美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

蔵出し これ!クション /表象とかたち 伊藤熹朔と昭和の舞台美術

築地明石町と言えば清方の美人画を思う。
美人画の大家の名品であるだけでなく、明治初の東京の居留地の雰囲気までも微かに味わわせてくれる貴重な作品である。
その築地明石町には今も聖路加国際病院があり、ここが居留地だったことを思い起こさせてくれる。
江戸中期には浅野内匠頭の屋敷もあったようで、江戸切り絵図や明治の古地図などを見ると、様々な発見があり、とても楽しい。
その歴史を今に伝えようとする資料室がある。
聖路加国際病院に隣接するタイムドーム明石(中央区郷土天文館・資料室)がそれだ。
そこで7/10まで「蔵出し これ!クション」展が開かれている。
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なかなか面白い展覧会だった。
わたしがついたときにはもう解説が始まっていたが、こちらも楽しく聞いた。
とにかく中央区は広いので、色んな方向の収蔵品がある。
今も盛業の人形司「舟月」の三世原舟月の拵えた人形がガラスケースのうちにあった。
魚河岸水神社加茂能人形山車巡行模型
秀麗な面立ちの人形たちがイキイキしている。
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時代劇ではよく地名を呼び名にするが、「八丁堀」と言えば町奉行所の与力・同心の住まう地だった。
「御宿かわせみ」のおるいさんの生家も八丁堀、「必殺仕事人」中村主水も八丁堀の住人。
その「八丁堀」の与力・同心の資料もある。

時代が下がり明治・大正・昭和初期へ。
それぞれの古地図が楽しい。明治中期の絵葉書大ブームを反映して、たくさんの風景絵葉書が出ている。
パノラマな銀座もある。写真を繋いで一枚ものにするわけ。
繁栄の最中の悲劇は関東大震災。その関連写真もある。
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錦絵や油彩画もある。日本橋界隈のにぎわいを描いた明治のものや川瀬巴水の版画も。

長谷川時雨女史の資料もコーナーがあった。
よく集まっている。遺品や遺愛の品々や作品など。

中央区の資料館だからその区域のPR誌も多く並ぶ。
丸善の「学燈」、「十字屋タイムス」、「資生堂グラフ」などなど・・・

また、『築地小劇場』のコーナーは、わたしにはひどく興味深いものだった。
'90年代初頭、築地小劇場にのめっていて、NTT築地ビルの碑を見に行ったこともある。あの頃はとにかく展覧会以外にも東京をよくハイカイしていたのだ。

かなり面白い展示が揃っているが、興味のあるひと以外には勧めにくくもある。
しかしこれだけ見せてもらった上、かなりよく出来たパンフレットもついて、無料なのだ。(常設展は有料)。機会があればぜひぜひ足を向けて欲しい。

築地小劇場に関連する展覧会をもう一つ。
こちらは早稲田演劇博物館で6/19まで開催していた「表象とかたち 伊藤熹朔と昭和の舞台美術」展の感想。
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この展覧会は期待していた以上に面白かった。
主に戦前までの日本の新劇活動に興味があるひとは必ず見るべき展覧会だった。
伊藤三兄弟の事績を中心にした日本の舞台美術の歴史を、たくさんの資料で以って追体験させてくれる。
展覧会のサイトにはこうある。
「伊藤熹朔は、天才的な建築家伊藤為吉の四男として生まれ、その兄に戦前・戦後を代表する舞踊家伊藤道郎が、弟に新劇の巨星千田是也がいます。1924年、若くして築地小劇場の舞台美術を担当、以後、1967年に満六十七歳の生涯を閉じるまで、新劇、バレエ、ミュージカル、新派、歌舞伎、映画と、幅広い分野で舞台美術家・美術監督として活躍しました。」

わたしが見たかったのは兄の道郎の資料だったが、三者の合作舞台の資料まで見れて、たいへん嬉しかった。
実際の華やかな舞台装置を見るだけでも楽しいものだが、その原画などが大量に出ていて、まるでドールハウスのような面白さまで味わえる。
楽しかった、本当に楽しい展覧会だった。
こればかりは一部のものだけの愉楽かもしれないが。

ます道郎の舞踊と言えばイェーツ「鷹の井戸」が思い出される。
近年高橋睦郎によって能「鷹井」=「たかのゐ」に仕立て上げられたが、道郎の舞踊がなくば、この演劇がここまで日本で愛されることはなかったのではなかろうか。
イェーツの原作は日本の能楽からヒントを得たものだが、道郎の日本人離れした風貌とその振り付けを写した写真をみたとき、イェーツが時間の流れを狂わせて、道郎のために「鷹」を描いたのではないかと思いもした。
私が見た写真とは随分前の「アサヒグラフ」誌上での連載記事だったが、本当に魅力的な踊り手だと思った。

展示室には近年の上演の様子が流れている。仮面劇の側面もあり、その仮面も展示されている。
深いときめきが湧き起こってくるのを感じる。

道郎は長らく欧州にいて、数十年ぶりに帰国したとき、たまたま両親の金婚式の年に当たるということで、兄弟たち総出演で「伊藤レサイタル」を大都市圏で巡回上演した。
凄い話だと思った。他に聞くことの出来ないエピソードである。
兄弟それぞれに才能があり、それを発揮して両親を寿ぎ、さらにみんなで仲良くツアーするのだ。
なんとも言えずかっこいい。
そのポスターも見たが、本当にステキだった。

弟の千田是也の若い頃の風貌を捉えた油彩画は熹朔の手によるものだった。
千田是也の芸名の由来は以前に戸板康二の本あたりで読んで、少しばかり苦く笑ったことがあるが、この額にはなかなかオトコマエの顔が浮かんでいる。

熹朔の舞台装置は実に多く、今でも踏襲されているものも多い。新しい演出で新しい装置を、と変えていってもやはり意識の底には熹朔の拵えがある。
少しばかり例を挙げよう。

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チラシ上は「黄色い部屋」下は「風流線」。先のはどんな芝居か知らないが、後のは原作そのものを偏愛しているので、どのシーンに使われたかわかるし、また納得もゆく。

他に美麗な設計図を挙げると、「ファウスト」の家並みがある。
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こちらはまたなんとも言えず豪華で、見ているだけで嬉しくなる。
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わたしはリカちゃんハウスの書割が原点にあるので、こうした絵にどうにもならないほどときめくのだった。

無限に彼の仕事があり、無限に彼の業績がある。
いい展覧会をみせてもらい、本当に嬉しかった。
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森と芸術

東京都庭園美術館「森と芸術」展はとても蠱惑的な展覧会だった。
タイトルを見ただけでは方向の異なる想像力が働いてしまうが、実際にあのアールデコの館に入って、そこに飾られた絵画や写真やオブジェ(というわけでもないのだけれど)を目の当たりにすると、邸宅に居ながらにして、「森」を感じさせてもらえる。
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「森」という言葉を見聞きしてすぐに思い浮かぶのは、わたしの場合だと「森と湖のまつり」武田泰淳、「森」野上弥生子、「暗殺の森」ベルトルッチ監督作品、「森へおいで」谷山浩子・・・などである。

「森」とは、かつては神域に存在するものだけだったのではないか。
人の侵してはならぬ領域が即ち森だったはずだ。
日本人にはいまだその敬いの意識が多少活きているものの、欧州人はキリスト教を受容した時点で森への畏怖を棄てた。
一神教には自然への敬いから生まれる神格的存在は許されない。
しかし意識の底には言葉に出せないものが残る。

欧州での「森の王」は熊である。
その王を倒すことで森を切り開き、ヒトの足跡を残せる場に変えた。
しかしながら、かつて倒した森の王への畏怖の念と眼に見えぬ愛情とが、テディ・ベアを生み出させたのではないか。
・・・・・そんなことを考える。

邸宅に入ると綺麗なモザイクタイルの床がある。右手に行けばこのアールデコの館を守る人々が控えている。
そこを通ってから邸宅を一巡することになるが、今回は左手に一つの装飾があった。
何かの飾り棚がそこに置かれていた。
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ただしそれが実際の棚なのかそうでないのかはわからなかった。
少しの隔たりがある。その薄い距離が見るものの認識を支配する。
黙って眺めると、その棚には様々なオブジェが設置されていることに気づく。
骨や羽根や化石や、なんらかの有機物の名残などが的確な位置に配され、不思議な調和を保っている。
空間がセピア色に変わるような気がした。
特別それらが美麗なわけもないのだが、ひどく深い魅力が生まれていた。
少しばかり言葉をなくして、その前に佇んだ。
手に触れることの出来ないそれらの質感が、掌に活きていた。

美麗な邸内には、それぞれのタイトルで作品が集められ飾られていた。
<楽園としての森> そこには15世紀から19世紀頃の版画が多く集まっていた。
エヴァはどうしても誘惑されねばならず、蛇はにこにこしなくてはならない。

油彩画がある。
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ルソー「エデンの園のエヴァ」を見ると、楽園としての森は、熱帯に近いらしい。
月光に包まれた森は緑では表現されず、セピアやミルクブラウンの色に染められている。
エヴァは月下で花を摘む。夜に開く花を。

ボーシャンの明るい色彩、明確な線は、楽園がいつまでも続くような錯覚を与えてくれる。
そしてゴーギャンの「かぐわしき大地」「水辺の女」を木口木版で再現したものは、エデンの園の崩壊後に地上に生まれた楽園の所在を示しているのだった。

<神話と伝説の森> ここにも版画が含まれている。
先の<楽園としての森>にはミルトンの失楽園をテーマにした作品が出ていたドレだが、ここではダンテ「神曲」を描いた版画があった。
そう、ダンテは森に入るのだ。
無意識の領域へ入る知性。

シェイクスピアのウィンザーの森、アーデンの森が刻まれている。フュースリも真夏の夜の夢の森を描いている。恐怖と無縁とは珍しいが、けっして安全な森ではない。

アンリ・ファンタン・ラトゥールの「二人のオンディーヌ」は魅力的だった。
水妖の美女二人が楽しそうにそこにいる。黒壁美術館の所蔵とは知らなかった。

<風景画の中の森> コローの森、クールベの森、ロイスダールの森。
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ナルシス・ディアズ・ド・ラ・ペーニャの絵はとても好きなのに会う機会が殆どない。
山寺後藤美術館に何点かあるが、それを常に眺めることも出来ない。
彼の描く森に住む人々(=ジプシー)の活き活きとした美しさに惹かれているのに。
三人の少しずつ年の違う美しい娘たちがいるのは、深い森の中だった。
「森の中のジプシーたち」と題されたこの絵は、深い森へ行けばこんな美少女たちに会えるのではないか、と期待させるものだった。
森に住まう少しばかり肌の色の濃い、黒髪の女たち。今日は彼女たちに出会えて嬉しい。

ゴーギャンの作とは思わず、少年愛を想いながらみつめた絵がある。「愛の森の水車小屋の水浴、ポン―タヴェン」である。ひろしま美術館の所蔵品で見たとき、秘密なときめきがあった。絵はがきを手に入れて、喜んでみつめた絵。今もやはり愛おしい。

<アールヌーヴォーと象徴の森> 坂田靖子は世紀末のイギリスを多く描いた。バジル・ウォーレン卿を始め、マクグラン画廊の主らは皆それぞれの立ち位置で世紀末ロンドンに暮らした。
坂田の「孔雀の庭」という作品には人工庭園が現れる。その庭には森もあり、曲がりくねる道のところどころにガレやドーム兄弟のガラスが配置される。
本当のキノコよりもキノコらしさを見せるガラスが。

モロー「恋するライオン」まるで明るいラブソングのようなタイトルのエッチングには、深い重さがどこかに潜んでいた。裸婦を見上げるライオン。八犬伝の八房が伏姫を見つめる目をこのライオンも持っている。

バーン・ジョーンズの「フラワーブック」から数点が選ばれている。原画を見るのは初めてだった。
本はタッシェンから出ている。
円形の囲みの中に広がる世界。いや、広がるのではなく、円の内側に狭められた世界、という方がより世紀末的なのだった。
黄金の杯、蛇の舌、ヴィーナスの鏡、黄金の糸・・・
タイトルを列べるだけで、バーン・ジョーンズのきらびやかな世界が思い浮かんでくるだろう。
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ガラスばかりがアールヌーヴォーの工芸品ではない。
ガレの寄木作りの棚には花が咲き、ウサギの置物は陶製でありながら、ヌメのような照りを見せている。

ガレの工芸品の饗宴が続く中、不意にモーリス・ドニの「聖母月」が現れる。
白い衣の女たちがいる情景。
ほかにもポール・セリュジエの「ブルターニュのアンヌ公女への礼賛」がある。
どちらもヤマザキマドック美術館蔵だとあるから、わたしはそこに行かない自分の怠惰を責めてみる。

<庭園と「聖なる森」> アメリカ統治下にあった沖縄を舞台にした映画「ウンタマギルー」には彼らのアジールとしての「聖なる森」があった。運玉森ウンタマムィは神人の降りる場であり、普通のヒトが入ってはならない領域だった。清浄さとある種のグロテスクさとがそこには同時に存在する。

ピラネージの「ティボリの滝」はマニエリスムの様式で表された建物と滝とをエッチングで世に送り出した。実際の情景がこの作品の通りだったのか、それともそれは画家のフィクション(妄想)だったのかは知らない。今もその通りなのか、そうでないのかもどうでもいいことだ。
1765年のある日にピラネージが「ティボリの滝」を世に出した。それを250年後に見ている。

川田喜久治の写真をこんなにたくさん一度に見るのは初めてだった。
とても嬉しい。
「聖なる森」イタリアのボマルツォの通称「怪物公園」を1966年から1969年まで捉えた川田の眼。
プリントは今年のものもあった。それだけがインクジェットプリントで、後は皆ゼラチンシルバープリント、セレン調色。
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随分前「アサヒグラフ」でこの時の写真を少しばかり見て、深い衝撃を受けた。
公園を作った者にとって「聖なる森」だった場は「怪物公園」と呼ばれる不思議な空間に成り果てていた。
マニエリスムの様式はゴシック様式同様、不可思議な幻惑感に満ち満ちている。
もし、自分がこの空間に立つことがあったとしても、川田の作品を見るとき以上のときめきがあるかどうか。
すぐれたカメラマンの眼に選ばれた風景は、こちらの裸眼を凌駕する。

様々な怪物たちのいる風景、その空気までがこちらに届く。
たぶん、ひんやりしているに違いない、たとえここが熱国であったとしても。

色彩を白と黒とに限定された世界。
建築家の意図を完全に読み取っての撮影なのか、写真家の恣意的な撮影なのか。
そんなことを思いながら、「川田喜久治の」聖なる森を徘徊した。
本は「聖なる世界」として世に生まれ、オークションで誰かの手に落ちるのを待っている。

<メルヘンと絵本の森> この章だけで一つの展覧会を開いてもいいと思った。
ギュスターブ・ドレはペローの昔話集を木口木版で表現した。
赤ずきんちゃんなどは、まだほんの子どものくせに、すっかり男を呼び寄せる目つきをしている。誘惑者としての狼は、計画通りに赤ずきんを食べはしたが、少しばかり自分の行動を思い返すべきだった。
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親指小僧が他の兄弟たちと共に、父によって深い森の奥へ棄てられに行く。知恵の回る小僧は親の意図を読み取り、そうはさせじと帰り道の印をつける。
この絵には馴染みがあった。私市保彦「幻想物語の文法 『ギルガメシュ』から『ゲド戦記』へ」の表紙に使われているからだ。
'88年に手に入れた本は、今もわたしのもとにある。
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ウォルター・クレイン、アーサー・ラッカム、カイ・ニールセン、エドモン・デュラック。
まだ少女だった'80年代半ばに、新書館から出た本を見て、深く魅了された画家たち。
新書館が今もあの豪奢な絵を集めた本を出しているかどうかは知らないし、今は調べたくない。
絵の前でただただ動悸が激しくなるのを感じ続けるだけだった。
ラプンツェル、ワルキューレ、ピーターパン、ヘンゼルとグレーテル、雪の女王、人魚姫・・・
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中でも「太陽の東 月の西」に再会できたことはただただ嬉しかった。
わたしはモノクロの小さな画像だけしか持たなかった。

