美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

孫文と梅屋庄吉 100年前の中国と日本

「孫文と梅屋庄吉 100年前の中国と日本」
たいへん興味深い展覧会だった。
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学生の頃から孫文に関心がある。
政治的・思想的な関心ではなく、ただただ<歴史的人物>としての関心だったが。
丁度その頃に読んでいた本の影響がある。
森川久美、生島治郎、檀一雄、横山光輝。
彼らの著作のうちのある分野。
そしてその数年後には夢野久作も偏愛するようになる。

夢野の「犬神博士」には玄洋社の頭山満をモデルにした人物が終盤に登場する。
夢野の父の杉山茂丸は頭山との関係も深い。
その界隈の資料を読み始めると、あまりの面白さに止まらなくなった。

孫文で思い出すことが二つある。
一つは映画「宋家の三姉妹」、もう一つは十月十日の双十節。
映画を見る数年前に横浜の中華街に行ったのが、たまたま十月十日だった。
獅子舞が出て爆竹が鳴り響き、孫文の肖像写真が掲げられていた。
爆竹の硝煙のにおいに中毒して、2時間あまりフラフラと獅子舞の後を着いて歩いた。
わけのわからない愉楽に漂いながら、獅子舞の踊る様と、孫文の写真とを見ていた。

古写真を見る楽しみがある。
孫文と梅屋庄吉、というだけでなくこの展覧会には「100年前の中国と日本」という副題がある。

第一章 清朝の黄昏
小川一眞が1901年に伊東忠太と共に北京の紫禁城へ出かけ、大量に写した写真がこの東博にある。
去年その企画展を見て、たいへん感銘を受けた。
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ここにある「北京城写真」はそのときに見たものが多い。
前回の図録を開いてみると、懐かしい気持ちになる。
その企画展のときは、村上もとか「龍 RON」に紫禁城が活写されていたので、図録と「龍 RON」とを見比べたことを思い出す。
その際の感想はこちら
また、これは先月の永青文庫の展覧会チラシ。
小川の北京城の写真を用いている。
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セピア色の写真を眺めていると、実際に自分がその場にいて雑草の生えた庭に立っていたり、朽ちかけた柱にもたれていたり、もろくなった壁を背にしつつ、煤けて薄暗い天井の装飾を見上げているような気になる。
ありえない話なのだが、わたしは1920~1945年までの中国にいた・・・そう思いもする。

第二章 孫文と梅屋庄吉
梅屋庄吉の子孫の小坂文乃氏の所蔵アルバムや書類などが現れる。
梅屋庄吉はがんばって働いて巨万の富を得て、孫文の活動を支援した。
映画「宋家の三姉妹」で宋慶齢が孫文と結婚するシーンを思い出す。
二人の婚姻は宋家から猛反対されたが、日本で挙行されたのだった。二人を後押ししたのが庄吉の妻トクということを知る。
孫文直筆の書「同仁」、「賢母」と書かれた羽織などが、彼らの関係の深さを教える。

宋慶齢の書簡は英語だった。
映画の中でも、月見の夜に集まった三姉妹が英語で会話するシーンがあった。
同席していた蒋介石は英語がわからない。彼は激怒して三人をなじる。
そんなエピソードが蘇る。

時代と人間とを考える。
梅屋のアルバムに現れる人々を想う。
インドの志士ボース、宮崎滔天、犬養毅、先に挙げた頭山満などなど・・・
そこからまた彼らにかかわる別な人々を想う。
新宿中村屋、柳原白蓮、星一・・・
展示された資料からは様々な声が聞こえてくる。

浅草花やしきでの記念写真もいい。大正二年の花やしきはこうだったのか、と思いもする。
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この年はわたしの祖母が生まれた年だということを、不意に想う。
古写真は公的な事件と共に、特定の個人の追憶をも、後世に齎す力がある。
ノスタルジィに溺れながら、そのあたりを歩く。

そう、ノスタルジー。それに溺れすぎて、いよいよときめきがとまらなくなる。

梅屋庄吉は日活の創立者の一人だという話だった。日活も今年で百年になる。
明治45年の南極探検に日活のキャメラマンも同行する。
その映像が流れている。百年前のペンギンがいた。
百年前も百年後もこの種は生きていてくれた。
不思議な感動が胸にわいた。

第三章 幕末明治の日本
上野彦馬らの写真が並ぶ。
東京都写真美術館だけでなく、尼崎市民総合文化センターなどでも上野彦馬らの写真を見続けている。長崎大学付属図書館蔵の写真がなかなか面白い。
本場長崎だけでなく、浅草十二階や新橋停車場、横浜の風景などもある。
わたしの嗜好としては、実はもう少し後年のほうが好きな町並みが多い。
神戸あたりの写真などはやっぱり兵庫県立美術館などでも見ている。
見知った場所の古写真はひどく面白い。

第四章 近代中国の姿
亜東印画協会が1926~31年にかけて撮影した上海、香港、北京などの風景と人々のいる情景が展示されている。
これらもまた東博所蔵だというが、やはりいいものを無限に持っている、とつくづく感心する。
2002年に上海で出版された「消逝的上海老建筑」(原題のまま)にも同傾向の写真がたくさんある。わたしは自分の眼で見た上海より、この本の中の上海に惹かれている。

枠の中に閉ざされた光景は褪色し、動きを見せることはない。死んでゆくばかりなのだ。
しかしそうした写真にこそ深いときめきがある。
展示替えで出ていない写真は図録で眺める。
実物を見ず、図録で観ることに無念さを感じないのは、古写真ゆえの特性か。
そんなことを思いながら、そこに並べられた街角や人々の顔を見る。

第五章 万国写真帖
ロンドン、パリ、アムス、ブリュッセル、ベルリン、NY・・・
19世紀の西洋都市。絵画でも見慣れた都市風景がそこに展開する。
そしてステレオ写真の再現がされていて、それをのぞく。
だが残念なことにわたしの目はあんまり立体感を感じ取ってくれなかった。
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横山松三郎の壬申検査関係写真を見る。
これも一部を見ていたので、懐かしい心持になる。
こうなると「作品」として見ることは、わたしには不可能になってくる。
自分の眼が見た景色、そのもののように思えるのだ。
特に奈良や京都などを見るといよいよそんな気がする。
現在の同場所に遊んでいても、眼が意識が、過去を追っている。

たいへんわたしには面白い展覧会だった。
面白すぎる、といっても差し支えはない。
もうこの展覧会も9/4までだということが惜しいような気になる。
見ていたいものを多く見ることができ、写された人々を思う喜びに溺れた展覧会だった。

追記:神戸舞子の移情閣もまた孫文ゆかりの建物なので、今回この記事と共にその写真も挙げようと思っていたら、カメラの電池切れでタイムアップ。
また後日その記事を挙げようと思う。
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空海と密教美術展

東博まで「空海と密教美術展」を見に行ったが、地元の年長の知人友人たちには、このことは秘密だった。
東京で空海を、密教美術を見る、ということを言うに言えない状況にある。
「東寺でも高野山でも醍醐寺でも行ったらよろしいがな」
真顔でそう言われると「ハイ、そのとおりです」としか言いようがない。
関西の、しかも旧い娘(!)がわざわざ東京まで「地元の仏さん」を見に行くのは阿呆な行為だと思われている。

別に誰かに見られるわけでもなかろうが、わたしはそちらとは無縁な顔をして東博の本館へ入り、左へそぉっと曲がって、平成館をめざした。
金曜の夜間開館日、8/19の午後五時過ぎ、大雨の後の小雨の中、予感的中、いい具合の混み具合だった。

チラシを三種ばかり持っている。いちばん古いのはこちら。
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「来年夏、開催。」とある。裏は白。次に古いのは同じデザインに文字だけ変わって「今夏、開催。」となっていて、最下の開催日程欄の色合いが少し違うくらいだった。
それから見開き版チラシはこちら。
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「この夏、マンダラのパワーを浴びる。」とコピーがある。
そう、立体マンダラを体感できる構造になっていた。
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展覧会の音声案内は北大路欣也だった。
今ではすっかり犬のお父さんだが、彼は30年近い前に「空海」を演じていた。
わたしが覚えているのは航海中、嵐に襲われる船上で「風よ吹けーっ」と怒鳴っているシーン。CMか何かでここだけ観た。
友人は真言宗の学校に行ってたので、体育館で映画を見たと言っていた。

弘法大師行状絵詞の巻3を見る。渡海入唐図。船出するところ。これはたびたび東寺の展覧会のチラシに選ばれている。
実物を目の当たりにするのは初めてだが、その意味では馴染んだ一点。

今年は東寺や高野山に出かけたので、例年になく真言宗と接触してる。
また白鶴美術館でも「弘法大師行状記」を見ている。
いい予習になったと思う。

空海の書を見る。「聾瞽指帰」大き目の文字で綴られている。
立派な字なのは当然か、三筆だった。
好みかそうでないかは別問題として、立派な文字。
空海の文字のエピソードについては色々面白いものがあるが、そのことを挙げると他が書けなくなるのでパス。
わたしは逸話というものがとても好きなのだ。

大毘盧遮那経もあった。
大毘盧遮那・・・マハー・ヴァイローチャナの和訳。
この名称を見ると高橋睦郎「善の遍歴」を思い出す。

御請来目録 空海撰・最澄筆 空海が請来したものはあまりに多すぎる。立派なものから、尾鰭のついた伝説まで。

高野山のお宝。
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海賦蒔絵袈裟箱 平安時代の作。磨羯魚?とかそんなナゾな魚類ウオウオな波間。立派な意味があるんだろうが、それより「楽しい」柄に見える。
兜跋毘沙門天立像 東寺から。地天女の掌の上に立つ。両横には尼藍婆、毘藍婆が並ぶ。
毘藍婆を見るとすぐに「西遊妖猿伝」を思う。
とにかくそれ自体を見るだけではすまない。大抵何かしらほかの事を連想する。
独鈷杵を始めとする密教法具を見ると、荻野真「孔雀王」を思い出すし。
(あれは裏高野だからこの法具でOK)

さて清盛のアタマの血を使ったとか言う血曼荼羅・・・見に行く前日にちょっとしたトラブルがあったそうだが、見る私は知りません。
大きい曼荼羅だけど、やっぱり蒼古さが目に付きすぎて、絵が判別できなかった。
それにしても瀉血という行為は欧州でよく行われていたが、頭の血なぁ。
ちょっとばかりホホエンでしまったのが「四種護摩本尊並眷属図像」 鎌倉時代に宗実写す、というシロモノだが、どう見ても皆で足を伸ばすストレッチ体操してるようにしか見えなかった。

西大寺、醍醐寺などの図像を見る。
9世紀の帝釈天像、象の目がカマボコ形になっている。可愛い。
十天形像 これも宗実の写しもので足が長い。足フェチなのか?
そういえば河内の観心寺にも一度行こうと思いながら、遠さに負けて出かけたこともナイ。

虚空蔵さんも一部お出まし。このうちのどなたかかおいでですのさ。
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さぁいよいよ本日のメインステージ、仏像曼荼羅、立体曼荼羅の始まりですね~~~
東寺からお越し願うた佛佛方・・・
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普段はこんな感じ。

まず上の特設スタンド席から眺める。しかし見下ろすのは不遜なり、と思ってステージへ向かう。
ぐるぐるぐるぐる~グルコサミンではない、ぐるぐる回って仏たちを眺め回す。
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皆さん承和6年(839)誕生。

女子の皆さんを誘惑した帝釈天さんは確かにイケメンだが、東寺の薄暗い中で見たときのイメージが強いから、今回はそう何も感じない。
東寺で端奥にいた四羽のガチョウに乗った梵天さんをじっくり眺めるのがけっこう楽しい。
降三世明王とは目があった気がする。
一番ウケたのが、大威徳明王騎牛像。三対ずつの手足に顔だからなぁ。
さぞ重かろうに。
持国天、増長天が来ていたが、彼らより踏まれる邪鬼たちが印象的。

ところで今回のチケットは仏様方のバストアップばかりで、下で踏まれたり乗せたりしているどうぶつや邪鬼たちはカットされておるのですね。
今度はゼヒこやつら「働くどうぶつ・働く鬼たち」をクローズアップしてほしい。
きっと楽しい展覧会になると思う。
薬師寺展、阿修羅展、と仏像の新たな魅せ方を東博は教えてくれた。
わたしは満足している。
だから関西に帰って誰かに訊かれたらこう言おう。
「360度ぐるぐる見れたので、なかなかない角度からコンニチハしましたわ。うん、やっぱり見れてよかったですよ」
決してここでは信仰の対象ではないのだから、眺め倒しても罪にはなるまい。
展覧会は9/25まで。

関連記事は以下にございます。

東寺ハイカイ
白鶴美術館春季展「国宝経巻と弘法大師絵巻」
高野山

ブラティスラヴァ世界絵本原画展

うらわ美術館へ「ブラティスラヴァ絵本原画展」を見に行った。
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前回みたとき、イランの「黄金の翼の隼」にひどく惹かれたが、今回はそこまでのめりこむような作品には出会えなかった。
しかしそれでも心惹かれる作品はある。
そのうちのいくつかを挙げる。
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冒頭に現れたのはタシエスという作家の原画下絵などである。
下絵と共に彩色された原画もある。
骨太な線で、一見すると粗めの木版画のようにも見える。
「迷子のおさな子」を探す少女の物語が展開する。
キリスト教圏において「おさな子」とは特定の者を示す言葉である。
つまり少女は「おさな子」イエスを探して旅に出るのだ。
途中、顔のわからない女のヒトに少女は守られる。
その描写がいい。大きな女のヒトが車輪から少女をかばい込むのだが、深い力強さがある。
また、少女が大きな星の群が飛んでくるところへ立つシーンもいい。
そして最後に少女は自室にいる。可愛らしさはないが、真っ直ぐな力強さを感じさせる作品だった。

日本では智内兄助の「ぼくの生まれた音」があった。
智内さんの作品は2002年に毎日新聞で連載した宮尾登美子「蔵」の挿絵で馴染んだ。
独特の和の美に満ちた、不条理さも併せ持った美麗な世界だった。
その原画を見てかなり意外だったのは、コラージュを用いているとは思ってはいたが、まさかこんな大型オブジェまで!
驚きがあった。

ベラルーシのパーヴェル・タタールニコフ「アーサー王」は美麗な絵物語だった。
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わたしは子供の頃からアーサー王と円卓の騎士の物語が好きで、自分の持つ本もワイエスの優美な口絵の入ったものだった。
この絵もとても優美で、わたしのイメージを損なうことはない。
ラファエル前派もビアズリーも、「アーサー王の死」の物語を美しく描いている。
ここには5シーンが出ていた。
倒れるドラゴンと黒馬に乗る黒騎士、マーリンの魔法、王冠・甲冑・馬、旗を持つ王妃、円卓の騎士たち(黒人もいた)
絵はクリムトとクヌップフの間風。

さすがチェコ!とうなったのが、フランチシェク・スカーラ「ツィーレクとリーダの冒険」。人形を自分の住まう森に配置して撮影する。人形によるロケとセットでの映像をつないで絵本化する。
ツィーレクのリーダを探す物語。ドキドキする展開がある。

わたしは幼児の頃から物語性のある絵本や読み物を好んできたので、絵本に関してはどうしても、物語性のないもの・抽象的なもの・ナンセンスなものが受け入れられない・・・
(だから現在も抽象絵画や現代アートに眼が向かないのだ)

他によかったのは、2mを越すアコーディオン開きの絵本。左右から男女の身体が中央ページへ向かって伸びてゆく。そしてついに接触する。
タイトルは「愛が君を待ち望む」。イタリアのファビアン・ネグリン。
とてもステキなセンスだった。

日本からは他にスズキコージやささめやゆきの作品も出ていた。
あとはチェコの人形劇がたくさんたくさん・・・
それらの映像は、昨年この展覧会を開催した千葉市美術館のサイトで見ることができる。
こちら。
予想以上にいい展覧会だった。8/31まで。

あこがれのヴェネツィアン・グラス/もてなす悦び

ガラスの美を堪能する展覧会が東京で三つばかりあった。
ヴェネツィアガラスはサントリー、皇帝の愛したガラスは庭園美、ジャポニズムをモティーフにしたガラスと食器類を集めたものは三菱で楽しめた。
サントリーと三菱で見たものをまとめる。

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コーニング・ガラス美術館からの特別出品もあり、豪奢な展示だった。
もともとサントリー美術館は「用の美」を標榜して誕生した美術館だから、赤坂時代からステキな工芸品を見せてくれている。
ガラスといえば前回に和ガラスのいいのを見せてもらった記憶も新しい。
今回は「あこがれのヴェネツィアン・グラス」。
「時を超え、海を越えて」という副題も納得の歴史がある。
サントリー、石川県美、箱根ガラスの森、町田市博、北海道、長崎、仙台、などなど名だたるガラス工芸の名品を持つ美術館からの集結を思うだけで期待が高まる。

暗めの展示室にガラスの煌き。心臓の鼓動が高まってくる。
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最初にヴェネツィアン・グラスの古いものが並ぶ。
ヴェネツィア共和国だった時代に生まれたグラスがそこにある。
何もかもが艶かしく、そして軽やかに見える。
本当に綺麗だった。
エナメルに彩られたグラスは花をまとっているように見えた。
春の王冠、そんなイメージがわく。

アントニオ・ネーリ「ガラス製造術」という著書のおかげで世界各国にヴェネツィアガラスの技術が広がった。
流出したことで「ヴェネツィア様式」が確立した、というのも面白い話だ。

ネーデルラントのレースグラス・タンブラーが綺麗だった。16世紀の世界の状況を思いながら眺めると、また新しい面白味がある。
この繊細な彫りは神経に漣が寄せ返しするような味わいがある。

ドラゴンステム・ゴブレットに感心した。
用語に詳しくないのでステムというのが頚?のあたりのことだと気づくのにちょっと時間がかかった。
たくさんあったドラゴンステムのおかげで言葉の意味がだんだんと分かるようになる。
それも勉強の一つだ。
ドラゴンたちは少しばかり中国の竜に面差しが似ている。
(ドラゴンは竜とはまた別物)
ネーデルラントやドイツにその種類が多いのがまた興味深い。

ダイヤモンドポイント彫りのグラスがまた美麗だった。
こういうのを見ると、自分も工房で体験してみたいと思ったりする。
チチチチチチチチチという彫り音が聞こえてきそうだった。

日本にもヴェネツィアグラスが出土している。
八王子や大阪城、青葉城などから。
長崎や丸の内から出るのも納得。
「おお、これがギヤマンか」とか言いながら酒を飲んだヒトもいたろう。

ギヤマンとビイドロの違いはどっちかが国産ガラスの意味だったが、ちょっと忘れた。
ビードロは長崎のボッペンの別称でもあったか。
ギヤマンの鐘は仮面の忍者赤影が敵と攻防を繰り返したもの。
その程度の認識しかないが。

和のガラスも並んでいる。
藍色ちろり、ぎやまん彫りの文様つき脚付杯、本当に綺麗だった。
練上もあった。これを見ると古代のトンボ玉や現代陶芸の松井康成を思う。
不透明なガラスというものもキャンデーのようで面白い。

現代のヴェネツィアガラスの作家たちの仕事も並ぶ。
日本では藤田喬平の作品が好きだ。三嶋りつ恵のきらめく作品もあった。
三嶋さんの作品は京都の思文閣で見ている。
津雲むつみ「花衣 夢衣」にヴェネツィアングラスの職人になる青年の話がある。
工房の様子などがよく描かれていた。
そのことを思いながら展示を見て歩いた。
10/10まで。

三菱一号館の「もてなす悦び」展は8/21で終わってしまった。二度も行ったのに何も書いていない。反省している。
綺麗なものをいっぱい見せてもらったのに。
チケットもチラシも特殊な透かしを入れて、とても凝った作りだった。館内でもあちこちに食器の写真を貼って、楽しい気分を盛り上げてくれる。

チラシは二種類ほど手元にある。
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先行の方は「もてなす悦び」のロゴに食器やドレスが絡むのが可愛い。
とにかく素晴らしく可愛いものばかりを見た、と思う。

あさがおの間、としてティファニーなどの朝顔型のガラス製品が集まっているのがよかった。
ガラスの影が下に映るのも綺麗だった。
ガラス本体とその影の二つを同時に楽しめる。

