美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

十月の予定と九月の記録

明日から十月。しかも土曜日。ということで予定表を前倒しで挙げます。
今回は「今月自分が行けそうな所」がメインです。

ウィーン工房1903-1932 モダニズムの装飾的精神 汐留ミュージアム10/8~12/20
生誕125年 萩原朔太郎展 世田谷文学館10/8~12/4
アール・デコの館- 東京都庭園美術館公開10/6~10/31
ヴィクトリア朝の子どもの本:イングラムコレクション 国際こども図書館10/5~12/25
朝鮮陶磁名品展 高麗茶碗、漆工芸品とともに 静嘉堂文庫美術館10/1~12/4
華麗なる〈京蒔絵〉-三井家と象彦漆器- 三井記念美術館~11/13
松竹歌劇の60年-レビューの舞台とスターたち 台東区立下町風俗資料館~11/27
知られざる歌舞伎座の名画 山種美術館~11/6
朝鮮時代の絵画-19世紀の民画を中心に 日本民藝館~11/23
瀬川康男遺作展 -輝くいのち- ちひろ美術館~10/23
安野光雅の絵本展 そごう美術館~10/10
竹と民具 -竹とともに暮らす- 神奈川県立歴史博物館~11/6
洋上のインテリアⅡ 日本郵船歴史博物館~11/27
横浜トリエンナーレ 2011OUR MAGIC HOUR 
広瀬始親写真展横浜ノスタルジア~昭和30年頃の街角 横浜開港資料館~10/23
名品展 鎌倉国宝館~10/10
三菱のロートレック、練馬の松岡映丘展は11月に行く。

次は信州。
没後100年 菱田春草展─新たなる日本画への挑戦─ 長野県信濃美術館~10/16
中込学校
観光地の描き方 長野県立歴史館~11/13
あとペイネ美術館、メルシャン美術館に行く予定なのだが・・・

関西。
心斎橋 きもの モダン -煌めきの大大阪時代- 大阪歴史博物館10/15~12/4
大つくりもの「浦島太郎と龍宮城」 大阪くらしの今昔館10/5~11/20
「上村松篁展」~鶴に挑む~ 松伯美術館10/4~11/27
乾山と木米―陶磁と絵画― 大和文華館10/9~11/13
インド ポピュラーアートの世界―近代西欧との出会いと展開 国立民族学博物館~11/29
生誕120周年記念 岸田劉生展 大阪市立美術館~11/23
墨痕 託された想い 正木美術館10/1~11/27
近代の錦絵 国周 芳年 耕漁 白鹿記念酒造博物館~11/21
生誕170年・没後100年『コレクター藤田傳三郎の審美眼』 藤田美術館~12/11
西鶴―上方が生んだことばの魔術師 柿衞文庫~10/23
絵巻-大江山酒呑童子・芦引絵の世界- 逸翁美術館~12/4
映画館「明治座」物語 池田歴史民俗資料館~10/9
宝塚歌劇に見る民俗芸能 池田文庫
小林一三と野球 小林一三記念館
江里佐代子の伝言 中信美術館~10/16
帰ってきた江戸絵画ギッター・コレクション展 京都文化博物館~10/16
荻須高徳展 えき美術館~10/16
フェルメールからのラブレター展 京都市美術館~10/16
ワシントン・ナショナル・ギャラリー展 京都市美術館~11/27
住友コレクションの中国絵画 泉屋博古館~10/23
並河靖之邸
このあたりは月末~11月。
京の小袖―松坂屋・丸紅・千總コレクションを中心に― 京都文化博物館10/29~12/11
駒井哲郎展 1920-1976 ‐版にみる夢と現実 伊丹市立美術館10/29~12/18
第63回 正倉院展 奈良国立博物館10/29~11/14
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府中市美術館の明治・大正・昭和の洋画

府中市美術館の常設展示についても少しの感想を。
明治・大正・昭和の洋画を集めている。

最初にワーグマンの明治の日本人を描いた絵がある。
三味線を弾く女 傘を背たろうているところを見ると、流れ歩きの芸人なのだろう。
明治の頃にはこうした流浪の芸人は多くいた。口の開きが少しいびつ。

高橋由一 墨水桜花輝耀の景  手前に白い桜、奥に草っ原と川と船。遠近法は浮世絵風。
油絵で描いた浮世絵のような趣がある。

五姓田義松 パリの風景  公園か、街の街路樹か、にぎやかな緑がある。噴水に馬車、まだベル・エポックの時代。1883年のパリ。アールヌーヴォーの時代の直前か。

鹿子木孟郎 日本髪の裸婦  背を向ける女。着物に座る。鹿子木の裸婦は白人のものはみているが、日本髪のそれはあまり見ていない。明治の女の身体・・・

牧野義雄 テムズ川からウィンザー城を望む  夏。白い城、白鳥、少女、明るい昼中。
心地よい温度を感じる。

満谷国四郎 裸婦  満谷の裸婦は好きなものが多い。この裸婦はやや濃い色の膚だが、他の多くの裸婦はいつも黄桃のような色合いの肌を見せている。
女の手にはブドウがある。紫色のブドウ。顔立ちのわからぬ女の温和な雰囲気がいい。
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正宗得三郎 赤い支那服  髪飾りはミュシャが喜びそうなものである。ピエロのような襟のチャイナ服。赤地に青灰色の袖がいい。

正宗が八年後に描いた「初秋の窓」もいい。籐椅子に座す女が読書を楽しむ姿。昭和初期のモダンさがある。

長谷川利行 荒川風景  遠くに四本の煙突が見える。お化け煙突が四本に見える位置からの写生らしい。電柱がぼーっと立っている。電線でつながってはいるが、隣の電柱とは遠く離れている。ぼんやりしたような空気がある。

藤野龍 爽秋 手前の草っ原に杭が立ち並ぶ。きれいな間隔で並ぶ。向こうの固まりは森なのかもしれない。わからないが、確かめるためにその奥に向かいたい。

猪熊弦一郎 窓  意思的な面立ちの女が座している。スカートの質感。窓は色ガラスなのか自然な採光によるものなのかがわからないが、きれいな色を見せている。

古賀春江 橋  壊れそうな橋。水が激しい。そこを行く人々。これは彼の同郷の夢野久作「犬神博士」の1シーンではないか。そんな思いに駆られる。

他にひどくわびしい風景画が集まっていた。武蔵野のわびしさ。
そして、併設の牛島憲之室では、名作選が開催されているが、こちらの風景はまたシュールで、妙に明るいものが多い。
いい心持で好きな作品をじっくり見て回った。

羽田空港の横山大観展

どこで手に入れたのか忘れたが、こんなポストカードが手元にある。
横山大観展 DiscoveryMuseum。
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裏を返すと羽田空港第2旅客ターミナル3階と場所が書かれている。
ずっと伊丹空港~羽田空港を愛用していたが、大改装の直前に羽田から遠ざかった。
だからここのことは本当に知らなかった。

少しの空き時間が品川で生まれた。考える時間も少しだけあった。
人に会うまでの時間に、ここを往復し、見て帰ることができるか?
出来る、とわたしの予定表が言う。それくらいのすきまは作れる、と。
来た急行に乗ってゆけば全てうまくゆく。

永青文庫の所蔵品から選択された美術品が、羽田空港の奥まった場所に展示されていた。
照明は仄暗く、ガラスケースも枠の大きなもので、置かれたソファとその枠の黒さが空間を静かなものにしている。

不思議な安寧を感じた。
それは、空港と言う場所だからかもしれない。
この空間ばかりは静かだが、少し歩けば喧騒と疲労と熱気とが渦巻く環境になる。
ここだけが静かだということを、なにかしら尊くさえ感じる。
ふだんこうした展示に興味のなさそうな人々が、感想を相手に囁き、楽しそうに、珍しそうに眺めて歩く。
売店では絵の複製品やそれをモティーフにしたグッズが販売されていて、購入する人々も見受けられた。
「羽田空港」の「この空間」で出会ったことが、お客さんの心をくすぐり、背を押すのかもしれない。
グッズの中に熊本の美術館に住まう菱田春草の「黒き猫」のクッションがあった。
以前、東博の展覧会で見た奴がここにもいた。
そ知らぬ顔でこちらを見つめている。

リーフレットにモノクロで全ての展示品とその解説などが掲載されている。

勅題画が出ている。これは以前にも少しばかり見ているが、今回改めて眺めると、やはり「いいものはいい」という実感がある。
どの絵を描くときも大観はまじめに絹に向かっていたろうが、「勅題」であることの意義を思うと、大観の「明治人」らしさが画面から立ち上ってくるようだった。

神苑朝(しんえんあした) 鳥居と松の配色、立ち位置がみごとだった。
この絵の中に立ち、自分もまた拝礼し、拍手を打ちたくなるような、清々しさがある。
きれいごとを言うわけではないが、この絵の前に立つと、自然と心が正しくなるようだった。真っすぐに生きたい。そんな心持にさせてくれる絵。
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大観の絵ばかりが並ぶのではなく、他の作家の絵も多い。

下村観山 春日の朝  朝靄の中、シカップルが寄り添っている。まだ眠りが足りないように見える。こんな時間帯に春日を歩きたくなってきた。

木村武山、山中神風、堅山南風の扇面があった。三人とも金地に琳派風な絵を描いている。
蔦紅葉、八橋に杜若、秋草。抱一の絵からの発想だと説明にある。
わたしは特に武山の蔦紅葉の鮮やかさに惹かれた。

洋画が一点ある。
梅原龍三郎 静浦風景  青い絵。山の青さ。岩絵の具の青。強い青でありながら、面白いにじみもある。感染させる青、とでもいうか。周囲を全て巻き込む青。

最後に「30年ぶりの公開」たる大観の襖絵を見る。
襖に描かれた絵は柔らかく、観賞用であると同時に、実用の空間に置かれるものだと改めて知る。

ほんのりと心が和む空間は、無料だった。
この展示は9/30まで。次はわからない・・・

土門拳の古寺巡礼

八王子夢美術館の展示室の大方に土門拳の撮った仏たちがいる。
横向きの頬、真正面の額、うつむく瞼、見上げる顎。
指の形一つにも表情がある。

自分の知る仏も少なくはないが、自分の眼で見たものより、ここにある写真のほうが上の段にいる気がする。
それは自分の眼よりカメラマンの眼と手が上だと言う証明になる。
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「古寺巡礼」は土門拳のライフワークであった。
本は五冊出ている。到底わたしなどが手に入れられるものではない。
(今は編集された普及版もある)
この造本のこだわりがまた凄いもので、色々なエピソードがある。
また「古寺巡礼」のタイトルを書いた人々も当時一流の作家ばかりだった。
刊行順に並べる。
梅原龍三郎、福田平八郎、安田靫彦、井上靖、井伏鱒二の五人。
そこに納められた仏たちを、見ている。
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三十三間堂の仏たちを写した作品を見る。
あの堂内は薄暗いが、金に輝く仏たちが千余体も並ぶので、不思議な明るさがある。
その一部を写し取った写真。
この仏たちは自分に似たもの・知る人に似たものがあると言う。
溝口健二の傑作「西鶴一代女」の冒頭で、今や落魄の身となったヒロインお春がその仏たちを眺めると、自分の上を行き過ぎた男たちの顔に見えてくる。
あれもそれもこれも・・・そこからお春の生涯が語られ始める。
実際、そのような眼で見ずとも、この三十三間堂の仏たちには、ある種の不思議な親しみがある。土門拳が仏たちに何を見出したかはわからない。
彼の言葉はあちこちにある。
しかしこの仏たちへの言葉を、わたしは見出せなかった。

ナマナマしい実感。
カラー写真も強く、モノクロ写真も深く、それが押し寄せる。
接写するからナマナマしい、というのではない。
ロングであっても、ナマナマしいことに変わりはない。

土門拳が被写体とどのような「距離」を持つかを改めて考える。
ひとには、自分の保ちたい距離感がある。
若い人ほどその半径は広く、年配になるほどその輪が狭くなるそうだ。
自分から動けない仏たちは、土門拳の踏み込みをどう視ていたのか。
人のする業だと達観する仏もあれば、近くへおいでと誘う仏もあり、よく見るがいいとのたまう仏もあるだろうし、返事もしないで知らぬ顔をする仏もあるに違いない。

作品を見るうちに様々な<状況>を想像する。
自分のいちばん綺麗な貌を写されて機嫌のよい、吉祥天。
黙って見よ!と無言の圧力をかけてくるお釈迦様。
元気のよさをアピールする雷神・・・
雷神の写真はこれまでにも見ているが、対の風神を見たのは今回が初めてだった。
ハナ天向く、という顔つきの河童のような風神だった。

岐阜の永保寺の橋を見る。屋根のついた部分を中央にしたもの。
これは夢窓国師ゆかりの古刹。以前岐阜の知人からこの写真を貰ったが、そのときも「いいお寺やな」と思ったが、今こうして土門拳の眼と手で撮ったものを見ると、いよいよ深く心を囚われる。
「行きたい」から「行かなくては」という焦燥感が押し寄せてくる。
そしてこの風景写真は、仏たちを写すときとは、多少心持が異なっているようにも思えた。

土門拳の写す寺社・庭園には叙情性がある。
体温や息遣いを感じるようなナマナマしい実感から離れて、その、天然の美を取り込んで日本人の知恵を結集して拵えた風景の美を、柔らかに捉えている。

平泉・中尊寺の雪、大仙院の大きな石、室生寺の塔の立ち姿・・・
やさしい艶かしさと柔らかな豊かさがそこにある。
しかし、どうしてか、コケのみずみずしさがそこには出ていない。

再び像を見る。
多聞天、広目天を接写する。人の肌を間近で見ている気がする。
部位の捉え方、トリミングの妙。これ以外にない、ショット。
そこにたどりつくまでの土門拳の意識の流れに息を呑む。

