美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

東華菜館 その2

今回寒風吹きつのる中、屋上へ上がらせてもらった。
塔屋を見る。ああ、こうなっていたのだ。
IMGP9737.jpg IMGP9738.jpg

南座と菊水IMGP9739.jpg

比叡山には雪も。IMGP9740.jpg

あれはギオン会館IMGP9743.jpg

装飾のよさを堪能する。IMGP9741.jpg


上からの鴨川の眺めもいい。
波の間に間にユリカモメがいる。IMGP9669.jpg
この白い鳥は江戸へ向かえば都鳥となり、三月が来れば顔を黒くして、遠国へ去って行くのだ。

サンルームというべきか。IMGP9744.jpg
ここでビアガーデンらしい。

個室を眺める。
IMGP9678.jpg IMGP9679.jpg
IMGP9672.jpg IMGP9673.jpg
IMGP9674.jpg IMGP9676.jpg
IMGP9677.jpg

階段も素晴らしい。IMGP9675.jpg

色々な装飾と家具はここにも。
IMGP9699.jpg
IMGP9700.jpg IMGP9701.jpg

素敵な窓もある。
IMGP9706.jpg IMGP9707.jpg

やっぱりヴォーリズの建物は魅力が深い。

こちらは中華のお店らしい可愛い刺繍絵など。
IMGP9710.jpg IMGP9711.jpg
ねこだけではない。IMGP9713.jpg

フロアにより装飾が変わるのも本当に素晴らしい。
IMGP9709.jpg IMGP9716.jpg
IMGP9708.jpg IMGP9712.jpg
IMGP9717.jpg
IMGP9718.jpg IMGP9714.jpg
IMGP9723.jpg IMGP9725.jpg
IMGP9724.jpg IMGP9729.jpg
IMGP9726.jpg IMGP9728.jpg
IMGP9720.jpg IMGP9722.jpg
IMGP9721.jpg

可愛い屏風。IMGP9733.jpg



夏には床も出るが、張り出した床から建物を見上げるのも面白かった。

最後にナゾの装飾。タコなど。
IMGP9745.jpg IMGP9746.jpg
玄関の天井装飾。
IMGP9747.jpg IMGP9750.jpg
IMGP9748.jpg IMGP9749.jpg

 

永遠に東華菜館は活き続けてほしい。

スポンサーサイト

東華菜館 その1

京都の四条大橋の袂にそびえる東華菜館は、ヴォーリズの建物としてはかなり面白い造りを見せている。
ヴォーリズの拵えた商業施設と言えば大丸心斎橋などが思い浮かぶが、この東華菜館は元は矢尾政というフレンチレストランとして始まったそうだ。
そのあたりのことは「東華菜館の歴史」に詳しい。
IMGP9661.jpg

見学に行くまでに二、三度は客として訪ねているが、今回は見学&撮影&お食事会という楽しいイベントになった。
まず外観から。
少しばかり下がって(南下して)団栗橋から眺め、次は四条大橋を渡って南座からの風景。
IMGP9655.jpg
ファサードを見上げる。IMGP9756.jpg
隣の路地から見上げる。IMGP9653.jpg

山羊が幅を利かせる装飾。上部には魚類。バロック建築として眺めるのも楽しい。
IMGP9754.jpg IMGP9751.jpg
IMGP9757.jpg IMGP9758.jpg
IMGP9753.jpg IMGP9755.jpg

古いエレベーターは乗るだけでも楽しい。
日本橋高島屋のエレベーターもそうだが、人の手がなければ動かないのが魅力になる。
IMGP9727.jpg IMGP9735.jpg
 
今回は四階でお食事をいただいた。
北京料理。おいしくいただいた。わたしは中華料理が好きなので嬉しい。
IMGP9660.jpg IMGP9667.jpg
IMGP9665.jpg IMGP9666.jpg

室内装飾も壁面も家具もみんないい。
IMGP9659.jpg IMGP9657.jpg
IMGP9658.jpg IMGP9663.jpg
IMGP9656.jpg IMGP9670.jpg
タツノオトシゴまでいた。

白い壁面の柄も可愛い。床の柄もまた。
IMGP9662.jpg IMGP9664.jpg

ドアは重厚。IMGP9668.jpg


宴会場も大・中・小とある。
照明器具やちょっとした飾りがまた楽しい。
装飾も家具もすてき。
IMGP9694.jpg IMGP9695.jpg
IMGP9696.jpg IMGP9697.jpg
IMGP9686.jpg IMGP9692.jpg

IMGP9693.jpg IMGP9687.jpg
IMGP9688.jpg

ある天井は神戸女学院の図書館を髣髴とさせる。
ヴォーリズ好みと言うものか。
IMGP9689.jpg IMGP9681.jpg
IMGP9684.jpg
IMGP9685.jpg IMGP9680.jpg

廊下をながめる。IMGP9671.jpg

また別なお部屋。
IMGP9705.jpg IMGP9704.jpg
IMGP9702.jpg IMGP9703.jpg

長いので続きは2に。

柳宗悦 暮らしへの眼差し

昨夏からの柳宗悦展の巡回が大阪歴史博物館に来ている。
zen189.jpg
松屋銀座、横浜そごう、とここへ来たが、民藝人気は高く、どこでも観客がにこにこしている。

正直に言うとわたしはいわゆる「民芸品」はニガテで、手元に置きたいとは思わない。
しかしながら「民藝」運動に関わった人々の大半には敬意を抱いている上、そのつながりのある人々で深く好きな人も多い。
要は観念的には好きなのだが、現実としては好まないということだ。
zen190.jpg

わたしは以前からこの場で度々記しているが、技巧に技巧を重ねた作品と言うものが好きである。
やきものは好きでも分厚い陶器などより、薄い磁器が好ましい。
作家性の高いものより工業製品に良さを感じもする。
濱田庄司の作品やライフスタイルを特集した汐留ミュージアム「濱田庄司スタイル展」も楽しかったが、それを自分の実生活に取り込みたいとは全く思わない。
豊かな心根を感じるが、それはわたしの生活には必要のないものだった。
だが、しつこく書くが、総体的に民藝を見るのはとても好ましく思う。
zen192.jpg

朝鮮のやきものがある。
主に並んでいるのは朝鮮王朝時代に生まれた白磁である。
わたしはそれ以前の高麗青磁に深く魅了されている。
しかしこの白磁の良さと言うのも捨てがたい魅力がある。
それらがいくつも並ぶのを目の当たりにすると、「その空間の居心地のよさ」というものを実感する。
一つで見るよりも多くで見て「素敵だ」と感じるのである。

ちょっとした道具や工具の類を見る。
中には「何に使うのだ?」というものもある。
しかそれらには機能性と共に、形容の面白さがある。
知ってしまえば「なるほど」と納得もゆく。
民藝の楽しさとはそういうことなのかもしれない。
zen194.jpg

木喰上人の木仏はニガテなのでパス。
琉球の紅型は可愛いので好き。
版画はやっぱりいいなあ。

そういう感想を持ちながら見て歩くのが楽しい。

ところでそれぞれの会場ではチラシがみんな違う。
集めておいたが、それを見るのも興味深い。
zen191.jpgzen193.jpg

大阪での展覧会は2/29まで。ただしこちらは火曜休みなので明日は閉館。

子規の叔父・加藤拓川が残した絵葉書 明治を生きた外交官の足跡・後期

クリスマスの日に信太山の大阪府立弥生文化博物館へ「子規の叔父・加藤拓川が残した絵葉書 明治を生きた外交官の足跡」前期を見に行った。
そのときの感想はこちら
そして1/5~29までが後期展だったので、昨日出かけた。
展示替えのあった後期展はやはりかなり面白かった。
今回は拓川のヒトトナリや彼と仲良かった人々の文などを特に念入りに見て回った。
それらを少しばかり挙げてみる。
zen186.jpg

見えてくるものがある。
列国の風景写真などからだと、その地の文明の発達の様子と軍事力もわかってくる。
一方で、「未開の地」の<見られ方>も見えてくる。
大国に脅かされる国々が、武力ではなく外交力でしたたかに生き延びようとする様子も伺える。
過去のことではあるが、それらを自分の眼で確かめることが出来る。

明石元二郎という人がいた。「坂の上の雲」にも「大諜報」として一章が割かれている、凄いひとである。司馬さんはこういった暗躍する人を非常に魅力的に描く。「項羽と劉邦」にもその傾向がある。ファンとしてはやっぱりそのあたりの筆致にどきどきする。
実際の明石という人の書いた文字がある。
ベルギーに拓川がいた頃の芳名録にサインを残している。この人は今の百億円ぐらいを資金に、欧州で帝國ロシアの転覆を謀り、あちこちで暗躍し続けた。それは無論日露戦争の勝利のためと、その後の状況のためである。
ドイツのヴィルヘルム二世から「たった一人で満州軍20万に匹敵する恐ろしい男」と言われた。こういう人も拓川のところに来るとくつろぐ。
くつろいでノートに名を残したが、その見開きの隣ページには、片山潜のサインもある。
そうしたところが非常に興味深い。

ところで加藤拓川の系図があるのでそれを挙げる。
zen187.jpg
正岡子規の母の弟で、子規の妹・律に自分の三男を養子に出している。
律や姉・八重らの写真も色々とある。
また、若い頃からの仲良し・秋山好古一家との家族全員集合写真がある。
その好古からの手紙が面白い。
以下抜粋。なお読めぬ字は伏字にする。意味の掴めぬ字は直後に(?)を入れる。
「妻▲陸海軍の内▲シカZ(?)繁殖セシ徴候アリ コレデオレハナクナッテモ先▲ ・・・ユツクリ遊ビタイトハ生涯ノ希望ナリシカ・・・ママナラヌモノガ▲▲コレモ考ヘルト モツト充分ニ飲ミテ 妻(若年)ヲ困ラセテオイタラヨカツタコトカト・・・」
奥さんが妊娠したことを伝える手紙なのだが、繁殖には参った。謹厳な風の人がなかなか面白いことを書いている。

陸羯南からの絵葉書がある。エジプトのスエズ運河を越えたポートサイドからのもの。
チョコレート色の肌の女が被り物をずらして貌を露にする絵があったり、実景写真のものなど。

他に絵葉書ではアールヌーヴォー、豪華客船写真、風刺漫画、天使、子どもの愛らしいイラスト、薔薇絵、エーデルワイスの押し花入りのものなどがあった。
いずれもとてもすてきだった。

拓川は墓碑銘を自分で撰び自分で書いている。日付だけはなかったが。
充分生きて立派に亡くなった人だったと思う。
葬列者リストには西園寺公望や徳川氏の名前があった。
そうして長いときを経て、今多くの人々が彼の遺した足跡をみている。
とてもいい企画だった。

松伯美術館「野生の神秘を写す 身近な動物から干支まで」

上村松篁さんと淳之さんの描く動物画を見に行った。
松伯美術館の収蔵品と個人蔵の作品などで構成された「野生の神秘を写す 身近な動物から干支まで」展である。
なお、今回は残念ながらチラシがない。

この父子がとても動物好きだということはよく知られている。
就中、鳥類への愛はただ事ではないことも知られている。
平城山の唳禽荘で260種1600羽以上の鳥類を育てているのは知っていたが、そこが財団法人日本鳥類保護連盟奈良研究所でもあることは、今回初めて知った。
日本唯一の鳥もここにいることは知っていたし、なまじの動物園では太刀打ちできないこともよく聞いているが、そんな肩書きまであるとは知らなかった。
上村淳之さんは日本画家であり、なおかつその研究所の所長さんなのである。

最初に松篁さんの作品を見る。
(作品にはそれぞれ松篁さんの言葉が添えられ、さらに描かれた動物たちの学術上の種族や性質、居住地などが書かれている)

母子の羊 昭和12年に描かれたもの。ポンペイ壁画の「花を摘む少女」のあの静謐で和やかな雰囲気を描きたいと思っておられたそうで、家で飼っていた白羊(実はこれは羊ではなくヤギである)の母子を用いて、その静謐で和やかな雰囲気を屏風仕立てにした。
真ん中にいる斑は「白羊だけでなく黒斑も欲しいな」と思っていたところへ生まれたので、松篁さんは涙が出るほど嬉しかったそうだ。
とてもほのぼのしている。白い子どもは蝶々を追って手を上げている。周囲にはアザミも咲いている。
zen184.jpg
羊と遊ぶ 翌年の作。どうやらあの黒斑が成長したらしい。それを可愛がる姉と五歳の弟。
小さい弟は淳之さんがモデル。さすがに父の見たわが子だけによく似ている。
立っている姉は薄紅梅で羊(ヤギ)を撫でている。
小さい男の子がしゃがんで、羊(ヤギ)を見上げる。なんとも可愛らしい情景である。
この時代は松篁さんのおうちは丁度子どもらがわらわらと運動会してるようなもので、大変和やかでにぎやかだったそうだ。

月夜 更にその翌年。青く明るい夜、きび畑の白兎たち。白兎と書いたが、ジャパニーズホワイトという種類らしい。実はアルビノなのだが、日本の場合「ウサギ=白くて目が赤い」のが普通というイメージがあるので、固有の種として定着しているような錯覚がある。

春静 昭和58年のウサギ。こちらはピンクの石楠花の中で、なにやら眠たそうな顔つきの茶色い野うさぎがいる。松篁さんは野ウサギも飼うていたのだ。

兎Ⅰ 昭和62年は卯年だった。この絵が発表されたときのことをなんとなく覚えている。
関西の一得といってもいいか。2vs1の構図。ここにいる白兎は眼がブルーだった。
zen183.jpg

鹿寄せ 松篁さんご自身がその体験をされて、写真にその姿が残っている。昭和7年、シャツに腹巻にステテコの松篁さん。絵はまだ初期の頃の範疇にある。鹿たちはやたら目が大きい。エジプト壁画風な描かれ方。カノコなバンビもいる。可愛い。

早秋 この絵を見るのは久しぶり。昭和16年の作。松篁さんは京都の家で狐を三ツガイ飼うていたそうだ。老・中・若の三組。こちらは「中年夫婦」の狐の姿。
zen185.jpg
今回改めて、萩が咲き、羊歯があり、さらにバッタがいることに気づく。
ところで松篁さんのコワイ言葉がある。(要約する)
「奈良の家の裏山に狐穴があり、その穴の前に鳥の手羽やウサギの頭があり、桔梗や女郎花の秋草が咲いていた。」
・・・・・・ちょっとしたホラーではないか。それを淡々と書く松篁さんが実はいちばん怖い。

次に淳之さんの作品を見る。
昭和56年にシカ類のブラックバイン家族を描いた対の作がある。
「月に」「夕日に」 牡の逞しいのが月を見上げ、和やかな母と無邪気な子の姿が夕日に包まれている様子。

初めての冬 二匹の狐の遠吠えの姿。平成5年くらいから淳之さんの作品がだんだんそれまでの侘しさをなくし始めるようになった、と勝手に思っている。この絵にはまだどこか侘しさがあるが、それでも所在無げなところはない。

十二支 初見。平成18年に連作として描かれたもの。横長色紙に描かれたような感じ。金茶地に、赤茶色で一つずつ描かれる十二支。仲良しなねずみさん、トロイの木馬のような馬、賢そうな牛、羊とヤギの区別がつかない(!)もの、耳の丸いニャーなトラ、黙って並ぶ大小のサル、茶色いウサギ、朝鮮の壁画風な龍、賢くて勇敢そうなわんこなどなど。
特にわんこがよかった。

大極殿上壁 四神之図試作 平成21年に描いたものだが、玄武の目つきの悪さ、オオトカゲで青銅器風な色合いの青龍、どこかにいてそうな朱雀、賢そうな白虎など。
実際の壁画制作風景の写真もあった。
 
春宵 白兎が木の根元から黙って月を見上げる図。平和を望むような青い眼。平成20年 に描かれたこの作品には淳之さんの良い言葉が添えられていた。
宇宙のどこかに「宇宙の動物センター」があり、動物たちに争いはやめようと厳しい指令が降りてきている、と。
この絵を見ているとわたしもその存在を信じる気持ちになる。

水辺の朝 二年前の展覧会で観たもの。そのときの新作。個人蔵ということになっている。
いいなぁ。これは横長の大きな絵で、銀地にシギ、チドリ、カワセミなどが元気にあふれている図。好きな作品。

ほかにも松園さんの「人形つかい」の本絵と下図などもあり、いつもながらの楽しい展覧会だった。
明日まで。

「パリへ渡った『石橋コレクション』1962年、春」を見ながら

ブリヂストン美術館の「パリへ渡った『石橋コレクション』1962年、春」は素敵な展覧会だった。
zen181.jpg

もう半世紀前になる1962年の春に、当時のパリ国立近代美術館副館長ベルナール・ドリヴァルの発案により、実現したパリでの石橋コレクション展。
石橋正二郎はそのことを「望外の喜び」と語ったそうだが、実際この素晴らしいコレクションがフランスへ凱旋公演するのは、誉れだったろう。
当時の文化相はアンドレ・マルローだった。
彼の勧めで石橋コレクションも、当時の最新技術の修復を受けたりしたそうだ。
まことに良い話ばかりを聞く。

それから五十年後の今日、東京・京橋のブリヂストン美術館でそのときの陣容を眺める。
これはまことに嬉しいことだ。
半世紀前の人々の喜びを追体験できる、という二次的な楽しみまで味わえるのだから。
いつもどおり機嫌よく眺めて歩いたが、やはり石橋コレクションは素晴らしかった。
zen182.jpg

当時の様子を捉えた映像を見る。
レトロな語りの入ったモノクロに近い映像だが、それが却って興味深くもある。
ジュラルミンボックスに梱包される作品群が海を渡る。五次もの旅立ち。
なんとなく遣唐使を思う。

映像の中で、コローの「イタリアの女」が映されていたが、赤色がよく出ていたと思う。
あまり色彩を感じさせない映像だからこそ、印象的なのだ。
石橋コレクションは羽田~オルリー空港を行き来したそうだ。
わたしもパリへ行ったときドゴール空港ではなくオルリーだった。そんなことすらも嬉しく思う。

1962年のパリ、と言えばわたしはすぐにその翌年を舞台にした「ジャッカルの日」を想う。
むろんそれはフォーサイスの原作を映像化したジンネマン監督の映像作品の方である。
濃密な夏、緊迫する時間の流れ。

