美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

没後150年 歌川国芳展 前期

天王寺の大阪市立美術館で国芳展の前期を見た。
『史上最大級』と銘打つだけに、たいへんな数の作品が集まっていた。
この二十年の間に見た国芳展の中でも確かに最大クラスだと思う。
ただし、昨春府中市美術館で楽しんだ「国芳 奇と笑いの木版画」と共通する作品が多かったので、東京展で見る方はちょっとばかり不満をもたれるかもしれない。
しかし前後期に分かれて、あわせて400点余りの作品が集まるというのは、全く以って壮観である。
場内には色んな工夫がされていたが、それを楽しむユトリがないほど、お客が集まっていた。

第1会場、第2会場への案内は猫の曲芸師の絵看板、道筋には猫の足型という楽しい工夫がある。
とにかく膨大な数なので、普段余りみないものを中心に書いてみる。

sun383.jpg

どちらも史実にあるエピソード。
・堀川夜討  義経凋落の始まり。モコモコの桜に囲まれた邸宅に、敵味方入り乱れている。静御前も白拍子の烏帽子をかぶったまま控えているのが凛々しい。
・仁田四郎、富士の人穴に入る  その名のとおりで、絵は入った後の情景が描かれている。女神がいて、ビームを四郎に向ける。こういう構図はやはり面白い。

実録もの二点あり。タイトルは打ち出せない文字なのでサイトで確認を。
・佐野治郎左衛門 巷説は「八つ橋殺し」だが、こちらはフラレたわけでもなくて、侠客ゆえのタテヒキで、どうにもならなくなった人殺しの話。血の掌の痕がナマナマシイ。
・大雲彦六鉄山 鉄山という名でピンと来れば、播州皿屋敷と来る。お菊さん殺しはサディスト鉄山のなせる業で、それがとうとうバレて破滅する、という話。井戸に手を掛け、抜き身をぬぐう男のふてぶてしさがよく出ている。

物語の人々。
・真勇競 きよ姫 吊られた鐘には桜がまといつき、清姫の執意に対抗するかのよう。清姫の表情には口惜しさがあふれている。鐘を睨みつける目も、逆髪も、全てが彼女の憤り。
・和漢準源氏 蓬生 桃太郎  キジ、サル、犬のお供たちはなかなか立派な風采で、おとなしそうな主人・桃太郎を囲んでいる。
・文覚上人 滝に打たれる文覚を見守る、不動明王の眷属・セイタカ童子とコンガラ童子の二人組。少年二人は柔剛それぞれに分かれた、なかなかの美少年。

地獄絵があった。それがもぉいかにも国芳な、賑やか過ぎる地獄。これでは極楽などへ行ってられないくらい、忙しそう。

役者絵
四谷怪談を描いたものが特によかった。役者そのものを描くのは、もしかすると国貞の方が上かもしれないが、構図や「面白さ」で追求するのが国芳の魅力だと思う。
・五世海老蔵の伊右衛門・三世菊五郎のお岩亡霊 病鉢巻を締めた伊右衛門と、向き合う形で坐すお岩さんがいるが、提灯抜けしたらしく、提灯は破れているし、胸には石の地蔵さんを抱っこしている。蛇山庵室の場。じめじめした面白さがある。
・三世栄三郎のお弓、五世幸四郎の直助、三世菊五郎のお岩亡魂・早変わりの小平亡魂・与茂七の三役、五世海老蔵の伊右衛門  隠亡堀の暗闘も好きなシーン。もうここではお岩さんの死体が戸板に打ち付けられたのが流されてきている。三枚続きの真ん中。真ん中だけ小平と入替え可能なのだろう。伊右衛門が釣ったのはナマズというのもどこか不気味で、お岩さんの目つきのどれ~んとしたところが、非常に怖い。

美人画と子ども絵
・当盛美人合 三美人。左の女の後ろには蛇の絵の絵馬がやたらと掛かっている。妙に可愛いミーさんたち。真ん中の娘の帯が最高!背中向けて寝てる白猫のパターニング!!ほしいわ~~こういうスカーフも可愛いと思うわ。右の女はウサギ柄。
・猫と遊ぶ娘 これは府中市でも人気だったが、猫を躍らせる娘さん。「猫と遊ぶ」のか「猫で遊ぶ」のかは不明。友人は猫に「六甲おろし」を踊らせている。
・艶姿十六女仙 豊干禅師  虎と一緒に大あくびの禅師がコマ絵にある。その見立てで娘とにゃんこが起きたところ。後に出てくるが「豊干と虎」の絵があり、そこでは不機嫌そうな虎がいた。眉毛の太い奴で、眠たそう。

戯画は随分たくさん出ていたが、大方はよく知るもので、そんなに新鮮味はないが、その分だけ機嫌よく楽しめた。猫の曲てまり、化物忠臣蔵、道外化ものシリーズ、狸のシリーズ、荷宝蔵のむだ描きシリーズなどなど・・・。

浅草奥山の細工見世物のための絵も出ていて、この辺りはとても好きなものなので、ますます楽しいキモチで眺めた。
喜八郎の生人形も曲独楽のカラクリも、みんなとても楽しい。

後期もとても楽しみだが、そのときはもうちょっと書けるかもしれない。
スポンサーサイト

芸術写真の精華 日本のピクトリアリズム珠玉の名品展

東京都写真美術館で「芸術写真の精華 日本のピクトリアリズム 珠玉の名品展」を見た。
sun380.jpg

戦前、特に明治末から大正・昭和初期にかけての時代に、美麗な芸術写真を生み出す人々があった。
彼らの「紹介」は'98年末の松濤美術館「写真藝術の時代」、この東京都写真美術館「仮想庭園」において成されたが、それから暦を一回りして再会できたのは、嬉しい限りだった。

写真にはいくつかの傾向がある。
この展覧会のように美麗な「芸術写真」としての写真、また同じく芸術ではあっても絵画的な要素を排除して、特有のその技能をこそ駆使して生み出された先鋭的な写真、そして記録写真(報道写真を含む)、また日常の一こまを切り取ったスナップ写真などである。
日本に写真技術が入ってきた当初は、別フロアで同時開催されている「知られざる日本写真開拓史 夜明け」のように肖像用のためのものであったり、風景を記録する用途が主だった。
sun381-2.jpg

それが少しずつ時間を経過することで、カメラをツールとして自らの芸術活動にいそしむ人々が現れた。
この展覧会では、その歓びを得た人々の作品が主に展示されている。

一言で「美麗な作品」と括ったが、その表現方法は様々に分かれている。
‘98年の「写真藝術」以来、殊に福原信三に深い関心があるが、彼の作品には叙情性とある種の優美さがあり、眺めているとその風景の中に自らも溶け込んでしまいそうになる。
彼はその著作「光とその諧調」などでも知られるように、技巧以上に「内面の表現」を大事にした。彼は言う。最近の写真の傾向に対して失望を覚える、と。
『写真の生命である光とその調子に対し留意が少なく、何等内面的の表現がない』(原文は旧字・福原信三「わたしの写真藝術に対する見解」より)
福原の作品はいずれも、光とその諧調をそこに見出すことが出来る。

sun381.jpg
sun381-1.jpg

チラシに選ばれている「楽器を持つ女」は何の手もつけずにいたわけではなく、ある技巧が施されている。その辺りの説明は会場にある。
横顔を見せる女、長い指、ヴァイオリン・・・同時代の竹久夢二の世界を髣髴とさせる一枚。
女の鼻筋、横頬、左小指の脇、楽器の背、そのあたりにかかる白みが、この作品の魅力を増す力となっている。

黒川翠山の風景写真があった。
林道を行く蓑笠の農夫や、セピア色の琵琶湖の夜景である。
翠山の風景写真は「仮想庭園」展でのチラシ(=ポスターとして展開される)の中央を占める瀑布を見ている。
構図としては、西洋絵画が明治初期の日本に入り、苦心して「油絵」を自家薬籠に収めんとしていた頃の「油絵師」たちの作品を思わせる。

まだ若い頃の野島康三の裸婦が現われた。「髪梳く女」1914年の作品。
技術や構図などよりも、百年前の日本の女の佇まい、そのことに関心が向く。

日高長太郎の作品を見ていると、戦前から戦後の日本映画の黄金時代のロケ風景、そんなイメージが湧く。絵はがき的ではなく、映画の背景。見ていて「いいところ」だと感じる、そうした捉え方の写真。

鈴木八郎 ジプシーの電柱  ぽつん、と一本立ち尽くす木柱がある。
宮沢賢治「月夜の電信柱」のようにアクティブではなく。
ただの風景なのだろうと思いつつ、そこに物語を見出してしまう。
そうした面白さがある。

普段は安井仲治の作品は好きなのだが、「ピクトリアリズム」の中で見ると、少しの違和感がある。
ただ「クレインノヒビキ」は船が来るところを写していて、まるでマルケの絵のように見えた。

ソフトフォーカスレンズ「ヴェリト」というものが「ピクトリアリズム」のカメラマンたちに愛用されていたという。
わたしもそのレンズに惹かれる。
しかしわたしは、失われつつある近代建築の姿を記録したいためにカメラを持つので、決してソフトフォーカスのレンズを使う日はないのだろう。

熊沢麿二 夏の光を感じさせる作品が出ていた。
栗林公園で撮影した「かげ」は白壁に映る樹影を、「夏」は室津の海で泳ぐ少年たちをロングで(そして手前の松をぼかして)。

中山岩太も好きなのだが、やはり彼や安井は別な場で見ていたい。
1926年の「スペイン風景」は犬がいる町なかを写しているが、どうかすると中国のどこかの町に見えた。

ある意味で一番「絵画的」だったのが、有馬光城「瓜之図」1926年。岸田劉生の写生かと思った。

島村逢紅 桜 「ディファレンシャル・フォーカス」説明を読んで納得した。手前の桜に焦点を置き、背後をぼかす。これは広重の「江戸百」の「亀戸」のようだった。

梅阪鶯里 芍薬  異様な美しさがある。円満な美ではなく、やや歪みを見せる美がそこにある。この距離感は、日本画のものだった。
ほかに「椿」「筍」があるが、白椿も、転がる筍も、ひどく美しかった。

福原信三の作品は「巴里とセーヌ」「西湖風景」から数点ずつ出ている。
手前の舟は柵まではっきりと写り、奥の建物は夢のように翳んでいる。その影が水面に浮かび、静謐の美を生み出している。

信三の弟・路草の作品もあった。
「ひと叢の雑草」を見たとき、なぜか崩壊する前の「ベルリンの壁」を思った。
そこにこの草があってもいい、と思ったのかもしれない。
「はるな、天神峠」植物が天へ手をのばす。しかしその手は線と球体で構成されている。
どこか抽象的な面白味もある。

久しぶりに美麗な写真を見て気持ちがいい。
この展覧会は5/8まで。

少しばかり「親鸞展」をみる

昨秋から親鸞聖人に関する展覧会が開かれている。
大谷大学博物館「親鸞 その人と生涯」(終了)
sun370.jpgsun371.jpg
京都市美術館「親鸞 生涯とゆかりの名宝」~5/29
sun372.jpgsun373.jpg
sun374.jpgsun375.jpg
明石市立文化博物館「親鸞」~5/8
sun376.jpgsun377.jpg
東京国立博物館「法然と親鸞 ゆかりの名宝」10/25~12/4
sun378.jpgsun379.jpg

丁度京都国立博物館では「法然 生涯と美術」が開催中なので、これらを全てご覧になる方もおられると、思う。

わたしはそのうち京都市美術館と京博の「法然」展は見たが、大谷大と明石のは見ていない。
秋から冬の東博のもどうなるかは未定。
実のところ全く信者ではない。宗派が違うということもある。
しかしそれ以上になんとなくニガテということがある。

