美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

ウィーン工房 1903-1932 モダニズムの装飾的精神

汐留ミュージアムの「ウィーン工房1903-1932」展に早々と行ったのに、こんな時期になった。
「いま甦る、モダン・インテリアの開拓者たち」というコピーがあるが、確かに場内のどこを見ても「モダンだな」と感じるものばかりが集まっていた。
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チラシの上部に目立つイスはコロマン・モーザーのアームチェア。1903年の製品だが、かっこいい。
とはいえ実用のことを考えると、どうだろう。
その辺りのことは考えないで眺めようか。

副題に「モダニズムの装飾精神」とあるが、モダニズムは装飾を排除したところから始まる・・・というようなことを聞いた気がするが、ウィーン工房の装飾性は狭義の「モダニズム」とは一線を画するものだった。
前時代の過剰な装飾はないが、適度な(そこが一番大切なのだ)装飾がそこにある。
その装飾が「モダン」なのだ。
しかしながら、その感覚は、いまだ前時代の意識をつなぐ一般の人々には浸透せず、ウィーン工房の仕事は「万人のためのもの」ではなく、一部のセンスの良い、上流階級の人々を楽しませるものになってしまった。

こちらは1985年の雑誌の特集「百花繚乱のウィーン」から、「ウィーン工房(ホフマンのデザイン)などを集めたもの。
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背後の壁紙の「花」は合理的で、可愛らしい。sun944-1.jpg
こうした構成の図案がモダンなのだ。

ヨーゼフ・ホフマンのデザインした作品を眺める。
身につける装飾品もステキだが、家を飾る照明器具などがまた魅力的だった。
特に、サナトリウム・プルカースドルフの待合室の壁面照明器具はダイヤモンドカットの照明具で、それを見ているとトーマス・マン「魔の山」を想った。
優雅さと退廃に満ちた世界に灯されるべき照明具・・・
今なら、あの作品の中の誰かを演じても許されるのではないか・・・わたしはふと思った。

鉄や亜鉛やガラスで構成された装飾性の高い実用品を見る。
灰皿だというが、摩天楼の一部を切り取ったような形をしている。
そんな空間に灰を押し付けられるのだろうか。
不思議な感覚がある。

オスカー・ココシュカの絵が並んでいた。
原色の取り合わせが目を打つ作品しか思い浮かばなかったが、それらがある物語を構築すると、色の強さが気にならず、深い興味が湧き出すのを感じた。
石版画「夢みる少年たち」をこの手で開いてみたい、と思った。

美麗な木版が並んでいた。
「婦人の生活」。所蔵は全て石見美術館。あの美術館のコレクションだということがとても納得できる、美麗さだった。

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本当に身につけるべき装飾品がある。
流行ということを思いながら眺める。いくつか欲しいものが出てくる。
ここにあるものを、その当時の東洋の果ての女も欲しく思ったに違いない。

最後のコーナーはフェリーチェ・リックス、上野リチのデザインした作品群があった。
京近美の展覧会で見たものが多く出ていた。
わたしは彼女の作品のうち、テキスタイルと小物入れ、ちょっとしたオーナメントなどがとても好ましい。
いい心持で眺め続けた。

展覧会は12/20まで。
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堺と京都、非公開文化財特別公開の旅

二日続けて普段非公開の寺院の特別公開を見に行った。
堺と京都と。

土曜、堺まん福チケットという企画に乗って南海電車と阪堺電気軌道を楽しく乗り継いだ。
SH3B07620001.jpg 運転席

そもそも小さい路面電車が大好きである。阪堺電気軌道や嵐電、荒川線、江ノ電などは、乗ること自体が目的になりもする。その楽しい可愛い阪堺電気軌道に乗ってあちこち出向くのだから、嬉しさも大きかった。とは言え昨日は先に忠岡町の正木美術館に出かけ「墨痕」を見たのだが。
こちらは正木美術館の庭の奥。屋根の瓦の流れが少しばかり個性的だった。
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ガラスの歪みも魅力的。古いガラスはやはりこうした歪み(ひずみ)がいい。いい建物。
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浜寺公園から堺まん福ツアーが始まる。
SH3B07610001.jpg 南海浜寺公園駅

御陵前で下車して少し歩くと早速南宗寺に着いたが、そこの築地塀の長さに感心した。
このお寺は徳川家康の遺体を埋めたという伝承がある。大坂夏の陣の折り、豊臣方の武将・後藤又兵衛に殺され、徳川方は総大将の死を隠すため、大坂からこの堺まで運んで埋めた・・・そうな。
ただの伝承だけなのかどうかは知らない。
興味深いのは、境内にその家康の墓があることを書いた碑があり、その碑を立てた発起人の中に市長の名前や松下幸之助の名前があった。
ふふふ、いいなぁ。

お堂では八方睨みの竜がいた。
ぐるぐる回ってもどこからでもにらまれたわ。

さてここは禅寺なのでお庭も枯れ山水、渦巻きが可愛い。
遠目には白波に見える砂利がいい。
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向こうには銀閣風なのもある。SH3B07640001.jpg
観光ガイドのオジサンは穏和な語り口の人で、わたくし久しぶりに「お嬢さん」と呼ばれましたわ、オホホホホ。
同行の年長の友人・芦屋夫人の娘に思われたらしい。

お寺の後にはおやつ。
近くの「かん袋」へ。混んでましたわ、相変わらず~暑いので氷のかん袋がおいしいのなんのって・・・!
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お持ち帰りも色々用意いたしました。
(財布が痛いが、母とか隣家の帰省中の従姉妹らへのプレゼントなのだ)
さて再び可愛い阪堺電気軌道に乗り、今度は綾ノ町まで。ここまではそれこそ御陵前から直線道路なのだが、微妙な曲がりを見せ始める。

山口家住宅へ。
この古い邸宅の土間はたいへん広い。へっついさん(竈)も大きい。
可愛らしい釘隠しは部屋によって形も違う。
欄間も、透かしの桃・万両などの意匠や、花柄のものなどがある。
いいお宅を見た。
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ほかにも開口神社や住吉大社の宿院なども見たが、蘇鉄で有名な妙国寺にはタイムアップで行けず、それはまた次回。

レトロな車両の阪堺電気軌道が来た。SH3B07760001.jpg
乗り込むと「昭和参年川崎重工業」の印がある。いいなぁ、こやつは今年83歳なのだった。
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住吉大社の太鼓橋を上り下りして境内へはいると、結婚式が見えた。お幸せに~
住吉からは南海電車に乗り換えて、やがて新今宮そして大阪駅へ。
堺の旅はこれで終わり。
たいへん楽しかった。

次は本日の京都非公開寺院の旅。
曇天の京都に着いた途端、乗りたいバスが出るのが見えた。タイムテーブルはちょっと狂ってるので、待つしかない。市バス一日券があるから乗り継いだらよいのだが、出来たら一本で行きたいのよ。眠いのですわ。

12系統バスに乗る。これは堀川通りを北上して北大路から西に曲がり、金閣経由で立命館へ行くバス。
堀川寺之内はなじみの地、そこから四つ目の大徳寺前で下車。
泉仙、和久傳、といった有名なお店を横目に見ながら巨大な大徳寺の中に入る。
塔中だらけのこの巨大な地で、今回いくつかの庵や院が特別公開している。
それだけでも混雑するところへ、昨日始まった国民文化祭のイベントで、寺内あちこちで各派のお茶会が。
いやいや、本当にすごいわ。

真珠庵へ。SH3B07780001.jpg
内部は建物も庭園も全て写真禁止なので、この外観だけ。
真珠庵には例の可愛らしい「百鬼夜行絵巻」が伝わっていたが、無論ここにはない。
襖絵は曾我蛇足。部屋により絵の技法も変えたりして変化と工夫を凝らしている。

一つの部屋にきらびやかな小さい屏風があった。檀家さんが住職に贈ったらしいが、禅寺なのでキラキラものは長押より上の辺りに設置している。
毎年この「京都非公開寺院特別公開」は学生に文化財の説明を棒読みでさせているが、本当に身になってないのがよくわかる。
檀家からもらった屏風を「ダンケからもらった」と言うてるようではアカンで。
それやったら「ダンケにダンケ(ありがとう)」でんがなww
檀家もあげた甲斐がなくなるわい。

茶室は金森宗和の作ったものらしく、刀掛けなどが外ではなく、中にその間が作られていた。それについての説明は面白かった。納得できる話。

真珠庵の次、孤蓬庵に行こうとして道を間違えた。
割に可愛い築地塀がある。SH3B07790001.jpg

てくてく歩くと今宮神社が見えた。ああこっちまで来たか。あぶり餅が食べたいがそこまで行かず戻ると、今度は建勲神社。ここまで来ると今度は船岡温泉に入りたくなるし、元・藤ノ森温泉だったカフェ更紗にも行きたくなるが、時間がないのであきらめて、バスを待つ。今度は帰りの12系統に乗り、通り過ぎた堀川寺之内に戻る。

田丸弥さんに行く。この界隈に来ると必ずここでお昼をいただくのだ。
今回はアナゴチラシとにゅうめんにした。
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続いてすぐそばの裏千家の茶道資料館へ。
承天閣美術館とタイアップした「肥後松井家の名品 武家と茶」展を見る。
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利休から松井康之への消息がある。
天正19年2月14日の日付で、秀吉の勘気にふれた利休が堺へ戻る道すがら、古田織部と細川三斎が見送っているのをみかけてびっくりした、という意味のことが書いてある。
「態々御飛脚過分至極候」に始まる文の、その二週間後に利休は切腹したのだった。

消息ではほかに、細川忠興から松井あてのもので、忠興の娘・万姫に松井が砂糖を一壷贈ったことへの礼状。忠興のサインの下の印がすごい。Tadauoquiと二列表示。うぉぉぉっな感じ。
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ほかに見物は細川幽斎による「伊勢物語断簡」(初冠)に、烏丸光広が添え書きしたものや、明の青花花蝶文扁壷の文様がスペインのフェリペ二世の紋章から採られたものだとか、豪華な桜樹蒔絵提重など。

ちなみに承天閣では「武家と能」展開催中。

この後は立礼式でお茶をいただく。秋だからたぶんご近所の田丸弥さんのお菓子だろうと思ったら、その通り。
わたしの大好きなお菓子だった。
高麗茶碗をズッズッと言わせてから、お軸を眺めていると、お茶を点ててくださる先生が現れた。
この方は私が最初にここへ来たときに点ててくれた先生で、'94年からちっとも変わっていない、江戸っ子な先生なのだった。

今出川浄福寺へ向かう。
「日本最古の違法建築」という見出しで先日新聞に載っていたが、ここも非公開を特別公開とか。
外観は二つの別物な建物に見えるが、中はまんまつながっておるのです。
うるさい暴れん坊将軍をごまかしたあたりが、やっぱり京のお寺やな~
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今期の非公開の特別公開チラシは、この浄福寺に所蔵されてた十王図から。普段は京博に寄託中。
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ここのお釈迦様の絵は鶴澤探鯨。
本堂の竜は気合い十分な鳴き竜。
ここの案内ガイドの学生さんは楽しい人だった。
どうせガイドするなら、これくらいすれば皆さんウケるのに。
土佐光起の襖絵も可愛いが、引き手が愛らしくて見応えあった。菱形に花が咲いている。そんなのが色々。
ガラス戸もみごとな歪みをみせている。
バロックの美。

十王図は学生ガイドでなく、住職の菅原さんによる「絵解き」で楽しませてもらった。
いや~わたしは絵解き大好きなのでウケたわ~、クスグリ上手な住職さんで、とても楽しかった。
新しく張り替えた襖の柄が天神さんの梅文様なのは、住職のお名前からかしら。

このお寺は天明の大火にも焼け残ったそうな。
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赤い門があるけど、そこから天狗さんが出て、消火活動しはったそうな。
それで門のすぐ隣に「護法」印の瓦があるのだった。
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今度は5系統に乗って京都駅へ出た。雨は本降り。文化博物館はまた今度や。
えき美術館で岐阜県美術館所蔵の「ルドンとその周辺」を見てから四条河原町へ戻り、そこで京都ツアーも終わり。

充実した二日間でしたわ~

頴川美術館「自然を観る眼」/正木美術館「墨痕」

二つの古美術展に行った。
甲東園の頴川美術館「自然を観る眼 近世~近代の写生画」展と泉大津の正木美術館「墨痕」展である。
どちらも魅力的な展覧会だった。
まず頴川の感想から。
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所蔵品から「自然を観る眼」として選ばれた作品が並んでいる。
既に何度も見ている作品がある。
たとえば、
去年の秋季展「四季を彩る近世の花鳥画
おとどしの秋季展「近世・近代の絵画
2008年の秋季展「館蔵品の光彩
これらの展覧会には以下の作品のうち何かが出ていた。そのときの感想を写す。

雨中桜五匹猿図  
・森狙仙の人気の一枚。サルが集まって桜の木で遊んでいる絵。丸顔の中国のサルから、こうしてニホンザルへ移っていった。狙仙は随分人気を得て「サルのソセン」と呼ばれるようになったらしい。
・これは切手にもなった絵で、猿がもこもこ集まって遊ぶ図。雨でももこもこ集まると、寒くないかも?猿の絵が、丸顔の中華猿からニホンザルの絵に変わったのは、やっぱりこの「サルの」ソセンからかもしれない。

清光淡月兎図 中村竹洞  
・岩っぷちに白兎がいる。月下に何を考えるか、難しい顔をしている。凛としたウサギだった。
・桂花ごしに月を眺める兎の横顔。長い耳はピンと張り、兎とは言えなかなか精悍な感じがする。月に帰る日を想っているのか、月に映る同胞を眺めるのか。

どちらもそれぞれ同じような感想を懐いている。今回の私も同じ。成長のないアタマ。
しかし三年連続同じ感想を持つということは、そこにある絵から発されるものが、同じ光だという証明でもある。

以下の四作品についても同様。
編豆図 円山応挙 
四季花鳥図のうち 冬 応挙  
鯉鮒図 円山応挙 
松竹梅図 山本梅逸 
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他の作品について少しばかり書く。

猪図 応挙 ササッと描いたような勢いのある絵。飛び出し注意報の鳴る猪図。

三猿図 狙仙 見ザルは寝る・聞カザルは隅でアタマを抱え込む・言ワザルは口をふさぐばかり。猿には猿の立場があるんだ、という声なき声が聞こえてきそうな一枚。

綿に鶉図 西山芳園 黄色い花に白い実。ふっくらしている。小鶉が振り返る一瞬。
綿の実のふわふわした感じと鶉のほわほわ感がよく出ている。

何度も見た作品が出ているにしても、何かしらコンセプトを持たせてそこに集めると、また新しい楽しみが生まれてくる。
頴川に行くのは、そこのところの魅力を味わいたいからだった。

続いて正木美術館「墨痕」。
ここは学芸員の方の解説がいつも面白い。耳で聞くのではなく、解説プレートを読んでのことだが、いつも興味深く読んでいる。
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最初に、東日本大震災復興への祈りを込めて、二月堂焼経断簡が展示されている。
チラシの下部の藍地に金文字のそれである。
この分だけでは下の焦げは見えないが、波打つような文様になったのが、非常に魅力を深める力となった。
寛文年間にこうした新たな美をまとった経巻は、元は天平年間に生まれたのだった。

天平年間の女人といえばやはり第一に光明皇后を想う。
彼女の手蹟を手本にした(書体に倣った)写経が平安時代に流行ったらしい。
ここにある法華経断簡などは、かっきりした楷書で墨の濃い、いいものだった。
茶色に染めた紙に金で蝶や鳥を描く装飾・・・美麗なものをみた。

東福寺の画僧・赤脚子による寒山拾得図があったが、これは仲良しな少年二人のいる図のようで、可愛い。にこにこして肩に手を回している。

墨梅図 雪村友梅 鎌倉時代の力強い梅図。「墨梅図」としては日本最古の作の一つらしい。
細く長い枝が天を指している。天を刺し貫こうとするような強靭さがある。
「梅」を描きつつ、その艶は描かず、厳しい精神のありようを示そうとしているのだった。
「仁が崩れぬ」梅を己が精神に見立てているのかもしれない。

室町時代の水墨画について、ここの学芸員さんは「抽象表現」という語で説明している。
今までそんな見方をしていなかったので、言われてみて少しばかり驚いた。
ああなるほど。
確かに雪村の山水図も等春の絵も、いずれももあもあしたものを画面全体に行き渡らせて、形をとどめようとしないまま、「絵」として完成させている。

「瓜茄子に虫図」を数十年の差で描いた二人の絵師がいる。啓孫と雪洞。どちらも拓本風な瓜やナスを描いている。描きようが面白く、どちらもいいと思った。

応挙の弟子二人の絵が並んでいたが、これほど違う行き方をする弟子たちを応挙はどう見ていたろう。
ウサギ図 源 白兎と黒兎が仲良く寄り添う図。思わず軽く模写してしまった。
そんなのが出来そうなほど、可愛らしい兎だった。

蛞蝓図 こちらは芦雪。いかにも芦雪、これでもか!な芦雪。
薄い水灰色で蛞蝓の通った道をくねくね描き、最後にホームレスなめくじが行く。

師匠はどちらを見てもやはり「う~~ん」とうなったかもしれない。

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一級宗純、白隠禅師、慈雲尊者らの書を見る。
それぞれの個性がよく出ている。
平安期の道風の「三体白氏詩巻」も楷書・行書・草書それぞれ力強くて面白かった。

他に工芸品がいくつか。
長次郎の黒樂「両国」、ノンコウの黒樂「散聖」が並んでいたが、その違いがありありと出ていて、そこが面白かった。
太陽のプロミネンスを表現したかのような花鳥文皿などがとくにいい。

どちらの展覧会も私には楽しかった。
頴川は11/23まで、正木は11/27まで。

並河靖之邸

みずみずしい流れの奥に、
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有線七宝焼きの並河靖之記念館がある。
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室内風景を少しばかり。
IMGP9502.jpg扁額
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続きの間のテーブルIMGP9503.jpg IMGP9519.jpg
少しばかり洋間の設えもある。
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色んな賞状もある。IMGP9507.jpg
引き手が可愛い。IMGP9509.jpg


お庭は植治こと小川治兵衛のわりに若い頃の作。
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瓦を巧く使っている。
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こちらは近年の装い。IMGP9515.jpg

並河の七宝釉薬や炉のための炭なども展示されている。
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屋根瓦に注目!
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IMGP9520.jpg 楽しい生活だ。

通り土間や高い天井の台所など、いかにもな造り。
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つくづくいい和風。
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最後に塀を眺める。
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この流れの先に。
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茶道具の琳派

湯木美術館で「茶道具の琳派」後期展示が始まった。
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展示室に入るまでの壁面に、今回出ている器にお料理を載せた写真のパネル展示がある。
ひどくおいしそうなので、狭い通路に長く立ち止まってしまった。
改めて湯木美術館が、「吉兆」湯木貞一の収集品で成り立っていることを、思い知らされる。
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銹絵染付槍梅香合 乾山 可愛らしい香合で以前から好ましく眺めているが、今回「槍梅」について解説がついていた。「徒長枝」=ズバエ、または真っ直ぐに伸びた枝を言う、とある。ズバエという言葉は初めて知るが、字面を見て意味が通ってくる。いたずらに長い枝、ということか。しかしながらこの槍梅文様は琳派得意の絵柄で、長く愛されている。
江戸時代の「形物香合相撲」でも「ヤリ梅」は頭取という位置に挙げられていた。(ここでのヤリは木偏ではなく金偏)そして藤田美術館、北村美術館にも類品が収蔵されている。

銹絵染付水仙・松枝替茶器 乾山 四角というよりもダイヤベース型に設えられている。角を一歩ばかり出したような作りで、そこにそれぞれ水仙なり松なりが描かれ、その対角線の空間には、「深省」名義のサインが入っている。

銹絵染付絵替筒向付(10客のうち) 乾山 黒い帆を張る舟が何隻も波間に浮かぶもの、ワラビ、墨梅、松、鶴など五点が出ていた。
特に鶴の顔つきがファンキーで可愛い。SH3B07520001.jpg
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写真では、ススキ柄の器に、鯛の糸造り、叩き薯、柚、山葵、栗のイガ揚げ、新銀杏、葛の葉という合わせだった。

銹絵雪竹向付(5客のうち) 深いネズミ色の地に激しく雪が降る。吹雪は続いている。竹は雪の重みで撓んでいる。・・・そんな景色が見える。上から降られた白ユウが積もり、お菓子の柴舟に似てもいる。
こちらには、蟹・生姜、烏賊と水前寺海苔の白和え炒り豆のせ、鯛造り・人参よりむき・岩茸。

色絵水仙透鉢 乾山 この透かし鉢はシリーズの他のものよりも、配色が濃く作られている。水仙の緑の葉と茎とが強く彩られ、その首に白い花が集まっている。
湯木貞一さんはこの鉢を一月か二月かに使ったと思うが、どんなお料理をここに盛りつけたのだろう。

銹絵雪竹手鉢 道八 先の乾山の作に倣ってのもの。こちらの方が大きい。太い手がぐるりとついている。
吹雪ではなく、降雪の地に更に雪が降り続く景色。
乾山の手鉢は滴翠美術館にあるそうだ。
この大振りな鉢には虎魚(オコゼ)の付け焼きが盛りつけられていた。白・灰・黒の鉢に赤々と照るオコゼの身。いいなぁ!