その数ヶ月前のパリの様子を、わたしは映像と小説から思い起こしている。
ドゴール大統領による第五共和政の中でのアルジェ戦終結、それに反対しドゴール暗殺を目論むOAS。
しかし世論は平穏であることを望んでいる・・・
1962年、春。
パリの人々は日本から来る石橋コレクションを心待ちにしていたに違いない。

展覧会は「東京石橋コレクション所蔵─コローからブラックに至るフランス絵画展」と題されていたそうだが、それを踏まえながら眺めると、いつもとはまた違う感慨がある。
尤も例によってわたしは自分だけの感慨に耽っているのだが。

実際の作品だけでなく、パネル展示もある。どうしてそうなったかは知らない。
しかし再現を目指すための資料としてそこにあるのは、いいことだと思う。
当時のパリでの報道の様子を新聞などで見る。
フランス語は読めないが、好意的な書かれ方をしていることは感じる。

コロー ヴィル・ダブレー この絵を見ると、というよりも「ヴィル・ダブレー」の地名を見たりその地を描いたものを見ると必ず、1962年のフランス映画「シベールの日曜日」を想う。
わたしにとって「ヴィル・ダブレー」とは「シベールの日曜日」の地でしかない。
1835年から40年に掛けての間に描かれたこの絵を前にして、わたしはこの森のどこかに少女シベールが隠れているような気がするのだ。

モネ アルジャントゥイユの洪水 このときのアルジャントゥイユは枯れた色に覆われている。空は多少青さを見せるが雲が日を遮ろうとしている。
なぜ洪水が起こったかは知らない。治水が良くないのか、それも慢性的なものなのか、突発性のものなのかも知らない。

シスレー 森へ行く女たち 森は遠くではない。片側は建物の並びがあり、もう片側には細い並木がある。女たちとあるが、彼女たちは特定されない人々として描かれている。
森へは何をしに行くのだろう。そんなことを思いながら彼女らの行く先を眼で追う。
シスレーはその続きを教えてくれなかった。

ルノワール 座る水浴の女 豊かな肉体はいつものことだが、今日はその前に立ったとき、少しばかり照れてしまった。もう少し右側へ立ったら、見えてしまうものがある。
そんなことを思いながら左側からこの裸婦を眺めた。

セザンヌ サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール ブリヂストン美術館のスターの一枚。先日、同時代の多くの画家がジャポニスムに眼を向けたのとは対照的に、セザンヌ一人がそれに関心を持たなかったと言うのを読んだ。
そのことが結局日本人に多くの「セザニスト」を生み出す要因になったとしたら、ひどく面白いことだと思った。
青い山は確かに日本にはないものだった。

ボナール ヴェルノン付近の風景 明るい色彩が配されている。枠は窓かもしれない。
そこからの眺めだと思えば、自分もここに描かれた庭へ出たいと思う。
ボナールの絵にはそうした魅力がある。
中に行きたくなるような温かみが。

ゴーギャン(帰属) 若い女の顔 これは初見。帰属と言うことは、確実にゴーギャンかどうかは判らないと言うことになる。解説を読む。解けない謎のある絵。
ゴーギャンにしては随分と綺麗な若い女だった。
睫毛が長い。女の服や背後の人形?などの色はくすんでいる。
若い女を描いていても華やかさは薄い。
しかしそれが却ってゴーギャンの作品らしくも思えた。

ピカソ 女の顔 チラシに選ばれている。この絵を見るたびいつも「三次元で見てみたい」と思う。
多分それは女の白い肌が、切り出された大理石の彫像に見えるからだろう。
解説を読む。一つ知ったことがある。
この女の顔は、砂を混ぜて塗ったそうだ。それでいよいよ立体感があるのか。納得した。


パネル展示されていた作品の内、実物を見てみたいと深く思ったものがある。
ルノワール 赤いコルサージュの少女 元の持ち主は酒井億尋という人で、彼はこの絵に毎日挨拶していたそうだ。
そのキモチはとてもよくわかる。
横顔の女はふくよかで、暖かな色に囲まれていて、眺めるだけでほんのりと幸せな心持になる。

パネル展示ではほかにこんな作品があった。

クールベ 海 今では所在不明らしい。この絵の模写は見かけるが、本歌はどこへ消えたのだろう。
パネルなので当然額縁もない。パネルとはいえ迫力のある絵が枠なしで壁に掛けられていると、なんとなく気持ちが悪い。

セザンヌ リンネルの上の果物 パネルでこれだけ胸に響くのだから、実物はどんなによいだろう。しかし実物でなくてもパネルで見れたことが嬉しくもある。


パリの人々が石橋コレクションを喜び、そして日本からそれを送り出した人々も喜び、今また半世紀後の人々も喜んで、いいこと尽くしの展覧会だった。
日を置いてまた訪ねようと思う。

フェアリー・テイル 妖精たちの物語

三鷹市美術ギャラリーが妖精の国に変わっていた。
zen175.jpg
妖精美術館、うつのみや妖精ミュージアムなどから来た妖精絵が一堂に会していて、彼らの残した不思議な鱗粉が、そこかしこに漂っていた。
フェアリー・テイル 妖精たちの物語展。
zen176.jpg

妖精学と分類される学問がある。
その第一人者は井村君江さんである。
高校の頃、ケルトファンタジーに、のめりこんだ。
そこから井村さんの著作を知り、読みふけった。
彼女が著書の中で紹介してくれた言葉を覚え、妖精学の基礎を学び、やがてヴィクトリア朝の妖精を描いた作品群に出会うようになった。
こちらの気持ちが妖精に向っていると、不思議に縁がつながり始め、多くの作品を見ることができた。
やがて、少しばかり地上の風に吹かれ始めると、わたしのそばから妖精たちの姿が消えた。

間を置いて今、三鷹で久しぶりに妖精たちに会うことができた。
井村さんの旧蔵されていた作品群が、宇都宮や福島で常設展示されていて、それが今回三鷹に集まったのだ。
わたしはかつての気持ちを思い出しながら、妖精たちの世界へ入っていった。

マリア・スピルスベリ ユリの花のゆりかご  チラシを飾るこの絵は以前から好きな一枚。それを見ただけでも嬉しくなる。やや堅そうな葉の生い茂る中に、白ユリが咲き、開いたその一つが幼い妖精の寝床になっている。とても愛らしい。

アメリア・ジェイン・マレー 蜜蜂の上に立ち羽を持つ妖精  絵の周囲をエンボス加工している。それだけでも嬉しくなる。絵だけでなく、それを装う周囲もまた、とても大切。

アメリア・ジェイン・マレー 蜜蜂とトンボの上に乗って空を飛ぶ妖精  二人の妖精がそれぞれミツバチとトンボに乗っている。楽しい空のドライブ。もし虫の背から落ちても大丈夫。彼女たちの背にも薄い薄い羽根がある。どこかでこんな取り合わせの虫たちを見れば、今度からはその背をそっと片目で見てみたい。もしかすると妖精を見ることができるかもしれないから。
zen177-3.jpg

ウィリアム・ベル・スコット テンペスト  彼はロセッティの友人だそう。ラファエル前派の人々と、妖精画を描く人々との垣根は低い。

ジョゼフ・ノエル・ペイトン パックは活躍し、ボトムは眠る  こちらはミレイの友人。力強い筆致の絵。妖精たちが彼の眠りを確かめながら、周囲で動く。

近鉄奈良店でみた「シェイクスピアの物語を描く」展で出会った作品が現れ始める。

ジョン・シモンズ パックや妖精たちに囲まれたハーミア  ハーミア自身の美貌も魅力的だけど、周囲の妖精たちの放つ光が本当に綺麗。
zen177.jpg

ジョン・シモンズ 憩うティターニア こちらもそう。シェイクスピアの描いた妖精たちが、ヴィクトリアン・ドリームの中ではっきりと姿を顕してゆく。それにしても不思議な色合いを見せている。1872年の絵とは思えない。色だけ見ていればmacから生まれたように思えてしまう。

リチャード・ドイルとチャールズ・ドイルはコナン・ドイルの伯父と父。兄弟はそれぞれ幻想的で愛らしい絵を多く残している。

リチャード・ドイル 妖精の木  古い木の根元を中心にして妖精たちがわらわらあふれている。それをのぞく幼い女の子と男の子と。大きくなる前に見てしまったこの情景から、彼らは逃れることになるのだろうか。

チャールズ・ドイル 五尋の海  「テンペスト」から。ふと「海の上のピアニスト」を思い出した。映画のほうではなく、戯曲のほうを。あれはきっとこんな情景だったはず。

シシリー・ブリジット・マーティン 野の中の妖精  白いマーガレットらし花々が咲く野に百年前のコーラ瓶が落ちている。それをにらむ赤ん坊の妖精。コーラ瓶との取り合わせのほうにびっくりする。

ウォーウィック・ゴーブル 狐の姫、玉藻前  金毛九尾の狐・玉藻前をイギリス人が描くとこうなる。けれどとても綺麗。玉藻前の魂が浄化されたことを感じる絵。

ジョン・バイアム・リストン・ショー ケルピーとハイランダー  作者の名前の長さが妖精たちの呪文のよう。妖精たちは自分の実名を人に知られてはならない。人もまた本当の名前を他者に知られてはならない時代があった。これはケルピーが高地に住まう男を誘惑しようとする図。

ロバート・アニング・ベル 花の中で踊る精霊とキノコの腰掛で葦笛を吹く牧神  繊細な筆致で描かれた妖精たち。この絵にも久しぶりに会えて嬉しい。
zen177-1.jpg

オナー・シャーロット・アップルトン 「わたしは泣いている可愛い女の子を見た」と月が言った。  アンデルセン「絵のない絵本」から。

オナー・シャーロット・アップルトン だけどケイは動きませんでした。  こちらもアンデルセン「雪の女王」から。わたしはアンデルセンの長編童話のうち「雪の女王」がとても好きで、不意に「雪の女王」のことを思い続けているときがある。わたしの持つ本は幾種かあり、男の子の名前は「ケイ」ではなく「カイ」なのだけれど。そしてうつろな眼をした男の子の背後に走り寄る少女ゲルダの姿がある。彼女は全てを捨ててこの少年を捜し求めてきたのだった。

エリザベス・ベッシー・ファイフ 妖精の輪  森の中で見つけても決してその中に入り込んではいけない・・・

絵だけでなく、やきものもある。ウェッジウッドのラスター彩。綺麗な煌き、不思議な耀きを見せるやきものたち。そこにもフェアリーが息づいている。

挿絵本があった。タブローとは又別の魅力がそこにある。
ジェイムス・バリーの生み出したピーター・パンとウェンディの物語は多くの人が絵にし、動画にし、ミュージカルにした。
ここにもドイル、ラッカムのほかに多くの画家が絵をつけている。

ラッカムの「ケンジントン公園のピーター・パン」は学校の図書館にあった。
ピーター・パンが誰なのかを知らず、知りたいと思ったときそばにあったのが、この本だった。ここでのピーターは幼児として描かれている。

そしてシェイクスピア「夏の夜の夢」もまた多くの画家がその魅力を表現しようとする。
ラッカムの1908年と1939年の二冊。どちらもとても魅力的。

アーサー・ラッカムと並んで深くわたしを魅了する画家がいる。
エドマンド・デュラックである。
どれを眺めてもときめきがとまらない。

ドイル「妖精の国で」にはこんなに素敵な挿絵がある。
zen177-2.jpg

眺めて歩くと辻がある。その辻ごとに戸田和子という人形作家の生んだ妖精人形が佇む。
眼を合わせてはいけない。眼を合わせればどこかへ連れてゆかれてしまう。
もう「取替えっ子」になるにはわたしは大きすぎるけれど。

‘98年の夏、神戸の大丸で「妖精の世界」展を見た。
zen179.jpg
zen180.jpg
今回の展示の多くをそこで見ていた。
だから本当に嬉しい再会だった。
一方、そのとき岩切映樹子という人の妖精人形を知った。
あれからその人の人形を見ていない。
今、そのことを思いながらこの空間に佇んでいる。

最後に「コティングリー妖精事件」の写真が五枚あった。
原版だと言う。そのカメラまである。
妖精を写した写真として物議をかもしたもの。一応の解決は見たものの実際のところはわからない事件。
ここに彼らの姿が捉えられているのかどうかは、わたしにはわからない。
ただこの写真はヴィクトリア朝の愛らしい少女を写したものとしても、とても愛おしい。

図録もとても素敵だった。
井村君江さんの言葉が載っている。
それを読んでいると、井村さんが愛した作品が<彼女の手の中>囲いの中から外へ出たのは、多くの人々にも同じように「妖精を愛して欲しい」からだと感じた。
zen178.jpg

三鷹では2/19まで。その後は元の福島と宇都宮へ妖精たちは帰ってしまう。

中国近代絵画と日本

昨年一月から一年余に亙って「関西 中国書画コレクション展」が開催されている。
zen170.jpg

関西の9館がリレー形式で計17もの展覧会を企画開催してきた。
それもいよいよこの京都国立博物館の「中国近代絵画と日本」でフィナーレを迎えることになるらしい。
(ちなみに八幡市松花堂美術館では、この企画に参加している「観峰館」の所蔵品から借りた中国近代書画展を三月まで開催する)

明治から戦前の関西では中華民国の文人墨客との関わりが深く、心に残る交流も多かったそうだ。それが財産になって、今日こうして素晴らしい企画が立てられたのである。

京博では近年になり、戦前の外交官でコレクターとして名高い須磨弥吉郎のコレクションを受け取り、そのお披露目もしている。
今回は須磨コレクション、同じく京博所蔵の森岡コレクション、香港芸術館などを中心にした名品を集めている。
なお、出ない漢字については残念ながら伏字にした。
zen171.jpg

第1章 筆墨の交歓:清末民国初期の海上派と京阪神の文人たち

・書画合璧 趙之謙 清時代 森岡コレクション  
団扇絵というのが合うと思う。姫芭蕉という植物が描かれていた。

・雑画冊 虚谷 光緒6~7年(1880~81) 上海博物館
豆を描いたものがいい。あとはフグらしき魚と筍?がいい。やや手は荒い。
・金魚図 虚谷 光緒19年(1893)
縦長の画面に赤い出目金が縦横無尽に泳いでいる。自由な姿。

「雑画冊」「金魚図」の作者・虚谷は元は武官で太平天国の乱に出動したが、疑問を感じて出家したヒト。念仏は唱えず、絵を描いて過ごしたそうだ。
そういえば太平天国の乱は、未完だが甲斐谷忍が作品化しているのを読んでいる。

・馮耕山肖像 任伯年 光緒3年(1877) 上海博物館
辮髪姿の男性が鷹揚に読書する肖像画。

・牡丹図 張熊 光緒7年(1881) 京都国立博物館
華麗な牡丹。墨牡丹、緋牡丹、白牡丹・・・いずれも芳情潤花。

・蝉過別枝図 呉熙載 清時代 19世紀
柳からセミが飛んでゆく。意味のある絵らしいが、わたしはただ見てるだけ。

・花鳥狸奴図 胡鉄梅 清時代 19世紀
これは狸奴と書いているけど、にゃんこなの。白地に黒ぶちの、いかにーもワルな猫たち!
わがままで愛らしくて、乱暴モノで甘ったれで・・・可愛くて仕方ない。
・牡丹▲蝶図 胡鉄梅・王冶梅 光緒7年(1881)
大阪の森琴石さん宛に、と王冶梅の一文がある。また書簡も展示されている。
クロアゲハが飛んでいる。わたしには嬉しい図。

・月瀬真景図 森琴石 明治15年(1882)
その森の描く月ヶ瀬梅林図。しかし雰囲気としては桃源郷。梅も桃も存外変わりがないかもしれない。趣のある絵。

豆本が並んでいた。大阪で出版された袖珍本。上海でもよく売れたそうだ。
・冶梅石譜 王冶梅作 1帙2冊 明治14年(1881)
・墨場必携 題画詩集 森琴石編 1帙4冊 明治12年(1879)
・皇朝清国名家画帖 森琴石編 1帖 明治13年(1880)
こういうものは中身を見ずとも、外観を一目見るだけでも嬉しくなる。

・墨梅図 呉昌碩 中華民国3年(1914) 京都国立博物館 長尾コレクション
長尾雨山に贈られたもの。ふくよかな白梅が描かれている。
長尾は関西で、中国の画家たちやコレクターたちのために「寿蘇会」「赤壁会」を企画していたそうだ。実行者であり、支援者。
・桃花図・聯 呉昌碩 中華民国6年(1917) 京都国立博物館(富岡コレクション)
3幅のうち中だけがピンクの枝垂れ桃に燕図で、左右は何の書体かわからない文字が書かれている。隷書体にも見えるがよくわからない。

富岡コレクションとは、鉄斎の長男・謙蔵が寄贈したもの。謙蔵氏は中国考古学の泰斗で、神獣面鏡などで功績がある。
富岡家はさすがに中国と縁の深い家だけに、こうした宝が後世に遺された。

・前赤壁図 富岡鉄斎 大正11年(1922) 清荒神清澄寺
こちらの絵などは鉄斎が自ら「代金を会のために使え」と勧めてくれたものだった。
今から小舟に乗り込もうとする文人たちと、下方で待つ船頭とが描かれている。
遊覧船、乗り込み直前図。
・東坡故事図 富岡鉄斎  大正11年(1922)
こちらも同様に「赤壁会のために」描かれた作品。和やかな図。
いかにこの時代の関西の名士に中国文化への愛があったかの証に感じる。
実際、同年の「赤壁会出展書画」目録 も展示されていた。

・呉昌碩筆談 呉昌碩等 1帖 中国・中華民国時代 白沙村荘橋本関雪記念館
これは呉昌碩と橋本関雪の父・海関とのやりとり。

京都帝国大学の関係者と(地理的にも)その周辺の人々の交流が思われるようだった。
村上もとか「龍 RON」の背景が、これらの資料などで裏づけされたようにも思う。

zen173.jpg

第2章 美術による革新:中国絵画の近代化と日本
高剣父、高奇峰兄弟の作品を中心に眺める。
中国絵画の近代化は日本に倣ったそうだ。新時代の絵を「国画」と称した。
四条円山派の動物画に関心を寄せ、竹内栖鳳と山元春挙とを手本にしたらしい。

