美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

ある小学校の記録のために

この塔とIMGP8538.jpg

この塔とIMGP8539_20101031215348.jpg

それからこういうお寺とIMGP8553.jpg
こんなお店にIMGP8544.jpg見守られた小学校が、来年三月で閉校になる。
別な小学校と統合されて違う場所で児童は勉強するのだが、この学校は本当に素晴らしい建物だった。
名前はK小学校。まだ存続しているので名は伏せる。
いずれまた有効活用される日を待って、今は記録としてここに挙げたいと思う。

正門から。IMGP8558.jpg中庭。IMGP8546.jpg

コの字の変形校舎。とても素敵だった。
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屋上の塔屋もいい。
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大広間。天井と照明と飾りと。
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廊下を挟んだ向かいの和室も素敵。
ガラス障子、欄間、引き手。
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壺や掛軸もいい感じ。
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IMGP8488.jpg月落烏啼いて霜天に満つ・・・

手洗い、講堂、廊下。
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そしてここには昭和初期にアメリカから来た「青い眼のお人形」がいる。
戦時中の虐殺から免れて生きながらえた人形。
みんな大事に思ってかくまった人形。
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久しぶりに眼を覚ましてもらった。パスポートも持っている。

いい学校を見学させてもらった。ありがとう。
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校庭で遊ぶ子供のうち何人かは機嫌よく手を振ってくれた。
みんな楽しく過ごしてください。
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尾張徳川家の名宝

名古屋ミュージアムトライアングルを大いに楽しんだ。
徳川美術館+蓬左文庫、名古屋城、名古屋市博物館。
そして行った日は丁度松坂屋美術館で「ギッター・コレクション」が開催されていたので、四大スペクタクル展覧会という状況になり、非常に喜んだ。

まず徳川美術館の感想を挙げる。
「尾張徳川家の名宝」
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徳川美術館は九つの展示室があって、それぞれが異なる興趣に満たされている。
第1室は「武家のシンボル」ということで、刀剣や甲冑などが展示されている。
当たり前のことだがついつい忘れてしまうのが、徳川は武家の棟梁だったということ。
政府首班ということより、こちらを思いながら鑑賞してゆこう。
尤も上部へあがればあがるほど、形骸化してゆくのは当然なので、並ぶものも実用性よりも美麗さの方に惹かれるような出来になっている。
特に気に入ったものばかりを簡素に挙げる。

銀溜白糸威具足  本当にその呼び名どおりの銀のピカピカした綺麗な綺麗な具足。
葵紋散螺鈿黄金造太刀拵  これも綺麗。義直公が浅野候より贈られたもの。

太刀は正恒、正宗、吉光などがある。刀はその来歴が面白い。そしてこれらの日本刀は不思議な曇りを見せていたが、それは「江戸時代以来研がず、往時の重厚な研ぎの在りようを見せたいため」という美術館側の意図があるのだった。
「庖丁正宗」がとても可愛らしかったが、刀に「可愛い」と言うのは反則かもしれない。

三方ケ原での負け戦を忘れぬようにと描かせた家康の変な肖像、長篠の合戦図などもなかなか面白かった。ベロ出してる雑兵などもいて。

第2室「大名の数奇」 名古屋城の二の丸御殿にあったお茶室などが再現されている。
こういう展示様式はけっこう多いが、体験型展示も味わってみたいものです。

居布袋堆朱香合  明代には堆朱で布袋さんを彫った香合が流行ったのか。香雪でも見た。
油滴天目(星建盞)  流星が降り注ぐような雰囲気がある。青味がたいへん綺麗。
白天目  中の貫入の入り具合、素晴らしい!見込の釉溜りが緑色なのもいい。
菊花天目  なにやら谷中安規の版画風な趣がある。
草花文紅安南茶碗  可愛い!外も内も楕円型が集まる花文様が描かれている。

伝・牧谿 洞庭秋月図  シーンと静まった水面、空気、夜。小舟が一艘浮いていた。
こうした絵を見ると周囲の騒音までが消えてしまうような気がする。

第3室「室礼 書院飾り」 二の丸御殿の広間などが復元。
尾張徳川家と言えば、豪奢な遊びをした義春公だけでなく、初代義直公を思う。
津本陽「柳生兵庫助」は連載中からずっと好きで今もよくよく再読するが、兵庫助が義直公の兵法師範になり、少年の天賦の才に感じ入る描写などがすぐに思い浮かんでくる。

ここの襖絵は唐をモティーフにしたもので、蝶々を追う唐子図が特に可愛かった。
ここに展示されているものはみんな、元のこの書院で使われていたのかもしれない。

飛青磁花生  そんなに大きくない。13の斑が飛ぶ。伸びなかったような大きさが可愛い。
牡丹尾長鳥文紅花緑葉沈箱  綺麗な箱!更紗風な文様。明代らしい華やかさとシックさが溶け合っていて、とても素敵だった。

第4室「武家の式楽 能」 能舞台の原寸大のものがここにある。昔、初めてここへ来たとき本当にビックリしたものだった。

能面がいくつかあるが、室町の頃に作られた「鷹」が特に好ましかった。
金目な怪士。イェイツと高橋睦郎の「鷹のゐ」にもこれが合うかもしれない。

能装束も賑やかな絵柄のものが多く、さすがに名古屋だと思った。

第5室「大名の雅 奥道具」  屏風や夫人方が用いたらしきお道具などがある。
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歌舞伎図巻  筵で囲まれた舞台では華やかな演技が繰り広げられている。続々来る観客たち。中には南蛮人もいた。
本田平八郎姿絵屏風  見慣れた絵なのだが、今回少し離れた位置から見ると、ボッティチェリ風な構図だと思えた。描かれた人々の体形が余計そう思わせているのかもしれない。
相応寺屏風  以前にも見たがイキイキして、本当に楽しそうな遊楽図である。実に色んな人々が活写されているが、みんなそれぞれの個性が強い。

蓬左文庫へも展示は拡がっている。

源氏物語絵詞、西行物語絵巻、葉月物語絵巻 などの物語絵のほかに、山楽や土佐、応挙などの絵がある。
面白かったのは「薄墨物語絵巻」だった。訪問に来た僧侶に慌てて応対しようとしたその家の娘が、白粉と間違えて薄墨を塗りたくって現われ、鬼に間違われる。
尼姿の母に爆笑された本人はガ??ン、出家というパターンだが、絵がなかなかいい。
尼の笑う顔などがはっきり描かれていた。
牧谿の虎図などは可愛すぎてくらくらした。

梔子連雀文堆朱盆  ウィリアム・モリスの作品かと思った。とても可愛い。
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菊鷺文白密陀彫文庫  これもアールヌーヴォー風な良さがあった。
花鳥文七宝繋密陀絵沈金御供飯  フルセット。琉球工芸の美の極致だった。
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企画展示室は1935年当時の建物のまま生きている。とても好きな場所である。
ここでは「里帰りの名品」として流出した品々を集めていた。

陽明文庫、出光美術館、神戸市立博物館、彦根城などに収められている絵画や茶道具があふれていた。
流出したのはこの美術館設立のために資金捻出を図ったためだった。
そして他家のものもそこに絡んでいる。
この辺りの事情がたいへん興味深かった。
なんにせよ来歴と言うものは面白い。

法師物語絵巻  この師にしてこの弟子あり、な僧と小坊主のスラップスティックギャグ。
羅生門絵巻  「大江山」後日譚としての、羅生門。これは普通の逆設定では?
伝・雪舟 四季花鳥図屏風  出光で少し前に見た、蓮の綺麗な屏風。ここのだったか。
狩野永岳 平安名所図  雪月花を都の名所で。雪の金閣がたいへん美麗だった。
伝・趙子昴 百馬図  ウマウマウマウマ。色んなことをする馬たち。楽しそう。
牧谿 柳燕図  鋭い目の燕。小禽とはいえやはり禽の眼つきである。

大建盞天目 ジョルナイ工房のエオシン釉で彩られたような色合いを見せていた。美麗。
青磁二重蕪花生  東博所蔵の元代のもの。濃い、ひどく濃い。元代の特性が見事。
金襴手瓢形仙盞瓶  職員退職の折に持たせたもので後に萬野に入ったそうだ。今では個人蔵。絵画類は一括して承天閣に入ったが、工芸品は思文閣からも売り出されている・・・
挿花図螺鈿軸盆  元代の作。対だったか一つは徳川美、一つは個人蔵。構図がいい。
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染付磁器入花蝶蒔絵菓子箪笥  めちゃくちゃ可愛らしい!抽斗が染付。小さくて可愛い。

ここからは購入品と寄贈品。

伝・岩佐又兵衛 豊国祭礼図屏風  絢爛な屏風。人で埋まっている。制作たいへんそう。
伝・狩野玉楽 霊猫睡戯図  寝てる猫ファミリー。犬風な猫もいる。
田中訥言 百花百草図屏風  静かな風情がある。芥子、ユリ、蒲、朝顔。優しい風。
四種の石山切があった。それぞれ元の持ち主は違う。王朝継紙。

本当に素晴らしい所蔵品ばかりだった。
「里帰り」も全く見事なものばかり。

最後に戸板康二「ぜいたく列伝」から徳川義親氏のエピソードを挙げる。
義親は尾張徳川家に婿入りした人である。
この人が尾張徳川家に伝わる美術品を徳川黎明会に寄贈し、徳川美術館を作ったのである。
戸板が「美術館にある阿国歌舞伎草子はどこから来たのですか」と尋ねると「あれは大阪から持ってきたんです」と答えられる。
戸板「大阪の美術館にでも?」義親「いいや、夏の陣の終わった後であの城から持ち出したのですよ」
・・・大阪人のわたしとしては、黙って笑うしかない「ちょっといい話」だった。

展覧会は11/7まで。

武家と玄関 虎の美術

名古屋城へ行った。
尾張名古屋は城でもつ、と言われるあの名古屋城である。
天守閣のそばできしめんを食べた。
乃木希典ゆかりの倉庫を見に行く。御深井丸にある。
やきものでも御深井焼というものもあるが、この地名を聞くと一番に思い出すのは池波正太郎「さむらい劇場」である。この御深井は一種の軟禁場所だったという設定がアタマの中に甦る・・・
シャチホコのオブジェを見てからお城に入った。
開府四百年記念「武家と玄関 虎の美術」展を見る。

虎は勇武の象徴だから、襖絵や屏風などに好んで描かれる。
しかし実際に江戸時代に虎を見た人はいない。
だからトラの絵の中にはニャーな虎もいる。
勇猛な虎を描いてはいるが、どことなく愛嬌を感じるのは、やっぱり猫の親分だからかもしれない。

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チラシ。なかなかな面構えの虎たち。
雰囲気的に「WANTED」と書き加えたい。

鳴虎図  報恩寺所蔵。これが「水のみ虎」のオリジンらしい。中国の作品。カササギがいる。虎とカササギは吉祥文様だが、朝鮮発だと思っていた。
子連れ虎図  東海庵所蔵。子らと遊ぶ親虎。上にカササギがいる。なごむな?。

虎は朝鮮では民画の人気者だし、現代の絵本にも、女の子と仲良しな虎や、李朝時代の暗行御使(隠密)の虎などが描かれている。
高麗美術館で今年の正月に開かれた「朝鮮の虎」展では虎とカササギのコンビの絵柄のものを多く見た。
一方中国での虎と言えば水滸伝の武松に退治される人食い虎や、人を食うために、自分がコロした人間たちを倀鬼(ちょうき=虎の使役になる幽霊たち)に仕立て上げて悪巧みをするとか、まぁあんまりいいイメージはない。
中島敦の「山月記」(=人から虎になってしまった李徴の話)がやっぱり中国の虎のパブリックイメージなのかもしれない。
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蓬左文庫の「仙佛奇踪」は懐き虎だった。タイトルの意味がちょっとわからないが、こういうタイトルがついた絵には何かしら物語性があるだろう。禅の公案であっても。

雪村 鍾馗虎図  鍾馗に手首を取られた虎が下からガオーーッ
狩野山楽 桐峯虎声図  ニャフーッッ という声が聞こえてきそうですね。

どちらも虎の声が感じられる絵。
山楽では他に唐獅子が出ていたが、これは先般東博でも見ている。

襖絵では建仁寺の雲龍図や永観堂の竹虎図が来ていた。虎に囲まれたお座敷というのもいいものだ。
名古屋城の玄関の虎ファミリー図もある。オスが虎柄で、メスは豹柄。仲良し家族。
・・・豹柄ね。レオパード柄のコートで大阪へ遊びに行く、と言っていた人に「・・・それは南国から来て府民になった、元気のいいオバサマたちの定番ですよ」とは言えなかったわたし・・・。

南蛮文化館から南蛮屏風が来ていた。毛皮をまいたバテレン、船入り。檻にはトラ。左隻は外国図で、ゾウに乗る人がいる。虎に乗る人は羅漢くらいか。

南禅寺の探幽の虎がいた。赤いベロを出している。中二のとき、襖の修理直前に見て以来。
あんまりお寺に行かないので、どこに何があるかはよく知らないのだ。

鶴澤探鯨の弟子・雲鯨英信の学画巻があった。師弟の勉強ノート。寝そべる虎や横顔など色々なスケッチ帖。

江戸城の設計図も出ていた。虎の襖絵をどこに配置するか、そんなことがここからわかる。
松の廊下もこれでわかるのだろう、きっと。

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光琳の虎もいた。あの肩を怒らせ眼を見開いてる、しかしどこか愛嬌のある虎である。
蕭白の虎はオラオラオラなヤカラ虎で、一緒にいた唐獅子はそれにギャーッと吠えてるが、どうも虎のほうに分がありそうである。

金比羅さんからは応挙の虎ちゃんたちが出てきていた。
あの白い虎。可愛いなぁ。とにかく太い腕が可愛い。
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師匠の白虎に続いて弟子・芦雪の虎もいた。
串本の襖絵。この虎は四年前「応挙と芦雪」で見て以来。やっぱり実物はすごくいい。
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どちらにもニコニコしながら機嫌よくわかれる。
次もどこかで会いたいものです。

最後に虎の頭蓋骨と爪が出ていた。
どちらも黒くなっている。
これは先の「尾張徳川家の名宝」のラストにも紹介した、徳川義親氏ゆかりのものである。
再び戸板康二「ぜいたく列伝」の義親伝から採る。
虎の上顎部を持って加藤清正の息女が徳川頼宣に嫁いだが、それが売り立てに出たとき、義親が競り落としたそうだ。
この義親という人は戦前はシンガポールで虎狩に興じていたそうで、「虎狩の殿様」と世間に呼ばれていた。そして色んな名誉職の肩書きの中で、日本理容師協会名誉会長というものがあった。理由は一つ「トラガリの侯爵だから」・・・・・(生暖かく笑う)。
しかし義親氏はその後は動物愛護と文化財保護に大変な労力を注いだそうで、そのおかげで徳川美術館があり、名古屋に多くの文化財が留まったままでいるのである。
今回、図録を買い損ねたことが悔やまれる。
寅年の末尾にいい虎の展覧会を見たと思う。11/7まで。

おまけ:この展覧会の後に名古屋市博物館に行ったら古書市をしていて小村雪岱の図録やシリーズものの「日本の美術・芦雪」などを入手。
芦雪の虎と縁のある日だった。

変革のとき 桃山

名古屋ミュージアムトライアングルの最後に名古屋市博物館へ向かった。
「変革のとき 桃山」を楽しむ。
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豪華絢爛でした。桃山ですから。お客さんもわんさといてました。けっこうなことです。
実に色んなところから桃山な作品が集まっていたので、本当に金ぴかでした。
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チラシは見開きモノでやっぱり派手だった。
三人の武将でやっぱりわたしは天下人秀吉が面白いので好きだな。
太閤ファンなのはわたしが大阪人だからだろうが。
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あんまりたくさん見すぎてどれがいい・これがいいということが難しいので、自分のベスト5を選ぶ。ただし見た順と言うことで一位から五位ということではない。

御所参内・聚楽第行幸図屏風  紅白の直衣、狩衣、雅楽のヒトビト、畳を敷いて見物する貴人たち、街中には春駒の演者がいる。蘇鉄の目立つ聚楽第。
蘇鉄が描かれている聚楽第というのは初見。とても面白い。
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南蛮屏風  大阪城天守閣所蔵。左ではパーデレ(神父)の手にくちづける少年が目立つ。なかなかの美少年。右6面には猫を抱っこする人もいる。尻尾ふさふさなのを引く黒人もいる。元気な時代の堺には実際こんな情景が活きていたと思うような、屏風。
tou542-3.jpg(名古屋市博所蔵)

紫陽花縞蒔絵螺鈿重箱  たいへん綺麗。紫陽花だけでなく梅も咲く。こんな螺鈿の美麗な重箱は実用品だったのだろうか。勿体なくてとても使えそうにないのだが。
本当にキラキラ光っていた。

輸出向けの螺鈿聖龕がたくさん出ていた。隠れキリシタンのではなく向こうさんへ販売するので小じゃれた造りになっている。
蒔絵がなにしろ綺麗だが、サルや鹿などの絵柄はやや花札的な面白味があった。
下がり藤の絵柄は春日系のようにも見える。
絵自体は聖母子やキリスト磔刑などである。本当に綺麗な出来だった。

京都市考古資料館から発掘された織部や志野や瀬戸などが集まっていた。
これは普段でも今出川大宮にある考古資料館で見ることが出来るが、この場で見ると本当にロマンがある。
盛大、にぎやか、元気なやきものばかりが揃っている。多少欠けていてもそれは疵ではなかった。いいなぁ、こういうの。見ているだけでなにかイキイキしてくる。
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他に良かったものは東山名所図、障壁画の椿図、ウンスンカルタなど。
長次郎や光悦の茶碗もある。

