美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

2010年度わたしのベスト展

もぉ12月29日です。押し迫ってきたなぁ?。昨日まで仕事してたけど、仕事納めの実感がなかった。
それで今日が29。来週はもぉ仕事か。
とりあえず悩みに悩んだ果てのベスト10をあげることにします。
とはいえ首都圏と関西・東海とに分けてのベスト展なので、他の方々よりは気分的に多少楽かもしれない。

今年は463件見たらしい。データを見るとそうなっているけど実感があんまりない。
(年末のこの忙しいときに「実感がない」ばかり言うな!!)

10展えらびましたが、挙げてるのは見た日にち順。

とりあえず首都圏。

柴田是真の漆x絵 江戸の粋・明治の技 三井記念美術館
麗しのうつわ 日本やきもの名品選 出光美術館
鰭崎英朋 弥生美術館
江戸の英雄  UKIYOE東京
浮世絵の死角 イタリア・ボローニャ秘蔵浮世絵名品展 板橋区立美術館
歌川国芳 奇と笑いの木版画 府中市美術館
コーネルx高橋睦郎 川村記念美術館
誕生!中国文明 東京国立博物館
天狗推参 神奈川県立歴史博物館
大沢昌助とその父 三之助 絵画と建築 練馬区立美術館

ほんとうに選ぶのが苦しかったし、なんと浮世絵が三件もあるわりに洋画がほぼなかったりする。
ちょっと偏りすぎたかもしれないけど、やっぱりこうかな。
それでも実はウラ10まであったりする・・・(こっちは日時関係なく適当な並び)

赤羽末吉 ちひろ美術館
小林礫斎 手のひらの中の美 ?技を極めた繊巧美術? たばこと塩の博物館
大正イマジュナリーの世界 松涛美術館
斎藤真一 瞽女と哀愁の旅路 武蔵野吉祥寺美術館
清朝末期の光景 東京国立博物館
諸国畸人伝 板橋区立美術館
龍子とロマン主義 神話・伝説の絵画化 龍子記念館
ユーリ・ノルシュティン 神奈川近代美術館・葉山館
誇り高きデザイン 鍋島 サントリー美術館
津田信夫 佐倉市立美術館

大体どういうことかがよぉ?くわかるような気もしますね。


さてさて関西・東海はと言うと・・・

朝鮮虎展 高麗美術館
大唐皇帝陵 橿原考古学研究所付属博物館
にゃんとも猫だらけ えき美術館
「写真絵はがき」の中の朝鮮民俗 100年前への時空の旅 高麗美術館
尾張徳川家の名宝 里帰りの名品を含めて 徳川美術館
日本近代の青春 創作版画の名品 和歌山県立近代美術館
花鳥画 中国・韓国と日本 奈良県立美術館
住吉さん 大阪市立美術館
會津八一のうたにのせて 奈良の古寺と仏像 奈良県立美術館
万葉に遊ぶ 上村松篁の描いた万葉世界を中心に 松伯美術館

こっちも洋画がなかったか。
奈良が平城遷都1300年祭で気合の入りまくったエエ展覧会をいっぱい開催してくれたので、それが奈良の躍進を支えてくれましたね。
それに日本との関係が深いコリアやチャイナのいい展覧会が絡んでくるし・・・
巡回でも関西で見たものの方が面白かったのもある、というのが特徴的だった。

しかし今年は岩合さんの猫写真に癒されたわ?
どの会場でもドキドキしっぱなしでシアワセでした。
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記録としての感想:横須賀美術館常設?12/12

とっくに終わった展覧会だが、個人的に気に入っていた内容のラインナップだったものがある。横須賀美術館の常設展。
「ラファエル前派からウィリアム・モリスへ」の記事は年明け、京都展で再度見た後に書くつもりだが、こちらは一期一会の出会いだったのに、おのれの怠慢でなーんにも書いてない。自分の記憶の宮殿を構築する基礎の一部が、手抜きだったりしてはいかんのだ。
というわけで、自分のために書く。←え?いつものことやん。

小出楢重 前向きの裸女  実は子供の頃、小出は劉生と並んでニガテな画家だった。
ところがブリヂストン美術館で小出の自画像展を見て以来、意識がぐるっと反転して、大好きになってしまった。
ブリヂストンはわたしの近代洋画鑑賞の修行先。本当にありがたいことだ。
さてその小出の裸婦がここにある。
珍しいことに顔もハッキリしている。人のことをとやかく言うてはいかんのだが、どちらかといえば体つきも顔つきも一般的な「裸婦=美人」という認識から外れていたりする。
しかし小出は、彼の属していた時代の、普遍的な日本婦人を描きぬいた。
美化もせず、ことさらみにくくも描かず、彼の思うままに描いた。
モノクロ画像のこの裸婦は、両胸のナダレ具合、腿の厚みなど、力強い肉のリアルさを見せている。自ら「骨人」と称して、やせすぎたわが身に困っていた小出は、肉付きのいい日本婦人を延々と描いていた。
芦屋にある再現された小出のアトリエの中に立つと、「再現されたもの」でありながらも、彼の使った油の匂いや女たちのにおいまで感じ取れるような気がする。
この裸婦の寝ている布地の触感までもが、自分の掌に感じ取れるようだった。
死の前年に描かれた裸婦だが、彼女からは生命の強靭さがこちらに伝わってくる。

国吉康雄 毛皮の女  いつもちょっと物憂く、気だるいような女の絵を見ているような気がする。上記の小出の日本の裸婦と同年に描かれているが、こちらの女にはある種の疲労が感じられる。世界大恐慌、不穏な影、そんなものがこの女の日常にも少しばかりの影を落としていく・・・
腕の太さ・足の太さはやはりいかにもその時代の女だという感じがある。
この女は明日のことは考えられないし、考えてもいないだろう。ただ漠然と明日も生きて昨日も生きている。そして今日は―――。
豪華な毛皮を下着の上にざらっとまといつつ、その感触を楽しむこともない。
静かなメランコリー。長くおしゃべりすることもなさそうな、女。

須田国太郎 河原  どこの河原なのかはわからない。日本なのかそうでないのかすら。
四角い石があふれる河原。採石場の川のほとりの河原なのか。賽の河原は丸や三角の石だ。
須田はそんな地蔵和讃の聞こえるような河原などは描かない。
画面の右端に犬らしき動物が跳んでいるのが見える。犬なのかどうかは実はわからない。
もしかすると雌獅子かもしれない。
そんなものが河原にいるはずはない、と頭は考えるが、その一方で須田の描いた乾いた風土にはそんな雌獅子がいてもおかしくはない気がする。
赤茶色のカクカクした四角い石、石、石。無国籍な風景。
須田の愛したスペインのどこかなのかもしれないし、日本のどこかかもしれない。
いや、須田の心象風景かもしれない。
ではこの逃げ去る動物は何なのか。
様々なことを考えることを許してくれる絵がここにある。
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萬鉄五郎 ガス灯  タイトルだけを見ればイングリット・バーグマンの映画を思い出す。
絵を一目見れば、1919年のドイツ映画「カリガリ博士」の1シーンを思い出す。
しかしこの絵は1913年に生まれている。
バーグマンの映画やカリガリ博士よりずっと先に描かれている。
とはいえカリガリ博士の背骨である表現主義で、この絵は「表現」されている。

朝井閑右衛門室へ行くと、「身の回りのもの」を描いた作品が集まっていた。
彼は大阪生まれの画家でつい30年近く前まで生きていたから、旧い大阪の人間はなんとなくその作品を知っているようだった。
だからこの横須賀に多くの作品があると言うと、一瞬不思議な顔をされてしまった。

たいへん気に入った作品がある。
三色スミレを描いたもので、ガラス瓶にトラ猫2匹が。
こういう絵は楽しくて仕方ない。

最後に一枚、強く惹かれた絵を挙げる。
高崎剛 サーカス  
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‘29年のサーカス。白馬以外は赤茶系で塗られている。
おとなしそうな馬の上にオランウータンがいて、その挙げる輪をくぐる虎がいる。
物理的に可能かどうかは知らない。
高崎は30歳ほどで死んでいる。パリで描いた絵、所在のわかる唯一の絵。
これを見ると古賀春江の絶筆「サーカスの景」を思い出す。
魂の兄弟、そんな一枚だと思っている。

遠い横須賀美術館で、特別展だけでなく企画展もみごとなものに出会えた。
そのことを今も喜んでいる。


今年行けなかった展覧会・・・

今年も残りわずか、今現在開催されてる主な展覧会と言えば横浜美術館「ドガ」展くらいか。あとはほぼ終わってますね。
(年明けまで続く展覧会はこの場合数えない)
今年、行ったにも関わらず書けてない展覧会は以下のとおり。
20100718 フェリックス・ティオリエ写真展 今甦る19世紀末ビクトリアリズムの写真家 世田谷美術館
20100926 ボストン美術館浮世絵展 神戸市立博物館
20101016 ギッター・コレクション 松坂屋本店
20101122 ラファエル前派からウィリアム・モリスへ 横須賀美術館
20101122 所蔵・近代日本洋画 横須賀美術館
20101123 織部が愛した茶碗 高麗割高台 畠山記念館
20101127 線の表現力 須田国太郎「能狂言デッサン」から広がって 大阪大学総合学術博物館
20101218 大正イマジュナリーの世界 松涛美術館
20101219 華宵のモダンガール 弥生美術館

それでもボストン、ギッターは再度行く予定があるので書けそうだし、ティオリエ、ラファエル前派も巡回待ちで書けそうだ。
須田、大正イマジュナリー、はまだ会期中なので別にかまわない。
完全に書き損ねているのは畠山の「割高台」と「華宵のモダンガール」である。
日時と言うものを無視してブログに挙げるのは得意なので(こらこら)やっぱり書いてみるか・・・

こちらは行きたくても行けなかった主な展覧会。
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これなんて終わりのどうにもならない日に開催を知ったのよ。
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それとちらしではないけれど・・・tou669.jpg
ボローニャ絵本原画展ですね、惜しいことをした・・・

来年はもうちょっとマシな状況になりますように・・・・・・・

大和文華館の日本絵画・後期

リニューアルオープンした大和文華館の開館50周年記念名品展1・大和文華館の日本絵画・後期展に出かけた。
前期には松浦屏風、寝覚物語、笠置曼荼羅、佐竹本「小大君」、平治物語断簡、阿国歌舞伎図などなど、華やかな名品が並んでいたが、時期があわず出かけられなかった。
後期はどちらかといえばシブい作品が多かった。
しかし見たいと思ったものが揃っているので嬉しい。

一字蓮台法華経〈普賢菩薩勧発品tou660-1.jpg
見返しの読経シーンが面白い。坊さんたちの表情が妙にリアルで楽しい。貴族の表情はわかりにくいが、庶民や僧侶と言うものは、平安時代の絵画の中では妙にイキイキしている。

呂洞賓図 雪村周継  休館の間に洗浄でもしたのだろうか、随分キレイというか、白くなっていた。どちらかと言えば、ばっちぃオヤジな呂さんもカメラ目線の竜もピカピカになっている。
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竹雀図 可翁  地に立つ雀が竹を見上げる姿が、なかなか凛々しい。好きな作品だが、3年振りの再会だった。
   
中村内蔵助像 尾形光琳  特別仲良しさんな二人。内蔵助36歳、光琳47歳、元禄17年の作。またいかにも元禄文化な二人の仲良しぶり・・・←わたしは好きよ?