テニエルのアリス、シェパードのプーさん、彼らには「こんにちは」と話しかけられるのに、クレイン、ラッカム、ニールセン、デュラックの絵には何も言葉が見つからなくなる。

最後にドイツ製のくるみ割り人形があった。わたしも小さいものを持っている。
胡桃を割ったりしたことはないのだが。

<シュルレアリスムの森> 少し前に国立新美術館でシュルレアリスム展を見た。あの時とは無論ラインナップも違うのに、やはり作品相は等しく、わたしはやはりマグリットとデルヴォーの作品ばかりを熱心にみつめた。
宮崎県美にある「出現」は中年男性の前に裸の少女が現われるものだった。
「出現」というタイトルにはモローのサロメが思い浮かぶばかりだったが、こうして少女が出現することもあるのだった。
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<日本列島の森> タイトルを見たときに「もののけ姫」を想った。
あの深い緑はいつまでも脳裏に生きている。そしてここにも「もののけ姫」の美術監督の描いた「エミシの森」の背景画があった。
日本の森を描くことが出来るのは、この男鹿和雄と安野光雅だけだと思う。

岡本太郎のモノクロの激しい写真があった。
羽黒山、久高島などが写されている。山岳宗教の聖なる山と、沖縄の神女たち(ノロ)の祀る聖域と。

わたしは深く呼吸した。
そうすれば肺に森の緑が入る気がしたから。
しかし緑は肺に入ることなく、眼と意識とに入り込んでいった。
アールデコの館は「森」から遠く離れた人工の巧緻極まる空間だった。
そのことを、最後に思い出した。

展覧会は7/3まで。

美人画を見る 2 「愛の表情 浮世絵美人から清方・松園・深水まで」

房総半島の金谷港にある金谷美術館で6/27まで「愛の表情 浮世絵美人画から清方・松園・深水まで」展が開かれている。
二週間ほど前、月曜も開館ということなので三浦半島の久里浜からフェリーに乗って見に行った。
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地元の人々が買い求めた作品などを集めた展示だった。
まず滅多に見ないような作品が多く出ていた。
3ルームと蔵とが展示の場で、本館に美人画が集まっていた。

師宣や北斎がある。
北斎は「菊丸太夫立ち姿」と「高尾太夫二美人図」があった。どちらもまだ30~40代の頃の作品で、面白味にかけるが正統派の美人画だった。

米大武 小桂美人立ち姿 緋袴の女が白猫を持つ。笹紅の唇が艶かしい。実はこの絵は明治20年の作だった。江戸のものではないことにおどろいた。

山口素絢  桜下美人図 唐風の衣裳を身につけた美人が立っている。配色も綺麗。

伊東深水 澤紫陽花納涼美人図 わりに気軽な感じで描かれたような美人。大正時代らしいカラフルな着物を着て、紫陽花の前で陶器の椅子に座している。可愛い絵。
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河鍋暁斎 仁王前美人立ち姿図 明治十年に二枚描かれたようだが、大差ない絵。暁斎らしい組み合わせ。楽しい。

立原杏所 好きな女性をモデルに唐美人を2枚描いている。慎ましい美人画だが、楊貴妃に見立てているのが妙に面白かった。
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小早川清の作品が数点出ていた。彼を見る機会などまず無くなっているので貴重なのだが、絵柄がどうも好みのものではなかった。昭和12年のシリーズ物。

鏑木清方 芙蓉唐美人立ち姿図 これが見たくて船に乗ってここまで来たのだった。
清方にも唐美人の絵があるとは思わなかった。(梅蘭芳は別)。優しい表情の愛らしい美人で、彼女に会えただけでも来た甲斐があった・・・
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辻香塢 鍾馗之妹嫁入図 兄さんが心配して美人の妹についてゆく図。お供のオニも荷を担ぎつつ心配顔。尤もオニは鍾馗を心配しているのかも。
・・・この絵はせいぜい明治20年までだろうと思っていたら、なんと昭和27年、最早戦後ではない、やないか!!!びっくりした。

他にも色々と楽しめる絵が多かった。
また機会があれば今度も来てみたいと思っている。

美人画を見る 1 「装いの美 大正・昭和の美人画」

26日で終わったがukiyo-e TOKYOの「装いの美 大正・昭和の美人画」は面白い展覧会だった。
その時代の美人画は主に新版画から選ばれていた。
浴後、遊女・芸者、物思う姿、装う姿、少女たち、舞妓、モダンと言った括りで美人が集められている。
橋口五葉、伊東深水、鳥居言人、北野恒富ら美人画の名手たちの作品である。
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浴後
五葉 髪くしけずる女、夏衣の女、と言った名品が出ている。これらは現在千葉市美術館で開催中の彼の回顧展にも当然出ている。

深水 髪 この絵はまだリッカー美術館があった頃に所蔵品展として関西に巡回してくれた。
なんと39度摺っているのだ。たいへん綺麗な色である。
髪を盥で洗う女、その姿を背後から捉える構図は、それまでの日本画にはなかった。
深水の大正新版画はその構図や配色がその当時、斬新で魅力的だと評判になったと言う。
実際に清艶で忘れ難い作品が多い。

言人 彼もまた清方の弟子で、ここにあるのはそんな性質が出ている作品群。後に鳥居派の跡取りとして家の芸を見せてゆくが、私はこの時代の彼の美人画が好きだ。
髪すき 裸で立て膝をして髪を梳く女。この女はどこかで見られていることを意識しているようにも見える。

名取春仙 髪梳る女 数日前に挙げた彼の展覧会の感想を挙げている。
珍しい裸婦図なのだった。sun532.jpg

吉田博 熱海温泉 タイルの床に片膝立てて手ぬぐいを持つ女。昔の和装婦人の体つきを目の当たりにした。着物で締め付けられた体は今の人とは全く違うように見えた。
洋髪であっても和装というスタイルは長く続いたのだ。

遊女・芸者
石井柏亭 東京十二景から数点出ている。
柳ばし、向じ満、浅草といった土地の芸者と、コマ絵にその地の名所などが描かれている。
柳ばし 両国の花火をコマ絵に、三味線(箱)を投げ出して横に崩れた座り方をする芸者、たばこを吸っている。渋い柄の着物を着ているのと相俟って、ちょっとばかり手強そうである。
・・・こんな風にどの芸者も多少ともすれたような味わいがあり、そのあたりがたいへん面白いのだった。

恒富 廓の春秋シリーズが出ているが、配色が気に入らない。女たちのポーズはいいが、あまりに白塗りで、しかもそれが自堕落な白さで、わたしにはニガテ。

物思う姿
深水 岐阜提灯 青の縞柄浴衣、団七縞(青だから一寸徳兵衛柄というべきか)の女が桔梗の絵の入った岐阜提灯をつっている。島田に結うた女がなにを思うているかはわからないが、丸い提灯との取り合わせがいい。

言人 雪 この絵も好きなもの。こたつ美人。物思う美人は横顔がいい。
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小村雪岱 もみぢ 細い月が出ている。

五葉 盆持てる女 京都・松吉旅館の女中お直さんがモデルとある。地潰しの黒雲母摺りが渋い。百年後にも残るだろうかと心配したという五葉。
こうして百年近い後の我々の目にも豊かに映えてますよ。

装う女
五葉 手拭い持てる女 黒アゲハ柄の着物に指輪をはめた女。新橋芸者ひさゑがモデル。没後に摺りが完成した絵。

五葉 紅筆を持てる女 鏡に映る舞妓。若い娘の綺麗な顔が印象的。衣裳はいかにも五葉の意匠。

深水 眉墨 背景の臙脂色のよさがたまらない。これは発売するやいなや売り切れたそうで版元も倍の根で買い戻したりしたエピソードがある。
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深水 黒襟 ポスターになった一枚。これも大変な人気だったというが、確かに納得。
構図は浮世絵にもあるが、なんとも魅力的な和の美。
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他にも多くの美人画があり、私などには楽しくてならなかった展覧会だった。

高野山へ行きました

初めて高野山へ行った。
行きたくなった理由は霊宝館の企画展示「宝を護れ!大正時代の保存プロジェクト」に強くそそられたからだ。
展覧会の内容については後日詳述するが、非常に興味深いもので、本当に見に来てよかったと思った。
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さて高野山へはスルット関西からオトクなチケットが発売されていて、わたしは阪急版3000円を購入。大阪市営地下鉄利用の友人は2850円。ただしこれは通年販売ではなく期間限定販売で、春季は6/30までらしい。「詳しくはWEBで」。

友人と南海難波駅の高野線ホームで待ち合わせて10:02発快急の先頭に乗ると、向かいに我々より40年くらい先輩の奥さん方が座ってて、やっぱり高野山へ向かう模様。
私は南海電車に乗ることが滅多にないので、風景を珍しく眺める。

ところどころ通り過ぎる駅のそばにレンガ造りの建物がぽつんと見えたりするのも面白いが、予備知識がなかったので撮り損なったりした。
電車はどんどん山を抜けてゆく。最先端に坐すわれわれのところへ小学生のテツ坊やが来てパチパチ撮り出す。ちびでもテツ魂は立派なもので、見せてもらったらアングルも巧い。
トンネルの様子もステキ。

どの駅でかクロアゲハが入り込んできた。SH3B054900010001.jpg
わたしは蝶々が大好きなので嬉しい。

それにしてもどんどん下界から離れ、天空へ近づいてゆく。山深くというより、天へ天へ登るような気がする。
しかしどんな緑深いところにも人家はあるのだった。

極楽橋につく。ケーブルに乗り換えるのだが、あのちびテツくんはその真摯さに打たれた人に、彼にふさわしいプレゼントをもらっていた。
よかったな~。

わたしはケーブルカーが大好きなので喜んで乗る。
これまで能勢、六甲、生駒、比叡といった関西の有名どころのは乗って来たが、高野山は初めて。乗ってびっくりしたのはその傾斜のきつさ。うわ~という感じ。平地にこのケーブルカーを置けば、どんな角度になるのだろう。
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ヤマアジサイ、クサソテツ、杉が林立する。歩いて上る道も歩けど、それは体力の消耗になるので避ける。それに折角「高野山パス」があるのだから使わなくては。
それにしても凄いケーブルロード・・・。

バスに乗り女人堂前を過ぎる。ここは刈萱道心の第二の妻の哀話で知られるところ。次で下車して蓮華定院に入る。真田家ゆかりの院で精進料理をいただく。
庭には梵字の砂文字。SH3B05540001.jpg

個室でおいしくいただきました。SH3B05560001.jpg

襖の手も可愛い。SH3B05600001.jpg

宿坊の見学を進められたので出向く。中庭もいい感じだし、宿坊の襖絵などもステキ。
庭の緑が卓に映える。床みどり、という風情。SH3B05640001.jpg

高士の従者も可愛いし、仔虎も愛らしい。
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本堂を少しのぞいてから、バスで大門方面へ乗る。これは霊宝館直通バス。
たいへん満足してから金堂へ向かう。
友人は母上から「高野槙」購入を頼まれてたので、近くの露店で買う。

左が金堂で中には木村武山の絵と清盛の血で描いた絵とかあるそうだが、大塔に入っただけ。これは昭和13年くらいに武田五一らも参加して拵えられた塔らしいが、実に立派で、今日では「高野山」の代表イメージになっている。
中には堂本印象の仏画と、横長の花鳥図がたくさんある。一本の柱に一佛。壁画の花鳥画は印象の大正~昭和初期のロマンティックな作風が横溢している。鸚鵡や孔雀、椿に梅など…

ゆるキャラ「こうやくん」の看板と2ショットしたりしつつ、歩く。
金剛峯寺へ。
建築の美に惹かれる。折り上げ格天井、透かしの欄間、建具・・・また別殿の襖絵は守屋多々志の手によるもので、四季の風景は見事な彩色で描かれ、大師入唐き殆ど白描に近い世界で綴られている。狩場明神の白犬黒犬の二匹が可愛すぎるくらい、可愛い。
また、東寺同様、砂利の庭の良さを目の当たりにする。
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奥で茶菓子の接待を受ける。ほっとする空間と時間。お坊さんが来られて雑談をする。
奥の院へはまだ入ってないと言うと「来た限りは必ず行かなきゃ」と勧められるので、「実は友人が橋本にいて、『高野山へ行くなら奥の院の墓参りやなく、わが家の墓参りしてきて』と言われまして」と笑わせた。

実際時間がなかった。刈萱堂に行く時間もない。もう終了の時間。
諦めてバスに乗る。

行きと違い帰りはスイスイ進むように感じる。
友人の住まう△△台が見えたので久しぶりにメールをすると喜んでくれたが、何故来ないとなじられる。でも彼女は「垂水のアウトレットなう」なのだった。

河内天美の南天苑にも久しぶりに行きたいと思いつつ大阪難波へ帰還。
高島屋のキャピタル東洋亭で洋食をいただく。このお店は京都の洋食屋さんの草分け。
1897年創業。今夜はその1897にちなんだメニューをいただいた。
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また高野山へ行こうと思う。

破天荒の浮世絵師 国芳

今年は国芳の没後150年ということで二つの大々的な展覧会が開かれている。
大阪市立美術館から始まった展覧会もたいへん良くできていたが、太田記念美術館で始まった「破天荒の浮世絵師 国芳」も、いいラインナップの展覧会だと思う。
どちらも前後期で大幅に展示換えがあるが、実際国芳の作品の多さや浮世絵の耐久性を思えば、ほぼ一ヶ月ごとの展示換えはまことに理にかなっている。(一部2週で換えもあり)
まずは26日までの前期展を見た。
武者絵、妖怪画がメインの展示で、後期は戯画・狂画、美人画・風俗画、洋風画が出る。
国芳の戯画・狂画は昨春の府中市美術館でやはり前後期にわたって大いに楽しませてもらったが、それでも全てを見尽くしたわけではない。
前述の大阪市美での展覧会でも完璧ではないのだ。
そういうあたりに浮世絵のさだめ、とでも言うものを感じる。

'80年代終焉、国芳にのめりだした当時、なかなか展覧会も図録も見あたらず、太田でやっと国芳とその一門展の図録を得たり、当時太田の近くにあったDO!FAMILY美術館のコレクションなどで渇きが満たされたりした。
そうこうするうちに大阪や名古屋で大きな展覧会が続くようになった。生誕200年だったかなにかである。
里帰り展もにぎやかに開催され、あっと言う間に国芳の人気は急上昇し、楽しい時代が続いた。

今回、昨春からの府中の展覧会を始め、この三つの大がかりな企画で、またしばらくは休眠状態に入るかもしれないな、と思っている。
それほどに多くの国芳作品が世に出、大勢の人々を楽しませたということである。

わたしなども水滸伝を読む気になったのはこれらの絵を見たからだった。
現代の私でさえそれだから幕末の人々の熱狂ぶりときたら、さぞやさぞや・・・・・
実際国芳の絵はいくらでもいいのが出てくるから「あれ好き、これイイ」ばかりになる。
例によって好きなものだけ挙げてみることにした。

国芳の出世作・通俗水滸伝百八人之一個シリーズから八人の好漢が出ている。
人気の張順、朱貴、阮小吾、九紋竜史進があるのは、当時の需要の高さを思わせる。
実際、とてもかっこいい。

