美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

没後150年 国芳展 後期

没後150年の国芳展も後期展示の後半に入った。
ラストスパートをかけるお客さんでますます繁盛するだろう。
広い大阪市立美術館の一階フロア全域を使っての展示で、しかも殆どの作品を入れ替えてのことだから、やっばりスゴい規模の展覧会だと思う。
後期に変わっても展示の構成は同じ。
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まず武者絵から。

絵本合邦辻 南北の芝居から。この美術館からほど近い場に閻魔堂があり、そこで敵討ちがあった・・・という巷説がある。それを舞台にしただけに絵の真ん中にどーんと大きな閻魔像がある。壁のない天井だけの堂からは空も見える。
大学之助が討手たちと闘っている。帷子には「南無阿弥陀仏」の文字が踊る。討手たちは四天だけにみごとな宙返りも見せる。実見した芝居絵という感じがある。
ところで三月、国立劇場では片岡仁左衛門丈の久しぶりの大学之助と立場の太平次の二役が見れるところだったのだが、芝居が中止となったのは、返す返すも無念なことだった。

川口版・天竺徳兵衛 蝦蟇に乗った妖術使いの天竺徳兵衛。この絵は海外でも人気があるようで、わたしはスプリングフィールド美術館展や生誕200年展でも見ている。
蝦蟇は案外人気者で、江戸時代の絵師はなにかと蝦蟇を描いている。
天竺徳兵衛、児雷也、蝦蟇仙人・・・
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通俗水滸伝シリーズからは阮小五、朱貴、公孫勝らが出ていた。他の展覧会でも比較的よく見る彼らだが、珍しいのは扈三娘一丈青。これは完全に初見。
浪子燕青は色も綺麗だった。この燕青や前期に現れた九紋竜史進の様相については、松田修の著書「刺青・性・死」「日本刺青史」に非常に魅力的な論考がある。
彼は燕青や史進の背中一面を彩る彫り物について、めくるめくような陶酔の中にありながら、自身が決して踏み込めない「他者」である悲しみを告白していた。
無惨美の極みたる、その刺青についての論考を読んだことで、わたしは世に出る前から、国芳の武者絵に深くのめりこんでしまったのだった。
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左は燕青、右は前期の浪順。

本朝水滸伝剛勇八百人一個シリーズも出ている。「本朝水滸伝」題で読物もあるが(建部綾足)、それとは無関係。こちらには八犬士や宮本武蔵などがいる。
中でも八犬士の頭領分たる犬山道節は一名「寂寞道人肩柳じゃくまくどうじん・けんりゅう」を名乗る修験者で火遁の術を心得ていた。
道節は確かに本物の修験者ではあるが、多少はいかがわしさもあるようで、この絵の道節もややカールの掛かった長髪をたなびかせ、その巻き毛だけでなく睫毛もくるくるしており、あごひげまで生やして、しかも他の誰も着ないような派手派手なドテラのような着物を身につけて、更に刀を持ち上げるという、大仰なポーズを取っている。
足元には火遁の術者であることを示すように、焚き火があり煙が伸びていた。

金太郎鬼ケ嶋遊  鬼が島へ行くのは桃太郎だと相場が決まってはいるが、国芳の頃は越境もOKだったらしく、金太郎がお出かけしている。
鬼たちは金ちゃんを神輿に乗せて、そこらを練り歩いている。
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盛衰記人品箋・法勝寺執行俊寛 喜界が嶋へ流されて、更に一人取り残された後の俊寛と、彼に面会に来た稚児・有王の再会シーン。ヨレヨレの俊寛と呆然たる有王の対峙は、国芳というよりむしろ、弟子の芳年の絵にひどく近いように思った。
つまり国芳にしては、衣裳などのドレープが多いので、そんな感じがある。

国芳もやう正札附現金男・野晒悟助 下駄や着物の柄がドクロなのだが、下駄のドクロは自然と磨り減った跡、着物のドクロは猫つながりのドクロ。袈裟のドクロは蓮で出来ている。「粋菩提悟道野晒」の主役たる悟助は一休の弟子筋だから、袈裟をかけておるのですが、かれは女にも好かれる侠客なのだった。
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国芳もやう正札附現金男・唐犬権兵衛 こちらも侠客。手鏡を見ながら髭を毛抜きで抜こうとしている。こういう構図も面白い。幡随院長兵衛の芝居にも出ていたように思う。

文覚上人那智の滝荒行 三枚続きを縦でやった。滝行には不動尊の守護がつくから、上部に色白の童子、下方に赤い童子がいるが、どちらがセイタカ・コンガラか忘れた。
文覚は歯を噛み締めて滝に打たれる。罪を滅し善を生じ、心の力を得るために。

赤沢山大相撲 俣野vs河津の大相撲。行司は海老名源八(美少年!)。相撲の手の一つ「河津がけ」の語源の業を見せる直前のシーン。これはオランダのライデン国立博物館の国芳展で下絵と共に見ている。
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本朝武者鑑・橋姫 宇治の橋姫伝説の橋姫ではなく、橋の下で竜に刀を振り上げる様子を見ると、なにやらカミサマの眷属風らしい。白衣の姫君。

次に物語絵。
韓信胯潜之図 三枚続きで、韓信がまたくぐりする情景が描かれている。このエピソードを知ったのは「新八犬伝」からだから、随分前の話になる。「項羽と劉邦」の物語でも特に韓信のファンなのだが、大事の前の小事というより、もしかするとただの面倒くさがりだったのかも、となんとなく感じるような顔つきの韓信だった。そして周囲の下人たちもただのいやがらせ・いじわるをしているのではなく、もっと何か危ないような・・・(笑)。

竜宮城田原藤太秀郷に三種の土産を贈る 竜宮のヒトビトは浦島子の昔からタイやフグやサザエをアタマに乗せているらしい。浦島と違い秀郷には現世でのお宝が贈られている。

二十四孝童子鑑・大舜 家族に虐げられようと働き者の大舜を見ていた天が、一人で野良で働く大舜のお手伝いにゾウさん2頭を遣わした図。ちょっと洋風な感じもある。

木曾街道六十九次之内30下諏訪・八重垣姫 諏訪法性の兜を持って走るシーン。歌舞伎で言えば「狐火」のところ。背後に影絵のようなキツネたち。

役者絵
坂東しうかの唐土姫・三世菊之助の天竺冠者・五世宗十郎の斯波右衛門 背後に白い大蝦蟇がぞーろぞろ、ゲーコゲコ。金眼の蝦蟇たちが役者より目立っている。
やっぱり役者絵は兄弟子・国貞の方がいいかもしれない。

三世関三十郎の義平次婆・坂東しうかの団七おかぢ 「夏祭浪花鑑」の書き換え狂言「新造<舟墨>奇説しんぞう・つりぶね・きたん」。長町裏の場、つまりカンニン袋がキレたおかぢ(団七)が姑(舅)義平次婆を殺す場。背後に影絵で祭りの神輿が行く様子が描かれている。
坂東しうかは粋できっぷのいい女形で、仲良しの相手役者の八世団十郎が自害したとき、「おれなら嫌いな奴を何人か道連れにするぞ!」と吠えたそうな。

美人画
春の虹蜺 若い女が蒲焼を食べようとするところ。両手で串を持っている。虹蜺はどちらもレインボーの意味。しかし画面を見ても虹がどこにあるのかわからない。もしかすると、両で掴む串の蒲焼の撓み、それを虹に喩えているのかも知れない。

船橋屋前 大きな和菓子屋さんの店先。「山本山」も国芳が宣伝絵を描いているから、実在のお菓子屋さんの宣伝絵なのだろう。一瞬亀戸天神の葛餅屋さんを思ったが、箱中のお菓子はまんじゅうだった。

絵兄弟やさすかた・鵺退治 どう鵺退治なのかはわからない見立てもの。若い娘が魚を取った虎猫をぶっている。猫の表情が最高にリアル!家の猫もこんなツラツキを見せてることが多い。やっぱり猫の親分だけある、国芳。

江戸自慢程好仕入・しやうぶかは 程好ホドヨシは国芳の隠しペンネーム。春画などにはそのペンネーム。ここに描かれているのは単に江戸の女。着物の柄が面白かった。
藍地に白抜きで右向き・正面・左向きの猫らしき絵柄の連続文様。丸みはなくややエジプトの文様風。却って新しいくらい。

風景画に例のスカイツリーが出ていた。
摺物では柴田是真とのコラボ作品がよかった。五世海老蔵の鬼一法眼に八世団十郎の虎蔵。

戯画は去年の府中市美術館で見たものが多いので、却ってさらさらと見てしまった。
「化物忠臣蔵」、猫の当て字「たこ」、新発見の「金魚尽くし・ぼんぼん」、「十二支見立職人尽」、「蝦蟇手本ひょうきん蔵」などが特にいい。
例の「其のまま地口猫飼好五十三疋」などはお客さんも一つ一つ納得してから先へ進むので、混む混む・・・(笑)。みんなやっぱり楽しんでいる。

風俗・娯楽・情報
林家正蔵工夫の怪談・百物語化物屋敷の図 大好きな一枚。オバケてんこ盛り。この絵は下村観山も模写をしている。それともモトネタは他にもあるのか。

国芳は浅草奥山の「上方下りの細工見世物」のビラも多く拵えている。
独楽芸人・竹沢藤次や生人形師・安本亀八らの見世物をビラにしている。
これらは国立演芸場の資料室にも多く所蔵されていて、時折公開されている。

為朝と疱瘡神 剛勇無双の為朝の前に疱瘡神の婆さんと二人の女児が平身低頭している。
疱瘡よけには赤い色と聞いたが、なぜかこやつらも着物などが赤色なのである。
ただし着物の柄はやっぱり化物好み(なんだそれは!)で、みみずくやだるま柄。
このあたりの諧謔がちょっと伝わらないのが残念。

大掛かりな展覧会だが、あきさせぬように展示室の壁色も変えたり、道案内に猫の看板を立てたり、猫の足跡をつけたりしている。
色んな工夫もされていて、たいへん楽しい展覧会だった。
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きれいなミュシャ、怖いミュシャ

堺市文化館のミュシャ館で「きれいなミュシャ、怖いミュシャ」を見た。
ミュシャの絵のうちからだけでなく、同時代のほかの作家の作品も出ている。
共通するものは「怖い」絵であることなのだった。
「怖い」と言うても何もヒトを脅かすものではなく、淡々とした静かな狂気、水の底にいるような深い情念、神秘的な存在などを描いた作品を集めている。

ミュシャの「怖い女」は大きく見開いた眼をまっすぐに向けている、凍りついたような表情のものたちが多い。
特に「冬」をモティーフにした女たちにそれは多い。

こちらはアメリカの女優レスリー・カーターの肖像。
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一見「サラ・ベルナール」に見えるが、レスリー・カーターはアメリカのベルナールたらんとしていたらしく、ミュシャも仕事はしたものの彼女を「ベルナールのまがい物」と言い捨てている。

ミュシャにとって最大の女神でもあったサラ・ベルナールの「怖い女」が現われる。
メディアである。足下には既に息絶えた二人のわが子がある。「雌獅子」と罵られた(讃えられた?)メディアの復讐心の強さが、その情景を生んでいる。

ウジェーヌ・グラッセ マルケ・インク インクのポスター。なにやら物思う女の横顔が描かれている。グラッセは「毒殺魔」など怖い女を描いたものが多いので、最初にこのポスターを見たときも「手紙を書くような様子だが、内容はきっと怖いに違いない」と思ったものだ。そして今回ここに現れている。やはり「怖い女」は何をしても怖い。

ミュシャのサロメの健康的な様子にびっくりした。
肌は浅黒く、情念も何も持たない、心も健全そうな娘である。
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世紀末のファム・ファタールとは全く違った。
ここにあるのは塗り絵である。どんな色を塗れと言うのだろう、このサロメは。

ビアズリーの「イェロー・ブック」作品が並ぶ。
モノクロの椿姫は、自己の悲劇に溺死するような女には見えず、却って恋人とその父親とを破滅させるような女に見えた。

ミュシャ「主の祈り」という本のための挿絵は案外「美し」くはない。ウィリアム・ブレイクほどの不気味さはないが、どことなく地獄の情景のようにしか見えない。
モノクロのものもそうだし、色彩がついているのも変わりなく「怖い」。

アンリ・マルタンの「神曲」があった。煉獄篇である。
レテ川のほとりをダンテとベアトリーチェが歩いている。ダンテは黒く、ベアトリーチェは白く表現されている。二人の和解。しかし幸せとは無縁でもある。

面白く眺めた。綺麗なばかりでない「怖いミュシャ」の方が、かなり好ましかった。
7/10まで。

旧志賀直哉邸

久しぶりに奈良の高畑にある旧志賀直哉邸に行くと、随分と綺麗になっていた。
以前は入れなかったサンルームも修復工事を終えたので、いそいそと見学。
この邸宅はたいへん広大で、随所に面白い業も見える、素敵な近代和風邸宅なのだった。
昭和四年に志賀自身により和洋折衷の設計がなされ、後に里見弴の家も建てた数奇屋大工・下島松之助により建てられている。

IMGP9117.jpgサンルーム
その天井。IMGP9119.jpg

左手奥には明るい芝生の庭。そこには子どもらの小さいプールもある。
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可愛いお庭その1。なにしろ400坪の家だから庭の景色も色々あるのよ。

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サンルームから続いて奥さんのお部屋へ向かう。

庭から見たサンルーム
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その逆もある。
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これは子供部屋をのぞくためのもの。ちょっとわけがわからないが昭和初期の父親だしなぁ。

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建物と建物を繋ぐ道。馬酔木が咲いていた頃に来たこともあるが、今は時期外れ。

IMGP9145.jpg池もある。

志賀の書斎の天井。IMGP9158.jpg
この真下に大きな机があるがイマイチ巧く撮れなかった。

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ああ、いい眺めだ。

外壁。IMGP9129.jpg

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素晴らしい邸宅でした。

憧憬 室町の風流

正木美術館の「憧憬 室町の風流」は面白い展覧会だった。
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墨絵による瀟湘八景図や花の絵、山水画などと共に、詩歌を書いたもの、そして南宋のやきものなどが展示されていた。
それらは正木美術館の所蔵品だけでなく、先般、美のコラボレートを見せてくれた鎌倉の常盤山文庫からも名品が出張してくれていた。
正木のやきものと常盤山のやきものとが仲良く並んでいる景色は、まったく見事な情景で、それだけでも見に来た甲斐があるのを感じる。

最初に南宋時代の「春遊の詩」が現われる。「禁烟」云々から始まる詩である。清明節も終わって遊びに行きたい、という気持ちを読んだ詩である。
春は浮かれ心が湧き立ってくる。いい詩だと思った。

ところでわたしはあんまり砧青磁に惹かれないのだが、最近はあれもいいなと思うようになってきた。造形的にはあまり関心が湧かないが、やはり色の美麗さは捨て難いのだった。

龍泉窯の砧青磁が色んな形態で現われている。
外側に蓮辨を刻んだもの、両手の小指同士をくっつけたときに生まれる空間に納まるような碗、袴腰と名づけられていてもどうしてそうなのかがわからない香炉、鳳凰を這わせた取っ手(耳)をつけたもの・・・・・・・
正木と常盤山の名品が仲良く並ぶ光景は、眺めるものにも、幸せだった。
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常盤山文庫蔵の「米色青磁」を見た。下蕪型瓶のそれは、見事な貫入が数え切れず入り込み、非常に美麗な様相を見せていた。
大理石風にも見える青磁など、他では見たことがない。

他に耀州窯のオリーヴグリーンの鉢、定窯の白磁、磁州窯の白地黒花蝶文深鉢がひどく綺麗に見えた。特にクロアゲハが連続して飛びながら鉢の腹をぐるりと回りこんでいるのは、面白い景色だった。

絵では、20年ぶりに世の風に当たる能阿弥の瀟湘八景図、明代の墨梅図、等春の瀟湘八景図シリーズなどが面白かった。
特に等春の「瀟湘夜雨」は室町の頃の作とは見えず、ひどく近代的な面白味があった。
栖鳳あたりが描く景色、そんな味わい。
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やがて江戸時代の作が現われだす。
伊川院晴川院唐画写画帖が特によかった。狩野派の写生術は素晴らしい。
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桃鳩図 徽宗のそれを模写したもので足利義満伝来品だったそうだ。
頭のいわゆる鳩色がひどく綺麗だった。暈し具合も優美に見える。
他にはウズラ、青柿、牡丹、鹿に雀、薄色の椿、白芙蓉、竹に奇岩、中国の物売りとそこに集まる子どもら・・・そんな絵が開かれていた。

乾山のやきものもあった。
方形の皿が位置をずらして接している、そんな形の皿。「色絵絵替重色紙皿」というもの。
右側に詩歌が書かれ、左に絵がある。絵替りなので今回は菊や小松の上に飛ぶ鶯、群降りる鶴などが描かれたものが出ていた。
外の縁には緑色でシンプルな花柄がついている。

80歳の乾山の扇面春山草花図も面白かった。わらび、たんぽぽ、躑躅、スミレ、土筆などが手前に力強く描かれ、遠景に霞のかかる山が描かれたもの。
いい絵だと思った。

他にもよいものがたくさんあるが展示は5/29までなのだった。

よかった常設展

五月も終わりに近づいた今になって、既に展示換えもしたようなのを出すのもどうかと思いつつ・・・
でもやっぱり、特別展でなくとも常設展で楽しめる名品がぞろぞろ出てくるのが、そのミュージアムの底力なんだし、それを楽しませてもらえた御礼をしなくては。
というわけで、「常設展」あれこれ。

まず東博から。
・工芸品
百合密陀絵膳 濃い密陀絵だからこそ、こうした清楚な絵柄がいい。工芸品に一輪の百合の絵が描かれているのを見ると、わたしはどうしても「二十四の瞳」を思い出してしまうのだが。
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色絵蒲公英図皿と色絵石楠花図皿が出ていたが、色鍋島は本当に愛らしいなぁ。
色絵露草図台鉢  吉田屋のでは?と思ったらそうだったので、嬉しくなる。なにごとも修行の賜物よの~~
青磁牡丹文脚付大皿 鍋島は色絵も青磁も染付もなんでも好きだ。浮牡丹が優しく綺麗に咲いている。
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現在江戸博で開催中の狩野一信の五百羅漢図がここにもあった。
彼の没後は別なヒトが継いで描かれたそうな。
これらは全て富美宮允子内親王・泰宮聡子内親王御下賜という来歴がある。
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五百羅漢図 第十三幅 六道 鬼趣
五百羅漢図 第二十三幅 十二頭陀 節食之分・中後不飲漿・一坐食節量食
五百羅漢図 第二十七幅 神通
五百羅漢図 第二十八幅 神通
五百羅漢図 第四十二幅 七難 風