・烟江疊嶂図 高剣父中華民国14年(1925) 京都国立博物館(須磨コレクション)
朦朧とした空気の中に、遠く霞んでラマ塔が見える。小さく峰に乗るようにして立つ。
・鎮海楼 高剣父 中華民国15年(1926) 香港芸術館
こちらは竹内栖鳳の絵を手本にしたもの。夕日に建物が映える。
・弱肉強食 高剣父 中華民国17年(1928) 香港芸術館
月下に、頭の丸い狐が鳥を咥えて進む図。秋の終わりのある夜の情景。見るからに日本風だと思った。
・烏賊 高剣父 中華民国時代 20世紀 香港芸術館
非常に面白い図。画面上部は朦朧とした薄墨が広がっている。それがイカ墨だと気づくのは、下部に広がるイカたちの姿を見るから。丸木俊の作風を思い出す。

・ 巫峡飛雪 高奇峰 中華民国5年(1916) 香港芸術館
あれ?と思った。雪中で遊ぶ「ニホンザル」たち。顔の丸い手の長い中国猿ではなく、森狙仙の猿の親戚のような猿たち。高奇峰は狙仙の後継たる寛斎の孫弟子に当たるそうだ。

・芦雁 陳樹人 中華民国17年(1928) 香港芸術館
望月玉泉の写し。月下、二羽が水へと向う。静かな情景。
・蕉樹 陳樹人 中華民国25年(1936) 香港芸術館
これはとてもおしゃれだった。明るくて大きな木がシンプルな背景に置かれている。
Still Lifeとでも言う感じ。実際この絵は明るい室内に設置されていたそうだ。
少し前のアメリカを思った。

・梟図 何香凝 中華民国元年(1912) 観峰館
丸々して可愛くてカラフル。木はボタニカルアート風。女性の画家。

・秋桜草 鮑少游 中華民国9年(1920) 香港芸術館
綺麗。茎が長く花が開く。花の様子の綺麗さ。白とピンクにときめく。

・月下狐狸図 西山芳園  江戸時代 
ススキの野、首をひねって月を見上げる狸。

・瀑布図 山元春挙  明治時代 滋賀県立近代美術館
大きい。水が勢いよくドドドッと下へ落下し続ける。何か新鮮なものが胸に開く。
しかし表装の紫色が絵にあっていない・・・

・宿鴨宿鴉 竹内栖鳳 大正15年(1926) 東京国立近代美術館
遠目にも「栖鳳の絵に似ている」と思うくらい、栖鳳の個性があふれる一枚。
もあ~とした雰囲気がとてもいい。

・西城寒食図 金城 中華民国11年(1922)
広い庭園の一隅にある亭へ人々が集ってゆく。ゆったりした時間の流れがある。
・百合図 金城 中華民国15年(1926) 京都国立博物館(長尾コレクション)
西洋風な描かれ方をしたユリ。豊かで清楚なユリ。

第3章 海派と京派:上海・北京二大都市の画壇とその展開
中国絵画の近代化に、二つの大都市の違いが見えてくる。

呉昌碩の作品が並ぶ。わたしはその中でも以下のものに惹かれた。
・墨松図 呉昌碩 光緒25年(1899) 京都国立博物館(森岡コレクション)
力強い作品。桑名鉄山に贈られた絵だと文がある。

面白いものがある。
・暗香疎影 陶冷月 中華民国22年(1933) 上海博物館
『暗香疎影』ネガフィルム 1枚
本絵はとにかく大きな絵で、カラフルな夜が描かれている。青みがかった白梅が綺麗。
ネガフィルムは無論その絵を反転して記憶する。わたしはむしろこちらのほうが好ましかった。七宝焼にしたくなるような綺麗さがある。

・百果図巻 張大千 中華民国12年(1923)・同21年(1932)加筆 京都国立博物館(須磨コレクション)
レンコン、なす、サトイモ、しし唐、ざくろ、シイタケ・・・おいしそうなお野菜がコロコロコロコロコロ・・・

斉白石の登場である。
・宋法山水図 斉白石 中華民国11年(1922) 京都国立博物館(須磨コレクション)
チラシにもなっているが、なんだか非常に面白い。桂林の風景を基にした絵。戯画ではないが、何かしらある種の諧謔味を感じる。
他にも「桂林山」という二年後の作品(北京・故宮博物院)があるが、やはりこの景観はなにやら忘れがたい面白味に包まれている。

・松堂朝日図 斉白石 中華民国時代 京都国立博物館(須磨コレクション)
これは冒頭の「関西中国書画コレクション展」のチラシにも選ばれている。
朝日の下に小さく可愛い家がある。松も「おはよう」と言いそうな絵。
zen172.jpg

京博のメインホールでは故事や物語図などが集められていた。
・耳食図 斉白石 中華民国時代 20世紀 京都国立博物館(須磨コレクション)
耳にご飯を食べさせようとする人、その比喩を絵にしたが、ちょっと可愛い。
・鉄拐仙図 斉白石 中華民国時代 20世紀
立つ鉄拐。眼は遠くを見ているのか。
・ 偸桃図 斉白石 1幅 中華民国29年(1940)
白ザルが大きな桃を抱えてあちこち見回す。つまりこれは西王母の桃を盗んだ孫悟空なのだった。
・乗龍跨鳳図 蘇仁山 道光28年(1848) 香港中文大学文物館
・吹簫引鳳図 蘇仁山 道光28年(1848) 香港中文大学文物館
この二枚は簫を吹く簫史と弄玉の恋物語を描いている。仙人の二人は機嫌よく鳳に跨ったりしながら、仲良く合奏している。弄玉だけの絵を岩佐又兵衛も描いている。

次には斉白石の魚類オンパレード。
・三餘図 斉白石 中華民国19年(1930) 京都国立博物館(須磨コレクション)
三匹の魚がいる。魚は中国では餘と同じ発音。吉祥物。八大山人風。
・魚蝦 斉白石 中華民国27年(1938) 北京 故宮博物院
こちらも八大山人に倣っている。凄く楽しそうな水中世界。川えびも参加。
・蝦蟹図 斉白石 中華民国時代 京都国立博物館(森岡コレクション)
釣ったろかーと思うような図。
・紅蓮遊魚図 斉白石 中華民国時代 京都国立博物館(須磨コレクション)
上にピンクの蓮が咲き、下では変な顔の魚たちがいる。(・皿・)こんな貌の魚。

こちらは斉白石の鳥類図鑑。
・鷹図 斉白石 中華民国時代 20世紀 京都国立博物館(須磨コレクション)
やっぱり八大山人風。へんな鷹。
・老松双鳥図 斉白石 中華民国時代 京都国立博物館(須磨コレクション)
おしゃべりな九官鳥。
・鶴図(独鶴漫歩) 斉白石 中華民国16年(1927) 京都国立博物館(須磨コレクション) 前向きのやっぱり変な目つきの鶴。
・雑画冊 斉白石 中華民国時代 京都国立博物館(須磨コレクション)
叭叭鳥、雁、雀、鶺鴒、青虫に雛にウズラ・・・にぎやか。

1920年代の斉白石はとにかく八大山人に倣う画風だったのだ。
それでどこか諧謔味があるのか。

最後は斉白石の植物絵。
・紫雪香清図 斉白石 中華民国時代 京都国立博物館(須磨コレクション)
藤が非常に綺麗だった。
・樹林図 斉白石 中華民国時代 京都国立博物館(須磨コレクション)
コブシの花。薄紅。さまよいたい林。
・花卉図冊 斉白石 中華民国時代 京都国立博物館(須磨コレクション)
白地にカラフルな花卉類。水仙、紅桃、楳、藤、枇杷、柿、南天、紅梅にこちらを見る雀。
・枇杷図 斉白石 中華民国時代 京都国立博物館(須磨コレクション)
うっすら黄色が可愛い。
・芭蕉図 斉白石 中華民国14年(1925) 京都国立博物館(須磨コレクション)
この絵は「須磨弥吉郎さん江」の一枚。
・蓮藕馬蹄図「情絲長而不絶」 斉白石 中華民国13年(1924) 京都国立博物館(須磨コレクション)
レンコン、慈姑などがある。吉祥画。思えば冬の野菜。

他の画家の絵を見る。
・青蛙蟷螂図扇面 王雲 中華民国12年(1923) 京都国立博物館(須磨コレクション)
賢そうな茶色い蛙や蟷螂がいる。表情が活きている。
・凧揚図 溥儒 中華民国22年(1933) 京都国立博物館(須磨コレクション)
ずーっと遠くからの目。蝶形のたこが揚がってゆく。赤い衣の子どもが遊ぶ。

zen174.jpg

第4章 油画と国画:拡がる絵画表現と日本
こちらも大正時代に活躍した日本洋画家たちに師事した画家たちの作品がある。
以前台湾で何徳来という目黒にいた中国人洋画家の回顧展を見たが、彼の絵もやはり日本洋画を基礎にした作風だった。
それだけに何かしら、懐かしい、親しい感じがある。

・自画像 陳抱一 中華民国10年(1921) 東京藝術大学  
藤島武二に師事した。色合いにもどこかそんな風を感じる。

日本の洋画作品二点。
・ 賺蘭亭図 中村不折  大正9年(1920) 東京国立近代美術館
唐の太宗が蘭亭序ほしさに、あの手この手であちこちから「掠め取る」「騙し取る」故事を描いている。これはお寺から巧く騙し取る図。
・チューリップ 和田英作 昭和2年(1927)石橋美術館
顔を背ける裸婦。椅子による。そのそばにチューリップ。視線は裸婦へ向けるべきか、タイトルどおりチューリップへ向うべきか・・・

劉海粟の作品が並ぶ。
・巴黎聖母院夕照 劉海粟 中華民国19年(1930) 劉海粟美術館
パリのノートルダムを、モネの絵(ルーアンの大聖堂)を元に描いたもの。モネ様式の踏襲、ということである。非常に力強い。
・波濤図 劉海粟 中華民国21年(1932) 京都国立博物館(須磨コレクション)
・洪濤悲嘶図 劉海粟 中華民国16年(1927) 京都国立博物館(須磨コレクション)
どちらも普陀山ツアーで生まれたもの。

・杭州湖畔 王済遠 中華民国21年(1932) 京都国立博物館(須磨コレクション)
セザンヌ風。そういえばセザンヌだけがジャポニズムと無縁だったのだ・・・
・秦淮河辺 王済遠 中華民国時代 京都国立博物館(須磨コレクション)
夕日に照らされる、立ち並ぶ家並。低い屋根の歓楽街。

徐悲鴻の登場。どうしてもいつも「悲鳴」に見えて仕方ない・・・
・蒋碧微像 徐悲鴻 中華民国時代 京都国立博物館(須磨コレクション)
駆け落ちまでした相手の女性。青い服を着て一心に読書をする。
・驚艶図 徐悲鴻 中華民国24年(1935) 京都国立博物館(須磨コレクション)
白地に黒ぶちのわるにゃんこが蝶々を狙う。可愛くて仕方ない。今回この展覧会では白地に黒ぶちの猫たちを見たが、みんな本当に可愛くて仕方なかった。
徐悲鴻もたいへんな猫好きだったそうだ。
・鵝伏図 徐悲鴻 中華民国24年(1935) 京都国立博物館(須磨コレクション)
ガチョウの集まり。羽毛の白さがよく見える。くちばしや足のオレンジも可愛い。このあたりはやはり油絵を実感するが、ガチョウたちの周囲に咲く雑草が墨絵風なのが面白い。
・松上老鼠図 斉白石・徐悲鴻 中華民国時代
二人の合作。リスです、リス。

ここから憂国の念やプロレタリアートとか色々。
・白骨猶深国難悲 高剣父 中華民国27年(1938) 香港芸術館
髑髏がコロコロコロ・・・
・天乎人乎図 胡藻斌 中華民国時代京都国立博物館(須磨コレクション)
炎から人々が逃げる。災害図。
・義無反顧 胡藻斌 中華民国時代 香港芸術館
巨大画面に動物たちがドドドドドーーーッとにかくあんまり勢いよくて多数なので何がいるのかどれだけいるのかもわからない。これは実は抗日の気持ちを込めたものらしい。
・水災 鄭野夫 16枚 中華民国21年(1932) 神奈川県立近代美術館
版画の連作。水害で土地を失った人々が職を求めてさまよい、みつけた先でただただ働く。どうにもならない日常。見ていて息苦しくなった。

ガラスケースの中に、当時出版されていた西洋画教本などがある。
専門向けから児童書まで。

中国に写生旅行した栖鳳と間雪の写生帖などがある。
・中国風景 竹内栖鳳 4枚 大正9年(1920) 京都市美術館
・上海写生帖 竹内栖鳳 1帖 大正10年(1921) 京都市美術館
・北京写生帖 竹内栖鳳 1帖 大正10年(1921) 京都市美術館
・普陀山 橋本関雪 1帖 昭和時代 白沙村荘橋本関雪記念館
ゾウさんを描いたものが可愛かった。

最後の室には須磨コレクションを中心にしたものが集まっている。
・山水図冊 蘇仁山 道光7年(1827)
・山下出泉図 蘇仁山 道光23年(1843) 香港中文大学文物館
どちらも細密描写すぎてびっくりした。これらが墨絵なのが凄い。
・百鳥万歳図 蘇仁山 清時代 京都国立博物館(須磨コレクション)
こちらはまた巨大な絵でびっくりした。モノクロと言うのが似合う絵。

須磨弥吉郎との交流を示すものもある。
・須磨帖 高奇峰等 中華民国20年(1931) 京都国立博物館(須磨コレクション)
・昇龍山人剣舞 劉海粟 中華民国22年(1933) 京都国立博物館(須磨コレクション)
・須磨弥吉郎像 陳宏 中華民国19年(1930) 京都国立博物館(須磨コレクション)
・須磨はな像 陳宏 中華民国19年(1930)
昇龍山人とは須磨のこと。剣舞もするらしい。肖像画も面白かった。本人は半裸で腕組姿、奥さんのはなさんはきちんとした佇まい。

最後に日本洋画が出ていた。
牛 重松岩吉  大正時代 京都国立博物館(須磨コレクション)
キュビズムと未来派の混ざったような牛だった。

非常に長々と書いたが、見る価値の高い展覧会である。
前期は2/5まで。後期は2/7~2/26まで。

日本赤十字社所蔵アート展

損保ジャパン美術館で開催中の「日本赤十字社所蔵アート展」は「東日本大震災チャリティー企画」として立てられた。
こうした企画をここで開催する、というのは意義深いことに思える。
副題には「東郷青児、梅原龍三郎からピカソまで 復興の想いをひとつにして」とある。
zen168-1.jpg

最初に「赤十字の誕生とその理念」として、創立者アンリ・デュナンの肖像や彼が戦場で見たものなどをモティーフにした作品などが現れる。

まずこの美術館とゆかりの深い青児の「ナース像」があった。
グレーで統一された、清楚でどこか幻想的な白い顔。
zen168.jpg

アンリ・デュナンの伝記というのはあまり知らなくて、ここで解説を受ける。
まことに立派な方で、人類愛にあふれている、と今更ながらに頭を下げる。

増田誠の「デュナン肖像」ははるかな目をした老人・デュナンを描いている。
zen167-2.jpg

さてわが日本での赤十字誕生の解説もここにあり、実物の絵だけでなくパネル展示もあった。実物が見れないのは残念ではあるが、日赤の使命とかそういうことを思うと、見れないからと怒ったりしてはいかんのだ、と自分の中の白い羽根のある奴が囁く。(黒い尻尾の奴はちょっと待機中)

西南の役、関東大震災、博愛社などに関連した作品を見る。
ロシア革命から逃げてきたポーランド人の孤児たちを日本に招待し、日本家庭にホームステイなどの接待と慰撫をしてから、本国へ送る。そんな歴史があったことも、絵で知る。
他にも「赤十字デー」など啓蒙ポスターがある。
面白いのは啓蒙活動に幻燈が使われたり、雑誌の付録が一役買ってた事実。
赤十字双六はなかなか面白かった。

zen169.jpg

次には、日赤創立100周年寄贈美術品の展示がある。
「日赤百周年」に作品を寄贈してほしい、と言われた作家たちはそのことを栄誉として受け止めている。
百周年と関わりなくとも、寄贈することに誇りを感じもするだろう。

麻田辨自 鴛鴦 横長の画面で見ることの多い鴛鴦たちだが、麻田は縦長画面に、しかも黒に近い紫を背景に多く使って、そこに鴛鴦たちを遊ばせている。
斜め上からの視線。鴛鴦が黒い水の上で立体化する。鴛鴦たちの肉の実感が押し寄せてくる。固太りした鳥たちの重みが、ここにある。
zen167.jpg

東山魁夷 晴れゆく朝霧 実際にこんな情景を見ることがないのに、魁夷の描く朝霧の湿度が感じられるように思う。
息を大きく吸えば、肺にも山の朝の湿気が入ってくるだろう。
そしてこの絵を見ていると、宮沢賢治「春と修羅」の「黒々とエーテルを吸へば」という一節が思い出されてくる。

常盤大空 長安の女 初めて知る画家。二枚組。唐代美人がいる。しかしバタ臭い顔立ちではある。我々のイメージする唐美人とは趣を異にする。しかし風俗は唐代のものばかり。
月琴、笛、騎乗する、大きなタンポポ、スミレなどが咲く、春の長安。

伊藤三喜庵 文楽の女 こちらも知らぬ画家。文楽人形を立たせ、その姿を横から描く。
油彩による文楽人形の表現は、どこかナマナマしさがある。日本画のそれと違い、油彩の文楽人形には不思議な違和感があるからか、それが却って生命力になっているような気がする。

三輪晁勢 葉かげ 色の洪水。そこが熱帯の森の中だと知るまでに、少しの時間がほしい。
カンムリトリがいる。本当の名は知らない。他にもナニカガイル。枠で切り取られた森。絵はその枠から先にも空間を拡げているに違いなかった。

石踊達哉 秋涼 重森三玲の作庭を思わせるような市松文様の地は、薄い金色と薄い鶸色に塗り分けられている。そこに満月から欠け始めた月と、秋草の豊かな様子が描かれている。濃い紫の桔梗と白い萩が共に可憐だった。
zen167-1.jpg

鬼頭鍋三郎 信濃の森(森林杏花) ベタ塗りの森。鬼頭といえばバレリーナの絵ばかりが思い浮かぶが、こうした風景画もわるくない。岡田三郎助・辻永に師事していた、ということを知った。

鈴木信太郎 椅子に乗る人形 鈴木らしい明るい画面で、西洋人形四体が可愛い。

荻須高徳 僧院の回廊 ゴシック建築の回廊で、どこか東京大学を思い出させる空間でもある。

杉本健吉 牡丹 花が大きく見開いている。まるで眼のように。

小磯良平 集い セピア色の空間に清楚な人々がいる。演奏はまだ始まらないが、弦楽器の験し弾きの音はある。着ている衣装の質感が伝わってくる。不思議なごわつきと柔らかさという矛盾もまた掌にやさしい。真ん中に立つ女の左右で背景の色が異なることで、空間の奥行きが限定される。ここがどこかの一室だということを、はっきりとわからせてくれる。

