美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

コレクター藤田傳三郎の審美眼

藤田美術館の所蔵する名品を見た。
藤田傳三郎の美意識、というタイトルが冠せられている。
今回の展示はこうした名品と藤田家との関わりに触れながら進められている。
作品の解説も楽しいが、こうした逸話を知るのもまた大きな喜びになる。
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いつものように二階から見学。
砧青磁袴腰香炉 銘 香雪   いかにも南宋時代の青磁の色。これは単品で見るよりしつらえの中で見るほうが私には好ましい。香雪というのは傳三郎の号。
火屋は傳三郎により新調された花唐草。

継色紙 伝 小野道風  綺麗な文字の流れがある。読もうとするからその綺麗さを味わえないのだと、最近思うようになった。それでも「つくはねの」だけは読む。

茶入のよいのをいくつか。
唐物肩衝茶入 銘 廬庵 、田村文琳茶入 、古瀬戸肩衝茶入 銘 在中庵、唐物茶入 銘 野中。
ここにもそれぞれ逸話があり、それを知る前に見たときと知った後に見るとでは、やはり違いがあることを感じる。

藤田では珍しい古代中国青銅器も一つ出ている。
犠首饕餮分方尊   「殷時代」という表記がまたまた私の好み。黒光りしている。
ここには他にも「怪獣で~す」な感じの可愛い青銅器もある。

利休黒町棗 銘 再来  消息不明になっていたものが孫の宗旦の頃に戻ったことから銘がついた。こちらは明治33年に平瀬家の売り立てからの入手。

二重切竹花入 銘 よなが 千利休  銘の「よなが」には色々説があるが、竹の節間を「よ」と数えることにも由来があるらしい。そう書かれているのを読んでから、改めて眺めると多少節間が長めにも見えるが、標準がわからないので保留。
それで思い出すのが虚無僧。彼らは尺八を吹くが、その尺八も竹製なので「一よ切」とも言われていたはず。

紹鴎信楽壷形共蓋水指  上田宗箇伝来品とある。数年前に宗箇の茶という展覧会を見たが、武将の茶というのは厳しいものだと思ったことがある。今回もそう。

大伴家持像 上畳本三十六歌仙絵  烏帽子に手をやっている姿。なにか台詞をつけたくなる。

朝鮮唐津壷形水指 銘 廬瀑  廬山の瀑布という見立て。ドーッと垂れがある。実物を前にして「これは△△のようだ」ということから<見立て>が生まれる。
その始まりの逸話が大きな味わいになるのだった。

駿牛図断簡  鎌倉時代の絵巻は色んな理由で断簡にされている。なかなか美少年な牛飼いと優れた牛の絵。解説によると「群書類従」にこの牛飼いは弥生丸、牛の名前は長黒とあるそうな。きついめの顔立ちの弥生丸にときめいた。

本手利休斗々屋茶碗  李朝に生まれた、ととや茶碗全ての祖、全ての本歌。仕覆も美麗なものが選ばれている。浅葱小牡丹唐草緞子。目に残るブルーだった。
そしてこの名碗には豊かな逸話が残る。
朝鮮へ向かう織部はそれを手放すしかなかった。彼の知らぬ先に売買されぬようにと遠州が購入し、やがて帰国した織部を遠州はこの茶碗でもてなした。喜んだ織部は遠州にこの美麗な仕覆を贈ったそうだ。

交趾大亀香合  この大亀さんは藤田美術館の名品中の名品で、何かあれば必ず姿を現す。
既に江戸時代から番付でも横綱クラスだったから、これを手に入れたときの喜びと言うものは、想像を超えるほどかもしれない。とはいえ、傳三郎は気の毒にこれに実際に触れることなく、九日後に没している。

黒楽茶碗  銘 千鳥 ノンコウ  誰がなんと言おうとやっぱり樂焼はノンコウに尽きる、と思う。二つの△△を千鳥に見立てての命銘。
天気のよくない日、展示は蔵の中と言う環境で、この茶碗の前に立った。
いつもと違う趣があった。それは何かと言えば、普段には銀色に見える千鳥たちが、天候のせいでか金色に煌いて見えたのだった。
異様に美しい、と思った。

階下へ。
華厳五十五所絵  平安時代の善財童子の心の旅の絵である。第一詣の文殊との出会い、第五十三詣の弥勒との邂逅。剥落しているが、豊かな彩色が残っている。
みずら坊やと仏たちを彩る花々とが綺麗。

十住経巻第三(中聖武)  字体のサイズで大中小と分けられているらしい。それを知っただけでも・・・立派ないい文字。ところで一目見て「ああ、荼毘紙か」とはわかったのだが、この荼毘紙が実は骨粉ではなく、香木の粒を加えて精製されたものだとは、これも初めて知ることだった。
いいことを教わると、頭の中の薄皮が一枚剥がれる気がする。

玄奘三蔵絵 第7巻 第9段  先般奈良博で見たところ。再会が嬉しい。
玄奘が帰国の意志を示し、慰留する人々もやがて納得する場。床模様は亀のパターン。
庭には鹿もいる。

法華経巻第六残闕(扇面写経)  四天王寺所蔵分は時折見ているが、藤田のはあまり記憶にない。綺麗な造りだった。文字は見えない。
柏の木にウソが四羽と解説にあり、この木が柏だと気づき、鳥がウソ鳥だと知る。
柏の葉っぱは青から紅葉へとグラデーションを見せている。
金銀砂子にきらめいて、ふくよかなウソたちがくつろぐ。
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彫像・塑像などが集まる。時代ごとの像を楽しむ。
・法隆寺五重塔伝来塑像 羅漢・長者・童子 奈良時代  止利仏師の作だという話だった。妙にリアルな顔立ちである。
・千体聖観音菩薩立像 平安時代  鈍翁が六十体購入し、そこから五十体を傳三郎が購入したそうだ。非常にボディラインの綺麗な仏像が三体並んでいる。
・木造地蔵菩薩立像 快慶 鎌倉時代  色が綺麗に残っている。装飾もいい。

堆朱豊干寒山拾得文香合  ちゃんと虎もいる。猫のようにスリスリしているのが可愛い。  

茶杓のいいのを見る。
・茶杓 銘 吾友(松花堂添状)小堀遠州  松花堂と遠州と江月宗玩三人の友愛の逸話。
・共筒茶杓 羽渕宗印  節のない茶杓。これは格が高いという茶杓。 
・茶杓(茶瓢) 村田珠光 キュッ とした造形。 

可愛い香合がガラスケースに集まる。どれを見ても賞玩したくなる。
・黒屈輪唐花文香合  中央に花を置き、周囲に渦が並ぶ。
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・黒地青貝唐子蓮持香合  蓮を持つ唐子たち。月ではなく日が出ているのだが、黒地なので夜の太陽にも見える。
・染付拍子木香合  小さくて可愛い。打つことなどは出来ぬが、もし打てたとすればトントンと小さな音がするだろう。
・黄瀬戸根太香合 銘 面向  カタツムリの殻のように見えた。
・和蘭白雁香合  デルフト窯で生まれた白雁。ちょこんと可愛い。仁清の鶴などを想う。
・碁盤形蒔絵香合  松花堂伝来。これは面白い。ちょっとしたドールハウスの碁盤風。

最後に父としての藤田傳三郎の逸話がある。
黒楽茶碗 銘 太郎 覚々斎宗左 
黒楽茶碗 銘 次郎 覚々斎宗左 
表千家六代覚々斎宗左の手ひねりの茶碗を樂宗入が焼成したもので、覚々斎宗左は三人の息子らに分け与えた。
やがて時が流れ、傳三郎は三人の息子にこれらを授けたいと願い、次郎と三郎は生前に手に入れたが、ついに太郎は手に入れられなかった。
父の没後も長男は強く希い、とうとうこの太郎を手に入れることができ、今こうして次郎と共に飾られている。
が、赤樂の三郎は一人離れて、今は耕三寺に暮らしているそうだ・・・・・

12/11まで。
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心斎橋 きもの モダン 煌めきの大大阪時代

昨日は「京の小袖」今日は「心斎橋 きもの モダン 煌めきの大大阪時代」。
時代の流れからしても丁度いい。
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「東洋のマンチェスター」と呼ばれていた大阪が、やがて「大大阪」になった頃、心斎橋を中心にモダンな文化が広がっていた。
当時のモダンさをこの展覧会で存分に味わうことができて、本当に嬉しい。
大阪は「大坂」の昔から上にうるさいものも置かず「民都」として活きてきたので、こうした時代が生まれたと言ってもいい。
しかし無念なことにこのモダンな大大坂の時代もじきに終焉を迎えることになった。
戦争である。
軍部が台頭したり独裁政権が興ると、それは文化の死を招くことになる。現在の大阪もそのことを十二分に危惧しなくてはならない。

さて明るい大大阪時代を楽しもう。
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橋爪節也氏・肥田皓三氏を始めとする個人コレクション、クラブコスメチックス、桃谷順天堂、小大丸といった組織コレクション、そして中之島図書館や各ミュージアムからの所蔵品で「大大阪時代」の概要が伝わる構成になっていた。 

マッチラベル、心斎橋マップ、大阪名所絵はがきなどが最初に出迎えてくれるのだ。
昭和初期の明るく楽しい心斎橋。

(その後に拡大されたマップと現在地の該当写真がパネル展示されているが、街というものの宿命をまざまざと見せられた気がする。)

大阪市第七代目市長・關一(せき・はじめ)の功績と言えば、御堂筋を拵えたことが第一に思い浮かぶが、大正末に大阪都市協会を設立し、冊子「大大阪」を発行したというのも、たいへん素敵な仕事だと思う。
文化都市たることを内外に宣伝し、実際その通りこの時代は繁栄を見せていたのだ。
その第一号が展示されている。

商業誌「SAKURA」に当時流行の「心ブラ」スナップが掲載されている。大丸の前を闊歩する、おしゃれで元気そうな二人の婦人。隣接ページには梅原龍三郎のバラの絵がある。

ショップガイドは昭和13年のもので、やはりとてもモダンだった。田村孝之助の表紙絵と挿し絵がついているのも素敵。松屋の着物の宣伝ページもいい。

サンデー毎日の昭和三年7/22号の表紙は当時の人気俳優の写真が丸囲みで出ている。
伏見直江、夏川静江、岡田嘉子、五月信子、六代目菊五郎など。
時代の空気がよくわかる。わたしは時代劇での伏見直江ファンだが、モダンな耳隠しスタイルの彼女もよかった。

心斎橋界隈にあった店舗の宣伝ものを見る。
食堂、時計店、喫茶、薬局などである。
丹平薬局・美粧部チラシなどは今のものと遜色がないどころか、かえってこちらの方が丁寧に仕事をしてくれそうである。
(この丹平の写真部から多くの人材が世に出てもいる。)
森永キャンデーストアチラシには昔ながらの森永エンゼルもいて、楽しい気持ちになる。
今も盛業の三木楽器のチラシもある。

絵を見る。
小出楢重 銀扇 重厚な配色で描かれた若い女の像。小出は島之内の老舗薬店の息子だが、非常にモダンな人で、大阪を出て芦屋の最初期の住人になるや、楽しいモダンライフを送った。そのあたりについてはこれまでもこのブログで色々書いているが、わたしは小出のそうしたところが大好きなのだ。

神戸の小磯良平のモダンな婦人像もある。
ここで髪型について解説があった。
モガは断髪している、というイメージがあるが、そこまでバサバサッとできない婦人は、洋髪風な「耳隠し」スタイルを採った。これなら洋装・和装どちらもOKになる。
小磯の描く婦人も耳隠し型で、当時流行の縦縞でモダンな着物を身につけてソファに身を投げている。

浪花の悪魔派と呼ばれた北野恒富の婦人像が何点か出ている。
「宝恵籠」は東京ステーションギャラリーで「浪花の悪魔派」展があったときの図録表紙を飾っている。
今も夏祭りの始まりを告げる愛染祭りにはこのホエカゴに乗って、きれいどころや、woman of the yearが威勢良く担がれて街を練り歩く。
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いとさんこいさん 姉妹が庭か玄関先かでくつろいでいる。姉(いとさん)は黒地にアザミ柄、妹(こいさん)は白地にアザミ柄の着物。にぃっと笑う顔に妙なリアリティがある。そう感じるのは自分がやはりこの地の人間だからか。

星(夕空) 家の物干し台で涼むのは、昭和の真ん中まで当然のことだったらしい。ワンレン風な髪型の若い女が花火のようなアジサイ柄の浴衣を着て涼んでいる。見上げる先には小さな星。
今回この下絵も出ていて、本絵との違いがわかり面白い。

大阪では婦人が絵を描くことを嫌わなかった。だから画塾も盛んになり、木谷千種門下からはいい画家が出ている。今回は千種の絵はないが、彼女の教え子の三露千鈴の絵が出ている。
母と児 大正末の作で、柔らかな優しい絵である。情愛のにじむ作風で、モダンさはないが、暮らし向きの良さを感じる、おっとりした絵。

島成園は千種一門とは異なり、京都の梶原緋佐子にも通じるような社会の厳しさ・格差の悲しさ・恨み腹立ちといったものをも、芸術に昇華させている。

祭りの装い 大阪の夏祭りはいくつもあるが、そのどれの分かはわからないが、夏ではある。夏祭りの幔幕の前にいる幼い少女たちの姿がある。
殊に「ええ氏」の家の幼い姉妹が美々しく装うて、床几の左端に並んで座り、少し間を空けて中流の家の少女がこれも可愛らしく装うている。
その三人から離れて、そちらをみつめる少女がいる。
こちらは足袋もなく草履ばきに普段着よりは少しマシらしい着物を着ている。
小さくても女の子の心は単純なものではない。
せつなさのこみ上げてくる作品。

高橋成薇 秋立つ チラシ。この絵は裾のあたりで一度断ち切られていたのを繋ぎあわされている。
こういうスタイルを見ると、わたしなどは自分の祖母を思い出す。昭和三年の若い婦人。祖母はその年、ご大典の提灯行列で先頭を切って、淀川大橋を渡ったそうだ。

吉岡美枝 店頭の初夏 緑色のワンピースまたはスーツを着たマネキンを眺める若い女。勤め帰りの風景。今も活きる光景。しかしこれは昭和14年の夏なのだ。もうすぐ締め付けられる時期が近づいてくる・・・

難波春秋 嫁ぐ日 こちらはまだ瓦解前の日らしい。嫁ぐ娘の口から新しいお歯黒がのぞく。母から眉を落とされる様子を尼の装をした祖母が優しく見守る・・・
幸せそうではあるが、なにやら浄瑠璃でも聞こえてきそうな風景。

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クラブコスメチックスは資料室を開いていて、春秋四ヶ月の間、素敵な企画展をたてている。
開室以来欠かさず訪ねているが、いつも楽しい心持ちになる。
今回も双美人の描かれた化粧品ラベルや、実物の展示があった。外でもこうした機会に積極的に資料を出してくれはるコスメチックスは、本当に嬉しい企業だ。

更にそこに明色アストリンゼンのポスターと製品があった。これも大阪のメーカー桃谷順天堂の拵えた化粧品だったのだ。
こちらは昔から「奥様のお化粧品」として今でも元気に販売されているが、そうか、大大阪の時代に生まれた化粧品だったのか。
ここもクラブコスメチックスや東京の資生堂やポーラのように資料室を開いてくれればいいのに。

娯楽では、松竹座のニュースや宝塚歌劇のプログラム、クラブコスメチックスの前身たる中山太陽堂の出版社ブロンズ社が出した雑誌「苦楽」、白井呉服店の案内状などがある。東京のコピーには「今日は帝劇、明日は三越」というのがあるが(逆かもしれないが)、どちらにしろ繁栄していないとそんなことはいえない。

小大丸の所蔵する袱紗などを見る。
ごく小さい頃から祖母につれられて心斎橋の大丸によく行ったが、向かいの小大丸というものが不思議でならなかった。
店構えが小さいから小大丸なのかと思っていたら、そうではなく、全く別な組織だったのだ。
それを知ったのは大人になってから。

小大丸については今東光の「春泥尼抄」に、小大丸で買い物をするシーンがある。呉服を専門にしているから、わたしにはわからなかったのだと、そのときに知ったのだった。

大大阪時代の豪華絢爛な着物を見る。
昨日挙げたばかりの「京の小袖」とは全く別種のおもしろさがある。

綺麗な振り袖が並ぶ中に銘仙も多くある。蘭や紅葉などの柄でも銘仙なのか。

大丸心斎橋全館完成店内ご案内などがある。ヴォーリズの建てた大阪のアールデコの宝。
その大丸関係の資料が色々あり、楽しく眺めた。
懐かしのそごうもある。
少し離れて難波の高島屋の資料もある。
高島屋には史料館があり、そこでこれまで多くの展覧会を見てきた。
ここでも高島屋の仕事をした多くの画家たちのちょっとした作品が並んでいる。
松園さん、神坂雪佳、そして竹内栖鳳の少女像など珍しい挿し絵もある。
三越、白木屋のチラシなどなど・・・

びっくりしたのは初代中村鴈治郎の生人形。これが呉服屋の店頭にマネキンとして飾られていた写真もある。
「ほっかむりの中に日本一の顔」と謳われた鴈治郎。

ほかにも多くの店屋の引き札や江戸時代の絵図、看板、証文、誓文払い・・・そんな面白い資料があった。店舗ガイドもモノクロだが、見るのに夢中になった。
すっかり気分は大大阪時代の心斎橋に遊ぶ客である。

何もかもが楽しい展覧会だった。
ああ、このような黄金時代はもう二度とこないかもしれない。
だからこそいよいよこの展覧会を大事なものとして、楽しんだのだった。

12/4まで。

京の小袖 デザインにみる日本のエレガンス 松坂屋・丸紅・千總コレクションを中心に

京都文化博物館で開催中の「京の小袖 デザインにみる日本のエレガンス 松坂屋・丸紅・千總コレクションを中心に」を観た。
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前後期共に素晴らしい名品が並び、二百領近い絹の波に溺れた。
京文博は随分以前にも佐倉の歴博の小袖コレクションを見せてくれもしたが、ここではそれ以来の大がかりな小袖展ではなかろうか。
そのときの感銘が大きく、そこから小袖好きになったのだから、やはり京文博はわたしの大切な修行先の一つなのだった。
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展示は時代ごとに並べられている。
そうすることでその時代の流行や背景の文化や政治のありようも見えてくる。
日本は外見・外装によって厳しく身分を分け隔ててきた。
厳然たるドレス・コードが活きていたからこそ、こうして今日まで見事な小袖が残されているのである。
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第一章 桃山時代 小袖文様の革新
この時代にはまず「辻が花」を想わなくてはならない。
ここにも何領もの辻が花の小袖があり、打敷がある。
また十年ほど前に当時の色柄を再現して、小袖に仕立てあげた現物も並んでいた。
それは丸紅の労作だった。
再現されたものは非常に鮮やかな色調を見せており、四百年前にはこんな艶やかさを誇っていたのか、と想う。
これは淀殿の着用した小袖だという説がある。
彼女はそれをお寺に奉納し、そこで打敷になっていたのが、十年ほど前に再現されたのだった。

現在、大和和紀が小野お通を題材にした作品を連載している。
ファッションセンスの良いお通が、場にふさわしい衣装を提案するエピソードがある。
描かれている小袖は確かに桃山時代の嗜好にそうものだった。
「源氏物語」を描いた「あさきゆめみし」の作者だということを改めて想う。

松鶴亀草花文様肩裾小袖 愛らしく魅力的な一領。草花文様がなかなか大胆な図案である。
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第二章 江戸時代 慶長期 「緻密」への転換、構図のダイナミズム
ここでは松坂屋コレクションの小袖が多くでていた。
慶長年間には大きな戦が三回もあった。それで政権が移行してしまった。
近年、サントリー美術館と大阪市立美術館とで松坂屋の小袖展を開催したが、そのときに観たような小袖もある。

雪持ち柳に草花文様小袖 花火のようだと思った。

草花文様小袖 zen041-1.jpg
田畑コレクションの名品。以前このコレクションの展覧会も見ている。
そのとき以来の再会だと思う。面白い取り合わせの小袖。
そして解説に論理的な質問めいたことが書かれていたが、その答えはきっと非論理的なものが返るに違いない、と思った。理屈よりも感覚ではないかしら、美というものは。
そんな答えが返ってくるような気がした。

雪輪に草花文様腰巻裂 小手鞠の塊のような密集。刺繍が激しい。とても濃い。

第三章 江戸時代 寛文期 あふれる明るさ
小袖の意匠最愛の時代。
むかし、カネボウの小袖コレクションを常設展示する資料室が大阪にあったが、閉鎖されて長い。そこでいいものを見せてもらった記憶が蘇る。

瓶垂れ文様小袖 千總コレクション展でも「楽しい」と見ていた一領。襟のところに倒れる瓶があり、そこから裾に向けて水があふれ流れ行く図。

柳桜に筝文様小袖 zen041-2.jpg
可愛い。チラシにも選ばれている。

コラムがなかなか面白かった。
振り袖火事で衣装が不足し、京都に発注が集中したために裁ききれなくなった京都のメーカーが半分だけ柄を仕上げて江戸に送付した・・・それが大受けしたのが寛文小袖だとある。
「振り袖火事」と関わるところが面白くもある。

菊繋ぎ文様小袖 これは松坂屋コレクションだが、同類を大阪市立美術館、京博などの展覧会でも見ている。
こちらは地は白だが、そちらは薄紅や黒などだった。非常に素敵な小袖。
こうした小袖を身につけてみたい、と思う。

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第四章 江戸時代 元禄期 豪華絢爛、総文様の時代
昭和になっても「昭和元禄」と呼ばれる時代があったそうだが、豪華絢爛な時代=元禄という意識が長く活きていたのだ。
'99年の大河ドラマは忠臣蔵だったが、原作を舟橋聖一のそれから採り、タイトルも「元禄繚乱」と美麗な連なりを見せていた。

1.元禄文様
格子に花の丸文様小袖zen041-3.jpg
これは丸紅コレクション展で見ている。近年の展示か十年前のそれかは判然としないが。花の丸というだけでも華やかなのに、背景に細い格子を入れることで、いよいよ花が映える。見事なしつらえだと思う。

籬に梅文様小袖 綸子の地模様は柘榴だった。その上に梅が咲きこぼれているのだ。

椿樹文様小袖 欲しい小袖の一つ。

菊花流水文様小袖 綺麗だが手が込みすぎていて、ややうるさい感じがする。

2.友禅染
藤棚に菊文様小袖 淡茶色のちりめん地に描かれている。優雅な染物。

源氏物語文様小袖 巻を連想させる文字とそれぞれの情景が肩から背にかけて広がり、裾には全く違う景色がある。手の込んだ一領。
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チラシになった束熨斗文様振袖はこの時期のもの。これは別な配色のものを以前に見ている。人気のあった意匠なのだろう。
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3.光琳文様
雁金屋の息子さん、というよりも一枚看板の光琳さんの図案を「勝手に」意匠に取り込んだらしい。光琳が我から進んで拵えた、というわけではなさそうなことが書かれている。
以前、光琳手書きのものを見ているが、常時の仕事ではないのである。
ただし色んな逸話があり、光琳はファッションアドバイザーを勤めたらしい。
石の森章太郎の「大江戸化粧師」というようなタイトルの作品にも、それを元にしたエピソードがあった。

菊文様間着 凄い紫地である。そのことに胸を衝かれた。

御簾に松萩文様振袖 zen041-5.jpg
ああ、埋め尽くされている。

第五章 江戸時代 享保・元文期 内省の美
絢爛な元禄の反動が来た時代。倹約第一である。

籬に萩と笹文様小袖 ちんまりした可愛らしさがある。

このあたりの小袖を見ていると、享保期の雛人形の姿が思い浮かんできた。いずれもちんまりした顔立ちの、人形である。

段に木賊花兎文様小袖 兎の毛羽立ちを刺繍で表現している。

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第六章 江戸時代 宝暦期 散らし文様の静けさ
「京の小袖」ではなく、「江戸の着物」に変わり行く時代。
この辺りから自分の興味が薄れてゆくのを感じる。
しかし着物を着慣れた人々にとっては、この時代からの着物がリアルなものに感じられるのだろう、とも思う。