聖徳太子絵伝 南北朝時代の作で川合玉堂から寄贈。これを見ているとき、そばにきた「学校に言われてイヤイヤ見てます」な女子大生グループがなかなか面白いことを言っていた。「あのオレンジ色が聖徳太子と思う~」「なんで~」「だって同じ絵の中にいっぱいいるから~」・・・ある意味すごーく正しいと思った。
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扇面法華経冊子 四天王寺宝物館でよく見て来たが、さすが東博、もちろんお持ちでしたね。綺麗な絵を下地に法華経が書かれている、ありがたい冊子。 
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名を忘れたのもある。
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椿が綺麗な一部分SH3B04620001.jpg

ほかにも「鼠の草子」などもあった。
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・浮世絵
相合傘 喜多川歌麿  歌麿の描くカップルには情感があふれている。てぬぐいをかぶった男の微笑みに、嬉しそうな女の口元が・・・
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平敦盛と熊谷直実 勝川春章  小学校の教科書に平家物語の書き下し文があり、それがこの「敦盛最期」だった。熊谷が敦盛をひしぎながらハッと胸を衝かれる一瞬がここにある。
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五条橋の牛若丸と弁慶 勝川春章  こちらは「源平盛衰記」から。わたしは「平家物語」がやっぱりいちばん好きだ。

五月だったので金太郎が出ている。清長と歌麿、それぞれの可愛い金太郎。
大体毎年この時期になると出てるように思うが、見飽きない。
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鬼に宝引きさせる金太郎 鳥居清長
熊を掌に乗せる金太郎 鳥居清長
山姥に金太郎(盃) 喜多川歌麿
栗の枝を持つ山姥と金太郎 喜多川歌麿
山姥と金太郎(耳かき) 喜多川歌麿
山姥に金太郎・接吻 喜多川歌麿
山姥と金太郎(凧) 喜多川歌麿

頼光を襲う鬼童丸とこれを支える四天王 歌川国芳  金太郎の後身たる坂田金時が働く時代。牛の皮かぶって待ち伏せの悪党に油断しない一同。

・近代日本画
藤 山元春挙  巨大な掛け軸。実際にここまで大きな藤はあるのだろうか。「藤娘」の舞台を思う。

花売 前田青邨  遠目に見た時、「随分近年のが出ているな」と思ったら1924年の作だったのにびっくりした。青邨の近代性というかなんというか。
白川女というスタイルをしているが、本当に新しい。
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修羅道絵巻  下村観山  1900年の修羅道絵巻。何かを写したものかオリジナルかもちょっとわからないが、やはり「明治の日本画」を感じる。観山は能楽や東洋の古美術にも精通していたから、やはりフィクションのものを描いていも「絵に嘘がない」感じがある。

霧(裸婦) 中沢弘光  明治40年の裸婦。中沢らしい光の集まり。
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次に今年度の新指定重要文化財について。(撮影してないので画像はなし)
43件のうち松園さんの「母子」と靫彦「黄瀬川陣」と長春「風俗図」は以前から好きだった作品。
長春のは色子が傘を手にしながら足を上げて踊る図。時代性を感じる面白味がある。
また江戸時代の朝鮮国書の文字の繊細な優美さに惹かれた。

他に明治の旧い映像フィルム「小林富次郎葬儀」がたいへん興味深いものだった。
その頃の女の会葬者が白装束に身を包んでいたことや、市電の線路に合わせて棺を運んでいたり、中国キリスト教青年会館で葬儀をしていたこと?などが目に残っている。
たしか日本初の動画は九代目団十郎と五代目菊五郎の「紅葉狩」。当時少年だった丑之助(後の六代目菊五郎)の巧い舞などが写されている。
葬儀フィルムと言えば「目玉の松ちゃん」こと映画スタァ尾上松之助の葬儀が残されている。(京都文化博物館に所蔵)あれも重文指定されてたか・・・?

東博の常設はいつも本当にいいもんです。

二番手に府中市美術館の常設展を挙げる。
こちらも5/8までの分。(画像なし)一言ずつ。

中沢弘光 舞子  可愛い。
正宗得三郎 トックの女  四角い帽子をかぶった女。大正初期のモダンな女。
梶原貫吾 婦人像  ソファに坐す毛皮の女。昭和初期の女。十数年の時差はなかった。
椿貞雄 化粧する少女  「麗子」風な少女が立ちながら手鏡を見る。足元に櫛がある。
椿貞雄 晴子像  正面向きの幼女のアップ。若い頃の金子国義の少女像のような。
猪熊弦一郎 窓  美人がいる。戦後すぐの作。猪熊は美人画にいいのが多いんだけど・・・
倉田三郎 自画像  1917~1982の自画像4枚。メガネくんの生涯の顔の変遷。
児島善三郎 少女裸像  足を開く「少女」らしい身体。
印藤真楯 子どもの遊び  京都近美や尼崎あたりでしか見れないと思ってた画家!!
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それから今松涛美術館で回顧展開催中の牛島憲之の記念館では、やはり芝居絵巻がたいへんよかった。さらさらと描かれた芝居絵の楽しさ。こういうのこそもっと見てみたい。
弁天小僧の見顕わし、キセルの与三郎、文読む佐吉、ホッカムリの時次郎、尺八もつ五郎蔵・・・
洋画と版画は「四季を描く」展が開催されているが、「どこにもない町、どこにも続かない道、けれどどこかにある町と道」そんなものを描いた空間に迷い込んだ気がした。

最後に大阪市立美術館の常設。こちらは6/5まで
端午の節句にと京都の大木平蔵と東京の山川永徳斎の五月人形が展示されていた。
どちらもたいへんに勇壮で美麗な拵えの人形や小道具を生み出している。
わたしはやはり京風の平蔵の人形が好ましいが、山川の力の張り詰めた人形にも惹かれた。特に鍾馗像がよかった。抜き身の刀を引っさげて身を低くして構えるもの。臨戦態勢にある強さがいい。
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他にもカザールコレクションの根付などが出ていて、笑ったのが「鬼を捕らえる鍾馗」と「鬼に捕らえられる鍾馗」のセット物。楽しい構図のものが多かった。

番外に3月に見たのにかけなかった兵庫県立美術館の常設展「描かれた人々」。
チラシは神中糸子「はるの像」幼女がお茶碗を持ってくる図。
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見ごたえがあったがなぜか書けなかった感想。反省しつつ、反芻する記憶。

常設展示の楽しみは決して「二の次」のものではないと思う。

岡本秋暉とその師友

千葉市美術館ではボストン美術館の浮世絵のほかに「岡本秋暉とその師友」展が6/5まで開催されている。
以前は文人画などはたいへんニガテだったが、今は楽しく見るようになった。
特に沈南蘋に影響を受けた作品などが本当に好きになったので、これはやっぱり長い間あちこちハイカイして色んなものを見てきたおかげで、眼と意識が養われたのだろうと思う。
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この展示は三部構成なのだが、展示品それぞれに学芸員さんの楽しいキャプションがついていて、それがまたツッコミどころ満載なのもよかった。
板橋区美術館や名古屋の古川美術館は以前からそうした試みを続けているが、いずれもとても楽しく、展示品を見るだけでなく学芸員さんたちのチエをしぼった一文を読むのが主な目的に成り代わっていることも、ある。

70点弱の展示のうち岡本秋暉の作品は摘水軒記念文化振興財団の所蔵から、他は千葉市美術館のコレクションを主に構成されている。
気に入ったものを少しずつ挙げてみたいと思う。

1.江戸の南蘋派
黒川亀玉 海棠白頭翁図  アタマの白い鳥がいた。後で調べると白頭翁とはムクドリのことらしい。唐詩の「代悲白頭翁 劉季夷」とは無関係。

諸葛監 虎図  太い眉のトラちゃんがしっぽをピュッと挙げている。妙に可愛い。
 
宋紫石 叭叭鳥図  降り積もる雪に梅が咲く、そんな季節に七羽の叭叭鳥がいる。

鏑木梅渓 柳に翡翠図  狙ってます、まっすぐに。

金子金陵 兎図  横を向くウサギ。白と黒のウサギがいるが、ここでわからなかったのがキャプションの『ドラクエ?!』というもの。そもそもドラクエを殆ど知らんので申し訳ないがわたしには何を指しているのかがわからなかった。

2.岡本秋暉
孔雀図  非常に美麗な配色の孔雀だった。背後のピンクの花、青みがかった奇岩などは、南蘋の作品を学んだから生まれたものらしいが、中国を越えて一挙に天竺の鳥を見たような気になった。
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四季花鳥図  雪にまみれる紅梅の下に鴛鴦がいる。その冬図がいちばん心に残る。

浪鯉図  波にもまれる鯉。登竜門に行きそうなタイプではなかった。

百花一瓶図  チラシ。瓶の首から溢れ零れる花々。紫の牡丹も綺麗だが、白の勝った紫陽花の美麗さにときめいた。どの花々にも生気を感じる。瓶の下方の無様に突き出した先から水仙が現われるのは少し痛い。

桃に紙雛図  奔放な雛にお内裏が「待ってくれ」と止めようとするような。何も雛だからと言うて貞淑でいる必要性などないのだった。そんな心持になる絵。

3.谷文晁から鈴木鵞湖へ
谷文晁 鼓草に蝶  刷り物。クロアゲハ、モンシロチョウが飛ぶ。たんぽぽの咲く上で。

絵本があった。大坂夏の陣に関連する絵本。「おあむ物語」と「おきく物語」そのうちの「おきく」を渡辺崋山が挿絵を描いていた。天保年間の本。よく読まれ続けてきたのだろう、この「実録もの」は。

鈴木鵞湖 西園雅集図  墨絵版とフルカラー版がある。美人もいる。画像が小さいのが惜しい。ヒトに紹介したくなるような美人。参加者の中には「こんな山中に呼んでくれるな」という顔つきのものもいる。
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鈴木鵞湖 漆・薮柑子・桔梗図  「江戸琳派始めました」とキャプション。笑ったなぁ。

田中抱二 四季花鳥図のうち夏  本物の江戸琳派登場。カキツバタ、シギ、蒲の穂がある。描かれた対象がいかにも江戸琳派的でいい。

予期していない面白味にあふれた展覧会だった。

手塚治虫のブッダ展

東博で、手塚治虫の「ブッダ」を、国内のブッダ像や関連遺宝と絡めて展示する、たいへん興味深い展覧会が開催されている。
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‘87尼崎総合文化センター、’89阪神、大丸、‘90神戸市博物館と手塚治虫展が開催されたが、論考を交えての展示は神戸市立博物館が最初だった。
東博での展覧会は手塚作品の精神を論考するものではなく、純粋に作品「ブッダ」と国内各地で大事にされている仏陀像などを同時に展示するものだった。
東博のサイトにはこんな紹介文がある。
「『ブッダ』のオリジナル原画と仏像そのものを同じ空間に展示するという日本初の試みで、文化遺産と現代文化を融合しながら、手塚が追及したブッダの世界を間近に鑑賞していただこうとするものです。」
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手塚の「ブッダ」は仏伝に沿いつつ、手塚独自の思想とキャラと表現で彩られた名品である。
わたしの所蔵本は文庫型だが、最初期の単行本はその表紙にブッダの生涯を映し出している。
誕生、少年期、苦悩、修行、悟り、布教活動期、そして涅槃へと至るブッダの姿を円内に描いており、それを眺めるだけでも物語の概要を、ブッダその人の生涯を追うことができるようになっている。
宝塚市の手塚記念館では壁面に手塚の単行本表紙を並べているが、そのなかでも特にこの「ブッダ」と「ジャングル大帝」の表紙は心に残る。

ブッダは幾千幾万幾億もの表現でその姿を映されている。
彼の像的表現は当初畏れの心から慎まれてきたが、時代が下がるにつれて、アジア全域にブッダ像が生まれ始めていった。
巨大な涅槃像は特に東南アジアで好まれたが、悟りを開く前の苦行中の姿なども刻まれている。

展示は物語の時間軸を追って展開する。
そして子供向け「ジュニアガイド」はかなり良い作りになっていて、見て回るのに良い案内となっていた。
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生誕の場を表す彫像は法隆寺に伝来した摩耶夫人像が展示されている。
東博の名品の一つである。

シッダールタの結婚の場では、ガンダーラのクシャーン朝の仏伝図が出ている。
宴会シーンで、物語の特定は出来ないが、楽しそうな様子が捉えられている。
また同時代の仏像の美麗さには、ただただときめくばかりだった。
多くのブッダ像の中でもとりわけガンダーラ佛の優美さに惹かれ続けている。

そして「ブッダ」では子どもが出来たことに苦悶し焦慮するシッダールタの絵が現れる。
障害ラーフラだと言い切るシッダールタ。
思えば奥さん側からすればとんでもないヤカラなのだ。
「彼」はその時点ではまだ一人の「悩める人」でしかない。

苦行中の像を見て驚く。奈良博の像は凄まじい骨皮状態である。この像は初見。
骨皮の苦行中の「ヒト」でありながらも既に髪は渦を巻いている。
「ブッダ」では丁度幼女スジャータが「お兄ちゃんがカサカサになっちゃったー!」と驚きあわてるシーンが出ている。
髪はぼうぼう、目は落ち窪んで白目もなくなっている。
手塚の描く幼女たちはみんな見た目だけでない愛らしさがある。性質の可愛らしさが画面からあふれ出している。
(スジャータの原画はここだけで、後のスジャータの悲しみは展示されていない)

やがて「悟り」を開き、走り出すブッダの姿が現れる。
このシーンは何度見ても感動する。
「悟り」を開くとは一体どう言うことなのかさっぱりわからないが、マンガからブッダの知った深さというものがハッキリ伝わってくるからだ。
今「深さ」と形容したが、それが悟りに対する言葉でいいのかどうかはわからないが。

カッサバ兄弟が帰依するシーンの原画を見て驚いた。
床にもう一人の人物がいたのだ。
わたしが持つものは当然ながら印刷物である。
原画を見て初めて、ここで手塚の意図の変容の一部を垣間見ることが出来たのである。
そしてやはりクシャーン朝の仏伝図の美麗さにときめく。
兄弟の礼拝図は平山郁夫美術館の所蔵品だった。
しかし所蔵先は別々ではあっても、元は同じ地域からの流出物なのは間違いないのだ・・・

やがて涅槃が訪れる。
マンガではブッダは気の毒にヒョータンツギのキノコを食べて中毒するのだ。
(ヒョータンツギのキノコは「サルマタケ」とは違い、毒性が強いらしい)
アナンダが懸命に介護する原画が出ていた。

岡寺にある涅槃像を初めて見る。鎌倉時代の木彫彩色ものである。
絵はともかく彫像は日本物ではあんまり知らない。
かなり興味深く思った。
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最後のコーナーでは過去に遡り「ブッダ」のキャラクターを描いた原画がいくつも現れる。
それを眺めるとふつふつと「ブッダ」再読の気持ちが湧き起こってくる。
ファンとして純粋にを楽しませてもらえる展覧会だった。

長沢芦雪 奇は新なり

MIHOミュージアムまで行くのには根性がいると思う。
石山駅までは新快速でスイスイと(・・:)行けるが、そこからバスで50分かかるのだ。
バスで50分、である。わたしにはかなりムツカシイ、苦しい選択しか残されていないのだ。
がんばって乗っても混みに混んでるから空気が足りない。
空気の良いMIHOさんの山についた頃にはもぉぐったりである。
わたしの場合、一人で行くとアウトなのはそこらに由来しているのだった。

芦雪展を見に行く。
がんばって見に行った甲斐のある展覧会だった。
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チラシはこのように再発見された「方寸五百羅漢図」をメインにしているが、見終えたわたしの感想は一言「わんこ、わんこ、わんこーーーーっ!!」である。
なんて可愛いんだ、わんこの群!唐子の奴らも可愛い!ゾウさん、スズメ、虎!
ドキドキしたなぁ。
こういうところに芦雪の良さがある!と断言するわたし。
見たもので特に好きなものを列挙しよう。(作者名がないのは全て芦雪)
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猛虎図  応挙ガオー! 芦雪はノドかいてるニャー ・・・というような師弟二枚の絵が並んでいる。 

楊貴妃図 源  前期のはずだけど出てたのが嬉しい。侍女に支えられる楊貴妃。京劇に「貴妃酔酒」という演目があるが、そうではなく長恨歌の一節を絵にしたような。

菊慈童図 目のバランスがわるいわりに、はっと衝かれる美少年ぶり。気品ある端正さがそんなささいな瑕を隠すのだ。少年は小さい崖に立ち、その足元に白菊がある。
多くの菊慈童を見てきたが、この少年は特に美童だった。

一笑図 竹に犬がそれ。「竹」+「犬」=「笑」。 「二人の人」+「二本の竹」=「天竺」。わんこら愛らしく、遊んだりたいと思った。全く芦雪のわんころたちは並々ならぬ可愛らしさがある!

岩上猿・唐子遊図屏風 カラフル蔦紅葉。薄墨絵の猿の顔つきがいい。「猿の狙仙」のサルとはまた違う、ヒトを食ったような奴ら。
唐子らがわんこと楽しそうにしている。1セットで二種類楽しめる屏風。

七福神図 小舟の上でみんなご機嫌さん。布袋は船べりにもたれて居眠り、大黒さんは大盃をグイーッ。弁天さんがお料理に箸をつけている。えべっさんに釣られる鯛はちょっとオコゼ風。鶴も童子も乗ってるけど、鹿がいませんな。毘沙門、寿老人、福禄寿もみんな楽しそう。得意そうなえべっさんの顔つきがいい。
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隻履達磨図 ヤサグレてるように見えてなりません。 先の七福神もそうだけど、「アフロ田中」シリーズののりつけ雅春の絵ってもしかすると芦雪に似てるのかもしれない・・・

酔李白図 端正な寝顔は、さすが詩の大家だけに絵になるが、酔っ払いは酔っ払い。ひっぱり上げる童子も大変。起きんかいな、センセ!