河内長野に観心寺という古刹がある。
本堂を見に行きたいが遠くて行っていない。
ここの仏様は秘仏で、年に少ししか世に現れない。
そのお姿を拝した、土門拳の眼と手を通じて。
気だるい艶かしさに満ちた、如意輪観音さんだった。
体臭さえ感じるような。
やはり、万難を排していつかは会いに行かねばならない。

「空海と密教美術」で大いに世の人をときめかせた、東寺の帝釈天像があった。
わたしは東寺と東博とで見たが、土門拳の写真で見るのは初めてだった。
見て、くらくらした。
実物を見たときより、他の写真で見るよりも、ずっとこの帝釈天が美貌だったからだ。

つらくなってきた。
自分の眼はまだまだ修行中なのだ。
今や情けないことに、土門拳の眼と手で捉えた美より上のものを思い出せなくなった。
暗い気持ちで次の作品へ歩むと、ふっと明るいものが現れた。
室生寺の十二神将の未さんである。
土門拳の言葉がそこにある。「はてな、と呼んでいた」とある。
この写真は昔、ナビオ阪急にミュージアムがあった頃に、行われた展覧会にも来ていた。
わたしは「のんびりさん」と呼んでいた。
「はてな」という語彙がわたしにはないし、その眼が「はてな?」にも見えないからだ。
そこでちょっとした自己満足が生まれる。いや、満足ではないか。
打ちのめされる必要がないことを知っただけだ。
わたしはまだまだ他に、もっと見なくてはならないことを知る。

多くのよい作品を見て、単に感銘を受けただけでなく、落ち込んだり元気になったりした。
やはりそれは土門拳の作品の持つ力に触れたからだと思う。
いい展覧会だった。11/23まで。

実況中継EDO

板橋区立美術館はいつも「スゴい」としか言いようのない展覧会が多い。
わたしだけがそう思ってるわけではない。
噂で聞くひとは「へえ、そんなもんか」と思われるだけかもしれないが、とにかく一度でもここのオリジナル企画展を楽しんだ人は皆さん「スゴい!!」と仰る。
わたしも「スゴい、スゴい、スゴい」ばかりだ。
来る度に「スゴい!」なんで、何がどうスゴいねん、と訊かれると、延々としゃべってしまう。
つまり、今回の記事も延々と長いのです。←いいわけ。
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「実況中継EDO」
図譜とスケッチと真景図と事件。リアルタイムな江戸からの視線。

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タイトルもコピーもひどくソソッてくれる。
チラシもウォ~な感じ。
「真景図と事件。」の字の下の赤丸の「実況中継EDO」は実は見開きチラシの中の文字で、これは抜け穴部分。
「図譜とスケッチと」の字の背景はウミガメ。今回このウミガメさんがチケット半券でもある。

スケッチと真景図
狩野探幽 草花写生図巻  牡丹がたくさんスケッチされている。色も塗られているものや部分塗りもあれば、ほぼ何も塗っていないものもある。
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探幽自身の一言メモも添えられている。
「冬さきぼたん なるほと美しき紅」
画家の対象物への冷徹な目と、美しいものへの素直な感嘆とがある。
この様々な種類、咲き方を見せる牡丹のスケッチ図を見て、花の九相詩絵ということを思った。

池大雅、高芙蓉、韓天寿 三岳紀行  白山、立山、富士山の三岳。スケッチ+旅日記な紀行文。それが屏風仕立てになっている。2隻、上から三枚目にこんな一文がある。
「市振 宿入口関所女漆蝋囚人乱心禁・・・」
苦い顔つきの挿し絵も見受けられた。

円山応挙 写生帖  わたしが見たページには蝶々、カブトムシ、バッタ、カタツムリがいた。チラシにはハチがいる。

谷文晁 赤坂庭園五十八勝図 今の赤坂御用池、と説明がある。積翠池。
説明もこの展覧会に出演中の誰やらがなしている。働き者のキャラたち。

谷文晁 西遊画紀行帖  重厚な配色、というより、ある時代まで流通していた絵の具を思い出した。さてここで見たのはこの「箕面の滝」わたしのご近所さん。ある年の8/19。
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昔はこんなに水量も豊かだったのだ。今はニセモノの滝。本当の滝を返せ!!!
また怒りがフツフツと沸いて来る・・・水だけに湧けばいいんだが、怒りは沸くばかりなのだった。

ここまで見ただけで既に「・・・なんかスゴイな、これ」という実感がある。
ヨソでは見ないラインナップ。こういうコンセプトで集められた作品群を見て回るだけで、いつも自分がいる場所から遠く離れてやって来たココロモチになる。

独り言を集める。
白雲 会津津川冬景図巻  雪国。屋根も白い。東松峠、象が寝てるような。
河鍋暁斎 日光地取絵巻  リアルなスケッチ。明治18年の旅。宿の中の散らかし具合。
宋紫石 富士山図  ババロアの如き富士なりき。
池大雅 比叡山真景図  左に比叡右に石山、一乗寺に大津も描かれている。リアル地理。
鍬形斎 江戸一目図  「空からお江戸を見てみよう」今のスカイツリー辺りからの風景。
沖一峨 江戸風景図額  ♪屋根に埋もれる江戸の眺め~
円山応挙 眼鏡絵・三十三間堂図  普段見慣れてる位置とは逆からの眺め。うーん・・・
司馬江漢 広尾親父茶屋  ガラーンとした田舎風景。木々に畑だけ。
亜欧堂田善 大日本金龍山之図  妙なリアルさがある。そのくせ変にわびしい風景。
蹄斎北馬 浅草寺境内図屏風  右に赤い雷門、群衆は茶色で表現、寺社ばかりが赤い。
歌川国貞 両国川開図  船が出ているが、歌川丸、英丸、香蝶丸などどこぞで聞いた名ばかり。他には有名な川一丸などもある。まだ薄暮の時間。
蓑虫山人 安房国鋸山之図  ナゼか中国人のいる風景。解説に「西のはじにあり」と言うのを読んで「EDO」を実感する。「ハジ」は江戸の言葉ですからな。
蓑虫山人 岩代国磐梯山之図  さらっと描いている。幕末から明治の絵師の絵。何故かアーチ橋がある。現実にどこにあるねん、どこに、なんてことは言わない。

軽い気持ちで楽しく見て回るが、やっぱりスゴイスゴイと口走っている。
中でも特に気に入ったのはこの大邸宅。
長谷川雪旦(下絵)雪堤(画) 高崎屋絵図  天保13年の酒屋の高崎屋。今も文京区にあるそうな。「本郷もかねやすまでは江戸のうち」どころでなく、こんなところにも・・・
黒塗りの蔵に広大な奥庭。同時に春秋の景色がある。この庭一つで八景図になっている。
大店、大邸宅、うーん、江戸の昔の豪壮な構えはやっぱりスゴイのだった。

しかし何がスゴイと言うても、やっぱり伊能忠敬の日本地図がどーんっっっとあることが一番スゴイのだった・・・

事件
江戸の3大事件と言えば、私が勝手に選ぶと、時系列・順位不同で(ただし幕末は除く)、赤穂浪士の討ち入り、永代橋崩落、振袖火事か。
そのうちの火事と橋落ちが出ていた。

文化四年八月富岡八幡宮祭礼永代橋崩壊の図  やや右側で橋崩落。ナマナマしい。名のある絵師が描いたもの、というより腕に覚えのあるものが眼前で起こった事件をその場で大至急描いた、といった様子。犠牲者も多いが、途中で崩落に気づいたある侍が刀を振り回すことで、人々の殺到を止めたと言う話が伝わっている。
この永代橋崩落を背景にした芝居もいくつかあるが、みな悲劇で終わっている。
美代吉殺し、がいちばん有名か。

長谷川雪堤 火事図巻  明和の大火絵の模写。「は」組「ろ」組の活躍がある。この絵巻は江戸博所蔵だが、四谷の消防博物館で以前にこれに似たものを見ているが、もしかするとそちらが本歌かもしれない。

羽川藤永 朝鮮通信使図  これは京文博で以前「朝鮮通信使」展が開かれたときに見た。
群集が物珍しさにわくわくする様子が描かれた面白い絵で、わたしもかなり好き。
あの展覧会では実際に通信使一向に振舞われたご馳走再現もあった。
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博物趣味
アラマタヒロシやキムラケンカドウを想う・・・

小田野直武 鷺図  いかにも小田野なサギ。府中市美術館にも住んでそうなやつ。
狩野探幽 獺図  ああリアル、サイズもリアル!昔はいたんですねぇ。
石川孟高 火喰鳥図  大浪の弟。見世物に来たのを活写。白い槿の下にいる。
澤田東里 黄鶴図模本  姫路で捕らえた鶴。宋紫石の本歌取り。夏に酒井侯に贈る。
賛が面白い。「水府侯、薩摩侯、固博雅好事祝曰 所謂黄鶴物是耶」

段々と「博物誌」的な様相になる・・・
堀田正敦(編) 禽譜  鳥図鑑。鳥トモダチの大名らで。もぉホンット色々とりどり。
馬場大助 遠西舶上画譜  リアルな植物たち。ページごとに黒紙を入れることで、透けた時に非常に妖しくなる・・・天竺牡丹の花。
武蔵石寿(編)服部雪斎(絵) 目八譜  貝殻の図鑑。雲母が使われてキラキラキラ~
博物局(編)雪斎ら(絵) 博物館獣譜  虎、ヤマアラシなど。これをみて思ったのが「坊ちゃん」。「ヤマアラシ」と渾名をつけているが、明治生まれの江戸っ子にとって「ヤマアラシ」とはどんなものなのだろう・・・。江戸の「ももんがぁ」と同じ立ち位置なのか?
雪斎(絵) 植物図  幕末~明治に活躍したらしいこの絵師はリアリズム絵画をたくさん残している。これは牧野富太郎コレクション。

大好きな一点。
応挙の屏風。見てるだけで幸せに気分になる。
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最後に例のウミガメさん。表・裏・横。凄いわ・・・
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それを描いたのは中島仰山。彼はシャケ図も描いている。高橋由一もびっくりなシャケで、皮のリアルさにこちらもびっくりした。

やっぱりスゴイスゴイとしか言いようのない板橋区立美術館の企画なのだった。
10/10まで。「不便でごめんなさい」の板橋区立美術館へGO!

起雲閣 

熱海に出かけたのは数日前のことだが、その前はいつかなと思ったら、なんと2005年の二月だったのだ!
もお6年も経っていたのか!!!
正直びっくりした。

さて起雲閣。
元は別荘、途中で旅館、そして今は熱海の宝物たる建物。
何棟もあるので、外観と言うと案外むつかしい。

まずフロントを通ったら「麒麟」の間へ。
IMGP9422.jpg壁の群青色が眼に染みる。
これは最初の主・内田信也が建てたもの。

次の主・根津嘉一郎が建てたのは洋館。
最初にサンルームへ。
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天井。
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ステンドグラスが綺麗で綺麗で。
床のモザイクも可愛い。
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その他の装飾。
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メインの間にはまた異なる装飾が。
暖炉も椅子もステキ。
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IMGP9435.jpg 美麗。
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暖炉の装飾にはびっくりする。
IMGP9441.jpg 三尊・・・

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装飾は決して無駄ではない・・・

IMGP9439.jpg 暖炉横のステンドグラス。

ステキな洋室が続くと、見ているだけで気持ちが飛ぶ。
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装飾の数々。
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廊下に出ても楽しい。
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限りなく装飾。
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やがて浴室。「金剛」と名づけられていた。
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溝口健二の「雪夫人絵図」のロケにも使われたそうな。
(この映画は見ていないのでどんな様子かはわからない)

他の客室もみるが、いずれもいい感じ。
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くつろぎの空間。

今ではカフェになっているバーは大丸の内装だったそうだ。
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アールデコとアールヌーヴォーと。

庭に出て、ぐるりと囲む建物を眺める。
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窓一つとってもステキ。IMGP9480.jpg

最後に門。
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前回工事中だったところも見れたので大満足。
また数年後に訪問しようと思う。

熱海ツアーしたのだよ

熱海に行った。
先週確か東京に行きよったのに、また出かけたか。
そんな言葉も出そうな週末を過ごしている。

今回の熱海ツアーは、カルチャーセンターで仲良くしている方々と一緒のもの。
50+という企画があり、それに熱海フリープラン+MOA美術館鑑賞コースがあった。
その会員同伴者としてでかけた。
近代建築を見学し、撮影するグループに入ってだいぶ長いが、20歳以上年長の奥様方は姪くらいの年頃の私を面白く思うのか、よくしてくださる。
特に仲良くなった方々もいて、その三人で出かけた。

数年前にも熱海に出かけ、そのときはMOAの誇る光琳の紅白梅図屏風を楽しみ、起雲閣を訪ね、梅林で遊んで帰った。
今回はMOAと起雲閣、ブルーノ・タウト設計の旧日向邸、これら三件を柱としたツアーだった。他にも熱海に残る近代建築を求めて出歩くことにして、こだま号に乗った。

こだまに乗ったはいいが、極端を言えば10分走って5分停車という乗り物がこだまなのだと改めて実感。一人では到底乗っていられそうにない。
同行のKさんIさんは共に団塊の世代の方で、まだまだ元気があふれている。
しかしながら最近は「動けるうちに動かないと」と言うことなので、また建物を見に行く企画を立てねばならない。(群馬や栃木など)
「わたしらはもぉ食べ放題飲み放題プランはいらんしねー」
「しゃべり放題はOKよ!」
・・・巧いなぁ、めっちゃウケた。
こうして、元気な京女、芦屋夫人と内気な北摂娘のわたしの三人で楽しく出向いたのだった。

熱海についてすぐに駅ビルの地下へ下りる。地元で人気のお店でランチ。
わたしは釜揚げシラス丼をいただく。魚のお味噌汁がまたおいしいし、もずくもいい。
いただいてからタクシーでMOA美術館へ向かう。1メーター。