桃山は元気で壮麗な作風が活きていた時代なのを実感する。
面白い展覧会だった。こちらも11/7まで。

本当にいい企画の名古屋ミュージアムトライアングル。
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来年も何か楽しいことを願う。

没後50年 白瀧幾之助

姫路市立美術館で開催中の「白瀧幾之助」展を見た。
没後五十年ということだった。
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銀山で有名な生野に生まれた洋画家で、今では忘れられた画家という部類にはいるだろう。しかし地元播磨の姫路市美術館などではこうして回顧展も開かれたり、兵庫県立美術館にも数点収蔵されているから、まだ関西では見る機会のある画家なのだ。
山本芳翠、黒田清輝に師事し、白馬会で活躍した。
チラシは人物だけ抜き出された絵が使われているが、それは白馬会で評価の高かった「稽古」。今は東京芸大にある絵。明治風俗を描く画家として、人気が高かったそうだ。

そうして名声を得てから20世紀初頭にフランスへ留学し、ラファエル・コランに師事した。
白瀧は油彩画だけでなく水彩画にも関心が深く、多くの作品を残している。
ここでも彼の水彩画がたくさん出ていたが、優しい風景スケッチなどが多かった。

白瀧の作品の多くは同時代の風俗や肖像などである。
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左から「編み物をする少女」「老母像」「ジョサイア・コンドル博士」。
誇張のないリアルな作品だった。

こちらの「さらひ(温習)」も明治らしさのある一場面を描いている。これはセントルイス博覧会に出て、人気があったらしい。
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モアモアした空気の中の橋、アマルフィの風景を水彩画で描いたものもよかった。実感としてその風景がそこにあるようだった。

留学時代の油彩「テームズ河暮景」は西宮大谷記念美術館で時々見ていたが、改めて眺めると、やはりとてもいい絵だと思う。橋がとても可愛い。赤い煉瓦と緑の森の対比がきれいで、心も安らぐ。

面白かったのはイタリー風景である。
1923年に油彩とテンペラで同じ場所を描いている。
違う技法で描くことで雰囲気が大いに変わり、そこが面白かった。尤も全く同じ時期の同じ状況の絵ではなく、微妙な時間の推移も感じられるのが、ミソだった。

水彩で描く風景画は即興的な面白味もあり、海外風景だけでなく日本の景色もいいものが多かった。
見ていると、わりに水辺の風景が多い。

リアルな風俗・風景を多く描いた白瀧の作品で唯一、文芸性のある作品が「羽衣」である。
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美保の松原で天女が羽衣を漁師たちに取られて泣いている。屈強な漁師たちは羽衣を手にしながら談合している。
松原の中には黄色い可愛い花も咲いている。
天女は顔を手で覆っている、まだ少女のような体に見えた。
白瀧がこの絵を描いた動機や背景はわからないが、わたしはこの絵が以前から見たかったので、とても嬉しかった。

しかしながら羽衣の物語を描いたという甘さはない。ここにもやはりリアリズムがある。
全く幻想性というものはない。

「羽衣」のための習作がいくつかある。松林、裸婦などである。
裸婦は立像で顔を片手で覆っている。両手で覆うのではなく片手で覆う、というのもなかなか興味深い構図だった。

金魚と子供  庭に丸池が掘られ、そこに金魚が住んでいる。庭に面した濡れ縁にはガラスの金魚鉢がおかれ、二人の子供が楽しそうにそれを眺めている。庭には百合、アジサイなどが植わっている。大正頃のいい感じの家庭。

先の「羽衣」もこの「金魚」も共に但陽信金の所蔵品で、サイトで見ることができる。

多くの作品の中で、富本憲吉とのコラボものが目を惹いた。富本と仲良しで、彼の焼き物に絵入れをしている。「柄から柄を作らず」を標榜していた富本も仲良しの白瀧の絵柄は焼き物に取り入れている。

飛び跳ねることのない作風で、暖かい落ち着いた心持ちで楽しめる作品群だった。

展覧会は今月末まで。

なお姫路市美術館は近代ベルギー絵画を多くコレクションしていることでも有名だが、今回もロップス、デルヴィル、アンソール、マグリット、デルヴォーの作品が美術館の一隅を輝かせていた。

鉄道と旅と文学と

遠い姫路にゆくのに姫路市美術館一つだけしか訪ねないのは、全くもったいないことである。同時期に開催している姫路文学館の「鉄道と旅と文学と」はとても楽しい展覧会だった。
チラシはジオラマで作られた釜石線宮守川橋梁の風景。可愛いジオラマがあちこち展示してあった。
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文学で鉄道が現れるものが集まっていた。
テツ文学の雄・宮脇俊夫のスゴイスゴイ手製の地図やコレクション、元祖テツの内田百「阿房列車」、宮沢賢治「銀河鉄道」、 などなど。
ジオラマを見るのも本当に楽しい。

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他にNゲージ、Gゲージの運転もあり、多くの人が喜んで見ていた。
こういう展覧会やイベントはちょっとばかりやかましくてもいい。
和気藹々と楽しめるからだ。
それにしても随分凝ったセッティングもされている。
入口に踏み切りなどなど・・・
機嫌よく遊べるのは11/28まで。

天狗推参!

神奈川県立歴史博物館の「天狗推参!」はめちゃめちゃ面白い展覧会だった。
これが面白すぎて書けそうになくて、困っている。
既に記事を挙げられたmemeさんはイキイキとした内容でテキパキ書かれているが、わたしはとてもああはいかない。
ちょっと迷ったまま、とりあえず書いてみようと思う。
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天狗 と聞くと必ず思い浮かぶのが、鞍馬天狗。
遮那王を鍛えたり、源氏再興の手助けをしたり。
(建勲神社のそばの船岡温泉(銭湯)の天井には天狗と遮那王の稽古の情景が木彫彩色で飾られている)
近代では倒幕の志士を佐ける『鞍馬天狗』実ハ倉田典膳だったり。
(姓は尾呂内、名はナンコウのとんま天狗というのもあった)

「日本一の大天狗」とは頼朝が後白河法皇を罵った言葉だが、この台詞には他に深?いイミがあると看破したのは五味文彦や丸谷才一だった。
謡曲では天狗は美少年を拉っし去る存在でもある。
「花月」などの天狗は埒外な大きさを言葉にするが、少年を連れ去って一体なにをしているかは、秘密である。

怖いばかりの天狗だけでなく、かこさとし「だるまちゃんとてんぐちゃん」という可愛いキャラもいる。
尤も大正時代の一大人気キャラ「正チャン」には「天狗退治」の巻があるが。
・・・というところで「天狗推参!」の感想を少しばかり。

第1章 天狗推参! 中国から天狗がやってきた!

来ていたので嬉しかったのが、国宝の「辟邪絵(毘沙門天)」。毘沙門さんはよく働くが、七福神の中では唯一の武闘派というのも、改めて考えれば興味深いところである。
(彼が七福神に入っているという事実が)
その毘沙門天さんの矢の先には羽根を持つ異形のモノがいる。
修行僧をヨコシマなるものから守るために遣わされたわけである。
この頃は羽根を持って鼻高なのは異類異形のトモガラなのだった。

しかし後世になると天狗には智慧と力とを持つ存在と言うイメージが生まれる。
とはいえ、悪事を行うのも智慧がなくば出来ぬことである。

兜跋毘沙門天像 中国・元時代 大念佛寺
毘沙門でも兜跋と名称がつく毘沙門図。トルファンに現れたからだとか色んな説がある。
随分な剥落で、概観と眼ばかりが見える。目の大きいところは不動もびっくりである。
来歴を知りたいものだ。
大念仏寺は融通念仏宗の本山で、ここは毎夏1日だけ幽霊画を公開したり、巨大な数珠を使う百万遍の数珠繰りなどでも有名である。
そうした由緒のあるお寺だけに、こうした仏画も所蔵していたのか。

先に鞍馬天狗のことを少し書いたが、鞍馬寺には金星から尊天が降臨したという伝説があった。千手観音と毘沙門天と魔王尊がその尊天ということだったか。
実際、鞍馬の毘沙門信仰は深く、中世の説話にも多く登場する。
小栗判官の両親はこの鞍馬へ参篭して毘沙門天に申し子をして、子を得ている。

その鞍馬から銅造の毘沙門像が色々来ていた。
毘沙門天をご本尊にして尊ぶのは他に信貴山がある。
ここにも申し子しにゆく人々が多い。わたしの親なども信貴山にお参りに行ったそうで、だからわたしの実名は信貴山ゆかりの字をいただいている。

金沢文庫(称名寺)からも毘沙門天の図像が来ている。ここのコレクションはなかなか面白いものが多い。ちょっと稚拙な感じのする絵だが、気持ちはよくわかる、と言いたくなる。

鎌倉長谷寺から迦楼羅立像が来ていた。観音三十三応現身立像の一体である。この展覧会にゆく前に長谷寺へ出向いたが、三十三体なのに一人いないなと思ったら、ここへ来ていたのだった。
尤もカルラ(ガルーダ)を天狗の源流の一つと見なしているわけではない。
カラフルで可愛い、ちょっと短躯な像である。

藤原頼長の台記の写本もあった。「愛宕山へは月参り」と歌われる、その愛宕の天狗像に呪詛を掛けたと噂されたのを否定する内容らしい。「怖々」という文字があった。
彼の日記にはいついつダレソレを△△という記述が色々あり、けっこうアケスケなことを書いているので、否定しているのは案外・・・

他にも宇津保物語、大鏡、源平盛衰記などが出ていて、いずれも天狗のことを記している。
また18世紀の平家物語図屏風は金ぴかな中に羽根をつけた怪しいおじさんたちが屋根の上で、ほたえあう(ふざけて騒ぎ戯れあう)姿が描かれている。

大山寺縁起絵巻は、鷲にさらわれて東大寺で別当となった良弁僧正の物語を描いている。
この大山寺は伯耆大山ではなく神奈川県の大山の方。
そして二月堂縁起絵巻に出てくる天狗たちは顔も完全に異形だが、妙に愛嬌がある。
こいつらは行法を盗もうとしているが、僧たちも手を打って彼らと渡り合うのだ。

ここで16世紀の是害坊絵巻(慶応図書館所蔵)を初めて見た。
曼殊院と泉屋博古館が所蔵する是害坊絵巻は共に見ているが、慶応本は初めて。
中国から来た天狗の是害坊が日本の坊さんたちに挑むが呆気なく敗れ、日本の天狗たちに介抱される物語だが、戸板か何かで運ばれ、お風呂で治療してもらうシーンには笑った。
両方よく似ていたが、こちらは全く違う絵柄・構図だった。
それはそれで面白く眺めた。

てんくのたいり(天狗の内裏)もたくさんの異本が出ていたが、義経が関わる物語は江戸時代までは大変に人気があったので、需要も多かったのだろう。

驚いたのは青色の鬼が座している「元三大師像」。絵の説明を読むと、これは魔よけのものらしいが、魔には鬼がいいというのも面白い。
他にも踊る摩多羅神像がある。 万歳のように鼓をもっているが、そばの男は笹を持っている。
笹を持つところに色々と考えるものが含まれているのかもしれない。

南北朝時代の「魔佛一如絵詞」は諷刺画だということで、高僧たちの談話会を見ると、みんなへんなイキモノに変わっているし、寺社建立の現場での働くモノたちには羽根がついている。
ガテン系天狗たち。それに熱狂する信者が一遍上人の小水を取るシーンまである。
カルトもここまで来るとなぁ・・・
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第2章 魔界転生 外法と習合する天狗たち

このタイトルを見て沢田研二と真田広之のキスシーンを思い出した。
エロイムエッサイムと唱えるのは「悪魔くん」と「三つ目がとおる」と「黒井ミサ」のほかに、この映画のジュリーだった。

太平記絵巻(巻二) 17世紀の煌びやかな絵。
「太平記」には北条高時が「天王寺の妖霊星を見ばや」と踊るシーンがあるが、それも天狗と一緒だったという解釈がある。
ここに描かれているのは天狗のほかに鬼や兎のようなものまで混じっている。
戦乱の時代に現われる天狗とは、一体なにものなのだろう。

美内すずえ「ガラスの仮面」の柱である「紅天女」の物語には、世相の乱れを噂しあう天狗たちが現れる。
そのイメージはやはりこの辺りから来ているのかもしれない。

荼吉尼天曼荼羅、晨狐王曼荼羅、愛宕曼荼羅、鞍馬山曼荼羅などがある。
ダキニ天はキツネに似てキツネではない野干に乗って現われる。
現世ご利益のカミサマである。大阪市立美術館にあるこの像は可愛らしい16童子たちに囲まれているので、弁天さんをも思い出させる。馬や牛や魚、兎、豹に虎、象などに乗る童子たちのなかで二人ばかりがどうやら野干に乗っているらしい。

室町時代の太郎坊権現像が出ていた。青黒い顔の天狗像として描かれている。
キツネぽいものに乗っている。
しかし私としては何かしら違和感がある。
ああ思い出した。
此花咲耶姫の弟にあたる八郎坊大権現は美貌だと、山本鈴美香「白蘭青風」に描かれていたのだ。彼は普段は天狗の面で美貌を隠しているという話だった。
そのイメージがあるので、この青天狗ではがっかりしたのだった。

第3章 天狗のかたち 鼻高天狗の登場

ここでは多くの面があった。
法隆寺や奈良博や手向山八幡宮の舞楽面(胡徳楽)、(崑崙八仙)などは古怪な趣が活きている。そして天狗面や獅子頭なども出ていた。
猿田彦像の紙本木版もあった。風貌だけで言えば、彼こそが天狗の元祖のようなものなのだ。
それから能面も色々あった。
絵画だけでなく三次元表現でも天狗が表されている。
暗い中で見ていると、異様な迫力があった。

第4章 江戸時代の天狗 天狗への眼差し

江戸時代は天狗学とでも言うべきものが確立していたようで、実に多くの書物が展示されていた。
江戸の人々の秋葉山信仰もあるし、みんなやっぱり天狗が好きだったのだろう。

江戸時代の学者・平田篤胤は、天狗にさらわれそこで修行したという寅吉少年から、様々な話を聞き取ろうと努力した。
それから杉浦日向子「百物語」には、ある武士が天狗修行をするために家を出るハナシがあった。彼は「宍戸シセン」と名乗るようになる。
これもモトネタがあったろうが、わたしは知らない。

ペリーが来るちょっと前に牛若丸天狗図絵馬が鞍馬寺に掛けられた。
この牛若は僧正天狗の傍らで巻物を熱心に見ている。
「鬼一判官三略巻」を思わせる。

鑓の稽古を描く飯綱古武道絵巻(貞享2年(1685)もあった。
飯綱と言えば、わたしは抜け忍カムイの必殺技「飯綱落とし」を思うのだが。
(そのフィギュアを持っているぞ、わたしは)

浮世絵が現われる。
国芳は魔界の王になる崇徳院を描いている。
有名な「讃岐院眷属をして為朝をすくふ図」のほかにも、雷鳴の中逆毛だって咆哮する院の絵がある。
谷川健一「魔の系譜」に崇徳院を論じた一章があるが、読んでいて怖くて仕方なかった。
実際に京都の建仁寺のそばの御廟の脇を通るときは、昼でもなんとなく怖いのだ。

勝川春章 海を望む山中に鶏と烏天狗の蹴合い  これは可愛らしい絵で(トリはニガテなのだが)トリと大差ない体格の烏天狗が試合するのを金太郎がサルや熊たちと一緒に見守っている。金太郎が大将で熊たちは子分だが、烏天狗たちも仲間なのだろう。
面白いのは金太郎の腹掛けが○に金の字ではなく、春章ゑがく「暫」の団十郎だというところ。ちょっとしたシャレである。

他にも金太郎の浮世絵が集まっているが、 天狗たちも金ちゃんのトモダチまたは子分なのがよくわかる。金太郎自身、都に出るまでは彼もまた異形のモノだったのだ。
だからトモダチは熊や兎や猿や天狗たちなのだ。
そのままなら、それこそ酒天童子とも交友があったかもしれない。
捕まる側から捕まえる側へ転身した、それだけのことだったのかもしれないのだ。

第5章 天狗信仰の広がり 天狗の民俗的世界

会場に入るとすぐに、神社の絵馬が現われた。
その巨大さにびっくりした。
大きいだけではなく、そこに巨大な天狗面がどーんっと張り付いていたからだ。
「これだけでもアトアトが期待できるではないか」
そう思いながら中へ入ったのだが、実際その通りだった。

高尾山薬王院というのは天狗信仰の霊山だということだった。
関西人の私は高尾山を殆ど知らないが、中央線のずっと向こうにあることは知っている。
そこの天狗グッズが色々出ていた。
また、茨城からは「海存上人」の像や立像などがでている。
常陸坊海尊のことなのだろう。
義経を見捨てて生き延びたことを恥じて、各地を放浪した海尊。
それがこの常陸では大杉神とやらになったそうだ。
その姿はやはり天狗のような拵えになっていた。

難船救済図絵馬まであるのは、そのご利益があるからだという。
思えば、義経と共に大物浦を共に渡ろうとしたのだ。

他に天狗の爪とその「天狗爪縁起」があった。真っ黒で固そうな尖ったものである。化石。
天狗のミイラ まであったというからもぉ・・・

ああ、本当に面白く眺めた。予定時間より随分長居した。
書くのも遅れた。展覧会は31日までなのに。
四半期ごとのベスト展にぜひとも加えるつもり。

おまけ:博物館で購入したお土産の天狗煎餅。たいへんおいしうございました。
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円山応挙 空間の創造

