美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

島成園と堺の日本画家

既に終わってしまった展覧会だが、年度末のこの日には丁度いいかもしれない。
堺市文化館で「島成園没後40年記念・島成園と堺の日本画家」という展覧会が3/22まであった。
美人画・花鳥画の粋と副題がつくように、会場内には多くの美人画が並んでいた。
先に見たものへの感想をあげる。
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成園は妖艶な女を描くのがたいへんに巧いと思う。
遠くからでもその女の艶かしさが漂ってくる。
しかし全てがそうした官能的な女ばかりではなく、慎ましく愛らしい、そして明るい娘も多く生まれている。

美人十二ヶ月シリーズがある。月次の楽しみに興じる女が描かれている。
「雪梅」は銀鼠地の着物の女が描かれ、「惜春」は白孔雀の内掛けに風神図の帯を締めた花魁が男衆の差し出す傘の下から花を見ている。
どちらも大人の女の麗容が描き出されている。
一方「雛祭り」では娘が三番叟のお人形を手に、にっこりしている。
この娘が長じて後に「雪梅」の女になるか、「菖蒲」の匂い立つようなご新造さんになるかはまだわからないが、楽しい期待が生まれてくる。
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影絵  チラシ。娘が手で仕種をする。今日ではアートにまでなってしまったが、かつては楽しい室内遊びだった影絵。
着物の色も髪型もこの優しそうな娘にふさわしいものだった。
それにしてもなかなか贅沢で柔らかそうな着物である。

母  わが子をあやそうとデンデン太鼓を持つ母がいる。眼差しの優しい人だった。

しかしながら成園は美人や幸せそうな奥さんや娘さんだけを描いていたのではない。
「無題」と題された一枚がある。
痣のある女が自作の絵の前にべったり座る図である。作家の言葉によると、「痣のある女が世を恨んで」とのことだが、この絵に社会性のあるメッセージが込められているかどうかは、わたしにはわからない。
しかしこの絵が世に出たとき、男が主筆の新聞では散々に悪く書かれたようで、その記事の写しがあった。
これまで昔の新聞を色々見てきたが、どの新聞もろくでもない記事が多いのが特徴だと思う。

秋乃夜  白萩の襖絵の前で灯りに火を入れる女がいる。八つ手柄の羽織に紅紫地に文字の入った着物。やや仰向き加減の横顔には、なんとも言えない艶かしさがある。
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成園の師匠に当たる北野恒富、僚友・木谷千種らの作品も並んでいた。
成園と千種は「女・五人の会」を立ち上げて、互いに精進していたそうだ。以前木谷千種展でいくつかの写真資料なども見たが、みんな機嫌のいい顔をしていた。楽しそうにカメラ目線でポーズも取っている。

恒富 初夏  背景にある植物はユズリハ。その前を行く婦人。203高地風な髪型。・・・京都に行くと、今でもこんなアタマの年配婦人をよーく見かける。素人さんでもこのアタマ。
cam422-1.jpgこの絵は堺市所蔵だが、cam294.jpg
例の大阪市立近代美(仮)には「摘み草」と言う似た構図の作品がある。
こちらは出ていないが、比較するのも面白い。

他に中村貞以、石井柏亭「十二ヶ月」軸物、粥川伸二の花の絵などが楽しかった。
また成園の挿絵もあった。
芸妓時代に両手を切り落とされ、後に福祉に励んだ大石順教尼の自伝小説「堀江物語」である。
とても綺麗な挿絵だった。

内容の濃い良い展覧会だった。図録があれば嬉しかったが、あいにくないようだった。


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花の美術

大阪青山歴史文学博物館という施設が能勢電鉄・一の鳥居駅から見える。
見えるがしかし、博物館にたどり着くまでに数分を要する。
周辺に何もなく、車道はごぉごぉクルマが往来し、やっと青信号で渡れても、それからあごを上げて坂を上らねば、博物館の入り口にたどり着けないのだ。
博物館は桃山時代の城郭のカタチをしている。
実際、四階は桃山様式が再現され、京都と東京の藝大の日本画専攻の人々が、折り上げ格天井の天井絵を描いている。
天守閣の内部にそんなしつらえがある一方、五階は本当に風吹きっ晒しもええところで、わたしも突風に負けそうになった。
さてその二階三階には展示室があり、4/25まで「花の美術」展が開催中。
四条円山派の作品がメインに、抱一、是真、栖鳳まで絵画作品と、美麗な蒔絵や茶道具などが出ている。
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松村景文 四季花鳥絵短冊  梅にメジロ、桜に雀、紫陽花、薄、楓・・・と言う風に月次の花や小禽が描かれている。こうした短冊はとても優しいものだ。

佳麗さに満ちた画帖を見た。
東山殿十二月障子歌  元は別な紙に描かれた美しい花々ゃ和歌を切り抜いて、金柵に貼り付けている。絵画ではあるが、その行うところにより生まれた繊細さは、工芸的な美だと思う。

他にも同じように金箔散らしの折帖に貼り付けたものがある。絵は土佐派。定家の「十二ヶ月和歌」から選ばれた歌と絵。
枇杷に千鳥、卯の花に郭公が特に気に入った。

cam420.jpgチラシ裏

花鳥十二ヶ月図 内海吉堂  明治の絵師。チラシは一月二月三月からのもの。
それぞれのタイトルがまたとても綺麗。
寒梅喜鵲 桃花鸚鵡 牡丹猫蝶 薔薇雛鴨 榴花翠禽 蓮塘蜻蛉 秋草蟋蟀 桂花八哥 菊花秋蟲 翠竹壽帯 頭樹寒禽 雪江蘆雁
色調は薄いがとても優美なシリーズ。

紫陽花蒔絵螺鈿硯箱  花びらが螺鈿の嵌め込みできらきらしている。視点を変えるだけで花の様子も変化する。とても美しい一品。

草花に鈴虫図 松村景文  藤袴が描かれている。可愛い花だと思う。露草も竜胆もいい。

花鳥画帖 抱一  水仙に小鳥が飛んでくる。薮柑子の赤い実が愛らしい。

雪中紅梅雀図 是真  漆絵。雀がイキイキしている。

行くのは正直遠いのだが、いいものを見たと言う実感がある。
いい展覧会だと思う。

松方コレクションとその後

西洋美術館の所蔵水彩画・素描展に行った。
まずチラシがいい。
モローの「聖なる象」は最初見たときに強く惹かれた作品だが、これを実際に見るのは初めて。今までずっと待っていたのでとても嬉しい。
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アングル ジェニー・ドラヴァレットの肖像  こんなスタイルの時代のご婦人方はけっこう暑かったのではないだろうか。ちょっと頬高で魅力的な微笑を浮かべる顔。

ドラクロワ ヘラクレスが戦う。二枚ある。ロマン派らしい物語性のある作品が多いので、ドラクロワを見るのはいつもドキドキわくわくする。
しかしこれがヘラクレスかどうかはわからなかったが。

セザンヌ 永遠の女性  もこもこしているのは何?

ドガ 髪をとかす女、背中を拭く女  パステル画の中の女たちは日常の動作をする。画家の望んだ仕草とはいえリアルな状況。ドガはこうした女を描くときモデルにそのポーズを取らせて撮影もしたそうだが、ドガは女の背中に何を見ていたのだろう・・・ 

モロー 聖なる象(ペリ)  象に乗る女はペリというペルシャの精霊。「幻想の宝石」納得の修辞。中空の羽根のある女たちはその頭の周りに光の輪があるが、東洋的な様相。
この一枚を見ただけでも嬉しかった。

聖チェチリア  聖女は素知らぬ顔で弦楽器を弾く。その足下にはうずくまる男たちの姿がある。男たちはいずれも廃れものになるだろうことがわかる。
なんとなく秋元松代「常陸坊海尊」を思い出す。

シャヴァンヌ トレヴーの肖像  小杉放菴が憧れていた画家だということを思いながら眺めると、現実に目の前にある作品を見るだけでない感慨が浮かんでくる。
結局そちらに意識が向いてしまう。

セガンティーニ 花野に眠る少女  死んではいない。時々セガンティーニの描く女たちの中に死んでいるかのような姿がある。

エミール・ルネ・メナール 「水浴する女たち」のための習作  きれいな二人の女。どことなく女同士の秘密な愉しみを味わっているかに見える。

ロダン 蛇を巻く男  マジメな意図の下での作品だろうが、どうもエキスパンダーやってます?にしか見えないのだった。

アンドレ・シュレダ アラビアの女  立て膝の女。白い肌なのはオダリスクということか。

藤田嗣治 自画像  1926年の自画像。背後から猫がにゃ?と出てくる。

やっぱりいい所蔵品が多いなぁ、とつくづく実感する内容だった。5/30まで。

二分咲き桜の京都をハイカイ

京都へ出た。来週も京都だから別に今日行かなくても良さそうだけど、やっぱり行った。
近美は来週、樂は来月以降、泉屋も承天閣も来月、工芸繊維大はちょっと悩んで・・・
結局文化博物館の「カルタゴ」とえき美術館の「アールヌーヴォーポスター」の再訪と、桜求めてハイカイの仕儀と相成った。
いきなりお武家様なのはお供にしたのが「鬼平犯科帳」だから。久しぶりの再読。

烏丸の大丸に入った途端、可愛い可愛い舞妓ちゃんらがお出迎え。
常にカメラ持って歩かなあかん、ということを痛感したぜ。
眉にも紅が微かに入っている。
宮川町の舞妓ちゃんら。4/3?18の宮川町歌舞練場での「京おどり」の宣伝。ああ、そろそろ「都おどり」「京おどり」「鴨川おどり」「北野おどり」の時期になりましてんなぁ。

モチクリームの前を通り過ぎることが出来ない。
ラムレーズン、ずんだ、ダブルマンゴーを購入。
旬の筍料理の前を通り、ヨダレ垂らしそうになる。
昼ちょっと前のデパ地下は楽しい。(いや、開店時間中ずーーーっと楽しいけど)
もともと大丸が好きなのでますます好感度が上がるね。

久しぶりに錦市場を歩く。最近は京の町衆の台所やのーて観光客向けになりつつあるなぁと思いつつ。豆乳ドーナツ買う。何年ぶりかなぁ。その店が最初に豆乳ドーナツを出したときに、たまたま友人と一番客になったのだ。それ以来の購入。
なんとなくおいしい。この「なんとなく」がいいのかもしれない。
昨日の夜からちょっとばかりウツが入っていたのが改善される。

風邪気味だし気分が滅入ってる時だし、遠出できない状況だった。
本当は一乗寺の中谷でおいしいお菓子をいただきたいが、洛外へ出る根性がなかった。
そこへこういうなんとなくおいしいものを齧ると、ほのぼのと明るい心持になってくる。
モチクリームはまだ冷たく硬いままだった。

いつもは高倉通りを上がるが、今日は堺町通りを歩いて文化博物館へ入る。ちょっと道を変えると知らない景色を見つけたりするから楽しい。イノダは相変わらず大繁盛。
すごーーく大きな椿の花が生い茂る木をみつける。うわーこれはええ椿です!

カルタゴ展再訪する前にランチ。ゆばと豆腐の店でゆばカレーセットを。
京風の和なやや甘口カレーがわたしにはいい。揚げさんや湯葉がおいしいし、適度に喉を苛めてくれるのがいい。
小鉢の冷奴には柚子味噌が載っていて、これがかなりおいしかった。

カルタゴ展。今日はこまごまとしたアクセサリーや貨幣や彫刻などの展示ではなく、ただただモザイクを見に来たのだ。モザイクはクリックすると拡大します。

水盤の半円形のモザイクがすごく気に入ってる。あいにく画像はないが、可愛くて可愛くて。二人の漁師が小舟に乗って釣りをしている。その周りには船より大きい色んな魚がいっぱいザバザバ泳いでいる。天にも地にもザバザバザバザバ。いいな??こういうの。
ここでラテン語で魚のソレゾレの名前とか小さく書かれてたらそれすらも可愛く見えるだろうね。漁師さんはボクラハナカヨシ、イツデモイッシヨみたいな感じ。
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メデューサや疲れた靴屋さんやフォークダンスか格闘かわからん二人組とか、りんごの実がたわわな庭園の内側で半裸で機嫌よさそうなお姉さんたち、ニシキヘビに巻きつかれの象さんなどなど・・・

狩猟現場のモザイクはちょっとザンコクでイヤでしたな。血までちゃんと赤色タイルで表現している。
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こちらのモザイクは最大クラスのもので、とても楽しいモザイク。
天使がそれぞれ釣りをしたり舟をこいだり。島の位置関係はでたらめらしい。でもこういうのがまた楽しいのですな。
・・・そういえば日本には名所図があるが、欧州にはそういうのあったかなぁ。妙にリアルな都市鳥瞰図ぽくなってまうわね。実際あんまり見ない。
ただし大昔のは誇張ありロマンありで、楽しいもんです。

二階の常設では久しぶりにジオラマの京の町を眺める。色んな職業がある。必ず思うことが一つ。纐纈師を見ると必ず思うことが一つ・・・。国枝史郎のこの世で最も怖ろしい小説。

六角堂へ参ってもいいかなと思ったが、けっこう混んでるのでやめて御射山公園へ向かう。
桜は二分咲きだけど花の下でのんびりな人々が多い。
一瞬蔦屋という喫茶店に入ろうかと思ったが、車が来たのでやめてちゃらんへ向かう。
抹茶ミルクぜんざいをおいしくいただいた。
本当においしい。待つ間テーブルに置かれた香炉で緑茶が焙られているのを聞く。いい匂いですよ・・・

バスに乗るのをやめて歩いた。しんどいくせに歩いている。何故歩くのかが自分でもよくわからない。しかし歩く。道を変えながらふらふら歩く。
堀川警察まで来ると、桜がよく咲いているのが見えた。それに警察官がやたら立っている。
大事件勃発と言うより有名人の警護のためぽいなと思ったら、陛下が宇治へ来られているということだった。
もう少し後なら宇治の藤がきれいなので、残念。

えき美術館へ。アールヌーヴォーのポスター展再訪。フランク・ブラングィンのポスターあった。知りませんでしたな??
そこから大阪へ帰る。
阪神のB2の551蓬莱へ。久しぶりに点心をいただく。ほこほこぷりぷりアツアツ。おいしかったわ??やっぱり551はええのぉ。