形自体が描かれた対象と同じものが二つ。
色絵三階松 乾山 形もその通りに造形されている。
色絵菊図皿 乾山 菊集め。これは抱一の光琳ノートにも丁寧に模写されている。
画像は五島美術館所蔵のそれ。sun935.jpg

色絵流水文長皿 乾山 長方形の左半分には竹青の釉薬が掛けられたように緑が濃く、右手の流水文は所々に渦巻きを染付で見せている。根津美術館にこの別ヴァージョンがあるらしい。
「吉兆」ではこの長皿に香の物を置いていた・・・

色絵大根絵鉢 道八 大根の白、その線描の藍(銹絵)、葉の緑だけで埋め尽くされた鉢。
個性が強すぎて、なにを置けばいいのか、素人の私ではわからない。

銹絵千鳥彫鉢 真葛長造 萩焼のような色、そこに千鳥の透かしが並んで入り、更にシャッシャッと線が少しずつ走る。千鳥が飛んでいるのを感じさせる景色がある。
風をそこに描いているのだ。これは仁清を模したものらしいが、本歌は知らない。
盛りつけられたものは、焼き賀茂なす、新干瓢、鉈豆、木胡椒、糸柚。
ああ、そそられる・・・!

色絵藪柑子絵茶碗 真葛長造 ややグニッと形を曲げている。もうこのあたりまでくると、やっぱり明治が近いのを感じる。

銹絵染付春草文蓋茶碗(十客のうち) 乾山 大きめの絵柄。ツクシ、スミレ、ワラビ、シダ。
鉄釉と呉須で絵付け。sun934-1.jpg
ここに春若いもを半月に切り、平豆と、どんこ椎茸とを炊き合わせたものをよそっている。

銹絵染付短冊皿(十客のうち) 乾山 和歌は元禄の頃に出た「鴫の羽掻」から選っている。例えばこんな歌があった。「大井川 入江の松は老いにけり ふるき御幸の年やとハまし」乾山81歳、最晩年の焼き物。
その皿には、艶エビ・キュウリ・兵庫蒲鉾の竹串打ち、周りに柑橘類が半分切りにされたものが並んでいる。

実物と、そこへお料理を載せたものを写したものを見ると、それだけでわくわくが止まらなくなる。

絵が現れた。
鷺図 光琳 立ち尽くす鷺。凛としている。ポスターに姿を見せているのでパチッと撮っている。
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宇都山図 抱一 チラシ真ん中。どうも昔男くんヤンキー座り図にしか、見えない。向かいにいるのは修験者らしいが、存在感はかなり薄い。

富士山図 渡辺始興 白い富士が立つ。薄墨の雲がたなびく。こういう軸を掛けたお部屋で湯木さんのお料理をいただく・・・あり得ない大きな夢を見る心持ちがする。

工芸品を見る。
平目地梅に月石竹蒔絵鳥籠香箪笥 香道具添え 非常に精妙な造りの可愛らしい香箪笥。蓋に夜梅が設えられている。綺麗な格子造りの下には赤・金・白の色の花が咲き乱れている。たいへん愛らしい。
ミニチュアな阿古陀香炉のホヤは銀製かもしれない。楓に花の柄。こういうものは使わずとも持ちたくなる・・・

片輪車蒔絵菜盛碗 佐野長寛 蓋裏には鷺が飛んでいる。

朱盃 抱一下絵 「ふ」尽くし。墨絵でササッと富士山・船・筆・封匣・河豚・笛・福禄寿。洒脱だなぁ。

七夕蒔絵盆 是真 透き漆の盆の中に料紙、短冊、飾り紐などが描かれている。いいお盆。

武蔵野鉢 魯山人 銀の月、金の光。銀彩・金彩で表現された巨大な半月の下にさらさらとススキがなびいている。やはり近代的な作品だと思った。

室町以降の作品らしき藤蒔絵金輪寺というものを見たが、棗とどう違うのかもわからない。
今からきちんと調べよう。
知らないものをこうして教わることが出来るのが、展覧会のいいところだ。

茶室の設えを見ると、蒟醤のたばこ入れや浄益作のキセルがあった。こういう取り合わせも楽しい。

茶道具の琳派、というものを機嫌よく楽しんだ。
12/11まで。 

中山太陽堂 美身100年 特別展

春秋各二ヶ月ずつ、クラブコスメチックス文化資料室ではステキな展覧会を開催する。
今期は「中山太陽堂 美身100年特別展」としてクリームを中心にした企画展だった。
届いたDMのレトロ美人に呼ばれるようにして、出向いた。
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大正時代のポスター。着物の柄はなでしこらしき花をモティーフにしたもの。帯はチューリップをアールヌーヴォー風にデザインしたもの。
クラブ美身クリームを、指の腹で優しく頬に塗りつけている。

戦前までのポスターの魅力は深い。
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チラシ下のポスターは昭和四年のもの。美人の手にあるクリームはそのポスターの上に現物写真がある。復刻版のパッケージのものが室内に置かれていた。
塗ると、かすかにくせのある匂いを放ちながら、手の甲にクリームは吸い込まれていった。
手指は大正から戦前までのときめきを有したのだった。

双美人のマークを見ると、わたしなどはすぐに祖母を想う。優しかった祖母の鏡台を想う。
自分の手元にも、クラブコスメチックスの何かがある。他のメーカーのものと一緒に暮らしている。「仲良くしてね」と声をかけて、自分のために化粧をする。
忙しいときであっても、お化粧をするのは楽しく、また気合が漲ってくるのを感じもする。
帰宅して疲れきってるときには、化粧していることが恨めしくなるが、それでもきちんと顔を落とす。どうでもいいやと思うことはない。
昔の手間のかかる化粧落としに比べるとかなり楽になっているのだから、文句を言ってはいけない。
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左の三美人の真ん中は富田屋の八千代だった。大阪随一の名妓。彼女は日本画家の菅楯彦と幸せに暮らしたが、若くして亡くなってしまった。
こうした広告は一つの社の歴史であるだけでなく、時代そのものの証言にもなる。

他のポスターを眺める。
昭和11年のそれは、洋装のモダンな美人が笑っているものだが、これは女優・入江たか子をモデルにしたもののように思われる。
大正期の特売チラシもモガが描かれている。
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代理店との関係を大事にした社主・中山太一は色んなアイデアを出していた。
慰労を目的とした富士山登山の会や、販売促進の手法など、資料を見るだけで楽しくなる。
広告だけでなく、そうした内側への目配りもいい。

大正7年に竣工した工場。実景を観てみたい、と強く思うような素敵な工場である。
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その当時のことだから煤煙対策はしてないのが残念だが。
そして大正11年には六甲に別邸「太陽閣」を拵えるが、ここは大阪市の迎賓館としても大活躍したようだ。
この古写真は「米国艦隊巡洋艦将校一行」の記念撮影。
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今日まで六甲に太陽閣や、大谷光尊の二樂荘が残っていれば、どんなにか素晴らしいだろう、としばしば夢想することがある。

こちらは11/17に開館する下関市立豊北歴史民俗資料館のチラシ。
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「東洋の化粧王」中山太一の郷里。

雑誌広告に、その頃中山太陽堂に在籍していた東郷青児の絵が遣われているのがあった。
シャープなモガたちのいる光景。
昭和10~11年頃の作品。いずれも後年の作風とは違うものの、可愛らしさ・シャープさはどこか似通うものがある。

新聞広告を見る。
昭和三年~11年のものを色々。いずれも大阪毎日新聞(大毎)。
その広告の載るページには連載小説があるものが多い。少し集める。(挿絵を見るとほってはおけない)
S3.11.23 大仏次郎「ごろつき船」挿絵・岩田専太郎 ほっかむりの男が寺か宿かの手すりから逃げ出す図。その下にクラブコスメのスケルトンクイズがある。
S8.1.18 牧逸馬「新しき夫」挿絵・中村大三郎 羽織の若い女の横顔。大三郎も挿絵を手がけていたのか。
S9.7.13 三上於兎吉「街の暴風」挿絵・林唯一 クラブ美身クリームを手にするテニス姿のモガ二人の図。これも多分青児の絵。
などなど・・・

小さい企画展だが、とても楽しい。平日のみ開室で今期は10/31まで。
最後に、受付におられるおねえさんから、お手製のグッズをいただく。
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一筆箋。可愛い。
毎回こうして可愛いグッズをそっと拵えておられるのが、とても嬉しい。
次は来年の春の予定。
いつもありがとう、クラブコスメチックス。

信濃で見た東山魁夷

東山魁夷を愛する人は多い。
善光寺のそばには信濃美術館の併設館としての東山魁夷館がある。
千葉の市川、岐阜にも魁夷美術館があるが、いずれも愛されているからこそ生まれた美術館である。
この信濃の方は魁夷本人から、信州を舞台に描いた作品や関係図書の寄贈を受けて20年ほど前に開館したが、大体二ヶ月ずつテーマを変えて展示を続けている。
わたしが行ったときには、「巡りゆく日本の山河」として、幻想的な連作「白い馬の見える風景」の習作、初期の信州スケッチ、唐招提寺の障壁画の準備スケッチなどが集められていた。

「白い馬の見える風景」はどの作品も良く、一つして不出来なもの・つまらないものはない。しかもその完璧性は決して堅苦しいものではなく、深い喜びに満ち満ちた、優しい世界の中のことなのだった。
そして習作とはいえ、ここにある絵は十分な面白味がある。
16点が並ぶうち、本絵は一枚だが、あとの15点も魅力が深い。
sun927.jpg 緑響く

絵はそれぞれ構図が違うが、描かれた場所が記されており、そのことを踏まえて眺めるのも楽しかった。
河口湖「早春の丘」、北海道「春を呼ぶ丘」、諏訪「夕明かり」、蓼科「緑響く」、戸隠「森装う」、千里浜海岸「渚の白馬」・・・といった風にそれぞれの土地を想いながら「白馬のいる風景」を眺めると、いよいよその世界への愛情が深まってくる。
ヨーロッパを旅したことで生まれた「白馬のいる風景」もある。
「草青む」はデンマーク、「湖澄む」はドイツなどである。
人が美しい、と思う風景が、更に美しく描かれる。
それがただの美化ではなく、これは東山魁夷の心象風景だと気づく。

「白馬の森」の本絵と習作を見たとき、誰であれ、心の奥には森があるということを、改めて思った。
そして心の奥にある森は、誰もうかがい知ることは出来ない、と強く思った。
他者だけでなく、ときには自身すらも。
そこが闇の森なのか、それともところどころに薄日のさす森なのか、湿地帯の森なのかもわからない。森の中に川の流れがあるのか、沼がひそやかに息づくのか、澄んだ泉があるのかも。
しかし、魁夷はそれを描いた。
描いて、世に贈った。

黙って白馬の行く道を眺め、「白馬のいる風景」を想ったとき、自分の心の森に、優しい風が吹き渡るのを感じた。
たとえ錯覚であろうとも、その一瞬だけは深い優しさと和やかな想いが心を満たしていた。

唐招提寺の障壁画は'80年代末に、確か難波の高島屋で特別展が開かれたように思う。
見た気がするのだが、データが手元にない。当時の日記もそのことに触れていない。
(わたしは自分の都合の悪いこと・楽しくないことは一切記録しないできていた)
では自分の妄想なのか。
しかし妄想とは言い切れない、ある種のなまなましさがある。
「脳は実物と映像との区別がつけられなくなる」という言葉を聴いた。
自分が見たのは映像だったのか。しかしそれにしては絵を目の当たりにして、多少の苛立ちを覚えながら会場の中を歩いた記憶がある。
今、こうして御影堂のスケッチを前にしていると、その記憶が現実なのか妄想なのか思い込みなのかは、どうでもよくなっていた。
唐招提寺のための山々の様子は、もう自分の眼の中に入ったのだ。
そのことだけを喜んでいたかった。

これらは11/29まで展示中。

アールデコの館 2011.10

今月末に閉館し、リニューアル工事を行う東京都立庭園美術館に出かけた。
このアールデコの館を愛する人は多く、行った時にはまた随分と盛況だった。
旧朝香宮邸の魅力を見事な目と腕で捉えた写真集は数種あるが、殊に増田彰久氏のそれは非常に素晴らしく、私の座右の書として偏愛している。
増田氏の捉えた建物写真は見学圏外のものもあり、ページをくりながら様々な妄想に耽った。
今回美術館ではカーテンを開くなどして工夫をこらし、これまで見なかった箇所を目の当たりにしてくれもした。
有り難いことだと思う。

以前デジカメ撮影したこともあるが、前回と違う部位を少しばかり集めている。
(今回は写メ。)


在りし日の再現。SH3B07220001.jpg
どのような会話があったことか。

暖炉にロダンの彫刻が置かれている。SH3B07230001.jpg
撫でることは許されていないが、そそられる距離感である。

カーテンの開いた部屋にいる。
ここからの眺めを楽しむことはできなかったが、ふと「眺めのいい部屋」を思った。
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照明を少しばかり。
派手なものでなく。
八角形のシャンデリアと四角いシャンデリアと。
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ところでこのあかりは何だろう?
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妙に可愛いがうっかり忘れてしまった。

部屋ごとに設置されている魚柄のラジエーターを上から見る。
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ギョッとする柄 なわけないか

最後に中庭のプール。なにやらナゾな動物が。
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答がわかったのはツイッターで話題に挙げてから。
クチバシの折れたペリカンらしい。

特設ショップで以前に出た図録が割引されていたので、30年代を特集したのを喜んで購入したが、ちょっと重たかった。

開館は月末まで。
その後は工事に入る。

ワシントン・ナショナル・ギャラリー展

京都市美術館に「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」が巡回してきた。
既に国立新美術館で開催され、好評を博した展覧会。
NGA展が京都市美術館に来るのは'99年の春以来だと思う。
あのときに感銘を受けた作品がまた並んでいて、嬉しかった。
今回のチラシはこのゴッホの肖像画。
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この「顔」、初来日。印象派オールスター☆夢の競演
と明るいコピーがついている。
一方先行の東京ではマネの「鉄道」がチラシ表を飾り、コピーは
印象派・ポスト印象派 奇跡のコレクション これを見ずに、印象派は語れない。
とある。
どちらもそれぞれ面白い。

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1.印象派まで
コローからマネまでが並ぶ。

コロー ウナギを獲る人々 遠望。左に女と子供らがいる。右の奥に川があるようで、そこでうなぎを取っているらしい。タイトルを見ないと何をしているか全くわからない。ウナギと言えばドイツ映画「ブリキの太鼓」を思い出す。あそこではちょっと気持ち悪いウナギの取り方をしていた。その後にウナギのソテーが出たが、あの映画を見るまでわたしはウナギは日本だけが食べるものだと思いこんでいた。焼き方も蒲焼き、白焼きなどばかりで、ソテーという発想はなかった。ウナギのソテーを食べたのは東近美のレストランだったから、この絵の人々も西洋料理のレシピでウナギを食べたのだろう。
それにしてもうなぎ取りの場は、日本だと四谷怪談の隠亡堀の場ということろである。

一枚の絵を見ていろんな妄想にふけるので、随分時間がかかる。

ジュール・デュプレ 古い樫の木 ドラマティックな一枚。画の真ん中に大きな樫の木がドーンッと立ち尽くしている。大きな存在感がある。しかもそれで安寧感があるのではなく、むしろ不穏な空気すら感じる。
河野通勢の描くような不安さがここにはある。

クールベ ルー川の洞窟sun925-2.jpg
いきなり大きな絵が現れ、ドキッとした。本当に大きな洞窟が開いている。
誰か男性がその奥へ向かおうとしている。どこまで先があるのか。クールベの郷里の洞窟だと言うが、クールベもこの洞窟の奥へ向かったのだろうか。
人の後ろ姿を見ながら、ベックリン「死の島」を思った。
そしてこの洞窟の配色を見て、同じくクールベの「世界の起源」をも思い起こしていた・・・

ブーダン オンフルールの港の祭り 満艦飾とはこのことか。国旗のずらーっと飾られた船、船、船。風がなかなか強く吹いているようだが、鳥も人々も元気があっていい。

マネ 牡蠣 ・・・生牡蠣。レモンもある。くそ~!!フランス人も牡蠣食べるのか。日本以外ではロンドン名物だけだと思っていたが、それにしたかて牡蠣おいしそうやがな!!絵を見てヨダレを垂らすのがくやしい~

マネ オペラ座の仮面舞踏会 二階一部と一階の情景を巧くトリミングしている。二階の手すりからブラブラする足、足、足。女たちはコスプレ、男たちはシルクハット。
カウンターからその様子をパチッと撮ったような一枚。

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東京展でのチラシ表。鉄道を見る少女の後ろ姿がいい。白ワンピースに青サッシュ。可愛い。少女の右側になぜかマスカットがある。こちら向きの奥さんの膝にはわんこ。1873年のフランスの鉄子ちゃん(というほどでもないだろうが)。奥さんはカメラ目線。

フレデリック・バジール 若い女性と牡丹 黒人の若い女が牡丹を始め多くの艶やかな花を持つ。耳には大きなイヤリングがついている。花売りの女。背景がなく、彼女と花ばかりがこちらへ迫ってくる。

2.印象派
ピサロからゴンザレスまで

ピサロ ルーヴシエンヌの花咲く果樹園 白い木花がいい。

ピサロ 麦わら帽子をかぶる農家の少女 これは以前のNGA展でも人気の一枚だった。
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わたしも絵はがきを買い、今も手元で眺めている。和やかで健全な少女。

ピサロ カルーゼル広場 明るい!緑の木陰がいい、建物の並びもいい。都会の一隅に憩いの場がある、そんな絵。遠景からの眺めでも心が浮き立ってくる。
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ドガ 障害競馬―落馬した騎手 馬はクッキリハッキリ描かれている、色に縁取りという描写が馬にメリハリをつけている。その反面、横たわるピンクシャツの騎手はぐったり感がよく出ている。

ドガ 舞台裏の踊り子 解説によると、中に入れる権利を持ったシルクハットの紳士と、それに対してツンツンする踊り子の少女、ということだった。
場の空気が伝わってくるような一枚。sun920-1.jpg

モネの夫人と息子の絵が三点来ている。
「ゆりかご、カミーユと息子のジャン」「日傘の女性、モネ夫人と息子」「モネ夫人とその息子」。日傘はいつ見てもいい。以前TVCFでその絵が動画化されたのを見たときも、ときめいた。わたしはモネは睡蓮や花の方が好みだが、こうして眺めると、何かしら優しい風がこちらに吹いてくるのを感じる。日差しの暖かさ、気持ちのよい空気、そんなものが。

モネ ヴェトゥイユの画家の庭 夏らしい昼間、ヒマワリ花壇。こちらへ歩み寄る幼児。ああ、すがすがしい。夏の歓びを感じる。

モネ 太鼓橋 池の睡蓮は白が多く、くっきりしている。太鼓橋は木製ではなく金属製だったのか。植物の繁茂が空間の音を飲み込むのを感じる。

モリゾ ロリアンの港 手すりに座る女。日傘。青い空、白い船。ツアー先での一枚、そんな雰囲気がある。
ロリアンといえば志摩ようこ「ロリアンの青い空」という名作を思う。あの空はモノクロで表現されていたが、この絵を見ていると、あの物語の空の色がここにあるものと同じだと思った。

ルノワール ポン・ヌフ、パリ 空色の綺麗な絵。ルノワールは暖色だけでなく、ブルー系の魅力も深い。空も川も建物も水色が印象的。人の影さえも水色。
この橋の上をわたしも歩きたい、そんな気持ちにさせてくれる。
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ルノワール 踊り子 この絵は'99年の京都展でのチラシ表だった。わたしはそのチラシを保存し損ねた。当時書いていた日記帳の表装に使ってしまったのだ。惜しいことをしたが、しかしその日記を使っている数ヶ月は表紙を見ると楽しい心持になった。
ルノワールらしい可愛らしい少女の立ち姿、それと親しんだことが今も幸せの一つになっている。
ルノワールの絵にはそんな力があると思う。見ていて幸せな心持になる絵を多く描いた画家というのは、案外多くはない。

ルノワール シャトゥーの漕ぎ手たち 彩色多し。川辺の遊び。楽しそうな表情。声まで聞こえてきそう。息子ジャンの映像作品のような1シーン。
 
カサット 青い肘掛け椅子の少女 退屈でふくれてるような少女。犬も寝ている。椅子のカヴァーの綺麗さにも感心する。こんな布、ほしいなと思う。少女のポーズを見ていて、この絵を描いたのがカサットでよかったと思った。バスキンやバルテュスではまた・・・

