京都文化博物館の特集展示「麗しの京美人」展を見た。
'93年の秋に「京の美人画」展が大々的に開催されたが、それ以降は時々展示されてはいても、なかなかあの規模には届かなかった。
今回はかなり満足した。今まで見ていなかった作品もいくつか見たようにも思う。
この文化博物館所蔵のものと、寄託管理されているものと色々あるが、やはり「京の美人画」をここで見られるのは嬉しい。
今回の図録は出ていないが、以前の「京の美人画」図録はまだ活きているのだろうか。
もし出ているのなら、購入することをオススメしたいと思う。
衣通姫 西川祐信 これは前回の「京の美人画」チケットを飾った一枚。
「我が背子が来べき宵なり ささがにの蜘蛛のふるまひかねて知るしも」
衣通姫(そとおりヒメ)の詠んだ歌を絵にしている。
平安朝の衣裳を着た高貴の女人が、軒より垂れ下がる蜘蛛を見る図。
この衣通姫は日本書紀の姫。
わたしは古事記を先に読んでいるので、日本書紀の衣通姫と古事記の衣通姫の乖離に、以前から困らされている。
だからというわけでもないが、記紀はそれぞれパラレルワールドだと思うことにしている。
ヤマトタケルも古事記の倭建の方が好きだ。日本書紀の日本武尊よりロマンティックだし。
そういえば今年は古事記成立(712年=和銅5年)から1300年にあたるのか。
だいぶ前に太安万侶(おおのやすまろ)の実在の証拠が確か出ていたはず。
源氏物語 若菜下 西川祐信 女三ノ宮が姿を顕すところ。公達たちのハッとなった姿と、猫の勢いが目を惹く。静かな絵ではなく、意外と動きがある。
美人図 冷泉為恭 幕末の復古大和絵の名手だけに、綺麗な十二単美人を描いている。衣の重なりの美麗さがいい。桜の下で檜扇を開く高貴の女人、顔を隠すことがいよいよ美しさを予想させるのだった。
伝吉野太夫図 益利 座して文を読む。
吉野太夫は絵にも芝居にも踊りにもなり、江戸時代を代表する美人の一人。
こちらも代を重ねていたが、何代目かは知らない。二代目が最も有名だが。
しかし上品で教養のある太夫図はいつの世も人気だ。
富貴佳境・貴妃文楽図 源 中国美人が得意の源の対もの。

どちらも楊貴妃の姿を描いている。髪型や髪飾り、衣裳、装身具などを替えているのも芸が細かい。富貴花(=牡丹)を愛でる楊貴妃、奇岩を背に書を楽しむ美しい姿。
美人図 長沢芦雪 立姿。若い女だが、帯は柔らかものを重く垂れて結んでいる。浮世絵の女の帯とはまったく違う感覚。リアルな布の質感がある。
指先を袖の中に隠す。
こういう仕草を見ると立原正秋の「はましぎ」の登場人物・信子を思い出す。
信子は常に和装であり、顔の角度まで考えていた。当然指先も袖内に込めている。
この娘は月兎を紋にしている。鶯色の着物から下の赤地が透ける。若い女は素足のまま立っている。髪には鼈甲の櫛。

太夫雪見図 山口素絢 こちらは日本美人の名手。この絵もしばしば表に出ては人を魅了する。雪の寒さと太夫の頬のほんのりした朱さ。息もきっと白いはず。なんとも風情のあるよい一枚。
歌妓図 渡辺南岳 アクの強い女。それが身だしなみ中。銀鼠の着物に赤地に孔雀柄の帯を締めている。この女も柔らかくて芯のないような帯を締めているのだ。
歌妓図 合川和 巨大な笄を直す。めがね絵を思い出すようなその特異な髪型。膝の折座る形も個性的。下唇には笹紅