鍾馗・蝦蟇図 わりに大きな絵。右に鍾馗、左に蝦蟇。子供向けナビゲーターの唐子くんたちのコメントが楽しい。

仔犬図屏風 江戸千家・川上宗雪所蔵ということだが、こんな可愛いわんころをお持ちとは、なんと幸せなことか!カワイイの何のって・・・!!絶句するね。おなか見せてキャンキャンなわんこもいれば、シャチホコするわんこもいる。もぉ本当に撫でて撫でて撫でまくりたい!
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巳図 およよ、アタマの大きいみーさん。コブラのようです。

蛍狩図 家族で水辺に。汗取りの布を着物の襟につけている。女児は中に腹掛けをしている。男児が「金」マークの腹掛けをするのはよく見かけるが、女児も使ってたのか。ちょっと前の中国では女のヒトも腹掛けをしているが、まぁみんな冷やすのはよくないわな。

長春群禽図 地に雀の学校が。それを文鳥がフーンと眺める。上には「長春」の花が。この絵は数年前の奈良県美「応挙と芦雪」でも見た、楽しい一枚。

一笑図 同志社大の所蔵するわんこたち。いいなー、本当に可愛い。

牧童吹笛図 お得意な図ですな。芦雪は牛が大好きなんだろうか。牧童は賢そう。

七福神 酔余の一作で、爪と指で描いたらしいが、たいへん巧い。余興とは思えない。

青楓啄木鳥図 フルカラー。「赤ゲラ」という感じがする。

唐獅子図屏風 佐賀県立美術館に住まう白い魔獣!迫力満点!白い野獣が唐獅子だと気づかない人も多いかも。なにしろツラツキも凶暴だからなぁ。

白象唐子遊図 巨大なゾウさんが寝そべるのへ、大勢の唐子たちがわらわらと寄ってたかって遊んでいる。子どもら一人一人描き分けている芦雪。可愛い。
チビの弟を抑えるにいちゃんや、ゾウさんにわらをあげる坊や、登って楽しそうな子供ら。
これを見ると自分も動物園に行ってゾウさんを見たくなってくる。堀内誠一の絵本「ぐるんぱの幼稚園」を思い出した。ゾウさんはやっぱり子どもみんなのアイドルなのだ。
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蛍狩りをする唐子たち、ちび兄弟のお兄ちゃんが弟をかばうのが可愛かった。わんこはその後ろに心配そうな顔を見せている。わんこと男児はいい組み合わせだなぁ。諸星大二郎もそんなことを描いていた。

群龍図 大原美術館に住まうとは・・・!20頭?20匹?くらいいた。顔ばかり見えるけど、これで胴が一つならヤマタノオロチ(八つ頭)を抜いて世界チャンピオンになるな。そない広くもない空間にみっしりおる竜たち。・・・アタマをどついて回りたくなった・・・!気分は殆どモグラ叩き。あっモグラは土竜だったな。

山姥図 遠山記念館の方を見た。こちらは月下の丘に坐す山姥。左のやや高い丘の上に生える松を逆光にする満月。これは頴川の「山月図」と同じ手法。
歯茎が怖い山姥だが、花柄の襦袢を着ているのは可愛い。
展示換えでいなくなったが、厳島神社の山姥図は金太郎関係の婆さん。

熊図 墨の濃淡だけでクマの毛並みが表現されている。このクマは可愛いが、賛にはなにやら暗いことが・・・。

蝌蚪図 字を見てもオタマジャクシとはなかなか!ときませんわな。こんな難読字は覚えるしかないのだ。儒学者の皆川淇園の賛が入っている。
朧月図 こちらも皆川淇園賛。満月の朧風味なのが(!)いい。皆川淇園は芦雪の師匠・応挙とも仲良しさんで、先般府中市美術館の「江戸の人物画」展では自分の愛妓のリアル肖像画を応挙のそれと並べて描かせているのを見た。

方寸五百羅漢図 裸眼で見えた。虎に白象、わらわら羅漢、松。まだまだ見えるぞ。
ラカンをラガンでガンミ。
そのコーナーの出口には往時の天眼鏡があった。いや、なかなか楽しいもんです。

明るいココロモチで見終えてからは、数ある常設の内、特に好きなガンダーラ系と古代中国とを回ってから帰った。
早い時間なのでバスも空いていて本当に助かった・・・。

入江泰吉 大和路巡礼5 山の辺・宇陀・吉野

先日、久しぶりに奈良の高畑界隈をうろついた。
2時から旧志賀直哉邸の見学をするので、それまでに奈良市写真美術館へ行こうとした。
入江泰吉先生のお写真を見る。
大学のとき、先生が講義をしてくれはったが、優しくてとても紳士的な方だったのを想う。
「入江泰吉 大和路巡礼5―山の辺・宇陀・吉野―展」を見る。
吉野へは一度行ったが他は全く出向いていないので、写真を見て初めて知る風景が多かった。
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特に良かったのは大野寺の磨崖佛と枝垂桜。
笠置の磨崖佛は何度か見ているが、この大野寺のそれは初めて知った。
線描もくっきりと残り、たいへん綺麗な「仏画」だった。
その仏を隠すように(あるいは飾るように)咲き誇る枝垂桜の大きな木にも随分惹かれた。
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同行の人は何十年か前にも見たことがあるそうだが、わたしは初見。
奈良はやはり奥深い。歩かないとわからないものが多い。

廃都、としての奈良を愛している。
申し訳ないが、今を生きる奈良よりも、廃れた都としての奈良を愛する。
桜は平安以降の美だが、天平までの都では萩、梅、桃、椿が愛された。
桃の花を写した「春宵山之辺の道」などは桃のたおやかさを深く感じる。
そういえば上村松篁さんは桃をよく描いていた。
かの人の、人物のいる風景画「万葉の春」では紅白の桃が咲き零れていた。

京都の仏像よりさらに旧い奈良の仏像に美を感じるが、腕のある写真家が撮る十二神将などはもう、アイドルかスターのスナップショットにも見える。
一時文楽や古寺巡礼写真を撮っていた土門拳の十二神将も、思わぬ姿を見せてもらったような、そんな面白味があった。
入江泰吉先生の十二神将も可愛い。
なにかライブの最中にファンに向かって「一緒に歌おう!」的な声掛けをしているように見えた。
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昭和20年代の奈良の田舎道、崩れかけた土壁、柿の木の影、木柱のケーブル、かっぽぎに姉さんかぶりのおばあさん。
かやぶき屋根もまだ現役で、石の道標は傾いたまま立っている。
こんな風景が「風景画」として活きるのは、写真家の眼がそこに美を見出しているからなのだ。

写真がカラーになってからは、夕日のグラデーションなどの微妙な美しさも、そこに捉えられている。
一枚一枚見るうちに、居ながらにして自分がその場に立っているような錯覚が生まれてくる。
写真は一瞬の美を永遠の静止状態にする。しかしその風景の中には風の動き、大気の流れ、日の移り変わりが含まれている。
優れた写真家の眼と指はそれを観る者たちに届けてくれるのだ。
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実際自分が見ていない風景を見ると、そこへ行きたいと思うようになってくる。
山之辺の道は遠くないはずだ、たぶん。
そして桜の時季は来年まで待たないといけないが、大野寺の磨崖佛は今もそこにあるはずだ。
久しぶりに室生寺や長谷寺に行き、この大野寺へも歩いてみよう。

6/26まで。

東寺ハイカイとルパン三世展

MIHOミュージアムまで行った帰り、京都で下車して東寺までてくてく歩いた。
こんなに京都に出かけてるのに、車で横を通りもするのに、東寺の寺内に入ったことがないのだ。
しかし今回縁があって機嫌よく出かけた。
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京都駅界隈は大抵が駅より北にしか出ないので、八条通りを歩くのは初めて。
近鉄に乗るかと思ったが、駅から徒歩10分では、京都駅から徒歩15分の方が合理的ではないか。それにMIHOさんへのバスに負けて、たいへん頭痛がするので、こんなときは歩いたほうがいいのだ。
歩いて具合が悪化すれば、それはそれでまた考える。←メチャクチャや。
それに歩くと色んな発見があるので、それがまた楽しい。

実際歩いて初めて知ったのが、近鉄が経営するショッピングロード。
色んなお店があるし、それが京都駅と繋がっているのも知った。
お昼はそのうちの、夜は居酒屋になるお店でいただく。
小鉢のオクラの白胡麻和えがおいしいので、いつか夜に来てみたい。

油小路あたりか、ふと右手を見ればデジタル時計と温度とが表示されるビルがあった。
29度と出ている。暑いけど風が吹くのでマシ。
歩くほどに家の軒先でガラクタを販売する人やガレージセールする人が見える。
なんなんやと思いながら東寺への参道間近の肉屋さんの宣伝文句を見て「あっ」。
そうだ、(今日は)21日だったのだ、お大師さんの日だ、弘法さんの市が立ってるんやわ。
これまで「いっぺん弘法さんの市に行きたいもんやわ」と言うていたのが、期せずして果たせたわけです。

凄いわ、露店。ううむ。古着にやきものにわけのわからん古物に塩乾物に漬物・・・
暑さと人の多さにも負けたし頭痛もするのでチラチラ見て歩くだけ。
予定して参加するのなら、色々買った可能性あるけど、今回は残念ながらサラバじゃ。

観智院というお寺に入る。東寺は真言宗の総本山で、この観智院は「別格本山」らしい。
国宝の客殿に向かう廊下がキュッキュッキュッ。おお、鴬張りやないの!久しぶり~
喜んで二度ばかり行きつ戻りつ。
客殿から見る砂利しきつめたお庭は「五大の庭」とか言うて、空海が唐から帰国する海の様子を再現しているらしい。築山が唐で、組まれた石がそれぞれ竜や亀やシャチホコだというが、竜も亀もわかるけどシャチホコがわからん。独鈷みたいな石もある。
近年の作のような気がするけど説明はなし。
写真禁止ということなのでチラシでも見てください。
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五大虚空蔵菩薩が並んでいる。それぞれクジャクや馬や象などに乗っている。
けっこう大きい。847年に請来されたそうな。なんとなくこんな大きいのを5体も持って帰るって大変、と思ったが無論人夫もいてるし、「大変」なんて考えもしないだろうし、とちょっとばかり冷静になる。
坪庭も枯山水。わたしは枯山水けっこう好きなので嬉しい。
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愛染明王の像があって、その前におみくじがあった。
普段おみくじは引かないのだけど、可愛いミニ巾着がアクリルボックスにたんまり入ってるのを見たら、手が止まりません。200円払うて巾着をいただき。
さっきの五大の庭に面した縁側で足をぶらぶらさせながら巾着の紐を緩めると・・・
「ときめき」と書いた紙が出てきた。
トキメキを感じろ、とある。人に物にトキメキを感じろ、か。
うーん、年柄年中「物」にはときめいてるけど、ヒトにときめきは少ないな。

食堂越えると庭園にふらふら。季節だと綺麗だろう枝垂桜の大木が見えた。立ち位置を変えると、東に京都タワーらしきものも見える。
瓢箪池に行くと、黄色いアイリス満開。花菖蒲ではなくこれはアイリスというべきかな。
気分はモネ。SH3B05120001.jpg

遠くに見えた東寺の五重塔の足下へ向かう。
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数年前外人さんがてっぺんから捨身したニュースを思い出す。あれでてっきり中を封鎖したのかと思てたら、一階部分へは入室可能。
剥落してるけど色々と絵装飾がある。
それよりなにより一番いいのは、五重塔の耐震構造についてのチラシ。
うーん、なんだか面白い。

講堂に入ると仏像あふれてる。工事ですっぽり覆われてる(クリスト状態とも言う)金堂にも仏像がたんまり。
思えば夏には東博で「空海と密教」展があるけど、その主演のヒトビト・・・ならぬ、ブツブツ・・・ヘンやな、なんだろう、やっぱりホトケ様方というのが一番か。←不敬ものめが。
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梵天さんはガチョウに乗り、四天王は邪鬼を踏みしだく。
薬師如来さんにお賽銭を捧げて、ちょっとしたお祈りをする。(効果覿面だった!ありがとうございます)
じーっとながめる内に大日如来にまでたどりつくと、アッとなった。
ホトケの皆さんは大抵が伏し目がちというか半眼、不動明王、蔵王権現、四天王ら天部は目をカッと見開き系だけど、エライサンになるほど半眼なのが、ここの大日如来さんはパッチリ涼しい眼を開けてはった。
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真正面顔を下から見上げながら、軽い感銘を受けた。そぉか~~嬉しい~~という感じ。
売ってた絵葉書ではこの感銘は届かない。

宝物館で五大尊像とか色々眺める。
五大明王の一番旧い画像と解説にある。
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右は軍荼利明王(丸くチークぬってる)、左は降三世明王でなんか男女踏んではるし。
彼らは呪詛するときに・・・えーと、調伏するときにご本尊として活躍するそうな。
前期後期入替えあるのに、なぜか両方見たな。

彫像では「静かに怒っている」大黒さんと兜跋毘沙門天さんが目立つ。
密教ってけっこう激怒モードなのか。
あんまり詳しくは知らないし覚えられないので、まぁいいということにしよう。

この東寺は平安時代から地所が変わっていないというのも知る。
空海と言うとすぐに高野山を思うけど、この東寺、教王護国寺がまず公的な一位なんですなぁ。
実はその高野山にも行ってないから、近々出かけてみようと思う。
スルット関西のお得なパスもあることだし。

帰りに露店をのぞくとキース・ヴァン・ドンゲンの’'78年の図録が250円で出てた。
何も言わずに買うとおじいさんたちが『交渉してもいいのに』という顔つきでこちらを見ていた。もしかすると軽くおしゃべりがしたかったのかもしれない。でもしんどいのでそのまま。
来しなに見ていた肉屋さんでコロッケを買うと、弘法さんの日だからと20円引きで40円だった。アツアツのコロッケをそこでいただく。おいしかったわ。
さっきのビルを見ると31度と表示されていた。

てくてく歩いて京都駅へ戻る。
えき美術館で「ルパン三世」展を楽しむ。
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わたしはやっぱりPART1のルパンが一番好き。前半も後半も。(演出家が途中から変わったのだ)
ああいうセンスが子供の頃から好きだった。
音楽は共通してかっこいいなよな。大野雄二だからか。
PART1は五右衛門が他のシリーズほどストイックでも堅苦しくもないのがいいし、不二子がかっこよすぎる悪女ではないのがいい。
原作第一話の生原稿が並ぶ。
これは単行本で読んでいたので内容は覚えているが、それだけに「ナマモノ」のリアルな息遣いを感じた。‘67年か。確かに’60年代後半という時代性をも感じる。しかしとてもクール。
モンキーパンチのコミックは「ルパン小僧」と「透明紳士」を持っているが、展開のかっこよさに今もシビレてる。
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そのまま大阪へ戻り、21日のハイカイは終わり。
かなり早めにMIHOさんを出たからバスの混雑はなかったけど、行きしなのバスの酸欠は苦しかったな~
結局それでMIHOさんに行く根性がなくなるのかもしれない。
でも次もいい展覧会があれば、同じテツを踏みながら・・・・・・・・・。

松岡映丘展

松岡映丘の展覧会は待ちに待っていたものだった。
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新興大和絵のリーダーとして、また先生として後進を多く育てたこの日本画家も、没後70年を過ぎた今では、忘れられつつある存在となってしまった。
近代日本画を愛して、展覧会を見て歩くようになって20年が過ぎたが、それまでの間に映丘をメインにした展覧会には一度しか当たっていない。
'95年秋の練馬区立美術館「金鈴社の五人」展、それだけだ。
ほかは近美や姫路市美、野間記念館などで見るくらいで、大掛かりな展覧会は全くなかった。
数年前に九州で映丘の弟子・吉村忠夫を中心にした展覧会があり、そこで数点出たようで、そのときの図録だけは何とか手元に持っている。
また'09年新春に山種美術館で「松岡映丘とその一門」展が開かれたが、映丘の作品は5点しか出ていない。
今回、姫路市立美術館を皮切りに松岡映丘展が開催されたことを心から喜んでいる。
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松岡映丘は世に言う松岡兄弟の末子で、兄に民俗学の泰斗・柳田國男らがいる。
このあたりのことは姫路文学館などでもわかりやすい展示があり、彼らが郷土の誇りだということを感じる。
福崎ICあたりには実際、彼らの生誕地はここだと言うような看板がある。

映丘の絵は「新興大和絵」というだけに王朝ものを舞台にした上品な作風で、優美なものが多い。
大和絵の系譜は幕末の冷泉為恭で一旦途切れた、と思う。
彼の死後ほとんどすぐに明治維新が起こり、和の伝統はそこで否定されたのだ。
しかし東京美学校が作られ、そこで細々と「日本画」の教育がなされ、映丘はそこを出てから試行錯誤の末、ついに自分の行く道を見つけ出した。

途絶えた大和絵を新時代にも愛される領域に興す。
映丘はそのリーダーとして情熱の全てを注いだのだ。
そして彼の美麗な世界が世に出たことで、「新興大和絵」を標榜する人々が生まれた。
直接の彼の弟子にして最も師の意鉢を継ぐのは前述の吉村忠夫だが、映丘を意識した京都画壇のまつ本一洋(まつ、は印字できない字)もまた同様に、文芸性の高い香気あふれる作品ばかりを生み出している。
また師の作風から離れ、独自の道を見出し、後に開花した弟子たちと言うのが、実に多い。
山口蓬春、高山辰雄、杉山寧、山本丘人らが特に名高いが、彼ら錚々たるメンバーを見ると、なにやらギュスタヴ・モローとその弟子たち(ルオー、ルドン、マティスら)を思い出す。
共に良き師に恵まれ、よく育った画家ばかりである。

1881年生まれの映丘の少年期の作品から、展示は始まる。
その若い頃の神仏と物語の絵を集める。

「鵯越」16歳の映丘の歴史画。ほぼ垂直なように見える斜面をこれより駆け下る、その横顔。静かな面持ちがいい。武闘派ではなく冷静な戦略家の顔。

「文殊と獅子」 稚児文殊という作りである。獅子にもたれ立つ、みずらを結うた美童が柿色の衣をまとい、手にした剣をみつめている。そしてその幼い主を獅子が見守る。

「伎芸天女」 散華する天女。優しい面もちで花を撒く。

「浦の島子」 本絵は前期で後期には下絵。明治37年の作。平安神宮のような竜宮を遠景に、亀に乗り地上へ向かう浦の島子がいる。亀は玄武とでも言うに似つかわしい面もちでひたすら陸を目指す。
思えば浦の島子の物語は明治になり大正になっても描かれているのだ。昭和の初期には美麗な講談社の絵本としても活きている。

「佐保姫」奈良・佐保山の春の姫。しかしそれを措いても天平の女人のように見える。佐保姫のイメージはやはり天平に違いない。
少しばかり歳を重ねているが、やはり優しい愛らしさがある。わたしは奈良の佐保川を通るたびに佐保姫のことを思う。秋の龍田姫よりもなお。
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「宇治の宮の姫君たち」源氏物語を描いたもので出ていたのは意外と少なかった。大和絵の美意識が横溢する画面。
彩色の美は濃すぎず、しかし柔らかな潤いに満ちている。
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大正期の作品を見る。
「春夏秋冬」 王朝に生きた人々の四季を描いている。四季の選び方も面白い。沼川、入り江、薄野、雪路・・・
「残月」 鷹狩の情景。

歴史や物語から採った物語絵が続く。
特に大正8年の作が多い。
「稚児観音」 白袴の少年が笛を手にしている。薄紅地の格子柄の小袖姿で、中世の稚児物語に現れるような姿である。眼は冴え冴えとどこかを見ている。足下には女郎花が咲き乱れているが、稚児観音とは言いつつ「秋の夜長物語」をどうしても想起させる。