ロイヤル・ウースター社の製品が悉く美麗だった。
会社は今や解散し建物はナショナルトラストの手にあるが、それにしても綺麗な作品ばかりではないか。
色も薄く、絵柄も繊細で、優美としか言いようがない。

廊下を歩くとゴーハム社の日本趣味ナイフセットがあった。金属部と柄の分の彫り物が後藤俊乗風にも見える。
小柄のような作り。

「芸術の日本」誌の表紙がぞろぞろと並ぶ。
浮世絵などを使っているが、確かにそそられる。
現代の我々も当時の外人と同じ感覚なのかもしれない。

色絵菊文皿や鉢が並ぶ。伊万里もあればウースター窯、ダービー窯もある。
よく出来ている。

やがて「大広間」ではたくさんの食卓が並び、そこには目をみはるばかりの光景が広がっていた。
すべてのテーブルが美しく装っていた。
もてなす悦び、それがここに設えられている。
ただただわくわくした。
ロイヤル・コペンハーゲン、ティファニー、ホワイティング、マイセン・・・
見て回るうちにめまいがしてきた。
ああ、わたしはこんな食卓に招かれる日があるだろうか。
ため息をつきながら部屋を離れた。
振り向けば、多くのご婦人方がわたしと同じような視線をあちこちに飛ばしているのが見えた。

ジャポニスムの趣味で作られた衣装などもあった。それを見るのも楽しかった。
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それにしても個々に欲しいものがありはしても、この「調和」を乱したくない、という気持ちがわいていた。
この取り合わせを考えた人々には感謝するばかりだ。
本当にいいものを見せてもらった。
ありがとう、三菱。

どうぶつだいすき 山種「日本画どうぶつえん」/京博「百獣の楽園」

今年の夏はどうぶつと仲良くなれる展覧会が多い。
山種美術館では「日本画どうぶつえん」、京博「百獣の楽園」、横須賀美術館もどうぶつがあふれている。
横須賀には行ってないのでそちらは知らないが、山種も京博もとても楽しかった。

まず山種。
どうぶつ園、鳥類園、水族園、昆虫園と四つの園を回れるようになっている。
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大好きな栖鳳の班猫がいた。(今は古径の猫が出ている。)
昔々京都市美術館で山種名品展が行われたとき、この猫に会えて嬉しかったことを今もすぐに思い出す。
白地にキジ柄の立派な猫。この猫にまつわるエピソードもいい。

土牛のシャム猫と戌はどちらもよく似ている。戌がシャム顔なのだった。

わんころがたくさんいた。
翠嶂、小虎、五雲らのわんこはみんな可愛い。

岩橋永遠の双狗は珍しいことにペキニーズだった。白い狗に赤い牡丹。吉祥をイメージしていたらしい。

うさぎがずらずらと現れる。
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森徹山、小虎、土牛、靫彦。今年は卯年なのでいよいよ態度のでかいウサ公ども。
絵から飛んで出てきそうな奴もいる。
多々志の波乗りウサギはサーファーではなく、謡曲「竹生島」。
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牛もいれば山羊もいて、猿やシロクマまでいた。
いいどうぶつえんだ。
ところでこの牛は古径の牛だが、彼は越後のヒトだから、小千谷の闘牛なのかな、と勝手に思っている。

鳥類も少なくない。
トリの絵でも黒い目つきの悪い叭叭鳥は好きだ。
大観はあのトリが好きなようでよく描いている。
また画題にいいのか、鳥ではほかにフクロウ・ミミズクをよく描いている。
私の手元にある絵はがきを見たら、フクロウのところに、大観を親にするミミズクたちがホーホーと並んでいた。
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つくづくみみずく・ふくろうが可愛い。
大観も華楊も賢そうなみみずくを描いている。
ミミズクは耳が立つもの、フクロウは頭の丸いもの。
華楊のフクロウは入り組んだ木の根本にいる。
青蓮院のそれではなく北野天満宮の木の根っこらしい。

おいしそうな鯛がある。栖鳳が色紙に描いたもの。
こういう立派な真鯛を見ると、やっぱり栖鳳は料亭の息子やなあと感じるのだった。
料理屋の跡を継ぐのがいやで泣いた子であっても、やっぱり家の子だけに鯛はおいしそうなのを選んでいる。

神泉 緋鯉 じわ~と来ている。いかにも神泉な鯉。

是真の漆絵を久しぶりに見た。
墨林筆哥 カエルの琵琶法師の絵が出ていた。三井や京都で見て以来の再会。嬉しかった。

タイミングの問題で炎舞は見れなかったが、久しぶりに御舟の昆虫二題を見た。
この絵を見ると茅場町時代のことを思い出す。
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ところで実際に大観と関雪がどうぶつ好きの二大トップのようで、いろんなどうぶつたちを飼っていたそうだ。
今、鳥なら上村淳之さんが日本一だろう・・・日本にここしかいない鳥まで飼われている。

山種のどうぶつえんは9/11まで。

続いて京博「百獣の楽園」。
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会場入ってすぐにゾウやラクダがいた。
ラクダは唐三彩がメインで、ゾウは絵や工芸品。
普賢菩薩の乗り物として働くゾウさん。
老子を乗せてる図を見たのは初めて。
それは老子がインドに行って釈迦になるという説話からの図らしい。
それをよんで「孔子暗黒伝」の冒頭を思い出した。
そうか、ここからの。
新しい発見があるのは何につけ嬉しいものだ。

鉄斎の白ゾウ図もあるが、さる先人の言葉を持ち出してそれを賛にするのはいいけど、なんでそうワルグチをモロに書くかなぁ、このヒトは。
イヤなら描くなよと思いつつ。しかし儒者らしくもあるかと生暖かな眼で見守る。

小川破笠のゾウさんは爪のあたりがリアル。実物を見たという話もある。吉宗の頃にゾウさんが来たからなぁ。
「江戸むらさき特急」では吉宗が暴れん坊パワー全開でゾウに戦いを挑んで、踏まれてた。

猿で有名な狙仙が三種のどうぶつをふすまに描いている。
ブヒブヒなイノシシ、お得意の猿に鹿。ほのぼのしてていいなぁ。
なごやかモードなので、お子さん向けワークシートに、この絵にフキダシをつけよう!というのがあった。

サルカニ図が二点。中国の丸顔のサルはかにを不思議そうに見るだけ、ニホンザルはにくったらしいツラツキでカニに馬乗り。若冲版「サルカニ合戦」発端図。

丸顔モンキーズは撫でてみたくなる。

さてわんことにゃんこです。
びっくりしたのが佐久間将監像。探幽の絵に羅山や江月宗玩の賛が入ってるけど、このおじいさん、三毛猫だっこしてる肖像画なのだった。
無類の猫好きという話。これはこれでいいなぁ。また猫がなかなかきつい顔つきなのがいい。尻尾は長く佐久間さんの腕の下にたれている。

暁斎の大山猫にも3年ぶりの再会。草むらからドーン。
このトボケた顔がまた可愛い。
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嵯峨人形のわんこさんはチラシでいうと京都国立博物館の「立博」の上の、温和な顔にモンモンのようなものが入ったシロさん。このわんこは以前京博の会員証にも顔を出していた。首と尻尾が動くことは今回初めて知った。

若冲の百犬図を今回初めて勘定してみた。わたしの目には59わんこだったが、隣の人は57だと言っていた。本当のところはわからない。

どうぶつごとにコーナーを分けてるから、噛み合うこともない。

芦雪の朝顔にカエルの襖、朝顔の蔓どこまで延びるねん、とカエルたちも唖然としている模様。

縄文土器があった。これが三角頭のマムシをイメージした装飾付き。マムシは古代においては聖獣。聖なる狂気をその牙に噛まれたものに与える。
マムシをモティーフにした土器は主に信州、甲州、八王子から発見されている。

ウマやシカのコーナーへ。三彩馬だけでなく、高山寺の馬像がリアルでかわいい。
埴輪の馬も来ている。このあたりの馬はサラブレッドとは違い、日本古来の馬の造形を見せているので、足の太さが可愛い。

シカは春日のお使い図だけでなく、絵になる奴なので、名だたる絵師が名作を残している。
応挙のシカは屏風裏に紅葉を散らすニクい演出を見せている。

永田友治の鹿の蒔絵料紙箱の造形を見ていると、光悦作と伝わる笛筒によく似ていると思う。もしかするとそれを本歌取りしたのかもしれない。
そしてここにも高山寺のリアル鹿がいて、眼にガラス玉を嵌め込まれていた。

牛はやっぱり十牛図が有名で、ここにもそんなのがいるし、宗達の牛もいる。
一頭だけコッテ牛なやつもいるが、これはアタマを下げているから。
以前橿原の今井町に遊びに行ったとき、馬と牛の頚木の上下があり、理由を教わった。
牛は頭を下げるとコーフンし、馬は顔を上げるといななくから。
勇午ならぬ勇牛にせぬようにアタマをさげてつながないといけない。

鳥は例によって若冲センセの屏風絵が並ぶので、それはパス。
明治の打掛は百鳥文様で、地は緑。鮮やか過ぎてびっくりした。
百花ならわたしは喜ぶけど百鳥か・・・。そういえば以前友人がイタリア土産だと、無限猫文様のスカーフをくれたなぁ。

虎とライオン。思えば虎はアムール虎やインドの虎など流域も広いが(しかし絶滅危惧種だ)、ライオンはアフリカだけだった。
ところが獅子になると世界各国に現れるから、面白い。

文殊菩薩を乗せる獅子でコワモテなのが二枚出ていた。
こんなのより工芸品の獅子のほうが可愛い。

虎は芦雪のと光琳のがいる。どちらも人気者の虎ちゃん。
去年は寅年だったから、年初に高麗美術館、秋に名古屋城で虎が大集合していて、とても楽しかったことを思い出す。
某タイガースは今年もダメそう。

シャープなヒョウの造形品は半世紀前の銀製品。かっこよかった。今回の展示で一番若い奴です。

リアル動物園で言えば次は「ふれあいコーナー」か。

ウサギも愛されてるなぁ。絵も工芸品も無限にある。
道八のやきものはどっしりして見えるが、これは蓋なので見掛けほど重くはないらしい。

リスのモティーフも多い。螺鈿のブドウにリスは本当に可愛いものが多い。
動きのあるリス図もあった。
リスといえばわたしはフランスの「リスのゲルランゲ」シリーズが好きだった。
堀内誠一の訳と絵。

嬉しいのは大統院所蔵の赤絵十二支四神鏡文皿(奥田頴川)が出ていたこと。
これは以前樂美術館と大統院でも見たが、今回図録に綺麗な画像があるので、本当に嬉しい。わたしの持ってる画像はイマイチなのだった。

他に涅槃図、星曼荼羅、十二類絵巻などがあり、楽しく眺めた。
龍やカルラもあった。
また北斎の狐狸図があったが、これは確か旧萬野コレクションだったような・・・
ちょっとばかり哀しい。

こういう展覧会はワイワイガヤガヤとやかましいが、それはそれでいいと思う。
たまにはにぎやかなのもいい。
見られるどうぶつと、見ているヒトも、あんまり大差はないようだし。
京博の百獣の楽園は今日までだった。

おまけ。2002年の京都市美術館「画家たちの動物園」。
栖鳳の教育の一つとして、近所の動物園での写生があった。
実に楽しい展覧会だったことを思い出す。
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歌川芳艶 展

太田浮世絵記念美術館の芳艶展は、やっぱり太田でないと出来ない展覧会だと思った。
国芳の直弟子で今日まで名を知られているのは、芳年と芳幾、それから幼年期にちょっとばかり門にいた暁斎くらいで、あとは知るヒトぞ知るという存在ばかりだった。
ただ国芳の命脈は今日まで永らえている。
芳年の弟子に水野年方がいて、彼の門には鏑木清方がいる。
清方の弟子も優秀な人々がいて、伊東深水、山川秀峰、寺嶋紫明を頂点に今日まで伝統がつながっている。
たとえば深水門下には岩田専太郎などがいるわけだ。
随分昔、この太田で「国芳とその一門」展があった。
国芳に熱狂しつつ、実際の作品を目の当たりに出来ない状況にあった頃の展覧会である。
ひどく興奮した。
そのときの図録が手元にあるが、表紙は国芳とその一門が祭りに繰り出す賑やかな絵である。例によって国芳の顔は出ていない。
その一行の中に芳艶もいる、らしい。
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芳艶の作品には顕著な傾向があった。
大蛇、直線稲光、八世団十郎をモデルにしたらしき児雷也、どこかに出ていれば、それだけで盛り上がる画面構成。
彼らがいない絵はやや精彩を欠いている。

師匠の国芳は武者絵で大メジャーになり、戯画狂画でいよいよ人々に愛された。
風景画もよくしたし、物語絵も面白い。美人画も同時代の英泉のような頽廃さはないが、健康そうな明るい美人が多い。
それになにより猫の絵がいい。それを見ているだけで楽しくて仕方ない。

芳艶は師匠の仕事の内、武者絵を自分の本分にしたらしい。
稗史の分野の武者絵は伝奇性が高く、面白いものが多い。
先にあげた三点の特性はともかく、師匠と題材・構図がかぶるものもいくつかあったように思う。

八犬伝。
犬井(犬江)親兵衛 狸の化けた妙椿尼を倒す。周囲にはピンク色の花びらが舞い散っている。欄干の前で争う男女。妙に嬉しそうな顔に見える妙椿。親兵衛の隈取はピンク。
どことなく色っぽい絵にも思える。

犬村大角 赤城山の大猫と戦う。巻物が開いてくるくると巻きつきながら一面に。
彼は行者の修行もしているだけに、剣だけが武器ではないのだった。

戯画の八犬伝もある。
本歌を知らねば楽しめないかもしれないが。
こんなニコニコ系なら、もしかすると八犬士も生まれてこないかもしれない・・・
昔、八犬伝の春本を読んだことがある。ちょっとそれを思い出した。

一枚絵では川中島の勇者たちの連作が並ぶ。いずれも安政4~5年の作。
ちょっと無骨すぎて面白味にかける。

やっぱり伝奇性の高い物語絵のほうが面白い。

雲龍九郎 ロンパリの目つきの龍に乗って印を結ぶ男。百日鬘が大きい。
楠多門丸 狸の化けた大入道と戦う、前髪・振袖姿の少年。とてもたくましい。
しらいや 児雷也。巨大な砲筒を抱えて大蛇とにらみ合う。綺麗な男・・・
白菊丸  龍のとぐろの中に立ち、右手で髑髏を差し上げる。物語が知りたくなる。

今ではどんな話かも大方知られなくなったものが、善知鳥安方忠義伝だと思う。
昔は読み物や芝居などでもよく掛けられていたから皆詳しかったろうが、解説を読むだけでは面白さはわからない。
江戸の読み物の面白さをもっともっと現代に広めたい、と時々思う。
霊となる安方と妻・錦木が見守る将門の遺児たち。良門と滝夜叉姫と。
もっと見てみたい・・・

源平ものもある。ただし平家滅亡後のものが多い。碇知盛、亡者となった平家一門。
亡霊となった知盛の顔が半身替りの色で表現されている。エイも泳ぐ海底。

源家が棟梁になってからのトピックスはやはり曾我兄弟の物語。
子供遊富士巻狩図 これは楽しそうに描かれている。

政権交代以前に源を名乗る有名人のエピソードでは、やはり頼光の話が一番めだつ。
武者絵にもなりやすいエピソードが多い。
金太郎発見もその一つ。色んなバージョンがあった。
また大江山の鬼退治も勇壮な作品で、鬼首だけ飛ぶのが迫力満点。

珍しいものを見た。
美男の朝比奈の図と、BOY meet a GIRLな悪七兵衛景清と阿古屋。
前者は幻獣たるワニザメに掴まる姿。チカラギッシュないい絵。
後者は秋、紅葉の舞い散る中での出会い。揉み上げの濃い景清・・・風景がきれい。

本朝武者鏡シリーズが面白い。
滝夜叉 巻物を咥えたまま、御簾を片手で上げる。長刀を手にして男を踏みしめる。
わたしは滝夜叉のファンなので、こんな構図にゾクゾクする。三世田之助で見てみたい、とつくづく思った。いや、むしろ坂東しうかの方がふさわしいか。

南場六郎 乙姫との約定。調査を命じた重盛に報告ができない。竜宮のことは口にしてはならぬので。

戯画では道化忠臣蔵がある。
師匠には蝦蟇手本忠臣蔵やひょうきんぐらなど色々あるが、弟子はそんなにふざけられないらしい。
それでも笑えるシーンがいくつか。
九段目 山科閑居の場。本来は力弥につれなくされて嘆き悲しむ小浪、という設定が逆転し、いちゃつく二人。それを小浪の父・本蔵が見てムカムカする図。
十段目 天川屋の場。大義のための離縁に嘆く女房と無言を貫く儀兵衛。ここでは女房が儀兵衛をぶちのめしている。

どうけじごくごくらくのず 落語「じごくのそうべえ」などのハナシを描いている。地獄に落ちても山伏の法力で次々と地獄を撃破する図。正成も武蔵もズンズンズンと押し進む。
こんなことがまかり通っては、今なら「地獄の冷徹」鬼灯さんが出動して、一同を薙ぎ倒すかもしれない。

児雷也の絵がどれもこれもかっこいい。芳艶のいた時代には美男で名高い八世団十郎が児雷也役者だったから、どれもこれも綺麗な顔をしている。
見ているだけで嬉しくなる絵が多い。

有意義な展覧会だった。面白かった。
図録が完売したというのもいい話だ。
これからもこうした埋もれた絵師を掘り起こしてほしい。
展覧会は今日までだった。

明清 陶磁の名品

中国のやきものといえば、青花(染付)や南宋の曜変天目などを特に偏愛しているが、近年はそこに明代の赤絵や清朝の粉彩・豆彩も仲間入りしている。
新しく好きな仲間に入っただけに、ときめきの度合いも高い。

出光美術館の「明清 陶磁の名品」は二度ばかり愉しんだが、その都度あたらしい喜びに満たされ、館を出てからも記憶を反芻してはいい心持になっていた。
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以前大阪に出光美術館があった頃、「明清の民窯赤絵」という展覧会があった。
今回は「官窯の洗練、民窯の創造」という副題どおり、官民のそれぞれの名品が列んでいる。

明の文化の爛熟ぶりには深い興味がある。
以前から思うことだが、唐代、宋代、明代そして清朝は、文化の頂点を極めた<時代>を内に含んでいる。。
それだからこそ、政治的に色々と問題も抱えてはいるのだが。
偏見だろうが、唐、宋、明、清の文化の爛熟期は政治の疲弊度が高い時期に重なっているように思える。

チラシの右側には青花龍文壷が大きく場を占めている。
明・清という文字の間の「・」に瑞雲をかけるのもいい。
最近の出光美術館のチラシのロゴはさりげなく、可愛い。

白磁の壷がある。洪武帝の時代に景徳鎮官窯で生まれた。丸く大大とした造りがいい。
ほぼ同時代に朝鮮で生まれている白磁の大壷に好きなものがあるが、こちら同様やはり丸々大々としている。不思議な安心感を持つ白磁の壷。
観ているだけで気持ちが落ち着いてくる。
愛でてみたいという感情はわかないが、挨拶したくなる存在。

馬上杯が二つ並ぶ。紅白の色違いに、雲竜文が見込みに刻まれている。
永楽帝の頃の宮廷にあったようだ。実際に使われたのかどうかは知らない。
どちらも薄い口縁がシャープで、そのくせ内側のほりものは艶かしい。
花の絵でもないのに、何故こんなにも艶かしいのか。
わたしはたぶん、この二つを双子の少女のように観ているに違いない。
雪白と花紅、そんな名で呼びながらこの双子を眺める。
秘かな笑い声が聞こえてきそうな気がして、さらにじっとみつめた。
みつめればみつめるほど、白の底に浮かぶはずの線が見えなくなっていった・・・

永楽帝の頃の青花がたいへん好ましい。
染付が好きなので、この時代の色の濃い青花を見ると、図柄がどうのというのを措いて、ただただ「綺麗綺麗綺麗」と唱えるばかりなのだ。
特に大柄な皿がいい。丸々した松や口を開けるフナ、きりっとした小禽など、見栄えのする絵柄も多い。
以前の展覧会でこの鳥カップルはグッズにもなっている。

