美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

みんなが見たい優品展7 中村不折コレクションから?

みんなが見たい優品展パート7 中村不折コレクションから
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わたし、中村不折の洋画と俳画や戯画は好きだけど、書を見るのが案外ニガテでしてね。
書で一番好きなのは正倉院に納められている経本類。あれくらいの楷書が好き。
楷書がとにかく好きで、行書も草書もニガテ。
(小中学生の頃、書道塾でも楷書だけは気合入れて練習したなぁ。仮名や行書に関心が湧かないのはその頃からか)
でも、ニガテでも見てるうちにはナレも生まれ、ナジミもできるものさ。

九時半開館なのはわかっていたけど3分前に門前にいた。開くかな、と触ったところへ係員の人が飛んで来て「どうぞどうぞ」と招じられた。
すみません、早に来まして。
チラシは不折の俳画「病床の子規」
最近はドラマ「坂の上の雲」の香川照之の熱演のおかげでか、子規の顔を思おうとすると香川照之が思い浮かぶのですな。尤も現在彼はばっちぃヤタローか。

とりあえず先に青銅器や古代中国の文物が置かれている展示室へ向かった。
ここには仏像も色々置かれている。
とにかく仏像の側面には銘文があるから、それも「書」として採集されているわけです。
それは造像碑(ゾウゾウヒ)というものだそうだが、大抵仏像の頭上に双頭の蛇や唐草文様がレリーフされている。
特に綺麗なのはAD545(東魏・武定3年)の功起君等造像碑で、裏に回っても鑑賞した。

あちこちに「お手を触れないで下さい」の注意書きがあるが、そこまでしつこく挙げるほど触る人が多いのかしら、と思いながら見歩くうちに阿弥陀坐像の前に来た。
触ってもご利益はありません
爆笑したよ、マジで。
笑ってるところへお掃除の人が来て、他にお客もいないからなんだかんだとお喋りした。
この界隈はやっぱり猫が多いのでどーのこーのという話。
cam370.jpgクリックすると拡大します。
さて青銅器や古代のナゴリとか色々見る。
殷(今は商と言うか)代の甲骨文がある。これが最古の漢字の姿らしい。
西周(殷の次の世。関係ないがこの文字を出すのにセイシュウと打つよりニシアマネと打つ方が一発変換することを発見)時代の金文などもある。
それで泰山刻石というものが出てきた。
泰山というと始皇帝やなと思ったら、やっぱりそれ。あちこち出向いて山上に自分の業績とか正当性を書き記した碑を建て続けていた始皇帝。そのツアー中に頓死してるのだから、困ったものよ。
ここにあるのは丞相の李斯(り・し)の手蹟。書体は小篆(ショウテン)。
なんでもこの時期に天下統一だけでなく書体までも統一させたそうな。
チャン・イーモォかチェン・カイコーの映画の中で、襲撃されながら色んな書体を練習し続ける人々の姿が描かれていたな。
時代の流れでは篆書の次から隷書へ向かってゆくそうな。
解説にはそんなことが書かれていた。

そう言えば玉璧が展示されていたが、名札には「璧」ではなく「壁」が書かれていた。
これはよくあるミスですが、やっぱり直したほうがええと思いました。
「璧ヲ完ウシテ趙ニ帰ル」が壁では、壁塗り直しの物語になるからねえ。藺相如が左官屋さんになるがな。

さきほど「綺麗」と思った「功起君等造像碑」の出来た前年に作られた弥勒佛石像がまたとても綺麗だった。弥勒だから頬に指を当てているが優美な仕草に見えた。
足元の台には二頭の獅子がいるがこちらは可愛い。

明代の牌があった。一枚一枚に文字が刻まれている。
士、兵、将、砲、卒という文字を見るだけではどんなゲームだったかはわからないものの、なんとなく将棋に似た感じもある。わたしはゲームをしないヒトなんで弱いんですよ、こういうのが何に当たるのかわからない。
しかしビックリしたのが「俥」の文字。クルマですね。
この文字は人力車を意味して、明治の日本で生まれたものだと思い込んでいた。
(この記事を書くに当たり、「俥」の文字の来歴を調べたところ、象棋=中国将棋の駒に「俥」の文字があり、国字のものとは別な文字で活きていたことを知った)
う-んやっぱり漢字は奥が深い、深すぎる・・・!!

昭和三年、今の東京藝大で売り立てがあり、不折が購入した瓦が出ていた。
文字入りのものや春秋戦国時代(なのに)の饕餮文の瓦もあったが、後漢の「長楽未央」瓦はマンホール状だった。
わたしはマンホールにはちょっとウルサイぞ。

青銅鏡では「王莽十二支鏡」があった。Wang Mangと英語表記がある。「秦の趙高、漢の王莽、唐の禄山」のアノ国家転覆の王莽ですな。

他に空海の風信帖、王義之の楽毅論(明代のコレクターで書画商人・呉廷が蒐集し「余清斎帖」に収録と説明がある)、虞世南、欧陽詢らの拓本などがあった。

さてそこから不折自身の書画を見に行く。
今回油絵(洋画と言うより不折には油絵、という表現が合うと思う)作品はなし。
水彩画、スケッチ、俳画、挿絵などなど。
浅井忠ぽい絵があると思ったら、不折は浅井忠の影響も受けていて、まずなにより正岡子規に紹介してくれたのも浅井だったそうだ。
不折は子規と共に日清戦争に従軍記者として中国へ渡り、スケッチを残している。
この書道博物館も根岸の子規庵のお向かいだから、仲良しさんなのは当然だったか。

白衣大士図  日本画で描いた白衣観音だが、なかなか色っぽくてちょっと弁天さんを思う。他に子規の横顔を描いたものもある。

十二支の干支動物に因んだコマ絵シリーズ、百人一首系のカルタ、世界一周双六など明るく楽しい作品があった。
世界一周双六は地名表記がみんな漢字なのがかっこいい。ルビつき。横濱、敦賀、貝湖(バイカル)、莫斯科(モスコー・・・夢野久作ぽいな。そう、昔はモスクワではなくモスコーと言うたのだ)、伯林、羅馬、維納、瑞典(スウェーデン)、巴里、倫敦、華盛頓(ワシントン)、桑港、布哇、そしてゴールがなぜか地球儀そのものだったのはご愛嬌か。

他に子規関係の色々な資料があった。
確かにこれは「みんなが見たい優品展」だった。だから7回も続いている。
パート7は3/7まで。
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内井昭蔵の思想と建築

世田谷美術館で明日まで「内井昭蔵の思想と建築」展が開催されている。
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内井は急逝するまで現役第一線の建築家として、公共建築や住宅を多く拵えてきた。
まずこの「世田谷美術館」が内井の作品である。
世田谷美術館の外観は無数のタイルに覆われているが、これは内井の標榜する「装飾の復権」から来たものかと思われる。
なにも明治以降戦前までの近代建築の麗しい装飾だけが「装飾」ではなく、こうしたカタチでの装飾もまた存在するのだ。

わたしは世田谷美術館の外観にはあまり関心が湧かないが、内部空間の居心地の良さにはいつも感心する。
近代建築を溺愛し、やや現代建築を軽んじるところのあるわたしだが、現代作家の手による建物で、その空間に在ることに喜びを感じるのは、ここと大阪の国立民族学博物館(黒川紀章)と司馬遼太郎記念館(安藤忠雄)とサントリー美術館(隈研吾)ばかりだった。

その世田谷美術館。ここは1986年に開館し、四半世紀を活きようとしている。
ホールの広さが視界を開放し、そこから第一展示室へ向かうアプローチの狭さがどことなく胎道を思わせる。ただそこは明るい日差しで満たされているので、希望が満ち満ちてくる。そして円く広い空間が最初に我々を迎える。
ここでは多くの場合、その空間そのものを味わえる展示(映像が流れたり、巨大な展示物の設置)がある。
今回はそこに設計図面と装飾図面とが多く飾られていた。
内井の祖父・河村伊蔵、彼の父・進そして内井本人のワークス。
内井本人が拵えた空間に入り込み、彼の父祖の代からの「作品」を眺めて廻るのは、愉楽だった。

河村伊蔵は熱心な正教会信者でニコライ師から薫陶を受けたそうだ。
そしてモイセイという名をいただき聖職者として奉職する傍ら、函館正教会、豊橋正教会などを設計している。
最初の仕事は松山にあったロシア人捕虜収容所に聖堂を建てることだったというから、それだけでもなんとなくほのぼのした心持ちになる。
東博本館のコンペにも参戦し、帝冠様式の建物の設計図が残されていた。
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函館も豊橋も外観だけだが見学し、かなりの感銘を受けた。
カソリック、プロテスタント、聖公会などと外観が大いに違い、遠目からでもその美しい姿がよく見える。
わたしはニコライ堂と京都のハリストス教会へは見学とミサとを経験したが、どちらもとても荘厳で美しい空間だった。イコンの美しさも忘れられない。

その正教会の設計図や若い頃の内井の描いた装飾図面などを見ていると、なんの飾りもない空間の淋しさが改めて胸を刺す。
ある世代は「シンプル・イズ・ベスト」を信奉しているが、それだけが正しいわけではないことを、我々は知っている。

cam368.jpgクリックすると拡大します。
次の展示室では内井が設計した数多くの集合住宅・学校・宗教施設・宿泊施設などが設計図や写真、模型などで再現されている。
個人住宅はともかく、どうも集合住宅の外観はわたしの嗜好から外れるのであまり面白くもなかったが、内部の<使いやすさ><フレンドリーさ>は伝わってくる。
建築家の実験と称して、住み難いものを平気で拵える輩とは大きく異なるありようだった。

新発田市の公共建築がとても多いように思った。新発田市とどんな関わりがあるのかは知らないが、新潟に行ったことのないわたしでも知る建物がいくつもある。
蕗谷虹児記念館には行きたいと思っているが、こちらも内井作品だったのか。
パンフレットで見た限りだが、良さそうな空間だと思っている。

諏訪湖のほとりサンリツ服部美術館も内井の仕事か。諏訪湖巡りをしたときの楽しさは忘れられない。サンリツ服部は湖に面した長い建物で、その窓から対岸を眺めたとき、「オミ渡りで行けるかも」と思ったりもした。

吹上御所も内井の仕事だが、つい先日マンガ「美味しんぼ」で「銀座蜂蜜」が取り上げられていて、ミツバチたちが御苑で活動したものを集めたことなどが書かれていた。
行ける予定もないが、なんとなく嬉しい心持でそれを見た。

京都の川島織物のテキスタイルスクールは全てが内井の手によるものだった。
一つの空間を一人の思想で構築する、と言うことは恐るべき快楽だったろう。
インテリアは内井の妻・乃生が担当している。彼女は大阪市大で上野リチの教えを受けていたそうだ。

衆院議長公邸も内井の仕事だが、照明が天女と竜をモティーフにしたもので、そのデザインセンスもとてもよかった。

映像が流れている。
内井自身が撮影した日本各地に残る洋風の近代建築と、昔からの和風建築などなど。
清水寺、厳島神社、錦帯橋、淡山神社、浄土寺、二条城。
旧甲子園ホテル、旧山邑邸、東京女子大、築地本願寺、カトリック田平教会・・・

装飾に愛情を懐いていた建築家らしく、写真も細部撮影が多く、とても見ごたえがあった。
わたしも好きで近代建築を撮影して廻るが、どうしても細部撮影に拘ってしまうことが多い。建築のプロの内井もまたそうだと思うと、いよいよ嬉しかった。

他に正教会信徒・内井の描いた旧約聖書の物語絵などもあり、素朴な色調や描線があいまって、ほのぼのした心持ちになった。

「装飾の復権」 内井の思想と建築と父祖のわざとを堪能できる、素晴らしい展覧会だった。2/28まで。

「おもてなしの美」

「おもてなしの美」をまなびにサントリー美術館へ向かった。
うちはお客さんを招かないし、逆に招かれても楽しめないことが多いので、「おもてなし」の極意と言うものは全くわからない。

見た絵巻や屏風をまとめる。

雲谷等璠 孔雀図屏風  右には緑の孔雀、左には白孔雀のいる景色。花も菊桃、躑躅、薔薇などが描かれている。雲谷派の絵はあんまり見ないので、嬉しい気もする。

東山吉野花見図屏風  これは背景よりキャラにけっこう力が入った屏風だと思う。そんなに大きくもないキャラたちの着物がそれぞれキメ濃やかに描き分けられている。
背景がやや大雑把なのにこんなにも所作が細かいのは、絵師の趣味か。南蛮人や歌舞伎、音羽の滝へ向かう女たち・・・なかなか面白く思えた。

花下遊楽図屏風 天木宗忡  桃山時代の屏風。右1面で宴会。悪戯しようとする女を止めようとする女と。男は押さえつけられていて、楽しそう。風流舞には夷も大黒もいる。左4面には子どもにおしっこさせる母親もいて、けっこうリアルな人物描写が多い。