光の通路を抜けて山上へ。
MOAではちょうど茶道具を展示していた。
集合時間までフリー。

見ていてよかったのは以下のもの。
<茶道具>
長次郎 黒樂茶碗「あやめ」 天下の名品の一つ。箱書きは宗旦。本当にわびさび。
ノンコウ 黒樂茶碗「五湖」 薄くて可愛い。さすがノンコウの作。触れてみたい。
光悦 膳所茶碗 釉薬の掛け分けがいい。
玳玻天目鳳凰文茶碗 南宋の名品で、中の鳳凰がくっきり。
仁清 黒釉金彩浜千鳥文肩衝茶入 上下で黒白に分けていて、黒地に細い三日月と千鳥の群が描かれ、下の白が砂浜を示している。
羊遊斎 波に車蒔絵棗 不昧公所蔵の螺鈿箱の文様を棗に再現したそうな。綺麗だった。
牧谿 叭叭鳥 眼を閉じて木に止まった叭叭鳥。これは本来三幅対の中のもので、左が出光、右が五島所蔵。義満~信長~本能寺~遠州~前田家~鈍翁伝来。
お仕覆では黒船裂がいい。▲▲▲の文様。鱗文様とはまた違う。
これらの他にもよいものが多いが、中でも不昧伝来、鴻池家、高橋箒庵伝来の品々が、やはり素晴らしかった。

<琳派>
光悦 下絵鹿文様和歌色紙 シンプルに二頭ばかりのシカップル。
乾山 吉野山透かし鉢 いつ見てもこのシリーズはいい。
乾山 十二ヶ月花鳥文様角皿 可愛いなぁ。これは毎月お届けものなら、買ってしまうな。

<洋画>
レンブラント 自画像 光が当たる顔が闇の中に浮かび上がっている。唇の赤い男。
モネ 睡蓮 黄色が目立つ睡蓮池。紫の花がぽつんぽつんと咲いている。
モネ ジヴェルニーのポプラ並木 このS字型がひどく魅力的。現実かどうかは別として。
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他にも仏像や秀吉の黄金の茶室、光琳屋敷の再現などがある。
時間がないのでムーアの彫刻などは遠目で見ただけ。
意外なくらい面白かったのが、9/23~11/23までの「光のアート」展。
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こういう体験型展示は、わたしのような現代アートがニガテな者でも大いに楽しめる。

再びバスに乗って今度は起雲閣へ向かう。
運転手さんが道中で昭和25年の熱海の大火のことなどを聞かせてくれる。
しかし焼失した後に建った建物のうち、現存するものはどことなく香港風で面白くもある。

久しぶりの起雲閣。
元は別荘だったが後に文人墨客の愛する旅館となり、今は熱海の大切な宝になっている。
いくつもの棟が建ち、それぞれに歴史があり、個性がある。
これは別に記事を挙げます。

次に起雲閣から程近い熱海芸妓検番へ向かうと、これがわたしらの勘違いで見学時間がすぎていた。残念・・・!
外観はこんな感じ。IMGP9484.jpg


和菓子屋・ときわぎは「六角堂」の屋根の下に活躍している。かなり凝った造り。
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IMGP9491.jpg IMGP9492.jpg IMGP9493.jpg釘隠しも可愛いし色々見所あり。

信号はさんだお向かいにも・・・IMGP9488.jpg
 

そこからタクシーで旧日向邸へ。坂道がたまらなく激しいので、タクシーを使うのがいい。
上りついたら、また階段を下りなければならない。
上屋は渡辺仁の設計。IMGP9495.jpg

眼前に初島と伊豆大島が見える。
一応歌っておく。♪三日遅れの便りを乗せて~
・・・海岸には行ってないんで♪寛一お宮の二人連れ~ は歌わない。

写真撮影禁止です。ブルーノ・タウトの日本唯一の作品。
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う~~~ん・・・まぁ別荘やしね、日本文化をじーっくり咀嚼したわけでもないし、日本文化の一面だけを愛した人だしね。
機能性とか実用性とか居住性というのは、「作家」にとってはどうでもいいことなのか。
同じ外国人でもやっぱりヴォーリズが一番よく日本に馴染んでいるからなぁ、ライトもタウトも日本の居住性を無視してるな、というのが、三人の意見でした。
しかし見るまでにけっこう面倒な手続きもしたし身分証明もしたし、なにより実際に見てみないとわからないことどもが多いから、やっぱり来てよかった。

坂を上がり降りして駅前へ出て、銭湯のような温泉に入る。500円。狭くて小さいが気持ちよかった。時間もないからさっさっと上がらないとあかんし、これでいいのだ。
あとは土産屋さんでイカの一夜干しや鈴廣のかまぼこを買ったり、温泉饅頭を食べたり、アジの押し寿司を買ったりという、いかにもなお買い物をして、機嫌よくこだまに乗った。
帰りも「しゃべり放題」コースで、ビールで機嫌よくなる人もあれば、押し寿司ぱくぱくもあり、楽しく帰途についたのだった。

カルチャーセンターでの見学の他にもこうして遠足を楽しめてヨカッタヨカッタ。
今度は行けなかった他の建物を見て回ろう、とまた約束が出来たのだった。

モーリス・ドニ いのちの輝き、子どものいる風景

損保ジャパンで「モーリス・ドニ いのちの輝き、子どものいる風景」を見た。
ドニと言えば優しい愛情に満たされた絵が思い浮かぶが、そんなに多くの作品を見てもいないので、実のところはよく知らない画家でもあった。

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「家族の肖像」と題された絵がチラシに選ばれている。
妻マルトと子どもたちの幸せそうな様子が描かれている。
父親がいないのは、描いたのが父親だからだと言うことを改めて想う。
父親であり夫であるからこそ、この描かれた人々を本当に幸せそうに表現できたのだ。

最初に職業画家として立てる前のドニの絵などがある。
父母を理想的に描いている。
父も母も横広な丸顔である。温厚で知的そうな紳士と婦人として描かれているのは、実は両親をヨイショするためだった、というのがちょっと面白い。

「車窓にて」は20歳の頃の作品で、クレーやカンディンスキーを思わせる作品だった。まだ画家「モーリス・ドニ」以前の作品である。

やがてドニはマルトというミューズを得る。
彼女と彼女の生む子どもたちがドニの世界の住人になる。
四ヶ月で死んでしまう最初の子どもを描いた絵が数点あるが、その子の死の前までは、何もかもが柔らかな光に包まれた、優しい空気が絵に活きていた。

ほどなくマルトは次の子を生む。
数年ずつ間をおいて子どもらが現れる。
いずれも横広な丸顔に楽しそうな微笑を浮かべていたり、元気そうな様子を見せている。
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配色だけで感情を全て表現したり、分析したりは出来ないと思う。
しかし絵を見る限り、子どもらが幸せそうなのは感じる。
「バルコニーの子どもたち、ヴェネツィアにて」などは女の子たちのエプロンと窓の向こうの建物がピンク色で表現されていることで、和やかなムードをかもし出している。

「子どもたちの入浴」をみる。いわゆる「タンタン」に入る幼児。この女児を見ていると、「ハンニバル・ライジング」のミーシャを思い出す。
ぷくぷくした幼児ミーシャは疎開中にタンタンに入れてもらい、幸せそうに笑っていた。

ドニは宗教画も描いている。家族を絵の中の人々にして敬虔な信仰心をあらわにする。
そしてマルトはいずれの場合も聖女であり、聖母として表現される。
マルトは時に一枚の画面に多重出現する。様相を変えての出現で、ドニがいかにこのマルトをミューズとして尊び、愛していたかが伝わってくる。
マルトが死んでしまった後、ドニはリスベツと再婚し、二人の子の父となるが、リスベツは彼のミューズにはなり得なかったのか、作品から彼女の姿は見出せなかった。

子どもらを描いた作品の中で一番よかったのは「ボクシング」だった。
緑と茶色が印象深い一枚。幼い姉妹の楽しそうなボクシング。小さい拳が愛らしい。
「本気でやっちゃダメだぞ」と声をかけながら子どもらをせっせっと描くドニ。
そんなイメージを勝手に持っている。

和やかな、いい世界に触れた。そんな気がする展覧会だった。

美術に視る音色 描かれた楽器たち/大倉喜七郎と邦楽 幻の竪笛オークラウロを中心に

先月、ホテルオークラの夏の恒例の「アートコレクション」の際に行けばよかったが、今月にまでずれた。
大倉集古館「美術に視る音色 描かれた楽器たち」と「大倉喜七郎と邦楽 幻の竪笛オークラウロを中心に」を見た。
男爵大倉喜七郎が自ら考案したオークラウロを演奏する写真がある。
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バロン大倉は英国留学中から多趣味で有名な人で、カーレースで優勝した写真なども展示されていた。
戸板康二「ぜいたく列伝」にもバロン大倉のぜいたくな生涯が描かれていたが、そこに活写された姿は本当にスタイリッシュで優雅で、素敵だった。
「聴松」という二つ名を持つほど邦楽にも愛情の深いバロン大倉は大正末~昭和初期に「大和楽」を創始した。
邦楽器に西洋楽器を取り込んだ楽器の改造などで、音曲の世界をいよいよ広げようとした。
なにしろ大パトロンとして高名なバロン大倉だけに、多士済々がそれに参加した。

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写真にあるオークラウロの合奏シーンを見ると、向かって右端にハンサムな男性がいる。説明には福田真聴とあるが、これが青木繁の遺児・幸彦であり、尺八奏者・福田蘭童なのだった。
わたしの叔父世代などは福田蘭童と言えば「笛吹童子」「紅孔雀」の作曲家という意識が強い。わたしも子供の頃から♪ヒャラ~リヒャラリコ~誰が吹くのか不思議な笛だ ♪まだ見ぬ国に住むという紅き翼の孔雀鳥~ と鼻歌で歌っていたが、福田蘭童の写真や生涯を知ったのは、人形劇で前述の「笛吹童子」「紅孔雀」が放映された頃のことで、教科書に載る「海の幸」の作者の遺児だと知って、感慨深く思ったりもした。
その福田蘭童は天才と呼ばれ、戸板の本によると特にバロン大倉に可愛がられていたそうだ。

オークラウロは今回ここで初めて見た。
オークラロ、と呼び慣わされていたそうだが、実際「ぜいたく列伝」にもその呼称が用いられていたから、わたしもオークラロだと思っていたが、本当の名はオークラウロということだった。
F管、ソプラノ、アルト、バッソと種類があるが、写真や実物を見ると全て竪笛形式で演奏されている。
なるほどこれだと尺八奏者がふさわしい。
返す返すも実際の演奏を聴けないのが残念だった。

展示にはほかに琴古流尺八音譜があり、とても素人では判別できないものだった。
邦楽は西洋音楽にない音階を出すので、西洋の楽譜では表現できないのだった。
しかし都山流尺八音譜は琴古流とは違う楽譜だった。
ハハハハロレロ レハロ 
これだけが他流とは異なる音譜ということだった。

当世尺八番付というものがあった。
箏曲に宮城道雄の名があったが、宮城の「春の海」がすぐに耳に蘇る。
ああ、邦楽独特の音階の魅力がわたしを捉える・・・

大和楽は一中節など他流との交流もあったようだが、戦争で中断を余儀なくされ、やがて廃れてしまったが、今また復興されているそうだ。

さて今度は絵画を集めた展示「美術に視る音色 描かれた楽器たち」である。
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鈴木其一 宮女奏楽図 扇面に平安風美人たちが集まって笙を吹いたり琴を弾いたりしていた。

桃山時代の宮楽図は後宮でお店やさんごっこをしているような景色が描かれていた。演奏はちょっとわからないから、展示換えされたのかもしれない。

宮女図巻 清時代の絵巻。中国美人列伝。西施から始まって王昭君など有名な美人が並ぶ。この絵巻は以前にも見ているが、いかにも清時代初期の絵らしい細いスタイル美人の列になっていた。

英一蝶の獅子舞図、太神楽図があった。どちらも江戸時代の芸能。

二種の百鬼夜行を見た。
真珠庵系のは原在中、もう一つは動物の擬人化したものを描いている。どちらもとても楽しい。
特に困り顔の琵琶がぐずつく琴を引っ張るのが可愛い。

最後に美人画を。
深水「小雨」は最初に来たときに見た一枚だった。春の小雨の午後に三味線を弾く女がいる。叙情の深い一枚。
白い顔、黒い眉、赤い唇。

チラシは清方「七夕」左隻。七夕らしい設えのされた場にいる女たち。瓜も飾られ、干された着物には梶の葉に筆文様が描かれている。右隻には盥に赤い糸を垂らす女もいる。いずれも七夕を思わせることごと。
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楽しい心持ちで見て歩いた。9/25まで。

二つのリアリズム 磯江毅と犬塚勉

どちらも知らない画家だった。
わたしは随分昔に活躍した人ばかりを偏愛してしまう。

高島屋の日本橋店に行くとイタリアン・フェアをしていた。
特設会場のにぎわいは東京より大阪のほうがはるかに面白いのだが、ここも盛大に人が集まっていた。そこを抜けると高島屋グランドホールになる。
大阪も京都も日本橋も同じ構造。
ホールの中は先ほどの賑わいを拒絶するように静かだった。
ここの温度も低く感じた。
だが時折何かの放送が耳をかすめる。ああそうか、そこにある絵から齎された「純粋なる静寂」が場内を覆っているのか。
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犬塚勉という画家は20年ほど前に山で夭折したそうだ。
若い頃の作風と短い晩年の作風はまったく違っている。見事な変容がそこにある。
「観世音」や「赤い馬」といった初期の作品は暖色系でまとめられ、塗りも重ね続けてゆくようだった。
これらの絵は室内の絵だった。室内を描いた絵ではなく、室内しか知らない絵、というのが近い。

並ぶ絵を見て行くうちに、画家の苦しみが伝わってくる。
自己確立する前の絵、たどりつくまでの修行中の絵、そして。
ところどころにある解説がいいタイミングでこちらの理解を促してくれる。
犬塚勉の歩いた道筋を追えるように。