梅瓶がある。首は短く、肩の張った、胸幅の厚い、腰へ至る線の無駄のない瓶である。
その白い膚に美しく濃い青が張り巡らされている。
牡丹唐草文様だが、わたしはこれを見たとき、梁山泊の好漢・九紋龍の史進を想った。
彼の身体には九頭の龍が刻まれている。
若者の「白くふくよかな」一身を画絹に仕立てて、壮麗な刺青を施す・・・
本人の意思でそのことが行われたのではなく、彼の父たる史太公の意図によるものだった。
わたしは中国の染付のうち、梅瓶のそれを観ると、必ずこのことを想う。
そしてそのことは口にせず、自分の眼で以って、白く青い膚を、思うさま撫で続けるのだった。
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青花アラベスク文扁壷は外国向けのものらしいが、その中心に二つの巴文があることが、なにやら象徴的にも思えた。他のアラベスク文にはそれはみつけられなかった。

青銅器が好きである。饕餮文が入っているものなど、それだけでときめく。
後世にも生きたのは形ばかりである。
たまに古代カヴァーものを見ると、せつなくなる。
しかし「尊」形のものはそうそう侘しい気持ちにもならない。
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黄色と緑の取り合わせの明るい美しさ。龍の可愛い顔つき。愛玩したい一品。

清朝の官窯で生まれた陶磁を見る。
粉彩の繊細巧緻さにときめく。
素朴な絵柄も可愛いが、この粉彩の美麗さはまた格別なものだった。

お野菜を描いたお皿。ナスに柿にブドウ・・・秋のたよりを皿に載せたような。
蝶々のお碗。円の中に蝶々が次々と並べられている。多くの種の蝶たち。触れれば銀の鱗分が指先につく、そんな文様。

十二ヶ月花卉文杯は日本だと煎茶のお碗になるのだろうか。
薄い薄い膚。透き通る光。描かれた植物と詩句。家に並べたいのはこんなシリーズだった。

豆彩宝相華唐草文杯 京都の宝鏡寺の近くに好きなお店があるが、そこのお湯飲みがこれとよく似ている。向こうの方が背が高い。無論雍正帝時代のオリジナルなどではなく、現代に作られたお湯のみなのだが、慕わしい心持になる。
「わたしはあなたの膚の薄さを知っているのです」
そう囁きたくなる欲望を抑えながら、可憐な膚絵を眺めていた。

粉彩桃花文瓶 絵柄の華麗さもさることながら、それを活かす形がまた艶かしい。
豆彩や青花ではそうは思わないのだが、やはりこの粉彩を見ると、「新しい時代」というものを感じるのだった。技法そのものは七宝焼きのそれから来ているそうだが、この絵柄はそのまま現代に直通しているような感がある。
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藍釉暗花龍文皿 「綺麗」という文字がこれほど合うものは少ない。
藍色の深さ、そこに細い線描が入り込み、光の加減で浮かび上がり、また闇に沈む。
暗という文字には「隠す」の意味も含まれている。
秘めているもの・隠すべきものを見る悦びは深い・・・
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ハンス・コパーの作品群があるのか、と思った。
茶葉末釉・・・コパーの作りそうな、喜びそうな、陶磁。

百鹿文の尊があった。4種類の柄の鹿がわんさかわんさか。
めでたい文様なので愛された。これとは形も絵も違うが、静嘉堂にも百鹿文の作品がある。
ロクなもんじゃねえ、シカとするぜ、MYディア 鹿たち。
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官民競って名品を次々送り出した、そんな作品も集まっている。
五彩龍文皿 羽つきドラゴン。ファンキーな顔つきである。龍ではなくドラゴン、これで足があればワイバーン・・・可愛い。
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五彩蓮池水禽文皿 ああ、この頃はこんな五彩の愛らしいものが好きだ・・・池にはジュンサイなどもありそうだ。和む一枚。

金襴手孔雀文仙蓋瓶 赤地に金の孔雀・・・ホイッスラーを思い出す。
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五彩の名品も多く出ている。金魚鉢に欲しいものもある。ここに小さな芭蕉やバナナの木を植えるのもいい、と思うものもあった。

素三彩花卉文方瓶 絵柄を見て、昭和40年代の官能的な挿絵・口絵を描くある作家を思い出した。昭和のエロティシズム。それを感じさせる図柄だった。
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最後にはオリーブグリーンの青磁、法花も現れて、楽しい楽しい心持が更に大きくなった。
それにしてもなんと官能的な展示品だったことか。
思い出しても熱いため息がもれるばかりだった。

展覧会は9/4まで。

ホテルオークラ アートコレクション2011

夏恒例のホテルオークラ「アートコレクション」に出かけた。
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開催初年からずっと皆勤してたが、去年ちょっとザセツした。
しかしほぼ毎年おじゃましているので、それはそれでいいか。
わたしは基本的に近代日本画と近代日本洋画が好きなので、このアートコレクションに現れる作品群には、深い親愛の情を寄せている。

初めに清方の2点がある。
襟白粉 奥さんがとったたわむれのポーズを描いたもので、清方作品の中でも艶やかさの濃く漂うもの。
これは昭和初期の朝日新聞のカレンダー絵にも使われた。
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曲亭馬琴 清方初期の大作だが、これは鑑査に落ちたもの。くどすぎたのが原因と言うことだが、確かにその傾向はあるが、清方の文芸への愛を思えば、納得は出来る。ただしやっぱり暑苦しい。

遙邨 山雪来る クマの親子の冬眠する穴は雪山。遙邨のほのぼのとした柔らか味がよく出ていて、好きな作品。
可愛く、ちょっぴりせつなさやペーソスの漂うどうぶつたちは、遙邨の目や手からしか生まれない。

大観 夜桜 ああ、久しぶり。毎回出てるときに見に行かないので、何年ぶりかの再会。
以前大倉集古館に入館した直後、見知らぬ親子が受付で「夜桜」が見たいと詰め寄るところに出くわしてしまった。
そのときの真剣さを思い出しながら改めて屏風の前に立った。
夏に見ても、やはり夜桜は綺麗なままだった。しかしこちらをそそるようなことは、この絵はしないでいる・・・
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このように以前から好きな絵がたくさん出ていた。
とは言うても、わたしは「またか」とは思わない。
「コンニチハ」と旧知に会ったキモチで絵に目礼し、くつろいで眺めている。
それがまた優しい心持にさせてくれる。

杉山寧の、イオニア柱の上で子育てするコウノトリ、山本丘人の、藤棚の下のテラスでくつろぐ女、奥田元宋の赤い湖・・・
みんな馴染みのステキな絵ばかり。
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高山辰雄も2点ばかりある。
朝の星 左側に座してくつろぐ若い女がいて、その手に鳩がいる。右側に真っすぐな線が走り、それが星だとやがて気づく。
鳩は彼の絵によく現れる。好きなのは好きなのだろうが、元は徽宗皇帝の絵からの着想かもしれず、歳月が過ぎて、それがとうとう辰雄の絵の常連キャラになったように思う。
だから院体派風に牡丹を描くと、大抵は鳩が憩う。そんな絵の前でこちらも静かな心持になる。

初めて見たものでありながらも、懐かしい感じのする絵も多い。
栖鳳 涼蔭 サルたちが木でくつろいでいる。少しばかり遊んでもいる。猿には猿の楽しみがある。

翠嶂 月鴎図 縦長画面の左にずらずらとカモメたちが居並ぶ。一羽だけ右前に出て、仲間を見返っている。「さぁ行こう」とでも言いだけに。

龍子 鯉 六曲一双の大画面、屏風いっぱいにコイコイコイ・・・波のうねりまで感じるほどの図。セピア色の画面構成なので、一見すると明治の絵のようにも見えるが、昭和18年の作品だった。

桂月 八哥鳥 色んな呼び名があるが、この鳥が実在するとは実は知らなかったりする。画題としてとても好きな鳥。目つきの悪さがいい。ここでは松に止まっているが、その松には桜も絡む。日本の鳥になったのか、キミは。

神泉 椿 ああ、本当に神泉の静謐な世界。椿は茎だけは伸びているが花は首から左へ曲がっている。何故そんな曲がり方をしてみせるのか・・・ 「椿」ということであいおい損保所蔵。あいおい損保の「椿コレクション」もなかなか大きな展覧会がない・・・

遊亀 若い人 昭和30年代の若い女。キリリッとした顔つきでこちらを見据えている。手にはその当時流行した植物で拵えた東南アジア風な団扇。

華楊 春雪 雪に埋もれる赤い椿・・・こうした絵を見るだけで幸せな心持になる。椿のよい絵はそれだけでわたしを和ませる。

守屋多々志 胡姫 インドあたりのイメージなのか、姫と侍女らしき女二人の姿が描かれている。靴を履かせようとする。その横顔の美しさ。彼の画業を振り返る機会をもらいたい。

久しぶりに見る絵もあった。
蓬春 夏の印象 鮮烈な印象の残る作品。麦藁帽子が目を引き付ける。キュビズムをもっと細かに裁断したような、可愛い可愛いチェック柄。色の合わせ方がいい。鮮烈なモザイク帽子。そしてキュッとした貝殻がある。ああ、夏。いい気持ちのする夏。嬉しい、キモチのいい、素晴らしい絵。モダンな精神。シュールなセンスは決して古びない。
この貝殻を見て、2,3年前にここで展示された貝殻まみれの絵を思い出した。あれは忘れられない絵だった。
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又造 牡丹 金箔地に黒白の牡丹が咲き誇っている。墨絵の美を堪能する。この豪奢さは又造さんの世界でしか見られない。

明治 球 ヒゲの殿下がビリヤードする図。チェック柄のシャツと髪とヒゲの黒が画面構成を理知的なものにする。随分前の橋本明治展で見て以来。
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不矩さんのインド風景も2点あった。インドの土、風、温度・・・そんなものがリアルに掌に感じられてしまう。ふっとその中に佇みたく思う。

初めて見た絵で、絵よりもほかの事に目がいったものがある。
大観 鸜△ くよく、と読むらしい。「大正15年 臣横山秀麿」とサインがある。作品は宮内庁三の丸所蔵。
天皇家へ献納するために描かれたのだろう、だからサインに「臣」とあるのだ。
大観には明治の書生っぽさが生涯抜けなかった、と戸板康二は「ぜいたく列伝」に書いている。

福田平八郎 竹 緑、黄色、オレンジの三本の竹。いかにも優しい色めの竹。堂々としている竹。
これも好きな絵。

りんご ・・・三つの黒いリンゴ。重い・・・

安田 吾妻はや ヤマトタケルが亡き妻・弟橘姫を想って歌を詠む。白い富士山を右手にして騎乗するヤマトタケル。川崎市民ミュージアムの所蔵品にも安田の描くヤマトタケルが何点もあった。

蓬春 木瓜 白の綺麗な花。少しばかり薄紅の木瓜もある。やはり花の絵はいい。

神泉の「菊」に驚いた。すっきりしている。背景も何もない。一瞬若い頃の作品かと思ったが、亡くなる11年前の作だから作風の変化ではなく、あえてこのように描いたのだろうと思う。理由はわからない。しかしなにかしら鮮烈なイメージがこの菊にはある。

青邨 越の国燃える水献上 青邨には時折こうした絵巻風な作品があるが、どれも皆明るいにぎやかさがみなぎっている。淡彩がいよいよ気分を朗らかにさせてくれる。
絵では「燃え水」を献上する明るい表情の人々と、眺める民衆が描かれている。手を合わせて拝む人もいる。青邨の一面を見る思いがして、なかなか楽しい。

次に洋画を見る。
今回、公園協会所蔵の作品が色々とでていた。
公園協会所蔵品は、ほぼ風景画で占められている。
武二、三郎助らの風景画をじっくり眺める。

和田英作 カーネーション ただ綺麗と言うだけでないリアルさがあった。花が呼吸している。高麗の瓶に活けられたカーネーション。それを見るだけでもいい。

梅原の桜島、安井の花、鹿之助の運河。
いつもいつもありがとう。

林武 憩える踊り子 赤の目立つ絵。白地に細かい花柄のキャミソールを着た若い女がいすに足を投げ出している。
いかにも林らしい大胆な色合わせと塗り方とがいい。
以前回顧展で林の魅力にぶつかって「おお!」となったが、今もこうして胸にドンとくる。

小磯の「横向裸婦」は没後しばらくしてからの回顧展でチラシに選ばれている。懐かしい。
ほかにも群像図があった。

牛島 晴日 五本の木が等間隔に並び、もこもこと繁っている。雲のようにも見え、一つの塊にも思える。
その下の細い幹の隙間にベンチが並び、恋人たちや家族がいる。静謐でほんわかした空気がある。

伊藤清永の裸婦とここで会えるとは思わなかった。全身像の映る鏡に向かって口紅をぬる女。出石の記念館だったかで見ている。

最後に棟方志功の板画を見る。
晴れやかな午後の野点。花が舞い散る中、美人がそこにいる。「よき人のよき衣つけて寄りつどい 都の嵯峨の花ざかりかな」 和歌の位置もよく、明るい心持ちになる一枚だった。

毎夏の楽しみをこれからも続けたいと思う。

明代陶磁の魅力

明清のやきものを大いに楽しむ旅に出た。
旅する先は中国ではなく東京。
出光美術館と、畠山記念館と。
どちらも見事な展覧会を開いている。
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畠山記念館に入った時はもぉ四時で、灼熱の時間が過ぎた後だった。
夏の庭は雑木林がいいと思いつつ、畠山の調和の取れた庭を過ぎると、それだけで涼しい心持になる。庭の中に佇むでもなく、その横を通るだけなのに、こんなにも心地いいのだ。
ミンミンゼミの声もやさしい。

現れたのは畠山即翁の愛した明代の陶磁である。
ガラスの向こうの陶磁たちは適度な距離を保って、観る者の意識に入り込んでくる。
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古赤絵人物文壷 安定した形の壷の胴に女と子供らが描かれている。赤、緑、黄色が使われているが、赤の目立つ構成である。描かれた唐子たちは庭内でパレードをしているようにも見える。
この壷は実用品ではなく観賞用なのだと思うが、子供らと美人のいる楽しそうな空間を見るだけでも、明るい心持になるのは確かだった。
(チラシ左上)

法花が好きである。東洋陶磁美術館のそれ、静嘉堂のあれ、出光のいろいろ・・・好きな法花が思い浮かんできて、脳裏がにぎやかになる。
ここにある法花は楼閣人物図だった。欄干の中で談笑する人々。ああ、おじさまたちか。
・・・すこしばかりの落胆を隠して、色の艶やかさを愉しんだ。

餅花手双竜文大皿 和名のついた表現法。正月の餅花を思わせる<・・・・・・・>を使った線。色は鼠志野より少し濃いくらい。

五彩魚藻文壷 チラシ表のにぎやかな壷。金色の鯉は複雑な色付けがされている。金と赤の重ね塗り。にぎやかな水中。
この手の絵柄は随分人気があったらしく、類品をいくつか見ている。少しずつみんな違うから、同一工房からの出ということはないのかもしれない。
しかし、万人に愛されたのは事実だろう。
今もこの魚を見て、楽しい心持になっている。

陶磁や茶道具では、実物の面白さだけでない楽しみがある。
そのお道具にまつわる物語である。ちょっとしたエピソードや来歴などなど・・・それを知ることでいよいよ楽しみが深まる。

鴻池家伝来、白鶴旧蔵という文字を見るだけで、様々な思いが浮かんでくる。
前の持ち主の嗜好や、手放したときの気持ちなどを想う。

祥瑞松竹梅六角文汁次 茶瓶風の形が可愛い。土瓶蒸しまであと数ヶ月・・・

懐石料理の合わせ方を想うのも楽しい。
主人がどのような意図でそうしたのか。動機を推測し、どのように振舞う人がいたかを思うだけでわくわくする。

金襴手寄向 鷺に草、梅に鶯などの文様が描かれている。これに何を載せたのだろう・・・
祥瑞胴紐内兀茶碗 兀はハゲと読むらしい。確かに内側は釉薬がかかっていない。

萬暦赤絵輪花共蓋水指 チラシ右上。以前購入した絵葉書は、この正面より右部分がメインの写し方をしていた。ささいなことだが、それを比較するのも楽しい。
実物は邸内庭園に佇む人々を描いたもの。藍色の染付がきりりと画面を締めている。

染付荘子香合 これもまたとても好きな逸品。もともと蝶々が好きなのもあって、嬉しくて仕方ない。荘子の「胡蝶の夢」を排しても愛でられたろう。
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祥瑞横瓜香合 濃い染付が魅力的。綺麗な小さきもの。賞玩したい一品。

今回、館内の茶室で初めての悦びを味わった。
時間を遅めにしたおかげで、まさに「陰影礼賛」を実感したのである。
遠くのセミの声、近くの水音、仄暗い灯り、静かな槿花、茶室の窓から見える天井に広がる金波・・・
いつまでもそこにいたい、と少しばかり思った。

藤島武二・岡田三郎助 女性美の競演

藤島武二と岡田三郎助の展覧会に行った。
横浜そごうである。
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武二は十年ほど前にブリヂストンと、近年にも小磯良平記念館とでも回顧展が行われたが、三郎助は、何故か何も開催されていない。
とはいえ、三郎助の描いた、たとえば「あやめの衣」「支那絹の前」などがクローズアップされることも多く、その都度人々の心を眼を深く惹きつけた。
今回の展覧会で、三郎助の画業が魅力的なものだと知られればいい、と思った。

展覧会の構成は、武二と三郎助が交互に展示される形式を取っているので、絵だけを見てゆけば、不意に違和感を感じるかもしれない。

まず武二から。
桜の美人 武二美人は日本風俗のそれよりむしろ、欧州または日本以外の東洋の風俗の方に実力を多く発揮しているように思うのだが、それだからこそ逆に、この和美人に衝撃を受けた。最初に見たのはモノクロ図版からで、次にブリヂストンで見て、不思議な美しさに惹かれた。美しい、と一言で言うのには実は語弊がある。
顔色に何故か青がさしている。額と頬である。
そんな色を顔に使うのはどうかと思いつつ、この昔の日本婦人の顔を眺めた。
それでもやはり魅力的だと思った以上、他に雑念はない。
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造花 20世紀最初の年の絵。畳の部屋に椅子を置いて、そこに若い女が座している。手には何かの花がある。花はタイトルどおりだとすれば造花である。
たんぽぽ、ゆり、すみれのような花も見える。
開いた窓からは明るい日差しが差し込む。机の上には種々のものが置いてある。ごちゃついている分、和やかである。
そして火鉢と氷かきのようなものがある。氷かきではなく何かの機械かもしれないが、別に氷かきでもいいと思う。
ちょっと物思いにふける横顔には、この部屋の和やかさが似合う。

桃花裸婦 布を一枚手にした裸婦が白桃の花に触れている。
外光派だったということを改めて思い出す。
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一方、ほぼ同時代のラファエル前派の影響を感じる作品もある。

夢想 今や横須賀美術館所蔵だが、以前は個人蔵だった。
朝顔 この絵は以前、ある展覧会のチラシにも使われていた。好きな一枚。

また、完全にアールヌーヴォーな作品も少なくはない。
雑誌「明星」表紙や与謝野晶子「みだれ髪」の装丁などがそれである。
絵葉書でそんなのもある。

音楽六題 和美人のアールヌーヴォー。なかなか楽しそうな図柄。

ところで気の毒なことに武二は留学中に描いた絵の大半を盗まれている。
手元に残ったのは数少ないそうだ。

幸ある朝 泉屋分館で初めて見たとき、たいへん嬉しかった。
京都の本館では見たことがなかったからだ。こういう絵を見ていると、いかにも留学した明治のヒトの絵だという感じがある。

三郎助へ。
ムードンの月 いかにも三郎助の好みらしい桃紫の雲が広がっている。
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逍遥(エスキース) 林の中をすっぽりと白い衣に身を包んだ女が歩む。どこか不思議な女。逍遥するようにも見えない・・・

中野多津 明治20年代後半の作、というよりもつい近年の作のようにも見える。深緑を背景にした空間に、赤い着物をきた少女がまっすぐにこちらを見つめる。
リボンカチューシャをして、手には手まりがある。妙なリアリティのある顔。
現代に生きる顔のようにも見える。