京都市美術館の会場に入ると、大変熱心な門徒さんが押し寄せられ、黙って「教行信証(坂東本)」を見ているわたしに話しかけてこられる人々も少なくはなかった。
「聖人のお手(手蹟)は大胆ですね、大きな文字」
そう話しかけてこられた奥さんに「そのとおりですね、個性的ですね」と応えたりした。

今日に至るまで親鸞聖人の人気(というもの)の高さは、決して変わらないのではないか。
「歎異抄」への偏愛・渇仰を懐くヒトも少なくはない。
またこれは笑い話なのだが、会社の仲良しの先輩はいたずら小僧な面があり、しばしば私をからかうが、こんなことを言う。
「親鸞聖人、どうかこいつの上にだけ雨を降らせてください」
・・・わたしは彼に鉄槌を与えているが。
彼の日常のちょっとした何かにも親鸞聖人の影をふと感じることがある。
大阪の地の人間にはいまだに心の底に、生活に、信仰心が大なり小なり活きているからかもしれない。

展覧会は親鸞聖人の直筆資料や御影などのほか、教団に伝わる様々な文書類や美術工芸品を展示している。
一つ一つ見て歩いたが、正直わからないまま見終えてしまった。

随分前、わたしの愛する俳優・三國連太郎氏が自らメガホンを取った映画「親鸞 白い道」という作品があり、どこか外国で賞を貰っていたが、それを見る根性もないまま今に至っている。
門の外に佇むものとして、わたしはこの展覧会を眺めた。
到底その展覧会の感想など書くことはできないので、わたしの手元にあるチラシだけでも挙げておこうと思う。

ただ「慕帰絵」と「絵伝」などはうるわしい「大和絵」の「物語絵」として大いに楽しませてもらった。

やはりこうした展覧会は、わたしなどには難しい・・・

「なんば」で80周年高島屋大阪店の歩み 前期

高島屋史料館では前後期に分けて『「なんば」で80周年高島屋大阪店の歩み』展が開催中。
4/30まで前期、5/2~6/25後期。
堺筋のアールデコの粋「高島屋史料館」でこんなステキな展覧会が開かれている。
sun367.jpg

高島屋の歴史についてはこの史料館で丸一室を使って紹介しているが、難波の高島屋だけについての紹介は、この展覧会が初めてのことだと思う。
チラシの写真右は現在のなんば高島屋、左は昭和5年の高島屋。
基本形は変わらない。
楕円形の全体像、アーチ窓、アカンサスの装飾のついた柱頭。
何故左が「南海店」とあるかと言えば、その頃は長堀筋にも高島屋があったからだ。

現在も過去も、高島屋と接している駅は、大阪市営地下鉄御堂筋線と南海電車のなんば駅である。
話は少し逸れるが、つい先日TVで南海電車が何故「キタ」へ出れなかったのか、その謎を解き明かす番組があった。
そう、南海電車もミナミ止まりではなく、キタまで延伸したかったのだ。
でも立ちはだかったのが「大阪市」なのである。
今走っている「四つ橋線」「堺筋線」なども全く同じルートで南海電車も計画表を出したそうだが、悉く大阪市から「あきまへんな」と断られていたのだった。
大阪市は大阪市で、大阪市内を縦横に走る「市営地下鉄」の計画を立てていたのだ。
気の毒に南海電車は今のところ全敗しているらしい。

さて話を戻し、なんばの高島屋。
昭和初期には心斎橋、長堀にも店舗を構えていたが、「大大阪」時代に御堂筋が開通することで、その御堂筋のミナミのどんつきに新店舗を構えた。
そのあたりの諸事情についての説明や当時の証言なども出ていて、これが実に面白い。
わたしは企業の歴史とか、要するに栄枯盛衰、そんなのが大好きなので楽しく読んだ。
sun368.jpgsun369.jpg
こちらの写真はその高島屋の各店舗などの「歴史」ですな。
また今回写真で見て「をを」と思ったのが、ついこないだまでずーっ増床工事で剥ぎ取られていた壁面、あの部分が昭和初期でも後付の建築だったということを確認できたこと。
個人的には嬉しい発見。

それから高島屋では地下に巨大なレストランフロアーを有していたそうで、「東洋一の大食堂」と呼ばれていたらしい。
(尤もキタの阪急の大食堂もなにやら似た名称を誇っていたような気がする)
その部分は色んな変遷があって、ダンスホールにもなったそうだが、さすがに高島屋は自分のところでダンサーを養成して、お客さんに応じていたそうな。
sun369-1.jpg
しかしその大フロアーも戦災で・・・でも、敗戦直後の昭和22年10月には横山大観らの院展をそこで開催しているのだった。
大観はそのために「蓬莱山之図」を製作。そのあたりの事情については中村貞以が書き残している。

高島屋美術部の仕事は立派だと思う。
わたしは百貨店の展覧会で育ててもらった恩がある。
高島屋と大丸がわたしの親であり教師である。

その高島屋美術部と河井寛次郎の関係についての資料を読むと、「心と心」のつながりの大切さというものを、改めて思い知る。
実にいい話が残っていた。今現在、京都国立近代美術館に活きる河井作品は、高島屋宣伝部長の川勝氏のコレクションを一括寄贈したものだったのだ。
40年以上、高島屋だけで個展を開いた河井もたいへんえらいと思った。

さて、高島屋のイベントは昔からとても楽しい。
尤も、大阪のデパートでイベントが面白くないようなのは、まずないと言うていい。
だから東京を始め、他県のデパートのイベントへ行くと、「やる気ないのか」とよく思う。
あれではいかん。わたしは百貨店そのものが好きなので、いよいよ点が辛くなるぜ。
それはともかく、昭和2年の高島屋「日光東照宮博覧会」の写真を見てびっくりした。
大成功だとは聞いていたが、一日20万人来たというのもうそではない、ずらーーっと大行列があるではないか。昭和初期、なかなか関西から日光までは行けないから、いよいよみんな出かけたのだろうな。

明治40年の「アラモード陳列会」のリーフレットを見る。トリコロールでまとめられていて、なかなか洒落ている。
そして面白かったのが、大正5年の東海道五十三次合作絵巻。
大観、今村紫虹、小杉未醒(まだ洋画家・未醒時代だったのだ!)、下村観山の四人合作。
第八巻が出ていた。水口~京。ほんの一部だけだが見れて嬉しい。
他にも昭和37年に鍋井克之が描いた「熊野詣」下絵が出ていた。
元は天王寺駅を飾っていた長い長い絵。先般ここで大下絵などを見たが、全容をじっくり見てみたいが、ちょっとムリなようである。なにしろ駅から撤去されて、別な所蔵に入ったから。

こちらは高島屋のリーフレット表紙。松園さんの女人。優美な一枚。
(展覧会には出ていない)sun369-2.jpg


最後に富岡鉄斎の明るい盆踊り図を。
sun368-1.jpg

クラブコスメ 美の源流展

クラブコスメ文化資料室の春の展覧会に行った。
平日しか開いていないが、なんとか出かけた。(5/31まで)
sun363.jpg
誘いのハガキは紫色を基調にしたキュートなクラブ煉り歯磨。
見ての通り枠線があるのだが、それは歯磨き箱のデザインを転用したから。この上に突き抜けた部分があるわけです。
さて今回は歯磨き粉宣伝の資料がメインの展示で、実にたくさんの広告があった。
いつもながらの双美人や白人の母子だけでなく、煉り歯磨き粉は子供向けらしく、明るい坊やや少女の笑顔のイラストがあふれていた。
sun365.jpg
宣伝マンガもあり、そこにはのらくろもあれば、同じ作者で歯磨きチューブ頭のハミーおじさんとウサギの白や黒兵衛らの楽しい啓蒙マンガもあった。
打ち上げ花火が「クラブハミガキ」と文字を夜空に点火する。
またそれだけではなく、杉浦茂、倉金章介らも漫画を描き、東郷青児もなにやら描いていたようだ。

sun366.jpg

他に色んな媒体での広告があったが、大谷光瑞の二楽荘の通信誌にも掲載されていたのは興味深い話だった。
新聞広告では大正四年の東京日日新聞の広告が出ていたが、そちらよりついつい連載小説「小ゆき」菊池幽芳著をマジメに読んでしまった。
時代の雰囲気が連載小説と広告から伝わってくる。
雑誌「アサヒグラフ」大正14年元旦号には白人母子の絵で歯磨き粉の宣伝。
昭和8年6月24日の東京毎夕新聞には、のらくろの煉り歯磨き宣伝漫画があるが、ここには他に白井喬二原作「盤嶽の一生」の映画(山中貞夫監督作品)の宣伝もある。

松竹座のニュース映像。
アールヌーヴォー風な和のスタイルの女子とステンドグラスの綺麗な室内。
輝きを放つ堂島ビルディングの夜景。
上野動物園のサル山の前の水のみ場。
これらも皆クラブコスメの宣伝。

大正12年5月良子女王殿下が中山太陽堂へ、ということがあった。
そのとき姫君に献上した化粧品セットには、撫子柄がついていた。
他に同じシリーズでスズラン、スミレが作られていて、それらは特別なお客様に頒布されたらしい。
陶器のととても愛らしいセットである。

面白いアルバムがある。宣伝隊の写真。
ライオン歯磨きの看板の前で隊列を組むクラブ歯磨きの宣伝隊。
ライバル社の前でデモンストレーション?
ホーロー看板には騎馬侍の勇姿がある。

色んな面白いものを見せてもらった。
やっぱりここは面白い。次は秋の予定だと思う。
最後にこんなおみやげをいただいた。
SH3B04270001.jpg

しおり。私はこれを選んだが、他にも素敵なものが色々・・・お早めに。
sun364.jpg

白洲正子 神と佛、自然への祈り

世田谷美術館での「白洲正子」展に出かけた。前後期に分かれての展示で、今から書こうとしているのは既に終了した前期分の感想である。
後期はGWの最中に行く予定だが、まとめてしまうと今回受けた感銘が散らばってしまうおそれがあるので、遅ればせながら本日挙げることにした。
sun361.jpg

評論と随筆と古美術鑑賞と能と。
存命中の白洲正子へのイメージと言えばこの四点がすぐに浮かび上がった。
少し前に没したが、没後さらに彼女の人気はいや増しに増して、今では絶対の価値観を有するほどになっている。
美術館ではなくデパート展でも人気は高く、彼女のライフスタイルに憧れる人も多い。

今回の展覧会は「神と仏、自然への祈り」とタイトルが付いているとおり、神仏像や参詣曼陀羅図、民俗学的な見地から見いだされたものたちが集まっていた。
わたしは彼女の愛した古い工芸品の多くを、あまり好まない。手仕事の実感が伴う土臭いものよりも、むしろ「手仕事」「職人芸」を忘れさせるような、フワフワした綺麗なものの方がずっと好きだからである。
その意味ではわたしの「見ても関心のわかないもの」がなく、「見たかったもの」が集められた、心地よい展覧会だった。
膨大な展示のうち、自分の興味をそそったものだけについて書いてみたいと思う。
また、展覧会は幾つかの章に分かれているが、混ざり合って展示されているものも多く、そのあたりは忖度しないことにした。

世田谷美術館の建物の構造として見事だと思うのは、まず観客の心を掴む場が、最初に設けられていることだった。
半円型の天井の高い空間に、NHKの協力で設営された映像が流れている。
巨大な滝の実景である。
単に心地よい映像ではない。
これは聖なる滝の姿が捉えられているのだ。
日本で信仰される滝とは和歌山の那智の滝である。
それが清々しい映像の中で迸り続けている。

