美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

三菱が夢みた美術館

三菱が夢見た美術館  このタイトルは巧いと思った。
「そうなのか」と思って次に英語の副題を見ると「FROM DREAM TO REALITY」とある。
かっこいい、本当にそう思った。
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三菱一号館は丸の内という立地にあり、素敵な演出も多い美術館だと思う。
よく「足音が響いてウルサい」という声もあるが、百年前の建物を再現した、ということを思うと、それもまた個性だとわたしなどはかばいたくなる。
館側からも出来るだけ静かに歩いてほしいと願い書きがあるので、ここに来るとわたしは「抜き足差し足忍び足」時々は「すり足」で歩くようにしている。
そしてそれが妙に楽しくもある。気分は忍者。

コンドルの「丸の内美術館」平面図などがある。
これらは三菱地所の所有品だが、去年コンドルの図面を集めた展覧会が京大博物館であったことを思いだし、嬉しくなった。
数年前、ご厚意から、普段は非公開の三菱のさる邸宅に入らせていただいたことがある。
その後に図面をみて、ここはあの部屋かと楽しく思った記憶がある。
実際に入ったことのない建物であっても、平面図を見るとそれだけで楽しくなるものだ。

第一章 三菱のコレクション:日本近代美術
行く前にTakさんのブログで山本芳翠の「十二支」が出ていることを知って、ドキドキした。
何しろこの作品群は三菱重工長崎のお宝で、門外不出だった時代が長いのだ。
それが三点も来ているのだから、本当に嬉しかった。
物語性・象徴性の強いシリーズで、そうした作風が好きなわたしには、強い魅力がある。

丑「牽牛星」 織姫は手に糸を巻く。その向こうから牛を牽く男がやってくる・・・ラファエル前派にも(むしろロマン派か)通じるような構図だった。
午「殿中幼君の春駒」 稚児輪髷の侍女が刀を持って控え、立派な島田の侍女が幼君のお世話をする。釘隠しも鶴型で、本当に立派な座敷。
戌「祗王」 市女笠の祗王が道ばたで出会った少女の抱くワンコを撫でている。仏御前の出現でその座を明け渡しての帰途の姿かもしれない。

このようになにかしら物語性のある作品で、そうした浪漫美が好きな人には嬉しい作品だった。

黒田清輝 摘み草  タイトルだけ見れば春の日に柔らかな食べ草を摘む着物美人を想像するところだが、白人女性の絵だった。

裸体婦人像  この絵が見つかったときのことを思い出す。長らく誰にも気づかれなかった名画が今では定番の人気作品になったというのも、感慨深いものだと思った。
肌の白さがエナメルのようで、それが魅力的だと思う。

春の名残  タンポポの綿毛が描かれているが、絵全体が綺麗だった。この絵は暖炉の上に飾られているが、それが本当にふさわしい、いいムードを醸し出している。
額縁はクローバーの一片のようなものが刻まれたアールヌーヴォー風のもので、それを見るだけでも楽しい。

岸田劉生 童女像(麗子花持てる)  何種類かあるチラシの一つに選ばれている。
黙って静かにほほえむ麗子の手には小さい花がある。可愛い赤い花が。
この静けさはフレスコ画の世界に閉じこめられたそれに似ている。

藤島武二 日の出  むろん海の上の日の出である。小さくジャンクらしき船が見える。
武二は海を描いた作品も多いが、その配色はいつも暖かいと思う。 
優しい凪がそこにある。

坂本繁二郎 林檎と馬鈴薯  形の違いはわかるが、全体を包むピンクの霧のような空気が、この丸みのある果実と根菜との差異をなくしている。

安井曾太郎 鵜原風景  うんと向こうに灯台がある。
そこまでたどりつけるかどうか。そんなことを思いながら見ている。

坂本も安井も、絵が飾られる空間を意識しているのか・いないのかはわからないが、彼らの絵が飾られている空間は、ある種の理性的な静けさに包まれると思う。

梅原龍三郎 霧島  左の方に煙を吐く霧島の青い姿がある。右手にはススキの野が広がる。林から青い霧島を見ているのだ。
雄大な山をみつめる眼が生み出した一枚。
同じく「霧島」を描いた作品がある。栄ノ尾と副題がつく。それを初めて見たときの衝撃の大きさは今も細胞質に残り続けている。
だから今、こうして小さい霧島を左に置く絵を見ると、あの巨大な震えが蘇ってくる。
戸板康二「ぜいたく列伝」の梅原の章では、彼が山を描いたときのエピソードが書かれているが、それが思い出されてくる。
梅原の眼が捉えた素晴らしい風景を、梅原の絵を通じて追体験しているのだ。

児島善三郎 山湖  いかにも児島らしい明るさがあって、素敵な一枚。

崖  こちらも明るい可愛い色が集められている。波打ち際がいい感じ、波の色が本当に綺麗。

児島は柔らかく明るい色調で世界を彩る。
児島の世界に住まえば、楽しい心持ちでいられると思う。児島の作る色は何故あんなにも魅力に満ちているのだろうか・・・

第二章 岩崎家と文化:静嘉堂
美術館と言う意識があるが、静嘉堂は文庫でもあるのだった。

徒然草  紺地金彩の表紙に茜色の題箋。
古い本の価値というものを考える。
こうした随筆の場合、中身が既に知られている本だと、見所というものはやはり体裁ということなのだろうか。

奈良絵本「羅生門」があった。
黒鬼が兜を掴むシーンが出ていた。頼光も戦う。構図も面白かった。

橋本雅邦 龍虎図屏風  なんでも15年ぶりに表に出たらしい。あ゛っトラが二頭いた!
龍も二匹いる。雷は金継ぎ風で、そこに嵌め込まれたような感じがある。
知ってるつもりの絵だったが、違う場でみれば新しい発見があるものだ。
そして岩崎彌太郎の一行書「猛虎一聲山月高」があるのを見て、思わず「うぉ???っ」とこちらも吠えそうになった。

他に井戸茶碗や唐物茶入などが静嘉堂から出てきてくれているのが嬉しい。
工芸品で特に良かったのは小さい箪笥だった。

秋草蒔絵謡本箪笥  螺鈿で作られた謡曲のタイトルがそこかしこに流れる。
通小町、鞍馬天狗、楊貴妃、百萬、二人静・・・
17世紀の江戸時代の美意識が伝わってくる。

第三章 岩崎家と文化:東洋文庫
「東洋文庫」が三菱系の所有だとは知らなかった。まだ学生の頃はここに行きたいと切望したのだが、今ではすっかりダラクしてしまった。

唐初写しの「毛詩」があった。
何弾目かのチラシにもなっている。
糸瓜か南瓜かの花葉に蝶々たち。そして文字が左に展開する。

解体新書や東方見聞録、ロビンソン・クルーソーにジョン万次郎、慶長年間の百人一首まであるし、なんと14世紀のコーランまで出てくる。
そして松浦武四郎の北海道MAPを見たときには、思わず「きゃっ」だった。
今、INAXギャラリー名古屋に巡回中の展覧会「幕末の探検家 松浦武四郎と一畳敷 展」まさにリンクするので、嬉しくなったのだった。

義経記もある。鞍馬で遮那王が木刀で素振りするのを天狗が見守っている。木が切れている。拙い感じの描線がいい。蛍光オレンジのような色もわるくない。

したきれ雀、とある。舌きりではなく「きれ」。爺さんは若衆に手を引かれて雀のお宿を出る。「すずめどの」「をさらばよ」と文字が見える。

第四章 人の中へ街の中へ:日本郵船と麒麟麦酒のデザイン
商業デザインという分野の作品がまたとても好きである。
特に郵船関係とビールなんて最高に素晴らしい。

日本郵船歴史博物館は非常に好きなミュージアムの一つだが、そこから橋口五葉の「青い着物の女性」が来ていた。
このポスターは他でも見ているが、いつ見てもいい。
二百三高地なヘアスタイルに深い着物。
客を取り込むための力が活きている。

本宮ひろ志「猛き黄金の国 岩崎彌太郎」では郵船の熾烈な商売上の戦いが描かれている。
とにかく物凄い宣伝合戦をしたようだが、やっぱりどっちに乗っても大差なしという状況では、宣伝の巧いほうに乗ってしまうな、わたしは。

多田北烏のポスターも出ている。
京都工芸繊維大学博物館などでも馴染みの素敵な一枚。
麒麟麦酒の工場見学へ行ったとき、売店でレトロポスターやそれらの絵はがきを販売していた。わたしは喜んで絵はがきを購入した。

本絵もいいが、こうしたポスター芸術と言うものは低く見られがちだが、わたしはとてもとても好きだ。

第五章 三菱のコレクション:西洋近代美術
邸宅再現、もしくは邸宅をリノベした庭園美術館などのような空間では、絵はただ絵として眺めるものではなく、その「そこにある」意味そのものを楽しむことができる。
わたしはいつも庭園美術館に行くと、「旧朝香宮邸にお招ばれをうけて、各部屋に飾られた美術品を眺めている」心持でいる。
ご年配の身なりの正しい監視員が多いことも、あの空間を一層それらしく楽しませてくれる。だから「お招ばれした」わたしも優雅に振る舞いたい。
この三菱一号館もそのような空間であってほしいと思う。

ミレー ミルク缶に水を注ぐ農婦  農婦の周囲にいるアヒルたちは、なにやら彼女に期待しているような雰囲気がある。ゴハンを待っているのかもしれない。

ルノワール 長い髪をした娘  横向きの娘、胸の上までの姿。青白い肌とむっちりした肉づきがとても柔らかい。

パリスの審判がある。むちむちな肉の女たち。
そして70年後に、お弟子の梅原がこの絵を「模写」した。
それも展示されていた。
ちっとも似てない。構図だけ同じ。
面白いくらい別個の絵だった。
師匠は師匠、弟子は弟子。二枚の絵を楽しませてもらった。

ボナール 双心詩集  ははは。フランスは多いなぁ、女の人同士の愉しみが。

ルドン 聖女  絵のモトネタを知らないので調べた。マリア・サロメ(ヨハネの首を欲しがった娘ではない)が召使サラと共にエルサレムを去る様子を描いていた。
小舟に乗る茶黒い女と、赤布に群青ドレスの女。色の取り合わせはいいとは思えないが、それでも違和感が無い。

アマン=ジャン 婦人、秋  寝そべる二人の女の真上をいっぱいの鳥が。ああ、秋の林、1920年代の秋。
こういう作品を見ると、自分も誰もいないようなヨーロッパの林の中へ行きたいと思うのだ。

そして最後にまたコンドルの設計図面が現われる。
嬉しい気持ちが再び甦ってくる。
百年かかったが、とうとう「三菱が夢みた美術館」がこの丸ノ内に生まれたのだ。
百年待ち望まれた美術館はこれから百年、二百年、ついには千年へと、時を刻み続けてほしい。
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ウフィツィ美術館 自画像コレクション

損保ジャパン美術館まで「ウフィツィ美術館自画像コレクション」を見に行った。
古い歴史を誇る美術館には数多くの肖像画が収蔵されているが、肖像画の中でも自画像を多く集め続け、現在もそのコレクションを増やし続けるというのは、なかなか出来ないことだと思う。
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どちらかと言えば肖像画も自画像もニガテである。
特に自画像はスルーしてきた。
物語性のある作品が好きだとツネからここで書いているが、自画像の場合、当人の背景・生涯を画面に鏤めていれば、つい苦笑してしまうし、素知らぬ顔で他者のように描いていても、ついついナマアタタカく笑ってしまうのだ。
森村泰昌くらい突き抜けていれば楽しめるのだが。
(あくまでも自分の嗜好の問題なのだが)

時代ごとに5章に分かれている。
その中少しばかり、好ましく思ったものを挙げてみたい。

ヨハネス・グンプ  鏡に映る自分を描く画家を、背後から描く。
二重三重の入れ子細工、マトリョーシカのようで、こういう設定は面白い。

ニコラ・ファン・ハウブラーケン  「花輪の中の自画像」とタイトルがあるだけに本当に花輪の中に顔があるが、これがキャンバスを突き破って出てきてます図なのだった。
・・・・・・夏目房之助氏の母方の祖父の家族写真を思い出す。
父方の祖父はお札になったような顔写真などが有名だが、母方の祖父は紙屑の中から家族の顔を突き出させる写真を残したそうで、それを夏目房之助氏が公開しているのを見たことがある。
子供たちはみんな迷惑顔なのが印象的だった。それを企画した当人は堂々としていた。
そこがたまらなく面白かったのだ。
この花輪の中の顔はヒカエメそうに見せつつ、指先に光を当てているところに、彼のホンネが見えてくるようだった。

(全然感想になっていないな)
とりあえず、印象に残った作品を列挙する。
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アングルの自画像は78歳の時のものらしいが、しっかりした感じがする。
息子が描いたベックリン、ギラギラ目のシュトゥック、堂々たるレイトン卿、「運命の輪」の羽ある美青年がなぜかじいさんに言い寄る図のあるクレイン、ガイコツ大好きアンソールなど、みんな本当に個性的ではある。

全てが「わたし、わたし、わたし」。「わたし」ばかりがいる。
「わたし」も「わたし」の好むことしか書かないし、見ない。
だから「わたし」は他者の自画像がニガテだ。

しかし藤田の自画像が好きなのは、これはねこのせいだと思う。
藤田の自画像と聞くだけで「ねこに会える」と期待してしまうのだ。
その期待にこたえてくれるので、藤田の自画像は割りに好きである。

シャガールの肖像画は他の画家と比べてまた別な意味合いがあると思う。
彼の作品は大方が主観に基づいたものなので、自画像だろうとなんだろうと、「わざわざ描いた自画像」ではないのではないか。
そして当時既に大家であったシャガールが自分から「コレクションに入れてくれませんか」と美術館に申し入れをしたと言うのが、とても可愛い。
その作品は本当に機嫌のいい顔をしていた。

日本人画家として草間弥生、横尾忠則、杉本博司の自画像が収められることになったそうだが、三枚ともちょっとわたしにはナゾな絵だった。

展覧会は関西にも巡回するので、時をおいて眺めれば、わたしのココロモチも変わるかもしれない。
今のところ、ニガテなままである。

和田誠の仕事

たばこと塩の博物館では「和田誠の仕事」展が開催されている。
なんでも今年はハイライト発売50年だそうだが、そのハイライトのデザインを、当時デザイン会社社員だった和田が担当したそうだ。
その次には「ピースを吸う」1コママンガを続けて描いていたそうで、今回その作品が彩色されて展示されていた。
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2010年の今みてもセンスのいい、しゃれた1コママンガばかりだった。
私は特に「考えるヒト」がタバコ吸うのを警備員がオヨッと気づくのが、面白く思えた。

週刊文春の表紙もこの30年くらい和田だったのか。
新潮が谷口六郎、こうたのそれだったのは知っていたが、文春は和田というのは今回の展示で初めて知った。
やっぱり構図などはそんな感じがするが、全体的な雰囲気が違うと思った。

映画のポスターがたくさん出ていた。
一番古いのは1965年の日活名画座のためのもので、ちょっと見ただけでも「アラロレ」「ティファニー」やジョン・ウェインの顔があった。
チャップリン作品集もある。
映画ポスターと言えば野口久光の名作群があるが、それとは全く違う世界がここに広がっている。