大きな壁画が二枚。額装されているが、元は駅に掲げられた宣伝絵看板だった。
紅葉狩りと桜狩の対。梅田駅に掲げられていたそうだ。三越百貨店の宣伝。
上流婦人たちの様子が描かれている。中には可愛い子女を連れた人もあれば、少し向こうにはカップルもいる。上品な作品。

三越の宣伝絵を描く画家は一流の人が多かった。
その宣伝の絵は他にも。

紫の調べ 舞妓が小鼓を打つ。きりっとしつつ愛らしい表情。
日本橋本店を窓から眺める二人の女。
窓から三越を見る女。
これらがポスター原画として使用されていた。

三郎助の絵は他にも「主婦之友」の表紙絵シリーズがある。
美人のアップが多い。
雑誌の売り上げは表紙絵の力もかなり入っていた時代である。
しかし、大正12年の十月号だけは震災号として、燃える建物の絵があった。

震災については三郎助にこんなエピソードがある。
三郎助は泉鏡花の仲良しで、夫婦揃っての鏡花宗信者だった。
震災当日、鏡花の家に見舞いもかねて立ち寄る友人たちが多かったが、それを鏡花は巧い筆で活写していた。
三郎助夫人の八千代がパラソルをさして悠々と来る。画伯は?と訊けば「冷蔵庫に紅茶があるだろう、なんて言ってましたわ」と答えて、夫人は実家へ向かって進む。
夫婦揃ってのオオモノぶりである。

八千代夫人は美人としても名高い。兄の小山内薫も大変なハンサムだった。
その八千代夫人をモデルにした作品も出ている。

縫い取り 夫人がなにやら刺繍をする図。西洋刺繍らしい。

支那絹の前 近年、高島屋史料館外に出て、注目を集めた作品。高島屋史料館の実力を改めて世に知らしめた一枚かと思う。
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三郎助は小袖蒐集家として名高かった。他にも古代中国の金属類などを集めていて、後者は以前東京藝大美術館でも展示があった。

あやめの衣 この背中美人は以前福富コレクションの頃に見ている。今はポーラ所蔵。
顔を見せてくれないこの美人は、背中だけで多くの人を魅了した。
今回、「あやめの衣」が松坂屋資料室から来ていた。可愛らしい小袖である。

三岸節子 若い頃の彼女を描いた一枚。自画像もそうだが、たいへん美人だと思う。
きつい眼差しだが、それが彼女の意志の力の表れだと思うと、それだけで心地いい。

髪を梳く 諸肌脱いだ女が長い髪を梳く。橋口五葉にも伊東深水にもよく見られる構図。昔の日本女性の隠された魅力的な姿。豊かな胸が見えた。

黒き帯 真っ白の着物に真っ黒の帯を締めている。庭には石楠花が生い茂る。顔ははっきりとはしない。ちょっと通常の感覚ではない。画家ではなくに。顛狂院にいる女のように見える。

三郎助の裸婦スケッチを色々と眺めるが、いずれも「和装する日本婦人の身体」だと痛感する。

最後に武二。
スケッチ。戯画風なものや神話の1シーンが多い。
天岩戸、大黒とねずみ、アルルカン、シャボン玉の子供、猫のじゃれあいを見る女、天女散華、「加賀千代」と題された絵には、蚊帳へ入ろうとする女がいる。
そしてどう見ても、目隠しをされているような少女の身体もある・・・

東近美からは「うつつ」と「匂い」が来ていた。
わたしは特に「匂い」が好きだ。
ピンクのチャイナ服を着た女が頬杖をつく。寄りかかる卓には鼻煙壷がある。その匂いを愉しんでいる女。画面構成はピンクと薄灰色と黒がめだつ。
玉虫色にも見えるのは、匂いに陶然となる神経を表しているのかもしれない。

台湾の舞妓 台湾の少数民族の衣装を着けた少女のバストアップ。
武二は他にも台湾の女を描いているが、いずれも非常に魅力的。

マンドリンを弾く女 真っ青な夜空に皓々と輝く満月半分。窓辺の女が胸元をくつろげながらマンドリンを弾く。どことなく、吉川英治夫人に似た面立ちだと思っている。
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夢二のお葉さんは、夢二だけでなく責め絵の伊藤晴雨、それから武二のモデルを務めている。わたしはお葉さんがモデルになったものは武二のそれが一番好きだ。
以前晴雨の図録でも見たように思うが、それよりはこちらがいい。
ルネサンス絵画を見て、そこからこうした作品を生み出している。
本歌取りのほうが、いいと私は思っている。
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風景画もたくさん出ているが、わたしはそちらよりは美人画を推したいので、そのことばかりになってしまった。

青木繁展 後期 少しばかりの感想

青木繁展の後期を見てきたので、展示替えで現れた作品について少しばかり書く。
(前期感想はこちら)前期を見た後に書いた感想は熱に浮かされて書いたようなものだが、今回は静かに書く。

水浴 どこかの森の池。左手手前に三人、右手奥の岸に三人。いずれも顔は判然としない。赤い茎葉をもつ植物が描かれている。どの国かどの時代かもわからない。

絵カルタでは今回「業平」と「小町」が出ていた。共に天下第一の美男美女だけに、青木も綺麗な顔を描いている。

絵葉書 三人の舞妓が画面左によっている。なにやら楽しそうである。いつもそうだが、女の群像はイキイキしているものが多い。
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帰漁を待つ母子 青色で表現された母子。色鉛筆の走りが滑らかだった。立つ女は明かりを灯しているのだろうか。

女裸像 鉛筆書きで、胸から下の身体が2体ある。デッサンやスケッチでなく、すでに一枚の作品になっているのが面白い。

暗黒エスキース 格子がある。腰下の格子だが中に女たちがいる。「暗黒」の文字がある。何を意図したのかは知らない。消した跡が残る。何か暗示的にすら見える。

女(しおり) アールヌーヴォー風横顔。むしろ武二風。白馬会か・・・明治の浪漫。

狂女 意外なくらい小さい絵だった。画集でしか見ていないので意外だった。
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前回同様ときめくのはやはり「わだつみのいろこの宮」「大穴牟知命」「光明皇后」などだった。
「黄泉比良坂」の青の見事さもいい。
もう、こんな凄い回顧展は二度と無理だと思う。
本当によかった・・・

八月の東京ハイカイ 完結篇

東京三日目。
雨はやんでるけどやたらと寒い。
わたしは寒がりなのでマジで弱い。

サムサニモマケズで武蔵小杉へ行くと、横須賀線の逆からだから、バス停までめちゃくちゃ遠かった。5分以上かかり、結局最初のバスに乗れず。もぉ~。
YAHOOの路線はこのことも考慮しなさい。

展覧会の詳述はまた後日。

実相寺昭雄展、かなりよかった。よすぎてクラクラした。
ハマる前兆を感じるわ・・・

実相寺昭雄展にすっかり興奮したまま東横線に乗り終点へ。
エスカレーターで行き来は時間かかり過ぎるからエレベーターを使う。二回乗り頂上へ。
外人墓地の開館直前。
今度行こう。
少しばかり洋館見てから神奈川県立近代文学館に行く。

ちょうど正午で船たちがボーッボーッボーッと汽笛を鳴らすのを聞く。
これだけでも横浜に来た甲斐を感じる。

安野光雅さんの展覧会。「ABCの本」から始まり「口語訳 即興詩人」までが並ぶ。
世界の広い人だとつくづく実感。
まだまだ無限に続くだろう。

そごうで武二と三郎助2人展を愉しむ。
武二はブリヂストンや小磯良平記念館でも大掛かりな回顧展があったが、三郎助はなかなかないので、この展覧会は楽しみだった。
特別偏愛を寄せる作品は二人ながら出ていないが、満足はしている。
これを期に三郎助人気が盛り上がることを期待している。

湘南新宿線に乗り赤羽までほぼ意識なし。
ハイカイ中の方がよく寝てるのは皮肉な話ですな。

赤羽から浦和へ向かう。早いわい。
途中某スニーカー屋に捕まる。ここはどの店舗でも売手に基礎知識がないのが特徴やな。学ぶより先にとにかく売れ、て方針なんだろう。
昨日の大雨を恐れて底はスニーカーなサンダル買う。

うらわ美術館は恒例のBIBブラスティラバ絵本原画展開催。いつも楽しみにしてるが、今年は智内兄助さんの作品があり嬉しかった。
去年のイランの黄金の鷹のような逸品はないが、アーサー王と円卓の騎士の絵本はクリムトとクヌップフぽい綺麗なものだった。
あとはチェコの人形劇を見る。トルンカの弟子の川本喜八郎の人形も二人ある。
道成寺の女と三国志の仲達。
改めて藤田の「からくりサーカス」を想う。

雨はないが空は暗いので早めに都内に戻る。
高崎線はいいね、浦和~赤羽~尾久~上野。20分。

再び上野駅中でごはんにしよう!
昨日の野菜の店にしようかと思ったとき、某洋食屋が目に入りそちらに行く。
自慢のオムライスとセットにメンチカツたのむが、サクサク感はいいが添えサラダが苦かった。
やはり昨日の野菜の店にしたらよかったです。でもこの洋食屋は本店に昔よく行ってたからなあ・・・

さてあとはどうと言うこともなく、ホテルに引きこもり。
いろいろよくしてくれるので今のところ変える予定はなし。

四日目。
東京ハイカイもいよいよ終わり。

ロッカーにコロコロキャスター放り込むのに親切な人がお手伝いしてくれた。
中央線総武線乗り継いで市ヶ谷に。ここから都営線の地下鉄乗り換えがいい、新宿よりは。

しかし時間かかります。芦花公園まで丸1時間やん。
世田谷文学館に行く。こちらは和田誠の展覧会。
昨日の安野さんと共に現代日本最高の装丁家であり、イラストレーターであり、映画監督。
大いに楽しみましたわ~

さてまた市ヶ谷に戻るが大分時間押してる。
ホテルオークラのアートコレクションを見て、あとの泉屋と大倉集古館は来月に回す。

京橋のブリヂストンに行く。青木繁展後期を見る。
前期に出なかったものがやはり目につくな。

ここでタイムアップ。歩いて東京駅に入る。
わたしはsuicaはあるけど関西ではほとんどJR乗らないからICカードを持たない。しかし大阪駅を出るときsuicaが使えた。こっちから160円引き落とし。
この辺りをもっと学ばないといけませんな。
普通期間ならカード乗り降りでなくチケット屋で回数券買う方がいいかもしれないし。
しかし年会費の減価償却を考えると~
ああ、セコい(≧ω≦)
まあ当分は、てか来月まではその問題にモンモンとしよう。
ではまた次までサラバ。

東京ハイカイ2

二日目の東京は一日JRチケット730円だったか、を購入。
雨が降りますとニュースで言うのを聞きながら「昼過ぎからかな」と甘く思う。
上野についた途端、微妙に雨が。
早足で歩いても雨は当たるもんです。でもまだぽつ・・・ぽつ・・・

例によって展覧会の細かい感想は後日。
大雑把な概要をチョコチョコ。

東博についたら9:24だった。
すでに「空海と密教美術」はぞろぞろ蟻の熊野詣ぽい状況でしたな。
わたしは「孫文と梅屋」が目当て。空海は夜のお楽しみ(ヲイ)。

機嫌よく出たらザァザァ降っておるやないかぃ。アメメ。
本当は池袋の古代オリエント美術館に行く予定だったけど急遽変更。
そういえば甲子園も朝長らく試合中断してたなと思い出す。

上野から恵比寿へ。なに?落雷とな?いろんな情報が入ってくる。
百聞は一見にしかりどころの騒ぎやないで、という豪雨が。
ううむ。バスもタクシーもうまくゆかない。時間も無駄にしたくない。
歩く。←バカモノ。

・・・こんなにぬれたの久しぶり。山種への坂道が殆ど広重の雨の絵になってた。
それで帰りこそバスと思ったのに、また時間がずれたのでやっぱり歩く。
品川で一休み。
わたしは某スープストックじゃないスープ屋さんが好きなので、そちらでお気に入りの豚のコラーゲンとショーガ入りスープいただく。トマトご飯とアップルビネガーサイダーも合わせる。たいへんおいしうございましたが、生姜はもっときついほうが好き。

新橋から汐留へ歩く途中に子供らがわいわい集まってる。チラッと見たら藤原竜也のポスターが見える。「カイジ2」?人喰い沼?えーアレ映画化するの~~~あれはどう読んでもカイジと遠藤さんのモツレ話なんだけどなぁ。

さて汐留では濱田庄司。昨夏、石洞美術館では純粋に作品だけを見たけど、今回は彼の生活を眺める。民芸系の人の住まいというのは魅力的なものが多い。感心する。
わたしは作品は技巧に技巧を重ねたものが好きだが、民芸の人々の暮らしぶりはかっこいいなぁと思う。

出光につく頃にはなんとなく身体も乾いてました。
明清のやきものを大いに楽しむ。
こういう文化爛熟期に生まれる工芸品というものは、どれを見ても名品なのが凄い。
何かを棄てないと、美は継続して生まれない。
学芸のカシワギさんに少しばかりご挨拶をして、監視員に好きな方がいるのでご紹介もしてもらって、とうれしいことばかりの出光美術館でございましたわ~

三井記念についてもまだ雨はやまず。
橋の後期を見る。前回とほぼ同じ感想を持つ。
たぶん、それだけインパクトが強いのだろう。

さて東博へ帰ってきました。大雨のせいで寒いがな。
お客も引いてて入りやすい。
「空海」のナビゲーターが今や犬のお父さんたる北大路欣也。
私が高校の頃「空海」演じてたな。

さてホトケさんたちより足下の踏まれてる鬼とか乗せてるどうぶつたちをじっくり眺めて、次は常設。
おお、我が愛する「精華」が出てる!うれしいな。
それと企画のおばけちゃんたちが可愛い。
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でも自分の怖がってたものをここで二つも見たので、ちょっとドキドキした・・・
ほかに皆さんがネット上でウケてはった獅子も見た。
ううむ~~~こやつか~~~
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上野の駅前で動物園のポスターを見る。
こうもりが「吸血鬼なんかじゃないもん」かわええのぉ~~
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駅ナカで野菜をメインにしてるお店で夏野菜のカレー食べると、焼きにんじんの甘さにびっくりする。おいしかったので店の人に言うと喜ばれたが、やっぱりおいしいものはそうはっきりと伝えたい。

ホテルについてからはやや熱めのお湯でぐったりしました。

八月の東京ハイカイ1

昨日から東京にいる。
いつも多くの方のご支援を受けて、あちこち出歩いている。
まったくありがたいことです。

例によって展覧会のこと細かい感想は後日に回して、この二日間に見たものを軽く挙げてみる。

今回からとうとう新幹線のエクスプレス予約のヒトになった。
これまでは飛行機がメインだったが、諸々の事情により新幹線組へ転向。
しかし新大阪へ行くのもあまりうれしくない。なにより関西でのJRは私鉄に比べて信用度が低い。
エクスプレス会員の恩恵というと、ネット予約・座席指定・常に13000円(新大阪~東京間)、ポイントが高まればグリーン車へ、というあたり。
しかし新大阪までのJRはそのカードではだめだし、東京についてからは別にsuicaなどを使わねばならない。
繁忙期以外はもしかするとチケットショップで購入するほうが合理的かもしれない。

合理的。
大阪の人間は非合理的なことが嫌いだ。理屈と行動が合致しなければならない。

車内では出たばかりの諸星大二郎「諸怪志異 燕見鬼篇」完結版を読んですごした。
9割は既に別な版で所持しているが、どうしても完結篇が読みたくて、この重厚な本を購入した。
した甲斐はあったと思う。諸星作品にしては珍しく、すがすがしささえ感じる展開になった。賊徒の首魁、乱の首謀者というものは、すがすがしくなくてはならない。完全なる確信犯でなければならない。
少なくとも私はそう思っている。

さて品川へついたが乗り換えする、それだけで暑さにヤラレた。
東京でもやはり暑いではないか。
原宿に出ると、やっぱり暑いままだ。
新幹線に乗ることにしてからキャリーを引いているのだが、それを引くのもいやになるくらいだった。

太田で国芳の弟子芳艶の作品を見る。大蛇、直線稲光、八世団十郎モデルのイケメン児雷也。三題噺の取り合わせのようなことを書いたが、まさにそのとおりだった。

代々木から両国へ。
「東京の交通100年」。これがなかなか面白かった。ご年配~子供まで、どの世代のヒトも楽しんでいた。
わたしは大阪人だが、それでもかなり楽しかった。

ここから定宿へ乗り継ぐ。宿はいつも色々親切にしてくれるが、今回もそうだった。
機嫌よく高輪台へ向かう。
畠山記念館。
明代のやきものを楽しんだのだが、実はそれ以上によかったのが、茶室空間の居心地。
そこでまさに和の美の空間を味わった。
お茶室で一人つくねんと座っていると、遠くにせみの声・近くに水の音、見上げれば窓越しに展示室の天井の金波のうねり。薄暗い灯り・・・「陰影礼賛」を実感。
すばらしい時間をすごした。
一期一会、という茶の心得を改めて考え、その意味を味わった。

サントリー美術館でヴェネツィアガラスを見た。
ダイヤモンドポイント彫りという技法がとても好ましかった。
透明な素肌に清麗な刺青をおくような・・・
深い官能性を感じた。

好きなスープ屋さんで好きなメニューを頼み、のんびりしてから三菱へ向かう。
「もてなす悦び」ふたたび。
もてなす悦びを与えてくれる、というより「もてなされる悦び」を感じた。
けっしてテーブルにしつられえてある食器類はわれわれのためのものではないが。

そこから松屋銀座へ出て、ルパン三世店を楽しむ。先行の京都駅ビルのよりずっといい。
会場のラストにモンキーパンチ氏の水墨画、等身大の<彼ら>の肖像画がある。特に五右衛門の目にときめいた。

ホテルでいつもは浸からぬような熱い湯につかり、ぐったりと寝た。
一日目、終わり。

諸星大二郎「諸怪志異 第三集 燕見鬼編」についての私的な感想

昨日発売されたばかりの諸星大二郎「諸怪志異 第三集 燕見鬼編」についての私的な感想を書く。
ネタバレになるかもしれないので、いやな方は読まないでください。
いや、そこまで書けるかどうか自信がない。
少しだけの感想。
諸怪志異 第三集 燕見鬼編 (コミック叢書SIGNAL)諸怪志異 第三集 燕見鬼編 (コミック叢書SIGNAL)
(2011/08/17)
諸星大二郎

漆工 

大和文華館で「漆工展」が始まった。
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絵画もいいが工芸品を眺めていると、なんとなく心が和む。ある意味、感想文を書きにくくもあるのだが、この心地よさを少しでも伝えたいように思う。

玳瑁貼螺鈿花鳥文八角筥 奈良時代の逸品。補修していないのでほぼ落剥しているが、ふっくらした小鳥の図などは残る。この類似品は某家と正倉院とに伝来しているそうだ。一応日本製という区分に入っているが、そうなのかはしらない。

銅板地螺鈿花鳥文説相箱 側に文鳥風の小鳥がいる。可愛い。平安時代の箱。大好き。
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朱漆絵蝶文瓶子 黒地に朱で蝶が肩のあたりに。室町時代の美麗な瓶子だが、赤い入れ墨にも見える。どこかなまめかしい。

蒔絵尾花蝶文折文箱 折文箱とは崩経箱ともいうそうで、蝶番で固められているが、開くと平たく崩れる。
尾花(すすき)の上を低く蝶が飛ぶ。秋の風景がそこにある。江戸時代の作なので、わたしはどうしても「露は尾花と寝たという あれ 寝ないと言う」のあの歌を思い出す。

元は鏡を入れる箱だった(鏡巣=きょうそう)が、硯箱に改装されたものがあった。
蒔絵蝶文鏡巣 蓋裏と身底に蝶、蓋表には様々な紋所と分割線が入り、蓋だけ見ているとウィリアム・ブレイクの絵のような神秘的な画に思われる。

蒔絵歌絵鏡巣 絵と文字で和歌を表す、判じ物。葦手も見える。優美さと教養の深さとがある。

螺鈿蒔絵梅文合子 これは度々見ているが、いつ見ても可愛らしいと思う入れ物。元は光琳・乾山兄弟の本歌があったが失われ、後の世に原羊遊斎が模造したもの。
欲しいと思うものの一つに入っている・・・