秋草に蝶文様振袖 ああ、もう揚羽は消えてシジミ蝶のような小さい蝶が小さく飛ぶのか。

梅樹文様小袖 納戸色のちりめん地に白抜きと色差し。茶色い枝に白梅の柄もいい。

曳舟文様小袖 ああ、「粋」になってきた。

第七章 江戸時代 文化・文政期 「華」から「粋」へ 洗練に向かう小袖文様
庶民の暮らしではこの化政期がいちばん面白いのだが、着物はもうわたしなどには殆ど関心がなくなってくる。
江戸の粋とは地味である、というイメージが強まるのもこの頃から。
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1.江戸時代後期の小袖
御簾に唐子遊文様振袖 可愛い。

四季田園文様振袖 紺地の絖。・・・絖にこうした意匠なのか。

2.御所解文様
芦刈文様小袖 複雑な技法が組み合わされている。
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楼閣庭園文様帷子 以前見たときもナゾな一領だったが、今回もやはり不思議である。

春景御所車御殿文様小袖 その拡大部分。本当に優美。
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3.公家女性の小袖
籬に菊椿燕文様掻取 可愛い!肩辺に刺繍で燕と白椿を表現し、下に乱菊の文様。

柴垣撫子に燕文様帷子 上に燕、下に花。
椿桜に蝙蝠文様帷子 先のと同様な図案で、こちらは金色に縫い取られた蝙蝠。

4.吉祥文様の小袖
三色・色違いで同様の図案の小袖が並ぶ。貴重なそろいもの。
田畑コレクションの小袖は以前に見ているが、日本人の吉祥文様への憧れがよく伝わってくる。


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他にも誰が袖屏風のよいものを二点と他にも色々面白いものを見た。
まったく素晴らしい。
細かいことを書くよりも、この空間を愉しみたいと思い、殆どメモも取らずに歩いたが、どこまでいっても絹の海で、自分もその中に包み込まれたいと切望した。
文字では表現できない美の世界がそこにある。
展覧会は12/11まで。

絵巻・大江山酒呑童子・芦引絵の世界 後期

逸翁美術館で「絵巻・大江山酒呑童子・芦引絵の世界」後期展を見た。
前期の大江山も面白かったが、後期の稚児草紙も非常に面白かった。

まず芦引絵が出ている。
14、5歳の美少年が見初められてからの戸惑いと、そして受容と別離と恋慕と放浪と。
色彩はどちらかといえば地味な感じがした。
少年が家を出てさまよう様子を見ていると、まだ親切な人々もいるものの「さらわれて売り飛ばされるぞ」と妙な心配が湧き立ってくる。
平等院の景色もあり、少年の旅が長いことがわかる。
再会して寄り添う二人は「物語などして」るそうだが、この絵巻では二人が睦むシーンは見られない。残念。
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青蓮院稚児草紙絵巻残欠
兄長と念弟。やがてその恋文が元で立場が危うくなったりなど、なかなか波瀾もある。
しかし中世の絵巻がほぼ皆そうであるように、最後は遁世と大往生で終わる。
絵自体は稚拙だが、可愛らしさはある。

弘法大師行状絵巻、高野大師行状絵巻など、どちらも空海(弘法大師)の生涯の奇蹟の顕れと軌跡とを描いている。これらは白鶴美術館で長いものを見ている。

熊野本地絵巻 色々な本地ものの話しがある中で、この「熊野の本地」がいちばん好きだ。
99歳の99人の婆、首を切られ野に捨てられても授乳する母、そして去り行く「家族」と置き去りにされる999人の妃たち。
ここではその「去り行く」シーンが出ていた。天船に乗る王と五衰殿の妃とその息子、置き去りにされ悲嘆にくれる妃たち。

融通念仏、石山寺縁起、泣不動縁起などの一場面が並んでいるが、これらも全面で見たいと思いつつ、デジタルでもいいかと妥協したり。
物語絵の面白さを知る身でよかった、とつくづく思いつつも。

道成寺縁起がある。追いかける顔は蛇ではなく鬼に近くなっている。ここでの「をんな」は女房である。娘ではない。

ところで今回展示室に入ったとき、いつも小磯良平による「小林一三像」が出迎えてくれるのだが、今回はなにか違う。小磯は小磯だが。・・・よく見れば違うバージョンの肖像画に変わっていた。洋服姿の小林一三、第一生命所蔵品。

烏丸ハイカイ 和の美を愉しむ

紅葉のシーズンに京都へ行くのも帰るのも、大変な労力がいる。
早く出ても遅く出ても同じ。しかし早くでないといよいよ予定は遅れる。

今日の予定先は全て烏丸通りに近いので、地下鉄一日券を買う。
北山通りの表千家北山会館に行く。
向かいの府立植物園に行こうかと思っていたが、道を歩くうちに「・・・まぁいいか」になる。
なにが「まぁいいか」かと言うと、思ったより紅葉も黄葉も進んでいないように感じたからだった。

北山会館では「茶の湯 家元の四季」展が開催されていた。
古いものは少なく、意外に新しいものが多い。
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土田友湖の袱紗も可愛らしいものが多く、はっきり言うとハンカチに欲しいと思うものがいくつかあった。
雪月花の二幅ずつの軸がある。書と絵の対になっている。
雪と花は西山英雄、月は東山魁夷の手による墨絵。
魁夷の月は頴川美術館所蔵の芦雪の絵を思わせる。
ほかにつぼつぼの意匠の棗や、春夏秋冬の誰が袖を意匠化した茶入などが特によかった。
一つ個人的にクヤシイのが、大の苦手なトコヨノナガナキドリを図案化した棗があったが、うっかりとそのトコヨノ・・・を可愛く感じてしまったことだった。うううう(悔し涙)。

二階のソファで呈茶を受ける。
松ぼっくりを象ったお菓子が出た。中身は大徳寺納豆をこしあんに混ぜたものを、寒天と卵白でくるんだ和風マシュマロだった。おいしかった。
そしてお抹茶は三島茶碗に。おいしいお抹茶だった。のどを通るときに柔らかな苦味が広がって、気持ちいい。
お茶碗の底には「同」という文字が刻まれている。

裏千家の茶道資料館、この表千家北山会館、共に豊かな心持ちでお茶を楽しませてもらっている。

次に今出川に出た。
同志社大は学祭なのかオープンキャンパスなのか、そんなにぎわいがあった。それを左手に歩いて、相国寺の境内に入る。
承天閣美術館へ。SH3B08440001.jpg

妙に可愛い獅子がいる。SH3B08450001.jpg

肥後松井家の名品「武家と能」展が開催されている。
茶道資料館で見た「武家と茶道」の兄弟展である。
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巨大な陣備図を見る。兵は皆豆粒サイズ。
肥後松井家に伝わる朱印状なども展示されている。
絵と工芸に良いものが多かった。
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伝・明兆 文殊菩薩騎獅像 蓬髪の少年文殊が亀のような獅子に坐している。半裸に赤布を巻きつけ、瓔珞を下げている。つりあがる眉に静かな切れ長の目。きつく結んだ口元。
魅力的な少年像だった。
伝・周文 山水図 この相国寺の画僧だった周文の手によるものだと伝わっている図。ここで見るのが面白くもある。
狩野元信 花鳥図 セキレイが愛らしい。
狩野探幽 渡唐天神図 梅持ち天神。この絵を描いたとき探幽はわずか12才の少年だったのだ。・・・まいった。
宮本武蔵の絵も何点も伝わっている。達磨や野馬などである。

森派の絵も並んでいる。
猿の狙仙の絵もある。群猿図屏風のリアルさがすごい。
徹山の猿はそれよりは少し賢そうな顔つきをしている。
「桜に猿」は桜にぶら下がって遊ぶ猿、「桃に猿」は桃の花を愉しむような猿を描いている。
一鳳の絵はどれもこれも魅力的だった。
熊図 雪の中、若い熊がクンクンと地に鼻をつけている。愛らしい。
群鳥・萩に四十雀・桜に雀図 群鳥たちのカラフルさ!可愛くて可愛くて仕方ない。小さくふっくらした小禽たちの自由な空。霞み網に気をつけて飛べ。  

工芸品は職人の腕が光るものもよかったが、夫人たちの手芸ものがまたよかった。
紙入れがあるが、そこに納められている色々なグッズ一式も出ていた。コンパスまであるのにはびっくりした。日本の知恵と工夫の証を見た気がする。
途轍もなく愛らしい筥迫もいくつかあった。こういうのを見ると、小さいときに晴れ着を着たときの記憶が蘇ってくる。
白粉の実物もある。この白さが凄いが、この頃のものは鉛入りだったものか。
そして可愛い手遊びが、猫型楊枝差しである。三つあり皆後ろ向きだが、猫の仲居・猫の幇間・よだれかけの猫などである。ちりめんの押絵もの。

幕末から明治にかけての工芸品もいいものがあった。
屋形行厨がいい。二軒の家を模したものである。家には工夫が凝らされていて、扇面透かしの建具やガラスも使われている。
そこにセッティングされているお皿なども愛らしい青貝細工ものなど。
また、桜樹文青貝机も爛漫の桜を繊細に、そして華麗に表現していた。

「武家と能」というだけに良い面と装束も並んでいる。
そして松井家の主人の細川家の妙庵の自筆謡本がずらりと並ぶのも凄い。
幽斎の三男で能楽に深い人の手によるもの。
能面では童子面が殊によかった。えくぼと二重まぶたが愛らしい。

再び烏丸通へ戻り、今度は一条へ向かう。途中見かけた近代建築。
ステキ・・・SH3B08460001.jpg


虎屋ギャラリーで「岡重 羽裏コレクション 華麗なる文様」を見る。
昔の人は隠れたところに趣向を凝らすものだとつくづく実感した。
この魚群を見ただけで推して知るべし、という感じ。
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波に虎柄、鶴舞、百美人、キューピー文様、骸骨ダンス、モリス商会風な草花文様もある。
わたしはビル群文様が気に入った。
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以前、湯田中温泉よろづ屋さんに泊まって、女将さんから十五世市村羽左衛門のお話を伺っているとき、ある羽左衛門ファンのご年配のお客さんが、着物の裏に羽左衛門ゆかりの橘文様をつけておられた、というのを聞いた。
そういうのを本当の「粋」だとそのとき思ったが、ここにある羽裏は「イキ」であり「スイ」であり、そしてなにより遊び心が活きていた。

今出川から京都駅へ出て、えき美術館で諏訪の北澤美術館所蔵のガレとドーム兄弟のガラスを見た。
春夏秋冬に分けて、作品を集めていた。
こういうコンセプトで眺めると、見知った作品に新しい顔が生まれてくる。
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ガレ タンポポ形ランプ 綿毛の形のランプ。これは初見というか気づかなかっただけなのかもしれない作品だが、今回非常に気に入った。丸い形に++++文様が並んでいて可愛い可愛い。

ガレ 蘭文白鳥足付け花器 これは購入者が別に白鳥と、口べりに葡萄の輪とをつけさせたものだそうで、それがいよいよこのガラスの魅力を引き立てる力になっていた。
作り手も買い手も、どちらも極上の趣味人なのだった。

ガレが光の媒体たるガラスに闇を招きいれた、というような言葉を見た。
本当にその通りだと思った。
不透明な重さが闇になり、それが光を一層際立たせもする。
眺めて歩くだけで、自分がどこか違う地に迷い込んでいる心地にもなる。
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ドーム 雪景文花器 ジャポニスムの影響が強い感じがある。冬枯れの木に集い寄るカラスたちのシルエット。もう少し後年の御舟の絵を思うような良さもある。
これは侘び寂びの美の範疇に属する作品だと思った。

北極探検があった時代、アールデコ風な白熊文の花器も面白く眺めた。
最後には竹に雀文もあり、楽しく見て回れた展覧会だった。

烏丸御池に戻る。
千總ギャラリーへ入る。婚礼衣装を見る。千總の夫人たちの衣装。
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幸せを願うキモチの込められた衣装たち。綺麗だった。

さて予約していた人形の丸平文庫へ向かう。
歌舞音曲の人形たち。zen038.jpg
非常に詳しい説明を聞かせてもらいつつ、見事な衣装人形・御所人形などを見せてもらう。
五節の舞を見せる人形、「胡蝶」の人形の群、舞楽を演じる人形、そして歌舞伎や能狂言を演じる人形もある。
仁木弾正もあれば、九代目さんの似人形もある。
好きな道だから、こちらからもどんどんお話をせがんだり相槌を打ったりするうちに、話はいよいよ詳しくなり、誠に貴重な時間を味わわせてもらえた。
つくづく自分が東洋、特に和の古美術好きだということを実感する。
そのことばかりにしか目が行かず、アタマも働かないので、最近は少しばかり反省していたのだが、それでいいと改めて思いもした。
有職故実をもっともっと深く知り、和の決まりごとをいよいよ深く覚えたい。

イノダコーヒーのステキな離れでティータイムを愉しむ。
お人形の丸平さんへは五人で行ったのだが、イノダでもいいタイミングで、あのステキな離れに入れたので、まことにラッキーだった。

その後は二手に別れ、わたしとあと二人で京文博へ行く。
「京の小袖」後期を楽しむが、その感想はまた後日にまわす。
常設室での企画「金剛家の名宝」を見る。
お能の金剛流。丸平さんで三番叟の翁について色々お話を聞いた直後に見たので、いよいよ感慨深い。
鬘帯や腰帯のよいものを見る。
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二年前の夏に金剛会館で能装束を随分たくさん見せてもらったが、あのときに見たものもあるように思う。
何しろ可愛らしいから、いつ見ても嬉しくなる。
他にも柴田燕文銀襴法被というのがあり、その文様が非常に面白かった。
こういう企画はこれからもどんどんたてていってほしい。

烏丸ハイカイは、和の美の愉しみを与えてくれたのだった。

京都千年の美の系譜 祈りと風景

静岡県立美術館での「京都国立博物館」の名品展を見た。
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名品展というものは言うてみれば、一年の総決算に似ている。駄品というものはまず出ない。珍品も出ないからそのあたりはもしかすると面白味に欠けるかもしれないが、しかし改めてそのミュージアムの底力というものを思い知らされ、感銘を新たにしたり、尊敬心が高まったりする。

現在、京都国立博物館の常設展示の建物は新規作成中である。
その間に全国へ出開帳に向かうのは、とても良いことだと思う。
静岡市だとひかり号で1時間半ほど乗ってからバスなり徒歩なりで京博へ行けるが、現実にはなかなかそうはできない。
この機会はだからとても大切なものだと思う。

わたしのような関西のものが静岡まで行くのも思えばおかしなことかもしれないが、普段「見慣れている」と思いこんでいるものの中での新発見や、「えっあれが出るのか」といった期待が胸の底に活きている。
静岡では丁度同時期に「ダ・ヴィンチ 美の理想」展が開催中なので、併せて楽しむことができる。それに乗らなくてはならない。

開館直後に美術館に入ったはずだが、既に多くのお客さんでにぎわっていた。
やっぱり皆さん、こんな機会をずっと待ってはったのだ。
ちなみに展覧会のタイトルは「京都千年の美の系譜 祈りと風景」。
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第一章 信仰の風景

山水風景 東寺伝来の、最古の「山水」図。国宝。剥落しているが、なにやら青々した景色も見える。
まだこの頃は「水墨画」の山水画は出ていない。

山水屏風残欠 南北朝。二幅ある。老高士を訪ねる都の若い貴人とその従者たち。庵にいる高士。そばには白い木花とオレンジの木花が咲いている。それがキンモクセイなら秋なのかもしれない。剥落しているが残る色が綺麗。

法華経普門本(色紙経) 綺麗な絵。山から金色の日が出る様子。蓮池にもその光が射し込む。朝日の神々しさ。

大宝積経巻第三十二(高麗国金字大蔵経) 三対の美々しい仏像の姿がある。紺地金字。実に力強い良い文字が連なる。11世紀初頭の高麗の書体はこうした流行があったのか、個人の手蹟によるものなのかは知らないが、いい書体だった。

華厳経巻第71、72、73、普賢行願品 善財童子の旅。もう終わりに近い。童子と仏たちの姿が描かれている。元代の絵。字は金銀で書かれている。

若狭国鎮守神人絵系図 雲上の騎馬貴人と走る従者。社前には神人が拝礼している。きちんと背景を知っていればいいのだが。反省。

当麻曼陀羅図 鎌倉時代のもので、これは以前にも見ている。かなり剥落してはいるが綺麗な曼陀羅。

仏涅槃図 南北朝のもので、嘆く衆の中にウサギとハトもいた。

ここまで見たら金棺から起きあがる国宝の絵が見たいところだが、あれは来ていなかった。

千手観音香合仏 蓋を開けると仏たち。白檀の香合。

餓鬼草紙があった。後白河法皇遺愛だったそうだが、よく出ているシーンではないものが出ていた。
これは完全に初見。四場面が出ていた。
・目蓮尊者の母が餓鬼道に落ちているのだが、お地蔵様の功徳でごはんを貰える。そこへ他の餓鬼たちも来るが、物惜しみする婆さんはその鉢の上に座り込んで他者に分け与えようとはしない。
・仏に恵みを求める餓鬼ども。
・阿難尊者に救われる、火吐く餓鬼ども。
・餓鬼たちに対して布施をする仏たち。
こういう展示があるからこそ、やっぱり遠くまで出向く価値があるのだなぁ。

第二章 理想と憧憬の山水

遠帆帰帆図 牧谿 うっすらと帆影がある。茫漠たる図。
義満ー義政ー信長ー家康ー田沼ー不昧と伝えられてきた。
日本人に愛される牧谿。権力者に愛好されたこの絵。
今、博物館に入っていることを想う。

輞川図巻 元代の唐氏の作。モウセンとは草堂・精舎・竹林・果樹園のセット。田舎に引っ込まないとこうはいかない。

観月図 張路 詩人の王維の別号。赤壁賦からの絵。満月の下、小舟には茶を支度する侍童がいる。

舟行送別図 伝・周文 六人の賛がある。少年僧の「子渓」君への送別のための。気持ちのいいエピソードである。室町時代の友愛が今にまで活きている。

富岳図 是庵 室町時代の富士山。裾野の民家の壁になぜか「土」の字が並ぶ。倉に「水」の字は見かけるが、なぜ「土」の字なのか?

乗輿舟 若冲 この絵巻も来ていたが、いつみてもシィンと静かだと思う。長柄から源八の渡しを越えて、天満橋まで。わたしの親などはまだ子供の頃に源八の渡しを使っていたと言うから、戦後になってしばらくしても、この風景の名残は活きていたのかもしれない。

山水図屏風 与謝蕪村  絖に描かれている。弟子らが師匠の望みをかなえようと講を作って金を集めた。その絖に描いた静かな絵。

奥の細道図巻 与謝蕪村  これは好きな巻物で、また丁度好きな場面が出ている。佐藤兄弟の妻たちの武装図。そしてラストシーン。蕪村は絵もいいが文字が味わい深くていい。
文字の肥痩がリズミカルで楽しい。

銅鐸や平安時代の鏡などの工芸品も出ている。
中でも良かったのは、草花文様四つ替小袖。
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これは前向きだが、展示では背中しか見えなかったが、布の配置が逆になっていた。
つまり四面x2ということになるのか。
楓・白藤・雪笹・紅白梅。可愛らしい小袖。桃山の美。

第三章 移ろう季節へのまなざし

四季山水図屏風 雲谷等顔 寺の下に自家用小舟。水面にはジャンクがある。中国のどこかの山水風景。これを見ていると、マカオの博物館で見た中世の貿易船映像を思い出すのだった。

四季耕作図屏風 久隅守景 田植えにいそしむ人々。田楽も出ている。朱色の前掛けをする人たち。犬を脅す人もいる。・・・ご飯を持ってくる女の姿は見えない。

山水図押絵貼屏風 曽我蕭白 これは京博での蕭白展のときにも見た。無頼である愉悦。しかし、この一連の山水図はひどく静かであり、また和やかでもある。雪山の白さの表現には胸を衝かれる。

漁楽図 池大雅 モノクロなのに、どう見てもカラフルな図。明るい笑い声がするような絵。

柳鷺群禽図屏風 呉春 描かれた「黒丸烏」とやらの顔つきがひどくファンキーで可愛い。江戸時代の絵画では烏も叭叭鳥並みの人気者なのになぁ。鷺が飛んでいる。しかしドウ見ても黒サギである・・・

道八の雲錦手鉢があった。大きくて立派で絢爛な鉢。これも大好きな鉢。

第四章 詠いの風景

古今和歌集巻第十二残巻(本阿弥切) 繊細な字!透かしは夾竹桃の連続文様。非常に美麗な唐紙。浮き上がり方が素晴らしい。

鶴下絵三十六歌仙和歌巻 宗達・光悦 例のあれ。長々と展示されていて、お客さんはみんな喜んでいた。

葦手の小袖や硯箱など和歌に関連した工芸品も色々と出ていて、楽しかった。

第五章 京のすがた

洛外名所遊楽図屏風 狩野永徳 これは永徳展のときにみつかったもので、寄託されているようだった。久しぶりのご対面。右は嵐山観楓、左は宇治の桜狩。

阿国歌舞伎図屏風 数ある阿国歌舞伎図の中でも、大和文華館蔵と並んで特に好きな作品。今回は観客の女たちの着物を気をつけて眺めた。桃山時代の嗜好を見てみたかった。

柳橋水車図屏風 貼り付けの金月。宇治橋。出光でも同系統の作品を見ている。人気度が高かったことがよくわかる。

祇園祭礼図屏風 金型雲がくっきり。飽きずに眺める。いくらでも新発見があり、とても楽しい。今回は四階建ての蔵を発見した。
見ていると、隣の奥さんが「あれはどこかしら」とおっしゃるので、どこそこですと答えようかと思ったが、やめた。
奥さんは答えを聞くよりも、色んな想像をするほうが楽しいに違いなかった。

非常に強く堪能した。面白かった。
機嫌よく見て回ってから、静岡県美所蔵のオールドマスターの絵とロダンの彫刻群を見た。
いい環境の美術館だとつくづく思う。

展覧会は12/4まで。

レオナルド・ダ・ヴィンチ 美の理想

静岡市立美術館でクリスマスまで開催中の「レオナルド・ダ・ヴィンチ 美の理想」展を見に行った。
来年には渋谷のブンカムラに行く展覧会だが、一足お先に静岡で見るのも一興だった。
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ルネサンスのイタリア美術界はとにかく三巨頭が幅を利かせているので、それさえ押さえておけばいいかなと、ずぼらなことを考えていたために、他の画家の名前をまず知らない。誰が誰の工房にいたかも知らない。
今回の展覧会を見て、そのあたりも勉強させてもらったので、今後はもう少しマジメに当たることにする。
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1.ダ・ヴィンチとレオナルド派

ダ・ヴィンチの「衣紋の習作」が二枚あった。zen025-1.jpg
これらはヴェロッキオ工房で拵えたらしい。
ダ・ヴィンチの言葉がそこに飾られている。
衣紋の大切さについての一文。
それにしても、仏像の衣紋のことはいろいろと聞いていたような気がするが、西洋でも衣紋の大切さというものがあるのを初めて知った。
ただしこの「衣紋の習作」は絵でのそれなのか彫像におけるそれなのかは、わたしにはわからない。
またそれで話がずれるが、映画「ヴェニスに死す」ではアイロンが普及していなかった時代、という設定から、ポーランド貴族の人々の裾などはヨレたままだった。

ダ・ヴィンチと弟子 紡錘の聖母の習作  肉体の張り、がリアルだった。
聖母ではあるがヒトの肉を持ってそこに生きる、というナマナマしい肉の存在を感じた。
美しい女の上半身。

サライ(小悪魔)と呼ばれる美しい青年の弟子がいる。
ミケランジェロのようなおおっぴらさはなくとも、ダ・ヴィンチもまだ二十四の若いときに男色罪の告発を受けている。生母と離され、父の家に入れられながらも、本当には母を持たないレオナルドは、女性をどのような眼で観ていたのだろう。

サライが描いたとされる「ほつれ髪の女(模写)」を見る。丁度五百年前の絵。うまいものだと思った。

ダ・ヴィンチと弟子(カルロ・ペドレッティ説) 岩窟の聖母  アーメン対Vサインな手の子供たちと、こわいぞ~な手つきvs「こっちです」な指とが妙に眼に残った。
昔、これとは別バージョンのものも見たが、どれも黒い草が生えていた。
なぜ岩窟にいるのかはよく知らないが、状況と手つきとが妙にマッチしているように見える。そしてそれぞれが身にまとう布の触感が好ましい。
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サライ(帰属) 聖母子と聖アンナ  ばぁばとママとボクと。
いつも思うがこの幼子エス様(おお、日曜学校の名残か!)は子羊の耳を思いっきりつかみ挙げているな。足下には野いちごらしきものが実っている。