吉野図屏風  室町時代の吉野は南朝の名残もな消えたろうか。型押しの桜が綺麗。そして人がいない。さびしい場所には鬼が出る。ふと「桜の森の満開の下」を思い出した。

西行物語絵巻  いよいよ「花の下にて春死なん」状況にかかっている。ご臨終が近い。外にいる人々が嘆いている。

四天王寺住吉大社花見図屏風  ササラを手にしたもの、大傘を立てている茣蓙。説経かたりがそこにいる。3月3日は昔から磯遊び・山遊びを楽しむ日であった。
中上健次「奇蹟」ラスト近くにそんな状況が描かれている。近辺の者たちがこぞって磯遊びに出かけた日、路地にはタイチしかいなかった・・・・・・一時その小説に熱狂していたことがある。
四天王寺のすぐそこには乞食も描かれていた。

酒伝童子絵巻 中巻  狩野元信  童子の邸内に入り込む山伏姿の四天王たち。
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鬼に企みあり、人に謀あり。そのきわきわしたところが描かれている。

住吉物語絵巻  宴の支度に忙しく立ち働くヒトビト。継子苛めの物語には必ず宴会が描かれるが、そうしたところから昔の「調理法」も見て取れるのが楽しい。

鼠草紙  これは赤坂時代から好きな作品。絵本も出ていたはず。
丹波篠山にも同じような構図の鼠草紙が伝わっているから、人気作品だとわかる。
茶の湯の控えところに宗匠の「利休」なる鼠がいたが、これが本当の利休鼠というやつですね。

おようの尼絵巻  この話はトボケた味わいが楽しい。近藤ようこにこの物語をコミック化した作品がある。それを思い出しながら眺めて、ひとりニヤニヤした。

四条河原風俗図巻  揚弓屋のあるじがうらぶれムード全開で、無精ひげをはやしているのがその原因。うどん屋がある。釜が見えた。


おもてなしの酒器などがたくさん並ぶ。
実に色々なものがあり、それらの組み合わせの妙を思う。

歩いているとピカッと光るものがある。
もしやと思い飛んでゆくと、ありました。
ノンコウの黒樂「山里」  ああ、どこまでもノンコウはいいなぁ。

ブドウにリス文様の可愛いものも見たが、これはサントリーのサイトにもあげられている。
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色絵梅枝垂桜文徳利  細首に緩やかなラインというラインの良さに、緑の地に紺の花という取り合わせがいい。いかにも古清水という趣がある。

江戸時代の職人の技量の高さは、ちょっとやそっとではないと思う。谷田忠兵衛という職人はこれまで知らなかったが、彼がこしらえたといわれる朱漆塗黄蜀葵密陀絵八角食籠 素晴らしかった。鉛を含んだ密陀僧という技法がとてもよかった。

絵換漆絵丸盆  キョーフのウサギたちがぞろぞろっと

幕末の青木木米の三彩鉢 とても可愛かった。キナリ地に紫と緑がモア?と。

色絵木蓮文大皿  紫の木蓮がとても綺麗。吉田屋の展覧会に行ったとき、古九谷の間でも吉田屋が特殊だと知ったが、久しぶりにじっくり見つめると、絵柄が個性的だと感じもした。


兎蒔絵茶箪笥  慳貪(けんどん)作りという箱の開き方でできた茶箪笥。うさぎたちが全部の面にのさばっている。

仁清の鶴香合も出ていた。見慣れたものだから嬉しい気持ちで眺める。

機嫌よく見て回るうち、ある種の憂鬱が胸の上に浮かんでくる。
元の持ち主が手放したからこそ、ここにあるということを、思う。
そういうことを考え始めると、深い迷路に入り込むので、これ以上は考えないことにした。

百年ほど前のお布団があった。浦島模様筒描蒲団地  お客さんが泊まるときに出したのだろうか。浦島太郎、なかなかイケメンだが、この蒲団にくるまれて寝たお客さん、朝になったらオジイさんになってたりしてね。

かなり楽しく眺めた。やっぱりサントリーはいいものを出し惜しみしない、いい美術館だ。

没後120年 井上安治

小平市のがすミュージアムへ井上安治を見に行った。
安治は小林清親の弟子で「探景」の号を用いて師匠譲りの「光線画」的な明治の開化風景、時事関係などを描いた。
「探景」という名の由来は知らないが、この字を出すにあたり「探偵」と「景色」の二語を出した。それでなんとなく一人で納得した。
安治は「景色」を「探した」に違いない。

それにしても安治は夭折だ。26で死んでいる。
YASUJI東京 (ちくま文庫)YASUJI東京 (ちくま文庫)
(2000/03)
杉浦 日向子


杉浦日向子が描いた安治は(いや、そうでなく)安治の描いた東京は、なんとなくのほほんとしている。
本人もまさかそんな年で死ぬなんて、考えもしなかったろう。

夭折するような人だから、いい作品を早くから描いている。
まだ十代の頃からいい風景画がある。

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チラシの絵は「銀座商店夜景」  明治15年の銀座の店先が活写されている。
まだ18でこんな絵を描いている。
看板には「国産果物貯蔵製元」とあるし、人々の背後の棚には何か似た形のものがずらずらと並べられている。あれはフルーツの缶詰に違いない。
明治の銀座3丁目にこんなお店があったのか。
お店は夜でも人出がある。この灯りは江戸にはなかったものだ。
江戸の灯りは画面左端の人物が手にする提灯らしき明かり、それなのだった。

京橋勧業場之景  同年の作。人力車や女の赤い帯が眼に飛び込んでくる。賑わっている。
京橋には他に「松田屋」という料亭もあったようで、それも安治は描いていた。

「東京真画名所図解」というシリーズがある。明治17?22年までのもので、随分多く出ているらしい。上野の不忍池を回遊するような競馬場も、今の明治座の前の前の久松座も、千住のラシャ工場もある。
ああ、明治の東京はこんなだったのだなぁと感心する。
鏑木清方も「明治の東京」を深く愛した人だが、清方はこの頃はまだ坊やに過ぎず、機嫌よく遊んでいたことだろう。
清方の明治は、この少し後から明治大帝の逝去までを言うのだ。

日本橋大伝馬町に大丸呉服店があった。○に大の字の意匠があちこちにある。「下むら」とあることからしても間違いなく、今日の大丸のご先祖様である。
この場所にあったのか。
今の東京の大丸は八重洲くらいしか知らない。
大丸自体は歴史が古く、大塩平八郎の乱のときも「大丸は義商なり」として焼き討ちを免れている。

大きい絵があった。上には浅草観音の境内図、下には両国橋と浅草橋のあたりの図が描かれている。
絵の中には牛鍋屋「いろは」8号店が描かれ、木村荘八はそれが自分の実家だと記している。

他にも九段招魂社、憲法発布、日光山のアチコチなどを描いていて、なかなか楽しめた。
挿絵も描いていて、興味深い絵が次々と現われていた。
場所はちょっと遠いが、行く価値のある展覧会だった。無料。3/28まで。

大観と栖鳳 東西の日本画

山種美術館の所蔵品はいつ見てもいいものが多い。
だからどんな展覧会でも楽しい気分で眺めている。
今回は「大観と栖鳳」ということで彼ら自身の絵と、彼らの周囲の作品が集められている。
チラシには栖鳳の大猫がいる。
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先に大観の文字が見えた。
書ではなく篆刻したもの。「嶽心荘」とある。山崎種二の熱海の別荘の名前。
往時の写真もあり、画家とコレクターと言うだけでないつながりを感じたりする。

雅邦に不老門、長生殿と言っためでたい画題の絵がある。こうしためでたい絵はもう今では全くなくなったなぁ。絵としていいとかわるいとか言うよりも、かつての日本には「めでたさ」をありがたく思う心があったことを知る。

解説プレートに大観の言葉が抜書きされている。
自分ほど絵巻を描いたものはそうはあるまい、と言うている。
言われて思い出すのが「生々流転」や中国の風景を描いた作品などなど。
ここには「楚水の巻」「燕山の巻」が出ていた。
いいタイミングでどちらも見れた。
今の中国に関心はないが、大観らが生きた頃までの中国には深い関心がある。
だから絵巻を眺めると、とても楽しい。
絵巻の紙の枠の中に繰り広げられる様々な風景・情景。それらは全て<対岸>の景色なのである。絵を見ながら、見ているこちら側にも「何か」があるかもしれない、と思うのだ。

作右衛門の家  特定の個人としての「作右衛門」ではなく、お百姓さんらしい名として選ばれた「作右衛門」の家の風景を描いている。
つまり「太郎を眠らせ太郎の屋根に雪降り積む 次郎を眠らせ次郎の屋根に雪降り積む」と同じ太郎であり作右衛門なのである。
大観は小杉放菴と仲良しの時代があった。彼から影響を受けている。
だからかこの作右衛門は放菴的キャラの風貌を見せている。
マジメでヒトの良さそうな、ほのぼのとした農民・作右衛門。
これが樵さんなら「与作」という名を与えられていたことだろう。

喜撰山  ああ、現実の風景ではなく「日本の里山」のパブリック・イメージを描いた絵だ、と思った。これが別な名の山であっても一向に差し支えはないように思う。
日本人の心に生きる「里山」なのだから。

ミミズク  茅場町時代からこのミミズクのファンだった。可愛い可愛いミミズク。ちょっとトボケた表情がいい。
大観が酒飲みなのは知っていたが、動物好きなのはあまり知らなかった。
ミミズクどころかロバまで飼っていたとはビックリした。

玉堂 鵜飼  やたらと鵜飼の絵が多いヒトだと思っていたが、生涯に500点以上鵜飼を描いていたとは、それにもびっくりした。
好きだったのだろう、と思いながら絵の前に立つ。好きでないとこうはイキイキと描けまい、と思った。

歴史上の人物や事件を描いた作品が奥の壁面に集まっていた。
中でも特に好きな作品がある。

靫彦 平泉の義経  義経と秀衡。奥州藤原氏の長の膝下で成長した義経と、父を知らない彼の殆ど父に等しい秀衡との肖像。
慈父であったろうと思う。そして秀衡もこの流浪の貴種を愛したと思う。
そのことを思いながら改めて絵を見ると、十数年後の義経の滅亡と藤原氏の終焉が胸に迫ってくる。

異装行列の信長、出陣の舞の信長、腑分け、大原の奥・・・見慣れた絵でもこうして前に立つと、やはりじぃっと眺めるものだ。

古径の「河風」を見るといつも映丘「伊香保沼」の女を連想する。
こちらの女は暑い日に床机に座りながら足を河に浸して涼をとる姿、あちらは正体のわからぬ謎めいた女が沼の水に足をつけながら、じぃっとこちらをみつめる(或いはどこか遠くを見ている)図。向こうは多分もぉ秋なのだろうが。

京都画壇の方へ回ると、栖鳳の可愛い「班猫」のお出迎えがある。
二年ぶりのおでまし。二年前はお堀端で見た。小さいリーフレットがなかなかよかった。
日本画には色んな猫の名画があるが、番付をつけるとこの猫は横綱だろう。そして春草の焼き芋屋の黒猫は大関か。白地にキジ柄の立派な大猫。すばらしく立派で愛らしい猫。
猫嫌いの人も多いが、猫好きな人も多い。多くの観客がこの猫を飽きずに眺めていた。
わたしはそっとチッチッチッと呼んでみた。

城外風薫  蘇州を描いた作品。向こうに見える塔は虎丘か。ヴェニスを喜んだ栖鳳は、蘇州にも喜んだ。滲んだような墨絵にさっ と淡い色彩のついた作品はどれもこれもがとても魅力的だ。実際自分が中国へ行ったとき、目当ての上海より、蘇州や明代の名残を残した庭園などに深く惹かれた。栖鳳もたぶんそうだったろうと思う。

艶陽  死の二年前に描いた作品。マメ科の花が咲いている。絹さやのような身もついている。そこに青大将のようなほそい蛇が絡んでいる。
この絵を描いた意図はなんなのか。時々そんなことを思う。花と蛇、か・・・。

契月 紀貫之  先ごろ京都で契月展を見たが、やはり契月の描く貴人には品性の高さがある。いよいよ強くそう思う。この紀貫之は細い筆を手にしている。紀行文を書くための筆だろう。契月の手による三十六歌仙を見てもたいと思う。もしかすると佐竹本の彼らよりもずっと・・・・・
既に亡くなった画家であっても、そんな楽しい妄想を持つことが出来るのは、幸せだ。

わたしが山種美術館で最愛だ、と強く言える作品は三点ある。
そのどれが一番かと言われても、答えられないほどに深く愛している。
御舟「炎舞」、栖鳳「班猫」そして華岳「裸婦図」。
今回はそのベストのうちの二点に出会えた。
実は全く予想していなかったのだ。
チラシは手に入れていたが、表の猫にばかり気を取られていたのだ。
裏を見ていなかった、というのが正しい。
だから華岳の「裸婦図」が現われたとき、心臓が強く響いた。