沃懸地螺鈿青貝金貝蒔絵群鹿文笛筒 伝・光悦の作だが、先年の琳派展でも大いに愛されたもの。かわいい。
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ところで薄貝を使うと青貝、厚いと螺鈿という割り切りがあるのだった。
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木地銀蒔絵禅機図経箱 見た途端ギョッ。銀蒔絵だから光の入り具合でぼーっと浮かび上がるのだ。それがきしょい。禅機図だから当然ながら可愛くないおじさんが出ていて、見ててもあんまり楽しくはない。
室町時代の「カワイイ」は絵本などでしか見れないのかもしれない。←偏見。


江戸の美意識を体現するものが二つばかりあった。
青貝葡萄文檠 檠=ケイは室内使用の燈台。綺麗な作り。
蒔絵葡萄栗鼠文手箱 栗鼠の描きぶりが大きいので、箱も大きいように感じる。

続いて桃山時代の南蛮漆器や高台寺蒔絵などが出てきたが、こちらはとにかくニガテなので、あんまり・・・

蒔絵椿紫陽花花文提重 前々からこれも好きな提重。光の当たり具合で煌めきが変わる。
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蒔絵草花文提重 扉が開いている。人麻呂がべったり座している。三つの抽斗にはそれぞれ違う絵柄。

漆絵が現れる。
瓜柄、蓮柄、ウサギ柄とある。ウサギは例の謡曲「竹生島」から。赤いウサギ。妙に可愛い。
他に嵯峨棗、一閑蒔絵の棗などなど・・・

次に中国製。
中国のぐりぐりはとても愛らしい。
宋代の黒漆輪花盆と元代の堆黒屈輪大盆はどちらも可愛いし、とてもしっかりと作りこまれている。恣意的な拵えではなく、非常に精妙な造り。昔の工房はこんなのを拵えてたのにねぇ。

明代の螺鈿金銀平脱山水文硯屏を見る。
平脱という技法の工芸品を見るのは主に正倉院でだから、なんだか嬉しくなる。
そもそも平脱とは何かと言うと、それは松田権六の著書に説明があるようで、ここにその大意がある
繊細な造りでとても好ましい。
象嵌もこの平脱も、とてもいい感じ。

工芸品はやっぱりまず「綺麗・可愛い」が第一に来て、それから機能を見てしまう。
薄手のものが大体において好きだが、漆工芸は厚みがあるのも面白い。


存星竜鳳文角繋合子 菱形の器が二つ続き。これも可愛い。

螺鈿花鳥蝶文器局 煎茶道具を仕舞うもの。かなり大きい。煎茶道もなかなか面白いのだが、たどり着けそうにない。

螺鈿山水人物座屏 邸内遊楽図的な様相が広がる。蓮池も設えられていて、柳が揺れているのが見える。明代らしい風景。

朝鮮の螺鈿は国の誇りの一つだという。
実際朝鮮の螺鈿はとても可愛いものが多い。
高麗時代から朝鮮時代への転換期に生まれた漆工品たちを、今回は特に集めているらしい。

螺鈿花鳥文筆筒は梅に鴬が描かれ、魚文の盆もある。
大きな衣装箱は葡萄が絡み、どこを見てもきらきらしている。葡萄の実の豊かさが目に残る。

花の柄も、菊から牡丹への変容が見て取れる。
特別出陳の個人蔵のいくつかが可愛くて仕方ない。
牡丹唐草、菊唐草のモティーフがいずれも愛らしすぎる。
欲しくなってくる・・・

タイの漆工芸も並ぶ。
蒟醬線条文合子 キンマを入れる用途があったという合子。
シンプルな独楽柄の盆などは近代のもの。
時代の移り変わりで少しずつ装飾性が失われてゆくのを感じる。

9/8からは北村美術館の牡丹唐草文経箱が現れるので、再訪する予定。

涼を描く 祇園祭と上村家

松伯美術館に行った。
「涼を描く 祇園祭と上村家」ということで、今回は祇園祭の胴掛なども展示されていた。
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松園さんの随筆「青眉抄」などにもあるように、松園さんは絵を描くこと、それ自体が楽しうてならぬお人であった。絵を描くためになら、どんな苦難もものともせず、ヒトサマの悪意も好意も諸共に受けながら、一心に進んだ。

さて、もう先月の話になるが、祇園祭の宵宵山の頃は各家庭がそれぞれ秘蔵の屏風やお宝などを座敷に出して、ほかのお客さんが見てもいいように設える。
現在もそれを楽しみに、わたしなどはあの人いきれを縫うようにして、あちこち出向いては、楽しませていただいております。

見て楽しむだけのわたしがそうなのだから、描くこと一筋の松園さんが、それだけで済むはずがない。
随筆によると、ひとさまのお宅に上がり込んで、懸命に写生し続けていたそうな。
それでも一枚完成できるくらいが関の山で、絵によっては二年越しというものも少なくはなく、写生する松園さんの姿を見ないと、屏風祭の醍醐味がない、と人の口の端に上るくらいだったようだ。

今回、その熱意の一端が展示されている。
縮図帳に、千總所蔵の森狙仙「イノシシ図」の写しがあった。美人画の大家ではあるが、こうした昔の絵を写す技も並々ではないことが、ここからよく見て取れる。
ここのイノシシは萩の隙間からブヒブヒ言うておるのだ。
sun733.jpg 本歌の方

山鉾のスケッチもよかった。
橋弁慶、鯉山などが方向を変えて視線を転じて、描かれている。
明治から昭和の祇園祭をこのスケッチで味わえた。
「神事これなくとも山鉾わたらせたく候」の山鉾巡航だけに、絵を見るだけで京の町衆の心意気が伝わる。

さて数ある屏風祭のお宝のうち、千總の持つ元禄年間の江戸風俗図屏風があった。
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人物はやや丸顔に近いが、衣装などは菱川派の好み風にも見える。
'05年、京都文化博物館「千總コレクション展」にも出ている。
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中村座の櫓、絵ではなく文字のみの看板には「諸国美人歌論」「國治銘剣之徳」などという文字がある。
舞台では可愛い振り袖姿の若衆踊りが始まっている。
花道からは奴も混じっての踊りが続き、土間の客席の観客のうち数人が、自分らも手踊りをしている。

奥の楽屋ではてんやわんやの様相が描かれていて、活気ある屏風に仕上がっている。
外では身分の高い人の駕籠もある。

左隻には遊女屋がある。大門を入るとにぎやかな店が並ぶ。ひやかしも多い。座敷遊びをする人も描かれていて、にぎやかなことこの上ない。あんまも働き、歌舞音曲も狂いがない。

さてここで松園さんの言葉が入る。
「丸平人形店で蕭白の美人画、鳩居堂でも蕭白美人を見て、又兵衛の観桜図は山田長右衛門、山田嘉三郎の家で同じ構図のものをみた」
どちらを写生したかはもうわからなくなっている様子で、それがまたなんとも面白くもある。

息子の松篁さん、孫の淳之さんが原画を提供した、山鉾の織物が出ていた。
面白いことに松篁さんのは龍村美術、淳之さんのは川島セルコンが織りだしている。
どちらも遜色のない見事な出来映えである。

松篁さんの金ケイ紅白梅図、淳之さんの銀ケイ紅白梅図は色の違いはあってもほぼ同一構図のもので、共に霰天神山の胴掛け。金ケイが左胴掛け、右が銀ケイ。
20年近い歳月の差があるが、どちらもいい作品。
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郭巨山のはどちらも松篁さんのもので、雪持竹と鴛鴦図が右胴掛け、杜若と白鷺図が左胴掛け、見送りには万葉美人に桃とスミレ図が用いられている。
そのうちの万葉美人の織物の色糸パターンを見て、たいへんな労力が支払われていることを知る。
原画を崩さぬ見事な織物絵だと見ていたが、こんなスゴい作業がなされていたのか。
全く以て感心するばかりだった。
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祇園祭から離れ、涼を求める。

松園さんの楊貴妃図がある。湯上がりの熱気と涼しさとが同居する。大正時代らしいロマンティックさもあって、いつ見てもいい絵。

新蛍 チラシ。母子の楽しそうな様子が伝わってくる。背景の色は松園さんの絵には欠かせない色。

最後の作品がある。
「初夏の夕」下絵。昭和24年の作。明治に回帰する絵。
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清方もそうだが、松園さんも結局は明治に帰っている。明治への愛着をこんなところに感じる。

おかあさんが絵に熱心なので、ぼうやはおばあさんに可愛がられて育てられ、小さいいきものに夢中になった。

松篁さんの絵から動植物が消えれば、一体どうなることだろう。
ちょっと怖い想像をしたが、何も思い浮かばなかった。
思い浮かばないと言うことは、その世界があり得ないと言うことでもある。
やっぱり松篁さんの絵にはいきものは欠かせない。

寄り集い、また離散する金魚を描いた一枚があった。昭和四年の作。地味な絵ではあるが、松篁さんが一枚皮を脱いだ頃の作品だと聞いた。
またその四年後には、幼少期の縁日を思い出して描いた「金魚釣り」がある。店番のおばあさんと遊ぶ子供の手と、小さい袋を下げる女児と。
みんなやっぱり金魚すくいが好きなのだった。

石崎光瑤の熱国の花鳥画に魅せられた松篁さんは、やがて自分の熱國花鳥を求めて、ハワイに出かける。
その精華が初めて形になったのが、「ハイビスカスとカーディナル」。色の取り合わせも明るく暑く、熱国の美を現出させている。
行く予定も何もないが、わたしは松篁さんの熱国の美を見て、ふっとハワイやインドに佇む自分を夢想したりする。

晩年の作「黄蜀葵」は銀箔地を背景に明るい黄色の花がパッと咲いている。ほかにはなにもない。どこかしらこの世の光景ではないものを見た気がした。

淳之さんの作品へ。
シギの絵がとにかく多いと思う。
細く薄く長いくちばしを持ち、つぶらな瞳を持つシギ。
さすがは鳥長者と思っていたが、エピソードを読んでいよいよ感心する。
シギに惹かれ、インドからお取り寄せし、丁寧にそして熱烈にお世話して、ついには繁殖にも成功。・・・普通のものには出来ない・しないことをされている。

「憩」 いこう、と名づけられた絵もまたシギを描いたものだった。月下にシギが月見をたのしむように三羽いて、楽しそうに顔を上げている。

暑い中を訪ねた甲斐のある展示だった。9/25まで。

箕面の滝へ

久しぶりに箕面へ行った。
私の高校は箕面線にあるが、今では滅多に箕面線に乗らない。
友人も箕面にたくさんいるが、どうということもないし。
日常の続きのような箕面。
しかし箕面の山へ入るのは、本当に久しぶり。

駅から滝道を行く。箕面名物もみじのてんぷらは、ちょっと暑かったのでまた秋にでも買おう。
もんちゃんせんべいもまたいずれ。
柚子サイダーもまた・・・
ううむ、「箕面名物」をなんにも買わずにいるな。

箕面のゆるキャラ・柚子顔の「たきのみちゆずる」くんには会えなかった。
元祖ゆるキャラのひこにゃんも暑さに負けるくらいだから、たきのみちゆずるくんもあかんのだろう。

橋本亭もまだまだ現役なのが嬉しい。
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昔はニホンザルがたくさん下山しては色々とんでもないことが起きていたが、今はサルは山へ帰そう運動で、姿はなし。
道もゴミ一つ無し。滝道を丁寧に守る人々のおかげ。

ここらあたりまで来ると蝉もミンミンゼミが鳴き出す。北摂ではまずここか隣の池田の五月山くらいに行かないと聞けない。
(河内や泉州のことはわからない)
ああ、気持ちいい。

2.8kmほど登ると、滝が見えてくる。箕面の滝。
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・・・尤も昔と違い水圧が低い。これは今や人口の滝に成り果てておるのだ。
箕面国定公園の向こう、トンネルの先にあんまり売れていない新興住宅地をこしらえたせいで、水の供給がストップしているそうだ。
マイナスイオンもニセモノ。
それでも滝の落下する様はなかなか感動的なのが不思議。

一休みしてから下山する。
紅葉の青々した清さに和む。

やがて昆虫館へつく。
ここではドームで蝶々がフワフワ飛ぶのを間近で観察できる。
わたしが好きなのはオオゴマダラにアゲハ。
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やや高い目の温度設定のドームの中で蝶々たちがフワフワユラユラ飛んでゆく。
人なれしているので怖がりもしない。
花もたくさんあるが、こうしてレストランも完備。
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一緒にいるととても気持ちいい・・・
目の前で蝶が。
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以前、伊丹の昆虫館に行ったとき、たまたま黄色い服を着ていたので、たくさんの蝶がわたしにとまってくれた。
蝶の舌を感じ、蝶の足を想う。
凄い感触だった。

心地よい空間から離脱して、再び下山の道へ。
やがて駅に戻る。
今度は「みのお足湯」に。150円でタオルつき。
まず掛け湯してからテーブル下にざふざぶ・・・きもちいいなぁ。
やや高めの温度なのがとてもいい。
風も吹き通るし。ああ、本当にいい・・・
SH3B06210001.jpg大根でもカブラでもないぞ。

出ると足が軽くなっていることに気づく。夕方4時くらいまでの人気スポット。
そのまま次は池田へ向かう。さすがに山中から五月山へ入るのは、山ガールではないわたしらには無理。
逸翁美術館めざして歩いていった。

二つの茶道具展 湯木と逸翁

二つばかり素敵な茶道具展を見た。

8/12までの湯木美術館の「夏の祭釜と茶道具」は涼やかな展示の並ぶものだった。
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大阪は大昔から都市であり続けたので、秋祭りではなく夏祭りがメインである。都市の災厄逃れのための夏祭り。
暑さを乗り切るための夏祭り。

さて今回の展覧会は昭和34年に湯木吉兆庵の開催した茶会を一部再現しての展示で、少しばかりパネル写真もあり、それを見て「おいしそうな」とナマツバを飲み込んで、見ていた。
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染付の濃手は好きだが、暑い夏にはそれより呉須や古染付が好まれるようで、今回の展示には大方が薄い藍色が目立った。

古染付山水図水指 芋頭と呼ばれるずんぐりした形の水指の胴には涼やかな山水画が描かれている。風を感じるような絵柄である。
蓋には笹がある。夏に合う水指。

仁清の愛らしい小物が三点ばかり。
色絵丸文茶器、白釉輪花水指「雪月花」、水玉透向付。
特に水玉透かしは久しぶりに見るものだったので嬉しい。

砂張舟がたくさん出ていた。
どちらかと言えばこの東南アジアの鉄ものはニガテなのだが、これだけ並ぶと壮観なのは確か。
見立て天神祭船渡御かもしれない。

天神様の絵もあり、その左右に「神」一字の軸が並ぶのも面白い趣向だが、それぞれの「神」が違うものを差しているのも楽しい。
それを合わせる遊び心がいいのだ。

今は根来塗が関東の人々のココロを和ませ魅了しているが、どうしてもわたしなどは法事の時に使うもの、というイメージが強くて、それよりは春慶塗りなどの方が嬉しい。
能代のヒバを原料にした春慶塗りの水指があった。
ピカピカと綺麗である。木目の良さをも楽しませるのが、能代春慶塗りなのだった。

わびさびより、綺麗さびの方がまだわかりやすいし、ここにはそうした作品が多い。

出雲松平家伝来の片輪車蒔絵香合は綺麗な造りだった。
これは原羊遊斎か出雲の塗師の棟梁・小島漆壷斎の手によるものらしい。
四角形の箱の合い口は錫製で、車輪は螺鈿。中には巴文散らし。

井戸脇茶碗 銘・せみ丸 八個の目跡が残る。茶溜まりもいい。なぜ「蝉丸」なのかは知らない。

樂家歴代のうち三代目を継いだノンコウの拵えた茶碗は、どれを見てもときめくが、息子の一入のそれには、あんまり父ほどのときめきがない。
ここにある「黒樂平茶碗」は赤黒く大きいもので、可愛くはないが、高台内に兜金が渦巻き状で立つのがとても可愛い。

オランダ染付茶器は平瀬家伝来だった。呉須にしてはやや濃いめの青で、アジア風な木々と中国人が描かれている。

バカラ社製のカットガラスが三点ばかり出ていた。
どれも皆キラキラしている。これらは大阪の春海商店がデザインして、発注したもの。明治末から大正の製品。
カットガラスはギヤマン切り子とも呼ばれ、江戸中期頃から少しずつ茶席に出始めていたらしい。

冒頭に上げたとおり、湯木吉兆庵が昭和34年に催した茶会の再現がある。
青磁二段菊の菓子鉢と若狭盆とに、その時と同じメニューのものが載るパネル写真があった。さすがにおいしそうで、ヨダレがわいてくる。
どちらのお菓子も御堂筋を挟んで向こうの鶴屋八幡のもの。今もこんなのがあるなら、ちょっと食べてみたい。

次は九月から十二月まで「茶道具の琳派」展。


こちらは本日までの展覧会。逸翁美術館「銘のある茶道具」
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チラシを見れば右上から時計回りに、家光公、阿闍梨、夕紅葉、白象と「銘」がある。
一番新しい銘は「家光公」で、これは逸翁によるもの。
五彩蓮華文呼継茶碗というもので、絵は似てても違うものまで一緒に綺麗に継いである。それで「よく継いだ」ということで、徳川三百年の礎を立てた家光の名を与えたのだった。

銘というものは「なるほど」と「なぜに?」とがある。謂われを聞いて納得したり、にやっとしたりするのも楽しい。
今回はそうしたものが集まっていて、二重の意味で楽しませてもらった。
現物と「銘」のエピソードとで。

赤樂茶碗・白雲 ノンコウの赤に如心斎の歌銘がついた。
奥高麗茶碗・踞虎 虎がうずくまる様子、なのか?