扇面貼交手筥 尾形光琳mir895.jpg
大琳派展でこの絵はがきを手に入れたときは嬉しかった。
以前の展示ではまず全体を見ることは不可能だったから。
ところがリニューアルして採光の関係がクリアーしたからか、カーテンなしで眺めることが出来るようになっていた。まぁ嬉しくはある。

流水図広蓋 尾形光琳  こちらもやっぱりいい作品だと常に思う。あの猫手のような波のうねりがいい。

瀑布図 伝・狩野元信  こちらも水のうねりが目立つ作品。以前見たとき「オドロオドロな水だ」と思ったが、今回もやっぱり同じことを思っている。

叭々鳥図 伝・狩野源七郎  3羽の叭叭鳥が騒がしそうで可愛い。好きなトリ。実物は知らないが、絵になるとやんちゃくれな感じがして可愛い。

花鳥図屏風 雪村周継
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以前はただただ好きな絵だと思ってみていたが、解説に荘子の「死生は昼夜なり」と言う言葉が書かれていたことに、こちらも反応した。

東山三絶図 円山応挙  東山の料亭で機嫌よく遊ぶ応挙たち。芸者さんの三味線の音が聞こえてきそうである。

柿本宮曼荼羅図  以前はそうは思わなかったが、今回分散する小さな宮を見るうちに、どうもこれは社寺境内図というより、ペンションマップではないかと思ってしまった。
今なら漏れなくホトケがついてます、という感じである。

白衣観音図  南北朝。岩上に座しているが、大鉢に笹が入っていることを、初めて気づいた。何か意味があるのだろうか。

芭蕉竹仔犬図屏風 渡邊始興  これは初見だと思う。かわいい?めちゃくちゃ可愛い!
右のわんころは芭蕉の陰から現れたり、まんなかでころころしてたり、左のわんころは剥落してしまったのもいるが、表情もイキイキしてとても愛らしい。あわせて八匹のわんころたちが屏風の中に生きていた。

ライオン図 宋紫石  南蘋派の影響下にあるのかどうかはよく知らないが、顔はライオン、身体は唐獅子というちょっとキメラな奴である。
犬マンガの第一人者・高橋よしひろ描くところの悪者の犬に、こんなタイプのがいた。
 
春秋鷹狩茸狩図屏風 岡田為恭
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新収品。春の鷹狩りは見たくないが、秋のキノコ狩りは楽しそうでいい。童子や童女が懸命にキノコを探したり採ったりするする姿が可愛い。
いいものをいっぱい見れたのが嬉しい。
なお、出ていたものはこちらの記事にも書いている。
墨の彩り 水墨画と書蹟の名品
信仰の美・世俗の美


展覧会自体は今日で終わり、次は年明けから工芸品の展覧会である。
門から長い坂道も砂利詰めから石畳になり、お手洗いもロッカーもきれいだ。
そしてびっくりしたのが友の会会員の料金が改定されて、2700円から2000円になったことだった。近鉄、立派です。ありがとう。

中の竹庭に雪の舞い散るのが見えたが、中は暖かかった。
また来年もよろしくお願いします、ありがとう大和文華館。

ポスター天国 サントリーコレクション

とうとうサントリーミュージアム天保山もフィナーレを迎える。
「ポスターの歴史的名品を揃えたグランヴィルコレクションとの出会いがきっかけとなって1994年に産声を上げたサントリーミュージアム天保山」
チラシに書かれた一文。
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そのグランヴィルコレクションは1989年にサントリーが所蔵することになり、翌1990年に当時朝日新聞大阪本社に隣接していた大阪府立現代美術センターで一般公開された。
その展覧会に行ったが、もう20年も経っているとは思わなかった。
ポスター関係の展覧会はその後も多く見てきているが、やはりこのグランヴィルコレクションや、京都工芸繊維大コレクションが質量共に最高の域に達していると思う。
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それにしてもサントリーミュージアムはこの16年、色んな展覧会を見せてくれた。
とても感謝している。趣味・嗜好の問題は別にして、わたしも出来る限りでかけた。
特に熱愛した展覧会はなかったが、いいものを見せてもらえたのは確かだ。
これまでの軌跡を示すチラシも並んでいた。
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パブリックフロアーでも展示されているポスターたち。
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場内ではこの二点が特に気に入った。
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本当にありがとう、サントリー。
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絵の中に生きる 中・近世の風俗表現

今日まで開催されていた根津美術館「絵の中に生きる 中・近世の風俗表現」はたいへんわたくし好みの展覧会だった。
にも関わらず、行くのも遅く、書くのも遅く、反省しきりである。
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チラシは遊女とかむろを真ん中に、客の若衆たちを描いた17世紀の風俗画からキャラだけを取り出している。
遊女は歯磨きの最中。かむろは大きな三味線を抱え込んでいる。チラシの構成は面白い立ち位置に彼らを置く。
たしかに「絵の中に生きる」姿がそこにある。

聖徳太子絵伝、弘法大師絵伝が並ぶ。古代仏教界の三大スーパースターの二人。(もう一人は行基菩薩)
それぞれの奇蹟の軌跡を掛軸の中に時代不同で描いている。
大師の絵は真ん中にピカーと光る仏の姿があり、太子の三幅目には葬儀と黒駒の「殉死」が描かれ、そこで終了する構成になっていた。
こうして見ると、どちらも絵解きに使われていそうである。

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西行物語絵巻では正月らしく、西行の庵の前で髪の縮れた庶民の子供らが、ギッチョウで遊んでいる。詞書にも「子の日の小松」と読めそうな一行があった。

玉藻前物語絵巻  素朴な絵柄である。「二尾のキツネ」が化身した美女・玉藻前の妖力で弱る帝。陰陽師安倍泰成によって正体を暴露されるまでがでていた。
詞書は全部ルビが入るので、多少はわたしでも読めた。

蛙草紙絵巻 土佐光信  巨大な蝦蟇が屋敷の床下から救い出されるシーンが出ていた。
実に大きい蝦蟇である。スコップもみえる。蝦蟇がグッタリするのも見えた。

曽我物語図屏風  大きい屏風に富士の裾野の巻狩り図が拡がる。兄弟の出現、逃亡、迎撃などが描かれている。狩られる動物たちが可哀想なので、ちょっとニガテ。
(犬追物図もそう)

伊勢詣図  松並木が拡がる神域。むしろ掛けして芸を見せる「お杉お玉」が三組もいた!
間の山節を奏でるお杉お玉の姿は、明治初期頃まで見受けられたそうである。

洛中洛外図  三十三間堂から愛宕、太秦、御室まで描かれていた。たくさん書き込まれている。位置はちょっとビミョ?な感じもするが、絵としてとても面白かった。

住吉踊り図  機嫌よく仮装した人々がいる。赤の舎熊に鉦叩き、南蛮帽をかぶったものもいる。かっぽれの原型はここにあるそうだが。

傘張り・虚無僧図 岩佐又兵衛  二人の若い虚無僧は普化宗の本当の虚無僧ではなく、ファッションで虚無僧してるのではなかろうか。こむそ・で・もーど。
中上健次「千年の愉楽」か「奇蹟」にそんな若者が出ていたが、江戸時代にもそんな風潮があったかどうかは知らない。

猿舞図 葛飾北斎  目をむいて御幣を持つ猿。リアルさがあった。観察した、という感じがある。

面白い展覧会だったが、図録がないのがちょっと残念だった。

一方、他の展示室では愛すべき饕餮くんたちもいれば、からくりの宝飾時計もある。
「歳暮の茶」として茶道具が揃えられている。鑑賞するだけでなく、頭の中でバーチャル茶会を催してみると、いよいよこれらお道具への愛情が増すようである。
ネズミたんけいという灯り道具は、以前信州のにほんあかり博物館でも見たが、やはりネズミがついていた。なんでだろう?

小袖の文様という小企画があった。
桃山の辻が花と、慶長時代の鹿の子に摺箔の二種が集まっている。
大胆で面白い文様は時代が下がると減るので、やはり桃山から寛文、元禄あたりまでがいちばん面白いと思う。

好きなものばかりが集まった、いい展覧会だった。
(もっと早く行け??)23日まで。

日本美術院の画家たち

山種美術館の日本美術院に所属した画家たちの作品を集めた展覧会は、馴染み深いものが多く、見ていて嬉しくなった。
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何度見ても飽きないし、間を置くとまた新しいココロモチで絵に対せる。
「いつもの」と思いながら見て歩くと、いきなり初見のものが出ていて、背負い投げに遭いもする。
楽しい美術館だ、としか言いようがない。

横山大観 作右衛門の家、喜撰山  この二つの作品は今年2?3月の「大観と栖鳳 東西の日本画」で見たもの。あのときと感想は変わらず、古き昔の日本の風景だ、と感じる。

月出皎兮(つきいでてこうたり)  コウと言う字は白々と輝きを見せる、という意味合いがある。詩経から採られたタイトル。
絵が先なのかタイトルが先なのかはわからないが、連なる漢字の題から眼を上げると、確かにそこに月の白い光が満ちている。

春の水・秋の色  筏師に桜、韃靼人の狩猟風な秋。

小林古径 清姫  実に多くの安珍清姫の絵を見てきているが、古径の清姫の物語は古画の趣を具えて、雅な静けさがある。
今回初めて知ったが、揃いものの絵葉書セットもショップにあった。欲しいなと思ったが、半ば以上持っているので諦めた。
全部揃っての展示は嬉しかった。機嫌よく見ていると、同年輩くらいの女の人二人の話し声が聞こえてきた。
道成寺伝説を知らないヒトと、説明をするヒトだった。
この伝説はみんな知ってるものと思っていたので!!となったが、わたしもそっと「展示解説」のリスナーになった。
こういうのもなんとなく楽しい。

牛  白と黒の闘牛。和牛。古径は越後高田の出だが、同じ新潟の小千谷には闘牛があったそうだ。それを見ていたのかもしれない。牛たちは知性の高そうな顔立ちである。
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安田靫彦 平泉の義経、前田青邨 腑分、奥村土牛 鳴門、小倉遊亀 舞う・・・
見慣れた絵も並ぶ場所が変わると、それだけで楽しい。
今回は土牛の「鳴門」「舞妓」のスケッチが出ていて、かなり興味深く眺めた。
特に鳴門の渦巻はぐるぐるぐるぐると力強く渦巻いていて、土牛が奥さんに帯を持ってもらいながら覗き込んだと言うエピソードを思いながら眺めると、こっちの目までぐるぐるぐるぐる??