次に恍惚の表情を浮かべる殉教の聖女たちを描いたジャンピエトリーノの絵を見る。
マグダラのマリア、アレクサンドリアの聖女カテリーナを描いたものが二種ある。
図像学を学ぶと、一目見ただけでどの聖人の殉教図かがすぐにわかるだろうが、まだまだわたしも修行中。美人揃いの聖書の女たち。

ダ・ヴィンチの工房 幼子イスエと洗礼者ヨハネ  ちびっこ同士でキスしあう可愛い一枚。肉色のクッションの上で。そしてここにも黒い草が生えている。

2.レオナルドの時代の女性像

ドメニコ・アルファーニ? 髪を結った少女の胸像  おさげの美少女。
この画家らしき人の手による絵は他にもあったが、四人の女性頭部を描いたものは、ちょっとしたヘア・カタログ図だった。

ラファエルとその工房(帰属) ヒワの聖母  美人。ヒワをなでる子供と、ヒワを見せるイエスと。聖母の美人ぶりに目をみはる。やっぱりラファエルの聖母は美人だと思う。

ジュリオ・ロマーノ 金工品のための図案?  なかなか面白い構図。この作者はマニエリスムの建築家でグロテスクな装飾を拵えてもいた。実物を見てみたい、と時々思うが、日本ではそんな展覧会は到底企画されないだろう・・・

ベルナルディーノ・リチニオ 鏡を持つ高級娼婦の肖像  鏡というても手鏡ではなく置物の鏡。そしてそこにはまるで閻魔府庁の浄玻璃の鏡のように、「情景」が映し出されている。爺さんと遣り手との交渉が。

3.「モナ・リザ」イメージの広がり

ダ・ヴィンチ考案 デューラー 柳の枝の飾り文様  すごいな、このコラボ。
柳というのがヴィンチということで、レオナルドの村とゆかりがあるわけだが、それをデューラーが拵えた木版画というのが、妙にかっこいい。

音楽のカヴァーというのはよくあるが、ここまで一枚の絵をカヴァーし続ける、というのはやはり稀有なことだと思う。
何もかもがモナ・リザにまみれていた。

アイルワースのモナ・リザzen024.jpg
ルーヴルの「本物」よりも若くて可愛らしい婦人像。能面で言えばこちらは小面のようなものか。たいへん愛らしい婦人。微笑も「なぞめいた」というのではない。神秘性は薄いが、その分その可愛らしさに惹かれる。

右向き・左向き・背景が違う・ふっくらさん・今にもしゃべりだしそう・・・などなど、実に多くの「そっくりさん」がきていた。
時代が下がるにつれ、段々とパロディ精神に根付いた作品も生まれてくる。
全然関係ないが、新田たつお「静かなるドン」の最近のエピソードに「モナ・リザ」のパロディが出ていた。

4.「裸のモナ・リザ」、「レダと白鳥」

サライ(帰属)の「裸のモナ・リザ」は堂々たる良さがあったが、中には豊満なというよりタフマンなモナ・リザがあった。

フォンテーヌブロー派 浴室の二人の女性  例によって若い女二人のみそかごとのような図。こちらは左の女は背を向けているが、もう一人は前を向いたまま。妙に隠微な秘密の愉しみを隠しているかのような指がいい。

レダと白鳥の絵はどれもこれも、やはりかなりあぶな絵に近かった。
チラシに出ているレオナルド派のそれはまだおとなしい。
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この絵の左奥には小さなお城があり、そこの池には白鳥がいた。また橋上で釣りをする人やカップルもいるし、なにより手前には鳩や子どもたちや玉子がある。おおきいカタツムリもいる。昼間にそんなにいちゃついていていいのか、と思いながら見ていた。

5.神話化されるレオナルド

フランチェスコ・バルトロッツィ 聖アンナの頭部  日よけ帽をかぶる、優しい奥さん風。18世紀後半の絵も違和感なく、ここに並ぶ。

フランチェスコ・バルトロッツィ 若い男(サライ)の肖像  なかなか美青年。

チェーザレ・マッカーリ 「モナ・リザ」を描くレオナルド  三人の若い男を、モデルのそばに侍らせて、女が彼らを見て愉しむ姿を捉える、レオナルド。<見る>ものと<見られる>ものと、更にそれらを<見る>ものを、今こそ<見る>わたしたち。
猿が画面にいるのは風刺なのだろうか。

19世紀の画家たちによる「レオナルド」像はこうして見る限り、「神話化された」というより、ちょっとニュアンスが違うものを感じた。

泰西名画の中の美人画を見ているココロモチでこの展覧会を愉しませてもらった。

長谷川等伯と狩野派

出光美術館「長谷川等伯と狩野派」展を見た。
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絵画は屏風がメインで、その合間合間に素敵なやきものが展示されて、居心地のいい空間になっている。
見て楽しいだけでなく、「居て楽しい」と感じる美術館は貴いと思う。

数年前、狩野永徳展が京博で開催され、唸りながら見て回った。
そして「ああ雄渾だったなぁ」と思いつつフレンチ・ルネサンスの本館出口の扉を開けた途端、立て看板に「三年後には長谷川等伯だ!」・・・絶句した。
同時代人・永徳はとにかく新興勢力になりつつある長谷川等伯とその一味(!)を蹴落とそうと躍起になった果てに、気の毒に過労死したという話がある。
それがどこまで噂なのかは知らないが、21世紀の現代にもその対立が伝わっている。

1.狩野派全盛期

花鳥図屏風 伝・狩野松栄  左向いた鶴が「kwa―ッッ」と一声あげておる図。
白い海棠らしき木花を間にして小禽がいるが、もう30cm上方にいれば、鶴の一声ビームにやられていたのは確実である。
右手の松、左手奥の林は墨の濃淡で距離が描き分けられているが、なぜか左奥の薄い林に目が行くのだった。鶴の存在感が大きいために右手の松の影が薄いのかもしれない。
 
桜・桃・海棠図屏風 狩野長信  松栄の末子で甥の光信より年少だったそうだ。
桜は胡粉で盛り上がり、桃は広く咲き、池を挟んで海棠が枝を差し伸べている。
白・薄紅・白の花々。地に咲く花も白い。金の雲は大きく広がって辺りの空気を覆い、豊かな春を満喫させる。

扇面貼交屏風 狩野松栄・秀頼 他  名所図・花鳥図・説話図などが描かれている。
工房で手分けして担当したのか。仏教・道教・儒教の三すくみ状態のような扇もある。
仲良しな馬ファミリー図もある。三分の一開きの扇には中国人らしき姿が見える。
手がそれぞれ違っても斉しく狩野派ということで、全く違和感がない。
ところで解説に面白いことが書かれていた。
扇座というのを作り、他の作家が扇を拵えるのを停止させていたそうな。
商魂たくましい話である。しかしこの分野にはやがて俵屋宗達というのが現れてしまう。
 
松に鶴亀図屏風 伝・狩野長信  父親の「花鳥図」と違い、こちらの鶴のいる風景は絢爛である。鶴の視線は水面の亀から微妙にずれて、地に咲く花にある。タンポポやスミレらしき花を見ている。食べようと思うのか、可愛く見えているのかはわからない。
亀が呼びかけるように口を開けているが、聞こえているか・気づいているかも不明。
梅も咲いて白牡丹も開き、小鳥もくつろいでいる。平和な春のある日の情景。

花鳥図屏風 「元信」印  右一隻にチイチイ千鳥の群、右二隻にキジのカップルから始まり、色んな鳥がここに住んでいる。右六隻の白鷺三羽は少し離れた地から、他の鳥たちを見ている。秋になって、左の一、二隻には雁が飛び、地には鴨らしき奴らがいる。また、ところどころに密謀をこらしているような小禽たちの姿がある・・・

2.等伯の芸術

竹虎図屏風 長谷川等伯  これは勝手に「デヘヘの虎ちゃん」と呼んでいる。虎っぷる。Boy meets Girlな虎ちゃん。
ところでこの絵には探幽の極書きがあるが、それが言うてみたら「狩野派の陰謀」なのですね。孫子の代になってもコレですか。長谷川派を消去することが一門千年の計だったのね。

四季花鳥図屏風 能阿弥  応仁3年のこの屏風は非常に面白かった。
一隻に叭叭鳥が描かれている。目つきの悪いのが六羽ばかり群れていて、見てるだけでも喋ってる言葉が聞こえてきそうで楽しい。鷺は様子してるし、他の小禽たちもそれぞれ好き勝手にさざめいたり黙っていたり。
時代背景は平和でもないのに、この屏風の中はある種の和やかさと静かな明るさが満ちていて、「見る側」に立つ喜びを改めて感じさせてくれる。
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平沙落雁図 牧谿  もあもあした空気がある。遠くに飛ぶ雁の群を目で追うと、霞む山がある。飛ばずに水辺に遊ぶ鳥たちもいる。しかし皆いつかどこかへ行ってしまうだろう。
平沙という地がどんな所なのかは知らない。しかし自分のイメージがこの絵によって固定されてゆくのを感じる。茫漠とした広がりを切り取った横長の図。その両端にはまだまだこの空気が続いているに違いない、と思った。

叭々鳥 牧谿  東山御物の一品。枯れ枝に一羽で止まる叭叭鳥。小さく声をあげている。
この絵は本来は三幅対だったそうで、兄弟は五島とMOAに住んでいる。
それにしても叭叭鳥は何故こんなにも可愛いのだろう。愛らしいのではなく、やんちゃな可愛さを感じるのだった。

花鳥図 曾我宗誉  笹と、なんだかわからない枯れ枝とが、絡むようにそこにある。
白牡丹が不意にやわらかく咲き、それを間にしたように、枝の上下に小禽がとまる。
上の鳥は背を見せ下の鳥は腹を見せている。
岩と笹と枝とは仲間、牡丹は単品、鳥も別物。一枚の画面に手の違うような存在が同居している。それぞれは主張しあわないが、馴染んでいるわけでもなさそうである。
白牡丹は端のほうにあるからそんなに目立たないが、この白さは全体の中ではやはり異質な感覚がある。牡丹柄の引き手のように見えるほどに。

竹鶴図屏風 長谷川等伯  左1の笹竹を見たとき、国宝の松林図を思い出した。わたしがあの絵を見るときはいつも曇っているか・雨か・雪か、そんな天候だった。
外の空気がそのまま絵の中で再現されているような気がした。
鶴の足跡のような地の笹群と、監視する目のような竹の節とがうるさいような気もするが、しかしそれがなければ、あまりにこの絵は静かになりすぎるのかもしれない。

松に鴉・柳に白鷺図屏風 長谷川等伯  鴉ファミリーの住まう松には、別種の細い木が這い回り、垂れ下がっている。根元にはタンポポも咲いている。
親同士はごはんについて何やら相談中らしいが、二羽の子どものうち一羽はごはんのリクエストを言うているようだ。もう一羽は思案中。
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白鷺のデート場所に見える柳は、案外太い幹を持つ。寒いのにじっと待ってるところへ、やっと相手が来たのだが、どんな言い訳をするのだろうか。
元からこんな色調だったのかどうかは知らないが、この背景の色がその場の空気を表現しているように思う。特に白鷺の空は寒そうに見える。

叭々鳥・小禽図屏風 狩野探幽  探幽の叭叭鳥は目つきが悪いこともなく、ただの丸々した黒い鳥に見える。筆の動きで枝ぶりや笹の葉の老若もわかる。左では山鳩らしきカップルが流れの中の岩に止まっているが、不その隣に尻尾の長い小禽が来るのは、唐突な感じがある。
その飛び方・花火の残照のような尾は別な場で見てみたいと思った。

3.長谷川派と狩野派-親近する表現

大坂夏の陣図屏風 長谷川等意  焼かれる民家、逃げる民衆、死ぬ兵などなど。船出して逃げる一家もあるが、そんなに悲惨さは感じない。(右足や首が落ちてても)
大阪城に所蔵されている屏風にけっこう悲惨な状況を描いたものがあり、それがやはり意識にあるからかもしれない。
石垣の描写が面白い。ところで大阪城は今年「再建80年」の節目の年なのだった。
大林組の施工と、市民の協力。

二枚の波濤図を見た。
波濤図屏風 長谷川派  色合いがどうもあまり好みではない。わるい水に見える。
波濤図屏風 狩野常信  波の渦巻き具合が、ご先祖・永徳さんの唐獅子の巻き毛のよう。

藤棚図屏風 長谷川派  胡粉の剥落が夥しいが、それが意図せずして藤を藤色に見せることになっているのではなかろうか。そんなことを思いながらこの「たれさがり」を見た。

麦・芥子図屏風 狩野重信  麦が出ていた。芥子は来月のお楽しみ。まっすぐに伸びた麦の穂が清々しい。見ているとこちらの心もまっすぐになる。手前の緑の長い葉の寄り合う具合が、建仁寺かどこかの寺の垣を思い出させる。
以前パーク・コレクションでもいいのを見たが、やはり麦穂の屏風というものはいい。
日本の麦の清潔な美しさを見た。

4.やまと絵への傾倒
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宇治橋柴舟図屏風  柳がよくしげっている。雲だけでなく宇治橋も金色を帯びている。純正な黒色はここにはない。枝にも山にも土にも、何かしら緑がまじった黒が塗られている。柳の葉の細かさはススキのそれのようにも見える。それは春の柳だった。左手にある柳はもう少し伸びて夏の柳だとわかる。
そして小舟にはもこもこした柴が積まれ、誰の手も借りぬまま水に流され続けている。
水車はそのそばで勢いよく回り続けている。橋の向こうにはもう一隻柴舟が見える。
無限にこの景色は続いているのかもしれない。
だが左隻に移ると、秋と冬が同居した景色に変わり、柴舟の旅は終わりを告げなくてはならないような気がした。一隻だけ柴舟が懸命に波に乗っているが、水に遊ぶ鳥たちのようなゆとりをこの舟は持たない。柳に声援を受けているようにも見えた。
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柳橋水車図屏風 長谷川派  屏風絵なのだが、工芸品のような味わいのある屏風だと思った。金の月は貼り付けられたもの。まっさらのような橋は何処へ続いているのか。
水車や蛇籠もまた金色を帯びている。ここには波を懸命に行く柴舟の姿も無い。
波は籠や車の周囲ではジャブジャブしているが、全体は同じ形を見せており、、甍の波のようにさえ見える。動きの無い波だった。

月次風俗図扇面(高雄観楓・東寺)  橋の上で宴会する人々がいる。東寺の門外では雪が積もっている。鷹匠らしきヒトもいる。連銭葦毛の馬が軽く走っている。
あの道は、今も続く「弘法市」の日には出店でいっぱいになる。

洛中名所図扇面貼付屏風 狩野宗秀  おお、再び東寺。もう一つはどこぞの邸宅内か。

やきものは最初に書いたように、展示室のそれぞれに配置されていて、気軽に楽しめた。

色絵松竹梅文大皿 古九谷  黄梅。白地に緑の孔雀もいる。
白地鉄絵虎文四耳壷 磁州窯  このトラが可愛い。明のトラ。シマシマの出目トラ。
絵唐津松文大皿  松の枝ぶりが面白い。
絵御本燕文茶碗 釜山窯  燕の飛び方がなかなかかっこいい。
鉄釉染付双鷺文皿  左は口を開け・右は口を閉じる「阿吽」の鷺。なかなか面白い顔つき。
青磁象嵌蒲柳鷺唐子文浄瓶 高麗時代  実際に自分が何を好きかと訊かれれば「高麗の青磁象嵌もので、蒲柳に鷺とかそんな絵柄のもの」と答えることが多い。
これは飛び交う鷺と、静かに笑う唐子たちの風景。一目見るだけでも心が静かになる。
色絵菊蝶文台鉢  色は剥落しているように思うが、加賀友禅を思わせる綺麗さがある。
色絵瓜文皿  お皿に瓜を載せた・・・そんな雰囲気。
鉄釉染付山水文菊花形四足皿  形が大変むつかしい。
青磁染付波濤葦文皿 鍋島  波濤というものはどうかすると「猫手」「狐手」になる。 
瑠璃釉金銀朱彩蔦文筒形瓶  なにか不思議な感覚がある。なんだろう?ナゾだ・・・
現川刷毛目藤文皿  これもまたナゾ。ぐるぐるぐるぐるぐるこさみん・・・
色絵幾何学蝶文大皿  染付の荘子文に似た感じ。

今度は12/2に麦屏風の相棒の芥子図屏風を見に行く。
展覧会は12/18まで。図録は写真も綺麗だし、謎解き風な解説やコラムも面白かった。
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ちょっとばかり「長谷川vs狩野派 仁義なき戦い」みたいな面白さを堪能できる。
今回も気持ちよく過ごせた。ありがとう、出光美術館。

中原淳一の少女雑誌「ひまわり」展

弥生美術館では中原淳一の「ひまわり」を中心にした展覧会が開かれている。
「ひまわり」は淳一の戦後の仕事である。
敗戦でなんにもなくなった地に立ったところから、新しい時代が始まった。
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同時代のカストリ雑誌がいくつか並ぶ。カストリ誌は飛ぶように売れたが粗製乱造なので、今こうして保存されているのを見ると、よく残ったものだと感心する。
「艶麗」というカストリ誌は刺青特集で、表紙絵にはパーマネント(!)の女が自分の腕に絡むろくろ首の刺青を見せるという図だった。
これはこれでそそられるから、当時の人々が喜んだのもよくわかる。
「ロマンス」誌はちょっとした展覧会ではよく見かけるが、今から思えば案外な人が執筆してたり、中には妙に面白いものも多かったりする。

戦前からの雑誌「令女界」「主婦之友」などもそこに並んでいる。
淳一は戦前の「令女界」に執筆していたが、わたしはその頃の淳一作品がマイ・ベストなのだった。

さてわれらが清く正しい「ひまわり」誌は昭和22年の早春号が展示されていた。
ページが開かれているが、淳一描く少女の図版の右ページはモノクロだがダ・ヴィンチの「巌窟の聖母」の図版が掲載されていた。
ほかにも蕗谷虹児「天使」や松野一夫のペン画による絵物語オルコット「四姉妹」などが見受けられた。

「ひまわり」誌は叙情画家たちの新作と共に泰西名画の図版を掲載したり、少女向けに世界の名作文学を絵物語や抄録にしていた。
そして文芸だけでなく、日常をいかに「美しく暮らす」かを提案していた。

口絵や一枚絵を見る。
田代光「高原にて」の座す少女や、長沢節のかっこいい少女の絵もある。
淳一の描く少女の顔がどんどん浅丘ルリ子になってくるのがわかる。
そう、浅丘ルリ子は「淳一の絵の少女に似た」子を探すオーディションで世に出たのだ。

淳一は様々な提言をあげる。
『身だしなみを整えましょう』
昭和22年で早々ともんぺ姿を拒絶し忘却せよと、諭すのだった。とても偉い。
そして実際には実現不能だが、可愛らしいワンピースを着る少女の絵を掲載する。

『美しく暮らしましょう』
そのノウハウを挙げる淳一。
誌面には世界の名作の絵物語が出ている。シルエットもの。椿姫、人魚姫、タンホイザー・・・
素敵なペン画では「絵のない絵本」がある。女が湿地帯でランプを手にしている図。
松本かつぢの「アラジンと魔法のランプ」は切り絵風な作りで、中国人のアラジン。

かつぢと西条八十の「あの夢この夢」はロマンティックだった。青い上衣の少女は歌い、赤い少女はマッチ売りだった。
淳一と川端康成のコンビは戦前だと「乙女の港」があるが、戦後も仲良くつきあっていたそうだ。吉屋信子の少女小説も多い。
川端は淳一の「ひまわり」社のために少女小説をその後も書いている。
「万葉少女」は挿絵は玉井徳太郎だったが、これも綺麗だった。特に姉娘が綺麗。
「花と小鈴」の玉井の絵もいい。玉井の描く少女はみんな瞼が薄く青く、ノーブルで、しかも清艶さがある。

杉浦幸雄の少女ものを見たのは初めてだった。
彼も淳一とのつきあいから「ひまわり」に絵を寄せるようになった。
決して叙情画でないが、コミカルでおしゃれな良さがある。

「ひまわり」ブランドは凄い力だった。
昔の少女たちの持っていたグッズなどを見て感心するばかり。
ひまわり手帖、バースデーブック、豆本風なのもある。
嗜好は違うが、この良さは認めなければならない。
淳一の力は大きい。
しかしワークホリックの淳一に、営業部が非難の声をあげた。それを知ってショックを受けた淳一はパリへ外遊に出て、その地から絵や通信を送るようになるが、「雑誌は営業の力で売れる」というわけにもいかない現実が待っていた。
やっぱり中原淳一あっての「ひまわり」だけに、いかに営業サイドががんばっても、盛り返せなかったそうだ。
淳一復帰。途端に雑誌がまたよく売れるようになる・・・

『和の情緒を忘れずに』
少女たちを教育し、啓蒙する雑誌。
「お遍路さんの哀しみ」を描いた絵がいい。

投稿者たちの力も大きい。
「銭形平次」の野村胡堂の夭折した娘の書いた遺稿は村岡花子に託され、花子はそれを「ひまわり」に投稿した。
女優中村メイ子は本名のままで色んな投稿をし、ついに人気少女女優だと知れてからは、「読者代表」として大活躍したそうだ。誌上レポーターとして、漫画家上田トシ子とも組んでいる。

わたしは中原淳一の世界は戦前の「令女界」時代がベストなのだが、それでもこうして「ひまわり」を目の当たりにしていると、そこにある淳一の思想が、自分の身に染みてくるのを感じる。
彼は熱心に少女たち・若い女たちに「自己の美の発揮」を説き、外見だけでなく心の美しさ・正しさを保つことを奨励し、啓蒙し続けたのだ。
なんだか自分も応援されている気になってきた。
ありがとう、中原淳一。

併設の高畠華宵室では、挿絵特集があった。
口絵・挿絵の美麗にして妖艶な世界が広がっている。

大正15年「少女の國」誌の「焔」では、振袖少女を背負って屋根に駆け上る美少年の姿がある。少年の雪白の膚には桜の刺青が舞っている。
同年の「少女画報」誌には青山櫻州「炎の渦巻き」の挿絵がある。どれもこれもゾクゾクさせてくれる。
泳ぐ少年の首に矢が刺さり血がしぶいている!嵐の中、帆柱に括り付けられた少年!浜に立つ半裸の少年!胸に手を当て片方の手を伸ばす姿!枕に肘をつきつつ、顔を覆う少年!
なまめかしーーーーーーーっっっ!!
うなじも腮も何もかも・・・!!!   
ああ、苦しい・・・・・・・

久しぶりに「ナイル薔薇曲」の全編が出ていた。物語の概要も添えられているから、絵と共に楽しめる。どれを観ても艶かしい。視ているだけで息が上がってくる。
この絵も’89年頃に「新発見の挿絵」として世に出たのだった。
わたしはそれを見たさに池袋の三越まで出かけたのだ・・・

「戦国姫百合草紙」「馬賊の歌」「藝南幽鬼洞」「南蛮小僧」・・・!!何もかもが好きだ。
こうして文字面を眺めるだけで動悸がしてくる。
特に「南蛮小僧」はもぉもぉ・・・ここに書けないくらいの悦びがある。

夢二に回る。
絵手紙とメッセージ展。
袖萩祭文らしき絵があるが、これを見るといつもわたしは花村えい子を思うのだった。
夢二の描く絵のうちで、女優の毬谷友子に似た顔もあれば、花村えい子の絵に似た顔もある。

夢二の詩「謎」にこんな節がある。
恋に破れた女は昔から トラピストへあがるか ラテン区へ落ちていつたものだ
・・・その「ラテン区」がわからないのだが、わかるような気もする。

ああ、この詩もあった。
「ああ 早く昔になれば好い」
わたしはこの言葉を見ると久世光彦を思い、久世光彦が死んでしまったことを思い、胸がくるしくなるのだった。

展覧会は12/25まで。
今年もありがとう、弥生美術館。もう来年の友の会にも入りました。

近代日本の風景画 / 村上豊『小節現代』表紙絵

野間記念館の所蔵品を全て見尽くそうとすれば、どれだけ時間がかかるだろうか。
「近代日本の風景画」と村上豊の「小説現代」表紙絵展とを見たが、なじみの絵だけでなく、知らないものもあり、いつもながら野間コレクションは本当に深いと思った。
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近代日本画を愛するものは、この野間記念館と山種美術館だけは、何があっても変わり目ごとに欠かさず見なくてはならない。
基本的に自家のコレクションを展覧するシステムを採っているが、飽きることはない。
同じものがでたとしても、コンセプトが変わるとまた新しい発見があったり、懐かしい喜びが生まれるからだ。