このあたりは私のような素人にはわからないところ。

茶杓・雅俗三昧 近衛文麿作。櫂の向かって右部に縦線がシャシャシャシャッと入っている。面白い景色。

唐津刷毛目塩笥茶碗・早咲 松平不昧公による命銘。白地に黒い刷毛目がシャーッシャーッと何本か連続で走り、銘を見る前になんとなくだが、梅を想った。
銘もそこから来ているらしい。

瀬戸黒写黒樂茶碗・土師鰭 左入作・覚々斎銘。筒型の胴のやや下方に白い△が見える。これは覚々斎が道明寺ツアーをしたときに寄った茶屋から持ち帰ったものを左入に写させたもの。土師は道明寺の近くの地名、△は鰭を連想させるからの銘。

黒釉白覆輪茶碗・中宮寺 逸翁歌銘。見込みに四つの輪が走り、その内部に黒い花びらが描かれている。

一つここらで歌銘のその歌を挙げてみる。
夢かよふ みちさへたゑて くれ竹の 伏見のさとの 雪の下折
茶杓につけられた歌銘「雪の下折」から。

「無二の友」と名付けられた茶杓の謂われが解説シートにあった。逸翁の年の離れた異母弟が亡くなり、彼を茶の友としても愛していた逸翁が彼を偲んでつけたらしい。

茶道具の銘にはこうした哀惜の物語もある。

唐津茶碗・弥陀六 逸翁銘。芝居好きならすぐピン!と来る名だが、この茶碗のどこをどう見て、あの「弥陀六」なのかがわからない。私もたいてい芝居好きなのだがなぁ。
こうしたとき、もし逸翁が存命で、理由を説明してくれたら、とても楽しいだろうと思いもする。

玉子手茶碗・槿花 小堀蓬雪銘。 可愛い、と一目見て思った。ムクゲの花を思わせるのでこの銘になったそうだ。花の名を与えられるのも当然だと思う、可愛さがある。

茶杓・氷柱 玄々斎作。太めの茶杓で、確かにツララに似ている。関係ないが秋田県ではツララのことをタロッペと呼ぶそうだが、こやつもそのタロッペのクチだと思う。

絵も何点かかかっている。
今回の展示は季節の流れごとに配置されているので、絵もそれに応じた並べ方である。

呉春 節分図 右・宝珠にヒイラギ柄の着物をきた人が。中・桝いっぱいの豆。左・逃げる鬼が恨みがましそうに振り向きつつ。
抱一 紙雛図 立雛の着物は赤地に松模様。
源 武者絵 唐美人が得意の源による日本の武者。
景文 カササギ図 木にとまる鋭い顔の鳥。
是真 洋盞蛍図 グラスに蛍がとまる。オシャレ。
川合玉堂 夏景山水図 さわやかな風景。川の小橋を渡る人。
宣長 朝顔、自賛つき。
鈴木華邨 秋海棠 花の下に二羽の雀がくつろぐ。
芦雪 紅葉群鳥図 大して群れてもいないが。
東東洋 雪中鹿図 可愛い!クリッとした目をした牡鹿が雪の中を行き過ぎる。肩から下は見えない。東東洋は「白鹿園」と名乗るほどのシカ好きなのだった。

いい展覧会を二つも楽しんだ。

天竺へ 三蔵法師3万キロの旅

天竺へ 三蔵法師3万キロの旅

「天竺へ」と聞けばすぐに“We’re heading out west to India”がアタマの中に流れ出す。
TVドラマ「西遊記」の挿入歌。
heading outは訳すと「結球します」ということで、今になるとよくわからないタイトルだった。
奈良と天竺の関係は意外に近いように思った展覧会だった。
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奈良国立博物館のチラシ日本語版と英語版。微妙な違いがなんだか楽しい。


コンニチハと会場に入れば、三蔵法師がそこに鎮座ましましている。
この薬師寺の像がお出迎えしてくれるだけでなく、その背後にはどんなルートを通ったのか、どんな都市があったのか、いつなのか、といった情報が流れている。
「登らないでください」とある階段状の頂点に坐す三蔵法師に目礼をして、我々は今から「天竺へ」行くのだった。

絵葉書にはこの絵巻に現れた色んな人物やどうぶつたちの姿をピックアップしてまとめたものがあった。
どの巻のどの段に出たキャラかは、実物を見た人ならわかるはず。(ううむ)
こういうのを売り出すところが、「明るい奈良博」の証明なのかもしれない。
勿論わたしは喜んで購入いたしましたよ。
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拓本が薬師寺や大谷大学博物館などから来ている。あるものは大谷大で見たような気がするが、マジメに見ていないので記憶が曖昧ではある。
こうした展覧会でやっとマジメに対することになる。
他にも仏足石があるが、どうしてもこれらを見るとなんとなくホホエマしいキモチになる。
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お経もたくさんある。字面を追う気力もあんまりないが、立派なものだとはわかる。
岡野玲子「ファンシィダンス」はボース・ライフを描いていたが、中で大般若経をペラペラペラ~と開くシーンがあった。
開く事で一回読みました、という方便。なかなかやるなぁ、と昔思った。
自分もラララララと眼で追うだけ。

さていよいよ展覧会の目玉「玄奘三蔵絵」について書く。
藤田美術館の至宝。
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これまでところどころ(主に三段目の三蔵法師が雪山で難渋するシーン)見てきているが、今回は怒涛の全巻展覧である。
でも長いから、一巻のうち前段を前期、後段を後期展示し、展示できないものはパネル展示すると言う、親切なシステム。
しかもシーンによっては別に解説展示もあると言うので、とてもわかりやすくていい。
絵は鎌倉時代後期の宮廷絵師・高階隆兼一門だと見なされている。
今回、前後期どちらも楽しませてもらったので、区分なく自分が見たものの感想を挙げる。
絵巻では、三蔵法師の裕福な子供時代から物語が始まる。

他の子供らがワイワイ楽しそうに騒ぐ中にあって、一人だけ思索に耽る子供がいる。高僧伝や聖人伝では幼児のうちから「他と違い賢い子」として描かれるのがセオリーだから、説明がなくともそやつが玄奘だとわかる。何しろ可愛くない。
そんな賢い子供より、周囲のワルサをする子供らの方がイキイキと描かれている。

やがて出家し修行に励む。
そうこうするうち、今の世に流布する仏教に疑問を持ち始める。
こうなると賢い玄奘くんを応援したくなる。
子供のうちは遊べや、しかし大人になれば学べや、と思うからだ。

天竺行きを決意する玄奘の夢に須弥山が現れる。
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日月を左右に従える須弥山と、周囲の海。怪魚がザワザワと顔を出し、雷神らしきものが半分波間に沈んでいる。
なかなかシュールな風景ではある。
ちなみに玄奘の踏むものは蓮。

出発。この時代は国外に出てはならぬという法律があったが、それを破って出ていく。
最初は三人ツアーだったが、やがて一人になり、馬もだめになる。泣き泣き別れて帰ってゆく者もいて、玄奘は一人、赤い馬に乗って西へ向かう。

三巻には天山山脈を越える過酷な情景が描かれる。
このシーンが多分いちばんよく展示されているものだと思う。
藤田でも実際にこのシーンがよく出ている。

これは1シーンの実は半分で、左へスクロールすると、谷底へ落ちて死んでいる人馬の姿も見えるのだった。
それでもなお行くしかない。ツアーの人々の背中を丸く描くところに寒さの実感・怖さの実感が込められている。
しかしところどころにさりげなくヒョウや高山に住まう鹿類が描かれているのも面白い。
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やっとこシルクロードの諸国を往くようになる。
各国で歓待され、ここにいてくれと請われるも、道心堅固な玄奘は旅を続けようとする。
それぞれの国王のエピソードが面白い。
お布施の会で出すものがなくなった国王が王服を差し出して裸の王様になるのはまだしも、某王様は梵天のコスプレをしてゾウに乗っているのだ。
もしその場にいたら、わたしは笑ってしまう可能性がある。←ヤバイ!

行く先々の地にお釈迦様の足跡・事跡が残り、それを示すための卒塔婆が立っている。
実際お釈迦様の仏足石も現れる。

旅には危険が付き物だが、海賊などはまだしも、妖怪モノノケの類も数多く現れる。
そやつらがまた妙にイキイキと可愛い。
旅の最初には案内人から命を狙われもするが、いずれも助かっている。
三蔵法師危機一髪シーンが、どれもこれもたいへんよく描けているのが楽しい。

祇園精舎につきました。荒れ果てた地には壊れた什器類だけでなく、髑髏も転がっている。
秋の半ばのエピソード。水鳥たちのくつろぎもある。狐も住まう。
偉大なひとのいなくなった地も、守るものがなければこのように自然に帰ってしまう。
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一方で今を生きる人々の住まう場はなかなか豪奢に描かれもする。
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奇岩を配するだけでなく、竜頭をたくさん彫り付けた噴水なども置いて、見栄えのする庭園を拵える人もあれば、塔を拵えて寄進する長者たちもいた。
旅の中で、お釈迦様の舎利や壁に浮かび上がる仏たちの眷属の姿を見もする。
中にはこういう怖いのもある。お釈迦様ゆかりの樹、つまり悟りを得た樹なのだが、そこに二体の観音が半ば以上埋もれている。
・・・すべて埋め尽くされれば、末法。
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さてやっと望むままに学ぶことができ、バラモンとも論争して勝ち、大勢の人々に大乗仏教の良さを広め、いよいよ帰国したくなってくる。
お師匠の正法厳にその旨を告げるや、応援される。
よい教えは故国に広めなければならない。
そのお師匠の庭園には小川が流れ、白石を動物型に彫ったものが橋として架けられている。
この絵は来月の藤田美術館で展示されるらしい。
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帰国の道も大変だが、行きと違い帰りは大荷物で、その上に先々で安全保障が成されておるので、距離的な問題と自然災害の恐怖を心配するばかりで、唐に到着。
大いに歓迎される。
皇帝李世民もすっかり三蔵法師に感服し、還俗せよなどと言うてしまうけれど、それはすげなく断られ、やがて持ち帰った尊いお経の漢語訳が一大プロジェクトとして始められる。
弟子の中でも基(後の慈恩大師)は優秀で、「成唯識論」の翻訳に功績を残す。
この慈恩大師が法相宗のはじめの人らしい。
そして大般若経の翻訳が完成すると、ピカーッッと光がさす。
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嬉しい日日も続かない。皇帝の逝去があり、三蔵法師自身も自房でコケて膝をすりむいたりするようになり、段々と死を意識する。そのための準備も始めだす。
やがて円寂する。

無遮会という誰にでもお布施のイベントをすると、多くの病人・貧民らが現れ、嬉しそうに米を貰ってゆく。二つ頭のヒトや、額に口のあるヒト、足萎え、盲人らが描かれている。
その後には三蔵法師のお墓を見るのがつらいと言う皇帝のために、お墓も移築される。
数年後、道宣律師が夢に韋駄天の訪問をみる。三蔵法師が兜率天で解脱したことを知らされるのだ。韋駄天は立派な拵えの武人姿で描かれ、外には赤と緑の鬼の姿の従者がいる。

たいへん見ごたえのある、面白い絵巻だった。とてもイキイキしている。
高階一門の画力の高さに目を瞠るばかりだった。
ところどころのユーモラスな描写がいよいよ<見る楽しみ>を増してくれた。

メインは終わったが、他にも釈迦と十六善神図や、肖像画がある。
この肖像画は'99年の奈良県立美術館「三蔵法師の旅」展図録表紙にもなった。
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また西夏時代の壁画を模写したものなどが出ていて、それがなかなか興味深かった。
つまり、そこには笈を背負う三蔵法師だけでなく、サル顔の従者が描かれているのだ。
たとえばこちらは水月観音図。メインは水月観音と、それに会いに来た善財童子なのだが、画面の端に三蔵法師と孫悟空らしき姿がチラッと見える。
そう、三蔵法師にはやっぱり三人のお弟子がいなくてはならない。
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というわけで、西遊記関連の書物や挿絵が並びだす。
ここでは特に玄奘の出生にもドラマティックな要素を持たせたものが人気だった。
近年、平岩弓枝がそれを基にした、平岩版西遊記を上梓しているが、これは近年の西遊記ものの傑作。
色んな西遊記を子供の頃からたのしんできたが、君島久子翻訳の西遊記と平岩版のが読み物系として、わたしには特別に面白い。
(諸星大二郎「西遊妖猿伝」も早く完結してほしいが、まだソグドとまりなので、先は長い、長すぎるぞ~)

明代の本の面白さはまた格別なものだと思う。平凡社あたりから多くの翻訳本が出ているが、学生の頃夢中になって読みふけった。
挿絵を見るうちに、その頃読んでいた小説が次々に蘇ってくる。
やはり文化の爛熟期に生まれるものは、面白い。

三蔵法師の旅した天竺地図が出ている。五天竺図。sun718-2.jpg
パネル展示もあって、そちらは電光掲示でバーチャルツアーする三蔵法師が見える。

大学の頃、明代の本をよく読んだと書いたが、授業とは無関係だったので、勉強ではなかった。それだけにますますのめりこんだのだが、実は自分でもシルクロードと天竺あたりの地図を描いている。それを教育実習に持っていったこともあるから、モノスゴイ心臓だ。
教師にならなくてよかった。

存分に楽しんで会場を出ると、初瀬の天神さんがお待ちかねだった。
こちらの展示についてはまた別な場で書く。
「天竺へ」は8/28まで。

御所の近くの高等学校

御所の近くの荒神口にある、旧第一高等女学校の見学に行った。
建物は昭和八年のもの。現在の学校名は別な名だが、一応伏せる。

学校の隣には同窓会館がある。
こちらもモダニズムの影響を受けた素敵な建物。
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内部の階段
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和室IMGP9281.jpg

さて正門です。IMGP9292.jpg
これは九条家より寄贈だということです。

校舎の正面。
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威風堂々たる姿ですな。

入り口は大理石らしいが。
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廊下の先には光が。IMGP9298.jpg

外観には分離派風なところもある。
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茶室は裏千家からの寄贈。
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ちょっと手入れがよくないのが残念。

元は旧華族の子女たちを最初に入学させた学校で、新制になるまで女学校だった名残で運動場が当初なく、紫野あたりへバスで連れて行かれてたそうな。
ただし室内運動場は充実しているらしい。

その体育館へは道路挟んだ隣ですが、道は渡らせない。地下通路で行き来する。
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体育館はモダニズム風な感じもある。
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いいものをみせてもらった。昭和初期の京都の公共施設は本当に名作が多い。
京都市営繕課の実力の高さに感動。

色鍋島・藍鍋島

大阪市立美術館の特別陳列は「漆をたのしむ」だけではない。
「色鍋島・藍鍋島」というこれも美麗な世界が展開している。
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もう一件「中国石造彫刻400年」もあるが、こちらはちょっと措いておく。
大阪市立美術館ではこのたび田原コレクションを寄贈され、その記念として名品を展示している。
'03年秋にその田原コレクションのうち70点ばかりを「色鍋島の美」として特集陳列して以来の展示ではなかろうか。
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7月初まで根津美術館で「肥前磁器の華」展が開催されていたが、これに行き損ねた恨みは、今回の大阪市立美術館の陳列を見て、癒えた(ように思う)。
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たいへんよかったからだ。
また解説に「類品は△△美術館に所蔵」などと丁寧で、ソソラレる文があるので、いよいよ良かった。リストにはサイズと外側面文様・高台文様や年代の記載もある。
実際の展示では、初期から盛期、そして終焉へむかう状況がのぞめた。
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元から鍋島への偏愛がある。
それだけに何もかもが好きと言うのではなく、好きなものと無関心なものへの視線の落差が激しい。
名品だろうが逸品だろうが、自分の好みに合わなければ「ああ、さすが鍋島」だけで終わってしまうくらい、偏っている。
そんなだから、今回の120点弱の展示のうち、ゾワゾワしていたのは数点に過ぎないのだが、それはわたしの勝手で、実際にはいい作品がずらりと並んでいた。
特に気に入ったものの名を挙げてゆく。
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色絵芥子図木瓜形皿 白抜きの牡丹が真ん中縦に浮き上がって見えた。面白い造形感覚が気に入った。

染付尾長鳥図皿 五羽の尾長鳥が飛んでいる。ダミ染ぼかしがきれい。外側面には海面図がある。鳥は海を渡ってゆくらしい。

染付薄瑠璃群鶴図皿 まるで三美神かモデルかのような立ち姿を見せる鶴たち。
牡丹唐草文の這う外側面の薄瑠璃色がたいへん艶やか。

色絵桜樹図皿 七寸皿がいちばん鍋島の色絵を綺麗に見せるサイズだと思う。満開だがとても静かな桜である。

色絵紅葉流水図皿 波に紅葉が落ちかかるが、その波は激しいうねりを見せている。さらに落ち行く先には渦巻く潮がある。

青磁色絵山帰莱図皿 サンキライには棘がある。サルトリイバラの別名を持つ。青磁に朱の線で描かれた植物。不思議な可愛さがある。シンデレラのかぼちゃのような。

染付椿樹図縁皿 これは染付だから青い椿の図である。色絵のものはサントリーなどでもよく見かけるが、非常に愛している。こちらの染付版もいい。魅力的な図柄。

染付姫椿欄干図皿 中国風な欄干。白椿が伸びるようにそこへ・・・この頃の鍋島は非常に描写がいいものが多い。

水仙、藤袴、蔓薔薇などの植物をモティーフにした絵柄などは、とても可愛らしい。
鍋島焼を見ていると、「鎖国も悪くない」と強く思ったりもする。

色絵青海波桜花籠図皿 上から桜か散り落ちてくる・・・以前から好きは好きだが、なんとも言えず不思議な情景だと思って眺めている。「花の降る午後」とはこんなものかもしれない。

色絵枝垂桜図皿 地が薄青のため、枝垂桜に夜の足音が近づいてきているようだった。
花が本当に咲くのはその後なのかもしれない。

青磁染付青海波椿繋文皿 こちらも好きなお皿。とても可愛い。この頃が絶頂で段々と終焉に向かいつつあるのか。

時代が下がり、後期に入ると、だんだんと面白味がなくなってくる。

色絵金彩梅樹図皿 京焼の近藤悠三の仕事のようだと思った。清水にある美術館に紛れ込んでもわからないかも・・・

青磁大根文皿 水底に沈むような風情がある。釉薬の濃淡の美に強く目を開かされた。
まるで深淵をのぞいたような心持になった。

染付透彫牡丹図輪繋稜皿 これは仁清の水玉透かしに似た作品だった。
明治十年の作。最後の輝きがここにあった。

いいものを見て歩くと、それだけで幸せになる。9/4まで。
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漆をたのしむ 蒔絵・螺鈿・根来

大阪市立美術館の所蔵する工芸品の質の高さは、驚嘆に値する。
しかしそれを宣伝・喧伝することが殆どないことは慨嘆するばかりだった。

今夏、大阪市立美術館は膨大な所蔵品のうちから、鍋島類と共に「漆を楽しむ」として漆工芸品の名品を並べている。
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<蒔絵と螺鈿>
今回、最古のものは平安時代(1175年)の蓮蒔絵懸子。チラシの下のもの。
研ぎ出し蒔絵と技法が説明されている。
蒔絵ひとつにしても、様々な技法があり、それによって仕上がりも異なる。
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熊野速玉大社蔵の「菊唐草蒔絵螺鈿手箱」は足利義満が奉納したという伝承があるだけに、見事な造りだった。
平安時代までは「蟻の熊野詣で」と言われるくらい貴族たちがぞろぞろ出かけていた熊野も、鎌倉時代を越えて南北朝になる頃の人気はさほどでもなかったのかもしれない。
とはいえ、信仰の地であることは堅く、こうして名品を奉納されている。
一つの品を見るだけでもこうして様々な疑念やナゾを感じるのだから、やはりこれら工芸品というのは面白い。

室町から桃山頃に生まれたらしい「菊慈童蒔絵硯箱」は菊花と水の流れと柄杓ばかりで、少年の姿はない。留守文様である。留守文様は奥ゆかしさを感じさせられる。
主人の姿がないからこそ、いよいよその主人の美を思わせるのだ。

爛柯蒔絵碁笥 爛柯という言葉には面白い故事がある。山中で老人が囲碁を楽しむのを眺めていた樵が、ふと気づけば自分の持つ斧の柄がくさりおちていた・・・それほどの時間が知らぬ間に経っていたのである。
ここにも碁盤と斧と菊花が描かれ、人の姿はない。
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このように故事や物語をモティーフにした図柄が描かれているのを見るのはとても楽しい。

むろん普通に文様の刻まれたものもいい。
鶯蛙蒔絵硯箱は酒井家伝来、青海波螺鈿蒔絵櫃は青海波が鱗状に刻まれるだけでなく、四神もその姿を見せている。
夕顔蒔絵天目椀は内外に夕顔が盛んに咲き乱れ、さすが桃山時代と思う派手ぶりだった。しかしどことなく着物の辻が花をも思わせる。優美な造りなのだった。

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桃山時代には南蛮タイプのボックスがいろいろ現れる。
わたしはあんまりその手が好きではないので、見ててもスルーしてしまう。
中にはちゃんと聖母子を描いたものを納める聖龕もあるし、キリストを示すIHSのイニシャルが入った文様の書見台もある。

<螺鈿 彫漆 沈金>
カザールコレクションから多く出ている。
これまでにも見ているが、今回は漫然と見ず、工芸の技を思いながら一つ一つじっくりと見る。そうすると新しい美に気づくことになる。
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螺鈿幾何学文香合 清代。なにやら高速撮影した星の動きのように見える。

螺鈿唐草文箱 17世紀の朝鮮時代のもの。わたしは朝鮮の螺鈿工芸がとても好きで、20年前にオジがソウルに赴任していたとき、土産にと螺鈿仕立ての宝石箱をもらって、今もそれを大事にしている。
だからこうしたものを見ると、リアルにほしくなるのだった。

薬師寺の桃山時代の螺鈿唐草文箱もたいへんよかった。何というても「綺麗」である。
賞玩したくなるような綺麗な箱だった。

先般出光美術館で彫漆の名品をたくさん見たが、そのとき花鳥柄のものにもっと後世のウィリアム・モリスの匂いを感じ取ったりしていた。
それは主に明代の名品に多い。
今回もたくさんいいものを見た。
前の持ち主カザール氏も無国籍?グローバル?なところが気に入ったのかもしれない。
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清代の彫漆桃花流水文盒は桃の花より流水より、なによりも三匹の鯉がよく目立っている。元気そうな鯉が跳ねる絵柄。

存星雲鶴文盆 こちらも清代のもの。長方形の、そんな大きくもない盆だが、どこかのベランダのようにも見える造りをしている。床模様に雲鶴、四方に中国風の欄干を行き渡らせている、そんな感じ。
ここに官女たちの人形を置いてみるのも面白そうだった。

形の面白い「指樽」があった。沈金で花鳥図が描かれている。親子の鳥の様子。なんとなくほのぼのする。

<根来塗、鎌倉彫、漆絵、密陀絵>
近年、関東の人々が根来の美に惹かれるようになったのだから、大阪市もどんどんアピールすればいいのに。
「大阪市立美術館には名品てんこ盛り」だということを。
今回も主に室町時代の根来塗りを見た。わたしは根来塗りを見ると、どーしても法事の気分になるのだが。
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人物密陀絵食籠は今宮神社のもの。これはたいへん魅力的な作品だった。二段に分かれた食籠の上段にはやや大きめの群像。太夫が三味線を弾き、その周囲をぐるっと踊る人々。信長がかぶりそうな帽子をかぶる者、顔を隠す者、鼓を打つもの、笛を吹くものもいる。とても楽しそうで、その楽の音が聞こえてきそうである。
下段には緋毛氈を敷いてのんびりくつろぐ人々がいる。
そしてこの丸い蓋には太鼓を打つ若衆がいる。
今宮神社は鎮花祭でも有名だが、かつてはこのような情景がそこで見られたろう、と思われた。

江戸時代の春秋遊楽図が出ていた。大きな船に乗ってその邸宅へ寄りくる人々。船でも邸宅でも、見るのは男ばかりで、たまにおかっぱの子供を見かけるが、女児かどうかはわからない。非常に楽しそうな様子が描かれている。
以前サントリーで見た屏風と構成も似ているが、ちょっと今、手元に資料がない。
楽しそうな船、陸地では牛が角を突き合わせているが、彼ら以外は皆享楽的である。
お座敷ではちょっとばかりHくさい坊さん風なのが若者をはべらせているし、琵琶法師もいれば盲人たちの格闘技風なものもある。いたずらをする若衆たち。碁で喧嘩する者もいる。生簀の鯉を取ろうとするのは遊びではなく食事のため。
見ているこちらも遊蕩したくなるような、屏風。

<蒔絵2>
江戸時代の蒔絵ものが集まっている。
錦木蒔絵硯箱などは葦手文様が入り、和歌が思わせぶりにそこここに。
しかも座敷には小袖が一つ置かれている。誰が袖図でもある、一景。

葦手は他にもあった。和歌が必須の教養だということを、改めて思う。
また源氏物語や伊勢物語をモティーフにした文様も多い。
筒井筒を刻んだものが、特に愛らしかった。

物語ついでに、許由巣父蒔絵硯箱も見たが、作者は山本春正。耳洗う方も牛を引く方もカシコそうな顔つきだが、牛がいかにもブモ~と泣きそうな気配があるのがいい。
山本は他にも七夕蒔絵硯箱を拵えている。

光琳の図案集、下絵などが集まっていた。
下絵や図案集を見ていると、やっぱり雁金屋という大店のぼんぼんだったということを思い知らされる。
そこで培われた下地が、後の華になっている。
どれを見ていても楽しかった。

今回はリーフレットもいいものだった。光村印刷の仕事。
こうしたものをもらうだけで嬉しくなる。
本当にいい展示を見せてもらった。
9/4まで

民都大阪の建築力

民都大阪・・・確かにそうだと思う。
徳川の代になって以来、町民の自治でオオサカは生きてきた。
昔々、仁徳天皇は高津宮から「民の竈の火が上がるまでは」と免税を行い、それで難波の民は潤ったと言うが、その頃はともかくとして、豊臣の世になり大坂が首都になるまでの数百年、この地は上にうるさいのも持たず、機嫌よく過ごしてきた。
堺は現在では「大阪府」だが、ここはまた別な地だと見なす方がいい。「もの皆堺に始まる」という意識を持った自治区で、京に対抗するのは経済力のある堺衆だという自負があった。
浪速と摂河泉(せっかせん。摂州・河内・泉州の総称)などで現在の大阪は成立している。
(都構想などはお上が勝手にぶちあげてるだけだ)
はっきり言うと、お上に頼らずとも自分らでなんなとしてきたのが、かつての大阪だった。
だから戦前のある時期には世界に冠たる「大大阪」と呼ばれ、経済力のない今は凋落して、つまらないヤカラに好き勝手されているのが現状なのだった。
尤も府内で言うと小大名もいて、麻田の殿様は豊中市に住まっていたし、岸和田にはその地の誇りたる立派なお城もある。

さて前置きが長引いたが、大阪歴史博物館では「民都大阪の建築力」という展覧会が開かれている。
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ここと「大阪くらしの博物館」はそれぞれ近代建築の展覧会などをたびたび開催してきた。
大阪歴博は元の大阪市立博物館が発展したものだから、市民からの提供資料も随分多く持っている。
だが、今回の展覧会は展示物それぞれの所蔵先からの借り出しが多い。
そしてその最古の資料は金剛組のもつ四天王寺金堂再建図面。「正大匠 金剛内匠廣目喜定」署名入り。
金剛組は四天王寺の最初の造営に関わった古代からの建築業。
そこのお道具をみるのも楽しい。

この先、チラシ画像以外はすべてわたしの撮った写真が続く。
(外観ではなく内部のどこか)

毎年春分の日前後三日間に泉布観が一般公開される。ベランダコロニアル様式の可愛い建物。
その室内のシャンデリア。
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そして親元!の造幣局の外観図もあった。

吹田駅のそばにはアサヒビールの大きな工場がある。
これはドイツのゲルマニア社が大方の設計図を拵え、日本の妻木頼黄が実施設計した建物に始まっている。
現在のものは平成になってからのもの。
妻木の遺産はゲストハウスの前にある。煉瓦壁。
面白いことにゲルマニア社の透視図には椰子の木が描かれている。いくら大阪が暑くても、椰子はないねんけど・・・17世紀頃のナゾなアジア紀行本の挿し絵のようだ。

明治34年に船場の町の人々の出資で拵えられた、日本最古の木造幼稚園・愛珠幼稚園の資料がある。
今も時々一般公開されている。
広い遊技室があり、そこは吹き抜け空間で、二階式回廊がぐるっと回っている。
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以前見学にきたとき、園長先生はいつからかここへは園児が上らないようにしてます、とお話されたが、そのとき共に見学していた、さるご年輩の奥さんが「実は私、そのときの園児でした」と名乗られた。そしてリアルタイムのお話を伺ったが、二階回廊へ上るのが禁じられたのは、実に昭和四年のことだと聞いて、八十年前の子供たちの姿を幻視した・・・

中之島の中央公会堂についてはいくらでも資料が見られるので詳述は省くが、久しぶりにコンペ案の原図を見れたのが大変うれしい。
透視図の中で一番神秘的な佇まいを見せるのは、長野宇平治のそれだった。
いつ見てもどこか不思議な世界に在るように思われる・・・

ヴォーリズの建てた大丸心斎橋店は、大阪の近代建築の中でも、特に美麗な一つだと思う。
わたしは北からベスト3を挙げるなら、まず中之島の公会堂、船場の綿業会館、心斎橋の大丸を選ぶ。
他にも多くの名品があるが、この三件は横綱級だと言える。

その綿業会館は大阪の三大倶楽部建築の一つで、渡辺節の傑作。
こちらに記事を挙げている
節のセンスが光るタイルたち。
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堂島の中央電気倶楽部、今橋の大阪倶楽部、いずれも見事な建物である。
sun697.jpg こういうものもあります。
sun699.jpg すりガラスの愛らしさ。

もう一件ガラスの美。大阪証券取引所。
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他に小学校のコーナーがある。
京都のように「番組」システムではなく、大阪は学区制度を敷いていた
その是非についてはここでは語らないが、展示されている写真や資料を見ると、裕福な地に建てられた小学校は、やはり見栄えも使い勝手もよいものだと感じる。

通天閣の立面図もある。竹中工務店蔵。内藤多仲の技術が生きる塔。数年前、内藤の旧宅を訪ねて資料を見せてもらったが、わたしのような数字に弱いものには、決して成し遂げられない仕事がたんと積まれていた。

日本に二件だけ残るアールヌーヴォーの邸宅と言えば、九州の旧松本邸(西日本工業倶楽部)と大阪伝法の旧鴻池組本店である。
どちらも見学したが、鴻池組は二度ばかり見せてもらった

生駒ビルヂングも今のようなオフィスビルになる前に見学した。ここの外壁にとまる鷲さんたちは可愛くてかっこいい。昔の大同生命ビルにもおったのですが、どこかの空へ飛んでいったらしい。
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阪急電車の昔のホームは伊藤忠太の見事なゴシック天井と、神話的なステンドグラスが荘厳な趣を見せていたが、阪急のやつが改装工事に手間取ってる間に、所蔵がどうなるか不明になってしもたのだ。で、昔の大食堂のステンドグラス(アールデコ風)はここの所蔵になっている。

高島屋別館のエレベーター。
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旧そごうの美麗すぎる装飾を施した扉は、今は大丸の所蔵。そごうが外商の得意先にプレゼントした手提げにはそのモティーフが選ばれている。
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村野藤吾の設計した作品群がどんどん消滅してゆく。
なんばのプランタンの写真やイスを見てると、昭和終わり頃の空気がよみがえる。
近鉄阿倍野店も大改装してるが、ここにある外壁の装飾格子も村野の作で、ブドウをモティーフにしていてる。
また使われるのだろうか。

先の生駒ビル同様、未来が明るいのが芝川ビル。
以前にも見学させてもらってます
ここもとても好きな建物で、いいお店もたくさん入っている。
この先も近代建築のオーナーさんたち、よろしくお願いします。

しかし既に失われたもののなんと多いことか・・・
ダイビルの破片を目の当たりにして、胸が痛くなった。
在りし日の姿はこちら
わたしは忠太、渡辺節が二大アイドルなのに。

最後にこれら失われた建物の破片からウクレレをこしらえる人がいて、その現物も並んでいることを記す。
なぜウクレレなのかはよく知らないが、見てるとそれだけでノスタルジィに胸をかまれてしまうのだった。

原信太郎 鉄道模型を極める

天神橋筋商店街の六丁目に大阪くらしの今昔館がある。
常設はともかく企画展は一室だけのそんなに大きくもない空間展示だが、いつもいつも中身が濃い。
今回は9/4まで「原信太郎 鉄道模型を極める」展が開催されている。
わたしはもの知らずだから原さんのコレクションも何も知らなかったが、この方は世界的に著名な鉄道模型制作者であり、シャングリ・ラ鉄道博物館の館長さんだったのだ。

まずこのチラシをごらんいただきたい。
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左下に和装の男性が写っているのが見えるが、こちらが原さんで、なんと92歳の今も現役で鉄道模型を拵えておられるのだった。
チラシの真ん中に堂々と姿を見せるのは、原さんがこれまでに拵え続けてきた自慢の電車たち。
一つ一つ丹念に作られていて、その姿は全くレトロビューティー、芸術と言って差し支えない。
とにかくリアルである。
ただリアルというのではなく、そこに本物を越える技が含まれてもいる。

わたしも熱心に見たが、他のお客さんで「うう~む、うう~む」とうなり続ける方も少なくなかった。
いや、わたしも本当は「うう~む」のクチなのだが、メモを取るのに懸命で、うなれなかったのだ。
とにかく素晴らしい。

原さんは1919年生まれで関東大震災のときは四つだったが、品川の自邸で鉄道のおもちゃを守ろうと必死だったという述懐がある。
そのブリキの電車が最初に展示されていた。

とにかく電車に命をかけているのは数々のエピソードから伺えることで、驚くべきエピソードも多い。
13歳でトタンやブリキの空き缶から鉄道模型を拵えているのだ。それは何度も改良を重ねられたようで、今回も姿を見せている。ほかの流麗な作品に比べ、やや武骨な感もあるが、これが原少年のデビュー作だということに、ある種の感慨が見るものの胸に広がる。

年表はそのまま鉄道史にもなる。
14歳で京王井の頭線・渋谷~井の頭の一番切符をゲットしたのを皮切りに、新橋~浅草、青山~虎ノ門、日暮里~上野、と少年時代にその栄誉を得ている。

さらに結婚後もお仕事に邁進しつつ、鉄道模型の世界はいよいよ広がりを見せ、海外にも出かけて新たに目を開かれてもいる。
チラシ真ん中のSBBCe6/8形電気機関車(スイス)は通称「クロコダイル」というもので、アルプスのゴッタルド峠を往くものだが、見るからに見事な出来だった。
会場では原さんのシャングリ・ラ内部の写真がパネル展示されてもいて、そこにもこの鉄道の雄姿が輝いている。

ところでヨーロッパ遠征と一番切符の絡み合う面白いエピソードが書かれていた。
伊豆急のトンネルの開通日、どうしても日本にはいない。
残念。しかし帰宅するとなんと一番切符が置かれているではないか!これは奥さんが三日間も並んで取ってくれた、得難い(本当に得難い)切符なのだった。
いいエピソードだなぁ。
奥さんが本当にえらい。

チラシ左上に「大阪鉄道デイ1形」がある。青くて可愛い電車。これは説明によると、日本初の1500Vの電源の電車らしい。窓がまた凝っている。
見る位置により緑色にも見えるのだ。
実物は知らないが、実物以上の美貌なのだと思った。

その隣の箱根登山鉄道にはお客さんもいる。
日本の電車はすべて1930年代のものでしめられている。

フランスの国鉄の可愛い模型には、木柱と碍子のセットもついていた。碍子はたぶんビーズだろうか。トルコ石のような色が可愛い。
前の顔は猛禽類ぽいが。

オリエント急行一等客車もある。オリエント急行殺人事件の映画を思い出す。
わたしは一度だけ乗れそうなチャンスがあったが、キャンセル待ちがすさまじく、とうとうあきらめてしまった・・・

FSE626形(イタリア)は全体がメタリックなシルバーと金線できらめいていた。
これは出来上がるまで八年かかったという代物で、原さんのシャングリ・ラ博物館の中でも最高峰のモデルだという。

面白いのはアメリカのミルウォーキーを走る鉄道で、これがボディは朱塗りという・・・大陸横断鉄道、目立たなきゃなぁ。

感銘を受けた一体がある。
<ある列車「九州鉄道」>と題された、美麗な鉄道。客車も一等、二等、食堂車、展望車もあり、それぞれの車両のステンドグラスは意匠は同じでも配色が異なり、「見応えがある」などというものではなかった。
素晴らしい鉄道模型だった。ボディの「逓信省」の右読み文字もいい。
そしてこの鉄道にまつわるエピソードがまた胸を打つ。
これは1905年にドイツに発注したもので、ようやく来たのが1908年。ところがそのときには発注先がなくなったいた。一度も運転されることなくに廃車になった鉄道だったのだ。
それをこうして美麗にしてリアルな模型に設えた・・・
原さんの鉄道への愛が伝わる物語だと思った。

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朝鮮を走る金剛山電気鉄道、阪和電気軌道、参宮急行・・・時代を感じる。
現在の近鉄京都線の原型になった電車もあり、色合いが殆ど同じものも見たように思う。

京阪電鉄(びわこ号)は天満~三条、三条大橋~浜大津を行く特急だというが、かつては三条と三条大橋が分離してたとは、今回はじめて知った。
しかしそういえば、同時代の日本画でも「三条大橋~浜大津」間の電車を描いたものがあったのを思い出した。
京阪も興味深いエピソードを持っているなぁ。

阪急900型は現在の原型で、色もマルーン。わたしはほぼ阪急電車しか知らないくらいなので、よその方から阪急の独自性を聞かされても、イマイチぴんとこないままだ。
しかしこうして模型を見ると、優美だと思った。これは大型ロマンスカー。

チラシ左下に大阪市電3001型模型がある。これは大阪駅と阿倍野を結ぶ電車。
私がそこへつく前にご年配の奥さん方がわいわいと。どこ行きか書いてあるのが見えない、ということでカメラにとって拡大して見て見ようとして叱られていたのだった。
わたしは奥さん方がいなくなってから見に行った。
あべの-日本橋-北浜-大阪駅前、と読めた。
奥さん方を呼び戻して、電車の前でわたしは皆さんに読み聞かせた。
喜んでくれはってなによりだった。
わたしもまだ、ちらっと役に立つらしい。

京阪の1550型は模型とはいえ、横の動きを補正するイコライザーというのがついているそうで、普通は縦にしかそのイコライザーとかはついていないらしい。
本当の鉄道運行の研究者の方がそれを見て、地下鉄の脱線事故もこのシステムなら防げたろう、と嘆息されたそうだ。

ほかにもご大典用の鉄道が当時最速の「ツバメ号」を抜いたとか色々エピソードがあった。
原さんも鉄道模型製作の技能のおかげで他にも色んな機械を修理したりしたようで、楽しいお話が紹介されていた。

1937年誕生の阪神電車71型は形が可愛くて窓も大きいので「金魚鉢」の愛称で呼ばれたそうだ。実際写真も可愛かった。

展示には他にここの所蔵の古い地図や絵葉書などもあり、また桜ヶ丘住宅改造博覧会資料や芝川邸の写真なども出ていた。
こういうのをずっと見ていたいので、嬉しかった。

この原信太郎コレクションは来年開設される横浜の世界鉄道模型博物館に大方寄贈されるので、もう大阪では見れないそうだ。
原さんは今もまた大好きな鉄道模型を拵えておられるようだった・・・。
ありがとう、いいものを見せてもらいました。

追記:2015.10.19 東京タワーでの展覧会のチラシを挙げる。
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日本美術に見る 橋ものがたり 天橋立から日本橋まで

日本美術にみる橋ものがたり 天橋立から日本橋まで
・・・そそられるタイトルだと思う。
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チラシを見ると、「橋」の字が面白いデザインになっている。
木偏に呑むの下に橋と小船の絵があって、それで「橋」。
ただしこの船はともかく橋自体は明治以降のものなのだった。

日本橋架橋百年記念ということだが、お江戸の昔から今に至るまで、都内で橋といえばまず中央区の「日本橋」。
それから隅田川に架かる多くの橋の名が挙がり始める。
江戸時代の大事件のひとつ「永代橋」の崩落、「柳橋物語」は山本周五郎の小説、「両国橋」は赤穂義士の凱旋!、「荒川アンダー・ザ・ブリッヂ」は…
まぁどうでもいいことです。

副題に「天橋立から日本橋まで」とあるくらいだから、他国の橋も色々と挙げられている。
実際、大阪と言う地は「浪花八百八橋」と言われるくらい橋が多いところで、今も中之島を中心に、淀屋橋、天満橋、天神橋などと知名度の高い橋のほかにも、栴檀木橋、三休橋、難波橋、水晶橋などなど本当に枚挙に暇がない。
江戸時代の俳人・上島鬼貫と小西来山の句碑が立つのは四ツ橋で、例の「涼しさに四ツ橋を四つ渡りけり」が刻まれている。
ただしこちらはもう橋はなく、橋の跡を示すような横断歩道も、今はちょっといびつ。
昔それを見下ろせた大阪電気科学館も、今は別な地に移った…

さて例によって枕が長いのも仕方ないとはいえ、そろそろ本題に。

「工芸に見る橋の意匠」ということで集まっているのが、宇治橋、住吉(太鼓橋)、瀬田の唐橋、八つ橋など。
太鼓橋は本当に丸い。半円で中がグリッド。(橋脚の構造)
あれを上り下りするのは正直、ちょっと怖い。
しかし見栄えの面白さは群を抜いていて、だからこそ工芸品の意匠によく使われるのだ。
三井だけでなく、湯木や静嘉堂からもよい品々が出ていた。
いつもの目玉コーナー展示室2では志野茶碗「橋姫」が東博からおでまし。
橋姫の伝承については子供の頃から関心があったが、その正体は実のところよくわからない。「うせにけり」・・・終いにはそうしていなくなるのか。
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雪舟の「天橋立図」があった。京博で見た記憶がない。あっても忘れてるかもしれない。
天橋立には自分も二度ばかり出かけたが、遠めで見るには例のまたのぞきがベストと言うことだけど、てくてくと歩くことが楽しかった。