カサット 浜辺で遊ぶ子どもたち 丸々した幼児ふたりが楽しそう。スコップで砂をかくのかな。可愛い。

カイユボット スキフー(一人乗りカヌー) リアル!ルノワールの並ぶ壁から眼を何気なく向けたとき、この絵が飛び込んできたが、遠目には写真家と思ったくらいだった。
日差しもリアルで、櫂で飛び散る波もリアル。1877年の絵とは思えなかった。百年後の絵。

ゴンザレス 家庭教師と子ども 薄ピンクの服、転がる日傘、教え子のお嬢ちゃんは門扉で遊ぶ。1878年当時、家庭教師の地位は決して高いものではなかった。そんなことを思いながら絵を見る。このゴンザレス、カサット、モリゾの三人の展覧会を以前に見たが、その後モリゾもカサットも企画展が立ったのに、エヴァ・ゴンザレスだけない。残念だ。

3.紙の上の印象派 
版画など。

マネ 葉のあるキュウリ 墨絵風。水彩、灰色の淡彩とリストにあるが、文人画風に見える。浮世絵風ではなくに。そういう感性も面白い。

ドガ ディエ=モナン夫人 肖像画というものはリアルに描くことを喜ぶ人と、誇張した表現を楽しむ人と、美化されることを願う人とに別れると思う。モデルの夫人が受け取り拒否したのは、同感するなぁ・・・

ドガ 浴後(小型の版) 白の目立つリトグラフ。背中の流れ、髪の流れ。いい。
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この大型の版は丁度今、田辺市立美術館「版画に見る印象派」展に出ている。

ルノワールは版画でも明るさが活きている。
「ボールで遊ぶ子どもたち」の女の子たち、けっこう暴れてて楽しそうだし、「田舎の踊り」のカプもニコニコと音楽に合わせて踊り、「画家の息子クロード(ココ)」も丸々と愛らしい。

カサットの版画のうちドライポイント三点が、大正新版画の範疇に含まれそうな画風だと思った。諸肌脱ぎの背中が見える「浴女」、赤ん坊をタライに入れる「入浴」、亜熱帯の地のような「果物狩り」。いずれもアジア風な味わいがある。魅力的な版画だった。

セザンヌ 水浴の男たち 楽しく眺めました♪

ロートレック アンバサドゥールの粋な人々 なにやら・・・なムードがある。水色や群青色の配色がいい。
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ロートレック マルセル・ランデ嬢の胸像 版画コーナーにはやはりこの人がいないとね。
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4.ポスト印象派以降

セザンヌ 赤いチョッキの少年 初来日。日本にセザニズムという波があったのを思う。この絵は日本に始めて来たそうだが、当時の人々のセザンヌへの尊崇の念というものが、なんとなく実感としてわかる気がする。私は無論絵は描かないし、研究者でもないからきちんとした理屈も何もないけれど、この絵からは何か新しいものを感じた。なんだろう、それは。わからないままに長くみつめた。

セザンヌ りんごと桃のある静物 堅そうな果実が二種ある。水差しと布の質感と。やはりこれも凝視してしまう。

ゴーギャン ブルターニュの踊る少女たち、ポン=タヴェン 可愛い民族衣装に身を包んだ少女たちが後ろ手に手を取り合って輪になる。胸の赤薔薇と木靴がまた可愛い。
当時、パリなど都会との風俗の違いを面白く思った画家は、やはりこのゴーギャンだけだったのか。描かれた女の子たちも背景も優しい。

ゴッホ 薔薇sun925-3.jpg
綺麗な背景の色に白薔薇。遠目に豊かな喜びを感じたが、近くによって段々と心持が変わってくる。花は盛りを過ぎかかっていた。背景も色は綺麗だが、妙な気が漂っているようにも見える。劣化の始まりがそこにある。それを見ず、遠目からの印象を大切にするか・・・

スーラ オン・フルールの灯台 非常に静かな情景だった。白砂が広がるオン・フルール。
砂の粒子まで見えそうな細かさがあるが、本当に静かだった。
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スーラ ノルマンディーのポール=アン=ベッサンの海景 丘を覆う緑、それは単色ではなく赤や黄色の粒子が含まれて、いよいよ緑を豊かに見せている。海と空と。空は煌く蒔絵のように見えた。
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ロートレック 犬を抱く女性 チワワかな?疲れた感じの女がそこにいる。

最後の最後に今回の「顔」たるゴッホの肖像画があった。
ここにいたのね、と心の中で挨拶をして、会場を出た。
ショップでは描かれたわんこたちのピンバッジがあった。わんこみんなに名前があるが、名無しの奴にはお店で名前がつけられていた。
可愛い。いいお土産だと思う。sun923.jpg

京都では11/27まで。

関西中国書画コレクション展 ・泉屋博古館・大阪市立美術館・黒川古文化研究所

今年正月から「関西中国書画コレクション展」が続いている。
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そのうちの泉屋博古館「住友コレクションの中国絵画展」と大阪市立美術館の「中国書画展1」そして黒川古文化研究所「中国の花鳥画彩に込めた思い展」に行ってきた。
どれも戦前に集まった名品。
今年はそういう贅沢年なので、いつものように一点一点への感想ではなく、順不同ベストということで、それぞれ好みのものを挙げてゆく。

まず京都の泉屋に出かけたが、こちらは住友春翠(十五世吉左衛門)、その子・寛一、東洋史学者・内藤湖南、三人ゆかりの中国美術コレクションが出ている。
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チラシの八大山人「安晩帖」から「猫」
・・・猫らしいといえば、らしい「猫」。
もこもこ丸々な猫。ふわふわ。ニホンネコとはまた違う種類の猫。
(今はあの俯いて寝てる叭叭鳥)zen970.jpg

このシリーズはどれを見てもいいなぁ。
こんなのもいる。zen969.jpg


沈銓 雪中遊兎図 日本に最も影響を与えた画家。沈南蘋。一本の木を中に据えて冬毛のチョウセンウサギのカップルが思い思いの行動を見せている。
木には小禽もいる。ウサギのうちその鳥を見上げるものもいるが、何を思うのか。
猫とウサギでは、小禽を同じように見ても、次の行動が異なるだろう。
動きの止まった瞬間の絵。次に進めばどうなるのかが見たくなっている。
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伝・辺文進 鳩図 岸田劉生遺愛の絵で、箱書きも彼。病弱な寛一は家を継がず生涯を芸術と思索三昧に過ごした人で、当初は西洋美術の愛好者だったが、劉生との出会いから東洋美術のとりこになる。この絵は劉生の没後早い頃に寛一の手元に来たもの。 
鳩が器の縁に足をかけながら、殆ど垂直に身体を下げて、水を飲んでいる。
たいへん面白い構図の作品。劉生は大正11年にこの絵を入手すると、お仲間の河野通勢や木村荘八に見せびらかしてうらやましがらせたそうだ。(劉生日記にその記述があるという)小品ながらたいへん面白味のある絵で、なるほどジマンしたくなるのも納得。

石渓 報恩寺図 sun913.jpg
明末清初の画家のうち、清になびかなかった画家を「遺民画家」といい、この石渓、石濤、八大山人らがその代表らしい。(彼らを二石八大と呼ぶそうな)
無為庵・寛一はそんな画家の作を特に愛して蒐集している。
この報恩寺は南京にある古刹で、「虚実取り混ぜて」描いたそうだが、実際の寺を知らないわたしには全てがフィクションにも、また実景にも見えて、その境界線のなさが案外面白くもある。

石濤 黄山図巻 日本にはない独特の形の山々が見える。それぞれ形態に応じた呼び名がついているそうだ。
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画帳の楽しみを味わう。
 
華嵒 鵬挙図 そう、タイトル通り鵬がどーーんっと飛んでいる図。荘子が書いた「ほら話」だとしても、こうしたスケールの大きい題材を描く絵は面白い。
華嵒は「揚州八怪」の画家たちともつきあいがあった。

「揚州八怪」とは塩貿易で栄えた江蘇省の富豪らがパトロンになって、支えられた画家八人のことらしいが、わたしも今度の展覧会で初めて知った。
・・・教わること・覚えること・知ることは無限にあるなぁ。

虚谷 柳栗鼠図 柳の細い枝先を縦横に走り回る栗鼠。逆落とししてます、おなか見せながら。なめこのような手足の表現がたいへん愛らしい。

伝・閻次平 秋野牧牛図 こちらは先のウサギ同様、春翠が集めたもの。草を食む牛、居眠る牛親子、くつろぐ牧童。
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カラー版が手に入ったのでこちらもあげる。zen969-1.jpg

住友家に伝わる「中国絵画」では特にこれらが好ましく思う。
それらをいちどきに見れて嬉しかった。
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また、ここの素晴らしい青銅器コレクションは内藤湖南の助言で春翠が集めたもの。
実物だけでなく、そのガラスケースの前にレントゲン写真があり、たいへん興味深い展示になっている。
以前はその写真類はなかったので、今回じっくり楽しんだ。
10/23まで。

次に大阪市立美術館で10/16まで展示していた「中国書画1 館蔵・寄託の優品」の感想を少しばかり。

楊鯤虚 錦堂春昼図 色さまざまな牡丹が咲き乱れている。薄紫、黄色がかったもの、ピンクのもの。牡丹の下にはシャガらしき花も咲く。上には海棠も開く。
ああ、春よ春よ。この絵を見ていると音曲が頭に流れ出してくる。

銭杜 墨梅図 少しばかりオバケな木のようにもみえる。幹の胴に顔がついていそうな。

慈禧 瑶階福寿図 なかなか大きな軸もので、桃がたわわに実っているが、それぞれに雲がたなびいている。西王母の桃なのか?
この絵は西太后の描いたもの。解説を読んでから改めて絵を見ると、また別な感慨が湧き出してくる・・・

胡璋(鉄梅) 木蘭従軍図 多くの画家が「木蘭従軍図」を描いている。
この木蘭は従軍の中、ふと一息ついて、飛ぶ鳥を見上げている。郷里の老父を思うのか、自分の行く末を思うのか。

方済(西園) 松鶴図 彼は日本の若冲より後年の人なのだが、この絵を見ると若冲の弟子筋のように見えてくる。

費丹旭 花下弄璋図 若いママが幼児二人と共にテラスにいる図。19世紀半ばまでの、富裕な家庭の姿が描かれている。

10/16まではこの他に「雲の上を行く 仏教美術1」が併催されていて、そちらでは鎌倉時代の「兜率天曼荼羅図」が非常に面白かった。
緑色のホトケランド。妙に楽しそうに見えた。
他に土佐三起「大寺縁起」、南北朝の羅漢図(居眠る侍童を叱る図)がよかった。

現在は「中国書画2 阿部コレクション」「雲の上を行く 仏教美術2」が開催中で、「生誕120年 岸田劉生展」後期ともども11/23まで楽しめる。

さて最後に黒川古文化研究所「中国の花鳥画 彩りに込めた思い」展の感想。
このチラシのわんこの親子を見ただけで「行かなくては」という思いに駆られる。
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最初に工芸品を見る。
古代の鳥獣文、中世の意匠、文人の書斎、と工芸品の変遷もここで見渡せる。
殷~周の玉では、もず風な猛禽形、アーチ型の魚型が可愛い。
殷(やはりこの文字がいい。商よりこっちが私は馴染んでいる)の饕餮文入り朝顔形青銅器もある。
戦国時代の羽状文地四獣文鏡は四匹の栗鼠に似たものたちが、互いのくるんと輪を描く尻尾を握り合って、一つの輪を拵えている。
前漢の「日光」禽獣文鏡は唐草風な龍、象、鳳凰がいる。なぜ「日光」という銘が入るのかはわからない。
隋の蓮華唐草文三足盤は盆の真ん中に大きな花が咲いているが、蓮華文というより太陽のようでもある。
盛唐になると絵柄も凝り、こんな鏡も現れる。騎獅子人物瑞花文八稜鏡。
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カエル?のつまみを間に、左右の人物がそれぞれ楽器を手にしている。右は手にラッパのようなものを持ち、左は笛を吹く。二人は胡楽を奏でているらしい。アフロヘアで裸体の二人。
金にガラス玉を象嵌した宝冠飾り具の残欠があった。7種類。豪華で優美な造形。
向かい合う鳥と花唐草、宝相華、トルコブルーのような玉がいい具合に嵌められて、本当に愛らしい。こうした装飾品を見ると、無条件で欲しくなる。
他にも銀鍍金鴛鴦唐草文盒子が大きなボタン状で、こういうのもいいと思った。

絵に向かう。
伝・毛益 遊狗図 両手をちんまり揃えたわんこが振り向く。奇岩とユリの花が見えるが、わんこの興味を惹くような虫はいないように見える。
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紀鎮 春苑遊狗図 桃が咲き、蝶が舞う。手前には秋の芙蓉も咲く。麿眉の親犬の前で二匹の子犬がじゃれあっている。親に似て麿眉の可愛い双子だが、柄は違いを見せている。
親犬のふさふさ尻尾に比べて子犬らはチョロンな尻尾。
彩色も子犬らは裏彩色で鉛を地にしてから、表に毛並みを描くという凝りようだった。
この画家の紹介に「花鳥画家」ではなく「畜獣画家」という文字を見て、「そんな分け方があるんだ!」とびっくりした。

寿平 桂花図 日本で言う金木犀。オレンジの小さな花びらの集積が可愛い。

李鱓 蕪菁図 これはラディッシュですね、大きなカブラだ、うんとこしょ、ではなく。

陳撰 罌粟図 淡彩ながらどこか艶やかな花が風に揺れているように見える。
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李鱓も陳撰も前述の「揚州八怪」の一人。
続いていよいよ沈南蘋とその影響を受けた人々の作品が出る。

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胡湄 花鳥図 南蘋の師匠。鴛鴦が首を伸ばしている。白梅に紅椿。椿は花柱が長く伸びている。見たことのない椿だと思った。
数時間後、頴川美術館で偶然「花鳥画」関係の本を開くと、その椿が昔はあった「椿属のラカンマキ」だとわかった。 

沈南蘋 花鳥図 ざくろに薔薇とユリ、そして露草もある。ざくろを噛む小禽たち。
ざわざわした触感があるような南蘋の絵。

張 梅花叭叭鳥図 叭叭鳥らのじゃれあい。2対1。いじめの現場か?仰向けのヤツは足を使って一羽のくちばしを捕まえている。動きがある、面白い絵だった。

大友月湖 枯木巣鳥図 日本の絵師。蘋派の影響を受けている。枯れ木のその枝の突端に親鳥がいて、バッタか何かを噛んでいる。巣穴には大きくなっている四羽の小鳥たちが大きく口を開けてエサを催促する。

黒川は11/13まで。道のりは遠いが、行く価値のある展覧会だった。
これら「関西中国書画コレクション展」は来年2/26まで、リレー形式で9館が12の企画展を開催している。 

知られざる歌舞伎座の名画

山種美術館で開催中の「知られざる歌舞伎座の名画」展を大いに楽しんだ。
歌舞伎座の建替え記念と銘打たれただけに、今後このような展覧会はあと数十年は行われないだろう。岡田信一郎の設計した名品が半世紀ほどでなくなるのだから、今の建築中のものを思えば、やっぱり同じくらいかかりそうである。
'91年に「明治座所蔵 近代日本画名作と傑作芝居絵展」を見て以来の、劇場所蔵作品観賞である。歌舞伎座で見るときとはまた心持も変わる。
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最初に洋画が八点ばかり並ぶ。いずれもレトロな美しさに満ちた絵である。

高橋由一 墨堤櫻花 明治初頭の隅田川桜花爛漫の頃。油画という感じが強い。櫻は白い花を多く付けて伸びやかに広がり、枝の向こうに行き交う人々と舟の姿が見える。
浮世絵風遠近感。「歌舞伎」に合う油絵とはこういうものかもしれない、と強く思う。

亀井至一 山茶花の局(美人弾琴図) 山茶花の局は後に村井吉兵衛の妻になった美人で、その顔を見るとなるほどと納得できる。明治の妙にリアルな造形の美人。白粉の塗りの陰影まで描かれている。
この絵は発表当時たいへん評判が高かったそうだが、この画家も絵もわたしは初めて見たのだった。

浅井忠 牛追い ああいかにも明治の風景。日傘を差して歩く農婦とのんびりした牛と。

和田英作 くものおこない(衣通姫) わたしはこの絵が好きで、歌舞伎座に行く度わざわざその前に立ってはじぃっとみつめていた。階段の壁に掛かっていたと思う。
しかしタイトルをこれまで知らなかったというのものんきな話だ。個人的に何度か撮影もしたが、こうして改めて眺めると、さすがに和田英作だけあって、優しい面立ちの姫だと思う。衣通姫(そとおり・ひめ)にはタイトル通りクモに関わる逸話や歌のある人だが、大方は平安朝のスタイルで描かれることが多く、こうした天平美人で見るのは、ほかにはない。よそにもあればぜひ見てみたいとも思う。
また、さすが「歌舞伎座」に掛かる絵だけにこの題材かとも思った。来べき宵云々の歌詞や外題は歌舞伎ではおなじみ。
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山下新太郎 立秋 自身の三女峯子ちゃんを描いている。昭和8年の幼女。ワカメちゃんカット。山下の奥さんはたいへんな美人だったそうで、ブリヂストンで以前山下の特集を見たときも、その家族の美貌に感心した。
三女も黄色地の着物を着て愛らしい様子で描かれている。庭の萩の花がいい。

橋本邦助 幕間 ロビーへ出る二美人。モデルは同一人物で彼の姪。ある意味ドッペルゲンガーな様子。下足番のいた時代だから、彼女らは足袋だけである。
明治末の歌舞伎興行はどの座もなかなか盛況だったそうだ。
緞帳は祇園守の図柄。成駒屋の紋所。
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戦後の洋画も二枚あった。
足立源一郎 穂高 山の力強さ、筆の力強さ、いい絵だと思う。この絵はどこに掛かっていたのだろう。

佐伯米子 秋華 色とりどりの多くの花が一つにまとめられている。構図にルドンの花の絵を思い出した。
この画家は佐伯祐三の妻だった人で、夫と幼い娘を立て続けに亡くした後どうなさっていたのだろう、とずっと思っていたが、今回初めてこの絵を見て、よそながら安堵した。昭和30年の作。

日本画へ。
さすがに日本画は数多い。特に明治生まれの日本画家には芝居の見巧者も多いので、単に「絵」として見るだけでない面白味を勝手にこちらは感じたりしている。

最初に戦前から戦時中の絵を見る。
竹内栖鳳 松 赤松の大きな幹が目の前に立つ。茶色い幹の堅さ、常緑、小禽。
やはり松はめでたい木だと感じる。
この絵を見てから舞台で松羽目ものなどを見たとすると、自分もその松のそばにいて、名優たちの呼吸を感じ取れるような気がする。

上村松園 円窓美人 鼈甲の櫛が印象的な美人。戦時中の松園さんの美人画。日々の中の美人ではなく、これはやはり歌舞伎座という空間にふさわしい、優雅な美人。
窓に映る梅の影が優しい。

鏑木清方 さじき この絵が昭和20年の作だということを思うと、改めて清方の精神の強さを感じさせる。
この頃の清方は神奈川県の奥の方に疎開したままだった。
彼は電車に乗れないという病患を抱えていたが、至って元気で、自伝「続こしかたの記」に当時の日記を掲載しているが、それを読むとやはりなかなか大変な生活ぶりだったことがわかる。しかしそれでもこんな名品を生んでいる。
上品な母子が気持ちの高ぶりを頬に載せたまま舞台を見入っている。母は口を引き結んで、熱心に舞台をみつめる。リボンの幼い娘は少しばかり口をあけている。
二人の背後にはさくらんぼとビワの入った鉢がある。
いかにも楽しそうな観劇の様子がここにある。
清方自身がたいへんな芝居好きで、芝居絵も多く描いているし、弟子に市川鬼丸(いちかわ・きがん)という巧い役者もいるくらいで、この絵からは本当に歌舞伎を愛する気持ちというものがひしひしと伝わってくる。
日本の美は滅びないぞという、静かだが強い意志もまた。

小林古径 犬(庭の一隅) 古径はわんこ好きで、犬を描いたどの絵を見ても「ああ、わんこと仲良しさんなんだ」という実感が迫ってくる。これも本当に可愛らしい。
二匹のわんこの仲良しな様子。

安田靫彦 神武天皇日向御発進 昭和17年の作だということを思う。神武天皇船上図。古代兵士の一団。「ヤマトタケル」を描いた作品群にも共通する「古代」の表現。

速水御舟 花ノ傍 この絵については以前から多くの人が構図などについていろいろな意見を出されているが、昭和初期のモダニズムを思うと、やはりこの時代でないと生まれ得ない作かとも思う。

昭和26年は歌舞伎座再建の年。その年の作品を集めてみる。
横山大観 富士山 貴賓室に飾られている一枚。当初からその目的で描かれている。
そして、いかに日本人が富士山を誇らしく思っているかが伺いしれる。
頂上は雪白。あくまでも神々しい。