「厳島詣」 平家物語より取材。望む官位を得られなかった徳大寺氏は人の薦めもあり、清盛が拵えた厳島に詣でた。それを聞いた清盛は大いに喜び、彼に官位を授けた。
絵は小舟が厳島へ向かうシーンを描いている。この舟から見る鳥居の角度は、今のJRの船のそれと同じように思う。

「夕顔 源氏ものがたり」 シリーズ物らしい。夕顔は他にも描いているので、映丘の好きなエピソードかもしれない。暑さに胸元をはだけた女が夕顔を渡そうとする立ち姿。暮らしが立ち行かない状況というものを少しばかり感じる。だからこそ彼女たちは。

「草紙洗」 この画題は古典を描く日本画家には本当に愛されている。

「道成寺」屏風の右隻には安珍を探す清姫が。左隻には彼女の様子を見守る人々がある。いや右隻の人々もまた、不穏な空気をまとう彼女を見ている。
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(彼女、と安易に書いたがこれはかのじょと発音するのではなく、『かの、女(じょ)』というのが相応しい)
そのうちの左端の人物の着物の背中には鳥獣戯画に出てきそうなみみずくがいる。耳が立つからみみずくである。
清姫の眼差しは遠い。微かに開く唇から、鉄漿をしたような色がのぞく。平安の頃にはある程度以上の身分のひとにその習いはあったそうだ。
口中の闇。彼女の中の闇がそこから零れてきたようにも見える。
清姫の眼差しは遠く茫漠としている。自分がどこにいるか認識できているのかどうか。
しかし執意の深さは激しい。薄く開いた闇にそれを潜めているのだ。

動きのある絵が現れる。
「村上義光」 山伏姿で敵をねじ伏せている。映丘には珍しくきつい表情の人物である。

「江口の里」 室内で双六遊びをする二人の女。緋袴に薄手の上衣から胸がのぞきそうである。庭の草花を見るともう秋草が咲いているが、実際にはまだ暑い日中のある日。

野間記念館で見ることのできる絵があった。
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」太平記のエピソードを描いたもの。
落花の雪に踏み迷う交野の春の桜狩 紅葉の錦着て帰る嵐の山の秋の暮れ・・・池田の宿につきたもう
この池田の宿に着いた俊成卿の落胆が髪のほつれに現れている。
今回初めて気づいたのが、立ち姿の形の悪さだった。これは俊成卿の不安などを示すために映丘はそんな立ち姿を選んだのではないか。

思えば映丘は不安さを抱えた人々を多く描いている。
物語の登場人物、歴史上の人物、その垣根を越えて等しく未来のない人々を描いている。

「うつろふ花」典拠とする物語などないのかもしれない。しかしここに現れる女の顔にはある種の激しさがある。山桜が散るのを前にする女。散りゆく花など見てはいないのかもしれない。
失われゆくもの、それに苛立っているのではないか。
凄艶な女の顔に深くときめいた。
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「伊香保の沼」本絵は前期展示で、今は下絵が出ていた。この女が何者なのかは随分前から謎だった。手元にある資料を見ても納得できる答えはない。
謎は謎のまま歳月を経てしまった。彼女が普通の人間なのかどうかすらわからない。
下絵を見ることでその謎が解けるかもしれない、と思った。
しかし謎は解けず、却っていよいよ混迷の淵に落ちて行くのを感じた。
下絵の女は本絵の女より、もっと静かに居た。
その静けさこそが、何よりも恐ろしいのだった。

「千草の丘」1926年当時の水谷八重子の像。黄色い着物がいかにも瑞々しく、背景ととてもマッチしている。秋晴れの日。可愛い秋草が咲いている。
水谷八重子の当時の人気ぶりは聞いてはいるが実感はない。しかしこうして当代随一の画家に描かれる、という意味はわかる。

「みぐしあげ」王朝時代の風俗。少女の髪を切り整える。配色の優美な豊かさ。枕草子から題材を得ている。
何年前か国宝の「源氏物語」絵を当時の彩色で再現する試みがあった。あの絵はもう剥落の美を手に入れているので、今更真新しい色合いのものを見ても、違和感が残るばかりだった。
大和絵の美の本質とは何なのか。日本人の美意識とは何なのか。
そのときそのことを考え込んだ。
一方、映丘の絵はその違和感を持たない。同質の美貌を持ちながらも、ここには清楚な艶やかさだけがある。

随分前に「草枕絵巻」が発見された記事を見た。なぜか奈良国立博物館にあったそうで、新聞には映丘の裸婦が出ていた。
今回その絵巻の2巻が出ていたが、前期なので見損ねた。
しかし「草枕」の舞台になった熊本で「草枕」展があり、図録が出ていたので、取り寄せたのを手元に持っている。
そこには映丘の裸婦、小虎のオフィーリアがいた。
今回、その絵巻の下絵と、そこからスピンオフしたらしき裸婦像があった。
裸婦像はなかなか艶かしい。線描の濃やかさがいい。明治から大正の日本女性の肢体があらわになっている。
小出楢重ほどのボリュームのない、和美人の身体。

歴史画を見る。
‘29「屋島の義経」、’37「矢表」十年の隔たりはあるが、どちらも義経に関わる絵。「矢面」は屏風なのだが、緊迫感あふれる構図である。
佐藤兄弟の兄・継信がまさに御曹司の身代わりに矢面に立たんとする、その一瞬。
この構図に活きる緊迫感は、同じ「金鈴社」の平福百穂の「豫譲」にも通じる。
「金鈴社」は解散したが、会員五人はその後も親しくつきあっていたそうだ。
鏑木清方の随筆「続こしかたの記」にそのあたりのことが詳述されている。

「右大臣実朝」'90年代初頭、奈良そごう美術館で「日本芸術院」展があり、そこで見たのが最初だったと思う。今牛車を出ようとする実朝。
石段の銀杏の陰に公暁が潜んでいることは知らないはずだのに、どこかしら疲れたような傷ましさを感じる。
実際に実朝はこの当時様々な挫折感を抱えていたのだ。
宋へ行く大船は陰謀により失敗作として浜に置き晒され、新たな政策を打ち立てようにも北条家の圧力が強く、その鬱屈をただただ和歌集の編纂に当てるばかりだった。
実朝の面持ち自体は国宝の「源 頼朝像」にも似ている。それを典拠にしたのかどうかは知らない。

「後鳥羽院と神崎の遊女たち」平安末期から鎌倉にかけての天皇周辺の話は非常に面白い。
後鳥羽院はたいへんな大力者で、しかも北条家への憤懣を隠さぬ人で、豪儀な遊び方をしたそうだから、ここでもその一端がのぞく。
しかし後白河法皇とは違い、後鳥羽院は頽廃的な愉しみは持たなかった。
描く映丘も崩れた美を描くことはなく、節度に満ちた優雅な場が広がっていた。

資料として奥さんの描いた「舞妓」が出ていた。ねっとりした艶があるな、と思ったら奥さんは元・島成園の弟子筋だったのだ。それでとても納得がいった。
他に映丘の子ども時代の絵が出ていたが、とても5~6才の子どもが描いたとは思えぬほど達者なものだった。巧い人はやはり子供の頃から途轍もなく巧いのだ。
全く驚いた。
写真資料では松岡兄弟勢揃いと、武者姿のコスプレをした映丘と、その映丘の生人形写真が興味深かった。

松岡映丘が清方ほどではないにしろ長生していれば、日本画の中で「新興大和絵」の分野はもっと広がり、深みを見せていたように思う。
展覧会は5/29まで。その後は練馬区立美術館などへ巡回。

出光美術館の「花鳥の美」

出光美術館の「花鳥の美」は本当になごむ展覧会だった。
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わたしは(日本を含む)東洋美術を特に好ましく思う性質のためか、ただの無知ゆえか、泰西名画を見すぎると疲れることがある。
洋画も近代に入るとそんなこともないのだが、中世欧州の絵画から醸される、ある種の重さに圧されてしまうのだ。
それは主に静物画においてよく感じるのだが、思えばそれも当然だった。
そもそも泰西名画での静物画とは「死んだ自然」なのだ。
重くないほうがむしろおかしいのだ。
その「死んだ自然」の重みに耐えかねたときに、東洋の花鳥の美に触れると、心がなごむのを感じる。

東洋では花鳥とヒトとの和解がある。
そこにあるのは無論、本当の自然ではない。理想化された自然である。
現実の自然の場合、美しさと同数の恐怖と危険と醜悪さが活きている。
しかし、絵画や工芸品といった枠の中での自然は、決して怖ろしいものではない。
その理想化された「花鳥の美」を出光美術館で堪能した。
章ごとに、優しい言葉を蒐めたタイトルがついている。

1.花鳥が出逢う水辺 
夏景聚禽図 邉楚善  竹に絡むように咲く白い花の木を、自分らの集会所のように思う小禽たちがいる。雀、燕、叭叭鳥、ホオジロに、地にはウズラらしきものたちもいる。
皆それぞれ独立して生きているので、視線を合わせることもない。
雀は雀らでじゃれあい、叭叭鳥は叭叭鳥で好きに水に浸かったり、飛び立ちもする。

四季花鳥図屏風 伝雪舟  この静けさがいい。四羽の鳥がいるが、誰もさえずらない。鳥はいても静謐な世界。彩色も浅い。牡丹から蓮へと移る季節の中で静かに暮らす鳥たち。

もう一枚やはり雪舟の作と伝わる四季花鳥図屏風がある。牡丹から敗荷に至る時季が描かれていて、雀、カワセミ、鸚鵡までがいる。鳩などは明の絵のようにも見える。
凍った時間の中、永遠に生きる鳥たち。

織部千鳥形向付  形も柄も千鳥。見込みには数羽が飛ぶ。飛ぶ千鳥を抱え込む一羽の千鳥。まるでマトリョーシカのようだ。無限の観念。そして織部特有の格子籠のような柄があるが、それが鳥を捕まえる罠の籠にも、バードドームにも見えるのだった。

蓬莱山蒔絵硯箱  梅がきらめく。螺鈿の美。
浜千鳥蒔絵硯箱/浜千鳥蒔絵香箱  実際のところ浜千鳥というものを見たことがない。しかしこうした工芸品などから浜千鳥の愛らしさはよく知っている。
たぶん実物を見てもそれが浜千鳥かどうかはわからないままだろう。
何か肝心なものが抜け落ちているような気もするが、愛らしい物を見ているうちに、どうでも良くなってきた。梨地に千鳥。梨地はそのまま浜辺の砂になる。

青銅銀象嵌柳水禽文浄瓶  酸化して黒くなったことで、より線描が繊細に見える。
柳は優しくそよぎ、その下に水禽がいる。水辺の鳥の静かな幸せ、そんなものを感じる。
瓶の首に瑞雲が巻き付くように浮かんでいる。
高麗時代の工芸品は、何もかもが豊かに静かな世界を示している。
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青磁象嵌蒲柳鷺唐子文浄瓶  形は先のと同型。和やかな水辺。飛んでくる鷺たち。唐子らが何人かいた。やさしい和やかな空気が満ち満ちている。

青花芙蓉手花鳥文皿 二種類の皿にはそれぞれ鳥がいる。染付は絵柄が何であろうと良く見えてしまう。特にこうした濃みものは。

四季花鳥図屏風 山本梅逸  梅逸の絵は甲東園の頴川美術館で多く見てきたので、他の場で見ると、なんとなく応援したくなる。
白っぽさが目立つ空間に、きっちりした線描の木々がある。ところどころに濃い色が活きる。牡丹だろうか。そして白い空間の白木蓮がひどく綺麗なのだった。

遊鶴図屏風 狩野永納  チラシも図録もこの鶴たちが選ばれている。
鶴の子がお母さん鶴に話しかけるので、お母さん鶴が長い首を曲げて子らを見る。しかしよく観れば、親鶴の視線は違う方向を向いていて、しゃべる子はそのことに気づいているのかどうか。背後の白牡丹の、清楚でありながら豪奢な美に惹かれる。

色絵青海波牡丹文皿  波間に浮きつ沈みつ牡丹が笑う。思えば現実には決してありえないような構図なのだ。しかし不安定さも不思議さもまるでなく、調和した美を見せている。
言ってみればシュールな光景なのだが、和の空間でのそれは、優しさをみせていて、神経を高ぶらせるようなことはないのだった。

五彩花鳥文瓢瓶 下地がやや青みがかり、そこに蝶、鳥などが舞う。深い喜びを感じる絵柄。花鳥文が吉祥のモティーフの一つである、ということを考えずとも、見るだけで楽しい心持ちになる絵柄なのだ。腰の辺りの花唐草はイスラーム風のそれを思う。
「閉じられた庭園」の中で花鳥や蝶たちは永遠に遊び続ける。

*文様の美を競う
螺鈿楼閣人物花卉文食籠  螺鈿細工の濃密な空間を味わう。こんな優美なものが実用品として活きていたのかどうか。花々だけでなく、その茎や草の細密描写は殆ど病的なほど執拗で、そして丁寧なのだ。中に入る食べ物も、この容器に劣らぬ凝ったものなのか、却ってシンプルなものなのか。そんなことを考えた。

堆朱蓮池鴛鴦文盆  明代のものだとアタマではわかっているのに、「モリス商会の製品」かと思った。モリスがこうした作品をモティーフにしたとは思えないが、しかし他人の空似とは思えぬほどよく似ている。
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堆黒花鳥文八稜盆  隙間に朱色がのぞく。そのことでその世界に奥行きがないことを知る。まさに閉じられた世界。そこに咲き乱れる花々と飛び交う鳥たちは窮屈だとは考えない。観るものもそうは思わない。枠内の世界は範囲が定まってはいるが、そこは「全きパラダイス」なのだ。

堆黒花鳥文稜花盆  赤黒いような。八面の縁飾りは明代に建てられた邸宅の装飾にも似ている。

四季草花図屏風 喜多川相説  遠目に見て絢爛だと思った。近づくと、銀砂子を散らした意外にシンプルな屏風だと知ったが、しかし離れるとやはり豪奢な印象がある。
正直なところ、遠目には更紗にも見えたのだ。
そんな外装(!)に囲まれた草花図は写実的で、小茄子が特によかった。

*富貴花の展開
春園富貴図 田能村竹田  不思議な存在感を感じる牡丹が咲いている。まるで猪肉(牡丹鍋)のような牡丹と、法花を思わせるような紫色の牡丹と、黄緑がかった白牡丹と。
赤いタンポポに似た花も地に咲き、青い奇岩はまるでラジウムを含有しているように思えた。

白地刻花牡丹文梅瓶  風にそよぐような、いやむしろ自分から浮かれ出すような花。そんな面白味がある。奔放な描きよう。刻み付けた手は、花の喜びをより大きく見せるために、こんな手法を採ったのだろうか。とてみ明るい心持ちになる。
花の背景は「魚子文」で満ちている。それはこの梅瓶が生まれた時代に流行した文様なのだが、ここでは花の動きを活発化させる炭酸の泡のように見えた。

青白磁刻花牡丹文壷  綺麗な青白磁。やや不透明な重みも感じるが、それは元代のものだからか。花の愛らしさにもときめく。その花が描かれた一帯の上下には、風に流される雲のようなもの・ぶれたような多線状の文様が入り、花をいよいよ引き立てていた。
  
青花牡丹唐草文八角梅瓶  八面に花唐草が咲き誇り、それが天へ向かって伸び続けている。イスラームのタイルを思った。やや黒みがかった青花の静かな侵攻。

青磁刻花牡丹唐草文梅瓶  実に綺麗なオリーブグリーンに彩られていた。カタチも刻まれた花々もきれいなのだが、色の鮮やかさに強く惹かれた。

素晴らしく愛らしい「法花」三点を見た。イッチンモリという技法だと解説にある。
大阪の東洋陶磁美術館にも法花のいい壺があるが、こちらは香炉や梅瓶なのでそんなに大きくはない。しかしその分、より煌びやかな装飾をまとうている。
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法花牡丹文香炉  胴いっぱいに青味がかった白牡丹が咲いている。小さくともぱっと目を惹く華やぎと、言うに言われぬ官能性がある。
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法花牡丹文梅瓶  肩の瓔珞はネックレス、金色の牡丹の見事さ。花びらの痙攣するような縮れ方に衝かれる。両脇の蝶もまた金牡丹花の装飾なのだった。

法花花卉文象耳瓶  双子の美麗な娘が立っているようだった。その牡丹はチャイナドレスに刺繍された文様ではなく、直の膚に刺青された・・・そんな妄想が湧いた。

照明の力によって、秘められた美を暴かれた鉢がある。
青磁刻花牡丹文鉢   北宋の頃に耀州窯で生まれた二枚の鉢。静かなオリーブグリーンに彩られている。その肌に刻まれた牡丹文は、ウォルト・ディズニーのもとでコンセプト・アートを生み出し続けたメアリ・ブレアの線描に似ていた。
そして、その刻まれた線描の陰影はこの照明が無くば、決して気づけないものだったに違いない。しかし拵えた手は、その陰影の効果を知り尽くしていたろう。
泉下でひっそり笑っているかもしれない。
北宋の人が愛した陰影の美を、何百年後かの日本で愉しんだ。

*幻想世界に迎えられた鳥たち
鳳凰図 伝・王立本  二羽の鳳凰の間に不意に水のようなものが描かれている。中空に浮かぶ理由はわからない。しかし鳳凰たちはそれを見ている。不意に五行の「水」がそこに現われたような気がしてきた。
朝鮮王朝時代の絵は、朱色と緑色がやはり目を惹くように作られている。

螺鈿双鳳花鳥文衣裳箱  こちらも朝鮮王朝時代に制作された。渦巻く雲気は等圧線、もしくはバラのようにも見えた。細い雷文もシャープさがある。

月兎鵲文八花鏡  月の中に木があり、その左右にウサギがいる。そのすぐ下に鵲がダンスをして、シメに竜が姿を見せている。めでたいものを集めた鏡。

存星花鳥文食籠  赤が目立つ。牡丹よりも小さな椿に惹かれる。金色の月が出る。配色の面白さ。派手で楽しい。

*人々に愛された花鳥の主題
枯木山鳩図 谷文晁  緑色の鳩(=青鳩)が墨の濃淡で描かれた枯れ木にとまる。
その枯れ木に絡むように咲く薄紅牡丹は可憐だった。
山鳩は文鳥にも見えた。・・・なにせ描いたのがタニ・ブンチョウだからなぁ。
 
青花花卉双鳥文輪花皿  あんまり可愛いので、こやつらは今回グッズになって、ショップのあちこちで羽根を休めている。
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色絵梅花鶯文富士形皿  どこで見たか忘れたが、最初に見たときあまりに可愛いので、複製品がほしいと思ったものだった。梅に鶯。しかも富士山の形の中で。
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尤も、それだからこそ、このお皿は人気があって、色々と作られたのだろう。
今でも欲しいような・・・ふふふ。
前述の山本梅逸の四季花鳥図ともども'09年秋の「描かれし夢と楽園」で見て以来の再会。