白骨と美人 天沢 秋の野に垂れ髪の美人がふと立ち止まる。
視線の先には薄の陰に斃れる白骨。無常感よりもどこかシュールなものを感じる。
ススキだけでなく白い女郎花も咲いている。わびしい野。
ここから「せいとく」と上龍の絵が現れる。
この二人は'93年「京の美人画」で知ったが、どちらも非常に個性的な絵を描く。
太夫道中図屏風 祇園井特 一曲で左にかむろと振袖、右に太夫と遣り手と男衆と小僧。井特のアクの強さは薄い。太夫は今日は後ろ盾のように立ち、前を行く振袖の披露目を眺めている。二人のかむろも可愛い。
かむろの一人は白い蝶を追う。もう一人の少女は髪を結い上げている。この子は着物の襟に「油取り」という布を掛けている。山種にある松園さんの絵にも同じ風俗があるが、そこでの解説によると明治の一時期に流行ったものだという。
しかし井特は江戸時代の人である。流行のぶり返しなのかもしれない。
それともこの頃は違う名前で呼ばれていたのかもしれない・・・

鼓美人図 井特 立つ女は左手に小鼓を持つ。賛が書かれていて「手弱女」だけは読めた。薄い着物にふっくらした頬の女。着物の表現が違うものを連想させもする。ちょっとアブナい。
二美人図 井特 仲良く耳打ちし合う二人の女。後世では深水が好む構図。これも時折みかける。
観桜美人図 三畠上龍 公家の上臈が白い桜の枝を折ろうとしている。優雅な様子。
扇美人図 三畠上龍 モコモコのすごい帯。裾には乱菊。鶸色の地。顔立ちは今の女優・真野あずさに似た美人。
納涼美人図 三畠上龍 床机にしどけなく座す女。赤いモコモコ帯。暑さに負けたか、胸元もかなりくつろげている。川の上に床机を出しても風はなかなか・・・
舞妓納涼図 吉原真龍 木の柵にもたれる舞妓。白菊の着物に黒い帯を締めている。
笹紅の下唇が可愛い。
常盤御前図 塩川文麟 雪に撓む笹の下に佇む母子。今若、乙若の子ら二人は薄着、胸に抱かれた牛若は眠る。幼い兄弟は母の袖に顔をつっこみ、せめてもの暖をとろうとする。
夏美人図 歌川春貞 すっきりした立ち居の美人。玉三郎に似ている。黒を着流す細面の女。素人だとするとまだ若い町女房か。
妓女図 幸野楳嶺 これもしばしば表に出る。にっと笑う舞妓。書斎にいる。文人の愛するステーショナリーグッズの集まった一室に妓女。面白い。

官女図 伝・菊池容斎 すっくと立っている。檜扇をぎゅっと持つ。
容斎は故事絵をよく描いたから、これにも何か元ネタがあるのかもしれない。
百合女風流図 谷口香嶠 これは祇園の名茶屋・東林のお梶の娘(ここでは養女)お百合を描く。池大雅の妻となった女流絵師・玉欄の母でもある。
床机に座り一休みする。桜の一枝が伸びている。
お百合は仮名文字の流れるような着物を身につけている。
母のお梶は歌舞伎の舞踊劇「六歌仙」にも姿を見せる才女だが、このお百合も当時の京では人気の高かった人。
彼女らを描いた小説がある。池波正太郎「おとこの秘図」。
お梶・お百合の奔放で楽しそうな姿が描かれている。
魯秋潔婦図 幸野楳嶺 中国に魯秋という人がいて、その夫人の逸話が名高いそうだが、不勉強で知らないでいた。烈女にはあまり関心が向かないのだ。
彼女は桑の実を採ろうとしている。その髪を包む青い帽子に見覚えがある。フェルメールの「青いターバンの少女」のそれに似ていた。明治18年の作。日本画の色の美を愛でる。
伊賀局と天狗図 渡辺省亭 怪力で名高い伊賀局が天狗と対峙する逸話は幕末から明治に掛けて好まれたか、芳年「月百姿」にも描かれている。
怖いものなしの伊賀局が外廊下で、庭の中空に杖を突いて困り顔の天狗からなにやら相談を受けている図。
久米仙人図 鈴木松年 この絵師は明治初に「今蕭白」と謳われたほどの人だが、もう忘れられた絵師でもある。
だいぶ前に神戸の板宿で展覧会があったが、いけなかったことが今も残念に思われる。
久米仙、ざぶーんっの図。妙に勢いがあるのがいい。
娘 菊池契月 色白の細面の娘が団扇を使う。うなじをそっと隠す仕草がいい。明治40年代の絵。大正のロマンティックさが少しずつ見え始めている。
薄紫色に鴛鴦をモザイク風にした柄の着物。髪は高々と結い上げている。可愛らしい娘だった。