好き過ぎて、何にも見えていなかったことなどがある。
肩や胸の丸みに比べ、足首は意外と細いということや、飾り物の質感など。
出会うたびに新鮮な発見があり、ますます愛が深くなる。

他にも多くの名画が並んでいた。
やはり山種美術館はまことにすばらしい美術館なのだった。

斎藤真一展の中で

既に終了したが吉祥寺で斎藤真一展が開かれていた。
行こうと思いつつ、ほぼ最終日に近い日に出かけるしかなかった。
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斎藤真一と言えば越後の瞽女さんを描いたシリーズが思い浮かぶ方も多かろう。
わたしもそうだ。
しかし学生の頃、斎藤が自分の養祖母を思い起こして描いた「絵草紙 吉原炎上」が図書館に入り、悪所に深い関心があったわたしはそれを手にしていた。
だから斎藤の作品を最初に見たのは「吉原炎上」であり、それが映画化されたときのこともリアルタイムに覚えていた。
が、意識的に斎藤を『知った』のはそこからだが、それ以前に実は斎藤の作品を見ていたことも、後年になって気づかされた。

2月の東京ハイカイ

寒いのかそうでないのかわからない中、JALで都内へ。
いきなり武蔵小金井へ。
この前日は武蔵小金井在住のオバの誕生日で電話とか掛かってきてたけど、申し訳ない、わたしはそこを訪ねるのがしんどいんでスルーしてます。
展覧会の感想はそれぞれ後日詳細。例によってうだうだと長いです。

画像はクリックすると拡大化します。

瀬川康男追悼

瀬川康男が亡くなった。
絵本作家としての彼の作品はまことに素晴らしかった。
幼稚園に行く前の、本当の幼児だった頃に松谷みよこの文・瀬川の絵による絵本に迎えられた子供らはどれほど多数だろうか。みんなそこから人生が始まったのだ。
「いないいない ばあ」色んなどうぶつたち、みんないいお顔を見せてくれた。
いないいないばあ (松谷みよ子あかちゃんの本)いないいないばあ (松谷みよ子あかちゃんの本)
(1967/04)
松谷 みよ子


「いいおかお」もよかった。

幼稚園の時、「つる姫」という戦国悲話の読み物と出会った。
挿絵は瀬川でその独特の味わいのある絵が物語にいよいよ魅力を与えた。
つる姫 (福音館文庫)つる姫 (福音館文庫)
(2004/06)
阿久根 治子瀬川 康男


今、この記事を書くに当たり、初めて文庫化されていることを知った。

「やまんばのにしき」では使っても使っても終わらない錦がとても魅力的だったし、おばあさんがよかった。
やまんばのにしき (むかしむかし絵本 2)やまんばのにしき (むかしむかし絵本 2)
(1967/01)
松谷 みよ子



大学のころ「平家物語」専攻していたがちょうど同時期に瀬川は木下順二と組んで平家物語の絵本を描いていた。
すばらしい絵本があった。

先年「ぼうし」というちょっとナンセンスな楽しい絵本に惹かれた。
ぼうし (日本傑作絵本シリーズ)ぼうし (日本傑作絵本シリーズ)
(1987/06)
瀬川 康男


色んなキャラが色んなシーンで色んな帽子をかぶっている。
弁慶もかぶっているが、彼は立往生しちゃう。
「あなた、いつまでかぶっているの!?」という台詞がよかった。

時々展覧会もあったが、タイミングがわるく、ついにどの展覧会にも行けなかった。
チラシだけは手元にあるが、今それを探し出す気力が足りない。

本当に惜しい。しかし彼の作品は時代を超えていつまでも愛され続けるだろう。
そのことを心の慰めにして、好きな作品を何度も眺めよう。

ありがとう、瀬川康男。

建築家 本野精吾展 モダンデザインの先駆者

京都工芸繊維大学の資料館へ「建築家 本野精吾展 モダンデザインの先駆者」を見に行った。
本野精吾の設計した建物といえば、旧鶴巻邸(現栗原邸)、旧西陣織会館(現・京都市考古資料館)、それからこの京都工芸繊維大学3号館がすぐに思い出される。
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本野は武田五一に招かれて京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大)の図案科教授に就任し、「モダニズム建築」の範疇に含まれる作品を生み出した。
モダニズム建築は多くの場合、無装飾というか、装飾性を排除した作品が多い。
しかし彼はアールデコの意匠装飾にも長けていて、現存する建物や失われた作品の一部やそれが完成品として生きていた時代の古写真、彼のデザインした客船の内部装飾などから、そのデザイン性の高さが伺われる。そしてそこには心弾む楽しさが活きていた。

本野は就任後にドイツ留学し、それから戻って西陣織会館を拵えた。
ここの階段と工芸繊維大3号館の階段とは似た感じがする。
どちらも実際に訪ねているから、実感としてその似通い方を知る。
とはいえ外観は全く似ていないのだが。
平面図や立体図も展示されているが、その書体もなんとなくかっこよく感じた。

模型もある。こちらは今出来のものだが、見たことのあるものがあった。
三木楽器。・・・大阪船場にあるあの三木楽器ではなかろうか。たぶん、そうだろうが資料は模型と平面図・断面図しかない。

中村鎮という建築家がいた。この人が生み出した「鎮式ブロック工法」というものがある。
実物は京都の旧鶴巻邸で見ている。
説明を聞き、実物をみたとき、非常に不思議な感じがしたのを覚えている。
現住の方にお話を伺ったが、なかなか興味深い内容だったことを思い出す。
その鶴巻邸を設計し、鎮式ブロック工法を用いたのは本野だった。

以前に撮ったわたしの下手な写真でも挙げようかと思ったが、この邸宅の「面白さ」が伝わらぬ可能性が高いのでやめた。
これまで様々な「近代建築」の邸宅にお邪魔しているが、この旧鶴巻邸はちょっとやそっとでは説明できない「面白さ」に満ち満ちている。

展示では多くの写真が出ていたが、やはりプロの撮るものはシロートのわたしとは大違いの素晴らしい作品だと思った。
家具も来ていたが、不思議なセンスのサイドテーブルがそこにあり、嬉しく思えた。

以前、京都国立近代美術館で「上野伊三郎&リチ」の展覧会が開催され、その仕事に随分魅了された。本野も彼らと深いつながりのある人で、今回その資料を見て色々なことを教わった。

八坂神社の近くにフルーツパーラー八百常、八百文が建てられたのは80年ほど前だったが、古写真に見るその店舗はとても素敵だった。
わたしはぼんやりとした記憶しかないが、この建物を覚えておられるご年配の方も多く、色々と話を伺った。建物の変遷はたしか昭和末頃だったのではないか。
いい感じの装飾が見受けられた。

本野は客船の内部装飾も担当している。緑丸、菫丸、橘丸といった客船の内装はモダンで可愛いものが多かった。
以前、村野藤吾展で彼のデザインした客船「橿原丸」などのCG映像が展覧会会場で流れていて、BGMがマーラーだったこともあり、ひどく印象が深く残っている。
今回も深く印象に残った。
横浜の日本遊船歴史博物館には、客船として生まれ、素敵な意匠を持っていた可愛い船たちが次々と徴用され、移送船や病院船などになった果てに撃沈されたりして死んでいってしまったことを書き記したものがある。
せつなかった。せつな過ぎて苦しかった。
本野のデザインした船は「戦死」したものは少なかったようである。

意外だったのは、本野がデザインした舞台装置や衣装のほか、彼自身が作った布人形など。
それに衣服も自分で拵えていたそうである。
すごいことだ。靴以外はみんなお手製だったとは!

うなりながら資料館を出て3号館へ向かった。
スクラッチタイルが貼り付けられた壁をなでる。指先のざらつき感が時代を感じさせる。
しかしそれは決して古臭いものではない感覚だった。

展覧会は3/11まで。

行きたかったが行けなかった展覧会

先日は「行きたくても行けそうにない」を集めたが、今日は「行けなかった」を集めた。
(画像はクリックすれば拡大します)
これはこれで面白いココロミかもしれないけど、思えばナサケナイな・・・

 表 cam346.jpg 裏
岡田三郎助やコランらの裸婦がとても綺麗。佐賀はおととしに唐津で遊んだが、他は知らぬので、また機を見て出かけたい。その頃にこんな素敵な展覧会があれば嬉しいが・・・

cam347.jpg 表 cam348.jpg 裏
三島の佐野美術館で開催された。日本画に文芸性が含まれたものがとても好きなのに、行けなくて非常に残念だった。

cam349.jpg 表 cam350.jpg 裏
いつか房総半島にも出かけたい。旅行番組で見るだけではダメだな。館山にも行きたいけど、やっぱり遠いなぁ・・・
ついでにここだけクローズアップしよう。
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先般、三井記念館の高橋コレクションで二枚ばかり見ましたが、そのシリーズでございます。
仲良しさん、これは手彩色ものだけど、何色に塗られていたのだろう・・・

行きたいけど行けそうにない展覧会

どう考えても行けそうにない展覧会がある。あまりに残念なのでその紹介だけでもしよう。
(画像は全てクリックすると拡大します)

それで姫路市立美術館の「大野麦風と大日本魚類画集」チラシ。
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フグが寄り集まっている。
裏は他の魚たちとか。cam343.jpg
行きたいがなぁ。

それとこちらは近所のスーパーの新聞折込チラシ。
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魚類の逆襲風。なんだか凄くウケた。
姫路に行くにはわたしに根性が足りない。
どうせ行くならここと兵庫歴博の「小林礫斎」展が見たいと思う。
姫路おでんも食べたいし。

次に岡崎市美術博物館の「ロシアの夢1917―1937 芸術と社会 革命にかけたアヴァンギャルド」
cam352.jpg表  cam353.jpg 裏
私が持ってるのはこの赤版(さすがソ連!)だが、緑版もあるそうだ。
姫路に行けない人間が岡崎へ行けるはずもなく、諦めている。
ロシア革命は中学高校の頃、非常に関心があった。本もたくさん読んだが、芸術と言う点では、むしろ帝政ロシアの頃の装飾的な作品のほうが私の好みなのだった。
でもロシア・アヴァンギャルドもやっぱりかっこいいしなー。

それからこちらは丹波の植野記念美術館。芦雪の義子たちの作品を集めている。
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表の虎の可愛さにキャンッとなって裏をめくると唐風美女と可愛いわんこと。
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(でもチラシ全貌を挙げることが出来ないわたし。ニガテなものが映っているから)
ここは田圃の真ん中にぽつんとギリシャ風神殿のような建物が建っているのでよく目立つ。
でも行く根性がないんで諦めている。

なんとか一人で長時間電車に乗っていられる神経造りにイソシマなくては。

大阪の二十世紀 古写真・出土品から見た昔のくらし

大阪府立弥生文化博物館は池上曽根遺跡に隣接している。
場所は「恋しくば たずね来てみよ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉」で有名な信太山。
前回着た時は線路沿いに歩き、そこから国道を目指したが、今回はヒトに教わるまま「茶色い道」を進んだ。
関西には「歴史街道」があり、その地へ行けば歩きやすいように道路に表示がされているが、ここはここオリジナルの道しるべが活きていた。
焼杉を張った旧い民家を幾つも行き過ぎる。静かな路地を誘導される。
やがて国道へ出ると、真正面に遺跡があり、そしてシンプルな外観の博物館がある。
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大阪の二十世紀 古写真・出土品などから見た昔のくらし
・・・タイトルを見るだけで惹かれた。
チラシのビルディングは現存しないが、同じ地に似たようなビルが建っている。
難波橋を土佐堀通りへ出たところにある。
絵の元は大阪ガイドで、このチラシの下部の少女と少年はレトロモダンな雰囲気のいい絵だが、現代のもの。

プロローグ「大大阪の時代」
まず最初に大阪市長として御堂筋を拵えた関一(せき はじめ)元市長の手紙と、その臨終の様子を記した本が展示されていた。
関さんが御堂筋を拵えなければ、一体どうなっていたろう。やはり関さんは偉い人だと改めて思う。

続いて「写真の中の大阪」「土の中の大阪」「紙の中の大阪」そしてエピローグ「大阪1970」がある。

天王寺と堺の二ヶ所で開催された内国博覧会、その華やかさを紹介する写真絵葉書がいくつも出ていた。(明治36年)
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現在の天王寺公園はその頃「ルナパーク」と言う名のアミューズメントパークであり、ネオンも煌びやかな空間が映し出されている。
天神橋筋にある住まいのミュージアムにはその「ルナパーク」のジオラマがあり、ネオンのキラメキを再現もする。
また堺・大濱には潮湯と言う名のスパリゾートの洋館があり、それは東京駅などを設計した辰野金吾の事務所によるものだった。
(現在は和館部分が河内天美の旅館・南天苑に移築されている)
近所には辰野が設計した南海電鉄・浜寺公園駅も現存する。