和田誠の最初の監督作品「麻雀放浪記」のポスターがあった。
オフセットのものとモノクロ原画のものとがある。
どちらもシビレそうなよさがある。
私はこの映画を見て、その日のうちにオジから麻雀を教わったのだが、本当にあれはかっこいい映画だった。
ポスターも凄くかっこいい・・・

知らなかったのが林海象の「20世紀少年読本」のポスターも和田だったこと。
タイトルは英語で「CIRCUS BOYS」になっていた。
林海象の映像作品は特にそのチラシが好きなのだが、今もチラシを持っているにも拘らず、本当に気づかなかった・・・

特に好きなのが'86年の「ミュージカルフェスティバル」のもので、昔のミュージカルものばかり集めている。
「イースター・パレード」(これに名曲「上海リル」がある。「上海帰りのリル」とはまた別な歌で、この歌から後日譚のような「上海帰りのリル」が生まれたのだ)、「バンドワゴン」、「踊る大紐育」、「ショウボート」そして戦後の「リリー」(リリーと狐の人形が向き合うシーン)、「オズの魔法使い」などなど。

‘80年代、わたしはラジオの映画音楽特集番組を延々と録音し続けていた。
今も手元に96本のテープがある。
そこでこうした古い映画を知り、やがて上映会などでその実物を見に行くようになったのだ。小さい映画館や上映会では、野口久光と和田誠のポスターが貼られていた。
今から思うとそれらは古い映画ファンのコレクションだったのだろうか。

演劇やコンサートのポスターは'84年以降からのものばかりなので、どこかで見た覚えのあるものも多い。

白石加代子「百物語」シリーズのポスターでは、白石の白い顔が笑っているのだが、やっぱり怖かった。怖いハナシをするヒトだから、怖くてけっこうなのだが。

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和田誠の仕事は多岐に亙って・・・亙りすぎていて、「え゛っコレもか!!」というものがいっぱいあった。

その中にマーク・ロゴの仕事がある。
これがもぉ実に多すぎて・・・しかもすぐに「あっ和田誠だ」とわかるものばかりでなく、意外なものもあったりする。本当にスゴイ才能だ・・・。
(国際焚火学会ってなんなんですか、一体・・・?しかも可愛いタキビちゃんとでも言うべきゆるキャラが・・・)

三谷幸喜の作品も和田誠の仕事の一つだが、朝日新聞の「ありふれた生活」の挿絵が可愛い。展覧会を見た日、丁度ホテルで貰った新聞に載っていたので切っておいた。
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あああ、ねこもわんこも可愛いなぁ。

絵本の仕事もたくさんある。
今回のチラシは絵本「あな」の色指定の書かれた原画である。

本の装丁も多い。
それで思い出したが、丸谷才一と組んだ本もとても多い。
その丸谷が書いていたことで納得したことがある。
あいにくどの本の所収か思い出せないが、似顔絵の特性について書いたものだった。
「山藤章二の絵は本人を老化させて描くが、和田誠は幼児化させて描く。
だから和田誠の似顔絵は可愛いのだ」という意味のことだった。
そして次ページを開くと、丸谷のリクエストどおり、ぽっちゃり可愛い丸谷がコアラをだっこする絵があった。
まぁ可愛いものの方がいいわな。

新作が並んでいた。
「モロッコ」「風と共に去りぬ」「西部の男」「マルタの鷹」「バンドワゴン」「あなただけ今晩は」などである。
誰もが知る有名なシーンばかりを集めたのではなく、印象的な1カットを採り上げている。
そのセンスがまたとても素敵だ。
そして「和田誠ただいま制作中」という映像が流れていた。
「マルタの鷹」を完成させるまでの映像である。
ハンフリー・ボガードの苦みばしった顔、それに合うネクタイ、そして鷹像・・・
色を入れ続ける和田誠の真剣さと、どことなく漂うユーモア。

この面白い展覧会は11/7まで。

黒澤明生誕100年記念 画コンテ展

黒澤明の描いた画コンテを集めた展覧会が東京都写真美術館で開かれている。
今年は黒澤生誕百年の節目の年になるらしい。
展覧会では晩年の「影武者」「乱」「夢」「まぁだだよ」などの画コンテが出ていた。
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1985年、黒澤が存命の頃、阪急百貨店で「乱」までの画コンテと彼のタブローなどが展示された。
黒澤の絵を見るのはそれ以来だから、驚いたことに四半世紀経っていた。
しかしその当時たしか「夢」はまだ作られていなかったはずだが、展示されている「夢」のための絵に覚えがあるのは、黒澤がずっとその企画を暖めていたということかもしれない。

わたしはあまり黒澤明の映画を観ていない。
「羅生門」は何度でも見たくなるが、人気のある「七人の侍」も「椿三十郎」も「赤ひげ」も見ていない。
「生きる」と「羅生門」と「乱」くらいしかマジメに見た記憶がない。
なぜかと言うと、単に趣味の問題だった。
(実は「羅生門」でも三船ではなく森雅之にときめいているのだ)

「七人の侍」に至っては、アメリカでリメイクされた「荒野の七人」の方が好きだと言うねじれ方をしているので、本当はこんなブログを書く資格がないかもしれない。
しかし「乱」は割りに熱心に見たので、まぁこの後期の絵コンテ群の感想を書くのは許されるだろう。

「影武者」は当初主役に勝新太郎が予定されていたことから、絵コンテの武田信玄なり、その影武者なりが、やっぱり勝新太郎に似ていると思った。
これがもし当初案のまま撮影されていたら、また雰囲気画が違う映画になったろう。
(配役の変更で作品の性質がガラリと変わることはままあるが、別配役のものも見たいと思うことが色々あるものだ)

「乱」の画コンテはあの当時見ていたので懐かしく思った。
25年経っても案外覚えているものだ。
とは言うても、つい先頃「乱」の主要キャラの一人・原田美枝子が「乱」について語ったことが新聞に掲載されていたので、その助けもあって色々と思い出せるのだった。
あの物語はリア王をベースにしたものだが、原田演じる楓の方の姦計により、一族は滅びのときを迎える。
その楓の方の絵は目元に激しい力と、口元に静かな微笑が描きこまれていた。
また、盲目にされたある若君がいる。「弱法師」をイメージした、と当時の解説に書かれていたことを覚えているが、その鶴丸役を野村萬斎(当時・武司)が演じていた。
(この映画でわたしは初めて萬斎を見たが、さすが野村万作の息子だと感心したのだった。いい声だと思ったのだ)

当時のデータにわたしはこう書いていた。「弱法師の絵が特に良かった」と。
その暗い色を強く塗りこんだ絵は、少年の暗い生を露わにしているようだった。顔に深い影が差している。それがザクザクの長い髪ともども印象深い。
弱法師たる少年と、一人生き残った(取り残された?)末の方とが立ち尽くす絵(ラストシーン)は大変よかったが、良過ぎて自分の中で一層名品にレベルアップ処理されていた。
今回そのことに気づいたが、やはりいい絵だと思った。

「まぁだだよ」は内田百と弟子たちの温かい交流を描いた作品だが、そこの絵では「ノラや」のエピソードを思わせる一枚がよかった。
行方不明になった猫をガラス越しにみかける百先生。しかしその「ノラ」は現実にそこにいるのかどうか。
愛しさの募るような猫の絵だった。

「夢」は狐の嫁入り行列や葬式行列、水車の絵などが出ていた。そしてゴッホを演じたマーティン・スコセッシ所蔵のその辺りの絵が展示されている。
描かれている人物はゴッホであり、同時にスコセッシだった。なんだかそのことがひどく面白かった。
オレンジ色が目立つ絵と言うのは、個人的に好きなので嬉しいのもある。

学生服の少年が天女らしきものに手を引かれて空を飛ぶ絵があった。
これは確か’90年頃になにかのCMにも使われていた。
ついでにあのアニメーションフィルムも流してくれればいいのに。

見ていない映画でも、こうした資料を眺めると、見たくなってくる。
監督本人の手による作品だからなおのことだ。
いいものを見せてもらった。

こちらは「影武者」の画コンテ。世田谷文学館で購入した絵葉書。
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展覧会は10/11まで。

日本画と洋画のはざまで

山種美術館も今の地に来て一年になるそうだ。
特別展として「日本画と洋画のはざまで」展が開催中だが、数多くの日本画を所蔵する同館だからこそ可能な企画だった。
当初の地・茅場町で開館されていた頃からこうした意欲的な企画があり、それを思い出しながら見て回った。
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第一章 近代化の中の日本画
明治半ば以降、20世紀初頭の日本は欧米化政策に励み、列強に並んで恥じぬ先進国に成り上がろうと邁進していた。
だからこそ明治半ばの洋館には大きな風格があった。
とは言え個人邸宅の場合は、全くの洋館は表の建物であり、昔ながらの和の館が隣接するのが習いだった。
しかし片山東熊が設計した皇太子の宮殿(現・迎賓館)はそうはいかない。
あくまでも洋室だけで構成されている。

しかしその各室の装飾は、いまだ黎明期にあった洋画家らに任されることはなく、旧幕時代から活躍する日本画家や和の工芸職人たちの意匠が活きる場となった。
今回その七宝額下絵が出ていたが、いずれも花鳥画の名手たちによる作品だった。

そしてここから時代が進んで、大正からは和への回帰が見え、和洋折衷の道が広がりを見せはじめた。

・・・などとエラソーなことを書いたが、そんな時代の作品が集まっているのが、嬉しかったのだ。
実際に、やはりご維新から先、コレデハあかんと絵師たちも思ったか、新しい潮流を求めた。(だから栖鳳や春挙の風景画には従来にない新しさがあるのだ。)

珍しいところでは西郷孤月の台湾風景が出ていたが、この頃は日本領で総督府が置かれていた。イル・フォルモッサ 美しい島。
南方の湿度まで感じるような風景だった。
孤独な画家が、この台湾風景で何を見出したかはわからないが。

結城素明の巴里風俗シリーズが楽しい。
「パリ」に対して、洋画家と日本画家の意識の違いがあると思う。
だから洋画家の描くパリにはある種の強さがあり、日本画家の描くパリにはどことなくシャレた軽さがある。

小村大雲 東へ  高句麗の高僧の旅を思い、ある一家の引越し風景を描いた、そうだ。
美人妻の乗るクルマを曳くロバたちの悲しい瞳、童もロバに話しかけながら働かせる。
ロバも子供もたいへんである。しかし画家の発想のモトネタとこの出来上がった絵との関係性はどうも断ち切られているような気がした。

第二章 ヨーロッパからの感化

川端龍子 羽衣  タイトルだけを見て三保の松原の天女伝説を思い出した人は多かったろうが、あの龍子がそんなストレートな連想をさせる絵を描くものか。
見てギョッ。・・・なんでもミクロネシアのヤップ島(あの巨大な石のお金を今も使うてはる島)の美人の踊り子が踊りながら少しずつ海に入ってゆく、ことから着想を得たそうだが、エネルギッシュな踊りがこちらにまで伝わってくる。
南方系の美人は戦前の日本人男性のアコガレの一つだったそうだが。

チラシにも出ているが、華岳の「裸婦図」があった。
たいへん嬉しい。わたしは山種コレクションの中ではこの「裸婦図」、御舟「炎舞」、栖鳳「班猫」が最愛なのだった。

落合朗風 エバ  ルソーやゴーギャン風と解説にあるが、むしろ龍子や石崎光瑤の世界に近いように思う。女の顔は東洋風「ベラ」。(妖怪人間のベラである)。ヘビはなかなか賢そうだが、狡猾と言う感じはしない。
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第三章 日本画vs洋画
静物、風景、人物の対比がそれぞれ。
こういう展示は気軽に眺めることが出来るので楽しい。

楽しく眺めるうちに小出楢重「子供立像」と再会。小出は今ではとても好きな画家だが、以前は本当にニガテだった。ブリヂストンでの小企画「小出楢重の肖像」を見てからすっかりキモチが変わったのだった。
そしてこの子供の絵の解説を読んで、笑い出しそうになった。
今、損保に来ている「ヴィンタートゥール」所蔵のルソーの不敵な赤ん坊とこの子は、どうやらタッグが組めそうである。

第四章 日本画と洋画の交差
ここでは異様な作品を一枚見てしまった。

古径 静物  大正11年の作。チラシにはモノクロ画像があるが、それではこの怪異な感覚は伝わらないと思う。
黒い器の中に林檎だか梨だかわからない果実が納まっている。
そこに置いたのか、隠されたのか、なんなのかわからない。
奇妙な存在感がある。果実も決してその器の中に納まらぬ風情がある。飛び出してきそうな予感がある。
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第五章 劉生と御舟
東近美から劉生の「切通之図」がきていた。真昼の光を感じる一枚。
そして「炎舞」が暗い室内に飾られていた。
胸の奥がざわめいて、しばらくの間、そこに立ち尽くす。
小学生の頃から好きで仕方ない一枚だった。
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他に御舟のモズの子を描いたものがあったが、可愛かった。雀より目が大きくて嘴が鋭いのがモズだと認識しているが、本当はどうかはわからない。
御舟の絵ではモズも雀も斉しく可愛いだろうと思った。

11/7までだから、また見に行ってもよさそうな・・・

近代日本画にみる東西画壇―東京・京都・大阪の画家たち―

7/17から9/26まで二期に亙って「近代日本画にみる東西画壇――東京・京都・大阪の画家たち」展が六本木の泉屋分館で開催されていた。
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大変楽しませてもらったのに感想を挙げるのが遅れてしまった。
東京=粋、京都=雅、大阪=婀娜というキーワードが活きた展示だった。

(東京)
菊池容斎 鼠狐言帰  鼠の嫁入り行列は春、狐の嫁入りは秋と言う形で、擬人化された狐と鼠それぞれの嫁入り行列の姿を描いている。細かいこだわりも楽しく、こうした作品を見ると嬉しくなる。

尾竹国観 黄石公張良  左に橋上に馬上の黄石公を、右に張良を配置している。
このエピソードは古くから好まれたもので、多くの画人が絵にしている。
それらの中では、この作品には不思議なスピードがあった。速い速度ではないのだが。
人物たちの位置関係がそのような錯覚を齎したのだろうか。

平福百穂 若鮎  晩年の作。笹に乗る鮎。はっきり言うと、塩焼きにして食べたいと思う。どうも洋画と違って日本画には「おいしそ?」な絵が多いと思う。

松樹と栗鼠  栗鼠が噛んでます図。しっぽが細いのはイケてませんな。ねずみと似ててもリス人気があるのは、しっぽが太いからなのに。

何度みてもやっぱりいいのは東山魁夷の北欧を描いた「スオミ」だった。

小林古径 人形  レースの綺麗なドレスを着た人形だった。
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「官能性を漾わせる」と解説文にあるのを見て、少しばかりほほえんだ。
タダヨワセル。こういう文字があるとちょっと嬉しくなる。
実際そんな雰囲気がこのレースにはある。
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(京都)
竹内栖鳳 禁城松翠  お城のお堀の藻を取る小舟。
同じ構図の作品が他にもあるが、どちらも静かに品のいい絵。

富岡鉄斎 掃蕩俗塵図  文士の楽園と言うよりテーマパークに見えた。そう思うと理解度が深まってくる。

木島桜谷の金屏風がよかった。菊花図、秋草図とあるが、秋草は色遣いも華やかで、見応えがあった。桜谷の絵は京都市美術館でしか見ていなかった。
IMGP8321.jpg秋の輝き
ススキの穂の美しさ。IMGP8322.jpg