色絵花鳥文蓋物  今回チケットにも出ている。主役は青い背中に黄色い腹を見せる小禽たちと、赤々と咲く花々なのだろうが、わたしは蓋の上に一人ぼっちで天を睨む狛犬くんがとても気になった。まるで牧羊犬のようにも見える。気ままな鳥たちを押さえる責務を負わされたわんころ。孤高の狛犬に愛を。
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白地黒掻落鵲文枕  これもまた好きな作品。とにかく可愛い。枯れ木に一羽でとまり、どこを見ているのかわからないツラツキでそこにいる。枕だからその羽根の上で寝るけれど、こやつは怒るどころか、怖い夢を退治してくれるらしい。働き者のカササギなのだった。
関係ないが、わたしはメイドインジャパンの陶枕を持っている。綺麗な染付の枕だが、寝るうちに案外陶器が熱くなるので、少し寝るときだけ使うのだった。
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色絵花鳥文鉢 賀集みん平  淡路のみん平焼。派手で明るくていい。尤も手元に欲しいかどうかとなるとまた別問題である。
どうしても工芸品は「自分がほしいかどうか」ということをも考えてしまう。
絵柄はざくろはいいが、ケイトウはパス。鳥は丸い目が可愛いハデハデ鳥なのだった。

吉野龍田図屏風 桃山時代  この屏風を見ているときに外人さん二人組がきた。秋から春へ観ようとするので「こっちからや」と手招きすると「スミマセン」と言われた。
どう見ようと本人の勝手なんだけど、やっぱり右から左へ見る方がいいのではないか。とはいえ、余計なおせっかいをした気もする。
もこもこサクラ。しかしそれよりもあふれかえる紅葉がいい。ああ、いつからかわたしは秋好中宮になっているよ。
地に落ちた紅葉も可愛くて仕方ない。土に噛まれてあっぷあっぷしているようにも見える。
こんな紅葉を見ると、早くその時季に来てほしい、と切なくなってくる。

本当に心豊かに穏やかになれる展覧会だった。
激しい刺激や衝撃も必要だが、こうした「花鳥の美」によってやさしい心持ちになることもまた、人には必要なのだ。
少しばかり展示換えもあるので、6/19までにはまた向かいたいと思っている。

画家たちの二十歳の原点

平塚市美術館「画家たちの二十歳の原点」はたいへん有意義な展覧会だと思う。
夭折者、長命者、それぞれの「二十歳の原点」を見ることが出来るのだから。
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若くして逝ってしまった画家の「二十歳」の絵はやはり、その時点で何かしら不思議な予感さえ感じる作風を見せている。
そして長生し、生きている間に栄誉を得た画家たちの絵は、後の輝きを既に放ち始めている。
また、生涯をほぼ無名のまま孤高に生きる画家の絵には、不思議な緊張感がある。
油彩画にしぼって集められた彼らの「二十歳の原点」の絵を見るだけで、深い物語を読んだような、心に残る「重さ」がある。
そしてその「重さ」は決して厭なものではないのだった。

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多くの画家たちの絵が並ぶ。
明治大正昭和戦前から現代までの画家たちの絵。
日本の油彩画家・最初期の一人たる黒田清輝の絵は、後年の作品を髣髴とさせるし、夭折した関根正二の「三星」などにはふと自分の「二十歳の頃」を思いもする。
別に自分に似たとかそんなことではなく、絵から連想させる何かが関根の絵にはあるということだ。

大正年間、ハリストス系の信仰が流行したのか、と思うほどに多くの画家たちがその影響下にある。
いや実際に正教会はその当時つよく機能していたのだ。
絵にも当然そのにおいがある。
カトリックとはまた違う味わいが。
劉生の二十歳、椿貞雄の二十歳。
松涛美術館での回顧展にも出た河野通勢の描きこまれた情景も、やはり若い時代に描かれるべきものだと思った。
後年の彼の細密な挿絵を思う。その色彩を想う。不可思議な美貌はこの時代を過ぎたからこそ生まれ出るものなのだ。
先年随分衝撃を受けた牧島如鳩の作品があった。これは三鷹で見たものだと思う。5人の天使の顔だけのもの。
彼らがセラフィムなのか、それとも単に愛らしい容貌を描いただけなのかはわからない。

三岸好太郎に出会ったことが節子の不運なのか幸運なのかは知らない。そんなもので括れることではないのかもしれない。
しかし好太郎の夭折は、節子の後の力業の、最初の原動力だったことはたぶん間違いないだろう。
そんなことを思いながら二人の「二十歳」の絵を見る。
節子の自画像は意思的というより美貌を誇示する顔つきをみせていた。
好太郎の描く「赤い肩掛けの婦人」は絵のモデルという存在を超えて、ナマナマしい実感がある。
わたしは節子が歳を重ねるごとに強くなる様を、これまで展覧会の中で見て来た。
'99年に彼女が往生するまで、少しばかりリアルタイムに彼女の新作も楽しめた。
そのことを若い頃の絵を見つめながら、改めて思う。

時折ふっと感じることがある。
日本画家の速水御舟の絵などを見ているときに、よくそのことを感じる。
まだ死が彼に迫っていない頃の作品にもそれはある。
「ああ、こんな絵を描いているから早く逝ってしまうんだ・・・」
言葉にしてしまうと、そんな風にしか言えないが。
やはり夭折する画家の絵には、達してはいけない地への到達を見出してしまうことがあるのだった。
'93年頃に高島屋で「夭折の画家たち」展があった。
今こうして夭折した画家たちの「二十歳の原点」を見ると、あのときと同じ感慨が浮かんでくる。

青木繁は27才で命が尽きたが、やはり彼は「二十歳」が頂点だったように思う。燃え尽きてしまったのかどうかはともかくとして、短い晩年の作には輝きが失われている。
それでも描いた絵には痛々しさすら感じてしまう。
だからこの「竪琴をもてる女」「春鳥集下絵」などを見ると、絵が完成してようがしまいが関わりなく、なにかしら明るい心持ちになるのだった。

夭折者たちとは全く対照的に長命で、しかも栄光に包まれて晩年まで作品をどんどん描き続けた梅原の二十歳の原点を見る。
カーニュまでルノワールに会いに行き、「ルノワール先生を見に来た」と言ったその年頃に「若き羅馬人」を描いているのだ。
水灰色のベタッとした地、しかし頬のあたりの照りが後年の梅原を強く感じさせる。
「はふ女」もそうだ。水色の背景にちょっとばかりあやういポーズで這う裸婦がいる。画家の注文でこのポーズなのかどうか・・・そんな関心が湧いてくる。

仙人のような熊谷守一も若い頃は色々あったのではないか、と思いもするのが裸婦図。
対象を徹底的にシンプルな造形に置き換える画家も、二十歳の頃は学校で習ったとおりのぼってり重い色でキャンバスを塗りつぶしている。
スタイルが確立した後年の裸婦図を思うと、全く別人の観がある。

生涯に亙り孤高を貫いた高島野十郎の「傷を負った自画像」を見る。見て正直、暗い気持ちになった。
別に媚びろとは決して言わない。馴染めとも言わない。
しかしこの自画像の、暗鬱でありながら激情を秘めた眼を<こちら>に向けるな。
若い頃から一貫してこうだったのか。
ろうそくの絵も夜景も不可思議な魅力を秘めているが、作者その人とは距離を置きたい、そんな気持ちになる絵だった。

恩地孝四郎の油彩画がある。「海の女」三人の女が腰巻きだけの肌をさらして日に当たっている。赤い腰巻きと白い肌と。わたしは彼の版画でも女を描いたものが特に好きだ。着衣のものも裸婦も変わりなく魅力的だと思う。

松本竣介もひどく魅力を感じる画家だが、「少女」も「少年像」も強く惹かれる絵だった。
わたしは彼はもっと早くに逝ってしまったと思っていたが、自分が思っていたよりもう少し生きていた。しかし彼の描く「少年」たちは彼自身の風貌のようだと勝手に思い込んでいる。だから、彼はもっと早くに逝ってしまったような気がするのかもしれない。

四十年前の森村泰昌の作品を見る。波切あたりの風景画。なんと言えばよいのかよくわからない。たぶん、どこかで切断された生があるに違いないと思った。

会田誠のマンガ屏風は’86年のものだというが、近づくとそのリアルタイムのマンガがべたべたと貼り付けられていて、そちらを見るのについつい夢中になった。
なにしろその時代のジャンプもサンデーもマガジンも読んでいたからなぁ。

山口晃はやっぱり若い頃から随分上手なひとなのだと改めて思った。ポーズがとてもかっこいいと感じたり、絵に動きがあるのに惹かれたり。

石田徹也といえば、悲しそうな人々しか見たことがなかったわたしは「ビアガーデン発」を見てひどく嬉しくなった。
飛行機のヒトは相変わらず飛行機なのだが、その両脇にまるで複葉機みたいな人々がいる。しかも真ん中も左右も皆ビールのおかげで赤くなって気持ち良さそうなのだった。
これは嬉しかった。彼にも少しばかりの楽しみがあったのだ。
そのことでほっとした。―――しかし、この絵は'95年のもので、哀しそうな人々はみんなそれより後の年に描かれているのだった。

実に興味深い展覧会だった。6/12まで。

酷愛するもの 寿三郎展と猿之助展と

酷愛の軌跡、とは松田修が辻村ジュサブロー(当時)の業に対して寄せた、オマージュのタイトルだった。
ジュサブローが寿三郎となり、世紀が変わり十年以上が過ぎようとも、どうにもならないほどの愛が、この身のうちにある。

目黒雅叙園での寿三郎の展覧会は、あの百段階段を舞台に行われている。
しかしその前に、深い喜びが待ち受けている。
新八犬伝の人形たちが、私たちを出迎えてくれるのだ。
ホテルに入り、真っ先に眼に飛び込む光景がそれである。

玉梓が怨霊の下に犬士たちが並ぶ。
昭和48年当時からの人形もあれば、作り直された新しい顔の人形もある。
しかし彼らは斉しく「八犬士」である。

百段階段へあがる。
以前は撮影も可能だったが、近年はそれは許さず、その代わりのようにこうして絢爛な空間で、そこにふさわしい豪奢な展覧会を開く。
今回の寿三郎の展覧会タイトルは「安土桃山 花の宴」だった。
「花の宴」、これは戦国絵巻シリーズを通して使われているものだから、やはりその時代の物語を繰り広げているのだろう、と思った。
しかし、そんな甘い観測はすぐに跳ね返される。
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五人女たちがいた。
西鶴五人女、南北五人女、「阿蘭陀異聞」の五人女・・・江戸時代から明治にかけての五人。モルガンお雪、蝶々夫人などの艶やかな姿。
また、「吉原」と「たけくらべ」の人形たちもいた。
うかつなことに、今までなんとも思わず来ていたが、「たけくらべ」の人形たちはみんな、小村雪岱の描く女たちにその面差しが似ていた。そのことに気づき、小さな衝撃を受ける。
寿三郎も雪岱も共に深く愛してきたのに、何故そのことに気づかなかったのか。
自問が続いている。

やがて漁礁の間へ至ると、あの絢爛な床の間に、本能寺での信長の最期が演じられていた。
仏壇のようなテラスに、まるで若い頃の「吉法師」を髣髴とさせるような、寝巻きの前を肌蹴け、髪を乱した信長が、両手を天へ突き出していた。
それは救いを求めるための手ではなく、天を恫喝するような手に見えた。
しかしそれでも彼は決して天に責任を転嫁させもしないのだ。
彼の背後には焔が渦巻いていた。そしてその焔から離れた地に、彼の生命を中断させた男が静かに端座していた。
ここではクラシック音楽が流れている。人間の運命ということを、深く考える。

安土桃山の謳歌をテーマにした部屋へ至ると、傾き者のようなカップルが眼に入った。
おいちと浅井長政である。ああ、こんな二人だったのかもしれない、とこのとき思った。
やがて戦国の世にうつる。もう傾くことは出来ない時代へと。
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階段を更に上ると清方の間につく。
そこでは平家物語の前段から初期の時代があった。
わたしはそこで初めて、寿三郎が今や平家物語に精魂を傾けていることを知ったのだった。
細い二日月の下、鳥居によりかかる常盤御前とその子どもたち。流浪の旅の一夜をそこに求めたのだ。そしてその鳥居のそばの橋には、清盛の最初の妻子が歩いていた。
待賢門院、頼朝とその母、祇園女御と清盛、様々な母子たち。
やがて幼い顕仁親王をおぶう少年佐藤義清と、寄る辺のない親王を励ます少年清盛が現われる。後の崇徳院と西行と清盛とは、子供の頃こんなにも仲良しだったのだ・・・

最後の頂上の間では空海の生涯と仏たちの姿があった。
彼の母への受胎告知もある。なんとも艶っぽいおんなのひとへの受胎、告知。

深いときめきに彩られた展覧会は5/22まで続いている。

もう一つの酷愛へ向かう。
京都の南座では5/30まで「猿之助歌舞伎の魅力」を味わわせてくれる。
芝居が演じられるのではなく、演じられてきた芝居についての展覧会が開かれているのだ。
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去年、やはり目黒雅叙園で猿之助の衣裳展があった。しかしこちらはそれだけではなかった。
歌舞伎衣裳展示、映像で見る歌舞伎の魅力、歌舞伎舞台ができるまで
この三つの柱があった。

南座の客席、一階から三階までを使って、衣装展示があった。古典作品とスーパー歌舞伎の衣裳とがそれぞれ並んで立っている。
毛利臣男のデザインしたスーパー歌舞伎のための衣裳のうち、尤も好きなものは「オグリ」だった。久しぶりにオグリのバラを縫い付けた衣裳を見ることが出来て、たいへんに嬉しい。
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他にも「ヤマトタケル」の熊襲兄弟の山海を示すどてら衣裳があった。
だいぶ前に大丸でスーパー歌舞伎の衣裳展が開かれて、そのときが初見だったが、やはり迫力がある。

思えば最初に猿之助に関心が向いたのは、'90年に西武八尾で見た「猿之助の変」からだっ大丸での展覧会、去年の雅叙園と素晴らしい展覧会を見てきたが、南座で見る、という発想はなかった。

しかも舞台では大道具が組み立てられる様子がある。
時間によって、「川連法眼館」と「大物浦」の組み立ておよび解体が見れるのだった。
かなりドキドキする構成だった。
映像もまた南座の歴史と猿之助歌舞伎のガラ・シーンを見せてくれる。
こんな凄い企画、初めてだった。

ときめきが自分の胸から飛び出して、全世界へ広がればいい、と思った。
寿三郎と猿之助と、二つの「酷愛」を再び想う。
また観てみたい二つの展覧会だった。

写楽展 役者は揃った。

東博「写楽」展を大いに楽しんだ。
「役者は揃った。」 かっこいいコピーがついている。
役者絵しか描かなかった(らしい)写楽の展覧会だものね。
しかし開催前の難儀を思えば、このコピーの持つ意味を、じっくりと考えさせられる。
本当にご苦労様です。
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今回、プレス内覧会にそっと紛れ込ませていただいた。
ありがとうございます。Takさん。
そして16日の夜もまた内覧会だったが、そちらに行けなかったのはやはり残念に感じる。
お会いできなくてすみません。Q蔵さん。
とにかく日中の展覧会の大繁盛振りは相当なものらしい。がんばってまた行く気なのだが、人波に負けそうな気もするくらいだ。

ところでチラシ、同じ構造なのだが、どうも先行のものと後発のものとがあるようだった。
案内文章が違うのと、色の出がちょっと違う。
どうでもいいことだが、そんなことを発見して勝手に喜んでいる。

最初に作者不詳の「歌舞伎遊楽図屏風」がある。
写楽の活躍した時代より前の代の歌舞伎小屋周辺の賑わいなどが描かれている。
群舞などがあるのもその証拠。色子もいて、こまごまとした楽しみを見つけてしまう屏風。

菱川師宣の歌舞伎図屏風もあり、また菱川流をしのいで歌舞伎界の絵看板を一手に担うことになる、鳥居清倍の「竹抜き五郎」の真っ赤な姿もある。
写楽以前の役者絵もぞろぞろと並ぶ。
天明から寛政五年までの役者絵、芝居絵。
天明期の歌舞伎と化政期の歌舞伎の違いについて、八世三津五郎と武智鐡二が対談を重ねているが、天明と化政期の間の寛政年間の歌舞伎について、この先達はわたしにヒントを与えてくれなかった。
自分の不勉強を棚に上げつつ、そのあたりを眺める。

ギメ美術館の歌麿「深く忍恋」にいきなり殴られた。
背景のピンクの雲母に眼から星が出た☆☆☆
なんて綺麗なのだろう!
ためつすがみつ眺める。眺めて眺めて眺める。
さすがギメだ、とそのことにも感心する。

まだある、まだある。(歌舞伎「敵討天下茶屋聚」の台詞より)
やはりギメの歌麿「高島おひさ」に「わかいおやじ」印があった。ちょっと嬉しくなる。

さていよいよ寛政六年1794年を迎える。
写楽、登場。
同じ作品でも所蔵先が違うと、まるで別物にも見える。
イジわるかもしれないが、比較する楽しみがある。

それにしても所蔵先の多岐に渡ること!!!
本当にお疲れ様です。おかげで大いに楽しめてます。

歌舞伎は随分好きで、観に行くだけでなく昔の劇評や芸談を読んだり年代記を学んだりしてきたが、それでも「この芝居は知らない」というものが数多くある。
お蔵入りの芝居などである。書き換え狂言が多かったのもあるが、役名と外題を見るだけではどんな芝居かわからないことも多い。
それが今回の展覧会では、モロに影響してくる。
「お半長右衛門」くらいなら「ああ、『桂川』か」とすぐにわかり、女をおんぶするのも納得なのだが、たとえば「浮世又平と土佐又平」が一緒にいる絵を見ても、「どんな筋なんだ、なんで浮世又平が不破のシモベで土佐がナゴヤのシモベなんだ」と思ったりする。
池田文庫、早大演博、松竹図書などで調べたらいいのだろうが、今はそんな気力がない。
芝居絵はきちんと理解しておいたほうが、より楽しみを増すので、ちょっと反省。

眺めるうちに、近松の芝居や、文楽を原作に持つ芝居などの上演が多かったことに気づく。
寛政六年の上演の様相が写楽の作品を通じて見えてくる。

三世宗十郎は豆に目鼻をつけたような、ちょっとばかり上品なような、そんな顔をしているが、こればかりはやはり写楽もデフォルメしいようがなかったか、他の絵師の絵とあんまり違いはないように見える。
宗十郎の大星、薩摩源五兵衛、孔雀三郎などは可愛い顔をしている。