堺の水族館も大きなものだったようで、今回は絵葉書のみだが、版画家・川西英らがその繁盛の様子を自作に残している。
なお堺水族館、大濱公園、潮湯についてはこちらが詳しい。
水族館のある公園一帯の楽しい鳥瞰mapや、古写真、絵はがきがたくさん掲載されている。

住吉大社の様子も絵葉書にある。ここは古代より人気の高い地であるが、現在も立派な鳥居と太鼓橋があり、実によいムードがある。
工芸品にも「住吉文様」としてよく使われている。
写真はモノクロのままのものと、手彩色によるものとがあり、どちらも楽しい。

名所スナップを見る。今では失われた風景を眺めると、そのノスタルジィに胸がチリチリする。
ああ、なんて素敵な空間。大大阪になる以前の「東洋のマンチェスター」の頃の写真も本当に素敵だ。
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明治36年「浪花土産阪堺名所図会」シリーズは明治の浮世絵彩色で楽しい引き札風の絵柄で、一枚につき2?3ヶ所の名所図が描かれている。
また第一次大戦での捕虜収容所が堺にあり、和気藹々とした雰囲気が写真から出ている。

時代が少しずつ移りだす。

226事件のコーナーがあった。
不謹慎なことを言うようだが、忠臣蔵と226事件は、想うだけで胸が熱くなる。
翌日2/27、朝日新聞の号外には「この号外は本紙に再録しません」とあり、戒厳令が敷かれたとあった。
大毎新聞は「この号外は本紙に再録しませぬ」とあり、銀行は平常営業・内閣総辞職・宮中で重大会議と書かれていた。(いずれも旧字)
また、翌年1/19付けの号外には、北一輝と西田税の死刑のことが掲載されている。
ここで話が脱線するが、わたしが北一輝を知ったのは手塚治虫「一輝まんだら」を読んでからだった。その後だいぶ経ってから村上もとか「龍―RON」で西田を知った。

進駐軍がいた時代の遺跡発掘があり、そこから色んなガラス瓶が出てきた。
リステリンがあるのでびっくりした。あれアメリカ製だったのか。わたしの愛用品。
駅弁で名高い水了軒の牛乳瓶やロートの目薬壜、資生堂の化粧水、香水壜などなど。
阪大病院の跡地からは「大阪病院」の印の瀬戸物が出ている。
それを見るとやはり手塚「アドルフに告ぐ」を思い出すのだ。
マンガで昭和初期から十年ほどの京都を描いたのは村上もとか、十年代から終戦直後までの大阪や阪神間を描いたのは手塚。そして戦後の大阪を描いたのはどおくまん、里中満智子、六田登だった。

やがて1970年。わたしは大阪人だが万博を知らない世代なので(生まれてはいたが)、ここらの時代の遺物を見てもあんまり楽しくない。
とはいえ壁にたくさん飾られた資生堂や旅行ポスターは楽しい。
特に’70年の資生堂男性化粧品のポスターに胸がざわめいた。
まだ少年の匂いの濃い草刈正雄がいた。
すばらしい美貌だった。わたしは子供の頃、草刈正雄の美貌にときめき続けていたのだ。

昨年辺りから大阪大学総合博物館、京都国立近代美術館などで20世紀の「わが町」の記憶を集めた展覧会がよく開かれているが、どれもが皆すてきな展覧会ばかりだった。
遠くても行く価値のある内容だと言える。3/22まで。


高橋真琴の夢とロマン展

子供の頃、誰もが一度は高橋真琴のロマンティックな少女の絵を見、その夢の世界にときめいたのではないだろうか。
高橋真琴 夢とロマン ?少女たちの瞳が輝く時?
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京都のえき美術館で高橋真琴の展覧会が開かれている。
1934年生まれの高橋真琴は今も現役の作家である。
ロマンティックな夢に満ちた、現実から遠く隔てられた美しい少女画を描き続けている。
'70年代に子供時代を過ごしたわたしは学用品に高橋真琴のイラストがあるものをいくつも持っていた。同じクラスには高橋真琴の別なシリーズを持つ子供もいた。
誰もその作者・高橋真琴を知らず、男性なのか女性なのかも気にかけなかった。
「綺麗な絵の人。お姫様を描く人」
それがたぶん、わたしたちの共通認識だったと思う。

'60年代後半以降、現在に至るまで高橋真琴の絵は不動の美を示すようになった。
時代の流れなど全く無縁に、「高橋真琴の世界」を貫き続けている。
会場には多くの婦人客がいた。年配の人から中学生くらいの少女もいる。
そして皆が皆「あっこれ見たことある」と声をあげている。
あちこちからそんな呟きが聞こえてくる。
わたしもそうだ。わたしも同じように「あっこれ」と言っている。
物持ちのいい(!)わたしだから、探せは天袋から高橋真琴の絵のついた文房具が出てくるだろうが、それは所蔵者の私の手が荒いために汚れているかもしれない。
しかし経年の古びはついても、絵そのものは時間の流れを持とうとしないだろう。
高橋真琴の少女たちはその世界の枠から決してはみ出る事はなく、永遠にそこにとどまり続けているのだ、なんら変わることなくに。
高橋真琴の少女たちはその多くが真正面を向いている。
そして星の煌く大きな瞳を見開いている。
現実の少女たちではなく、夢の中に生きる少女だからこそ、その圧倒的な存在感に惹かれるのだ。

少女マンガも描いているのを初めて知った。
原作は橋田寿賀子、バレエマンガにエジプト伝奇が絡む物語「プチ・ラ」。とても綺麗な絵に動きがついているのがなんとなく不思議な感じがした。
高橋真琴自身も動きのあるマンガを描くより、静止した少女たちを描くことが好きだと発言している。

少女たちには皆とても気品がある。美しいのは当然ながら、この少女たちは誰もが必ずその品性の高さを示している。
おちゃめな少女はいない。
しかしそれを補うのが、愛嬌ものの可愛い動物たちだった。
くりくりした丸い目に睫毛のある動物たち。森の動物、人と親しい犬や猫、海の動物・・・

()



(白鳥の湖のパズル)

驚いたのはパンダ。愛らしいパンダには見覚えがあった。
幼児だったわたしが貼ったシールのパンダは高橋真琴のパンダだったのだ。
その隣には内藤ルネのパンダのシールもあるが、そちらは早くから「ルネさんのパンダ」だとわかっていたが、こちらの☆目玉のパンダは誰の絵だろう、とずっと思っていたのだ。
ああ、やっとわかった。なんて長い年月がかかったことか・・・

少女たちの背景には美しい風景が広がっている。
花を背負う少女たちもいるが、森や公園、お城などを背景にしている他、雪の中、物語そのものを背景にした少女もいる。
たまに王子様をつれた少女がいるが、そのそばの美少年は添え物に過ぎない。

楽しい作品があった。
御伽噺のキャラたちを集めた島の絵。2種類あるが、こうした鳥瞰図はとても愛らしいし楽しい。紅バラ白バラ姉妹と熊、ラプンツェル、燕と親指姫、ろば皮の娘、白雪姫と小人たち、人魚姫とその姉たち・・・
島のあちこちで物語のキャラたちが活きている。
ちょっとした双六気分で眺めるのもいい。

絵本作品があった。「親指姫」「人魚姫」といったアンデルセンのヒロインたちの物語。
こうして眺めると親指姫は流離譚であり、幸福を求める意志の強さをふと感じ取ってしまう。
MACOTOのおひめさまMACOTOのおひめさま
(2001/04)
高橋 真琴



他にフランス語の各月の呼び名にあわせたシリーズもあった。つまり日本なら弥生、皐月と言った言い回しがフランスにもあるので、それにあわせた絵を描いている。
わたしが知るのはせいぜいテルミドール(熱月)くらいだが。

ヨーロッパやロシアの風俗の少女ばかりではなく、和風の少女たちもいる。
かぐや姫がいた。
こうして眺めていると、高橋真琴の絵で源氏物語の女たちを見てみたいと思った。
高橋真琴の少女ぬりえ 日本のおひめさま高橋真琴の少女ぬりえ 日本のおひめさま
(2006/11)
高橋 真琴



たのしい気持ちで眺めて廻った。グッズ売り場も大繁盛している。
展覧会は2/22まで。

桜ヶ丘住宅改造博覧会跡地を訪ねる

1922年に桜ヶ丘住宅改造博覧会が開催された。
竹中工務店、大林組、片岡建築事務所、あめりか屋、錢高組、清水組など錚々たるところが参加して、近代的な和洋折衷住宅を拵えた。
25棟のうち現存するのは9棟ということだが、わたしの高校時代の友人宅もこのうちの一つだったと思う。

本当に久しぶりにその地を訪れた。
その駅に降り立つのも久しぶり。わたしの通学した高校は逆方向。さすがに20年もご無沙汰すると、どの車両に乗車するのがいいかなど、すっかり忘れきっていた。
少し歩くと、北摂の焼き菓子系スィーツの名店として名高い、ドイツ系ケーキ屋さんグロス・オーフェンが現われた。
私が通学していた頃からあったそうだが、全く知らなかった。(当時の店舗から移転したそうだが)
色んな雑誌などにも掲載されているそうだが、わたしは読まないので知らない。
すぐりのタルト、バナナの焼きケーキ、色々なフルーツを挟んで焼いたものなどを購入。
生ケーキはまたいつか。
それを持ちながらぶらぶら歩く。記憶のままに行くと、いくつかの坂を越えて、ようやく「桜ヶ丘住宅改造博覧会跡」についた。
その構成などはこちらに詳しい。
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現存は9軒ということだが、周辺の邸宅もそれら近代建築に合わせるような素敵な佇まいを見せている。
少しばかり外観を撮影させてもらった。(以下、< >内には設計施工の社名など)

<鴻池組>IMGP7535.jpg

<横河時介氏>IMGP7533.jpg
ステンドグラスも素敵。IMGP7534.jpg

<日本建築協会第一号>IMGP7532.jpg  IMGP7531.jpg

<日本建築協会第六号>2階の色ガラスも可愛い。IMGP7543.jpg
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<あめりか屋>IMGP7540.jpg
こちらは住宅改造博の翌年に周囲に調和するカタチで建てられた邸宅。
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梅もそろそろ咲きかかっている。
友人の家はみつけられなかった。彼女の家の玄関から応接への流れがたいへん良かったのだが。わたしはそこで初めてミュシャの画集を見せてもらったのだった。

機嫌がいいままずっと歩き続け、牧落まで出た。
たまにはこうして近くを散策するのも楽しい。
こちらは阪急石橋駅の箕面線に飾られた箕面有馬電気鉄道(阪急電車の前身)の歴史など。
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ケーキもおいしかったし、いい一日だった。


なにわの海の時空館

大阪南港の一隅に「なにわの海の時空館」というミュージアムがある。
ドーム型の建物で南港の端っぺたにあるので、遠目には「ナンダアレハ」な建物だが、中には実際に航海したこともある浪華丸という和船の大きいのが展示され、それを中心にくるくると歩いて展示を見て回るように出来ている。
今日は「京阪名所図会」を見たくて来たのだが、結局それはほんの少しの展示に過ぎず、あとは専ら船に入り込んだり、江戸時代の大坂の様子を見たりジオラマを観たりして遊んだ。

入り口は普通の四角い建物である。天保銭のような入場券(カナモノ)を使って地下へ降りる。そこは大阪湾の海底である。海底トンネルを歩く。ところどころに天窓があり、天窓には空は見えず、大阪湾の海中がのぞく。たまたま見上げたときには小さな魚が泳いでいた。

この通路が向こうのドームにつながっている。
ドームは暖かいので年中初夏の気分になる。上から下へ降りるシステムなのでまず4階へあがり、大航海時代の船を飾る彫刻を眺める。女神やコンドルなど色んな意匠の巨大像。
ドームの外を見るとかもめが飛ぶのが見えた。

大坂はかつて海運都市だったから橋が多い。地名に「島」とつくのも多い。これは今と違い本当に小島まみれだったからだ。なにしろ四天王寺の西門からすぐに波が打ち寄せていたのだ。ナンバの地名も難波である。

天保年間以降の幕末の大坂地図を基に作ったジオラマを観る。
係員の人が色々詳しく説明してくれる。尺度はメチャクチャだが、それが却って面白い。
住吉大社の大きい燈台も現在とは位置が違う。本当に小さい島々が多い。
どこがどこだかわかりゃしない。四ツ橋は四つの橋があるのでわかる。
涼しさに 四ツ橋を四つ 渡りけり  小西来山
後の月 入て貌よし 星の空  上島鬼貫
江戸時代の俳人ふたりがそこで詠んだ句がある。
昭和46年を最後に橋は全て埋められて、今では記念碑があるばかりだが、今でもたまにそこを歩くとなんとなく江戸時代が慕わしくもある。

船に行くと木の香りがした。ここでは「ちょんまげさん」が説明してくれる。
「ちょんまげさん」は二人いて、これまでずっとここで説明係りをしたり小話をしたり写真を撮ってくれたり(!)していた。
惜しいことに来月末で卒業らしい。平成から江戸時代へ帰るのかもしれない。