よい話があった。
解説を読んで絵を見て、また解説を読んだ。
とてもよい話だった。

日赤百周年のために新作を拵えようとした梅原だが、体調の悪化と気持ちの沈みで描けなくなった。そこでついに意を決して、ピカソの絵を寄贈することにした。
若き日に友人ピカソと、自作を交換したのである。
その絵はこれまで全く世に知られていないものだった。
一方、その梅原の寄贈を知った日赤の重役は、自宅にある梅原の「パリスの審判」を社に寄贈することを申し出た。

本当によい話だったと思う。

最後に永瀬義郎の版画作品を見ることができたことを書く。
永瀬の作品は見たいと思いながらも、その機会がなかった。
昔、ある小説をよんだが、その表紙は永瀬の作品だった。
わたしはそれにときめいて、永瀬を追ったのだが、世田谷にあったらしき永瀬記念室は、わたしが東京へ行きだす頃には失われていた。
そしてその小説のタイトルも作者も忘れてしまった。

今回、永瀬のファンタジックで愛らしい作品を見ることができて、本当に嬉しかった。
版画集「浪漫」から。zen167-3.jpg


展覧会は2/19まで。

NHK大河ドラマ「平清盛」展

大河ドラマに関連した展覧会と言えば、近年は必ず江戸博と京都文化博物館とで開催される。
あとは各地の資料館とかイベント開催があるが、正直殆ど関心がわかないものばかりだった。
しかし今回はさすがにわたしもわくわくしている。
なにしろ「平清盛」ではないか。
zen161.jpg

わたしは小さい頃から平家物語がとにかく好きで、学生の頃にはその清盛について書いたものを大学に提出している。
(中身については今ここで続いているブログ記事と大差のないもの)←成長不足。
一応そのときのネタは延慶本とか色々の比較からネツゾーしたなぁ。
現地調査もしたっけ・・・
さすがに今もう一度書けと言われてもしんどさが先に立つか。

さてそんな怠惰なわたしにピッタリなのが、この展覧会でした。
見たいものがたくさんある・学術資料もある・展示の並び方、見て歩く道のりが楽しい・・・
トピックスがあちこちにあるのもいい。
zen162.jpg

中右記がある。陽明文庫蔵。読める字は読む。
面白いことを書いている。
今度陽明文庫の特別展があるが、陽明文庫はいつも機嫌よく色んな展覧会に大事なお宝を出してくれる、ええところだと思う。感謝感謝。

馬の博物館からは
保元合戦図屏風、保元の乱・平治の乱の画帖が来ている。いずれも江戸時代のもの。

平治物語絵巻断簡 六波羅合戦巻 三条河原の決戦(MIHO M)
zen164.jpg


後期には『おち行く義朝主従』が大和文華館から来る。
渋谷金王丸の展覧会の時、この巻に彼も出ていることを知ったのだった。
振り向く若者が金王丸。
ところで関係ないが、いま「義朝主従」とを打つのに、平成の今では「シュジュウ」でないと主従に変換してくれない。リアルタイムの時代では「シュウジュウ」なのを思いながら打っている。

平治物語絵巻は本当にばらばらになっているなぁ、とここにある展示を見ながら改めて嘆息。

林原美術館も平家物語の絵巻などが多いところで(今後どうなるのかすごく心配なままだ)、ここからも多く出ていた。
実際のところ林原の「平家物語絵巻」は、’92年奈良そごうでの「平家物語 美への旅」展で見たのが最初で、その後全巻の掲載された林原の図録を手に入れた。
zen165.jpg 
前述の展覧会図録でもそうだが、林原本の絵巻には丁寧な情景・状況解説がついている。
今もこうして懐かしい気持ちで眺めている。
zen166.jpg

厳島神社展で見た国宝もたくさん来ていた。

伝源為朝所用 小桜韋黄返威鎧
金銀荘雲龍文銅製経箱(平家納経納置)
平家納経 平清盛願文
平家納経 法華経信解品第四
平家納経 法師功徳品第十九
平家納経 陀羅尼品第二十六
zen163.jpg
平清盛、頼盛合筆 紺紙金字法華経
古神宝類のうち 双鳳文螺鈿平塵飾太刀鞘
古神宝類のうち 檜扇

その中でもやはり平家納経がいい。
「美麗」展でも見て、感動したことを思い出す。
この辺りはやはり「国宝」にふさわしい美麗さがある。
そして田中親美の美しい模造も思い出す。
以前はそうした技能を持った職人がいたのだ・・・

折々に奈良絵本や絵巻が展示されているので、それを見て歩くだけでも楽しい。

また、神戸市立博物館で源平合戦の作品ばかり集めた展覧会が以前あったが、それ以来の再会も出てきた。

とにかく「平家物語」は本当に子供の頃から好きなので、展示品のうち「おお、久しぶり」なものが多いのも嬉しい。
サントリーの「西行物語絵巻」もやはり'90年代に見ている。


珍しいところでは「小敦盛絵巻」があった。
話を最初に知ったのはまだ高校くらいの頃で、敦盛ファンのわたしはむしろ「え゛~~~」と否定的なキモチだったが、今は別にユトリの眼で見ている。

細かいことは抜きにして、たいへん楽しめる展覧会だった。
要所要所のニュースがまた面白かったし。

ところで今回はじめて知ったが、関東では清盛は嫌われていたそうで、わたしは「え゛、そうなの」だった。よく考えれば関東が開いたのは源頼朝からだから、当然か。
それでどうしてわたしが平家ファンかといえば、わたしの女紋が平家のアゲハチョウだから。
うちの祖母は平家の落人の末裔だったのだww

大河ドラマでは松山ケンイチが荒々しい若者・清盛を熱演してるので、とりあえずがんばってTVを見ている。わたしは彼のファンなので、いよいよ清盛が好きになったり。ふふふ。

2/5まで

郊外を刻む 版画家たちの代々木グループ/平塚運一と落合の版画家たち

昨日挙げた「渋谷ユートピア1900-1945」の感想には、第八章の「郊外を刻む 版画家たちの代々木グループ」の件をわざとのぞいてある。

丁度同時期開催の新宿歴史博物館「平塚運一と落合の版画家」展がリンクするからだった。
その感想を共に挙げたい。
先に新宿歴博から。
zen159.jpg

馬込文士村、池袋モンパルナス、渋谷ユートピア、それから落合周辺の版画家たち。

まず平塚運一の1918年から1983年までの作品を見て歩く。
髪結ひ(妻英野モデル) 「白と黒」の版画。この頃から既に力強さが画面にみなぎり始めている。

池尻風景 生け垣がモコモコした町中、そのモコモコの影しかない風景。どこかシュールな1922年。

1923年にはあちこち出かけたらしく、旅先の風景が克明に(刻明に)描かれている。
関の五本松、松江天神川、大谷寺風景、籠ケ鼻風景 松江、千葉登戸海岸、相州海岸・・・

しかしその年には関東大震災があった。
翌年にはモノクロではなく多色刷りの「東京震災跡風景」という連作が生まれている。
東橋、お茶の水、洲崎遊郭、築地、深川木場、ニコライ堂、被服廠跡納骨堂、両大師、和田倉門。
どこもかしこもガタガタだが、ニコライ堂のドーム屋根が無くなってるのは衝撃だった。
報道写真では見知っていたが、カラフルな版画で見ると、ドキッとする。
また洲崎遊郭は電信柱も立っているが、店の灯りが点っているのがホッとする。ランプでの灯りなのだが。

1927年の木口木版の仕事が並ぶ。
牡丹 花びらの積み重なりあう様が艶かしい。
小鳥と梅 振り向く小鳥が可愛らしい。
机上小禽 ふくよかで愛らしい。

平塚は鳥類が好きなのか、野鳥を題材に選ぶことも少なくないようだった。
閑日小景、啄木鳥、などといった作品は、鳥の愛らしさをそこに刻み付けることに熱意を燃やしたように見える。

會津八一と交友を持った人だけに、旧いものを題材にした作品もある。
しらぎ古瓦天女、ほうおう、といった作品は旧い世の新羅の瓦に刻まれた図柄を写したものだった。

1933年の「葛ケ谷の富士」はその当時の落合の旧名で、自宅から見える富士山を描いたもの。80年前はそこから富士が見えていたのか。・・・ということを思いながら、この新宿歴博から四谷三丁目の消防博物館の10F展望室に上がると、白い富士山がくっきり見えた。

落合点描 江古田にある野方の配水塔が描かれていて、なにやらとてもかっこいい。
江古田といえば、前に誰かの本で「中野から江古田辺りに住むのが理想」というのがあって、それが記憶に残っている。
江古田にはまだ行ってないが、昔の三井文庫があった辺りや中野区歴史民俗資料館の界隈はいい風情があるなと思った。
今なら江古田といえば、「少女ファイト」の舞台か。
戦後には「哲学堂夕月」もある。松の枝越しの月が綺麗だった。

敗戦の年の東京懐古図会から二枚。赤坂離宮、数寄屋橋。前者はうっすらと、後者はくっきりと表現されていた。

再び旅先の作品が現れる。
小泉八雲旧居、甲州猿橋、国府台の月、日光二荒山逆光、般若寺の塔 奈良・・・
このうち猿橋は橋脚下から見上げる構図で、細密描写なのが面白かった。
大胆な線で構成された作品が多い中、これだけが多少趣が違う。
また「伝法院林泉 浅草」は実物のそれよりずっとよさそうである。

平塚は娘の住まうアメリカに移住し、人気を得たそうだ。
その後日本に帰り、102才で天寿を全うしている。
アメリカを描いたものは、ロスの昼月、ジョージタウンの老樹、議会図書館ワシントンDCなどである。

平塚は面倒見の良い人で、料治熊太ともども棟方志功や畦地梅太郎らを育てた。
料治はまた自邸を版画家たちのために開いてサロンを成していたそうだ。
彼らのつきあいの温かさが心地よかった。
zen160.jpg

他に今も活躍中の岩崎浩三さんの作品があったが、それらは全て地元に取材したものだった。どこか懐かしいような佇まいを見せていて、ほほえましい気持ちになる。
やっぱり木版画はいいものだ。

最後に吉田博の「神楽坂通り雨後の夜」が出ていた。これは随分前に絵葉書を手に入れたが、現物を見るのは初めてだった。
なんとも艶かしい色合いだった。吉田博の作品はどれを見ても本当に好きだ。

続いて、「渋谷ユートピア」の代々木グループの感想へ移る。


郊外を刻む 版画家たちの代々木グループ

須坂にある平塚運一版画美術館と町田の国際版画美術館と千葉市美術館などから作品が出ている。

平塚の1925~27年に亙る「代々木風景」「幡ヶ谷風景」がある。
90年近い前の代々木、幡ヶ谷がそこにある。
そこにあると言うても、リアルな風景ではない。
平塚独特の太い彫り線で守られた建物や木や空気があるばかりだ。
実景と遠く隔たっている画面だが、確かな強さが画面に活き、それが風景を息づかせている。

同時代の前田政雄の「代々木風景」と共に眺めると、風景が少しずつ広がる。
また、それより少し前の石井鶴三連作の一「東京近郊の部 代々幡 日本風景版画第9集」が、更に補完してくれる。
他にも深沢索一の「代々木風景」があった。

十年ほど後の畦地梅太郎の風景が広がり始める。
昭和13年の「エビス」二枚。ああ、恵比寿とは大きな地なのだな。
なんだか飲めもしないのに、ビールが飲みたくなってきた。

前川千帆 渋谷百軒店 新東京風景 連作の一。他の場はどこで見たか。「昭和館」で見たかもしれない。前川の線はとても可愛い。そして配色も愛らしいので、木製のおもちゃとして3D化してもいいかもしれないと思う。

今度は明治神宮が集まっている。
織田一磨 明治神宮参道 『画集新宿風景』から。明治神宮はやはり厳粛な面持ちがあった。織田の版画は独特な哀歓があると思う。彼の作品群では、宵から明け方までのものがとてもいい。

稲垣知雄 明治神宮鎮座十年祭紀年版画葉書ポスター いかにも名所絵葉書で可愛い。

恩地孝四郎 明治神宮 新東京百景 昭和四年の明治神宮の風景。わたしのような者でも、あの地へ向かうとき、なにやら心を静めて歩くのだ。
そのときの心持を思い出した。

最後に吉田博の軸仕立ての作品があった。
明治神宮の神苑 カラフルで吉田らしい緻密さと情緒のある作品だった。
 
こうして渋谷、新宿と往時の版画家たちの足跡を追った展示を楽しませてもらった。
「渋谷ユートピア」は1/29まで。
「平塚運一と落合の版画家たち」は2/5まで。

渋谷ユートピア 1900-1945

松濤美術館の「渋谷ユートピア 1900-1945」展は有意義な展覧会だった。
zen158.jpg

板橋区立美術館で開催の「池袋モンパルナス」はそう名乗ったグループとその周辺を取り上げた展覧会だが、こちらの「渋谷ユートピア」はそうではなく、20世紀になろうとする頃から日本の敗戦までの半世紀近くにわたっての、「渋谷在住」の芸術家たちに焦点をあてた企画である。
現在は後期展に変わっているが、わたしは前期しか見る機会がないのでそこでの感想をあげる。
zen155.jpg


zen157.jpg

プロローグ 逍遙する人 <落葉>と代々木と菱田春草

タイトルの「落葉」は後期に出るのでパネルが飾られていた。それはそれでムードがある。
つまり作品としてではなく、展示の背景装飾のような感じで楽しめたのだ。

実物展示は「海辺の松林」信濃美術館と「鹿」豊田市美術館。どちらもなかなか見に行けないから、ここで会えて嬉しい。
静かな松林と働く人を遠めに見る。鹿は距離間のない近さにいる。座してこちらに背を向けている。
撫でてもよさそうな鹿の背中。

1.岡田三郎助と伊達跡画家村

伊達家の跡とは今の恵比寿に当たるらしい。土地の変遷を思うのも楽しい。
江戸時代の切り絵図と明治のそれ、大正から戦前、そして現在と四枚のものを比較すれば、なお面白い。

三郎助は芸大の先生として多くの後進を育てた。
本人はチャーミングな和装美人とふんわりした風景画とを描いた。
ここでも薄紫の空の「セーヌ河上流の景」と、三枚の美人画があった。
三郎助の空は薄紫を見せることが多い。
大阪市立近美(仮)所蔵の風景画も薄紫の空の下に風景が広がっていた。

明治末の「婦人像」は顔を主に描いている。半襟は朱色、口紅とほぼ同色。髪をあげた若い女。
同年の三越呉服店のポスター画「むらさきしらべ」は石版で、これはしばしば世に出るから、知る人も多い名品。
とても可愛らしい。鼓を打つ舞妓の姿。

大正末の朝日新聞のカレンダーのための「紀元節の朝」は左向きの優しい顔を描いている。
グリーン地に花柄の着物に、耳隠しの髪型。おとなしそうな婦人。右手にダイヤの指輪が光る。

どの時代でも三郎助の描く婦人は皆とても魅力的だった。
妻の八千代を描いたものは、本人の意志の強さが発揮されているが、それ以外の婦人像はどこか夢みるような柔らかさがある。

有馬さとえ やすめる女 イスに凭れる女の胸がひどくきれいだった。大正年間は女の画家も多く活躍している。

有馬さとえ 婦人グラフ このグラフ誌は夢二の表紙絵が有名だが、有馬の表紙絵もわるくない。
若い断髪・洋装の女がそこにいる。ブラウスとイヤリングがきれいだった。

グラフィック分野で名高い杉浦非水のポスター「三越」と「地下鉄」があった。「地下鉄」は今では銀座線上野駅で見ることが出来るのが嬉しい。
また日本のアールヌーヴォーを支えた作家だけに、図案集にはその傾向のスケッチがあった。
ほかにはエジプト風なもの、ハルピュイアかスフィンクスかを描いたようなものもある。

平岡権八郎 ポスター(三越)上代美人 こちらも三越のポスター。三越と高島屋は素晴らしいポスターを多く世に送った。ここでは装飾の綺麗な月琴をもつ、髪を豊かに結い上げた上代美人が描かれている。
明治から大正にかけて「天平時代」を主とした上代美人を描くことが流行っていたのだろうか。
どうもそんな風に思えるほど、戦前まではそんな美人画の名品が多い。

伊東深水の新版画が数点ある。どれも非常にいい。
「主婦之友」付録の絵は「愛犬」と共にいる美人だった。
タブローもいいが、こうした「卓上芸術」の喜びの深さは大きい。

タブロー二枚。

太田三郎 窓辺 大柄な婦人が青いセーターを着て籐椅子にいる。モダンな時代を感じる。

加藤静児 婦人像 背後に光琳の「紅白梅図屏風」らしきものが立てられている。白梅の前で、夾竹桃柄の着物の舞妓がいる。その膝前には鼓がある。
絵としても面白いが、実際にこの風景があったとすれば、やはり素晴らしいと思う。

2.永光舎山羊園と辻永

辻は師匠の三郎助をおっかけてその地に住まうと、山羊園を営んだそうだ。
その絵を見てびっくりした。
すべてに山羊がいる。
どこかセガンティーニ風な温厚さと、不思議な雰囲気がある。
zen156.jpg

「無花果園」には六匹、「牧場にて」は十二匹。可愛い山羊たちである。メェメェと鳴き声がするような世界。
絵はそのまま現実の風景に変わる。
現実を抜けて絵の枠内に入り込む山羊たち。

一方辻は「花」を描くことに強い熱意を持っていた。
静物画としての花ではなく、ボタニカルアートの範疇に入る花の絵。
幸いそれは師匠の三郎助と友人和田三造の助力もあって、刊行にこぎ着けることが出来た。
「萬花図鑑」昭和五年平凡社刊。
辻は90歳でなくなるまで4500枚もの花の絵を残した。
花の絵はすべて水戸市立美術館に納められていて、今ここでは30枚以上の花々が壁面を覆い尽くしている。
日付のわかる植物たちの姿。