やがて1980年代半ばに画風が変化する。
並ぶ絵を視ていると、不意に突き抜けたように、明るい空気が画面に満ちだしていた。
唐突な変容、と見るものには思えるそれらの作品の裏で、画家がどれほど血を流したか。
しかしその血を見ずに、現れたリアリズムの美しい風景画を、わたしはむさぼる。

緑の美しさをみる。
「ひぐらしの鳴く」と題された絵は緑一色に満たされたように見える。
しかし緑には黒が含まれ、一面の緑に見えたものは様々な種類の植物が集積している地だった。

縦走路、と題された絵は確かに人の歩いた跡がある。緑はそこだけ擦り切れて尖った石ばかりがコロコロ落ちている。
私は不意にその尖った石の頂点に踵や土踏まずを擦り付けたい欲望に駆られた。
足を上げればそれが出来ると思う。しかし実行できなかった。絵を見ながらそうする自分を想うばかりだった。

ブナを描いた絵が多くなる。ブナの表皮、ブナの枝ぶり、ブナの根。段々とブナ林の中にいるような錯覚が生まれてくる。
ブナは失われてはならない植物だという声がする。
画家もそんな声に耳をとらわれて、ブナを描き続けたのかもしれない。

だがやがて急な終焉が来る。
谷川岳で遭難して、彼はもう絵筆をとることなく、違う地の人になってしまった。

絶筆を見る。死を知らない絵だった。
彼はまだ完成にいたる途上にあったのかもしれない。
そして、人のいない風景は「犬塚勉」の絵でありつつ、同時に独立して活きているように思えた。
その「自然」こそが犬塚勉を、人の眼から見えぬ地に包んでいるのかもしれない。
展覧会は9/26まで。

次に練馬区立美術館で見た「磯江毅」の絵について少し書きたい。
グスタボ・イソエというのは、スペインに長く住んだ彼が自ら名乗った名だった。
大阪工芸高校を出て単身スペインに渡り、30数年を彼の地で過ごした、とある。
工芸高校は阿倍野の向こうにある、バウハウスの影響下にある高校だった。
今も素晴らしい佇まいを見せている。
その高校を出て、二十歳にもならぬのにスペインに移住して、「写実絵画を追及する」。
最初からぶれることなく一心に、写実絵画を目指したのか・・・!
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写実絵画について、後年の磯江の言葉が場内のそこここに展示されている。
読んでもわたしにはよくわからない。ただ、絵を描く人には指標となる言葉だということはわかる。

静物画を見る。スペインの昔のボデゴンとは違う、リアルな静物画である。
乾いた大地にいるからこそ生まれる絵、ということを思った。
スペインの熱さはここにはなく、激しさもなく、狂気の強さもない。
ただ、深い静けさがある。

皿にいわしの少しばかり身の残る骨の見える、食べさしがある。
脂もあちこちに飛んで、焦げたものもついて、きたない。
しかしこれが絵だということを思うと、自分の眼を疑いたくなる。
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叙情性を断ち切った作品群。
静物画は一切の物語を拒絶している。

「収穫」と題された絵には乾いた大地から採れた野菜が描かれている。サトウキビ、とうもろこし、ブドウ。いずれもみずみずしさなどなく(むしろ拒絶して)、乾いた大地が出自なのだと主張している。

「華」この言葉の意味を思う。ここに描かれいるのは枯れたバラなのだから。

2000年に描かれた裸婦を見る。横を向く綺麗な女。若くはない。よく見ればしわもたるみもある。しかし綺麗だと感じる。乾いてはいても冷酷ではないことを知る。

やがて画家の発病がある。
髑髏と自画像を描いた「バニータス」が生まれる。
皮をはがれた鳥たちより、ナマナマしい何かがある。

第四展示室には三枚の絵があった。
2003年の「横たわる女」習作と「横たわる女」未完と、「室内」である。
習作は鉛筆画、未完の作は油彩である。
「室内」には人はなく、縦長の画面はドアの隙間からの風景に見える。
この展示をデザインした人は、見るものに何の期待をしたのだろう。
わたしはこの一室が霊安室に思えた。
静謐なその空間には「横たわる女」の遺体しかないのだ・・・・・

練馬では10/2まで。奈良県立美術館は10/22~12/18まで。

世紀末、美のかたち

府中市美術館「世紀末、美のかたち」に出かけた。
チラシやチケットの半券をみるだけで、ときめく。
期待が動悸になり、胸の外にまでその響きがこぼれてしまうような気がした。
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展示室に入るとすぐにミュシャの「四つの花」シリーズから「ユリ」と「アイリス」が来ていた。
それぞれの花に囲まれ、夢みるような目をした女たち。
アールヌーヴォーの代名詞と言っていいミュシャの作品には、ビザンチン様式が巧みに取り込まれている。
この「ユリ」にも「アイリス」にもビザンチン様式の美麗な装飾が活きている。
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ガレの「アイリス」花瓶がある。
描かれたアイリスも、ガラスに刻まれたアイリスも、同じ時代に生まれている。

アールヌーヴォーの時代、ラリックもまた優美な曲線を選択している。
「羽のあるニンフ」は金、エナメル、省胎七宝、ダイヤモンドで構成されたブローチだった。
チラシで見るとぬめぬめしたような照りがあったが、実物をこの目で見ると、ダイヤモンドの煌めきが焦点を刺した。身につけるには難しいかもしれない、存在だと思った。

「自然とかたち」というタイトルの下で集められた品々は、確かに植物や生物をモティーフにしたものばかりだった。
ドーム兄弟、ガレ、ラリックらのガラス工芸品はそれぞれの個性が際だっていて、同じモティーフのものを見ても、全く別なものに見える。
その前代までは全く愛でられなかったカイウ草、ラシャカキグサ、蔓草も美の対象に含まれる。
複雑な工程で生み出された工芸品にそれらの文様を見たとき、当時の人々はどのようなときめいたことだろう。

「文字を刻む」、作品に文字が刻み込まれることで、言葉そのものが変容し、解体し、再構築する・・・
ゴーギャンがタヒチの女たちを描いた木版画は白と黒の対比が際だつものだった。
現地語で表される言葉は美しい意味を持ったものが選ばれていた。ゴーギャンの作中からそうしたものを選んだのだ。

ミュシャの描くサラ・ベルナール像は宣伝ポスターである。絵と言葉とが同時にそこに描き込まれる。
服はいずれもビザンチン様式のものが多く、装飾過剰な美々しさが心地よく感じられる。
トスカもベルナデッドも彩色の美しさに惹かれもする。
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「異形の美」 このタイトルの下に現れたのは、ルドンの黒い石版画「聖アントワーヌの誘惑」だった。
以後、次の「光と闇」にもこのシリーズは姿を見せる。

ラリック「デカンタ 六つの顔」は能面が並ぶかのように見えた。修羅能に使われそうなツラツキである。
ラリックの綺麗な女たちとは別な存在だった。

ガレの「異形の美」はトカゲ、昆虫、カエル、海馬などだった。
中でも「海馬文花器」はグロテスクすれすれの赤黒さを見せていた。見せてはいけないどこかの内蔵。それを思った。

ドーム兄弟の「藻魚台花形ランプ」も内蔵、あからさまに書くと心臓のような作りを見せていた。
世紀末の美とは決して健全なものではないのだ。
グロテスクすれすれの美。それを許容し、助長させる時代の力。

ルドンの「聖アントワーヌの誘惑」は昔、さる出版社の広告で一部を見ていたが、こんなにも多くは見ていなかった。眺めると、闇の中の腐海を飛ぶ王蟲のようなもの、木の洞にしても果てのない虚のようにも見える。

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そこにあるものから、別な何かを想起させる力を持つものは、それだけではない。
ガレ「樹陰」は光を後ろから当てられることで、刻まれた森に光が射すように作られていた。
それを見たとき、「神曲」の冒頭を思った。ダンテの行く森はきっとこんなだったろう・・・

今回ルドンの唯一のカラフルな作品が「眼をとじて」だった。これは武満徹が深い影響をうけた作品だった。
わたしはこの絵の前にたち、武満の言葉を思い出している。
そう、この絵から「光と闇」の光の部分が露わになり始めた。
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モーリス・ドニ「愛」石版画シリーズが現れた。
少し前にもこのシリーズを見ていた。そしてこの展覧会を見る前日に新宿でドニ展をみた。そこにはこのシリーズはないが、ドニの優しい世界に触れたことで、いよいよ親和力が高まるのを感じる。

わたしはシダが好きだ。
羊歯文の花器が最後に現れて嬉しい。太古を思わせるガレの羊歯。

そしてドーム兄弟の少しばかりグロテスクな様相を見せる樹林文様に、ウルトラマンの成田亨のデザインを想った。

綺麗なものとグロテスクなものとが同居していた「世紀末、美のかたち」を愉しんだ。

九月の東京ハイカイ

九月になったのに、という出だしはRCサクセションの歌にあった。
歌の続きはこうだ。
いいことなんかありゃしない… 相変わらず蒸し暑いし… 相変わらずだよ…
毎日が暑いからげんなりして拵えたのかと思っていたが、歌はさらにこう続く。
そちらはどうですか そちらも九月になりましたか 九月はまだですか

九月の東京ハイカイは色々と出だしから蹴躓きがあった。
理由もないのに神経がピリピリして苦しく、新大阪についた頃には眩暈までしていた。
九州からきた車内に入ると、わんさと小学生がいる。修学旅行。
どこまで一緒かと思いつつ歩き出すと、坊やがわたしをじーっと見上げている。
「・・・楽しそうやな」と話しかけると、一瞬絶句したがすぐに「ハイ!」と答えてくる。
近くの担任は渋面と言うより引き攣っていた。
ああ、そうか。わたしはサングラスに派手な赤い服に長い髪をたらした「コワモテ」なおねえさんなのだ。
笑い出しそうになるのをとめると、いよいよ苦い顔つきになり、それで後部座席へ向かうから、辺りがちょっとばかり静かになってしまった。
富士山も何も見ずに寝ていた車内。寝るのにはサングラスを重宝する。
有楽町へ出ると、大阪と変わらず暑いのでげんなりする。
こちらも九月になりましたか・・・

銀座も暑い。三越に入るとそのときばかりは生き返る。
この日までの岩合光昭さんの「どうぶつ家族」展を見る。
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岩合さんの写真を見ると本当に和むし、撮られた彼らを大事にしたいと思ったりする。
ライオン家族、オランウータン、シマウマ親子、アシカにカモメたち・・・

次に出光へ向かった。
「笑い」の本質について色々考えた。池大雅、センガイ和尚、浦上玉堂、与謝蕪村。
詳しくはまた後日。

浦上玉堂にアタマをはられてから東博に行くと、相変わらず空海人気は衰えず、しかしタイミングよく20分待ちだった。
常設は浮世絵は広重と英泉の木曾街道が並び楽しい気分で見て回り、近代絵画は予告通り寺崎廣業の編物少女に猫の可愛い絵と長野草風のハッと胸を衝く一枚がやはり心に残った。
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また玉堂の息子春琴の穏やかな風景と池大雅の弟子野呂介石の師匠譲りの風景を見て、出光で見た笑いの本質について何かしら納得するものがあった。勘違いかもしれないが。


東博の前に芸大に行ったのだが、模写と言うものの大切さ、大変さを改めて思い知る。
徳川から本物が来てるからやはり比較しては色々思うし。
日本画を学ぶ学生たち、基礎に古美術を今後も容れ続けてください。
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西洋美術館では三度目のギリシャ彫刻を賞玩する。最早視姦してることを隠せないなwww。
久しぶりに常設も楽しんでそこで上野を去る。
駅ナカではらドーナッツとミルクのおやつ。

近美に行くと、金曜の夜だが空いている。
「イケムラレイコうつりゆくもの」見る。
正直わからないので困る。観客は何故か全員が同性だった。
電子音楽が流れている。この展覧会のために作られたもの。
しかし自分の鼓膜がどうも拒絶してしまう。三半規管の揺れ。
ちょっと軽い振動が耳の中を走るので、具合が悪くなる。
横たわる少女像が何のためにそんな様子なのかもわからないまま眺める。
ドローイングで、黒髪の中に顔だけが這いずり回るようなものを見て諸星大二郎「毛家の怪」を思う。あれは嫉妬に狂う奥様の妄念だった。

次にレオ・ルビンファイン「傷ついた街」を見るがこれも息苦しくなった。
今日はだめだ。二度連続ニガテなものを見て、内向したくなる。
カタツムリ状態。内へ内へ入り込みたくなる。

見慣れた常設でやっとアタマの揺れが収まるが、「特に見たかった」ものに限って出ていなかったので残念。
更に残念なのは、レストランがしまっていたこと。気づかず階段を上って遠回りして帰る。
まだ膝が治っていないので無駄な歩行をしたことを反省。

日本橋高島屋へ。犬塚勉の写真を見る。日本の自然をリアリズムの手法で描いている。
そして40にもならずに遭難死している。やっぱり気の毒だと感じる。
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高島屋の洋食屋さんでグラタンをいただくが、最初はおいしかったが途中から眼が回ってきた。もぉクリーム系がダメなのだと知る。しかし冬瓜のブイヨン煮は味がなさすぎるぞ。
やっぱり冬瓜は和食でないとダメか。洋食屋さんでは使いこなせないのかもしれない。
(他のメニューはおいしかったので、ここの技術が低いわけではないのだ)
ホテルで途中買ったパイナップルを食べて胃もたれを治す。うう、情けない。

土曜日。
森下へ出て土日にしか出ないバスに乗り込むが、サラリーマンまみれ・家族あふれにびっくり。このバスは日本未来館行きなのだが、まさか皆さんそんなにも?
30分後に解明。サラリーマンはビッグサイト、家族連れはお台場へ来たわけで、残りはわたし入れて三人。二人のおじいさんがお台場にあったガンダム像の話で盛り上がっていた。
やっぱり未来館へ行くだけに、と思ったら彼らは未来館から違うところへ去っていった。
未来館ではスカイツリーの工事現場の展示を楽しむ。ここまで面白いとは思わなかった。
3Dで現場の様子再現しているのが特によかった。
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常設にはアイボのショーもあり、他にも色んな最先端技術で楽しませてもらう。
こういうところへは誰かと来たいと思った。一人では楽しみが減る。