川合玉堂 早春漁村 波の打ち寄せる村が優しく描かれている。丘の上の木々を見上げる人の姿もある。

松村桂月 夜桜 墨絵の櫻の美が豊かに表現されている。
ぼんやりした満月。おぼろな美。明治の日本画のような趣がある。

菊池契月 扇 桃山美人の図。契月美人は二種あって、その当時のリアルタイム美人は清楚な少女として描かれ、江戸初期までの風俗での美人はいずれも妖艶なのだった。顔立ちは優しくおとなしげであっても。

奥村土牛 鯉 立派な丸胴の鯉である。鯉こくには不向きだが、この胴っぱらを見ていると、気合いが入ってくる。

中村岳陵 竹林に雀 これも丸々したふくら雀が可愛い。竹林を描きつつ、その背景の地の色自体がまた笹色というのもいい。日本画の美徳すべてがここにある、そんな一枚。

歌舞伎は日本が敗戦国になった時点で、一度滅びかけたことがあるが、マッカーサー元帥の副官として来日したバワーズ氏の尽力で、禁止されていた演目も次々と上演されるようになった。
なにしろ「仇討ち」系は全て禁止されていたので、院本ものは大方がお蔵入りの憂き目にあったり、わけのわからん改悪がなされかけたりしていた。
戦時中の当局の干渉にもなんとか凌いできたが、本当にそのころの苦難は大変だったのが、当時の役者や評者の談話・書き残しもから伝わる。
加えて昭和24年には名優・六代目菊五郎が没している。
本当に大変な時代だったのだ。
だが、それでも歌舞伎は死なず、歌舞伎座も死なず、絵もこうして新しいものを飾れるようになったのだ。
そのことを思うと、胸が熱くなる。
続いてその前年の作。

西山翠嶂 松涛 古い日本画の伝統を守った、そんな一枚。やはり「歌舞伎」を見る場ではこうした古めかしい作風の絵は、格を上げてくれるように思う。

川端龍子 青獅子 立派なお獅子である。牡丹を咥えた大きな獅子。龍子の「会場芸術」作品はやはりこうした場で活きる。
劇場のロビーでこの青獅子に出会うと、わくわく感が否応なく盛り上がってくる。

堂本印象 婦女と卓子 戦後の早い時期から自身の芸術の転換期を迎えていた印象の、「戦後美人」の一枚。キュビズムの影響もあるのか、婦人の顔の影の部位がきちん分けられている。

山口蓬春 緑陰 モダニストの面目躍如。伝統的な素材を使いつつ、この明るさ。
鮮烈な喜びがある。

伊東深水 春宵 ささやき婦人図。傘美人は一人美人、ささやき美人は二人美人という定番が深水にはあるが、和やかで豪奢で、いい心持になる絵。

前後期に替えがあるのは堅山南風の絵で、前期には「夕顔」が出ていた。これは昭和20年代の作品。薄墨と白の競演。

昭和30年代の作品を見る。
歌舞伎自体は昭和30~50年代半ばまで殆ど死に体に近かったそうだ。
その当時の劇評や芸談などの資料を見ても、本当に底を打っていたようだ。
特に関西はひどかったのだが、この歌舞伎座でもかなり苦しかったろうと思う。

田中以知庵 沼田の夕 立ち並ぶ家々に灯がともる頃。色数は少ないが、重くない。安堵する情景が広がっている。

岩田正巳 源氏物語 夕顔/紅葉賀 新興大和絵の様式を守る華麗な作品。師匠映丘の遺鉢を継いだ一人。この絵がそのまま舞台に活きたものを見たい、と思う。

東山魁夷 秋映 富士と裾野の秋模様。芸術院にある作品もこれと似ているが、時節柄とても気持ちが高揚してきた。こうよう、か・・・

往時の資料を見る。
マー元帥(!)の手紙や検閲された台本などである。
昭和24年の「四谷怪談」は二世中村鴈治郎が演じたものだから、作者は四谷南北、改訂が鴈治郎の付き作者の食満南北というダブル南北だった。
食満南北(けま・なんぼく)は尼崎の食満の人で、関西歌舞伎の作者として初代からの鴈治郎によく仕えたそうだ。

明治22年の歌舞伎座開場のビラもある。
こういう辻ビラがとにかく好きなので嬉しい。
国立劇場の資料室でもときどき展示がある。

昭和の末頃の絵も何点がある。
片岡球子 花咲く富士 富士山がギンギラギンの装飾いっぱいでまことに元気がよろしい。

いずれも昭和63年の作。この年は歌舞伎座百年の年。
加倉井和夫 呼萌 薄い彩色の中、いつものようにインコらしき仲良しさんがいる風景。
大山忠作 彩鱗 本当にこの人は鯉が好きなのだなぁと改めて感心する。
松尾敏男 春晃 牡丹の華やぎ。白牡丹に花びらの厚みの実感がある。

鳥居派の絵が出てきた。清方の弟子でもあった言人(ことんど)が家の芸を継いだ後は、鳥居派の長として芝居絵の製作に勤しんだ。
その仕事の多くは明治座の所蔵絵画展で見たが、ここでは敗戦の年の「船弁慶」「道成寺」があった。
今は父の跡を継いだ娘さんが鳥居派九代目として絵看板のために彩管をふるっている。
毎月の演目の絵看板を見る度のドキドキも楽しい歌舞伎座。「早く開場してほしい」と、このとき思った。

役者の手になる絵画なども出ている。
十五世市村羽左衛門と六世尾上梅幸は夫婦役者で、舞台の上で息のあう芝居をするだけでなく、私生活でも二人でよく遊んだらしい。
芸談などを読むと、かなり面白いことをしている。
二人の合作図「草花図」を見ると、楽しそうな様子が浮かんでくる。
その羽左衛門単独の絵もある。「秋草図」。
わたしは'90年代初頭、ひどく彼にのめりこみ、その終焉の地たる湯田中温泉よろづやさんに出かけ、当時をよく知る女将さんから懇切なご案内を受け、その亡くなったお部屋(特別室)で彼の描いた菊の絵を見せていただいたり、様々なエピソードを伺った。
後によろづやさんのその特別室に宿泊したときも、往時をしのんで感慨深く過ごした。

押隈も展示されている。以前国立の資料室で企画展があって、そのときに貰ったパンフレットに多くの押隈が載っていたが、本当にこれは一期一会なものだと思う。

六世中村歌右衛門は絵の巧い人で、自身の楽屋の欄間に紅白梅図を描いている。それが展示されているのはさすが「知られざる歌舞伎座の名画」展だと感心するばかりだった。
以前わたしは早稲田か国立かのどちらかで、歌右衛門の描いたミッキーマウスを見たことがある。

二世国貞の歌舞伎絵衝立も面白かった。当時の役者の似顔絵がいい。
わたしは幕末から明治にかけて活躍した悲劇の役者・三世澤村田之助にも随分のめりこんでいた。

彫刻は平櫛田中の「六代菊五獅子」 これは国立劇場や野間記念館などにもサイズ違いのものがある。
六代目菊五郎はサインを「六代菊五」と書いた人だが、とにかく一代の名優として劇界に君臨し、「六代目」と言えば菊五郎、という認識を世にもたらした。
踊りの天才だと呼ばれ、七世板東三津五郎と共に素晴らしい踊りを世に送った。
彼の辞世の句を紹介する。
「まだ足らぬ 踊り踊りて あの世まで」
そして自分で決めた戒名が凄い。
「芸術院六代尾上菊五郎大居士」
家を継いだ七世梅幸さんも困ったそうだが、どう聞いても「かっこいい」としか思えない、いい話だ。

木村荘八 歌舞伎もの十八番 昭和初期の名舞台が彷彿とするようないい絵が出ている。
助六、勧進帳、寺子屋、石切梶原、五人男、女團七など。
特に石切梶原の絵がよく、こちらも思わず「刀も刀 切り手も切り手~」と台詞を言ってしまった。

チラシは岡田三郎助「花子」(京鹿子娘道成寺) 描かれているのは五世中村歌右衛門。
明治41年の作だから福助時代から五世芝翫になった時代。
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彼は明治44年にこの花子のお役で五世歌右衛門を襲名している。
三郎助は可愛らしい美人画を多く描いたが、描かれた当人がまたその当時絶世の美貌を謳われた役者だけに、いよいよ愛らしく見えた。
絵の場面としては、白拍子花子が踊りにまぎれて件の鐘をキッと見る一瞬。
着物の美しさを追求した三郎助だけに、金糸や花の縫い取りの質感も美麗。

月日は流れ、五世の養嗣子・六世歌右衛門が「花子」を舞ったときの絵が出ていた。長谷川昇の洋画。たいへん綺麗である。昭和29年。この歌右衛門を評して三島由紀夫は「氷結した火事」と言ったが、解説でも三島のなかなか際どい言葉が出ていた。
しかしこの「花子」を見たときに思ったのは、彼の襲名を言祝いだ俳句だった。
春風や まことに 六世歌右衛門  (久保田万太郎)

よい展覧会だった。後を引く展覧会である。
少しばかりの展示換えもあって、11月6日まで続く。

最後に少しばかり残念なのが、鍋井克之の「二世延若の五右衛門」がなかったこと。
かっこいいんだがなぁ。

大雅・蕪村・玉堂とセンガイ 「笑」のこころ

出光美術館の「笑」のこころ展に二度も行ったのに、何も書けていない。
今回は「大雅・蕪村・玉堂とセンガイ」と銘打って、四人の絵が集められている。
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そもそも「笑い」とは何か。
わたしは浮世絵の戯画狂画は笑えるが、18世紀画檀の絵で笑うことはついぞない。
歌舞伎で笑っても狂言で笑わない、という下地がわたしにはある。

センガイ和尚にはニヤッとさせてチクッというのがあるが、玉堂の笑いとは何か。
池大雅も蕪村も作家本人の意図の外に不意に込み上がる笑いがある。
そんなことを思いながら展示を見た。
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まずはシンプルな笑いが現れる。
瓢鯰図 池大雅 薄墨でポンッと瓢箪を抱きかかえるオジさんを描いている。
その顔立ちは無邪気で、禅の話を知らずともなにやら楽しくなる。

行脚僧画賛 センガイ これもチクチクもの。笑えてもいぢわるね。

無邪気な咲い 大雅のおおらかさ
咲いと書いて「わらい」と読むと、いかにもほのぼのした味わいが口中に広がる。

山邨千馬図 山中の馬市の様子らしいが、遠目には「稲穂かしら」と思ったものが全てウマウマウマウマウマウマウマ・・・スゴいぞ、大雅!!
しかも微妙に馬の個性が出ている。これが本当の群馬だ。
見ていてこっちまで妙に気合いが入ってヒヒンヒヒンと鼻を鳴らしそうになった。

寿老四季山水図 五幅対というのが珍しい。五種の書体が使われている。寿老と侍童がいるが、芦雪風の少年がなかなか可愛い。

竹里館図 詩人の王維が岩卓で琴を弾いている。そばで茶を沸かす子供ら。元ネタは知らずとも、のどかさに微笑む。
今思い出した。王維はたしか別名が摩詰だったか、維摩居士から名前を拝借したそうな。

布袋童子 布袋さんの背後にいるいたずらをしようと待ちかまえている子供らが可愛い。
大雅のキャラに美形はいないが、可愛い子供らは多い。

南極寿星図 南極老人を前面に出して、その背後に鹿と侍童がいるが、画面ぎちぎちてんこ盛り。大満杯。
二度めに見たとき「南極老人が前面なのは、もしかして後ろの奴が刑吏で、老人はお縄になった図かも」と思った。
それほど後ろの奴らの鼻息は荒そうに見える。

秋社之図屏風 中国のどこかの村の秋祭り風景。村人わらわらと集まる中に、楽隊が楽しそうな音曲を吹き鳴らしている。楽器がいかにも異国風で、衣装もそれらしく、楽しそうな雰囲気が横溢している。
秋の恵みを得た満足感と安堵感がいよいよ村人たちを楽しく浮き立たせている。それが人物だけでなく、背景の描写からも感じられた。

呵呵大笑 幸せを招く笑い型
大笑いするのは布袋や寿老人、鬼に百老である。

相阿弥の腹さすり布袋、松花堂と沢庵の布袋画賛、不昧公所蔵の踊布袋、飴赤色の布袋のやきもの・・
これらはみんな笑っているが、かなり不気味である。
思い出すことがある。
学生時代の友人の甥っ子が、家にある布袋像に怯えているのに誰も気づかず、かえって布袋像をその子の顔に押しつけてバァなんてことをやらかしていたことを思い出す。
私もどちらかといえばニガテ。
(ホテイー、ホテーッと絶叫するのは布袋寅泰のライブの時だけ)

鬼笑画賛 センガイ 大笑いする親方の鬼に戸惑う弟子鬼。可愛い。来年の話をすれば鬼が笑う。鬼にちなむことわざもなかなか多いものだ。

三福神虎渓三笑画賛 センガイ 「虎渓三笑」ではないよ、とわざわざ注意書きの入る画賛。えべっさんが大鯛を釣り上げて大喜び&うっとりモードなのを見て、ドクトル風寿老人も、ぐりぐりな大黒もにこにこ。

百老画賛 合わせて一万才か!!これはまぁ素晴らしくめでたいのだが、マイナス1才の白寿が揃うと怪談になる。
「熊野の草子」では二条の后を妬んだ後宮の女たちが、99才の老婆999人集めて、后を脅かすのだった。奈良絵本などではその老婆たちは頭に五徳をかぶり、そこにろうそくを立てていた・・・

道八の色絵乙御前人形があった。九谷焼風な色合いの人形。狂言の乙御前は「何を言うてもおかしいだけじゃ」ということで、めでたくある。

達観した笑い 玉堂の極み
正直言うと、浦上玉堂の作品とは殆ど無縁に過ごしてきた。出ていても真面目に見た記憶がないどころか、もしかすると実際に玉堂だと認識して見てもいないのかもしれない。
どう「笑い」なのかもわからない。達観する、ということ自体がわからない。
「笑い」ということを念頭に置いて眺めると、いよいよわからない。そんなことを考えずに見てゆけばいいだろうと思う反面、やはり「達観した笑い」ということを少しでも理解すべきだという声も起こる。
読解力の不足しているわたしは「達観した笑い」とは何か?と思いながら玉堂の絵を見て回った。

晦明変化図 暗い・明るいと言う意味。晴れ曇りの様子。
この絵を見ていてもやはりわからない。
いや、わかろうということ自体が・・・
とうとう堂々巡りになってしまった。

放浪の玉堂親子が愛用した七弦琴と琴嚢があった。
嚢に楓橋夜籟と銘がある。
先三文字を見て張継「楓橋夜泊」の詩を思い出した。
月落烏啼霜満天・・・おそらく日本人に最も愛された漢詩の一つ。

この展覧会の後に、先月は東博へ出向いたが、常設展で玉堂の子・春琴の絵を見た。その絵を見たとき、なんとなく理解したような心持ちになった。
頭で理解したのではなく、感覚で納得した、というのが正しいか。
何事もきちんと解明せずともいいだろう。

知的な嗤い 蕪村の余韻
逸翁美術館で多くの蕪村の絵を見てきたから、おなじみさんのような気持ちで絵の前に立った。

龍山落帽図 孟嘉落帽の故事を描いたそうだ。ひらり~とかぶりものが飛んで落ちている。それを指摘されて、かえってやりこめるような即興詩を返す、その才知。
中国も朝鮮も日本もある時期まで落帽は恥ずべきこと・マナー違反であったというが、こんなわいわいムードの中では即興詩(へらず口であってもいい)がポンッと生まれることもありえたろう。

山水図屏風もよかったが、これに関わる逸話も面白い。
蕪村の弟子たちのエピソードはなかなか面白いものが多いが、本人たちは大変だったろう・・・講を作ってカネ集めをして・・・
右一隻の岩は獅子岩とでも言うべきもので、左二隻の岩はわんこの後ろ姿風に見えた。

龍泉窯の青磁三閑人壷を見て、え゛っとなった。三人のヒマ人+壷中に落ちそうな人一人。いや助けようとしているのか?綺麗な発色の青磁だが、ついつい笑ってしまった。

動物型のやきものがいくつもある。
青花の象さん、フグのようなカエル、古銅のウサギ、銀製の獅子。それぞれ個性がよく出ているが、中でもウサギは英国のある少女を異世界へ誘い出す、あのウサギの風貌を見せている。

笑わせてちくり センガイさんの茶目っ気
「笑わせてチクチク」はやはりある程度のトシを取ってからでないと、わからないと思う。
センガイさんが描いたチクチクなものは子供向けではないだろう。
そんなことを考えながら見て歩く。
また、失敗作も一本立ちの絵にしてしまう力業が面白い。

虎画賛 にゃ~ な鳴き声が聞こえてきそうなトラさん。「画虎為猫」と賛が入る。可愛い。強そうな虎よりこれがいいと喜ぶ人もいたはずだ。

達磨画賛 布まきつけ眉やまつげを見ていると、ミョ~に女装風に見えてきて・・・別な意味でにんまり笑った。

センガイさんの共筒を見る。茶杓が好きなのでなかなか楽しい。

鍍金虎鎮 四つ丸の虎。丸まっているのをのぞくと、どうも李徴の虎はこんなツラツキではないか、と思った。

柿右衛門の色絵狛犬がいた。カタオカツルタローに似ていた。

黙ってにんまり笑う。声を上げて笑う。機嫌よく楽しく笑う。
いろんな笑いがあることを思いながら、美術館を後にした。

酒井抱一と江戸琳派の全貌

姫路に始まり、千葉へ来た「酒井抱一と江戸琳派の全貌」展初日に出かけた。
早めにつき開館を待っていると一村雨さんにお会いした。
この日を待つ人々は決して少なくはないのだ。
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今年は抱一を中心にした展覧会が各地で開催されてきたが、私が見たものでは、次の展覧会がある。
出光美術館「琳派芸術 転生する美の世界」
畠山記念館「酒井抱一 琳派の華」 

開館。いよいよ第一期が始まる。
最初に「桜に小禽図・柿に小禽図」が我々を出迎えた。
酒井抱一のパブリック・イメージを体現するような二幅。
桜にはメジロが、柿には瑠璃色の小鳥が寄り来たり、また飛び去ろうとしている。
これが「江戸琳派」だという実感が押し寄せてくる。

以下、たいへん長い感想文が続きます・・・

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二度目の死とその追悼

カイエがなくなっていた。lapisさんの死を知ってから、今度は彼の二度目の死を見る羽目になったのだ。

死とは何か。その存在がなくなることである。
最初にまず彼の肉体が消え、二年近くたって、とうとう彼の精神も失われてしまった。
彼のブログ「カイエ」は素晴らしい<作品>だった。
ざっぱなものは一切なく、純粋な観念の固まりとしてそこにあった。
どの文章にもひどく惹き付けられた。
その純度の高さにしびれ、その居心地のよさにもたれかかって暮らした。
だが、彼はなくなってしまった。
一切の新作が読めないとわかったとき、わたしは戸惑いながら追悼文をここに挙げた。
わたしが書いた後、春分さんがやはり追悼記事を挙げられた。
今回、「カイエ」がなくなったことを教えられた私は怯えながらカイエにアクセスした。
しかしアクセスなどできるはずもない。
lapisさんだけでなく、「カイエ」もとうとう失われてしまったのだ。
諦めろ、彼の死を認めろ。
そんな声がする。
それに抗うことはムダなのか、従うべきなのか。



ここまで書いたところで先が書けなくなりました。
朝になり、昼になり、わたしは日常の中にあります。
今、わたしはlapisさんの死を本当に受け入れた気がいたします。
そして「カイエ」が削除されたからとは言え、自分の中から消失してはいないことを感じています。
失われたからこそ、より強くなる存在感が「カイエ」にはある。
そのことを知りました。

観光地の描き方(長野)/日本の観光黎明期(新橋)

長野県立歴史館と新橋停車場とで同種の展覧会を楽しんだ。
長野のタイトルは「観光地の描き方 浮世絵版画から観光パンフレットまで」新橋のほうは「日本の観光黎明期~山へ!海へ!鉄道で~ 」。
どちらも大喜びで眺め歩いた。

長野歴史館は千曲の方にあり、常設が凄いのにもびっくりしたが(再現ジオラマが凄いのだ。あれは佐倉の歴博にも「どやっ」と言えそうな造り)、今回は企画を楽しみに長野県に来たのだった。

「江戸後期、庶民の間でも物見遊山が盛んになり、名所を描いた色鮮やかな「錦絵」など、さまざまな「絵入り」の印刷物が数多く出版されました。
明治時代にはいると、人びとの自然観にも変化が現れます。上高地や志賀高原、そして日本アルプスに代表される信州の山岳風景が「美しい」と認知され、絵画に描かれ、新たに「観光地」として知られるようになりました。さらに大正末から各地の美しい風景が「新版画」として紹介され、「国立公園」の指定や全国的な観光・温泉ブームを背景に、信州は観光地としての地位を確立してゆきます。とりわけ各地で競うように発行された「観光パンフレット」からは、人びとの価値観の多様化を伺うことができます。
本展覧会では、幕末から昭和戦前までを視野に、代表的な信州の観光地が「描かれ」、印刷されることによって、広く普及していった流れを紹介します。