3.切通しの道と草土社 岸田劉生の風景

タイトルは劉生の名品「切通しの道」を期待させるが、パネル展示。絵も大阪で「21世紀最大の岸田劉生展」に出て、疲れたのだろう。

劉生 赤土と草(草と赤土の道) 妙な官能性を感じる道だった。ゆっくりと撫で回したくなるような。両側の木々がそんな心持ちにさせるのだろうか。

劉生 冬枯れの道路(原宿付近写生・日の当たった赤土と草)  随分と広い道だった。今のどこかは全く予想もつかない。

河野通勢の風景画が二枚。大正三年の「隅田風景」と「代々木風景」。ペン画の厳しい曲線でうねる木々。ドイツロマン派の木のようだった。

椿貞雄 牡丹図 劉生の弟分の中でも最たる者、と言うてもいいと思う。彼の人物画より静物画にわたしは惹かれる。この牡丹は大変静謐な空間にある。その静けさこそがどこかしら不安な妖しさを醸し出す源になってもいる。
白花二輪、赤が一輪活けられていて、妙にぬるぬるしている。花の流す液などそんなぬるむものでもあるまいに、この牡丹はぬるむものを茎から花から静かに滴らせているのだった。

4.束の間のユートピア 村山槐多の終焉

前述の通勢もこの槐多もどちらも近年ここ松濤美術館で回顧展が開かれた。
槐多は問題も多い少年だったが、そんな彼を大事に思う友人たちもいて、かれらは代々木に集まって、「代々木ユートピア」を形成した。 
居所不定に近かった槐多も代々木住まいをするようになってからは遅くなっても必ず帰宅するようになったそうだ。
その頃の仲間の絵がある。

山崎省三 着衣の女 これなどは槐多風の絵だった。

「槐多の歌へる」アルス社刊の本があった。
表紙絵は誰の手かわからないが、笛と人面の牛(つまり件クダン)がいる図。

やがて槐多の急死と共に、そのユートピアは失われる。

5.竹久夢二のモダンとおんな

年末まで京都国立近代美術館で川西英コレクションによる夢二展が開かれていたが、そこでセノオ楽譜を大量に見た。弥生美術館併設の夢二美術館の企画展でも、あんなに多くのセノオ楽譜は見ていないので、あれは本当に目と心の財産になった。

ここでもセノオ楽譜がある。
花の香、宵待草、ロマァンス、白き手に、街灯、汝が碧き眼を開け・・・
真昼の葬列を描いた「花の香」は歌を知らずとも心惹かれる物語性があった。

婦人グラフの表紙絵、雑誌「中央文学」、「若草」などの表紙絵があった。
そして夢二と関わった女の写真もある。

今ちょうど前述の夢二美術館では、夢二のグラフィックな仕事が展示されている。
便箋デザインなどを含めての仕事。
わたしは夢二の仕事のうち、美人画より童画やグラフィックな分野の方が好きだ。

6.詩人画家富永太郎の筆とペン

不勉強なわたしは富永の作品を殆ど知らない。だからこそ、今回いろいろと教わった。
松濤に住まう大岡昇平と富永太郎は家が近かった。
夭折した富永を大岡は顕彰することに努めたそうだ。

上海の思い出 一室の情景が描かれている。煙突ストーブのある部屋にはタバコを吸う女がいる。テーブルに寄る女もいる。たぶん、二人はヤーチーだと思う。表情はわからない。

富永の訳したボードレール「人工天国」などがある。
「山繭」という誌が発表の舞台なのだった。

「鳥獣剥製所」という詩のタイトルにもときめく。
弥生美術館の近くに弥生式土器発見の木と碑があるが、その前に鳥獣剥製所がある。
久世光彦の「蝶とヒットラー」にも採り上げられているが、わたしもその店の前を通るとき、いつも密やかに動悸している・・・

7.フォービズムの風 独立美術協会の周辺

数年前に高島屋で独立美術協会の展覧会を見て、ひどく惹かれた。こういう傾向の色彩感覚が好きなのだと、その時思った。
ここには、元から好きな児島善三郎、林武、海老原喜之助らの絵があった。

児島 おさげの少女 可愛い。大体において児島の描く女は品のよい可愛さがある。

児島 赤松の丘 黄色い赤松が並ぶ。府中市美術館で回顧展があったときにも児島の色彩を堪能したが、あの独自性がたまらなくいい。
日本洋画の色彩感覚は、昭和初期に開花したように思っている。

児島 桜の頃 その時期の小川のそばの道を行く人を描く。どことなくシュールささえ感じるような。

小林和作 バラ咲くカプリ島 明るい絵。カプリもバラもなにもかも明るい。

林武 くしけずる裸婦 地は明るいサファイア色に、日焼けしたボリューム感のある若い裸婦が描かれている。
林の裸婦は肉付きがよく、さらに濃く日焼けしていて、とても力強く感じる絵が多い。

木下孝則 裸婦ナックレ 少女のような体の線。淡い陰影。ピンクのブラウスとその色を映したような胸の蕾。セピアの髪と同じ色のかげり。草色の地に横たわる裸婦。

木下義謙 モンマルトル 孝則の弟。兄とはまた違う個性がある。 

野口弥太郎 門 フランスのどこかの門。衛兵が立つ前を行き過ぎる女。顔は見えない。'30年代初頭の風景。

海老原喜之助 雪山と樵 海老原ブルーの雪山がある。樵も犬もロングで捉えられている。

「池袋モンパルナス」で絵だけでなく人となりも紹介された寺田政明の絵が二枚ある。

寺田 少女 大きな線でぐいぐい。
寺田 谷中真島町(モデル坂付近) 濃い絵だった。  

数は多くないがとても楽しめるコーナーだった。

8.郊外を刻む 版画家たちの代々木グループ

現在、新宿歴史博物館で「平塚運一と落合の版画家」展が開催されている。
それを見たが、こちらとも共通する作家が多いので、今回は特にこのコーナーだけ抜粋して、新宿歴博の感想と共に挙げたいと思う。

9.同潤会アパートメントに住む―蔵田周忠と型而工房

数年前、飯田橋の同潤会アパートメントの終焉があった。
一般解放されたので見たかったが、申込者以外はダメだった。
しかし近所の人にはどうぞと入れていたので、ある種の閉鎖性が生きているのを実感した。
同潤会の一室を再現した展示なども都内の博物館にあることはある。
資料も見ている。
だから今、こうして図面などを見ていると、現実感を帯びた再現がアタマの中で立ち上がってくる。居住空間とその意義などを思う。
そしてやっぱり、あのとき受付の奴に再度尋ねればよかったか、と思う。たとえダメであろうとも。

10.安藤照とハチ公と塊人社—昭和前期の彫刻家たち

渋谷のランドマークはやはりハチ公でなくてはならない。
JRの駅を出て109ビルを見ながらもそう思う。
日本一有名な犬はハチ公、ついでタロとジロ。昔話ではポチに早太郎。
美術館二階の奥のアルコーブのような空間に、ハチ公の像があった。
そこに書かれた解説を読んで、改めていくつかの像を見ると、涙がにじみそうになる。
供出されて今のハチ公は二代目だったのだ。
さうか、お前はさうまでしてご主人を待ち続けてゐるのか。
そんな気持ちになる。

わたしはどうぶつのあんまり可哀想な話はつらいので、すぐに違うことを考える。
上村一夫「凍鶴」には生きているハチ公が出たとか、「聖☆おにいさん」ではハチ公がご主人の涅槃待ちをしているとか色々・・・・・
くすん。

戦災で貴重な資料が壊滅してしまったというのが、本当に勿体無い。

終章 都市の遊歩者—谷中安規と<街の本>
谷中の作品が一点だけあった。
それだけ。
そしてそれがこの展覧会の締めくくりだと言うことが、とても意味の深いことに思われる。
丁度東近美でも谷中の作品が少しばかり展示されている。
久しく谷中の回顧展がないから、これを機にどこかで開催されたらよいだろう。

相当面白く眺め歩いた。
この松濤美術館の特異な空間が展示を見て歩くことを、いよいよ楽しませてくれた。
1/29まで

伝説の劇画師 植木金矢

弥生美術館で「伝説の劇画師 植木金矢」展を見た。
「痛快!ぼくたちのチャンバラ時代活劇」という副題がついている。
zen153.jpg

このちらしを一目見て「おお、昔の映画スターの似顔絵が」と気づく人はある程度以上の世代か、またはわたしのように昭和20~30年代の日本映画黄金時代の愛好者かだろう。

右下の「三日月天狗」はどう見ても市川御大こと市川右太衛門演ずる早乙女主水之介の似顔絵であり、左上の「風小僧」は山城新吾主演のそれ。

植木金矢は銀幕のスタァの似顔絵で、彼らの活躍するチャンバラ時代劇の世界を、劇画の世界に持ち込んだ人なのだった。
植木はとにかく連続チャンバラ活劇が大好きな人で、展示室一階をパッと見ただけで、その情熱が伝わってくる。
解説に非常に興味深いことが書かれていた。

「往年のチャンバラ時代活劇ファンの人々は、実際に見た映画以上に、植木の描いた作品を記憶していて、それが映画と混同されている」といった意味の文だった。
当時は五社協定もやかましく、他社のスタァたちが競演することは殆どなかった。
しかし誰もが「誰某と誰某が敵になって、誰某がヒロインになり、誰某が悪い女で」といった妄想を抱いていたのは確かだ。
そのはかない期待は劇場では叶えられないが、植木金矢の世界では、存分に味わえるのだ。
ファンの心に寄り添う作品づくり。
それが植木の作品の世界観なのかもしれない。

子供時代の植木は樺島勝一、伊藤彦造、鈴木御水らに心酔し、やがて志村立美の挿絵「人妻椿」を見てその道へ進もうと決意する。
しかし植木が世に出ようとした頃には丁度カストリ雑誌があふれていて、植木の表紙絵がいくつかの雑誌を飾るようになっていた。
ここに展示されているのは時代劇がメインの「面白講談」や、アメリカ風のHくさいおねえさんの猟奇的な絵など。

そして貸本制作へと移る。
右太衛門、五十鈴、山根寿子らをモデルに、どんどん描きまくるようになる。
どれをみても本当にうまい。リアルなのではなく、フィクションの巧さとでも言うものがある。
千恵蔵、友右衛門も植木の筆で活劇に仲間入りしている。
錦之助と大友柳太朗が並ぶのは「紅孔雀」か。
やがて芳文社とのつながりが生まれ、「風雲鞍馬秘帖」などが生まれる。

夢のようなキャスティングの劇画に当時のファンは狂喜したことだろう。
殆ど二次創作といえるように思う。
ファンの望んだ先まで描く。なんと素敵な作家だろう。

今から見ればところどころで「え~」なことも多いが、とにかくトキメキ要素の多い作品群なのは確かだ。
色彩感覚も少し昔のアメコミに似たような雰囲気もある。
チラシなどに出ている口絵などはともかくとして。

一方植木は「いつか講談社の絵本を手がけたい」と望んでいたがその夢は果たされず、その代わりに旺文社「感激物語」の挿絵を担当することになる。
偉人伝などをベースにした少年少女向けの端正な読み物である。
植木はこの仕事をとても喜んだそうだ。

ところでそこからびっくりな転機がある。
昭和45年、青年誌の描き手になる。
モノクロの美しさがそこに現れて、かなりびっくりした。
短編「くの一無惨」などは構成もよく、とても面白かった。
中篇「暗殺小路」も面白く、これらは手元に欲しいと思った。
劇画の作者としては最上元などの筆名を使っている。

またかつてのスタァ似顔絵能ではいよいよさえて、三船プロの「大忠臣蔵」とタイアップした作品も拵えている。
更に戦災などで失われたかつての映画ポスターも記憶に基づき作成し、人気を得ている。
わたしもそれらを前にして、フィルムセンターで見た「みそのコレクション」の一枚かと思ったほどだった。

さらにさらに!TV時代劇のキャラたちのフィギュアの原画までもこなしている。
中村主水、念仏の鉄、悪代官と来た日にはもぉ「おおおおおっ!!」だった。
また浪曲界とのコラボもある。

そしてなによりいちばんびっくりなのは、今年90才で現役作家ということだった。
去年の新作もある。
他にもスケートの安藤美姫の似顔絵、亡くなった田中好子・スーちゃんへの追悼色紙もあった。

「植木金矢先生、これからもどんどんがんばってください」
わたしは「先生にメッセージを」ノートにそんなことを書いた。
ドキドキする、昭和の匂いがする展覧会だった。
4/1まで。なお2/12、3/17、24には弥生美術館でご本人のギャラリートークがある。

石子順造的世界 美術発・マンガ経由・キッチュ行

府中市美術館まで「石子順造的世界 美術発・マンガ経由・キッチュ行」を見に行った。
チラシはこの通り「ねじ式」を選んでいる。
zen154.jpg

今回「ねじ式」の原画が全て展示されるというので、それをかなり楽しみに来たのだ。

石子順造の評論そのものは読んでいない。
知らないのではなく、なんとなく忌避していた、と言うのが正しい。
理由は大したことではない。
昭和40年代のカルチャーが苦手だから、としか言いようがない。

東府中駅から美術館まで歩く道すがら、延々と昭和40年代のカルチャーシーンと「ねじ式」をはじめとするつげ義春の諸作品のことを思い続けていた。
苦手だと言いつつも、全く知らないわけではなく、やはり展覧会に行く以上は自分の意識をそちらに向けるべきだと思う。そうでなければ展覧会に行く価値がない。

公園内では誰に会うこともなく、無人の道を歩いたので、いよいよ自分の脳裏にあるつげ作品が思い出されてくる。
石に蹴躓いたら「無能の人」を思い、干支のことを思っては自堕落な気持ちになり、不意に温泉に行きたくなったり・・・

とうとうついてしまった。
最初に見たのは赤瀬川原平の「大日本零円札」だった。
多くの人がこの一件について書いているのを読んだが、実物を見るのは初めてだった。
非常に興味深く眺めた。

続いて赤瀬川による同時代の人々の似顔絵マンガの曼陀羅図のようなものを見た。
人物map。いかにもな発言とよく似た似顔絵。
これを見るのにかなり時間がかかった。
非常にウケた。
ついつい笑ってしまうと、そのリアルタイムな時代に既に活躍していたお客さんが、こちらを珍しそうに見ていた。

中西夏之の卵形オブジェがあった。
これは嵐山光三郎の著書で知ったものだった。
実物を見るのは二度目。
わたしもこうしたオブジェは好き。

高松次郎の作品も現れ、目の錯覚を利用した作品を見たりするうちに、国立国際美術館にいるような心持ちになってきた。
石子が評価したものが国際美術館に収蔵されている、ということを改めて考える。

やがて暗い一室に入ると、そこにつげ義春「ねじ式」の原画が並んでいた。
わたしは小学五年生の時、叔父の持つ「ねじ式」を初めて読んだ。叔父は昭和40年代に大学生だった。
この展覧会を見るべきなのはわたしではなく叔父だったかもしれない。

原画は単行本のそれと差異は少なかった。
ナマナマしい実感がある。
そうか、という納得もある。
しかしそれでもやはりこの作品は「解読不能」なのに違いない。
わたしは子供の頃初めて読んだとき、なぜ「医者はどこですか」と言うて焦ってたくせに女医さんとあんなことをするのか、目的が違っているではないかと思った。
そのときの「?」は何度か再読した後でも記憶として残っている。

それを見終えて次の室へ向かうと、同時代の他の作家のマンガが吊られていたり置かれていたりした。
池上遼一の作品集を少しばかり読む。
やっぱり近年の作品群の方が好きだと思った。
他にもちらちらと見たが、逃げ出したくなるものが多かった。
わたしは昭和40年代初頭の劇画が非常に苦手なのだった。

最後のキッチュコーナーは撮影可能だった。
旅行みやげのペナント、食べ物屋のサンプル、招き猫などがある。
キッチュと言えばキッチュだが、妙に明るくて楽しい気分になった。
この展覧会を見ていて、最後にそういう気持ちになると言うのは、どういうことだろう。
たぶん、あの時代に活きていた人々からすれば、「わかってないなぁ」になるかもしれない。

石子の感性を追体験することもありうるだろうかと思いながら見て回ったが、結局よくわからないまま終わってしまった。
やっぱり苦手なものは苦手なままだった。


三鷹まで戻ったとき、思いついて叔父にメールした。
「府中で「ねじ式」原画見た。すごかった」
しばらくして返信が来た。
「武蔵小金井で××なう メメではなく、伏せ字」
大阪で隣同士ですむ二人がこんなところにいる。
笑いそうになった。叔父は黙って笑っているだろう。

××の後に叔父が府中へ行ったかどうかは知らない。

版画に見る印象派

八王子夢美術館で「版画に見る印象派」展をみた。
zen149.jpg

これは巡回展で、田辺市立美術館では昨秋開催していた。
そのチラシはこちら。
zen151.jpg

コローからボナールまでの時間の流れがある。
技法もエッチング、リトグラフ、ドライポイント、複合ものなどなど・・・
いずれを見ても深い魅力に満ちている。
特に気に入ったものについて書く。
zen150.jpg

ミレーやコローの牧歌的な作品は画面そのものに物語性を感じることは殆どない。
しかし同じような牧歌的な作品であっても、シャルル・ジャック「羊飼いの少女」にはどこか物語があるように思えた。

シャルル・メリヨンの暗い作品が何点もある。
「死体公示所」などは他でもよく見かけるが、崩れた塔を持つ「医学校街22番地の小塔」にはあまり覚えがない。心を病んで没した画家。どの作品にも逃げ場がない。

ロドルフ・ブレダンはルドンの師匠だということで、「ルドンとその周辺」展(わたしが見たのは京都のえき美術館。三菱一号館に巡回)にも出ていた。
「よきサマリア人」にしても「シーザーとその捕虜たち」にしても、ひどく細密描写。

ルドン 「老騎士」周辺に飛び交うものは妖精なのか。
zen152-1.jpg


ピサロ 川岸の木陰の浴女たち 白い膚の女たち。ひどく綺麗だと思った。白の美。

マネには<いい女>のモデルが多いと思う。「ローラ・ド・ヴァランス」が「異国の花(マンティーリャをかぶる女)」としても描かれているが、黒と白の美しさを堪能させてくれる。
黒も強い主張をせず、どこかに弱さがあるのがいい。
zen149-1.jpg

「ジャンヌ(春)」は洋傘を差している。「オランピア」の版画もある。
そして「オランピア」の右端にいる黒猫の友達になれそうなのが「猫と花」。
猫ののどから腹にかけての白がいい。
zen151-1.jpg