私と友人が行くと、船の内部構造について色々教えてくれた。
船の中には神棚(金比羅さん)、仏壇、その他色々「拝む」神仏が同居しているのが楽しい。
水屋もあって瀬戸物が納められていた。
説明がなかなか面白いので子供たちにも大人気。どこかの奥さんはちょんまげさんと2ショット撮影していた。

帰るときトンネルの天窓を見上げると、スズキらしい尻尾が見えた。
大阪湾にもあんな魚が生息しているのだ。
外に出れば風が強く吹いていた。南港の風は強いのだ。
何にもない地をとぼとぼと歩いた。向こうには淡路島の影があり、対岸には天保山の海遊館が見える。別な岸には例のハデハデなゴミ処理場も見える。フンデルトヴァッサーの設計した建物。

以下、クライキモチ。(反転してください)
南港はどうにもならない、と友人は言う。友人は南港在住なのでその興亡をずーーーっと見ている。ここに府庁を移転すると有事の際には完全に機能不全になると断言する。
自分は帰宅困難者になるだろうとも言う。
必要な空港を廃止せよとわめいたり、無駄なパフォーマンスをする暇があれば、貧困に苦しむ子供たちへの救済取り組みをするべきではないのか。NHKのドキュメントを見ていていよいよ強くその意を持つ。聞く耳さえ持たぬチジには何を言うても無駄に過ぎぬか。
南港へ来る度にある種の絶望感に襲われている。

愛のヴィクトリアンジュエリー

ブンカムラの「愛のヴィクトリアンジュエリー」展に出かけた。副題が「華麗なる英国のライフスタイル」ということだから、宝石だけではないのである。
また、実際に身につけるものとして見るのではなく、「宝物」として見に行った。
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最初は執着が湧いてくるような好みのものは少なかった。
ところが少し歩くと、強烈にわたしを引き寄せるものが出てきた。
ガーネット。血赤色のガーネット。
こんなに魅力的なガーネットは見たことがない。
随分長く凝視した。
展示ガラスは非反射ガラスだからこちらを映すことはない。
残念だと思った。
宝飾を納めたガラスは出来たら観るものをも共に映し込むガラスにしてほしい。
そうすればわたしもこのガーネットを(幻影とはいえ)身につけられるのに。

あまりに長くみつめ続けると美に対して麻痺が起こる、とは立原あゆみの名言だが、それもさることながら不審者に思われてしまう。
惜しいと思いながらそのガラスから去る。

しかしそこにもまた形状は異なるが同じ血赤色のガーネットを使った宝飾が現われた。
ああ、眼がくらむ。
なんと艶かしい色だろう。舐めてみたくなるほど魅力的だ。

周囲にはイタリーのカメオ、鉱石たるジェット、象牙、ピンクゴールドなど、なかなか魅力的なものたちが並んでいたが、やっぱり圧倒的にこの血赤色のガーネットに惹かれた。
少し歩いてもまた立ち戻り、何度も何度も観てしまった。

わたしは宝石より半貴石に好きなものが多かったりする上、石の周囲をキラキラ飾ったものがまたとても好ましいから、やっぱりヴィクトリアンジュエリーを観るとドキドキ度が上昇する。
ビザンチン風の装飾かヴィクトリアンデザインかに惹かれるのでは、現代の嗜好とは大きくズレてしまう。
それに色々金属アレルギーもあるので現実には全く宝飾品とは無縁なまま生きているが、やっぱり眼の保養にはなった。

ヴィクトリア女王の花嫁衣裳やアフタヌーンティーのための食器なども展示されていたが、それを見ながら心も網膜にも血赤色のガーネットが・・・
(後日調べたら、ボヘミアン・ガーネットという種類で、現在もチェコでは愛されている種類だそうだ)
プラハとブダペストにはいつか行きたいと思っているが、いよいよ憧れが増すばかり。

しかし指輪交換やケーキなどの風習がドイツから齎されたものだとは知らなかった。
これは勉強になった。なにしろ自分と全く無縁だからトント知らなくて。
他にもパリュールとスウィートとセットの違いなども知ったが、奥が深いなぁ。

トラのツメやブタの牙というのも宝飾品になるとは。
ブタの歯はニューギニアではお守りになるはず。(マッドメン)
それに本物のモルフォ蝶を使ったアクセサリーまであるのか。昔「蝶よ美しく舞え」ではシルクに直接蝶を押し付けるシーンがあったが、どっちにしろザンコクはザンコク。

それにしても綺麗・・・今まで見てきた石で忘れられないのは、天六のオパール、モリス商会のムーンストーン、それに続く血赤色のガーネットでした。
ときめきが苦しいなぁ。
2/21まで。

戦後フランス映画ポスターの世界・第一期

フランス映画  その文字を見るだけで、なんとなく気分が浮き立つ。
戦前戦後のフランス映画には深いときめきがあった。
やがてヌーヴェルバーグの時代を迎えた頃にも、そのときめきは違う形で現れた。

宝町の国立フィルムセンターでは戦後のフランス映画ポスターを展示している。

少し前にニューオータニ美術館で野口久光によるヨーロッパ映画のポスター展が開催された。
それは実に素晴らしい世界だった。胸をかきむしられるようなノスタルジィを覚えつつ、美しい叙情性に目を瞠らされた。
戦後日本に雪崩れ込んできた欧州名画の数々は、その作品の良さもさることながら、野口のポスターの素晴らしさでいよいよ価値を高めたのだと確信している。

今回フィルムセンターで展示されるポスターは、本国オリジナルと、野口以外の作家による日本版ポスターばかりである。
野口の印象が深いまま、展示室へ向かった。

第一期は1948年までに製作された作品を中心に展示されている。
この中でも自分が実際にTVや上映会で見たもので好きな作品を特に集めてみる。

獣人 La bête humaine (ジャン・ルノワール監督)
ゾラのルーゴン=マッカール叢書の一つを作品化したもの。(他にもこの一族の血を描いた映画には「居酒屋」などがある)
鉄道員のジャックをジャン・ギャバンが、彼と通じる女をシモーヌ・シモンが演じる。
ポスターは背後に鉄道が走り、ギャバンとシモンが抱き合う様子を描いている。
暗い結末を予感させるのは、二人の顔つき。甘い恋ではないことが伝わる。

田園交響楽 La symphonie pastorale (ジャン・ドラノワ監督)
二種類ポスターがあった。’46リトグラフ版はボリス・グランソン作で、キュビズム風に見える。’50オフセット版は重々しさのある構図。女の横顔が描かれていた。

海の牙 Les maudits (ルネ・クレマン監督)
これは映像を見る前に中学の頃に映画音楽特集で知った作品。今でもそのメインタイトルがすぐに頭の中に流れ出す。しかし音楽と言うものは言葉で伝えることが出来ないのが無念だ。この映画はたまらない話だった。「Uボート」「眼下の敵」も同時代を舞台にしたものでどれもが肺に水が入り込みそうな作品だったが、「海の牙」には更に「アギーレ神の怒り」「戒厳令の夜」のような静かな狂気と絶望感がある。
ポスターはリトグラフでジャン・ジャクラン作。真ん中に白黄色の女が浮かび、その周囲に黒緑色の男女が取り巻いている。こうした構図は「暗黒神話」にも使われている。


デデという娼婦 Dédée d’Anvers (イヴ・アレグレ監督)
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シモーヌ・シニョレ主演だが、ポスターは彼女とは似ていない。 
シニョレは「嘆きのテレーズ」でも今の男と別れて新しい生活に踏み出したいと願う女を演じている。「悪魔のような女」でもそうだったが、三本のうちこの「デデ」だけは相手は変わったが、彼女がこれまでの生活から抜け出ることを予感させて終わっている。
ポスターには女たちの服の明るい色が目立つが、背後の暗さを払うことは出来ないような情景がある。

双頭の鷲 L’aigle à deux têtes (ジャン・コクトー監督)
大学で上映会があったとき、このポスターの複製版を見た。
京博で開催中のTHEハプスブルク展に展示されている「エリザヴェート」、この人をモデルにしたヒロインと、詩人で反政府主義者の青年との短くも運命的な恋を描いた作品。
・・・しかしこのリトグラフポスターはとても現代的だったのだ。'48年製作という以上に、新しい感じがする。作者はエルヴェ・モルヴァン。

恐るべき親達 Les parents terribles (ジャン・コクトー監督)
こちらも同時期に見た。丁度コクトー生誕百年か何かで、大学も三越劇場も同じ時期に同じようにコクトーの映画ばかりを特集上映していたのだ。
だからこの時期に見た映画はどちらで見たのか、当時も今も混迷したまま。
映画で「有名なシーン」がある。
ジャン・マレーが階段の手摺の下の支持棒を掴みながら絶望的な顔を見せる。
ポスターはそれを使っていた。今でも階段の手摺のところにいるシーンをすぐに思い出すほどだから、やはりこの映画の一番記憶に残るシーンなのだ。それをポスターにするのも当然かもしれない。

情婦マノン Manon (アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督)
'49リトグラフ版はジャン・ジャクラン作。東郷青児風の外線に黄土色に塗られた男。死んだマノンをお姫様抱っこしているが、これはポスターだけのこと。
映画ではたしか逆さに担いで砂漠を歩いていた。

密告 Le corbeau (アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督)
内容も怖いがポスターも怖い。(この書き方は「刀も竹光、音楽も武満」という映画「切腹」を思い出すなぁ)
ある小さな町に起こる連続密告。中傷と不安と猜疑心と・・・「からす」と署名のある密告状。
ポスターは町の人々が恐怖に満ちた目で一方向を凝視する姿を描いている。そしてその視線の先には群ガラスが・・・

タイトルを綴るだけでもときめくものがある。

悪魔が夜来る Les visiteurs du soir (マルセル・カルネ監督)
のんき大将 脱線の巻 Jour de fête (ジャック・タチ監督)
カルメン Carmen (クリスチャン=ジャック監督)
偽れる装い Falbalas (ジャック・ベッケル監督)
乙女の星 Sylvie et le fantôme (クロード・オータン=ララ監督)
・・・・・
他にも惹かれる作品があったが、ポスターそのものとしてはどうか。
ついつい映画本体の方ばかりを思い出してしまう。
ポスター自体の魅力を言うならやはり「密告」がいちばん凄いと思う。

かつてフランスを始めヨーロッパの様々なポスター(旅行の誘い、食品、嗜好品、服飾類、演劇、ショウなどなど)を見て、強く惹かれ、大きく驚いて育ってきたが、映画ポスターに関してだけは、これは野口久光の方に深い魅力があると思う。
しかしその野口もまた、本体である映画を見て心をうちふるわせ、その感動をポスターに映したのだ。

このことは忘れてはいけないことだった。それを思いながら会場を去る。
第二期は2/17?3/28。そちらには「オルフェ」「太陽がいっぱい」などが現われる。

細見で国立能楽堂コレクションを見る

国立能楽堂のコレクションが京都の細見美術館に来ている。能楽堂の方では細見の能楽コレクションが展示されていて、言えば交換展示。
細見展のタイトルは「描かれた能 絵で楽しむ、文様が語る」。

チラシはかなり魅力的。
黄色地に丸囲みがあり、そこには絵や能装束がある。

狩野栄信 宮中能楽図 

チラシにも取り上げられている。観客はみな揃いの被ぎものをした女たち。彼女らの被ぐものは「御所被ぎ」というもので、みんな公家の妻女たち。
解説によるとこの舞台で演じられているのは「難波」。
橋掛かりには王仁(ワニなら日本に漢字を伝えたワニ博士だが、このあらすじを知らないので何とも言えない)、そして舞っているのは木華咲耶姫。
愛らしい女面だと思う。微笑んでいるように見える。

面を見る。
老女の面は因州池田家ゆかりのもの、池田家の能関係は林原美術館と大倉集古館が多く所蔵している。
敦盛の面があった。非常に美しい顔立ちをしていた。
特に鼻の形がきれい。正面から見た形より、やや斜め下から見上げたときに、心が揺れるくらい綺麗だった。

装束ではたいへん面白いものがあった。
これは能ではなく狂言の肩衣か、芭蕉にカタツムリの柄のものがあった。それも大きい大きいカタツムリである。
う?む、こういうのもいいような気がする。
どうもこういう柄を見ると、ジュサブロー「桜姫東文章」の権助のドクロ柄、白土三平「カムイ」の浪人の「不死身」文字柄、その仲間をみつけた気分になる。
またここには山伏の使う法螺貝柄の狩衣まであったが、もぉこうなると・・・・・・
尤も鬘帯が何本も垂れているのを見て「和風なネクタイやわ」と思うようでは何を見てもアウトかもしれないが。

紅地雪持椿模様唐織
ああ素晴らしい。椿が好きなのでそれだけでもわくわくしたが、間近で詳しく眺めて、いよいよときめいた。一輪一輪の椿に落ちる雪。すべて異なるありようを見せてくれている。
本当に素晴らしい・・・