芸妓図 甲斐庄楠音 墨一色で妖艶な女を表現している。墨の濃淡、線の肥痩で艶かしさがこちらに強く迫ってくる。
やや太い線で描かれた女の背後からの姿、首ばかり軽くねじてこちらに片頬を見せている。
白々とした顔。白粉の白。大正から昭和初期の作品。官能的な作品。
おしろい 廣田多津 女の画家が化粧する女を描くとき、二つに分かれるかもしれない。
男向けの女を描くか、女向けの女を描くか。自分のための化粧は後者だ。
モダンな着物を着たはっきりした女。
おばけ 堂本印象 これは節分の夜の祇園風俗を描いたものだが、大正初期らしいデカダンスさが匂い立っている。日本の特殊な風俗ではあるが、この女たちの群像図はフランスのそれにも似ている。もしくはイギリスのビアズレーの「イェローブック」表紙絵にも使われそうな。
菫摘み マツ本一洋 この人の「マツ」の字は出ても、画面にきちんと変換されまい。
桃山風俗。足元に点々と青いスミレが咲いている。眉を丸く整えた美少女がそこにいる。
背後の木はぼんやり描かれていて、この野が現実のものなのかそうでないのか、判然としない。
夕暮れ 上村松園 この絵は御所の近くの鴨沂高校所蔵。「京の美人画」展が洛中で開かれると、期間限定で姿を見せる。松園さんのお母さんを思い出して描いたもの。
懸命に家事をこなす、かつての日本の婦人のある日の姿。
猫と娘 三谷十糸子 赤い絣の着物に白リボンの娘が黒猫を抱っこしている。丸顔の黒猫はこちらをぼんやり見ている。戦後の絵。
鴨川の夕涼み 梶原緋佐子 昭和48年の作だから、もう純粋に可愛らしい、綺麗な娘を描いている。初期の社会派な絵より、昭和に入ってからのこうした純然たる美人画のほうがかなり好きだ。しかし緋佐子の転進が、実はより暗澹たる時代になったことへのアンチテーゼだったことを思うと、戦前の美人画には、一概に「きれいきれい」と喜ぶことは出来ないのだった。戦後の美人画には機嫌よく応援と感嘆の声を挙げれるのだが。
緋佐子の展覧会も'91年の遺作展以来開かれていない。
青々とした鴨川を背景に可愛らしい舞妓がいる図。
昭和61年に京都は日本画家たちに多くの新作を依頼している。
その作品群が出ていた。
ここにあるのはほぼ全てが祇園の女たちだが、三輪良平一人だけが大原女か白川女かを描いている。風俗は分かれているのだが、どっちがどっちだったか忘れてしまった。
次にモノクロ撮影の昭和30、31年の春の祇園を捉えた作品がある。
浅野喜市の連作。モノクロではあるがその華やかさは色を超えて迫ってくる。
他に江戸~明治の振袖や旧幕時代の簪、化粧道具、耳盥、さらには紙入れ、煙草入れ、筥迫といった小間物も展示されていた。
筥迫(ハコセコ)はわたしも小さい頃の節句の和装時によく胸元に差し込まれていた。
頭には大阪の子どもらしく「おばけ」をしている。
この「おばけ」はむろん妖怪でも祇園の節分のそれでもない、「おばけ」である。
懐かしい心持で見て回れる、楽しい展覧会だった。
3/25まで。なお振袖は一部展示変えあり。