美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

カンディンスキーと青騎士

三菱一号館で始まった「カンディンスキーと青騎士」展の内覧会にお誘いいただいた。
いつものようにガチガチのスケジュールだったが、ふっとゆとりの時間が訪れた瞬間、メールに気づいた。
Takさんからのお誘いがあった。
わたしはサントリー美術館の階段のところで歌いながら踊りそうになってしまった。
突然の思いがけない喜びは、ひとをミュージカル女優にしてくれるのだ。
でも音痴でステップワークもよくないわたしは、ただただ乃木坂向かって走るばかりだった。
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実のところカンディンスキーは私には「わからない」作品を描いたひとだった。
チラシの色の洪水、これがわたしのアタマの中のカンディンスキーのイメージだった。
線描にこだわる私にはナゾな作品だと言っていい。
ところが今回展示されている作品に出会ったことで、カンディンスキーへの愛情がいっぺんに湧きこぼれてきた。
愛情の沸点が高い理由は一つ、途轍もなく素敵な作品があふれていたからだった。

展示品は全て「レンバッハハウス美術館」所蔵品と言うことで、そのレンバッハハウスとは画家・フランツ・フォン・レンバッハの邸宅だった建物で、写真ではたいへん魅力的な外観を見せていた。
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明るい黄色に塗られた外壁、はきはきしたシンメトリー、そして庭園の優美さ。
これらの「資料」を眺めるだけでも楽しい心持がした。

作品は「青騎士」の人々が活躍した時代、19世紀末から第一次世界大戦前夜までの短い年数の間に生まれているが、深いときめきをはらんだ時代に生まれただけに、誰のどの作品にも、胸を衝かれる良さがあった。

序章から第三章まで、緩やかな起伏を見せる展示がある。

序章 フランツ・フォン・レンバッハ、フランツ・フォン・シュトゥックと芸術の都ミュンヘン

アカデミックで端正な肖像画があった。
レンバッハのビスマルクである。恰幅の良いビスマルクは腹から下が判然としないが、その堂々とした存在感は薄れることはなかった。

騎士の甲冑を身につけたマリオン・レンバッハ  金髪の美少年がタイトルの通り甲冑に身を包んで、そこに立っている。元はポーランド人だがドイツ人として生きた怪優クラウス・キンスキーを思わせる容貌である。
この絵の前でわたしはキンスキーが主演した「アギーレ 神の怒り」を思い出している。
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替わってシュトゥックが現われる。
わたしはシュトゥックの「サロメ」を酷く愛している。あの禍々しい美しさは、悪意の笑みは他のサロメにはないものだった。
ここでは「闘うアマゾン」アマゾネスの横顔がある。
ミュンヘン分離派に属していたシュトゥックらしい作品だった。
他にも彫像のアマゾネスがある。騎馬で槍を投げつけようとする姿を捉えている。
全裸の彼女の像には、胸は活きている。シュトゥックのアマゾネスは戦いのためにと、片方の胸を切り取る風習はないようである。

第一章 ファーランクスの時代―-旅の時代 1901?1907

多くの写真があった。20世紀初頭のゼラチンシルバープリント。
楽しそうな人々がいる。みんな「青騎士」の仲間たちである。
この頃には婦人もサイクリングをしている。長いスカートの処理がちょっと心配でもある。
ガブリエーレ・ミュンターは大きな飾りのついた帽子をかぶり、カンディンスキーは大きくて可愛い猫をだっこしていた。
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カンディンスキー 花嫁  この絵を見て、かなり驚いた。抽象表現に向かう前の時代だから、てっきりアカデミックな絵なのかと思いきや、全くそうではなかった。
ユーゲントシュティール様式+革命前のロシアの装飾的な作品、といった感じがある。
どちらもとてもとても好きなのだが、「まさかこれがカンディンスキーとは」思いもしなかった。ずっと向こうの教会はロシア正教会のそれである。花嫁は旧いロシア正教徒の用いる優美な衣裳を身にまとっている。
この一枚を見ただけで、ときめきが生まれだしてきた。

そしてそれは翌年の「日曜日(古きロシア)のためのスケッチ」にも現われている。
人々がとても楽しそうに描かれている。昔のロシアへのノスタルジィーがある。
色の明るさがとても可愛らしく感じられる。
ロシアの御伽噺の世界を描いたように見えた。

この展示を見ながらわたしは興奮してか、わかりにくい走り書きをたくさん残していた。
「サンタ・マルゲリータ」の感想だとこんなことを書いている。
<水の 水の 水の うつる影>
絵の前でわたしは確かに<水の 水の 水の うつる影>を見ていたのだろう。

第二章 ムルナウの発見―芸術的総合に向かって1908?1910

ミュンヘンからずっと遠くのムルナウという小さな町に魅せられて、カンディンスキーとミュンター、ヤウレンスキー、ヴェレフキンらがここで大いに製作に励んだそうである。
わたしはムルナウと言えば地名ではなく、どうしてもその同時代の映画「吸血鬼ノスフェラトゥ」を思い出してしまうのだが。

非常に色彩の鮮やかで綺麗な作品がたくさん出ていた。
邸宅でもある三菱一号館を彩る作品として眺めた場合、とても気分が昂揚して来る。
墓場の絵が多くても、それは暗いものではなかった。

カンディンスキー ムルナウ近郊の鉄道  すごい配色。可愛い鉄道。なんとなくメルヘンチックでもある。宮沢賢治が喜びそうな電柱?らしきものもある。

カンディンスキー オリエント風  顔のない人々が色鮮やかな世界にいる。
向こうにはロシア風な建物が見えるが簡略化されて、まるでお菓子のようである。
オリエント風とは言え、どちらかと言えばロシア的なものを感じた。
同時代のバレエ・リュスの作品を思い出す。
ニジンスキーの演出した「春の祭典」が見たい、とこの絵を見ながら思った。

ミュンター 耳を傾けるヤウレンスキーの肖像  これがとても可愛くて可愛くて。ピンク色の丸顔のおじさん、半円形の照明器具、四角な置物など、無作為なようでよく計算されたような形の集まりが、一層この絵を可愛らしく見せていた。
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マリアンネ・フォン・ヴェレフキン 自画像  ヤウレンスキーの彼女なのだが、あのぽよんとしたヤウレンスキーとは対極の、こわいこわい顔つきである。何しろ真っ赤な赤目がこちらをギロリと見ている。ううむ、こわいぞ。

アウグスト・マッケ りんごを持つ肖像  画家の奥さんである。たいへん美人である。
つりあがる眉とその下の深い二重瞼、確かな鼻、大きく引き締められた唇・・・
彫刻にはない、ある種の美貌がそこにあった。

この時代のカンディンスキーはとてもガーデニングに凝っていたそうで、どの写真や資料を見ても本当に楽しそうだった。第一次大戦前の楽しい時代を彼らは満喫していたのだ。

第三章 抽象絵画の誕生―青騎士展開催へ1910?1913

青騎士のポスターを見て騎士はナイトの騎士ではなく、乗り手と言う意味での騎士だと知った。ちょっとシャガールのお友達のような騎士である。

カンディンスキー 印象?コンサート  チラシの絵。しかしこれまで見続けたことで、私は今ではこの絵をとても好ましくみつめていた。
元々黄色、それも山吹色に近い黄色が大好きなので、いよいよいい絵に見える。
この絵からは始まる前の人々の雑音までがはっきりと聞こえてきそうである。

ミュンター 聖ゲオルギウスと静物  どこかの一室での風景として眺めると、面白い趣味だと感じる。ロシア正教風の聖母子像、鳥の形の容器、猟師の像、浮世絵風な聖ゲオルギウス。小出楢重がこんな暗くて重い、そのくせ奇妙に明るい絵を描いていたが、どちらもとても惹かれるものがある。

フランツ・マルク 牛、黄―赤―緑  この絵を見ているときにきのこさんにお会いした。
二人で色々と楽しくお話できて、とても嬉しかった。
カンディンスキーへの「認識」と今回のときめきも同じで、本当に嬉しい出会いだった。
可愛い牛たちである。

マルク 虎  硬質な虎である。まかり間違っても絶対バターにはなるまい。
ダイヤモンドが黄色く結晶するとこの虎になる。きっとそうに違いない。

アレクセイ・ヤウレンスキー スペインの女  あのぽよん顔のヤウレンスキー描く激しい色と色彩の「女」。実は男性のダンサーらしい。アレクセイ・サハロフがモデルかもしれない、とあった。男性だろうが女性だろうが、似合っているし、魅力的な絵なのだから、それでいい。

アウグスト・マッケ 遊歩道  体の傾き具合が表現主義風にも見える。明るい色の取り合わせが、人々の楽しげな様子を思わせる。
ただこの絵はきっと20年後にはナチスによって退廃芸術の烙印を押されるのだろうな、と勝手に考えている。

マッケ 帽子店  群青色のドレスの婦人が綺麗な帽子の並ぶウィンドーを眺めている。
こうした都市風俗風な作品が好きなのだが、どこかに空虚さがある。
それはきっと店の隣の白壁が、その思いを加速させているのだろう・・・

本当にいい内容だった。
期間が長いからまた訪ねるが、わたしはこの展覧会でこの時代の「カンディンスキーと青騎士」に深く惹かれた。
本当にいい展覧会だと思う。
招いてくださったTakさん、一緒に見て歩いたきのこさんに感謝いたします。
ありがとうございました。
展覧会は2/6までここで、それから愛知、兵庫などを巡回する。
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首都圏で見た浮世絵

いま、首都圏で優れた浮世絵の展覧会がいくつか開かれている。

浮世絵☆忠臣蔵―描かれたヒーローたち!? 神奈川県立歴史博物館
ハンブルク浮世絵コレクション 太田浮世絵美術館
歌麿・写楽の仕掛け人 その名は蔦屋重三郎 サントリー美術館

そして特別展ではなく常設企画として見ごたえのあるものが二つ。
東京国立博物館の浮世絵と、たばこと塩の博物館のそれである。

サントリーの蔦重はちょっとばかりニュアンスが違うのだが、しかしながら浮世絵がたくさん出ている、と言うことを思えば、やはりこれも「浮世絵展」なのだ。
違った方向から眺めることが出来て、この展覧会は色々と勉強にもなった。
それぞれ少しずつ書いてゆこうと思う。

○ハンブルク浮世絵コレクション
後期を見た。中期は見損ねたが、京都で仇を討てそうだ。
何でも凄いヒトデらしく、靴のままどうぞということになっている。ちょっとジクジたる思いがあるが、言われるまま靴のまま入ってゆく。
前期の感想はこちら
肉筆画は前期とさほど変わっていなかった。
えべっさんのタイ釣に大黒さんが動かすネズミの三番叟などが特に好き。
そして初期浮世絵として、師宣の酒呑童子シリーズの続きものが出ていた。
四天王たちは既に鬼の館内に入り込み、酒呑童子の首を掻っ切る。飛んだ生首が牙を剥き出して四天王たちを睥睨する、他の鬼たちとの戦い、ジェノサイド、そして都へ鬼の巨大な首を持ち帰る凱旋と、褒賞。鬼首を運ぶ牛がたいへんしんどそうなのが印象的。

清満 お七と吉三  寺内の一室。花を生ける寺小姓の吉三を見下ろすお七。その手には恋文がある。花頭窓には梅の影がある。

春信 団扇売り  若衆が色んな絵柄の団扇を売り歩いている。この若衆は普通に販売員なのかそれとも色子の片手業なのかが判別つかない。
それほど、この若衆は妙に色っぽい。

鳥園斎栄信 鷹匠  若き鷹匠の着物の柄がナスというのも楽しい。 

校合摺りや摺り物のいいのも出ていて嬉しいが、今回は版下絵の良いのを色々見た。
国芳の刀を振り上げる武士など、とても躍動感にあふれていた。

お客さんであふれていたが、とても楽しい展覧会だった。11/28まで。

○浮世絵☆忠臣蔵―描かれたヒーローたち!?
神奈川歴博の薄暗い展示室にこれでもか、と忠臣蔵が集められていた。
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面白かったのはやはり幕末の絵。
広重によるシリーズ物もあった。
事件を枠内に描き、その枠つまり縁取りに雷文と陰陽の文様を連続させている。
この陰陽はあれかな、山鹿の陣太鼓の柄か。

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発端からずっと並ぶシリーズ物と言うのは見やすくてよかった。
そしてびっくりしたのは「義士外伝」の絵も集めていたこと。
「太平記忠臣講釈」  生活のために「夜鷹」になった女房おりえと再会する矢間重太郎。
これは文楽で見たが、どうにもやりきれない憐れな話で、妙にリアリティがあった。
大阪の文楽だからリアルなのかも知れず、江戸の浮世絵になると多少の色っぽさもあった。

戯画も色々ある。国芳の「蝦蟇手本忠臣蔵」が有名だが、今回は広重の戯画が出ていた。
(来月の太田では国芳の蝦蟇が出る)
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様々な忠臣蔵と言うことで、モーリス・ベジャール振り付け「ザ・カブキ」の舞台写真もあり、それがあるのも嬉しかった。
他にはおもちゃ絵の立版古を拵えたコーナーがなかなか凄かった。
何しろ大変な大きさなのだから。

楽しい展覧会は12/19まで。因みに討ち入りは12/14。

○歌麿・写楽の仕掛け人 その名は蔦屋重三郎
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サントリーの企画力に「ををっ」となった。
蔦重というキャラを前面に押し出しての展示、作品チョイスというのは本当にこれまでなかったことだと思う。

蔦重が企画して出版へ向けた作品の多さにも、改めてビックリする。
文の方は山東京伝、蜀山人、絵は北斎、歌麿、写楽といった辺りなのだから、それだけで展示がどんなに豪華だったか推し量れる。
蔦重本人も「蔦唐丸」のペンネームで色々本を出していたそうで、そういうのを見るだけでも楽しい。
吉原文化との関わりについても面白く眺めた。
吉原と言えば私はすぐに石森章太郎(当時)の「さんだらぼっち」を思い出す。
吉原の始末屋渡世を描いてみせるその世界に、随分惹かれた。
石森の資料元が何だったかは知らないが、もしかすると蔦重関係の物を見ていたかもしれない。

見慣れた写楽や北斎の絵も、こうしたコンセプトの下で眺めると、新たな面白味を感じもする。

だがやがて寛政の改革が来てしまう。
手鎖心中、それを思い出す。
しかし蔦重は生き延びた。生き延びたが、往時の面影はなくしてしまったのだ。
そしてそのことは、現代にも通じる様々な事柄を思い起こさせてくれた。

展覧会は12/19まで。


○東博の浮世絵
今期の浮世絵展示には、見開きのチラシが作られていた。
貰って嬉しくなる内容だった。
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春信 見立菊慈童
北斎 芥子
歌麿 台所美人
国芳 讃岐院眷属をして為朝をすくふ図
 
東博の所蔵の浮世絵は満遍なくいいものが出るので、楽しく眺めている。
今回も好きなものがこうして出てくれていて、機嫌よく眺められた。
結局のところ、のんびりしたココロモチで眺められる状況、と言うのがいちばんよいのかもしれない。

○たばこと塩の博物館
二階奥のミニコーナーではいつも小さな企画が立っていて、それが楽しい。
今回は六玉川を描いた絵を集めている。
今回は菊川英山と豊国の六玉川シリーズがあって、それがなかなか面白かった。

英山は今では、他の絵師の光の前では消えてしまうが、ピンで見ていると「美人やな」と感じる美人画が多い。
むしろ少女マンガになれそうな感じがする。
美人の様々な様子を描いたもので、こうして見ているとグラドル的な楽しみ方をする絵だったのかもしれない。


首都圏ではこうして必ずどこかで江戸の浮世絵が楽しめるのが、いい。


都内で見た「東大寺」 東博と日本橋高島屋

都内で東大寺と言えば、東博の「東大寺大仏展」と23まで日本橋高島屋で開催されていた「東大寺の近現代の名品展」がすぐに思い出される。
東博ではこれも既に奈良へ還ったが、正倉院の宝物が期間限定で東京へ出てきていて、わたしなどは今秋2種類の「正倉院展」を見たような心持になっていた。

東博では内覧会で前期展示を眺め、今回こうして後期を楽しませてもらった。
わたしの大好きな纈染のオウムやゾウさんのハタ、縹の縷、銀壷(乙)がやはりよかった。
今年は奈良でも銀壷(甲)を見ているから、ツインどちらも一秋で見たことになる。
なにかめでたいような気持ち。
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丁度「家庭画報」11月号が東大寺の展覧会に絡んでの特集を組んでいて、そこには東大寺に長く勤めるお坊さんたちの思い出話などがあって、それを読んだことでいよいよ親しいような思いが湧いてきた。

そして東博では古代から連綿と続く東大寺の至宝を見せてくれたが、高島屋では昭和の大修理などに関わった人々の作品が並んでいた。
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東大寺を描く画家と言えば、まず第一に杉本健吉が思い出される。
以前に奈良県立美術館でも杉本の展覧会があって、東大寺、興福寺、元興寺などの様々な情景が描かれた作品を見ている。
今回も出品されていた「修二会」の一連の動きを描いた連作は、奈良を愛した画家が熱心に描いただけに、たいへん実感があった。
ダダダッと走る練行衆の動き、長い回廊を上がり来るお松明、その火の粉が散る様子・・・
ドキドキしながら見守るうちに、あの高揚感が胸のうちに湧き起こってくる。
「早く三月になればいい・・・」
そんな言葉がふと口をついて出てきた。