空港へ行きたいが、色々考えた末に一旦浜松町へ出た。そこから品川へ行き、スープランチいただいてから、京急に乗って羽田空港へ。
わたしが飛行機に乗らなくなった直後に羽田は劇的大改造しちまったのだ。
ここはどこ?状態で、現在地から遠く離れたミュージアムへ急ぐ。
カフェテリアが難民センター風になってる。もっとくつろげるようにするか、何かした方がいい。
永青文庫の協力で大観をメインとした作品群が出ていた。詳細は後日。数は少ないがいいものがたくさん出ていて嬉しかった。来た甲斐がある。

渋谷へ行きアップルストアで色々遊ぶ。なかなか楽しい。やがてノエルさん登場。
すぐ隣のビルの地下へ。「マリアの心臓」という人形博物館ギャラリーへ。
怪奇な美貌、とでもいうべきか。詳細は後日。

ノエルさんとお別れしてから末広町の3331へ向かう。あおひーさんの作品を見に行く。
以前もここで拝見したが、その時より今回のほうが配置などもいい。
誰にも似ていない個性。
写真は面白い。わたしのように細部を執拗に記録するものもいれば、あおひーさんのように「にじます」美しさを追う人もいる。
あおひーさんのご案内で他の作家の作品を色々眺める。
現代アートとはなんぞや?
既成のその枠から出ていない工芸品などはこのコンセプトに合うのかどうか?
そんなことを思いながら歩いた。

秋葉原でおやつ替りにうどんを少しばかりいただいてから、サントリーを再訪するつもりが、体調が悪化してきたのでやめる。
今回はどうもダメだな。少し用を足してから上野に出て、駅ナカの野菜のお店で秋のカレーを晩御飯にする。夏のカレーの方が好みの野菜が多かった。前回は焼にんじんがとてもおいしかったが、今回はいっぴんのおからがたいへんよかった。
早めに寝る。

日曜日。
立てた通りの予定にそって動く。高島平まで熟睡。バスに乗って板橋区美術館へ向かう。
西高島平から歩く間にいつも巨大な不安感にまといつかれるので、歩くのはやめてバスで向かうことにしたのだ。膝も使いすぎてるしね。
実況中継EDO。凄かった。再放送?は後日また。

バスで成増へ行き、そこから中村橋へ。「なすと豚の辛味味噌いため」という文字につられて某店へ入るが、うう~ん・・・このメニューはこのM屋よりY軒の方がおいしい。
練馬区美術館で磯江毅展を見る。ウルトラリアリズム。スペインの乾いた大地がこの感性を作り上げたのだ・・・詳細は後日。

江戸川橋の地上へ出たらバスが去るのが見えた。10分待つなら8分歩くよ、わたしは。
・・・しかし膝がまだダメージから回復してないことを忘れてた。
野間記念館へ。やっと来ただけに素晴らしいご褒美があった。
そう、今回の展示は私を喜ばせるために立てられたようなもの。
ただただ嬉しい、昔の講談社の雑誌の口絵・挿絵・表紙絵の原画展。
後日記事を挙げるのが今から楽しみでならない。
尤も、喜ぶのは書いてる本人だけだろうが。

泉屋分館で、京都で見損ねた中国の玉などを見る。
内藤湖南博士のコレクションや、鹿ケ谷の本館の古代中国青銅器などを楽しむ。
饕餮くんの図解説明もあり、大いに楽しむ。
sun818.jpg写真は京都の。

大倉集古館ではやっとオークラロ(オークラウロ)の実物を見た。福田蘭堂のイケメンぶりも見た。後日詳細。

四谷経由で新宿へ向かう最中、夕日が眼に染みる。
西新宿で下車して、損保へてくてく。モーリス・ドニ展。これも詳細は後日。
満腹したココロモチで歩き出すと、なにやら行列が。デモ隊かと思ったら十二社のお祭りで、お神輿も出ていた。

三鷹の谷川晃一展を見る。絵本は近年の仕事らしいが、こちらはよかった。
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しかし’60~'70年代の仕事はニガテ。友人が彼の絵を元に拵えたセーターやカーディガンを見る。これは非常によかった!欲しいと思った。そうか、編み物か・・・!そこからテキスタイルの原画を見ているような心持で眺めてしまった。

弱ってきているので石焼の店で梅ときのこの石焼なべをいただく。ぐったりしつつ帰る。

月曜。
いよいよ九月のツアーも終わり。ハイカイというほどには歩きもしていない。
快速などに乗って東府中へ。てくてく・・・
府中市美術館で世紀末の美を堪能してから、ちゅうバスを待ったが来ない。
仕方ないので府中まで歩いた。暑い中、膝も治ってへんのにご苦労なこっちゃ。

府中から京王八王子へ。少しばかりミスがあったが、まぁなんとかね。
八王子夢美術館で土門拳「古寺巡礼」展を見る。
凄い、土門拳。また後日書くけど、凄いわ、やっばり。

三井は時間の都合でアウト。また来月までさらば。
新幹線に乗って何事もトラブルもなく新大阪へ、梅田へ。
ここまではよかったが、梅田についた途端大雨。なんちゅうことや・・・
まぁ次のハイカイが楽しみなわたくしでした。

川西市郷土館 和風邸宅と洋館と

川西市郷土館へ行った。
多田銀銅山の精錬をしていた旧平安邸と、染織の工学博士・旧平賀義美邸などが集まった空間である。
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玄関の門構え。晴天によく似合う。
庭内の坪庭に居座る可愛い狛犬。IMGP9319.jpg

近代和風建築の大きな家には、ところどころ興味深い装飾がある。IMGP9321.jpg

座敷には多田銅山の姿を描いた屏風。
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一庫(ひとくら)名物の菊墨。IMGP9324.jpg
へっついさん(竈)もある。IMGP9344.jpg

花頭窓、欄間、簾戸など、雅な建具空間。
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床の間には季節に応じた掛け軸がある。
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襖絵もいい。IMGP9338.jpg

照明も可愛い。ドーム兄弟風のもある。
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今は夏なので夏の設えがされているが、四季折々に家の内装が変わるのだ。
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座敷から眺める。IMGP9352.jpg
  
ロの字型の建物に囲まれた中庭は広い。
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このあたりは三ツ矢サイダー発祥の地ということで、昔のポスターなど。
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ちょっとした資料室もある。

涼やかな和室・・・夏は和の美に、和の豊かさに身をゆだねたい。

次は洋館である平賀邸へ。

ミュシャの装い

堺市立文化館のミュシャ館はミュシャの息子さんをはじめチェコ本国からも讃えられている美術館なのだ。
企画展「ミャシャの装い」をみてきた。
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リトグラフではサラ・ベルナールの芝居ポスター、黄道十二宮、JOBポスター、「四つの宝石」シリーズなど人気のある作品が並んでいる。
油彩では「クオ・ヴァディス」「ハーモニー」といった大作がある。
見慣れた作品でも「ミュシャの装い」というタイトルが付けられたコンセプトの下ではまた違った魅力が見いだせるものだ。

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身にまとう羅物の胸元には宝石の飾りがある。
これはほかの誰の絵にもないもので、それに影響を受けた少女マンガ家のうち美麗な絵を描く人々が、自分の作品にも拝借していた。
ミュシャの装いはそんな風に今も生きている。
ミュシャのデザインした装飾品は趣味ではないがやはり綺麗だった。
アールヌーヴォーというだけでなくビザンチン様式も加味されていて、豪華である。
そしてそのデザインブックも展示されている。
鉛筆描きのそれらをみるのも楽しい。
琳派の光琳の雛形本でもそうだが、センスのいい人の意匠デザインノートは、とても魅力的なのだった。

ビザンチン様式の装飾はわたしも特に好きだ。
装飾過剰なくらいがいい。
「四つの花」シリーズのうち「ユリ」が特に好きだが、この絵は17日から始まる府中市美術館の展覧会にも出る。
やはりいいものはそうして多くの人の目に曝され、いよいよ魅力を深めるのだ。

「四芸術」も「ダンス」が特にいい。赤毛の美人の艶然たる微笑、身体のひねり、髪の流れ、それらが素敵だ。いつ見てもあきない。

チラシに選ばれている「装い」のうち、真ん中の女性たちが身につける耳隠しは実際に世紀末に流行したものらしい。絵から流行が始まったのか、流行を取り入れたのかはわからない。
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「白い象の伝説」という少年少女向け冒険小説の挿し絵を担当したそうで、今回何点かがでていた。
墨描きに淡彩の挿し絵は、線描の美しさが光っていた。
たまにこうした作品を見ると、それがまた不思議に魅力が深い。

「愛人たち」といったジュール・シェレの画風に近い作品もある。
こちらはちょっとタイトルを忘れたが、なかなかない絵だと思う。
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ミュシャの同時代のウジェーヌ・グラッセの1896年カレンダーが並んでいた。
個性の違いを楽しむ。
彼は彼、彼は彼。それぞれの魅力がある。

ミュシャの装いにときめいた展覧会だった。

場外にはおまけがあった。
ミュシャぬりえ。時間も自信もないので貰うだけ貰って帰ったが、最後まで楽しませてくれる美術館なのだった。
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入江泰吉 大和の暮らし昭和20~30年代/美とこころ 京の庭

入江泰吉先生の写真はいつ見ても心が豊かになる。
四季折々の美しい風景も、モノクロ撮影の戦後しばらくの情景も、斉しく優しい魅力に満ちている。
9/25まで奈良市写真美術館では二つの展覧会が開催されている。
どちらも入江先生の作品で構成されたものである。
「大和の暮らし 昭和20~30年代」「美とこころ 入江泰吉 京の庭」

最初に昭和20~30年代の写真を見た。
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チラシの上部は昭和20年代後半の「大仏殿を望む」
まっすぐな小川が走り、その向こうに山があり、そして大仏殿の屋根がある。
今はこの風景はない。
ススキが生えているところを見ると、ちょうど今くらいの季節なのかもしれない。

入江先生は随筆などでも書かれているが、戦後すぐに大和へ帰ったとき、東大寺の仏像が疎開から帰るのを見たが、それらが米軍に接収されると噂を聞いて、それで覚悟を決めて撮影をされたそうだ。

その写真があった。
包帯でぐるぐる巻きにされた仏像の帰還写真。
目の当たりにしたとき、どんなに激しい感情が湧き起こったのだろうか。

近鉄奈良駅という名称も当初のものではなかったそうだ。
この時代では近鉄奈良駅も木造の地上駅だった。
駅前風景も鄙びていて、本当に昭和20年代というのを実感する。

法華時界隈があった。境内で遊ぶ子供らがいる。私の同僚の一人がこの界隈に住んでいて、昔は境内へも自由に行き来できたというていたのが、この時代のことだと気づく。

チラシの下は法隆寺界隈。小さい子供が傘を差してそこにいる。日は照っている。日傘という代物ではない。今ではこんな光景はありえないが、確かに昔はそんなこともあったろうと思う一枚。

「斑鳩物語」に現れる宿屋の写真もあった。それを見ると里見「若き日の旅」を思い出す。明治末に関西ツアーした里見、志賀直哉、木下利玄の三人が宿に止まり、「斑鳩物語」作者に「ご存じなき三人組より」と絵葉書を出すエピソードがある。可愛い話。

薬師寺の塔を水溜りから見る写真、それが有名になったため、その現場で体験しようとする人々の姿もある。面白い光景。

これらは全てモノクロ写真だった。ライカやローライで撮った風景。
モノクロ写真の中に光が封じ込められて、その枠のうちで光っていた。
もうどこにもない風景と情景。それを目の当たりにしていると、自分がその場にいるような錯覚が生まれてくる。
朽ちかけた奈良の土壁、白い道、長い影、電信柱から伸びる古いケーブル・・・
探せばきっと奈良のどこかに活きている、そんな気がしてきた。

入江先生の仕事に面白いものがあった。
カラーの観光写真絵葉書である。
東大寺大仏殿の屋根を写し取ったものなど、構図が素晴らしい。
こうした「匿名性の高い」仕事もされていたのか。
観光写真というものも思えば、楽しい存在だ。

次に入江先生による、京の庭を堪能した。
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チラシ上は桂離宮。秋の桂離宮の美をここで楽しんだ。
桂離宮へは行ったが、実際に見た光景より、入江先生の写真のほうが美しく見える。
これは、自分の感性が入江泰吉という人に追いついていないという証明でもある。
まだまだ修行しなくてはならない、そのことを知る。

池の写真などがとくにいい。桂離宮はどこを写しても素晴らしい。
全ての場を写したかどうかは知らないが、ここにあるだけで、十分に満足する。

30年前の作品が多かった。
1981年の京都。その頃からわたしもちょっとずつ京都へ出始めていた。
遠足などで。そんな頃はここへ来てもよさなどわからなかった。

整備前の平等院の写真は天候の良さもあってか、完璧すぎるものだと思った。
空より水の青が濃い。凄い眼だと改めて入江先生に感心する。

わたしは関西人なので関西の庭の良さしかわからない。
手を入れた庭が荒れてはいけない。
京都の庭園は崩れてはならない、そう思っている。

うちの親は植治、小川治兵衛の庭が好きだ。小堀遠州もいいと言う。
わたしは夢窓国師の庭が特に好きだ。
そのどちらの庭の美も、入江先生は存分に愉しませてくれる。

モノクロで写した大徳寺の大仙院という塔頭の中庭があった。
花頭窓が写っている。そして小さな庭が。
それだけ。
しかしこの空間は無限に深い空間だと思った。
唆されている、入江先生に「行きなさい」と囁かれている、「行かなければ後悔する」そんな気がする。たとえ公開されていなくても、いつか必ず行かなくてはならない。
写真がわたしを唆す。