堅山南風 彩鯉  上等そうな鯉が集まってる図。目黒雅叙園には南風の間と言って、南風の絵尽くしの個室があるが、そこは中華料理のゾーンで、いまだに行けてない。よそで南風を見ると必ずそのことを考える。

小茂田青樹 丘に沿える道  山々の下に農家が点在する景色。都市文化が発達した1920年、しかし地方へ行けばこんな景色が活きつづけていたのだ。

富取風堂 もみぢづくし  博物学的な、という雰囲気のある「もみぢづくし」。色んな種類があることにびっくりした。
わたしの近所には箕面という紅葉で有名な名所があるが、こんなにも種類があるかどうかは不明。

速水御舟 翠苔緑芝  いつも右隻の黒猫が笑っているように見えて仕方ない。
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実際には猫の鼻筋なのだが、口の端を上げてにやっ(にゃーっ)に見える。
今回は左隻のウサギに惹かれた。特に草と遊ぶウサギに。
枇杷の色の違い、紫陽花の色むら、色々と新しい発見もあった。

青丘婦女抄(カルボ)  妓生かと思ったらそうではなく、娼婦だった。昭和初期、朝鮮の妓生や娼婦は随分と日本画に描かれていた。
ただしこれは娼館の奥で客待ちする女たちが描かれている。
御舟はロートレック同様、娼婦たちとも仲良くなり、その舞台裏に入り込んで描く、ということが出来たヒトだったそうだ。

森田曠平 夜鳴鶯(ナイチンゲール)  アンデルセンの名作を絵巻物に仕立て上げている。
わたしが見たのは骸骨たちに満ちた悪夢に魘される皇帝と、彼の死を見届けようと集まった人々の前で「おはよう」と立ち上がる皇帝の姿。機械仕立てではない、本物の夜鳴鶯の歌声で生き延びることが出来た皇帝。
森田曠平は壮麗な物語絵を描く人だった。最後の作品も小説の挿絵だったが、あれも森田曠平様式に則った、壮麗な世界だった。
展示替えで見られなかった部分があるのがつくづく残念だった。

酒井三良 夜漁tou650-2.jpg
  鵜舟軍団出動―っっ!勇ましい鵜たちと国家公務員の鵜匠たちの出陣。
力強くてキビキビし、勢いがある。そんな風に見えた。 

平山郁夫 バビロン王城  茶色い煉瓦とブルーレンガ。極めて荘厳な王城。
わたしはこの絵を見て、ナノブロックで再現してみたい、と強く思った。
レゴではなく、ダイヤブロックの仲間の、もっと細かいナノブロックである。

出来たら森田曠平の作品も絵葉書化してほしい、と思っている。
26日まで。

大沢昌助とその父 三之助

練馬区立美術館の「大沢昌助とその父 三之助」展は面白い内容だった。
実はタイトルを見ただけでは、どんな展示があるのかがわからなかった。
チラシも手に入れてはいなかった。
そこで美術館のサイトを見ると、見たことのある水辺の少年像が出ていた。
それを見ただけでも「行こう」という気持ちになった。
そしてよく見れば副題が「芸術家の家 絵画と建築」とある。
昌助が画家で、父・三之助が建築家かと知り、それだけで行く気になった。
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美術館の第一会場は張りぼての門が立っていた。
それを見ただけでも誘われてくる。
ささやかな演出かもしれないが、こういうところから気分と言うのはノッて来るものだ。

1.建築家・大沢三之助
あっとなった。辰野金吾門下のいわゆる「第二世代」の建築家の一人だったのだ。
年は違うが、伊東忠太、武田五一らと同じ世代である。
チラシにはこうある。
「東京帝国大学にて辰野金吾の教えを受けた建築家であり、日本の建築界の基盤づくりに尽力し、今日の東京藝術大学建築科を立ち上げた人物でした。三之助は1907?10年ヨーロッパに留学し建築装飾の調査を行ないます。」
建築家として作品を残すより、多くの人材育成に時間をかけていたようで、それで今日に残る作品が少ないようだった。

卒業制作作品で美学校の設計図案が出ていた。
全体も悪くないが、より、装飾のディテールが面白い。
ファサードの装飾には、狩衣の人々のいる風景をレリーフとして使用している。
シンメトリーをなす全体のその両端には、ウサギとライオンの追いかけっこ像がついている。右と左とでは位置関係を変えているので、まるでウサギとライオンが建物の地下へ潜ってまで追いかけっこをしているように、見えた。

写真で残っている「哲学館」校舎はハーフティンバーの可愛らしい洋館だった。
そして三之助は東洋大学の創立者・井上円了との縁から哲学堂を手がけているそうだ。
これは武田五一も関わっている。

他に岩村透邸という個人邸宅の設計図などがあり、現存していれば文化財登録も当然の素敵な洋館があった。
しかし、ここまで見ていても、わたしはまだ大沢三之助が「誰なのか」がわからなかった。

次に今も近代大阪の名建築の一として名高い中之島の中央公会堂、そのコンペ案の図面が出ていたが、それを見て「あっ!」・・・やっとわかった。
このコンペの設計図面は他にも長野宇平治、岡田信一郎らのものなど色々見ているが、この図面にも記憶があった。
ステンドグラスをはめ込んだアーチなどが印象的だったのだ。
途端に親しみが湧いてきた。

そして昭和五年の大倉喜八郎主催の羅馬日本画展でのパラッツォ内での展覧会会場設計も三之助の仕事だと知るや、本当に嬉しくなってきた。
ここではその昭和五年の栄えある羅馬日本画展の会場写真パネルなどが出ていた。
床の間の設えも見事な空間で、最奥には大観の「夜桜」が出ていた。
また大きく青邨「洞窟の頼朝」の写真もある。
ローマには三之助の代わりに長男でやはり建築家の大沢健吉が働いていて、彼の描いた「会場装備完成予想図」が出ていた。
1930年のモダンな見学者の姿がある予想図だった。

ここで時代が戻り、日本の古建築の文様を拓本にしたもの・模写したものなどがたくさんでていた。
それがまた実に美麗なものばかりで、眺めるだけでもたいへん楽しかった。
建築学会編纂の「文様集成」には東大寺の丸瓦や古代の裂なども蒐集されていた。
また日光の派手な美貌を、こうして「文様」として眺めると、とても興味深いものがある。
タウトはその思想上、日光を拒絶し、桂離宮の美を誉めそやしたが、日本には二筋の美の道が活きていることを、決して忘れてはならない。

三之助の石膏デッサンが並んでいたが、その技巧にびっくりした。
アカンサスの見事な柱頭、雌獅子の装飾柱、ギリシャ彫刻の美貌の青年像などが、ウルトラリアリズムで捉えられ、銀塩写真がセピア色になったような、不思議な魅力を見せているのだ。巧いだけではなく、なにかしら眼を奪うものがそこにはある。

三之助の先生でもあった洋画家の松岡壽の作品が出ていた。
(前述の大阪・中央公会堂は岡田案が当選したが、内部の貴賓室天井には松岡壽「天地開闢図」が描かれている。またその室内の柱にはやはり日本神話をモティーフにした作品が描かれている。因みに現在兵庫県立美術館で開催中の森村泰昌「なにものかへのレクイエム」と「森村泰昌 その他のチカラ」展には松岡「天地開闢」が散見できもする)

わが偏愛の伊東忠太の図案、大好きな武田五一の日本画などもある。
三之助が教えた学生には考現学の今和次郎もいて「ラオ屋と子供」といった面白い絵もある。陶芸家・富本憲吉の卒制の設計図は、京近美での彼の回顧展でも見ているが、三之助と富本憲吉とはとても仲良しだったようで、楽しそうな写真が出ていた。
洋画家・南薫造からは大沢健吉・昌助あての絵はがきもある。百年前の楽しいハガキ。

三之助は絵描きになりたかった、ということだが家の反対でその道は進めなかったが、余技として趣味として、とても多くの水彩画を遺している。
その技能が活きているのが先ほどの石膏デッサンだったり、文様の模写などだったりする。
「江戸城研究」として描かれた黒書院・白書院などの平面図、有栖川宮の断面図なども見ごたえがある。

階段の壁面には「大沢家の思い出」として大沢家に伝わった楽しいお宝たちがパネル展示されていた。
ロンドン留学の際に購入した雑誌「THE STUDIO」、馬琴の「弓張月」の白縫姫の挿絵ページ、黒豹の文鎮などなど・・・
仲の良い家族だったことがこうしたところからも伺える。

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2.大沢三之助とみづゑ
19世紀末から20世紀初頭の水彩画の興隆は聞いていたが、よいものが多かった。
そしてフランスではなく、イギリスのロマンティシズムが生きているような作品が多いように思われた。

3.息子・昌助の受け継いだもの
長男と三男が建築家の道へ進み、次男が洋画家になった大沢家。
その昌助の作品で見ていたのは前述の(チラシ中段右)少年像だった。
湖畔の少年。わたしは絵はがきを以前に手に入れていた。
晩年になると抽象表現が多くなるようだが、50代くらいまでの花や風景画に好ましいものが多かった。
特に自画像がとても素敵だった。
小磯良平か大沢昌助か、というくらい素敵な青年が描かれている。

そしてプロ以前の、小学校時代に描いたアールヌーヴォー風な図案などがたいへん良かった。若い頃から巧いヒトは巧いのだ、と感じるような作品が多かった。

また大沢家の息子たちが家庭内同人誌と言うものを拵えていた、というのがとてもいい。
十数年にわたっての雑誌は、なかなか立派なもので、熱中して作っていたろうと思う。
それだけではなく、たいへん良かったのが「紙映画」である。

紙映画の現物はガラス越しに眺められるように展示されているが、その「上映」があった。
活弁つきの紙映画、現代の監督は大沢家のお孫さんたちだったようだ。
わたしは「橋の上の殺人」がいちばん面白かった。
絵は健吉のシャープでモダンなモノクロもので、構図がたいへんいい。
次のシーン次のシーンへのつなぎが素敵だった。
どことなくケータイコミックと同様な「魅せ方」と共通するものを感じもする。
この物語はクライムサスペンスとでもいうのか、オチはあるようでないが(いや、オチはある。人々が次々と橋の上から河へオチてゆく)、1920?30年代のピカレスクロマンの面白さが活きていた。

図録もかなりいいと思う。
年末にこんな面白い展覧会に当たるとは思ってもみなかった。
もっと早くに知っていれば、秋に楽しみ、色々話題にもなっていたようにも思うので、それが惜しい。
12/23まで。

12月のハイカイ

唐突な東京ハイカイです。
諸事情により今月アウトかなと思っておりましたがうまいこと18、19日都内に潜伏しました。

いきなりハイカイには新幹線がよろしいな、時間はかかるが気ままは気まま。
色々見たけど詳細は後日として概要を。
SH3B01880001.jpg信号機の後の富士山。

山種美術館への道は冬と言うより晩秋だと感じた。
大きな銀杏の葉がいっぱい落ちている。赤い紅葉もいいが、黄色い葉が並ぶ風景はもの寂しさがあり、私は好き。
相変わらず小さい螺旋階段であっても方向感覚が狂うのは、私の三半器管が逆なネジ回転しているからか。

山種美術館のコレクションのうち日本美術院とその後の院展との関係は深い。
旧くは大観と山崎種二が仲良しさんだと言うこと、また今の館長の山崎さんが平山郁夫に学生時代に励まされたと言うエピソードまでが一本の線で繋がっている。
今回は見慣れた名品の他に森田曠平の夜鳴鳥ナイチンゲールの絵巻がたいへん良かったが、展示替えで全編を見れなかったのが残念だった。

松濤美術館の大正イマジュナリー展は非常に私好みの内容で好きなものだけで構成されていた。並びを見ていると、弥生美術館がここに出現して名品選を開催しているような錯覚さえ生じた。
本はまた後日購入するのだ。

松濤から宇田川まで歩く。ハチ公バスよ、松濤からたばこと塩の博物館までルート作ってくれい。

礫齋らの超絶技巧を再び楽しむ。ちびっこ客たちもびっくりしてたわ。
一階ではヒトコママンガ展してるが、秋竜山などの作品が並んでて笑えたわ?