彼の描いた散華もずらっと並んでいるので、それを集める楽しみもあったろう、と考えると、こちらまでわくわくしてきた。

須田剋太の東大寺の絵もあった。雪の東大寺。絵の具と色紙のコラボレーション。
剋太は東大寺を何枚か描いていて、’87の「落慶法要」'84「東大寺 雪」は特に名品だと思う。彼は元興寺と縁が深いので、あのお寺にもたくさん書などがあった。

さて昭和の大修理の際に華厳経が拵えられたが、このチラシでは東山魁夷の夜桜の絵が見えるが、魁夷だけでなくその当時の錚々たる日本画家の作品が、経巻の冒頭を飾り付けていた。秋野不矩、堀文子、加山又造などなど・・・
この経篋は松田権六の監修したもの。
工芸品では他に北村昭斎の美麗な螺鈿ものもあった。
しかし今回初めて知った彼谷芳水という工芸作家の螺鈿作品は、本当に優美だった。

守屋多々志の「藤三娘」は即ち光明皇后なのだが、この絵ではまだ安宿媛(あすかべヒメ)と呼ぶほうがふさわしい、美少女として描かれている。

先に挙げた修二会、お水取りで忘れられぬのが青衣の女人である。
杉本健吉はそれも描いていたが、かの女の譚を芝居にしたのが「達陀」である。
この芝居は来月都内で演じられるのだが、南座の顔見世で見たとき、たいへん感銘を受けたものだった。

そういえば江戸時代の落慶法要図の屏風が出ていて、これは非常に面白い絵だった。
寺の外では物売りがにぎわっている。大仏は中ではなく外でまずお目見え、建物は建物だけで「おめでとー」状態で、胡蝶の舞楽が奉じられている。
こういうのは初めて見た。なかなか面白かった。

この展覧会は京都で見逃したので東京で見れて本当に良かった。
もう終わっているが、とてもいい展覧会だった。

追記:後年の東大寺の襖絵の公開チラシである。
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日本近代洋画の美?紙業界コレクション / 手塚雄二展

28日までの展覧会を二つばかり。
飛鳥山にある紙の博物館では「日本近代洋画の美 紙業界コレクション」展が開催されている。
企業のプライベート・コレクションというものは、たとえば夏のホテル・オークラでの展覧会などでしか見る機会がない、と言ってもいい。
こうした機会がある以上、それを見逃すことは出来ない。
とはいえ展覧会にはあいにくチラシもリストも無かった。

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中村彝 読書  本を読む娘の鮮やかな黒髪、爽やかな水色のストール、しっかりした藍色の着物、暗い色の木の机、そして背後の赤いカーテン、白いカーテン、それぞれの華やかな絵柄。とても元気そうな色彩の取り合わせに見える。

大久保作次郎 白樺林、美ヶ原 
小山敬三 暁に燃ゆる紅浅間
石井柏亭 白籠の入江、十和田湖
安井曽太郎 白樺と焼岳
黒田清輝 岡の雪
濃く自然の残る風景画が並んでいた。所蔵先は書かれていないが、もしかすると同じ会社なのかもしれない。四枚とも目の前に見える風景が描かれていた。
こうした作品が応接室などに飾ってあると、たとえばこちらが客として訪れた場合「いい絵を飾っておられますね」と話もしやすいと思う。

脇田和 鳩  いかにも脇田な形をしたハトがいる。ちょっと不機嫌な目をしている。
高畠達四郎 霧の街  荷車を引く馬車馬、大八車の御者、細長い人々、和洋折衷の民家、電信柱・・・不思議な静けさが漂う街。霧に覆われたことでヒトビトの顔(=個性)までも消えていってしまったようだ。
小出楢重 芦屋風景  これは「六月の郊外風景」「枯木のある風景」などと同じく、小出のアトリエから見える景色を描いている。しかし前者たちと違い、この絵にはまだのんびりした空気が流れている。その分緊張感は緩まっているが。
三岸節子 鳥篭と首  群青色のオブジェらしきものが「首」なのか・・・?
岸田劉生 冬瓜とブドウ  劉生の静物画を見ると、いつも東洋的な静けさと言うものを感じる。「東洋的な静けさ」とは何かと問われると答えにくいが、「死んだ風景ではない」ということだと言えると思う。本当の西洋の静物画とは、空気が違う。ただ、そこにある。
そのことを「実感する」絵だと思う。

中川一政 紅蜀葵と梨  根来塗りらしき器に載せられた二種類の梨。西洋梨と長十郎風な梨。その隣に激しく紅い花がぽんっと置かれている。
一政 花  マヨルカ窯の壺に椿の枝振りの良いのがどんと活けられている。花は満開。その足元にはりんごとみかんがある。何かしら心豊かになるような絵。
上野山清貢 鮭  高橋由一のシャケを手本にしたのだろうか、そんなシャケだった。
藤島武二 静物  白磁に少しの彩のある壺にピンクの芍薬が活けられている。 その隣にはベネチアングラスのような濃さを見せる青いグラスがあって、こちらには紅の濃い芍薬が一輪静かに立っている。どらちもとても優美だった。

林武 踊り子  はっきりした青地に強い線描の女がやや俯瞰気味に描かれている。
児島善三郎 五月の園  彼らしい明るい色彩で満ちた画面。
曾宮一念 裾野の夕暮れ  だーっとピンクの長い雲が広がる青空。グレー混じりでもある。曾宮らしい雲だと思った。そしてピンクと灰色と空色の三つの色が対立しあうことなく活きている。

佐伯祐三 メゾン・ルージュ  確かに赤塗りのお店がある。この赤色は濃かった。赤に塗りこめられて、その下の色はわからなくなっている。


いい展覧会だが、あまり話題になっていないのが淋しい。28日まで。

次に横浜そごうで開催中の日本画家・手塚雄二の作品展。
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わたしの行った日は画家本人によるギャラリートークの日だったが、とんでもない大混雑だった。手塚さんはお話も面白い方で、お客はよく笑った。
わたしも掛け声などかけたくなるほどだった。

この画家の絵は数年前に高島屋でも見ていた。
大変巨大な風神か雷神かの図を見て「あああ」とそのときのココロモチが甦りもした。
色彩は一枚の絵につき数色しか使わないのか、と感じるほどに同系色の集め方をする。
ご本人曰く「金が大好き、銀が嫌い、プラチナ大好き」と言うことらしいが、確かに多くの絵に効果的に金が使われていると思う。

「誰よりも深く。限りない静寂」とチラシのコピーはあるが、確かに作品はいずれも静寂さを保っている。それは静謐なのではなく「静寂」なのだ。
(しかしあの楽しいトークを聞いてからだと、ついつい「静寂??」と思ってしまう)
繊細な線描を色で隠してしまうようなところがあって、それがまた興味深かった。
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どことなく秋ではないか、と思われる絵が多かった。
どちらかと言えば大作が多く、その絵の前に立つと、自分がその世界の中に入り込んでゆくのを感じる。
描かれた世界に溶け込んでゆく、その歓び。

今度は絵だけをじっくり見ていたい、と思った。 

神は細部により給う 幕末・明治の超絶技巧 / 小林礫斎 掌の中の美

日本の技術と言うものを堪能させてくれる展覧会が二つばかりある。
一つは泉屋分館の「幕末・明治の超絶技巧 金工 清水三年坂美術館所蔵品を中心に」と、もう一つはたばこと塩の博物館の「ミニチュアの世界 小林礫斎を中心に」。
どちらももぉ本当に凄い、凄すぎる、凄さもここに極まれり!! 
・・・としか言いようのない、本当にモノ凄い内容だった。

一つ一つ挙げたり画像を出したりするのが虚しくなるくらい、凄い。
凄い凄いばかり言うのもナサケナイけど、本当に凄いのだから、どうにもならない。
平成の世と言うより21世紀の今、こんな技術は伝わっていないのだろうな。
二次元での細密描写は活きていると思う。
でもこうした三次元的なものは人の手ではもう成せないのではないか。
そのことを思うとやはりこれら究極の職人芸と言うものは本当に尊い。

とにかく機会がある人は、これらを肉眼で見れる喜びを享受すべきだ。
礫斎の作品に至っては、カメラが捉えきれないサイズなのだ。
チラシの画像を見ていて「小さいのね」とは思っても、実際に目の当たりにすると、驚愕するしかない。
絶句と嘆声ばかりで言葉が出なくなる。

どこまで小ささを求めるのか。そこにはミリ単位の技巧がある。気体・液体ならナノ単位などが流通するが、これらはれっきとした固体なのである。
固体でなんでミリ単位の名品があふれているのか。

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上の芝山細工に、この製作に関わった職人の名が挙げられている。
礫斎一人で成し遂げた仕事ではなく、共同作業だということがわかる。つまりそれだけの技能者がいた、という証拠である。
わたしも芝山細工は大好きだが、それにしてもこれは凄すぎる。
芝山、細字、絵画、彫金、彫刻、蒔絵、拵え・・・
嵌めこまれているのは寒山拾得、杜鵑と月、松下池鯉に秋草なのだが、サイズは高さが2.53で横が6.23なのである。

下の杵運びのウサギたちは前々から大好きな名品だが、これももぉ本当に・・・・・・・

ガラスにへばりついて眺めてはため息の連続だった。
とりあえず百聞は一見にしかず。ぜひお運びください。

一方こちらはサイズはそう小さくもない金工の話。
美術館のホールにいきなり12羽の鷹がずらーーーーっと並ぶ光景はまさに圧巻。
本当にビックリした。リアルだもの。
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小さいのでは目貫にいいものがあったし。
こちらも言葉で感想なんか書いても仕方ないと言う無力感に襲われるような、すばらしい技巧の数々。
特に好きなものを発見した!と思ったら次の作品がまたまた・・・

どちらの展覧会も目を大きく見開いて、ドキドキしたりしてるから、疲れはするけどコーフンのために妙にアドレナリンが出てくる様子。

こちらは12/12まで。

龍子とロマン主義 神話・伝説の絵画化

久しぶりに川端龍子記念館へ出向いた。
西馬込から歩くのだが、大体迷子になる。今回はたいへん親切な奥さんのおかげで、地元の人の通る近道を案内してもらった。ありがとうございます、奥さん。

先に挙げた清方が「卓上芸術」を標榜するのとは対極の位置から、川端龍子は「会場芸術」を宣言した。
だから彼の設計したこの美術館も、その巨大作品を展示するのにまことに適う場である。
そこでスケールの大きい物語絵が出ていると、やっぱりドキドキするのだった。
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チラシは「源義経(ジンギスカン)」である。
昭和13年の作と言うところにちょっとひっかかりも感じるが、画家本人は大して本気でそう信じていたわけではないそうである。
(作家の高木彬光はわりに強くその説を推していたなぁ)
この絵は20年くらい前の「龍子記念館 案内」リーフレットの表紙に使われていたのだが、これまで全く無縁だったので、今回実物をはじめて見ることが出来て、やっぱり嬉しい。
戦前に流布した説によると、衣川から蝦夷地経由でモンゴルへ渡った義経がジンギスカンになった、そうだ・・・。
そのイメージを龍子は描く。
なにやらコワモテな四頭のラクダと、共に海を渡ってきた白馬と共に、鎧直垂姿の、目つきの鋭い義経のいる図。不穏な雰囲気がある。

使徒所行讃
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役行者のお使いとしてよく働く前鬼・後鬼夫婦の姿が描かれている。
山中でくつろぐ夫婦は山の仲間たちと仲良くしている。
青鬼の女房は肩に停まるリスを眺めている。その手にはアケビなどの載った籠がある。
毛皮を腰に巻いた亭主の赤鬼は、見るからに逞しくて、肩や背の辺りに鮮やかな強さがあった。その斜め後で毛づくろいする白狐、夫婦の周囲の黄色い大きな葉っぱ、色のコントラストがハキハキしていて、長く印象に残る絵だった。

戦後になってから「奥の細道」を自分も歩いて、その地その地を描くこともしている。
松島、気比大社などが展示されている。
「奥の細道」は小野竹喬のシリーズが有名だが、龍子にもあったのだ。

火生tou597-1.jpg
両手を挙げる若き不動明王の姿がそこにある。
金の火と赤い体と。腰を覆う金色の植物、金の火の煤影、本当にそこに炎があるようだ。
この不動はいまだ若く、これまで何をしていたかわからない。自分の中の荒れ狂うものを制御できずに暴れまわっていたようにもみえる。
しかし今、何かに目覚めた、何かが覚醒した。
降魔の利剣を掲げて、己が何者であるかを自覚した、そんな若い男に見えた。

龍子は河童が大好きで、河童の戯画を多く描いている。
魚籃観音、不動明王とそれぞれタブローがあるが、この二人はどうもカップルぽくもある。
女河童の三本の指が肉感的で、その指の着き方が妙に艶かしかった。

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奥州藤原氏の栄華の跡から生まれた作品だが、わたしが最初に見たのはここではなく、茅場町時代の山種美術館でだった。
最初に見たときの衝撃の大きさは、今も細胞のどこかに残っている。
もともと蝶が好きで、それで御舟の「炎舞」を酷愛しているが、ここに描かれた蝶や蛾にも強く惹かれている。
蝶たちは長く棺の中で主と共にいたのだろうか。
それとも後から来たのだろうか。
わたしはどうしても、蝶たちは公と共に長い時間を過ごしたように思えて仕方ない。
そこでは蛹だったかも知れず、冬眠していたのかもしれない。
それが七百五十年ばかり後の世にこうして開かれたとき、透明なまま羽化して宙に出て、そして舞い戻ってきた・・・
物語はどのようにも道を開いてくれる。

小鍛冶  小学五年のとき音楽の授業で「小鍛冶」を聴いた。
ソレ唐土に傳聞く 龍泉太阿はいざ知らず わが日の本の金工・・・
今でもここだけは暗誦していきなり謡いだす。
その小鍛冶を描いている。いちばんドラマティックなシーンである。
三条宗近と小狐丸の共闘である。
刀鍛冶の熱い気迫がこちらにも来るようで、何度見ても気合が入ってくる。

やはりこうした物語絵を見るのはとても楽しかった。
展覧会は12/15まで。

七絃会開催八十年記念 主情派、清方の美

鎌倉の清方記念美術館へ行ったところ「七絃会開催八十年記念 主情派、清方の美」というタイトルで、清方がその会に出品した作品が集められていた。
それは昭和五年から十八年まで会は三越美術部の主催で行われ、清方はじめ靫彦、古径、青邨、契月、麦僊、百穂の七人が参加していた。
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昭和五年と言えば、例の大倉男爵主催の羅馬日本画展の年だと思った途端、その当時の作品が現われた。
「大和路のある家」である。
白梅の咲く、唐招提寺の前の旧い民家。
清方は電車に乗れない人で遠出ができなかったが、この「羅馬日本画展」のためにローマへ向かう僚友たちを送りがてら、関西への家族旅行を思い立った。
(娘たちは弟子の寺嶋紫明と共に汽車で大阪入り、夫婦らは車で東海道を走破)
このあたりの事情は「続こしかたの記」に詳しいが、確かに清方は奈良へも来ていて、絵を描いている。
清方の心情などが書かれた随筆を思いながらこの絵を見ると、実際に自分が昭和五年の奈良で、清方の背後からその絵を見ているような気がした。

桜もみぢ  姉妹の遠出を描いている。駕籠から降りた姉はホコリよけの手ぬぐい被りをしたまま一服している。妹は駕籠に座したまま、どこかを見ている。
のどかな秋の遊山の一景。
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明鏡  チラシのこの絵は昭和六年当時の風俗なのだった。今の我々にはこの絵が明治なのか江戸なのか大正なのかすら、一見したところ区別がつかなくなっている。
昭和初期の婦人の多くは着物と日本髪のスタイルを守る人が多かったのだ。
このことは考現学の今和次郎の調査に詳しい。
絵をよくよく眺めれば、鏡台に置かれた化粧品が、その時代のものだと気づく。
ルージュ、パフ、化粧水などのほか、この婦人は綺麗な指輪を嵌めてもいる。
昭和初期の和装婦人のお化粧スタイルを、清方は描いていたのだ。

一方こちらの「花ざかり」は化政期の大奥女中の風俗だと解説があった。
江戸時代の中でも、わたしにとっては化政期はいちばん面白い。
欄干に手を遣り、向こう(たぶん桜の木がある)を一心にみつめる若い女。
彼女は自身の箔付けのために大奥へ上がっている、そんな娘なのだと思う。
髪に挿す鼈甲の笄と銀らしき簪も綺麗だった。
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今回は物語絵が二種類出ていた。
「お夏清十郎ものがたり」の本絵と「生写朝顔日記」の下絵である。
どちらも現在から思えばイライラする話ではあるが、物語は波乱に満ちてもいて、メロドラマの王道を外すことはない。
どちらもかつては人気の物語で、多くの画家が絵画化している。
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今回は下絵がなかなか面白いものが多かった。
「たけくらべ」の下絵も色々あって、清方の物語好きな面がよく出ていたと思う。
この展覧会は12/12まで。

東京ハイカイ4

いよいよハイカイも終わりと言う日に、大幅に予定変更で西馬込に向かいました。
川端龍子記念館、「龍子とロマン主義」神話と伝説といったロマンをテーマにした企画が見たくて。
展覧会の感想の詳述はまた後日。

会場芸術を標榜した龍子はサイズに相応しい壮大な作品を多く描いた。
今回は見たかった源義経や夢などが出ていたので嬉しかった。
嬉しいのはそれだけではない。

この美術館への道はややこしいので、何年も行かないとわたしのような方向音痴はアウトだ。
そこでたまたま行き会わせた奥さんに尋ねたら、なんとその奥さんが手前まで送ってくれはったのだ!!しかも帰り道まで心配してくれたのです。
15分の遠回り、奥さん本当にありがとうございました。
またこうして今日もヒトサマのご好意を受けたのでした。

今日は都営線一日ホリデーパス500円で動いてる。
こういう企画のときにはわりにアタマも冴えてくる。

高輪台の畠山記念館に行く。
昭和29年の茶会再現のような展示。
茶碗一つ茶杓一つにも味わい深い物語がある。

三田経由で春日に行く。本郷五丁目の伊勢屋質店見学。
今日は樋口一葉の命日で、ゆかりのこの質屋の一階が一般公開なのだ。
明治の建物や家具や照明が魅力的だった。
この界隈には多くの明治から大正そして昭和戦前の建物が活きている。

そこから文京ふるさと歴史館に向かう。花柳章太郎の展覧会を見る。
今の人は彼に関心などなかろうが、私は高校頃から色んな本を通じて彼に惹かれ、その芸術や周辺への興味が深いので、たいへん楽しかった。
しかし他のお客は皆さん、たいへんご高齢でしたな・・・当たり前か。

神保町に出た。
どこでお昼にしようか考える前に、さぼうるが目に入り、初めてドアを開けた。
ハンバーグ食べる。SH3B01520001.jpg
ここはカフェではなく昔ながらの喫茶店なんで、分煙なんかありえないので、もくもく。
残念ながら次はないな。
まあ一度くらいは来てよかったと言う話よ。
しかしそうなると神保町の著名な喫茶店は、私、みんなあかんな。
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汐留ミュージアムにつく。バウハウス。
今までは割に関心が高かったが、キッチン類を見て、これは趣味が合わないと自覚した。
装飾性を排除・機能美というのもここまで来ると、それぞれの皿小鉢などの必要性ですら疑わしくなってくる。
フォークもナイフも果たして存在する意義があるのか。
・・・と、こういう具合に反応が過剰化するので、今後は少し距離を置くことにした。

そこでタイムアップ。新幹線に乗りに行く。
空いてるがなぜか並んで座す乗客たち。こういうあたりがJRのわけのわからんところ。
仕方ないので寝入る。

寝て目覚める度に、観覧車が見える。
誰もいない観覧車。
夕日に映える丸い鉄。
明るい諦念を感じる。

大阪帰還。
家に帰る前に淀屋橋に行く。道修町の神農祭に寄る。
張り子の虎が揺れる。H3B01540001.jpg
七夕みたいな笹飾りは色んな製薬会社の空きケース。
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ここは230年前から少名彦名さんを祭る。薬の神様方を拝んで無事を願うのだ。
H3B01560001.jpg神社のとら

アツアツの鯛焼きをかじりながら帰る。
ハイカイの〆に祭がきたところで、このシリーズも終わり。
また来月。

東京ハイカイ3

三日目。月曜の8時すぎに京急の特急に乗る。
まだまだ混んでる。暑苦しい車内だが、それでも多分7時台よりはマシなんやろな。
金沢文庫あたりから雨が降って来た。乗り換えて馬越海岸に向かう。バスで横須賀美術館へ。
例によって画像は後日に追加、 個々の感想は別途。
SH3B01320001.jpg観音崎方向

ラファエル前派展はたいへんよかった。2時間かけて来た甲斐がある。常設もよかったし楽しいわ。
すごく晴れてきて日焼けしそうやわ。
レストランでは展覧会に合わせたラファエル前派な?メニューを頼む。
フォカッチャに茄子とパテ挟んで食べる。ヨーグルトがよかった。チョコチップケーキはサヨナラした。
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バスのって駅に来た途端に電車来たし、すぐに快特もつながるし、なんかこの辺りはラッキーやわ。
さらば横須賀、いつか猿島と軍艦三笠とセットで回りたいわ。

日本橋に2時前につく。行き2時間、帰り1時間半かからずて、なんなんや、ううむ。
三井記念美術館の応挙の後期を見る。
またまた前期とは違う楽しみがあるし、見知った絵にも新発見があるよ。
いやあ、やはり応挙はよろしいなあ~

そこから国立新美術館に向かう。
乃木坂の六番出口から館内に入るとき、チラと石の杭みたいなのが不連続に並ぶのがみえたが、あれは墓碑か。
青山墓地を初めて見たよ。
だいぶ前に谷中霊園に入り込んだことはあるが、基本的にハカマイラーやないからパスします。

ゴッホ
わだばゴッホになる
ならぬ
こうして私はゴッホになった

ゴッホがゴッホになるまでの道のりと、少しばかり最期の時代の作品、そして彼に影響を与えた画家たちの作品群。
生きてる間は売れへんかった人が、没後120年の今日では、えらいこと大混雑する人になるんだわ。
極東の我々が殊に彼を偏愛してる、というわけやないのは、その作品が世界各国で大事にされ、愛されてる事実が活きてるのが、何よりの証拠です。
でもあまりに大混雑で、何を見るにも苦労したなあ。
しかも申し訳ないが、気に入りましたのは、ラストの国芳の玉川、山吹などの花群に囲まれた美人だったりする。
そう言えばザッケローニ監督も昨日見に来やはったらしい。

出ると少しパラパラしてるが大したこともないんで、サントリー美術館に向かう。
ミッドタウンではクリスマスツリーのオブジェがあった。サンタさんがいーーっぱい釣られてる。可愛いわ。

蔦屋重三郎を軸にした展覧会とは正直予測も出来なかった。
こういう企画が立つのもサントリーならでは。
個別で絵をみる楽しみ、一歩引いて全体を眺める面白さ。
二つの喜びがこの展覧会にはある。

一休みしてるとき、嬉しいお誘いが舞い込んで来た。
なんと三菱一号館のカンディンスキーと青騎士展の内覧会が今夜6時まで開かれていて、それに寄せてもらったのだ!
Takさんありがとうございました、本当嬉しい!

この展覧会で私の持つカンディンスキーのイメージが完全に変わったな、すごくよかった。
なんと言うか明るくて楽しいほのぼのさん、という感じがする。
お会いしたキノコさんとも楽しくおしゃべりして、嬉しいイベント終了。

ホテルに帰ってのんびりしながら「プロフェッショナル」の絵画修復の岩井さんのお仕事をTVで見るうちに、深い感銘を覚える。
人間、やっぱりなにごとにもまじめに向き合おう。

どきどきしながら今日はこれで終わり。

おまけ:高島屋のウィンドー。SH3B01290001.jpg


東京ハイカイ2

二日目、すなわち11/21、今日の話。
そんでから、個々の感想もまた後日。

朝から鎌倉へ向かう。
昨日同様ぬくいと天気予報のミナミサンは言うたが、冷えるやん。
とりあえず八幡宮へ行くために小町通を闊歩したが、まだ早いからこんなに早く強く歩けるのよね。
SH3B01200001.jpg上から参道を見る。ナムナム ・・・・・

国宝館に行く。
薬師如来と十二神将像、ちょうど体調不良なので真面目に拝むが、信仰心が薄いのか、当然ながら脱線する。
やはり十二神将は可愛いなあ?コワモテだけど可愛い。中には本当に怖い像もあるが。
しかし関西育ちの、しかもやたら古臭い家系の女には、やっぱりブツゾーは信仰の対象で、まずは拝むことから始めてしまうのは、もしかすると今の世の中では少数派になりつつあるのかもな。

サザンカが可愛らしい。 SH3B01210001.jpg

清方美術館に行く。常に満ち足りる。

機嫌よく出たが、さあこれが小町通大混雑なんだよな。駅までが遠いわい。
それでもなんとか電車に乗って横浜につき、昼前に崎陽軒に行く。
並びましたがな。サンマーメンが食べたいのだ。
初めて食べるぞ、なかなかおいしいわ。
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これはあれか八宝菜をラーメンに載せてるのかな キクラゲがいいね。
最後にスープに酢をたしながら飲むと味が変わり、またいくらでも欲しくなるわ

関内から神奈川歴博に行く。忠臣蔵の浮世絵なり~
見応えありましたわ。戯画は少ないが広重の十二段もあり、予想外の作品も多くてかなり楽しい。
図録も立派なのが千円。

さて再び横浜駅に戻る。そごうで手塚雄二展に行くと、作家ご本人のギャラリートークが始まるところなんだが、これが実に凄まじい人人人で、手を挙げたら火火火になりそうよ。
それで入口からやなくて急遽、ずっと先の「塊」と題された作品群の展示室にその大群、「人の塊」が集められましたが、ちょっと笑ってしまった。
先生なかなか話術も巧みで笑わされたよ、和やかなムードでしたが、あまりに暑くて参ったわ。

横浜から原宿に出て、太田のハンブルク浮世絵楽しんでから、表参道の伊勢半 紅ミュージアムに向かうが、結構遠いね。
紅を主体にしたミュージアムなので、今回は九谷焼の紅ばかり集めた展示で、なかなか興味深い内容だった。

それから渋谷のたばこと塩の博物館で小林礫斎を見るが、これがすごい。
すごすぎて文にはなんとか書くとしても画像なんか無意味な気がした。
カメラが実物大を写されへんねんもん。
まいったわ。三回目やけど、ほんっっっっとうに凄い技術。

渋谷から東京へ出たが、メトロリンクバス乗り場がわからん。JRのバス案内は「聞いたこともない」とオモシロイ答え方をしよったな。
それで日本橋へ向けて歩き出す。
なんかヒトケのない道をダッダッダッと歩くと、妙に気合が入ってきた。
高揚してきたのだ。
正月の箱根駅伝の10区ランナー、トップで走りこんでくるのってこういう気分とちゃうかしら、と思いながら歩くと、日銀に出た。
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しまった、三越前の方にきたのか。
あたしは高島屋に行きたいのに。
でもメトロリンクが今度はスイッと来てくれた。ありがとう。
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高島屋で東大寺の近代の宝物を見る。ラストには達陀のVTRも見た。
ご機嫌で高島屋を出てホテルへ帰る。

TVつけたら高校ラグビーの東京の第二地区決勝戦が。無論録画だけど大好きなので、うれしい。
見終えてから今、こうしてパコパコ打ってます。
二日目、終わり。

東京ハイカイ1

今回の東京ハイカイは20~23で月曜にも首都圏にいるという珍しい状況なのだ。
とりあえず今日何をしたかを書いてみるが、例によって展覧会の詳述は後日。

富士山が見えた。SH3B00980001.jpg

まさか東京がこんなにぬくいやなんて予想外やないか、とダウンを着てきた私はハナからコケてしまった。
手荷物も手に持つからの手荷物か、それが重荷になってはいかんのだよ。
しかし歩くしかないから歩くぞ と言いながら、王子で下車して飛鳥山公園に向かうためにアスカルゴに乗りました。
可愛いなあ~SH3B01040001.jpg
ご年配のご夫婦が乗るためだけに乗るという純粋行動をしてはったのもよくわかるわ。
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秋の飛鳥山はいい雰囲気に満ちていたな。
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紙の博物館で紙業会社所蔵の洋画を見て感心したが、常設にジャンプと清志郎の図録があった。
なんか色んな紙に印刷可能という資料らしいがちょっと泣ける。清志郎や~い
SH3B01010001.jpg SH3B01020001.jpg

ほんで地下鉄に乗り六本木の泉屋に行くと、京都の清水三年坂美術館の金属工芸展なんだが、いきなり12羽の鷹たちがいた。
うぉっと言う感じ。いや日本の昔の技術とは凄まじいなあ?

つくづく感心しながら城山ガーデンを行く。
秋を堪能させてくれる道を歩く幸せ。
階段まで来た時めちゃめちゃ可愛いものを見た。
白のテリヤと黒のプードルが懸命に競い合いながら階段駆け上がって来るのだ!!
うわ?めっちゃ可愛い!
飼い主さん曰く「足短いから必死みたい」
ああ 可愛かったなあ、私は猫好きだが犬もいややないのよ。猫はあんな階段をヘッへッヘと駆け上がったりしないから、よけいときめいたんかもしれない。

出光で素敵な中国陶器を楽しんだが、休憩場の窓の景色はいつ見ても最高やわ。
いいキモチで地下鉄乗り継いでホテルに到着。
早い時間なんで近くのケーキ屋に行き、少しばかりおやつを購入。

さて第二部開始なり

東博に行く。
東大寺大仏展の後期を見る。内覧会以来の再訪だが、後期は正倉院御物がお出ましなんでそれを見るのだ。
土曜夕方やからか、案外空いて見やすかった。
ハナダの縷の色の鮮やかさや、銀壷乙の繊細な線描きにときめく。
常設も色んな楽しみがあるから本当に東博はいいなあ。

上野から市ヶ谷に行きテクテク歩くが、土地勘がないんで場所がわからん。
一本中に入り、少し行くと浄瑠璃坂に来た。
ここが江戸時代日本三大仇討ちの一つ浄瑠璃坂の仇討ちの現場なのか。
赤穂浪士もこの仇討ちを手本にして吉良さんを襲撃したのだ。
横山光輝の時の行者にそんな話がある。

郵便配達さんに教わってまた歩くがやはりわからない。
さて私はどこへ向かっているでしょう。
答え。ミヅマアートギャラリー。
やっとついたがこれなら飯田橋から歩くべきやったな~と一人ごちる。←飯田橋だいすき。

山口晃さんのいのち丸です。
こないだU STREAM中継で見ましたわね、 実物が見たくてね。
大変面白かった。
次の三越の東京旅ノ介は日程的に私は無理やけど、今回は機嫌よく楽しみました。

さてブリヂストンです。「セーヌの流れに沿って」
こういう集め方は本当にいい雰囲気が生まれる。
大変楽しく眺めるうちに意外な方とばったり、広島の海の見える杜美術館の学芸員の方ではないですか!!
いや、人間どこでどなたに会うやわからんもんですわ、 おはずかしい。
ニマニマしながら絵の前にいるのを見られたよ。
またそちらにもおじゃましたいです、本当にいつもいつもお世話ばかりおかけしております。

ホテルで例のケーキをいただきました。
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初日はここまで。

数の美術 数えて楽しむ東アジアの美術

こんな歌がある。
一本でもにんじん、二足でもサンダル、三艘でもヨット、四粒でもごま塩・・・
他にもこんな歌がある。
一番始めは一宮、二は日光東照宮、三は佐倉の宗吾さま、四つ信濃の善光寺・・・
数え歌と言うやつである。

和泉市久保惣美術館では数にまつわる絵画や工芸品を集めた展覧会が開かれている。
数は限りないが、とりあえず集まった中から代表を選んで感想を少々。
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一.蒔絵 富士にナス図餌合箱  徳川美術館所蔵らしい煌びやかな箱だった。しかし一富士二鷹三なすびというのは家康が見た夢からの慶事だと思うと、ファンでない私はあんまり面白くはない。

二.二河白道  奈良博所蔵。軸もハスの絵のものだと言うのがいい。これだと細い道から足を踏み出しても、蓮池の表装で助かりそうである。
  
双寿図  沈南蘋  桃の絵。めでたい桃の実。これで思い出したがイザナギノミコトは黄泉から逃げるとき、桃の実を三つばかり投げつけたのだった。
  
青磁陽刻 双鶴文瓶  東洋陶磁美所蔵。違う場所で違うコンセプトの下で眺めると、新しい魅力がわかる。

三.三猿  室町時代の水墨画なので、当然ながら中国の丸顔のエテコたち。みんなお手長。
  
三災符籍  高麗美術館所蔵の版画なので、庶民が使ったお守りと言うか厄除けなのかもしれない。3羽の鷹と一頭の獅子らしきものがいる。

四.四睡図  三点出ていた。狩野興甫のは虎が犬ぽくて、英一蝶のは「みんな起きたところ?眠いよ?」、白隠は留守紋様で払子に箒に巻物に、虎の足跡。たいへんよろしい。

五.五寿図 建部凌岱  2の沈の桃によく似ていて、こちらは桃が増えている。
  
熾盛光佛降臨図  16世紀朝鮮絵画。「熾盛光」は北斗七星のこと。星座の仏たち。(5でなんで7のがあるかはナゾ)七星はみんな美少女だった。7eもその仲間だった(はず)。

六.骨 六博   漢代のこれは博打の道具なのかも。漢代で博打というと、市井の徒であった頃の劉邦は年柄年中博打をしていたそうだ。これもしたことがあるのかも。

七.開運出世合体七福神 国芳  楽しいしめでたい戯画。
それにしても7というのはいい数字だ。ウルトラセブン、知恵の七柱、七つの誓い、遊行七恵(笑)。

八.近江八景之内 歌川広重  雨を描いたのがたいへん綺麗な摺りで、改めて広重の良さを感じた。

瀟湘八景図貼付屏風  19世紀の朝鮮絵画。10曲1隻だった。その4隻に描かれたヤギの帰牧が可愛い。一心に山道を降りて行くヤギたち。足音が聞こえてきそうだった。

九.円窓九美人図 鳥文斎栄之  江戸時代のいろんな身分・世代の美人像を円窓に集めている。みんなそれぞれ綺麗な女たち。ほほえんでいるのがいい。

十.ここではやはり十牛図が多く出ている。
高麗美術館から来たのが二枚。
尋牛見跡図(白い顔の少年)、入鄽垂手図(老人)が面白い。鄽はテンと読む。意味は知らない。

刺繍 十長生図枕隅  枕の両端の部分、そこに刺繍が入るのは上等な証拠。これも高麗美から。可愛かった。チラシにも出ている。
近年、朝鮮の工芸の美の名品を多く知るようになって嬉しい。

十一はなし。11人いる!、十一番目の志士はナシ。

十二.十二支図 渡辺南岳  縦長の画面に十二支の動物たちが集合している。虎や犬が特に可愛い。

ゴルゴ13も14歳も十五の夜もアウト。

十六.十六羅漢図 菊池容斎  文政年間の作品。羅漢羅漢している。

次はちょっと飛んで二十四。というより、どんどん飛び始める。

二十四の瞳ではなくやっぱり二十四孝。
いい話なんだろうが、これよりは本朝二十不孝の方が面白い・・・けど絵にはならんわな。

三十六は歌仙に富士山の景色。
五十三は東海道。

百が随分多かった。
百猿図 狩野栄信  手長の中華猿。白もいてサルサルしてる。手長なサルたち。
百鬼夜行図 原在中  大倉集古館のが来ていた。ここに出てくるお化けたちはみんな可愛くて可愛くて大好きだ。

五彩 百鹿文大壷、百子文壷 どちらも明代のきれいな線と色彩の壷。数を追うのが楽しいだけでなく、彼らの行動を見るのがまた面白いのだった。

五百羅漢、千体佛、百万塔だらになどなどもあるがやはり百までがポピュラーらしい。

ほかに双六や国芳の人が集まった顔の戯画などがあり、面白かったのは明治後期の大阪名所巡り双六。鴻池本宅、天保山、松島などなど・・・
こういうのがまた好きだ。

数を数える道具も展示されていた。秤や尺などである。
象牙を薄く削って艶やかな彩色をする華角の尺などが特によかった。

そういえばピーター・グリーナウェイの映画に「数に溺れて」というのがあったと思う。
こうした楽しい数合わせは歓迎だが、仕事の数値目標と言うやつが出てくると、
一目散にニゲ出して、さんざんヨソミしつつも、後の行方は五里霧中、というロクでなしの七恵であった。

展覧会は11/28まで。

和風 風に和す 前期展

正木美術館「和風 風に和す 文人趣味ー室町の風雅・江戸の文雅」の前期展をみた。
正木美術館は泉大津のまだ向こうにある。忠岡町という小さい駅で降りてテクテクと歩く。民家や神社や畑の並ぶ中を黙って15分ばかり歩くと正木美術館に着く。

昔は文人趣味というものがたいへんニガテだったが、近年はこの正木や頴川美術館での展覧会から、水墨画や文人画にも親しみが持てるようになった。
展覧会の趣旨について、こうある。
「文人趣味というテーマのもとに、室町の水墨画と江戸の文人画を同時に展覧するものである。正木美術館所蔵の室町水墨画を中心にして、そこに江戸の文人画を特別ゲストで迎える」
ご主人が招いたお客さんも共々ホストとして、我々を楽しませてくれるそうだ。

四つの章から特に好ましく感じたものを挙げてみる。
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1.室町の風雅
蘭同芳図 玉畹梵芳 筆・玉海良芝 賛  春秋の蘭を一緒に描くというほどの意味らしい。蘭は春、は秋。薄墨で描かれた優しい花。

芙蓉図 横川景三 賛  こちらも優しい花が描かれていた。薄ピンクの綺麗な色がいい。

山水図 雪村  三角のとんがり山脈の麓を、記号化された人々の群が行く。妙に可愛い。

2.中国文人の世界
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帰去来辞 仲和 自画賛  明の正徳七年(1512)の作。陶淵明の詩と姿が描かれている。
高校の頃、漢詩・唐詩にひどく惹かれた。
特にこの陶淵明が好きだった。
意識の底にあるものの、常にそれが表面上に浮かび上がることとはないだけに、不意に「再会」すると、ひどく嬉しくなる。

3.江戸の文雅
枯木叭叭鳥図 与謝蕪村  チラシ右の黒い鳥たちからは、ギャーギャー騒ぐ声が聞こえてきそうだ。どいつもこいつもみるからにおしゃべりそうなツラツキである。
しかし、どうにもにくめない愛嬌とでも言うものがあって、絵の前でしばらくこやつらの雑音を聞くことにした。

青木木米像 田能村竹田  これは半年ほど前の出光美術館で開催された「茶 喫茶の楽しみ TEA」展に出ていた。
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出光のチラシは「木米さんが好きなお煎茶道具を眺める様子」という構図だが、こちらの正木は「騒ぐ叭叭鳥たちを背にしつつ、竹風の音色を楽しむ」といった風情がある。
どちらも言うてみれば「幸せな木米さん」である。

貫名海屋の書にも惹かれた。
私は滅多に書に惹かれないが、彼の「河橋酒幔」の「河」の字がひどくよかった。

瓶花図 岡田半江  これはTVにも紹介されていたが、やはり実物の面白味と言うものはなかなか画面では表現できないものだ、と思った。
チラシの画像もやっぱり実物の面白さは半分くらいしか出ていない。
奇妙な遠近感と奇妙な迫力。やはり幕末の大坂の絵師は面白い。
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座右銘 谷文晁  現代語訳しつつ。「文晁の好みは 晴天 米の飯 勤め欠かさず いつも朝起き」・・・マジメで健康的だなぁ。

他に山本梅逸旧蔵の茶壷や更紗のお仕覆などがあった。
完全に初見は「谷焼」「湊焼」といった大阪の土で捏ねて焼いた楽茶碗に蓋置きなど。
そういえば舞洲焼というのもまだあるのだろうか・・・

4.風に和す
個別の作品に惹かれる、と言うよりここではその集められた作品全体からの空気――風を楽しんだ。

最初に展示されていた大燈国師墨蹟「渓林偈」を、ここで挙げる。
「渓林葉堕 和風塔在 玉欄干」
私が読み取れたのはここまでだった。

展覧会は今は後期展。11/28まで。

金島桂華の世界

堂本印象美術館で「金島桂華の世界」展が開かれている。
華鴒大塚美術館(はなとり・おおつか・びじゅつかん)の所蔵品がここへ来たのだ。
以前にある展覧会でこの美術館のことを知って、素晴らしくわたし好みの所蔵品が多いな、と思ったもののなかなか行くのが難しそうだと諦めていた。
だからこうして印象美術館で桂華の作品群に会えることは、たいへんに嬉しい。
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桂華は広島の人だが後に京都に定住した。家はこの印象美術館のほん近くらしい。
元は村上華岳が住んでいた後に来たそうだが、地元住まいの監視員さんのお話によると「今は場所がわからへん」ということだった。
なんにせよ、日本画家の住まう家と言うものは、以前は別な画家の住まいだったと言うのが多いようにも思う。
桂華は印象と1歳違いのご近所さんと言うことで、この美術館で回顧展が開かれるのは、とてもいいことだった。

もともとこの美術館は印象自らが設計したもので、イスなども彼の意匠によるから、言わば堂本印象の内ら側に入り込むような面白さがある。スロープで二階へ上がるのだが、そこもただの道ではなくその壁には多くの絵が飾られている。
そして今回の主役・桂華の本絵から気軽な淡彩ものまで30点ばかりがそこに連なっている。
制作年は主に昭和の真ん中、桂華の後期のものが多い。
そして桂華スタイルが確立してからの作品群は、色鮮やかでありながらも華美に走らず、また地味でもなく、穏やかな明るさに満ちている。

芥子  赤に花びらの上にピンクの花びらが重なるように咲く芥子。妖艶なものではなく、どちらかと言えば可憐さがある。
春雪  金楳が咲いている。雪に半ば埋もれるようにして花が開く。そこにはオレンジ色の腹を見せる小鳥がいる。
秋晴  柿の実が二つ。2羽のメジロがいる。春でなく秋のメジロというのもいい。爽やかさがある。それにしても柿はおいしそうである。
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庭椿  縦長。しかし軸装に合う絵ではなく、やはり近代感覚が活きている。椿の花が明るく豊かに咲いている。
薔薇  縦長。昭和の日本画を強く感じる。ベルベットのような重い赤と黄色のつぼみの対比がいい。
浄机  扇絵風な。机上に桃の実が二つ置かれている。ただ果実と言うだけでない面白味が桃にはある。清浄さを示す桃。

やがて桂華の晩年の作が現れる。桂華様式に則った絢爛たる色彩と温和な描線の、小さな優しい世界がそこに広がる。
桂華の「小さい優しい世界」とは額縁の中に収まる小ささではなく、もっと広い世界の一部、と言う意味での小ささなのである。
この切り取られた一部から、世界の広さを感じ取らなければならない。

紅梅鶯  様式美を感じる作品。ある広い紅梅林があり、その一隅を描き取ったような作品。鶯の位置が絶妙。背景に溶け込みすぎているほどに。
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富貴花  黒い背景に浮かぶ牡丹は、匂い立つようである。薄紅ともサーモンピンクともとれる色彩の美に惹かれる。
桔梗  青銅器を模した壷に紫と白の桔梗が投入れるように生けられている。緑青がひどく艶かしい。野の花と硬い青銅の融和に見蕩れた。
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爽秋  鶺鴒と黄色い楓が描かれている。黄色い楓と言うのは間違いかもしれないが、わたしにはそう見えた。
薔薇  デルフト窯かマヨルカか、そんな鮮やかな色彩を見せる瓶に薔薇がいけられる。
猫  お母さん猫と仔猫たちのきずな。今、我が家の猫もこんな感じ。

これらの絵は大きな会場で見るのもいいが、和やかな応接間を飾るのにもいいと思う。
絵のある暮らしの楽しさ、それを満喫できる作品群。
世界の一部を切り取ったものがそこにある、そんな歓びを味わわせてくれるのだ。

淡彩作品はスケッチに優しい彩を加えたものだった。

もろこ  大きな蕗の葉っぱの上にもろこが置かれている。琵琶湖のモロコだろうか、甘露煮が食べたい・・・
車えび  もちろん天ぷらがいいと思う。
わらび  掃除が大変そうな渦巻を見せている。
ナス   いやに長いナスである。揚げ浸しにしたい・・・。
他にもいちぢく、イチゴ、三宝柑、桃などおいしそうなものが続く。
ただ大山蓮華というレンゲを描いたものには「実物より二割大きい」と文が添えられていた。

二階に上がるとチラシに選ばれた「紅落葉」があった。鳥のちょっとした表情がとてもいいと思う。
丁度今の時期にうってつけの一枚。

二階の展示室では随分若い頃の作品も出ていた。
大正期の作品などは、いかにもその時代の<京都の日本画の毒>のようなものが滲んでいて、面白かった。

紅桃  大正10年。真っ直ぐな枝振りの紅桃の上部に文鳥らしきトリがいる。桃の幹や枝はどことなく南画風にも見える。
樹下に眠たそうな、うっとうしそうな顔つきの白地に黒かぶりの猫がいる。態度の大きさが見るものの視線を集める。

緑陰  光るようなオレンジ色の鯉がいる。水面にも光が差し込んでいる。
凍暮  背の低い五位鷺が大きな目を丸く光らせている。鋭さが可愛い。
牡丹  院体風なほんわかした描きようが綺麗。花びらの内側のぼかしがいい。
古壺椿  ギリシャの壺に生けた椿。壺には智恵の神の使いたるフクロウ(ミミズク)がこっちを見ている。椿は斑のものと赤とがある。
紅白椿  右から白、左かに紅の椿が互いを見せ付けあうように伸びて、絵の中央で出会う。こういう構図も楽しい。
富有柿  チラシ上部左の柿柿柿。なんとも言えずおいしそう。小禽たちだけでなく、わたしも欲しい。本当においしそうな柿・・・
春光  チラシ右中段の雉。この雉がまた実に賢そうな目をしていた。

蹲踞  つくばいに鶯が水を飲みに来ている。青苔の美。熊笹、竹の樋、柔らかな石。
自分が茶室にいて、障子の向こうにこんな風景が広がっていることを想像するだけで、深い喜びがこみ上げてくる・・・・・。
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紫陽花  花籠に主に青色系の紫陽花が集まっている。ガクアジサイも一緒に入っている
六月は随分前の頃のようだが、絵を見ることでそのときの心持がよみがえってくる。
歳寒三友  チラシ上部右。ここでは椿、白梅、メジロちゃんの仲良しさんである。

やはり、明治に生まれて昭和の中ほどすぎまで活躍した日本画家の作品が、わたしはいちばん好ましい。
この展覧会は11/28まで。

堂本印象の花鳥画 / 大阪市立美術館の「描かれた動物たち」

金島桂華展と同時に開催中の印象の作品を集めたミニ企画もまた花鳥画だった。
そして昨日挙げた「住吉さん」の同時開催は動物画だった。
小さい感想を少しばかり。


印象の花鳥画には不思議なねっとり感があるように思う。
それは滲みやぼかしの手法を使ったときに出てくるもので、戦前の作にそれは集中している。
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夕顔図  墨の美を堪能した。淡彩というより、これは墨絵だと言う方がいいのではないか。薄昏の頃にぼぅっと白い顔の女が立っている・・・そんな風情がある。
線の肥痩、墨の濃淡、それで夕顔の慎ましく、そして艶やかな魅力が写し取られていた。

葡萄と栗鼠  栗鼠が薄紫色の葡萄を見上げている。とても可愛い。尻尾もふくよかで、頬もまろやかなリス。「武道に利す」でこの文様は江戸時代に大いに流行ったが、ホンネは「かわいい??♪」だったに違いない。
そのことを信じさせるような、印象の「ぶどうとりす」

沢瀉花咲く  オモダカは市川猿之助丈の屋号の花なのだが、実物はいまだに見たことがない。絵では黄色い花として描かれている。尖った花。形の面白さがある。

動物園の鵜  縦長で、動物園の檻の中の擬岩に止まる鵜たちを描いている。この鵜たちは茶色い。川鵜とか働く鵜とか野良鵜とか色々いて、「鵜の目鷹の目」と言う言葉もあるが、この鵜たちはみんな檻の向こうを見ている。毛並みが茶色いのは、なぜかは知らない。

干物  カマスとアジなどの干物スケッチ。腕のある人が描くと、それだけでおいしそうに見える。スケッチも大事だが、早く食べたほうがいいですよ、画伯。

こちらも11/28まで。

☆☆☆☆☆☆☆☆

「住吉っさん」の大阪市立美術館では二階の常設展示室でどうぶつ画を展示していた。
そちらも少しばかり紹介したい。
「描かれた動物たち」

榊原紫峰 朝顔  「おはよー」とばかりに咲いている朝顔。
橋本関雪 唐犬tou590-1.jpg
前々からこの犬はボルゾイかなにか、そういう犬種ではないかと思っている。関雪の描く動物はみんな賢そうである。
児玉希望 枯野10111702.jpg
鋭い目つきのキツネのいる枯野。もう今はこんなところは殆どないだろう。何かしら厳しい侘しさを感じる一方で「孤高」というものをも感じる。

次からは江戸時代の絵師の作品。
原在正 猫  白い頭に胴にキジ柄の猫が寝て居る。レンゲが咲いてのどかのどか。
原在中 孔雀  孔雀が飛んでいる!飛行孔雀という珍しい図。
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上田公長 月に狼  コヨーテ風な狼である。それも本当のコヨーテではなく、アメコミのあの「ロードランナーと永遠にタタカイ続けるコヨーテ」に似ているのだ。
森徹山 月に鹿  見返る鹿の身体の線が優雅だった。
    寒月狸  見返る狸の身体のふくよかさが可愛らしかった。
徹山は同じポーズで鹿と狸と言う比較をしてみせてくれた。
森狙仙 猿  毛づくろいをする猿の肩に手を置いてくつろぐもう一匹の猿。なんとなく「相棒」という感じの二匹である。
他に文久年間に来たインド象の絵があった。浪花で見世物になったそうだが、可愛い目をしている。吉宗の頃にきたゾウやこのゾウは一体どこへ行ったのだろう・・・・・

天王寺のこの企画は11/14までだった。

住吉っさん 住吉大社1800年の歴史と美術

住吉大社1800年の歴史と美術 が大阪市立美術館に集まっていた。
住吉さんを知るものは、誰もすみよしさんとは言わない。すみよっさんと発音する。
つまりそんなけ大阪人に住吉さんは親しまれ愛されているのだ。
四つの章と少しのおまけで構成された展覧会はどこから見ても充実していた。
まずそも住吉さんとは何か、それは第一章に答がある。
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第一章 住吉信仰と住吉大社の歴史
まず現れたのは古事記である。
室町頃の刊行のものだった。上巻に黄泉から還った伊弉諾がケガレを払って貴い神々が生まれるがそこで三神「其底筒之男命、中筒之男命、上筒之男命三柱神者。墨江之三前大神也。」という状況になる。

日本書紀の1と9が出ていた。筒男、常夜行、神功皇后の出立前のケガレ払いなどが見える。(小竹祝の物語など)

多くの紙資料がある。
津守氏系図を見た。ニニギノミコトを始祖とした一族。
住吉さんとの縁も深いようだが、この津守氏の地は今も北津守、南津守という名を持つ。
だいぶ前にその当時の津守氏の方をTVで見たことがある。
大変立派なお顔のご婦人だった。

先に挙げたとおり住吉さんは三神合わせての神様ということだが、実際に描かれるのは老人一人の絵ばかりだが、ここにあるのは若い男の姿で三人に分かれて描かれている。
ほかに神功皇后縁起絵巻もあり、住吉さんの手助けが描かれている。

東大寺八幡宮縁起絵巻  海に張り出された舞台での伎楽、亀の上で顔を覆った男、なにやら不思議な絵だった。

生駒宮曼陀羅、高野大師行状図、大寺縁起絵巻などなどなにやら知るような名前の寺社の物語絵が多い。
住吉の本地もある。國學院と大阪歴博との本が揃ったのがすごい。
こうした縁起物を見るのは大変おもしろいが、部分見せでなく全編をじっくり眺めてみたいものだ。

住吉大社の領地図があった。フルカラーである。大和川などがある。

大阪市街・淀川堤図屏風  潮干狩りの人々、太鼓橋を渡る御輿、歌舞伎をみる人々、琵琶法師や絵解きもいる。室内ではこたつに入る仲良しなカップルもいた。

住吉神像も色々あったが、いずれも老人の姿で描かれている。

第二章 住吉神と和歌
住吉さんが和歌の神様だというのは三十六歌仙絵にもでているから知ってはいたが、第二章では和歌の短冊がざくざくでていた。

住吉紀行というものがあった。挿し絵は大阪琳派の中村芳仲による。高灯台とそのあたりの料亭の絵があった。
内容はわからないが、今の粉浜商店街あたりにあった料亭で歌会があったのかもしれない。

住吉神像が並ぶうち、壮年のものがあった。衣冠束帯でイスに座すもの。
和歌三神図は玉津姫、住吉、人麿。
どこの神社か忘れたが、実際に三神の図の絵馬が上げられているのをみたことがある。
(それを拝まないから、和歌の上達がなかったのかなぁ)

第三章 描かれた住吉のイメージ
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いよいよ住吉さんを絵柄としたものが現れる。
住吉さんを描いたものは絵画よりむしろ工芸品が目立つように思う。
「決まり」がきちんとある。
太鼓橋を描いたら住吉さん、満月にススキなら武蔵野、身分の高そうな男が女を負ぶえば芥川、ちびっこ男女が井戸をのぞいてたら筒井筒・・・
その太鼓橋なら住吉さん、ということで実に多くの作品が出ている。

ところで住吉さんの太鼓橋は本当に円い。初詣に多くの善男善女が訪れるが、よくもあれを通って誰もコケへんなぁ、と常々感心している。
尤もすぐ横にフツーの橋があるが。
夕方の薄暗いときにあの橋を渡ったことがあるが、滑って困ったことがある。
こんなところでこけてたら神さんも困るやろな、とそのとき考えていた。

松坂屋史料館の着物や雛形本などが色々出ている。18世紀のものが多い。その時代の嗜好に沿っていたのかもしれない。

芦屋住吉釜が可愛い。この「芦屋」は福岡の芦屋。
住吉蒔絵の硯箱、鏡、机などもある。

光琳 白楽天図屏風  チラシに使われている屏風絵。なかなか大きい。左の小舟のオジイサンが住吉明神、右の船客が白楽天。こういう日中友好はホホエマしいんだがなぁ。
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奈良絵本の初期頃の素朴さを想起させる絵巻もあった。継子苛めの「住吉物語」、「酒伝童子」本いろいろ、御伽草子の一寸法師もある。
みんな住吉さんと縁がある。

そういえば、神仏にもブームがあるのだが、清水の観音さんと住吉さんと鞍馬の毘沙門天さんとは、どなたが一番人気だったのだろう・・・←不敬なやつ。

京博が展示している住吉社頭図襖がきていた。これは京博でお雛様の展示がある部屋に飾られているものだから、ちょっとした錯覚が生まれた。
これ自体は元々は円満院のものだったようだ。
物売りなどがいてなかなか賑やかな図。

住吉社頭で思い出したが、中村勘三郎らが好んで演じる「夏祭浪花鑑」で現行の上演は「住吉社頭」で団七が釈放されるシーンから始まる。
住吉社頭のどこら辺りか色々考えながら、そこを通る阪堺電気軌道に乗るのが好きだ。

面白い絵がいくつか。
岡田半江の住吉真景図があった。これが凄いセンス。真景は「かさねゲ淵」「牡丹灯篭」だけではないぞ。天保年間の絵で、真景はリアルな、とか写実です、と言うほど意だが、これはなんと住吉大社に生える数々の木々のみを描写しているのだった。
他に眼鏡絵。まるで夜景のような住吉。

浪花百景が色々出る中に、滑稽版のもあった。こういうのも楽しい。
ちなみにこちらのチラシは夏に大阪市立中央図書館(西長堀)の方で企画された展示のもの。
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住吉の高灯篭は一番大きいものは大仏さんくらいあったらしいが、今はまぁそこまで大きくなくても、それでも大社の前に行くとズラーーーッと灯篭が並んでいる様を見るのは、なかなか壮観。絵もそんなのが多い。
立版古もあったが、楽しくていいなぁ。

第四章 住吉大社の祭礼
氏子ではないのでよく知らないが、住吉さんはお祭の多い神社である。
私が知ってるのはお田植えくらいだが、この展示を見てると、あるわあるわ・・・

住吉踊りがかっぽれの原型だったっけ?埴輪も拵えるの?
といった風な「?」がいっぱいあって、とても興味深く眺めた。
当然ながら菅楯彦や生田花朝女らの祭礼図もある。
ここらが展示されてなかったら、それはやっぱり片手落ちやな、と思うところよ。

舞楽面がたくさんあった。ナソリがある?。チラシには「綾切」。1161年のもの。
装束なども並んでいる。
四天王寺だけでなく住吉さんの祭礼もきちんと見なくては、と反省。

最後に昭和初期の名所絵はがきと「初辰さん」のにゃんこたちが並んでいた。
実はこれがまた楽しみで楽しみで。
初辰は「はったつ」と発音する。初辰=はったつ=発達。
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それで毎月この招き猫を集めると、最初は手前のちびっ子、それが二年集め、12年集め、でついに背後の巨大猫に変えてもらえるのだった。
わたしはちびのはったつさんでよろしいわ♪

住吉大社のほんネキ(ごく近所の意)には京都銀行のコマーシャルもビックリな(なんというローカルネタ!!)長????????い粉浜商店街がある。そこのあるお店ではこのはったつさんの大きいのがいてはるのだった。
展覧会に行く前にたまたまNHK関西ローカル番組で紹介されていたのだ。
ほかにも夫婦和合のむつみ犬の土人形などもあるけど、やっぱり私は猫がいいな。

展覧会は11/28まで。ほぼ週換わりに小さい展示替えが続いている。

季節を愉しむ 秋-新春の美術

藤田美術館の秋期展にでかけた。
『季節を愉しむ 秋-新春の美術』ということだった。
まず2階へ上がる。
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中菊慈童左右菊図  狩野常信   美術館の隣には藤田家の庭園公園があり、毎年菊を展示しているが、それを思い起こさせるような絵。
菊慈童は、穆王の枕を跨いだ罪で流され、その地で菊の露を飲んで不老不死の身となったと言うが、この菊慈童は手に枕を抱えている。
「菊慈童」の名で知られる物語だが、お能では多くの流派が「枕慈童」の名で演ずる。
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お能「枕慈童」をはっきりと思わせる構図だった。
左右の幅にはそれぞれ菊の絵がある。

黒楽茶碗 朽葉 ノンコウ  ノンコウだと思うだけでトキメキが生まれる。
黒い宇宙を囲い込む外観に不思議に色の違いがある。それを眺めながらノンコウの拵える「薄さ」を思う。ガラス越しにみつめながら、すぐこの目の前にありながら遠く隔てられた茶碗に、深い執着を寄せてみる・・・

南蛮〆切芋頭水指  秋の月  形で呼び名が決まる。確かに「芋頭」だと思う。
いかにも秋らしくていい。だから銘をつけた昔の人も、同じ心もちでいたのだろう。

十二ヶ月図 狩野探幽  12月-2月の絵がある。春は次の展覧会に出る予定。
雪の降る中に早梅と鴛鴦、桜の樹下に雉などなど。

木造地蔵菩薩立像 快慶  彩色が活きている。快慶の木造佛で色がこんなに綺麗なのは知らない。修理したのかもしれない。

玉子手茶碗 薄柿  朝鮮王朝の時代に生まれた茶碗は茶人好みのものなのだろうが、私は実はニガテにしている。色は確かに多少おっとりと薄く、なるほど「玉子手」といわれると納得もする。

紺地格子虫尽文長絹  絵柄が面白かった。格子は虫かごに見立てられ、そこに秋の虫がさまざま見受けられる。こういうセンスが江戸時代には活きていたのだ。

日月秋草図屏風 伝・住吉具慶  わたしが見たのは銀月の出た左隻。中心より下に月が配置され、その円底をなぶるようにススキや他の秋草が咲き乱れている。
右の夕日のような日も同位置だったようだが、並べてみてみたかった。

黒楽茶碗 鉢たたき / 赤楽茶碗 埋火  どちらも宗入の茶碗。対ではないが対として愛でたくなる茶碗。

砧青磁茶碗 満月  砧と言うよりもっと薄青い綺麗な色が出ている。形は完全無欠な円形と言うことで、後にそこに金覆輪をかけてしまったが、それがあろうがなかろうが、共にどちらも魅力的な茶碗となった。 
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清水裂  大和文華館にある清水裂はよく展示されるが、藤田のこれはあまり見なかった。
可愛い、とても可愛らしい。月下に梅が咲き誇り、そこに小禽がいる。
図は一部のみしかないが、縦長のこの裂は、それ自体が一つの世界を作り出していた。
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渡宋天神像 霊彩  さすが天神さんだけに色んな伝説があり、色んな画題を提供する。ここでの天神さんの表情はおとなしかった。
表具も天神さんに合わせて梅柄である。

玄奘三蔵絵 第三巻 第三段  丁度三蔵法師ご一行様が難儀な山峡へ入りかけている時。キャラバンを組んで皆でなんとかこの峻険な山を乗り越えようとはするものの、既にひっくり返ってお陀仏な馬や人の姿も見える。
両部大経感得図(龍猛)藤原宗弘  塔の扉をトントンと叩くと中からは・・・・・
なかなか怖いもんですなぁ。
 
最後の最後に平安時代の追儺式に使われたらしき鬼面が出ていた。
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赤鬼・青鬼。怖いような可愛いようなツラツキである。
こういうものを見ていると、なんとなく楽しい。
追儺で豆をぶつけられたりはまだしも、石を投げられる時期は過ぎた後なのだろうか。
12/12までこの企画が続く。

四季を彩る近世の花鳥画

頴川美術館の「四季を彩る 近世の花鳥画」展を楽しんだ。
20点ばかりの展示。小規模な場での展示だから数は少ないが、親和力が満ち満ちている。
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長谷川等雪 三点ばかり出ていた。
雪梅に雉、雪松に錦鶏鳥図、芦に鶴図、バラに山鳥図・・・みんな共通点があった。描かれた鳥たちは見るからにおとなしく、それぞれの木々や花をみつめている。
なかなか愛らしい鳥たちは絵師の手でこの中に封ぜられ、いつまでも楽しく活きて焼けそうな雰囲気があった。

山本梅逸  柳桃黄鳥図  チラシ左の華やかな一点。
この緑・桃色・黄色の魅力。こういう取り合わせを見ると必ず、ある漢詩が頭の中を通り過ぎる。
故人西ノ方 黄鶴楼ヲ辞シ 煙花三月揚州ニ下ル・・・
李白の操る言葉からは春らしい色彩感覚があふれ出ていて、それを頭の隅において梅逸はこの絵を描いたのではないか、と常々思っている。

雨中桜五匹猿図  森狙仙の人気の一枚。サルが集まって桜の木で遊んでいる絵。丸顔の中国のサルから、こうしてニホンザルへ移っていった。狙仙は随分人気を得て「サルのソセン」と呼ばれるようになったらしい。

清光淡月兎図 中村竹洞  岩っぷちに白兎がいる。月下に何を考えるか、難しい顔をしている。
凛としたウサギだった。

芙蓉麝香猫図 山田宮常  二匹のジャコウネコがくつろいでいる。
とても大きな猫たち。尻尾もふさふさ。顔つきも妙にリアルで、目の離せない猫たちだと思った。

果実図 椿椿山  ブドウ、りんごの花、ざくろ。丸い粒のざくろが実においしそうだった。
チラシ左上。

ちょっとばかりだが、頴川美術館の優しい花鳥画を楽しめて、とてもうれしかった。

芦屋モダニズムとライフスタイル/尼崎モダニズム

芦屋市立美術博物館で「芦屋モダニズムとライフスタイル」展が12/5まで開催されている。
そして尼信博物館で「尼崎モダニズム」展が11/14今日まで開催されていた。
尼崎、西宮、芦屋、神戸市東灘区、と区分けがある。
随分前に芦屋で「阪神間モダニズム」展が開催され大いに楽しんだが、そこには尼崎のモダニズムはなかった。
今回、尼崎にもモダンライフがあったのだ、と言うことを強くアピールする内容の展覧会が、尼崎市教育委員会の手で、尼崎信用金庫博物館で行われたのだ。
この展覧会の意義は大きいと思う。
何故もっと前から行わなかったのだろう、何故もっと宣伝しなかったのだろう・・・
そうした思いが湧き上がるくらい、よい内容だった。
まず芦屋の感想を書く。
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丁度、明尾学芸員のお話が始まるところだった。
この方の企画する展覧会は、いつもとても面白いので、今回も楽しみにしていた。
チラシ真ん中と下のステンドグラスは貴志康一邸からの寄贈品だが、これは以前にも見ている。お話によると、他も数枚ここにあるそうだ。このブドウのものは三度目の展示。

昭和初期の芦屋風景絵はがきがある。一種はモノクロ、別種は手彩色のもの。六麓荘や打出の濱、阿保親王の墓などがある。他にも汐見橋、高座の滝など。

凄いものがあった。ステンドグラスハウスと呼ばれる屋敷型オルゴール。
屋根はスレート葺き、ハーフティンバーの壁、さる方が大事にしていたものだそうだ。

大正八年までに描かれた芦屋の地図があった。明尾さんのお話によると、明治38年には阪神電車が、大正六年には国鉄が芦屋市内に駅を作っていたが、阪急は大正九年以降なので、この地図はその前年までのものだということだった。
そして面白いことに、国内有数の超高級住宅地・六麓荘よりも、かつては濱側の方が千坪単位の豪邸が多かったそうだ。
今でも数軒が残ってはいるが、豪邸と言えば山の手の方がイメージとして強くなっている。

チラシ上部の図面は芦屋仏教会館のそれ。コンペで決定したが、今回は他の二案のもある。
数年前わたしは見学させてもらったが、なかなか見ごたえのある建物だった。

芦屋婦人会と言う自治組織があるそうで、その初代さんの遺愛の品々などや、彼女が中心となって奥様方が嗜まれた手工芸の数々が展示されていた。
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ロウケツ染め、押絵などである。
古風な手遊びとはいえ、その優雅さがやはり見事ではある。
そして東京の三越本店での展覧会には、美智子さま、ヘレン・ケラー女史、ライシャワー夫人、インディラ・ガンジー女史などが訪れたそうだ。

ほかに地元で活躍した小出楢重の弟子の女流画家たちの作品や、「阪神名勝図」などの資料があった。
面白いのは精道小学校のお話だった。
明尾さんはここの卒業生だということだが、昭和初期の子供らの写真とご自身の子供時代の様子を比べると、昔の子供らの方が「ええかっこしてはった」そうである。
白洲次郎も通っていたそうだが、たいへん良い学校だということだった。

他にも色々面白いお話を伺えて、色々と参考になった。
やはり地元の方のお話は聞き逃してはいけないと思う。


次に尼崎モダニズム。tou573.jpg

以前から明治初期の油絵師・櫻井忠剛のことをいくつか記事にしてきたが、その櫻井は尼崎の旧藩主の子息で、初代尼崎市長として長きに渡り「尼崎市」のインフラや教育活動などに業績を残した。
尼崎は現在、庶民中の庶民の町ではあるが、一方ではたいへん由緒正しい寺町を保存したり、文化活動にも熱心な市である。
冒頭に挙げたように、大阪から西へ向かうと最初に尼崎があり、次に西宮、芦屋と続く。
その海沿いには工業が活きた。
内陸部には当初「田園都市」として開発された地域が多くあった。
今の武庫之荘や立花や塚口などがそうだったらしい。

つい先般、山手幹線がついに完成したが、その84年前には阪神国道(現・国道2号線)が開通し、バスも通る、路電も通る、大阪といよいよ密着と言うことになり、大阪がダンスホールを持たなかった昭和初期当時、尼崎には四軒のダンスホールがあったそうだ。

当時はチケット制で、所属ダンサーと社交ダンスを楽しんだらしい。
出ていた写真ではみんなとても楽しそうに見えた。
ダンス・パレスのオーナー邸には貴志康一、山田耕筰、朝比奈隆らがよく訪れていたという。
またキング・ホールにはサックス奏者として服部良一が来ていた。
戦前にこれらダンスホールは国策によって閉鎖され、そのお別れ会の写真があった。他にも「忘れな草」という冊子をみなに配ってもいる。
うちの母は昭和30年代にダンスにのめっていた世代だが、今日この話を振ると、すぐに四軒のダンスホールの名前と場所を言ってのけたのには、びっくりした。
生まれる前の話なのに詳しいのは、やっぱり踊るだけでなく、その歴史も知るのが楽しかったようだ。
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前述の櫻井は勝海舟の縁戚でもあり、勝の手元で少年期を過ごし、そこで川井清雄から絵を教わった。彼は日本家屋にそぐう絵を多く描いている。
つまり欄間や屏風や杉戸として使えるものである。
能狂言をモティーフにした作品が多いのも、そのためだった。

一方、櫻井の次の市長・上村盛治は東難波の大地主で、素晴らしくモダンな邸宅に暮らしていた。
昭和初期関西にて大流行したスパニッシュ様式の邸宅である。
とにかく関西ではスパニッシュが大流行した。このことについて語ると長くなるので省略するが、今も多くのスパニッシュ様式のおうちはあちこちで生きている。大小に関わらずスパニッシュはとにかく関西人に気に入られたのだ。
残念ながらこの邸宅は数年前に壊され、窓などは新築の教会に使われているそうだが、本当に残念である。

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尼崎は他地域に比べて近代建築があまりないのではないか、という意見がある。
わたしもそう思っていた。
しかし今回の展覧会ではその「常識」を覆す資料が多々あった。
たとえばこの「大庄村役場」。
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手摺を見ただけで「あっ」となる人もあろうが、そう、村野藤吾の仕事である。
他にも何軒も写真パネルが出ていた。

開明庁舎はこの尼信のご近所なので、この帰りに寄ってみた。
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その向かいにも可愛い建物がある。
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色々と教えてもらって、機嫌よく尼崎を出た。

駅前の時計。SH3B00940001.jpg
昭和のご大礼記念。

芦屋モダニズム、尼崎モダニズム、どちらもたいへん魅力的な内容だった。

上京区ふらふら 非公開寺院など見たり

秋になると京都の混雑が激しいわけだが、煩わしいからと言ってそれを避けるのも惜しいくらい、京都の秋は見事だと思う。
今日は上京区と北区とに少し遊んだ。

出かける前にちょっとばかり内科によって「今日は京都、明日は芦屋から尼崎あたり」とお医者さんに言うと「どーぞどーぞ」とススメられた。
安静なんて言葉も行為も、あんた知らんやろ? というのがその顔に出ていたな。
カゼよりなおタチの悪い状況を抱えているのに対しては、さる鍼灸医を薦められたので、これはまた来週にでも考えることにした。

四条烏丸につく。立命館大学行きのバスを待つ。金閣寺経由のバスが来たが見逃す。
そんなのに乗ってはとんでもないことになる、とリセイだかチセイだかが小さく囁いてくる。そう、わたしは金閣が目的ではないのよ。
京都府立堂本印象記念美術館。
そこへ行くための道を模索している。

結局1時間に1本だけの51系統に乗り、覚悟していたよりずっと早く美術館に着いた。
今日は「関西文化の日」の一環でこの美術館は無料だったのだ。
金島桂華展。その詳述はまた別な記事にして、ここでは軽く。

美術館からそのまま堀川今出川へ向かうか、北野白梅町へ向かうかちょっと悩んでいたがやっぱり白梅町へ出た。
今まで気づかなかったが、次の交差点から下がれば(南下すれば)15分ほどで京福電鉄の北野白梅町の駅に着くのだった。
バス一日券があるのでバスに乗ったが、今度は京福電鉄も使えるな、と心にメモる。

北野界隈に来ると、名だたる名店やカフェではなく、わたしはイズミヤの5階にある茶房ひまわりでランチにすることにしている。
色々と好きなものが集まっているし、店員さんみんながとてもいい感じだし、気安いのがなによりいい。(それで人気だからちょっと待たないといけないが)
今日は明石焼き(玉子焼き)と小さいキノコうどんと小さい天丼を選んだ。
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明石焼きに飽いたらこちらでもどーぞと小さいソースつき。
おいしかったわ。
わたしは出来る限りお昼はうどんを食べたいと思っていて、小さいおうどんは淋しいかなと思ったが、明石焼きが幅を利かせているので、そうそう淋しくもない。
デザートは一緒に頼むと100円引きになる和風ミニパフェにした。
ホイップに黒蜜、りんごのシブースト、かぼちゃプリン、サツマイモの飴煮にポン菓子という構成だった。
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バス停に行くとまた51系統が来た。1時間に1本のバスなのによくよく縁があるのね。
堀川今出川で下車。道路を渡って別バスに乗り換えてもいいけど、歩くのもいい。
堀川通りの銀杏並木。SH3B00910001.jpg

堀川寺の内へ来ると「田丸弥」でいただくのも楽しみなんだけど、今日はそういうわけでパス。ここも本当に色々とおいしい。
さて、非公開寺院の一般公開ということで、すぐそこにあるはずの「慈受院」を目指す。
道路向こうの妙連寺の長谷川派の絵はパスした。
なんしか1ヵ所800円だから、色々と考えねばならない。
春秋二度だけ公開の宝鏡寺もオープンして「秋の人形展」を開催してるが、今回はパス。
裏千家の茶道資料館では東博所蔵の広田不弧斎旧蔵の陶磁器展を開催しているが、それもパス。目の前で開催しているのを二つもパスしたのは、わたしの体調の問題よりむしろ、別な問題かもしれない。
さてお寺は確かここら辺と思いながら歩いて・・・歩いて・・あれれ?
本法寺の長???い塀を曲がりながら、おかしいなぁと思うが、どうも人に訊くのが億劫になっている。
今日庵、不審庵などを横目にしつつ本法寺の前に来たのでぱちっ。
秋の美を感じますなぁ。

ぐるっと一周してしまった。看板前に戻るとそこの地図を見る人がいて、その人はすぐそこの駐車場へ入っていった。
そうだ、思い出した、そこだった。

慈受院。ここも門跡寺院で普段は非公開。薄雲御所。
絵はがきセットを購入した。今回何故ここを選んだかと言うと、「大織冠絵巻」が出ているから。
玄関から見えるのは金木犀。丸く丸い丸カット♪
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藤壺女御ゆかりの寺院、ということだった。

あがると狩野派の鷹の襖絵や屏風がある。門跡さんにしてはえらい勇ましいと思ったが、他は大体が花の絵だった。

総持院の間には宋代の絵師・華岳の描く牡丹の絵の軸があった。
紅、薄紅、白の牡丹たち。日明貿易で輸入したもの。
やはり「華岳」だけに牡丹が得意なのね、と勝手に感心したり。

他に赤い朝顔を描いた一枚ものの屏風もある。
ここと隣の本堂から見えるお庭は枯山水。クスノキはご神木として大切にされている。
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弁財天を祀りもしている。お使いの白ヘビのような白石の流れ。

寺宝を眺める。
丁度「時の人」たる光明皇后のゆかりの品があった。
つまり皇后の髪の毛を、江戸時代になってから経糸に編みこんで拵えた陀羅尼なのだ。
ほつれているのがそのおぐし。
1250年の歳月でも髪は黒黒と活きている。

大織冠絵巻。「珠の段」ですね。国芳に至るまで描いている図。
ここにあるのは室町時代のもの。金箔がピカピカしていた。
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庭の桜もこの画像ではわからぬが、胡粉がキラキラしている。
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他に須磨明石屏風と、後櫻町天皇ご下賜の四季花籠図屏風があった。
この花籠は金屏に花籠の絵を貼り付けたもので、とてもとても愛らしい。
花の絵も繊細で、いかにも門跡寺院にふさわしい感じがする。

このお寺自体は1919年に復興されたそうだが、寺宝はさすがに旧いものが多い。
腕に白ヘビを巻きつけた普賢菩薩像、ぶりぶりなど。

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上はぶりぶり、下は陀羅尼。

螺鈿の名品も色々あった。琉球渡りのものや長い短冊形のものなどの他、琵琶の装いに面白い絵柄の螺鈿が張り巡らされていた。
闘うゾウ2頭の構図。戦争で働くゾウたちが、ぱおーっとばかりにハナを振り回して人を蹴散らしたり、跳ね飛ばしたり。
2頭とも表情がなかなかハッキリしている。

欄間も桐に鳳凰で、細かいところに面白味があるいい建物だった。
楽しい気分で出てから田丸弥によって、秋限定のお菓子「やきぐり」を購入する。
裏千家の茶道資料館には来館者に呈茶があり、最初に来たときこのお菓子をいただいたのだ。それ以来秋になると、田丸弥さんの「やきぐり」を楽しみにしている。

堀川今出川でバスを待っていると、またまた51系統が来た。よくよく縁があるらしい。
それに乗ると四条河原町へ向かうので、本当はちょっと都合がよくないのだが、こう何度も遭うのはただの偶然ではないと思い、それに乗った。

京博の「高僧と袈裟」は諦めて、そのまま阪急へ降りると特急がいる。
まっすぐ帰れということだ。
十三に着くまで完全に寝ていた。風邪薬が効いていたせいだ、と思うことにした。

おうちで「やきぐり」いただきました。
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東リ 工場見学&旧本館見物

伊丹にある東リへ見学に行った。
東洋リノリウム。工場見学と旧本館見学と。
執行役員の方から総務部の方から工場長の方から、案内してくださった担当の方と、実際に働いておいでやった皆さんまで、とても親切にしてくれはりました。
1919年に東洋リノリウムとして出発した会社で、今は東リね。
見学前に家のカーテン調べたら、東リの遮光カーテンを使ってたわ。
他になんかあるかな?と思ったら、小学校から中学にかけて愛用した、版画を作る緑と青のあれ、東リ製品でした。
そう言うたら確かに触感が同じような感じ。
自分の知らぬ間に東リ製品と実は仲良くしてたんやなぁ。
昔の東リ社章IMGP8589.jpg


場所は新伊丹駅から徒歩15分くらい。わたしはJR乗らないからそっちは知らない。
新伊丹駅前のバラの小さい庭園。
秋バラが咲き乱れている。
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線路を渡ると花時計がある。
兵庫県はわりに花時計が多いのかもしれない。震災の前から神戸市役所のはあったと思う。
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工場見学ではクッションフロア製作の現場をじっくり見学させてもらえたけど、本当に面白い。ここは撮影禁止なので資料は出せないけど、説明を伺うと、実に細かい配慮ばっちりなのを知った。
こちらの質問にもとても丁寧に答えてくれはるし、本当によかったわ。
やっぱり現場に行ってなんぼです。
実際に見てみやんと、わからんことが多すぎる。

東リの歴史のお話の中でびっくりしたのが、乃木大将のこと。
元々「由多加織」という藁と綿とを織り交ぜる織物を作ってた会社が発展して東リになったわけだけど、海軍の軍艦の甲板にリノリウムを使用したことから帝国の軍部とつながったそうで、乃木大将と創立者とは仲良しさんだったそうな。
それで大将は奥方共々殉死されたが、それがその織物の上での割腹だったとか。
(今その織物は乃木神社に奉納されている)

この本社がある伊丹はたいへん旧い旧い地で、色んな旧跡がある。
もうちょっと北には行基上人ゆかりの昆陽池(こや・いけ)があり、この会社のもう少し先には戦国時代、有岡城があって、城主・荒木村重は信長に攻められている。
(その子が絵師の岩佐又兵衛)
また少し西には御願塚という地があり、海舟のオヤジの勝小吉が、隣家の所領地と言うことで、頼まれてここまで年貢を取りに来た・・・という話もある。

その地に1920年、本社&工場を設立したのだ。
設立年とその七年後の様子を描いた絵が本館に飾られていた。
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本館も実は別な向きを向いていたのを、曳家工法で引いて今の向きに変えたのだった。
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その旧本館。渡邊節の設計。棟札もある。
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先ごろ失われた大阪ダイビルも節だが、そのダイビルの床も東リの仕事だった。
全く惜しい・・・・・
建物は小ぢんまりと可愛らしい。
内部の柱がちょっと昔の面影を残している。
ガワはハーフティンバー。窓は引き上げ窓。可愛い可愛い建物。
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おみやげまでいただいて、機嫌よく出ると、工場前のマンホールが眼に入った。
白鳥は昆陽池の代名詞(西日本有数の渡り鳥の羽休み池、野鳥観察で名高い)だし、いい感じです。
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平城遷都1300年祭「花鳥画」

奈良県立美術館の平城遷都1300年祭特別展 「花 鳥 画 ?中国・韓国と日本?」を見た。
奈良県内で1300年祭ということで様々な催しが開催されているが、この展覧会はその中でも特別よいものだと思う。
わたしは前期に行けず後期だけを見たが、「愉シム」という感覚はなく、最初から最後まで溺れに溺れた。
実に素晴らしい展覧会だった。
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ラインナップを見ていても、国内外からの名品を集めに集めた、という感じがする。
これ以上の「花 鳥 画 ?中国・韓国と日本?」はないのではないか。
本当に素晴らしい内容だった。
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第1部  唐・統一新羅の花鳥画・花鳥文様と日本での受容・展開
基本的に白鳳から天平時代の唐との関わりはたいへん面白く、遺宝には豊饒な歓びが満ち満ちている。
工芸品や壁画に始まったこの展覧会、最初からときめきのピークが来てしまった。
正倉院展や「大遣唐使展」で唐から将来された品々を見たが、本家には最早残されず、贈られた日本にしか活きていない文物も多い。
白鶴美術館、MIHO MUSEUMから多くの優品が来ていた。

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鳥語花香仕女図  ‘88年に韋浩墓から出土した。
大唐皇帝陵展」で大いに学んだ(ような気がする)いわゆる「武韋の禍」の韋氏の墓を飾る壁画。ふっくらしたしもぶくれの頬には驕った美しさがあった。

天理参考館所蔵から。
鉛器狩猟文瓶  取っ手の形が横耳風で面白い。裏には虎と童子の絵も入っている。
こういうものがいきなり出てくるから、すっかりキャッチされてしまうのだ。
青銅飛鳥蓮華文鏡  銀もよく活きているが、それを食い尽くそうとする緑もまた活きている。文様も美麗だが、明るい重みがとても魅力的。

MIHOさんから。
花鳥狩猟文八曲杯  八曲と言うても口べりがウェーブかかっている、と思ったほうがいい。使い勝手はどうだかわからないが、見た目は魅力的で好きな一品。
花鳥文蓋付三足容器  ミニで可愛い。MIHOさん所有の旧いものは大体が愛らしい。賞玩したいもの。 唐代というよりエカテリーナ二世の時代の香合のようだった。
花鳥文碗  可愛い!!もぉ本当に「可愛い」としか言いようがない。ワクワクしてくる。
tou566.jpg文様部分拡大。

唐花文五弁碗  銀を打ち伸ばして刻む。その花は金色に光っている。
鴛鴦文四弁碗 金メッキに鏨で鴛鴦を刻む。赤みがかった暖かく豪華な円。
双鸞文鏡  銀ピカ!踊る鸞!その下には仙山! めでたい絵柄。

今の中国から来たものがある。
花鳥蝶文銀碗 緑青が紋様に見えた。内側は銅が強く出ている。閉じられた庭=パラダイスのよう。
魅力的な碗。tou565.jpg

花卉鏡  これも可愛らしすぎ。 二種四花ずつ連続。手元に愛玩したいもの。
 
白鶴から。
螺鈿花鳥文六花鏡
螺鈿鴛鴦宝相華文八花鏡   これらはしばしば白鶴美術館で展示されるので親しみがある。「花喰鳥」のオリジンとしての「銜綬鳥」がモティーフになっている。
白鶴でこれらを前にすると、正倉院がとても近しいものに感じられもする。

前期だったので今回は見れなかった「 金銀平脱花枝鳥獣文八花鏡」「唐三彩鳳首瓶 」なども同様で、本国で滅びたものが遠い地で活きていることの意味を考えさせられる。


銀鍍鴛鴦宝相華文簪  大阪市立美術館蔵。平打ちの透かし簪。たいへん繊細で綺麗。今つけてもおかしくないかもしれない。

青銅松喰鶴文鏡  「松喰鳥」は日本原産。咋鳥文も平安時代になると、花よりもなお(我はまた、と来れば浅野内匠頭の辞世の句になるか)日本的な松を描くようになる。
これは黒川古文化研究所所蔵。ここの鏡のコレクションも見事。

十六羅漢像(第十二尊者)  東博から来ていた。平安時代の絵なのでやはりとても和風で、紅梅と槙に花がついたような木の下に尊者がいて、馬のような鹿のような動物と黙ってみつめあっている。 背景に溶け込む鳥たちもいた。 


第2部  宋・元・明・高麗・朝鮮王朝の花鳥画と日本での受容・展開

[歳寒三友、四君子]

二枚の墨梅図に特に惹かれた。
一は慈照寺銀閣所蔵の、墨の濃淡で紅梅を描き分けたもので、同じ作者の手による別物が正木美術館にあるという話だった。それかどうかは私にはわからないが、今の正木美術館には確かに同時代の「墨梅図」が展示されている。
一は栃木県美の仲安真康作のもの。こちらは陰影のつけ方が面白く、灰色をメインにしているので、後の若冲版画を思い起こさせもする。

花鳥図屏風  静かに咲き誇る梅花。その枝振りのよいところに叭叭鳥たちがいて、なにやら声を掛け合っているらしい。

擬李息斎墨竹図 中林竹洞  細い竹がササッ(シャレではないよ)と生えていて、その下には四角い石が’70年代劇画タッチで描かれている。本歌もこんな感じなのかどうか。

[院体花鳥画(小画面)]
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花鳥図 伝・王淵  元代らしい可愛さに満ち満ちた小禽たち!梅に止まるもの、それから名前の知らない木花に止まるもの、どちらも白い花が可憐。

賢江祥啓の花鳥図が2点出ている。神奈川歴博と京博の。神奈川のは軸まで花文様。鳥を囲む世界がいよいよ広がったような感じがある。 

遊狗図 伝・毛益  わんこが可愛い。一匹がふりむく。いいねぇ。同じ作者に「蜀葵遊猫・萱草遊狗図」(大和文華館所蔵)があるが、それは前期展示だった。絵葉書は前々からあるが、じかに見たかったのでちょっとザンネン。

花下狗子図 李巌  これは以前栃木や岡山を巡回した「朝鮮王朝の絵画」でも見たわんころたち。可愛いなぁ。にこにこなわんこたち。見てるだけで幸せな気分。

松下麝香猫図屏風 伝・狩野之信  チケットに選ばれたふさふさフワフワの猫。麝香猫って結局何なのか知らないが、いい匂いがするのかしら。
猫の目線の向うには雀がいたりするんだよな?。いいねぇ。

狗子図 俵屋宗達  薄墨の黒わんこが地をクンクン。宗達は風神雷神より、わんこや牛や鴨が好きだ。

百流之絵鑑 狩野昌運  7匹のわんころ団子。可愛くて可愛くて仕方ない。
他におカネのかかりそうな洋犬ファミリーを描いたものもあった。その洋犬の親が実は前述の「萱草遊狗図」のわんこに似てるのだよな。

[草虫画]

草虫図 呂敬甫  ポピーというと軽くなる、芥子の花、それに群がる蝶たち。赤茶けた背景の中で際立つ花の色。よく見ればバッタも飛んでいる。

草虫図 伝・紅白川  こちらも同じく花に群れる蝶たち。大きなギンヤンマもいる。白いタチアオイが目立っている。

茄子双鳥図 伝・申師任堂  実においしそうなナスがぶらぶら。その下には黒首に白羽根のハトがいる。食べたくなるナス・・・!

