿を撮る。これなどは吉田の「亀戸天神」を思い出すような構図だった。
「エジプト」の日陰もそう。どこかに優しい叙情がある。

‘54年の木村の欧州風景はかっこよかった。
木村が日本で撮る俳優や女優の持つイキさがそこにあった。
「アテネ」ではお買い物中の母と小さい子供の歩く街角を捉えている。看板にはギリシャ語の文字が連なり、数字が書かれている。外国の街の日常。その実感があった。
ふざける「パリ」の子供たち、深刻そうな老婦人、「ロンドン・銀行街」を行き交うシルクハットの紳士たちは誰もが忙しなく歩く。
「ヘルシンキの子供」として写された少女の横顔はイングリッド・バーグマンを髣髴とさせた。

渡辺が’56年に捉えたイタリアの風景は、人々の「行動」と共に活きている。
既にネオ・レアリズモの時代が過ぎ去り、イタリアン・コメディーの時代が始まりかけていた頃、ローマ、フィレンツェ、ミラノ、ヴァチカン、アッシジなどで動く人々の姿は、どこか映画的な面白さがあった。
蝸牛の殻の内部を思わせるようなヴァチカンの螺旋階段をひたすら下り続ける人々。
たどり着く先などありはしないのではないか。
また、聖フランチェスコの遺骸の上に建つアッシジの教会へ向かう尼僧たちは、暑いのかして、ちょっと面白い格好で歩いている。

桑原の「満州昭和十五年」を見る。瀋陽、旅大、ハルピン・・・・・・人々のいる風景。わたしはこの時代に活きていた建物が見たいのだが、ここへ行く目処が立たないままだ。

‘37年の名取洋之助の「アメリカ」シリーズはどことなく颯爽としている。名取は「写真は藝術ではない」として報道写真・記録写真を多く残した。彼の伝記を読んだり作品を眺めたり、その生涯を追うたりすると、本人への興味が作品以上に深まってくる。
つまり、キャパの写真はいいが、それ以上にキャパ本人の魅力にハマっているのと同じなのだ。
わたしは「名取」の撮った写真を見ながら、名取はステキだな?と思うのだ。

数ヶ月前に林忠彦の回顧展を見て、たいへん嬉しかった。彼が「文士」シリーズのカメラマンだとは知っていたし、その作品もすぐに脳裏に浮かぶが、実は私が好きなのは林の風景写真なのだということが、その回顧展で判明したからだ。
新宿歴史博物館で林による戦後の文士たちの強烈な肖像が集められているが、ここにあるのは’55年のアメリカ(主にNY)だった。
戦後十年、アメリカが輝いていた時代。

奈良原の「消滅した時間」と「静止した時間」からアメリカで写されたものが出ていた。
しかし展覧会のチラシはヴェネツィア風景だった。どこか不可思議な匂いのする風景。
広くない通路、突き当たりには鎖されたドア。ドア止めには厳しい老人の彫刻。通路には飛ぶ鳥たちの影が焼きついている。
鳥たちが死に果て、この通路が塞がれたとしても、決してこの鳥の影は消えることはないだろう。
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川田喜久治は近年になり、好きで好きで仕方なくなった写真家だ。
何らかの雑誌で見かける奇妙な作品、それらを集めるだけでもどこか背徳的な歓びに震えていた頃。
風景を捉えているだけなのに、何故そんなにも官能的なのだろう。
ルードヴィヒ二世の肖像とヘレンキムゼー城。
宮殿の前庭に佇む女の像。その肩越しの風景。
女の像がみつめる風景を、女の肩越しに追体験する我々。
その構造にときめいている。

「ヌード・ミュージアム」と題された、名画の再構築写真。泰西名画はそのままそこにある。その一部をカメラマンは恣意に捉える。そしてざらっとした手でその切り取った膚を曝け出す。たった今までなんとも思わなかった絵が、不意に活きて、肉の厚みを感じさせる。
写真越しに感じるなまなましさに、ときめきが抑えられなくなる。

わたしが感心したのは、森山大道はどこへ行こうと、どの時代であろうと、同じものを見つけ出し、同じものを捉えるということだった。
「‘71―NY」 大道の捉える野犬は、日本でもアメリカでも垂れ耳で、こちらを見返るばかりなのだ。粗い粒子とブレが時間も空間も距離もなくしている。

この展覧会で今回唯一のカラーは白川さんの作品群だった。「新約聖書の世界」「旧約聖書の世界」がそこに広がっている。
以前から崇高な風景を見せてもらっているが、なにかしら人知を超えたモノがあるような気がする風景ばかりが、そこに広がっている。

そして驚いたのは並河萬里のモノクロの風景だった。
‘60年代の並河はモノクロでバビロンやペルセポリスを写していたのか。
亡くなる少し前まで、大丸ミュージアムでほぼ隔年ごとに並河のシルクロードやイスラーム世界の美を堪能してきたが、それらは全て新作だった。
‘60年代の彼は何故モノクロで風景を切り取ったのだろう。
心の迷路に入り込んでしまった気がした。

先週終了した展覧会だが、久しぶりに興味が湧いていた内容だった。

野間記念館の名品

野間記念館はどんなときでも必ずワクワクしながら出かける。
素晴らしい名品を所蔵しているからだ。
大正期の画家たちとの交流から、膨大な月次色紙をコレクションし、出版文化の華である、艶やかな口絵・挿絵などの原画も多く持ち、そして楽しい雑誌付録まで見せてくれる。
まったく素晴らしい。
今回、名品展として屏風、色紙、軸物らと表紙原画、村上豊氏の作品などが展示されている。

名品展と言う性質から季節は問わず、いいものが並ぶ。
山川秀峰「蛍」、横山大観「千与四郎」、土田麦僊「春」などの大作をしみじみ眺めるのもいい。(こうしてみると、夏・秋・春とあるのに冬だけがないことにも気づく)
見慣れたものだと思っていても、じっくり眺めると必ず何かしら新しい喜びをみつけられる。秋の庭、春の野、夏の土手・・・それぞれの匂いまで感じるくらいだ。

色紙では山口蓬春の作品が出ていた。蓬春の色彩感覚は鮮やかで、色紙と言う小さい枠にあっても、存分に色が活きていて、見るこちらも嬉しくなるほどだ。

松岡映丘 池田ノ宿img760-3.jpg
これも好きな作品で、絵の前に立つと必ず「落花ノ雪ニ踏ミ迷フ交野ノ春ノ桜狩・・・池田ノ宿ニ着き給フ」と暗誦する。

木村武山 光明皇后  武山の古代の人々を描いた作品には好きなものが多い。
奈良の遷都記念には、天平時代を描いた作品ばかりを集めた展覧会、そんなのをしてほしいと思う。

清方 五月雨img759.jpg
御舟、松園さんらのいつものいい絵を見てから、山村耕花の「江南七趣」を楽しむ。
これはつい先日「久しぶりに見たいなー」と思っていたので嬉しかった。
あざといくらいの色合いだが、ムードがとても出ていると思う。
特に「秦淮の夕」、「留園雨後」が好きで、前者は船上歓楽街ぽいところがたまらなく楽しい。ランタンも揺れていて、渡辺はま子の歌声が聞こえてきそうな感じがする。
後者は奇岩だらけの岩間の池とそれを見下ろすカフェというのがなにやらオシャレ。
やっぱり遊びに行きたくなるような風景と言うものが好きだ。

戦前の人気雑誌「キング」「婦人倶楽部」などの表紙原画がずらずらと並んでいた。
三郎助「羽衣」、武二「百合」、英作「のぼる朝日」などはおなじみのもので、ここだけでなくほかの展覧会でもシバシバ見かけるが、鹿子木孟郎「獅子」はここでしか見ない。
力強くていい感じ。
堂本印象の表紙絵シリーズも以前から大好きなので、再会できてとても嬉しい。
わたしは印象の戦前までの美人画が好きだ。
クレタ島風の「春の女神」、やはりイタリア風の「南国の女神」がベスト。
「君よ知るや南の国」ああ、かれといかまし。
ミニョンの歌声が脳裏に流れる。

戦後の「少女倶楽部」表紙絵では小磯良平の健康的で上品な少女たちが現れる。
みんなとても愛らしい。

伊東深水も昭和24年頃は大人気だから、「講談倶楽部」表紙絵はどれもこれも豊かな絵ばかりだった。風俗は和装ばかりだが、描かれた女たちはその当時の「現在」を生きるイキイキした眼をしていた。

昭和の半ば頃の「日本」表紙絵は東山魁夷が描いていたが、これは以前から思っていたけれどどう見ても日本画には見えない。不透明な塗り方や質感が、まるでポスターカラーまたは油彩という雰囲気を漂わせている。独特の面白味のあるシリーズで、タブローでの幻想性はないが、可愛らしさが全面に活きているように思う。

村上豊の作品で埋められた部屋へ入る。
大人向けのいいのは当然ながら、子供を対象にした作品にも名品が多い。
今回「中国妖女傳」は初めて見た。駒田信二の小説。手元にあるが、連載中には村上の絵が作品を飾っていたとは知らなかった。

ああ、ますます野間記念館が好きになる。
野間でいいものを見せてもらうと、講談社に対する好意が上がり、サントリー美術館で楽しませてもらうと、サントリーの飲料を買おうと思うが、車に乗れない私は出光に何のお返しも出来ず申し訳ないが、とりあえず機嫌よく出かけるばかりだ。
この野間記念館の名品展は12/20まで。
明るい気持ちで見て回れる内容なのは確かだ。

文化末ー天保の国芳

礫川浮世絵美術館では今月・来月と国芳の展示がある。
文化末から天保年間の作品が集められているが、メインは文政期以降の武者絵などである。

化成期の風俗その他がとても好きなので、その頃に活躍したものは何を見ても面白くて仕方ない。
国芳も文政以降は「むしゃ絵ノ国芳」として名を挙げているから、やっぱりいいものがぞろぞろ現れる。

三井寺合戦図  数人の武者が大暴れする図。迫力いっぱいのフルカラーで、画面いっぱいてんこもりな構図。暴れる武者たちはもぉメチャクチャもええところで、金剛力士像はひっくり返ってるし、木切れ持つ奴がおるなと思えば、それは全部大きな卒塔婆だったりする。いや、こういうのが楽しいんですな。

源三位頼政鵺退治  雷中の鵺がチカラギッシュに暴れている。やっぱり私はこういうのが好きだな?春信も歌麿も好きだが、国芳の元気さがいちばんだ。

鬼童丸を討つ四天王 市野原  秋の野で盗人・鬼童丸が殺した牛の皮をかぶって野伏せりする。芒の表現などが弟子の芳年にも伝わっているような感じ。
平安時代の強盗はなかなかにカゲキな輩が多く、エピソードも面白いので、構図も楽しい。
蔦紅葉、死牛の目、潜む赤い鬼童丸、そして金時の袴には「金」の字をデザインした文様があるのだった。

平知盛の亡霊  国芳ゑがく平家物語?源平盛衰記の中でも特にいいのは、やはりこの知盛シリーズだと思う。国芳か前田青邨か。知盛は二人に尽きる。
西洋では死者は緑色に塗られる。東洋では土気色。そして亡者は青で表現される。
知盛は角のようなものを生やしている。

芝居絵もあった。そのうちの一枚には台詞まで書き込まれている。いい台詞があった。
「小女郎、おぬしが体は抱へぬ、心を抱へた」
かっこいいなー。
「富岡恋山開」小女郎/瀬川菊之丞、出村新兵衛/松本幸四郎、玉屋新兵衛/坂東三津五郎。
これは文政9年の芝居で、国芳の先輩で芝居絵の天才・国貞も三枚続きを出している。

通俗水滸伝シリーズが出ていた。これはもうごく子供の頃から大好きなシリーズで、わたしも(絵葉書だが)集められる限り集めている。
松を叩き折る花和尚魯知深、雪中で闘う母夜叉孫二娘らがある。
見てるだけでこっちまで気合が入ってくるなーー。

このシリーズで爆発的人気を得た国芳は今度は「本朝水滸伝」と銘打って日本のキャラを描きたおす。
展示作品は八犬伝の犬村大角(礼の珠持つ角太郎さん)。大猫たいぢとあるが、父親に化けた山猫を退治しようという姿。八犬伝は絶対的にジュサブローの人形のイメージがあるけど、国芳の絵だけは別。こちらもすごーーーくスキスキスキ。 

菊慈童  以前にもここで見ているが、よそでは見たことのない一枚。菊のあふれる中にくつろぐ美童の姿。髪型はやや猩々にも似ている。川の流れがまた美しい。
たいへん優雅な作品だと思う。

ガラスケースの中には本が色々。「当盛水滸伝」ね・・・一妙開程由(いちみょうかい・ほどよし)名義の国芳その人がずずずいーっと、ばかりにご挨拶申し上げ候の図。
ここらあたりは春本のはず。なんとなく楽しい。

礫川は26から月末休で、後期は12/1から。楽しめる展覧会です。

古代ローマ帝国の遺産

西洋美術館の「古代ローマ帝国の遺産」展に二回も行ったのに、一向に書けないまま、間もなく12月になりそう。
時々こんなこともある。

大抵の場合、神々の彫刻と言うものは異教徒の手によって(この場合はキリスト教徒によって)鼻などが折られている。
その美貌を損なうことで、偶像への信仰心を薄れさせようと言うわけだが、しかし何百年後かの我々の眼には、それは瑕瑾にすらならない。
却って完璧な形の鼻が残された彫刻を見たとき、不思議な違和感を覚えるくらいなのだ。

しかしながら、ローマの彫刻は完全な形を残したものが多く、そこに色々なことが見出せるのだが、それはここでは問題にはならない。
ローマ帝国の彫刻は神々よりも皇帝や元老院のエライさんなどが多く、神々と言えばギリシャ神話を手元に引き寄せた(ローマ神話)像がある。
今回、美しい緑色に全身を染めたミネルヴァ像が、特別出展されている。

ウカツな事にその像がこの展覧会の目玉だと、人に聞くまで全く知らなかった。
聞いたのは見た後のことで、ああキレイだなという感想が湧いただけで、ありがたみと言うものは感じなかった。
そんなに大きな像ではないが、不思議に美しい像で、形だけでなく緑青の美と言うものをありありと感じさせられる。
緑青と言うよりこれはむしろ翡翠の美だとも思う。
なんにせよあまりに美しい。
像は真ん中に立っているので、ぐるぐるとその像をコンパスの中心にして眺めて廻る。
視線は常に像に向かう。そして視点を動かしながらみつめる。
美しい像を眺めて、気持ちよくなる。
それが美術品と向かい合ったときの醍醐味だと思う。

とにかくローマの実在の人々の像と言うものは、なんとなく憎たらしい感がある。
それはこちらの勝手な意識のものだが、イケメンだと思う像は見たことがない。
昔はよく古代ローマを舞台にした映画があり、それを見たときのイメージの悪さも影響しているだろう。なにしろ大抵のローマの権力者たちはメチャクチャな快楽主義者ばかりでその有様にはうぐぐになるばかりだった。
ヘドニズムというものは度を越すと、ただのグロテスクにおちる。
しかし永遠の都にはキモチ悪さと同時に憧れもあり、だからこそこうして二度も見に行くのだが。

紀元前2世紀頃といえば中国では前漢時代だったか、その同時代に「ペガサスの柱頭」が拵えられていた。今ここにあるものはその断片。
数年前、奈良博で「天馬」展があり、似たものを見た。文明の伝播がわかるような内容だった。天馬は西から東へ駆けて行ったことだろう。

白大理石の像だけでなく、彼らの使った金貨や食器類といった日常品なども並んでいる。
あんまりこれらの遺物には関心が向かないので、軽く流してから、地下へ降りる。
ローマの地下へ降りる、と言えばまるでカタコンベへ向かうようだがそうではない。
(カタコンベで道に迷うのは「即興詩人」だったか)
ローマの展示の下にはポンペイの展示があった。

十年近い前イタリア旅行に出かけたが、ポンペイは快晴とは言え、前夜の雨のせいでひどく道路がぬかるんでいた。泥土に轍の跡は飲み込まれていた。
秩序よく並ぶ家には入ったが、ベスビオ火山の噴火による一瞬の死を迎えた死者たちの姿はそこにはなかった。
期待していただけに残念な感じがしたが、彼ら生者の形のまま永遠の死者となった人々は、別な場にあると言う。
ネクロポリスというには、余りにカラリと晴れ上がった空と、明るい色彩の残る優雅な邸宅ばかりが残る街だった。

その邸宅の一部がここにあった。
見事な彩色の残る壁画と、噴水。
綺麗な壁画はその邸宅を飾るインテリアで、芸術云々よりも、「ああ素敵」と感嘆の声をあげるだけでいいような気がする。
そうすればこの壁画の元の持ち主もあの世で満足するだろう。
実際、そうなった。
「ああ、素敵」
わたしはキレーキレーと感嘆の声を挙げ続ける。
美しい庭園風景を描いた壁画。楽園の語源は「鎖された庭」だった。その言葉を実感する。

「ポンペイ最後の日」は映画にもなったが、偕成社の少年少女世界文学全集では悲しい読み物として、柴田錬三郎が見事な抄訳をあげてくれた。
そのイメージが心に残るからか、実際に行った日以前から、懐かしく慕わしく感じている。

数年前ポンペイ展があったが、そのときのキャッチコピーはなかなか面白かった。
確か「わたしたちより豊かですか」とかそんな意味のものだったと思う。
謙遜したって仕方ないから正直に「いえいえ、あんたさんらの方がずーっと優雅やと思いますわ」とポスターに向かってひとりごちたこともある。