根津美術館に行く。
近世風俗画を集めた展覧会。
機嫌よく見て回ってるといきなりわが名を呼ばわる声がする。あっ一村雨さん。
隠密行動のつもりでも、どこかで誰かにコンニチハなもんですな。
エエ加減な私は「ネノヒの松とか書いてるから正月ですね」とかなんとか言うてるわけです。
サラバってからもまた色々眺めた。
解説文で、縹色が花色になってるやん、とか細かいことを言いながら可愛い饕餮くんたちを見てから根津を去る。

夕方の月とスカイツリー遠望SH3B01890001.jpg
月はどっちだ?

損保ジャパンの所蔵名品展を見る。
こういうときに見ると、普段あまり関心のない東郷青児やグランマモーゼスの作品の面白みがわかったりしますね。
キュビズムやシュールレアリズムの時代を越えて独自の様式を確立してからは一時代を築いたと聞くが納得。
モーゼスもただの素朴派の人ではなく、失われゆく自分の原風景を強固に守り通した画家だったのだ。ターシャ・テューダーもそう。彼女はプロの画家だけど自分の世界を守り通したのは同じ。

隣の野村ビルは街路樹イルミネーションしてたわ。

丸の内線で銀座松屋に行くと表でコンサートしている。丁度私の大好きな「戦場のメリークリスマス」のメインテーマが演奏されはじめた。ああ懐かしい。
Forbidden Colours 英国語だからoの後にuが入ったのを思い出したわ。

松屋ではバービー展です。会場内は無論撮影禁止だが外はOKらしく、皆さんぱちぱち撮ってはりました。
カッコイイバービーたち。SH3B01900001.jpg SH3B01910001.jpg

私はリカちゃん世代だからあんまり知らなかったけど、凄くカッコイイんだなあ。

高島屋では[わが心の歌舞伎座]展です。
ああ泣きたくなる。
私は90年代随分と歌舞伎座に通ったのだよ。行けない月はイライラしてたなあ?
歌舞伎座だけやなく新橋演舞場も掛け持ちして昼夜陶然と首ふりしてたわね?
中座がまだあった頃で、南座と名古屋の御園座とそして歌舞伎座とを変わり目ごとに見てた時代。
歌舞伎座のカケラがあちこち展示されてると、ノスタルジーに胸を噛まれて痛いのよ。
しかし花道が再現されてたので、しっかりそこで仁木弾正なキモチで写真撮ったりしてます。

歌舞伎座の文字入り大提灯、鳳凰文様の丸瓦、番付、切符袋その他いっぱい。
流れる映像を見るだけでも胸がいっぱいになるよ。
ありがとう歌舞伎座、そしてこの展覧会を開催してくれた高島屋。

このお隣のスペースでは人形作家ホリヒロシと、彼の門下生の作品頒布会があった。来て初めて知ったから嬉しいわ?
大好きな楓柄の打掛の花魁や鳳凰と題されたドレス姿の美人など多々あり。門下生の作品も先生に準じた佳いものがずらずら並び、豪華な眺めだった。

初日はここまで。

さて今日。予定より出遅れたものの佐倉まで気持ちよく寝続けた。
歴博は離れてるから歩くのに気合が入るぜ。あれかな、国立博物館は駅から徒歩10分くらい離れなあかん、なんて決まりがあったんやろか。

武士とは何か。
歴博は特別展のタイトルがいつも上手い。
結城合戦絵巻の錯誤を正したそうで、それを見るのが今回の私の使命だったのだ!←そんな大仰な。
その結城合戦の春王安王の悲話は新八犬伝で知って以来、ドキドキしてたのだよ。長い話や。

打物が槍や鉞などだと初めて知る。当然知ってないかんのだが、あんまり戦争や闘争や狩猟はニガテでしてな、不勉強ですのさ。←トラブルメーカーのくせに。

箱館戦争に土方歳三の下で働いた中村という青年の描きおいた、戦友たちの武者絵風肖像画を見た。私は当然こちら側を愛する女だから、胸が痛む。
以前函館の土方最期の地を訪ねたときのことを思い出した。

げっ!ショックなことに第四室が2013年までリニューアルで閉鎖やないか?ガーン!
よろめきながら佐倉を去ったのだ。

上野行きの特急で隣席の韓国人親子がやたら地図を見ては口論するんで困るが、口出しするわけにもいかず、(なんしか大阪弁しかわからんもん)どうしようかと思ううち、韓国人は英語が得意な人が多いことを思い出し、とりあえずどこ行きたいのと聞いたらええかとアタマの中で組み立てていると、息子くんがいきなり「ニポリはまだですか?」と言うたので、丁度青砥に着いたから「next日暮里here青砥」と答えた。文法もへったくれもないが、喜んでくれたからまあええかと。
その青砥から町屋経由で根津下車し、弥生美術館に行く。
水森亜土展です。

館内が亜土ちゃんカラーに染まってたわ!楽しかったわ?可愛いグッズいっぱいなだけやなく、ジャズ歌手としての一面も展示されてたし。
私は彼女の歌う上海リルが好きなの。
戦後のあの♪海をみつめていた? やなくて戦前のアメリカの映画「イースターパレード」の♪Looking for you 上海リル?の方ね。←旧すぎるがな。

2階の華宵コーナーではモダンガール特集で私の大好きなスタイルの少女たちの絵が集まっていた。
こんな帽子を被ってみたいわ

それから今年は併設の夢二美術館が開館20年になるので名品展をしている。
特別気に入ったのが一枚。
夜の江戸以来の古い町、ある蔵の前に佇む、頭からすっぽり黒い頭巾を被った「死の使い」、妙に怖い絵だった。

野間記念館は今回諦めてそのまま中村橋へ向かう。
練馬区立美術館「大澤昌助とその父三之助展」これが全く予想外の面白い展覧会で、評判にならんのは全く惜しいことよのう。
なんか昨日の朝日新聞社に広告出てたが。

タイムアップ。池袋に向かう。
デパ地下でお弁当買うたが、どうもここの店員は手荒やな。急いでなかったら「それひっくり返しても大丈夫なんですか?」と言うところだが、私は急いでいる。
大阪レベルの店員教育が必要だと思うが、上がそこまで手が回らないんだろうな。

新幹線で帰る。
また来月までさらば。

茶陶の道 天目と呉州赤絵

もう会期末が近いが出光美術館の茶陶の道は、佳い展覧会だ。
そう言い切ってハジナイ見ごたえのある内容だと思う。
中国陶磁器に愛がある人だけが愉しめるものではなく、やきものに親しみたいと思う人全てに向けられた選択が、とても快い。
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天目と呉州赤絵だけに絞って名品を集めたのが、まず成功の鍵だと思う。
見て回りながらわくわくが止まらない。

始めにジャンク船の模型がある。
既に行かれた方からのお話によると、船の博物館からここへ出港してきたそうな。
これを見て思い出したのが、’93年春の大阪・出光美術館「中国・南海沈没船の文物を中心とする はるかなる陶磁の海路」展だった。
アジアの大航海時代と言う副題もつき、数多の陶磁器が現われていた。
cam690.jpgcam691.jpg当時のチラシ

探し出したチラシは写真ではなく、船の絵が載っていた。
随分以前のものだから、私のアタマが勝手に記憶を捏造あるいは改変したらしい。
南海沈没船からサルベージされたことで世に現れた、愛しき陶磁器たち。

今回の展覧会も、これとはまるまる無縁と言うわけではないだろう。
それにしてもやきものの運命と言うものは面白い。
海中や土中から不意に世に戻ったものもあれば、蔵の中で静かに眠っていたものもあるだろう。そして既に長く世に活きて人目を惹き続けた名品もある。

見知ったやきものには会釈や微笑を返し、初めてまみえるやきものには、見ぬような眼で深く凝視し、偏愛すべきものを探ってみる。
天目茶碗と呉州赤絵に絞って名品を揃えた―――まずその発想がいい。
宋代福建陶磁のはじまり

青白磁刻花唐草文不遊環耳瓶  オリーヴグリーンに近い肌に花唐草が巻き付き、貫入が全身を覆う。不透明なガラスを見るような、もどかしい美しさ。
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青白磁刻花唐草文梅瓶  薄青色の肩の詰まった梅瓶。全身に倶利が刻まれている。唐草と言うより、TAOismの<気>の顕われのように見える。

天目 福建に生まれた鉄釉の美

禾目天目茶碗  流星群。(チラシ上左)
天目茶碗 「太古の爆破の子孫として」

こんな言葉が浮かんでくるような茶碗たち。

茶入と茶壷がたくさん並び、綺麗な着物も多くでていた。お仕覆の喜び。
小さく愛らしいものが集まる景色は、それだけでも得がたいものかもしれない。

青白磁鎬文壺  中世欧州の殿方の短いズボンのそれを思わせるような見栄えをしている。
膨らむ白、内へ向かう青。そのシマシマの静かな豊かさにときめいた。

緑釉印花牡丹稜花皿  緑の色が濃いのは元代だからか、形を見ていて「やきもの」よりも金物を圧して拵えた皿のように思われた。色も緑青のようでもあるし。

呉州赤絵 漳州窯の展開

これだけたくさんの愛らしい赤絵が並んでいる中を泳ぐと、やっぱりどの皿もどの壺もどの瓶も、みんないとしくなってくる。
出光の少し前に正木でも可愛らしい赤絵の小皿を見ている。それからどうも赤絵に対して目が甘くなっている。
何を見ても可愛くて、本当に花畑にいるような心持になった。