嘉永六年に出た相撲番付に見立てた能の人気番付が面白かった。
松風、鉢の木が大関(横綱はない)、安宅や邯鄲、弱法師は十両くらいだったか。
演目の人気も色々と時代の推移がある。

明治四十四年には能楽双六が出ていた。楽しいなぁ。

能楽そのものを描いた絵と言うものは月岡耕魚「能楽百番」がすぐに思い出される。
画像は能楽堂サイトの中に少しばかりあった。他に東博にも所蔵されている。
ここでは「能楽二百五十番」というタイトルのものが出ていた。

河鍋暁斎の「雷図」もある。舎熊がいい感じ。

近代のものばかりでなく、桃山時代の能楽図帖があった。そこには「桃太郎」を思わせる「殺生石」や「羽衣」があった。
慶長年間のものには古様な「熊坂」が描かれていた。
他に江戸初期のものには「犬山伏」「夷毘沙門」が描かれている。
猩々を描いた絵にはコマ絵に大猿も描かれていたりして、なかなか楽しいものがあった。
他に光悦謡本「班女」もあ。

さらには「道成寺」の鐘の作り物まで展示されていた。これは以前に泉屋分館で見たものと同じかもしれない。

それにしても見ごたえのある展示だった。
やはり国立能楽堂はえらいと思った。
細見美術館は2/14まで。国立能楽堂の細見コレクションは2/21まで。
国立能楽堂は無料だが、細見は千円である。

ルノワール 伝統と革新

国立新美術館の「ルノワール」展に行った。春には大阪に来る。
東京のチラシは日本の団扇を持つ少女、大阪のチラシはイレーヌの横顔。そしてキャッチコピーも違う。
ルノワールの大掛かりな展覧会は何年かごとに開催されるが、いつでも繁盛し、見たヒトの多くはにこにこ。
二年ほど前の父子の「ルノワールxルノワール」、だいぶ前の’93年の展覧会でも満員御礼。普段展覧会に行かない人でもルノワールは見るのだ。
だいぶ前、芸術新潮で「好悪を越えたルノワール」という特集記事があった。
そこ。「好悪を越え」てやっぱりルノワールはいい。
ルノワールほど日本人に愛されている洋画家は、他にいないと思う。

開館前についたのにもぉ賑っている。
殆どは「いつかどこかで」見た作品。しかしそれがまた心地よいのだから、やっぱりルノワールはすごい。
私は元々がルノワールファンなので、「よくないところ」「いやなところ」が眼に入らない。「ちょっとあれね」なものでも「やっぱりいいよな」で収まるのだ。

ただ単にルノワールの名画をずらずら並べてもいいが、わざわざ展覧会を開くのだから工夫がある。章ごとのタイトルを挙げる。

第一章 ルノワールへの旅
第二章 身体表現
第三章 花と装飾画
第四章 ファッションとロココの伝統
そして最新科学で見出した、ルノワールの技法の秘密についてのコーナーもある。
どこもかしこも見どころ満載のいい展覧会だった。

第一章 ルノワールへの旅
展示された作品の内、実際に本物を見たものがいくつあるのかわからなくなった。
写真や印刷物だけで見たものも多いはずだが、脳がそれを判別しない。
記憶の混迷ではなく、いかに多くの作品が供せられてきたかの証明である。

団扇をもつ若い女10020801.jpg
チラシにもなった一枚。この絵はクラーク美術館所蔵だが、何度か日本にも来ているので馴染み深い。いつの展覧会かのチラシにも選ばれている。
(ルノワール展でなくとも近代フランス絵画とかどこそこ美術館展などの企画がある際、ルノワールの絵が多く使われるので、いよいよ親しみが湧く)
今回改めて眺めると、団扇に描かれた絵は浮世絵ではあるが、それも芝居絵ではないか、と思った。
そしてこの背景、左にピンクや白の菊、右に青緑と白の縦じま。色と配置は違うが、近藤ようこ「水鏡綺譚」の鏡子の着物と似ている。

読書する二人  仲良しさんな二人。地味な服だがいい感じ。これも見慣れた絵だが、今回「光と色彩の幸福論」というコピーを踏まえながら眺めると、女の頬の輝きが際立つのに気づく。ピカピカした頬はまるで陶器のように綺麗。

ルノワールはアルジェに行った。
行って影響を受けて、魅惑に満ちた作品を生みだした。

アルジェリアの娘  配色がなにより素敵。オレンジの服、膝掛けは緑に金色の布。ああ、日差しの強さ明るさを感じる。
寒い国に出かけたのでなく暑い国に行ったのは、本人の好みもあろうが、大正解だと思う。よかったなぁ。おかげで人類は素晴らしい遺産を受け取れた。

ロバに乗ったアラブ人たち  以前ポーラ美術館展で初めて見たが、これも日差しを感じる作品。ロバが妙に可愛い。

ブージヴァルのダンス10020802.jpg
これはよくグッズになる。私も一筆箋を持っている。踊るカップル(フランス語だからアベックと書くべきか)の女はヴァラドン。可愛い女だったのを知る。色の対比が目立つ。視線の先に地に落ちる吸い殻がある。もうこの時代、紙たばこがよく売れていたのだ。

数年前京都市美術館でマルモッタン美術館展があった。東京展ではどうかは知らないが、京都では<モ>がやたら目立ってアピールされていた。
モネのモ、マルモッタンのモ、ベルト・モリゾのモ。

ジュリー・マネの肖像10020803.jpg
ベルト・モリゾ、その娘の肖像。はっきりした顔立ちの少女。下がり眉がチャーム。黒い服を着るのは母譲りの趣味なのか。襟元のレースが綺麗。
ルノワールはこの子を可愛がったそうだ。

エッソワの風景、早朝  エッソワの地はルノワールの妻の故郷だった。通勤なのか散歩なのかわからない人々が遠くを歩いている。ルノワールが見た景色。木の影は紫色に映り、白い道にその姿をのばす。
梅原龍三郎の絵がルノワールに似ているのはよくわかるが、この絵を見ていると、若い頃の安井曽太郎が描いた「黄檗風景」を思い出す。安井はセザンヌの影響を受けたから若い頃にそんな絵があるのは不思議ではないが、この絵を見て「黄檗風景」を思うと、安井にもルノワールの影が差したことがあったのか、と考える。

カーニュの風景  綺麗な道がある。整備されていて街路樹も並ぶ。建物もいい感じ。
なんだか自分も行きたくなるような暖かそうな地。
ルノワールの絵には優しい心地よさがある。そして決してそこは孤独な地ではない。

面白かったのはリトグラフの「ロダンの肖像」。・・・ロダンはやっぱり誰が書こうと「ロダン」なのだった。カリエールが描こうとルノワールが描こうと、ロダンはロダン。自分の様式にはめ込もうと画家ががんばっても、ロダンのアクの強さには及ばなかったのかもしれない。

第二章 身体表現
わたしがルノワールを好きだという最大の理由は、彼の描く肉付きのよい女の人に深いシンパシーを感じるからだ・・・ということはヒミツだ。

ルノワールの描く裸婦たちのつややかなオパール色の肌は何度にも亘る塗り重ねを経て生まれてくるものだった。
透明釉薬が塗られているのかと思うほどのつややかさには、いつみても蕩然となる。
彼が陶器の絵付け職人から出発したこととそれは

ここには多くの裸婦が並んでいた。
わたしが一番好きな裸婦は川村記念美術館の「水浴する女」。胸の綺麗さはちょっと他に比べることはできない。
近年、川村名品展として兵庫県立美術館で長く展示があった。
そのときのスターはやはりこの裸婦だった。他に名画が多く来ていたが、ルノワールの絵を目玉にしていた。
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楽しい気持ちでこの第二章を何度も何度も見歩いた。

次の部屋へ歩むと、そこではポーラによる光学調査が大きく展示されていて、それがなかなか面白かった。
X線と赤外線との比較が並んでいるが、どうもX線はツタンカーメンのそれを思い出すので、ちと・・・
それにしてもとても詳しいし、素人のわたしにもわかるような書き方なのがいい。
そうなのかーそうなんやーと感嘆の声を上げながら、カシコくなった気がした。
先ほどの裸婦たちの光り輝く膚は全て、このルノワールの深い研究と熱意から生み出されたものだったのだ。
もう一度裸婦たちのもとへ戻り、教えられた知識をアタマに灯して改めて眺め歩いた。

第三章 花と装飾画
ここは展示空間が白壁ではなく、どこかのお屋敷のお部屋をイメージしたようなセッティングがなされていた。優雅で軽やかな空間に、花の絵と演劇的なイメージの作品が飾られていた。ここだけそのような設えがなされているのが、とても嬉しかった。

タンホイザーの舞台  2枚組みの横長作品。これは数年前のアート・コレクション展で見ている。とても好きな作品。ルノワールの作品にはあまり文芸性はないと勝手に思い込んでいるが、この作品や他にオイディプスを主題にした作品などもあることを思うと、ちょっとばかり認識を改めねばならない。
ここではタンホイザーが愛の女神の誘惑に絡め捕られて甘い夢を貪る情景と、その彼を救い出そうとする親友との葛藤の二つの絵がある。
タンホイザーはワーグナーの楽曲があるが、この絵にはワーグナーは似合わない。
中世の宮廷音楽が似合いそうな気がする。

イオカステー(神殿の舞)10020805.gif
丸紅コレクションの一枚。魅力的な小品。

オイディプスをモティーフにしたものは他にもある。コートールド美術館所蔵のデザイン画。動きがとても興味深い。ロダンのスケッチと共通するようなところがある。

花もまた豊かに描かれている。特に印象に残ったのは、ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵の「花瓶の花」。暗い色で構成された空間に赤い花がひどく目立っていた。
その花があることで、この絵は活きていた。

第四章 ファッションとロココの伝統
おしまいの部屋に来てもやはり一枚一枚の絵に人気があった。
1890年代のルノワールのマイブームが帽子をかぶる少女を描くこと、だというのは楽しい。
その時代の帽子の実物を見たことがあるが、可愛い感じがした。

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  ルノワールの身近な人々のいる優しい風景。それぞれの人の配色がいい。
ルノワール自身も描いているとき幸せな心持ちだったのではないか。

「伝統と革新」は技術的な解明があったことでそれを実感するが、作品そのものからはまさに「光と色彩の幸福」があふれている。
東京では4/5まで。大阪は4/17?6/27まで。東京に現われなかったイレーヌをはじめ、何枚か素晴らしい作品が大阪だけでお目見えする予定らしい。

それからの「伊藤舞『祖父と私の旅』」

昨秋、大阪のギャラリーに伊藤舞さんの『祖父と私の旅』展を見に行った。
そのとき、ひどい雨が降り続いていた。
豪雨と言うではないが、びちょびちょとしつこい厭な雨が降り続いていた。
伊藤舞さんから今度は京都の三条にある立体ギャラリー射手座で個展がありますと連絡が来て、2/7までの会期の終わり近い6日に三条へ出向いた。

一日中、ひどい吹雪の日だった。
なぜこんな天候の悪い日ばかりにあたるのか。
しかしそれは伊藤舞さんのせいでもわたしのせいでもなく、空の加減だった。

ギャラリーは小川珈琲の道を挟んだ向かいにあった。
表に自転車が二台ばかり置いてある。
こんな雪の日に誰かが乗ったとは思えない。
大阪のギャラリーでも自転車があった。
案内に「自転車が置かれているビルの地下です」と書かれていたことを思った。
二つの符合が一致したような気分になる。

ここでも地下へ降りる。冥界下りということを思い出す。
オルフェウスもイザナギノミコトも、妻を求めて冥界へ下った。
地下には二つ部屋があった。事務室と会場の部屋とが。
ドアの窓から部屋をのぞいてみる。
白い空間にはテーブルがあり、そこに年配のシャレた女と若い男がいた。
先客かと思いながらも、テーブルに出された紅茶を飲む様子を見ているうち、
「もしかするとこの二人も伊藤舞さんの<仕掛け>かもしれないな・・・」
そう思い始めた。
ぎこちない飲み方をする二人の様子が疑念を深める力となった。

ドアを開け、中に入る。白い壁に箱が飾られている。前回と同じ展示方法。
コーネルの箱には様々なオブジェが収められていたが、これらの箱には過去と現在を記すマッチ箱が収まっている。
マッチ箱には固有名詞が刷られ、時には絵もついている。
全く同じデザインのものもあれば、全く異なるデザインのものもある。
そして同じデザインであっても二つを見比べると、明らかな経年による衰えを感じるものと、そうでないものとがある。
これは30年の歳月を隔てた一枚の風景そのものなのだった。

前回もそうだが、伊藤舞さんの「祖父と私の旅」とは、祖父が集めたマッチを孫がその死後に同じ店へ出向いて蒐集するという<行為>と、そこから見える「何か」を求めての展示なのだった。