なるほど、その説明どおりの展示がある。
チラシは吉田初三郎「長野県の温泉と名勝」。
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山の連なりが大きく描かれている。町の中に立派な善光寺の屋根。

吉田初三郎の鳥瞰図はなかなかリアルで、他にも何点か展示されているが、どれを見ても楽しいし、興味深い。
今回は上田在住の妹と甥っ子が一緒だが、上田市街図を熱心に見ていた妹がえらく感心していた。
上田は戦災を受けなかったので、駅前はともかく、ちょっと駅から離れると往時のままの町並みが見受けられる。
(だから昭和の真ん中までを舞台にした映画のロケ地として人気なのだし、戦前の近代建築も多く残るのだ)

信州ツアーがいつから本格化したのかは知らないが、山岳へのときめきは明治以降のことで、それ以前の信州ツアーの目玉はやっぱり善光寺などの名所と温泉だったろう。

江戸時代の錦絵なぞは特に心そそるものだった。広重や英泉の木曾街道ものなどを「観光地」として見ると、それこそ昔のキャッチコピー「ディスカバリー日本」を思い出す。
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吉田以外の鳥瞰絵師もいるが、やはり基本は吉田型の鳥瞰図に還る。
どの鳥瞰図にも当時日本の領土だった地が書かれていて、国旗や世界地図大好きな小さい甥っ子などはとても不思議がっていた。

湯田中温泉~渋温泉~上林温泉の鳥瞰図を見る。
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ああ、こんなところに歓楽街があったのか。
わたしは湯田中温泉の「よろづや」旅館が大好きで、ついつい絵からその位置を確認しようとしたが、わからなかった。
渋温泉の金具屋旅館もみつけられなかったので、この鳥瞰図では個々の旅館は書き分けられていないのかもしれない。

善光寺境内図の木版も見るが、このビラが例えば江戸時代の遠い地の人の手に入れば、やっぱりそそられるだろう。
「牛に引かれて善光寺」という格言を思いながらそれらを眺める。

大正新版画の旗手たる川瀬巴水や吉田博の風景版画が出ていた。
これは予想外の嬉しさで、楽しく眺めた。
笠松紫浪の温泉場もある。
これは随分前に千葉駅で復刻ポスターが貼られているのを見て、ときめいたもの。
紫浪を知ったのもそこからだった。
色も鮮やかに出ていて、いいものを見たと思った。

山岳関係の本も出ている。小島烏水の著作など。
当時の人々はいよいよこれで「行かなきゃ」な気持ちになったことだろう。

長野には温泉がたくさんある。
観光パンフもその場所の数倍ある。
白骨温泉のパンフを見る。
昔の名前は「白船温泉」だったのが、中里介山「大菩薩峠」の舞台の一つに出て「白骨温泉」と書かれた事から、それが通り名になったそうだ。
思えばあの小説も信州で活躍するシーンが多い。
(えらそーに書いたが、あの「大菩薩峠」はわたしは通読できなかったのだ、あまりに長大すぎて。だから飛び飛びでしか読めなかった。現代日本であの未完の大小説をきっちり読みこなした人と言えば、作家安岡章太郎がいる。彼の「果ても無い道中記」上下巻で「大菩薩峠」の概要や読みどころを知るのもいいと思う)

国立公園協会所蔵の洋画もある。
国立公園の絵を見ていると、町中の公園とはまた違うと言うことを改めて思う。
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上は戸隠神社奥社参道、下は野尻湖を描いている。丸山晩霞という画家は知らないが、野尻湖を描いた満谷国四郎は大好きな画家の一人である。
戸隠にしろ野尻湖にしろ行ったこともないが、戸隠が今もその神秘性を失っていないことは知っているし、野尻湖からはナウマン象の骨が出たくらいは知っている。
戸隠の林道がずっと続く向こうに人影がある。それは多分神の影ではなく人の影なのだ。
しかし、こちらの野尻湖はボートが楽しそうに湖面を走るとはいえ、どこか現実から遠い地を描いているように見える。
そして、そのどちらにも行ってみたくなる魅力がある。

再び鳥瞰図。
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浅間温泉案内図 解説によるとその当時この温泉は長野県屈指の温泉だったそうな。松本城はまだ観光の目玉になっていない。上高地と浅間温泉のセット。
昔は競馬場もあったようだ。
こういう細かいものをみつける楽しみがある。

11/13まで。 

日本の観光黎明期(新橋)
新橋の説明はこうある。

「近年、国をあげて観光に取り組んでいる日本。
こうした施策は、明治政府が外貨獲得のため外国人誘致を試みたことにはじまり、今日に至るまで3度の大きな流れがありました。今回は、その黎明期である明治期から昭和初期までの取り組みに目を向けてみようと思います。
1872(明治5)年に新橋~横浜間に日本で最初の鉄道が開業し、大正期にかけて日本国内に鉄道網が整備され、地域の交通体系は大きな発展を遂げました。鉄道各社は、敷設した路線の沿線の行楽客誘致を目的に、営業活動やサービス向上に力を注ぎました。大正末期から昭和初期には、屋外レクリエーションや観光旅行が大衆化し、これに関する施設が全国に拡大したため、観光を目的とした鉄道輸送の整備を行うようになりました。
本展覧会では、観光の黎明期における海や山のレジャーと鉄道をテーマに、その頃の様子をご紹介いたします。」
新橋停車場での展示は、前述の長野歴史館と同種だが、さすが国鉄の昔からの資料が多く出ていた。
こちらでは地域限定ではなく、わりに広範囲な観光の資料がある。

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いわゆる「シマウマ」がある。日本の初期海水浴での婦人水着。なにやら微妙に憧れもある。それからスキー。登山。どれも明治になってから日本に齎された楽しみ。
スキーシーズンのポスターも当時の流行画家の手によるもので、いかにも楽しそう。
たぶん榎本千花俊だと思う。

昭和初期の「山へ!」ポスターを見ると、新田次郎の山岳小説が思い出される。
とはいえあれらは遭難を描いたものが多いのだが。
本格的なクライマーはやはりこの時代から多く出ているのではないだろうか。
一方、今は「山ガール」が流行っているが、彼女らの前触れさんがこの「山へ!」ポスターで「行こう行こう♪」になったと思う。
レジャーの影の危険はポスターや観光ガイドには書かれない。

古い資料で大磯海岸で遊ぶ歌舞伎役者らを描いたものが出ている。
明治20年代の浮世絵。これはいわゆるただのハメモノではなく、実際に五世中村歌右衛門が大磯で海水浴をしていたことからの絵。
五世歌右衛門は福助当時、美貌の人で人気沸騰していたが、体調不良のため大磯海岸の宿に逗留し、毎日海水浴で身体をよくしたそうだが、それでいっぺんに大磯が大人気になったのだった。お宿も満員御礼だったようで、オオゲサではない状況がこの絵にある。

東京から関西ツアーを目論む人々も明治末には随分と増えている。
作家志賀直哉、里見、歌人木下利玄の三人が明治末に♪汽笛一声新橋を~と旅立っている。そのあたりの話は30年後に里見が「若き日の旅」として上梓している。
あの作品を思い出しながら展示を見ると、深い実感がある。

11/20まで。
長野も新橋も、共に楽しい展覧会だった。

没後百年 菱田春草展

今日まで長野県立信濃美術館で開催されていた「没後百年 菱田春草展」は魅力的な展覧会だった。
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春草は信濃の人で、そのために今年は同時期に飯田市美術博物館でも特別展が開催されていた。
こちらは永青文庫の「黒き猫」のお仲間が、木から下りたばかりの姿を描いている。
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飯田へも行きたかったがムリだったので、このチラシを得ただけでもよしとしている。
この猫とは東京美術倶楽部で見て以来久しぶりの再会。
そういえばあの「黒き猫」はまもなく京都国立博物館に現れる予定だった。
この信濃展でも黒猫に会えるだろうか。
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展覧会は前後期に分かれていて、私が行ったのは後期だった。

老子 伝承どおり老子は牛に乗り西へ向かおうとしている。牛の腰を押す坊やも背に何やらくくりつけている。この子も老子と共に旅に出るのか。横顔が意外なくらい近代的な坊やである。牛はこれでもかというほどに線描がなされている。

五郎時致 今しも室内へ入り込もうとする横顔。きりっとした青年の顔がいい。
五郎も先の坊やも、共に可愛らしさが共通している。

高野山古寺 明治28年の作。どの寺かは知らないがL字型の堂の扉は全て開けられていて、内部の仏像たちがのぞいている。弥勒もあれば三尊もあり、薬師如来もある。
この寂れ具合はひどい。庭に咲く雑草が一層わびしさを募らせる。
廃仏毀釈の嵐の後の姿がこれなのだ。
六月に見た展覧会「宝を護れ 大正時代の保存プロジェクト」あのプロジェクトがなくばこの絵以上の衰退が待っていたろう。 

砧(婦人) 夫の不在の寂しさを月下で叩く砧で示す。松園さんの名作にもある、あの「砧」である。ここにいる婦人は長い髪を後ろに流していている。前髪も全て後ろへ。
19世紀末のリアルタイムの婦人に見える。物思うようでいて、何を思っているかは掴めないひとだった。

水鏡 チラシ左の天女である。かなり大きな絵で今回対峙して、色々なことに気づいた。
アジサイ、オモダカなどの花々と、足元の薄い緑と。天女は目を寄せて足元の水面をみつめていた。自分の影を眺めている。しかし水鏡は全てを映し出しはしない。
春草はこの絵で無常観を表そうとした。それを踏まえて絵を見ると、天人五衰という言葉が浮かんだ。同時に、若い画家がそんなものを描くべきかどうかということも想った。
彼が夭折した人だ、ということを改めて思った。

羅浮仙 チラシ右の梅の精。馥郁たる美女。優しい表情を浮かべている。
他の作家の羅浮仙を集めた企画を、このブログ上で挙げたことがあるが、そのときも春草の描く美女はにこやかなままだった。

寒林 林の中の石の上に猿の親子がいる。しぃんと静かな空間。猿は動こうともしない。
風もやんで、何の音もしない。聴力を失ったような静かな静かな世界。
不思議な諦念を感じてしまった。それが何なのかはわからないのだが。
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朦朧体の前に細密描写の絵があった。どちらも近世風俗の美人画である。
美人読書、美人行楽。
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特に読書美人の着物の細かい描写がすごい。総絞りの着物を着ていることがはっきりとわかる。少しばかり暁斎風美人でもある。
春草の描く美人のうち、近世風俗のひとびとは、はっきりした線描で装っている。
あとに現れる「双美摘草」も同様の美人画。

朦朧体について少しばかり。
文芸性のある絵が好きなわたしは、「常磐津伏姫」や前期に出た「稲田姫(奇縁)」、そしてここにはない「菊慈童」がひどく好きなのだが、描法はいわゆる「朦朧体」というもので、発表当時の評判は最悪だったらしい。
ところがわたしが実際に見たのは今2011年だし、図録で見たのは1990年なので、朦朧体のどこがよくないのかがまったくわからないのだった。
それを通り過ぎた時代の者には、当時の悪評が理解できないのだ。
つまり変な喩えだが、わたしなどはビートルズのずっと後の世代なので、ビートルズの音楽がいいのはわかりはするが、ビートルズの音楽の衝撃というものはわからない。
一つの分野、一つのグループにすぎないのだった。
だから朦朧体の作品を見ても「ああ、こんな描写もある」で終わってしまう。
どんな衝撃でも、時間が経ちすぎると、それは衝撃ではなくなるのだった。

常磐津伏姫 悲しい、侘しい生涯をよく表現していると思う。小さい頃から八犬伝が好きなわたしは、この伏姫を見て「ああ、いよいよ・・・」という感慨を持つばかりだった。
しかし伏姫の自死がなくば、八犬士は世に出ないのだ。埋められた玉が世に顕れるための最初にして最大の犠牲。

竹に猫 竹に白百合を前にじーっとそちらを見る白地の猫の横顔。背中や尻尾は薄墨ではいたようである。水野美術館展で見た猫である。チッチッチッと呼んでもこちらを向きもしない。

風景画を多く見る。
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名前は「春」であっても、心象風景は秋だったのではないか、と常々思っている。
春草の描く秋の物寂しさは、他の作家にはないものだった。
春を描いたものもまだ暁の頃か夕暮れが多く、春昼を描いたものは殆ど印象にない。
飛ぶ鳥も皆、秋の、それも晩秋から初冬の空を行く。
眺めて歩くうちに、身に寂しさが湧き出してくる・・・

大観との仲良しぶりは絵を見ていても感じる。そして大観との体質の違いもわかる。
大観はやはり長命の人で、元気な生涯を送った人だということを、絵から感じる。
一緒にインドへ行ったときの作品を見ても、そんな違いを感じる。

乳糜供養 スジャータから乳粥を貰う釈迦の優しく弱弱しい姿。秋のある日。
釈迦と魔女 こちらは大観で、誘惑する魔女たちの色っぽさ・元気さ、無視する釈迦の強さ、そんなものがありありと出ている。

弁財天 インド美人の姿での弁財天が、蓮の上でインド楽器を抱いている。
春草の描く美女の中で唯一はっきりした意志の強さをあらわにしたような顔立ち。インド美人でないと、それを表現しえなかったのか。 
表情や髪の流れにも魅力がある。

砧 こちらの砧は本当に野の中でトントンと一心に打っている。ススキに囲まれ、黄金の満月に見守られながら、つつましげな美人が一人でトントンと打っている。

今回の展覧会では播磨屋本店所蔵の名品を多く見ることができた。
これまで友の会会報で少しばかり見てきたものがあるが、こんなにも名品を持っていたとは思わなかった。
播磨屋主人は思想的な活動に熱心だが、出来れば所蔵品の展示を行うような施設を拵えて欲しいと思う。
「とらや」や「源吉兆庵」のように。

最後の最後にすごいものが待ち構えていた。
黒猫 まだ毛もほわほわなちびの黒猫がこちらを見ていた。よく実った柿の実の下で。
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どうしようもないくらい可愛い!
この展覧会に来て本当によかった、と思った。
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生誕120年 岸田劉生展

10月15日は「麗子の日」だそうだ。1015で1に015でレイコと読めるので「麗子の日」かと思えば、1921年10月15日にこの「麗子像」が描かれたからだそうだ。

「生誕120年記念 岸田劉生展」
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チラシのコピーが凄い。「お待たせしました 麗子です」
この麗子が生まれて今日で90年なのだった。

メガ麗子とか麗子てんこもり、という声を聞いたが、展覧会の始まりは若き劉生の水彩画などからだった。

銀座生まれの劉生の目から見た、外国人居留地の様子がある。
木版画の「築地風景」は同一場所・同一構図のものだが、別作品である。
1912年の築地のその風景は、なかなか魅力的だった。
松のある民家、築地川、その川沿いの道を行く男、それらの影が揺れながら水面に映し取られる・・・
同時代の鏑木清方も見ていた景色なのだと思うと、興趣いよよそそられる。
(「築地明石町」や随筆などからのイメージとの合致が生まれてくる)
そして「明治末年築地居留地」は外国人の闊歩する様子をショーウィンドーと共に描いているが、小さな日本少年も描きこまれていて、これが画家本人かもしれない、というのが面白い。

キリスト者になってからの作品も出ている。
連作「天地創造」である。これらを観ていると、河野通勢にも共通するある種の感性を感じる。大正初期の日本でのキリスト教の傾向といったものである。
物語として面白いのはやはり旧約であるから、彼らはそこから題材を得て、自分なりの旧約世界を構築した。
それを観るのは非常に面白い。
信仰への敬虔さなどよりも、先に面白味があふれかえっているからだ。
岩を噛むアダム、ぐったりねそべるアダムとイブなどなど。

二枚だけ裸婦図があった。どちらもあご下から腿までの身体が描かれている。
ただ「裸婦」というだけである。年配の身体とそれよりは若い身体と。

やがて「岸田の首狩り」時代が来る。
この辺りの作品群は以前に損保ジャパン美術館での展覧会で大いに見ている。
肖像画への執着がひどく面白くもあり、一方で飽きても来る。
ただしその中でも例外はある。
白樺同人のバーナード・リーチを描いた三点の作品である。
鉛筆画 ややうつむき加減、コンテ 斜め顔が優しい、 エッチング ぐわっとした顔。
油彩ではない肖像画に惹かれた。
劉生は駄洒落も飛ばしていたようで、こんなのがある。
和装のリーチが子どもらを連れて散歩するのを見て笑いながら一言。
「リーチ着物の子沢山」 律義者の子沢山、と劉生は笑ったのである。

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「画家の妻」を見る。 黒い着物にやや色黒く塗られた肌、漆黒の髪を三つ網にした、意志の強そうな女の顔。あくの強い美人だと思った。

それからチャイナ服を着たこちらも美人の妹「支那服を着たる妹照子之像」もいい。
解説に麗子さんの言葉があり、「男の見た女でなく、兄から見た妹の絵である。(中略)叔母の人柄のよさが出ていて云々」。白い額、白い頬、穏やかな眼差し。優しい「美人画」だと思いもする。服の青灰色の飾り部分には刺繍やビーズの縫い取りが施されていて、なかなか豪奢なのを着ていると思った。
この絵の下絵もあったが、そちらはちょっとラフすぎる。

若い頃の自画像ではにっこりしているのもあるが、どちらかといえば「岸田の首狩り」時代の絵はあんまりわたしは好まない。

劉生には実らぬ恋があったそうだ。ただしそれは片思いにすぎず、彼は相手に気持ちを伝えぬまま、その面影を「エターナル・アイドル」に昇華させた。
ふくよかな美人が小鳥と戯れる図は、その婦人の面影を宿しているらしい。

「切通之写生」は冒頭の麗子と共に重文指定されている。暑い日にこの絵を見ると、それだけで自分がまだ道を歩いているような気になってくる。
土佐山内家の一部が見える道。道路にアスファルトが引かれる前はこんな土の道だったのだということを、改めて知る。土の実感のある絵。
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「冬枯れの道路」もまた明るい黄土色の空間が広がっていた。歩きたいキモチが湧いてくる。
そして麗子を点景の一つにした「麦二三寸」もまた好天の絵だった。
枯れ草が麗子の足裏にある。その感触を知った気がする一枚。
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三つのりんごを並べて描いたものなどは、静物画ではあるがどこか不思議な味わいがある。リアルな光景ではなく、シュールな存在とでもいうのか。
ほかにリーチの拵えた壷を描いたものも三点ばかり見たが、これらも不可思議な存在感を発揮していた。劉生の洋画の静物画には、静けさと共にそんな感覚が生きていると思う。

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いい洋画作品が多いが、実は私は劉生は後年の日本画や、白樺派との付き合いが深かった頃の木版画にひどく惹かれている。
武者小路実篤の「かちかち山」や、「白樺」誌の表紙絵などなど。どれを見ても深い魅力がある。
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ざわざわするような何かがそこに潜んでいる、と思うのだった。

やがて「麗子の間」に来る。赤い壁に統一された地に「麗子てんこもり」が続く。
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見ていて面白いことがわかった。
五歳までの麗子は額を上げている。「じゃりン子チエ」のチエちゃんのような髪型なのだが、六歳からはおかっぱで統一している。
そして16才の麗子は綺麗に髪を結い上げている。
どの麗子を見てもたいへん興味深く思った。
劉生の画技の変遷を見ていつつ、麗子の成長をも同時に楽しめるからだった。
こちらは「あなたのいちばん好きな麗子」アンケート。
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わたしは9番を推した。
14番の麗子などは近世風俗画に良く似た構図のものがあるから、もしかするとそちらからポーズを拝借したのかもしれない。
他には12番の日本画「麗子提灯を喜ぶ之図」がいい。
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鵠沼時代には「村娘於松」が現れる。女優松田美由紀に似た顔立ちだといつも思う。わたしは於松がなかなか好きなのだ。自分の友人にも似た人がいるので、妙なリアリティとシンパシーを感じているのかもしれない。

笠間日動美術館に多く所蔵されているのが、劉生の日本画だった。
東洋回帰が進んでゆく劉生を見るのは、ひどく面白かった。

「菊慈童麗子」は木版画で、彩色されたものが図録の表紙絵にも使用されている。
「七童図」「三寒歳友」「麗子曼荼羅」「松竹梅」などが特に素晴らしい。
このあたりは以前に伊丹市美術館、八王子夢美術館での展覧会で馴染んだ。

遊蕩に明け暮れたと言われる京都時代の作品が出る。
2003年に京都市美術館が「劉生と京都」展を開催したので、その時代の絵を多く見ているが、実に明るい戯画が多い。宴席で描くものも多かったのか、ハチャメチャだと美術史家から批判されている時代かも知れぬが、それはそれで楽しそうではある。
第一絵から重みが抜け、洒脱さが現れてきている。
参考資料に安井巳之吉日記が出ているが、前述展図録には、その内容が多く掲載されている。