そういうわけで例によって椿山荘の隣までのした。
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大観 暁山雲 富士が雲の上にぽかりと姿を見せている。霊山というより、機嫌のよい山の姿がそこにある。
しかし次に現れた「霊峰」はまた表情が違う。山頂の雪の流れを金泥で表現し、厳かな佇まいを見せていた。

栖鳳 古城松翆 千代田城のお堀を藻苅り舟がゆく。これは別バージョンもあるが、共に静かないい絵で、実際の皇居のお堀でこんな様子を見ることが出来るのだろうか、と絵の前に立つ度に思う。そんな期待とでもいうものがふと湧いてくる。

印象 雨後 墨絵。和舟に鷺がとまるのだが、中国の水墨画の伝統がここに活きている、という風情がある。
湿気がこちらにまで伝わり、鷺の羽にまといつく滴の感触が手に移ってきそうだ。

大観 春雨 赤松と山桜。春雨の温度、飛ぶ鳥の速度、それらが封じ込められている。

玉堂 渓村秋晴、秋湖帰漁 共に枯れた空気がそこにある。山も湖ももう秋なのだ。

色紙をみる。
丘人の十二ヶ月。昭和13年作。四月「南島」がいい。椿咲く島、海と山並みが見える南の島。伊豆大島あたりに取材したのか。
七月「大川端夕暮」もいい。小さい帆舟が川を下る。ロを持つ人が小さく見える。道には電信柱が並んでいる。手前には柳がある。江戸からの名残と昭和の匂いが混ざりあう大川端の夕暮れだった。

小室翆雲 青緑武陵桃源図 南画風な趣がある。手前に小舟が一隻。ずぅっと奥の橋には渡る人もいる。ロバがゆっくり行く。時間の止まった世界が描かれていた。

春挙 琵琶湖春色図 大正末、彼の建てた蘆花浅水荘で作られた絵。普請道楽の春挙のこの邸宅の素晴らしさについては、以前にかいた。

曼舟 東山緑雨 濃い緑が目立つ。こんなにも大正末の東山は緑濃い地だったのか。

大観 飛泉 どーーーんっと滝の流れがある。黒松がそれにあらがうように活きている。夏によく出る絵だが、秋に見ると、また趣が異なってくる。

弦月 新緑 どこかの山中の新緑。大正十年か。もしかすると信州の田中本家に滞在していた頃に見た新緑かもしれない。

小川千甕 雨将霽 ああ雨がやんで虹が出ている・・・もあもあした空、水の深い地、舟、橋を行く人馬・・・

渓仙 醍醐之春図 勅使門に桜。土牛の桜はずっと手前にある。春になれ、と思った。

豊四郎の十二ヶ月色紙を見る。
一月「富士」は、空の汚れがキラキラしたものになり、雪白の富士を照らしている。七月「瀞潭」では筏師が静かに水面を滑っていた。

シリーズものが現れる。
耕花 江南七趣のうち雷峰白雲 古風な巨大タワーに雲が懸かる・・・このシリーズは好き嫌いが分かれるかもしれないが、私は大好き。

耕花 万里長城 昭和初期の作。こけ蒸したような様子。耕花は実際に大正に中国を訪ねているから、これはその当時のリアルな目で見た万里の長城の姿かもしれない。

蓬春 多摩御陵図 暁闇に浮かび上がるような御陵。しぃんと静まり返っている。衛士の姿も見えない。誰も生者のいない景色。

児玉希望の四季の風景は精進湖・華厳・那智・十和田と四つの地の風景が描かれている。それぞれ対になっているのが面白い。

長谷川路可 欧米十二題シリーズがある。昭和六年の欧米。アッシジ、フヒエゾレ(どこですか)、ローマ、ノートルダム、ヴェニス、セイヌ、マッターホルン(摩太峰とはいい当て字だ)、ロンドン港、フォーレンダム、トレド、ナイヤガラ。一つだけ地名のないタイトルもあるが、後は皆自分らの持つイメージにぴったりな絵ばかりだった。

遙邨の十二ヶ月色紙は京洛を中心にしたものだった。
雪に埋もれる石清水八幡宮、祇園の夜桜に浮かれる様子、紅葉の高雄などがある。

富士百趣というシリーズもあり、玉堂・武山・十畝・龍子・麦僊・岳陵・蓬春らのが展示されていた。いずれも昭和三年の作。野間は競作させていい作品を集めていたのだ。すばらしい。

昭和十二年から十四年の講談社の絵本「東京見物」「日本の名所」はまた贅沢な内容だった。
斉藤五百枝、林唯一ら一流の挿絵画家を筆頭に、寺内萬次郎、遙邨、竹喬、西山英雄、梶原緋佐子らが様々な名所を描いている。ただしいかにもその当時の名所という感じ。

講談社は多くの雑誌を生み出している。
昭和33~34年の「日本」誌の表紙絵は東山魁夷だった。
全て風景画でそれも大胆な描法で描いている。
何度も出ているが、見る度に面白さが湧いてくる。
大作家の大作もいいが、こうした小品の良さも堪能できるから、野間は好きなのだ。

そして村上豊の「小説現代」2007年から2010年の表紙絵が並ぶ。十二ヶ月それぞれの行事が描かれているものが多いが、何年もこの仕事を続けているので、似たような画題のものが出るのは当然だ。しかしそれで飽きるということはない。
たとえばひな祭りなどは「ああ、久しぶりのお雛様、桃の花も白酒も支度してますよ」と声をかけたくなる。
日本の昔話をメインにしたものやファンタジックな絵の他にも、キャミソール姿の若い女の後ろ姿を描いたもの、ベイエリアの高層ビル群の夜景などもある。
それがまた魅力的だった。
ほかに宮部みゆき「おまえさん」の挿絵などもある。

楽しく眺めて、機嫌よく出た。
展覧会は12/18まで。年明けからは没後50年 吉川英治展が始まる。
  

中国書画 阿部コレクション/雲の上を行く 仏教美術2

大阪市立美術館の特集陳列「中国書画 阿部コレクション」「雲の上を行く 仏教美術2」はかなり良質な内容だった。
大阪市立美術館の骨幹が「市民からの寄贈」ということを思うとき、かつてのコレクターたちの審美眼の高さというものに感嘆せずにはいられない。

今回の見学は特別展「生誕120年 岸田劉生」展の併設展ということで、前後期とも軽く展示室へ向かったわけだが、前期もそうだが後期も強く捕まっている。

少しばかりの感想をあげる。
先に阿部コレクションから。

第一章 両宋の山水画
伝・李成・王暁 詩碑窠石図 三国志の曹操と楊修がある地で石碑を見て、という逸話を描いている。楊修は行者風な髪型で可愛い。ロバの目つきが面白い。碑自体は巨大亀像の甲羅の上に建てられており、頭には竜らしきものがとぐろを巻いていた。
この絵は何年前かに見たが、そのとき亀の甲羅に碑とは変わってるなと思ったが、数年後別な絵や写真でそんなものを見た。

伝・郭忠恕 明皇避暑宮図 明皇とは玄宗皇帝のこと。晩年の楊貴妃とのロマンスばかりクローズアップされるが、玄宗皇帝は若い頃は乱を制し王権を取り戻しただけでなく、様々な活躍を見せた英雄だった。また情に篤い人だったという話も残る。
そんな一代の英雄だった玄宗皇帝の夏の王宮は豪壮だった。立派な宮殿は夏にしのぎいいのかどうかは知らないが、この大きな絵を前にすると、気合いが入ってくるのは何故だろう。気宇壮大とでも言うか・・・
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牧牛図 楊の下で居眠る少年と、母子の牛が和んでいる様子。これを見ると大和文華館の牧牛図を思い出す。

第二章 唐宋の人物画と書法
伝・僧△ 字が出ない。五星二十八宿神形図 6世紀の絵図だが、一目見て固まった。
二十八宿の擬人化と思っていたが、どう見てもオバケである。
変な猪顔の馬に乗る変な顔のヒト?、どくろをかぶる美人が花々の上に座す、亀に乗るヒト、膝下が鱗でしっぽを持つヒト、ロバらしきものに乗る馬顔のヒト、インド人と牛のような取り合わせ・・・謎な風体容姿だった。

伝・王維 護法天王図 これまた不思議な人物まみれ。カミさまもオバケも中国は同レベルだからなぁ。こちらも群像図。神農みたいに柏の葉っぱのケープつけたヒトはなかか美青年だった、虎柄の褌のヒト、一人半裸で座っているのもいるが、一体なんなのだろう・・・

伝・呉道玄 送子天王図 赤ん坊のお釈迦様をだっこして父の浄飯王が大自在天の社に参詣に行くと、そこに祭られている神像たちが続々と動き出し、赤子に拝礼する、という図。この絵は8世紀のものだが、その線描がスゴい。現代のコミックのキャラの線のようにきれいなのだ。
もしくは山口晃を想起させられた。

宮素然 明妃出塞図 明妃とは王昭君のこと。画家に賄をしなかったため醜く描かれ、それゆえ異国の王に嫁入りさせられる運命になった婦人。皇帝の後悔も手遅れ、王昭君は駿馬に乗せられ、連れ出されて行く。
古来より悲話として伝えられ、多くの絵にもなった物語。
余談だが陳舜臣だけが「小説十八史略」において王昭君の人生はむしろ後半性において幸福だったという説を立てていた。省みられることのない後宮生活より、王妃として大事にされる異国の方が人として満足できる、という話だった。わたしもその説を採りたい、といつも思う。
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第三章 元朝の絵画
伝・銭選 品茶図 明代には闘茶という遊技も流行るくらいだった。これは茶売りの人々が立ったままグルリと並んで茶を喫している図。みんなわりと真剣な顔つきなのが面白い。

第四章 清朝皇帝の秘宝 石渠宝笈所載作品
散牛図 牛牛してる。実に多くの牛たち。水飲んだりくつろいだり。

伝・易元吉 聚猿図 先の絵が「ウシウシしてる」のに対しこちらは「サルサルしてる」図。中国らしい丸顔の猿の国。黒だけでなく白い猿もいる。

王淵 竹雀図 元代の絵。親子の雀がいる。子雀は親から餌をもらって嬉しそう。

第五章 明朝の書画
仇英 九成宮図 宮女図が多い仇英は当時の人気者で追随者も色々いたらしい。ロングで捉えた王宮の様子。後宮もあり、鶴も遊ぶ。人々は小さく描かれている。

第六章 清朝の絵画
寿平 花卉図冊 花を描いた画帳。ムクゲは何年か前に大阪市立美術館を始めとした市内のミュージアムパスカードの絵柄に選ばれていた。
他に蓮と藤があった。

八大山人、石濤ら人気のある画家の絵もあった。
こうして見ると、20世紀初頭の関西の中国書画コレクションの層の厚さは全くすばらしい。

次は仏教美術。

三井寺の室町時代の涅槃図はやや稚拙な感じがあるが、そこがまた味わいになる。青い唐獅子も白い象さんもひっくり返って泣いてます。

浄土曼陀羅図 三尊図で、左右の菩薩の美麗さにどきっとした。

不動明王(黄不動) 三井寺にあるのは秘仏中の秘仏だが、その模写。目は赤い。やはり滋賀に伝わる図。

愛染曼陀羅 四童子、四明王、十二天がいる。

大威徳転法輪曼荼羅図 フルカラー。チベット仏教のタンカを思い出した。

二尊院絵巻 紅葉の頃、狩り衣姿の貴人たちがいる。嵯峨天皇の行幸のおつき。

山王霊験記 頴川美術館との兄弟巻。話自体はよくわからない。門が焼かれ火が迫っているが冷静な人々。井戸でも立ち話。

六道絵 滋賀の聖衆来迎寺伝来。天道はのんきすぎ退屈そう。優婆塞戒経所説念仏功徳図では蓮の上に赤子がいる。

地蔵菩薩像 赤白の童子が控えている。不動明王と同じ立ち位置。お地蔵さんは思惟像。

融通念仏縁起 疫病が流行り、人々がお寺に集まっているところへ当の疫病神らが大集合する。牛風なものや鬼ぽいもの、目が多いものいろいろ。妙に可愛い。こやつらは、この念仏合宿中の人々の名簿を見てサインをし、だれもあの世に連れて行かなかった。
・・・そう聞くと、もしかしてこれはホトケさん側の謀略かとも思えてくる。

鬼子母掲鉢図巻 明代の絵。鬼子母神VSおしゃか様。溺愛の末子をお釈迦様によってガラスケースに入れられ、それを救おうとするが出来ない状況。この後に前非を悔いる姿が出てくるのだった。

他に木造で役行者像、びんづる尊者、大将軍坐像などがあったが、いずれもみんな怖い怖い風貌だった。

展示は11/23まで。

大つくりもの 浦島太郎と竜宮城

今日は関西文化の日ということで、大阪住まいのミュージアム、くらしの今昔館が全館無料だった。四時少し過ぎに出かけた。
明日まで「大つくりもの 浦島太郎と竜宮城」してるから。
とにかく幕末から戦前そして昭和真ん中までは、「上方細工のつくりもの」は人気があった。
生人形の系譜なんかでもそう。
非常に面白い。このあたりのことは書き出すと長くなるので今回はパス。
たまにはこうしたイベントに機嫌よく参加しよう♪

この天保年間の大坂の町を再現した空間は、一日の時間を照明で再現するだけやなく、天神祭の掛け声なども流したり花火の打ち上げが天空に輝いたり、と工夫色々してはります。
つくりものにも照明が入るからキレイキレイ。

竜宮へ到着しようとする浦島を上から見た。SH3B08180001.jpg
亀も満足そう。SH3B08320001.jpg

SH3B08300001.jpg竜宮~

乙姫は輝いておるのです。SH3B08290001.jpg

その乙姫の私室。うーん毛皮というよりヒョウ柄の服を脱いだまま?
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綺麗なべべ。SH3B08240001.jpg
帯で拵えた宝船もあります。SH3B08190001.jpg

竜宮の主たる竜王。SH3B08280001.jpg

珊瑚も光る。SH3B08250001.jpg
SH3B08310001.jpgナゾの鯉もいた。

おお、花火も打ち上げられた。SH3B08330001.jpg

町屋の中には可愛いおもちゃの段拵えも。SH3B08340001.jpg

こちらは大川を行く御座船やお迎え人形。天神祭のジオラマ。
SH3B08350001.jpgイケメンな人形。
SH3B08360001.jpgSH3B08370001.jpg

楽しかったな~こういうのは本当にいい。

世界遺産ヴェネツィア展

世界遺産ヴェネツィア展 魅惑の芸術 千年の都
このタイトルだけでも実に魅力的。
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今は両国の江戸博で開催しているが、やがて京都にも巡ってくるこの展覧会、京都もまた千年の都であるから、その<対決>をちょっとばかり楽しみにしている。
とはいえ三百年の都をないがしろにはしない。
江戸一番の盛り場であった両国の地で、中世から近世のヴェネツィアの絵画、工芸品といった文物を広く楽しめることは、それだけでも大きな喜びになる。

展覧会はカルナヴァルの様相を呈していた。

映像がある。
ヴェネツィアに欠かせないゴンドラに乗った者の目線での映像。それを見ていると、この展覧会の主催に東映やTBSの名があることに納得する。さすがに見事な映像だった。

また、各章ごとに設置されているプレートには煌めく装飾があった。小さなタイル状の飾りは玉虫色に光っている。
そして解説プレートは章によって赤いもの青い輝きを見せていた。

第一章 黄金期

1500年のヴェネツィア景観図がある。風の神・海の神の加護がヴェネツィアを取り巻いている。
人工の島であるヴェネツィアの繁栄と永続の願いをそこに込めて、優雅で強大な共和国の絵図を描いている。
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こちらはその少し前のヴェネツィアの眺望

チラシのサン・マルコのライオンもいた。
私が最初にこの有翼ライオンを見たのは、ヴェネツィア映画祭のトロフィーだった。
わたしが子供の頃はふつうの民放TVでもよく名画を放映していたのだ。淀川長治、荻昌弘、水野晴郎、河野基比古諸氏が現役で、映画の解説とちょっといい話を交えて語っていた時代。
そこからこの有翼ライオンを知ったのだから、今こうして絵や彫像を目の当たりにすると、様々な映画の情景が思い浮かぶばかりだった。
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それにしても15世紀末のこの彫刻は大きい。

ヴェネツィアの歴史を描いた作品をいくつか眺める。
総督の肖像画やオスマン=トルコとの海戦などである。
元首をDogeドージェと呼ぶのは知っていた。
中学の頃に森川久美の本で教わった。
彼女の描くヴェネツィア共和国は本当に憧れの地だった。
「レヴァンテの黒太子」を皮切りにしたヴァレンティーナ・シリーズは今も私の頭上に燦然と輝く。

イギリス製の天体観測リング、フランス製らしき天球儀、大きな地球儀、日時計、コンパス、海図・・・
海洋国家たることを改めて実感する。
地球儀で日本を探すと、蝦夷がなかったが本州などはほぼ正確なように見えた。
がんばれ伊能忠敬!とわけもなく応援した。

マルコ・ポーロの帰還 19世紀の絵画がある。皆さんに宝を見せるマルコたち。綺麗な婦人もいる情景。

東方見聞録の真の作者は獄中でマルコから話を聞いたルスティケロだが、彼の書き留めも出ていた。
近年の私はルスティケロの名を見ると、魚戸おさむの「イリヤッド」を必ず想う。
あれも大人買いしようと思いつつまだ手を出していない本だが、何度読んでも面白い。

総督帽があった。横から見ると烏帽子風にも見えた。
肖像画ではよく見ているが、実物を見るのは初めてである。映画「テンペスト」はワダ・エミが衣装デザインを担当したが、流され王たるミラノの公は映画のラスト近くになって、ゆったりとその帽をつけた。
あれくらいでしか、その質感がわからない代物だった。

十人委員会、財務官、緋色の長衣、宣誓書、委任状・・・
中世から近世のヴェネツィア共和国の実感がそこにある。

第二章 華麗なる貴族
赤が目立つ装飾があった。豪奢な香りがする。

婚礼の晩餐を描いた絵などを見ると、小さいながらも人の顔などがはっきり描かれており、どこか絵本風な面白さがあった。

一番スゴいのは17人もの「家族の肖像」である。
ヴェネツィアだけでなく欧州全土で「家族の肖像」がいかに大事にされていたかは、ヴィスコンティ監督の同題の映画にも示されているし、やはり監督の「ヴェニスに死す」の冒頭でも、ドイツ人アッシェンバッハはヴェニスのホテルに在りし日の「家族の肖像」写真を最初に設置している。
この絵に描かれた17人は女6男7子供4という内訳だった。
みんな妙にナマナマしくそこにいた。

神話の人物を描いた工芸品が並ぶ。食器や花瓶などの文様が幾何学紋様や花柄がメインになるのは、もう少し後生らしい。

ヴェネツィアグラスの名品もある。
このあたりは先だってサントリー美術館で堪能させてもらっている。
楽しい気分で見て歩くと、巨大なシャンデリアがあった。
ちょっとびっくりしたな。

婦人用雑貨の数々を見るのも楽しかった。
鬘用化粧箱や刺繍を入れたバッグなどは本当に可愛らしい。
コルティジャーナが使ったのかもしれない、大変足の高い木靴などもある。

ピエトロ・ロンギ様式またはその工房の風俗画がたくさんあった。見ているとわんこが多くの絵に出演している。
犬にも何か寓意を潜ませているのかもしれないが、調べるのはやめた。

第三章 美の殿堂
最後に美麗な絵画が集まっていた。

レダと白鳥 これはかなりHくさい絵で、ここまで描いたのをどこに飾っていたか、それがとても気になった。

凍結したラグーナ 史実に基づく困った事件を絵画に。湾が凍れば色々と困ったということが説明にもある。
ううむ、船も動かないのではね。

ヴィーナスとサテュロスとキューピッド ああ、またこれも。イタリーもフランスもこの時代は本当にヤバい~

驚き 裸婦が布をかき抱きつつ首を傾けるのがまた。

アモールとプシュケ 美少年のアモール。羽がとても綺麗。

二人の貴婦人 これまではコルティジャーナを描いたものだと思われていたが、近年の研究ではそうではなく、逆に貞淑な夫人を描いたものかもしれない、ということが言われるようになってきた。
どれがそうなのかは描かれている犬や孔雀から推察したり失われた半面からの想像らしいが、なかなかこういう謎は解けないのに、苦労されたなと感心する。
別に娼婦でも淑女でもどっちでもいい、とは人前で言えない感想だった。

優雅な気分でヴェネツィア展を見てあるいた。
実際に自分が歩いたのはもう十年前になるが、あのときより今の方が実感があるかもしれない。
12/4まで。

伊東深水 時代の目撃者

平塚市美術館で「伊東深水 時代の目撃者」展が開かれている。
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公立の美術館で深水展が開かれるのは珍しいように思う。
最近では目黒区美でY氏コレクションとして、深水の珍しい作品が色々出ているが、'90年代半ばまではデパート展覧会の華だった。

副題の「時代の目撃者」というのは、彼がその時代時代の風俗を体現する女性たちの姿を視つつ、更に強く自分の志向と、時代の嗜好とを採り入れて、作品を生みだしたことを指すように思う。
'95年「深水・紫明 二人展」の図録が刊行された際、解説において草薙奈津子氏がやはりこの副題と同義の言葉を深水作品に宛てられていた。
(「時代の証人」という言葉がその文中に見える)
そのことを踏まえながら、彼の美人画を味わいたいと思う。

展示は「深水」以前の伊東一いとうはじめ少年の作品から始まる。
枇杷 13歳でこうした南画風な絵を描いている。明治末の少年の達者さに感心する。

恵比寿大黒 翌年の作で、いかにも「明治の日本画」という味わいがある。めでたい画。

新聞売り子 これも同年の作だが、カラリストだということを既にここで感じさせられる。
一方、この貧しい勤労少年の様子には、当時の恵まれない環境に育った深水のシンパシーとでもいうものがある。
そして少年の売る新聞が「やまと新聞」だというところに深水のちょっとした遊びを感じる。「やまと新聞」は師匠清方の実父・條野採菊ゆかりの新聞なのだった。

春日 おばあさんと孫の幼い女の子。この取り合わせは幸せそうに見える。エプロンを着物の上につけられた幼女は桜散る下でりんごをてにして笑っている。

日本橋(鳥追い) 倉の建ち並ぶ日本橋界隈を、正月の風俗である鳥追い女がゆく。その後ろ姿が隅に描かれているのも象徴的で、しかも襟足のきれいさと半襟の朱さだけが、この絵の華やぎなのだった。
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大正に移る。既に彼は「伊東深水」になっている。
大正ロマンの空気を吸いつつ、師匠清方のもとで文芸性の漂うやや妖艶な絵を描き始めている。

笠森お仙 先人・春信の描くお仙はキュートな娘だった。
師匠と同世代の雪岱ゑがく「おせん」もやはりキュートで、しかもどちらも北方ルネサンス絵画に活きる、未発達な美少女と興趣を等しくしていた。
しかし深水のお仙は彼女らとは趣を異にし、江戸の等身大の娘が「ああ、つかれた」というのを描いている。
極端をいえば「笠森お仙」でなくともよい、茶屋勤めの若い女の一瞬を捉えた絵なのだった。
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同時期に深水は新版画への参加を見せている。
近年つとに大正新版画への関心が高まっているが、この20年の間だけでも良い展覧会が何度も開かれ、そこで深水と同門の巴水が特にクローズアップされたが、深水の版画作品もまた大変に魅惑の深いものだということが、改めて世に知らしめされている。

大正新版画時代の深水の作品を追う。

対鏡 いかに明治生まれの人の精神が成熟していたか、いかに大正ロマンが人の心に広がっていたか、を証明するような一枚。これを18歳の少年、いや青年が描いたのである。艶めかしさがフィクションではない、女の姿がある。
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遊女 髪を抑えながら黒目がちの目をあげてこちらを見る女。いい見世の女ではないだろう。どこか投げやりな風なところもあるし、執意深そうなところもある。
深水が実際に買った女の一瞬の姿だとしたら、この若い絵師が凄まじい眼を持っていることに、当時の人は感嘆していたかもしれない。

むろん艶めかしい女だけを版画作品にしたのではない。
同時期に風景版画をいくつも生み出している。
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明石の曙、泥上船、神立前などの風景ものは巴水の叙情性を持たないが、そこにある風景を描いている、という実感がある。
また近江八景シリーズのうち、粟津が出ていた。sun997.jpg
これらは全て渡邉木版美術画舗所蔵品だが、近江八景は大津歴史博物館にも所蔵されていて、ここに出した画像は以前そこで手に入れたもの。
並木の感じがいい。