聖俗境界の橋を描いた絵が集まっている。
ここでは主に日光と伊勢と八坂界隈のそれがあった。
(後期はそこに清水寺や山崎などが現れる)
橋を渡ることで世界が変わる。
橋のこちらとそちらでは違う世界が広がる。
ハレとケだけでなく、たとえば「川向こう」という言葉が戦前までの東京では流通していた。
そして橋の袂に住まい、橋銭を得て生活するものたちは、橋のこちら側の住人ではなく、橋の向こうのものたちだ、と見なされている。

鏡花の「化鳥」は20世紀初頭の作で、鏡花の作中では最初の口語体小説である。
物語は、幼い坊やの目に映る、橋の手前の人々の醜悪さと、橋の向こうの「現実」すなわち手前の人々には理解されない美しい世界が、その口から語られる。
彼ら母子は橋銭を得て生活するが、母なる人は橋の手前の生活者たちと自ら縁を絶ったような、一種世捨て人的な風貌が見える。
母なる人はあるときは橋の向こうで「うつくしい、羽の生えた」天女なのかもしれず、坊やと共にはもう生きていないのかもしれず、読むわたしたちを幻惑し続ける。

東照宮の縁起絵巻がある。前期は探幽の原本、後期にはその模本(住吉如慶)が出る。
たいへん美麗な絵巻であり、その詞書にも惹かれた。
「殊に法橋といへるは生死の を渡 涅槃の岸に至らしすことを本懐とす」(空字は不明)
法橋と言えば絵師などに与えられる身分のことを思うが、ここでは別な意味があるようだ。
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八坂法観寺塔絵図(参詣曼陀羅) 京都東山の景観の一つ。浄蔵にすがる女児らがいたり、建仁寺や八坂神社前の二軒茶屋の小屋掛けも見える。しかもなにやら・・・・・

伊勢参詣曼陀羅 丁度去年か伊勢の展覧会を見たが、この曼陀羅も見たかどうか。右は外宮、左は内宮。女の手を引いて五十鈴川で禊ぎしようとする男。・・・どうかな、カップルで禊ぎという時点でもうアウトぽくないか?
不動堂にもわんさかわんさか。

橋は神仏からの恵み、という考え。解説にそんな一文を見て思い出す絵本がある。
赤羽末吉の美麗な日本画の絵本「大工と鬼六」である。
架橋しようとする大工に自分が橋を架けようかと持ちかける鬼。大工と鬼の駆け引き。見事な橋の完成。そして名を露わにされて逃げ去る鬼・・・
架橋工事の大変さを感じさせられる。
確かに橋は人の手だけでは成し遂げられない難事業なのだった。
明石大橋を見上げる度に深い感慨を抱くが、きっと根にはその思いがあるのだろうか。

古物語に現れる橋と言えば、伊勢物語の八つ橋、俵藤太がムカデ退治に活躍した瀬田の唐橋などである。
奈良絵本の俵藤太の物語には、橋上に竜がいて、藤太に呼びかける。

物語の橋で思い出した。
ふゆきたかし「黄泉の湯」という物語がある。今ではネットで読めるが、この物語は静かに怖いものだった。
これも橋を渡ったがために運命の狂う男の物語だった。

そして近藤ようこの描く「橋守」の物語もまた忘れがたい。連作短編ものなので、さまざまな人間と、その事情が描かれている。
橋を渡ることは、運命を往くことでもあるのだった。

若冲の乗輿舟も出ていた。三井文庫の所蔵分。丁度おしまいのところ。天満橋などが見える。
この版画を見ていると、うちの祖母や母の従姉らの話を思い出す。今はなくなってしまった「へいたの渡し」などが描かれているからだ。
淀川の河岸には懐かしい先祖の記憶がある。

ところで浮世絵の橋と言えばやはり、北斎「諸国名橋奇覧」と広重の風景かが思い浮かぶ。
太田や久保惣あたりからの所蔵品が来ていた。
北斎「佐野ふなはしの古づ」は小舟が並んでいて、それを橋にしているものを描いているが、以前その絵の前に立ったとき、横にいた知らないオジサンが連れの人に故事を語っているのを、共に聞いた。その記憶が必ず浮かんでくる。

五十三次の藤澤(遊行寺)には盲人たちが旅をする姿が描かれている。自分で遊行を名乗っているのに、いまだにこのお寺に行っていない。時々自分の怠惰を反省する。
そして絵を見る度にそう思うのだった。

矢はぎの橋 日吉丸が橋の上で寝てるところへ野盗の蜂須賀小六とその一派が来かかるのだった。
絵は別にその情景を描いているわけではないが、「みんな知ってる」故事のある橋なのだった。

寛文12年の日本道中絵図を見た。今津や尼崎の地名が見える。そして彩色が施されているが、その色がどう見ても黄色や水色の蛍光マーカー色に見えるのだった。
四百年前の、地図・・・

大坂市街図屏風も同じく17世紀のものだが、もう少し後年の作らしい。東横堀川が流れる。仲良さげな少年たち、琵琶法師らが見える。ムカデ柄の暖簾を掛ける百足屋という店もある。

元和九年1623に作られた名古屋の裁断橋の擬宝珠があった。これはある母親が我が子の三十三回忌に建てたものだという来歴があるそうで、その本も出ていた。
名古屋も名のある橋の多い地だと思う。

思い出した。飛騨高山に「味噌買い橋」という小さな橋がある。日本昔話にこの橋の面白い話があり、わたしはそれに惹かれて飛騨高山まで行ったことがある。
ここには取り上げられていないが、五条橋には今も牛若丸と弁慶の像があるし、土佐のはりまや橋はやっぱり今も観光場所なのだった。

京の橋として、代表的な橋の載る名所図絵などが出ている。
洛中洛外図屏風のうち歴博D本が来ていた。
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清水寺、三十三間堂、大仏に始まる屏風。遊女屋も繁盛し、BL風な状況もあり、山鉾もある。
都名所図絵では宇治橋や四条河原、三条大橋などの絵がある。橋はそれだけで主役にもなるのだった。

明治31年の川端玉章「京都名所十二ヶ月」の半分ほどを見る。懸想文売りの犬神人などが描かれているが、これはリアルタイムの京都だったのだろうか・・・

江戸の橋。集まってみると、ああ、これこれというのが多い。
広重の江戸百景で言えば亀戸天神の太鼓橋、大橋など。
むろん「日本橋」もそこにある。
日本橋の擬宝珠・・・これを見ると杉浦日向子「百物語」の一話を思う。あれは京橋の擬宝珠ではあったが。

笠松紫浪の「日本橋」もあったが、例のブロンズ像と照明灯などが描かれている。これは新版画の人々には格好の題材だったろう。ノエル・ヌェットもいい作品を残している。ピンクに染まるビル群・・・昭和の真ん中の日本橋。
ブロンズの鋳造は去年見た津田の仕事

そして堀潔の昭和十年の日本橋と帝国製麻の姿がある。
とても見事な建物。一度実物を見てみたかった・・・
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後期にはまた少しばかり展示換えもあるので、そちらを見るのも楽しみ。
「橋」の面白さを美術でもって堪能できる展覧会だった。

青木繁 展

青木繁の大々的な回顧展は、最初京都国立近代美術館で始まった。
それがどういうわけでか行きそびれて、わたしはブリヂストン美術館で堪能することになった。
とはいえ、半分は確信犯的なところもあった。
以前から少しばかりこのブリヂストンで青木の作品を見せてもらっていたから、「場」を大切にしたい気持ちがあったのだった。
それに何よりも、ブリヂストンの創立者・石橋正二郎氏は青木と同級生で、長生した坂本繁二郎を支援するだけでなく、青木の作品が埋もれないようにしようとした人だということが、今回のわたしの状況を作った。
ちょっとナニワブシなキモチかもしれないが、わたしはブリヂストン美術館で、青木繁展が見たかったのだった。
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子供の頃から、青木繁の名と作品と夭折者だということを知っていた。
小学校の図画の教科書で見た速水御舟「炎舞」にときめいていたのと同様に、青木の絵にも胸を衝かれていたのだった。
ところで実際の絵を見る前に、青木の絵の模写またはパロディとしての絵を見ている。
山岸涼子「わだつみのいろこの宮」の表紙絵と、諸星大二郎「失楽園」の中の1シーンである。
そこから青木に本格的な関心がわいたとしても不思議ではない。

'93年に高島屋で「夭折の画家たち」展が開かれた。そこには青木を始め、三岸好太郎、岸田劉生、前田寛治らの作品が出ていた。
キャッチコピーに「時間が足りなかった」というのがあり、納得する人もあれば「このひとはしかし生きながらえても果たしてこれ以上の作品を生み出せるだろうか」と思う人もあった。
劉生などは長生すればまた新しい世界が見れたように思う。拓くのではなく、深まる、という意味で。
しかし青木繁に関しては、後者の思いを懐くしかなかった。

青木の絵は一般的に、未完成な部分を持ったまま「完成品」として世に出ているものも多いと言うが、それはそれで一種の「自己完結」があるから、あまり色の塗られていない部分などに眼が行かない。
今回久しぶりに「海の幸」を見てもやはり色の塗られていない部位に対して、未熟さ未完成さというものを感じることはない。
全体ではなく、たぶん中央の部分しか私は見ていないのかもしれない。
しかしそれでいいと感じ(させられる)力がここにはある。
先頭を行く、嬉しげな表情の数人と、福田たねをモデルにした顔と。
それだけが意識にはっきりと活きている。
もしかすると青木はそれだけ描ければそれでいいと思ったのかもしれない。
それくらい、この絵は中心が光っていて、他はその余光に包まれている。

百年前の明治の学生、書生気分というものは実感することは出来ないが、青木の描く戯画風な妙義山スケッチなどを見ていると、どこか気随な楽しさが見える。
思えば「海の幸」の舞台の布良行きも仲間と恋人と一緒のわいわいツアーだったのだ。
つくづく青木の絵には「明治」の匂いが活きている。

自画像がある。石橋美術館の所蔵。背景には明治に流行した金唐紙が貼られた壁がある。
上等な洋館の装飾材、バッキンガム宮殿にも輸出された日本の工芸品。
それを背景に若き洋画家のセルフポートレートがある。
わざわざ選んだ背景に違いない・・・

わたしは物語絵が好きで、絵巻物に惹かれたり、挿絵・口絵にひどく関心が強いのもその文芸性にときめくからだった。
青木の絵は文芸性が高い。ラファエル前派のそれと同様、青木の絵にはときめきがある。

「輪転」 '88年のアサヒグラフ別冊美術特集の「青木繁号」表紙を飾ってもいる。
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青緑、黄緑、金、などの色の入り乱れた一枚。裸婦たちが金色の太陽の真下で、ざわめきうごめいている。彼女たちの顔はなく、表情からその意図を推すことは出来ない。
後に発見された「運命」東京国立近代美術館蔵や「少女群舞」府中市美術館蔵らと共通する動きがある。
もう少し後に「少女群舞」を見ることになるのだが、これは明治の女学生にも天平の少女たちにも見える。
リボンに袴らしきものが見えるので、青木のリアルタイムの少女たちの姿かとも思う一方で、青木の志向から思えば古代の少女たちのようにも思われる。
本当のところはわからないし、わからないのも楽しいように思っている。
「運命」では、巨大な真珠の玉のようなものが其処此処に在るのが、目を引く。ここにいる三人の女たちはヒトの「運命」を司るものたちなのか。あの玉は人間の運命の象徴なのか。 
が、顔のわからない三人の女たちの間に行き交おうとするものが目玉(もしくは光の球)だとすれば、彼女たちはギリシャ神話の運命の三女神ではなく、ゴーゴンの三姉妹かもしれないのだった。

「黄泉比良坂」の本絵と二枚の下絵がある。
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本絵を最初に見たとき、その色彩の繊細な豪奢さにひどく心が揺れた。
イザナギが逃げる後姿、それを追うヨモツシコメたち。一人の女の伸びた両腕が印象深く、その後に続く女たちの表情や行動を認識していなかったことに、今回改めて気づいた。
一人の女は首だけねじてこちらを見ている。
白い歯並びらしきものが見える。そして一番黄泉の深い地にいる女は、どうやら何かを食んでいるらしい。古事記ではヨモツシコメらは、イザナギの櫛が変化した筍を貪っている間に、彼を取り逃がすのだった。
下絵のフルカラー版は片手に地を掴み、片手で男を追う女と、そこから逃げる男とを描く。
動きはこちらのほうがある。
赤コンテの下絵は男の前身を描いているが、こちらはヨモツシコメらを投げ飛ばしそうな勢いがある。
しかし本絵になった絵には、ゆるやかな<動き>が永遠にその場に留め置かれたようなイメージが生きる。逃げるイザナギの肌は白く、どこか弱弱しい。
この絵を見ていると、いつも二枚の別な絵を思う。
いわさきちひろ「青い鳥」での「しあわせのくにのぜいたくたち」が一瞬にしてご馳走も衣装も失い、裸のまま逃げ出す情景を。
ワッツ「希望」青版を。

「闍威弥尼」 インド神話の研究から想を得たというが、これはインドの哲学者ジャイミニを描いたもの。しかしどう見ても女性像に見える。それもインドではない国の。だから私は以前からずっと勝手にジャイミ尼というナゾの神仏系のヒトだとみなしている。
そんな風な勝手な妄想も許されるように、思う。

「天平時代」と「享楽」は、共に天平時代の風俗を借りて描かれている。
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わたしはブリヂストンの「天平時代」より先に大原美術館の「享楽」を見ていた。
古代のハープたる箜篌や月琴などを演奏する女たち。
「春」だとそこに和琴が加わる。
また、箜篌を描く絵は他に藤島武二「天平の面影」と吉川霊華「箜篌」がある。
だいぶ前にブリヂストンで青木の「わだつみのいろこの宮」と武二の「天平の面影」が、通路を挟んで左右に配置されるという、贅沢な展示を見た。
あのときの嬉しさは今も心に生きている。
そしてこの「天平時代」は浴室か何かに女たちが集っている情景を描いている。
一人笛を吹く女がいる。大方は曖昧な顔を見せているが、赤い服を着た女だけは例によって福田たねの顔である。
彼女が中心ではないが、「気づけばそこに彼女がいる」という状況なのだった。

久しぶりに「絵かるた」を見た。
明治の頃はカルタや百人一首の会がとにかく人気だったそうだ。一種の合コンの場でもある。
文字なしで、バストアップの女が手に刃を握り締めている札がとても気に入った。
状況はわからぬが、半裸の女はどうやら苦悩しているようだった。
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下絵やエスキースひとつにしても、青木の描くものは、何もかもがドラマティックに見える。そして、その浪漫性にどうしようもなくときめくのだった。

「大穴牟知命」 この絵を最初に知ったのは、谷川健一「魔の系譜」の一篇からだった。
少し引用してみる。(「魔の系譜」所収「装飾古墳」)
「・・・屈強な素裸の若者が、力なく片手をあげて、死んだように地面によこたわっている。眼はとじ、口はかすかに開いている。そのかたわらに二人の女がうずくまっている。ひとりはのけぞった若者の顔を見守り、もうひとりの女は、正面をむいて片っぽうの胸乳をつかんでいる。このように死とエロスと再生とを大胆に語った絵を、私は知らない。」
絵の実物を見る前に、絵を写したモノクロ画像ですら見ていない頃に、この文章を読んだのである。
わたしは灼熱に焦がされ、焙られて、苦しんだ。
熱狂がないと、本当の愛にはならない体質のわたしは、谷川健一の文章で構成された「大穴牟知命」に「熱狂」したのだった。
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実物を見るまでには結局数年かかった。出来のいい複製品に優しい微笑を投げかけつつ、その向こうにある実物への執着が高まり続けていた。
今もまた、その灼熱の苦しみは消えていなかった。
壁にかけられた実物を見ながら、わたしも乳と貝の薬をこの男に与えたい、と思っている。

旧約聖書挿絵シリーズがあった。これらを見るとラファエル前派の影響云々というのが飛んで、モローの教室にいたのではないか、と思ったりもする。
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「物語」としての旧約聖書はたいへん面白いので、絵を見ると物語が思い浮かび、それでいよいよ面白く感じる。
挿絵・口絵の力が強いと思うのは、こんなときなのだ。
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「光明皇后」 今回、絵の下部中央からやや左寄りに孔雀がいることに、初めて気づいた。
光明皇后のいた時代に孔雀がいたかどうかは問題ではなく、この場に孔雀がいることの自然さに、初めて意識が向いたのだった。
大和の山々が遠くに見える。
たたなずく青垣、大和し美し。歌われて三世紀後の大和がある。

「日本武尊」 本絵は東博で見て以来の再会。ヤマトタケルを描いたものは他にもあるが、そちらは下絵だった。そしてこの構図とはまったく違うもの。
ヤマトタケルの生涯には深い関心がある。
古事記に描かれたヤマトタケルの姿には美しい悲哀がある。
青木のタケルは旅に疲れた姿ではなく、日焼けして眼ばかり光る若者の顔を見せていた。

「わだつみのいろこの宮」への熱狂についてはもう書かない。
今回も目の当たりに出来て、ただただ嬉しかった。
そして初めて世に出る下絵もあった。構図が違っているのが面白い。
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つまり、今の構図はやはり「青木繁の」わだつみのいろこの宮なのだが、この下絵の方のは前田青邨、小杉放菴あたりが選んでもおかしくない構図だと思うのだ。

他にも好きな作品が多いが、後期から展示されるものもあるので、残りはそちらで書こう。
(幸彦=福田蘭童とその系譜などについても)

本当にいい展覧会を見て、気持ちいい。

八月の予定と前月の記録

早くも八月。八月一日と書いて「ほづみ」ともよみますね。
しかし旧暦の話なので実感はないわね。

さて今月の予定です。
毎月のハイカイは欠かせません。
首都圏。
歌川芳艶 ~知られざる国芳の門弟 太田記念美術館~8/26
大倉喜七郎と邦楽 -“幻の堅笛”オークラウロを中心に- 大倉集古館~9/25
アートコレクション ホテルオークラ ~8/28
日本画どうぶつえん 山種美術館~9/11
明代陶磁の魅力 畠山記念館~9/19
和田誠展 書物と映画 世田谷文学館~9/25
孫文と梅屋庄吉 100年前の中国と日本 東京国立博物館~9/4
古代インドにぎやかアート 古代オリエント博物館~9/4
空海と密教美術 東京国立博物館~9/25
没後100年 青木繁 よみがえる神話と芸術 ブリヂストン美術館~9/4
書斎の美術―明清の玉・硝子・金工を中心に― 泉屋分館~9/25
理想の暮らしを求めて 濱田庄司スタイル 汐留ミュージアム~9/25
日本美術にみる「橋」ものがたり―天橋立から日本橋まで― 三井記念美術館~9/4
明・清陶磁の名品―官窯の洗練、民窯の創造 出光美術館~9/4
もてなす悦び展  三菱一号館美術館~8/21
安野光雅展-アンデルセンと旅して 神奈川近代文学館 ~9/25
洋上のインテリアⅡ 日本郵船歴史博物館8/6~11/27
藤島武二・岡田三郎助展 ~女性美の競演~ そごう美術館~9/4
実相寺昭雄 ウルトラマンからオペラ「魔笛」まで 川崎市民ミュージアム~9/4
ブラティスラヴァ世界絵本原画展―世界の絵本がやってきた うらわ美術館~8/31 

次は関西。
民都大阪の建築力 大阪歴史博物館~9/25
原信太郎 鉄道模型を極める―関西の鉄道・まち―  大阪くらしの今昔館~9/4
新収蔵品初公開 祭礼を描く絵巻と屏風 春日大社宝物殿 ~9/28
天竺へ~三蔵法師3万キロの旅 後期 奈良国立博物館~8/28
漆工展 大和文華館8/13~10/13
「涼を描く」~日本の夏を楽しむ~ 松伯美術館~9/25
視覚の実験室 モホイ=ナジ/イン・モーション 京都国立近代美術館~9/4
百獣の楽園─美術にすむ動物たち─ 京都国立博物館~8/28
絵葉書の美女たちにみる明治・大正浪漫 清水三年坂美術館~8/21
銘のある茶道具~逸翁流、銘の楽しみ方~  逸翁美術館~8/14
イタリア・ボローニャ国際絵本原画展 西宮市大谷記念美術館8/20~9/25

後ほかにも旧府立一中の見学もあり。
大丸の昆虫展も見逃せない。
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