そしてその映像は、そのまま那智滝(つまりご神体そのもの)として祀られているかのような配置を取っている。
左右に神仏の形を写し取った像がある。
熊野速玉大社の国宝・家津美御子大神坐像と飛鳥時代の金銅十一面観音立像である。
前者は恐ろしい表情の神であり、後者はにこやかな微笑を浮かべる仏である。
神はタタリをなし、仏はヒトを救済する。
そのことを思う。

参詣曼荼羅図をいくつか眺める。
ガラスの向こうのそれら大きな図を見ているときに、震度3の揺れがあった。
ここでガラスが割れればまずいな、とそんなことを思いつつみつめていた。
不思議に静かな心持ちでいた。

那智参詣荼羅図 熊野那智大社
那智参詣荼羅図/熊野歓心十界図 和歌山・正覚寺
那智参詣曼荼羅図 和歌山・補陀洛山寺

いずれも色鮮やかな大きな図だった。たぶん寺内で絵解きに使われたのだろう。
参詣曼荼羅図は即ちその社寺の境内案内図でもある。場所によっては神仏登場スポットもある、というガイドブック的な要素もある。
ナマナマしい狛犬、川で禊をする人々、滝に打たれる修行者の両脇にはコンガラ童子とセイタカ童子が現われ、頭上には不動明王を表す焔が見えている。
・・・ここまでは他の社寺境内図、参詣曼荼羅図と大きな違いはないが、次が熊野オリジナルの図柄の登場である。
舟がある。補陀落渡海するための舟である。
四方に鳥居を立てて、中に30日分の食料を詰めた木棺に納まった切望者の舟である。
その舟に祈願をこめる人々の姿が描かれていた。

十界図はヒトの一生を描いている。赤ん坊に始まり老齢に至るまでを放物線を描いた道上に配し、さらに四季の移り変わりをも加えている。
筒井筒の少年少女がやがては高砂に至る・・・そんな図だった。
そしてその下半分には地獄が広がっている。
実はわたしが最初に十界図を見たのは、池上遼一版「修羅雪姫」でのことだった。
思えば十界図と無縁なまま生きてきたのだった。
去年辺りから六波羅あたりで見るようにもなったが。

長命寺参詣曼荼羅図/長命寺十界図 滋賀・長命寺
sun360.jpg sun359.jpg
こちらも滝に打たれる修行者があり、参詣する人々があり、狛犬もおり、という情景が描かれている。違っているのは、湖水を行き交う舟がわらわらと描かれていること。
近江が琵琶湖という「うみ」と共に活きているのをこんなところでも見る。

国宝 彩絵檜扇(古神宝類のうち)和歌山・熊野速玉大社
チラシに配されている、白梅に竹の図を見ることが出来た。展示変えが色々あるようだが、扇の美というものは形を考えてのことだから、その制約の中でどんな表現が出来るかということも考えなくてはならないし、「扇」にふさわしい絵ということをも考えねばならない。

丹生明神像/狩場明神像 和歌山・金剛峰寺 
女神と男神。平安時代の衣装をまとっている女神。狩場明神は「狩場」だけに白犬を連れた立ち姿で表現されている。丹生=丹=不老不死ということを少しばかり考える。

行道面 多聞天/夜叉天(高野山天野社伝来)
前者は緑黒な顔色で、なにやら気合が満ち満ちている。後者は「ほー」と吹きそうな口元が印象的。

ホールを出て、次の展示室へ向かった。

富士図扇面絵  江戸時代には富士講も大流行し、富士への関心が沸き立っていたが、この時代に生まれた扇面図。白い富士と藍色の背景。その扇面を鶸色の軸で収める。
色の配置が絶妙。

道成寺縁起絵巻(下巻)和歌山・道成寺 
大蛇ではなく竜と化した女が七重に鐘を巻きつけ、憤りの焔を吐き続ける。
女だったものが去り、鐘の下を開けると黒焦げのガイコツが一体現れる。それを見て驚き嘆く僧侶たちと、稚児を先頭に駆け寄ってくる人々と。

空也上人像 六波羅蜜寺  彫像ではなく絵の方の像。私は長らくあの口元の「南無阿弥陀仏」の六文字を「口からメザシ」と見做していた。

大津絵(釈迦涅槃図)滋賀・月心寺  朱色が目立つ大津絵らしい絵柄ではあるが、涅槃図である。人々の嘆きが描かれている。こういうの涅槃図は初めて見た。

松尾大社の女神像が来ていることにも驚いた。存在感の篤い像。他の神仏像の誰彼よりもなお。
愛らしいわんこもある。高山寺ゆかりのわんこ。和犬の愛らしさが表現しつくされている。
sun359-1.jpg
また平等院からも琴を弾く天女像が来ていた。尤もこれはシンセサイザーを弾くようにもみえてならないのだが。(シンセでは『聖☆おにいさん』になるのだが)
やがて像を眺めるうちに、異様に美しいものをみかけた。
奈良の松尾寺にあるトルソである。
8世紀の千手観音の残闕。胴体だけのこの木像は朽ちたるものの美をみせつけていた。
美麗な像。手足をなくし、顔を失ったからこその、この麗容。
おそらく、今回見た美麗なものの中で一番の地位にあるように思った。

他に明恵上人樹上座禅像、春日大社の舞楽面で不思議な表情を見せる新鳥蘇などが深い印象を残した。いずれも正子の言葉と共に在る。
sun362.jpg

役行者像を二体ばかり見た。
始めのほうに展示されていたのは奈良・櫻本坊所蔵の19歳の姿、なにかしらニッと笑っているように見える。若い感じはしない。現に「神変大菩薩」の呼び名のついた像である。
そして終わりのほうに壮者を過ぎ、老齢に入ったような役行者像がある。足元には前鬼・後鬼が控えている。

白洲正子 神と佛、自然への祈り  そのタイトルにふさわしい展示だと思った。
現在は後期展に入っているので、多少の展示替えがある。

生誕百年 岡本太郎

生誕百年 岡本太郎展に行った。
日本の誰もが知るアーチストである。
わたしが最初に彼を「知った」のはTVCM「グラスの底に顔があってもいいじゃないか」と「芸術は爆発だ!」であり、作品はやはり「太陽の塔」からだった。

太陽の塔は学生の頃、毎日ながめていた。
車窓から見える「太陽の塔」は毎日雨の日晴れの日関係なく、そこに聳え立っていた。
近くにある巨大なガスタンク共々、わたしにとっては「怪獣映画のロケ地」とでも言うような意識しかなかった。
今回「岡本太郎」展を見てその意識が変容するかどうか。
近々万博まで行く予定があるから、そのときに判断したいと思う。
そう、わたしは民博に「ウメサオタダオ」展を見に行くのだ。

「万博」と言えばある世代以上には、そのリアルな熱気が、意識の底・身体の髄から滲み出してくるだろうが、わたしは遅れてきた者だった。
わたしにとって大阪万博は「千里丘陵にある大きな公園で、民博、民藝館、太陽の塔、夏の蓮池、コスモス畑があるところ」であり、少し前はそこに「エキスポランド」が足されるくらいだった。
太陽の塔も、コスモス畑が開放されたとき、中に某ガスが充填されたミニ版が出現し、起き上がりコボシとしてみんなの遊び相手になっている。
ゆるキャラとしての太陽の塔、それが昨今の印象として活きている。

展覧会場に足を踏み入れると、あの母親そっくりのアクの強い顔が、大変な倍率で拡大化されて展示されていた。それは意識して作った表情である。
何を考えているかまではわからない。
その顔パネルの向こうに太郎の作品群が並んでいるのだった。

・・・・・・・・・・・・・。
怪獣たちがいた。
大体同じサイズの三頭身くらいの怪獣たちが所狭しと並んでいる。
濃い灰色のボディに「いかにも」太郎らしい手足の怪獣たちがわらわらと集まっている。
何という眺めだろう。
わたしは一目で舞い上がる。
怪獣だ、怪獣だ、怪獣だ・・・!!
わたしは太郎の拵えた像を勝手に怪獣だと定義し、そのことに歓喜している。

太郎の像は大方がFRP製だったのだろうか。
プロローグの場に展示されていたそれらはFRP製だとリストにはある。
その素材を使うところにも好感を懐いてしまうほど、今やわたしの目は太郎へのときめきにきらめいている。
しかしその一方で違うことをも考える。

作者にとって不本意な見方をされる、と言うことを考える。
岡本太郎が見るものに贈ったキモチ、送ったメッセージはどのように受け止められてきたのだろうか。
そのことを考えながら見て歩く。

正直言うと、わたしは全く太郎から遠く離れて活きているから、これまでまともに太郎の「作品」をみつめたことがないのだ。
「視る」と「見る」は違う。
わたしはそこにある太郎の作品を単に見ていただけで、凝視もせず、眺めもせず、通り過ぎるだけの者だった。
ただ忌避する、と言うことはしなかった。
しかし無視する、に近いところはあった。
どちらがひどいかはわからない。

ところで造形作家としての太郎の作品は、縄文土器への深い熱情を底に秘めたものだと感じる一方で、冒頭に挙げたように、太郎の群像は「怪獣」に見えて仕方がない。
そしてそれはわたしにとっては「賛辞」としての表現なのだが、作者がそれを喜ぶかどうかは不明である。
ウルトラマンシリーズを始めとした特撮ものの怪獣、彼らへの愛情がわたしの胸には活きている。
その意識は抜き難いもので、それが知識と観念の堆積された土壌の中で、いよいよ見事な根を張り続けているのだ。

太郎の絵画を見る。
原色と原色の鬩ぎあいは、思想の衝突とその効果を示しているものなのだろうか。
シュールレアリスム、ピカソの作品、それらとリアルタイムに接触する太郎。
彼はどちらにも飲み込まれず、どちらとも距離をとろうとはせず、その中で自分の独立を宣言する。
その時代の作品群は皆どれもこれも強い意思に満ち満ちている。
わたしはそのエネルギーに対抗しようとは思わない。

近年再発見された大壁画「明日の神話」の下絵などを見る。
これが現在渋谷に掲げられている、というのはまことに適所だと思う。
他に色んな候補地が出たが、今そこにあるのは、まるで最初から定められていたかのようである。
あの実物を思いながら下絵に対峙すると、自分がその場にいるような気がしてくる。
忙しく歩き続ける人々の群の中で立ち尽くし、絵を眺める自分を、外からみつめる・・・

絵には思想の全てがぶちこまれていた。
太郎の思索を把握出来ていないわたしは、読み取れないキーワードに振り回されもする。
頭まで痛くなってきそうだ。太郎の奴め・・・・・・・!
しかし太郎はこんな言葉を吐いている。
「好かれる芸術なんて本物じゃない。」
偽悪なのか負け惜しみなのかホンネなのか。
とりあえず、好きになれそうなものと、そうでないものとを、厳密にわたしの中で区別しながら見て歩く。

‘50年に「森の掟」という作品がある。60年以上前の作品だが、全く時間を感じさせない。
sun358.jpg
チャック(この場合、ファスナーという弱さよりも、チャックという強さが似合う)のついた赤いサメのような怪獣がヒトっぽいものを噛み咥えている。
イナズマンか楳図かずおか、というような赤白のネコらしきものを始め、色んな生物が逃げ出している。
どんな寓意が含まれていようとも、それを読み取ることもせず、ただ無心に絵を見ると、なにやら勝手に楽しくなってくる。
怖い絵なのかもしれないが、わたしはこれが可愛いと思った。