帰宅してから親にラムレーズンのモチクリームをあげたが、味はいいけどレーズンがしなびれすぎという意見だった。残念。
わが家はラムレーズンに関してはかなり拘るのだよ。
そういえば、わたしの大好きなケーキ屋さんレジェール・ソルティが南海難波駅の駅ナカショップに4/22?4/28の間出店するそうな。そこへ行くか本店へ向かうかビミョーだな。

しんどいはしんどいなりにけっこう歩いたり楽しんだりできるもんやな、と実感した一日でした。

フランク・ブラングィン

西洋美術館で開催中のフランク・ブラングィン展に行ったが、実は本当に知らない画家だった。
わたしは字を読むのが早すぎる欠点があり、よく見間違い・錯覚をおこしている。
フランク・ブラングィンという名もフラン・ブラン・グィンまたはブランク・インと見ていたので、到底人前で発音できない状況にあった。
そんな状況で見に出かけたのは、ヒトエに既に行かれた方々のつぶやきや記事に気合を注入されたからだった。
漱石「それから」にも絵のことがあるというが、「七の四」に表れる絵のことなのだろうか。
わたしにはちょっとわからない。
作中で代助は青木繁の「わだつみのいろこのみや」を思い出したりもしている。
彼の嗜好がなんとなくわかるような気がしたのは、この展覧会でブラングィンの絵を実際に見たからだろう。

チラシをみたとき、アメリカのパリッシュという画家を思い出した。
簡単に言うとロマンティックな構成と派手で明るい色彩とが、パリッシュを想起させたのだった。
ブラングィンは松方幸次郎と仲良しだったそうで、その肖像画を見たとき「ああ」と思った。
これだけは見たことのある作品だったのだ。
ホテルオークラのアートコレクションで見ている。
そうか、あの画家かとやっとわたしも納得がゆく。

見ていて心惹かれる作品も多いが、彼もまた「忘れられた画家」の一人だったのか。
アーツ&クラフツ運動に参加したと解説にある。
なるほどと納得する作品がいくつかある。

電灯のデザインなどを見ると「いかにも」アーツ&クラフツだと感じる。
実際かれのデザインしたキャビネットやイスなどはとてもすてき。
わたしは装飾性の強い家具が好きだから楽しい。
アールヌーヴォーのデザイン作品もいくつか出ていて、それが楽しかった。
絵を見るのもいいが工芸デザインを楽しめることは嬉しい。

海賊バカニーア 丁度「パイレーツ・オブ・カリビアン」が4週連続でTV放映するところなので、妙にドキドキしている。
海賊と言えばわたしにとっては「宝島」なのだが(「南無八幡大菩薩」の文字を書いた八幡船もチラッと思い出すが)、今ではすっかりあのばばちぃパイレーツが思い浮かぶ。
ここにいる海賊たちも爪が汚れていそうな奴らばかりである。力強さが色調の濃さにも表れていた。オールを漕ぐ腕の強さ。

海の葬送 船乗りの死。海へ帰る遺体。仲間の見守る中、粛々と儀式は行われる。
明るい陽光の真下で繰り広げられる厳粛な葬儀が強い色彩で描かれ、印象が深まる。
遺体は観客の視線の向うにある。もしかするともう海へ送られた後かもしれない。
ミイラ状態の遺体はそのまま海底へ沈んで行くのだ。

他に気になる絵を一言ずつ感想つけてゆこう。
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白鳥  どことなくモーリス・ドニを思わせる。絵の構成がそんな風に見せるのか。
それにしてもカラフルな色彩と明るい影のつけ方に感心する。
浜の商い  黒人と白い建物のコントラストが激しい。
音楽  男声合唱・合奏。楽団。なんとなく日本の油絵風。「日本洋画」ではなく「日本の油絵」。
りんご搾り  男の子のかわいい姿がある。ぷくぷくしている。これは炭酸系りんごジュースになるのだろうか。アップルタイザー。
ラージャの誕生日の祝祭  象さんに乗っている。こういう絵を見てインドへの憧れが生まれてくるのだ。

この時代までの絵には強い日差しを感じる。
松方幸次郎とのつきあいが始まってからの作品は色彩が室内向けになったような気がする。

第一次大戦のときに作ったポスターなどは見るのが少し疲れる。
しかし松方と共に夢みた「共楽美術館」のためのワークスはとても楽しい。
美術館の設計デザインを見ていると、巨大な観音像らしきものもあり、花魁まで歩いているのにはびっくりする。シッダルタなら家出するぜ、のような生病老死な壁画も・・・

実は気に入ったのは日本の摺り師による版画作品。ブリュージュの修道院を描いた作品は朝バージョン夜バージョンがあり、どちらもとてもキレイだった。
作品が出来た時期は日本も新版画の時代だから、本当に名品が次々に生まれたのだろう。

山中の肖像  これにちをっとした感慨を抱いた。この山中と言うのは京都の美術商で、世界中に日本美術を供給した人なのだ。
彼の邸宅は青蓮院の真向かいにあり、現在はブライダル関係の施設とカフェとになっている。昨秋、「青不動」を見たときにその建物も見学し、撮影させていただいた。
(一般公開されているかどうかはしらない)

リトグラフで一枚とても気に入った作品がある。
若者の功名心cam414.jpg
ぼぉっとした軍艦が素敵だ。

他にルバイヤッドの挿絵もあり、それは一枚一枚全部見てみたいと思った。
5/30までなので、また行けるときもあるだろう。

木村威夫・追悼

日本映画の美術監督・木村威夫が亡くなった。1918年生まれだから90を越えている。
しかしつい近年まで現役の映画製作者として活躍しているから、やはり「惜しい」と感じる。

フィルモグラフィーをひもとく。
(2002年の川崎市市民ミュージアム「夢幻巡礼 映画監督木村威夫の世界」図録より)
1945年「海の呼ぶ聲」から木村の名がクレジットに上がり始めている。
わたしの場合、‘40?’70年代の日本映画はTVもしくは上映会で見たり、資料で見るしかなかったが、この時代の木村のワークには、いくつか知る作品があった。
‘55年「月は上りぬ」「警察日記」「少年死刑囚」「自分の穴の中で」
'58年「春泥尼抄」「陽の当たる坂道」
'68年「昭和のいのち」'72年「忍ぶ川」'74「サンダカン八番娼館 望郷」
’76年「青春の殺人者」'78年「お吟さま」
この中でも「サンダカン」はいかにも熱帯と言う感じがした。
「昭和のいのち」は京都市美術館を首相官邸に見立てていたが、木村独自の美意識が光り、より魅力的な「京都市美術館」がそこにあった。

'80年代に入ると「天平の甍」「未完の対局」といった大型作品も出てきた。
学校で「天平の甍」を見ることを推奨されたが、同じ熊井啓監督作品なら「日本の熱い日々
 謀殺・下村事件」の方がよかった。なにしろ怖い。
天平の甍の大きさよりも「下村事件」のモノクロがとにかく怖い。子供の頃から下村事件そのものが怖かったわたしには悪夢のような作品だった。
あのモノクロは監督の意向なのか木村の考えなのかは知らないが、素晴らしかった。
ポリティカルサスペンスはモノクロであることが、名画の第一条件であるように思う。
そしてそれを支える背景もまた白と黒とだけを活かし、他を拒絶する。
非常に怖かった。つまり、木村の映像美に殴られたのである。

モノクロの美はそこにとどまらない。
同じく熊井啓と組んだ「海と毒薬」もまた怖ろしい内容でありながら、シュールなまでに美しい映像美があった。まともに見ていることが怖いくせに、眼を開けている。そこには深く静かな何かがあった。

「火まつり」はポスターが印象的だった。今や「ソフトバンクの犬のお父さん」北大路欣也が仁王立ちし、太地喜和子がべたんと座りながらこちらを見るともなく見る。
その背景には熊野の火がある。

熊井啓だけでなく林海象と組む作品が現われたとき、わたしは深くのめりこんでしまった。
「夢みるように眠りたい」「二十世紀少年読本」・・・映し出されるその世界に入り込みたい、と強く思ったのはこの二作だった。戦前の不思議に自由な時代、そして昭和の真ん中の奇妙にもの淋しい時代。
「ZIPANG」は石造りの空間が異様に魅力的だったが、それよりも金ぴか平幹二郎に眼が奪われてしまった。

「帝都物語」はあの時代の閉塞感までもが蘇っているかのようで、内容より出演者より、「帝都」そのものにハマッてしまった。
この街の姿は、ドイツの「カリガリ博士」、「バッドマン」のゴッサム・シティ、人形アニメーション「くるみ割り人形」の裏町、それらと並ぶ大傑作だと私は信じている。

そして「ドグラマグラ」が現われた。
原作への偏愛も深いが、私のこの映画へののめりこみは深かった。
何度見たのかちょっとわからない。映画館で、上映会で、ビデオを購入して自宅で。
この映画が完成した後に、九大の解放病棟の中庭にガンダーラ佛の首が置かれていることに対し、夢野久作研究者のどなたかが「違和感がある」と言うような感じで抗議されていたのを何かで読んだ。
たしかに原作には一言もそんなものがあるとは書かれていない。
しかしそこにその首があることで、何かしら異様に深い魅力がその場に生じたと思う。
あれをガンダーラ佛にしたことの意味を木村が「ドグラマグラ」パンフか何かに書いていたが、当初は日本の仏像かギリシャ彫刻かを考えもしたらしい。
しかしそれよりもその間のガンダーラ佛にしたことで映像が良くなったというようなことを書いていた。
実際あの解放病棟の中庭で、患者たちがそれぞれ好き勝手な動作を続けるのを「見守る」対象がある方がぐっと画面は引き締まるし、面白い。
患者たちを「診る」医者たちは窓から見下ろすばかりである。
視点の変化をそこにみても悪くはないだろう。
この現場自体は埼玉の採石場あたりをロケしたものらしい。

「ドグラマグラ」では背景の錯誤という手法が採られていた。
研究室内で対話する二人の背景が不意に海岸になったりするようなことがある。
ところがそれは全く不自然ではなかった。
そしてラスト近く、主人公が病棟から逃げ出す背後に絞首刑と殺人のような影が見受けられる。そのシーンを見るだけで不思議なときめきが湧いてくる。
何度見てもゾクゾクする。
物語の進行と、その背後の風景とに。

熊井の「式部物語」にも随分溺れた。原作は秋元松代の戯曲である。
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(2001/05/25)
奥田瑛二原田美枝子


ロケとセットの二本立てのうち、セットに惹かれた。
式部教団の本拠地である荒れ寺のような室内に襖絵が並ぶ。和泉式部の説話がそこに描き出されている。絵は決して巧妙ではない。稚拙さを感じさせるところが却って魅力的なのだ。そして大絵馬に描かれた、似ても似つかぬ母子と薬師如来の図。
「居たくない場所」である。そう思わせる空間を木村は拵えている。

セットで非常に巧妙だと思ったのは同じく熊井と組んだ「ひかりごけ」である。
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(2001/05/19)
三國連太郎笠智衆


洞窟がそのまま裁判所になる。
これは語り手の校長先生と、事件の被告たる船長とを同一人物が演じることで起こる錯覚、それを更に強める役割を果たしていた。
人物だけでなく空間までもが二重のものになる。
小説では劇中劇があり、シナリオが挿入される。
この「ひかりごけ」が舞台作品として活きているのは、その作品の構成がそのように出来ているからだった。
それを映像作品に置き換えたとき、舞台転換として「洞窟がそのまま法廷に」なることが求められる、というよりむしろ必須だったのではないか。
そんな風にわたしは考えている。

他にも多くの作品があるが、どの作品でも木村の作った「背景」は、その映像作品の魅力をいや増したのだった。
熊井は亡くなったが林海象は現役だ。林と組んだ作品をもっともっと見たかったのに。
まことに残念だと思いつつも、今はただご冥福をお祈りする。

浮世絵の死角 ボローニャ秘蔵浮世絵名品展

板橋区立美術館へ「浮世絵の死角 イタリア・ボローニャ秘蔵浮世絵名品展」を見に行った。リストも出来ていて、下敷きも手渡されて、機嫌よく歩いた。
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展示室は三つあり、それぞれ壁の色が違う。
まずは山吹色の(小判ではない)部屋で奥村政信から窪俊満あたりを眺める。

政信 楊弓与市  見立て絵、手彩色。なかなか色っぽい。

鳥居派のお七絵が二枚ばかりある。
こういうときに「江戸の女はお七、明治の女はお傳、戦前の女はお定、戦後の女はサザエさん」という言葉を思い出す。

鳥居清満 四代目市川団十郎の青海勘右衛門  なんの芝居かはわからないが、名に合わせての青海波柄の着物に帯というイデタチが楽しい。

鈴木春信 見立て東下り 富士山がとても雄大なのに驚いた。山を眺める女たちの小ささは可愛い。しかしこの富士山は本当に大きい。

磯田湖龍斎 富士見西行  どう見ても・・・ぬらりひょん、だなんて言えない・・・

勝川春章 忠臣蔵 十段目  天河屋儀平と離縁された女房の2ショット。現在ではまず上演されない十段目だが、戦前までは人気があったことがわかる。

二代目中村助五郎  黒ずんでいるのは銀の酸化のせい。胡粉焼けというらしい。これを見て東博の歌麿「白粉を塗る女」を思い出した。あれも黒くなっていた・・・

安永期と天明期の四代目松本幸四郎の肖像があった。
安永期より天明期の方が頬のしわが増えている。この幸四郎は苦労人だったそうで、そうしたことを思い合わせると、このしわも加齢のせいだけではないようにも。

勝川春英 三代目市川高麗蔵の目黒の大日坊宗玄  おどろおどろな亡霊。ソウゲンという名だが清玄の書き換え狂言だろう。「白菊幽魂の役も演じた・・・双面的な」と解説にあるから、やはり間違いない。落ちぶれた破戒僧といえば清玄ものだ。
(ただし寛政三年の「初緑幸曾我」に取材したものと推定される、と言う解説文がある)