浄瑠璃寺は少し離れているが、ここもいい庭だということはわかっている。
堀辰雄の本で知ったのではなく、自分で見てから、知ったのだ。
ここのおじゅっさんのお話が面白かったことを思い出す。
職業としての噺家はこんなところにもいる。

金閣なども入江先生が撮ると別な空間に見える。
なにかしら面白い作用がある。

上賀茂神社の三角錐が二つ。チラシ下右。
月の影をここに落としてみたい・・・

夢窓国師のお庭の写真を見ていると、横から「国士無双国士無双」と聞こえて来るので、思わず「御無礼、ロンです」と言いそうになった。
言い返されたら「自分はむこうぶちですから」と言うてやろうと思っていたが、その機会もないままその庭の写真から離れた。

池に赤・黄・橙などの彩を見せる楓が埋まっている写真があった。
異様に美しい情景だった。
折り重なる楓は色に色を重ねて見えた。
楓の影にも彩がある。綾錦、という言葉だけでははみ出してしまうものがある。
水がとろみをつけたようにも見え、そこに楓たちが閉じ込められているのだ。
こんな美麗な情景は、実際に自分の眼で見たことがあるのか否かわからない。
脳は現実とそうでないものとを区別できるのか。
眩暈がした。眩暈がするほどに綺麗な情景だった。

冬や春の盛りの庭もあったが、錦秋に焦がれたまま、その場を後にした。
やはり入江先生の眼は素晴らしい、と思いながら歩く。
いつかその眼を越えてみたい、そんな不遜なことをそっと考えている。

学生の頃、入江先生から、色彩や構図についての授業を受けた。
だからこの方に関しては、先生と呼んでいる。

和田誠 書物と映画

世田谷文学館の「和田誠 書物と映画」展に行った。
和田の仕事は先日挙げた安野さん同様、実に幅広く、そして好ましいものが多い。
極端なことを言えば、安野さんと和田誠の二人の仕事を見るだけで、文学と映画とをほぼ全て把握できるのだった。
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和田誠の仕事は多岐に渡っているが、まず最初に出てきたのが14年ばかり続いた毎日新聞書評欄の1コママンガ。これは面白いものが多かったので時々切り抜いて保存しているが、いずれも明るいユーモアがあって、いつ見ても楽しい。
たとえば、猫が居眠る漱石に代わって机に向かっていたり、ポーの周りに黒猫、黄金虫、ゴリラ、大鴉らがいて催促したり、スフィンクスが読書していたり。
この連載は今では一冊の本にまとまっている。
現在は書評欄で別なシリーズを続けている。

映画関係の本も面白い。
「お楽しみはこれからだ」シリーズなどはかっこいい。
映画の中の巧いせりふをチョイスするセンスがまた最高にいい。
それにしても本当に映画好きなヒトで、改めてそのあたりの仕事を見ると、ただただ拍手喝采したくなる。
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本の装丁が現れた。
丸谷才一とのコンビが特に知られているが、わたしも丸谷のエッセーにのめっていた頃、何が何でも和田誠の装丁や挿絵でないとイヤだった。
‘70~以来全てコンビというのがいい。
「男のポケット」「軽いつづら」「猫だって夢を見る」「好きな背広」・・・面白かったなぁ。
最近はちょっと離れているが、ここで和田誠の装丁を見ると、また読みたくなってくる。
「猫と思えば虎」・・・いいなぁ。
そういえば、丸谷のエッセーの中で、和田誠論とでも言うものかあった。
同じ似顔絵描きというても、山藤とは違うのが、彼は老醜化して描くが、和田誠は幼児化して描く、だから可愛いというようなことだった。
納得する。

昔の丸谷の小説「裏声で歌へ君が代」「たつた一人の反乱」(旧仮名遣ひ)などはアントニオ・ロペスの絵を使っていたが、今では評論も小説もエッセー同様和田誠の仕事になっている。
また丸谷の翻訳したジョイス「ユリシーズ」の装丁も和田誠だった。
ちなみに今回のチラシは描き下ろし新作なのだが、マリリン・モンローが読むのはそのジョイスの「ユリシーズ」なのだった。

「人間的なアルファベット」の絵が出ていた。2010年刊。丸谷と和田誠の遊び心が横溢している。たとえば「H」だと、絵の上部にクリムトの眠る裸婦があり、その下には英泉のワ印がある。

丸谷だけでなく、井上ひさしとの関係も深いが、こちらは芝居関係のほうの仕事をしている。(本の装丁は安野さんの仕事)
芝居のポスターなどである。こちらとの付き合いの深さもよくわかる。
ちょうど今サザンシアターで二ヶ月連続井上ひさしの芝居が上演ということだが、今月はこまつ座「キネマの天地」、来月は稲垣吾郎主演で「泣き虫弱虫石川啄木」をする。
どちらのポスターも和田誠のもの。
とても可愛い。

一方、村上春樹との仕事は「かっこいい」としか言いようがないものだった。
村上春樹の翻訳ものはライブラリーというシリーズで多く出ているが、それら全てが和田誠の仕事で、こちらは絵を使わずアメリカ各地の風景や光景を効果的に配したもの。
乾いた感性にどきっ・・・とする。
「華麗なるギャツビー」「たのむから静かにしてくれ」「ワールズ・エンド 世界の果て」
・・・・・・
もともと翻訳ものの装丁もいいものが多い。
ハヤカワのそれなどが好例。

最後にもう一人、谷川俊太郎がいる。
彼と組んだ絵本がたくさん出ていた。
中でも「森のくまとテディ・ベア」は衝撃的だった。
ぬいぐるみのテディ・ベアと、森で生きる熊との対比。テディ・ベアは死ぬことなく屋根裏に捨て置かれて、眼を閉じることもできない。
森のクマは森で死んでいる。
横たわるクマの静けさ、その絵を見たとき、こちらのアタマが殴られたような気がした。

最後に映画が集まっていた。
和田誠の映画愛は様々なところにあふれているから、何から見ればいいのか悩むほどだ。
まず、彼の監督作品が集められていた。
これはなんというても「麻雀放浪記」だと思う。
わたしはこの映画を見てかなり感動してしまったのだ。
モノクロの映像でスタイリッシュに決まり、苦みばしった男たちが知力と運の全てをかけて闘う・・・
映画には「東京の花売り娘」などが流れていて、見た当時わたしはその歌をよく歌うようになっていた。
今スチールを見てもかっこよさにドキドキする。真田さんが本当にステキだった。
これについては書くことが多すぎるので、あえて書かない。
わたしにとっては日本映画の名作の一つとして、心にいつも輝いている。

映画関係の仕事では他にソフトのジャケットなどがある。
チャップリン・シリーズ、ポーランド映画傑作選などである。
特に「街の灯」の絵がよいのと、「尼僧ヨアンナ」がたまらなかった。
格子をつかみながらヨアンナがギラギラした眼をこちらに向けている。ひどく挑戦的な眼をしている。
あとはトリュフォー・シリーズ「隣の女」のがいい。
昔の映画ポスターでは野口久光に勝る人はいないが、近代のそれではやはり和田誠だと思った。
だから「大人はわかってくれない」はどうしても野口の絵でないとダメだが、「隣の女」や「日曜日が待ち遠しい」「終電車」は和田誠の仕事が合う。

以前、世界名作映画フェアのようなものがあり、そのときのポスターも手がけている。
見ているだけで、行きたくなるものばかりだった。実際に自分の手元にソフトがあったとしても、和田誠のポスターの魅力にそそられてしまうのだ。

最後に彼のオフィスの再現があり、本棚を見て声を挙げた。「コドモノトモ名作撰」などがある。それだけで嬉しくなってくる。
本当によかった・・・・・・
展覧会は9/25まで。

一方、常設室では日本映画のポスターや衣装デザインの資料などが展示されている。
衣装デザイナー・柳生悦子、美術監督・植田寛、中古智の三人の仕事である。
なつかしき山口百恵の映画ポスターを始め、実に多くの日本映画があった。
こういう空間に佇むと、それだけで映画に行きたくなって来る。

重陽 菊花を集める

重陽ということで、菊花を集めてみた。
まず日本画。
福田平八郎「菊」昭和六年の作。sun800.jpg
品評会に出てくるような菊。大事に育てられている。
黄色、白、そして赤一輪。後年の「平八郎らしさ」はまだ出ていないが、葉っぱなどに少しばかりその予兆が見える。

この掛け軸は十五世・市村羽左衛門によるもの。
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昭和19年秋、信州よろづや旅館に疎開中に描いたもの。よろづやさんの特別室・松籟荘で過ごしたとき、女将さんに自分が彼のファンだと話したところ、このお軸を出してくださり、更に様々なお話を伺ったりした。懐かしい記憶は今では現実のものではなく、夢幻能のような味わいさえ感じる。

洋画。
丸木スマの菊。この人の菊は純朴さを感じる。
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職業画家ではなく手遊びに機嫌よく描いたものだが、気負いもなく、明るく和やかな、そして元気な心持になる絵。菊は実際こうして咲くこともあるだろう。

鹿子木孟郎 部分だけだが。日本画にも見えるような描き方の菊。花壇に植えられた菊。服部一郎コレクションに今も咲いている。
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小出楢重の菊は花瓶に生けられた静物である。
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静物画ではあるが、なにかしら篤いような存在感がある。菊のにおいがこちらにも来るような、そんな菊。

高島野十郎の菊は目を見開いているようだった。
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全ての菊が完全に目覚めて、四方周囲を見回している。
次の瞬間には、花々はその花瓶から一斉に抜け出しているだろう。

最後にモネの菊。クリサンテーム。背後の壁紙と同化するような菊。不思議な花瓶にいけられたのは菊なのか布花なのか。そんなことを疑わせてくれる。
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菊一つにしてもなかなか楽しい連想を生み出させてくれる。
わたしの重陽の日はこうしてすぎてゆく。

濱田庄司スタイル展 理想の暮らしを求めて

濱田庄司の作品だけでなく、彼の楽しい生活をも主題にした展覧会が汐留ミュージアムで開催している。
濱田の作品の展覧会は昨年、石洞美術館で何期にも亙って開催されており、本人作品のみならずその命脈の人々の作品までも楽しませてもらった。
今回は濱田庄司のモダンライフを展望している。
「濱田庄司スタイル展 理想の暮らしを求めて」
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民藝、という言葉を世に送り出したのは柳宗悦らである。
濱田もその仲間の一人で、思想に共鳴し、そこからまた自分の道を開いていった。
濱田の生涯の仲良しにバーナード・リーチがいる。
リーチは白樺派の人々とも仲良しで、その円満な人間関係は枝葉を伸ばし、図を見ているだけでも「いい感じ」と思う。

会場では最初に濱田の作品が現れる。
正直言うと、わたしの趣味とは合わないので、その良さと言うものがあんまりよくわからない。
わたしは分厚いやきものは重たくてニガテなのだ。
それに触れる指や唇の感触を思うと、やっぱり実用品としては避けてしまう。
工芸品の場合、実用性と言うものも加味して眺める傾向が強い。
そこから嗜好が決定されもする。
そのことを思うと、わたしの工芸品を見る眼が著しく偏っていることがわかる。
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濱田のやきものは柄杓で釉薬をざぁ~とかけて、文様を作る。
これについては有名なエピソードがある。
なんだ、それだけかと失望する客に向かって、「15秒プラス60年だよ」という答えが返る。
そばにいたリーチが深く頷く。
誠に深い話である。
作品の好悪を越えて、よい話だと思う。

その15秒プラス60年の作品群を見て歩くが、それよりなによりよかったのは、その食器類を自宅で使った写真である。
イギリス暮らしでテーブルとイスの暮らしに慣れた濱田は自宅にも大きなテーブルを構え、バイキング形式で食事を楽しんだ。
常に大人数の人々と食事を楽しむ光景がそこに展示されていて、見ているだけで嬉しくなる。
膳ではなくテーブル。モダンな暮らしぶりがよくわかる。
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濱田は何もかも自分らで拵える暮らしを目指し、機嫌よくそれを実行した。
それを実行させる支えは奥さんを始め家族や友人や弟子たちだった。
和気藹々。その言葉が実感としてそこにある。
楽しい毎日は濱田の作品が売れなければ成り立たない。
濱田の作品を好む人々が多い、ということをリアルに思い知る。
世間には「温かみのある」陶器が好きなヒトと、「薄くて冷たい」磁器でないと愛せないヒトがいる。

ところで濱田は益子に近所の農家を何棟も移築して、自宅にしたそうで、これも普請道楽と言えるのではないか。
実に立派な梁が天井を支える。
民藝の人々の住まいした家はどれもこれも本当に素晴らしい。この濱田の家、駒場の民藝館(柳宗悦邸)、京都の河井寛次郎記念館・・・
ドキドキしてくる。
しかしながら益子の家は参考館として活用されているが、地震の被害を受けたと聞く。なんとか復活して欲しい。

民藝仲間総出演の趣があるのが、三國荘。以前から再現された居間などを見ているが、やっぱり素晴らしい。
ポストカードを見ているだけでわくわくする。
ああ、失われた建物たちよ・・・!