特別展示

既に行かれた人々からのお話しで、大阪の油滴天目が照明の加減で、全く別な美貌を見せている、ということを聞いていた。
出光美術館は最近とても効果的な照明を用いているので、それに照らされてあの器のこれまで隠れていた何かが見えるのかもしれない・・・
そのことを思うだけでも、出光へ向かうことが楽しみでならなかった。
だから、その「別な」顔を見せる油滴天目茶碗を目の当たりにしたとき、嬉しかったのだが、それだけではすまなかった。
多少のジクジたる想いが湧き出している。
「外ではええ子やねんから」というあのキモチ。
「うち帰ってもその顔みせてて」と、ついついガラス越しに言ってしまった。

可愛らしい香合や水注などが集まっていた。こちらは石洞美術館の所蔵品。
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亀や鴨、魚柄、花柄、それからどうも唐獅子風なのもある。唐獅子の香合など見ない。
蓋の上につくのはいるが。
その唐獅子は顔を上げていた。
ひとりだけ天を仰ぐのは、ちょっとした淋しさのせいかもしれない。

参考出品

青磁浮牡丹不遊環耳瓶は釉薬が濃いので元代のものかと思ったら、南宋のものだった。
この釉薬の濃さがたまらなく魅力的。

法華寺伝来の青磁浮牡丹香炉の牡丹文様はカーネーションのように見えた。それでどことなくアールヌーヴォー風に思える。

飛青磁鉢  雷文がくっきりしているので、斑を見るよりそちらを見てしまった。

本当にいいものだけが集められていた。
こうした展覧会をシリーズで送り出せるところが、出光美術館の深さなのだと思う。
クリスマス前に素敵な贈り物をもらった。
そんな気分になる展覧会だった。

セーヌの流れに沿って

昔、「パリの空の下 セーヌは流れる」という歌があった。
そのシャンソンは長く歌い継がれていた。
都市には必ず市民に愛される川がある。
ロンドンのテームズ川、ローマのテェベレ、大阪の淀川、京の鴨川、東京の隅田川、そしてパリのセーヌ。
ブリヂストン美術館の「セーヌの流れに沿って」展は巧い企画だと思う。
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副題に「印象派と日本人画家たちの旅」とあるように、印象派に属した画家たちと、日本で彼らに影響を受けた世代、それ以前にフランスへ渡った世代の作品が百点以上出ていた。

第一章 セーヌ上流とロワン河畔
シスレーと、主に日本の外光派の画家たちの作品が集まっている。

満谷国四郎 モレーの運河  船が停留している。その船で生活する人の子どもなのか、ふらふらする姿がある。
桑重儀一 モレーの新緑  こちらも生活船らしきものがある。
これら2枚を見るとジャン・ヴィゴ「アタラント号」を思い出す。「泥の河」ではなくに。
セーヌの上流の地方ではそんな生活があったのか。

矢崎千代二 ロアン河の朝  塔の影を黒く表現しているが、とてもかっこいい線だった。1925年という時代を感じた。

浅井忠 グレーの洗濯場  何度も見ているが、改めてこの枠内で眺めると、非常にいい絵だと思った。
水の色、森の色、何もかもが静かで、そのくせ活きている。
「本当に洗濯してるように見える」と絵を見てひとりごちた人が、いた。

塚本靖 グレーの古城址  元々は建築探偵に来た人が「あっステキ」とばかりに写生したのがこの水彩画らしい。
浅井忠に手ほどきを受けた水彩画は優しい色合いを見せて、たいへん綺麗な風景画が生まれている。

児島虎次郎、都鳥英喜、岡田三郎助らの風景画もいかにも情緒があった。
しかしその情緒と言う言葉のイミを考え出すと、果たしてこの西洋風景にそぐうのかどうか・・・
主観と言うことと客観と言うことを、はからずも彼らの作品を前にして考えてしまった。

第2章 セーヌと都市風景—パリ
やはり「セーヌ」は都市部を行く川なのだと感じるのが、ここに並ぶ作品群だった。

近年たいへんマルケの絵に惹かれている。
マルケの描く都市風景が自分の好きな時代のものだからかもしれないが。

マルケ ポン・ヌフ夜景  サントリーミュージアムでも見た一枚。明るいイルミネーションと車のライト。1938年のパリ。第二次大戦前夜のにぎわい。

ポン・ヌフとサマリテーヌ  いかにもパリの雪の後の風景がそこにある。グレーで表現される空気。

川島理一郎 セーヌ河の景(ポン・ヌフ)  「福原信三と美術と資生堂」展で作品を色々見てから大好きになった画家。
色も濃く塗られ、細かな描きこみ。ポンポン船とクルージングの船と。そこにいたいと思った。
以前パリに行ったとき、セーヌのナイトクルージングを楽しんだ。大人が楽しく過ごすための場だった。
当時のわたしにはかなりのカルチャーショックがあった。そのことを思い出した。

小山周次 セエヌ河の洗濯船  橋はフランスの橋だけど、町並みはどう見ても大正の日本の民家。アコーディオンの代わりに三味線が聞こえてきそうな町に見える。

ドンゲン シャンゼリゼ大通り  以前から大好きな一枚。わたしはキース・ヴァン・ドンゲンが大好きなの。'20年代をリアルに楽しもう、と言う気持ちになるのはこの人の絵を見てるからかもしれない。

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第三章 印象派揺籃の地を巡って

モネのアルジャントゥイユ風景が集まっていた。それとヴラマンクの色彩の洪水のような作品も。
それでルノワールの若い頃の絵と晩年の絵とがあり、どちらもセーヌ川をえがいているのだが、若い頃の絵は暗く、晩年の絵は途轍もなく明るかった。
それぞれの比較が出来たりする配置だった。

マルケ 道行く人、ラ・フレット  「春やなぁ」と思わず呟いてしまった。そんな気分が湧いてくる絵。

第四章 ジヴェルニーと芸術家村

正宗得三郎 ヴェトイユの春  白い花木が満開。杏かな?1915年のヴェトイユの春、それを満喫したかのような一枚。

第五章 セーヌ河口とノルマンディー海岸

どうしてもノルマンディーと言えばDデイと来るわたし。あれは「地上最大の作戦」だった。
ここではエトルタ海岸がたくさん出てきた。

藤田嗣治 ル・アーヴルの港  ・・・シュールな景色。何がどう、というのは言いにくいのだけど。

高畠達四郎、香月康男 どちらもエトルタのゾウさん岬を描いている。
香月のは灰色のゾウさんが淋しそうに佇んでいて、高畠のゾウさんは何かしら伝説があって、ゾウがその地で岩になりました的なムードがあった。

たいへん面白い展覧会なのだが、まともなことが書けなかった。申し訳ない、ブリヂストン。
23日まで開催しているが、この展覧会は大いに見る価値があると思う。


東博でみたもの少しばかり

先月に見た東博の常設で特に気に入ったもの・好きなものを少しだけ挙げる。

白狐 下村観山SH3B01070001.jpg
なんとなく信太の森の白狐のような気がした。何かを想ってそこにいるキツネ。
キツネは来ツ寝である。これがもし「信太妻」をイメージしてのものなら、と思う。
観山は「弱法師」など謡曲にゆかりのある作品を残している。
絵そのものに物語が濃く活きている。

蒙古襲来 菊池容斎、朝鮮之巻 前田青邨  このあたりはやはり歴史画の大家という感じがあって、考証もしっかりしていそうだ。青邨の描く朝鮮の人々の風俗もリアルだった。

日本武尊 青木繁  何度も見ているが、それでも新しいキモチになる。今回はヤマトタケルが素足だということに不意に気づいた。そばにいる男のぎょろりとした目はそれを秘かに捉えているのかもしれない。ヤマトタケルの立ち姿の美しさ、悲劇の生涯を知るが故に胸に湧き出すいとおしさ。
ときめきに粟立つ一枚。

黄石公張良 小林永濯  躍るような構図なのは「揺らぐ近代 日本画と洋画のはざまに」に出た「道真天拝祈祷の図」同様かもしれない。挿絵やちりめん本なども手がけているから、構図が面白いのかも。

染付吹墨椿文大皿 伊万里SH3B01130001.jpg
これは以前の染付の展覧会で見て本当にドキドキした作品。椿が好きなわたしはこういうお皿を見ると、それだけで嬉しくなる。

色絵翡翠図平鉢 伊万里(古九谷五彩手)SH3B01120001.jpg
可愛かった。カワセミなのはアタマのシャッとしたところでわかる。九谷焼風な配色なのが印象的だった。

絵のほうは昨日までの展示だが、やきものは年を越しても少しばかり展示継続中。

間人へかにツアー

社内旅行で間人(たいざ)に蟹ツアーしました。
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私はある時期から社内旅行には必ず黄色系で参加するように決めてるんで、今回も黄色でまとめた。これだと遠目からでも私だと認識される。
今回はチュニックもマフラーもカバンも靴もみんな山吹色にして、あとは黒と茶系にしたから、集合時間スレスレでも「あっキタキタ」とか「あっ違うバスに向かったらあかんやん」とチェックされる。
ズボンが黒なのは虎党だから(笑)。

総務の幹事の子は全身ヒョウ柄、まだ若いのに今から大阪マダムしてる。これも指標になる。
関東ではヒョウ柄をレオパード柄と言ってるが、関西ではあくまでもヒョウ柄である。
たくましい奥さんの象徴ですな。そう見られるのがいやな人は着ない。
彼女は力強く「あたしは大阪マダムやからええねん」と言い切って、細いシガーをくわえて、にがそうな目をしながら煙りを吐く。
イサギイイな、私なんぞはまだまだもがいてるで。

さて今回は異例なことにお昼を車内で食べた。
まあなかなかおいしいお弁当でしたがちょっとびっくり。
でも寝るうちに久美浜の酒蔵・木下酒蔵につく。天保年間創業のお店、酒蔵案内してもらう。
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タンクは昭和真ん中のがいっぱいある。土壁なのがいいな。
試飲も色々したが、シャープなのやまろやかなのがあり、おいしいわ。
酒まんじゅうもおいしい。酒粕買うたよ。

しばらく走って琴引浜に行く。海風強し。波打際まで行くが、鳴き砂の実感はなかった。
ワカメかヒジキのミイラみたいなのがあちこちに落ちとるわい。
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道の駅に寄る。「カニの七福神ストラップ、今日の運勢ミクジつき」 のえべっさんなカニを購入。

宿は民宿で、本館がメンズ・新館が女子、ご飯と大浴場もこっち。
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カニ刺身と生カニ。鍋に入れずとも生でもOKというスグレモノでした♪
カニ食べてる時の幸福度の高さはちょっと表現出来んなあ。
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その後には御定まりのトーク会があったり、色々ここで書けないことが続出。
露天風呂ではガールズトーク爆発!!お風呂でお肌ピカピカ心ハレバレよ。
でも夜中3時まで続きますとさすがに疲れます。

翌朝は朝風呂から始まり、寝不足の反動からか、みんなやたらたくさんごはん食べたなあ、サザエご飯が人気でしたわ。

まず向かった先はお土産屋で、キンメダイのヒラキとお菓子など購入。
ばかうけせんべいにキティちゃんのコラボSH3B01840001.jpg
かなり好きなせんべいなのだよ。

足湯したかったが色々面倒なんでパス。
次は豊岡のカバン工場に向かう。
湾になんか浮いてるなと思うたら水鳥でしたわ。

私はしっかりした立派なバッグより可愛いフクロモノが好きで、手が粗いからすぐにものを壊すので、と二つの理由により、いつも機嫌よくぺらい襷掛けを使っている。ピッタリなのがみつかり嬉しいわ。
コウノトリ公園に行き、建物内で剥製を外の園内で生きる実物を見る。アオサギも一緒。
コウノトリは古事記にも鵠(クグイ)と呼ばれて登場する。
意外なくらい大きな鳥だった。
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一時間ばかり走り竹田の肉屋に到着。
山を見上げるとなにやら跡がついている。黒澤明「乱」のロケでこしらえた城跡らしい。つまりラストシーンで宮崎美子の楓の方と野村萬斎の鶴丸が佇むあの場ですかね。

しゃぶしゃぶ風すき焼き。いい肉でしたわ?おいしかった。本来は鍋奉行なんだけど、今回は何もせず。寝起きの私はただただ肉を食べただけ。

バスで再び寝る。そうこうするうち、予定より一時間早く到着。
お土産に貰ったカニや一夜干しなどを渡される。ああ嬉しいが重たいな?