噴水が特によかった。なんとなく「リカちゃんハウス」の昭和50年代の優雅な造りを思い出す。あの頃のリカちゃんハウスには美しい夢がこめられていた。

壁画は塗りつぶすか壊すかしない限りは、その絵のまま劣化するだけで、絵柄が変化することはない。(剥落のために美女が妖怪に変わることもあろうが)
インスタレーションの壁画はありえなかった時代。
優雅で愛らしい壁画。可愛い小鳥や花が描かれているのがいい感じ。

イオの物語をフレスコ画にしたものを見る。イオの額には小さな角がある。
エジプトにたどり着いた彼女はイシスに迎えられる。イシスの足元にはワニがいて、ワニもイオを歓迎する。
美しい構図、美しい色彩、美しい線描。

次々に現れるフレスコ画は、全てが何処かの邸宅の装飾だったのだ。
物語性の濃いものが面白い反面、その壁画は永遠に物語を抱え込まねばならないことを知る。クピドの壁、ダナエの壁、デュオニソスとアリアドネーの壁、セレネーの壁・・・

今思い出そうとしているが、コミックで古代ローマを舞台にしたものは何があったろう。
「剣闘士ローマの星アリオン」ふくしま政美、「我が名はネロ」安彦良和、星野之宣「妖女伝説」の一部、あしべゆうほ「クリスタルドラゴン」もまた古代ローマが描かれている。
しかしそれくらいしかわたしは知らない。

初日に出かけ、二ヵ月後に再訪した展覧会だが、二度見ても楽しめるいい内容だった。
12/13まで。

ユートピア 描かれし夢と楽園

ユートピア 描かれし夢と楽園
このタイトルを見て、東洋の芸術作品が現れることを予測した人は、少なかったのではないか。
出光美術館で現在、このタイトルの下、日本を主にした作品が並べられている。

出光美術館の展覧会予告を見たとき、このタイトルで洋画なしで作品が集められるのか、と勝手な心配をした。
このタイトルで集まる絵といえば、テンペラ画やフレスコ画で描かれた天上のイメージ、ラファエル前派の作品群、ゴーギャンのタヒチ、ルソーの描く密林・・・そんな作品だろうと思う。
しかしそうではなかった。
南宋の青白磁、山越えの阿弥陀図、寿老人、蓬莱仙境、富嶽、周茂叔や林和靖の好む世界、四季草花図、源氏物語絵・・・
こうした東洋の美が集まっていた。

「時の止まった世界はユートピアだ」 諸星大二郎「マッドメン」。
この言葉がユートピアの本質を表わしている。
ここに集められた作品は、止まった時間の中での情景が描かれたものばかりだった。
少しの動きはあっても、そこから次へ向かうことはない。
枠の外へ飛び出すこともなく、ユートピアの住人であり続ける。
作品は以下のタイトルの区分けの中に納められている。
夢ものがたり―夢見と夢想、そして幻想
描かれし蓬莱仙境―福寿と富貴
美人衆芳―恋と雅
花楽園―永遠なる四季

青白磁刻花蓮池文枕  南宋時代の景徳鎮で生まれた陶枕。薄い綺麗な色。やさしい花の姿が刻まれている。そして枕の表面を支える柱のあたりには、三次元の花が活きている。
この枕では永遠に美しい、楽しい夢を見ていられるだろう。

布袋図 室町時代  布袋の持つ大きな袋には何が入っているのだろう。大袋に寄りかかってのんびりくつろぐ布袋は答えようとはしない。
サンタクロースの大きな袋には、子供たちへの贈り物が詰められている。
大黒の大きな袋には米や着替えがあるだろう。
この布袋は誰のために、何のために、こんな大袋を持っているのだろう。

佐竹本三十六歌仙絵「柿本人麿」  人麻呂は固有のポーズをとる。そのポーズをとることで、人麻呂だと認識される。彼は異朝にあって本国を想う。帰れぬ故国を想い、夢想する。夢想するからこそ、そのポーズなのだった。

山越え阿弥陀図 詫磨栄賀 南北朝時代  金色に輝く阿弥陀如来。藤原南家郎女が見た「まぼろしの人」の面影。この阿弥陀は真正面を向いている。誰かを迎えるためでなく、衆生を眺めるためにそこにいるかのように。

涅槃図 斉藤秋圃 江戸時代  釈迦ではなく大根でも八世団十郎でもなく。では誰の涅槃図かと言えば、これは仙がい和尚の涅槃図なのだった。それも大きな筆が夢見た、という構成をとる。周囲にいるのは近所の人々。他に和尚の好物品がぞろぞろ。
なんとなく楽しい。

吉野龍田図屏風 桃山時代  いかにも桃山らしい豪華な屏風。大満開の花を描いた吉野と、凄まじいほどに紅葉した楓の龍田と。惹かれたのは秋だった。この華麗な秋色に敵う色彩は見つからない。

粉彩百鹿文双耳篇壷 中国清時代  白、赤赤、かのこ・・・あちこちに鹿がいる。寝てたり噛んだり、隠れたり、角突き合わせたり。乾隆帝の時代、こういう細密描写の技量が目覚しく上がったけれど、本当に可愛くて楽しい。

百寿老画賛 仙ガイ  オジイサンまみれ。下の方にはミッフィーもどきなのもいる。
眼が・・で、お口がXなの。

四季花鳥図屏風 山本梅逸 弘化2年  雀がイキイキしている。キジがぬっと出てくる。燕は案外静かに飛ぶ。梅逸は大抵が頴川美術館で見るので、出光にもあるとは知らなかった。優しくていい絵が多いので、好きな絵師。

色絵梅花鶯文富士形皿 肥前窯  これは前々から見たかったので嬉しい。いい感じのお皿。形と絵柄と、二つも楽しめる要素を持っている。

宗達の伊勢色紙シリーズは以前に久保惣美術館で随分多くを見たが、やはり「武蔵野」「芥川」は白眉だと思う。追っ手がすぐそばにいるのに、この駆け落ちの恋人たちは互いしか見ていない。恋心が心のユートピアだということを実感させられる「武蔵野」。

以前から好きな「桜花弾弦図屏風」の美人たち、わるい猫のいる「美人鑑賞図」(美人が鑑賞を楽しむ図を楽しむわれわれ、という入れ子構造そのものが、楽しくもある)、「琴棋書画図屏風」の美人たち・・・
山中で、清澄な心持で滝を見たり、月を眺めたりするオジサンたちを描いたものより、こういう美人たちの元気そうな様子を見るほうが、ずっとわたしは楽しいよ。

秋草図 鈴木其一  アサガオ、オミナエシ、フジバガマ・・・幻想的な雰囲気で描かれているが、どことなく少女マンガ風な美を感じる。いいものを見た。
ところで最近アサガオが秋草だと言うのを感じるようなことがいくつかあった。
先月末か、京都市役所の西側壁に青いアサガオが満開のまま活きていた。
近所では赤いアサガオがよく咲いていた。
そのことを人に言うと「琉球アサガオでしょう」と言われたが、そうかどうかは知らない。

本当に綺麗なものばかりを見て嬉しくなる展覧会だった。
出口間近には、次回の予告がある。ゾウの耳つきウサギの香炉(へんな書き方だ)。
仁清のもの。いつも出光はいい展覧会を開いてくれる。ありがとう・・・

伝え行く典籍の至宝

五島美術館で「伝え行く典籍の至宝」を見る。
大東急記念文庫創立60周年を記念しての特別展と言うことで、その大東急記念文庫が所蔵する貴重な典籍の展示が11/29まで開かれている。
ここの典籍は播磨の井上通泰文庫も含んでいる。今回そのことを知って、いくばくかの感慨を持った。

本が好きだ。
子供の頃から読書が好きだった。
ある時期までは、図書館はわたしの修行の場であり、社交場でもあった。
ただし子供の頃は活字体の「物語」にしか関心がなく、古文書・古き典籍(書物)に眼が向いたのは、中学の終わりから高校にかけての頃だった。
大学では国文学を専攻していたので、否応なしにお近づきになったが。

今回のチラシを見ると、奈良絵本と八犬伝と平家物語が眼に飛び込んでくる。
好きなものばかりが出る。
ドキッとした。わたしはごくごく小さい頃から八犬伝と平家物語がたいへん好きなのだ。
八犬伝は人形劇「新八犬伝」から、平家は非常に身近なところから、共に酷愛の軌跡を辿り続けてきた。
どうして見ずにいらりょうか。

本朝では天平勝宝の古文書から明治末の小説「門」までが並び、異朝では唐代の経と南宋の絵、明・清の絵本までがあった。
特に気に入ったものについて少々。

般若理趣経 藤原教長筆 平安時代1142年  梵字も書き込まれている。この年は丁度崇徳天皇が無理やり近衛天皇に譲位されられた年。

本朝神仙伝 大江匡房撰 南北朝時代  なんだかこういう本があるということだけでも嬉しくなる。水木しげる的な。

奈良時代から江戸時代の手鑑を集めたものがあった。料紙が美麗。鴻池家旧蔵。
これは以前にも見た気がする。しかし鴻池家のどの売り立てのときに出たのだろう。
・・・見て回るとかなり多くの鴻池家旧蔵品がある。

吉備大臣物語 鎌倉時代  ボストン美術館に「吉備大臣入唐絵巻」があり、それと同じ物語。?遣唐使の吉備真備が在唐中に幽閉され、鬼(幽霊)となった安倍仲麻呂に導かれて、皇帝による『文選』や囲碁による無理難題を解いて、遂に帰国を達成する?
「何者ゾ我ハ日本国使者」と書いてあるのが見えた。なんとなくこういうのは南條範夫「燈台鬼」を思い出すのでヒヤヒヤする。

北野天神縁起絵巻断簡 弘安本 鎌倉時代  丁度よく見かけるシーンが出ていた。例の物狂いの女。なんだかいいですねー。

平家物語 延慶本 室町時代  大学の頃「平家」を専攻し、読み本系・語り物系の比較、安居院の唱導とかなんとかそんなことを熱心に調べたり学んだりしていた。
だから今こうして目の前に「祇園精舎」が現れるのを見て、わくわくして苦しかった。
「耳なし芳一」のおかげで、ごくごく小さいうちから「平家物語」の部分部分を暗誦するようになったことを思い出す。

奈良絵本がいくつかある。これがまた好きなものばかり。
「十二段草紙」「すずか」「くまのの本地」「曾我物語」・・・中世の薄い闇を引きずったものが好きなのだ、と実感する。

しかし江戸中期、「作者」による創作物語もまた、好きなものが多い。
西鶴「一代男」のぞきの場、「五人女」「胸算用」などがあった。丁度これを見た七日前、関西学院大学で西鶴「男色大鏡」が展示されていたのだが、それを知らず見そこねたことが悔いとなっていたので、ここで他の作品に会えて嬉しかった。

さて「八犬伝」。表紙を見ただけで嬉しくてならない。天理大学図書館にもかなりの数が収められているが、この物語の表紙絵は本当に可愛い。基本的にわんころ絵。色んな構図でわんわんころころしている。見ただけですぐに再読しようかという気になるのだった。

赤本、黒本、青本などもある。中でも寛延三年の「化物義経記」は面白かった。
「梅ごよみ」「田舎源氏」といった、当時の大ベストセラーもある。
残念なのは「常陸坊かいぞん」が前期展示で、見そこねたこと。
どんな芝居だったのだろう。わたしは秋元松代「常陸坊海尊」はとても好きなのだが。
やはりあれか、東北に残る海尊伝説を芝居にしたのだろうか。

「京雀」「北斎漫画」といったメジャーどころも見て満足したところへ、延喜式の祝詞の解説本や水滸伝関係、河鍋暁斎の日記などが現れ、挙句に漱石「門」がトドメとなって、わたしを刺した。

読むことも好きだが、「本」それ自体が好きだと言う人にも、この展覧会はぜひ見て欲しい。

夢と追憶の江戸 高橋誠一郎浮世絵コレクション名品展3

三井記念館の高橋コレクションもいよいよ終盤に来た。
三期に亘り本当に楽しませてもらった。ありがとう。
作品の良さもさることながら、展示方法も良かったと思う。三期の入れ替えがあるから、並べ方も共通していて、「あっそろそろあれかな」と期待させてもらえたし。
それで入れ替えた作品を眺めては、楽しい心持になったのだ。

菱川師宣 よしはらの躰  これも手彩色。1期2期のが春本の始まりページのあれこれだったのに対し、こちらは吉原のさる見世の奥、厨の様子などが描かれている。忙しく働く人々、庭にいる犬の目つきなどがなかなか面白い。
しかし吉原の場合、我がとこの奥で調理するということはあんまりなく、仕出しの店も決まっていたというから、これはお客向けのものではないのかもしれない。

鈴木春信 風俗四季哥仙 立春  このシリーズも随分楽しませてもらった。女は天照大神の見立てで、若衆は廊下にいるというのが、なかなか面白い構図。
咲き零れる白梅は摺りと色だけで表現。

双六のけんか  子供のケンカシリーズとでも言うべきか、この並べ方にはワクワク感がある。ちびっこ五人が掴み合いと仲裁とでてんやわんや。いちばんちびっこは吹き飛ばされている。

鳥居清長 見南美十二候 八月  ミナミとは大阪のミナミではなく、吉原を北国と称したことに対する南、即ち品川になる。解説では私娼窟うんぬんとあるが、品川は官許ではないから確かにそうかもしれないが、しかし立派な見世が軒を連ねていたはずだ。
「幕末太陽傳」を思い出すね。
ここには居残り佐平次はいなくて、前髪立ちの若い男がねそべっている。
女も綺麗で、海が見えるのがいい構図だと思った。

喜多川歌麿 高名美人六家撰 辰巳路考  渋い着物を着て笑っている女。手首には輪ゴムをはめたような線がある。それにしても「路考」とは、役者の瀬川路考のようだ。

歌麿 教訓親の目鑑 俗ニ云ばくれん  ばくれんか、懐かしい響き。はぶらしを咥えているが、ふてぶてしさが面白い。どことなく江戸のばくれんたちは、現代の女たちと通じる無頼さがある。

東洲斎写楽 市川蝦蔵の竹村定之進  雲母がよく残って銀がギラギラ。黒髪も袈裟も色がはっきりと残っている。とても素晴らしい保存状態だ。
この写楽シリーズは展示室2で一枚だけ鎮座ましますというスタイルを取っていたが、どの絵もみんな素晴らしく雲母がよく残っていると思う。

二代鳥居清信 これもち・わたなべきおう  紅葉狩の書き換え狂言かと思う。

奥村政信の源氏絵は朧月夜、夕霧が結婚を許されるところが出ていた。
このシリーズはそれこそ手元でぱらぱら開いて眺めてみたい。

春信 風俗四季哥仙 五月雨  お風呂屋さんの前。行き交う少女と女。お風呂屋さんは明日休み。犬の親子がいる。ああ、なんとなく物語がそこにあるような。

春信 風俗四季哥仙 神無月  若衆が文を読む。それをせつなくみつめる少女。
♪好きだよと言えずに初恋は 振り子細工の心・・・ 歌が胸に蘇る。

春信 銀鞍白馬  若衆と奴が花の下にいる。花が白く見えた。春だなぁ・・・この構図は愛されてきたらしく、浮世絵だけでなく大正以降の叙情画にも多くその構図がある。

春信 白象と唐子  かわいい??ゾウは色のみで表現されている。キメ出しというのはこういうときにいいなー。

礒田湖龍斎 風流三つのはじめ  朝の吉原、嫖客が帰るところ。女にはまだ未練が残る。
(凄いな)、妓夫太郎もお見送り。明烏が舞い舞いしている。
新内の「明烏」は名曲だ・・・二度と惚れまい 他国のヒトには 末は烏のなき別れ
しかしこの図は男がサッと帰るからかっこいいのだが。

歌川豊春 浮絵十二段管弦の図  御曹司が浄瑠璃姫の屋敷の門前で笛を吹く。中では女たちが管弦(というより雅楽)を楽しんでいる。遠近法が面白い浮絵。

勝川春章 二世助五郎の団七九郎兵衛と中村仲蔵の義平次  「夏祭」の中でも特別好きな「長町裏の段」ですな。悪い人でも舅は親・・・あ゛―スキスキスキ。

勝川春英 二世中村仲蔵の斧定九郎  アチャーな手つきが面白い。初代仲蔵が現行の「カッコイイ」定九郎を作り出したから、二世仲蔵のこの図も絵として残されたわけですね。

春英 金時の辻宝引き  鬼退治で名を馳せたオトナ金時が、鬼の子供らを相手に遊んでやっている図。着物着た鬼の子供らは金時オジサンの持つ引き物(先にお菓子やおもちゃがついている)に大喜び。元々金時は金太郎時分、人の世から離れ、異界の住人だったわけだから、そのまま長ずれば彼もまた鬼の仲間に入っていたろう。
仕事を離れるとこんな風に鬼の子供らと遊ぶんですよ、という感じ。

鳥居清長 色競艶婦姿 口論  いわゆるチワ喧嘩。女はふくれてるし男はなんだよ、というところへカムロが「まぁまぁ」となだめようとする。

清長 色競艶婦姿 浴室  見世の内風呂。廊下には尻尾のくるんとした黒犬がいる。

喜多川歌麿 朝顔の門難波屋おきた打ち沈む図  火鉢の灰をいらう、というのは心面白くないときの常套でしたか。手持ち無沙汰に火箸をぐいぐい・・・

歌麿 うらみ侘び  男女のケンカ。女が男の胸倉を掴みかかっているのがいい。

高橋コレクションにはなかなか色っぽい画題の作品が多くてオヨヨな感じもするが、そこがまた楽しい。

歌川豊国 役者舞台之姿絵 たち花屋  八世八百蔵の立ち姿、かっこいい!こういうのが売り出されていたら、そりゃ買いますよ。

歌川豊広 梅咲く園  これは解説が間違ってると思う。絵は初春らしく猩々の凧揚げもあり、梅花爛漫なのに解説は「初夏のころ、梅が実り云々」とある。別なシーンと間違えているのだろう。