鳥居清長 又江花(舟を待つ芸者)  芸者よりも仲居に惹かれた。団七縞の着物を着ている。

二代目喜多川歌麿 牧童図  これは十牛図からきているそうだ。浮世絵になるとなんとなくほのぼのし、哲学性が消えた分明るくなった。

渓斎英泉 契情道中ロク ちりふ 見立吉原五十三対 姿海老屋内 葛城  犬柄の打ち掛けが可愛い。婀娜な女というのはやっぱり英泉がいいと思った。

歌川広重 紫陽花にひわ  どちらも薄青で描かれている。'90年の花博で花鳥画ばかりの浮世絵展があったが、そのときにも見たかもしれない。

cam413-1.jpg チラシ裏・クリックしてください

抹茶色の部屋では国貞、国芳らの作品が並んでいる。
実はこの展覧会でいちばん楽しみだったのは、このあたりだったりする。

国貞 三代目市川門之助の死絵  モノ凄い表情。今までいろんな死絵を見ているが、こんな表情は見たことがない。う?む、なかなか見れない一枚。

当世美人合 こしゃく娘  この「こしゃく」とは「こしゃくな奴め」のこしゃく。
つまり年端もいかない小娘のくせに色々と・・・な。だから唇もいろっぽい。

師匠の豊国の名を継いでからの作品も随分たくさん出ているのでとても嬉しい。
わたしは広重から浮世絵を知り、その後に国貞に走り、やがて国芳に溺れた。
(府中市美術館で国芳展が始まった。再来週見に行くのを楽しみにしている)
今でも芝居絵を見るのが大好きなのは国貞のおかげだ。

多くの芝居絵がある中でも佐倉宗吾の亡霊が現れるものが何枚もあった。
そのうちの一枚、亡霊に悩まされた領主が愛妾を斬り殺す絵は、女の表情や手指の先のおどろなところが、土佐の絵金に似ているようにも思えた。
また、国芳の宗吾で逆さまの亡霊姿があり、解説では「滑稽さを感じさせる」と書かれていたが、これはむしろ服部幸雄「さかさまの幽霊」で説かれた状況を想起させる。
「民衆の爆発的エネルギーが、「さかさま」に具象化されることは、封建的な秩序を混乱させるのに有効だった」
他に松田修「刺青 性 死」では宗吾ではなく逆さ女たちを見据えているが、そこにこんな一文がある。「永遠なる解脱拒否――その象徴行為としての倒立なのである」と。
宗吾は解脱したいがために亡霊の姿を領主の前に現したわけではない。
彼は永遠に領主に祟りを為すために、倒立した姿で現われた・・・それが自然だと考えられる。
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初代坂東しうかの橋本屋白糸、二代目尾上菊次郎の主水女房、五代目沢村長十郎の鈴木主水  瞽女唄の新宿夜話から来たようだが、むかし文士劇というものがあって、一度だけTV中継を見たことがある。それがたぶん新宿夜話だったはずだ。

三枚続きの双蝶々で三代目嵐吉三郎の放駒長吉が躍動感あふれる姿で描かれていた。芝居でも角力場の長吉は濡髪長五郎に食ってかかる、勇み肌の男だった。
しかしこのポーズ、♪カムヒヤーダイターン3 と歌いたくなる。

立場の太平次ものもあった。見立合法ケ辻だが役名を見ると切られ与三も混じっているようだ。この時代の歌舞伎はなんと自由なのだろうか。

三世田之助の浦里、四世芝翫の時次郎という二枚続きがあるが、これがまた実によかった。田之助の色気に負けそうだ。

チラシになったのは田之助の瞽女朝顔。朝顔日記は文楽でしか見たことがないが、なかなか好きな芝居。田之助は小説や芝居で知って、一時熱狂したことがある。
女形の歯、田之助紅、田之助伝小よし聞書、花闇・・・
どの小説を思い出しても国貞(三世豊国)ゑがく田之助の絵姿が思い浮かぶ・・・

一方初代しうかは杉本苑子「傾く滝」で、魅力ある女形でありながら威勢がよくイナセな性格が活写されていて、そのイメージが狂うことなく、絵にも表れているのが嬉しい。
(彼を描いた絵やエピソードから思えば、当然のことなのだろうが)
鬼神のお松。伝法で素敵だ。相手役は仲良しだった八世団十郎の夏目四郎三郎。
どてら姿に長キセルを持つお松。別枠に子を抱く情夫の姿がある。
しうかは団十郎が自害したと聞いたとき、「おれなら嫌いな奴を何人か道連れにする」と言ったそうだ。

他にもしうかの白拍子花子や毛野があるが、国芳の伝法な「女」と、イキのいい役者との合致が、いい作品を生み出しているように思えた。
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彼らの一世代上つまり八世の父で木場の親方と呼ばれた七世団十郎の松若と忍の惣太を1シーンで描いたものがある。私はこの芝居が見たいが、今日では上演してくる人などいないかもしれない・・・

やがて幕末から明治の浮世絵、そして大正の新版画までが現れた。
このあたりに現れる役者たちは現代の人々に直結しつつある。
国周 梅幸百種  これは以前池田文庫で二期に分けて全作品が展示されたことがある。
それ以来の見物だが、これは何の芝居か今もわからない。

芳年、是真、清親らの後に珍しく山本昇雲の版画が出た。山本は高知の絵師で、数年前太田記念浮世絵美術館で回顧展もあった。影絵のような作品で、不思議な魅力がある。

月岡耕魚 能楽百番  東博、大倉、細見などで見かけることも多いが、海外にも流れていたか。
ここにあるのは「鉄輪」と「羅生門」。

チラシにもある名取春仙の「十一世片岡仁左衛門の九段目の本蔵」は、以前から見たかったものだ。劇評家の戸板康二はこの十一代目を「加古川本蔵を演じるために生まれてきた」と評していた。現在の十五代目仁左衛門さんの祖父で、大松島屋と敬われていた。

吉田博と川瀬巴水があった。
近年かれらの名品を見る機会に恵まれているので幸せだ。
欧米を放浪する画家として、漱石の小説にも現れる吉田だけに、作品も日本の風景だけではなく「ヴェニスの夕」などがある。細部の美しさが意識に残る。色の薄さがきれいだと思う。

巴水 厳島之雪  赤、白、青。そのコントラストが美しい。巴水には曖昧な色調はない。しかしそこにはきついものは何もない。形に添う色であるために叙情が深い。

笠松紫浪 霞む夕べ 不忍池畔  紫浪は清方に師事した。巴水の弟弟子。彼の展覧会も十年ほど前にあったきりで、忘れられた画家の一人になっている。
紫浪は巴水とはまた異なる魅力のある版画を作った。絵本では浦島太郎があるが、そちらもとても優美だ。ここでも名の紫が薄く効果的に使われている。
グラデーションの美。

土屋光逸 瀬戸内海 明石の港  土屋は去年礫川で個人コレクターのよい作品群を見せてもらって記憶に新しい。

かつてはこんなにも美しい版画が数多く世に生きていたのだ。

上方浮世絵をここでこんなに多く見ることが出来るとは、思いもしなかった。
東都では早稲田大学演劇博物館に所蔵されているものがまれに展示されるくらいだが、大阪では常設の上方浮世絵美術館が法善寺横町のそばにあり、企画が立てば池田文庫が素晴らしい作品群を展示してくれる。

長谷川貞信、一養亭芳滝、戯画堂芦ゆき、北英など、みかけた絵師の作品がいくつも出ていた。以前ヒソルフ・コレクションというドイツ辺りのコレクションが池田文庫に入ったが、上方絵がなかなか人気が高かったことがよくわかる。
趣向を凝らし、彩色にも江戸で禁止されていた贅沢な金銀を使い、絵の構成もパッと見て引き寄せられるような面白さを前面に出した。

春梅斎北英 三代目市川蝦十郎の京極内匠、二代目嵐璃寛の奴友平  「彦山権現」の1シーン。これは以前に池田文庫で「敵討ち」展で同工異曲の作を見ているように思う。
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上方は今もそうだが「リアル」な芝居でなければ納得できない。リアルと言ってもウルトラリアリズムということではなく、見ていて「ウソやろ?」なものでは納得しないのである。「芝居や思て好き勝手にしてるな」と思われないために、リアルな芝居になり、絵もリアルに向かう。

宿無団七時雨傘を描いた三枚続があるが、一目見て「ああ、宿無団七か」とすぐにわかるように出来ている。絵にもそうした「納得できるわかりやすさ」が必要なのだった。

上方から江戸にも出かけ、最後の「兼ねる役者」の称号を得た三代目中村歌右衛門を描いたものがある。随分前に三代目歌右衛門の特集展を見てから一気にファンになり、かれを描いた芝居絵は見る機会があれば喜んで出かけた。
今回も団七、五右衛門などを見て嬉しく思っている。

紅色の部屋では戯画やおもちゃ絵が集まっていた。
国芳の狸シリーズも面白いが、これよりずっとウケたのが「諸道具寄合噂はなし」。
一つ一つの道具がソレゾレ「言ふている」で続くシリーズ。
笑ったなぁ。なんとなくYKKのドアサッシの一言シリーズを思い出した。
それにしてもメッチャ楽しい。

広重「浄るり町繁花の図」シリーズも面白い。これはちょっとした判じ物で、歌舞伎好きな者にはたまらなく楽しい。
鱶七に酒を売るお三輪、和唐内に紅流しの紙を売る錦祥女、阿蘇次郎から朝顔を買う娘深雪、武蔵に鍋蓋を売る卜伝、葛の葉と童子丸にお稲荷さんを売る保名、蛙のおもちゃを買う道風、木戸番の刈萱道心にお客の石童丸、大安寺堤、菊の苗を見る鬼一判官と皆鶴姫、奴智恵内・・・・・・

芳藤 清元落人 おかる かんぺい  ウサギでやってくれるところが可愛い。ウサギの手の肉球がむにむにしている。着物もきれい。久しぶりに八段目「道行旅路花婿」が見たくなってきた。

これは戯画ではないが、別室で貞秀の八段目、ただし「花嫁」の方の絵があった。
奴と顔を出した黒子とが同じポーズで踊るものが描かれていて、なんだかあちこちから♪が飛んできているような、楽しい絵だった。

他にも姉様人形のためのおもちゃ絵もあり、その意匠パターンを見るだけでも楽しかった。
くし簪尽くしなどは、ミニチュアおもちゃコレクター今清水英一さんのコレクションを思い出すほどだ。

図録には双六までついていて、本当にいい感じ。
今年もどうやら素敵な浮世絵展にたくさん出会える予感がしてきた。
トップバッターとして、この展覧会はピカピカに光っている。

染模様恩愛御書に溺れる

日生劇場で「染模様恩愛御書」そめもよう・ちゅうぎの・ごしゅいん を観た。
四年前に大阪で初演された芝居。
染五郎と愛之助による深い愛の物語。
わたしは四年前にも溺れるような感想文を描いたが、今回もまた漂うような記事を挙げるつもりである。
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特設サイトはこちら

国立演芸場と礫川浮世絵美術館で国貞を見る

丁度今日で終わってしまったが、国立演芸場の「新収蔵資料展」は面白かった。
ここと別棟の伝統芸能情報館の催しも楽しいが、実は以前の国立劇場の四階にあった頃の方が企画が面白かった・・・とは言いにくいことだ。
さてその演芸場の資料室ではしばしば錦絵展示がある。
主に幕末のそれだから、浮世絵に芸術性を求める方にはあんまり好評ではないかもしれないが、面白い芝居絵、役者絵、おもちゃ絵などが見たい者には、隠れた穴場と言うところだ。

嘉永頃の国貞や天保頃の国芳は浅草奥山での細工見世物などのビラやその出ものをよく描いている。これが実に面白くて魅力的なのだ。
チラシは浅草奥山人形花ノ二階図。着物の柄も小じゃれていて、いい感じ。
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百眼の米吉  嘉永六年、眼かつら(博多にわかの面みたいなもの)をつけて百面相をする芸人・米吉を描いている。笑う顔・怒る顔いろいろ・・・

この時代にはたいへんな曲芸師もいたし、活人形を使った素晴らしい細工見世物を拵える職人もいた。

早竹虎吉 なんば新地野かはにおいて 軽業師・虎吉の芸がいくつも描かれている。
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もし私がこの時代の江戸にいたなら、こういう錦絵を手に入れるたび、キャーッと言いながら奥山まで出かけていたに違いない。

新版曲独楽尽くし  明治のおもちゃ絵。子供らの独楽遊び百景を四段のコマ割で描く。
だいたいが新版?尽くしというのはこのパターンだ。

明治になって世が変わったかといえば、庶民の暮らしは存外変わりもせず、江戸のままの嗜好が生きていたりもする。

芳艶のビラでは都都逸をする七歳の子供がいたり、国周の女義太夫・竹本綾之助の一枚絵、他にも花井お梅(明治一代女)の事件を舞台化した宣伝チラシなどもあった。

そして新しいところでは桂歌丸さんの色紙があったが、紙面にハッつけられた肩書きが「!!」だった。
株式会社笑点 筆頭株主 ・・・・・どこまでホンマやねん。

次の展覧会はまだ知らないが、なんとなく楽しみ。

一方、礫川浮世絵美術館では25日まで前期、4/1?25まで後期の国貞の展覧会がある。
春らしく「妹背山」から始まり、助六なども出ている。
ここは置きケースの中に本を入れているが、大抵これらは春本と決まっている。
タイトルだけは「百鬼夜行」とおばけぽいが、中身は・・・とか、色々・・・
他におもちゃ絵があった。扇子風に山折り谷折りした鬘着せ替え。これはちょっと楽しい。
役者絵も幕末の役者がモデルだから、現在活躍中の役者たちの直接のご先祖なども現われてくるのが面白くもある。

国貞は一段低く見られているが、かなり面白い作品も多いので、これからもこのように企画が立ってほしいと思う。

岩合光昭写真展

3/3?3/15まで日本橋三越で「ねこ 岩合光昭写真展」が開催された。
そして3/13?4/11まで渋谷のたばこと塩の博物館で「岩合光昭写真展 IWAGO’s WORLD」が開催中。
両方に行ける日は13と14だけしかなかった。
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ねこより鳥を愛するひと、イヌを友にするひと、金魚と暮らすひと・・・
実生活では色んなイキモノと一緒に生きる人が多い。同居していなくても好きで仕方ない、と言う人も多い。
しかし「ねこ」展では、本当にねこ好きな人も他のどうぶつが好きな人も皆一様に、幸せな顔つきを隠そうとせずに、会場を歩き回っていた。

だいたい女の人で猫好きな人と言うのは、一目でわかる。
ある種の共通点がある。それが何かははっきり言えないが、わかる。
わたしもそのクチだから。
しかし男の人で猫好きな人と言うのはあんまりよくわからない。
見分けがつかない、と言う意味で。
だが、会場にいる人は誰もが本当に笑っていた。
触ってはいけない展示パネルを撫でてしまいそうな人も一人二人ではなかった。
わかる、わかる?撫でたいよね?
岩合さんのねこたちはみんな、とても存在感がある。
子猫の可愛らしさは当然として、中猫大猫の魅力はちょっと言葉に出来ない。
わるぐちに近い愛の言葉を吐き出してしまいそうだから。
ねこねこ
(2010/03/03)
岩合光昭