花卉草虫図   蝶が飛びまわり、多くの花が咲いている。地には小さい蛙がいる。
若冲のお手本になりそうな作品。 

[大画面花鳥画]
四季花鳥図屏風がたくさん出ていて、まるで花鳥園にいるような心持になった。

四季花鳥図屏風 伝・土佐広周  様々な花が咲き乱れる屏風。花の数を数えるだけで楽しくなった。

四季花鳥図屏風 雪舟等楊  色んな鳥がいるが、左一隻上の白鷺がとても目立つ。面白いポーズをとる鷺。

花鳥図屏風 伝・長谷川等伯  春から秋の色んな木花が咲いているが、とにかく白い花がとても目立っている。そこだけ光を内に含んだように見える。本人だろうが別人だろうが、これはとてもいいと思う。

びっくりしたのが、鷹がほかの鳥を襲っているシーンを描いた作品が色々あったこと。

蒼鷹搏雁図 毛翀  
花鳥図屏風 曾我二直菴
どちらも鷹の目が鋭く、襲われる鳥(曾我は白鷺を描いている)はいずれも悲惨な恐怖をその顔に浮かび上がらせていた。
「小鳥遊」と書いて「タカナシ」と読ませる姓があるが、実感がある。

前期には「夏景聚禽図」「百鳥図」「聚鳥朝鳳図」「群禽図」など鳥の楽園のような
作品が出ていたが、ちょっとばかり諸星大二郎「鵬の墜落」を思い出したことはナイショである。

この素晴らしくよかった展覧会は11/14まで。
本当に、今年の奈良は見事な展覧会が多い。



茶室ふたつ 望景亭と聴泉亭

豪壮な茶室を見た。
一つは姫路市文学館にある望景亭。
続いて和泉市久保惣美術館にある聴泉亭。

SH3B00530001.jpg屋根からしてこうです。

SH3B00560001.jpg非常に面白い曲線の連続体。

SH3B00570001.jpgお皿ではなく、引き手。いい染付。

SH3B00580001.jpg床の間もすばらしい。

SH3B00590001.jpg建具の見事さには絶句。

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杉戸の紅葉した楓の華やぎといい・・・

二日ばかり住んでみたい・・・


続いて和泉市久保惣美術館にある聴泉亭。
ここの照明が又すばらしい。
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花頭窓を模したような形。グリッドが効いている。
向こうに広がる庭にもいい風情がある。

sh3b00810001 (2)小枝を装飾に使う。

sh3b00830001 (2)天然の美を人工の美に嵌めこむ。
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欄間も襖文様と等しい桐。

sh3b00850001 (2)こちらの照明も可愛い。

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本館からはこの橋を渡らなければ行き来できなくなっている。

どちらも居心地もよく、和の粋を感じさせる場だった。


上方豪商の茶道具

湯木美術館の「上方豪商の茶道具」を見てきた。
前期は10/24まで、後期は12/12までの展覧会である。
前期最終日と、後期は今日見てきたのでその併せた感想を挙げる。
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渡辺始興 松に梅の図  山家の軒先に咲く様子。百足屋・芝川又右衛門家伝来  この芝川家は今も続く家で、この湯木美術館のすぐそばにある芝川ビルはその子孫の持ち物だし、岸田劉生らのパトロンだった芝川照吉は近代大阪の不動産王の一人だった。
芝川家は対馬から出てきて伏見町に店を持った。

その「対馬」の銘を持つ大井戸茶碗があった。
米屋・殿村平右衛門家、広嶋屋・市兵衛家伝来。
これは対馬の国守・宗氏由来。

膳所耳付茶入「秋風」  千草屋・平瀬宗十郎家伝来という来歴がある。銘をつけたのは不昧公。平瀬露香は不昧公に縁のあるものはどんなものでも欲しがったという話がここに出ていた。
千草屋がどんな豪商だったかは知らないが、旧い茶道具を見に行くと必ず平瀬露香旧蔵というものを見かける。
そこから、今まで持ちこたえられなかったということと、美意識の高さを知ることができる。
「秋風」の「秋」は「火禾」の方。
飴釉の垂れ具合がガッチャマンの総裁Xに似ている、と思った。
これについて不昧公が娘婿の福知山藩主・朽木氏に「欲しいが今年すでに七百両のうち三百五十両使ってしまって残り三百五十両しかなくて手元不如意」と書き送っている。
お大名やな??
手紙の終わりに「広沢の月の眺めもカネなくて ただ闇雲の買い物ぞする」という歌をつけている。
その文は鈍翁によって「不昧 ぜにたらずの文」と名付けられている。

道入 赤楽「是色」  宗旦に命銘された。いかにもノンコウらしい薄さの、可愛らしい柿色のお茶碗。
小大丸大和屋・白井忠三郎家伝来。今も心斎橋の「大丸」前で呉服商を営んでいる。

三井家伝来、住友家伝来という品々は別に売り立てに出したものではなく、何らかの理由で手元を離れたというものだろうが、やはり鴻池家伝来という文字を見ると、かなりせつなくなる。
「うちの没落は新円の切り替えにミスッたから」と跡取りが言うところもあるが、やはり新時代に適応できなくなって持ちこたえられなくなった豪商というものは、なんだか哀しい。

鴻池家伝来で今や重文の唐物茶入「紹鴎(みほつくし)茄子」と小堀遠州による添え状があった。
紹鴎間道と正法寺緞子のお仕覆もある。
わたしは茶入や棗よりそれを包むお仕覆に強く惹かれる。

だから中興名物の又隠棗のお仕覆たちが可愛いものが多いので嬉しい。
姫路間道、花兎金欄など。こちらも鴻池家伝来。

茶杓も大好きだ。
煤竹を削ったもの、黒竹、斑のものなどなど、色々と見る。なぜ茶杓が大好きなのか。
茶道も学ばず、ただただ茶道具を見るのが好きな私が特に茶杓に惹かれる理由・・・とうとう言葉にしてしまう時が来てしまった。(いや、そんな大仰な理由やないねんけど)
それは・・・! 
耳掻きに似ているからだった!!

・・・なんてことは本当は言うてはならぬのだが、しかし耳掃除好きな私には、かなりの愛情がある証拠なのだ。
茶杓は巨大な耳掻きに見えてしまい、それだけで愛情があふれ出す。

井戸脇茶碗「長崎」10110801.jpg
平瀬家伝来。露香→高橋箒庵所蔵。平瀬家は幕末頃、鴻池、加島、天王寺屋に次ぐ豪商で、この露香自身も三十二銀行頭取を勤めたりしたしたが、段々と家業が衰退してしまい、とうとう売り立ての憂き目を見ることになった。
しかしこの「長崎」は二度にわたる売り立ての際にも露香は手放さなかったそうだ。
見込に水色のたまりがあり、貫入が綺麗に活きていた。

中庭茂三 御本茶碗 歌銘「時しらぬ」  不昧公のつけた銘。ココアカップの中に生クリームが三日月の形だけ残して沈んで行く・・・そんな風情があった。

浪華名所図屏風  住吉から川口までの大坂の名所が描かれている。何度も見ているが、見る度に新しい発見があったり、楽しみが生まれたりする。
軒先に巨大な犬がいたり、住吉踊りの元気な姿、卍紋の船の帆は蜂須賀家御用の印、四ツ橋の下繋ぎ橋のたもとには髪結い屋があった。
流し、勧進、琵琶法師、天神橋を行く大名行列、天満橋には音曲芸人たちが仮装しながら練り歩く、住吉社内では辻に立つのもいたし、再建された大阪城があるのだった。
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猿鶴蒔絵茶箱  いろんなセッティングがされている。取り合わせは当人の自由なので、こういうものを見るのは楽しい。
前期と後期では合わせるものが微妙に違い、どちらも楽しませてもらった。
中身はすべて鴻池家伝来のもの。
以前に三井家の茶箱ばかり集めた展覧会を見たが、それを思い出した。

ノンコウの黒楽もあった。これは本当に黒い宇宙のようだった。また割れ山椒型向付もあり、やはりどれを見てもノンコウの作品は魅力的だとつくづく実感した。
そんなだから多くの豪商がノンコウを欲しがるのだ。

しなじなそのものを鑑賞するだけでなく、元の所有者の物語を知ることで、いよいよ面白味が増した。
この展覧会は12/12まで。

大阪をアルく私

おまけの記事を一つ。
湯木美術館は大阪の平野町にある。
近所には近代建築も多い。
sh3b00800001 (2)芝川ビル

冒頭に挙げた芝川ビルには今も色々なショップが入っているが、それだけでなく今のオーナーはご先祖のメセナ精神を受け継いではるようで、いろんなアーティストの後押しをされている。
それで四階屋上テラスを含めた場でしばしば展覧会を開いたり、貸し会場にしたりする。
sh3b00790001 (2)照明
階段の装飾sh3b00750001 (2)右側
左側sh3b00760001 (2)

私が見たときは熊本の焼き物展をしていた。
以前にこの芝川ビルはかなりたくさん撮影したが、この屋上はとれていなかったので、その写真をあげる。
やっぱりとても素敵だった。
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ところで私はこの日朝から大阪市内をハイカイしていたが、疲労困憊からか不意にネオチしそうな状況に入っていた。
それで最初に大阪城北詰にある藤田美術館に出かけた後、歩いて大阪城天守閣へ向かうことにしたのだが、これが間違いだった。
地図を見て歩くからか、感覚が狂ってしまったらしい。
たいへんな遠回りをしてしまった。
これでは折角「外堀内堀」を埋めた甲斐もない。
(ちっ徳川め!)
大阪城を遠巻きに一周歩いたのだ。
もぉダメダメである。

普段通らない道にきたのでこんな写真も撮れたが、それにしても遠い・・・
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天守閣は果て遠い。歩いていても不意に寝てしまいそうだった。
昭和六年再建のある意味「近代建築」の大阪城。
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二の丸では平成中村座が芝居小屋をかけている。
それを通り過ぎて天満橋へ向かった。
京阪電車で淀屋橋へ向かうために。
そこには湯木美術館があるから。


そしてこちらはその翌日のこと。
天王寺の大阪市立美術館を背後からみたところ
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住友家の慶沢園はちょっとまだ紅葉には早かったが、菊は綺麗だった。
池をのぞむ。
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奈良絵本・絵巻の宇宙

思文閣美術館で「奈良絵本・絵巻の宇宙」展が11/7まで開催されている。
これは'04年の「奈良絵本・絵巻の世界」の続編と言う立ち位置にある。
前回同様に今回も慶応大との共催で、この6年の間に進められた研究成果なども、ここで教えてもらえもした。
こちらは「宇宙」のチラシ。
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こちらは「世界」のチラシ。
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王朝物語、軍記もの、御伽草子などから材を得て、煌びやかな装いの絵がつけられた本たち。絵柄は稚拙なものから繊細なものまで色々あるが、今回初めて「居初つな」という女流作家の存在が明らかになった。
彼女はその姓から堅田あたりの出の人だと思われるが、こうした発見があるとは思いもしなかった。今後も研究を重ねて、どんどん優品が顕になれば、と思っている。

展示は天正頃(黎明期)、慶長頃(絢爛期)、寛永頃(生産期)、寛文頃(最盛期)、元禄頃(終息期)、享保頃(末裔期)と6つの時代に分かれて集まっていた。
絵本、絵巻が50点ばかり出ている。


花鳥風月  タイトルは巫女二人の名前から来ている。扇の絵を見ていた貴人たちが「源氏の君か、昔男か」と判別できなくなって、彼女たちを呼んで・・・という話。
平安時代の二大風流男子は長い時代、愛され続けている。
配色も塗りも線も稚拙だが、のどかさがある。

熊野の本地  これはそもそも物語自体がたいへん面白く、これまでにも色々と絵本や絵巻を見て来たが、 今回の展示品もたいへん良かった。
出ていたのは、女御を脅かすために99歳の老婆99人に恐ろしい装いをさせてその庭へ集合させる情景。絵はやや稚拙だが、その分へんに迫力がある。
今回出版された本の表紙一番下の絵がそれ。
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大職冠  「珠の段」と同じ話。竜宮へ珠を奪いに行く海女の物語。浮世絵では国芳がよく描いていた。
赤と白の蓮が咲き乱れる庭などが描かれていた。

屋島  佐藤継信・忠信兄弟の母と彼らの妻のもとへ、義経が名と身分を隠して訪れ、その最期を語る。妻たちは武装しているが、芭蕉の「奥の細道」にも妻たちの武装した絵が描かれていることを思うと、やはりこれ自体古くからの伝承があったのだろう。
前に東北で実際に佐藤兄弟の石碑を見たことがある。伝承は長く生きるものだと思った。

住吉物語  継子いじめ譚。金がピカッと光るくらい綺麗に残っていた。

物くさ太郎  色んなものぐさ太郎を見て来たが、この太郎は色黒大男で、しかも案外行動派ではないか。清水辺りで見初めた女人を引っ担いでいるのには、ちょっとびっくりした。平安の世の男にしては大柄な描かれ様は、やはりある種の異形であることを示しているのか。

判官都話  鬼一法眼のもとへ入り込む義経の譚。これが文楽や歌舞伎になると「奴虎蔵」ということで、皆鶴姫と仲良くなって、という人気演目になるのだ。

田村の草子  学生の頃に谷川健一あたりの著作から知った話だが、こうして絵本を見るのは初めて。竜の描写がたいへんよかった。

蓬莱物語  チラシは「蓬莱物語」の1シーン。チケットは更に左の展開が出ている。
チラシの右上に分離された軍船図があるが、それが二匹の竜と向かい合う様子なのだった。
徐福伝説も入った物語。

二十四孝  大舜の働く畠にゾウさんたちがお手伝いに来るシーンが開かれていた。
ゾウさんたちはニコニコしている。働くゾウさん。

文正草子  めでたさこの上ない、みたいな成り上がり&サクセスの人気作品。
書き手も買い手もみんな喜ぶ作品なので、本当に多く刊行されている。
絵もかなり綺麗だった。
思えば日本人は「貴種流離譚」「判官贔屓」「成り上がり&サクセス」が本当に好きな民族なのだった。むろんそれだけではないが。

義経地獄破り  さる人が地獄へ行くと、義経たちが地獄を乗っ取ろうとしているところだった。下克上とは言わないな、なんと言うのだろう。
こう言う物語が生まれるほど、義経は人気があったのだ。
無頼な義経たちよりも、ブサカワな鬼たちがなかなかケナゲで、いい感じ。

北野天神縁起  こちらはお気の毒なお方が、死んでから猛威をふるうと言うパターンで、わたしは勝手に日本三大タタリ神の始まり、と呼び奉っている。
絵自体なかなか綺麗な出来だった。金の鏤め方が見事だった。

磯崎  うわなりネタミ、うわなり撃ち。先妻が鬼面をかぶって後妻を襲撃する。その鬼面はまるで伎楽面のように大きかった。しかしその面が離れなくなる。
鬼面のままわが子と語らう情景が出ていた。