山陰カニツアーはかくして終わった。

万葉に遊ぶ―上村松篁の描いた万葉世界を中心に―

奈良の松伯美術館で12日まで、松篁さんの万葉美人を中心にした展覧会が開かれている。松篁さんはゆかりの深い井上靖の小説「額田女王」の挿絵を手がけている。
(昭和43?44年頃)
松篁さんは花鳥画の名人だったが、一方でお母さんの松園さんの血筋を髣髴とさせる優雅な美人画も、この万葉世界を背景に描いている。
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チラシは「万葉の春」 桃の花が咲き零れる野に摘み草をする女たちが描かれている。
これは元々は奈良歴史教室の壁画だったが、今では松伯美術館にある。
右側には若き貴人と侍童がいて、万葉集の恋歌そのもののような情景が広がっているのだった。
この絵を見た記者の一人が「お家芸か、かくし芸か」と味のある名言を残しているが、本当にはどちらだろう。
馥郁とした美しさが、ヒトにも花にも鳥にもあふれている。

万葉集の時代では花は桜ではなく梅であるが、桃もまた随分深く愛されていたらしい。
松篁さんの桃の花を描いた作品は多いが、いずれも明るい伸びやかな心持になる名品だと思う。

「額田女王」の話の展開については措くとして、墨の濃淡ばかりでその世界を表現したのは、本当に見事だった。
章ごとに扉絵も拵えていて、その章の中の最大の事件をフルカラーで描いている。
何を見ても、どれを見てもわくわくする美麗な挿絵だった。

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またその絵を描くにあたって、資料に苦労したことなども松篁さんは随筆に残している。
読んでいて思わず声をあげて笑いそうになった「苦労」もある。

扉絵のうち、毛氈に座して白梅を眺める額田女王、有馬皇子の悲しい最期などが静かに描かれている。
挿絵は上が中大兄皇子とのひととき、下はその以前、まだ娘時代の額田女王が大海人皇子をからかうシーン。

物語自体は井上靖らしい展開の流れがあり、感情が含まれている。
それを松篁さんは静かな画面で再構築する。
見ていて本当に飽きない仕事だった。

挿絵は他にも大仏次郎「天皇の世紀」があった。壬生狂言や竹生島などが描かれている。

私は以前から天平時代の女人の装いに深い関心があり、コスプレするなら舞妓さんでも平安美人でもなく、天平美人になりたいとツネヅネ思っている。
ここでは奈良時代にヒトビトが身に着けていた衣裳の再現もあり、カラフルで賑やかなそれらを眺めているうちに、わたしも一緒にその衣裳をまとって、絵の中のヒトになっている気がしてきた。

万葉をキーワードにしたような作品は他の画家にもある。
安田靫彦 紅梅  見事な枝振りと開いた花の咲き零れ具合が、またなんとも言えず優麗。
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堂本印象 木華開耶媛  春の女神が野に遊ぶ。
桜、地にはたんぼぽスミレなどが女神を取り巻くように咲いている。
太子降誕  摩耶夫人と侍女たちのまなざしがいい。

小倉遊亀  天武天皇・持統天皇と並んでの作品。数珠を手にまさぐっている持統天皇。天武は眼光鋭い、やる気に満ちたおじさんだった。

池田遥邨 寧樂  鹿が1頭だけ。ぽつんとこちらをみている。
可愛い淋しさがそこにある。
  
礎石幻想  びっくりした。軽妙洒脱な作品の多い画家が「美人」を描いているのだ。
随分な長身で、まるで首がするすると伸びたような感じもした。

他に常設室には松園さんの「多から舩」や「序の舞」下絵など、淳之さんの大極殿正殿の壁画下絵などがあった。
四神の一、白虎が実に可愛らしくて、首筋をなでてみたくなった。

松篁さんの「万葉絵」は以前から好きな作品が多く、「額田女王」も全編の絵を見たいとよくよく思っていたから、こうしてその機会が来たことを大変嬉しく思っている。
可愛い図録にも挿絵は収められているので、いつでも逢えるのだ。
「平城遷都1300年記念」と銘打たれた展覧会、どれもこれもが名展だった、と思っている。

浪花教会とその周辺を歩く

既に何度か出かけているが、十二月に教会に行くと色々たのしいことがある。
今日は大阪・高麗橋の浪花教会に出かけた。
ヴォーリズのところの設計。竹中工務店の施工。

ゴシック様式の教会。IMGP8627.jpg

ステンドグラスも綺麗な色の取り合わせ。
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階段のうねり具合が素敵。IMGP8621.jpg

パイプオルガンは毎週木曜のお昼に演奏されているそうだ。
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礼拝堂の柱はアーカンサス飾り。IMGP8617.jpg
大昔購入して以来ずっと現役のオルガンにはレトロな装飾がされている。
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時計もレトロで可愛い。IMGP8623.jpg
・・・と思っていたら、ご案内してくださった方の腕時計も同型だったので、妙に楽しくなった。

入口のライトもゴシック。IMGP8628.jpg

クリスマスのミサは当日ではなく17日に開催されるそう。
信者じゃなくてもこの時期は教会に行くのがなんだか楽しいから、好き。

ご近所には素敵な建物が点在している。
こちらはお隣。IMGP8632.jpg

少し歩くと・・・IMGP8636.jpg
以前はさる商社だったのに、今日見たら空いていた。
壊されないように願いたい・・・・・!!

このご近所の青山ビルに入っている丸福珈琲店でティータイム。
青山ビルは「くもじい」の好きなもじゃビル。
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お隣の伏見ビルも好き。IMGP8644.jpg
窓装飾のモダンなセンスがいい。IMGP8645.jpg

船場のこの界隈にはガス灯も設置されているし、すぐそこの御堂筋では銀杏も素敵だが、御堂筋イルミネーションもある。
寒い一日だったけど、あちこちハイカイして楽しかった。




松花堂美術館で見る八幡市民のお宝

八幡の松花堂美術館では地元に伝わるお宝を集めた展覧会が開かれている。
この美術館の所蔵品だけでなく市内の個人蔵のものも多く出ていた。
その中でも目玉は二点あり、初公開の「東山遊楽図屏風」と僧形八幡神像を頂点に置いた「篝火御影図」がそれ。
ちょうど着いたときに学芸員の列品解説が始まった。
皆さんと一緒に話をうかがった後、個人的に質問をしたのだが、それによく答えて下ったことを感謝したい。
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東山遊楽図について、自分の感想と聞いた話など。
ここにあるのは右隻で、左隻はまだ未発見らしい。
十月末にはこの屏風について狩野博幸先生が講演会をしているようだ。

1には三十三間堂で通し矢をする男、方広寺の外にある梵鐘(例の「国家安康 君臣豊楽」の銘文に家康がアヤつけたあれ)、寺内には朝鮮通信使一行(たぶん、見物)、そばの豊国社には衣冠束帯の人々。
面白いのは寺の門の位置。向かって左4間、右5間という造りで描かれているが、これは写生して描いたのではないか、と言う話だった。
門と玄関とはまっすぐにするのは家相上よくない。必ず少しずらすようにする。それは魔除けのためである。実際その通りの構造だったのを、この絵はうつしている。

他に下方に陶器屋という建前の商店街(!)があるが、実は中身は遊女屋。官許でないので建前がいるのか。この場所はいわゆる七条パラダイス、五条楽園である。
数年前その町なかを色々歩いて回ったが、佇まいに独特の面白さが活きていた。

2では五条橋が描かれている。人々の行き交う姿も弾んでいる。

3の上部に清水寺がある。音羽の滝もあるが、他の名所図ではありえないほど、清水はどうでもいい立ち位置に置かれている。重要視されていないのだ。信仰には流行り廃りがあるが、これではまるでブームの去った寺である。
八坂の塔の前を走り過ぎるヒトビト。建仁寺の下では農耕する姿もある。

4でいよいよ四条河原界隈が現われる。大きな芝居小屋が二つばかり見える。北座と南座である。
そしてそのコヤにはネズミ口の続きに幕まであり、その当時の芝居小屋のシステムがリアルに描かれている、と言うお話を聞いた。
緋衣の者や抜刀するものが見える。なぜか能舞台が設えられていて、顔がよく見えないが何やら演じられている。「大江山」らしい。顔の剥がれにナゴリがあり、それが般若の面を示しているそうで、後ろの放物線も大江山を示しているらしい。

5には高台寺が描かれている。その下方に二軒茶屋がある。藤屋の屋号が見えるそうな。それは今の中村楼に当たるらしい。
四条の仮橋の袂で揚弓する人もいる。昔のゲーセンなのだ。

6がチラシで光っている部位を集めた扇になる。
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見世物小屋にいるのは豹で、その檻の端にはなんと可哀想に餌の犬がいるのだった。
歩く人々の中には辻が花の着物を着たらしき人も散見する。
知恩院、八坂神社の手水鉢は水満々。中門も見える。
そして今も地名にある「松原通」を示す松並木が描かれている。
その様式は初期のものだということだが、学芸員さんの話によると、この屏風は細見のやサントリーのそれに匹敵するほど価値のある作品らしい。

左には二条城も御所も北野天満宮や金閣も描かれているだろうが、そこで行幸図などがあったら、また色々とわかることも増えてくるのに、惜しいことだった。

他にもっと後世の「祇園社遊楽図屏風」もなかなか面白いデキだった。独楽売り、茶店、揚弓・・・楽しむ人々の風俗を見ると、男はもう完全に月代を剃るちょんまげさんだった。