フェリクス・ブラックモン 「ヴィラ・ブランカスのテラス」にいるのは洋傘を持つ白い女と、彼女を描く黒い女。影が画家の女を黒く染めている。二人ともとても綺麗だった。

扉の上部 何故こんなドアにしたのだろう・・・
zen152-2.jpg

今回、いちばんときめいたのは、ふたつの連作だった。
・アンリ・ファンタン・ラトゥールのはアドルフ・ジュリアン著「リヒャルト・ワーグナー、その生涯とその作品」のための挿絵シリーズ。
・アレクサンドル・スタンランのPデルメ著「女たちの歌」のための15枚のリトグラフ。
どちらも非常に気に入った。

ラトゥールの「ワーグナー」はそれぞれ「ローエングリン」「ラインの黄金」「マイスタージンガー」などの情景を描いている。
これらを見ていると、頭の中にワーグナーの音曲が流れ出してくる。
自分が以前はワグネリアンの端くれだったことも思い出される。
特に絵として好ましかったのは「タンホイザー」の「夕星」。星を見る女の後姿をみつめる男。深い心の流れが見えてくるようだった。

こちらは「リトグラファー」 それにしても本当に力的な連作だった。
とても欲しくなった。zen152-3.jpg

一方スタンラン「女たちの歌」はラトゥールのより11年後の1897年の連作。
こちらはパリの女たちの逸楽と風俗を描いている。
世紀末を実感する作品群だった。

ドガ 浴後(大) 理由は言いたくないが、好きだ。
zen152.jpg

ルノワールはタブローもいいが版画もやっぱりいい。チラシの二人の少女たちは本当に幸せそうで、とても健全に見える。こちらも小さな喜びを感じる光景。

カサット マニキュア 母子。ママがマニキュアをするのを見ている女の子。もう少し大きくなればあたしも、と思うだろう。

アンリ・ゲラールは知らない作家だが、「日本の曲芸師」「日本提灯で飾られたマリオネット劇」はどちらもジャポニズムというより直接「ジャポネ面白い~」な感覚がある。
そのお仲間のリヴィエールの「時の仙女」などはジャポニズムの方。

アマン・ジャンの作品は大原美術館くらいでしか見ていない。西洋美術館にもあるだろうが、思い出せない。「髪」もまた艶かしい女の絵だった。彼がフランスからロンドンに移住していれば、と思うことがある。

一方、こちらの女はアマン・ジャンの甘さとは全く真逆である。
ポール・エルー 「花飾りのある三角帽」をかぶるのに、とても眼が怖い女がいた。

ロートレック、セザンヌ、ゴーギャン、ボナールらの作品もあった。
見慣れた作品であっても、こうして会えるのは嬉しい。
zen150-1.jpg

ケル・グザヴィエ・ルーセル 「我に触れるな」・・・・・・なにやら怖い。ふと倉田百三「出家とその弟子」冒頭を思い出した。顔隠せるものとの対話を。

最後は幸せそうな作品を。
ドニ 母親に花の冠をかぶせる子ども
エドガー・シャイーヌ 若い女性の肖像
どちらも微笑ましい、優しい気持ちになる作品だった。

1/29まで。他の巡回先は知らない。

北京故宮博物院200選

東博の北京故宮博物院200選展の感想を書こうと思う。
zen144.jpg

先般「清明上河図」のことを記事にしたが、今日は他の名品たちについて感じたことを書きたい。
ただし、わたしの好みに合うものばかりを書くことになると思う。

200点もの名品が海を越えてやって来たのも「日中国交正常化40年記念」の年だからという。
1972年、中国はパンダのカンカン、ランランをくれた。
小さい頃に最前列でパンダを見たが、巨大な白黒の熊だという実感があった。
それでもやっぱりパンダが好きなのは、可愛らしさが先にたつからだろう。
また、旧い中国の文物と、物語に好きなものは多い。
ドキドキしながら展覧会へ向かった。

展示室の入り口から、故宮に装っている。
書画と工芸品の優れものを集めて展示するためには、こうした演出は今や必須だ。
頭の中には「ラスト・エンペラー」の映像が浮かび始めている。

書の名品も随分多くのものがある。
ここでは特に徽宗皇帝の拵えた痩金体が眼を惹いた。
個性の強い文字で、ハキハキした印象がある。
徽宗の書と絵とは別人の手かと思うくらいの違いがある。
絵はまったりしていて、書は鋭い。
面白い個性だと思った。

丁度去年から今年にかけて「関西中国書画展」がリレー形式で開催されていて、そこで見たものがまだ意識に残っているので、今回の展覧会には、ふとした親しみ・懐かしみが胸に浮かんで来ることが多い。

楓鷹雉鶏図軸 李迪  枝を掴む鷹の鋭い視線に慌てて逃げ出す雉。とてもいきいきしている。大和文華館の李迪「雪中帰牧図」にも雉が描かれているが、それを思い出しながらこの雉を見ると、折角鷹から逃げ出したものの、この雉はほっと一息ついたところで、猟師に捕らわれてしまったらしい・・・、とそんな話をついつい捏造してしまいそうになる。

夜合花図冊zen141.jpg
非常に惹かれた一枚。トキワレンゲの花、と解説があるが実物は無論知らない。夜に咲く花だけに、ひどく良い匂いが漂うらしい。
この画像では再現できないが、白い花びらのその薄さと、花びらと花びらの重なり合う薄い翳りに深く惹かれた。
同時代の「出水芙蓉図冊」の牡丹もいいが、しかしこの夜合花の清楚でいて隠れた艶かしさには、かなわない。
まだ完全に開いていない花なのだが、そっと指を添えてその花びらをめくってゆきたい欲望に駆られる。
指にはきっと花のよい匂いがまといつき、夢の中にまで追ってくるだろう。

水村図巻 趙孟頫  今回の展示品の中でも特に世評の高い作品だが、わたしはこの静かな世界が、どうにも落ち着かなかった。
心象風景としての作品だとあるが、わたしがこの静謐な豊かさを悟るには、どれほどの時間が必要だろう。
「清明上河図」の賑わいが恋しい・・・

この世にもうこれ一枚しかないという拓本があった。
碑そのものが崩れて失われてしまったのだ。立派な拓本だった。
・・・・・拓本を見ると必ず、中村不折のコレクションを思い出し、また谷崎潤一郎「瘋癲老人日記」の一節を思う。老人は日記に書いていた。中国人の拓本の巧みさについてを。
そこから老人は自分でも拓本を取ろうとするのだ、仏足跡ならぬモノを。
・・・そしてわたしは必ず脱線するのだった。

行楷書山堂帖 蔡襄  丙午三月帖とも呼ばれている。楷書の文字の中で「花」の字の素晴らしさに強く目を打たれた。
その前年の「行楷書蒙恵帖」でも「花」は良かったが、他に「林檎」の字がひどくよかった。
わたしは楷書がとても好きなのだ。

第二展示室へ行く。
可愛い可愛い工芸品がたくさん待っていた。

・青銅器
饕餮くんの鼎に、ゾウのようなものがついた甗。これらは商代(殷代)の宝。
後世の春秋時代に生まれた「豆」と呼ばれる器は、絡み合う竜を単純化したものを連続化した図案・・・と言ってしまうよりも、ケルト文様にも似た図案、なのかも・・・

戦国時代の方盤は真上から見たので、脚に四頭の虎がいるのは後から気づいた。
プールの中には魚や亀がうようよしている。
これは大和郡山が喜びそうなものだと思った。金魚の世界。

・陶磁器
北宋の汝窯の青磁については近年、東洋陶磁美術館で名品をたくさん見せてもらった。
そのときに学んだこともあるので、その知識を脳から引きずり出しながら、盤を見た。
本当に綺麗なブルーだった。それ特有のブルー。
他に耀州のオリーヴグリーンの瓶、南宋官窯の青磁瓶が鮮やかな色彩を見せていた。
特に後者は貫入が素晴らしい。

・漆器
堆朱の可愛いものが二つばかりある。
梔子を刻んだ盆と、牡丹に梅などの花々を刻んだ壷と。
どちらもとても愛らしい。くどさのない、愛らしさは賞玩したくなる。
zen142.jpg

ウィリアム・モリスが原画を拵えたような絵柄の「花果鳥虫彫彩漆大合子」、黄色と赤の「花卉存星盆」もいい。どちらも明の宣徳年間のもの。華やかで愛らしい。
zen142-1.jpg

琺瑯では香炉にいいものがあった。サイドの文様がこじゃれている。
萬暦年間の図案は、現代にも引き継がれているのかもしれない。

・刺繍など
皇帝の衣服などを見る。
乾隆帝のそれにはただただ絶句。やっぱり「中華」は凄いものだ・・・・・
刺繍で拵えられた軸物などを見る。 
刺繍三羊開泰図  可愛い。鳥たちも飛び交い、平和な時間の流れを感じる。
zen143_20120114235305.jpg

緙絲極楽世界図軸  仏の世界でも主役は乾隆帝。

・装飾品など
蜻蛉文宝石飾簪、花盆文宝石飾簪 、花文宝石飾髪留・・・清の高貴な婦人はこんな装飾を楽しんでいたのだ・・・本当に可愛い。髪留めは今でもそっと使いたい。

清朝の絵画を見る。
康熙帝南巡図巻 第11巻と12巻 王翬等 康熙30年(1691)  海陸をゆく康熙帝。街中の様子もしっかり描かれていて、「清明上河図」のように人々のさまざまな様子が描かれている。
大きな絵巻物。当然皆さん辮髪。赤い帽子をかぶっている。
12巻のラストでは、人民の人民による皇帝のための人文字がある。
このあたりはもう殆ど、絵師が実は安野光雅ではないかと思うような、とぼけた面白味がある。

更にスゴいものが出た。
雍正帝耕織図画冊、雍正帝行楽図像冊である。
・・・・・雍正帝によるコスプレ画、と言うてはいけないかもしれないが、そうとしか言えない連作もの。
庶民の仕事をする・庶民の装いをする・皇帝と皇后の絵姿。
しかしこれはマリー・アントワネットがプチ・トリアノンで遊んだ「田園ごっこ」ではなく、一種の啓蒙絵画でもあるらしい・・・・・
働くオジさんな雍正帝。
あるときは蓮見を楽しむ高士、またあるときは奇岩の中にいるラマ僧、そのまたあるときは猫に魚を狙われる釣り人、しかしてその実態は~~~ 
ほんと、「七つの顔の男だぜ」というところである。

乾隆帝紫光閣遊宴画巻 姚文瀚  功績のあった臣下たちをねぎらう大宴会の様子。何かパフォーマンスが見える。スケートをしているのか空を飛んでるのかはわたしにはわからない。空を飛んでても不思議ではなさそうである。
食べ物もなかなかはっきり描かれている。

謎解きものがあった。
乾隆帝是一是二図軸  注意力の足りないわたしにはわからないままだ。後ろへ回って正解を見る。納得する。
そしてそこには軸に描かれたと同じ実物の展示がある。
こういうところがいちばん楽しいのかもしれない。

昭陵六駿図巻 趙霖  金代の馬の絵。脚の長くない黒馬が可愛い。唐の頃の馬の三彩像では確かもう少し脚も長かったのだが(笑)。

乾隆帝の部屋の再現があり、それも興味深く眺めた。
満州族の乾隆帝は漢民族の文化を積極的に取り入れている。
先般、出光美術館で「明清陶磁の名品」展を見たが、そのときも清の文物の豊かさに目を瞠った。

ところで乾隆帝はラマ教を熱心に崇めたそうで、ラマ教の仏像がたくさん出ていた。
数年前にラマ教の展覧会を見て以来の実見だった。
しかし自身を菩薩に見立てての「乾隆帝文殊菩薩画像」にはひっくり返りそうになった。
色合いの華やかさもさることながら・・・そうだ、非公認の「料亭」の飾りに似ている、と思ったのだった。

万国来朝図軸、乾隆帝生春詩意北京図軸などはところどころに「・・・だったらいいな~」が含まれているのがご愛嬌な巨大な図。

青玉紅宝石象嵌稜花洗の愛らしさ、銅製鍍金琺瑯亭升降塔飾置時計の七宝部分の細密描写。
見ていて楽しいものが本当に多かった。

これらは2/19まで。

ザ・ベスト・オブ・山種コレクション(後期)ギャラリートーク

1月8日に山種美術館で素敵な企画があった。
閉館後に山崎妙子館長による列品解説を伺うという企画である。
企画を立てられたのは「青い日記帳」のTakさんである。
絶妙の企画に違いない。

わたしは当初その企画に参加できそうにない、と思ってあきらめていた。
しかしわたしが都内に潜伏していることを知った方々から熱いお誘いが再三寄せられた。
ありがたいことである。

閉館後の山種美術館を訪ねると、百名ほどの参加者さんと、館の方々がおいでである。
存じよりの皆さんがわたしを見て、暖かなご挨拶をくださる。それだけでも「来てよかった」と思った。
やはり、こうした特別企画には出来る限り参加しなくてはいけない。
必ずそこには優しく温かいふれあいと、感動が待ち受けているからだ。

館長の山崎妙子さんは以前に新聞でお見かけしたが、本当にきれいな方だった。
わたしはそのときの新聞を今もファイリングしている。(背景の屏風ともども美しさに満ちていた)

以下、お話された内容をかいつまんで記す。
(わたしの記憶違い・勘違いがあれば気づいた方はどうかお教えください)
その下行にわたしの一言感想も併記する。


古径 静物 劉生の影響を受けて生まれた、古径唯一の油彩画。それも北方ルネサンス+院体画。

黒い碗の中に佇む(あるいは潜む)リンゴは、どこか黒のルドンを思わせる。不可思議な存在感がそこにある。

楢重 子供立像 (この絵と比較して、佐伯の「レストラン」図から話される) 「山種に佐伯があるのか(笑)」楢重は室内で描くが、佐伯は屋外で風景を描くので、その絵にはゴミが塗り込められている。

二枚とも大阪市内育ちの洋画家の手によるものだ、ということを改めて思う。

玉堂 早乙女 戦時中、玉堂に差し入れを続けた。その縁もあり玉堂作品は山種に70点ばかりある。

伸びやかな早乙女たちの姿からはまさに「薫風」を感じる。

土牛 醍醐 売れない土牛を支援し続ける山崎種二。戦後135点ものコレクションが生まれた。
この桜の絵の具は珍しいもので、綿臙脂という。「切手になった名画」の一枚。


館長は日本画の技能を実際に習得されているだけに、お話に実感がある。確かにこの「醍醐の桜」は数多の桜絵の中でも、色の美しさに強い特徴がある。

御舟 翠苔緑芝 解けない謎が今もある。
アジサイの花とビワの実の色についてのお話。
御舟は親戚の薬屋から貰った薬剤を使ったか・卵白を使ったか。ビワの実の黄色は食紅を使用か・油絵の具か。


謎の絵の具・技法ということをこうして教わって、いよいよ御舟への関心が高まってくる。
館長には「速水御舟の芸術」という著作がおありなので、それを読むことに期待が高まり続けてゆく。
この黒猫は近くで見るときと、遠目の時とは表情が違い、そのあたりもわたしには魅力的なのだった。

落合朗風 エバ 楽園には罌粟も咲く。ホロホロ鳥もいる。

以前見たときも思ったが、描かれた時代が大正半ばというあたりに、ロマンを感じる。インドブームはまだ続いていたのかもしれない。
この表現も荒井寛方という先達がいる。
それにしてもエバをアジアンビューティーに描いたのは、この絵くらいかもしれない。

魁夷 満ち来る潮 山種美術館随一の広がりを見せる作品。この作品を展示するために設計された壁面。
白波は銀ではなく(酸化するので)プラチナを使用し、岩の黒は焼き絵の具。フライパンで焼いた。
「フットライトをあてて」という注文がある。輝く絵。


プラチナや焼き絵の具といったお話がたいへん面白かった。作品の良さもさることながら、こうした逸話を知ることで、いよいよ作品への愛情が生まれてくる。

龍子 鳴門 実際の鳴門の渦ではなく、江ノ島の渦を見て描いた龍子。

元・和歌山人のくせにか!・・・と思ったが、和歌山は広いから一概にそう言えないのだったw

土牛 鳴門 こちらには山も描かれている。山に金を使用している。

土牛がこの絵を描くためにスケッチしに行ったときの逸話はかなり面白いが、そちらばかり覚えていて、肝心の絵の話は知らないままだった。こうして教わり嬉しい。

平八郎 筍 こちらも切手になった名画。

何度見ても可愛いし、背景との対比が面白い。

平八郎 牡丹 「知られざる山種コレクション」の一。裏彩色のことなど。院体画は大正十年のブーム。

院体画の靄とした雰囲気が非常に魅力的。平八郎の絵のパブリックイメージと全く違うが、これを進めていればどうなっていたろうか・・・

丘人 入る日(異郷落日) 
永遠 暎
どちらも余白をなくし隙間をなくす傾向がある。


日本画の変容(意図的な)は戦後からだが、こうした隙間のない作風が今の主流だというところに、わたしの関心が向かない要因があるように思う。
ただ、変容しようとした時代に生きていた作家たちの作品には深い関心がある。
もうそろそろ現在の作家は新たな地平を切り開くべきではないのか。

魁夷 年暮る 今の京都ホテルオークラの屋上からの風景だった。

「日本に京都があってよかった」というコピーがあるが、それを強く思うのが、この絵の前に立つときだ。
実際には描かれた景色はもう失われているが、それでも年の暮れに京都を歩くとき、必ずこの絵を想う。

松篁 白孔雀 胡粉の特性がよく出ている。胡粉を溶くのは大変である。難しい。

思えば私は関西人なので松篁さんの絵には深いなじみがあるが、関東で松篁さんの絵を眺めたいと思えば、この山種と東近美でタイミングが合うのを待つ他はないのではないか。
名品がここにあることを誇りにも思う。
ああ、いつ見ても松篁さんの絵には深い魅力がある・・・・・

ここから三点の「おもしろさ」について解説があった。

蓬春 卓上 ギリシャ皿のモダンさについて。

蓬春のモダンさといえば北極熊や古代思慕の埴輪たちの絵を思い出す。山種にある蓬春の絵はいずれも魅力的だが、まずその色彩感覚のすばらしさに深くときめく。

辰雄 坐す人 マチエールのおもしろさについて。

茅場町時代の山種で「坐す人」を初めて見たときの衝撃は今も大きいままだ。それについてはこれまで書いているのでここでは書かないが、技法についてのことなどを伺うと、また新しい魅力を感じるようになり、いよいよこの絵に惹かれてゆく。