日本に暮らす猫、地中海辺りの地域に生きる猫、みんなそれぞれ色んな表情、仕草をみせている。そう「見せて」いるのだ。
猫はヒトの心を読むので、カメラを構えた岩合さんを受け入れ、自分の仲良しさんにしか見せない表情や仕草や想いを見せてあげるのだ。
それで岩合さんがそれを撮影し多くの人々にほらほら♪と広めるのを、遠くからニヤッとほくそえんでいるのだ。

田代島という猫の島での写真を見ると、岩合さんが猫にまみれているのが見えた。
実はそれを見たとき別役実・佐野洋子の絵本「ねこのおんせん」を想起した。
岩合さん、噛まれてませんか・・・?
ハートのしっぽハートのしっぽ
(2010/03/03)
岩合 光昭



この日本の猫のシリーズは連載中ときどき見ていた。そのうちの特に忘れられない一枚がそこにあった。枚方の山田池公園でのベンチ。ゲームする男児ふたりにまといつく猫たち。
男の子たちも猫にまみれて暖かそう。猫も子供の体温でシアワセそう。
そしてそれをみつけて撮影した岩合さんご本人も嬉しそう・・・

岩合さんはむかし、海ちゃん(カイちゃん)という猫と暮らしていて、その写真集もある。
街で猫探ししているとき、ご自分も猫目線に降りるので、常に着替えを持ち歩くというエピソードも聞いていた。
ヒトの大きさで猫の高さに近づくのってけっこうしんどいと思う。
でもどの写真にも猫への愛情とソンケーがあふれている。
観客にもそれがまっすぐに伝わってくる。

三越では自分ちの猫の写真を持参すれば割引する上、会場の外壁にその写真展示と言う粋なシステムをとっていた。
岩合さんはプロカメラマンだから会場にはいずれも素晴らしい「作品」があったが、外のアマチュアカメラマンたちの写真も、決してわるいものではない。
いい心持ちで三越を出て、たばこと塩の博物館へ向かった。

ロビーと特別展示室とで岩合さんのどうぶつ写真が展示されている。
先に4階へ上がると、ホッキョクグマの親子がいた。壁に彼らの暮らしぶりが貼り出されている。
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おとなのホッキョクグマは鼻面がとても長くて首から肩がズンとしていてまぁあんまり可愛くはないが、コグマたちはこちらが噛み付きたくなるほど、可愛い。
可愛い可愛い、と言うてばかりなのは、本当はどうぶつたちに失礼かもしれない。
ホッキョクグマからすればホットイテクレかもしれない。
でもやっぱり可愛いものは可愛いと思ってしまう。
彼らはアザラシをおいしく食べるそうだ。
その食事シーンはここにはない。

しかしホッキョクグマの次にはそのアザラシが現われた。
ごめんなさい、と思った。
ゴハンかぁと思った途端にそれが可愛い姿を見せているのだ、これはもぉごめんなさいと言うしかないではないか。
おなかを見せて寝ている。すっごくキモチ良さそうに寝ている。
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また笑顔まで岩合さんは捉えている。
こんな笑顔、笑顔・・・ううう、かわいいーーーっ
ニホンゴ、これしかないのかと言うくらい「かわいいーっ」を連発してしまった。
場内のアチコチから異口同音。
つらいなー、痛いくらい可愛い。

ペンギンの大群も岩合さんは捉えている。色んなペンギンがいるものだ。
ピングーみたいなペンギン、suicaのキャラのようなペンギン、「北極のアイスキャンデー」なペンギンたち・・・メッカってこんな感じかも、と思ったり。

わたしは獅子座だが実はライオンより虎の方が好きだ。阪神タイガースのファンだからと言うこともあるかもしれないが、鬣がある奴よりシマシマな方が好きだということだ。
雌のライオンには当然タテガミはないから、前半身の立派さと後半身のサミシサという落差を感じないにしても、申し訳ないがやっぱり虎の方が好きだ。
しかしこのライオン家族の写真を前にして、それを言い切れるかどうか。
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丸い耳のご家族さん、これって絶対に向こうから「イワゴウさん、お願いねー」と声をかけたに違いない。

以前、NHKのどうぶつ番組で野生のパンダ特集があった。岩合さんのカメラがパンダを追いかける。番組ではそれまで私が抱いていた「パンダの行動」の認識が崩れたりして、本当に見ごたえがあった。
(雌に嫌われてバコッと殴られた雄が飛んで逃げる図なんて、全く想像さえ出来なかった)
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お母さんパンダの目、完全に岩合さんを見ている。

だいぶ前、外国の書店で岩合さんの写真集を見かけた。
「スノーモンキー」だった。そのサルの生息する温泉地へ行ったこともあるが、サルにあんまり関心のないわたしはただただ感心するだけだった。
何に感心したかと言うと、やっぱり岩合光昭という写真家の「眼」だった。
そしてその本屋で、その国の人が「SNOW MONKEY」を購入していった。
スノーモンキースノーモンキー
(1996/11)
岩合 光昭岩合 日出子



三越と同じ猫の作品がいくつか並んでいた。
ワン湖で泳ぐニャンコ写真。cam406-1.jpg
キャプションも三越でのそれよりこちらの方が面白かった。
ヘテロクロミアの白猫さん、よく泳いでいる。

ロビーでは奈良のシカや秋田犬、奇襲イヌ(凄い変換だ!)ならぬ紀州犬などの写真が並んでいる。
ニッポンの犬 (新潮文庫)ニッポンの犬 (新潮文庫)
(2001/12)
岩合 光昭岩合 日出子


奈良の鹿は藤棚の下でくつろぐものがあり、その構図は大正の日本画を思い出させてくれた。榊原紫峰のやさしい絵画である。
犬たちはついつい犬マンガの大家・高橋よしひろを思い出させる。

本当に素晴らしい展覧会を続けて見ることが出来、嬉しかった。
岩合光昭さんのねこ、ほかのどうぶつたち。みんな本当に可愛くて、いとしい。

わたしの家には猫の家族がいる。めちゃくちゃな暮らし。時々ねこをにくむこともある。
しかし岩合さんの写真を見ると、自分の心根を反省する。
すべてのいきものが幸せに生命を全うする、そんな地球になってほしいと思った。

漆の再発見

大阪大学総合学術博物館では「漆の再発見 日本の近代化学の芽生え」展が開催されている。
本当は今日の3/20までだったが「好評につき会期延長3/30まで!」となった。
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ただしここは大学内ミュージアムだから21、22はお休み。
京大博物館でポスターを見てから行こうと思いつつ出遅れたが、会期延長になるほど繁盛しているとは、めでたいことだった。

漆の成分を研究した眞島利行教授という人を始めとして、この阪大で漆やマツタケやヒノキの成分について研究した人々の紹介があった。
化学に全く弱くて、このミュージアムで開かれているサイエンス・カフェにも足を踏み入れることさえ出来ないわたしだから、ウルシオール、マツタケオール、ヒノキオールと言われても・・・
成分解析も分子構造もキレイに展示されているが、眼に入ってもアタマに入らない。
義弟はその専門家だから訊けば講義してくれるだろうが、聞く側に聞ける余地がない限りはまぁ無駄ですわな。←反省しろ。

ただしマツタケオールが使用されている商品として、永谷園のマツタケのお吸い物パックがあり、ヒノキオールを使用した化粧水が置かれているのを見ると、自分なりのナットクがいったが。
それでそのヒノキオール、マツタケオールの粉末を入れた壜があり、開くとそれぞれの匂いが感じられる。
ヒノキの匂いは好き嫌いが分かれるように思う。わたしはあんまりヒノキが好きではないのだ。
昭和十年に島野三秋が拵えた、正倉院御物からモティーフを得た意匠を凝らした作品を見る。これは前の心斎橋そごうのエレベーター扉に使用されたもので、村野藤吾の設計したモダニズムの名品が壊された後にも、この蒔絵作品は残されて、現在の建物にも移築された。(現在そごうは大丸北館となっている)
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(右側は展示されていないが参考までにあげる)
鳥やシカのモティーフは優美で、この作品は旧そごうにおいても自慢の逸品だったのは確かだ。新しい建物に変わって新そごうが開店したとき、外商から得意先に届けられたトートバッグにその絵柄が使われている。
この作品以外は全て個人蔵の美しい工芸品が並んでいた。

桃山時代のキャビネットがある。これは南蛮文化の影響を受けたものだとわかる。
他にも提重などがあるが、いずれも丁寧な作りも美麗な装飾工芸品である。
しかしわたしは螺鈿の嵌め込まれたキラキラ煌くものが好きなので、そちらに眼がいった。

花鳥が描かれた遊戯箱がある。螺鈿で丸々したインコを三羽表現する。キラキラ鳥たちは小首を傾げて友を見る。正倉院の螺鈿の鏡の意匠を思わせるインコと花のモティーフ。
花も赤色、青色の発色を見せている。
青色に光るものは初めて見た。幕末の作品。トランプのマークがついた青外を薄く削った魚型の牌も揃っている。

そして現代作家の北村昭斎氏の作品がいくつか並んでいた。
みなとても綺麗で、そして静謐な面持ちを見せている。
黒地に銀色の小さい花が咲いていたり、すぅっとした草が生きていたりする。

堆朱、堆黒の倶利文もあった。ぐりぐり文。古代のものであっても、ときおりモダニズムさを見出せる文様。とても可愛い。

あわび貝と夜光貝にライトを当てるコーナーがある。
ボタンやスイッチがあり、いろんな色をそこに当てる。輝き方がソレゾレ異なるのを知る。
なかなかこうしたことが面白い。
他に興福寺の阿修羅像の試作品が置かれていたが、これはちょっと・・・・・・・

この博物館では現役のセンセイが化学や科学の講義をするサイエンス・カフェもあり、お話を聞くのがお好きな人にはとても楽しく有意義な時間を過ごせるようにもなっている。
またマチカネワニの骨格標本も壁に張り付いていて、ちょっと可愛い。
(ミュージアムのキャラもマチカネワニ。チラシの右下をご注目あれ)

次の展覧会は4/27?6/26「描かれた適塾」展。チラシには手塚の「陽だまりの樹」が。
そうです、阪大は適塾と懐徳堂がその祖なのでした。

藤本能道 命の残照のなかで

菊池寛実記念 智美術館は現代作家の陶芸作品を展示する。
近代までの物故者の作品ばかり偏愛するわたしにとっては、この美術館は学びの場でもある。
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藤本能道という作家の作品展がほぼ半年間続けられている。
チラシに選ばれた作品には、金彩の虫たちが辰砂のような赤い葉の上を這うような図柄がある。
「命の残照のなかで」 そのタイトルの意味を虫の命のはかなさにたとえているのか、と思っていた。

この美術館は一階部分にレストランがあり、地下への流麗な階段を下りると、そこに静謐な空間が広がる、と言う構造をとっている。
時折レストランでの談笑する人々の声をわずらわしく感じることもあるが、それも会場を進むほどに、意識しなくなる。

階段を下りると、いつもとは違う空間があった。
藤本展のためにアメリカの展示デザイナー・リチャード・モリナロリ氏と言う人が空間演出を担当し、新しい智美術館がそこに生み出されていた。

予備知識なしで作品に対峙する。
他では聞かない釉薬の名前が多い。雪白釉、草白釉、霜白釉、梅白釉・・・すべてが藤本の独創・開発による釉薬だった。
一言で「白」と言っても様々な「白」がある。
確かに雪のような白、霜のような白、白梅の白、ミルクのような白、ガーゼのような白・・・
全て違う白なのだ。
従来から活きる白磁の白を選ばず、独自の色合いを生み出す・・・それ自体が奇跡に近いようなことだと思うが、藤本はその「新しい」白を自在に操っているように、見えた。

花鳥画が多いと思った。
四方皿、六角筥、八角皿、十二角皿・・・丸いもの、いびつなものはみかけなかった。
しかしながらカタチよりなにより、その絵柄に深く惹かれた。

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何の花なのか赤い大きな花の上に文鳥のような小禽たちがいる。首を傾けているのは蜜を吸うためかもしれない。
そして彼らから少し離れた地に小さい烏がいる。彼らからは花の影に隠れて見えないのかもしれない。もしくは気にされていないのかもしれない。
鳥たちの想いはわからない。わからないが、鳥の声が届くような気がした。
そんな、絵柄がそこにあった。

鳥たちや植物の線はたいへんリアルなものだった。動物を主に描いた絵本画家・薮内正幸の作品を思い出す。
この花鳥画は伝統に則りつつも現代のものだ、と思った。
しかしその一方でウェッジウッド風にも見え、また清朝末期の絵のようにも思えた。
物思う鳥たち、それが「可愛い」だけでない魅力を持っていた。

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展示されている作品全ての中で最も深く惹かれた一枚。
仲良しな小カラスが眠ろうとしている。明日はどこで過ごすのだろうか。
撫でてやりたいほどに、愛しいカラスたちだった。

草白釉釉描色絵金銀彩枯葉舞ふ鵙扁壷  鵙たちが空を見上げている。とても可愛い鵙たち。彼らが空を見上げるのは何のためか。
こんな童話がある。靴屋になったモズがサルの入れ知恵で原材料のかえるの皮を「雲の下の木の根元」に埋める。しかし雲は動く。もうモズはかえるの皮をみつけられない。
「鵙の早贄」という厭な性質でさえも、愛しくなるようなこの鵙たちだった。

1976年、植樹祭のために茨城へご訪問されていた昭和天皇・皇后陛下が菊池家へご宿泊されたそうだ。
陛下をおもてなしするために菊池家は、藤本にそのためのディナーセット110枚を依頼したという。
今回その一夜限りの美麗なディナーセットが展示されていた。
まるでタピストリーを眺めるような心持ちでそれらをみつめた。

虫を描いた作品は晩年に生み出されたものだった。
作家は新たな地平をみつめていたのだ。

予測できない美の衝撃がそこにあった。
展覧会は4/18まで。

懐石のうつわ―向付と鉢を中心に―

畠山記念美術館は定点観測ミュージアムだが、時々出遅れてアララになる。
だから前後期があれば必ずどちらかしか見れないと言う状況がわたしには、ある。

金曜の朝一番にたどりつくと、静かな環境で見事な懐石のうつわと対峙できる。
懐石に使われるやきもののうち、好きなものは染付と黄瀬戸、鼠志野と言うわたしは、ついついヒイキしながらガラスの向うをみつめる。
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祥瑞扇面文蓋向 外側と内の絵柄がそれぞれ異なるのが可愛らしく、それが魅力になっている。
形もいいし、なによりも染付の色の濃さが見事だった。