写楽の相撲絵といえば「大童文五郎」が思い浮かぶが、中右コレクションから土俵入りが揃って出ていたので、ちょっと嬉しくなる。臨場感のある『土俵入り』。

死に絵の構図ではヒソカに笑えるものもあった。
既に故人の役者が手招きするもの・・・

東京羊羹所蔵の写楽も出ていた。「三世市川高麗蔵の篠塚五郎」である。
東京羊羹では'90年代初頭、銀座店でよく所蔵浮世絵展を開催していた。
そして写楽の正体についての論文を掲載したリーフレットを出していた。
今ではサイトにweb美術館を開いている。

同時代の絵師による競演、のようなコーナーが楽しかった。
「写楽とライバルたち」。同じ役者を描く写楽と豊国、春英・・・
「三世佐野川市松の祇園町の白人おなよ」はどちらの絵師もちゃんと「市松模様」でシロウトおなよを描いている。

こうした比較を見るのがたいへん楽しかった。
言うてみたら展示の演出の勝利。
ああ、面白かった。

たとえどんなに大混雑でもまた観に行くぞ、写楽展。

望景亭すこしばかり

姫路文学館の敷地内に望景亭という見事な和の建物がある。
明治末から大正にかけて作られた邸宅の一部を移築したのだ。今では登録文化財になっている。
普段私は建物は自分のデジカメで撮るが、今回は写メで少しばかり撮ったものを、挙げてみる。

SH3B05060001.jpg唐破風の玄関

見事な廊下SH3B05030001.jpg

SH3B05040001.jpg座敷。

出書院の建具SH3B05020001.jpg

SH3B05010001.jpg見よ、この引き手を。

茶室を眺める。SH3B05050001.jpg

近代和風空間は本当にくつろげる。

大英博物館 古代ギリシャ展

神戸市博物館で「大英博物館所蔵・古代ギリシャ展」を見る。正式なタイトルはちょっとよくわからないくらい、チラシには色々と書いている。
「究極の身体、完全なる美」
そのコピーの英語もある。
そう、この展覧会は古代ギリシャ彫像の美貌の肉体を堪能する、内容なのだ。
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この黒地のチラシは神戸オリジナル。赤地のチラシは神戸と、この後の西洋美術館と共通のもの。
どちらも「円盤投げ」のその美貌を捉えている。
共通チラシは一枚ものではなく見開きものだから、クリックすると多分全容が見えると思う。
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非常に美しい肉体の在りようを見せてもらった。
理想の肉体。素晴らしい美しさだった。

最初にギリシャ彫刻の流れについてのレクチャーVTRがあり、それを見るのも楽しかった。
全体に亙って美しい造形を存分に楽しませてもらった。
章ごとにその代表を選んで感想を挙げる。
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<ギリシャの神々>
・擬人化した葡萄の木とディオニュソス像  快楽を体現する神の肉体を、男性美を露わにするのではなく、女性的に造形する。
腰から腿のラインの優美さ、背から膝裏への流れ。
「擬人化された葡萄の木」もまた少女のようにも少年のようにも見える。その幼さを感じる身体にやさしく触れるディオニュソスの手。手だけでなく視線もやさしい。
足元に虎らしきものがいるのは、ディオニュソスのゆかりのどうぶつだからだろうが、虎もまた懐いているように見える。
絵はがきは、ディオニュソスの葡萄への優しいまなざしを美しく捉えている。
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・鏡のケース ガニュメデスの誘拐  青銅鏡である。大鷲ゼウスが母や兄弟の前で美少年を拉し去る。少年の驚きが永遠にその円形に封じ込められる。
他の兄弟はなす術もなく、ただ驚く。

<ヘラクレス>
ハドリアヌス帝はギリシャの美を愛した。彼は旧いギリシャの彫刻を基にした模造品を拵えさせて、その別荘で愛でた。彼の庭には美貌の青年が多くいたことだろう。
活きた青年と、動くことのない青年とが。
ヘラクレスの像は頭部だけがあった。力強い大理石だった。
ここではむしろアンフォラに見るヘラクレスの12の業が見ものだと言える。

<別世界のものたち>
・スフィンクス  真正面から彼女を見る。ギリシャの彫刻はこのキメラを美しく造形する。有翼の獅子にして女の顔を持つキメラ。雌獅子の身体を真正面からみつめる。
等間隔に六つの小さな突起を見る。ああ、彼女の身体は雌獅子なのだ。そのことを改めて想う。

・赤像式クラテル(混酒器)カイネウスとケンタウロスたちの戦い  カイネウスの逸話は白土三平の作品で読んだ。彼女は「男性化」した後、同じ弱い立場の女たちを守ろうとして、ケンタウロスによって殺されてしまうのだ。絵でも卑怯なケンタウロスの姿がある。

・シノレスを象った寝椅子の脚部  ブサカワな彫像は遠く日の本の「邪鬼」に似ていた。
・ヘルマプロディトス小像  ローマ製のこの両性具有者は上衣をめくりあげて、そこをさらしていた。見ようによっては露出狂にも敗戦後の「マッチ売りの少女」にも見える。

<男性の身体美>
・クーロス小像  エジプトの影響下にあった頃の作品で、ほっそりした美しさを見せている。髪が長いのは貴族のしるし。「アルカイックスマイルを浮かべて」と解説にあるが、確かに口元には不可思議な微笑が浮かんでいる。彼が何に対して微笑むのかはわからない。
細腰、しっかりした腿、少しのくねりを見せている。アラバスターの像。

・赤像式アンフォラ ヘラクレスとアポロンの鼎を廻る争い  それぞれの背後にアテナとアルテミスがいて、彼らを「見て」いる。応援でもなく、見守るということでもなく、彼女らの視線は別なものに向けられている。わたしが見るものと同じものを彼女たちも多分、見ている。

・赤像式キュリクス(酒杯)野うさぎを追いかける青年  この絵の意味を今回初めて知った。愛のプレゼント。絵の周囲には雷文が入っているが、銘文に「少年は美しい」とあるそうだ。
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<女性の身体美>
・アフロディーテ像  この像は人気の商品で、この型は多く作られたそうだ。実際、たいへん美しい。

・赤像式香油壺 パリスの審判  三女神のうち最も美しいものはアフロディーテとなるのだが、彼女たちよりもパリスの方が美しいのは、絵柄を描いたものの意識の現われか。
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<人の顔>
・赤像式水瓶 ゴルゴンの頭部  真正面向きでベロ出し。魔除けの力がベロ出しにはあると信じられているが、遠いアジアにもこの顔はある。文化の伝播を感じる。

<アスリート>
・円盤投げ  一室にこの像だけがある。部屋の中心に据えられ、360度の眺めを堪能できる。彼は視姦されもするだろう。美しい肉体、完全な美貌ゆえに。
筋肉の在りよう、背筋から膝裏への流れ、胸筋から下腹部への稜線、力強い腿。首筋も指先も、双つの肉の分かれも、何もかもが美しい。
彼はハドリアヌス帝の庭に飾られていた。基の像への愛情が彼を生み出させたのだ。
ハドリアヌス帝は自身の庭で彼をどのように愛でていたのだろうか。

次の部屋へ入るとすぐに、'04年のNHK「甦る古代オリンピック」の編集したものが流れていた。アスリートたちの美貌の肉体。彼らをみつめる人々の眼。
わたしも同じ眼で彼らを見ているに違いない。自信がある。
筋肉の動き、鍛えられた身体の美しさ。土を蹴る足、槍を投げる腕の伸び・・・
競技による力の示威だけでなく、自らの美貌を誇るがための大会。

・ニケ肖像  どう見ても「アッパレ!」にしか見えない。
・ヘルマ柱にもたれかかる優勝者の小像  優美な肉体は、まだ少年のように見えた。

<誕生、結婚、死>
・黒像式アンフォラ 球技を楽しむ若者たち  年長の青年が少年を肩車する。それだけでも彼らの関係性がわかる・・・

<性と欲望>
・赤像式酒杯 踊り子と楽士  少女たちは後に高級娼婦となるための訓練を受けている。そのための踊りをマジメに学ぶ。
・赤像式酒杯 エロティック場面  ああ、確かに。しかしそれよりもっと・・・
・赤像式鐘形クラテル エロティックな場面とのぞき  こちらは少年同士の愛のレッスン。それを教えたトレーナーと、その情景をみつめる女と。

<個性とリアリズム>
再三に亙ってこんな注意書きがあった。
「性的表現や差別を助長するつもりはありません」確かにそのとおりだ。
この章では多少のひずみがあるが、それも古代では特に意識されていなかったのだ。
そのことを改めて知る。

青年の美貌の肉体と少年の愛らしさとを堪能しすぎた(かもしれない)。
深いときめきを覚える展覧会は、神戸では6/12まで。その後西洋美術館に移る。

百花繚乱 

山種美術館「百花繚乱―桜・牡丹・菊・椿―」を見に行く前日、たまたまホテルの新聞で美術館館長・山崎妙子さんの姿を見る。綺麗な佇まいのひとだな、と思いながら出かけるとご本人がおられた。写真より実物の方が綺麗だった。
絵もやはり、画像より実物の方がよいものが多い。

山種美術館は昔の茅場町の駅上にあった頃からずっと通っている。
だから多くの名画に馴染みがある。
飽きる、ということはない。
「美しいものをみつめ続けると麻痺する」という言葉もあるが、少し時間を置いて再会すれば、やはりそこに活きる美しさを感じる。
「以前見たからもういい」ではなく、「あのときに見たものが今回はこんな形で」もしくは「この時期になると現われてくれる」、そんな期待を持ってわたしは出かけるのだ。

今回は土牛「醍醐」の桜、又造さんの「夜桜」、橋本明治の御所のための「朝陽桜」に再会した。いずれも名品。同じ「サクラ」であっても、全く別種のような趣がある。
桜の魅力の深さと、画家それぞれの味わいの違いの面白さを見る。

蓬春「梅雨晴」、辰雄「緑の影」もまた同じく紫陽花を描いているのだが、こちらも違う花種のようで面白い。
わたしにすれば「梅雨晴」の紫陽花はその時期に家の居間に飾り、「緑の影」は寝室か書斎に置きたく思う。大勢の人に見せたい絵と、一人だけで楽しみたい絵、その違い。

白木蓮と泰山木との違いは実はあんまりないらしい。
古径「白華小禽」はマグノリアの方で、その白い豊かさを引き立たせるように、瑠璃鳥が小さく止まる。葉の美しさも十分に味わえる。
土牛「泰山木」こちらも花の白さを存分にみせつけてくれる。花瓶には椿の柄が入っている。古久谷のよい花瓶。

平八郎「芥子花」は近年、葉山で見た。特異な空間に咲いている、そんな気がした。
非常に観念的な。

古径「蓮」これは当麻寺の中将姫(もしくは藤原南家の郎女)が喜ぶたろう、糸の取れそうな蓮だった。

牧進「明り障子」 正直、この絵が一番、今回よかったと思う。
他の絵と違う壁に設置され、柔らかな照明を受けていた。
明かり障子をパッと開けた途端、庭のところどころに水仙が咲き、雀たちがのんきそうにこちらを一斉にみつめる。
作者の実感のある絵。わたしたちの心にストンと納得がゆく絵。いつまでもこの情景が活きていてほしい、と切実に願った。
それにしてもどの雀が牧家の「ピー太」なのかはわからなかった。

松篁さんの「日本の花」扇面図屏風を久しぶりに眺める。
大胆な構図と色遣い、しかし物柔らかでもある松篁さんの花鳥画。とても好きな作品。

平八郎 「牡丹」院体画風な裏彩色も行った名画。靄のかかったような情景。
川端龍子「牡丹」 獅子が喜んで戯れそうな花。
どちらもが、現実の牡丹より美しく見えた。

最後の最後にきて「現実より綺麗な」ものを見てしまった。その印象を大事にしながら、わたしたちはまた、花を求めて歩き続けてゆくのだろう。

三井記念美術館・館蔵品

二つの名品展を見た。
三井記念美術館と野間記念館と。どちらもたいへん魅力的な作品を見せてくれた。

三井の場合、本来はホノルル美術館所蔵「北斎」展の代替らしいのだが、それはそれとして、「三井」の底力というか歴史の厚みを、今回の急遽「館蔵品」展で思い知らされた。
実に素晴らしいラインナップだった。むしろこの展覧会でわたしは大喜びしている。
特によかったものを挙げる。
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紫陽花蒔絵茶箱  梨地に紫陽花の煌きが愛らしい。紐金具は紫陽花の葉というのが巧い。セットの茶道具は銀尽くしで、茶杓の美麗さにはふるえた。やや酸化したことで陰影が生まれ、それが深い美を見せている。こんな美麗な茶杓、見たこともなかった。

黒樂四方茶碗「四つ目」一入  てっきりノンコウのかと思ったら息子の一入の作だった。
珍しく父親の作風に準じている。薄くてとても綺麗。プラネタリウムの空のようだった。 

赤樂茶碗「再来」道入  こちらがノンコウの。朱肉のような色合いの赤。三井家にとって大事なお茶碗だという。来歴そのものも物語になるのだ。

聚楽第図屏風 桃山時代  珍しく聚楽第を中心にした屏風を見た。しかも聚楽第のあったリアルな同時代作。剥落はやや強いが、それでもよく見えた。
百万遍から長者町、続いて賀茂の社と金閣の中間に聚楽第が聳え立つ。その向かって左隣には北野天満宮の松林がある。聚楽第で働く人の姿もある。井戸べりの女たちなど。
聚楽第のシャチホコが可愛かった。

南蛮屏風  金型雲。ぶち犬をだっこする少女もいる。南蛮人の上陸と闊歩。町では竈に火が熾されているし、そばに水桶もある。左は一転して中華風な室内が描かれている。
寺内ということだが、椅子も禅宗のそれ風で、そこに南蛮人たちも坐す。修道士風な装いのものもいる。孔雀が散歩し、堀には白鳥も泳ぐ。建物の屋根も庭の木々もどこか異国情緒があり、それが虚構の面白さだと思いつつも、実際にそんなこともあったかもしれない、と夢を見る。

誰が袖屏風  青緑の胡蝶が舞う小袖に惹かれた。子供用の着物も共に干してある。総絞りの着物もあり、贅沢な眺めを楽しむ。

東福門院入内図屏風  今回修理完成のお披露目である。見事な行列図。修理のおかげで意味を失っていた絵が復活したそうだ。烏帽子を落とした男がそれ。
清方の言う「卓上芸術」がいくつかある。
豪奢な卓上芸術品を楽しむ三井家。

源氏物語画帖 醍醐冬基  詞書は公家54人による。近衛家煕の書もあった。「末摘花」である。「夕顔」はとにかく塀が夕顔まみれ。タンポポハウスのご先祖かもしれない。
こちらは塀だけだが。

女房三十六歌仙帖 土佐光起  美人揃い。衣裳も髪型も微妙に全員異なる。なにもこの時代だからというて、全員がまっすぐな直毛ではないのだ。

百人一首カルタ 山口素絢  金砂子を撒いた上に人々を描く。読み札は金に緑。キャラたちはおっとりした表情で描かれている。崇徳院が白いものを来ているのが目に付いた。

三井高陽氏の切手コレクションは世界的にも有名で、著書も多いそうだ。今回はオーストリアのシリーズものが壮観だった。オペレッタ、オペラ、作曲家、指揮者、音楽家、詩人、小説家・・・・・・・!

江戸時代の絵画が最後に集まっていた。
岩上群猿図屏風 森狙仙  さすが「サルの狙仙」だけあって、サルたちがリアルに活きている。冬のほわほわした毛並みが画素数いっぱいで見えるような。母子や若いサルたちが枝に乗っているが、そのまだ中くらいなサルの手足が太いのがとても愛らしい。

雪中松に鹿図屏風 山口素絢  サルの絵が網膜に残ったまま隣にスライドしたら、いきなり近代日本画の風景画があるのか。・・・と思ったら、応挙の弟子の素絢の鹿っプルだった。
仲良しな鹿がこっちを見る図なのだが、配色や線描などがとても近代的だった。
ちょっとびっくりした。やはり写生を大事にする円山派の高弟だけある。

四季山水図 狩野栄信  中国。夏は山荘に滝。雉もいる。冬は雪中、海そばの丘に鹿っぷるがいる。舟で暮らす人々もある。四季おりおりの情景が優しい。

春秋山水図 森寛斎  モミジ~~まだまだ新緑の時期なのに、紅葉が見たくなる。

東閣観梅・雪山楼閣図 川端玉章  雪山楼閣がたいへん魅力的。綺麗な家、とても楽しそう。お店も大繁盛!けっこうなことやなぁ~~

三井家の持つ、上方生まれの美術品を堪能した。
こうした突発的な館蔵品展でも存分に魅力を発揮する三井記念美術館。やはり素晴らしい。
6/19まで。

野間コレクションの90年

野間記念館の名品も素晴らしい。
今回は「野間コレクション90年」と言うことで、戦前までの美麗な作品が集まっていた。
誉れの名品として、大作では大観「千与四郎」、山川秀峰「蛍」、土田麦僊「春」が出ていた。いずれも秋、夏、春の日本の美しさを堪能させてくれる名作である。
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山村耕花の「江南七趣」が一斉に並んでいるのも壮観な眺めだった。
実際に江南に遊んだ画家の眼が指が、その情景を魅惑的に捉えている。
この絵は帝展に出たそうで、その際まだ洋画家だった小杉未醒が「このうちの何点かはパリのサロン展に出してみたいと思った」と言葉を残している。
それがどの絵かはわたしにはわからないが、このシリーズは本当に好きだ。
「秦淮の夕」「西湖高荘」「留園雨後」などが特にいい。
過去何度も見ているが飽きることはない。
’09.11 ‘08/5 などなど。

荒木十畝「黄昏」も好きな絵。青い紫苑の下を掻い潜る白猫。
「紫苑は物を忘れさせぬ花じゃ」とは石川淳「紫苑物語」にある台詞だが、その物を忘れさせぬ青い花はゆらゆらと黄昏時の大気に揺れて、猫の行方をみつめている。

野間コレクションの真髄というか、他の追従を許さぬ部門は、やはり色紙類だろう。
主に十二ヶ月を描くシリーズものが多いが、季節と関わらず美人画を描く作品もあり、いずれも見事なものばかりが揃う。
今回は山口蓬春の色紙が出ていた。
一月「瑞祥」空ゆく天女が散華の花籠を手にしている。
二月「寒梅」福良雀。ふっくら可愛い。
六月「梅雨」釣り人が行く橋の擬宝珠がいい。
十二月「枯野」三日月の下、ススキ野を行く狐。
他の月にも見ごたえのある景色がある。
やはり楽しいシリーズだった。

また「講談社」と言う性質上、雑誌の口絵・表紙原画に美麗な作品が非常に多く所蔵されている。当時一流の画家たちが彩管をふるった作品群は、まことに魅力的なものばかりで、彼らが展覧会向けに出した作品より、ずっと好ましく思うものも多い。
特に卓上芸術を標榜した清方の作品などは、少女向け雑誌の口絵にしても、たいへん愛らしく綺麗なものばかりで、眺めると心豊かになる。
尤も少女や婦人を対象にすることで、よりロマンティックな味わいが加味されているのだが。
大正13年(1924)「少女倶楽部」表紙絵は清方が担当していたのだ。