寧 曜 デッサン力の確かさについて。

この絵もそうだが、スケールの大きさがまた好きだ。寧の絵で好きなものは全て山種美術館にある。階段の壁にかけられた絵を忘れることは出来ない。

又造 満月光 浅間山の裾野とそこに咲く草花。

場所などを知らなかったから、そう聞くことも楽しい。

御舟 桃花 院体画ブーム、サインについて(北宋の痩金体を使う)
御舟についての詳しいお話が続く。
非常に示唆に富んだ内容で、また知ることも多いので、ナマイキにもわたしはお聞きしながら頷き続けていた。
安宅産業のこと、吉田さんのこと・・・


ところで大正後半の院体画や痩金体で思いだしたことがある。
今も資生堂で使われている書体の一つに痩金体に近いものがある。
それは小村雪岱が取り入れたものだった。
彼の画風から考えても痩金体の書体はとても合う。
大正時代は魅力的な書体が多かった。
御舟がその書体を選んだのは時代の風もあったのかもしれない。

御舟 炎舞 画家本人が「再現できない色」と言った。その色はなんと薄塗り薄塗りの積み重ねで構成されている。また炎自体は実験分析した結果によると、御舟の動体視力が凄いということがわかった。三ヶ月間毎日たき火を視ていたそうだ。

何度も書いてきたが、わたしが日本画を偏愛するようになったのは、小学校の教科書で「炎舞」を見たからだった。
今もこの胸に炎舞は活きている。

御舟 春昼 農家の奥の柱まで描かれている・・・

気づかぬこともこうして教わり、絵を見る楽しさが倍加する。


そして折々に、実際の絵に追いつけない印刷物のことを話された。
館長はご自身がきちんと日本画の修行を積まれたから、技法にもお詳しく、また広い視野でお話をされるだけでなく、ところどころに楽しいくすぐりも交えて、多くのお客さんを魅了された。
わたしも本当にドキドキした。

ほかにも私の好きな作品が多く並び、とても嬉しく思った。
絵を眺める幸せと、ここで起きていた喜びを、好きな絵にそっと語りかけてみた。
絵はいよいよわたしの心に近づいてきてくれる。
そんな気がした。

トーク終了後にはご挨拶させていただいたが、あがりすぎた私はもぉ本当に何を言ってるのか自分でもわからなくなった。
ただただ山種美術館のおかげで日本画をこんなにも愛するようになったかを、懸命に訴え続けていたように思う。
そんなわたしに館長はじめ学芸部長、学芸課長の皆さんと、この機会を与えてくださったTakさんyukiさんご夫妻が、温かな態度で接して下さり、本当に嬉しかった。

動悸が高まったまま、わたしは同じブロガーさん方への挨拶もそこそこに、この会に参加されていた諸姉につれられ、夜の街へ消えてゆくのだった・・・

本当に、ありがとうございました。

なお、多くの方々が素晴らしい記事を挙げられていて、そちらをご参照されると、いよいよ幸せな心持になります。

三代目山田常山 ときめきの急須たち

出光美術館の「三代 山田常山 人間国宝 その陶芸と心」展ではたいへん好いものを見せてもらった。
2005年に亡くなった陶芸家・山田常山は常滑焼の急須づくりで人間国宝になったそうで、わたしはこの展覧会で初めて知った。
チラシは山田常山の文字に彼の拵えた急須たちが絡んでいる。
zen138.jpg
おチャメな書体の上に要所要所に可愛い急須が配置されていて、とてもモダンに見える。

急須の肌の違いをパネル写真で見る。
朱泥・紫泥・烏泥・・・
素直な肌に煌めくものがあると思えば、それは梨皮と呼ばれる装いだった。

昔の急須が姿を見せている。
幕末の青木木米の急須や炉座・湯沸しなどの煎茶道具一式も見える。
木米の湯沸しなどは以前から、その可愛らしさに多くのファンがいると思う。
なにしろ、展示されていれば皆さん必ず、首を曲げて覗き込んでいる。
わざわざそんなことをしてでも眺めてみたくなるお道具なのだった。
また木米の青磁の茶壷などは深く綺麗な色を見せているから、それだけでも嬉しくなる。

初代の明治~大正のポット型、二代目の昭和初期の彫刻入りのポット型。
これらには「茶銚」という呼び名があった。

日本の急須の形は耳が真横につくポット型ではなく、注ぎ口と持ち手が角度で言えば145度くらいのが主流だが、そちらは「茶注」とある。
今の今まで特に何も考えていなかったが、大きな違いがあることを初めて教わった。
煎茶とあまり縁のないわたしは初めて知ることばかりで、そのことにも新鮮な驚きと喜びがある。

それにしてもなんと愛らしい急須が並んでいることだろう。
キュートな急須。
ほんと、愛らしい。

それらを拵えたのが、つい近年まで活躍していた三代目・山田常山なのだ。

中国のかたちは先にあげた「茶銚」、日本のかたちは「茶注」と分けて考えつつ、そこに並ぶ急須たちを眺める。
みんな本当に可愛らしくて、<この子・あの子>と呼びかけるのがふさわしそうに思う。

たとえばこの子、梨皮朱泥茶注と呼ばれ、個別の名を持たないでいる。
この写真では大きな常滑焼の壷と一緒に写り、可愛い姿を見せている。
zen139.jpg
その肌といえば鮮やかな朝焼けに、こがねの桜が舞い散っているように見えるところから、それに似つかわしい名を与えてみたくなる。

そうかと思えば、ふくよかな胴に窯変が顕れて、賀茂茄子にも似た姿の子もいる。
また、持ち手を持たぬ子もいて、その子は両手で包み込むと、指の隙間から少しばかり注ぎ口を見せはしても、掌の中にいることを喜んでくれそうだった。

土瓶が現れた。
直火に耐える強いやきものである。
籐で編み上げた持ち手は半月を見せている。
編み方は力強くなくてはならない。
可愛がるだけではダメだ、という声が聞こえもする。
現実に使われるものたちには、炎に抗える逞しさが活きている。
中で沸騰するものは水であれ、薬草であれ、あるいはダシの効いた汁に浮かぶ松茸と他の野菜たちであろうと、なんでもおいしく仕立て上げるのが、土瓶の使命なのだった。

20年前に生まれた「紫泥隠元水注」は後ろ手に持ち手のあるポット型だった。
これは隠元禅師生誕四百年記念を祝して拵えられた急須で、本歌は禅師が将来した茶罐で、黄檗山萬福寺に伝わるという。
フォルムの端正さに深く惹かれる。

丁度、日本橋高島屋では「萬福寺開創350記念隠元禅師と黄檗文化の魅力」展が開催されていて、そこにも可愛い煎茶のお道具が展示されている。
zen140.jpg
同時期にご近所で共に眺めることが出来て、とても嬉しい。
(高島屋の展覧会はこの後なんばにも巡回する)

それにしても常山の昭和50年代はなんと豊饒な時代だったのだろう。
その頃に生まれ出た子たちは、さまざまな色・形をみせている。
蓋のつまみ一つにしても、多くのかたちを持ち、そのヴァリエーションは無限に広がりを見せている。

つつましく梨皮のきらめきを見せる茶注があった。蓋はリンゴにも似ている。
埋もれるような蓋なので、まるで急須の中にリンゴが隠れているようにも見える。
白雪姫を魅了するリンゴではなく、イヴを誘惑するリンゴでもなく、みんなのおやつになって、おいしい幸せを与えてくれるリンゴなのだった。

持ち手のない茶注があらわれた。
玉露のためのそれなのだろうか。6cmという小ささがいよいよ愛しい。
自分の掌の親指を支える筋肉組織がその茶注を押さえ、片方の四本指が反対側を抑える。
そして他方の手指が蓋をずらさぬようにしつつ、そっと持ち上げる。
・・・・・・・そんなことを想いながらこの愛しい茶注を眺める。

可愛らしい茶注と水中が現れた。
どちらも昭和60年代に生まれている。
旧を守るだけが使命ではない、ということを感じる。
とてもモダンで愛らしい二人。
zen137.jpg

紫泥茶器揃は、頭の鉢がねが大きい急須と、両横にリボンをつけた湯冷ましを両親にした家族に見える。
見込みには白い釉薬が一刷けある。
覗き込んでみると、どうも小禽の横顔に似たものがいた。
家族揃っての外出に、ペットの小鳥も連れてゆこうとする子がいるらしい。

急須のほかに花入れ、壷、大皿などがある。
中でもわたしは片口大皿で目跡が7つあるものが気に入った。
強肴のお皿にいいように思った。

そういえば持ち手のない絞り出し茶注を見て思い出したが、岡野弘彦「折口信夫の晩年」に、室生犀星がとてもステキな仕草で、煎茶を折口と岡野に淹れ続けるシーンがあった。
師弟はそれに惹かれ「うちでもやってみよう」と思うのだが、現実にはなかなかうまくゆかない、というエピソードが書かれていた。
わたしは今回の展示で、初めてその情景を実感した。

それにしても本当に多様な造形と色とを見た。
どの急須も愛らしかった。
こんなにも急須が愛らしいとは思いもしなかった。
わたしはこの展覧会で、突発性急須愛にかかってしまった。

興奮さめやらぬまま、図録を眺めると、こちらもまたとても良い造りだった。
図版も綺麗だし、わかりやすい文章で綴られた解説や、章ごとのコラムがとても楽しい。
ものしらずのわたしにも優しく教えてくれる柏木麻里さんの文章は、眼で読むだけでなく、朗読するのもいい、と感じた。

展覧会は2/19まで。
2/13には、今回の展覧会を担当された柏木麻里さんによる講座が行われる。

「清明上河図」を見る

東博に「清明上河図」が来ている。
世界中から多くの人が一目でも、と思ってやって来る。
むろん国内からも多くの人が絵を見るために並んでいる。
わたしも一目でも見たいから、むりを押してやって来た。

名だたる名品のうちでも特に「神品」と謳われる作品がこの世にはある。
しかしその実物を目の当たりに出来るかと言うと、これがまたなかなか難しい。
強い意志力で以ってそれらと対峙することが可能か、というとそうも行かず、やはりなにかしらの「幸運」がなくては不可能だと思う。
わたしは今回、多くの人々のご好意でその「幸運」に与ることが叶った。

清明上河図については東博のサイトに詳しい説明があるので、こちらへどうぞ。

北宋最後の徽宗皇帝の頃に描かれた24cm x 5Mの絵巻物。
模本の絵葉書を随分前に手に入れたが、まさかその本歌を見ることが出来ようとは、予想もしていなかった。
内覧会では整理券が配られ、わたしは2時間後に絵の前に立つことが出来た。
僥倖は続いていて、列のトップだった。
10分間の見学と定められていて、実際はそれより短時間だったかもしれないが、時間が凝縮されるのを感じた。
わたしはガラス越しに間近で「清明上河図」を見ていたのだ。

その時代を描いた読み物と言えば「水滸伝」が思い浮かぶ。
そこから派生した「金瓶梅」などはもろに開封の華やかさと裏暗さとを描いて見せている。
また諸星大二郎「諸怪志異」も同時代が舞台なのだ。

北宋が異民族・金に征服されるのも文化の爛熟期を迎えたからだと言っていいと思う。
唐にしろ北宋にしろ後の明にしても、文化の爛熟期を迎えた「時代」は必ず異民族によって滅ぼされてしまうのだ。

そういえば「水滸伝」は70回本では梁山泊の好漢たちが集まって、現在の国家を牛耳る奸佞たちを倒そうと、希望と大志を胸にしたところで終わっているが、120回本では敵が政府高官から異民族・金に変わっている。そして好漢たちはそれぞれの宿命の星の下、命を落としたり姿を消したり、あるいは華麗なる転身を見せもする。

閑話休題(この語もまた「水滸伝」には頻用されている)、往時の開封の街を楽しもう。

文化文明の爛熟期を迎えているだけに、京師はとんでもなくにぎわっている。
描かれているのは773人(多少のズレあり)だが、牛やロバやラクダと言った働く動物もイキイキしているから、もう本当にヒトイキレ・熱気・活気にあふれた情景で、これまで見てきた他の中国絵画と違った元気さがある。
高士が山中で滝を見たり、人跡まれな中に隠れて住んだりするのより、わたしなぞにはよっぽど楽しい。
当時のみやこ=京師(洛中)を描いた図は本当にドキドキさせてくれた。

まず荷運びのロバたちの列が見えてくる。街はその左側に開いているから、ロバたちは開封から外へ向かうらしい。
小さい絵だが細密描写だからはっきりとロバの耳の長いのがよく見える。

河と街が広がり始める。それらをガラスに張り付きながら眺めると、自分もこの開封の街を行く一人になった気がする。

人々は丸顔が多い。似たような顔立ちだが、きちんと描き分けられている。実に多くの職業につく人があり、実に様々な行動をみせる人がいる。
それらをすべて見分けることはこの状況では無理だが、それでも不足はない。
街のわいわいがやがやざわざわした様子は大きく眺めたらそれでいい。個別確認なんかしなくていいのだ。
・・・とはいうものの小さい発見で喜ぶのだがww

zen134.jpg
虹橋。行き交う人々・物売りの人々・働くどうぶつたち、船に乗り込む人々。
ああ、本当に声が聞こえてきそうだ。
大体、街中の橋は賑わいの中心でもある。
ポンテ・ベッキオもお江戸日本橋も両国橋も、みんなわいわいがやがやと賑わっている。

ちょっと上等な酒楼もある。ここらを見ていると「金瓶梅」の西門慶とその遊び仲間がいてそうな気がする。彼らはお洒落な歌を歌って、機嫌よく遊びまわっていた。

やがて城門が見えてきた。ラクダが入場している。西域帰りの商荷を担いでいるのか。
それにしても開封の街は緑はあるが、花のない街に見える。季節柄だろうか。
zen135.jpg

庶民が集う繁華街が見えてきた。
一見何の商売をしているのかわからない人々も多い。そんな人々を作者は個性豊かに描きあげる。
ここらに蒸し饅頭屋があれば浮気なおかみさんがいてそうだし、遣り手の王婆もひょいと物陰から現れそうである。
しかし今のところ見えるのは占い屋と食べ物屋と物売りたちなのだった。

ああ、わたしはどうしてもこの絵の中に知った人(!)を探そうとしてしまっている。
それは薬種問屋の西門慶であり、毒婦・藩金蓮たちなのだった。
広重の東海道五十三次に、一九の弥次喜多の旅の情景を見てしまうのと同様に、この「神品」たる清明上河図に深い親しみを懐くことがやめられない。
自分もまた一個の旅人として、開封の街を楽しく歩いている気がするのだった。
(とはいえ、表立って婦人は街歩きなどはあまりしないので、わたしがいると悪目立ちするだろうが)

絵を眺めるうちに他に思ったことが二つばかり。

明の万暦年間に趙浙という絵師が描いた「清明上河図」の模本の絵葉書が手元に二枚ある。
林原美術館所蔵のものと岡山県立美術館のものとである。
仇英のそれは手元にないが、わたしが最初に知った「清明上河図」はこの岡山のものたちだった。
模本というてもそっくりに写すのではなく、やっぱり明の絵は明のにおいがする。
今回、張択端の本歌を見てそんなことを思った。
zen136.jpg

安野光雅のある種の絵もこんな風な細密描写だと思った。安野さんの絵も温かいが、この清明上河図も温かい。

見た時間は多分ほんの数分だったろうと思う。しかし現実の時間の何十倍もの記憶と体感がある。
それがわたしの脳細胞を活性化させ、挙句の果ては蕩けさせている。
幸せだった。
本当にこんなに間近で、こんなにも見ることができるとは、思いもしなかった。
ありがとう、中国。
ありがとう、東博。

気持ちいいまま東博を出た。
九時半すぎだったろうか。さっき少しだけ飲んだ白ワインの酔いも醒めたはずなのに、まだ体の芯も心の髄も火照っている。
本当に嬉しかった。

この「清明上河図」は1/24まで展示。ムリを押してでもご覧になることをやはりお勧めしたいと思っている。

東近美で見たもの

こちらも常設展で見たステキな作品を集めた。
こうした常設を見て歩くと、本当にそこの底力がよくわかる。
「ぬぐ絵画」に関連した作品たち。

中村不折と中沢弘光
IMGP9639.jpg IMGP9640.jpg

麦僊の素描
IMGP9641.jpg

古賀春江
IMGP9642.jpg

児島善三郎
IMGP9643.jpg

里見勝三
IMGP9644.jpg

川崎小虎
IMGP9649.jpg その貌IMGP9650.jpg

深水の版画美人たち
IMGP9645.jpg  IMGP9647.jpg IMGP9646.jpg

浴女たち
IMGP9651.jpg

これだけ「ぬぐ」とは関係ないらしい。
IMGP9648.jpg


「ぬぐ絵画」展もよかったが、こちらの常設は気軽に楽しく見て回れたので、わたしはこちらのほうが好ましい。

今月の東博常設をたのしむ

大きな特別展の隣では、これまた豊かな常設展示がある。
今月は『博物館に初もうで』という企画が立っていた。
とりあえず好ましいものをぱちぱちカメラに収めたので、それをあげる。

仏像
IMGP9603.jpg IMGP9604.jpg
近代の仏像
IMGP9610.jpg


日本画
IMGP9605.jpg 特にここらがスキIMGP9606.jpg

岸竹堂のとらIMGP9607.jpg

川瀬巴水の版画
IMGP9608.jpg IMGP9609.jpg

やきもの
IMGP9611.jpg IMGP9612.jpg IMGP9613.jpg IMGP9616.jpg IMGP9618.jpg IMGP9630.jpg IMGP9631.jpg IMGP9632.jpg

七宝焼
IMGP9614.jpg

ふくろもの
IMGP9617_20120110234721.jpg

長恨歌屏風から好きな情景を
IMGP9619.jpg IMGP9620.jpg IMGP9621.jpg

こういう虎もいました。
IMGP9623.jpg

夜着
IMGP9622.jpg

風俗画など。
IMGP9625.jpg IMGP9624.jpg
IMGP9626.jpg
IMGP9615.jpg

美人画
IMGP9627.jpg
IMGP9628.jpg

広重の待乳山
IMGP9629.jpg

高円宮様の根付
IMGP9634.jpgIMGP9633.jpg
IMGP9636.jpg


いいものをたくさん見せてもらい、本当に嬉しい。

1月の東京ハイカイ録 その二

今月の東京ハイカイ録その二。

展覧会の感想…詳細は後日、大雑把なところではここ。

とにかく府中市美術館へ向かう。
「ねじ式」原画を見るのが目的のため。
その目的は達せたが、ほかにも赤瀬川原平の作品など見所がある。
でも正直言うと昭和40年代のカルチャーと言うものがほぼニガテではある。
だから昔からそれらに触れると、外に出てダッシュで走って、少年ジャンプが読みたくなるのだった。