社会性に満ち満ちたところもある太郎は、ベトナム戦争への反対の立場から、広告に筆を取ってもいる。「殺すな」と書かれた文字。それは新聞広告として世に送られている。
その文字のオドロな流れにしばらく見入った。

やがて太郎のマスメディアでの活躍ぶりを示すコーナーに来た。
例のCM「芸術は爆発だ!」やタモリとのおしゃべりなどが放映されていた。
その時代のタモリを避けていたわたしは、太郎がタモリに揶揄されているのようで面白くはない。
そして次のコーナーには太郎の「言葉」が大壁面にいくつもいくつも書かれていた。
その中でも特に心に残った言葉があり、深く頷いた。
「いいことを言う」
素直にそんな風に思ったのだ。

出口のそばに一人一枚引けるクジ引きがあった。
太郎の言葉が書かれたクジだという。
引いてみると、わたしがさっき深く頷いた言葉がそこに記されていた。
「歓喜は対立や緊張感のないところからは決して生まれてこない」

<言葉>がわたしを満たしてゆくのを、つよく感じていた。

予想以上に面白い展覧会だった。お客さんが続々と訪れているのも納得だった。5/8まで。

四月の東京ハイカイ

今回はちょっと遠い美術館に二つばかり行くので時間の配分がナンギかも、と思いつつ出掛けた。
ここ数ヶ月新幹線に乗って東京に出現してるから、とりあえずJRの駅から動くことになる。渋谷から世田谷美術館に向かう。
白洲正子展に来た。
滋賀で開催してたが、こちらで見る関西人7e。

詳細な感想文はまた後日に回すけど、この展覧会はかなりよかった。
つまり正子が体感したものを、これら展示から我々は追体験することを勧められているとしたならば、大変上質な悦びを贈られているわけです。
ありがとう、正子。ありがとう展覧会。
参詣曼陀羅図、十界図に溺れて、古怪な或いは素朴な佛たちに眼を向けるのを多少怠ったかもしれない。

砧公園の桜はまだ活きていた。
夏日の日中を歩きながら花を見上げた。

九段下で乗り換えて竹橋下車。皇居周辺の桜もまだ綺麗さを残している。
工芸館まで歩けば大好きな枝垂桜にも会えたろうが、時間がないので断念。
少しはゆとりを持とう。

TARO岡本。多分日本一知られている太郎。桃や金が付かない太郎では彼が人気No.1かもしれない。
入場するやいきなり怪獣乱立のような空間が。
彼のこしらえた像たちが楽しそうに出迎えてくれていたのだ。
これでいっぺんに明るいキモチになった。
私の中で<わからないもの>から親しむべき存在へと転換したのだった。
無論その解釈が必ずしも太郎の本意に沿うとは思えぬが、こんな見方をすることを太郎がどう思うかは、きいてみたいものだ。
意外なくらい楽しめた。後日また詳しく書きたい。
通学時に毎日あの太陽の塔を見ていたが、あれが丹下健三の屋根を突き破る形でそびえ立つとは近年知ったことだ。
塔は塔だけで、すっくと立ち尽くす今の形がいい。
出口間近でクジ引きがあった。一人一枚がクジを取ると中から太郎の言葉が現われる。
その直前の大壁面パネルに太郎の色んな言葉が大小さまざまな大きさで掲載されていた。
眺めるうちに「いい言葉だ、うん、わたしもそう思う!」と強く思った言葉があったが、今、開いたクジにはその言葉があった。
「歓喜は対決や緊張感のないところからは決して生まれてこない」
素直な歓喜がわたしの胸に湧き出している。
太郎の展覧会に行ってよかったと思っている。

常設では小杉の椿がいい。満開の紅椿と白木蓮が交差するその下影にアメリカンショートヘアの猫がいる光景。特殊な和紙に描かれた静かな世界。
他には神泉の院体画風な「椿」と大正の時代性を感じさせる「狂女」などがよかった。


太郎がフランス滞在中に近寄ったシュールレアリズムを私も見て来よう。
国立新美術館の「シュールレアリスム」へ。

太郎も大繁盛してたがこちらも大人数だった。
シュールレアリズムではマグリットとデルヴォー以外あまり関心がないが、思想としては素晴らしいと思うし、彼らの逸話にも強く惹かれる。
ブルトンとダリの確執とか色々。
しかし作品はやはり私には興味のわかないものばかりなんです。
趣味の問題に過ぎないけれど。
さっきの太郎が良すぎたのかもしれないな。もしくは一人で見たのがあかんかったかも。
ダレゾ先達がおれば、わからぬわたしに道を示してくれたかもしれない。

早くに出たので恵比寿に行くゆとりが出た。写真美術館の「日本のピクトリアリズム」を愉しむ。
これは98年の松濤美術館で見た写真芸術展、同時期の写真美術館の仮想庭園展と同じ道の内容で、わたしには愉しくてならないものだった。
いいものをたくさん見た。やはり綺麗なものを見る悦びは手放せない。

日本橋三越で岩合光昭の「いぬ」写真展をみた。わんこたち。
日本代表のいぬたる柴犬に始まり秋田犬、道犬、甲斐犬、紀州犬などがわんわんあふれかえっていた。
可愛いし賢こそうやし、こっちまでわんわん吠えそうになったわ。
甲斐犬の毛並みが黒虎、中虎、赤虎、と分かれると解説で読み、犬マンガの傑作・高橋よしひろの「銀牙」を思いだす。さすがに詳しいなあ、と今更ながらの感心。
入口で成犬用ドッグフード貰ったが、これ猫にはあかんやろなあ・・・

そのまま浅草に出た。神谷バーに入る。今年はとうとう蕗の薹の天ぷらを食べ損ねた。残念。
SH3B04240001.jpg
ハチブドー酒の白と、梅酒で酔えるからわたしもめでたいもんやわ。
スルメイカの天ぷらとラム肉ソテーに茄子のシギヤキをおいしくいただいて店を出る。
浅草の月。SH3B04230001.jpg

ホテルもフロントは節電で暗かったが、室内は普通。しかしわたしも節電に協力して早寝する。

土曜と違い日曜はいきなり10度も低いやないか。
風邪ひきそう。

府中へ向かう。ちょっと早く着きすぎたかな。
公園をのんびり散歩すると、桜の花びらがちりばめられた道を見る。
大半は花も終わっていたが延びる若木には新しい花が咲いていた。
尺八の音が響いている。その音色には花の散り際にこそ相応しいような感傷が漂っていた。
去年この美術館に来た時はちょうど花の盛りで桜並木の長い道をいつまでも歩いていたい気持ちになったが、あのときは三味線が激しい音色を辺りに響かせていた。太棹だった。津軽三味線だったかもしれない。
花の盛りに三味線、花の散り際に尺八。
和の美を二年かけて堪能する。

江戸の人物表現を大いに愉しむ。前期最終日に間に合ってよかった。
機嫌よく府中から八王子へ。

バスがイマイチよくわからないから歩く。15分かかるというので、わたしは12分で歩くぞとダッダッダッ!
着きました。八王子夢美術館。「劉生の軌跡 油彩画、装丁画、水彩画」
んん~なんかやたらと見覚えある内容やな~?
いやまあ彼の装丁画や南画風なのは大好きやし、なんべん見てもかめへんねんけど、それにしたかて。なんか、もしかして巡回かな。でも楽しんだからいいや。
帰宅してから調べよう。

再び徒歩で駅まで。
三鷹の「グランヴィレとドーミエ」を見る。
う~ん西洋の戯画はなあ~絵そのものがなあ。
戯画はやはり浮世絵が好きだわ、わたしは。
カリカチュアはどうしても厭な味があるからなあ。毒のないものは面白くないけど、種類によるさ。
つまり似顔絵でも山藤章二は苦手だけど和田誠は好き、ということよ。
ドーミエは地元の伊丹市美術館でよく見てるしね。

恵比寿再び。
写真美術館地下の「ベッティナ ランス写真展 女神たちの楽園」
あーわたしは苦手やわ!綺麗な女優が変なポーズを意図して取らされてるのを見るのは苦痛やわ。
ただしそれはあくまでもわたしの解釈やから、撮った人も、いいと感じる人も、わたしとは無縁なのだなあ。
ただ85年と05年のシャーロット・ランプリングは素晴らしく綺麗だと思う。以前京都の近美で買ったのがその一枚。あとモニカ・ビッティのメイクがとてもわたし好みだった。

2階の「写真の夜明け 九州四国篇」がかなり面白かった。
明治初期の機材も技能もまだまだな時代の肖像写真、風景写真、そして幕末から明治に活躍した歌舞伎役者のブロマイド。芸術に至る以前の記録としての写真の面白さが横溢していた。
土佐で撮影された分ではやたら堀見恭作というヒトの肖像が多かった。
少年時代から青年期へ。その親族の写真もある。ロン毛で着物。なんかすご~く興味が湧くけど、何のヒトかわからない。牧野富太郎との2ショットもある。うう、誰だ、あんたは。

ここでタイムアップ。品川へ向かいます。またエキュートの中でスープいただく。豚とショウガのコラーゲンスープがたいへんおいしかった。というか、これが一番好きなの。
キノコのスープもテイスティングさせてもらったが、こっちだな~やっぱり。

次は4/30~5/3首都圏に潜伏。

北白川の建物 銀月荘と旧駒井邸

五条から北白川へ出る。
パリのアパルトマンを髣髴とさせる銀月荘とそれを飾る紅枝垂桜。
一日くらい住んでみたい。
IMGP9047.jpg
IMGP9046.jpg
IMGP9049.jpg
IMGP9050.jpg
IMGP9052.jpg
IMGP9056.jpg

そのすぐそばの旧駒井邸を今回は見学。普段は土日のみだけど、今回は特別にお願いした。
何度か来ているが、今回初めて撮影させてもらえた。
しかし個人的な楽しみまで、ということが明記されているので外観少しと階段などだけにとどめる。
IMGP9065.jpg
IMGP9067.jpg
IMGP9069.jpg
IMGP9073.jpg

窓の外には大文字。IMGP9079.jpg
この駒井邸と銀月荘のそばの公園も可愛らしい。
IMGP9060.jpg

北白川が京都の中でも特に愛される理由がよくわかる・・・。

五条の建物 洛東遺芳館と半兵衛麩本店

一日で五条と北白川の美麗な建物をいくつか見て回った。
まず柏屋さんの「洛東遺芳館」。ここは何年も前から春秋の公開の折々に出向いているが、いつ来ても和やかな心持ちになる空間。
庭への門にかかる木瓜の花。IMGP8958.jpg
IMGP8960.jpg中庭の美。
面白い灯篭。IMGP8962.jpg
玄関の屏風は唐子。IMGP8963.jpg
IMGP8967.jpg綺麗なシャンデリア。
違い棚。IMGP8966.jpg
IMGP8972.jpg
坪庭をながめる。ガラスは明治の頃のものか。

IMGP8970.jpg
隠し階段もあるが、これは箱段。
IMGP8971.jpg上方らしい台所。
やっぱりこれではちょっと困りますねん。

襖の引き手の美麗さ。
IMGP8974.jpgIMGP8980.jpg
次は秋を待つ。


ついでそのそばの半兵衛麩本店。IMGP8982.jpg
大正ロマン漂う建物。調度品もそうなのだが、ここはガラス工芸に見ごたえがある。
IMGP8993.jpg
綺麗な武道の絵柄。IMGP8994.jpg
可愛い照明。IMGP8995.jpg
こんなところにも。IMGP8996.jpg
IMGP8997.jpgみごと。