伏見常磐  幼児三人を抱えて雪中を彷徨う、哀れな女人。その苦労が描かれている。
キャラより背景に力が入っているような雰囲気の絵本。

鉢かつぎ  今回作者が判明した作品。鉢かつぎ自体は寝屋川辺りの物語。そんな言うほど大きな鉢ではないものをかぶっている。

道成寺物語  どちらかと言えば稚拙なキャラ造形だが、やっぱり妙な迫力がある。
特に蛇身に化して男を追う清姫の熱さは、その分だけ強く迫るものがある。

見ごたえのある絵本ばかりだった。思文閣の企画は本当に嬉しい。
そして新たな成果を期待して、次の展覧会を待ち続けることにする。

入門 奈良絵本・絵巻入門 奈良絵本・絵巻
(2010/09)
石川 透

池田 文化探訪スタンプラリー

文化の日と言うことで各地色々な催しがある。
大阪の池田ではスタンプラリーを開催していて、そこには逸翁美術館、池田文庫も含まれていた。
通常は有料のこれらが「池田 文化の日」では無料公開になるので、普段あまり展覧会に行かない人々も機嫌よく、見学していた。

遠出するには週の真ん中だし、と言うことでわたしも地元のこのイベントに参加した。
3、6、7の今週の休日に池田ではそのイベントがあり、週末には地元のラーメン店が軒を連ねて屋台販売するそうだ。
日清のインスタントラーメン記念館もこの池田にあるし、この町はけっこうラーメンと縁が深いらしくもある。
わたしは以前にインスタントラーメン記念館で、オリジナルのチキンラーメンを作った。
今はオリジナルのカップヌードル作りコーナーもあるようだが、そちらはまだ行ってない。
秋の一日、地元で大いに楽しんだ。

池田は古い町で、落語の「池田の猪買い」などの舞台でもある。
今は明治村に移築された呉服座(くれは・ざ)という芝居小屋もあり、わたしの母方の曾祖母などは週に二度も三度も見に行っていたそうだ。

その呉服座がつい先日、再オープンした。
今まで池田中央という映画館だったのが春に閉じてしまったのを、子供の頃に年柄年中呉服座通いしていた方が「もう一度<呉服座>を!」とこの度たいへんな労力と資金をかけ、その情熱を池田市側も後押しして、名前も元の<呉服座>で、この度芝居小屋として開かれたのだ。
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杮落とし公演は紀伊国屋さんという劇団で、今後も様々な劇団がここで「実演」をするそうだ。
わたしは映画館時代ここで「ロード・オブ・ザ・リング2」「ハンニバル」などを見ていた。
すっきりシンプルだった映画館から、こうして派手な明るいコヤに変わって、ここが池田の、いや、北摂の新名所として長く愛されるようになれば、と思っている。

コヤのナナメには落語ミュージアムもあり、今回は桂三枝関係の展示があった。
上方落語会の繁栄のためにがんばってきた三枝師匠。
創作落語「ゴルフ元年」チラシなどを見ると、ついつい笑ってしまうし、再現された楽屋なども見どころだった。
「いらっしゃ?い」は三枝お得意の「新婚さん、いらっしゃ?い」からだが、その文字が染め抜かれた暖簾などもあった。

ここは先日のDVDやCD視聴も可能で、落語関係の図書もたくさんあった。
亡くなった桂枝雀のチラシを見ただけで、胸がいっぱいになる。
わたしなどは純粋な大阪人なので、今の吉本などは興味が全くないが、昔ながらの大阪独特の面白さを見せる芸人には常に関心がある。
その中でも噺家では故人で言うと、枝雀、六世松鶴、小染はわたしの中のベスト3だった。
実際、枝雀を見に行ったとき、あまりに笑いすぎて横隔膜が痙攣し続け、たいへん苦しい思いをした。唇の端も痙攣し続けていて、かなり困ったものである。
江戸の落語は笑えないのだが、あちらは人情話などに好きなものがある。
上方も東京の落語界同様、どんどんがんばってほしいと思う。

そのそばには辰野金吾が設計した建物がある。(今は絨毯屋さんになっている。)
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池田には案外近代建築も多く残っていて、この建物や元の教育関係のビル、池田銀行本館、雅俗山荘などが代表格だった。
その辰野の建物の一軒置いた家は銅版を貼り付けてある。看板建築の親戚筋である。

ここから川西方面へ向かえば、道路を挟んですぐに天保年間創業のうどん屋があるが、今回は豊中方面へ戻る。
この道をまっすぐ行って少し曲がれば逸翁美術館へたどりつくのだ。

スタンプラリーのポイント箇所があった。
文化教室などを開催している建物に入る。シールを貼ってもらう。
ここでは手毬、パッチワークなどの手工芸のほかに陶芸、書道、アマチュア無線などの作品展が開かれていた。
切絵コーナーへ行くとオジの作品があった。
北摂の色んなカラーマンホールを切り絵にしている。
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これはちょっと面白かった。
オジは小さい子供さんたちにウサギさんの切絵の実演をしていた。

(逸翁美術館の展覧会は別記事にする)
美術館で楽しく中国陶磁を眺めてから、隣の池田文庫へ入る。
今季は「宝塚歌劇の写真」展である。
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春日野八千代を中心にした舞台写真やブロマイドが200点ばかり並んでいた。
手塚治虫は春日野八千代の大ファンで、手塚記念館には彼の描いた春日野の絵もある。
わたしはこの池田文庫で、昔々の宝塚歌劇のポスターやチラシを集めた展覧会で、春日野主演「項羽と劉邦」の一枚を見てシビれて以来、出来る限り資料を見るようにしている。
今回も大いにときめいた。
昔の宝塚歌劇の生徒さん(決して女優とも俳優とも役者とも言わない)は本当に美形が多かった。眺めながら実にドキドキした。
今回は「トゥーランドット」の王子役の一枚が実に良かった。
それと長屋王も悲壮な美麗さがあった。
今のフルカラーのポスターもいいが、モノクロに映えるヒトビトの美麗さとはちょっと世界が違うような気がする。

♪スミレの花咲く頃? とハナウタまじりに坂を降りて、池田を後にした。
いいお天気の一日で、干していたお蒲団もフカフカになっていた。
ああ、いい文化の日だったなぁ。

横浜美術館の常設でみたもの

文化の日ということでもう一本。
横浜美術館にドガを見た後、常設室でいろいろ好きなものがあったので、大いに喜んでぱちぱち撮った。

花の絵を二枚あげる。
洋画と日本画。どこか似た雰囲気がある。
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寺嶋紫明の描く島田髷の美人。IMGP8454.jpg
すっきりした美人なのは師・清方の血脈としても、そこにやはり近代性が活きている。師が明治や江戸に遊んだのと違い、紫明はもっと近代的な目を持っていた。
綺麗な顔。IMGP8455.jpg

ああ、古風でみやび。IMGP8449.jpg


写真でも面白いものが2点ばかりあった。
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どちらも昔の写真。こんな美人が見たかったのだ。

こちらは「陰影礼賛」にも出ていたが、構図がなんとも面白くて気に入っている。
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デルヴォーもあった。IMGP8447.jpg

ちょっと色のデキがよくなくて申し訳ない。
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ほかにここには挙げないが、小林古径の古代をモティーフにした作品などもたいへん面白かった。
常設室に掛かる作品にいいものが多いと、そのミュージアムへの信頼感が高まってくる。
今度もどこかでいいものが見たい。

逸翁コレクションに見る中国陶磁の美

逸翁美術館では中国陶磁の展覧会が開催されていた。
逸翁はお茶会を実に多く開催したが、その茶会記も随分多く残していて、美術館ではずっと以前から逸翁茶会の再現を行い続けている。
独特の美意識と発想が逸翁にはある。
実業家で茶人という人種は、益田鈍翁に始まり、小林逸翁を中興の祖として、そのすぐ後の世代で終わったように思う。
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逸翁美術館の所蔵品は隅々まで彼の美意識が行き亙っているが、難解なものはあまりなく、明快な美しさが活きている。
中国陶磁のコレクションに関しては、興味深い話があった。

戦前の東博で、今も輝く横河民輔コレクションを見て以来、逸翁は中国陶磁に惹かれるようになったということだった。

最初にラクダの大きな俑があった。褐釉がみごとな変化を遂げて赤茶けたラクダを作り出している。実に逞しいラクダだった。それが天を向いて何か吠えているように見える。
こうなるとラクダではなくナウシカのトリウマや、惑星ウータパウでオビ=ワンが乗ったドラゴンのように見えてくる。

磁州窯、天目、青花、白磁、影青、五彩などと分類されて並ぶやきものたちを眺めて歩くのは、ただただ楽しい。

赤茶に近い白地掻落し牡丹文瓶、緑の地に白抜きの三彩花文盒子、いわゆる「宋赤絵」の茶碗などなど、可愛らしいものが目立つ。
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以前は宋赤絵に関心がなかったが、最近はその愛らしさに強く惹かれるようになった。
見込みに咲く牡丹の花はぼかしが効いていて、それだけでも深い魅力がある。

白地の扁壷に鉄絵で鳳凰が飛ぶのを描いたものがあった。
鳳凰、飛ぶ。オーラの力で飛んでそうな鳳凰。

最近は元代のやきものにも愛情があふれている。
青磁などは掛けすぎなくらいの濃さだが、それがまたいいように見えるし、鉄絵なども元気そうでいい。

わたしはあんまり砧青磁は好まないのでそこは簡単に通る。単品で見るから興味がわかないらしく、茶室に置かれた状態では「・・・いいなぁ」と思うのだが。

青白磁の綺麗なものを見た。
輪花皿もいいが、もっと良かったのは有蓋小壷だった。
逸翁はそれを茶器に見立てて使っている。
貫入の具合も良く、釉薬の溜まりもいい。
唐花風のレリーフは波状に連なっていた。

法花のよいものがあった。
そんなに大きくはないが、絵柄も愛らしい鉢である。
紫地に水芭蕉のような花が咲き乱れている。
大きい法花は東洋陶磁美術館、静嘉堂などで見ているが、このサイズはあまり見ないので嬉しい。
永楽保全がこの写しを拵えていて、逸翁はそれも手に入れている。好んだものは本歌も写しも共に手元に入れて溺愛する・・・手が届かない存在だからはっきり言うが、その行為はわたしには決していやなものではなかった。
むしろ逸翁のその思いを称賛したいくらいだった。

獏のツマミのついた五彩盒子も繊細な作りを見せていた。蓋と真ん中の段は花柄、黄色い沙綾柄、薄い緑の折々の連続。本当にこういうものを手元で賞玩したい。

チラシに選ばれたのは五彩蓮華唐草文四方香炉。その華やかさは遠目にも艶やかで、駅張りポスターも対岸ホームからはっきりと見える。

唐子遊びを胴に巻いた茶碗がいくつもあって、それぞれの絵柄が楽しい。相撲なのかダンスなのかわからぬのや、笛吹く子、いたずらする子、絵を描く子などなど・・・

古染付、祥瑞、呉州手といった日本からの発注で拵えた染付があるが、わたしは発色の強い祥瑞が好きだ。
とはいえここに集まる古染付の小さな香合たちは、やはり可愛い。5cmに満たないような小さなやきものが寄り集まる様は、それだけでときめきを呼ぶ。

最後に現れたのが天藍釉白花吉祥文双耳瓶。透明さのない薄青の地に白い文様が左右対称に広がる。
どことなくウェッジウッドを思うが、逸翁は実際にウェッジウッドを茶器に見立てて使ってもいる。

今回は文化の日にあわせた「池田文化探訪ラリー」の一環で無料観覧日に来たので、いろんな人の話し声があった。
普段は静かに眺めるが、「綺麗なぁ」「見事やわぁ」と言う称賛やため息を耳にしながら眺めるのも、悪くはなかった。
そして展示図録として、安価で気軽な冊子が販売されていた。
発色もきれいで解説も面白く、これはいいものを出してくれたと喜んだ。
これからもこうした気軽な冊子を出し続けてほしいと思う。

展覧会は12/5まで。

正倉院展

今年も恒例の正倉院展に出かけた。
台風上陸情報に惑わされて色々予定が狂ったりもしたけど、まぁ機嫌よく今年も拝見いたしましたよ。
学生の頃から今までずーっと続けて見てるからもぉ全体の1/3くらいは見に行ってることになるのかな。それでもまだまだ初見や初公開があるのだから、やっぱり凄い正倉院。

こないだ森鴎外関係の展覧会で、晩年の鴎外が図書頭として、秋には正倉院の仕事に奈良へ来てたことを知ったが、筆まめな「パッパ」は子供らに自分の働く(滞在する)奈良の手描き地図を送っていた。
そんなことを思いながら奈良国立博物館へ入るのも楽しい。

チラシは2種あった。どちらも素敵。
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この螺鈿の琵琶は19年振りと言うことで、今年のメダマになる。
実際場内でもこの琵琶は、最前列に見たい人向けに縄が張られて、40分くらい並んで3秒しか見れないという状況だった。
わたしは並ぶのダメなんで、少し離れた位置からじっくり眺める。
こういうときは背が高いのがたいへん役に立ちます。
裸眼できっちり見れたので嬉しい。

懐かしい。19年前に実際に見ている。あの頃と今とでは認識の変異が多少あるから、今の眼で見ると、新鮮な感動があった。
表の駱駝に乗る楽人の絵柄の面白味、裏の煌びやかな螺鈿の花々があふれかえる様子、どちらもとてもよかった。
また、その琵琶の音色の再現がスピーカーから流れてくるのもいい感じだった。

さて大混雑の最中に眺めるので、あまり見えないものもあったが、おおむね満足している。
そこから特に気に入ったもの・思い入れのあるものについて書いてみる。
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夾纈屏風がある。染物。山水画と鳥草画。画像は山水の方。左右対称。このシンメトリーの様相を見ると、いつもイスラームを思う。
鳥の方は正中に花が置かれ、その下に鳥と言う様式を守っている。
染めて作られた物とはいえ、このパターンはやはり遠い西の果てから来たものだと感じる。

巨大な鳥獣花背八角鏡は線描の綺麗な刻みが施されているし、それを収める箱も面白いくらい大きかった。

初公開の女性用室内履き・繍線鞋(ぬいのせんがい)は可愛らしかった。
意外と大きいサイズで幅は狭い。色や飾りもよく残っていた。
可愛い靴やアクセサリーを見るのは楽しい。

今回は他に光明皇后が献納されたお薬一覧表とその現物が色々出ていた。
昔のことだから漢方系。いまだに毒性を保つ劇薬もあったみたい。

蘇芳地彩絵箱  これが実に可愛らしい。数年前に出た緑色の同種のものと色違い。
花唐草文が計算された地に咲き映えていて、本当に可愛い。脚には金地に墨絵の文様が入っている。

第二室では「大仏開眼会と東大寺の法要」ということで、いきなり巨大な伎楽面がどーんっと出ていた。酔胡王、カルラはそれぞれ朱色・緑色がよく残っていた。
獅子面もあるが、これが元のものだけでなく模造品もあって、そっちはまた派手だった。
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この獅子面から縁起物の獅子舞に移行したのかもしれない、と思うようなツクリだった。

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蓮花残欠は仏具といわれれば仏具だが、なにやらオブジェ風にも見える。
面白かったのは「浅縹布」という長??い布で、表面には雲柄が描かれていて、これは千葉の鴨川から来たそうな。これも見ようによっては意外と現代的な文様かもしれない。

女舞接腰は舞楽のときにつける脚絆みたいなものだが、その文様は獅子狩文。ああ、初代龍村平蔵の獅子狩文錦復元の苦難の物語を思い出して、胸がいっぱいになる。
わたしは中学のときに、龍村平蔵の物語を読んで以来、常に獅子狩文錦が心の隅に活きている。

色々な献物品の中で特に良かったのは銀壺。遠目には黒っぽく見える銀の壺の表面には狩猟文がこれでもかというくらいたくさん刻まれている。
それにあわせて色んな草花もある。狩猟図自体もよく出来ていた。
ちょっとビックリするくらい、綺麗だった。
これはもう1個兄弟がいて、東博に出開帳に行くのはその「乙」の方らしい。
そちらの展覧会にも行くので、このツイン銀壺どちらにも会えるのだ♪

他にはスッポンを模した容器などがあるが、スッポンの目つきが妙に可愛いのがいい。
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皮袋を模した漆胡樽も面白かったが、ドカッと大きくて重たそうだった。

銀平脱鏡箱  鴛鴦文様がある。彼らを囲む花々。底も綺麗。文様を見ているとやはりどこかイスラームを思いもする。モスリムの婦人用装飾品を。

大工道具も色々あった。なんでもありの正倉院。タガネを見ていて「大魔神」を思い出したが、飛騨の匠が使ったのかなぁと想像するのも楽しい。

色んな用紙があった。小じゃれた作りが本格的になるのは平安以降だが、この天平時代の紙も花鳥や山水画が透かしに入っていて綺麗だった。
装飾用の紙と言うものはやはり可愛らしいものが多い。
(同じ紙でもダビ紙などはわたしはいやですな)
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展覧会は11/11までだが、これらとはまた別に東京国立博物館「東大寺大仏」展で11/2?11/21まで、別な正倉院宝物が展示される。
19日に見に行くつもりなので、ことしは二回も正倉院を楽しむようなココロモチで、すごく嬉しい。
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