劉生の言う「デロリの美」たるのが歌舞伎だった。
戦前を生きた人々の多くは歌舞伎をこよなく愛した。
洋画家では、あのシュールな風景画を遺した牛島憲之、金山平三、木村荘八らに歌舞伎の舞台を描いた優品が多い。
劉生のそれも出ていた。
「寺子屋」の松王丸と玄蕃の対峙シーン、七世宗十郎の「鯰坊主」などである。
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戦前の歌舞伎にたいへん関心のあるわたしには、それらは絵としても面白く、資料としても一級品なので、ひどく興味深く眺めた。

それにしても短い晩年の南画風作品群は、どれもこれも素晴らしい。
野菜や植物を描いたものはどれもこれも今にもしゃべりだしそうな元気さがある。
洋画での静物画と違い、これらは確かに「死んだ自然」ではないのである。

徽宗皇帝の「猫」を写した「猫」をわたしはミケンポッチくんと呼んでいるが、ここにも来ていたのが嬉しい。
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他にも鋭い目をした「ウサギ」や「一見四水」といった<劉生の優雅な生活>絵=理想、などが面白かった。

この展覧会のあおり文句はもう一つあった。
「空前絶後、今世紀最大の劉生展」である。
まだ21世紀も11年なのに、と思ったが納得できる内容だった。
11/23まで。

最後におまけ。
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これをどんどこ押したシールを見たが、マトリョーシカな麗子という感じで面白かった。

フェルメールからのラブレター

六月末から四ヶ月にわたり京都市美術館で開かれている「フェルメールからのラブレター」展もいよいよ終焉を迎えようとしている。
年末から翌年にかけて東京でも開かれ、また多くの人々を楽しませることだろう。
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とにかく混んでいるということなので、開館すぐに入れるように支度した。
それでもかなり混んでいる。

この展覧会では「コミュニケーション 17世紀オランダ絵画から読み解く人々のメッセージ」という副題の示す通り、集められた絵は全て、何らかの形で他者と接触しているものだった。

1.人々のやりとり しぐさ、視線、表情

ヤーコプ・オホテルフェルト 牡蠣を食べる 朱色地に白飾りの上着に琥珀色のサテン地のスカートをはいた女がワインのおかわりを告げるが、男は彼女に牡蠣を差し出している。この行き違いの行為にもオランダ特有の隠喩があるのかもしれないが、わたしにはわからない。
ちょっとばかり色っぽいなと思うばかりだが、その続きが見たくなっている。

ピーテル・デ・ホーホ トリック・トラック遊び 先の絵より15年ほど前の作品だが、画面の女はやはり朱地に白飾りの上着を着ている。流行の期間が長いのか、この形の服がポピュラーだったのか。
犬と鳥かごがある一般的な家庭。籐椅子のようなゆりかごがあり、そこにはたぶん彼女の子供がいるのだろう。

ヘラルト・デル・ボルフ 眠る兵士とワインを飲む女 解説によると、恋がうまくいかなかったことが暗示されているらしい。女のサテンの服の質感が伝わってくる。

ヤン・ステーン 生徒にお仕置きをする教師 木製の平匙のような手打ち棒でがきをしばく老教師。やはり教育にはこうした側面も不可欠だ。床には落書きが落ちている。

2.家族の絆、家族の空間
解説によると、オランダ人の家は他者の出入りを制限していたそうだ。
それで思い出すのがオランダ映画「さまよえる人々」だった。現れた<他者>はその家の主婦と密通し、重い罰を受ける。密通以前に「家に入り込んだ」ことへの罰がまずあるのだった。

ヘンドリック・ソルフ ヤーコプ・ビーレンスとその家族 15年目の結婚記念の絵で、船長さんでもあることが絵にも現れている。画面下には大きな大きな貝や魚がゾロッとある。主婦たちは家事に勤しみ、子供は大きな楽器を弾こうとしている。和やかな家族の一場面。
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そして暖炉に向かう猫がいる。sun887.jpg
人間の家族から少しばかり離れて、自分の望む位置でくつろぐ猫の背中。

この和やかさに比べてやや冷たい目で見てしまう絵が同じ作者にある。
エーワウト・プリンスとその家族 手前の室内には妻と小さな娘たちがいて、その奥の隣室に夫がこちら無期に描かれている。夫の影はとても薄い。

デ・ホーホ 中庭にいる女と子供 洗濯籠らしきものを持つ女と、その娘が真ん中に立つ。
女は左手に水瓶を持ってもいる。女の子はカマボコ型の鳥かごを手にしている。
二人には和やかな視線の通いがある。
中庭の奥にはギリシャ神殿風な亭があり、そこに暗い二人がいる。
女たちには日が当たり、男たちは陰にいる。

デ・ホーホはその当時「室内の女と子供」シリーズで大人気だったそうだ。
同題の絵もあった。
朱に近い色と黒の市松模様の床、母と小さい娘がいて、母は娘に何かを手渡している。
ドアの向こうには日の射す室内で見え、そちらの床は灰色と黒の市松模様。
二人は階段の裏手にいる。家の構造が面白くて、絵の主役よりそちらを楽しんだ。
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アンドリース・ファン・ボホーフェン テーブルに集うファン・ボホーフェンの家族 この絵を見た途端、コケそうになった。総勢11名の家族のうち、四人の子供以外はみんな凄いカラーの服を着て、一斉にカメラ目線でこちらを見ているのだった。
しかも妙にリアルな・・・
20世紀風な顔つきでこちらを見ている姿は、もうホラーに近い。笑い出しそうになった。
カラーも丸いのや四角いのもあり、凄いなぁ。
子供らの手元にある半分に切られたゆで卵までなにやらおかしい。
敬虔な家族だということで聖書を持っているが・・・

3.職業上の、あるいは学術的コミュニケーション
貿易国家であり、法律に対して厳格なオランダ人は、当然ながら読み書きの訓練には厳しかった。
簿記係、学者、弁護士、教師、薬剤師、公証人などを描いた絵が集まっている。
机上にはだいたいドクロや本や地球儀が置かれているのが多い。
レンブラントの弟子筋の作家の絵が並んでいた。

ヘリット・ダウ 執筆を妨げられた学者 こちらをキッとにらんでいる。誰が彼の邪魔をしたかといえば、まずこの絵を描いた画家と、見ている我々だろうか。

羽根ペンを削る学者 こうして使うのか!初めて知った事実が絵の中にある。変な顔つきの学者だった。

もう一つ初めて知ったのが、オランダの公証人の制服。
日本の着物からの発想らしい。

ヨープ・ベルクヘイデ 公証人と依頼人 その着物のようなのを長く着た公証人の元気そうな顔つきに比べて、依頼人はひどくしょんぼりしている。どんな案件を持ってきたか想像をたくましくするところだが、ちょっと可哀想すぎるので、スルー。公証人の助手の少年はなかなか可愛かった。

フェルディナント・ボル 本を持つ男 白い顔でなかなか優雅である。髪は茶色いが髭は金色だった。巨大ベレー帽をかぶっている。

コルネリス・デ・マン 薬剤師イスブラント博士 若くて可愛い男だった。長髪が良く似合う。机上には例によって髑髏と本があるが、他に天球儀とヴァイオリンもある。
卓掛けは赤地に花唐草文様。ややイスラーム風にも見える。

ちょっとばかりイケてる顔を三人ばかりみたわけです。

ハブリエル・メツー 窓辺で本を読む女 ワイン色の別珍風なのを着た女。黒い帽子には大振りな赤い羽根がついている。「本を読む女」と題されてはいるが、彼女の目は本から離れている。窓の外を見ているわけでもなく。
読書中にふと意識が自分の内側に向いた瞬間、それを画家が絵にしたような雰囲気がある。

4.手紙を通したコミュニケーション
今ではすっかり手紙と縁遠くなったが、確かに通信手段において手紙というものはたいへん大事だった。
改めてそのことを思う。

ピーテル・ラストマン ダヴィデとウリヤ 旧約の物語の一場面。何気ない庶民の一瞬を集めた絵のうちで、これとヤン・ステーン「アントニウスとクレオパトラ」だけは、物語を描いていた。
画家はレンブラントの師匠。絵は多少その時代よりも古い。
女を手に入れるために、女の夫を戦死させる画策をするダヴィデ王。その手紙の中身を知るのは王と書記官と御つきの者と、そして犬までも知っている様子がある。
知らぬのは、その手紙を渡された当のウリヤだけである。
王の目はどこを向くか?
犬も王を見る、書記官も王を見る、ウリヤも王を見る。

デ・ホーホ 女に手紙を読む男 手紙を読む男に日は差さず、読んでもらう女に日が当たる。女の赤い服は元気そうに見える。男の横顔は繊細な美貌を見せている。床は黒白の市松模様である。白い床は大理石だろう。なんの暗喩があるのかはわからないから、わたしもこの女同様、男を見つめている。
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ヤーコプ・オホテルフェルト ラブレター 暗い空間にそこだけ光がさす。美人のお嬢さんが熱心に手紙を読んでいる。細かい縦ロールがいくつも下がった顔には、真剣みがある。
髪を整える女中の横顔はひどく可愛い。お嬢さんのような上品さはなくとも、とても魅力的な横顔である。お嬢さんの足元には犬がいる。隣の椅子は空いている。空虚な椅子は恋人が立ち去ったことを示しているというが、それではお嬢さんの読むのはどんな内容なのだろうか・・・

エドワールト・コリエル レター・ラック 正直言って「だまし絵」かと思った。

さて最後にフェルメールが現れる。

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黄色い上着にはアーミンの毛皮なるものがついている。リボンをたくさんつけた頭。光る額。
机上には真珠の首飾りと小箪笥がある。
光の当たり具合のせいでか、表情が右から観たときと左から見たときと違っているように思った。
左からだとフッと笑っているようにも見えるが、右からではムッとしているようにも見えるのだ。どちらが彼女の本心なのかはわからない。

手紙を書く女と召使 そばに佇む召使は明るい窓の向こうを見ている。大理石の床が光る。
壁にはモーゼの赤子時代の絵が飾られている。
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女はひたすら手紙を書き続けている。書くべし書くべし書くべし。
そのしつこい強さは、まるで後世のアデル・ユゴーのそれを思わせる。
肌の白さと服の白さの質感の違いもまざまざと見て取れた。

手紙を読む青衣の女 今回のチラシである。修復後初の公開だという。
女の青衣は見ようによっては玉虫色にも見える。
手紙を持つ指の関節の力の入り具合がわかる。
背後の白壁もくっきり映る。腕の白さもまた。
そして椅子の鋲の大きさの違い、布張りの椅子の堅さ、そんなものまでが身近なものとして、感じられる。

40点ばかりの出品だが、とても楽しく眺めた。
いい展覧会だと思う。

和紙に魅せられた画家たち 近代日本画の挑戦 前期

明治神宮宝物展示室では「和紙に魅せられた画家たち 近代日本画の挑戦」前期展が開催中である。
チラシに青邨の非常に綺麗な絵が出ていて、それに衝き動かされたが、こちらは来月登場なのだった。
とはいえ今月の展示も侮れない。

木村武山 徳川邸行幸 これは次の「初雁の御歌」と共に2000年に大阪の出光美術館で「聖徳記念館絵画展」で見たもの。こちらは大下絵だったと思う。本絵よりこちらのほうが幻想的で美麗な絵だと常から思っているが、改めて絵に対すると、満開の桜が絵を飛び越してこちらにまであふれてくるような感覚がある。
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鏑木清方 初雁の御歌 清方の「おすべらかし」の婦人はこの絵のほかには見ていない。
当代一流の日本画家・洋画家たちに、言ってみれば「明治クロニクル」を描かせたわけだが、どの作品も力の入った名品だったことを思い出す。
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小杉未醒 日月四季之図 その当時の四季のありよう。月野にうずくまるウサギを描いたものがたいへんよかった。シンプルな線できゅっきゅっとウサギが寝ている図。

今村紫虹 水汲女・牛飼男 インド風景をモティーフにしたもの。人物は彩色もはっきりと、背景を墨絵でやや薄く描くことで、空間の奥行きを感じさせる。特に頭に水瓶を置いて石段をくだり、ガンガー(地元民のガンジス川の呼び名)から水を汲もうとする女がいい。大正初期の日本画家の「天竺熱愛」がよくわかる。
石段の上には鮮やかな色合いのインコかオウムかが並び、牛飼いのいる小屋の上にはリスが走る。ああ、熱国の温度がくる・・・

森田恒友 村童 そうそうちびっ子ではなく今の中学生くらいの年頃か、ニコニコしたのがふたりいる。一人は木に上りもう一人はそのそばにいる。木は柿の実がなっている。
立つ少年はどうかすると「人生劇場」の青成瓢吉にも見える。

和紙のよさを強く実感し、それによって作風まで変わった画家もいる。
今回、和紙の質感を目の当たりにしながら作品を見ているが、思いがけない効果が観るこちらにも生まれてきた。

萬鉄五郎 山水図 正直言うと萬の洋画がイヤである。ニガテを飛び越えている。だからそこにあると目を背けることが多い。ところがこの日本画「山水図」は非常にいい。
大体洋画家が日本画を描くと、不思議にみずみずしい感性が顕れるものだが、萬鉄五郎も例外ではなかったらしい。
松と山と家と。それだけのシンプルな構図で、表現も「まんが日本むかしばなし」を思わせるようなトボケた味わいがある。
初めて萬鉄五郎の作品を「いい」と思った。

前田青邨 神代之巻 これは東近美でしばしばなじみの一巻である。「わだつみのいろこのみや」訪問譚なのだが、青木のそれとは違い、この山幸彦はニコニコご機嫌で海底にくだり、出迎えの魚たちもにぎやかに泳いでいる。青邨のこうした戯画調の絵は肩の力を抜いて楽しんでいる。

富田渓仙 大津絵絵巻 坊さんに弁慶に鳥居と馬に逆乗りする狐がいる。「弁慶は鐘を動かせば雲根も震う」と書かれている。これまたとぼけた味わいがある。

和紙特有のにじみ・かすれが、描く人を明るい心持にするのだろうか。

竹内栖鳳 色紙十二ヶ月 杜若と紅梅とを見た。栖鳳の色紙は楽しい。

岸田劉生 秋閑小彩 天王寺では「麗子てんこもり」状態だが、近年劉生の洋画より日本画にひどく惹かれている。麗子を描いたものだけでなく、村童たちがわらわら集まっていたり、蔬菜を描いたものなどに深い味わいがある。
ここでも秋のやまづとがある。菊、柿、ブドウ。以前なら「それがどーした」と思ったものだが、今の私の目も心も「ああ、のどかでいいなぁ」と感じるのだった。

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横山大観 ある日の太平洋 別バージョン。大観の絵はあんまり仰々しいものは好まないのだが、こういうのを見ると、やっぱり本人は好きなんだなと思う。

安田靫彦 鴨川夜情 暑い時期の床でくつろぐ旧幕時代のおじさんたち。ねそべるのもいる。ごちそうはないし、舞妓の姿もない。提灯に「升」の字が見える。
こちらものほほんとした絵である。

小川芋銭 因指見月 円中に河童が鋭い目を開いて座している。絹物より和紙で味わいたい一枚。

安田靫彦 風来山人 平賀源内エレキテル現場。・・・ちょんまげが夜会巻のバージョンだと知った。いや、そんなこともないのだろうが。
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安田靫彦 天之八衢 あまのやちまた。やちまた、と打つと「八街」と出るかせこちらの字。アマノウズメvsサルタヒコである。胸を露にするのが威嚇行為だとはびっくりだが、古代は何があるかわからない。ある種の緊張感が活きる絵。

小杉放菴 緑陰対局 放菴の和紙へのこだわりについては、先年の出光美術館での展覧会で教えてもらった。
ここでもいいにじみ・かすれの味わいが活きている。芭蕉や笹竹などの緑陰の下、爛柯の楽しみに向かおうとする二老人。
いい絵を見た、と思った。
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越前和紙の職人・岩野平三郎という人が漉いた和紙が、今日までも日本画家に愛され続けている、というのもよい話だと思った。
早大の會津八一記念館にある「明暗」は巨大な作品だが、あれも彼が漉いたものだという。
芸術と職人芸。いいものを二つながら味わえて、とても嬉しい。

26日まで。後期は28日~11/27。

華麗なる京蒔絵 三井家と象彦漆器

華麗なる京蒔絵 三井家と象彦漆器
工芸品が好きな私が行かずにおらりょうか。
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象彦の仕事はとにかく優美で華麗だ。
言い切る、間違いはない。
明治から昭和初期の、日本の何度目かの「職人技」ピーク時代に生まれた優品の数々を眺めた。

所蔵先の多くがこの三井記念美術館や、前身の一つでもある三井文庫、同時代の工芸品を専門に集める清水三年坂美術館、「カザールコレクション」を有す大阪市立美術館だということが、この展示品のレベルの高さを改めて思い知らせてくれる。

チラシは「唐花唐草蒔絵経箱」蓋表。金色の輝きの中に青く光る螺鈿の美。
展示室2の「ベスト」展示室に配置されていた。
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正倉院御物の宝相華文蒔絵から取材した水晶台や手箱がある。
奈良時代の技術の高さは現代では到底まねできぬというが、戦前までのこの時期に、こうした見事な作品も生まれているのだ。
それにしてもナゼ水晶台?・・・本物の丸々した水晶がそこに据えられていた。

昭和のご大典の折に製作されたらしい「悠基殿・主基殿蒔絵硯箱」では伊勢造りの神殿が拵えられていた。回廊も見事に再現されている。
そして中には水注があるが、それはお神酒徳利の形をしていた。

三井家近代の中興の祖たる高棟氏が、特に象彦の製品が大好きだというエピソードが紹介されていた。
このレベルの人のそうしたエピソードは、どことなく微笑ましい。
象彦との深い関わりがわかって、いよいよ興味深い。

どれを見ても何を見ても豪奢で、絢爛。
一つ一つの感想は無駄かもしれない。

ご大典の折に恒例の三井家からの献上品がここにあった。
舞楽蒔絵棚である。そこここに胡蝶などがある。当時の金額で18000円というから、今だとどれくらいなのか、億くらいか?

雛道具もある。小さくて本当に愛らしい。
小さな香合もある。
どんなに小ぶりなものでも綺麗な蒔絵が施されているのが凄い。

武蔵野蒔絵重硯箱にはちゃんと露がある。螺鈿の露のものや小さなビョウで出来たものだが、きらきらしていて本当に可愛い。

三井家綱町別邸の調度品、として額飾りがいくつも出ていた。
ここは今では綱町三井倶楽部として、会員に開かれている。
宇治川先陣、八幡太郎、巻狩、菊慈童などの飾り額のほかに、葵祭・祇園祭の衝立、時代祭の屏風などが出ている。
十年ほど前、わたしは機会を得て、ここを訪れた。内部の見学と撮影、お食事などを楽しませてもらったが、その折に食後の喫茶にと導かれたお部屋に、確か児島高徳の額があったような記憶がある。

今回の展示にあたり、これらが象彦によってクリーニングされたそうな。
そのことへの謝辞があり、読むこちらもなんだか嬉しくなる。

蒔絵の技法の多彩さもさることながら、文様・絵柄の美麗さにも惹かれた。本当に素晴らしい。

十月のハイカイ 4 千葉~鎌倉~横浜

いよいよ今月のハイカイも最終日に来ました。
ホリデーパス購入して東京駅に荷物預けに行きましたが、予定よりだいぶ時間遅れてるのと、総武線横須賀線のホームに降りた途端、千葉行きが来たんで予定を変えて先に千葉行きに。
またうまいことに千葉着いたら前に本千葉行くのがありますがな。乗る。下車後には真っ直ぐ歩く。
千葉城が見えた。初めて見たなあ~千葉市美術館着。

早いなと思ってふと気づくと一村雨さんがおられるやないですか。
抱一展初日、開館前のおしゃべりは楽しかったわ~
感想は後日また詳しく。

見た後ランチをご一緒し、PARCOバスにも乗れ、一本早い電車にも間に合った。
今日の一村雨さんは私の福の神様ですな。

さよならしてからミスった、寝過ごして逗子やんか!
鎌倉行き来るの16分待ちやから駅横でお茶した。
全く、こういう展開にならんとティータイムもない私です。りんごラテおいしかった。
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鎌倉国宝館に行き十二神将や弁天さんや頼朝絵巻など見る。束帯天神図が多いな。
行きも帰りも若宮大路を通ったがやはり混むね。

湘南ライナーで横浜に行くが時間が押すから今日までのそごうの安野さんの絵本展を見るだけに留める。
さすが安野さん!リアリズムなフィクション、壮大な緻密さと明るい遊び心がいっぱいでした。楽しいなあ。

一番早い東京行きに乗る。空には満月、昨日は栗名月、和やかなキモチで荷物出して新幹線に乗りました。
さらば東国よ、来月はまた走り回るよ。

というわけで、個々の展覧会感想はまた後日始まります。

残念なのは十月十日トツキトオカやないよ、なのにハマにいたのに、双十節を見なかったこと。
爆竹ばんばんしてるのを見たかったなあ~

十月のハイカイ 3 山手線

三日目は都内というか山手線の内側をハイカイ。JR一日券730円を使い倒す。
まず原宿に。明治神宮へ。
巨大鳥居の前でファミリーが拝礼するのでわたしもお仲間入り。
開館前についたけど、快く鑑賞を勧めてくれた。ありがとうございます。
和紙に魅せられた日本画家。
(それぞれの感想は後日)

かなりよかった。
昔は南画風なのがイヤだったが、今はその味わいに惹かれたり。

恵比寿の山種美術館に着いたのも開館前。中で待機。歌舞伎座の名画。
わくわくしたなぁ。こういう企画は楽しいよ。

目黒では庭園美術館というより、旧朝香宮邸を拝観する。写真もぱちぱち。
数年ぶりのことでしたかね。
特設ショップで割引図録を買うて、大変重い。

品川でスープのランチいただく頃には暑いのなんの。なにが23度やねん。
機嫌が悪くなる。服が暑いのだよ、天気め~~

新橋では地上を歩いて新橋停車場へ。
先日長野で見たのと似たような観光地関係の展示。楽しい。こういうのが本当に好きなのでうれしい。
そのまま汐留ミュージアム。
ウィーン工房のレヴェルの高さにクラクラクラ~〆に上野リチ特集があって、それでいよいよふらふらふらふら~~ ああいいものを見た。

有楽町では出光美術館へ。先月も見たが再訪。眺めるうちにこうした世界に惹かれていく自分を感じる…「笑い」かどうかはわからないが、魅力的だ。

神田の三井についたのはまだ三時。しかし今日はおなかいっぱいで無念ながらスルーし。
象彦の蒔絵を散々眺めてから宿へ向かう。

宿では着替えてそれから東京駅に出てブリヂストンへ向かう.
「くらべてわかる」機嫌よく見て回り、いいココロモチになる。見慣れたものも新しく楽しめるから。

ここまでは順調でした。
あとはせんでもええことをして、ぐったりして、知らん奥さんにもたれかかられたりして、疲れた。
まぁこんなもんですか。

十月のハイカイ 2 長野・軽井沢

 小さい蝶がいる。

旅の二日目も信州。朝七時から朝食なのできっちり時間に向かうと、エレベーター満員御礼。全テーブルもぎっしり。でも親切なご夫婦の隣に入り込んでパンとか焼いたり色々。ラズベリージャムとにんじんジュースがおいしい。

妹が8:20に迎えに来たので車に乗ると、甥っ子が「なぞなぞ本」を持ってきてた。
つまり昨日はわたしに負けっぱなしだったから一矢報いん、とばかりなんだけどチビだからまだ自分の頭でオリジナルなぞなぞは作られへんらしい。
へりくつでもいいから自分で考えたらいいのに、と思ったが黙っておく。
子供の相手するときは、決して手を抜かない。
逃げ道は用意するけど、甘やかさないぞ~!