伊藤渓水 四季花鳥  色紙に描かれた花鳥画。
前期はアヤメと白いひつじくさ、青朝顔に蝶、ハチスに細竹、後期は白オウムの色紙が出ていた。
‘98の秋、この画家の展覧会が池田歴史民俗資料館で開かれた。1880?1967まで生きた絵師だが、あの展覧会以外には他では見たことがない。それが今回こうして住友のコレクションに入っているのを知って、ヒトゴトながらほっとした。当時イトウ・ケイスイと言う名を聞いて「イトウ・シンスイの間違いではないの?」と知人が呟いたことを思い出す。

森寛斎 羅浮仙  淡彩で月下に梅木による女を描いている。優しい顔立ちに静かな微笑を浮かべているのが、何ともいえず優雅だった。

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(大阪)
戦前の大阪のよい絵は大方が料亭や個人のお蔵にしまわれていたりする。その死蔵をなんとかしようとしても、大阪の美術館は手いっぱいでどうにもならない。
今の府政では文化は九九の次くらいの位置にある。
だからこそ、こんな機会が貴重なのだ。

上島鳳山 十二月美人IMGP8318.jpg
「夜ごとの美女」はジェラール・フィリップだが、ここにあるのは月ごとの美人。前後期ともに優美な仕草を見せる女たちが出ている。
特に気に入ったのは2月の羅浮仙、カッコウの鳴く下で文を書こうとする太夫、茶花を積もうと蹲る娘などなど。
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深田直城 春秋花鳥  桜に雉、秋は鶉ファミリー図。月下の薄野で六羽の鶉たち。
鶉の習性はたしか巣から離れて降りて、なのに飛び立つときはそこからとか。・・・逆かもしれないが。今帰ってきたばかりの親鳥がそこにいる。

庭山耕園も少しばかり出ていたが、この人も絵も最近やっとあちこちで見かけるようになった。どうも多作だったようだが、しまわれると本当に見ることが出来なくなる。
蔵われる、とはぴったりのコトバだが、そんなものがバッコするよりは、これからもどんどん表に出てもらいたい。

棟方志功 旅と祈り

大丸ミュージアム京都で「棟方志功 祈りと旅」展が27日まで開催されている。
棟方志功は死後三十年以上経っても人気があるが、わたしも本当に一時は熱狂していた。
近年は少し納まったかと思うが、それでも展覧会があると飽きもせずに見に行く。
同じ作品を見ても「やっぱりいいなー」と思うくらいだから、コンセプトを立てて集めたような展覧会だと、やっぱり図録がほしくなる。
多作の棟方だからこそ「出てくる出てくる」状態なのだが、展覧会ごとに必ず新たに「すてき」と思う作品が現われるのも事実だった。

今回の展示は棟方板画美術館の所蔵品と、彼にカレンダー制作を依頼していた安川電機の作品などで構成されている。
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最初期の川上澄生の影響下にあった頃の作品も数枚出ていた。
そして新潟の「亀田・長谷川邸の内庭」二点あたりから、段々と志功オリジナルが現われ始める・・・
この長谷川邸の内庭図は太い線に水色着色のみで庭園が表現されていて、わたしは好ましいと思った。陶器の椅子や灯篭もあり、可愛いお庭を明るく作り出している。

華狩頌の大きい作品がある。これも好きな作品で、初代龍村平蔵が復元した獅子狩文錦と共に、わたしの中では「狩文様」の2トップなのだ。

おなじみの「華厳譜」「善知鳥」「鐘渓頌」「女人観世音」などがならぶ。
どれもこれも好きな作品ばかりで、何か書こうにも書けないくらい自分の心に根をおろしているのを感じる。

東北鬼門譜を見るのは久しぶりだった。
こうしたオオモノ系を見ると、「彫る 棟方志功の世界」といったドキュメント番組がアタマの中で再生され始める。棟方の青森弁の声が耳の奥に響いてくる。

湧然する女者達達  この作品を見ると「これはニョシャタチタチではなくニョモノタチタチだ!」と勅使河原蒼風が言ったエピソードを思う。
わたしも同感なので、勝手にニョモノタチタチと呼んでいる。

大原孫三郎の依頼で拵えた「大世界の柵」や万博のための柵、釈迦十大弟子、青森県庁の壁画なども来ていた。いずれも本当に大きい。

青森県庁の作品は初見だった。連銭葦毛の裸馬に乗る女、笛を吹く女、月兎などのモティーフが大胆に配置されていて、大きいキモチになる。

いちばん好きなのは「大和し美し」だが、これは表から彩色したヴァージョンで、ちょっとわたしはニガテなものだった。
あれはやはり色なしか裏彩色の方がいい。
珍しく「焔」が出ていて、嬉しいのは嬉しかったが。

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倭絵の名品も多く出ていた。
以前は板画ばかりが好きだったが、近年は倭絵にも強く惹かれるようになった。

最高傑作と名高い弁財天の柵がある。
これはよく展覧会のチラシのオモテになる作品で、わたしもわりに好きだ。
今回は初見の「御八大龍王妃神尊尊之図」に特に惹かれた。
少しばかりつつましい口元をしていて、目には赤色が点じられている。群青の髪が豊かで、頭に龍の飾りをつけている。オレンジの衣も綺麗だった。

そして安川電機の依頼で制作した東海道、九州、四国、東北の風景をモティーフにした版画(カレンダー)がまた随分よかった。

なにしろムヤミヤタラに元気なのがいい。繊細さにかけるかもしれないが、見ていると間違いなく気合が入ってくる。楽しいし、明るいキモチになるのだ。
志功の色鮮やかな作品を見ていると、彼が年中口ずさんでいたベートーヴェンの第九がこっちのアタマにまで流れてくるようだ。
しかしモノクロ板画の素晴らしさはまた格別だった。

谷崎潤一郎「鍵」挿絵屏風が出ていた。
わたしは谷崎ファンで、特別偏愛する物語もたいへんに多いが、老境に入ってからの「鍵」、「瘋癲老人日記」はまた別格だった。
中公文庫版なら志功の挿絵が入っているのに、わたしはこの2本が収まる新潮社版を持っているので、時々くやしくなる。
その口惜しさは比較すると中也の「くやしい人」に近いような気がする。

さてその「鍵」は物語そのものも面白いが、この挿絵がまたそれだけで名品なのだった。
小説を思い出しながら絵を見ると、彼らの声が聞こえてきそうで、ついつい黙って笑ってしまいそうになるのだ。
(「鍵」は市川箟が映画化した。ラストには狂笑してしまったが、他はちょっと・・・)

他に挿絵で’72年の新装版「行人」を倭絵で描いているのを初めて見たが、しっとりしてとてもよかった。
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ああ、書きそこねるところだった。
アメリカツアーの倭絵が出ていた。珍しい、と思った。
しかしこれは「旅と祈り」展だから、やっぱり出てくると嬉しくなる。
白人女性の描き方が、最初期の「星座の花嫁」を思い出させてくれたりするのだ。
それが楽しい。

何回見ても、いつ見ても楽しめる棟方志功の展覧会・・・
「祈りと旅」は9/27まで。巡回はちょっとわからない。

津田信夫 近代金工の巨匠

既に23日で終了したが、佐倉市立美術館の「津田信夫展」はたいへんよい展覧会だった。
この展覧会を知ったのは、七月の首都圏ハイカイの最中、京成電車内の車内吊りポスターを見たからだった。
ツダ・シノブ。名前にも記憶があった。
東京藝大美術館の所蔵品の中に素敵な鋳造作品を見ている。

木彫も好きだが、けっこう鋳造された彫刻も好きだ。
それが動物や装飾品などだと、いよいよ好きになる。
津田の作品は動物ものが多かった。
チラシやポスターに選ばれた作品はシロクマだった。
(尤も鋳造なので色なんかわかりゃしない)
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メタリックアートでも冷たさの感じない、温かな作品が会場に集まっていた。

大正から戦前の新版画運動の中で、都内の風景を捉えた作品がいくつもある。
日比谷公園の噴水を描いた作品は土屋光逸のそれが素敵だし、日本橋を描いたものはヌエットや巴水に良いものがある。
それらの風景に描かれている噴水の鶴、装飾柱の霊獣などをデザインしたのが、津田信夫だった。
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惜しいことに戦時中の金属供出に日比谷の鶴は召しだされてしまったが、今日でも高速道路に覆われているとはいえ、日本橋の霊獣は活きている。
今までは特にどうとも思わなかったが、そうと知ってからは、この霊獣と仲良くなりたいと思っている。
(今度いっぺん通るときにナデたろ)

ここにあるのは「所在の明らかなもの」とチラシにある。かなりたくさん集まっていて、たぶん今までの津田信夫の作品展示の中ではいちばん大規模なものではないかと思う。

藝大の卒制あたりは人物像だった。
憂鬱の婦人立像  なにやら暗い面持ちの日本髪の女のヒトが、着物に手を入れて胃の辺りを押さえている。憂悶するヒトはみんなその辺りをよく押さえるというので、妙に感心して眺めた。

津田が一本立ちしてからの作品タイトルにナゾな四字熟語のものが多いのも楽しい。
こんなコトバよそでは聞かない、というものばかりのオリジナルな造語で、そのセンスがなかなか素敵だと思った。(夜露死苦とかそんな類ではない)
展覧会のリストは無いが、ナゾ語を集めた品名とその意味と題材とが書かれたリストが出ていた。

津田の作風はアールデコ+モダニズム&和派手orリアリズムというところか。
そのアールデコな作品を見る。

ラジエーターの装飾。大理石の天板の上にアヒルらしきものが置かれている。青大理石。
ラジエーター自体は透かしの青海波。旧朝香宮家のそれを思い出す。
・・・・・思い出すのも当然で、津田はフランス滞在中、アールデコ博覧会の審査員をしていたのだった。そのデコ博に朝香宮夫妻が見物に出かけて感銘を受け、邸宅をアールデコ様式で建てたのだ。

鋳造が多いが、磁器も色々出ていた。
これがまた可愛い作品が多かった。

寝子(ねこ) 朝倉文夫もニャンッとなるような可愛いにゃんこ。こういうのを見ると撫でたくなる。
狸  こちらは赤黒い釉薬が巧く混ざり合っていて、いかにも狸らしい色合いに見える。
大きい尻尾で、きょとんとした顔つきが愛らしい。

どうぶつ個体の作品が多かったが、花瓶に文様として浮かび上がる作品もある。

群蝶をモティーフにした花瓶には「交歓」と銘があったのもいい感じ。
筐体に氷上のアザラシというのもなんだかモダンだった。
山口蓬春のモダニズムな日本画のような。

フランソワ・ポンポンの影響を受けたらしい、とある。
ああ、あの・・・とシロクマの彫刻が思い浮かぶが、確かに納得。

それにしても鋳造は色の濃いものが多いので、普通の豹も黒豹もユキヒョウも区別が出来ない。
でもタイトルは「文彩君子」??「彩の王者」と解説がある豹像だが、どぉ見ても黒豹。

その豹やシロクマ(六難無敵・・・向かうところ敵なし)、鳳、ハヤブサ、獅子など勇ましいのが多い中で、仲良しな鹿ップルやモコモコの羊たち(吉祥錦錦・・・おめでたい織物!)他にカンガルーやウサギ像もあった。

コッテ牛に、どう見ても仲の悪そうな鷺たち、磁器で出来たぬめぬめのナマズなども面白いツクリだった。
とにかくいいな、と思う作品がとても多かったのだ。
予定よりずっと長居した。
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またここにはパネル展示で、彼のほかの作品も出ていた。
前述した日本橋の装飾のほか、上野の国際こども図書館のエントランスの装飾、国会議事堂の装飾扉、ジェンナー像などが津田の公共的な仕事だった。

ずっと以前、山の手線内の「彫刻どうぶつ探検」をしたが、久しぶりにやってみようかというキモチが湧いている。
いい展覧会だった。

プチファーブル 熊田千佳慕

熊田千佳慕展の巡回が大丸心斎橋にも来た。
去年の九月に京都の高島屋で見たから、丸一年が経っている。
日本の色んなところでプチファーブル・熊田の細密画が展示され、多くのヒトが喜んだと思う。
春には伊丹市立美術館でも開催されたが、伊丹には「伊丹昆虫館」というステキな施設があり、そこの協力もあったというから、そこで見たら描かれた昆虫の生態に詳しくなっていたかもしれない。
大丸では、極力解説が省かれ、作品を見ることに集中してほしい、という展示になっている。これはこれでいいと思った。

大丸のチラシ(表)。tou415.jpg
プチファーブルが嬉しそうに、楽しそうに、草に寝転びながら手の甲の虫を眺めている。
その周囲には彼の描いた花々や昆虫たちが終結している。

こちらは高島屋のチラシ(表)。tou413.jpg
「花まつりのお客さま」の絵。

そして伊丹市立美術館のチラシ(表)。tou417.jpg
このチラシがいちばん好きだ。

絵本では「オズの魔法使い」「ピノキオ」「不思議の国のアリス」「ミツバチマーヤ」があり、そして「ファーブル昆虫記」がある。
本当にビックリするほど精密な絵で、自然を写した写真よりも自然らしさがあふれている。
たとえばそれは「ミツバチマーヤ」にある。
マーヤは女の子で、アタマにピンクのリボンをつけているが、じぃっとみつめていた私はついつい「・・・ミツバチって女の子はリボンつきなんやわ」と一瞬錯覚してしまったくらいた。
わたしがウカツと言うこともあろうが、そう思ってしまうほどにプチファーブル熊田の絵が素晴らしいのだった。
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昆虫と言えば蝶とセミとトンボしか好きではないわたしだが、去年彼の絵を見てからミツバチも可愛いと思うようになり、二ヶ月ほど前に本物のミツバチを庭園美術館で見たときは、あまりの可愛さにわくわくした。
ミツバチはほんとうに熊田の絵によく似ていて、とても可愛かったのだ。

しかし今回、トンボが他の昆虫をガブッと食べてる絵を見て「ぎゃっ」となった。
そうだ、トンボはけっこう残酷系なのだった・・・

バラの花の縮れ具合、アザミの薄いとげ、ペンペン草の花の部分、見れば見るほど愛しくなる。
土の中で眠る幼虫のマンション状態の図会もとても面白かった。
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むろん昆虫ばかりではなく、動物の絵も多かった。
ねこの絵がある。
それぞれの性質が見て取れるようなねこたち。
色んな動物の尻尾ばかり集めた絵。「こいつはダレの尻尾かな?」と思っていたら、ちゃんと謎解きしてくれる。
そうしたことがとても楽しかった。

柴犬の仲良しさんがいた。「チカボとスギコ(自画像)」とある。画家本人と愛妻さんのわんこ版2ショット。いいなーこういう仲良しさん、素敵だ。
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描くために対象物を深く深く観察し、凝視することを続けていたために、時折「行き倒れのヒト」に間違われたりしたそうだ。
こういうエピソードもとてもいい。
そして去年の夏、展覧会の始まりを楽しみにしつつ亡くなられたのだ。
一年たった今も、こうして多くの人々をわくわくさせているのを知れば、きっと喜ばれるだろう。

とても楽しいキモチで見て回った。
大丸心斎橋・北館で9/27まで開催中。

諸国畸人伝

諸国畸人伝と聞いて、石川淳の読み物を思った。
石川淳の小説には特に銘打たれることもないが、奇人が多く現れる。独創の奇人の他に、世に在った奇人を求めて筆を起こした「諸国畸人傳」はなかなかに面白い読み物だった。
そもそも「諸国畸人傳」の始まりは寛政年間に記された伴蒿蹊の著作からだが、この寛政年間には「寛政の三」奇人、馬術、筆・・・と様々な分野の有名人がいた。
その時代にわざわざ奇人のエピソードを集める、というのもシャレたものだと、つくづく感心する。
近年では水木しげるに「東西奇っ怪紳士録」という怪作があるが、他に類を見ない奇人たちが跋扈していた。

板橋区立美術館の諸国畸人伝はこれら先人の選んだとは別な畸人が座を占めている。
菅井梅関、林十江、佐竹蓬平、加藤信清、狩野一信、白隠、曾我蕭白、祇園井特、中村芳中、絵金の十人の絵師である。

わたしは白隠以降の五人しか知らぬが、ちょっと思い浮かべただけでも「・・・やっぱり変」な作品がぞろぞろ現われてくる。
その予想を裏切らぬ、たいへん面白い作品群がここに集められていた。

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チラシと半券には蕭白の銀屏風が選ばれていた。
遠目にも光り、近くに寄って眺めれば、いよいよ変な面白さがある。
蕭白のエントリー作品はこればかりであるが、この一点だけでも随分な存在感がある。
タイトルは群童遊戯図屏風ということだが、確かに子供らがそれぞれ機嫌よく遊んでいる。
例によって目つきの変な子供がわらわら集まっている。
右には柳の下に牛がいて、子供らを見守っている。
蹴合わせの子供ら、相撲で「取ったり」の技を見せる子供、見物してるのか何なのかわからない子供・・・
背後の風景と言うより、そのまま銀屏風に溶け込みそうな牛たちの方が、まだマトモな目つきだといってもいい。二頭の牛のうち、こちらを伺う牛はちょっとばかり心配そうでもある。
左ではブチのわんこに手を伸ばすちびっこを引っ張る若いママさんたちがいる。
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二人は一見色白美人だが右のママさんは間延びしすぎに見える。左の方は手に酸漿を持っているが、右のママさんはそれを口に含もうとする。それであんな間延びしてるのかと思ったが、どうも違うらしい・・・
釣りをする子供らもやっぱり変である。あんまりお近づきになりたくないがき共ではあるが、元気そうなのは何よりではある。
捕まってるカニもナマズも・・・
可愛いのはわんこくらいか。tou409-1.jpg
「みんな こどものときは 妖怪です」というのが「ゲゲゲ」展のキャッチコピーだったが、この絵もそのコピーがぴったりだった。

さてエントリーごとに見てゆこう。

生誕260年 センガイ展

板橋の「諸国畸人伝」で白隠禅師の絵を見てから、出光「生誕260年 センガイ」展を見た。センガイさんのガイという字が文字化けするオソレがあるので、ここではカナで通す。
禅とユーモア 
このコピーがぴったりな世界だった。

入ると、お客さんがみんな楽しそうに、まるまっちぃ絵を眺めていた。
いい感じ。とにかく展覧会に行ったとき、雰囲気がよくないとつらいところがある。
「ユーモア」を前面に押し出した展覧会が、ナゴヤカムードなのは、まことにめでたいことだった。
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可愛い絵が多いが、中には鋭い暗喩を潜めたものもあるらしい。
わたしはセンガイの意図するところを読み取れず、たぶん今回も自分勝手な見方で、のたくたと感想を書いてゆくだろう。
とにかく可愛いと思ってしまう作品が多い。
理屈を越えて可愛いものは可愛いのだ。
章ごとに少しずつ挙げてみる。

第一章 禅僧センガイの生涯 センガイ略伝
博多で活躍した和尚さんだというくらいは、アングなわたしでも知っている。

富士駕籠かき画賛  お餅に目鼻がついたような駕籠かきが働いている。なでたくなる。
一筆書きではないだろうが、何かそうしたとぼけた味わいがある。
こういうのを禅味というのだろうか。

野狐禅画賛  狐の手先がいい。猫の手・狐の手の違いと言うものを思い出す。何がどうと言うと、歌舞伎での演者の芸談にそのことがある。

第二章 画賛と墨蹟にみる禅の教え 禅画と一行書
禅の教えから遠く離れた見物人・遊行に響くものがどこまであるか。

狗子仏性画賛  二匹のわんこがいる。可愛いとしか思えない。
狗子画賛  こちらは縛られてきゃんきゃんと吠える犬だが、最初に見たときも今回も、やっぱり「可愛い」と思ってしまった。本当はここにもセンガイの思いが込められているのだろうが、そんなことを考える余地がないほど、わんこは可愛い。

南泉斬猫画賛  斬られる猫の目が大きい。この禅の話はきらいだ。確か続きはそれを見ていた坊さんが「無駄なことをして」と草履を頭の上に載せて去ってゆくとか。
この猫になにやら見覚えがある。
もしかすると数年前に永青文庫の展覧会でナビゲーターを勤めたにゃんこのような気がする。・・・兄弟猫かもしれないが。

可愛いものばかりに目がいって、書の前に立ってもついついスルーしてしまいがちだ。
これではいけない。
ところが見ていても申し訳ないことにあんまりよくわからないので、やっぱり「ごめんなさい」なのだった。
いい言葉を選んで書いてはるのだろうが、読んで感銘を受ける力がこちらにないのだった。

○△□といえば出光美術館のマークといっても差し支えないと思う。
少年だった出光佐三がこれを見て衝撃を受けたというエピソードを以前きいたことがあるが、実際にその実物を見たのである。
先客が熱心に見つめている。
わたしものぞく。
○△□・・・・・・・やっぱり出光少年というのは偉いものだと思った。
即物的なわたしでは、到底そんなココロモチになりそうになかった。
現代アートがわからないのと同じように、これもまたわたしにはわからない。
時々思うのだが、こうした作品に感銘を受けるのは女性ではなく男性の方ではなかろうか。
どうもそんな風に思う。

座禅蛙画賛  がまの親分がにっこりしながらそこに座る。
画賛だから何か書いてあるのだが、読むことは出来ない。
出来ないから勝手に想像する。
だいたい大きい蛙というかガマと言えば、児雷也か天竺徳兵衛である。ガマ仙人もいるが、まぁここらが相場である。
(どう考えても無関係なのだが)

出山釈迦画賛  一目見て「白隠禅師の絵に似てる」と思った。出山のおシャカ様を描くとみんな同じように描いてしまうのかもしれない。

文政年間の滝見観音が三点ばかり出ていた。
シャーッとした滝を控えさせた観音が、素知らぬ顔でそこにいる。

第三章 布袋十二態 布袋の姿をかりたセンガイの思い
チラシやチケットになったのは、今回布袋さんである。
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あくびしてるのか寝てるのかわからない布袋さんの絵を見たとき、水島新司のキャラみたいだと思った。
「ドカベン」でも「あぶさん」でもいいが、のんきなヒトビトが水島ワールドには存在し、明るいココロモチにさせてくれる。
そのキャラの一人かと思うような、のんきな顔つきの布袋さんだった。

面白いことに七福神画賛はとぼけた絵で、三福神画賛はなかなかシリアスなタッチで描かれていることである。理由は知らない。ただの思いつきか、リクエストなのかもしれない。
それにしても色んな布袋さんがいる。

サンタクロースな布袋さん、アタマに載っける布袋さん、笑ってる布袋さん・・・
お月様を指差す布袋さんは楽しい。

それにしてもあの布袋さんの袋の中には、本当は何が入っているのだろう・・・。

センガイ遺愛の硯があった。
箱崎宮の鳥居形をしている。箱崎宮が福岡のヒトにとってどれほどの位置にあるかは知らないが、愛されている神社だと言うことは、だいたいわかる。
夢野久作「犬神博士」にも箱崎宮の宮司に貰ったとかなんとかいう台詞が出てくる。

第四章 センガイと愉快な仲間たち ご隠居様は人気者
タイトルを見るだけでハートウォーミングな感じがする。今と違って昔々はオジイサンおばあさんというものは、性格がよければ、近所で愛されてきたものだ。
そんな時代の幸せな作品が色々とある。

親子虎画賛  子の方がちょっと凶悪だが、可愛い。

美人や娘といったところも画賛にしている。純粋な美人画ではないところが面白い。
考えれば画賛と言うものは、ヒトコママンガみたいなものなのだった。

うわーっなのがあった。「絶筆碑画賛」。タイトルそのまま。岩に「絶 筆」と黒々と・・・
なんか凄いな?思わず唸ってしまった。

第五章 画賛にあらわされたセンガイの心 厳しさをユーモアにつつんで
ここには色んな画題の絵が集まっていた。モトネタを知らないとわからないものもあるが、それらには丁寧な解説文がついている。

龍虎画賛  龍は麦藁細工風、虎はとぼけたニャーッ風。虎の賛に「将和唐内」とあるが、虎で「和唐内」といえばやっぱりあのワトウナイか。将はまさに、という意味での将?と思っていたが、別にそんなことを考えずとも「ワトウナイ」でも「ワカラナイ」でもええやん、と虎に言われた気がした。
可愛いシマ吉な虎やんである。

韓信の股潜りがあった。小学生の頃からこのエピソードを知っていた。わたしは項羽も劉邦もどうでもいいが、むかしむかしから韓信が大好きなのだった。
町の悪いやつらにインネンつけられてもこういう返し方をする、と言うのはやっぱり歯がゆいものだが。

寒山拾得画賛  これはまたとても可愛い二人である。仲良く座って巻物をのぞいている。
グロテスクな二人組もいいが、こんな風な仲良しさんも可愛くていい。

されこうべ、踊る寿老人、花の絵などなど。
墨絵でシンプルな描線でありながら、大胆な明るさに満ちているのが、よかった。

多くの絵を見終えて浮かんだ言葉がある。
「ほっこり」である。
人の世の厳しいことも諸行無常なこともすべて見た上で、あたたかい絵を描いている。
そこに見るものも「ほっこり」するのだった。

11/3まで、センガイの絵を見て「ほっこり」しよう。

田中一村 新たなる全貌

田中一村の作品を集めた展覧会に行くのは、久しぶりだった。
‘95年に高島屋で、'04年に大丸で開かれた展覧会はどちらも盛況だった。
中央画檀といった日の当たる場所に出ず、奄美大島で働きながら絵を描き続け、ぱったりとあの世へ行った画家のことを、NHK「日曜美術館」が取り上げたのが、最初のブームのきっかけだったそうだ。
TVというものは怖い。見るヒトをソソッてその場へ向かわせる力がある。
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千葉市美術館についたとき、大行列なのを見て帰りたくなった。
しかしここが都内の駅前なら「サヨナラ?」だが、はるばるの千葉市美術館なのである。
駅から道に迷いながら延々と歩いてきた苦労を無にしてはいけない。
平日の昼過ぎ、どこから湧いて出たのかと言うくらい、コーレーの方々、主婦の皆さん方があふれかえっていた。

一村以前の頃、大正初期の南画が集まっている。
元々南画に関心がないので、見ていてもあまり面白いとは感じない。
しかし大正13年の元旦に描いた「白梅図」は中国ものの引用とはいえ、惹かれるものがあった。
実際、この時期でいいと思ったのは他には14年の「蘇鉄図」だけだった。
ゴロゴロした幹が集まった蘇鉄図。後年の軌跡を思うと、なかなか興味深いところがある。

やがて昭和5年「サヨナラ南画」という状況になる。
その直前の衝立の表裏どちらか知らぬが、牡丹を描いたものが、派手でキレイだった。
アゲハとオオゴマダラが牡丹の周囲を飛び交う。オオゴマダラを画中に描いたものは、他にあまり見ないので、いよいよ気に入った。

新緑虎鶫、桐葉に尾長鳥 こうした花鳥画が現われ始める。
伝統的な花鳥画とはやはり異なる色の合わせ方を見る。
新緑のその美しさは鮮やかに目に残り、少ない色遣いだと言うことを後から思い出させる。

不思議に浮かび上がるような南天図があった。
赤い実と青い葉が紙から剥がれて中空に現われそうな勢いがある。
これはよく見れば乾き方のせいで絵の載る紙が縮んでいるというか、張りを見せているから起きたことなのだが、それがまるで絵の効果のように見えた。
また、それがこの南天の絵にそぐうのが面白い。

妙な魅力のある絵があった。「仁戸名蒼天」とタイトルがある。ニトナ・ソウテンと読むらしい。ニトナは地名だということで、その広々とした青空の下に林が展開しているのだが、どこかこの世の光景とは思えないシュールさがあった。
野十郎や如鳩の描く風景とどこか通じるものがあるような。

奄美に移住してからの作品はやはり色彩や構図が一村独自のもので、「田中一村」作品だと既に意識に刷り込まれているため、これらが現われると、へんに安心してしまった。
しかし、田中一村だと思わずに作品群を眺めると、「出てくるのが早すぎた画家」だという気持ちが湧いてくるのだった。
これらの作品群が、どこか別の時代・別の地で生まれてたら、画家の生前に(賛美が)間に合ったかもしれない。

気に入った「白い花」の画像がチラシにあった。
サンシュユの白い花と緑の葉。
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着物は着ないのだが、こんな柄の着物が欲しいと思った。

9/26まで。

柏木麻里さん「蜜の下、花のなかで ―詩の世界に包まれる」

丸の内カフェと言われたとき、どこなんだろうと思った。
地名を冠するカフェがどんな場所・どんな空間・どんな性質を持つのかもわからないまま、その丸の内へ出た。
三菱一号館の隣と聞いて、きらびやかな夜の街を歩く。
道を尋ねた人は、わたしの持つDMを逆さにして「ここがここだから・・・」と自分の首まで曲げて説明しようとしてくれたが、残念なことにわたしには届かなかった。
「なんのところなんですか」
逆に訊かれたわたしは、曖昧に笑った。
そして心の中で言葉にした。

「蜜の根のひびくかぎりに、その詩のある場所です」

やがてわたしはそのカフェのある建物にたどりついた。
二匹の牛の置物がある店の前を通り過ぎ、うろうろと歩き回った。
わからないまま歩き続ける。
しかしいつまでもそのままではいられない。
わたしはついに地下三階へ降り、警備員さんに道を教わった。
―――花屋の向こう、牛のいるところ。

冥界下りのような気持ちになった。
最初に行き過ぎた場所だったから。

おそるおそるわたしもその空間に入り込んでいった。
さっき見かけた女の人たちはもういなくなり、くつろぐ男の人ばかりがいた。

丸の内カフェは二階まで続いている。
白い壁にたくさんの本が並び、自由に楽しめるように設えられている。
その空間に小さなきらめきがあった。

「蜜の下、花のなかで ――詩の世界に包まれる」

9/13から10/3まで柏木麻里さんの詩の展示があるのだった。
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それは、柏木麻里さんの二冊の詩集から恣意的に、あるいは深い意図の下で、言葉が選ばれて、丸の内カフェの白い壁に映し出されている。
壁は言葉を載せる地となり、言葉は黒い蝶のようにひらひらと壁から壁をゆく。

蝶が花から花へと移るのは蜜を吸うためばかりではない。
花に託されて、その花の想う花へ恋文を届けに行く仕事を持っている。
ここにある黒い文字は蝶であり、また花ともなる。
一つの言葉が次の言葉を呼び寄せ、新しい言葉を生みだす。
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詩人の言葉は無限に広がるが、黒い蝶となった言葉はこの丸の内カフェの空間を花園として、そこで蜜を吸い、次の花へと舞ってゆく。

やわらかな 未生

豊かな言葉がここにある。
文字を追うわたしの目は、蝶の動きを追うときと等しい。
標本の蝶ではなく、生きた蝶の美しさをわたしは知っている。
言葉は活きて、新しい命を見出すことになる。
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文字として美しい詩は、音声にしても魅力を失わない。
岡安圭子さんとの朗読会がある。
この丸の内カフェで、9/24の19:00から始まる。
予約はしなくてはならない。予約をして、当日四角いお金をはらう。
地球の、日本のおかね。詳しいことはここにある。
コトバノ惑星丸ノ内三丁目

音声を伴わない文字はこの空間を花園にしたが、朗読と言う優しい行為が伴えば、ここを「コトバノ惑星丸ノ内三丁目」に変える力があるのだった。



あおひーさん「雨のかげぼうし」

9/8から9/19までアーツ千代田3331で開催された公募展・千代田芸術祭「3331アンデパンダン」に参加されていたあおひーさんの作品を見に行った。
元は中学だった建物がリノベされて、こうした空間になっているのはとても素敵だ。
京都のマンガミュージアム、大阪の精華小劇場などがその仲間である。

あおひーさんとあべまつさんのお二方のご案内で、現代アート素人のわたしも、そこに広がる数々の作品を見ることが出来た。
まず何より先に、あおひーさんの作品を見る。
あおひーさんは「雨のかげぼうし」と名付けられた五枚組の写真を出されている。
あおひーさんのブログにその様子がある

あおひーさんのお写真はひどく個性的だ。
被写体がいつも「かげぼうし」のように曖昧な形を見せ、それ自体の個性を殺しつつ、活きている。
人間だけではなく、花やベンチなどもそうである。
前回の個展で見た作品はやさしい色調をにじませていたが、今回は一枚だけ、かすかな色めを見せている。
後はふんわりしたモノクロである。
DMに使われた作品をあげてみる。
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ソフトフォーカスのその像はたぶん、雨の日に傘を差しながら自転車をこぐ人を捉えている。
しかし「雨のかげぼうし」というタイトルにふさわしく、この像は「かげぼうし」であり、実体ではない。
あおひーさんが写した時点で、かげぼうしだけが活きて動き出してしまうらしい。
(像の本体はどこか遠いところに隠されているのかもしれない)

次にこちらは栞としていただいた作品である。
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傘を差すひと。鞄を肩に掛けている。
キノコのようにも見えるし、幕末の股旅道中の旅人(たびにん、と呼ぶ)のようにも見える。
けぶるような影の先には少しばかり色彩もあるが、それはオーラのように広がっている。

会場の一隅、隣の白い壁が90度に寄せる場に、これらが集まっていた。
最初に展示された場から離されて、ここに集まったそうだ。どんな経緯があったかはわたしにはわからない。
しかし一つ面白いことがあった。

作品は直角を成す壁の端に飾られている。
その前の床にジャコモ・マンズーの枢機卿を思わせる彫刻が配置されていた。
その影があおひーさんの作品のかかる白い壁に延びている。まるであおひーさんの作品を応援しているかのように。
わたしはひそかに、そのことを喜んで見ていた。

長居は出来なかったが、わたしなりに多くの作品を見たし、わからないものは解説も受けた。可愛いと思う木彫作品にも出会い、「これが絵本なら」と勝手に物語を想像する絵画もあった。
そしてそれらを見た目で改めてあおひーさんの写真を見る。

不思議なくらい、他者の影響を受けていない作品だった。

最初、まだあおひーさんの作品を見ていなかった頃「どんな感じの写真なんですか」と尋ねると「ボケとブレの」と言われ、「森山大道みたいな感じですか」「そういう荒いのじゃなくて」・・・ソフトフォーカスで柔らかく、というのを聞いて、近代建築の撮影をメインに、構図や芸術性などは二の次に、記録記録記録を意識して、細部を執拗に連写する自分との大きな差異を感じた。

しかし実際に作品を目の当たりにすると、深い納得が生まれてくる。
とてもやさしい、やわらかい、ちょっとトボけた味わいのあるおしゃれな作品だからだ。

この展示は終わった。
しかし次は来月末に東京交通会館で、そして12月には銀座で新作の発表もあるそうだ。
それを楽しみにしている。

九月の東京ハイカイ?

日曜日、いよいよ最終日。日本橋のロッカーに荷物を蔵う。以前は宅配で送ってたが、ポメラを持ち歩くのはいやなので、ポメラも荷物も一緒にしばらくは暗い中で寝ててもらうのだ。
今日はメトロ、都営に9回ばかり乗るので共通券を買う。千円。
暑いのでバスに乗ることにする。
高島平に9:14につき9:18のバスでgo!
板橋区立美術館に9:27ついた。
諸国奇人伝。キは田扁のキ。
石川淳の小説にもこのタイトルのものがある。

大変面白かった。この時間帯は私だけの鑑賞会になった。
しかしTVで紹介されたから、翌日からはどうなることやら。

10:22バスに乗り成増へ出たが、地下鉄は少し離れていた。次は野間に行くので、このコースもアリやなと考える。野間への道もバスに乗ろうかと思ったら、出たとこでした。
12分待つんなら10分で歩く方がマシなので歩く。
野間への道を歩くときは、はぁはぁ言わないようにする。
以前あの坂を上ってたら、見知らぬお兄さんに「女の人が外ではぁはぁ言っちゃダメだ」と言われたのだ。
外で、というのがウケたなぁ。

野間では清方門下の美人画がぞろぞろ集まっていてホクホク北北。←なにがほくほくキタキタやねん。
やっぱり近代美人画が大好きだとシミジミ実感。おなじみの美人たちに再会して、大いに機嫌良くなる。

上りは裏道から、下りは新目白通りと決めているので、道なりにセキグチパンがある。
ナスのパンや、もちもちカスタードはよかったけど、あんドーナツが妙に噛みきりにくかったな。残念。

豊洲のukiyoe-Tokyoの「江戸の英雄2」見る。
今回は役者絵がメイン。前期。チラシの端っこについてた割引券は次の後期にも使えるそうです。

出光美術館。センガイ和尚さんの絵。朝イチに白隠の絵を見たところなので、いよいよ親しいココロモチで眺める。
わたしは坊さん関係は戯画は好きだけど、説法とかたいへんニガテでサヨナラなのだが、センガイ和尚も白隠禅師もやかましくないのがいい。

その後、詩人の柏木麻里さんと少しばかりおはなしする。
丸の内カフェでの詩の展示の感想など。
わたしが差し上げた詩の感想(という形の散文)についても喜んで下されて、ほっとした。
言葉への愛、言葉への執着、それらがモノクロの空間に生きている・・・・・
また今度ゆっくりお会いしましょう!!
柏木さんの詩の朗読会は9/24丸の内カフェで七時から

機嫌良くお別れしてから外神田へ向かう。
あおひーさんの展示を見るのだが、ここでまた大いに道に迷う。
事前にはろるどさんからもわかりにくいから気をつけて、と注意をうけてたのに、<ニモカカワラズ>というか<キターッ>というか、案の定なことに。
あべまつさんからもメールが来てようやくたどりつく。
最後までこれか!←自己責任。

千代田芸術祭3331アンデパンダン。実に多くの展示がある。公募なので種類もいろいろあるそうな。
身びいきというのを別にしても、あおひーさんの写真は誰の影響も受けないオリジナリティーにあふれていると思う。そこがいい。

他に何点か気に入った作品があり、それらを選んで投票する。
まだまだ現代アートはわたしにはムツカシイ。
そこであおひーさんとお別れしてあべまつさんと高島屋でおしゃべりする。
飛行機の都合があるのでしばらくしてサラバ。また今度いろいろおしゃべりしましょう。

機内は空いていて気楽に大阪へ戻る。
タクシーから降りたら、玄関に三角な耳の影が見えた。
庭猫のお出迎え。でも門を開けたら猫たちは走り去ってしまった。

次の東京ハイカイは東大寺大仏展の内覧会から。

九月の東京ハイカイ?

朝一番早いのはパン屋のおじさん♪という歌があった。
小学生の時いつも学内放送で流れていた。
ホテルの食堂が開く時間に行ったらやっぱりパンは焼かれていた。ホテルの厨房で焼いているパン。
去年からずっとこのホテルに泊まっているが、やっぱりそれってここのクロワッサンの力かなぁ。
今日は焼きそばパンまで食べたわい。妙においしいなぁ。
実は関西ではみかけないのがこの焼きそばパンなのだった。いや、学生相手のパン屋さんにはあるんかもしれないが、まず自分では買わないな。

土曜日も暑い。世田谷美術館へ向かう。二千歩くらいかかるみたい。
開館と共に入る。スイスのコレクションは期待できるのでわくわく。
おもしろかったが、オリジナルクッキーが完売してたのが惜しいな。
二階の企画は小堀四郎と妻の杏奴の展示で、以前からたいへん惹かれていた連作にも再会して、ご機嫌になる。
それでレストランが展覧会に即したメニューのお弁当を売り出していたが、偏食のわたしとはちょっと合わないのでパスして、地階の休憩所で持ち込みのおやつをかじるが、甘すぎて、それはそれでメマイがする。

暑い渋谷を歩く。また道を間違えて、途中で曲がる。なんか青森のねぶたなメロディが聞こえる。
夜のニュースで、ねぶたがここに来たのを知るが、実物は見なかった。
26のとき夏の東北に旅行した。二人だったから「みちのく一人旅」ということにはならず今も生きている。

和田誠の展覧会を大いに楽しむ。わたしは映画「麻雀放浪記」に感動したクチなので、そのポスターを見て喜ぶ。

それで次は写真美術館へ行くのだが、大炎天下にこのJTから渋谷駅までの混雑を歩いて、恵比寿から延々と歩くことを考えると、暑いのに寒気がしたな。(でもこの寒気は持続しないのがあかんな)
優しくて可愛いハチ公バスが私を運んでくれるやないの、と乗り込んだら小一時間かかった。ちょっと色々考える。

黒澤明の絵コンテや作品に即した絵を見るのはそれこそ20年ぶりなり。懐かしい作品も多かった。
しかし黒澤作品で好きなのは大昔の「羅生門」くらいで、他はあんまり熱を入れて見なかったことを、改めて思い出した。

ヱビスビールのお祭りしてはる。可愛いミニ電車が走るのがいい。
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ビールが飲めたらイベントに参加したいのだが、アレルギーがあるのでビールとは無縁。これが日本酒ならちょっとだけ参加するけど。

山種ではわたしの「ヤマタネ・ザ・ベスト3」のうち二点が出ていた。華岳「裸婦図」と御舟「炎舞」。たいへん嬉しい。後の一点は栖鳳「班猫」ね。

よっぽど弱っていたのか、渋谷橋の螺旋階段の登りはじめでけつまづいたが、却ってそれで根性が入った。
四時前に泉屋分館に行く。古い日本画の良さを満喫してからお茶もいただいて、四谷経由で損保へ向かう。
今回どうもよく道に迷うのでいっそ西新宿から行こうと思っていたのに、こういうときに限り新宿止まりというのにあたり、結局いつものように道を間違いながら損保へ向かう。

損保、工事のため外壁に数字が書き込まれている。なんだか妙に素敵だ。
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ウフィツィ美術館の肖像画をみるが、どうも体質に合わない。わたし、わたし、わたし、という自我が押し寄せてくる。だから<わたし>は好まない。

地上を歩く。正直に言うと地下を歩いて楽しいのは大阪に尽きる。慣れてるからというだけでなく、狭い分、なにかと工夫があり、隙がないので楽しいのだ。
新宿の地下を歩くと諸星大二郎の「地下で遭難するサラリーマンの話」を必ず思い出す。
あいにくタイトルを度忘れした。
(一村雨さんより「地下鉄を降りて」だと教わりました、ありがとうございます♪)
少し歩くと都営の入り口があり、地図が正しいというか、地図に沿って歩けたことを知る。振り向けば損保の高いビルが見えた。
地上で一直線なのはこの出口なのだった。

初台のオペラシティへ。
ベルギーの近代絵画をみたが、実はそれよりも併設の現代日本の幻想的な絵画を集めた企画展がたいへん良かったのだ。知らずにきたので、びっくりした。
ああ、面白かった。好きな作家さんの作品もあったし、嬉しかった。魔術的リアリズムということかしら。

晩ご飯、何を食べようかと思っていたら「太平燕」タイピーエンの文字が。以前熊本で食べた春雨のラーメン、あれか。本当は洋食が食べたいお口になってたのに、ついついタイピーエン食べたさに入る。

おいしかったけど、なんとなく洋ものがほしいので、成城石井に寄ると、チーズケーキとマンゴータルトのセットがあるのでそれを買う。
二口くらいのサイズなのがほしいので、ちょうどいい。
それでなにげなくジャムコーナーを見たら、なななんとカヤジャムがあるやないですか!!!
シンガポールで食べて以来ハマッてしまったあのカヤジャム!!嬉しいわ。
早速買う。しかし瓶詰めのそれはちょっと色が濃くて賞味期限も長いので、日本向けに作られたものかもしれないと思った。原産地がマレーシアだったし。
まぁおいしかったらええし、それで次からは梅田店で買えるやろし。

阪神が巨人に勝ったとメールが来たのでスポーツニュースを色々見てから寝る。
大阪では必ず地上波で野球放送があるのに東京では野球は冷遇されている。
やっぱり住むのはわたしの場合、大阪でないと無理なのを実感した。

九月の東京ハイカイ?

九月の東京ハイカイは非常に暑かった。
行く前日まではなにやら涼しげであったようだが、西の熱気を共に運んだのか、めちゃくちゃ暑い金曜だった。
大阪より暑いんとちゃうかしら。
思わず一人ごちるほど暑かったせいでか、京成電車ではよく寝た。しかし佐倉に行くのに飛び乗った電車が成田行きなのはええとしても、佐倉へ止まらないと言うシロモノだったので、乗り換えたり色々して、惰眠をむさぼりましたということにはならなかった。
佐倉に降りたら、いきなり蝉の声がするやないですか。
やっぱり田舎やな?と思いながら坂を上ると、さっき見えてたはずの佐倉市立美術館がない。
暑いんで蜃気楼でも見たのかと我がアタマを疑ううちに、出ました、美術館。
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津田信夫展。
例によって例のごとく、各展覧会の感想は後日。

遠い地にまで来てよかったと思いつつ、坂を下る。
傾斜の都合で足が速くなる。
そういえばこの美術館たしか「海抜20Mから市内一望」とかなんとか謳うてたな。

駅に着いたら上野行きが来たので津田沼まで行く。
千葉へ出ました。
初めて赤いわんこの「ちーば君」を見る。
かわいいキャラ。国体の宣伝してた。「半島」とあるので不意にペニンシュラを思い出したが、よく考えたら千葉は房総半島、インドは亜大陸、彼岸島はマンガだった。

暑いのにやっぱり道を間違える。
だーーーーれもいない道を延々と歩くが、なぜこんなことになるんだろうと自問する。
炎天下、民家が道の向こうにあり、道路も走っているのに、本当に誰もいない道を延々と歩くと、人類が滅亡したとか、ここらの人々は夜にならねば姿を見せぬ種族だとか、色々な妄想がわき起こる。
映画「パリ、テキサス」がきらいなのは冒頭が今のこの状況に似ているからだが、とうとうあきらめて元の道にもどり、そごう沿いに歩いた。

千葉市美術館に着いた途端、さっきの無人の道はこのせいかと錯覚するような状況が広がっていた。
田中一村展、大行列なう。
せっかく苦労してここまで来たからと並んだが、参ったなぁ。
やっぱりわたしは晩年の色彩の鮮やかなのがよかったが、ちょっと酸欠になる。
隣の企画では同時代の画家の展示もあったが、お気の毒に割を食っているようだった。

千葉から深川経由のお堀端というルートで、近美に行く。
松園さんの気品のある婦人像を見る。
大方はなじみのあるご婦人方だが、やはり初見がいくたりか。
だからこそ、こうした大がかりな回顧展は面白いのだが。

常設にもいいものがたくさん出ていて、パチパチ撮りたおした。それだけで一本の記事が書けそうだ。
前回の展覧会で作られたものがまだそこにあるのが嬉しい
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外に出てもまだ暑い。
しかし夕方のやさしい情景がそこにある。
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大正新版画の世界みたい。

丸の内についた。三菱一号館。中庭のきらめき。
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靴音を立てないでとあるので、絵を見る楽しみの他に、「抜き足差し足忍び足」で歩く面白さを満喫した。今日の私はお能の人にも誉められるかも、と自己満足。

さて近くの丸の内カフェに向かうのに、逆方向へ歩いたり色々あり、なかなかたどりつけない。
先にご飯を食べたけど、なんでこんなに道に迷うのか再び自問。
「善財は道を尋ねて文殊に会った」とか「逃げた牛を探し歩いて、みつけてから宥めたりすかしたりして、やっとこさ連れ帰る」・・・そういう説話を思い出しても、実際のところは全然自分と無関係なのだよな。

やっとみつけたよ、モォ?。IMGP8399.jpg
最初に通り過ぎたとこやんか。

ここでは柏木麻里さんの詩の展示を見る。
白い壁に文字がある。文字と文字との余白に感情が沈んでいる。
目というライトがそれを浮かび上がらせ、言葉が呼吸を始める。
そういう感覚を楽しんでから、カフェを出た。

立派な明治生命ビル。IMGP8400.jpg

夜になってもやっぱり暑いんで、その日は何もせずただただ寝た。

美術館・博物館:入場フリーショップ、カフェ一覧・大阪版

弐代目・青い日記帳のTakさんが、都内ミュージアムの「チケット無しで利用可能なショップとカフェ(レストラン)一覧」を作成されました。

まったく素晴らしいことです。
こうした記事を作成される熱意と善意には、本当に頭が下がります。
そしてTakさんから関西版をがんばって、とツイッター上で指名いただいたわたくしは、以後試行錯誤を続けてまいりましたが、とりあえず大阪版を記事に挙げることにいたします。
原則として、企業資料館、社寺宝物館、大学ミュージアムは載せていません。

美術館・博物館ショップ、カフェ一覧(大阪府下)
○…チケ無しで利用可。×…チケットが必要。

場所shopcafé
池田市歴史民俗資料館
池田文庫
和泉市久保惣美術館××
逸翁美術館
大阪企業家ミュージアム×
大阪城天守閣博物館×
大阪市立科学館
大阪市立近代美術館(仮)×
大阪市立自然史博物館
大阪市立住まいのミュージアム大阪くらしの今昔館
大阪市立東洋陶磁美術館
大阪市立美術館×
大阪府立弥生文化博物館
大阪歴史博物館
上方浮世絵館
交通科学博物館××
国立国際美術館
国立民族学博物館
堺市立博物館
堺市立文化館与謝野晶子文芸館 アルフォンス・ミュシャ館
サントリーミュージアム天保山
司馬遼太郎記念館××
吹田市博物館
なにわの海の時空館
南蛮文化館×
日本民芸館・大阪
日本民家集落博物館×
藤田美術館注1
正木美術館×
湯木美術館×

注1・・・向かいの太閤園の各レストラン使用時に「藤田美術館の割引をお願いします」と申し出れば2割引のサービスがあります。


とりあえず大阪版を作成しましたが、間違いや新情報などがあれば、ぜひぜひご連絡ください。
その都度修正していきたいと思います。
大阪版の次は京都版を挙げますが、もうしばらくお待ちください。

高島屋貿易部 アルバムと下絵

高島屋史料館で「高島屋貿易部 アルバムと下絵」を見た。
ご維新後に高島屋は外国人に向けて、色んなものを販売したそうだが、その外国人向けの店舗や物流も備えた貿易会社が出来たのは、大正時代らしい。
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素敵な古写真がある。
左上は明治26年の店舗、左下は明治末の横浜の店舗。

とにかく外国人にNIPPONの美を紹介し、販売しなくてはならない。
万国博覧会にもどんどん出なくては話しにならない。
明治の日本のがんばり具合は、こうした展覧会からも伺われる。

現在の迎賓館、建築当初は東宮御所の赤坂離宮の内装を高島屋は受注し、丁寧な仕事をする。「孔雀の間」。
ここにかけられた孔雀の絵は刺繍もので、それと同じ力の入れ具合で、外国人向けの商品を拵えたのだった。

錚々たる画家たちの協力を得て、丁寧な仕事をしているが、その模様を写したアルバムが、今回手にとって眺めるようにされていた。

それを眺めると、やっぱり「いかにも明治」な作品が次々と現れ出てきて、ちょっとわたしはニガテだと思った。

トコノヨノナガナキドリ、タカ、ワシ、クジャク。
神阪雪佳もその弟・松涛も仕事を遺している。
竹内栖鳳の光琳風四季草花図、都路華香らの作品もある。
明治?大正の京都画壇の達者たちの仕事がこんな風に見られるとは。
そしてアルバムのモノクロ写真は、妙にイキイキしていた。
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シャム王室御用達の高島屋。
ここには王様のゾウのための背掛けがあった。雪佳のデザインによる四羽のクジャク。
クジャクとゾウの物語を少しばかり思い出す。

色々楽しめる展覧会は9/25まで。

「型が生みだす、やきものの美」を見に兵庫陶芸美術館へ行った

急に思い立って立杭焼の里にある兵庫陶芸美術館へ向かった。
JR相野駅からバスで15分弱ということだが、その相野までが遠い。
阪急で宝塚まで出てJRに乗り換えて相野で降りたが、見渡す限り何もない。
IMGP8352.jpg立派な里山。

ちょっと学校が見えるが、本当にコンビニもマクドもお店も何もないのだ。
宝塚までは子供の頃から数え切れぬほど来ているが、その向こうには数回しか来ていないが、こんなにのどかな地とは思いもしなかった。
基本的に都心ではない遠隔地に行くときは人と一緒に出向き、喋ってる間に目的地に着く、というシステムを採っているが、思い立っての外出では一人で行くしかない。
朝イチから出かけ、開館5分前に待合いのイスに座ったりしていたが、見えるものは山ばかりなり。

兵庫陶芸美術館は本当に敷地も広く、建物も何棟にも分かれていて、大きな美術館だった。
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この地の立杭焼は日本六古窯の一つと言うことだが、向かいの徒歩10分ほど先の地は、窯元ばかりで、実際にバスの車窓から登り窯なども見えた。
また三田市や丹波篠山は古くからしいたけなどが有名で、しいたけ狩などの施設もある。
以前から気になっていた「しいたけ・かさや」もこの近くにあるらしい。
(しいたけで「かさ」やという名がとても気に入っているのだ)

今回は「型が生み出す、やきものの美 柿右衛門・三田」という企画展が見たくて、飛んできたのだった。
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ろくろ製法の陶器より、型を使うて成型する磁器にひどく惹かれる。
今回の展覧会はそのわたしの嗜好をもろに衝く内容なのだった。
このチラシを見ているだけでそそられもしたが、万難を排し、遠出した甲斐のある展覧会だった。
全部で4章に分かれて、やきものと、その土型などが展示されている。
全部で600点を越すやきものだが、前後期の展示替えでほぼ半数が展示されている。
全品を楽しく、また真剣に眺めたが、そのうちの15点ばかりが特別によかった。
一般的にどうと言うのはわからない。あくまでもわたしの嗜好に沿う15点である。
しかし鍋島以外はあいにく、殆ど画像がない。
ないが優れたチラシをここに挙げることで、だいたいのところを想像してほしいと思う。

1.土型に刻まれた精緻な文様 欽古堂亀祐の仕事
2.土型が明らかにする製作技法 亀祐の土型より
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この2章では地元の三田焼と王地山焼のやきものと、その土型が展示されている。
上段左端の卍は惜しくも前期展示だった。
右から二つ目は三田焼の台鉢だが、どちらも釉薬がとても濃く掛かっている。
わたしが気に入った三田の「青磁猿鹿文方形鉢」もまた釉薬が大変濃く掛かっていて、見込みの猿と鹿が細かい柄を埋もれさすほどだった。
どことなくアンリ・ルソーを思わせる構図で、妙に可愛い。
これが土型形成ということは、ほかにも同一品があるわけだが、今出来なのをショップでみつけた。

青磁牡丹文八角型小皿  これも濃く掛かり、まるで元代の青磁のような趣がある。
しかし見込みの牡丹はシュールなまでにほのぼのと美しかった。

同一の土型から生まれた三つのやきものに、違う色付けをする。
一つは青磁、一つは青磁と文様部分に蝋引きして素焼風にみせ、一つは色絵にする。
煎茶用の「青磁牡丹文四方茶心壺」がそれである。
全体に青磁が掛けられたものは、大き目の貫入が入り、それがひどく魅力的だった。
また文様だけ蝋引きしたものは、どうしてか貫入が全く無く、青い羊羹のような滑らかさがあり、これはこれで面白い味わいがあった。
そして色絵に仕立てられたものは、どことなく中華風な趣があり、同じ型から生まれても、全く別な顔を見せてくれた。

面白かったのは青磁虎文硯塀で、この虎は「山海経」に出てくる山神のような顔つきをしていた。世にどれだけ同胞がいるか知らないが、一匹だけで見れば何気にのどかな風情がある。

それにしても土型は、それ自体が興味深い。
和菓子を作るのに木型の版があるが、それと共通する面白さがある。
私は全くの職人芸より、多少人工的な技能が入った工芸品・工業品が好きなのである。

3.土型から生みだされた優美なうつわ 柿右衛門窯の仕事
4.土型が伝える生産の側面 西日本の窯場より
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実際のところこの3章4章が目当てで来たのだが、こちらは完全に鑑賞&賞玩だったが、先の2章は発見&感心という状況だった。

先般「誇り高きデザイン 鍋島」で見たシャッシャッシャッと線が走る「花文」皿の親戚筋に当たるような、放射線状のデザインがここにもあった。
あちらが打ち上げ花火だとすれば、こちらは線香花火といったところで、もっと線は細かった。しかし見るほどに魅力的な出来である。

チラシに出ている柴田夫妻コレクションの伊万里・花文折紙形皿は、色絵と青磁だけでなく白磁もあった。どれも本当に優美極まりない作品で、正直なところ「この作品」に惹かれてここまで来たといっても、過言ではない。
色絵のほうで、右端の葉の部分が一部白く見えるのは剥落のせいだと知ったのも、実物を前にしたからだ。
その剥落がまた微かに銀色に光を残すのが綺麗だった。
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柿右衛門ではひどく魅力的な皿があったが、チラシにその名が別な皿に当てられていた。
染付雪輪松文隅入長方形皿  左上に雪輪が可憐に集まり、左下に矮い松林が広がる。
その空間に、小さな青い染みのような、帆掛舟が二艘。
なんとも言えず平和で静かな風景がそこにある。いつまでも眺めていたい風景画だった。

鍋島では先般紹介した「椿」と「桜花籠文」が出ていて、それだけでわたしはニコニコである。そして更紗文の魅力的な皿も並び、やはり色鍋島の魅力は深い、と改めて思い知った。
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これまでは土型形成ばかり見てきたが、一点だけ木型形成の大皿があった。
明治九年の有田焼の染付である。その竜虎文の大皿は四尺もあった。120cm。
いかにも明治、な構図だが、この木型がまたすごかった。
地元大工のヒトが寄せ木で拵えたもので、知らずに見れば何の道具がわからないままだ。

他に源内焼の蝶や鯛に可愛いものがあった。
そして常設の企画室では、地元の丹波焼がずらーっと並んでいた。
これらは大きいものならわたしも好きだ。つまり玄関脇に置くとか、庭に設置するとかしたいタイプ。芭蕉の鉢植えなどもするなら、これでやってみたい。
そうした安心感があるやきものだった。

美術館にはレストランがある。
地元で評判の、野菜をよく使うレストランである。
ランチコースは一種類。
前菜、パスタ、デザート。みんな手の込んだお料理でありながら、素材の旨みを前面に押し出している。
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南瓜のバニラ煮込み、デザートのまくわ瓜シャーベットにはびっくりした。
野菜には甘味だけでなく苦味も活きていて、おいしかった。

さて帰途のバスである。
行きはこの美術館まで来たが、次のバスはここから徒歩10分ほどの立杭公会堂前まで行かねばならない。12:25のバス。それを逃すと15:25までない。
サイトには徒歩5分とあるが、とんでもない。
美術館が広大な敷地にあるため、場所によっては15分かかるのである。
わたしは時間を気にしながらランチをいただき、てくてくとバス停へ向かった。
橋にも公会堂の前庭にもやきものが使われている。
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駅では一時間に2本の電車を待った。
やっと電車が来て宝塚で降りたとき、本当にほっとした。
わたしは日曜は宝塚までなら気楽に行けるのだが、それより西に行くのは、かなりの気合が必要なのだった。
一時過ぎの宝塚・花のみちを手塚記念館へ向けて歩き出し、そこでようやく「帰ってきた」実感が生まれたのだった。
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サンリオスペシャルコレクション展 いちごDAYS あの頃のわたしからの招待状

大丸心斎橋で「サンリオスペシャルコレクション展 いちごDAYS あの頃のわたしからの招待状」を楽しんできた。
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‘70?'80年代に幼女だったヒトビトにとって、サンリオ=夢の国だったはず。
私と妹とは’80年までいちご新聞を購入していた。
そのときサンリオショップのおねえさんが、小さなオマケを必ず新聞につけてくれたが、モノモチのいいわたしはちゃんと残している。
ああ、本当に嬉しいサンリオキャラクターたち。

私はこのチラシのいるキャラのうち、「あの頃」はキキララのリトルツインスターが好きだった。妹はマイメロディのファンで、色んなグッズをたくさん集めていた。
今回その時代のグッズたちが会場セマシとばかりにあふれている。
もう、ほんっと嬉しい。

このイベントだけは友人と来たかったので出遅れたが、お仲間が実に多くて、わいわいがやがやという声も楽しげで、本当にシアワセがあふれる会場だった。
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ジックリ楽しませてもらえたな?カメラOKなのでパチパチ撮ったりしたし。
一人で来ているヒトにも声をかけて、キャラクター絵看板と2ショット撮影してあげたり。
これでまた幸福度が高まるんですよ?
ああ本当に嬉しかったな??
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ショップでも色んなグッズを探したりしてコワイコワイ。
復刻ものもあったりで、感心しきり。
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初めて知ったキャラもいる。あんまり可愛いのでドキドキ。
でも、現在うまれのキャラグッズはないので、マイメロディのライバル・クロミちゃんグッズがないのが、ちょっと残念。
わたしはクロミちゃんの小悪魔的なところが可愛いのよ??