深水は同一モティーフの反復というか、同じ構図のもので配色を変える、ということを多くしている。
たとえば傘を差す伏せ目美人や女同士で楽しげにささやきあう姿などは、デジャ・ヴュどころではなく、本当に「前に見てるような」=見てるよ、きっと な状況である。
時折「大人のぬりえ」に深水のそのパターンのものが入れば、と思うことがある。

ここでも雲母刷りのものとそうでない刷りの絵とを並べている。「春」と題された作品では、女の着物の違いがめざましく、二枚を並べると別な女のように見えた。
数え二十歳の絵師がこんなのを作るのだから、大正という時代は本当に悩ましい。
行けるものなら行きたい時代の一つである。

日照雨 そばえ、狐雨とも言う。深水好みの傘を差す女。着物は赤パターンと青パターンとに分かれている。

こうした「着せかえ」ものを見ていると、「またか」と思いつつも細部に目がゆき、なるほどと考えさせられもする。そこがまた面白くもある。

屋上の狂人 菊池寛の戯曲。オレンジ色の背景の中、その狂人が藁葺きの屋根にいる。
深水は一時師匠の勧めを受けて、挿し絵の仕事に勤しんでいたから、こうした絵も悪くない。

今回は往事の挿し絵の仕事は出ないが、深水の挿し絵は評判も良く、それがために挿し絵界では大事件が起こるのだが、これはここには書かない。

伊達巻の女 ピンクの伊達巻を着た女の後ろ姿。帯は紅白市松模様。女は背を丸めて、後ろ髪に櫛を差そうとしている。こうした一瞬の仕草を捉えるのが深水の巧いところだと思う。

新美人12姿シリーズのうち三枚が出ていた。
初夏の浴、踊り、虫の音。このあたりは刷り師の手に依らず自刻したものだった気がする。

眉墨 臙脂地に女が一人化粧中。昭和三年、この版画が売り出されると大変な売れ行きを見せ、ついに版元の渡邉が倍値を払うて版木を買い戻した、というエピソードがある。'88年、平木浮世絵財団の前身?のリッカー美術館展が京都で開催されたとき、この作品が大トリだった。
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いい構成だったと今も思う。本当に忘れ難い、名品だった。

美人画の大家として、立派な地位に立った頃の版画が現れた。昭和十年代の三点。
追羽根 ハネツキに興じる女の上げた腕。それが目を引き寄せる。
池上本門寺山門雪景 この題を見ると池波正太郎「鬼平犯科帳」の一篇「本門寺暮雪」を思う。小説のラストシーンにしずしずと雪が降り始めるのだが、この画ではもう雪はやんでいた。
本門寺の近くに深水は住んでいたから、あの辺りには近年まで深水ゆかりの梅林があった。今はどうか。
いつかこの古刹を訪れたい、と思っている。

七十年前の新橋駅 描かれたのは昭和17年だから今日で言えば140年前の新橋駅と言うことになる。
黄八丈の着物の娘さんがパラソルを差してほほえむ背後に新橋ステンショがある図。新橋停車場が再現されている現在、この画の再現もできるかもしれない・・・

版画コーナーを出て、大正から昭和初期のコーナーへゆく。
まず大正。
長襦袢 大正のねっとりした感性がある。甲斐庄楠音の絵を思った。そうしたねっとり感がある。大正の官能。
これで思い出したが、甲斐庄楠音と深水の芸術を同時に味わえる空間が、一つある。
溝口健二「西鶴一代女」の衣装考証や着付けなどを甲斐庄が担当していたが、映画の中でヒロインお春の似せ絵が殿の目に触れるというエピソードがある。
その絵は深水がこの映画のために描いた新作だった。
絵はプロデューサーの言によると溝口のものになったそうだが、その後の行方は知らない。

指 これは発表当時非常に評判がよかったそうだが、後の深水の様式を思うと、全く別物に見える。

紅蓮白蓮の雪路 大正ロマンな立ち美人図。着物も非常に綺麗な色合いを見せている。艶めかしい。
これは小説のヒロインだが、こうした絵を見る歓びがあるから、わたしは文芸性の高い作品を偏愛するのだ。
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古井戸 おどろな情景である。月下、ススキの中にぼんやりと古井戸がある。井戸の中からなにが出てくるかは知らないが、これも何か物語に拠るのかもしれない。

次から昭和の作品。
婦女潮干狩図 多くの女性が描かれている。一種の風俗屏風。少女からモガまで。静止した空間にあふれる女たち。

この時代の作品は元は目黒雅叙園美術館に所蔵されていたものが出ている(涙)。
浄晨 林の奥にあるいで湯に集まる女人たち。
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暮方 二階の座敷で髪に櫛を差そうとする女をその情景ごと捉えた一枚。
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昭和六年の充実を見る。
露 三人の女が秋の庭にたたずむ。芙蓉と桔梗が咲いているのが目に入る。
雪の宵 二人の女がいて、右は可愛らしく左は綺麗な女。
どちらも東近美所蔵らしいが、そこでは見ていない。
朧(春宵) 名都美術館展でこの絵を見たとき、その清艶さにときめいた。春爛漫な宵に酔ったような美しい女の顔が浮かぶ。素晴らしい一枚。
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宵 居眠る女の背から写す。意表を突くような構図。埼玉近美で見たとき、びっくりしたことを思い出す。
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二枚の鏡獅子がある。どちらも娘弥生の踊りを描いている。昭和九年の作の方が繊細だが、21年の作は堂々たる深水様式美人となり、画面につけ込む隙を見せないでいる。

ここで初出の絵を見た。
チラシにも上げられているものなどである。
佳日 白い蓮を見る女。江戸紫地に宝相華の着物。ふんわりした洋髪にリボンを結んで、岩に座している。

皇紀二千六百二年婦女図 西暦では昭和17年なので、衣服の締め付けがうるさくなってくる時代。「ゼイタクハテキダ」である。雪傘を差す女たちが行き交う。妙なスタイルだと思いつつ、説明を読んで納得する。
深水は標準服(なんじゃそれは)の委員を務めていたそうだ。・・・いやな時代ですね。
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ここから南方風俗スケッチが21点出てくる。
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深水はジャワなど南方に派遣され、現地の人々の風俗・民俗をスケッチして歩いた。
美人画家の仕事ではなく、これこそある意味「時代の目撃者」の本領発揮な仕事だった。
一部は以前にも見ているが、多くは目黒でも見ている。
ジャワやボルネオの現地スケッチは非常に活気に満ち満ちており、資料としても大事なものだと思う。ジャカルタの市場、造船の様子、バロン踊り・・・鉛筆スケッチのコスレがまた臨場感をいやます。

敗戦後の新生日本、いやまだ占領下のnipponか。
銀河祭り 七夕の行事を真摯な顔で行う女。梶の葉も笹に吊られている。

髪 二人の女がいる。鏡に向かう女と、右隻には盥に長い髪をつけて、立ちながら洗う女。豊かな胸も逆さになったまま。絵の表面を見ると、だいぶ傷んできているのを感じた。
近いうちに綺麗に修復してほしい。

鏡 髪を整える諸肌ぬぎの女。きれいな胸だった。先の絵もそうだが、ナマナマしさはない。

雪月花それぞれをふさわしく描いた作品も出ていた。こうした作品を見ると、深水様式の美人はまったく隙がないと感じるのだった。
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娘を描いたものも出た。
朝顔と少女、姉弟。正妻さんの方の息子は日本画家になったが、もう一人のヒトからは朝丘雪路らが生まれている。
その朝丘サンが少女の頃を描いている。
うちの親によると、朝丘雪路、東郷青児の娘タマミ、水谷良重(現・二代目水谷八重子)の三人が組んで「七光り会」として歌を歌っていたそうだ。

実在の人々の肖像画も現れる。
清方先生像 机に向かう清方の姿をとらえている。机には清方が愛した鏡花の本があり、温厚な風貌の先生がそこにいる。清方の随筆「続こしかたの記」に疎開中の清方のもとへ深水がやってくるエピソードがあるが、それが非常に深く胸を打つ。師弟の心の交流、それが本当に暖かい。

聞香、古曲の人たち、荻江寿友像、祗王寺の秋、そして上方舞の武原はんをモデルにした「愚痴」、娘道成寺を舞う吾妻徳穂、菊を活ける勅使河原霞女史・・・これらは美人画家深水の仕事ではなく、「時代の目撃者」たる深水の描いた、同時代の人々の姿だった。

同じく肖像画でも、名は秘されて描かれた肖像画には、また別種の面白味がある。

N氏夫人像、黒いドレス、踊り子などがそれである。
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描かれた人々の個性を表しつつ、普遍的な美しさをも捉えている。そしてそれを自己の様式に移し変えている。
この辺りは全く以て深水の力業だとしか言いようがない。

群像の面白さが際だつのは、「春宵(東おどり)」の楽屋の慌ただしさを描いたものと、日劇ミュージックホールの舞台裏絵巻「戸外春雨」だと思う。
後者の習作が今回初めて世に出た。
巷は春雨 うまいタイトルを習作も持っている。
絵の構図はほぼ同じ。深水のいう「生活女性」の元気さが表れていて、後ろ暗さもなく、かといって未来があるわけでもないのだが、ある種のリズムを感じる絵だった。

今回展示されていた作品のうち、一番最後の年のものは昭和42年である。

江戸中万字屋遊女玉菊 享保の頃の風俗で描かれている。
手に朱盃があり、ポーズを取っている。飲んでも飲まれるな、の啓蒙ポスターのようにも見える・・・

最後に同年深水が彩管を揮った打掛が現れた。
紅白梅文様の見事なものである。娘の朝丘サンはこれを着たのだった。
この展覧会を見たのが朝いちばんで、最後に千葉市美へ飛んで抱一を見たが、そこでも抱一の揮毫した内掛けを見た。
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どちらも非常にいいものだと思う。

多くの馴染み深い絵と、初出のものと、バランスよく並べられた、いい展覧会だった。
11/27まで。
関西に巡回はないのだろうか・・・

鎌倉x密教

鎌倉国宝館で開催中の「鎌倉x密教」は見応えのある展覧会だった。
チラシは明王院の不動さま。sun989.jpg
コワモテな顔つきに、巻き毛の、やや肉付きのよいお姿である。
大日如来の化身たる不動明王もずらりと並んでおられる。
密教においては大日如来が教王で、不動明王はその化身、ということらしい。
わたしはあんまり仏像を「彫像」としては見てこなかったので、何にも知らないのだが、木造や銅像の大日如来を見ていると、京都のそれとは随分違うなと感じた。
無論京都のそれとは時代も拵える作者も違うから当然なのだが、その違和感が不思議な面白味に感じられた。

さてその不動明王像はあちこちからここへよりつどっておられる。
遠くは三井寺からも。
大山寺の不動明王を見て、「ああこれが<大山詣で>の」と思った。
何しろオオヤマというのが長らくわからなかったのだ。
わたしは関西のニンゲンなので伯耆大山(ホウキ・ダイセン)という霊山しか思い浮かばないのだ。
「暗夜行路」の時任謙作だって最後は伯耆大山に登ったぢゃないか、と思いつつ。

セイタカ・コンガラの二人がセットで付いた像もあり、やっぱり一人のより三人セットの方がいいと勝手に決めている。
炎上する親玉と紅白の子分たちと。時々竜もオマケになる。

鎌倉五山も満足に訪ねていないから、当然他のお寺にも無縁に近い。
行ってもせいぜいお庭探索くらいでサヨナラしている、フラチなわたし。
様々な菩薩、如来像を見て歩くと、そこからまた自分の嗜好に合うホトケ様に出会ったりもする。

素晴らしい、と感じたのが来迎寺の如意輪観音。これは非常に艶かしく豊かで、ねっとりした匂いまで感じるような、魅力的な仏像だった。
ところが惜しいことにこのチラシの画像では、そのねっとり・もっちり感が出ていない。まことに残念ではある。

以前から好きなのが巨福呂坂町内会が保存していた、ゾウさんカップルの歓喜天立像。これは最初見たとき「ザッキンぽい」と思ったのだが、今回もやはり「ザッキンしてる~」と思った。
南北朝時代に何があってこのコブクロ坂の町にザッキンなカップル像が生まれたのだろう。
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愛染明王も五島美術館の名品と、鎌倉青蓮寺のそれが並んでいた。
何本かある手の内、小さい弓と矢とを持つのがあり、そこだけ見ればキューピッドのようである。洋の東西を問わず愛のカミさまホトケさまはハートを射抜く弓矢が必需品らしい。(え゛っ)

彫像だけでなく絵画も充実している。
七星如意輪曼荼羅 弘明寺の所蔵。構図が面白い。円の中心にいる金色の如意輪観音と、その周囲の仏たち。なぜか正教会のイコンを思い出した。

歓喜天曼荼羅 白いゾウ頭の天部がぞろぞろ。武装というか佛装というか、そんなナリでゾウゾウ集まっているのも、なんとなく奇妙な面白味がある。

黄金剛童子 三井寺の名品展をみたときのことを思い出す。この童子は蔵王同様片足を挙げている。今踏まれていない蓮の花は、形状記憶加工されているのかもしれない。

焔摩天曼荼羅 称名寺所蔵と言うことは金沢文庫で展示されているのかもしれない。どうも資料のほうで見た気もする。この白い顔は。

密教の本拠・京都からも十二天像が来ていた。神護寺のそれ。前後期に分かれて出ている。

僧形八幡神像・弘法大師像 仲良しさんにみえる二幅。いや実際に仲良しな逸話からの絵。

奈良博の不動儀軌は以前見ているが、この中で見るとまた違った面白さがある。納得が深まる、とでも言う感じる。

江ノ島縁起絵巻 弘法大師が島へ行く話。
大山寺縁起絵巻 不動出現で倒れる村人たち。

面白い絵巻だが、じっくりと眺めてみたいものだ。

色々な書も見たが、中でも「うわ」なのが、足利持氏血書願文と異国降伏御祈祷記。
いや・・・とにかく、こういうのはニガテなのだよ。

見ているときに急にキュルキュルキュルと音がして、日よけのスクリーンが巻き上げられ、明るい日差しが場内に入り込んできた。
古画・古彫像を集めた展示室に自然光が入り込むのは珍しい。
理由は何か知らないが、ちょっと新しいような気持ちでもう一度展示室を見て回った。

11/27まで。次は元旦から氏家コレクションの浮世絵展。

没後十年 上村松篁 鶴に挑む

上村松篁さんの没後十年ということで、松伯美術館では特別展「鶴に挑む」を開催している。
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常にこの美術館に通っては多くの絵を楽しんでいるので、改めて「没後十年」ということを、意識していないことに気づいた。
松篁さんの新作にはもう出会えないが、長い生を充実して送られた松篁さんの作品群は、いつまでも新鮮だった。
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閑光 昭和二年の作だから随分若い頃になる。蓮の咲く水面、装飾的すぎる情景。全てが静止している。時のとまった屏風。

さて鶴の特集。
冠鶴 チラシの鶴。ホテル日航大阪に住んでいる。わたしはあんまり・・・
玄鶴、竹鶴、真鶴、丹頂と言った作品も全て「鶴」である。
「鶴に挑む」姿勢は成功したと思う。
わたしがニガテなだけの話だ。

鶴が怖いというのは鳥類だからというだけでない理由がある。
赤江瀑「禽獣の門」という小説に、中国山地の某所に巨大な鶴がいて、人を襲うという設定がある。その襲撃の様子と存在感がナマナマしく、細部も粗筋も忘れたのに、そのシーンばかりが何度も反復するのだった。
その気持ち悪さが常に背筋にある。
尤も、松篁さんの鶴は、岡山城の郭若沫さんの鶴たち同様、ほんわかランドに住まうものの顔つきを見せていた。

鴛鴦 池にカップルがたくさんいる図。とはいえ鴨も一羽いる。にぎやかそうだが、しかし騒がしさのない情景。
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万葉の春 これはいつ見ても本当にいい。
桃の色の違い、天平時代の若い人々、おおらかな空気。
本当にこちらの心も浮き立ってくる。
男がかざそうとするのは八重の山吹だと、今日気づいた。
小さい何かを日々新たに気づき、嬉しい心持ちになる。
「お家芸か隠し芸か」・・・うまいことを言うヒトもいたものだ。
微笑みながらこの巨大な壁画から離れた。

燦雨 インド孔雀と火炎樹と。熱国の美を画面にとどめた、それだけでもすばらしい。石崎光瑤の絢爛な世界を、自分の手でも作り出してみたい、という想いがこの華麗な作品を生みだしたのだった。

夕千鳥 七羽の千鳥が楽しそうにステップを踏んでいる。
黄色い花は月見草。見ているだけで丁寧な唱歌が頭の中を流れ出す。

春輝 特に好きな絵である。梅の中で「山娘」二羽が歌っている。これと似た構図の、桃の中の山鳥の絵は文楽劇場に飾られているが、どちらも本当に好きな作品。
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薪能 これは京都で何か企画が立ったときに描かれた一枚ではなかろうか。ちょっとそのあたりのことが思い出せない。配色の艶やかさにぼぉっとなりながら眺める。
謡が響いてくるような、静かな凄みもある。

芥子 赤、ピンク、白、白に紫がにじむ・・・そんな色の芥子たちが咲き誇っている。
息子の淳之さんの解説によると、制作当時既に芥子栽培は厳しく禁じられており、某大学の研究栽培を写生したということだった。

若い鷹 不安げな顔つきをしているが、それでも「鷹」である。泣くわけにはいかない。なんとか顔だけでも上げなくては。

春愁 ビューンッ飛ぶ小鳥が描かれている。12年前の作品。亡くなる二年前の作品か。しかしこうして勢いよく飛ぶ鳥を描いている。
そのことを思うと、胸が熱くなる。

松園さんの唐美人、娘、鼓の音を見る。
芙蓉の咲く窓を背にした「唐美人」、二人の娘たちのあでやかな着物を見るのも楽しい「娘」、小鼓の紐の塗り方が他の部位と違うことに今回初めて気づいた「鼓の音」・・・
何度見てもいいものはいい。

淳之さんの近作「白鷹」のピィンとした強さ、「雪間」の黄ばんだ熊笹に降り積もる雪と低く飛ぶ雁と・・・
年々歳々ほんとうに淳之さんの作品は魅力が深くなる。

上村家三代の人々の絵をこうしてこの松伯美術館で折々眺めていると、松篁さんが「没後十年」だということを忘れてしまう。
新作がでなくなって十年、そんな風にしか思えず、そして跡を継ぐ淳之さんの年々みごとな広がりを見せる作品世界に接すると、いつまでもこの喜びが続くように思うのだった。

展覧会は11/27まで。

法然と親鸞

東博の「法然と親鸞」展に行った。
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入り口が赤と細い白と青とに塗り分けられている。
二河白道の見立て。
夜間開館のその日、付近に人がいないのを幸いに、わたしは殆どケンケンパするように赤・白・青を平等に歩いた。
オレンジ・ロードもあるべきだと思いつつ。

京都で大掛かりな「法然展」京博と「親鸞展」京都市美が開かれたのは、春だった。
どちらもわたしにはなかなか難しかった。
親鸞展の少しばかりの感想はこちら
法然展の感想に至っては、「拾遺・書けなかったもの」の中に挙げている。
どうも仏教関係の展覧会の感想は、わたしにはかなりムツカシイのだった。

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今回の展覧会は春の「法然」「親鸞」のええとこ取りかと思っていたが、なんのなんのそんな軽いものではなかった。
春の展覧会で表に出たものを、それを吉祥に借り出したものなども多いが、あくまでもこれは東博オリジナルの展覧会だった。
だから気持ちを新たにして、資料や作品の前に立った。

チラシ最初期のもの。
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二河白道図を見る。
先ほど自分がケンケンパしたあれが出ている。
行い正しきものの行く道はあくまで細く、両側は炎熱と氷結の地獄である。
しかしながらこうして見ると、これは極楽双六のゴール寸前の試練、と言う風にも見えてきた。
昔の億万長者ゲームでも最後のチャレンジと言うのがあったが、一文無しになっても、道は残されていた。
豪邸でなくとも幽霊屋敷に住まうのも一興だと、子供の頃に思っていたのが蘇る。
地獄は一定住みぞかし、という言葉まで思い出されて来る・・・

光明寺の二河白道図を見ていると、極楽は余りに遠く、「生きている」のは余りに貧しく、ただただ苦しいばかりという気持ちがわいてくる。

上人と聖人の違いについて考える。
わたしは宗派が違うのでこのあたりはよくわからないし、わかってもそれで?という気持ちがある。
まことに申し訳ないが、御影も禅宗の頂相図もニガテである。
美人画や武者絵は楽しいが、このあたりは本当にパスである。
尤も御影を見て「楽しい」と思うことなど、そもそもありうるのか?
恭しい気持ちにもならないし、畏れもない。
ただ、肖像画として眺めるばかりだった。

ところで絵だけでなく高僧たちの彫像も何体もあったが、いずれも怖かった。
特に目が光っているのがたまらない・・・

教行信証(坂東本)は今回も熱心に見た。信徒ではないのに何故?と言えば、新聞記事で読んだ「新発見」の爪あと(!)を今回も見てみたかったからだ。
内容はわからないままで眺める。
東博ではさすがにないが、京都で見ているとき、どこか地方の信徒の団体さんが押し寄せてきて、わたしがそれを見ているのを「熱心なお子や」と満足げに頷かれているのに遭遇している。違うんです、ただの好奇心です、とは言えないままジッと見ていた。
親鸞の直筆はやはり力強い、大きな文字の連続だった。

知恩院にある法然行状絵図を見る。ここでは京都のように全巻と言うわけには行かない。
物語絵として眺めると、非常に面白い絵巻である。
わたしが見たとき、巻の一が出ていて、実家襲撃の敵に矢を放つ幼い法然の姿があった。

福岡・善導寺所蔵の本朝祖師伝記絵詞は稚拙な絵で、奈良絵本を思い出した。
稚拙だと言うてもそれが味わいになっているのがいい。
竜がそこにいる。二足歩行しそうな竜つまりワイバーン風な奴である。

寺院での絵解きに使われたらしき、親鸞一代記の軸物があった。
見ていると横に立った学生が「下から上へ見るらしい」と言って首を上げ下げしていた。
わたしは眼球だけ動かして、隣に倣った。

親鸞の絵伝でも仏光寺に伝わるものは他のとひと味違う。
親鸞が一旦戻ってきて仏光寺を作り、というシーンが入っている。そして親鸞の大火葬も描かれている。

善鸞義絶状をみた。顕智筆。
京都で見たような見てないような、曖昧な記憶しかないので、ここで見たことを覚えよう。
解説を読むと、やはりいつの世も組織が大きくなりすぎると、こうした問題が生じるものだと思った。
感情としてやはり「お気の毒に」というのがある。
読みやすいのはカナが多いから。

覚如の書いた口伝鈔もまた読みやすそうなものだった。
ルビが振られていて、優しく書かれている。
これなら私も時間をかけて意を得ることが出来るだろう。


慕帰絵 巻第四があった。随分前にこの絵巻の内でお料理するシーンだけをピックアップしたものを見ている。
そのイメージが意識にあるので、ついついヨダレがわいた。
ここに描かれているのは、父子の密談シーン。季節は春。

当麻曼荼羅は好きだ。極楽ランドの楽しいMAP。なんて不敬なことを思うのだろう、しかし当麻曼荼羅を見ると妙に楽しくなるのだから仕方ない。
こちらはその前段階の「当麻曼陀羅縁起」である。
横佩の大臣の娘の発心、井戸掘り、蓮糸の染色、ピカーッとした仏画が生まれるまで。
(折口信夫「死者の書」の元ネタの一つである)

阿弥陀浄土図もあったが、こちらは南宋のもので、知恩院に伝わっている。
知恩院は前を通るのにあんまり中に入らない。どういうわけか私が行くと、法事をしている最中というのがよくある。

知恩院の国宝「阿弥陀二十五菩薩来迎図(早来迎)」があった。これは京都でもいいポジションの展示だったと思う。遠目から見れば仏の流星群。BGMつきのお迎えというのはなかなか贅沢なのだった。

親鸞は聖徳太子を尊崇していたので、当然ながら聖徳太子像なども多く出ていた。
ここでは茨城のものをいくつか見たので、それが新鮮だった。
関東での信仰の広がりと言うものを知った・・・そんな展示だった。
なにしろ関西にいると「あって当然」な「活きてる寺」が多いので、関東に来ると、下世話な話だが「・・・やっていけてるんですか」と思うこともあるのだった。