さて遊んでるうちに須坂についた。
「豪商の館 田中本家博物館」。あまりに広大すぎて外観写真も撮れない。
萩が可愛く咲いているが、萩もコスモスもここでは路傍の花なのだと妹は言う。

「田中本家の大正らいふ」を楽しむ。その当時のご当主・田鶴さんの生んだお子さん二人のおもちゃや絵本、お洋服などを中心に展示している。
良質な本「コドモノクニ」や童謡レコォド、可愛らしいローウエストのワンピースや耳隠し帽子にアンサンブルやコート。
♪コガネムシは金持ちだ 金蔵建てた蔵建てた 子供に飴玉買ってやる
延々とこの歌が頭の中でリフレインする。

日本画家・矢沢弦月はこの「タホン」に滞在して、子供さんらの絵を描いている。
大きなひまわり畑の中の小さい姉弟など。
「コドモノクニ」も本田庄太郎、武井武雄の表紙絵で有名な号だけでなく、いろんな画家のものが出ていた。
おもちゃもセルロイドや木製、それに大きな木馬もあった。
大きな木馬を見ると必ず高村薫「李欧」のエピソードを思い出すが、あれもこんな感じなのかもしれない。
明治末の子供雑誌「冒険世界」付録「世界英雄番付」に釘付けになる。
爆笑してしまった。すごい、マジでなんなんだ~!
妹は留守番中の亭主に見せるというて、後にショップで買っていた。

四季折々の庭がある。秋の庭はまだ本番を迎えていない。
夏の庭が今も明るい。
それを見渡せるカフェに入る。
ぜんざい、りんごパイ、ホットりんごジュース(ジンジャー)をたのんで、仲間で食べる。
ナカマで食べる、とは大阪弁なので、大意は伝えられるが、ニュアンスは難しい。
分け合って食べたが、特にホットりんごジュースのおいしさにびっくりした。
クリーム状のマシュマロがすばらしい。
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へブンリーブルーが咲き乱れている。
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そこから善光寺へ向かって走る。
その間甥っ子に「ねぇお話してよ」といわれたので、甥っ子を主人公にしたとんでもないうそ話を延々と続ける。甥っ子は大喜びして聞いているが、時折運転席から妹の「やりすぎ」というチェックが入る。

わたしが東山魁夷館と信濃美術館にいる間に妹と甥っ子はその周囲の公園で遊ぶ。だから長居はできない。
感想は後日詳しく書くが、春草展かなりよかった。魁夷の白い馬シリーズもよかった。
本も購入。最後のちびの黒猫にヤラレた。

合流して善光寺そばの「きのこと野菜」の「一粒万平」に入る。
ランチブッフェ。野菜まみれ。たいへんおいしかった。
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素材がいいから、味付けはシンプルでOK!

久しぶりに善光寺門前を歩くと色々発見があり楽しい。
昔わたしが撮影させてもらった藤屋旅館がいつの間にかブライダル系になってたり、八十二銀行も洗われてすっきりしてたし。
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時間がないからあきらめたけど、また久しぶりにかるかや堂で絵解きが見たい。
有名な七味屋さんにいった。七味自体は我が家は祇園の黒七味でないとあかんけど、ここの山椒がすきなの。
応対の店員さん、感じいいひとで、若いころスゴーく美少女だったろうなと思った。

さてここから御代田へ。
メルシャン美術館。もお終焉なのだ。なのに時間がない。
ル・シダネルを見るには時間がなさ過ぎる。
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売店の外観もすっかり秋。SH3B06920001.jpg

そこでさよならプライスになっていた絵葉書類など色々購入する。
残念ね・・・

次に軽井沢のタリアセンへ。四時二分についたので時間は足りやせんが、駐車料金サービスされたり、秋の夕暮れのわびしい美しさを堪能できたりした。
ペイネ美術館たる旧朝吹山荘(ヴォーリズ)CA3H04900001.jpg
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深沢紅子野の花美術館(明治44年館)SH3B07010001.jpg

ペイネ別館(アントニン・レーモンド「夏の家」)など。
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外観しか撮影できないが、そのたたずまいのよさを想像してほしい。

駅近くのアウトレットモールの一隅にあるカフェでくつろいでから、信州ツアーも終わる。
甥っ子はまだ遊びたそうだが、仕方ない。
また今度は大阪へおいで。

指定席で東京へ向かう。自由席は満員御礼。

ホテルに着くと、ロビーでお弁当を広げている人から「夕飯まだなら」と立派なお弁当をいただく。四つも余っているので、喜んでいただく。
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いつかわたしも誰かに何らかの形で親切にしたい。

最後に信州で得た妙な写真を。
・路上のウサギ
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・壁か電柱のネコ
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十月のハイカイ 1 信州

二日間ずつ信州と首都圏とを旅することにした。
信州に行きたかったのはメルシャン美術館が終焉を迎えるからなのと、長野県立歴史館の企画展が見たかったから。
更にそこへペイネ美術館が建物をメインにした展示をするというし。
行くしかないじゃないの。

新大阪~東京へ出るだけで疲れるけれど、更にそこから長野新幹線へ乗り換える。
自由席でいいやと並んでると、ホームから再現された東京駅ドームが二つばかり見えた。
……案外混んで来た。結局満員御礼。

備え付けの雑誌を見ると、角田光代のエッセイがあった。
峠の釜飯と高崎のだるま弁当は必ず買う、とある。
峠の釜飯は子供の頃から、あの可愛らしい形にときめいていた。
よくお土産にもらったものをきれいに洗ってままごとなどで遊んだりしたのだ。
いいなぁ、と思ったとき車内販売がきた。
あ、峠の釜飯…SH3B06730001.jpg

気づいたら買ってました。中の栗と杏がたいへんおいしいけど、既に軽くおこわのおにぎりを食べてたので、もう苦しい。もったいないことをした。
残りを食べることはないかもしれないが、ぶら下げてゆくことにした。

上田のホテルにチェックインしたとき、妹がフロントに登場。
そのままみすず飴へ入る。
去年来たとき、いくつか選んだ中で、すももジャムがいちばんおいしかった。
今回も購入。たいへん楽しみ。ジュースにするのだよ。

さて妹宅へ向かう。おとついの雨で甥っ子の遠足が順延して今日だったというから、帰りを待つ。ハーブティを飲みながら待っていると、甥っ子元気に帰宅。
耳で聞いてもわからない地名のところへ遠足だったらしい。

千曲の長野県立歴史館へ向かう。車内では甥っ子にわたしのその場しのぎナゾナゾを出して、色々と困らせた。
夏は青く冬は赤いものはなーに?などなど。
ちびはちびなりに懸命に答えを見つけ出そうとする。

企画展の「観光地の描き方 浮世絵版画から観光パンフレットまで」が目的で来たのだが、非常に面白い内容だった。
広重、吉田初三郎、川瀬巴水、吉田博などなど…すばらしいラインナップ。
詳細はまた後日。

次に常設に行くと、これがモノスゴかった。
入り口から「おお太古の森を模している」と思って通路を曲がったとたん、野尻湖のナウマン象がぱおー。睫毛長いし瞬きするし、首まで振るがな。気を取り直して進むと古代庶民の暮らしゾーンで、貞子みたいなマネキンが。こわ~~。
ほかにも中世の村の有様などの再現展示、非常に怖かった。
江戸時代以降はまだいいが、一人であの空間を行くことはできそうにない。
お化け屋敷よりよっぽど怖い。

次に戸倉上山田温泉の足湯に行く。47度だから熱いけど、少しずつ慣れてくる。
わたしが関西弁なのを珍しがった先客の方々が色々親切にしてくれはる。
やっぱり旅に出るとこういうことがあるのがいい。

義弟と合流して、富山の氷見から直送のお魚を使ったおすし屋さんへ。
エンガワのあぶり塩と氷見うどんが非常においしかった。

機嫌よくご馳走になってから家によって、そこからホテルへ送ってもらう。
ありがとう、明日はまたよろしくお願いします。

講談社の表紙絵・挿絵原画

野間記念館の母体は無論「講談社」である。その講談社は百余年前に「大日本雄弁会講談社」として創設されている。
今日に至るまで魅力的な雑誌を多く世に送り出してきたが、戦前のそれは特に優れていた。
娯楽が少ないから、というだけではなく、魅力的な書き手が多くいて、彼らが講談社の誌上で渾身の働きを為していたからだった。

雑誌表紙は当代一流の画家が彩管をふるう、読み物には素晴らしい挿絵がつく。手抜きなどはない。
子どもに向けてもいい雑誌を送り出し、また不朽の名作と言っていい「講談社の絵本」を生み出した。

印刷技術が前代に比べ良質化したとはいえ、今日ほどの精度は望めなかった時代に、これほど美麗な表紙絵・口絵・絵巻などが毎月毎号誌上を飾っていたのだ。
そのことを改めて思うと、それだけで胸が熱くなる。
今回の展示はその「講談社の表紙絵・挿絵『原画』」の優品を集めていた。

画家の原画と印刷された後の絵とが共に並ぶ。その両方を楽しむことが出来る。
原画ならではの香気を感じつつ、商業芸術である表紙絵を愉しむ。
洋画・日本画の当代一流の作家による仕事は、今日も魅力的だった。

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雑誌「キング」の大正末から昭和六年の表紙絵が並ぶ。
創刊号はチラシの和田英作「のぼる朝日」
バラの花を手にした婦人は大きな羽根を持っている。
まことに創刊号にふさわしい絵だと思う。

この年(大正14年)和田の表紙絵が三本出ている。
春の女神たる佐保媛、睡蓮を頭に飾る娘など、いずれもロマンティックな絵である。
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藤島武二も「秋深し」としてザクロにトンボの絵を描き、エメラルド色の背景に白い「百合」を描きもした。
どちらも小品とはいえ、愛らしい優しさに満ちたいい絵。
ほかに武二は口絵として「ワシントン」を描いている。
桜の木を切るのではなく、小舟に乗ってアメリカの旗を掲げてるワシントン。

京都の鹿子木孟郎も吼える「ライオン」の立派な顔を表紙のために描いている。 

日本画では土田麦僊「朝顔」、山口蓬春「翡翠」、木村武山「稲の穂」などがある。
意外なところでは、結城素明「百日草」がなかなか彩色豊かで、川端龍子「スィートピー」がこぢんまりとしているのが珍しい。

口絵では中村不折「漢の高祖」、南薫造「エリザベス女王」がある。前者はまだ郷里にいた頃の様子を、後者は初代エリザベス女王が騎乗しつつ人々の歓呼の前に姿を現す様子を描いている。
だいたい口絵というものは個として存在するものではなく、後に現れる本体(読み物)を読ませるための、期待を高めるための役割を持って描かれている。
だから絵を一目見ただけで「おおっ」となるものでなければならない。

講談倶楽部誌の昭和28年の表紙絵は伊東深水一色だった。
月次美人図という体裁をとっていて、どれを見ても魅力的だった。
十二ヶ月美人の微笑む表紙絵を見ただけで、その本を手に取る人も多かったろう。
メモには事細かに感想を書いているが、ここには挙げない。10/23まで展示されているので、興味を持った方は直に見てほしい、と思っている。

少年倶楽部、少女倶楽部などの雑誌の挿し絵も出ていた。
中でも私が好きなのは伊藤彦造「豹の眼」で、これは本も持っているが、何度も読み返してはハラハラドキドキしている。彦造の妖艶な絵についてはこのブログで何度も書いているから繰り返さないが、やはりいいものはいい。
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昔のタイトルは非常にそそられるものが多く、題を見て絵を見ただけで「ああ、本編を読みたい」と思ったりするのだった。
ほかに山口将吉郎「月笛日笛」樺島勝一「吼える密林」などは弥生美術館でもおなじみ。

小説挿絵原画から発展した絵巻もある。
山川秀峰「九条武子夫人」は今回まだ兄の手元にいるころまでが出ていた。
こうした後から絵巻など別仕立てになるものでは、他に小村雪岱「お傳地獄」などがあるが、いずれも見事なできばえに、感嘆するばかりだった。
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キング誌に『明治大正昭和大絵巻』という大付録がついたが、その原画と付録現物とがある。
小村雪岱 京浜間鉄道開通
五姓田芳柳(二世) 憲法発布
河野通勢 帝国議会
池上秀畝 関東大震災
山村耕花 横浜居留地
他にも多くの画家による、明治からその当時までの世相が描かれている。
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最後に美麗で愛らしい『講談社の絵本』原画が並んでいた。
斎藤五百枝 桃太郎
米内穂豊 金太郎
尾竹国観 かちかち山
須藤重 安寿と厨子王

何度も見てはいても、やはり心楽しくなる作品が集まっている、と思う。10/23まで。

絵巻 大江山酒呑童子・芦引絵の世界 前期

逸翁美術館の所蔵する絵巻を中心にした展覧会が開かれている。
絵巻をメインにした展覧会は久しぶりだと思う。
随分昔に「露殿物語」を出した展示や、ナビオ阪急(当時)にあったミュージアムで逸翁美術館所蔵の絵巻などを集めた展覧会があったが、長くこうした企画は立たなかったと思う。

大江山酒呑童子・芦引絵の世界、と題されたこの展覧会では、大和絵の宿命の故にか展示換えが多い。
10/23までの前期展では酒呑童子の絵を中心に集め、10/25から12/4の後期展に芦引絵や青蓮院稚児草紙絵巻が出てくる。
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その前期展の中でも大江山絵詞は10/2までの展示、サントリー美術館の酒伝童子絵の半分は10/4から23日までとなっている。

酒呑、酒伝、酒天と様々な表記のある「しゅてん」童子だが、大江山に棲まう系統の絵巻が逸翁の酒呑、伊吹山を根城にする系統がサントリーの酒伝なのだった。
逸翁本は南北朝、サントリーは室町、その他ここに展示されているものの多くは江戸時代の作が多い。

まず大江山絵詞 「四十ばかりなる色白く太りたる」大童が両脇に侍童をつれて現れる。
それが酒呑童子。
彼の棲まう鬼御殿にたどりつくまでの情景が綴られている。

源頼光と四天王、そして藤原保昌らが支度して都を発足し、守護を頼んだ神々から贈り物を受けるが、その中に姿を隠す編笠があり、一行はそれをかぶって鬼御殿を探る。
他の多くの説話と違い、ここではある若君を救出することが第一目的であり、彼らの捕らわれている牢へと向かう。
その道すがら、酸鼻極まる情景が広がる。

・鬼御殿の手前の川で血に汚れた衣装を洗う老婆。神農のように葉っぱの腰蓑をつけている。200年、生きながらえている。
・鬼御殿の庭に転々と転がる人骨、更に木々の間に寿司桶があるが、それは人間を漬け込んだ熟れ寿司である。
・唐人たちを押し込んだ牢の横で鬼たちがくつろいでいるが、悲惨な唐人等の表情に比べ、鬼たちは大あくびをしたり、鼻歌でも歌ってそうな顔つきである。
・若君等が捕らわれている牢の左上には仏の眷属がいる。それは牢内で誦している法華経の功徳によるもの。また不動明王のような炎が見えるが、中は猿らしい。
・鬼たちの奏楽はなかなかのものらしい。

やがて鬼退治である。この南北朝の絵はかなり剥落退色していて、それが為にかえって蒼古な様相を呈している。
鬼の本性を現した酒呑童子は顔の上に顔がついたような異形である。非常におぞましい姿である。
四天王は鬼を倒すのに必死なのがよくわかる。
鬼もついに絶命する。
彼一人の通力が巨大でありすぎたため、他の鬼たちはコロコロと殺されてゆく。
そして鬼たちの死骸を集めて火葬するが、その炎をみつめる四天王たち。
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凱旋へ至る前に、一行は洗濯婆の遺体をみつける。
酒呑童子にさらわれ、それから200年もの間その下働きを続けた婆は童子の死により、こちらも絶命する。
一行は婆の運命に涙する。

凱旋には唐人らの喜ぶ顔もある。

この絵巻は意識した表現と無意識の褪色によって、深いおぞましさを見事に描いていると思う。

次に室町時代の酒伝童子絵である。
文章が非常にわかりやすく読みやすい。優しい文字がわたしのようなものにも理解をうながしてくれる。
「夫大日本秋津島ハ神国也 天神七代地神八代也 仁王ノ代となり聖徳太子初めて仏法を広めむ」(原文は旧字)

こちらの絵はたいへんカラフルで剥落もなく(修理したのか?)キャラも四等身くらいだが、それぞれ個性豊かに描かれている。

・安倍晴明の占いにより、選ばれて、都の姫君救出の命を受ける頼光。
・藤原保昌を誘い、四天王らと共に鬼退治の支度をする一同。獅子王と銘のある兜を授かる。
・手分けしてそれぞれの守護神を参詣にゆく人々。

この参詣シーンで初めて「手分けして」出向いたことを知った。うち揃って出かけたと思っていたのだ。
熊野、住吉(ちゃんと松林と鳥居がある)、石清水八幡と。
氏によりそれぞれの神が異なることを改めて思う。

・参詣した神々から山中で武器や酒をもらう。
・血染めの衣を洗う若い女との出会い。彼女も都の姫君の一人である。

鬼御殿へ。
ここで最初に現れる酒伝童子は美しい稚児姿である。
伊吹山の説話には確かに美しい稚児の話がある。その姿で現れる酒伝童子。手には笛がある。大きさは三丈というから尋常ではない。

・この鬼御殿の鬼たちは女装も出来るが、一行がキッとにらむと正体を現して退散する。
・ご馳走として「女の生足」と血の酒が供せられる。一行はそれを受ける。

鬼退治、鬼がガブッと噛んだが兜を二つ被っていたので助かる頼光、という設定。
室内にはケイ(燭台)が四つばかりあるが、暴れの風で揺れている。
大鉞が落ちているが、てっきり坂田金時の武器かと思ったが、酒伝童子のものらしい。
逃げる姫君たち。鬼のシーツは唐草文様。

後半は10/4から。

他の大江山ものを見る。
すべて逸翁所蔵。
・大江山(千丈嶽)絵詞 室内でガブッのシーン。色も綺麗。
・大江山酒呑童子絵巻残欠 大童がくつろぐ。二人の唐風童子がつきそっている。血肉の接待。鬼は少し憂鬱そうな顔つき。
・大江山絵巻 狩野派らしい。端正な絵。サントリーの酒伝童子に似ている。女たちがキャーッと逃げるシーン。