渓斎英泉 浮世美人見立三曲  三曲というのは琴、三味線、胡弓という決まりがある。芝居だと「阿古夜の琴責め」というのがそれ。
さすがに今は胡弓を弾く人と言うのは中国の人ばかりな気がする。

北斎の富嶽、広重の五十三次もみんな色合いがよいものばかりが並んでいる。
1期2期を思い出しながら比較して回ると、作品の保存の良さもさることながら、展示そのものの楽しみも味わえるという、よい趣向。

北斎 少年行  これは元の歌自体が好き。いい情景を北斎は描いている。
関係ないが、南條範夫は高杉晋作の「少年時代」を三作書いているが、そのタイトルが「鷹と氷壁」「城下の少年」そして「少年行」なのを思い出した。

月岡芳年 五条橋  肉筆。静かに笛吹く牛若丸と背後に現れる弁慶と。ああ、いい構図。
衣装の襞がとてもいい。弁慶の足指の開き具合に力強さを感じる。

落合芳幾 鳥井又助  これは水中で生首を咥える図。鏡山の芝居の一部だが、又助の話は近年全く上演されていないが、無残なのでムリなのかもしれない。

芳年 お富与三郎  粋な黒塀 見越しの松 婀娜な姿の洗い髪・・・いいねぇ!これは今からユスリに入ろうかと言うシーン。こうもり安がいる。ずっと向こうには新内語りも歩いている。ああ、素敵。

芳年 平維茂戸隠山鬼女退治之図  水に映る影を見て女が鬼だと気づくシーン。明治に入ってからの芳年の絵はいよいよ物語の緊迫感がつきあがってきて、ドキドキする。

それにしても本当にいいコレクションを三期に亘って見せてもらって、嬉しかった。
感謝の気持ちで一杯。
この展覧会は11/23まで。

皇室の名宝 2期

皇室の名宝展2期に行きました。
1期は金曜の五時半に、今回は金曜の五時に入ったけど、どちらも正解だった。
機嫌よく見て回れる空間があったから。
例によって好きなものだけ感想を。

1章 古の美  考古遺物・法隆寺献納宝物・正倉院宝物

御物石器 穴水町出土 縄文時代
これは10年前にも見た。ヒジョーにフシギな石器。あんまりじーっと眺めるのはさけて、ヨコメでチラチラ。能登には古代から何かしら「あった」ことを思う。

流水文銅鐸 天理市石上出土 弥生時代
銅鐸の文様が流水というのはなかなかオシャレだと思う。セーターがそんな感じなの、という雰囲気。

家屋文鏡 北葛城郡河合町佐味田宝塚古墳出土 古墳時代・4世紀
直弧文鏡 北葛城郡広陵町(新山古墳)出土 古墳時代・4世紀
どちらの出土先も今では住宅街で、さすがにこの古墳はあれですけど、周辺が。
でも千年後には、その家々の遺物が掘り出されたら、それも価値とか出るかもしれない。
・・・これらの鏡はやはりメイド・イン・ジャパンぽい感じがする。

三角縁三神二獣博山炉鏡 北葛城郡河合町貝吹古墳出土 古墳時代・3?4世紀
三角縁四神四獣鏡 北葛城郡広陵町(新山古墳)出土 古墳時代・3?4世紀
三角縁龍虎鏡 富岡市茶臼山(北山)古墳出土 古墳時代・3?4世紀
こちらは大陸の影響を受けたというより、指導を受けたような。

人物埴輪 女子頭部 仁徳天皇陵出土 古墳時代・5世紀
以前から好きな埴輪。優しい面立ち。堺市博物館には明治の発掘記録があって、仁徳天皇陵の石棺の再現まである。それを思いながら眺めると、どことなくゾクゾクする。

刀子(法隆寺献納宝物)5口 奈良時代・8世紀
金彩絵香木把烏犀鞘刀子/碧瑠璃把緑地斑竹文樺巻鞘刀子/碧瑠璃把斑犀鞘刀子/黒柿把蘇芳染金銀絵小刀/花菱文木画荘把鑚
小さいからちょっと見づらい。しかし綺麗なのはよくわかる。

木画箱(法隆寺献納宝物)中国・唐時代・7?8世紀
これは以前にも見た記憶がある。ところが今この記事を書くに当たって、見て回ったときのリストが手元から消え、細かいことが思い出せなくなっている。

逆沢瀉威鎧雛形(法隆寺献納宝物)平安時代・12世紀
平安時代の鎧なのに某太子が用いたという伝承がある、と言うのがとてもスキ。

聖徳太子像(法隆寺献納宝物) 奈良時代・8世紀
・・・昔はこの肖像画を見ても何も感じなかった。(感銘を受けたとかそういうのでなく)
今はダメだ、何がどうダメなのかは一言では言えないが、とにかくダメ。それで怖いもの見たさで指の隙間から見るような状況で、見た。
やっぱりこわかった。

さて正倉院からお出ましの宝物の数々・・・

赤漆文欟木御厨子 飛鳥時代

紅牙撥鏤尺/緑牙撥鏤尺 奈良時代
どちらも好きなもの。わたしが勝手に好きなだけ。本当に綺麗。こんな技能が活きていた時代、憧れる。しかしいつの時代にも素晴らしさだけがあるわけではない。

螺鈿紫檀阮咸 奈良時代
これは好きな楽器の一つ。螺鈿の配置が素晴らしい。オウムだかインコだかがいて、丸々した頭がかわいい。

漆胡瓶 奈良時代
何年ぶりに実物を見ることか。遠目には黒いポットだが、近くによって凝視すると、様々な柄模様が浮かび上がってくる。素晴らしい造形。見事な光沢と象嵌技術。

鳥毛篆書屏風 第5・6扇 奈良時代
文字の屏風。篆書は紀元前3世紀頃の成立だったか。大陸渡りの文字は何百年前のものでも新しく、そして魅力的だったろうと思う。

他に花氈(カーペット)銀薫炉など、今でもありそうなものが出ている。
螺鈿箱と沈香木画箱も見飽きない。奈良博でもいつもかじりついて見る。

平螺鈿背円鏡 奈良時代
これはわたしが最初に見た螺鈿の鏡だった。もう20年以上前のこと。そしてこの文様をモティーフにしたスカーフを購入したのが「ならシルクロード博」でのこと。
今も壁に飾っている。うっとりしながら、ただただ眺める。

黄金瑠璃鈿背十二稜鏡  奈良時代
これは初見。実に綺麗な文様と色めを見せている。美麗、あまりにも美麗。
ときめいた、本当にときめいている。そして8年ほど前にこの宝物の模造品が作られていることを知り、現代もまだ素晴らしい技能を持つ人がいるのだと思った。
(その模造品は今回ここには出ていない)

2章 古筆と絵巻の競演
こちらは平安時代の書がメインで、三蹟とか三筆とか褒め称えられている人々の書蹟が並ぶ。
書もいいがそれより料紙の方に眼がいったりいろいろ。
熱心に読む人々のジャマをしてはいかん、と空海、橘逸勢、小野道風、藤原佐理、紀貫之の手をチラチラ眺めて去った。

春日権現験記絵 巻第1・5・19 高階隆兼筆 延慶2年(1309)頃
見ましたね、ついに。奈良女子大が丁寧な造りの江戸時代の模本をサイトで公開しているから、そちらでは見ているが、実物を見るとやはり感銘を受ける。
鹿の奴らがイキイキしていた。あんまり春日大社には行かないが、たまにはそちらにも行ってみようかと思った。

蒙古襲来絵詞 鎌倉時代
これは前回も見たような気もするが、その前に見たのか、ちょっと思い出せない。
戦闘の最中、リアルな表情と血しぶき。今もその現場には土塁が残されているというが、この絵に出てくるような状況を、その土塁は見ていたのだ。
蒙古人の表情もはっきりしている。

天子摂関御影(天子巻) 藤原為信・豪信筆 鎌倉-南北朝時代・14世紀
こういうのはなんとなく楽しみで見てしまう。ふーん、こんな感じかぁ、という風に。

小野道風像 伝頼寿筆 平安時代
うーむ、ギガな人。

3章 中世から近世の宮廷美 宸翰と京都御所のしつらえ

ああ・・・ご宸翰。天皇家のご先祖様のお手紙なのですね、改めて思えば。
つい先だって伏見院のご宸翰を黒川古文化研究所で拝見したところ。
その伏見天皇のご宸筆が色々あった。
それでか、勝手ながら懐かしいような心持になりました。

源氏物語図貝桶・合貝 江戸時代
一度くらいこれで遊んでみたいと時々思う。立派な貝。綺麗な絵付け。女の子の幸福か。

宇治川蛍蒔絵料紙硯箱 飯塚桃葉作 安永4年(1775)
申し訳ないが、ちょっと蛍が飛びすぎているのが・・・な感じ。今ではこんな情景見ようにも見れません。

他に色々と雅な屏風絵が飾られていた。
探幽や宗達。それらは献上されたのだろうか。
なんとなくそんなことを思った。

御即位行幸図屏風 6曲1双 江戸時代
寛永行幸図巻 巻下 狩野永納筆 寛文7年(1667)
描かれた世間の姿に、政治的な意味合いを探すのもどうかなーと思いつつ・・・
そんな興味で眺めるのも楽しかった。

唐子遊図屏風 狩野探幽筆 6曲1双 江戸時代
大きく描かれていて子供らの表情もイキイキと可愛い。でも・・・遊ぶ内容がわたしには…

琴棋書画図屏風 山本素軒筆 6曲1双 江戸時代
珍しくもオジサン絵ではないのがよかった。こうして眺めると、仇英の宮女図を思い出す。


4章 皇室に伝わる名刀
刀は高校の頃はかなり興味があったけれど、今はあんまり関心がない。
今も歴女だけど、高校?大学の頃の熱情がちと薄れてしまった。
それでもじーっ眺めましたな。波打つ銀にときめいたりしつつ。
今は刀本体よりその来歴とか由来、刀匠の話の方に関心がある。

見終えてから階下へ降ると、「正倉院宝物の模造制作活動-伝統技術の継承と保護」という企画があった。
丁度こないだ見たばかりの子日犂、子日目利箒のコピーがあって、嬉しいような感じ。

螺鈿槽箜篌  明治32年(1899)
百年前にこのクゴを拵えたのだから、その当時の日本の職人の技能の高さは素晴らしい。

螺鈿紫檀五絃琵琶  明治32年(1899)
オリジナルが立派だからというだけでなく、この再現品にも命があるのを感じる。

模造 琵琶袋 株式会社龍村美術織物 平成3年(1991)
少し前に作られたのか。龍村が再現したというだけでもドキドキする。
初代龍村平蔵の獅子狩文錦再現の物語は、常にわたしの胸底にある。

龍村だけでなく、川島織物の仕事もある。大好きな会社の仕事をこうした場で見ることが出来たのも嬉しい。
本当にありがたい展覧会だった。


神無月の首都圏ハイカイ?

二日目。静嘉堂へ向かう。招待券には同伴者一名もOKとあるので、大抵の場合わたしの次に来た人を誘うことにしている。ここへは基本的に朝イチにくるのだ。
若いのかそうでないのかわからないお兄さんはてっきり割引かと思っていたようで、無料ですと受付さんに言われた瞬間、大きくお辞儀をしはった。まぁ誰であろうと喜んでくれはるのが嬉しいよ。わたしもこの招待券をいただいたクチだから、シアワセは他の人にも分けてあげればいいと思うし、それでこういう思いやりが伝播していけばエエのだ。

水墨画。これまでは避けていたが近年、だんだんと「・・・面白い」と思うものも出てきた。
ただ水墨画は大抵が山水画で、俗塵を避けて山中に隠遁するオジさんを描く、という構図でしょう。わたしはまだまだ紅塵の巷・俗世間に居りたいからなー。
近世風俗画の名所図に魅力を感じるヒトにはまだまだ遠い世界か。とは言うもののオジさん語で言うところの「逆に言えば」そんな巷におってそれなりに楽しいからこそ、こんな隠遁思考を持つのかもしれない。

五島美術館へ。「典籍の至宝」と言うことで昔の古いご本が並んでいるわけです。
これがまた嬉しい展覧会で、予定してた時間をかなりオーバーした。
奈良絵本も八犬伝も西鶴もあり、読み本・黄表紙なんぞが好きなわたしはホクホクしたよ。
実は先般、関学所蔵の貴重書(西鶴「男色大鏡」など)特別展示がある日に関学に行ったのに、情報を持たなかったので、見ずに帰ったことが悔しいて悔しいてならなかったのだ。
特にわたしの好きな話の挿絵が出ていたようなので、メマイがしたな。
この展覧会については後日特に詳述を重ねたいと思う。

上野毛?自由が丘?恵比寿と乗り継いで、三越の地下でフォーと生春巻きをいただく。
ここのフォーはわたし好みのダシなんだが、量が多くて苦しくなった。
朝・昼はあんまり食べないので、外食時にときどき困る。
(しかし夜に色々おいしくいただきすぎるというのは実によくないので、改善しなくてはあかんねんけどねぇ)

写真美術館へ入ると嬉しいお知らせが。今上陛下ご即位20年をお祝いして、15日まで「旅へ」は無料になっていた。まことにありがたく嬉しいキモチなり?。
このシリーズは1期とこの3期に興味があったのでのこのこ出てきたが、見る価値のあるいい展覧会だった。
森山大道が撮ると、日本でもアメリカでも犬はベロをダラーと出すイキモノなんだと思うし、川田喜久治の作品にも会えてわくわくした。
林忠彦は今丁度新宿で「文士の時代」展もしてるが、いいタイミングだと思う。

神谷町から大倉へ行くのは久しぶり。いつも六本木1丁目から。・・・オバマさんの来日にあわせてモー凄い数のおまわりさんがいてはった。
大変ですなぁ。なんせ宿泊はこのホテルオークラ、その前にはアメリカ領事館か。
普段から時々おまわりさんいたはるが、今回は凄かった。感心した。

ちょっと紆余曲折の末、上野の都美へ。冷泉家の展覧会ですな。よく混んでます。
混んでるんはいいが、人波をかきわけてガラスの前に立ったわたしの前に、定家の書写した「更級日記」が。
・・・大学のとき、この更級をテキストにしてたんだよな??わたし。
定家のクセのある文字を解読するのにどれだけ苦労したことか。
更級日記自体は千年前でも、共感する話なので好きなのだがね。
それでわたしのお習字の先生が定家ファンで、わたしの持つ更級日記を貸すと、大喜びしてはったことを思い出す。
せんせ、生きてたらおんぶしてでも連れたげたかったが・・・
よくせんせを自転車の後ろに積んでアチコチ出かけたことも昔の話になってしまった。

ブリヂストンへ。安井曽太郎の肖像画。これはちょっとばかりわたしには「!!」な感じ。
後日に色々書くけど、久しぶりにブリヂストンでワクワクした。
ときどきブリヂストンでは自分の価値観が変わるような展覧会に当たる。

いつも飯田橋で降りるが神楽坂駅まで出てみた。洋食をいただく。一口だけのビーフシチューとか色々。おいしかった。
しかしそのために紀の善に入れなくなる。もう苦しい・・・
腹ごなしにブックオフに行く。探し物は見つからず、忘れてたのがみつかったのに、読むことまで忘れてしまう。来月にはもぉないでしょうなぁ・・・

三日目。この日は都内から離れて横浜へ。
快晴。暑い。上着も一緒に大阪へ送ればよかった。
えびさんと久しぶりに会う。夏以来。
元町・中華街駅から神奈川近代文学館へ向かうのだが、前までは5出口から出て坂を上がるか、公園の階段を上るかしてたけど、今回6出口から出た。長いエスカレーターを乗り継ぐと・・・アメリカ山やったか、そこにおるやん。
びっくり。外人墓地のところ。
随分前に横浜の近代建築を歩き回ったときに起きた笑い話をする。
「えー、じゃあもぉ横浜と言うとそのイメージが」
「そぉ。必ずそのときのことを思い出して笑ってしまうの」
とか何とか言うて歩いていると、いきなりわたしの右側にmemeさん出現。

よくmemeさんとはバッタリ遭うことがあるけど、今回はわたしの行動を予測してはったらしい。やられた、ヨマレてしまっていた、負けた?(何に?)
三人揃って神奈川近代文学館「江戸川乱歩」展に入る。
memeさんに「分身の術で増殖してくれたら団体割引になるデ」と持ちかけたが、ムリだった。教祖memeさんもえびさんもわたしもフツーに入館した。
最終日だったが、随分繁盛していた。やっぱり乱歩は人気があるなぁ。

そこから歴博へ行くというmemeさんをわざわざ呼び止めて「memeさんに似てる」と芳年の絵を示す。
「どこが似てんのよ」「目の大きいところ」
聴いていたえびさんが笑っていた。そう、わたしはなんかいたずらしないと気がすまない。

元町へ降りると横浜国際マラソンの影響で、やっぱりここも交通規制。根岸まで出てからバスで三渓園へ行く。ちっとばかり道を間違えてから(お約束)、園へ入る。
何年ぶりかなーここへ来るのは。十年ぶりかもしれない。(13年ぶりだった)
あの時は10/10だったから銀木犀がすごくいい匂いだった。
夜には中華街の双十節で、獅子舞の後を付いて回って、爆竹のにおいを思う存分味わって、クラクラしていた。
銀木犀と硝煙の匂いが同時に記憶に残っている。
(「失われた時を求めて」は紅茶とマドレーヌだったっけ)

さすがに神無月に銀木犀はないから、とにかく三渓の拵えたおそばを食べることにした。
汁なしのあんかけれーめんみたいな感じで、これはなかなかハマる。
わたしは好きやなーこういうの。

えびさんがカメラであちこちパチパチ。わたしの拍手もパチパチ。えびさんにねだって茅葺の古民家の欄間を撮影したのを送ってもらう。ありがとう、えびさん。

しかしいい庭園ですなー。いつも京風の庭園ばかり見てるから、ちょっと気分が変わって楽しい。シダがいいよなー。
菊もいっぱい展示されていた。丸々した菊や懸崖作りや糸菊が好きだが、エリザベス・カラーをしたような菊もあって、それにも惹かれた。
「ミヒャエル・ゾーヴァのあのナサケなさそうなワンコを思い出しませんか」
「あーっあれですねー」
菊もへんな例え方をされたもんだ。

記念館では仏画や抱一などがあったが、やはり東博所蔵になった孔雀明王が群を抜いて綺麗だった。三渓は例の「佐竹本三十六歌仙」の最初のメンバーの一人だった。

とりあえず根岸まで戻り、森林公園の滝ノ上まで出た。ここには馬の博物館があり、サーカスや曲馬作品を集めた展覧会が開催中。
とにかくそういう楽しそうな画題が好きなので、喜んでやってきた。
馬上才とかチャリネの曲馬団なぞから始まって川西英の版画、シャガールまでがあった。
こういう展覧会は本当に楽しい。
常設展示は馬の骨格標本や馬力測定、馬の視野などを知る体験コーナーなどがあり、それぞれ子供さんが熱心にぶつかっていた。
こういうのも楽しいからいいねー。

横浜のポルタでお茶してえびさんとおさらば。
次はぜひ藤沢の遊行寺から江ノ島ツアーしましょう。
羽田へは京急ですぐ。目に付いた焼きかりんとうを買って飛行機に乗った。
これで楽しい神無月の首都圏ハイカイも終わり。
来月の東京は12/18?20。
一月はまだ決めていない・・・

神無月の首都圏ハイカイ

神無月の首都圏潜伏&ハイカイ記録です。
各展覧会の個別感想はまた別途(各とか個別とか別途とか文字を使いすぎてる)

寒いのと温いのとが半々だと言うのでちょっと服に困った。行った日はけっこう寒いという情報で、ダウンの人々も見たけど、予測してたほどには寒くはなかった。
もしかすると気合が入りすぎて熱が出てたのかもしれない。

京急羽田空港駅の窓口だけの販売で、そこから泉岳寺と都営線とメトロとが1日フリーというチケットがある。1300円。これはわたしのような者にはすごーーくお得というか使い応えがあるというかのスグレモノなのだ。
現にそれで一日楽しく過ごせましたし、ストレスフリーでアチコチ乗り降りした。
伊丹空港廃止とかぬかす輩をチジにイタダイタ不幸を振り捨てて、遊びましたよ。

永青文庫で黄庭堅という書家の書などを色々眺める。
子供の頃から長らく書道を学んだくせに、書に対する感銘が薄いのはナゼだろう・・・
お客さんはわたし一人でした。
この人の書を他に所蔵するのは、台北の故宮と京都の藤井有鄰館らしい。どちらも行ったが記憶にないのは、反省すべきことですな。
それでもいくつか面白く思ったものがある。

三体石経拓本 戦国時代の古文、始皇帝時代の篆書体、前漢の隷書体で同じ文字を書いて、書体の変遷を見せてくれた。ちょっとしたロゼッタストーンみたいなもので、たいへん面白かった。
羅漢図も腹出して踊るのや、居眠ったり、竜を呼び出したりで楽しそう。
如意墨 孫の手と同じ形の法具・如意を象った墨で、横側には獅子らが遊んでたりする。
そして明代らしい巨大な筆などもあり、渋い面白さのある展覧会だと思った。

それでアンケートに「黒き猫」をここで見たいと書いたら、来春に東博を皮切りに「細川家の至宝」展があって、焼き芋屋のにゃーはGWの頃に東京に来やるらしい。
あとは京博、九博へ巡回。楽しみに待とう。

道なりに歩けば坂を下って早稲田へということもあるが、戻って野間記念館へ。
名品展をしてはります。ここはどんな内容であろうと必ず見たいと思う数少ないミュージアムの一つ。
日本画の名品、1920?50年代の講談社の雑誌を彩った表紙絵・口絵などの原画名品、そして村上豊の原画、この三本柱が立っての展示。
丁度前回、山村耕花の「江南七趣」が見たいと思っていたので、凄く嬉しかった。
それに堂本印象の「婦人倶楽部」表紙原画にも久しぶりに会えたので、本当に楽しかった。

ところでわたしは年に数度しかラーメン店に入らないひとなのだが、さすがにちょっと寒かったので、目に付いたお店に入ったが、味噌ラーメンか塩ラーメンにすればよかったとチト後悔した。しょうゆ味はわたしには辛すぎるのさ。

後楽園に出た。礫川で化政期頃の国芳を見る。円熟前の国芳。しかしたいへん楽しめた。
やっぱり国芳はエエわー。ここでしか見たことのない「菊慈童」にも再会したし、「一妙開程由」名義の本もあったし。(春本ですね)

そこからあのイヤな坂を登れば5分で文京ふるさと歴史館へたどりつけたのに、ナマジにフリーチケあったために、ついついうっかり本郷三丁目へ出たものだから、とんでもない目に遭った。
わたし、この駅と大変相性がよくないの。必ずというか絶対道に迷う。間違える。表示がわからない。それでとぼとぼ歩いて二丁目の郵便局で道を聞くと「聞いたことないです」と言われたぜ。おいおい、「文京ふるさと歴史」館なわけでしょうに。
地図を出してくれたはいいが、全然違う説明をするのにもアタマが痛くなった。
それでも礼を言うて歩き出すと、追いかけてきた人がある。
これは居合わせたお客さんか、わたしがアタマの上に吹き出し「文京ふるさと歴史館はどこじゃー」を出していたのを読んだか、とにかく親切なおにいさんでした。
どうも大昔から本郷3丁目駅を使うと、何かしらトラブルがある。
(尤も大江戸線はそうとは言えないが)

さっき野間で講談社の雑誌絵を見て喜んできたところだが、この歴史館では講談社の看板雑誌「少年倶楽部」の編集長を経て、「学童社」を起こし「漫画少年」を刊行して、トキワ荘の若き漫画家たちを羽ばたかせた加藤謙一の仕事の軌跡などを紹介している。
「まんが道」をずーーっと愛読しているので、なんだか旧知の人のような気がするくらいだ。(弥生美術館も彼の業績を折々に紹介しているし)
わたしは今も現役のマンガの読み手だが、改めてこの展覧会で知ったことなどを思うと、胸がいっぱいになった。興味のある方には絶対におススメ。ただし坂はしんどくても後楽園から行くことを強く勧めますけどね。

気分直しに神保町の柏水堂で三色のシュークリームとラム酒がぼとぼとなお菓子とを買う。
わたしはラム酒を使ったお菓子は何でも大好きなのだ。

三井記念美術館で高橋コレクションの浮世絵三期目を見る。楽しい気分で見終えたが、三期を通じて展示の構成がなかなかよく出来ているなと感心した。
作品は別でも共通する並べ方というのは、それだけ高橋コレクションが立派だから出来ることだが、おかげで「次はあれかな」とわくわくしながら歩けたよ。

雨が降り出してきたのを幸いにして、東博へ向かうと、これも大当たりでそうそう混んでもいなかった。うーん・・・一言で言うのは不遜だが、わたしは1期の方が面白かった。
正倉院の御物は好きなものにも再会できたりで嬉しかったけど、やっぱり好みはね。

常設では珍しいものをちょっと見たりで、やっぱり東博はスゴイワと感心したり色々。
それで未知の人に訊かれたのでナンヤカンヤと説明したり。←えらそぉ。
どうもわたしは顔を曝していると、色んな人に話しかけられることが多い。道に迷っても助けてくださる人もいてはるし、ありがたいのですが。
「気が利いていて間が抜けている」とよく言われるけど、そんな顔つきなのかもしれない。

西洋美術館で再び古代ローマを見る。九月にも見てるのに記事にしてない。今度こそ書こう。しかし二ヶ月ぶりに来ると、新しいキモチで見て回れるのがいい。
赤瀬川原平さんの「老人力」にそんなことがあったと思う。
忘れてるからこそ、また見ても新しいキモチで楽しめるとかなんとか・・・
弱ってるのかも、わたし。

ごはんを食べて帰るのが鬱陶しくなったのでコンビニで塩バターラーメン買った。
けっこうおいしかった。
年に数回しかラーメン食べないくせになんでこんなことをするかと言うと、理由がある。
東京へ来る前日、淀川邸でお昼にご馳走をいただいたので、夜はパック麺でもと思ったのだが、それをザーッと膝にひっくり返してしまったのだ。
熱いし、慌てたし、めちゃくちゃ。猫がやけどしなくてよかったけど、このトシでものをひっくり返すとはなぁ。親に怒られないのが却って傷つくし。
・・・それをトラウマにしたくないので、わざわざ食べたのかもしれない。

三つの美術館で茶道具を楽しむ

基本的に現代アートではなく古美術品をメインにこのブログを続けているわけだから、展覧会を見に行くのでも一日中「古美術品ばかり」ということが間々ある。
この記事もまた、三つの古美術専門美術館を廻った感想を綴ることになる。
御影の香雪美術館では「茶の湯名碗の色々 唐物・高麗・和物を一堂に」を見た。
時代により趣味嗜好の変遷があるのもよくわかり、面白い展覧会だった。

茶碗の流行について。
茶の湯の黎明期・・・室町時代後半、すべて唐物の天目茶碗。
茶の湯の流行期・・・桃山時代、高麗茶碗、志野・織部・樂焼が興る。
茶の湯の安定期・・・江戸時代、各地の国焼が盛んになり、京焼に作家が現れる。
・・・という感じらしい。
気に入ったものを少しだけ。

建盞 油滴天目/彫漆花鳥文天目台 南宋
これはチカチカのきらめきが意外と大きな粒で出来ている。それよりなにより天目台の花鳥文が、ライチの枝間を遊ぶ小禽という構図が、面白い。

珠光青磁/黒塗覆輪天目台 南宋
村田珠光が愛した茶碗と言うことらしい。白灰色が広がる青磁茶碗。

瀬戸 白天目 室町時代 
これは多くの茶人の手を経て生きながらえた名碗で、かつての持ち主の名を眺めるだけでも、この茶碗の流転の生涯と言うものを感慨深く思わせる。
内の貫入の入り具合がたいへんに綺麗だった。

朝日 銘「濤花」 江戸時代
朝日とは宇治の焼物らしい。そのせいかどうか、この茶碗は抹茶色の可愛い茶碗だった。
ここにお抹茶を立てれば、この器ごとの飲み込んでしまいそうだ。(甘春堂だったか、数度使って後に、バリバリと割って食べるお茶碗のお菓子がある)

道八 御本写 江戸時代
タンポポの綿毛のような景色だと思った。写しと言いながら、道八オリジナルの作品なのかもしれない。幻想的な美しさだった。

私が見たのは前期分、後期は11/16?12/23。大好きなノンコウの作品も出る・・・

次に湯木美術館「棗と茶杓」を見る。こちらは後期分しか見れなかった。
わたしは茶道具でいちばん好きなのはお仕覆で、それから茶碗、茶杓へと続く。
こちらも好きなものを少しだけ。

黒大棗(ノ貫在判) 益田鈍翁旧蔵
ヘチカン、と読むノ貫。利休の時代の侘茶の人。北野の大茶会のとき朱塗りの大傘を立てて茶を振舞ったというエピソードもある。侘茶の人でもかぶいたわけですね。かっこいい。

不昧好大菊棗 原羊遊斎 松平不昧箱
これは以前からお気に入りの棗。だいたい不昧公の好むものはわたしも好きなものが多いので、秘かに我が先達としてリスペクトしてたりする。大胆な構図。いいなぁ。小さいのをチョコチョコもいいが、こんな風なのがまた魅力的。

茶杓 銘「露堂々」 覚々斎 住友家伝来
銘も何も見ずに茶杓を先に見て「・・・堂々としてるなぁ」と思ったら、銘がそのまま「堂々」なのだった。万人の意見一致。無骨なくらい堂々たる構えで、横柄さがなく、力強かった。

茶杓 銘「虹」 金森宗和 清水道竿箱
ベカッと光る。なるほど「虹」とは巧いこと言う、と感心した。竹にも虹の光があるのだ。

色紙「ノ貫は 留守か 見て来よ 今朝の雪」 覚々斎
いい感じだと思った。やはりつながりのあるものが他にも出ると、なんとなく嬉しい。

蝶画賛 松平不昧
満月らしき円の中に蝶が飛んでいた。これは荘子「胡蝶の夢」を描いたものだそうだ。
薄い墨で描かれた蝶と月光が綺麗だった。

後期は12/6まで。

最後に藤田美術館「日本のやきもの・アジアのやきもの」の感想。
これを見る前に向かいの太閤園・淀川邸を見学し、それから予約していた食事会をした。
たいへんおいしく、皆さんご機嫌だったのが嬉しい。
そしてこの淀川邸ならびに太閤園を利用すると、藤田美術館が割引になるのを初めて知った。

ここはお仕覆の名前もきちんと記してくれているので、とてもありがたい。
そしてここも好きなものを少しだけ。

油滴小天目茶碗 金時代
小ぶりの茶碗でキラキラ。それに螺鈿の天目台をつけているから、いよいよキラキラ。

今回お仕覆で清水裂を使っているのを見た。清水裂は大和文華館に大きなものがあるが、部分だけ見ていても、ひどくいいものだと思った。
仲良しの小鳥さん。こういうものを見るのもいい。

御室透茶碗 本阿弥光甫
高台透かしなのが面白かった。

刷毛目茶碗 李朝時代
・・・目跡がどう見てもホッチキスで開けたような感じで・・・

交趾大獅子香合 明?清
人形焼風なところがユーモラスで面白い。

入れ替えなしで12/13まで展示。三つともとても居心地のよい展覧会だった。

蔵書票の美2/絵が生まれるとき

関西学院大学にはまだミュージアムがない。準備室がオープンしていて、そこで数度の展覧会があった。今回、原野コレクションの第二弾として「蔵書票の美 夢二から現代作家まで」展が開催中。

最初に蔵書票?エクスリブリス?を知ったのは、ちひろ美術館のチラシからだった。
今もそのチラシは大事にしているが、もともと木版画が好きなわたしを引き寄せたのは、その美しい版画作品が「小さい」と言うことだった。
A4やB5などのサイズではなく、本に添付するものだからそうそう大きいと本からはみ出してしまう。
わたしは小さくて可愛いものが好きなので、喜んでエクスリブリスを眺めた。

前回の展示は木版画よりエッチング、ドライポイントなどが多く、多少のエロティシズムが漂う作品が多かったが、今回はどちらかと言えば「カワイイ系」を集めた内容だった。
チラシを見ると私が以前に何かで見て気に入っていた「ランプと猫」が載っていた。
それだけでも嬉しくなる展覧会。

お誘いのはがきには棟方志功のミミズクがあった。
そのミミズクをみつけると、いるわいるわ、武井武雄のミミズクに、型染め、木版画の作家たちのミミズクがわんわん現れた。
フクロウではなくミミズクなのは、耳がピンとしてるから可愛く感じるのだろう。

武井武雄の拵えた作品と言うのは、どんなものでも必ず一手間二手間かかっている。
切手形のエクスリブリスにはちゃんとミシン目があるし、構図も面白いものが多い。

前回気になった原島典子の銅版画もあり、夢二もあれば芹沢介もある、といった風に多岐に亘る技法と構図とが紹介されている。

機嫌よく蔵書票を見て、今回は図録も購入したが、しかしながらわたしはやっぱり自分の本にこれら<紙の宝石>を貼り付ける日は決して来ないように思う。
作ったとしても、きっと。
展覧会は12/18まで


神戸ゆかりの美術館はその名の通りの所蔵品を持ち、展覧会もその紹介に徹している。
神戸は京阪神の内でいちばんオシャレなイメージがあるが、実際のところ生粋の神戸人というものを見たことがないので、よくわからない。
作品も生粋の神戸人と言える人が描いたものは案外少ないような気もするが、しかし神戸を愛した心が、その作品を生み出していることを、見ていて感じた。

「絵が生まれるとき」と題した展覧会を見た。
風景を描いた作品が多い。絵になる風景が神戸には多い。
版画家・川西英には「兵庫百景」というシリーズものの作品があるが、見どころの多さと言うものを痛感した。兵庫県は神戸、阪神間、播磨、但馬、淡路と大まかに分けることが出来るが、この展覧会は文字通り「神戸ゆかりの」絵画を展示しているから、現れる風景は神戸市内と、少しばかりの阪神間がメインなのだった。

「異人館の画家」と称された小松益喜の作品を眺めると、在りし日の異人館の佇まいがありありと浮かんでくる。ちょっとした路地、塀の波、勝手口、そんなものを見ることで、この異人館がただの観光資源ではなく、かつては人の住まう建物だったことが伝わってくる。手入れをして、異国の地で楽しく暮らす異人さんのおうちや、仕事場としての建物。

風景画には、少しのノスタルジィが見る側にある場合、作品としての絵そのものより違った感興を呼び覚ますことが多々ある。
今回はそうした前提がこちらにあるため、何を見てもいいように思えた。

田村孝之助は風景画ではなく幻想的な人物画があったが、わたしは田村の描く人物の顔立ちが好きなので、こちらもとても楽しめた。

大仰な展覧会もいいが、このようにテーマを絞って気軽に楽しめる展覧会もいいものだと思う。

天から陽気が降ってくる ―ホリ・ヒロシの華麗なる舞台・映画衣裳と人形たち―

「天から陽気が降ってくる」とは面白いタイトルだと思ったが、会場に入って納得した。
神戸ファッション美術館でホリ・ヒロシの展覧会が開催中。人形だけでなく、舞台やドラマの衣裳も展示されている。

ホリ・ヒロシの人形は、縮緬を皮膚として、金泥を眼として生まれてくる。
ただし子供は別で、彼らは黒い愛らしい、表情豊かな眼をくりくりさせている。
今回初めて会う子供たちが大勢いた。

小学校入学の朝の坊やに始まり、新作の「御伽草子」から桃太郎、かぐや姫などが現れる。
中でも桃太郎は張子のわんこにまたがって凛とした顔つきでいるが、どことなく子供のふんぞり返った力みを感じて、微笑ましい。

海の神様シリーズが楽しかった。みんなサザエの殻から姿を見せていて、大黒さんやゑべっさんなどもいる。しかし中には引きこもりのカミサマもいて、サザエの殻から手しか出していなかった。

谷崎世界を表現する人形たちは美しいだけでなく、しっとりした情感がある。
「細雪」がまずそこに現れる。
小説の中でも深く愛される情景・通天橋の四姉妹像がある。四姉妹それぞれの個性が着物、髪型、口元の笑みなどで示されていて、彼女らの会話までこちらに届きそうである。
家の中で「Bィが足らん、Bィが足らん」と声を出しながら軽く駆ける様子までもが、伝わってくるようだ。
「春琴抄」ではまだ娘の春琴が、手代姿の佐助に手を引かれて歩む姿があった。
わたしは谷崎の小説の中でも殊にこの物語を愛しているが、今ではすっかりホリ・ヒロシの人形が、小説のキャラたちの血肉を持つ姿として、脳裏に浮かび上がってくるのだった。
「芦刈」もあった。
「芦刈」は溝口健二が「お遊さま」として映像化しているが、その当時の評価は芳しくはないものの、モノクロでの描写が美しく、幽玄な趣がところどころに感じられた。
この「芦刈」はお遊さまが座敷らしき場で一人遊びをされているのを、少年が眺める構図だった。なんとはなしにわたしは鏡花の世界を思い出した。
思えば「芦刈」はどことなく鏡花風な作品だと思う。

衣裳のコーナーに行く。
ああ「天から陽気が降ってくる」・・・吊られた多くの着物が陽気を運んでいる、いやその衣裳そのものこそが「陽気」なのだった。

TVドラマを見ない性質なのを、ちょっと悔やんだのが、目の前の衣裳たちを見たときだった。
「黒革の手帳」で米倉涼子がまとっていた美麗な着物は全て、ホリ・ヒロシのデザインだったのだ。デザイン画と実物とが並び、華やかさで天へ届きそうな勢いだった。
どきどきするほど綺麗な着物が並んでいた。
特に花のカラーをモティーフにした着物は本当に素敵で、わたしも欲しくてならなくなった。
そしてウサギさんが大勢ころころ遊んだり働いたりする柄のものも可愛くていい。
この帯止めはやっぱり月ウサギで、本当に何もかもが綺麗だった。

随分以前、大丸あたりで展覧会を見たとき、天井から吊り下げられた人形を見た。
あれは入水した徳子だったか。
そのイメージは今でも強く残り、ホリ・ヒロシの展覧会に行く度に、天から吊られた「なにか」を見たくてたまらなくなることがある。

今回「天から陽気が降ってくる」のを実感し、満足しながら会場を回り続けた。
この展覧会は1/11まで。

秋季展 黒川古文化研究所/頴川美術館

黒川古文化研究所の「鎌倉・室町時代の意匠と装飾」はいい内容だった。
なかなか行きにくい美術館で時間もそうはかけられなかったが、行った甲斐のある展覧会なのだ。

以前は縁起絵は好きでも仏画に無関心(もっと言うならニガテ)な私だが、最近はいいなぁと思うようになっている。
それだけにいいものを見ると、とても深いキモチになるのだった。

地蔵曼荼羅図 中国・元代  曼荼羅と言うとその世界の縮図を思うがこれらはそうではなく、教主を中心にした位置関係、人物関係を描き出している。
椅子に坐す地蔵菩薩、その前の足下にはわんわん吠えそうな狛犬もいて、神仏が控えている。

閻魔天曼荼羅図 室町  カメラ目線の牛に坐す閻魔天、頭上には泰山府君、足下には二人の后が描かれている。閻魔天の左右にいる侍童のうち向かって右側の白い童子はダキニ天らしいが、なかなか美少年だった。閻魔の趣味かもしれない・・・

融通念仏縁起絵巻断簡 室町末期  本堂で踊るボーズ・ダンサーズ。投げ銭も見える。
ここは皆さんが寄ってくるところらしく、実に様々に人々の姿が見える。往来も賑やか。
銀杏の髪型をした喝色がなかなか可愛い。(みるのはそんなんばかりか)どんどん観客が増えてゆく。

装飾経が色々あったが、やっぱり法華経が一番多い。美麗。
それに伏見天皇のご宸翰が出ていた。下地は綺麗な模様。

十二天像 室町  これはカラフルな軸物なのだが、実は全て刷物なのだった。
水天・・・色黒で頭に小さい蛇がいっぱいいるのは、宿曜経の羅睺羅にも似ている。
風天・・・他は皆サンダルだが、彼は豹柄ブーツ(オーサカのオバちゃんか)を履く。
梵天・・・白い顔が綺麗だがそれが四面もあると(しかも縦に)・・・
月天・・・横顔を見せている。満月の中のウサギをみつめる。これがチラシや宣伝はがきにあったので、結局その優美な横顔に惹かれて、苦労してここまで来たのだ。

他に仏具や銅鏡、寺院瓦などがたくさん出ていた。
特によかったのをいくつか挙げる。

青銅孔雀文磬 カマボコ櫛型のカナモノ。二羽の孔雀が向き合う。
青銅松喰鶴文鏡 平安後期ではまだ松喰いなのだ。花喰いではなく。
青銅撫子鳥虫図鏡 バッタがおった。珍しいものを見たなぁ。
青銅山吹散双鳥文鏡 可愛い。花の散らしがいい感じ。ちょっと少女マンガ風。
青銅龍宮図鏡 おお、龍宮の屋根がある。

最後に聖徳太子孝養図だけは江戸後期のものが出ていた。
派手派手な着物を纏った16歳の少年・厩戸王子。

次は春に名品展がある。この展覧会は11/15まで。

頴川美術館「近世・近代の絵画」を見る。前期に行きそこねたが、後期には御舟の猫が出ているので、淋しくはない。
ここは小さい美術館なので、自分だけのプライベート空間のような心持で眺めることが出来る。

編豆図 円山応挙  うっすらアッサリした色調で豆の花を描いている。豆花は可愛いものが多い。スィートピーなどは商売品だが、ちょっとした道端に咲く豆花は愛しい。
応挙の豆花はそんな愛しい花なのだ。

四季花鳥図のうち 冬 応挙  雪中にマガモらがいる池。水中に顔をつける鳥。
リアルな造形だが、雰囲気はあたたかい。視線の優しさがある。

秋夜景図 松村景文  月下に芒、カヤツリソウなどが咲き乱れ、鈴虫もいて、ツユクサも見える。秋のよさをシミジミ感じる。

珍しいことに蠣崎波響の絵が出ていた。函館でアイヌの肖像を見たことがあるが、他では知らない。蠣崎といえば中村真一郎「蠣崎波響の生涯」という大作があるが、何故中村がそれを書いたのかがなんとなく不思議。
しかしここにある絵はトリだったので、まともに見る根性なんかないので避けた。

松下猛虎図 岸 駒  おー力強い虎。リアルな顔立ち。ちょっと極道マンガのキャラみたいだが、かっこいい。

花火線香図 岡本豊彦  ・・・線香花火って指先で摘むように持って、なんとか火種を落とさぬように苦心しながら(しかし必ずぽとりと落ちてしまう)楽しむものだと思っている。
この絵はその発想とは何かが違う、全く違う。
香炉に立てるのは仏壇のお線香だ。または香りを楽しむお香だ。
なんで線香花火を香炉に立ててパチパチさすねん。
非常にナゾな構図。江戸時代はそうやったんか?

南北極星愛鹿図 森寛斎  じいさん二人は南北の☆の擬人化。会いに来たほうは侍童づれ。あっちこっちに白鹿がいっぱいいる。みんなおとなしい。可愛い目をして、客や主になついている。みんなで12頭いた。こういう絵には妙に惹かれるものだ。

新涼図 竹内栖鳳  スッ とトンボが飛ぶ。下に薄い流水。白地が際立つ。間の取り方が絶妙。涼しさを本当に心地よく感じる。

瀑布図 栖鳳  岩肌はコケ黒、滝の水は淡緑色と白で表現。ざーーーーーっと滝の音がするようだ。清涼この上ない。

梅に鶯 小林古径  いかにも古径的様式の梅枝(ピンクの花)、それを地上から見上げる小さな鶯。いい構図。

小春日 速水御舟  朝顔やひまわりのしぼんだような植物の下、白地に尻尾と頭頂にだけキジ柄の猫がくつろいで毛づくろいをしている。
山種の黒猫と同様こやつも鼻柱が太め。ああ、いつ見ても猫は可愛い。
それにしても植物の果ての姿というものは、なんとなく見るのが痛々しい。

他には焼き物などが出ていた。
白泥鬼面涼炉 初代諏訪蘇山  筒型の白泥焼き物に大きく口を明けだ鬼の顔がある。
なんとなく面白いが、これはガレの唐獅子のガラスものと同類な感じ。

色絵百花錦文煎茶碗 三世清風与平  小さい煎茶碗にアッサリと花の絵が描かれている。オミナエシ、タンポポなどの野の花。そのシンプルさが却って今風な感じがする。

今季も楽しいものを見て、機嫌よく出た。11/29まで。

東灘アートマンス、神戸アートウォーク、他にも少し

東灘区を中心にした「東灘アートマンス」と、神戸市中央区を中心にした「神戸アートウォーク」と、それらとは無関係な(しかし同じく兵庫県下の)美術館をいくつか廻った。
(詳細は後日それぞれ)
阪急夙川駅でタクシーに乗車し、山上の黒川古文化研究所についてから待機してもらい、次いで西宮上ヶ原の関西学院大学まで頼んだ。一つの山から次の山へ向かってもらったのだ。
四千円弱はたいへん痛かった。しかしあの急な山の上までバスに乗り、そこから800mも知らぬ道を歩く根性がない。しかも次はやっぱり山の上の関学である。
時間と労力は金額に転換できる。そうするのが一番よかった。

黒川古文化は山の上にあるだけに阪神間を一望できる素晴らしさがある。
しかしそれを堪能する時間はない。
建物もあちこちに古代中国の青銅器や貨幣を模した飾りつけがされていたり、蝶番に蝶の形のものが使われていたりして、なかなか凝っているのだが、それを楽しむことはやめて、ひたすら展示物を眺めた。
「鎌倉・室町時代の意匠と装飾」 チラシの月天の横顔に惹かれて、こんな仕儀に相成ったのだ。

次の関学では春に開催されたエクスリブリスの第二弾の展覧会が開催されていた。
わたしは子供の頃から版画が大好きで(特に木版画)、こればかりは自分でもよく拵えていたし、学校で教師に「ヘタだ」と言われてもクサることなく好きに続けていた。
(義務教育中の技術系教師は大抵がわたしとソリがあわなかった)
だからこの紙の宝石のような蔵書票(エクスリブリス)を見るのが楽しみで仕方なかったが、期待通りのいい内容だった。

関学はヴォーリズが全体像を設計して、一つの完璧な学院世界を拵えている。
カリフォルニアを経由したスパニッシュ、そんな明るさが活き続けるキャンバスをぬけて、山の下の頴川美術館へ向かった。

幸福銀行の元の頭取一族のコレクションで、関西の個人美術館の中でもレベルの高さはかなりなもので、ここで多くの大和絵を見せてもらっている。
今回は応挙から速水御舟まで。御舟の猫が出ていたので嬉しかった。

夙川から御影に出て、今度は東灘アートマンスのスタンプラリーシートを出す。
7美術館のうち3つスタンプでマイ箸、5つスタンプで冷温用マグがもらえる。
スタンプシートを出せば入館料の割引と、指定レストランやカフェなどの割引もある。
まず一番遠い(山腹)白鶴美術館へ向かう。
この手前には旧乾邸があるが、最近その情報がないのでイベントがあるかどうかも知らない。近代建築は好きだが、そこに付随する人間関係がニガテだ。
行きたい先はみんな山の手と言う神戸?阪神間。それでわたしはここらがニガテなのかもしれない。大阪も京都も平地なので、こうはしんどくならない。

白鶴では思う存分中国青銅器を楽しむ。今回特に面白かったのは赤ちゃんのタライ。立派な鍍金だった。他に大好きな饕餮君やフクロウ形容器、尊や爵を楽しむ。
屏風は狩野元信の四季花鳥図が出ていた。いつ見ても椿が可愛い。

山の中腹だから、邸宅の塀から零れる植物が綺麗に色づき出しているのが見える。蔦は赤からオレンジ色へのグラデーションを見せていた。

下山して小原豊雲記念館へ行く。年にこの時期しか開いてない。先般「いけばな」展で豊雲の紹介を見たところ。
生け花は古来の伝統を守るだけでなく、昭和になると新しい世界が開けてくる。

創造者の道は険しいものだと思う。
豊雲はアンデスに眼を向けて、その地の織物や遺物を蒐集した。
テラコッタに描かれた絵柄はちょっとばかり「さよなら絶望先生」を思わせた。
他にシカン文明の黄金の仮面も展示されている。ジャワの影絵も。
地下にはニューギニアの仮面や釣具などがある。
ニューギニアの仮面は諸星大二郎「マッドメン」でめちゃくちゃハマッた。読んだ直後に民博のオセアニア展示で実物を見て、クラクラしたが、ここでは静かに眺めている。

次に香雪美術館へ。ここは朝日新聞の創業者・村山龍平のコレクションを見せてくれる。
名碗展。時々このタイトルで名品を見せてくれるので、期待して入場する。
織部黒と黒織部の違いなどを学び、機嫌よく外へ。お香が焚かれていて気持ちいい。

そこから住吉駅へ向かう。延々と歩くのだが、<山側から海側へ>と言われることが常識の神戸・阪神間、いかに六甲山が重要かがよくわかる。
北摂住まいだが六甲山を見て育ったわたしでも、ちょっとした天気は六甲山を見て判断していた。(六甲おろしが吹きすさぶ夜を楽しみに過ごしてきたが、今年はアカなんだなー)

六甲ライナーで神戸ファッション美術館へ。
どうもこことの相性があんまりよくないが仕方ない。
受付さん、マスクしてフーフーしていた。しんどそう。それでかお釣りを出さないので声を掛けたが、やっぱりしんどそう。休んだほうがいいと思う。

ホリ・ヒロシの人形と舞台衣裳などを見に来た。
人形は子供をモティーフにしたものが新鮮で面白かった。
「細雪」「春琴抄」「源氏」などは安心して見る。
着物でびっくり。私はドラマを見ないので全く知らなかったのだが、米倉涼子主演の「黒革の手帳」の着物、ホリ・ヒロシのデザインでしたか!!
いや??メチャ綺麗かった!なんとなく惜しいことをした気がする。

常設ではやっぱり’20?’30年代ファッションに惹かれた。欲しいコートもある。
こないだセルの変な着物が出てきたが、仕付け糸がついたままのもので、あの柄に惹かれたからコートに仕立て直したいと思っていた。
なんでそんなに執着するんかなーと思っていたが、今回展示品を見て納得。
わたしが欲しいと思ったコートと似た柄だったから。
なんとか作りたいけど、世情と言うかご近所づきあいが色々ありムツカシイ・・・

隣の神戸ゆかりの美術館へ入る。ご年配の受付の方々がわたしの「東灘アートマンス」スタンプ5つ目を喜んでくれて、お箸とマグとを進呈?♪ありがとう。
ここは神戸ゆかりの画家の作品が並んでいる。いい感じで油絵を見て、機嫌よく六甲アイランドを脱出。

阪神魚崎に出たら、芦屋市美術館も辰馬記念館もタイムアウトだと予測がついた。
仕方ない、次の奈良ツアーとつなげよう。まったく阪神ナンバ線はいいものです。
とはいえ魚崎の櫻正宗も終了してた??(涙)。
具合が悪くなってきていたので、ちょっとだけ日本酒を飲んで、酒かすでも買って帰りたかったのに・・・
特急にも乗りそこね、腹を立ててわたしは駅構内のパン屋さんで、りんごパイとか色々買って食べたが、ここのはあっさりとおいしい。
持ち帰るかもしれないからと袋を貰ったが、結局食べてしまった。
ちょっと目が冷たいような気がしてドキドキしましたよ。

予定よりかなり早く帰宅した。8割方達成できたから、まぁヨシとしよう。
神戸アートウォークの方はスタンプも残り1個になった。これは12/12までだから、まだ間があるし予定もある。
疲れたがいい一日だった。

石本正 京都で美人画

京都中央信金という企業がある。今年で創立70年、信金と言う性質上地元と密着して育ってきた企業。以前は寺町御池あたりにギャラリーを開いていたが、今年になって京都府庁と堀川通りの間くらいの地に「中信美術館」を開設した。
開館記念展もよかったが、今回は日本画の泰斗・石本正の展覧会が開催されている。
石本正は今年89歳で画業70年、中信も70年と言う同い年同士の素敵な記念展なのだ。
11/14までは前期、11/17-12/19まで後期展だが、これは回顧展ではなく未発表作と新作の展示と言う内容なのには、ちょっとびっくりした。
明治以降、日本画家は思いっきり短命か、もしくは長命かという作家が多いが、石本画伯は来年卒寿で、こんなにたくさん新作を拵えたり、まだまだ描くぞ?という気概にあふれた方なので、きっと大長命に間違いない。
今後もどんどん名作を発表し続けていただきたいものだ、と心の底から願っている。

石本正といえば、舞妓の裸婦とヨーロッパの情景や植物・・・というイメージがある。
今回この記事を挙げるに当たって「京都で見た美人画」という私の勝手なタイトル付けも、石本正の魅惑的な裸婦から来ている。

一時こんな言葉があった。
「加山又造の裸婦と石本正の裸婦」―――どちらにも根強いファンがいて、それぞれ圧倒的に片方を支持していた。
わたしは石本正の裸婦に惹かれた。
又造さんの確信犯的な裸婦もいいが、石本正の、含羞を含み、さらにそれを乗り越えたような裸婦たちに強く惹かれた。
最初に石本美人を見たのは山種美術館だった。舞妓を見た。はにかむ舞妓の愛らしさにときめいた。
深く惹かれて20年が経ち、その間に石正美術館が生まれたが、なかなかそちらへ行くことは叶わず、今回こうして美術館の協力の下、石本正の作品に触れることが出来て、本当に嬉しくてならない。

今回の展示は画伯のアトリエから発見されたものが多くを占めているが、それらは未完成のままおかれていたのを、今回色々手に入れて完成品・新作として送り出した、と言う状況があるそうな。
旧作改竄というのではなく、<好奇心のまま・その瞬間の感動を留めようとしたまま>手を置いた絵に、年を経て出逢った画家が、そこに新たに生命を吹き込んだのだ。
だからそれらは全て新作だといってもいいし、完成品だといってもいいと思う。

野薊  灰地にセピアと黄土色の煙が広がり、そこにパチパチとオレンジ色の線香花火が光を見せているような、花々だった。

二人  元々は30?40年前の作らしいが、それが今年になって現れたので加筆したが、それでもまだ未完成という。鉄錆を思わせるような背景に、二人の色の黒い女が下着一枚で
くつろいでいる。この色の黒さは日焼けしたものなのか、故意に黒くしたものなのかはわからない。二人は白い下着を身につけている。
石本は創画会の新作にはよく白レースの薄物を身につけた裸婦の図を出しているが、これはその原型かもしれない。
ただしこの二人の下着はスリップではなく昔風のシュミーズという類。そこから肉体の線と質感があふれている。肉の詰まった身体。そのナマナマしさがありながら官能的でないのは、まだ画家の筆が途中だからかもしれない。

天翔ける思ひ  今年の裸婦。いつものように絨毯の上で白い薄物をまとってねそべっている。胸から下腹への稜線、西洋人の言う「黄色い膚」は少し血の気を失くしているが、二つの肉の重なり合う地へ伸ばされた指先は、たぶん朱色を帯びているだろう、きっと。

生命の樹に寄るカッチョ乙女  今年生まれたこの不可思議な存在の乙女は、一体何者なのだろう。六本の手はそれぞれ何らかの用途を見せている。
腿から下は鱗のない魚の鰭の形を見せる。中と背後の四本の腕は生命の樹を手にしているが、前の二本はそれぞれ己の乳首を摘んでいる。その手つきはまるで仏のようだった。
そして二つにそっとさけた肉が寄り添う地を飾るものはなく、まるで生八つ橋が並んだようにも見えた。

豊千代坐像  舞妓さんがイスに座した姿。画家の言葉がそこに添えられているが、随分以前から彼女を描きたかったそうだが、彼女が余りに美しすぎて描けなかったそうだ。
金色がかった暗緑色に近い背景に、質感を感じさせる紅色の着物をまとう舞妓。金色の蝶が線描された着物。帯は黄色に扇面散らし。静かに座す彼女は少し長めに手首を見せている。手にも表情があるのを感じた。

この絵は今回のリーフレットの表紙になり、ファイルにもなっている。
行った日がよかったか、リーフレットとファイルをいただいた。
だからわたしの手元には三枚の豊千代がいて、目には肉筆の美しい豊千代の姿が残っている。

後期展はたぶん12月に行くだろう。

ザ・モダニズム 個人コレクションによる美人画名品展  京都で美人画

11/1-11/3は毎年恒例の思文閣の文化祭。今年は京都美術倶楽部で「ザ・モダニズム 個人コレクションによる美人画名品展」が開催された。
チラシに使われたのは寺島紫明の「夕月」。これは描かれた直後に師匠の清方が望んで、晩年までずっと手元で愛玩した作品。大正ロマンの艶かしさが横溢した一枚。

この企画は中右コレクション、培広庵コレクション、白澤庵コレクション、伊山文庫といった美人画コレクションで名高いところから集めた、麗しい展覧会。
向かうのが遅れたのでハラハラしたが、なんだか残り福みたいな心持で、大いに楽しめた。

三室に分かれての展示とお茶室も支度されていて、お座敷をうろうろしつつ、普段はなかなか世に出ない美人方と仲良くした。

浅見松江 細川ガラシャ ’30  「祈る日」という副題だか原題だかがあるが、これは以前にどこかで見ている。ガラシャ夫人は受洗する前は夫とも鬼のような会話をしていたそうだが、キリシタンになってから心の安寧を得られたそうだ。
彼女は父の明智光秀の反逆のとばっちりを受けたが、気高い婦人として名を後世に残した。
教会の内部で祈るガラシャ。ステンドグラスや白百合がとても綺麗。
(今調べたらこれは元は雅叙園所蔵品だった)

琴  姉妹らしい少女が並んでいる。妹がお琴を弾くのを姉がみつめる。
こんな愛らしい、仲良しな姉妹というのは実際どれほどいたのだろう。どう考えても私にはナゾだ。フィクションにしか見えない。

夕顔  源氏から。鮮やかで艶やかな花。光君の乗る車のハネの柄がアールデコなのはご愛嬌。こういうのもいいな。

小方華圃 舞踏図  盆踊りか何かの女たち。風俗画風の盆踊りを見ると、山崎正和の戯曲「世阿弥」を必ず思い出す。最初は個人の激しい踊りだったものが経年により一般化する過程。関係ないがわたしはストレートプレイの方の「世阿弥」が好きだった。

井口華秋 踊り子 ’26  解説の今井淳先生によると、この絵のモデルはLAで修行した女優・砂田駒子ということらしい。 右隻はトンボの翅をつけ、青いチュチュをまとい、左隻では黒アゲハの翅に葡萄色のチュチュで踊っている。大正末年、こうしたダンスも随分流行っていたことだろう。映画「狂つた一頁」には創作ダンスを無我夢中で踊る娘が現れていたし、同時代の高畠華宵の作品にも同じような衣裳の踊り子たちが大変多く描かれている。

池田輝方 櫻可里  娘二人と少し遅れて母らしき婦人が歩いている。花盛りの頃。うっとりするようなまなざしは輝方の娘の特徴。おっとり歩く姿がとても優美。

中村大三郎 うらなひ  大三郎はおっとりした娘を多く描いているが、こうしたエグ味のある女も時々描いている。髪形だけ見たら今もいてるよな的な女だが、尋常でない妖しさが漂っているところが。

大関は日本酒の会社で、寺島紫明の作品を実に多く所蔵している。’92年に紫明生誕百年を記念して回顧展が開かれたときも、大関コレクションの作品だけで構成されていた。
今回も大関コレクションから多くの作品が出張している。
わたしは清方のお弟子さんの中でも特に紫明と山川秀峰が好きだが、こうして十枚ほどの紫明の作品を眺めていると、嬉しいような懐かしいような温かい心持になってくる。
好きな人に逢えた・・・そんな状況。

紫明の描く女たちは、旅芸人も舞妓も御寮さんも戦後の娘さんも奥様も、皆が皆、「なにか」を見る目をしている。「なにか」を見ているのを描く、と言うべきか。
ただ「彼岸」だけは瞑目する女を描いているが、他は皆「なにか」を見ている。
絵を見るこちら側と視線が合うということは決してないのだが、それでも彼女らに会えるうれしさと言うものは深い。
昨日挙げた記事の中では鉄斎堂所蔵の「行く春」に強く惹かれたことを書いたが、こちらとは<再会した>歓びでいっぱいになっている。

山川秀峰 花簪の女  秀峰には美人を描くとき2パターンがあるようで、こちらは「葛の葉」と同系統の美人。大きな吹輪をつけた赤姫風な女。口紅は唇の内側に小さく塗りこめている。何者なのかわからない。素人なのか玄人なのか、それとも人外なのかどうかも。

樋口富麻呂 粧ひ  舞妓が鏡に向かって、諸肌脱ぎで唇に紅を差している。下唇の紅に淡緑色が見えるのは、紅の艶なのか。あれを見ると江戸時代の笹紅を思い出す。
綺麗に白塗りをしている。可愛い舞妓さん。
ところで去年ごはんを食べる席に舞妓さんが二人ばかりついてくれたが、間近で見た彼女たちは本当に可愛かった。その後に笛の先生の会があると言っていたが、色んなお稽古をするのも大変やなぁと思ったものだった。  

栗原玉葉 朝妻桜 ’18  キリシタンの彼女は棄教しなかったので死ななければならなくなった。しかしせめて桜を見てから死にたいと願ったので、その通りになった。
首から長い長いロザリオをさげている。その数十年前なら最先端のファッションだったのに。黒地に胴回りに鹿の子という素敵な着物をまとった女の白いうなじが目に残る。

木谷千種 化粧  屏風の右隻を圧するかのような女の化粧。肌をあらわにして化粧をしている。先ほどの可愛い舞妓とは全く意を異にする妖しさがある。
身分が高い女人のはずだが、位の高さ・品のよさを感じない。かといって品がないわけではない。妖艶を通り越してなにやら怪異なものを醸し出している。
そのうちあれよ「切らん切らんと狂乱の態」になるあのヒトかもしれない。

浅間嶽  白澤庵。久しぶりに会えて嬉しい一枚。女の白い顔、白い半襟、白い着物、白い簪が印象的だった。

中右コレクションの高畠華宵の作品は叙情画ではなく肉筆の美人画。やはり華宵は叙情画の方がいい。

増原宗一 刺青の女img301.jpg
ああ、これも以前に見た。中右コレクション。
清方にも同じ題の絵があるが、実はきわどいのはあっちだと思う。こちらもアレだが、まだこの女の目つきはまともだからだ。

三露千鈴 少女図  三度目の邂逅。最初は白澤庵展で見て、次は7年前の木谷千種展で見た。こちらをまっすぐみつめる少女の図。
美人とかそうでないとか関係なしにまっすぐなまなざしが印象的だった。

岡本更園 初盆  盆燈篭の下でいわくありげに泣く女。着物といい帯といい・・・ほーらほら、恨み言の一つも出てきそうではないか。お露さんでしょう、あなたは。
なかなか怖い・・・

島成園 化粧  培広庵の名品の一。わたしは特にこの絵が好きだ。
こちらにその画像がある。紫明の「爪」と共に。
左肩をあらわにした女が立ち居を見ている。その横顔の美しさにひどく惹かれた。

色々よいものを見せてもらい、最後にはお抹茶までいただいた。
本当にありがとうございます、思文閣。



和装美人から洋装美人へ 京都で美人画

京都で美人画
堂本印象美術館で11/29まで「和装美人から洋装美人へ」展が開催されている。
前期は既に終了し、現在は後期展。
近代日本画、絵葉書、ポスターなどで構成されたステキな展覧会だった。
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「大正・昭和の女性像」と副題があるとおり、その時代の美人画ばかり集めてあるので、わたしには嬉しくてならない。
かつて美人画といえば目黒雅叙園美術館か福富太郎コレクションか、という状況だったが、雅叙園美術館が閉館し、そのコレクションが散逸したことが惜しくてならなかった。
ところが近年、島根の石見美術館が雅叙園の美人画たちを多く入手したことを知り、他人事ながら本当にほっとした。
そして今回の展示にも、そこから多くの美人たちが出張してきている。

本画もいいが絵葉書で名を馳せた橋本邦助、今では忘れられた宇崎純一、近年大人気の小林かいち、そして竹久夢二の絵葉書などが美術館のスロープに飾られ、それを眺めることから始まる。

このうちでは夢二の「満願の日」が面白い。やたら黒目の大きな娘が佇んでいるが、そこには「めめ」と書かれた絵馬があったり、め組の提灯があったりする。
満願と言うのはこの目のお社になにやら願いを掛けた娘にとってのことだろうが、それよりなにより、とても印象に残る顔立ちの娘だった。その着物は白椿の群生で、そちらも愛らしい。
かいちは「寂しき街灯」シリーズ、赤と黒と少しの白とが実に艶かしい。こういうものを見ていると、大正・昭和の文化の高さにため息が出る。

北野恒富のポスターが現れる。高島屋のもの。
これらはこちらの記事でも詳しく紹介したが、とても好きな作品。
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他に作者不明だが、いかにもアールデコな雰囲気のモダンガールシリーズがあった。
シャープでかっこいい。やはり’30年代には憧れる。

また前田藤四郎のリノカット版画があったが、いずれもデパートの売り場やディスプレイを描いたもので、とてもステキ。

本絵の方に移る。

上村松園 多から舩  美人が寝転びながら宝船を描いた本を見ている。髪型や風俗からして、たぶん元禄までだろうが、何故かこの絵の所蔵先は六道珍皇寺。ちょっと不思議な気がする。

ぎゃらりー鉄斎堂から出張してきた松園さんの美人たちも多い。しかし今回初めてヤング開発(株)という会社からの貸し出しがあり、ここの所蔵品のレベルの高さにも感心する。
松園、清方、深水、寺嶋紫明・・・

鏑木清方 水仙  島田髷の婦人が水仙を手にした横向きの姿で描かれている。
彼女は少し口を開けているので、どことなく放心したようにも見える。しかしそれは水仙をどのように生けようか考えているからかもしれない。

昭和初期頃は銘仙が大人気だったそうで、わたしは銘仙はニガテだが、うちの母などは「可愛い」と言う。その銘仙の宣伝のためらしい美人画がたいへん多く出ていた。

恒富、清方、山川秀峰、中村大三郎らの描く「銘仙を着た少女」たちはみんな魅力的だった。派手な色柄が少女たちにマッチしている。
山川の少女はチラシ上の少女。大輪の牡丹が描かれた銘仙を着ている。

小早川清は少女ではなく大人の女性を描いているが、彼の描く女性は粋筋な人が多いので、この女性が素人なのかどうかは判断がつかなかった。

後期には寺嶋紫明の「彼岸」が来ていた。これは京近美の所蔵する名品で、玄人らしき女の人が一心に手を合わせ、何かに祈る姿が描かれている。
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いつもこの絵を目にすると、何かしら粛然とした心持になる。

前期には「行く春」という鉄斎堂所蔵の作品が出ていたが、これが今回の展覧会の白眉だと思う。髪をアップにした婦人の斜め顔。黒い羽織に臙脂の襟、おしろいの白さがはっきりしているが、なんとも言えず美しい顔だと思った。
春寒の名残というか花冷えの頃で、女は腕を組んでいる。
その視線の先にあるものはわからない。
感心するくらい綺麗な顔だった。
ずっと凝視し、行きつ戻りつを繰り返した。図録にも掲載されているが、こればかりは実際の女の美貌を写し取れていないと思った。

洋装の方では、なつかしの雅叙園育ちの美人たちが大勢現れていた。

山田喜作 真夏の港  チラシ下。これも元は雅叙園、今は石見の所蔵。久しぶりだったのでじっくり眺めた。黒レースのアンサンブルの下の下着が透けて見えるのもいい。
ああ、わたしもこんな装いをしてみたい・・・

榎本千花俊 揚揚戯  こちらもそう。クリスマスツリー前でヨーヨーする二人の娘。ツリーにつけられたサンタの顔がどう見てもえべっさん風なのが笑える。

菊池隆志 室内  雅叙園の頃、この絵が見たくてよくリクエストをした・・・
黒ワンピースの女性がくつろいでいる。しかし何かを考えているような目をしている。

梶原緋佐子 カメラ  ワンピースにパーマの女性がカメラを使う姿。緋佐子はこの頃からこんな風な女性像が多くなって、見やすい絵になった。

深水も戦後からの洋装美人はみんなシャープでかっこいい。
画境の変遷もこんなところから読み取れる。

「女性」「歌劇」などといった雑誌の表紙もモダンガールを描いた絵で飾られている。
そこに描かれた女性たちは、現在の少女マンガのはるかな先祖なのかもしれなかった。


この美術館を建てたのは印象本人だった。
印象の美人画も展示されていた。
今回初公開の「おばけ(花街の節分会)」はフランスのサロン風な趣があり、大変面白かった。節分のおばけの風俗は聞くばかりで目の当たりにした事がないのが残念だ。

印象はたしか身体が弱くてそれで生涯独身でいたそうだが、「二十歳の女性像」を描いた頃は実際の二十歳の青年で、それだからか「松島」や「和倉温泉の女」「片山津温泉の女」といったオンナのヒトたちを描いている。
どことなく崩れたような、廃れたような女をどのように観察して描いたのだろう。
そのことがとても気にかかる。

甲斐庄や秦テルヲといった大正の官能を一身に引き受けたような人々のスケッチブックも面白く眺めた。

実に見所の多い展覧会だった。


長次郎の二彩獅子+勢揃い京の焼物 侘と雅

樂美術館に行った。
「長次郎の二彩獅子+勢揃い京の焼物 侘と雅」ということで樂焼と京焼の二つを楽しめた。

長次郎の二彩獅子が先般、重文に登録されたそうで、そのお披露目。以前からブサカワだと思っていたが、改めて眺めると、本当に可愛い。ブサカワというのはなかなかいいものだ。対になる相棒がいないのがサビシイかもしれぬが、愛嬌モンということで。しかしけっこう大きいな。
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九代目にあたる了入の作のいいのが今回は眼に残っている。
赤樂  見込の景色はまるで夕日の中の白雲のようだった。オレンジ色と白の混ざり具合がすばらしい。時々こんな風な美しい風景を見る。
黒樂御本立鶴茶碗  可愛い鶴の絵がある。もしかすると本歌よりいいかも。

永樂保全 色絵日の出鶴茶碗  これは北村美術館の自慢の逸品。最初に見たときかなり感動した。
img819.jpg今もいい茶碗だと思う。

海老茶碗  海老絵がいい。はみ出しそうな勢いで、エビガラもリアル。眼の黒々したところが可愛い。食べたくなる。

樂旦入 伊羅保写茶碗  樂焼で伊羅保て珍しいそうな。あんまりわたしはザラザラはニガテだが、ちょっと面白かった。大胆な内部の造りがいい。

鯱香合  これは楽しい小品で、キッチュな感じもするが、そこがまたいい。

真葛長造 月青楓絵茶碗  景色がいい感じ。あんまり真葛は好まないが、それでも綺麗なものにはときめく。

翁面香合  久しぶりに見た。茶道資料館で真葛焼の展示を見て以来。

鴨香合  可愛い?かわいい?ちょっと目の大きさ・嘴の感じが「闇の翼フェムト」風なのがいい(誰も知らんがな)。大統院伝来らしい。

野々村仁清 色絵蔦の細道茶碗  うるさくない構図で、しかし決して寂びれているわけではない。こういうセンスは一体どのようにして培われるのだろう。

古清水 色絵七宝繋文兎鈕冊子形香炉  以前から好きな作。数冊の和綴じ本の上にウサギがちょこんと座っている、と言う形。ウサギはなかなか愛らしいし、本の体裁もいい。この香炉にはどんな香が焚かれたのだろう。元禄頃の作。

奥田穎川 赤絵十二支四神鏡文皿  これがまた楽しいお皿だった。縁周りに十二支の動物たち、中央の円を四つに区切って四神、区切り部分には避邪らしきベロだし面と馬などが描かれている。十二支も赤線の白ものや、黄色、緑、紫などに分かれている。なんだか欲しいわ。

仁阿弥道八 乾山写五彩雲錦飾画木瓜形鉢  紅葉が様式的で、乾山写しと言い条、そこから抜けてやっぱり道八だと感じる。
全然関係ないが、樂ではリストがないので手書きメモだが、読めない字で書くから、道八と道入の違いが時々わからなくなるのだった。それで内容を読んでから見当をつけている。
わたしってわたしってホンマにお習字してたのか?・・・ちょっと反省。

樂道入 黒樂茶碗・銘「木下」  こっちは道入、大好きなノンコウ。見込みに猫の頭の形の線が入ってる。耳とデコ。ふっふっふっ。可愛い喃。

尾形乾山 蔦絵蓋物  丼ですな。灰地に白い蔦というのがいいセンス。
 
他にもいいものをたくさん見た。12/20まで開催だからまた行ってもいいかも、と思った。

11月の予定と前月の記録

早くも今年も後2ケ月です。
焦る。非常に焦ります。
とりあえず今月行きたいな?という先です。8割くらいは可能と思う。

生誕120年 小野竹喬展 大阪市立美術館
朱と墨―根来が繋いでくれた縁 正木美術館
日本のやきもの・アジアのやきもの 藤田美術館
太閤園見学
ゑびす大黒 -笑顔の神さま- INAXギャラリー大阪
絵が生まれるとき 神戸ゆかりの美術館
宮本三郎展 没後35年―留学・従軍・戦後期を中心に― 神戸市立小磯記念美術館
天から陽気が降ってくる ―ホリ・ヒロシの華麗なる舞台・映画衣裳と人形たち― 神戸ファッション美術館
うまいもんと大坂画壇  芦屋市立美術博物館
開館25周年記念「芭蕉ー新しみは俳諧の花」 柿衛文庫
茶の湯名碗展  香雪美術館
「文豪が、ほほえむ」 ?秘蔵写真が語る新たな肖像? 芦屋市谷崎潤一郎記念館
館蔵品の光彩 ―近世・近代の絵画― 頴川美術館
辰馬考古館
鎌倉・室町の仏教美術 黒川古文化研究所
蔵書票の美 2 関学博物館
美しきアジアの玉手箱 シアトル美術館 日本・東洋美術名品展  神戸市立博物館
『明日への贈りもの―珠玉の中国・日本美術―』秋季の部 白鶴美術館
ボルゲーゼ美術館展 京都国立近代美術館
富岡鉄斎―墨に戯れ、彩に遊ぶ―  泉屋博古館
儚きもの 京都市美術館
琳派展?? 「鈴木其一 ─江戸琳派の風雲児─」 細見美術館
若冲ワンダーランド MIHO MUSEUM
歌川国芳展(化政期)礫川浮世絵美術館
ユートピア ―描かれし夢と楽園― 出光美術館
冷泉家時雨亭叢書完結記念 冷泉家 王朝の和歌守展 東京都美術館
[大東急記念文庫創立60周年記念特別展]伝えゆく典籍の至宝 五島美術館
講談社野間記念館の名品展  講談社野間記念館
皇室の名宝―日本美の華 後期 東京国立博物館
根来(ねごろ)大倉集古館
菱田春草 後期 明治神宮 宝物殿
肉筆浮世絵と江戸のファッション 後期 ニューオータニ美術館
コレクション展「旅」 第3部「異邦へ 日本の写真家たちが見つめた異国世界」東京都写真美術館
古代ローマ帝国の遺産 ―栄光の都ローマと悲劇の街ポンペイ― 国立西洋美術館
慶應義塾創立150年記念 夢と追憶の江戸 ?高橋誠一郎浮世絵コレクション名品展? 三井記念美術館
鎌倉の日蓮聖人?中世人の信仰世界? 神奈川県立歴史博物館
馬のサーカス 大曲馬  馬の博物館
伊達政宗とみちのく文華 神奈川県立金沢文庫
開館25周年記念「大乱歩展」神奈川近代文学館
清方と巡る東京 鏑木清方記念美術館

池田 文化探訪の日

文化の日周辺はあちこちで色んな催しがあるので、しんどくても出かけなくてはモッタイナイ。
11/1には池田にでかけた。一番近い文化探訪ゾーン。
阪急の駅前広場ではテントがいっぱいだった。商店街への歩道橋の上から見下ろすと、大勢の人がラーメンを食べていた。
池田には日清ラーメン創業の記念のインスタントラーメン博物館があるんで、その関係でか、池田市内のラーメン店がたくさん出店して、一律300円で販売しているみたい。
ラーメンか。わたしはうどん、それも讃岐ではなく大阪のうどんが酷愛しているから、あんまりラーメンを食べない。

雨がやたら降ってきたけど歩く。池田文庫は戦前の神戸の興行師・巽テルのコレクションが寄贈されたのを記念しての展覧会。
これが「池田文化探訪の日」のおかげで無料だった。
喜んでコレクションを眺める。
巽テルとはどんな人かと言うと、サイトにはこうある。
「巽テル(1860-1946)は芝居茶屋や劇場経営に携わり、特に大正から昭和にかけて神戸の興行界で活躍した女性です。数々の劇場座主であった吉田卯之助に手腕を買われ、神戸の大黒座などを任されると、歌舞伎、新派、喜劇とさまざまな興行を打ちました。そこで役者との交流が深まり、テルの手元には近代演劇の資料が集まります。公私ともに親交の深かった六代目尾上菊五郎、二代目実川延若、新派の花柳章太郎、親族であった曾我廼家十吾など、大切に保存された役者の肉筆や写真が子孫に受け継がれ、この度池田文庫に寄贈されました。」
こういう人のコレクションが面白くないはずがない。
喜んで眺めると、お宝ザクザク山だった。

「歌舞伎、新派、喜劇とさまざまな興行を打ちました」とあるだけに、実に交友範囲が広い。それに伴っての資料も凄い。
テルは77歳のとき「喜寿記念」として知り合いの役者たちとの2ショット撮影を敢行しているが、これがまたかなり面白かった。
仕事に命と情熱をささげるために生涯独身で「うるさ型の巽ばあさん」と呼ばれた一種の女傑が、相手によってはときめいてたり、うろたえてたり、くつろいでたりするのだ。
家族ぐるみのつきあいがあった二世延若とだとくつろいでいるし、大好きな六代目菊五郎との時はニヤニヤしている。天下一の美男・十五世羽左衛門には肩を抱き寄せられて、ちょっとカメラを気にしているが、十二世片岡仁左衛門との写真では、明らかにドキッとしている。仁左衛門はカメラを無視して(そのポーズをとる)テルの手を握っているのだ。ああ、やっぱりこういう色気と親切さがないとね。

役者ブロマイド、押し隈といったものの他に、役者たちの色紙をよせた貼り交ぜ屏風の立派なのがあった。中でも「白猫が独楽を見る図」は巧かったが、これは十三世仁左衛門の作だった。
他に延若の幽霊がはなかなかよかった。こういうものを見るのはとても楽しい。

番付、ビラもたくさんあり、「こんな芝居があったのか」と感心したりもする。
昭和五年「当流東文章」清玄櫻姫の書き換え芝居らしい。
わたしは幕末から戦前の役者にときめくから、こんなものを色々見ると嬉しくてならない。
もしこの時代に生まれていて、今と同じ条件で活きているなら、変わり目ごとに出かけたろうなぁ。

池田には呉服座(くれは・ざ)という芝居小屋があり、それは明治村に移築されたが、ある時期までは現役の芝居小屋で、わたしの曾祖母などはやっぱり替わるたんびに見に行って黄色い声をあげていたらしい。関係ないが、曾祖母の息子たる祖父は宝塚歌劇が好きで、その妻で私の祖母は姑や夫と違い、芝居が嫌いの洋画好きで、晩年まで若いイケメンが大好きだった。わたしはどっちも好き。

楽しい気分で池田文庫を後にしてから、延々と歩いて、池田の歴史民俗資料館へ行った。
「池田人物誌?近現代編?」を見る。
池田には実に多くの著名人がいた。江戸時代には呉春がいたし、明治以降は小林一三が新興住宅地を拵えたりで、なかなかの市だったのだ。
大阪画壇は京都と違って女性画家が大活躍できる場を持っていた。
コレクター芝川照吉の親戚で、木谷蓬吟の妻で画塾を開いて大勢の弟子を育成した木谷千種も池田の市民だった。
数年前ここで彼女の回顧展もあり、いい絵が出ていたが、今回も一枚ばかりあった。

洋画家の鍋井克之も池田住まいしたようで、ここから信濃橋の洋画研究所まで通ったのだろうかと考えると、なかなか楽しくなってきた。
鍋井の僚友・小出楢重は芦屋に住んだが、池田と言うのは住みやすいところなのだ。
初めて知ったのは「ハトポッポ」「お正月」の作詞家・東くめもまた池田の住民だったこと。
「お正月」は小学生の頃よく替え歌をして遊んだものだが、そうだったのか。

たまにこういうものを見るのは楽しい。
わたしの住む市はミュージアム関係がないので、近くの池田で楽しむしかないのだ。

再び戻り、先般新装開店したばかりの逸翁美術館へ行く。
普段は千円だが、文化探訪のときばかりは無料なのだ。
開館記念の後期展へ入る。

今回は呉春の「寒林落日図」がだいへんよかった。
夕間暮れ、カラスたちが塒の木に止まっている。一羽二羽だけでなく、多くのカラスがその木に止まっている。しかし一羽だけまだ空を飛んでいる。
なんとも言えない叙情を感じた。

逸翁は新しい茶道の在り方を模索していたので、残された文物を見ると、彼が何を目指そうとしていたのか、なんとなく感じとることも出来る。
茶席でパンケーキを出したり、懐石に一汁二菜を標榜して丼ものを出して失敗し、次はこうしようああしようと書き残しているのが面白かった。
アイデアマンの片鱗がそこからも伺えるからだ。

次の展覧会は年明けから呉春の「白梅図」屏風が出る四条円山派展。
こちらもとても楽しみだ。

帰りは天保年間から続くうどん屋でいつものようにあんかけうどんを食べたが、どうもあんまりおいしく感じなかった。ラーメンのイメージが残っていたからかもしれない。
(え???)
まだ他に落語ミュージアムなどもあるが、そっちは諦めて、好きなものだけを見て池田を出て行った。楽しい時間だっただけに雨がにくたらしかった。

1984年の日本画

京都文化博物館で、京セラとワコールによって四半世紀前に欧米巡回して人気を博した、現代日本画の展覧会が開かれている。全て’84年の作。45枚の美しい絵画が並ぶ。
京セラとワコールは京都に生まれ、世界的な企業へと成長したが、今も地元を愛して様々な応援を続けている。
今回こうした展覧会を見ると、ある種の敬愛の念が湧き出してくる。
昭和五年の羅馬展は大倉財閥の支援で行われたもので、国威掲揚ということもあったろうが、これは知る人ぞ知る展覧会だったようで、こうした取り組みがあったことを立派だと感じている。

池田遙邨 刈田余情  その名の通り余情を感じる刈田の風景がある。ぽつんと狸が顔を出している。ススキと猫じゃらしが咲き乱れるあぜ道。狸は本当にぽつんといる。
いかにも遙邨らしい叙情を感じる一枚。

岩橋永遠 雲たちの夜  ああ、広い。広い夜。青い夜空に広がる雲たち。日の光を通さないから決して白くはない。灰色がかった雲が夜空に広がり続けている。キモチよさそうに広々と伸びて、画面を覆ってしまった。

上村淳之 雪野  熊笹と小鳥のいる風景。淳之さんは’80年代後半からのびのびしたいい絵を描くようになったと思う。これはまだ前哨戦。

上村松篁 暖日  明るく暖かな黄色地に白い桃の花が咲いている。その桃の花を楽しむかのように、冠鳩のカップルがいる。桃の花は真っ白ではなく、字の通りの桃色の花びらを開いて四角く咲いている。優しいぬくもりを感じる絵。

奥田元宋 霧晴るる  元宋らしい赤い絵。燃えるような紅葉山。空には薄い月がある。この紅葉の中へ入り込めば、自分もまた赤く燃えるような気がする。

加倉井和夫 暖林  ピンク地の白樺林。地と木の半ばまでを描く構図がいい。

加藤東一 漁火  鵜飼舟が三隻並ぶ。幽玄な炎が見える。静かな美しさを感じる。

加山又造 蝶  シャムネコシリーズの一枚。白牡丹の前に佇む猫を振り向かせる蝶がいるらしい。らしい、というのは画面に蝶の姿は見えないから。
見えずともそこに蝶がいることは確かで、だから猫はあの青い目を大きく見開いて、そちらを見返るのだ。

下田義寛 游  下田の絵の特徴がよく出ている。絵の真ん中に動物がいる。その下に背景が広がる。今回は鯉が描かれていた。

杉山寧 迪  下田のタイトルも杉山のタイトルも同じく「ユウ」なのだが、杉山の意図するものが何かは私にはわからない。
インドの地を行く牛たちと女。描く対象が広がってからの杉山のよさが出ている。

高山辰雄 午後の花と鳥  この頃からよく描かれるようになった薄い灰色がかった背景に牡丹(または薔薇)と鳩かインコを配する構図、そんな一枚。
心象風景だと思う。静謐な美がそこにある。

稗田一穂 雰烟神瀑  稗田は那智滝が好きなのか、他にも何枚か那智滝を描いたものを見ている。とても神秘的なシリーズだが、これは目に映る風景を描いたものだと思う。

堀文子 散る秋  木に止まる多くの小鳥たち。一羽一羽少しずつ違う小鳥たち。とても可愛い。

牧 進 雫  暗い竹林に白百合。どうも竹林に百合と言う取り合わせが多いように思う。
実際にそんな情景を見たことがないのでなんとも言えないが、春草もそんな構図を描いていた。

森田曠平 歌舞伎濫觴出雲阿国  金箔地に立ち姿の女。毅然さと優美さがある。
森田の歴史絵はいつもとても魅力的だ。

この「日本画」シリーズは四半世紀を経ても全く古びていないと思う。
眺めていてとてもいい心持だった。

「京の絵本シリーズ」の原画も併せて展示されていた。
これは平安遷都1300念記念の際に刊行されたもので、全10話の物語がある。
今回は前後期で5篇の絵本原画が出ていた。
『安寿と厨子王』 絵:掘 泰明 文:森 忠明
安寿と厨子王 (京の絵本)安寿と厨子王 (京の絵本)
(1999/11)
森 忠明上田 正昭



『桐壺』?「源氏物語より」? 絵:畠中光亨 文:石井睦美
桐壺―「源氏物語」より (京の絵本)桐壺―「源氏物語」より (京の絵本)
(1999/11)
石井 睦美上田 正昭



『酒呑童子』 絵:下村良之介 文:舟崎克彦

『ものくさ太郎』 絵:林 潤一 文:岡田 淳

『羅生門』 絵:竹内浩一 文:小沢章友
羅生門 (京の絵本)羅生門 (京の絵本)
(1999/11)
小沢 章友上田 正昭



他には以下の作品がある。
『一休』 絵:大野俊明 文:高田桂子
『一寸法師』 絵:三輪良平 文:斉藤 洋
『牛若丸』 絵:箱崎睦昌 文:牧村則村
『祗王・仏』 絵:丹羽貴子 文:村中李衣
『竹取物語』 絵:入江酉一郎 文:太田治子

しばしば見ているが、改めて眺めると「日本画」の美を深く感じる作品ばかりだと思った。
そして自分が日本画のファンだということを、嬉しく思えた。
物語そのものは古くから伝わるものを、その筆者による再話(または再構築)という形をとっている。
だから今回その文章の大意を読んで「・・・厨子王が父恋いの念を煽らなければ、こんな悲惨な離散と流転にならなかったのに」と思ったりするわけだ。
本当に美しい原画ばかりだった。恐ろしさ・やるせなさを感じるものであっても、それはやはり美の範疇にあるものなのだ。

このステキな展覧会は11/15まで。

いけばな 歴史を彩る日本の美

京都文化博物館で「いけばな 歴史を彩る日本の美」展が開催中。前期を見て、後期も見た。京都でこの展覧会が開催されることには大きな意義があると思う。
現に非常に熱心に眺める人々が多かった。
口伝書も多いのに、熱心に覗き込み、音声ガイドをマジメに聞いている。
わたしは耳に自信がないから音声ガイドは借りないが、皆さん立ち止まっては時々うんうんと頷いてはる。なかなかいい解説なのだろう、きっと。

日吉山王本地佛曼荼羅図 南北朝時代 延暦寺
日吉山王垂迹神曼荼羅図 江戸時代 龍谷大学図書館
同じ形の曼荼羅図を時期をたがえて眺めた。
時代も違い絵師も違うのに、不思議な共通感覚を味わった。
ただし描かれている神仏の違いは当然ある。垂迹神の中には大行司として猿神がいた。

金銅蓮華花瓶 鎌倉時代 観心寺  この寺にもいつか行きたいと思うが、遠くて難しい。
蓮の造花がつけられた花瓶。最古のものらしい。

やすらい祭 江戸時代末期  舎熊たち、風流傘、鳴り物連・・・幕末であってもどこか中世の名残を引きずる祭の在りようを描いている。

迎陽記 東坊城秀長 室町時代  天皇の侍読が仕事の公家さんの日記。しかしこの名前を見てわたしが思ったのは「久我美子の先祖かな」ということだった。
日本映画の黄金時代には、公家の末裔が色々いたようだ。

鋳銅三具足 明代 唐招提寺  形がなかなか凝ったものばかりが並んでいた。
二頭の獅子が持ち上げる・龍が胴に巻きつく・聖獣が吠える・・・燭台と言うことを考えながら眺めると、この動物たちはとても働き者なのだった。

花伝書もいくつも出ていた。中には文字だけではなく生け方の絵も載せられたものが多く、実際に従事される方には、とてもよい指南書だと思う。

立花図屏風 池坊総務所  右隻より左隻の方がいい絵が多い。
左1面は中国の丸顔猿がこっち向く可愛い絵に花。2面は岩に五色椿、5面は月下の寒山拾得、白梅に千両か万両。こういうのも楽しい。

池坊専好立花図屏風 江戸時代前期 野村美術館  上部に生け花絵を下部にリンゴ型の枠内に風俗画と言う連続パターン。描かれているのは主に男。右は舟で遊びに行く、左は狂言見たり、ゴロゴロしては柱巻したり、鼓を打ったり碁をしたりという情景。

七夕花扇図 江戸時代後期 陽明文庫/奈良県立美術館  二枚とも同じ風俗を描いている。巨大な扇形の版に百花を生けたものを男二人が担ぎ上げ、先を行く女は文箱を持つ。女は「匂う」と呼ばれる。
・・・全然関係ないが、飛田辺りの「料亭」の玄関先を思い出した。生花だか造花だかわからない花がいっぱい飾られている、あの情景。

花車図屏風 江戸時代 真如堂  豪華絢爛な花車。金塀に花車と言うのは打掛の様にも見える。
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邸内遊楽図屏風 江戸時代前期 角屋保存会  島原の角屋に伝わる屏風だが、なんとこの邸内遊楽図には遊女が描かれていないのだ。サロンというより英国のクラブ的雰囲気の邸内。謡の稽古、連歌をしたりという。かなり驚いた。

武家邸内図屏風 江戸時代前期 福井。萬徳寺  右隻はマジメな遊びをしている。庭には八木一夫風オブジェがあったり、別業には小山があったり。
左隻は厩と厨が描かれている。竃があり、寝るわんこもいて、鶴だか鷺だかもいる。前髪の奴らがごろごろ遊び、ビー玉風なものをぶつけ合ったりもしている。一方、邸内では肩肌脱ぎになって薙刀を打ち合ったりもする。離れの風呂はサウナで、こちらでは庭で蹴鞠もしていた。
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立花風俗色紙 江戸時代  これは巨大な生け花と、その足元(というのか)で色々立ち働いたり、感嘆したりする人々を描いた連作もの。
なんとなくユーモラスで、小人の国の風俗のようにも見えて面白い。

挿花百規 江戸時代後期 松村景文  本絵と違い、こうした博物的な要素のある絵もいいと思った。

資料ばかりではない。資料に記された生け花の形を再現するコーナーもあった。
池坊だけでなく未生流、古流松應会などが拵えている。
中でも松枝を折り曲げて富士山に見立てたものは大変面白かった。
背後の壁に映る影がそのまま富士山と松なのだから、これは本当に面白い。
和の遊び。そんなものを感じる。

江戸時代の人々が打ち揃って花好きなのは、先月の太田記念浮世絵美術館での展示でも納得のことだ。東の染井、西の平井山本と言えば日本の二大植木屋の産地と言うか聖地だし、それは今も続いている。
またその植物の形態が、それが盆栽であれ、生け花であれ、変わることなく愛されているのは確かだ。

浮世絵にも大いに描かれた生け花だが、ここでは「田舎源氏」絵が色々出ていた。
わんこ柄の着物の光氏の周囲にいる女たちは皆楽しそうに生け花をしている。
そんな構図のものが並んでいた。いずれも九曜文庫から。

器も多く出ていた。特に気に入ったものがいくつかある。

銅瓢耳付小砂鉢 江戸時代後期 池坊総務所  これはちょっとモダンな風があって、そのくせ描かれている文様は饕餮ぽいという面白さで、色はシックなモスグリーン。
こういうのには何をいければいいかわからないが、見ているだけでもいい感じ。

花留にも面白いものが多かった。かに、たこ、亀、碇、えび、輪つなぎ、ハサミ、菊水、扇、青と白の碁石を集めたものなどなど・・・いいセンス。

最後に近代生け花の流派の革命児たちの写真と紹介などがあった。
小原豊雲の写真を見て、御影の豊雲記念館に行くのに丁度よいような気がした。

京都展は11/15まで。東京展はその後に始まる。

伊藤舞「祖父と私の旅」展

JR難波駅というより昔ながらの湊町と言うほうがわかりやすい地にそのビルはあった。
わたしは地図を見間違えて地下鉄難波駅の前方側、つまり高島屋の出口に立っていた。
地図は持っていた。
しかしその地図がどこかにまぎれてしまった。
記憶を辿って歩くには、雨が降りすぎている。
しばらくしてようやく地図がみつかった。
Goo地図をコピーしたものに、この案内をくれた人の言葉を転載した地図。
「展示スペースは、A.I.R.1963というビルの1階のエントランスにあります。
自転車屋さんが自転車を並べていらっしゃるビルが、A.I.R.1963です。」
そう、わたしはギャラリーへ向かおうとしているのだ。

北摂の住民がミナミをハイカイすること自体が実は珍しいことらしいが、わたしは何も考えずに越境し、天王寺にまで足を伸ばしている。
だからこの界隈へも軽い気持ちで向かったのだが、湊町界隈が不案内だったということを、このときになって不意に実感した。
地図の通りに歩く。難波の東部分にはなじみが深いが西部は殆ど未踏だった。
行くなら地下を歩いている。シカゴ美術館所蔵品を陶板で再現したものが数多く飾られた地下街を。
しかし地下を歩きもせず、壊れてしまった傘を差して雨の中を歩いた。

不思議な一隅がある。阪神高速から見えるのがこれらのビルかと理解する。
看板にはこんな文字がある。男性同士、女性同士のペア大歓迎・・・
やがて道を曲がると雨にぬれる自転車が見えた。手書き風な文字が視える。
A.I.R.1963
その一階で伊藤舞さんの個展が開かれていた。
「祖父と私の旅」
タイトルしか聞かなかったとき、二人で旅をしてその写真を挙げているのかと思った。

室内に入るとファイルが見えた。手に取ると伊藤さんのそれまでのワークの軌跡がある。
わたしが見た血のように赤い千羽鶴の群が、場所を変えて蹲っていたり、かき寄せられていたりする。他にも不思議な引きこもり風な写真などがあった。
誰もいないその室内で、わたしは黙って周囲を眺める。
外の雨は内には入り込まないが、室内の空気はどこか雨を含んでいる。
そのくせ静かに乾いてもいる。

白い額縁が幾つか白い壁に掛けられている。一面だけ床に直に置かれている。
左から右へ向かって歩く。視線は当然左から右へ流れる。
額縁の中にはマッチ箱が飾られていた。
同じ店のマッチが二つずつ。ごく普通のマッチ箱。

わたしはマッチ箱の意匠も好きだが、それにしては数が少なすぎる。そして平凡なマッチ箱だった。「祖父と私の旅」というタイトルを忘れて、わたしは考えた。
「・・・過去の堆積とか?」
左から右へ移る目に映るマッチ箱はやはり普通のマッチ箱で、全て何かの店舗の宣伝マッチだった。
しかし床に置かれた(置き去りにされた)額縁にはマッチ箱はなく、マッチだけが散乱していた。マッチの散乱の有様が意図的なものか偶然のものかは知らない。
だがこの額縁が床に置かれているのは意図的な行為だった。

意図的な行為には理由がある。
理由はしかし額縁からは見出せない。
見出せない理由は置き去りにされた子供のように気にかかるものだ。
目が<理由>を探す。
ほどなくそこに作者の言葉をみつける。

手書きの独特の小さな文字が長い言葉を綴っている。
文字は時折どうしても読み取れない形を見せるものもあり、まるで暗号解読をするような気持ちで続きを読んだ。
それは文字が読みづらいと言うことではなく、この状況を拵えた人の心の在りようを探るための<解読>行為だった。

マッチ箱は祖父の形見だった。
祖父の軌跡を追う旅を重ねた結果が、この展示品だった。
そして散乱するマッチの理由も知った。
知って「よくあることだ」と思うべきか、共に哀しむべきか、共に憤るべきか、わたしは選択することを許されていた。
しかしわたしは何も考えない、ということを選んだ。

なぜなら、伊藤舞の「祖父と私の旅」はまだこれから始まったばかりだからだ。
ここで安易な感情の共有をすることはやめた。
まだまだ豊饒な世界がこの先に広がってゆくだろうから、その続きを待つべきなのだ。

作者には会えなかった。会わなかった、のかもしれない。
雨は本降りになっていた。
わたしは一番近い地下の入り口を目指して、少しだけ走った。

日蓮と法華の名宝 華ひらく京都町衆文化

京都国立博物館で開催中の「日蓮と法華の名宝 華ひらく京都町衆文化」展に出かけた。
うちはフツーの日蓮宗なので、日蓮上人の文字などもなんとなくなじみがあるし、そのコワモテな容貌と像にも親しみがある。
毎月お寺さんが来るので、門前の小僧でわたしもなんとなく法華経を口ずさめるが、展覧会で大量に資料を見ると、圧倒されてしまった。

展覧会の案内文にこんな一条がある。
「名だたる近世の芸術家たちが法華の信者だったことは意外と知られていません。たとえば、狩野元信、長谷川等伯、本阿弥光悦、俵屋宗達、尾形光琳、尾形乾山、彼らがみな法華信徒であったと聞くと「エッ!?」と驚く方も多いのではないでしょうか。つまり、狩野派、長谷川派、琳派といった画派は、この法華を媒介にした京都町衆の濃密な人間関係から形成されたともいえるのです。」
そういえば昔から「ウチはエエ氏やからホッケやねん」とはよく言うたり聞いたりする言葉だ。(これが鶴屋南北なら「ホッケの幸い」と言うところだ)
他にも浮世絵師の国芳も熱烈な信者で、祖師傳かなにかといった一代記を描いていた。
近代では大正から昭和初期に法華経信者が増加し、過激な活動を行ったりもしていた。
それについてはここでは書かないが、なんとなく胸躍るような何かを感じたりもする。
見たものでちょっと心に残るものを挙げてみる。

紫紙金字法華経并開結 巻第八 10巻のうち1巻 平安時代(11世紀) 京都・本法寺
中に「瓔珞」とあったが、それ自体がひどく綺麗だった。

法華経并開結 巻第六・観普賢経  10巻のうち2巻 平安時代 久寿3年(1156) 霊友会妙一記念館
扉絵、どう見ても誰かが吐いている。不思議な構図だ。

花園天皇宸翰消息 1幅 南北朝時代 暦応2年(1339) 京都・本能寺
これは実は年賀状なのだった。いいね、時期的にも・・・年賀はがきは只今発売中。
「孟春」というのがいい。

法華経宝塔曼荼羅図 第一・第二・第三・第八幅 8幅のうち4幅 鎌倉時代(13世紀) 京都・立本寺
下部に阿修羅たちがみえる。六道絵もセットされているのか。ワニと鬼たちがいい。

釈迦三尊・羅漢図 詫間栄賀筆 2幅 南北朝?室町時代(14世紀) 京都国立博物館
普賢童子と女人文殊の姿で描かれている。いい感じ。
そういえばこんなギャグがあった。フッ君モッ君ヤッ君(普賢、文殊、薬師)とか。

弥勒下生変相図 李晟筆 1幅 朝鮮半島・高麗時代至元31年/忠烈王20年(1294) 京都・妙満寺
左右で剃髪シーンがある。左は女人。波がドーンッと来ている。

三十番神像 1幅 室町時代(15世紀)
いくつか同種のものが出ていた。これは一ヶ月分の神々のカレンダー。
たとえば七日は北野大明神といった具合。長谷川等伯もこれを描いているが、ここには出ていない。

釈迦三尊十羅刹女像 1幅 室町時代(15世紀) 京都・立本寺
羅刹女たちが美人揃いなのが見ていて楽しい。

絵曼荼羅 長谷川等伯筆 1幅 室町時代 永禄11年(1568) 京都・妙傳寺
阿難陀、目蓮、鬼子母神などもいる風景。

釈迦多宝如来像 長谷川等伯筆 1幅 室町時代 永禄7年(1564) 富山・大法寺
ツイン佛。日月星辰というところ。

日蓮曼荼羅本尊 1幅 鎌倉時代 文永11年(1274)  京都・妙満寺
文字そのものが曼荼羅の本尊。髭題目というやつか。
髭題目で思い出したが、鏡花の小説に「髭題目」というのがある。あれは背中に髭題目の書体の刺青を入れた女が姑のいじめに対抗して自害する話だった。

神国王書 天巻 日蓮筆 1巻 鎌倉時代(13世紀) 京都・妙顕寺
なんか「瑞穂の国」云々に始まりイザナギがどうのとある。
これでやっと納得できた。以前法事で坊さんがお経にイザナギノミコト云々と言い出したので、うちは機嫌がわるくなったことがある。あの坊さん、これを読んでいたのだな。
神道でもないのに何を言うのか、と思っていたのだ。
(偉い身分の坊さんらしいが、時々トンデモ発言があり、みんな困っているのだ)

餓鬼腹茶入 1口 中国・南宋?元時代(14世紀) 京都・本圀寺
ははは、巧い名づけだ。蘇生した小栗判官を思い出す。

ところで法華宗への弾圧は激しく、凄い拷問を受けた坊さんも多い。
焼けた鍋をかぶらされた人もいれば、火責め・水責め・焼鍬責め・切舌責めまで受けた人もいる。その絵が出ていて、何やら不思議なときめきまで感じた。

工芸品や絵画も出ていた。

曜変天目 油屋天目 1口 中国・金時代(12?13世紀) 徳川美術館
内外共にたいへん綺麗。キラキラしている。

赤樂茶碗 加賀光悦 本阿弥光悦作 1口 江戸時代(17世紀) 京都・相国寺
サーモンピンクで綺麗。

黒樂茶碗 銘「時雨」 本阿弥光悦作 1口 江戸時代(17世紀) 名古屋市博物館
これは森川如春庵ゆかりの品だろうか。そんな気がするが。
底光りする。ザリザリした内側の釉薬が幻想的。

赤樂茶碗 銘「鵺」 樂道入作 1口 江戸時代(17世紀) 三井記念美術館
ノンコウ??♪それだけで好き好き好き♪鵺というのがいい。キマイラ。

黒樂茶碗 銘「残雪」 樂道入作 1口 江戸時代(17世紀) 樂美術館
口べり薄くて綺麗。やっぱりノンコウが最高だ。

色絵氷裂文角皿 尾形乾山作 5枚 江戸時代(17?18世紀) 京都国立博物館
モダンな造形感覚にはいつも感心する。綺麗なモザイクを描いて見せている。

色絵花唐草文水注 尾形乾山作 1口 江戸時代(17?18世紀) 東京・妙法寺
こっちはちょっとざわざわしすぎ。・・・ざわざわ(福本伸行か)

五彩花卉雲龍鳳凰文尊式瓶 五彩蓮華唐草雲龍文角香炉 1対1合 中国・明時代(16?17世紀) 京都・本能寺
形がやはり巧い。古代の写しだが、とても綺麗。

牛図 俵屋宗達筆 2幅 江戸時代(17世紀) 京都・頂妙寺
烏丸光広賛。牛は口をあけている。

観世音菩薩像 酒井抱一筆 1幅 江戸時代 文化12年(1815) 京都・妙顕寺
仏より、傍らのアジサイやタチアオイが目に残る。

重文 松桜図襖 長谷川派 4面 桃山時代(16?17世紀) 京都・妙蓮寺
モコモコ櫻。長谷川派らしいモコモコ。

厩図屏風 2曲1双 桃山時代(16世紀) 京都・本圀寺
どの馬もカメラ目線。サルもいる。意馬心猿という言葉もあるが、厩にエテを置くのはいいことだと言われている。だから孫悟空も最初に弼馬温となったのだが。

獅子図屏風 狩野山楽筆 4曲1隻 桃山時代(16?17世紀) 京都・本法寺
チカラギッシュな唐獅子で青いボディが精悍。

11/5からは後期展が始まる。前期だけでも相当の疲労を感じるほどの質量だった。笑えるところのない展覧会だと思う。
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