綺麗なものはいつまでも活きていてほしい。

五条から北白川へ

京都で大いに遊んだ。
4月2日に遊んでから十日を過ぎてなお、美麗な桜の競演は活きていた。
その美を今再び深く味わった。
IMGP8955.jpg

五条に元は柏屋と言う屋号の豪商があった。名と場は変えたが今も盛業である。
京都文化博物館に江戸時代の柏屋の模型があるが、たいへん広大な邸宅だった。
今や三分の一くらいしか残っていないと言うが、しかしそれでも大概立派な邸宅とお庭が活きている。

お倉が所蔵品の展示場である。
「呉春とその周辺」展。画像がないのが惜しいが、面白いものが色々とあった。
めでたい掛け軸、襖絵などのほか、「東遊記」という読み物の挿し絵、京洛の名所をめぐる双六などなど・・・
旧家に伝わる多くの美術品の一端を楽しませてもらった。
景文の描くわんころの可愛らしさ、中村豊彦による墨絵の入った十枚ものの盆などは特によかった。
また本宅が記念館として残っているのでそこも見学。それらは別記事にするけど、こんな展示も。
IMGP8975.jpg
手描きの美麗さIMGP8976.jpg

すぐそばの生麩で有名な半兵衛麩へ行く。
大人気のランチ・半兵衛麩の「虫やしない」はこんな感じです。
IMGP8986.jpgIMGP8987.jpg
IMGP8989.jpgIMGP8990.jpg
とにかく生麩のおいしさ、大実感!
色んな種類の生麩があるけど、それぞれみんな噛み応えが違うのにはびっくりした。
私は特に霙あんがお気に入り。田楽のお味噌もおいしいし。
シメに白味噌の碗が出てきたのにはびっくりした。
中には蓬生麩2切れ。一つには辛子が置かれている。
生麩まんじゅうの一口デザートの後にこれが来る、と言うのは思えばすごいことやわ。
たいへんおいしくいただきました。

店内には京都の日本画家の絵が飾られ、大正レトロな建物とマッチしている。
IMGP8983.jpg板倉星光
IMGP8991.jpg
遮那王の美少年ぶり!IMGP8992.jpg
綺麗なガラス、照明も可愛い、調度品もラデンの机や品のいい木彫り装飾のいすなど、見ていて楽しいものが多い。
IMGP9013.jpg

二階のお弁当箱美術館がまたとても楽しかった。
江戸時代は節句ごとになんだかんだと楽しい行事を行っていたから、今に伝わる品々もそれぞれとても魅力的だった。花見、蛍狩り、納涼、紅葉狩り、ちょっとしたピクニックにも提重は必需品だった。
季節の意匠を凝らした提重を見ていると、和の美の領域の広さ・深さに感心するばかりだった。
IMGP8999.jpgIMGP9007.jpg
日本には「見立て」を喜ぶ精神がある。
ここでも舟形のお弁当箱がある。舟に見立てたものはたぶん春から夏まで主に使われたのではないか。
ほかに四条河原遊楽図などもあり、眺めているだけでこちらも浮かれ気分がわいてくる。
IMGP9010.jpg
いい染付。IMGP9009.jpg


五条から四条まで川端通りを歩く。花の道。
IMGP9026.jpg
IMGP9035.jpgIMGP9038.jpg
ソメイヨシノに枝垂桜、紅白の桃などが間断なく植えられて、向こうの柳と相俟って、春爛漫という実感がある。
見渡せば 柳桜をこきまぜて・・・ええなぁ。
IMGP9037.jpg東華菜館とハトと。


出町柳から茶山まで叡山電車に乗る。
小さい電車が大好きなので、バスではなくこっち。
ご一緒した一人が「あっ」と言うので車窓の向こうを見ると、小学校の桜が綺麗だった。
「あたしの出身校」と彼女は言う。
この位置から見たのは初めてらしい。
何となくそんなことも楽しい。

ヴォーリズの設計した旧駒井邸に向かう。道すがら桜吹雪に遭いもする。
約束の時間より早くきたので、すぐそばの銀月荘の紅枝垂を眺める。パリのアパルトマンを思わせるこのアパートに憧れる人も多い。

駒井邸見学も以前は色々とうるさいことがあったが、今はそんなこともなくなった。
今回は特別見学なのでこんな平日にも入れるが、基本的には土日のみと言うことらしい。
調度品もその頃のまま。
照明の傘には可愛らしい波千鳥。
階段がひとく魅力的。
随所にヴォーリズらしさの活きる、いかにも住まいやすそうな、いいおうちだった。

花を見ながら疎水の端を歩くうちに今出川通りに出たので、そのまま百万遍へ向かう。
さる老舗喫茶店でスコーンセットをいただく。
正直言うと、京都の学生街にある喫茶店というものは苦手だ。
学生街や河原町の老舗喫茶店は身内意識が強いのか、料理屋などと同様に一見さんお断りの精神を遵守するのか、万人の客を相手にする必要がないからか、どうもプロ意識が低いように思えて仕方がない。
・・・と言い切る私は、京都では烏丸のイノダに行く。
イノダがいちばん好きだから、時間がないときは残念な気持ちになる。
イノダに行けないときはなるべく新しいカフェに行く方がいい、はっきりそう思っている。

次は23日に京都へ行くが、その頃には八重桜が満開を迎えているだろうか・・・・・。

レンブラント 光の探求 闇の誘惑

国立西洋美術館の「レンブラント 光の探求 闇の誘惑」を見た。
震災の影響でしばらく休館していたが、なんとか都合がついたらしき日に出かけた。
(現在は開館している)

場内は大混雑していた。
レンブラントが日本人に好まれていることはわかっていたが、それだけでない情熱がそこにあった。
たぶん誰もが「美」にせつなくなるほど焦がれていたのだ。
それがここへ人々を寄り集わせた理由かもしれない。

数年前、大阪市立美術館でレンブラント展があったとき、油彩絵画がメインをしめていた。
今回は版画が幅を利かせている。
副題にもそれは示されている。
「版画と絵画 天才が極めた明暗表現」
白と、黒と、レンブラント。
sun353.jpg
白と黒とだけで構成し、そこへニヤリとする顔を配置するとは、とてもかっこいいではないか。
このチラシだけでなく駅のホームのベンチなどにも同じセンスの宣伝がある。

最初にヤン・ハンメルスゾーン・ミュレル「ベルシャザールの饗宴」がある。
この西洋美術館の所蔵。
灯りに照らし出される貴婦人たちよりも、その輪の外、灯の届かぬ位置に立つ、表情のわからぬ使用人らしき女達の方が随分綺麗に見える。
物語の元を知ればまた面白かろうが、あいにく調べる間がなかった。

この後はレンブラントの作品がずらりと並ぶ。
チラシに選ばれたレンブラントの自画像を見ると、どうしてもドヤ顔をしているように見える。
自画像は「自我」像でもあることを思うと、レンブラントの数多い自画像は、画家の意識の流れを見るようで、面白くもある。

サスキアを伴う自画像  ・・・レンブラントは顔の大きい人だったのだなぁ。いきなり振り向くおじさん。雰囲気的に'70年代初頭の男性向け週刊誌のイラストのようだと思った。

カーテンの前に座る裸の男、二人の裸の男  どちらも何かしら勝手な意味付けをしてみたくなる。特に前者はあぶな絵にも見える。

フェニックスあるいは倒された彫像 sun357.jpg
意味するものが何かは専門家にもはっきりとはわからないそうだ。だが、それでもいい、と思った。ここに描かれている彫像の天使たちはみなとても愛らしい。ラッパを吹く天使も、そこから転げ落ちた天使も、見るものの好奇心を強く引っかいて来る。

油彩画にも目を向ける。
音楽を奏でる人々  布の質感がすばらしいと思う。楽譜を開く女のまとう衣服、その脇卓のクロス。この二点がひどく目を惹いた。
sun355.jpg


レンブラントが和紙を使用していたことは知っていたが、和紙を使ったものとそうでないものとの違いを、今回初めて目の当たりにした。
ここで同一作品の刷りの違いを比較展示しているのは嬉しいことだった。

明度の違いを実感する。
明度の違いによって、画面構成の変容を知る。
白さの目立つもの・暗いもの・黒に覆われたもの。
描かれた情景が明度によって全く違うものになる。

イタリア風景の中の聖ヒエロニムス  雄獅子と老いた聖ヒエロニムスがどこかの丘にいる。白いものは、ヒエロニムスの抱える重さが消えて、暇な老人が写生しているように見えた。ライオンも暇なのでうろうろしようかな、という風情がある。
sun354-2.jpg
そして二百数十年後の印象派の作品のようにも見える。


「キリストの埋葬」なども紙の違いによる明度の差が出て、面白い効果を見せている。
「エッケ・ホモ 民衆に晒されるキリスト」も同じく、明度の違いで情景まで違って見える。
sun354.jpg
この白いものなどはそれこそ「真昼の暗黒」状態かも知れない。

比較の面白さが際だっていたのは、「三本の十字架」だった。黒と白の比較を見よう。
sun354-1.jpg sun356.jpg
レンブラントハイス版では、向かって右の男は暁闇の中に閉じこめられている。
天からの光が射し込んできても、誰も救われはしない。

ルーブル版では右の男の筋肉までがはっきりと見えてくる。横顔が綺麗だと思った。
そして架けられた磔台に掛かる肩の筋肉のありように不思議にときめいた。
安彦良和の描く筋肉が丁度こんな様子を見せている。
磔刑にも様々なパターンがあるものだ、と変な感心をする。

アムステルダム国立美術館版はひどく黒い画面のため、「出口」のなさを感じた。
エリエリラマサバクタニという言葉が実感としてこちらに届いてくる。

「光と、闇と、レンブラント。」
そのキャッチコピーが深く心におちつく展覧会だった。

女性像の系譜 松浦屏風から歌麿まで  

大和文華館の「女性像の系譜 松浦屏風から歌麿まで」はたいへん見ごたえのある展覧会だと思う。
夏に出光美術館で「日本美術のヴィーナス ―浮世絵と近代美人画―」を楽しんだが、その従姉妹くらいの感覚で眺めた。
どちらもたいへんな美人展である。
sun346.jpgsun347.jpg

大和文華館は春になるといつも、美人を蔵出しする。
春の女神の佐保姫を想うてのことか、単に巡り会わせか。
どちらにせよ、リニューアル前から続いたことが、今回は特別展という形をとりながらも踏襲されているのが、とても嬉しい。

今回は大和文華館に住まう美人たちだけではなく、東西の美術館や、個人蔵の懐奥深くから現われる方々も一堂に会することになっていた。
あまりに多くの美人が集まると席次争いも起こりうるので、前期・後期に分かれての出席と相成ったようで、わたしは月末にまたここへ来る予定を立てている。

阿国歌舞伎草子、松浦屏風といったこちらのエースはなかなかいいポジションにある。
改めて眺めて、初めて知る喜びもあるし、馴染みへの親しみもあるから、とても楽しい。
松浦屏風の婦人たちの様々な髪型――唐輪髷、ポニーテール、垂髪・・・――じっと見るうちに、人によっては天然パーマな髪質の人もいることに気づいたりする。

阿国歌舞伎のキャラの描き方が出光美術館の江戸名所図屏風に似ている、と解説にあるのを読み、納得もする。
観客にいる娘などが、江戸の湯女に似ていることを思い出したのだ。
どちらもとても可愛くて魅力的。睫毛が濃くて長くて。