黄瀬戸輪花平向付 、織部手付向付 、上野割山椒向付
チラシにも、これら愛らしいうつわが機嫌よく並んでいた。

水玉透鉢 野々村仁清 これを見たとき「・・・現代作家の作品かな?」と思った。たいへんに新しい感覚がある。クレーターもびっくりなのだが、一体どんな料理またはお菓子を載せるのだろうか。

古九谷色絵牡丹文中皿  図柄の配置が絶妙だと思う。九谷の中でもこれは特に名品ではないか。

織部手鉢 梅柄。これが可愛い。極端なことを言えば○の構成の図形なのにその配列がとても愛しい。白梅と紅梅。

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蓮が垂れ下がるのが鉢という枠の中で表現されている。
実物のそばに写真と説明文があり、この鉢には「うずら照り焼き」が載せられていた。
なかなかおいしそうである。

やっぱり懐石のうつわはそれだけというのも美しいが、使われている状況の写真が添えられていると、嬉しい。
(もっと嬉しいのはそのうつわで実際にこちらがごちそうになることなのだが)
ちょっとメニューを書いていってみよう。
備前州浜形鉢 甘鯛の若狭焼
高取手鉢 ナス照り焼き
呉須赤絵金花鳥鉢 マナガツオ西京漬
備前火襷平鉢 鮎の塩焼き
まことにおいしそうである・・・
cam396-1.jpg cam396-2.jpgクリックしてください


色鍋島瑠璃菊花文皿 形が菊かと言えば雲型あるいはシュークリーム型という方が正しい、薄青地に白菊と緑の葉とが描かれている。とても可愛い。
色鍋島が好きなので欲しいと思うが、使うには難しい。

だいたい濃染が好きなので、祥瑞の捻りなどを見ると、それだけでいい気持ちになる。
見込に○囲みにウサギを描いたもの、牡丹が咲いたものなどがあり、楽しく眺めた。
白に青という取り合わせは本当に綺麗だ。

柿右衛門の色絵梅鶯文八角鉢があった。満開の梅の古木にとまる鶯、こちらへ飛んでくる鶯などが描かれていて、更に見込には別な赤い花が開いているのだった。
見込にもこうした表現があると、食べる楽しみがある。

柚味噌皿がある。樂焼である。赤樂。ノンコウだったが、器としては可愛いが、柚味噌を載せる皿としてはどうか。
黒樂の方がよくはないか。そんなことを考えた。

乾山のやきものがいくつか現れた。畠山には乾山がたくさんある♪
色絵牡丹文四方皿 外の縁に どう見ても「皿」の字文様に見えましたな。そして見込には金線に縁取られた臙脂色の牡丹が、後世のアールヌーヴォーデザインのように見えた。

昭和の名人・渡辺喜三郎がこしらえた塗り物も多く出ていた。他のうつわと併せての(合わせての)展示はなかなか楽しい。

紅毛唐子文酒呑 17世紀の作品とあるだけで何焼ともどこの産とも書いていない。見た目はどうもデルフト窯で焼いたもののような明るいフルカラー作品だった。

次郎左衛門雛がお出まししていた。丸顔でとぼけた表情のお雛様。屏風には春山の絵がある。のんびりとした里山を見ると心も和む。
そして抱一の立雛絵も飾られていた。

春らしい優雅な展覧会だった。

木田安彦の世界 木版画「西国三十三所」ガラス絵「日本の名刹」

昨秋、京都文化博物館で開催されたとき、どう言う理由か忘れたが、行けなかった。
それで会期末になってから汐留で見ている。
この人の絵、いつもどこかで見ている。
そんな風にひとりごちながらチラシを眺め、そして会場へ入った。
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西国三十三ヶ所は近畿の人間にとってたいへん馴染み深いものである。
信仰心がなくともなんとなく知っている、ということである。
実際町なかにあるお寺もあるし、観光地として名高いお寺も多い。
東京ではどうか知らぬが、こちらではしょっちゅうバスツアーの企画も立っているから、やはり現在も人気なのだと思う。

木田安彦は京都人として生を受け、京都人として生きている。
京都の市中には六角堂、六波羅蜜寺、革堂などがあるし、むろん清水寺もある。
洛中をちょっと歩けば札所につくのだ。
馴染みは骨の芯にまで達しているだろう。

そんなことを思いながら会場へ入ると、版木が壁を埋めるように展示されている。
ピエゾグラフというものはエプソンの開発した複製技術だそうだ。
こちらはフルカラーである。
後で完成品をみるのだが、この色彩が何となく意識に残る。
とにかく大変に細密で、そのこと自体に感心する。
完成品にある白い女の顔が、版木や下絵を見ると、全く別な顔に見えるのも興味深い。

三十三カ所にはそれぞれ特徴があるので、一目見てコレハアレとわかる設えになっていた。
しかし完成品は下絵とは当然ながら反転される。
最初にカラフルな下絵をたくさんみたために、わたしのアタマは混乱している。切り替えが出来ないのが情けない。
cam394.jpgクリックしてください

第一番の青岸渡寺はご神体の那智滝が光っていた。滝のそばには観音が座している。
葛井寺の金剛力士像が可愛かったり、六波羅蜜寺の空也上人が口からメザシならぬ六文字を吐いていたり、革堂の山門に札を貼る人々がいたり・・・
中山寺は安産祈願で有名なお寺だから、妊婦さんとおばあさんが歩いている。
瓦屋根や人々の表情などが本当に繊細に彫り込まれている。
箕面の勝尾寺は赤く表現されている。箕面は北摂随一の紅葉の名所なのだ。
番外の寺も描かれている。
花山院は銀杏の山が描かれ、夕暮れの時間帯にさしかかっているのがわかる。

ただただ感心する。
彫りの細かさと色彩の美しさが、心に残る。
そしてこのシリーズをみた後には、現地へ出かけたくなった。
とりあえずいつも素通りしているお寺へ行ってみよう。

今度はガラス絵による「日本の名刹」が並ぶ。
ガラス絵は一度きりのライブ制作である。塗り間違えたらやり直しがきかないのだ。
浜松の美術館には浮世絵師による作品があるし、小出楢重もガラス絵に打ち込み、作品制作だけでなく技術書も残している。
またお風呂屋さんにもガラス絵を持つところがあるようだ。

木田安彦のガラス絵は版画作品とはまた異なる様相を呈していた。
強く胸を衝く作品がいくつもあった。
その作品を少しばかりあげる。

唐招提寺 夜。深閑とした空気の中、本堂の扉が開いている。そこから金色の仏と赤色の天部たちの姿が見える。しかしそれは外から眺めた景色ではなく、内側にいる仏たちが人界をみつめる様子を描いたものなのだった。

浄瑠璃寺 本堂の前には池が広がる。その水面に仏の姿が浮かび上がるように、この池は作られている。金色のススキの穂波。本堂の中は暗い。その暗い中に仏たちが浮かんでいる。そしてその影を水面もまた捉えているのだった。

歓心寺 以前からこの寺のみ仏の美貌については耳にしていた。しかしあまりに遠い道のりなので行く気にはなれないでいる。
その美貌のみ仏がこちらを見ている。煤け、剥落、それら経年を示すものがその美貌にまとわりついている。
しかしそれは決して美貌を損なうものではなかった。静かにこちらを見据える美貌のみ仏は、いよよ尊く、いよよ美しくそこに活きていた。

多くの名刹が描かれている中でも、特に心に刻まれたものばかりを書いた。

長谷川等伯展

三年前、京都国立博物館で「狩野永徳」展を見た。
唐獅子の屏風と洛中洛外図上杉本が見たくて喜んで出かけて、機嫌よく出口を出た途端、
「三年後には長谷川等伯だ!!」
・・・すごい看板があった。
あれ見たとき「京都人には誰も太刀打ち出来んのぉ」と大阪人・遊行は思ったのだった。

三年後の今、東博と京博とで長谷川等伯展がある。
東博のチラシ。cam387.jpg
京博のチラシ。cam389.jpg

出遅れはいつものことだから、ネットの評判も新聞評もTVのアオリも全て含んでから出かけた。

夜間開館日に行っても並んだのはいつ以来だったかな・・・(遠い目)
とても繁盛している。会期が短いのもあって皆さん続々来られて絵にゾクゾクしている。

3月の東京ハイカイ続

前の続き。

翌朝、本当は佐倉の川村記念へ行く予定だったがやめる。
何でかというと蓼科に行く算段がついたから。
それで板橋へ向かった。ところが意識が川村行きだったので早くにつきすぎた。
でも大仏を見る気もないし・・・
公園の梅林を楽しむ。白梅、紅梅、薄紅梅・・・いい匂い。近所を散策しかけてノボリを見る。
「素通りしないで!」・・・え?「板橋区立美術館30周年記念」
さすがセンスがナナメウエをゆく板橋だぜ。

ボローニャの浮世絵。ないないとネットで言われていたリストがこの日から出来ていた。最初にもらった観客になりました。
いや?面白かった。ええ気分で歩く。巨大な椿の花を見ながら駅へ。
それでパンかじりながら春日で下車して礫川で国貞を見てから、たばこと塩の博物館に。
岩合さんのどうぶつたち。もぉほんっっっとに可愛い!だめ・・・もぉあかん、マジ可愛すぎる。そしてどのいのちも無事に続いてほしいと思う。

国立演芸場の資料室で新収納の浮世絵や辻ビラを見る。
こういうのはかなり面白いものがある。数は少ないが、国貞や国芳の活人形の絵などがあり、それがいいのだ。

出光美術館の「麗しのうつわ」再訪。今回は小川破笠の作品が出ていて嬉しかった。
ミミズクの絵柄。cam383.jpg

魯山人が破笠をくさしていた言葉を思い出す。先人に及ばぬことをわかっているからこそ、くさしたのか。
自負に見せかけた負け惜しみ。

フォー食べてから日生劇場へ。染五郎と愛之助の「染模様恩愛御書」を鑑賞する。
大阪で初演以来四年ぶり。
記事を書く予定だが、いかに冷静に書けるかが問題だ。

最終日つまり昨日の日曜。
京急横浜駅構内にはロッカーがないことを、現地についてから知る。
ホームページにはあるかのように記載されてたのに。
それで駅員も「前のJRにありますよ」なんて指すから、ついうっかり構内へ入ったやんか?!この時点で金沢文庫が後回しになる。

関内で降りて横浜都市開発資料室へ。西洋瓦の歴史を見る。
ここでは世界遺産の写真展を無料開催してるけど、そこへつくまでにはややこしいことがあるようで、あきらめた。
ちょっとばかり不親切な施設だ。

日本郵船博物館へ。たいへん好きな博物館です。
もしかすると横浜で一番好きなミュージアムかもしれない。「船のアールデコ」を楽しみ、そこから横浜みなと博物館へ行き「豪華客船のインテリア」にときめき、向いの日本丸に乗り込む。
氷川丸には乗ったけど日本丸は初めて。「海皇紀」の世界だわ?
でも舵取りシュミレーションして船酔いしたなんて、誰にも言えない・・・
しかも接岸大失敗だなんてこともナイショです。
客船形のアクリルケースに仲良しなイルカがいるキーホルダー、可愛くて買っちゃった。
わたしはスノーボールとかこういう系が好きなの。

歴博では近代建築の彩色立面図展を見るが、結局ここでタイムアップ。
今回の横浜は近代に焦点を置いたような感じかな。
色々いいものを見たけど、あっと言う間の三日間でしたな。

追記: 出社したら私が六甲登山で大変そうだったという噂が出ていた。木曜の午後は確かに六甲のさる邸宅に撮影に行ったが、「ファイトー」「いっぱぁぁぁつーー」ではないよ。ただ木曜の午後に仕事で緊急連絡が入ってたけど気づかなくて、数時間後に連絡したら「よかった、電波通るところに降りてきてくれたか」と言われたのだった。

3月の東京ハイカイ?

さて三月の東京ハイカイです。
前回は空港へ向かう電車に乗り損ねるというハプニングにぶちあたりましたが、今回はそんなメにも遭わずうまいこと空港へつきました。
反省はしても後悔はしないわたしです、機嫌よく遊びに出ました。
展覧会の感想は各自、後日詳述といういつものパターンでゾロゾロと何をしたかを書いていきましょう。←えらそぉ。

高輪台について畠山記念館へ向かう道すがら、椿がきれいなおうちの前を通りかかり、これは幸先ええやんと思っていたら、あちこちにノボリが見える。どうも畠山の隣にあった八芳園の跡地工事に対するイキドオリ系のノボリらしい。
以前はどこまでが畠山の、どこからが八芳園のかわからなかった庭園も・・・寂しいのぉ。
畠山では懐石の器をみた。乾山がピカピカッ☆と光ってた。アールヌーヴォーみたいな牡丹絵の器などがよかった。
次に新橋へ。
汐留で木田安彦の木版画とガラス絵を堪能する。
総体的に良かったが、中にハッッと胸を衝く作品が数点あった。これはやはり必ず見るべき展覧会の一つだと思う。

暑かったので讃岐うどんを食べる。わたしは昆布だしの大阪うどんが最愛だけど、暑いときは讃岐のコシの強いぶっかけも好き。
泉ガーデンへ。なにやら日本と世界の稀こう本の販売があるらしいが、残念ながらスルーして泉屋分館へ入る。
明代の梅型皿がやっぱり可愛くて仕方ない?