三井記念美術館で「円山応挙 空間の創造」を見た。
これまで割りに多くの応挙展を見てきたつもりだが、今回の展示には色々と驚かされもした。改めて「空間」というものを強く意識させる展覧会だった。
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最初に「遠近法の習得」として眼鏡絵が集まっていた。
神戸市立博物館からの出品も色々ある。

主に京阪の名所を眼鏡絵にしたもので、これがなかなか凄いのだ。
たとえば紅葉の名所高雄などは一目見るなり「もみぢ?!!」というくらい、見事に紅葉気分を味わえる出来になっている。
それと四条河原納涼図だと影絵の人々を配したのが効果的で、光と影の絵師・小林清親に先んじていることを感じさせる。
他にも石山寺は月が名物だが、それを示すために裏から青ガラスを張り、照明を当ててピカーッと光らせている。
色んな工夫が隠された作品群だった。

応挙様式の確立と言うことで、明和?安永?天明年間の作品が現われた。
松鶴図屏風  松の幹は割れヒビを見せて、まるでたまり醤油につけたおせんべいのようだった。その幹の周囲に鶴が7羽いる。
私には区別がつかないが真鶴と丹頂鶴とが。
鶴たちの立ち位置の距離感がいい。

竹雀図屏風  これが実に可愛らしい雀ばかりの世界だった。急降下する雀、こちらをきょとんとした目で見つめる雀、色々な姿態がある。
しかもこの雀は群雀ではなく、3羽ばかりの特定の雀の一連の動き、そんな屏風絵らしい。
異時同時図のような雀たちの動き。
今にもこの屏風の外へ米を求めて飛んでいってしまいそうだった。

淀川両岸図巻  伏見から淀の水車までを描いている。男山は尖った三角に描かれ、川の両岸の家々はそれぞれの頂点を△または▽で表現している。
淀の辺りに来ると、富田渓仙のことが自然と思い浮かぶが、今回も実際に水車の周りには鷺がいた。

南画風な海眺山水図など面白い作品も多い。
やがて最後の最後に雪松図屏風と松に孔雀図が現われた。

どちらもたいへんいい絵だと思う。国宝vs重文ではなく、ただ単に絵の前に立つ。
どちらも「ここにある」分以上の絵を描いていると思う。
つまり屏風の中に納まっているのではないのだ。
その先にはまだ枝があり、雪を載せているだろう木が撓む様子がありありと目に浮かんでくるようだ。
それこそが「空間」の創造であり、見るものに「空間」への想像を促す力を持っている。

いい気分で見終えた。
なにも数多く出せばいいというものではなく、この展覧会は展示品を厳選している。
本当に楽しい気分で三井を後にした。

ラフカディオ・ハーン 小泉八雲展

神奈川近代文学館で小泉八雲の展覧会を見て来た。
彼の作品の背景を廻るといった展示ではなく、
「ラフカディオ・ハーンが如何にしてへるんさんになり、小泉八雲として全うしたか」
といった趣の内容だった。
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彼の代表作「怪談」「仏の国の落穂」などは再話という形式で拵えられている。
彼自身の取材もあれば、彼の妻・節子の協力や、友人たちから体験を聞くということもある。
全くの創作ではない、とはしかし言い切れない。
彼の作品だと言うことは間違いない。
たとえば「耳なし芳一」での「開門!!」KWAIMON!!などは完全に創作なのだし、他の物語にもウィットの効いたオチを彼自身がつけることも多い。
そこがたまらなく面白いのだから。

その八雲の人生を追う形での展示だったが、少年時代からニューオーリンズ時代の資料類は見ていて多少胸が痛むものある。
やはりこの頃は職はあっても放浪者、どこへいても異邦人、といった不確かさが彼にまといついている。
だからこそ、「神々の首都」に来て以降の彼の輝きが素晴らしいのだろう。
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展覧会では「へるん」さんの人気ぶりがよく伝わってくる。
当時の新聞でも、他のお雇い外国人とは異なるへるんさんの良さを取り上げている。
出雲大社に二度も昇殿を許されたと言うのはその当時では空前だったそうだ。
彼が如何に日本を愛し、日本の風習を尊んだかの証左がその事だといえる。

わたしは随分以前から、まことに失礼ながら、セツさんが誰からもラシャメン呼ばわりされることなく生きてこれたことを、多少不思議に思ってもいた。
子供の頃から手元にある「怪談」の解説を読んでも、短いけれど幸せな暮らしだったことが伺えるばかりだった。
しかし今は納得がゆく。
それはやはり彼が武家の娘の入り婿として帰化したことと、彼自身の日本そのものへの尊崇の念と愛情とが、周囲全ての胸に深く頷かせる力があったからだろう。

セツの手帳、八雲のノートが共に展示されていた。
セツの手帳は以前にも見ていたが、八雲の「日本語の」ノートは初見だった。
小さなカナできれいに書かれたノートだった。
その文字列を見ると、英語の文章よりもずっと優しさが感じられた。

周辺のへの愛情、家族への深い愛は端々に感じられる。
今回の展示では多くの書簡が展示されていて、とても興味深く読んだ。

八雲とセツとの手紙には愛があふれていた。
文字にも行間にも互いへの愛と尊敬があり、文章にもストレートに愛が活きている。

八雲は子弟教育にも熱心な人で、早稲田の頃には會津八一が小泉家の子供らを教育したそうだ。
そのエピソードを知って、なんだか嬉しいような気がした。會津八一は教師時代に少年たちを自宅で養い教育していたのだ。いい先生と生徒とのいい話がここにある。
そして八雲と八一の交友が心に優しく響く。

松江の八雲旧宅に行ったことがある。
小さくて可愛い家だった。坪庭にも緑が深い。声のきれいな虫の話を思い出す。
ここで八雲は執筆し、セツさんと仲良く暮らしたのだ。
そう思って家を見たときからもう随分時間が流れている。
私の好きなエピソードがある。
セツが呼んでも返事をしない。ピンときたセツが襖の影から小さく「芳一、芳一」と呼びかけると「はいはいどなたでしょう」と芳一になりきった返事をする。
八雲とセツの楽しそうな一時を思って、自然とにこにこしてしまう。

八雲の遺愛品が出ているが、お化け行灯の立版古があるのにも嬉しくなった。
お化けの国に暮らしたことが、八雲の幸せだったように思う。

死の前日のエピソードが展示されていた。
夫婦は必ず自分たちの見た夢を話し合うようにしていたそうだ。
八雲は「遠い旅をする」夢を見ていたそうだ。
とても深いものを感じさせる話だと思う。
ラフカディオ・ハーンとして居場所を持たないまま放浪し、へるんさんとして日本人に受け入れられ、小泉八雲として多くの人々に愛され、死後もずっと愛され続けている。

この展覧会は11/14まで。

森鴎外と娘たち/小堀四郎と鴎外の娘 ひと筋の道

世田谷で森鴎外とその娘たちに関する展覧会が二つばかり開かれている。
文学館では「父からの贈り物 森鴎外と娘たち」が、美術館では「小堀四郎と鴎外の娘 ひと筋の道」が開かれている。
どちらもとてもいい企画だった。

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上の黒い部分は柄ではなく、チラシの上部がモコモコ型なので、それを見せたくての効果。
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鴎外が子煩悩だったことは知っていたが、文学館の展示物を見ていると、本物の元祖イクメンだったことを痛感する。
本当に立派である。明治の夫(父親)で、こんなにも妻に協力的で、自主的に育児した人は他にいるのか。まったく素晴らしい!

子供らへの教育の面だけでなく、日常の中での子育ての様子を展示で追えるようになっている。
筆まめな鴎外の手紙(またとても読みやすい文字で、解説を読まずとも目で追える)はとても面白かった。
親ばかな鴎外が茉莉の写真を人に見せ、「可愛い」という言葉を期待していたのに「丈夫そうですね」と言われて憤慨しているエピソードなどは、もぉ大好きだ。

先に挙げた小泉八雲でも、日本の初等教育を信頼せず、自分の信念にそった教育を子供に施していたが、鴎外もまた自分で教科書を拵える人だった。
そして子供が学校でどういう感じなのかをちゃんとチェックしている。

子供たちも「パッパ」と呼んで父を深く深く愛し、信頼しきっている。
父と子供らの愛情の深さが本当に素晴らしい。
(面白いことに小さかった頃の子どもたちは父をパッパと呼ぶ一方で母をかぁちゃんと呼んでいる。ママとかドイツ語風にムッターにしなかったのか)

父性愛というものが鴎外から溢れたおしている。
それが全くうっとうしいものではなく、子供らもその父の愛を享受しているのがよくわかる。
こういう観点から鴎外を見たことは少ないので、この展覧会には大いに眼を開かされた。

ドイツ留学していた鴎外は子供らの服も全てドイツの店に発注していた。
子供らの写真を見ると、皆可愛らしい洋装をしている。
ドイツの商品への信頼と愛着というのは、わたしにも多少わかる。
わが家には祖父の代からのドイツ愛がある。
祖父は家庭用常備薬や刃物関係、工業製品などは全てドイツ製品で統一していたそうだ。
母は「アメリカの子供」世代だが、それでもドイツの工業製品に対しては、疑問を持つ前に信頼してしまう傾向を自覚している。
わたしもそうだ。ドイツと言うだけで、欲しくなるものが多い。
・・・少しばかり鴎外と接触したような気がした。

茉莉と杏奴の視点からの展示も面白かったが、どちらかと言うとわたしは鴎外自身の親ばかぶりを見る方が興味深く思えた。
妻へのあけすけな手紙が特に面白い。小説家としての文章とは全く違う、リアルな実感がいい。
そして鴎外と言う人は、日本語の意味ではない、真の意味でのフェミニストだと思った。

茉莉が今で言う腐女子なのは前々からわかってはいたが、彼女の資料を見ていて、強く納得できるものがあった。
彼女は自分の好みの俳優などの切抜きを集めていた。
それはファンだからと言うのではなく、その彼らをみつめながら、彼らに嵌めた妄想の物語を生み出していたのだ。
彼女の作劇方法はある意味で、現代の腐女子の二次創作物に近いところがある。
好きなキャラにあーしたい、こーしたい、こちらの彼とあちらの彼とで・・・・・・
とても理解できるメソッドだった。

一方杏奴はその意味では健全な人で、どの写真を見ても楽しそうに笑っている。
芯から明るいのが、母への手紙でよくわかる。
その杏奴が結婚した相手は、藤島武二の弟子の小堀四郎だったが、この夫婦は長命で、生涯を愛し合い・信じあって暮らしたのは、確かだった。

世田谷美術館の企画展で見たものは、四郎の洋画と杏奴のエッセーとその装丁などだった。
小堀四郎は世に受け入れられなくともいい、と言うくらいのつよさをうちに持った人だったようで、師の言葉を守って、画壇から離れた地で、自己表現を続けた人だった。

並ぶ作品のうち、1977年の「無限静寂」三部作に撃たれた。
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以前から好きな作品だったが、改めて対峙すると、何かしら不思議な信仰心に似たものを感じるのだ。
なぜだろう、と思いながら小堀の履歴を見ると、キリスト者だったことを知った。

日本のキリスト者の絵には時折、こうした不思議なほど信仰心を込めた作品が生まれる。
それは個人的感慨でのものから、周囲へと照射されてゆく。

恐山周辺を描いた作品群にも非常にいいものを見た。
月下の宇曾利湖での懺悔など、怖い絵だった。こういうものを見てしまうと、ひたすら朝が待ち遠しくなる。

杏奴との生活のスナップショットが飾られている。幸せそうな家族の姿がそこにある。
父に愛された娘が成長し、優しい夫と仲良く暮らし、可愛い子供らと楽しく過ごす。
そして老境に入ってからは夫婦二人よりそって毎日を生きる。
小泉八雲と節子との生活もそうだが、この小堀四郎と杏奴の暮らしも、優しい愛情に満たされているのが、深く伝わってくる。

文学館は11/28まで。美術館は1/10まで。

和歌山~泉州~守口ハイカイ

和歌山に行った。
和歌山はたいへん大きい県で、方角によっては全く国柄も違う。
国柄、と言うのは変かもしれないが、一言で紀州とは言い切れないのが和歌山である。
紀の国、木の国、鬼の国、すべてキの国である。

高野山に近いところに友人がいる。
彼女の一家と海側の知人とは言葉も違う。
狭い大阪でも摂河泉と浪花の四州で出来ているから、広い和歌山は尚のことかもしれない。

和歌山市駅から南海バスで県庁前まで行く。
和歌山城と斜に県庁があるらしい。美術館へ行くのが目的である。だから県庁へは渡らず、お城の石垣を目指して歩く。
馬上のお侍の像がある。吉宗公だとある。
これは暴れんぼう将軍の吉宗公である。
「吉宗と言えば?」と訊けば、大抵の人が「松平健」と答えるだろう。
中には「山口崇」と言う人もある。加藤剛の大岡越前に対して、将軍吉宗は山口崇だった。
「八代将軍で倹約令を出した」「天一坊事件」「尾張徳川の義春公を隠居させた」とか答えてくれる人にはなかなか会えないし、またそういう答えをこちらも実はあんまり期待していない。

和歌山城を見上げる。その前週には尾張名古屋へ出向き、天守閣に上っている。
ここでも上れば、徳川御三家のお城はあとは水戸だけということになるが、そんなにお城に関心がないので、上らなかった。

開館と同時に和歌山県立近代美術館へ入る。
‘94年に黒川紀章が設計した広大な美術館である。
ここで近代日本創作版画展を見る。
展覧会の詳細はまた別な記事にする。

かなり面白く眺める。見ている最中に色んな妄想が入り込んでくる。
わたしの場合、こういうときは、かなりその展覧会が面白いときなのだ。
作品を見ているときに他の考えが入り込むのは集中心が足りない証拠だ、と言われるかもしれないが、動き始めた妄想(=物語)がより一層、その作品への愛着を増してくれるのだった。

美術館のレストランからお城が見える。鷺が飛んでいた。鳶ではないらしい。

駅までのバスに10秒差で乗り損ねた。丁度通りかかった自転車通学の中学生の団体にえきはどっちかと訊くと、色々面白いことがわかった。
説明の巧い子、説明の出来ない子、説明するより自転車に乗せてあげるという、実践的な子、無関心な子、それぞれの個性が読み取れた。
結局わたしは歩いて駅へ向かうことにした。時間はかかるが、それはそれでよかった。

特急サザンに乗る。サザンは一部指定席がつくが、自由席に座る。なんば始発でほぼ1時間かかる特急である。停まる駅はそう多くはない。
次は忠岡へ向かうわたしは岸和田で急行へ乗り換えた。忠岡はローカル駅なので、泉大津まで出てから忠岡へ戻る。
今日はスルット関西のフリー券で動いているから、何をどのように乗ってもいいので、色々乗り換えるのが楽しい。

忠岡から正木美術館へは静か過ぎる住宅街をずんずんと歩く。
自分がどこへ向かっているのかわからなくなった頃に、到着する。
泉州の、何もない地にこんな名美術館があるので、わたしにはくるしい。
見たものはまた後日に書くが、丁度前期が終わるところだった。
後期もまたなんとか来たいと思うものの、少し難しい。

駅そばのパティスリーへ入る。
今までは道路の向こうだったので行かなかったが、再び長時間南海電車に乗ることを考えて、少しゆとりを持ちたかった。
意外なくらい、おいしいお店だった。
綺麗なケーキたちは安価なものから高価なものまで揃い、どれも手を抜かれずに作られていた。ポットサービスの紅茶もおいしい。
店内も可愛らしく飾られている。
何故これまで入らなかったのだろう。これからは正木美術館とこのお店をセットにしたい。
焼き菓子だけを購入する。生菓子はここからまっすぐ帰るにしても2時間はかかるし、わたしはまだまだ歩かねばならなかった。

泉大津で急行に乗り換え大阪市内へ向かう。
天王寺の美術館へ行きたいと思っていたが、それはさすがに時間的にムリだった。
そこで天下茶屋から地下鉄に乗り換えて、北浜へ向かった。
北浜からは京阪に乗り換え、守口へ出た。
京阪百貨店で絹谷幸二の新作展が開催されているのだ。

購入はムリでも見るのは見る。ギャラリーの場合値段も見えてしまうが、それが全ての価値ではない。
「夢みる力は生きる力」 画家本人の言葉には説得力がある。
どの絵を見てもそこにはそのコトバが活きている。
今回はギリシャ神話をモチーフにした新作が出ていたが、いつものように絵の中に言葉が入り込むのは少なかった。「天空愛飛翔」で「あい」という一言だけが見える。
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いいものを見て機嫌がよくなったところで大阪港へ向かったが、ここで挫折した。
サントリーミュージアム、たいへん人があふれていた。
なんでも開館時間を9時に早めて対応しているそうだ。
まだ日もあるので今回は諦めた。
主催によって随分と違いもあるけれど、サントリーミュージアムが集客できるのは、とてもいいことだった。

和歌山~泉州~守口ツアーはこれで終わった。

日本近代の青春 創作版画の名品

和歌山県立近代美術館で今日まで開催していた「日本近代の青春 創作版画の名品」は面白い展覧会だった。
大正新版画はこの範疇には入れず、自刻自摺の創作版画だけを集めての展示。