他の絵を少しばかり。
中村竹洞 梅図  近年竹洞の作品を見る機会に恵まれているが、この梅図は淡々と綺麗に描かれていた。
松花堂昭乗 梅図  月も日も描かれていないが、なんとなく夜の梅のような気がする。
鳥図 中村竹渓  竹洞の子。父の僚友・山本梅逸についたそうだ。雉のカップルにカラスか叭叭鳥かわからぬ黒い鳥も元気そうである。

鵺退治図屏風 源埼  応挙の弟子たちの中でも優美な唐美人が多い彼にしては珍しい武者絵である。鵺の手の肉球が可愛い、と思った。tou638.jpg

竜虎図屏風 中西耕園   コンチワ?な竜と、「いらっしゃ?い」な虎の仲良しさん、と言うような一枚。
鴨図襖 近藤樵仙  細川家お抱えの絵師で、20世紀真ん中まで生きた人の襖絵。
ぐあぐあとうるさそうな・・・。映画「雁の寺」を秘かに思い出していた。

篝火御影  敵を封印するための印を持った僧形八幡神と眷属たち。発見されたときは京都新聞などで大きく取り上げられたらしい。

ほかに岩清水八幡宮の縁起絵巻などもあり、なかなか楽しめる展覧会だった。
市民のお宝がこうした機会で見られるのは、本当にいいことだと思う。ありがとう、美術館。
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住友コレクションの日本美術

昨日で終わったが泉屋博古館の日本美術はさすがにいい作品が集まっていた。
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チラシは若冲の海棠メジロ図だが、この作品も改めて眺めると、やはり可愛いと思うばかりだ。
なにしろ本当に目白押しです。
白い花と黄緑のメジロたちがわんさといる情景は、出来たら今やなく春に見たいところだが、「季が違うておるが仕方ない」と獄門島のような台詞をはいてみる。

平安時代の線刻仏諸尊鏡像は国宝ということだが、覗き込むと、赤がかった金色鏡の表面に仏の眷属たちがワッとばかりに集まっていた。
普通の鏡やと思って覗いたら、私なんぞはギャッである。

石山切、端白切、熊野懐紙などが並び、その続きのように佐竹本三十六歌仙の源信明が、物思いにふけるような俯き加減の顔を見せていた。
ちょんと出した白足袋が可愛い。
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その隣の上畳本三十六歌仙の藤原兼輔は杓を持ってキリッと前を見ていた。
こういうのはこちらも心配しない。

魚樵問答 雪舟 二人は岸に上がり静かに対話している。
川面に小船が岸には小さな薪がある。そんな情景をロングで捉える。

芦屋円窓松竹梅図霰真形釜 いいサイズでとても可愛い。円窓の松竹梅はやや摩滅しているがそれがまたいい。霰も小粒で持ち運びに楽そうな釜で、先代萩の政岡が、まま炊くのもこれかもと思ったりする。

茶入や茶碗がいくつか。
崇傳旧蔵の文琳、朱舜臣命銘の鶴の子などなど、茶碗も遠州ゆかりのものなどが出ていた。
黄天目茶碗 銘 燕  黒い釉薬の流れは細く、それが燕尾風らしい。煌めきは深く鮮やかで、光る電磁波のような感じがした。

古銅象耳花入 銘 キネナリ 黒い躯体に饕餮くんが静かに目を光らせ、両耳の象も黙って笑っている。そんな花入だった。

御所車蒔絵硯箱  これは箱裏に夕顔棚が描かれているので源氏物語の「夕顔」をモティーフにした作品だとわかるのだが、肝心の箱表が実に怖い。
一見したところは野の露に濡れるようにひっそりと御所車が一騎ぽつんと置かれている。
それだけなのだが、それが怖い。
シーーンとした無人の野である。まるで打ち捨てられたかのような無人の御所車。
誰も何もないことの恐ろしさが、そこにある。

藤棚秋草蒔絵十炷香箱  香道のお道具たちである。紅葉型本香盤が可愛い。白く光った紅葉は他にない。青貝細工の面白味が出ていた。

二条城行幸図屏風  左隻を見た。鳥兜の楽人たち、隼人の兵たち、後水尾天皇の輿、後の明正天皇の輿などが行く。それを見物する都人たちは、桟敷席や思い思いの位置から興味深そうに眺めている。この賑やかさ・華々しさはスターウォーズ・エピソード1のブーンタ・イブのレースのソレと似ている。

工芸もまた色々楽しんだ。
色絵竜田川水指 仁清  柳の描きようが鋭角的で面白い。
白鶴香合 仁清  わりと大きい。掌には納まるまい。
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後藤一族の鍔や小柄の細工物が色々出ている。
こうした細かい細工物を見るのは本当に楽しい。

是害坊絵巻  大好き。住友本は以前にも見ているが、本当に烏天狗たちが可愛い。曼殊院本も見ているが、この二つは大体14世紀半ばに作られたそうで、絵柄もよく似ている。
先般、慶応本を見たが、あちらは全く絵が違うので、却って戸惑ったくらいだった。
湯治はやっぱりええんやな?、と初見のときの感想が、今もまだ活きていた。
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遊女図巻 宮川長春  琴棋書画図でもある、と解説にあるとおり、遊女たちがそれぞれ琴を合奏したり、書を書いたり、役者らしき若者と双六で遊んだり色々。着物の柄がはっきりしていて綺麗だった。

蔬菜図巻 呉春  シメジ、ユリネ、細大根、水菜、蕪、慈姑、蕗の薹までの野菜がごろごろ転がる図。
どれもこれもおいしそうに見えた。野菜類の絵はやっぱりおいしそうに見えてなんぼですね。

椿図 乾山  これもまた好きな作品。白椿二輪が投げ入れられているのが、とてもいい。

やはり住友コレクションは素晴らしい、と改めて実感する秋の一日だった。
ところでこの記事を書くに当たって是害坊の資料を出してきて、あっとなった。
’95.4/1に初めて泉屋博古館に行った日に見たものと、今回の展示はかなり重複しているのだった。
その当時のノートを調べると、「曼殊院とは別バージョンの是害坊を見れた」と喜んでいた。
15年半経って、思いがけない再会をしていたらしい。

會津八一のうたにのせて ―奈良の古寺と仏像―

奈良県立美術館の「會津八一のうたにのせて ――奈良の古寺と仏像――」はたいへん面白い展覧会だった。
これは三井記念美術館の「奈良の古寺と仏像 ――會津八一のうたにのせて――」の奈良バージョンの展覧会で、「巡回」とは言いにくい、姉妹版というのがふさわしい内容だった。
三井の展示はこちらに感想を挙げているが、そこではやはり仏像がメインの展覧会だった。
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わたしはそのときもっと秋艸道人の歌と絡んだ展示が見たいと書いていたのだが、それはこの奈良県美の展示で叶えられた。
つまり三井で「奈良の古寺と仏像」を見て、奈良で「會津八一のうたにのせて」を見ることで、この企画は全うされるのだった。
(新潟の展覧会は情報がなかった)
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「書・拓本・写真でつづる」とあるだけに、最初から大きな拓本がでていた。
薬師寺金堂の如来台座の北面の鬼たちなどは特に可愛らしい。ブサカワというやつか。
上部の葡萄唐草文様は西方の影響が強い。
「凍れる音楽」とフェノロサに謳われた水煙の拓影はなかなか大きかった。
このサイズくらいないと、たしかに「凍れる音楽」にはならぬのだろう。

今現在、東博に出向いている八角燈篭の拓影もある。笛を吹く天人。こうして眺めるとほっぺたの円い、可愛らしい天人である。にこやかだな、とわたしは思ったのだが、解説には「倦怠感が漂う」とか大仏以降のマニエリスム云々とある。
東大寺続きで言うと、西大門の勅額の拓影も来ていた。こちらは例の神仏眷属フィギュアはなかった。

飛鳥園の写真だけでなく、入江泰吉先生の大和路風景の、大写真が展示されている。
わたしは入江泰吉先生のお写真がとても好きだ。
学生の頃、入江先生が特別講師として来られて色々教わったのが懐かしい。
斑鳩の残照が壁いっぱいに広がっていた。

長屋王が、「風月同天」云々と刺繍させた袈裟を中国へ留学する僧に贈った、という話がある。どこにあろうと仏教トモダチ、と言うほどの意味である。
その袈裟の文字を見て、鑑真さんが日本へ渡ろう、と決意されたという。
秋艸道人は書もよくしたが、この「風月同天」を戦時中に書いている。
所蔵は鑑真さんゆかりの唐招提寺である。
その唐招提寺の金堂の支輪板の拓影がある。縦長に華が描かれていた。宝相華である。
縦に一輪という構図は、18世紀のイスラームの絨毯文様を思わせる。
唐招提寺の見事な列柱と秋艸道人の歌との絵はがきがあった。
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法隆寺金堂の壁画を日本画家たちが模写したうちの数点が来ていた。
二号壁(荒井寛方班長)、五号壁(入江波光班長)などはどことなくその班長の絵の特性が出ているようにも思えた。
六号壁はこれまで阿弥陀と菩薩たちばかり見ていたが、ふとその上部の眷属たちに目が行った。たいへんな愛らしさがあった。
ちょっとびっくりするくらい、可愛らしい。何故今まで気づかなかったのだろう。

小堀鞆音の版画に會津八一の歌「うまやどの」は16才の太子孝養像だった。
みずらに結うた厩戸王子の綺麗さにときめいた。
わたしはやっぱり山岸涼子「日出処の天子」で育ったから、王子を見るといつもドキドキするのだった。

光明皇后をモデルに作られた御仏を見ての一首は名歌だと思う。
ふぢはらの おほききさきを うつしみに あひみるごとく あかきくちびる
作為のない、実感がそこにある。

もうなくなってしまったが、文人墨客に愛された旅館「日吉館」の看板、春日大社宝物殿の扁額などの拓本や元の書なども出ていた。
書はさっぱりわからないが、歌人・秋艸道人の詩歌を、書家・會津八一が書いたものは、みなとても魅力的だ。
ただし色っぽいというものではなく、どことなく心が晴れるようなよさがある。

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棟方志功とも交友していたそうだが、やはり杉本健吉とのコンビがとても好ましい。
夢殿を健吉が描き、會津八一の歌が自筆ではいる。
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ほかにも昭和25年に東大寺に會津八一の歌碑が建立されたときの絵がある。
杉本健吉も會津八一も、奈良を酷愛した人々だった。
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上司海雲と會津八一の往復書簡もたくさん出ていた。絵はがきがいかにもその時代を示していて、絵はがき大好きなわたしはそちらの方に関心が向いた。
終戦から一ヵ月後の便りもある。本当に二人は仲良しだったのだ。