坂を少し下りて菊池智美術館へ。
藤本能道の作品展。正直に言うと、チラシをみた限りではあまり期待していなかった。しかし実物を目の当たりにして衝撃を受けた。
めちゃくちゃよかったのだ。
こんなにいいとは思いもしなかった。チラシというモノはこわいものだ・・・・・・・

いつもそこから神谷町へ行くのに大回りしていたが、菊池の隣のビルを抜ければすぐに神谷町駅だとわかり、嬉しくなった。

ていぱーくへ。スロヴァキアの切手展。現役の絵本作家ドゥシャン・カーライを中心にした切手とそれに関わる絵本作家の展覧会、これは非常に面白い展覧会だった。
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ネットでは殆ど誰も注目していないが、とても興味深い内容だ。しかしそれにしても絵本好きな人はやっぱり女の人の方が多いみたい。

三越で岩合さんの猫写真展。・・・もぉほんっっっっと悔い改めたよ。猫たちのあまりの愛らしさに、我が家のわるい猫どもをいつかシツケのためにもセッカンしなくては、と思っていたココロが消えましたがな?ねこよ、自由に生きろ(果たしてそれはそれでどうよ)。
何がどうとか書けない。
わたしもそうやけど、他の観客のみなさんもトロケそうな顔で見て回ってる。
あ???癒されるどころかアドレナリン噴出やん。

コーフンのため体温が上がったらしく、三越から高島屋まで風に吹かれて歩くのが気持ちよかった。
日本の茅葺き屋根の古民家を描く向井潤吉展を見る。
cam384.jpgチラシ表 cam385.jpg チラシ裏
世田谷の彼のアトリエ跡でもある美術館分館にもいったが、あんまり民家に関心がないわたしには・・・
向井はヨーロッパの(特に中部ヨーロッパ)民家も描いている。こちらは水彩画、なんとなく音楽が聞こえてきそうな作品だった。戦争画もあるが飛行機の機影とその下の蘇州の瓦の波が、どことなくシュールな景色に見えた。
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そこからいよいよ上野へ。
五時に着いたら20分待ちと言われたが実際はその半分で入館した。しかし混んでるのは混んでるわね。
でも私の来た前日には13000人も来たそうやから、何とも言えんわの?
仏画の混み具合を捨てると、後はわりに好きなように見れたけど、これは人波を抜けたからかもしれないので、参考にはならないか。
出たときには行列なしやったから六時からの方がいいかもしれない。
わたしは幸い京都展も楽しめるし・・・

常設でもいいのを色々みた。今回はカメラ持ってこなかったが、やっぱり不可欠だと思った。
歌麿の「白粉を塗る女」がネットで評判が高い。
黒いようなザザザとなった肌に白粉を塗るのがなんとなく衝撃的だが、もしかすると酸化したために黒くなったのかもしれない・・・

西洋美術館へ。フラングィンを見る。チラシをみた限りではアメリカのパリッシュを思い出したが、ベルギー生まれのイギリス人画家。なかなかいいのに評判が浅いのは、同じ上野の地にトウハクやボルゲーゼが目立っているせいでせうなぁ。

モローのゾウさんの絵を見てご機嫌になる。ええなぁ。
嬉しい。この絵はチラシでしか見てなかったから。
でも最初にチラシで見たときも本当にドキドキしていた。
実物の良さはそりゃすごいが、印刷物の良さというものも忘れられないね。

浅草の神谷バーでちょっとだけ飲んで、旬のふきのとうの天ぷらを食べる。
これが食べたくて三月四月にここへ来るのだ。

古代カルタゴとローマ展

京都文化博物館で「古代カルタゴとローマ展」を見た。
これは凄く楽しい展覧会で、特にモザイクがホンッッットにすばらしい。
あんまりいいのでまた見に行くつもりだけど、ちょっとテキトーな記事を書くことにする。
本番はまた後日再訪してからということで。

チュニジアには行きたいと前々から思っている。
わたしが憧れたのは映画でチュニジアを見たからだ。
スターウォーズもここでロケをしている。「私家版」もチュニジアが大事な舞台だった。
行った人から聞くとこことモロッコはパンがおいしいし治安も悪くない、ということなのでますます行きたくなっていた。
でも古代カルタゴのことは何も考えていなかった。

英雄ハンニバルと言えば象を使った戦があったなーくらいのことしか思わなかった。
それどころか「ハンニバル」と言う名を聞けば、アンソニー・ホプキンスの顔が思い浮かぶくらいなのだ。ハンニバル・レクター。

ついでに言うと室内を飾るモザイクと聞けば、ポンペイの邸宅をすぐに思い出していた。
だから、今回まさかこんなにも素晴らしいモザイクを見るとは、思いもしなかった。

文化博物館では、いつもの特別展の会場にはコインや彫像、宝飾品などを展示しているが、三階の企画展の室を第二会場にして、そこでモザイクを展示していた。
これが実によかった。
何しろ5Mの正方形のモザイクの全容を見るには、鳥瞰するのが一番だが、それをどうするのかと思っていたら、ちゃんと上からのぞきこめる設えがされていた。

そういえば以前ここで特撮映画の展示があったときも、大魔神の首が置かれて、それがぐるっと動くのが見えたっけ。

特設の見学ゾーンからモザイクをじぃっと眺めた。本当に楽しかった。
こういう展覧会は多くのヒトと一緒に楽しみたいものですね、まったく。

とりあえずいい加減なままだけど、本番のための前哨戦と言うことで。
4/4まで開催中だから、まだまだ楽しむ日はあるのだ。
ますます文化博物館が好きになったなぁ。

次に行ったときにはマジメな記事を書くつもり。

六甲のロイ・スミス館

六甲山へ行くから昼から休むね、と職場で言ったらみんなが言った。
「今の時期やと、アイゼンいるよ。滑落とか大丈夫か」
「ケータイはちゃんと充電してるか、チョコとか持って行きや」
・・・確かに登山するならそれ不可欠やな。
でもわたしは「ファイトー!」「いっぱーつ!!」な登山はしません。

阪急六甲駅からタクシーで津賀川上流の神戸大学所蔵のロイ・スミス館へ向かった。
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この和洋折衷の近代建築はこれまであんまり公開されていないらしく、わたしも資料などで見た記憶がない。
設計は御影公会堂や甲南漬資料館などを建てた清水栄二。
施主はイギリス海軍の血を引く貿易商・大谷氏。建物は昭和11年完成。持ち主の変遷があり、昭和35年に神戸大学関係の所蔵となり、大学の功労者スミス氏の名を与えられて、外国人研究者の宿舎などとして、現在も活用されている。
玄関先。IMGP7651.jpg
この楕円の庇にはナジミがある。同じ清水の建てた御影公会堂の外観とよく似ている。

玄関内にはマントルピースもあり、素敵なタイルも貼られていた。
二階は今日も研究者の方が居られるので、今回は見学できず。
玄関ホールは意外なくらい天井が低く、階段へのアプローチもそうそう大仰ではない。


建物の西端には和室があり、回り廊下の天井にも工夫も凝らされている。

和室の照明器具が可愛い。
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建具もいい感じIMGP7619s-1.jpg
障子も雪見ならぬ海見窓がついているが、あいにくマンションが建っていて、庭しか楽しめない。
庭は京都の庭とは異なる様式。これはこれでいいと思う。
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梅は散り初め、沈丁花は満開、椿は地に落ちていた。
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和室へ向かうまでの廊下がたいへん暗い。その暗さと天井の高さとが、意識を知らぬうちに変化させるか、洋間の果てに和室があることへの違和感がまるでない。
これはたいへん巧妙な構成だと思う。

洋間の元の応接間には海や帆船をモティーフにしたステンドグラスが嵌め込まれている。
その船は洋船ではなく和船風なのが可愛い。
IMGP7628.jpg IMGP7635.jpg IMGP7641.jpg IMGP7631.jpg

建物の外観はスパニッシュ風なところを取り入れつつ、全部をそれで進めたわけではない。
型に収めず、様々な様式の美点を採り入れている。
こういうところが、本当に施主第一という感じがして、とても好ましかった。
寒いが暮らしやすそうな建物だった。

玄関のステンドグラスIMGP7627.jpg

妄言・いけばな考

生け花のことでふと思ったことがある。
剣山に花の茎を刺す。それがひどく官能的な行為に見えてきた。ナマナマシイ生物の命を断ち切り、そのしなやかさがまだ息づくうちに、その身体を剣に刺し貫く。
「舞踏とは生きながら突っ立った死体である」
土方巽は舞踏をそのように定義したが、生け花もまたその範疇に入るのではないか。

そんな苦行に近いような責め苦を受けながらも、花はヒトの手を借りて、生きているときよりもなお美しい様相をそこに現出させる。
そうして少しの時間を絢爛に生きて、後は無残な病み呆けた姿を見せる前に棄てられるのだ。

ある展示会で花を見ていた。何らかの訓練を受けたヒトの手による構成である。
強い照明、多くの観客、空気のよどみ。
花にとっていい環境でないことはわかっていた。
しかし花はそこに飾られている。
その花の前に立ちながらも、実際のところ自分の眼は花を見ているのかどうか。
花を通して何か別なものを見ていることに、気づく。
それが何かまではわからないのだが。

何を思うこともなく無心に花をみつめたいが、わたしの眼は何処か遠いところを見ているようだった。

弥栄会館

過日、祇園の弥栄会館に撮影に行った。
ここは都おどりで名高いところだが、わたしが撮影したのはギオンコーナーのある洋風建築。
ちょっとした寂れがあちこちに感じられたが、いい建物だった。
画像は全てクリックすると拡大します
IMGP7585.jpg壁のタイルが素敵。
可愛い屋根はこちら。IMGP7581.jpg
ヨーイヤサー そう言えば以前はここで前進座の歌舞伎を色々見たものだ。

IMGP7578.jpg客席から舞台。
舞台の裾から。IMGP7573.jpg
こういうところから眺めるのはかなり楽しい。

窓ガラス。IMGP7557.jpg
照明。IMGP7558.jpg IMGP7559.jpg
可愛いなぁ。ここらはバーになっている。そしてここでは茶の湯の体験も可能。

二階の廊下の窓からは瓦瓦瓦・・・東山魁夷も喜ぶか。
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その中には歌舞練場の可愛い瓦もある。

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何ですかと言うと、舞妓さんの簪。月ごとに変わる。そしてプログラムか絵はがきか

門の外にも歌舞練場の文字。IMGP7590.jpg

都おどりが始まる前の、静かなある日のことでした。

樂歴代 茶の湯 新春の宴

樂美術館へ行った。
寅年の新春を祝う展覧会だから、もぉそろそろ終わりの頃なわけです。
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入ると薄暗く暖かな照明の下に、赤樂のトラがにゅっ。
当代が24年前の1986年に拵えたトラ。
その前年は阪神タイガース奇跡の日本一がありましたなぁ。そしてその正月にはタイガー軍団・慶大ラグビー部が社会人を下してやっぱり日本一に。
ええトラ年でしたっけ。

また先年の利休四百年忌に拵えた黒樂の梅文が可愛い。利休梅と呼ばれる様式の梅が白く釉抜きされている。なんとなく夜の梅(暗香)というより、黒漆皿にハクセンコウがあるみたいな感じ。

覚入 赤樂「東風」  ぽつぽつと赤い点が舞う。灰色の砂塵の中に。そんな感じで綺麗さの中にどこか毅然としたものがある。

長次郎の黒樂がある。「勾当 寿軒に」与えたものだと箱書きがある。ごつごつした厚手の茶碗。寿軒の手に馴染ませるためにそんな造りなのかと思ったが、解説によると「歪みや動きをそぎ落とした」造りらしい。どうなのだろう、わからない。

そしてその長次郎をみつめつつ、わたしの右目は隣の赤樂をも捉えている。
「色は綺麗が、カタチが好みやないなぁ」
しかし眼を惹くのは確かだ。当然だった。ノンコウだ。「瑞雲」

赤樂にグレーの景色がある。照明の加減でわたしにはグレーに見えるが本当は暗緑色らしい。窯変した景色。「利休型長次郎碗」をベースに拵えた作。(それであまりわたしには好みではないカタチだったのだ)しかしさすがノンコウらしく薄作りである。
ノンコウの作だけは唇を押し当て、そっと噛んでみたくなる・・・

一入 黒樂「嘉辰」  ぼぉっと炎が立つような。めでたい新春をさす言葉が銘にあてられたのも納得。それにしても黒も赤もまことに美麗なものだと思う。

行った時ちょうど団体客が来てはって、皆さんわいわいとコレガスキアレガイイとお話なさる中に「これは偽物すぐに作れそうね」と声があった。
どれだろうと見たら黒樂のチカチカと綺麗なもので、早くに後を弟に譲った得入の作だった。
「常磐」 若くして亡くなる人が作ったものにそのタイトルがあるのが、なんとなく哀しい。

チラシにある黄土色の香合はノンコウのとら蓋香合。牡丹唐草の文様と雷文と形が中華風。
左入の虎蓋香炉もある。
そして二階展示室の南室には香合などが展示されているが、壁際でなく真ん中にあるガラスケースの中には、毎回工夫の凝らされた展示がある。
今回、このノンコウのウサギを中心にして、cam382.jpg
旦入、惺入が拵えた虎型香合が四方を固めるように牙をむいている。
この虎たち、みんなとても可愛い。トラの個体差というものを感じるなぁ。
却って真ん中のノンコウのウサギがフテブテしくていい。

宗入 菊置上香合  白菊が大ハマグリの上にモコモコと盛り上がっている。底部分にもモコモコ。なんとなく微妙な官能性も感じる。

弘入 花筏香合  緑色の釉薬が綺麗。そこに様式的な花筏がある。
思えば日本の文様と言うものは、抽象的概念や象徴により本質を想起させる、という手法のものが多いなぁ。

同じく弘入の乾山写しの椿柄蓋物が出ていた。春になると椿柄の作品に会えるのが嬉しい。
写しといえば、慶入の仁清写し四方銚子がよかった。貴人と小松。子の日の小松引きか。

この展覧会は3/22まで楽しめる。

アールヌーヴォーのポスター展

京都の伊勢丹の美術館「えき」で「アールヌーヴォーのポスター芸術展」が3/28まで開催中。
1890?1920年代までのポスターが並ぶ。
cam377.jpg画像は全てクリックすると拡大します。
クリムトの「第一回ウィーン分離派」展ポスターに始まり、アールデコの旗手の一人・カッサンドルの「北極星号」ポスターで終わる展覧会。

リストはいつもながら製作されないので走り書きだけで再現するしかない。
チェコ国立プラハ工芸美術館とチェコ国立モラヴィア・ギャラリー所蔵品で構成されている。

始めにウィーンと世紀末芸術の潮流として、分離派のポスターが第一回目からある。この分離派展は49回まで続いたもので、そのうちの20枚ばかりが集まっていた。
第1回はクリムトによるミノタウロスを倒すテーセウス。
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検閲前と検閲後。二人の戦いを見守る戦いの女神アテナ。アテナは分離派の象徴キャラになる。
第5回コロマン・モーザー。翅の少年。金色が美しい。
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第9回アルフレート・ロラー。横向きの女立像。モニュメント風。ややあおり加減がいい。
第10回フェルディナンド・アンドリ。海浜。砂の意匠が巧い。
第14回アルフレート・ロラー。腰を屈めた女が白い球を取ろうとする。構成が凄い。
第40回エルンスト・エック。白地に細い黒の縦じまに文字。阪神タイガースだっ!!
第49回エゴン・シーレ。テーブルに着く読書の人々。
2010030703.jpg 建物が素敵。2010030705.jpg