四条縄手の戦い 六枚続きという大物である。矢が飛び交う戦場。師直軍にやられる正行軍。既に顔色が青い。太平記のエピソードを描いている。
今はあんまり太平記も人気がないが、江戸時代は太平記の講釈師も町内に必ずいたと言うから、庶民は皆このエピソードを知っていたのだ。

義経と八天狗とで弁慶を攻める 三枚続。こういう構図は初めて見た。義経vs弁慶のピン同士の対決ではなく、鞍馬から加勢に来たらしい。
面白い。やっぱり剛力無双でもすばしこい天狗たちにはなかなか・・・。
川原正敏「修羅の刻」義経篇では弁慶と戦うのは義経ではなかった。弱い義経を描いているが、あれもとても納得がいったことを思い出す。
ここでもやはり義経ではないのだ。

川中島百勇将戦之内 武田伊那四郎勝頼 少しクセ毛のイケメン。芝居や稗史では勝頼は父と違いイケメンだったとか。

甲越勇将伝 武田二十四将 武田左馬之助信繁 憤死するのだ、このヒトは。既に顔色が青くなっている。国芳の絵では死者も亡者も、予定されてる死者も、みんな青色の顔を見せている。爆撃による死。

仮名読八犬伝 本の挿絵はフルカラーだった。
稗史水滸伝 やっぱりこの挿絵が大人気。
和漢英雄画伝 晁蓋の塔取り図。オバケもついてゆく。水滸伝最初の好漢のエピソード。

妖怪画を見る。
隠岐次郎広有 「いつまでいつまで」とつぶやく怪獣を退治する。日本のモノノケはどうも何らかの言葉を発するものが多い。

出雲伊麿 娘を殺した仇のワニを殺す。出雲・ワニというだけで大黒さんの説話を思う。絵ではワニだが、サメとワニは古代では同一視されていたらしい。絵の元ネタは知らない。
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小子部栖軽豊浦里捕雷 チイサコベのスガルが豊浦の里で雷を捕まえた説話。バリバリバリーと雷鳴輝く。配色が面白い。ここのスガルはなかなか大柄に描かれているが、スガルはチイサコベの姓があるくらい、実は小さいのである。小さきものの力を発揮した説話が他にもあるくらいだが、ヴィジュアル的にはこの方が見栄えがいいのかもしれない。

碓井又五郎飛騨山中に打大猿を 飛騨や駒ヶ根などには大猿伝説があり、こいつらは人身御供を求めたり人畜を害したりという存在。そのキャツらを倒す説話が各地に残っている。
ここでは大きな白猿を倒している。力みなぎるいい絵。
蝦蟇仙人 蝦蟇たちの目が可愛い。
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鎌田又八 大猫退治。なかなかイケメンである。
鬼童丸 配色も構図も迫力がある。

頼光シリーズが色々並ぶが、私はその中でも酒呑童子が半分鬼の顔を露わにし始めたのが好き。
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こういうところに国芳の巧さ・面白さがある。

人気のある相馬の古御所(ガイコツのあれ)ではなく、蝦蟇仙人と相馬太郎良門図が出ていた。蝦蟇の吐く気が道になり、それを行く女の姿。滝夜叉の説話はとても惹かれる。
そういえば杉浦日向子「百日紅」には若き国芳が「滝夜叉」と渾名される遊女の背中一面の刺青を見せてもらうエピソードがある。巧い話だった。

源平エピソードの絵も多く出ていて、眺めては「ああ、あの話か」と思い出すのも楽しい。
知盛が亡者になって海中に現われる大物浦の絵などは、国芳か前田青邨か、というほど名品が多い。

国芳の武者絵には△△退治というものが多いが、中には可愛いとしか言いようのないオロチやクマなどもいるし、当然ながら化け猫なんぞは抱きしめて咬み倒してやりたくなるくらいの愛らしさがある。
そうした脇役たちを見て歩くのも、武者絵の楽しみなのだった。

浅草奥山には上方下りの細工見世物が数多く出ていた。
独楽芸人・竹沢藤次の「独楽の化物」が出ていて嬉しい。これは最初に見たのは国立演芸場の資料室でだった。

役者絵もたくさん出ていて楽しく眺めたが、いかんせん、すごいヒトデだから☆ちょっと苦しかった。
しかしそれでもがんばって凝視したのが「国芳芝居草稿」。巻物に顔なしのキャラたちが隙間なく描きこまれている。スゴイ内容だった。
一つだけアレ?と思ったのが「初花」に「小栗判官」のセット。初花も小栗も別な芝居なんだが、綯い交ぜ狂言でもあったのか、それとも国芳の勘違いの取り合わせか。
小栗も箱車引く人が照手姫から初花に替わってたらびっくりやろな、といらん心配をする。

さてこの武者絵・妖怪絵なども26までで来月は戯画狂画。そちらへは半券を持ってゆけば割引もあるそうな。楽しい展覧会は何度でも見たいものだ。

最後の役者絵師 名取春仙

東大阪市民美術センターで「最後の役者絵師・名取春仙」展が6/26まで開かれている。
名取春仙は随分前からファンなのだが、なかなかこうした機会に恵まれなかったので、東大阪で開催されてたいへん嬉しく思う。
櫛形町(現・南アルプス市)に彼の美術館があり、作品はほぼこちらから来ている。
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最初に春仙の肉筆画が出ていた。
肉筆画は実のところ予想していなかった。
当然あるに違いないのに、予想してなかったのは、ひとえに春仙の役者絵、新版画の世界に強い期待を寄せていたからである。

一笑図 わんこに竹が「一笑図」である。ここには可愛い二匹のわんこが笹で遊んでいる。撫でたくなるどころか噛み付きたくなるくらい可愛い。
浦島・三浦大介・人麻呂図 長命の人々。めでたい三人。
舞楽図 鳥兜かぶって舞う姿。
飲中八仙 中国の仙人はみんな酔っ払い。
楚蓮香 赤い衣の美人。蝶などはなし。人物のみ。
羅浮仙 梅花はちょっと見当たらない。 やさしい美人。
西王母 侍女が桃を持ってついている。
東方朔 西王母のところから盗んだ桃を持ってニッコリ笑っている。
寿老人、福禄寿の絵もあるが、西王母からこのあたりまではみんなめでたい絵ばかり。
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昭和15年の勧進帳三幅がある。
右は富樫で15世羽左衛門、中が七世幸四郎の弁慶、左が六代目菊五郎の義経。
七世幸四郎の弁慶は「またかの関」と揶揄られるほど、多く演じられている。羽左衛門の美貌は横から見ると更に深まる。
こんな取り合わせの舞台を見ていた人々は幸せだったろうな・・・

面白い屏風があった。隈取十二ヶ月。月次に風俗とそれぞれその月に因んだ芝居の隈取とを描いている。色紙に描かれたそれらが貼り交ぜられた屏風。
1月三番叟、2月矢の根、3月桜丸、4月解脱、5月戻橋、6月鏡獅子、7月碇知盛、8月牛若、9月土蜘蛛、10月紅葉狩、11月顔見世、12月象引き。
他にも鼠とイノシシの雑談、蝶々の差し金などの色紙がある。象引きの隈取のそばには張子の象が添えられている。可愛いおもちゃ絵もある。

白銀の鏡獅子図、赤と言うよりオレンジ色の髪の「石橋」屏風には紅白の牡丹がセットされている。鼠の小槌引き(大黒の使いは鼠)、おもちゃ屋の店先の奥の机に向かう一葉女史に呼びかける少女。

再挙 これは頼朝を描いたものらしい。筏に乗っている。この絵は帝展に出して好評を得たそうだ。

大正から昭和初期の新版画ブームの渦中の一人でもあった春仙は、その当時の人気役者を多く画中の人にした。
わたしは学生の頃から、同時代でなく祖父母の時代に活きた役者や文物に強い興味を持っているので、その頃の梨園については、目に付く限りの資料を調べ、古いレコードを聴き、役者のブロマイドを見たり、芸談を読んできた。
そうすることで近代日本画、近代日本洋画、版画の世界にも一層深く耽溺することになった。
それは今も変わらぬどころか、年々歳々増してきている。
だから春仙の作品世界は私にとっては深い馴染みのものなのだが、それは一方では現代の多くの人々には、遠いものなのだった。
風俗を追うということは、時代が移れば廃れものになるということである。しかしそれでもこうして百年後の知己がいることを、泉下の人々に伝えたい。
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全身像を描いた一枚ものが並ぶ。
六代目菊五郎・御所五郎蔵 ふっくらした六代目の頬を後ろから追う。腰に差した尺八。着物は白竜柄。見返りの背中だが、五郎蔵は低く飛ぶホトトギスを見ている。

初代吉右衛門・二条城の清正 遠景に城が霞み、紅梅が清正の傍らに立つ。竹棒を持って立ち尽くす姿。この芝居は吉右衛門の巧さが当時評判になっていた。

七世宗十郎・白酒売り 長い羽織はオレンジ地に飛び交うカラスといらかの波の柄。着物は薄い水色。孫に当たる九世もこの役を演じていた。家の芸。頬のふっくらさも伝わる。

三世梅玉・狂女清の方 柳の下で寝そべりつつ扇をあげる女。能仕立てのような風景が広がる。

初代猿之助・寿式三番叟 これは以前写真でも見たが、特徴がよく捉えられていると思う。

初代延若・団七 遠くに山車が出ている。延若は上方役者だから本当の団七なのだが、絵は一見「江戸風」の仕立てになっている。描いた春仙が関東の人だから仕方ないことか。この団七は千鳥柄の浴衣を着て、手に煙草盆と団扇を持って立っている。団七縞は団扇の柄にある。

六世梅幸・玉手御前 歌舞伎らしく△の雪が降り散る中、右の袖をちぎったものを手にしている。しんしんたる夜の雪、という詞書の寸前の姿に見える。

二世左団次・毛剃 斧を持って船に立つ強い姿。

五世歌右衛門・桐一葉の淀君 御簾があがり、身分の高い婦人が脇息に肘を休めている。水車と五三の桐の打掛を召した彼女の上に、桐の一葉がはらりと落ちかかろうとしている。五世は若い頃から鉛毒で足が不自由だったが、こうした貴人を演ずるにふさわしい高貴さが具わった人だったという。

初代鴈治郎・紙屋治兵衛 「ほっかむりの中に日本一の顔」と謳われたのはやはりこの芝居からか。

いずれも舞台の麗姿がそこにあるような作品である。

次にバストアップ。つまり大首絵。
こちらは多少時代の流れもまちまちなものが多いように思った。   

五世歌右衛門・桐一葉の淀君 落城の運命もだしがたく、半ば狂気がそこにある。切らん切らんと狂乱の態、というところか。先ほどの静かな様子とは打って変わったこの表情を見事にとらえている。

八世幸四郎・渡邊綱 '51年のお役。赤っ面に作っているのは舞踊劇だからか。

初代吉右衛門・荒獅子男之助 ネズミに化けた仁木弾正を追う力強さがみなぎっている。

七世中車・太十の光秀 笠から顔を出すところ。この芝居ではやはりこのシーンにジワが来ないといけない。
今は中車の名を継ぐ役者はいないが、巧い役者だという伝説が生きている以上、いつかよい役者に継いでもらいたい。

鏡獅子 白の拵え。名はないがまず六代目と踏んで間違いなかろう。この時代、六代目=菊五郎、そして鏡獅子=六代目という方程式が生きていた。

七世幸四郎・梅王 横顔の豊かさが光る。「車引」の中の一瞬を捉えたものだろう。前述の松緑が芸談の中で「親父の梅王にはポーとなった」と言うている。

七世幸四郎・髭の意休 鰐鞘をグイと出し、むぅんっとした顔でこちらを見る。倅の二世松緑が「うちの親父の顔の立派さには惚れ惚れする」と言うたくらい、確かに立派な顔である。また意休は立派な風采でないといけない。
'29年の作。
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二世左団次・鳴神上人 静かな面もちを見せている。柱巻きの前くらいの顔だろうか。よく見ればおさげを左右に二つつけていた。ちょっと可愛い。

十三世仁左衛門・梅の由兵衛 ハッと胸を衝かれるほど今の十五世に似ていた。三人の息子等のうち一番当代が父に似ているが、その似せ絵かと思うくらい。烏鷺柄の羽織に紫頭巾の拵えがすてきだった。

二世猿之助・遠山政談の角太夫 この芝居は知らないのでどんな状況かはわからない。当代の尊敬してやまない祖父。

七世三津五郎・槍の奴 踊りの神様と謳われた七世は荘厳な踊りから軽妙な踊りまで何でもござれだったそうだ。
これ自分の使える主人を自慢しつつ自分の槍の扱いを見せる舞踊で、当代も演じている。

七世彦三郎・橋弁慶 '52年だから先年亡くなった十六世羽左衛門か。この人は六世彦三郎の息子で、父親譲りの有職故実に詳しい人だった。能がかりの「橋弁慶」を演じるのもそれに則ってのことか。白頭巾に白竜柄の拵え。

二世松緑・土蜘蛛 前述の芸談「松緑芸話」にこの土蜘蛛に扮したときの写真がある。数珠を口元に持っていき、くわっと開いたように見せる、あの型。絵もそれが選ばれている。私などはそのシーンが見たいがために「土蜘蛛」を見にゆくようなものだ。絵は'51年。
ところで松緑の土蜘蛛について少しせつない記憶がある。昭和62年だったか、祖母につれられて大阪の歌舞伎座に行ったのが二月で、猿之助と延若の伊賀越を見た後、四月に松緑の息子・辰之助が初めて土蜘蛛をするというので見に行こうかと話し合っていたら、その四月に辰之助が病欠で、菊五郎が代役を務めることになったと報が入った。そしてあっと言う間もなくに辰之助が亡くなったのだった。まだ四十代初めの若さだった。
そのときの記憶はたぶん消えないだろう。だから土蜘蛛を見ると必ずこのことを思い出すのだった。
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三世寿三郎・水引清五郎 侠客の横顔。額に傷があることから、また物語が進展してゆくのだろうが、この芝居は知らない。

十五世羽左衛門・入谷直侍 世を忍んで逃亡中の男が女に逢いたさに、雪道をトボトボ・・・絶世の美男と謳われた羽左衛門の美貌が伝わる一枚。

初代鴈治郎・紙屋治兵衛 いかにも上方の色事師という感じが長い顔ににじむ。私の曾祖母などはよく彼の「実演」を見たとかなんとか。

初代吉右衛門・鈴が森の長兵衛 「するがや」の提灯を持つ長兵衛の視線の先には、たった今大勢の雲助をパッパッパッと切り殺した白井権八の姿があるはず。
ぐっと引き締めた口と引いた顎と。いかにも江戸の大侠客という風情がある。

二世中村芝鶴・堀川御所の静御前 額の鉢巻は見事な空摺で、綺麗な柄を見せていた。
こういうところに新版画の技量の高さを見て取れる。

六世彦三郎・舎人松王丸 「車引」での松王かと思う。彼は六代目の弟で有職故実に詳しい人で、決まり事を決してゆるがせにしなかったそうだ。

六世歌右衛門・道成寺の花子 若い頃の歌右衛門の美貌がわく写されていると思う。写真で見るのと変わりがなく、魅力的な美貌。歌右衛門の花子は綺麗なだけでなく、どこかに怖さがしのんでいる。裏梅に祇園守の成駒屋の紋所が入った手ぬぐいをくわえる口元にもそれがにじむ気がする。

二世鴈治郎・伊勢音頭の万野 映画などで高い評価を受けた二世がん治郎である。私も彼の出演した「雁の寺」「炎上」「浮草」などを見ている。他には「必殺」の元締役でも出ていた。いい役者だった。
万野は意地悪な仲居である。しかも強欲である。だがどこかに残りの色気がないといけない。そのあたりがよく発揮されている。 

大河内伝次郎・丹下左膳 「シェイは丹下、ニャはシャ膳」と言うて立ち回りをやらかしそうなリアルさがある。大河内伝次郎は顔が怖すぎて、わたしはニガテだ・・・・・

初代吉右衛門・馬盥の光秀 謀反を決め、覚悟をしたいい顔である。こういうハラで芸の出来る役者が減ったのを感じる・・・・・絵を見ただけでも本当にそんな味わいがあった、昔の名優たちを改めて追慕する。

六世梅幸・戻橋の小百合 この芝居についても前述の松緑がなかなか面白いことを言っていた。梅幸と七世幸四郎だから見れるものになった、と松緑は言う。昭和の名優が先人への尊敬をこめて話すから、どこまで本当かはわからないが。

三世時蔵・樽屋おせん 唇をかみ、眉根を寄せて、悔恨と絶望とをのぞかせた表情。巧い顔だと思い、それを絵にする春仙にも感心するばかり。

五世福助・おはん おはんの愛らしさがよく出ている。しかも実際の役者の顔をなんと巧く写すのか、とそこにも改めて驚く。典型的な表情かもしれないが、いかにも世間知らずの娘らしさの出た、いい一枚。
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七世宗十郎・業平礼三 この芝居を知らないのでどうのこうのと言えないが、三角の雪でなく丸い雪に描いたところに、単なる役者絵ではなく、役者を使った絵、という方向へ絵が移った気がする。

次に一枚もので中版のもの。
七世友右衛門・雪女郎 '51年。戦地から帰りまだ女形修行の最中の役だが、さすがに美貌。
摺りも色の変わりが二種類あって、どちらも綺麗だった。

二世右団次・道明寺の宿禰太郎 斎入と呼ばれた人の芝居絵を見るのは完全に初めて。トリを抱えているのが「道明寺」らしさ。

三世雀右衛門・お七 '27。人形ぶりのお七を演じている。とても愛らしい。

十五世羽左衛門・助六 この人の助六ならば本当に「煙管の雨が降るようだ」だろう。
傘をバッと開いたところ。耳が大きいのが特徴の人だけに絵も耳が張っている。

二世猿之助、三世段四郎 '52年の式三番叟を演じた父子がそれぞれ一枚絵。 

二世松蔦と四世我童・梅川忠兵衛 松蔦は大正時代、帝都の学生を夢中にさせた女形で、写真で見ても可憐さがあった。そんな時代の梅川忠兵衛。

五世三升・外郎売 九代目の養子に入ったが役者としてよりも「成田屋」を守るために命をかけた人だったという。すっきりした感じのある絵に仕上がっている。

初代鴈治郎・坂田藤十郎 まさか孫が自分の名跡をすててこの名を襲名すりょうとは、じいさんも思わなかったろう・・・。

四世松助・因果物師小兵衛 因果小僧六之助のオヤジで、元は盗人で今は「親の因果が子に報い~」の見世物の親方。裏暗さの滲む、湿気た顔つきがいい。この四世松助は六代目らの教育係でもあったそうで、芸談を読むと脇役の名人というのを実感させてくれる役者だった。

他の版画を見る。
わんころとにゃんこのシリーズ物にドキッッッとした。可愛い可愛い版画である。
こちらは自刻自摺ぽい趣がある。
白黒のヤツラがくんずほぐれつ遊んでたり、白・黒・茶のニャンコたちがこちらを向いてたり。ビーグル犬も四匹並んでいる。可愛いのなんの、ドキドキするばかりだった。

東北の郷土玩具をモティーフにした作品群もあった。素朴な面白味がある。
「恵那八景」があった。巴水の風景版画ばかりが今日では名を残しているが、同時代のほかの版画家も旅をしては、その景色を版に残している。
ダムまで八景図に選ばれているとは(!)獅子岩というのも面白い。こういうのを見ると、現地へ行きたくなってくる。

裸婦版画も少しばかりある。別な場で見たものもあり、嬉しい。
あとは本の装丁である。鏡花の「参宮日記」と「白鷺」も春仙の作品だったか。
しかし何よりも石川啄木「一握の砂」を詩人当人にじかに頼まれて、無償でデザインした、というエピソードが興味深かった。

じっくり眺めて回った名取春仙の世界。本当に満足した。
南アルプスまでは行くのは私には難しいが、こうして東大阪で開催してくれて、本当に嬉しかった。
版画の良さと往年の名人たちの麗姿を二つながらに楽しめる、いい展覧会だった。

楽しい所蔵品展3 泉屋分館「近代洋画と日本画」

泉屋分館「近代洋画と日本画」も楽しい展覧会だった。
しかし何よりびっくりしたのは第一室がピカーッッとLEDライトでギラギラ輝いていて、それに照らされて並ぶ中国青銅器の群だった。
わが愛するトーテツくんたちがぞろぞろ並んでいるのにもびっくりした。
しかもこれ、特別展示ではなく常設だと~~!
鹿ケ谷の本館からしばらくここへ出開帳に来ておるのだった。
こんなにピカピカライトの下でトーテツくんたちを眺めるのは初めて。
正直びっくりした。こんな顔つきだったか、と今更ながらに凝視したり離れて眺めたり。
初心者向けの色んな工夫もあって、それで彼らがもっと人気になるかも、と思いつつ、ちょっと戸惑ったり。なかなかこういうのはムツカシイ。
まぁLEDの試行錯誤時代ということか。

さてタイトルどおりの近代日本の洋画と日本画を眺める。
これまで見て来たもの・見る機会を逸していたもの、そんな作品がズラッと並ぶのが嬉しい。
好きなもの・初めて間近で見たものばかりを挙げてみる。
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モネ モンソー公園 言うてみたら「モネ」らしくない絵なのだが、わたしはこの描かれた空間に惹かれている。モネらしさはなくとも、一枚の絵として眺めると、上品な風景画であり風俗画でもある。目新しさはなくとも安心感のある、公園風景。
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梅原龍三郎 浅間山 縦長の画面にピンクの雲が二つぽかりと浮かび、その下に青い山がある。その青さは油彩というより水彩的な青さに見える。滲みが空気の流れを感じさせる。

小林古径 人形 今回はこの絵に再会したくて出てきたのだ。アンティークドールのまとう黒いレースの美しいドレス。バラ柄のドレスが透けてみえて、静かな官能性が活きる。
この裾をそっと剥いでみたい欲望に駆られつつ・・・
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岸田劉生 二人麗子図 上記の「人形」共々チラシ表を飾る一枚。ドッペルゲンガーとでも言うべき状況。画面に漂う静謐さはやはり東洋独自のものだと感じる。飽きない作品。

鹿子木孟郎 加茂の競馬 「これより参る」という時間帯。走る直前の様子が生きている。
西洋の馬ではなく、日本古来の走法を見せる馬と乗り手の姿。

渡辺与平 ネルの着物 愛妻文子を描いた作。美男美女のカップル。この絵の数年後には夭折する与平。そのことを思いながら文子の物思わしげな表情を見る。
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岡鹿之助 三色スミレ 数ある岡の三色スミレのうち、この作品が一番好きだ。背景の深い緑には静謐さと上品な艶かしさが息づいていて、花をより引き立たせている。

好きな作品をふらふらと眺めるのは楽しいことだった。6/26まで。

楽しい所蔵品展2 損保ジャパン

損保ジャパン美術館で秋に延期になったセガンティーニ展の替わりに開催されているコレクション展を見る。
三井記念美術館でもそうだが、こんなときにこそ、その美術館の底力が見えるので、わたしは喜んで出かけていった。
ここでも好きなもの・珍しいものを挙げる。
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平山郁夫 月光薬師寺の塔 林からの眺望。青い夜に静かに立つ塔。「凍れる音楽」も眠っている。

鈴木信太郎 長崎風景(港を望む) 信太郎らしい明るい色彩がいい。三菱重工長崎造船所。この文字の羅列を見るだけで長崎の港が思い浮かんでくる。青く明るい港がある。

中村研一 ばら 白・赤・黄色のばらが順序正しく並んで活けられている。

東郷たまみ アラビア人の門 青児の娘。芸能人だったとは聞いていたが絵も描くんだ・・・意外といい感じがある。崩れない線と色。

今回、東郷青児の素描を多く見た。
いずれも'70年代初頭の劇画タッチで、非常にかっこよかった。
目が大きくで唇がぼってり肉感的で、油彩作品のような透明感がない分、温度のある女たち。街の様子を描いたスケッチも軽妙で、アラブ社会のちょっとした和みを伝えてくれる。
以前から好きだった「タッシリの男」にも再会。かなりシブい。
初見は「由美かおる」で、目が大きくてオカッパの可愛いお嬢さんだった。

有島生馬 宮ノ下残雪 '34年の冬。・・・・・・・駅伝~~~っっ!

アンドレ・ドラン 海辺 三人の裸婦がはしゃいでいるのだが、静かである。時が止まったかのように。

ピカソ バッコス この絵は元コクトーの所蔵品だったというが、なるほどコクトーが手元に置くのも納得な絵。たいへん「コクトー的」な絵だった。

チラシ表の「損保ジャパン美術館自慢作品群」が、これまでとは違う展示法になっていた。つまり黒いアルコーブで見るのでなく、続きの壁面で見るようになっていた。囲みがなくなっていたのだ。少しばかりびっくりした。
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こういう時にこそ面白いものが出会える。だから所蔵品展は好きだ。7/3まで。

楽しい所蔵品展1 藤田嗣治「人物と動物」

目黒区美術館の所蔵する藤田嗣治の作品を集めた展示が7/14まで開かれている。
「人物と動物」というタイトルにふさわしい集まりだった。
チラシも画像もないのが残念だが仕方ない。
こちらも気に入った作品の感想を挙げる。

動物群 うさぎ、きつね、犬らがコロコロ。狩場のようなのに、妙に和む。

接吻 可愛い。童画風な。

殉教者 たいへんイケメン。しかし「頑固一徹こだわり職人」風な目つきなので、やっぱり志堅固な殉教者なのだった。

芸者と泥棒 戯画風なタッチが面白い。お酌する芸者の手がいい。

少年像 宇宙人の手配写真かと。銅版。

1905~翌年にかけての知人への絵はがきが全てアールヌーヴォー風なのが面白かった。
絵はがき芸術、それを思う。

十人の子どもたち 唐子3人にキューピー風な子など。性別は皆不明。静かな子どもら。

軽く見て回れる楽しさがあった。

増田三男 清爽の彫金 そして、富本憲吉

次にまた工芸品の粋を追いたい。
東京国立近代美術館工芸館と早稲田大学の會津八一記念館とが合同で「増田三男 清爽やの彫金 そして、富本憲吉」展を開催している。
早稲田のほうは18日で終了したが、工芸館では26日まで続いている。
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2009年に百歳でなくなった作家は、晩年まで豊かな作品を生み出し続けていた。
'30年代から2002年の93歳で拵えたものまでが出ていた。
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増田は仲間たちと創作ジュエリーにも勤しんだそうで、その修行が活きたか、箱の装飾などにも「アクセサリーを入れたくなるような」魅力がある。
大切なアクセサリーはやはり綺麗なボックスや箪笥に収納したいものだ。
だから増田の仕事を見ると、購買意欲もそそられる。

可愛い髪飾りは銅と鍍金で出来ている。銀金彩バッタブローチも楽しい。
ネックレスにはガラスが使われ、ペンダントには真珠も加わっている。

からたちの花紋衝立、丘陵と湖(黄金分割に依る試作)、銀鉄野草紋箱  などという風に自然風景や植物をモティーフにした作品も多い。

金彩臥牛紋壺 この牛は日本の牛というより、それこそクレタ島あたりにいそうな牛である。ベコちゃんではなく、ミノス。
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鍍金箱 残月狐影  銀の三日月とキツネがぽつんといる風景。淋しそうな、しかし一本立ちしているぞという気概も感じられるキツネがいる。
池田遙邨の描く狐ほどには人恋しさもないが、こちらからかまいたくなる風情はある。
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金彩黒銅箱 雑木林月夜  1993年の作。蓋に月の夜、側面に月下の雑木林。すばらしい意匠である。欲しいと思うのはこんな箱なのだ。
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増田は蝶のモティーフも多く使う。ジュエリーボックスに欲しいと思う。裏からの打ちで蝶が外部へ膨らむ。その具合がいい。

金彩兎文銀壺、金彩兎文香爐 、 金彩銀兎文水指 ウサギもたくさん増田の世界に住んでいる。
武蔵野の草を食んで生きるウサギたち。
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平安時代の武蔵野ではなく平成の世にも生きる、増田のウサギたち。
他に鹿もいる。

金銅透彫箱 鴨跖草と蝶 おうせきそうとは露草のことらしい。取り合わせが愛しい。
彫金と言っても温かみを感じるのは、その選んだモティーフゆえか。


陶芸家の富本憲吉は増田をかっていて、自分の拵えた香炉の火屋を増田に任せている。
色絵山茶花香炉、金彩描きおこし羊歯模様香炉 これらの火屋は増田の仕事だが、「柄から柄を作らず」を標榜した富本憲吉が彼を好んだのもよくわかる造りだった。文字を装飾柄にするのがいい。

他にも可愛いやきものが並ぶ。
色絵金彩竹林月夜皿 、色絵竹模様珈琲碗、色絵金銀彩染付飾皿 竹林月夜 などなど。

心の深いところで興奮が鎮まらない、そんな作品であふれている。
これまで増田三男を知らなかったのが悔やまれる。
今回こうして堪能できて本当によかった。

一方、工芸館で展示されているほかの作家たちの作品を少しばかり。

清水卯一  窯変天目釉茶碗   綺麗な作りだった。清水でこの手のものは初見。
鈴木藏 志野茶碗  先般、菊池智美術館で見たが、カクカクした志野というのはこの人だけの技なのだった。
現代の陶芸家で好きで仕方ないのは、楠部彌弌と塚本快示だが、ここに塚本の青白磁高杯と白瓷高杯があった。形だけ見ていればハンス・コパーのこしらえそうな形だが、色の美しさが、いかにも塚本らしくてよかった。
前田青邨 香合「西遊記 」  初見どころか存在さえ知らなかった。こんなものがあるとは。
松田権六 竹に雀蒔絵盆  松田の雀はやっぱり可愛い。鍾愛の一品。   
天野可淡 名を持たない人形たちがいた。ガラスの義眼がこちらを見ていた。

いいものを限りなく見せてもらったように思う。

華麗なる日本の輸出工芸 世界を驚かせた精美の技

日本の工芸品の粋を見た。
手仕事の美である。
一つは明治から昭和初期にかけて主に欧米へ輸出された工芸品、もう一つは昭和初期からつい近年まで生まれ続けた彫金の品々である。

ここでは輸出工芸品の感想を挙げる。

たばこと塩の博物館で7/3まで「華麗なる日本の輸出工芸 世界を驚かせた精美の技」展が開かれている。
この案内だけでも、目に星が飛び込んできたような拵えである。
平安の昔から江戸時代にかけての日本の職人技の素晴らしさは知っている、と言いたい。
しかしながら明治初期の工芸品の良さは知らない、と言ってもいい。
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以前から、明治以降のそれはややもすれば華美に流れすぎ、諸外国への迎合の度合いが強すぎるものが多いように感じていた。
つまり横浜から海外へ輸出される工芸品は、多少品位に欠けるようなイメージがあった。
しかし今回の展示品の数々を見るや、そんな意識がキレイさっぱり払拭されてしまった。
確かに日本人の家に伝わる品々の様相を見せてはいないが、まことに見事な工芸品なのである。
これらが今も活きていることを、ここでこうして眺められることを、ただただ喜んだ。

青貝細工の美貌、芝山細工の麗容、螺鈿、蒔絵の優美、寄木細工の愛嬌、やきもの・漆器の明るさ・・・
なにもかもが素晴らしく、その当時の諸外国(=世界)の人々だけでなく、時間を遠く隔てた現代の我々も驚愕するしかない、見事な出来映えなのだった。

眺めながらただただ「凄い」としか言葉が出なかった。「凄い」あるいは「綺麗!」または「可愛い!」、本当にそればかり。
長崎、横浜と産地が違うことで職人の手も変わり、嗜好も異なってくる。
どちらがどうということは言えず、共に豊かに華麗な展開を見せている。

チラシに選ばれたのは芝山細工花鳥図屏風である。
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芝山細工は珊瑚、象牙、鼈甲などを盛り上げて貼り付ける技法だと解説にある。
以前、京都の思文閣ギャラリーで小さな芝山細工の箪笥を見て、深い欲望に駆られたことがある。
結局自分の手に負えるものではないのであきらめたが、画像だけでも手に入れることができて喜んでいる。
それについての記事はこちら

江戸時代中期に小川破笠という職人がいた。彼は独自の技法で様々な工芸品を拵えたが、貝殻などを表面に貼り付けた細工物は、見るからに愛らしく、賞玩したくなる様を見せていた。
芝山細工の起源が何か、いつからあるかは知らないが、破笠のそれとは少しばかり趣は違っても、親戚筋くらいの近さはあった。

それにしてもこの美貌はどうだろうか。
黒漆地に煌めくばかりに花が咲き、鳥が舞う。
刻まれた美ではなく、盛り上がり、迫りくる美なのである。3Dとでもいうべきか。

屏風、衝立、飾り箱、アルバム、箪笥、飾り額・・・
あらゆる家具工芸に展開される細工物。

明治の世ではヨコハマからの輸出品は憧れの品々だったそうだが、生糸と並んで花形だったことがよくわかる。
西洋人の美意識に深く食い込む美貌の工芸品たち。
見ているだけでもため息がでる。

明治の有田焼や京薩摩焼は好みから外れるのであまり関心がわかないが、それでもこうして美麗な姿が揃うと、わたしもまたかつての西洋人のように驚嘆し、その美に囚われる。

大きな花瓶で目に付いたものが一つ。
墨田焼というやきもので(今戸焼とは違うらしい)、花瓶の胴に「桜下母子遊興図」を再現していた。子の手を引いて楽しげに満開の花の下を行く日本婦人。その盛り上がった桜といい、婦人の表情といい、本当に華やかだった。

セルロイドの工芸品もあった。
セルロイドについては昨夏、わたしは日本セルロイド協会を見学して、色々なことを学ばせてもらっている。
可愛い玩具たちが揃っていた。
神戸人形のような顔の黒いものもある。
人力車もある。戦前から戦後しばらくまでの庶民の仲間だったセルロイド。

少し新しいところでは'50年頃の会津漆器がある。
これはキリスト教の教具一式だった。
聖母子像、磔刑図などなど。依頼を受けて拵えたものたち。古びを見せない会津漆器。

麦藁細工の玩具や文具がある。
関東では大森が、関西では城崎がその産地として知られている。わたしは友人から城崎土産にと、麦藁細工の猫の顔のついた書類ハサミをもらい、今も手元で使っている。弱れば補修し、完全に壊れるまでは手元で大事にしたいと思っている。
そんな風な愛着を持たせるのが、これら慎ましく愛らしい細工物の性質なのだ。
ほかにアーケード状の天井を持つヒキダシ(開くとピロピロリーンと音がする)もあり、ノスタルジーが胸を灼く。

箱根細工は寄木細工とカラクリで構成された細工物だと勝手に認識している。
ここにあるのはもう少し大きな工芸品だった。
箪笥、ライティングデスク、テーブル、飾り棚・・・
なにもかもが見事で、その手法の繊細さにときめくばかりだった。
どんなに薄く削りだしたのだろう。それをどのようなデザイン感覚で配置していくのか。
日本人の美意識の深さを改めて実感した。

これら輸出工芸品を世界に売り出していた「ヨコハマフジヤマ商会」の店先が再現されていた。
入ってみると、ほしくなる物ばかりで構成されている。
小さい頃、グリコのおまけやその他を大量に集めていて、時々「お店屋さん」として小綺麗に並べるのが楽しくて仕方なかったが、それが拡大化したものを見ている気がした。

洋館にこうした日本の細工もの、工芸品を置く。アンバランスのバランス。夢の国から持ち出した細工物たちで彩られる西洋の館。
ただただときめくばかりだ。

そしてその情景には覚えがあった。三十年ほど前の山岸涼子の作品「ドリーム」の舞台となった建物と調度品がまさにそれだった。タイトル通り「夢」を思わせる美麗な工芸品に囲まれた世界がそこにあった。
ほかにもこのセンスは波津彬子にも流れていて、彼女の描く作品のうちには、やはりこの明治の輸出工芸品が西洋の荘厳な邸宅に飾られていた。

わたしのときめきが他の人にも伝わるだろうか。
これら華麗な工芸品の中に佇む喜びの深さがわかってもらえるだろうか。
いや、伝わらずとも理解されずともいい。
この細工物の美は誰の意図をも忖度せずに活き続けているのだから。

会場では工芸品への愛情が深まるようにと、同時代の古写真が展示されていた。いずれも風景写真であり、手彩色がなされている。いくつか知る作品もあったが、これらはミュージシャンの坂崎幸之助さんのコレクションからの出品だった。
以前にも坂崎幸之助コレクションの一端を眺めたが、本当に素敵なものばかりだった。
今回特に惹かれたのは、亀戸天神の太鼓橋を手前にした一枚である。この写真は遠近感を面白く利用して、藤をばさりと垂らしていた。

この素晴らしい展覧会は7/3まで続いている。
ぜひとも勧めたいと思っている。

海と水のものがたり シニャック、福田平八郎から杉本博司まで

六月はやはり水を連想させる月だった。
4/29から6/19まで開催されていた大阪市立近代美術館(仮)の「海と水のものがたり」を見たのは昨日だった。終焉間際まで見なかったことを反省しつつ、しかし六月に見ることの意義を感じもしていた。

丁度十年前にこんな展覧会を続けさまに見た。
・水辺のモダン-墨田・江東の美術 東京都現代美術館
・水辺のロマン-パリ・ロンドン・東京 ニューオータニ美術館
・水辺の美-絵巻・浮世絵・水墨画 サントリー美術館
それぞれ大変に面白い内容だった。
水というものがいかに大事なものであり、そして愛されているかを改めて知るいい機会になったわけだ。

「海と水のものがたり」も副題が「シニャック、福田平八郎から杉本博司まで」とあり、「浪のきらめき、光のゆらめき」と洒落たコピーもついている。
展示品はこの大阪市近美(仮)、なにわの海の時空館、大阪市美術館などの所蔵品で構成されている。
洋画、日本画、版画、写真などが並ぶ。

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シニャック アンティーブ、朝  チラシ。点描で構成された画面。ピンクが朝の優しい空気を示している。
チラシではそうは見えないが、実物はアジサイのように見えた。

ドラン コリウール港の小舟  明るい色彩が力強くバッバッと塗られている。色が線になって形が出来る。塗り残しに見える部位は空間の深みを見せてくれる。
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デュフィ サン=タドレス、貝殻のある海辺  明るい青色で構成された海と空。ヴィーナスの誕生に描かれたような巨大貝殻がある。'40年代前後、貝殻はシュール系絵画によく登場したそうだが、実際この貝をみると三岸好太郎の最晩年の作品群を思い出す。
この時代の画家にとって貝殻とは一体何だったのだろうか。そんなことを考えた。

赤松麟作 住之江の火薬庫  2Mを越える横長画面に、緑色を基調とした光景が広がっている。
向かって左手には台形の人工的な建造物があり、それが多分「火薬庫」なのだが、手前の小舟はそこへ向かう様子を見せている。少し離れた地から眺めると、視界が広がったような気がする。

岡田三郎助 甲州山中湖風景  三郎助の風景画は美人画同様、配色にロマンがある。薄桃紫の雲、それが湖面に映り、どこか不穏な、あるいは不安な心持ちにさせられる情景。
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鍋井克之 兜島の熊野灘  青空・白雲・青海!ベタッッと強い色彩がある。岩の色はオレンジ。描かれた兜島は一見したところ「兜」よりもバベルの塔に近い、と思った。
明るい力強さ、鍋井さんはいいなぁ~~!

都路華香 波千鳥  墨絵淡彩。永遠に続く波が描かれている。右隻に千鳥が二羽、左に一羽、飛ぶ。無限に続く波、永遠の波。
この絵に福田平八郎は影響を受けたそうだ。華香の国内に残る貴重な一点。

福田平八郎 漣  終わることのない漣。表具師のミスでプラチナ箔の下に金箔ということになり、それが絵の効果を高めたそうだが、実際のところわたしにはあまりわからなかった。
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児玉希望 これもまた貝殻。凄まじい数・夥しい種類。世界中の貝殻がここにあるような景色。やはりある種のシュールさが漂っている。
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「大阪」の川は淀川だ、と言い切る。
しかし大阪市内は川と海と深いえにしがある。
随分前にウォーキング協会の「大阪の水辺を歩く」に参加して、難波宮跡地から京橋を越え毛馬閘門を越え、淀川を北上したことがある。
その実感もさることながら、古地図を見ると大阪市内の北部がほぼ島状態だったことがわかる。
中之島を描いた洋画を二枚ばかり。

青木大乗 中之島風景 '23年。天神橋から難波橋、公会堂、控訴院を見る。左側には当時あったという蟹島新地の高い建物が並ぶ。夕陽が照り映えている。
国枝金三 中之島風景 '27年。栴檀木橋から難波橋、天神橋を見る。まだ昼間らしい。
同時代のほぼ同位置の逆からの眺め。わたしはその真ん中に立った気持ちで周囲を眺める。

福岡道雄という作家の作ったオブジェがあった。四点はそれぞれ「春夏秋冬」を示しているらしい。木とFRPで作られた黒い台の表面には漣が刻まれていた。
杉本博司の水平線を写したものは暗くてよくわからなかった。

国枝金三 街景2  1901年に建ったハリストス教会が描かれている。この教会は戦災で焼失したそうだが、まさか吹田の豊津にあるあの教会がその後身とは全く知らなかった。
かなりびっくりした。
ちょっと昔の都市風景図にはこんな発見があるから、とても嬉しい。

木谷千種 浄瑠璃船  舟遊びの時には物売りの船やこうした芸を売る船も寄ってくるのだった。さすがに今は浄瑠璃船はないが、以前保津川下りをしたとき、食べ物を売る船を見た。おいしくイカ焼を食べたことを思い出す。
お客の求めに応じ「梅川忠兵衛」を語る芸人。他に「政岡忠義談」の本も見える。レパートリーはなかなか広そうである。
手前の船には瓜と黒いスイカがある。さっくり切ったのを食べたいと思う。
木谷千種は東京の池田蕉園の弟子でもあるのだが、浄瑠璃を聞く一行の中で行灯の前にいる女の顔、それが師匠とその夫・輝方の描く女に似ていると思った。
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生田花朝 浪速天神祭  祭りのクライマックス・船渡御を描いている。花朝女は浪速の風物詩を多く描いた。彼女の絵を見ていると、江戸時代の大坂の繁栄振りが偲ばれる。
水彩の明るさを堪能させてくれもする絵。

織田一磨の「大阪風景」から何点かが来ている。大正半ばの大阪風景。「大大阪」の寸前、「東洋のマンチェスター」の頃。
「かき」店の提灯が下がる「京町橋」が一番情緒があると思う。自刻自摺の版画。このしっとりした艶かしさは巴水のそれとはまた違う。
黙って眺めていたいシリーズ。

天野大虹 白い船  客船。昭和初期の客船の黄金時代。洋傘を差して船を眺める女。
かもめが群を成す。天気は曇りなのだろうか。汽笛がやがて聞こえてくるはずだ・・・
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いい展覧会だがもう終わってしまった。

熊谷守一美術館で見たもの

先日、池袋の隣の要町にある熊谷守一美術館へ行った。6/12まで全館で彼の作品が展示されていたのだ。
お誘いのハガキはこのウサギ。sun513.jpg
天童市美術館に住んでいるそうな。それがここへ里帰りしているのだから、やっぱり行かないといけないと思った。

数年前埼玉近美で大掛かりな回顧展を見たが、やっぱりこうしてたくさんの絵が並ぶのを見ると楽しくなる。
理屈を考えずに「かわいい~~」としか見ていないからかもしれない。
熊谷守一はどうぶつが大好きだったそうで、猫の絵などはどれを見ても欲しくなる。
明快な色彩、はっきりした線、そしてそこはかとなく漂うユーモアのようなもの・・・
館内を歩くことで、そんな守一の空気を吸うことになる。

桃色の空に白い日輪が描かれた絵がある。私はそれを見て長く見ていない絵本「ももいろのきりん」がムショウに読みたくなった。作家の意図するところではないだろうが、そんな作用が心に齎されてしまった。

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ブルーナイトに白い半月と黒い木と葉っぱ。遠近感が巧い。稚拙なように見えてとても計算されているようにも見えるが、もしかすると何にも考えていないのかもしれない、と思わせるようなのんびりさもある。

アマガエル 福々しい黄金のアマガエルが気持ち良さそうに木の上で休憩している。蛙の表情まで読み取れるくらい「近くまで見に行った」守一を想像する。撫でると「ゲコ♪」と返事をしそうな蛙たち。
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どろ人形 金太郎と鯉という「泥人形」らしいが、それは別にどうでもいい。赤い金魚の目つきがいい。守一の「鯤」という作品を思い出す。コンは鵬が魚化したものだが、そんな大仰な風もなく、ポンッと岩場にいるような感じだった。
このコイだか金魚だかもオレンジ色の泥人形をヨイショとばかりに抱えている、そんな様子。
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てくてくと出かけて、機嫌よく見て回った展覧会だった。

信仰と絵画

信仰と絵画 そのタイトルで大和文華館で、主に仏教美術の絵が集まっている。
チラシは先頃「マニ教」の六道絵だとわかった元代の絵。
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マニ教の絵は他に五点が集まっていた。いずれも特別出陳として、個人なりお寺なりからの借りだしものである。

延暦24年(805)に空海が入唐留学した際の書類があった。事後提出ものらしい。そこに真魚という空海の幼名が書かれている。

昭和初期に分割された金胎仏画帖のうち12枚がある。綺麗な彩色がされた仏と、その下に蓮台などが描かれている。梵字もあり、仏の名もある。
金剛拳ナラビ と読むのか、その仏は両手を握りしめ「ファイト!」とポーズを取る。下の蓮台にも同じく拳が飛び出している。
それが一番印象に残っている。

館蔵品からコンセプトに沿った作品を集めているので、当然見慣れた作品も多いが、それでも飽きることなく面白く眺める。

獅子が「にゃーっ」な文殊菩薩像、色指定がされている墨絵の大威徳明王図、白衣観音図・・・
曼陀羅図もたくさん出ている。
今や光背しか残らない笠置山の摩崖仏を描いた笠置曼陀羅図、人麿由来の柿本宮曼陀羅図、日吉曼陀羅図、春日曼陀羅図、藤原家父子を描く多武峰曼陀羅図。
六字曼陀羅図は南北朝の作だが上に2天女、大日如来を中心に六道をつかさどる観音、その下には不動と大威徳明王、そして最下には六人の供養天が描かれているが、供養天の様子がエジプト壁画風なのが面白かった。

法然上人、弘法大師、一休禅師、維摩居士らの肖像もあるが、彼らよりも物語の描かれた縁起絵巻などが、私には面白い。
平治物語絵巻断簡、地蔵験記絵巻断簡、遊行上人絵巻断簡、善財童子絵巻断簡などは旧い面白さがある。
一方、江戸末期に描かれた絵巻も二点ばかり出ていた。
長谷寺縁起絵巻と道成寺縁起絵巻である。大和文華館には他にも奈良絵本風な道成寺ものがあるが、今回の絵巻はわたしは初見である。
いかにも江戸末期のちょっとばかり戯画風な人物たちがわいわいと描かれていて、なかなか面白く眺めた。
黒こげ安珍に水をかける僧たち、僧の夢に現われる二匹の蛇、最後には本堂で法華経を誦す供養法要が開かれていた。けっこうイージーな坊さんたちの出演する絵巻だった。

元代の仏教絵画とマニ教絵画が特別に出ている。チラシ裏は全てマニ教の絵画である。
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同じ元代の作品でどことなく共通するものもあるが、その似通った点と、相違点とを確かめるだけでもかなり面白かった。

王宮曼荼羅図は仏伝にあるアジャセ王子の物語である。この絵には王子の母が描かれているが、やや猫背である。
その様子はマニ教の女神ダマーナと共通するそうで、この絵はマニ教に近い作りらしい。

マニ教の世界観を示す宇宙図や六道図を見るうちに、自分の知らない神話を目の当たりにした喜びにときめいてきた。
チベットのポン教もそうだが、それぞれの物語の面白さというものは堪えられないほどだった。
マニ教の宇宙図は十天八地という構造で、それを記したのがチラシ右上の絵である。
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これを見ていると、遠目には劇場風にも見えるが、間近で眺めると、それぞれの層に舟があることに気づく。そして最下層には生命の木ではないかと思われるものもある。
構想は違うが、諸星大二郎「塔に飛ぶ鳥」を思い出した。

興味深い作品の並ぶ展覧会だった。6/19まで。

三井記念美術館 所蔵品展 後期

三井記念美術館の所蔵名品展の展示換えを見た。
前期の感想はこちら
今回はもう一度みたいものを見て、差し替えられたものを見て、という軽いココロモチでの訪問。
茶組の銀仕立てのお道具。銀の茶杓の美には今回もにこにこ。
ノンコウの「鵺」も見て、いい気分になる。

さて展示換えとして現れたのは沈南蘋。花鳥動物画11幅。乾隆15年(1750年)。
それについて心覚えもかねてチマチマ感想を。

1. 枇杷寿帯 丸い枇杷の実がある。尾羽根の長い白い鳥がその実を見る。下には芥子とも牡丹とも見える花がある。既に散りそめてもいる。
2.群鳥イ竹 薄緑の細竹。雀らしき小禽が続々集まる。白や紫の小さい花と。
3.檀特鶏雛 赤い、細い花びらの花の下にピヨピヨが五匹ほど。
4.白鸚鵡 イチゴのような実がたわわな木にとまり、実を見つめる白い鸚鵡。木の下にはシャガが咲いている。
5.藤花独猫 藤に牡丹にタンポポに、白地に黒ぶちの猫が一匹にゃあといる。なかなか面白い目つきの猫。こういうクセのあるネコっていいな。
6.栗鼠瓜 笹柳の幹を降りようとするらしきリス、その下では瓜を食む仲間のリスたち。瓜を食んでいない奴が可愛い。
7.猿馬弄戯 木につながれた馬をなぶるエテコ。馬がんばれ、エテコに負けるな!
8.松樹双鶴 上に二羽、下の波が押し寄せる岩上にも小さい鶴が一羽。そういえば中国において鶴はどれほど尊ばれているのだろうか。日本ほどにありがたがられているのだろうか。
9.於兎声震 虎がいます。虎の一声で兎もひぇ~という意味なのか。口を開けてる虎、しっぽがホースのようにくるり。カササギが逃げている。
10.柳下雄鶏 ・・・上にいるツバメたちしか見ないようにしたのでよくわからない。
11.双鹿過澗 座す牝鹿を見返る雄鹿。雄の方がじっと深く見ている。蔦が絡む地に座す牝鹿はまだ子供のようにも見えた。丸い目には立派な角の雄が入っているかどうか。

日月松鶴図屏風 室町時代にブームになったのは日月を3Dで見せること、らしい。
銀の日月が酸化して黒みを見せているが、その下に昼夜の景色が広がっている。
こういう愉しみが何百年も前から続いていたのを思うと、それだけでも嬉しくなる。
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土佐光起の女房三十六歌仙帖は巻き替えられて、また違う女人が並んでいる。
いずれも豪奢な衣裳を着けている。
一人真正面向きのひともいた。「八条院高倉」さん。
江戸時代の絵画は真正面向きのとき、鼻を描く処理にけっこう困ってたように思う。
描いてはいるけれど、みんな同じ形でしか描けていないし、それがきれいかと言うとそうでもないし。
眺めながらそんなことを考えた。

猿や鹿の絵についての感想は前回同様。可愛いし、思いがけない新しさがあるし。

6/19まで。

五百羅漢 幕末の絵師 狩野一信展

ようやく江戸博の「五百羅漢 幕末の絵師 狩野一信」展へ行けた。
九時半開館に合わせたのに、2分遅れて入ったらもう早、満員御礼やないですか。
五百羅漢にゴマンと観客。
チラシが2種類出てて、最初のはちょっと「・・・なぜに?」な感じでしたが、後のはよく出来てると思う。
とにかく百枚+色々で、暑苦しい・・・失敬、スキマなく描きこまれたむさくるしい、失礼、実に多様な羅漢たちの情景がありました。
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芝の増上寺の秘蔵と言うことだけど、江戸博の会場内を見ていて、もしこれが幕末にご開帳(一般公開)されてたら、やっぱりこんな状況かも、と思うような盛況ぶりでしたな。
尤もこの江戸博のある「両国」という地は、江戸時代には浅草奥山と共に見世物小屋などが並んでいた場所なので、やっぱりこの「展覧」にピッタリなんだろうなと思った。

鉛筆持って、リスト持って、見歩き始めて、すぐにザセツ。
事細かに感想なんか書けないくらい、ワイワイワールドですがな。

基本的にキャラ設定は丸顔の坊主頭で、イケメンはなし。色黒で爪長で、体臭がこちらにまで届きそうなくらい、妙に強い存在感がある。
一人くらい小奇麗なのがいないかと懸命に探したら後に一人だけ現れたけど、それについては後述。
イマドキ女子(!)のわたしには「ウウム~~~」なオジサンたちの群でした。
キャプションはなかなか面白いけれど、読んでクスッと笑ったところへ、描かれた現物がドーンとくると、笑うに笑えなくなる。
絵を見てから読むと、納得したり同意したりばかりで、こちらの感想も薄れてしまう。
けっこうヤヤコシイね、7eさん。
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見てて華やかさがないのが、ちょっとわたしにはつらいところ。
しかしそれはもう嗜好の問題だから、絵がどうのということではない。
見ていて連想するのが花輪和一だというのもちょっと方角が違うのかもしれない。


実に色んな行動を見せる羅漢たち。
100シーンもあるから、色んなことをしなくてはいかんのかもしれない。
羅漢ビームはデフォルトだし、竜に乗ったり虎をどついたり、空を闊歩するのも自在。
アタマから水出すなんて水芸の他には知らんよ。頭に桜咲かせるのは落語の「頭山」か。
大蛇のベロの上が指定席の羅漢もいるし、鹿とか他のどうぶつたちの耳掃除するのもいる。
お助けマンな羅漢もいるが、あんまり感謝されてる様子もないな。
羅漢だけの世界に婦女子は不要らしく、托鉢に出てお布施を貰っても知らん顔してる。
フジョシ的な眼で見たら「羅漢たちのボーイズラブ」だとnoelさんが喝破されてたな。
全くそのとーり!
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シリーズものがある。
六道のうち「地獄」に百目鬼がいた。これってドウメキとか読むんでしたかな、人名で。百目鬼さん。しかしこれが人名でないときは、モロに百目のオニなのだった。
そやつが働く場(どこ地獄かは不明)を視察する羅漢たち。
「鬼趣」では河童が8人(?)もいたが、羅漢と河童の関係って実は羅漢と普通人より近しいのかもしれない。
「修羅」でキャプションには「懲りないヤツラ」だったか、そういうのがついてて同意したが、戦う連中の中には女を負ぶってるものもいれば、女の手を取って走るのもいた。
無関係にその情景を見下ろす羅漢より、そっちの男の方がマシやな、と思ったり。

「神通」シリーズに首つり女の絵があった。本物を一信は見たのでは、という予測が立てられている。
これよりもう数十年後には河鍋暁斎が磔獄門の絵を羽織の表裏に描いたりするが、それもやっぱり臨場感があった。
死体の絵でキショクワルサを感じさせるのは、やっぱりナマナマしさが伴うか否か、そこに尽きるのね。

「禽獣」に白澤(ハクタク)がいた。最近白澤と言えば「地獄の冷徹」のキャラを思い出してしまうなぁ。
可愛いのは唐獅子。ブサカワならぬコワカワ。コワモテな唐獅子も毬で遊びます。

巨大なお釈迦さんや四天王らのいる絵が出ていた。これは成田山から来た分で、照明が時間の推移で変化を見せるものでした。だから墨一色かと思ってた絵が、実は金泥もまざってるのを知ったときは、なんだか嬉しかった。

それにしても絵師の執念には驚かされる・・・
絵の技法とか表現法とか、そういうのを越えて一心不乱な創作態度と言うものが、伝わってくる。
ごくごく真面目にこの五百羅漢図の構図を考え、筆をおいているのだ。線の肥痩、彩色、暈しなどなど。
それが絵師の矜持と信仰心の篤さから来たものなのだと思うと、こちらもやっぱりマジメに見ないといかんのだ。
嗜好が異なるので、この百幅と関連の作品とを心の底から楽しむ、と言うわけには行かなかったが、見れたのは嬉しい。

そうそう、一人だけイケてる羅漢がいました。
顔の皮膚をベリベリ剥がすと白い顔の観音さんが現れる、と言う羅漢。
そのベリベリな顔が全ての羅漢の中でいちばん綺麗だった。
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ショップではチマタで人気の「羅漢新聞」が張られていて、それを読むのもお楽しみの一つ。
百年以上経ってこうして日の目を見たのもいいことだと思う。お客さんも大勢来てたしね。
展覧会は7/3まで。

六月の東京ハイカイ

6/10~13と四日間大阪を離れていた。
梅雨時に出かけると天気の判断がつかないから困ることも多いが、それでも今しかないのだ。
出かけたいと思ったときが出かけ日和なのだ。
…というてみる。
展覧会の感想はまた後日詳述です。

十日の東京は曇りだった。神田で下車して三井記念美術館へ向かう。
お宝がざくざく出てくる所蔵品展。前期もよかったが後期は沈南蘋の花鳥画シリーズ物が出てくるんだから、わくわくしたわ。

それで気合が入ったかして、時間もないのに歩き出した。ホテルへ向かってGO!
…久しぶりに甘酒横丁を歩く。懐かしい。東野圭吾の「新参者」でこの町もまたブームになったけど、人形町界隈はいつ来てもいい感じ。
「玉ひで」が見えたが、もぅ昔みたいにトリはいなかったのでほっとする。

しばらくして定宿に入り荷物を置いてから再び人形町へ向かう。
そこから乗り降りするのが次の行き先に都合いいのだ。
ホテルに面したとおりには延々と紫陽花が。
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工芸館へ行く道すがら、見上げると桜になにやら愛らしい実がなっている。
可愛いなぁ。
工芸館では彫金の増田三男を見る。良すぎてどうしようもないくらい、欲しいものが現れる。困ったもんだ、絵画より工芸品に欲しいものが多い。

近美へ戻るとき、池に花ショウブが咲くのが見えた。花を見るゆとりもないわたし。
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すぐこの名前を忘れる。

近美ではクレー展。京近美からの巡回。
常設でもクレーの銅版画があり、そちらがまたよかった。

早稲田へ。先に演劇博物館へ行くが、あんまり良すぎてクラクラする展示だった。
本も買う。500円でこんなに充実…!
会津八一記念館で先ほどの増田展の開催。
やっぱりたいへんよかった。工芸の美を大いに楽しむ。

飯田橋経由で上野へ向かうが、相変わらず写楽展への人波が多い。
ブッダも写楽も軽く眺め、自分の好きな作品ばかり何度も見て、そこから常設へ向かうと、吉田博「精華」が出ていてたいへん喜ぶ。
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池袋からは地下鉄で要町へ。
熊谷守一美術館へ。SH3B05300001.jpg
非常によかったが、こういうのは言葉を不要とされてる気もする。
近くのご飯やさんでご飯食べてから、「テルマエ・ロマエ」いっぺんに3巻買って帰る。

二日目。てくてく歩いて浅草橋へ。両国へ「五百羅漢」見に行くのだ。
五百羅漢もすごいけど、人間の数もすごいし行動もなんだかすごいぞ。

急遽築地へ向かう。築地明石町。清方の名作。そこに資料館があり、明治以降戦前までの中央区の様子がババーン。
こういう地元の資料を集めた資料館というのは往々にして侮れんもんですなぁ。

出光へ。二度目だけど工芸品は何回見てもいいものはいいし、ほしくなるものが多い…!

泉屋分館へ。
まさかここで愛する饕餮くんたちと会えるとは。しかもピカピカに明るいLEDライトに照らされておるがな。びっくりした。

六本木一丁目の泉屋分館から城山ガーデンズを行くと、シダや紫陽花が満ち満ちていて、キモチイイのだよ。そこを抜けて飯倉方面へ下がったり上がったりして、久しぶりに東京タワーへ。
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どれくらい久しぶりかと言うと・・・・・・・とにかくわたしが子供の頃以来です。
あのとき武蔵小金井のオバの家に行くと、従弟がポテトチップスを食べていたのだが、ポテチを見たのもそれが最初だった、そんな時代。
東京タワーの一階で開催中の福井県の恐竜展。ホネホネホネホネ♪
皆さん大喜びの恐竜の骨。わたし的にはトリケラトプスの横顔を見れたのが収穫。
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オススメの「とうふ・うかい」は別の機会において、赤羽橋から新宿へ向かう。
損保で所蔵品展を見る。普段出ないようなものが多い。
つまり東郷青児のスケッチとか。これが実に良かった。本絵よりいいと思うくらい。
'70年代初頭のクールな劇画タッチ。ときめいたね。
さてその後に蘆花公園へ出て、世田谷文学館でリンドグレーンの世界を表現する挿絵展を楽しんでから、ムットーニ。
相変わらずときめく・・・

日本橋高島屋で皆さん大喜びの「ジパング」展に行く。正直言うと現代アートはニガテもニガテなんだけど、それでも山口晃画伯の作品はみんな面白かったし、ハマッちゃうな。
画伯の「歌謡ショウ図」は巧いし妙な臨場感もあって、自分もその桟敷に座りたくなった。
つまり「描かれた物語の人物」になりたくなるわけですな。
百貨店の図もよかった。特にビルのペントハウスが唐破風の玄関で、「ゆ」の字暖簾がかかり、その前や周囲が墓場と言うのが楽しい。
他にはラストに展示されてた龍門藍という人の作風も好ましかった。
松島に自由の女神像が立ってる風景とか。
既製にフィクションが絡む面白さ、というのですかね。

高島屋の地下でお惣菜購入。3種類買ったけど、どれもおいしかったし、なにより店員さんの親切さがよかった。

さて6/12です。
二子玉川まで行くのに先頭か最後尾か、どっちがいいか忘れてしまってた。まずいな。
多少のゆとりがあるんでいいか、わたしは東急コーチバスは高島屋前から乗ることにしている。
セイカドウで日本のやきものを大いに楽しむ。
特に良かったのは淡路の平焼。これは可愛かった。ボンボニエールにも似ている。
黄色の釉薬が柔らかで豪華。
樂焼は長次郎「かざ折」とノンコウのが出ていたが、今回は長次郎の黒樂に惹かれた。

桜新町に降りるのも久しぶり。サザエさんの長谷川町子美術館へ。
長谷川姉妹は絵画コレクターとしても著名で、特に近代日本画の名品を多く所蔵している。
「幻影の世界」展。季節に合わせてのチョイスも含む。更に松尾敏男展も併催。
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牡丹の玄妙な美にしびれるが、いかんせん「サザエさん」のミュージアムと言う認識が高いので、相客たちはみーーーーーんな絵画をスルーし、楽しく「サザエさん」の話題で盛り上がりながら、アニメを見たりお土産を買ったり。
学芸員がいるのかいないのかは知らないが、受付に絵画の絵葉書とかないですかと聞いても困った顔をされただけ。
困った顔と言うより、不思議そうな顔と言うのが正しいかな。ちょっと泣ける。
むろんリストはない。
それと長谷川町子による美術館誕生マンガの載ったリーフレットに載る絵のうち、これらが展示されていた。
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また、つい近年の作品もいくつかある。
薮内左斗司の「かぶあげ童子」などがあるのは、今もお元気なお姉さんが集められたようだ。

桜新町でランチにした。渋谷まで出たら一挙に目的地へ向かってしまい、そうなると食べはぐれることがありえるから、先にここで。
coco壱番のなすカレーを食べるがおいしかった。しかしフツーの辛さであってもわたしにはヒリヒリ。参ったなぁ。よそでカレーを食べるとこういうことになるのだ。

たばこと塩の博物館にゆくと、これがもぉ本当にクラクラクラクラクラ~となるほどの、モノスゴイ技術、素晴らしい職人技の粋を目の当たりにした!
日本人の工芸品への愛情、その技能、美意識、ただただ圧倒された。圧巻というか壮大というか、そのくせ見事な繊細さで・・・
副題に「世界を驚かせた技」とあるが、現代人もビックリするアルよ。
芝山細工、寄木細工、螺鈿に蒔絵は当然、もぉ本当にこんな凄いものを見せられては・・・
工芸品は本当に欲望を刺激するなぁ。
ああ、目の保養というより衝撃です、この細工ものたちは。

そのショックを咀嚼しようと坂を上り、体育館の横の道を通って、太田記念美術館へ歩く。
こちらは国芳展。先般の大阪市美のとはまた別系統。
もともと国芳は大人気だから、こちらも大繁盛。
一人の作家の作品だから大阪で見たものとかぶりもするが、こちらだけでしか見れないものもあり、楽しい。
来月の後期も楽しみ。
今回は久しぶりに地下の展示もある。・・・そこでまたわたしをそそるものが。
浮世絵といえばこの太田コレクションの美術館が一番にあがるけれど、かつてはリッカー美術館(平木浮世絵財団)の見事なコレクションも世に愛されていた。
流転を重ねて今は豊洲のららぽーと内に小さな空間を得ているが、そこでの企画展「装いの美 大正・昭和の美人」ポスターにイカレてしまった。
・・・・・ここから目黒に行った後横浜へ向かう予定なのに、なのに、なのに・・・・・
とりあえず目黒区美術館へ。昨秋の「ラファエル前派とモリス」展のセレクト巡回とでもいうべき展示。
全部は出てないけれどそこそこ楽しめる・・・ということは、ここでの展示を待ってた人には不満かもしれない。

久しぶりにティータイムをとる。
以前は「どこそこでお茶しよう」とか「あのお店であれをたのもう」とかいろんな楽しみがあったが、近年はゆとりがなくなって、ほっと一息ということをしなくなった。
しかし今回、ハマをあきらめたことでゆとりが生じた。
ううう、何という皮肉か。
スタバで抹茶オーレたのむつもりが手違いで抹茶スムージィが。バナナケーキ共々いただくが、冷たすぎてしんどいので持って歩く。一番イヤなパターンになった。
口の開いてる水物を持ち歩くのは人に迷惑かけそうでイヤなんだよな。
モラルやマナーの問題だけでなく。
しかし電車に乗る間に解けてくれたので、自分の持つペットボトルに移す。
カラもちゃんと始末したので気分すっきり。
ゴミの分別は大切です。

何を諦めて何を得るか。
とりあえずわたしが得たのは新版画や創作版画で描かれた美人たちへのときめきだった。
長谷川潔は惜しいが、いずれまた・・・・・

月島で乗り換えて品川へ向かい、そこで翌日の「東京湾フェリー往復チケット」購入。
どこで何を晩ご飯にしようかと思いつつ、コンビニに寄ったら色々と目についてそれでいいやになる。
最近のコンビニは本当に侮れませんなぁ。おいしかった。

最終日。綿密な計算をして出かける支度も怠りなく・・・なんと予定より一本早い京急久里浜行きに乗れた。
しかも座れたのでそれっきり寝てしまい、気づいたら金沢文庫。よく寝たなぁ。
思ってたよりずっとヒンヤリしていて、久里浜駅のバス停でふるえてしまった。
早く来たということは長く待つということになる。
ちょっとミスやな、いつもギリギリなわたくしとしたことが。
港行きのバスに乗り込む人の中で、老境に入った頃の東千代之介に似たオジイさんがいた。
お若い頃は相当きれいな顔だったろうな、と感心する。

岬巡りのバスが走る~ 途中でペリーの碑を見る。浦賀でなくここにあるのね。
久里浜港につく。三浦半島から房総半島まで35~40分の船旅。平日の10時半は空いている。
わたしは船の進む様子を見ながらうつらうつら。イスの肩を枕にして気持ちよく揺れる。まるでマッサージチェアにいるような気分。
やがて煙るような房総半島についた。
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金谷美術館へ。
近代美人画を見たくてね。
なかなか他では見ないような珍しい作家の作品や、この画家にこんな絵があるのか!な作品が並んでいて楽しかった。お蔵もあり、そちらは幕末頃この界隈にいた絵師の作品が軸装もされずに並べられていた。

港にあるシーフードレストランへ入る。
海鮮丼に憧れてたのでそれを注文。
メメメメチャクチャおいしい!!!さすが房総半島!
うわーっという感じ。
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ぼたんえび、うに、いくら、しらす、アジ、トロなどなど、口の中でとろけるようなお魚たち~~むむむむむっまた貝汁やアサリの佃煮のおいしさにもクラクラ・・・
あーこれはやっぱり食べに来てよかった!!! 

大満足で機嫌良く再び船に乗る。
行きは「そして船はゆく」のココロモチだったが、今は・・・まぁ間違っても「フィッツカラルド」ではありません、船が山を登る、そんな状況ではないんだけど、それを越えて天にふらふらのぼりぎみなわたくしでした。

久里浜から品川へ向かう。
ここから日本橋の東海証券に行きたいが時間の都合で諦めてまっすぐ目黒へ。

庭園美術館でnoelさんとお茶する。話題は無限にあるから弾む弾む。また遊んでやってください。
別れてからは庭園美術館を逍遙し、タイムアップで品川へ。
今回も楽しい東京ハイカイでしたわ~
また次回もよろしくなのだ。

カソリック大津教会を眺める

JR膳所駅を越え京阪膳所駅を過ぎて少しゆくと、坂を上がらねばならない。
階段を上りきると、いきなり青瓦の竜宮城のような建物が見えた。
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真正面に回る。竜宮かもしくはやっぱりお城のように見える建物だが、屋根の上に十字架が建っている。
大津カソリック教会なのだった。
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昭和15年に建てられた和風教会。
近所のおうちの屋根屋根にそむくことのない綺麗な青を見せる瓦を載っけているが、物資のない時代に建てられた教会は鉄筋を使えず、柱などはコンクリに丁寧に貼り付けている。
IMGP9197.jpg近所。
IMGP9198.jpg教会。

玄関ホールIMGP9171.jpg

大阪を中心に関西では大正から戦前にかけて、素晴らしいタイルメーカーがあったから、こうした装飾を見ることが出来るのだ。
地下への階段を彩るタイル、IMGP9169.jpg

腰壁にもこんなタイルが使われている。IMGP9192.jpg
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長い座席には十字架の装飾もあり、照明も百合の花弁のように見える。
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小屋組み天井を支える連続アーチのある仕切り壁に鏤められた花のようなタイルなど。
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キリスト像はとても美青年だった。IMGP9182.jpg
そして受難図もいい。IMGP9179.jpg

ステンドグラスは三十年ばかり前のもの。
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玄関の懸魚にも十字架。IMGP9193.jpg

いい建物を見せてもらった。

香雪美術館「懐石道具と浮世絵」

御影の香雪美術館では「懐石道具と浮世絵」展が開かれている。
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香雪美術館で浮世絵を見るのは初めて。それどころか浮世絵も所蔵されているとは知らなかった。さすがにここは深く広い。
楽しい寄り集まりに使われるのが「懐石道具」であり、その楽しさを描いたものとして「浮世絵」が展示されていた。

機嫌よく中に入った途端、肉付きの良い仏様たちがズラッと並ぶのはいつものことながら、浮かれ気分をイマシメられた気になった。
いやいやそうではない、きっと仏様たちも一緒に楽しみたいに違いない・・・と思い直す。
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まず絵。

吉原遊里図小屏風 どうも元禄時代くらいの風俗らしい。髪型がそんな風な。
遊里を中心としたその場にいるモノドモの様子・・・猿回しの芸人、香具売りの元は美少年だった男、道端に寝る犬、なぜかいるトリ、編笠の男は少女に何をしているのだ、太夫の道中は足袋、傍らのものは裸足、大門内には冷やかしの客、僧侶と遣り手婆の交渉、そして「三浦屋」が最奥にある。

伝・又兵衛 寛文美人図 どうも又兵衛のパブリックイメージとは違う絵柄の美女である。
瓜実顔は優しく、着物も寛文小袖の特徴を見せていない。派手でもなく非対称でもない柄の着物。もっと言うと、岩佐又兵衛って慶安年間までしか生きてないやん・・・どの又兵衛の絵なのか?しかし綺麗なのは確か。単に一人立ち図だからそのタイトルなのか?
伝・又兵衛の根拠って何か知らんし、説明もないけれど、絵は絵としていい感じだと思う。

伝・菱川師直 風俗図 店の一間。御簾が下げられている。何もなしのすだれではない。
その室内には夜衾にくるまる遊女がいる。肘をついてくつろぐ。
客が帰った後の一休みなのか、それとも。

他にも懐月堂安度、歌川豊春、西川祐信らの美人が出ていた。
チラシは歌麿の「月見の母と子」。
豊国の花魁道中図では、夏場らしく紗か絽を着た太夫たちが描かれている。

芦雪 牡丹図 牡丹の花の濃淡が綺麗。白い蝶がちらちら飛ぶのがまた可愛い。
呉春 養老図・加茂図 右の養老図は例の岐阜の養老の滝伝承の図。左の加茂図はカモガミの説話。どちらも水べりで楽しそうな顔を見せる男女。

渡辺南岳 観桜美人図 娘と女中の二人の全身がどーんと大きく描かれて、こちらに迫り来るような勢いがある。
守住貫魚 花の宴 朧月夜の桜の下で出会う男女。シチュエーションだけで「光君と朧月夜」とピンと来なくてはならんのだ・・・
菊池容斎 乙御前図 狂言の乙御前の立ち姿。髪はやや薄毛。オレンジ地に白い花柄の小袖姿。

次にやきもの。

赤絵金襴手瓔珞文向付 見込みは染付。その絵柄はどう見てもペンギン。
志野蓬絵撫四方向付 チラシ画像はハキハキした感じがあるが実物はもっと湿気ったような草に見える。
黄瀬戸草花絵向付 可愛い。特に草花がハクセンコ風な形なのがいい。
古染付藻魚文栄螺形鉢 見込みに龍宮城遠望。なんとなくかっこいい。
野々村仁清 菊花透木瓜形鉢 大きな鉢に菊花形の透かし入り。神阪雪佳の先祖風。
阿蘭陀色絵盃 外側に六つの椿。見込みに小さく椿。可愛いなんてもんではないくらい、愛しい。

乾山も何点か出ていたが、ちょっとシュミから外れた。
しかし青木木米の百仙図四方鉢は、内外に描かれた百仙がまるでオーラを出しているように見えるのは面白かった。仙人たちに掛かる釉薬はやや透明なもので、周囲は不透明で強い赤だから、その対比が面白い。透過光のような効果があった。

この展覧会は7/18まで。

阪大生・手塚治虫 医師か?マンガ家か?

大阪大学博物館で「阪大生・手塚治虫 医師、マンガ家?」展を見る。
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阪大の医学部を出て、医師免許は本当に所持しているのは有名な話だが、医学部在学中にどんな学生だったのかは、案外知らなかった。
手塚の自伝マンガに少しばかりその頃の様子が描かれているが、本人曰く「ジキルとハイド」的な生活は、かなり大変だったろう。
どこまでがフィクションでどこからがホンマかは知らないが、フツーに考えてもやっぱりメチャクチャな状況なのは間違いなさそうだ。
初期の頃は貸本マンガだったから、松屋町(まっちゃまち、と発音する)あたりまで原稿を持っていくのだが、昔の大学生はきちんと制服制帽姿で歩くので、途中でジャンパーとベレーに着替えて、その街へ向かう。
仕事は矢継ぎ早で押し寄せてくる。授業中も延々と内職に勤しむ。
インクは転がり、階段教室最後列の席からタララララ~と、黒い染みが線を描いて落ちてくる。
教授室呼び出され叱られる手塚。教授は罰として、自分の似顔絵を手塚に「描いてくれ」と言う。
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実際に医学部で同窓だった人々の証言や、手塚が参加していた学生演劇のサークルの写真なども展示されていて、それがなかなか興味深い内容だった。
手塚は「罪と罰」を作品化しているが、手塚自身もその演劇サークルで「罪と罰」のペンキ屋を演じている。
初期作品には手塚自身が好きなもの、そのエッセンスが集中していると思う。
それらを描いていたのは「阪大生・手塚治虫」なのだ。

宝塚の手塚記念館から資料が多く来ているが、「阪大」との関わりをメインに据えての展覧会だけに、違った面白味があるのがいい。
展示の流れに手塚と大阪・兵庫の関わりを集めたコーナーがあった。
宝塚ホテルを舞台にしたものもあれば、「アドルフに告ぐ」のように川辺郡や神戸が重要なポイントになる作品もある。
また「陽だまりの樹」は適塾が舞台ということもあり、幕末大坂の淀屋橋界隈が描かれている。
展示にはないが、「アドルフに告ぐ」終盤で、空襲の被害を受けたキャラを病院へ運ばねばならないとき、その場にいた医者が「阪大病院なら大丈夫です」というせりふを言う。そのあたり、大変な状況ではあるが、ついついニコニコしてしまう。
ほかに「バンパイア」では誤植なのかわざとなのか、「大阪府尼崎市」という表記がある。

手塚治虫のユーモアについてのコーナーでは、ちょうど今映画も上映中、東博でも仏像とコラボ展の「ブッダ」のシーンが出ていた。
奴隷階級の少年チャプラがなんとか世に出ようと思うのだが、それは無理だと少女に諭されるシーンがある。
その根拠が奴隷の印が足裏に押されているからなのだが、肝心のそのマークは手塚マンガおなじみの「ひょうたんつぎ」だった。
シリアスな状況でも、手塚にはそんなフッと笑わせてくれるセンスがある。
実際手塚「ブッダ」の死因はひょうたんつぎキノコを食べたからなのだった。
ブラックな笑いはあってもクスグリの少ない「MW」でも、検事がなかなかうまいイラストを描いてみせ、「実は俺は若い頃はマンガ家志望で、ビッグコミックにも投稿したことがあるのだ」と言う。
このあたり、やっぱり関西の人間らしい感性がある。

手塚の授業ノートを見た。所々に日本語が入るがドイツ語で病名やら治療法などが書かれている。
そういえば手塚治虫はなぜ医学部に通ったのだろう。
彼の曾祖父・手塚良仙までは医者だったが、父はたしかビジネスマンで、関西のアマチュアカメラマンとして、シャープな作品を発表している。
こんな今になって、わたしは「阪大生・手塚治虫 医師かマンガ家か?」という命題に惑わされている。

展覧会は6/30まで。

陶酔のパリ モンマルトル

伊丹市立美術館「陶酔のパリ モンマルトル」は楽しい展覧会だった。
まずこのチラシがいい。
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Le CHAT NOIR クロネコ大先生である。
随分前にある展覧会で見て「カワイイ~~」と思ったが、こうして眺めると堂々とした立派な大猫殿なのである。
カワイイ~どころではない。
チケット購入の際に、身につけているものにネコがおれば200円引きという嬉しい企画があった。普段からバッグ類は大方ネコ柄で統一しているが、今回はネコのイヤリングをつけて出かけた。
金色のネコ。前向き・後ろ向きのポーズ。手を合わせると、高村光太郎の「乙女の像」ネコ版になる。
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ミュシャ出現以前のパリ随一のポスター描きはジュール・シェレだった。
そのシェレの「ネコのデート」ポスターがあった。
白猫黒猫がどこかの屋根の上でランデブーしている。構図的にはマネの「ネコのランデブー」のマネかもしれないが、屋根の上にネコというのは古今東西の共通だ。
国芳はネコのお俊伝兵衛に「もお屋根の上では逢わねえぞ」と言わせてるし、萩原朔太郎の猫たちはデートではないが、屋根の上で鳴きながらこんなことを言った。
「・・・ここの主人は病気です」
関係ないが、エミール・クリストリッツァの映画「黒猫白猫」のカップルは雌が黒猫だった。

リヴィエールの影絵芝居を見た。
インドネシアのワヤンのモノクロ版のような感じで、亜鉛板で人物を拵えている。群衆などの影を見ると、ちょっとばかり切り絵の連続体にも見える。
その再現フィルムがあった。「聖アントワーヌの誘惑」・・・記憶があると思ったら、随分前に東京都写真美術館で少しばかり展示されていたのを見ていた。
フルカラーのシーンもある。天使たちが集まる場などは、ダーガーぽい感じ。

他に「ローランの歌」も影絵芝居になっている。シャルルマーニュ大帝の甥のローランがピレネーで敵と戦い、全滅する叙事詩。中学の頃はそんな物語詩が好きだったのに、今の今まで忘れきっていた。

リヴィエールがジャポニズムの信奉者なのは知っていたが、こうして彼の作品が連なると、パリがそのまま江戸の風景に置き換わっているのを感じる。
いやそれどころか、明治の東京風景にも見える。彼の描く青い夜は江戸時代の後のものだ。

「北斎と光琳に基づく」という副題のついた版画はフルカラーで、描線の多い人物画だった。何を手本にしたかはわからない。

ジョルジュ・メリエス「月世界旅行」上映を見る。昔の映画は妙にあっけらかんと面白いものが多い。特にSFにその傾向が強いのは、「空想科学」だからなのかもしれない。
月に着いてクレーター内に入ると巨大キノコのパラダイスで、そこに傘を刺したら笠もキノコ化する、というのも面白かった。映像のトリックも楽しい。

地下へ降りると、ロートレックの描くアリスティード・ブリュアンの油彩画があった。背中越しに表情も見える構図。
アンリ・ド・グルーのパステル画「ロイ・フラー」は巨大な腸のようにも多彩な蛇のようにも見えた。
実際にロイ・フラーの踊りを再現した映像が出ていた。
「グラナダの夕べ」
照明の美を楽しむ。

カフェ・シャノワールの影絵芝居セットがあった。額全体に猫たちの影がある。
影絵は象を引くもの。最後に「ぱおー」と象の吠える声がして終わり。

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他に画家の名も作品も知らないが、印象に残る絵を集める。
ルイ・ルグラン 赤毛のダンサー 少しばかりルノワールに似ている。
ジョルジュ・ボッティーニ バーにて、白い服の女 世紀末を感じさせる。
シャルル・ラベル 黒いキリスト ゴーギャン信奉者によるゴーギャン磔刑。
シャルル・ギュー 水路 ローマの松並木のような木々のうねりと、地を走る水路と。
ガストン・ラトゥーシュ 並木道 風の強い日、一人の女が道を急ぐ。
シャルル・アングラン アンリ コンテクレヨンで天使とりんごを。遠目からでないと見えない絵。

機嫌よく見て回れた展覧会だった。6/5で終了してしまったのが残念。

白鶴美術館「国宝経巻と弘法大師絵巻」

白鶴美術館春季展「国宝経巻と弘法大師絵巻」はたいへん良い内容だった。
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チラシだけでもそそられたが、そこには展示期間が三月~四月だったので諦めていた良品が何点かある。
わたしは白鶴美術館へはなるべくなら五月末~六月の、春季展の終末に行きたいと思う方だ。理由は、世に言う「極楽の余り風」が吹き渡る地、それが白鶴美術館だからだ。
下界から離れ、東洋の古美術に囲まれた空間で味わう喜びは、あまりに魅力的すぎる。
単に下界の暑熱から無縁でいられるから、というだけでなく、昭和初期の堅固にして優しい建物の内の、その静かな空間で天然の涼の中で時を過ごす、その贅沢さは得難いものだ。
だから惜しくともいくつもの名品を私は見逃さざるを得なかったのだ。

大師絵巻は十巻あった。行状記は生誕前の瑞夢から、死後の奇跡までを描いている。
本館までの長い廊下には古めかしくも優雅なガラスケースがあり、そこで既に展示を終えた行状記の幾つかの名シーンの摸本が出ていた。
童子と二人で空に字を書き、竜が出現して点を打って「画竜点睛」とか、そんなエピソード。空字を書くと、清滝川を越えて寺の扁額にその文字が現われたり・・・。

中では六巻以降のエピソードが展示されていた。
・郷里の讃岐の屏風岩で念ずる空海。彼を見守るのか、何なのか、烏天狗たちがうようよいる。そこへ釈迦たちが出現。空海、大いに喜ぶ。
・さる貴族の家で流行り病が勃発。空海に祈祷を頼むと、彼は多忙で出られず弟子を代わりに送る。弟子は師匠のグッズで念じたから、皆も全快。病鉢巻の婦人たち、碗で薬を飲む人々の描写がなかなかリアル。
・狩場明神との邂逅。白犬・黒犬を連れた猟師。
・稲荷誓約。稲束を持つ人(柴守長者)と出会い、彼が只者ではないことを知り東寺の門のところで山盛りご飯を出す空海。(詞書は赤飯とあるそうな。すると白蒸しか?)彼に伏見を守るヒトになるようお願いする。お稲荷さんの縁起。
・空海、いよいよ入定。死ぬ日時も自分から弟子たちに話す。座して入定。それをかねてより造成していた墓へ。五輪の塔。しかししばらくして見に行くと、生きたヒトのような様子がある。
・道長、高野山へ。拝し続けると、空海の廟が開き、衣が見えた。

空海は死んでいない、という根強い信仰がそこにある。絵も綺麗で面白い巻物だった。

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絵では他に仏画がいくつかあり、たいへん良かった。
・南北朝の吉祥天女像 浄瑠璃寺のそれと同系列と解説にある。宝冠から垂れ下がる瓔珞の美々しさ。眦の切れ上がった目ときつい面立ち。綺麗だった。
・文殊菩薩像 円内に坐す文殊は若い。この画像からはわからないが妙に白くて、明治に流行った妙な石版画のそれを思わせるような。ただしこの少年文殊はたいへん美貌。
・騎竜観音 小川破笠 工芸家の破笠の絵。竜は白竜で青みがかっている。丸い目がこちらを見ている。なんとなくノホホンとした味わいがある。

書は賢愚経が出ていた。チラシに出ていた分は展示換え。しかし本物が見れたのは嬉しい。骨交じりの荼毘紙に書かれた大きな文字。人気があったのもわかる。
大般涅槃経もある。
いずれも立派な楷書。わたしはしっかりした楷書が好きだ。

法隆寺から出た幡のカケラを見る。飛天の楽器演奏。眉の濃い飛天。真正面向き。
三人ばかりで合奏していた。

学芸員さんによる著書「その竜に肉球はあるか
その龍に肉球はあるか?―ささやかな日常感覚から見た古美術その龍に肉球はあるか?―ささやかな日常感覚から見た古美術
(2010/07)
山中 理

」の表紙絵に選ばれたのが、この掻き落しの竜。
確認すると、確かに肉球があった。ぷにぷにしている。

玄関入ってすぐ右側の、普段非公開の一室に狩野元信の四季花鳥図屏風の模本があった。
この部屋を見ることが出来たことだけでもとても嬉しい。

続いて別館で「羊からじゅうたん」を見る。六甲山牧場で羊の毛刈りと洗浄をするワークショップがあったそうな。
左側のアナトリアの絨毯は、左の柄が羊の群を象徴している。角で納得。
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ペルシャの絨毯は太守が鷹狩りに出て羊飼いに会うシーン。何故犬が縛られているのかがわからないが。
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春季展は6/5まで。

ルオーと風景

汐留ミュージアムで「ルオーと風景」展が開催されている。
このパナソニックの所蔵するルオー作品は、常々別室展示されているくらい愛されているのだが、その質は出光美術館と並び、都内屈指のレベルだと思う。
今回の展覧会は「日本初のルオーの風景画展」だそうだ。
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展覧会のチラシを見て、初期の頃の風景画はベルギーの象徴派に似ている、と感じた。
「人物のいる風景」
三日月より細い二日月が昇る空には月明かりだけでない光がある。
小暗い森は大きく広がるが、まだ闇はその木々の枝や葉を隠すには至っていない。
水面に自分の影が小さく差すのを眺めるようなヒトがいる。
そして二人の裸婦が優雅な手の遣い方をしつつ、水浴びをしている。
随分遠くからの眺めなので、誰の顔も判然とはしない。

ルオーはモローの生徒で、学校で彼から古典主義の授業を受けた。
モローは先生として実に立派な人で、多くの弟子を育てたが、誰の個性をも壊そうとはしなかった。だから弟子たちは誰も師匠の作風に似ず、僚友とも似ていない。

モローは「最初の教え」として古典主義の絵画を教授したが、その頃のモローの作品には不思議な品の良さを感じた。
「ゲッセマニ」もそうだった。キリストが捕らわれるゲッセマネの丘。静かな美しい絵だった。世界から音が消えてしまった夜。しかし確実に一つの響きが生きている。それは捕り手たちの足音、裏切り者の心臓の鼓動、不思議な歓喜と諦念と哀しみの混ざり合った音。
この絵にはそんな音がある。

ヴェルサイユを描いた風景画も興味深かった。
私は特に「噴水」がいい、と思った。この噴水を見ていると自分もまた観光している気になってくる。こんな風に見えるのかどうかは別としても。

だんだんと絵の具がゴワゴワしてくる。
風景の変容が激しくなる。
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実のところルオーのキリストを描いた作品群はニガテである。
わびしさが胸を締め付けるので、それがせつなくていやなのだ。
別にクリスチャンではないが、ルオーのキリストを見ていると、自分もまた迷える子羊で、しかも貧しい子どものようなココロモチになってくる。
誰にも頼れない、さみしい子どものような、そんな思いに駆られる。
だからブリヂストンに行って「郊外のキリスト」を見ると、誰にも言えないくらい物寂しい気持ちになる。
それが今、ここに来ていた。

わたしはルオーの「ユビュ親父」と「悪の華」はかなり好きだ。「ミセレーレ」もいい。
たぶん、ルオーの油彩がニガテなのだ。
作品が並ぶ壁を見歩きながらそう思った。

今回別室仕立てで子供用にわかりやすくしたルオーの王国というのがあり、それを面白く眺めた。こういう企画は楽しくていい。
7/3まで

6月の予定と前月の記録

早くも六月。
行ける・行けないは未定だけど「行きたい」展覧会を集めてます。

チェコ・アニメもうひとつの巨匠カレル・ゼマン展-松濤美術館6/14~7/24
美しき日本の原風景―川合玉堂・奥田元宋・東山魁夷― 山種美術館6/11~7/24
メイキング・オブ・東京スカイツリー 日本科学未来館 6/11~10/2
不滅のシンボル 鳳凰と獅子 サントリー美術館6/8~7/24
ワシントンナショナルギャラリー展 国立新美術館6/8~9/5
ラファエル前派からウィリアム・モリスへ 目黒区美術館6/4~7/14
破天荒の浮世絵師 歌川国芳 太田記念美術館 6/1~7/28
パウル・クレー ―おわらないアトリエ 東京国立近代美術館~7/31
近代日本の「洋画」展 野間記念館 ~7/18
映画パンフレットの世界 フィルムセンター ~9/04
ムットーニ ワールド からくりシアターⅡ 八王子市夢美術館~6/26
ジョセフ・クーデルカ 「プラハ1968」 東京都写真美術館 ~7/18
「写楽 役者は揃った。」東京国立博物館~6/12
華麗なる日本の輸出工芸〜世界を驚かせた精美の技〜たばこと塩の博物館~7/3
五百羅漢 幕末の絵師 狩野一信 江戸東京博物館 ~7/3
手塚治虫のブッダ展 東京国立博物館~6/26
花鳥の美 ―珠玉の日本・東洋美術 出光美術館 ~6/19
近代洋画と日本画展 泉屋分館 ~6/26
収蔵コレクション展「幻影の世界」長谷川町子美術館 ~6/26
世界中で愛されるリンドグレーンの絵本 世田谷文学館 ~6/26
森と芸術  東京都庭園美術館~7/3
日本陶磁名品展 やきもの、百花繚乱 静嘉堂文庫美術館~6/12
生誕130年 橋口五葉展  千葉市美術館6/14~7/31
魅惑のモダニスト 蕗谷虹児展 そごう美術館6/11~7/18
ワーグマンが見た海-洋の東西を結んだ画家-神奈川県立歴史博物館6/11~7/31
大横須賀と金沢 金沢文庫 6/9~7/31
生誕120年記念 長谷川潔展 横浜美術館~6/26
たまくすが見た横浜の157年 横浜開港資料館~7/24
増田三男 清爽の彫金―そして、富本憲吉 會津八一記念博物館~6/18+東京国立近代美術館工芸館~6/26
熊谷守一美術館~6/12
コレクション展 損保ジャパン美術館 6/4~7/3
愛の表情 金谷美術館 ~6/27

こちらからは関西。
絵葉書の美女たちにみる明治・大正浪漫 清水三年坂美術館~8/21
松園、松篁、淳之秘蔵のコレクション「上村三代が愛した画家」松伯美術館~7/24
没後100年 青木繁展 京都国立近代美術館~7/10
信仰と絵画 大和文華館 ~6/19
最後の役者絵師・名取春仙 東大阪市民文化センター ~6/26
海と水のものがたり―シニャック、福田平八郎から杉本博司まで―大阪市立近美(仮)~6/19
宝を護れ!~大正時代の保存プロジェクト~ 高野山霊宝館~7/10
陶酔のパリ・モンマルトル1880-1910~シャ・ノワールをめぐるキャバレー文化と芸術家たち~伊丹市立美術館 ~6/5
与謝野晶子と小林一三 逸翁美術館 ~6/12
ウメサオタダオ展―知的先覚者の軌跡 国立民族学博物館 ~6/14
阪大生・手塚治虫ー医師か?マンガ家か? 大阪大学総合学術博物館~6/30
にっぽんの客船 タイムトリップ 展INAX大阪6/4~8/18
懐石道具と浮世絵 香雪美術館 ~7/18 

金谷美術館は水曜休で、久里浜からフェリー乗って金谷港で降りると目の前らしい。
6/10~12でなく13の月曜までいることにするか・・・・・・・
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