ほかに関心が向いたのが、式場隆三郎邸の設計。
「二笑亭」再発見などで高名な式場博士の邸宅。
これは今も市川に現存ということなので、遠目にでも眺めてみたいと思っている。

濱田のライフスタイルはイギリスのギル家を訪問して方向付けされたそうだ。
その濱田のスーツや帽子などがでている。
三越で誂えたホームスパンのスーツ・・・
正直、びっくりした。
ホームスパンといえば花巻の工房を思う。
ホームスパンのスーツは軽いそうで、見た目のゴワゴワ感も味になる。
村夫子、という見栄えも濱田にはぴったりなのだろう。
しかしこのスーツで受勲したというから、本当に好きなのだろう。

いすがある。イームズのいすである。
これについてもいい話がある。
イームズ本人が濱田のために自分のところから送り(5割引)、しかも少し使ったということにして税をかけないようにした、そうだ。
わたしはこういう話が一番好きだ。

濱田の家で使われた食器類をみた。
カレー皿が舟形風なのが面白いが、これではあんまり入らないだろう。
オコワや饅頭を入れる鉢も可愛い。
飼うてる山羊のお乳を入れるピッチャーは呉須だった。

ほかに濱田特製の帯留めがコロコロコロコロあった。
コロコロコロコロと書いたのは大仰な形容ではなく、本当にコロコロしているのだ。
カタツムリの殻にも似ている。
富本憲吉もそうだが、本業の器類より、帯留めやバッヂにいいものが多いように思う。
わたしは着物を日常には着ないが、この帯留めが欲しいと思った。
何かのアクセサリーにしたいと思うのだ。

意外なくらい楽しい、そして1920~30年代の魅力を味わえる展覧会だった。

東京交通 100年博

江戸東京博物館で「東京の交通100年」展が開催されている。
展覧会というより、イベントという方がいいか、とてもにぎやかで楽しい会場になっていた。
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わたしは「私鉄王国」の京阪神に住まう者だから、私鉄には縁が深いけれど、国鉄の電車とはまぁあんまり縁がない。
しかし都内をハイカイすると、色んな電車に乗る。JRも都営も都バスも都電も隔てなく。
以前、飛鳥山の「アスカルゴ」なる愛らしいミニケーブルカーに乗ったとき、眼下に都電、都バス、車が走り、眼の先に山手線、新幹線が通り過ぎ、更に地下鉄王子駅の看板も見えた。
こんなにたくさんの乗り物がいっぺんに見えるのは、都内でも珍しいのではないか。

その都電もこの荒川線を除いて他にはない。
路面を走るのは他に世田谷線もあるが、どちらも乗るだけで楽しい心持になる。
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第一章 東京の市内電車 明治~大正中期 明治の交通と都電の始まり
最初期の「電車」資料がある。
明治の浮世絵もある。すごく期待されている新しい乗り物。
電車が導入されるまでは徒歩か馬や牛に乗るしかなかったのだ。
駕籠も人力だった。ここにはないが、人力車は明治の産物で、人偏に車の「俥」の字は巧く作られたものだと感心する。

旧東京市電ヨヘロ1形という電車の実物大再現があり、入ってみる。ここだけは撮影OKだった。楽しい。

明治の電車といえば、漱石の「坊ちゃん」が松山から東京へ戻って就職した先がそれだった。また電車にはねられて怪我の療養に城崎へ出たのが志賀直哉で、そこで「城崎にて」を書いている。
明治末にはその志賀直哉、木下利玄、里見の三人が新橋から出発して関西ツアーを決行し、30数年後に「若き日の旅」として里見が上梓している。

第二章 震災の街を走る円太郎バス 大正中期~昭和初期 都バスの誕生
円太郎バスという呼び方は知らなかった。
その頃「一円ブーム」があり、円本・円タクなどがあった。
清酒・松竹梅の大昔のCMで石原裕次郎が円タクから降りてどこかの家へ行く姿があり、かっこよかったのを覚えている。
タクシーだけでなく、バスも「円太郎」だったのか。

市バスの運転系統図があった。
これを見てるだけでもかなり楽しい。
わたしは路線図を見るのが大好きなのだ。
色んなテツがいるが、言うたらわたしは「路線図テツ」ですかな。
本当に飽きない。

第三章 都電黄金期 終戦直後~昭和30年代 戦争からの復興
「三丁目の夕日」の世界ですか。
実はあの原作を連載直後くらいから読んでいる。その頃まだ小さい子供だった私は、華やかなものに憧れていたので(当然だ!)、あのマンガの貧しいつつましさがイヤで仕方なかった。ところが大人になってから、というよりこの十年の間にだいぶ意識も変わり、今では忌避すべきものではなくなり、むしろのんびり眺めるようになった。
映画は見る気はないが、相変わらず毎回欠かさず読んでいる。
他に、「こち亀」でよく両さんの子供時代のエピソードが描かれるが、それにも都電が当然現れ、読んでいると和やかな気持ちになってくる。
マンガでは他に「ぱじ」のぱじが昔は都電の運転手だという設定があった。

ところで鏑木清方は仕事が忙しすぎてちょっとばかりノイローゼになって、長らく電車にもバスにも乗れなかったそうだ。
終戦直後に疎開先で、奥さんの急病を機に電車に乗れるようになったという。
その後は別にどうということもなくなった、というのを随筆で読んだ。
電車に乗れないのはやっぱり大変だったろう、と思う。

うちの親は今でも「市電があったらラクやのに」と言う。
むろんこの場合は大阪市内の市電である。
そのコトバが常に私の脳裏にも在る。だからこうして都内の度店の系統板を見ていると、「ああ、確かにあればラクかも」と思う一方で、地下鉄がこれだけあるから都心はやはりこれでいいかもしれない、と思ったりもする。
でも、わざわざ荒川線に乗ったり世田谷線に乗りに行ったりするのは、やっぱり路面電車が楽しいからに他ならないのだった。

花電車のパネルなどがあった。今度本当に走らせるらしい。すごいな。見てみたい。
色んなグッズがあり、興味深く眺める。

第四章 さよなら都電 昭和30~50年代 都電から自動車社会へ
ここで初めて「なぜ荒川線だけが残ったか」を知った。他の線が消えたのはタイトルそのままの理由だが、なぜ荒川線だけが活きているのかが前々から不思議だった。
そうだったのか、という新鮮な驚きがある。
わたしは路面電車が好きで、全国色んな電車に乗ったが、荒川線を全て乗ったわけではないので、今度はぜひとも乗ってみようと思った。

第五章 都営地下鉄の発展 昭和30年代~平成 明治から計画されていた地下鉄の登場
多くの都営線の写真や資料がある。
わたしも都営にはよく乗る。営団よりちょっと高いが、一日券で時々500円のが出たりする時期はホクホクしながら乗り倒す。

ところで相互乗り入れについてわりに「え゛っ」なことがある。
私は関西人なので、私鉄間の相互乗り入れは慣れているが、JRは言うたら関西では仲間はずれ的存在である。
それが東京ではゲージが同じだというのにびっくりする。
「・・・盗られるやん」と思った。
つまり昔は私鉄ががんばって拵えた電車を国が取り上げてしまうことが多々あった。
それがいやさに関西ではゲージのサイズを国鉄とは変えているのだ。
ところがこちらでは私鉄に力がないからか、そんな意識もないのか、国鉄とも乗り入れしているのだ。
都営や営団と私鉄の乗り入れはもっともっとバンバンすればいいと思うが。
・・・とはいえわたしも都内にいるときはJRに乗るのになんのためらいもないのだが。
このあたりの事情についてはもうちょっと知りたいと思ったりもした。

第六章 都営交通のいまとこれから 平成~未来へ 都民と共に成長してゆく姿
都営交通のポイントサービスのシステムがイマイチよくわからないので、また今度学ぼうと思っているが、自分の持つSUICAはそれとは無縁なのだろうか。
そんなことも何にも知らないが、これからも楽しく電車に乗りたいと思った。

楽しいキモチで回れた「東京の交通100年博」は9/10まで。

安野光雅 アンデルセンと旅して

安野光雅さんの絵本展はいつでもどこでも人気が高い。
横浜そごうでも17日から始まるし、神奈川近代文学館では「安野光雅アンデルセンと旅して」展が9/25まで続いている。
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わたしは安野光雅をいつも「安野さん」と呼び書きしているのでここでも「さん」づけで書く。
上村家三代のみなさん、加山又造さん、司馬遼太郎さん、安野さん、とこの人々は「さん」づけでゆくのが自分の中で確立している。

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安野さんには楽しいパロディ精神がある。
「マッチ売りの少女」をパロディ化したものが面白い。
「マッチ売りのクリスマス」。
わたしは「マッチ売りの少女」のパロディと言えばすぐに野坂昭如の戯作を思うが、それとは無縁。

マッチそのもの、マッチ箱そのものへの愛が安野さんにはある。
幼児期に面白いマッチ箱を見たことが機縁となっている。
そんな人もこの世に多い。
特に戦前に生を受けた人にその傾向が強いと思う。
たばこと塩の博物館などで見たマッチ箱コレクションなどでも、面白いのは戦前から昭和40年代まで。かなり不思議な魅力がそこにある。

安野さんは中学の教え子の松田哲夫や彼の仲間・赤瀬川原平らと共にマッチ箱を集めに集めた。
そして「マッチ文学全集」というアンソロジーまで編んでいる。
本は'93年に松田が勤める筑摩書房から出ている。

「かげぼうし」の国の話も面白い絵本だった。
かげぼうしかげぼうし
(1976/07/20)
安野光雅


「マッチ売りの少女」と交互に物語が進む。フルカラーと切り絵の影絵と。スラップスティックな構成で楽しい。
影法師の見張りさんはマッチ売りの少女を国につれていった。普通ならこれで「二人は結婚しました。めでたしめでたし」だったはずだし、かげぼうしの国の人々もそう思って二人をめでたく出迎えたのに、どうなるかわかりません的な地文が入るのには笑った。

このように物語にも一ひねりがあるのが巧い。
しかし決していじわるなのではなく、フフッと笑うユーモアが生きている。
また、安野さんの絵はリアルでありながら叙情性があり、叙情的でありながらリアル。
そこが魅力なのだと思う。

'97年秋に私が初めてこの神奈川近代文学館へ来たときの展覧会は、「文学の挿絵と装丁」だったが、そのポスターは小村雪岱の「お傳地獄」の入れ墨の場だった。
そのポスターのデザインは安野さんだったそうだ。

安野さんの装丁デザインは「ちくま文学の森」など多数あるが、いずれも優しい抑制の利いたものばかりで、見ているだけで「いいなあ」と思うものばかりだ。

たとえば「ABCの本」は諸外国でも愛され、多くの賞を得ているが、作者が日本人だと知らずに国内賞の栄誉を贈った国もあったそうだ。
ABCの本―へそまがりのアルファベットABCの本―へそまがりのアルファベット
(1974/10/01)
安野 光雅


安野さんの絵は無国籍なのではなく、どの国の人からも愛されるものなのだ。
また、安野さんの絵には豊かなエッセーがつくが、それを読むといよいよ安野さんの描いたものへの愛やシンパシーが生まれる。

安野さんの絵は決して書斎の中だけで生まれるものではない。
諸国を旅して描かれた絵が多い。
以前、スカボロー・フェアを描いた絵を見た。
サイモン&ガーファンクルの歌で知られる、あの市である。
絵を見て初めて何かしら納得できた。
なるほどここでならパセリやダイム、ローズマリーがあるのもわかる。

「旅の絵本」があった。
旅の絵本 (3)旅の絵本 (3)
(1981/11/01)
安野 光雅


本当に安野さんは日本も世界もどこにでも旅をする。
その旅はたとえ一人旅であっても決して孤独なものではないことが、絵からわかる。
どの絵にも心の豊かさがある。
文章の織り成すリズムがそのことを悟らせもする。
心地よさ、そんなものを安野さんの作品から感じとる。

とはいえ一方で、安野さんの数学的な知能には本当にいつもいつも感心する。
エッシャーの絵に触発されてだまし絵を始めたと聞くが、エッシャーにはない優しさ、可愛らしさが安野さんの絵にはある。
そこのところに惹かれている。

さて、この展覧会ではアンデルセン原作・森鴎外翻訳の長編小説「即興詩人」を安野さんが口語化した「口語訳 即興詩人」が後半のメインとなっている。
鴎外の研究もされている森まゆみさんと共に小説の舞台を旅をして、様々な発見をする安野さんの姿が展示資料から伺えて、それがまたたいへん面白い。
特に森まゆみさん宛に書いた口語調の手紙が特別展示されていて、その綴りがとても楽しい。お二人の楽しい旅の様子が眼に浮かんでくる。

版画があった。バルベリーニ広場の銅版画。これは森さんが見つけたものだが、安野さんが長年探し続けていたものらしい。長年探して見つからないものが、旅の仲間の手でササッとみつかる。それも旅の縁と言うというものだろうか。
ヨカッタヨカッタとこちらも嬉しくなる。
旅の絵と文とを共に味わううちに、こちらも安野さんの旅の仲間になった心持になる。

「口語訳 即興詩人」は鴎外の名文と安野さんの口語訳と絵が続く構成で、たいへん理解しやすいものになっている。
口語訳 即興詩人口語訳 即興詩人
(2010/11)
アンデルセン


ただの口語訳ではなく、アンデルセン「即興詩人」への愛に満ちたヒトの手による口語訳であり、また森鴎外翻訳の「即興詩人」を愛するヒトの手になる口語訳なのである。
二重の楽しみ・喜びが、安野さんにはあったのだ。
わたしもそれを目で追いながら、三つの楽しみを得ていた。
アンデルセンの、鴎外の、安野さんの「即興詩人」を楽しむとは、そういうことだ。

鴎外の文語訳による「即興詩人」は鏡花「照葉狂言」にも影響を与えたというが、わたしは「照葉狂言」は「照葉狂言」として愛しているので、あまりそのことを感じない。
他方、江戸川乱歩「孤島の鬼」に「即興詩人」の1シーンが引用されていることを想う。
あの引用はとても巧いと思う。
文学好きな青年が地下の大迷路で迷ったときに「即興詩人」のカタコンブでの迷子シーンを思い出しているのだが、そこに引用することで、物語が緊迫感を増し、また「即興詩人」を読んでみたくなる仕掛けがあった。
今回は安野さんの「口語訳 即興詩人」を手元に置きたいと思い始めている。

この展覧会は安野さんの郷里・津和野にある「安野光雅美術館開館10周年記念」の企画だった。津和野にも行きたくなる、そんな展覧会だった。

舞子の旧木下家

舞子には戦前の名建築がいくつか残っているが、こちらは数寄屋造りの近代和風建築。
普段は近代洋風建築を見るのに東奔西走しているが、たまに近代和風の見事な佇まいの中に在ると、本当に和やかな心持になる。