飛鳥園の仏像写真を色々眺める。
三井で見たときより感銘は深い。何故かはわからない。
ほとけたちのお顔も何かを語ろうとしているように見えた。
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三井では仏像が多く出ていたがこちらは二点のみで、秋艸道人の仕事がメインの展示だった。どちらも見たわたしはこの企画を全うしたように思う。
たいへん良かった。

展覧会は12/19まで。

没後120年ゴッホ展 こうして私はゴッホになった 

没後120年ゴッホ展 こうして私はゴッホになった 
巧いタイトルだと思う。
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ゴッホの大きな展覧会と言えば、兵庫県立美術館の杮落としがそれだった。
そのときもゴッホだけでなく、同時代のほかの画家たちの作品も展示されていて、かなり楽しめる内容だった。
今回は「こうして私はゴッホになった」というのだから、やっぱり他の画家の作品も多かろうと思ったら、それもいいものが出ていた。
時系列でヴィンセント・ファン・Gが「ゴッホになっ」てゆく様子が見て取れる構成は、面白い。

むかし、棟方志功もゴッホに感激して「わだばゴッホになる」と叫んでいた。
その言葉の意味はゴッホそのものにナルと言う意味でないことは確かだが、彼がルノワールではなくゴッホに感激したと言うのが、よく考えるとなかなか意味の深いことのようにも思える。

わたしはどちらかと言えばゴッホはニガテだった。
極端に好きな作品もあるが、総じてニガテな作品が多い。
きらいではなく、好きではない・・・
しかしそれは作品に限っての話で、彼の生涯に対しては深い関心がある。
(尤もそれはゴッホ本人には迷惑なことかもしれないが)
少しずつ感想を書こうと思う。

「ファン・ゴッホは、若い頃からバルビゾン派、フランスの写実主義、オランダのハーグ派といった巨匠たちの作品に親しんでおり、彼らの作品をもとに初期オランダ時代の絵画は構成されています。」
第一章ではその定義に沿って、それぞれの作家の作品が選ばれている。

ミレー、クールベ、ドービニー、テオドール・ルソーらの作品に混じって、ゴッホの「秋のポプラ並木」があった。
暗くて落ち着いた色調の秋である。
ポプラの高さ、その影の長さ、地味な女の姿・・・
わたしはこの絵は好ましいと思った。
一番奥の建物の臙脂色に近い赤の屋根、木々の隙間の青空、優しくていい感じがする。
しかしこれはやはり「ゴッホ」になる以前の作品なのだった。

やがて独学で絵を学んだ青年の作品が現れる。

ミレーへのオマージュのようにも見える一連の作品を見ていると、申し訳ないがわたしなどは多少苛立ってくる。
それは単に嗜好の問題だから、ゴッホがどうこうということではない。
私はあくまでも自分の好みでしか、ものを見ず、思いを語るばかりだ。
ファン・ゴッホが<ゴッホ>へ至るための、ジャンプ前に身を屈めた状態、それがこの時代の作風のようにも思える。

第三章はゴッホの研究時代とでもいうようなセレクトがされていて、それがなかなか興味深かった。
「色彩理論と人体の研究、ニューネン」という副題がある。
慌てモノのわたしはニューネンを見間違えて、ニューロンと来たか・・・と真顔で考えでいた。

黒チョークに淡彩という素描のスタイルから、少しずつ油彩画へ移ってゆく過程をみているわけだが、その中で一枚、たいへん力強い肖像画を見た。
白い帽子をかぶった女の頭部  実に力強い存在感があった。このモデルになった婦人がどんな人なのかは知らないが、ぐいぐいと強い力でこちらを圧して来るのを感じる。

パリのモダニズム
タイトルを見て、ゴッホが「パリ」で絵の修行をちょっとばかりしたヒトだと言うことを、認識した。
なんとなくゴッホとパリのイメージが合致しなくて、今日まで考えるのを怠っていたらしい。

バラとシャクヤク、花瓶のヤグルマギクとケシ、そしてマルメロ、レモン、梨、葡萄
この三点が並んで展示されていた。
異様に綺麗な花々と果実がそこにあった。
そして思った。
ここで止まっていたら、「ゴッホ」になることはなかったろうが、おだやかな生を過ごせたのではないか。「炎の人」にとってそれがいいことかどうかは別として。

他の画家でいい作品がいくつか並んでいた。

ピサロ 虹  ずっと遠くに虹が立っていた。マダガスカルの虹のように立っているのだ。見たものを描いたのか、イメージを描いたのかは知らないが、観るわたしからの立ち位置からでは、やはりその虹を実見したかのような心持になる。

カイユボット バルコニー越しの眺め  遠近法の面白さを楽しめる作品。手前にバルコニーの装飾金具があり、その先に外の景色が少しだけのぞく。この絵も浮世絵の構図の影響を受けているのかと思う。

ロートレックとゴッホが同じ女を描いていた。「二人」は似てはいるが他人の空似のように似ていた。
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「アルルの寝室」が再現されていた。二次元で見る分には胸を衝くいい絵だと思っているが、これが三次元再生されると、なまじ差異性が少ないがために、妙に胸焼けする。
この部屋で寝て暮らすのはいかん、と思ったりもした。

ゴッホが影響を受けた浮世絵の展示があった。
国芳 川を渡る女性(山城国井出の玉川)  数え切れぬ花々に囲まれた中にいる女。配色のよさにも強く惹かれた。

広重 五十三次名所図会 四十二 宮  三重県の宮を描いている。鳥居の四分の三ほどが描かれている。面白いトリミング。

他にも旧幕時代の国周の隅田川、国貞の光氏、作者のわからぬおもちゃ絵などがあった。
まことに申し訳ないことだが、わたしはこの数枚の浮世絵を見たことを、たいへん喜んでいた。
ゴッホへなりゆく画家の作品よりもなお、この幕末の浮世絵に惹かれたのだった。

最後にサン=レミの病室の窓から見た風景などを描いた作品が出ていた。
わたしはこの時代の作品に惹かれるものが多い。「ゴッホ」になった画家の終末、その頃に描かれた作品に惹かれるのは、どうなのだろうか。
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12/20まで。もう一度いろいろと考えたいことがあるので、また見に行こうと思う。

旧伊勢屋質店を見る

さる11/23は勤労感謝の日だが、樋口一葉の命日でもあった。
その前日、都内のホテルで新聞を見た私は急遽本郷の旧伊勢屋質店に行くことにした。
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つくともう行列が出来ている。
幕末の頃に建った家だから大人数を一時に収容できないのだ。
表を鑑賞する。綺麗な飾りがある。
この辺りは関東大震災や戦災の被害も少なかったので、旧い建物が多く残っている。お隣さんの佇まいもいい。

関西人の私には東京の建物構造が理解できないときがある。逆も然りで、東京出身の建築好きお仲間が最初に関西に来たとき、和風民家が全てモルタル塗りだということに驚いていた。
私に言わせて貰えば、塗ってない方がびっくりなのだが。

SH3B01390001.jpg質屋の店先。

SH3B01410001.jpg綺麗な照明。

質屋さんはつい近年まで現役だったそうな。
一葉のお葬式の時にはお香典を持っていったらしい。
一葉も日記にここへ行ったことを克明に記している。

SH3B01450001.jpgなかなか素敵な机

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いい設えである。

一葉の日記で思い出したが、上村一夫はこの界隈をコミック化していた。
菊富士ホテルの日々をモデルにした「菊坂ホテル」そして一葉を主役或いは狂言回しにすえたサスペンスもの「一葉裏日記」がある。

この質屋から程近い文京ふるさと歴史館ではやはり地域と縁の深い新派の花柳章太郎の回顧展が開かれていた。
彼は絵や文章もうまく、これまでにも国立劇場で展覧会が行われている。
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チラシの左下は伊東深水の手描き内掛けである。
新派の舞台を実際に見ることはないわたしだが、明治末から昭和中頃まで活躍した人々に強い関心があるので、この展覧会は楽しかった。こちらも既に終了している。

近所には他にも多くの見るべきものが活きている。
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円山応挙 空間の創造  後期

三井記念美術館の「円山応挙 空間の創造」は前期も後期も共にたいへん見ごたえのある展覧会だった。(11/28終了)
前期の感想はこちらに書いたが、後期についても少しだけ書く。

眼鏡絵も展示替え。若い頃の作品で、しかも「眼鏡絵」ということで細かい絵なのだが、それがまた色んなものがギュッと濃縮されていて、とても楽しい。
ちっとも金じゃない金閣や、しーんとした天橋立の松並木、桜の少ない吉野山を行く巡礼たち、真横から描いた清水の舞台なんて、他は誰も描いてないな・・・昔も今も大賑わいの京都・南座、山中に鳥居の目立つ金比羅さん、五条橋から見た大仏殿はなにやら檻の中の見世物風で、翳む男山を描く淀からの眺望も、なにもかもがとても楽しかった。
(句読点の句点は最後の一つで、というのが石川淳の短編小説にあったので、まねてみた)

円光寺というお寺所蔵の屏風「雨竹風竹図屏風」は墨でササッと描かれた感じのするものだった。
(竹だからササッということではない)
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なんとなくどこかで見たような感じのする「情景」である。
少し離れてもう一度見直して、ああ、と納得がいった。
長谷川等伯の松林図に雰囲気が似ていたのだ。
私はあの国宝の絵を、雨の日や雪の日に見るのがとても好きだ。
空気に含まれる水分、それを感じ取っているのだった。

藤花図屏風  根津美術館で展示されるときに限って、見に行けない巡り合わせがある。
でもこうして三井で見れたから、もういい。
遠くから見れば藤が盛り上がって咲いているように見えるが、近寄ればそれは色の置き方による「錯覚」だと気づく。こういうのもやはり応挙の遠近感を利用した様式の一つなのだろうと思う。胡粉に頼らず、色の配置だけでそれを感じさせるのは、やはりすごい。

波濤図  金剛寺の襖絵だったが、お寺では今はレプリカ展示で、本物は東博に寄託中だそうだ。この絵のリズミカルな動きを見ていると、石川淳「狂風記」ラストシーンが頭の中に流れ出してくる。
波のうねり、飛ぶ鶴、止まる鶴、水しぶき、岩礁、そして鶴。
この絵と石川の「狂風記」は全く無関係だが、小説のラストの激しい動きの描写、そしてラストの一文「裾野は夜の闇であつた。」(原文は旧字旧仮名遣い)
この〆め方が非常によく似ていると思った。リズムが同じ形を見せているように思った。

淀川両岸図巻  前期でも見たが、今回はまた違う意識で眺める。
守口辺りに白帆がみえる。どこへ向かうのか。北へ北へ向かっている。枚方辺りだとくらわんか船が出てきそうである。江戸幕府が開府されたときからお墨付きを貰っているくらわんか船。毛馬まで来ると閘門を思い出すが、この時代の治水にはそれはないみたい。
別仕立てで大阪城があるのが面白かった。
京阪電車でGO!!という気分である。

やはり三井はいいものを見せてくれる、と改めて感謝。
次は「室町三井家の名品」12/3から。
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