元々が版画好きなので企画を知ったときも「いいなー」と思ったが、チラシを見てドキっとした。
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山本鼎「野鶏」があった。1912年の作。ヤーチー。中国の娼婦たち。
三人の娼婦が白いチャイナ服を着てソファに座りながら嫣然と笑う。
客を待つ間の一時なのか、三人は気だるい目でこちらを見る。たぶんみんな、阿片中毒。
上海のどこかの楼に暮らす女たち。
小さな黒い靴の中はテンソクされた足があるだろう。
白い衣装、小さい黒い繻子の靴、笑った形に塗られた朱唇、薄いピンクの頬紅、桃茶色のようなソファと、それに薄い黒がまざったような影。
それらの色彩がひどくこの場を蠱惑的なものに見せていた。

展示は20世紀初頭の作品から始まる。
山本鼎「漁夫」から現れるのは当然なことなのだろう。
この作品から日本の創作版画が始まったということだ。
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これは先般、上田市山本鼎版画記念館でも見た。信州は版画作家の多い地なのだ。
その時のチラシはこちら。
いい作品が多く出ていた。
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藤島武二、青木繁といった明治の浪漫を体現する画家たちが下絵を描いた作品もある。
それを見るだけで、明治への(近代日本の黎明期への)深い憧れがあふれてくる。なにか胸が広がるような思いがする。
「明星」は生まれるべくして生まれ出た存在なのだと心に落ちるものがある。

山本鼎らが拵えた版画雑誌「方寸」が幾冊も並んでいた。
その中で特に嬉しかったのは織田一磨「海を渡る蝶」があることだった。
安西冬衛の詩より早い生まれの「海を渡る蝶」たち。
黄色と赤を基調にした蝶が一斉に、どこかの陸へ向かって飛んでゆく。

「方寸」のバナーも見ているだけで面白かった。ギリシャ風な場面や、ペンギンとカンガルーがロゴを見上げるのも可愛い。まだ壬生馬時代の有島生馬が描いた絵も表紙を飾った。

織田の風景版画が出た。
これまで町田や吉祥寺で見てきた作品が多く出ている。
特に好きなのは祇園の一夜、舞妓たちが花火をみつめる後姿。

マニエール・ノワールの人になる前の、長谷川潔の木版画がある。
ダンスB。わたしはこの作品を最初に京都近美でみたとき、ひどく感銘を受けて、懸命に記憶に留めようとして、下手な模写までしている。

それを見た日には私はもう一枚心に残る作品に出会った。
太田三郎「カフェーの女」である。これは絵はがきがあったので喜んで購入したが、このとき「ドナウの夢と追憶 ハンガリーの建築と応用美術」展を見ていて、近代建築と近代版画と、二つながらのときめきにうちふるえていたのだった。
それが今回ここに出ていたので、ひどく嬉しくなった。

「月映」が現われた。
田中恭吉、藤森静雄、恩地孝四郎の三人から生まれた、ある頂点。
田中の観念的な表現に惹かれていた。しかしその絶望的な視線が段々とわたしの神経を蝕んでくるので、少し距離を置いた。
だからと言うわけでもないが、抽象表現へ向かう前の、裸婦を描いていた恩地作品の方にわたしは傾いていった。

今回藤森作品「二つの心」を見て面白いことに気づいた。描かれている男性、髪がツンツン逆立っているが、まるで「スラムダンク」の仙道くんのようだった。かっこいい・・・

橋口五葉の新版画が少しだけ出ていた。
扱いとしては参考と言う程度だったので、却って勿体ない気もする。

永瀬義郎、前川千帆、川上澄生、川西英、駒井哲郎らの作品が現われた。
随分前だが石神井に永瀬か駒井の資料室があったはずだが、行く前にどうなったか、もうわからなくなってしまった。

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面白い作品を見た。珍品と言うては叱られるかもしれないが、宮尾しげをの版画など、初めて見た。ナンセンスなマンガを描いていた人で、わたしが知っているのは、

あんま
ころす
もちや

あんま・ころす・もちや のノボリで按摩さんが激怒して茶店の前で仕込刀を振り回すというもの。ところがこれはアンコロモチ・マスヤと読ませるというギャグだった。
だからか、木版画にもどこかユーモアが漂っていた。

惜しいのは武井武雄作品が少なかったことで、これは残念だった。尤も武井作品で版画を集めると、これまた選びようがないくらいたくさん出てくるので、ちょっとムリなのかもしれない。
棟方志功もほんの一点ばかりだった。

マヴォあたりも出てきたが、わたしは村山知義は、絵本か小説「忍びの者」以外はニガテなので、なんとも言えない。

総花的かもしれないが、それはそれでいい内容だと思う。
十年ほどの歳月をかけて完結した千葉市美術館「日本の版画」シリーズを思い出す。

和歌山では終わったが、宇都宮美術館に巡回するので、関東の方はそちらへ行かれることを是非に勧めたいと思う。

ドガ展

横浜美術館でドガ展を見た。9/18?12/31とはたいへん会期が長い。浮世絵や日本画では考えられない長期間。とりあえず2010の終いまでドガの絵が横浜にたくさん集まっている。
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ドガといえばわたしの場合は、バレリーナと浴女。
それでこのチラシの「エトワール」がやっぱりドガの代表作だと思ったりする。
オルセー美術館に行ったとき実物を見たけれど、そのとき「ああ、本物やわ」と思った。
なにが「本物やわ」なのかと言えば、あまりに多くの複製品を見すぎていたせいで、すっかり脳に刻み込まれていたこの「エトワール」、感動なぞあるものかと思っていたのだ。
ところが感動した。
その感動はやっぱり「本物」だからこその感動なんだろうと思う。

それで実は最初の最初にこの絵の複製を見たのは、小学生のとき好きだったコミック「悪魔の花嫁」でのエピソードから。
詳しくは忘れたが、ある男性がこの絵に惹かれ、画中のヒトとして永遠にそこにいる、とかそんな話だったと思う。
絵には袖でバレリーナをみつめる人々の顔は描かれていないが、コミックではその男性がそこに描きこまれていたのだ。
「悪魔の花嫁」のおかげでドガの絵を知ったわたしです。

見に行った日は丁度朝に日曜美術館で紹介されてたので、激しく混むかと覚悟してたが、割りに早かったおかげでか、そんなに苦労せずとも機嫌よく見て回れた。
とはいえ空いてる時などありはしない。

最初にドガが若い頃に描いた古典主義的な作品から始まった。

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トキにしては随分と濃い色をしているように思った。これでは朱鷺色と言うより紅鷺色である。どういう背景をもつ作品なのかは知らないが、地中海に面した国などではトキはこんな色だったのかもしれない。
エジプトの壁画などに描かれたトキの親戚のような気がする。
ずっと遠くの町の様子はまだ割りと色々と描きこまれているが、手前の植木鉢の花は意外とぞんざいに描かれている。しかし女のまとう青孔雀色のドレープは丁寧だった。

バビロンを建設するセミラミス  建物は見えず女たちの姿だけがある。
女たちの視線の先にはバビロンがある。
その女たちを<観察する>眼がここにある。面白い構図だと思う。

木陰で死んでいる狐  クールベが描いてそうな感じがした。そしてそれとは別に、やっぱり死んでる狐を見るとごんぎつねを思い出して可哀想になるのだった。

マネとマネ夫人像  半分切れてるあれ。見てみたかったので嬉しいが、意外と普通の作品で、事件性とかも感じない。(なにを期待していたのかが問われますな)

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やがて踊り子の時代が来る。

個別にあれがいいそれがいいどれがいい、と言うのはムダだと思った。
総じていいとしか言いようがない。
世評がどうであろうと、自分が見て、いいと思ったものはそれでいいのだ。

バレリーナを描いた作品には静かな躍動感があった。
踊っている人を描くから、というだけでないイキイキした力が、どの絵からもあふれている。光の当たり具合、顔の向き、手足の動きなどがそうみせてくれるのか。

わたしはいつもドガのバレリーナたちを見ると、必ず頭の中に音楽が流れ出すのを感じる。
しかしそれはバレエ音楽ではない。
では何の、誰の曲なのかと訊かれると、これが困ってしまう。
頭の中に流れる音楽は決まっているのだが、それを外へ流すことが私には出来ないからだった。誰にも伝えられないメロディを感じながら、わたしはドガのバレリーナたちを眺めている。


モーパッサン「メゾン・テリエ」の挿絵が四点ばかりあった。後にヴォラールが出版したそうだが、ヴォラールと聞くだけで艶っぽい作品ばかりが思い出されてくる。
そういうのばかりが専門だったかどうかは知らないが。
絵だけで見る分では微妙にいじわるな艶笑譚ぽい。
モーパッサンは読んではいけない、とオヤからイマシメられていたわたしです(笑)。


浴女を色々と見る。
こちらも個々にどうのこうの書いても仕方ないような気がする。

ドガ自身が撮影した裸婦の写真も色々並んでいる。
ここにはないが、だいぶ前の「芸術新潮」で殆ど彫刻のように見えるモデルの写真があった。写真とそれを基に描いた作品が並んでいた。
実際ここでも絵と写真とのダブル展示があった。

同じく浴女を描いても、ルノワールの場合は屋外の、泉などでにこにこしている裸婦だが、ドガの浴女たちはみんな室内の浴槽や盥の中にいる。
表情はわからない。
画家がそこにいてその姿を観察し、描いているのに、描かれた女たちは自然な動きを見せる。(そうした描き方をしている、ということもあるが)
どちらかと言えば、こうした姿は「美しく」はない。人に見せたくない状況もあるからだ。
子供の頃、パリの女は水が悪いのであまり身体を洗わないと言うようなことを聞いていた。
だから最初にドガの浴女たちをみたとき、「洗ってる!」とちょっとびっくりした。
(洗わないから、色んなものが生まれ、発達したと聞いていたのだ)
この女たちの手の動き、背中の線などを見ていると、文学での自然主義というのを思った。
丁度同時代だったか。

ほかに彫刻も色々あって、そちらも楽しめた。
競走馬、バレリーナたちの「何かの一瞬」を永遠にそこに閉じ込めた、そんな感じを見るものに抱かせる作品群だった。
tou507-1.jpgルイス・キャロルが喜びそうな一枚もある。


会期は大晦日まで。
「一瞬の中にみる永遠の美」というコピーはうそではない展覧会だった。

横山大観展

明治神宮の宝物展示室で二ヶ月に亙って横山大観展が開かれている。
明治神宮鎮座90年記念と言うことで、10/27までが前期、29日から11/28まで後期である。
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出かけたのは暑い暑い日だったが、橋を渡って神宮への参道を歩き始めると、途端に涼しさが満ちてきた。行く人々は多いが、樹木の影が熱気を払うてくれているのだ。
人いきれ、太陽の熱からもかばわれたことを感謝する。

今回の展覧会はおせんべいの播磨屋コレクション、横山大観記念館、永青文庫などからの出品が多い。
播磨屋のDMには所蔵の大観、春草らの作品を少しばかり紹介してある。お買い上げ五千円以上でそれらを色紙にしたものをプレゼント、と言うことだ。

柳下舟行  明治40年頃の作で、構図は広重の風景画を思い起こさせる。手前に柳、向こうに帆舟という図はのんびりしていて、心地いい。

大観の鉄拐仙人、下村観山の蝦蟇仙人のこの合作も播磨屋コレクションだった。どちらも、仙人本体より<気>で現れた小仙人や一緒にいる蝦蟇の方が可愛い。

チラシになったのは漁舟 これも播磨屋コレクション。仲良しだった小杉放菴の影響を受けたような、のほほんとした風景画である。
船上で干される洗濯物がいい味を出している。

飛天、霊峰富士  小杉放菴との合作。どちらがどちらを描いたが一目瞭然だが、もし逆の役をしていれば、とちょっと面白くも思った。
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大観はときどき物語、説話に現われる人物を、巨大な花と共に描いている。
花は実際にはそんな巨大化するものではないが、雰囲気で言えば少女マンガにおける背景処理としての花という役目を負うているようである。

周茂叔  蓮好きな周が、背丈より大きな、しかし花の形はシロツメクサに似た朱の蓮に囲まれて、そこにいる。舟でのんびりくつろぐ彼は、蓮に埋もれそうである。
好きなものに囲まれて幸せそうな人を、楽しそうに描いた作品だった。

洞庭の夜  湿気たような木々に惹かれた。空気のにじみでるような、そんな夜。

八幡緑雨  これは滋賀近代美の所蔵だが、つい春先にわたしは絵の舞台になった八幡市の「松花堂美術館」で見ている。八幡は今でこそマンションも増え大型ショッピングセンターも出来てきたが、やっぱり竹の多い地で、筍もおいしい。
先に見たときはまだ梅の頃だったので、「あと三ヶ月もすれば青々とした季節になるなぁ」と絵を見ながら思ったものだった。

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旭光照波  以前から好きな一枚だが、今こうしてその前に立つと、群青色と金の照りが胸になだれ込んでくる。自分も一緒にここにいる。そんな心持になる。

春雨・秋雨  鵜が八橋らしき板の上にいる。秋は飛び行く様を描いている。
激しい雨ではなく、柔らかな雨の中で。

昭和五年現在の明治神宮を描いた一枚があった。所蔵は無論こちら。リアルタイムな日常性が描かれている。80年前の明治神宮を、80年後の私たちは見ている。

ほかに五代目清水六兵衛のやきものに大観が絵付けしたものがあった。
わたしは大観の大仰な作品より、ちょっとした小品に惹かれるので、楽しく眺めた。
また大倉男爵の肝煎りで催行された羅馬日本画展に代表として出かけた大観が、そのツアーで見た海外風景をスケッチしている「渡欧ところどころ」がなかなか面白かった。
わたしが見たのはシンガポールの林を描いたものだった。
シンガポールの熱帯な空気がこちらにもすぐに伝わってきそうだった。
このツアーは他にも速水御舟もいたが、彼の渡欧スケッチもたいへん良いものだったことを思い出す。(山種美術館で展示されていた)

来月のいつに後期展を見ようか思案中。
なお図録には協力者として、Takさんのお名前も挙がっている。
それを見るのも楽しみのひとつである。

清方一門と近代美人画展

野間記念館で「鏑木清方一門と近代美人画展」が開催されている。
大好きな野間で、大好きすぎる清方一門とくれば、これはもう何を措いても行く。
ほぼ見たことのある作品の展示だったが、嬉しさが満ち満ちてくる。
2006年に「描かれた女性たち 近代日本の風俗画」展があったが、それ以来の美人画展かと思う。
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チラシ表には清方の「夏の旅」が出ている。
駕籠から降りて一息つく女。桔梗柄の着物がいい感じ。そして背景の自然描写が美人画とはまた違う魅力がある。
赤いユリは鮮やかだが、滝、小禽、松などがその山間の空気のしっとりさを伝えてくる。

山村耕花「四季の風俗」、山川秀峰「蛍」もなじみの美人群像だが、こうして「近代美人画」という枠中だけで見ると、いよいよ魅力的である。
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山村耕花は役者絵も多く描いているだけに、四人の女たちがどことなく役者絵風にも見えるのが面白い。
そして山川秀峰は美人と名高い奥さんをモデルに使っていたそうだから、この「蛍」は三人の女ではなく、もしかすると一人の女なのかもしれない。

蕉園・輝方カップルによる、カップル絵。男を描いた輝方がちょっと分が悪そう。
山川秀峰の「母の愛」は長らく清方の作品かと思っていた。
少女を装わせる母の優しさがしみてくる。
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鰭崎英朋は「少女倶楽部」などに描いた歴史の中の美人画が出ていた。
「横笛」「真間の手児奈」「袈裟御前」 背景もきちんと描かれていて、ドラマの盛り上がりを訴えかけてくる。
吉川霊華「箜篌」も出ていて、嬉しくて仕方ない。
そして松岡映丘の王朝美人もいる。
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池田輝方、英朋、霊華、映丘は清方の僚友だが、先に挙げた秀峰は門人である。
その門人たちの素敵な作品がたんと集まっていた。

中でも女流の柿内青葉の昭和初期風俗の美人たちは魅力的だった。
楽しそうなご婦人方、夜なべをするおかみさん、洋髪のちょっとあぶなそうなおねえさん、いたいけな少女などなど・・・

しかし「え゛っ」だったのは伊東深水の昭和三年の「十二ヶ月色紙」。どの美人たちも皆一様に「つつましい」のである。
なにかしら新鮮な感じがした。
戦後の十二ヶ月美人画として、「講談倶楽部」表紙絵があるが、こちらはもういかにも深水らしい「隙のなさ」が出ている。
つまりどこからも手を差し込めない、堂々たる世界観が活きているのだ。
あんまりそこらがニガテなのだが、深水人気が沸騰したのはこの時代以降からだと言うことを思うと、ちょっと興味深くはある。

珍しいところで笠松紫浪の十二ヶ月色紙。版画ではなく日本画で美人と植物とを描いている。清方の弟子だから、美人画も巧いのは当然なのだが、目を瞠った。

最後に秀峰の「九条武子夫人」絵巻が出た。
今回は兄・大谷光瑞が自ら鶴嘴を振るって住まいに立つ隔てを打ち壊すシーンが出ていた。
一度しみじみとこの物語絵を眺めてみたいものだ・・・

展覧会は10/24まで

静嘉堂の中国陶磁名品展

静嘉堂の東洋陶磁の名品展が始まった。
第一弾が中国陶磁の名品展である。
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現在三菱一号館で「三菱が夢見た美術館」として数々の名品が展示されているが、そこに期間限定でお出かけしていたのが、静嘉堂が誇る国宝の曜変天目茶碗だった。
わたしは丸の内では見なかったが、この静嘉堂で見るつもりだったので、この展覧会を待っていた。