府中駅まで歩く。小金井街道直進やからわかりやすい。
そこから京王八王子に出るが、やたら眠い。

バスに乗り込んで八王子夢美術館に行く。
印象派の画家たちの版画。これは巡回展で、他館のチラシもあるけど、そんなに期待も大きくない。
・・・・・めちゃくちゃ面白かった!
特にアンリ・ファンタン・ラトゥールとスタンランのそれぞれの連作ものがめちゃよかった!
ああ、やっぱりどの展覧会にも何かしら必ず楽しみが隠されているなぁ!
宣伝しておかなくては♪

続いて三鷹へ。
フェアリー・テール展は楽しい展覧会だった。
'90年代半ばまではこうした展覧会もたくさんあったが、近年は見ないので嬉しかった。
本もコンパクト。この道の第一人者・井村君江さんの旧蔵品を集めた美術館からのもの。


新宿に出る頃に心を決めた。
やっぱり山種へ向かおう。
そこでメールを送る。何しろ急な思いつきなので、ツイッターの方に連絡ができない。
わたしはケータイでネットしない・出来ない人なの。
再三に亙って呼んで下さった方々もおらるることですし。
乱入者7e。


損保ジャパンでは日赤所蔵の絵画を展示していた。
日本赤十字。昨年の大災害、その後の政府の無策など、どうにもならない現状を抱え込んだ今だからこその展示。
それを損保ジャパンで開催する意義も大きい。
売上金が寄付されると言うのもいい。


そしてとうとう夕闇迫る坂を行く。
閉館後の山種美術館で多くの皆さんと共に幸せな時間を過ごす。
そのことについては後日詳しく書き述べたい。


しかし、なんという幸福なわたしだろうか。
清明上河図、山田常山の急須、山種美術館・・・
いつも多くの方のご好意で楽しくハイカイさせてもらっているが、今月はまた格別な悦びがあった。
本当に嬉しい。ありがとうございます。

その後は女子会で色々脱線したりで楽しい三日目も終わり。

四日目。
江戸博で平家物語みてから神田に出て三井へ向かう。
能面の展示変えを楽しむ。前期に出た童子のほうが美少年だったな、と不埒なことを思いながら外に出たが、このあと三越・高島屋・ブリヂストンの展覧会をそれぞれ楽しむが、結局何の乗り物も乗らず、寒風吹きすさぶ中「徘徊」する羽目になった。
なぜかタイミングが悪くてメトロリンクが去り行く姿ばかり目で追うことになったのだった。

でも本当にいい始まりのハイカイだった。
2012年も大いに期待して生きてゆこう。
今月の東京ハイカイはこれで終わり。





1月のハイカイ その一

2012年の東京ハイカイの始まり始まり~~~

例によって今年もまたハイカイし倒しますのでよろしくお願いします。
なおこのハイカイ録はやっぱり「例によって」詳しい感想などは後日また別に挙げます。

富士山は見えなかった。
「そこから富士は見えなかった」と書くと泰淳風になるか。
そのずーっと手前の滋賀県内は真っ白で、窓にも水が流れてゆく。
日本列島は細長いのだ。

「えっ」と思ったのは、車内検札で、近隣席の全員がEXのチケットを出したこと。
うーん、マンエンしておるのぉ。しかし思えば値段は均一化してるが、23区内は別料金というのがビミョーにいややな。

まず上野へ。特別展の大繁盛は結構だけど、昼前のわたしはそれには行かず、常設を一人楽しむ。その常設だけで一本書く気でおるのですが、つまりそれだけやっぱり東博の常設は凄いということですね、うむ。
和装のスタッフの人が親切にしてくれました、ありがとう。

寒風吹きすさぶ中、ベンチに座ってのんびりパンをかじる。
本当は新幹線内でかじりたかったが、寝てたので延期になったのだ。
旅行用のキャスター持ってベンチに座ってパンかじってたら、なんだか「家なき子」だよな。しかもサングラスしてるから、いっそう怪しい。

定宿に荷物置いて、服を多少変える。なにしろ暑いのよ。これは困ったぜ。昨日までとえらい違いやな。終始一貫しろ!・・・って誰に言うてんねん、誰に。
色々考えて、山種を先送りにしてまず松涛へ向かうことにする。

人形町を通る。「麒麟の翼」の宣伝が熱い。魚久は中途半端な時間やからかすいてる。
人形町もじっくり歩きたいが、近年は「街歩き」が出来ない体質になった。観劇も無理になったし・・・なんだか回遊魚になってゆくようですなぁ。

松涛美術館への道すがらにある、ガレット専門店に入りたいと何年も前から思っているがタイミングが悪くて入ってない。今日くらい、と思ったが、混んでるのではなくて空きすぎていて、入れなくなった。

「渋谷ユートピア」非常に面白い展覧会だった。
板橋区美の「池袋モンパルナス」には背後に悲哀があったが、「渋谷ユートピア」はそれとはニュアンスの違うものだから、楽しさが前に出ている。
後期にも行きたい。・・・どうも無理そうだが。

時間配分を考えて、五時前だけど東急の地下でダシ茶漬けをいただく。初めて食べる種類を選ぶと、これが自分の中では二塁打くらい。ラッキー♪

時間がぎりぎりだけど東近美へ向かう。
年明けしてから日の入りが遅くなってきて嬉しい。
ああ、☆が出ている。
明日もあたたこう歩かせる星が出てゐる

案内の人がまたいい感じで。自分ところの作品を愛するキモチが前面に出てるのはいいよね。わたしもファンとして嬉しい。
ここもバチバチ撮りたおしました。

さて、東博リターン。
内覧会へ向かうと、とんでもない大行列がっっ
まぁ色々あるわな、人生。
入館するまでに30分、会場へ上がれるまでに30分、しかも「どうしても『清明上河図』が今日中に見たい方は」で私がもらった整理番号は51。(終いは260番くらいだったらしい)
それが21時以降の呼び出しという状況で、もぉ本当にすごいわ。
むかしむかし西洋美術館のバーンズ・コレクション展のときはまぁなんとか潜り込めたが、今回はあきまへん、素直に待とう。
その間に楽しく展覧会をぐーるぐる…混んでるので大変。

道なりに進むと、「清明」コーナーへさしかかっるが、ちょうど大使館の人が見てる最中なので、その背後から上部を眺める。無論遠望なのですが、嬉しい。
そして初めてSPの人を間近で見る。バッヂがついてたので「あっ!」というと、そのオジサマ「SPなんてかっこいいことないですよ、ホントです、ただのオジサンです」…
いや、わたくし「かっこいいーっ」とは言うてへんから、安心してね。←何をや?

ちょっとばかり白ワイン飲んでから再び会場へ戻ると、八時だからかだいぶ空いてきた。
作品によっては独占できる状況に。
「夜合花」の美にクラクラして、何度も立ち戻っては眺める。
上品な老婦人といろいろお話しながら絵を見る、という贅沢なことをする。
こういう一期一会があるから人生は豊かになるのだ。
絵についていろいろ伺い、わたしも訊かれたことに答えて、機嫌よくお別れ。

九時過ぎに呼び出しがかかる。
幸いなことに、わたしはそのTOPの位置におるやないですか!
先導されてカーテンの手前へ進み、やがて絵に向かう。ずんずんずん、と歩いてついに「清明上河図」をガラス越しに眺める。

ほんの数分だけどガラスに張り付いて間近で見れたことは喜びだった。
ありがとう、これに関わったすべての皆さん。
とにかくこの北京故宮200については前編後編で記事を挙げます。


二日目、つまり今日。
曙橋の新宿歴博へ「平塚運一と下落合の版画家たち」見に行く。
これがまた面白かった。ここは常設は有料だけど企画展は無料なの。
それで楽しく眺めてから、久しぶりに四谷三丁目の消防博物館へ向かう。
一体いつ以来なのかわからんくらい前に着たきり雀、違う、来たっきり。
それでも展望台のことや地下の消防車実物展示は覚えてたので、それらを眺める。

今回惜しいことに借り物のPCなのでか画像が出ない。
残念。新宿から見える白い富士山がきれいだった。

弥生美術館へ。
植木金矢という画家は初めて知ったが非常に面白かった。
これについてもまた詳しく書くけど、世の中は本当に広いなぁ!

東大の安田講堂の前の中央食堂で、「エコメニュー」と銘打たれた「七草かゆ」を食べる。
内実は七草雑炊かき玉入り。なぜ「エコ」なんだろう…まさか裏庭から摘み草か…
そんなことを思いながら食べているわたし。

出光美術館では急須の神様・三代目山田常山展初日。
非常に可愛らしくてクラクラした。
そして大好きな監視員さんにも新年のご挨拶ができたし喜んでおったところへ、ばったりあべまつさんとお会いする。
やっぱりエエ展覧会には皆さんおいでなさるのですよ。

機嫌よく出て、次にサントリーへ。
広重の五十三次を見る。隷書版はなかなか面白い。
わたしはもともと子供の頃から「五十三次」大好きなので嬉しいが、この展示がまたニクい。いくつかの宿場を過ぎたときに、所蔵の武蔵野屏風、近江厳島屏風・京大坂屛風などが出ているので、もぉ本当に気分は「自分は旅人!東海道五十三次歩いてます~」なのだった。

とぼとぼ歩いて(東海道歩いたのはあくまでもココロの中さ)、森アーツの国芳見に行くが、ちょっとばかり期待はずれ。大阪市立美術館で見た良さが残ってるので仕方ない。

しかしその混雑に負けて具合が悪くなる。
再び大好きなミッドタウンに戻り、ちょっと一休みする。好きなスープがなくて残念だったが、新しいスープがおいしくて、それをさらにお土産に買って帰ることにした。

松屋銀座で上田宗箇の茶道を見てからホテルへ。
上田の展覧会は二度目。昔と今も感想はあんまり変わらなかった。
やっぱり武っ張っている。

今日はここまで。

「大阪の至宝」2012年カレンダー

明日からいよいよ2012年度の都内ハイカイが始まります。
一月は四日間ばかりおります。二月は月初に一泊二日、三月は多分月末近い連休頃。
行く先々に期待を込めて寒い中をハイカイしますので、もし見かけられた方はお声を掛けてください。

2012年度の大阪市立近代美術館(仮)から出たカレンダーの紹介をすることにしました。
タイトルは「大阪の至宝」
むろん懸命に集め回ったコレクションから名品を選んだ、という中身。
(これらコレクションが散逸する可能性についてはここでは書かないけれど、もし失われても記憶には留めていたいね)
一ヶ月めくりの12点もの。

zen132.jpg

一月は佐伯祐三の「人形」。実際この絵を初めて見たとき、その魅力にときめいたなぁ。
佐伯が衝動的に大金払ってこの絵のモデルの人形を手に入れたのも納得できる。

他の月も好きな絵が挙げられていて嬉しい。

zen132-1.jpg

第二期は満谷国四郎の杏の白い花の木が嬉しい。そして去年回顧展があった白瀧の絵も出ている。


zen133.jpg

暑い頃は成園の「祭りのよそおい」に始まる。これは哀しい絵なのだよ・・・三郎助の「山中湖」の空の色は、彼の描く美人たち同様、とてもスィーツな力がある。


そして最後の季節は前田藤四郎から始まる。随分前にナビオで見たときはイマイチよく思わなかったが、大阪近美(仮)での回顧展以来、前田のファンになった。こういうファン層を発掘するためにも、回顧展は必要なのだ。
劉生の静物画と、織田の「住吉」で一年は終わる。
zen133-1.jpg

何かしら毎月たのしい気持ちになるカレンダーだった。

森村泰昌新作展「絵写真+The KIMONO」

高島屋の画廊では去年から、森村泰昌新作展「絵写真+The KIMONO」を各地で巡回している。
それがようやく難波の高島屋に来た。

高島屋は現在も「大呉味の市」と称して呉服の大販売を行っているし、かつては大々的に高島屋の呉服を押し出していた。
昭和初期のポスターを見ると、「浪花の悪魔派」と謳われた北野恒富の蠱惑的な画が多くあり、当時の婦人たちはおろか、現在のわたしたちをも深く魅了する。
今回、森村泰昌はその一枚「婦人画」を基にして、彼らしい変容―ヴァリエーション―をみせてくれた。

本歌「婦人」昭和四年zen129.jpg

あいにくなことにこの展覧会のチラシはないので、森村の美麗な姿はこちらの小さな新聞記事からしかわからぬが、実際に六枚の写真を前にしたとき、その深い官能性にときめいてしまった。
昭和初期特有の官能性、というべきものと森村独自の艶麗さに、観るこちらの意識が崩れそうになったのだ。
zen131.jpg

連作は六点から成っていた。
桃山調アールデコと言うのは恒富の本歌から。
その着物を再現し、絵と斉しく片肌を脱ぐ。絵の女と同様に。
白塗りの森村の鎖骨の辺りの艶かしさには、粟立った。
若くないことが、いよいよ艶麗さを増している。

「絵画になったわたし」「女優になったわたし」シリーズでの森村の美貌に幻惑されている人ならば、実際に目の当たりにせずとも、このときめきが伝わると思う。

他の着物を見る。
竹内栖鳳の名画「アレ夕立に」の白い花を意匠化した着物をまとうものがあった。
こちらはその本歌。zen130.jpg
顔を背ける舞妓は清楚だが、こちらをみつめながら膚を見せる森村は、忌まわしいほどに美しい。

高島屋史料館に所蔵されている、古装束をアレンジした着物をまとうものもあった。
あれが実際にひとの膚を覆うとこうなるのか、というある種の感銘も湧いてくる。

着物はそれぞれ色も柄も異なる。自ずと森村の豊かな耳隠しの髪に挿される櫛も形を変える。見事な合致を見せる着物と櫛と。そして「絵写真」の額縁も様相を異にする。

2003年に韓国国立中央博物館に所蔵されている近代日本画と工芸品の里帰り展が、藝大美術館と京近美とで開催された。
その折に現れた小磯良平の作品から材を得た作品もあった。
その着物はやはり高島屋の「百選会」の案内状にあったもので、小磯はそれを気に入り、購入してモデルに着せて絵に仕立てた。
その絵は今も韓国にある。
森村はその着物をもまとう。高島屋が復刻した、昭和初期のモダンな黒地の着物を。

他には彼自身が拵えた版画作品から想を得た訪問着があった。
それを膚につけている。
構成主義風京友禅、という名をつけられた着物である。

2012年の最初に見たものが、こんなにも艶かしいものだとは、歓ばしいとしか言いようがない。
今年もまたある種の希望が満ち満ちてくるのを、感じた。

展覧会は1//10まで。

一月の予定と前月の記録

今日から東博やデパート展は開催してますね。
サントリーと森は元日からかな。
とりあえず今月のわたしは1/6~9まで都内にいます。
それで自分が特に見たいものばかり挙げてみます。
むろん他にもたくさんいい展覧会が14日以降どんどんあふれてきますが、ここには挙げません。

ザ・ベスト・オブ・山種コレクション 後期 山種美術館~2/5
渋谷ユートピア1900-1945 松濤美術館~1/29
平塚運一と落合の版画家 新宿歴史博物館~2/5
北京故宮博物院200選 東京国立博物館1/2~2/19
伝説の劇画師 植木金矢展~痛快!ぼくたちのチャンバラ時代活劇~ 弥生美術館1/3~4/1
港屋絵草紙店と大正ロマンの夢二デザイン ―大正元~4年を中心に― 竹久夢二美術館
三代 山田常山―人間国宝、その陶芸と心 出光美術館1/7~2/19
パリへ渡った「石橋コレクション」1962年、春 ブリヂストン美術館1/7~3/18
「ウツクシキ」桃山の茶 秀吉、織部そして宗箇 武将茶人の世界展 松屋銀座~1/16
百椿図―椿をめぐる文雅の世界― 根津美術館1/7~2/12
殿様も犬も旅した 広重・東海道五拾三次 保永堂版・隷書版を中心に サントリー美術館~1/15
没後150年 歌川国芳展 森アーツセンター~2/12
石子順造的世界 美術発・マンガ経由・キッチュ行 府中市美術館~2/26
版画に見る印象派 八王子夢美術館~1/29
フェアリー・テイル~妖精たちの物語 三鷹市美術ギャラリー1/7~2/19
日本赤十字社所蔵アート展 東郷青児、梅原龍三郎からピカソまで 損保ジャパン1/7~2/19
アートとブックのコラボレーション 出会いをめぐる美術館の冒険 うらわ美術館~1/22
「平 清盛」 江戸東京博物館1/2~2/5
三井家伝来 能面と能装束 ―神と幽玄のかたち―三井記念美術館~1/28
荻須高徳 日本橋三越~1/16
萬福寺 開創350周年記念 隠元禅師と黄檗文化の魅力 日本橋高島屋~1/16
鵠沼と岸田劉生(研究展) 鵠沼郷土資料展示室 1/6~1/15

関西の始まりは遅いですよ~

森村泰昌新作展 絵写真+ The KIMONO 高島屋ギャラリーNEXT ~1/10
呉春の俳画と写生画-特別公開 重文「白梅図屏風」-逸翁美術館1/14~3/4
中国近代絵画と日本 京都国立博物館1/7~2/26
加藤恒忠が残した絵葉書-明治を生きた外交官の足跡-後期 大阪府立弥生文化博物館~1/29
ドアノーの愛したパリ ROBERT DOISNEAU 展 何必館~2/26
名品展「朝鮮陶磁の美」青磁、白磁、粉青沙器 高麗美術館~1/29
象彦所蔵の逸品展  象彦漆美術館~1/27
春と吉祥 17~20世紀の日本、中国の絵画を中心に 八幡市立松花堂美術館 1/14~3/4
子規の叔父「加藤拓川」が残した絵葉書 後期 大阪府立弥生文化博物館1/5~1/29 

あと、笠岡市立竹喬美術館で「上島鳳山と大阪の日本画」1/14~3/18 これが見に行きたいけれど、かなり苦しい。

今後の大阪の公的な文化事業はたいへん危険な状況になってゆくでしょうが、それでもできる限り抵抗して、がんばって欲しいと思います。

2012年 ごあいさつ

  zen117.jpg
  

今年もよろしくお願いします。
                          遊行七恵
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア