美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

今年の建物探訪ベスト3

昨日は美術展のベストを選んだが、今日の大晦日は建築関係のベストを選ぶことにする。
でも建築の展覧会はぬきにして、見学した建物のベスト3ということで。
やはり今年最大の収穫は、旧池長孟邸・紅塵荘(現・春日会病院)の見学と撮影だった。
それと旧安田楠雄邸、同志社アーモスト館でベスト3か。

他に登録文化財になった日本橋高島屋は内部撮影はダメだが、外観だけでも楽しいし、中のアンモナイトを見つけるツアーもいい。

入りにくいところと言う点では、京都の日本写真印刷株式会社を見学できたのは、嬉しかった。ただしセキュリティの問題があるので、撮影不可なのは惜しいけれど、ステキな旧館を楽しませてもらえて、たいへんよかった。

加古川にあるニッケの工場も面白かった。ギザギザ煉瓦の建物群が忘れられない。
春になり桜が咲けば、広い構内のあちこちが美しく輝くだろう。

今年は川越をハイカイしたり、シンガポールをうろついたりして、数え切れないほどいい建物も見ている。
楽しめる地はいくらでもあるものだ。

ベスト3のうち旧安田邸はナショナルトラストの管理下にあり、一般公開もされてるから気楽に見学できる。
しかし旧池長邸は病院と言う状況から、内部見学はたぶんムツカシイだろう。
そして同志社アーモスト館はこの先、迎賓館として活用されるので、内部に入るのはちょっと無理になるかもしれない。
とはいえ日を決めての見学会が行われることもないとは言えない。

来年は一つベトナムあたりに出かけたいし、栃木か常滑界隈を訪ねるのもよさそうだ。
色々と見学の準備もしないといけないな…

というわけで今年もなんとか楽しく過ごせました。
来年もまたお願いします。
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2009年のベスト

遅ればせながら2009年度のベストをわたしも挙げる。
順位はつけず、観た順に挙げてゆく。
わたしの場合、ちょっとひとさまと傾向が異なるので、「え?」「あ゛?」なのが多いかもしれない。
それと関西人なので、関西だけのベストも挙げることにした。

まず首都圏の方。
小杉放菴と大観 ―響きあう技とこころ― 出光美術館
川上澄生展 横浜そごう
牧島如鳩 三鷹芸術センター
『コドモノクニ』と童画家たち 手のひらのモダン 横須賀美術館
よみがえる浮世絵 うるわしき大正新版画 ムラー・コレクション 江戸東京博物館
小村雪岱 資生堂アートハウス
皇室の名宝―日本美の華 1期 永徳、若冲から大観、松園まで 東京国立博物館
梅蘭芳 日中友好会館
旅 異邦へ 第三部 東京都写真美術館
生誕100年グラフィックデザイナー野口久光の世界 ニューオータニ美術館

今年は川越、資生堂、埼玉近美で雪岱の展覧会を観たので、代表として資生堂の展覧会を挙げる。
童画好きなので、「コドモノクニ」は嬉しかった。その翌日に観た「茂田井武」やギャラリーTOMの「三匹のこぐまさん」も凄くよかったが、これも代表として選考。
放菴は観たいものがいっぱい出たのでここ。
新版画もすごく当たり年だった。ほんと、いい年だったと思う。
しかし如鳩展のインパクトの大きさは、ちょっとやそっとではなかった。
これはもぉ隕石にアタマをぶつけたような感じ。
皇室の名宝は1期に好きなものが集まったので、そちら。阿修羅もいいけど、東博でのベストはこれです。
梅蘭芳展はたぶん、どなたも見てないと思う。わたし個人としては素晴らしくいい展覧会だったが。
写真美の「旅」は第三部が完璧に私好みだった。来年もこのレベルの写真展が見たい。
野口のポスターを見れて嬉しかったので、10に入れる。

次点はシアトル美術館展というところです。高橋コレクションもよかったなぁ?

次に地元から西へ。こちらも見た順番。

上野伊三郎+リチ コレクション展 ウィーンから京都へ、建築から工芸へ 京都国立近代美術館
道楽絵はがき 大津歴史博物館
みんぱくx千家十職 民博
白樺派の美術 京都文化博物館
大大阪の時代 大阪大学総合学術博物館
朝鮮王朝の絵画 岡山県立美術館
明治・大正お屋敷ドローイング 近代住宅彩色図集から見た清水組の仕事 住まいのミュージアム
道教の美術 TAOISM ART 大阪市立美術館
神話 日本美術の想像  奈良県立美術館
和装美人から洋装美人へ 大正・昭和の女性像  印象美術館

道教は三井より大阪のほうがやっぱり良かった。
白樺派も非常にいいものを見せてもらったし。
神話は前後期それぞれ目玉があって、本当にうっとり。
やっぱり自分が美人画好きだと実感したりで、楽しかった。

東西をハイカイできる幸せをかみしめよう…
建物見学はここには挙げないことにしました。


ガランスの悦楽 没後90年 村山槐多展

「ためらふな、恥ぢるな まつすぐにゆけ 汝のガランスのチユーブをとつて 汝のパレツトに直角に突き出し まつすぐにしぼれ」
村山槐多の詩は彼の魂が叫ばせたものだと思う。

没後90年、生誕113年の年に松涛美術館で「村山槐多 ガランスの悦楽」展が開催されている。
ガランスとは茜色のことで、彼の絵画に多く顕われる色彩の一つだった。

槐多を初めて知ったのは、彼の書いた怪奇小説からだった。
悪魔の舌」「殺人行者」などがある。
「悪魔の舌」 タイトルからしてもそそられるような作品で、高校生の私は図書館で口も聞かずに読みふけった。その頃から丁度「新青年」関係の資料や作品を読むようになっていたので、この小説も大好きな大正時代の、大好きな怪奇小説ということで、わたしはためらいもなく読み始めたのだ。
読中の気持ちの悪さ・ラストシーンの皮肉さへの驚愕、それらは長く私に残った。
そして作者・村山槐多は小説家としてより、画家としての名が知られていることを、その本の中で知った。

回顧はもう少し続く。
親戚の一人に、さる町の娘が嫁いできた。その父は町に美術館を建てたが、そこには槐多の作品が集められていた。その頃既に槐多のファンだった私は喜んで「いつか行くわ」と言ったところ、皮肉屋の親戚は「そんなイナカにええ絵が集まるものか」と笑う。
「ムラヤマ・カイタを知らんからそんなことを言うねん」と返すと、彼は更に笑った。
「村の山で誰かが書いた、からムラヤマ・カイタと勝手に名乗ってるだけや」
……20年経ってもなかなか忘れられない会話だが、未だにその村の山の美術館へ行っていないわたしだった。

槐多の作画時期は14、5歳頃から始まっているようで、中学生とは思えぬようなあくどさのある作品がいくつもあった。
既に槐多が夭折していることを知るだけに、早熟の天才の危うさ、と言うものを感じた。
特に中学での回覧雑誌のために描かれた作品群はどれもこれもあくどさ・怪しさが横溢している。明治の末、こんな少年が日本にいたことが面白いような怖いような感じがある。

夭折した人だけに信濃デッサン館の所蔵品が多い。
目を惹いたのは「稲生像」だった。
槐多が恋した美少年の横顔がそこにあった。

丁度明治末から大正初めにはドイツ的な少年愛が広まっていたそうだ。
(それ以前にもいろいろあるが)
許容されていたにしても、当人にその気がなくば拒まれるだろう。
槐多の書いたラブレターも展示されているが、強い執着心をうかがわせた。

後期展に出る「二少年図」という絵は長らく江戸川乱歩鍾愛の作品だった。
乱歩にも美少年への愛情がある。彼はその絵を幸せにみつめていたのだ。

槐多の過剰さ・過激さは筆勢に顕われているように思う。
世話になった小杉未醒の庭園を描いた作品には、ガランスとウルトラマリンが強く塗りつけられている。他者には選べない色を同居させ、それが個性として活きている。

彼の自画像をいくつか見る。いずれも不逞な面構えをしている。
紙風船をかぶれる自画像、そのタイトルどおり空気の入らぬ紙風船をまるでインド人のターバンのようにしてかぶった槐多の顔があるが、可愛げのないツラツキを見せている。
本人もそれは自覚しているようで、文にそのことを残してもいる。

「やっぱり『悪魔の舌』『殺人行者』の作者だけはある」わたしはつぶやいた。
しかしそれだけが槐多全てではないこともわかっている。

カンナと少女  ここにもガランスとウルトラマリンは活きているが、それらは優しさを伴っていた。隣家のマサちゃんという女の子をモデルにしたこの絵は、少女のほっぺたが可愛い茜色を見せ、縦縞の着物に明るい青の線を載せている。はびこる大きな植物も少女を脅かすものではなく、少女と植物の生命力の確かさを描いたものだった。

少女や娘を描いたものには過激さは見出せず、イキイキした力強さが感じられるものが多かった。
「庭園の少女」「裸婦」「薔薇と少女」…

描くものはハッキリした形を見せているが、描いた意図が読み取れぬ作品が多いのも確かだと思う。
「スキと人」…スナフキンかと思った。
「尿する裸僧」…昔、実物を見る前に評論を読んで驚いたが、やっぱりよくわからない。

スケッチブックに描かれた様々な女性像などはシュールさまで見えてくるが、あれは意図せずそうなったものだろう。

会場ではところどころに槐多の詩が大きく張り出されている。
それを読んでから絵を見ると、彼の心に近づけるような錯覚が生まれる。
やがて槐多に早すぎる、しかし当然のような死が訪れる。
彼は遺書を書く。
自分を「引き上げよう引き上げようとして下すつた」未醒や従兄弟でもある山本鼎らへ感謝と共に「私は地獄へ陥るでせう、最低の地獄にまで。さらば」
強い自覚がそこにあった。

しかしながら彼の矯激な魂が去った後の死に顔を写したデスマスクは、穏やかで優しいものに見えた。
死んだ後でやっと不逞さ・機嫌の悪さの消えた顔になったのだ。
そのことを槐多がどう思っているかはわからないが。

展覧会は1/5?24まで後期展に入る。


大観・観山と日本美術院の画家たち/宮廷工藝の粋

既に終了した展覧会の感想を少しばかり。
松岡美術館で「大観・観山と日本美術院の画家たち/宮廷工藝の粋」を見た。
やめておこうかと思ったが、大観のミミズクがチラシに載っていて、それに誘われた。
なにしろ可愛らしいので、スルーできない。

横山大観 梅花  櫻もいいが梅の美と言うのも深くていい。
大観は特に桜を描くと多少仰々しさが出るが、梅は優しさが前面に出るので、それがいい。

みみずく  耳が立つのがミミズク、丸いアタマはフクロウ。可愛い。
ホーホー言いそうな可愛さがある。キュートなものを見たのが嬉しい。
実はフクロウとかミミズクって大好きなのだ。絵でも実物でも。

蓬莱  551とツッコミが入るのは関西人の証拠なのだが、これは神仙のいる場。林で鶴と爺さんと女仙がデートする(ようにしか見えない)図。川田順を思い出す。辻井喬「虹の岬」ですな。

下村観山 山寺の春  喝食のような少年が向かう先に一本の櫻がある。「別れの一本杉」という歌もあるが、これは少年への指標の木なのかも知れない。
あとで解説を読むと、これは謡曲「鞍馬山」をモティーフにしたもので、稚児は遮那王(牛若丸)だった。天狗の山伏に連れられ、櫻の名木を見に行ったところ。
以前から好きな絵だが、その背景を知らなかった。しかしその意図するところは大方読み取れていたようで、ちょっと嬉しい。

前田青邨 鎮西八郎  強弓を使うヒトと言う伝承に基づき、長い弓がそばにある武人図。平安?鎌倉の武装って実は好きです、戦国のより。特に緋縅なんか見てると、魚のみりん干しを思い出すし。

紅白梅  青邨の梅花図は独特の様式があり、この絵もその様式で描かれているが、実にいい。様式と言う枠に収まりつつも、その中での自在感というのが、とても大きい。不思議な音調を感じるような枝ぶり、明るい花々。配線コードのような枝と言ってもいいが、その自由融通無碍ぶりにときめく。

奥村土牛 孤猿  まんが日本昔ばなしに出てきそうな猿。川の中の石にぽつんといる。なんでも昇仙峡が舞台らしい。

守屋多々志 橋  暗い背景に橋が伸び、そこを女が一心に走る。黒の空には白い雲が一つ浮かび、そこにカラスが二羽ばかり見える。女は灰色の女。橋姫かと思ったが、これは入水を図ろうとする浮舟だった。強い意思の表れを感じた。自分を消そうとする意思より、恨みを晴らそうとする意思を感じた。
どちらにしろ宇治橋を行く女は怖い。

ところで今回初めて知ったが、ここカメラOKでしたか。(シャッター音消去の上)絵葉書にないものを今度は撮ろうと思う。
        
併設の中国・明清の美術に今回は深く惹かれた。

碧玉、翡翠、それらを加工した香炉が並び、その美しさにクラクラした。
今までそんなに玉類にときめかなかったから、自分でもびっくりした。
イヤ本当に綺麗。

明代の皇帝に始まり、清朝の歴代皇帝のヒトトナリ・歴史などをパネル解説にしているのもよかった。皇帝が変わると趣向も嗜好も移るのがよくわかる。
特に良いのはやっぱり乾隆帝の時代のもの。香妃やカラクリ時計など、様々な逸話を持つ皇帝だけに、その文化度は高い。
饕餮ふたたび。殷周代の大スター饕餮くんが清朝に復活?というほどではないが、そのモティーフをつかったものもあった。
獅子がぞろぞろおるのも可愛い。細工師も技能の頂点に来てたのか。

それにしてもすばらしい玉製香炉だった。
焼き物もいいが、それよりも今回は翡翠の美に撃たれたのだった。

絵画も色々出ていたが、山水画より、清朝末期の物語性のある作品に惹かれた。
任伯年 風塵三侠図巻  殆ど劇画。昔モーニング誌で連載されていた「東周英雄伝」「深く美しきアジア」だったか、それが思い出される。隋末の李靖らを描いたもの。木村荘八の挿絵にも似ている。

いいものを選り取り見ることが出来るので、松岡はいいところだといつも思う。来年もよろしく。

浮世絵百華

たばこと塩の博物館で「浮世絵百華」展・後期を見た。
09122701.jpg  女房気取りの女

前期は平木浮世絵財団の名品だが、後期は「浮世絵文化史学」という立場での展示があった。
前期には三井記念で先般展示された高橋コレクション「衝立のかげ」(平木では「若衆と娘」)が出ていたので、目ざとい方は手彩色の違いを楽しめたろうが、後期にはそれほど色っぽいものは出ていない。
ちょっと前に立命館でイイものを見た身としては、少しばかり物足りないような気もしたが(笑)、それでも楽しく眺めて回った。
平木コレクション、たばこと塩、中央大学、他に個人蔵の名品が並んでいた。
滅多に見ない作品ばかり取り上げてみる。

安永六年発行の江戸のグルメ本「土地万両」の実物を初めて見た。わたしは江戸時代の評判記や案内本などが大好きなので嬉しい。

同じ年に出たのが勝川春章「中村富十郎の板額」 薙刀を持つ女武芸の板額が踏ん張る姿が描かれている。近年女武芸を演じる役者が減ったなーと改めて思った。

礒田湖龍斎 虚無僧  女二人の虚無僧姿。本物の虚無僧もいたけれど、コスプレ者もいた虚無僧。「毛谷村」のお園なども虚無僧姿で敵を探して歩いていた。彼女は女武芸だが、ここに描かれた二人の女はコスプレを楽しむ風情に見えた。

北尾政演 當世艶風拾形圖 尾瀧屋  深川の店でいちゃつく。それをアラアラと眺める女と。こういうのをうじゃじゃけているとでもいうのかしら。

栄松斎長喜 女房気取りの女  演歌の歌詞でもないんだが、遊里の中だけの関係でも、深間に入るとこんな風になってしまう。火鉢に鍋をかける女のほつれ毛が、なんとなくせつない。少しの幸せを感じることが、哀しい。

遊廓善玉悪玉  江戸の心学というのがまた、その当時からおちょくられてるのがいい。
歌舞伎の舞踊劇でも善玉悪玉の踊りがあるしね。座敷いっぱいに現れる善玉悪玉。人々は誰もそれに気づかない。ちょっとキューピーの大群を思い出した。

奥村政信 志道軒と若衆美人  立命館の春本展示の中で、志道軒の弟子・悟道軒による講釈本があったが、その志道軒が描かれている。彼は平賀源内の「風流志道軒」でモノスゴイ噺の主役を張っているが、浅草で人気の講釈師だったそうだ。むろんエロティックな方の大家。講釈のときに使う▲▲棒を持って、前に座るカップルを見ている。カップルは素知らぬ顔で恋文をそっと…

勝川春常 三代目沢村宗十郎の曽我十郎と中村里好の大磯の虎  立つ二人。一悶着ありそうな雰囲気。痴話げんかも仲良しさんの楽しみの一つ、というやつか。

歌川芳虎 東海道名所圖繪  さすがに東海道をずらずらと描くだけに12枚続という大物。
各地の名物も書き込まれている。なんだか楽しくなってくる。

湖龍斎 きぬぎぬ  目元より何より、口元を覆う仕草がいちばん艶かしい。交情の深さを感じさせる。

他におもちゃ絵が色々あり、それが楽しかった。役者の着せ替えものなどは、カラーコピーしたのを出してくれてたら、楽しく遊べたのに惜しいね。戯画はたぬき尽くしなどで、こちらも面白い。
他に二階のミニ企画では「明治の浮世絵」として、芳年の「明治撃剣会」、国政「官許博覧会の圖 於吉原」などがあった。
前者は、行き場のなくなった侍たちが興行として剣術を見せる会を描いたもの、後者は明治五年の内国博覧会で来たブームに乗っかって、吉原でも見世が代々の家宝などを展覧する様子を描いた図。
浮世絵も明治の真ん中にはなくなってしまうのだが、それまでは最後の仇花を咲かせたのだ。それは特に新聞で活きた。
ゴシップ系の東京日日新聞は芳幾の絵があった。「お乙と早蔵の男夫婦の話」女として育てられたお乙が早蔵に嫁して三年目に戸籍調査で男と世に知られ、髪をばっさり切られてしょげている図。
明治8年の報知新聞では芳年による「大晦日に出かけようとする蕎麦屋亭主に激怒して、熱湯をぶっかける女房」の図があった。ははははは。こわいなぁ。

たばこと塩博物館の「浮世絵百華」は1/11まで。

12月26日、大阪ハイカイ

久しぶりに大阪をハイカイした。
今日は色々お買い物の予定もあるので大きめのエコバッグまで用意して出かける。
地下鉄1日券は先に安く購入していたから、動くのにも気合が入る。
東梅田から谷町線に乗り京阪守口まで出た。
地下鉄と京阪百貨店までは5分ほどの距離がある。
秀吉が拵えた文禄堤を歩いてみる。昔の風情が残る民家がいくつかあったし、町家をリノベした中華料理店もあった。

京阪百貨店では海洋堂の展覧会が開催中。会社の先輩が23日に行って、かなり感銘を受けてた。わたしもこれまで京都マンガミュージアム、長浜のフィギュアミュージアムに出かけて、海洋堂の凄さを見てきたが、やっぱり今回も改めて「うお???ッッ」だった。
なにしろ凄い。
京阪は入場無料と言うことで、あんまり興味のない人も多いかなと思ったが、来る客来る客みんな真摯な目つきで眺めるし、話の内容も深かったなー。
わたしも一人で来るんじゃなく友人と来たらよけい楽しめたかもしれない。
食玩のモモンガが可愛くて欲しかったが、なかった。残念。
ヱヴァと北斗の拳のフィギュアが凄くよかったな??
それにしてもやっぱり凄い。
なんでもスミソニアンや大英博物館は海洋堂のフィギュアや解説書を継続販売しているそうだし。
日本中で大ブームになった阿修羅展も阿修羅のフィギュアは早々と完売したと言うし。
全く以って大納得もええところよ。
先輩は、海洋堂の専務の人と握手して喜んでた。オマケも貰ったらしい。ええのぉ。

お昼になったので、梅田に戻ってランチにしようかと思っていたが、コムサの喫茶店のランチがおいしそうなので入ったら、分煙してなかった。カフェではなく喫茶店だから仕方ないか。しかし言わせて貰うと、やっぱり守口は離れたところにある分だけ、そういうところが遅いな。オムライスとサラダはおいしかったし、リーズナブルなだけに残念。

守口から天王寺まで乗車。長いのでお昼寝してしまう。最近車内睡眠がマイブーム。
天王寺で御堂筋線に乗り換え、長居へ。巨大な長居公園があるところ。セレッソの本拠地だけど、サッカーに関心がないので、無縁。
ジョギングする人、ベンチに座って読書する人、野球する人、ゲイラカイトを揚げる人・・・
みんなソレゾレが色んな楽しみを持っている。

わたしはなんでここにいるかと言うと、自然史博物館でヘルマン・ヘッセの蝶の展覧会があるので見に来たのだ。
ヘッセも好き、蝶も好き、という二つの条件が重なったのはまことにめでたい。

植物園と併せて300円なのだが、冬枯れの植物園はあんまり関心が湧かなかった。
なにしろ葉牡丹とパンジーに、池を泳ぐ水鳥を見るくらいしか、わたしには楽しむネタがない。
自然史博物館には多くの骨があった。
クジラの骨がずーーーんっと長く伸びている真下を通り、館内に入って里山や近場の昆虫居住状況を見てから、マンモス、ナウマン象、トリケラトプス、プラテノドンらの骨を見た。阪大博物館にもあるマチカネワニの骨もある。
人骨も男女比や世代比較できるような展示がしてある。

数年前、INAXギャラリーで骨、骨格標本の展覧会があり、それはここから借り出してきたものだったが、すっかり魅せられた。
それ以前は骨よりミイラが好きだったが、今ではホネボネ様をホレボレと眺めている。
(尤も、自宅の庭に代々の猫を埋めているが、時々その土が掘り返されて白いものが転がっているのを見ると、切なくなってくるが)

鉱物の標本はキラキラしている。アンモナイトの表面に植物が張り付いて、まるで文様のように見えた。
わたしはアンモナイトを見ると必ず松本零士のある短編を思い出す。
金星へ行く男が地球に残す恋人に手渡したアンモナイトの物語。
そのアンモナイト、石炭などを触るコーナーもあった。
みな等しい触感があるのがうそものぽい感じ。固めたから仕方ないか。
他に毒キノコの分類写真が面白かった。触ってもアカンという強烈な毒キノコもあるんですね。

さてヘッセ。ヘッセはとても蝶が好きで、色んな作品を書いていた。
「少年の日の思い出」という苦い物語は教科書にも掲載されているらしい。
(わたしの教科書には載ってなかった)
サイトにはこうある。
「この展示会では、ヘッセの故郷ドイツや終焉の地スイスから取り寄せたチョウ・ガの貴重な乾燥標本や、ヘッセ自身が少年時代に見たものと同じ19世紀末の図鑑から取り出した銅版画のチョウ・ガ、ヘッセ手描きの水彩画(複製)など、奥深く重厚な資料を用い、世界的文人の「自然美」への畏敬と感性とを具体的に表現します。」

ヘッセの随筆「マダガスカルの蛾」に現れるニシキオオツバメガの標本が、その文章を写したプレートの下の箱に納められていた。
わたしはゆっくり開く。そこにはニシキオオツバメガの美しい屍骸が、いくつも麗々しく飾られていた。鏡張りの箱に、蛾の本体とその影が映り、さらにわたしの顔が映っている。
わたしは鏡の枠の中で、美しい蛾に囲まれていた。

宝石のやうな、ビロォドのやうな、煌くばかりの美しい屍骸がそこにありました。

少し前にニュースになったヘッセの採集した蝶を見る。
パルテベニヒカゲという蝶で、大阪の木下さんという方が偶然入手したものだそうだが、シブい色合いの蝶だった。
ここは生きた蝶はおらず、みんな標本だった。
少し寂しい。伊丹や箕面の昆虫館には放蝶館があり、そこでは生きた蝶が飛んでいるから、久しぶりにそこへ行こうと思う。

長居から本町へ出て、色々お買い物をした。値段を書けないくらい安い服とか色々。
そして相愛学園の向かいに出来たコメダ珈琲に入った。名古屋のカフェ。
四時だったのでカフェインは諦めて、ソーダを飲み、ジマンの「シロノワール」ハーフサイズを頼んだ。
このシロノワールというデザートは、熱々のデニッシュ生地パンケーキの上に、ソフトクリームを乗っけたものだということで、好みでメイプルシロップをかけるシロモノらしい。
雑誌で見て興味が湧いていたが、半分は「え??」だった。
来た来た。・・・・・・・・おいしい、めちゃおいしいですがな。これはハマりますがな。
今度はハーフやのーて、フツーサイズにするよ。おいしいわ。

機嫌よくいただいてからまた少し買い物をして、今度は今橋の大阪倶楽部へ向かう。
近代建築で現代芸術の展覧会をするという催し。
これを知ったのは、最前の自然史博物館でもらったチラシ。
大阪は何でエエ展覧会の宣伝をしないかなぁ。
あのチジになってから、ますます文化力が低下している。明日で児童文学館も閉鎖するし。焚書坑儒するは儲かる空港を廃止しろとわめくはと、やりたい放題言いたい放題。
そんなにも目立ちたいのか。名だけ売ってやめてからのこと、なんも考えてないでしょ。
(まさかずーっと続けるつもりか?)
ああいやだいやだ。

さて元に戻り大阪倶楽部。大阪の倶楽部建築では綿業会館と並ぶ二大スター!!
素晴らしい建物。安井武雄の名作。
そこの二階で池田満寿夫、李禹煥、前田藤四郎らの版画が展示されていた。
前田の「落馬」「散髪屋」「婦人帽子店」が特に良かった。リノカット。
李は’86年の「廃墟へ」シリーズが並んでいたが、わたしにはよくわからない。

出たら御堂筋の街路樹にLEDライトが巻きつけられて、棒状の光が長く長く続いていた。
キラキラキラ…とても綺麗。
ODONA前にはイルミカーという御堂筋のイチョウの葉っぱをイメージした電飾をつけた車が置かれていた。
残念だったのは、中之島イルミネーションが昨日で終了していたことくらいか。

梅田に戻ってから、ついにポメラを購入した。新型の分。前のと違い機能が増えたということらしいが、店員に「するとまだ不具合報告なんかはないわけですよね」と訊くと、一瞬黙ってしまった。いやなこと訊くなよな、ははははは。

散々歩き倒したけど、まだ本当は予定が全部終わったわけではない今日だった。
でもとりあえず、満足の一日でした。

ロートレック コネクション

既に終わってしまったが、ブンカムラの「ロートレック コネクション」展はナカナカ面白かった。アワテ者のわたしはネとレとを読み違えて、「どこのコレクションかな」と思いながら見て廻り、コネクションだと気づいたのは、出口を出てからだった。
ではその「コネクション」とは何か。
彼が言った台詞「僕はどこの流派にも属していない。僕には僕の居場所がある。やっぱりドガとフォランは凄いけど」・・・・・・ここから全てが始まっているようだった。

ロートレックの最初の絵の先生・ルネ・プランストーと言う画家は馬好きな人だったようで、並ぶ絵は全て馬と関わるものだった。
わたしも馬は好きなので、ここに描かれている馬の腿の張りなどを見ると、「よく走れそうな奴だなー」と(有馬記念も近いので)色々なことを考える。また、考えさせるようなリアルな造形だった。

フェルナン・コルモン 海を見る少女  たいへんロマンティックな作品。暗い海を見る少女は膚をあらわにしたまま砂地に寝そべる。金の耳輪は光り、変わった布を胸下で結んでいるばかり。「海を見る」のは何も陸地住まいの人ばかりではあるまい、かつての住処を眺める、と言うこともありうるだろう。…そんなイメージがある。島根県立美術館所蔵、と言うのも納得だ。

アンリ・ラシューによるロートレックの肖像画を見る。若き画家の肖像。優しそうな顔をしていた。話しかけたくなるような、暖かさとお茶目さとを感じる肖像画だった。

ゴーギャンの少年たちの水浴画がひろしまから来ていた。色彩も温厚で、少年たちが可愛い一枚。好きな一枚。

ロートレックはマネのファンだったそうだ。
イザベル・ルモニエ嬢の肖像  なかなか美人ではある。
また、ゴッホとも仲良しさんだった時期があったそうだ。
モンマルトルの丘  精神がまだ落ち着いていた頃のものだろうか。

やがてその「モンマルトル」の時代が始まる。

スタンランの「シャ・ノワール」ポスターがあった。初めてこの黒猫を見たのは大阪府現代美術センターの「サントリー・グランヴィレ・コレクション」展でのことだから、’90年かと思う。グランヴィレ・コレクションのポスター類を一括購入したとかで、そのお披露目があったのだ。
ナマイキそうなクロちゃんがとてもかっこいいポスターで、いつ見てもいい感じ。

ポスター藝術の楽しさはフランスから始まっているのは、確からしい。

ロートレック アリスティド・ブリュアン  ああ、不逞なツラツキ。エネルギッシュで皮肉屋で、何か仕出かしそうな、見るからに・・・・・

ロートレックの刺激的なポスターが世に現われると、それまでのポスターが古臭く見えてしまった。でもレトロモダンな良さは活きているのだが。

ジュール・シェレも’90年ごろ、大丸で回顧展があった。
ロートレックがいささか不細工なタッチで描いた彼女も、シェレの手にかかると、忽ちショートカットの美人に見えてくる。

しかしロートレックのポスターの力強さは凄い、と改めて実感する。
なにしろそれ以前の作品が色あせてしまうところが凄い。
まるで写楽のようなところがある。

ボナール 靴を履く若い女  百年前のフランス女。女の肉の強み・柔らか味などがよくわかる。
吉野石膏はいい作品を所蔵し、美術館に寄託して、惜しみなく見せてくれるいい企業だ。

ドガ 入浴後の朝食  「踊り子」もいいが、ドガの入浴裸婦はやっぱり深く、いい。
撮影したものを何枚か見たが、この作品も作画と同時に撮影もしていたのだろうか。

ヴァラットンの作品もいくつか見れたし、ドニ「ランソン夫人と猫」も見れたので嬉しい。
後者は、実は以前に雑誌を切り抜いたものの、猫のアップだけ残して、他の部分を捨てたことがあるので、誰の何と言う絵なのかわからなくて困っていたのだ。ほっとした。

やがてミュシャ登場。「ジスモンダ」「JOB」など好きなポスターがあった。
他にも色々見所があり、いい展覧会だったと思う。
それにしても入る前にきちんと字くらい読まなくてはいけない。
(でないと、何故この作家の作品があるのかと考えなくてはならなくなる)
ちょっと反省した。広島、福岡を巡回予定。関西には…来ないのだった。

野口久光の世界

中学生の頃から古い映画が好きだった。
その頃はVTRも普及前で、わたしは図書館で古い映画の資料を読み漁り、ラジオから古い映画音楽の音源を集めた。テープは結局97本作られた。
上映会を見に行くようになったのは高校生の頃からで、そのときから四半世紀経った今も古いヨーロッパ映画がとても好きなままだ。

野口久光の映画ポスターは中学生の読書時代から見知っていた。
双葉十三郎、淀川長治、荻昌弘らの映画評論には野口の絵が掲載されていることが多かった。
そして高校の頃には名画座に行けば、古い野口のポスターが、本国オリジナルと並んでいることもあった。
どのポスターを見ても、野口の作品には叙情があった。
作品自体よいものが多かったが、野口のポスターがその魅力をさらに深めているのは確かだった。
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ニューオータニ美術館で野口久光の展覧会が開かれている。
副題に「香たつフランス映画ポスター」とある。
戦前からヌーヴェル・バーグまでのフランス映画には、形容できない美意識があった。
ずっと酔わされている。これまでも、これからも変わることなく酔い続ける予感がある。
その魅力の半分には作品そのものの力だけでなく、野口久光のポスターが関与していると信じる。
今でも古い欧州映画を思い出すと、映像や音楽と共に、野口の絵が浮かぶのだから。
そして、思った以上に素晴らしい展覧会だった。
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追記2014.10.7-12.7京都文化博物館で開催のチラシ。
なお2012.6.7の野口久光展感想はこちら

トーキー初期から戦時体制まで、1947-1960 映画の復興からヌーヴェル・バーグまで
こうした区切りがついているのは、日本語の横文字が戦前と戦後で変わったことも含まれているのかもしれない。

にんじん  ジュリアン・デュヴィヴィエ監督作品は好きなものが多い。
「商船テナシチー」「地の果てを行く」「望郷」「旅路の果て」…名作品が次々に思い浮かぶ。そしてそれらのポスターも全てここにある。
「にんじん」は母に愛されない赤毛の少年の孤独を描いた名作で、原作のラストシーンはとても皮肉さが利いたものだった。岸田国士の訳文がすばらしいことをすぐに思い出すが、そこへ至るまでの救いようのなさが、この絵の中に現れている。
わたしから見れば可愛い少年なのだがなぁ。

地の果てを行く  縦長ポスターで、ラストシーンでの点呼シーンに由来するかと思う。
野口久光が描く情景は、映画の中の何気ないシーンが多い。先にポスターを見ることでその情景が記憶され、いざ映画を観ると…「あっ…」となる。特にサビのシーンでなくとも、野口はそれを素晴らしい一枚に仕立て上げるのだ。
このポスターにしても何も思わずに見てから、映画を観てラストまでわからないまま、ラストで軽い衝撃を受ける。そこが素晴らしいと思う。

望郷
TVで見た映画だった。ジャン・ギャバンがたまらなくよかった。わたしのギャバン・ベストはこのペペ・ル・モコとAドロンと共演した「暗黒街の二人」晩年の「掘った奪った逃げた」なのだ。
ポスターはロゴもキャッチコピー(当時は惹句ジャック と言った)も全て手書き。あの独特の書き文字が、一層胸をかきむしるような魅力を発揮するのだ。
しかし「望郷」とはまことに素晴らしい邦題だ。パリから逃げてカスバに潜む男と、パリの匂いが離れない女との出会い、パリに関する小さな単語を互いにつぶやきあうだけでも、こみ上げてくるパリへの<望郷>の念。
戦後のポスターではギャバンの横顔の背景にカスバの白い町並みがロングで描かれている。
これを思いながら映画を観れば、ラストシーンのペペ・ル・モコの渇望と絶望がより深く心に届く。そんなポスターだった。

旅路の果て
ルイ・ジューヴェ主演で、彼のアップが描かれている。ルイ・ジューヴェは近年、早稲田大学演劇博物館でも回顧展があった。他にミシェル・シモンが出ているが、見たときは気づかなかった。
たまらない物語だった。NHKで見たと思うが、まだ二十歳そこそこのわたしにも堪える作品だった。痛い、どうしようもなく痛かった。ポスターだけではその痛みは伝わってこないが、黄色を基調にした絵はよかった。

ミモザ館  ジャック・フェデー監督作品。大学の頃「ミモザ館」と「舞踏会の手帖」の二本立てが三越で上映された。同時期に大学で「女だけの都」と「ジェニィの家」の上映会があった。それを二日のうちに見ているので、四本の大筋がわたしのアタマの中で入れ混じったままになっている。不思議なことに細部だけはそれぞれはっきりしているのだが。
そういうわけで、フェデーとマルセル・カルネの作品は判別できずにいる。
尤もカルネはフェデーの助監督だったから、どこか似ているものを勝手に感じ取ったのかもしれない。
1930年代の、小説も映画も絵画も工芸品も建造物も宝飾品も洋服も、何もかもが好きだ。
「ジェニィの家」のポスターに描かれているモダンな女の立ち姿にときめいている。
「パリで一番楽しいところ」という皮肉なキャッチフレーズを思い出した。

巴里の空の下セーヌは流れる  デュヴィヴィエの’50年代の佳品。ポスターは真ん中に赤いドレスの女を配し、その周囲にセーヌ川、エッフェル塔、巴里の人々の姿を描く。
作品そのものより、音楽が印象に残っている。

禁じられた遊び09122402.jpg
ルネ・クレマンの名作。小学生の頃、たびたびTV放映されていた。
わんこを抱き、指をくわえた少女がぽつんと佇む姿が描かれている。
コピーを写す。「心温まるヒューマニズムと激しい戦争への怒り!巨匠クレマンが世界の良心に訴えた名作!!」
さすがに左から右へと並びが変わり、読みやすくなっている。
孤児になった少女は水灰色の空の下、何にもない野にぽつんと佇むしかない。かなり向こうに人家が見える。そこで少しの間は面倒を看てもらえるが、やがて「禁じられた遊び」に夢中になったあとは、少女は孤児院へ送られるのだ。
…いまだにラストシーンを思い出すと胸が痛くて苦しくなる。
大人になって却って「見るのがつらい」映画になってしまった。
この「禁じられた遊び」と日本の「火垂るの墓」は。

居酒屋  クレマンの演出が巧いと思いながら見ていたが、ポスターを改めて眺めると、二種類あることを初めて知った。洗濯女として働くシンプルな描線の方がわたしは好きだ。
群像図には小さいナナがいる。「ナナ」も映画になったはずだが、見たかどうか自信がない。

フレンチ・カンカン  「ルノワールxルノワール」という楽しい展覧会があったが、展覧会で息子のジャンの代表作がガラ・シーン上映されていて、この「フレンチ・カンカン」も出ていたが、楽しかった。ポスターはスカートをめくってカンカンダンスをする女が描かれているが、ロートレックも脱帽しそうないい絵だった。

ノートルダムのせむし男  これは見ていないので資料しか知らないが、ポスターを見てドキドキした。ジーナ・ロロブリジタのエスメラルダが、アクの強いジプシー女という風情があり、なんだかたまらなく野生的な魅力があふれていた。
原作では無実の罪で気の毒なことになるのだが、この女だとやりかねない、そんなムードが漂っている。

モンパルナスの灯  映画そのものは今も未見。ポスターを見て、それだけで満足してしまったのだ。DVDでもVTRでも見ればいいが、その気が湧かない。不思議だ。そのくせポスターを見て、かなり満足しているのだ。
ポスターの魅力の方に惹かれたのだ。

黒いオルフェ  これは映画は観たことがないが、音楽は名曲で、今も大好きな曲。ポスターは「黒」が旧字の「」で文字色も黒色、「い」と「オルフェ」は焦げ茶色。リオのカーニヴァルを舞台に置き換えた物語で、黒人俳優たちだけで製作された映画。
谷崎潤一郎「瘋癲老人日記」の中で、嫁の颯子が映画の主演男優がステキと爺さんに言うシーンがある。ポスターを見ても、ちょっと可愛い目をした黒人青年が描かれている。

大人は判ってくれない
ポスター藝術の中でも最高峰に位置するのではないか。
わたしは映画を観るまでずっとこのポスターでしか「大人は判ってくれない」を知らないままだった。今もわたしにとってはこのポスターが「大人は判ってくれない」なのだ。
映画の中で、アントワーヌ・ドワネル少年が寒いのでセーターを口元まで引き上げるシーンを見たとき、「あっっっ」と思った。そうか、これだったのか、と。
数年前にドワネル君シリーズの再上映があり、「二十歳の恋」と共に見たが、そこにこのポスターが出ていたのにはびっくりした。
なんでもトリュフォー自身がこのポスターがお気に入りだったそうだ。
わたしもとても好き・・・・・・・

他に雑誌の表紙絵や俳優のタブローやスケッチが出ていた。推理小説の装丁もしていたようで、いくつかはなんとなく見覚えがあった。
そして会場ではその時代の東和が輸入した欧州映画のガラ・シーンが上映されていた。
20分ほどのロールだが、とても楽しめる。

いい心持で会場を出た。展覧会は27日まで。本当に素晴らしい展覧会だった。

誕生100年 ローズオニール キューピー

松屋銀座で「生誕百年ローズオニール キューピー展」が開催されている。
キューピーは子供の頃から見慣れているので、もっと昔からの存在かと思っていた。
とはいえそれは、ローズオニールのオリジナルが日本に入り、そこから日本で独自に育った「キューピーさん」なのだが。
公式サイトはこちら
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ローズオニールのキューピーたちは団体だった。
今回の展覧会で初めて知ったのだが、彼ら(?)はキューピーという種族(?)で、それぞれに名前もあれば個性もあったのだ!
これは全く初めて知ることだった。
わたしはてっきりキューピーさんはキューピーさんで、個にして全、全にして個かと信じ込んでいたので、まさか個別の違いがあるなど思いもしなかった。ごめんね、みんな。
こういうショックは以前にもあった。「ムーミン」のヘムレンさんが11人いる!(きゃはは)のにもびっくりだったが、あれは分裂した人格がそれぞれ具象化しているのかも、と勝手に考えていたので、キューピーさんもそうとは思いもしなかった。
それで個別に性質と名前がある以上、それぞれに物語や事件がおこる。

ママが欲しいキューピーの物語は、せつなくなった。可愛い丸いお顔とおしりのキューピーがしょぼんとしているのを見ては、やっぱり放っては置けない。抱っこしてあげたい。しかしわたしの手ではなく、キューピーは紙面で優しいおばさん夫婦の子になるのだった。その養子になったキューピーの名前は失念してしまったが。
キューピーたちの永遠の仲間と言われる小さいわんこが仲間入りする物語もあった。
顔つきも体つきもなんとなくキューピーに似ているが、これは大きくなると「ジョジョ」の第三部に出てきた凶悪な犬になりそうな感じ。
そのまま大きくならず、永遠にキューピーたちと暮らしていくようで、よかった。

絵本もある。
キューピー物語 キューピーとおばけやしきの巻キューピー物語 キューピーとおばけやしきの巻
(2002/10)
ローズ オニール北川 和夫




それにしても可愛い、可愛らしすぎる。
もう無くなってしまった某銀行が「キューピーさん」の遊園地のようなディスプレイを淀屋橋で見せてくれていたが、銀行がなくなった時点で、彼らはどこへ消えたかと心が痛かった。
会場には様々なグッズがあった。なんでも当時のアメリカの人形製作技術はダメで、ローズオニールはドイツに出かけて、そこでビスクドールを拵えさせたそうだ。
そこから二次元の存在だったキューピーたちが三次元化されて、ついには日本に上陸して「キューピーさん」になったのだ。
セルロイドのキューピーさんがぞろぞろ並んでいた。
現在のコスプレキューピーたちのご先祖か、ヒトラーキューピーまでおったのには笑うに笑えないが、笑ってしまった。

版権問題もうるさいが、マヨネーズのキューピーはやっぱり可愛いと思う。
一時「Q兵衛&マヨ」というカップルキューピーもいた。
ローズオニールのオリジナルも愛らしいが、わたしは日本のキューピーさんのファンだ。

さて日本のアニメやマンガ、ご当地オリジナルのキューピーさんたちがダーーーッといた。
ぷっくりしたおなかが可愛いキューピーさんたちがゴルゴ13だったりするのには笑った。
めんたいこのキューピーさんは以前から好きだが、犬夜叉キューピーも可愛い。

会場外のショップでは色んなグッズ販売があり、わたしは色々吟味して三種類ばかり購入した。二月に後輩Rが誕生日なので、プレゼントにするのだ。
キューピーファンだから喜ぶと思うと、わたしも嬉しくなった。
展覧会は12/24まで。

日本で最も愛された少女雑誌「少女の友」

弥生美術館の’09秋冬展示は「日本で最も愛された少女雑誌「少女の友」」だった。
(本日で終了)
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この「少女の友」は今でもかつての少女たちの人気が高く、九月に神戸大丸で「中原淳一展」が開催されたときも、多くのレトロ少女たちが集まっていた。
皆さん何十年も昔のことでも現在の状況のように語られるので、リアルな感想つき・列品解説を聞いているような気がした。
ファンのナマの声と言うものはばかにはならない。
現に「少女の友」誌は読者の投稿欄に重きを置いていたのだ。
(そこの常連には作家の北川千代、田辺聖子らがいた)
弥生美術館の会員になって来年で20年になろうかと言うわたしにしても、今回の展覧会ほど活気のある現場状況は初めてだった。
(会期末の休日はいつもこんなだったとは、ついぞ知らずに来た)

会場をぐるぐる廻って思ったことがある。
「少女の友」の編集部はファンである少女たちを楽しませるために、懸命の努力をして来られたのだな、ということだ。
ただただ売れるためにシャカリキだったというのでなく、なんというか、作家と編集部とファンとの間に強い絆があって、三方がそれを大事にしていた、というのがよくわかる。
展示品は当然「少女の友」の口絵や挿絵や付録がメインだが、読者の投稿欄も展示されていて、それを読むのも面白かった。

一つの事件があったそうだ。当時「少女の友」にはライバル誌があり、そこにも投稿をした常連の少女がいて、そのことについて賛否両論の大激論になったそうだ。
展示のポップに「当時のブログ炎上のような」とあるのが納得な状況で、泥沼化していたようだ。つまり当時はその愛読書に対する忠誠心というものが大事にされていたのだ。
こっちの雑誌もあっちの雑誌も、ということは許されなかったのだ。
(わたしが小学生の頃「なかよし」vs「りぼん」という構図があり、みんな偏っていた。どちらも読んでいた上、「別マガ」「花とゆめ」も読んでいたわたしはある意味「はみだしっ子」(!!)だったろう)
最終的に当時の編集長が「否」としたことで、フタマタはダメよになったのだが、この事件を考えても、ファンの少女たちが本気で熱かったことがよくわかる。
今やそこまで愛される雑誌などない。

最近、田辺聖子が色んな紙面で自分と「少女の友」と戦争との関わりについて、語ったり書いたりしている。
お聖どんはユーモア小説が多い方だが、田辺バージョン「源氏物語」もあれば、少女小説と歴史小説の大家・吉屋信子の評伝「机の上の幾山河」もある。
それらは彼女が少女の頃に愛した作品なのだ。
今更ながらに「少女の友」の存在の重さを思い知らされる。
中原淳一の作品09122301.jpg

吉屋信子の少女小説も大人気だったが、川端康成の少女小説「乙女の港」は爆発的な人気があったそうだ。
女学校でのエスを描いた作品で、挿絵は中原淳一。
わたしも絵を見ながらストーリーを追ううちに、ついつい夢中になった。
エスというのはsisterからきていて、今ならスールということらしい。
完本 乙女の港 (少女の友コレクション)完本 乙女の港 (少女の友コレクション)
(2009/12/11)
川端 康成



歌舞伎では「鏡山」の中老・尾上と腰元お初がそのエスぽい雰囲気がある。
実際中村雀右衛門が「尾上とお初はエスの感覚で演じるのです」と言っている。
わたしは宝塚も大好きだし、年上の女の人も大好きなので、ちょっとそのキモチ、わかるなぁ。(尤もフジョシなので一番好きなのはボーイズラブなんですが)

投稿欄は読者の思いを書くのがメインではなく、短歌や詩の投稿がメインで、優秀なヒトには銀時計などが贈られたそうだ。それも一回の投稿で優秀な作品だから、というのでなく、持続して投稿することがまず、求められていた。
少女たちも大変だが、編集員も大変だ。持続して読み続け、少女たちの成長を見守り続けていくのだから。

作品のほうでは、加藤まさをの叙情画が目を惹いた。やはりいい。わたしはまさをファンなのだ。「月の沙漠」もいいが「消え行く虹」「遠い薔薇」などに涙している。
なんとなく切なさがある。それがたまらなくいい。

時代が流れ、段々と悪い方向へ進んでゆく。軍部の台頭でとうとう中原淳一の絵が載らなくなり、愛らしい雑誌が堅苦しい軍国主義へ変わってゆく。現在の我々の目から見ても悲しいが、その当時のファンはより悲しかったろう。
しかし悲しみながらも感化されていくのを停められない。
掲載ものも、投稿にも、軍国主義の影が広がってゆく。

やがて戦後、雑誌が元通りになるが、その頃には中原淳一は強力なライバルとして立ちふさがっていた。そのあたりの雑誌も以前からここで見ているが、ライバルがあればこそ、一層内容が充実してゆくのだと思う。
しかし時代のスピードはとうとう「少女の友」を追い越してしまう。
綺麗な挿絵も口絵もアイドルの写真に取って代わられてしまった。
見ていてまことに残念。
そして終焉を迎えるのだが、それで消えたわけではない。
何十年も経ち、21世紀になってから、かつての昔少女たちがここに大勢現れて、一人一人がそれぞれの思いを抱きながら展示を眺めているのだ。
こんなにいいことはない。

併設の華宵室では今期、安野モヨコの作品展が開かれている。わたしは彼女のファンではなく作品も「おチビさん」を時々見かけるくらいだから、殆ど関心が湧かなかったが、その「おチビさん」を彩る美しさには感心していた。
なんでもたいへん手間のかかる技法だということで、それをじっくり見ることができ、よかったと思う。
ただ彼女のコミックはやっぱりニガテなので読まないと思う。

夢二美術館の方では装丁(なぜ「幀」の字が出ないのだろう)シリーズがあった。
多くの美本があり、ジャケ買いしてしまいそうになる。
それが許されるなら、全て手元におきたいくらいだ。
そしてわたしの大好きなパラダイス双六が最後に待っていてくれた。
今年最後の弥生で見ることができ、とても嬉しい。

やっぱり弥生美術館はすばらしい、とつくづく思った。
それでわたしは早速来年の会員更新をしたのだった。
来年早々には鰭崎英朋展が久しぶりに開催される。
今度はなるべく早めに行きたいと思っている。

柴田是真の漆X絵

三井記念館で柴田是真の展覧会が開かれている。
既に行かれた方々のステキステキという感想にワクワクしながら出かけた。
国内のコレクションもあるが、アメリカ・テキサス在住のエドソンさんと言う方のコレクションがメインだった。
近年、海外流出した名品の里帰り展が多く開かれ、新しいファンが生まれていくのは、本当にいいことだと思う。

柴田是真の作品はかなり前々からいくつか見知ってはいるが、それでもこんなに多くの数を見るのは初めてなので、喜んだり驚いたり感心するばかりになった。

是真は幕末から明治にかけて活躍した工芸家で、そのヒトトナリなどは鏑木清方「こしかたの記」に一章さかれているが、いかにも幕末の江戸の職人らしい皮肉さと洒脱さを持っているのが、よく伝わってくる。
中から抜き出すとこんなエピソードがある。
清方の祖母が向うから是真が来るのを見て、身を隠した。(有名人を避けようという、江戸人の性質がある)しかし目敏い是真は「ご新造、取って食おうとは申さぬ」と呼びかけてくるので、逃げようがなくなった。
まったく人を喰ったような皮肉さがあり、そのヒネリがそのまま作品に素敵に活きてもいる。
若い頃には浮世絵師・国芳とも付き合いがあったそうで、それだけでも幕末の江戸の市井人の味わいを思わせる。

特に気に入ったものばかり書く。
(尤も批判できるものなんか見当たらないし、こちらの眼もそこまで成長していない)

流水蝙蝠角盆  めでたい吉祥文様でもある蝙蝠。花蝙蝠と黄金蝙蝠とが飛び交っている。
こういう構図を見ると「江戸の粋さ」というものを痛感する。

青海波貝藻料紙箱  これにびっくりした。「青海波」塗りという技法で拵えられているが、本当に波が打ち寄せているようにしか見えず、視線の角度を変えると、潮騒まで感じるほどだ。この素敵な箱の前で、左右に体を揺らし続けてしまった。光の乱反射のようでもある。すばらしい・・・

宝尽文料紙箱  めでたしお宝尽くしの中に、宝珠がある。お稲荷さんのお印の宝珠文だが、火が燃える描写。狐火ですがな? おもしろい。

円窓雛人形印籠  竹窓の向こうに雛壇がのぞくと言う趣向。人に見られていることも気づかず、三人官女がおしゃべりしているような・・・

紫檀塗香合  一見したところ・・・凝視しても・・・どう見ても「紫檀」にしか見えないが、<だましもの>だった!ヤラレター!!イゃマジで紫檀とちゃうのか?と声を出してしまった。凄い技能があるもんだ。これは手の技術の問題だが、日本には古から「見立て」精神が活きてるから、ここへ行き着くこともありえるわけですね。
擬・紫檀というか、その<擬>の技術にずっかりハメられた。

砂張塗香合  これもそうよ、だましもの。これを観ていて思い出したが、動物園の擬木を拵えたり、ドラマの小道具・大道具を作る会社の仕事を見に行ったことがあるが、そのときもどう見ても革張りの上等なソファが、実は発泡スチロールせいだった、ということがあった。・・・時代は変わっても、こういう技能は活きてるんですねぇ・・・

虎図小箱  これは虎に見せかけて猫です・・・というだましは別にない。勇ましそうなとらのおるシガレットケース大の箱。

「この一枚」という気合の入る一枚看板ものの展示がある展示室2には、これまた凄いものがあった。
柳に水車文重箱  例の青海波塗の活きる構図。この技法のおかげで、波の動きは無限になる。角度が変わると盛り上がりを感じる。精妙巧緻な技法にただただ感心する。
浮世絵の毛彫りのような繊細さにクラクラした。オミナエシが可愛く彩りを添えていた。

お茶室のところにはお正月のおとそセットに組まれた器が集まっている。
杯は朱塗りにカササギが嬉しいそうに飛ぶ図、台には小さく蝶やトンボが飛ぶ螺鈿ものが。
本当にいい感じ。こういう什器が欲しい・・・使う当てはないけれど。

絵を見る。

猫図  白地にキジ柄らしき親子猫がいる。猫の耳の内側の描写がリアル。子供は可愛い。

四睡図  豊干、虎、寒山、拾得の四人がスヤスヤというパターンだが、この寒山拾得は子供な二人で、めちゃくちゃ可愛い。墨すろうとしてそのまま寝てるなんて、可愛くて仕方ない。虎もぐーぐー寝てる。ええ絵。

瀑布に鷹図  これぞ幕末お江戸の市井の人!この発想がいい。
対幅で、右幅 フォールざーざーの中にいきなり鷹の顔が浮かび、左幅には鷹の親子がいて、向かいの水中の顔は親の顔、それに子が気づいてビックリする構図になっている。

他にも瀑布図があり、そこの解説プレートには「面白味がイマイチ」とあった。ところがこの絵の展示の出口にコレクターのエドソンさんからのメッセージがあり、そこにはこんなことが書かれていた。
旱魃のテキサスに住まうから滝の絵が好き、と。
絵として面白味がイマイチかもしれないが、その絵を見て癒される人がいて、それで喜んではるのに、ちょっとその解説はどうなんかなー。是真の作品だから、と言うて全てにヒネリや何らかの趣向を求めるのはちょっとね。

蔓草小禽図戸袋  金地に赤いような小さい粒を実らせた蔓草が描かれている。
実はグラデーションの波を見せている。とても綺麗。メジロがいるのもいい。
戸袋の引き手は菱形で、中に二つ巴の丸文が三つばかりあった。

そして水彩ではなく漆画も見た。
色のにじみや発色がとても面白い効果を見せているなと思う。
また構図が途轍もなく面白いものが多かった。

自分から桃を出る桃太郎、見返り鯛、ブサカワ猫、破れ傘の内側に可愛いわんころたち、おいしそうな野菜の数々・・・
こういうのを観るだけでも楽しくなる。
コレクターの方は画帳を繰る楽しみがある。うらやましい。いいものを見せてもらった。
後になってから、山種所蔵の漆絵画帳が出てきたが、琵琶法師として独演会をする大蛙と聴衆たちの図が面白い。蛙は暁斎も好きだが、是真も好きだったのかも。

再び工芸へ。
狐の嫁入り印籠  木々の隙間にぽつんぽつんと火が見える。しかし繊細すぎて、それが狐の嫁入りかどうかが、わたしにはわからなかった。

蚊帳をのぞく幽霊図印籠  表に幽霊の怖い顔がある。光の加減で表情が変わる。顔の怖さが倍増するような塗り方。裏には蚊帳があり、そこには陰火が燃えている・・・・・

ふくら雀根付  かわいい??可愛すぎ??こういうのが欲しいのよ!なんか焼き物みたいな感じに見えたが、どちらにしろ可愛らしすぎ。

国内に留め置かれた名品も集まっていた。
烏鷺蒔絵菓子器  これは面白かった。根津やシアトルの烏を思い出した。鷺がどこにいるのかちょっとわからなかった。
観てると、隣に来た親子が「エッシャーみたい」と言うので、なるほどそういう目で見てみよう・・・烏の隙間に鷺を探すわたしだった。

とにかくどれを観ても何を見ても面白く感じた。1/13からは入替えもあるようで、そのときも見に行こうと思う。ああ、いいものを大事に守ってくれたエドソンさん、ありがとう。
江戸尊さん、と呼ばせてもらうつもりだ。楽しい展覧会だった。

12月の東京ハイカイ

今年最後の東京ハイカイに出た。
飛行機の都合で日曜は早く帰ることになったが、それでもかなりあちこち出かけたと思う。

見た展覧会の感想は後日ソレゾレ。

おん祭と春日信仰の美術

奈良国立博物館で「おん祭と春日信仰の美術」を見た。
数年前にわたしは勤務先のグループ企業のトップのヒトが日の使いになりはったので、そのときおん祭に行き、ご挨拶などをしたが、あの行列はかなり面白かった。
ああいう祭はやはり古式床しいところが胸に響くものだと思った。

今年は祭を見る代わりに展覧会を見た。ちょっとは勉強しておかないと、おん祭の意義そのものがよくわからないので・・・(←フラチ者)

鹿島から春日へ来た神様と鹿ご一行の図が色々出ているが、ここらを見ると石川淳「六道遊行」の鹿の精を思い出す。
奈良県は茨城県のカミサマを受け入れたわけです。

氷室神社縁起絵巻  奈良博のお向かいにある神社。ここの枝垂桜はまったくもって素晴らしいの一言に尽きる。
絵巻自体は江戸時代後期の作品なので、絵にも色々と遊びがあり、なんとなく行楽図風にも見えて楽しい。

舞楽面が何枚もあった。これらをよくよく眺める。
非常に個性豊かな面ばかりで、何一つ誰とも似ていない造りをしている。
陵王の頭には龍がつく決まりだが、ワイバーンとでも言うべきドラゴンがついていて、道頓堀あたりのカラオケ屋の立体看板のようだった。
また古い朝鮮の面に面差しが似たものもあるし、レゲエな髪の面もあった。

それで舞楽の楽の方では、笛などが展示されていて、原羊遊斎のデザインした漆芸品もあり、意外なところで嬉しい出会いもあった。

千切台という造花を飾る台などもあり、それは京都の千切屋さんが再現したもので、春日大社に納められている。

春日権現記などもある。関白のドッペルゲンガー的現象の物語などが描かれていた。

春日大社のお膝元・奈良町では今でも「春日講」しゅんにち・こう を開催しているそうな。その祭に掛ける春日曼荼羅をたくさん見た。町内ごとにそれぞれ違うものを大事に保管している。それぞれの個性が出ていてとても面白かった。
地の奈良の人に聞くと、今でも講は活きているということだった。

こうした展示は奈良でしか見ることが出来ぬので、こちらに来られる方々は、ぜひお運びください。なかなか面白く思えた。

神話-日本美術の想像力-

昨日の続き。
4.「神話」の解体-神話から歴史へ-
神話の人々から、歴史上の人々へ主題が少しずつ変わってゆく。
歴史画にも大きな足跡を残した「院展の三羽烏」の作品が現われる。

梶田半古 比禮婦留山  ヒレ振る山。松浦佐用姫伝説が描かれている。去り行く船に向けて、懸命に身を乗り出し、必死で領巾(ひれ)を振る佐用姫。彼女は嘆きのままに石に化すのだが、ここではまだ人の身を見せてはいるものの、彼女がよりかかる松の生える岩が、その後の彼女の運命を示しているようにも見える。

荒井寛方 美人  天平美人がふっくらした頬を見せながら、竪琴(箜篌 くご、と読む楽器)を演奏している。
同じようにこの楽器を演奏する天平美人を描いた作品は他にもある
ここには出ないが、吉川霊華「箜篌」などは良く似ている。

院展の三羽烏の若き日の歴史画を見る。
安田靫彦 遣唐使、守屋大連、武内宿彌・・・リアルな筆致の歴史画は、考証も確かなのだと思う。みな、目つきに特徴がある。

前田青邨 大久米命、小碓命・・・緊迫感のある画面。オウスは女装のまま物の陰に隠れ、今しも剣を引き抜こうとする姿。

小林古径 大毘古命図、神崎の窟・・・前者は「崇神記」に見えるエピソード。不吉な歌を歌う少女は神の化身と言うことだが、古事記にあるのは「腰裳服せる少女」であるが、この絵はその腰裳すなわちロングスカートをはいてはいるが、胸をあらわにした少女だった。
見ようによってはこの役人、歌の不吉さに足を止めたのではなく、少女の胸に目を留めた・・・ようにも見える。
後者は以前から見たかった一枚。加賀の潜戸に関する物語。神の子である証に矢を射り、光を呼び込む幼児。母が見守るその構図は、なんとなく大昔の森永製菓のイメージぽい。

石井林響 童女の姿となりて  これはオウスノミコトが女装することを指す。美少年のオウスノミコトは叔母上からいただいた衣装に身を包んで熊襲兄弟のもとへゆく。道鏡を手にした少年の足元には一振りの短剣がある。
数年前「ヤマトタケル展」が明治神宮で開催され、そのときに見た作品。

松岡映丘 佐保姫  なんとも美しい姫。天平までの風俗の美にときめく。春の女神。

まつ本一洋 木花開耶姫  まつもとの字は特殊字で登録しているが、いつのまにか消えていた(泣く)。しもぶくれの愛らしい姫がぼんやりと浮かび上がる。背景には彼女の住まうと言う富士山も見える。

菊池契月 浦島  三幅対で竜宮の浦島を描いている。左は海原と松影(地上)。右は海上とヒトのいない小舟。中は藍色の地に描かれた、退嬰的な情景。太郎、飽きたのね、快楽に。竜宮の女たちからはなんとも退廃的な雰囲気が醸し出されている。太郎ももうこれ以上は楽しめない地点まで来ているらしい。極限の快楽の果てには退屈しか残らない。
退屈が望郷の念をよぶ。(違う場所へ行きたい)
魅力的な一枚。
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5.拡がる神話 -天平へ-
神話の幻想性は最早のぞめない。国家の背骨が見えている。そしてその中での楽しむ人々の姿がある。

高村真夫 春日野  実物が見たかった作品。天平の少女たちが野でくつろぐ。月琴が寝かされている。どことなくヨーロッパの野にも似た春日野にいる少女たち。

白滝幾之助 羽衣  羽衣を手に取る男たちと、松の陰で泣く娘と。ああいやねぇ。返してやれ、と絵に向かってつぶやいた。

川崎小虎 歌垣  屏風の連作もの。ふくよかな女たちの歌う姿が一枚ずつ描かれている。
等身大の女たち。

寺崎広業 天平美人  金地。秋の野を行く貴婦人とお供の少女たち。絵の半分以下に秋草を配し、上部は人物だけにしていることが巧い。秋の野を行く。それが確かな実感がある。

大仏開眼  東大寺の大イベント。752年の極東仏教圏での大イベント。聖武太上天皇、光明皇太后、孝謙天皇の親子三人を筆頭に一万人以上の人々が集まった大仏開眼。なんとなくゾクゾクするような感じがある。

岡田三郎助 古き昔を偲びて  これは切手にもなったが、実物を見るのは今回が初めて。黒川古文化研究所の所蔵だが、なかなか遭えなかった。ふくよかな婦人は天平のヒトか。
見ることが出来て、本当に良かった。

まだまだ見たい絵も多いが、いい選択だったと思う。
奈良県立美術館は毎年秋から冬にかけて、本当に素晴らしい展覧会を起こしてくれるのだった。


「神話 日本美術の想像力」1

奈良県立美術館で12/24まで「神話 -日本美術の想像力-」展が開かれている。
前後期ともに出かけて、大いに楽しんだ。

この展覧会はそもそも来年2010年が平城遷都1300年ということでのお祭の一環に当たるもので、フライングなのは露払いのようなものかもしれない。

‘93秋に兵庫県立近代美術館で「描かれた歴史 神話と伝説」展があったが、今回の展示品もそれに重複するものがいくつも見られる。
16年前に見た展覧会の衝撃と感動は今も胸底に沈んでいるが、この展覧会ではそこまでの感銘は受けず、しかし楽しい心持で眺めて回ることが出来た。
09121602.jpg 芳翠「浦島図」

1.「神話」の始まり 絵画と神話
ここでは芳年、暁斎に始まり菊池容斎、松本楓湖、小堀鞆音、富岡鉄斎らが、「古事記」上つ巻に顕われた「神話」に材をとった作品が集められている。

暁斎 日本神話シリーズ  明治11年に外人からの依頼を受けて描いたもので、現在では「島々の誕生」「神々の誕生」「須佐之男命の追放」「天孫降臨」「海幸山幸」の五枚が残されている。
どの絵を見ても浮世絵から離れた「明治の日本画」という風があり、特に「神々の誕生」での赤色の光輪に包まれた童女(天照大神)の姿がいい。

天岩戸も二種類出ていたが、このうちの一枚はコンドル旧蔵、もう一枚は暁斎の娘・暁翠の手によるもの。暗黒に鎖された世界に、再び太陽が現れる。そのためにはこんなにもエネルギーが必要なのだ、ということを感じる。

芳年 大日本名将鑑シリーズ  こちらも偶然ながら明治11年作の浮世絵版画。まず日本武尊があり、神功皇后と武内宿彌がある。前者は赤色が目立ち、後者は青が目に残る。
明治期の芳年の作品は劇画風で、物語性が強いので一目でここに何らかの物語がある、と言うことを感じさせる。
しかし後者の「神功皇后・武内宿彌」ではちょっと意外な構図が広がっている。
普通、この二人だと「松のそばに立つ皇后と、そばに控えながら赤子を抱く老人」という決まったパターンがあるが、ここでは神功皇后は機嫌よく釣りをしている。
青空、青い海、緑の岩。出征前に筑前で鮎を釣る図ということだった。
まだ皇后は身ごもったままだが、絵からそれは伺えない。

容斎 前賢故実  これは後世の絵師たちの粉本になったもので、歴史上の人々のキャラ設定集。そこから構図を採ることが大体普通に行われていたそうだ。

御神像 神功皇后像・胎中天皇御影  これが前述の皇后と老人と赤子のパターン。ここら辺りの神話は大変に面白い。神功皇后の物語に関しては、記より紀の方が面白い。
男装の皇后の凛々しさと、わが子を省みる優しい眼差しがいい。背景はなし。

鞆音 神功皇后  こちらは松が描かれている。この三者は昔の節句人形にもなった。

神武天皇  金鵄に導かれるシーン。馬具も立派な黄金仕立て。

楓湖 日本武尊  女装し、熊襲を討とうとする後姿。背景はなし。これは「前賢故実」から採られた構図。双子の兄の手足をへし折って殺す荒々しさと、なよやかな美少女に容易に見せかけられる美貌と。わたしは小学生の頃からヤマトタケルのファンなのだ。

天照大神と須佐之男命  海上の岩に立つ弟と、男装してその弟を厳しくみつめる姉と。
日本での「姉と弟」の近さはこんな頃から始まっていた。

鉄斎 天窟神楽図  まだ扉が少しばかり開いただけ。緑の中での楽しい神楽。どことなくアイヌのイヨマンテを思い出した。

鈴木松年 八岐の大蛇退治図  これは1871年の作だが、他に連作スサノオ・ヤマトタケル(1889)があり、どちらもスサノオはオロチ退治に勤しんでいる。しかしこの金色の目のオロチたちは妙に可愛くて、憎めないツラツキをしている。
スサノオを威嚇する・噛み殺すために口を開けているのではなく、「ごはん??ゴハン??」とねだるペットのドラゴンたちに見えて仕方がない。

2.「神話」の隆盛
明治初期の「油絵師」たちによる無国籍風な作品が現れる。

本多錦吉郎 羽衣天女  兵庫県美にあるので馴染みがあるが、この場で見る方がずっとイキイキして見える。鞨鼓を腹に持つ天女には、キリスト教の天使のような立派な羽根がある。なにやら孔雀羽根のようなものもついている。天空高く舞い上がる彼女はそのまま二度と戻らぬ地上を眺めているのか。
表情は最早「ヒトの妻」ではなく、神界の存在のそれである。

原田直次郎 八岐大蛇退治画稿  これは前述の「描かれた歴史」の中でも衝撃的な作品の一つだった。ただいま修羅場中の英雄を描きながら、唐突にキャンバスが破れて、犬が首出してます?図だからだ。しかしこんな構図になったことには諸説あり、以前にその一つを読んで、なんとなく納得してしまった・・・

山本芳翠 浦島図  これこそ私の「衝撃を受けた図」の一枚で、この絵を直に見るまでの時間、ずっとずっと焦がされ続けたものだった。
先般、大阪市立美術館での「道教展」では大阪だけこの絵が特別出展されていて、久しぶりに大いに喜んで眺めた。今回も嬉しく眺めた。複製画をもう15年くらい自室に飾っているから細かいところも見ているはずが、それでも新発見があったりするし、喜びも更新される。今回の図録ではなかなかはっきりと映し出されているので、それもうれしい。
実はこの絵を見るたび、わたしのアタマの中ではドビュッシー「沈める寺」が流れ出すのだった。

裸婦  女の膚の白さは尋常ではない。暗い野に薄いシーツを敷いた上で寝そべりながら女かみつめるものは何か。蜘蛛だと知って、少し不思議な感覚が生まれた。

3.神話の展開
厳密な線引きはないが、「初期洋画家」の作品が並ぶ。青木繁の習作が集まっているのも楽しみだった。

小林千古 誘惑  これは昨秋、厳島神社宝物館で見て印象深く眺めた作品。目隠しをした日本少女を誘い出す怪しい目つきの男と、空からそれを止めようと飛んでくる天女と。
男の背後には亡霊たちの姿や白い墓場が見える。
わかりやすい比喩がそこにある。

中村不折 八重の潮路  府中市美術館で最初に見たとき、何の絵かわからなかった。
タイトルを見てしばらく考えてから、やっとわかった。男は岩によりながらワニに座り、そのアタマを撫でている。眠っているのか瞑想中なのかわからない男。
そう、彼はトヨタマヒメと婚姻した山幸彦なのだ。
姫は出産の際に決して産屋をのぞくなと夫に厳命したが、妻が心配になった夫は約束を破り、産屋をのぞく。その状況については、古事記の文を抜書きする。
「八尋鰐になりて、匍匐ひもこよひき」
つまり巨大鰐になって這い回っていた、と言うのだ。
そのことを思い出しながら絵を眺めると、この鰐が何者であるかを・・・・・

青木繁 黄泉比良坂  青木は高校の頃に知って以来、途轍もなく好きになった画家で、特に「流浪」前の作品は何を見ても、どれを見ても、好きで好きで仕方ないし、好意が勝手にあふれてくる。あんまり好き過ぎて、欠点が見えなくなっているというのも、まぁご愛嬌と言うことで。
美しい青色の世界。女たちの怨嗟の声に耳を塞いで逃げる男。
なぜその当時、青木の美の世界は評価されなかったのだろう・・・・・・・・

日本武尊  弟橘姫を悼い、「吾妻はや」と声に出した情景。傍らに座す目ばかり白い男はもしかすると、若き日の武内宿彌ではないか、と私は勝手に推測している。

わだつみのいろこの宮下絵  本絵もいいが、下絵を見ることも楽しくて仕方ない。
本絵は数年前にブリヂストンで見たが、そのときすばらしい展示の仕方だった。
アーチ型出入り口の左右に、二枚の絵がかけられていて、向かって左に青木の「わだつみのいろこの宮」、右に藤島武二「天平の面影」が飾られていたのだ。
あのときの感動は今も決して忘れない。

中沢弘光 おもいで  これはまた不思議な情景で、寺院前の池に佇む若き尼僧の傍らに金色に輝く佛が顕われる。
解説によると、光明皇后の伝説に思いを馳せる尼僧ということだが、するとここは法華寺と言うことになる。・・・・・・会社のヒトに法華寺前の住民がいて、そのことを思い出した途端、神々しさが薄れてしまった。関西の一損ということか。
中沢の煌びやかな描写はとても好ましいが、彼の展覧会と言うのは神保町の古書会館で見たきりなので、どこかで開催して欲しいと思う。

長原孝太郎 風神  宗達、光琳、抱一らの風神ではなく、目つきの鋭い男が大きな風の袋を持ってビュービューしている図。百年前、へんな風神が世に現われたのだった。

寺松国太郎 乙女散華の図  これは府中や京都市美術館で開催された「浅井忠と関西美術院」展でも人気の高かった一枚。
わたしもこの乙女の胸の美しさにときめいた一人。三年前に見たときと同じ感想ばかりが浮かんでくる。

鹿子木孟郎 豊後風連洞の古話  物語として伝わったものを描いたのではなく「ありそう」な情景を描いた一枚。観世音菩薩らしき美しい方が微笑みながらそこに立つ。
鍾乳洞の白さを見せる洞の中には木彫りに命が吹き込まれたような龍が気を吐きながら、そこに蟠っている。
鹿子木には時々こうした不思議な作品がある。そこがなんとも言えず魅力的なのだった。

長くなりすぎたので、一旦ここで終える。



たまには<面白くない話>ばかりを

今日は本当は「安井曽太郎の肖像」か、奈良県美の「神話」か、奈良博の「おん祭」か何かを記事にしようかと思っていたが、どうしてもまとまらないし気分も盛り上がらないので、いっそのことオムニバス風に<面白くない話>を書こうと思う。

ウィリアム・ド・モーガン 艶と色彩-19世紀タイルアートの巨匠-

ウィリアム・ド・モーガンの装飾タイル展が汐留ミュージアムで12/20まで開催されている。見に行ったのは初日なのに、ほぼ二ヵ月後の終焉間近に感想を挙げることになるとは、思いもしなかった。

ヴィクトリア朝に生まれて、モリスらのアーツ&クラフツ運動に共鳴して、素敵なタイルやお皿などを焼き続けた。
ラスター彩の研究をして、自分の作品にもその輝きを映しだすようになった。
作品自体、静けさはないが、いかにもその活きた時代を思わせるような装飾性を見せている。
ロンドンには彼のミュージアムがあるようだが、そこのサイトには奥さんの作品などもあり、展覧会で見たものとはまた異なる世界にも触れることができ、楽しい。
(奥さんは画家のイヴリン・ド・モーガンである。)

アーツ&クラフツに影響を受けるだけに、作品にはある種の物語性もあり、優美さが全体に行き渡っている。ガレー船を描いたものも、花を描いたものも、悪竜を描いたものであっても、どことなく綺麗な世界を見せている。

この日観客は私だけだったので、展示品を心ゆくまで眺めたが、そうなると不思議な感覚が生まれてきていた。
つまりわたしはヴィクトリア朝ロンドンのどこかの屋敷にいて、そこのキッチンを眺めている、そんな気分になっていたのだ。
妄想と言うものは恐ろしいもので、私はすっかりその気になってしまって、「この瓶には何を入れよう、この花瓶にはどんな花がいいか、このタイルはもっと天井まで繋いでみよう」
などと本気で考えていた。

眺めるうちに改めて面白く思ったことがある。
東洋にとって龍はドラゴンでもワイバーンでもなく、王者の象徴、霊獣である。
しかしキリスト教圏の国々では龍は「悪竜毒蛇」と繋いで忌避される存在である。
(キリスト教に折伏される以前は、そうでもなかった民族はいくつもある)
ここに描かれているドラゴンは顔つきは不逞の輩風だが、どことなく威風堂々としている。
王者としての龍、そんな風に描かれ、タイルに焼成されている。

花々をモティーフにしたものも随分多かったが、繊細さよりも植物の生命力を感じた。
イキイキしたわけでもないが、永遠に咲き続けるために、その姿をタイルに封じ込めてもらった・・・そんなイメージがある。
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ところでわたしはタイルには以前からたいへん興味を持っているが、この展覧会を見て愛知県のINAXタイルミュージアム、京都の船岡温泉、そのそばのカフェ更紗(元・藤森湯)に行きたくなってどうにもならない。
たぶん、日本でベスト3に入る絢爛豪華なタイルを見ることの出来る場所だからだ。

欲しいかと訊かれれば欲しいと素直に言えないが、それでも素敵なセラミック群だった。

ジョサイア・コンドル建築図面展

京大総合博物館ではジョサイア・コンドルの図面を集めた展覧会が開かれている。
タイトルは「日本文化に見た夢 お雇い外国人建築家コンドル先生 重要文化財ジョサイア・コンドル建築図面」という長いものだった。
等身大コンドル先生の建て看板があり、センセイの視線を気にしつつ、ガラス越しに建築図面を眺めた。

なにしろ河鍋暁斎のお弟子さんで暁英の雅号も持っている。
横浜美術館に、裃姿の肖像写真も残っているくらいの親日家である。
絵の巧さはちょっとやそっとではない。
透視図をじっくり見れば、玄関の影などが描写されている。
建築家の図でありながら、水彩画家の絵でもある。

先般清水組(現・清水建設)の「明治・大正お屋敷ドローイング 近代住宅彩色図集から見た清水組の仕事」を見たが、あちらも素晴らしく美しい、建築完成予想図の集合展だった。
このコンドルの透視図も実に美しいもので、共通するのは<観る者に夢を見させる>図面だと言うことだ。
つまり、施主の立場で眺めると、これほど憧れ度の上昇する絵は少ないのだった。
「こんなステキな建物を作るのなら・・・」と何も考えずに依頼してしまいそうになる。

ここにあるのは裏霞ヶ関官邸、ニコライ堂、唯一館、赤星家大磯別邸、鎌倉海浜院ホテル、岩崎家箱根湯本別邸、岩永邸など。
美しく、そして詳細な図面。濃やかな愛情さえ感じるほどの素敵な図面だった。
(国立科学博物館―産業技術の歴史というサイトに、これらの図面があるので、詳しくはそちらをご覧下さい)

特に岩崎家箱根湯本別邸は素晴らしい作品だった。
岩崎彌之助がスイスの建物に感銘し、その意を受けて設計したから、どことなくスイス・シャレー風でもあるが、玄関の影のつけ方などが本当に優雅だった。

未構築の神戸布引の川崎邸図面を見ると、ギザギザな感じが面白かった。

コンドル作品のうち、現存する建物は残念ながら少ないが、それでも今なお活きるものもある。
綱町三井倶楽部、旧島津邸、古河邸、ニコライ堂、三菱開東閣、旧岩崎邸、桑名の旧諸戸邸(六華園)など・・・
そのうち清泉女子大本館(島津邸)だけはまだ入ってないが、他は全て撮影させていただいた。
(改めて申します。お世話になりました、ありがとうございます。皆様がた・・・)

他にデジタル修復されたニコライ堂の特集があった。壁には巨大なニコライ堂のドーム図があり、まるでそのドームに登って、駿河台を眺めているような心持になった。
(実際には「ロミオの青い空」の煙突からミラノ全体を眺めるあの気分と言うのが正しい)

これは科学技術振興機構の技術で見られるようになった図面なのだ。
詳しくはこちら
タッチパネルを撫でて、好きな装飾を拡大化させたりロングにしたりして、ちょっと遊んだ。
それにしてもやはりこうした技術はどんどん進歩していってほしい。

他にコンドルが日本文化を紹介した功績についてのコーナーもあり、かなり楽しめた。

非常に面白い展覧会だった。クリスマスイブまで開催中。



イメージの魔術師エロール・ル・カイン展

京都のえき美術館で「イメージの魔術師エロール・ル・カイン」展に行った。
行ったとき丁度巨大なクリスマスツリーが点火されたところで、キラキラしくていい感じだった。
ル・カインは’41にシンガポールに生まれ、東洋で子供時代を過ごし、イギリスで名を挙げた絵本作家。惜しくも20年ほど前に若くして亡くなっている。
わたしはル・カインがそんな現代の人とは知らず、彼の生年が彼の没年だと思い込んでいたのだ。

ル・カインの早い晩年に生まれた作品の黒猫を三次元化したオブジェがあった。
これはミュージカル「CATS」の原作をル・カインが絵本化したキャラだそうだ。
にやにや笑った黒猫は魅力的だった。’90年の作。
触るな触るなとオブジェの周囲に書き込まれているのが無粋だが、触りたくなるようなキュートさが、この黒猫にはあった。






シンガポールには今年の正月に出かけたが、とても心地よい場所だった。
近年ますますアジアへの親近感が湧き出していて、居心地の良さに惹かれるようになっているが、少年ル・カインもどうやらその傾向があったようだ。

シンガポール陥落後、祖母や母と共にタージ・マハールのあるインドのアグラに移住したときの思い出話はとても魅力的だった。
祖母の拵えるインド風なお人形たち。熱国で過ごすためのレトロな大羽の扇風機、アッパッパのような服を着た白人の女たち、そしてそこで本を読む少年。
彼は東洋の魅力を膚で体感した西洋人なのだ。

装飾性の強い作品がステキだった。
絵本の絵は装飾に縁取られた中に描かれる。
その装飾フレームは一緒に描かれるのではなく、別に拵えられていた。
描き表装を少し思いつつも、全く違う発想でもある。
その特集コーナーのところにさくらももこのエッセーがあった。
彼女のちんまり可愛い装丁本があって、それはル・カインへのオマージュから生まれたものだそうだ。とても納得した。
わたしもこんな装飾フレーム大好き。

それにしても実に多くの魅力的な作品を生み出している。
特に気に入った作品は多くがアジアを舞台にした不思議な物語だった。
邦訳は未だ予定がない、美しい絵本たち。

「王様の白い象」・・・世界に秩序を齎す力を得る僧(なにやら思わせぶりだ)
「アラジンの魔法のランプ」・・・とても美しい絵。

「フォーの仔犬」・・・the littledog of FO フォーが欧米でのシャカを指す呼び名とは知らなかった。ここでは雁皮紙のような紙に丸々した狛犬の子供が描かれていた。
この狛犬坊やは「本能のままにガゼルを襲ってしまった」ので、シャカから追放刑を受ける。とぼとぼと彷徨う仔犬は、ある寺院で盗人を退治し、それでシャカから許される。
彼はそのまま寺院にとどまり、やがて成長し、妻子を得て、家族総出で門番の狛犬として子々孫々栄えるのだった。

「魔法使いの娘」・・・物語だけ読んだ限りではそれこそ無国籍ものなのだが、絵を見るとなんだか日本風平安美女が描かれている。そしてこの物語は中国に伝わるものだということで、その方にびっくりした。
マルグリット・ユルスナール「東方綺譚」をル・カインの絵で見ているような心持になった。

プシケーとキューピッドの物語はモノクロで表現されていた。アールヌーヴォー調の美しくも恐ろしい世界。
この絵を見ていたから、わたしは彼を昔のヒトだと思ったのかもしれない。
キューピッドとプシケーキューピッドとプシケー
(1990/08)
ウォルター ペーター



ル・カイン展は12/27まで。

鈴木其一 江戸琳派の風雲児

細見美術館で鈴木其一の名品を色々見た。
前期には行き損ねたので、桃の花をめでる西王母には会えなかった。弓張月も前期だから、惜しいことをした。

師弟によるコラボ作品もある。
文読む遊女  弟子の絵に師匠の賛。師匠は名うての嫖客で、弟子もお供に相当吉原通いもしたそうなんで、こういうのは自家薬籠中の作品だろう。

稲荷山図  天保2年の作。にじみ・ぼかしのいい仕上がり。鳥居は見えず。稲荷山と聞けば伏見しか思いつかないが、其一はそれを描いたのかどうか。

青紅葉に小禽  洞に小鳥がいる。可愛い。こういう作品こそ手元に愛蔵していたい。実際これは個人蔵。

琳派と言うものは、しみじみと愛でていたいものだと思う。絵でも器でも。

牧童図  十牛図の流れではなく、これは愛らしい風景。牛はあっち見てて少年を見向きもしない。綱を引く少年は懸命だが、牛は知らんぷり。
可愛い構図。がんばれチビッ子!

木蓮に鷺図  黒紫の花が綺麗。縦に縦に花が咲く。これはさる藩主の賛があるもので、他藩でも抱一のお弟子さんは人気が高かった証拠。

ここらあたりはまだまだ修行中というか、本人のスタイルが立つ以前の作品群。
次には其一様式の確立、としてみごとな花鳥画が並んでいた。

朴に尾長鳥  白い花が大きく咲いて、見事に輝いている。艶のある花びら。葉は垂らしこみの技法。鳥はその花を見ず、どこかを見ている。

秋草夜景図  影絵風な面白さがある。秋の夜長を感じるような絵。

紫陽花四季草花図  丸い大きな紫陽花は淡青色。色の濃い青朝顔、ススキ、水仙など、可愛い花々が、まるでこちらを意識しているかのようにして、描かれている。

水辺家鴨図屏風  枕屏風なのか、とても低い高さで、そこに低さに応じて描かれたか・または元が低い奴らだから屏風も低いものになったか不明な、可愛いアヒルたちノコノコ歩く図がある。こういうのも楽しくていい。

江戸好みの主題というと、富士山に節句画、吉祥画だが、ここらはあんまり好みではなかった。しかし菜の花とレンゲとで立ち雛を拵えたのを描いた絵は、可愛くてよかった。
ちょっと自分でも拵えたくなるようなヨサがある。

他にも其一の弟子筋の人々の絵も並んでいた。描表装の作品も多く、それを眺めるだけでも楽しい。伊勢あり、花鳥画あり、なぜか閻魔王図まである。

機嫌よく見て回れて楽しめる、いい展覧会。12/13まで。

住友コレクションの富岡鉄斎

富岡鉄斎は人気の高い文人画家だが、正直あんまり好まない。
彼の作品だけを集めた美術館が宝塚の隣の清荒神にあるが、どうも清荒神にお参りしても鉄斎美術館に入る気になれない。
もう随分前の日曜美術館で鉄斎の特集番組があったが、そのときのゲストが「女子供にわからぬ境地を鉄斎は描いている」と言うたのが、気に入らない。
むろん鉄斎本人が言うたわけではなく、そのゲストの勝手な感想なのだが、当時「女子供」のわたしはムカついて、そんなオヤジファンのいる鉄斎センセーが嫌いになったのだった。
しかし、あちこちの展覧会で少しずつ見る間に、徐々に鉄斎先生の良さ、というものもわかりかけてきている。
ファンになることは出来ないだろうが。

京都の鹿ケ谷にある泉屋博古館で住友コレクションに見る鉄斎展が開かれていて、それに出かけた。館内にはかなりの先客がいる。わたしの後からも客が来る。

賀茂真淵、松尾芭蕉、塙保己一らの肖像画のほか、孝女曾與像というものを見た。
なんでも酔っ払った老父が道の真ん中でつぶれたのを介抱して、蚊に食わせないようにしたり色々尽くす娘で、そのために婚期を逃したとか言う「孝女」だった。
これは言うたらなんやけど、こんな親から自立すべきでしたな。しかしダメ人間に尽くすような性質では、ダメ亭主を掴み苦労するだけの確率が高いか。
そんな女を孝女として描く神経が、やっぱり面白くはない。

保己一像は婆さんと若い女とに源氏の講釈をしているシーンが描かれている。
蝋燭が消えてあわてる女たちに、目明きは不便なものだと苦笑するエピソード。

芭蕉像は馬に乗る芭蕉を追ってきた幼女たちの姿が描かれている。幼女のひとりが「かさね」という名なのを芭蕉は可愛く思うという画題だが、「かさね」と言えば「日本三大怨霊」の一人ではないか。芭蕉は根性があるなぁ。

くそマジメな儒者かと思っていたら、けっこう遊び心のある爺さんだったらしい鉄斎。
長い絵巻で中国風俗を描いているが、楽しそうな人々の姿があった。傀儡師や唐子たち、凧揚げ、土塀そばの乞食も楽しそうである。

胎笑大方というシリーズの扇子絵がある。
このうちの梅を描いたものを以前に梅花展でも見ている。
そのときに「鉄斎センセーもええな」と思ったのだ。
このシリーズは「意味のない絵は描かん」と言うてたが、女物の扇子には気軽に揮毫していたという裏話があり、わたしはニヤニヤした。
八十代に入ってからの作品ばかりだが、梅を描いたもの、秋草を描いたものが特に良かった。こうした扇子ならわたしも欲しいと思った。

ところで鉄斎センセーは長生きしたが、65歳の頃に面白い画帳を拵えている。
「漱老諧墨帖」といい、群盲評古、李白独酌、胡蝶の夢、老子出関、許由洗耳、三老吸酸・・・などなど、気軽に拵えたシリーズ物だった。
こういうのを見ると、好意も湧いてくるものだ。

けっこういい気分で見て回った。京都では既に終了したが、六本木に巡回するかどうかは知らない。

立命館「近世春本とそのコンテクスト」を見る

立命館大学アートリサーチセンターで「近世春本・春画とそのコンテクスト」展が12/18までの平日開催されている。
詳しくは立命館のサイトにあるが、実に多岐に亘って江戸の「文化」が集められていることに、かなり感心した。
学術的な扱いをして、芸術品として眺めることが、今回以降の予定らしいが、そこらはどうなんでしょうね、ついついアタマの中で勝手に論争してみたりした。

読まれる方は以後、反転してください。

桜島と鹿児島ゆかりの画家たち展

尼崎市総合文化センターの展覧会は、「ハズレなし」と言っていいと思う。
少なくともこの20年、わたしは一回も「面白くなかった」と思ったことがない。
今回は「桜島と鹿児島ゆかりの画家たち展」として、主に桜島を描いた風景画・記録画と、出身の画家たちの作品が並んでいた。
所蔵先は全て鹿児島市立美術館、鹿児島県歴史資料センター黎明館である。

高校の修学旅行で九州一周したとき、鹿児島に一泊したが、縁はそれしかない。しかし大阪には九州出身者がたいへん多いので、彼らは帰省のたびにお土産として「カルカン」まんじゅうをくれる。これはおいしいので、「かすたドン」か「カルカン」を貰うと、ニコニコしてしまう。

わたしが行った時には生憎の大雨で、桜島は霞んでいたから実物の記録がない。しかし映像はよく見ているので、なんとなくナジミがあるような気がする。
(阿蘇も岩木山も榛名山も日本アルプスもそう)
それで噴火して大変だと言うこともよく聞くが、しかしそれでも薩摩の人々には桜島と西郷さんは心の支えなのだと言うことも、よく聞く。

1914年に桜島が大噴火したらしい。そのとき丁度帰郷していた黒田清輝が6枚の連作シリーズを描いた。板にダダダッと描いた作品。ルポルタージュ絵画と言うべきもので、いつもの黒田らしくない感じもあるが、そのナマナマしさは他にないものだ。
噴煙、噴火、溶岩、降灰、荒廃、湯気。
こういうものを見ると、やっぱり鹿児島とナポリが姉妹都市なのも納得する。
ベスビオ火山と桜島。

黒田に随行していた山下兼秀もまたルポ的な作品を描いている。
爆発図、噴火前、爆発当時、溶岩の流出、風景・・・こちらは時間の放物線を描いたようなシリーズだが。

梅原龍三郎 霧島  梅原は霧島や桜島を多く描いているが、そのどれもが素晴らしいと思う。
ここには出ないが、傑作中の傑作は「霧島(栄ノ尾)」だと思う。
初めて見たのは電車の車内釣り広告だが、あの衝撃は今も身体の底に残っている。
この絵は青緑色の美しい作だった。

田村一男 緑の噴煙/噴煙桜島  共に’65年の作だが、前者は真緑に染まり、後者はチョコ色。

桜島で思い出したが、映画「浮雲」の後半に桜島が出る。全てがイヤになって心機一転屋久島に赴任しようとする男が、船の出を待つ間に眺める。
モノクロなのに色彩を感じるようなシーンだった。

20年前の西山英雄の桜島のシリーズはなかなか面白かった。出たーーーッとかキターーーーッという感想が湧いてくるような。
こういうのも面白い。観念的な世界。

加山又造 桜島  ‘61年だからまだ後年の華麗な世界とは少し異なる。金と赤の渦巻が面白い。

鹿児島出身の洋画家と言うのは多いなと感心した。
黒田や武二、和田英作、橋口五葉、東郷青児、海老原喜之助・・・
父親が薩摩出身ということで有島生馬も含まれる。
色彩や形象のハッキリした作風の人が多いと思う。

五葉 女の顔  これは彼の版画と違い、彩色の好みもあってか、やはり南国の女の顔だと思った。少し開いた唇がいい。

生馬 欄干  白人女性が大きなレースの服を着ている。指輪が光る。もたれる様子がなんとなくいい。

青児 小鳥  白い女、白い木、どちらもポキポキしている。構成の面白い作品。

喜之助 厩  白い馬たちがいる。喜之助は海老原ブルーの他に馬のアイテムがある。いいなぁ、なんとなく。

他にもあれやこれやとなかなかいい作品が並んでいた。
鹿児島に行く予定もないので、こうして尼崎で見れてたいへんよかった。
誰か鹿児島に行くなら、かるかんをお土産にください・・・



香住かにツアー

土日の二日間、社内旅行で香住に行った。
関西人の冬はカニ、フグの二大帝王を倒すのに費やされている。
紅葉より黄葉が美しい時期に入っていて、都市の美観を感じたが、バスは舞鶴道に入るので、過ぎた紅葉を見ることになる。

お昼は出石でおそば。そのお店では一人五枚の出石そばを出し、お皿に当たり印があればプレゼント進呈と言うことだった。
おばさん、わたしにわたすとき「それ、当たりやわ」と囁いてくれたが、まさかのもしかで二枚も当たりが出てしまった。
22人で三枚しか当たり皿がないのにわたしに2枚というのは、シアワセの確率、大きいよね。おそばをもらった。でも一人で二つも多いので、同期Nにおすそ分けした。
シアワセの伝播は次のシアワセを呼ぶでしょう。

予定より早めに応挙寺とも呼ばれる大乗寺に行く。
ここは応挙とその弟子たちが165枚もの襖絵を揮毫したお寺として有名。
撮影禁止だが、襖絵の画像などはお寺のサイトに詳しい。
金ぴかの襖絵は近年、デジタルの複製品に変わり、本物は収蔵庫入りしているそうな。
それで新しくなった襖の引き手を見ると、亀がデザインされている。
このお寺の山号は「亀居山」なのでぴったり。ついでに言うと、応瑞が亀の絵を延々と描いていた。
芭蕉で遊ぶ子供らを描いた作品は、数年前の大阪での「応挙」展に出ていた。
というより、あの芭蕉の間の再現がされていたことを思い出す。
応挙はやっぱりいいな??
お弟子さんらの絵もいいのが多くて、描いてもらったお寺も当時、本当に嬉しかったろうと思う。なんでこのお寺に応挙一門が、と言うと「応挙の恩返し」なわけです。
まだ若かった応挙に学費援助したのがその寺の先代さんで、名を挙げた応挙がお礼にと弟子たちつれて描きに来たそうです。
色々工夫がされていて、とても楽しかった。
鴬張りの廊下もいい。

ところで社内旅行の集団行動だから自由なんてきかないが、折角来てんから、と二階の別料金の特別公開・芦雪の猿の間に行った。
芦雪の群猿図は可愛くて面白い、というよりも皮肉な視線が楽しい作品だった。
溺れるサルまでおりましたがな。
素絢の蝶もいい。
それに二階へ上がる階段は襖に隠され、階段も急で、ちょっとワクワクした。

わたしが満足して境内に出ると、苔むしたいい感じのちんまり庭に誰もいない。
いない筈で、門前で集合写真撮ってんの。
たぶん、わたしだけ丸囲み写真の子になるんやわ。

そこから香住鶴という酒蔵へ行く。灘五郷は近いが、ここらの酒蔵はさすがに知らなかった。見学してから試飲する。
実は私、ビールはだめだが(アレルギーがある)、日本酒は好きなのだ。量は飲めないが自分から飲みたい方。
香住鶴はさらっとしつつ喉越しにカラッとした辛味がある。飲みやすいお酒だと思う。
梅酒も貰うが、柚子酒はどうかな??ビミョ?。
それでここの売店でシイタケワサビとかいう佃煮を購入した。わたしは佃煮も漬物もダメなので、同期Nに食べてもらい、その判断で購入する・しないを決めている。おいしいらしいので親にお土産にすることにした。
(帰宅後、食べた親は「大ヒットやーーーっ」と言って電話番号を控えていた)



早い時間に香住のお宿に入る。あんまりにも早いので、同期Nと海へ行く。
坊やが海に石を投げていた。続いて二度ホップしたので拍手すると喜んだが、妹らしき子がそれに対抗するのも面白かった。
日本海は和やかな海で綺麗。
なかなか飽きない。

晩御飯は当然ながらカニ。カニを食べに来てるんですからカニに決まっている。
かなり満足した。
お風呂は内湯で気持ちよく浸かり、どうせ旅先で寝られないのはわかってるので、諦めて蒲団に潜った。他の人々はそれぞれ飲んだり麻雀したりしてると思う。
こういうときにこそ、ポメラがいるなぁと実感。
同期Nは酒飲みなので、別室で酒盛りの仲間に入ってる。先輩と後輩yはタバコを吸うのに時間がかかる。仲良しの後輩Rは不参加なのでひとりぼっちくんになっておったのだ。
とはいえ後輩yの亭主で、今回急遽病欠の先輩Oがさびしんぼで、しばしばメールが入るから、そちらに返信したりしてると、時間が随分経ってしまった。
先輩Oとは長い付き合いで、気分的には兄ちゃんな感じ。

むかし可愛がってくれた、総務課の楽しい上司が夢に現れた。「ええカニやな?」と機嫌よく一緒にカニを食べたが、彼女は数年前に世を去っている。旅行とか賑やかなことが好きな人だったので、わたしの夢に便乗して旅行に参加したのかもしれない。
朝になり同期Nに言うと、「絶対そうやわ」と同意した。

朝風呂するのはええねんけど、わたしは目覚めは早くても起き上がるのにたいへん時間がかかる。朝風呂後グッタリして30分ほど倒れていた。低血圧は大変なのよ。
みんな慣れてるから気にしないし、ジャケンにもしない。

津久居とかいう漁港で海産物のお買い物だが、あんまり欲しいものもないのでご飯に載せるとろろこんぶだけ購入。
お昼は天橋立の文殊院の門前のお店でいただいたが、シンジョといい吸い物といい、なかなか手が込んでいておいしかった。
それで文殊さんに「賢い子にしてください」と拝んだが、手遅れじゃーと周囲に言われた。
お前らにだけは言われたないぞ、と言いながら心の中では甥っ子のことを祈っておいた。
絵馬を見て回る。
森周斎の文化年間の騎馬武者図、それと珍しいことに吉良家討ち入り図がある。大絵馬にこんな討ち入りを描いたものなど見るとは思いもしなかった。
他には地獄図。地蔵とその眷属は綺麗。責め苦はやっぱりSM。天保七年の元結を結いあう男二人の図が妙にいい。国貞風ないい男だった。

いつもならロープウェーで上から天橋立を股のぞきするところだが、今回は松並木(つまり天橋立そのもの)を延々と歩いた。
丁度そのとき橋が二つに分かれて遊覧船を通すのが見えた。珍しい船の航行シーン。
そのまま歩く。松籟というのか、いい感じ。唐津の虹ノ松原以来の快さがある。

与謝野晶子らの歌碑あたりで折り返して、バスへ戻る。
帰途に着く。バス内で「佐賀のがばいばあちゃん」を見る。
あと一分のところで切られて、旅も終わった。まだ2:30になっていなかった。
こういう近場の旅行もわるくなかった。
翌日からはまた仕事なのでこれくらいがいいのだ。


上方の画人・文人・蒐集家

近年、江戸中期の京都画壇人気が高いが、同時期から幕末、明治そして戦前あたりまでの大坂画壇の良さももっと表立てばよいのに、と思う。
いい展覧会があちこちで開かれていた。
一つ一つを挙げるのではなく、まとめて紹介したい。既に終了したものも含めて。

うまいもんと大坂画壇 浪花くいだおれの系譜 芦屋市立美術博物館
浪華文人蒐集家 辰馬考古資料館
上方ゆかりの絵師たち/大阪パック 花園大学歴史博物館

料亭・花外楼と関西大学、中之島図書館、ほかに大阪市立美術館、大阪歴博と個人蔵の名品が揃っていたのが「浪花くいだおれの系譜」だった。
大体が、本当の大阪人と言うものはエエ意味でも悪い意味でも「イヤシ」である。
イヤシは卑しではなく癒しでもない。
食いしん坊というだけの意味があるわけではない。同輩から目下にかけて「あんた、イヤシやなぁ」と言うても仲が悪くなければ「人のこと言えるんかぁ」と互いにハッハッハッと笑える程度のニュアンスもある。

生物はなにかしら食べないと生きてゆけない。
どうせ食べるんならちょっとはおいしいもんを食べたいやないか、という意識がある。
それが百年二百年の短さではなく、千年二千年単位でその意識が継続してるのではないか、と思う。
それもただおいしくいただく、いうだけではなく「楽しく」が入ってこそ「くいだおれ」になるのだと確信している。

花外楼は数年前にもそのコレクションの名品をお店のほうで見さしてもらったが、さすが史蹟だけあって素晴らしい作品が揃っている。
今回の展示ラインナップを見ても、栖鳳、鉄斎、景文、耕園、楯彦、観山らの絵のほかに店の名前をつけた伊藤博文の書などがある。

来月の♪九日十日十一日の三日間? の<えべっさん>を描いた景文、天神祭の船渡御を描いた中川和堂など、季節ものの絵のほかにも森周峯のイセエビ図、耳長斎のハマグリ取りや大石内蔵助遊興図が面白い。
浪華逸民を自称した菅楯彦の数々の風物詩を描いた作品、福原五岳の浪花料理本などなどいくらでも面白いものが出てくる出てくる。

こないだ若冲の「百老図」で笑ったところだが、玉手棠州「百奴図」もまた面白かった。
百人の奴がそれぞれ好き勝手に飲んだり食べたりケンカしたり奴凧を上げたりして遊んでいる。こういうのは観てて本当に楽しい。

近年になって発見された「花の下影」などは実に楽しい風俗画だった。幕末から明治にかけての浪花の食事情のあれこれアチコチを描いたもので、見てるだけでもわくわくするし「イや??ええなー」と思うものばかりだった。
こういう本を手にとってシミジミ眺めれば、「次は何を食べたろ」と言う気になるだろう。
ああ、面白かった。

花園大学では上方ゆかりの絵師たちと題して、呉春、森徹山、菊池芳文、須磨対水らの作品が並んだ。

鹿と仲良しさんな寿老人の絵を最近良く見るが、ここにある徹山のそれは、じいさんがくつろぎすぎて、鹿にもたれるの図である。でも鹿はイヤな顔をしない。

芳文 桜花小禽図  これはさすがに芳文らしい白い櫻と愛らしい小禽のいる図で、その鳥は鶯らしいところを見ると、大阪が舞台の「春琴抄」を思い起こさせる。

岡熊嶽 樹下二美人図  江戸時代の絵師で、わたしは初見。貴人らしき婦人と侍女が庭を散策しているらしい。侍女はお琴らしきものを抱えている。おっとりと美しい二人。

四条派の寄せ書き武将図が面白かった。絵師それぞれが一人ずつ行進する武将を描いているが、なんとなくみんなのんびりしていていい。武将の仮装をした絵師本人のような感じ。
丁度タイムリーなことに、今週号の漫画サンデーかゴラクかで、叶精作がかつての日の漫画家たちによる武将姿の行進図を描いているのを見たところだった。

武部白鳳 鯉図  威勢のいい鯉で、鯉こくにしたくなるような奴。この絵師も知らないが、武部本一郎の父だと今回知った。

あと他に謡曲「海士」と同じ物語の「大職冠図屏風」が出ていた。よく描けていて、竜宮の様子などが面白かった。

また雑誌「大阪パック」が展示されていて、これがかなり笑えた。
明治40年5月号ではこんなポンチ絵がある。
色んな人が大きく口を開けて、鯉のぼりのように風に舞う。
原内相?選挙は公平なりと口ばかり
伊藤候?モー女は止したと口ばかり
林外相?談判は良好に進捗したと口ばかり
軍人未亡人?操を守るとは口ばかり
平和会議は口ばかり
大阪市長?成功とは口ばかり
米国人、文明とは口ばかりで、日本人排斥

なんだか面白すぎる。余禄がまたすごい。笑えたなぁ。なんとなくラップぽいところがいいし、絵も面白かった。
4コマ漫画も楽しい。こういうのが明治末に刊行されている、と言う事実もよかった。


日本酒・白鹿の酒造家である辰馬家の持つ考古資料館では普段は瓦や銅鐸などを展示しているそうだが、今日までは「浪華文人コレクター」として、木村蒹葭堂や三宅吉之助というコレクターの蒐集品が並べられていた。
本草稿本を初めて見た。「浪花の知の巨人」として近年取り上げられることが多い木村蒹葭堂だが、確かに凄い人だと思う。並べられた展示品を見ているだけでも感心するばかりだ。
こういう凄い人が昔いたのだ。
う???ん、敵わない。

三宅と言う人は近代の人で、色んなものを集めていたようだ。
蔵書票などは夢二の手によるし、本も随分たくさんある。こういうコレクターがいてくれたからこそ、文化と言うものに厚みがあったのだ。
ああ、ここまでたどりつけるか?

やっぱり先人と言うのはエライもんやと思う展覧会だった。

花園大学は12/26まで、芦屋は12/13、辰馬は既に終了している。

朱と墨 根来が繋いでくれた縁

東京の大倉集古館で「根来」塗りの展覧会を見た後、泉州の正木美術館で「朱と墨 根来が繋いでくれた縁」を見た。
どちらも根来塗りの赤くて黒いのが出ている。

事実なので書くが、わたしは関西の旧家の子供なので、仏事が多い中で育った。
大掛かりな年忌法事などだと色々什器を触ることになる。寺で法要を行うこともある。
そのときに根来塗りを見る・使う機会が多々あって、そのためでか、どうしても芸術品として<観る>ことが出来ないでいる。
無論、コレクターにより愛蔵される根来などは、わたしが触ったり使ったりしたものよりずっと見事な素晴らしいものなのだろうが、どうもその凄さが実感できない。
しかもわたしはへんなところで派手好きなので根来のシブい味わいがあんまりわからない。
極端なことを言えば、根来塗りの代わりに春慶塗のいいのが欲しいな??と平気で考えている。
仏事に使うものたちを見れば、少し鬱屈を感じもするので、恐る恐る展覧会に出かけたのだった。

大倉の根来展は随分人気で、けっこうなことだと思った。
わたしが大倉に行った日はオバマさんの来日中のこととて、ホテルオークラ周辺は物々しい官憲の姿でいっぱいだった。なんだかああいうのを見ると不思議に怪しい行動をとりたくて仕方なくなるが、そのときは展覧会を見るのが第一義だったので、つつましく歩いた。

色んな作品を見たが、改めて眺めて思いついたことがある。
根来塗りは地に黒があり、上から朱をかぶせる。それが経年により赤が剥落して地の黒が浮かび上がる。その滲み出すような出現の仕方は故意に発生したものではなく、恣意的なものだ。その偶然性と言うことを考えると、これはインスタレーションではあるまいか。
現代芸術がニガテなわたしの言うことだから笑われるかもしれないが、どうも根来はインスタぽい気がしてきた。
そういう風に思えば、なんとなく楽しく感じられた。

さて正木では、正木コレクションVS鎌倉の常盤山文庫という様相を呈していた。
常盤山というのは鎌倉にある非公開の菅原通済コレクションと言うことで、その名の通り菅公の血脈だと自負し、当人は実業家であり、また小津安次郎作品の脇役の一人として活躍されたそうだ。(わたしは小津映画のファンではなく、溝健や成瀬の方が好きなのだ)

展示方法は交互に類似品を並べての比較鑑賞と言うシステムをとり、それがまたなかなか面白かった。なにしろ解説にも意気込みがあふれている。

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常盤山所蔵の輪花天目盆はチラシに選ばれて、太陽のように笑っている。そんな風に見えた。太陽も赤いといえば赤いが、黒点がある。それがどことなく根来を思い起こさせもする。この盆はその意味では太陽のプロミネンスが表れ出たようなものかもしれない。
元はどうやら西大寺のものらしい。

根来手力盆  岐阜に手力雄神社があるそうで、そこから正木へ。タヂカラオは天岩戸事件で活躍したカミサマ。

根来角型瓶子  室町の頃に生まれたが、朱がキレ???。栓は菊型。それにしても驚くほど綺麗な朱。

杓子もあったが、それはお粥をよそうのに丁度よさげだった。

墨にゆくと、高僧の書とか色々あって、あんまりそっちに関心がないのでダーッと見ただけ。それよりも絵に面白いのがいくつかあった。

龍図 李(火篇に夜) 力みなぎる龍。なにやら血気盛んである。墨絵なのに色を感じる。

蓮図 能阿弥  きれい。幻想的な美。75歳の作品。

二枚の一休像がある。常盤山のは一休一人の斜め顔。正木のは一休と森女の図。
こちらは賛を一休本人が書いている。森女のことを「盲女艶歌」云々と書き、可愛がりようがありありと伝わってくる。この絵の森女は色白で愛らしい面立ちをしている。09120402.jpg

小学生のころアニメ「一休さん」が始まり、人気があった。
当時の担任の先生は、子供の眼から見ても、どことなく求道者ぽいような放浪者ぽいような青年で、彼は九歳の子供らにこう話した。
「先生は、一休が晩年になり、何ものからの束縛も離れて、一人の女の人を愛し続けたことに深い関心がある」
昭和50年代の小学生はマジメに聞いていた。
それが心に残っていたためか、’89年11月の東博特別展「一休」にわざわざ出かけたが、そこで見た一休の少し若い頃の肖像は、当時の長渕剛そっくりだった。

二階では菅原姓だけに天神図が多く集められていた。
室町時代の北野天神縁起絵巻もあり、これが「物語」としてなかなか面白く思えた。
銅細工師の娘二人の苦難と受福や、浄蔵の説話など・・・

渡唐天神図では、正木・常盤山のそれぞれが対と言うか、兄弟のような作品があり、それが見ものだった。

展示を見た後、正木家のお庭を散策した。秋の庭はやはりいい。和の美の極みは秋だと思い知らされる庭だった。
お屋敷のガラスは建てられた当時のままのようで、綺麗な歪みが活きている。こんなガラスはもう手に入らない。
いいものを見て、気持ちよく帰った。

大阪市立美術館の常設展示

大阪市立美術館の常設展示は、大半がその昔の市民からの寄贈によるもので、その意気やヨシというところだが、そのせいでかどうか、なぜか展示のリストはないし、宣伝も全くしないし、画像公開も殆どないし、絵葉書も変わり映えしないし、と言う四重苦を抱えている。
だから今回、竹喬展という特別展の陰に隠れた常設展を見て回って、その内訳のよさにクラクラした。なー、もっとしようよ宣伝。もったいなさすぎ。
というわけで、見たうち特に良いものを挙げてみる。

中国絵画の名品が三点ほど眼を惹いた。

明妃出塞 宮素然 09112801.jpg
王昭君の物語。彼女が国を出て匈奴の王のもとへ連れられて行くシーン。
琵琶を持つ女が馬上から振り返るのが哀れ。
しかし匈奴の使者たちはニコニコしている。彼女を乗せた馬までニコニコ。
匈奴の人々は王妃として彼女を遇するのだが、みんなニコニコ喜んでいる。
しかし王昭君だけは悲しい。
古来より悲話として名高い物語。ただ、陳舜臣は「小説十八史略」の中で、いつ召されるかどうかもわからないような、息詰まる、そのくせ退屈な後宮より、王妃として大事にされる匈奴の暮らしの方が本人は実は満足だった、という物語を書いていた。
わたしもそう思う方がいい。

九成宮 仇英  官女図などにいい作品の多い仇英の王宮図。ロングなので人々の細かな表情はわからない。以前台湾の故宮で仇英の官女たちの楽しむ絵巻のはがきを購入したが、いつか彼の楽しそうな女たちばかりを集めた展覧会が見てみたいと思う。

聚猿図 易三吉  さるさるさる。丸顔の中国の猿たち。猿の集まりだから「聚猿図」ということ。可愛い。日本のエテも可愛いものが多いが、中国の丸顔で手長のエテたちはオモチャみたいだ。♪ア?イアイおさるさんだよ?なエテたち。

工芸も少し。

狻猊双鸞唐草文八稜鏡  踊る虎が二頭もいました。可愛いな?。

螺鈿人物盒や螺鈿人物食籠もどちらも手が込んでいて面白い。元から明代の作品にはそういう細かさがあって楽しい。

大阪市立美術館にはカザール・コレクションという装飾品などの一大コレクションがある。
今回はそのうちから、わんことウサギの形をした香合が欲しくなった。
丸々していてとても愛らしい。

一つ素敵なお皿があった。
「武蔵野」という銘らしく、満月に草原である。それが○とその下に―と―の二重線の色分けが。つまり、特別展の小野竹喬の絵にそっくりな「武蔵野」皿なのだった。

大和絵に行く。

伏見常盤絵巻  人物より背景などのほうが繊細で豊かな描写だった。
邸宅の塀や木々などがまず目立って綺麗。
牛若丸の生母・常盤御前の幸せだった日々から三人の子らを連れての流離と、捕まった後までの絵巻。広げられていたのは、捕まる前に身を寄せたさる邸宅での小さな安堵の日々まで。清水の舞台と音羽の滝が描かれているのを見て、ここが平安時代以降「流行」の地となったことを思う。神仏への信仰も流行り廃りがあるのだ。
梅見の楽しそうな様子、山中への逃亡、子らの泣き・・・たどりついた邸宅での一瞬の落ち着きが憐れ。

犬寺縁起  これは以前にも見ているが、不倫した女房とその情夫により殺されかけた男が、飼い犬の猟犬らに助けられる物語。犬たちの死により、寺が建立される。
黒白の犬たち。これに赤が加われば、芥川の「髪長彦」を思い出す。

小袖屏風虫干し図  誰ケ袖図でもあり、虫干し図でもある長い作品。綺麗だった。
画中画として描かれる屏風絵も多岐に亘っていて、一つ一つ見るのも楽しかった。

大阪市立美術館の常設展示、いいものが多いのだからもっと積極的に宣伝したり、効果的な見せ方をすればええのに、とツネヅネ思うのであった。

生誕120年 小野竹喬展

小野竹喬展が大阪市立美術館で開かれている。
「見たい」という友人と共に出かけた。
既に前期展は終わり、後期展示に変わっていたが、深い満足があった。
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竹喬は今年生誕120年を迎える。1889年前後に生まれた人々は、歴史に名を残す人々が多いように思う。折口信夫、里見、奥村土牛、桜間弓川、ジャン・コクトー、夢野久作・・・
好きな人ばかり。いい気持ちで竹喬の世界へ入ってゆこう。

元々竹喬のおじいさんが南画家だと言うことでか、初期の作品は点描表現によるものが多く、南画風なおっとりした作品が多かった。
使う色もあっさりしたもので、後年の明るさとは全く違う趣がある。
渡欧して眼を養ったり、いい師匠や僚友に恵まれて、いい修行をしはってんなぁ、と感じた。

丁度百年前の「春の山」はモアモアした櫻と柔らかな土、草の表現がいい感じで、明治末ののんびりした山里の味わいを知った気がする。

数年前、御影の香雪美術館でも竹喬の回顧展があり、そのときは晩年の鮮やかな作品より、初期の山里風景などが多く出ていた。
こういうのを見ると、竹喬が京都画壇の人ではあるが、暖かな瀬戸内海の方の人なんだと思ったりする。
竹喬は実際に郷里の風景を多く描いてもいる。

三重県の波切を描いた「波切村」は大きな作品で、群青の海、緑茂る林、茶色い山肌、働く女たちの赤銅色の膚など、見どころの多い絵だと思う。
実際にそちらへ行ったことはなくとも、その雄大さを感じる。

90年前の「夏の五箇山」を見て、山登りをする友人が「ああ、五箇山や」と言った。
わたしは行ったことはないし、この先も行く予定は立ちそうにないので、そんなもんかと思うばかりだ。点々となにやら古い家が見える。
「ここの家は、合掌造りか何かなんか」
「そうやね、数は減ってるけど残ってるみたい」
「向こう行ったら、こきりこ節せんならんちゃうん?」
そんなこんなで明るい気持ちで眺めた。

歩を進めるにつれ、次第に私たちの持つ「小野竹喬」イメージを支える構図や色彩が現れ始める。
「秋陽(新冬)」 山の端が茜色に染まり、枯れ枝が神経細胞のように広がる図。
綺麗で、少しはかない。

どう見ても「ピカチュー」にしか見えない「残雪」を描いた一枚がある。これは絶対ピカチューだ。そんな大昔から目撃されていたのか。

「海島」とは鞆の浦の仙酔島のことらしい。緑の折り重なる島、玉虫色に光る海。画家の目に映る美しい風景は、画家の指を通じて美しく再現される。

「奥入瀬の渓流」 これは切手にもなったそうで、友人が喜んでいた。
わたしは奥入瀬も未踏なので、エエナーエエナーばかりである。
様式的な表現がなかなかいい感じでもある。
黄色い小さな花が愛らしい。

「春耕」  ルネサンス絵画の人物画の背景、そんな雰囲気がある。林がいい感じ。

「深雪」 '55年くらいからどんどん明るくカッキリした作品へ移ってゆく。
白雪がこんなにも明るいのか、と思う一枚。

「夕空」 柿が逆光になる。小さい星が出ている。明日も暖かう歩かせる星が出ている そんなイメージがある。しかしここにこの暗色の柿がなければ、ベツレヘムの星にも見える。
小さい星はなかなか大きな存在感がある。

「彩秋」 まんが日本昔ばなしに出てきそうな様々な色の集まった秋の山。実際こんな山を見たことがある。数年前、京都の衣笠。わら天神あたりからの景色がそう見えた。

こんな半ばでなんだが、昔わたしは竹喬の良さと言うものが全くわからなかった。
今もそうだが、作品に物語性があるものがわたしには尊く、平面な風景や抽象表現と言うものがどうもニガテだった。
しかしある時期から、福田平八郎、竹喬、徳岡神泉らの作品がたいへん好きになった。
それで近年は自室に平八郎か竹喬の絵柄のカレンダーをかけるようになり、楽しく過ごしている。
それらの作品にも今回ここで実物に出会えた。

「牡丹雪」  雪が空中で停止している。木々も雪を追う。この絵は「先生と弟子たち」展に出たのが最初らしい。なにやらいい集まりだな。それにしてもいい作品。

「鴨川夜景」 夏だから床が出ている。楽しそうでいいなぁ。わたしも床が好きだが、なかなか周囲は一緒に行ってくれない。

「樹間の茜」 やはりこの作品が一番有名ではなかろうか。この絵は可愛らしい絵で、眺めているとホンワカ・モードになる。果てのない空の一部を切り取った。そんな感じの一枚。

「奥の細道句抄絵」シリーズ10枚が出ていた。
実際に竹喬が好きになったのは、このシリーズを見てからだと思う。
そんなに言うほど芭蕉も好きではないが、句を思いながら絵を見ると、胸が広がるような心持になる。
特に好きなのは「五月雨を集めて早し最上川」 実はこの絵を見るまで「早し」が「囃し」なのか「早し」なのかわたしは知らなかったのだ。
やかましいから「囃し」かと思っていたくらいだから、国文科卒とはいえ多寡が知れている。へんなところで思い込みが強いからなー。

「まゆはきを俤にして紅粉の花」 濃い水色を背景に赤みがかった黄色い紅花が描かれている。なんとも言えずいい。花が三本だけ、と言うのがいい。

やがて最晩年の頃、竹喬は墨絵に心を移したようで、温和な墨絵の世界に遊んだ絵が並んでいた。
しかし絶筆作品「彩雪」は華やかな色調で、見るわたしたちには「竹喬らしい」絵だと嬉しくなるのだった。

本絵だけでなくスケッチも多く展示されていて、それらも見ごたえのあるものばかりだった。特にイタリアを描いたものに良いものが多かった。
友人の土田麦僊のスケッチも並んでいて、実景を前にして描いたものだと改めて知らされる。
今月まで開催中の「ボルゲーゼ美術館展」のそのボルゲーゼの庭を描いたスケッチがあるが、公園風でなかなか楽しそうな感じの場所だと思った。

12/20までは大阪、その後は巡回するそうだ。本当にいい展覧会だった。

若冲ワンダーランド

「若冲ワンダーランド」に行った。11/21に行ったから5期目の展示を見た。
MIHOさんは遠いのでクラクラするが、年配のお友達が幸い話好きな人なので、なんとかそれでもった。わたしは一人では、長時間のバスや新幹線に耐えられないのだ。
しかし関東在住の方々ががんばってあの山を越えて若冲を見に行かれてるので、ヨワネは吐けないが、それにしても遠い。
バスはたいへん混んでいたが、座れた。チケットを数枚いただいていたので、わたしとお友達のほか、バス停で親切にしてくれた奥さん、わたしに美術館のことを尋ねてきた外人のオジさんにもおすそ分けした。みんなたいへん喜んでくれたので、よかった。
一つの善意がわたしのもとへ届いた後、それをあちこちに広めることができ、嬉しい。

ついたのは11時頃だが、大変な混みようで、続々と団体のバス客も来る。
桐生市から来た団体もいたみたい。

ところでわたしは多くの若冲ファンの方にノノシラレるかもしれないが、子供の頃から若冲のことを「トリオヤジ」と呼ばわっていた。
近所に若冲の襖絵を持つ寺があり、また所蔵する知人もいて、今ほどの人気が出る以前からナンダカンダと若冲のトリを見てきたので、トリがニガテなわたしは若冲と言う名を見ただけでキヒしていたのだ。
高校か大学の頃に若冲にトリ以外の作品があることを知り、それからは名を見ただけで逃げたりしなくなった。最初に見たのはインコの版画、次が百犬図だったような気がする。

今回、新発見のゾウさんとクジラの絵が目玉ということだが、ニュースで見たときからそのゾウさんが可愛くて、早くみたいなーと思ってはいた。
トリはニガテでもゾウさんは好きなのだ。

平安人物志があった。洛中に住まう絵師たちの紳士録。京都はあんまり地名が変わらないから、今日でも「ああ、あっこかぁ」と理解し、その場所がアタマに浮かぶ。
青物問屋の坊ちゃん・若冲には、高倉の地名が書かれていた。

乗輿舟  これは好きな作品で、わたしが見たときは八幡から源八あたりが出ていた。
いつも思うが、この版画を日本手ぬぐいに染め抜いて頒布とかしてほしい。

枯木鷲猿図  えらそーな白鷲が止まる木の下方では猿が耳を塞いでいた。
「あ゛―うるさ」と言いたそうな顔つきのエテである。
鷲とサルはリアルな筆致で、樹木は表現を変えているのが面白い。
なんとなく、古画に入り込んだ鷲と猿のように見えなくもないのだ。

寒山拾得図  こんなカワイイ二人、めったに見ない。にこにこして童子風。カワイイ???!カワイイ寒山拾得図の中ではベスト3に入るのは間違いない。
(大観、放菴にもカワイイ寒山拾得がある)

人物図  寒山らもそうだが、わたしは若冲の人物画は初めて見た。佛か人形ばかりだったから。顔は曖昧な大原女や編笠の人がいる。(どっちにしろ顔はわからない)

蟹・牡丹図衝立  おおっカニがかわいい!こういうのはキャラが立ってるぽい。

鹿図  ぐいーーーっと首をまーーッすぐ伸ばしあげている鹿なんて、他にはいない。
ポーズの奇抜さは、荒木飛呂彦もびっくりだ。この鹿はフツーの鹿ではなくて麒麟の親戚のような鹿だと思った。

猿カニ図  ずるそうな猿がカニを押さえつけている。これはあれですか「猿かに合戦」ですかな。

猿図  こちらのエテは一転して、ぼけーーーっとした奴で、眠たそうな感じ。どこを見てるのかは知らんが、なんとなく遠くをぼーーーーっと見ているらしい。

蔬菜図押絵貼屏風  楽しい屏風。小料理屋さんに丁度よさそうな、お野菜がずらずら?と並ぶ屏風。一つ一つの野菜を確認するのも楽しかった。

いよいよ象と鯨図屏風を見る。
おー 映像やニュースで見たよりずっと滑らかで愛らしいゾウさん。可愛い。
嬉しくなる。これを見るために来たんだなー。
眼の優しさ、おでこの狭い丸さ、ハナのくるんとしたところ、耳のべろんと大きなところ。
ゾウさんは可愛いなぁ。

機嫌よくなったところで、同時代のほかの絵師の作品を見て回る。
大好きな曾我蕭白や池大雅の作品があった。
眺めて歩いて、ちょっとショップへ向かうと、外人客がトリ柄シャツなどを買うのを見た。

MIHOさんは常設展示にも素晴らしいものが多いので、そちらも機嫌よく見て回る。
しかし二つしかないレストランやカフェがとんでもないことになっているので、売店でパンを買うて、軽く噛んでから、バス停に向かう。30分前から座って風に吹かれながら感想をぼそぼそと話していると、一人で来られた奥さんが寄ってきて、話しかけてきた。
それでバス待ちの間なんだかんだと感想を言い合ったので、そうそう長くも感じずにすんだ。帰りのバスも、凄まじい行列と混雑だった・・・・・・・

楽しみには苦労が伴うものだと思いながら、どこにも寄らず、まっすぐ大阪へ帰っていった。

12月の予定と記録

早や師走。何もしなくても焦るし、何かしても焦る。
今月はなるべく出かけないようにしたいと思いつつ、しかしもぉ予定は立っている。
(実際のところ2月まではほぼ予定がある)
たまには休もうと思うけれど、結局出歩くのが好きなんでしょうね。

生誕100年記念 野口久光展 ?12/27ニューオータニ美術館
浮世絵百華 平木コレクションのすべて?1/11たばこと塩の博物館
清方/Kiyokata ノスタルジア―名品でたどる 鏑木清方の美の世界―?1/11サントリー美術館
「聴竹居」と藤井厚二展 ー日本の気候風土に根ざした住宅の追求ー?12/24ギャラリーA4
ロートレック・コネクション 愛すべき画家をめぐる物語?12/23ブンカムラ
‘文化’資源としての炭鉱?12/27目黒区美術館
冷泉家 王朝の和歌守展後期?12/20東京都美術館
三井家のきものと下絵 円山派がもたらしたデザインの世界?12/19文化学園服飾博物館
パリに咲いた古伊万里の華?12/23/東京都庭園美術館
中村不折コレクション「顔真卿特集 」?12/23/書道博物館
江戸の粋・明治の技 柴田是真の漆 × 絵?2/7/三井記念美術館
一町倫敦と丸の内スタイル?1/11三菱一号館
中原淳一と「少女の友」?12/27 弥生美術館
藤城清治による「暮らしの手帳」表紙絵?1/15 銀座ノエビア
小村雪岱とその時代 ?2/14/埼玉県立近代美術館
旧富岡美術館の近代画・前期?12/22 會津八一記念博物館
近世春本・春画とそのコンテクスト展 ?12/18立命館大学 アート・リサーチセンター
琳派展?? 「鈴木其一 ─江戸琳派の風雲児─」?12/13/細見美術館
イメージの魔術師 エロール・ル・カイン展12/4/?12/27/美術館「えき」
上方ゆかりの絵師たち?12/26花園大学歴史博物館 
遷都1300年プレ展示 神話?日本美術の想像力・後期?12/24/奈良県立美術館
王子ギャラリー建物見学12/10
大乗寺(応挙寺)見学12/5

東京ハイカイは順路がまだ確定しないので、ちょっと困ってます。
金土日館は年明けに、石洞美術館は今回諦め。
京都の立命館のは12/5、6のみ土日開館だけど期間中は平日のみ開館。
それを見るためにあそこまで行くのは・・・web展覧会を待つか。
花園大学は円町下車後てくてく・・・土曜は2時まで。
大阪では見たい展覧会がない。却ってほっとする。
今冬は忘年会より新年会のほうが増える予定。
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