同時期にハーゲン芸術家同盟展もあり、そのポスターも素敵だった。
第5回ハンス・ラツォーニ。オレンジの森の土と枝より下の幹、幹、幹。
第33回フェルディナンド・ミッヒ。丘の上に立つ一本の枝垂れ木。枯れ木のまま。
そして第何回か忘れたが、カレル・シュピラーの木にもたれる女の横顔がひどく魅力的だと思った。

一方、ミュンヘンでもミュンヘン分離派の活動があり、シュトゥックのモザイクによるアテナの顔のポスターがある。
わたしはシュトゥックはサロメや妖女たちの艶麗にして怪異な肖像がとても好きだ。

次にロートレック、ジュール・シェレ、そしてミュシャのポスターが現われた。
ジャンヌ・アヴリルなどの作品がある。馴染み深いものばかり3枚。
そしてミュシャはサラ・ベルナールのために描いたものが多く並んでいた。
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椿姫、メディア、ロレンザッチオ、サマリアの女、ハムレット。
猫好きなスタンランの牛乳ポスターは以前から大好きな作品。
スタンランは「猫屋敷」の住人だったそうだ。

他にも楽しそうなミュージカルポスターが多く出ていた。
この頃はもうオペレッタではなくミュージカルの時代になっていたのか。
主にアルフレート・モラウという作家の作品が多く出ているが、なんとなく昭和30年代までの松竹家庭劇を思い出した。

ミゲル・ウトリリョ ムーラン・ド・ラ・ギャレット  風車を背景に女の顔。夜の社交場の楽しさがあふれている。彼はユトリロの父だ(としてモーリスにユトリロの姓を与えた)が、解説文は間違ってユトリロ本人のような書き方をしていた。
それにしても初めてその作品を見た。

チラシ裏面。cam378-1.jpg


ロダン回顧展ポスターがあった。渾身のバルザック像をあおり気味に載せたポスター。とても力強い。1902年。ウラジーミル・ジスパンスキー。
他にもムンク展、ラファエロ前派展のポスターがあった。
現在とは構成が異なるというか、コンセプトが違うので、なかなか興味深く眺めた。
また映画のリュミエール兄弟のポスター、自転車販売ポスターも楽しい。
MIKADOコーヒー、紅茶のポスターもある。
紅茶は清朝婦人が、コーヒーはアラブ男性がそれぞれカップを手にして、こちらをみつめるもの。
(このMIKADOコーヒーは軽井沢や鎌倉にあるお店とはまた違うみたい)

装飾版画というものは先般世田谷美術館の「オルセー美術館パリのアールヌーヴォー19世紀末の華麗な技と工芸」でも見たが、ウジェーヌ・グラッセ「不安」という作品が出ていた。
何かに怯えるように身を叢に隠そうとする女。横長作品。
これを見ると明治初の関西の油絵師(!)たちの作品を思う。櫻井忠剛は欄間飾りにするために横長の作品を多く残している。
こうした「装飾絵画」を見ると、人々が何を思って何を求めたかが判るような気もする。

珍しいのは版画家で日本に滞在したエミール・オルリクの洋画風ポスター。
香水のポスターで、薔薇に囲まれた美女を描いている。
オルリクにこんな絵があるとは、本当に知らなかった。

アメリカ人ウィリアム・ブラッドリーはイギリスやフランスのアールヌーヴォーを学習して、自国で作品発表を続けて人気があった作家だと解説がある。
牧神と少女が見つめあう作品は、遠目からもビアズリーの影響が濃いのがわかる。
芸術的に後進国だったアメリカがいつからオリジナル作品を生み出したか、わたしは知らない。

アールヌーヴォーの時代からアールデコへ移行する。

1924 ハンス・ヤケシュ ブルノ林業農業狩猟博覧会  アールデコ風な作品。横向きの女がガウンをまとっているが、そのガウンの柄が林業、農業、狩猟に関わる絵で、その線描は完全にアールデコだった。

他に海上輸送のポスターはシャレていた。
夜半、船員が部屋から顔を出すと、海から上がって来て密航しようとする二人の人魚と鉢合わせする。「アラ??」という感じがとても楽しい。

1927 ユップ・ヴィールツ 香水VOGUE  とても魅力的な線描と色彩だった。
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ラストにカッサンドルのポスターがあった。
パリとアムステルダムを走る寝台特急北極星号。線路の先に大きな☆がペカッッ!
とてもかっこよかった・・・

とても楽しい展覧会だった。3/28までだから、もう一度くらい行ける気がする。

大阪から京都経由でお水取りへ向かう

予報どおり朝から雨で出鼻をくじかれたが、予定を少しばかり修正して、外出。
京都から奈良へ向かう予定。
cam376.jpg奈良国立博物館「お水取り」展チラシ。

まず梅田に出て2ビルのチケットショップへ行くと、京都駅までが320円だった。フツーは540円なのでラッキー♪
普段は阪急電車一本でいくが、今日はちょっと梅田に用事もあったのでルート変更したのだ。通常なら阪急の烏丸から地下鉄なりバスなりで京都駅へ向かうのだが、それだと620円くらい、今日は500円で到着。

感想は後日詳述するにして、えき美術館で「アールヌーヴォーのポスター芸術」展を見る。
かなり興味深い展覧会だった。これは東京でも開催した(する)のかな?
そこから9バスで堀川中立売へ。樂美術館に行く。やっぱりここでもノンコウがピカッッ☆。もぉ本当にノンコウは素晴らしい。

雨はすっかりやんでるので傘は開かない。
今日のランチは阪神百貨店のソタレで茄子とベーコンのトマトソースパスタ。サラダとピザ1ピースつき。昨日からピザが食べたかったので、めっちゃ嬉しい。
それで元気も出て京都へ行ったのだが、展覧会はよくてもお茶タイムがちょっとあれでしたな。

京都文化博物館で「古代カルタゴとローマ」展を見る。これはモザイクが素晴らしいの一言!いや??これまで見てきたモザイクの中でもかなり上位に入るね?
嬉しかった。

常設室の企画では雛人形。これが有職雛がご尊父・ご母堂風な感じで、その他の皆様方も威厳がありすぎて・・・・・・・
そして立雛。いつもここは寝かせて展示するのだが、それが一対どうしても情死の姿にしか見えない雛があるのだ。
今回6年ぶりにそのありさまを目の当たりにした。

髪の解け具合、見開いた眼、少し開いた口からのぞく<白い歯>。鉄漿をぬらない白い歯の女雛と男雛。これは相対死にの様相に他ならないのではないか。
この<恋人たち>を人目に曝すのが怖くもある。普通の生活を送る者が見てはいけない姿。
・・・・・その魅力に溺れているくせに、そんな風にも思う。

立雛の 解けた髪にからみつく 闇色の指 闇透かしの眼

前田珈琲の四条店に入る。ミントソーダはスキッとしてていい感じ。ケーキもおいしいけれど、ここはあくまでも「喫茶店」なので喫煙は当然と言う店舗だった。
芸術センター内の店は禁煙だった気がするので、ちょっとアテが外れた。
わたしはタバコがニガテだが、タバコ吸いたいヒトもいるからなぁ。
次はナシ。

さて地下鉄四条から伏見竹田を経由して近鉄奈良へ。
小一時間かかるけど、やっぱり雨もやんだ以上はお水取りに行きたいよ。
普段乗らないルートだから時間の感覚もつかめないまま電車に揺られる。
奈良についてからは傘を杖代わりに早歩き。2km弱を相当早く歩いた。
だーーーれもいてない暗い道を歩くのは正直めちゃくちゃコワい。
怖いけど歩くしかない。
とにかく7時前にこんなところを歩いているようではアカンのよ。
東大寺の南大門が池に映っている。巨大な提灯の灯りが異様に美しい。

少しばかり人に行き逢うがそれでも孤独なのに変わりはない。行かないかと誘った友人は体調不全で、それならとメチャなルートを設定したのだが、それにしても人がいない。
空いてるのか?―――そんなはずもない。結局人が見えたときにはもぉ手遅れ。
7時の時報を知らせるガーンガーンという太鼓の音がした。
それで今年も駐車場からの見物。
でも火の粉が舞うのがよく見える。ここまで飛んで来い、火の粉。
なにやら敬虔な?もしくは荘厳なキモチで一心に眺めた。
練行衆の駆ける足音が一度だけ届いた。
今年も満ち足りた心持ちになった。

うどん屋さんでおすしと天ぷらうどんをおいしくいただいたが、帰る頃には閑散としていた店に続々と客が詰め掛けてきた。みんなお水取り帰りの人々。
わたし、よっぽど早く飛んで帰ったのだなぁ。
帰りもほぼ人に会わずに歩いたのだ。
我ながらちょっと不思議。傘を杖に頼ったのがよかったのか。

帰途の近鉄電車で隣り合わせた奥さん方が、お松明の杉の燃えさしをもってはった。
話しかけるとカブリツキで見学したと言う。岡山から来た甲斐がある、というのでそこから話が弾んだ。そして杉の一枝を分けてもらった。
幸福を分け合いましょね、と奥さんが言うてくれはった。
嬉しかったなぁ、本当に。

以前わたしも杉の燃えさしを持っていたが、あれはどこへ行ったろう。
今年の燃えさしは今、わたしの目の前にあるのだが。
香ばしくて、本当にいい匂いの・・・・・


チラシ裏面に杉の燃えさし。上部には「二月堂縁起」「修二会過去帳」(青衣の女人の名が見える)「二月堂焼経」など。クリックすると拡大します。

やっぱり大好き幕末浮世絵

とにかくわたしは幕末の浮世絵が大好きで、しかも絵そのものに物語性があるのが最高。
(ああ、早く板橋へ行きたいものだ)
先月見た分をちょっとだけ回想。

既に終わったがUKITOE TOKYOで「江戸の英雄 後期」を見た。
前期展の感想はこちら

芳年の明治の浮世絵を見る。
不知藪八幡之実怪  八幡の藪知らずというやつですね。(なんでも市川市にあるらしい)
人骨、死鳥、エノケン顔の烏天狗、なにやら正体不明のモノたちがいる空間になぜか水戸黄門がいる。篁をヤブと読ませる文がある。ときめくなぁ。

美勇水滸伝 白縫  これは「椿説弓張月」にある情景。
裏切り者を捕らえた白縫は侍女たちに命じてその男を身ぐるみはがして棒杭に縛り付けるや、自分は琴を弾き、その音曲の流れの中で、侍女たちに釘を打たせ続ける。
男が悲鳴を上げ続けるのを楽しむ、という趣向。釘は一本一本は致命傷にはならぬ程度の深さに打ち続け、しかしその数は多い。苦痛は長く、出血も長引かせ、死に至らしめる。
わたしも絵の中の白縫のように、見ていた。

暁斎にも血みどろ絵がある。
しかし彼は精神を病むこともなく健全に生きた。
大石瀬左衛門信清 寺坂吉右衛門信行  顔のナマ皮膚を剥いでる?
忠臣蔵もなかなか怖いなぁ。

珍しい絵を見た。
国周 善悪鬼人鏡 弁天小僧菊之助cam375.jpg
なんと自殺するシーンを描いている。舞台でも今では弁天が死ぬシーンは上演されないが、明治初の頃はまだ上演していたのか。
弁天は立ったまま割腹するのだ。

国貞では役者絵で面白いものが多かった。
豊国揮毫奇術競シリーズ。将軍太郎良門 将門の息子ということで背後に七つの影が見える。
国芳は今回忠臣蔵と水滸伝の好漢たちが大量に出ていた。

芳虎の版下に善知鳥安方忠義伝があるが、これがかなりよかった。
なにしろガマガマしてる。背景と現物とがガマガマ。腹切り、呪法、祈祷・・・いいねぇ。
この話を基にして皆川博子は「滝夜叉」を書いたと思うが、あの小説は皆川さんの中でも非常に好きな作品の一つ。
他にも竜宮の玉取があるが、師匠の国芳は逃げるシーンをよく描いたが、この弟子は海女が立って腹を切るシーンを描く。そしてその腹に玉を隠すのだ・・・

ほかに読み物の挿し絵で楽しい絵があった。
新案松谷漫画 山本松谷という絵師は初見。
ご飯をよそう若い山姥。おかわりをねだる金太郎。その並びに熊、鹿、コグマ、ウサギたちが正座している。みんな箸遣いがなかなか上手。

楽しいものを多くみせてもらった。ありがとう。
明日からは「東海道五十三対 物語でたどるもう一つの東海道」という展覧会が始まる。

次にたばこと塩の博物館2階の浮世絵コーナー。
cam374.jpg
「暖を取る」というテーマで集められた作品。
江戸時代のことですから火鉢くらいしかありませんわな。
それか衾にくるまるとかぬくいものを食べるとか、そんな感じ。
芝居を見に行っても最近は冬の実感が薄いから、舞台で「寒いよ、オトッツァン」とアワレなのを見てもちっとも同情できない。
あかんなぁ、これは。しかしながら真夏の「暑い暑い」はつよーーーく頷けるね。

二世国貞の女と猫がいる光景はよかった。外には紅梅が咲いているがまだ寒いので、火鉢がある。こういうのがいい。よくわかる気がする。
西川祐信にも同じような構図の絵があった。
こちらはちょっと色っぽいのだが。

おもちゃ絵の芳幾の「新版お座敷道具屋」はおもしろい。水屋に火鉢にコタツ・・・尽くしなのがいい。

最後にこちらは先月末で終了した「女と旅と広重」展チラシ。
cam373.jpgクリックすると拡大します
上は広重「伊勢名所 二見が浦の図」
初夏なのか。足拵えは赤いのを巻く人もいる。

下は芳虎で、丑の刻参りにきた女が狐の嫁入り行列をのぞく図。女の後の小さい祠に五徳に蝋燭をつけたものと、呪いの釘を打つ金槌らしきものと胸から下げる鏡が置かれている。
戯画は戯画でもブラックなところもあって、楽しいなぁ。

来週末は板橋区立美術館へボローニャの浮世絵を見にゆき、来月は品川区立歴史館へも館蔵の浮世絵を見にゆくのだ。
みんな幕末の浮世絵。楽しいなぁ、本当に♪

国宝・曜変天目と付藻茄子

静嘉堂に「国宝・曜変天目と付藻茄子」を見に行った。
生まれる奇跡 伝わる奇跡
魅力的なキャッチコピーがついている。

早めについたがもぉお客さんがたくさん来ていて繁盛している。
皆さん綺麗なものを愛する心に変わりはない。
わたしも機嫌よく眺めて廻った。

静嘉堂の展示室の大きさは、なかなか私には心地いい。大きすぎず狭すぎず。
そしてガラス越しに眺める美麗な古美術の数々とは距離感をあまり感じないでいられるし。
出光と静嘉堂が居心地いいのはやっぱりこの適度さかな。
(ただし私は都心が好きなので出光の方が気楽)

こうして世界に三つしか残らない曜変天目茶碗の一つを間近に眺めることが出来るのは、やっぱりシアワセですなぁ。見込みの煌きに宇宙を感じる、と言う表現が本当にふさわしい。
宇宙でもこれはアステロイドですね。

一方、曜変天目の煌きにときめくのはいつものことだが、油滴天目に心惹かれるのもまた楽しい。
何しろこのメタリック感がたまらない。
いつ見ても綺麗過ぎるーっ!