久しぶりに堂本印象の優雅な幻想画も並んでいた。
春の女神、秋の女神などが艶麗な色彩の中、微笑んでいる。
彼女たちはギリシャ風やシュメール風な装いをしている。
1925年の美貌。「婦人倶楽部」表紙絵。
いつもこの複製画がほしいと思う。

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榊原紫峰 猫之図  表情がいい。顔をちょっと引きながらもこっちを見ている。
白地にキジ柄で耳の立ってる猫。
一体どこで見てるんだと思うと、猫は切り株らしきものに座っている。
人についてきたのか、自分勝手に現れたのか。
そんなことをついつい思ったりする楽しみがある。

川合玉堂 鵜飼  玉堂の鵜飼絵は数限りなく在るような気がするが、いずれもにこにこと鵜を見守る鵜匠と、懸命に働く鵜たちがいる。
「ウは宇宙のウ」ではなく、「ウは鵜飼の弟だ」とは、ある鵜匠の言葉だが、その実感が玉堂の絵にはある。

上村松園 静御前之図  「婦人倶楽部」口絵原画。吉野山中で鼓を持つ横顔。どこか玉三郎にも似た美貌は物思いに沈む。吉野山で鼓を持つ、というのは「千本桜」を踏まえている。
稗史や物語には、ときめきが活きている。

小林古径 鉢の木  謡曲「鉢の木」のクライマックスシーン。振り上げられた小刀、梅の盆栽の最期、馬までもがジーーッと凝視する。
「キング」誌の口絵。緊迫感と気品のある作品。
雑誌の黄金時代には、当代一流の画家たちの絵を気軽に毎月楽しめたのだ。

何度も同じものを見てよく飽きないと言われることもあるが、何度でも見に行きたいと思わせる魅力がそれぞれの美術館にはある。
特別展がなくとも、楽しく過ごせる場、それが実力のある美術館の姿だと思う。
野間コレクションの90年は5/22まで。
5/28~7/18までは「近代日本の洋画」展。こちらもとても楽しみ。

5月の予定と記録

楽しかったGWも終わり、土日ばかりがわくわくな日々が戻ってまいりました。
(いや、案外平日もそれなりに楽しいか)
今月はGWの間に首都圏出かけたので、あとはみんな地元関西の予定です。
 
「入江泰吉 大和路巡礼5―山の辺・宇陀・吉野―」 入江泰吉記念奈良市写真美術館
旧志賀直哉邸

生誕130年 松岡映岡展 姫路市立美術館
大英博物館「古代ギリシャ展」―究極の身体、完全なる美 神戸市立博物館

陶酔のパリ・モンマルトル1880-1910 ~シャ・ノワールをめぐるキャバレー文化と芸術家たち~ 伊丹市立美術館
与謝野晶子と小林一三 逸翁美術館

開館50周年記念特別企画展Ⅰ信仰と絵画 大和文華館
名取春仙 東大阪市民美術センター
なにわの遊・楽―芝居・祭り・花暦― 大阪くらしの今昔館

きれいなミュシャ、怖いミュシャ 堺市立文化館 アルフォンス・ミュシャ館
没後150年 国芳 後期 大阪市立美術館
憧憬室町の風景 正木美術館

長沢芦雪 奇は新なり MIHO MUSEUM

ウメサオタダオ展―知的先覚者の軌跡 国立民族学博物館

基本的にこんな順だけど、民博へは会社早退して昼から出かける方が、却って行きやすいわたし・・・。

拾遺 5月8日までの展覧会のうち、書けなかったもの

拾遺 5/8までの展覧会のうち、書けなかったもの

タイダなのはわかっている。他に誘惑が多いこともわかっている。
逆にスルーすればいい、というのもわかっている。
でも書きたい。だから書きます。

◎堺市博物館「堺海浜の旅館にちなむ絵画」
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これは新聞の案内で知ったが、企画展ではなくスポット展示。しかし見ごたえのある作品ばかりが集まっていた。
チラシはなくA3折全面4Pのリーフレットがある。非常に見づらいが作者名・タイトル・作品が12点とそれぞれの解説がある。
そもそも堺海浜の旅館、とあるように明治の頃は随分と堺も観光客が遊んでいた。
明治36年には内国勧業博覧会で堺に水族館が出来たこともあり、当時の堺人の誇りになっていた。
建築界の大御所・辰野金吾が設計したのは浜寺駅舎だけでなく、潮湯の立派な旅館だった。
(そこは現在河内天美の南天苑に一部移転されている)
大正の広重こと鳥瞰絵師・吉田初三郎も堺大濱の繁栄を描いている。
その大濱界隈にあった旅館に掛けられていた日本画を集めた展示なのである。

・狩野由信 花鳥図 和の風景画ではなく粉本を参考にして描いたらしい作品。描かれた鳥も鮮やかな彩色を残している。剥落しているとはいえ、まだ綺麗。
・村田香谷 奇石花実図 いかにも文人画である。奇石を中心に、その背後に牡丹と松を生けた花瓶、阿古陀型の釜に蓮を投げ入れ、地植えのスイセンに、ユリネ、ミカンなどがころころ・・・
・森関山 お多福と鶴 どこかの座敷でくつろぐようなお多福と鶴。着物が非常に豪華。打掛は夜梅に裾は熊笹、帯は花菱亀甲紋。銀砂子をはいた襟元も豪華。
なにやら大奥の局のような風情もある。
・星加鴨東 柿に烏図 「明治壬子 一力楼主」云々とあるので明治45年に依頼して描かせた作品だとわかる。田能村直入のお弟子らしい。カラスは水墨画の濃淡のみ、柿に少し色がある。ああ、カラスの舌も赤かった。柿の実のせいかも。
・森一鳳 青梅に雀図 先般大阪歴博で小さい展示があったが、もっと一鳳も取り上げられるべき絵師なのだ。よく実った青梅めがけて飛んでくる雀の頬の丸い印が可愛い。
・中川和堂 椿に小禽図 遠目からも白椿の愛らしさが目立つ絵で、たいへんよかった。「付立」ツケタテという手法(輪郭線ナシに一気に描く)の椿と、繊細な描き込みの小禽とがいいバランスを見せていた。
・山本英春 美人之図 白梅の咲く季節、ベンチではなく床机に座る娘がいる。羽根突きの羽根を持って微笑む娘。目は上の線と、それに密着する瞳とを濃く描き、下の線は描かない。それが愛らしい。英春は芳年~年英~という系譜の絵師。

こうした展示は小さいものかもしれないが、目的を持って眺める者にとっては、とても有意義な展覧会なのだった。


◎京都国立博物館「法然 生涯と芸術」
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法然上人八百回忌、という記念の年らしい。「鎌倉仏教のトップランナー」とキャッチコピーにある通り、法然~親鸞という道筋がある。
前後期に分かれた展覧会で、どちらも見たのにとうとうこんな日まで書けなかった。
京都市美術館の「親鸞」展ほどの熱烈な門徒さんの見学は無いが、こちらもやはり関西だけに、「美術」として楽しんだり「歴史」として眺めたりする向きよりも、信仰心から拝みに来るお客さんが多いように思われた。
わたしの目的は知恩院の国宝「法然上人絵伝」を見ることだった。

物語絵が好きなわたしはとても楽しませてもらえた。
なるべく物語の筋を追いかけたかったが、前後期にバラバラに出るのでそうもいかなかったのは残念だが、大筋を押さえておけば、まぁなんとかなりました。
この絵伝は以前から部分部分だけ見ていたので、こうして見れるのは嬉しい。
尤も全部を見せてくれるわけでもないのだが。

法然上人絵伝は一個人の生涯の記録と、彼の弟子たちの列伝とを描くだけでなく、同時にその活きた時代の感覚・社会情勢・風俗なども教えてくれる、第一級の資料だった。
巻数を抜きにして、なるべく順を追いつつ好きな情景を選んで一言感想もつけてみる。

・後の偉人も子供の頃は機嫌よく遊ぶ姿がある。
最初っから人生に対する苦悩とか思想とか持ってる行儀のよい子どもなんか見たくないので、この竹馬で遊んだり犬をだっこする絵を見ると、明るい気持ちになる。
・両親と住まう屋敷に夜襲がある。応戦する人々。子どもの彼も弓を引く。偶然にもそれが敵の大将の眉間にグサリ。敵は引くが父は死ぬ。このシーンは京都文化博物館の映像展示の一つにも採られていて、何十度となく見ている。とても好きなシーンである。
・比叡山に入る。出家は約束されているが、彼は「遁世」を願う。「出家」と「遁世」とは違う、ということを改めて絵を見ながら思う。
・熊谷直実が蓮生坊として生き、やがて往生を遂げるエピソード。2/9の予告は外れ9/4についに死を遂げる。
・念仏行道中、僧たちに混じり毘沙門天もぐるぐる・・・
・東大寺の重源に招かれ講ずる。僧兵たちが聴講する向こうに鹿もいる。奈良らしいとも言えるし鹿野苑をちらっと思いもする。
・安楽処刑。川辺での斬首。弟子たちの行動は法然(指導者であり責任者)に向かう・・・
・明恵上人、後には菅公に「やりすぎたかも」と語る。
・配流。経島では民衆が集まる。琵琶法師もいる。室津では舟をこいできた遊君たちに諭す。罪深いというのならまず客がいるのも悪いのだ、と説くべきではと思ったりする。
・ついに往生を遂げる法然に仏たちの黄金ビームが届く。それにしてもいつも思うが、なぜか弟子たちというのは、必ず師の死まで悟りきれぬままなのだろうか。
・ 弟子たちの列伝は「顛末記」の様相を呈していて、差異はあるものの面白い。

他に面白く眺めたもの。
・浄土五祖絵伝のうち、この絵。
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エメリウム光線のような阿弥陀ビームがきて、黄金の蓮の花びらが舞い散り、子どもらが大喜びで拾い集めている。見ようによっては阿弥陀さんとお坊さんの綾取りにも見える。
・六道絵 やっぱり地獄絵は見てるとなにやらひどくソソラレるのだよな。
・融通念仏縁起 1良忍、千日詣。稚児が可愛い。2弥陀の霊夢を見る46才。3頭上に3佛。勧められ歩く。4町衆たち。足萎えもいる街中。
・絵解に使われたらしき掛軸の法然絵伝のいくつか。たいへんな細密描写のもあれば、やや簡略化されたものもあり、見ていて面白かった。
・当麻曼荼羅 やはりどう見ても極楽ランド。ホトケのテーマパーク。

申し訳ないくらい面白く眺めた。「おかげさま」で楽しかった。


◎虎屋ギャラリー「虎屋所蔵品展 京都の画家たち」
京都の虎屋さんで明治から昭和初期までの日本画家たちの絵を見た。
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案内ハガキは三宅凰白の「春雨」。舞妓の舞からの題。凰白らしい、愛らしい舞妓。着物も可愛いし、その手の表現もいい。

虎屋14代目黒川光景氏はこの凰白とマツ本一洋(マツの字は出字できない)と同じ八白で巳年生まれだということで、三人の会「白巳会」を結成したそうだ。
京都の旦那衆と絵師の交流、というのはええもんですな。

そのマツ本一洋の「官女観梅之図」がリーフレットの表紙になっている。
王朝風俗を多く描いたヒトだけに、ふっくらした頬の可愛い官女を気品高く描いている。
全体的に薄い彩色だが、官女の持つ扇だけが色が濃く描かれている。
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鈴木松年の作品をそもそもまともに見たことがない。父の「百年」共々以前に板宿で展覧会があったが、行けなかったので見ていないのだ。
「水辺螢画」これはたいへんに魅力的な絵だった。最近ブルーナイトというか、青色で表現された夜景ばかりを綺麗だと思ってみていたが、久しぶりに水墨の夜景の美を堪能した。
ぽつんぽつんと小さく光る螢火。その微かなきらめきが一層、水墨の濃淡を綺麗に見せてくれる。水辺の草が風にそよぐのがまたいい。涼やかな夜。

竹内栖鳳「椿樹小鳥図」のよく伸びた樹がいい。たらしこみで表現された、幹の表皮の薄い緑、墨の濃淡で構成された椿の葉の厚さ。赤い椿は半分顔を隠すようにしながらこちらを見ている。そして木の根もと上の分かれたところに、文鳥のような小鳥がちょこんと首をかしげているのが可愛らしい。

上村松園「月下踊之図」は元禄風俗の二人が盆踊り風なものに興じている姿。気軽な作品だが、その分とても楽しい。


いずれも5/8までの展覧会で、とてもとてもよかったのに書けなかったものたち。反省。

江戸の人物画 姿の美、力、奇

府中市美術館は毎年春に見ごたえのある展覧会をする。
今年は「江戸の人物画 姿の美、力、奇」というタイトルにふさわしい様々な人物表現作品を集めている。
前後期とりまぜて、少しばかり書く。
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曽我蕭白 寒山拾得図 京博で馴染んだ絵もここで見るとまた違う味わいがある。白と黒の二人。水墨の濃淡、そのテクニックをついつい見てしまうが、やっぱり寒山拾得は蕭白のがいちばんいいように思う。
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春木南湖 項羽図  「力は山を抜き 気は世を蓋う」と詩もあるが、伝承によると項羽は個人的な膂力では同時代人の誰よりも強いと評判だったのだ。
この項羽もその力強さを示すように、巨大な香炉のようなものを持ち上げている。
項羽は悲劇的な最期を迎えたが、虞美人などのエピソードもあるように、なかなか人気があったのかもしれない。
なにしろ国は建てられなかったが、覇王=項羽である。

伝・土佐光起 乙御前図  狂言面の古怪さはなく、後のお多福にひとしい、柔らかな顔つきの乙御前である。
着物がいい。辻が花風な白地に撫子柄に、赤地に菊の打掛である。烏帽子をかぶるところに「乙御前」の面目がある。

菱川師宣 紅葉下美人図  緑地に藤葛柄の着物の褄を取って歩く女。帯が唐草というのも豪華。時代時代によって着物の柄が違ってくるのを見るのが又、とても楽しい。

勝川春章 花街競艶図  二人のかむろをつれた太夫が見世先を練り歩く。見世の中にはまた別に美しい遊女がいる。こちらにはちょっとトウが立っている地味な装いの女がいるが、遣手ではなく、ブレーンの新造かもしれない。
今、おもて歩くのより、うちの花魁ねえさんがずっといい、という気持ちを捉えられているかも。

司馬江漢 夏月・冬月図  中国的表現法で、透ける描き方をする。灯籠、手水鉢、大きな月にホトトギス、室内の金魚鉢・・・それらと好対照なフルカラー美人。江漢のもう一つのペンネーム「春重」が活きている様子。

祇園井特 観桜美人図  どこかの大店のお嬢さんらが出かけているらしい。母娘に女中に丁稚もいる。面白いことに丁稚の少年以外はみんな二重瞼で描かれている。
井特らしく口紅は笹色を下唇につける。

島田元旦 妓女図  孔雀柄の帯を絞める着物には、薄紫に金の女郎花柄が透けるようにある。そんな着物を着た女が立っている。足下には彼女を見上げる女がいるが、こちらは少し崩れはしているが、変わった髷をこちらに向けていた。

江口君図は随分な人気で、多くの絵師が描いている。基本は白い象に乗る美人という構図で、あとはまぁケースバイケース。今回は春章のがよかった。
煙と共にジャーンッとばかりに現れるのは、ランプの精のようでもある。
願い事は三つまでね♪

金井烏州 孟母抱児図  若い孟母。カチューシャを三つばかりつけている。田中裕子に似ている。西太后を演じたときのあの顔に。牡丹の花と香炉とが優美。

小野通女 霊昭女図  詩歌の才、文字の巧さなどで今も名の残る小野のお通の絵。赤と薄い黄緑だけが目立つのは、衣装がそれで統一されているから。賢そうな美人。お通も賢いひとだったというから、本人にどこか似通うところがあるのかもしれない。

小泉斐 唐美人  文化八年の作。見るからに婀娜な美人。薄物を着て、手には簪を持つ細面の女。柳の下でお供の少女が笑っている。団扇で女主人に風を送りながら。

長沢芦雪 唐美人図  机に向かう唐美人。文具がある。なにをか考えるような顔つき。白い衣がふわふわしている。山を少しばかり読んだが、ここに挙げれるほどには読みこなせていない。

山口素絢 洋美人図  文化14年オランダ人プロンオフの妻子が来日したことは大事件だったそうだ。無論一般の人々は彼らの姿を見ることはなかったが、こうして絵にもなっているのは、その関心の高さを示すものでもある。
鼻に節のはいる婦人と、乳母に赤子など。巻き付けスカートはジャワ風。サロン、という代物に似ている。

前川五嶺 松下美人図  唐美人風。瓔珞風ネックレスがきれい。ピンク地のスカートに花火か綿毛のような柄のパターニング。遠目には鱗にも見えた。

大久保一丘 伝大久保一岳像  父が描いた洋風な息子の肖像画。天パー少年にっこり。カラヴァッジョ風に見える。平安時代からそうだけど、案外日本人はクセ毛のヒトも描いているよな。

円山応挙 三美人図  タイトルは3人の美人ということだけど、リアリズムなのですよ。賛にあるのを読むと、なにやら応挙や穆如斎、淇園の三人がなじみの玄人さんなのだ。
京都の芸妓にしては、拵えも地味な感じ。

井特 立美人図  せいとくにしては、まだナマナマしさのない美人だった。頬の肉付きがリアル。着物は柳に燕、帯は扇柄。首の後ろに汚れ防止の布がついている。

太田洞玉 神農図  しんのうさんは薬のカミサマです。大阪の道修町にはちゃんと祀られている。
白髭に黒目がちなオジイサンが小さいツノをのぞかせながら、柏の葉っぱで綴った腰蓑をバンド代わりに巻いて、こっちを見ている。爪長じいさん。でも妙に可愛い。

漢方のカミサマに対抗するように、西洋医学(蘭方医)のカミサマとしてヒポクラテス像が挙げられている。四点みた。チラシのは渡辺崋山。日本初のヒポクラテスは石川大浪の。
石川のにはこんな意味の賛がある。「病気は雄弁で治らない。薬で治る」
・・・・・今時のヤツラ、ヒポクラテスも知らんのとちゃうかしら。

京博に寄託されている美人舞踏図(チラシ)、これは前期のみだが、出ずっぱりなのです。実はこの後は即、奈良の大和文華館へ出演するのだ。人気のダンサーたち。

近世風俗画の美人図には好きなものが多い。
作者不詳 文使い  左に髪を背に流した美人がいる。白地に玉柄の着物で三味線を着いている。右にはおかっぱのかむろがいるが、こちらはちびのくせに黒尽くしで、細帯のみ臙脂色という渋好み。そのまま遣り手になりそうな勢いがある。

宮川一笑 遊里図  二階の部屋はシルエットで表現、見世をのぞく遊客、太夫も行く。万歳らもいるから正月なのか。才蔵ともどもイケメンなコンビ。海老つきの注連縄が見えた。ああ、やっぱりお正月なのだな~

司馬江漢 円窓美人図  チラシで見て惹かれたが実物もたいへん良かった。配色がいい。椅子がいい。

葛飾北斎 花和尚図  ‘86~'90年代初頭、わたしは水滸伝にのめりこんでた。読んでたのは平凡社版の120回本で駒田信二の訳。その前に村上知行の抄訳も読んだが、そちらの挿絵は井上洋介だった。いちばん印象に残った挿絵は花和尚魯知深が円寂するシーン。
そこから水滸伝がわたしの中で始まっているので、花和尚が暴れてても、どうしても彼が円寂する様子が思い浮かんでしまう。
北斎の花和尚は刺青がない。棒を持っての立ち姿。松葉が散り小鳥が飛び立ってゆく。
水滸伝関係を見ると、絶対に国芳を思うのだが、北斎も水滸伝は描いているのだ、ただし彼の好漢たちは背に花を負うことは無い。たまに描かれていてもそれは華やかではない。
国芳が梁山泊の好漢たちに負わせたのは、無残なほど美麗な刺青だった。
その絵に狂わされて、多くのものが背に針の痛みを求めたそうだ。
北斎の孫は無頼に走り、やがて「グワエン」になった。ガエンの者はなんとしても背を煌びやかに彩る。祖父の描いたそれではなく、国芳の描く世界へ走る若者・・・

月僊 仙人図押絵貼屏風  色んなポーズの仙人たちがいる。麻姑は優しい顔立ち、呂洞賓は白髭で「夢一瞬」と書かれている。彼も盧生同様一炊の夢で道を変えたのだ。

司馬江漢 学術論争図屏風 外人の町。長持ちから取り出される本、妙に静かな空間。どこかポール・デルヴォーの世界に似ている。

亜欧堂田善 海浜アイヌ図  奇岩と奇怪な波とが打ち寄せるその場にアイヌのカップルがいる。男はちょっと高橋睦郎風で、女は大正から戦前のモガ風。男にキセルを渡そうとする女。いちゃつくよりもっと深い何か。

曽我蕭白 東方朔・西王母図  対幅。例によって変な人々。朔は桃を持ってるけど盗んだんじゃなくて、西王母に持たされて帰る、そんな感じ。二人の視線の絡み合いが妙にナマナマしい。

伝土佐光起 菊慈童  左右にはそれぞれ赤・白・黄色の菊。真ん中の幅にカシコそうな菊慈童がいる。ちょっと顔が大きいが、眉端の吊った、なかなか中国的に賢人風な美少年。

中国の色んな仙人の中でも特に人気なのは、やっぱり蝦蟇仙人ですな。
四枚出ていた。洞玉、蕭白、森周峰・・・
それぞれガマがブサカワで、仙人もむろん不細工だけど、妙に楽しそうに見える。
ばっちいオヤジなんだし、蝦蟇も不気味だけど、なにかしら愛嬌もん。

司馬江漢 王昭君  一枚だけ柱にかけるような感じで展示。彼女の孤独さがいよいよ染み渡るような演出がされている。
松に寄りかかり琵琶を弾いている。かすかに歯が見えているが笑っているわけではない・・・

円山応挙 元旦図  初日の出へ向かう壮年のヒト。その後姿をロングで捉える。なんとなく荘厳なものを感じる。そして静かな感動がある。
日本人であること、それをこの絵で思う。

東東洋 夕陽人影図  中華風な人が立ってるとズーンと静かに影が伸びている。こういうのがけっこう楽しい。これで影が好き勝手したら福田繁雄や井上洋介になるけれど。

曽我蕭白 美人図  これは奈良県美で最初「狂女図」と呼ばれていたが、いつの間にやら『美人』ということになった。今は亡き舞踏家・大野一雄がこの絵からインスピレーションを得て、「枯れた狂気を舞う」という作品を発表した。そのドキュメントをTVで見たが、大野の舞踏譜が公開され、舞踏家にしかわからないような動きの設定が書き込まれていたのが印象的だった。
絵の女は素足で水辺にいる。足の爪の汚れがたまらない。
彼女の周囲の草が枯れている。薄い水墨で表現された草は、本当はまだ活きているのかもしれない。しかし、もう二度と明るく咲くことはないように見える。
彼女が噛む文はまるで鳥の羽のように分かれている。二度と取り戻せない何か。
「狂女図」とも「美人図」とも名づけられない絵。しかし本当のタイトルはみつけられない。

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「可愛い」というコーナーがあったが、実際「可愛い」絵が多かった。

・林閬苑 妖怪図  可愛い。戯画風な妖怪たち。ヒトコママンガ風。
・センガイ 凧揚げ 腹掛けの子どもが嬉しそうに凧を揚げている。こういう光景ももうないなぁ。
・センガイ 指月布袋図  そばにいる二人の子供らが喜んで手を挙げてるが、その手がMの字つまりカニ手で可愛い可愛い。
・狩野探幽 唐子遊戯図屏風  以前から好きな屏風だが、とにかく左よりの獅子面の子どもらが可愛くて仕方ない。撫でてやりたいくらい、愛らしい。
・長沢芦雪 唐子睡眠図  これも好きな一枚。唐子ではあるがモデルは近くの子でしょう。可愛いなぁ。リアルです。イキモノの子どもはみんな可愛い。
・柳沢淇園 睡童子図 朱い机によって寝てる唐子。地に○がボワボワあるのは多分シミか汚れなんだろうが、まるでこの少年の眠りの空気のようで、わるくない。
・柳沢淇園 福禄寿図  上向いて笑ってる。でもアタマが長~~~いから90度くらいですな。
・伊藤若冲 付喪神図  真筆かそうでないかは別として、可愛いのは可愛いよ。特に顔だけの湯呑みが可愛い。
・小川破笠 なぞなぞ(瓢箪と茄子)  擬人化された二人がそれぞれお化粧している。マジメな顔つきでお化粧するけれど、吉田戦車のキャラぽく見えて仕方ない・・・
・池大雅 柳下童子図屏風  チラシでは実はこの子らが主役だった。巧い構成。
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長々と書いたが、この展覧会は5/8まで。いつもいつも府中市美術館にはヤラレてしまうなぁ。ああ、楽しかった。

GWのハイカイ 2

五月二日。月曜だということをついつい忘れている。会社は休んでここにいる。
でもマジメなわたしは6日は出勤するよ。
見たものは、後日詳細を挙げます。

上野に着くと人の多さにゾワゾワ。
東博が見える位置までつくと、大行列が。
ううむ、現在東博では写楽展とブッダ展が開催中だけど・・・
9時半になりました、大行列は写楽展でした。ブッダは私ともう一人だけ。
一番乗りでブッダ展を大いに楽しんだけど、写楽展に入ってたら身動き取れなんだろうなぁ。記事を書くのが楽しみ。
「ブッダ」は所持してるんで帰宅してからまた再読しよう。阪大の博物館でも今丁度手塚展してるし、そちらも行かなきゃね。宝塚の記念館もね♪
常設もとてもよかったのでこれもまた後日独立した記事を挙げたい。

飛鳥山に出る。新緑を見ながらお昼としゃれ込む。でもそれより目的は可愛いアスカルゴに乗ること。ミニモノレールのアスカルゴ。今は躑躅が見ごろ。
アスカルゴに乗ってたら、大好きな都電が見えた。
都電とバスが並行して走るなと思ったら、JRと新幹線も一瞬並行して走ってた!
おーーっこれはいい構図やん、いつか撮影したいわい。

弥生美術館では藤田ミラノ展。近年、彼女の回顧展があったが、そこからまたもや初公開などの新資料も出てきたりして楽しむ。
‘50~'60年代に少女小説を愛読していたと思しきご婦人方が多かった。
わたしはコバルト文庫とかあんまり読んでないし、時代がその後だから、彼女たちの喜びを共有は出来ない。でも、ミラノの作品のよさは感じる。
まっすぐな目をした少女たちはとても凛々しかったし、ヨーロッパで愛されたミラノの作品の魅力も大いに感じ取った。
夢二美術館は「花」をメインにしたもの。夢二の図案が好きなので、花をモティーフにした封筒や風呂敷、栞などを可愛く思う。特に今回はどくだみが可愛いと思った。

目黒雅叙園へ。辻村寿三郎の人形を百段階段で眺める。
建物はいいは、人形はいいは、演出はいいは、で大いにときめいた。
ロビーでは新八犬伝の人形たちがお出迎えしてくれていた。
人形も新旧とりまぜてだったが、いずれも皆、とても魅力が深い。
記事に挙げる頃にも喜びが持続しているように思う。

ラフォーレ原宿のヘンリー・ダーガー展に入ると、みんなシーンとしていた。
絵を見る場がやかましかったら嫌やけど、このシーンというのも種類によるわな。
つまり、見てる人々はダーガーの熱にヤラレてるわけです。
情熱、凄い字の集まりだと実感するな、ダーガーのそれを思うと。
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残虐なシーンも多いが、見回すと、男子の方がうつむいてるな。いたたまれない感じの若いお兄さんも多かった。
原美術館で見たものもあったし、随分昔の雑誌で見たものもあったけど、初めて見るものも少なくなかった。何より今回、ダーガー本人の日記を引用しているのがなかなか画期的だった。しかし入口で観客にダーガー世界の紹介をするのはいいけど、あれは一種の注意書き、もしくは覚悟を求める内容でもあると思った。

さて原宿から上野へ向かうにはJR山手線時計と逆周りで33分、時計回りで29分なので、代々木~秋葉原経由で向かうことにした。25分だった。
カシコい7eちゃん、エヘン。

Takさんのご好意でプレス内覧会に紛れ込ませてもらえた写楽展。
細かいことはまた後日に廻すが、とにかく朝の大行列を見てる身としては、この時間帯の見学は本当にありがたい。しかも5/16の内覧会には行けないから、いよいよ助かりました。

見終えてから近くのお店で、ミミガーとかカジリながら皆さんと楽しくお話できて、嬉しかった。また色々お話したいです。5/5の図録放出会に行けないのだけが残念。

五月三日。府中へ。宿に荷物預けて出かけるが、予定より30分ほど遅れる。
府中は藤が綺麗に咲いていた。府中の展覧会はいつもいつも魅力が深い。後期も楽しんだ。

府中から世田谷美術館へ。成城経由にしよかと思ったが、電車の都合でやっぱり用賀へ。
地上へ上がるとバスも丁度出るところだったので、タイミングは皆よかった。
白洲正子展後期、内容は前期の方がよかったが、こちらはこちらでいいものも多かった。
しかし前期での感銘の深さはここにはない。

本当は江戸博へ行く予定だったが、仮面ライダー展の情報を貰い、急遽変更。
時間の都合で先に汐留ミュージアムでルオーを見てから、日本橋三越へ。
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石森章太郎(当時)のナマ原稿がある!!第一話!そして歴代の仮面ライダーたちの融資が目の前に!カメラOKなところを撮り倒す!
色々親切もあり、コーフンは納まらない~~~!あ゛―やっぱ仮面ライダー!!

コーフンしすぎて時間が押してしまう。ホテルにつく頃には雨、東京駅へ着いたら時間もだいぶ過ぎていたし。
めめさんと会うて展覧会のお話をする。立ち話ですまない。また大阪へおいでなされ。
もるさんと焼肉女子会を実行しましょう!

こうして三泊四日の慌しいハイカイは終わりを告げたのだった。

GWのハイカイ記録 1

GWのハイカイ記録です。
とりあえず前半。
展覧会の感想については後日また長々しく書き倒す予定です。

最近すっかり新幹線で往還するようになった。のぞみSUPER EXPRESSは早いなぁ。
ああ、エクスプレスってSSだっけ、忘れてるなぁ。
とか言うてるうちに富士山まできたら、M型の山の上に同型の帽子のような雲が乗っかってるやないですか。
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変な雲やなぁと思いながらスルー。 (後日、色々物議をかもすが、どうも珍しい雲らしい)

東京に着きました。久しぶりに東京駅。最近は品川で乗り降りが多い。
そのまま神田へ出て三井記念美術館へ。
名品展。ホノルルの浮世絵が借りれなくなっての代替展だというけど、さすが「三井」。
ヨソサマから借りてこなくても、ご自分ところの名品だけで十二分に楽しませてくれます。
素晴らしくよかったのが、茶組の銀セットの銀の茶杓。酸化した部位が暗黒のモザイクのようにきらめいた。
他にサルの祖仙、素絢のシカ、聚楽第図などが特にいい。

そこからちょっとトラブる。メトロリンクバスが停車場を変更してたのを知らなくて乗りそこね、思ったとおりにいかなくなった。それで意地になって出光美術館まで歩く。
常盤橋公園の横を通って…時間と体力の無駄遣いをしたけど、気分は高揚。

暑いので簡単にセルフさぬきうどん店へ入る。大根は自分で擂らなあかんけど、その分新しいし、てんぷらも揚げたてなのには喜んだ。みんなそうなのかどうかは知らない。

出光美術館「花鳥の美」…和んだわぁ。
東洋の「自然」に対する意識、それはやはり共生であり、共に愉しむものでなくてはならない。
いいものをたくさん見た。特に工芸品に素晴らしいものが多かった。
高麗時代の作品ばかり偏愛してしまうが、明代の美しいものも多く見た。
描かれた柳下水禽などは、安寧の象徴だと思う。フレスコ画と共通する優しい静けさがある。
その枠から外へ出てはいけないのだが。
後日詳しく書くのが楽しみ。

気持ちよく見てから休憩コーナーへ行くと、聞き覚えのある声としゃべり口が。
よくよく見ると、塩ジイこと塩川清十郎さんだった。
都市緑化論についてお連れさんと話してたが、私も全く同意見の内容なので、ちょっと嬉しくなる。

次に野間記念館へ。
野間でもやはり名品展を見たのだが、こんなときにこそそれぞれの底力というものが見えてくる。
楽しい気持ちで眺めて、休憩室からお庭に目を向けると藤が満開だった。
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絵本展を三つ続けて楽しむ。
西武池袋に行く。スージーズーというアヒルとそのフレンズの絵本原画を見るのだ。
地下で案内を乞うと、きちんと接客訓練を受けていないオジサンに当たり、困ったが、別な店員がきたので助かる。
デパートや一流と名乗るホテルでもたまにこんなのを見るが、あれはなんなんだろう。
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あひるの寝姿の可愛らしさにキャ~!!可愛いなぁ、嬉しくなったわ。
ジオラマでも眠る熊とか可愛かった。

続いて銀座三越でディズニーのためのコンセプト・アートの仕事をしていたメアリー・ブレア展を見る。
昨夏だったか、東京都現代美術館でも彼女の展覧会をみたが、規模は全く違うものの、この展覧会も悪くなかった。
特にフリー後に彼女がこしらえた絵本やお菓子のコマーシャルのキャラたちがいい。
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隣の松屋銀座では島田ゆかとユリア・ヴォリ、二人の生み出したキャラたちの絵本原画展を見る。
仲良しさんな作家二人のコラボ作品が今回、この展覧会のために生み出されている。
不条理系のヴォリ作品に惹かれた。
なにしろ牛の演じる「星の王子様」が「ダース・ヴェイダー」になるんだからなぁ!
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ショップではカフェも併設していて、島田絵本に頻出するドーナツがあったので、きな粉とシナモンと二つ買うと、ヌクヌクアツアツだった。
持ち帰るつもりだったので、どうしようと思ったとき、松屋の屋上が誘ってくれた。

ああ、銀座の夜空よ!
ウサギが漂流するような雲も見えた。
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ドーナツ、シナモンが特においしかった。
これはいけてますがな~~

地下へ降りてお弁当など購入してからホテルへ帰った。
一日目、終了。

さて五月一日の朝です。
雨やと言うのでちょっと悩むけど、初志貫徹しよう。
ホリデーチケットを使い倒す、酷使する、と言う方が正しいかな。
平塚へ。戸塚で乗り換えるまで完全に車内で寝てた。
お客さんも少ないし、みんな寝てはった。
車内だけ見たら、「眠り姫」のいた国みたいなもんよ。
誰もが眠りについている。

平塚市美術館「二十歳の原点」。
夭折する画家は二十歳の時に晩年を迎えている。
長生した画家は二十歳の時に後の萌芽がのぞく。
たいへん面白い内容なので、後日長々と書く予定。

併設の世田谷美術館所蔵の北大路魯山人のやきものを見る。
雲錦鉢、椿鉢が特に好きなので、出来のよいものを見れて喜ぶ。
また本人のこしらえた器にお料理を載せた写真パネル展示がヨダレを招く。
お昼前に見たらあかんなぁ。

横浜へ戻り、神奈川歴史博物館で川崎にある總持寺の名宝百選を拝む。明治に移転して百年らしい。
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そして明治からの寄贈の大方が天狗煙草の村井吉兵衛によるものだと知りビックリ。また可愛い花の絵の入った「散華」デザインは加山又造さんなんだが、彼がお寺の総代だということにもビックリ。
個人的には明治から戦前の古写真と、ビニル紐でこしらえた草鞋に注目した。
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湘南新宿線で恵比寿へ。
山種美術館へ入ると、前日朝日新聞に出ていた館長・山崎妙子さんが。実物の方がずっときれい。そのたたずまい、学びたいものです。
絵はまた所蔵のものばかりとはいえ、嬉しくなるような並べ方だった。
綺麗な薄いピンクの蓮の絵を見ていると、ご年輩の上品な奥さんが私の横におられたが、ちょうど絵と同じ色のセーターだったので、「お洋服、絵と同じ色ですね」と話しかけると、たいへん喜ばれた。
展示については今度又詳しく。

品川から千葉へ向かう間、面白いことがあった。立ってたら前の席が空いたのでご年輩の奥さんに勧めた。
それからしばらくして一つ間を置いた席が空いたとき、その奥さんが荷物をバッとおいて、ササッと移動したかと思うや、「さっどうぞ」・・・・・・恩返しされました。

線路内に立ち入るヤカラが出没したので停車&徐行でえらい遅延したがな。
でもなんとか千葉市美術館へ入り、ボストン美術館の浮世絵を見る。
神戸市博物館、山種美術館、千葉市美術館と眺めたがチラシでいえば一番はこの千葉だと思う。
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千葉では併設の岡本秋暉とその師友をメインに見た。
沈南ヒンの影響を受けた作品群が面白かった。
キャプションがまた学芸員さんたちの遊び心があふれてる。板橋区美術館がその道の先達、千葉もその道をGOGO!!

ホテルに帰り色々ぱそで遊んでると、嬉しいおたよりがあったので、それを楽しみに寝る。
二日目終わり。続きは明日。
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