何度見てもやはり美麗なものは美麗であり、つくづくこれを目の当たりに出来ることをありがたく思うのだ。
今回は照明の感じが変わったようで、今までとは少しばかり異なる表情をこの曜変天目に見出した。
少しばかりヒトアタリして疲れているようにも見える一方で、「見られる存在」であることを十二分に意識しているので、がんばって煌き続けている・・・そんな雰囲気があった。

ところでここの曜変天目もさることながら、わたしは油滴天目にも随分惹かれている。
遠目からでもピカーーーッと光って見える。
なにやら地が黒く見えるほどの銀光である。

やはりいいものは途轍もなくいい。そしてその美は自分の眼が見たものなので、ここで画像を挙げても、「わたしがみた」美は再現できず、伝えられないのが惜しい。

80点の展示の内、今回は「綺麗」を基準に感想を挙げたいと思う。

緑釉狩猟文壷  後漢時代に青銅器を模して作られた壷が、長らくの地中埋没のために銀化して、素晴らしい変貌を遂げていた。メタリックな美貌がそこにある。
「時間と言う助手」とは安野光雅の言だが、たしかにそのとおり「時間と言う助手」のおかげで、本来の生まれとは違おうとも、素晴らしい麗容を具えるようになったのだ。
地中埋没と経年と、そして発掘とを、感謝したい。

白磁刻花象嵌鹿文枕  角のないふっくらした鹿がレイシを食べる食べる・・・その様子を枕の面に刻んでいる。この枕で眠ると、おいしい夢が楽しめそうである。

五彩草花文碗(宋赤絵)  金代の煎茶碗なのか、可愛さにはびっくりした。見込みには椿のような花が描かれていて、それが赤と金と緑で表現されているのだ。
掌に収まるサイズのこの愛らしさには、本当にときめいた。

青磁鼎形香炉  袴腰の香炉の内外には煌びやかな貫入が素晴らしく入り込んでいる。
二重貫入である。陶胎Xガラス釉の焼成時の収縮率の違いがこのような美を生み出すのだ。
バラの花びらが折り重なるような、遠い銀河の果てのような、そんな美しさがそこにある。

五彩一猿双鹿文盤  シカップルがいる。メスは白鹿である。サルが蜂の巣をつついている。いずれもめでたい吉祥文とは言え、ナゾな構図ではある。
しかしその色彩感覚が見事だった。

初見に一つ素晴らしいものがあった。
黒地素三彩花鳥文瓶  素三彩の美を初めて知った。
白梅が描かれることが多いが、それを欧州ではサンザシと看做し、このような形態のものをブラックホーソンと呼んで、愛されてきたようだ。
白梅は緑の線で描かれたことにより、いよいよその白さを増している。
清朝だからこその優雅な美がそこにあった。

青磁盤  天青という色合いで満たされている。「全体に褐色と透明の氷裂文が入る」と解説にある。褐色は貫入の線であり、全体は静かな青色である。花びらの重なりのような貫入が素晴らしく綺麗だった。
やきもののひびは何故こんなにも綺麗なのだろう。
ひび、しわ、きず・・・すべてが美への条件に欠かせないものになっている。

粉彩梅花喜鵲図象耳瓶  カササギたちが群れている。カササギは吉祥文である。機嫌のよいカササギたちが群れあう楽しげな風景画でもあった。
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今日は本当に美麗なものばかりを挙げた日になった。

きらめく装いの美 香水瓶の世界

東京都庭園美術館で「香水瓶の世界」を楽しんだ。
展示された数多の香水瓶は、安芸の宮島の向かいにそびえる「海の見える杜美術館」の所蔵品だった。
この広島の美術館には洋の東西、年代を問わず、「美しいもの」が多く集まっている。
そのうちの香水瓶が、都内有数の美しい場所で展示されている。
東京都庭園美術館、旧朝香宮邸。
アールデコの館で古代から現代へ続く「美しいもの」をこのように味わえるのは、まことに幸せなことだと思う。
そしてそのことを楽しむことで、「観る」わたしたちもまた、美しく在ることを望めるかもしれない。

個別にこれら香水瓶の美貌を挙げたところで、本当の感想にはならない。
強烈に意識に残る単品は確かにいくつもあった。
しかしながら、全体としての美に撃たれたことを記すべきだった。

チラシは二種あった。
最初のチラシ。tou493.jpg

シックでとても落ち着いている。
左の円筒形の香水瓶は1900年頃に生まれている。綺麗なエナメル。ビーズで作られた枠の中に閉じ込められている。刺青のように美しくもある。

右はゲランの「夜行飛行」とラリックの作。三様の美をこのチラシに観る。
殆ど唆されるように観て歩く。執拗に眺めたり、そっけなく通り過ぎつつ横目で眺めた瓶もあった。

この小さな工芸品たちの用途は限定されている。
様々な趣向をこらした外壁の内側に、変容を拒絶する器があり、そこに匂いの水を収める。
瓶の蓋は捻じて開けるものもあれば、そっと杭を抜くものもある。
用途はほぼ一つの目的に向かっているが、中の水は数え切れぬ種類の個性を持ち合わせている。
また一つの親水から生まれた水が、自分たちを蔵う容器によって、様相を変えることもある。
そのためにこんなにも数多くの香水瓶が生まれたのである。

後のチラシ。tou491.jpg

瓶はアールヌーヴォーの影響下で彩られた姿を見せている。
見事な群青色と静かな緑色の花がそこに開く。

展示の一つに興味深い様式があった。
六角形の台上で対角線に沿ってそれぞれ鏡を壁にする。三角形を領地とする六面が、台に活きる。その地には香水瓶が置かれているが、観るわたしもまた共にその空間に閉じ込められた錯覚が生じる。
美しい瓶の魔力でか、映るわたしも綺麗に見えた。

この展示は庭園美術館での演出なのだろうか、それとも海の見える杜美術館のそれなのか。
海の見える杜美術館と縁の深い、ある美術センターでの展示を思い起こす。
そこでもこうした展示があり、きらめきが倍増していたことを思う。
美麗なものは美麗なかたちで展示されなければならない。
そのことを改めて実感する。

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プティ・パレ美術館所蔵の版画なども飾られていた。
わたしの偏愛する時代、1920?1930年代の先端の婦人たちが描かれている。
わたしもその時代に活きてみたかった。

香水の香りは愉しめずとも、それを収めた香水瓶を眺めることで、実際のそれよりもなお、馨しい歓びを味わえるかもしれない、そんな気がした。

この美麗な展覧会は11/28まで。

ウィリアム・モリス 

うらわ美術館でウィリアム・モリスの展覧会が開かれている。
ステンドグラス、テキスタイル、壁紙、デザイン・・・
これらがうらわ美術館の空間に展示されている。
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うらわ美術館の第一室は広い空間である。
白い四角い空間が照明を落とされ、暗い広間に変わっている。
その壁面一帯にはモリスやバーン・ジョーンズのデザインしたステンドグラスの再現がある。
バックライトフィルムによる再現、と説明がある。
以前モリス展を開いたパナソニック電工の技術による再現。
暗い空間にステンドグラスの物語絵や聖人たち、天使たちの肖像が、まるで浮かび上がるように活きている。
それらは床にまでその残影を落とす。
この広い空間には、わたしと監視員だけがいた。
わたしはまるでイングランドのどこかの教会で、たった一人で立ち尽くしている気がした。

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テキスタイルやタイルもまたかつて見ていたものではあるが、こうして再びその前に立つと、嬉しさがこみ上げてくる。
タイルへの偏愛があるからか、そのタイルの全容を創造する楽しみに溺れるからか。
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しかしながらわたしはモリス商会の大きな仕事である壁紙にはあまり関心がない。
少し空間が濃厚になりすぎてしまう。
この連続パターンが部屋中いっぱいに広がっているのは、わたしにはくるしい。
だからこうした場で眺めるのが楽しいのだ。
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以前に見た展覧会の巡回かと思ったが、本の奥付を見るとこのうらわともう一軒だけしか名がない。
パナソニックで観たステンドグラスも、もう何年前のことだったか・・・

見た日は雨の土曜の夜だった。10/31までの開催期間、土日は8時まで開館。
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細江英公・人間ロダン

銀座三愛ビルで昨日まで細江英公・人間ロダン展が開かれていた。
大きなカメラでなく小さいカメラでぱちぱち撮り、それを和紙染摺りにして、ギャラリーに展示した。
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丸いビルの八階九階がリコーフォトギャラリーだった。
そこへ行くと、トリコロールの屏風があり、ロダンの人間たちが細江の目に囚われていた。
ブラームスのヴァイオリンソナタ2番イ長調と、プロコフィエフのヴァイオリンソナタ1番ヘ短調が流れている。

ナマナマしい肉と肉の重なり合うさまがそこにあった。
ロダンの彫刻を細江英公が撮る、と言うのではなく、細江英公の写す肉体を創造したのがロダンだった、という感覚がある。

カメラのファインダーはカメラマンの目であり意識である。
そこに展開される情景は、カメラマン自身が望んだ被写体のありようなのだ。
女の背後から捉えた写真を見ると、細江のかつての作品集「おとこと女」を思い出す。
鋳造、または大理石などで作られている、ということを忘れて、なまなましく艶かしい肉体の実感がそこにある。

そしてその肉体が今、どのような状況にあるかを、はっきりと観るものに伝えてくる。
身体と身体のこすれあう音がする、滲むようなにおいがある。
双つの肉の分かれ目の奥に潜むぬるみを、細江英公は捉えている。

花子の首がある。目だけを大きく写し撮ったものがある。花子の不機嫌な目には、何が映っているのかを、改めて考える。
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どこから見ても細江英公の作品だった。
ロダンの制作した彫刻、と言うことを忘れてしまっていた。
製作した、ということを忘れてしまったのだ。
つまり、ロダンの拵えた人間たちだけがこの世に存在する「人間」で、それを細江英公が写し撮った、そんな風に思ったのだった。

陰影礼賛 国立美術館コレクションによる

今日で終わったが、国立新美術館の「陰影礼賛」はたいへん興味深い展覧会だった。
国立美術館コレクションによる、と副題があるとおり所蔵品の内から「陰影礼賛」に沿う作品を集めているのだ。
見慣れた作品も一つの意志の下で集められると、とても新鮮に見えるし、改めてその魅力に惹かれもする。

そもそも「陰影礼賛」という言葉を聞くと谷崎潤一郎の随筆を思いだすばかりだった。
あの文章に蕩けてしまった人も多いだろうが、わたしも不意に一節を思い出しては陶然と目を閉じる。
(しかし現実では陰影礼賛どころかギラギラ明るくないと暮らせないのだが)

最初に写真作品が現れたのはわかりやすくていいと思った。
モノクロ写真の美は子供の頃にはわからず、ある程度の年を経ないとその良さを味わえないように思う。
今回はいつもと違って、意識的に「陰影」を見ていきたいと思う。
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1.影あるいは陰、そして描写
*光と影の諸相

ハリー・キャラハン エレノア  ‘48年、ゼラチン・シルバープリントの一枚。影で表現される女。女が脱ぐ姿を、見るものの意識に残された。
(作者の名前を見るとマグナムを思う。フォトではなくフォーティーフォーね)

ジョエル・スナイダー ロックフェラー教会、シカゴ  ‘67年、プラチナ・プリント。これは教会だから大丈夫だとは思いたいが、吸血鬼ノスフェラトゥなどが現れそうな場である。ちょっとコワイ。そう感じさせる翳りがここにある。

*実在感の創出

坂本繁二郎 リンゴと馬鈴薯  三菱で見たのより明確な形に見える。
速水御舟 秋茄子と黒茶碗  プリンとしたナスである。黒樂の存在の重さ。
須田國太郎 少女  なんとなく怖い裸婦である。それはやはり彩色の重さと陰か。

と、ここまで書いてきて気づいたが、気に入ったものは全て京近美の所蔵品だった。
しかし京近美で見た記憶のないものが多い。

2.具象描写の影と陰
*肖像、または人のいる情景の演出

小出楢重 ラッパを持てる少年  昔は好きでなかった小出作品が今ではどれを見てもいい感じに見えるのが不思議だが、この坊やの服の質感(あたたかさなど)を感じさせるのは、やはりそこにつけられた影の力だろう。

クールベ 物思うジプシー女  今回初めて気づいたことがある。この魅力的な黒髪の女のニーとニップルの緯度がほぼ同じだったのだ。意図的な描写だと思うが興味深く思った。

印藤真楯 夜桜  京近美で春になると現れる一枚。円山公園の枝垂桜の周囲に篝火があかあかと燃えている。眺める人々を詳しく判別できないが、いずれも(たぶん)夜桜に酔い、篝火に火照ったように、上気した頬を見せていることだろう。

クリンガー ある生涯 序2  クリンガーのエッチングは白と黒との曖昧さに惹かれる。
黒は決して完全なる闇ではなく、白にこそ闇が潜む。
原始人風な男女が森の中で鍋を炊いている。鍋が白く燃えている。火は白いものなのだ・・・

*風景表現の構成要素

モネ チャリング・クロス駅、ロンドン  もぁ?としたピンクに包まれた駅がある。西洋美術館で見る分にはただただ名画だと思うくらいだったが、「陰影礼賛」にラインナップされたことを前提に眺めると、このピンクの不可思議な靄こそがその本質だと知る。

東山魁夷 映像  近年の東近美での回顧展で見たとき、衝撃を受けた一枚。
夜の森。広がる湖に映る木々の影。灰色の影が静けさを深める。

ピラネージ 牢獄 円形の塔  エッチングなどで製作されている。牢獄だから当然明るくはない。しかしこの構造を見ていると昔の宮崎駿作品を思い出す。
「影の獄にて」という小説もあった。(映画「戦場のメリークリスマス」原作)

*主張する影、自立した影

甲斐庄楠音 幻覚  芸妓が踊る。その影は大きく広がって、まるでもう一人別な舞手がいるかのようにも見える。しかもその影の手の方が激しく動いているのだ。
女がニヤァと不思議な笑みを浮かべているのはいつものことだが、その微笑の影こそが、実は一番怖いものかもしれない。

北脇昇 クォ・ヴァディス  今まで東近美で見てても「シュールだな」としか思わなかった絵だが、今回ここにあることで改めて色々考えさせられた。
諸星大二郎「夢の木の下で」の<わたし>はもしかすると、この絵から旅を始めたのかもしれない。

藤森静雄 月映 わがかげ  画面を何も思わずに眺めると、なにかの果実を描いたように見えた。芯はヒト、その影は果物に活きる血管のように思われた。
月の光で現われる影、日の力の影とはまた存在の重さが違う気がする。

シャミッソーやアンデルセンに自分の影をなくした男のハナシがある。
影が本体から離れて独立し、とうとう本体に取って代わるのがアンデルセンの物語だった。
シャミッソーのそれは影をなくした男がそのまま別な力を得て、世界放浪に出るのだ。
主張する影、自立した影と言うものは本体から乖離し、全く別個の存在として活きようとする。本体をこそ抹殺しようとする影のたくらみに、物語のヒトはなぜああもたやすく乗せられてしまうのだろうか。

3.カメラが捉えた光と影

ウジェーヌ・アジェ サン・クルー公園  これも魁夷と同じく実際の木々と水面の木々とを捉えた構図だった。水面の木々は自分たちをかき消そうとする波紋をどう見ているのだろうか。

宮本隆司 デンマーク大使館  壊れている。いやそうではない。
カメラマンは壊れる建物を捉える。そう書くべきだった。
かつての美麗な建造物の姿をここから思い出すことは無意味だった。
壊れた建物への視線だけがそこに残っている。

4.影と陰を再考する現代
*概念的な思考

天井から色々なものが吊られていた。作者が何を考えて作ったか、わたしには全くわからない作品ばかりである。
しかしそこに映る影をわたしは面白いと思った。
まるで何かの星座のように見えたから。

高松次郎の作品が多く出ていた。
高松の作品を見ると、いつもある種の抑圧を感じる。
壁の向こうへ出られない影たち。そんな風な言い方しか出来ないが。

*秋岡美帆 ながれ、よどみ、そよぎ  '88年作の三枚。
随分前、美術に全く興味のない友人を引きずりまわすようにして、美術館を見て歩いた。
申し訳ないことをした。彼女は今も全く美術に無関心なのだ。
しかし東近美に来たとき、たまたまこの三枚が展示されていた。
疲れ果てていたのに、美術に飽き飽きしていたのに、彼女はこの三枚だけは自分から眺めていた。
わたしの意識の中には、だからこの絵の前の彼女の影が生きている。

普段見慣れていたと思っている所蔵作品群を、ある意思の下で眺めると、全く思いがけない面白味が現われることを実感した。
面白い展覧会だった。

モダン横濱案内

横浜都市発展記念館は地下鉄の日本大通の真上にある。道を挟んですぐ近所には開港記念館もあるし、ちょっと歩けば素敵な建物に勝手にあたる。
ここでは来年1/30まで「モダン横濱案内」展が開催されている。
ブラリ、昭和はじめのハマの街
Stroll around the downtown of 1920s to 1930s “HAMA”
素敵なコピーが活きている。
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チラシは吉田初三郎の「伊勢佐木町通り」である。
ブルーナイト。月下の繁華な街。

1920?30年代への憧れが強いわたしにとってこの展覧会は、たいへん面白かった。
もの皆堺に始まる、というコトバもあるが、モダンライフは横浜から始まっている。
ダンスホール、「オデヲン座」映画館、カフェー、ドライブ・・・
様々なモダンライフの楽しみがここに集まっていた。

写真資料だけでなく、今回実証的な資料が多く展示されていた。
作家・久米正雄あてDM、請求書、勘定書き、鎌倉の新築自邸の設計図などである。
今回どうしたわけか、3カ所で久米正雄に行き当たっている。
信州上田では彼の父の悲話、鎌倉長谷寺での銅像、そしてこの展覧会。
「微苦笑」というコトバを生み出した久米は、1950年代初頭までの流行作家だった。
大仏次郎のように「横浜を愛した作家」として記念館があるわけでもないが、当時の彼は確かに良く売れていた。
今では、昔々に編集された文学全集から読むくらいしか出来ないと思う。

その久米の資料を見ると、優雅な生活環境の中で横浜のモダンライフを満喫したことが、よくよく伝わってくる。
伊勢佐木町にあった野沢屋百貨店のDM、横浜松屋のDM、ホテル・ニューグランドのクリスマス舞踏会の案内状、ゴルフ場からの請求書、野球ユニフォームの請求書、明治屋から毎日購入していたパンの勘定書きなど、枚挙に暇がない。
しかしご遺族はよくもまぁ残していたものだ・・・久米は1952年に亡くなったが、これらの資料は昨年ここに入ったそうなのだ。
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とはいえそれら「モダンライフ」そのものが日常のものかと言えば、そうとはいえなかった。
展示解説にもあるが、久米はこう言い切っていたそうだ。
「モダーン・ライフ、それは現在では、結局、外出着(ヨソユキ)である」
つまりモダンライフは久米を始め都市生活者全体にすんなり入ったわけではなく、それまでの<和>と折り合いをつけての楽しみ方だったようだ。
大正から昭和初期にかけては住宅建築でも和洋折衷が随分流行したが、その家に住む人々はやっぱり和になじみながらも、そーっと洋=モダンに手を伸ばしていたらしい。
パンは買ったがトースターで焼くのではなく、火鉢であぶることもある。
そういう暮らしが活きていたのだ。

学校ではセーラー服を着た少女が帰宅すると銘仙を着る。そのままお出かけすることもあるが、行く先がデパァトなので、ワンピースを着る・・・
都市生活の、ゆとりのある少女はそんな様子だったろう。
そして大人の女性のうち、カフェー勤めやダンスホールのダンサーたちは、皆一様に洋髪にして洋風な化粧でおもてを歩いた。

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ダンサーたちの写真を色々見るうちに感心したのが一枚ある。
仮装と言うかコスプレと言うか、それぞれクレオパトラ風なのやお染、桃山美人みたいなのがニッコリ笑っている。
店も色々な趣向を凝らしてお客を集めていたのだ。

夜のガイドブックも面白かった。
本牧のチャブ屋の宣伝もある。外人相手の店なのだが、以前殿山泰司のエッセーで、彼がチャブ屋でどーのこーの・・・というのを読んだことがある。
オンナノヒトが大好きな殿山が書いたのはどこまでホントかは知らないが、資料としても面白く思ったが、字を見ただけなので、今回の展示では初めてヴィジュアルも見たわけだ。

ところで殿山泰司の仲良しで、吉田さんと言う人が彼のエッセーに現われるが、その人は横浜のジャズ喫茶の草分け「ちぐさ」の創業者だった。
数年前ご高齢で亡くなっているし、お店も閉店したが、何か今はイベントの関係で「ちぐさ」が再現されているそうだ。
資料を見ていると、横浜でジャズが大人気だったのがとてもよくわかる。

先に挙げた「横浜を愛した作家」大仏次郎は、ホテル・ニューグランドに仕事部屋を持っていて、今もそこが人気の見学場所になっている。
わたしも見学にいったが、まことに残念なことにその日はお客さんが入っていた。
一度だけ旧館に宿泊したが、やはりレトロモダンな面白さがあった。
また泊まってみたいと思っている。

さてそのニューグランドの屋上で大仏次郎が奥さんと向かい合う写真が展示されていた。
モダンなランチ風景。グラビアに使われたようだ。
こういうのはやっぱりかっこいい。(モデルの大仏も素敵だし、奥さんも元女優なので見栄えがいいのだ)

映画館オデヲン座は東京より早く封切り公開をしていたそうだ。
それで映画ファンは横浜に来て映画を見ていたらしい。
「商船テナシチー」のポスターがあった。野口久光の作品。確かにこんなポスターを見ると、わたしなんぞはすぐに「見たいわ?」と焦がされる。
このヒロインのようにトレンチコートを着て、と当時の女の人たちも思ったかもしれない。

昭和初期の横浜のモダンライフを愉しめる展覧会だった。
そして、近所の開港資料館では10/27?1/30まで「ときめきのイセザキ140年 盛り場からみる横浜庶民文化」展が始まる。
もう一度この展覧会にも行くつもりなので、今度はそちらと併せて楽しみたい。

隅田川 江戸が愛した風景

「隅田川 江戸が愛した風景」が江戸博で開かれている。
両国の江戸博でこの展覧会が行われるのはとてもぴったりなことだった。
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ところで隅田川というと、わたしの場合の連想は以下のとおりである。
梅若、都鳥、班女?「隅田川」伝説。(桜姫、三囲神社も入れば「桜姫東文章」。)
鐘淵には秋山小兵衛とおはるの家がある?池波正太郎「剣客商売」。
今戸の一字庵冬峨は石川淳「至福千年」、昭和11年の両国の花火は横溝正史「夜光虫」。
花見、言問団子、屋形船?好きなもの。
むろん「春のうららの」というあの懐かしい歌曲もアタマの中を流れてゆく。

大阪の女にしては隅田川で色々思い浮かぶのは、根っから時代劇・時代小説・歌舞伎・浮世絵が好きなおかげだと思う。
そのわたしがワクワクした展覧会だから、こうしたあたりにときめく人には、この展覧会は本当に楽しいものだろう。

プロローグ 古典から現世へ
初期浮世絵の絵師たちによる屏風と、国貞の「三社祭」が出ている。
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作者不詳の上野浅草図屏風、江戸名所図屏風がどちらもとてもよかった。
上野の花見は幔幕代わりに華やかな内掛けを使う人々もあり、その工夫に目がいった。
浅草では川遊びつまり隅田川で楽しむ人々の姿がある。手に手に花火を持っている。
打ち上げ花火ではなく、手に持つ花火である。
また名所図では木母寺(もくぼじ)が描かれている。
このお寺は梅若塚を持つお寺で、江戸時代までは大変重要視されていた。
それについては「隅田川文化の誕生?梅若伝説と幻の町・隅田宿?」展で色々感想を書いた。
ここでも浅井了意や雲峯の梅若塚があった。

宮川一笑の隅田川屏風には橋上の人々が描かれている。天狗面を持つ人、若様のご一行、大道芸、盲人らもいる。川面には屋形船や小舟、手持ち花火、橋の向こうには遊女屋もある。両国が大道芸や見世物の小屋掛けが多かったことは知られている。
非日常の空間がそこに活きる。

現在も人気の歌舞伎舞踊「三社祭」は、浅草寺の観音さまを引き上げる兄弟の話を基にしたもので、当然ながら浮世絵としても色んな作品がある。
国貞のは濱成兄弟版だけでなく、女の絵にしたものも出ていた。

第一章 舟遊びの隅田川
江戸初期から文政年間までの舟遊び絵が集まっている。
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この中で面白かったのはからくりが施された「隅田川風俗図巻」である。
後ろから光を当てると、おもての画面に花火や民家の灯りが煌くという趣向である。
これは18世紀中頃の作品だが、こういうものは洋の東西を問わず人気だったらしく、もう百年経ってからのパリでも同じカラクリのポストカードなどが多く出ている。

鳥文斎栄之の隅田川図巻には駒形堂の上に止まる鷺が描かれていて、なかなか楽しい。

第二章 隅田川を眺める
1.広やかな景色を楽しむ

鍬形斎 角田川花屋敷梅屋図  天明年間の、ガイドマップ風な一枚である。田圃も描かれていた。

歌川広重 名所江戸百景 隅田川水神の森 真崎  真崎稲荷のそばには秋山大治郎のつつましい道場がある・・・「剣客商売」が常にアタマの中にあるから、真崎を見るとすぐにそのことばかりを思ってしまう。

2.隅田川界隈の名所絵さまざま

窪俊満 中洲 四季庵  どう見ても料亭なタイトルである。実際芸者さんを集めて遊んでいる。狐拳をしているので手をにゅっと曲げて狐手にしているが、それが可愛い。
昔のお座敷遊びと言うものは、今から思えば罪のないものばかりだ。

渓斎英泉 江戸八景 両国橋の夕照  面白い構図だった。なんだか3Dな感じがする。建物と橋とが、立体的だった。

3.橋をめぐる光景
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凌雲斎豊麿 天明八戊申歳江戸大相撲写生之図屏風  お相撲さんがみんな大きくて立派である。チカラビトの行進。彼らを見上げる人々の笑顔。これが遠い昔のことでないのを祈る・・・

隅田川には多くの橋が架かっている。
随分前、下町巡りを楽しんでいた頃、わたしは隅田川に架かる橋をいくつも渡ってみた。
橋梁デザインもそれぞれ違うので、写真もたくさん撮ったが、本当に面白かった。
大阪も水の都、八百八橋と謳われるほどの橋があった。大阪には情緒のある素敵な橋も多いが、隅田川の橋は技術的な面白味がある。
明治の技術が活きている。

江戸時代、隅田川に架かる橋で一番の大事件と言えば何と言うても永代橋の崩落である。
それを背景にした芝居も数多い。
ここにもそれを題材にした絵があった。作者不詳のモノクロに近い、リアルタイムの一枚である。
文化四年八月富岡八幡宮祭礼永代橋崩壊の図  ・・・本当に落ちていた。

第三章 隅田川の風物詩

春は墨堤の桜、夏は両国の花火、冬は川沿いの雪の道、と情趣のある絵が多いが、何故か秋の絵は思い出せない。
というより、秋の絵がない。夏の絵が多く出ていたのでそこから一枚。

歌川豊国の六枚続きの花火を見る群衆の絵があるが、チラシでは小さくてわかりにくい。
もう手持ち花火ではなく打ち上げ花火である。
黒い夜空に赤い閃光が走る。橋上の大群衆が楽しそうな様子を捉えていた。

エピローグ 近代への連続と非連続
1.江戸から東京へ
このタイトルを見ると、矢田挿雲の著書とその挿絵を描いた橘小夢を思い出す。

豊原国周・井上探景 両国大花火夕涼みの図  人物を国周、背景を探景井上安治が描いている。明治20年。最後の浮世絵師と新時代の絵師とのコラボ作品はいい感じに出来上がっていた。「ご維新後」という実感がある。

2.都市東京の隅田川
大正から昭和初期の新版画運動の中で、東京を捉えた作品は、どれもが輝いている。

吉田博の「隅田川」は同じ構図で配色を変えた朝、夕、霧の様子を見せている。
吉田博はわりにその手法が多く、全く同じ構図でも色を変えると全く別物に見えるのが凄いと、いつも感心する。
川と船と少女と。いい感じの光の諧調がある。
旅に生きた吉田博は海外を描いた作品も多いが、東京を刻むことも多く、好きな作品がとても多い。

‘93年の秋に新版画で描いた東京風景を集めた展覧会がここで行われた。
そのときに出た作品も多かった。
わたしが新版画に目覚めたのは、やっぱりこの江戸博の売店のおかげだったと思う。
その展覧会の前に売店でたくさん買った絵葉書は今も大事に手元にある。

「川向こう」への憧れがあった。
今でもそうだが、わたしは都内なら川向こうか谷中界隈かゼームス坂あたりに住んでみたいと思うことがある。
叔母のいる武蔵野、叔父のいた世田谷の静けさより、こちらの方が面白そうに思う。
なにより都心部へ20分弱というのがいい。
以前は自分で地図を作って好きな地域を歩き回ったが、今はもう歩かない。
歌舞伎もなかなか見に行かなくなった。
あとは絵で昔をしのぶばかりだ。

とても楽しい展覧会だった。今日までは前期、19日から11/14までが後期。

猿之助歌舞伎の魅力

目黒雅叙園で「猿之助歌舞伎の魅力」としてあの百段階段で衣裳などが展示されている。
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もともと私が本格的に猿之助歌舞伎にのめりこんだのは、この展覧会を見てからだった。
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'91年の西武での「猿之助の変」、チラシに惹かれていきなり八尾にまで出かけたのだ。
そしてその翌年「オグリ」の初演があり、完全に信徒になってしまった。
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あの当時、毛利臣男のデザインした衣裳に強く惹かれたが、実際今日に至るまで辻村寿三郎の人形衣裳か、猿之助歌舞伎の衣裳かというほど、好きで好きで仕方ない。
だから今回、大好きな百段階段のそれぞれのお部屋のコンセプトにあわせた展覧会が開かれて、本当に楽しみに出かけた。
床の間に見事な漆喰細工の美麗な世界が広がる「魚樵の間」ではヤマトタケルの衣裳が展示されていた。
今回はここにあるタコのついたドテラのような熊襲兄の衣裳が出ていたが、本当に面白い。
十年ほど前、大丸で毛利臣男の衣裳展があったが、そのときも間近で眺めて感心したが、役者が着ているときも、そうでないときも、共にとてもかっこいいと思った。
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「静水の間」では黒塚をメインに展示している。
黒塚はお能から来た芝居で猿翁十種にも選ばれているが、猿之助のオジイサンの猿翁が、ダルクローズという外国の踊りの技法を組み込んだふりつけをして、当時の演劇界に衝撃を与えたそうだ。
この部屋は薄の絵がある。部屋はそのまま黒塚の世界に同調している。
長唄が流れる演出も巧い。
銀の月もそこにある。
まるで留守文様のように衣裳がそこにあることが、とても魅力的だった。
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他に面白く思ったのが「浮世風呂」でのなめくじ、へび、かえるの三すくみの着物。ここでは蛙の顔しか見えないが、みんなそれぞれ丸顔で可愛らしかった。
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とても機嫌よく眺めて回り、また猿之助一門の芝居が見たいと思いながら百段階段を出た。
ここも少し傷んでいるので、早くよく直してあげて、と思った。
展覧会は10/24まで。

ハンブルク浮世絵コレクション

ハンブルク浮世絵コレクション展に出かけた。
太田記念浮世絵美術館では三期に亙って展示が変わる。
一期目で見たうち、ときめいた作品について少し書く。
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優品に見る浮世絵の展開、希少な摺物と絵暦、美麗な浮世絵の版本、肉筆画と画稿 版下絵
こうしたくくりの中で美麗な作品が展示されている。

まずいつものように座敷に上がって肉筆画を眺める。
久米の仙人の大仰な墜落や、恵比寿大黒らの楽しそうな様子を描いたものを眺めると、こっちまで楽しくなってくる。

初期浮世絵版画の時代

菱川師宣 酒呑童子のシリーズは19枚あるそうで、一期目には6までが展示されていた。
1?4は羅生門での茨木童子と渡辺綱の話から、腕を取り返しにくる鬼が化身した老婆までが描かれ、次は藤原某と池田某の姫争いということだった。
一枚一枚に物語が生きていると思った。
挿し絵として、物語絵として、とても面白く眺めた。
わたしは酒呑童子の物語がたいへん好きなので、見るのが楽しかった。
鬼の腕を蔵うのはここでは鎧櫃で、その上に綱自身が座っているが、室外で伯母(または乳母)がほとほとと戸を叩くのを見ると、続きが見たくなる。絵ではあいにくそれは描かれていないが。
また「姫争い」の姫が鬼たちにさらわれるシーンはなかなか細かく描き込まれていて、動きが見えるようだった。

奥村政信 吉原八景  三枚ばかり出ている。けっこう花魁が意地悪く客を見下ろしていたり、かむろがマジメに働いていたりで、店の裏が描かれていて面白い。

錦絵の完成

鈴木春信 三十六歌仙 源宗于朝臣  見立て絵。上に歌が書かれ、室内で遊ぶ女たちの姿がある。
手鞠をつく少女が可愛らしい。床の間に置かれるダルマさんもひょうきんな顔をしていて、こっそり少女を眺める。
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錦絵の黄金時代

鳥居清長 初代中村里好の丹波屋おつま、三代目市川八百蔵の古手屋八郎兵衛  天明の芝居。お妻八郎兵衛もの。不義を働いた妻を斬り殺しに来ただけにほっかむりをしている。尤も妻は別に好きでそんなことになったわけではないのだが。「鰻谷」と通称される芝居だが、近年では文楽で演じられたくらいだ。しかしこの時代の人々はほっかむりをした男を見て「ああ、あれか」とわかるのだ。

喜多川歌麿 高輪の美人  眉の太い美人。
前はあまり好きではなかったが、近年は歌麿美人に関心が向くようになった。
美人だけでなく、歌麿のえがく若衆もいい。子供も可愛い。
その見応えのあるキャラたちがあふれる作品がある。

婚礼之図、婚礼色直し之図
どちらも三枚続きで併せて六枚続きの大作になっている。
新郎は慎ましく座り、奥の女たちは静かに騒がしい。なかなかきれいな顔をした青年である。

多彩な幕末の浮世絵 

勝川春扇 吉原引手茶屋正月之景  ほつれ毛のきれいな男がいる。女たちより却って目立つくらい、魅力がある。
こういうものが見たかったのだ。

葛飾北斎 富嶽三十六景 東都駿台  空の藍色の美に惹かれた。綺麗な色が出ている。
校合摺りも並んでいたが、こちらは色指定前の摺りだが、非常に綺麗だった。
まるで雪景色のように見えた。
滅多に残らぬ校合摺りが他にも出ていたが、みんな完成品とは別物のような面白味がある。
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百物語 小はだ小平次  シリーズ中、特に好きな作品である。それがこんなに色も綺麗なのだからホクホクした。ホネの怨霊を見てホクホクするのもおかしな話かもしれないが。

歌川国虎 近江八景 比良ノぼせつ  雪の下の影が西洋風な趣があり、変わった色と共に印象に残った。

歌川広重 都名所 通天橋の紅楓  タイトルだけを見ると、東福寺の通天橋が真っ赤っ赤に紅葉しているところを想像しようが、なんと藍摺りである。
しかも構図がニクい。木を目立たせるというか、木から見た情景と言う絵である。
たいへん面白い作品だった。

歌川国芳 道外化けもの夕涼み図  府中の国芳展で図録表紙になっていた一枚。
たいへん楽しい一枚。こういうのを見ていると本当に明るいキモチになる。
自分も絵の中に入って、一緒に・・・いや、化けもの茶屋やから、何を飲まされるかわかったものではないか。

さて摺物が現われた。
これまで摺物は池田文庫か俳句の博物館である柿衛文庫(かきもり・ぶんこ)で色々見てきたが、こんなに大量に、しかも美本を見たのは初めてである。

北尾重政 見立式三番  千歳、三番叟、翁をそれぞれ浦島太郎、武内宿禰、三浦大輔といった長寿の人々に見立てている。
これと同じ拵えなのが国貞にもある。それは次の記事で挙げようと思う。

北斎 楉垣連五番之内和漢画兄弟 司馬温公と柴田勝家  楉はザクロと読むそうだが、要するに日本と中国の故事で同じようなことをした人々をピックアップしているらしい。
どちらも甕割りで人を救っている。
絵だけを見れば、中国の子供と日本の武将のオジサンとが力を合わせて甕を割っているように見えた。

岳亭春信  水滸伝五虎将軍  シリーズのうち五人が選ばれていた。椅子に座り、それぞれがくつろいでいるように見えた。
水滸伝はかなり好きで、駒田信二翻訳の平凡社版を持っているが、それを思いながら絵を見るのも楽しい。解説にもあるとおり、彼らは本来の得意な武器ではないものを傍らにしているが、それはまぁご愛嬌と言うことでスルーした。
国芳のダイナミックな錦絵とは違い、これは色も静かな摺物である。

国貞の役者絵では子沢山の七代目団十郎一家のある日が描かれていて、それがなかなか楽しかった。総領で美貌の八世団十郎は綺麗に描かれ、末っ子の、後に九代目になる子供も楽しそうだった。

ゴンクールが以前持っていた摺物集もまた展示されている。
この猫の後姿がたまらなく可愛い。
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ほかにも多くの下絵などが集まっていたが、どれもこれも魅力的で、見ていて時間がたつのを忘れるくらいだ。実際にこうした暮らしぶりをしていたのかなと思ったりして、とても楽しかった。

11.28まで展覧会は続くが、いいものを色々見せてもらえて嬉しい内容だった。

浮世絵「錦絵に見るパロディーと食」/「江戸の英雄2」

ハンブルク浮世絵コレクションほどの規模ではないが、今回いい浮世絵をあちこちで見た。
それについて少しだけ書いてみる。

高輪台に味の素「食の文化ライブラリー」があり、今回そこでこのような展示があった。
「錦絵に見るパロディーと食」
そんなタイトルを見てスルーしてしまえないのが、わたしである。

ここは食事をテーマにした浮世絵を集めていて、それを眺めると「おいしそう?」となる作品が多かった。
たばこの浮世絵は「たばこと塩の博物館」で、食関係の浮世絵は味の素で楽しめるのだった。

本物の絵の上に巨大な拡大パネル板が置かれていて、そこに絵の解説があるが、絵も立体的に拵えられていて、なかなか面白く出来ている。

国芳 木曾街道 守山10101501.jpg
これはダルマさんが蕎麦屋でモリをパックパク食べている図である。ぱっと見ても面白い絵だが、国芳の隠した笑いを見つけると、いよいよ楽しくなる。
一つ一つの事象はバラバラではなくどこかで繋がっている。
それを思うと、浮世絵は本当に手が込んでいると思った。

チラシに選ばれているのは役者絵(ただし見立て絵である)で、国貞らしい作品である。
もう豊国を襲名した頃の作だが、「お客の喜ぶ」絵である。
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「あの役者がこうしたら、この役者がああしたら」というファンの気持ちを巧く掴んでいる。それを絵にしているのだから、当時かれが人気だったのもよくわかる。

ここでみつけた絵はがきがある。
四世豊国の明治元年の一枚。tou472.jpg
柳橋芸者が一人でおいしそうなものを食べようとしている。
こんなのを見ると、絵だとわかっているのに、わたしも仲間に入れてもらいたくなるのだった。

味の素の展示は11/30まで。

次に豊洲のukiyoe―TOKYOで「江戸の英雄2」を見た感想を書く。
1では物語性の強い作品を集めていたが、今回の2では役者をメインにした絵を集めている。
二ヶ月に亙って素敵な作品を前後期入れ替えで展示していた。
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チラシは五渡亭時代の国貞による、海老蔵の矢の根。隈取以外は藍だけというのが、なかなかかっこいい。
ヤットコトンナ、ウントコナ??ッッ
こういう声が聞こえてきそうな、立派な矢の根である。

今回、「白縫譚」関係の絵が多く出ていて、たいへん嬉しかった。
幕末から明治まではたいへん人気があったが、今では殆ど知られていない物語である。
妖術使い同士の闘いもあり、復讐譚でもあり、そしてちょっと倒錯的な色っぽさもあって、とても魅力的な譚なのだ。
それだけに絵もいいものが多い。
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やはりヒロイン大友若菜姫は国貞の絵がいい。こちらは文久元年の作。
岩井粂三郎の顔で描かれている。翌年にはほぼ同じような、しかし衣裳などを変えた「尼妙椿」の絵も同じく粂三郎で描いている。
どちらも素敵だ。

幕末になると三世田之助の絵が多くなる。
まだ学生の頃に田之助にのめりこんでいた。多くの錦絵を見て歩いた。
熱狂しなくては、本当には好きだと言ってはいけない気がするくらいだ。
だからここで田之太夫の絵をたくさん見れて喜んだ。

他に白浪の男たちを集めた絵がある。
慶応元年に国周が描いた役者の見立て白浪ものである。
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背景の花ショウブがどことなくゴッホの絵に出てきそうな色合いを見せている。
ゴッホが江戸百景に影響を受けていたことは知っているが、この絵も彼の手元にあったのかもしれない。

これからもがんばって面白い企画をどんどん立てていってほしいと思っている。
展覧会は10/26まで。

上村松園展

上村松園さんの展覧会が東京国立近代美術館で大繁盛を極めている。
わたしが行ったのは事前情報で「これならましでは」と思った、期間早めの金曜の夜で、おかげで機嫌よく見ることが出来た。
最近の情報によると、チケット購入に70分待ちとか、入り口行列50mとか、なかなかコワイ状況らしい。
京都にも来る(凱旋、と言うべきか)が、その前に見たくて出かけたが、やっぱり松園さんの世界は素晴らしかった。
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ところで高校生の頃から松園さんにのめっているので、どうしても「さん」呼ばわりする。
ここの母子三代へは限りない尊敬の念と愛情をこめて、その作品と向かい合っている。

見慣れている作品も多いが、初見もあり、見たかった作品も出てくるから、こうした回顧展は楽しい。
日本画の特性上、一つの作品を長期に亙って展示できないので、当然展示換えがある。
前期の主役は「焔」、後期のヒロインは「序の舞」だった。
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日本には多くの美術館があるが、そこに松園さんの作品がある場合、必ずお宝として大事にされている。それも死蔵されるのではなく、ピカッと光る看板として。
だからわりに見たものが多いという特性のある展覧会だった。
しかしそれと同じ数またはそれ以上の初見の絵があるのが嬉しい。

「人生の花」は三種あるが、数年前にそのうちの一枚が発見されたときはかなり話題になった。名都美術館のは東京でも京都でも出るが、従来からのと新発見のはそれぞれの都市でしか展示されないようだ。
お嫁入りの絵。明治の花嫁さんとその介添えをする母親の姿を描いたもの。
松園さんはお嫁にゆくことがなかったが、後年息子にお嫁をもらってこの絵の中のヒトになったのだ。

松園さんは浮世絵からも勉強をしているが、「粧」はその成果が出ていると思う。
鏡に映る自分の顔を眺める女、その後ろ姿。体のくねりが多少のなまめかしさを見せているが、あくまでも優しい。

四季美人図  これは先般出光美術館の「日本のヴィーナス」展に出ていた。こちらも浮世絵の影響を受けている。四季折々の美人を見るのは楽しい。

明治終わり頃までの作品で第一章が構成されていた。
さて大正期に入ると、物語から材をとったロマンティシズムあふれる作品が現れてくる。

楚蓮香  昔の中国美人である。彼女の頭の上にも足下にも蝶々が飛んでいる。やさしい表情でそれを眺めている。
これは大正三年と十年後の二枚が出ている。
どちらも優雅でいい心持ちの絵である。

花がたみ  この絵が私にとって最初の松園美人だった。
高校生の頃に図書館で偶然みて衝撃を受けた。
重い画集を抱えて帰宅して、制服のままで母に「こんなにも綺麗な女のヒト、見たことがない」と興奮して話しかけたが、答えは冷たかった。
「よく見てみなさい、この目は正常な目つきではないでしょ、狂った目でしょう」
焦点の合わない目、ゆがんだ口元、その微笑。
画集にもこの絵を描くために岩倉の顚狂院に写生に行ったことが記されていた。
後年わたしは「花がたみ」の照日の前の伝承が残る福井県武生市の花がたみ公園へ行ったが、物語の概要がそこにも記されていた。
自分を捨てた帝から「おもしろう狂うて舞え」と言われた照日の前の悲しみを思いながらこの絵と対するようになったのは、ある程度の年をとってからだった。
今ではやはり狂気を感じるが、それでも私にとってはこの「花がたみ」の照日の前は美貌のヒトなのだった。

お万の図  西鶴の話から材を得ているが、お万は何故か人気がある。大観も清方もそしてこの松園さんも描く。
話の中身が中身なので、お万はなかなか妖艶である。

焔  東博で最初に見たとき、展示されていることを知らずにその場に踏み込んで、ぎょっとした。
一枚の絵がその場の空気を支配していた。
たまらなく怖い絵だった。
六条御息所や松園さんの情念の投影、そんなことを思わずとも、何の背景も知らずとも、この絵は「怖い絵」である。

大正期のロマンティシズムから昭和初期の毅然とした古典へ移る。

昭和五年に大倉男爵の肝煎りで開催された羅馬日本画展に出品した「伊勢大輔」や、実に多く描いた「汐汲み」、所作がそのままお能の「草紙洗小町」などがあった。
このあたりの作品を見るといつも思うことがある。
南宋の美しい砧青磁、あれを必ず思う。
晩年の円熟期は、絵に全く隙がない。
手をさし伸ばすことも許されない。
その完璧さが少しばかり、重苦しい。

吉野石膏所蔵の「美人書見図」は吉野太夫風な女性が行灯の灯で本を読む様子を描いている。しかし実際にその書を読んでいるのかどうかはわからない。
どこから見られても、誰から見られてもはずかしくない姿を彼女は意識している。

「母と子の情愛」として集められた作品を見ると、世相はともかく、松園さんご自身が心も騒がせることなく、静かに和やかに暮らしてはった、というのを感じる。
以前、お孫さんの淳之さんと一緒に縁側に出ている写真を見たが、そのときには険しい道をたった一人で歩み続けたと言う感じはなく、上品で孫にやさしいおばあさん、という風情があった。
国策もあってロマンティックな作品を描けないこともあったが、日常のさりげないワンシーンを絵画化した、というのは実は凄いことだと思う。
ここにある作品群はひとつとして冗長なものはなく、全て「これ以外にはない」ものばかりだった。
世界は狭められている。
しかしそれは閉塞感を齎すものではなく、豊かな内面をより深く掘り下げるための松園さんの力業だった。

展覧会には写生も多く出ていた。
松園さんが何を求めたか、何を描こうとしていたかの道しるべともなる作品群だった。
これらの殆どは奈良の松伯美術館の所蔵である。

松園さん、松篁さん、淳之さんらの名作を集めた美術館・松伯美術館は現在松篁さんの描いた挿絵などが展示されている。
私は今月末にでかけてくる。

東京での展覧会は10/17まで、京都では11/2?12/12まで開催される。

首都圏などハイカイ

三日目。
六時すぎに妹からのメールで起こされる。
「強風のため中止。八時から動けるよ」そこで八時半に、と打ってから支度して七時にホテイチに降りると、バラ寿司があるので喜んで食べる。
ぱこぱことホテル備え付けのぱそを叩いてから、妹を待って外に出たが・・・来ない。
仕方ないのでお城まで歩く。

IMGP8412.jpg上田のマンホール
教会IMGP8413.jpg
閉館したらしき石井柏亭記念館IMGP8414.jpg


チェックアウトしなければよかったが、後の祭りで重荷を持ってお城へ歩く。
妹にメールしたら、「え゛っ」おいおい。ここが大阪やったら妹を淀川に放り込むとこだが、(道頓堀に飛び込ませはせんぞ?)仕方ないので歩く。
お城の前まで来たら「おねえちゃ-ん」と姉なで声がするやないの。
車に重荷(主に甥っ子や義弟へのおみやげ)を放り込んでから、山本鼎記念の版画美術館へ入る。
今度和歌山近美に近代版画を見に行くけど、その前哨戦として楽しむ。
甥っ子の保育園の前の園長先生にお会いしたので挨拶したが、大阪のヒトはやっぱり面白いわねと喜ばれた。
別にウケねらいでもなくフツーなんですよ、これで。

とりあえず妹の家に行くが、ここに来たのは初めて。
甥っ子は私が来るのを理解してなかったみたい。
二日酔いの義弟を置いて三人でまずみすず飴へ。
ホテルが見えたので妹にイヤミを言うてから、お店に入る。
みすず飴はジャムがおいしいけど、四角いゼリーや生ゼリーもおいしいの。何種か味見してから三種類購入。
接客態度もとてもいい。ありがとう、みすず飴。

そのまま池波正太郎記念館へ。真田太平記。わたしは池波ファンだけど、真田ものは柴田錬三郎、笹沢左保の作品の方が合うのよ。
真田太平記をメインにした記念館ということで、その当時の挿絵なども展示されている。
風間完の絵。端正でステキ。
そして一階になにやらアヤシげな「忍忍洞」なる洞穴が。
暗い通路にチビの甥っ子はおびえて入れない。←へたれ小僧。
奥には「真田太平記」のキャラたちのジオラマ立版古ショーがある。
なかなか面白い。どう考えても「うそや?」なのが色々。
だって「1に練習2に練習、3,、4も練習・・・5に失敗じゃ」チュドーンッとかあるし。
他に煮えたぎる味噌汁鍋の中から現れるお師匠様とか。

おそるおそるやってきた甥っ子は結局それを二回も見よった。
ハナから私について来いよ。

まぁ甥っ子と機嫌よく遊んでから、雨の中駅まで送ってもらう。
しかし上田?大宮の指定がなんかよくない席なのでゲゲと思ったら、「自由に座ればええやん」と言われてハッッッとなる。
長いこと新幹線に乗らず飛行機ばかりだったので、新幹線の自由席というありがたい存在を忘れきっておったのだ。
妹よ、わたしがカード決済する前に言わんかい。

大宮から浦和へ出て、うらわ美術館でウィリアム・モリス展を見る。
ステンドグラスの再現が第一室全てを使ってされていて、荘厳な雰囲気になっていた。
バックライトフィルムの提供はパナソニック。
あそこのミュージアムで見たモリス展と大体似たものだけど、なぜか図録には巡回先が載ってなかった。

元のホテルに戻ると「お疲れ様でした?」と迎えられる。
すっかりフロントの皆さんに覚えられているので、色々ムリを言うこともあるけど、ありがたいことです。

四日目。2010年10月10日。101010の日。
雨がかなり降ってるので逗子は諦めた。
あの駅からの長いバスが普通の日でもつらいのに、雨の日のわたしに耐えられるはずがない。さらば古賀春江。随分前に近美、川端記念室で見たときの記憶と、皆さんの記事で満足しよう、わたし。

鎌倉に来た。西岸良平「鎌倉ものがたり」の看板が見たいので先端に降りる。少し歩くと第二の看板もあった。
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実はわたしが本当に鎌倉に「行きたいな?」と思うようになったのは、最初は立原正秋作品に影響を受けて、次がこの「鎌倉ものがたり」で色々と。

久しぶりに江ノ電に乗る。路面電車大好き。町中を走る小さい電車だと、速度が遅かろうが停車が多かろうが、全然腹も立たないし、和やかなキモチになるのだよ。
長谷に来ました。
IMGP8433.jpg素敵なお宿

いつもは前田侯爵旧邸の鎌倉文学館へ行くところだが、今回は長谷寺へ向かった。
IMGP8441.jpg本堂。

長谷寺縁起絵巻が出てるというので見学に来たが、うまいこと雨もやんで、苔もきれいわ。
やっぱり古都の古寺というのは風情があるなぁ。

縁起絵巻はなんかあんまり印象が薄くて、記憶に残らなかった。チラシはいいんですが。
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短躯の観音三十三応現身立像がずらーーーーーっと並ぶのは壮観だった。
このうちのカルラ一体が「天狗推参」に参加中。
配置も面白かった。ファイティング仏像たち。
でもここの本堂の観音さん、めちゃ金ぴかで巨大で、ちと怖かったな?。
展望台から見た湘南の海。IMGP8440.jpg
雨はやんだけど霞んでてあんまり遠くは見えない。
城ヶ島か。
♪雨が降る降る 城ヶ島の磯に 利休鼠の
古い歌で、ここまでしか思い出せない。