他にも綺麗なもの・大好きなものがたくさんお出まし遊ばしてはりましたよ。

青磁鯱耳花入 南宋?元 龍泉窯  元代に入りかかった頃の青磁は色に好きなものが多くて、これもとても豊麗だと思った。
しかも上部に綺麗な貫入が。見蕩れるね、つくづく。

明代の青磁鶴香合が小さくて可愛い。日本でなら仁清が拵えそうな可愛さ。
呉州染付都鳥香合も愛い奴なり。撫でたくなる。
しかしそれもいいけど、古染付荘子香合がまたとてつもなく私好み。荘子というだけで「胡蝶の夢」が思い浮かぶように、その胡蝶が小さい蓋の上にそっと飛んでいる。古染付だから色はやや薄いが、銀粉が空中に舞うような美麗さ。ああ、わたしはこの図柄が中学生の頃からずっと好き・・・

釜は芦屋釜と大西の釜が出ている。芦屋は住吉文様入り。


茶入のそばにはお仕覆が控えていて、お仕覆大好きなわたしは喜んでその文様を眺めた。
実は茶入や棗よりお仕覆の方が好きなのですよ・・・

木葉猿茄子  千匹猿文様てなんか凄い。これは中国の丸顔の猿だけど、雰囲気的には「アギーレ/神の怒り」のラストシーンのサルの大群。
利休物相というそうだが、物相はモッソウと言う。飯入れのことと説明があり、そこで初めて歌舞伎で「物相メシも食った」と言う台詞が理解できた。
そぉか、そぉいうことか。

仁清の十八個の茶入れが可愛くて可愛くて・・・!!カタチも名前もいい。名は体を表わす。
タイトルだけでも書いてみる。
茄子、えふご、橘、柿、餌籮、丸喜、櫑座、肩衝、瓢箪、飯桶、尊、水滴、鶴首、大海、文琳、湯桶、手瓶、驢蹄口・・・

ノンコウ「ソノハラ」も可愛かった♪モザイク風でいい感じ。やっぱノンコウが樂歴代では最愛。

多くのときめきがあったね?これは本当に綺麗なものばかりでした。3/22まで。

ひなまつり・三井家のおひなさまと・・・

三月三日はおひな様の日です。
というわけで、先日見た三井家のおひな様展の感想など少々。
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三井家の奥方たちは大名家の奥方たち同様、実家から立派な雛道具一式を持ち込んでくる。
これくらいの名家になるとおひな様も名のある職人の手によって作られたものに限られ、お道具などにも紋などが入っていることが多い。
実に荘厳な景色でした。
これだけ立派なものを多く見せてもらえると、欲しいとか羨ましいとかいう感情はなくなる。ただただ感心する。
雛人形の詳しい歴史は、わたしは京都の百々御所(どどごしょ)宝鏡寺などで教わったが、それでもまだまだ知らないことが多いので、こうして江戸のおひな様を眺めては、新しいことを教わったりもする。

今回、やたらと五人囃しの少年たちが目立つなと思っていたら、彼らの出自は17?18世紀の江戸にあると知り、そのことにも感心した。
なにせ五人囃しと右大臣左大臣がいても、三人官女がいない雛壇があったのだ。
これには実に驚いた。

五人囃しより三人官女の方が重要なポジションを占めていると思っていたので、本当にびっくりした。(たぶん西では三人官女は随員としてついている)
どちらかいいとかよくないとかはナシ。

ミニチュアの極限の美は雛道具だと思う。
銀製の雛道具があった。本当に可愛い。日本の職人の技能はまことに見事ナリ。
赤色ガラス杯なども見る。前にサントリーで篤姫の雛道具に薩摩切子の素晴らしいミニチュアを見たけど、こちらも本当に凄かった。

大好きな御所人形も幾人も出ていて、それだけでも嬉しい。白肉さんたち。
三井家の奥方たちの愛したお人形さんたち。
風俗衣裳人形も美人。これらも大木平蔵の作品が多い。

ことろ遊びのお人形さんたち。cam372.jpg
わたしはこの情景を見ると必ず馬琴「八犬伝」の挿絵を思い出す。丶大法師が鬼で、八犬士が子供時分の姿で描かれている。女の子の装をするのは信乃と毛野。これについては松田修の「幕末のアンドロギュヌス」に詳しい。

室町三井家のやきもの、として富本憲吉、北大路魯山人らの焼き物がぞくぞくと現われた。
これにはびっくりしたが、解説によると戦後に箱根湯本で「松の茶屋」なる料亭を三井家の奥方の一人が開業されて、そこで使用されたやきものたちなのだった。
幕末から昭和の樂焼、永樂家の焼き物、明代の呉須や染付など、この展示だけでも見る価値のある、いいものばかりが並んでいた。

展覧会は4/4まで。

ヒトサマのお雛様に憧れるのもよいけれど、自分だけのおひな様を愛でずにはいられない。
今年は割りに早めにお飾りし、お友達からいただいたお菓子をお供えし、桃の花を添え、うちの母手作りのばら寿司もお供えした。
雪洞はないのでミニライトを灯りにしよう。

今日は楽しいひな祭り。

呉春「白梅図屏風」と円山四条派の絵画をみる

新しくなった逸翁美術館では隔年展示の呉春「白梅図屏風」を主にした展覧会が開催されている。秋の新規開館からこちら三度目の訪問。
円山四条派の絵画という副題がついているが、展示構成は四条派と円山派の二手に分かれて向かい合うカタチで作られている。
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チラシには白梅図屏風。この下地の絹はわざわざ藍染してから平織りしたもので、その色むらが更なる効果を生んでいる。
白梅が灰青色の空間で静かに舞う。そんな風にいつも見える。
梅は枝振りにも味わいがあるから、わたしの目には梅の舞が見えるのだろう。
しかも新しい展示室は黒壁に灰色の天井と言う拵えなので、いよいよ梅花が鮮やかに浮かび上がるのだった。

呉春 桜花遊鯉図  随分大きな絵で、その大きい画面によく肥えた鯉が機嫌良さそうに泳いでいる。絵を飾る表装の中廻しは白地に花柄の更紗でとても綺麗。上下は赤地に金糸でかがった花。

少し離れた場所に同じく呉春の「牡丹孔雀図」があるが、これと上記の絵とは対幅らしい。長らく離れていたのが逸翁の手元で元に復したそうだ。

呉春 秋夜擣衣図(しゅうやとういず)  擣衣は砧でポクポク衣を叩くことを言う。薄青い秋の夜空にふっくら月が出ている。月下には茅葺屋根の家の主婦がこちらに背を向けるようにして、ポクポクと衣を叩いている。
淋しさを感じるよりも、どことなくとぼけたような俳画風の味わいがある。

松村景文 花鳥図  呉春の影響下から離れた一作だと思う。白梅、長春花(どうも薔薇らしい)、白紫の木蓮、三光鳥、雀、メジロらが飛び交う楽しそうな空間。
動きがあるのを感じるだけでなく、囀りまで聞こえてきそうな一枚。

伝景文 秋草図巻  こちらはひどく現代的な作品だと思った。一見したところ本当に現代ぽくて、18世紀の絵巻には思えなかった。
開いてあるのは朝顔から藤袴まで。途中の黄蜀葵から描法が変化する。
始めは線描なしの塗りばかり、途中からは線の内に色を納めてある。
この違いがなかなか面白い。花は実に多くの種類が描かれている。ところどころにセミやバッタやカタツムリがいる。これもしみじみと一人で広げて眺めたい作品。

円山応挙 雪中松図屏風  これは三井にある国宝と同じ下絵から生まれた作品。こちらの方が若いときに描いたものらしい。

長沢芦雪 降雪狗児図img559.jpg 大好きなわんころたち。逸翁コレクションの中でも特に好きな一枚。可愛くて仕方ない。

ここまで見てきてどうもこのラインナップに覚えがあるなと思ったら、2006年冬の展覧会と似た構成だった。
所蔵品のうちからチョイスして並べるのだから、それは当然かもしれない。
そして美術と言うものは何度でも眺めたいものだから、不満は生まれない。

円山応瑞 朝顔図 本居宣長賛  好きな作品。青い朝顔がとても綺麗。
img560.jpg

他にも多くの名画があった。あとは京焼のよいのが飾ってある。
そのうちの色絵重箱は古清水焼らしい青と緑ばかりで構成されたやきものだが、花丸文様が描かれ、椿、菖蒲、梅、竹、菊などが優雅に咲いていた。
青い椿は異様に美しかった。

他に逸翁茶会記のうちから再現された展示がある。昭和26年1月末の茶会。
そこに黒樂のいいのが見えた。名を見るより先にもしやと思えば、やはりノンコウだった。

最後まで楽しませてくれる展覧会を逸翁は開いてくれるのだった。3/7まで。

3月の予定と記録

早くも三月です。ぬくい日とちょっと小寒い日とが来る月です。
関西では「春を呼ぶお水取り」、「春はセンバツから」、「比良八荒が吹いたら春」
そんな風に言い表します。
それでとりあえず今月行きたい予定の展覧会。
4月の予定がまだ組めないからちょっと流動的なのもあり。
(日付は最終日を示す、または予定期間)

浮世絵の死角 イタリア・ボローニャ秘蔵浮世絵名品展 3/28 板橋区立美術館
フランク・ブラングィン展 5/30 西洋美術館
没後400年 特別展「長谷川等伯」3/22 東京国立博物館
チンギス・ハーンとモンゴルの至宝展 4/11 江戸東京博物館
美の饗宴・東西の巨匠たち 4/11 ブリヂストン美術館
石洞山人と茶の道具?茶碗・茶釜?4/11 石洞美術館
懐石のうつわ―向付と鉢を中心に―3/22 畠山記念館
木田安彦の世界 木版画「西国三十三所」ガラス絵「日本の名刹」3/22 汐留ミュージアム
春の妝い 後期 3/14 泉屋分館
藤本能道 命の残照のなかで 4/18 菊池寛実記念智美術館
歌川国芳 奇と笑いの木版画 3/20?5/9 府中市美術館
昭和の版画展 3/13?5/9 昭和館
川上澄生:木版画の世界 栃木県立美術館所蔵品による 3/13?5/9 世田谷美術館
岩合WORLD 3/13?4/11 たばこと塩の博物館
岩合光昭 猫 3/3?3/15 日本橋三越
向井潤吉展 3/3?3/21 日本橋高島屋
森村泰昌展・なにものかへのレクイエム ?戦場の頂上の芸術?3/11?5/9 東京都写真美術館
美しき挑発 レンピッカ展 本能に生きた伝説の画家 3/6?5/9 ブンカムラ
生誕120年 小野竹喬展 3/2?4/11 東京国立近代美術館
歌川国貞展(文政・天保期)3/2?4/25 礫川浮世絵美術館
彩色立面図に見る日本の近代建築 ?銀行・オフィスビルから邸宅まで? 3/28 神奈川県立歴史博物館
金沢文庫の絵画 4/18 神奈川県立金沢文庫
西洋館とフランス瓦 5/9 横浜都市発展記念館

この上記を3/12?14でどうやって回るかが問題だ・・・既に諦めたものはここには挙げません。
ついで地元関西。

チェコ国立プラハ工芸美術館、チェコ国立モラヴィア・ギャラリー所蔵 アール・ヌーヴォーのポスター芸術展 ?クリムト・ミュシャ・ロートレックなど? 3/28 「えき」KYOTO
明治の万国博覧会の再現美術展 ?普段展示しない大型作品を一挙公開? 5/23 清水三年坂美術館
雅の意匠?かぐやの婚礼調度と雛道具? 4/11 細見美術館
チュニジア世界遺産 古代カルタゴとローマ ?きらめく地中海文明の至宝? 4/4 京都府京都文化博物館
花から花へ―交感のかたち― 3/28 京都市美術館
茶の湯 新春の宴 ?3/28 樂美術館
花から花へ―交感のかたち― ?3/28 京都市美術館
町衆のエネルギー!京都・番組小学校展 ?3/8 京都市学校歴史博物館
新・京のかたち??絵図に見る京都御苑? ?3/7 京都市歴史資料館
マイ・フェイバリット—とある美術の検索目録/所蔵作品から 3/25?5/5 京都国立近代美術館
近代洋画 3/6?6/27 泉屋博古館
野村得庵と近代の数寄者 3/6?6/6 野村美術館
美しきカントリーライフ ?理想郷への回帰とたびだち? 3/3?5/30 アサヒビール大山崎山荘美術館
歴史を彩る 教科書に載る名品 3/6?6/13  藤田美術館
「聴竹居」と藤井厚二展 3/6?4/11 大阪くらしの今昔館
「ミニチュアの世界」―小林礫斎(れきさい)と手のひらの宇宙― 3/28 兵庫県立歴史博物館
自然と共に生きる 堀文子の優しさ 3/21?5/5 香雪美術館
春季展 3/6?6/6 白鶴美術館
トキワ荘のヒーローたち ?マンガにかけた青春? 3/1?6/28 宝塚市立手塚治虫記念館
「お水取り」3/14 奈良国立博物館
「鎖瀾閣」 ?谷崎潤一郎、転機の豪邸? 3/28 芦屋市谷崎潤一郎記念館
仙人高士図 3/14 頴川美術館

お水取りを久しぶりにかぶりつきで見たいけど、ちょっと難しそう。
三月末には甲子園でセンバツ見に行ってるかもしれない。
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