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応接間のガラスなどなど。
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欄間には源氏香の文様がある。
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掛け軸も上品。IMGP8915.jpg

見るべきものはいくらでもある。
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二階から眺める。
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灯篭や庭花など。春にはこのように梅が咲いていた。
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アプローチの流線がみごと。
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近くにあるさる邸宅。こちらも拝見したいが、贅沢は言わない。
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旧武藤山治邸

先に挙げた移情閣に近接する建物を他にも少し紹介する。
旧武藤山治邸と旧木下家住宅。
まず旧武藤邸。

移情閣の目の前にある旧武藤邸は外観は再現されてるそうだが、内部は往時のものを使っている。
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室内の様子。
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いい大理石が使われている。

天井装飾や照明など。
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装飾ガラスの優美さ。IMGP8874.jpg IMGP8898.jpg
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くつろぎたい・・・IMGP8872.jpg

絵画もそのまま。IMGP8865.jpg IMGP8880.jpg

階段の絵画は鹿子木孟郎作品だと思う。
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階段も優雅な面持ちを見せる。
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絨毯や壁紙など。
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往時、どのように愛されていたのだろう。
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最後に玄関の外観。IMGP8902.jpg

移情閣

今日で終了する東博「孫文と梅屋庄吉」展に関連して、孫文も滞在した舞子の移情閣の写真を挙げる。
孫文を支援した呉錦堂の別荘。


明石大橋の下に移動されている。

海側から見上げる。
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記念館の内部には可愛い模型もある。
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各フロア、室によって装飾が違う。しかし統一感はある。
まず邸宅の証たる暖炉を見る。
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タイルの張り方が違うのも可愛い。

柱や和名で言うところの長押にも色んな装飾がある。扁額と由来。いじょうかく。
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天井装飾の豪勢さには息を呑むばかり。
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フロアにより、文様が異なる。
照明も色々変わる。
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インテリアもステキ。
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壁紙は金唐皮。IMGP8824.jpg

階段がまた深いときめきに満ちている。
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陰影礼賛な照明もいい。IMGP8825.jpg

海側のベランダ。この様式は関西に合う。IMGP8846.jpg

最後に資料も少しばかり。
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春の舞子の海。向こうに見えるのは淡路島。少し前の写真でした。
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九月の予定と記録

九月、野分もこわいけど、出かけなくてはならない。
行くぞ~~!(声を出さないと行けない・・・)

知られざる歌舞伎座の名画 山種美術館9/17~11/16
大雅・蕪村・玉堂と仙―「笑(わらい)」のこころ 出光美術館9/10~10/23
モーリス・ドニ-いのちの輝き、子どものいる風景- 損保ジャパン美術館9/10~11/13
東京藝術大学 現状模写―国宝 源氏物語絵巻に挑む 東京藝大美術館9/9~9/25
講談社の表示絵・挿絵「原画」展 野間記念館9/10~10/23
イケムラレイコ うつりゆくもの 東京国立近代美術館~10/23
瀬川康男遺作展-輝くいのち- ちひろ美術館・東京~10/23
大倉喜七郎と邦楽 -“幻の堅笛”オークラウロを中心に- 大倉集古館~9/25
書斎の美術―明清の玉・硝子・金工を中心に―泉屋分館~9/25
磯江毅=グスタボ・イソエ マドリード・リアリズムの異才 練馬区立美術館~10/2
メイキング・オブ・東京スカイツリー 日本科学未来館~10/2
東洋の染付と青磁を中心に/西洋絵画の中の人びと 松岡美術館~9/25
実況中継EDO展 板橋区立美術館~10/10
3331アンデパンダン あおひーさんの作品があります。参りますよ♪~9/19
松竹歌劇の60年-レビューの舞台とスターたち 下町風俗資料館9/17~11/27
どうぶつ家族岩合光昭写真展 銀座三越9/7~9/16
犬塚勉 日本橋高島屋9/7~9/26
愉快な家-西村伊作の建築 - 展 INAX東京 ~11/19
竹と民具 -竹とともに暮らす-神奈川県立歴史博物館9/10~11/6
洋上のインテリアⅡ 日本郵船歴史博物館~11/27
横浜トリエンナーレ 2011 OUR MAGIC HOUR
広瀬始親写真展 横浜ノスタルジア・特別篇  横浜開港資料館

あと熱海に日帰り。
MOA美術館、旧日向邸、起雲閣を回ります。予約済み。

こちらは関西。
生誕120周年記念 岸田劉生展 大阪市立美術館9/17~11/23
生誕170年・没後100年『コレクター藤田傳三郎の審美眼』 藤田美術館9/10~12/11
西鶴―上方が生んだことばの魔術師 柿衞文庫9/10~10/23
絵巻-大江山酒呑童子・芦引絵の世界- 逸翁美術館~12/4
帰ってきた江戸絵画ギッター・コレクション展 京都文化博物館~10/16
漆工展 後期 大和文華館~10/2
生誕250年記念展 酒井抱一と江戸琳派の全貌 姫路市立美術館~10/2
新収蔵品初公開 祭礼を描く絵巻と屏風 春日大社宝物殿~9/28
民都大阪の建築力 後期 大阪歴史博物館~9/25
晶子さんのお宅拝見 堺市立文化館与謝野晶子文芸館~9/11
入江泰吉 大和の暮らし―昭和20年代~30年代/美とこころ―入江泰吉 京の庭― 奈良市写真美術館~9/25
映画館明治座物語 池田市歴史民俗資料館~10/2
川西郷土館
中山太陽堂美身100年特別展 クラブコスメ資料室~10/30(平日のみ)

回り方に苦労するのですよ。

実相寺昭雄展 ウルトラマンからオペラ「魔笛」まで

「実相寺昭雄」を意識したのはたぶん大学の頃だった。
子供の頃、アニメを見るより特撮を見る子だった。
リアルタイムなウルトラマンは帰ってきたウルトラマンからA、レオやタロウだった。
しかし再放送を見続けていたので、ウルトラマンもセブンも常に身近な存在だった。
やがてアニメや特撮から離れて暮らすようになり、今度は演出家としての実相寺昭雄に関心が向き始めた。

実相寺昭雄展 ウルトラマンからオペラ「魔笛」まで
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この展覧会のチラシを見たとき、「これに行かなかったら後悔するぞ」とひとりごちていた。
青のボールペンで描かれたリアルな自画像、カメラを覗くご本人、昭和真ん中の東京駅の背後に立つシーボーズ。駅の前には都電が屯っている。
実相寺昭雄の仕事を改めて眺めると、ウルトラマン、ウルトラセブンでも特に面白いエピソードを担当していることに気づく。
ジャミラもメトロン星人もシーボーズもそうだった。
怪獣の造形はこれまで世田谷文学館、三鷹市民美術センターなどでの成田亨らの展覧会で見てきているが、演出と言う視線での展覧会はまだ見ていなかった。
彼の演出したものはひどく面白い内容であり、またせつなさや苦さを心に残すものだった。

シーボーズは怪獣たちのいるところへ還りたいがために着いて来ただけだし、ジャミラは望んで怪獣になったわけでもない。
メトロン星人のいた部屋を再現したものを世田谷で見ているが、あれは本当に忘れられない。

円谷プロの怪獣倉庫の写真があった。
これぞまさしく「かいじゅうたちのいるところ」。
バルタン星人、シーボーズ、ジャミラらと共に実相寺がいる。円満なスナップ。特にシーボーズとは仲良しなのか、肩を組んでいるようにも見える。

先ほどのチラシにも出ているシーボーズと東京駅の絵は「ウルトラマンの東京」と題された絵葉書サイズほどのもので、それらが大量に集まっていた。
まことに壮観な光景である。
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「大阪城怪獣夏の陣」と題された絵、メトロン星人とちゃぶ台をはさんで座すウルトラセブン、世田谷線の絵もあった。
これらは折々に実相寺が描き続けたもので、絵と共に何かしらコトバも入っていた。

ウルトラマンの次にはシルバー仮面が現れた。
本放送は見ていないが、'83年頃にテレビ大阪で「なつかしのヒーロー特集」があり、それでわたしは見た。
北原照久氏所有のシルバー仮面のガシャポンもある。これは実物大のシルバー仮面が動く仕組みのもの。百円。・・・実物より少し大きいか。

いきなり現れたのが、'07年の映画「シルバー假面」ポスター。1920年代東京を舞台にした、ちょっとナゾな作。鴎外とエリスの間の娘(舞姫の世界観)が現れて敵と戦うものらしい。わかるようでわからないが、かっこいいのは確かだった。

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ここから映像世界へゆく。
映画「無常」がある。
少しばかり流れる映像を見る。非常にスタイリッシュだと思った。
長回し。モノクロの世界。蔵の立ち並ぶ町。遠くから石畳を小走りに来る。ヴァイオリンに始まり、クラブサンへと移る音楽。冬木透の作曲。
いつまでも眺めていたい映像だった。

仏像に魅せられた男とその姉の禁じられた関係。孕んだ姉を家の書生におしつけ、自らは旧家の跡継ぎであることを放棄して、仏師に弟子入りする。
そこで仏師の妻と爛れた関係が始まるが、仏師はそれを黙認する。
しかし。

冒頭近く、能面をかぶった男女の交合がある。モノクロ映像の美を堪能する。
面を外した時点で、却って官能性が薄れる。
寺の大門で二人の男が対話する。閂の穴から男の横顔を捉える。
こうしたカメラワークはひどく魅力的だった。
同じように大胆なカメラワークでは「シベールの日曜日」を至上だと思っているが、これもまた見事な写し方だった。
対話の中で姉を押し付けられた書生の自死を知る。
この先の物語をわたしは知らない。知らないことが口惜しい。
作品を見なければならない・・・・・・

第二作目「曼荼羅」については、松田修の評論で知った。
松田はラストシーンについて深い論考を挙げている。
わたしは物語のラストから入り、始まりへ向かおうと遡行している。

沢渡朔による予告映像が流れていた。
何故かいきなり相撲をとる若い男の姿が映る。
勝ち負けを見せるのではなく、型を見せているかのような、スローモーな動き。
しかし膚のナマナマしい密着が別なことを予想させる。
やがて延々と続く性交シーンが始まる。
それを監視カメラで確認する岸田森。若い岸田森を見るのが嬉しい。
ただこの映画には未来も希望もない。
船出の失敗、打ち上げられた死体・・・このシチュエーションはヘルツォーク「コブラ・ヴェルデ」にもある。
コブラ・ヴェルデはまだ生きてはいたが、この「曼荼羅」同様ラストの悲惨さは深い。

「あさき夢みし」のポスターは名は知らないが作品は知っているヒトの手によるものだった。黒地にカラフルな配色で、どろどろの世界を描く。'70年代の官能性ということを思うたびに、このヒトの絵が脳裏に現れる。
たしか皆川博子「滝夜叉」の挿絵もこのヒトだったような気がする。

「哥」は旧家の崩落を止めようとあがく青年に篠田三郎が扮していた。若くて綺麗だった頃の篠田。’72年の作だと知って、ほぼ同時期の手塚治虫「奇子」を思った。
地方の地主はその領土の王である。高度成長期の日本からその王が消えてゆく。
家父長制の崩壊、「家」の崩落・・・
時代の空気ということを思う。

実相寺の好む闇は'70年代初頭まではその当時の日本に息づいていたが、それから20年ばかりは息を潜めなければならなくなった。

実相寺のTVCFを見る。薬師丸ひろ子のそれは知らないが、ニッカウィスキーのものは見たような気もする。黒人オペラ歌手キャスリーン・バトルの美声がすばらしい。
他にも「遠くへ行きたい」の演出もあれば、「オーケストラがやってきた」もある。
他になんと火曜サスペンス劇場まで演出作品がある。
「青い沼の女」原作は鏡花「沼夫人」。納得する選択。

「帝都物語」のコーナーがあった。
これは本当に当時大ブームになった。キャスティングの豪華さにもびっくりした。
わたしは加藤のファンなのだが、本当にかっこよかった・・・映像の美と闇と魔性とを堪能した。
知らなかったことだが、脚本は当初岸田理生だったのが会社の意向で林海象に変わったそうだ。実相寺は「職人」として演出に働き、いい作品に仕立て上げた。
木村威夫の美術が素晴らしかったことを今も思い出す。
またこの川崎市民美術ミュージアムで木村の回顧展を見たことを思い出す。

1920~40年代へのオマージュを随所に感じる。
ほぼ全ての作品が、本当を言えばわたしの偏愛するもので構築されているのだが、どこかでズレがあって、わたしはあまり見てこなかったことを、改めて思い起こす。

オペラもまた実相寺の偏愛するものだった。
新国立劇場で二期会の「魔笛」を演出している。衣装はフィギュア製作のヒトに依頼したそうだ。なかなか魅力的。特に「夜の女王」は美麗。
パミーノのドールなどがあり、これもとても綺麗。
そういえば昔TVでホロヴィッツの番組を見たが、それも彼の演出作品だったそうだ。

最後に実相寺の愛したものたちが現れた。
サンリオキャラクター、カエルのけろけろけろっぴである。
「ショスタコーヴィッチからけろけろけろっぴ」
それが実相寺の愛するものだった。
びーっくりするくらい、書斎にはけろっぴグッズがあふれかえっていた。
またテツだったそうでその資料もすごい。
ぬいぐるみも大好きで、中にはクマちゃんが阪神タイガースのユニフォーム姿なのもある。
また「息子」として可愛がっているぬいぐるみ「ちな坊」もいた。
今回、女優原知佐子が実相寺の奥さんだと初めて知った。
だからこのちな坊は原と実相寺の愛児なのだ。

面白いコトバが実相寺にあった。
例の絵葉書の中からみつけた。
「ポケモンは羅漢さんだ」
ほんとう、そのとおり・・・・・・・

実相寺昭雄展は9/4まで川崎市民ミュージアムで開催中。
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