色んなことを思い出して、子供時代の楽しかったことがこうして今と直結してくれたのを、本当に嬉しく思う。
9/13まで。ありがとう、サンリオ。
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キャラクター総出演の図。

川本喜八郎 追悼

8月23日にこの世を去った人形作家・川本喜八郎氏への追悼をささげたい。
しかしこれは自分が見てきた川本氏の作品を追想することでもある。

最初に氏の人形を見たのは、NHK人形劇「三国志」からだった。
本放送も再放送もかなり熱心に見ていた。
数年後、その三国志の人形の展覧会が開催されたが、そこで間近に見た人形たちはいずれも存在感があり、大きく感じられた。
しかしそこで何かしら違和感を感じたことは確かだった。

その違和感が何かが、長くわからないまま、時間が流れていった。
わたしは元々「人形」そのものへの偏愛が強く、川本だけでなく、辻村ジュサブロー(現・寿三郎)、ホリ・ヒロシ、四谷シモン、吉田良らの人形に、疼くような愛を懐いている。
その人形たちと、川本の人形との間には何か大きな違いがあるような気がしてならなかった。
それは人形の外観といったことではなく、もっと別ななにか・・・
しかしその答えを、私は長く見出せなかった。

ある年、わたしは女優・岸田今日子が小説を書いていることを知った。
長編小説「もう一人のわたし」を掲載誌で読んでから、何かに撃たれたように、彼女の小説を求め続けた。
やがて「いばら姫またはねむり姫」という見事な作品を知った。
その小説にのめりこんで、その狂熱が静まった頃、今度は川本喜八郎が「いばら姫」を映像化したことを知った。




その映像は「徹子の部屋」で一部分だけTV放映され、わたしは狂喜した。
TVで川本は撮影の苦労話やエピソードなどを淡々と話し、聞き手の徹子さんだけでなく、視聴者の私も深く相槌を打ち、感嘆した。

その映像を見るうちにわたしは、自分が以前展覧会で感じた違和感が何かがはっきりとわかった。

川本喜八郎の人形は、展覧会の場では本当には活きていないのだ。

前述の作家たちの人形は、動かされずにいる展示の間でも、それぞれが知らん顔をして、観客を観察するような趣がある。
しかし川本の人形たちには、それが薄い。
これは作家性の違いと言うものかもしれない。
それではどこで川本の人形は輝くのか。

映像だった。
川本喜八郎の人形たちは映像の中で呼吸し、考え、憤り、静かに微笑んでいた。

後年、人形の実演、ライブを見たとき、いいものを見たと思う反面、川本作品は映像化されたときの方がより深い魅力がある、と確信した。
それは川本喜八郎と言う作家が「人形作家」であると同時に「映像作家」であることから来ているように思う。

「徹子の部屋」の数年後、手塚治虫記念館で待望の「いばら姫またはねむり姫」全編を見ることが出来た。あのときの感動は今も自分の細胞質に記憶され続けている。
もう随分前の話ではあるが。
そして上映会で「火宅」などを見ることが叶った。
そのとき、川本喜八郎の「映像作品」の感嘆し、彼の生み出す人形たちは、映像の中でこそ輝く、映画俳優なのだと自答した。

ライブと映像と、どちらもそれぞれ違う魅力がある。
どちらが上と言うこともない。
しかし川本作品は、映像の魅力が深い。
そう確信したわたしは、彼の新作を待ち望んだ。

どう考えても映像化するのは不可能だと、思う作品がある。
折口信夫「死者の書」と泉鏡花「山海評判記」である。
どちらも難解な筋と、途中で「あのヒトはどこへ?」という疑問がわく小説である。
小説、と言う範疇から外れて、むしろ「物語」と呼ぶべきかもしれない。

そのうちの折口信夫「死者の書」を川本喜八郎が映像化すると知ったとき、ぎょっとした。
ムリだ、と思う一方で「川本なら可能だ」と思いもした。
それは映像作家としての川本喜八郎の才能を信じていたからだが。

ついに映画「死者の書」が完成し、それを東京まで見に行ったときの感動の大きさは、ここで再現できない。
そのときの心はここに記してある。
そしてこのブログを読んでくださった関係者の方のご好意で、わたしのこの記事は川本喜八郎の公式HPの「死者の書」サイト中の「コメント集」に紹介された。

「死者の書」は見事な映像作品だった。
単に小説を映像化した、と言うものではなく、そこに映像作家・川本喜八郎の魂が込められている。
執心を描き、その執心の解脱をも、視る者にはっきりと見せてくれたのだ。
すばらしい作品だった。

「死者の書」の映像を見るために色んなところに出かけるうち、日日が過ぎていった。
あるとき「三国志」の実演チラシが手に入り、それも見たいなと思ううちに、悲報が入ってきた。

辻村寿三郎は小舟に自らが世に出した人形たちを積み込んで、船頭として櫓を取り、隅田川から湾へ出て、彼岸のかなたへ向かう映像を、作っている。
しかし川本喜八郎はそうした映像または遺書を残さなかった。
だが、かれの作品は、映像作品は、生き続けてゆく。
DVDや上映会などで今後も活き続け、新しいファンを得続けてゆくだろう。

ありがとう、川本喜八郎。
今はただあなたの映像作品を胸に抱いている。

誇り高きデザイン 鍋島

サントリー美術館の「誇り高きデザイン 鍋島」展は楽しい展覧会です。(言い切る)
この数年の間に見た「鍋島」の展示の中でもレベルの高さだけでなく、見せ方のよさに「!!!」となったなー。
三期に分けて展示換えもあるけど、本当にいいものが集まった、という感じ。
サントリー、出光、戸栗、東博といった都内のそれと知られたコレクションと、本場の九州陶磁文化館からゾクゾクとお出まししてるし、林原、今右衛門古陶磁美術館、田中丸コレクションと錚々たる名が見える。
とにかく名品をこれだけの規模で集めた、と言うのはやっぱり凄いし、えらい。
それをこうして見せてくれるサントリーに感謝、協力しはった美術館、個人コレクターの方々にお礼。
tou392.jpg チラシ表 
tou393.jpg チラシ裏


誇り高きデザインということで、章ごとのタイトルもなるほどなるほど。
1.鍋島藩窯の歴史
2.構図の魅力
3.鍋島の色と技
4.尺皿と組皿
5.鍋島の主題 四季と吉祥
それと参考作品とがダーッと集まっている。
(オノマトペなくして関西人はモノを語れない)

こういう鍋島焼の花園みたいな場所に降り立った以上、ただただ愛でて楽しむばかりなり。
案内や宣伝はわたしにはムリ。
ひたすら気に入ったものばかりを挙げてゆこう。
・・・とはいえ、無限に書いてしまいそうなので、少しだけここに挙げることにする。
順位は関係ナシのヒイキの極限。

とりあえず上のチラシ裏にある中列左の色絵藤棚文大皿、これは白藤と藍色の崖らしきものがマッチしていて、おとなしいけれど本当に優美だと思う。
その隣の白鷺3羽もいいなぁ。

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白鷺から今度はナゾの黄色い鳥vsセキレイ。どちらも仲良しなカップル。
このセキレイ皿を最初に見たのは'98年の三越での「色鍋島」展だった。
鳥に詳しくないわたしは勝手にカササギだと信じ込んでいた。
サントリーの後に向かった東博の常設にもこのカササギ、いやセキレイがいて、とても嬉しかった。

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左の皿を最初に見たときのショックは大きかった。てっきり現代の作品かと思ったのが、そうでないわけでしょう。デザイン、と言うものへの意識が変わった一枚。
隣のウサギさんはやっぱりデザインの巧みさに!!!となった一枚。月ウサギ。
月を見て跳ねるのは伊万里のウサギ、こっちのウサギは月の中にいるらしい。

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櫻をモティーフにした鍋島は本当にいとしい。
静かにシュールな世界が活きている。

今回こちらは見なかったが、櫻をデザインしたものなら、このお皿も好きだ。
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不可思議な美しさと言うものを、実感する。
(このお皿は現在、兵庫陶芸美術館で展示中)

画像はあるけど、どちらを見たのか判然としなくなったので、出さないのが色絵更紗文皿。
万華鏡をのぞいたような美麗な世界が、円の中に納まっている不思議。
本当にきれいだった。
こうした幾何学的な更紗文を見ると、イスラームの宇宙を想うのだった。


そして白椿の愛らしいお皿がある。
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形も可愛いし、横つなぎなのが仲良しさんな風でいい。

最後に現われるのは当然こちらの椿。
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本当にわが最愛の椿。

ありがとう、鍋島。ありがとう、江戸時代。
こんなにも素晴らしい作品を生み出してくれて。


10/11まで開催中。

「写真絵はがき」の中の朝鮮民俗

高麗美術館で 「写真絵はがき」の中の朝鮮民俗 という展覧会が開かれている。
副題が二つある。
「1910年 日韓併合から100年」
「100年前への時空の旅 1900?1945」
行った日は2010年8月28日で、日韓併合の日は1910年8月29日だった。

政治的・歴史的なことをここに書かないようにしている。
わたしは自分が「面白い」と思ったことにしか反応できないからだ。
それが「日々是遊行」と言うことだと思っている。

美術館へはスリッパに履き替えて「こんにちは」と入ってゆく。
左手の展示室はちょっとだけ段差があり、そこに狛犬ならぬ虎がいる。可愛い。
その虎のお仲間のような石獣がいきなり現われた。

1912年の消印が入ったソウル景福宮の光化門あたりの写真絵はがきの拡大版があった。
石獣の上に少年が立っている。
「コドモニャマケルネ」とでも言いそうな石獣の顔つきがいい。
実を言うと、わたしもこういう石獣を見ると上りたいと思うことがしばしばあるが、さすがにこのトシでこのナリでやってしまえば、即通報されてしまう。
だから石獣は触るだけ・目礼するだけなのだが、やっぱりちょっとうらやましいと思う。
いい絵はがきだ。
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その上には両班のご老人と、働くおばあさんと孫との2ショット。
皆さんカメラ目線なので、言うたらヤラセ写真ではある。

モノクロ写真に手彩色というのは昔広く行われた手法で、これがまたなんというか、ある種の良さがあると思う。レトロではなく「古臭さ」というのがピッタリの語感だが、それがまたなんとなくいとしいのだ。

こちらのチラシ上部には彩られた家族写真絵はがきがある。
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もちろん写真絵はがきばかりではなく、イラストや版画に良いものが多いのも当然だ。
絵はがきセットの袋物にそんな佳品が多い。
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それから妓生(キーセン)のブロマイド風な絵はがきも実に数多く展示されていた。
鳥瞰絵師・吉田初三郎、日本画家・土田麦僊が妓生の美に深く惹かれたそうだが、彼女たちの清楚さは、21世紀の現在の眼から見ても、本当にきれいだった。
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わたしが妓生を知ったのはやっぱり「春香傳」からだと思う。
それは俳優でエッセイスト・殿山泰司の著書に「朝鮮芸者を呼んでみんなで遊ぶが、『春香傳』を聴いてみんなシュンとなる」といったことが書かれていて、それを調べるうちに知ったのだった。
親に訊くと「妓生はオデコがきれいな形やないとあかん」ということだったが、実際ここに並ぶ妓生たちはみんなきれいな額を見せている。

吉田初三郎が大好きだった妓生の写真絵はがきをいくつか見る。
彼はその清楚な美に撃たれて、わりに長い間クニに帰らなかったらしい。
その吉田の朝鮮の地図が幾種かあった。
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わたしはあんまり朝鮮の観光地を知らないが、有名な金剛山という地の案内地図が、特に素晴らしかった。
この吉田の絵図を見ていると、本当に金剛山へ行きたくなってくる。

立体画像が現われるステレオ写真装置をのぞく。
3Dのようなもの?・・・あんまりよくわからない。しかしそれは写真のせいではなくわたしのせい。わたしは3Dの「飛び出し」もあんまりわからないのだった。

日本で言えば道祖神にあたる地下大将軍・地下女将軍のチャンスンとソッテ。
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これらは中学の遠足の民博で見た。しかし文字の記憶がない。
ただ大学の頃に狂った夢野久作「犬神博士」には「天下大将軍・地下女将軍」と記されていたので、実物を知らないわたしはちょっとばかり混乱をきたした。いまだにどういうことなのかわからないままである。

百年前の映像も流れていた。活気を感じる。
そして船は行く そんな絵はがきもある。
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この展覧会は本当によい内容だった。
図録もとてもいい。
10/17までだから、「また再訪できる」と、わたしはひとりごちている。

画家 岸田劉生の軌跡 油彩画、装丁画、水彩画などを中心に

さて「画家 岸田劉生の軌跡 油彩画、装丁画、水彩画などを中心に」を見る。
全て笠間日動美術館からの借り出しで構成されている。
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以前から劉生の装丁や挿絵、また南画風な作品には関心があった。
油彩画の重さよりむしろこちらの方が好きなくらいである。

以前に「白樺派の愛した美術」展で見た「かちかち山」があった。
しかもご丁寧にその挿絵全部がコピーされて小冊子風に綴じられて、テーブルに置かれている。喜んで読む。
わたしはウサギが武器を頭上高く掲げて悪魔のような目をぎらつかせるシーンが大好きだ。

白樺の表紙絵も本当に好きなものが多いので、やっぱり劉生はこっちの方がいいなと思う。
これは於松。cam322.jpg
こういう顔立ちは金髪になると、金子国義の少女に化すかもしれない。

麗子と於松。tou385-2.jpg
可愛いなぁ。そういえば「丹畫麗子像」という絵は麗子の着物の柄が面白かった。「麗」の字の上部つまり下の鹿の字をぬかした部分を絵柄にしていた。
こういうセンス、大好き。

「二人麗子」と言えば泉屋分館所蔵のそれを思い出すが、これが水彩になると、ドッペルゲンガーではなくなるのが不思議。

リトグラフ麗子。tou384.jpg
なにやら諸星大二郎風な影がついている。「西遊妖猿伝」に出てきそうな趣である。

どんどん南宋画に近づくのを眺める。
この白に黒ぼってんがつく猫などは徽宗の猫の写しかもしれない。
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そしてこの「七童図」などを見ると、デューラーの影響と言うものはどこへ行ったのだろうと探索隊を出したくなるほどだ。
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他によかったのは椿と梅を描いた「二友清交」「調脂弄粉」。
どちらも南画風な面白さがある。

改めて眺めると、劉生の絵から他の画家たちを想起したりすることが多い。
南宋画の影響を受けたものは井上洋介、モノクロ版画は谷中安規などなど。
劉生自身が影響を受けたであろうと思われるのは、デューラー風「怒れるアダム」、
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斉藤与里風「フュウザン会装飾画」などなど。
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38で世を去らねば、まだまだ面白い変化を見せてくれた気がする。
予想していたよりはるかに面白い展覧会だった。9/12まで。

tou384-2.jpgいかにも猫らしくていいなぁ。

日本美術のヴィーナス

「日本美術のヴィーナス」に会いに出かけた。
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出光美術館に古今の美人が集結するとあっては、わたしもそのハシクレとして、仲間入りしたいではないか。
(アツカマシサもここに極まる!)
展覧会では4章にわかれてそれぞれの美人が選出されているが、その中でも特にわたしが「すてき」と思った美人たちについて、少しずつ書きたいと思う。

仏画でも美人は美人だと痛感する、鎌倉時代の普賢菩薩騎象図。
むろん「美人」の基準は時代ごとに違うので一概には言えぬものの、時代も状況も何かもかも越えた美と言うものがある。
それをこの絵の「美人」は体現している。
優雅な美貌を横から眺める。

西川祐信の納涼美人図を見ていると、江戸時代の昔から上方は江戸に比べて暑かったのか、と妙に納得する。(実際のところは知らない)
なにしろ涼しげな様子で外におるのだが、家中にいるよりは外で涼む方が気散じにもなる。
(気散じ、という言葉がここではふさわしいように思える)

蹄斎北馬 蛍狩美人図  今ではよほど環境のいい田舎、人為的なビオトープでの飼育、ホテルでの夕べ、などでしか蛍は見ることが出来ない。
江戸時代どころか昭和の半ばまで蛍は夏の宵から夜にかけてふらふらと飛んでいたのだ。
ちょっと大きいのはゲンジボタル、もっと大きいのはヒトダマ、といったところだが、この絵で蛍は美女らに追われてえらいスピードで右往左往しているように見える。
美人たちの細い目にはなにやら欲望もみなぎっているかのようだ。

歌川豊広 真崎稲荷参詣図  画面いっぱいの大きな女が二人。左は絽か紗を着ていて、下の襦袢が透けている。右はちょっとばかりきちんとしている。
そして右の女と左の女の履物も違う。
右の女の履物はコッポリ風に見えた。左はフツーの下駄。
女たちの背後の方に色も殆どない真崎稲荷がある。
描かれた時代から思えば、「剣客商売」の秋山大治郎がこの稲荷を参詣していそうだ。
(そしてまた何らかの事件に巻き込まれるのだ)
こういう構図を見ると、大大阪時代の百貨店のポスターを思う。

色んな誰が袖屏風を見ているが、ここのそれはまた豪華な着物ばかりで。
はこせこやカイ巻きがあるのも雅。
それにしても見れば見るほど豪華で優美なものばかり。
絵師も相当気合を入れていたのだと思う。
衣桁は青竹と蒔絵ものとあるが、こうして見ると青竹というのもいい。
第一その方が着物にも良さそう。←素人考え。
香を焚き染めて、という優雅な行為が絵になるわけだが、ハンガーに服を吊りっ放しでアロマと同時に消臭剤もおいてます、なダレゾの部屋では絵にならぬのである。

菱川師宣 江戸風俗図巻  九曜紋の入った幔幕を張る舟に乗って遊ぶ。
いいなぁ。わたしも舟遊び大好き。こういう絵は浮かれ心を誘うようなものでなくてなんとする、ということで後世のわたしまで「遊びたいわ」と絵を見て思うのだ。
以前に隅田川を屋形船で遊んだが、そんな記憶まで呼び覚まされる。

磯田湖龍斎 石橋図  これはボストン美術館の「石橋図」を思い出した。
赤の毛の感じがそう。
石橋ものは現在でも人気の演目だが、江戸時代もこうして描かれるほど人気があったのだ。

見返り美人図 長陽堂安知  懐月堂風なのでその派なんでしょうが、妙に新しい感じがいい。
表情が意外と今に生きる女のヒトぽいからか。
身体の線、強い線でばしっと描いて、その中に可愛い花柄の着物を埋め込んでいる。
こういうのもいい。

歌麿の「娘と童子図」は以前から好きな一枚だが、この娘の着物の爽やかな緑は、恒富の「戯れ」同様清々しく眼に残る。
実際にこんな染の着物があったのかどうかは知らないし、絵画上の演出なのかも知らないが、綺麗な着物を見るのは、それだけで楽しい。

桜花弾弦図屏風  数ある風俗画の中でも好きな作品。絢爛。顎の長さをみると又兵衛を思ったりもする。きっとその周辺なのだろう。
こうした派手やかな明るさが好き。着物の柄も女たちの髪型もにぎやかでいい。桜も武士的な美ではなく、享楽の花として楽しめばいい。
少女が三味線の箱を開くと、その蓋裏にもなにやら彩色があるのがリアルな感じ。
長キセルも妙にかっこいい。というより、こうした風俗画は「かっこよくなければならない」のだった。
三味線と長キセルがほぼ一直線になって、画面をナナメに走るのがいい。
それと並行する細竹、三味線入れの長い箱も効果をあげているようだった。

そういえば春章の「美人鑑賞図」の背景の庭園が、六義園かも・・・とトークで聞いたが、まだそちらへ行ってないので、春秋どちらかの頃に出かけようと思う。
東京には江戸時代の大名庭園がいくつも残るから、それを楽しむのもいいと思う。
わたしは植治の庭か夢窓の庭が見慣れた「庭」なのだが、違う発想のお庭も見たい。
一枚の絵から色んなことがわかり、色んな楽しみが拡がる。


近代美人画が現われる。
今回、首都圏の方々が京都の契月美人(少女)、大阪の恒富美人に随分とご執心だと聞いて、上方に住まうものとしては、勝手に喜んでおるのでした。

まず、松園さんの「四季美人図」をあげる。
晩年になると、抑制の効いた、まったく隙のない堂々たる婦人像が現われてくるが、明治の頃の多少ロマンティックな作品と言うのも、魅力がある。
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「夏美人」は図録の表紙となった作品で、いかにも「浮世絵美人の伝統を継いだ」という感が強い。実際に著書などでも、どの絵師が好ましいかと言うようなことを書いてはるので、「ああ、これは」と予測するのも面白い。
「秋」の娘さんは、江戸ではなく明治時代の娘を描いたものだと思う。リボンが可愛い。
またこの髪型は本当は何と言うのか知らないが、少しばかり二百三高地風で、実は今も京都の市井の高齢のご婦人方には、この髪型の方が多いのだった。
そして「冬」の御高祖頭巾の美人は「娘深雪」にも共通する愛らしさがある。
(それは大正期の「艶容」にも同じことが言える)

契月「少女」は数年前の京都市美術館の年間予定の表紙に、「友禅の少女」はえき美術館の回顧展のチケットに選ばれている。
息子の嫁に来た娘に、清楚さを感じたか、名作が生まれている。
わたしは契月の「美人」のうち「敦盛」を第一等に挙げているが、平家の公達にもこの「少女」の清楚さが伝わっているように思う。

タイミングがわるく、今回どうしても後期を見ることが出来ない。
しかし恒富の「いとさん こいさん」「戯れ」は以前から親しく眺めている美人たちなので、ひとさまが彼女たちを見て喜んではるのを、わがことのように嬉しく思っている。

「こいさん」は「小いとさん」がちぢまって「こいさん」になったのだが、だいたいどこの「ええ氏」のお子でも下の娘と言うものはちょっとばかり元気ものである。
ほんまはお姉さんも、そないしたいねんけど、誰が見やはるかわからんし、べらっと座るばかりである。
同じ柄を色違いにしたのを着てるのも、ええ感じである。

清方と北馬の「朝妻舟」が並んでいる。
白拍子のなりをした、ある種の職業婦人だが、多くの絵師が画題にしている。
清方の色彩の美に惹かれた。青色系の水干と緋色の着物とが抗し合うことなく互いを馴染ませあっていて、とても綺麗だった。

先般、鎌倉の清方記念館に出かけたが、そちらでは中国の梅蘭芳、朝鮮の崔承姫といった一流の役者・舞踊家を描いたものに強く惹かれたが、やはり清方は「日本のヴィーナス」を描く絵師なのである。

清方の弟子の深水は傘もち美人を実に多く描いている。
構図が全く同じで配色を変えただけ、という作品も何点か見ている。
ここにある「通り雨」を見て「ああ、深水だ」と安心した。
深水の力業というものを実感するのだ。

小杉放菴の「七夕」を見るといつも思うのは、西遊記の芭蕉扇を打ち振る羅刹女(牛魔王夫人)が、この日だけは針仕事の上達を願って糸を通しているのでは、ということ。
室内より軒に出、外光で糸を通す。
無邪気な嬉しさがそこにある、そんな横顔。
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湧泉  東大の安田講堂で見学させてもらった壁画もいいが、この大きさの作品は清方の言う「卓上芸術」のように愛でることができる。
放菴の人物画には柔らかな異国趣味があって、そこのところに惹かれるのを感じる。
特別な美貌でなくとも、こうしてにっこり笑う婦人と言うのもいいものだ。
だから「天のうづめの命」も美神でなくとも、明るい元気なところが魅力なのだった。

他に「曽遊江南画冊」はやっぱり好きな作品で、二人の姑娘の立姿がいい。
江南と言えばすぐに項羽が思い浮かぶが、それに関連して杜牧「題烏江亭」という詩もある。
また江南がいかに人気があったかは、山村耕花「江南七趣」の絵を見ると納得もする。
そして「いつ」放菴が(曽て)その地(江南)で(遊んだ)かは知らないが、機嫌よく絵に残すほどの魅力があるのは、この絵を見る限り確かなのだった。

古今の和のヴィーナスを眺めるのはとても楽しかった。
しかし楽しいのは絵だけではない。
絵画から眼を移すときにその存在に気づくものがある。
さりげなく展示されている陶磁器や漆器もまた、ヴィーナスの一人なのだった。

少し濃いめの蓬莱蒔絵、愛らしい草花蒔絵螺鈿手箱、どちらも手元において愛玩したくなる。
色絵紫陽花文共蓋の可愛いアジサイ、蓋のつまみはギボシ風。
また色絵で美人が遊ぶ絵柄のやきものもあり、それも楽しい。

塚本快示の作品が数点現われていた。
初めて展示された美しい作品がある。なめらかな白。
フジタのグラン・ブランは漆喰の白を想うが、塚本の白はミルクの上澄みのように見える。
舐めてみたい欲望に駆られる。
低い温度を感じるだろう、しかし冷たくはないのだ。

塚本で好きなものは青白磁で、ここにあるものは薄い花をみせている。
刻まれたそれは特定の花を表しているのだが、塚本の作品、それ自体が一つの花のように見えるのだ。美しい貫入は花びらの神経細胞のようでもある。

最後になったが、今回の図録はなかなか凝った造りになっている。
ページの余白に楽しみが潜んでいるのだ。素敵な本である。

「日本美術のヴィーナス」、心に残る展覧会は9/12まで続く。

九月の予定と記録

暑いけど九月。
清志郎の歌にこんなのがあった。
♪九月になったのに いいことなんかありゃしない ・・・相変わらずだよ・・・
本当に相変わらず暑い。
でも早朝の光と夜の風とに秋を感じはする。

今月行けたらええな??という展覧会です。

きらめく装いの美 香水瓶の世界 東京都庭園美術館 9/18?11/28
生誕260年 仙 ―禅とユーモア― 出光美術館 9/18?11/3
初公開!池大雅の水墨山水画展 練馬区立美術館 9/14?10/24
ウフィツィ美術館自画像コレクション 損保ジャパン 9/11?11/14
日本画と洋画のはざまで  山種美術館 9/11?11/07
和田誠の仕事 たばこと塩の博物館 9/11?11/07
上村松園展  東京国立近代美術館 9/7?10/17
諸国畸人伝  板橋区立美術館 9/04?10/11
鏑木清方一門と近代美人画展  野間記念館 9/04?10/24
三菱が夢見た美術館  岩崎家と三菱ゆかりのコレクション  三菱一号館美術館
?11/03
お財布のかたちとおしゃれ ?江戸・明治期の袋物から― 貨幣博物館 ?11/21
水田コレクション浮世絵名品展 城西国際大学水田美術館 9/28?10/16
小林清親・光の魔術師  茂木本家美術館  9/15?10/31
津田信夫展  佐倉市立美術館  ?9/23
ドガ展  横浜美術館 9/18?12/31
モダン横濱案内  横浜都市開発資料室 9/18?1/30
コレクション・ヴィンタートゥール 世田谷美術館 ?10/11
欣求浄土(ごんぐじょうど) ?ピュア・ランドを求めて 大倉集古館 ?9/26
アントワープ王立美術館コレクション展 アンソールからマグリットへ  ベルギー近代美術の殿堂 東京オペラシティ アートギャラリー ?10/3 
近代日本画にみる東西画壇 ‐東京・京都・大阪の画家たち 泉屋分館 ?9/26
田中一村 新たなる全貌 千葉市美術館 ?9/26 
水木しげる・妖怪図鑑  兵庫県立美術館 ?10/3 
画家 岸田劉生の軌跡  小磯記念美術館 ?9/12 
花鳥画?中国・韓国と日本? ?雪舟、宗達、若冲が観た大陸文化?  奈良県立美術館
9/28?11/14
島屋百華展 ?近代美術の歩みとともに?  京都市美術館 9/25?11/07
大阪に集まった12の名画 ―近代美術館コレクション:モディリアーニ、マグリットから佐伯祐三まで  大阪歴史博物館  9/22?10/25
油絵の大阪 ―商都に生きた絵描きたち―  大阪市立近代美術館(仮)9/18?11/07
コレクションにみる 中国陶磁の美 ?悠久の歴史? 逸翁美術館 09/18?12/05
日本近代の青春 創作版画の名品  和歌山県立近代美術館 9/18?10/24
季節を愉しむ? 秋?新春の美術  藤田美術館  9/11?12/12
描かれた近代の景観‐パノラマ地図にみる都市と観光‐ 堺市博物館 9/05?11/07
一楽二萩三唐津  野村美術館 9/04?12/05
2010 イタリア・ボローニャ国際絵本原画展 西宮市大谷記念美術館 ?9/26
ボストン美術館 浮世絵名品展 錦絵の黄金時代 神戸市立博物館 ?9/26
日本画と洋画の饗宴  ‐女(ヒト)・まち・自然‐ BBプラザ美術館 ?10/11
「ジャングル大帝 レオの人生」 宝塚市立手塚治虫記念館 ?10/25
サンリオスペシャルコレクション 大丸心斎橋 ?9/13
棟方志功 祈りと旅 大丸京都 9/15?9/27
細見美術館 琳派・若冲と雅の世界 大丸神戸 ?9/13
「高島屋貿易部アルバムと下絵」展 高島屋史料館 ?9/25
金閣寺客殿障壁画完成記念 岩澤重夫展 島屋 京都店 9/8?9/20
安野光雅が描く 日本のふるさと奈良展 島屋 大阪店9/22?10/3
住友コレクションの中国美術 泉屋博古館 9/4?10/17
プチファーブル 熊田千佳慕展 大丸心斎橋 9/15?9/27

追加:「芦屋モダニズムとライフスタイル」展 芦屋美術博物館 9/18?12/5
 
ちょっとムリなのもあるけど。
そういえば夕刊に練馬の池大雅の絵、五味康祐の旧蔵品だと載っていた。
わたしは彼の剣豪小説とか好きだったな。

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