弁天窟に入る。十六童子たちを従えた弁天さん。
上田のニンニン洞とは違い、ほんまもんです。
それでこのお寺の復興に力を注いだ久米正雄の像があった。
お花をバックに。IMGP8442.jpg
少女マンガまたは花孔雀のような像。偶然ながら昨日は上田で久米に関する気の毒な話を見たところ。
しかし今、久米正雄を読むヒトなんていないわなぁ・・・ 

真っ赤な彼岸花がきれいねと思った途端、白い彼岸花出現。初めて見たわ。と思ってたら、オレンジ色と山吹色の中間くらいの彼岸花アラワル。びっくりしたわ。
話に聞いたことはあったけど、あんねんなぁ。
ただこのオレンジのは茎も太いし花の開きもちょっと違う感じがするから亜種というか親戚なんかもしれん。
赤の他人ならぬ赤とは他人のオレンジかも・・・
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横浜でみなとみらい一日券購入。450円。今日はホリデーパスも使うてるけど、結局一番使い堪えがあったのは、このみなとみらいよ。
横浜・元町・中華街までの5駅のうち新高島をのぞいて全部の駅を乗り降り乗り降り・・・楽しかったよ。
子供の頃は地下鉄が怖かったけど、今は機能的な地下鉄は大好き。←間遠な地下鉄はイヤや。

横浜美術館でドガを楽しむ。やっぱりドガはいいなぁ。
それとここの常設をパチパチと撮る。
ドガは踊り子と浴女が好き。

神奈川歴博で「天狗推参」に時間かけすぎる。面白すぎるよ。図録と「天狗煎餅」買うた。重たいわ。

横浜都市発展記念室では横浜のモダンライフを追っかけ、次回の開港資料館で吉田初三郎の絵はがきがもらえるチケットもプレゼントされてニコニコ。
ここの展覧会は来年一月末まで続くんで再訪するよ。
それにしてもこの展覧会にも久米正雄の影が。

神奈川近代文学館は小泉八雲展。八雲のカナ文字の手紙や節さんとの仲良しさんぶりがとてもいい。
もっと長生きして日本での人生を楽しんでほしかったな。

さすがに連日遊びすぎたんかして、エンプティ状態になったので、ポルタの崎陽軒に入るが、ご飯がコツすぎてびっくりした。なんかライスブロックという感じなり。

疲れすぎた。八王子に行くつもりが、ごはん食べすぎたのもあって、時間切れ。あかん。
ホテルに帰ってぐったりした。
101010か。中華街、双十節どころかヌ双十節の日になるやんなぁ。獅子舞とか爆竹とか出てたんやろか・・・


五日目、ついに最終日。
世田谷文学館に向かう。
森鴎外と娘たち。これがまたかなりいい展覧会で、結局開館同時に入って2時間弱いた。イクメンの鑑なり森鴎外パッパ。

新宿の地下・・・と来たら谷山浩子「まもるくん」の歌がアタマの中に流れてきた。
新宿の地下道の壁から出ているまもるくん。壁から生えてきて斜めに生えて笑ってる・・・

その地下でキノコスープ麺を食べてから原宿へ。
明治神宮。太田に行ったときに行けばよかったけど、この周り方になった。
暑い日だけどさすがに明治神宮は気持ちいい。
明治神宮宝物館では播磨屋コレクションなどを中心とした横山大観展が開催されている。
今回図録編纂にTakさんが関わっていると知り、いよいよ喜んで眺める。
Takさん、これからもどんどんがんばれ-

三井記念の応挙。おお-構成が巧い!これは感心した。
そして淀川絵巻、
いゃあ-淀川最高!!
たしか数日前に隅田川展を見て「隅田川最高-」とか言うた気がするなぁ。

雀の屏風がめっちゃ可愛かったなぁ。

機嫌よく出てこれでタイムアップ。
汐留はまた次回。

けっこうギリギリに新幹線に。
二時間半の間わりと忙しくすごす。
それで18:16に新大阪に着いてから大阪駅経由で阪急梅田の18:31発に乗ったから、がんばったなぁわたし。
ああ、いいツアーでした。

東京ハイカイ

今回の首都圏ハイカイは実に五日間という長期間だった。
来年ゆくベトナムが四日間の予定なのに、それより長いのは我ながら感心する。
ベトナムでは異邦人、首都圏でも異邦人、いや、ぶらぶらハイカイする漂流者になっていたわけです。
宿だけはあるから漂泊流浪ではないけれど。

さて新幹線で出るというわたし的には珍しい乗り込み方をしたのは、ちょっとした都合とちょうど前月でjalのマイルを使い果たしたからだった。
新幹線も航空会社みたいにマイルためてポイントが来たら一回無料とかしてくれたらええねんけど、JR西日本では期待できんわな。

最初に高輪台にある味の素文化ライブラリーへ向かう。
新幹線を品川で降りたはええけど、田町経由で高輪台へ向かうのはどうかなぁと悩む。
まだ五反田経由の方がマシだったかも。つまり高輪台へゆく電車がなっかなか来ないのだ。五反田は逆方向からだけど、それでも通過電車を何本も見送るというクヤシさは味わわんでもよろしいからね。

例によって展覧会の感想文は後日にシミジミ詳述する。

高輪台はA2出口なら畠山記念館だけど味の素はA1なので初めての道なり。巨大な議員会館の跡地をヨコメに見つつ憤怒がわき起こってくるぜ。
味の素は食文化への深い造詣と尊敬心をもって、いろんな資料を収集している。
今回は浮世絵でご飯食べてるシーンの絵を集めてた。
国芳、広重、国貞らの作品がある。
それも元の浮世絵だけでなく、拡大してパネル展示で資料の説明とかあるわけ。
国芳でいうと、木曾街道の「守山」が出てる。
だるまがそば屋でぱっくぱくソバ食べてる絵ね。その絵解きをしてくれてるので、面白かった。

宿に荷をおいてから豊洲へ。
「江戸の英雄2」を楽しむ。八月は江戸のお化け展で化け猫クッションがあったけど、今回はない。欲しかったなあ、あれ。

月島経由で両国の江戸博。隅田川。これが実に面白かった!予測してなかったよ、こんなにオモロイとは。
いやぁ隅田川っていいね。
(これから四日後に三井で応挙の「淀川絵巻」見て「いやぁ淀川って最高やわ」と言うねんから、わたしもシアワセなアタマやと思うわ)

両国から上野へ向かう。
東大寺の大仏展の内覧会。暑いなと思いながら平成館に入ると大繁盛!しかも着物の人々も多い。あ、お坊さんの袈裟衣も含めてと言うことですが。
スゴい大混雑なので誰か知ってる人に会うなんて不可能ね。それにしてもお坊さんたちの読経もあり、それが素晴らしい合唱でした。
イヤホンガイドは國村隼で、いい声だった。
しかし私は鼓膜が時々ワワワワワ♪となるのでやっぱり聞かない方がいいみたい。

レセプション会場に入るのが遅れたので、おいしそうなチーズやカナッペを横目で見るだけでしたが、お酒ばかりは色々いただいた。
基本的に日本酒と白ワインしか飲まないけど、一口だけ赤ワインもいただく。
それで今回は奈良の酒蔵と奈良女子大のコラボで生まれた奈良の八重桜というお酒をいただくが、本当にさっぱりとおいしかった。これは冷酒の方がいいと思う。今度奈良町に行ったとき、探してみよう。

しかし飲んでばかりでは酒飲みみたいに思われるのでイイワケするけど、全部利き酒程度の量ですよ。
口を変えようとオレンジジュースを入れてるときに、東博のQ蔵さんがおいでになった。
いろんな苦労話をお聞きする。本当にご苦労さまです。
詩人の柏木麻里さんにもお会いしたけど、あいにく時間がなくなる。
また色々お話いたしましょう。

ちょっとばかり飲んだ功徳で、寝付きもよくおやすみ。

二日目。
この日は夜から信州上田へ出るので、ホテルに大きい荷物だけ預けて出かける。
二子玉川についたらバスが出るところ。高島屋前まで行くと、信号が邪魔をする。
走ったがな?
中耕地でバスに乗り込んだが、しばらくベロは表に出しておいた。

静嘉堂の中国陶磁を大いに楽しむ。
前月三菱一号館に出張した曜変天目も帰ってきてた。
あれ、ここも有機EL照明なんかな。器の照り具合が違いますな。

渋谷経由で明治神宮向かうのはやっぱり昔からの表参道経由がいちばん理屈に合うと思う。副都心線ではどうかな、と反省した。

太田記念でハンブルクの浮世絵を見る。
昨日からこっち、ええ浮世絵ばかり見ておるよ。
それにしても摺物のきれいなものがよくもこれだけ・・・
感心した。それまで伊丹の柿衛文庫、池田の池田文庫といった関西の所蔵品は多く見ているが、外国の優品は初めてかもしれない。

新橋へ。会社の後輩がテニスを見に有明にきてて、コンビニとマクド(ええ呼び方や)だけで過ごしてるのを聞いて、ヨシヨシ家来になれよ、とばかりにキビ団子ならぬなんぞおいしいものを食べさせて進ぜようと思い立ったのだ。
それがこいつ「ボク、銀座でウナギ食いたいです」とぬかすわけでございます。
仕方ないからどのウナギ屋さんに行こうかと思案し、ついったーでもご指南いただいたのだけど、待ち合わせのD51広場につくと、ワカゾーめ、アキバに行くようなかっこしてるやないか。予想通りだけど、それで銀座のウナギ屋はやだなぁと思ったら、四丁目に庶民の味方のウナギ屋!という感じの登亭があり、そこでいただく。
フォルモッサ・ウナギ。IMGP8411.jpg
でもおいしかったわ。
しかしこの後輩は山椒とか振らず、「素材のままで」とか言うけど、要は味覚が複雑化してない証拠やなぁ。
火曜に再会を約して別れる。

銀座の三愛ビルにリコーギャラリーがあって、そこで細江英公「人間ロダン」を見る。
どれをみてもロダンの彫刻でありながらも、細江のシャシンになっている。
優れたカメラマンの力というものを考える。

新橋から目黒へ。久しぶりに坂を下り雅叙園へ入る。
思えば昔ここに美術館があった頃は変わり目ごとに出かけてたのだから、足腰も鍛えられてたんやなぁ。
猿之助歌舞伎衣装展。以前大丸ミュージアムでも展覧会があったが、さすがにここは百段階段という美貌の場所であることが力になっている。素晴らしかった。
入り口でカルチャーセンターで仲良しの奥さんが待ってくれてた。偶然メールが来たので「猿之助なう」と言うと下で待つというわけ。
センターをやめてた旦那さんにも会う。わいわい言いながらバスで目黒へ。
しかし約束もしてへんのに大阪の女と京都の夫婦がうまいこと会うもんやなぁ。

駅で別れて庭園美術館の香水瓶を見に行く。
ここも美貌の空間で、展示品がいよいよ美麗に見える。

国立新で「陰影礼賛」する。いい内容だった。期待してなかったというか、事前に情報を容れなかったので、たいへん面白く眺めた。自分の傾向もよくわかったし。

ゴッホはまたいつかね。

終幕間近の「鍋島」を愛でに行く。
サントリーは昔から好きな美術館だけど、この地に移ってからいよいよ好きになったなぁ。
前回見なかったものや今回目が向いたものなど色々ある。
やっぱり鍋島への愛は深い。

みどりの窓口でびっくりした。
九時半まで上田行きの指定がない!
うわぁ~。自由席のこと、完全にアタマから飛んだらしく、翌日まで思いつきもしなかった。
仕方ないから中華食堂で五目あんかけやきそばを食べたり、駅ナカをうろついたり、待合いで妄想にふけったり。
夜の駅ナカだからサングラスせずにいると、寂しそうor頼りなさそうに見えるのか、必ずあやしいヒトが寄ってきてなんだかんだ話しかけてくるので、やっぱり夜でもサングラスは必須だと痛感。

いざ乗ったら空いてるやん。謎やなぁ。この時間やからか?殿山泰司のエッセーや鶴瓶のハナシにもあるが、新幹線の指定席は時々不思議を見せる。

上田に着いたらもぉ11時でした。
みすず飴本社前のホテルに入る。
上田に来たのは甥っ子の保育園での最後の運動会を見るためだったが、妹のメールによると「雨やと延期」・・・まぁ来ることに意義があるのだ。
ぐったり寝る。

日本画と洋画の饗宴 女・まち・自然

兵庫県立美術館への道すがらにBBプラザビルと言う施設があり、そこの一階にBBプラザ美術館がある。
今そこで「日本画と洋画の饗宴 女・まち・自然」展が10/11まで開催されている。
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チラシは高山辰雄「朝の光の中に」
以前は彼の絵はニガテもニガテだったが、20年ほど前からとても好きになった。
オレンジ色とセピアの中間または両方で画面を包んでいる。
その中にいる若い女はその優しい色彩に守られている。
曖昧な外形が見える中に、娘の白くやや大きな手がはっきりと見える、
顔と同じ色だが、娘の表情よりも手の方が何かを語ってくれていた。

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亀高文子の回顧展が小磯記念館で開催されたが、晩年の文子が描いた花の絵はたいへんよかった。ここでも素敵な「あじさい」が描かれている。はさみで切られ、白い瓶に活けられたアジサイ・・・

同じく小倉遊亀も花の絵が選ばれていた。
赤絵の壺にピンクの山茶花・・・瓶にも可愛い花が描かれている。

藤島武二の裸婦と安井曾太郎の裸婦とを見る。
23年の時差がある。裸婦としては安井の「黒き髪の女」に惹かれる。

マルケ ノートルダム曇天  美術館開館展のときに見た作品で、マルケらしい配色が魅力的だった。グレーが重くなりすぎないのがいい。

須田剋太 兜梅  天草・延慶寺に咲く梅。校倉が見える。剋太の力強さが和らいでいて、いい感じに納まっている。

上村淳之 鴫  シギである。いそしぎとはましぎ。どちらも小説や映画のような。
鶴もある。鶴は賢そうな目をしている。

小さい美術館だが、良心的なところだ。
兵庫県立美術館の大掛かりな展覧会より、時として記憶に残りもする。
次の展覧会は高山辰雄の文芸春秋表紙原画展。

住友コレクションの中国美術

京都の泉屋博古館で「住友コレクションの中国美術」を見た。
泉屋の中国美術は時折こうして展示されるが、いつも楽しく眺めている。

今回、八大山人の「安晩帖」が全ページ展示される。ただしそれぞれ一、二日ごとにページ換えされるのだが。
チラシは叭叭鳥。
気持ちよさそうに眠っている。
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わたしが見たのは「菊鶉図」だった。ふっくら肥えた鶉のカップルがいるが、どちらも大きく目を見開いて上の方を見ている。その目つきが面白い。高橋留美子のけったいなキャラたちに似ている。
隣はやっぱり変な魚の図。
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八大山人は清朝の人で、発狂したとか、それは佯狂だとか色々噂がある。
たぶん後者のクチだろうと思う。
昔の中国には時々そんな人がでる。

秋野牧牛図 伝・閻次平tou459_20101006213746.jpg
チラシはモノクロだが、実物はセピアに近くなっていた。
牧童たちも牛の親子も気持ちよく昼寝している。しかし左の牛は草地へ入りかかっている。
カランカランコロンコロンと首の鈴の音が聞こえてきそうである。牛の表情も蹄も可愛い。

雪中遊兎図 沈南蘋  日本でこれだけ愛され、多くの画家に影響を与えたというのに、本国では人気がなかったということを、今回初めて知った。
どれを見てもいい絵だと思うがなぁ。
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二組のウサギのカップルがいるが、どちらも木の上を見ていた。何がいるのかと見れば、雀らしきのがいた。
雀もウサギも毛羽立ちがリアルで表情も豊かだった。

草花群蝶図 王楚珍  清朝末期の絵画や工芸品にはこうした群蝶図が多いが、どれを見ても綺麗で可愛い。
いろんな種類の蝶が飛び交っている。
この時代、どういうわけか日本各地で群蝶が見れたそうだ。蝶合戦という言葉もある。
一体なにがあったのだろうか。

絵ではほかに気に入ったものが二点ばかりあった。
鳩図 辺文進  鳩たちの目つきの怖さに笑った。
宮女図 伝・銭選  おぼっちゃまをミコシに乗せて遊ばせる宮女たち。なにやら静かな雰囲気の中で楽しそうである。

珍しい仏像を見た。
雲南大理国の12世紀に作られた鍍金観音菩薩立像。少数民族の国で生まれた仏像である。
少し首を傾けてどこか遠いところを見る目つきは優しい。
表情はどことなく絹谷幸二の描く婦人のようにも見えた。

鍍金魁星像  道教の神様の一人らしいが、とにかく元気そうでやんちゃな顔つきをしている。手に筆を持ち、駆け出している姿がそのまま像になった・・・という感じ。
以前これは六本木の分館でも見たが、見る位置が変わると新しい魅力も発見できて楽しい。

明るい気持ちで昔の中国美術の名品を楽しんだ。
展覧会は10/17まで。

追記:一年半前、こんな展覧会もあった。
まぁ時間が過ぎると楽しい再会になる、と言うことさ。
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