光明本尊 真ん中にどーーーんっと「帰命尽十方無云々」の文字が浮き出し、ライトびかーーーっな軸。
横尾忠則の作品かと思ったが、14世紀の作だった。


ところでこちらは参考までに。
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絵伝もこちらにも出開帳している。

熊野懐紙なども見る。綺麗だった。
西本願寺のお宝。

十年ほど前、建物見学が目的で西本願寺に行った。
白書院や飛雲閣なども見学させてもらったが、本当に立派なものだと思った。
年を置いてお東さんにも入った。こちらでは武田五一の建てた名品を見ている。
近年もデパート展などで本願寺の名品を見る機会に恵まれたが、西にしろ東にしろ、本当に立派で豪壮な襖絵や建具が集まっていると思った。
信ずる人々の気持ちがこうした形になった、と思いたい。

松桜孔雀図襖 桜を挟んで白孔雀と緑の孔雀がいる図。
木が違うとラファエル前派にもインド細密画にもなるような襖絵。魅力的だと思った。
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最後に今回一番気に入ったものを挙げる。
可愛い・・・sun979.jpg
萌えちゃったなぁ、わたし。
善導大師像 知恩寺と言えば百万遍にある、あのお寺にこの可愛い萌えキャラがいるのか~

明日から展示換えという作品も多いので、後期もまた東博へ向かおう。12/4まで。

手仕事 芹沢ケイ介、眞葛焼、鎌倉彫、竹と民具

手仕事のいいものをいくつか見た。
 
松濤美術館に芹沢ケイ介展を見に行った。
ケイ介のケイは金編に圭だが、字がきちんと出るかどうか。
今回の展示は染織家の宗廣陽助氏のコレクションから。
静岡に芹沢の記念美術館があり、また大原美術館にもコレクションがあるが、こうした形で芹沢の仕事を見るのは滅多にないので、楽しみに出かけた。
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民芸運動に関わっただけに、手仕事の尊さを世に大いに示した。そのありようを松濤で見る。
展示品は見やすいようにと多少低い位置に配置されているが、その分監視員の目が鋭く、よく動いている。
リストも見あたらなかったし、メモるのも控えていたので、記憶だけで書く。

沖縄の伝統的な染色・紅型に衝撃を受けて芹沢が染色の道に進んだというのは、大原で教わった。
仕事の数が多いので、ここにある屏風や着物、暖簾に大原と同じものは見受けられなかった。

尤も、「春夏秋冬」の文字デザインや「いろは」屏風は他でも見ているから、やはりこのあたりは人気の作品なのだと知る。

わたしの好みと言えば滝柄暖簾。これはいい感じだと思う。家にかける予定はないが、こんな暖簾があるのはいい。

沖縄の民俗に強く惹かれる人は二期に分かれていると思う。この近年と、戦前と。
「沖縄風物」は戦後すぐの仕事だが、若い頃に見ていたものが作品になった、そんな感じがする。
チラシにあるのは「魔除けのシーサーと道行く人と」。タイトルは「往来屋上魔除けの獅子をしいさあと云」。
このタイトルに時代を感じる。

着物が色々釣られている。どちらかと言えばわたしの好みではないが、仕事の丁寧さ・発想の豊かさを感じる。
・・・わたしは技巧に技巧を重ねた作りのものや工業製品が好きなのだった。

ガラス絵があった。これは初めて見る。
小出楢重のガラス絵はよく見ているが、芹沢のそれは初見。ガラス絵は浜松美術館に幕末の頃のがあると聞くが、静岡出身の芹沢はそれを見ているのかもしれない。
ガラス絵はキャンバスに描く油彩画と違い、絵を描く順というのがあって、塗り間違えると、取り返しがつかない。
飾られた絵はどれを見てもこったものだった。

チラシ表の「みのけら図屏風」を見る。
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左側の黒に白のはパプアニューギニアの仮面に似ていると思う。これは首から下につけるものだが、襟が仮面に似ているのが面白い。

「いろは屏風」はいろは48文字それぞれに、その字のついた動物や道具を配している。「す」には雀という風に。
このあたりは安野光雅さんのご先祖というところだ。

なかなか面白い展示が揃っていた。
それらを集めた宗廣さんも偉い。
11/20まで。

次に神奈川県立歴史博物館の特集陳列「鎌倉彫と眞葛焼」の感想を少しばかり。
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数年前に「ハマ焼き」展があった。そのときに見たのがこのにゃんこ。可愛い。
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京都から始まった眞葛焼が輸出品「ハマ焼」として人気ものになったのは、やはり明治という時代を背景にしてのことだと感じる。
初代宮川香山はリアリティあふれる作りモノを貼り付けた花瓶や壷を拵え、二代目は優美なグラデーションを見せる作品を生んだ。
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高浮彫という技法でこのようにカニや鳩や鶉などを拵える。にゃあとした猫は可愛くて、いつ見ても撫でたくなる。

実際に使うと言うことはないだろうが、これらを見たときの外国人の喜びは大きかったろう。
家やオフィスで大事にされて、百数十年後の今こうして元気な姿を見せるものもあるだろう。


鎌倉彫は鎌倉幕府が開かれ、禅寺が数多く建てられたことで生まれた工芸品だった。
直接の先祖は明の堆朱・堆黒で拵えられた仏具だが、鎌倉彫は親御さんと違って、比較的簡易に製造できるそうな。
現在も鎌倉彫の作品を見かけるし、それから派の分かれた軽井沢彫もついこないだ見たばかりだ。
仏具から一般の人々の手にも入るものになったのは、やはり江戸時代かららしい。

ぐりぐり文の香合などは今見てもとても可愛らしいし、椿柄も多くあって、なかなかのものが多い。

椿文笈がある。これは以前大阪歴史博物館の展覧会でも見たが、同一品ではなく、兄弟品だと思う。
椿文様の笈は好まれたのだろう。

今も鎌倉の人々を中心に愛される手仕事だと実感する。

どちらも12/27まで。

この「鎌倉彫と眞葛焼」を見たとき、特別展では「竹と民具」展が開かれていた。(11/6まで)
入ったとき丁度展示品の解説が始まっていて、それについて歩いた。
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竹は本当に日本だけでなくアジア全域の人々を助けてきたと思う。竹を使った民具は本当に無限にある。今回の展示を見て強く思った。

何でもある。水筒、花瓶、筆、箒、物差し、馬連、籠、笊、柄杓、ササラ、茶筅、草履に下駄もある。
麻雀の牌もいいものは竹を使っているらしい。
まだまだいくらでもある。
飯櫃、お箸、竹串、弁当箱、団扇、火吹き竹、熊手、箆、魚籠、水鉄砲、竹トンボ、竹馬、竹槍、燭台・・・
「竹」冠の文字が多いことを思っても、やっぱり竹というものがいかに生活に密着しているかがよくわかる。

神事にも竹は使われる。
神酒口というのがあった。チラシ真ん中の飾りがついたものがそれ。用途は知らないが、まるで水引きのようにクイクイと曲げられ、飾りもついている。
それも高砂、万年青、月見ウサギ、宝船、橘、つるかめなどのようにめでた尽くしばかり。

えらいものだ・・・
建築にも竹は活躍する。中国語圏では建築現場の足場が竹なのを実際に見ているが、よくもまあと思いつつ、竹の柔軟な強さがそれを可能にするのかと納得もする。
ほかにも網代があるが、これも組み方が何通りもあって、初めて見たものもいくつかあった。
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手仕事は本当に幅広いものだと思った。

今日は手仕事の面白味を教えてくれた展示の感想を四つばかり書いたが、見てるときの楽しさが伝わればいいなと思った。

乾山と木米

明日までと会期が迫っているが、大和文華館の「乾山と木米」展は面白かった。
「陶磁と絵画」と副題があるように、二人の仕事の二本柱をそれぞれ展示している。
このチラシだと上の二点が乾山、下の二点が木米の作品で構成されている。
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まず乾山から。さすがに好きなもの・魅力的なものがたくさん出ている。
特別展なので、大和文華館所蔵品だけでなく、ほかの美術館からも来ている。

白泥染付金彩芒文蓋物  サントリーの名品の一つ。よくよく眺めると、ススキと言われたらススキなんだが、抽象表現のようでもある。中は普通の染付だが、ススキの表現が激しい。三百年前の最先端か・・・

白泥銹絵雪笹文手鉢  これは先日湯木美術館「茶道の琳派」展で乾山倣品として生まれたものを見ている。本歌は後世のものよりいいと思った。ただし力強さはいずれも同じ。
所蔵が滴翠美術館だとあるのを見て、久しぶりに行きたくなってきた。

銹絵流水文手桶水指  今の雅俗山荘がまだ逸翁美術館だった頃の夏の展示によく見た。
大胆な面白さが魅力的な手桶だった。所蔵先が「(財)阪急文化財団」になっているのが、微妙にこわい・・・

銹絵百合形向付  MIHOさん所蔵の可愛らしいお鉢。これだとキノコと菊花の和え物に大根おろし、カボスかなぁと思いながら見る。

色絵竜田川文向付  この波紅葉はたいへん人気があるので、逸翁にも所蔵されているし、よそでも見ている。見学していた高校生女子が懸命に形を鉛筆書きしていた。
模写というのではなく、記憶のための写し。

二種類の色絵定家十二ヶ月和歌花鳥図角皿を見る。
七月が杜鵑なのは同じなので歌も同じものだと思うが、杜鵑の顔の向きが違った。
細かいことだが、そういうのを比べて眺めるのも楽しい。

色絵能絵長皿  出光所蔵の長方形の皿。翁・八嶋・杜若・花月・安宅の五点があるが、杜若は見たまま、花月は清水の舞台が描かれているから多分それ、岩と波は八嶋かと思うが、舟がわからない。翁は文字なのでいいんだが。安宅だと舟より松とかそういうイメージがあるけれど、どうなのだろう・・・

色絵氷裂文角皿  モザイク柄で可愛い。関係ないがヒョウレツを変換すると、豹列と出た。なんだかヒョウ柄のお皿みたいになってしまった・・・

色絵夕顔文茶碗  これは以前もここで見たが、大胆な図柄だが、静かな面白さがある。
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銹絵染付金彩絵替土器皿  根津所蔵。金梅、帆舟、八重葎、ススキ、川面に雪の結晶体。
これは畠山記念館の兄弟かと思う。こちらのほうが金や銀が濃いように思う。

乾山の絵を見る。
拾得図  後姿を画面の右端に描く。余白にもある種の存在感が生まれている。

花籠図  抱一が描いたものの本歌。近い期間にそれぞれ見れてよかった。

出光所蔵の春夏秋冬を示す四幅を見る。
梅図、撫子図、萩図、雪図  それぞれ味わい深い。

波図  琳派らしい絵。猫手のような波です。

青木木米のやきもの。
煎茶に凝っていたひとだけに、煎茶具のいいのを拵えている。
白泥の湯沸し、炉、炉台などなど・・・
このあたりは出光美術館で以前にも見ている。

木米は明代の青花や赤絵にも感心が高かったようで、手本にしたらしいものもいくつか展示されていた。お手本も倣いものも、どちらも愛らしい。

木米の絵にはあんまり関心がないので、ちょっと感想は書けない。

古美術の面白さを堪能できる展覧会だった。

酒井抱一と江戸琳派の全貌 後期

いよいよ千葉市美術館の「酒井抱一」展も終わり。
6日に見た後期展の感想をちょっとだけ挙げることにする。
(いつも長々しいからたまには簡素に)←え~~

酒井宗雅筆・抱一画 夢・蝶  斜めに「夢」の字があるところへ、シジミチョウが舞う。なんだか妙にかっこいい。映画のタイトルみたい。

全期間出ている両親の「佐野の渡り図」も乗完「秋叢草露図」もやっぱりいい感じ。特に黒アゲハがいい。

松平乗完 邯鄲枕図 中国独自の形の扇が枕と共にあるだけだが、これは一種の留守文様として見るべきか。江戸の人々はこれだけで何を意味するかを理解している。

酒井宗雅 石南花に山鳩 鳩の綺麗な青色がよく出ていた。エメラルドに玉虫色をかぶせたような。毛並みがリアルだった。

酒井致房 兎図 白兎が水に映る月を見る。猿ならその月を掬おうとするが、ウサギは水の月を見て望郷の念に駆られるのだろうか。

親戚さんの後は抱一作品。

文読む美人図 狆ころが足下にいる。月の下で読む文はなんと書かれているのだろう。

月次図 月の出待ち、うぐいす、卯の花、薬玉、団扇、梶の葉、白桔梗と女郎花、神木に双鳥、七五三の風呂敷・・・
十二ヶ月、いつでも何かがある。日本のカレンダーはこうした月次図からきているのかもしれない。

月に秋草図 女郎花がいい。しみじみと眺めていたい。

四季花鳥図  サギ、キター!!!・・・ついつい言ってしまうのは、親愛感からのことだと思ってください。
陽明文庫のこの名画はいつ見てもホント、いい絵です。
来春には京博で陽明文庫展があるので、また会えますね。
秋の隻にキジがいるのも、思えば他にあんまりみないかも。キジは春によく描かれているような。
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月夜楓図 デリケートな薄墨でシルエットの月と楓を描いている。

波図屏風  MIHO所蔵の波図。琳派らしい猫手のような波がドドドと来ている。波の表現一つにしても、琳派、浮世絵、狩野派と違うものだとしみじみ。

槙に秋草図屏風  槇の木の下に小さい桔梗や菊などが咲いている。松でなく槇の木というのもいい。個人的なことを言えば、うちの家の猫デコな庭の入り口に槇があるが、それを思った。細い葉っぱが揺れているようだった。

風神雷神図がいくつか。
出ました!出光在住のカミサマ。
前期にも出ていた「コンニチハー」な風神さんもいるし、太田の扇のカミサン方もいる。

河豚蘿蔔図 フグと大根がごろんと転がっている図。フグは腹を上向けて転がっている。笑ったな~冬の味覚ですな。

播州室津明神神事棹歌之遊女行列図  室津の遊女の行進。今はもうすっかり廃れたが、大昔の室津は大変なにぎわいを見せていて、遊女たちも全国的に知られていたのだった。
そんな風俗を描いている。

富峯・吉野花・武蔵野月  描表装がそれぞれの絵と関連深いのもいい。
富士に松、吉野には墨桜、武蔵野には秋草。二重に楽しめるのがいい。

雀児図 倣除崇嗣  籠に五羽の雀ちゃん。縁に二羽、下にもいる。目が離れ目なのがまた可愛い。

住吉神図 立派な風貌、気品ある佇まい。赤色紙の文字もいい。ちょっとこれは見ていてこちらの背筋も伸びた。

菅神御影 網敷天神だが、怒りの表情ではなく穏やかな笑みを浮かべたもの。にっこりしている。いい天神さま。

仁徳帝・雁樵夫・紅葉牧童図 平安風な仁徳天皇が民の竈の煙を見、十牛図な坊やが紅葉の下にいる。江戸人の意識というか認識というものを感じるなぁ。

倶利伽羅剣二童子像 下がり龍の巻きつく剣が炎を高々と上げて燃えている。その左右にはコンガラ・セイタカの二人組の坊やがいるが、いつものように赤かったり白かったり、弓矢を持つのはいいとして、どう見ても「龍の丸焼き」が出来上がるのを待ってるようにしか、見えない・・・

夏秋草図屏風 多くの人々に愛されている東博の所蔵品。チラシの表を飾っている。
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花の位置などを見ると、後から後からさまざまなことに気づいたりもする。
非常に興味深い名品。

夏秋草図屏風草稿 出光所蔵。こちらは今年始めの「琳派芸術展」でも大いに楽しませてもらっている。
草稿を見ることで、また新しい気づきがあったり、色々と楽しいことがある。
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雪中檜に小禽図 赤い実があるのは何の植物なのだろう。小鳥は地に降り立っている。
赤い実を気にしているのかもしれない。

通期で出ているが、やはりこの「月に秋草図屏風」はいい。構成が素晴らしい。こういうセンスのものを見たかったのだ・・・そう思う。
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抱一と羊遊斎の仕事は通期で出ているが、やっぱりセンスが光っているのを感じる。
琳派は贅沢系なアーツ&クラフツなのだということを感じる。

弟子たちの仕事を見る。
まず其一の作品を眺める。一言ずつ。

蝶に芍薬図 独特の綺麗さがあると思った。
萩月図襖 ピンクと白の花が愛らしい。月もいい感じ。
風神雷神図襖 元気いっぱいなカミサン方。襖の引き手も上品でいい。
龍上玉巵図 西王母の娘。琴を抱えて立つ姿。
雪中檜図 ああ、雪が落ちる・・・

芒野図屏風 靄のようなものが画面に流れ、そこにシャリシャリシャリとススキが盛んに生えている。これは非常に新しい感じがした。とてもかっこよかった。

雪中双狗図 ほっかむり風なカツギ柄のわんこが、白わんこと戯れている。可愛らしくて抱っこしたくなってくる。本当に可愛い。

朴に尾長鳥 こういう絵は色の実験も出来るのではないか、と思う。如何に綺麗な色を出せるか、それを使って表現することが可能か否か・・・色の美しさを思う。

能・狂言図を集める。
池田孤邨 小鍛冶図屏風 今しも稲荷が来るところ。「ソレ唐土に伝え聞く 龍泉太阿はいざ知らず わが日の本に」ですね。三条宗近。小学生のとき初めて聴いた謡曲はこの「小鍛冶」でした。

其一 白蔵主・紅花・白粉花 オレンジの紅花と赤い白粉花に左右を守られた白蔵主。ぽつぽつと一人で向かう姿がどこかわびしい。

其一 菊慈童 可愛い少年。この絵は以前にも見ているが、木目込み人形のような可愛さがある。

其一 道成寺 鐘入りの前、まだ静かではある・・・


ここからは他のお弟子や血脈を継いでいったものたち。
鈴木守一 かぐや姫図  平安風俗の女人が一人竹の上に佇む。雲上へ帰る瞬間を待っているのだ。
鈴木守一 桜坊図  ちりちりと赤い可愛らしい実がある。薄墨の濃淡で表現される桜の葉。いとしい、とてもいとしい。

市川其融 百鶴百亀図 うん。・・・きもちわるかったなぁ。

酒井鶯蒲 雀踊り図 妙に可愛いのは何だろう。名古屋のお菓子を思い出した。

池田孤邨 弁財天図・波図 えらく緑色が目立つ。左右の波は共に勢いよくしぶきを上げているが、弁財天をぬらすことはない。なにかしらめでたい絵だと思う。

松本交山 楓図扇 前期にはヒマワリ図の扇が出て、とても現代的で素敵だと思ったが、今期のこれは青地に緑という配色の大胆なもので、どうも学校で「原色の青と緑を絶対に合わせてはいけません」という教育を受けているのがアタマに蘇るなぁ・・・う~~ん。

野崎真一 四季草花鳥獣図巻 とがったみみづくがいた。それだけで嬉しい。

酒井道一 菊花盛花図 菊の表現が近代的すぎる。綺麗は綺麗。

道一 蓮華図 春のレンゲ。可愛らしい。

山本光一 檜に白鷺図 ここまできたらイツではなくイチと呼ぶべきかもね。
このサギ、なにやら忍者風な。樹上で様子を伺っているかのような。

光一 狐狸図 むーとしたタヌキに、ケッなキツネ。

結局長々と書いてしまったが、本当に見ごたえのある展覧会だった。
次は来春に京都の細見美術館に巡回する。

第63回 正倉院展

今日は秋の恒例の楽しみ、正倉院展に行った感想を書く。
学生の頃から毎年秋になると出かけている。
そして最初に行った時から今に至るまで、正倉院展にゆくと、なにかしらいいことがある。
些細な喜びがついて回るということだ。
それもあって、毎年必ず出かける。
今年はあまり華やかな宝物は出ないと聞いていたが、その分資料が多く出ていたような気もする。

きらびやかなものと言えば、金銀鈿荘唐太刀がある。
これは間近で見る人と遠目で見る人とに縄で分けられていた。
そこまで間近で見ずとも、少し離れた縄の際からでも楽しめた。
たいへん繊細な作りの装飾で、古代の技術の凄さを改めて思い知る。
この剣について、つい最近面白い話を聞いた。
40年ほど前、この宝剣の模型キットが売り出されていて、当時女子大生だった知人が、ちまちまとそれを拵えあげたそうだ。
「嫁入り道具の中に入れてたわ」と彼女はおっしゃる。
すごいなぁ、なんだか大ウケした。
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さてこのチラシは奈良博のもの。背景に碧地金銀絵箱の図柄を配置している。
花喰鳥のモティーフがある。

こちらはその絵箱をメインにしたチラシ。たぶん新聞社のチラシ。
実物はやはり可愛らしかった。手のこんだ仕事ぶりが見て取れる。
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伎楽面「酔胡王」の頭に乗るのはムササビなのか。なにか小動物がえらそーにこちらを見ている。

縹纐纈布袍 シマシマの配置がかっこいい。斜めというのがシブい。こういう派手なのは当時はどう見られていたのだろう。

蘭奢待が現れた。厳重なガラスの中に横たわる木。だれそれが切り取った、という付箋がついている。匂いは全くわからないが、そんなにも惹きつけるものなのか。
今はこの木の仲間はどうなっているのだろう。

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七条織成樹皮色袈裟 これは聖武天皇の出家後の袈裟。当時のものは襤褸に近くなっているが、それを天皇陛下より下賜された日本茜と皇后陛下からの蚕で、龍村美術が再現したものが展示されていた。
非常に魅力的な袈裟だった。樹皮風な佇まいが本当にステキだった。

紅牙撥鏤尺は久しぶりにしみじみと見た。
今回チケットにもなっている。
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裏表の絵柄が違うのもいい。
上段の華と小禽の連続文様もいいが、下段の「逃げるトリ・キツネ・シカ」がいい。
誰に追われているかというと・・・
はい、シマシマの親分たる虎でした。
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繧繝とはグラデーションのことなのだった。
畳の縁だけでなく、褥の縁にも使われている。

東大寺山堺四至図 これはかなり面白かった。
東大寺の境内図というか寺域の地図。sun962.jpg
囲われているのは大仏殿。新薬師寺や林なども描かれている。
こういうものを見るのはとても面白い。

今回いちばん気に入ったのが、この鏡。
十二支八卦背円鏡 sun964.jpg
正倉院の鏡の中で再重量らしい。つまみに通す赤い布や鏡を入れる箱もあったが、やはりこの鏡がいちばん面白い。真ん中のつまみは獅子ではなく、完全にライオンの態を見せている。眠たそうなライオン。伏せのポーズ。四神のレリーフの周囲に十二支の動物たちがいるが、全員が追われて走っている様子を見せていた。
虎や馬は走るのも早いが、あの蛇もにょろにょろとがんばって走っていた。
猿はニホンザルでも中国猿でもない、ハヌマーンとでも言いたくなるような姿を見せていた。なんだか楽しそうなおっかけっこの鏡だった。

密陀絵雲兎形赤漆櫃 両サイドには孔雀が描かれ、表の面と背面に、花樹を中に向かい合う、羽つきウサギの図がある。ウサギはなかなか表情もはっきりしていた。
背中の羽根はなんだろう、いったい。

最後に光明皇后の五月一日経や称徳天皇勅願経などもあり、見過ごせない面白さがあった。
毎年のこととはいえ、やはり正倉院展に関わる人々の大変さなどを思いながら、楽しませてもらった。
11/14まで。

描かれた風景 「愛宕山 江戸から東京へ」「春日の風景」

「風景」をメインにした二つの展覧会を見た。
港区郷土資料館「愛宕山 江戸から東京へ」と根津美術館「春日の風景」と。前者は12/4まで、後者は11/6で終了している。

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あたごやま、と聞くだけではわたしのような関西の者は京都の愛宕山を思う。「伊勢は七度、熊野は三度、愛宕参りは月参り」とも言われるあの愛宕山。
しかしこの東京都港区郷土資料館の言う「愛宕山」は虎ノ門のそばの愛宕山。どちらも火伏せの神様をお祀りしている。
このお江戸の愛宕山は急な坂が有名で、講談では曲垣平九郎が見事な馬術を披瀝している。東京になってからはJOAKがラジオ放送を始めた。
今も愛宕山の山頂にはNHK博物館があり、なかなか楽しい企画を立てたり、小さな体験コーナーで遊ばせてくれる。
わたしも10年くらい前まではなんだかんだとよく出かけていた。