伊藤舞さんの心の流れはMENUブックに綴られている。
観客は壁に飾られた箱を見るだけでは、本当に<見た>ことにはならない。
置かれているブックを開き、そこに綴られた作家の思いを読むことが課せられている。
文章を読む人のために、紅茶が用意されるのかもしれない。

プルーストの「失われた時を求めて」には紅茶が最初のポイントとして現われる。
何気なく紅茶にプチット・マドレーヌを浸したことで、<わたし>の少年時代の記憶が蘇る美しい情景がある。
あの紅茶とここで供された紅茶とは種類は異なるが、共に、なにかしら過去を追想させる装置としての存在なのかもしれなかった。

先客が去り、わたしは一人になったとき、部屋の隅にいる若い女の人に声をかけた。
伊藤舞さんだった。
少しだけ話をした。しかし特に何か深い話をしたわけでもなく、マッチが和歌山に集中していますね、といったようなことばかりだった。
アマガエルのような色のコートを着た女からは大した感想も得られず、伊藤舞さんは軽く失望したかもしれない。

他に話したいことがいくつかあったが、話すことで味わいが異なるかも知れず、それを恐れてわたしはそれ以上口を開かなかった。
そして今、この記事を挙げる中、やはりわたしは話したかったことを書こうとしないままだった。

―――それは今度の個展で果たせばいい。
次の個展がどんな形になるのか考えもしていないくせに、そんなことを決めている。
この展覧会は2/7までだった。

雪の降る中、京都彷徨

寒いのに京都へ行った。
隣の府とはいえ、洛中洛外の寒さは津の国のわたしにはこたえるわい。
早朝から出かけたのは北のほうへ向かうからだが、思った以上に早く京都に入り、地上に出た途端、ぎゃっとなる。
なんで道がぬれてるねん。河原町の交差点でいや?な予感がしたとき、左手つまり西側に5系統のバスが来ている。
このバスは10分に一本来るが、乗り損ねて待つのはいやや。
でもこっち赤信号、向こう青信号でバスめ曲がりよった。
走りました。走った走った走った。
バスはわたしのノノシリを感じてたか、待ってくれてた。ありがとう、バス。

5系統は京都市美術館、国立近代美術館へ行くときによく乗る。これは東天王町(泉屋博古館)、銀閣寺道、上終町(京都造形大)を越えて一乗寺下がり松(武蔵vs吉岡一門)、岩倉へ向かうバス。上終町の次辺りから一日乗車券が使えなくなり、160円別払いになる。
一乗寺下がり松で下車したら9:30すぎ。
そういうたら、武蔵vs吉岡一門って季節はいつやったんやろ?「バガボンド」をマジメに読んでへんので、ちょっとわからない。
吹雪く中を一乗寺中谷へ。
以前からここの和菓子洋菓子、和洋折衷のコラボ菓子がすご??くおいしいとは聞いていたけど、なかなか来れなかったのだ。
色々買う。和菓子も洋菓子も。
そしてお座敷カフェで絹ごし緑茶ティラミスをいただく。・・・おいしかった。
これはやっぱり幸せ。なんでもネット販売は二ヶ月待ちだそうだ。
でも買う価値待つ価値はあると思う。店内販売は即だけど。
お店はおっとりしていていい感じ。

バス停でバスを待つ間に雪だるまに変身する予測がついたのでコンビニに避難。
北白川通り?堀川通りの北8系統バスを待って、それで上堀川へ。
そこから加茂川中学まで1区だが、バスが来ないんで歩く。10m先が見えん。

高麗美術館の朝鮮虎の後期を見る。入ると朝鮮学校の子供さんたちが見学に来ていた。
それでガラスケースにある華角函(一片一片がカード大の絵柄が入った、象牙が何かで拵えた手箱)を指差して、「ほらほらトラもシカも羊もみんな色んな表情してるよ」と話しかける。面白がって、他の面の動物たちを探す子らもいて、ちょっと和気藹々。
他にお客さんもいなくて関係者の人ばかりだったから、まぁうるさくてもカンニンね。

美術館を出たら吹雪が収まっていた。しかしこれはアメとムチのアメみたいなもんで、すぐ騙されるのだ。
次は京都駅へ向かうのだが、堀川通りを延々と南下したら30分くらいでつくはずだが、何故か4系統バスに乗り、終点は京都駅であっても、あの深泥池(ミドロガイケ。ジュンサイが採れるのが有名。更に中世の「小栗判官」ではここの大蛇が彼に懸想して契りを結んだことから、小栗は東国へ追放された)を通るとは。

12時少し過ぎに京都駅へつき、速攻で地下のポルタへ潜り、目に付いたラーメン&甘味処へ入る。これまた出てくるのが早い。でもラーメンに味がしない。はてな?わらびもちはおいしかったから、ラーメンの味がないのもわたしの勘違いではなさそうだ。

えき美術館もさすがにあのキョーフの大階段を上り下りする人もなく、やたら長いエスカレーターも無人のままで、室内のエレベーターだけがよく稼動していた。
高橋真琴展を見る。詳細は後日に廻すけど、橋田壽賀子原作のマンガ「プチ・ラ」というのがなかなか感動的だった。ファラオの呪いがどうの、というのと身代わりとか、起伏の激しい物語で面白そう。それにしても綺麗で愛らしい絵なのにはただただ感動。

バスで京博へ。THEハプスブルク。東京でも見たけど、京博で見るのも楽しい。
片山東熊のフランス式宮殿建築の手法で拵えられた荘厳な空間に、ハプスブルク歴代の肖像画や名画が並ぶ、というのはこれはもう本当に壮観。
庭園美術館でもそうだけど、建物それ自体に深い魅力がある空間での展示は、中身がマッチするものなら、歓びが倍増するね。
実に素晴らしかった。
最初のところに二代目広重、豊原国周らの画帳を並べたのも面白い。

次は100系統快速バスで京都市美術館の方へ向かう。下車するとまたまた吹雪。
細見美術館へ。今、国立能楽堂で細見の能楽コレクション「琳派に見る能」展をしているが、その交換でここで国立能楽堂のコレクション展をしている。
非常に興味深い内容だった。こういうのはしかし感想が書きにくい。

まだ時間もある。吹雪もマシ。東山仁王門からバスで京大へ向かう。
総合博物館でイザベラ・バードの旅と、それを追体験したひとのカメラワークとを見る。
これを見ていて思ったのが、中世ヨーロッパ人から見た不可思議なアジアの版画シリーズ、あれを比較対象にした作品が見てみたいな・・・と。

三条へ戻り、立体ギャラリー射手座へ。伊藤舞さんの個展に行く。去年みた「祖父と私の旅」の新版。前回から洗練されていると思った。紅茶をいただき少しばかりお話できたのもよかった。こちらも後日詳述。

例によってあんかけうどんを食べてから帰阪する。寒かったな??
でも予定がほぼ全部こなせたのは嬉しい。中谷のおいしいお菓子も食べれたし。
次の京都は2/18。東京行きの前日なのでした。

江戸の英雄 初公開 博覧亭コレクション 前期展

ukiyoe―tokyoの「江戸の英雄 初公開 博覧亭コレクション」前期をみにゆく。
これはもぉ非常に楽しみにしていた展覧会で、わくわくしながら豊洲のららぽーとまで出向いた。
大工六三郎が鯉を担ぎ上げる絵が幟になりポスターになりして、威勢の良さが伝わってくる。
英雄と言うても定義は堅苦しくなく、幕末の人々が愛し、熱狂したヒーローたちを描いた作品が集まっているのだ。
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数年前、松涛美術館で「武者絵」展が開かれ、それにドキドキしたが、今回もそう。武者絵に芝居絵がたんまり出ていて、楽しいのなんの。
わたしのように幕末の劇画チックな浮世絵が好きなヒトにはピッタリの展覧会。

最初に月岡芳年が現れた。
「一魁」と名乗った頃の「西塔ノ鬼若丸」が初版と後摺りの二枚出ていた。
西塔の鬼若丸とは後の武蔵坊弁慶のこと。
彼には異常出産の伝承があり、それで名も鬼若丸とつけられて、早々と叡山に預けられたわけです。
鯉にしがみついて刃を噛んで、という構図は芳年のものだけど、彼の師匠・国芳にも多くの鬼若丸と鯉の図があるから、これは当時も好まれた画題だったのだ。
なんせ江戸時代の一番のヒーローは実は義経なんで、源平合戦関係のものは芝居でも草双紙でも絵でもよく売れたようだ。
鯉の赤さがはっきりしているのは、鱗の目地の黒が効いてるからか。
かっこいいだけでなく、ちょっとした不気味さが漂うのがいい。

その鬼若丸が長じて後に弁慶になり、♪京の五条の橋の上?で逢ったのが牛若丸。
二人の出逢いシーンもちゃんと展示されている。
芳年は明治になってから線描に独特の震えが入り、そのギャザーがかっこいい。
美少年はあくまでも美少年に描かれているのが嬉しい。
手前に飛びのいた牛若丸のスタイルの良さにはときめくばかりなりよ。
睫毛が綺麗。
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明治の浮世絵には赤色がよく使われる。
朱や紅でも丹でもなく、RED。鮮やかさが際立つ。

一魁随筆シリーズで芳流閣を描いたものがある。
瓦解前にもこのシーンを描いたものがあるが、こちらは別バージョン。
信乃と現八とがくんずほぐれつのまま屋根から落下してゆく情景をナマナマしく描く。
2人の目つきの鋭さがいい。そしてここにも着物の裏地が鮮やかな赤で、それが翻るのが、とても煽情的。

豪傑奇術競  物語・稗史での最強の人々が集められ、それぞれの術比べをするような。

怖かったのは西郷隆盛霊幽冥奉書。西南の役の後には西郷さんの絵がどんどん描かれたが、これがたぶん一番コワイ・・・

河鍋暁斎の鍾馗が二枚ばかりあった。後期のほうが暁斎は多そう。
豊原国周は役者見立て絵が出ていた。彼も後期が面白そう。

国貞の「鯉つかみ」は今回の幟やポスターになった一枚。今はこの芝居も出ないが、大正頃まではしばしば夏の芝居に出ていたそうだ。なにしろ本水を使うので涼しそう。

国貞でいいのは、児雷也シリーズ。
敵の大蛇丸は足元が薄れて、そばにある薬玉の五色の紐が全て小蛇に変化している、という趣向はたいへん面白い。
一方、百日鬘の児雷也はなかなかいい男で、それがドテラを着ながら刀を杖にすっくと立つ姿がいい。
そして児雷也よりの勇婦綱手は、蛞蝓仙人の弟子だけに影絵の大ナメクジの上に立つ。
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武者絵としてより、芝居絵・物語絵として実にいい。

そして国芳こそが武者絵の帝王で、だから彼の作は明るく雄々しい。
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通俗水滸伝豪傑百八人之一人浪裡白跳張順  先日鰭崎英朋展のチラシに「浪裡白跳河童の多見次」が使われていたけど、その浪裡白跳の本歌がこちら。
水滸伝の英雄の一人・張順。わたしが最初に見た武者絵はこの絵だった。そこから水滸伝に関心が湧いたところへ、学校の図書館に村上知行訳・井上洋介挿絵の水滸伝があったので、すぐにハマッた。
ただしこちらは抄訳だった。おいしいとこどりだったと思う。(尤も72回本ではなく120回本の抄訳)
そこから全部を読みたくなって、駒田信二訳の平凡社版120回本を数年後なんとか購入した。痛かったが、楽しいから仕方ない・・・
(好き嫌いもあろうが岩波文庫の吉川幸次郎訳はあんまり面白くない)
原本を基にして色んな小説も出ている。
江戸時代には建部綾足の「本朝水滸伝」があるし、近代では吉川英治はじめ柴田錬三郎、北方謙三に至る系譜もある。
前置きが長くなったが、張順は水練達者どころでなく、水上をスタスタ歩けるくらいのヒト。
それでいて絹を延べたような膚は雪白、そこに見事な刺青がある。
この絵の中で張順は梁山泊の仲間を通すために水門を破ろうとしている。しかし彼はこの直後敵に矢衾にされ落命するのだった。
これはたいへん人気の絵柄で、現代でも刺青をする人が背に選ぶことも多いらしい。

水滸伝にはとにかく120人の好漢がいるが、物語に重要なキャラは20人も満たないくらいだが、日本ではこの浪裡白跳張順、遊子燕青、九紋龍史進などが大人気で、それはやはり刺青の美麗さに因るところが大きい。
むろんのこと、国芳は彼らを描いている。背の刺青は隙間なく膚を埋め尽くし、白地に藍と朱の入り乱れた、綺羅の限りを尽くした姿をそこにみせている。
刺青を負う美麗な武者絵を酷愛したのは松田修だった。彼の造語になる「タトゥー・クレイブス」という響きがいつでも蘇る。
彼はその著作に幾度も刺青の美を書き連ねた。

同シリーズから同じく梁山泊の好漢・活閻羅阮小七  阮三兄弟の一人。普段は次男の絵がよく出るが、この三男もいい。虎に噛まれて厭な顔をしつつ、その虎をねじ伏せようとしているのだ。黄色と青が目立っていい色。

旋風李逵  黒熊みたいな大男で二つの斧をブンブン使う。黒いので刺青はない。
チカラギッシュな感じがよく伝わってくる。
水滸伝の中ではキャラ的ににくめない男で、ラスト近く「兄貴」宋江により服毒させられ、殉死することになるが、それをも恨むことなく、死後も宋江のために働く。
ついでに言うと鏡花「風流線」の風流組の無頼の一人・河童の多見次は浪裡白跳張順の本歌取り、鉞の捨吉はこの黒旋風の本歌取りになる。ただし捨吉は色白な男で、その点は本歌とは異なる。

他に本が色々あり、その中でよかったのがやっぱり白縫譚。これは読みたいがなかなか読む機会がないし、芝居で見たくとも上演機会もない。せめてこうして浮世絵を楽しむばかりだが、なまじ絵のよさがいよいよ心をムシバムのだった。

「梅川忠兵衛/二人虚無僧」という京伝の作に国貞の絵がついた、江ノ島稚児が淵譚に惹かれた。海底で、因果を諭され覚悟を決めた美少年・梅丸のにっこりした姿がいい。

2/6からは後期展示。全点入れ替えなので、とても楽しみ。
図録はいい感じのA5版1500円。

ほんに今夜は節分か

本日は節分と言うことで、海苔巻きの丸かぶりにイワシをいただき、豆まきもした。
日本古来の風習を守る・・・というのはオオゲサだけど、行事を執り行うのはわりに好きなほうなので、この先も多分ずっと続けると思う。次の行事は来月のお雛様。
「ほんに今夜は節分か、西の海より川のなか、落ちた夜鷹は厄落とし、豆沢山に一文の銭と違って金包み、こいつあ春から縁起がいゝわえ。」
・・・・・「三人吉三」のお嬢吉三の名台詞。菊五郎のお嬢がやっぱり好きだ。
父上の梅幸丈のお嬢を録音したものもあるが、そちらも聞いていると気持ちいい。
カラッとした良さがある。
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黙阿弥の芝居の中でも特にこの「三人吉三」は好きだ。
特にラスト近くのお嬢とお坊が心中しようとする辺りや、同時に背後の墓場で起こる和尚による弟妹殺しとか・・・
わたしの好きな素材全部が集まった芝居ですなぁ、これは。

絵には白梅も描かれている。もうすぐあちらこちらで梅も咲く。今年はどこへ梅見に行こう・・・

麗しのうつわ

麗しのうつわ展に行った。
絵がいくつかと蒔絵ものが少し出ていて、それらには展示替え予定がある。
焼き物には日本画の宿命たる褪色という移り変わりはない。
ただし使いこなすうちに自ずと変異はあるだろう。
それが進化なのか劣化なのかは状況にもよる。
どちらの運命を辿るかは誰にもわからない。

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チラシは出光ほまれの仁清「色絵芥子文茶壷」
爛漫と咲き誇るのは桜だけではない。芥子の妖しい魅力もまたその壷の表を彩る。

一言で焼き物と言うても磁器もあれば陶器もあり、色絵もあれば染め付けもあり、また掛け回した釉薬の自然な変化を楽しむものもある。
出光のサイトにはこんな紹介文が書かれていた。
「“豪華”と“侘び”といった対極の美を愛でる歴史には、日本文化のしなやかな寛容性が深々とあらわれています」
本当にその通りだ。日本文化は否定する、拒絶する、ということをまずしない。
拒み方にも独特の文化がある。

仁清の焼き物を見ていると、京焼の色調を外すことなく使うている、という感じがある。
色絵熨斗文茶碗  これなどは赤と緑と青がさらさらと流れているが、その三色はやはりいかにも京都らしく思うのだ。

色絵鶉香合  仁清の香合は可愛い。首をあげてこちらを見るうずらの愛らしさに嬉しくなる。生まれたときから今に至るまでこの香合は可愛がられてきたと思う。

色絵梅花文四方香炉  上にウサギがいて、耳はゾウという可愛さが目立つ香炉。
樂美術館にも仁清の香炉があるが、それは冊子を積んだ上にウサギがいるという意匠だった。ウサギの人気はいつでも高いものだ。

乾山の色絵が集まっている。
わたしは乾山とノンコウを偏愛している。だからただただ嬉しくて眺めるばかりだった。

定家の和歌をベースにした角皿だけでなく、百人一首を描きこんだものもあった。
シギが飛ぶのは「鴫立つ沢」だろうが、判じ物風なのはなく、文字でああこれかと思うものが殆ど。「天の原」「わが庵は」「これやこの」「花の色は」などなど・・・。

色絵芦雁文透彫反鉢  これまで色々と乾山の透彫鉢を見て来たが、これは意外なことに初見だった。
シブイ形容の鉢。一つ新しいものを見れて、よかった。

銹絵染付白彩薄蝶文平鉢  白い蝶が影絵風に描かれている。これも初見。

色絵紅葉文壷  以前から可愛い可愛いと思う壷。丈も低く、鍾愛したくなる壷。

銹絵染付金銀白彩松波文蓋物  松を描くのに金銀白の三色が使われて、渋い松がとても豪奢になった。ざらっとした質感にきらめきが活きている。

仁阿弥道八と古清水が並ぶ。
道八は素直な感じがして好きだ。「乾山ファン」が昂じて作りました的な作品でありながら、乾山とはまた違うよさがある。好きなものを懸命に拵えました、と言うような。
特に彼の雲錦手などは何度見てもいいものはいい。

光琳の紅白梅図屏風がある。紅梅は金時人参のような朱色で、白梅はほろほろと溶けそうだ。
抱一の紅白梅図屏風はこれはまた至って渋好みだった。こちらの方がより古様さを感じる。

猿投窯、瀬戸窯、美濃窯、唐津窯がずらずらと並ぶ。
黄瀬戸茶碗 銘「春霞」  花が可愛い。
志野兎文茶碗  口元黒いウサギさん。
志野山水文鉢  鯉の滝登りが描かれている。とんだ登竜門鉢である。
鼠志野草花文額皿  サラダ皿に丁度よさそうな。
志野千鳥文水注  旅する千鳥たちが描かれている。周遊する鳥たち。
絵唐津柿文三耳壷  独特のタッチで木に実る柿が描かれている。

鍋島、古九谷、柿右衛門が現れる。
基本的に磁器の艶やかさにときめくので、その美麗さに胸躍らせつつも、「用の美」としても眺める。なにしろ「本当に」使いたくなる・手元に置きたくなるのが、磁器なのだ。
ふと見れば板谷波山がある。出光には波山の一大コレクションがあるから当然にしても、いいタイミングの展示だと思った。
彩磁唐花文花瓶  いかにも波山らしい暈しが綺麗で、花自体はアールヌーヴォー。

色絵柴垣椿文皿  この図柄は昔から特別好きなものだが、この一枚は特別に赤の発色もよく、暈しも優雅で実に綺麗だった。百の中の一ではなく、一と百というくらいの美麗さがある。

色絵花筏文皿、色絵栗樹文皿、色絵牡丹文皿・・・植物をモティーフにした鍋島は見蕩れるばかりで、全く飽きることがない。

不意に原羊遊斎の「草花蒔絵四方盆」が現れた。しゃれていていい感じ。2月半ばからは小川破笠の箱が出るらしい。それも見たいものだ。

一つだけ周囲と違うやきものがあった。薩摩焼かと思う。近づくとやはりそうだった。
色絵花蝶文花瓶  サツキが咲き乱れている。その中を蝶が飛び交う図。

再び波山があふれる。
植物はアールヌーヴォーの技法で磁地に咲き誇り、ぬめるもの・きらめくものと表現は異なっていても、どちらもひどく美しくそこにある。
彩磁も葆光彩磁も共に魅力的だ。艶消しの葆光彩磁は言わば「深淵」を覗くような魅力に満ち、煌く彩磁は星の光を受けたように美しい。

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やがて樂焼が現れる。
長次郎、常慶と来たとき、何かわたしを呼ぶものがある。
ノンコウだった。ノンコウの赤樂「酒呑童子」、黒樂「此花」がそこにあった。
ノンコウの作は遠くからでもピカッと光って、わたしを強く呼ぶ。
他にいい作品が並ぼうとも、ノンコウの作ばかりがわたしを呼ぶ。
赤の綺麗な酒呑童子、愛らしい形を胸に持つ此花・・・

最後に再び波山があった。
天目茶碗  見込みの釉薬の重なりがなんとも言えず魅力的だった。普通に拵えてこれなのか、意図的に拵えてこれなのか。すばらしい美しさだった。

そしてまことに嬉しいことに塚本快示の作品が一点展示されていた。
まだ大阪にも出光美術館があった頃、そこで塚本の青白磁の魅力に、ぶちのめされたことがある。
青白磁しのぎ碗  嬉しい、ただただ嬉しい。

出口に次回予告のひとしながあった。
青木木米 色絵鳥文白泥  素焼きに鳥が張り付いたような、可愛い焼き物だった。

3/22まで。

2月の予定と前月の記録

早いもので2月です。今月もあちこち出かけるけど、寒いのがコタエますね。

初公開 博覧亭コレクション 江戸の英雄 後期 ?2/28 UKIYO-e TOKYO
江戸の彩 ―珠玉の浮世絵コレクション― ?2/24 太田記念美術館
斎藤真一展 瞽女と郷愁の旅路 ?2/21 武蔵野市立吉祥寺美術館
内井昭蔵の思想と建築 ?2/28 世田谷美術館
?ガンダム30周年? 機動戦士ガンダム展 ?2/21 杉並アニメーションスタジオ
「没後120周年 井上安治」展 ?3/28 ガスミュージアム
サントリー美術館所蔵品展 おもてなしの美 ― 宴のしつらい ?3/14 サントリー美術館
美の饗宴・東西の巨匠たち ?4/11 ブリヂストン美術館
石洞山人と茶の道具?茶碗・茶釜??4/11 石洞美術館
懐石のうつわ―向付と鉢を中心に― ?3/22 畠山記念館
富士山と近代日本画家たち ?3/7 野間記念館
木田安彦の世界 木版画「西国三十三所」ガラス絵「日本の名刹」?3/22 汐留ミュージアム
林芙美子と落合の文化人たち ?3/14 新宿歴史博物館
日本メキシコ交流400周年記念特別展「ガレオン船が運んだ友好の夢」?2/28 たばこと塩の博物館
陶磁器ふたつの愉楽 観るやきもの・使ううつわ ?2/28 根津美術館
細川サイエンス ―殿様の好奇心 ?3/14 永青文庫
「みんなが見たい優品展 パート7?中村不折コレクションから? 」?3/7 書道博物館
国宝・曜変天目と付藻茄子 ―茶道具名品展―?3/22 静嘉堂文庫美術館
大観と栖鳳―東西の日本画― ?3/28 山種美術館
新収蔵資料展 ?3/22 国立演芸場資料展示室
・・・これらを2/19?21に見て回れるかどうか。3月の東京ハイカイ予定はまだ組めてない。

次からは地元京阪神。
今月は滋賀や奈良に行く予定はない。3月はお水取りがあるので別です。

朝鮮 虎展 後期 ?2/14 高麗美術館
茶の湯 新春の宴 ?3/28 樂美術館
THE ハプスブルク ?3/14  京都国立博物館
花から花へ―交感のかたち― ?3/28 京都市美術館
ツイン・タイム・トラベル イザベラ・バードの旅の世界 ?3/28 京都大学総合博物館
建築家・本野精吾 モダンデザインの先駆者 展 ?3/11 京都工芸繊維大学美術工芸資料館
国立能楽堂コレクション 描かれた能―絵で楽しむ、文様が語る― ?2/14 細見美術館
町衆のエネルギー!京都・番組小学校展 ?3/8 京都市学校歴史博物館
新・京のかたち??絵図に見る京都御苑? ?3/7 京都市歴史資料館
チュニジア世界遺産 古代カルタゴとローマ?きらめく地中海文明の至宝? 2/11?4/4 京都文化博物館
高橋真琴の夢とロマン展 ?2/21 えき美術館
弥栄会館 建物見学
大阪の20世紀?ポスター・古写真などからみた昔のくらし??3/22 大阪府立弥生文化博物館
井上雄彦 最後のマンガ展 重版<大阪版>?3/14 サントリーミュージアム[天保山]
楳茂都陸平展?上方舞・楳茂都流とその展開? ?2/22 大阪歴史博物館
京阪土産名所図画 ?2/28 なにわの海の時空館
海の回廊 ?3/7 神戸市立博物館
鉄斎と蓮月 ?3/14 鉄斎美術館
「鎖瀾閣」 ?谷崎潤一郎、転機の豪邸? ?3/28 芦屋市谷崎潤一郎記念館
仙人高士図 2/7?3/14 頴川美術館
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