次は前期のみの展示品。
十二類絵詞残欠 十二類絵巻は大阪市美や京博などで全編ものをみているが、これは元の説話のうちの発端シーン。十二類が歌会をしていると、鹿が自ら判者に名乗り出る。そばに狸が控えている。
それに対して犬太郎守家が反論をあげる。虎も「ただとらへ候」とつぶやく。ウサギの萩本月住など、ネーミングも可愛い。

是害坊絵詞(天狗草紙絵巻) 曼殊院系本ということだが、ここにある1シーンだけではわたしのような素人にはわからない。 是害坊が鉄火輪に追われ逃げてゆく。それだけ。話の面白いのはこの後の湯治なのだが。

結城戦場絵巻 室外に敵兵が押し寄せている。彼らはへらへら笑っている。室内では手を取り合って、安王・春王が倒れ伏している。襖の陰から彼らを見下ろして泣く男は、恐らく外圧に負けた、この家の主人なのだった。

ほかに白描に少しばかり彩色が施されたものが何点かある。
蒙古襲来絵詞、六波羅合戦巻、後三年合戦絵巻。
リアルな殺人シーンや血しぶきがある。

この後は前後期ともに現れる絵本など。
熊野詣絵巻残欠 上下に別な絵がある。上は寺で貧民らに飯を施すシーン、下は山伏らのいるシーン。

奈良絵本が続く。
・竹取物語 月からの迎えが来るシーン。カラフル。
・八幡之縁起絵巻 海上にいる女人。たぶん神功皇后。
・牛若丸烏帽子折 烏帽子を手にする牛若丸。
・ささやき竹(雛牡丹姫物語) 媼が小児をだっこ。人々が控えている。これだけではわからない。話そのものは外国にも類似ものが伝わっている。
・むらまつの物語(一若丸絵巻) 稚拙な絵。玄関で箱から姫が。
・伊勢物語 芥川。おんぶの図はみんな好きなのだ。
・落窪物語 終盤、姫が手を取られてしずしずと皆の前に現れるシーン。
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継子いじめの話。これは以前からみている。
・伏見常盤 紅梅の咲く庭。邸内の人々。いまだ幸福だった頃の情景。

茶室展示では、昭和24年11月17日の茶会が再現されている。軸は宗達の「飛鴨図」 鴨が降りてくる場。茶碗もトト屋「翔鴨」、時期に合う取り合わせ。
萩割高台の茶碗は形がいびつで、それが面白く見えた。
干菓子を入れる盆にはポーランドの木地盆が選ばれている。逸翁は和に洋ものを合わせるのが得意だった。

近いので、なんとか展示換えをすべて見に行きたいと思っている。

江里佐代子の伝言

若くして人間国宝となり、そして近年急逝してしまった江里佐代子の展覧会が京都府庁の近くの中信美術館で開催されている。

中信美術館は京都中央信金を母体とする美術館で、よい企画を立てている。
以前は別な地にあったが、ここに移ってからは可愛らしい建物の中に素晴らしい作品を配置して、観る者の心を和ませ、あるいはときめかせている。
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江里佐代子の作品は愛らしい。
尊い仏像・仏具のために拵えられた作品であっても、その愛らしさはいよいよ活きてくる。
仏師の夫君と共にこの世に仏法の荘厳な世界を再現する仕事をしたとは言え、まず感じるのはやはり愛らしさなのである。

チラシに選ばれた作品は香合などである。截金と彩色で飾られた手毬・結び文・糸巻きの形をした香合たち。
中空を舞う美麗な手毬たちは、彼女の手から生まれ、零れ落ちてゆき、そこから宙へ向かっていったのだ・・・

聖母マリア像があった。静岡のさる方のおうちに所蔵されている。
(単なる<所蔵>でなく、安置され、心の支えとなっている存在なのかもしれない。)
青い光背を持つマリア像はどこか観音像に似た面持ちを見せているが、その質素にして優しい衣装には、截金が張り巡らされていた。
上衣、スカート、ケープ、全てに金の糸がそれぞれ異なる文様を見せつつ、深く絡んでいる。

伝統工芸を今日まで活かし続けている人々は皆悉く、根気強い方ばかりだと思う。
根気強くなくては職人とはいえない。
工芸家は美術家であり職人であるべきだ。
その証左が根気のよさだと思う。
改めて江里佐代子の作品群を見ていると、ひしひしとさの根気強さが伝わってくる。
一つの作品に一つだけの文様を施すのではなく、別なパターニングも併せるときなど、どれほどの忍耐と根気が必要なのか、想像するだけでこちらの神経がふるえだす。
何を見てもどれを見ても、全てがその丁寧な根気強さで出来上がっているのだ。

縦長に額装された筒状の作品を見る。
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配色の良さもさることながら、古代風な文様を綺羅に飾った、その身体にときめく。
一つずつ文様が違う。天平時代まで生きていた国際性豊かな文様、それを目の当たりにしている気がした。

半地下の室内では京都TVが製作した彼女の作品を紹介する映像が流れていた。
わたしも椅子に座り、その映像を見る。
目は画面だけを追うことが出来ない。
わたしの目は画面から離れ、周囲の展示を見てもいる。
江里の使った道具などが展示されていた。
わたしは席を立ち、その道具を見て回る。
薄い薄い金箔をプレスする手を思う。細い細い金糸を摘み上げる指先を思う。
そこから生まれた作品は全てが繊細で優美で、愛らしいのだった。

中信美術館の建物構造は平坦なものではなく、階段で棟と棟とを繋いでいる。
だから階段の踊り場にも意味がある。
このオブジェは階段の壁に飾られていた。
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水晶と截金飾りはこのコラボレーション。
不思議な面白さがあった。和風な宇宙基地、とでも言うような。
ほしい、と思った。

他に遺された夫君・康慧氏の仏像や聖武天皇・光明皇后らの彫像があった。
そして仏伝の木彫レリーフが二点。石造のそれもいいものだが、こうして木彫の仏伝を見ると、日本人の手によるものだからか、いよいよ親近感を感じるのだった。

最後に江里佐代子が大英博物館で鑑定した紀元前のサンドウィッチガラス碗の復元ものを見た。
江里はこの碗が截金細工だと確認し、工芸史を塗り替える発見をしたのだが、それから数日後にフランスで客死している。
この作品はガラス作家の人々と江里の長女・左座朋子さんによって製作されたもの。
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お嬢さんもお母様の開いた道を正しく歩んでおられるそうだ。

この展覧会は10/16まで。次は日本画家・石本正展。

荻須高徳 憧れのパリ、煌めきのヴェネツィア 

えき美術館で荻須高徳 憧れのパリ、煌めきのヴェネツィア を見た。生誕110年と言うことらしい。
荻須の絵はパリの街並みを描いたものばかりかと思ったらヴェネツィアの絵もあるのだった。

チラシは「パリ 広告のある街角」 1937年のパリ。灰色の空、汚れた街の空気。人が二人ばかりいる。しかし人は絵の汚れのようにすら見えた。
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人を描くのが目的ではなく、人の拵えた建物を描いている。陽の当たる時間の絵なら陽があたり、日が陰っていると空気も微かに澱む。
人の気配がなくとも寂しくはない。

チラシではパリとヴェネツィアの風景を交互に並べているが、展示では先にパリ後でヴェネツィアの風景が列ぶ。
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パリの空セーヌは流れる
古いシャンソンを頭の中に流しながら、街の絵を眺める。
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わたしにとって「日本人画家の描くパリの街角」は佐伯祐三のそれだった。
荻須のパリではない。
しかしこうして荻須の描くパリの街角を眺めて歩くと、荻須のパリが3D化して現実のものになり、わたしはその中を歩いているような気持ちになる。
実際に自分の行ったパリは20世紀末のパリだった。
佐伯のパリ、荻須のパリ、そして自分の見たパリ。
映画で見ているパリもまた脳裏に蘇る。
いくつものパリが蘇る中で、佐伯の描くパリを歩く。

関東大震災から戦前にかけて東京の下町を中心に銅板を可愛く装飾したのをファサードにした、いわゆる「看板建築」に似たものを見かける。
果物屋を描いたものがそれ。建物の色が青錆びているからか。それとも同時代の相似なのか。
荻須の絵は果物ではなく壁をメインにしている。
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ヴェネツィアの街角を描いたものは、どれもが明るかった。イタリアの明るい日差しが隅々にまで行き届いている。迷路と幻想の街、という顔はここにはない。

特によかったのは「赤い家の魚市場」 日当たりがよく、赤い壁も屋根もいよいよ赤く見える。
スパニッシュな作りの建物がこの色と合う。
ふと、この絵を荻須ではなく須田国太郎で見てみたいと思った。

会場のそこここには荻須の言葉がある。
追想の中に藤田、高野、佐伯等の名があり、その名が現れたとき、ふっとパリのその時代を感じた。

人物画が現れた。
日本人洋画家の描く日本婦人、という雰囲気ではなく、パリの画家が描く和装する婦人、という趣があった。
描くのは荻須、描かれたのは「美代子」という日本婦人なのに、ジャポニズムな面白さがある。

モーリス・ド・カノンジュ夫人 赤いワンピースに白レース襟の'30年代婦人がいる。この絵を見てモデルの夫人は「わたし、どうしましょう」と言ったそうだ。どんな意味なのかは知らない。しかし画家は人物画はなるべく描かないようにしてます、と本気とも冗談ともつかぬ言葉を残している。
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しかし「モーリス・ベナール」の肖像はたいへんよかった。 
昔の名画「舞踏会の手帳」にも出演した舞台俳優の肖像画はひどく魅力的だった。
彼は荻須の熱心なコレクターで、荻須が映画に出ようかと考えていたのを止めた人だった。

ひどく面白く思ったのが「エイ」だった。
大きなエイがソファにくつろいでいる。くつろいでいる、のだ。ぐったりともたれている、という方が正しいか。
エイの口や鼻が妙に可愛い。
何を思ってこんな構図を思いついたのか知らないが、ひどく面白かった。

最後に花の絵があった。
黄色い壷のリラ  白い花があふれている壷、画面いっぱいの花からよい香りが漂ってくるようだった。

展覧会は10/10まで、その後は各地に巡回するそうだ。

タカラヅカを彩った郷土芸能/映画館明治座物語

池田には逸翁美術館の他に、隣接する池田文庫と、少し離れた丘の中の池田市歴史民俗資料館がある。
どちらも企画展が非常に面白いのだが、あまり表立った活動はしていない。
今回逸翁美術館の後にその二つを楽しんだ。

まず池田文庫「タカラヅカを彩った郷土芸能」展を見る。
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2006年12月に「宝塚歌劇と民俗芸能」展がここで開催されたが、その続編というべき展覧会だった。そのときの感想はこちら
宝塚歌劇はレビューに、日本各地の郷土芸能を取り込んだ創作ものを選んだりもする。
現在も初演時とは演出を変えてはいるが、時折舞台にのる。

今回の展示はその郷土芸能(または民俗芸能)をより調べたノートや細かい資料などが展示されていて、フィールド・ノートとしての価値が高い内容になっている。

久高島のイザイホーが中断したままで、今度の2014年のもまずい状態だというのが、ヨソながら胸が痛む。
田植え神事一つにしても、各地によって微妙に違う節回しの歌が残るのも面白い。
その地独自で発達した芸能はやはり面白い。

貰ったリーフレットには日本全国の芸能マップ写真があった。これはたいへん貴重なものだと思う。
そしてこれらの芸能を綿密に取材し、さらに「宝塚歌劇」らしい華やぎのあるものに移せるか検討し、そこから新しい振り付けや音楽を拵えていったと思うと、取材班の方々の労苦に感嘆するばかりだった。
映像でもそれらが流れていて、本当に面白い。

そしてそれら日本の「祭」を見ていると、かつて宝塚歌劇と共にあった「宝塚ファミリーランド」の人気スポット「世界は一つ」を否応なく思い出した。
世界各国の民俗を人形たちが楽しい歌声と共に案内するのを、船から眺めて回る、あの楽しい楽しい・・・

宝塚歌劇の資料というより、日本の民俗資料として、これらは貴重な存在だと思う。
展覧会は12/4まで。

続いて池田市歴史民俗資料館へ。
ここへは池田文庫からてくてくと15分ばかり歩かなくてはならない。五月丘の中腹とでもいうか・・・
ここでは以前からよい企画展が開催されているから、なるべく出かけているのだが、やっぱり遠いわ。

映画館明治座物語。
そう題された企画展。
池田にはつい先年まで「池田中央シネマ」123があったが、ついに閉館してしまった。
(わたしはそこで「始皇帝暗殺」「新・仁義なき戦い」「ハンニバル」「ロード・オブ・ザ・リング 旅の仲間」などを見ている)
今では1と2の跡地を使って、これも懐かしい名前「呉服座」を名乗った実演小屋がある。
落語みゅーじあむの斜め前だと思ってほしい。
こちらも繁盛してほしいものだが。
「呉服座」くれは・ざ は今では博物館明治村にあるから、ご存知の方も多いと思う。
うちの曾祖母なども呉服座に新しい演目がかかるたびに出かけていたそうだ。

さて、その池田にはこうした芝居小屋だけでなく、映画館もあった。
それが今回展示されている「明治座」。
昭和五年の地図がある。
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川を挟んだ川西には川西座がある。
同時代、ここからずーっと川下になるが、尼崎では国道線沿いにダンスホールがいくつもあった。池田や川西にはそれはない。
地域性の違いというものも面白く思う。

明治座の外観写真はないが、現在の呉服座と往時の川西座の写真から勝手に姿を想う。
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展示には明治座から出たチラシや双六などのほか、往時の人気俳優たちの「プロマイド」(ブではなくプ。そこに大正から戦前のロマンがある)、ポスター、ニュース、また映画雑誌などが展示されている。
銀幕のスタァたちの姿をガラス越しに眺めていると、自分もその時代にいるような気がしてくる。わたしの愛する1920~30年代のその頃に。

池田は呉春のいた昔から交通の要所であったことから、多くの近代建築も建ち、にぎやかな商店街も形成していた。
松竹映画人気俳優見立池田町宣伝双六、というのはなかなか面白かった。
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上がりが明治座で、お店のほうは今も現役で営業しているところをみつけた。

ポスターもいい。これらは以前フィルムセンターで御園コレクションでも見ている気がする。わたしは昭和初期の映画ポスターの絵がとても好きなのだ。
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他に眼を惹いたものを挙げてゆく。
「鞍馬天狗 恐怖時代」の写真がある。鞍馬天狗が女の口をふさぐシーン。一目見ただけでは鞍馬天狗が悪者に見えるが、彼は清廉な人柄なので、間違っても悪事はしない。

栗島すみ子は戦前の大女優で、ファンの多い人だった。またそのファンにも異様に面白いエピソードがあったりもした。
(長くなるのでここでは書かないが、山本夏彦、福富太郎の話にそれらがある)
「真珠夫人」も彼女だが、ここに京劇の役者、特に花旦のような装いをした写真があり、とても綺麗だった。

「麗人」という映画があり、主題歌「麗人の唄」というのが出ていた。サトウハチローと堀内敬三のコンビの作品である。歌詞の最後には「知ってしまえばそれまでよ 知らないうちが花なのよ」とある。わたしもこの唄を知っているような気がする。

野村芳亭といえば大船に銅像もあったそうだが、その野村の作品「秋草燈籠」のチラシが立版古だった。井戸にすぅっと女が立つ姿が。怪談物らしい。

坂東寿之助のポスターがよかった。「夜の裏町」上目遣いの妙に可愛い男。月代も伸びていて、自暴自棄風な愛らしさがある。

日本の俳優だけでなく、外国映画の俳優の写真も色々ある。
名の知らないオトコマエにもドキドキしたが、昔の岡田時彦なぞは、彼らに劣らないオトコマエだった。
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面白かったのは、「林長二郎」(後の長谷川一夫)の名をつけた巨大なキャラメルの箱。
本当に大きかった。キャラメル万歳。

この興味深い展覧会は10/9まで。無料。もっと宣伝すればいいのに、私がこれを知ったのは、サンケイリビングの小さい小さなコーナーから。池田駅にも宣伝なし。

どちらの展覧会も好きな人にはたまらなく面白い内容。

烏丸通ハイカイ

久しぶりにのんびりと京都を歩いた。
京都市地下鉄で移動するので、一日券を購入した。
乗り場へ行く手前に地下鉄キャラがいてちびっこたちと握手していた。
丸太町で地上に出ると、大好きな大丸ヴィラがある。
それに沿って歩くと、これも大好きな聖アグネス教会と平安女学院にたどりつく。そこから西へ入ル。
ずーっと歩くと、京都府警本部が。ああ、いい建物。
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ファサードは大阪府庁に似てる。サイドの窓も可愛い。SH3B06510001.jpg

すぐ隣の京都府庁は今日はお休み。松室重光の建てた名作。
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こちら側の向かいの道には元は学校だったモダンな建物がある。
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府庁のすぐそばの中信美術館を訪ねた。ここからだと右に烏丸通り、左手に堀川通りがはっきり見える。
きりがね細工の人間国宝・江里佐代子の展覧会が開かれている。詳細は後日挙げるが、たいへんよい作品が並んでいた。作品もいいが、中信美術館もいつも無料でいい企画を立ててくれるので、本当にありがたい。

元の道を戻り、今度は烏丸御池へ。
今朝ちょうど旅番組で京都の懐石料理を食べるのを見て、懐石とまでは言わないが、こじゃれた和食がほしくなって、三条のさるお店に入る。
とうふと湯葉とをメインにしたお店のランチ。
おとうふも湯葉もよいが、ごはんがあかん。べちゃっとしてて、そのくせ乾いたとこまでよそいよる。

京都文化博物館でギッターコレクションを見る。
去年の十月に名古屋の松坂屋で見て、次に千葉市美術館で見て、とうとう京都へ来たのを見た。どこで見てもやっぱりええのはええもんです。
満足して常設へ行くと、今は陽明文庫の名品が出ていた。リストはない。
ご宸翰や道長の日記などのほか、春日権現の絵巻などがある。

再び四条へ戻ると、まだ地下鉄のキャラがいてニコニコしている。ごくろうさまです。
京都駅へ。
今日は10月1日、タワーの日らしい。
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初めて京都タワーへ入る。ああ、中はお土産屋さんなのか。
展望台へは上がらない。
地下の銭湯にも行かず、そこから西本願寺へ向かう。

新町通りを行くと、お蔵を今も活かしたおうちなどがあったり、袖壁が煉瓦作りの家もあったりと、新しい発見が多い。
やがて伝道院へ。
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実に久しぶりの伝道院。改装前の'98年3月以来の完全体との<再会>。
嬉しいなぁ。
わが偏愛の伊東忠太よ・・・!
こちらは往時の塔屋。sun853.jpg

今回は写メなのであんまりあれだけど、13年半後の今日の姿。
歳月人を待たないぜ!

いわし雲だか羊雲だかが空いっぱいに広がっている。
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忠太の愛した怪獣たちもぞろっと揃っていて嬉しい、本当に嬉しい。
こちらは'98版。(違う方向からの二枚)
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今回は個別に撮ってみた。こんな感じ。
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内部撮影は禁止ということなので、'98年に撮影したものも出さない。入場無料。
中では風鈴のインスタレーションや映像などの展示がある。
忠太を好きになってもう二十年以上か。伝道院の再開が本当に嬉しい。
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機嫌よく今度は西洞院を通って七条へ出ると、元の村井銀行へ出た。
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ここは以前は某カフェレストランだったが、途中でウェディング系になった・・・と思ったら、あれあれ、お土産屋さんとカフェになってる。
カフェでは抹茶シフォンケーキをいただいたが、こんなに豊かなサイズのセットで500円という嬉しさだけでなく、最後にプレゼントとして可愛いういろうが。
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ありがとう、今度はお友達を誘ってまたやってきます。

駅前の美貌の関西電力は外装工事中で、クリスト夫妻状態になっていた。
ここも何一つ変えることなく保存し続けて欲しい。

えき美術館では荻須高徳展。これは東京の三越でも展覧会があるそうな。
パリとヴェネツィアの風景。見ていると実感がある。生活者の実感とでも言うべきものが。
最後にオギスの熱心なファンであり、舞台俳優のモーリス・ベナールの肖像画があり、それがたいへんよかった。昔のフランス映画「舞踏会の手帳」の出演者の一人ということで、映画のタイトルを見たとき、学生の頃に古いヨーロッパ映画ばかり見続けていたことを思い出し、胸がいっぱいになった。
あとは「エイ」が最高。詳細は後日。

催事場でダヤングッズを見ているとき、わちふぃーるどのスタッフの方と色々お話をして、これまた胸がいっぱいになる。わたしはダヤンにまだ物語が生まれていなかった最初期のファンの一人だったのだ。
神戸の直営ショップで手に入れた皮製のイヤリングは今も手元に大事にしている。

地下で黒七味を購入してから帰阪する。
梅田から阪急に乗り換えたとき、予定より帰宅が遅れているので、家にメールした。
「梅田なう 発車」その後に電車が出る絵をつけておくと、速攻で「お前は車掌か」と来た。
だから帰宅した私は歌った。♪運転手は君だ 車掌は僕だ・・・・・・
烏丸ハイカイはこうして終わった。
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