サントリー美術館の遊楽図が来ていた。三幅対。左右は観客(なかなかステキな若衆もいる)、中では舞おうとする女が、足を踏みしめている。
元は一枚ものなのを分けたらしい。しかし緊張性は持続している。

今回ちょっとばかり驚いたのが、徳川美術館「本多平八郎姿絵屏風」とMOA美術館「湯女図」が来ていたこと。
見ていて「ようこそおいでを」というキモチがある。
どちらも個性的な風貌をしている。
sun351.jpg

湯女だと「決定」されたのは着物の柄から。わたしにはちょっとわからない字
sun352.jpg

加賀屏風は武家屋敷に遊女たちをくつろがせる、という面白い構想の絵。ここでもわりに女たちの髪がちりちりしていたりするのが、微笑ましい。
まだ「苦界」ではなく「公界」だった遊里。そこでがんばる女たち。

誰が袖美人図屏風  根津美術館から来ている。三味線を持つカムロに唐輪髷の遊女が手を差し出している。  

一枚ものに一人ずつ・六人の女性による舞踊図は、サントリー美術館、ニューオータニ美術館の所蔵品が有名だが、今回は後期に京都市美術館蔵のものが出る。
前期にはそのサントリーコレクションの六人の舞い手が現れた。
sun350.jpg
風貌に各人の個性は出ないが、それぞれの着物や舞扇には著しい差違があり、それがとても面白い。
トンボ、鳳凰、琴柱、龍丸、群なして飛ぶ鳥・・・
舞扇は竜田川、武蔵野など、それだけで物語の知れる柄が選ばれている。
誰がどんな舞を見せるかは知らぬが、動きを見せたまま永遠に静止する彼女たちは、深く美しい。

着物の構造を考えると、洋服からは決して生まれ得ない仕草やポーズが「絵になる」ことが多い。
片手で着物の褄を取り、もう一方の手は懐手、または襟を持ち上げて口元を隠したり・・・
こうした仕草は身分にもよるが、武家女性・公家女性などでは決して見ることはなかろう。

「褄を取る」という言葉自体が昭和の半ばまでは玄人(芸者)を指してもいたのである。
今はその言を聞いてピンと来るのは、玄人とその周辺、そして時代物が好きな向きばかりだろう。

その「褄を取る」美人画が並ぶ中で、東博所蔵の「縁先美人図」は他の美人とは異なる面立ちを見せていた。
細面のややキツい顔立ちの美人がすっくと立っていた。
上背のある、姿勢のいい美人だった。


sun347-1.jpg sun350-1.jpg
わたしにはこの二人がとてもよく似ているように思われる。


島原の角屋は江戸時代の遊里の風情を残すために、「角屋保存会」を立ち上げ、元の店舗で往事の面影をそのままにミュージアムを開いている。
なかなか行く機会がないので、こうしてここで「三味線を弾く太夫」「太夫弾琴図」を見れて嬉しい。
唐輪髷の太夫や、鉢巻をして曲ロクに座して当時最先端の楽器たる三味線をベンベンと弾く姿など、なかなか興味深いものがある。
これらの絵がこの角屋に伝わっている、その事実がまた面白くもある。

sun348.jpg

舞い手は何も女だけとは限らないのが舞踊図だが、今回は一枚ものの若衆の舞姿の絵が多く出ていた。
舞妓図(伝右近源左衛門)、大小の舞図などなど。
女歌舞伎が禁じられた後、美少年が台頭してくるが、こちらも風俗壊乱のカドで禁止。解散や所払いを命じられなかったのを幸いに居残った者たちは、「美少年の証」たる前髪を断ち切られることを余儀なくされた。
(戦国から幕末にかけての美少年の前髪への偏愛に関しては、南條範夫の著作群に止めどなくあふれ出ている)
そのさらけ出された額を隠すために考案されたものの中に「置き手ぬぐい」がある。右近源左衛門が考案したという白い置き手ぬぐいをかけた美少年が舞う絵は特に艶やかだった。やはり美少年は異性・同性どちらからも愛され、魅惑する存在でなくてはならないのだった。

以前から見知っていた美人たちが次々と現れる。
花籠を持つ美人図(ニューオータニコレクション)、立美人図(大阪市立美術館蔵)、伝吉野太夫図(北村美術館蔵)などなど。
吉野太夫は江戸時代とても人気があり、近代になっても伊東深水が艶やかな作品を生んでいる。
益利という絵師の描いた吉野は、なにやら書を読んでいるが、その料紙は綺麗な柄が入っているものだった。

sun349.jpg

難波高島屋で見た「江戸KIMONOアート」展でパネル展示されていた奈良県美所蔵の伝居初津名「雛形絵巻」が出ていた。優美な着物の前で、少女と語り合う遊女の立ち姿。
多少ちまちました感じもあるが、それが逆に可愛らしい。構図も色も明るい、いい絵。

西川祐信 柱時計美人図。前期と後期と違う向きの絵が出るそうだ。大名時計と美人のたたずむ構図。
大名時計の実物は、谷中の「大名時計博物館」で見ることが出来る。
以前に見たブツとこの絵とを思い比べる。リアルタイムな大名時計、それを見つめる美女・・・なんとなく楽しい。

応挙美人もいた。太夫図。リアルな着付けに自然な生え際、優雅な微笑。
応挙は最初に見たのが幽霊画と、それにまつわる怪談だったので、子供の頃本当に怖かった。今ではその幽霊も含めて、大好きな絵師の一人になった。

師匠だけでなく弟子たちの美人画も多く出ている。
源、廬雪、素絢の美人たち。
その中でも素絢「太夫雪見図」は人気作品で、京都文化博物館の管理下にあるからか、大体年一度くらいは見ているように思う。

その京都文化博物館で'93年に開催された「京の美人画」展で知った祇園井特(ぎおん・せいとく)の作品が前後期で四点ばかり出てくる。
前期には千葉市美術館「公卿と官女図屏風」、京文博管理の「手あぶり美人図」が出ている。
前者は「曽我十郎と大磯の虎」図と似た構図を取っている。男女の距離感に関して。
後者はぬぼーと大きな顔の(なにしろアゴなし)太夫がずんと座す図。どちらも笹紅をつけている。

師宣「隅田川・上野風俗図屏風」「立美人図」などの千葉市美術館の名品も多く来ている。
安度美人もある。ふっくら豊かな頬に長い髪、太い線描の着物、柄は明るく大胆。可愛くてチャーミングな美人。

宮川長春の美人もとても魅力的だと思う。
ここでも蚊帳から身を乗り出す美人があるが、みんなどこか知的な感じもして、いい感じ。
東博に行っても長春美人を見かけると、ついついシャッターを押してしまう、そんな魅力があるのだった。

ほかに鈴木春重(司馬江漢)、窪俊満、清長、栄之らの作品があったが、歌麿の肉筆美人画が数枚出ているのが目を引いた。大首絵ではなくロング。

最後に北斎の肉筆画「鍋被り美人図」があった。
ほかの絵師によるこの画題のものは見ているが、北斎のは初見。ちなみにこの行事は今も続いていて、さすがに今は現役の女の人たちではなく、女児たちがその行列を成しているのだった。

前期は4/17まで。後期は4/19〜5/8。 

花をながめた日  

丁度花の季節ということで美術館へ行く道すがら大いに花を楽しんだ。
またそれだけでなく、大和文華館・松伯美術館の庭園は「花の庭」としても有名だと言うことを、改めて実感した。

SH3B04180001.jpg 三春の滝桜の子孫

繚乱たる様。SH3B04140001.jpg

白木蓮と競演、白き艶麗。SH3B04100001.jpg

SH3B04040001.jpg紅枝垂に出迎えられて入館する幸せ。


椿もまた愛らしく咲く。
ピンク色SH3B04150001.jpg
赤い花。SH3B04120001.jpg
白椿は八百比丘尼の花。SH3B04060001.jpg

落ちることの美しさ。SH3B04130001.jpg

SH3B04160001.jpg
地の美。

空に映える美。SH3B04080001.jpg

幸せを実感する。

松園の描く唐美人  

松伯美術館では「松園の描く唐美人」が集められていた。
何と言うても松園さんの「唐美人」の代表はやはり大正11年の「楊貴妃」だと思う。
sun345.jpg
わたしは勝手ながら松園さんの三大傑作は、この「楊貴妃」「焔」そして「花筐」を挙げる。
尤もそれは高校生の頃から自分の意識に刷り込んだ位付けなのだが。
しかしこの「楊貴妃」が見事なのは間違いない。
楊貴妃と侍女の少女、そして背景までも、他作品では見受けられぬほど細密な描写で構成された作品。

展示で最初に現われたのは松園さんの作品ではなく、松園さんが菱田春草に依頼した唐美人「仙女(霊昭女)」だった。
sun345-4.jpg
明治43年の作で、松園さん自ら春草に礼状を送っている。
春草らしいやや丸顔の美人が笊に台所グッズを色々入れたものを提げて歩く。
この絵を松園さんは手元に置き続け、鍾愛しつつ、自分の修行の力にもしていたそうだ。
春草は風景画やにゃんこが多いが(!)、数少ない「美人画」がまた素晴らしくいいと思う。「羅浮仙」「伏姫」「菊慈童」などがその代表。
今回は「佛御前」が出ていた。
白い被衣に市女笠を手にして、月下にススキの生える野道をとぼとぼ歩く佛御前。
寂寥さのにじむ少女の姿は、「都落ち」しなくてはならぬ春草自身が投影されているそうだが、どちらかといえば春草えがく美少年・美少女たちは寂しげな面持ちが多いように思う。

チラシに選らばれた「梅下佳人」は個人蔵のもので初見。
sun344.jpg
大正13年、甲子園の出来た年に生まれた美人。切れ長の目は地に向けられているらしい。
美しく気品ある婦人は「羅浮仙」かもしれないが、そうとも書かれてはいない。髪のかぶりもの・着物などは実物ではもっと鶸色に近い色合いを見せていた。
白梅の香りが漂うような一枚。

今回の展示には下図・素描・模写が随分多く出ていた。
そして今回完全に初見のものがあった。
sun345-3.jpg
右から二枚目の「趙昭儀歌舞」などはものの本からの模写で、その種本も出ていたから違いを楽しんだりした。
唐代だけでなく後漢の美人を描いたものが多かった。
「班徢」「姜詩妻」などなど・・・ああ、玄宗と笛を吹く楊貴妃の絵もあったが、あれは陶人形のような雰囲気が出ていた。
そして一枚のページに唐美人、浮世絵美人、ボナール風な母子の楽しそうな情景などの模写があった。応挙の「唐美人」を模写したと思しきものもある。
また、今回いちばんびっくりしたものが、大正時代の模写なのだが、なんとリアルタイムの中国娘図だった。
すらすらと線描も軽やかに、ふわっとしたショートカットの娘がズボンの足を伸ばして座している。「退廃的」だと解説プレートにもあったが、実際のところたとえ「模写」であろうとも、松園さんがこうした美人を描こうとは思わなかっただけに、すごく嬉しかった。
いいものを見た気がする。

ところで松園さんは「焔」の後から大スランプに入ったのだが、そこから少しして「天人」という作品を描いている。師匠の一人・竹内栖鳳の「天人」たちほどの艶かしさはないが、こちらは音曲に秀でた天人たちの楽しげな様が描かれている。
sun345-2.jpg

松園さんはあんまり背景を事細かに描かないヒトだが、まだ若い頃には背景に色々描きこんでいるのを知った。明治39年の「唐美人」などがそう。下絵も本絵もどちらもかなり細かい背景を見せている。
そして大正頃からはどんどん背景が簡素化されてゆく。
十年の差はあるが、この「楚蓮香」も「唐美人」も殆ど背景が描かれていない。
せいぜい「楚蓮香」には蝶々が、「唐美人」には円窓の外に牡丹が咲き誇るくらいだった。
sun345-5.jpg  sun345-1.jpg