広重の愛宕詣での絵では巨大なしゃもじのようなものが描かれていた。
神様がなんでそれを望まれたか(?)は知らないが、古い絵には古い習俗が描かれているので、そんなこともあったろう。
今もしてるかは知らない。

さてその平九郎の絵がある。これもまた武者絵の一つ。
力がみなぎっている。
誉れの馬術。
実際にこの急な男坂を馬で上り下りしたのは、公式には7人らしい。
大日本帝国の時代、参謀本部の馬丁が愛馬との別れを惜しんで、この坂を上り下りしたそうだ。
(自分の腕前よりも、この馬の能力の高さを示したかったという)
今回、その姿を描いた巨大な絵が展示されていた。
そしてこのニュースは臨時ニュースになり、生中継もされたそうだ。
こちらも気合の入ったいい絵。作者が誰とかよりも、気持ちがよく伝わる絵なのだ。
ちなみに近年にはスタントマンの方がやり遂げられたそうで、やはりこの坂は人にも馬にも恐ろしい場所なのだった。
(平安末期には鵯越とか一の谷の崖を逆落としするようなメチャクチャな戦術を立てて実行した義経とその一団もいるが、どちらにしろ本当にコワイわい)

さてこの愛宕山は眺望もよいので(今では東京タワーが見える)、江戸から東京になったころには観光地として愛されるようになった。
東京名所図会にも愛宕山は描かれている。

この版画はいかにも明治の版画と言う感じがあり、却って今では見れない面白さがある。
街灯もつき「公園」になった愛宕山で遊ぶ人々の姿と影と。

赤色の目立つ明治の浮世絵もある。
その坂を上りきるとなにやらタワーがある。
知らないなぁと思って説明を読むと、
「明治19年(1886)年、山頂に公園が開かれます。園内には「愛宕館」やその附属の「愛宕塔」という西洋建築が現れ、ここに集って新しい東京の街並みを見渡すことができました。
関東大震災の後、愛宕館跡他に建った東京放送局でラジオ本放送が始まります。」とある。

なるほどこの跡地がJOAKなのか。
同じく震災で倒れた浅草十二階は資料で色々見ているが、こちらは初めて知った。
どちらもその後なにが建ったのかも知らなかった。

愛宕館とその付属塔の愛宕塔は明治22年に完成したが、塔は「サザエ堂」の構造を念頭に置かれて作られたそうだ。高橋由一も「螺旋展画閣」の構想を持っていた。
見て歩いて、いつの間にか出口へ降りていた・・・そんな塔は確かに面白い。
会津のサザエ堂はわたしも行ったが、外観も奇妙だが、内部は本当に面白かった。
この塔は明治30年にはホテルになり、やがて関東大震災で失われた。

また桜田山とも言われただけに、こんなものもある。
水戸浪士愛宕山集会之図 井伊直弼襲撃前の集会。
凶器準備集合罪・騒擾罪の適用が今なら・・・。この桜田門外の変の話が出ると、わたしはいつも「侍ニッポン」の歌がアタマに流れ出すのだった。←古すぎるぜ、7eさん。

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どちらにしろ多くの絵や版画がある。
愛宕参詣群集之図、亜欧堂田善の銅板画「愛宕山眺望図」、古写真「愛宕山より日比谷方面の眺望」石版画「愛宕山」、団扇絵「東京名所の内 愛宕公園の景」などなど・・・
明治36年、愛宕山から大倉邸を望む図があり、大倉商業云々と説明書きがあった。
そうか、そんなのまで見れたか。

木版画もこの地を多く描いているが、今回はあまり出ていない。
わたしがいくつか持つものを思い出しながら展示室を眺める。

無料でこんなにも楽しませてくれる港区郷土資料館。
ありがとう。


次は根津美術館の「春日の風景」。
これは最後に出かけたが、行けて良かったと思う。
根津美術館「春日の風景」は二枚のチラシを持っている。
たぶんこちらが最初のもの。sun958.jpg
根津所蔵の春日社寺曼陀羅。御蓋山の上に神仏が浮かぶ。赤い鳥居の周りに鹿たちの影がある。
春の春日大社。

こちらのチラシは後のものか。sun959.jpg
木々の盛んな御蓋山に見覚えがあると思えば、先のチラシのトリミング。
鳥居や金のシルエットは巧い意匠だと思う。

奈良の御蓋山は今では三笠山と表記され、若草山とも呼ばれる。わたしなぞは遠足でこの斜面を段ボールで滑り降りたことしか思い出せない。

奈良の文化財の面白いところは、町内会や町の自治会がいいのを持っていることだ。

右上の春日曼陀羅がやはり町の自治会が所蔵しているもので、町所蔵品が重文というのも素敵だ。
ここにも鹿がいるが、走り回る元気な様子を見せていた。

春日曼陀羅といえば社寺境内図だけではなく、鹿島の神様を背中に積んでやってくる鹿の図を思う。
奈良博のをはじめ色々出ていた。どれもよく働く賢い鹿の姿が描かれている。神鹿。
今回、あいにく細見美術館の鹿はいなかった。

伊勢物語絵をみる。
住吉如慶の絵に愛宕通福の文。(愛宕と書くが読み方はオタギである) 絵には鹿もいる。昔男くんがいかに若い頃からマメだったかが描かれている。
住吉派らしいチマチマした可愛らしい絵に、愛宕の読みやすく綺麗な文字が合う。

絵では他に春日権現験記絵がある。
高階隆兼の絵。三の丸尚蔵館。わたしは春日大社の宝物館所蔵のものは先月みてきたところだが、こちらは初めて見た。巻の一では神がかりした女がモノ言うシーンが出ていた。巻の十九の冬山の景色は、14世紀初頭のものとは思えない表現力があると思った。不思議な魅力に満ちている。

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他にも工芸品が出ていた。
鹿のいる景色がいつの間にか春から秋へ移り変わってゆく経緯についてが出ている。

春日の風景を見た後は、可愛い可愛い饕餮君に会いに出かけると、薄暗い中に浮かぶ彼らの姿があり、ぞわぞわワクワクした。
やはり饕餮君たちはこうでなくてはいかん。

茶道具のいいのも見て、「春日の風景」から離れた。 
社寺境内図の面白さを堪能したと思う。

和紙に魅せられた日本画家たち 後期

明治神宮宝物館の「和紙に魅せられた日本画家たち」後期展に行った。
チラシ表の金地に罌粟の群生を描いた屏風はこの後期にでる、それが楽しみで来たのだった。
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異様に美しかった。この絵は昭和五年の作だが、パーク・コレクションなどにある、麦図屏風などを思い出した。右も左も不思議な静けさに支配されているが、どこか根に近いところでざわめいているような感じがある。不思議な美しさが息づいた屏風だった。
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最初に明治大帝の事績を時事と絡めて描いた連作競作が出ていた。
前期もそうだから、今期も期待が大きい。
なにしろ大正末から昭和初期の画家たちの競演なのだから。

江戸開城談判 結城素明 上座に座す勝海舟と、談判にきた西郷隆盛とを描いている。勝は写真で見ても、勝に直に近い画家の描いた肖像画を見ても、なかなかの好男子ぶりなのだが、ここでも端正な面立ちの男性として描かれている。
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岩倉大使欧米派遣 山口蓬春 船がいっぱい浮かぶ港。見送る人々。アメリカへ向かう一行は艀に乗って挨拶を返している。
知人の祖先がこの一行の一人だったそうで、それを聞いて以来、なんとなくこの絵を見ると、自分も見送る人の中にいる気がするようになった。

大嘗祭 前田青邨 昭和4~7年に制作された。立派な屋根の下に白衣の人々がいる。手順は正しく守られなければならない。

ここまでが連作のうちから選ばれたもの。

伊勢遷宮図(神宮式年遷宮図) 前田青邨 こちらも先の大嘗祭図に似ている。昭和28年の作。4年からなら丁度二回りの年の巡りに、この絵が現れた。
一枚は、林を行く人々が描かれ、二枚目は建物に入る列が描かれている。

不二 安田靫彦 夏の青富士を見上げる二人の巡礼。
明治末の絵だが、省筆でおっとりと彩色された絵なので、そんな時代のものには見えなかった。
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鞍馬 安田靫彦 sun955-2.jpg
ほぼ同時代の作。牛若丸、いや遮那王のような稚児が桜咲く山頂からこんもり生い茂る森を見る一瞬。

鞠聖図 今村紫紅 今昔物語に元の話があったはずだ。蹴鞠にだけ全てを捧げるある貴族のもとへ、蹴鞠の神様が鞠を猿に持たせて彼の元へ遣わす。
この貴族はその後、いよいよ名人になったという話。
猿たちがなかなか可愛い。
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椿と雀 今村紫紅 墨の濃淡がうまく使われていて、朱をそそがれた椿を、地上から見上げる雀が描かれている。

鵜船 富田渓仙 まだ出待ちの鵜たち、整列中。船は暮らし船で、生活する人々が描かれている。これは作者が対話などを旅行してから生まれた作品。
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老子 小川芋銭 牛に乗って西へ去る老子の絵は多いが、ここでは寝そべる牛の前に立つ姿が描かれている。墨の肥痩をうまくつかっていて、布の質感や牛の皮の張りまで感じる。
牛の目がこちらを見ているが、不思議な目つきだと思った。

肉案 小川芋銭 ここにもナゾな老人がいる。いや老人ではないか。盤山禅師が肉売りの商人と客との会話から「一如平等」を悟る、という話。
のひのびしたおじさんを描いている。持ち上げられた猪頭ものんきな顔つきに見える。
禅というのは、わけがわからないが、それが絵になると、面白味がある。

霜林群雀 今村紫紅 二羽、三羽、四羽・・・と木に止まるふくら雀たち。楽しそうな雀たち。まだ木の芽は固い。

晩春風景 森田恒友 モノクロの世界が広がる。墨のにじみの味わい。柳、白壁・・・
和紙の良さを改めて感じる一枚。この肌触りの良さは手に触れずとも、目に入り込んでくる。

王祥 平福百穂 これも和紙の特性を生かした作品。大きなフナかコイかを捕らえる中国人たち。嬉しそうな顔つきを見せている。薄墨の良さが出ている。

後赤壁賦 小杉未醒 放菴になる前の名だが、既に後の画風。鶴が飛ぶ。舵取りは居眠る。
のどかなある日。墨のにじみの面白さがよく出ていた。
乾いたような湿ったような感性。それが麻紙に出ている。

竹取物語 小林古径 絵としてはいつ見てもいいものなのだが、和紙の上に描かれたもの、として眺めるとまた違う感想がわいてくる。
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和紙というものはつくづく面白いものだと思った。
和紙に描く画家たちの技術と素材の合致と、もしくは反発と。
そして面白いことに、反発しあったものの方が強い面白味があるように思うのだった。

洋画家で出発した画家のうち、後に日本画へ転向した画家たちの作品を見ていると、非常に深いものをかんじる。
今回もそうした画家の作品を見れて嬉しかった。

和紙については前期に色々と書いている。展覧会は11/27まで。

11月の東京ハイカイ

今回はいつもの旅程とは違い、夜から都内に潜伏した。
朝から夕方まで池田文化dayを楽しみ、コロコロキャリー引きながら大阪歴博に行って、それから新幹線に乗ったのだ。
その感想はこちらに
着いたら当然夜です。開いてるミュージアムはない。
ホテルに入って見たばかりの呉春の感想を挙げて、それで終わり。
プレというやつさ。

さて四日は朝から晩までハイカイし倒したのだ。
色々考慮した結果、メトロと都営共通一日券を購入してそれを使い倒した。
身体もチケットもボロボロですな。

開店前のアメ横を歩いてから不忍池のほとりの下町風俗資料館に行く。
久しぶりに来たら駄菓子屋のおもちゃやお菓子がビミョーに入れ替わってた。
しんちゃんやパプア君のパチモンとかね。前のはどうしたんやろう。売り出したかな?

2階の企画展で松竹歌劇団の歴史を見る。宝塚とはまた違う面白さがある。
特にターキーがスッゴくカッコイイわ!

見てから池の周りを歩いたがまだまだ蓮の葉っぱが元気で敗荷図という趣はないな。
弥生美術館の中原淳一展の感想はまた後日。

東大に入り安田講堂前の中央食堂でランチするが熱気に負けるわい。しかも料金は安いが量が多過ぎて今の吾輩では苦しいのだよ(涙)。
野間記念館に行くにはあの坂を延々と上らなあかんのはわかったこと、とは言えこの満腹をいかんせん、と思ってたら来ましたバスが。助かるなあ。
野間の感想もまた後日にして、次は泉屋分館の茶道具。
これとその次に向かった畠山の茶道具は既に昨日記事にしてます。←たまには早いやん。

三田図書館にある資料館で愛宕展を見る。曲垣平九郎の馬術は講談に詳しいが、実際にこの急な石段を上り下りしたのは八人ばかり記録されてるらしい。

だいぶ暗くなったが金曜の特権で出光は開いてるのだよ。
三田から都営線が一番早いし近い!

久しぶりにデヘヘの虎ちゃんを見たが、他にも予想外の感銘を受けた作品もあり、やっぱり奥が深いと改めて感心した。また来月行くよ。

さて東博に行きました。夏に京都で法然、親鸞それぞれの展覧会を見たが、こちらは法然と親鸞と言うタイトルなんで、京都のいいエッセンスを抽出したんかなと思ってたら、とんだ勘違いで、別個の展覧会でしたな~不遜なわたしを堪忍しとくれやす。
入口からいきなり二河白道のシツライがあるし。これは不均衡なトリコロールでしたわ。

常設で見たものはこれまた既に小さい記事にしてます。←どないしたんや、七恵さん!早すぎるがな、あんたにしては!

例によって駅なかで野菜カレー食べてからホテルに戻る。
この日はここまで。


土曜日、ホリデーパス購入した以上はやっぱり国士無双ならぬ酷使せなあかんので、鎌倉国宝館で密教の仏像見てから平塚に向かった。
伊東深水展。おお、深水ファン仲間のはろるどさんが声をかけて下さるやないの。
夜に千葉で抱一オフ会があるそうでお誘いをうける。
ありがとう♪

深水の佳さについてはまた長々しい感想挙げます。
常設
なんだかすごいのを見た。石井礼子「私の周囲」わたしのまわり、か。ひとのことは言えないが、ここまでごちゃついてると、何がなんだかわからない空間になるな、室内も。人間と猫とが共存してるけど、猫というのは見る間に増殖する・侵略する・ヒトを見極める、という性質があるから、絵が増える度に猫もあふれてゆく・・・

横浜にゆく。そごうの柳はまた来月にして、とりあえず関内の歴史博物館へ向かう。
竹。日本古来から愛されてきた竹。
籠、笊、箒、刀は竹刀と竹光。ササラに茶筅に熊手に、神事の際に使われる依代もあれば、近代にはエジソンの電灯の部材の一つにもなる。
なかなか面白かった。
また久しぶりにハマ焼こと真葛焼の特集陳列があって、にゃあとして猫のついた蓋やカニの這いあがる瓶もあり、楽しく眺めた。
鎌倉彫、国芳の高祖一代記なども展示されていて、神奈川歴史博物館は見所満載。

日本郵船に向かう。横浜トリエンナーレに向かう前に郵船で「船上のインテリア2」を見る。
日本丸のあるミュージアムやINAXでも客船の展覧会があったので、私もだいぶいいのを見てきたが、やっぱり日本郵船の博物館はいい。
そしていつものようにサービスのジュースをいただくが、客船たちが戦時中次々と徴用されて沈没していった「碑」を見ると、やはり胸が痛む。
そんなときに外人グループの観客が来たので、なにやら含むところが生じる。
大日本帝国も連合軍もイヤだ。
客船でいろんな国の人々が一緒に楽しめる時代でないと困る。

横取り、ならぬ横トリはすごーーーーーーーっい人出でお手上げ状態になる。
人がお手上げだと火だから火火火ですな。
何を見たのかもよくわからないくらいの人出でした。
プラスチックパズルの東北MAPくらいしか印象にない。

千葉へ向かう。座った途端に眠り姫、Sleeping Beautyになる。
実際は口開けて半目も開いてて、前の人はさぞや怖かったろう・・・

抱一展後期です。これもまた後日しつこく書きたいと思う。共通して出てるものでも日を置くと、それだけで新しい美を感じるなぁ。

七時過ぎにみなさんの集まってはるお店にゆく。
突然おジャマします、遊行です・・・
久しぶりの方、初めてお会いする方、お名前だけ存じてる方、みなさま暖かく迎えてくださり、まーたまた暴れる。反省しよう、ナナエちゃん。
楽しい時間は車内でも続いて、やがておさらば。
またお会いしましょう。


日曜、最終日。
この日も展覧会の感想は後日に。
ロッカーにキャリー放り込んでから、原宿へ。
明治神宮宝物館で「和紙に魅せられた日本画家」後期展を見てから、二子玉川へ。
バスがまたうまく来るんだ、ラッキー。
静嘉堂の朝鮮陶磁楽しんでから、根津へ向かう。
「春日の風景」。最終日だったのかな。
いいものをたくさん見た。
薄暗い中で見る青銅器の魅力にもぞわぞわした。

そこから渋谷へ出たが、たばこと塩には行かなかった。
あの内容は一人で行くより誰かと行く方が楽しめる。
そのまま松濤へ行く。

芹沢ケイ介の仕事を見る。型染めの巨人。「いろは」屏風などが懐かしい。
最初に彼の仕事を見たのは大原美術館だった。
最後の方の「す」には雀がいる。字だけでなくその字を持つ生き物や道具などが描かれているのは、現在の安野光雅さんのご先祖というところ。
暖簾、屏風、着物、人々の生活に必要な何か。それらを芹沢はこしらえてゆく。
わたしは自分の身の回りに「民芸」は持たないが、その仕事の立派さはよく伝わってくる。

最後に両国へ出た。
ヴェネツィア展。自分が行ったときのことを思うが、そちらの印象よりも、森川久美の「ヴァレンティーノ・シリーズ」に描かれたヴェネツィアやヴィスコンティの映画「ベニスに死す」、そしてクレイダーマンのピアノ曲「ベニスの旅」のイメージの方が鮮やかに心に浮かび上がってくる。
実際の展示物もそちらのイメージに寄っていると思った。

ここでタイムアップ。
新幹線に乗りに行く。
東京駅で吉野の柿の葉寿司買うのはどうよ、と思いつつそれを購入して、大阪へ帰った。

次の東京ハイカイは来月初めになる予定。
ああ、遊びつかれた・・・←文句言うな。また来月までさらば。 

二つの茶道具名品展 春翠、即翁の好んだもの

住友の近代の祖たる春翠は西園寺公望の実弟で、お公家さんの家から住友家へ迎えられた。
文化を大切になさる方で、この方のおかげで近代大阪の中之島は発展した、と言って差し支えはないと思う。
当初は煎茶道にその人ありと知られていたが、財界人との付き合いが増すにつれて、茶の湯への愛情も深まっていったそうだ。

一方、畠山即翁は身を起こしてから、三十代の若さで茶道に魅かれ始めたそうで、益田鈍翁という先達の導きよろしく、また逸翁小林一三という友も得て、茶道具の名品を蒐めることに邁進したそうだ。

そんな二人の愛した名品がそれぞれの美術館で展示されている。

泉屋分館の「数奇者・住友春翠と茶 住友コレクションの茶道具と香道具」から先に少しばかり書く。
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唐物文琳茶入「若草」 銘の「若草」の由来は知らないが、文琳らしい感じはわかる。この茶入には四種のお仕覆があり、中の嵯峨裂は大きな葉っぱ柄だった。

青磁袴腰香炉 南宋のもの。いかにもな色合いの青磁。火屋は菊尽くし。

祥瑞絵替沓形向付 明らしい明るさがある。波にファンキーな顔つきの鷺がいるのが特に好み。暦の上に立つ鷺もいるが、松竹梅、柳に鶴はまだしも、竹に鶉がなんとなくナゾ。

黒漆塗青貝楼閣人物模様茶箱 明代の技巧がよく出ている。遊楽的な気分が横溢する。大変繊細なつくりで、どの面を見ても楽しい。セットした赤樂の筒茶碗も可愛い。

仁清の型物香合がいくつか。このあたりは解説によると「春翠の公家趣味」から来ている嗜好らしい。私は特に白鶴香合が好き。

総織部梅文向付 可愛い可愛い!緑に縦の白線が入り、見込みに梅が彫られているが、そこに薄く朱が見えるような。桃山時代の可愛い食器。

備前船徳利花入「雪ケシ」 素朴な景色の味わいが深い。これに春翠は白椿・野梅・山茱茰をいけたそうな。いいセンスだと思う。

わたしは小さい香合が好きなので、今回ここで色々見れたのが嬉しい。
青磁桔梗香合、古染付荘子香合(蝶柄)などなど。

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最後に大正八年秋の「先考追善茶会」に出ていたものを見る。
十二代目の吉左衛門の法要。
買ったのに使えなかった茶道具が後継のものが追善法要で使う…
茶道具にはこうしたエピソードがあるのがいい。

12/11まで。

次は畠山記念館。
早速茶道具の逸話が展開する。
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伊賀花入「からたち」 これはチラシ表にもあるごつごつしつつ青みを見せるスグレモノの花入れだが、まがこれに逸話がある。
加賀から出てしまうことになったこのやきものを、加賀の人々は惜しんだ。
即翁が加賀の出だから許そうということになったが、加賀から出ることがとにかく惜しまれて、加賀の人々は送る際大勢で見送ったそうだ。
それを聞いた即翁は人を集めて正装し、恭しくその「からたち」を出迎え、受け取ったそうだ。

柿の蔕茶碗「毘沙門堂」 チラシ表上の茶碗。ごわごわ感が強くて私などは苦手だが、これは通人から見れば宝物なのだった。
一目見て好ましいと思いつつ買い控えた益田鈍翁は、その後この茶碗への執着に苦しむ。
購入した即翁は鈍翁の弟子筋だが、くれとは言えない。その後悔の念を徒然綴った書簡がともに展示されていた。
後に鈍翁が他界した後、即翁はそれを追善茶会に使ったそうだ。

ここでも茶道具の逸話が現れる。
やはり茶道具とその逸話とは、切れぬ縁の面白みがある。

蓬莱山蒔絵沈箱 鶴や亀が小さくデザインされている。貝の白い部位でこしらえられた鶴亀たち。こうした眺めもいいものだと思う。

茶道具の伝来の由来、道筋などを知るのも非常に面白い。
鴻池家伝来、藤田家伝来、三井家伝来、雲州蔵帳掲載、東山御物…
こうした来歴を見るたび、茶道具の歩んだ生涯の豊かさ・数奇さを想うのだ。
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古九谷青手波に菊文大平鉢 チラシではこの色の深さを追求できない…非常に鮮烈な美貌の鉢だった。見込みだけでなく縁周りの美麗さはちょっと他にない。

乾山のシリーズ物がある。
色絵絵替土器皿 これは出るたびに嬉しくなるもの。いや本当に乾山ブランドがいかに好まれたかが今でもよくわかる。ほしいもんです。

能装束が色々並ぶ。
薄紅地二重格子双鳳丸文厚板唐織 向かい合う鳥たちが丸文に封じられている。目つきの鋭い鳥もいれば、ほんわか系もいる。

加賀の出だけに「加賀宝生」を習うている。近代の名人の一人・松本長に師事して、後には宝生会名誉会長も勤めたそうだ。
お茶はやはり加賀の人らしく裏千家。

煙寺晩鐘図 伝・牧谿 チラシ表上。東山御物、現・国宝。もあもあした感じがよく出ている。日本人が彼を好んだ理由もよくわかる気がする。

白鳥図 狩野探幽 けっこう大きな白鳥だった。白い鳥といえば鶴ばかり思うが、既に古事記のころから「白い鳥」は現れていたのだ。

最後に茶会の懐石メニューを見ていてよだれが湧いた。
甘鯛大根、焙烙蒸し(松茸、銀杏、えび)ううう。

12/18まで。

東博・常設で見たもの

さっきのおまけ記事。
今度は東博の常設で見たもの。

明治のころの綺麗な七宝焼や、道八の狸の僧侶、飛び出しそうなウサギの伊万里焼などなど。
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ほかにも中華な丸顔のお猿さん、鳶の派手なドテラとか、可愛いものを見ましたわ。

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まぁ今夜はここまで。

おまけのおまけ。
不忍池、弁天堂遠望。手前のハスは敗荷図というほどのこともない。
まだまだ咲きそうな、今日の暑さでした。
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大阪歴史博物館の常設で見たもの

大阪歴史博物館の常設展で見たものを挙げる。
もう開館十年になるそうな。
以前の大阪市博物館は今度久しぶりに内部公開するようだが、本当にいい建物だった。

大阪は夏祭りに気合が入っている。
愛染祭に始まり、天神祭でピークが来る。
その御座船の飾りのお獅子が可愛い~
暗闇からコンニチハ。SH3B07860001.jpg


京大坂屏風は今出来みたいな綺麗さで、これは修復したのかな。
チラシの裏面がその屏風の部分拡大もの。意外だった。嬉しい。

岡田半江の群犬図SH3B078500010001.jpg
べたなわんこファミリー。

そして第二のお目当てが、錦影絵の種板を見ることだった。
しかしこれが別フロアで上映(実演というべきか)してたのを知ったのは、終了後。ちょっと泣いたね。
錦影絵自体はだいぶ前に国立演芸場の資料室で「生きてゐる小平次」の種板を見たのが最初だった。あれを一生懸命コマごとに模写したのが懐かしい。
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今回は竜宮とかなんだかんだ色々あるんで並べてみる。
アップにするとこんな感じ。
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それからこちらは失われた古きよき建物のかけらたち。
うう悲しい…
ダイビルの屋上近くの装飾SH3B07910001.jpg

阪急ビルのステンドグラスSH3B07920001.jpg

それからこれは鴻池家の孔雀型時計。SH3B08010001.jpg
ああ、なんだかラネーフスカヤな心持になる…

一方こちらはもぉ廃品に近くなったおもちゃたちを色別に集めたもの。
それがやね、藤博志さんという現代アートの人が寄り集めてロボットにしたり飛行物体にしたり。うーん、これはすごく面白いと思った。
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歴博では地獄極楽ののぞきからくりも見たし、まぁあとは特別展のモダニズムな着物を見るばかりなりよ。
それはまた近々。
常設はこれで終わり。

没後200年 呉春

池田文化day。
大仰な題やけど、この日に池田市は市内あちこちの施設と提携してスタンプラリーしたり、イベント開いているのです。池田駅改札そばに最初のポイントがあり用紙と要項を貰い、スタンプラリー開始。ハンコやなくシールを貼られる。その場を象徴する写真のシール。池田文庫、逸翁美術館も無料開放されてて、前回見ている郷土芸能展を再度楽しむ。地名の変遷などを見たり、久高島のイザイホーが中断している現況を想ったり。犬上郡と犬神郡の表記があって、誤字なのかそれともかつては犬神だったのか、と色々考えたり。その次に逸翁で絵巻展の後期展示を見るが、これはまた別に記事にします。
少し歩くが池田歴史民俗資料館に行く。没後200年 呉春 展。京都からこの池田に移住して天明年間頃活躍した作品を中心にした展示。
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チラシ右下のオヤジは「負局先生」 何かの商いをしているようだが、逸話は知らない。
随分はっきりくっきりした顔ですな。
売ってるものを見ると、いわゆる「あらものや」さんぽいが、瓢があるのを見たら商売品やなく、自分の飲むためのか、と思ったり。酒飲みなツラツキですからな。

下真ん中は「松鵲図」 松の幹はきしみあうように寄り集まっている。松のそばにはピンクの実をもつ植物もある。吉祥図だから、誰か需要があったのではないか。
そして所蔵家は代々大事にして…

下左「梶木鵲図」 これは故意にカササギだけを拡大してる。こんな巨大カササギが細枝に止まったら、まずいわい。右のカササギとは表情が違う。チラシを見ると、リアルなインコとかカナリアくらいの大きさになっていた。

それにしても呉春は味のある字を書く。
俳句をこしらえるときにこの字で綴られたら、それだけでもええ句に思ってしまうなぁ。

俳画の楽しみはこの呉春や師匠の蕪村から教わったように思う。
近年の私は文人画も段々好きになってきてるが、これはやっぱりある程度のトシを経なければわからん味わいなのかもしれない。シミジミ。

松林山林図 画像がないのが残念だが、これは実にいい絵だった。歯のような山が聳える下に松並木が蛇行しながらずらーっと続き、一旦途切れたところに丸くて三角な民家の屋根がずらずら並び、その民家の裏手にまた松並木が続く。民家の前に薄い海岸線のようなものが走り、小船をこぐヒトがいる。
日本の叙情というのはこういうものだと思った。

李白桃李園図 鉄斎堂所蔵というのも頷く逸品。ピンクの花が満開の中、宴席がある。人々も楽しそう。昼かと思えば大きな満月が出ていた。春の温気が月をの光を柔らかな照明にする。

梅翁汲泉図 白梅にカラスが止まっている。白梅とカラスのコントラストが目を打つ。そしてその真下にいる爺さんに気づくのは、絵から少し離れた時なのだった。空間が異なるかのようで、爺さんだけ3D化しているようにも見えた。爺さんとカラスはそれぞれ相互不干渉。丙午の年の絵。

遊女図 これは師匠の蕪村の娘の婚資を稼ぐための一連の仕事のひとつなのか?蕪村の賛に沿うような遊女とかむろとをさらっと描く。
呉春は名妓を嫁に迎え仲良く暮らしていたが、描くのは美人ではない。

呉春が池田へ移住したのは、父と妻が同年に相次いで他界し、気分転換にと蕪村の勧めに乗ったからなのだった。

チラシ右上「舞姿図」 こういうナリの舞手は構図は違うが逸翁にもある。舞うのが女だとは限らない。トリミングされたチラシにはないが、足元に太鼓と撥が転がっていた。

真ん中は大黒さんの絵。自画自賛。「本町いつつ屋の二階に住む豊年の新米坊主写」とサインがあるのも楽しい。

右上左は子沢山で有名な「郭子儀図」 なるほど人々が多い。こうして見てみると、案外イクメン&イケメンも多いではないか。けっこうなことである。

刷り物も色々あったが、「池田催馬楽」にも感心した。こういうところでそんなものがあったということを知るのだ。
添えの絵は鮎を何匹もつないだもの。

葡萄と林檎図/柿栗図 横長の絵で、薄緑で統一されたような葡萄と青林檎、いがぐりのままの栗と青柿とがそれぞれ描かれている。さわやかな感じがある。

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裏のチラシ真ん中「秋汀芙蓉小禽図」 ピンクの花と白い花が競演する。明るい絵はあっても華やかなものが少ない中で、この絵は綺麗だった。

チラシ左端 百老図 これは後期に出る。右の肖像もそう。前期は京博の百老図が出ていた。白鹿や鹿の子もいたりする光景。

ほかに池田にいた呉春に指示した弟子たちの絵もあった。
馬寅(ばいん) ウマトラか、トラウマではないのだよ。サルにアケビ図や蘭亭図などがあり、なかなかよかった。
また、異母弟・景文、岡本豊彦らと共にコラボした「群亀図」がそれぞれの個性が出ている。

これだけ見せてくれて無料なのである。
行くべきだと思う。図録は900円。面白い展覧会だった。

ルドンとその周辺 夢見る世紀末

えき美術館で岐阜県美術館所蔵作品を集めた「ルドンとその周辺 夢見る世紀末」展を見た。
黒のルドンと、ルドンのカラー作品と、「夢見る世紀末」として選ばれたモロー、クリンガーらの作品がある。
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近年、黒のルドンばかりを集めた展覧会が渋谷で開催されたが、わたしは黒のルドンがニガテで、結局見なかった。今回、黒のルドンが随分多く展示されていて、前に見に行かなかったことを後悔するようなことはなかったが、やはり見てよかった、と思った。

世紀末、わたしたちは20世紀末を乗り越えてきたが、その前代の19世紀末への憧れが胸に強く生きている。
フランスのアールヌーヴォーの作家たちも、英国のヴィクトリア朝の芸術家たちも、皆斉しく深く、心を揺さぶる作品を贈ってくれている。
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黒のルドンを見る。
そこには仄暗い光の差し込む時間があるがために、より深度の重い闇が生きていた。

エッチング作品が二点ある。
浅瀬(小さな騎馬兵のいる) 雲の出る谷の下に騎馬兵らが走っている。
解説に中世の騎士物語「ローランの歌」を想起させる、とある。中世の欧州に伝わる英雄伝説や騎士物語は酷く魅力的なものが多く、中学から高校の頃わたしもアーサー王、ベーオウルフ、ニーベルンゲン、またアイスランド・サガやレミンカイネンの物語に溺れていた。
確かにここにはそうした伝奇性の高いムードがある。
続く「恐怖」は翌年の作だが、前作と続いての物語としてみるならば、これはもうゴシック・ロマンと言ってもいいように思われる。
ハインリヒ・フュースリの絵にそうしたゴシック・ロマンを感じるのだが、この作品にも同じ感覚がある。

大きな樹 紙が赤茶けたものなのか、そこにそんな色を塗ったのかは知らないが、地の色に赤いセピアがいい。そしてそこに木がある。
続く「樹(樹のある風景の中の二人の人物)」は先の木を裏から見たかのような雰囲気がある。こちらの木は白っぽいのだが。二人の男女らしき姿が見える。

曲がりくねった樹 二本の木がある。枯れ木、太い幹。枝のうねりは激しいが、木自体は曲がりくねったわけでもない。

守護天使 バルトロメオ「死せるキリスト」の模写か、と解説にある。左にぐったりするキリスト、右に彼を介抱するかのような守護天使がいる。模写としても、人物の顔などはルドンのキャラそのものだった。

永遠を前にした男 巨大な雲を背景に、岩に手をかけて顔を上げる男がいる。四足歩行する原人、原初の男の姿。偉大な進化の第一歩目を進んだ男、そんなイメージがある。

いよいよ黒のルドンの世界が開く。
リトグラフの連作「夢のなかで」である。
扉絵から始まり、十枚の黒い夢がそこに曝されていた。
孵化、発芽、車輪、冥府、賭博師、地の精、猫かぶり、幻視、悲しき上昇、皿の上に・・・
タイトルを楽しむことから始める。
タイトルを含み、舌の上で転がしてから、黒い絵を視る。
白い部分があることでいよいよその絵の闇が深まる。
たとえば「皿の上に」あるリンゴの輪郭を見せる生首。と頭部も顔も白い。皿のある床?も白い。背後に広がる闇は上が重く下は薄いが、その曖昧な薄さが、闇の深さを高める役割を果たしている。
表情はなにか夢見るように見えるが、こんなところにその顔があること自体が薄ら寒くさせる。

目玉への執着を考える。解説を読まずとも、こんなにも多くの目玉があることが、画家の目玉への執着と偏愛とを気づかせる。
しかしその「目玉」の意味はわからない。
他者の言葉を読んでも、画家自身の意図を知ったとしても、わたしはやはりわからないままだろう。

目玉、という言葉から連想するもの・・・バタイユ「眼球譚」、辻村寿三郎のある種の人形、タタラ神、水晶、ゴヤ、ルドン・・・
やはりルドンは必ず現れる。

目玉だけでなく、生首のついた植物や蜘蛛なども多い。
「沼の花」「顕現」などは顔花である。そして「気球」は電球型の気球の中に顔がある。
「顔」だけの存在への執着はしばしば諸星大二郎の作品にも見受けられる。
そちらは輪郭線のない、美しくも謎めいた女の顔である。
得体の知れぬ肉の塊、鳥の腹部に、川の中に、輪郭を持たない顔がある。
ルドンの「顔」はいずれも見た目の美しさを持とうとしないものである。
にやける蜘蛛も宇宙空間に浮かぶ顔も、いずれも気持ちの悪い表情を曝している。
生理的なおぞましさを感じる顔である。

それについて思い出すのは、久世光彦の著書「怖い絵」である。
この上質な作品集は、久世光彦の幼少時からその当時の時間までの間に、彼をおびやかした「怖い絵」について語られたものである。
そしてその一篇「陰獣に追われ追われて」に「そいつ」と表記された、変質的な男の話があった。酷く気持ちの悪い、しかし異様な吸引力を持つ話だった。
気持ちの悪さに動悸を抑えながらページを繰ると、不意にルドンの描いた、不気味な男がぼんやりと佇んでいた。
死人の眼を持って佇む男、それをわたしも視てしまったのだった。

「夢のなかで」の三年後1882年に今度は、エドガー・アラン・ポー頌歌とも言うべき「エドガー・ポーに」が刊行される。
ポーの作品には闇の挿絵ともいうべきものがついていたが、ルドンはその小説または詩に沿う絵を描いたわけではなく、彼なりのオマージュをささげている。
タイトルから物語を想う。
「眼は奇妙な気球のように無限に向かう」「憂愁の黒い太陽の前にレノアが現れる」「仮面は弔いの鐘を鳴らす」「水平線には確信の天使が。暗い空からさぐるようなまなざしが」「諸存在を導く息吹は球の中にもある」「狂気」・・・・・・・・

赤き死の仮面、ゴードン・ピムの物語、恐怖の振り子、そんな小説の一節が頭の中を横切ってゆく。
「・・・無限に向かう」は黒い海が描かれていた。アーサー・ゴードン・ピムの向かった海はきっとこんな海だったに違いない・・・ポーのアナグラムの名前を持つ青年は最後には「何か」に飲み込まれてしまうのだ。それをルドンは描いてしまったのではないだろうか・・・

光の横顔 チラシ右側の女の白い顔。高い鼻梁、伏せられた眼、意思的な唇、固い頤。
手を差し伸べても拒絶されるだろう。
彼女が何者かはわからない。何を想っているかもわからない。沈黙は決して破られないだろう。

連作「夜」もまたリトグラフ作品だった。
老年に 師匠のブレスダンは陋巷に死したようだが、その横顔を捉えている。
巫女たちは待っていた 宮殿の列柱の間に佇む女たち。真ん中の女は向かって左の女の肩にもたれている。不思議に嬉しそうな表情を見せている。ひそやかな悦びを味わうかのように。
そしてわたしはまた見てしまった。久世光彦の恐れた「そいつ」を。
堕天使はそのとき黒い翼を開いた 堕天すると、こんな死んだ眼を大きく見開くことになってしまうのか。こちらを見ればどうしよう、とわたしまで怯えさせられていた。

ルドンが眼や顔を植物に配したのは、その友人アルマン・クラヴォーの影響があったかららしい。彼は植物学者だったが、20世紀になる前に首吊り自殺を遂げていた。
ルドンは「夢想」という作品で友人を追悼している。

白い作品が現れた。
最初のほうに掛けられていた「樹」を思わせる木がそこにあった。

パルジファル、ブリュンヒルデ、ベアトリーチェといった神話や物語の人々が現れる。
パルジファルは真正面を向き、ブリュンヒルデはすっきりした横顔を見せている。
「シュラミの女」は旧約に現れる。「雅歌」の花嫁。「雅歌」といえばモローの美しい女を思い出す。ルドンの描く女は静かに眼を閉じていた。

油彩画が並び始める。
カインとアベル 縦長の空間に雲が湧き立ち、その下の地上では、赤布をまとった男が、地に倒れる男に向けて、棒を振り下ろそうとしていた。嫉妬と怒りだけでない、どこか妖しさを感じる関係性があった。暴力の中に欲情がまざっているような。

神秘的な対話 このヴァリエーションは他にも見ている。廃殿の中の二人の女。言葉は交わさずとも通じ合う対話、それがここに描かれているように思う。

眼を閉じて どのヴァージョンでも、必ず想うのは武満徹だった。彼が愛した「眼を閉じて」はどの顔だったか。武満が何故そこまで惹かれたかを、思う。

ギリシャ神話を題材にした絵が続く。
中でも「オルフェウスの死」はひどく美しい絵だった。竪琴にオルフェウスの生首がある。
しかしその生首は黒のルドンのそれとは違い、また同時代の画家たちが描いた、洗礼者にして犠牲者の生首でも、寡婦によって征伐された侵略者の生首とも違う、繊細で美しいものだった。
こちらを向く首は美しさは傷ましい限りだったが、生きていても楽しめないオルフェウスの心を思うと、ようやく開放されたのだ、という安堵があった。

翼のある横向きの胸像(スフィンクス) チラシ左の顔。少女のような顔だと思った。

ルドンの師匠ブレスダンの細密描写の作品が並んでいた。
死の喜劇、善きサマリア人、村の入り口、鹿のいる聖家族・・・いずれも偏執狂的な熱意で以って描かれ、刻まれたとしか思えない作品だった。隠し絵のような趣すらある。
しかし「渓流」は自然を描くばかりで、人も生物の姿も見当たらない。
良いのか、といえばよくない。どうしても誰かに会いたくなる、何かを見出したくなる。
不思議な苛立ちに噛まれる作品だった。

アンリ・ファンタン・ラトゥール アルプスの魔女 男がそれをみつける。大気と一体化した女を。・・・ラトゥールは油彩より、こうした版画作品のほうが魅力的なものが多い、と思っている。

ムンクのマドンナもヴァンパイアもさして恐れはしない。しかし「罪」に描かれた赤毛の半裸の女は怖い。眼を見開いている女。緑色の眼は赤毛にふさわしい魅力があるが、その眼がなにより怖い。やや棚落ちした肉体が露にそこにあることもまた。

ポール・セルジエ 急流のそばの幻影、または妖精たちのランデブー  木々の奥に七人の美女が行進している。服装もまちまちで、強い存在感がある。女たちはまっすぐにどこかへ向かっている。そして、木々をはさんだ手前には、ブルターニュの人々の姿がある。
白昼夢ではなく、彼らは美女たちをまっすぐに視ているのだ。

セルジエ 消え行く仏陀-オディロン・ルドンに捧ぐ 20年ほど後に描かれた絵は、水中に座す仏陀と、魚たちを描いている。明確な線を排除した絵。ひどく魅力的な一枚。
セルジエは仏陀に託して、ルドンを悼んでいるのだった。
高山辰雄「坐す人」を見て以来の、宗教的感銘が少しばかり、わたしの内側に興った。
sun946-1.jpg

モロー 聖セバスティアヌと天使 この構図はメディアとイアソンを思わせる。
矢で射られたとはいえ、殆どその矢を残していない身体、血の筋がいよいよ彼の美を際立たせる。その美貌にただただときめいていた。

最後にマックス・クリンガー連作「手袋」についても。
マックス・クリンガーの連作「手袋」については丁寧な解説と画像のある記事を、とらさんが挙げられている
この記事があることを喜んでいる。わたしはわたしの解釈(妄想)でシリーズを眺めていたが、こうした指針があると、楽しみが倍増する。

手袋シリーズ
場所 ローラースケート場は紳士淑女の楽しむ空間だったのだ。まだ不穏な空気は生まれてはいない。
行為 手袋を拾ってしまうことで彼は現実の世界から別の空間に進んでしまう。描かれた人々の立ち位置の不安定さが既にその「始まり」の証である。少女アリスは兎が走ることに誘惑され、青年は<落ちている>あるいは<落とされた>手袋によって、歩を進めてしまう。
願望 細い木の前で嘆く姿がある。ドイツ的だと感じるのはこの一枚。
救助 手袋は荒波に飲み込まれそうになっている。力尽きたかのような手袋の姿。しかしそもそも手袋自体にはその中身の肉はないのだが。掬おう、あるいは救おうとする青年の手にも気づくことなく漂うばかりの手袋。
凱旋 真珠母貝のような座に手袋は座り、海馬を走らせる。「凱旋」と言うにふさわしい堂々たる力がそこにみなぎっている。
敬意 薔薇の波。それを見下ろすように高い燭台に在る手袋。
不安 青年は決して安らかな眠りを得られない。巨大な手袋と異形の影が青年の安眠を妨げる。あの優美にして冷淡な手袋は、青年の足下で、彼を呼ぶように指を上げている。
休息 手袋で出来たカーテンを背にした小卓に優雅な面持ちで手袋がいる。カーテンの裾から顔を出す怪獣は、それを凝視する。・・・機会をうかがいながら。
誘拐 夜。ついに目的を果たす怪物。手袋はその鋸歯状の口に咥えられて、屋外へ連れ去られる。虚しい手が割られた窓の内から伸びる。窓の外には薔薇が咲き誇っているが、その花ももう盛りを過ぎようとしている。
キューピッド 時間の推移を感じる光景がある。薔薇の下、ぐったりする手袋と、なんだか疲れているようなキューピッドがいる。青年はもうここまで追うことは出来なくなり、手袋ももう旅を続けることは出来なくなったらしい。白い終焉だった。

展覧会は11/13まで。年明けには三菱一号館へ巡回する。

11月の予定と記録

行きたいのは以下に並ぶ。今日のpcあきません、動かない。


ぬぐ絵画|日本のヌード1880-1945 東京国立近代美術館 11/15~1/15
アルプスの画家 セガンティーニ 損保ジャパン東郷青児美術館 11/23~12/27
三井家伝来 能面と能装束 三井記念美術館11/23~1/28
ザ・ベスト・オブ・山種コレクション 山種美術館11/12~2/5
明治期の日本銀行支店建築 建築家 辰野金吾・長野宇平治 貨幣博物館11/10~1/15
森永のお菓子箱 エンゼルからの贈り物 たばこと塩の博物館11/3~1/9
近代日本の『風景画』展 野間記念館~12/18
長谷川等伯と狩野派 出光美術館~12/18
南蛮美術の光と影  泰西王侯騎馬図屏風の謎 サントリー美術館~12/4
法然と親鸞 ゆかりの名宝 東京国立博物館~12/4
愛宕山-江戸から東京へ 港区立港郷土資料館~12/4
坂道・ぶんきょう展 文京ふるさと歴史館~12/4
数寄者・住友春翠と茶 -住友コレクションの茶道具と香道具- 泉屋分館~12/11
トゥールーズ=ロートレック展 三菱一号館~12/25
都市文化の成立と帝国劇場展 三菱一号館~1/13
生誕125年 萩原朔太郎展 世田谷文学館~12/4
茶人 畠山即翁の美の世界 畠山記念館~12/18
芹沢介展 -宗廣コレクション- 松濤美術館~11/20
朝鮮陶磁名品展  静嘉堂文庫~12/4
竹久夢二 絵手紙とメッセージ 展~12/25 
中原淳一の少女雑誌 『ひまわり』展 弥生美術館
世界遺産 ヴェネツィア展 ~魅惑の芸術-千年の都~ 江戸東京博物館~12/11
松竹歌劇の60年-レビューの舞台とスターたち 下町風俗資料館~1127
ヒンドゥー美術展/16・17世紀ヨーロッパで製作の南アジア地図  石洞美術館~12/18
織田一磨 ukiyoeTOKYO 11/5~11/27
伊藤深水―時代の目撃者― 平塚市美術館~11/27
川合玉堂展 描かれた日本の原風景  神奈川県立近代美術館 葉山~11/23
柳宗悦展 横浜そごう~12/4
愛染明王 愛と怒りのほとけ 金沢文庫~12/4
生誕250年記念展 酒井抱一と江戸琳派の全貌 千葉市美術館~11/13
竹と民具 -竹とともに暮らす- 神奈川県立歴史博物館~11/6
洋上のインテリアⅡ 日本郵船歴史博物館~11/27
横浜トリエンナーレ 2011 OUR MAGIC HOUR~11/6
鎌倉x密教 鎌倉国宝館 ~11/27

次は関西。
川西英コレクション収蔵記念展 夢二とともに 京都国立近代美術館11/11~12/25
京の小袖~デザインにみる日本のエレガンス~ 京都文化博物館~12/11
正倉院展  奈良国立博物館~11/14
心斎橋 きもの モダン -煌めきの大大阪時代- 大阪歴史博物館~12/4
目で見る京都の今昔-写真でたどる京都の変遷 京都府立総合資料館~11/13
乾山と木米―陶磁と絵画― 大和文華館~11/13
大阪城天守閣復興80周年記念特別展  大阪城天守閣~11/27
大つくりもの「浦島太郎と龍宮城」  大阪くらしの今昔~11/20 
松篁 鶴に挑む 松伯美術館 ~11/27
インド ポピュラー・アートの世界 ―近代西欧との出会いと展開 国立民族学博物館~11/29
生誕120周年記念 岸田劉生展 大阪市立美術館~11/23
近代の錦絵 国周 芳年 耕漁 白鹿記念酒造博物館 ~11/21
コレクター藤田傳三郎の審美眼  藤田美術館~12/11
深遠なる中国美術 白鶴美術館 ~12/4
絵巻 -大江山酒呑童子・芦引絵の世界- 逸翁美術館 ~12/4
御影アートマンス
呉春 池田歴史民俗資料館~12/4
肥後松井家の名品 武家と能 表千家北山会館
北澤美術館所蔵ガレ、ドーム兄弟のガラス工芸 えき美術館
近代洋画セレクション 山王美術館~1/29


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