楽しいキモチで見歩いて、次は松篁さんと淳之さんのコーナーについた。
淳之さんの去年の新作がたいへんよかった。
「水辺の朝」はシラサギやカワセミが、飛んでゆく鳥たちを見送る姿を見せており、とても可愛らしい。親和力のある絵、とでも言うべきか。
「梅薫る」もまた銀灰地にハトを始め色んな鳥がいるが、みんな「仲良しさん」なのを感じる。
そして新しい「大阪新歌舞伎座」のための緞帳の原画「四季花鳥図」などは、里山に住まう鳥たちが四季折々の花と共に暮らしている、というのを教えられる。
どの鳥さんたちもみんな仲良しさんなのだった。

松篁さんの絵は大正末?昭和初期と、昭和50年代と晩年のものが出ていた。
昭和初期の「春園鳥語」は院体画の要素を見せているが、それから半世紀後の「春静」はもうどこをどう見ても松篁さんの世界になっていた。
他の影響を一切受けることなく、松篁オリジナルワールドなのだ。
つまり今度は松篁さんの絵の世界が手本になる、そんな地平に来ている作品だった。

本当にいいものをたくさん見て、気持ちよくなった。
庭園には多くの花も咲いている。
少しばかり展示替えもあるので、また大和文華館と共に楽しむつもり。

江戸KIMONOアート  

うつくしいものが いちどきに ちかいところに あふれかえった。

なんば高島屋「江戸KIMONOアート」、大和文華館「女性像の系譜 松浦屏風から歌麿まで」、松伯美術館「松園の描く唐美人」、それら三つの展覧会と、爛漫な花と。
わたしは一日でそれらを全て味わえる幸福を得た。

「江戸KIMONOアート」展には、三つのミュージアムが所蔵する名品を送り出している。
女子美術大美術館、高島屋史料館、澤乃井櫛かんざし美術館、三者の選りすぐりの名品が集まる、というだけでも、ただただときめくばかりだった。
sun340.jpg
チラシの大半を占めるこの黒地に梅と扇子の舞う着物は「梅樹扇模様帷子」と呼ばれ、18世紀に生まれている。
金糸の縫取りも美麗で、遠目からでもその華やかさに強く撃たれる。
わたしは寛文小袖を偏愛しているが、それ以降の時代に生まれた着物でも、こうした大きな柄のものはとにかく愛しく思われる。
多くの着物が並ぶ中、実際に着てみたいと思ったいちばんの着物だった。

さて場内では最初に近世風俗画に描かれた着物を集めたパネル展示がある。
そのパネルにはサントリー美「室内遊楽図」を始めとしたステキな絵が集まっていたが、そこに奈良県美所蔵の居初津名(いぞめ・つな)が描いた美人画が出ていた。
これは後に大和文華館で実物を見ることになる。
そうとは知らず、機嫌よくパネルを眺めた。

展示は幾つかの章に分かれている。
江戸のアヴァンギャルド、浮世のエレガンス、装いのセレブレーション、風姿のスペクタクル。一応時代ごとの分かれ目もそこにある。
sun341.jpg

残欠のようではあるが、資料として展示された小袖などを見ると、それがいかに大事にされて来たかが伝わってくる。
時代の嗜好として、辻が花に始まり、慶長小袖、寛文小袖、そして打掛や振袖が現われる様がパネル展示されているので、大方の流れもよく掴める。

こちらは首なしマネキンに着付けた「源氏車模様打掛」。
武家女性の打掛だという。身分制度の厳しい世にあっては、着物の柄の嗜好も、それぞれの立場を反映する。
sun343.jpg

ちらし裏下段左端の「流水萩模様振袖」は、この八点のうちではなかなか粋な感じもある。
こういう着物を今、着てみるのも楽しいように思う。

着物も染めに心を砕くか、縫取りに苦心するか、様々な違いがある。
チラシ表の右上「墨竹描絵小袖」は描かれた一点限りのものだが、全体を総絞りにしたものも魅力的だった。
技法の違い、絵柄の配置、色の取り合わせ。見れば見るほど面白い。

こちらは新聞広告から。
sun342.jpg
優美な着物のほかに愛らしい簪や筥迫(はこせこ)も展示されている。
わたしが子供のころ気に入っていた筥迫は、今も箪笥の奥にある。
こんなのを見ると、久しぶりに会いたくなってくる。

高島屋史料館はお能の装束を蒐集していることでも有名だ。
sun341-1.jpg
左から唐織、舞衣、長絹。
資料館では厚板のよいのをよく見た記憶がある。
新聞広告の方の一番右下の「萌黄地鶴浪丸模様狩衣」は遠目から見ると、パイナップル柄に思えたが、波丸の上を舞う鶴というパターンが続いているのだった。

楽しい楽しい「きもの文化の美と装い」。展覧会は4/11明日まで。

役者に首ったけ!

たばこと塩の博物館「役者に首ったけ」展は主に幕末の作品が集まっていて、その時代の役者や芝居に強い関心のあるわたしには嬉しい限りの内容だった。
最近はあんまり見ていないが、そもそも歌舞伎にのめるようになったのも、幕末の役者絵・芝居絵に惹かれて「元ネタも見たい・知りたい」から来てるわけです。
六大浮世絵師の作品もそりゃーステキですが、わたしなんぞは武者絵の国芳、芝居絵や物語絵の国貞あたりが一番好き。

最初に見た浮世絵は広重の五十三次だけど、最初に好きになったのはたぶん、幕末の芝居絵だった。絵本も和風なものが好きだったから、絵そのものに物語があるのが好きなのは、そんな頃からだと思う。
長いこと図録だけで満足していたが、やっぱり実物が見たくなってきた。
それで「浮世絵の見れる美術館」を色々調べたところ、このたばこと塩の博物館がわたしの中でクローズアップされてきたわけです。

そのたばこと塩の博物館で最初に見た浮世絵展は’93年5月「浮世絵と写真に見る江戸の今昔」だったが、ここはさすがにたくさんの浮世絵があると感心した。
また翌6月にも「幕末の風刺画」と続いて、'94年も浮世絵展を見て、翌年も「芝居おもちゃ絵の華麗な世界」そして’96年には「浮世絵に見る歌舞伎」と毎年楽しませてもらえた。
娯楽としての浮世絵がたくさんあるのは嬉しい限りなり。

今回の展示はありがたいことに撮影可能なので、ちょっとばかりパチパチ。しかも「自分の大したことない写真を資料にするしかない」状況ではなく、見やすい小奇麗なパンフレットもついている。
これでいつもの通り100円の入館料なのだから、やっぱりたばこと塩の博物館はえらい。

入るとソレその通り立版古がある。
IMGP8943.jpg
今はどうだか忘れたが、’95年の「芝居おもちゃ絵」展では立版古が大量に出ていて、それで喜んで復元実物を購入した。宝船とかどこかのお寺の塔を背景にしたものとかの。
・・・16年後の今、まだ封も切らずに置いてあるのは、きっと「未来への遺産」のつもりさ。

幕末の芝居について云々言えるようになるには、やっぱり昔の年代記や評判記や芸談などを読まなくてはならない。
銀座の奥村書店が芝居の旧い本を集めているが、松竹の図書館、早稲田演劇博物館、大阪では池田文庫と言う強い味方がある。
それから戦前の芝居を楽しんだ古老たちの雑談を集めた本などを図書館から探し出して読んだり、小説で言えば杉本苑子を柱にして、江戸から明治の役者の名や容姿や性質などを探る。
幸いなことに’90年代まではそんな資料が随分たくさん手元に来たので、今回わたしがどーのこーのエラソォに書けるのは、その時代の勉強のおかげです。

江戸花二人助六 国貞IMGP8945.jpg
揚巻を真ん中に二人の助六がかっこよく立ち姿を見せている。両手に花の揚巻さん。丁度時期も今にピッタリ。「キセルの雨が降るようだ」とは助六のセリフだけど、キセルの雨の代わりに花のスコールでもありそうな情景。ちょっと昔の少女マンガを思い出す。

伊勢平氏摂神風 国貞  こういうポーズがまたかっこいいんだよな。

IMGP8947.jpg  IMGP8949.jpg

独道中五十三次 国貞  大井川を渡る蓮台で、黒の柳行李にもたれる日本駄右衛門。黒の着流しがまたかっこいい。月代をそらずにぼわぼわしているのもこのナリにぴったり。さすが賊徒の首魁、と声をかけたくなる。

役者地顔道中 豊国  これは文政年間だというから、国貞の師匠の豊国の絵か。化政期は大南北の芝居が人気で、その頃の役者がまたものの本によると、めちゃくちゃかっこいいのが多かったようだ。
こんな時代に今のようなわたしがいたら、出るたんびに買うてましたな、絵も団扇も。
IMGP8950.jpg
すっぴんで旅をする役者たちのワンシーンを描く。むろん、同行取材してのものではないから、ファンへのサービス画なのだが、「ファンが見たいもの」を描いているところがいい。
これを見て思い出したが、数年前に大阪歴博で里帰りの上方浮世絵展があって、中に一枚の役者絵があったが、それもまた「ファンが見たいもの」として描かれた作品だった。
春画。ある役者同士の。それを見たとき、ひどく嬉しい気がした。
当戯場三階餅番之図 国貞  楽屋に必須の色んなお道具を使っての「作り物」の舟がいい。かさ,タバコ盆、下駄などで拵えたもの。この「つくりもの」が実際にそこにあったかどうかは知らないが、国貞はよく浅草奥山の「細工見世物」のビラを描いてもいたので、こういうものを描くのはうまいと思う。

七福神に見立てて「ふ」の字尽くしの役者・役名を集めたものが二枚出ていた。これは有卦絵。
不破、芙蓉の方、ふみ売り、鱶七、筆助、藤娘、深草少将。
別な一枚は福禄寿、不破、鱶七、古手屋八郎兵衛、藤娘、藤屋伊左衛門、福岡貢。
・・・・・・しかし有卦絵にしては「古手屋八郎兵衛」を入れるのはどうよ?
かれは「お妻八郎兵衛」の悲劇のヒトなんですがね。

七変化として、役者の着せ替え人形やカード、目かつらなどのおもちゃ絵もある。
IMGP8952.jpg

そういえば梨園で最高に巧い役者の称号「カネル役者」を名乗れたのは上方の三世歌右衛門なのだが、(それ以後、今日までその称号を冠せられた役者はいない)彼とライバルだった永木の三津五郎との競演ものも出ていた。
わたしは池田文庫でドイツのヒゾルフ・コレクションを見て以来、三世歌右衛門のファンになったのだ。

八世団十郎の人気は凄まじかった。彼は32歳で大阪で自害し、天王寺の一心寺にお墓があるが、死に絵が数え切れないほど出版されている。
構図で面白いのはやっぱり国芳だが、わたしのアタマの中には常に杉本苑子「傾く滝」があるから、ちょっとイメージが違うのだよねぇ。

極楽待合  これは無款だが、なかなか面白い。茶店でくつろぐ八世団十郎。そこへ相手役で、実生活でも仲良しのしうかがやってくる。団十郎が自殺したとき、しうかは「なぜ一人で死ぬ、おれなら嫌いな奴、数人を道連れにする!」とノタモーたそうだが、彼の死後、あんまり間を置かずにこちらも三途の川を渡ることになった。その三途の川のほとりの茶店で二人は待ち合わせ。茶店の娘は天女だから、これはもぉ完全に極楽ロードのカフェなのだった。

楽しく楽しく「役者に首ったけ」になりました。
ありがとう、たばこと塩の博物館。4/17まで。開館時間には気をつけて。
二階のミニ企画もお忘れなく。
今回は浮世絵に描かれた「八景」図を集めている。

・北尾政演 遊里八景 山下夕照  上野山下には私娼窟があり、「けころ」と呼ばれるお女郎さんたちがいた。ついでに書くと池波正太郎の小説にはよく「けころ」が描かれている。
・鳥居清倍 近江八景  縦長の絵で唐風な石山寺が描かれている。奇岩がはっきりくっきり。
・国周 見立白浪八景  出刃ふりかざす「熊坂お長」。これは杜若が演じたものらしい)

こういう小さい展示もいつもとても面白いのだった。

フェルメール「地質学者」とオランダ・フランドル絵画

フェルメール「地理学者」とオランダ・フランドル絵画展シュテーデル美術館所蔵。
このタイトルの展覧会が澁谷のBunkamuraで開催されている。
大震災の影響で開催時間が短縮されたので、少しばかり早い時間に出かけた。

今回の展覧会でチラシを3種類もらった。
IMGP8953.jpg
表はみんな「地理学者」で統一だが、あとがみんな違って(みんないい、とは書きたくないな)それぞれの構成を見せている。
このチラシを見るだけでときめくのだから、実際に会場に入れば、やっぱり「いいものはいい」と言う感想がこぼれた。

所蔵先のシュテーデル美術館が大改装を行うとかで、そのおかげでこうして楽しませてもらえる。今後は長らく海外からの貸し出し展はないだろうから、いつも以上に強くみつめなくてはならない。

ところで会場はさすがブンカムラだけに楽しい内装もされていた。
「地理学者」の絵の付近、その佇まいが秘かに再現されていたのだ。
窓や壁など。こういうのを見るのも楽しい。
自分も絵の中の人物になった気がするから。

窓から差し込む光に照らされる地質学者、その左手に惹かれた。
白く大きな手、長い指。コンパスを持つ右手の爪は綺麗にカットされているから、こちらの爪も決して汚くはないだろう。
本当はこの絵の「見るべき」ところは他にあるのかもしれないが、わたしはじっと地質学者のその綺麗な手をみつめ続けていた。

ブリューゲル(子) 楽園でのエヴァの創造  「アダムの肋骨」ではなく、まるで「満腹した狼の腹から取り出された」かのように見える。
sun336.jpg
その現場は画面の奥で展開されている。手前には動物たちがいる。何かの比喩が隠されているのかもしれないが、そこまでは知らない。
緑の森、青い空の美しい対比。そして手前の木にはりんごらしき赤い実が頭上高くに。

レンブラントとルーベンス、それぞれの「竪琴を弾くダヴィデ」がある。
sun335.jpg
レンブラントのダヴィデはまだ若く、「サウル王の前で竪琴を弾」いているが、彼はサウル王の顔に浮かぶもの・心に広がるものを気づいているのか。
王の手にある長い柄のものが凶器としてダヴィデを撃つのはいつか。
王の表情に気づくものはわれわれ観客だけなのか。
一方、ルーベンスの「竪琴を弾く」のは老人としての「ダヴィデ王」なのだった。
装飾のついた豪奢な衣装をまとい、老王は顔を上げて竪琴を弾く。
若い頃からずっと竪琴の名手として知られていた彼は、老いてなおその技能に秀でてもいるし、楽しみなのでもあろう。
そんな風なことを想像させてくれる、二枚の絵。

この時代の絵画は、キリスト教を押さえておかないと、何の図像かわからないものもある一方で、農村や都市部の市民生活を描いた風俗画も多く出てくるので、ヴァリエーション豊かだと思う。

ピーテル・エーリンハ 画家と手紙を読む女性、掃除をする召使のいる室内  長いタイトルだが、描かれた人々の状況はその題のとおり。この絵も光をうまく捉えている。
グリッド窓から差し込む光が部屋を明るくする。大理石の床模様は「回」の字に似ている連続パターン。壁の鏡にもその一部が映りこむ。
午後なのだと思う。壁と床への光の角度から。人物たちの衣裳は古めかしいが、なぜか近年の風景のようにも感じられる。
sun337.jpg
テル・ボルヒ ワイングラスを持つ婦人  優美な横顔。細い指先がグラスを。伏目がちな目はグラス中のを見るのか、面前の机にある書面の文字を追うのか。

ブリューゲル父の工房 ガラスの花瓶に生けた花  どうしても泰西名画の生け花にはある種のきもちわるさを感じてしまう。花の挿し方によるのだろうか。秩序の美をそこに求めてしまうからなのか。しかもこの絵には薄ら寒いようなものまで感じてしまう。
それはたぶん、蝶が飛ばずに、落ちている花に止まっているからなのだろうが。
sun335-1.jpg

ハルメン・ルーディング 苺の入った中国製の陶器とレーマーグラスのある静物  中国製の陶器は青磁風なものでとても優美。
どうしても印象派以前の花瓶の花の絵には、ある種の「汚さと艶かしさ」、「くさったような危うい美」を感じてしまう。

ヒリス・ファン・コーニンクスロー 狩人のいる森の風景  手前の緑の木々と奥の青い山がとても綺麗。
先に挙げたブリューゲルの「楽園」の風景に似ている。
sun338.jpg

ロイスダール 雪をかぶった木々のある冬の風景  映画「チャーリーとチョコレート工場」のチャーリーの住まう家とその周辺に似ている・・・・・

いい展覧会だった。なお会期や時間などはサイトなどで確認を。

京都で花見

京都に花見に行った。
最初に京博の法然展に向かったが、ちょうどランチタイムなので先程高島屋で購入したお弁当をいただく。
美濃吉の二重もの。タケノコがおいしい。
今は閉鎖中の門前にある枝垂桜。110402_1236~01
工事中の新館跡地で働くショベルカーが見えた。どんな建物が完成するのか知らないから、とても楽しみ。

「法然」展。詳しくは後日に書くけど、先般見たばかりの「親鸞」展が文学展に近いとすれば、こちらは大和絵展だと言うてもいいと思う。
たいへん面白く眺めた。

京博から次は百万遍の思文閣美術館へ向かうのだが、桜を見ようと七条から三条まで徒歩。
川端通りの枝垂桜。110402_1419~01
雪柳はモコモコ、連翹はワサワサと繁茂して、遠目からでも楽しい。
五条の手前から川べりへ降りて、鴨川を左手に、右目は桜を眺めて歩く。
夏の床が楽しみな料理旅館「鶴清」の立派な姿が見える。
以前ここで遊んだとき、とても楽しかった。またぜひ、と機会を待っている。
今やリバーオリエンタルと名を変え、コンセプトも変わった元の「鮒鶴」も見えてきた。
近くを歩く母子が「一番上はチャペルや」と話しているのが聴こえた。
今のリバーオリエンタルには関心がないが、昔の鮒鶴には行きたかった。
どうもわたしは「昭和のオッチャン」的な遊び方に惹かれる傾向がある。

友人と歩きながら、中華料理のおいしいところがなかなかないなぁと言い合う。
昔良かった店はサービス劣化したり味が低下したり、建物も店員もいい感じなのに味がイマイチなのや、わるくないけど何の記憶も残らない味とか・・・ちょっと寂しい。

三条から出町柳まで京阪で行く。どうも中之島線が出来て以来、タイムテーブルが淋しい気がする。
とりあえず出町柳から地上へ。さっき見たばかりの法然とゆかりのある百万遍知恩寺の前を過ぎる。
ここの古書市は今までハズレなしなわたし♪

思文閣美術館。雛とミニチュアのお道具。隔年かで開催してたか、前も愉しませてもらったが、今回も大いに愉しませてもらう。
本当になんて愛らしいのか、ひな道具、ミニチュアの数々。愛しくてどきどきする。
武井武雄の刊本もいっぱい出ていた。大好きなラムラム王もある。
一度全編読み通したい「牡丹妖記」があった。主人公と女が馬車に乗るシーンが出ていた。
これは木版だったっけ。
こんなのを見ると久しぶりに諏訪湖に行きたくなる。諏訪湖周辺の愉しみは尽きない。
ウナギを食べてイルフ美術館に行って、片倉館で入浴して・・・・・
ところでアンケートに感想文を書いたらシールをもらった。嬉しい、ありがとう。
sun333.jpg

さて百万遍から一乗寺下がり松まで行くのにどのルートを使うか。
京都市バスで行くにはちょっと中途半端な場所にいるか。京都バスを待つには時間がありすぎる。
出町柳へ戻り叡山電車に乗り換えて一乗寺へ向かうのもいいが、どちらにしろ白川通りまで歩かないといけない。
・・・・・歩いた。百万遍から北白川別当町まで。
銀閣寺道の手前から桜を眺める。哲学の道の桜。少しばかりそちらも花見。
けっこう色んな桜を楽しんでる一日。

武田五一の設計した名建築をチラ見してからバスに乗る。
京都造形大を越えて二つ目の一乗寺下がり松で下車。中谷へ。
去年正月の寒い寒い吹雪の日に来て以来ファンなのよ。
おいしくいただく。友人は絹こし緑茶ティラミス、わたしは抹茶とオレンジのケーキ。
110402_1644~01
帰りにタルトと黒糖プリンなどを買う。

そこから三条京阪へ。
相変わらずの大渋滞は法勝寺界隈。そこを抜けても三条通は混んでるので、下車するとちょっとほっとする。
うどん屋さんでつるつるといただいてから、祇園を歩く。

祇園の夜桜がたいへん綺麗。吉井勇「かにかくに」碑あたりの枝垂桜は絶品でしたな。
SH3B04030001.jpg
対岸のお店の様子がガラス越しによく見える。
お客さんの大半はご婦人方。割烹も。今度はこちらにも行こうと友人と話す。
扇形・梅鉢型の障子なども見えて、素敵な「祇園」を感じる。

京博、鴨川沿い、哲学の道、祇園。それぞれの桜を大いに楽しんだ一日でした。
110402_1235~01

四月の予定

メンテナンスの関係で今日まで動かなかったfc2。
とりあえず予定を挙げます。
都内は4/16と17。



花鳥の美 ―珠玉の日本・東洋美術 出光美術館
近代洋画と日本画展 泉屋分館
所蔵資料展 「錦絵の世界」 新宿歴史博物館
国宝 燕子花図屏風 2011 根津美術館
世界中で愛されるリンドグレーンの絵本 世田谷文学館
江戸の人物画 ―姿の美、力、奇 府中市美術館
白洲正子 神と仏、自然への祈り 世田谷美術館
芸術写真の精華 日本のピクトリアリズム珠玉の名品展 東京都写真美術館
夜明けまえ 知られざる日本写真開拓史 四国・九州・沖縄編 東京都写真美術館
シュルレアリスム展―パリ、ポンピドゥセンター所蔵作品による―国立新美術館
「いぬ」岩合光昭 日本橋三越

没後150年 歌川国芳展 幕末の奇才浮世絵師 大阪市立美術館
女性像の系譜 ―松浦屏風から歌麿まで―大和文華館
松園の描いた唐美人 松伯美術館
池田理代子 ベルサイユのばら原画展 京都国際マンガミュージアム
わたなべまさこ・花郁悠紀子 原画’展 京都国際マンガミュージアム
江戸KIMONOアート 大阪高島屋 
中山太陽堂 美の源流 コラブコスメチックス資料室

先月の記録はまた後刻追加。
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア